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矢吹健太朗のBLACK CAT★ 黒猫No.236

471例の899:2005/04/04(月) 01:09:33
「こんなことを言える義理じゃないんだが、エリスは俺が必ず助け出す。ヤツらの目的は
俺なんだ。彼女の身柄と引き換えに、俺を引っ張り出そうとしているんだ。ヤツらは金銭
目当てのチンピラじゃない、犯罪のプロだ。だから、大人しく要求をのめば、ヤツらは彼
女に絶対危害を加えない。それだけは……」
言葉が続かなかった。娘を拉致された母親に、犯人は危害を加えないから大丈夫だなどと、
どの口で言えよう。
スーザンは顔を覆ったまま身体を震わせている。
俺は舌で唇を湿らせた。
「俺を信じてくれないか」
「警察には届けるなっていうの?」
「ああ」
彼女は答えずに、くるりと振り返って中へ戻った。
俺はしばらく動くことができず、扉の外側で背中をじりじりと焼かれていた。
 彼女の言葉が重く心に圧し掛かる。警官の女房だった人に、警察に被害を報告するな、
と俺は頼んでいるのだ。これほど馬鹿げた話はない。
しかし、今、警察に動かれてグレイグ達を追い詰めるのは不味い手だ。裏帳簿の存在があ
るとはいえ、誘拐の罪で組織もろとも叩き潰されてしまえば、それも意味がなくなる。市
長とダラタリ・ファミリーのディーンズがグレイグ達ベノンズの申し出を受けたのは、取
り引きに使える材料を持っていないからだ。ところが、ヤツらが誘拐に手を染めているこ
とを知れば、市長は警察を使ってベノンズを取り囲み、裏帳簿との取り引きの材料に使う
ことができる。それどころか、警察内部の協力者にグレイグを消させるかもしれない。警
察に強硬手段に出られて追い詰められた者が人質をどう扱うかなど、誰にも予測できるも
のではない。グレイグはそれが分かっているからこそ、俺が警察に通報しないと考えてい
るのだ。
では、IBIはどうだ。裏帳簿のコピーを見せ、今夜の取り引きのことも伝えたら、スミ
スは協力してくれるかもしれない。しかし、ヤツらの目的は、あくまでも市長でありその
親父のジェシー=ヤンデン上院議員という大物二人だ。それも、シーン部長が長年追い続
けている案件である。官僚的なスミスは、いざとなれば、人質のことなど考えずに突入を
かけるだろう。絶対にそうなるとは言えないが、エリスの身の安全こそ絶対でなければな
らない。
やはり、ここはヤツらの要求通りに動きつつエリスの居所を探り出し、なんとしても隙を
見つけて救出する、という手しかないように思われる。当然、グレイグもそう考えて、手
の出しにくい場所にエリスを隠しているだろうが。
最悪の場合は、最後までヤツらにつき合って、彼女の解放を求めるしかない。
 俺は、彼女にかなり遅れて家の中へ入った。
スーザンはリビングのソファに身を沈ませ、まるで自分を抱き締めるように両手を胸の前
で組み合わせていた。彼女の脛に、黒のトイプードルが身を寄せている。
「スーザン」
呼びかけても彼女は反応も示さない。
それでも構わず言葉を繋げる。
「身勝手なのは承知している。警察を馬鹿にした言い草なのも分かっている。でも、俺の
責任だから俺に任せてくれと言ってるんじゃない。エリスの無事を一番に考えると、警察
に出てこられちゃマズいんだ」
「アナタの責任じゃないわ」
彼女は力なく呟いた。
「元々は、あの人にあるんですもの。妙なお金を受け取って、殺されて―――」
「それは違う!」
俺は声を荒げて否定した。
「今度の誘拐にジョーの件は関係ない。全くの無関係と言えば嘘になるが、それでもこの
件に関しては違う。全部俺の責任なんだ!」
スーザンはジッとしたまま動かない。大声に驚いたトイプードルが頭を低くしている。
静寂が耳に痛かった。
「すまない、大声を出して」
彼女は首を横に振る。そして、俺には目もくれずに、
「なにかアテがあるの?」
と訊いた。
俺は少し迷い、
「今はまだ、なにもない。確証も、手掛かりも」
と答えた。
スーザンは短く息を吐いた。
「不器用ね、アナタって。不器用で、正直者で、そして残酷だわ」
「すまない」
嘘を吐いてでも彼女を安心させてやるべきなのに、俺にはそれができなかった。
俺は確かに、不器用だ。


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