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誹謗中傷って、何?

1緑装薬4 </b><font color=#800000>(aL5K3vps)</font><b>:2004/05/29(土) 19:11
最近、よくインターネットでの誹謗中傷ちうことがクローズアップ
されておるが・・・

誹謗中傷って、何?(笑)

360ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/09(土) 11:01
>>358

禿げ同ですが、ここで一度話を止めないと吉岡さんはまた「最後の一行」しか読まない可能性がありますね。
まずはここまでのまとめ。

「本来は差別的意図がない言葉、表現に、差別的ニュアンスを意味づけるのは発信者ではなく受信者である」
「発信者は【被差別被害者】の抗議について実際に反論できる機会は少なく(商業の場合特に)、何が差別・侮蔑被害を生むかの被害認定は、受信者に一任されており、差別かそうでないかの決定権が受信者偏重/優遇になっている」

361イカフライ:2004/10/09(土) 11:35
 まあ、>>358-359は状況説明みたいなもんで。実は70番代で書いたことと同じような事ですので,時間が無くて経過が読めない人でも、ここから入って大丈夫です(^^ゞ

 で、受信者の一部の抗議が形として通って、あるメディア表現がなんらかの形で規制された、とします。
(書き直し,描き直し,放送中止)。
 で358-359では発信者側の話をしましたが。
 メディアというのは多くの受信者がいるわけですよね。
 で、被差別感、侮蔑感を感じて抗議行動にまで出る人がいる反面,全く、そういった意識を感じない人もいるわけです。

 これらの人々がそのメディアを楽しんでいるのに,例えば最悪放送中止などの形をとる事は,その受信者の権利ってどうなるんだろう、というのが一つです。

362イカフライ:2004/10/09(土) 11:42
 よくそういう場合にね、抗議側の人は、
「これを期にこの問題(障害者問題なら障害者問題に付いて)を考えてください」と言いますが。
 じゃあ、その作品を楽しんでいた人達が全くそういった問題について考えもしない社会性のかけらのない人ばかりだ,というわけではないでしょう。
 例えば,グインサーガの読者がハンセン氏病問題について全く無関心な人ばかりということはないと思います。
 けれど、グインを読んでいる時には,あくまで豹頭王の活躍する異世界ファンタジーの世界に身を浸して楽しんでいる,のではないですか?
(グインはあくまで例です)
 私にせよ、反戦やその他の社会問題には関心があるし,なんとかできる事をしたいと思っているし,だからこそこのサイトもあるわけですが、常にそのことだけを考えているわけではない。
 例えば801好きですから,801脳になっているときには,「ハガレンにおける受攻の組み合わせ」で頭一杯だったりします。
(この例はマニアック過ぎるので忘れてください(^^ゞ)
 誰でもそうだと思うんですよ。

363イカフライ:2004/10/09(土) 11:49
 あともう一つ。

 そういった抗議があり,その結果として規制が取られた場合。
 そのもの自体が本来無いネガティブイメ−ジが付いてしまうと言う事。

 ここでいくどの脱線を繰り返している「味噌煮こみコアラ」ですが。
 この言葉に吉岡さんが非常にネガティブな印象を持たれている。
 これは勿論,個人の感性でしょうが、例えばここで
「味噌煮こみボウヤという知的障害者を差別する言葉があって、それと似ている。それを連想させる」
 という前提が無かった場合,それでも吉岡さんは、味噌煮こみコアラにネガティブなイメ−ジを抱いたのでしょうか?

364吉岡:2004/10/09(土) 13:31
>>353 イカフライさん
> で、>>349で言われている
>>きょうこ・コアラ両氏とは、反対の態度を取る両者の場合にどうするかと言うことを、ですか?
>これ、ですが。反対の態度,というのは、どういうことでしょう

あなたの書かれた「抗議された側が納得がいかないので使用を続ける。抗議した側は納得がいかないので,使用を取り下げるよう要求し続ける。」よいうようにお互いに、攻撃しあう場合です。

> というより、あなたが支持するきょうこ、コアラ氏の態度,というのを、一体あなたはどう解釈しているのでしょうか?

きょうこさんは、コアラ氏に悪意が無かったことを知り(認め)、自分が抗議するに至った「味噌煮込み○○」という差別の説明をし、自分の誤解による抗議を謝罪し、ハンドル使用については相手の判断に任せると述べた。
コアラ氏は、自分が名古屋名物の中で好きなものを二つ並べただけという説明をし、きょうこさんの謝罪を受け入れた上で、納得がいけばハンドルを変えるし、いかなければ使うと答えた。
その2人の態度です。

365吉岡:2004/10/09(土) 13:35
>>355 ヤスツ (CnaUXqoo) さん
>>1.にかんして、私はコアラさんの解決を支持し、>>333 >>334 で示したような、
>>あの掲示板で示されたような、謝罪してもバッシングを続ける態度を支持しないと述べています。
>>2.に関しても、他意なく差別してしまい、それを認めて謝罪したなら、それ以上糾弾する必要
>はないという立場です。

>これと、>>326 って意義的にはまったく同じことを述べてると思うわけですが、もしかして吉岡さんも「一字一句同じ言葉と文法で説明しないと理解できない人」ですか?

続いて、
《それに対して、あなたやイカフライさんは、>>333 >>334 のような方々のやり方を肯定なさっている。》
と述べています。
タイムラグがあると言うことは、きょうこさんの第2のレスを見た上で、それを容認できないと、抗議をしていると言うことです。つまり、コアラさんとは違う態度の人たちです。
あなた方が、それを支持しているという意味ですよ。

>だとすると、>>326>>351と違うところって、使われている用語と文法以外ではどこ?なに?

>>326で、謝罪後もバッシングをするのは行き過ぎであると書かれているとすれば、それはきょうこ氏問題とのダブルスタンダードであるというだけの話です。
私は、上記のように、問題になった掲示板で、その後も抗議を続ける人たちのことを述べています。
バッシングを続ける態度はいき過ぎだと、おっしゃいますか? 
今もそれは、明確になっていないと思いますが。

>また、《「考え直すきっかけになれば」というようなことを不用意に捨て台詞と言ってしまったために袋だたきにあったというのが実情でしょう。》

これも、いつもの微妙な変更マトメです。
原本には「考え直す」と言う言葉はありません。「不用意に捨て台詞」と言うのもあなた独自の解釈です。
「私も普段の仕事の中で何気ない言葉によって相手を傷付けることがあると思います。言葉の傷は意外と大きなものです。
《この問題でこれだけの方がなんらかの考えをレスしていただけたのですから障害者に対して考える一つの契機になれば良いと思います。》 」 です。
これは、
「この問題でこれだけの方がなんらかの考えをしてレスいただけたのすから、この(自分が起こした事件が、自分も皆さんも)障害者に対して考える一つの契機になれば良いと思います。」
と言う意味です。「《何気ない言葉によって相手を傷付ける》のは、自分でもある」と、本人が言っているわけです。
ここからは私の方の、独自解釈ですが、「《事件を引き起こしたけれど》災い転じて福となればいい」と、希望したのだと思います。

366吉岡:2004/10/09(土) 13:37
>>356  イカフライさん
> しかし、必ずしも,それによって禁じて良いものか、同じ言葉を使っても,受け手が同一のイmw−ジを持つものか?という問題がまず前提としてあります。

> とは言え,実務的な問題として,それらをある種の規定によって避ける,外す,ということはトラブルを未然に防ぐ,という意味では、ベストではないがベターかな、と思い,消極的肯定はしています。

それに異議はありません。
どう納得したかを言い換えてみます。

ある言語が、差別語であるかどうかは、その差別の根本に照らし合わせて、使われ方を吟味し、検討を加えることと、事後の啓蒙活動が必要である。 
それをしないで、いきなり「言葉狩り」をするのは問題があり、場合によっては差別を助長することにもなる。
しかし、その差別が現実に存在し、それによって苦痛を感じる人たちがいる限り、とりあえず、その言語を禁止用語とすることも、消極的には肯定する。
ということでいいでしょうか?

367吉岡:2004/10/09(土) 13:44
>>359 イカフライさん
> この抗議された場合,発信者が無条件に取り下げてしまう,というのは、抗議する側の問題ではなくて,受け手の問題ではあります。
 殆どの場合,発信者個人というよりは、発信を請け負う人と言うのでしょうか,出版の場合編集部,テレビの場合,ディレクタ−とか。

これに同意します。その人たちの事情については、よく分かりませんが、わずらわしいことを避けようと言う意識には違いないように思います。
しかし、出版物やテレビ番組の場合は、特定の人たちだけが見ているわけではありません。
その抗議が、ある特定個人の嗜好であり、社会的には、問題とされたり非難されたりしない内容であるなら、計画を変更したり、発売禁止や放送禁止にする方が、むしろわずらわしいはずです。
だから、発売禁止や放送禁止にするのは、抗議意見に対して、相当数の支持者がいると判断する場合のことだと思います。

> で、被差別感、侮蔑感を感じて抗議行動にまで出る人がいる反面,全く、そういった意識を感じない人もいるわけです。これらの人々がそのメディアを楽しんでいるのに,例えば最悪放送中止などの形をとる事は,その受信者の権利ってどうなるんだろう、というのが一つです。>>361

そういう意味でも、抗議内容を公表する必要を感じます。正当な抗議であるなら、それは抗議者にとっても利益であるはずです。
(《こっそり》発禁にしろと言う姿勢は不当な圧力です)
公表することによって、その抗議の妥当性が問われ、その差別事象に対する啓蒙行動にもなりますから抗議者の理にかなっており、
同時に、「問題作品」は、販売数も上がると言う出版社側の利益にもつながります。

●☆○★○
差別問題に限らない余談になりますが、
その、マスメディアの、力に弱い主体性のなさは、政治・経済・国際ニュースなど、あらゆる分野に横並びの無難な姿勢を貫かせています。警察発表をうのみに報道する姿勢、宮内庁認可の代表撮影写真のみの報道、自衛隊発表のみのサマワ報告。
それに馴化して、報道を無条件無批判に受け入れてしまっている我々の姿勢を正す必要があると思います。
そういう点では、警察発表を受けることからはずされ「特落ち」する心配を振り切って、警察の裏金問題を取材した、北海道新聞と毎日新聞の姿勢を、すばらしいと思っています。

>>363
>〜〜それでも吉岡さんは、味噌煮こみコアラにネガティブなイメ−ジを抱いたのでしょうか?

一度書きましたように、大なべにコアラを入れて煮込んでいるイメージは持ちました。それ以上のこと(知的障害者のこと)は、もちろん考えませんでした。

368イカフライ:2004/10/09(土) 13:50
>>366

>ということでいいでしょうか?

 全く違います。
 
 ある言葉,ある表現についてどのように感じるか?は、100人100様である。
 その限り,誰かになんらかの不快感を与えないものがある、というのは、保証できない。
 しかし、それによってトラブルが起きるケースがあった場合、同じようなトラブルが起きることは現実問題として損失があるので、ある程度客観的な基準を作るしかない。
 つまりは保険のようなものです。

369吉岡:2004/10/09(土) 13:59
>>368 イカフライさん
>しかし、それによってトラブルが起きるケースがあった場合、同じようなトラブルが起きることは現実問題として損失があるので、ある程度客観的な基準を作るしかない。

ということは、「ある程度客観的な基準」に照らし合わせて「差別語」だと認定されたら、
何の検討を加えることもなく、却下・変更 するのも仕方がない。
というお考えなのですか?

それでは確かに私とは違いますね。
私の考えで、間違っていると思われる点を、指摘していただけたらありがたいです。

370イカフライ:2004/10/09(土) 14:03
>>369

>>367でずばり
>どのように感じるか?は、100人100様である。
と書いているんですが。

 あの、個人的な話で申し訳無いのですが、私の文章にはどこか根本的な欠陥があるのでしょうか?
 実は,今,ある友人と801小説本を出そう,という計画があるんです。
 まあ、その友人も忙しい人なので、いつになるか、そもそも実現するかどうかも解らないのですが。
 自分でも文才があるとかうぬぼれてはいませんが、ここまで通じないと、やはり、文章なんて書くこと自体,無謀なのかなあ、と。
 いささか、悩み始めています。

371吉岡:2004/10/09(土) 14:34
>>370 イカフライ さん
>>どのように感じるか?は、100人100様である。と書いているんですが。

だからつまり、その中には、ある差別によって、死ぬほどの苦しみを受けている人の感じる気持ちもあるわけで、それを考慮に入れない社会を目指すのでしょうか?
言葉はその一端なのですが・・・・

>自分でも文才があるとかうぬぼれてはいませんが、ここまで通じないと、やはり、文章なんて書くこと自体,無謀なのかなあ、と。

通じぬ思いは同じですが(笑)
いましている話を、100人100様の感じ方をする全ての人に
理解される文を論理的に書くことは、小説を書くこととは違う種類の能力が必要だと思います。
小説は(マンガではなくとも)ドラマ展開の構図が必要で、
そういう意味では、情の部分の絵画的な表現能力も必要になってきますね!?
(釈迦に説法ですが・・・・(笑))
今までマンガを描かれて、それがお金になっていたのですから(私の勝手推理です)、
その才能があるのではないかと推察します。

372延々:2004/10/09(土) 18:40
>>306,333-334
ROMってばかりで久々に書き込む上に、終わりかけっぽいことで恐縮ですが...(^_^;)
吉岡さんは「きょうこさんは謝罪した、だが非難は続いた。それはおかしいじゃないか、」
ということのようですが、
きょうこさんはその後、名前を変えて鎮火を計った(?)ようです。いわゆる自作自演ですね。
少なくとも、BBSの管理人もそう判断し、当該発言を削除しています。
ですので発言自体は残っていないですが、レスから再構成してみると、
( http://web.archive.org/web/20030706175407/www.yorozu.indosite.org/keijiban/main/474.html から。)
> ここで投稿される方は少し自己顕示欲が強すぎて、
> 他人の意見をもう少しうまく聞く事が出来ないのではないでしょうか?
> 私は「味噌煮込み」という言葉ですくなくとも不愉快な気持ちに
> 人がいるということですので、そういう場面では少し注意したいと
> 思います。
> もし電車の中や街の中で彼等に会った時、ちょっと味噌煮込みという
> 言葉を控える事は、みなさんにとっては何でもない事だと思います。
> おそらくほとんどの場合が問題ないと思うのですが、中にはその
> 嫌な意味を知っていることも有るかと思います。どうか皆さんご協力
> お願いします。
> 今回の論調を読む限りではすくなく
> とも私が「間違い」となるでしょう。その方々がいったいどういう
> 判断をされるのかが非常に不安です。
これを読む限り、他の人を中傷し、かつ「使わないのが当たり前」的な発言に思えます。

これも批判が続いた一因かも...
そんなに詳しく批判の言葉は抽出するのに、これは読まなかったのでしょうか?

373吉岡:2004/10/09(土) 18:49
>>372 延々さん 
はじめまして。
もちろん読みましたよ。
議論が輻湊するので、その問題は出しませんでした。
その件に関しての批判は、あってしかるべきだと思います。
私が抽出したのは、あくまで本筋の件での批判(非難)です。

374吉岡:2004/10/09(土) 19:03
>それ以外はやはり差別用語扱いで、出来るだけ使うのを控えろ、という基調は変えていません。

この件に関しては、きょうこさんにとっては「差別用語」に違いないのです。
差別用語として使われていたから、訴えたのですから。
謝罪したのはあくまで、コアラさんが、悪意でつけたハンドルではなかったのに、誤解したと言う点です。
きょうこさんの訴えに、2面があると言ったのがその点です。

そして、流れの中で、かえって味噌煮込み発言が増えそうな勢いなので、
知的障害者の前でそれを言うことによって、彼らが傷つくことを恐れて、改めて訴えた。
あくまで、禁止すると言う上段に構えたものではないと、私には思えます。
私自身、前に述べましたが、本物の味噌煮込みうどんなどを注文するときには
大声で注文するけれど、食事と関係のない場面では、ちょっと注意しようと思うと。

375イカフライ:2004/10/09(土) 20:21
吉岡さんのほうが,私より文才がありそうです。

>ある差別によって、死ぬほどの苦しみを受けている人の感じる気持ちもあるわけで
 この「死ぬほどの苦しみ」という表現は文学的だな,と思いました。

 言葉って言うのは,本当にその人によって千差万別だなあ、とさっき晩飯のしたくしながらあるサイト,ちらっと見てもつくずく感じましたよ。

 そこは、少し前まで結構カキコしたりチャットにも参加した事のあるサイトです。
 詳しい経過や、ましてやリンクなど省きますが。

 私がそのサイトにカキコもロムさえ一切止めたのは、個人的に非常に傷つき怒り,不快な事があったからです。
 で、その理由が,そのサイト参加者は、欺瞞とごまかしばっかりいっているから、でした。

376イカフライ:2004/10/09(土) 20:33
 で、あるきっかけで、そのサイト(正確に言えばリニューアルしてるので、全く同じサイトじゃなんですが)で、管理者が
「自分がネットをはじめてからずっと決めていた事がある,それはうそをつかない、ということだ。
そして、意識的なウソをついたことはないし、このみんなは、ウソをつかない」
 みたいなこと、書いていたんですよね。

 私,最初,「なんてしらしらじいことを、また」と腹立ったんですが,その後,ちょっと冷静に考えたんですよ。
 もしかして、彼等の「ウソ」と、私の「ウソ」って違うんじゃないか、と。

 私からすると,すごく欺瞞的に思えたものは,彼等にとっては,本当にホンネだったのかな,と。

 ものの受け取り方って,本当に解りません。

377吉岡:2004/10/09(土) 21:50
イカフライさん
なんと申していいのやら・・・・

掲示板をやってみると、意見が違えば、理解度が違うのは当然とはいえ、ええ? どうして?
意外性の連続で・・・・
面白いと言えば、面白かった。

レスがあるということは、レスした人だけは、少なくとも読んでいるわけで
そのレスが、くらくらするほど 誤解・曲解 に満ちていようと、
全くレスがないに比べれば書き応えがあるし。

375と6に関しては何のことか分からなくて、レスのしようがないですが
ま、「読みましたサクラマーク」のハンコ代わりに(笑)

378D.R.:2004/10/10(日) 11:45
とある欺瞞に満ちた内容のサイトがあった。
そのサイトの管理人は「嘘をつかないと決めている」と言う。
「あれだけ嘘を重ねておきながら白々しいことを言うな」と思ったが、
もしかしたら、私が欺瞞に感じたことも、彼等は真実と思っていたの
かもしれない。
もしそうなら、この事例を以って、人の考え方って色々だなぁと感じた。

そう言っているように思えますが。
私の人並みの読解力を以ってすれば。

379吉岡:2004/10/10(日) 12:04
D.R. さん。
そうですね。人並みの読解力で私もそう思いました。
そのいろいろの考えという、意外性の連続が、もしかしたら
掲示板の醍醐味かも知れないですね。

ただ、例示されている内容については
嘘の基準が違っているのかどうか、欺瞞と思っていたことが本音であったのかどうか
イカフライさんにも?がついているくらいで
具体的な検証が出来ない身には、「私なりの判断」も、導き出すことが出来ませんが・・・

380D.R.:2004/10/10(日) 20:08
いや、だから、今話されている一件の、

ある人が差別的表現だと指摘した事柄について、
本人はそれを差別的だとは思っておらず、
他の多くの者も差別的だとは思っていなかった。

という一面を、件のサイトの管理人の姿勢を通して
「人のものの感じ方は色々だな」と感じたのになぞらえた
のでは無いかと思うのですが。

381イカフライ:2004/10/10(日) 23:12
>>378

はい、DRさんの解釈でたいていその通りだと思います。

 で、本題に戻りますが。
 
 ある人々が差別を受けている,という事と,その人々がある言葉,ある表現によって(発信者がその意図がないにも関らず)被差別感を感じた,ということは違う事なのではないか? というのが、この話の中心なのです。

382イカフライ:2004/10/10(日) 23:24
 吉岡さん。
>>375-376のサイトのリンクを引く事は容易いんですが、したくなんですよね。
 てとは、ひとつは、陰口みたいなんで、いいたいことがあるなら,私がそこで言えば良いだけのことです。
 たた、これはあくまで私個人の感情なんですが,もう一切関りたくない、ってのがホンネです。
 思い出したくない,ってのかな(笑)。
 
 まあ、これは私が一番嫌いなのが,欺瞞,だからでしょうね。
 これ、αスレにも書いた事なんですが,イジメはいえない、といいながら、一方でイジメを見過ごす。
 それどころか、イジメの現場ではイジメッ子に味方するようなそぶりすら見える。
 で、そういう連中が,「イジメを止めたら自分がいじめられるのがイヤ」というのは、納得はしないが、理解は出来る。
 でも、そういう時に,「でも、いじめられる方にも原因が」とか言い訳するのが、ワシは、一番嫌い。
 なら、イジメッ子の方が,まだまし。

 で、そのサイトの人達は、そういう連中だ、と感じていたんですよね。
 それはそのサイトでも言いました。

383イカフライ:2004/10/10(日) 23:33
 まあ、詳しく説明すると,その時の,イヤな(笑)思い出が甦ってくるので,省きますが,その時も,
「イカフライさんが出した結論なら,仕方ありません」
 みたいな、逃げの姿勢をとられて,まあ、それでも、その人は,一応,答えただけましなんですが、他の人は、やばいことにはクチをつぐむ,みたいな感じで,なんか、ずるいな,と思ったんですよ。

 ただね、うーんどうなんだろう、と思ったのはね,波風立てずに,その場をしのぐ事が,一番の処世術だ,と思ってる人っているんだよね。
 処世術、というと、あまり良い使われ方はしないけれど、それによって和を保つ,というかなあ。
 まあ、リアルではするよね、それってみんな多かれ少なかれ大人だから。
 でも、せっかくネットなんだから、と思うけれど,その場で聞こえのいい事だけ言って,ケンケンガクガクになりそうなことは避ける,っていうのが、良い事だ,というのを信条にしている人って言うのもいるのかもしれないな、と。

384イカフライ:2004/10/10(日) 23:38
まあ、今,話に出ているサイトが「異論,反論,大歓迎」とか書いてあったんだんで、余計に
「いってる事とやってる事が違う」という怒りもあったんだけれどね。
 実際,私ではなく,異論反論した人を二人,アク禁にしたりしたようだから。

 でさ、なんで、こんなここの人達の知らない事,出すか,というと、
「異論反論と誹謗中傷の違いは?」って事にもなるよね。

385吉岡:2004/10/11(月) 00:02
D.R.さん、イカフライさん
出かけていて今帰ったばかりです。遅くなりました m(__)m

ここでも「意外性」の面白い展開が始まっていますね。

「とある欺瞞に満ちた内容のサイト」と言うのは、発信したイカフライさんすら、断定的には言っていない表現なのですが、D.R.さんは、その表現から、「欺瞞に満ちたサイト」と、断定的な表現をしています。
私には、イカフライさんの話を聞いただけでは、そこまでは断定的な表現は出来ません。
だから私に言えるのは、「イカフライさんには、欺瞞に満ちたと感じさせるサイト」という事実以上のことは読み取れないのです。
つまり、そのサイトの人たちは、欺瞞に満ちてなんかいない可能性もあると思うのです。

発信者がどういう意図を持っていようと、イカフライさんにはそう感じたのであって、そう感じたというのが単にイカフライさんの誤解だけかというと、内実を知らないD.R.さんまで、それを肯定したわけです。
発信者が欺瞞に満ちているのかどうかを検証しないままで、そう決め付けてもいいのですか?
受信者のイカフライさんがそう感じたら、それは事実になるのでしょうか?
(ダブスタ談義なのですが理解されるかな?)

イカフライさんは、振り返って見れば、それはそのサイトの住人と自分との間での、感じ方の違いかもしれない、彼らの中では、欺瞞に満ちてなどいないで、そう思ったのは感じ方の違いだけなのかも知れないと、今思いはじめました。

しかし、本当に欺瞞性に満ちている場合も当然ありえますよね。
その場合には、どう対応すべきなのでしょう?
掲示板くらい、見ないで置くこともできますが、自分に向かってのっぴきならない関与を迫られる場合もあるでしょ?

「いろんな感じ方があるのだから、その表現を差別だと感じないものは、感じるものに遠慮などしないで、自由に使ってもいいのだという結論」が、この例示から導き出せる根拠が私には見つけられません。

386番長:2004/10/11(月) 00:26
>>382
面白そうな話じゃないか。俺も一つ咬ませて貰うとするか。

リンクなら俺が貼ろうか?困るのはイカさんの方だと思うよ。売春合法化、教団の家族入会の話題について、何ら有効な反論も出来ず、人格非難に終始した挙句、尻尾巻いて遁走したのはイカさんだからね。

387吉岡:2004/10/11(月) 02:31
番長さん、はじめまして。
リンクの件ですが、私はそれを望みません。
二つの家族が和気藹々と、同じテーブルを囲むようなリンクなら、それは歓迎ですが、批判をするためにリンクを張っても、ろくな展開にならないと思うからです。
「きょうこさん問題スレ」にしても、リンクされたものを、一素材として、叩き台として、語り合いましたが、内心忸怩たる思いがありました。
理由は、そのスレの参加者のあずかり知らない此処で、欠席裁判的に解剖するわけですから、いくら匿名掲示板とはいえ、解剖されるものにとっては愉快なはずがありません。
意見をコトにする人によって「読み取られる」ことが、似て非なるものになるのは、ヤスツさんの「まとめ」をみて、クラクラした経験からも、良く分かります。
たとえ相互リンクをしたとしても、不愉快な解剖に対して、相手方のスレッドに突然抗議に出かけるのは、かなりシンドイことではないかと思います。かといって、言われっぱなし、誤解されっぱなしと言うのも不愉快なものです。
そういう意味で、私は、議論テーマは、よそから引っ張ってくるのではなく、それぞれのスレに新しい話題として、誰かが責任を持って提出するほうがいいと思っています。

388D.R.:2004/10/11(月) 10:00
>>385

>>378のあの文は、イカフライさんが一人称として語っているという前提です。
だから、イカフライさんの主観として断定的に書いています。
これは文脈から読み取っていただけると思ったのですが。
字面を表面的に追うだけではなく、「言わんとしていること」を
理解することも必要では?
それとも、保険の約款のように水も漏らさぬ正確な表現で、
どれだけ意地悪な読み手であっても書き手の意図する以外の
解釈ができないような書き方をしなければ、この程度の事も
読み取れないのでしょうか?

389吉岡:2004/10/11(月) 10:16
>>388 D.R. さん
>イカフライさんの主観として断定的に書いています。

つまりイカフライさんが主観として述べていることを、私が読み取らないでレスしていると判断したから、わざわざ書かれたレスでしょう?
そうでなければ、あなたは、全てのレスの「読解」を示さねばなりません。

イカフライさんが主観として書かれたことに対しての、
《あなたはそう思ったのですね。しかし、客観的には、それが正しいかどうか判断のスベがありませんから、その内容に対してはコメントが出来ません。「読みました」とだけ言っておきます》
と書いた私のレスの「読解」も示すべきでしょう。
それは読み取れなかったのですか?

>>387 で私が述べていることも「読解」を書いていただきたいと思います。

390吉岡:2004/10/11(月) 10:26
D.R. さん
やっぱり、あなたは私にとっての「意外性の連続」という、掲示板の醍醐味を与えてくれます。

>という一面を、件のサイトの管理人の姿勢を通して
>「人のものの感じ方は色々だな」と感じたのになぞらえた
>のでは無いかと思うのですが。

「人のものの感じ方は色々だな」と言うことを述べるために、
そのサイトを読んでもいない集団の中に、主観をぶつけてくる必要が、どこにありますか?
このスレの中にも 「人のものの感じ方は色々だな」 と言うべき材料は
嫌ほどあるのに、です。

391イカフライ:2004/10/11(月) 10:27
>>385
 江戸の喧嘩を長崎でする気はありませんので,これはあくまで番長さんとの個人的会話です。
 多分,他の人は一部を覗いて事情がわからないと思いますので。
 私としては,あそこは優しい人さんに見放されたと言う事で、全てを現していると思いますが。

 ここからは、みなさんへ。
 ただ、番長さんがリンクを貼ること自体は,私がどうこう言えることではありません。
 そこで、こちらの参加者が
>売春合法化、教団の家族入会の話題について、何ら有効な反論も出来ず、人格非難に終始した挙句、尻尾巻いて遁走したのはイカさんだからね。
と判断されるかどうかは解りません。
 ただ、それが番長さんの判断である、という事だけではあります。

392イカフライ:2004/10/11(月) 10:43
>>387

>そのスレの参加者のあずかり知らない此処で、欠席裁判的に解剖する

2ちゃんねるにあるオチスレというのがこれですね。
 ヤスツさんはじめ皆さんがこちらに来られてしばらくは、自衛隊板の「反戦平和アクション」もここのオチスレになっていました。
 今,私が例に挙げているサイトも「心と宗教」板で、オチされていました。
 一時期,私の知り合いも少々関っていたある活動のサイトもオチスレが立っていましたし,そもそもネットウヲッチという板が2ちゃんにはありますね。
 私が,大手小町というサイトを読んで見たのも,オチスレがらみでした。まあ、あそこ(小町)はつまらなかったけど。

 オチスレには,確かに吉岡さんの言われるようないやらしさはあります。

393吉岡:2004/10/11(月) 10:49
イカフライさん
まだ私が言っていることは、理解されないですね。
少しでもまともに考えようとする「こちらの参加者が」「判断のしようのない」
話題を持ってこられるのは、場違いです。
相互リンクを張ったところで、害あって益なしです。
>>387 で私が書いたのは、番長さん当てにはなっていますが
実は最初に話題を振ったあなたに対して述べたものです。

内容の正邪は私の判断する問題ではありませんが、
最初に「江戸」の話を「長崎」に持ち込んだことについては
あなたが誤りを認めて謝罪すべきだと思っています。

この掲示板をヲチスレにはしないほうがいいと、私は思います。(個人的に)

394イカフライ:2004/10/11(月) 11:02
>>392の続きとして。

 オチスレはいやらしさがある反面、「ああ、いい得ているな」と思える部分もあります。
 参加当事者が目の前の議論に夢中になってて気が付かないことを客観的に見ている,という部分で頷ける点もあるので。

 で、あくまで個人的な遊び(というと、いやがる方もいるでしょうか,いかに真剣であろうが,仕事ではないプライベートな行為である以上,「遊び」の範疇にある行為だと思っています)であるネット掲示板と
 出版や放送など、ある程度,公共性のある仕事であるメディアを一緒には出来ない部分はありますが。
「不特定多数の人間が見る」
 ということでは共通すると思えます。

 このサイトも、レスしている人以外にも,ロム者はいるでしょうし、また、どこまで紹介されれば,そこではじめて見た人は増えるでしょう。
 そういう点では,ある種の公共せいがネットにはあるわけです。

395イカフライ:2004/10/11(月) 11:28
吉岡さんもネットサーフィンをされると思いますが、時々,掲示板があった形跡のあるサイトっていうの、ありませんか?
 少し前,私の知り合いの人も自分のサイトの掲示板を閉めました。
 理由はさまざまだと思いますが,個人のサイトなら、自分の意にそぐわない意見を削除したり,時間的精神的に管理に耐えられなくなったりしたら、閉じる事も問題無いと思います。
 それを言論統制とか騒ぐのも,なんだかな、とか思うんです。統制されないところにいけばいいじゃない、と。(例えばここ談話室とかね)。

 まあ、今,話題になっているサイトに関しては,うざい自分語りをした事は、あやまりますし、軽率だったとは思います。
 私以外にも,あのサイトのことは,思い出すだけで不快に思う,怒りがこみ上げるという方も,多分いると思うので。
 ただ、これを読んで,そちらの方がどう判断されるか、どう行動されるか,までは、解りません。
 個人の感性は止められない,というのが、ここだと思うのです。

396イカフライ:2004/10/11(月) 11:40
私が、ここ談話室2がすごいな、と思うのは,一見どんなに場が荒れても,反対意見を決して削除しない事です。
これは、うろちいさんの人格によるものだと思います。
 吉岡さんは、最近参加されたので、ご存知無いと思いますが,ヤスツさんと私,最初の頃は臨戦体制でしたよ。
 それは、最近お目にかからない柏葉さんも緑さんともそうでした。
 ただ、これは今にして思うことですが,皆さん、意見が違えどもきちんと向かい合って話す事に対して非常に誠実な方々からだと思っています。
 とは言え,これは個人の性格や耐性によるものもあると思います。
 実際,ネットの対立がリアルでの生活や仕事にまで精神的な影響をしてしまう人はいるようです、個人的にはそういう人は掲示板なんてやらないほうが良い,とは思うんですが。

397吉岡:2004/10/11(月) 11:47
>>395 イカフライさん
どうしてもダブルスタンダードから抜けられないようだ。
きょうこさんの謝罪レスの中に、傲慢さがあったから、謝罪後も批判を受けて当然だと言う姿勢を今も崩しておられないのですが、あなたのこの謝罪はそれ以上です。
彼女は少なくとも、コアラさんに向かって謝罪していました。

>私以外にも,あのサイトのことは,思い出すだけで不快に思う,怒りがこみ上げるという方も,多分いると思うので。
これを書いて、謝罪を打ち消していることは気づいていますか?
あなたの謝罪は「あのサイトのことは,思い出すだけで不快に思う,怒りがこみ上げるという方」に向けられています。
あなたの「ヲチレス」に腹を立てられた、番長さんたち「サイトの人」に向けられてはいません。

「江戸」の喧嘩を「長崎で」売っているということに、気づいてほしいです。

398ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/11(月) 12:31
土日はあまりPCに触らないので、どうしても乗り遅れがちです。

>>365

一人の人間がバッシングを続ける場合、「それは納得がいっていない。謝罪は受け入れない」ということであり、
複数の人間がそれぞれに反論を(散発的に)した場合、「それぞれの意見は、統一されているわけではない。謝罪は受け入れない人もいる」ということでは?

バッシングは、「きょうこさんの立場」から見ればそうでしょうけれども、すべての反論者が同一人物なわけでも、同一の思考を持っているわけでもないわけですから、思想統制をするつもりでもないのなら、それ以上追及しても無意味なのでは?
それとも、バッシングをなくさせるために「思想統制をすべきだ」というのが吉岡さんの主張だということであれば、容認はできませんが理解はできますよ。

>私の方の、独自解釈ですが、「《事件を引き起こしたけれど》災い転じて福となればいい」と、希望したのだと思います。

それも微妙な変更まとめですな(笑)

>>367
出版物やテレビ番組に対する抗議の背景には、「抗議を飯の種にしている総会屋のような組織」がいることをご存じでしょうか?
「差別をネタに訴訟をされたくなければやめろ」「民事訴訟を起こすぞ(=民事訴訟=賠償金の請求)」「スポンサーに対して不買運動をするぞ」
抗議に同意する正義の人がいっぱいいるからではなく、企業にとって不利益になるからやめる。それだけのことです。

吉岡さんが言うところの「その人達の事情」には、そうしたものもあるわけです。
肢体不自由者の乞食が自分の身体の不自由をダシに、憐れみを買って金をせびる、という図式。
これ、昭和の初期くらいまでは普通にあった光景で、ちょっと昔の映画ならそういう描写もよく出てきていました。
歴史的に実際にあったからなわけですけれども、最近はそういう「歴史的に実際にあった光景」というのを描写すると、抗議を飯の種にしている組織から猛烈に叩かれてしまう。
なので、やらない。
やらないことによって、歴史的事実は薄れて消えていく。
悲しいことですね。正義を口実にした歴史修正というものを、当事者は正しいことだと思ってやってるわけですから……。

>抗議内容を公表する
 その時点で「抗議」の旨味は消えてしまうそうですよ。
>問題作品は販売数も上がる
 いえ、ほんもんの問題作品は、回収しなければなりませんので却って減益です。
 たぶん、週刊誌vs田中眞紀子などのケースを想定しているのだと思いますが、短期売り切りの雑誌とそれ以外の書籍は売れ方が全然違いますので。

>マスマディアの主体性のなさ
 ないほうがいいんじゃないですか。最近のマスメディアはむしろ、「解説」と称して記事の中に希望や要望を添えるようになってきています。
 社説として述べるべきことと、事実の紹介を混同するのは、奇妙な主体性=権力の実在を意識し始めているからでしょう? 「俺たちが選挙で勝たせてやったのだ」みたいな。
 「俺たちが社会悪を暴いてやるのだ」みたいな。
 その意味で、北海道新聞と毎日新聞の姿勢は特に問題が大きいように思います。記者個人のものなのかデスクの指示なのか、恣意的な記事が多くてダメダメですよ。
 朝日新聞も恣意的な記事が多いですが(感情に訴えかけるヒステリックな記事がうまいですから)、最後の3行を読まなければおもしろい記事をけっこう広く拾っている点だけは評価できます。
 そういえば、朝日新聞なんかは「日比谷焼き討ち事件」「満州独立」「ゾルゲ事件」「マッカーサー失脚」「教科書問題」「南京事件」「強制連行」「従軍慰安婦」と、ことごとく、「主体性を持った恣意的な記者」が日本の岐路を阻害していますね。
 その意味でも、マスメディアは主体性を極力持たず、「報道」という客観性の確立に立ち戻るべきなのではないかと。

399ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/11(月) 12:46
>>371

百人百様である、という言葉からなぜそれが引き出されるのでしょう(^^;)

「人の感じ方はそれぞれであるから、特定の誰かの意見だけを残りの99人に反映させることはできない」
「自分の感じ方を、他人に押し付けることも難しい」

で、「考慮に入れる」というのは、

1)聞くだけは聞いておく。ただし、言われた通りにするとは限らない
2)聞いてしまったら、言われた通りにしなければならない

のどちらを指して言って居るんでしょうか?
私は(1)だと思いますが、(1)の場合、「考慮はしたけど対処はしない場合もある」わけですが。

>>376-377

相手が誤解するのは、

1)相手に理解力がない
2)相手に理解する意志がない (1)とは似て非なるもの
3)自分の説明が不十分だ
4)相手と自分の間に、共通語がない(言語がない)
5) (4)のバリエーションとして、「語義が共有されていない」

にあるのではないのか、と……。
そして常々思うことなんですが、「相手の言い分を理解せず、自分の言い分だけを言い続ける人」が結局は強いんですよねえ。
相手の言い分を理解する努力をする人は「あなたが言いたいのはこういうことか?」という確認をし続けるし、それが最終的に相手の言い分と合致した場合、相手は「やっと自分の正しさが伝わった」と思うだけで、逆の立場に立って相手の主張を理解するということはしないわけで、相手の立場と主張を理解する努力をした人は、理解のし損ということになります。
吉岡さんの主張を理解する努力は続けるつもりですが、吉岡さんはご自身と対立する相手の主張を理解する努力は一切せず、ただ「誤解された曲解された」と騒ぐだけに終始して、いずれは「やはり自分が正しかった」という満足に落ち着くのでしょうね。
少し羨ましいです。

400ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/11(月) 12:54
>>380

ですよね。

>>385

どうして吉岡さんは、引用の趣旨から外れた枝葉末節なところに入り込んでしまえるのでしょうか。
それは一種の才能なのですか?

>>386

こちらではご無沙汰です。
あちらの方々はお元気でしょうか。

ところで、このスレのテーマの確認は必要でしょうか?

スレの現時点での本旨は、

1)発信者Aの発言が、受信者Bを傷つけた
2)発信者Aは、受信者Bを傷つける意図はなかった
3)受信者Bは、発信者Aの意図が「恣意的」なのか「無意識」なのかわからない
4)受信者Bが発信者Aに「差別語」だと抗議した場合、発信者Aは受信者Bの抗議を全面的に受け入れるべきか?
5)差別語かどうかを決定するのは受信者B(被害者)であり、発信者A(加害者)は「無意識の場合」であっても「罪を償わなければならない」か?

と、だいたいこんなところのようです。

くれぐれも、別板・別スレの話題は別スレで。

401ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/11(月) 12:59
>>388

吉岡さんは、仮にそう書いても読み取れないと思います。
自分で吐いた唾しか飲めない人(自分の選んだ言葉以外での表現を許さない人)のようです。

>>390

吉岡さんはヤスツの主張をヤスツの思い通りに読み取ることができない。
ヤスツは吉岡さんの主張を吉岡さんの思い通りに読み取ることができない。

吉岡さんはそれを「ヤスツは曲解している」と言い、
ヤスツはそれを「吉岡さんは自分の選んだ言葉以外での表現は受け入れない人」と考える。

こういうのを百人百様というわけで、受け取り方は人によって違うのだから、特定の誰かが「私は傷ついた!」と訴えるのと、「俺は傷つかない!」と言い返すのは等価値であり、どちらか一方の主張だけを正当化して受け入れることはできない。

しかし、吉岡さんは「被害者の肩を持つことを正当化する」ために、対立する意見を「バッシング」と呼び、自分の主張を受け入れない別の主張を持つ相手を「曲解している」となじるわけですね。

402ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/11(月) 13:13
>>392,394

あるけれども、それもまた掲示板という一種のタイムマシンの効能かもしれません。
話題が話題を呼び、議論は拡散することで議題の存在を知らしめ、少数で煮詰まっていたテーマが、どこかで解決されるかも知れない、という。
最初の議題を論じていた人から見れば「あずかり知らないところで……」というのはいやらしく思えるかもしれませんが、その一方で、「自分たちが手に負えなかったテーマを、自分たちよりうまく解決できる人に繋ぐ機会」になるかもしれないわけで、功罪はあると思います。

ちなみに、>>392のイカフライ女史の解釈に少々の補足を加えるなら、自衛隊板の反戦平和アクションスレは、元々は談話室にはタッチしていなかったんですが、うろちい氏ご自身が「新人勧誘」として反戦スレに書き込みをされ、それと前後して反戦スレに巣くっていた荒らしが談話室に書き込みをし、私が書き込みをし、他何人かが結果的にヲチをする形になった、と記憶しています。

>>393

そんな話はもうどうでもいいです。
すでに、D.R.さんが引用意図を解説済みですし。

>>396

イカフライ女史とヤスツは、臨戦態勢でしたねえ。
今後だって、違う論題で違う主張を持てば、それぞれ対立することもあるかもしれません。
同一人物ではないのだから、自分の主張が常に相手と同じになるとは限りませんし、それは仕方のないことです。
その中で、相手の主張を取りこむことと、自分の主張を相手に解って貰うことの双方を続け、最終的に「同じ答」にたどり着かなくても、それはそれでいい、と思っています。
まずは問いが共有でき、選択肢が共有できれば、その選択肢からどの解を選ぶかは、それこそ個人の自由ですし。

掲示板などで「不適切な書き込みは、管理人が基準を設けて削除すべきだ」という主張をする人がいますね。
また、管理人自身がそういう主張を持っていて、自分の判断で削除をするというケースもあるかと思います。

この「掲示板の書き込み」を無意識に使われた言葉、「管理人が削除する」というのを差別用語に認定して、言葉狩りリストに入れると読み替えると、談話室がなぜ人が絶えないかの説明になるかもしれません。
同時に、なぜ「弱者の被害を根拠として、特定の言葉を禁止するのがよくない」のかの説明にもなっているはずですが、吉岡さんにはちょっと難しいでしょうか?

>>397

イカフライ女史は>>396 で「謝るし軽率だった」と謝罪していますが、あなたは受け入れないで、さらに引っ張るんですね?
ダブスタだなぁ(笑)

403イカフライ:2004/10/11(月) 13:42
>>397
>あなたの謝罪は「あのサイトのことは,思い出すだけで不快に思う,怒りがこみ上げるという方」に向けられています。
あなたの「ヲチレス」に腹を立てられた、番長さんたち「サイトの人」に向けられてはいません。

私はあのサイトの人達にここで謝罪する必要はない,と思っているからです。
 私の謝罪の必要は
「殆どの人にしか解らない他スレのことを、自分語りのようなうざさで引いてしまった」事。
 そのサイト参加者が、話のテ−マに関係無い江戸の喧嘩を長崎で,しそうな可能性を結果的に生じさせて、このスレを拡散させそうな事,に関してです。

 まあ、その拡散に関しては,番長氏の理性に期待するしかないのですがね。

404イカフライ:2004/10/11(月) 13:46
ただし、逃げ口上としてはね、私が話に出したサイトと、番長が話しに出したサイトは、全く異なるものかも知れない,って可能性もあるんですよ。

 二人とも,具体的なサイト名も言っていないし,それこそ勝手に思いこんでいるだけかもしれない。
 実際,私がどこのサイト見てるか,解らないでしょう。

405イカフライ:2004/10/11(月) 14:02
>>402

>掲示板などで「不適切な書き込みは、管理人が基準を設けて削除すべきだ」という主張をする人がいますね。
また、管理人自身がそういう主張を持っていて、自分の判断で削除をするというケースもあるかと思います。

>この「掲示板の書き込み」を無意識に使われた言葉、「管理人が削除する」というのを差別用語に認定して、言葉狩りリストに入れると読み替えると、談話室がなぜ人が絶えないかの説明になるかもしれません。
同時に、なぜ「弱者の被害を根拠として、特定の言葉を禁止するのがよくない」のかの説明にもなっているはずですが、吉岡さんにはちょっと難しいでしょうか?

 出版や放送などのいわゆるメディアとネット掲示板が違う点は,一方方向か,双方向か,というのもありますね。
 前者の場合,作家と読者,番組製作側と視聴者、というように発信者と受信者ははっきり区分されていますが,ネット掲示板の場合,どちらも発信者に成る,受信者にもなる。

406イカフライ:2004/10/11(月) 14:09
1)発信者Aの発言が、受信者Bを傷つけた。
 
 これで言うと,発端がどちらかが解り難いケ−スが、ネット掲示板には多いです。
 ある話題が契機になって,掲示板があれる,というのは、本当に良くあることですが、果して誰が発端だったのか?
 その発端の捉え方も参加者によって異なるんじゃなかろうか?

 で、ですね、私のあくまで経験ですが,ネット掲示板があれた時,自分がいかに傷ついたかを喧伝し始める人っています。
 でも、大抵の場合,そういう人っていうのが、一番相手を傷つけていたりするんですよね。
 でも、「傷ついた」という自己申告に同情してか,その傷ついた人の側に立って、「傷ついた人」が傷つけられたといっている相手を、攻撃したがる人って多いんですよねえ。
 なんか、か弱いお姫様を守るナイトになった気分なんでしょうか,あれって。

 これ、随分前レスでも書きましたが,いい大人がたかがネットのやりとりで,傷ついたのなんのって言うなよ,恥かしい,って見栄,というか、意識が私にはあります。
 その価値観から言うと,それでも、傷ついたなんて自己申告できる人は,余程傷ついてるんだろうな,とも思います。

407イカフライ:2004/10/11(月) 14:14
 けれど、もしかしたら論理で勝てそうも無い場合に,
「あたしはこんなに傷ついたのよ」
って、悲劇のヒロインを演出することによって同情を惹こう,という作戦の人もいるかもしれませんね。
 本当に傷ついたなら,それに触れる事も出来ないかもしれないですし,それこそ、そのサイトは、ロムも止めてさっさと去るものかも知れません。

 一方が「傷ついた」と悲劇のヒロインを演出し,一方が,人格攻撃に耐えあくまで冷静に論理的に応対した場合,本当に傷つくのはどちらなんでしょうね?
 
 弱者の例で言えば,傷ついたと喧伝できる人はネット弱者かも知れませんし、それに耐えられる人はネット強者かもしれません。
 そう考えると,弱者ブリッコの戦法もアリかな,とも思えます。

408味噌煮込み番長:2004/10/11(月) 14:27
ハンドルも新たに華麗な投稿w
俺の味噌煮込みは旨いと思うよ。マジで。


ちゅうことで、味噌煮込みコアラ&差別については後程詳しく書くとしませう。


京都の鰻屋『かねよ』より

409味噌煮込み番長:2004/10/11(月) 15:43
>>400
こちらこそご無沙汰でっす。
あちらの方々は、無上の覚りを得た為、ネット涅槃へ至っておりますw
私、無謬絶対の栄えある前衛党、共産党にも最近入りまして、共産主義社会革命を
目指して日々邁進している次第。革命成った暁には、反共の徒輩は粛清されますが、
ヤスツさんは特別に労働教化刑で許してあげます(・∀・)

で、スレッド主旨に対する俺の考えを書いておきます。

1)発信者Aの発言が、受信者Bを傷つけた

→勝手に傷ついて下さい。

2)発信者Aは、受信者Bを傷つける意図はなかった

→傷つける意図があっても全然構わない。

3)受信者Bは、発信者Aの意図が「恣意的」なのか「無意識」なのかわからない

→然り。

4)受信者Bが発信者Aに「差別語」だと抗議した場合、発信者Aは受信者Bの抗議を全面的に受け入れるべきか?

→反対。自分の信条に従って進退を決めれば好い。
 ただその場合、反論批判は当然覚悟すべき。
 言論封殺とか言葉狩りだとか、泣き言云うなら発言すべきじゃない。

5)差別語かどうかを決定するのは受信者B(被害者)であり、発信者A(加害者)は「無意識の場合」であっても「罪を償わなければならない」か?

→そもそも差別語なる特定の名詞や形容詞があるのかどうか疑問。
 存在も定かでない言葉を、恣意的に差別語認定する権利は誰にもない。
 侮蔑的意味合いの濃い言葉は確かにあるが、どうしても使わねば
 ならないと思うのなら、叩かれるのは覚悟の上、腹を据えて書けば好い。

410D.R.:2004/10/11(月) 20:20
>>401
うぬぅ
>>389-390を見る限り、やはり理解してないな。
基本的な読解力が足りな過ぎるよなぁ、彼は。
なんか、話をする気が薄れてきた。

411三毛猫 </b><font color=#800000>(p3wi1A.I)</font><b>:2004/10/11(月) 21:08
『人により感性は違う』と口にしながら、物事を
語る際には、全てを自分の感性で語り、それが唯
一の現実と言張り、それを指摘されても気づかな
い・・・重度のナルシシズムですね。

根本的に客観性が欠けている事が原因でしょうね。
(客観性とは、AとBの対話を聞いてCがナルシシズ
ムで語ることではありません。あくまでもAならA
のBならBの基準を元にCが物事を見ることなのです)

412D.R.:2004/10/11(月) 21:55
それはCの主観であり、客観ではないよ。
それに、Cなりのナルシシズムでもって
語る事だってありうるわけだしね。

413イカフライ:2004/10/11(月) 22:46
>>411

客観性とはなんでしょうね。

 物事を説明する時,なんらかの思惑がある場合は別ですが,単なる状況説明の場合,なるべく客観的であるように,とは、考える人は多いと思いますよ。
 ところが、同じ現象を説明しても,その一人一人によって内容が微妙に異なる。
 ななさんの例でいうのなら、AとBと対話を聞いても,CとDの語りか違う、この状況ってよっくある事ではないですか?
(というより、これが、殆ど)

414三毛猫 </b><font color=#800000>(p3wi1A.I)</font><b>:2004/10/11(月) 23:10
>>412
厳密にはCの主観ですが、自分の基準ではなく相手
の基準で物事を見る事により相対的に客観性を得ら
れます。
今回の件の場合では、きょうこさんの発言の意図は
きょうこさんの基準で見て初めて客観性を得られる
のであり、きょうこさんの発言を、他人の(きょうこ
さんとは異なる)基準で見る事には、客観性はありま
せんし、それが全てであると思い込むことはナルシシ
ズムであるのです。

客観性は、ナルシシズムと対局にあるものですから
Cがナルシシズムで語る=客観性は成立しません。

415三毛猫 </b><font color=#800000>(p3wi1A.I)</font><b>:2004/10/11(月) 23:44
>>413
)AとBの対話を聞いてもCとDの語りが違う。
CDの片方もしくは双方が客観的に物事を論じて
いない為です。
(客観的と言っても厳密には主観でありますから、
微妙に解釈が違っても、致命的なズレはありません
)
今回の件では、きょうこさんの実像と、イカフライ
さんの内的な欲望と恐怖で造られたきょうこさんの
像とは、致命的なズレがあります。
イカフライさんが、指摘されている問題は、私も問
題であると思いますし、その原因が既存の構造に隷
属しているからであると思いますが、その様な人達
ときょうこさんは対局の位置にある人であることを
イカフライさんが理解してくれると私は嬉しいです
し逆に理解してくれないと悲しいですね。

416吉岡:2004/10/11(月) 23:59
>>398 ヤスツ (CnaUXqoo) さん

>それとも、バッシングをなくさせるために「思想統制をすべきだ」というのが吉岡さんの主張だということであれば、容認はできませんが理解はできますよ。

そういうことではありません。
立場が逆になった場合、つまり「それは差別だ」といわれ、その意図がなかったことを説明しても、なお、納得がいかぬ人たちが糾弾を続けることをも支持するということならば、あなたの姿勢に一貫性があるということです。

>>私の方の、独自解釈ですが、「《事件を引き起こしたけれど》災い転じて福となればいい」と、希望したのだと思います。
>それも微妙な変更まとめですな(笑)

まとめてなど居ないのですが・・・・
はっきり、独自解釈だと断っています。

>>抗議内容を公表する
> その時点で「抗議」の旨味は消えてしまうそうですよ。

だからこそ公表する必要があります。

>>問題作品は販売数も上がる
> いえ、ほんもんの問題作品は、回収しなければなりませんので却って減益です。

検討した結果、「ほんもんの問題作品」なら、減益になろうと回収して当然でしょう。
回収しなければ、世論を敵に回すことになりましょう。世論を敵に回しても戦う意志があるなら、話は別ですが・・・

> その意味でも、マスメディアは主体性を極力持たず、「報道」という客観性の確立に立ち戻るべきなのではないかと。

産経新聞のような恣意的な新聞も、ダメダメですか?(笑)

>>399
>で、「考慮に入れる」というのは、
1)聞くだけは聞いておく。ただし、言われた通りにするとは限らない
2)聞いてしまったら、言われた通りにしなければならない
私は(1)だと思いますが、

この2つのマトメには従えません。2)は論外ですが、聞くだけは聞いておくという態度ではありません。
ゆすりたかりの範疇なのか、本当に不当な差別を受けているのかを検証します。
受け止めるべきものは、きちんと受け止めて、対処したいと思っています。

417吉岡:2004/10/12(火) 00:01
>>409 味噌煮込み番長 さん
>→反対。自分の信条に従って進退を決めれば好い。
 ただその場合、反論批判は当然覚悟すべき。
 言論封殺とか言葉狩りだとか、泣き言云うなら発言すべきじゃない。
> 侮蔑的意味合いの濃い言葉は確かにあるが、どうしても使わねば
 ならないと思うのなら、叩かれるのは覚悟の上、腹を据えて書けば好い。

究極的にはこういうことでしょうね。こちらも(言葉で)叩いているのだから、叩き返されることは当然ありえます。
侮蔑はするが抗議をすることは許さない、と言うのは甘すぎますね。
侮蔑する意図はなかった場合には、釈明も謝罪もあった上では、互いに許しあう寛容さが欲しいとは思います。
もちろん、どちら側の立場のものも。

ともかく、今日の様々なレスを読ましていただいて、それぞれの苦楽を経た、長い人生がつくり出す人生観というのもがあり、それは千差万別で、本当に興味深いものだと思いました。 ありがとうございました。

418番長:2004/10/12(火) 01:23
>>417
誤解の無いように伝えておくけど、俺は特定の言葉を捉えて「差別語」と
規定するのが嫌い。侮蔑的にしか使われぬ言葉などそれほど多くは無い。
「味噌煮込み」だの「障害」だのに文句付ける手合はいつでも叩く積りです。
また、「片端」や「癩」「穢多・非人」「気狂い」なども必要ならどんどん使う。

特に癩をハンセン病と言い換えるのは合点がいかない。もともと侮蔑的
意味合いの無い普通名詞だし、起炎菌Mycobacterium lepraeはずばり
癩菌と訳されます。なのに何で疾患名はハンセン病なのかと。
不快になった程度の事で言葉を殺すな。一時の感情より、連綿と
使われてきた言葉の方が、俺には遥かに重要だからです。

ちなみにあなたがよく使う「ハンセン病元患者」は、彼等の実態を旨く
言表せてはいない。特に後遺症で悩む者にとって、後遺症のケア、
即ち医療や介護的支援は極めて大切です。なのに「元患者」と
呼称すれば、あたかも何の支援も必要ない健常者だとのイメージを
与えてしまう。もし吉岡さんが言葉に拘るのなら、「ハンセン病後遺症患者」と
呼ぶ方が適切でしょう。目が見えず、四肢の感覚も無い。そういった
彼等の実情を鑑みれば、後遺症の文言は入れたほうが好いと俺は
思いますね。

その事で患者団体や部落解放同盟、青い芝の会などがここに文句を
云ってきたら、幾らでも自分の正当性を主張する用意があります。
気に食わなければ通報しても構いません。

419吉岡:2004/10/12(火) 02:06
>>418 番長さん
>誤解の無いように伝えておくけど、
誤解はしていないつもりです。
味噌煮込み番長と言うハンドルを見ただけでも、あなたの主張されていることは理解できます。
多くは言いませんが 「ハンセン病後遺症患者」と言うほうが正しいとか、そういう視点も非常に勉強になります。
誤解なきように言っておきますが(^^ゞ 私自身、検討もしないで 「言葉狩り」 や 「かけっこの順位をつけない」 などの対処の仕方には、問題を感じています。 

もちろん、考え方の根本部分で、番長さんと私は多分一致していません。(良くは分かりませんが・・・・)
とりあえず、その一貫性を、評価しています。

「問題提起があったにもかかわら、味噌煮込み〜〜と言うハンドルを使った」としたら差別者だと思うのか、について
使い続けることが制限されないなら、それを心無いと思ったり言ったりすることも制限されないはずである。
そういう一貫性が、ヤスツ氏やイカフライさんに見られない。 それを指摘し続けていたのです。

>その事で患者団体や部落解放同盟、青い芝の会などがここに文句を云ってきたら、幾らでも自分の正当性を主張する用意があります。
気に食わなければ通報しても構いません。

はっはは。面白いですね。
ま、そんな気がないことくらいは、読み取っていただきたいですが。

420番長:2004/10/12(火) 02:23
>>417
>究極的にはこういうことでしょうね。こちらも(言葉で)叩いているのだから、
>叩き返されることは当然ありえます。
>侮蔑はするが抗議をすることは許さない、と言うのは甘すぎますね。

然り。
暴力的威嚇や政治的圧力を受けていないにも関らず、抗議や批判を
受けただけの事で、言論封殺や言葉狩りなどとフヤケタ事抜かす連中を
見るに付け、日々臍で茶が湧いてます。喧嘩別れした知人の言を借りれば、
天与の言論の自由などこの世には無いと云う事です。そんなものは
何処を探しても見付らないし、探すだけ無駄。
何を云っても自由だが、リスクは自分持ち。泣き言云うならさっさと自説を
引っ込めれば好かろうと思いますね。
ただ、それが飯の種だからとか、自己の信条ゆえにとか、理由は何でも構わないが、
どうしても云わざるを得ない事であるなら、戦う覚悟をして発言するしかない。
それが私的な個人同士、或は団体同士の言論でしょう。

またまた誤解の無いよう付加えて置きますが、発言者が社会的弱者と呼ばれる
人間であってもそれは全く同じです。少数を袋叩きとか、虐めは好くないとか、
そんな寝言は俺には通じないので宜しく。

421味噌煮込み番長:2004/10/12(火) 03:09
>>419
>「問題提起があったにもかかわら、味噌煮込み〜〜と言うハンドルを使った」としたら
>差別者だと思うのか、について使い続けることが制限されないなら、それを心無いと
>思ったり言ったりすることも制限されないはずである。
>そういう一貫性が、ヤスツ氏やイカフライさんに見られない。
>それを指摘し続けていたのです。

まだヤスツさんとあなたにしかレスを返して無いし、実際彼等がどう云う立論を
してるのかまだ能く解らないので、発言には直接言及しません。

ただ、あなたの云う通り、味噌煮込みハンドルを使った者と同様に、
「それを心無いと思ったり言ったりする」自由がある。それはもう自明の事です。
云うだけでなく、激烈な批判を加えてもエエんじゃないですか?
それを正しいと思い、反撃を覚悟するのならば。そして孤軍奮闘も辞さぬのなら。

もし俺のハンドル「味噌煮込み番長」にアヤ付けて来る者がいたなら、
こういう風に反撃すると思う。

1)差別語はそもそも存在するのか?
2)あったとしてその定義は?
3)差別語の定義は妥当か?
4)「味噌煮込み」は差別語に分類されるのか?
5)「味噌煮込み」は差別語として使用され得る。では今回の場合その用法に合致するか?
6)差別語を禁ずるメリットとデメリットの比較は?

ま、こんな所でしょうか。
もちろん、差別は何故いけないのかと云う攻め口も出来るが、あまり旨い方法でも
ないので、大半の場合省略するかな。

422吉岡:2004/10/12(火) 14:22
番長さん

>もし吉岡さんが言葉に拘るのなら、「ハンセン病後遺症患者」と呼ぶ方が適切でしょう。

「ハンセン病元患者」と言うのは、いわゆるマスコミ用語であって、そのモトは患者団体か、支援団体が発した言葉ではないかと思います。 介助の必要性からみた番長さんの用語「ハンセン病後遺症患者」は大いに考慮すべきと思いますが、今のところ私は、「ハンセン病元患者」の方を使うことにします。
理由は、彼らは今までの国の棄民政策の責任追及をして、介助とその費用のほうは、公的機関に要求できると思います。
反面、彼らの外貌から来る一般的忌避感情の方が、被害が大きいのではないのかな?
もう治ってしまって、伝染することはないんだということを強調するには「元患者」の方がいいのかなとも思います。
こういうことについて、彼らのおかれている状況や感情を、もっと知ってから名称変更することにします。

>どうしても云わざるを得ない事であるなら、戦う覚悟をして発言するしかない。

どんなバックも持たない個人は、常にそうです。
そしてたいていの場合は、そこまでの覚悟が持てないから、発言せず縮こまって生きています。
縮こまって生きるにも限界が来たとき、彼らは相当な覚悟を持って発言もし、時によっては命を捨てる覚悟をして抗議をします。
1人では何も出来ないと知って、団体をつくる場合もあるでしょう。
そういう叫びに、耳を傾ける姿勢を持っていたいと、私は思っています。

>またまた誤解の無いよう付加えて置きますが、発言者が社会的弱者と呼ばれる人間であってもそれは全く同じです。少数を袋叩きとか、虐めは好くないとか、そんな寝言は俺には通じないので宜しく。

あなたの姿勢はそうでしょうし、正反対であるかに見えるあなたの姿勢の中に、好感を持てるものをも感じています。 
しかし私は、自分への反撃という面で、何の覚悟も必要のない弱者と見れは、袋叩きにするとか、イジメに加担するとかする奴らを、唾棄します。(あなたがそういう奴ではないという評価もしています)

423イカフライ:2004/10/12(火) 17:19
>>415

>)AとBの対話を聞いてもCとDの語りが違う。
>CDの片方もしくは双方が客観的に物事を論じて
>いない為です。
>(客観的と言っても厳密には主観でありますから、
>微妙に解釈が違っても、致命的なズレはありません

この微妙な解釈の差異が,致命的でないケースと致命的になるケースというのはあるような気がしますが。

424イカフライ:2004/10/12(火) 17:20
 それが致命的でないケースと致命的なケースの差は,どこなのでしょうね?
 それとて主観の様にも思えます。

(なんか、まとまらないので、また後で)

425三毛猫 </b><font color=#800000>(p3wi1A.I)</font><b>:2004/10/12(火) 22:06
私の話を理解して頂く為に例え話をします。

医師Aに対して患者Bが電話で診察を求めます。
医師Aは『今日は時間がないから明日にしてくれ』
と答えます。
医師Aの答えに対し患者Bは『私の家はは、先生の
お宅からたったの3分ですから、診察して下さい』
と答えます。
患者Bの答えに対し医師Aは『貴方(患者B)の時
間が節約できるからといって私の時間が節約でき
るわけではありません』と答えます。
しかし患者Bは納得がいきません。なぜなら患者
Bにとっては自分の基準だけが全てであり『私が
時間を節約できるなら、先生も時間を節約できる
』と思い込んでいる為であり、医師Aが別の基準
で物事を語っていることが理解できないのです。

426三毛猫 </b><font color=#800000>(p3wi1A.I)</font><b>:2004/10/12(火) 22:23
>>425をきょうこさんと彼女に罵声を浴びせた方達の
対話に当てはめてみると、吉岡さんが指摘されている、
この件の本質が見えてくると思います。

427味噌煮込み番長:2004/10/13(水) 00:27
>>422
「ハンセン病元患者」も、後遺症を残さず治癒した人間には
適切な呼称だと思うよ。多摩全生園などの療養所に行けば、
後遺症の無い或は軽微な人間もいる。自分の信条に従い、
あなたが「ハンセン病元患者」と呼ぶ事に対し、俺は何の
文句も云いません。

ああ、スレの話題とは離れるけど、多摩全生園を始めとする
療養所に行くと結構面白いよ。特に多摩全生園は資料館も
あるので、写真や文書、建物を直接見られて中々グット。
資料館館長のオッサンは話し上手で、一度聴かれては
如何か?
あと宮古島の療養所では、癩後遺症患者が三線(さんしん)を
職員家族に教えているらしく、宮古島へ行った折、飛び入りで
俺も参加しようと思ったが、中に入れなかった経験あり。

428吉岡:2004/10/13(水) 01:10
番長さん
やっぱりあなたの言葉は、体験的な知識に裏打ちされているのですね。
私も、いろんな体験を積み重ねていこうと思います。
彼らの話を直に聞く機会も、文献的に学ぶ機会も逃さないようにします。
あなたからも、実践的なお話を聞く機会があれば(別スレででも)、ありがたいと思います。
すこし疲れたので、今夜は早い目に寝ることにします。お休みなさい。

429吉岡:2004/10/13(水) 01:20
一言追加。
かなり荒っぽい意見のようでありながら、なぜか番長さんに意見にうなづくとことがあったのですが、
その理由がなんとなく分かりかけてきた気がします。

430イカフライ:2004/10/13(水) 20:31
>>425

つまり、この話しでいくと、一見きょうこさんが患者B、あのサイトの参加者が医師Aのような図式だけれど。
 見方を代えれば,逆になる,ってことなのかな?

 うろちいさんの言われたダブルスタンダードっていうのは、それなんだろうか?
 ちなみに、うろちいさんの意見に対しては,まだ発言したご本人からレスを頂いていないので,保留しています。

431イカフライ:2004/10/13(水) 22:58
>>422

>そしてたいていの場合は、そこまでの覚悟が持てないから、発言せず縮こまって生きています。
縮こまって生きるにも限界が来たとき、彼らは相当な覚悟を持って発言もし、時によっては命を捨てる覚悟をして抗議をします。
1人では何も出来ないと知って、団体をつくる場合もあるでしょう。

 この行為自体を全て否定しているわけではないよ。
 というか、良い悪しなんてものを越えた切実な叫びである事は事実だよね、当然。
 ただ、うーん、なんて言うのかなあ,実際に行われている事を見ていると,「ちょっとそれ違うんじゃないかなあ」っていうことが目に付くんだよね。

 それは、ヤスツさんが言われていたそれを商売にする,まあ、ゆすりたかりだな、という連中の問題もある。
(そういうヤツらって最低だと私は思うよ、善意の寸借サギだ)
 あと、もしかしたら、本心からの善意で,弱者の為,と思って,知らずにそういう連中に加担している人達もいるかも知れないね。
 あと、前にもさんざん書いたけれど,とりええず文句がきたらとりあえず取り下げよう、というメディア側の逃げの姿勢ってののあるし。

432吉岡:2004/10/13(水) 23:53
行動しなければ、何も言わなければ、
行動しないことによって起こる大波に、みんなと一緒に流されると言う被害を受けるかもしれませんが
行動すること事によって受ける非難や批判や攻撃にさらされることはありません。
自分をそういう気楽なところに置きながら
行動する人、発言する人を、攻撃することにウツツをぬかす、そういう輩の言にはうんざりしています。
「きょうこさん」は実践する人で、その実践の中で苦痛を感じていることに対して、発言をした人でした。
実践する人、発言する人に誤りが無いなどとは言いませんし、誤りであると思うことを批判することも攻撃することも、それは自由だと思います。
しかし、実践のない批判や攻撃には、空疎な響きがあります。

433吉岡:2004/10/13(水) 23:54
>>431 イカフライさん
> それは、ヤスツさんが言われていたそれを商売にする,まあ、ゆすりたかりだな、という連中の問題もある。
(そういうヤツらって最低だと私は思うよ、善意の寸借サギだ)

そういう奴らをはびこらせないためにも、自分たちはこういう意図で表現したことに対して、こういう抗議が来たと明らかにし、その抗議がもっともであると認めるなら、謝罪して撤回するし
認めないなら、認めないことを明らかにして、発行などをすればいいのではないですか?

> あと、もしかしたら、本心からの善意で,弱者の為,と思って,知らずにそういう連中に加担している人達もいるかも知れないね。

そういう場合にも、そういう連中に加担していることを明らかにすればいいのでは?

> あと、前にもさんざん書いたけれど,とりええず文句がきたらとりあえず取り下げよう、というメディア側の逃げの姿勢ってののあるし。

それはメデイア側の問題ですから、それに配慮して抗議を差し控えろというのは、筋違いでしょう。

結論として、痛みを感じることを「痛いからやめてくれ」というのには、何の問題もない。
そういう抗議を受けたときは、受けたものが、受け入れるか拒否するかを自己責任で決定する。
ということだと思います。

434イカフライ:2004/10/14(木) 08:25
>>433

直接の答えにはならないんだけれど。
めくらを視覚障害,知恵おくれを知的障害、といいかえることに,どの程度,意味があるのかな?って思うんだよね。
それによって、そういった人達の置かれている問題が解決するんだろうか?
むしろ、却って問題をおおいかくすことになりそうな気がするんだよね、私は。

435吉岡:2004/10/14(木) 09:25
>>434 イカフライさん

言われることは良く分かります。
言葉はある事象につけられた名称なのですから、それ自体に問題があるのではなく、使う人の心に問題があります。
名称を変えたところで、蔑視がある限り蔑称になってしまうでしょう。
そういう意味で「言葉狩り」で問題が解決するわけではないし、私自身、闇雲に「言葉狩り」をすることには反対です。

しかし、盲人に対する侮蔑を込めて「メクラ!」という呼び方をされてきた人たちが、その言葉を聞くのが苦しいならば、あえてそれを使う必要も感じません。
俺は、メクラに差別など感じていないんだし、日本の伝統的で優れた感性を持つメクラという名称を守りたい。
(石原都知事のシナジン的に言ってみました)
というのはちょっと違うなあと思っています。
その名称を差別語として使ってきた歴史や伝統の方に何の反省もなく、従って、その差別の改善になんら具体的方策も採らないで、その言葉を使うことだけに固執する態度に思えます。
私が実践を伴う言葉は重いというのは、こういうところにもあります。
ある盲人が「メクラをメクラといって何が悪い」というのは、聞いていても違和感がありません。
盲人の持つ不自由をなくすために、生活介助をする中で、盲人の身になって機器の開発をしたり、信号のあり方や階段通路の改善を努めたり、盲人の自立のための実践をする人が、優しさを込めて「メクラが」と話しても、盲人は嫌な感じをしないかもしれません。
ただ、そういう人は、今まで侮蔑語として使われてきた「メクラ」という用語をあえて使いたいとは思わないような気がしますが。
要するに、相手にシンパシーを感じる人が、使える言葉であるかどうかということではないでしょうか?
相手を思う気持ちがあれば、使いたくない言葉はあります。

>むしろ、却って問題をおおいかくすことになりそうな気がするんだよね、私は。

メクラという用語を、あえて使い続けることによって、問題点が露わになって、メクラの生活が改善されるという
具体的な方策をお持ちなのでしょうか?
私は、使われる人が苦痛を感じる言葉を、単に使い続けることで、事態が改善するとは思わないですが・・・・

436イカフライ:2004/10/14(木) 17:32
>>435

いや、私は東京都民だが都知事は支持しとらんし、障害者施設を訪問して
「ああいう人達に人権なんてあるのかね」
 なんつーヤツは東京の恥だと思っとるよ。
 だいたい,カラス退治どうなってるんだ都知事。ウチの近所,全然へったないどころか、この間ゴミ出しいったら,カラスに襲われそうになったぜ。

 と、まあ、都知事はどうでも良いが。
 
 んーん、つまりね、同じ「メクラ」という言葉を使っても,侮蔑感をこめていう人とそうでない人がいるわけでしょう。
 古い世代の人なんかは、今でも,何気に使う人って多いよね,メクラとかカタワとかチンバ,とか。
 ああいうのって、でも、差別視とか侮蔑感ではないと思うんだ,習慣的に身に付いているだけで。

437イカフライ:2004/10/14(木) 17:42
>メクラという用語を、あえて使い続けることによって、問題点が露わになって、メクラの生活が改善されるという
具体的な方策をお持ちなのでしょうか?

いや、そういう意味じゃなくね、同じ言葉でも,それをとりまく状況が変われば,人が受けとる印象って変わってくるのではないか?ってことなんですよ。

 例えば,朝鮮人というのは、単にその国籍を現す言葉であって,それ自体にはなんら差別せいも侮蔑性もない。
 日本人,フランス人、フィンランド人,と同じ。
 ところが、「朝鮮人」という言葉に,侮蔑的な意味を加味する人は確かにいた。
 これは私が中学の時好きだった往年の男性アイドル(誰かは想像して)の話しをしていた時,その場にいたクラスの子が
「でも、〇〇って朝鮮人じゃない」
 っていったんだよね。まあ、そのコ、私の事が好きじゃなかったんで、なんでも悪口言いたかったんだろうけれど、そのコにとっては「朝鮮人」というのが悪口になったわけよ。
 でも、今,韓流とかいって,韓国俳優がブームじゃない。
 まあ、厳密に言えば,朝鮮と韓国は違うけれど,今の特に若い人に「朝鮮人」というのが、少なくとも芸能人をけなす意味になるかな?

438吉岡:2004/10/14(木) 18:48
イカフライさん
>いや、そういう意味じゃなくね、同じ言葉でも,それをとりまく状況が変われば,人が受けとる印象って変わってくるのではないか?ってことなんですよ。

そう、環境が変わればね。
メクラを取り巻く環境がすっかり変わって、目が見えない事になんのハンディもなくなったとすれば、「メクラ」が人を苦しめてきた歴史を、昔話と笑い飛ばせる日が来るかもしれません。何世代か後の社会では・・・・
しかし、ハンデイがなくなってすぐには無理でしょう。
全く悪意なく、親しみや愛情を込めて「メクラ」と言ったとしても(発信者)、「メクラ」を、侮蔑を込めて投げつけられ続けてきた「ある特定のメクラ」にとっては、目が見えない不便さ以上に苦痛を呼び起こす(受信者)言葉である可能性があるということですよね。
それでも、使い続けるだけの積極的な意味を問うています。

> まあ、厳密に言えば,朝鮮と韓国は違うけれど,今の特に若い人に「朝鮮人」というのが、少なくとも芸能人をけなす意味になるかな?

「在日」の場合、ソニンのように、本名で出ている人も居ます。
しかし今も、日本名で出ている人も居るし、必ずしも差別が全くなくなったとは言えないように思います。いずれ差別がすっかりなくなるだろうし、それを願いますが・・・・
んで、何をおっしゃりたいのでしょうか?
私は「朝鮮人」も、「韓国人」も、差別語だとは思っていません。妙なイントネーションで発音するときや、差別的に使われることはあると思いますが、それは使い方が問題になるだけで、言葉そのものが差別語だとは言われていないと思うのですが・・・・違うのでしょうか?

私は、なんの反省も吟味もなく、安易に差別語にしてしまうことがいいことだとは言っていません。
そこに積極的に差別をなくす意図があり、ビジョンがあるなら、その言葉を使うこともありかと思います。(その意図は説明されなければなりませんが)
しかし逆に、なんの反省も吟味もなく、ある言葉を使い続けるという姿勢を、理解することは出来ません。

どんなに苦痛に感じる人がいようと、使い続けるべきだと言う、積極的な意図は何ですか?

439イカフライ:2004/10/14(木) 19:23
はい、朝鮮人は差別語ではないです、差別語だとも言われていないでしょう。

 けれど、そのクラスメイトのように侮蔑的な方法で使用する事が可能だった時代もあるのです。
(ああ、30年前のことなのに,思い出したら,むかついてきたぞ、)

 かと言って,「朝鮮人」という言葉を規制することに意味あるの?って事なんです。

440イカフライ:2004/10/14(木) 19:35
 在日朝鮮人問題に付いてはここの議題には外れますし,別スレもあるので、深くは触れませんが,
>「でも、〇〇って朝鮮人じゃない」
 といったクラスメイトには、少なくとも差別感はあった、と思います。
 そして、在日に対する差別が全く日本に存在しなかった,なんてことも言うつもりはありません。
 たかがアイドル,たかが芸能人のことと言っても,少なくとも私は30年たっても不快感は感じます。
 当事者にとっては,その程度の感情ではない,というのも、その通りだと思います。

 けれど、「朝鮮人」という言葉自体は,前スレでも書いたようにその人の国籍を表すだけの言葉に過ぎず,また、朝鮮人と言う場面で,必ずしも差別的に使用されるわけではない。
「メクラ」も「カタワ」も同じだと思うのです。

 ある言葉に不快感を覚える人達がいる,じゃあ、使用を止めましょう。
 例えば,この場合「朝鮮人」に過去の被差別感,侮蔑感を思い出して,精神的苦痛を感じる人達がいる。
 けれど、今(でも、侮蔑的に使用する人はいるかもしれないが)朝鮮人と言う言葉は決してそういったネガティブな使用はされていない。
 逆に言えば,朝鮮人に対して侮蔑感、差別感をもつ人は,言葉を置き換えても侮蔑視、差別視は変わらないのではないですか?

 侮蔑的に「めくら」を使っていた人は,視覚障害と呼んでも,盲人に対してそういう態度を取るでしょう。
 
 そう考えると,言葉の規制に、一体,どんな意味があるのかな?と思えるんです。

441吉岡:2004/10/14(木) 20:03

イカフライ さん
> けれど、そのクラスメイトのように侮蔑的な方法で使用する事が可能だった時代もあるのです。(ああ、30年前のことなのに,思い出したら,むかついてきたぞ、)
> かと言って,「朝鮮人」という言葉を規制することに意味あるの?って事なんです。

「朝鮮人」という言葉は規制されていないのでしょう?
何を問題にされているのか分かりません。
30年前のクラスメイトのような使い方をされた時、やめろって言うことが、いけないことだと言われている?

> けれど、「朝鮮人」という言葉自体は,前スレでも書いたようにその人の国籍を表すだけの言葉に過ぎず,また、朝鮮人と言う場面で,必ずしも差別的に使用されるわけではない。
>「メクラ」も「カタワ」も同じだと思うのです。

ちょっと乱暴な意見に思いますが、どういう意味で同じなんですか? 
「朝鮮人・韓国人」は「日本人」と同じで、日本ではハンデイーを負わされてきたと言う歴史があります。進学就職その他、多くの場面で。
しかしそれは彼ら自身の、心身のハンデイーではありません。
「メクラ」や「カタワ」は、身体的なハンデイーを持っています。 
人的・機器的なヘルプがないままでは、ハンデイーのない人と同じ仕事や生活が出来ません。
同じだとひっくくってしまえる根拠を教えてください。

 >そう考えると,言葉の規制に、一体,どんな意味があるのかな?と思えるんです。

だから、相手に苦痛を与えながらも使用し続ける意味の方は、何ですかとお尋ねしているのですが・・・
積極的な意味があるなら、使うことを否定しないですが (´Д`;)

442吉岡:2004/10/14(木) 20:05
「日本人」と同じで→「日本人」と同じ格の言葉で、

443吉岡:2004/10/14(木) 22:15
その言葉を聞いて、苦しむ人がいようが、嫌がる人がいようが、使うことに何らかの意義があると言われるのなら、使い続けられたらいいのではないですか? それに対する反撃覚悟で。
妻は、「たまにはババンと〜」的なCMを見て、怒っています。
自分で払う気もなく、高いものばかりねだる馬鹿女を描くことで、女性差別をしていると。
私は、そんな馬鹿女を金でつなぎとめようと借金をする馬鹿男を描いているから、あれは男性差別だとヾ(。`Д´。)ノ彡
抗議したことはありませんが、ローンの必要があっても、東京三菱系や三井住友系では絶対に借りないぞと言う程度には、怒っています(笑)
しかし、次々同じようなCMが出てくるところを見れば、非難が来ないのか、来ても無視できる程度なのか、その手のCMが圧倒的に効果的か、なのでしょう。
嫌だと思えば、抗議をするもよし、不買で抵抗するもよし、
そういうことにもめげず、表現し続けるならそれもよし。
番長さん曰くの「覚悟してやれ」の一言じゃあないですか?
表現の自由を守りたければ、どんなに非難を受けようが、戦中のように政権から懲罰を受けようが、あえて発言していくしかないとも思いますしね。

444イカフライ:2004/10/15(金) 09:23
>>443
>表現の自由を守りたければ、どんなに非難を受けようが、戦中のように政権から懲罰を受けようが、あえて発言していくしかないとも思いますしね。

うーん、ちょっと違うんだよね、「表現の自由」とかではなくて、魔女狩りが怖いっていうのかな?

 覚悟,っていう言葉が出たけれど,まあ、抗議されたら面倒を避けて,またはこわくてさっさと取り下げてしまうのは,覚悟がない、って証拠かもしれないね。
 実際,こわい団体もあるらしいし。

445イカフライ:2004/10/15(金) 09:32
 つまりさ、習慣でなにげに「めくら」「かたわ」と言う年配者(吉岡さんの周囲にはいませんか?こういう人。60代以上の方には多いですけれど)とか。
 あるマンガや小説やCMが、そう取ろうと思えばとれるとか。
 そういったなんら差別感も侮蔑感も無い人達が,ある時「被差別者」のレッテルを貼られてしまう。
 それって、なんか違う気がするんだよね。

446吉岡:2004/10/15(金) 10:22
イカフライさん
「こわい団体」--戦前では国家がこわい団体の最たるものでした。
作家小林多喜二は共産主義思想ゆえに、詩人尹東柱は独立思想ゆえに獄死しました。
17年余り前には、小尻知博記者がこわい団体によって、散弾銃で射殺されました。
今年は、「イラク反戦」思想ゆえに、3ヶ月近く拘束された人も居ます。
こわい団体がこわくて発言できないなら、発言しない選択もあります。
こういう表現をされたくないと言う側の発言にも、自由があるのですから。

>そういったなんら差別感も侮蔑感も無い人達が,ある時「被差別者」のレッテルを貼られてしまう。

違うでしょ!
私の周囲にも、「差別感も侮蔑感も無い人」ではなく、明らかに差別意識を持って、ひそひそ声で親指を折って「あいつはこれだよ」と言う親父すらいます。
しかし彼にはなんのレッテルも貼られていません。 彼は表現者でないからです。
今あなたが問題にしているのは、マスコミなどの表現者でしょう? 表現者には表現者としての責任が生じます。
あなたの言われる「差別感も侮蔑感も無い人」の何気ない発言が非難されていけないなら、「その表現は痛いです」という側の発言に対しても、なんの非難もレッテルもいけないはずです。
マスコミではないけど、掲示板と言う半公共の場での、きょうこさん問題のダブルスタンダードということを初めっから言ってきたのは、このことです。

447イカフライ:2004/10/15(金) 15:32
>>446


>>そういったなんら差別感も侮蔑感も無い人達が,ある時「被差別者」のレッテルを貼られてしまう。

>違うでしょ!
>私の周囲にも、「差別感も侮蔑感も無い人」ではなく、明らかに差別意識を持って、ひそひそ声で親指を折って「あいつはこれだよ」と言う親父すらいます。

まず、確認ですが,前者と後者の違いはお解りでしょうか?
 今は,発信者がなんら意図の無い場合,受信側の一部が、そう感じてしまった場合のお話をしているのです。
 話しが少しは進んだかな、と思ったのですか、まだ、そこ止まりでしょうか?

448イカフライ:2004/10/15(金) 15:34
>>446

>表現者には表現者としての責任が生じます。

その、表現者としての責任はどこまでか?という事を話しているのです。
 ある表現が,一部の人達の不興をかってしまった、基本的にはこれですよね。
 で、その人達がその属性が理由で長く差別を受けてきた、ということと、なんら差別意図が無い表現にも関らずその差別感を感じてしまった。
 これは、別のことではないのか?とずっと言っているのですが,同じなのですか,あなたにとって。

449イカフライ:2004/10/15(金) 15:43
>>400のヤスツさんのマトメをお借りすれば。

1)発信者Aの発言が、受信者Bを傷つけた
2)発信者Aは、受信者Bを傷つける意図はなかった
3)受信者Bは、発信者Aの意図が「恣意的」なのか「無意識」なのかわからない

 まずここで、1)2)3)をクリアした、としましょう。

 その場合,
4)受信者Bが発信者Aに「差別語」だと抗議した場合、発信者Aは受信者Bの抗議を全面的に受け入れるべきか?
 ここですよね、吉岡さんは、受信者側が傷つくのなら使うな、というご意見だと思うのですが,違いますか?
(違っていたら,訂正してご意見をお願いします)
5)差別語かどうかを決定するのは受信者B(被害者)であり、発信者A(加害者)は「無意識の場合」であっても「罪を償わなければならない」か?
 現状では,発信者が償わされています。出版や放送の中止,表現の修正など。
 責められた時の心の傷,まあ、精神的苦痛というのもありますね。
 
 それはどう考えるのか?

450イカフライ:2004/10/15(金) 15:56
ところで、少し本題からずれますが、吉岡さんは西日本の方ですか?
>親指を折って、
実はこの意味は,私には良く解りません。ただ、同和のことなのかな?と推測しているのですが,違っていたらゴメンナサイ。

 解放同盟の話しもちらっと出ましたが,この問題と言うのは,東京の人間にはとても解りつらい。
 西日本の地域では,生活の中にかなり見られる問題の様ですので、その地域の知人などは別に社会問題に対する関心が薄くてもなんらかの経験があるようですが、東京の人間は,入学や転勤などで関西方面に言って,結構ショックを受けるようです。
 でも、これらのことは、全国レベルでは、全くと言ってイイほど報道されませんね。
 少し前,「同和利権の真相」という本を読みました。
 あの内容が全て真実なのかどうか,私には解りません。
 ただ、あの中に出て来たような話は,耳にした事があります。

 あくまでこれは枝葉ということで。

451吉岡:2004/10/15(金) 16:35
イカフライさん
> 今は,発信者がなんら意図の無い場合,受信側の一部が、そう感じてしまった場合のお話をしているのです。

全く困りましたね。差別的な意図で発言してすら、それが私的なひそひそ話の場合には、差別者として糾弾されていないと言うことですよ。まして、差別の意図のない場合は言うまでもないことです。公の場での「表現者でない」例に過ぎないのですよ。
それに対して「表現者」には、責任が生じると言うことです。

> で、その人達がその属性が理由で長く差別を受けてきた、ということと、なんら差別意図が無い表現にも関らずその差別感を感じてしまった。

差別を感じたという事実を表現することをも守りましょう。魔女狩りをせずにということなんです。お分かりになりませんか?
その上で、なおかつその表現を続けるなら、その覚悟でやりなさいと言うことです。

>4)受信者Bが発信者Aに「差別語」だと抗議した場合、発信者Aは受信者Bの抗議を全面的に受け入れるべきか?
 ここですよね、吉岡さんは、受信者側が傷つくのなら使うな、というご意見だと思うのですが,違いますか?

そんなことは言っていません。無批判に盲目的に全面的に受け入れることにはむしろ反対だと、何度も言っているのが、お分かりにはなりませんか?

>5)差別語かどうかを決定するのは受信者B(被害者)であり、発信者A(加害者)は「無意識の場合」であっても「罪を償わなければならない」か?
> 現状では,発信者が償わされています。出版や放送の中止,表現の修正など。

不当な批判であり、その表現が必要であると思うのなら、むしろ出版し続け、表現し続けるべきでしょう。
そうすることにより問題のあり方が、大衆的に検討されるのですから。
それをしないでいて、「差別表現だから止めてほしい」という発信者に、その発信をやめろと言うことは、不当な発言封じではないのですか? それが初めから述べているダブルスタンダードだと言うことです。

> 責められた時の心の傷,まあ、精神的苦痛というのもありますね。
その表現で受ける「心の傷,まあ、精神的苦痛というの」を、ちっとも考えない人が、こちらだけ言われるのですか?

> 解放同盟の話しもちらっと出ましたが,この問題と言うのは,東京の人間にはとても解りつらい。

この前引いたリンクでの差別落書きは、東京の話です。
東京にも解放同盟はあります。

452イカフライ:2004/10/15(金) 16:42
だからさあ、
>、「差別表現だから止めてほしい」という発信者に、その発信をやめろと言うことは、不当な発言封じではないのですか?
 なんて、一言もいってないじゃないの。
 少しは,読解する努力を見せてくださいよ。

で。「同和利権の真相」という本に付いてはご存知無いのですね?

453イカフライ:2004/10/15(金) 16:49
>>451

>差別を感じたという事実を表現することをも守りましょう。魔女狩りをせずにということなんです。お分かりになりませんか?

現実に魔女狩りが行われているという事実についてどのように考えますか?

>その上で、なおかつその表現を続けるなら、その覚悟でやりなさいと言うことです。

その覚悟とはどんな覚悟でしょうか?

お願いですから,今一度,>>70前後のレスを読み返して頂けませんか?


「差別を感じたという事実を表現すること」というのは全くもって意味不明な日本語ですが,差別を感じたのは,一部の受信者ですよね?
 で、その背後にはどうやらその受信側の事情がある。
 例えば,障害や出身地故に差別されていた,という事情ですね。
 けれど、その発信者には何らそういった意図が無い場合,これは、受信者側の事情と言うか,問題ではないのですか?

 で、もう一度,読み直して欲しい,というのは、抗議する前に、その抗議がどの程度,正確なのか,まず抗議側も学んで欲しい,ということです。

 ちなみに解放同盟が東京にあるのは知っています。
 けれど、吉岡さんは東京の事情をご存知無いでしょう?

454イカフライ:2004/10/15(金) 17:02
>> 責められた時の心の傷,まあ、精神的苦痛というのもありますね。
>その表現で受ける「心の傷,まあ、精神的苦痛というの」を、ちっとも考えない人が、こちらだけ言われるのですか?

ちっとも考えていないのではありません。対等に考えています。
 発信者の傷,一部受信者の傷,どちらも対等です。
 受信者が「障害者だから」「ハンセン氏病患者だから」「同和地区出身者だから」そっちのほうが傷つく,というのは逆に差別的ではないのですか?

 ちなみに、やたらと表現者の責任、責任と言いますが,ものの受けとり方がどの位違うか?
 ここで少し話しても解るでしょう?

 例えば,吉岡さんはたまにばババンと、という銀行のCMを見て、あのようにお感じになったわけですよね?
 私は,あれを見て、東京三菱、かなり苦しいのかいな?と思いました。
 かつて「ドブ」と呼んでいた,個人顧客の小額の借入れ(個人のレジャー費用なんて銀行融資額からすれば、微微たるもんでしょ)まであてにして、あんなお金かけてテレビCMうつなんて。
 かように、受信者側の受け取り方が違うのです。

 それをもってして、受信者が精神的苦痛を感じたから,発信者は責任取れ、というのは、あまりにも不公平ではないのかな?

455イカフライ:2004/10/15(金) 17:09
 ところで、エド・マクベインの「87分署」シリーズの中で「死んだ耳の男」というのがありますが、これは初版の時は「つんぼ男」という題名だったんですよね。
 補聴器をつけた犯人と87分署そキャレラ刑事との対決。
 この死んだ耳の男は87分署の他の作品にも出てきましたが。
 最初私は「死んだ男の耳」だと思って,殺して死体の一部を送りつける犯人の話かな,なんて思いました。

 以上,突然思い出した余談でした。

456吉岡:2004/10/15(金) 17:55
イカフライさん
>で。「同和利権の真相」という本に付いてはご存知無いのですね?

あなたたちが例に出しているのは、きょうこさん問題であり、盲人の悪人主役のマンガの話です。そのレベルで話をしています。

そして、利権のためにクレームをつける輩のことは、その不正を明らかにするためにも、どういうクレームをつけられたのか、それに対してどういう対応したのか、そういうことを全て公にしろと、私は主張しています。
金を出せと言うならそれは明らかにユスリですから、警察に訴えるべきでしょう。
そういう犯罪と、善意の「差別が苦しい」と訴える人との区別くらいつけるべきです。

>>差別を感じたという事実を表現することをも守りましょう。魔女狩りをせずにということなんです。お分かりになりませんか?
>現実に魔女狩りが行われているという事実についてどのように考えますか?

魔女狩りが行われている事に、怒りを感じたから、きょうこさん援護に乗り出したのですが・・・・

>>その上で、なおかつその表現を続けるなら、その覚悟でやりなさいと言うことです。
>その覚悟とはどんな覚悟でしょうか?

その表現が犯罪とされないものなら、投獄されることはないでしょう。
批判を受けたり、不買運動を受けたり、抗議行動を受けたりする程度の覚悟です。
逆に、犯罪被害者になる覚悟とは申しません(阪神支局銃撃事件の小尻知博記者ような)
そういうやくざ的な攻撃は、警察問題です。

>「差別を感じたという事実を表現すること」というのは全くもって意味不明な日本語ですが,差別を感じたのは,一部の受信者ですよね?

確かに上手い表現ではないと思いますが「全くもって意味不明な日本語です」か?困りましたねえ。
言い直しましょう。「ある特定の人が、差別を感じたのは事実であって、その感じた事実を表現する」と言えば通じますかな?

> で、もう一度,読み直して欲しい,というのは、抗議する前に、その抗議がどの程度,正確なのか,まず抗議側も学んで欲しい,ということです。

それに越したことはないですが、
発信者になんら意図がない表現を守りたいのなら、感じたことを、そのまま表現することも、守られるべきです。
お互いに表現して、議論して、解決していけばいいと思います。

>ちなみに解放同盟が東京にあるのは知っています。
> けれど、吉岡さんは東京の事情をご存知無いでしょう?

具体的に、どういう事情を知らないと言われるのですか?

457吉岡:2004/10/15(金) 18:00
454 イカフライ さん
> 発信者の傷,一部受信者の傷,どちらも対等です。
> 受信者が「障害者だから」「ハンセン氏病患者だから」「同和地区出身者だから」そっちのほうが傷つく,というのは逆に差別的ではないのですか?

どちらも対等なら、まず自分側が先に発信したのだから、それを苦痛だと言う人に、発信することを許すべきだと思いますがね。

> 私は,あれを見て、東京三菱、かなり苦しいのかいな?と思いました。

まあ、経営者側の感じ方と、消費者側の感じ方に、違いはあるでしょうが、ともかく、それぞれ感じることはあるわけです。その感じ方が、発信者にとって痛い事もあるでしょうというのが、私の書いた真意です。
夫婦の会話は、そこで憂さ晴らしをして済ませる程度でしたが、その苦痛が大きければ抗議行動に及ぶかもしれない。私の場合でも「不買」くらいはしますからね。
あなたの感じ方でも「かなり苦しい会社は危ない」と「売り」かもしれない。表現者の責任とはそういう意味です。 
まいた種を刈るのは、自己責任です。

> それをもってして、受信者が精神的苦痛を感じたから,発信者は責任取れ、というのは、あまりにも不公平ではないのかな?

不公平だと思うなら、発信し続けたらいいでしょう、自己責任で。
批判も抗議も、果敢に投げ返せばいいのです。
少なくとも石原都知事はそうしていますね。私は批判者ですが(笑)
こちらは発信するが、批判は一切許さないはないはずです♪☆彡

458吉岡:2004/10/15(金) 18:41
イカフライさん
発信したものは、発信者の意図とは関係なく、受信されます。
マンガや小説をお書きなら、それは良くご存知ですね。
あなたが「ヤオイ小説」のつもりで書いたものが、あるところで道徳書として読まれているなんて笑い話もありえますw

受信者から抗議を受けることはむしろ幸いだと、私は思います。
釈明する機会も、理解を得る機会も、あるいは、謝罪して回収する機会もありますからね。
恐いのはむしろ「抗議もせず、隠密裏の不買運動」などされることではないですか?
国民の何パーセントを占める宗教団体や、消費者団体にそれをやられると致命的ですよ。自社製品全てに対して、クチコミの風評被害を受けたりね。不買運動をやられても、なぜ売れ行きが落ちたのか分かるまでに、倒産するかもしれない。
表の抗議はもちろん、こういう暗黙の抗議を受けることも、発信者の自己責任です。
それなら表で堂々と批判してくれる方が、いいでしょう☆彡

459吉岡:2004/10/16(土) 09:47
イカフライさん
発信者は覚悟が必要について、追伸
差別への抗議に限りません。
あなたの作品が、注目作であればあるほど、各紙に書評が載ります。
中には、思いも寄らない方向から、こっぴどく非難批判をしてくる場合もあります。
表現者には表現の、発信者には発信の、責任があります。
言論には言論で。 反論する自由もあるのですから。 


「同和利権の真相」を読まれたようですが、
「同和利権の真相」の深層
宮崎学(ほか呉智英・斎藤貴男・森達也・角岡伸彦・秋山良・和田献一)《解放出版社》
も、あわせて読まれることをお勧めします。




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