[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
| |
てんしさまのすむところ-刹那の大空-
35
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/05/20(日) 12:15:11 HOST:i114-180-35-89.s04.a001.ap.plala.or.jp
しばらく下らない口論をした後は、玲をベッドに押し戻して勉強再開だ。後ろから聞こえてくる規則正しい寝息に安心する。よかった、どうやら大分調子も戻ってきたようだ。ここでぶっ倒れるまで悪化されたらどうしようかとも思ったが、どうやらそういうことはないらしい。
一人必死になって数学の問題を解く。全て終わったころには既に三時を過ぎていて、俺は思わずため息をつく。時間を見た瞬間に襲い掛かってくる眠気に俺は打ち勝つことができずに、押入れから余分な布団を取り出してその中にもぐりこんだ。
*
朝。耳を塞ぎたくなるほどの大声で俺は起こされた。犯人はステッラで、俺の上に馬乗りになって起きろ、だのと大騒ぎ。少しだけ玲が身を捩って声を上げたが起きる様子はない。流石、と言うかなんというかうらやましくて仕方がない。どうやったらそこまで熟睡できるのだろうか。
とりあえず髪の毛を梳かして、顔を洗う。水が以上に冷たく感じてぼんやりともやがかかった頭が覚醒していくのが分かる。歯を磨いているところでフラフラしながら玲が現れた。その顔は少しだけ青白くて……。大丈夫かなぁ、コイツ。
玲もゆっくりとした動作で顔を洗って、身支度の開始。心配でちらちらと様子を伺っていたら気持ち悪いから見るなと言われてしまった。こっちは心配しているのに、全く人の気を知らないと言うのはいいよな、そんな風に考えて苦笑い。
携帯で皆に連絡のメールを送って母さんにもみんなが来ることを報告。なにやら張り切ってキッチンの方へ消えていったが一体何をするつもりだろうか。あまり気を使わなくてもいいんだけどなぁ。
「アオ兄、調子は大丈夫なの?」
「え? あぁ……俺は平気だけど。もう風邪も完治してるし。危ないのは玲だろ」
いつの間にか俺の目の前に現れて心配そうな表情をするステッラに答えてやる。その間にも玲はフラフラと俺の部屋に戻っていった。……何か本当に死に掛けのようにしか見えない。後で強制的にでも病院にいかせるか……。
部屋に戻った俺を待っていたのはしっかり着替えたのにも関わらず再び布団にもぐりこんでいる玲の姿。……まぁ調子悪そうだから仕方がないか、そんな事を考えながら俺は部屋の中を片付ける。この前呼んだ本がそのまま床に投げ捨ててあった。これは彩花に怒られてしまう。
ふと頭に走る激痛。世界が一瞬青く染まって……呻き声にもよく似た声を上げながら俺は自分の頭を抑える。痛い、鈍器で頭を殴られたような感じとでも言えばいいのだろうか? とにかく頭が割れそうに痛くて、思考能力が……。
背中にふわりと触れるものがあった。そこがじんわりと暖かくなっていって……。少しずつ引いていく痛みと、耳に滑り込んでくる、綺麗な歌声。ようやく動けるようになって、その姿を確認すれば、そこにいたのはステッラ。ふんわりと微笑むその姿は確かに綺麗で……。
「葵ーお友達が着たわよー」
「あ、は、はい!! 今行きます」
母さんの声で我に返って玄関へと走る。彩花と凛のご到着である。とりあえず部屋に案内すると二人して、玲のことを凝視していた。とても珍しいものを見るかのような目で。しばらくして仲良く俺の方を振り返って蔑むような目で見てきた。特に凛が。
「……アオ、不潔……」
「何がだ!? どうしてそうなった!!」
凛の言葉に俺は全力で反応。なんだかとんでもないことを考えられている気がする。そしてその考えは全力で捨てさせないと駄目だ。どうにか説明をすると彩花は納得してくれたようで、凛にも説明をしてくれていた。……流石は我等がお母さん。
続いて母さんに案内されて美穂がやってきた。玲を見るなり血相を変えて傍に駆け寄っていく。……普段は不毛な争いを繰り広げていることが多いのに、やっぱりこいつ等仲いいんだよなぁ……。別にうらやましいわけじゃないけど。
遊莉とルチは約束の時間から三十分遅れての到着。俺の部屋には総勢八人が集合。まぁ約一名人間じゃなくて天使なんだけどさ。こういうときに部屋が広くてよかったと思える。狭い部屋だったらまず身動き取れなくなるだろうしね。
「あっれー? ステッラもいるし……一体どういうこと?」
ふと周りを見回した凛が問いかけてくる。ステッラが幾分か真面目な表情になって深く、深く息を吸い込む。
「……この前は話さなかったことについて話すの。このままにしとくと皆危ないの」
36
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/05/20(日) 13:12:53 HOST:i114-180-35-89.s04.a001.ap.plala.or.jp
ステッラの言葉でみんなの顔つきが変わる。遊莉だけは意味を理解していないようで、ニコニコと笑いながら首を傾げていた。ただ俺らはそんな余裕がなくて、全員がいっせいにステッラの方を凝視する。危ないってどういうことか、そうみんなの目が語っている。
「アオ兄以外の皆は実は天子と言って、死んだ後に天使になることができる存在なの。だから欠片に選ばれることができた。でも普通ならこれはありえない、あってはいけないことなの」
天子、その言葉に遊莉以外の顔つきが更に厳しくなる。なぜか俺だけが除外されているのだけど皆そこには疑問を持っていないらしい。俺は疑問だらけで可笑しくなりそうだけどな。話がすっ飛びすぎていて理解ができない。
「天使になることができると言っても、今はまだ人間なの。だから悪魔に狙われることがないように、守護の力が働いている。その力は欠片の選考から天子たちを除外する働きもあるの。だからいくら天使に近くても天子が欠片に選ばれることはないの。
でも欠片に選ばれたってことはその結界が弱まっている……まぁ結界を保っている人物がまず行方不明になっちゃっている時点で終わってるの。……そして欠片に選ばれてしまった時点で悪魔に狙われる確率も高いの」
「事実、この数週間で何体かの悪魔がこっちに攻撃を仕掛けてきてる……」
ステッラの言葉をさえぎるように玲が言う。苦しそうに呼吸をしながら体を起こして全員の顔を見てため息一つ。玲だけは全部話を聞いていたとでも言うかのように、冷静で表情一つ変えない。何も知らない俺達とは全く逆の立場にいる人間。
玲は深くため息をつきながら壁に寄りかかって、ステッラに話の続きを促す。その姿をルチだけが僅かに目を細めて眺めている。美穂は玲どころじゃなく混乱しているようだった。いや俺もそうだけどさ。他話を聞く余裕なんてない。
「今まではアキ兄だけで対処してきたの。でも流石に無理があるのが分かってきて……本当は誰一人巻き込まないつもりだったけど皆に戦って欲しいの。自分の身を守るためなの」
みんなが顔を伏せる。その後は一人一人が所有している欠片について説明された。俺が天子に含まれていないのはノータッチ。まぁ別にいいけどね。寂しくなんかないもん。
俺が持っている欠片は、水を自由自在に操る水の欠片、悪魔による呪や欠片の作用などを無効化できる無効化の欠片だそう。他にも、美穂の描いたものを実体化できる創作の欠片に、凛の想像できる全てのものを実体化できる想像の欠片、彩花の音を自由自在に操ることができる音の欠片……。ああ、もう俺のリアルがどんどん壊れていく。
玲は今のところ完全に欠片が馴染んでいる一人で、所有しているのはありとあらゆる情報の改ざん、共有、消去等、情報に関することならば何でもできてしまう情報の欠片ともう一つ。情報の欠片はその人間の人格構成に大きく関わる記憶、性別などの最初からの情報以外なら操作できるらしい。
たとえば視覚情報を操作して姿を見えなくしたり、別の位置に見えるようにすることはできても、存在自体を消したり作ったりはできないとのこと。未来や人の記憶、感情のことでさえ情報として扱ってしまうと言うのだから効果が広すぎると思う。
もう一つの欠片については近いうちに分かると言って教えてくれなかった。
「さて……で、早速お出ましのようだがどうする?」
ふと玲が外へと視線を向けてそう言う。ステッラは便利なレーダーでしょ? と笑ったが俺らにとっては笑える話じゃない。知らないところで友人グループの一人が何かよく分からないけど危ないことに片足を突っ込んでいたんだ。笑えるわけがない。
静かに立ち上がる玲はステッラに声をかけて俺の部屋から出て行こうとする。ああもう馬鹿。アイツ体調悪いのに無理をするつもりなんだ。きっと、昨日俺が玲を見つけたときのように……。そう考えて俺も黙って立ち上がる。役に立つかは分からないけど……ステッラの話が本当ならば……。
気づけば結局は全員が立ち上がって外へと出ていた。……そうだよな皆そういうヤツだもんな。ルチは不安そうに十字架を握っている。まさかの祈り担当である。
「おや……今日は随分大所帯だな? 欠片の器よ」
「あー……気にするな戦力になんない奴ばっかりだからな」
フッと姿を現したのは、黒い刀を握ったネーロ。思わずツバを飲み込んで全員が警戒態勢。それを見てネーロはさも可笑しそうに笑って、刀を構える。太陽の光を反射して、刀が鈍く、鈍く輝く……。
37
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/05/21(月) 00:30:46 HOST:i114-180-35-89.s04.a001.ap.plala.or.jp
ネーロの笑みは酷く醜悪なものにしかみえなくて……背中に悪寒が走る。怖くて、今にでも逃げ出してしまいたい。本当に俺に力があるのだろうか? もし力がなかったら? 力があっても使いこなせなければ……? そんな風に思考はどんどんマイナスへと傾いていく。
「そちらから姿を現したんだ……狩ってしまっても問題はないだろう?」
そういって勢いよく玲に切りかかろうとするネーロ。しかし玲に当たることはなくて、その刀は空しくも空を切り裂いた。瞬間にネーロの背後に現れたのは全くの無表情の玲。その表情の冷たさに俺たちは思わず声を失って……。
スッと玲が右手を広げる。音もなくその手にはいくつもの輪が巻きつくようなデザインのブレスレットが現れて……分厚い本が玲の手の上に載る。パラパラとひとりでにめくれる本のページに玲は視線を落として。そしてやがて顔を上げる。
「ッ!?」
時が止まったような気がした。
いつの間にか玲は俺とネーロの間に滑り込んでいて……。無残にもその胸が黒い刀に抉られた。玲は大きく目を見開いて、血を吐き出した。紅く、紅く染まっていくそのワイシャツがその傷の深さを物語っている気がして……。どうしたらいいか分からなくなってしまう。
ネーロがその刀を玲から抜くと、玲は力なく地面に伏せた。大きく見開いた青の瞳と、地面を汚す赤が妙に鮮明に見えて思わず口を押さえる。美穂が名を呼んでも、ピクリとも動かない玲。それがどういうことかを把握したその瞬間に、体が熱くなるのを感じた。
「よくも玲を……許さない!!」
「いくらなんでも見逃せないよね。アキは私達の“友達”なんだから」
美穂の手にはスケッチブックとペンが、凛の手にはなんだかよく分からないステッキが、そして俺の手には杯のようなもの……。何がなんだかよく分からないでいるとステッラが瞳を輝かせて、欠片が馴染んだんだと声を上げた。
どう使っていいか分からないはずなのに、体が勝手に動いて、いくつもの水の刃をネーロに向かって飛ばす。それにネーロは少し驚いたようだったけど、難なく避けられてしまう。……当たってくれてもいいだろうがそう呟くと、横にいた遊莉が酷く怯えたようだった。
凛が大声でなにかを叫ぶといくつもの刃が辺りを舞って、美穂がスケッチブックに拳銃の絵を書けばそれが実体化……。気づけば遊莉の手には小さな盾のようなものが握られていて、金属同士がぶつかるような音と共に、俺らを傷つけようとした刃は落ちていく。
大きく目を見開くステッラとネーロ。流石に予測不能の自体だったらしく、ネーロは半歩後ろに引いていた。そこを狙って引かれる、拳銃の引き金。
人を殺せる武器にしては軽い音。僅かに顔を歪めるネーロに辺りを舞った紅い血。
「やれやれ、情報の器を殺されたことが引き金になってしまったか。……数の優劣が分からないほど俺も馬鹿じゃない。ここは一旦引かせてもらおうか。今回はいいものを見せてもらえたしね」
「す、凄い……」
傷を押さえながらネーロは飛び去った。最後の最後で、舐めまわすかのように俺たちと俺たちの持っている謎の物体たちを眺めてから。もちろん飛び立つ瞬間にもしっかりと攻撃は続いているのだが、それはあっさり防がれてしまう。……あれ? 俺の攻撃だけ完全に防がれてる。
ポツリと呟いたルチは、目をキラキラさせて俺たちに駆け寄ってきて、顔を顰めた。その足元に転がる、輝きを失って赤に沈む玲の姿を見つけてしまったからだ。今までルチのいた場所からは死角となって見えなかったらしい。
みんなが皆、がっくりと膝をついて、玲の名前を呼ぶ。無駄だと分かっているのに、ついその名前を呼んでしまって……頬をつめたい雫が流れ落ちていく。
「ックソ痛いなコンチクショー!!」
胸の辺りを強く握り締めながら玲が身体を起こす。僅かに光を発するブレスレットは静かにとけて消えた。あまりにも突然の自体にステッラと玲本人以外全員が目を見開いて硬直。
等の玲本人はネーロに刺されたあたりを押さえて、うずくまっていた。チラリと見えたその顔には妙な汗がいくつも浮かんでいて……きつく、きつく歯を食いしばってなにかに耐えているようだった。元々優れなかった顔色が、余計に青白く見える。
_________________________
完全なシリアス。コレってどうなのでしょう?((
頼むコメディ帰ってきてください!!
\だが断る!/
38
:
Mako♪
:2012/05/21(月) 03:12:03 HOST:hprm-57422.enjoy.ne.jp
でも、とても面白いから、いいと思いますよ。
玲君、どうしたんでしょうか。刺されたはず、ですよね。
ますます気になってしまいました!
頑張ってください!
39
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/05/22(火) 15:36:17 HOST:i114-180-35-89.s04.a001.ap.plala.or.jp
>>Mako♪様
コメント有難うございます!
面白いですか? 有難うございます! まだ自信がないのでそう言ってもらえるのが一番嬉しいです
刺されたのですが生き返っています。
何故生き返ったのかは次の更新で明かします^^
有難うございます。頑張りますのでどうぞ宜しくお願いします!
40
:
Mako♪
:2012/05/22(火) 18:16:20 HOST:hprm-57422.enjoy.ne.jp
はい!後、私のことは、呼び捨てでいいですよ♪
更新、楽しみにしてます!頑張ってください!
41
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/05/27(日) 01:14:52 HOST:i114-180-35-89.s04.a001.ap.plala.or.jp
ふと、ステッラになにかを言われた遊莉が玲に近づいてふわりと笑った。その手には救急箱のようなもの。ふんわりと優しい光が玲を包み込んで……次の瞬間には当たりに散っていた赤でさえも綺麗に消し去られた。
もう、訳がわからない所のレベルじゃない。死んだ奴が生き返るし……もうキャパシティオーバーだ。うずくまっていた玲もすっかり元気そうに起き上がるし……。もうヤダこの子怖い。
「今のはアキ兄の欠片の影響で生き返って、ユウ姉の欠片で痛みと残っている異常を癒したの」
「そー言うこと。俺のもう一つの欠片は……“蘇生の欠片”。壊れたものだったり死んだ奴を元の状態に戻せるんだ。まぁ痛みとか苦痛とかは癒せないから、生き返ってもかなり痛くて苦しいんだけどな。……遊莉の欠片があればその問題も解決だ。死にたくても死ねない身体になったってことだよ」
軽く玲が笑う。あんぐりと口をあけて玲を見つめるのは美穂だ。逆に凛は興味深いものを見るかのように玲を眺める。俺は……? 理解が追いつかないせいでフリーズ中。何がどうして? 欠片ってそんなに何でもありなもんなのか? 理解できない。
蘇生、癒し……なるほど欠片がもともと天使が扱うものだとすれば、ある程度納得はできるかもしれない。そもそも、天使の存在などが俺たちにとっては最早、人智を超えたものなのだから。
描いたものを実体化したり、頭の中で考えられるものを実体化させる力……神や天使だと呼ばれる奴らはそんな力を使って物を作っては与えてきたのだろうか? そんな事考えては、ただただ思考の限界へと追い詰められていく俺。……理解しようとすること事態間違っている。
_________________
終わりまで一気に押し込もうとしたら長すぎると言われました。
次もすぐに投稿します。
42
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/05/27(日) 01:17:23 HOST:i114-180-35-89.s04.a001.ap.plala.or.jp
「まぁやろうと思えば欠片なんてすぐに使えるようになるぜ? 俺もそうだったしな。とりあえず欠片に関する知識を共有してやるよ」
そういいながら、手元に分厚い本を出現させる玲。……それ、実際に使いこなすことができる人物だからいえることだろ。
瞬間に、頭の中に情報が流れ込んでくる。さっきステッラが話してくれた説明、俺たちの欠片の形、司る力。欠片の作動方法……。欠片を使って戦う玲の記憶……何がなんだか分からなくて、ますます混乱する俺を見て玲は笑った。
手に持った本を軽く叩いて、この欠片で記憶を情報として共有させただけだと言う。玲のやつ着実に人外への道を歩んでいるなぁ、なんて考えて俺はため息をついた。もう立派な欠片の使い手じゃないか。……頼むからこれ以上俺のリアルを壊さないでくれよ。いい加減に頭がパンクしそうだ。
「想像、創作、無効化、防御、水、情報、音、癒し、蘇生……案外細かく分かれているんだね……」
ずっと黙っていた彩花は小さな声で呟いた。どうやら対応完了したらしい。……何かついていけてないのって俺だけ? 俺が可笑しいのか? ついていけない俺が可笑しいのか!? いや、そんな訳ない。ついていけるほうが可笑しいんだ。
ぼんやりと、頭に流れ込んできたことを思い出す。欠片を呼び出すときは、呼び出したい欠片の名を呟いて、右手を上げるだけ。非常に簡単なお仕事です。後は暴走でもしない限りは頭の中で指示を出したりすれば自分の思い通りに欠片の力を行使できる……もちろん欠片の管轄の範囲内でだが。
欠片の扱う力はその名前で明記されていることが多いらしい。玲の蘇生、俺の無効化がいい例だろうか。
「まぁ、ゆっくり慣れればいい。始めのうちは戦力としては考えねーし……」
ブツブツと呟く俺の肩に玲が手を載せて笑う。お前にとってはその程度の問題でも、俺にとっては酷い大きな問題だよ。一体どう慣れろって言うんだ。いくらなんでも無茶振りにほどがある。
ただでさえ、俺は順応力が人よりも低いんだから。……嗚呼もう、ニコニコ微笑むルチとか、楽しそうに話す凛や美穂が酷く憎らしく見える。何でこんなありえないことにまで対応できるんだよ。普通混乱するだろ。
あ、あれか? 混乱しすぎて可笑しくなっているだけか? そんな風に考えていると、玲の方を叩く三人組の男の姿があった。玲よりもがっちりとした体格の、まさに体育会系って感じの男。その姿を確認した瞬間に玲の表情が凍りつく。
「あー!! やっぱり月城だ!! 懐かしいなぁ、小学校以来か?」
「え、えっと……?」
小学校以来で高校生まで成長した相手の顔が記憶と一致するもんなのだろうか。そんな風に俺の思考は一瞬で男の言ったことに向く。もう訳が分からないことを考えたくないからちょうどいい助けだ。
戸惑ったようにする玲を男たちは、玲の手を掴んで笑う。……その笑顔は酷く醜悪なもののように見えた。
「いやー、久しぶりだな。少し話したいからついてきてくれよ」
「あ……えっと……まぁ構いませんが……」
俺たちに別れの挨拶をし玲は男達に囲まれて歩いていく。止めようとしたけれど、体が動かなくなってしまって……。
――ああ、この時に玲を止めることができたら、あんなことにはならなかったかもしれないのに……。
NEXT Story 第三章-嘘つき少年の末路-
43
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/05/30(水) 23:40:22 HOST:i125-202-253-70.s04.a001.ap.plala.or.jp
第三章-嘘つき少年の末路- (side Akira)
いつも完璧であることを求められた。だから躍起になって、一番であり続けようとした。……そうじゃないと存在することすら許してもらえない気がしたから。きっと、俺は誰かに許して欲しかったんだと思う。存在すること、甘えること、弱みを見せること……。まぁ、今となってはどうでもいいことだ。
“今の俺”と“過去の僕”は別。だから今の俺には過去の自分のことなど理解できないし、しようとも思わない。
不要なものは全て切り捨てなければ生きてはいけない。その上、いくつもの保険を用意する。……人間なんてそこまでしてやっと生きられる程度の弱い生き物。……まぁこんなことを言っている俺も人間なのだけれど。
……それで、常に完璧であろうとした少年はどうなったか。それはとても、とても単純明快なお話。そう、醜い嘘つきになったと言う、ただそれだけのお話。感情を殺し、その場しのぎの言葉を並べて……挙句、自分をも殺す。それはあくまで少年が選んだ道であって、他の完璧主義者がどうかなんてしらないが。
完璧な少年は死んだ。それは、とても呆気なく、誰にも気づかれることはない。それに変わって、俺は生まれた。……どうしようもなく嘘つきな仮面少年。
「ッチ……うぜぇな」
小さく舌打ちをする。……何が? とかそんな事を聞かれても俺にはわからない。無意識に出た言葉。あまりにも気分が悪いから、仕方なく身体を起こした。腕時計を確認すれば授業開始まで後二分。どうやら俺はグループのメンバーに置いていかれたようである。いつの間にか寝てしまったしい。
横にあった鞄から眼鏡を取り出して、かける。ぼやけていた、不鮮明な世界は、一瞬で鮮明で安定した世界に姿を変えた。……色に溢れた無意味なものばかりの世界。……やめだ。こんなことを考えるのは“今の俺”の仕事ではない。
「さて、いくか」
鞄を乱暴に掴んで屋上を後にする。既に授業への遅刻は決定済み。さて、どう言い訳をするべきか。……発作が起きたことにしてやろうか? いや、流石にそれは……。誤魔化しきれる自信もないし、ここは大人しく謝るしかないようだ。そう思考を完結させたところで、前の方から見慣れた少女が走ってくるのが見えた。
強気そうな瞳、肩ぐらいまでの赤茶色の髪……美穂だ。俺の姿を捉えたのか、手を振りながら走ってくる。……そんな少女が俺は苦手だった。ここ数年、彼女といると調子が狂うのだ。その強気そうな瞳が、俺の嘘を全て見透かしているような気がして……。まぁ、居心地が悪いのかと言われればまた違うのだが。
「玲! よかったぁ……ちゃんと起きたんだ。次、全クラス自習だから急ぐ必要ナッシング!!」
美穂がそういって俺の横に並ぶ。俺がスピードを落としたり、あげたりすると、美穂もスピードを落としたり、あげたりする。どうやら意地でも俺に合わせて歩くつもりらしい。……歩幅の関係上、かなり難しい話なのだが。仕方がないから俺が美穂に合わせて歩いてやることにする。
小さく欠伸をすると、美穂は面白そうに笑う。何故笑うのか、全く分からずに俺が首をかしげていると、美穂はより一層面白そうに笑った。……失礼な奴だ。
でも、会話がないというのはなんだか気まずい。そう思って話題を探す。……が、寝起きのぼんやりとした頭は役に立たない。普段ならふざけて返すところなのだが、絶賛不調。ありきたりの返ししか思い浮かばない。……まぁいいか。
「んだよ? 俺の顔になんかついてるか?」
「別にぃー。何かアホ面で面白かっただけ」
アホ面、ねぇ……ぼんやりと思考を美穂との会話から逸らす。多少なら別のことを考えていても会話は成立する。いつもならすぐにでも追撃が来るのだが、今日は違ったようだ。ため息をついて思考を会話に対するものに戻す。仕方がない、いつものようにからかってやるか、そう考えて俺は一人頷く。
「んー? じゃあ何、面白いからカッコいいにするにはどうすればいいんだよ? あー……でもこれ以上カッコよくなったら俺、モテ過ぎて困るかもなぁ」
軽く笑いながらそういってやる。いつもなら玲にカッコいいは無理だとか、モテる訳がないじゃんとか、そんな言葉が返ってくるところだ。しかし今日は何かが可笑しい。なかなか返事が返ってこない。不思議に思って様子を窺うと、美穂は心底複雑そうな表情。……意味が分からない。
________________________
玲編に突入です。
ここから主人公が軽く空気なんだよなぁ……((
44
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/07/26(木) 00:17:26 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
どうやら今日は会話が成立しない日のようである。……こういうのは苦手だ。無駄な体力を使ったような気がしてしまう。こっちが言葉を発したらちゃんと返してくれないと……。そんな事を考えていると、美穂がゆっくりと口を開く。確かめるようにゆっくり、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「玲はさ、好きな人とかいないわけ?」
「んあ?」
はっきり言って予想外の言葉だった。今まで美帆がこんな話を振ってきたことはなかったし……少し面倒なことになりそうな気がする。それでも言葉を返さず、だんまりを決め込むわけには行かず、いつもの俺を演じて、よく言う言葉を返してやる。これなら安全だろうしな。
「いや、俺は全ての女を平等に愛してるからさ。つか、可愛ければ何でもオッケー?」
俺の回答に、美穂は呆れたような表情をする。そう、それでいいんだ。そうじゃないと俺が落ち着かない。呆れられているぐらいがちょうどいい。まぁ、それが軽蔑まで行ってしまうとかなり悲しいところがあるんだが。俺は会話の中にちょうどいい温度を見つけて過ごす。何だ、酷くこそこそとした生き方じゃないか。
その後、すぐに教室について、美帆とは別れることになる。俺と美穂は別のクラスで、いつものメンバーの中で俺と同じクラスなのは遊莉と凛だけ。まぁ十分だけどさ。同じ学校だから他のメンバーにもあおうと思えば簡単に会えるし。流石に授業中は無理だけど。
深く息を吸い込んで、教室のドアを開く。突き刺さるのは羨望の視線や、冷たい視線。特殊選抜生と言う名の鎖のせいだろう。初めのころこそ鬱陶しいと思ったものだが、今ではすっかり慣れてしまっていた。いつものことだ。だから視線など無視して自分の席に直進。黒板にデカデカと書かれた自習と言う文字を見て思わずため息をついてしまう。
特殊選抜生と言うのは単純に、優遇処置を受けることのできる生徒のこと。主にネクタイの色と校章の配置で区別される。たとえば、普通の生徒のネクタイが赤なのに対して、俺やそのほかの特殊選抜の人間は青いネクタイをつけている。入試方法は単純に面接と一般入試のものとは違うテスト。後で聞いた話だが、まず一般入試で受かった奴らの中に解ける奴は居ない難易度らしい。まぁ、確かにわけの分からない問題が多かったしな。
ちなみにこの学園に推薦入試制度はない。それの代わりが特殊選抜入試だと思ってくれればいいだろう。学校から選ばれた人間がテストを受ける。この入試は一般入試が三月なのに対して、六月時点で入試、合否の決定とかなり早い時点で行われる。……勝手に選んどいてテストの点数で落とすのはどうかと思うけど。
この入試で受かった奴は俺と葵、もう一人同じ部活の奴。後は女子が数名程度。両手の指があれば十分な数ほどしか居ない。
で、受けられる優遇処置は月に三回分購買か食堂を無料で利用のできるチケットがもらえたり、学費免除だったり、学校内施設の優先利用だったり、その程度。受けているほうはなんとも思わないが、一般生徒の皆様の目にはかなり羨ましく映るらしい。
実際のところは、定期テストのほかに年に三回の支援継続の判断の為のテストをやらされたり、生徒総会の司会の強制に、来客への対応……そんな感じで他の生徒がやらなくてもいいことをやらされたりする。まぁそれでもあまるぐらい優遇してもらえてるのは事実だけど。
ストン、と咳に腰を下ろして、何をしようか、と考える。自習ともなると大半の生徒が雑談したり、遊んだりと、自由にしている。ぼんやりとその様子を眺めた後、遊莉や凛に話しかけることなく、机に突っ伏す。……息苦しい。発作だろうか? そう考えながらも結局何もしない。酷くなったら吸入器を使えばいい。死ぬわけじゃないしさ。
だんだんと意識が薄らいでいく。思っていたよりも寝不足だったのか、発作が酷いのかもしれない。別に抗うこともなく、俺は眠りに落ちていく。
45
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/07/28(土) 00:44:13 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
「て……起きて玲ってば!!」
体が軽く揺すられる。薄く目を開くとそこには美穂と遊莉。二人とも苦笑いを浮べて俺のことを見ていた。周りを見渡すとみんながぞろぞろと教室から出て行くところ。どうやら丸々一時間分眠ってしまっていたらしい。誰か起こしてくれたっていいじゃないか、そう思ったが起こされたら起こされたで不機嫌になるのだ。我ながら面倒くさいやつだと思う。
息苦しさもすっかりなくなっていた。部活ならベストコンディションなのだが、生憎今日は部活は休みの日である。まぁ、自由と言う面から言えばとてもありがたい日だ。ちなみに俺の部活は陸上部。持病の問題で長距離は外されるが、短距離なら、トップクラスの早さだと自分では思う。ちなみに得意競技は高飛び。いや、脚長いからな。
葵も陸上部に所属している。と言うよりも所属させた。俺も葵も中学のときから陸上部に所属していた。いいライバル関係だったと思っている。まぁ二人して限界を考えずに突っ走っていたから仲良く大会の前に倒れたりしたんだけど。顧問の教師には勉強はできるが行動が伴わないタイプの馬鹿と称されたこともある。それは流石に失礼だと思ったが。
小さく伸びをして鞄を持つ。そうすると待ってましたとばかりに美穂が言葉を放った。
「今日はカラオケに行くぜぃ!! 玲の分はみんなが奢るとさ」
余計なことを……そう思ったが断るのも無粋な話だろう。しかもこっちが金欠なのをしっかり把握しているときた。何で突然カラオケに以降なんて言い出したのか、良く分からないけど、今日は誰かの大切な日だっただろうか? そう考えていると遊莉が俺の腕を掴んで笑う。逃がさない、遊莉の瞳がそう訴えているのをみて、仕方なく頷いた。
そのまま遊莉に引きずられて歩く。俺が逃げるとでも思っているのか、遊莉は絶対に俺の手を離そうとはしなかった。困ったものである。その様子をじっと見ている美穂の目が怖い。お前はどっかの看守か? そう言ってやろうかとも思ったが、美穂にこの言葉が通用するとは思えなかったので黙っておく。
カラオケ屋につくと、葵達が先に来ていたようで、その部屋へと案内される。いや、別の部屋に案内されたら困るけどさ。葵の方を見ると、葵は脚を組んでぼんやりと曲名リストを眺めていた。ルチはその横に座って脚をパタパタさせている。悪戯心で中に入らずにドアを閉めると中からルチと凛が俺を呼んだ。……いやマイクを使わなくても……。
深く息を吸って、勢い良くドアを開く。取り合えずニコニコと笑っているルチを全力で抱きしめておく。秘儀玲さんホールド!! そんな感じでみんなが知っている玲を演じる。今日も誰も気づかない。上出来だ。俺の腕の中でもがくルチは、その瞳を潤ませて……分かりやすいぐらいにいつも通り。
「……玲、ルチ泣いてる」
「おっと、これは失礼?」
葵に言われて、初めて気づいたフリをしてルチから離れる。ここまで想像通りに進むと楽しいものだ。自分の思い通りでとてもやりやすい。でも、同時に何かに対して不満を持っている俺も居る。ただ、一体何が不満なのか、それが分からない。
とりあえず空いていた場所に座り、ルチや彩花にちょっかいを出す。過剰なようにも見える反応でさえ、全て予想通りだ。ルチがメンバーに加わって、何かが変わるかもしれないと思ったけれど、結局は杞憂だったわけだ。だって、ルチが居てもずっと思い通りに物事が動くのだから。
「で、何で急にカラオケ?」
息をついた後、そう問いかけると、美穂が心底驚いたような表情をした。凛は呆れたような表情だ。意味が分からずに首をかしげていると、葵が深くため息をついて、額に手を当てていた。何なんだよ、そのわざとらしい態度は。
「お前の誕生祝いだよ」
「自分の誕生日を忘れるなんてアキは抜けてるねー」
葵の後に、遊莉が言った。お前だけには言われたくない。そう思いながら携帯を開いて日付を確認する。本日五月二日。聞いて欲しい。俺の誕生日は五月十三日であって、間違っても二日ではない。確かに最近忙しくて誕生日のことはすっかり忘れていたけどさ。
「……いや、まだ五月二日だぞ? 十日以上前じゃねぇか」
「その辺はあれだ、遊莉が予約の日にちを間違えたんだよ」
間違えるなよ。そう思いながらも皆に礼を言っておく。ちなみに本当の祝いは誕生日にやってくれるらしい。場所は葵の家。まさか神社をやっている友人の家で祝われるなんて、誰が想像しただろうな。
46
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/08/07(火) 00:35:21 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
歌うだけ歌って、カラオケ屋から出てきたのは二十時を過ぎていた。十八時を過ぎるとかなり料金が高くなると言うのにその辺は無視らしい。なんだかんだで俺の周りには金持ちしか居ないのかもしれない。いや家が神社な奴は別格だ。比べようがねぇよ。
あぁ、でも彩花は死ぬ気でバイトしてるんだっけ。遊莉は月小遣い制って言ってたな。凛は知らないけど、何か常に金を持っているイメージしかない。ルチは……案外金持ちなんだと思う。これは感でなんともいえないけどさ。ちなみにこんなことを言っている俺はいたって普通のつもり。住んでいる家の家賃だけは親に払ってもらって、後は自分で稼ぐ。
……親に頼るなんて虫唾が走るから。本当は家賃を払ってもらうことだって不満なんだ。それならボロアパートでいいから自分で払いたい。ただ、一人暮らしをさせてもらうための条件がそれだったのだから仕方がない。いずれ今まで払われた金額を叩き返してやればいいさ。
「いやー歌ったねー!!」
「いや、今回も凛は雑誌読んでただけだよね」
近くにあったベンチに腰をかけて談笑。葵はもう電車で帰ると帰宅時間が絶望的になるそうで、お兄さんを呼びつけていた。それはもう凄い剣幕で。断ったら帰らないとかとんでもないことを言っていたし。結局お兄さんの方が折れて迎えに来てくれることになったらしい。
なんだか知らないけど俺達のことも送ってくれるらしいので待機という訳だ。遊莉やルチとは違って俺や美穂、彩花、凛は徒歩でも帰れる距離だが。特に凛と彩花。葵曰く、夜遅いから、別々に行動させるのが心配だそう。何処の保護者だお前は。
特に俺は前回発作を起こしたときの影響か、余計に警戒されているようだった。今日は絶好調なのだが、そう言っても信じてもらえない。やっぱ昼のときに何も食わずに睡眠を優先した上に、五、六時間目ぶっ続けで寝たのが原因だろうか? いや、我ながら寝すぎだと思うよ。
「あー……そう言えば迎えに来るのってどっちのお兄さん?」
「五月蝿い方。静かな方はまず家からでてこねぇよ」
何気なく聞いてみると、葵は半ば不愉快そうにそう答えた。……お兄さんを五月蝿い方とか静かな方って、相変わらずだなぁ……。ちなみに葵の家には二人お兄さんが居る。一人はすっごい元気で、この前喘息で倒れたときに何かと声をかけてきてくれたり、ご飯を運んできてくれたりした。今日や前回きたこのカラオケ屋でバイトをしているらしい。
で、もう一人は本当に無口で、何を考えているか分からない人らしい。俺はチラッとしか姿を見たことないが、着物を着た黒髪の美人さんだ。葵の話では良く長女と間違われる次男とのこと。こちらは普段、離れの方に住んでいるので葵でも食事以外で会うことはないらしい。家族なのにもったいない。
葵にこの手の話題をしつこくふると殴られるから、別の話題を探すことにする。……ああやべぇ、部活の連絡するのすっかり忘れてた……。
「あー葵。明日急遽部活休みで、土曜に九時からミーティング。十一時から校外ランニング、十三時から個人練習になったと」
「マジでー? ……俺、ミーティング嫌いなんだけど」
俺が言ったことをさらさらと手帳にメモしながら葵はため息をつく。それに乗っかるように美穂が私も明日は部活ないよーなんて言ってきた。遊びに行くつもりだろうか? 残念ながらそうは行かないんだけどな。いつも遊べるほど俺も暇じゃねぇ。
ああ、そういえば俺達グループの中で違う部活なのはルチと美穂だけだ。ルチは帰宅部で普段は俺らの部活の様子を眺めてニコニコする観客君。美穂は美術部。彩花、凛、遊莉は陸上部マネージャー。……この前凛の作ったドリンクが異常に辛かったのを覚えている。
しばらく雑談していると、ゆっくりと車がカラオケ屋の傍に停まった。その車を見た葵はため息をついて立ち上がる。どうやらお兄さんのお出ましのようだ。そろそろ帰りたくなっていたからナイスタイミングだ。
「んー……始めは? 茶髪の子の家からか?」
「ああ。ッてお前スピード出しすぎだ!!」
「へーきへーき。正直眠いからさっさと帰りてーんだよ」
ぼんやりと外を眺める。確かに外の景色は異常なスピードで流れていく。……これスピード違反で捕まるよな。その前に、これって乗ってる人数的にもアウトじゃ? つか、あまり荒い運転されると、俺酔うんだけど……。
葵と葵兄の話を聞いていると、もう凛の家に到着したようだった。彩花の家もこの辺なので凛と一緒に車を降りて行った。一気に車内が広くなった気がする。ルチと遊莉は車の中でチューリップの話題に花を咲かせている。……好きだよなこいつ等。
47
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/08/15(水) 23:26:42 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
俺は話しかけてくる葵のお兄さんの相手をしながらぼんやりと外を眺める。流れていく景色は眩しい。暗いはずの夜を彩るのは色とりどりのネオンの明かり。ふと視線をずらすとルチと目が合った。ルチの目は不思議と俺のほうを向いていたんだ。遊莉と話しながら真っ直ぐ、真っ直ぐと。
その目を真っ直ぐ見ることがなぜだか怖くて、俺は無言で視線を前へともどす。葵は小さく寝息を立てていて眠っていた。疲れていたのだろうか? まぁ、カラオケで歌い狂っていたし、最近はまともに部活にも参加していたし。テストもあったしな。
ふと俺の携帯が鳴り響く。面倒だから、初期設定のまま変えていない着信音。葵のお兄さんに断って電話に出る。……相手はできれば聞きたくなかった奴らの声。つい最近に再開してしまった大嫌いで、とても憎くて……できればその身体を引き裂いてしまいたい奴らの、声。
「……分かった。今行く。……すいません、そこのコンビニで下ろしてもらえますか?」
「ん? 何だ玲。用事でもできたか?」
俺が少し向こうの方に見えるコンビニを指差す。葵のお兄さんは少し不思議そうに俺に問いかけてきながらもコンビニの方へと車を走らせていく。とりあえず質問に答えながらもコンビニに着くのを待つ。といってもそこまで離れていなかったからすぐにたどり着いたのだけれど。
礼を言って車から降りると、俺を一人にすると心配だからと美穂も降りてきた。……余計なお節介だ。やっぱりこの前の喘息のせいで警戒でもされてるのかもしれない。だとしたら俺、馬鹿なことしたなぁ……。面倒臭いことは避けたいんだが……。
とりあえずついてくるとごねた美穂を、睨みつけながら上手い事言いくるめてあいつ等の待つ路地裏へと入り込む。ムッとした臭いに思わず顔を顰める。最悪だ。嫌いな奴に会わなければいけないのに、更に鼻を塞ぎたくなるような悪臭……。ついてねーな。
行き止まりまで歩いてそいつらを見つける。ニヤニヤと笑うその顔を殴りつけてやりたいのに、身体が震える。……まだ、俺が“過去”に囚われているとでも言うのだろうか? そんなはずはない。俺はもうあのときの俺じゃないんだ。
「おー月城ちゃん、早いねー」
「……用件はなんですか? 僕はあなた方と違って忙しいのですが」
できるだけ、相手を睨みつけながら俺は言う。なんだ、いえるじゃないか、俺。俺の言葉にそいつ等は目に見えて不愉快になったようだった。俺の前に寄ってきて、睨みつけてくる。……一緒にいるメンバーの少女が怒ったときのほうが怖いはずなのに、何で……なんで身体は震えて行動を起こせなくなるのか。
……俺が、俺じゃない。ポツリ、頭に浮かんだ言葉が余計に俺のことを身動き取れなくしていく。
「分かってんだろ? 何、昔のことバラされたいの?」
「ッチ……どうぞ。これで満足でしょう?」
財布から数枚の札を取り出して相手に向けて放り投げる。さて、全財産持っていかれたわけだが俺どうやって生活しようか。食料買いだめしてねぇんだよな。そんな事を考えていると、軽く肩を叩かれた。……汚らしい。悪寒が走る。一瞬にしてそんな風に頭の中が塗り替えられた。
「分かってんじゃん。今日もごちそーさま、月城ちゃん。お友達に宜しくー」
語尾に星やらハートやらがついてそうなムカつく言葉。ああ、ここで殴ることが、関わるなと叫ぶことができたらどんなに楽だろうか? 何故、俺の身体なのに、俺の言うことを聞いてくれないのか。何故、俺の口なのに自由に言葉を発してくれないのか。
去っていくそいつら一人に肩を押されて、だらしなくその場にへたり込む。そして、そのままソイツ等の背中を見送る。……悔しい。憎い。……やり返してやりたい。今ならそれができるはずなのに……できない。
ひんやりとした風に頬を撫でられるがまま、俺はぼんやりと空を眺める。雲に覆われた暗い空。……何故その空を自分に似ていると思ってしまったのだろうか。自分がわからないまま、俺は空を見つめ続ける。
鳴り響く、音。最早義務的に携帯を取り出す。ディスプレイには美穂と言うた
48
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/08/15(水) 23:28:03 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
俺は話しかけてくる葵のお兄さんの相手をしながらぼんやりと外を眺める。流れていく景色は眩しい。暗いはずの夜を彩るのは色とりどりのネオンの明かり。ふと視線をずらすとルチと目が合った。ルチの目は不思議と俺のほうを向いていたんだ。遊莉と話しながら真っ直ぐ、真っ直ぐと。
その目を真っ直ぐ見ることがなぜだか怖くて、俺は無言で視線を前へともどす。葵は小さく寝息を立てていて眠っていた。疲れていたのだろうか? まぁ、カラオケで歌い狂っていたし、最近はまともに部活にも参加していたし。テストもあったしな。
ふと俺の携帯が鳴り響く。面倒だから、初期設定のまま変えていない着信音。葵のお兄さんに断って電話に出る。……相手はできれば聞きたくなかった奴らの声。つい最近に再開してしまった大嫌いで、とても憎くて……できればその身体を引き裂いてしまいたい奴らの、声。
「……分かった。今行く。……すいません、そこのコンビニで下ろしてもらえますか?」
「ん? 何だ玲。用事でもできたか?」
俺が少し向こうの方に見えるコンビニを指差す。葵のお兄さんは少し不思議そうに俺に問いかけてきながらもコンビニの方へと車を走らせていく。とりあえず質問に答えながらもコンビニに着くのを待つ。といってもそこまで離れていなかったからすぐにたどり着いたのだけれど。
礼を言って車から降りると、俺を一人にすると心配だからと美穂も降りてきた。……余計なお節介だ。やっぱりこの前の喘息のせいで警戒でもされてるのかもしれない。だとしたら俺、馬鹿なことしたなぁ……。面倒臭いことは避けたいんだが……。
とりあえずついてくるとごねた美穂を、睨みつけながら上手い事言いくるめてあいつ等の待つ路地裏へと入り込む。ムッとした臭いに思わず顔を顰める。最悪だ。嫌いな奴に会わなければいけないのに、更に鼻を塞ぎたくなるような悪臭……。ついてねーな。
行き止まりまで歩いてそいつらを見つける。ニヤニヤと笑うその顔を殴りつけてやりたいのに、身体が震える。……まだ、俺が“過去”に囚われているとでも言うのだろうか? そんなはずはない。俺はもうあのときの俺じゃないんだ。
「おー月城ちゃん、早いねー」
「……用件はなんですか? 僕はあなた方と違って忙しいのですが」
できるだけ、相手を睨みつけながら俺は言う。なんだ、いえるじゃないか、俺。俺の言葉にそいつ等は目に見えて不愉快になったようだった。俺の前に寄ってきて、睨みつけてくる。……一緒にいるメンバーの少女が怒ったときのほうが怖いはずなのに、何で……なんで身体は震えて行動を起こせなくなるのか。
……俺が、俺じゃない。ポツリ、頭に浮かんだ言葉が余計に俺のことを身動き取れなくしていく。
「分かってんだろ? 何、昔のことバラされたいの?」
「ッチ……どうぞ。これで満足でしょう?」
財布から数枚の札を取り出して相手に向けて放り投げる。さて、全財産持っていかれたわけだが俺どうやって生活しようか。食料買いだめしてねぇんだよな。そんな事を考えていると、軽く肩を叩かれた。……汚らしい。悪寒が走る。一瞬にしてそんな風に頭の中が塗り替えられた。
「分かってんじゃん。今日もごちそーさま、月城ちゃん。お友達に宜しくー」
語尾に星やらハートやらがついてそうなムカつく言葉。ああ、ここで殴ることが、関わるなと叫ぶことができたらどんなに楽だろうか? 何故、俺の身体なのに、俺の言うことを聞いてくれないのか。何故、俺の口なのに自由に言葉を発してくれないのか。
去っていくそいつら一人に肩を押されて、だらしなくその場にへたり込む。そして、そのままソイツ等の背中を見送る。……悔しい。憎い。……やり返してやりたい。今ならそれができるはずなのに……できない。
ひんやりとした風に頬を撫でられるがまま、俺はぼんやりと空を眺める。雲に覆われた暗い空。……何故その空を自分に似ていると思ってしまったのだろうか。自分がわからないまま、俺は空を見つめ続ける。
鳴り響く、音。最早義務的に携帯を取り出す。ディスプレイには美穂と言うたった二文字。……ああ、そう言えば一人で待たせているんだっけ。早く行ってやらないといけないよな……。ゆっくりと脚に力を入れて立ち上がる。なんて言い訳しようかなぁ、そんな事を考えて。
______________
ミスったので上げなおし。
メモ帳に書いてからこっちにもってくるとミスが増える私です
49
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/08/16(木) 00:16:26 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
フッと俺の前に、子供が降り立つ。隠した右目、赤い瞳。黒い髪、赤と黒い服に翼。悪魔、ネーロ=ディスペラッツィオーネ。俺の前に一番最初に現れた“人外”で欠片を狙う者。もう自然に構えが取れるようにまでなっていた。
「……今日は生憎と力が出せない日でな。安心していい。今日は襲わない。それは約束しよう」
「……信じられるとでも?」
腕を組みながら俺を見上げるネーロに俺は言う。そうするとネーロは確かに、とでも言うかのように笑って見せた。
「信じられないだろうな。でも本当だ。俺は悪魔でありながらも誠実な方でね?」
さりげなく、情報の欠片で探ってみるが嘘を言っているような様子はない。……まぁあいつ等を相手にするよりはマシだろうか。別に会話が嫌いとか、ネーロが嫌いだというわけじゃないんだし。普段はネーロが襲い掛かってくるからそれに対応して応戦してただけ。
ネーロはフッと笑う。その表情は何処か嬉しそうで……。何だか不思議な奴だと思う。何度か戦いはしたけど、絶対に本気に殺してこようとはしなかったし。こいつが本気で来ていれば俺はなすすべなく殺されている。……それは情報の欠片から手に入れた“情報”。
ネーロは静かに俺の近くへと歩いてくる。狭い路地裏にいるからだろうか? その翼はいつもよりも小さく折りたたまれている。そんなことが少し面白くて、俺は笑みを浮かべる。それにネーロは少し驚いたようで、動きをとめてジットリと俺のことを見てきた。
「……嘘で塗り固めた“セカイ”は楽しいか?」
「は? どういうことだ?」
予想もしていなかった言葉に俺は首をかしげた。気づけば本当の真正面に移動してきていたネーロはその手で俺の頬に触れる。その手は彼が人間じゃないからなのか、酷く冷たくて……それなのに心地がよかった。何故か暖かい温度よりも落ち着く気がする。
真っ赤なその瞳は真っ直ぐと俺の目を見つめてきた。ああ、思ったよりも綺麗な色をしているんだ。ただ、それは冷たさの宿る色……。光などは宿っていない。変わりに宿るのは闇……。冷たくて、鋭いそんな闇。
「……君に“本当”はあるのかい? 嘘で固めて生きてきた君には、本物の存在があるか?」
息が詰まる。“本物の存在”、それの検討がつかずに俺は黙ってネーロの目を見つめ続ける。……そらすことを許されないような、そんな錯覚。
「俺が断言してやろう。お前に本当の存在などない。友人も、何もかも偽者だ。お前が偽者だから」
胸を抉られるような感覚。“偽者”……自分でも理解しているはずの、自分が望んでいるはずの言葉を言われたはずなのに、俺はショックを受けて固まっている。何故、コイツにバレた? 戦いの最中でボロを出したか? それともコイツが人外だからか? ……いや、違う。もっと別の何かが原因だろう。
じゃあ、一体何が? そう考えるももう、理由は浮かばない。余裕のなくなった俺は取ってつけたような笑みを浮かべているのだろうか? ネーロは嗤う。引き裂いたような残酷な笑み。そして彼は告げる。俺を“止める”一つの言葉。
「……お前に向けられるものは全て嘘さ。君が向けるものが嘘なようにね。まぁ、君は人間の大切な部分を“理解してないし持っていない”のだから関係ないだろうね」
喉が干上がる。声も出せずに俺は固まっていた。何故、コイツは知っている? ……何故? 何故、何故何故何故なぜナゼ!? 何故コイツは俺の欠陥を知っている? 何故コイツは俺の嘘を見破った? ばれない自信はあった。絶対に完璧だった。なのに、何故……。
信じられない、信じたくない。何かが凍り付いていくような感覚。それは表情か、それとも……?
「おや、君他人を待たせてるんじゃないか? これは引き止めてしまって悪かったな。もう行けばいい。……最初に言っただろう? 今日は襲わないと」
ネーロに軽く背中を押されて歩き出す。鳴り響く携帯。メールだ。中には早く戻って来いとか、発作が起きたのかとかそんなことが書き綴られていた。振り返ったとき、もうネーロは飛び立とうとしていた。……何処か悲しそうな笑みを浮かべて。
50
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/08/16(木) 00:56:51 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
美穂は別れたコンビニの近くにある、喫茶店の前でソワソワしていた。俺の姿を見つけるなり凄い勢いで駆け寄ってくる。そして不安そうに俺の顔を見上げながら。心配させんなとか連絡ぐらいしっかりしろとか、そんな風に言葉を投げかけてくる。
「ごめん……帰るか……」
自分の声が酷く無機質なもののように思えた。歩き出そうとする寸前に見えた美穂の表情は完全に曇っていて……。それを見ると、ああ、俺は相当酷い顔をしているだろうなぁと思ったんだ。歩き出そうとすると、美穂が勢い良く俺の手を掴んだ。
ネーロとは違って暖かい手。その温度が落ち着かなくて、怖くて、俺は黙ってその手を振り払う。美穂は驚いたような顔をしながら、俺の前に回りこんで顔を覗き込んできた。透き通った、綺麗な光の宿った瞳で。
「玲、無理してる……? 凄い辛そうな顔をしてるよ?」
「……別に。気のせいだろ」
フイッと顔を逸らして歩きだそうとすると、美穂が抱きついてくる。訳が分からずに固まっていると、小さな、絞り出すような声で無理しないでと聞こえてきた。……無理などしていないのに、美穂は一体何を言っているのだろうか。
ふと、自分の頬を冷たい雫が伝い落ちていく。離れようとした美穂の背中に咄嗟に腕を回す。……見られたくない。何故か止まらない雫に自分自身が一番戸惑いながら、必死に美穂を抱きしめる。顔を見られないように。覚られないように……。
不安そうに俺の名前を呼ぶ美穂。戸惑ったように俺の背中に触れたり、離れたりしていたその手はいつの間にか1ヶ所に落ち着いていた。
「……ごめん。あと少し、あと少しこのままでいさせて……」
「うん……いいよ。何があったかはわかんないけど、落ち着くまでお好きなように」
そっと頭、というよりも首に近いところが撫でられる。温度は心地悪かったのに、そのゆっくりとした優しい動作だけは心地よくて……しばらく美穂の頭に顔を埋めていた。少し息苦しいけど気にしない。フラリと漂う匂いはやっぱり美穂も女の子なんだなぁって感じさせられるもので……。
雫が止まったことを確認して、美穂から離れる。美穂はいまだに心配そうに俺のことを見つめていた。だから俺は笑って美穂の頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。そうすれば美穂は少し安心したように笑うのだった。……扱いやすくてよかった。
二人で並んで町を歩く。幸い家からは近いところだった。数分歩いたところでマンションに到着。俺が美穂に合わせて歩いてやるのを忘れていたようで、美穂は横で息を切らせていた。そのことに軽く謝ってやって、エレベーターに乗り込む。
一瞬の浮遊感。二人とも無言の空間。エレベーターは嫌いだ。狭いところで他人と関わらなくてはいけなくなるから。その分、ボロが出やすく、気づかれやすくなってしまうから。
「じゃあな。風邪、引かないよーに」
「玲には言われたくない。お休みー。ちゃんとご飯食べるんだよー」
いつも通り言葉を交わしてそれぞれの家に入る。お前は俺の親かとツッコムのも忘れなかった。隣の部屋同士だけど、防音のおかげで物音一つ聞こえない、そんな家。自分だけの空間。一人暮らしを始めて、自分だけの空間がどれだけ心地いいかが良く分かった。
とりあえずネクタイを緩めて、制服を脱ぎ捨てる。風呂は沸かしてなかったからさっさとシャワーを済ませて、半袖のシャツと短パンを着る。やっぱり人がいないときはこの格好に限るよな。誰かいたら絶対にこんな格好はしないのだけど。
制服にアイロンをかけて、専用のハンガーにかける。そこまで終わらせて時計を確認すると、時刻は二十二時。ああ、ということは帰ってきたのも結構遅かったな。……美穂怒られてないといいけど。アイツの家わりと厳しいし。
そんな事を考えながら歯を磨いて、身をベッドに投げる。ふんわりと身を包む布団の柔らかに癒される。しばらく枕を抱きしめていると眠気が襲い掛かってきた。……別に抗う必要もないから静かに目を閉じる。それだけで俺の意識は闇の中へ……。
51
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/08/18(土) 19:10:43 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
時が流れるのは早いもので、気づけばカラオケの日から十日が過ぎて、今日は五月の十三日。俺の誕生日である。本日は日曜日なのだが、部活のせいで学校にいる。もっとも午前中だけの楽なものだけどさ。その後は葵の家で俺の誕生日パーティーとのこと。
集まるメンバーからして祝う気はないだろうけど。こいつらとは小学のころからの付き合いだが、まともに祝ってもらったことはない気がするぞ? 去年はパイ投げの被害にあったし。……リアルでパイ投げする馬鹿っているんだな。俺は何よりもそのことに驚いたよ。
やれやれ、今年はどんな歓迎を受けるのやら……。服が汚れる系は勘弁して欲しいな。
「おーい、玲ー? 力抜いて走ってると鎌持って追いかけるぞ」
「何だその気の抜けた脅しは。怖くねーよ」
俺の肩を軽く叩いて笑うのは、明るい茶色に黒い瞳の男。名前は神崎 勇樹(カンザキ ユウキ)。俺や葵と同じ特殊選抜生で、俺の次の点数を取って入学した奴だ。ちなみに俺は一位。我ながら流石だと思う。ちなみに勇樹との出会いはまさかの試験会場。
勇樹が言うには中学も同じだったらしいのだが、残念ながら覚えていない。別に周りに興味なんてなかったしな。
見た目はチャラついて見えるのだが、これが案外いい奴で、男女共に人気がある。俺からは徹底的に弄られている。その腹いせにか、勇樹は葵のことを命一杯弄るのだ。……ちょっと嫌な連鎖の完成である。場合によって負の連鎖になってしまいそうである。
ただ、葵が少しでも嫌な顔をすればすぐにそれを読み取って行動をとめるんだ。葵は正直言って表情の変化が薄い。俺も慣れるまでは大分困惑してたしな。それを勇樹は出会ってすぐに見分けて対応できるようになっているのだ。……もしかすると人に取り入るのが上手い人種なのかもしれない。
「どわ!? 葵てめぇ……後ろからぶつかってくんじゃねぇ!! お前は猪か!!」
「ちんたら走ってる方がわりぃんだよ。図体のでかい奴がコースを塞ぎやがって」
ギャーギャーと喚きながら三人で走っていると顧問の怒号。三人仲良くランニング三周分追加されましたとさ。俺はその時点で全力疾走開始。これ以上のんびり走っていて、更に増やされたら冗談じゃないからな。笑えないよ。本当に。
後ろからは裏切りものーだとかと喚く声。そんなこといっている暇があったらさっさと本気出せばいいのにな。
一足先にランニングを終え、顧問の横に座る。顧問は何も言わずにドリンクを投げつけてきた。……おっさんにドリンクを貰っても嬉しくはないのだが、マネージャー陣が俺の誕生日パーティーの準備のために嘘をついてサボり中なためなんともいえない。というか言いたくない。
準備をするのはいいが、サボるなよ。後々面倒くさくなるんだしさ。面と向かってそういったのだが、全員仲良くスルー。俺ももう干渉しないことにした。
「あー……疲れた」
「そりゃあんなにふざけながら走ってりゃ疲れるだろうな」
何とか部活が終了し、今度は仲良く電車に揺られる。勇樹はバイトォ!! なんていう奇妙な雄たけびを上げながら走り去っていった。色々大変そうな奴である。いや、これから付かれきった状態で馬鹿グループに加わらなきゃいけない俺ほどじゃないだろうけど。
途中、二人して寝てしまい危なく乗り過ごしそうになったり、葵がなにやら危ないお兄さん達の脚を踏んでしまったりしたりと、色々とハプニングが起きてしまったがどうにか無傷で葵の家の前に到着。お兄さんたちは案がいい人だった。見た目に騙されちゃいけないよな。
葵の後に続いて家の中に入る。シンと静まり返った部屋。本当に人がいないのかもななんて思いつつ、俺は欠片を作動。数秒で奴ら全員が押入れに隠れているという情報を手に入れた。とりあえず何の躊躇いもなく押入れを開けておく。葵は少し戸惑ったような表情をしているが何も言わない。
つまらないなどと喚く凛には蹴りを入れておく。コイツは男だから本気でやっても問題なし。後の連中はとりあえず拳骨を落としておく。
______________________
こっから先はもう溜め書きがありますので、いつもより早く更新できると思います。
多分今日中に玲編は終わるかと
52
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/08/18(土) 19:45:06 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
「お前らはつくづく普通に祝う気がないらしいな。別にいいけど。今回は先手を打たせてもらったぜ」
とりあえず罰と称してルチを抱きしめておく。今日ばかりはルチも大人しく膝の上に座っている。美穂がなにやら喚いているが言葉になってないので気にしない。凛は蹴られたことに対してか俺に恨みの視線を送っている。怖くないけどな
苦笑いを浮べて部屋から出て行った彩花が戻ってくると、その手にはケーキ。何でも手作りだそうだ。料理が壊滅的に苦手な美穂の代わりにルチと遊莉が頑張ったとこと。ケーキの上の飴細工は葵のお兄さん、五月蝿い方による作品らしい。ちなみにバラの形をしている。
チョコのプレートは葵による作業らしい。……異常に文字が歪んでいるのは気のせいだろうか? というかここまで凛が頑張ったところを聞いていないのだが? そんな風に思いながらもルチを開放して遊莉とルチ、彩花の頭を撫でておく。一応「有難う」って言葉も添えて。
人数分にケーキを切り分けて、食べ始める。あまりにも凛が五月蝿かったのでバラの飴細工を与えてやるとすぐに大人しくなって、携帯で写真を撮っていた。案外早く釣れたので俺は思わずため息をついて、ケーキをつつく。
過去に、凄く妙な味のケーキを出されたこともあり警戒していたが、今日はそう言うこともないらしい。いたって普通のケーキだ。強いて言うのなら少し甘すぎるというぐらいだろうか? まぁ別に甘いものは嫌いじゃないけどさ。
みんなと雑談しながらゲーム大会を始めたところで、携帯がなった。あまりのタイミングの悪さに全員が苦笑いを浮べていたが、俺はどうとも思わなかった。電話の相手は父さん。一体何の用事かと思えば、誕生日おめでとうという、簡単な祝いの言葉。
その後は、体調は平気なのかとか、新しい友達はできたかとか、やっぱり一緒に暮らした方が安全じゃないのかとか、そんなくだらなくて、何気ないもの。仕事優先主義者だったはずの父さんが俺の誕生日を覚えていて、こんな風に連絡してくるのは少し以外だった。今まではこんなことなかったしな。
一つ一つ丁寧に答えてやる。これは大人用の話し方で。ただ、それを保つことができたのは母さんの話題が出るまで。あの時は悪かっただとか、母さんが恋しいかとかそんなどうでもいいこと。ついつくろうことも忘れて、どうでもいいとかそんな風にか耐えてしまった。
父さんはいまだに何かを言っていたが、聞く気になれないから、俺は一方的に電話を切ってやった。
「大丈夫ですか? 凄く怖い顔してましたよ?」
不安そうな表情でルチが問いかけてくる。奥の方で葵も彩花もみんな心配そうな表情をしていたから、俺は親指を立てて笑ってやった。少し気になるような様子を見せながらもみんな深入りはしてこなかった。これが俺がこのグループにいる理由なのかもしれない。
皆でゲームを再開する。選ばれたゲームは有名なレースゲーム。それぞれが好きな車を選択してチーム決め。俺は凛と葵と同じチームになった。別名名前一文字組みだ。ちなみに他のコンピューターたちは戦力として数えない。数える方が間違っている。
ありえないことに初っ端からコースを逆走し始めた凛を無視して、俺と葵はひたすらゴールを目指す。美穂もフラフラと逆走で凛の後を追っている。ダメだこりゃ。ライバル減って俺からすれば楽だけど。そう思ったけど、意外なことに遊莉と彩花が強い。俺はどうにか三位についたけど、それ以上前にいけない。
「あーあ……もう少しで勝てたんだけどなぁ」
結局、後一歩というところまで追い詰めたところで2人から総攻撃、逆走組みに追突でまさかの敗戦。つか逆走組みが邪魔すぎて勝負にならなかった。何回操作教えても逆走し始めるし。美穂にいたっては逆走するために生まれてきたんだとか、ふざけたことを言い出した。
……そんなこんなで、何時間も騒ぎに騒いでやっと解散。隣の部屋から乱入してきた葵のお兄さんの始めの不機嫌で眠そうな表情は忘れない。しかしその後普通に馴染んでた。良く分からない人である。ちなみにこの人は何で俺らが集まっているかは分からなかったらしい。
皆から貰ったプレゼントを持って家へと向かう。電車で学校周辺の笑みまで行った後、バスを逃し、次のバスはまさかの二時間後。仕方がなく歩いて帰ることにした。凛と彩花は学校周辺に家があるためここでお別れ。美穂と二人きりで騒ぎながら帰る。
「ねぇ、玲。覚えてる?」
「……覚えてるって何を?」
53
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/08/18(土) 20:20:43 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
美穂が笑う。騒いでいたさっきまでとは違って静かな声だった。美穂は笑顔のまま俺の前に立って、俺の顔を覗き込むような体勢を取る。
「玲と、葵がさ、神童って呼ばれてた頃のこと。……私は良く覚えてるよ」
美穂の言葉に、俺の中の何かが凍りついた。頭の中を美穂のものでも俺自身のものでもない声が、言葉が巡り俺を支配していく。俺が、俺じゃなくなっていく。
――玲は優秀だから。
……止めろ。
――玲みたいな生徒を持てて先生は幸せだぞ。
止めろ……止めろ。これ以上、俺を褒めないでくれ。どうしていいか分からなくなるから。……そうだ、冷たくしてくれていいんだ。優しい言葉じゃなくて辛辣な言葉の方がいいんだ。その方が何十倍もやりやすい。別に褒めて欲しくなんてないんだ。ただ、ただ認めて欲しいだけ。そして、もう、頑張らなくていいって……。
「私ね……その頃から玲が好き。……美術のコンクールで色々合ったでしょ? その時から、ずっと」
止めろ……止めろ!! 俺は好きなんて感情は分からない。知りたくない、いらない。そう考えながら、相手が知っている俺を必死に演じる。
「悪いな。俺は全ての女を平等に愛してるから」
「……玲、何か無理してる?」
違う、そんな否定の言葉が、喉から出て行ってくれない。止まって、渦巻いて、“何か”があふれ出しそうになる。殺せ。そんなわけの分からないものは殺してしまえ。感情もそうだ。殺せ。表に出すな。徹底的に殺して、殺して、殺しつくせ。そうじゃないといけない。そうじゃないと、俺は!!
「別に……俺、先帰るぞ?」
そういって、美穂の前を通り過ぎようとする。嗚呼なんて不自然な行動なのだろう。でも怖いんだ。目の前にいる、良く知っているはずの人間が怖い。中のいいはずの相手が怖い。怖い。怖い怖い怖い怖いこわい、コワイ!!
「触るな!! 俺のことなんて放って置いてくれよ!!」
俺の腕を掴んで、今にも泣きそうな顔をする美穂を振り払って俺は言う。震えが止まらなかった。驚いたような表情をする美穂を無視して、俺は家へと走り出す。ああ、胸が苦しい。……こんなときに発作かよ。ついてないな、本当に……。
勢い良く家のドアを開けて中に転がり込む。布団に包まっても眠くならない。さっきのことが、昔のことが、延々と俺の頭の中を支配する。一体どうすればいいんだ。誰か教えてくれよ。分からないんだ。いくら考えても分からないんだ。
胸が苦しい。発作なはずなのに、発作以外で苦しくなることなんてないはずなのに、吸入器を使っても治らないんだ。なぜか流れる雫も止められない。ポタポタとその雫は布団を濡らしていく。
誰か助けて……。もう死にそうなんだ。息が上手く吸い込めない。吐き出すことでさえできない。
――アイツなんて死んでも困らないだろ。
……また頭に響いた声。……そうだ。苦しいなら死ねばいい。何でこんな簡単なことに気づくことができなかったのだろうか? 死ネバ楽二ナレル? 我ながら突発的な考えに苦笑いを隠せない。一体何を考えてるんだよ、俺は。
54
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/08/18(土) 20:56:25 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
でも、俺は家を飛び出していた。鍵なんて閉める必要性を感じなかった。ふらふらと辺りをさ迷い歩く。行くなんてなんてあるわけなかった。必要もなかった。外の空気を吸って、自分の思考をきちんと整理で着ればいいのだから。外ならスッキリできると思っただけだから。
流石にまだ春の夜は寒かった。まぁ、別にどうでもいいんだけど。少し寒いぐらいで死ぬような軟弱人間ではないし。
ふと、俺の前に、踝まであるであろう綺麗な白金の髪に紅い瞳の青年が現れた。髪は淡い光を放ち、その紅い目は冷たく俺を見据えて、全く動かない。口は、何かを言いたげに開いたり、閉じたりを繰り返している。背中には純白の翼。ああ……天使か。そんな風に考えてぼんやりと青年を見つめる。
……青年は静かに、儚く笑った。
「儚き命……貴方には短き悪夢を……」
俺に近づいてきた青年は、静かに俺の首筋に触れた。その手がとても冷たくて、何故か心地いい。……その温度に、俺は最近良く触れているような気がした。青年は俺の頭をなでると闇に溶けて、消えていった。まるで、最初からそこになどいなかったように。
俺がそこでぼんやりを呆けていると、携帯が鳴り響いた。……美穂だ。また震えだした手で、携帯を耳に当てる。飛び込んできたのは、酷く不安そうな美穂の怒鳴り声。鍵も閉めずに、上着も着ずに何処に行ったんだと言われた。
ああ、何だ。いつもの美穂じゃないか。なんだかんだ言って俺を気にかけては小さなことで小言を言うために電話をしてくる。俺が言葉を返してやれば、いくらか安心したようで、美穂は怒鳴るのを止めた。その後は今日のパーティーの話になる。まぁ、俺が強引に話を振ったのだけど。
ゆっくりと歩き出す。フラフラと不完全な闇の中を。耳に飛び込んでくるのは心地いい少女の声。俺も笑ってそれに答えながら辺りを歩く。辺りに見える街灯の明かりはこれでもかって言うぐらいにかすんで見えた。いつもは明るいはずの道なのに今日は何かが違う。
「何か、そっち騒がしいみたいだね」
「ああ……何かトラックが暴走してるみたいだな。危ねー」
周りの叫び声から情報を得る。何でもトラックが異常なスピードで暴走して、今にも歩道に突っ込んでいきそうらしい。轢かれてしまった人もいると聞いて俺は辺りを見渡す。人の姿は何も見えなかった。ただただ、聞こえてくるのは危ないよという声。
今度はさっきとは反対の歩道に突っ込みそうになっているというトラック。そこには一人の少年がおぼつかない足取りで歩いているのだそうだ。周りの人がいくら叫んでも少年は気づかない様子で、フラフラフラフラ。……だから俺は少年を笑ってやる。
「今、轢かれそうになってるのに気づかないやつがいるんだと。ははっ、間抜けなヤツだよな」
「玲、それって!!」
「――ッ!?」
美穂が何かを言おうとした瞬間、鈍い音と、衝撃。……妙な浮遊感の後、自分の身体が地面に叩きつけられて、転がるのが分かった。手からは携帯が滑って……。何だ、周りが必死になって叫んで、助けようとしていたのは、俺だったのか……気づかなかった。
頭と、腹に激痛。顔や手はひりひりして熱いのに、それ以外は酷く寒い。腹には何か刺さっているような感覚。こういうときどうすればいいのか、目を開こうにもどうすればいいのか分からない。ああ、動くってどうするんだっけ?
話すって、声を上げるってどうするんだっけ? 分からない。嗜好に靄がかかって、何も考えられなくなっていく。
……痛い、熱い、寒い。感覚が分からない。何が正しいのかも分からない。今日何があったかも思い出せない……。何もかもが分からなくなっていく。俺、何デコンナ事二ナッテルノ? 意識は吸い込まれるように、闇の中へ落ちていった。
――オレはダレ?
NEXT Story 第四章-壊れたキオク-
55
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/08/18(土) 21:05:55 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
玲編あとがき
個人編トップは玲です。初登場から比べて、誰だお前!? となるように頑張ったつもりですが、いかがでしょうか?
さて、一応はコメディ中心なはずのこの小説、玲編がぶっ壊してくれました。ドシリアスです。
まぁ、玲は周りには恵まれているはずなのですがね……。
何よりもこのお話でかわいそうなのは美穂かと思います。告白したら玲が可笑しくなるは、心配で電話したら事故るは
本当はこの話だけで終わらせる予定だったんです。本当に一番最初の一番最初は。しかし後々、これは一つでやれないな、となりまして。
この後どうなるのかは、次の話、美穂編第四章-壊れたキオク-から書かれていきます。
美穂と玲はどうなるのか、玲は無事なのか、そして私はきちんとその話を書けるのか((
のんびり更新ではありますが、これからもてんしさまのすむところ-刹那の大空-をよろしくお願いいたします!
56
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/08/31(金) 23:49:30 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
第四章-壊れたキオク-
病室に響く無機質な音だけが、彼の生きている証だった。硬く閉じた瞳と、ピクリとも動かない彼の身体。この人の手はこんなにも冷たかっただろうか? 顔はこんなに青白かっただろうか? ……答えはもちろん否。手はもっと暖かかったし、顔はもっと健康的な色だったはずだ。
何故、こんなことになった? 何でよりにもよってこの人なのか。 何が悪かったのだろう? 私が好きだといったから? 電話をしてしまったから? それともそもそも、引き止めることができずに一人で帰してしまったから……? 理解できない。理解したくもない。
そっと彼の頬を撫でる。幼い頃には良く触れた滑らかな白い肌。早く、目を開いてね。皆、待っているんだから。君がいないと、ちっとも盛り上がらないんだから。皆、すっかり暗くなっちゃってるんだよ? 葵なんか特に落ち込んじゃってさ……。私も辛いんだ。
「ねぇ玲ぁ……。目を覚ましてよぉ……前みたいに笑ってよぉ……っ」
彼の名前を呼ぶ。不思議と枯れたと思っていた涙が、頬を伝い落ちる。でもいくら泣いても、彼は……玲は動かない。玲が目を覚ますなら、何でも捧げるから。目でも、声でも、脚でも、腕でも持っていけばいい。さぁ、早く。そうけしかけてみるけど、当然何も起こらない。
神がいるなら、と祈りもした。でも何も起きない。起こるわけがない。他に私は何ができる? 私は何をしていない? 必死に考えて、考えて、頭を抱える。結局、何も思い浮かばない。
もう、一ヶ月。このまま玲は消えてしまうのではないだろうか。そんな不安が消えない。いつも、彼と一緒にいて、それが当たり前になってしまったからかもしれない。……本当の彼が、もしくは本人が言う昔の彼が、とても弱くて甘えん坊だったことを知っているからかもしれない。
嗚呼。嘘だよ、そんな風に言って玲が身体を起こしてくれたらどれだけ楽になれるだろう。
「美穂……。少し寝てろ。お前がぶっ倒れると玲が目を覚ましたとき、笑わないだろ」
不意に葵が部屋に入ってきてそう言う。小さく首を振るけれど、強く言われると断れない。玲が起きたとき、責任を感じさせちゃったりしたら嫌だしね。今日ぐらいはゆっくりと眠ろうか。玲が起きたときに笑って声をかけられるように。
そう考えて、後は葵に任せて病室を出る。心なしか、葵の目元が腫れているような気がした。それでも葵はいつも通りの無表情。私達の前ではとことん表情を変えるつもりはないらしい。……玲の次は葵がいくんじゃないかって皆して不安になっているぐらいだ。
……ふとある場所で足を止める。玲がトラックに跳ねられた場所。そこはまるで痕跡を隠すかのように綺麗さっぱりと片付けられていた。何日も降り続いた雨の影響か、それとも一ヶ月もたったからか、血のあと一つない。
トラックを運転していたヤツはすぐに捕まったらしい。居眠り運転だったらしい。……憎い。玲をあんなふうにしたやつが憎い。同じ目に遭ってしまえばいいのに。
「あーあ……どうしようもないなぁ」
小さく呟いて歩き出す。こんなことを考えたところで玲が目を覚ますというわけではないのに。それに玲は今みたいな考えを嫌う奴だし……。苦笑いを浮べて、家への道を急ぐ。何気ない玲との会話が、頭を巡った。テストのこと、遊びのこと、バイトのこと……。玲の笑う顔、悩むような、少し困ったような顔……色々な表情が浮かぶ。
ふと、玲の家の前を通り過ぎる。その家でよく玲と遊んだことを思い出して……。
自分の家に駆け込んで、泣く。声を殺して、自分の部屋に向かいながら。玲の声が聞きたい。ちゃんと目を開いた玲の顔が見たい。……もう特別なことは望まないから、ただただ声が聞きたい。顔が見たい。他愛のない話をしたい。それだけのことが、幸せなんだってことを私はいまさら気づかされた。
「玲……玲ぁ!!」
意味もなく名前を呼ぶ。ここにいないのは分かっているのに、届かないのは分かっているのに、ただただその名前を叫ぶ。……空しくなるだけだということを理解していながら。……好き、なんだ。どうしようもないぐらいに玲が好き。
思えば、私が玲が好きだと気づいたのは中学一年の夏の頃だった。……小学生の頃は可愛い弟に抱く感情だと思っていたが、よく考えると、私はその頃から玲に恋焦がれていたのだろう。優しくて、少しだけ嘘つきな彼に。好きという気づいた頃には玲はすっかり変わっていたのだけど。
今の玲と、昔の玲は想像もできないくらいにかけ離れてしまっているけれど……それでも好き。だって、結局優しいところは変わらないんだから。優しすぎて、周りに心配をかけないように一人で抱え込んでしまったり、とかね。
57
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/09/02(日) 20:32:31 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
玲が好きだと言う感情に気づいたきっかけは、中学一年の出来事。美術のコンテストに出した作品が盗作されて、そっちが入賞。……一年だった私が盗作したことになって、絶望。頑張って必死に作り上げたのに。私の主張は認められることなく、時だけが過ぎた。酷い言いがかりをつけられて、悩んで……部活を止めようとした。
そうしたら、話を聞いた玲は夏のコンテストにも作品を出せ、と言ってきたんだ。どうせまた、盗作されて、言いがかりをつけられて……居心地が悪くなるだけだというのに。
悔しくないのか、と聞かれた。悔しいけど、そう答えたときの彼の言葉はとても単純だった。悔しいのなら、諦めないで見返してやれ。……何も知らないくせに。ずっとずっとトップで努力もしないくせに、そう考えて八つ当たり。
玲は優しく私の頭をなでて、受けとめてくれた。散々酷い言葉を投げつけたのに、玲は変わらずに笑って私の言葉を聞いてくれたんだ。誰も聞いてくれなかった、私の主張。不満。……そして怒り。全部を聞いて静かに頷いて、私の頭を撫でてくれる。
そして、部室で描いて盗作されたのなら、別の場所で描けばいいといった。別に大会にだす作品は部室で作らなきゃいけないなんて決まりはなかったから。……空いている部屋がないのなら、自分の家の部屋を貸してやるとまで言ってくれた。
そこから、私は玲の家で絵を描き始めた。時々、電話相手に玲が声を荒げているのを聞きながら、ひたすら絵を描く。寝てしまったときは、必ず玲が毛布や、カーディガンをかけてくれた。私が時間を忘れて作業をしていれば、お母さんに連絡を入れて、食事まで用意してくれる。
構図に悩めば、夜遅くまで一緒に考えてくれたり、色が足りなくなれば、すぐに買ってきてくれたり。簡単なお菓子を作って持ってきてくれたり……。
そうして、玲と一緒にいると、どうしようもなく、どきどきしている自分に気づいた。玲が他の女の子と話しているだけでイライラして……気づいたら芯まで玲のことを好きになっていた。我ながら単純だと思う。
「……あの時、玲も家のことで凄く大変だったんだよね……」
苦笑いを浮べる。絵の完成を一緒に喜んでくれたその時、玲には父親の再婚相手と本来の母の間で色々問題に巻き込まれていたらしい。なのに常に私のことを気にかけてくれた。……これはただの思い込みなのかも知れないけどね。
そうして、夏休みの頃から、玲は大きく変わり始めた。どこか周りに冷たくなったし、嘘つきになった。何よりも、真っ先に猜疑心を現すようになって行く。嘘の言葉を並べて、強がるその姿が酷く痛々しかったのを覚えている。
……玲が1つのものに執着しなくなったのも、確かその頃だった。
前までは、仲良くなったメンバー一人一人に強い執着心を見せて、他の人間が入ってくるのを異常に拒んで、避けていた。私達にべったりで、ことあるごとに一緒に行動しようと話しかけてくる。葵たちと話すようになったのも私を通してだったはずだ。……もう弟のような感じだったんだと思う。
それが妙に可愛らしく見えたのは、当時の玲がかなり小柄だったこともあるのだろう。今やられたら、流石にドン引きする自信があるしね。
「今も家の状態、酷いのかなぁ……?」
ぼんやりと考える。元々、玲は私にさえ、家柄を教えようとはしなかった。家の問題についても誰にも相談しようとしないで一人で抱え込んでしまう。だから私は過去に玲の家で問題が起きたのを知っていても、それがどんな問題で、現在はどうなのかを知らない。
このままだと、玲が……玲の心が壊れてしまう。葵たちがどうかなんて知らないけれど、私には分かる。玲は、私たちといるときでも気を張って、無理をしている。……心から笑っていないんだ。そうして、一人でいるときに、ふと遠くを見るような目をしてため息をつく。……ぼんやりと窓の外を眺めて、何かを考えるような素振りをする。
そして、私たちが近づくと、咄嗟に笑って嘘で塗り固めた玲を演じるのだ。分かりやすくて困ってしまう。その癖して、しばらく時間が経つと、本心を完全に殺して、偽者の玲で溶け込んでくるのだ。それは、あくまで当然のように。
……やれやれ、何を考えているだ、私は。
「あーあ……全然寝れないや」
ため息をついて、天井を見つめる。こういうとき、葵ならどんな対応をするのだろうか。何も考えずに眠ってしまうのだろうか? 無理にでも騒いで、疲れきって、自然に意識が落ちていくのを待つのだろうか。案外、眠れないで延々と悩み続けるタイプかもしれない。そう考えて笑う。
布団に潜り込んで目を閉じる。目の前で今起こっているかのように浮かぶ思い出に浸りながら、自然に眠れるのを待つ。不思議と、玲が、皆が傍にいるような気がして、落ち着いた。
58
:
月峰 夜凪
◆XkPVI3useA
:2012/09/05(水) 19:57:29 HOST:p10226-ipngn100102matsue.shimane.ocn.ne.jp
コメント失礼します!
玲編お疲れ様でした!と言いたいところですが、勇者が……勇者が……!!((黙
能力の関係上、死ぬことは無いとは思っているのですが、やっぱりどうなるのか気になりますね。
そして、元気になった暁には、古川ちゃんとデートとかしちゃえば良いのn←
それにしても、ちょくちょく出てくるネーロさんが気になりますw
(完全に私のイメージですが)何だかステッラちゃんと対になっているような気がしているので、もしかしたら物語の中でも重要なポジションなのかなぁ、と彼が登場する度wktkしておりますwいやまぁ、単純に彼が好きという理由もあるのですがw((
それでは、勇者さんが完全復活して、また楽しい日常が戻ってくるのを待ってます!
続きも頑張ってください^^
59
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/09/07(金) 19:51:52 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
>>月峰 夜凪様
コメント有難うございます!
勇者、事故により一回休みです((
勇者A「勇者玲がやられたか……」 B「しかし奴は勇者四天王の中では際弱の存在……」(((ry
そうですね。死にはしません。ただタイトルから分かる通り、ある問題が発生します。
ちなみに余談ではありますがデートしたらしたで、勇者は気にもせずナンパにいくので、エルボーくらって撃沈だと思います
ネーロさんは正直あまり出番を増やさず、それでも目立つように、と考えています
まぁ、ステッラのファミリーネーム、スペランツァは「希望」。ネーロのファミリーネームディスぺラッツィオーネは「絶望」と言うように名前だけは反対になっていますw
立場についてはまだ、なんとも……という感じでしょうか。重要、と言うよりはあるキャラ二人(正確には三人?)の過去に関わってきますよ
ネーロさん好きですか。そう言ってもらえるとあの子も喜ぶでしょう。協力陣の中でもネーロさんの人気は高いです
なので作者はあえて言いましょう。主人公を見てあげて! 空気だけども!!((
はい。勇者完全復活にはかなりの章を使うのですが頑張りますよ
有難うございます。のんびり更新ではありますが、頑張りますね!
60
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/09/16(日) 03:00:35 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
「うあー……今何時ー……?」
気づけば眠っていたようだった。窓から入り込んでくるのは優しげで、少し寂しそうな、夕日に光。その光の中に、玲が立っていたような気がして、私は目を擦る。何も……いなかった。いる訳がなかった。こんな幻覚を見るなんてどうかしている。
ため息をついて、傍においてあった携帯で時間を確認する。日にちが進んで現在十八時半過ぎ。どうやら丸一日眠ってしまっていたようだ。着信履歴には葵の文字。今日の十時から一時間おきに電話をかけてきているようだ。……暇なのかな?
とりあえず顔とか洗ってから電話しよう。そう考えて、もぞりと身体を起こすとちょうど部屋に兄が入ってきた。
「おー随分寝坊したなー。今さっき櫻井のところの末っ子が来て、病院に来いって言い残して行ったぞ? 玲少年が目を覚ましたんじゃないか? ちょっと待て、ヒデー顔してるから、とりあえずシャワー浴びて来い。母さんには俺から伝えとくから」
兄の言葉を聞いて、私は勢い良く立ち上がった。鏡を確認すれば確かにそれは酷い有様。……急いで準備して行かなくちゃ。そう考えて、兄にお礼を言うことすら忘れてさっさとシャワーを浴びにお風呂場に。そんな様子を兄は笑ってみていた。
シャワーを浴びた後、髪を整えてリビングに出ると兄はにっこりと笑って立ち上がった。……その笑顔が少し不気味だったなんていえない。兄はいつものだらしないスウェット姿から、Tシャツにジャーパンと言う格好に着替えていた。
……どこかに出かけるのだろうか? そう考えながらも私はパーカーを腰に結んだ。
「おし、優しいお兄ちゃんが送ってやろうではないか!」
車のキーを見せびらかすようにしながら兄はいう。私も急いで病院にいきたいから黙って頷いた。この際、本当に優しい人は自分で優しいなんていわないと思ったけれど、そんな事はどうでもいい。はやく玲に合いたい。話をしたい……。
ただ、玲が起きたのかもしれないと言う希望で一杯だった。
兄と家をでて、さっさと車に乗り込む。そういえばお母さんに伝えるって行った兄も一緒に出てきているんだけど、こういう時って誰がお母さんにこのことを伝えるんだろうか? 後で兄が電話でもしてくれるんだろうか? そんな事を考えていると車はゆっくりと走りだした。
病院。急いで玲の病室に入ると、玲は目を閉じて横になっていた。……なんだ起きていないんだ。残念に思いながら玲に近づく。じゃあ葵は何で病院に来いなんて行ったのかなぁ? と、言うか葵たちは? 姿の見えない友人達に呆れながらも私はベッドへと近づいていく。
ちなみに兄は見たいテレビがあるからとさっさと帰っていった。
ぎりぎりまで近づくと、玲は少し身動ぎをした。今まで、ビクともしなかったのに……。それだけのことが嬉しくて、私は玲の頬に触れる。元気だった頃に比べるとまだ冷たかったけれど、確実に前よりも暖かかった。そんな些細かもしれない変化が嬉しい。
「……ぅ……ん?」
ゆっくりと玲が目を開いた。私に顔を向けて、何故私がここにいるのか分からないとでも言いた気な表情を浮べていた。
「おはよう、馬鹿玲。気分はどう……」
「っ……ダレ? ……僕の知り合い、なの?」
身体を起こそうとして顔を顰めた玲は私に向かってそういった。冷たい感情を感じない声。玲が何を言っているのか、理解できなくて……いや理解したくなくて、私は必死に玲に話しかける。おどけた調子で、事故のことを、皆の事を。
……私の声は、震えていた。
玲は理解していないようで、ただただ無表情で固まっていた。始めよりも少しだけ首を傾けているように見えた。必死になって私は“私達の”思い出を並べていく。中学生の頃葵が大会でドジをしてよりによって最後の大会で負けたこと、みんなで一緒に遊園地に行ったこと、みんなで海に、キャンプに……いろんなことを行ったこと。
「美穂ッ!! 玲は!?」
息を切らせて葵が部屋に飛び込んでくる。もしかすると葵が玲の変化に気づいてみんなの家にたずねて伝えて歩いてたのかもしれない。皆なんだかんだでまともに電話でない人だし……。葵は目が覚めた様子の玲を見てほっと息を吐いた。
61
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/10/28(日) 00:36:24 HOST:i118-20-249-88.s04.a001.ap.plala.or.jp
「ったく心配かけさせんなよな。なんか言うことあるんじゃないのか?」
「あ、えっと……はじめまして?」
私の横に椅子を持ってきて腰を下ろす葵。安心したような表情は玲の言葉を聞いた瞬間に消え失せていた。変わりに浮かぶのは戸惑いで。まるで説明を求めるかのように私の方を見てくる。私の方を見ても私自体が今の状態を理解できていないんだけど。
状況が分からないまま硬直する私達を他所に、皆が息を切らしながら部屋に入ってくる。その間玲はずっと怯えたような表情をしていて。ああ、本当に私たちのこと分からないんだな。やっと元通りだと思ったのに駄目だったみたいだ。
気づけば頬を涙が伝っていたみたいで、玲は驚いたような表情をしていた。葵もどこか焦ったような表情で私のことを見ている。唯一ステッラとルチだけは無表情で玲のことを見つめ続けていた。
「あの、だ、大丈夫ですか? 何で泣いて……」
「心配、したから」
「心配? 何故?」
無表情のまま首を傾げる玲。その手が恐る恐るといった感じで私の頬に触れる。冷たいと思った。いつもなら嬉しいはずなのに、今はそんな風には思えなかった。何の表情も浮かばない玲の顔が悲しい。いつも嘘だろうがなんだろうが笑みを浮べていたのに。
ポツリと友達の心配をしたら可笑しいのかと問いかけると、玲は僅かに顔を顰めた。もごもごと動く口は何かを言いたいのに、それを言うことを躊躇しているように見えた。彩花は俯いて何も言わない。葵はギリッと歯軋りをしている。
「……友達って、初対面じゃないですか。僕達」
「ふざけないで! 冗談なら怒るよ」
勢い良く凛が立ち上がる。その大きな声と、椅子の倒れる音に玲は大きく肩を揺らした。明らかに怯えの色が濃くなっていく。嘘じゃない。嘘だったら玲は、私達相手にこんなに怯えないはずだ。いつもいつも凛相手に怖いと言うときも玲は余裕たっぷりだった。
それどころか威圧感のある相手に対してでさえ、玲は怯えなかったんだ。なのに、今は。明らかに可笑しいし、これが本当の玲じゃない証拠だと思った。
今にも玲に掴みかかっていきそうな凛を彩花が必死に宥めて、座らせる。その間もずっと玲は居心地が悪そうにあっちを見たり、こっちを見たりしていた。誰も何も言わない。いや、何もいえなかった。ルチが深く、息を吐く。
そっと落ち着かせるかのように玲の頭に手を乗せた後、ふんわりと笑うルチはゆっくりと口を開いた。
「皆さん、アキちゃんは僕達が分からないみたいですから、とりあえずなのっておきませんか?」
「そう、だね。私は古川 美穂。玲、君の幼馴染だよ」
ゆっくりと玲の瞳が私に向かう。その瞳には僅かな戸惑いの色が見えた。それでもルチがそっと玲の頭をなでているからか、それとも別の何かがあるのか、玲の怯えは少しだけ納まったようだ。まだ完全に消えたわけじゃないみたいだけど。
優しい口調で彩花が名乗ると玲の瞳は彩花の方へ。ジッと何かを確認するかのように手から脚へ、顔へといろいろなところを目で追っていく。やがて、コクンと頷いてルチの方へと目をやる。ルチは薄い笑みを浮かべたまま玲の頭をなで続けていた。
玲、頷いたけど、あれはどういう意味なのだろうか。覚えたと言う意味か、思い出したと言う意味か……。まぁ後者はまずありえないだろう。後者だとするのなら玲はもうとっくに笑みを浮かべて、いつもの調子でふざけ始めているはずだから。
「あ、僕はルチアーノ。ルチアーノ=クローチェと言います。長いので“ルチ”と呼んでくれればいいですよ」
やっぱりジロジロとルチを見た後、玲は小さく頷いた。その次に玲の瞳が向いたのは葵だった。肝心の葵はといえば完全に名乗る気なんて内容で、頬を膨らませてそっぽを向いていた。何処の子供なのだろうか、この人は。
早く名乗ってあげなさい、そういうと葵はより一層頬を膨らませて不愉快そうな表情をした。
「名乗る必要なんてないだろ。俺とお前はずっと仲が良かったじゃないか。何で、何で忘れるんだよッ!」
「あ、えっと、ごめんなさい。分からないから聞いているんですが」
「っ……そう、だよな。ごめん。俺は櫻井 葵って言うんだ。小学校のころからずっとお前と友達」
困ったように玲が言うと、葵は我に戻ったかのように名乗った。名乗る前に十分に観察はしたんだろう。名前を聞いてすぐに玲はこくんと頷いて、視線を凛へと向ける。鋭い目つきで玲を睨みつけるだけでりんは何も言おうとしない。
みんなで名乗るように言ってみるけど意味はなかった。へんな意地を張っているのかもしれない。仕方がないから私が変わりに凛の名前を教えてあげた。しばらく固まった後に玲は頷く。私達のときみたいにジロジロ見ようとはせずにすぐステッラの方に視線を移してしまう。
62
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/12/24(月) 22:38:55 HOST:i118-20-98-64.s04.a001.ap.plala.or.jp
「ボクは、ステッラ。ステッラ=スペランツァっていうの」
「すてっら……?」
ふわり、ステッラが笑った。それだけで玲は安心したようにしながらも首をかしげて……。私達に対してはずっと警戒したままだったのに、ステッラは腐っても天使ってことなのかなぁと思う。ルチもなんだかんだで頭を撫でること許してもらえてるし。
再び、周りを見渡した玲は少しだけ不安気な表情をした後、小さく頷いた。とりあえずは全員分の顔を覚えてくれたのだろう。ただその後は絶対に凛のほうを見ようとはしなかった。相当怯えちゃってるなぁ……。
葵が黙って下を見る。もしかすると責任を感じてしまっているのかもしれない。いつもそうなのだ。自分の周りの人間が傷つけられれば、追い詰められればそのたびに何故助けてやれなかったんだろう、気づいてやれなかったのだろうと自分を追い詰める。
たとえそれが葵に一切責任が無いことでも。
「葵、葵が責任を感じる必要なんてないんだよ?」
「……ああ。でもさ、なんだかんだで俺、玲が可笑しくなってるってのは気づいてたからさ。事故はコイツの不注意だとして、周りに気を配れなくなるぐらいまで追い詰められてたなら……」
そっと葵が玲の頬に触れる。まるで壊れそうなものに触れるかのように、おっかなびっくりの手つき。ほら、まただ。違うよ、葵は悪くないよ。そういったところで今の葵は気を遣われているだけだとしか感じないのだろう。
キョトン、と首を傾げる玲が妙に痛々しい。
不意に、病室の前が騒がしくなる。何か言い合いをしているような声だった。息子が大変なときぐらい仕事を休ませろとか、そうは行きませんどうせ軽症ですよなんていう声。……そういう言い方ムカツクなぁ。あ、そういえば玲のお父さんとお母さん、連絡は行ってるはずなのに一度も来てないな。
「玲、大丈夫かい?」
勢いよく開け放たれた病室のドアと、それに反して静かで落ち着いた声。ドアの方に顔を向けるとオールバックで青い目をしたダンディなおじ様が立っていた。スーツをピシッと着こなしているあたり会社の重役とかなんだろうなぁ。
そんなおじ様の周りには、部下と思われる二人の若者。二人とも呆れた顔をしていたけれど、玲の惨状を見た瞬間、おじ様に耳打ちをして立ち去っていった。バツの悪そうな顔で。
そりゃそうだ。今の玲はとりあえず座ることはできるといっても包帯でグルグル巻きなんだから。右目もチラリと覗く腕も、お腹の辺りも首元も……脚と左腕にはギブス。にしてもよく生きていたよなぁ、本当に。欠片がなかったら即死だろうに。
玲はおじ様をぼんやりと見つめて首をかしげていた。不思議と怯えはないようだった。それはおじ様の雰囲気がなせる業か、それともおじ様と玲の関係からなのか、私には分からない。
「……お久しぶりです恵(ケイ)さん」
「ああ、美穂ちゃんか。久しぶりだね。他の子達は玲のお友達かな? 皆有難うね」
月城 恵(ツキシロ ケイ)。れっきとした玲の父親だ。どんな仕事をしているかは全く分からないけど、そこそこいいポストについているんだと思う。そうでもないと高級住宅街にあるマンションを息子を独り暮らしさせるためだけに買ったりなどしないのだろう。
まぁその辺は玲も話してくれないからよく分からない。
慌てて玲のすぐ横にあったいすに座っていた葵が立ち上がろうとするのをおじ様は制して、その横に立った。真っ直ぐと玲を見つめる青い瞳には何処か安堵が宿っているようだった。優しげに笑って視線を玲に合わせた。もしかすると話は医者から聞いているのかもしれない。
「おはよう、玲。私が誰か分かるかい?」
「え、えっと……ごめんなさい。じ、自分が誰かさえ、わかんなくて……」
「気にしなくていいさ。今は混乱しているだけかも知れないからね」
優しく、玲の頭を撫でてため息をついた後、おじ様は私達に視線を移す。
「もしかして皆のことも玲は覚えていなかったのかな?」
「あ……はい。この後検査するって医者が言ってたから多分そのときにどんな感じかは分かるかと」
葵が答えると、おじ様は深くため息をついた後に頷いた。ひとまずは納得したとでも言うような感じだ。そんなおじ様を見て心底不思議そうな表情をする玲。スーツ姿の人間がいることに違和感を感じているのかもしれない。
ふと、葵が時計を確認して、ヤベ、とだけ呟いた。どうやらそろそろ検査の時間のようだ。葵に言われて私達はゆっくりと部屋を出る。玲に挨拶をすると、玲はほっとしたような表情をしながらも、小さく頭を下げてくれた。
63
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2012/12/28(金) 00:14:36 HOST:i118-20-98-64.s04.a001.ap.plala.or.jp
おじ様も一緒に病院の廊下を歩く。何を話していいのか分からないらしく、皆無言だった。勿論私も無言だ。
「そうだ、皆家へ来ないかい? きっと玲は家柄のこととかは何も話していないんだろう?」
フッとおじ様が笑う。それは気遣いなのか、ただの思いつきなのか、私には分からなかった。それで、玲のことは知りたい。気づいたときにはもう頷いていて……。葵はジッと地面を見つめた後行くという意思をおじ様に伝える。
彩花も、凛も、ルチ、遊莉もそうだ。小さく頷いて、みんなでおじ様についていく。おじ様に促されて乗り込んだその車は明らかな高級車で……。皆顔を見合わせて、固まってしまっていた。ちなみにステッラはおじ様に見えないとはいえ車に乗せるわけには行かないので、放置。
何気なく後ろを見た葵の話によれば全力で追いかけてきている様子。それ見える人で事情の知らない人が見たらさぞかし怖い光景だろうなぁ。まぁ私には関係ないから良いのだけど。
「少し遠いけど……よりたいところとことかあったら教えてね」
静かに走り続ける車。どんどんと山の方へと入っていくようだ。はて、この辺に家なんてあったかなぁ? そんな風に思いながら景色を眺める。葵はそもそも家が町の外れの外れ、自然たっぷりの場所にある神社にあるから驚いてはいないようである。遊莉もその近所に住んでいるから同じく。
凛はこんなとこに家を建てるなんて物好きだよねぇとか言っている。ちょっと待ってもう一人自然たっぷりのところに住んでる人いるから。しかも神社。
ルチは目をキラキラさせてあたりを見渡している。まぁルチは留学生だし、あまり自然のあるところに遊びにいったりはしてないしね。葵の家は例外。神社だから仕方がないよね。ことあるごとに論外、例外とか言われてるけど。
そんなこんなで好き勝手言っている内に見えてきたのは立派なお屋敷。日本に住んでいてあんな家見れることになるなんてねーと彩花が呟いている。私も激しく同意だ。そして何よりも平然とその門をくぐっていくおじ様が……。
「着いたよ、皆着いてきてくれるかな? 玲の部屋に案内しよう」
頭を下げてくるメイド服の女の人や、執事服の男の人達。訳が分からずにあたりを見渡しながら歩く私達の前を、おじ様は当然のようにメイドにお茶を持ってくるように頼んだり、執事に私達のものを持つように言ったり……。
え、おじ様がここでこんなに平然としているということは、ここはやっぱりおじ様の家で、それは同時におじ様の息子である玲の家でもあることを意味しているわけで……。あれ、もしかしておじ様ってそこそこ良いポストについているとか、裕福どころじゃなくて超お金持ち?
おじ様が立ち止まったのは立派なドアの前。ドアには“AKIRA”とプレートがかかっている。どうやら手作りのようでところどころ字が曲がっていたり、おかしなところに飾りのビーズがついていたりする。名前の下には紙粘土で作られた幼いころの玲そっくりな顔。
ゆっくりと開かれるドア。中に入ると綺麗に片付けられていた。壁にはこの辺では名門な小中一貫校、白蘭東(ハクランヒガシ)学園の制服。そして、その制服を着て、照れ臭そうな表情をしている玲とお兄さんと思われる少年の写真。その横には伏せられた写真立て。
「玲は写真が嫌い見たいでね。いくら使用人が立ててもこっちに帰ってくる度に写真立てを伏せてってしまうんだ」
「……なんで玲が白蘭男子の制服を着てるんですか?」
凛がポツリと呟くように聞く。白蘭男子は白蘭東学園のこの辺の呼び名である。有名市立校で男子校。
確かに私も何で玲が白蘭男子の制服を着ているのか分からない。私は玲とは同じ幼稚園に通っていた。そのころは玲は今のマンションにご両親とお兄さんと一緒に住んでいた。私の隣の部屋だ。ただ、その後、玲は引っ越してしまった。
そうだ、玲は転校生だったんだ。玲は小学四年生のときに私達の学校に転校してきた。そのときの先生の紹介も一般の市立小学校だとしか言わなかったし、玲本人もそうだった。だからだ。何でここに白蘭男子の制服とそれを着た玲の写真があるのかが分からない。
おじ様は懐かしげに壁にかかった制服を眺めて、答える。
「簡単な話さ。玲が白蘭男子に通ってたからだよ。転校のときは玲の希望で一般の小学校から転校してきたと言ってもらったようだ。転校した理由は……そうだな色々問題があったんだよ」
凛が納得したように頷いた。彩花は黙って写真を見つめ、葵は壁にかけられた制服をぼんやりと見つめている。ルチは窓から外を眺めていた。遊莉は部屋の中を見てはニコニコと笑っている。もしかすると一人だけ現状を飲み込めてないのかもしれない。
64
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2013/01/01(火) 22:43:19 HOST:i118-20-98-64.s04.a001.ap.plala.or.jp
「殺風景な部屋だねぇ」
遊莉が首をかしげながら呟く。おじ様は苦笑いを浮かべて頷いた。
「殆どのものは一人暮らしのために持っていってしまっているしね。元々物が少ないのもあるけれど」
遊莉はあー、そうかーだなんていって本棚の方へと歩いていく。全く、自由だなぁ、そう考えると葵と目が合う。葵も遊莉のことを気にしていたようで首をすくめて笑っていた。おじ様はぼんやりと私達を見つめた後、深く息を吐いた。
やがて人数分の紅茶とケーキが運ばれてくると、全員がきちんと横に並んで座る。その様子を見たおじ様は静かに笑っていた。もしかするとこの中で玲が混じって笑っているところを想像でもしているのかもしれない。おじ様も紅茶を啜って、一息ついた後、真っ直ぐに私達のことを見てきた。
「じゃあそろそろ話を始めようか」
静かなおじ様の声に、葵がフッと真面目な表情をする。彩花とルチは小さく頷いた。私は……無言で自分の手元を見つめる。家柄のこととかはこの家を見れば大体は想像できる。でも何故玲がこのことを隠していたのか……。
ゆっくりとおじ様は話し始める。おじ様が有名な会社の社長であること、玲は昔その会社を継ぐためにありとあらゆる知識を叩き込まれたこと。遊びたい盛りに勉強を強制され、甘えたい盛りに両親は離婚。父親は仕事でほぼ家に居ない。
仲のいい兄はいたけれど、その兄も体が弱くて、結局玲は一人でいることが多かったこと。使用人の大人たちに暴力を振られていたこと。そして仕舞いには学校でも酷いイジメのターゲットにされて、それを誰にも言わず、助けも求めずに耐え続けていたこと。
そして、いつの日か父親であるおじ様のことや、自分より大きい人間のことを以上に恐れ始める。そうして玲は壊れていったと語るおじ様は俯いていた。思い出して罪悪感にでもさいなまれているのかもしれない。気づけば葵も頷いて一点をじっと見つめていた。
凛はありえないとでも言いた気な表情をしていたし、彩花は何かを考えるように天を仰いでいる。遊莉さえが表情を引きつらせている。そんな中でルチは恐ろしいぐらいに無表情だった。まるで何も感じていないとでも言うように。
その後も話しは続く。手首を切って楽しげに笑っていたこと、お仕置きと称して防音室に閉じ込めたら重い棚の下敷きになってしまったころ。それ以来どんなに小さなものでも自分の方へと倒れてくるものには極端に怯えるようになったこと。
そして、そんなことになった全ての原因を“自分と自分の家柄”のせいだと考えて、家柄を隠すように、そして何処でも笑って、本心を語らなくなった……。
「なんていうか、な。ずっと独りで耐えてたんだな、アイツ……」
ポツリと葵が呟く。おじ様は悲しげに笑いながら「本当に玲が可笑しくなるまでそれに気づけずに褒めも、認めせずにずっと無理をさせてきたんだ。父親失格だよ」と言った。ルチは何かを言いたそう顔を上げた後、小さく首を振って床を見た。
皆してため息を吐いて顔を見合わせる。何を言っていいか分からなかった。
だから玲ずっと笑ってたんだなぁ……。大きな変化を感じたのは中学のころだったけれど、それよりも遥に前から玲は壊れ始めていたんだ。それなら、今回の記憶喪失は玲にとってプラスだったのかもしれない。だって辛いことを何一つ覚えていないのだから。そう考えてしまうのはある意味エゴなのかもしれないけど。
全ての話が終わったその後はおじ様と軽い雑談をした。おじ様は仕事のこととかを話して、私達は学校での玲のこととか独り暮らしをしている玲の様子とかと話す。おじ様は僅かに安心したような表情をして、笑った。
「そういえば今の今まで名前を聞いていなかったね。名前を聞いてもいいかな?」
そういわれて、私達は名乗っていないことを思い出す。いや、と言っても私はとっくの前に知られているし、病院でも覚えてもらえていることが分かったから関係ないのだけれど。彩花を最初にみんなが名乗っていく。珍しく最後に名乗ったのは葵だった。
葵の苗字を聞いた途端、おじ様は僅かに顔を顰めた。そしてジロジロと葵のことを見る。葵はといえば居心地が悪そうに顔を顰めた。
「櫻井……もしかしてお父さんの名前は優しいと書いて“優(スグル)”かい?」
「……そうですけど、何で?」
明らかに警戒するように言う葵。おじ様はそんな事を気にせずに一人頷いていた。ん? どうしたんだろう、そう考えて凛の方を見てみる。両手を小さく挙げて首をかしげていた。遊莉はふんわりと笑ってケーキをつついている。自由。この子凄い自由。
65
:
霧月 蓮_〆
◆REN/KP3zUk
:2013/01/10(木) 01:40:05 HOST:i118-20-98-64.s04.a001.ap.plala.or.jp
「いやね。優は私の弟なんだよ。優は櫻井に婿養子に行ったから苗字は変わってしまっているけど」
驚愕の事実。どうやら葵と玲は親戚関係にあるようです。つか、何それ私知らなかったんだけど。葵本人も知らなかったようで、普段は変化の少ない表情を、命一杯驚きで染めている。彩花なんかは凄い勢いで携帯の中にある玲の写真と葵を見比べる始末。
凛は多少訝しげに葵を凝視。そしてルチはそんなみんなの様子を見てクスクスと笑っていた。ちなみに私も驚いて葵の顔立ちの中に玲の面影を探してしまった。そして判定。全く似てない。つり目なのは同じだけど玲の目のつりあがり方はキツすぎるからなぁ。
親戚関係にあるからって必ずしも似てるわけないもんね。
うーん、それにしても葵が知らなかったってことは玲も知らないのかなぁ。……いや、それはないか。玲は“月城”を継ぐために色んなことを叩き込まれたらしいのだ。だとしたら、親戚系統の名前は全て頭に叩き込まれていても不思議ではないし。
まぁ結局憶測なんだからなんともいえないというのが結論かなぁ。玲の情報の欠片とやらがあれば話は別なんだろうけど。
「父さんと、玲のお父さんが……」
葵がジッとおじ様をみる。私達が葵に玲の面影を探したように、葵もおじ様の中に自分の父親の面影を探しているのかもしれない。おじ様はそんな葵を見てクスリと笑っていた。
「似ていないだろう? 昔から似ていない兄弟、と有名でね」
葵は納得したとでも言うように頷いた。そういえば葵のお父さんは見たことないなぁなんて考えながら、おじ様を見る。変わらず笑みを浮かべるその表情の奥に何があるのか無意識のうちに探ろうとしてしまう。罪悪感か、玲を心配する気持ちか。はたまた“無感情”か。
その後、おじ様の昔話が始まる。と言うのも遊莉が葵のお父さんがどういう子供だったのか気になると呟いたのが原因だ。それに葵も頷いて、凛も興味津々と言った様子。ルチは首を傾げるだけで何も言わなかった。そんなこんなでおじ様が折れる形で昔話が始まったのである。
その話は驚きの連続だった。おじ様たちも“天使”に会っているとの言うのだ。唖然とする私達におじ様は苦笑いを浮かべ「夢、だったのかもしれないけどね。紅い目に白金の髪をした綺麗な人だった」と付け足した。どうやらステッラとは別のものらしい。おじ様は、私達が信じられなくて唖然としたと思ったようだけど違うんだよねぇ、これが。現在進行形で
そしてその話が出た瞬間、本当に一瞬、僅かにルチが眉を顰めた。瞬きをしたその次の瞬間にはいつもの無邪気な表情に戻っていたけど。見間違いだったのかなぁ。そう考えながら私は窓のほうを見た。そこにいたのはステッラだ。
その瞳は真っ直ぐ、真っ直ぐとおじ様を捉えて動かない。もしかして見覚えがあるのかもしれない。
「ああ、そうだ。後は櫻井君のお母さん。……美幸さんを私と優でとりあっこしていたかな」
クスリ、とおじ様が笑う。続いて凄く想像できない三角関係の発覚です。葵も凄い勢いで紅茶を噴出しそうになっていた。彩花はここに来て急に目を輝かせている。……なんかそういう話には一番興味なさそうなのになぁ。
ちなみに昔話を始めることとなった原因の遊莉は、すっかり自分の世界に入って紅茶と残っていたケーキを楽しんでいる。本当に自由だなぁ。そして誰も注意しないあたり私達も遊莉と同類に近いのかもしれない。いや不思議ちゃんではないけどさ。
ルチが軽く額に手を当てているのは何故なのか。遊莉に呆れているのかもしれない。でもねルチ。普段の君は遊莉に劣らないくらいに不思議な子だよ。留学生とかその辺は差し引いても現代人とは思えないような行動をすることがあるからね。
不意におじ様が時計を見上げた。時刻は八時を過ぎている。まぁ全員が全員きちんと遅くなることを親に伝えているから問題はないだろう。ルチは独り暮らしだし。
「おっと、もうこんな時間か。申し訳ないね、送っていってあげよう」
私達が言うよりも早くおじ様は立ち上がった。彩花が申し訳なさそうに頭を下げるのに続いて、葵も小さく頭を下げた。凛はそっと遊莉の肩を叩いて立ち上がらせている。気にしなくていいと言って歩き出すおじ様に続いてみんなが部屋を出て行く。
何気なく、部屋を出る瞬間に振り向いてみる。電気が消され、薄暗くなったその広い部屋の中で、小さいころの玲が泣いているように見えた。独りで膝を抱えて、声も上げずに……。
66
:
矢沢
:2013/01/10(木) 10:49:50 HOST:ntfkok217066.fkok.nt.ftth4.ppp.infoweb.ne.jp
つまらないギャグは愚見に終わる
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板