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てんしさまのすむところ-刹那の大空-

56霧月 蓮_〆 ◆REN/KP3zUk:2012/08/31(金) 23:49:30 HOST:i121-115-63-50.s04.a001.ap.plala.or.jp
第四章-壊れたキオク-

 病室に響く無機質な音だけが、彼の生きている証だった。硬く閉じた瞳と、ピクリとも動かない彼の身体。この人の手はこんなにも冷たかっただろうか? 顔はこんなに青白かっただろうか? ……答えはもちろん否。手はもっと暖かかったし、顔はもっと健康的な色だったはずだ。
 何故、こんなことになった? 何でよりにもよってこの人なのか。 何が悪かったのだろう? 私が好きだといったから? 電話をしてしまったから? それともそもそも、引き止めることができずに一人で帰してしまったから……? 理解できない。理解したくもない。
 そっと彼の頬を撫でる。幼い頃には良く触れた滑らかな白い肌。早く、目を開いてね。皆、待っているんだから。君がいないと、ちっとも盛り上がらないんだから。皆、すっかり暗くなっちゃってるんだよ? 葵なんか特に落ち込んじゃってさ……。私も辛いんだ。

 「ねぇ玲ぁ……。目を覚ましてよぉ……前みたいに笑ってよぉ……っ」

 彼の名前を呼ぶ。不思議と枯れたと思っていた涙が、頬を伝い落ちる。でもいくら泣いても、彼は……玲は動かない。玲が目を覚ますなら、何でも捧げるから。目でも、声でも、脚でも、腕でも持っていけばいい。さぁ、早く。そうけしかけてみるけど、当然何も起こらない。
 神がいるなら、と祈りもした。でも何も起きない。起こるわけがない。他に私は何ができる? 私は何をしていない? 必死に考えて、考えて、頭を抱える。結局、何も思い浮かばない。
 もう、一ヶ月。このまま玲は消えてしまうのではないだろうか。そんな不安が消えない。いつも、彼と一緒にいて、それが当たり前になってしまったからかもしれない。……本当の彼が、もしくは本人が言う昔の彼が、とても弱くて甘えん坊だったことを知っているからかもしれない。
 嗚呼。嘘だよ、そんな風に言って玲が身体を起こしてくれたらどれだけ楽になれるだろう。

 「美穂……。少し寝てろ。お前がぶっ倒れると玲が目を覚ましたとき、笑わないだろ」

 不意に葵が部屋に入ってきてそう言う。小さく首を振るけれど、強く言われると断れない。玲が起きたとき、責任を感じさせちゃったりしたら嫌だしね。今日ぐらいはゆっくりと眠ろうか。玲が起きたときに笑って声をかけられるように。
 そう考えて、後は葵に任せて病室を出る。心なしか、葵の目元が腫れているような気がした。それでも葵はいつも通りの無表情。私達の前ではとことん表情を変えるつもりはないらしい。……玲の次は葵がいくんじゃないかって皆して不安になっているぐらいだ。
 ……ふとある場所で足を止める。玲がトラックに跳ねられた場所。そこはまるで痕跡を隠すかのように綺麗さっぱりと片付けられていた。何日も降り続いた雨の影響か、それとも一ヶ月もたったからか、血のあと一つない。
 トラックを運転していたヤツはすぐに捕まったらしい。居眠り運転だったらしい。……憎い。玲をあんなふうにしたやつが憎い。同じ目に遭ってしまえばいいのに。

 「あーあ……どうしようもないなぁ」

 小さく呟いて歩き出す。こんなことを考えたところで玲が目を覚ますというわけではないのに。それに玲は今みたいな考えを嫌う奴だし……。苦笑いを浮べて、家への道を急ぐ。何気ない玲との会話が、頭を巡った。テストのこと、遊びのこと、バイトのこと……。玲の笑う顔、悩むような、少し困ったような顔……色々な表情が浮かぶ。
 ふと、玲の家の前を通り過ぎる。その家でよく玲と遊んだことを思い出して……。
 自分の家に駆け込んで、泣く。声を殺して、自分の部屋に向かいながら。玲の声が聞きたい。ちゃんと目を開いた玲の顔が見たい。……もう特別なことは望まないから、ただただ声が聞きたい。顔が見たい。他愛のない話をしたい。それだけのことが、幸せなんだってことを私はいまさら気づかされた。

 「玲……玲ぁ!!」

 意味もなく名前を呼ぶ。ここにいないのは分かっているのに、届かないのは分かっているのに、ただただその名前を叫ぶ。……空しくなるだけだということを理解していながら。……好き、なんだ。どうしようもないぐらいに玲が好き。
 思えば、私が玲が好きだと気づいたのは中学一年の夏の頃だった。……小学生の頃は可愛い弟に抱く感情だと思っていたが、よく考えると、私はその頃から玲に恋焦がれていたのだろう。優しくて、少しだけ嘘つきな彼に。好きという気づいた頃には玲はすっかり変わっていたのだけど。
 今の玲と、昔の玲は想像もできないくらいにかけ離れてしまっているけれど……それでも好き。だって、結局優しいところは変わらないんだから。優しすぎて、周りに心配をかけないように一人で抱え込んでしまったり、とかね。


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