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エスペラントの学習法

1ladio:2006/11/05(日) 20:09:21
皆さんはどんな方法でエスペラントを学習されましたか?
kiamaniere vi lernis esperanton?
私たち、後輩にぜひともご指導お願いします。
Bonvole instruu al ni.

単語の覚え方、おすすめの学習書、などなど

2胡人:2006/11/06(月) 08:23:15
私の場合は参考にならないと思いますが、私の gvidanto の口癖は「質より量」です。また「集中と継続」です。

私の場合、
文法的には、仲間同士で行っている翻訳講習は大変良いです。他人の上手下手様々な翻訳を見、読む事は、自分のエスペラントの力をつけるように思われます。

リズムとメロディーは実際に人と話す上で重要な点です。それを体験するには外国のエスペランチストと直接話す機会を数多く掴む事です。その後は必ず何かの効能(?)が現れます。とにかく寄付金、助成金等様々な手段をつかって機会を作り、メール等での交渉等をする事は、エスペラントの大変良い実際的な学習にもなります。また各種E大会のヘルパントも人によっては良い機会となり得ます。

たとえどんな学習本であっても完全に1冊を習得する事は大切な要素に思われ、その内容は1冊を終えてから、別の学習本に向って初めて相対的なものとして評価ができ、その評価には人の向き不向きがあると思います。

私の周囲を見て実際に良いと思われるのは、やはり沼津の通信講習です。
初級において、失敗した多くの例は、声をあまり出さないで終えてしまった方々です。その様な方々の学習効率は結果的にあまり良いとは言えません。
中級は、大変良い教材なのですが、少し内容に異議を感じる方々が現れます。しかし、内容にこだわってしまうと続かなくなってしまうので、単なる教材として自分を鍛える意味で受けると力が付く様です。

教材や学習本を作る方々も、自分の興味ないものでは出来ないのはまた当然だと思います。力と情熱ある人は自分なりの教材、学習本作りを自分の更なる学習としてされるのも大変良いと思います。

3隣の隠居:2006/11/07(火) 20:47:24
>>2
>>中級は、大変良い教材なのですが、少し内容に異議を感じる方々が現れます。
『エスペラント4週間』のような教材なのですか?

4胡人:2006/11/08(水) 06:49:20
>残念ながら『エスペラント4週間』をちらっと見た事はありますが、それをもとに学習した事はありません。
中級も私はやっていません。側聞です。周囲で少なくとも5人中級を受けていました。時々側で挑戦してみました。

すみません。参考にならない書いたのは、学習書らしい学習書なしで、その時々の自主教材だけで私は来ました。
時々なんだこんな事だったのかと思うことがあり、よけいにちゃんと1冊仕上げれば良かったと思う事があるからです。

まぁ逆に言えば、正直、実際に疑問にぶつかった時々に調べればそれでもそれなりに使用できるとも思います。

5ladio:2006/11/09(木) 18:42:07
『エスペラント4週間』でしたか、悪評が立っているのは。
私は「4時間で学ぶ地球語エスペラント」を使っているんですが、
それかと思ってました。安心、安心。

6ladio:2006/11/14(火) 20:25:47
役に立ちそうなサイトのご紹介。
現在、私は英語耳というサイトのまねをしながら勉強しています。
http://www.scn-net.ne.jp/~language/
100回聞いて100回読んで100回発音するという、かなりスパルタな方法ですが、何日かかければ意外に簡単にできます。計300回終えたときにはかなり充実感があります。
 まだ途中なので効果の程は分かりませんが、よさげなのでご紹介まで。

7松戸彩苑:2007/12/08(土) 03:43:31
今回は、黒田龍之助(著)『外国語の水曜日』(現代書館 2000年)という本のなかから
引用しようと思います。

黒田氏は1964年生まれで、大学に入ってからロシア語を勉強しはじめて、NHKのロシア
語講座の講師にまでなった人です。
また同氏は、ロシア語をはじめとするスラブ語だけではなく、それ以外の外国語をも趣味
で勉強しているという方でもあります。
---

  外国語学習にとって最も大切なこと

この章をここまで読み進めてこられた読者は、「わぁー、なんだか厳しいことが書いてある
なあ」と感じられたかもしれない。ちょっと過激だったかな、とも思う。ごめんなさい。べつに
みなさんを責めているわけではありません。ただ人というものは、あることを信じ込んでし
まうとそれをなかなか訂正できないもので、しかもなぜか何の根拠もないものほど、頑な
に信じ込んでしまう傾向がある。それを打ち破るためには多少のショック療法も必要かと
判断したのである。

さて、この節の題名には、みなさん期待を寄せていることだろう。なにか秘訣でも伝授して
くれるのではとお考えだろうか? 外国語学習の本にはこの種のテーマがつきものである。
しかし多くの場合は常識的なことだったり、反対に実行不可能なことだったりする。あまり
実用的でないこともよくある。

ではわたしの考えはどうかというと、常識かどうか、とにかく呆れるような内容である。しか
しこれこそが必要だと心から信じているのだ。

外国語学習にとって最も大切なこと、それはやめないことである。

「続けること」なんていう積極的なものではない。とにかくやめない。諦め悪く、いつまでた
ってもその外国語と付き合っていこうという、潔くない未練たらしい態度が必要なのである。

大学では外国語学部に籍を置き、夜の語学学校でも勉強をしてきたが、思い返してみれ
ばわたしより優秀な人はいくらでもいた。そういう人は授業中なんかも必ずキチンと答える
し、宿題はやってきているし、そもそも前回やった内容をしっかりと身につけていた。わたし
はといえば、うまく答えられなかったり、宿題がちゃんとできていなかったり、そもそも文法
事項がキチンと頭に入っていなかったり、さらには二日酔いだったりしてボロボロだった。
けれども授業は休まなかった。恥ずかしい思いをしながらも諦めなかった。

しかも不思議なことに優秀な人というのは、あるレベルに達すると「わたしの○○語はこれ
でもう十分である」とキッパリ判断し、あれほど熱心だった学習をパタリと停止してしまうの
だ。先生はたいてい残念がるのだが、本人はあっさりとやめてしまう。こちらは先生から
「たいして効果も上がらないのにまだやっているのか?」と呆れられながらも、諦め悪くま
たノコノコと教室に向かっていたのだった。

いまでこそ教師なんていう「偉そうな」稼業をやっているが、あの優秀な人たちが本気で研
究者を目指したなら、わたしなんてきっとかなわなかったと思う。

わたしがやったのは、やめないことだけだった。

そりゃあ、わたしだって勉強がいやになったこともある。でもそういうときは、たとえばロシア
語に飽き飽きしても、ロシア映画を見たり、ロシア文学を読んだり、ロシア美術全集を眺め
たり、ロシア料理を食べたり、とにかく何かしらロシアと関係のあることをして気分転換をし
た。そのうちに「ロシア語イヤイヤ病」も治まり、また性懲りもなく勉強を続ける、そんなこと
の繰り返しだった。

潔いのはカッコいい。物事、白黒ハッキリさせるほうが気持ちいい。そう考える人も多いだ
ろう。

でもわたしは違っていた。どうせ完璧なんて無理なんだから、中途半端でも構わないじゃ
ない? そんなに目くじら立てないで、楽しく勉強しようよ。べつになにかに追いかけられて
いるわけではないし。そう、外国語ができなくたって、死ぬわけじゃないでしょ。

わたしはそういういい加減な人間なのである。でも、おかげさまで外国語をここまでやめず
にきました。外国語の学習はキッチリやることが王道である。でもいい加減な人間にはまた
それなりの方法があるんじゃないかと考えている。

いまでもわたしは、諦め悪く、いくつかの外国語をやめないでいる。

(同書149〜151ページ)

8松戸彩苑:2007/12/08(土) 03:53:54
次の文章も >>7 と同じく『外国語の水曜日』からの引用です。
---

長々と言語学の話をしてきた。でも勘違いしないでほしい。いちばんはじめに話したように、
ここで取り上げたのはあくまでも「外国語学習に役立ちそうなこと」だけで、これが言語学
のすべてではない。触れなかったテーマもいろいろとある。興味のある方は他の言語学概
説書を読んでみてください。

例としては親しみやすいように日本語や英語を多く取り上げたが、本当はみなさんにさま
ざまな外国語に興味をもってもらいたいというのがわたしの願いである。ここまで読んで、
自分もなにか外国語を勉強してみようかなと思ってくれれば、嬉しいのだが。

  どんな外国語を学ぶか?

ではどんな言語を選べばよいのかとなるが、それは何だっていいんだというよりほかない。
言語はどうしてもそれが話されている社会と密接に結び付いている。ということは、それぞ
れが興味ある地域や社会の言語にアプローチするのが自然なのに決まっている。となれ
ばそれはもう個人の好みだ。

もちろん、どんなことがきっかけで自分の属している社会以外に興味を持つのかはさまざ
まだろう。たとえば身近に外国の人がいる場合。それは研究室に来ている留学生かもしれ
ないし、親戚の配偶者かもしれない。そうだったら迷わずその人の話す言語を学ぶべきだ。
とくに自分の配偶者だったら、あたりまえだよね(もちろん、愛はことばだけではない、そり
ゃそうなんだが、でもことばが分かったほうがもっと理解し合えるでしょう?)。

そういう劇的(?)な出会いがなければ、本当に自分の好きなことばを学べばいいのである。
何を選ぼうが自由だ。きっかけはいろいろと考えられる。テレビの海外取材番組が面白か
ったり、読んだ本に影響されたり、映画が楽しかったり……。そこまでいけば、あとは感性
の問題。語学教師が口を出すことではない。

さらには、きっかけが何もなくてもよいのではないかとさえ思う。書店の語学書コーナーに
行って、なんとなく気に入った教科書を買ってしまい、勉強を始めるなんていうのも悪くな
いだろう(だから、教科書を作る側としてもなるべく魅力的な本にしたいと考えるわけである。
とくに装丁とかレイアウトにも気をつかいたいと、少なくともわたしはそう考えながら本を書
いている)。

立派な大義名分がなければ外国語学習を始めてはいかんとは、誰もいっていない。いや、
これはわたしの個人的な感想だが、大義名分がある人に限って語学のほうは挫折したりす
るケースも多い。たとえばチェルノブイリ原子力発電所の事故がきっかけで、環境問題に関
心のある人びとが数多くロシア語を始めた。あの事故以来十年以上が経ったが、そういう中
からロシア語のうまい人が現れたとはついぞ聞かない。わたしはエコロジストが語学に向い
ていないといっているのではない。そうではないが、しかしこれは当然だろう。そういう人たち
の興味は語学ではなく、環境問題なのだから。どちらにより多くの時間を割くのかは、自ず
と決まってくる。

(同書255〜257ページ)

9KamelioJapana:2007/12/08(土) 07:12:38
>『エスペラント4週間』でしたか、悪評が立っているのは。

私は、書店でこの本を書店で見つけてEを独学しました。
この本のガイドや説明に従って忠実にやってみたところ正に4週間で英語学習の
少なくとも中学校卒業適度の域には達した様でした。勿論会話が出来るまでとは
いきませんが。

他にも多くの外国語4週間または5週間シリーズがありましたがEを除く他のものは
看板を偽るものだと思いました。

この本以来、市販されたEの学習本としては学習段階の整理が体系的で内容が充実して
出されているものにはお目に懸かっておりません。テクストの選定に異論をもたれる方も
居るでしょうが、日本のE界の歴史に残る名著だと今でも思っております。

10ぶたねこ:2007/12/11(火) 09:49:30
Saluton,ぶたねこです。
私の最初のエスの教科書は、この掲示板ではいたって不評の『エスペラント四週間』でした。例文はここでは「左翼的」と評されていますが、当時(13年前)の私は「時代を感じさせる例文だな」と思いました。それよりも、まったくの独習者に対して、少々説明に不親切なところがあると思いました。例えば、当時の私の字で「kioとkiuの違いって?」などと書き込みがしてあります。『エクスプレス エスペラント』は説明が詳しくないので、まさに「入門の手引き」としてしか機能しないと思いました。
私のエスの鍛え方、それは、すすんでエス団体の事務方を務めたり、エスのMLにエス文で投書したり、エス雑誌にエス文で寄稿することです。ヴェテラーノに事前にみてもらうこともありますが、最近は多少自信をつけたので、「直し」は編集部任せ。

11KamelioJapana:2007/12/16(日) 17:47:11
ぶたねこ様。

近年は、『エスペラント四週間』の様なEを体系的に順を追って教える本が市販本として
出回らなくなったことは、残念なことですね。
E運動が一頃の勢いがなくなったのも事実ですが、あの分厚い本を最初から最後まで丹念に
独習出来る方も今のご時勢では、非常に少ないであろうことも推測されます。

ところで、私はこの本をタイトル通りに4週間で仕上げたと書きましたが、合成語から
afiksoj(接頭接尾辞)を読み取ったり、それらをある程度、自在に使いこなせるまでには、
2・3年はかかりました。
従って、市場に出回っている「エクスプレス・・・」とか、「4時間で学ぶ・・・」等の
本はEの宣伝や紹介(勿論、semadoの一環として高く評価すべきです。)にはなりますが、
その本単独では余程の語学の天才か、英語の他に西欧言語を少なくとも1つか2つ以上
マスターしている以外の人にとっては額面通りには到底いかないでしょうね。

今の時代はinterretoを介してEへのkontaktoが様々に可能ですからね。その点ではEに
とっても好い時代が到来したと云えるでしょう。
皆様には、やはり身近なEグループに加入するか、それが直近で叶わないなら、JEIや
KLEGの書籍部から直接適当な学習書を購入するのが宜しいかなと思います。

12KamelioJapana:2007/12/16(日) 17:53:53
E界では既に有名になっていますが、このたび、クロード・ピロン氏のE紹介filmetoの日本語
字幕の入ったversioを以下のサイトでご覧になれます。

http://dotsub.com/films/thelanguage/index.php?autostart=true&language_setting=ja_1683

13なつ:2007/12/17(月) 02:14:54
>>12氏のサイトをとても興味深く見ました。
でも習得にかかるのが6ヶ月というのはどの母語話者のことなんでしょうね?
新村出氏は確かUK中に、なんとか日常会話ができるほどになったと語っていますが、
我々日本人は正直、万年初心者が異常に多い。
私もまだ、それでして、会話は「ポッカーン」となってしまいます。
CD教材ってのも、cxu vi parolas E?だけですよね?CDやDVD教材がほしいんですが。
このcxu...ってのは、私には肌があいません。しゃべりも気持ち悪い。
で、誰かにそういうと、CDじゃだめだ、実際に人と会って云々と言われるばかり。
行くと万年初心者ばかりだったり、通訳さんがいたり、
逆にヌルでポッカーンとなるだけだったり。

14なつ:2007/12/17(月) 02:38:22
私は「エクスプレス」で学びましたし、これがいいと思います。音声付ですし。
ぶたねこ氏が言うようにこのエクスプレスシリーズは入門の手引き的なものばかりですが、
唯一E版だけは、よくまとまってていいと思ったものです。
会話内容も現在一番いいものだと思います。
英語を学んでいる日本人であれば、あれ程度の説明でつるつる行けると、思ったのですが。
「4週間」は、まず、あんな分厚いものを仕上げる根気はありません。
音声なく、退屈な内容をずーっとやるなんて。
「4時間」のほうは、言ったらまずいでしょうが、「下手」です。
エスペラント学習とは違う背景のことをだらだらと書いていたり、
いきなり16条文法を全部、バッとだしたり。短文を並べ立てたりするだけだったり。
会話が主流の語学教材の中、ちゃんとしたものは本屋さんでは「エクスプレス」だと思います。
まあ、もうちょっと、内容が濃いものはほしいですね。
その次のステップも無い

15KamelioJapana:2007/12/17(月) 07:32:58
なつ様。
是非、下記のlernu.netにお越しください。

日本語のページは未だ完全とは言いがたいですが、初級段階を卒業できるだけの
様々な音声教材を備えています。

http://ja.lernu.net/

16KamelioJapana:2007/12/17(月) 08:02:08
>我々日本人は正直、万年初心者が異常に多い。

残念ながら事実です。余程、良い教材と指導者に恵まれないと難しいと思います。
これは、欧州言語を母語とする人たちにとっても同様です。
ハッキリ申し上げて、短期間にE学習を仕上げたという例に挙げられる人たちは
我々、常人とは異なった頭脳の持ち主が殆どです。
まして、我々日本人にとっては何をかいわんやです。

他の自然言語との学習における容易さの証明は、例えば、英語の様に中高6年間
という学習体系と比べて初めて可能なのです。

その段階で、ある言語より10倍易しいとか、学びやすいといったことが始めて
云々できるものであると思っています。

また、そうなったとしても、あくまで第二言語として学習を始めた場合には、社会の
総ての人が習得できるものとは限らないでしょう。
翻訳者や翻訳機器による助けの必要性は残らざるを得ないと思います。

それでも、人類にとっては特定の民族語や国家語が共通語と呼ばれる現在の世界よりは
Eの実質的な公用語化は地球規模での民主主義の実現という課題にとっては大きな前進
になるものと言えるでしょう。

17ぶたねこ:2007/12/18(火) 01:05:58
なつ様
「もうちょっと内容の濃いもの」としては、JEIの販売図書によいものがあるようです。
藤巻謙一著「まるごとエスペラント文法」は「かゆいところに手が届く」といううたい文句で、komencantoの域は脱したけれど身近によい「先生」がいない、という方に適しているそうです。私は現物をもっていないので詳しくは存じませんが。
あと、「知っておきたいエスペラント動詞100」とか、「エスペラント初級・中級の作文」が、入門書を卒業した方にお勧めです。

18なつ:2007/12/18(火) 01:20:34
>>15
ありがとうございます。行ってみます。
>>17
それ音声教材がないですよね。会話練習にならないと思いますが。
まさに万年初心者が陥る翻訳専門マン養成本と思うものだと思います。
メインを食べず、重箱の隅をつついてどうすんだ?といいますか、
動詞の細かい意味の違いとか、Laをつけるべきだとか、、、
副読本としては最適だと思うのですが、、、

19ぶたねこ:2007/12/19(水) 00:33:21
なつ様
ぶたねこです。

そうです、藤巻氏の「まるごと〜」は、細かすぎて、「こんなことまで知ってなきゃいけないの?」と学習者に思われてしまううらみがあるようです(読んだ人からききました←複数人)。教科書というより、「困ったときのお役立ち事典」とでも位置づけるのがよいかもしれません。
「知っておきたい〜」は、私自身愛用しました。派生語・用例がたくさん紹介されていて、地元に講習会がないとかいった人にはお勧めです。
「初級・中級の作文」については、私は「線動詞・点動詞」に関する記述は基本的に無視しました。線(継続的)か点(時間断面での動作)かの区別は、動詞を記憶する際にいちいち憶えなくとも、実際に使うときには文脈や添えられる副詞などから意味は判ると思いますし、それで十分だと私は個人的に考えています。

音声教材がないと会話の練習にならない、というのは、英語などそもそも聞き取り自体に労力を割かねばならない自然言語と違って、エスの場合は当てはまらないと思います。文法をひととおり終えたら、あとはともかく濫読・エス作文(雑誌への投稿など)で実用の数をこなせば、会話力は自然と鍛えられると私は思います。個人的経験談なのでどなたにもあてはまることだとは断定しませんが、会話力の欠如は語彙の欠如とほぼ等価だと私は考えています。エスの場合、基本語彙は少ないですから、造語の練習・他人の造語法を盗む(多読して)ことが、会話においても上達の早道だと思います。私自身、積極的にエスで読み書きをするようになってから、他人のしゃべるエスの話がよく聞き取れ、聴きながら意味が分かるようになってきました。このことは自然言語でも同じだと思いますが、つづりと発音に乖離がないエスの場合、とくにこの関係がはっきりするものと思います。

20KamelioJapana:2007/12/19(水) 09:34:56
>他人のしゃべるエスの話がよく聞き取れ、聴きながら意味が分かるようになってきました。このことは自然言語でも同じだ
と思いますが、つづりと発音に乖離がないエスの場合、とくにこの関係がはっきりするものと思います。

もう、お聞きになっているかも知れませんがRadio PoloniaのE放送がお勧めです。
本来、発音に関してもどの民族語にも依存しないEですが、個人的には聞き取りやすい。

難易度から云いますとCxina Radio Internaciaの方がより簡単で基本単語を駆使した
表現を多く用いていますが、アナウンサーにより中国語訛が強い方も登場します。

21なつ:2007/12/20(木) 04:52:24
>>19ぶたねこさん
>英語などそもそも聞き取り自体に労力を割かねばならない自然言語と違って、
>エスの場合は当てはまらないと思います。
じゃあ私は言語音痴なんですかねえ。例えば印欧語族はどれも聞き取りに労力がいる。
もちろんEも印欧語族に入ります。
というか、すぐなんといってるのかわからず「ポッカーン」のモードになります。
ただしもちろん英語よりも聞き取りは易しいとは思いますが。
学んだことがないので分かりませんが、スペイン語に比べてリスニングということのみ
においてはどちらが容易なんでしょうかね。スペイン語のほうがEよりも音韻は少ないと思いますが。
英語で最近100万語乱読せよという、根拠のないものがありますが、
申し訳ないですが、読みは、リスニングとは直結しないと思います。
それは万年翻訳マンの万年リスニング初心者が日本には少なからずいるということからも、そうだと思います。
完全既知の基本語彙だけなのにリスニングがおぼつかない、という日本人は多いはず。
ちなみに私はメルトモ数人いますが、結局リスニングとは直結しないことに気づいています。
>>20K-JさんのPoloniaは「ポッカーン」に終始です。
ただしずば抜けて一番いい放送だと思います。
Cxinaは訛りが酷すぎます。気取った結果なのか、無声音と有声音の混乱が甚だしい。
「kaj」が「カィ」じゃなく「ガイ」に聞こえるとき、
気取らずに、kは中国語のkでいいのにと思うと正直イライラします。
もっともちゃんと言ったとしても私には「ポッカーン」なんですけどね。

あと、つづりと発音に乖離がないというのは英語については言えますが、
他の言語についてはどうでしょうかね?
日本語の漢字の読みと英語のつづりが世界的に特殊と言ったほうがはやく、
あまりそれは強調しないほうがいいのでは?
それとつづりの読み方の難易度と聞き取りとは直結はしません。

22なつ:2007/12/20(木) 04:56:56
>>21でスペイン語と言及しましたがイタリア語のほうがそれより開音節が多いかもと
思い、イタリア語も追加。

23ぶたねこ:2007/12/20(木) 10:47:44
Saluton,なつ様
ぶたねこです。

日本人にとって印欧語(エス含む)の聴き取りはもともと難しい、というのは、ある程度納得できます
ただ、論点がだんだんずれてきたようなので、話を元に戻して、単純に考えていいでしょうか?
「音声教材がない」ことが「学習書の不備」だ、というなつ様の見解に対して私はあのように回答したのです。
そもそも、音声教材つき学習書なんて、エスであれ他の外国語であれ、普及しだしたのはせいぜいここ20年くらいのものでしょう。それ以前からエスをやっているveteranoは、どうやって音声面を学んだのでしょうか。

24Raku ◆yP0a9GGqWA:2007/12/20(木) 12:17:26
中国語には有声と無声音の対立がないので有気音と無気音に置き換えている
のですね。韓国人も事情は同じでしょう。しかし、国営放送のアナウンサーが
その調子だとすると、中国のエスペラント教育、ひいてはエスペラント政策に
対して深刻な不安と疑問を感じざるを得ません。

25ぶたねこ:2007/12/20(木) 16:50:03
Saluton,ぶたねこです。

なつ様の「音声教材の不備」のことをずっと考えていて、ある大事な提案(個人的体験の例示)を忘れていたことに気づきました。
「昔のヴェテラーノはどうしていたのか?」と自分で書いたのですが。
私の、音声面での鍛錬法は、「音読」に尽きます(近場にロンドがないので)。
安上がりでどこへでも携帯可能な装置、それは自分の耳と口。
内容が平易、あるいは辞書を使ってでも1回読んだことのある、つまり、内容の分かるエス文を、音読するのです。これ、効果ありますよ!(と私は思う)。
実行可能かどうかはその人の生活条件によりますが・・・私は自由業で、日中は家に一人になるので、誰をはばかることもなく、朗々と(?)ROのエス文記事などを音読しています。
音読の勧め、書くのを忘れていました。Pardonon!
できそうだと思ったらお試しください。

26なつ:2007/12/21(金) 05:57:28
>>25
まあ、読むときは常に声に出しています。
意識してるんではなく、癖です(笑)
で、それであなたはヨーロッパ人たちと何不自由なく
エスペラントですらすら会話できますか?

27KamelioJapana:2007/12/21(金) 06:32:40
>>26

横から、失礼します。
少なくとも、私の専門である英語よりは十分に可能です。もちろん、すらすら
といっても程度問題ですからね。到達度を何処に置くかで違ってきます。
とにかく、クロード・ピロンさんが言われるように英語やフランス語を話すときの様な
劣等感に苛まれる事はないですね。

28なつ:2007/12/21(金) 06:42:16
>>27
はい、英語が専門の人は意識的か無意識的か脳の英語の部分がかなりの程度
手助けしてくれるでしょうね。

言語を中高6年間のショボイ英語だけしか知らない日本人が、
「音読」でヨーロッパ人とすらすら会話できるようになるのか?
ということです。
実は昔は皆無だったりして。

29KamelioJapana:2007/12/21(金) 07:05:44
>実は昔は皆無だったりして。

今でもそれに近いでしょうね。
英語で利益を得ている人たちが庶民に幻想を与えているのでしょう。
エリート要請の選別に使われているだけだ、といっても過言ではないでしょう。
英語教育に使われる莫大な予算を母語の学習や、例えば、昨今学力低下が問題に
なっている理科教育等に振り向ければどれ程生産的か。。。

世界の情報を江戸時代さながらの「知らしむべからず、寄らしむべし」を維持したい
為政者や英語で利益を得ている特権者達には到底受け入れられない事ですがね。

おっと、私も英語で食べているのでいやはや何ともこりゃ。。。

30ぶたねこ:2007/12/21(金) 16:21:00
Saluton, ぶたねこです。

>まあ、読むときは常に声に出しています。
>意識してるんではなく、癖です(笑)
>で、それであなたはヨーロッパ人たちと何不自由なく
>エスペラントですらすら会話できますか?

私自身に関して言えば、「すらすら」とはいかないまでも「すら」ぐらいは話せます(^^;)。
エスの語根が多くラテン語由来という意味で、欧州人と同等(単語力)とはやはりいきません、正直な話。
しかし、英語の場合のような「そもそもまるで聴き取れない」「こちらの発音が通じない」ということはありません。横浜UKでも欧州からの参加者とホテルのフロントとの間の通訳を何度もやることになりましたが、ちゃんとできました。


私の論旨は、「音声教材が付いていない教科書はイマイチ」というなつ様に対し、「それだけが教科書の良否の判断材料にはならないでしょう?」ということです、もとをただせば。
で、「音声装置は自分の耳と口」と書いたまでです。最近出たもので、音声教材付き教科書がもし容易に手に入るのならば、大いに活用されたらよいと思います。音声教材の意義を否定しているわけではありません、念のため。

31なつ:2007/12/21(金) 19:02:28
ぶたねこさん
少々熱くなりました。すいません。
なんというか、昨今、語学教材は音声教材付きのものが多く、
というか、ないものって大学書林ものとエスものでしょうか。
それに苛立ちを覚えます。
音声教材ばかりが教材ではないという意見は分かります。
しかし、力道山の時代、「家にテレビがなくてもいいのだ」というのと、
現在、「家にテレビがなくてもいいのだ」というのでは、天と地ほど違います。
今、テレビのない世界は考えられない人ばかりでしょう。
若者のエス学習者が減ったと嘆く前にまず、今風の学習書をきちんと作れよ
まずそれからだろうよ、学習書はお粗末すぎるぞと私は力強くいいたい。

32ぶたねこ:2007/12/21(金) 19:16:16
Saluton,ぶたねこです。

なつ様の論旨は分かりました。

>若者のエス学習者が減ったと嘆く前にまず、今風の学習書をきちんと作れよ
>まずそれからだろうよ、学習書はお粗末すぎるぞと私は力強くいいたい。

共感します。
これからは、音声教材付きの教科書を、できればJEIが、どんどん作っていただきたいですね。
カセットテープやCDは、いまや十分に普及しているのですから、歓迎する学習者はたくさんいると思います。

なお、まったく個人的な話ですが、私は「家にテレビがなくてもいい人」です。学生時代、下宿にはテレビがなく(買わず)、テレビは銭湯で観るものと決めていました。いまも配偶者が出張などで不在の時には、何日も電源を入れないことがあります。
まぁ、個人的趣味の問題で、こんな人間はかぎりなく少数派だろうとは思っています(^^)。

33なつ:2007/12/21(金) 19:45:42
>>32
はは、わかります。
私は、大学入学で一人暮らしをするときに父親に、
「電話なんていらない。いざとなったら、電報を使え」と、
言われましたよ(笑)テレビは古い姉のやつを持っていきました(笑)
もちろん、テレビなんてなくても生きていける、電話なんてなくても生きていける。
というのは真実です。しかし、現在、「絶対ほしい」と思う人がいる。
むしろそちらが多数派なんですね。
そしたらニーズに合わせてそういうものをJEIなりが作り、作ったうえで、
議論が始まるのだと思うんですね、私は。

34松戸彩苑:2007/12/22(土) 11:41:28
>>29
> おっと、私も英語で食べているので

KamelioJapana さんは英語の先生だったのですか!

かつて私は「エスペラント改造論」スレの 199 で

  KamelioJapana さんの >>181 の書き込みのなかに

  > E-isto 個々人のEの運用能力を如何に高めるか、そのためには、どのような効果的
  > 学習が考えられるのかと言った問題のほうが肝心なのです。

  とあります。

  私ももちろん「効率の良い学習方法」があれば良いなとは思うのですが、しかし Kame-
  lioJapana さんには、そういったものの具体的なアイディアはあるのでしょうか?
  あるのであれば、この掲示板のなかに「エスペラントの学習法」というスレがありますの
  で、ここに書き込んでいただけないでしょうかね?

と書いておいたのですが(12月7日)、これに対応した書き込みが見当たりませんので「具
体的なアイディアは無いのかな」「まぁ、仕方がないかな」と思っていたのです。

しかし、本業が英語の先生なのであれば、こういったことに関して「判らない」では済まされ
ないと思うんですよね。
もちろん「今すぐ書け」とは言いませんが、本気で考えていただきたいとは思いますね。
---

ところで、上の引用文のすぐ後に、私は

  私もそのスレに、そういったものを書き込んでみようと思っております。

と書いたのですが、その後、風邪を引いたり、忙しかったりといったことがあって、現在に至
るまで約束を果たせずにいるんですが、もうしばらくお待ちください。

35なつ:2007/12/23(日) 00:44:20
>>34
はい、ぜひともあなたの効率的学習法を期待しています。
わたしも英語の塾講師をしていたことがあると思うと変ですね。
あるエスペランティスト(恐らく次世代の幹部)がエスペラントゥーヨには同じような人たちしかいない。
と憤っているのを思い出します。まあ彼も偏った思想による歴史本を翻訳していたのですが。

36松戸彩苑:2007/12/23(日) 17:30:55
>>35
> あるエスペランティスト(恐らく次世代の幹部)がエスペラントゥーヨには同じような人たち
> しかいない。と憤っているのを思い出します。

どういう文脈でこういうことを言っていたのか、よく判りませんし、もっと詳しく知りたいところ
なんですが、私が思うには「エスペラントというのは使用者を選ぶところがある」と思うんで
すよね。

世間においては、エスペラントなんてものが必要になることなんかまったくありませんし、
エスペランティストに出会うこともまずありません。
ですから、「実用性が高くない言葉は学習しない」という人は、絶対にエスペラントなんかを
やらないわけですね。

エスペラントをやる人というのは、思想や理念に引かれやすい人とか、語学的な興味を感じ
た人とか、とにかく「あまり実用性に頓着しない」人だと思うんですね。

そういう人が勉強してみて、意外と実用できることに気づいて「実用性がある」と言ってるわ
けですが、しかし、もともと実用性にこだわりの無かった人たちだから、そう思えるのであっ
て、やはり日常生活に必要な語彙・表現というのは不足・混乱してるんですね。

ですから、もしも今以上に運動を大きくしたいというのであれば、もっと実用性を高めて、よ
り多くの人に関心をもってもらえるようにする必要があると思いますね。

37なつ:2007/12/23(日) 22:51:08
>>36
実際まさにあなたはエスペランティストは同じような人が多いということを言っています。
そういうことです。
さらに以前あなたは、エスペランティストの多くはスポーツにうといというような
ことを言ったと思うのですがそれも当たっていると思います。
そういうことです。それについて私の意見はありません。

38KamelioJapana:2007/12/29(土) 07:50:23
>「あまり実用性に頓着しない」
>もともと実用性にこだわりの無かった人たちだから、そう思えるのであっ
て、やはり日常生活に必要な語彙・表現というのは不足・混乱してるんですね。

まだ、仰っているのですね。英語の使用等と比べたらEの「日常語の不足・混乱」などは
まことに取るに足らないものです。

>「実用性が高くない言葉は学習しない」

英語より実用面で遥かに有益です。私の様な英語を利用した商売人が思っている
ことです。翻訳や通訳に関してもそうです。Eの方が英語より遥かに頭を悩ませずに気楽に
話すことが出来ます。

松戸さんは私などと違って英語をEより日常生活でも不自由なく話せる恵まれた方なのでしょう。
Eがもし英語と同じ様に義務教育で6年間の学習期間が20歳前にこのもの覚えの悪い私にでも
与えられていたらならば、モット、スムーズにEを話せたのになぁと見果てぬ夢を見るこの頃です。

それから、遅れましたが、「娯楽を用いたEの教授法」ですが、提唱者が先に具体的提案を例示する
のが筋かなとも思いましたが(素人ながら多くのE講師は彼らなりに工夫してやってきていると
思っていますが、というのは、私は独習でしたのでEの授業参加はセミナー等の中級レベル以上
でしたのでひと様が実際に初級に関してはどうやられているかについてはハッキリ断言できない
のです。)、時間をみて少しずつ私の数少ない実践例を紹介していきたいと思っています。

39Kanva:2007/12/29(土) 23:41:48
>>38
「実用性」というのは、「頭を悩ませずに気楽に話せる」ということでは
ななかろうと思うのが一点。どれだけの人に通じ、どれだけの情報に触れ
られるのかが大きいわけですから。

それから、私もEへの学習動機が低いせいで、現時点では英語の運用の方が
まだラクです。インドのE学習者には英語が通じるから、英語でやりとり
してますし。

40KamelioJapana:2007/12/30(日) 06:10:23
kanva様。

>どれだけの人に通じ、どれだけの情報に触れられるのかが大きいわけですから。

その通りですね。
Eの学習に今まで英語を学習した時間に匹敵するほどの時間は取れないとは思いますが、
あなたが、過って、英語を必死で学習して時の感覚を甦らせてEの学習を続けて頂きたい
と思います。
特に昨今のinterretoは昔のEの世界に比べ遥かに多くの情報をあなたに齎して呉れるでしょう。
インドのE学習者ともEを主に用いて話せるようになればいいですね。
Hindaunio(Barato)は今アジアにおけるE普及の最前線です。あなたの貢献を期待しています。

41KamelioJapana:2007/12/30(日) 06:14:18
申し忘れましたが、英語を「頭を悩ませずに気楽に話せる」という機会がもてるのは
あくまで非英語母語者との会話の時ですね。

42松戸彩苑:2007/12/31(月) 10:11:11
【松戸彩苑の考えるエスペラント学習法 (1)】

私は12月の初めごろに「エスペラントの学習法について書く」と言ってたんですが、とりあ
えず今年中に始めようと思いましたので、あんまり纏まりはないかもしれませんが、ぼつ
ぼつ書いていこうと思います。

初回である今回は、「学習法」というよりは、「学習法について考える際に、念頭に入れて
おかなければならないこと」について論じてみようと思います。

それは

(1) 人間というのは「好きなものは憶える」が「好きでないものは憶えない」。

(2) エスペラントを始めた人には、おそらく「エスペラントでやりたいこと」があるはずであ
    る。

ということです。

一見すると、まったく当たり前のことのように思えますが、しかし実際には、エスペラントの
学習法について論じる際に、こういったことが真剣に考慮されてるとは、とても思えないの
ですね。

私の考えでは、エスペラントの学習法について考える際には、この2点から出発しなけれ
ばならないと思うのです。
そのくらい大事だと思うんですね。

これから、この2点をもとに、従来のエスペラント学習法の問題点を指摘して、さらに、それ
に代わる学習法を提示してみたいと思います。

(終わり)

43松戸彩苑:2008/01/02(水) 12:09:08
【松戸彩苑の考えるエスペラント学習法 (2)】

本論に入る前に、>>42 に補足をしておこうと思います。

この2点というのは、要するに「やる気」に関することなんですね。

やる気があるうちは、たとえ少しずつであっても進歩する可能性があるわけですが、しか
し、やる気が無くなってしまえば、あっさりとエスペラントをやめてしまうわけです。

これは、学習者にとっても、またエスペラント界にとっても、不幸なことだと思います。

こういうことを考慮に入れずに「効率の良い授業」なるものをやっても、挫折する人間を大
量に生み出してしまうだけですので、たとえ効率が少々悪くとも「やる気を無くさない」よう
に工夫しなければならないんですね。

これが、きわめて大事なことだと私は考えています。
---

ところで考えてみれば、私に「エスペラント学習法」を語るだけの資格があるのかどうかと
いう問題があると思うので、それについて書いておきましょうか。

私はそれほどエスペラントができるとは思えないんですが、しかし、曲がりなりにもエスペ
ラントを使えるようにはなっていますので、その程度になるための方法を書いてみようとい
うのが、今回の文章の趣旨なわけです。

語学が得意な人のやりかたを知るのももちろん良いんですが、そういうものは得てして、
普通の人間にはとてもマネの出来ないものだったりするんですね。

そういうものでは、学習途中で挫折してしまう人や、eterna komencanto と呼ばれる人たち
を救うことは出来ないと思いますので、私は、たいていの人に出来るようなことばかりを書
いていこうと思っております。

それから、私は今まで一度もエスペラントの講習というものを受けたことがありませんし、
誰かにエスペラントを教えたこともありませんので、これから書くのは「独習のしかた」のみ
であるという事も、ここであらかじめお断わりしておきます。

(終わり)

44papageno:2008/01/02(水) 23:14:50
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/7882/1158175917/312
のRakuさんの投稿への返信

確かにその言葉で書かれた辞典(それを一言で表す言葉はないものですかね?)を読むのはいろんな人が勧めている学習法ですね。私はフランスの小学生用の辞典を持っていますが、すばらしいです。小学生用と言っても2万語も載っていて、例文もやさしくて豊富です。エスペラント辞典では、Plena Vortaro (1953) しか持っていないんですけど、やっぱりPIVの方がいいんですかね?

45松戸彩苑:2008/01/12(土) 14:10:10
>>44
私ばかりが答えていたのではダメかなと思って、書き込むのを控えていたんですけど、誰
もレスしないようですので、私が書くことにします。

PIV(2002年に出版された新しいほう)は、もちろん良い辞書なんですけれども、タテ25
cm×ヨコ16cm×厚さ6cm、約1250ページというものですので、「読む辞書」という感じ
ではないですね。

エスエス辞典ではないんですけど、2006年に出た『エスペラント日本語辞典』ですと、字
も(辞書としては)大きめですので、こちらは読みやすいと思います。

46松戸彩苑:2008/01/14(月) 20:30:14
【松戸彩苑の考えるエスペラント学習法 (3)】

さて、今回からようやく本論に入ることにします。

エスペラントを学習する際に、もっとも重要かつ大変なのは「単語(語根)を憶える」ことだ
と思うんですね。

もちろん、この他にも「語順に慣れる」だとか「発音や聞き取りの練習をする」とか、いろい
ろとやる事はあるんですが、しかし何といっても「単語を憶える」というのがもっとも重要だ
と思うんですね。

当然のことながら、こういった事はすでにエスペラント界でも重視されていて、BRO(Baza
Radikaro Oficiala)という、使用頻度にもとづいた単語表が作られています。
そして、このBROを利用して書かれたエスペラント教科書も多数作られているわけです。

で、この種の「使用頻度を考慮した単語帳」というのは、英語やその他の外国語の学習に
おいても主流となってるものなんですね。

ということで、こういったことを考えますと「単語は、使用頻度順に憶えるべきだ」ということ
になりそうなんですが、私はこれに疑問をもってるんですね。

というのも

(1) 学校において単語を使用頻度順に学習している人たちが、実際には、なかなかその
    外国語を活用できるようにはならない。

(2) それに対して、そのような体系だった教育を受けていない出稼ぎ外国人のほうが、短
    期間のあいだに実践的な運用能力を身につけている。

という事実があるからです。

47松戸彩苑:2008/01/20(日) 12:30:27
【松戸彩苑の考えるエスペラント学習法 (4)】

このように言えば、「いや、それは出稼ぎ外国人の外国語運用能力を過大評価しすぎてい
る」という反論が出てくるだろうと思います。

もちろん私だって、彼らが仕事などに必要なことばは憶えるものの、それ以外の語彙・表
現がいつまでも身につかないせいで、生活するのにかなり不自由しているということは知っ
ています。

しかし、そういう事はあったとしても、「学校で体系的に学んでいるのに、なかなか使えるよ
うにならない」というのと比較対照してみる価値はあると思うんですね。
---

また、このような話から、30年以上前に平泉渉氏と渡部昇一氏とのあいだで起こった「平
泉・渡部論争」というのを思い出される方もいらっしゃると思います。

これは、1974年に国会議員であった平泉渉氏が

(1) 現在の日本の学校における英語教育は、効果を上げていない。

(2) それにそもそも、日本において英語を必要とする人もそんなにいない。

(3) だから、全体の5%の生徒にだけ徹底的な英語教育を行なって、残りの95%の生徒
    には、英語に関する基礎的な知識のみを教えて、あとは別の教科を教えることにする。

というひじょうにラディカルな改革案を発表したのに対して、渡部昇一氏が「従来の日本の英
語教育はムダではない」「潜在的な能力はついているんだ」という反対意見を述べたというも
のです。

エスペラントを推進する立場からすれば平泉案はつごうが良かったわけですが、しかし当然
のことながらこれは採用されませんでした。

しかしここで疑問に思われるのは、渡部氏は「潜在的な能力はついているんだ」と言いました
が、どうして学校教育では「潜在的な能力」しか身につかないのかという事なんですね。

48松戸彩苑:2008/02/05(火) 20:48:20
【松戸彩苑の考えるエスペラント学習法 (5)】

私の考えでは、その理由の一つは、学校における体系的な授業というのは「単語の使用
頻度」に過剰にこだわってるからなんですね。

単語を使用頻度の高い順に憶えるというのは、(「ちゃんと憶えられるのであれば」という条
件がつきますが)たしかにそれなりに効率の良い方法ではありますが、しかし、単語の数
というのはものすごく多いわけですから、結局これは「最大公約数的な語彙力」しか身に
つかないという事になるんですね。

この「最大公約数的な語彙力」というのは、どんな分野の文章のなかにも出てくるような単
語はちゃんとカバーできてるけれども、それ以外の単語(つまり、ある特定の分野の文献
にはよく出てくるけれども、それ以外の文献にはまったく出てこないような単語)は知らない
というものであります。

さらに言えば「どんな分野の文章を読んでも、あるていどは理解できるが、その代わり、全
部キッチリと理解できるという事がない」「100%理解できるような分野が一つも無い」とい
う事でもあります。

これが渡部氏の言う「潜在的な能力」の正体なんですね。
---

私はこのように分析しているわけですが、これだけでは納得が行かないかもしれませんね。
ですから、これとは逆の例をあげてみましょうか。

ここに日本人の若者がいて、フランスに行ってフランス料理のコックさんになろうと思って
いるとします。

彼はフランスに渡り、料理の勉強・修業をすると共に、フランス語の勉強もするわけですね。
日本ではフランス語を学ぶ機会は無かったので、一からスタートすることになります。

そして数年間の努力の結果、彼は料理の腕をみがいて、日本に帰ってきました。

で、ここで注目したいのは、彼のフランス語の能力なんですね。

彼は間違いなく、料理に関することならば十二分に理解できるし、またアクティブに話せる
はずですね。
また、日常的なことについても簡単なことなら話せるはずですし、フランス人の友人もでき
ただろうと思います。

しかし、社会や経済や科学や文化についてフランス語で自由に話せるかといえば、それは
あまり出来ないでしょうし、フランス文学だってマトモには読めないと思います。

つまり、この人の場合「限られた分野については、十二分に使いこなすことができる」ので
すが「それ以外の分野については、あまり判らなかったり、まったく判らなかったりする」と
いうわけですね。

でも、この人にとってフランス語は外国語ですし、それにそもそも最大の目的は「フランス
料理のコックさんになること」だったのですから、これは当然なんですね。

要するに、この人は「自分にとって必要なだけのフランス語の(潜在的ではなく)顕在的な
能力を身につけることが出来た」わけですから、これで成功と考えて良いわけです。
---

それから、この話で注目すべきなのは、この人の場合「使用頻度の高い順に憶えた単語」
というのが極めて少ないだろうという事です。

おそらくこの人の場合、初等教科書を最低で1冊、多ければ数冊は読んでいるでしょうが、
これらは使用頻度の高い単語しか出ていないものだと考えることが出来ます。

しかし、これらの教科書に載っていた単語以外の単語はすべて、使用頻度のことはまった
く考えず、ただ単に「自分にとって必要かどうか」ということだけを基準にして憶えていった
と思うんですね。

それから「自分にとって必要な単語」だということが明確だったから、彼は短期間のあいだ
にたくさんの単語を憶えることが出来たということも見逃してはなりません。

フランス語の学習はラクではなかったでしょうが、しかし彼は、自分の勉強したことが直ち
に役に立つというのを実感することが出来たので、それが励みとなって学習を続けることが
出来たのではないかと思います。

また、この人はそれなりにフランス語を身につけることが出来たわけですが、しかし考えて
みれば、この人の記憶力が特別に優れていたというわけでは無いんですね。
「目標がはっきりしていた」「その目標を達成するのに必要なことを中心に勉強した」というこ
とがあったので身につけられたわけであって、そうでなければ、これだけ身につけることは
出来なかっただろうと思います。

私が >>46 で述べた、出稼ぎ外国人の場合も、これと同様のことが言えるわけですね。

49松戸彩苑:2008/02/05(火) 20:59:43
ここで余談をひとつ。

「松戸彩苑の考えるエスペラント学習法」ですが、学習法についていろいろと考えたり、関
連書籍を読んだりしてるうちに、最初の構想よりもかなり話が膨らんでしまったんですね。

それで、かなり読みにくいものになってるかもしれないんですが、しかし、とりあえずは、こ
のまま続けていくことにします。

50松戸彩苑:2008/02/09(土) 09:28:13
【松戸彩苑の考えるエスペラント学習法 (6)】

ということで、私は「使用頻度に過剰にこだわる」ことを批判してきたわけですが、しかし、
だからといって「使用頻度をまったく無視しろ」などと言ってるわけではありません。
私だって、基礎的な単語を憶えることの重要性はよく理解しています。

しかし、次のようなことも考えていただきたいのですね。

そもそも、この「単語の使用頻度」というものに最初に注目したのは、アメリカのソーンダイ
ク(Thorndike)という教育学者・心理学者でした。
彼は1921年に、英語において最もよく使われる1万の単語の頻度表を発表し、さらに19
31年には2万語のものを発表しました。

これが世界中に広まり、また英語以外の言語の学習にも応用されるようになって現在に至
るわけですが、しかしここで

  このソーンダイクの研究以降に、外国語学習の効率が飛躍的に向上しただろうか?
  外国語に堪能な人間が飛躍的に増えただろうか?

ということを考えてみないといけないと思うのですね。

で、考えてみた結果「どうも、そんなに劇的には変わってないような気がするな」ってことに
なるわけです。

日本のばあい高学歴化が進んで、外国語を学習する機会や時間は増えましたが、しかし、
その割には外国語のうまい人というのは、そんなに増えてないような感じがするわけです。
もちろん増えてはいるんですが「外国語を学習する機会や時間が増えた割には」増えてい
ないということです。
うまい人というのは、外国で生活していたとか、あるいは父親だか母親だかが外国の人だ
とかといったケースがひじょうに多くて、これは外国語教育とはまったく関係ないわけです。

ヨーロッパのばあいは、さすがに外国語(とは言っても、母語と親戚関係にある欧米語の場
合がほとんどなんですが)が得意な人が少なくありませんが、しかし考えてみれば、ソーン
ダイクの研究以前から、そういう人はヨーロッパにたくさんいたわけです。

たとえばザメンホフなんかも、さまざまな言語ができたわけですが、ソーンダイクの研究が
発表される以前の人なんですよね。
(もっともザメンホフの場合は、父親も祖父も語学教師という家庭でしたので、環境に恵ま
れてたわけなんですが)

ということで、さほど変わってないようにしか見えないわけですが、その理由は、日本に関し
ては、今回の最初の部分で述べたように、頻度にこだわって勉強しても「最大公約数的な
語彙力」しか身につかないって事があるからなんですね。

「しかしそれじゃあ、ヨーロッパ人が外国語に堪能なのはなぜなんだ?」ということになりま
すが、おそらく

(1) 陸続きなので、ヨーロッパ内の他国に長期間住むということが多く、留学や国際結婚
    なども多い。

(2) ヨーロッパには数百年にわたる(つまり、ソーンダイクの研究よりも歴史がずっと長い)
   外国語学習の習慣・文化というものがあるので、使用頻度一辺倒にはなっていない。

(3) 言語の構造が互いに似通っているので、学習がスムーズに進む。

といった事があるからではないかと思います。

で、たしかに「基礎的な単語」は重要なんですが、考えてみれば、ソーンダイクの頻度表が
発表される以前のものであっても、優れた語学教材であれば、そういったものをかなりのて
いど収録してたんだろうと思うんですね。
つまり、わざわざ頻度を調べたりしなくても、長年の経験から「基礎的な単語」がだいたい判
ってたんだと思うのです。

51松戸彩苑:2008/02/09(土) 09:34:27
【松戸彩苑の考えるエスペラント学習法 (7)】

もっとも使用頻度の高い1000くらいの単語は、どんな分野の文章においても出てくるもの
ですので、これはすべての人がなるべく早く憶えたほうが良いわけです。

こういう単語は、良い教科書であれば(ソーンダイクの研究が発表される以前から)収録さ
れていると思いますので、そういうものを憶えていけば良いわけです。

で、記憶力に自信のある方は、頻度の高い単語をさらに1000個くらい憶えても良いと思い
ます。

しかし私の考えでは、これ以上の数の単語を、本人の学習目的や関心を無視して、ただ単
に「使用頻度が高いから」という理由でガムシャラに憶えるというのは、たいへんな割にあ
まり効果が無いんじゃないか、この方法で頑張っても挫折する可能性が高いし、また、たと
え憶えることが出来たとしても「潜在的な能力」しか付かないのではないかと思うんですね。

むしろ、そんな事をするくらいなら、自分の好きな分野の語彙・表現や、あるいは日常生活
に関する語彙・表現なんかを勉強したほうが、よっぽどやる気も出ますし、また役にも立つ
と思うんですね。

ですから「使用頻度に過剰にこだわる」ことは良くないというわけですが、しかし、まったくダ
メだというわけでもありません。
学習があるていど進んだときに、頻度順の単語帳で、知らない単語が無いかどうかを調べ
て、あったら憶えるという「落ち穂拾い」的な使い方ならば出来るかもしれません。
でも、その程度だと思いますね。

ということで私は「ソーンダイクの研究が語学教育に与えた影響は、メリットよりもデメリット
のほうがはるかに多かった」んだと考えています。

もっとも、そのおかげ(?)で、世界中の人間がこれだけ努力しているのに、その割には英
語が本当にうまい人がそれほどいないという事にもなってるのだと思うんですが、しかし、エ
スペラント界まで「頻度至上主義」に毒されているのは困ったものだと思いますね。

52松戸彩苑:2008/02/09(土) 13:17:12
【松戸彩苑の考えるエスペラント学習法 (8)】

私はこれまで「使用頻度に過剰にこだわるのは良くない」「挫折する可能性が高いし、また、
たとえ憶えられたとしても潜在的な能力しか付かないのではないか」と論じてきました。

しかし、それはあくまでも一般論でして、他方では「使用頻度にこだわったほうが良い」場
合もあるんですね。
それは何かと言いますと「大学入試に備える」場合です。
こういう場合にかぎっては、使用頻度がきわめて重要な意味を持ってくるんですね。

言うまでもなく、エスペラントの場合「入学試験」はまったく関係ないんですが、しかし、使用
頻度について徹底的に考えることが、エスペラントの学習法を考える際にも必要だと思い
ますので、これについても論じることにします。
---

1967年に出版された森一郎(著)『試験にでる英単語』(青春出版社)という本があります
が、皆さんもご存じのように、この本はベストセラーになり、現在でも販売されてるそうです。
(余談ながら、著者は1991年に死去されています)

この本のまえがきや第Ⅰ章に、この単語帳がどのようなコンセプトのもとに編まれたのかが
書いてありますが、それを要約すると次のようになります。

  従来の単語帳は、ソーンダイクの頻度表をもとにして作られているが、これらは日本の
  大学入試に出る英単語をうまくカバーしていない。

  たとえば technology、reverie、snobbish、antipathy、generalization、intuition、frustrati-
  on、supplement、urban、contagion、concede、trait、deflation といった単語は大学入試
  によく出てくるのに、従来の単語帳には載っていない。

  また逆に abdomen、abominate、accede、aggregate、bawl、dungeon、efficacy、confis-
  cate、confute、deign、alumnus、auditor、parry、phosphorus、pith といった単語は多くの
  単語帳に載っているが、最近の入試にはまったく出ていない。

  そこで、過去数十年分の大学入試問題を分析して、単語帳を作った。

というわけです。

「なるほどな」という感じはするのですが、しかし考えてみますと、これはあくまでも「日本の
大学入試」を基準にしたものなんですね。

ご存じのように「日本の大学入試の英文というのは、英語を母語とする人たちから見て、や
たらと難しく、そして不自然だ」と言われていたんですよね。
私の知るかぎりでは、少なくとも1980年代にはそう言われていました。
(私は、それ以前はどうだったのかは知りませんし、また現在のこともよく知りません)

そういう問題があるのですが、森氏は

  大学入試の英語の問題には、犬とねこがけんかして、ねこが、ついに、犬の耳をかみ
  切ってしまった、というような、愚にもつかない poor な内容のものは、まったくないので
  あって、もっと知的・抽象的なものがほとんどである。一例を示すならば

  (1975年に出た改訂新版では23〜24ページ)

と大見得を切って、お茶の水女子大学の入試に出た英文をあげておられます。
ここでは先に、その日本語訳のほうを見ていただきましょう。


  【訳】 妥協というものは、常に、議論の結実であり、妥協はイギリスにおいて政治的行
  動の精髄である。(しかし一方では)妥協は政治の具として非常に不完全なものでもあ
  る。それは、変化の過程を遅れさせ、たいていの偉大な改革案の鋭鋒をにぶらせる。
  それは、人間関係の諸問題において、あらゆる楽天主義の敵である。なぜなら、それ
  の根本的理論は、変化というものは善い結果のみならず悪い結果をも、もたらすという
  ことであるから。

  (同書24ページ)

53松戸彩苑:2008/02/09(土) 13:18:42
>>52 の続き)

どうでしょうか。
日本語なのに、なんとも判りにくいんですよね。

で、元の英文のほうを見ると

  Compromise is ever the fruit of discussion, and compromise is the essence of poli-
  tical behaviour in England. Compromise is a very imperfect instrument of government.
  It slows down the process of change and takes the edge off most great reforming
  proposals. It is the enemy of all optimism in human affairs, for its basic theory is that
  change does harm as well as good.

  (同書24ページ)

ということになっています。
たしかに、文法的にも、単語の難易度にしても、それほど難しすぎるわけではないというこ
とは判るんですね。
でも文章全体は、日本語で読んでも、なんとも判りにくいものになってしまってるんですね。

で、もしも日本語を学んでいる外国の人たちが、先にあげた和訳のような文章を、苦心惨
憺して読んでいたら、日本人なら誰だって「これで良いのかな?」って思うと私は思うんで
すよね。

でも、(少なくとも数十年前の)日本の大学入試の英語の問題はこういうものだったのです
から、たとえ英文としては変だったとしても、それを何としてでも解かないといけなかったわ
けです。

ということで森氏は

  「諸君にとって、最も重要な単語とはどういう単語ですか?」と質問してみると、たいてい
  の人から「最もしばしば用いられる単語です」という答えがはねかえってくる。しかし、こ
  れは誤った答である。もう一度、念のためにいうが、われわれにとって最重要単語とい
  うのは、使用頻度数の多いものではなくて、たとえ、そんなにしばしば使用されないもの
  であっても、その1語を知らないと、その文全体の意味が把握しにくくなるような知的・
  抽象的な単語である。

  (同書25ページ)

などと公言してるんですね。
「もう、とにかく入試に合格することしか目標にしていない」という、なんとも割り切った態度
であるわけですね。

なお、この引用文のなかで「われわれにとって最重要単語というのは、使用頻度数の多い
ものではなく…」と書いてありますが、私に言わせれば、これは「頻度至上主義」の亜流に
過ぎないものだと思います。
---

このように「大学入試のためのツール」としてならば、頻度順の単語帳というのも大いに役
に立つのです。
しかし、こういうもので勉強しますと、やさしい言い回しを身につける前に、難しい単語をたく
さん憶えることになってしまいますので、かなり歪んだ知識を身につけることになってしまう
んですね。

ですから、さんざん苦労して難しい単語をたくさん憶えたのに、海外旅行に行ってみたら、
必要最小限のことも表現できない、なんて事になってしまうんですね。
これでは、あちこちから恨み節が聞こえてくるのも無理はありません。

でも最近では、かつてのように難解な英文が出題されたりはしなくなったようです。
もっともそのせいで、大学において英語の専門書を読むのが大変になったという話もある
みたいですが、でも私は

  大学において英語の専門書を読ませたいというのであれば、その大学の英語の授業で、
  その分野に絞って教えれば、効率が良い。

と思うのです。

先にも述べたように、やさしい言い回しを身につける前に難しい単語をたくさん憶えさせると
いうのは、とくに会話能力をおかしくしますので、良くないと思います。

私はそう思うのですが、しかしエスペラントを推進する立場からすると、このようにしないでく
れたほうが都合が良いわけなんですね。

(終わり)

54松戸彩苑:2008/02/09(土) 16:35:51
>>52-53 に補足させていただきます。

森氏を批判しているような書き方になってしまったかもしれませんが、しかし、そもそもの原
因はあくまでも「むやみやたらと難解な大学入試の英文」にあるのであり、森氏はそれに
合わせただけなんですよね。

『試験にでる英単語』という本は、この種の単語帳としては、やはり画期的なものだったと、
私も思います。

しかし、私がここで言いたかったのは

(1) 使用頻度の高い2000語くらいは、すべての人が憶えても良いが、それ以外の単語
    については「頻度」よりも「本人の関心や必要性」のほうを優先したほうが良いと思う。

(2) とはいうものの「入試」の際には、頻度順の単語帳がかなり役に立つ。

    そういう事実があるので、いまだに「頻度至上主義」が支持されることになっているの
    だと考えられるが、しかし、この方法は挫折する可能性が高いし、また、たとえ憶える
    ことが出来たとしても、自然な言い回しを身につけるのにはかえって邪魔になることさ
    えある。

ということです。

55松戸彩苑:2008/02/09(土) 17:25:11
【松戸彩苑の考えるエスペラント学習法 (9)】

さて、今まで私は「基礎が身についたら、自分の関心のある分野の語彙・表現か、あるい
は日常生活に関する語彙・表現なんかを勉強したほうが良いと思う」と述べてきました。

で、これに近い方法で英語を身につけたという方がいましたので、ここで紹介したいと思い
ます。

それはボブ西崎という方で、この方の『失望させない英会話』(1990年 現代書林)という
本のなかで、ご自身の英語学習法を紹介しているんですが、それが私の主張とそっくりな
んですね。

この本は1990年に出ていますが、私がこの本を読んだのは、つい最近のことでした。
ですから私は、ボブ西崎氏とはまったく関係なく、同じような結論に達したというわけです。

なお断わっておきますと、ボブというのは本名ではありませんし、日系人でもありません。
英米人に憶えてもらいやすいようにつけたニックネームですね。
それから、1944年生まれなんだそうです。
---

    私の英語パーソナル・ヒストリー

  学生のころの私は英語に関してはそれほど興味もなく好きな科目ではありませんでし
  た。むしろ得意なのは数学だったのです。大学(経済学部)を卒業してから勤め人にな
  ったのですが、すぐ転職を考え始めました。

  もともと貿易関係の仕事をしたいと思っていたので、生まれも神戸だったことも手伝って
  海外への憧れもあり、英語の勉強に気が向いたのです。そこで神戸のある外語学院へ
  まず入学したのです。これが24歳のときです。「6ヵ月でペラペラ」といううたい文句につ
  られて入ったのです。もちろん会社の方は退職し、今で言うフリーターになりました。

  その英会話学校に通っているうちに、英語というのはどんなものかというのが何となく分
  かってき始め、段々真剣に考えるようになってきました。その英会話学校は6ヵ月が1コ
  ースで、卒業するのに普通にやって4年かかるところでした。5〜6年かかって卒業する
  人もかなりいました。

  会社をやめた私はアルバイト業に精を出していて、仕事が終わってから授業開始までに
  1時間ぐらい余裕があったため、学校の近くの喫茶店でよく予習をしたり復習をしたりして
  いたのです。店が混んでくると合席になるようなところで、いつの間にやら同じ学校の3
  年生、4年生とも知り合いになった結果、毎週金曜日の夜に先生の自宅で3〜4年生対
  象のクラスがあることを知り、私も参加させてもらえることになりました。

  新入生の私は末席にちょこんと座り、先輩たちの話す英語をじっと聴いていたのです。
  ところがよく耳を傾けていると、3年生、4年生たちは英語を訥々(とつとつ)としゃべって
  いるのに気がついたのです。「アー」とか「ウー」とかばかりで、英語力のなかった私にも
  先輩たちが言葉に詰まっているのがよく分かりました。3年も4年も勉強しているのにこ
  んなでは困ると、私は思い切ってその学校をやめることにしたのです。

  以後、いろいろ英会話学校のパンフレットを集めたり、教会の無料英会話クラスに通っ
  たりしたのですが、どうもしっくり来ません。英語力のありそうな人にどこがいいだろうか
  と相談してみたところ、どこへ行っても同じであると言われ、それならば自分でやろうと
  決心したのです。

  自分でやるのはよいのですが、ではどうやったらよいのかに悩み、しばらく考えた結果、
  行き着いた結論というのが「日本語を身につけたのと同じことを英語でもやれば身につ
  くだろう」ということでした。そのころには、6ヵ月で英語ペラペラなんていうのは嘘だと分
  かっていましたので、気長にやろうということで始めたわけです。

  まず子供がどうやって言葉を覚えたのかということを考えて、身の回りで目につく物の
  名前や基本動作を表わす動詞が最初に子供が覚える言葉だと思いついたのです。当
  時の私はいずれアメリカで勉強したいと思っていたのですが、今のところは行けないか
  ら日本で勉強しているんだと自分に言い聞かせていました。

56松戸彩苑:2008/02/09(土) 17:27:28
>>55 の続き)

  そこで、気持ちの上では自分はアメリカにいるんだというつもりで毎日生活していくこと
  にしたのです。"アメリカ"にいるのですから、日常生活に使う灰皿やクツベラ、スプーン
  …… 身の回りのものをすべて覚えていったのです。そういう単語を覚えるにあたってア
  メリカの子供用の Picture Dictionary にずい分お世話になりました。この辞書は単語と
  絵が組み合わせてあるため、理解にはとても役に立ちました。

  和英辞典も最初のうちは使いました。ただし物の名前を調べる時のみです。これは後で
  分かってきたことなのですが、たとえ物の名前でも和英辞典の信頼性は8割から8割5
  分どまりなのです。ましてや色々な言い回し方に関しては文脈を抜きにした日本語の英
  訳で、信頼性は限りなく0に近くなるので、使うのをやめた次第です。

  Picture Dictionary で見つけ出した単語を必ず紙に書いて、その辺に貼りつけておいた
  のでした。そしてものを見るたびに口で言ってみて覚えていったのです。家の中じゅうが
  貼り紙だらけでした。window、door、ashtray ……。大体、ひとつの単語を10回もやれば
  覚えられるのです。ポイントはまめに調べることで、例えば歯が痛くなってきたら「虫歯」
  を調べて「cavity だな」とか、歯に詰めるものは「filling というのか」という風に覚えていっ
  たのでした。

  こうして目の前にあるものの単語を覚えると同じに、やさしい表現(expression)も覚えて
  いったのです。こうして覚えたやさしい表現方法に覚えた単語をあてはめて練習してい
  ったわけです。

  こうした expressions の中には idioms なども含まれています。初めは文法もやっていた
  のですが、言葉を覚える過程を考えてみて、何も文法がなくてもしゃべれるということに
  気がついて文法を捨てました。

  ディクソン博士の"Essential Idioms"という本がありますが、これが非常によいテキストで
  した。とにかく、日本語は日本語で覚えたのだから英語は英語でやろうと気がついてか
  らは、こうした英語(筆者もネイティブ)で書かれたテキストを使うことにしたのです。以後、
  日本人の書いたものには頼らないようになりました。

  こうしているうちにメキメキ英語力がついていき、話せるようになっていったわけです。
  例文を次から次へと覚えていったものです。

  残念ながらこの本にはテープがついていませんでした。現在ではテープつきのよい教材
  がたくさん出ており、私が勉強をしていたひと昔前とは違い、英語学習者にはとてもよい
  環境が整っています。私にとっては"Essential Idioms"がネイティブの先生だったのでし
  た。これで基本的な部分に関してはほとんど終了してしまいました。

  これを2年弱続けているうちに、1970年に大阪で万博が開かれ、私はアメリカン・パー
  クの通訳兼マネジャーとして雇われることになりました。これは2年弱で日常会話につい
  てはマスターしてしまったことを意味しています。しかし、このころはまだ英字新聞など難
  しくて読めませんでした。

  この万博ではアメリカ人のボスの下で働き、通訳とマネジャーを兼任したわけですが、パ
  ビリオンで働くアルバイトの人たちをマネジングしたり、政府や協会と交渉したり、仕入れ
  などをすべて私が通訳してやりました。

  万博のスタッフに応募したときの試験(というより面接)はもちろん英語です。何人もの英
  語力のありそうな人たちが一緒に受けたのですが、どういうわけか私が一番よくしゃべっ
  たらしく幸運にも採用になった次第です。

  通訳していて分かったことは、ボスの言うことはほぼ完全に理解できたし、私のしゃべる
  英語もほとんどそのアメリカ人のボスに通じているのにもかかわらず、ボスがほかのアメ
  リカ人と話しているのを横で聞いていると半分ぐらい分からないのです。その時に「あの、
  ボスが私たち日本人に使っているのは、日本人に分かりやすく、ゆっくりした英語なんだ
  な」と思い至ったのでした。

  それもそのはずで、いくら通訳なんかしているといっても、アメリカ映画を観に行くとセリ
  フがよく分からず字幕に頼っていたのですから、アメリカ人同士がノーマルなスピードで、
  普通の会話をしているのが分かろうはずもありません。

57松戸彩苑:2008/02/09(土) 17:29:18
>>56 の続き)

  万博が終わり、その年の秋にアメリカというのは一体どんな国なのか見に行ってやれと
  いうことで渡米しました。飛行機を降りたその直後から全然英語が通じなくてひと苦労。
  空港のインフォメーションへ行って「日本に電報を打ちたいのだが」と言ってもうまくいか
  ないのです。結局、電報は打てませんでした。とにかく相手のしゃべるスピードがものす
  ごく速くて分からなかったのです。

  私の万博でのボスの英語がなぜ分かったかというと、それはボスが日本人の英語力と
  はこんなものだとちゃんと知っていて、ゆっくり、やさしい単語で言ってくれたからです。
  ところがアメリカに行けば、地元の人々はお構いなしに普通のスピードでしゃべるもので
  すから、私はついてゆけなかったのです。「日本から来たばかりだからゆっくりしゃべって
  くれ」と言っても、ものの1分もたたないうちに元のスピードでペラペラしゃべっているので
  す。私はただ Thank you … といってニコッと笑い退散するほかはありませんでした。

  こうして第1回の渡米は大変な苦労を味わって終わったのでした。

  松本亨という先生の本に触発されたのはそれより少し前の万博期間中でした。先生の
  著書『英語と私』が私の人生を大きく変えることになりました。松本先生のお名前は耳に
  していましたが、まさか自分の人生を変える人になろうとは夢にも思っていなかったので
  す。この一冊の本を読み、先生に実際にお会いし、「自分は英語の教師になろう」と思い
  立ったのです。そして、東京へ行くことにしたのでした。

  東京へは1972年に出て、松本先生を中心とした英語学校のスタッフとして加わったの
  ですが、先生方のいざこざがあったりして、結局そこをやめてしまいました。何だかんだ
  しているうちに、水産庁の巡視船で通訳として働くことになり、アメリカやカナダの沿岸
  へ3ヵ月ほど出かけることになりました。当時は200カイリの問題などがあって水産庁で
  も通訳を必要としていたようです。

  船を下りて、神田外語学院の教師として働き始め、以後20年近く講師を続けています。

  英語は英語でという研究も続け、特に発音などの克服法も試行錯誤をくり返しながらマ
  スターしたのでした。

  (同書174〜181ページ)

(終わり)

58松戸彩苑:2008/02/11(月) 09:19:17
>>57 の続き)

ということで、日本国内(神戸)でたった一人で勉強して、2年ほどで曲がりなりにも通訳と
して働けるまでになったというんですね。

皆さんもご存じかもしれませんが、関西には米軍基地がありませんので、(今はどうか知り
ませんが)かつてはFEN(現在のAFN)を聞くことも出来ませんでした。
つまり、リスニングの練習をすることも困難だったわけです。

そういう恵まれない環境のなかで、独学でアクティブな英語力を身につけたというのですが、
その方法というのが

  まず子供がどうやって言葉を覚えたのかということを考えて、身の回りで目につく物の
  名前や基本動作を表わす動詞が最初に子供が覚える言葉だと思いついたのです。

というものだったんですね。
これは、私がこれまで言ってきたことと同じなわけですね。
---

私の考えでは、外国語をアクティブに使う場合には「キーワード」が大事なんですね。

これは要するに、話の中核となる「キーワード」をその外国語で何と言うかが判っていれば、
少々ヘタであっても理解させることが出来るわけです。
逆に、これが判っていないと、まったくお手上げになってしまいます。

で、これまで私にもほんのわずかながら外国語で話す機会があったわけですが、そのキー
ワードというのは、私の場合「身の回りにあるもの」が多かったんですね。
キーワードが判っていれば面白いように通じるんですが、判ってないと、ほんとに情けない
ことになります。

だいたい、身の回りにあるものが外国語で言えないような人間に、外国語で抽象的な話を
する機会なんか、あるわけが無いんですよね。

海外旅行やホームステイに行く場合だって、どう考えても「身の回りにあるもの」のほうが
大事なわけです。

>>52-53 で、お茶の水女子大学の入試問題をあげましたが、あんな話をすることは(外国
語でも母語でも)まず無いと思うんですね。
---

このような「身の回りにあるもの」を表わす単語・表現というのは、使用頻度順の単語帳で
勉強してもほとんど身につかないんですね。
もちろん、ごくごく初歩的なものは載っているんですが、それではぜんぜん足りません。

このような事があるので、私は「頻度にこだわるのは良くない」と主張しているんですね。
西崎氏も、使用頻度のことなんかまったく考えず、自分の身の回りにあるものを表わす英
語をどんどん憶えていったのが良かったわけなんですね。
---

エスペラントの語根を教える際にも、「自分の身の回りのもの」であるということが判るよう
なかたちで教えれば、生徒の側でも憶えようという気がわいてくるのではないかと思うん
ですね。

たとえば fono という語根がありますが、この語根はフランス語の fond から来ていますの
で、英語しか勉強したことのない大部分の日本人には馴染みのないものだと言えます。

で、従来ですと「fono = 背景、地」というのを暗記しなさいと言うだけなんですが、私はこ
れに加えて「fona muziko = BGM」だと教えたほうが、具体的で、憶える気にもなるので
はないかと思うんですね。

この表現はNPIVには載っていませんが、『エスペラント日本語辞典』の fona の項に「背景
音楽」という訳語とともに載っています。

人間というのは「具体的なもの」のほうが印象に残りやすいのではないかと思いますので、
こういった工夫をやっていくべきだと思います。

(終わり)

59松戸彩苑:2008/02/11(月) 10:21:43
【松戸彩苑の考えるエスペラント学習法 (10)】

ところで >>56 のなかに

> 日常生活に使う灰皿やクツベラ、スプーン …… 身の回りのものをすべて覚えていった
> のです。そういう単語を覚えるにあたってアメリカの子供用の Picture Dictionary にずい
> 分お世話になりました。

と書いてありますが、この「英語を母語とする子供たちのための英英辞典で勉強する」とい
うのが、英語がアクティブに使えるようになる(英語で考えることが出来るようになる)秘訣
だということが、今回この「松戸彩苑の考えるエスペラント学習法」を執筆するためにさまざ
まな本を読んでいて「初めて」判りました。

ということで、この方法は私じしんは実行したことは無いんですが、どうやらこれは本当らし
いので、ここで紹介してみようと思います。

ボブ西崎氏の『失望させない英会話』のなかには、次のように書いてあります。
(なお、2番目の引用文中に出てくる『The New Golden Dictionary』というのは、英語を母
語とする子供たちのための英英辞典の名前です)

  このようにまず身近な単語を覚えたら、次にその単語を英語で説明できるように勉強し
  ていきます。

  いくつか例を挙げると ……

  doctor という英語は「医者」と覚えるのではなく、A doctor helps make sick people well.
  とか Doctors help people stay well, too. と勉強していきます。

  また door は「扉」「ドア」と覚えるのではなく、We go in and out through doors. と覚えて
  いくのです。

  このようにして英語を英語で覚えていくことにより、徐々に英語を英語で説明できるよう
  になってくるのです。ですから、What is a watch? に対しては、A watch tells time. のよ
  うに答えたり、What is a window? と質問されたら、Windows let light and air in. です。
  その方が遥かに英語が使えるようになりますし、役に立つのです。

  (同書89ページ)

  私の例を挙げれば、私が The New Golden Dictionary の英語を勉強しているときには、
  私の英語仲間はみんな毎日英字新聞を読んでいました。ところが私の英語年齢が上が
  るにつれて、仲間たちよりはるかに英語の表現力がついてきたため、私が英字新聞を
  読むころになると、仲間は誰も私について来られなくなっていたのです。

  初めから英字新聞を読んでいた連中は、5年たっても10年たっても相変わらず不確か
  な英語をただ難しい単語を使って言おうとしているだけで、いつまでたっても内容にふさ
  わしいだけの英語力は身につきませんでした。ところが英語年齢に徹してコツコツと勉
  強した私は英字新聞を読むころには、それにふさわしい英語力で表現できるようになっ
  たのです。

  (同書112〜113ページ)


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