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ID再考 & 科学と疑似科学とを判別する
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仕切り直します。
新しいスレッドも、基本的な課題設定から始めます。
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どうしてもID論を語りたいなら、せめてそれらを少しは勉強して自分なりに理解する努力をしてからやりましょうね。
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>ID実行者が残した記録が見つかれば、これに優るものはないでしょう。もし過去の生物のDNAを解明できれば、異常なレベルの近親交配の証拠が見つかるかもしれません。あるいは特定の個体を優先的に繁殖させるため、去勢や不妊が施された痕跡がみつかるかもしれません。品種改良には、私たちに馴染みの手段がいくつもあります。
>「観測事例が1つでもありますか?」
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>もう1点。理論の中には、その理論が正しいなら、絶対に検証できないものがあります。>>15で述べた、ブラックホール内部の事象と、宇宙の熱的死が、最も典型的な例です。これらの理論を唱える人は、それを実際に検証しようなどとは思っていません。
歴史を扱う科学だからでしょう。長大な時間軸は、直接的な検証を拒みますから。
生物の進化理論も同じで、間接的ではあれ、客観的に確かめられたことをもとに構築され、反証されれば修正を繰り返してきた科学の理論なんですね。
>いわば、これらは神の存在以上に検証不可能ですよ。神なら、モーセのようなか預言者へのお告げがあるかもしれないし(出エジプト記)、太陽を止めるような事象が示されるかもしれませんからね(ヨシュア記)。>
者へのお告げがあるかもしれないし(出エジプト記)、太陽を止めるような事象が示されるかもしれませんからね(ヨシュア記)。
出エジプト記やヨシュヤ記が、自然現象の検証に役立つとお考えなんですか?
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>IDが成し得る事は初期設定、中間関与で何らかの生物的主体による関与は論外です。
>IDの行為はそのシステム自体です。
それがどのように行われたのか具体的に示せない限り、「科学理論ではなく」、思想の領域に属することをご理解ください。
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不勉強に言い訳は出来ませんね。
調べようともせず、何の努力も払わず、ただ自分の勝手な思い込みだけでID論を語っても駄目です。
理解力がおとるとしても理解する努力位はししないてしないでましょう。
それもしないでID論を語る資格はありません。
自分の能力不足を言い訳にしては駄目です。
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世界の原因はデザイナーだと「科学的に証明する」ためには、デザイナーがどのようにシステムを構築したのか、具体的な説明が必要です。
それができない以上、「科学理論ではない」ということを、ご理解ください。
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>当時は物質を介さないで力を伝えるモノは普通に理解されてましたよ。重力とか。
まだ論点が通じてません。物理の話は難しいかもしれませんが、避けて通れません。
私が言ってるのは「波を伝える」で「力を伝える」ではありません。波を伝えるには力を伝えねばなりませんが、力を伝えるだけでは波を伝えることにはなりません。
18世紀の波動理論では、波を伝えるのは、切れ目なく続くばねしかなかった、ということです。質量と弾性をもつ物質の連続体でしか、波動を伝えないということです。
矛盾の解消を試みるのは当然だし、物質を介さず波を伝える現象があるかもしれません。でも、当時の波動理論の中に、そんな想定は含まれず、そんな観測事象もありませんでした。言い換えれば、物質を介さない力が波を伝えるとなれば、理論の大幅な修正が要求されるのです。そして理論の修正には、前提となる観測事象が必要です。2重スリット実験がまさしくそうでしたが、18世紀にその観測事象はないのです。
ID論との違いはそこにあります。前に言ったように、地球生物史の中で、現在より2.5%短いだけの時間で知的生物が発生したからとて、種の進化に関する理論の修正は必要としません。
光波動説の方が、IDよりも、蓋然性が低いとみなす理由はそこにあります。
>でも苦しいなりに矛盾を説明できたのが重要なんです。
IDには、はじめから矛盾はありません。
>ですから、例えID論より低かろうがIDを支持する根拠には全くなり得ないと言っています。
分野が異なる理論なんですから。
「IDを支持する根拠」という言い方を、おやめください。光波動説に矛盾があるから、IDを支持しようと、私が言いましたか? 私は、ただ、光波動説とID論の蓋然性を、相対比較しようと言っております。
>だってエーテルは鉄じゃないし。
波動を伝えるのは、エーテルだろうが鉄だろうが、質量と弾性をもつばねというのが、18世紀の理論です。物体を透過できないのは、鉄の特徴ではなく、質量と弾性をもつばねの特徴です。ゆえに、鉄は透過しないがエーテルは透過するという言い方が無意味なのです。
>それに対して地球を離れるほどエーテルは希薄になるんじゃないか?とか言われたりしたみたいですけどね。
ですから、その想定の根拠となる観測事象はなんですか、と言ってます。
地球が動けば吹くはずの風には、根拠となる観測事象があるのですよ。馬車や船が進めば、乗ってる人は風を受けることがそうです。そもそも、太陽は、はるか遠くにあるから、そこで強風が吹いても地球から観測できないことが考えられます。現実に遠くの風ほど観測しにくいのだから、希薄なエーテルなどより、こちらの方が観測事象に裏付けられた説明ではありませんか。
>そして蓋然性の高低は根拠の質と量に寄ります。
>IDはそれらで劣ると私は考えます。
根拠の質を決める重要な因子は、既存の理論との整合だと思いませんか? 多くの観測事象に基づく理論と整合しなければ、根拠と質は極端に低くなります。IDには根拠がないとおっしゃいますが、既存の知識体系と矛盾するなら、もっと悪い、マイナスの根拠があるとは思いませんか? 積極的に肯定する理由がないのではなく、積極的に否定する理由があるということですよ。
>具体的に示せれば良いですね。
間違えないでください。私は、当時の地動説と波動説が、なぜ、科学の正当な手段に従ってないかを、説明しました。あなたは、従っていると言われるのだから、その論証責任はあなたにあります。そのためには、波動説と地動説の矛盾を解消する説明を、当時の観測事象で裏付けねばなりません。
それをやってください。
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ずっと同じところをグルグル回っている気がします
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その通り。
世界のID論者たちが何を言っているのか知りもせず、理解も出来ない癖にあーだこーだ的はずれな事ばかり言って無駄な論点をこねくり回していても全く無意味。
それでもその事実さえ理解出来ないので不毛な議論にならない議論を延々続ける訳です。
それは結局彼らの知能の問題なんで、どうにもならないでしょうね。
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物理の話は、慎重に説明しないと、誤解を招くかもしれません。
>当時は物質を介さないで力を伝えるモノは普通に理解されてましたよ。重力とか。
波動が伝わるには力が伝わらねばなりませんが、力なら何でもよいのではありません。>>385で振動の方程式を紹介しました。
m d²x/dt² + c dx/dt + kx = 0
「kx」がばねの力です。ばね定数(k)と変位(x)の積になってることで分かるように、つり合いの位置からの変位に比例した力で、変位はどちらの方向にも起こるから、ベクトルとしてのkxは、プラスにもマイナスにもなります。押すことも引くこともある、という意味です。
波動が伝わるのに必要な力はこういうもので、18世紀の知識体系では、切れ目なくつながる(=物体を透過できない)物質でしか起こりません。
一方、重力を表す方程式は、こういうものです。
F = G m₁m₂ / r²
2つの質量(m₁とm₂)の積を距離(r)の2乗で割り、重力定数(G)をかけたものです。質量も距離も正の数だから、力も1方向にしか働きません。「引力」ともいうように、これは引っ張り合う力です。
ばねの力は、釣り合いからの変位の1乗に比例し、押すことも引くこともある
重力は、質量の積に比例し、距離の2乗に逆比例し、つねに引く
18世紀の知識体系で、物質を介さず伝わることが観測されていたのは、後者の力です。波動が伝わるのに必要なのは、前者の力です。そして、前者の力は、質量と弾性をもつ物質(ばね)でしか、観測されていなかった、ということです。
ここまで説明したら、理解されますよね。
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ハイゼンベルクの不等式が示す不確定性原理は小澤の不等式によって書き換えられ小澤の不等式を支持する実験結果も報告されています。
ハイゼンベルクの不等式は実験によって検証される事なく量子論の中心概念のひとつとしての不確定性原理を示すもの信じられてきましたが、それが覆えされたと言う事です。
ハイゼンベルクは量子そのものの特性である揺らぎと観測する事によって生じる誤差の切り分けが曖昧であったのを小澤の不等式によって整理されたとされます。
もう一つ、ケナードの不等式がありますが、これは量子論から数学的に導かれるものとされ、ハイゼンベルクはその辺りも混同していたと指摘されています。
一般に言われる量子論における観測問題は観測による波動関数の収縮です。
この波動関数が収縮する理由に関しては実際全く不明で、そこにまたさまざまな解釈が存在します。
そしてこの問題も今の所完全に解決される兆しはありません。
人間の意識の介在も主張されています。
二重スリット実験で量子の波動性が示され、観測する事によるその収縮も確認されます。
その二重スリット実験で人間の意識によってスリットを通過した粒子が偏在することを示す実験も報告されています。
実験結果に対する解釈はその理論に拠って常にその結果が示されれば証明された仮説と認定でき、逆にその過程と結果における因果律が示せなければ、それは一つの解釈と言うことなります。
極めて検証が重要視される物理学の分野においても、解釈問題は想像の世界です。
そして想像だけでは勿論それが検証された科学理論とは言えません。
そして自然選択論は完全に空想の世界の物語に過ぎません。
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科学は最新が最も正しい。
過去に比べて、と言う話です。
日々新しい事実の発見、新しい理論の発見によってその知見は更新されます。
新しい理論は事実に依って検証され、更に事実に依って書き替えられます。
それはつまり未来に亘ってはその理論が書き替えられる可能性があることも意味します。
その様に日々事実に依って検証されるのが科学理論です。
自然選択論を正しいと主張するなら、検証に曝されなければなりません。
そして驚くべき事に、より適応的な変異が生じればそれが自然選択の証明であると言う極めて飛躍した論理が横行しています。
自然選択以外にその様な変異が存在し得ることに目を向けようとしない、そもそも自然選択論の工程を全く理解していない、その結果です。
160年以上前のダーウィンの思い付きの空想を今猶信じ続ける研究者たちの存在は異様です。
この話は今までもいやと言う程繰り返してきましたが、それでも現状を見るとまた同じことを言わざるを得ません。
競争原理によって進化がもたらされると言う誤った思い込みは多くの人たちに本能レベルで刷り込まれています。
自然は競争原理と言う極めて非効率な手段は採用しません。
その刷り込みの元凶はやはりダーウィンと言うべきでしょう。
ダーウィンの功績はゼロ、進化論を迂回させている罪は重大と言うべきです。
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科学的証明とは、事実に依る証明です。
数学は科学とは呼ばれませんから、数学の場合はひたすらロジックと計算に依ります。
そこが科学と数学の違いです。
従って、科学においては事実の裏付けの無いものは証明されたとは言えません。
幾らレトリックを弄して、この様に考えれば説明できると言ってみたところで、それに照応する事実を示せなければ証明した事にはなりません。
全ての科学理論は事実による検証が不可欠です。
物理や化学においてはそれは言うまでもない事で、どの様な理論も必ず事実による検証に曝されます。
相対性理論や量子論ですら、未だに検証の対象でもあります。
それに対して科学を標榜しながら検証を放棄しているのが自然選択論です。
その支持者たちは、それが検証されていると言うトンデモナイ錯覚に陥っている。
若しくは最初から信じ込んで検証を放棄している訳です。
それは科学ではなくて宗教です。
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テネシー州議会下院は今日、学問の自由に関する法案を72対23で可決した。この法案は、生物学的進化、気候変動、ヒト・クローンなど論争の多い科学的問題について、批判的思考と客観的議論を奨励しようとする教師や学区を保護するものだ。
「この法案は、科学教師の学問の自由を保護して進化論のような論争の多い科学的テーマを十分かつ客観的に議論できるようにすることで、健全な科学教育を促進します」とディスカヴァリー研究所のCasey Luskinは述べた。ラスキン氏はさらに次のように述べた。
この法案が科学ではなく宗教を奨励していると批判する人々は、法案を読んでいないか、あるいは異なる科学的意見を検閲するという彼らの目的から注意を逸らすために、煙幕を張ろうとしているのです。
法案は次のように明白に述べている。この法案は
いかなる宗教的または非宗教的教義をも奨励するものではない。
本項は科学情報の教育活動を保護しているに過ぎず、いかなる宗教的または非宗教的教義をも奨励せず、特定の宗教的信条または非信条、宗教または非宗教に対して賛成または反対の立場で差別を奨励するものではない。
テネシー州議会上院はすでに超党派の圧倒的支持でこの法案を可決していた。テネシー州の法案は、2008年にルイジアナ州で採択され「ルイジアナ科学教育法」(Louisiana Science Education Act)として知られる学問の自由政策と類似している。
進化理論の科学的長所と短所の両方を教える教師を保護するため、今年四つの州が学問の自由に関する法律の制定を検討した。その法案の多くが、オンラインでwww.academicfreedompetition.comに掲載されたモデル法令を含め、ディスカヴァリー研究所が起草した法律サンプルを参考にしている。
現在少なくとも九つの州の州政府や自治体が、ダーウィン進化論を支持または支持しない科学的証拠について教師が議論することを擁護し、奨励し、場合によっては義務付ける政策をとっている。
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ID論が声高に叫ばれているのは米国です。
背景には多くのプロテスタントの存在があります。
米国大統領もID論に言及しています。
従って、裁判でその教育問題が取り上げられるような事態になる訳ですね。
ここで一つの誤解と混同があります。
ID論は別に進化自体を否定していないんですね。
その様に主張しているのは聖書原理主義者たちです。
従って、進化論vsID論と言う対決構図は誤解を招くものです。
ID論は謂わば有神論的進化論です。
進化の事実は認める、科学的な知見は全て受け容れる、それがID論者の姿勢です。
つまりID論が非科学的と言われる根拠は何処にもありません。
知性ある設計者の想定は、逆に科学的な知見からロジカルに導かれるものです。
それは背理法であり消去法です。
そのロジックが非科学的だと言ったら、数学の証明は成り立ちませんね。
ドーバー裁判の判事の判断は、それらが全く理解出来ない偏見に基づいています。
彼の論拠はID論批判者のID論は宗教であると言う一般的な見解をそのまま口移しにしているだけで、彼自身が思考して判断したものではありません。
元より科学的な知見の乏しいこの判事にはこの裁判を裁く資格はありません。
鞭毛モーターの問題も全く検証できずにID論教育違憲の判決を下します。
それをあたかもID論裁判のスタンダードであるかのように見做すのはとんでもない誤謬ですね。
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現代科学が明らかにしつつあるのは、驚くべき全ての事象の背後にあるシステムです。
膨大に潜むアルゴリズムのまだほんの一部ですがソレが急速に解明されつつあります。
生物に関しても、その生存を支える膨大なシステムがまだほんの一部に過ぎませんが急速に解明されつつあります。
その意味するところは、生物の生存維持の為に膨大なアルゴリズムが潜んでいるという事です。
言い方を変えれば、生命体はその生存を維持するだけでも膨大なシステム、それを支えるアルゴリズムが必要とされるという事です。
この点が理解できないと、生物理解も進化の理解も進みません。
生存を維持する自体が奇跡に近い難事業、それを成し遂げる巨大なシステムが存在して初めて生存が支えられる、それらが失われれば簡単に生物は死滅するという事です。
自然選択なんて子供じみた空想などとても通用する世界ではありません。
部品を適当に入れ替えて試していたりしていたら、生物は簡単に死滅します。
それはツマリ生物のメカニズムを全く理解していないという事です。
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>18世紀の知識体系で、物質を介さず伝わることが観測されていたのは、後者の力です。波動が伝わるのに必要なのは、前者の力です。そして、前者の力は、質量と弾性をもつ物質(ばね)でしか、観測されていなかった、ということです。
それが、インテリジェントデザイナー論に基づく中生代の品種改良説…デザイナーがいなければ生物進化はあり得ない…鳥への進化はデザイナーの存在証明ってな主張に、どのようにしてつながるんでしょう。
その核心部分を、具体論として客観的な証拠をもとに述べてもらわないと、誰も理解できませんよ。
いま人間が品種改良を行っているという事実をもとに、1億年前にも品種改良を行う存在が証明できる、何故ならそこには物理的な矛盾がないから、なんて苦笑するしかないでしょう。
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>Lurkeさん
>ずっと同じところをグルグル回っている気がします
そう、ぐるぐる回りながら交わらない平行線ですね。こういう場合、突破口ってやっぱりありませんね。
科学の方法論とは何か、なんて言ったところで受け止めるつもりがなければ交わりようがありませんし。
まぁ、気長に科学とは何かと言い続けていくしかないな、と思ってます。
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事実に基づき仮説を構築し、それをまた事実によって検証する。
これが科学の方法論です。
このプロセスを経ていないものは科学的に検証された理論とは言えません。
これは科学の方法論の基本中の基本です。
勿論自然選択論はこの方法論に則っていません。
そもそもダーウィンには科学と言う概念自体が希薄に見受けられます。
基本実験をしませんね。
科学と言う言葉も殆ど使いません。
その後に続く1930年代の集団遺伝学者達がそれを科学と偽装します。
勿論厳密に科学的な検証がなされないままにです。
彼らはダーウィン同様結局レトリックによって自らの正当性を主張します。
その伝統は今日まで受け継がれています。
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量子の粒子と波動の二重性、重ね合わせ、量子もつれといった特殊性はそれ自体この世界を構成する一要素です。
つまりその量子特有の振る舞いもこの世界の構成に不可欠という事です。
極めて理解し難い量子の特性が何故この世界の成立に必要とされるのか。
一部は理解されていますがその特性の多くの部分、例えば観測問題に関してはその意味が理解されていません。
設計の謎の大部分はまだ解明されていないという事です。
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自然状態では熱力学第二法則が支配すると言われています。
しかし宇宙生成も生命誕生もこの法則に抗っているように見えます。
この理由原因は解明されていません。
宇宙全体で見れば熱力学第二法則が支配している、仮にそれを認めたとしても局所的には明らかにそれに抗った事象が存在し、それによってこの宇宙も生命体も形作られています。
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世界は設計されているかいないか、この2択しかありえない事が理解でないとID論の論拠も理解出来ません。
これも何度もしてきた話です。
極めて単純明快、現実世界を詳細に観察すれば結論は自ずと出ます。
それを認めたくないから宗教思想を持ち込もうとするわけですね。
この理解はロジックの理解ですからそのロジックを理解する能力が無ければそれまでの話です。
これも極めて明白な事実です。
つまりID論は極めて単純明快なロジックの上に成り立っている訳で、ただそれが理解できるかできないかはその資質に依る訳です。
極めて単純明快、殆ど自明ともいえる事柄も先入観に支配されたソレを理解する資質に欠ける人たちにとっては結局無理なんですね。
これは様々なバイアスによっても妨げられます。
その状況を理解するのも矢張りそれぞれの資質が大きくかかわります。
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ID論は体系化されていません。
上記の様に生物、更に言えばこの世界が設計されているのか、或いはそうではないのか、単に2者択一の話で、その判断が問われているだけの話です。
従ってそれが特定の学術分野として直ちに成立することはありません。
それはこの世界をどう捉えるかの判断の問題であって、つまりは認識論です。
学術分野で言うところの科学はその体系が求められますから、そういった従来の意味での学術分野としての科学の範疇には入りません。
進化論に関して言えば、学術体系としては科学の分野に分類されますが、実態が科学とは乖離していることは繰り返し述べてきましたね。
科学と言われる分野で実験・観察・観測・検証これら全ての手順が要求される訳ではありませんが、少なくとも例えば自然選択論が科学理論であると主張する以上は最低限これらの中の複数の手順を踏む必要があります。
そしてそれが科学理論であるとするなら、当然その理論の厳密な検証が必要とされます。
ところが実際のところは自然選択論はダーウィンの「こう考えれば説明できる」と言うレトリックによる言い訳から一歩も前進していません。
殆どの自然選択論者は、そもそも自然選択の厳密な工程すら理解してません。
どの様な過程を経れば自然選択による進化が可能か、その厳密な考証がほとんど皆無でありながらそれを科学理論と称そうとします。
これも何度も書いてきましたが、1930年代の集団遺伝学を標榜する一団によって自然選択論が科学として認知されたという誤った理解が今日まで続いてます。
実際の所厳密な科学的な証明は皆無です。
進化論の主流と称する連中は未だにそこから脱却できないでいます。
自覚が出来ないんですね。
自然選択論が未だに殆ど公理の如く扱われるのには本当に驚かされます。
つまり進化論と言うのは学術分野におけるガラパゴスという事です。
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>IDの物証は見つかりうるでしょうか? ID実行者が残した記録が見つかれば、これに優るものはないでしょう。もし過去の生物のDNAを解明できれば、異常なレベルの近親交配の証拠が見つかるかもしれません。あるいは特定の個体を優先的に繁殖させるため、去勢や不妊が施された痕跡がみつかるかもしれません。品種改良には、私たちに馴染みの手段がいくつもあります。
見つかってないんだから、科学理論にはなり得ないですよね。中生代の品種改良も、客観的な証拠ありませんよね。
>「もう1点。理論の中には、その理論が正しいなら、絶対に検証できないものがあります。>>15で述べた、ブラックホール内部の事象と、宇宙の熱的死が、最も典型的な例です。これらの理論を唱える人は、それを実際に検証しようなどとは思っていません。
いわば、これらは神の存在以上に検証不可能ですよ。神なら、モーセのような預言者へのお告げがあるかもしれないし(出エジプト記)、太陽を止めるような事象が示されるかもしれませんからね(ヨシュア記)。
ここでのテーマである進化理論についてはどうでしょう。神の存在以上に検証不可能なものなのでしょうか。
それとも、モーセのお告げや太陽を止めるような事象が示されることの方が、蓋然性が高いということになるんでしょうか。
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>>483
まだ続けるの?当時の人たちが可能性を認めてたってだけなのに今否定しても特に意味ないですよ。
>18世紀の波動理論では、波を伝えるのは、切れ目なく続くばねしかなかった、ということです。質量と弾性をもつ物質の連続体でしか、波動を伝えないということです。
空気も水も分子の集合体であり自身より大きな隙間は透過します。切れ目ありまくりです。
また、エーテルは質量の無い不可量流体ではないか?とも考えられたりしています。
>でも、当時の波動理論の中に、そんな想定は含まれず、そんな観測事象もありませんでした。言い換えれば、物質を介さない力が波を伝えるとなれば、理論の大幅な修正が要求されるのです。
波動性は観察されていたでしょう?だから19世紀まで続く議論になったのです。
>ID論との違いはそこにあります。前に言ったように、地球生物史の中で、現在より2.5%短いだけの時間で知的生物が発生したからとて、種の進化に関する理論の修正は必要としません。
物理的に可能であろうが証拠が無いと価値は低いです。何度も言うようにね。
「ついさっき、屈強な全裸の男達が肛門に刺したズッキーニでフェンシングしてた」と言われて信じますか?
これ物理的矛盾は無いですよ?でも普通は信じないでしょ?
信じさせるには証拠が必要です。無ければ妄想と大差ありません。
IDの方が、当時の光波動説よりも、蓋然性が低いとみなす理由はそこにあります。
>IDには、はじめから矛盾はありません。
証拠もね。
>「IDを支持する根拠」という言い方を、おやめください。光波動説に矛盾があるから、IDを支持しようと、私が言いましたか? 私は、ただ、光波動説とID論の蓋然性を、相対比較しようと言っております。
ですからそれが無意味だと言っています。
前も言いましたけど、IDの方が蓋然性高いで別に良いですよ。
で?それが何になるのですか?
>波動を伝えるのは、エーテルだろうが鉄だろうが、質量と弾性をもつばねというのが、18世紀の理論です。物体を透過できないのは、鉄の特徴ではなく、質量と弾性をもつばねの特徴です。ゆえに、鉄は透過しないがエーテルは透過するという言い方が無意味なのです。
質量が無いと言う考えも普通にありました。エーテルの一種とも言われたことのあるフロギストンに至ってはマイナス質量との仮説までありました。
物質を通過するのもべらぼうに小さいからと説明されていました。砂が通過できないザルを水が通るようにね。
>>それに対して地球を離れるほどエーテルは希薄になるんじゃないか?とか言われたりしたみたいですけどね。
>ですから、その想定の根拠となる観測事象はなんですか、と言ってます。
これは天動説側の主張です。
エーテルを掻き分け高速で進む太陽周辺でその形跡が観測されないのはなぜだ?との地動説側の問いに対しての返答ですね。
このキャッチボールが科学的議論です。
>根拠の質を決める重要な因子は、既存の理論との整合だと思いませんか? 多くの観測事象に基づく理論と整合しなければ、根拠と質は極端に低くなります。IDには根拠がないとおっしゃいますが、既存の知識体系と矛盾するなら、もっと悪い、マイナスの根拠があるとは思いませんか?
ですので当時のそれは本当に矛盾か結論が出ていませんでした。
>間違えないでください。私は、当時の地動説と波動説が、なぜ、科学の正当な手段に従ってないかを、説明しました。あなたは、従っていると言われるのだから、その論証責任はあなたにあります。そのためには、波動説と地動説の矛盾を解消する説明を、当時の観測事象で裏付けねばなりません。
>それをやってください。
?
科学の正当な手段に従っている故に当時の主流になり得なかったんですよ?
正当な手段、詰まるところ当時の根拠バトルで負けたから地動説も波動説も非主流となった。んでIDも一緒ってだけ。
いいですか、粒子説や天動説と比べて当時の地動説も波動説も矛盾を解消する説明が上手くいかなかったから根拠で一歩及ばず非主流となったんです。
それをず〜〜〜〜っと言っているんですけどね?
私に論証責任?何の?
むしろ、どう地動説や波動説が当時、科学の正当な手段に従ってないか詳らかに説明して欲しいもんです。
当時は矛盾も本当に矛盾か示されていませんし、何度も言うようにどんな仮説も検証するなら立てるのは立派な科学ですよ?
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IDは初期設定を初めとしたシステム自体を創造する。
人為的な品種改良など全く無関係。
そんな基本中の基本すら全く理解出来ないでいるのに何故IDを語るんでしょうね。
それを延々繰り返してる。
つまり自らの無知と知能の低さを全く自覚できないでいるという事。
馬鹿々々しいやら情けないやら。
お笑いです。
開いた口が塞がらないですね。
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>>486
>波動が伝わるのに必要な力はこういうもので、18世紀の知識体系では、切れ目なくつながる(=物体を透過できない)物質でしか起こりません。
繰り返します。空気も水も分子の集合体であり自身より大きな隙間は透過します。切れ目ありまくりです。
>18世紀の知識体系で、物質を介さず伝わることが観測されていたのは、後者の力です。波動が伝わるのに必要なのは、前者の力です。そして、前者の力は、質量と弾性をもつ物質(ばね)でしか、観測されていなかった、ということです。
だから単純なバネとは違うと考えるわけです。
それがエーテル…!
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そして不勉強。
世界のID論者が何を言っているか全く知りもせず、知ろうともせず、そもそも彼らの主張を理解する能力もない癖にID論を語る。
いつもながらに自らの無知と低知能を証明し続けます。
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だからいくらでも無意味で不毛な議論もどきを延々続けて飽きる事が無い。
それも自覚できないでいるんですね。
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同じようなレベルの人たちが集まったクローズドサーキットで議論をしていると他では全く通用しないようなトンデモナイ議論になる。
その好例ですね。
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何を論点にすべきか、その見当すら付かないんででょうね。
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付かないんでしょうね。
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>IDの方が蓋然性高いで別に良いですよ。
本当に納得してこう言われるのですか? 他の発言はすべて私の主張を否定されてるように思えますが。
納得されるのなら、以後、16世紀の地動説も18世紀の光波動説も、現在のIDよりも蓋然性が低い理論だったという合意が得られた、という前提でスレッドを進めますよ。
>空気も水も分子の集合体であり自身より大きな隙間は透過します。切れ目ありまくりです。
>物質を通過するのもべらぼうに小さいからと説明されていました。砂が通過できないザルを水が通るようにね。
エーテルの微粒子が、あまりにも小さくて物体の隙間を通るのですか? でも、それほど小さい粒子なら、粒子同士も互いに接触せずに通り抜けるではありませんか。どうやって力を伝えますか?
粒子のサイズは小さいが、非常に密集してるから、接触して力を伝えるのですか? なら同じことでしょうが。それほど密集してるなら、結局、物体の隙間以外の部分と衝突して、抵抗を与えます。
よろしいですか。波動理論によれば、巨大な速度で波を伝える媒質は、硬くあらねばなりません。硬いとは、どういう意味でしょうか? 粒子が大きかろうが小さかろうが、粒子同士が強く結びあってるということでしょう。それなら、個別の粒子は小さくても、それが結合した大きな粒子があるのと同じことです。水はザルを通るが氷は通らないのと同じ原理ですよ。
上記の説明が難解なら、簡潔に考えてください。光を伝える媒質が障害物を透過するなら、光自体も障害物を透過するはずです。だって障害物がないのと同じですから。
なにより、そんな「べらぼうに小さい」粒子の存在を示す、どういう観測事象があるのですか?
>だから単純なバネとは違うと考えるわけです。
質量と弾性をもつばねでなければ、波は伝わらないと言ってます。図まで示して説明したのに。
en.wikipedia.org/wiki/Wave_equation#/media/File:Array_of_masses.svg
>質量が無いと言う考えも普通にありました。エーテルの一種とも言われたことのあるフロギストンに至ってはマイナス質量との仮説までありました。
ですから、上記の図と>>385で挙げた方程式を見てください。質量が無い物質があるかは知りませんが、物質が振動し波動を伝えるには、質量と弾性をもつばねが必要なのです。
これを否定なさるのなら、ばねを介さずに波動が伝わるメカニズムと、そのメカニズムが働いている証拠となる観測事象が必要です。それを示してください。
>波動性は観察されていたでしょう?だから19世紀まで続く議論になったのです。
ここまできても分かりませんか?
18世紀の観測事象は粒子説でも説明できたのです。粒子説と波動説の違いは、前者には矛盾がないが後者にはあることです。
>物理的に可能であろうが証拠が無いと価値は低いです。何度も言うようにね。
これも、私の論点を絶対に理解しようとされませんね。
あなただって品種改良で進化が起こることは否定されませんよね? ただ、鳥の飛行能力のような、私が品種改良と解釈する進化は、自然選択でも説明できるから、IDには証拠が無いと言われるのでしょうが。
それがつまり地動説・波動説と同じだと言ってます。これらが証拠とみなす事象は、天動説と粒子説でも説明できたのですから。ゆえに、IDに証拠が無いのなら、地動説と波動説も証拠が無いことになります。地動説と波動説に証拠があるのなら、IDにもあります。
>当時のそれは本当に矛盾か結論が出ていませんでした。
>むしろ、どう地動説や波動説が当時、科学の正当な手段に従ってないか詳らかに説明して欲しいもんです。
矛盾を示す観測事象はあったが、矛盾を解消する説明の証拠となる観測事象がなかった、ということです。
あなたは矛盾を解消する説明を懸命に出されますが、「地球を離れるほどエーテルは希薄になる(>>474)」のように観測事象の裏付けがないか、ばねの抵抗と粘性の抵抗を混同した「ダイラタント流体(>>316)」のように、そもそも説明になってないか。そのどちらかしか出てきません。
ただし、冒頭で述べたように、
>IDの方が蓋然性高いで別に良いですよ。
ここで合意ができるのなら、それで結構です。合意ができますか?
-
自覚を拒む、自覚は敗北。
その認識ですね。
他の道は選択出来ない、したく無い、と。
つまりそれは敗北に繋がるからね。
-
だから止められない。
どれだけ何を言われてもね。
-
つまり進化論もID論も実際の所どうでもいい訳です。
19世紀の科学認識の独自解釈を語りたいだけなんですね。
-
>>509
>本当に納得してこう言われるのですか? 他の発言はすべて私の主張を否定されてるように思えますが。
もちろん微塵も納得していませんが、どっちでも良いし無意味なやり取りなのでもうそれで進めれば良いんじゃないでしょうか。
現在のID説の立場の方が当時の波動説の立場より蓋然性が高かろうが低かろうが、
それで今のID説の他の進化理論に対して蓋然性が高くなるわけでも低くなるわけでもありませんからね。
地動説とかより蓋然性が高いことを示したい意味が私には分りませんし、正直どうでも良いです。
>エーテルの微粒子が、あまりにも小さくて物体の隙間を通るのですか? でも、それほど小さい粒子なら、粒子同士も互いに接触せずに通り抜けるではありませんか。どうやって力を伝えますか?
だから物質に対しては(ほぼ)干渉しないっていってるでしょ。
>それほど密集してるなら、結局、物体の隙間以外の部分と衝突して、抵抗を与えます。
粘性も摩擦もないとか言われてるんですからその辺は問題ないですね。
因みに粒子説の光の粒子も同様の性質と言われてました。
>水はザルを通るが氷は通らないのと同じ原理ですよ。
じゃあ水みたいなんだね。と考えれば良い。
>簡潔に考えてください。光を伝える媒質が障害物を透過するなら、光自体も障害物を透過するはずです。だって障害物がないのと同じですから。
>なにより、そんな「べらぼうに小さい」粒子の存在を示す、どういう観測事象があるのですか?
全く同じ問題が粒子説における光線同士の交差でも言えますよ。
>質量が無い物質があるかは知りませんが、物質が振動し波動を伝えるには、質量と弾性をもつばねが必要なのです。
>これを否定なさるのなら、ばねを介さずに波動が伝わるメカニズムと、そのメカニズムが働いている証拠となる観測事象が必要です。それを示してください。
質量は必須じゃ無いよ。質量は振動の性質に影響を与えるのは確かですが質量部分は単純に力としても表されます。
そしてエーテルと言うバネだと言っています。
>ここまできても分かりませんか?
>18世紀の観測事象は粒子説でも説明できたのです。粒子説と波動説の違いは、前者には矛盾がないが後者にはあることです。
ここまできても分りませんか?
波動説でも説明できたし、絶対的矛盾とも示されていませんでした。
繰り返しますが矛盾だと完全に否定しきれなかったから19世紀に入っても議論が続いたんです。
>あなただって品種改良で進化が起こることは否定されませんよね? ただ、鳥の飛行能力のような、私が品種改良と解釈する進化は、自然選択でも説明できるから、IDには証拠が無いと言われるのでしょうが。
証拠として認めるのは別に良いと思いますよ。ただ何度も言うように証拠として価値がすこぶる低いってだけです。
別の説で否定できるから、で肯定も棄却もしませんよ。どちらがより妥当か?根拠バトルで決まるとしつこく言ってるでしょ?
>それがつまり地動説・波動説と同じだと言ってます。これらが証拠とみなす事象は、天動説と粒子説でも説明できたのですから。ゆえに、IDに証拠が無いのなら、地動説と波動説も証拠が無いことになります。地動説と波動説に証拠があるのなら、IDにもあります。
ですから、地動説もIDも波動説も他で説明できるから証拠が無い、とかじゃ無いんです。
他で説明できる、その「他の説」との根拠バトルの結果、バトルに敗れ去って非主流となった。それだけのことです。
IDが自然選択で説明できるから却下されてるんじゃ無いんです。
それらの根拠を比べた結果、自然選択が現状確からしいってこと。
そして当時の天動説や粒子説も同様の状況だったってだけです。
>>IDの方が蓋然性高いで別に良いですよ。
>ここで合意ができるのなら、それで結構です。合意ができますか?
どうでも良いんで好きにすりゃ良いです。
-
>どっちでも良いし無意味なやり取りなのでもうそれで進めれば良いんじゃないでしょうか。
私が立てたスレッドの論点を無意味と思うのなら、なんの目的で発言をされるのですか?
>だから物質に対しては(ほぼ)干渉しないっていってるでしょ。
エーテルも物質ですよ。なぜエーテルだけ特別なのですか?
それに、物質に対して(ほぼ)干渉しないって、
光は眼に見える
光はレンズで曲がる
光は鏡で反射する
光は物体を温める
ではありませんか。この事実とどう整合させますか?
>全く同じ問題が粒子説における光線同士の交差でも言えますよ。
いいえ、決定的な違いがあります。光粒子説の粒子は、どれだけまばらでもよいのです。粒子間の結合が弱くてもよいのです。粒子と粒子の間の力で、ばねとしてつながる必要がないからです。
>質量は必須じゃ無いよ。
私が挙げた方程式を見てください。
m d²x/dt² + c dx/dt + kx = 0
質量を含む項(m d²x/dt²)があります。質量なくして振動は起こらないし、振動なくして波動は起こりません。粘性項(c dx/dt)がなくても、減衰しないだけで、振動は起こりますが、質量(m)と弾性(k)なくして、振動は起こりません。初歩の物理です。
質量が不要とおっしゃるなら、質量の項が入らない方程式を示してください。むろん18世紀の知識体系の中でです。
-
>Ken:2024/02/10(土) 18:21:54 ID:j5b29EhE
>天地創造論とは、神が天と地と、動植物と、人間を創造したというものですね。旧約聖書の中で、その根拠とされるのは、何人もの預言者(ノア、アブラハム、モーセ、ヨブ等)に神が語ったとされる「お告げ」です。では、そのような天地創造論は、どうすれば反証できるでしょうか? 簡単です。神のお告げがあればよいのです。
>神を自称する存在からコンタクトがあり、「天地を作ったのは私ではない」というお告げがあれば、天地創造論は否定されます。世界5分前仮説はこれの同類ですね。「世界ができたのは5分前ではなく150億年前だった」というメッセージがくればよいのです。
科学の方法に基づく自然理解とは異質な考え方ですね。
>ID論はどうでしょうか? 一般的なID論の根拠とされるのは、必要最小限の複雑さ(irreducible complexity)というものです。比喩的な例に挙げられるのが時計で、時計の歯車、ぜんまい、針など複雑な機構がそろわねば存在の意味がありません。そして、生物の体機構にも、部分的に完成しても、それだけでは選択圧に反応しないものがあるといいます。1例に挙げられるのが鞭毛で、機械でいえば軸や歯車やクランクやモータに相当する部品から構成されるが、個々の部品が突然変異で生じても何の役にも立たないのだから、全部がそろった形の鞭毛が作られたというものです。では、その反証はどういうものでしょうか?
前段はペイリーの自然神学そのもの、あとは既に説明されていることですね。
>結局、反証に厳密な証明を求めるなら、定説を含めて多くの理論が反証不能になるし、厳密な証明でなくてもよいのなら、反証不能な理論はなくなってしまいます。世界5分前説やID論は反証不能だから疑似科学という人は、ダブル・スタンダードを用いているのです。
反証主義の基礎にあるのは、誰でも確認できる事柄、なんですよ。
デザイナー論が、デザイナーの存在を客観的に示せれば解決しますよ。
-
必要最小限の複雑さも鞭毛モーターの問題もIDの証明ですね。
勿論誰も論破など出来ません。
論破したと言う主張は全く根拠のないこじ付けに過ぎません。
ソレダケでも十分なIDの存在証明です。
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ID論は十分に反証可能です。
完全な自然状態で生命が誕生しこの現実世界の様に進化し得る事を実証すれば良い訳です。
ID論を否定したければそれをやってもらいましょう。
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申し訳ないが、これほど基礎知識が欠けていては、説明が困難すぎます。
下も1例です。媒質が波を伝えるには、媒質の各粒子間に力が働き、リレーのように力を伝えねばならないと説明するため、水よりも氷を考えればよいと言えば、こんな回答が来る。
>じゃあ水みたいなんだね。と考えれば良い。
私は、媒質の粒子間に力が働かなくては、波は伝わらないと言ってます。
質量とばねという、波が伝わる条件を図と数式で示したのだから、反論するなら図と数式を用いた同じレベルの具体性で反論するべきなのに、ただ「水みたい」と返すだけなら言葉遊びです。何の説明にもなってません。
どうか、ご自身の発言内容を、ご自身で検討なさってください。その前に、波動方程式がどのように導かれるかを、物理の教科書で読んでください。教科書を読むのが大変すぎるなら、せめてウィキペディアの記事を読んでください。
en.wikipedia.org/wiki/Wave_equation#Wave_equation_in_one_space_dimension
読んで理解したうえで、私の説明に納得するなり反論するなりを、していただくようにお願いします。
-
「生命は最初創造によってそのいくつかの能力とともに吹き込まれ」
これはダーウィンが「種の起源」の巻末結びの文章で述べている言葉です。
創造と言う言葉を使っていますね。
これには主語が必要です。
つまり何者かによって創造された、と言う事になります。
創造する主体が存在しなければ、創造物は誕生しません。
これは自然発生と対極にあります。
創造者と被創造物はペアです。
単独では存在し得ません。
種の起源の最後で語られたこのダーウィンの生物観は殆ど突然の様に出現します。
そしてその生物観はほぼ正しく、ダーウィンの文章としてはとても美しいものです。
最後の最後に書かれたこの文章が彼の真情からかけ離れているという事はないでしょう。
従ってこの生命観は彼が実際に抱いていたものだと考えられます。
しかしこの生命観は種の起源の他の部分では殆ど書かれていません。
自然選択はそもそも創造の否定、対極に存在します。
それが何を物語るのか。
致命的な自家撞着ではないですか。
彼は創造の主体を一体どう考えていたんでしょうね。
-
>私は、媒質の粒子間に力が働かなくては、波は伝わらないと言ってます。
それが太古の品種改良とどう結びつくのか、というところがだいじですね。
-
ダーウィンは自らを不可知論者と称します。
つまり最終的には知り得ない。
その観点から言えば創造の主体は知り得ないという事になります。
この基本的な構想はIDとほぼ同一です。
そしてダー^ウィンは無神論者ではなくて不可知論者だと主張します。
不可知論と言うのも宗教的な不可知論から非宗教的な不可知論まで内容はかなり錯綜しています。
ラッセルは不可知論者であり更に言えば無品論者だと名乗ります。
彼の根本はむしろ無神論者です。
様々な立場から不可知論は語られますが、要は最終的には決して知り得ないものがあると言う認識は一致しています。
不可知論を完全に否定するのは不可能でしょう。
完全に全てを知り得る事が出来ない事はロジカルにも証明出来そうです。
何処まで行ってもその先があります。
その存在理由の追求は止むことなく無限に連鎖します。
IDの実体も最終的には不可知です。
不可知が不存在の理由にならないことは見てきた通り明らかですね。
つまりIDの実体が不明であることはIDの存在自体を否定する理由にはならないのです。
それを混同して、論拠にしようとする人たちもいますが、それは論点のすり替えです。
IDの存在はあらゆる事象の観察から極めて簡明にロジカルに証明されます。
-
>>514
>私が立てたスレッドの論点を無意味と思うのなら、なんの目的で発言をされるのですか?
科学と疑似科学を判別する上でどう言う意味があるのか分りかねます。
本来のその目的において無意味だと思います。
違うのならその辺りをしっかり説明して下さい。IDの方が蓋然性が高いことを示して何になるのか私には本当に分りません。
>エーテルも物質ですよ。なぜエーテルだけ特別なのですか?
?普通の物質とは違う特性があるからですよ?
そんな不思議物質だから「エーテル」なんて名付けられたんです。
あとエーテルは物質とは違うとの説もありましたね。
>光粒子説の粒子は、どれだけまばらでもよいのです。粒子間の結合が弱くてもよいのです。
そんなものがどうやってエネルギーを伝えるの?
あとどうやってガラスとか透過するの?当時の粒子説派はどう考えたのでしょうか?
>質量を含む項(m d²x/dt²)があります。質量なくして振動は起こらないし、振動なくして波動は起こりません。粘性項(c dx/dt)がなくても、減衰しないだけで、振動は起こりますが、質量(m)と弾性(k)なくして、振動は起こりません。初歩の物理です。
はあ、左様で。
私のような基礎知識が欠けている者の立場で恐縮ですが、質量はエネルギーの一形態ですよ。
んで、m d²x/dt² + c dx/dt + kx = 0のmってバネの端につけた重りとかの質量であり、バネに掛かる力を表しているモノでバネそれ自体の質量ではないと思うのですが?
それに質量が必須だと言うならエーテルも質量があるんだね、で良いんじゃないですか?
>私は、媒質の粒子間に力が働かなくては、波は伝わらないと言ってます。
エーテル同士は力が働くのでしょ。波が伝わる条件を図と数式で示したんならその数式にエーテルの質量と粘性と弾性を導入するだけですね。
エーテルもバネなんだから。
私は高校でも物理は選択していないし基礎知識が圧倒的に無いのは否定しませんが、それで私に当時の波動説派の代弁させて打ち負かしたところでこれまた意味ありませんよ。
しつこく繰り返しますが当時は検討するに値すると見なされていたのは絶対的事実ですから。
なんか頑張って当時の波動説を否定するのに躍起になっていますが、何のためですか?
当時も波動説派は根拠バトルに負けてたんですよ?それは私もず〜っと認めているんですけどね。
これについても貴方が何をしたいか私には理解出来ません。
何をしたいか一回ちゃんと説明してくれませんかね?
-
進化論vsID論と言う対決構図は、より正確に言い換えれば進化の過程に設計者が介在するかしないかと言う議論になります。
設計者が介在するかしないか、これ以外の選択肢はないですね。
1かゼロかです。
従って、その設計者の実体が一体何のか、その介在の方法がどんなものか、それらは議論の論点ではありません。
介在したかどうか、その判断が問題の核心であり、議論すべき論点です。
それを実体は何だ、どの様な方法で介在した、それを示せなければID論は成立しない、この様に主張するのは論点のすり替えでしかありません。
ID論の本質は、設計者の存在を示す事であり、その実体や介在方法を示すものではありません。
ソレに関して言えばそれは不可知論の範疇です。
重力の本質が示せないのと全く同様の話です。
言い換えれば、知性の本質が不可知であるのと同様の事です。
ID論否定論者は知性に対する理解自体が不足していますね。
-
自然選択論は極めて稚拙です。
それに対して進化の過程は極めて複雑で精妙です。
とても偶々の変異とそれに対する環境による生存率の制限で説明できる代物ではありません。
自然選択論において自然が行使できる唯一の力は生存率の制限です。
それによって全てが成し遂げられるとダーウィンは言っている訳です。
それが科学的であると主張し信じ込んでいる人たちが未だにアカデミズムの中央に陣取っているんですから呆れます。
中立説は自然選択論に対立こそすれ補強しないものであることは言うまでもありませんが、それがあたかも自然選択と折り合って説明可能であると言うデタラメなレトリックが弄されます。
まず何が必要か、それは自然選択論を一度完全にリセットして素直に進化の事実と向き合う事です。
それが出来ない限り、進化論が科学として成立することは決してありません。
-
>当時は検討するに値すると見なされていたのは絶対的事実ですから。
そんなことは分かってます。地動説と波動説が棄却されなかったからこそ、次の世紀の展開があったのだから。でも、私はこれらの理論が、どれだけ「正当な科学の手段」に沿ってるかを検証してるので、どれだけの支持があったかではありません。そして目的は、これらの理論やID論の評価ではなく「正当な科学の手段」という基準を評価することです。具体論をやってゆけば結論が出ます。
今は、地動説と波動説の物理矛盾に集中します。
>?普通の物質とは違う特性があるからですよ?
回答になってません。他と異なる特性をもつ物質の存在を示す、どんな観測事象がありますか?
言っておきますが「光という波が伝わる」は、エーテルという不思議物質の存在を示す証拠になりませんよ。何度も言うように、2重スリット実験以前の、18世紀の観測事象は、粒子説でも説明できたのだから、まったく観測事例のない、当時の知識体系とも整合しない、不思議物質など想定するより、光は粒子と考えればよかったのです。
>そんなものがどうやってエネルギーを伝えるの?
これ、本気で尋ねているのですか????
質量mの粒子が速度vで動けば「mv²/2」という運動エネルギーをもつことも知らないのですか?
知らないのなら、高校の理科からやり直してください、というしかありません。
>あとどうやってガラスとか透過するの?当時の粒子説派はどう考えたのでしょうか?
光粒子説の粒子は、粒子間の結合を必要としません。波動を伝えるエーテルとの違いはそこにあります。ゆえに、物質の隙間を光粒子が透過しても、エーテルは透過できないのですよ。
>質量はエネルギーの一形態ですよ
意味不明。もし特殊相対論の話をしてるなら、18世紀に相対論はありません。だいいち、核反応が起こるわけでなし、相対論を語って何になりますか。
>んで、m d²x/dt² + c dx/dt + kx = 0のmってバネの端につけた重りとかの質量であり、バネに掛かる力を表しているモノでバネそれ自体の質量ではないと思うのですが?
・・・数学と物理の教科書を読んでくださいというしかありません。物理的解析の基礎を習得すれば、私が言うことを理解できます。
mは「ばね」つまり媒質の質量です。物理的解析の基礎がある相手になら、こう説明します。
波動を伝える媒質を、微小部分の連続体としてモデル化し、各微小部分の質量をm、ばね定数をkとします。1つの微小部分を考えるときは、隣接する微小部分との境界でのばねの力kxが自分のmを動かすものとします。そうやって力の釣り合いの微分方程式を立て、微小部分の大きさをゼロに、微小部分の数を無限大に近づけて極限値をとると、波動方程式が得られます。ウィキペディアの記事は、減衰のない、最も基本的な形で説明しています。
en.wikipedia.org/wiki/Wave_equation#From_Hooke's_law
こういう解析を行うから、物理に微積分が必須なのですよ。
私の言うことが信用できないなら、知人の物理教師にでも尋ねてください。
>それに質量が必須だと言うならエーテルも質量があるんだね、で良いんじゃないですか?
そうです。「質量は必須じゃ無いよ(>>513)」と言われたことを撤回してください。
>エーテル同士は力が働くのでしょ。波が伝わる条件を図と数式で示したんならその数式にエーテルの質量と粘性と弾性を導入するだけですね。
>エーテルもバネなんだから。
そうです。ご自身の今回の発言を忘れないでください。波動を伝える媒質には、質量と弾性が必要だと理解されたのなら、1歩前進です。
光粒子説の粒子と違って、光波動説のエーテル粒子は粒子間に結合力があるのです。そうでなければ媒質が弾性をもちえないからです。ゆえに、たとえ個別の粒子は小さくても、物質の隙間を透過できません。エーテルの中の物体は強い抵抗を受けるはずなのです。質量から生じる慣性力が、粒子の結合によって伝わるからです。
それが光波動説の根源的矛盾です。
-
生命の誕生から現在に至るまでの進化の過程は有り得ない様な奇跡の連続です。
その奇跡を説明する為に人間原理を用いても有用ではないことは前に述べた通りです。
進化の過程の跳躍は基本的に現時点での説明は不能です。
ダーウィンが構想した様にダラダラと微細な変異が連なることはありません。
ダーウィンの構想はメカニズムとしての説明が欠陥だらけであるのみならず、事実とは何一つ合致しません。
つまり妄想です。
-
生物の設計は、人間にとどまらずあらゆる生物に関して微に入り細に入り極めて周到で巧妙、驚くべき精巧なメカニズムを備えています。
中でも物質的な肉体と意識の接合にかんしては、取り分け注意深い設計がなされている様に見受けられます。
非物質的な存在としてしか規定できない意識、精神の実体がどの様なものであれ、それは極めて絶妙に脳機能と接合されています。
それがうまく接合しなければ意識体としての生物は機能しないと考えられるので、当然と言えば当然ですが。
意識の実体が今後どこまで解明されるかは、不明です。
-
人間の想像力はあくまで現実に拘束されます。
どれだけ想像力を働かせようとしてみたところで、結局のところそれは現実の延長に過ぎず、その変形や組み合わせでしかありません。
つまり人は想像を絶する世界とういうものは文字通り想像することはできないのです。
そもそもがそうであるにも拘らず、敢えて自ら想像力を限定してしまう人たちがいます。
その様な能力故でもあるでしょうし、同時にそのように自らの思考を閉じ込めてしまっている訳です。
誰を指しているのかは明らかですね。
-
>地動説と波動説が棄却されなかったからこそ、次の世紀の展開があったのだから。
そう、実際に両者とも「正しかった」ですね。波動説の場合、光がそういう性質を持つことは間違いないですから。
「正当な科学の手段」という基準を評価するにあたり、科学史を踏まえた上で、
その当時の知識水準に基づいて地動説と波動説は「物理矛盾があった」とことさらに言いつのり、デザイナー論の方が蓋然性が高いと言うことの意味はどこにあるでしょう。
「現在は客観的な証拠を持たないデザイナー論が、それを引き継ぐことで新たな科学の地平を拓く可能性があるのだから、摘んではいけない、教育すべきだ。」
と言いたいのなら、誤りです。
なぜなら地動説も波動説も客観的に確認できる証拠があったから、科学理論であり得たわけですから。
中生代の品種改良説に表されるように、デザイナー論は確認できる証拠から出発していないんですよ。
人の想念をどれだけ積み重ねようと、科学理論にはなり得ないんです。
-
>>525
>そして目的は、これらの理論やID論の評価ではなく「正当な科学の手段」という基準を評価することです。具体論をやってゆけば結論が出ます。
でしたら、さっさと当時の波動論や地動説が科学の手段を逸脱してる部分を具体的に示して下さい。
何度も言っていますが矛盾のように見えることがあることと、本当の矛盾は違いますからね。
そして当時、矛盾のような部分もなんとか説明しようと色々と工夫検討されており本当に矛盾かどうかの結論は出ていませんよ。
で、物理矛盾を認めたとして当時もそれで根拠バトルに敗北してるんだからやっぱり無意味な事だと思います。
>回答になってません。他と異なる特性をもつ物質の存在を示す、どんな観測事象がありますか?
貴方が散々言ってる矛盾部分が他と異なる特性ですね。
当時は波は媒質が絶対的に必要と考えられていました。波動性を示す現象が観測されたら媒質の存在を考えるのは当時は普通のことです。
粒子で説明できると言うのは、対立する別の理論が考えられると言うだけで波動説を否定する根拠や粒子説を肯定する根拠とはなりませんよ。
>これ、本気で尋ねているのですか????
>質量mの粒子が速度vで動けば「mv²/2」という運動エネルギーをもつことも知らないのですか?
>知らないのなら、高校の理科からやり直してください、というしかありません。
そんなこと言ってねーよ。
他人を馬鹿にする前に何を言わんとしてるか、もっと考えなさい。
光同士交差しても接触せず物質の間も透過する希薄な粒子でどうエネルギーを伝えていけるのか聞いているんです。
粒子一つ一つに運動エネルギーがあろうが接触せず透過するなら伝わらないでしょ?と言ってるの。
大阪の自動車が東京の自動車と追突事故起こせないような状況です。それでどうやって大阪の車のエネルギーを東京に伝えるの?と言う疑問。
あとガラスは透過するのにそれより密度の低い軽金属とかは透過しないのはなんでですかね?
>光粒子説の粒子は、粒子間の結合を必要としません。波動を伝えるエーテルとの違いはそこにあります。ゆえに、物質の隙間を光粒子が透過しても、エーテルは透過できないのですよ。
エーテルが粒子間の結合を必要とするってのはどっから出てきたんですか?
独立した粒子の集合体でも波は起こせますよ?
-
>>質量はエネルギーの一形態ですよ
>意味不明。もし特殊相対論の話をしてるなら、18世紀に相対論はありません。だいいち、核反応が起こるわけでなし、相対論を語って何になりますか。
>>んで、m d²x/dt² + c dx/dt + kx = 0のmってバネの端につけた重りとかの質量であり、バネに掛かる力を表しているモノでバネそれ自体の質量ではないと思うのですが?
>・・・数学と物理の教科書を読んでくださいというしかありません。物理的解析の基礎を習得すれば、私が言うことを理解できます。
私も同様に物理の教科書を読んでとしかいえないですね。
私のような基礎知識が欠けている者の立場で恐縮ですが、そのmはバネの端に付ける物体の質量です。
バネがそこにあるだけでは振動なんか起こりません。重りをぶら下げるなり指で引っ張るなり力が加わって始めて伸びるわけです。
バネそれ自体の質量も考慮した式はもっと複雑になりますよ。
私の言うことが信用できないなら、知人の物理教師にでも尋ねてください。
>>それに質量が必須だと言うならエーテルも質量があるんだね、で良いんじゃないですか?
>そうです。「質量は必須じゃ無いよ(>>513)」と言われたことを撤回してください。
残念ですが撤回するまでは行かないねぇ。
波動は似たパターンで空間をエネルギーが伝播する現象であり、とりあえず一定のパターンで伝播するだけで良く質量が絶対的に必要とは思えません。
そもそも波動方程式の基本形は位置と時間、早さの変数の等式と言うだけで質量は必須でも無いでしょう。
その速さが質量で表されることができるってだけさね。質量をわざわざ入れる式は質量のある媒質に限ったお話だと思います。
E=mc2が質量の無い光子では成り立たないのと一緒。
>そうです。ご自身の今回の発言を忘れないでください。波動を伝える媒質には、質量と弾性が必要だと理解されたのなら、1歩前進です。
と言うわけで質量が必要とはまだ思ってません。
>光粒子説の粒子と違って、光波動説のエーテル粒子は粒子間に結合力があるのです。そうでなければ媒質が弾性をもちえないからです。ゆえに、たとえ個別の粒子は小さくても、物質の隙間を透過できません。エーテルの中の物体は強い抵抗を受けるはずなのです。質量から生じる慣性力が、粒子の結合によって伝わるからです。
>それが光波動説の根源的矛盾です。
先にも言いましたがエーテル粒子に結合力があると言うのがどっから出たのか?
そう言う説があったとして、それ当時コンセンサスを得られていましたか?
大きな鉄塊で波動が伝わるようにバラバラの鉄球を並べた状態でも波動は伝わります。粒子一つ一つが弾性を持てば良いと思うのですがなぜ結合する必要があるのですか?
もう一回問いますが、なんか頑張って当時の波動説を否定するのに躍起になっていますが、何のためですか?
当時も波動説派は根拠バトルに負けてたんですよ?
これについても貴方が何をしたいか私には理解出来ません。
何をしたいか一回‘ちゃんと”説明してくれませんかね?
-
中生代の品種改良論の論拠と言えば
・物理的に矛盾がないこと(地動説や波動論は物理矛盾)
・恐竜の一部が世代交代を繰り返すなかで飛翔能力をもつ、というのは物理的(力学的)にあり得ない
・地球生物史の知識体系より、より根源的な物理法則の知識体系が優先される
・品種改良者を想定すれば、これらの問題は解決できる
という流れになりますが、「飼育者がいた」という結論はどうでしょう。
化石証拠から力学的にあり得ないと断言することは困難ですし、まして飼育者の存在はどうしたら客観的に示せるのか自然科学者は途方に暮れるでしょう。
デザイナー論が科学理論として認められるためには、遠回しに力学などを持ち出すのではなく、
原因としてのデザイナーがもたらす自然への影響の具体例とその機序を示す必要があることをご理解ください。
、
-
アインシュタインが最後までその存在の同意を拒んだ量子世界にける因果律では説明しきれない諸現象は現在事実として認められ、それらは世界認識のパラダイムシフトを要求しかねない状況にあります。
人間の想像力はまだ事実に全く追い付けていません。
それが理解できないでいると結局科学も理解できないことになります。
どちらにしても自然選択論者はそもそも科学者ではありませんが。
-
あなたの思想がどんなものかみんなわかってるので、もう書き込まなくていいです。
どうしても書きたいなら、ご自分のスレッドでお好きなようにしてくださいね。
-
やはり物理の話を詰めないと。すべてはそこからです。
>エーテルが粒子間の結合を必要とするってのはどっから出てきたんですか?
>独立した粒子の集合体でも波は起こせますよ?
波がどうして伝わるかを考えてください。ある粒子が動くと隣りの粒子を押す。押された粒子はさらに次の粒子を押す。反対方向に動くと隣りの粒子を引っ張る。引っ張られた粒子はさらに次の粒子を引っ張る。このリレーですよ。
このように力が伝わるには、粒子間に結合力が必要です。独立した粒子の集合体でも、粒子間で力を伝えるほどの結合力は必要なのです。結合力がなく粒子同士がすり抜けたら、隣りの粒子を押すことも引くこともできません。そして結合力が強いほどすり抜けは少ないから、波は早く伝わります。空気中より水中の、水中より鉄塊中の音速が大きいのはそのためです。
>光同士交差しても接触せず物質の間も透過する希薄な粒子でどうエネルギーを伝えていけるのか聞いているんです。
>粒子一つ一つに運動エネルギーがあろうが接触せず透過するなら伝わらないでしょ?と言ってるの。
接触しないとはいってないし、むろん光粒子説でもエネルギーは伝わりますよ。ただし、光粒子同士が衝突することは非常にまれで、そういうことが起こっても、観測は不可能です。
例えば、弾丸が飛び交う戦場を考えてください。どれだけ大量の弾丸が飛び交っても、弾丸同士の衝突は奇跡に近く、仮に100万発に1発そういうことが起こっても、現場での観測は不可能です。ましてや個々の光粒子は到底観測できないほど小さいのですから、観測できるのは全体の流れだけです。
個々の粒子は観測できず、全体の流れだけが観測されるというと、風もそうです。ものすごい強風でも、反対方向に動く空気の分子はあり、衝突もするが、そんなもの観測できません。
しかし弾丸が兵士に当たれば、エネルギーを伝えた影響は観測できます。兵士の体の粒子は密集してるからです。光が目に見えるのも鏡で反射するのも、同種の影響と解釈可能です。目や鏡の粒子は密集してるから、光の粒子を通さないのです。
ガラスや水の粒子は、目や鏡の粒子よりは隙間が大きいので、ただちに光粒子を止めることはないが、すべて透過するのではなく反射も起こります。そして透明とされる物質でも分厚くなると、つまり光が通る距離が長くなると、光粒子と衝突する粒子の数は増え、光は透過しなくなります。深海は闇の世界ですよね。
>あとガラスは透過するのにそれより密度の低い軽金属とかは透過しないのはなんでですかね?
「密度」とおっしゃるのは、体積当たりの質量のことですね。今、問題にしているのは粒子の密集度ですよ。軽金属の粒子の質量が小さいなら、粒子の密集度が高く光を通さなくても、体積当たりの質量は低くなります。光の代わりに風で考えてみましょう。布と金網なら、金網の方が体積当たりの質量は大きいですが、つまり「密度」は大きいですが、風を通すのは布ではなく金網ですよね。
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>バネがそこにあるだけでは振動なんか起こりません。重りをぶら下げるなり指で引っ張るなり力が加わって始めて伸びるわけです。
・・・教科書を読んでから発言をされませんか? 紹介したウィキペディアの記事の図は見ましたか? 波動を伝える媒質を、重りとばねでモデル化しているでしょう。
媒質とは質量と弾性をもつばねの「連なり」なのです。隣接部分の質量が動き、その慣性力に押されたり引かれたりして、ばねが伸び縮みします。おっしゃるところの、ぶらさがってる重りに該当するのが、隣接部と考えてください。
>そもそも波動方程式の基本形は位置と時間、早さの変数の等式と言うだけで質量は必須でも無いでしょう。
必須です。伸びたばねが復元力の働きで元の釣り合い位置に戻ったとき、そこで止まらず反対方向に変位するのは、慣性力つまり「勢い」がついてるからです。質量がなければ慣性力もありません。
それと「波動方程式の基本形は位置と時間」なんて言葉でいわずに、実際の数式を出してください。「質量はエネルギーの一形態」もそうですが、具体例を挙げない粗雑な言い方が誤解を招きます。波動方程式とは、この数式のことを言ってますか?
∂²u/∂t² = v² ∂²u/∂t²
質量とばね定数は「v²」に含まれます。紹介したウィキペディアの記事では「v²」がKL²/Mで表現されています。Kがばね定数、Mが質量です。何度も言ってますが、電磁波が知られる前の18世紀の知識体系では、質量と弾性をもつ物質でしか波動は伝わりません。電磁波が知られると「v²」に質量と弾性の代わりに、空間の誘電率と透磁率が入り、質量も弾性もない波動があることが分かりました。
頼むから、教科書を読まないなら、せめてウィキペディアの記事を読んでください。波動方程式がどうやって導かれてますか? ばね定数(k)を含むフックの力と、質量(m)を含むニュートンの力を等号で結んで、方程式を立てているでしょう。
en.wikipedia.org/wiki/Wave_equation#From_Hooke's_law
>その速さが質量で表されることができるってだけさね。質量をわざわざ入れる式は質量のある媒質に限ったお話だと思います。
では質量を含まない波動の数式を示してください。むろん18世紀の知識体系の中で。
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ゲノム、つまりDNAの塩基配列は生命の根幹にある訳です。
生命体を誕生させるためにはゲノムの存在が必要条件、ゲノムなくしては生命体は存在しえない、
と言う話になる訳です。
このゲノムの極めて精密で周到なシステムが偶然誕生しえたのか、
これが進化論を考える上でもその根幹に置くべきテーマです。
ダーウィンの時代は想像もしえなかったこのシステム、それがダーウィンの提唱した
自然選択説で説明可能、と未だに多くの人たちが疑いもなく考えています。
もっとも原始的な単細胞生物が何故誕生したのか、これは未だに全く解明されていない
謎です。
その原初の生命体が人にまで進化したその過程は、複雑化と多様化です。
その複雑化と多様化が何故成し遂げられたか。
自然選択論者は当然その自然選択論によってその過程を説明しようとしますね。
自然選択論は、簡単に言えばより生存に適したものがより多く生き残ることによって、
進化がもたらされる、と言う考え方です。
ツマリ生存に有利なものが生き残り、より生存に有利な形態になる。
では、複雑化と多様化は本当に生存に有利であったのか。
単にその個体数を増やすためだけであれば、複雑化は全く必要がありません。
多様化も、その環境に応じた多様性があれば十分で、現在の様に数百万種に及ぶ種を
誕生させる必要はありません。
コレは極めて自明の事柄なんですが、何故か自然選択論者はそれを無視します。
不都合な事実にはすべて目をつむる、若しくは何とか言い訳をこじつける、残念ながら
それが自然選択論者の態度の真実です。
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>むろん、鳥が発生した時代に、そのような飼育者がいた証拠は、これまでに見つかってません。言い換えれば、これまでに構築されてきた地球生物史の体系とは、整合しないということでしょう。
>しかし、そうなると、地球生物史の体系と整合するか、力学の体系と整合するか、どちらを優先するかが問われます。そしてその場合、優先されるべきは力学の知識体系です。なぜなら、力学は物理法則に依るもので、生物史よりも根源的な法則だからです。
力学の知識体系によって、地球生物史の知識体系を否定できる? そりゃ無理、カテゴリーエラー。
・飛翔という機能の獲得が力学的に不可能だというのは、そう思うというだけで実証されてるわけじゃない。
・たとえば地球生物史上、何度も繰り返された大量絶滅という現象を、物理法則を元に否定できと言っているに等しい。
生物の歴史って、偶然の要素がどうしたって関わるじゃないですか。遺伝子の変異も環境の変動も。
そうした自然のダイナミズムを踏まえて、子孫の継承というコア概念をもとに組み立てられたのがナチュラルセレクションです。
>ここまで鳥の話をしたのは、IDが疑似科学ではないことを示すためです。スレッドの主題はここからです。
鳥はデザイナーがいなければ存在しないとは客観的に確かめられておらず、個人的にそう思ってるだけですよね。
「優先されるべきは力学の知識体系」というのは、デザイナー論が疑似科学ではないことを示すための努力だとは思いますが、
つまるところは詭弁に堕するしかない。「事実」の取り扱いがずさんすぎますから。
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言葉選びでエラーがあったので訂正。ダイナミズム→ダイナミクス
失礼しました。
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現在、有性生殖が無性生殖に比べてそれ自体で決して有利ではない、基本的に
不利でしかない、というは多くの研究者の認めるところです。
より単純な無性生殖の方が単に個体数を増やすだけであれば遥かにリスクが少なく
有利と言えます。
その生存に有利とは言えない有性生殖が何故誕生したのか、その理由に多くの研究者は
頭を悩ませています。
悩む、という事はつまり自然選択論が念頭にあるからなんですね。
自然選択論的に説明のしようがない。
そこまで自然選択論を意識していなくても、その根底にはやはり生存に有利なものが生き残って進化するという
自然選択論が暗黙の了解事故になっています。
それが実は進化の考察の科学性を大きく損なっているのです。
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自然選択論は基本的に偶然性に依存しています。
「偶々環境に適した生存に有利なものが生き残って進化した」
と言ってる訳で、そこに予めの目的性は全くありません。
つまり偶然が積み重なって人間も誕生した、と言っているわけです。
そう信じ込んでいる。
偶然が積み重なって人のような複雑極まりない生物がどうして出来上がるのか、
それを真剣に考えれば疑問をいだきそうですが、そうならない。
ツマリ信じ込んでいる、それこそ宗教的な態度といえるでしょう。
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創造論を代表するものの一つとして、旧約聖書にある天地創造の記述通りに
生命が神によって創られた、とする考え方があります。
そしてこの天地は約6千年前に創られたことにされています。
ID論のロジックの組み立ては、知的な設計者が存在しなければ、
現在のような生物たちが誕生するはずがない、と言う事実に基づく推論です。
推論であり再現性もないので、証明の仕様もありません。
しかし、あらゆる科学的な知見を総合的に検証した結果導かれた結論なので、
非科学的と言う批判は的外れです。
上述のような聖書に基づく創造論者がID論を支持するのは別に勝手ですが、
ダカラと言ってID論が宗教である事には勿論なりません。
あらゆる科学的知見は聖書的創造論に反しています。
一部の宗教者たちがID論を支持してるという事実は、ID論が宗教かどうかとは
全く別の事です。
それを多くの人たちが混同しています。
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科学が、デザイナーを前提としない自然理解の方法だというだけです。
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科学は事実を解明する学術分野である、と定義することが出来ます。
事実の対極にあるのは、虚構、想像、信仰、と言った概念になります。
科学とはそもそも基本的に西欧文明によりもたらされたものです。
そして、西欧文明を中世までの西欧文明を覆っていたのはキリスト教です。
キリスト教は宗教であり信仰です。
つまり、中世までの文明は事実と虚構の区別が曖昧な状態だったわけです。
その事実と虚構の区別が曖昧なカオス状態から脱却する先鞭をつけたのが、
ガリレオからニュートンに至る近代物理学の系譜です。
それは事実を数理的に説明する、と言う普遍性を持つ試みでもあります。
ポイントは事実です。
事実の裏付けが無いものは科学とは呼べません。
それは想像に分類されます。
従って、科学とされるためには事実による検証が絶対的な必要条件になる訳です。
その要件を踏まえたうえで自然選択論を検証すれば、それが科学かどうか
自ずと明らかになります。
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ガリレオ以前、ギリシャ哲学から続く学術史の中では、考証は基本的に思索による
論考によって行われ、実験によって何かを検証するという態度は殆ど取られませんでした。
それは、一つには実験設備、機器と言ったものが存在せず、正確に何を実際に行って試すより
思考のみによって物事を検証する方がより正確だと考えられていたことにもよります。
それを覆す上で極めて重要な役割を果たしたのが望遠鏡や顕微鏡いった光学機器の発明です。
見れば信ずる、それが事実だからです。
今まで見えなかったものが見えて来る、それによって空想に頼るしかなかった事柄が、
実際に実際に視覚に認知され事実として明らかにされる訳です。
近代科学の歴史は想像からの脱却でもある訳です。
それは信仰からの脱却でもあります。
ダーウィンが評価されている一つのポイントは信仰からの脱却ですが、実はそれはダーウィンが
存在しなくても簡単に事実によって証明される話であり、ダーウィンのクドクドとした
論考を待つまでもありません。
あらゆる化石証拠が明白にそれを示しています。
その辺りの思い違いが、未だにダーウィン信者が生き続けている理由でもあります。
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物理学がガリレオに始まりニュートンに至る経緯を経て近代科学化を成し遂げていきますが、
それに対して生物学の近代化は2世紀以上の遅れをとります。
生物学の近代化を成し遂げたのはパスツールです。
パスツールは初めて実験手法を用いて微生物が自然発生しないことを示しました。
それが科学的な手法です。
それに対して、またダーウィンの話になりますが、彼は科学者でも何でもありません。
ダーウィン自身、ずっと地質学者を自称していますね。
純粋に地質学の観点からいえば地質学者も科学者ですが、彼が提唱しているのは生物の進化に関する理論です。
それが何ら科学的手法に依拠していないのは、「種の起源」を読めば明らかです。
「科学(science)」と言う言葉がよく使われだしたのは比較的近年ですが、ダーウィン自身
科学と言う言葉を殆ど使っていません。
実際、実験と観察、観測による事実の検証、この最も基本的な近代科学の手法をダーウィンが
十分に理解していたと思える痕跡はありません。
「このように考えれば説明できる」
これがダーウィンの口癖です。
そこに事実による検証は存在しません。
ダーウィンが最後まで気にしていた「あるべき膨大な中間種の化石の不存在」に関しても、
自説の最大の弱点と認めながらも、その不存在の理由に様々な言い訳を用意することに熱心で
事実の裏付けがないままに自説の正しさを主張し続けます。
これは思索だけに頼った古代ギリシャ哲学者と大差ありません。
彼が引用している膨大と思える事例も、現存する数百万に及ぶ生物種に比べればほんの大河の一滴にしか
過ぎません。
それを科学を称することが如何に無意味であるのか、そこに未だに気付けない人たちが多いのには
本当に驚かされます。
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デザイナーを前提にしてしまうと、自然理解はおぼつかないです。
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問題を混乱させている最大の問題の一つは宗教の介入です。
ID論を攻撃する人たちはソレが宗教であると言うのが一つの論拠です。
ドーバー裁判の判事もベーエの主張を宗教に根差していると極め付けていますね。
ベーエが公式に宗教的な発言をした記録は残っていません。
この判事の判断は根拠のない予断に基づいています。
一般的にID論を攻撃する人たちの論法に乗っかっているだけで、この判事自身が思考し判断した形跡はありません。
実際宗教者からもID論は主張され、米国プロテスタント聖書原理主義者からも強く主張されていますが、彼らの採る若い地球説はID論と本質的に折り合う訳もありません。
自然神学の説く神の存在はそのままIDに繋がりますが、勿論それは人格神、啓示神ではありません。
ID論自体は宗教とは切り離して論じられるべきで、それが混同されるとID論の本質を見誤ることになります。
ID論が科学的でないと主張する人たちは自然選択論の検証を全く棚に上げて非難しますね。
自然選択論が科学である根拠を彼らは決して語れません。
そう勝手に思い込んでいるだけで、実際は何ら科学的な手法に則っていませんからね。
これは何度も述べてきた通りです。
それにも拘らず、ID論は宗教若しくは非科学で自然選択論は科学であると主張します。
何らその根拠を示せないにも拘らずです。
背理法によるIDの存在証明が理解出来ない、ロジックが分からない、それは自らの知性の低さを示すだけなんですがね。
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ID論が声高に叫ばれているのは米国です。
背景には多くのプロテスタントの存在があります。
米国大統領もID論に言及しています。
従って、裁判でその教育問題が取り上げられるような事態になる訳ですね。
ここで一つの誤解と混同があります。
ID論は別に進化自体を否定していないんですね。
その様に主張しているのは聖書原理主義者たちです。
従って、進化論vsID論と言う対決構図は誤解を招くものです。
ID論は謂わば有神論的進化論です。
進化の事実は認める、科学的な知見は全て受け容れる、それがID論者の姿勢です。
つまりID論が非科学的と言われる根拠は何処にもありません。
知性ある設計者の想定は、逆に科学的な知見からロジカルに導かれるものです。
それは背理法であり消去法です。
そのロジックが非科学的だと言ったら、数学の証明は成り立ちませんね。
ドーバー裁判の判事の判断は、それらが全く理解出来ない偏見に基づいています。
彼の論拠はID論批判者のID論は宗教であると言う一般的な見解をそのまま口移しにしているだけで、彼自身が思考して判断したものではありません。
元より科学的な知見の乏しいこの判事にはこの裁判を裁く資格はありません。
鞭毛モーターの問題も全く検証できずにID論教育違憲の判決を下します。
それをあたかもID論裁判のスタンダードであるかのように見做すのはとんでもない誤謬ですね。
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「種の起源」の体裁は神学書のものだと言う指摘があります。
種の起源は有害無益ですが、同様に神学も科学にとって有害無益です。
宗教は科学を妨害することすらあれ、科学に利することは何一つありません。
ID論もソレを神学の流れで捉えている限り宗教のドグマから逃れることが出来ません。
宗教は人間の無知と弱さによって紡ぎ出されます。
逆に言えば人間が全知であり強靭な理性を持つ存在であれば宗教が誕生する余地はありません。
つまりダーウィンの居場所はそこだという事です。
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極小世界から全宇宙まで張り巡らされた膨大なアルゴリズムも極めて明確にその存在を窺わせます。
より明示的なのは生物の存在ですね。
中でもゲノム情報の暗号性はその存在なしには決して有り得ないこの上なくあからさまな事実として提示されます。
全ては単一では存在しえず、膨大なアルゴリズムの中で相互連携の中で初めて存立し得ます。
ダーウィンも生物種間の相互連携については何度も言及していますが、残念ながらそれが自然選択論にフィードバックされることは
全くありません。
自然選択論は彼が大事に温めて育てた子供で如何に風雨に曝されようと守り抜く、大変ひ弱な過保護児です。
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ID論を正確に理解するためには、いくつかの基本的な事項の理解が前提になります。
先ず、IDを神と称してID論を宗教と極め付ける、この様な態度を取り続ける人たちには先ずID論を理解する資格はありません。
ID論が宗教であるなら、科学的な知見も不用、ロジックも顧みる必要はありあません。
逆にID論は科学的な知見に立脚しロジックによって証明されるものですから、全くその逆を行っている訳でそもそも話になりません。
更に、自然選択論に基づく総合説に代表される現代進化論が実際の進化のメカニズムを何一つい説明出来ていない事を十分に理解する必要があります。
現代進化論は基本を偶然性に置いています。
それはつまり現代進化論を認める事は進化が偶然の産物であると理解することです。
完全な偶然では如何なる進化も起らない、それを理解出来なければ矢張りID論を理解することは出来ません。
それが十分に理解できたなら、自ずと進化にはそれを必然たらしめる何らかの要因が存在する、と言う結論になります。
その進化を必然たらしめる要因の存在が承認出来たなら、それは何らかの設計の存在に帰着します。
つまりID論は極めて自然な思考の流れの中で示されるものなのです。
そして何らかの設計が介在するとした場合、それは宇宙生成のビッグバンにまで遡り、その初期設定まで行ったと考える必要があります。
それは時空、物質、あらゆる物理法則、物理定数を含みます。
それをIDは生物的な何者かだ、等と言ってるようでは全く話になりませんね。
ID論について何一つ理解できていない、と言う話です。
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>>535
>波がどうして伝わるかを考えてください。ある粒子が動くと隣りの粒子を押す。押された粒子はさらに次の粒子を押す。反対方向に動くと隣りの粒子を引っ張る。引っ張られた粒子はさらに次の粒子を引っ張る。このリレーですよ。
>このように力が伝わるには、粒子間に結合力が必要です。独立した粒子の集合体でも、粒子間で力を伝えるほどの結合力は必要なのです。
並べた鉄球とかはただ接触しているだけで結合力なんざ関係ないです。
私は「エーテルが粒子間の結合を必要とするってのはどっから出てきたんですか?」と聞いています。その情報源を聞いています。
そして、そう言う説があったとして、それ当時コンセンサスを得られていましたか?
貴方個人の意見を求めているのではありません。当時コンセンサスを得られていないお話なら無意味な主張です。
そもそもこの発言から思うに、貴方は波動の伝播を波動の進行方向に媒質が移動していくものと勘違いしてませんか?
>接触しないとはいってないし、むろん光粒子説でもエネルギーは伝わりますよ。ただし、光粒子同士が衝突することは非常にまれで、そういうことが起こっても、観測は不可能です。
へぇ、そんなので良いのなら
>エーテルの微粒子が、あまりにも小さくて物体の隙間を通るのですか? でも、それほど小さい粒子なら、粒子同士も互いに接触せずに通り抜けるではありませんか。どうやって力を伝えますか?
ってのも同じ論法でいけますね。
>「密度」とおっしゃるのは、体積当たりの質量のことですね。今、問題にしているのは粒子の密集度ですよ。軽金属の粒子の質量が小さいなら、粒子の密集度が高く光を通さなくても、体積当たりの質量は低くなります。光の代わりに風で考えてみましょう。布と金網なら、金網の方が体積当たりの質量は大きいですが、つまり「密度」は大きいですが、風を通すのは布ではなく金網ですよね。
ここで言っているのは真密度です。
金網の方が布より体積当たりの質量が大きい?一概には言えませんよ。金網の厚さや編み目部分の空白の体積も考える必要がありますよ。
空白部分の体積考えてないでしょ?
軽金属とガラスが納得いかないならダイヤモンドと黒鉛はどうですか?
ダイヤの方が密度が高いのに光が透過します。なぜでしょうね?
>頼むから、教科書を読まないなら、せめてウィキペディアの記事を読んでください。波動方程式がどうやって導かれてますか? ばね定数(k)を含むフックの力と、質量(m)を含むニュートンの力を等号で結んで、方程式を立てているでしょう。
>en.wikipedia.org/wiki/Wave_equation#From_Hooke's_law
波動方程式の導出の部分に
「長さhの‘質量の無いバネ”と相互に接続された質量mの小さな重りの配列」って思い切り書いとるやないかーい
もうね。本当にいろいろ面倒なんですけど。コレに何の意味があるんですか?
当時はエーテルによる光波動説も一定の支持があったのも、物理的矛盾というのも証明もされていないってのも絶対的事実であり
それ以上でも以下でもありません。ここで物理知識に劣る私をボコったところで何の意味があるのですか?
本当に何のためにこんな過去の終わってる話題に粘着しているんですか?
当時の波動説が科学を逸脱してたと示したいなら、さっさと当時の波動論や地動説が科学の手段を逸脱してる部分を具体的に示して下さい。
何度も言っていますが矛盾のように見えることがあることと、本当の矛盾は違いますからね。
そして当時、矛盾のような部分もなんとか説明しようと色々と工夫検討されており本当に矛盾かどうかの結論は出ていませんよ。
このやり取りで科学と非科学を判別することに繋がるものに至れるんですか?
どう言う流れを考えているんですか?何か本質を見失っていませんか?
本当にどう言う意味があるのか、まずそこを明確に語って頂けませんかね。意味が見出せないのでただただ面倒でなりません。
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自然選択論に科学的な証明が皆無であることは繰り返し述べてきましたね。
進化の証明は化石証拠に依るしかありません。
ダーウィン自身が繰り返し「種の起源」の中で述べている様に、化石証拠は存在しません。
現在に至るも状況は何も変わっていません。
もう一つは実験的証明です。
これは進化自体の証明にはなりませんが、分子レベルの進化に関して重要な示唆を与えます。
一つの例が有名なレンスキーの大腸菌培養実験です。
多くの人は誤解していますが、何か環境に有利な変化が起こったとしても直ちにそれが自然選択の結果であることの証明にはなりません。
環境に有利な変異は自然選択以外にも起こり得ます。
これも繰り返し述べてきましたが、ゲノムの環境応答性です。
エピジェネティクスでは環境によって遺伝子の発現がコントロールされそれが遺伝することが現在よく知られています。
それ以外にも未知のシステムが存在する可能性が十分にあります。
逆にそれが自然選択の結果であることを証明するためには自然選択の各工程が存在したことを証明する必要があります。
殆どの人たちがそれをよく理解できていません。
そもそも自然選択の起こる工程が理解できないでいますね。
つまり環境に有利な変異がおこればそれが自然選択の結果であるとするのは無知と無理解によるものでしかありません。
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>矛盾のように見えることがあることと、本当の矛盾は違いますからね
「矛盾のように見える」のではなく「本当の矛盾」があることを、説明の仕方を工夫しながら、理解されるまで続けます。
>私は「エーテルが粒子間の結合を必要とするってのはどっから出てきたんですか?」と聞いています。
なぜ分からないのだろう? 「結合」という言葉を誤解されているのでしょうか? もしかして、粒子同士が完全固着してびくともしない状態を「結合」と考えてますか? それは違いますよ。
個々に独立したH₂Oの分子でも、液体の水と気体の水蒸気では、分子間に働く力が違いますよね。液体の分子間力が切れたら気体になりますよね。だから気体の方が分子がまばらですよね。気体の方が音速が小さいですよね。
粒子間に働くそういう力が、私が言う「結合」ですよ。この「結合」が弱まると、粒子間で力が伝わりにくくなり、波の伝播速度が下がります。「結合」が強いと物質が硬くなり、伝播速度が上がります。
ここまで説明しても分からないのなら、音が伝わるメカニズムをご自身で考え、自分の言葉で説明してみてください。それが、理解への早道かもしれません。
>へぇ、そんなので良いのなら
>>エーテルの微粒子が、あまりにも小さくて物体の隙間を通るのですか? でも、それほど小さい粒子なら、粒子同士も互いに接触せずに通り抜けるではありませんか。どうやって力を伝えますか?
>ってのも同じ論法でいけますね。
だめです。光粒子説の光粒子と、光波動説のエーテル粒子には、決定的な違いがあるからです。
波を伝える媒質は、粒子から粒子へ力が伝わらねばなりません。ある粒子が動くことで、別の粒子が動かねばなりません。そのように力が伝わる状態が「結合」であり、空気より水、水より鉄と、結合が強いほど波は速く伝わります。一方、光粒子はそういう「結合」が不要なのです。簡単にいえば「ばらばら」なのです。ゆえに、光粒子は物体を透過できるが、エーテル粒子はできないのですよ。
>ダイヤモンドと黒鉛はどうですか?
>ダイヤの方が密度が高いのに光が透過します。なぜでしょうね?
おっしゃってるのは、ダイヤと黒鉛の密度(体積当たりの質量)です。問題にしているのは、粒子の密集度です。18世紀の技術では、密度は測定できても、粒子の分布など分かりません。原子の配列が観測されるのは、X線による解析技術が確立した20世紀のことです。ゆえに、ダイヤは光粒子を通すが黒鉛は通さないなら、黒鉛は布と同じで粒子が均一に分布し、ダイヤは金網と同じで密部分と疎部分があると考えるのが最も自然です。
>波動方程式の導出の部分に「長さhの‘質量の無いバネ”と相互に接続された質量mの小さな重りの配列」って思い切り書いとるやないかーい
微積分を知ってる人は、そんな理解の仕方をしません。引用された文章は、波を伝える媒質を、質量mとばねkに分けてモデル化するという意味です。「モデル化」って分かります? この場合は、実態とは異なる形を仮定することです。引用された1文を全部読んでください。
長さhの質量の無いバネと相互に接続された質量mの小さな重りの配列を、想像する(imagine)
とあるでしょう。想像です。そういうものだと、仮に考えるのです。
説明を読み進めると、最終的な数式の形にする前に「h→0」としていますね。これの意味が分かりますか? 解析のために「質量」と「質量」の間に、質量が無い長さhの「ばね」をおいてモデル化したのを、hをゼロにすることで、質量に切れ目がない本来の形に戻したのです。微積分を知ってる人には、お馴染みの解析手法ですよ。
もしかして、微積分を、ご存じないのですか?
円の面積が、なぜ「円周率×半径の2乗」になるのか、説明できますか?
そもそも媒質に質量がないのなら「質量mの小さな重り」は、何の質量だと思いますか?
>本当にどう言う意味があるのか、まずそこを明確に語って頂けませんかね。
議論のこの段階では、16世紀の地動説と18世紀の光波動説に矛盾があると明らかにします。そうやって歴史を明らかにし、最終的には歴史から学びます。でも、先を急がず1歩ずつ進みましょう。まずは、地動説と波動説の矛盾が論点です。
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学術分野にも色々ありますが、進化論に関して最も大きな問題は科学では無いものが科学だと信じられている事です。
現在主流とされる総合説もダーウィン進化論がベースになっています。
それを科学だと主張している訳ですから、それはつまりダーウィン進化論を科学だと信じている訳ですね。
この空想と科学の区別が付けられない致命的な誤謬を長年にわたって犯し続けています。
かれらはID論を非科学的だ、宗教だと言って排撃する訳ですが、では彼らの信じているダーウィン進化論の一体どこが科学なのか。
自然選択が観察されたとする数少ない実例であるダーウィンフィンチにしても工業暗化にしても、全く厳密に自然選択を説明できるものではありあません。
繰り返し説明してきた通り、それは単に都合の良い変異が起こりさえすればそれを自然選択と極め付ける、自然選択の工程に対する完全な無理解が生むものです。
自分達が科学でなく癖に相手を非科学と論難する。
それが彼ら進化論者の採っている態度です。
科学の方法論に対する無知、無自覚。
長くアカデミズムで科学的と主張されてきたからと言って、それが科学である根拠にはなりません。
科学であるためには、どうしても科学と主張したいなら、科学の方法論に則って、事実に依る証明を行ってもらいましょう。
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ID論の証明は、従来の科学的証明とは異なります。
その理由は「知性」を証明する必要があるからです。
この知性の存在自体が従来の科学の方法論には馴染みません。
知性の定義自体が科学的には中々説明しづらいものだからです。
だからと言ってそれを非科学的と非難するのはお門違いですね。
では、人間の持つ知性は一体どう説明するんでしょう。
我々は人間の持つ知性に対してさえその実体に十分な説明を与えることは出来ません。
しかし「知性」が無ければ文明が成り立たない事は誰でも理解できる紛れもない事実です。
逆にこの文明を成り立たせているものが知性であると定義することも出来るでしょう。
ではその知性の由来は一体何処から来てるのか、それを完全に説明することが出来る人は誰もいないでしょう。
しかし「知性」が存在するのは紛れもない事実ですね。
それを否定する人は誰もいないでしょう。
それを理解するのがID論の理解にとっても極めて重要な事です。
-
>>555
>「矛盾のように見える」のではなく「本当の矛盾」があることを、説明の仕方を工夫しながら、理解されるまで続けます。
だ か ら 、
当時コンセンサスが得られていなかったんだから今示したところで当時の科学者が非科学的思考だったとはならないの。
当時の大多数が「あぁ、こりゃ確かに疑いようも無く矛盾だ!」となってない限り無意味です。
そして、何度も言いますがそれでIDがどうにかなるもんでもありません。
>粒子間に働くそういう力が、私が言う「結合」ですよ。
貴方個人の定義をさも一般的のように語られても困ります。
粒子間に相互作用があるのは初めから言っているのでそう言う意味なら「結合」はありますよ。
で、硬い方がより速く伝えるなら、エーテルがガッチガチなら光速を超えるほど速く伝わるんだろうなぁ、と言う単純な考えに私は至ります。
>光粒子はそういう「結合」が不要なのです。簡単にいえば「ばらばら」なのです。ゆえに、光粒子は物体を透過できるが、エーテル粒子はできないのですよ。
非常に希に光粒子同士が衝突するからエネルギーが伝わるとか言ってましたね。だったら光粒子も「結合」してるってことじゃねーか。
それで許されるならエーテルもいけるでしょ。
>おっしゃってるのは、ダイヤと黒鉛の密度(体積当たりの質量)です。問題にしているのは、粒子の密集度です。18世紀の技術では、密度は測定できても、粒子の分布など分かりません。原子の配列が観測されるのは、X線による解析技術が確立した20世紀のことです。ゆえに、ダイヤは光粒子を通すが黒鉛は通さないなら、黒鉛は布と同じで粒子が均一に分布し、ダイヤは金網と同じで密部分と疎部分があると考えるのが最も自然です。
真密度だと言ってるんだが、まぁいいや。
あえて同素体を選んだ意味が分りませんか?
同じ原子で構成されているんだから高密度の方が金網状になるなんて考えがたいでしょうが。
>微積分を知ってる人は、そんな理解の仕方をしません。引用された文章は、波を伝える媒質を、質量mとばねkに分けてモデル化するという意味です。「モデル化」って分かります? この場合は、実態とは異なる形を仮定することです。引用された1文を全部読んでください。
話の本質を誤魔化さないで下さい。
質量mの質量が最初から言っているようにバネ自体の質量を指していないことを示しただけです。
モデル化?分ってるに決まってるでしょう。
貴方が分ってなかったことを示しただけです。
私と違って高校で物理をとってたんでしょ?その時のバネの問題でmがバネの質量って問題がどれ程ありましたかね?
波動は似たパターンでエネルギーが空間を伝わる現象です。媒質である粒子が相互作用するなら起こりうる現象であり。
相互作用できるなら質量があろうと無かろうと問題ありませんよ。
>議論のこの段階では、16世紀の地動説と18世紀の光波動説に矛盾があると明らかにします。そうやって歴史を明らかにし、最終的には歴史から学びます。でも、先を急がず1歩ずつ進みましょう。まずは、地動説と波動説の矛盾が論点です。
矛盾の有無はどうでも良いんです。当時、それが矛盾だと明らかだったか?が問題なんです。
前にも言いましたよね。武器軟膏でさえその当時は立派な科学だったって。
貴方のやってることに本当に意味を見出せません。
そんなもんよりIDの矛盾の有無とか検証する方が有意義ですよ。
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テネシー州議会下院は今日、学問の自由に関する法案を72対23で可決した。この法案は、生物学的進化、気候変動、ヒト・クローンなど論争の多い科学的問題について、批判的思考と客観的議論を奨励しようとする教師や学区を保護するものだ。
「この法案は、科学教師の学問の自由を保護して進化論のような論争の多い科学的テーマを十分かつ客観的に議論できるようにすることで、健全な科学教育を促進します」とディスカヴァリー研究所のCasey Luskinは述べた。ラスキン氏はさらに次のように述べた。
この法案が科学ではなく宗教を奨励していると批判する人々は、法案を読んでいないか、あるいは異なる科学的意見を検閲するという彼らの目的から注意を逸らすために、煙幕を張ろうとしているのです。
法案は次のように明白に述べている。この法案は
いかなる宗教的または非宗教的教義をも奨励するものではない。
本項は科学情報の教育活動を保護しているに過ぎず、いかなる宗教的または非宗教的教義をも奨励せず、特定の宗教的信条または非信条、宗教または非宗教に対して賛成または反対の立場で差別を奨励するものではない。
テネシー州議会上院はすでに超党派の圧倒的支持でこの法案を可決していた。テネシー州の法案は、2008年にルイジアナ州で採択され「ルイジアナ科学教育法」(Louisiana Science Education Act)として知られる学問の自由政策と類似している。
進化理論の科学的長所と短所の両方を教える教師を保護するため、今年四つの州が学問の自由に関する法律の制定を検討した。その法案の多くが、オンラインでwww.academicfreedompetition.comに掲載されたモデル法令を含め、ディスカヴァリー研究所が起草した法律サンプルを参考にしている。
現在少なくとも九つの州の州政府や自治体が、ダーウィン進化論を支持または支持しない科学的証拠について教師が議論することを擁護し、奨励し、場合によっては義務付ける政策をとっている。
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自然選択論に基づいたダーウィン進化論が完全に証明された科学であると信じ込む頑迷なダーウィン教徒でなければ、上記法案は妥当であると考えるのが極めて常識的な判断でしょう。
それに反対するのは、つまり頑迷固陋のダーウィン教の信徒という事です。
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>議論のこの段階では、16世紀の地動説と18世紀の光波動説に矛盾があると明らかにします。そうやって歴史を明らかにし、最終的には歴史から学びます。でも、先を急がず1歩ずつ進みましょう。まずは、地動説と波動説の矛盾が論点です。
当時の知識からすれば矛盾をはらんでましたが、その後積み重ねられた知識によって解消されました。
現在確認されていないデザイナーが、今後積み重ねられる知識によって確認されるに違いないというにしても、
16世紀の地動説と18世紀の光波動説より蓋然性が高いというのは、なぜでしょう。
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>当時コンセンサスが得られていなかったんだから今示したところで当時の科学者が非科学的思考だったとはならないの。
なぜ「コンセンサス」を問題にされるのでしょうか?
もし矛盾があり、かつ矛盾があるというコンセンサスがないなら、矛盾がないと誤って考えた人がいた、というだけのことです。人間の行動を問題にしてるのではありません。
問題は矛盾があるかないかです。そのために地動説と波動説を、当時の知識体系の中で評価します。
>粒子間に相互作用があるのは初めから言っているのでそう言う意味なら「結合」はありますよ。
>で、硬い方がより速く伝えるなら、エーテルがガッチガチなら光速を超えるほど速く伝わるんだろうなぁ、と言う単純な考えに私は至ります。
問題は、それほど相互作用の強い、硬い物質が空間に充ちていたら、我々を含む物体が影響を受けるはずということです。実際には受けないのだから、観測事実と矛盾します。
>非常に希に光粒子同士が衝突するからエネルギーが伝わるとか言ってましたね。だったら光粒子も「結合」してるってことじゃねーか。
私が、エネルギーが伝わる事象が観測されると言ったのは、光粒子と、鏡面のような他の物体とのあいだですよ。(>>535)
重要なのは、非常に稀な光粒子の衝突は観測が困難という理由で、光の交差を説明できるのに対し、エーテル粒子は恒常的に力を伝えあわないと波動にならない点です。それも光の巨大な伝播速度を生じる強い力です。ゆえに、エーテル中の物体が抵抗を受けないのがおかしいのです。
>同じ原子で構成されているんだから高密度の方が金網状になるなんて考えがたいでしょうが。
18世紀にその判断ができますか?
原子の特性も、原子が結びつく原理も分かってない時代に、ある構造はとりうるが、別の構造はとりえないという判断を、どうやって行いますか?
同じ元素で、外観も硬度も全く異なるダイヤと黒鉛は、何が異なるのか。当時の人も考えたことでしょう。普通に考えうるのは、原子の並び方と結合の強さのはずです。原子の並び方が異なるなら、一方はより均一に分布し、他方は疎密があってもおかしくありません。疎密があれば、疎の部分を光粒子が通るでしょう。
>質量mの質量が最初から言っているようにバネ自体の質量を指していないことを示しただけです。
いいえ、ばねの質量です。私が最初から「ばね」と呼んできたのは、弾性をもつ媒質のことです。そして質量も媒質の質量です。「ばね」を伸び縮みさせる力は「ばね」の質量から生じる慣性力ですよ。だって、おっしゃるような「重り」のない、正真正銘のばねだけで波が伝わるではありませんか。
www.youtube.com/watch?v=fMJrtheQfZw
>相互作用できるなら質量があろうと無かろうと問題ありませんよ
では>>536での問いに答えてください。質量を含まない波動方程式を示すことです。具体的には「v²」の項に何が入るかですね。
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進化論vsID論と言う対決構図は、より正確に言い換えれば進化の過程に設計者が介在するかしないかと言う議論になります。
設計者が介在するかしないか、これ以外の選択肢はないですね。
1かゼロかです。
従って、その設計者の実体が一体何のか、その介在の方法がどんなものか、それらは議論の論点ではありません。
介在したかどうか、その判断が問題の核心であり、議論すべき論点です。
それを実体は何だ、どの様な方法で介在した、それを示せなければID論は成立しない、この様に主張するのは論点のすり替えでしかありません。
ID論の本質は、設計者の存在を示す事であり、その実体や介在方法を示すものではありません。
ソレに関して言えばそれは不可知論の範疇です。
重力の本質が示せないのと全く同様の話です。
言い換えれば、知性の本質が不可知であるのと同様の事です。
ID論否定論者は知性に対する理解自体が不足していますね。
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日本は均一性国家ですが、アメリカは分断国家です。
大統領選でも見事に分断されますね。
そもそもがプロテスタントの国ですからその影響力が強く、それが進化論にも反映します。
進化論に宗教がなだれ込み、ただでさえ整合性の採れない議論が更に混乱します。
未だに若い地球説を唱え、それが信じられたり、一方で勿論それを排撃する人たちもいます。
イギリスはダーウィンの国ですからアメリカに比べて実際の所宗教的な意識は低く、英国国教会は世俗的ですね。
それぞれの立場から様々な主張がなされますが、未だにアカデミズムの中心で唱えらているダーウィン進化論自体が科学に立脚していないので、進化論自体がカオス的な状態にあります。
その辺りの整理が付けられないでいる人たちが専門家も含めて極めて多い。
科学と宗教が入り乱れ、更に空想と現実が混同される。
現在日本の教科書は進化論の説明にやや及び腰です。
ある意味それは妥当な態度と言えなくもないですね。
ID論に踏み込む勇気はとてもないでしょうから。
そこが正面衝突しているアメリカとの大きな違いです。
創造論、ID論に関しても行きつ戻りつしています。
アメリカでそれが決着できない理由は科学信仰と宗教信仰が共に信仰である事です。
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むろん光粒子説にも弱点はあります。ただ、18世紀までは、粒子説の弱点を解決する想定には、当時の知識体系に変更を要求するほどのものはありませんでした。たとえばダイヤモンドの原子分布に疎密があっても、それで覆される法則はありません。ニュートン環も粒子説の弱点で、粒子説論者は知恵を絞ってその説明を考えました。それらの説明は、今の私たちが見ると、おかしなところがありますが、やはり当時の知識体系と両立できない矛盾ではありません。
光波動説の弱点も、多くは同様の事情でした。たとえば光が回折を起こさないことも、その弱点でした。これは光が作る影の輪郭がくっきりとしていて、ぼやけないという意味です。干渉縞ができないことも弱点でした。ニュートン環も縞模様ですが、肝心の、2つの光を重ねた時にみられるはずの縞模様がないのですから。
今の私たちは、それは光の波長が非常に短いからと知ってますし、同じことを考えた人は17〜18世紀にもいたろうと、私は想像します。重要なのは、そのような短い波長は「想像しにくい」けれども「あり得ない」とはいえないことです。そんな波長の波があったとしても、当時の知識体系をご破算にしてしまうにはいたりません。
しかし、光波動説の媒質問題だけは、そうはいきません。光速のような巨大な速度で波が伝わるには、エーテルに巨大な弾性がなければなりません。言い換えれば、光を伝えるエーテルが実在するなら、確立された波動理論を棄却するという、知識体系の一大変更が要求されるのです。
たしかに、矛盾を容認する場合もあります。極小エントロピーの起源に矛盾があっても、熱力学第2法則はあらゆる観測事象が裏付けるから、矛盾を容認するしかありません。2重スリット実験が登場した時もそうでした。光が2つの穴を通ったときのみ干渉縞を作るとなると、エーテルの矛盾を容認してでも、光波動説を受け入れるしかありません。
光波動説の2重スリット実験に相当する、地動説の証拠が、ケプラーの法則です。これほどの証拠が見つかると、風が吹かない矛盾の方を容認するしかありません。
でも、16世紀の地動説と、18世紀の光波動説には、そういう証拠がありませんでした。それなのに矛盾を容認するのは、正当な科学の手段に反するではないか。私はこのことを訴え続けております。
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ハイゼンベルクの不等式が示す不確定性原理は小澤の不等式によって書き換えられ小澤の不等式を支持する実験結果も報告されています。
ハイゼンベルクの不等式は実験によって検証される事なく量子論の中心概念のひとつとしての不確定性原理を示すもの信じられてきましたが、それが覆えされたと言う事です。
ハイゼンベルクは量子そのものの特性である揺らぎと観測する事によって生じる誤差の切り分けが曖昧であったのを小澤の不等式によって整理されたとされます。
もう一つ、ケナードの不等式がありますが、これは量子論から数学的に導かれるものとされ、ハイゼンベルクはその辺りも混同していたと指摘されています。
一般に言われる量子論における観測問題は観測による波動関数の収縮です。
この波動関数が収縮する理由に関しては実際全く不明で、そこにまたさまざまな解釈が存在します。
そしてこの問題も今の所完全に解決される兆しはありません。
人間の意識の介在も主張されています。
二重スリット実験で量子の波動性が示され、観測する事によるその収縮も確認されます。
その二重スリット実験で人間の意識によってスリットを通過した粒子が偏在することを示す実験も報告されています。
実験結果に対する解釈はその理論に拠って常にその結果が示されれば証明された仮説と認定でき、逆にその過程と結果における因果律が示せなければ、それは一つの解釈と言うことなります。
極めて検証が重要視される物理学の分野においても、解釈問題は想像の世界です。
そして想像だけでは勿論それが検証された科学理論とは言えません。
そして自然選択論は完全に空想の世界の物語に過ぎません。
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ダーウィンは自らを不可知論者と称します。
つまり最終的には知り得ない。
その観点から言えば創造の主体は知り得ないという事になります。
この基本的な構想はIDとほぼ同一です。
そしてダーウィンは無神論者ではなくて不可知論者だと主張します。
不可知論と言うのも宗教的な不可知論から非宗教的な不可知論まで内容はかなり錯綜しています。
ラッセルは不可知論者であり更に言えば無品論者だと名乗ります。
彼の根本はむしろ無神論者です。
様々な立場から不可知論は語られますが、要は最終的には決して知り得ないものがあると言う認識は一致しています。
不可知論を完全に否定するのは不可能でしょう。
完全に全てを知り得る事が出来ない事はロジカルにも証明出来そうです。
何処まで行ってもその先があります。
その存在理由の追求は止むことなく無限に連鎖します。
IDの実体も最終的には不可知です。
不可知が不存在の理由にならないことは見てきた通り明らかですね。
つまりIDの実体が不明であることはIDの存在自体を否定する理由にはならないのです。
それを混同して、論拠にしようとする人たちもいますが、それは論点のすり替えです。
IDの存在はあらゆる事象の観察から極めて簡明にロジカルに証明されます。
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>>562
>なぜ「コンセンサス」を問題にされるのでしょうか?
それが科学の手法で重要だからです。
コンセンサスがどうでもイイなら「IDは正しいと思います!」でもう終わりです。
これは科学とは言えませんでしょ。
>もし矛盾があり、かつ矛盾があるというコンセンサスがないなら、矛盾がないと誤って考えた人がいた、というだけのことです。人間の行動を問題にしてるのではありません。
>問題は矛盾があるかないかです。そのために地動説と波動説を、当時の知識体系の中で評価します。
矛盾が矛盾であると当時の知識でしっかり示されるなら良いでしょうが、無理です。
当時のトップレベルの科学の偉人達も完全否定できなかったモノをできると言うのは大変な思い上がりですね。
これ、もう一度言っておきますが、エーテルが鋼のように硬いとか言われたのは19世紀に入ってからですからね?
>問題は、それほど相互作用の強い、硬い物質が空間に充ちていたら、
当時は基本的に流体と見なされてます。
>我々を含む物体が影響を受けるはずということです。実際には受けないのだから、観測事実と矛盾します。
粒子説がまれにしか衝突しないってのと同様に考えます。粘性や摩擦がないなら本当に垂直に接しなければすり抜けちゃいます。
>>同じ原子で構成されているんだから高密度の方が金網状になるなんて考えがたいでしょうが。
>18世紀にその判断ができますか?
ダイヤモンドが炭素で出来ているのは18世紀後半に解明されています。
同じ元素で構成され密度の高い方がスカスカってのは当時でも大矛盾ですよね。
>いいえ、ばねの質量です。
はぁ、左様ですか。教科書読んで、としか私には言えません。
>では>>536での問いに答えてください。質量を含まない波動方程式を示すことです。具体的には「v²」の項に何が入るかですね。
「v²」のままで良いんだよ。表そうと思ったら質量を使っても表せれるってだけのこと。
E=mc²が光だと成り立たないでしょ?同じようなモン。
>>565
>しかし、光波動説の媒質問題だけは、そうはいきません。光速のような巨大な速度で波が伝わるには、エーテルに巨大な弾性がなければなりません。言い換えれば、光を伝えるエーテルが実在するなら、確立された波動理論を棄却するという、知識体系の一大変更が要求されるのです。
別に棄却する必要は無いなあ。仮に一大変更が要求されて何が駄目なの?
一大変更も、もしそちらが正しいなら良いことじゃないの。過去の理論を未来永劫大事にするのが科学じゃ無いの。
検証を続けて確からしさをより強固にしていくことが科学なの。
>光波動説の2重スリット実験に相当する、地動説の証拠が、ケプラーの法則です。これほどの証拠が見つかると、風が吹かない矛盾の方を容認するしかありません。
なんで?
コペルニクスより正確に表されるってだけで風が吹かない理由を容認する意味が分りません。
そんなもんで矛盾を容認するの?
だったらエーテルもさっさと認めたら良いと思いますね。
>16世紀の地動説と、18世紀の光波動説には、そういう証拠がありませんでした。それなのに矛盾を容認するのは、正当な科学の手段に反するではないか。私はこのことを訴え続けております。
示す証拠と矛盾する証拠があった。それに対し意見を出し合い根拠バトルを展開する。それだけの話。
矛盾を容認とか言いますが、何度も言いますが「本当に矛盾か?」を検証する必要がありますし、矛盾なのに成立する証拠が多数示されたら考えざるを得ない状況になります。
矛盾と言う根拠が揺らぐからです。
当時の科学界の巨人達も矛盾と断ずる確信はなかった。それに尽きます。
仮説を立てる、それを検証する。それに対して科学の手段に反するもクソもありませんよ。
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進化論vsID論と言う対決構図は、より正確に言い換えれば進化の過程に設計者が介在するかしないかと言う議論になります。
設計者が介在するかしないか、これ以外の選択肢はないですね。
1かゼロかです。
従って、その設計者の実体が一体何のか、その介在の方法がどんなものか、それらは議論の論点ではありません。
介在したかどうか、その判断が問題の核心であり、議論すべき論点です。
それを実体は何だ、どの様な方法で介在した、それを示せなければID論は成立しない、この様に主張するのは論点のすり替えでしかありません。
ID論の本質は、設計者の存在を示す事であり、その実体や介在方法を示すものではありません。
ソレに関して言えばそれは不可知論の範疇です。
重力の本質が示せないのと全く同様の話です。
言い換えれば、知性の本質が不可知であるのと同様の事です。
ID論否定論者は知性に対する理解自体が不足していますね。
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>コンセンサスがどうでもイイなら「IDは正しいと思います!」でもう終わりです。
理論を支持する理由は当然説明しますよ。ただ、理論の正しさは、その内容だけで決まると思いませんか?
電気にプラスとマイナスがあると考える理由に「そういうコンセンサスがあるから」なんて説明が教科書にありますか?
コンセンサスは理論が正しいことの結果であって、理論が正しい原因にはなりません。科学は多数決ではないのですから。センメルウェイスの提案が支持を得られなかったと、おっしゃったのはご自身ですよ。
>粒子説がまれにしか衝突しないってのと同様に考えます。粘性や摩擦がないなら本当に垂直に接しなければすり抜けちゃいます。
どうしても理解できませんか?
すり抜けたら、波が伝わりません。部分から部分へ、押したり引いたり、力がリレーされる現象が波動です。光粒子同士はすり抜けてもよいが、エーテル粒子同士は力を伝えねばならないのです。
>エーテルが鋼のように硬いとか言われたのは19世紀に入ってからですからね?
硬くない媒質が巨大な速度の波を伝えるメカニズムを、18世紀の知識で説明してみてください。
>同じ元素で構成され密度の高い方がスカスカってのは当時でも大矛盾ですよね。
いいえ。全体をならせば、ダイヤモンドの原子数が多いが、それが一部の場所に集中していれば、矛盾になりません。原子が均等に並んでいる保証はないのですから。
今の私たちは、原子の質量は大半が原子核に集中しており、周囲はスカスカと知ってます。物質の構造が知られてない時代でも、質量の集中自体は、矛盾ではありません。
>「v²」のままで良いんだよ。表そうと思ったら質量を使っても表せれるってだけのこと。
質量を使わずに「v²」を表してください。そんなことができるのなら。
>仮に一大変更が要求されて何が駄目なの?
一大変更をしなくても現象を説明する理論があるのに、一大変更を要求する理論をわざわざ支持しますか?
ある日ニワトリが観測され、後日たまごが観測され、それを説明する2つの理論が提示されたとします。
1.ニワトリがたまごを生んだ
2.ニワトリがたまごに戻った
1は既存の知識体系と整合するが、2は既存の知識体系の一大変更が必要です。そのとき、1より2を唱えるのが「科学の正当な手段」ですか、と尋ねています。
>コペルニクスより正確に表されるってだけで風が吹かない理由を容認する意味が分りません。
そんなもんで矛盾を容認するの?
科学的検証の最重要事項は、事実を予測できることです。熱力学第2法則は、事実を予測できるから、起源問題の矛盾があっても支持されます。ケプラーの法則は天体位置を予測できたから、風の矛盾が未解決でも支持されました。
>矛盾を容認とか言いますが、何度も言いますが「本当に矛盾か?」を検証する必要がありますし、矛盾なのに成立する証拠が多数示されたら考えざるを得ない状況になります。
はい。「本当に矛盾か?」を検証しましょう。波を伝えるエーテル粒子は、すり抜けてはいけません。隣りの粒子を動かす行為を、切れ目なく継続せねばなりません。
私の主張が間違いとおっしゃるなら、
粒子が隣りの粒子を動かすことなく、波動を伝えるメカニズムを示してください。
粒子間に強い結合力が働くことなく、巨大速度の波が伝わるメカニズムを示してください。
質量の項が入らない波動方程式を示して下さい
できないなら、ご自身の主張を撤回してください。
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見て感じて考える、これが意識です。
では誰が見て感じて考えているのか。
これが極めてシンプルで且つ究極的な意識に対する問いかけです。
それは私です、と誰しも答えるでしょう。
ではその私とは何のか、と問われると誰もが答えに窮します。
私とは何処にあるのか、頭の中?頭の中の何処?
これは前に述べたニューロンの電気信号の話になります。
つまり意識の物質的な説明が付きません。
物質の先にある何かが意識です。
AIが進歩すれば何れ意識を獲得する、と主張する人たちがいますが、AIはただコンピューター上で演算しているに過ぎません。
どれだけ演算速度が上がろうと、プログラムが高度化しようと、演算装置に意識が宿ることはありません。
ただ意識があるかのように振る舞う、そう見せかけることが出来るだけです。
つまりAI自体には見たり感じたり考えたりする「主体」は存在しません。
その真似をして見せているだけです。
機械に意識が宿ることはありません。
プログラムと意識は無関係です。
意識は別の所に存在します。
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自律性の獲得が生命の核心です。
そしてそれはそのまま意識に繋がります。
それがどう設計されどう実際に運用されているのか。
中間関与が存在するのかしないのか。
そもそも意識は物質としての説明が付かないのでアリゴリズムに支配されているかどうかも不明です。
あらゆる接合と相関は極めて精妙でそれらは全て奇跡としか言いようのないものです。
生物進化は有り得ない奇跡が無数に連なっています。
意識と自律性の問題はその中でも想像が遥かに及ばぬ世界です。
科学が物質世界をどれだけ解きほぐしてもそこに到達できるかは不明です。
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>>570
>理論を支持する理由は当然説明しますよ。ただ、理論の正しさは、その内容だけで決まると思いませんか?
>電気にプラスとマイナスがあると考える理由に「そういうコンセンサスがあるから」なんて説明が教科書にありますか?
その内容の検証結果がコンセンサスです。
教科書に説明?いちいち書きませんよ。それが絶対条件ですから。
逆にコンセンサスが全く得られていない内容が教科書に載ってる例がありますか?
>センメルウェイスの提案が支持を得られなかったと、おっしゃったのはご自身ですよ。
センメルヴェイスの例は疫学的データが無視された例であって根拠が薄いのに持ち上げられた例ではありません。
ルイセンコにしろセンメルヴェイスにしろ何のために挙げたか理解して下さい。
>すり抜けたら、波が伝わりません。部分から部分へ、押したり引いたり、力がリレーされる現象が波動です。光粒子同士はすり抜けてもよいが、エーテル粒子同士は力を伝えねばならないのです。
すり抜けるのは物質とエーテルであって、エーテル同士がすり抜けるとは一言も述べていませんよ。
>硬くない媒質が巨大な速度の波を伝えるメカニズムを、18世紀の知識で説明してみてください。
普通の媒質と同様です。
硬ければより速く伝わるならカッチカチのエーテルなら光速を超えるレベルで伝わるんだろうね、ってだけ。
>いいえ。全体をならせば、ダイヤモンドの原子数が多いが、それが一部の場所に集中していれば、矛盾になりません。原子が均等に並んでいる保証はないのですから。
>今の私たちは、原子の質量は大半が原子核に集中しており、周囲はスカスカと知ってます。物質の構造が知られてない時代でも、質量の集中自体は、矛盾ではありません。
だったら黒鉛も透過しないとおかしいでしょ?矛盾ですね。
それにダイヤモンドにそのようなムラがあるなら一部の集中してる部分とやらが観測されないのは矛盾ですね。
>質量を使わずに「v²」を表してください。そんなことができるのなら。
表す必要がありません。質量が無いんだから。
>一大変更をしなくても現象を説明する理論があるのに、一大変更を要求する理論をわざわざ支持しますか?
そちらに妥当性があるなら支持しますよ。当たり前です。
変更が面倒だから後生大事にするってもんじゃありません。
>ある日ニワトリが観測され、後日たまごが観測され、それを説明する2つの理論が提示されたとします。
>1.ニワトリがたまごを生んだ
>2.ニワトリがたまごに戻った
>1は既存の知識体系と整合するが、2は既存の知識体系の一大変更が必要です。そのとき、1より2を唱えるのが「科学の正当な手段」ですか、と尋ねています。
2の根拠となる事象があるなら全く持って「科学の正当な手段」です。
地動説にしろ波動説にしろ、ニワトリがタマゴに戻ったとか、中生代に品種改良があったとかと違いそう説明できるってだけじゃなく
それを示す根拠があったわけです。
>ケプラーの法則は天体位置を予測できたから、風の矛盾が未解決でも支持されました。
その理屈ならエーテルも支持されるでしょ。
>はい。「本当に矛盾か?」を検証しましょう。波を伝えるエーテル粒子は、すり抜けてはいけません。隣りの粒子を動かす行為を、切れ目なく継続せねばなりません。
>私の主張が間違いとおっしゃるなら、
>粒子が隣りの粒子を動かすことなく、波動を伝えるメカニズムを示してください。
>粒子間に強い結合力が働くことなく、巨大速度の波が伝わるメカニズムを示してください。
>質量の項が入らない波動方程式を示して下さい
>できないなら、ご自身の主張を撤回してください。
①波を伝えるエーテル粒子は、すり抜けてはいけません。
A,いけないとは思いません。
②隣りの粒子を動かす行為を、切れ目なく継続せねばなりません。
A,切れ目無く継続する必要も感じませんが、エーテル粒子同士は相互作用するので問題ありません。
③粒子が隣りの粒子を動かすことなく、波動を伝えるメカニズムを示してください。
A,エーテル粒子は相互作用するので動かすこと無くと言う前提が誤りです。
④粒子間に強い結合力が働くことなく、巨大速度の波が伝わるメカニズムを示してください。
A,並べた鉄球の例ですね。相互作用するので強い結合とやらは想定する必要を感じません。
⑤質量の項が入らない波動方程式を示して下さい
A,波動方程式の基本形に質量はありません。そもそも波動方程式成立は20世紀に入ってからです。示す意味が分りません。
⑥できないなら、ご自身の主張を撤回してください。
A,撤回する必要性も意味も分りません。
で、本当にどうしたいの?当時の波動説支持が仮に科学を逸脱してたとしてどうしたいの?
当時逸脱が容認されていたからIDの逸脱も容認しろとかでも言いたいの?
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物理法則が何よりも優先されるなら、恐竜が鳥になれないことや、中生代に品種改良が行われたことを、数式で示してくださいね
あははw
-
学術分野にも色々ありますが、進化論に関して最も大きな問題は科学では無いものが科学だと信じられている事です。
現在主流とされる総合説もダーウィン進化論がベースになっています。
それを科学だと主張している訳ですから、それはつまりダーウィン進化論を科学だと信じている訳ですね。
この空想と科学の区別が付けられない致命的な誤謬を長年にわたって犯し続けています。
かれらはID論を非科学的だ、宗教だと言って排撃する訳ですが、では彼らの信じているダーウィン進化論の一体どこが科学なのか。
自然選択が観察されたとする数少ない実例であるダーウィンフィンチにしても工業暗化にしても、全く厳密に自然選択を説明できるものではありあません。
繰り返し説明してきた通り、それは単に都合の良い変異が起こりさえすればそれを自然選択と極め付ける、自然選択の工程に対する完全な無理解が生むものです。
自分達が科学でなく癖に相手を非科学と論難する。
それが彼ら進化論者の採っている態度です。
科学の方法論に対する無知、無自覚。
長くアカデミズムで科学的と主張されてきたからと言って、それが科学である根拠にはなりません。
科学であるためには、どうしても科学と主張したいなら、科学の方法論に則って、事実に依る証明を行ってもらいましょう。
-
ID論の証明は、従来の科学的証明とは異なります。
その理由は「知性」を証明する必要があるからです。
この知性の存在自体が従来の科学の方法論には馴染みません。
知性の定義自体が科学的には中々説明しづらいものだからです。
だからと言ってそれを非科学的と非難するのはお門違いですね。
では、人間の持つ知性は一体どう説明するんでしょう。
我々は人間の持つ知性に対してさえその実体に十分な説明を与えることは出来ません。
しかし「知性」が無ければ文明が成り立たない事は誰でも理解できる紛れもない事実です。
逆にこの文明を成り立たせているものが知性であると定義することも出来るでしょう。
ではその知性の由来は一体何処から来てるのか、それを完全に説明することが出来る人は誰もいないでしょう。
しかし「知性」が存在するのは紛れもない事実ですね。
それを否定する人は誰もいないでしょう。
それを理解するのがID論の理解にとっても極めて重要な事です。
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