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ID再考 & 科学と疑似科学とを判別する
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ID論は体系化されていません。
上記の様に生物、更に言えばこの世界が設計されているのか、或いはそうではないのか、単に2者択一の話で、その判断が問われているだけの話です。
従ってそれが特定の学術分野として直ちに成立することはありません。
それはこの世界をどう捉えるかの判断の問題であって、つまりは認識論です。
学術分野で言うところの科学はその体系が求められますから、そういった従来の意味での学術分野としての科学の範疇には入りません。
進化論に関して言えば、学術体系としては科学の分野に分類されますが、実態が科学とは乖離していることは繰り返し述べてきましたね。
科学と言われる分野で実験・観察・観測・検証これら全ての手順が要求される訳ではありませんが、少なくとも例えば自然選択論が科学理論であると主張する以上は最低限これらの中の複数の手順を踏む必要があります。
そしてそれが科学理論であるとするなら、当然その理論の厳密な検証が必要とされます。
ところが実際のところは自然選択論はダーウィンの「こう考えれば説明できる」と言うレトリックによる言い訳から一歩も前進していません。
殆どの自然選択論者は、そもそも自然選択の厳密な工程すら理解してません。
どの様な過程を経れば自然選択による進化が可能か、その厳密な考証がほとんど皆無でありながらそれを科学理論と称そうとします。
これも何度も書いてきましたが、1930年代の集団遺伝学を標榜する一団によって自然選択論が科学として認知されたという誤った理解が今日まで続いてます。
実際の所厳密な科学的な証明は皆無です。
進化論の主流と称する連中は未だにそこから脱却できないでいます。
自覚が出来ないんですね。
自然選択論が未だに殆ど公理の如く扱われるのには本当に驚かされます。
つまり進化論と言うのは学術分野におけるガラパゴスという事です。
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