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新西尾維新バトルロワイアルpart6

412変態、変態、また変態 ◆mtws1YvfHQ:2014/09/05(金) 00:05:23 ID:2PP8tqhg0





【1日目/夜中/D-6 ネットカフェ】

【供犠創貴@新本格魔法少女りすか】
[状態]健康、りすか達と合流済み
[装備]グロック@現実
[道具]支給品一式×3(名簿のみ2枚)、銃弾の予備多少、耳栓、書き掛けの紙×1枚、「診療所で見つけた物(0〜X)」、心渡@物語シリーズ、シャベル@現実、
   アンモニア一瓶@現実、携帯電話@現実、スーパーボール@めだかボックス、カスタネット@人間シリーズ、リコーダー@戯言シリーズ
[思考]
基本:みんなを幸せに。それを邪魔するなら容赦はしない
 0:宗像形を倒す。一先ず蝙蝠に任せておく
 1:ランドセルランドで黒神めだか、羽川翼と合流する、べきか……?
 2:行橋未造を探す
 3:このゲームを壊せるような情報を探す
 4:蝙蝠の目的をどう利用して駒として使おうか
 5:掲示板の情報にどう対処すべきか
[備考]
 ※九州ツアー中、地球木霙撃破後、水倉鍵と会う前からの参戦です
 ※蝙蝠と同盟を組んでいます
 ※診療所でなにか拾ったのかは後続の書き手様方にお任せします(少なくとも包帯や傷薬の類は全て持ち出しました)
 ※主催者の中に水倉神檎、もしくはそれに準ずる力の持ち主がいるかもしれないという可能性を考えています
 ※王刀の効果について半信半疑です
 ※黒神めだかと詳しく情報交換しましたが蝙蝠や魔法については全て話していません
 ※掲示板のレスは一通り読みましたが映像についてはりすかのものしか確認していません
 ※心渡がりすかに対し効果があるかどうかは後続の書き手にお任せします
 ※携帯電話に戦場ヶ原ひたぎの番号が入っていますが、相手を羽川翼だと思っています
 ※黒神めだかが掲示板を未だに見ていない可能性に気づいていません

413変態、変態、また変態 ◆mtws1YvfHQ:2014/09/05(金) 00:08:43 ID:2PP8tqhg0


【1日目/夜中/D-6 ネットカフェ】

【宗像形@めだかボックス】
[状態]身体的疲労(大) 、精神的疲労(中)、殺人衝動喪失?、左腕(肘から先)欠損、腹部に切り傷、各部に打撲と擦過傷(怪我はすべて処置済み)、左肩欠損(処置せず)、出血(大)、曲絃糸による拘束
[装備]千刀・ツルギ×1@刀語、スマートフォン@現実、ゴム紐@人間シリーズ
[道具]支給品一式×3(水一本消費)、薄刀・針@刀語、トランシーバー@現実、「包帯@現実、消毒用アルコール@現実(どちらも半分ほど消費済み)」(「」内は現地調達品です)
[思考]
基本:阿良々木火憐と共にあるため『正義そのもの』になる。
 0:『悪』を殺す。
 1:供犠創貴と真庭蝙蝠を殺す。
 2:伊織さんと様刻くんを殺す。
 3:『いーちゃん』を見つけて、判断する。
 4:黒神さんを殺す?
 5:殺し合いに関する裏の情報が欲しい。
 6:何が起きた?
[備考]
※生徒会視察以降から
※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを玖渚から聞いた限りで理解しました
※阿良々木暦の情報はあまり見ていないので「吸血鬼」の名を冠する『異常』持ちだと思っています
※無桐伊織を除いた零崎四人の詳細な情報を把握しています
※参加者全員の顔と名前などの簡単な情報は把握しています
※携帯電話のアドレス帳には櫃内様刻、玖渚友が登録されています
※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。誰が誰にどうやって殺されたのかは把握しています
※千刀に持ち主と認められた可能性があります
※左肩の出血を止めなければ出血多量で死ぬ可能性があります

【真庭蝙蝠@刀語】
[状態]身体的疲労(小)、零崎軋識(両足と右腕は都城王土、喉は水倉りすか)に変身中、曲絃糸による拘束
[装備]軋識の服全て
[道具]支給品一式×2(片方名簿なし)、愚神礼賛@人間シリーズ、書き掛けの紙×1枚、ナース服@現実、諫早先輩のジャージ@めだかボックス、
   少女趣味@人間シリーズ、永劫鞭@刀語
[思考]
基本:生き残る
 0:宗像形を殺す
 1:創貴とりすかと行動、ランドセルランドへ向かう
 3:強者がいれば観察しておく
 4:完成形変体刀の他十一作を探す
 5:行橋未造も探す
 6:危なくならない限りは供犠の目的を手伝っておくがそろそろ裏切ってもいい頃かもしれない
 7:黒神めだかに興味
 8:鳳凰さまが記録辿りを……? まさか川獺が……?
 9:げえ零崎人識!
[備考]
 ※創貴と同盟を組んでいます
 ※現在、変形できるのはとがめ、零崎双識、供犠創貴、阿久根高貴、都城王土、零崎軋識、零崎人識、水倉りすか、元の姿です
 ※都城王土の『異常』を使えるかは後の書き手の方にお任せします
 ※放送で流れた死亡者の中に嘘がいるかも知れないと思っています
 ※鑢七実の危険性について知りましたが、嘘の可能性も考えています
 ※供犠創貴に変態してもりすかの『省略』で移動することはできません。また、水倉りすかに変態しても魔法が使えない可能性が高いです
 ※宇練銀閣の死体を確認しましたが銀閣であることは知りません
 ※体の一部だけ別の人間の物に作り替える『忍法・骨肉小細工』を習得しました

414変態、変態、また変態 ◆mtws1YvfHQ:2014/09/05(金) 00:09:18 ID:2PP8tqhg0

【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康
[装備]斬刀・鈍@刀語 、医療用の糸@現実、携帯電話その1@現実
[道具]支給品一式×8(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)
   千刀・ツルギ×2@刀語、 手榴弾×1@人間シリーズ、青酸カリ@現実、小柄な日本刀、S&W M29(6/6)@めだかボックス、
   大型ハンマー@めだかボックス、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
   携帯電話その2@現実、文房具、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×5@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数
[思考]
基本:戯言遣いと合流する。
 0:蝙蝠と宗像捕まえたし、こいつらで斬刀調べてみるか?
 1:水倉りすか、供犠創貴を捕まえるか殺す。この辺りにはいるんだろうし。
 2:伊織ちゃんと連絡を取る。合流するかどうかは後から決める。
 3:零崎を始める。とりあえず戯言遣いと合流するまでは。
 4:哀川潤が生きてたら全力で謝る。そんで逃げる。
 5:黒神めだか? 会ったら過剰防衛したとでも言っときゃいいだろ。
[備考]
 ※曲絃糸の射程距離は2mです
 ※曲絃糸に殺傷能力はありません。拘束できる程度です
 ※りすかが曲識を殺したと考えています
 ※Bー6で発生した山火事を目撃しました
 ※携帯電話その1の電話帳には携帯電話その2、戯言遣い、ツナギ、無桐伊織が登録されています
 ※携帯電話その2の電話帳には携帯電話その1、戯言遣い、ツナギ、玖渚友が登録されています。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
 ※球磨川禊が気絶している間、鑢七実と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします

※蝙蝠達と創貴達のいる場所はネットカフェ内の別の場所です
※千刀・ツルギは折れた物含め500本近くと絶刀・鉋がネットカフェ中に突き刺さっています。また、一部の千刀は外にあります

415 ◆mtws1YvfHQ:2014/09/05(金) 00:14:40 ID:2PP8tqhg0

以上です。
ちょっと二人ばかり強化し過ぎたかも知れません。
久し振りに書いたので妙な部分が多いやも。
何時も通りになりますが、感想や妙な所などございましたらよろしくお願いします。

あとトリはこれで続行する予定です。

416 ◆mtws1YvfHQ:2014/09/05(金) 22:15:40 ID:2PP8tqhg0

>>402 を修正します


異変は、宗像から起きた。
刀を取り出しはした。
しかし、別の刀。
薄刀・針。
薄過ぎる芸術品と言って差し支えのない刀。
その刀身を光が透ける。
笑ったのは蝙蝠だった。
簡単な話。
待っていたのだ。

「きゃはきゃは! やっとかよ!」

本棚は最早壊れた物しかないからか、蝙蝠が床を蹴る。
振るわれる絶刀を宗像は下がって避ける。
受けれないから、避けるしかない。
待っていたのだ。
蝙蝠は。
なるほど宗像の所有する暗器の技は驚くべき物だ。
何処からともなく刀が現れる。
しかし。
それは。
何もない所から現れる訳ではない。
あくまでもある物を出せる。
それだけなのだ。
故に。
千刀を使い切る瞬間を。
投げ終えるその時を。
蝙蝠は待っていた。
粘り強く。
辛抱強く。

「きゃはきゃはきゃはきゃはきゃは!」
「くそっ!」

宗像が薄刀を引っ込め、刺さった千刀に手を伸ばした。
殺しの技術。
殺さない技術。
宗像の有するそれは卓越した物である。
しかし果たしてそれは。
生粋の殺人鬼の体と生粋の殺人忍の経験。
その二つを併せ持つ相手に勝る物なのか。
刀身が折れ吹き飛ぶ。
柄を投げ付け次に手を伸ばす。
それは、宗像が圧されていると言う状況が全てを物語っていた。

417名無しさん:2014/09/06(土) 11:22:45 ID:I2awvnWI0
投下乙です
短い一文一文から戦闘の緊迫さが伝わってきますね
千刀に選ばれた(かもしれない)宗像くんに骨肉小細工を習得した蝙蝠とどっちも強化されてるのに人識お前というやつは…w
改めて極絃糸ってチートだなあ

指摘というか気になった点ですが、
宗像くんは詳細名簿で零崎一賊を把握してるので人識に対してリアクションがあってもいいのと、蝙蝠の状態表に怪我の具合が書かれていないのはどうかなーと
どちらも状態表レベルでの修正で済むのでご一考いただければ

418名無しさん:2014/09/06(土) 14:20:21 ID:tXXbqhRk0
投下乙

419名無しさん:2014/09/09(火) 21:22:42 ID:V/QIFGYYO
投下乙です
キズタカ・・・そこに気付くとはやはり天才か・・・・・・
蝙蝠さんはもう「神の蝙蝠」の異名を誰かから受け継いでもいいと思う(誰とは言わない)
「両足で白刃取り」って発想が何気に凄いww でもこの人の足なら普通にできるんだよな・・・壁に立てるくらいだし

420名無しさん:2014/09/12(金) 07:55:52 ID:L3JHbNVI0

>>413 を修正します


【1日目/夜中/D-6 ネットカフェ】

【宗像形@めだかボックス】
[状態]身体的疲労(大) 、精神的疲労(中)、殺人衝動喪失?、左腕(肘から先)欠損、腹部に切り傷、各部に打撲と擦過傷(怪我はすべて処置済み)、左肩欠損(処置せず)、出血(大)、曲絃糸による拘束
[装備]千刀・ツルギ×1@刀語、スマートフォン@現実、ゴム紐@人間シリーズ
[道具]支給品一式×3(水一本消費)、薄刀・針@刀語、トランシーバー@現実、「包帯@現実、消毒用アルコール@現実(どちらも半分ほど消費済み)」(「」内は現地調達品です)
[思考]
基本:阿良々木火憐と共にあるため『正義そのもの』になる。
 0:『悪』を殺す。
 1:供犠創貴と真庭蝙蝠を殺す。
 2:伊織さんと様刻くんを殺す。
 3:『いーちゃん』を見つけて、判断する。
 4:黒神さんを殺す?
 5:殺し合いに関する裏の情報が欲しい。
 6:殺人鬼だから零崎人識も殺す。いやそれより何が起きた?
[備考]
※生徒会視察以降から
※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを玖渚から聞いた限りで理解しました
※阿良々木暦の情報はあまり見ていないので「吸血鬼」の名を冠する『異常』持ちだと思っています
※無桐伊織を除いた零崎四人の詳細な情報を把握しています
※参加者全員の顔と名前などの簡単な情報は把握しています
※携帯電話のアドレス帳には櫃内様刻、玖渚友が登録されています
※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。誰が誰にどうやって殺されたのかは把握しています
※千刀に持ち主と認められた可能性があります
※左肩の出血を止めなければ出血多量で死ぬ可能性があります

【真庭蝙蝠@刀語】
[状態]身体的疲労(小)、零崎軋識(両足と右腕は都城王土、喉は水倉りすか)に変身中、胸部に切り傷、左肩から右腰にかけ切り傷、全身に裂傷、曲絃糸による拘束
[装備]軋識の服全て(切り目多数)
[道具]支給品一式×2(片方名簿なし)、愚神礼賛@人間シリーズ、書き掛けの紙×1枚、ナース服@現実、諫早先輩のジャージ@めだかボックス、
   少女趣味@人間シリーズ、永劫鞭@刀語
[思考]
基本:生き残る
 0:宗像形を殺す
 1:創貴とりすかと行動、ランドセルランドへ向かう
 3:強者がいれば観察しておく
 4:完成形変体刀の他十一作を探す
 5:行橋未造も探す
 6:危なくならない限りは供犠の目的を手伝っておくがそろそろ裏切ってもいい頃かもしれない
 7:黒神めだかに興味
 8:鳳凰さまが記録辿りを……? まさか川獺が……?
 9:げえ零崎人識!
[備考]
 ※創貴と同盟を組んでいます
 ※現在、変形できるのはとがめ、零崎双識、供犠創貴、阿久根高貴、都城王土、零崎軋識、零崎人識、水倉りすか、元の姿です
 ※都城王土の『異常』を使えるかは後の書き手の方にお任せします
 ※放送で流れた死亡者の中に嘘がいるかも知れないと思っています
 ※鑢七実の危険性について知りましたが、嘘の可能性も考えています
 ※供犠創貴に変態してもりすかの『省略』で移動することはできません。また、水倉りすかに変態しても魔法が使えない可能性が高いです
 ※宇練銀閣の死体を確認しましたが銀閣であることは知りません
 ※体の一部だけ別の人間の物に作り替える『忍法・骨肉小細工』を習得しました

421名無しさん:2014/09/15(月) 08:04:32 ID:.FujR4Wo0
集計者さんいつも乙です
今期月報
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
150話(+1) 15/45 (-0) 33.3(-0.0)

422名無しさん:2014/09/15(月) 23:47:17 ID:SWpuXrpk0
投下乙
壁に建てるんだもの、白羽取りぐらい余裕だよね!(白目

423 ◆ARe2lZhvho:2014/10/02(木) 01:28:01 ID:w61TEtK60
お久しぶりです
予約分投下します

424残り風 ◆ARe2lZhvho:2014/10/02(木) 01:28:45 ID:w61TEtK60
殺し合い。
この場所で行われていることを一言で説明する単語を聞いたとき、私がまず思い浮かべたのは昔地元の図書館で読んだ本のことだ。
当時小学生だったにもかかわらずその本を読んでしまった理由は今となってはわからない。
その年齢に見合った本は粗方読破してしまっていて、たまには違う趣向のものを求めていたとか、大方そんな理由だろう。
小学生が見るような内容ではなかったのかもしれないが、『人が死ぬ』という点に限って言えば、ミステリーではいつものことだったしなんとも思わなかった、と思う。
司書さんに見つかったときにはもう読み終わった後で、「翼ちゃんが読むようなものじゃないんだけどね」と苦笑いしていたっけ。
掻い摘んで話すだけで友達を失っていった私の家庭事情も司書さんには話していなかったし、『そういうもの』に影響されるような子供ではないと思っていたのだろう。
思っていたのだろう。

人が人を殺さない保証などどこにもないというのに。





いーさんの運転する車に乗って辿り着いたランドセルランドという名の遊園地。
イルミネーションが煌々と輝く中私たち以外に人がいないというのはその静寂さもあいまってかなりの不気味さを醸し出している。
どうやら先程まで一緒にいた零崎さんや他にも待ち合わせている人がいるらしいが、こんなとこで待たずとも入り口にいればいいのに、と思わなくもない。
だが、わざわざ搬入車両用の出入口を探して入った理由を目撃してしまっては「場所を変えよう」なんて言うのは憚られる。
入場ゲートを越えた先に見えたのは赤黒い広がりと淵に転がっていた、何か──なんてぼかす必要もない、死体だ。
座っていた場所や身長の関係からか、真宵ちゃんがそれを目撃していなかったのがせめてもの救いだけれど。
いくら幽霊だからといって、死体に対して悪印象を抱かないかどうかは別の話だ。

「あの、羽川さん」
「どうしたのかな、真宵ちゃん」

その幽霊である真宵ちゃんはまだ現状を把握しきっていない。
私が多少の説明と周囲の会話で状況を判断したのに対し、真宵ちゃんには車の中で殺し合いのことはぼかしつつ必要最低限のことしか伝えていなかった。
戦場ヶ原さんが車を降りた後は気まずさで車内に会話はなかったし、おかげで真宵ちゃんは肝心なことは何も知らないままだ──阿良々木君が死んだことも。

「それがですね、先程からどうも調子が悪くて」
「珍しいね。てっきり幽霊はそういうものと無縁だと思っていいたんだけれど」

記憶を消失する前から真宵ちゃんは苦しそうにしていたけれど、今の方がマシに思えるのは私の気のせいではないと思う。
不調の原因が恐らくはストレスによるもので、それを強制的に取り払われたから快方に向かっているのだろうか。
それでも幽霊が体調不良というのはおかしな話だ。
迷い牛という怪異ではなくなった今、真宵ちゃんを視認する条件はわからないけれども、あの場で誰もが真宵ちゃんを認識できていたことと関係あるのかもしれない。

「こんなのは十一年ぶり、いえ、生前も結構健康でしたからそれ以上ぶりですかね。そのせいか噛みにくいです」
「それとこれとは関係ないと思うなあ……」

そもそもまだ一度も噛んでいないのに噛みにくいと言われても。
伝聞で聞いた限り、阿良々木君と話すときとは随分違うようだけれど。

「あちらの方は何を思って未成年略取に及ばれたのだと思います?」
「あからさまに噛まないの」

いくらなんでも言いすぎだ、色んな意味で。
どう考えてもいーさんは親切な部類の人間だろうに。
確かに誘拐犯は親切な人間を装って犯行に及ぶ傾向がある……って、いけない、何を考えているんだ、私は。
しかし……私たちの会話は聞こえているはずなのに一向に混ざる気配を見せないいーさんの態度が気になるのも確か。
私たちを見守る、と言うには優しくないし監視している、と言うにはきつくない。
だから、そう、ただ見ているだけとでも言えばいいのか。
真意がどこにあるのか全くわからないけれどそれを問いただせる勇気はない、当然真宵ちゃんもだ。

「失礼、噛みました」
「次からはもっと上手に噛んでね」
「いや、どうもあの方、阿良々木さんに似てる節があったものですから」
「阿良々木君と似てる……?」

425残り風 ◆ARe2lZhvho:2014/10/02(木) 01:29:19 ID:w61TEtK60
それは私にはなかった考えだ。
そうか、そういう考え方もあるのか。
今のところ私にはいーさんと阿良々木君との共通点は見つけられないけれど、真宵ちゃんには思うところがあるのだろう。

「そういえば聞くのが遅れてしまったというか、あからさますぎて聞くに聞けなかったのですが……」
「もったいぶるなあ。答えられることならちゃんと答えるから」
「では聞きますが、どうして髪が伸びておられるのですか?」
「…………え?」

予想外の方向から来た質問に答えることはできなかった。
私が知っているのはあくまで知っていることだけで知らないことは知らないのだから。
髪が伸びる、ということは前提として短い髪型をしていたということになるけれど、私はショートヘアにした覚えはない。
なにせ、幼稚園児の頃から三つ編みで通してきていたのだし、真宵ちゃんもそれを知っているはずなんだけど……

「聞き方が少し悪かったですかね。私がの知る羽川さんは髪型をショートにしておられたのです」
「私が……?」
「はい。私が昨日お会いしたときも普通にショートヘアのコンタクトレンズにしてましたよ。いめちぇん、されたのでしょう?」
「………………」

何がどうなったら私が『いめちぇん』するようなことになるのだろう。
髪もばっさり切って眼鏡も外したとなるともはや別人だ。
……いや、そもそもの前提が食い違っているのか。
真宵ちゃんにとっての『昨日』がいつなのかにもよってくる。
さっきから質問してばかりだなあ、私。

「ねえ、変なことを聞くようだけど、正直に答えて。『今日』って何月何日?」
「『今日』ですか? 8月22日、ですが」
「私の中では『今日』は6月14日、なんだよね」

突拍子もない仮定だったのだが、どうやらそれが間違っていないらしい。
参った……さすがにスケールが大きい。
……ちらりといーさんの方を見やったが動揺らしきものは見られない。
つまり、「ここにいる人たちの時間の認識が食い違っていること」は把握済み、ということか。

「ああ、どうりで。その頃でしたら髪を伸ばされてるのも納得です」
「そこで戸惑ったりしないんだ……」
「怪異がいるんだしタイムスリップやらがあってもおかしくはないんじゃないですかね。案外身近にいるかもしれませんよ」
「いやいやまさか」
「じゃあこういうのはどうでしょう、何か──例えば怪異の仕業で記憶が操作されてしまったとか。あくまでもたとえ話ですが」
「記憶を……」

タイムスリップを持ち出されるよりも(私にとっては)説得力のある仮定だが、今そのことについて言及するのはデリケートすぎる。
真宵ちゃんの記憶がなくなる瞬間に居合わせてしまったし、私もそうされたかもしれないとなるとつい考えるのをためらってしまっていたが……
だが、もしかするとこれはいいアプローチだったかもしれない、そういう旨のことを言おうとして口を開き、

「真宵ちゃん!? しっかりして!?」

思っていたこととは違う言葉を発していた。
顔色は蒼白、繰り返される浅い呼吸、痙攣するかのように震える体、明らかに体調が悪くなっている。
さっき私は真宵ちゃんの不調の原因をストレスによるものだと決めつけていたけれども、それがその通りだったとしたなら──

「真宵ちゃん!?」
「だ、大丈夫です……戯言、さん……」

なくなった記憶がフラッシュバックしたのではという私の予想を裏付けるように、駆け寄ってきた──さすがに異常事態だと察したらしい──いーさんへの呼称が戻っていた。

426残り風 ◆ARe2lZhvho:2014/10/02(木) 01:30:35 ID:w61TEtK60
「戯言さんはこちらが求めたとき以外口を挟まないでください」と体調が優れないながらもかなり憤慨した口調で念押した上で、私と真宵ちゃんの現状確認が始まった。
その気になれば断ることだってできただろうに、それを甘んじて受けるということはやはり私たちに負い目があるのか。
先程まで付かず離れずで私たちを見ていたのはいわゆる罪悪感によるものだったらしい。
一通りの情報共有も終えたことで私の身に何が起きていたのかも知るところとなったし。
とはいえ、私がブラック羽川になっていたことを他人の口から聞くのは堪えるものがあるなあ……
目覚めたときに着ていた装束も中々恥ずかしいものだったが、鑢さんの話を聞いた限り、それに着替える前の服装もあったはずなんだけれど。
あのときは余裕がなくて手持ちに何があったか把握するので精一杯だったけれど、今なら思い出せる──確か……あれ?
いやいや、待て待て、まだそうと決まったわけじゃない。
途中で捨てていた可能性もある、うん、きっとそうだ。

「いーさんはブラック羽川に遭ったんですよね? 覚えていないのに言うのもなんですが、その節はご迷惑をおかけしました」
「別に、こうして五体満足でいるんだし、翼ちゃんが謝ることじゃ……」
「怪異に遭ってしまった時点で迷惑をかけたのと同義です。それで、差し支えなけれえば、本当に差し支えなければ教えてほしいのですが、そのとき……どんな服装でした?」
「……………………上下とも黒の下着姿でした」
「大変ご迷惑をおかけしましたあっ!」

いやな予感が当たってしまった。
ゴールデンウィークにまさにその格好で往来を闊歩していたけれど……うわあ。
他の人に見られていない、と考えるのはいくらなんでも無理があるし……うわあ、としか感想が出てこない。
真宵ちゃんの目線も心なしか、なんて修飾する必要もないくらいに冷めている。
正直私が一番ドン引きだ。
ただ、これがきっかけになったのかぎくしゃくした空気が軽減されて多少は会話が弾むようになったのがせめてもの収穫だった。
……気まずい空気のままだったら報われなさすぎる。


【一日目/夜中/E-6 ランドセルランド】

【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]精神的疲労(小)
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
   赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り) 、錠開け道具@戯言シリーズ、
   タオル大量、飲料水やジュース大量、冷却ジェルシート余り、携帯電話@現実、解熱剤、フィアット500@戯言シリーズ
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 0:記憶が戻るだなんて聞いてないぞ……これもこれでまあ、悪くはないけど。
 1:玖渚を待つ。
 2:掲示板を確認しておこう。
 3:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 4:危険地域付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識、ツナギ、玖渚友のものが登録されています
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
 ※八九寺真宵の記憶を消すかどうかの議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします

427残り風 ◆ARe2lZhvho:2014/10/02(木) 01:31:12 ID:w61TEtK60
【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]ロワ中の記憶復活、それに伴う体調不良(微熱と若干の体力低下)
[装備]人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:変わらない。絶対に帰るんです。
 0:まったく、戯言さんは!
 1:羽川さんと共に戯言さんの待ち人を待ちましょう。
 2:黒神めだかさんと話ができればよいのですが。
 3:羽川さんの髪が長かったのはそういう事情でしたか。
 4:戦場ヶ原さんも無事だといいんですが……
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です
 ※本当に迷い牛の特性が表れてるかはお任せします


【羽川翼@物語シリーズ】
[状態]健康、ノーマル羽川、大体の現状認識
[装備]パーカー@めだかボックス、ジーンズ@めだかボックス
[道具]支給品一式×2(食料は一人分)、携帯食料(4本入り×4箱)、毒刀・鍍@刀語、タブレット型端末@めだかボックス、黒い箱@不明、トランシーバー@現実、
   「ブラウニングM2マシンガン×2@めだかボックス、マシンガンの弾丸@めだかボックス」
[思考]
基本:未確定。もちろん殺し合いに乗る気はないが……
 0:ああ……恥ずかしい。
 1:阿良々木くんが死んでいることにショック。理解はできても感情の整理はつかない。
 2:情報を集めたい。ブラック羽川でいた間に何をしていたのか……
 3:戦場ヶ原さんは大丈夫かなあ。
 4:真宵ちゃん無理しないでね。
[備考]
 ※ブラック羽川が解除されました
 ※化物語本編のつばさキャット内のどこかからの参戦です
 ※全身も道具も全て海水に浸かりましたが、水分はすべて乾きました
 ※トランシーバーの相手は玖渚友ですが、使い方がわからない可能性があります。また、相手が玖渚友だということを知りません
 ※ブラック羽川でいた間の記憶は失われています
 ※黒神めだかの扱いについてどう説得したか、他の議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします


「到着、ランドセルランド」


ぎこちないながらも穏やかな時間が流れ始めたランドセルランドだったが、それを許さないかのように使者が訪れる。


「内部巡回、開始」


【一日目/夜中/E-6 ランドセルランド入口】

【日和号@刀語】
[状態]損傷なし
[装備]刀×4@刀語
[思考]
基本:人間・斬殺
 1:上書き。内部巡回
[備考]

428残り風 ◆ARe2lZhvho:2014/10/02(木) 01:31:35 ID:w61TEtK60
これでおしまい、じゃないんだよな。
ああ、安心してくれ。
僕は何もしないよ。
これはただの取り繕いさ。
僕としたことがちょっとしくじってしまったらしい。
切り離しが不完全だったようで、一部が君のご主人様に残ってしまったみたいでね。
君が一番不安定な状態だったということにも起因するが、それでも僕のせいだということに変わりはない。
何か埋め合わせをするわけじゃあないんだけどね。
それだと干渉しすぎてしまう。
ま、自身で気付く分には構わないからヒントをあげるとしようか。

君が入っているのはあくまでも籠だ。
閉じ込めるための檻とは違って、籠の役割は一時的な容れ物でしかない。
つまり。

外側からなら簡単に取り出せるってことさ。

忠告はしてあげたんだ、ちゃんと考えておくんだぜ?
何が一番ご主人様のためになるのかを。

429 ◆ARe2lZhvho:2014/10/02(木) 01:32:53 ID:w61TEtK60
投下終了です
短めながら今回もぶん投げた感がありますが何かあれば遠慮なく

430名無しさん:2014/10/02(木) 19:17:40 ID:tg6Q3zyk0
投下乙です

431名無しさん:2014/10/02(木) 23:23:51 ID:zBTfB3B.O
投下乙です

獲物がふえるよ! やったね日和ちゃん!
八九寺の記憶といい羽川の障り猫といい、平和に見えてここも火種だらけなんだよなあ

432名無しさん:2014/10/03(金) 22:01:56 ID:tVKuilU20
投下乙です。
そういえばブラック羽川って最初からあの格好だったっけ
下着姿の女性を拉致して会場に放り込むとか、主催者ひどい…

このメンツしかいない状態で日和号が来ると詰みにしか見えないけど
ブラック羽川再来フラグも立ってるしさらに別方向から波乱がありそう

433名無しさん:2014/10/03(金) 23:23:19 ID:En0LhEWM0
投下乙です

434名無しさん:2014/10/04(土) 12:58:28 ID:CI8TKaaw0
投下乙です!
ああ、ブラック羽川さんのあられもない姿を、いーくんは見ていたのですね……
ノーマルの方が知ったら、恥ずかしいってレベルじゃない……あと真宵ちゃん、いーくんは悪くないよ!

436<削除>:<削除>
<削除>

437 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 13:44:55 ID:GGNzVLNQ0
投下開始します

438球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 13:46:02 ID:GGNzVLNQ0
デジャヴ。
黒神めだかの死に様を目の当たりにして、それに既視感を覚えるのは自然であり必然とも言える――彼女の一度目の死、すなわち戦場ヶ原ひたぎによる殺害を見ている者ならば。
焼き直しであり、やり直し。
失敗のやり直し。
一度目の死は、球磨川禊の『却本作り(ブックメーカー)』を受けた直後の隙を突かれたことによる死。より正確に言うなら、『却本作り』を自ら受け入れ、自ら喰らうことを選んだゆえの死。
二度目の死は、やはり球磨川と、交霊術により会話を可能とした戦場ヶ原ひたぎと人吉善吉。この三人に意識を向けすぎていたため、七花に不意討ちを狙う隙を与えてしまったことによる死。
過程や相手は諸所違えど、めだかが命を落とした原因は根本のところで共通している。
「他人と向き合いすぎたため」、殺された。
誰かに対して真正面から真摯に向き合い、その言葉を、思いを、願いを、恨みを、憎しみを、すべてを受け入れ、受け止めたからこそ、背後にいた者に、または蚊帳の外にいた者に気付けなかった。
一度ならず二度までも。
真っ直ぐに向き合って、真裏から刺された。
ただし、黒神めだかはそれを失敗とは呼ばないかもしれない。迂闊と言えば迂闊だし、結果として命を落としている以上うまくやったとは言えないだろうが、それでも決して、生半可な覚悟で彼女は誰かに臨んだわけではない。
球磨川は彼女にとって、数年間戦うことを待ち焦がれていた因縁の相手だったし、善吉と戦場ヶ原のときなど、自分のせいで死んだ(とめだか自身は思っている)者の遺した思いとまで向き合っているのだ。
大げさでなく、命を懸けて。
そういう意味で、めだかは自分自身の信念に殉じたとも言える。自分の信じる道に従い、その結果として命を落としたとなれば、確かにそれを失敗と呼ぶのは無粋かもしれない。
誰かのために生きることを宿命とした彼女が、誰かのために死んだのだとしたら。
皮肉ではあれど、妥当とは言える結末だろう。
だからこの場合、失敗したと言うべきは球磨川のほうだった。球磨川こそ過去から学び、同じ失敗を繰り返さないよう心に留めておくべきだった。
二度もめだかの正面に立ちながら、二度もめだかへの不意討ちを看過し。
今なお、同じ失敗を繰り返そうとしている球磨川禊こそ。



   ◇     ◇



「う――うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

めだかが殺されたのを見て、球磨川は火のついたように絶叫した。
悲鳴とも怒号ともつかない金切り声を上げながら、地面に転がっためだかへと駆け寄り、

「『大嘘憑き(オールフィクション)』――!!」

間髪いれず、己の過負荷(マイナス)を発動させた。
“一度目”のときと寸分違わぬ様相で。

「黒神めだかの死を、なかったことにした――!!」

愚の骨頂と言うならこれがまさにそうだろう。
自分がなぜ一度、戦場ヶ原ひたぎによって殺されたのか、めだかを生き返らせたとき、なぜそれをかばう羽目になったのか、完全に忘却している。

439球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 13:46:49 ID:GGNzVLNQ0
“一度目”のとき、めだかのすぐそばに戦場ヶ原ひたぎがいたように、今回は鑢七花がいる。今の状況でめだかを復活させれば、また二の太刀が振るわれるかもしれないというのに。
デジャヴどころかパブロフの犬さながらの従順さで、過去と全く同じ行動をとった。
混乱のさなかにあったとはいえ、迂闊が過ぎる――しかし、真に愚かなのはそこではなかった。
一度目のときは「黒神めだかを生き返らせる」という目的自体は達していた。冷静に対処すればもっと少ない被害で済ませることはできただろうけど、結果から見れば成功したと言ってもいい。
今回はその目的すら果たせていない。
黒神めだかの死はなかったことになっていない。

「……!? お、『大嘘憑き』――!!」

めだかの死体に変化がないのを見て、もう一度能力を発動させる。
しかし何も起こらない。

「『大嘘憑き』――!! 『大嘘憑き』――!! 『大嘘憑き』――!! 『大嘘憑き』――!!」

何も起こらない。何も起こらない。何も起こらない。
何も起こらない。

「な……何で」

頭を抱え、めだかの傍らに膝を付く球磨川。
まさか忘れたわけでもないだろう――安心院なじみにそれを聞いてから、まださほど時間は経っていない。
いや、時間が経過したからと言って忘れるような内容でもあるまい。『大嘘憑き』による死者の復活という、この殺し合いにおいてある意味最強のカード。その手札がすでに尽きているという重要な事実を。
傍から見ていた七実でさえ気付いた事実だ(実際に気付いたのは四季崎記紀だが)。直接聞かされている球磨川にわからないはずがない。
わからないはずがないなら、わかりたくないのか。
事実を事実として認めたくないのか。

「何をするつもり? 七花」

と、七実がここで口を開く。
“球磨川と七花の間に割って入った”鑢七実が、である。

「どけよ姉ちゃん――そいつを殺せないだろ」
「……冗談には付き合わないわよ」

頭を抱えてしゃがみ込むところまで含め、球磨川の一連の行動はあまりに無防備なものだったが、実際危ないところではあった。
めだかの死体を放り捨てた後、返す刀で球磨川に斬りかかろうとしていた七花の前に、七実が球磨川をかばう形で立ちはだかっていなければ、球磨川もめだかと同じように斬り捨てられていたかもしれない。

「とうとう気でも触れたのかしら? 大人しくしてたと思ったら、いきなりめだかさんに斬りかかるなんて。まるでしのびか何かのようじゃない」

七実の言い草に、七花は不快そうな表情を見せる――剣士に対してしのびのようだなどと言えば、七花でなくとも良い気分にはならないだろうが。

440球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 13:47:34 ID:GGNzVLNQ0
 
「思い出しただけだよ。おれが何をするべきだったのか」

いつでも斬りかかれる姿勢の七花に対し、構えることなくただ立っているだけの七実。
それはつまり、互いに臨戦態勢であることを意味している。

「考えてみりゃ、おれはもともと誰彼構わず斬り捨てるつもりでいたんだ。姉ちゃんだろうと、姉ちゃんの持ち手だろうと関係ねえ。おれが最後の一人になるまで、ただの刀として戦い続ける。最初からからそのつもりで、今もそうするべきだった」

だからそうした。
刀としてやるべきことをやった。
斬るべきものを斬った。

「だいたいここは決闘場とかじゃなくて戦場だろ。いくさの場で不意を突くのが卑怯なんて、姉ちゃんは言うつもりかよ」
「言うようになったわね、あなたも」

その単純な回答に、七実はため息で応える。

「まあ、あなたの行動理由についてはそれでいいわ――いえ、悪いのだけれど。でも七花、あなたがどういう理由で動いていようと、禊さんまで斬ることは許さない。
 禊さんに刃を向けることは、わたしに刃を向けることと同義。それをちゃんとわかっているのかしら?」
「……姉ちゃんは、変わったな」

ふっと、軽く表情を歪ませる七花。
七実の病魔の影響を受けているせいか、顔色は目に見えて悪く、呼吸も荒い。

「姉ちゃんは、誰かの刀になんてなるはずないと思ってた。誰かのためにそんな真剣な物言いをするなんて、夢にも思わなかったよ――まして、そんな得体の知れない男のために」
「わたしのことを知った気にならないでと言ったはずよ。それと禊さんへの侮辱はやめて頂戴」

ちなみに当の球磨川はといえば、二人の会話に気付く様子もなく、未だめだかのそばで放心したままである。

「そもそも恩知らずだとは思わないのかしら。七花、瀕死の重傷を負っていたあなたを助けたのは、わたしと禊さんだったはずよ。言うなれば命の恩人である禊さんを手にかけることについて、あなたは何とも思わないの?」
「だから関係ないんだよ――それに命の恩人っていうなら、おれと姉ちゃんに関してはお互い様だろ」

彼らしからぬ、皮肉めいた表情を七花は浮かべ、

「姉ちゃんが殺されかけたとき、おれは親父を斬り殺してまで姉ちゃんを助けたんだぜ。今さら姉ちゃんに、恩知らずだとか言われる筋合いなんて――」

言い終わる前に、七実は動いていた。
七実の手が動くのに気付いてとっさに避けようとした七花だったが、反応しきれずにその攻撃をもろに喰らう。
胸へと向けて投げられた大螺子、都合四本目の『却本作り』を。

「…………っ、ぐぅっ!」

すでに突き刺さっている三本の螺子に並ぶように、新たな大螺子が真っ直ぐに突き刺さる。
球磨川の『却本作り』の上から、さらに上書きし直された七実の『却本作り』。その影響に耐え切れず、七花は勢いよく地面へと突っ伏した。気を失ったのか、ぴくりとも動く気配がない。

441球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 13:50:39 ID:GGNzVLNQ0
過去を紐解いても、おそらく初めてではないだろうか。
一本でも凶悪極まりない、球磨川自身曰くつきと称するほどの過負荷である『却本作り』を、同時に四本もその身に受けた“人間”は。

「……見損なったわ、七花」

倒れ伏した弟の姿を、冷え切った目で七実は見る。

「父さんを引き合いに出してまで自分を正当化するなんて、あなたも堕ちたものね。あとでお仕置きしてあげるから、しばらくそこで大人しくしていなさい」

吐き捨てるようなその言葉に、当然ながら返事はない。
堕ちたものもなにも、七花の今までの言動は『却本作り』あってのものなので、三分の一程度は七実の影響を受けていたからこそと言えるのだが。
そのうえ残り三分の二は、言うまでもなく球磨川の影響である。
堕ちるところまで堕ちないほうがおかしいという話だ。

「な、七実ちゃん!!」

大声で呼びかけられ、七実は振り返る。
ようやく現状を認識したらしき球磨川が、めだかの死体を両腕で抱き起こし、血走った眼で七実を見ていた。

「きみの、きみが見取った僕の『大嘘憑き』で! めだかちゃんの死をなかったことにしてくれ!!」

要求というより、それはもはや懇願だった。放っておけば土下座せんばかりの勢いで、球磨川は痛切に叫ぶ。
仲間のためでなく、同類のためでなく、敵対する者のために恥も外聞もなく取り乱し、何かを懇願する。
あの球磨川禊が、である。

「……めだかさんを」

請われた側の七実は、そんな球磨川の態度には特に反応せず。
めだかの死体を指さし、一言一句区切るようにして言う。

「わたしの『大嘘憑き』で、めだかさんを蘇生――もとい、“黒神めだかの死をなかったことにしろ”、と。そうおっしゃるのですね? 禊さん」
「そ、そうだよ、早く――」

通常の心肺蘇生法を施すわけでもあるまいに、「早くしないと手遅れになる」と言わんばかりの焦りようだった。
無意味に急かす球磨川とは対照的に、七実はあくまで冷静沈着な面持ちのまま、

「相わかりました」

と、一も二もなく了承する。
牛の歩みのようにゆっくりと、球磨川の抱えるめだかの死体に近づいてゆき、血まみれの地面に丁寧な所作で屈みこむ。
そして死体の胸のあたり、手のひらの形に陥没した傷の上にそっと手をかざし、

442球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 13:51:51 ID:GGNzVLNQ0
 
「『大嘘憑き(おーるふぃくしょん)』――」

そう唱えた次の瞬間には、すでに効果は表れていた。
球磨川の時とは違い、胸の傷も、あたりに撒き散らされた血も、すべてが“なかったこと”になっていた。
初めからなかったかのように、綺麗さっぱりと。










「――黒神めだかの『死体』を、なかったことにしました」










ただし、身体ごと。
黒神めだかの肉体ごと、それらは消えてなくなっていた。

「…………は?」

からっぽの腕の中を見て、空を抱いた姿勢のまま唖然とする球磨川。
今度こそ本当に、何が起こったかわからないといった表情で。

「ああ、“死体”は消せるようですね。“血”は消せるからいけるとは思っていたのですけれど、実際に試してみるまでは確証が持てなかったので、うまくいってよかったです」

やれやれと、一仕事終えた風に息をつく七実。

「黒神めだかそのものが消えてなくなったので、必然『黒神めだかの死』もまた、なかったことになったということになりますね。これにて一件落着です」
「…………」

絶句。
今の球磨川の心境を表すのなら、その二文字でこと足りるだろう。
確かに、なかったことにはなっているのかもしれない。少なくとも今、この場所において黒神めだかが死んだことを証明する手立てはない。
なにせ死体がないのだ。
かろうじて『大嘘憑き』の効果が及ばなかった首輪だけが申し訳程度に転がってはいるが、それが黒神めだかの首輪だとどうやって証明する?
仮に証明できたとして、「首輪が残っている」ことが「黒神めだかが死んだ」ことの証拠になるとどうして言える?
まさに悪魔の証明。
証拠隠滅ここに極まれりである。

「な、何やってんの、七実ちゃん――」

しかし、誰の目から見ても明らかだろう。
その行為が、球磨川の意に沿わないものであることくらいは。

443球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 13:52:20 ID:GGNzVLNQ0
 
「落ち着いて聞いてください、禊さん」

そっと球磨川の肩に手を置き、優しくささやきかける。
安心させるように。

「わたしはあなたの刀であり所有物です。あなたが命じるならば、わたしは何をおいてもその通りに動く心構えではあります。
 しかし、わたしの意思、わたしの判断というのもまた、わたしの中には存在します。あなたの指示を最適の形で成し遂げるために、それは必要なものですから。
 失礼ですが、今の禊さんは少々混乱しているようです。その状態では正しい判断ができないものと見なしましたゆえ、差し出がましい真似とは知りつつ、今回はわたしの独断において行動を決めさせていただきました」

不備があったら申し訳ございません――と頭を下げる七実。
球磨川からすれば不備どころの話ではないのだが。

「禊さんには言うまでもないことかもしれませんが、この『大嘘憑き』、すべてにおいて無限に使用できるというわけではないようですね。
 何でもなかったことにできるわけではないし、こと“生命”を対象に取る場合、ある種の条件下でなければ使用することができない。
 その条件のひとつが、『一定の回数しか使用することができない』であると推察しますが、いかがでしょうか」

球磨川は答えない。
七実はそれに構わず続ける。

「断言は致しかねますが、禊さんから見取った能力である以上、わたしの『大嘘憑き』にも同等の制限がかけられているはず。
 つまりわたしも、一定の回数しか“死をなかったことにする”ことはできないのです。
 ですから、禊さん。
 この能力は、あなたが死んだ時にこそ使われるべきでしょう。
 あなたの死をなかったことにする。これこそを最優先の使い道とすべき。
 そのためには、無駄遣いなどもってのほか。
 そんなもののために、貴重な残り回数を浪費するわけにはまいりません。禊さんの命をお守りするために、これは必要な選択なのですよ」

きっぱりと、七実は言い切った。
めだかの首輪を指さして、「そんなもの」と。
球磨川の懇願を、「無駄遣い」と。
七実はいかにもあっさりと、めだかの死体を“なかったこと”にしてみせたが、それは七実にだからこそできたことかもしれない。
生きた人間ですら、雑草と呼ぶ七実にとっては。
『すでに引き抜かれた雑草』など、生きている人間の血や肉片にすら劣るだろうから。

「……僕の話を聞いてなかったのかい、七実ちゃん」

球磨川の顔に浮かんでいるのは、もはや困惑の表情ではなかった。
明確な怒気。それのみが七実に向けられる。

「めだかちゃんに勝つことをまだ諦めないって、きみには言っておいたはずだ。何度でも、何度負けても、僕はめだかちゃんに勝つまで挑戦し続けるつもりでいたんだ。それなのに――」
「勝負ならもうついているではないですか」

怒気をぶつけられても、七実は一切ぶれない。

「奇しくも七花が言っていたことですが、ここは決闘場などではなく戦場です。いくさの場において、負けとは降伏であり逃走であり、そして死です。
 生き残った者が勝者であり、死んだ者が敗者と呼ばれる。それがいくさであり、戦場です。
 過程はどうあれ、禊さんは生き残り、黒神めだかは死にました。誰が何と言おうと、禊さんの勝ちは揺るぎないものです」

444球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 13:53:07 ID:GGNzVLNQ0
 
淡々と、当然のことを言って聞かせるように七実は話す。
おそらく七実は、自分が球磨川のためにとるべき行動をとっているだけだと、本心からそう思っていることだろう。
近しい者の死に取り乱す主に代わって、冷静な立場から意見を述べているだけだと考えているに違いない。
だから、気づいていない。
自分が今、いかに感情的な、自分にとって都合のいいように歪曲された考え方を持って行動しているのか、七実は気づいていない。
七実が指摘した『大嘘憑き』の回数制限については、言われるまでもなく球磨川も理解している。蘇らせる相手を選ぶべきという考えも、当然持っているはずだ。
そのうえで球磨川は、めだかを生き返らせようとした。七実に『大嘘憑き』を使わせてまで。
そんな黒神めだかに、七実はどんな感情を抱いただろうか。
七実よりもずっと、はるかに長い時間を球磨川と共有しているであろう黒神めだかに。
刀としてではなく、球磨川に惚れたひとりの人間として。
嫉妬? そうかもしれない。
羨望? それもあるだろう。
実際、七実は自分がめだかに嫉妬していることを自覚していた。球磨川が、めだかに対しての信頼を含んだ言葉を吐いたときに。
しかしそれは、本当にただの嫉妬だったのだろうか? 「少しだけの嫉妬」などという、ありきたりな感情で済んでいたのだろうか?
仮に、である。
七実がめだかに対して、自身でも気づかないうちに、嫉妬よりも深い負の感情を溜め続けていたのだとしたら?
球磨川が幾度となく特別な感情をのぞかせる黒神めだかに、羨望とはまるで別の思いを募らせていたのだとしたら?
あくまで仮説でしかない。ただそう考えると、七花がめだかに不意討ちを仕掛けた理由について、少し違った見方ができる。
七花は自分が凶行に走った理由のひとつを、球磨川と七実の闘争心にあると解釈した。『却本作り』を通じて流れ込んできた、めだかに対する二人の闘争心に同調したためだと。
その解釈はおそらく正しい。
ただ少なくとも、球磨川のほうにはめだかに対する闘争心こそあれど「殺意」までは持っていなかっただろう。肉を切らずに心を折るのが、球磨川一流の戦い方なのだから。
もしあのときの七花に、殺意が原動力としてあったのだとしたら。
『却本作り』を通じて寄越された黒神めだかに対する殺意。それがあの不意討ちを成功させたのだとしたら。
その殺意の出どころは、七実でしかありえまい。

「勝負は結果が全てです。他人の介入をもって漁夫の利を得る、これこそわたしたちにふさわしい『むなしい勝利』ではありませんか。禊さんの勝利、この目で確と見届けました」

すらすらと、微笑みすら浮かべて七実は語る。
まるで彼女らしくないことを、いけしゃあしゃあと。

「…………違う」
「今のあなたはもう敗北者などではありません。歴とした勝利者です。それをどうか御自覚なさってください」
「違う」
「あなたの悲願である黒神めだかとの勝負に立ち会うことができたことを、わたしも光栄に思います。おめでとうございます、禊さん」
「七実ちゃん」

す、と。
まるで波が引くように、球磨川の顔からすべての感情が消える。

「きみにはとても感謝しているよ。僕を生き返らせてくれたこともそうだけど、僕みたいなやつを好きになってくれたことや、僕の過負荷(マイナス)まで扱えるくらい一緒に駄目になってくれたことについては、本当に嬉しく思う。欣喜雀躍の思いだよ」
「そう言っていただけると、私も嬉しいです」

445球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 13:54:10 ID:GGNzVLNQ0
「でも僕には、めだかちゃんのほうが大事だ」

遠くを見つめる球磨川の瞳に、七実の姿は端も映っていない。
いや、もはや何も映していないのかもしれない。

「僕と敵対してくれるめだかちゃんが、どんなときでも僕の挑戦を受けてくれるめだかちゃんが、何があろうと駄目になんてならないめだかちゃんが、大嫌いで、大好きだった。
 きみなんかよりも、ずっとずっと大切な僕の宿敵だった」
「…………」
「僕はもう、めだかちゃんに勝つことはできない。ちゃんと勝つことも、ちゃんと負けることもできない。引き分けでも痛み分けですらもない、永遠に未定のままだ」

勝ちたかったなあ、と。
呆けた顔で、空虚に向けて球磨川は吐き捨てる。
自分の能力ゆえに誰よりも理解しているのだろう。黒神めだかの存在が、もはや取り返しのつかないものだということを。

「きみにはわからないだろうね、七実ちゃん。一番勝ちたかった相手に勝てないっていう気持ちは。勝つ機会を、永遠に奪われるっていう気分は」
「…………」

実際、七実にはわからないだろう。
「目的に向けて邁進できない」という点において、球磨川と七実は共通している――ただし、その理由は極端なまでに違う。
弱さゆえに努力できない球磨川と、手を伸ばすまでもなく何かを獲得できる七実とでは。
球磨川にとって、敗北とは日常の一部でしかないのかもしれない。負けを、失敗を前提にしてしか勝負に挑めない球磨川のマイナス思考は、常に勝ちを遠ざける。
めだかとの勝負にしても、それは変わらなかったはずだ。勝ちたいという意思はあれど、それは負けることを前提とした意思。「負けを糧にしていつかは勝つ」という、遠回りの敗北宣言に近い。
だが、このバトルロワイアルという舞台の中で球磨川はめだかに負けることすらできなかった。
『却本作り』を取り戻したうえで勝負に臨んだ球磨川だ――それで負けたところで、それをひとつの結果として受け入れることはできただろう。
最悪なのは、勝つ機会も負ける機会も球磨川には与えられていたということだ。めだかと対面し、戦いを挑み、めだかもそれに応えた。一度は勝負がつきそうな場面さえあった。
にもかかわらず、邪魔された。
戦場ヶ原ひたぎに水を差され。
鑢七花に割って入られ。
果ては仲間である鑢七実にさえ、横車を押すような真似をされた。
その怒りと絶望は、いったいどれほどのものだろう。

「きみの気持ちはとても嬉しい、だけど――」

そう言って、球磨川は大螺子を取り出す。そしてその先端を七実へと向け、

「きみなんか嫌いだよ、七実ちゃん」

そのまままっすぐに、七実の胸元へと突き立てた。
ぐしゃりと、肉の潰れる音。大螺子はまるで抵抗なく七実の華奢な身体を貫通し、背中からその切っ先を突出させる。
念のために言うが『却本作り』ではない。物理的な攻撃力を持つ、ただの大螺子。それがちょうど、かつて悪刀・鐚が突き刺さっていたあたりを貫いた。
その一撃を喰らって、七実は――

446球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 13:56:36 ID:GGNzVLNQ0
 


「――禊さんは、めだかさんが死んだことが悲しいのですね」


笑っていた。
否定され、拒絶され、身体を貫かれてなお、その微笑は毫ほども揺るがなかった。
まるでそれが、誇らしいことであるかのように。

「その悲しみは痛いほどわかります。わたしも、あなたが死んだときはとても悲しかった。二度とあなたが生き返らないとわかった時は、身を裂かれる思いでした」

七実はそっと球磨川の頭に手を回し、自分の胸元へと抱き寄せる。螺子が突き刺さったままの胸元に。

「本当は、ちゃんとわかっていました。あなたが望んでいるのが『むなしい勝利』などではないことを。あなたの友情が、ぬるくなんてないことを」

何度でも戦って、何度でも負けて。
それでも決して諦めない。
それがあなたですものね。

「私が嫌いだというならそれで構いません。殺したいほど憎いというなら、その憎しみも謹んでお受けいたします。ですがその前に、あなたの悲しみを癒すお手伝いをさせてください」

その囁きを、球磨川は硬直したまま聞いている。
球磨川としては、まさか七実が避けないとは思っていなかったのだろう。七実への拒絶を示すため、あえて避けなければ死ぬような攻撃を仕掛けて見せたのだろうが、認識が違っていた。
七実の刀としての覚悟を、球磨川への想いの深さと重さを、読み違えていた。

「あなたは黒神めだかに縛られています」

言い聞かせるように七実は言う。球磨川と、おそらくは自分自身にも。

「あなたにとっての勝利とは、なにも黒神めだかに対する勝利でなくともよいはず。なのにあなたは、黒神めだかが唯一の目標であるかのような思いに囚われている。
 結果あなたは、一度は黒神めだかのせいで命を落とす羽目になっています。これではまたいつ、あなたが同じように命を落とすことになるとも限りません。
 わたしの『大嘘憑き』による死者の蘇生も、すぐに底をついてしまうでしょう」
「……割り切れっていうのかい」

七実の物言いをただの弁解と捉えたのか、球磨川の声に険が混じる。

「めだかちゃんの死を、もう仕方のないことだって、僕が生き残るために必要なことだって、そう言うんだね、きみは」
「いいえ、割り切るのではありません。なかったことにするのです」

ごふ、と血を吐きながら言う七実。
七実とはいえ、今の状態で喋り続けるのは至難のはずなのだが、それでも声だけは平静を保っている。

「あなたの命令は『黒神めだかの死をなかったことにする』だったはず。その命令を違えるつもりはありません」

447球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 13:57:24 ID:GGNzVLNQ0
「…………?」
「あなたのその悲しみに、あなたの責任はない。あなたは何も悪くありません。
 ならばこそ、あなたがそれを背負う必要も、割り切る必要もないはずです。
 だったら全部、忘れてしまえばよいではないですか」

割り切って1にするのでなく。
マイナスしてゼロにする。
虚構(なかったこと)にする。

「辛い現実なら、身を裂かれるような悲しみなら、忘れてしまえばいいのです。受け入れる強さも、乗り越える強さも必要ない。過負荷(わたしたち)らしく、弱いままに生きてゆけます」
「…………」
「大事なのは強がることではなく、弱さを受け入れること――そうですよね? 禊さん」

それは、球磨川自身が口にした言葉だった。
戯言遣いと八九寺真宵。その二人がある決断を迫られたとき、球磨川が語って聞かせた過負荷としての精神論。
七実が何をしようとしているのか、球磨川はようやく理解する。
理解できて当然だろう。そのとき球磨川自身がやったことと同じことを、七実はやろうというのだから。

「……僕は、めだかちゃんを守れなかった」

いつの間にか、球磨川は泣いていた。
七実に抱かれたまま、両目から滂沱として涙を流している。七実の胸元に零れ落ちた涙は、血と混ざり合ってすぐに見えなくなる。

「めだかちゃんが殺されたとき、一番近くにいたのが僕だった。それなのに、殺されるまでそれに気づくことができなかった。めだかちゃんと戦うのに夢中で、気づこうと思えば気づけたはずなのに、それなのに――」
「あなたは悪くありません」

懺悔のような言葉を遮って、もう一度同じことを七実は言う。
球磨川の吐露を、球磨川の言葉で優しく否定する。

「あなたは何も悪くない。ただ弱かっただけです。そしてわたしは、あなたに弱いままでいてほしい。過負荷(あなた)らしく、過負荷(わたしたち)らしくあってほしいのです」
「…………」
「わたしは、あなたを置いて死んだりはしません。あなたの望む限り、あなたが臨む限り、あなたの傍にいます」


死にぞこないだけれど。
生きぞこないだけれど。
生まれてくるべきではなかったけれど、それでも――


「あなたのために、生き続けますから」


だからどうか。
あなたがあなたであることを、やめないでください。

448球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 13:58:07 ID:GGNzVLNQ0
 

そう言って、七実は選択を委ねる。
胸に突き刺さったままの大螺子からは、とめどなく血が滴り続けている。それをどうこうしようとする気配すらなく、身じろぎひとつせずに球磨川からの返答を待つ。
球磨川もまた、身じろぎひとつせず。
沈黙と沈黙が重なり、時間だけが経過し。
そして――


「――うん、そうだね、七実ちゃん」


そして、球磨川は選択する。
逃げる選択を、弱さを受け入れる選択を。


「きみの思う通りに、やってちょうだい」


それを聞いて、七実は。


「――委細、承知いたしました」


とても満足そうに、首肯した。




「『大嘘憑き(おーるふぃくしょん)』――」




そして、七実は宣告する。
取り返しのつかない解答を、球磨川に与える。


「禊さんの中の、『黒神めだかに関する記憶』を、なかったことにしました」



   ◇     ◇



『……何やってんの? 七実ちゃん』

きょとんとした顔で、球磨川は問いかける。
“なぜか”自分の頭に手を回し、胸元に押し付けるようにして抱え込んでいる七実へと。

「ああ、これは失礼」

そう言って腕をほどき、少し名残惜しそうに身体を離す七実。

「ご気分はいかがですか? 禊さん」
『うん? んー、なんか頭がぼーっとするけど、悪い気分じゃないよ。むしろすっきりしてるっていうか――ってあれ? そういえば僕、今まで何してたんだっけ?』

449球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 13:58:49 ID:GGNzVLNQ0
「ランドセルランドに向かう途中ではなかったですか?」
『いや、それは覚えてるけど……そもそもなんで車から降りたんだっけ?』
「“とらんく”の中が狭すぎたせいでは?」
『そこに入れって言ったの七実ちゃんだよね』

記憶の辻褄が合わないことに戸惑っている様子の球磨川。
ぼんやりと遠くを見つめながら、頭を振ったり首を傾げたりしている。

『大きい蟹がどうとか言ってた気がするんだけど』
「夢でも見ていたのではないですか?」
『夢? そうかなあ――』

訝る球磨川に対して、七実は、

「……もしかすると、少しばかり記憶が混乱しているのかもしれませんね」

探るように、確かめるように言う。
切り込んで、鎌をかける。

「黒神めだかが、死んだことの衝撃で」

無表情で、平然とした口調で。
いつも通りの七実の喋り方で。

『黒神、めだか――?』

その名前を、球磨川は頭の中で反芻する。記憶を掬い取るように、何度も。
その様子を七実はじっと見つめる。つぶさに見、観察する。
『大嘘憑き』による記憶の消去。
それがどの程度まで作用しているのか、実のところ七実にもわかっていない。
『大嘘憑き』自体アンコントローラブルな能力であるし、球磨川の記憶の中身を具体的に知り得ない以上、どの記憶をなかったことにするのか恣意的な操作などできるはずもない。
球磨川の様子を見る限り、黒神めだかの死に取り乱していた間の記憶はなかったことになっているようだが。
それを確認するため、あえて黒神めだかの名前を出したのだろうが――果たして。

『誰それ?』

と、球磨川は言った。

『やだなあ、七実ちゃん。週刊少年ジャンプの熱血系主人公じゃないんだから、見ず知らずの人が死んだくらいで僕がそんな取り乱すわけがないじゃない』

傾げた首を、さらに傾げて。
直角に傾げた首で、へらへらと笑う。

「……ええ、そうですね、失礼しました。今の言葉は――忘れてください」

その反応を見て、にこりと微笑みを返す七実。

450球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 13:59:36 ID:GGNzVLNQ0
 
「あ、そういえばこれ、そこに落ちていたので拾っておきました」

お返しします――と差し出したのは、球磨川の大螺子だった。
言うまでもなく、七実の胸に刺さっていた大螺子だ。『大嘘憑き』による処理はすでに済ませてあるようで、血や肉片がこびりついたままということも当然ない。
胸の傷も、いつの間にか跡形もなく消え去っている。完治しているところを見ると、死者の蘇生でなく怪我を対象とした『大嘘憑き』を使用したのだろう。
ぎりぎり間に合った、といったところか。
間に合わなかったら間に合わなかったで、七実としては構わなかったのだろうが。

『落ちてたっていえば、これもここに落ちてたんだけど。これって誰の首輪? 僕の首輪は七実ちゃんが持ってるはずだよね』

めだかの遺した首輪を差し出す球磨川。
首輪についた血も、すでに処理済みのようだ。ついでに球磨川の制服についていた血も、戦場ヶ原ひたぎの分も含めて消えていた。
手際が良いにもほどがある。

「さあ、わたしは存じ上げませんが……一応拾っておいてはいかがですか? 何かの役に立つかもしれませんし」
『んー、まあいいや、七実ちゃんにあげる』

さりげなく押し付けられた首輪を、七実は黙ってデイパックにしまう。

『……七実ちゃんさあ、何かいいことでもあったの?』
「はい? なぜですか?」
『なんかうきうきしてるように見えるよ、恋愛(ラブコメ)してる女子高生みたいに。ていうか七実ちゃん、そんな顔もできたんだ』

無言で七実は球磨川の頬を打った。平手で。

『……ごめん七実ちゃん。今なんで僕が平手打ちされたのか、本気でわからないんだけど』
「申し訳ありません、今のは照れ隠しです」
『照れ隠し? 照れ隠しだったの? 今の』
「わたしが嬉しそうに見えるというなら、それはあなたがそばにいるからでしょう」

そう言って、もたれかかるように身を寄せてくる。

「あなたがいることが、わたしの幸せですから」
『やっぱりちょっとテンション高くない? 本当に何かあったの?』

球磨川が問いただそうとした、その時。

「…………う」

かすかなうめき声とともに、倒れていた七花が身を起こす。
意識はまだ朦朧としているようで、立ち上がる様子はない。顔色も依然として、いや前にもまして悪くなっている。
球磨川はそれを見て『なんで七実ちゃんの弟さんがまた倒れてるんだっけ?』というように首を傾げている。

451球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 14:00:57 ID:GGNzVLNQ0
七実はしばしそれを見つめてから、

「――禊さん、少しだけお時間をいただけますか」
『ん? いいよ。弟さんと何か話でもするの?』
「ええ、ちょっとお別れの挨拶を」

球磨川から離れ、しずしずと七花のほうへ歩いてゆく七実。
苦しげに喘ぐその様子を見下ろすようにして、

「もう起き上がれるようになるとは流石ね、七花」

と、七花だけに聞こえるくらいの囁き声で言った。
四本もの『却本作り』が刺さっていることを考えると、確かに早い復調と言えるかもしれない。
もっとも『却本作り』は使用者の精神によって効果の強弱が決まるため、球磨川の絶望が消し去られ、七実が幸福になった結果として『却本作り』の効力が弱まった、と考えるのが妥当かもしれないが。

「めだかさんを殺してくれたことについては感謝するわ。まさかあなたが、そこまでできるとは思っていなかったから」

腐っても虚刀流当主ね――と、七実はくすくす笑う。
七実にとっては冗談のつもりだったのかもしれない。

「だけどね」

おもむろに。
七花の隆々とした右腕を、七実のたおやかな両手がつかむ。『荒廃した過腐花』による感染部位を避けるようにして。

「禊さんを斬ろうとしたこの右手には、しかるべき罰を受けてもらわないとね」

そう言って七実は。
手首のあたりから、七花の右手を力任せに引きちぎった。

「…………っ! があああああああああああああああああああああっ!!」

空を裂くような絶叫。
おそらく凍空一族の怪力を使ったのだろう。まったく手こずる様子なく、小枝でも折るように手首を分断した。

「そんなに騒がないで頂戴、大の男がみっともない。わたしの治癒力を渡してあるから、この程度で死にはしないわ」

ちぎり取った手首を、ごみでも放るかのように七花の目の前に投げ捨てる。
七実ならば、もっと綺麗に切断する方法などいくらでもあっただろうに、あえて力任せという暴力的な手段に頼った。
そうするのが、今の七花には適切だとでも思ったのだろう。

452球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 14:01:21 ID:GGNzVLNQ0
 
「これに懲りたら、二度と禊さんを斬ろうなんて思わないことね――じゃあ、ここでお別れね、七花」
「は――はあ?」
「当たり前でしょう。あなたとはいえ、禊さんを手にかけようとした相手とこれ以上一緒にいるわけにはいかないもの。同行するのはここまでよ」
「き、斬らないのかよ、おれを」
「あら、なんでわたしがあなたを斬ると思うの?」
「な、なんでって――」

七実を相手取る以上、逆に斬り殺されるくらいの覚悟は当然していただろう。
その覚悟をさらりと躱され、七花はとまどいを隠せない。

「か、刀は斬る相手を選ばない――んじゃなかったのかよ」
「今は禊さんの刀よ。命じられない限り、みだりに斬ったりはしないわ。あなたがとがめさんの刀だったときもそうだったんじゃなくて?」
「…………」

返す言葉がなく沈黙する七花。
あるいは、とうに気が付いていたのかもしれない。七実が球磨川に惚れたことを察した時点で、七実の心情の変化に。
とがめの刀として旅をするうちに、刀らしさに代わり人間らしさを得ていった七花には。
ただの刀としてでなく、人間としての生き方を学んでいった七花には。
かつての自分と重ね合わせることで、七実の現状を多少なりとも想像できたのかもしれない。
逆に、七実のほうがはっきりと自覚できていないのではないだろうか。
自分はあくまで刀にすぎないと主張する七実には。
殺すことも、死ぬことさえも身近であたりまえのことだったはずが、誰かが殺されたことに怒り、誰かが死んだことにむせび泣く。その変化がどういう意味を持つのか。
それがたとえ、たった一人のためだったとしても。
球磨川禊という存在が螺子込まれたことで、自分が刀から人間に近づきつつあるということに。

「――まあ、本当は禊さんに斬りかかった時点で斬り捨てているところだけれど、今回だけは特別に見逃してあげる」

次はないわよ――と釘を刺し、近くに落ちていたデイパックと鉄扇を拾い上げる。どちらも黒神めだかの遺品だ。
デイパックの中身を素早く検分し、そのうちいくつかを自分のデイパックの中身と移し替え、残った分をデイパックごと七花に投げてよこす。

「こっちはあなたにあげるわ。これからどうするかはあなたの自由だけど、生き残りたかったら余計なことはやめて、せいぜいおとなしくしてなさい」

そう言って七実はあっさりと踵を返し、球磨川のもとへと戻る。

「お待たせしました、さあ参りましょう」
『……きみの弟さん、何か悪いことでもしたの?』
「どうかお気になさらず。家族同士でのちょっとした話し合いですから」
『あのまま放っておいて大丈夫? ていうか何で『却本作り』が一本増えて――』
「あのこにはあのこなりの生き方がありますから。わたしたちがこれ以上干渉する必要はないでしょう」
『ふうん、七実ちゃんがいいならまあいいけど――あー、ちょっと待って待って七実ちゃん』
「はい、何か」
『ランドセルランドはそっちじゃない。こっち』
「…………」

453球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 14:02:19 ID:GGNzVLNQ0
 
コンパスと地図を手にさっさと歩き出す球磨川。七実もすぐさまそのあとを追おうとする。

「ま――待てよ、姉ちゃん」

それを七花は、なおも追い縋ろうとする。
無駄とは知りながら、悪あがきをする。

「待たないわよ、なんでわたしが待つと思うの? しつこいからこの際はっきり言ってしまうけど、わたしはもうあなたに興味はないのよ」

待たないと言いつつ、首だけ振り返って七花を見る。
しかしその視線は、家族に向けられるものとは思えないほど冷め切っていた。

「あなたがまた本気で戦ってくれるなら、もう一度あなたに殺されるつもりでいた。殺されたいと思っていた。
 でも今のあなたには、殺されてやる気も戦ってあげる気も起こらない。それともあなたは、そんな状態でまだわたしと戦おうというの?」

七花の胸元を再び指差す。
弱さを体現した球磨川と、回復力こそあれど脆弱さを極めた七実、その二人の弱さを反映する四本の『却本作り』。
今の七花の身体は、戦うにはあまりに脆すぎる。長時間はおろか短時間の戦闘ですらそうはもたないほどに。
七花が不意討ちを選んだ真の理由は、実のところそこにある。
長時間にも短時間にも耐えることができないなら、開始と同時に決着する、そんな戦い方を選ぶしかあるまい。
『一瞬での、一撃による必殺』――確実に勝つにはそれしかないということを、きっと本能で理解していたのだろう。

「もうひとつ、あなたに感謝しておくわ、七花。あなたが背中を押してくれたおかげで、わたしは生き続けることを選ぶ決意ができた。
 わたしはもう、あなたにも、誰にも殺されてやるつもりはない。禊さんがいる限り、わたしはどこまでも一緒に生きてゆく」

生き方を選べなかった七実が、唯一選んだはずの死に方。
彼女が唯一、殺されることを望んだはずの相手。
そのたった一人の相手が価値を失ったことで、生き方を選ぶきっかけとなった。
しかしそれは。
唯一の肉親である鑢七花を突き放す選択に他ならない。

「あなたが悪いのよ、七花」

ようやく、七実は笑顔を見せる。
ただしそれは、球磨川に見せたような柔和な微笑みでなく。
侮蔑と憐憫を含んだ、冷笑だった。

「あなたが、そんなにも弱くなってしまうから。そんなにも弱くならないと生き続けることすらできないような身体に、あなたがなってしまうから。
 わたしも禊さんも、あなたが死なないように助けてあげただけ。それであなたが弱くなったのはあなたの責任。だから――」

最後にはもう、冷笑すらも引っ込めて。
その顔に浮かんでいたのは、胡乱で、空っぽで、取ってつけたような。
虚構のような、笑みだった。


「わたしは悪くない――いえ、悪いのかしら」


今度こそ振り返ることなく、七実は球磨川の後を追ってゆく。二人の姿は、すぐに夜の闇にまぎれて見えなくなる。
後に残されたのは、右手を失くし、腐敗に侵され、四つの弱さを螺子込まれ、ただ茫然と膝をつく、一本の刀だけだった。

454球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 14:02:48 ID:GGNzVLNQ0
【一日目/真夜中/D-5】
【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『少し頭がぼーっとするけど、健康だよ』
[装備]『七実ちゃんはああいったから、虚刀『錆』を持っているよ』
[道具]『支給品一式が2つ分とエプロン@めだかボックスがあるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『1番はやっぱメンバー集めだよね』
『2番は七実ちゃんは知らないことがいっぱいあるみたいだし、僕がサポートしてあげないとね』
『3番はランドセルランドに向かおう』
『4番……何か忘れてるような気がするけど、何だっけ?』
[備考]
 ※『大嘘憑き』に規制があります
  存在、能力をなかった事には出来ない
  自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
  物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします
 ※始まりの過負荷を返してもらっています
 ※首輪は外れています
 ※黒神めだかに関する記憶を失っています。どの程度の範囲で記憶を失ったかは後続にお任せします



【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(小)、交霊術発動中
[装備]四季崎記紀の残留思念×1
[道具]支給品一式×2、勇者の剣@めだかボックス、白い鍵@不明、ランダム支給品(1〜3)、球磨川の首輪、黒神めだかの首輪、否定姫の鉄扇@刀語、
   『庶務』の腕章@めだかボックス、箱庭学園女子制服@めだかボックス、王刀・鋸@刀語、A4ルーズリーフ×38枚、箱庭学園パンフレット@オリジナル
[思考]
基本:球磨川禊の刀として生きる
 0:禊さんと一緒にランドセルランドに行く
 1:命令があるまでは下手に動かない
 2:七花のことは放っておきましょう
[備考]
 ※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました
 ※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
 ※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました
 ※弱さを見取れます。
 ※大嘘憑きの使用回数制限は後続に任せます。
 ※交霊術が発動しています。なので死体に近付くと何かしら聞けるかも知れません
 ※球磨川禊が気絶している間、零崎人識と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします
 ※黒神めだかの戦いの詳細は後続にお任せします



【鑢七花@刀語】
[状態]右手欠損、『却本作り』による封印×4(球磨川×2・七実×2)、病魔による激痛、『感染』?
[装備]袴@刀語
[道具]支給品一式
[思考]
基本:優勝し、願いを叶える?
 0:…………。
 1:放浪する?
 2:名簿の中で知っている相手を探す。それ以外は斬る?
 3:変体刀(特に日和号)は壊したい?
[備考]
 ※時系列は本編終了後です
 ※りすかの血が服に付いていますが『荒廃した過腐花』により腐敗されたようです
 ※不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です
 ※掲示板の動画を確認しました
 ※江迎怒江の『荒廃した過腐花』の影響を受けました。身体にどの程度感染していくかは後続の書き手にお任せします
 ※着物の何枚かを途中で脱ぎ捨てました。どの地点に落ちているか、腐敗の影響があるかは後続の書き手にお任せします
 ※着物は『大嘘憑き』で『なかったこと』になりました
 ※『大嘘憑き』により肉体の損傷は回復しました。また、参戦時期の都合上負っていた傷(左右田右衛門左衛門戦でのもの)も消えています
 ※『却本作り』の影響をどれくらい受けるかは後続の書き手にお任せします

455 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 14:03:24 ID:GGNzVLNQ0
投下終了です

456名無しさん:2014/11/02(日) 23:37:45 ID:lDPwAN/Q0
投下乙です
うわあ、うわあとしか言いようが無い展開の連続で…いやあ、凄い
前話の引きが引きだっただけに大変なことになるだろうとは思っていたけどもこれは…(語彙不足)
七実の冷徹な判断力が恐ろしいことこの上なかったし、残りの男性陣も時間が経てば色々ありそうだしで
タイトル元ネタであろう掟上今日子の備忘録の内容にもちゃんと被ってるし見事と言う他ありませんでした

ですが指摘が一点だけ
作中で出てくるめだかの首輪についてですが、139話で外れており、以降どうなったかについて記述がありません
仮にその後持ち歩いていたとしても、147話冒頭でめだかが脱いだ服が149話の備考においてデイパックの中にあることが書かれてあるため首輪もデイパックの中にあると考えるのが自然です
作品の本筋は変わらなくとも、描写について大きく変更せざるを得ないため修正が必要になるかと思います

457 ◆wUZst.K6uE:2014/11/02(日) 23:57:45 ID:GGNzVLNQ0
感想&ご指摘ありがとうございます。
>>456の指摘もそうですが、それ以前に球磨川の大螺子が139話ですでに破壊されていました。
どちらも修正してみるつもりでいますが、最悪破棄にするかもしれません。
申し訳ありませんでした。

458名無しさん:2014/11/03(月) 02:13:43 ID:4yD0KqsA0
姉ちゃんが男作ってどっか行っちゃった…

459名無しさん:2014/11/03(月) 17:42:38 ID:wP2A6qgo0
投下乙です
もうなんていうか凄まじい展開の連続なのは確かだわ…
よくこんなの書けるわあ 凄い

460名無しさん:2014/11/04(火) 22:31:00 ID:FqPkfOo60
投下おつでした!
お姉ちゃんがすごいお姉ちゃんしておられる……
でれても錆びてないというか錆びて切れ味が悪くなったせいで余計に肉を苦痛とともに削ぎ落とす刀になっちゃったというか
丸くなってないな、この人!
ある意味文字通り病んでれだこれー!?
しかしこれ、この後の二人もだけど、刀としては文字通り刃どころか手刀ならぬ主刀が欠けてしまった七花もどうするんだ……

461 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 11:55:18 ID:fWV1lgbY0
お待たせしました。修正版投下します

462球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 11:56:02 ID:fWV1lgbY0
デジャヴ。
黒神めだかの死に様を目の当たりにして、それに既視感を覚えるのは自然であり必然とも言える――彼女の一度目の死、すなわち戦場ヶ原ひたぎによる殺害を見ている者ならば。
焼き直しであり、やり直し。
失敗のやり直し。
一度目の死は、球磨川禊の『却本作り(ブックメーカー)』を受けた直後の隙を突かれたことによる死。より正確に言うなら、『却本作り』を自ら受け入れ、自ら喰らうことを選んだゆえの死。
二度目の死は、やはり球磨川と、交霊術により会話を可能とした戦場ヶ原ひたぎと人吉善吉。この三人に意識を向けすぎていたため、七花に不意討ちを狙う隙を与えてしまったことによる死。
過程や相手は諸所違えど、めだかが命を落とした原因は根本のところで共通している。
「他人と向き合いすぎたため」、殺された。
誰かに対して真正面から真摯に向き合い、その言葉を、思いを、願いを、恨みを、憎しみを、すべてを受け入れ、受け止めたからこそ、背後にいた者に、または蚊帳の外にいた者に気付けなかった。
一度ならず二度までも。
真っ直ぐに向き合って、真裏から刺された。
ただし、黒神めだかはそれを失敗とは呼ばないかもしれない。迂闊と言えば迂闊だし、結果として命を落としている以上うまくやったとは言えないだろうが、それでも決して、生半可な覚悟で彼女は誰かに臨んだわけではない。
球磨川は彼女にとって、数年間戦うことを待ち焦がれていた因縁の相手だったし、善吉と戦場ヶ原のときなど、自分のせいで死んだ(とめだか自身は思っている)者の遺した思いとまで向き合っているのだ。
大げさでなく、命を懸けて。
そういう意味で、めだかは自分自身の信念に殉じたとも言える。自分の信じる道に従い、その結果として命を落としたとなれば、確かにそれを失敗と呼ぶのは無粋かもしれない。
誰かのために生きることを宿命とした彼女が、誰かのために死んだのだとしたら。
皮肉ではあれど、妥当とは言える結末だろう。
だからこの場合、失敗したと言うべきは球磨川のほうだった。球磨川こそ過去から学び、同じ失敗を繰り返さないよう心に留めておくべきだった。
二度もめだかの正面に立ちながら、二度もめだかへの不意討ちを看過し。
今なお、同じ失敗を繰り返そうとしている球磨川禊こそ。



   ◇     ◇



「う――うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

めだかが殺されたのを見て、球磨川は火のついたように絶叫した。
悲鳴とも怒号ともつかない金切り声を上げながら、地面に転がっためだかへと駆け寄り、

「『大嘘憑き(オールフィクション)』――っ!!」

間髪いれず、己の過負荷(マイナス)を発動させた。
“一度目”のときと寸分違わぬ様相で。

「黒神めだかの死を、なかったことにした――!!」

愚の骨頂と言うならこれがまさにそうだろう。
自分がなぜ一度、戦場ヶ原ひたぎに殺されたのか、めだかを生き返らせたとき、なぜそれをかばう羽目になったのか、完全に忘却している。
“一度目”のとき、めだかのすぐそばに戦場ヶ原ひたぎがいたように、今回は鑢七花がいる。今の状況でめだかを復活させれば、また二の太刀が振るわれるかもしれないというのに。
デジャヴどころかパブロフの犬さながらの従順さで、過去と全く同じ行動をとった。
混乱のさなかにあったとはいえ、迂闊が過ぎる――しかし、真に愚かなのはそこではなかった。
一度目のときは「黒神めだかを生き返らせる」という目的自体は達していた。冷静に対処すればもっと少ない被害で済ませることはできただろうけど、結果から見れば成功したと言ってもいい。
今回はその目的すら果たせていない。
黒神めだかの死はなかったことになっていない。

「……!? お、『大嘘憑き』――!!」

めだかの死体に変化がないのを見て、もう一度能力を発動させる。
しかし何も起こらない。

「『大嘘憑き』――!! 『大嘘憑き』――!! 『大嘘憑き』――!! 『大嘘憑き』――!!」

何も起こらない。何も起こらない。何も起こらない。
何も起こらない。

463球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 11:56:38 ID:fWV1lgbY0
 
「な……何で」

頭を抱え、めだかの傍らに膝を付く球磨川。
まさか忘れたわけでもないだろう――安心院なじみにそれを聞いてから、まださほど時間は経っていない。
いや、時間が経過したからと言って忘れるような内容でもあるまい。『大嘘憑き』による死者の復活という、この殺し合いにおいてある意味最強のカード。その手札がすでに尽きているという重要な事実を。
傍から見ていた七実でさえ気付いた事実だ(実際に気付いたのは四季崎記紀だが)。直接聞かされている球磨川にわからないはずがない。
わからないはずがないなら、わかりたくないのか。
事実を事実として認めたくないのか。

「何をするつもり? 七花」

と、七実がここで口を開く。
“球磨川と七花の間に割って入った”鑢七実が、である。

「どけよ姉ちゃん――そいつを殺せないだろ」
「……冗談には付き合わないわよ」

頭を抱えてしゃがみ込むところまで含め、球磨川の一連の行動はあまりに無防備なものだったが、実際危ないところではあった。
めだかの死体を放り捨てた後、返す刀で球磨川に斬りかかろうとしていた七花の前に、七実が球磨川をかばう形で立ちはだかっていなければ、球磨川もめだかと同じように斬り捨てられていたかもしれない。

「とうとう気でも触れたのかしら? 大人しくしてたと思ったら、いきなりめだかさんに斬りかかるなんて。まるでしのびか何かのようじゃない」

七実の言い草に、七花は不快そうな表情を見せる――剣士に対してしのびのようだなどと言えば、七花でなくとも良い気分にはならないだろうが。

「思い出しただけだよ。おれが何をするべきだったのか」

いつでも斬りかかれる姿勢の七花に対し、構えることなくただ立っているだけの七実。
それはつまり、互いに臨戦態勢であることを意味している。

「考えてみりゃ、おれはもともと誰彼構わず斬り捨てるつもりでいたんだ。姉ちゃんだろうと、姉ちゃんの持ち手だろうと関係ねえ。おれが最後の一人になるまで、ただの刀として戦い続ける。最初からからそのつもりで、今もそうするべきだった」

だからそうした。
刀としてやるべきことをやった。
斬るべきものを斬った。

「だいたいここは決闘場とかじゃなくて戦場だろ。いくさの場で不意を突くのが卑怯なんて、姉ちゃんは言うつもりかよ」
「言うようになったわね、あなたも」

その単純な回答に、七実はため息で応える。

「まあ、あなたの行動理由についてはそれでいいわ――いえ、悪いのだけれど。でも七花、あなたがどういう理由で動いていようと、禊さんまで斬ることは許さない。
 禊さんに刃を向けることは、わたしに刃を向けることと同義。それをちゃんとわかっているのかしら?」
「……本当に、変わったよな。姉ちゃんは」

ふっと、軽く表情を歪ませる七花。
七実の病魔の影響を受けているせいか、顔色は目に見えて悪く、呼吸も荒い。

「姉ちゃんは、誰かの刀になんてなるはずないと思ってた。誰かのためにそんな真剣な物言いをするなんて、夢にも思わなかったよ――まして、そんな得体の知れない男のために」
「わたしのことを知った気にならないでと言ったはずよ。それと禊さんへの侮辱はやめて頂戴」

ちなみに当の球磨川はといえば、二人の会話に気付く様子もなく、未だめだかのそばで放心したままである。

「そもそも恩知らずだとは思わないのかしら。七花、瀕死の重傷を負っていたあなたを助けたのは、わたしと禊さんだったはずよ。言うなれば命の恩人である禊さんを手にかけることについて、あなたは何とも思わないの?」
「だから関係ないんだよ――それに命の恩人っていうなら、おれと姉ちゃんに関してはお互い様だろ」

464球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 11:57:16 ID:fWV1lgbY0
 
彼らしからぬ、皮肉めいた表情を七花は浮かべ、

「姉ちゃんが殺されかけたとき、おれは親父を斬り殺してまで姉ちゃんを助けたんだぜ。今さら姉ちゃんに、恩知らずだとか言われる筋合いなんて――」

言い終わる前に、七実は動いていた。
七実の手が動くのに気付いてとっさに避けようとした七花だったが、反応しきれずにその攻撃をもろに喰らう。
胸へと向けて投げられた大螺子、都合四本目となる『却本作り』を。

「…………っ、ぐぅっ!」

すでに突き刺さっている三本の螺子に並ぶように、新たな大螺子が真っ直ぐに突き刺さる。
球磨川の『却本作り』の上から、さらに上書きし直された七実の『却本作り』。その影響に耐え切れず、七花は勢いよく地面へと突っ伏した。気を失ったのか、ぴくりとも動く気配がない。
過去を紐解いても、おそらく初めてではないだろうか。
一本でも凶悪極まりない、球磨川自身曰くつきと称するほどの過負荷である『却本作り』を、同時に四本もその身に受けた“人間”は。

「……見損なったわ、七花」

倒れ伏した弟の姿を、冷え切った目で七実は見る。

「父さんを引き合いに出してまで自分を正当化するなんて、あなたも堕ちたものね。あとでお仕置きしてあげるから、しばらくそこで大人しくしていなさい」

吐き捨てるようなその言葉に、当然ながら返事はない。
堕ちたものもなにも、七花の今までの言動は『却本作り』あってのものなので、三分の一程度は七実の影響を受けていたからこそと言えるのだが。
そのうえ残り三分の二は、言うまでもなく球磨川の影響である。
堕ちるところまで堕ちないほうがおかしいという話だ。

「な、七実ちゃん!!」

大声で呼びかけられ、七実は振り返る。
ようやく現状を認識したらしき球磨川が、めだかの死体を両腕で抱き起こし、血走った眼で七実を見ていた。

「きみの、きみが見取った僕の『大嘘憑き』で! めだかちゃんの死をなかったことにしてくれ!!」

要求というより、それはもはや懇願だった。放っておけば土下座せんばかりの勢いで、球磨川は痛切に叫ぶ。
仲間のためでなく、同類のためでなく、敵対する者のために恥も外聞もなく取り乱し、何かを懇願する。
あの球磨川禊が、である。

「……めだかさんを」

請われた側の七実は、そんな球磨川の狼狽には特に反応せず。
めだかの死体を指さし、一言一句区切るようにして言う。

「わたしの『大嘘憑き』で、めだかさんを蘇生――もとい、“黒神めだかの死をなかったことにしろ”、と。そうおっしゃるのですね? 禊さん」
「そ、そうだよ、早く――」

通常の心肺蘇生法を施すわけでもあるまいに、「早くしないと手遅れになる」と言わんばかりの焦りようだった。

465球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 11:57:50 ID:fWV1lgbY0
無意味に急かす球磨川とは対照的に、七実はあくまで冷静沈着な面持ちのまま、

「相わかりました」

と、二つ返事で了承する。
牛の歩みのようにゆっくりと、球磨川の抱えるめだかの死体に近づいてゆき、背負っていたデイパックを邪魔そうに脇に下ろしてから、血まみれの地面に丁寧な所作で屈みこむ。
そして死体の胸のあたり、手のひらの形に陥没した傷の上にそっと手をかざし、

「『大嘘憑き(おーるふぃくしょん)』――」

そう唱えた次の瞬間には、すでに効果は表れていた。
球磨川の時とは違い、胸の傷も、あたりに撒き散らされた血も、すべてが“なかったこと”になっていた。
初めからなかったかのように、綺麗さっぱりと。










「――黒神めだかの『死体』を、なかったことにしました」










ただし、身体ごと。
黒神めだかの肉体ごと、それらは消えてなくなっていた。

「…………は?」

からっぽの腕の中を見て、空を抱いた姿勢のまま唖然とする球磨川。
今度こそ本当に、何が起こったかわからないといった表情で。

「ああ、“死体”は消せるようですね。“血”は消せるからいけるとは思っていたのですけれど、実際に試してみるまでは確証が持てなかったので、うまくいってよかったです」

やれやれと、一仕事終えた風に息をつく七実。

「黒神めだかそのものが消えてなくなったので、必然『黒神めだかの死』もまた、なかったことになったということになりますね。これにて一件落着です」
「…………」

絶句。
今の球磨川の心境を表すのなら、その二文字でこと足りるだろう。
確かに、なかったことにはなっているのかもしれない。少なくとも今、この場所において黒神めだかが死んだことを証明する手立てはない。
なにせ死体がないのだ。
埋めたわけでも、焼いたわけでも、沈めたわけでもなく、死体そのものを最初からなかったことにする。
これ以上の証拠隠滅がはたしてあるだろうか?

「な、何やってんの、七実ちゃん――」

しかし、誰の目から見ても明らかだろう。
その行為が、球磨川の意に沿わないものであることくらいは。

466球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 11:58:53 ID:fWV1lgbY0
 
「落ち着いて聞いてください、禊さん」

そっと球磨川の肩に手を置き、優しくささやきかける。
安心させるように。

「わたしはあなたの刀であり所有物です。あなたが命じるならば、わたしは何をおいてもその通りに動く心構えではあります。
 しかし、わたしの意思、わたしの判断というのもまた、わたしの中には存在します。あなたの指示を最適の形で成し遂げるために、それは必要なものですから。
 失礼ですが、今の禊さんは少々混乱しているようです。その状態では正しい判断ができないものと見なしましたゆえ、差し出がましい真似とは知りつつ、今回はわたしの独断において行動を決めさせていただきました」

不備があったら申し訳ございません――と頭を下げる七実。
球磨川からすれば不備どころの話ではないのだが。

「禊さんには言うまでもないことかもしれませんが、この『大嘘憑き』、すべてにおいて無限に使用できるというわけではないようですね。
 何でもなかったことにできるわけではないし、こと“生命”を対象に取る場合、ある種の条件下でなければ使用することができない。
 その条件のひとつが、『一定の回数しか使用することができない』であると推察しますが、いかがでしょうか」

球磨川は答えない。
七実はそれに構わず続ける。

「断言は致しかねますが、禊さんから見取った能力である以上、わたしの『大嘘憑き』にも同等の制限がかけられているはず。
 つまりわたしも、一定の回数しか“死をなかったことにする”ことはできないのです。
 ですから、禊さん。
 この能力は、あなたが死んだ時にこそ使われるべきでしょう。
 あなたの死をなかったことにする。これこそを最優先の使い道とすべき。
 そのためには、無駄遣いなどもってのほか。
 そんなもののために、貴重な残り回数を浪費するわけにはまいりません。禊さんの命をお守りするために、これは必要な選択なのですよ」

きっぱりと、七実は言い切った。
黒神めだかの存在を、「そんなもの」と。
球磨川の懇願を、「無駄遣い」と。
七実はいかにもあっさりと、めだかの死体を“なかったこと”にしてみせたが、それは七実にだからこそできたことかもしれない。
生きた人間ですら、雑草と呼ぶ七実にとっては。
『すでに引き抜かれた雑草』など、生きている人間の血や肉片にすら劣るだろうから。

「……僕の話を聞いてなかったのかい、七実ちゃん」

球磨川の顔に浮かんでいるのは、もはや困惑の表情ではなかった。
明確な怒気。それのみが七実に向けられる。

「めだかちゃんに勝つことをまだ諦めないって、きみには言っておいたはずだ。何度でも、何度負けても、僕はめだかちゃんに勝つまで挑戦し続けるつもりでいたんだ。それなのに――」
「勝負ならもうついているではないですか」

怒気をぶつけられても、七実は一切ぶれない。

「奇しくも七花が言っていたことですが、ここは決闘場などではなく戦場です。いくさの場において、負けとは降伏であり逃走であり、そして死です。
 生き残った者が勝者であり、死んだ者が敗者と呼ばれる。それがいくさであり、戦場です。
 過程はどうあれ、禊さんは生き残り、黒神めだかは死にました。誰が何と言おうと、禊さんの勝ちは揺るぎないものです」

淡々と、当然のことを言って聞かせるように七実は話す。
おそらく七実は、自分が球磨川のためにとるべき行動をとっているだけだと、本心からそう思っていることだろう。
近しい者の死に取り乱す主に代わって、冷静な立場から意見を述べているだけだと考えているに違いない。
だから、気づいていない。
自分が今、いかに感情的な、自分にとって都合のいいように歪曲された考え方を持って行動しているのか、七実は気づいていない。

467球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 11:59:23 ID:fWV1lgbY0
七実が指摘した『大嘘憑き』の回数制限については、言われるまでもなく球磨川も理解している。蘇らせる相手を選ぶべきという考えも、当然持っているはずだ。
そのうえで球磨川は、めだかを生き返らせようとした。七実に『大嘘憑き』を使わせてまで。
そんな黒神めだかに、七実はどんな感情を抱いただろうか。
七実よりもずっと、はるかに長い時間を球磨川と共有しているであろう黒神めだかに。
刀としてではなく、球磨川に惚れたひとりの人間として。
嫉妬? そうかもしれない。
羨望? それもあるだろう。
実際、七実は自分がめだかに嫉妬していることを自覚していた。球磨川が、めだかに対しての信頼を含んだ言葉を吐いたときに。
しかしそれは、本当にただの嫉妬だったのだろうか? 「少しだけの嫉妬」などという、ありきたりな感情で済んでいたのだろうか?
仮に、である。
七実がめだかに対して、自身でも気づかないうちに、嫉妬よりも深い負の感情を溜め続けていたのだとしたら?
球磨川が幾度となく特別な感情をのぞかせる黒神めだかに、羨望とはまるで別の思いを募らせていたのだとしたら?
あくまで仮説でしかない。ただそう考えると、七花がめだかに不意討ちを仕掛けた理由について、少し違った見方ができる。
七花は自分が凶行に走った理由のひとつを、球磨川と七実の闘争心にあると解釈した。『却本作り』を通じて流れ込んできた、めだかに対する二人の闘争心に同調したためだと。
その解釈はおそらく正しい。
ただ少なくとも、球磨川のほうにはめだかに対する闘争心こそあれど「殺意」までは持っていなかっただろう。肉を切らずに心を折るのが、球磨川一流の戦い方なのだから。
もしあのときの七花に、殺意が原動力としてあったのだとしたら。
『却本作り』を通じて寄越された黒神めだかに対する殺意。それがあの不意討ちを成功させたのだとしたら。
その殺意の出どころは、七実でしかありえまい。

「勝負は結果が全てです。他人の介入をもって漁夫の利を得る、これこそわたしたちにふさわしい『むなしい勝利』ではありませんか。禊さんの勝利、この目で確と見届けました」

すらすらと、微笑みすら浮かべて七実は語る。
まるで彼女らしくないことを、いけしゃあしゃあと。

「…………違う」
「今のあなたはもう敗北者などではありません。歴とした勝利者です。それをどうか御自覚なさってください」
「違う」
「あなたの悲願である黒神めだかとの勝負に立ち会うことができたことを、わたしも光栄に思います。おめでとうございます、禊さん」
「七実ちゃん」

す、と。
まるで波が引くように、球磨川の顔からすべての感情が消える。

「きみにはとても感謝しているよ。僕を生き返らせてくれたこともそうだけど、僕みたいなやつを好きになってくれたことや、僕の過負荷(マイナス)まで扱えるくらい一緒に駄目になってくれたことについては、本当に嬉しく思う。欣喜雀躍の思いだよ」
「そう言っていただけると、私も嬉しいです」
「でも僕には、めだかちゃんのほうが大事だ」

遠くを見つめる球磨川の瞳に、七実の姿は端も映っていない。
いや、もはや何も映していないのかもしれない。

「僕と敵対してくれるめだかちゃんが、どんなときでも僕の挑戦を受けてくれるめだかちゃんが、何があろうと駄目になんてならないめだかちゃんが、大嫌いで、大好きだった。
 きみなんかよりも、ずっとずっと大切な僕の宿敵だった」
「…………」
「僕はもう、めだかちゃんに勝つことはできない。ちゃんと勝つことも、ちゃんと負けることもできない。引き分けでも痛み分けですらもない、永遠に未定のままだ」

勝ちたかったなあ、と。
呆けた顔で、空虚に向けて球磨川は吐き捨てる。
自分の能力ゆえに誰よりも理解しているのだろう。黒神めだかの存在が、もはや取り返しのつかないものだということを。

「きみにはわからないだろうね、七実ちゃん。一番勝ちたかった相手に勝てないっていう気持ちは。勝つ機会を、永遠に奪われるっていう気分は」

468球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 11:59:50 ID:fWV1lgbY0
「…………」

実際、七実にはわからないだろう。圧倒的な弱さを持つ球磨川と、例外的な強さを持つ七実とでは、勝負の捉え方がまるで違う。
球磨川にとって、敗北とは日常の一部でしかないのかもしれない。負けを、失敗を前提にしてしか勝負に挑めない球磨川のマイナス思考は、常に勝ちを遠ざける。
めだかとの勝負にしても、それは変わらなかったはずだ。勝ちたいという意思はあれど、それは負けることを前提とした意思。「負けを糧にしていつかは勝つ」という、遠回りの敗北宣言に近い。
だが、このバトルロワイアルという舞台の中で球磨川はめだかに負けることすらできなかった。
『却本作り』を取り戻したうえで勝負に臨んだ球磨川だ――それで負けたところで、それをひとつの結果として受け入れることはできただろう。
最悪なのは、勝つ機会も負ける機会も球磨川には与えられていたということだ。めだかと対面し、戦いを挑み、めだかもそれに応えた。一度は勝負がつきそうな場面さえあった。
にもかかわらず、邪魔された。
戦場ヶ原ひたぎに水を差され。
鑢七花に割って入られ。
果ては仲間である鑢七実にさえ、横車を押すような真似をされた。
その怒りと絶望は、いったいどれほどのものだろう。

「きみの気持ちはとても嬉しい、だけど――」

と。
七実が脇に置いていたはずのデイパックが、いつの間にか球磨川の手に移動している。
そこから取り出されたのは、一丁のクロスボウだった。元は匂宮出夢の支給品だったものと思しき、独特のシルエットを持つ射出武器。
その銃口を、球磨川はゆるやかに七実の胸元へと向け、

「きみなんか嫌いだよ、七実ちゃん」

そのままあっさりと、引き金を引いた。
ざくり、と肉を穿つ音。放たれた矢は七実の胸の真ん中、ちょうど悪刀・鐚がかつて突き刺さっていたあたりへと命中する。一拍遅れて噴き出した血が、着物を瞬く間に赤く染め上げた。
『却本作り』とは違う、物理的な殺傷能力を持つクロスボウの矢。
その一撃を喰らって、七実は――


「――禊さんは、めだかさんが死んだことが悲しいのですね」


笑っていた。
否定され、拒絶され、身体を射抜かれてなお、その微笑は毫ほども揺るがなかった。
まるでそれが、誇らしいことであるかのように。

「その悲しみは痛いほどわかります。わたしも、あなたが死んだときはとても悲しかった。二度とあなたが生き返らないとわかった時は、身を裂かれる思いでした」

七実はそっと球磨川の頭に手を回し、自分の胸元へと抱き寄せる。矢が突き刺さったままの胸元に。

「本当は、ちゃんとわかっていました。あなたが望んでいるのが『むなしい勝利』などではないことを。あなたの友情が、ぬるくなんてないことを」

何度でも戦って、何度でも負けて。
それでも決して諦めない。
それがあなたですものね。

「私が嫌いだというならそれで構いません。殺したいほど憎いというなら、その憎しみも謹んでお受けいたします。ですがその前に、あなたの悲しみを癒すお手伝いをさせてください」

その囁きを、球磨川は硬直したまま聞いている。
球磨川としては、まさか七実が避けないとは思っていなかったのだろう。七実への拒絶を示すため、あえて避けなければ死ぬような攻撃を仕掛けて見せたのだろうが、認識が違っていた。
七実の刀としての覚悟を、球磨川への想いの深さと重さを、読み違えていた。

「あなたは黒神めだかに縛られています」

言い聞かせるように七実は言う。球磨川と、おそらくは自分自身にも。

469球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 12:00:21 ID:fWV1lgbY0
 
「あなたにとっての勝利とは、なにも黒神めだかに対する勝利でなくともよいはず。なのにあなたは、黒神めだかが唯一の目標であるかのような思いに囚われている。
 結果あなたは、一度は黒神めだかのせいで命を落とす羽目になっています。これではまたいつ、あなたが同じように命を落とすことになるとも限りません。
 わたしの『大嘘憑き』による死者の蘇生も、すぐに底をついてしまうでしょう」
「……割り切れっていうのかい」

七実の物言いをただの弁解と捉えたのか、球磨川の声に険が混じる。

「めだかちゃんの死を、もう仕方のないことだって、僕が生き残るために必要なことだって、そう言うんだね、きみは」
「いいえ、割り切るのではありません。なかったことにするのです」

ごふ、と血を吐きながら言う七実。
七実とはいえ、今の状態で喋り続けるのは至難のはずなのだが、それでも声だけは平静を保っている。

「あなたの命令は『黒神めだかの死をなかったことにする』だったはず。その命令を違えるつもりはありません」
「…………?」
「あなたのその悲しみに、あなたの責任はない。あなたは何も悪くありません。
 ならばこそ、あなたがそれを背負う必要も、割り切る必要もないはずです。
 だったら全部、忘れてしまえばよいではないですか」

割り切って1にするのでなく。
マイナスしてゼロにする。
虚構(なかったこと)にする。

「辛い現実なら、身を裂かれるような悲しみなら、忘れてしまえばいいのです。受け入れる強さも、乗り越える強さも必要ない。過負荷(わたしたち)らしく、弱いままに生きてゆけます」
「…………」
「大事なのは強がることではなく、弱さを受け入れること――そうですよね? 禊さん」

それは、球磨川自身が口にした言葉だった。
戯言遣いと八九寺真宵。その二人がある決断を迫られたとき、球磨川が語って聞かせた過負荷としての精神論。
七実が何をしようとしているのか、球磨川はようやく理解する。
理解できて当然だろう。そのとき球磨川自身がやったことと同じことを、七実はやろうというのだから。

「……僕は、めだかちゃんを守れなかった」

いつの間にか、球磨川は泣いていた。
七実に抱かれたまま、両目から滂沱として涙を流している。七実の胸元に零れ落ちた涙は、血と混ざり合ってすぐに見えなくなる。

「めだかちゃんが殺されたとき、一番近くにいたのが僕だった。それなのに、殺されるまでそれに気づくことができなかった。めだかちゃんと戦うのに夢中で、気づこうと思えば気づけたはずなのに、それなのに――」
「あなたは悪くありません」

懺悔のような言葉を遮って、もう一度同じことを七実は言う。
球磨川の吐露を、球磨川の言葉で優しく否定する。

「あなたは何も悪くない。ただ弱かっただけです。そしてわたしは、あなたに弱いままでいてほしい。過負荷(あなた)らしく、過負荷(わたしたち)らしくあってほしいのです」
「…………」
「わたしは、あなたを置いて死んだりはしません。あなたの望む限り、あなたが臨む限り、あなたの傍にいます」


死にぞこないだけれど。
生きぞこないだけれど。
生まれてくるべきではなかったけれど、それでも――


「あなたのために、生き続けますから」


だからどうか。
あなたがあなたであることを、やめないでください。


そう言って、七実は選択を委ねる。
胸に穿たれた矢からは、とめどなく血が滴り続けている。それをどうこうしようとする気配すらなく、身じろぎひとつせずに球磨川からの返答を待つ。

470球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 12:00:53 ID:fWV1lgbY0
球磨川もまた、身じろぎひとつせず。
沈黙と沈黙が重なり、時間だけが経過し。
そして――


「――うん、そうだね、七実ちゃん」


そして、球磨川は選択する。
逃げる選択を、弱さを受け入れる選択を。


「きみの思う通りに、やってちょうだい」


それを聞いて、七実は。


「――委細、承知いたしました」


とても満足そうに、首肯した。




「『大嘘憑き(おーるふぃくしょん)』――」




そして、七実は宣告する。
取り返しのつかない解答を。
救いようのない救いを、球磨川に与える。


「禊さんの中の、『黒神めだかに関する記憶』を、なかったことにしました」



   ◇     ◇



『……何やってんの? 七実ちゃん』

きょとんとした顔で、球磨川は問いかける。
“なぜか”自分の頭に手を回し、胸元に押し付けるようにして抱え込んでいる七実へと。

「ああ、これは失礼」

そう言って腕をほどき、少し名残惜しそうに身体を離す七実。

「ご気分はいかがですか? 禊さん」
『うん? んー、なんか頭がぼーっとするけど、悪い気分じゃないよ。むしろすっきりしてるっていうか――ってあれ? そういえば僕、今まで何してたんだっけ?』
「ランドセルランドに向かう途中ではなかったですか?」
『いや、それは覚えてるけど……そもそもなんで車から降りたんだっけ?』
「“とらんく”の中が狭すぎたせいでは?」
『そこに入れって言ったの七実ちゃんだよね』

471球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 12:01:28 ID:fWV1lgbY0
 
記憶の辻褄が合わないことに戸惑っている様子の球磨川。
ぼんやりと遠くを見つめながら、頭を振ったり首を傾げたりしている。

『大きい蟹がどうとか言ってた気がするんだけど』
「夢でも見ていたのではないですか?」
『夢? そうかなあ――』

訝る球磨川に対して、七実は、

「……もしかすると、少しばかり記憶が混乱しているのかもしれませんね」

探るように、確かめるように言う。
切り込んで、鎌をかける。

「黒神めだかが、死んだことの衝撃で」

無表情で、平然とした口調で。
いつも通りの七実の喋り方で。

『黒神、めだか――?』

その名前を、球磨川は頭の中で反芻する。記憶を掬い取るように、何度も。
その様子を七実はじっと見つめる。つぶさに見、観察する。
『大嘘憑き』による記憶の消去。
それがどの程度まで作用しているのか、実のところ七実にもわかっていない。
『大嘘憑き』自体アンコントローラブルな能力であるし、球磨川の記憶の中身を具体的に知り得ない以上、どの記憶をなかったことにするのか恣意的な操作などできるはずもない。
球磨川の様子を見る限り、黒神めだかの死に取り乱していた間の記憶はなかったことになっているようだが。
それを確認するため、あえて黒神めだかの名前を出したのだろうが――果たして。

『誰それ?』

と、球磨川は言った。

『やだなあ、七実ちゃん。週刊少年ジャンプの熱血系主人公じゃないんだから、見ず知らずの人が死んだくらいで僕がそんな取り乱すわけがないじゃない』

傾げた首を、さらに傾げて。
直角に傾げた首で、へらへらと笑う。

「……ええ、そうですね、失礼しました。今の言葉は――忘れてください」

その反応を見て、にこりと微笑みを返す七実。

『それよりもさ、なんで僕こんなもの持ってるんだろう? たしか七実ちゃんが持ってたやつだよね、これ』

と、手に持っていたクロスボウを七実に示してみせる。引き金に指をかけたままなので実に危なっかしい。

「ああ、それでしたら大螺子がなかったので、代わりのものが必要だと」
『え? 僕がそう言ったの?』
「いえ禊さんでなく」
『…………? よくわかんない……』
「いえ――もしよろしければ差し上げますけど」
『そう? んー、じゃあ遠慮なく』

珍しい玩具でも貰ったように、球磨川はクロスボウをデイパックにしまう。
言うまでもないが、七実に刺さっていた矢はすでに引き抜かれている――というより、矢そのものを射創と着物の血ごと『大嘘憑き』でなかったことにしたようだ。

472球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 12:02:01 ID:fWV1lgbY0
球磨川の制服についていた血も、戦場ヶ原ひたぎの分も含めてすべて消し去られている。
いっそ清々しいほどの証拠隠滅だった。

『……七実ちゃんさあ、何かいいことでもあったの?』
「はい? なぜですか?」
『なんかうきうきしてるように見えるよ、恋愛(ラブコメ)してる女子高生みたいに。ていうか七実ちゃん、そんな顔もできたんだ』

無言で七実は球磨川の頬を打った。平手で。

『……ごめん七実ちゃん。今なんで僕が平手打ちされたのか、本気でわからないんだけど』
「申し訳ありません、今のは照れ隠しです」
『照れ隠し? 照れ隠しだったの? 今の』
「わたしが嬉しそうに見えるというなら、それはあなたがそばにいるからでしょう」

そう言って、もたれかかるように身を寄せてくる。

「あなたがいることが、わたしの幸せですから」
『やっぱりちょっとテンション高くない? 本当に何かあったの?』

球磨川が問いただそうとした、その時。

「…………う」

かすかなうめき声とともに、倒れていた七花が身を起こす。
意識はまだ朦朧としているようで、立ち上がる様子はない。顔色も依然として、いや前にもまして悪くなっている。
球磨川はそれを見て『なんで七実ちゃんの弟さんがまた倒れてるんだっけ?』というように首を傾げている。
七実はしばしそれを見つめてから、

「――禊さん、少しだけお時間をいただけますか」
『ん? いいよ。弟さんと何か話でもするの?』
「ええ、ちょっとお別れの挨拶を」

球磨川から離れ、しずしずと七花のほうへ歩いてゆく七実。
苦しげに喘ぐその様子を見下ろすようにして、

「もう起き上がれるようになるとは流石ね、七花」

と、七花だけに聞こえるくらいの囁き声で言った。
四本もの『却本作り』が刺さっていることを考えると、確かに早い復調と言えるかもしれない。
もっとも、『却本作り』は使用者の精神によって効果の強弱が決まるため、球磨川の絶望が消し去られ、七実が幸福になった結果として『却本作り』の効力が弱まった、と考えるのが妥当かもしれないが。

「めだかさんを殺してくれたことについては感謝するわ。まさかあなたが、そこまでできるとは思っていなかったから」

腐っても虚刀流当主ね――と、七実はくすくす笑う。
七実にとっては冗談のつもりだったのかもしれない。

「だけど」

おもむろに。
七花の隆々とした右腕を、七実のたおやかな両手がつかむ。『荒廃した過腐花』による感染部位を避けるようにして。

473球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 12:02:30 ID:fWV1lgbY0
 
「禊さんを斬ろうとしたこの右手には、しかるべき罰を受けてもらわないとね」

そう言って七実は。
手首のあたりから、七花の右手を力任せに引きちぎった。

「…………っ! があああああああああああああああああああああっ!!」

空を裂くような絶叫。
七実の病魔による苦痛が逆に痛みを緩和しているとはいえ、あまりに荒々しい手際に七花は身悶える。
おそらく凍空一族の怪力を使ったのだろう。まったく手こずる様子なく、小枝でも折るように手首を分断した。

「そんなに騒がないで頂戴、大の男がみっともない。わたしの治癒力を渡してあるから、この程度で死にはしないわ」

ちぎり取った手首を、ごみでも放るかのように七花の目の前に投げ捨てる。
七実ならば、もっと綺麗に切断する方法などいくらでもあっただろうに、あえて力任せという暴力的な手段に頼った。
そうするのが、今の七花には適切だとでも思ったのだろう。

「これに懲りたら、二度と禊さんを斬ろうなんて思わないことね――じゃあ、ここでお別れね、七花」
「は――はあ?」
「当たり前でしょう。あなたとはいえ、禊さんを手にかけようとした相手とこれ以上一緒にいるわけにはいかないもの。同行するのはここまでよ」
「き、斬らないのかよ、おれを」
「あら、なんでわたしがあなたを斬ると思うの?」
「な、なんでって――」

七実を相手取る以上、逆に斬り殺されるくらいの覚悟は当然していただろう。
その覚悟をさらりと躱され、七花はとまどいを隠せない。

「か、刀は斬る相手を選ばない――んじゃなかったのかよ」
「今は禊さんの刀よ。命じられない限り、みだりに斬ったりはしないわ。あなたがとがめさんの刀だったときもそうだったんじゃなくて?」
「…………」

二の句が継げず黙り込む七花。
七実の胸中がすべて理解できるはずもない。ただ、かつて誰かの刀だった七花にとって、惚れた相手に遵従するその心情だけは理解できるだろう。
二人に違いがあるとすれば、七花が学んだのが人としての生き方であるのに対し、
七実が今現在歩んでいるのは、あくまで過負荷としての道であるということだが。

「――まあ、本当は禊さんに斬りかかった時点で斬り捨てているところだけれど、今回だけは特別に見逃してあげる」

次はないわよ――と釘を刺し、近くに落ちていたデイパックと鉄扇を拾い上げる。どちらも黒神めだかの遺品だ。
デイパックの中身を素早く検分し、そのうちいくつかを自分のデイパックの中身と移し替え、残った分をデイパックごと七花に投げてよこす。

「こっちはあなたにあげるわ。これからどうするかはあなたの自由だけど、生き残りたかったら余計なことはやめて、せいぜいおとなしくしてなさい」

そう言って七実はあっさりと踵を返し、球磨川のもとへと戻る。

「お待たせしました、さあ参りましょう」
『……きみの弟さん、何か悪いことでもしたの?』
「どうかお気になさらず。家族同士でのちょっとした話し合いですから」
『あのまま放っておいて大丈夫? ていうか何で『却本作り』が一本増えて――』
「あのこにはあのこなりの生き方がありますから。わたしたちがこれ以上干渉する必要はないでしょう」
『ふうん、七実ちゃんがいいならまあいいけど――あー、ちょっと待って待って七実ちゃん』
「はい、何か」
『ランドセルランドはそっちじゃない。こっち』
「…………」

474球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 12:03:00 ID:fWV1lgbY0
 
コンパスと地図を手にさっさと歩き出す球磨川。七実もすぐさまそのあとを追おうとする。

「ま――待てよ、姉ちゃん」

それを七花は、なおも追い縋ろうとする。
無駄とは知りながら、悪あがきをする。

「待たないわよ、なんでわたしが待つと思うの? しつこいからこの際はっきり言ってしまうけど、わたしはもうあなたに興味はないのよ」

待たないと言いつつ、首だけ振り返って七花を見る。
しかしその視線は、家族に向けられるものとは思えないほど冷め切っていた。

「あなたがまた本気で戦ってくれるなら、もう一度あなたに殺されるつもりでいた。殺されたいと思っていた。
 でも今のあなたには、殺されてやる気も戦ってあげる気も起こらない。それともあなたは、そんな状態でまだわたしと戦おうというの?」

七花の胸元を再び指差す。
弱さを体現した球磨川と、回復力こそあれど脆弱さを極めた七実、その二人の弱さを反映する四本の『却本作り』。
今の七花の身体は、戦うにはあまりに脆すぎる。長時間はおろか短時間の戦闘ですらそうはもたないほどに。
七花が不意討ちを選んだ真の理由は、実のところそこにある。
長時間にも短時間にも耐えることができないなら、開始と同時に決着する、そんな戦い方を選ぶしかあるまい。
『一瞬での、一撃による必殺』――確実に勝つにはそれしかないということを、きっと本能で理解していたのだろう。

「もうひとつ、あなたに感謝しておくわ、七花。あなたが背中を押してくれたおかげで、わたしは生き続けることを選ぶ決意ができた。
 わたしはもう、あなたにも、誰にも殺されてやるつもりはない。禊さんがいる限り、わたしはどこまでも一緒に生きてゆく」

生き方を選べなかった七実が、唯一選んだはずの死に方。
彼女が唯一、殺されることを望んだはずの相手。
そのたった一人の相手が価値を失ったことで、生き方を選ぶきっかけとなった。
しかしそれは。
唯一の肉親である鑢七花を突き放す選択に他ならない。

「あなたが悪いのよ、七花」

ようやく、七実は笑顔を見せる。
ただしそれは、球磨川に見せたような柔和な微笑みでなく。
侮蔑と憐憫を含んだ、冷笑だった。

「あなたが、そんなにも弱くなってしまうから。そんなにも弱くならないと生き続けることすらできないような身体に、あなたがなってしまうから。
 わたしも禊さんも、あなたが死なないように助けてあげただけ。それであなたが弱くなったのはあなたの責任。だから――」

最後にはもう、冷笑すらも引っ込めて。
その顔に浮かんでいたのは、胡乱で、空っぽで、取ってつけたような。
虚構のような、笑みだった。


「わたしは悪くない――いえ、悪いのかしら」


今度こそ振り返ることなく、七実は球磨川の後を追ってゆく。二人の姿は、すぐに夜の闇にまぎれて見えなくなる。
後に残されたのは、右手を失くし、腐敗に侵され、四つの弱さを螺子込まれ、ただ茫然と膝をつく、一本の刀だけだった。

475球磨川禊の非望録 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 12:03:55 ID:fWV1lgbY0
【一日目/真夜中/D-5】
【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『少し頭がぼーっとするけど、健康だよ』
[装備]『七実ちゃんはああいったから、虚刀『錆』を持っているよ』
[道具]『支給品一式が2つ分とエプロン@めだかボックス、クロスボウ(5/6)@戯言シリーズと予備の矢18本があるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『1番はやっぱメンバー集めだよね』
『2番は七実ちゃんは知らないことがいっぱいあるみたいだし、僕がサポートしてあげないとね』
『3番はランドセルランドに向かおう』
『4番は……何か忘れてるような気がするけど、何だっけ?』
[備考]
 ※『大嘘憑き』に規制があります
  存在、能力をなかった事には出来ない
  自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
  物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします
 ※始まりの過負荷を返してもらっています
 ※首輪は外れています
 ※黒神めだかに関する記憶を失っています。どの程度の範囲で記憶を失ったかは後続にお任せします



【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(小)、交霊術発動中
[装備]四季崎記紀の残留思念×1
[道具]支給品一式×2、勇者の剣@めだかボックス、白い鍵@不明、ランダム支給品(1〜3)、球磨川の首輪、否定姫の鉄扇@刀語、
   『庶務』の腕章@めだかボックス、箱庭学園女子制服@めだかボックス、王刀・鋸@刀語、A4ルーズリーフ×38枚、箱庭学園パンフレット@オリジナル
[思考]
基本:球磨川禊の刀として生きる
 0:禊さんと一緒にランドセルランドに行く
 1:禊さんはわたしが必ず守る
 2:七花のことは放っておきましょう
[備考]
 ※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました
 ※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
 ※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました
 ※弱さを見取れます。
 ※大嘘憑きの使用回数制限は後続に任せます。
 ※交霊術が発動しています。なので死体に近付くと何かしら聞けるかも知れません
 ※球磨川禊が気絶している間、零崎人識と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします
 ※黒神めだかの戦いの詳細は後続にお任せします



【鑢七花@刀語】
[状態]右手欠損、『却本作り』による封印×4(球磨川×2・七実×2)、病魔による激痛、『感染』?
[装備]袴@刀語
[道具]支給品一式
[思考]
基本:優勝し、願いを叶える?
 0:…………。
 1:放浪する?
 2:名簿の中で知っている相手を探す。それ以外は斬る?
 3:変体刀(特に日和号)は壊したい?
[備考]
 ※時系列は本編終了後です
 ※りすかの血が服に付いていますが『荒廃した過腐花』により腐敗されたようです
 ※不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です
 ※掲示板の動画を確認しました
 ※江迎怒江の『荒廃した過腐花』の影響を受けました。身体にどの程度感染していくかは後続の書き手にお任せします
 ※着物の何枚かを途中で脱ぎ捨てました。どの地点に落ちているか、腐敗の影響があるかは後続の書き手にお任せします
 ※着物は『大嘘憑き』で『なかったこと』になりました
 ※『大嘘憑き』により肉体の損傷は回復しました。また、参戦時期の都合上負っていた傷(左右田右衛門左衛門戦でのもの)も消えています
 ※『却本作り』の影響をどれくらい受けるかは後続の書き手にお任せします





支給品紹介

【クロスボウ@戯言シリーズ】
匂宮出夢に支給。
弓矢と銃を組み合わせたような武器。
「クビツリハイスクール」にて萩原子荻が使用。
本ロワでは6発まで連射可能、予備の矢18本セット。

476 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 12:05:23 ID:fWV1lgbY0
以上で修正版投下終了です。
クロスボウだけかなり強引にねじ込みましたが、それ以外での大きな変更はありません。
黒神めだかの首輪については、これまで通り所在不明ということにさせてもらいます。

477名無しさん:2014/11/08(土) 12:13:15 ID:2qgjmBSM0
修正乙です
大筋に変更はないので感想は割愛させていただきますが、それならば問題ないかと
七実の支給品がそのままになっているのはWiki編集の際に直せば大丈夫ですかね?

478 ◆wUZst.K6uE:2014/11/08(土) 14:52:23 ID:QKtkK1CYO
>>477
確認漏れしてました。そこだけ修正お願いします。
重ね重ねすみません。

479名無しさん:2014/11/15(土) 00:17:46 ID:tn2S.PQA0
集計者さんいつも乙です
今期月報
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
152話(+2) 15/45 (-0) 33.3(-0.0)

480 ◆xR8DbSLW.w:2014/11/26(水) 21:54:12 ID:kaJTrOxA0
皆様投下お疲れ様です&月報乙です。
それでは私も投下させていただきます

481 ◆xR8DbSLW.w:2014/11/26(水) 21:56:17 ID:kaJTrOxA0
 一見三竦みのようにも見えるが、その実零崎人識が圧倒的有利な状況下であった。
 曲弦糸。糸を繰る技。
 時には撥ねて――時には裂いて――時には解して――時には時には。
 この時間軸上の人識には不可能にせよ、勿論使い方次第では殺人術としても機能する。
 そして、この術の本質は索敵や拘束にも用いることができる点だ。
 ただ糸を操るだけ。シンプルな技。しかしそれだけにその使い勝手は凄まじい。

「俺はこれまで、心っつーのは物体的なものだと信じて疑わなかった。
 てゆーか今でもそう信じてるんだけどな、しかし反して心なんていうものはどこにも見当たらない訳だ」

 さながらマリオネットのように、糸に吊られた二人の人間は素面の表情のままに、しかし内心どうしたものかと、頭を働かせる。
 刀を振ろうと試みるが、糸が相手なのにどうしてか切り落とすことさえ叶わない。
 宗像形はそれを、雲仙冥利の《鋼糸玉(スリリングボール)》かと連想したが、どうにもその様なものとは思えずにいた。
 一方で真庭蝙蝠は、人識のとった攻撃の考察などせず、まさに生死の境目とも言える場面に出くわして、これから判断に迫られている。
 ――突如降臨したその《鬼》はそんな様子ににやにやと眺めた。

「さっきの戦場ヶ原ひたぎの心だってそうだった。
 あいつは頭にあるとかぬかしてやがったが、どこにも見当たらなかった。
 これに限らずこれまで確か十何人の人間の心を覗き見ようとしても、どこにもない」

 俯瞰的に現状を確認してみよう。
 舞台はネットカフェのその一階。
 ロビーと連なっていたその部屋には、今現在は約五百の剣が咲き誇っている。
 内一本は四季崎記紀が生み出しし、完成形変態刀が一振り、絶刀・鉋であり、
 その他の剣は同じく完成形変態刀が一振り、千刀・ツルギだ。

「だから俺は、やっぱり諦めるべきなんじゃないかと思うわけ。
 一度そうしたんだから、これからもそんなものを追い求めなくてもいいんじゃないかって俺もいるんだ。
 何分一度、クソッタレな赤色から答えを明示させられちゃあ、敵わねえよな」

 その巨大な空間の中心で、《冥土の蝙蝠》真庭蝙蝠と《枯れた樹海》宗像形は向かい合い、制止している。
 ピクリとも動かない。すぐ隣で人識が佇んでいるというのに、しかしどうすることもできずにいた。
 人識は手袋をはめ、しっかりと指で糸を繰りつつ滔々と語る。

「それでも、心を見てみたいという俺は確固たるものとして存在している。
 どうしようもなくアホで、おそらくそれ故に死んでしまった兄貴に教えてやりてえのさ。
 ――普通であり続けたいと願う、アホな兄貴によ。ま、せめてもの手向けっつーやつか」

 らしくもねーか、と独り言つ。
 かはは、と笑う人識の正面、真庭蝙蝠と宗像形は短く紡ぐ。

「宗像」
「なんだ」

 少女の声――りすかの声をした蝙蝠が声を発する。
 それは確かに小声ではあったが、人識にだって聞こえているだろう。
 だが、こうなってしまった以上はやむをえまい。
 おおよそ気紛れで戯言を垂れ流している内に――と。

「一瞬だけ協力しろ」
「……なんだ」

 眉を顰めるが、しかしこのままでは自らの命の危機であることには変わりない。
 瞬間の逡巡の後に簡単に返す。
 それを由とした蝙蝠は横目で人識の姿を窺いつつ、箱庭学園で邂逅した《王》を想起する。
 人識は斬刀を力強く握り、誤って糸を斬らない範囲で切っ先を蝙蝠に向けた。

「どっちつかず、別段今の俺に拘りがあるわけでもない。
 だからこれで最後にしようと思ってるんだ。これで出るなら好し、出ないのならまた好し。だから」

 人識は何の容赦もなく、斬刀を突きつける。
 チクリとした感触がした。それはつまり、蝙蝠と斬刀との距離は零であることを示す。
 反して蝙蝠は落ち着いた口調で――《王》を――《「魔法使い」使い》を――《死線の蒼》を頭に浮かべ、宗像に問う。

「《異常(アブノーマル)》ってなんだ」

482 ◆xR8DbSLW.w:2014/11/26(水) 21:57:13 ID:kaJTrOxA0
 極めて簡素な問い。
 宗像形は答える。

「《何かをすれば必ずそうなる》こと――《自分は「そういう存在」と思う》ことだよ」

 かつて雲仙冥利が言ったことを。
 先刻玖渚友に対して言ったように、告げる。
 宗像らの持つ――その《絶対性》を。あくまで逃れることのできない一種の呪縛を。

 そんな宗像の言葉に重ねるように、人識が一人、言葉を続ける。

「おめーら二人は知ってるかい?
 心っちゅーんがどこにあるかをさ。教えてくれよ、てめーらの冥土の土産によ」

 冥土の土産。
 その言葉を聞いて、蝙蝠は僅かに口角をあげて。

「分かった。じゃあこれでまた敵同士だ」

 瞬間の同盟を破却した。

 そして。
 彼の思考は一つの人物に絞られる。 
 意識する意識する。
 認識する認識する。
 確信する確信する。革新する。
 《王》、《発信(アクティブ)》、《創帝(クリエイト)》。
 そんな彼の異常性――曰く《人の心を操る》ことが自分にもできると。

        
「――――《跪け(ヒザマズケ)》」



 ○


 改めて説明するまでもないが、真庭蝙蝠が誇る忍法の一つ《骨肉細工》は相手を模倣する技だ。
 姿かたちは勿論のこと声質・体質、時に本質そのものさえも吸収する。
 相手の才能や天性までをも、自らのものとして体現してしまう、そんな技なのだ。
 思い返して見てほしい――尤も今現在の真庭蝙蝠の時間軸とはそぐわない話ではあるが――彼が鑢七花に化け、絶刀・鉋で襲った場面。
 つまりは真庭蝙蝠の死に際のことを振り返ってみよう。彼の敗因はなんだったであろうか。
 そう、鑢七花を体現しきったが故に起きた悲劇。
 《刀を扱えない》特性、つまり《刀を使用としても必ず失敗してしまう》特性故に敗北を喫した。
 それは、人間の《異常性(アブノーマル)》さえも体現する証左に他ならない。

 そして今現在、零崎人識が跪き、その反動で曲弦糸が解かれ、真庭蝙蝠と宗像形が自由の身となったこの場面を引き起こしたのは、
 紛れもなく真庭蝙蝠の《骨肉細工》――いや、この場合は《骨肉小細工》と言うのが適切か――の再現性の賜物と言ったところだろう。

 宗像形の助言に従い、《創帝(クリエイト)》都城王土が出来ることは自分にも絶対にできると認識した。
 曰く――人の心を操る。箱庭学園にて能力(スキル)の持ち主から直接聞いたことである。

「――――成程ねえ。確かにこれは説明が難しい」

 いつの間に声帯を変えたのか、供犠創貴の声で一人得心する。
 実際、都城王土の《異常性》の仕組みそのものは理解してはいるが、だからといって、使い方を学んだわけではない。
 自分は人の心を操れるという絶対的な確信が、現在起きている現象を引き起こしたの過ぎないのだ。

「《言葉の重み》か。懐かしいな、だから殺す」

 宗像形は手にしていた千刀を振り上げる。
 目掛けるは零崎人識の頭。《悪》を殺すべく、確固たる意志を以て。
 跪く人識の頭は、実に狙い易かった。

483 ◆xR8DbSLW.w:2014/11/26(水) 21:57:37 ID:kaJTrOxA0

 そんな時だった。

「う、うう、うおおおおおおおおーーーーーーーーーーーー!」

 刀を振り下ろし――もう間もなくで人識の命が断たれるとなったその直前。
 跪いていた当の本人、零崎人識が熱烈に叫んだ。

 叫んでから、人識は跪いた姿勢から横に跳ねる。
 それから一秒も待たず、数瞬前まで人識の頭があった場所に、ミリとも違わず千刀が振り下ろされた。

「へえ、動けるのか。だから殺す」

 攻撃の手を緩める道理はない。むしろここからが千刀巡りの真骨頂とも言える。
 宗像はそこらに刺さっている次の千刀に手を伸ばした。
 さも当然のように柄は宗像の手に収まり、すかさず人識に追撃する。
 跪いた拍子に斬刀を手放してしまった彼は、宗像と同様に近くに転がっている千刀を抜き取り、宗像の攻撃を弾く。
 右腕で放たれた一撃目を弾いたはいいものの――宗像により地に刺さっていた千刀の一本が蹴り飛ばされる。
 円を描く千刀は綺麗に人識へと向かう。弾くのは無理と咄嗟の判断を下し、軽快なステップで後方へ飛ぶ。
 未だ宗像の追撃の手は緩まらないが、一息つく暇は出来た。そこで思いの丈を叫んだ。
 
「び、ビビったあ! なんでテメーが《ソレ》を使えんだよ!
 あー、気合とはよく言ったもんだぜ。見たこともねえ善吉くんとやらには感謝しなきゃな」

 戦場ヶ原ひたぎと共に都城王土と遭遇した直後のこと。
 《一度味わったことのある》、という戦場ヶ原の言葉に疑問を覚えた人識が尋ねたときの話である。
 その時に様々なことを聞いたのだが――中でも特筆すべき内容は、人吉善吉という少年が、《言葉の重み》に耐えたというものだ。
 仕組みは単純明快。気合と根性。少年ジャンプさながらの理論である。

 それで、現在。
 零崎人識は再び立ち上がる。
 気合と根性の力を遺憾なく発揮して、《言葉の重み》を打破した。
 結界術などに耐性を持つことができた人識の器用さを加味しても不可能な事柄ではないだろう――。

 というのも理由として挙げられるが、それではあんまりにあんまりなので、ここで説得力を補強しよう。
 真庭蝙蝠が《言葉の重み》を使用した時の状況を思い返す。
 基部は零崎軋識、右腕と両足は都城王土、喉は水倉りすか、とつまりは忍法《骨肉小細工》を使用していた真っ最中であった。
 
 《骨肉小細工》には瞬時に身体の一部を変態させられる点と複数人の身体を同時に変態させられるという点。
 主に二つの利点がある反面、最大にして致命的な欠点がある。
 それは、変態した人間の力を良くても80%程しか使用できない点だ。
 すなわち、今回真庭蝙蝠が使った《言葉の重み》は不完全なものに過ぎないのである。
 都城王土本人の、換言すると100%の力を出し切った《言葉の重み》を味わった人識には確かに温いものだったのかもしれないだろう。

「はあ……、おれの奥の手があっさり打ち破りやがって、ふざけた野郎だ」

 人識の質問には答えず、ある種の呆れの混じった口調で応える。
 そう答える真庭蝙蝠はネットカフェの窓枠にしゃがみこんでいた。
 未だ宗像形と零崎人識はせめぎ合う中、一人戦線を離脱しようとしている。 

「きゃはきゃは――やってられっかよ。おれはここで退散するとするぜ」

 勝てない勝負を真っ向からするわけがない。
 彼はしのびなのだ。――先ほどまでが、おかしかっただけ。
 刀の毒に犯されてしまっただけであり、彼の本分は卑怯卑劣、不意を打つことにある。
 だから逃げた。
 非難を浴びようがなんだろうが、繰り返そう――彼はしのび。
 勝てない勝負を、ましてや真っ向勝負などするはずがない。
 彼は姿を消し、その場には宗像形と零崎人識だけが残る。

 蝙蝠の行為を許すまいと引きとめようとした人識であったが、一人の人間が間に入る。
 立ち塞がったのは、宗像形だった。
 《正義》の、男である。

「おいおい、逃がしていいのかよ」

 もう完全に蝙蝠の気配を逃してしまった人識は諦めたように肩をすくめ、宗像に問うた。
 宗像はピクリとも表情を変えず、坦々と答える。

「彼は確かに敵だ。殺さなくちゃいけない。
 でも、それでも優先すべきはきみだ。また変な技を使えないうちにね」
「ちっ、やっぱ気付いてやがったか」

 人識は露骨に嫌そうな顔をして答える。
 確かに現在、人識は曲弦糸が使えなくなった。
 理由としては明瞭で、跪いた際に糸が絡まったこと、及び宗像形が糸を斬ってしまったに起因する。
 元々はただの糸だ。そこに特別性など皆無である。それなら宗像が糸を斬り落とすことだって、何らおかしくない。
 千刀で一撃を振るいながら、人識の問いに対する答えを続ける。

484背信者(廃心者)  ◆xR8DbSLW.w:2014/11/26(水) 21:58:24 ID:kaJTrOxA0
「それにさっきの口ぶりだと、既に戦場ヶ原ひたぎって人を殺しているらしい。
 それは見過ごせない。僕は火憐さんに代わり、悪を裁くんだ」

 阿良々木火憐の志を引き継ぎ――だけども彼女にはなれなかった彼は、人識を殺す覚悟を固めていた。
 《正義の味方》でなく、《正義そのもの》であろうとする彼は、人識に刃を向ける。
 対する人識は抜き取った千刀で宗像の攻撃をいなしながら、へらついた表情を浮かべた。

「あーそう。そりゃ重畳。殺人鬼が世間的には悪ってのは否定すべくもないな」

 元々武器の扱いそのものには難のある宗像――加え片腕が欠損した隻腕の彼を相手は容易い。
 おまけに出血多量で意識も正常ではないのであろう。剣筋が時折ぶれている。満身創痍であった。
 それでも、人識は宗像を殺すに至っていない。
 理由の一つに、どうせ殺すなら斬刀・鈍がいいということ。
 二つに、意識が朦朧としているとは言え、殺されない技術にも精通する宗像の隙そのものは零に等しいこと。
 面倒くさいと内心毒を吐きつつ、坦々と宗像の攻撃をいなし続ける。

「ちなみに火憐ってのはお前が看取ったりでもしたんか?」
「僕が引導を渡したんだ」
「ふーん、まあ変に気負うなよ。俺だって似たようなことをやったんだしな」

 匂宮出夢のことを想起しながら適当に相打つ。
 そこで、ふと思い出す。

「火憐って阿良々木火憐だよな? もしかすっと八九寺真宵って名前に聞き覚えはねーか?」
「……知らないよ。知ってても教えるつもりもないが」

 《負完全》球磨川禊が起こした七面倒臭い事態の解法でも見つけられたらとも思ったが、そんなに上手く事は運ばないようだ。
 思い返せば思い返すだけ、薄幸な女児だと感じるばかりである。

「まあ、いいや」

 考えていても仕方のないことだ。
 少なくとも、この場を何とかしない限りは。
 ここに立ち寄ったのは失敗だったかなあ、とぼんやりと思う人識である。

「で、なによ。火憐の遺志を引き継いで正義の味方にでもなるんかい?」
「違うよ。僕は正義そのものになるんだ。火憐さんの遺志を引き継ぐなんてたいそれたことはできないけどね」

 あの時。
 殺人衝動が消えた時。
 阿良々木火憐に誓ったこと。
 火憐に寄り添い生きていくことを、彼は今でも鮮明に覚えている。

「宗像くん、俺は他人の考えを理解しようだなんて殊勝な奴じゃねえが、
 それでも一つだけ、道を説いてやるよ。――なんて、殺人鬼に説かれちゃ終(し)めーだよな」

 宗像の一太刀を払いながら、かはは、と笑みを零す。
 
「人一人殺した程度で何かがどうにか変わるかよ。
 感傷に浸るのは勝手だろうが、履き違えちゃいけねえよ」

 ――だとしたら、俺は五月に十二回は転生している。
 人識は冗談めかして嘯く。

「よくいうじゃん。スプラッター映画やゲームが人間に悪影響を与えるっての。
 俺は順序が逆だと思うんだよな。――暴力や流血沙汰が好きだからそういう映画とかを観るんだろ? ってな。
 人間は人間を変えられないように、人間は人間では変わらないんだよ」

 変われない男。
 自分と鏡映しの欠陥製品を思い浮かべながら言う。
 つまりは、自分に言い聞かせる風でもあった。

「だから、背負わなくたっていいんだぜ? 変に縛られないでよ、好きなように生きればいいんじゃないのか?」

 変に気負っても兄貴みてーに死ぬだけだぞ。
 宗像にも聞き取れないような声で呟く。
 宗像は多少の間をあけ、それから彼の言葉を否定する。

「それも違うよ。零崎人識くん。人間は人間を変えることが出来る。
 それが――あんまり寓話的なことは言いたくないんだけど――きみの言うところの心の力だ」

 阿良々木火憐の姿が脳裏をよぎる。
 哀川潤の言葉が脳裏をかすめる。
 様々な出会いがあった。別れがあった。
 ――その中で、ようやく宗像形と言う存在は変わることができたんだと、彼は覚える。

485背信者(廃心者)  ◆xR8DbSLW.w:2014/11/26(水) 21:59:22 ID:kaJTrOxA0
「人を裁く以上、多少の無茶はあるかもしれない。ともすれば火憐さんの望まないことだってやる羽目になるかもしれない。
 それでも僕は、火憐さんの心に応えたいんだ。それが、僕のしたいことだから」

 彼女の信じた、自分自身を信じる。
 ――《正義そのもの》としての使命を、全うしたい。
 人識にしてみればついていけない思考だった。辟易とした表情を浮かべる。

「わっかんねえなあ。じゃあ教えてくれよ。心はどこにあんだ?」

 先ほどの問いを繰り返す。
 宗像は迷うことなく答えた。

「だったら殺してみなよ。僕の中には火憐さんのような、燃える心があるはずだから」

 だから、殺すと。
 凄まじい速さで突きを繰りだす。
 人識は愉快そうに頬を歪ませる。

「へえ」

 ここでようやく、人識の意識が宗像へ向く。
 藍色の瞳の奥で燃える情動を感じた。
 そういえば、《正義そのもの》の属性(カード)は解してねえな、と独り言つ。

「そりゃあいいや」

 人識の瞳の色が変わる。
 飄々とした、掴みどころない態度が一変した。
 少しでも近づけば、良いも悪いもなくすべて等しくバラバラにされそうな佇まい。
 《殺し名》序列第三位の座に違わぬ気迫――鬼迫。これはまさしく、《鬼》の証。

 宗像の突きを人差し指と中指で挟む。
 それだけで、刀の動きが完全に静止する。
 宗像は刀を手放し、一度距離を置く。

 だが、攻撃の手はあくまで緩めない。
 偶然の産物でしかないが――今この場は、千刀巡りの舞台の上。
 宗像の土俵の上なのだ。次なる刀を携え、地と並行に構える。

 人識は挟んだ刀を刀身から折って捨てる。
 そして新たに千刀を握った。斬刀ではないのが口惜しいが――それは蝙蝠の時のためにとっておこう。
 意を改め、標的を両の瞳が捉える。両手に刀、つまりは臨戦態勢だ。
 今ここで言うべき言葉は決まっている。


「そんじゃいっちょ、殺して解して並べて揃えて、晒してやんよ」
「だから裁」



 ――――ボン、と鳴り響く軽い音。


「く」


 その次の言葉を繋ぐはずの口が、頭もろとも宙を舞う。
 頭部をなくした身体が、徒然と立ち尽くしている。
 爆発による火花が原因だろう、宗像の首元だったであろう場所は、微かに燃えていた。

486背信者(廃心者)  ◆xR8DbSLW.w:2014/11/26(水) 22:00:32 ID:kaJTrOxA0

 ○


 供犠創貴と真庭蝙蝠とが宗像形とはどういう人間かの説明を受けた後。
 つまりは玖渚友とネットカフェで対談した後のこと――真庭蝙蝠は一人退室するように促される。
 理由としては宗像形の見張りという尤もなものであったが、しかし真庭蝙蝠が真面目に仕事をしたかと言うとそんなことはなかった。

 真庭蝙蝠は考える。
 裏切るのならそろそろ頃合いなのではないかと。
 しかし、供犠創貴、及び玖渚友が単なる無能ではない、同時に非力な人間であることは承知していた。
 結果としてまだその時機ではないと判断する。殺す機会はいずれあるだろう――ともすれば、自分が手を下す必要もないかもしれない。
 それでも、何か弱みを握ることはできないだろうかと、残された供犠と玖渚の会話に耳を傾ける。

 真庭忍軍は暗殺に特化したしのびではあるが、忍者である以上諜報活動などの基礎などは会得していた。
 幸いなことに、ネットカフェに防音装置は備え付けられてなかったので辛うじて会話を聞きとることができる。
 蝙蝠からしてみれば残念ながら、二人の(ついでに場に居合わせている水倉りすかの)弱みなどを握ることはなかった。

 それでも無駄であったかと言ったら、そういうわけではなかった。
 耳にしたその瞬間こそ、大して意味のない行為であったと流したが、思い返して見ると中々愉快な会話である。

「――つまり、都城王土の《異常性(アブノーマル)》は《人心掌握》というよりかは、《電気操作》っていうことか」
「そう。環境次第では雷の放出も可能なようだけど、行橋未造がいない今は不可能だとは思うよ」

 供犠が言葉にして整理するのを、玖渚が補足を加えながら確かな情報として固める。
 これそのものも蝙蝠にとっては有益な情報ではあったが、《異常性》の使用法を認知していない。
 そこまで重要性を感じずにいた。

「確かに人間には電気信号が流れている――その電気を操れば擬似的な《人心掌握》は可能だな」
「厳密に言うと機械と人間とに流れている電気は別物なんだけど――まあ結果として操れるんだからその辺は良いかな」

 そこで一度会話が途切れた。
 仕切り直す様な溜息が蝙蝠の耳にも届く。
 
「しかし驚いちゃった。きみたち、都城王土に遭遇していたんだね。それはなんともな奇縁だよ」
「ぼくとしてはあんたが都城王土を知っていることの方が驚きだけどな」
「その辺は追々としてさ、何か掴めた?」

 しばらくの間が合って、供犠の声が聞こえる。

「さっき首輪の構造とか解説してたけどさ。――言って首輪も所詮はコンピュータで動くような代物だろ?」
「まあ、そうだね。現状どうしようもないっていうのが判明したけど、設備と道具さえしっかりしてれば何とか出来なくもない……ってのは話したよね」
「ああ、その点に関しては信用するほかないからな。信用はしている。けど」

 そこで、供犠は言葉を区切る。
 推察するに、頭の中で情報を整理して、何か言葉を選んでいるようだ。

「あいつの《電気操作》は主催者の一員の能力だ。都城王土が実地班だったことを踏まえても、あまり対策が練られてないんじゃないかと思ってな」
「確かにそうかもしれないけど、それがどうしたの? 話を聞く限り――行橋未造を探さないことには、彼をこちら側の駒として考えるのは早計じゃない?」
「その通り。だけど、そいつの力なら首輪の解除ぐらいなら可能である確率は高そうなのには違いない」
「むー、もしかして首輪の解析なんて無意味だって言いたいの?
 僕様ちゃんの苦労を全否定だなんておーぼーだー! 英語風に言うとOH Border!」
「そういうつもりもないんだがな、これまで通り首輪の解析にも努めてほしいんだが……」

 そこで、供犠は会話を打ち切った。
 まだ確証を持てることではない。話すような時機ではない、と。
 しばらくの間をおいて、今度は玖渚から言葉を切り出す。

「……さっきは、ああ言ったけど、都城王土が必ずしも首輪を解除できるかって言うと、そういうわけじゃないことは覚悟しておいてよ。
 人質が囚われている件といい、元々の不知火袴との関係性を顧みても、彼は主催の中でも単なる末端である可能性は重々ある」
「末端ならば切り捨てても構わない――首輪の構造なんて知る必要もないってことか」
「敢えて常識に囚われるんならさ、解析解除なんて、構造を知ってこその話じゃない?
 それこそ、彼に僕の《異常性》でもあれば話は別だけどね。残念ながらそうじゃない」
「蓋を開けてみないことには分からない、か。どちらであれ、もう一度会う必要があるようだ」

487背信者(廃心者)  ◆xR8DbSLW.w:2014/11/26(水) 22:01:52 ID:kaJTrOxA0

 どちらのものかも分からない溜息を聞いて、蝙蝠は静かに鼻を鳴らす。
 首輪の解析なんて関係ない。結局のとこ、ルール無視をしない限り、自分が優勝すればいい話なのだ。

 随分と昔にも感じるが、スーパーマーケットで某戯言遣いが真庭忍軍の長・真庭鳳凰に告げたように、
 優勝した後、不知火袴と言う老人が当初の約束事を反故する可能性もある。
 最後となった者の首輪を爆発して幕を締めくくる――なんて落ちも考えられる以上、そりゃ首輪を解除するに越したことはない。
 しかし、それでも最優先に考えるべきことにはどうしても思えない。

 これ以上はいいだろう――と真庭蝙蝠は踵を返し宗像形の眠るロビーへと向かう。
 足音一つ立てずに歩く様は、まさにしのびの鑑と言えた。


 ○


 その姿は――不思議と整ったものである。
 傲然とした風貌に、逆立つ青髪に、青い瞳。
 真庭蝙蝠が変態した姿は、紛れもなく都城王土と、玖渚友。
 《改竄(ハッキング)》と《発信(アクティブ)》の結合体だ。

 忍法《骨肉小細工》応用編。
 複数人の姿に擬態して――他人の《異常性(アブノーマル)》を複合するという技術。
 今回の場合は玖渚友の《超人的電脳理解》及び《改竄技術》と、都城王土の《電気操作》の複合により、超越的な改竄能力を手に入れた。
 それは、このバトルロワイアルにおいて肝ともなる首輪の誤作動を招くほどの力を持っている。

 真庭蝙蝠は逃げちゃいなかった。
 むしろ、ずっと機を窺っていたのだ。
 宗像形の溢れんばかりの殺意に紛れてひっそりと、ネットカフェの外で。
 殺意に敏感な零崎人識でも捉えきることは出来なかった。
 曲がりなりにも、身を隠すのはしのびの得意分野なのだ。

 そして現在。
 宗像形の首輪が爆発し、宗像形の首が宙を舞っている。
 明らかに――火を見るよりも明らかに、死んだ。

「――っ!」

 人識は僅かに垣間見た殺意の出所へ駆けつけるべく、ネットカフェを窓から飛び出した。
 しかしそこには人の姿はとっくになく、もぬけの殻である。

「蝙蝠、か?」

 言葉にしてみるが、返事が返ってくるわけもない。
 しばらく沈黙し、考察してみるも、これといった妙案が浮かぶ訳もなく、確固たる証拠を発見することもなかった。
 手詰まりである。
 深い溜息を吐き、げんなりと肩を落とす。
 結局のところ、人識は何の成果を得ることもなかったのだから。

 殺そうと思えば、曲弦糸で縛りあげた時に殺せただろう。
 しかし零崎人識はそれをしなかった。
 率直に告げるなら、恐れたのだ。
 零崎一族の切り込み隊長にして長兄・零崎双識から伝え聞いている奇襲。
 曰く、手裏剣砲。口から凶器を解き放つ技だという。
 そんなものがあると聞いちゃあ、のこのこと近づく訳にはいかなかったのだ。
 故に確かめるように一歩一歩着実に歩を進めたのだ――その結果が今現在だと言うと、てんで笑えないが。

 それでも人識は笑う。
 かはは、といつもと変わらぬ調子で。

「逃げられちまっちゃあ仕方ねえか」

 気持ちを切り替えた人識はネットカフェに戻り、突き刺さった千刀の幾つかを見繕い、落ちていた斬刀と絶刀を拾い上げる。
 ついでにと、宗像のものであったろうディパックの中身を移し替えた。斬る
 少し整理の必要があるとも感じたが、斬る、最終的にはドラえもんよろしく四次元ポケット空間の利便性に、斬る、甘んじる。
 どれだけ入れても、斬る、満たされないというのはありがたいものだ。

488背信者(廃心者)  ◆xR8DbSLW.w:2014/11/26(水) 22:02:36 ID:kaJTrOxA0
 
 出発の準備を済ませて軽く身体を伸ばす。
 軽く欠伸をしながら斬る。
 宗像形の身体を切り刻む。
 液体と固体との区別がつかなくなった頃、彼は手を休めた。

「…………ねえじゃんかよ、正義の心」

 やれやれといった調子で呟いて、されど昔ほど気に留めることもない。
 むしろ良く斬れる斬刀・鈍の切れ味に興味が惹かれる。
 ――何でも切れるとはよく言ったものだ。
 骨も肉も関係ない。この刀を前にしたら、そんなものはもはや同一である。

 満足いったのか、にやりと口角をあげると。

「さてと、そろそろ欠陥製品が死にかけててもおかしくない頃かな」

 戯言遣い――《なるようにならない最悪》――《無為式》。
 死んだ魚のような目をした彼をちょっくらおちょくりに行くかと、ランドセルランドへ歩み出す。

 途中転がっていた摩訶不思議な格好をした死体を通り過ぎ――。
 そこで思い出したように、そして面倒臭そうに。


「そういや伊織ちゃんはどうしてっかねえ。いまいち気乗りしねえが、どーすっかなあ」


 呟くのであった。



【1日目/夜中/D-6】

【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康
[装備]斬刀・鈍@刀語 、携帯電話その1@現実
[道具]支給品一式×11(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)
   千刀・ツルギ×6@刀語、 手榴弾×1@人間シリーズ、青酸カリ@現実、小柄な日本刀、S&W M29(6/6)@めだかボックス、
   大型ハンマー@めだかボックス、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
   携帯電話その2@現実、文房具、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×5@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数、絶刀・鉋@刀語
[思考]
基本:戯言遣いと合流する。
 1:水倉りすか、供犠創貴を捕まえるか殺す。この辺りにはいるんだろうし。
 2:伊織ちゃんと連絡を取る。合流するかどうかは後から決める。
 3:零崎を始める。とりあえず戯言遣いと合流するまでは。
 4:哀川潤が生きてたら全力で謝る。そんで逃げる。
 5:黒神めだか? 会ったら過剰防衛したとでも言っときゃいいだろ。
[備考]
 ※曲絃糸の射程距離は2mです
 ※曲絃糸に殺傷能力はありません。拘束できる程度です
 ※りすかが曲識を殺したと考えています
 ※Bー6で発生した山火事を目撃しました
 ※携帯電話その1の電話帳には携帯電話その2、戯言遣い、ツナギ、無桐伊織が登録されています
 ※携帯電話その2の電話帳には携帯電話その1、戯言遣い、ツナギ、玖渚友が登録されています。
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
 ※球磨川禊が気絶している間、鑢七実と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします

489背信者(廃心者)  ◆xR8DbSLW.w:2014/11/26(水) 22:03:44 ID:kaJTrOxA0


 ○


 さて、行方を眩ました真庭蝙蝠。
 彼の行った作戦は成功でもあり――同時に失敗でもあった。
 確かに見事、首輪を爆発させるという結果には辿りつく。
 だが、実のところ真庭蝙蝠が狙ったのは宗像形ではない。《殺人鬼》零崎人識である。
 さもありなん、これまでの《零崎》との奇縁を断ちきる必要もあり、かつ、人識の力が想像よりもはるかに強大だったからだ。
 《言葉の重み》に一定の耐性を得てしまった今、正体不明の奇術・曲弦糸を何度も何度も使われては敵わない。
 加え、陰から覗いてみるに、何も彼の本分は曲弦糸にあるわけではないらしい。
 観察すればするほどに、出鱈目な奴である。
 だから排除しようとした。

 しかし、ここで計算違いが起こる。
 というよりも、単純に蝙蝠が見誤っていた。
 正鵠を射るならば、過信をしてしまったというべきか。

 真庭蝙蝠が当初推測したように、忍法《骨肉小細工》の再現度は良くて精々が80%。
 仮に玖渚友と都城王土との異常性の再現度が並立して100%を誇ることに成功したならば、今回の失敗は起こらなかったかもしれない。
 だが現実には、忍法《骨肉小細工》で80%を越すことはない――完璧とはよほど言い難いのだ。

 ならば。
 多少の過ちが起こることは道理とも言える。
 完璧ではないのなら、それが偶然であれなんであれ、どうしても綻びは生じてしまう。
 間違って宗像形の首輪を爆発させてしまったという過ちも、起きる可能性は十分にあった。

 彼の名誉のために補足するならば、ただでさえ蝙蝠が忍法《骨肉小細工》を使用したのは、先ほどが初めてなのだ。
 使い勝手など掴めていなくても仕方のないこと――《異常性》の結合させるという応用技術を実行できただけでも本来なら称賛に値する。
 失敗したのには、確かに彼自身に非はあるだろう。それでも責められるべき話ではないのだ。

 さらに付け足すならば、変態する相手の片割れが玖渚友であったというのは始末が悪かった。
 玖渚友自身、自ら内包する《異常性》を御しきれているかというとそうではない。
 あの青髪を――天才ゆえの劣性の証を見れば、一目瞭然である。
 身体を崩壊させてしまうほどの過剰すぎる《異常》――極めて特異な代物を他人の《異常性》と併用できるはずがない。
 ましてや失敗したからと言って、首輪の爆発を連続して起こせるはずもない――そんなことをしたら蝙蝠の身体が自壊する。

「――――っっっ」

 目眩がする。
 かつてないほどの嘔吐感が苛む。
 組み合わせとしてはこれ以上ないほど上出来なものだったが、噛み合わせはこれ以上なくなく悪かった。
 《暴君》と《王》の手綱を一度に引きうけるのは、流石に無茶が過ぎる。

 失敗を悟った蝙蝠は、直ぐ様――今度こそ真の意味で戦線を離脱する。
 人識とは紙一重。
 身体が都城王土であったことが幸いした。
 全身から発せられる、肉体が引きちぎられるような強烈な違和感の中、それでも辛うじて逃げることができる。
 走りながら《骨肉小細工》を使用して、変態する片割れを玖渚友から零崎軋識へと代えた。
 そうすることで、徐々に身体を蔓延っていた苦痛が収まっていく。

 忍法《骨肉小細工》は、皮肉なことに名前の通り、所詮は小細工にすぎず、小手先でしかない。
 万事がうまく進むだなんて、あり得ない――それこそ《「魔法使い」使い》のように、作戦を入念に練り闘うことを滅多にしない蝙蝠のことだ。
 今回の首輪の爆発だって、転がっていた断片(フラグ)を拾い上げただけに過ぎないのだから。
 失敗はどうであったって、ついて回る。

 人識を撒けたと判断し、足を止めて呼吸を整える。
 一息ついたところで、お家芸である《骨肉細工》で姿を都城王土で統一した。
 なんだかんだで、やはり一つの身体で統制を執るのが落ち着くことに違いない。

「忍法《骨肉小細工》」

 さて、どうしたものか。
 身体に生じる違和感――正直なところ、もう二度と味わいたくない。
 それでも、可能性を感じる技であることには確信を持っている。
 事実、ルールを無視したわけでもないのに首輪を爆発させる離れ技をやってのけた。
 これは是非とも活用したい。もっともっと、自分の可能性を確かめてみたい。

490背信者(廃心者)  ◆xR8DbSLW.w:2014/11/26(水) 22:04:11 ID:kaJTrOxA0

 ――とはいえ、乱用できないのは正直なところだ。
 他の身体で組み合わせたらどうなるのか、まるで見当が付かない。
 もしかすると、今回蝙蝠が味わった不快感を上回る衝撃が襲うかもしれない。
 そうなるといよいよ逃げることさえ叶わなくなるだろう。

 首輪を爆発させることだって同様だ。
 今回こそ、運悪く――いや、運よく宗像形の首輪が誤作動したけれど、あの場面、真庭蝙蝠の首輪が誤作動する恐れだって、十二分にあった。
 陰からこっそり奇襲を仕掛けようとして、勝手に自滅していては、それこそ目もあてられない事態に陥る。

 まだ研究が必要だ。
 まだまだ追究が必要だ。
 それまでは封印するべきか……?
 しかし使用してみないことには探求もなにもない。
 堂々巡りする思考の果て、一つの案に収斂する。

「ここまで来たんだ、あのがきを利用するだけ利用し尽くしてやるか……?」

 自称するだけあり、彼の頭脳は利用する価値がある。
 実際、蝙蝠が《骨肉小細工》という発見に行きついたのも――首輪を爆発させるという発想に辿りついたのも、供犠創貴の言葉があったが故だ。
 懸念要素として、彼自身は非力ではあるが拳銃と言う凶器が挙げられる。それでも心臓さえ守れさえすれば十分に対応できる。

「そりゃいいや」

 きゃはきゃは、といつものように笑う。
 すっかりいつもの調子を取り戻したようだ。

「つっても、ちょいと疲れちまったな……」

 宗像形の戦闘の際の傷は、先ほどの《変態》で癒されている。
 さもありなん。彼の《骨肉細工》は本来《擬態》に意味があるのだ。
 余計な傷のついた擬態に何の意味がある? そんな邪魔でしかない傷など残すわけがない。
 どうやって? ――小さな子どもから巨漢の男まで変態する彼に、今更その程度の理屈を求める方がどうかしている。

 しかし、それでも疲れは溜まるものだ。
 慣れないゆえか、余計な神経を使う《骨肉小細工》の使用も相まって、想像以上の疲労が蓄積されている。
 嘆息しながら腰を下ろす。

「どうすっかねえ」

 真庭蝙蝠は零崎人識の声でけらけら笑う。
 それはそれは、愉快そうに。


【1日目/夜中/E-5】

【真庭蝙蝠@刀語】
[状態]身体的疲労(中)、都城王土に変態中
[装備]軋識の服全て(切り目多数)
[道具]支給品一式×2(片方名簿なし)、愚神礼賛@人間シリーズ、書き掛けの紙×1枚、ナース服@現実、諫早先輩のジャージ@めだかボックス、
   少女趣味@人間シリーズ、永劫鞭@刀語
[思考]
基本:生き残る
 1:創貴とりすかと行動、ランドセルランドへ向かう? あるいは休む?
 2:強者がいれば観察しておく
 3:行橋未造も探す
 4:黒神めだかに興味
 5:鳳凰さまが記録辿りを……? まさか川獺が……?
[備考]
 ※創貴と同盟を組んでいます
 ※現在、変形できるのはとがめ、零崎双識、供犠創貴、阿久根高貴、都城王土、零崎軋識、零崎人識、水倉りすか、宗像形、元の姿です
 ※放送で流れた死亡者の中に嘘がいるかも知れないと思っています
 ※鑢七実の危険性について知りましたが、嘘の可能性も考えています
 ※供犠創貴に変態してもりすかの『省略』で移動することはできません。また、水倉りすかに変態しても魔法が使えない可能性が高いです
 ※宇練銀閣の死体を確認しましたが銀閣であることは知りません
 ※体の一部だけ別の人間の物に作り替える『忍法・骨肉小細工』を習得しました。




 ○



 切り刻まれた死体がある。
 約五百の墓標に沈む、解された死体があった。
 元の名を、宗像形と言う。

 その姿は凄惨かつ悲惨なものだった。
 あくまで正義を標榜し、邁進した男の末路にしてはあまりに憐れな幕切れである。
 恐らくは死ぬその直前まで、何が何だか分からなかっただろうに――。


 ――それでも彼は救われたのだろう。
 最後の最後まで、正義を信じ、阿良々木火憐と共に寄り添うことができたのだから。
 誰が何と言おうとも、報われ、悪を排する正義に殉ずることが出来たのだ、と。


 なんて、心にもないことを言うつもりはない。
 宗像形。
 《正義》に囚われた男。
 人は決して他人になれるわけないのに、《正義そのもの》に妄執しまった男。
 
 
 人を愛した殺人鬼、ここに死す。


 ――人間の死には《悪》って概念が付き纏うんだとよ
 じゃあ、彼にとっての《悪》とはなんだったのだろう。
 真庭蝙蝠が引き起こした偶然で死んでしまった彼の、なにが《悪》かったのだろう。




【宗像形@めだかボックス 死亡】

491 ◆xR8DbSLW.w:2014/11/26(水) 22:05:30 ID:kaJTrOxA0
以上で投下終了です。
何か指摘感想などありましたらよろしくお願いします。

492 ◆xR8DbSLW.w:2014/11/28(金) 00:30:51 ID:YO65HuEk0
別所で指摘を受けましたので、少し修正を加えます。

>>488

>やれやれといった調子で呟いて、されど昔ほど気に留めることもない。
>むしろ良く斬れる斬刀・鈍の切れ味に興味が惹かれる。
>――何でも切れるとはよく言ったものだ。
>骨も肉も関係ない。この刀を前にしたら、そんなものはもはや同一である。

の最後に以下の一行を追加。

 実はこの時、誤って薄刀・針をも斬ってしまったのだが、認識もしてない人識には関係のない話だった。


及び、同じく>>488

>「さてと、そろそろ欠陥製品が死にかけててもおかしくない頃かな」

>戯言遣い――《なるようにならない最悪》――《無為式》。
>死んだ魚のような目をした彼をちょっくらおちょくりに行くかと、ランドセルランドへ歩み出す。

>途中転がっていた摩訶不思議な格好をした死体を通り過ぎ――。
>そこで思い出したように、そして面倒臭そうに。

>「そういや伊織ちゃんはどうしてっかねえ。いまいち気乗りしねえが、どーすっかなあ」

>呟くのであった。


を、以下の文章に差し替えます。


「さてと、そろそろ欠陥製品が死にかけててもおかしくない頃かな」

 戯言遣い――《なるようにならない最悪》――《無為式》。
 死んだ魚のような目をした彼をちょっくらおちょくりに行くかと歩み出す。

 玄関に差し掛かったところで、はたと電話の主を思い出す。
 欠陥製品を思い浮かべていたら、あの溌剌とした声を連想したらしい。

「そういや無事に、禁止エリアから逃れられたのかね」

 心配する間柄でもない。
 それでも聞いてしまった以上は意識してしまう。
 もしかすると先の宗像形のように首が飛んでいるかもしれない。

「――なんて、そんな柄でもなさそうだな」

 あの一瞬だけで理解した。
 理解させられた――というべきか。
 なるほど、欠陥製品の知り合いなだけある。
 人識は一人納得し、場所も場所だし案外近くに居るかもなと――適当なようで殊の外事実をかすったことを口走るが、
 彼としても深く考えて喋った訳ではない。あっさりと流す。

「あー、そういや」

 何も考えなくてもいい時に限って、無駄に頭は働くものだ。
 鮮烈な印象を残した彼女との会話を思い返していると、会話中に出てきたあのスパッツ女を思い出す。
 あーあ、と漏らしてから、面倒臭そうに。


「伊織ちゃんはどうしてっかねえ。いまいち気乗りしねえが、どーすっかなあ」


 呟くのであった。


という形に変更します。ご迷惑おかけしました。
この他にも指摘感想等ありましたら、よろしくおねがいします

493名無しさん:2014/11/28(金) 08:48:53 ID:1TMOol1.0
投下と修正乙です
結果だけ見れば蝙蝠の一人勝ちか
でもその場所にそのままいたら七実ねーちゃんがやってくるかもしれないからさっさと動いた方がいいぞ…w
しかし誤作動はまずないと言われていた首輪を暴発させるとは骨肉小細工すげー
割を食った宗像くんは運が悪かったんだね、としか…
お疲れ様でした

494名無しさん:2014/12/19(金) 00:47:21 ID:u4KXhvyI0
告知age
明日20日に毒吐き別館の交流雑談所にて毎年恒例のロワ語りが行なわれるのでよろしければご参加ください

495 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:40:18 ID:IG39iMCA0
投下を開始します

戯言使い、八九寺真宵、羽川翼、櫃内様刻、無桐伊織、日和号です

496三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:42:08 ID:IG39iMCA0

 0



「ずばり聞いてもよろしいでしょうか?」

などと言ってみます。
それに対する返事は簡単なものでした。

「私に分かることだったら」

ならば、とでも言うように。
頷いた彼女に言ったのです。

「実は、優勝する気はないでしょうか?」

と。



 1−1



ともあれ一人で歩いていた。
ランドセルランドは思いの他に広い。
幸か不幸か暗くもない。
これでもかとある照明の数々を観れば分かるけど。
空の満月すら霞んで見えるほどだ。
そう言えば夜間営業なんてしてて良いのかと思わないでもない。
全くこれっぽっちも現状にそぐわない考えだけど、何ともなしに思いながら。
ともあれ一人で歩いていた。
三人一組で歩き回ってると広過ぎるからだ。
いや、理由はそれだけじゃない。
一人で済ませたい事があった。
現状の整理。
他にいても出来るじゃないか、と誰かに突っ込まれれば確かにその通りだろう。
だけど一人でこそ捗る思考もある訳で。
その辺りはご容赦願いたい。
それも理由の一つに過ぎない。
言ってしまえば戦力の分散。
真宵ちゃんと翼ちゃん、それにぼく。
はっきり言おう。
戦闘力がない。
申し訳程度に銃があるけどそんな代物を意に介さない、もとい威と解さないような相手を知っている。
あの二人は言うに及ばず。
全身口を呼び起こす魔法使いツナギ。
忍と言うには変わった装束の真庭鳳凰。
えーと誰だったかいた気がするけどまあいいや。
人間未満。
それを慕っていた古風な刀の鑢七実。
人間失格。
最強が評価の言葉を口にしたその家賊達。
そして。
人間未満が勝ちたいと言った。
大嘘でも戯言でもない真実を口にした、口にさせた黒神めだか。

497三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:43:54 ID:IG39iMCA0

「……あれ?」

銃が役立ちそうにない相手、多過ぎないか。
そう思ってみて首を振った。
潤さんからして今更だった。
それにそもそもの話だけど。
ぼくの武器は、銃じゃない。
舌先三寸の戯言なんだから。
それこそがまあ戯言だけど。
兎にも角にも、居る気がするんだけどどうしても名前は元より存在自体思い出せない一人は置いといて、十一人。
おいおいおい。
ぼくが知ってるだけでこれだ。
間接的に入れてるのもまあいるけど、大体直接遭った相手だ。
知らない人もいれたらどうなることやら。
今更のように放り込まれた場所の恐ろしさを感じずにはおれない。
と、同時に不審にも思う。
何度目になるかも分からない不審を。

「………………」

どうして何の戦力を持ち合わせてもいない一般人がこんな人外魔境の中に放り込まれているのやら、と。
そう言う意味で考えられるのはバランスの調整か。
例えば一部のゲーム。
最強のカードが最弱のカードにのみ破れ得るルールがある。
過ぎた弱さは強さをも上回る、などと言う都合の良い論理展開をされても困る訳だけど。
だけど実際。
強い相手から見れば弱い相手は見逃す対象になるかも知れない。
弱い相手から見れば強い相手の隙を逃す訳がないかも知れない。
強いが故に弱者に晒す隙。
弱いが故に強者を逐う念。
これがあるいは全てを台無しにしかねない。
卓袱台をひっくり返すみたく『虚構』にだ。
あるいは、

「…………」

あるいは。
友情と努力が勝利をもたらすとでも本気で思っているのではないだろうか。
全くもって戯言だった。
そうして何度目かになる思考を一旦閉じる。
徹底的に情報が、と言うより向こうの意図が読めない。
だから無価値。
脇道に逸れ過ぎだ。
要するに一カ所に三人集まってても無意味だ。
何かしら逆転の一手がある場合ならまだしも。
それ以外でも三人集まっても下手したらエサ。
食い散らかされるのがオチ。
いや。
分散した結果が各個撃破なんてのも悪魔的でもあると言えばある。
でも悲鳴の一つでもあれば、銃声の一つでもあれば、対抗し得る時を稼げるかも知れない。
全部ただの戯言だ。
本当の所は違う。
単なる言い訳。
この場合、はなはだ状況とは合わないことだけど、気まずくなったのが一つある。
自分の口で確かに言ったけどさ。
聞いてくれるなと思わないでもないけど。
聞かれたら答えるしか、ないじゃあない。
黒の下着って言っちゃったわけだけども。
でも、それでも、だ。
あの非難の籠もった真宵ちゃんの目はキツい。
無意識なんだろうけどさ。
無意識なんだろうけどさぁ。
割と真面目に。
見たくて見た訳じゃないし。
見たのは確かだけど、あんなの不可抗力ですやん。

498三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:44:21 ID:IG39iMCA0

「いやいやいやいやいや」

自分の心の中の台詞までおかしな事になってきてる。
言ってしまってから思い返すと。
ブラック翼ちゃんが現れた時の姿。
黒の下着。
白い素肌。
うん、不健全の極みだ。
今でこそ服を着てるけど、意外にメリハリのある体。
友が下着姿でいたとしてもどうとは思わないだろうに。
戯言だけど。
あ。
この場合は戯言で済ませない方が良かったんじゃ。
足を止めて思い返しても遅い。
むっつり認定だ。
いやだが待って欲しい。
口に出していないだけぼくは無実であり無罪だろう。
などと訳の分からない言い訳をしてみる。
戯言だけどね。
そう言う事に、しておこう。

「…………」

そぞろそぞろ、で意味はあってたと思う、歩き続ける。
先行きは見えない。
はっきり言えば雲の隙間ほどの光も見当たらない。
でもそれは。
多分きっと。
皆が集まれば解決できる。
僅かであっても光が見えてくるはずだ。
はずだ。
こんな考え。
ご都合主義なこと極まりないだろう。
ごくありふれた甘過ぎる程の期待だ。
でも、と。
多分、と。
思わないではおれない。
今までは今までで上手く行かない事が多過ぎる。
だからこそ、と思いたい。
あの人が前に言った事を、思い返さずには居られない。

499三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:44:48 ID:IG39iMCA0

『ハッピーエンド以外認めねぇっつーの』

こんなぼくに。
十字架に押し潰されたぼくに。
墓地に埋め尽くされたぼくに。
そうなる資格があるかとか。
そうなって良いのかだとか。
関係なく。
感心なく。
シニカルな笑みを浮かべてただ一言、そう言ってくれた。
ああはっきり言おう。
未だに信じられない。
ぼくは信じたくない。
でも多分本当の事だ。
否が応も有りも無く。
哀川潤は死んだのだ。
否定も否決も否認も。
意味も持ちはしない。
事実事象が実体として実行された。
何がどうしてそうなったかまでは知りようは、ないけれど。

「哀川さん」

未練がましく、試しに、呼んでみる。
反応はない。
普段ならきっと、偶然近くでにもいた潤さんに頭を叩かれる所だろうけど。
敵認定されたくないけれども。
反応はない。
だからこれは全く無意味な宣誓だ。
全く無価値でしかない宣言だろう。
それでもあの世にいるかも知れない潤さんに、伝えない訳にはいかない。
空を見て思う。
空を観て想う。
戯言だけど。
戯事だけど。

「ハッピーエンドに、してみせますよ」

500三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:46:02 ID:IG39iMCA0


 1−2



「なんでそんなことを聞くのかしら?」

近くのジェットコースターが二周ぐらいはした頃でしょう。
ゆっくりとその目が細くなりました。
さながら。
獲物を狙う虎のように。
と言うのは当然ながら言い過ぎです。
私の先入観がそうさせている物。
理解しています。
了解しています。
ですが一度でも。
一度でも思ってしまえば、その視野を捨てるのは至難の技です。
いやーな汗が、流れるのを感じます。
見詰め合ってどれだけ過ぎたのか。
音の感覚も何時の間にか消えていた所で、ふと羽川さんの表情が弛みました。
同時に、

「はふっ」

っとどうも止めていたらしい息が漏れます。
ですが一度でも口に出してしまったことは戻るものではありません。
どことなくひんやりとした空気が流れています。
肝試しってレベルの話じゃありません。
いやまあ優麗なんですけども。
失礼、噛みました。

「……それで、なんでまた私が優勝する気なんじゃないかって思ったの?」
「いえ、ただのギャンです」
「ギャン? モビルスーツの?」
「失礼、噛みました」
「そうなの」
「そうです」

くっ。
流石は羽川翼さん。
思うように私のペースに持ち込めませんね。
ですがしかし。
それでこそ噛み甲斐があると言うものです。

「聴覚としてですね」
「……噛んだ?」
「しちゅれい、かみゅまむた」
「噛み過ぎよ」

501三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:46:59 ID:IG39iMCA0

くっ。

「ふっふっふ……お遊びは止めろと言うことですか……良いでしょう……」
「…………まあ、良いか」

おっと、何やら遠い目をされている気がしますね。
しかし私は気にしませんよ。
強い子ですから。

「んー、何からお話ししましょうか?」
「じゃあそもそも、なんでそう思ったかだけでも聞かせてもらえる?」
「それは簡単です。あなたは頭が良いからです」
「答えに」
「なっています」
「……聞かせてもらえる?」
「頭が良いあなたなら、きっと気付いているんじゃないかと。これの終わりを」
「………………」
「いえ、これはあらかじめ伏線を張って置く訳ですけども別に洒落言使いさんを否定したくて言う訳じゃありませんよ?」
「…………」
「長々と言うのもあれですから言ってしまいましょうか。この先の行方、と言いますかこのバトルロワイヤルとか言う大層ふざけた催しの結末ですが、

 トゥルーエンド以外にありえないでしょう。

 ああ、いえいえ、別に戯言使いさんを否定したいから言ってる訳じゃないんですよ?」
「えぇ、分かってる」
「えぇ、そうでしょう。なら、わたしの言おうとしていることも分かってますよね?」
「これの結末は、バットエンドはなりようがあってもハッピーエンドになりようがない。そう言うことよね?」
「はい。大変言い辛いことですから中々言えない事でしたけど、この際はあなたにだけぶっちゃけちゃおうかなーと」
「何で私に言うのかな?」
「んもー、そうやってはぐらかそうとする」
「そう言うつもりは、ないんだけどね」
「ぶっちゃけちゃいましょうよ。ズバリ言うわよしちゃいましょうよ。夜の女子会みたくーチョーヤバーイみたいな」
「残念だけど私、そう言うのに参加したことないから分からないかな」
「でも本心を晒すと言う意味ぐらいは分かりますよね?」
「……はぁ。分かった」
「と言うことですのでどうぞ」
「いーさんは、皆を幸せにしたい」
「はい。一気に思い出しましたから気付きました。ですがそれは、よくよく考えなくても不可能なんですよ」
「……言い換えればハッピーエンドを迎えたい。でももう死人が出た以上、どうやってもハッピーエンドにしようがないって言うんでしょう? 仮に限りなくそれに『近い』ものになったとしても、それはどうやっても『近い』以上には成り得ない」
「…………はい」
「……気が、重いことにね」
「……はい」
「最早どうやろうとも、ハッピーエンドに持って行きようはない」
「…………………………羽川翼さん」
「何かな、真宵ちゃん?」
「言いましたよね、本心を晒そうって?」
「言ったね」
「だったらなんで、嘘を付くんです?」
「嘘?」
「えぇ、嘘です。わたしでも思い付いたことを、あなたが思い付かないはずがないんですから」
「それはどうかしら? 別に私は何でも知ってる訳じゃないわ」
「知ってることだけ、ですか?」
「その通り。知らないことは知らないもの」
「では状況を整理しましょう。今現在の所の死人は何人でしょうか?」
「 人ね」
「でしたらこの人達を何とかする方法がありますか?」
「ないわね」
「あります」
「ない」
「ある」
「無い」
「有る」
「無いわ。死んだ人をどうにかする方法なんて無いに決まってるじゃない」
「あるじゃあないですか。二人」
「二人も?」
「も、などと言ったのはまあ聞き逃しておきましょう。兎も角として二人。

 主催と球磨川禊。

 このお二人ならば可能でしょうね、死んだ人をどうにかするのも」
「だったら簡単ね。球磨川さんを説得して最後まで乗り越えた上で何とかして貰う。それが理想解でしょう?」
「はい、そうです。球磨川さんが、説得に乗って、皆を何とかしてくれる。これが理想解です。はい、理想です」
「そうね」
「はい。理想です。理想なんです。理想に過ぎません」
「……なにが言いたいのかしら?」
「お分かりでしょう? 第一に、あの人が説得に乗ってくれるかどうか。第二に、そもそも言う通りにしてくれるか。第三に、本当に当てになるのかどうか」

502三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:48:32 ID:IG39iMCA0

当然、お分かりの事でしょうけれど。
そう。
言って間を置きます。
長々と話しましたがこれです。
第一に、球磨川さんがそもそも説得かどうかはともかくとして乗ってくれるかどうか。
同じテーブルとは言わなくとも有耶無耶にして済ませられる可能性があります。
第二に、説得できたとして言う通りにしてくれるのか。
あんな性格の人ですから、まあ絶対的に悪い人ではないとは言わざるを得ないのが悔しい所なのですが、わたしがやられたみたいに自分の基準で考えて何やかんややらかしかねない懸念があります。
第三に、最後に、当てになるのか。
これは言うに及ばず、と言った所でしょう。
わたしの記憶のように、何かの要因で完全にそうする事が不可能だったりでもすれば。
その時点でハッピーエンドなんて不可能になります。
つまりこう言う事です。
球磨川禊と言う人物は、頼るには心許なくかと言って無視するにはそれは許されない。
こちらの考えを引っかき回すだけ引っかき回してあとは知らんぷり。
そんな感じの人です本当に。
言ってしまえば、可能性があるだけに厄介。
なんですよねぇ。
それっきりで、口を閉ざしました。
そう。
つまり。
ハッピーエンドを目指すならば、

「おや?」
「あら?」

まさに都合の良いタイミングで、電話のベルが鳴りました。



 2−1



などと決意表明した所で観客も居なければ客席もない。
あるのは勝手に動き回って轟音を、普段ならそれに人間の高音を、まき散らす座席が動き回っているだけ。
そんな中を勝手気儘に動き回っても何の価値もないんだろうに。
さてと。
潤さんを思いだしたんだから、当然あとの二人にも言及しないといけないか。
一人は、まあ、正直思考の中でもあんまり関わりたくないけど。

「真心」

503三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:49:56 ID:IG39iMCA0

心残りを、静かに、呟いてみる。
橙なる種。
代替なる朱。
無論、ぼくにとって彼女の代わりはいないけど。
それでもあそこでは、赤色に変わる橙色だった。
人類最強に対する人類最終。
人類の最終存在。
哀川潤が主人公なら、さながら隠しボス。
ちなみにぼくは村人だろう。
今は、だけど。
それよりも彼女、真心が死んだと言われて信じられる人間がこの世にいるかと聞かれれば、答えは絶対にノゥだ。
知った上でならなおの事。
一度は死んだはずなのに。
ぼくの前に現れてくれた。
そして死んだ。
死んでしまった。
また、死んだ。

「哀川さんが死んだと考えてるんだから、当然真心も死んだと考えるべき……何だろうな」

………………
返事がない。
はっはっは。
なんだぼく。
やっぱりまだまだ信じられてない。
未練がましさが抜けそうにない。
いやでもそれでも良いのかな。
それとも悪いことだったか。

「悪い、か」

見れば分かる。
見れば覚える。
見れば出来る。
何でも出来る。
出来ないことなんてない。
それで、また一人を思い出した。
近しいと言う意味で言えば、彼女が近い。
鑢七実。
彼女には今、人間未満が憑いている。
そう言う風に、あるいは、ぼくが着いていれば。
そう思うのはありきたりな後悔だ。
ありきたりな、自己満足だ。
ぼくがいてどれだけの役に立てるかなんて知れてるのに。
それでも傍に居れれば何か変わっていたのかも、なんて。
変わろうとする気持ちは自殺。
変えたいと思う気持ちは他殺。
全くもって戯言だ。
一体どれだけ殺すつもりだろう。
ぼくを。
様々な人達を。

504三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:51:14 ID:IG39iMCA0

「あーあ。ごめん、真心」

やっぱりぼくはこう言う人間だ。
どれだけ後悔しようとも。
どれだけ更改しようとも。
お前のために、涙一つ流せそうにない。
お前のために、死のうなんて思えない。
決心したんだから。
主人公であろうと。
不埒な友情を結んで。
無駄な努力を重ねて。
勝利、しようと思う。
お前を殺した、なんて言わない。
復讐が虚しいからなんて言わない。
ただただぼくのためなんだから。
生き残りたい。
生き残りたい。
死にたくない。
ただ生きたい。
それ以上ない。
それ未満でも、ない。
だからぼくは。
自殺します。

「さようなら。忘れないよ」



 2−2



電話をかけながら待ちます。
この際は出られても出られなくても私側に不都合はないので。
何せ電話です。
向こうは何処から私がかけているか分からなくとも、私は何処にかけているのか分かるのです。
ふふふ。
なんと圧倒的有利な状況でしょうか。
いやまあ電話に有利も何もあったもんじゃないですから。
関係ないと言えば全く関係ない訳です。
むしろ電話に誰も出られない可能性もそこそこあるのです。
つまり時間の無駄。
無駄無駄無駄。
一人損。
出来るなら向こうにいるかも知れない誰かしらを巻き込みたいですね。

「……うーん、出ません」

505三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:52:16 ID:IG39iMCA0

三十秒ぐらい経過。
誰も出ません。
これはあれですか。
うっかり出たらミサイルランチャーでも打ち込まれるとでもお考えでしょうか。
はははまさか。
あり得ないと言えないんですよこれが。
とんでもない物がぶち込まれてる可能性もありますから。
ついさっきまで内容全部をじっくりくっきり見ていた感想です。
心臓をぶち抜いたりと酷い酷い。
ぶっちゃけ何が起きても驚かないと言いますか。
ちらりと横目で伺ってみます。
相変わらず寝たままなので、様刻さんの寝顔を伺うと言うだけですが。
そうです。
私が勝手にかけているのです。
自己判断ですよ自己判断。
一眠りしてからの判断です。
冗談です。
ちょっと寝落ちしたりしてただけで私はちゃんと起きていました。
そんな事情はさておいて、時間が少し経ったのは良かったのか悪かったのか。
それはそろそろ分かってきました。
一分は経とうかと言う時間。
軽い、と言うかかなりの嫌がらせに近い時間です。
どうやら誰もいないんでしょうか。
もう電話切っても良いですよね。

「なーなろーくごーよん」
『もしもし』
「さーんにーいいーちぜーろ崎でーす。と言うギリギリの所でした。初めまして」
『初めまして』
「ずばり突然で申し訳ないですが情報交換をしたいのですが、よろしいですか? あ、ちなみに私は殺し合いは出来るだけ避けたい方です」
『そう。なら一応だけど私もその方だわ』
「それは幸先の良い事です。そう言う事でしたらそちらから何か聞きたい事が有ればどうぞ。次は私、と言う風で」
『じゃあ有り難く。そちらは今、何人居るのかしら』
「っ!」

おっと可笑しいですね。
いきなりの質問がそれだとは。
さっきも「達」なんて言葉は使ってませんから言葉からじゃあ分からないと思うんですが。
とりあえず周辺に誰かいないかとモニターを見てみますが、二つしか浮かんでませんね。
どう言う事でしょうか。

「……よくお分かりですね」
『一人ではまさか反対派として動き辛いと思ったから何となく、かしら。仮に肯定派が居たら逃げるか電話をもっと早く切ってるかなって。勘よりもあやふやな理論だけど』
「さようですか。ちなみに私を居れて今は二人です。一応反対派で大丈夫かと。それで私の質問は、言うまでもないですね」
『こっちは今は二人。さっきまで三人で、それより前は八人だったわ。今は全員反対派で良いと思うけど、八人の時は何とも言えないかな?』
「それは何でまた?」
『好戦的だけどある人の言う事を聞く人と、主催に対して随分お冠だけど特に反対派と言う訳じゃないのよこれが』
「一言で言うと、面倒くさいのが二人も居た、と」
『まあ……そう言う事ね』

一瞬軽い間が空きました。
ため息を付いた、との認識でよろしいでしょうか。
だとすれば随分面倒臭い人なんでしょうね。
思い出しただけでため息が出るんですから。
ちなみに私は人識くんを思えばため息が出ますが、それは別方向のため息です。

「はぁ」

506三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:54:02 ID:IG39iMCA0

全く、人識くんは何処に。
それを聞くための電話でもあるのですが。
しかし。
横目で引き続き眠っている様刻くんを見てしまいました。
彼が欲しがるであろう情報も得ないといけない訳ですから、これはまた面倒臭い。
いえ。
現在の情報としてあるのはランドセルランドにいる方は二人か三人。
それよりも前にもう五人いて、内二人は面倒な人。
あと相手の声からして女性。
そこまでですので、はい、情報を待ちます。
向こうが欲しがっている情報を聞けば、

『それじゃ、零崎人識について教えて貰えるかしら?』
「………………」

………………
さて。
どう判断するべきか。
これはあれですか。
人識くんがやらかしたと見るべきなんでしょうか。
それとも零崎について何か知りたいとかはないですねわざわざ固有名詞で来ましたからはい。
うわぁ。
何だって電話口であんな冗談かましちゃったんでしょう。
言い訳のしようがないじゃないですか。

「……身長はやや低め。性格はいまいち分かり辛いですが優しかったりします。気にしてる人が京都にいるとかいないとか」
『……………………』

あ、これまずい。
相手が欲しい情報が出るまで喋る羽目になる奴だ。



 3−1



自殺は当然実際に死ぬ訳じゃないけれど。
そう思った所でさて、困った。
いよいよもって思い出さなきゃいけない最後の一人がきてしまった。
いや、思い出さないと言う手もある。
あるんだけど、そう言う訳にも行かない。
何せ彼は、ラスボスだ。
この場合はだった、と言う方が正しいだろうけど。
ともあれ彼はラスボスだ。
人類最悪の遊び人。
物語を速読しようと言う人間。
分かり易いことに世界の、物語の終わりなんて物を夢想し実行しようとしていた男。
ある意味では自殺人。
因果なことに哀川潤の父親。
主人公の父親がラスボスなんて今時流行らないだろうに。
事実そうだったんだから仕方ない。

「……狐さん」

507三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:55:55 ID:IG39iMCA0

西東天。
彼の物語が終わりを告げたらしい。
死にそうにもない彼も死ぬ。
ぼくの知る限りの死にそうにない三人衆が揃って死ぬなんて。
それも僅か三時間の間にほぼ同時に。
もしも生きていたらなんと言うのやら。
物語が加速しているとでも。
それとも、物語が終わりを迎えようとしているとでも。
戯言だ。
これ以上なく。
でもどっちだって良い。
どっちだって構わない。
幕を引こうと彼に言った。
世界は終わらせないと彼に言った。
ならぼくがするのは簡単だ。
村人がやれそうなことじゃないけれど。
大言壮語も甚だしいけど。
やることに変わりはない。
変わりがあってたまるか。
最後にきっと笑ってやる。
手に届くだけ助けれたと。
言えるために。
あがいてやる。
もがいてやる。
今頃あの世とやらにでも居て、胡座をかいて読み進めているんだろう。
地獄。
天国。
監獄。
鎖国。
どれもあなたにとって変わらないんでしょうから、今も読んでいるんでしょう。

「あたなに」

この物語を。
ああ、そうだ。
前言を撤回しよう。
物語を終わらせよう。
でも物語は続くんだと。
思う存分知らせてやろう。
終わっても終われない漫画のように。
うだうだと続き続ける漫画のように。
読み終えても次巻のある本のように。
長々と書き続く、そんな本のように。
物語は終わらない。
物語は終われない。
だって物語は続き続けるんだから。
精々読んでいて下さい。
あの笑顔でも浮かべて。
飽きても読んで下さい。
犯しそうに笑ったまま。

508三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:56:55 ID:IG39iMCA0

「世界を終わらせなんてしない」

一生を終えても終わらない、物語を。
えぇと、漫画を愛してるんでしたか。
愛してると言うんだからお楽しみに。
とびっきりありきたりなお仕舞いを。
都合良過ぎる程度には良いお終いを。
この物語の終幕を。
ハッピーエンドを。
待っていて下さい。



 3−2



ちょっとえげつのない光景が目の前で繰り広げられています。
何と言いますか。
根ほり葉ほりと言う言葉がこれ以上なく相応しいと言いますか。
相手がはぐらかそうとしている所を巧い具合に誘導して喋らせてるとか。
さり気なく口を挟んでは会話を広げさせてると言いますか。
えぐいですね。
誘導尋問にも程があります。
しかもメモを片手間にしてるんですからこれはもう。

「えぐい」

おっとっとお。
うっかり口が滑ってしまいました。
滑るのは舌がわたしのキャラです。
危うくキャラを崩壊する所でした。
気にするのはあくまでキャラです。
視線は全く気にしない気にしない。
なので視線はノーサンキューです。

「うん、ありがとう。そこまで話して貰えれば十分よ」

どうやら聞きたい事は聞き終えたようです。

「え? ああ、そうね知ってるわ。八人の時に居た一人なの。でも行動が読めなかったからちょっと気になってね」
『 ?        』
「うん、それだけよ。でも殺人鬼だとか自分で言ってたからちょっとね」
『  、   』
「それで、今度はそちらの番だけど何が聞きたい?」
『     、    ?』
「今? それはちょっと分からないけど……一応ここに集まる事になってるわ。それじゃあ次はこっちの番だけど、良い?」
『  』
「こっちの人員の名前を教えるから、あなたの名前ともう一人の名前を教えて貰える?」
「羽川さん?」
「あ、ちょっと待って貰える?」

509三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:57:48 ID:IG39iMCA0

相手の返事も聞かず、ボタンの一つを押しました。
保留でしょう。
音楽が流れ始めてすぐにわたしを見ます。

「今の残った人数と私達、それに向こうの二人の名前を知れればそれぞれの概ねの動向が分かるわ」
「なるほど、メリットはそれですか」
「デメリットはこっちの人の名前が知られること。当然、彼女達の口から主戦肯定派に情報が漏れる可能性もあるかな?」
「その彼女達ですか? 肯定派の可能性はないんですか?」
「あるわね」

平然とそう言われてしまいました。
いや、その答えは予想外なんですけど。
そう思ってみても笑ったままです。
わたしの反応はどうも予想通りのようです。
人が悪い。
悪い人。
どっちが正しいんでしょうか。
はてさて。

「その場合だと彼女達は反対派の中に飛び込んできた肯定派になる訳だけど、困った事に私達の中にそのどちらでもない人が二人紛れ込んでいるわ」
「……球磨川禊さんと、鑢七実さんですか」
「そう。あの二人は、まあ、変な言い方だけどどうあっても死にそうにない二人。そして球磨川さんといーちゃんさんは妙に繋がり有った所があるみたいね」
「問題点が二つ有ります。お分かりでしょうけど」
「えぇ。今話している二人が来るまでの間に戻ってくるのかどうか。戻ってきたとしてもその二人に対する対抗馬みたいに動いてくれるか」
「問題だらけじゃないですか!」

問題だらけじゃないですか!
とは言ったものの。
デメリットばかりを考えるのもどうかとも思います。
あの二人がきた場合のメリットを考えてみましょう。
いやまだ合流すると決まっている訳ではないですが。

「メリットは本当に先程の物だけですか?」
「……んー。言い辛い所では二人の関係者を説得し易くなる、とか?」
「説得の後に物理が付いてる気がするんですが」
「違うわよ」
「違うんですか?」
「物理じゃなくて脅迫よ」
「余計にタチが悪くなってますよそれ!」

え、何ですかこれ。
ここまでアグレッシブな人でしたっけ。
まるでわたしの心を読んでいたように、また小さく笑いました。
少しばかりぞっとするような。

510三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 00:59:38 ID:IG39iMCA0

「私、ちょっと怒ってるの」
「ほ、ほぅ?」
「確かに私が人を殺す可能性はあるけど、真っ正面から言われちゃったから」
「……その節はどうも申し訳ありませんっ」
「いいの。気にしないで。だから頑張れるだけ頑張ろうと思えた訳だし」
「た、例えば?」
「使える手は使えるだけ使うって。多少のデメリットには目を瞑らないと。だからごめんね?」
「何がでしょうか?」
「巻き込む事になるかも知れないけど。いざとなったら逃げてね?」

そこまで言って、笑ったまま、電話のボタンを見せつけるように押しました。



 4−1



さて困った。
待つまでの間が実際手詰まりだった。
石の上にも三年居れるなんて言われた事はある。
でも同時に言われた事に、結果が分かってるから、なんて言われたな。
実際そうだし。
最大の理由でもある。
待てなくなった。
そうじゃなきゃ一人で歩き回ってないし。
いや別に気まずかったから逃げた訳じゃないし。
本当だし。

「やばいやばい」

友と合流さえ出来れば如何様にでもやりようはある。
だろう。
何せ友だし。
けども逆説、いなければどうしようもない。
待つのは慣れている。
結果が分かってるなら。
だけど何もしないで待つのは間違いはないけど待ち甲斐もない。
何か出来る事は有りはしないか。
ぼく一人で。
いや、あの二人に協力して貰ってでも構わない。
この状況。
今の情勢。
現状を少しでも好転させ得る材料は。
何処かで何かして見逃してる要素は。
向こうが見落としている何かないか。

511三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 01:01:12 ID:IG39iMCA0

「……あ」

あった。
一つだけあった。
忘れていただけの。
ぼくが見落としてるだけで。
向こうは見落としてないだろう要素。
それも好転させるのではなく、悪転させる方。
そしてそれはよくよく考えてみなくても潤さんと関わりの深い事柄だ。
殺人鬼。
零崎人識。
人間失格は何で殺しを止めていたんだった。
人間失格は何で殺人行動を収めていたんだ。
気付けば人間生物の殺害方法を考えていたなんて戯言をぼくに漏らしたあいつは、どう言う要素で殺人行動を納めていた。
潤さんだ。
潤さんが約束したからだ。
そう、あの診療所であいつ自身が言っていた。
その潤さんが死んだ今となってみればどうだ。
人間失格を抑える要素は意志以外存在しない。
よしこれだ。
あいつに電話するために一人で行動していたんですぼくは。
それにあいつが人殺しするなんて思えないし。
まあ、殺人鬼だけど。
殺人鬼だけど。
などと思いながら携帯電話を取り出す。

「人間認識」

まさにその時。
実際問題最悪の瞬間。
轟音鳴り響く中で無機質な声が、

「は?」
「即刻斬殺」

鉄塔の立ち並ぶ中。
鉄柱が聳え立つ中。
百メートルは離れているだろう向こう側で。
無機質な目が。
確かにぼくを捉えていた。

512三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 01:02:34 ID:IG39iMCA0



 4−2



『もしもし』
「もしもし」
『良かった、切られてるかと思って』
「いやまあ、この際ですから知れる事は知っておきたいので」
『じゃあ、教えて貰えるってことで良いのね?』
「はい、構いませんよこの際は。ただしそちらからと言う事ともしも違っていたら」

と。
わざと一度切って反応を見ます。
電話越しでも伺おうと言う雰囲気が知れます。

「殺します」
『……良いわ』
「随分あっさりと乗るんですね。もし誰かが嘘の名前を言ってる可能性がありますよ?」
『信じているから、なんて言葉じゃ甘いかな……』
「そうですか。では、お名前をどうぞ」
『私の名前は羽川翼。えーと、名前を言っても……良いのね? 八九寺真宵ちゃん。そして戯言使いさん』
「……例のふざけた名前の人がですか」
『あとはさっき言った零崎人……っ!』
「っ!」

妙な。
音が。
響いてきましたね。
軽やかな音。
聞こえた気がしました。

『悪いけどしばらくしたらまた連絡します。電話番号を』
「……」

早口。
今までの口調が完全に崩れた。
一瞬の間を置いてから電話番号を口にしました。
即座に切られた、音。
白けた音が響くのを聞きながら、耳を離しました。
何が起きたのか。
伸ばし掛けた手をそこで引き留めます。
起こしてすぐに向かい始めるべきか。
返事の連絡を待ってから動くべきか。
どうしましょうか。
一向に、様刻さんが起きる気配はありません。
しかし。

「ランドセルランド」

どうもそこが台風の目何でしょうか。
うわぁ。
行きたくない。

513三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 01:03:55 ID:IG39iMCA0




【一日目/夜中/E-6 ランドセルランド】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]精神的疲労(小)
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
   赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り) 、錠開け道具@戯言シリーズ、
   タオル大量、飲料水やジュース大量、冷却ジェルシート余り、携帯電話@現実、解熱剤、フィアット500@戯言シリーズ
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 0:あれ(日和号)は明らかに不味い。逃げる
 1:玖渚を待つ。待ってる間だけでも少し動く
 2:掲示板を確認しておこう。
 3:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 4:危険地域付近には出来るだけ近付かない。
  5:気まずいからって逃げるんじゃなかった。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識、ツナギ、玖渚友のものが登録されています
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
 ※八九寺真宵の記憶を消すかどうかの議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします
 ※日和号に向けて発砲しつつ逃走を始めました

【日和号@刀語】
[状態]損傷なし
[装備]刀×4@刀語
[思考]
基本:人間・斬殺
 1:上書き。内部巡回
  2:人間・認識。即刻・斬殺
[備考]
 ※戯言使いを発見しています



【一日目/夜中/E-6 ランドセルランド】
【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]ロワ中の記憶復活、それに伴う体調不良(微熱と若干の体力低下)
[装備]人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:変わらない。絶対に帰るんです。なぜ発砲音が?!
 0:まったく、戯言さんは!
 1:羽川さんと共に戯言さんの待ち人を待ちましょう。
 2:黒神めだかさんと話ができればよいのですが。
 3:羽川さんの髪が長かったのはそういう事情でしたか。
 4:戦場ヶ原さんも無事だといいんですが……
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です
 ※本当に迷い牛の特性が表れてるかはお任せします
 ※戯言使いの「主人公」は、結果のために手段を問わないのではないかと言う危惧を覚えました
 ※拳銃の発砲音を聞きました

【羽川翼@物語シリーズ】
[状態]健康、ノーマル羽川、大体の現状認識
[装備]パーカー@めだかボックス、ジーンズ@めだかボックス
[道具]支給品一式×2(食料は一人分)、携帯食料(4本入り×4箱)、毒刀・鍍@刀語、タブレット型端末@めだかボックス、黒い箱@不明、トランシーバー@現実、
   真庭忍軍の装束@刀語、「ブラウニングM2マシンガン×2@めだかボックス、マシンガンの弾丸@めだかボックス」
[思考]
基本:出来る手を打ち使える手は使えるだけ使う。まず発砲音を確かめる
 0:殺し合いに乗らない方向で。ただし、手段がなければ……
 1:阿良々木くんに関しては感情の整理はつかない。落ち着くまで保留
 2:情報を集めたい。ブラック羽川でいた間に何をしていたのか……
 3:戦場ヶ原さんは大丈夫かなあ。
 4:真宵ちゃん無理しないでね。
[備考]
 ※ブラック羽川が解除されました
 ※化物語本編のつばさキャット内のどこかからの参戦です
 ※全身も道具も全て海水に浸かりましたが、水分はすべて乾きました
 ※トランシーバーの相手は玖渚友ですが、使い方がわからない可能性があります。また、相手が玖渚友だということを知りません
 ※ブラック羽川でいた間の記憶は失われています
 ※黒神めだかの扱いについてどう説得したか、他の議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします
 ※拳銃の発砲音を聞きました
 ※零崎人識に関する事柄を無桐伊織から根掘り葉掘り聞きました
 ※無桐伊織の電話番号を聞きました。後ほど連絡ができればする予定です

514三魔六道 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 01:06:00 ID:IG39iMCA0


【1日目/夜中/G−6 薬局】
【無桐伊織@人間シリーズ】
[状態]両足骨折(添え木等の処置済み) 、眠気(小)
[装備]『自殺志願』@人間シリーズ、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ
[思考]
基本:零崎を開始する。
 0:曲識、軋識を殺した相手は分かりました。殺します。
  1:人識君について引き続き情報を集めます。
 2:様刻さんが起きたら玖渚さん達と合流しましょうか。
 3:黒神めだかという方は危険な方みたいですねえ。
 4:宗像さんと玖渚さんがちょっと心配です。
 5:ランドセルランドが台風の眼のようですけど、どうしましょうか?
 6:羽川さんはちょっと厄介そうな相手ですね……
[備考]
 ※時系列では「ネコソギラジカル」からの参戦です。
 ※黒神めだかについて阿良々木暦を殺したらしい以外のことは知りません。
 ※宗像形と一通りの情報交換を済ませました。
 ※携帯電話のアドレス帳には箱庭学園、ネットカフェ、斜道郷壱郎研究施設、ランドセルランド、図書館の他に櫃内様刻、玖渚友、宗像形が登録されています。
 ※DVDの映像は匂宮出夢と零崎双識については確認しています。他の動画を全て、複数回確認しました。

【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、睡眠、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]スマートフォン@現実
[道具]支給品一式×7(うち一つは食料と水なし、名簿のみ8枚)、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11〜28)@不明
   炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス、懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、
   輪ゴム(箱一つ分)、首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン@現実、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、
   鎌@めだかボックス、薙刀@人間シリーズ、シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)@現実、
   首輪探知機@不明、誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、
   「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵、ノーマライズ・リキッド、チョウシのメガネ@オリジナル×13、小型なデジタルカメラ@不明、三徳包丁@現実、
   中華なべ@現実、マンガ(複数)@不明、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、おみやげ(複数)@オリジナル、
   食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』」
   (「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う(瓦解寸前)
 0:zzz……。
 1:休んだら玖渚さん達と合流するためランドセルランドへ向かう。
 2:時宮時刻を殺したのが誰かわかったが、さしたる感情はない。
 3:僕が伊織さんと共にいる理由は……?
[備考]
 ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形が登録されています。また、登録はしてありませんが玖渚友からのメールに零崎人識の電話番号とアドレスがあります。
 ※阿良々木火憐との会話については、以降の書き手さんにお任せします。
 ※支給品の食料の一つは乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。
 ※DVDの映像は全て確認しています。
 ※スマートフォンに冒頭の一部を除いた放送が録音してあります(カットされた範囲は以降の書き手さんにお任せします)。

515 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/02(金) 01:08:10 ID:IG39iMCA0
以上です。

久し振りの所為かいつも以上に突っ込みどころがありそうなので感想などよろしくお願いいたします。
疑心と強襲のお年魂ですとやりたかったのにマニアワナカッタ……

今年もよろしくお願いします

516名無しさん:2015/01/02(金) 18:50:54 ID:iDadAYkg0
投下乙です
危ない、危ないよどこもかしこも!
両脚折れてるのに伊織ちゃんがっつりロックオンしてるし羽川も不穏だし
何より、せっかく持ち直したいーちゃんに日和号来るとかほんとさあ
そういえば原作の扱いがああだったからなんとも言えないけど実際日和号の耐久ってどれくらいなんでしょうね…?
本体部分も金属だろうから銃弾も弾きそうですが、さてはて

いくつか指摘を
まず>>496
いーちゃんは日之影さんのことを覚えてないようですがいーちゃんが起きてる状態で対面したのは死亡後です
『知られざる英雄』が発動している状態で遭遇していた八九寺などはともかくいーちゃんに影響が残ってるのはいかがなものかな、と
もちろん何かしらの理由があるのならそれで構いません
次に>>501
>「では状況を整理しましょう。今現在の所の死人は何人でしょうか?」
>「 人ね」
と羽川のセリフから人数が抜けています
最後に>>507のいーちゃんのモノローグ
>ぼくの知る限りの死にそうにない三人衆が揃って死ぬなんて。
>それも僅か三時間の間にほぼ同時に。
これは6時間の間違いでしょうか?

細かいところばかりで申し訳ありませんがいずれもすぐ修正できる類のものかと

517 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/04(日) 22:46:06 ID:lzyVG9wo0
それぞれ修正していきます。

ただし、日之影に関しては他の方と相談のうえでまあ大丈夫そうなので放置の方向で

518 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/04(日) 22:49:57 ID:lzyVG9wo0
>>501


くっ。
流石は羽川翼さん。
思うように私のペースに持ち込めませんね。
ですがしかし。
それでこそ噛み甲斐があると言うものです。

「聴覚としてですね」
「……噛んだ?」
「しちゅれい、かみゅまむた」
「噛み過ぎよ」

くっ。

「ふっふっふ……お遊びは止めろと言うことですか……良いでしょう……」
「…………まあ、良いか」

おっと、何やら遠い目をされている気がしますね。
しかし私は気にしませんよ。
強い子ですから。

「んー、何からお話ししましょうか?」
「じゃあそもそも、なんでそう思ったかだけでも聞かせてもらえる?」
「それは簡単です。あなたは頭が良いからです」
「答えに」
「なっています」
「……聞かせてもらえる?」
「頭が良いあなたなら、きっと気付いているんじゃないかと。これの終わりを」
「………………」
「いえ、これはあらかじめ伏線を張って置く訳ですけども別に洒落言使いさんを否定したくて言う訳じゃありませんよ?」
「…………」
「長々と言うのもあれですから言ってしまいましょうか。この先の行方、と言いますかこのバトルロワイヤルとか言う大層ふざけた催しの結末ですが、

 トゥルーエンド以外にありえないでしょう。

 ああ、いえいえ、別に戯言使いさんを否定したいから言ってる訳じゃないんですよ?」
「えぇ、分かってる」
「えぇ、そうでしょう。なら、わたしの言おうとしていることも分かってますよね?」
「これの結末は、バットエンドはなりようがあってもハッピーエンドになりようがない。そう言うことよね?」
「はい。大変言い辛いことですから中々言えない事でしたけど、この際はあなたにだけぶっちゃけちゃおうかなーと」
「何で私に言うのかな?」
「んもー、そうやってはぐらかそうとする」
「そう言うつもりは、ないんだけどね」
「ぶっちゃけちゃいましょうよ。ズバリ言うわよしちゃいましょうよ。夜の女子会みたくーチョーヤバーイみたいな」
「残念だけど私、そう言うのに参加したことないから分からないかな」
「でも本心を晒すと言う意味ぐらいは分かりますよね?」
「……はぁ。分かった」
「と言うことですのでどうぞ」
「いーさんは、皆を幸せにしたい」
「はい。一気に思い出しましたから気付きました。ですがそれは、よくよく考えなくても不可能なんですよ」
「……言い換えればハッピーエンドを迎えたい。でももう死人が出た以上、どうやってもハッピーエンドにしようがないって言うんでしょう? 仮に限りなくそれに『近い』ものになったとしても、それはどうやっても『近い』以上には成り得ない」
「…………はい」
「……気が、重いことにね」
「……はい」
「最早どうやろうとも、ハッピーエンドに持って行きようはない」
「…………………………羽川翼さん」
「何かな、真宵ちゃん?」
「言いましたよね、本心を晒そうって?」
「言ったね」
「だったらなんで、嘘を付くんです?」
「嘘?」
「えぇ、嘘です。わたしでも思い付いたことを、あなたが思い付かないはずがないんですから」
「それはどうかしら? 別に私は何でも知ってる訳じゃないわ」
「知ってることだけ、ですか?」
「その通り。知らないことは知らないもの」
「では状況を整理しましょう。今現在の所の死人は何人でしょうか?」
「二十八人ね。えぇ、誰も死んでなければ、だけど」
「そうです、なんと全体の三分の二近くです。でしたらこの人達を何とかする方法がありますか?」
「ないわね」
「あります」
「ない」
「ある」
「無い」
「有る」
「無いわ。死んだ人をどうにかする方法なんて無いに決まってるじゃない」
「あるじゃあないですか。二人」
「二人も?」
「も、などと言ったのはまあ聞き逃しておきましょう。兎も角として二人。

 主催と球磨川禊。

 このお二人ならば可能でしょうね、死んだ人をどうにかするのも」
「だったら簡単ね。球磨川さんを説得して最後まで乗り越えた上で何とかして貰う。それが理想解でしょう?」
「はい、そうです。球磨川さんが、説得に乗って、皆を何とかしてくれる。これが理想解です。はい、理想です」
「そうね」
「はい。理想です。理想なんです。理想に過ぎません」
「……なにが言いたいのかしら?」
「お分かりでしょう? 第一に、あの人が説得に乗ってくれるかどうか。第二に、そもそも言う通りにしてくれるか。第三に、本当に当てになるのかどうか」

519 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/04(日) 22:52:05 ID:lzyVG9wo0
>>507


西東天。
彼の物語が終わりを告げたらしい。
死にそうにもない彼も死ぬ。
ぼくの知る限りの死にそうにない三人衆が揃って死ぬなんて。
それも僅か六時間の間にほぼ同時に。
もしも生きていたらなんと言うのやら。
物語が加速しているとでも。
それとも、物語が終わりを迎えようとしているとでも。
戯言だ。
これ以上なく。
でもどっちだって良い。
どっちだって構わない。
幕を引こうと彼に言った。
世界は終わらせないと彼に言った。
ならぼくがするのは簡単だ。
村人がやれそうなことじゃないけれど。
大言壮語も甚だしいけど。
やることに変わりはない。
変わりがあってたまるか。
最後にきっと笑ってやる。
手に届くだけ助けれたと。
言えるために。
あがいてやる。
もがいてやる。
今頃あの世とやらにでも居て、胡座をかいて読み進めているんだろう。
地獄。
天国。
監獄。
鎖国。
どれもあなたにとって変わらないんでしょうから、今も読んでいるんでしょう。

「あたなに」

この物語を。
ああ、そうだ。
前言を撤回しよう。
物語を終わらせよう。
でも物語は続くんだと。
思う存分知らせてやろう。
終わっても終われない漫画のように。
うだうだと続き続ける漫画のように。
読み終えても次巻のある本のように。
長々と書き続く、そんな本のように。
物語は終わらない。
物語は終われない。
だって物語は続き続けるんだから。
精々読んでいて下さい。
あの笑顔でも浮かべて。
飽きても読んで下さい。
犯しそうに笑ったまま。

520 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/04(日) 22:56:11 ID:lzyVG9wo0
>>509


相手の返事も聞かず、ボタンの一つを押しました。
保留でしょう。
音楽が流れ始めてすぐにわたしを見ます。

「今の残った人数と私達、それに向こうの二人の名前を知れればそれぞれの概ねの動向が分かるわ」
「なるほど、メリットはそれですか」
「デメリットはこっちの人の名前が知られること。当然、彼女達の口から主戦肯定派に情報が漏れる可能性もあるかな?」
「その彼女達ですか? 肯定派の可能性はないんですか?」
「あるわね」

平然とそう言われてしまいました。
いや、その答えは予想外なんですけど。
そう思ってみても笑ったままです。
わたしの反応はどうも予想通りのようです。
人が悪い。
悪い人。
どっちが正しいんでしょうか。
はてさて。

「その場合だと彼女達は反対派の中に飛び込んできた肯定派になる訳だけど、困った事に私達の中にそのどちらでもない人が二人紛れ込んでいるわ」
「……球磨川禊さんと、鑢七実さんですか」
「そう。あの二人は、まあ、変な言い方だけどどうあっても死にそうにない二人。そして球磨川さんといーさんは妙に繋がり有った所があるみたいね」
「問題点が二つ有ります。お分かりでしょうけど」
「えぇ。今話している二人が来るまでの間に戻ってくるのかどうか。戻ってきたとしてもその二人に対する対抗馬みたいに動いてくれるか」
「問題だらけじゃないですか!」

問題だらけじゃないですか!
とは言ったものの。
デメリットばかりを考えるのもどうかとも思います。
あの二人がきた場合のメリットを考えてみましょう。
いやまだ合流すると決まっている訳ではないですが。

「メリットは本当に先程の物だけですか?」
「……んー。言い辛い所では二人の関係者を説得し易くなる、とか?」
「説得の後に物理が付いてる気がするんですが」
「違うわよ」
「違うんですか?」
「物理じゃなくて脅迫よ」
「余計にタチが悪くなってますよそれ!」

え、何ですかこれ。
ここまでアグレッシブな人でしたっけ。
まるでわたしの心を読んでいたように、また小さく笑いました。
少しばかりぞっとするような。

521 ◆mtws1YvfHQ:2015/01/04(日) 22:57:20 ID:lzyVG9wo0



以上で修正を終わります。
Wiki編集のほうをよろしくお願いします

522 ◆ARe2lZhvho:2015/01/08(木) 02:39:20 ID:sIP1vxS60
修正乙です
Wiki収録の際に細かい誤字なども訂正したので確認していただけると助かります
それではこちらも投下します

523玖渚友の利害関係 ◆ARe2lZhvho:2015/01/08(木) 02:40:36 ID:sIP1vxS60

「「かんぱーい」」

真庭蝙蝠がいなければ宗像形の兇刃からまず逃れられなかったであろうぼく、供犠創貴はブースの扉を開けた先、女子二人が酌み交わす光景を見て、

「……………………」

しばらく沈黙していた。





「やっほー、おかえり創貴ちゃん」
「おかえりなさいなの、キズタカ」

無言で立ったままのぼくに玖渚友と水倉りすかは気さくに声をかける。
それほど席を外したつもりはなかったはずなのだが、その間に随分と仲を深めていたらしい。
このネットカフェの一階部分全域が戦場になる可能性がある以上二階に移動したいと玖渚が願い出たのは合理的な判断だったし、ぼくたちも好都合だと承諾した。
死体を移動させるのは容易なことではないが必要なのは首輪だけであり、頭を切り離せば済む問題だ──このときの蝙蝠の反応については今更述べるまでもない。
りすかを残さなければならない以上、ソファータイプの一人用ブースよりも複数で利用できるいわゆる座敷タイプの方がいいだろうという考えもなんらおかしくない。
……しかし、ドリンクバーで飲み物を取りに行った上ドーナツを広げるのはいくらなんでもくつろぎすぎではないだろうか。
剣戟の音は間違いなく聞こえていたはずだろうに。

「まあまあ、そんな顔しなくても大丈夫だって。創貴ちゃんの分もちゃんとあるからさ」
「そういうことが言いたいんじゃない」

悪態をつきながら腰を下ろし、ドーナツを一つ取る。
チョコレートがふんだんに練り込まれた生地の上から更にチョコレートで上半分をコーティングした、ダブルチョコレートだ。
頬張る。
うむ、甘い。

「じゃ、創貴ちゃんも戻ってきたことだしいいかな」
「何を」
「いーちゃんにメールを送りたいんだ。できれば一刻も早く送りたかったのにりすかちゃんが創貴ちゃんが戻るまでダメって言うから」
「それくらい別に……いや、いい心がけだ」

見張っていろ、との指示に対しちゃんと必要な意思を汲み取ってくれたのは上出来だ。
ドーナツを持っていない方の腕でりすかの頭を撫でてやる。

「ま、僕様ちゃんもせっかくの同盟を解消したくはなかったしね。そんじゃあお言葉に甘えて」

言うが早いか玖渚の手が携帯電話に伸び、淀みなくボタンを叩いていく。
その間にりすかに確認をとっておくか。
念のために。

「怪しい素振りはしていたか?」
「なかったの」
「ドリンクバーには二人で行ったか?」
「もちろん……でもすごくうるさかったのが下からなの」

というかその状況でよくドリンクバーに行けたな。
まあ、まだうるさいのは確かだし戦況が互角なら逆に安全と考えるのは悪くはない判断ではあるが……

「休憩しない? って提案したのは僕様ちゃんだよ。一々声を出すりすかちゃんはかわいかったねえ」

やっぱり玖渚の発案か……いくらなんでもりすかにしては度胸がありすぎると思ったんだ。
金属音が飛び交う中を共に乗り越えたと思えば親近感が湧くのもある意味仕方のないことか。
そうしているうちにメールを送り終えたようだ。
少しの間動きが止まる。

524玖渚友の利害関係 ◆ARe2lZhvho:2015/01/08(木) 02:41:27 ID:sIP1vxS60
再び指を数回動かし、また止まった。
そしてまた操作したかと思えばぼくに画面を見せてきた。


 to:いーちゃん
 title:もしかして
 text:ランドセルランドに腕4本脚4本のロボットが襲ってくるかもしれないから気をつけてね
    なんなら僕様ちゃんたちがいるネットカフェに来てもいいけどその場合は教えてくれると嬉しいな
    案外いーちゃんのことだからこのメールを読んだときにはもう遭遇しちゃってるかもしれないけど、僕様ちゃんは対処法を知らないからそのときはそのとき!


「これなら問題はないよね?」

下手な情報は漏らしていないということらしい。
メールに記載してあったロボットは掲示板にあったあの動画でとがめとかいう女性を殺したものだろうか。
確か玖渚本人の話によれば詳細名簿にも載っておらず、誰かの支給品か主催が配置したかということもわかってないとのこと。
だが、宗像形らも遭遇していたことからあの地域一帯だけを徘徊しており、不要湖から出る可能性は低いだろうというのが玖渚の見立てだったはずだ。
なぜ今更。
そんなぼくの顔を見て、玖渚友は語り出した。

「疑問を浮かべてる顔をしてるね?
「もちろんちゃんと説明するよ。
「と言っても気づいたのはりすかちゃんのおかげだけどね。
「ほら、さっき都城王土の話をしたでしょ?
「それに創貴ちゃんがいなくなった後もりすかちゃんが興味を持ってね。
「電気もりすかちゃんの弱点の一つである以上、対策を練っておくのは殊勝だと思うし、主催側である彼についてはしっかり考えておくべきだと僕様ちゃんも思ったからさ。
「創貴ちゃんたちが会った後、彼がどうしていたかについては全く情報がないし。
「ないだけで、僕様ちゃんの知ってる誰かが、僕様ちゃんの知らない誰かが遭遇してることは十分に考えられるけどね。
「最悪の可能性というのは常に想像しておかないといけないもの。
「例えば、都城王土が言ったことは嘘で忠実な主催の手先だった、だから盗聴機もしっかり仕掛けられていてこの会話も主催に筒抜け、だとか。
「例えば、主催にとっては都城王土の行動すら想定内であり、今更僕様ちゃんたちがどんな反抗をしようと無意味に終わる、とかさ。
「それに比べたらあのロボットが都城王土に操作されてランドセルランドに向かうことなんてマシな部類でしょ?
「マシな部類って言っても襲われる人間はたまったもんじゃないと思うけど、それはそれ、これはこれ。
「あのDVDは会場の中全てを監視していると言ってるのと同義なんだし、それを踏まえれば多くの人間がランドセルランドに向かっていることは予想できただろうからね。
「創貴ちゃんたちにとって黒神めだかとの同盟のうまみも薄れてるだろうし、いーちゃんをこっちに呼んだことについては問題ないでしょ?
「これがただの僕様ちゃんの考えすぎ、だたの思い過ごし、杞憂ならいいけど本当に本当だったらいざランドセルランドに着いたら餌食になりました、じゃ冗談じゃ済まないし。
「創貴ちゃんたちが恐れてる零崎人識との邂逅だって、見つかる前に隠れるなりすればいいだろうしね。
「さすがにそれくらいは僕様ちゃんだって気遣うよ。
「見つかった場合?
「いや、さすがにそこまでは保証できないって。
「邪魔したら僕様ちゃんだって殺されちゃうかもしれないし。
「むしろランドセルランド行ったら出会い頭に問答無用で老若男女容赦なく、殺されて解されて並べられて揃えられて晒されるかもしれないんだから、それに比べたらね。
「ま、どっちにしてもまだ時間はあるはずだし続けようか」

……本当に油断できやしない。

525玖渚友の利害関係 ◆ARe2lZhvho:2015/01/08(木) 02:41:52 ID:sIP1vxS60



「やっぱ電話の一つでもかけてやった方がいいかねえ」

「いやいや、だからと言って俺からかける必要性ってないだろ」

「『人識くんったらそんなに私のことが心配だったんですか? 余計なお世話ですよう』とかなんとか言って茶化すに決まってる」

「俺にだけ教えて向こうには教えてない、なんてこともねーだろうし」

「さすがにそれくらいの気遣いくらいはしてるだろ」

「仮に場所とかがわかったとしてどうにかなることでもねーしな」

「それで向こうからかけてこないってことはそれだけの理由がないってことだろ、うんうん」

「かといって欠陥製品にかけるのもなあ……あ、そういや」

「ってダメじゃん! ぜってー声聞かれた瞬間切られるのがオチだっつーの」

「ちぇっ、どうせなら全部聞き出しといてくれりゃーよかったのによ」

「あーあ、こんなときコナン君の蝶ネクタイがありゃ楽勝なんだが」

「ま、高望みしすぎなのはわかってるけどな」

「……ん? こいつは……」

「…………へえ」

526玖渚友の利害関係 ◆ARe2lZhvho:2015/01/08(木) 02:42:36 ID:sIP1vxS60



「で、首輪に魔法、ないしはスキルが使われてるかもしれないってのが僕様ちゃんの考えなんだけど、どうかな?」
「難しいのが実行なの。考えるのが簡単なのが理論だけど、危険があるのが暴発」
「ぼくもりすかと同じ意見だ。『魔法使い』でも『魔法』使いでもそんな繊細な魔法式が使えるとは思えない」
「魔法陣の可能性は……もっとありえないか」
「あの影谷蛇之ですら二十本もダーツを作ってはいなかったのに、その倍以上となるといくらなんでも無理がありすぎる、とぼくは思うが」
「だよねえ。さっちゃんからの情報をもらう前に形ちゃんからそれとなく話を聞いてはみたけど、思い当たる人はいないって言ってたし」
「そうでなくとも便利ではないのが魔法なの」
「ファンタジーやメルヘンじゃあありません、ってことかなあ。さすがに他の世界にはこういう技術はないと思うんだけどなあ」

そして現在、静かになったブースでぼくも交えて主に首輪についての考察が広げられている。
しばらく経ってもどちらも上がって来ないということは相討ちか、大方重傷を負いつつも辛勝したというところだろう。
考えたくはないが宗像形が生きているかもしれない以上確認しに行くようなことはしない。
そこで死ぬようであれば蝙蝠はそこまでの駒だったということだ。
玖渚の考えによれば首輪の外殻には未知の物質が使われており、おそらくそれは魔法かスキルによって作られたのではないかとのことらしい。
顕現『化学変化』の魔法を使えばできなくはないかもしれないだろう。
だが、それを見せしめの分も含めて計四十六も作るとなると、さすがに無理があるのではないだろうかというのがぼくとりすかの考えだ。
そうでなくともそう都合よく目的に沿うような魔法があるとも思えない──水倉神檎でもあるまいし。

「普通に考えたらさ」

そう言って玖渚は箱からドーナツを一つ取り出した。
小さな球が八つ連なって一周しているポン・デ・リングだ。
八つの球を四つと四つに分ける。

「こんな風に二つのパーツを組み合わせて首に嵌めるものでしょ?」
「だろうな」
「いくら二重構造になってて内側はこのようになっているとしても、外側もこうなってないとおかしいと思うんだよね」
「ただ作るだけならできなくはないだろうな」
「問題なのが人間に嵌めるということ?」
「それなんだよねえ。内側を普通に嵌めたとしても綺麗にコーティングするのだって……あ、ちょっとごめんね」

雑音がないと着信音がよく響く。
電話ではなくメールか。
二つに分かれたポン・デ・リングが箱に戻される。
……口をつけてたわけでもないしいいか。
読み終えるとそのまま畳んでポケットにしまった。

「……返信しなくていいのか?」
「いーちゃんがこっち向かうってさ。それと創貴ちゃんたちには朗報かな、零崎人識は別行動になったからいないって」

ぼくが反応を返すより早く、りすかが大きく息を吐き出した。
さっきの話を聞いたとき随分と肩をこわばらせていたからもしやとは思っていたが、未だに恐怖心が消えていないらしい。
いざというときそれが妨げにならなければいいんだが……

「ところでさ、今こうして私は創貴ちゃんたちにありとあらゆる情報を提供してるわけだけど、これって大きく分けて三つのパターンがあると思うんだよね」

それを一瞥した玖渚がふいに話題を切り換えた。
不思議には思ったが返す意外の選択肢が浮かばない。

「パターン? 何のだ」
「情報を差し出す理由、とでも言えばいいのかな」
「わたしたちとクナギサさんみたいな?」
「それが一つめだね。利害の一致とか取り引き材料で情報交換したり一方的に渡したり」
「二つめはぼくとりすかのようなもの、か」
「うん、損得感情抜きでそれだけのことをする価値がある相手の場合だね。私といーちゃんみたいな、さ。

527玖渚友の利害関係 ◆ARe2lZhvho:2015/01/08(木) 02:43:19 ID:sIP1vxS60
 それで最後、三つめ」





「目的が時間稼ぎの場合、だな。もしくは相手を動揺させるのが狙いだったりってのもあるか?
 いずれにせよ言えることは相手を消すためであり、渡してしまっても問題ないということ、だろ?」





ぼくのものでもなく、りすかのものでもない、もちろん玖渚友のものでもない第三者の声が割り込んだ。





「大正解! 言われた通り私は時間稼ぎに徹したし殺さないで欲しいな」
「ご心配なく。気まぐれをおこさなきゃな」

即座にぼくは立ち上がり、りすかの腕をつかんで体の向きを反転させる。
扉に背を向けたままでいるのは明らかにまずい。
直後、音もなく扉がこちらに向かって倒れ込んできた。
身構えたときにはぴたり、とぼくとりすかの首筋に刀が突きつけられる。
……あれは蝙蝠が持っていた刀だ、ということは蝙蝠は──などということは考えさせてはくれないらしい。

「さっき言ったメールの内容はほとんど嘘。
「いーちゃんからじゃなくてしーちゃんからだったんだよね。
「さっき言ったでしょ?
「『最悪の可能性は常に想像しておくもの』だって。
「創貴ちゃんが戻ってきたということは少なくとも圧倒的有利な状況ではないということ。
「だからあらかじめ手を打っといたんだよね。
「いーちゃんのメールには追伸を。
「『しーちゃんが探してる相手ならここにいるからしーちゃんがそこにいるなら一緒にいた方がいいかもねって伝えといて』って。
「そしていーちゃんと離れた可能性もあったからひたぎちゃんにも同時にメールした。
「『ネットカフェにしーちゃんが探してる人がいるよ。方向的に黒神めだかを殺せるかもしれないしあなたにとっても悪い話じゃないと思うけど』って。
「創貴ちゃんたちの前で二回手を休めたのはそのためだよ。
「携帯の操作権を渡さなかったとはいえ、いーちゃんへのメールをちゃんと最後まで読めばわかっただろうにね。
「仮にしようとしたところでさせなかったけど。
「あのとき直接しーちゃんの連絡先を取得してなかったから伝わるか不安ではあったんだけど、ひたぎちゃんを殺して携帯をちゃんと回収してくれたから結果オーライ。
「裏切った理由?
「そんなの決まってるじゃん。
「ぐっちゃんを、私の所有物を壊したからだよ。
「例え役立たずでも、捨てたものでも壊していい理由にはならないよ。
「拾われるだけでも不愉快なのにましてや壊されるなんて、ねえ?
「気づいてないとでも思ってた?
「真庭蝙蝠がぐっちゃんと『だいたい』同じ顔をして、私がカメラ越しで見たのと同じ服を血だらけで着ていて、わからないとでも思った?
「真似られるだけでも不快なのに、壊した相手を目前にしてそれを壊し返せるチャンスを逃がすような真似をするとでも?
「もちろん、打った布石が無駄に終わる可能性もあったからそのときはさっきまでの続きをやっていただろうけど、こうなってしまった今それはどうでもいいことだよね。
「という感じで、どうかな?」

528玖渚友の利害関係 ◆ARe2lZhvho:2015/01/08(木) 02:44:16 ID:sIP1vxS60

「うんにゃ、解説ごくろーさん──ということでお終いの時間だ、ガキのお遊びにしてもやりすぎだぜ?

 殺して、
 解して、
 並べて、
 揃えて、
 晒して、
 刻んで、
 炒めて、
 千切って、
 潰して、
 引き伸ばして、
 刺して、
 抉って、
 剥がして、
 断じて、
 刳り、
 貫いて、
 壊して、
 歪めて、
 縊って、
 曲げて、
 転がして、
 沈めて、
 縛って、
 犯して、
 喰らって、
 辱めて、
 
 そして最後に殺して解して並べて揃えて晒してやんよ――老若男女、容赦なしだ」


そしてぼくに向けた。
闇を刻み込んだような、深い眼を。
神を使い込んだような、罪深い瞳を。
さて、この程度の『障害』をどう乗り越えるか。
ぼくは睨み返す。

529玖渚友の利害関係 ◆ARe2lZhvho:2015/01/08(木) 02:44:55 ID:sIP1vxS60
【1日目/夜中/D-6 ネットカフェ】
【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]身体的疲労(小)
[装備]携帯電話@現実
[道具]支給品一式、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ、工具セット@現実、首輪×2(浮義待秋、真庭狂犬)、ランダム支給品(0〜4)
[思考]
基本:いーちゃんに害なす者は許さない。
 0:とばっちりを受けないようにしないと。
 1:もう黒神めだかの悪評を広めなくても大丈夫かな?
 2:いーちゃんは大丈夫かなあ。
[備考]
 ※『ネコソギラジカル』上巻からの参戦です
 ※箱庭学園の生徒に関する情報は入手しましたが、バトルロワイアルについての情報はまだ捜索途中です
 ※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを凡そ理解しました
 ※言った情報、聞いた情報の真偽(少なくとも吸血鬼、重し蟹、囲い火蜂については聞きました)、及びそれをどこまで理解したかは後続の書き手さんにお任せします
 ※掲示板のIDはkJMK0dyjが管理用PC、MIZPL6Zmが玖渚の支給品の携帯です
 ※携帯のアドレス帳には櫃内様刻、宗像形、無桐伊織、戦場ヶ原ひたぎ、戯言遣い(戯言遣いのみメールアドレス含む)が登録されています
 ※ハードディスクを解析して以下の情報を入手しました
  ・めだかボックス『不知火不知』編についての大まかな知識
  ・不知火袴の正体、および不知火の名字の意味
  ・主催側が時系列を超越する技術を持っている事実
 ※主催側に兎吊木垓輔、そして不知火袴が影武者を勤めている『黒幕』が存在する懸念を強めました
 ※ハードディスクの空き部分に必要な情報を記録してあります。どんな情報を入手したのかは後続の書き手様方にお任せします
 ※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。内容は完全に記憶してあります
 ※参加者全員の詳細な情報を把握しています
 ※首輪に関する情報を一部ながら入手しました
 ※浮義待秋の首輪からおおよその構造を把握しました。また真庭蝙蝠たちの協力により真庭狂犬の首輪も入手しました
 ※櫃内様刻に零崎人識の電話番号以外に何を送信したのかは後続の書き手にお任せします
 ※本文中で提示された情報以外はメールしていません
 ※零崎人識からのメールにより以下の情報を入手しています
  ・戯言遣いと球磨川禊たちが高確率で離れている可能性
  ・戦場ヶ原ひたぎと宗像形の死亡および真庭蝙蝠の逃亡


【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康
[装備]斬刀・鈍@刀語、絶刀・鉋@刀語、携帯電話その1@現実
[道具]支給品一式×11(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)
   千刀・ツルギ×6@刀語、 手榴弾×1@人間シリーズ、青酸カリ@現実、小柄な日本刀、S&W M29(6/6)@めだかボックス、
   大型ハンマー@めだかボックス、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
   携帯電話その2@現実、文房具、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×5@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数
[思考]
基本:戯言遣いと合流する。
 0:今度こそ逃がさねえ。
 1:いやはや、ちょうどいいタイミングでの情報提供に感謝だな。
 2:伊織ちゃんと連絡を取る。合流するかどうかは後から決める。
 3:零崎を始める。とりあえず戯言遣いと合流するまでは。
 4:哀川潤が生きてたら全力で謝る。そんで逃げる。
 5:黒神めだか? 会ったら過剰防衛したとでも言っときゃいいだろ。
[備考]
 ※曲絃糸に殺傷能力はありません。拘束できる程度です
 ※Bー6で発生した山火事を目撃しました
 ※携帯電話その1の電話帳には携帯電話その2、戯言遣い、ツナギ、無桐伊織が登録されています
 ※携帯電話その2の電話帳には携帯電話その1、戯言遣い、ツナギ、玖渚友が登録されています
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
 ※球磨川禊が気絶している間、鑢七実と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします

530玖渚友の利害関係 ◆ARe2lZhvho:2015/01/08(木) 02:45:28 ID:sIP1vxS60
【供犠創貴@新本格魔法少女りすか】
[状態]健康、人識に斬刀を突きつけられている
[装備]グロック@現実
[道具]支給品一式×3(名簿のみ2枚)、銃弾の予備多少、耳栓、書き掛けの紙×1枚、「診療所で見つけた物(0〜X)」、心渡@物語シリーズ、シャベル@現実、
   アンモニア一瓶@現実、携帯電話@現実、スーパーボール@めだかボックス、カスタネット@人間シリーズ、リコーダー@戯言シリーズ
[思考]
基本:みんなを幸せに。それを邪魔するなら容赦はしない
 0:玖渚友も排除せざるを得ない、か……
 1:ランドセルランドで黒神めだか、羽川翼と合流する、べきか……?
 2:行橋未造を探す
 3:このゲームを壊せるような情報を探す
 4:蝙蝠は残念だが……
 5:掲示板の情報にどう対処すべきか
[備考]
 ※九州ツアー中、地球木霙撃破後、水倉鍵と会う前からの参戦です
 ※蝙蝠と同盟を組んでいます
 ※診療所でなにか拾ったのかは後続の書き手様方にお任せします(少なくとも包帯や傷薬の類は全て持ち出しました)
 ※主催者の中に水倉神檎、もしくはそれに準ずる力の持ち主がいるかもしれないという可能性を考えています
 ※王刀の効果について半信半疑です
 ※黒神めだかと詳しく情報交換しましたが蝙蝠や魔法については全て話していません
 ※掲示板のレスは一通り読みましたが映像についてはりすかのものしか確認していません
 ※心渡がりすかに対し効果があるかどうかは後続の書き手にお任せします
 ※携帯電話に戦場ヶ原ひたぎの番号が入っていますが、相手を羽川翼だと思っています
 ※黒神めだかが掲示板を未だに見ていない可能性に気づいていません
 ※玖渚友から彼女の持つ情報のほとんどを入手しました
 ※真庭蝙蝠は死んだ可能性が高いと考えています


【水倉りすか@新本格魔法少女りすか】
[状態]零崎人識に対する恐怖(大)、人識に絶刀を突きつけられている
[装備]手錠@めだかボックス、無銘@戯言シリーズ
[道具]支給品一式
[思考]
基本:キズタカに従う
 1:? ? ?
[備考]
 ※九州ツアー中、蠅村召香撃破直後からの参戦です。
 ※治癒時間、移動時間の『省略』の魔法は1時間のインターバルが必要なようです(現在使用可能)
  なお、移動時間魔法を使用する場合は、その場所の光景を思い浮かべなければいけません
 ※大人りすかについての制限はこれ以降の書き手にお任せします


[備考]
玖渚友たちがいるブースの中央にミスタードーナツの詰め合わせ@物語シリーズが置いてあります
中身はエンゼルフレンチ、ストロベリーホイップフレンチ、二つに割れたポン・デ・リング、D−ポップです


----
支給品紹介
【ミスタードーナツの詰め合わせ@物語シリーズ】
想影真心に支給。
阿良々木暦が忍野メメに差し入れようとしていたものだったが結果はご存知の通りである。
中身はゴールデンチョコレート、フレンチクルーラー、エンゼルフレンチ、ストロベリーホイップフレンチ、ハニーチュロ、
ココナツクルーラー、ポン・デ・リング、D−ポップ、ダブルチョコレート、ココナツチョコレート。
劇伴の曲名にもなった忍野メメが好きなオールドファッションは入っていない。

531 ◆ARe2lZhvho:2015/01/08(木) 02:48:11 ID:sIP1vxS60
投下終了です
いつも通り誤字脱字指摘感想その他何かありましたらお願いします

今年も新西尾ロワをよろしくお願いします

532名無しさん:2015/01/09(金) 00:04:17 ID:lcPRYFYs0
投下乙です。

>三魔六道
羽川と対等にやりあおうとする八九寺に今までにないしたたかさを感じた。
「実は、優勝する気はないでしょうか?」
この質問に対する羽川の真意やいかに。
そしていーちゃんはやっぱりジョーカーを引く運命にあるのね……

>玖渚友の利害関係
誰か玖渚から携帯電話を取り上げろ!ww
殺人鬼とサヴァンの即興連係プレイが鮮やかすぎてキズタカたちが可哀想になるレベル。これもう詰んでますわ。
玖渚が裏切った理由のところはなるほどなと思った。図らずも共通の敵を持ってることになるんだなぁこの二人。
ブチ切れモードの二人を相手に、りすかチームに生き残る術はあるのか否か。

533名無しさん:2015/01/15(木) 09:50:47 ID:dbIbJO7g0
集計者さんいつも乙です
今期月報
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
155話(+3) 14/45 (-1) 31.1(-2.2)

534名無しさん:2015/03/15(日) 00:28:21 ID:OmFWEF5g0
集計者さんいつも乙です
今期月報
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
155話(+0) 14/45 (-0) 31.1(-0.0)

来期は投下できるようにしたいですね…

535 ◆ARe2lZhvho:2015/05/12(火) 00:40:50 ID:dCRMcRFk0
お久しぶりです
予約分投下します

536鉛色のフィクション ◆ARe2lZhvho:2015/05/12(火) 00:42:34 ID:dCRMcRFk0




想像よりまず行動力



1-1



なんて厄日なんだと愚痴りたくもなるが、それは最初からだった。
突如襲い掛かってきた謎のロボット。
それから逃れるために、慌ててジェリコで発砲したものの。

「――――っ……」

腕に走ったずきりとした痛みに思わず顔をしかめる。
刀傷、ではない。
むしろそうだったらどんなによかったことか。
主にぼくの体面が。
頭か胴体か、それとも手足についた合計八本の刀のどれかはわからないが、それにぶつかった銃弾が跳ね返ってきたようで。
腕を掠っただけだから傷そのものは大したことはないけども。
そのときの衝撃でジェリコを落としてしまったのは失態だ。
拾うために生じる隙と見捨てることで僅かでも離れられる距離。
天秤にかけ、即座に後者を選び。
あとはただ、ひた走った。
救いだったのは、ぼくの疾走の速度がロボットの移動速度より速かったこと。
そして、さすがに建物は斬れなかったこと。
おかげでこうして安全圏で呼吸を整えることができる。
どうやらロックオンされてしまったみたいで、離れていってはくれないけれど。
なぜそれがわかるかというと、今も向かい合っているからだ。
窓越しに。
外の様子を見ようと近づいた瞬間に割られたときには驚いたけども。
突然刀が生えてきたように見えたときはたいそう驚きましたけれども。
それがぼくに届かないとわかれば、多少は余裕も生まれるというものだ。
窓が小さかったことと飛び道具が無かったことに感謝しよう。
さて。
狙われているとはいえ危機を凌いだとなると、考えることもできてくる。
真宵ちゃんと翼ちゃんは、無事なのだろうか。
ぼくが今こうしてロボットを引き付けてる間は大丈夫かもしれないが、それは目の前のこれ一体だけだったらの話だ。
一体だけとは限らないし、そうでなくとも他に危険人物がいないという保証はどこにもないのだ。
こんなことになるのなら真宵ちゃんからの目線に耐えてでも一緒にいるんだった。
せめて、もう一つ携帯でもあれば向こうの状態がわかるのに。
そう思って携帯を取り出してみれば。
あれ。
メールが届いている。
いつの間に。
と言っても、ぼくが逃げていた間だろう。
零崎に電話しようと思ったときにはなかったんだし。
どれ、内容は――


 from:玖渚
 title:もしかして
 text:ランドセルランドに腕4本脚4本のロボットが襲ってくるかもしれないから気をつけてね
    なんなら僕様ちゃんたちがいるネットカフェに来てもいいけどその場合は教えてくれると嬉しいな
    案外いーちゃんのことだからこのメールを読んだときにはもう遭遇しちゃってるかもしれないけど、僕様ちゃんは対処法を知らないからそのときはそのとき!

537鉛色のフィクション ◆ARe2lZhvho:2015/05/12(火) 00:43:47 ID:dCRMcRFk0


ああ、その通りだよ。
現在進行形で遭遇してるよ。
対処法が無理でもどうせなら攻略法くらいつけてくれてもよかったんじゃないか。
ん。
よく見たら続きがあるぞ。
もしかして――


P.S.しーちゃんが探してる相手ならここにいるからしーちゃんがそこにいるなら一緒にいた方がいいかもねって伝えといて


……零崎はいないんだよなあ。



1-2



どうしましょう。
いえね、迷ってるわけではないんですよ。
行きたくない、という感情にはそもそも行かなくてはならない、という前提があるわけでして。
行った方がいいというのはわかってるんですよ。
武器はそれなりにあるとはいえ、使う側である私たちが万全ではないですからね。
それに、戯言遣いさんって玖渚さんが探している方ですし。
そういった点である程度は信頼がおけます。
少なくとも損得で考えれば得の方が多くなるくらいには。
でも、そのためには様刻さんに連れていってもらわなければいけませんからねえ。
また私をおぶらせることになるのは気が引けます。
いくら私がやせ形で軽い義手をつけているといっても40kg後半強の荷物は重いでしょう、さすがに。
とはいえ、周囲に誰もいないうちはまだ大丈夫です。
便利ですねえ、首輪探知機。
『誰か』ではなく『誰が』いるかわかるのは心強い。
今も異常なし、っと。
こうなったら曲識さんや軋識さんを殺したのが誰かについて考えてみましょうと思いましたが、手がかりないんですよねえ。
いえ、DVDはじっくり見ましたから外見についてとかはわかりますが。
それにしたって曲識さんを殺したあの赤い女の子――掲示板の情報によると水倉りすかでしたか――、いくらなんでも強すぎません?
殺されたと思ったら血の海の中から復活するってなんですか。
殺しても死なないって、どうやって殺せばいいんですか。
よく聞く話ですと「死ぬまで殺し続ける」なんてのがありますが、殺すたびにあんな風になられちゃひとたまりもありませんよう。
それこそこちらの命がいくつあっても足りません。
玖渚さんなら弱点とかわかってたりするんですかねえ。
それとは関係ないところで気になるところがないでもないのですが。
映像見る限りですと、首輪、外れていませんよね?
普通に生き返る(というのもおかしな表現ですが)のならまだしも、途中完全に体の原型留めていないじゃないですか。
あれで外れない方がおかしいですよ、むしろ。
そもそもの話、人間じゃないですよね、あの子……
軋識さんを殺した人の方も色々考えなければなりませんし。
双識さんのお姿を騙ったことについては捨て置けません。
なぜ双識さんではないのかわかるのかですって?
あの家賊思いの双識さんです、まかり間違っても軋識さんを殺すなんてことはありえません。
それに、途中から総白髪の小柄な女性になっていたことを思えば変装でもしていたのでしょう。
あれを変装と言っていいのかどうかは語弊がありますが。
……なんか、人間業でできないことをやってのける方、多すぎませんかねえ。
挙句の果てには触れてもいないのに人体を腐らせるとか、何がどうなったらそうなるんですか。
哀川のおねーさんだって大概ではありましたけども、それでもできることに限度はありましたよう。

「……はあ」

538鉛色のフィクション ◆ARe2lZhvho:2015/05/12(火) 00:44:20 ID:dCRMcRFk0

ため息も漏れてしまうというものです。
って。
おっとっと。
手を滑らせてしまいました。
足を添え木で固定されていると拾うのも一苦労ですね。
まあ骨折というだけで色々大変なんですけど。
そう思って落とした探知機を拾おうとしてみれば。
端に光点が一つ。
どうやらかなり正確に探知できるようですねえ、なんて悠長なことは言ってられなくなりました。
だって表示されていたんですもの。

「真庭鳳凰」と。



1-3



真庭鳳凰は思索に耽っていた。

一言で表せば簡潔極まりないが、鳳凰本人にとってはただ事ではない。
鳳凰はただ、気付いただけだ。

――目指す先である薬局に櫃内様刻と無桐伊織の二人がいるのでは

と。
無桐伊織の怪我の治療のため、彼らも薬局を目的地にしていてもおかしくはない。
それだけならば何の問題もない。
元より櫃内様刻には借りを返すつもりであったのだ。
むしろ好都合である。
だがしかし。
鳳凰は更に考えを一歩進めた。
進めてしまった。

――二人が我を待ち構えている可能性を否定できぬ

そもそもなぜ鳳凰が出会う前から様刻と伊織の名前がわかったかといえば、首輪探知機があったからだ。
探知機が何を持って対象を判断しているかといえば、その名の通り首輪だろう。
つまり、いかな変装をしても首輪を他人のものと取り替えない限りは探知機の表示は変わらない。
そして彼らの手元には探知機がある。
鳳凰の名前を見て無反応でいられるわけがなく。
逃げ出すか迎撃するかそれとも他の手段を取るか、いずれにせよのうのうと殺されてくれるとは思えない。
元々鳳凰が持っていた数々の武器に加え、あの『矢』のような彼ら自身の武装もあるだろう。
更に、薬局にいるという仮定を捨てても、彼らが探知機を持っているという事実は変わらない。
別の場所から虎視眈々と鳳凰を狙っている可能性だってある。
現状、鳳凰が持つ武器のことごとくが近接用で、遠距離からの攻撃には為す術が無い。

――否、だからなんだというのだ

浮かんだ考えをそう否定して歩みを進めようとした鳳凰だったが、足が動くことはなかった。
真庭狂犬のような例外でもない限り寿命には抗いようがないように。
わかっていたとしても鳳凰にはどうしようもない罠が張られていたとしたら?
万一の可能性にいちかばちかで進むという考えが否定される。
楽観的な思考は全て否定され、否定的なものばかりが頭を占める。
一度認識してしまえば、振り払おうとしても脳裏に焼き付いたまま離れない。
思考の堂々巡りが始まって、はや数時間が経過していた。
ゆえに、傍から見ればこう表現するのもやむなしである。

539鉛色のフィクション ◆ARe2lZhvho:2015/05/12(火) 00:45:11 ID:dCRMcRFk0
真庭鳳凰は思索に耽っていた、と。



【1日目/真夜中/G-7】
【真庭鳳凰@刀語】
[状態]身体的疲労(中)、精神的疲労(小)
[装備]矢@新本格魔法少女りすか、否定姫の着物、顔・両腕・右足(命結びにより)、真庭鳳凰の顔(着物の中に収納)、
   「牛刀@現実、出刃包丁@現実、ナイフ×5@現実、フォーク×5@現実、ガスバーナー@現実」(「」内は現地調達品です)
[思考]
基本:優勝し、真庭の里を復興する。
 0:否、否、否、否――
 1:真庭蝙蝠を捜し、合流する。
 2:櫃内様刻を見つけ出し、必ず復讐する。
 3:戦える身体が整うまでは鑢七花には接触しないよう注意する。
 4:まず薬局に行き、状況を見る。
 5:可能そうなら図書館に向かい、少女の体を頂く。
 6:否定する。
[備考]
 ※時系列は死亡後です。
 ※首輪のおおよその構造は分かりましたが、それ以外(外す方法やどうやって爆発するかなど)はまるで分かっていません。
 ※記録辿りによって貝木の行動の記録を間接的に読み取りました。が、すべてを詳細に読み取れたわけではありません。
 ※首輪探知機により自身の居場所が特定されているのでは、といった可能性に気付きました。



2-1



「早く行きましょう!」

受話器を置いた羽川さんに私は呼びかけます。
聞き慣れないあの音は、おそらく銃声でしょう。
明らかに異常事態です。
だというのに。

「…………いいえ、ここで待ちましょう」

羽川さんはその場から動こうとしません。

「どうしてですか、今行かないと戯言さんが」
「真宵ちゃんが行ったところでどうにかなるの?」
「そ、それは……」

きつくない口調とはいえ、これは反論を許さないタイプのものです。
だからといってただ待つだけだなんて、できるわけがありません。
ですがそこは羽川さん、ちゃんと理由は説明してくださるようで。

「『敵』と遭遇したという前提で考えるとして、銃声が一発しか鳴らなかったのはどうしてだと思う? 理由としては一発で決着がついたか、つかなかったか。
 決着がついていーさんが勝ったのなら戻ってくるはずだし、そうでなかったら私たちは備えないといけないわ。
 つかなかった場合の状況は色々考えられるけれど、少なくとも『敵』がいるのは間違いないでしょうね。
 闇雲に探し回って、見境無く襲いかかってくるような相手と遭ってしまったらどうする? 私はともかく、真宵ちゃんの身体能力ではひとたまりもないわ。
 そもそもいーさんがどこにいるかもわからないのだから、二重遭難になってしまうことも考慮しないと。
 まあ、二重遭難という表現も大げさだけどね」

ぐうの音も出ない正論です。
それにあえて言わなかったのでしょうが、『決着がついていたとき』の事態を目撃させたくないというのもあるのでしょうね。
羽川さんはお優しいですから。
とはいえ、冷静に指摘してくださったおかげで少しは落ち着きました。

540鉛色のフィクション ◆ARe2lZhvho:2015/05/12(火) 00:45:53 ID:dCRMcRFk0

「言いたいことはわかりました。ですが」
「ええ、いーさんが心配なのは変わらないわ。それに何もせず待つとも言ってない。だからとりあえず、真宵ちゃんは周囲を警戒しておいて」
「はい?」

言うが早いか、羽川さんは受話器を取ります。
まさかこの状況で先程の方たちとお話するつもりですか!?

「さすがに話しながらじゃ周りに割く意識が甘くなっちゃうから。正直なところ出られる状況にいるとは思えないけど、もしかしたら……あ、


 もしもし、いーさん?」

……というのは私の早とちりでした。
それにしても、いつの間に戯言さんの携帯電話番号を覚えていたのでしょうか。
ぬかりなく抜け目なさすぎです。

「その声の大きさで話せるということは少なくとも隠れているという感じじゃなさそうですね」
「腕四本脚四本のロボット?」
「……ああ、日和号ですか」
「映像を見てません?」
「とがめさんって方の」
「名前は掲示板に書き込んでありましたよ」
「そういえば怪我とかしてます?」
「いえ、ひどい怪我をしてるようならもっと声に出てるはずでしょうから後回しにしても大丈夫でしょうと思って」
「腕を掠った程度……なら後で手当すれば平気ですね」
「いーさんの持ってた銃はなんでしたっけ」
「ジェリコ……ベビーイーグルですか」
「ロボットの武器は刀だけですか?」

そして手際もいい。
口しか使っていないのに手際というのはいかがなものでしょうけどね。

「速度はどれくらいでした?」
「……ふむ」
「いーさんはどの辺りにいます?」
「そうですか」
「じゃあ、引きつけながらこっちに戻ってきてください」

って、え!?
今なんとおっしゃいました?

「いーさんには対抗手段がないのでしょう?」
「いずれにせよこのままではジリ貧ですし」
「一蓮托生というやつです」
「あ、全力疾走は最後にとっておいてくださいね」
「見ればわかるはずですから」

その言葉を最後に受話器を置いてしまいました。
えっと、断片から推理するに戯言さんは日和号というロボットに狙われていて、それに追いかけられながら戻ってこいと、羽川さんはそう言ったんですよね……?
何をお考えなんですか。

「相手が人間ならそうもいかなかったけれど、そうではないとわかったし」

声が聞こえたかと思えばゴトリ、と重い音が。
これは、機関銃……?
てきぱきと羽川さんは準備を整えてます。
これはもしかしなくてもですね。
ああ、それで全力疾走は最後と言ったんですね。

541鉛色のフィクション ◆ARe2lZhvho:2015/05/12(火) 00:46:35 ID:dCRMcRFk0
「これはあまりうるさくない種類だったと思うけど、一応目と耳は塞いでおいた方がいいと思うわ」

それだけ言って羽川さんは体勢を整えます。
集中しているのでしょう。
失敗すれば全員が危なくなる以上、邪魔をするわけにはいきません。

「……はい」

短く答えて耳を塞ぎます。
こんなときに言うのもなんですが、銃を構える羽川さんキマってます。
お似合いです。
とかそんなことを考えていたら、角を曲がって人影が現れました。
もちろん戯言さんです。
狙いがわかったようで、スピードを上げています。
のんびり走っていたら巻き添えを喰らいかねませんしね。
そして戯言さんが銃口よりこちら側に入った瞬間。










「即―――」


ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!










何かを発しようとしていた日和号に向けてこれでもかと銃弾を浴びせ。
銃声が止んだときには全てが終わってました。
……お気付きのようですが私は目を閉じてませんよ。
生き物が相手でしたらそれはもうスプラッタな光景だったのでしょうがロボットでしたし。
羽川さんに限ってありえないことだとは思いますが、もしも失敗してしまったときは迅速に対応しないといけませんから。

「……ありがとう、翼ちゃん。助かったよ」

お礼を述べるのはこちらに着いたと同時に倒れ込んでいた戯言さんです。
倒れ込むというよりはもはやスライディングの様相でしたが。

「映像を見る限りそこまで重くないと思ったので。それに、日本刀が相手ならこのマシンガンは太刀打ちできるはずでしたし」
「はは……ぼくなんかとは大違いだ。翼ちゃんはなんでも知ってるんだね」

何の気なしに放った言葉なのでしょうが羽川さんは答えます。
律儀ですね。

「なんでもは知りません。知ってることだけです」

542鉛色のフィクション ◆ARe2lZhvho:2015/05/12(火) 00:47:12 ID:dCRMcRFk0

2-2



やあやあ、久しぶりだね様刻くん。
なんだい、その顔は。
僕はきみに会えてとても嬉しいというのに、そんな反応をされてはしらけてしまうじゃないか。
まるで死人に会ったとでも言うような、そんな顔をしているよ。
大事な友人に目の前でそういう表情をされると、僕のように気の小さな人間はどうしても臆病にならざるを得ないのだが。
僕が何か嫌われるようなことをしたのだろうか、今の言葉でまさか気分を害したのだろうか。
実は既にきみを傷つけてしまったのだろうか、本当は僕を嫌いになったんじゃないだろうか。


――それとも、きみが僕を殺したことを気に病んでいないだろうか、とかね。


図星かい?
よかった、どうやら僕はきみを傷つけたわけでも、きみに嫌われたわけでもないらしい。
ああ、僕のことは全く気に病む必要はないから安心したまえ。
きみがきみの意志でもって僕を殺したというのなら、それはそれは悲しみのあまり自殺したくなってしまうが、そうではないことは明らかだ。
推理小説でいう『後期クイーン問題』に似たようなものだね。
きみ、櫃内様刻が僕、病院坂黒猫を殺した。
その瞬間の事実だけを見ればそれだけなのだが、きみの後ろには時宮時刻がいた。
つまり、「時宮時刻に操られた櫃内様刻」が病院坂黒猫を殺したという図式が成り立つわけだね。
さすがに時宮時刻がまた別の誰かに操られていたという可能性もあるにはあるが、僕がしたいことは真犯人捜しじゃない。
「僕を殺したのがきみじゃない」ということがわかればそれで十分さ。
おや、随分不思議そうな顔をしているね。
もしや、僕が以前言った「操られるやつが悪いのだ」という発言を気にしてるのかい?
ははは、親愛なる様刻くんの前で僕がそんなこと言うはずないじゃないか。
確かに、アドバイスを受けていたにもかかわらずまんまとひっかかった様刻くんは無様という他なかったけど……待ってくれ、僕が悪かった。
謝るから、謝るから。
そもそもの話をするならば、僕と迷路ちゃんが一番の無様を晒しているんだから、怒らないでくれ、頼むから。
え、本気じゃない?
ああ、よかった。
本当にきみに嫌われてしまったかと思ったじゃないか。
からかってしまいたくなったとはいえ、今のは僕に非があった。
ごめんなさい。
そろそろ何をしに出てきたのか教えてほしいって?
せっかちだなあ。
僕がおしゃべりだということをよく知っているくせに。
まあそれもしかたないか。
なにせ、バトルロワイアルなんてものが繰り広げられているんだものね。
甚だ不本意だが、本題に移るとしよう。
一言で言うならきみが心配でたまらないのさ。
かつてきみに『世界に対し嘘をついた』と言ったが、今のきみはそのとき以上に見ていられない。
前提からして、こんな破綻している世界においてきみは世界を相手取ろうとしている。
きみが最も嫌う行為である、状況をただあるあままに受け入れる、ということを強要させるような場所だ。
さぞかし、居心地が悪いだろうね。
ゆえに、これからどうするのか決めあぐねているのだろうけども。
悪いが、僕はアドバイスなんてあげられないよ。
こういった重要な局面において、判断を他人に任すきみではないだろう?
『持てる最大の能力を発揮して最良の選択肢を選び最善の結果を収める』──聞こえはいいが、限界はある。
自身が持つ能力の範疇を越え、選択肢も限られており、どう足掻いても最悪の結果しかもたらさないとき、きみはどうするのかい?
……なあんてかっこよくきめてみたはいいが、そろそろのようだ。
答えを聞けないことが残念ではあるけれど、それは僕のものじゃなくてきみが持つべきものだ。
もっとも、あくまでこれは夢の中でのできごとで身も蓋もない話をするならば、きみの深層心理が勝手に僕の姿を借りてるというだけのことに過ぎないのだろうけどね。
思いを馳せるのは自由だよ。
願わくは、息災であらんことを──

543鉛色のフィクション ◆ARe2lZhvho:2015/05/12(火) 00:49:23 ID:dCRMcRFk0




「──さん! 様刻さん!」
「わぶっ!?」

そんな間抜けな声をあげながら唐突に僕の意識は夢の世界から引き戻された。
慌てて顔に手をやってみれば冷たい感触。
……どうやら、起こすために伊織さんが水をかけたということらしい。
そこまでしたということは緊急事態発生、ってとこか。
とりあえず今も滴る水をなんとかしようと袖で拭おうとして直前でやめた。
学ランの袖は血に染まったことで、異臭を放ち凝固している。
そんなもので顔を拭くわけにもいかないので、手で乱雑にこすった。
拭いきれずに残った分も時間が経てば乾くだろう。

「……すみません、様刻さん」
「いや、起こしてくれといったのは僕だし。それで?」

乱暴な起こし方をしてしまったことを気にしているようだったけど、別に怒るようなことでもない。
僕としてはさっきまで見てた夢の内容を思い出したくないでもないところだったが、それは後回しにする以前のことだ。
さっさと本題に移ろう。

「あれを見ればわかるかと。ですが正直に言って見たくはなかったですね」

伊織さんが指差したのは床に落ちた首輪探知機だ。
探知機、それに『正直に言って見たくはなかった』――その言葉から予想するに……やっぱり。
あのまま禁止エリアで爆死してくれれば願ったり叶ったりだったのだが、事はそううまくは運んでくれないらしい。
寝起きでまだはっきりしない頭で玖渚さんからもらった情報を思い出す。
確か……忍法命結び、だったか。
他人の体を自分のものにすることでその人の持つ能力も自分のものにすることができる――なんとも大概だ。
ということは、他人の死体から手足を奪ってきたのだろう。
いくらこの状況下とはいえ適当に探したところで死体を見つけられるのは容易ではない。
それならば場所がわかっている死体――つまり自分が手に掛けたものを求めるのが道理。
貝木泥舟の死体は見るも無惨な状態になっていたし、西東天と串中弔士の死体は斜面にあった上山火事に巻き込まれている。
脚の長さを鑑みるなら西条玉藻の死体は合わないだろうし、となると否定姫の死体、だろうか。
レストランという場所も――あの体ですんなり行けたかどうかは別として――そう遠くなかったし。
僕たちを狙ってきたのか、はたまた薬局というこの場所そのものが目的かはわからないが、留まるという選択は無しだろう。

「となると、さっさと出た方がよさそうだ。今ならまだ気付かれないだろうし……」

そう言いいながら伊織さんの代わりに探知機を拾い上げると、光点が二つに減っていた。
うん?
一歩前に進んでみた。
端に再び光点が現れる。
一歩後ろに下がってみた。
やはり光点は二つしかない。
伊織さんは鳳凰が近くにいることに気付いたから僕を起こした。
僕が起こされてからそれなりに時間が経過している。
それでいてこの探知機の表示……つまり。

「なぜ動いていないのか……これはどう、考えるべきなんでしょうね」
「遠くから監視しているのか……? でも開けた場所ならともかく障害物だらけで……?」
「そんな能力、いえ、忍法でしたか。ですがそれを玖渚さんが言わないとは思えませんし」
「だろうね。これは楽観的な考え方になってしまうけど、僕たちとは無関係な理由とか」
「そうだと大変嬉しいんですけどね……って、おっと」

このタイミングで伊織さんの持つ携帯が震えだした。
玖渚さんからだろうかと思ったが、ばつの悪そうな反応を見るにどうやら違うらしい。

544鉛色のフィクション ◆ARe2lZhvho:2015/05/12(火) 00:50:04 ID:dCRMcRFk0
「えっと、手短に話しますと、様刻さんが寝てる間に勝手にランドセルランドに電話をかけまして……」
「なんだ、そんなことか。こうやって返ってくるってことは危険な人間じゃないんだろう?」
「それはそうなんですけど、その、受話器の向こうにいる羽川翼さんという方がかなりの曲者でして」

洗いざらい情報を聞き出されちゃいましたよう、としょげている。
それにしても、羽川翼――どこかで聞いたような……ああ、そういえば。

「なら僕が出るよ。それでいいだろう? 待たせるのも悪いし」
「うー……ではお願いします。あ、向こうにはまだこちらの名前を伝えていないので」

携帯電話を受け取り、ボタンを押す。

「お待たせしました、櫃内様刻です」
『もしもし、羽川翼です。それと、一緒にいるのは無桐伊織さんでいいのかしら?』

……名乗っていないんじゃなかったのか。
そんな僕の疑問に答えるように羽川さんは続ける。

『腹の探り合いをしたいわけじゃないし、お互いかしこまる必要もないでしょう。
 ああ、無桐さんの名前がわかったのはちょっとした消去法よ。私たちは今は三人だけど、その前は七人いたから。
 そのとき一緒にいたのが、戦場ヶ原さん、球磨川禊、鑢七実、零崎人識。それと伝聞でネットカフェに宗像形と玖渚友。
 掲示板の情報を鵜呑みにするなら、場所はわからないけれど供犠創貴、水倉りすか、真庭蝙蝠が共にいる。
 真庭鳳凰も危険人物だというのなら徒党を組んでいるとは考えにくいし、黒神めだかとは先程一人でいるところに遭遇したわ。
 これで残りは三人――鑢七花とあなたたち二人ということになるのだけど』

……なるほど、これは伊織さんが苦手意識を抱くの無理はない。
ともあれ、

「間違いないよ。それで、一つ聞きたいことがあるんだけど」

他に言うべきことはあったのだが、僕は真っ先に口に出していた。

「阿良々木火憐さん、知ってますよね?」







その質問が飛んできて、動揺しなかったと言えば嘘になる。
よりによって「阿良々木」とは。

「ええ、一応ね。ただ、阿良々木くん、阿良々木暦くんの妹としてというくらいで詳しいことまでは……」
『………………そう、か……』

歯切れが悪い。
事実しか言っていないはずなのだけれど。

「櫃内さんは、火憐さんと……?」
『少しの間だけだったけど、まあ。羽川さん、あなたについても聞いてる。なんでも、「すっげー頭がよくて、すっげー美人で、すっげー胸がお……」ゲフンゲフン』

私はそこまで親交を深めた記憶はない。
知り合いですら認識の齟齬があるということは先程の真宵ちゃんとの会話で判明している。
つまり、櫃内さんが語る火憐さんは私と付き合い始めた後、ということになるのだろうか。
いずれにせよ、彼がどんなことを聞きたがっていたところで私には答えられそうにない。
ここは素直に。

「ご期待に添えなくてごめんなさい、今の私にとって阿良々木火憐さんは友人の妹という関係でしかないの」
『……いや、それならそれで構わない』

545鉛色のフィクション ◆ARe2lZhvho:2015/05/12(火) 00:50:46 ID:dCRMcRFk0
「残念だけど、知らないことには答えられないわ。……『少しの間』と言ってたけど、それは最期の瞬間も含んでいたりするのかしら」
『どんな思いでいたか、介錯した人、元凶、聞きたいのはこのあたりか?』
「いえ、なんとなくで聞いただけだから答えたくないのなら答える必要はないわ」

これは本心だったから、次の話題に移ってもよかったんだけど櫃内さんは簡単に説明してくれた。
それを聞いて思ったことは『やっぱり阿良々木くんの妹なんだな』というどこかふんわりとしたものだった。

「とりあえず、火憐さんに致命傷を負わせた日和号については、さっき壊したわよ」
『え……あれを?』
「運よく手元にマシンガンがあったの。少なくとも歩き回ることはもうないでしょうね」
『マシンガン……』
「どうかした?」
『いや、なんでもない』
「それで、あなたたちはどうするの? こっちに来てくれるのかしら?」
『そうしたいのはやまやまなんだけどね……足の骨が折れている人がいるから移動に時間がかかることと、割と近くに危険人物がいる』
「その危険人物の名前は?」
『真庭鳳凰』
「それに間違いは?」
『ありえないね。なにせ首輪探知機に表示されてるんだ』
「なるほど、それなら確かに間違いようがないわね」

怪我、それも足の骨折というデメリットに、首輪探知機という便利極まりない道具というメリット。
これらの手札を公開したということはこちらに対する警戒が薄れたととっていいでしょう。
その上でこれからのことを考えるならば……

「つまり、私たちに聞きたいのは『何らかの移動手段がないか』とかかしら?」
『ご名答。さっき七人でいたって言ってたけど、そんな大所帯でだらだら歩くとは思いにくかったし、乗り物も支給されてるようだからもしかしたらと思ってね』
「確かに私たちのもとには乗用車があるわ。あなたたちを乗せても五人だから不可能ではないでしょうね、ただ……」
『言いたいことはわかる。真庭鳳凰はなぜか動いていないようだけど何かのきっかけで矛先がそっちに向くかもわからないだろうし』
「さすがにこれは私の一存では決められないから、少し相談させてもらえるかしら」
『構わない。僕たちは薬局にいるから、どっちにせよ決まったら連絡してもらえると助かるんだけど』
「ええ、そのつもりよ。ではまた後で」

スピーカーモードを解除して、受話器を置く。

「ということになりましたけど、どうします?」
「真庭鳳凰がいるとなると気乗りしないのが正直なとこなんだけどね……」
「私も戯言さんと同じ意見です」

問いかけた先は怪我の処置をしていたいーさんと真宵ちゃんだ。
包帯を巻く程度でなんとかなったのと、長電話だったのもあってすっかり終わっている。
いーさんと真宵ちゃんは一度真庭鳳凰と遭遇したらしく、幸運にも無傷で済んだとはいえ会いたくないのは当然だろう。
だが、

「でも、無桐伊織って零崎の妹なんだよ。玖渚とも一緒にいたみたいだしわかってて放置するのも気が引ける」
「確かに、殺されるかもしれないというのに何もしないというのはいただけませんね」

二人の意見は一致していた。

「じゃあ、決まりですね。早いとこ行きましょうか」
「あれ、翼ちゃん、どこ行くの?」

そうと決まれば、と歩き出したところに呼び止める声。

「どこって……いーさんが落としたジェリコを回収しに行くんですけど」

意外そうな顔をしてるけど、そんなに不思議なことだったかしら?

546鉛色のフィクション ◆ARe2lZhvho:2015/05/12(火) 00:53:15 ID:dCRMcRFk0
【一日目/夜中/E-6 ランドセルランド】
【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]精神的疲労(小)、右腕に軽傷(処置済み)
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
   赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り) 、錠開け道具@戯言シリーズ、
   タオル大量、飲料水やジュース大量、冷却ジェルシート余り、携帯電話@現実、解熱剤、フィアット500@戯言シリーズ
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 0:翼ちゃんがしたたかだ……
 1:薬局で無桐伊織達と合流してから玖渚のところへ向かおう。
 2:掲示板を確認しておこう。
 3:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 4:危険地域付近には出来るだけ近付かない。
 5:さっきまでのことは……まあいいか。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識、ツナギ、玖渚友のものが登録されています
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
 ※八九寺真宵の記憶を消すかどうかの議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします


【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]ロワ中の記憶復活、それに伴う体調不良(微熱と若干の体力低下)
[装備]人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:変わらない。絶対に帰るんです。
 0:なんかさっきまでのことがうやむやになった気もしますが、まあいいでしょう。
 1:羽川さんと共に戯言さんの待ち人を待ちましょう。
 2:黒神めだかさんと話ができればよいのですが。
 3:羽川さんの髪が長かったのはそういう事情でしたか。
 4:戦場ヶ原さんも無事だといいんですが……
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です
 ※本当に迷い牛の特性が表れてるかはお任せします
 ※戯言遣いの「主人公」は、結果のために手段を問わないのではないかと言う危惧を覚えました
 ※拳銃の発砲音を聞きました


【羽川翼@物語シリーズ】
[状態]健康、ノーマル羽川、大体の現状認識
[装備]パーカー@めだかボックス、ジーンズ@めだかボックス
[道具]支給品一式×2(食料は一人分)、携帯食料(4本入り×4箱)、毒刀・鍍@刀語、タブレット型端末@めだかボックス、黒い箱@不明、トランシーバー@現実、
   真庭忍軍の装束@刀語、「ブラウニングM2マシンガン×2@めだかボックス、マシンガンの弾丸@めだかボックス」
[思考]
基本:出来る手を打ち使える手は使えるだけ使う。とりあえずジェリコを回収しに行きましょう
 0:殺し合いに乗らない方向で。ただし、手段がなければ……
 1:阿良々木くんに関しては感情の整理はつかない。落ち着くまで保留
 2:情報を集めたい。ブラック羽川でいた間に何をしていたのか……
 3:戦場ヶ原さんは大丈夫かなあ。
 4:真宵ちゃん無理しないでね。
[備考]
 ※ブラック羽川が解除されました
 ※化物語本編のつばさキャット内のどこかからの参戦です
 ※全身も道具も全て海水に浸かりましたが、水分はすべて乾きました
 ※トランシーバーの相手は玖渚友ですが、使い方がわからない可能性があります。また、相手が玖渚友だということを知りません
 ※ブラック羽川でいた間の記憶は失われています
 ※黒神めだかの扱いについてどう説得したか、他の議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします
 ※拳銃の発砲音を聞きました
 ※零崎人識に関する事柄を無桐伊織から根掘り葉掘り聞きました
 ※無桐伊織の電話番号を聞きました。後ほど連絡ができればする予定です

547鉛色のフィクション ◆ARe2lZhvho:2015/05/12(火) 00:54:16 ID:dCRMcRFk0
【日和号@刀語】
[状態]足部破壊
[装備]刀×4@刀語
[思考]
基本:人間・斬殺
 1:上書き。内部巡回
 2:人間・認識。即刻・斬殺
[備考]
 ※下部を徹底的に破壊されたため、歩行・飛行は不可能です。上部がどうなっているか(刀の損傷・駆動可能など)は後続の書き手にお任せします



【1日目/夜中/G-6 薬局】
【無桐伊織@人間シリーズ】
[状態]両足骨折(添え木等の処置済み) 、眠気(小)
[装備]『自殺志願』@人間シリーズ、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ
[思考]
基本:零崎を開始する。
 0:曲識、軋識を殺した相手は分かりました。殺します。
 1:人識君について引き続き情報を集めます。
 2:真庭鳳凰が動いていないのはなぜでしょう……羽川さんたちと合流できるなら心強いのですが。
 3:黒神めだかという方は危険な方みたいですねえ。
 4:宗像さんと玖渚さんがちょっと心配です。
 5:羽川さんはちょっと厄介そうな相手ですね……
[備考]
 ※時系列では「ネコソギラジカル」からの参戦です。
 ※黒神めだかについて阿良々木暦を殺したらしい以外のことは知りません。
 ※宗像形と一通りの情報交換を済ませました。
 ※携帯電話のアドレス帳には箱庭学園、ネットカフェ、斜道郷壱郎研究施設、ランドセルランド、図書館の他に櫃内様刻、玖渚友、宗像形が登録されています。
 ※DVDの映像を全て、複数回確認しました。掲示板から水倉りすかの名前は把握しましたが真庭蝙蝠については把握できていません。

548鉛色のフィクション ◆ARe2lZhvho:2015/05/12(火) 00:59:54 ID:dCRMcRFk0
【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]スマートフォン@現実
[道具]支給品一式×7(うち一つは食料と水なし、名簿のみ8枚)、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11〜28)@不明
   炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス、懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、
   輪ゴム(箱一つ分)、首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン@現実、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、
   鎌@めだかボックス、薙刀@人間シリーズ、シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)@現実、
   首輪探知機@不明、誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、
   「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵、ノーマライズ・リキッド、チョウシのメガネ@オリジナル×13、小型なデジタルカメラ@不明、三徳包丁@現実、
   中華なべ@現実、マンガ(複数)@不明、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、おみやげ(複数)@オリジナル、
   食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』」
   (「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う(瓦解寸前)
 0:連絡を待とう。
 1:探知機で鳳凰を警戒しつつ羽川たちと合流したい。
 2:時宮時刻を殺したのが誰かわかったが、さしたる感情はない。
 3:僕が伊織さんと共にいる理由は……?
 4:マシンガン……どこかで見たような。
 5:あの夢は……
[備考]
 ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形が登録されています。また、登録はしてありませんが玖渚友からのメールに零崎人識の電話番号とアドレスがあります。
 ※阿良々木火憐との会話については、以降の書き手さんにお任せします。
 ※支給品の食料の一つは乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。
 ※DVDの映像は全て確認しています。
 ※スマートフォンに冒頭の一部を除いた放送が録音してあります(カットされた範囲は以降の書き手さんにお任せします)。
 ※真庭鳳凰が否定姫の腕と脚を奪ったのではと推測しています(さすがに顔までは想定していません)。
 ※マシンガンについて羽川の発言から引っかかりを覚えてますが、様刻とは無関係だったのもあって印象が薄くまだブラック羽川と一致してません。
 ※夢は夢です。安心院さんが関わっていたりとかはありません。


――
投下終了です
この話を書くにあたってM2マシンガンについて調べたんですけど、スペックぱないですね(震え声)
何かありましたらお願いします

また、今頃気付いて不甲斐ない限りなのですが前話、玖渚友の利害関係で玖渚たちが日和号の名前がわからないのは描写的におかしいので次回Wikiを編集する際に修正させてもらいます…

549名無しさん:2015/05/13(水) 14:31:16 ID:3/8uirxY0
投下乙です

550名無しさん:2015/05/13(水) 18:42:36 ID:WFzABgr60
投下乙

551名無しさん:2015/05/14(木) 16:39:02 ID:CLE99dbM0
おお、久々の新作
投下乙です

552 ◆mtws1YvfHQ:2015/05/14(木) 20:30:21 ID:tf3HAjH.0
投下乙です。

久しぶりに物語が大幅に動く気配。
対主催勢力が揃おうとする中で佇む鳳凰。
動こうが動くまいがもはや絶体絶命は揺るがない状況で哀れ。
あっさり日和号も沈み全体的に丸くなりそうな中、マーダー希望の星はどうなるやら。

と思ったら生きとったんかいワレ(日和号)!



鑢七花投下します

553孤(虚) ◆mtws1YvfHQ:2015/05/14(木) 20:31:59 ID:tf3HAjH.0

「ぁ  ぁ」

そんな、か細い声しか出なかった。
何処までも遠ざかっていく背中に。
離れた所へと行ってしまう姉に。
言葉の一つ、投げ掛ける気力も湧いては来なかった。



その姿を誰がどう見るだろう。
一人、一個の彫像のように固まっているのだから。
無数の、巨大な螺子が突き立っている姿を見ればなおの事。
熱によって不気味に捻れた人形のようですらあった。
見開かれた目は空に向いてこそいるが、何を見ているかも知れない。
時折口から譫言のような言葉を漏らすだけで。
端から見れば、精魂尽き果てた姿としか見れない。
事実でもある。
何しろ突き立った螺子の特殊なこと、この上ない。
あらゆる物に苛まれながら、鑢七花が思うのは過去だった。



「  」

始まりの月。
二人暮らし。
ただ月日が過ぎ何時しか朽ちるのではないかとも思えた島暮らし。
修行の日々が過ぎて、やがては朽ちて、錆び尽きる。
受け止めていた。
そう思えていた。
そんな中で現れた。
刀を持って現れた。
とがめ。
奇策士。
そう名乗った彼女が。
家でねーちゃんとおれの前で、天下が欲しくないかと言った。
どうでも良いとか言ったような気がする。
次に現れたのはまにわにの蝙蝠。
よくも親父の建てた家を壊してくれたもんだ。
思わず追い掛けて出たのは砂浜で。
そこで、最初の一本を見た。
絶刀・鉋。
絶海の孤島に現れた忍者が持ってたのが絶刀なんて笑える話だ。
ともかくの内にとがめが現れて連れ去られて、向き合った。
父親の事と。
父親の事を知って、惚れる事を決めた。
それが。
それが全ての始まりだった。
終わりの始まりだった。
平穏の終わり。
悲劇の始まり。
あの時のおれは間違ってたのか。
あの時のおれが悪かったのか。
なんて。

554孤(虚) ◆mtws1YvfHQ:2015/05/14(木) 20:33:21 ID:tf3HAjH.0

「  」

砂漠を、歩いたんだった。
何とも無駄に長い歩き旅。
目的の物は決まってた。
斬刀・鈍。
砂漠。
蜃気楼の中の城。
確か三迷城だったか。
あとの二つってどんなのだよ。
それは置いといて、まにわにの誰だったかの死体もあったか。
その先の城。
一室で待っていた。
宇練銀閣。
見えない居合い。
鞘鳴りと同時の斬撃。
ことが居合いだけだったら、頂点だったろう。
もちろん、二つある頂点の内の片方、だけど。
それも弱点とは言えない弱点。
人間誰しもが苦手な頭上を突いて勝った。
ああそうだ。
あの時に言ってた言葉だ。
あんなのをおれも言いたかったけど、ダメって言われたんだ。
とがめに。
ちょっとだけど、羨ましいな。
ああ、言えたのが。

「  」

出雲。
神様がどうとか興味はないけど。
色んな所にいた巫女さんが持ってた刀。
全く同一の千本。
千刀。
階段の一番上で会ったのが一番最初か。
あいつは苦手だったなあ。
千刀流の使い手。
本当に、二枚貝を合わせたみたいに噛み合った武器と流派。
でも、あの性格が苦手だっただけだったんだけど、誰だったかに千刀流が苦手って勘違いされた。
誰だったっけ。
ま、どうだっていい。
とにかく刀の毒を治療に使う。
おれじゃあ思い付かない使い方をしてた。
盗賊の元頭領だとも言っていた。
強かった。
手強かった。
おれがもしもあの事に気付いてなけりゃ、負けてたかも知れない。
最後の最後に引き当てたからこそ、油断も何もなくなってた訳だけど。
そんでその後。
階段から転げ落ちて行ったんだった。
とがめが無事で本当に良かった。

555孤(虚) ◆mtws1YvfHQ:2015/05/14(木) 20:37:50 ID:tf3HAjH.0

「  」

決闘だった。
錆からすれば、血統を賭けた決闘だったのかもなあ。
何にも知らなかったから分からないけど。
今ならまた何かしら掛ける言葉があるのかな。
ともかく、刀。
薄刀。
恐るべき腕前。
唯一無二の使い手。
ってのはまさにあいつとねーちゃんのためだけにあるように思える。
一刀で海を割るは鮫を卸すはでやりたい放題。
空を斬るなんてのも強ちウソじゃなさそうだった。
日本最強。
あれは過言じゃなかった。
技、居合いだけでも銀閣とは趣を異にした頂点にあっただろう。
今思えばぞっとする。
もしもあの時に使ったのがあれだったら。
生きてるのはおれじゃなかった。
おれの命はなかったんだろうから。

「  」

日本最強。
そう呼ばれるようになってからの最初の刀。
海賊船長。
賊刀。
砂浜はまさに独壇場。
柵に囲まれた中での戦い。
一度見てた上でもあれは、危なかった。
奥義も利かないし、負けたとも思った。
錆には悪いけど。
でも勝てた。
技でも何でもない、力業で。
それこそ守るものを持つ奴が強かったんだろう。
とがめ。
もしも言葉を掛けてくれなかったらきっと負けてた。
諦めて大人しく引き下がってた。
ああ、でも。
今思い返せばその方が良かったのかも知れない。
その方が、ずっと良かったのかも知れない。
今更。
本当に、今更だけど。

「  」

凍空一族。
あの雪山で暮らしていたと言う一族の守っていた刀。
双刀・鎚。
過去の刀狩りが失敗した理由を考えると少し笑える。
重いのなんの。
それが理由だと思えば。
でもまあ確かに。
普通のやり方じゃ持つ方法なんてないし、見知ってる限りでも足軽かあの怪力がないと運ぶのも無理だ。
片方はまるで意味がない。
重さなくして何の意味があるって言うか。
でも。
とにかく思い返してみると、あの惨劇はおれの所為だったのかな。
おれがとがめに惚れてさえなければ。
おれがとがめと出て行かなかったら。
ああなりはしなかったんじゃないか。
そうすれば。
一人にならなくても済んでただろうに。
笑えてくる。
泣けてくる。
ふざけてる。

556孤(虚) ◆mtws1YvfHQ:2015/05/14(木) 20:39:31 ID:tf3HAjH.0

「  」

悪刀。
言うまでもない。
一度目はあっけなく。
あまりにもあっけなく。
負けた。
歯牙にも掛けられず。
軽くあしらわれた。
全部が全部、否定されたようにも思える。
ああ、強かった。
敵わない。
ああ、叶わない。
普通じゃどうやっても勝てなかっただろうし、今でもまるで勝てる気がしない。
それでももう一回、刀大仏を仰いで戦った。
いやまあ、その前のはあんまり思い出したくない。
遊ばれただとかそう言う話じゃない。
ただちょっと戯れた。
そんな感覚でしかなかったんじゃないかな。
とにかく。
とにかくあそこでおれは。
ねーちゃんを。
殺した。
望んでなのか。
望まずなのか。
勝てるはずもないのに。
勝てるはずもなかったのに。

「  」

七本目が終わった。
そして、あれと巡り会った。
ガラクタの中を歩く人形。
微刀。
あいつはおれだった。
おれはあいつだった。
どうしようもない程。
言い訳出来ない位に。
ただ命じられたことをやり続ける。
それだけの存在だった。
だからこそ気付かされた事があった。
今では思う。
会えて良かったと。
今は思う。
会いに行けなくて悪いとも。
微刀。
今は、どうしてる。
言われたことを変わらずやってるのか。
殺してるのか。
壊れてるのか。
不要湖の中を。

557孤(虚) ◆mtws1YvfHQ:2015/05/14(木) 20:40:52 ID:tf3HAjH.0

「  」

強いと言えば強かった。
手強いと言えば手強かった。
ちょっと苦手だった。
王刀。
看板娘、汽口慚愧。
卑怯な手で勝ったなあ。
それでも負けを認めてくれたんだから大した人だった。
真っ直ぐで混じりっ気のない。
もっとずっと握り続けてたら一体どんな人格になってたのやら。
どんな人間が出来上がってたのやら
錆ほどじゃないにしろ、相当やばい実力者にはなってただろう。
下手したらあんな手を使っても勝てたかどうか怪しいぐらいの。
終わった後でも変わらない修行をする姿。
それと一緒に思い出す。
呪いのことを。
血統のことを。
血刀のことを。
まるで、と言ったあの言葉。

「  」

厄介な奴だった。
仙人を自称するだけあって。
外見は確かおれの苦手意識が集まったって言ってたっけ。
内面はとがめの苦手意識が。
まさにこれ以上ない持ち主だったんじゃないかとも思う。
おれの浅知恵で、だけど。
誠刀。
あの刀の所有者とすれば。
これ以上ないぐらい、異常ないぐらいハマってたんじゃないか。
まあ持ち主としては良かったとしても。
外じゃなくて内を斬る刀なんて刀って言えるのか。
疑問に思ってもまさかケチ付ける訳にも行かない。
とがめはとがめで納得してたから別に良いけどさ。
実際の所はどうなんだろうな。
刀として。
あるいは、武器として。
殺せない武器に意味があるのか。
どうでもいいけど。

「  」

偶然だった。
偶然道端で見付けたのが切っ掛けだった。
毒刀。
それに精神を乗っ取られたって言う真庭鳳凰。
それに斬られたのに生き残ってられた真庭人鳥。
どっちもどっちでとんでもない奴だ。
果て。
最後には真庭の里の壊滅。
暗殺専門の忍者、まにわに。
何とも呆気ない終わり方だとも、何ともらしい終わり方だとも、どっちとも取れる。
少なくとも相応しい終わり方だとは誰も思わなかっただろうってことは確かだけど。
幸せな、ではあったかも知れない。
いや、不幸せか。
やった事を知ってしまった訳なんだし。
真庭鳳凰。
あいつとの約束はどうも、果たせそうにない。
まあ人鳥が生きてるんだろうから、何かあったり運が良ければそのまま復興もできるんじゃないか。
どうでもいいけど。

558孤(虚) ◆mtws1YvfHQ:2015/05/14(木) 20:42:54 ID:tf3HAjH.0

「  」

炎刀。
あれに、あの時に、気付いてれば良かった。
そうすればあんなことにはならなかったのに。
取り返しの付かない。
取り戻しようのない。
取って返せもしない。
終わったことに、なってた。
呆気なさ過ぎる。
なんだってあれは。
まるで意味がない。
だからこそ意味がない。
おれととがめのしてた旅に意味がない。
一年近い時間はまったくなんの価値も意味もなく。
とがめが終わっておれもただの刀になった。
だからあれは助長なだけだった。
持ち主のてを放れた刀が独りでに木に刺さったように。
空をとんで誰かを傷付けただけにすぎない。
誰が喜ぶようなものでもない。
しいて言えばあいつだけか。
まるで最初から決まった道筋をそうみたいに。
道具としてつかわれて、道具としてつかわれず、道具としておわっただけだった。
おれの心も、おれの家族も、何もかも。
無価値に。
おわった。

「  、    」

つかれた。
なにもかもおわったのに。
なんだってまだ続くんだよ。
なにもかもおわらされたのに。
なんだって、おわれないんだよ。
おれはわるくないだろう。
もういいじゃんか。
もう、なんだって。
とがめがおわったその時から、おれはとがめの望みとも言えないものだけで、惰性でつづいてるだけなのに。
無様につづく。
無意味につづく。
無惨につづく
無関係につづく。
無為につづく。
無価値につづく。
どうだっていいいはずの世界が、なんだって。

559孤(虚) ◆mtws1YvfHQ:2015/05/14(木) 20:44:27 ID:tf3HAjH.0

「  ちゃ 」

なんだってひどい。
なんだってくるしい。
なんだってうらめしい。
やりたくもないことをやるハメになったのに。
そのあげくがこれか。
これなのか。
ばかじゃねえか。
なんだこれ。
ふざけるな。
もうイヤだ。
なにもかも。

「あ 」

もういいじゃねえか。
かってにやってくれ。
おれは、わるくない。

「なにもかも――」

おれにかかわるな。
だれもちかよるな。
もうぜんぶいやだ。
だってなにもかも、

『――めんどうだ』

560孤(虚) ◆mtws1YvfHQ:2015/05/14(木) 20:45:45 ID:tf3HAjH.0



【一日目/真夜中/D-5】
【鑢七花@刀語】
[状態]睡眠、右手欠損、『却本作り』による封印×4(球磨川×2・七実×2)、病魔による激痛、『感染』?
[装備]袴@刀語
[道具]支給品一式
[思考]
基本:『おれは悪くない』
 0:『何もかも面倒だ』
 1:『寝る』
 2:『殺し合いとか、もーどうでもいい。勝手にやってろ』
[備考]
 ※時系列は本編終了後です
 ※りすかの血が服に付いていますが『荒廃した過腐花』により腐敗されたようです
 ※不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です
 ※掲示板の動画を確認しました
 ※江迎怒江の『荒廃した過腐花』の影響を受けました。身体にどの程度感染していくかは後続の書き手にお任せします
 ※着物の何枚かを途中で脱ぎ捨てました。どの地点に落ちているか、腐敗の影響があるかは後続の書き手にお任せします
 ※着物は『大嘘憑き』で『なかったこと』になりました
 ※『大嘘憑き』により肉体の損傷は回復しました。また、参戦時期の都合上負っていた傷(左右田右衛門左衛門戦でのもの)も消えています
 ※寝ました。右手の治療していません

561 ◆mtws1YvfHQ:2015/05/14(木) 20:47:19 ID:tf3HAjH.0



死亡確認!


以上です。
何時も通りではありますが、感想や妙な所などがあればお願いします。

562 ◆ARe2lZhvho:2015/05/15(金) 09:19:18 ID:cDUMEXqA0
>>552
感想ありがとうございます&投下乙です

こなゆきや日和号に同情しつつもとがめについて段々マイナス思考になっていく七花がもう…
球磨川がめだかちゃんのことを忘れて多少は楽になってるはずなのに思考のメインを占める過負荷っぷり
それともねーちゃんの却本が実は不完全だったとか?
例え不完全だったとしても到底外せるとは思いませんけどね
いやあ、しかし、これで現時点でのマーダーが全員めんどくさいことになりましたね!

指摘としては>>557
>まあ人鳥が生きてるんだろうから、何かあったり運が良ければそのまま復興もできるんじゃないか。
原作十二巻で右衛門左衛門から人鳥が死んだことを聞いているので修正または一文を削除した方がいいかと。

それと拙作、鉛色のフィクションで日和号の刀が倍になってたり落としたはずのジェリコが状態表に入ってたりしたのでWiki収録の際に修正します

最後に月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
157話(+2) 14/45 (-0) 31.1(-0.0)

563名無しさん:2015/05/16(土) 17:14:52 ID:bLL7/doU0
投下乙です×2

>鉛色のフィクション
相手が人間じゃないとわかった途端に一片の容赦もなくなるバサ姉流石っす。
ブラック羽川のときよりよっぽど怖いんですがそれは
一方で性格が否定的になったことで、鳳凰さんがただのネガティブな人に……
思考の方向が正しいだけに、戦闘能力が失われているのが残念でならない。
それさえ手に入れば立派なマーダーに返り咲けるのになあ……

>孤(虚)
死んだな(心が)
マイナス思考って言うか、もうほとんど走馬灯だよ!
刀としてじゃなく普通に人間として駄目になってるよ!
鳳凰と違ってこっちは再起可能かどうかすら怪しいレベルだけれど、さてどうなることやら。

564 ◆mtws1YvfHQ:2015/05/17(日) 18:27:29 ID:FZCeKiCg0
私です。
まずは感想をありがとうございます。
感想を頂けると書く気力が湧いてくるものでございます、最近書けていませんが。

ともあれ修正を。
>>557

>まあ人鳥が生きてるんだろうから、何かあったり運が良ければそのまま復興もできるんじゃないか。

ああいや、あいつが言ってたな。
殺したって。
だったらもう、どうしようもないか。


以上の文をWikiに掲載する際に追加して頂ければ幸いです。
それでは失礼します

565名無しさん:2015/05/19(火) 22:50:31 ID:GtSd/umM0
投下乙

566名無しさん:2015/05/19(火) 22:56:48 ID:lbF9xsaE0
投下乙です

567 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:22:40 ID:IXc1UhAM0
投下します

568禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:24:51 ID:IXc1UhAM0
【夜中】
『水倉りすか』 D-6 ネットカフェ


「教えてほしいのが、『零崎』の人たちについてなの」

キズタカが一階に降りてしばらくした後、わたしは玖渚さんにそう聞いた。

「うに? 『零崎』について? 参加者についてはさっき一通り説明したと思ったけど」
「パーソナリティについては何となくわかったけど……もう少し詳しく知りたいのが、『零崎』っていう集団そのものについてなの。
 どういう集まりで、どういう関係を持ってるのか、いまいちピンと来なかったから」
「あーなるほど。うん、『零崎』ってのはね、りすかちゃん。簡単に言うと殺人鬼の集まりなんだよ」
「殺人鬼……」
「D.L.L.Rシンドロームって知らないかな? 日本語で言うなら殺傷症候群。『誰彼構わず、とにかく殺してしまいたくなる』っていう、神経症の一種にしてハイエンド。
 表向きには日本での症例はないことになってるけど、そんな症状が、ごく当たり前の日常である集団が存在する。それが零崎一賊」
「病気――ってことなの?」
「そこがわからないのが難しいところでね。零崎が全員D.L.L.Rシンドロームの患者なのか、それともその二つは全くの別物なのか、未だにわかってない。
 多分『零崎』自身にもわかってないと思うよ。僕様ちゃんも『殺し名』についてはあんまり深入りしたくないから、それ以上のことはわからないけどさ」

玖渚さんの説明を聞きながら、頭の中に浮かんでくる三人の名前を思い出す。
零崎曲識、零崎双識、零崎人識。
わたしが直接この目で見た、三人の『零崎』。

「そういう症状――性質を持った者たちが徒党を組んでできたのが『零崎』っていうひとつの集団。
 同じ姓を名乗って、疑似的な家族を形成する。殺人衝動という共通項で互いに繋がりを持つ」
「……家族」
「血よりも濃い絆っていうのかな。だから『殺し名』の中でもとりわけ『零崎』は忌み嫌われてる。仲間意識が強すぎるからね。だーれも手を出したがらない。
 まあ中には別の名前を持ってまで家族以外に繋がりを求めちゃう『零崎』もいるんだけど――
 ああ、そういえば零崎のうちひとりを殺したのってりすかちゃんなんだっけ」

災難だったねぇ、と他人事のように言う玖渚さん。
家族――血の繋がりのない、疑似的な家族。
それは互いに『必要』とされているということなんだろうか――と思う。
異質ではあっても孤独ではないことを理解するため、同じ異質な者同士が、互いに互いを必要とし合う。
家族として、異質を共有し合う。
あの少年もそうなんだろうか――わたしを拉致した、頬に大きな刺青のあるあの少年。
その深い深い闇のような目を思い出して、わたしはまた、ぶるりと身震いした。

「ところでさ、りすかちゃん」

おもむろに、玖渚さんがデイパックから紙箱を抱えるようにして取り出した。
それを開けて、中身のドーナツをわたしに見せてくる。

「休憩しない? 喉渇いちゃったし、一緒にドリンクバー行こ」
「…………」

ひときわ大きな金属音が、階下から響いてきた。

569禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:28:39 ID:IXc1UhAM0
 


   ◇     ◇


 
『供犠創貴』 D-6 ネットカフェ


抜き身の日本刀を間近にしながら僕は、その刀身よりもそれを持つ男のほうに目を奪われていた。
零崎人識。
その目を見てなるほどと思う、これが「人殺しの目」か、と。
クラッシュクラシックで会ったときより、こうして真正面から向き合ってみるとよくわかる。自分に向けられた、その殺意の純粋さを。
宗像のように使命感にあふれているわけでもなく、蝙蝠のように愉悦に酔いしれているわけでもない。ただ「殺す」という、それだけの意思。
蝙蝠が殺したあの釘バットの男――零崎軋識に殺意を向けられたときよりも一層、それは僕の皮膚を粟立たせる。
りすかが大人しく拉致されていたわけだ……こんなもの、りすか一人じゃ対処しきれないのも無理はない。

「二度も逃げられると思うなうよ」

殺意の元が口を開く。

「お前らの『手品』は一度見せてもらったからな――同じ手にまた騙されてやるほど、俺は優しくねえぜ。そっちの女が手品のタネか?
 だったら見逃がさねえよう、じっと見ておかねえとなあ」

刺すような視線を受けて、りすかが「ひっ」と身をすくませる。

「あの動画のおかげで、曲識のにーちゃんを殺したのが誰なのかもはっきりした。これでもう保留の必要はねえ。そこんとこも感謝しとくぜ、『死線の蒼』さん」

どーいたしまして、と心底どうでもよさげに答える玖渚。
やはりあの動画は見られていたか……こいつが玖渚と繋がっていた以上、当然といえば当然なのだが。

「…………」

平静を装ってはいるものの、僕も内心穏やかではいられなかった。この状況、クラッシュクラシックの時よりも圧倒的に追い込まれている。
あのときはあらかじめ逃げる算段をつけておけたが、今回は事態が突発的すぎる。逃げる準備も、迎え討つ用意もできていない。
さらにこの場所が、狭い個室という袋小路にも似た空間であることがなによりまずい。
りすかの『省略』は言うまでもなく、新しく使えるようになったという『過去への跳躍』も、ここまで警戒された状態で発動させるのは難しいだろう。
魔法というのは、使用者の精神状態がその発動に大きく作用する。
特に『別の場所へ移動するイメージ』を必要とするりすかの魔法は、物理的に追い詰められた状態では実質使用不可能なのだ。
一度見せた手札は通用しない。OK、それならそれでいい。
ここからは一か八か、出たとこ勝負の博打といこう。

「……蝙蝠はどうした?」

少しでも時間を稼ごうと、人識に問いかける。訊かなくとも、絶刀をこいつが持っていることから返答は予想できているが……
しかし返ってきたのは、予想していたのとは少し違う反応だった。蝙蝠の名前を出した途端、人識の眉がぴくりと動くのが見えた。
突かれたくないところを突かれたとでもいうように。

「さぁな」

……さぁな?

「優雅に質問してんじゃねえよ、お坊ちゃん。お前が知りたいことを、俺が親切に教えてやるとでも思ったか?」
「…………」

うん?
この反応、ひょっとしてこいつ、蝙蝠を殺してきたわけじゃないのか?
絶刀を持っていることとメールの内容から考えて、こいつと蝙蝠がエンカウントしたことは確実だと思っていたのだけれど。
こいつが蝙蝠を見逃したとは考えにくい。
顔を合わせたのなら、即殺し合いになることは必死のはずだ。
……まさか蝙蝠のやつ、逃げたのか? 人識が逃がしたのでなく、蝙蝠のほうが戦闘を回避した?
ありえる話だ。
人識は蝙蝠を目の敵にしていたが、蝙蝠にとっては人識は危険人物のひとりでしかない。僕もりすかも一時的に手を組んでいただけの間柄で、あいつからしたら守る義理もない。
自分の命が危うくなれば、早々に逃げを選択するのは目に見えている。

570禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:30:09 ID:IXc1UhAM0
というか、蝙蝠とはもとからそういう取り決めのもと、協力関係を結んでいたはずだ。危なくなったら、逃げる。どちらが先に逃げても、禍根は残さない。
その言葉に、少なくとも僕のほうには偽りはない。あいつが逃げようと裏切ろうと、今となってはそんなことは些事だ。
むしろ、これはある意味好都合かもしれない。

「なんだ、もしかして逃げられたのか?」

鎌をかけるついでに挑発してみる。案の定、人識の眉がさらに吊りあがり、表情がぴきぴきと音を立てる。
案外扱いやすいかもしれないぞ、こいつ。

「本命に逃げられた腹いせに、子供に八つ当たりに来たか?
 ははっ! お笑い種だな。『二度も逃げられると思うなよ』とか大見得切ったわりに、すでに一人逃げられてるなんてな」
「……いい度胸だ」

にいぃ、と人識の口元が大きく歪んだ。
首筋に突きつけられている刀に力がこもる。皮膚一枚を通して伝わる、刃が肉に押し付けられる感触。

「度胸のあるガキは、嫌いじゃないぜ」
「そりゃどうも、素直に褒め言葉として受け取らせてもらう」

意図的に冷めた口調で言ってやる。もう僕にはこいつが脅威には見えていなかった。
最初に思った通り、こいつごときただの『障害』だ。ならば普段通り、僕とりすかで乗り越えてやるだけの話だ。

「正直失望したよ、零崎人識。もしお前が使えそうなやつだったら、僕の『駒』として使ってやらなくもなかったのに、蝙蝠一匹捕まえられないなんてとんだ期待外れだ。
 『零崎』ってのは、家族同士でつるんでないと何もできない連中なのか? だったらもう『駒』どころか、敵として認識するにも値しないな」

侮蔑的に、挑発的に、笑いながら僕は言う。



「零崎双識だっけ? あいつも死んだんだったな、たしか」



次の瞬間に何が起きたのか、正確に知覚することはできなかった。
ただ、いきなり顔面に強烈な衝撃を受け、後ろへ吹っ飛ばされたということはかろうじてわかった。人識の蹴りが炸裂したのだと、遅れて理解する。

「が……はっ!!」

僕とさほど変わりない体格にもかかわらず、その蹴りは僕の身体を完全に宙に浮かせる。
背後にあったパソコンやディスプレイを薙ぎ倒しながら、それらが置かれていた台の上へと受け身も取れずに落下した。

「キズタカっ!」
「ああっ、僕様ちゃんのパソコンが!」

お前のじゃないだろ、と突っ込む余裕もない。
鼻からはだくだくと血が流れているし、歯も何本か折れている。全身をしたたかに打ちつけていて、声を発するのもきつい。
りすかが一瞬、僕へと駆け寄る気配を見せたが、人識はすかさず僕に突き付けていたほうの刀をりすかの首筋に移動させ、右と左から刀で挟み込むようにする。

「う…………」

それでまた、りすかは動きを封じられてしまう。
やれやれ、新しい魔法を取得して、精神的にも少しは成長してくれたかと思っていたが……こういう時に敢然と構える胆力を、りすかには持ってほしいものだ。

「ちょっとばかしお喋りが過ぎるなぁ、キズタカくんよ。弁が立つのは、口から生まれた『あいつ』だけで十分だっつーの――
 俺は優しくねえって、最初に言っておいたはずだよなあ?」

顔は笑っているが、声に怒りが混じっているのがわかる。
所詮こんなものか、と僕は鼻で笑う。怒りなんて無駄なものにエネルギーを消費するだけでも愚かしいのに、それが子供の挑発に乗ってとなれば、まさしく愚の骨頂だ。
そんなことだから、刀を突き付け、あとは殺すだけというところまで追いつめておきながら、蹴りを入れるなんて余計な暴力を間に挟む愚行を犯すはめになる。

571禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:31:50 ID:IXc1UhAM0
優しくない? そうだろうな。だけどそれをいうなら――

「この僕だって、大人しく殺されてやるほど、優しくない」

そう呟いて僕は、ポケットから診療所で拾っておいたピンセットを取り出す。
そしてそれを、備え付けのコンセント差し込み口に躊躇なくぶっ込んだ。



 バ ァ ン――――ッ!!



火薬玉が破裂したような派手な音とともに、ピンセットと差し込み口から火花がほとばしる。
閃光が室内を照らしたのもつかの間、次に僕らを覆ったのは暗闇だった。店内の電気が一斉に消えて、あたり一面が真っ暗になる。
説明不要、ショートの際の過電流によるブレーカーの作動だ。

「な……っ!?」

暗闇の中、人識が声を上げる。驚くほどのことじゃない。こんなもの、子供の悪戯程度のことだ。こんな手に頼らざるを得ない自分が恥ずかしくなるくらい稚拙な策だ。
左手に焼けつくような痛みを感じる。ショートの際に散った火花で火傷したらしい。まあこのくらいは必要な代償だ。指が吹き飛ばなかっただけよしとしよう。
闇に乗じて、僕はまずグロックを取り出す。この停電が続くのはおそらく数秒くらいだ。この後すぐに停電用の非常灯がともることくらいは予想している。
部屋の外に逃げ出すのは不可能だ。意表を突いたとはいっても、人識は依然として入口の前にいるはず。下手に接近して気配を察知されてはかなわない。
グロックで狙い撃つのも難しい。
銃の扱いなんて素人同然の僕がこの暗闇の中で正確に撃てるとも思えないし、それ以前に僕と人識の射線上にはりすかがいる。
りすかが邪魔になって、人識には一発も命中しない公算が高い。
だから僕がやったのは、りすかに手を伸ばすことだった。停電前に位置を把握しておいたため、見えなくともその長い後ろ髪をつかむことに成功する。
そしてそのまま、つかんだ髪を思い切りこちらへ引っ張った。

「痛っ!?」

悲鳴みたいな声を上げるりすか。それに構わず自分の身体で抱きとめるように引き寄せ、すかさずその首に腕を回してホールドする。
「しばらくじっとしてろ」。耳元でそうささやいて、グロックの銃口をりすかのこめかみに押し付けた。
直後、予想通りに非常灯がぼうっと点灯し、店内に薄明るさが戻ってくる。
あっけにとられた表情の人識に対し、僕は宣言する。

「動いたら撃つ」

りすかを「人質」にとった形の僕に対し、「……チッ」と忌々しげに舌打ちする人識。

「どうせ僕らの『切り札』については把握しているんだろう。りすかに対して、いつまでも刀を振るわなかったのがいい証拠だ」

あの動画が配信されてしまっている以上、りすかの『変身』はもはや周知の事実と思っておいたほうがいい。動画を見たというこいつの場合は言うまでもない。。
そもそも人識がりすかの『変身』を知らなかったとしたら、僕たちはすでに殺されていてもおかしくはない。りすかを警戒していたからこそ、逆に刀を振るえなかったのだろう。
たとえ僕だけを殺そうとしたとしても、万が一りすかがそれを庇おうとして巻き添えにでもなれば、人識にとってアウトなのだ。
りすかを殺そうと思うなら、そのやり方には細心の注意を払わなければならない。
そしておそらく、こいつはまだ『殺し方』を決めあぐねている。
ただ、仮にそれを知っているやつがいるとしたら――

「気をつけたほうがいいよー、しーちゃん」

……やはりというべきか、完全に『観客』と化していたやつがしゃしゃりでてくる。

「その娘は『魔法使い』だからね。その身体に流れている血液が魔力の源。血を流させるような殺し方はまずいよ」

今度はこっちが舌打ちする番だった。
玖渚友――こいつは一体、どこからこんな情報を集めているんだ?
りすかの称号『赤き時の魔女』はまだしも、僕が「『魔法使い』使い」を自称していることさえ知っていたときから危機感はあったが……
敵に回すことで、ここまで厄介な相手だとは――

「その通り」

ならばと逆に開き直ってみせる。ここで弱みを見せたら負けだ。

「りすかは流血を伴う死に方をすることで『変身』する。刀で斬られても、拳銃で頭を撃ち抜かれても、だ。なんなら試してみるか?」

これ見よがしにトリガーに指をかけてみせる。虚勢であるとバレていたとしても、今はこうするしかない。

「変身後のりすかを甘く見ないほうがいいぜ。その性格は好戦的、そのスペックは空前絶後だ。ただの人間が太刀打ちできるようなものじゃない。
 なにしろこの僕が、唯一持て余している『駒』だからな」
「…………」

無言で答える人識。発される殺気は相変わらずだが、それ以上能動的に働きかける気配もない。

572禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:32:36 ID:IXc1UhAM0
とりあえず、ここまでは上首尾だ。
しかし決してイーブンに持ち込めたというわけでもない。膠着状態を作り出したとはいっても、まだ人識のほうが圧倒的に有利であることに変わりはないのだから。
たとえば僕の脅しを無視して、りすかと僕をまとめて一突きにし、そのまま一目散に逃走するという手も人識にはあるはずだ。
りすかの『変身』に死んでからのタイムラグがあることは、あの動画からも容易に知れる。
『詠唱』の間に逃げ切られたら、せっかくの切り札は無駄に終わるし、りすかは助かっても僕は死ぬ。
変身後のりすかなら僕の身体を『治療』することもできるが、致命傷レベルのダメージを負った僕を『蘇生』させることが『この場においての』りすかに可能かどうかはわからない。
りすかの『制限』について、僕はまだ正確に把握し切れていないのだ。
ただ、その選択肢をとらない理由も人識にはある。向こうからしたらこの状況は相手を完全に追い詰めている形で、言うなれば獲物を一網打尽にする絶好の機会なわけだ。
獲物のひとりを取り逃がす可能性のあるりすかの『変身』は、できれば発動させたくないはずだ。
その部分において、僕とこいつは利害が一致している。こちらにとっても『変身』は最終手段だ。易々と使えるものじゃない。
だからこその膠着状態。
だからこその駆け引き。

「…………」「…………」「…………」「…………」

僕とりすかと人識と玖渚、四人の視線が不揃いに交錯する。
依然として、僕らの足下は崖っぷちのままだ。
ならばどうするか。それを考えるのが、僕の役割だった。
 


   ◇     ◇


 
【真夜中】
『真庭鳳凰』 G-8


考えれば考えるほどに、思考がまとまらなくなる。
首輪探知機のことに思い当たってからずっとこの調子だ。足は動かず、思考だけが働き、しかして有用な考えは浮かばず、時間だけが無為に過ぎ行く。

――そもそも本当に、この先に様刻と伊織がいるのか?

否、そこを今から疑ってどうする。それを確かめるために向かうのが今すべきことだろう。
何のために、あの不愉快な女の姿まで借りたと思っているのだ。ここで臆していたらすべてが無意味ではないか。

――いや、すでに無意味ではないのか?
――我の名があの機械で割れている以上、この姿でいることに何の意味がある?

否、無意味と決め付けるな。この姿を、この顔をどう活かすかを今は考えるべきだ。
我が接近すれば、連中は我の存在に気がつくだろう。だがこの姿ならば、まだ言いくるめる余地はあるのではないだろうか。

――機械の誤作動ということにしてみたらどうだ?
――間違っているのは機械の表示で、我は鳳凰とは別人だと主張してみるか?

否、さすがに無理がある。すぐにばれる嘘だ。万が一、奴らが我の忍法命結びを知っていたとしたら尚のこと通じない。
そもそも別人と言い張るにしても誰の名を騙る? 吐かなければならない嘘が多すぎるだろう。
連中が我の名を警戒していることは確実なのだ。下手な嘘は逆効果でしかない。

――いっそ逆に、こちらから正体を明かして降伏の意を示すか?
――我はもう争うつもりはない、心を入れ替えたので同行させてほしいと言って、仲間になったふりをして機を待つか?

否、馬鹿か。それこそ通じるわけがない。
仮に通じたとしても、連中におもねるような真似など我の矜持が許さぬ。顔を捨てる覚悟はあっても、真庭忍軍の頭領としての誇りまでかなぐり捨てる気はない。
頭領……そうだ。

――蝙蝠に協力を仰ぐのはどうだ?
――この場を一度離れ、蝙蝠と合流してから改めて奴らを始末しに行くというのは?

否、手がかりも手段もなくどうやって探すというのだ。我はまだ、蝙蝠の影さえ捉えられていない。探そうと思えば当てずっぽうに頼るしかないのだ。
それにもし、あの二人が本当に傷の治療を目的として薬局に向かったのだとしたら、今この時こそ好機のはず。
時間が経てば経つほど奴らにとっては対策を練りやすくなり、逆にこちらは奴らの動向を探り難くなる。

573禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:33:53 ID:IXc1UhAM0
どこにいるのかもわからぬ仲間を探して右往左往している間に、不利に追い込まれてゆくのは我のほうだ。ならば危険を承知で、このまま乗り込んでいったほうが――

――勝てるとでも思っているのか? この身体で、たったひとりで。

否、何を考えている。臆していては何にもならぬと先刻言ったばかりではないか。

――奴らを追うのは諦めたほうが得策ではないのか?
――命を賭してまで奴らに復讐する意味が本当にあるのか?

否、何を馬鹿な! この期に及んで命を惜しむなど、それこそ頭領としての――否! しのびとしての誇りを捨てるも同然ではないか!

否、否、否、否、否、否、否。
否否否否否否否否否否否否否否――――

「なんだというのだ、一体!!」

たまらず叫ぶ。
ひそやかに行動すべきだと頭ではわかっているはずなのに、心が荒ぶるのを止められない。
否定、否定、否定、否定、否定ばかり!
あの女のしたたかさを、小賢しさを、得体の知れぬほどのしぶとさを得ようと、この顔を我が物にしたはずだった。
だというのに、なんだこの体たらくは。
行動も思考も、後ろ向きの否定ばかりで一歩も動けぬではないか!
誰に止められているわけでもないのに、誰に命じられているわけでもないのに。
信じられぬ。これがあの女の人格だとでもいうのか。
こんな人格を、こんな精神を、あの女は身の内に宿して生きていたとでもいうのか。
他人を、自分自身を、どころか世界そのものを否定するような精神を抱えてなお、あの女はああも高慢に、傲岸不遜に振舞っていたとでもいうのか。
常軌を逸している。
どんな器があれば、そんな人格が収まりきるというのだ。

「……落ち着け、己を見失うな」

そうだ、妄執にとらわれている場合ではない。いま為すべきことは、あの二人を抹殺することのはずだ。
着物の懐から包丁を取り出す。その柄を握りしめ、心を鎮めようと努める。
刃先を様刻の心臓に突き立てるのを想像する。
伊織の首筋を一文字に掻き切るのを思い浮かべる。
そうだ、それが我の為すべきことだ。
どれだけ否定されようと、その目的だけは必ず成し遂げて――


その時。
月明かりを背に、包丁を目の前にかざした、その瞬間。
磨き抜かれた、銀色に光る刃渡り七寸ほどの牛刀。
その刀身に、目が映った。
今現在の鳳凰の顔が、その碧色の瞳が。


否定姫の目が、鳳凰を見た。


「――――!!」


――あなたの夢を否定する。
――現実しかないと否定する。
――否定して否定して否定する。
――何も叶いやしないと否定する。
――ただ無意味なだけだと否定する。
――今のあなたの思考すべてを否定する。
――否定して――否定して否定して――否定して否定するわ。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」



己の顔めがけて包丁を突き立てる。切っ先が頬を突き破り、口内まで貫通する。
それでも治まらず、顔の表皮を縦横無尽に切り刻んでゆく。鼻が千切れ、瞼が落ち、唇が裂け、顔面が満遍なく傷だらけになったところでようやく動きを止める。
ずたずたの顔で、血まみれの口で、言葉を発する。

「こうなったのもすべて、あ奴らが原因だ……あの小僧と、あの小娘。奴らさえ、あの二人さえいなければ――」

――奴らさえいなくなれば。
――奴らさえ殺すことができれば、我はこの呪縛から解放される。

今度こそ、否定の言葉はなかった。それこそが正解だと、それこそが真実だと、己に言い聞かせるように何度も反駁する。
根を張ったようだった足がいつの間にか動いているのを、どこか他人事のように感じていた。

574禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:34:23 ID:IXc1UhAM0
 


   ◇     ◇


 
『供犠創貴』 D-6 ネットカフェ


あれから数十分、いや一時間は経っただろうか。
僕たちは依然、この狭い個室の中でにらみ合いを続けていた。何の打開策も、何の妥協案も打ち出せないまま、四人とも無言のままに時間だけを無為に消費していた。
人識のほうから何か切り出してくればそれに合わせて交渉も可能なのだが、相手にこうも石になられると、何のカードもないこちらとしては相手の出方を窺うしかない。
いや、正確にはさっき玖渚が「外出ててもいい?」などとあくび混じりに言っていたのだが。いいわけないだろ。
下手の考え休むに似たりと言うが、この場合は休息にすらなっていない。蹴られた顔は相変わらず痛むし、拳銃を構えっぱなしの腕はすでに痺れてきている。気を抜くと取り落としかねない。
人識の殺気を受け続けて、りすかの精神もいつまで持つかわからない。錯乱でもされたら駆け引きも何もなくなる。
……もしかして、このまま僕たちが疲弊するのを待つつもりか?
持久戦もいいところだが、この場で生殺与奪の権を握っているのは実質人識のほうだ。効果的と言えば効果的な策かもしれない。
くそ、冷静にならなくてはいけないのに、こちらが先に焦れてしまいそうだ。相手が『待って』くれているだけ、まだ幸運と捉えるべきなのに。
人識とて、これ以上時間を浪費するのは望ましくないはずだ。僕たちがこの場所を突き止めたように、誰がいつ乱入してこないとも限らないのだから。
そういえば、蝙蝠と宗像は結局どうなったのだろう? 
こいつの言質が取れていない以上、あの二人が生きているかどうかは半々だと思うが――もし宗像が無事だったなら、ここに駆けつけてこないのは不自然に思える。
玖渚を屠ったという蝙蝠の嘘をあいつが信じていたとしても、だ。
問題は蝙蝠のほうだが、さっき考えた通り逃げた公算が高い。しかし逃げたということは、舞い戻ってくる可能性もまたゼロではない。ゼロでない以上、人識にはそれを警戒する理由がある。
例えば人識が今持っている絶刀。よくわからないが蝙蝠はこの刀に随分と執心している様子だった。この刀を奪還しに戻ってくるというのも考えられなくはない。
あいつがここに戻ってきたとして、それが僕たちにとって打開策になり得るだろうか?
膠着状態を打破することにはなるだろうが……今のこの、僕たちが置かれている状況を知ったとして、あいつはどういう行動をとるだろう?
もし僕が蝙蝠だったとしたらどうする?
僕だったら、わざわざ姿を見せて戦闘にもつれ込むような真似はしない。
四人まとめて皆殺しにする。
手持ちの武器に爆弾があったら迷いなく放り込むし、なければプロパンガスでもなんでも持ち出して、あわよくばネットカフェごと一掃する。
最終的に一人だけが生き残れるルールの上で、四人を同時に葬ることのできる状況というのはまさに絶好の機会だ。一人でも二人でも三人でもなく、四人。その数字は大きい。
多少の犠牲を出しても、僕ならそうするだろう――僕が思いつくくらいだ、卑怯卑劣が売りと自称するあいつならなおさらだ。もっとえげつない手段に訴えてくる可能性だってある。
少なくとも、わざわざ人識と対峙してまで僕たちを救い出すような仏心を見せるなんてことは、万に一つでもないだろう。たとえ僕たちにまだ利用価値を見出していたとしてもだ。
助けは期待できない。
かといって、この状態を維持するのも時間の問題だ。
考えれば考えるほど絶望的な状況に思えてくる。
せめて、何かひとつ。
八方塞がりのこの状況を変えるような何かさえあれば――

「……あなたは、」

え、と思う。
相手から目をそらしてはいけない状況にもかかわらず、意識を奪われそうになる。『人質』に取っている状態のりすかが、僕の腕の中で、沈黙を破って唐突に発言した。

「あなたは――『あなたたち』は、どうしてそんな目を、そんな目で、人間を、『生物』を見ることができるんですか……?」

緊張している様子ではあったが、声は震えていなかった。いつものように片言の日本語でもない。まっすぐに人識を見据え、一言一句はっきりと言葉を紡ぐ。

「あなたにとって、人殺しとはなんなんですか? あなたは人を殺すことで、何を感じているんですか? あなたは、あなたは本当に――」

――あなたは本当に、人間なんですか?

そう言って、また口をつぐむ。視線に耐えかねたのか、人識から目をそらすようにしてうつむいてしまう。

「…………」

人識は答えない。ただ一層、怪訝そうな視線をりすかに返しただけだった。
普段の僕なら余計な発言をするなと叱りつけていたかもしれなかったが、その質問の唐突さと脈絡のなさに反応し損ねてしまう。

575禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:35:01 ID:IXc1UhAM0
なぜ今、そんな質問をする?
りすかの話を聞いて、『零崎』との接触が僕より多かったことは知っている。目の前の人識には拉致までされているし、その『殺意』に触れた時間も相当長かっただろう。
だからといって、こんな質問に何の意味がある? だいたい人識からしたら僕もりすかも親の仇みたいなものだし、こっちからそんな質問をするほうが間違っているように思う。
それに、人殺しというなら僕もりすかも同様のはずだ。
僕たちは今まで、『魔法狩り』と称されるほど何人もの魔法使いを殺してきている。無論それは、自分たちの目的を達成するためという正当な理由に基づいての行為だが。
そもそも人間かどうかというなら、りすか自身が『魔法使い』という人間とは異なる種族なわけで……
何から何までずれている。
日本語として正しくはあるが、質問の向きが突っ込みどころ満載だ。
それでも、りすかの様子を見る限りその問いは真剣そのものだった。どうしても訊きたいことを、意を決して訊いたという風に。
『魔法使い』であるりすかが。
目の前の『殺人鬼』に、一体何を感じている……?


――prrrrrrrrrrrrrrrrr。


鳴り響いた電子音に一瞬、思考がストップする。
何かと思っていると、「うに?」と玖渚が目をこすりながら(この状況でうたた寝していやがった)音の発生源である携帯電話を取り出した。

「おい――」

電話に出ようとした玖渚を僕は制止しようとする。こちらからかけようとした場合は問答無用で止めるつもりだったが、かかってきた電話を取られるのもいただけない。
さっき聞いただけでも、こいつはすでにかなりの数の協力者を得ている。『人質』の手前動かないだけで、仲間を呼ぼうと思えばいつでもできるのだ。

「構わねぇ、出ろ」

しかしそれを、人識によってさらに制される。

「ただしこっちの状況については一切説明するな。この場所も教えるなよ。向こうの用件だけ聞いて、あとは適当にごまかせ」

そう言われ、「うい、了解」と電話に出る玖渚。

「…………」

今のは人識が言わなければ僕から切り出していた『妥協案』だったので、ある意味ではまあ良しなのだが……機先を制された感は否めない。
しかし、誰からの電話だ?
今までの玖渚の話から推測するなら戯言遣いか羽川翼が筆頭だろうけど、こいつの場合、もう誰と繋がっていても驚くに値しない。
僕が今一番危惧しているのは、りすかの魔法が通用しない、例えばツナギのような能力を持つ敵をこの場に呼ばれることだ。
増援を呼ぶような気配を見せたら、その時こそ本当に『変身』させるしか――

「あ、舞ちゃん?」

意表を突かれたような表情を、人識はした。
 


   ◇     ◇


 
『無桐伊織』 G-6 薬局


「伊織さん、羽川さんたちを待ってる間に玖渚さんに連絡を取っておくのはどうかな」

羽川さんとの交渉を終えて、相手からの返事を待ちながら首輪探知機で周囲の警戒をしていた様刻さんがそう言う。
唐突に、「今思いついた」みたいな感じで言ってきたので、「ふえ?」と間の抜けた反応を返してしまいます。

「向こうからメールは貰ったけど、ここに来てからまだ玖渚さんにこっちから連絡してないからさ。
 どのみちこれからランドセルランドで合流することになるんだろうけど、羽川さんたちのこともあるし電話の一本くらいは入れておいてもいいんじゃないかなって」
「ああ、そう言われればそうですね」

玖渚さんから送られてきたメールを読んだせいで何となく連絡し合ったような気になっていましたが、思えばこちらの近況を伝えたという話は様刻さんはしていませんでした。

「すっかり忘れていました! 玖渚さんたちのことを」

ぺちんと頭をたたいてみせると、様刻さんが呆れた表情を向けてきます。いや、冗談ですよ?

「まあ、何かあれば向こうから連絡してくるだろうけど……僕たちのほうに何かあった場合のために、なるだけ今のうちに情報を共有しておいたほうがいいと思ってね」

576禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:35:51 ID:IXc1UhAM0
「…………」

『何かあった』場合。
確かに、いくら首輪探知機で索敵できるといっても絶対の安全が保障されているわけでもないですし、もしもの事がいつ起こるとも限らないのは当然のことですけど。
これからここに来る羽川さんたちが、実は危険人物だったという可能性もなきにしもあらずですし。
そういう意味では、様刻さんが言っていることは理屈に合っています。
ただ、「自分が死んだ後」のことをこうも淡々と考えている様刻さんに、どこか妙な雰囲気を感じてしまいます。
私がいない間に何かあったんでしょうか?
まあ男子三日会わざればと言いますし、考えても詮無きことなんでしょうけど。

「わかりました。では私が電話するので、様刻さんはそのまま周囲の見張りをお願いします」

そう言って、携帯電話で玖渚さんの番号をプッシュします。
宗像さんも一緒にいるでしょうから、ついでに大事なかったか聞いておきましょう――あの人と玖渚さん、いったいどういう話をしているんでしょうね?
相性がよさそうには見えなかったので、そこが少し心配ですけど。
少し長い呼び出し音の後、「あ、舞ちゃん?」と溌剌とした声。よかった、とりあえずいつもの玖渚さんの声です。

『どーしたの? もしかしてもう待ち合わせ場所に着いちゃった? メールにも書いたけど、まだちょっと遅れそうなんだけど』
「いえそうではなくて、近況報告といいますか、こっちで色々あったので、合流前に連絡を入れておこうかと」
『今度は変な用件じゃないよね?』
「ええ、まあ、大丈夫です」

まだ根に持ってたんですか、あの事。

「えーと、その前に玖渚さんのほうには何もありませんでしたか? 宗像さんもいるんですよね? あ、まだ寝てるんだったら起こさなくてもいいですけど」
『ん? うんまあ、大丈夫。何もないよこっちは。平和平和、平和そのもの』

なんだか少し早口気味に言う玖渚さん。殺し合いの最中を平和と表現するのはどうなんでしょう。

『それで、色々あったってなに? 真庭鳳凰の問題は片付いたの?』
「そのことも含めてなんですけど、ええと、まず何から話しましょうか――」
『……え? 何? どうしたのしーちゃん。……代わるの? 代わっていいの? わかった――あ、ごめん舞ちゃん。ちょっと電話代わるね』
「はい?」

代わる? 誰と? 宗像さんとですか?
いやでも今、「しーちゃん」って――

『何やってんだお前……』
「……え?」

聞きなれた声に、一瞬耳を疑ってしまいます。
ひ……人識くん?
な、何故人識くんがそちらに?
いや、玖渚さんが人識くんの電話番号を知っていたということは、連絡を取り合ってはいたんでしょうけど……

「い、いつの間に玖渚さんと一緒に?」
『ついさっきの間にだよ。お前こそいつの間にこいつと仲良しになってんだ。舞ちゃんとか呼ばれて、女子高生かお前』
「し、失礼ですね。普通だったらまだ女子高生ですよう。人識くんこそ、しーちゃんって何ですか。愛称にしたって可愛らしすぎでしょう」
『黙れ。言っとくが俺は、こいつとは別に仲がいいわけじゃない』
「玖渚さんから聞いてますよ。戯言遣いって人の知り合いなんですよね? なら友達の友達みたいなものじゃないですか」
『あいつとも別に友達ってわけじゃねえ……つーかお前、相変わらず能天気に構えてんな。予想してたとおりじゃねえか』
「うふふ、人識くんったらそんなに私のことが心配だったんですか? 余計なお世話ですよう。心配性ですねーしーちゃんは」
『ぶっ殺すぞ!』

ああ、ついいつもの調子で会話してしまいます。こんなことしてる場合じゃないのに。
心が浮き足立つ。
安堵が押し寄せてくる。
生きててよかった。口には出しませんが、改めてそう思う。

『お前、真庭鳳凰ってやつと何かあったのか』
「へ? いやまあ、色々と」

577禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:36:33 ID:IXc1UhAM0
『詳しく聞かせろ』
「……んー」

いきなりそこを聞いてきますか。
いや、いずれわかることだし隠す意味もほとんどないんですけど、いちおう人識くんには「殺人衝動が溜まっている実感はない」ということにしてあるので、
約束を破ったこと以前に『暴走』してしまったことは、なんとなく直接には話しづらいというか……
でも、まあ、話さないといけませんよね。
逃げるのはもう、やめたんですから。
とりあえず、図書館から出る前あたりからのことをかいつまんで話します。
西条玉藻という女の子と出会った際に殺意を抑えきれなくなって暴走してしまったこと。その直後、鳳凰さんの襲撃にあって暴走したまま追っていったこと。
そこまで話すと、『はぁ〜』とうんざりした感じのため息が電話の向こうから聞こえてきます。

『そっちでも『真庭』の名前かよ……一体何の因縁があるっつーんだか。一勢力が零崎にここまでつっかかってくるなんざ、普通だったらありえねーぜ。兄貴や大将が黙ってねーだろうな』

まあどっちもすでに死んじまってるけどよ、と人識くん。
うーん。ちょっと心配してたんですけど、こうして笑いながら話しているのを聞く限り、双識さんや他の零崎の人たちが死んだのをあまり気にかけていないように感じます。
双識さんのことくらいは、少しくらいショックかなと思ってましたのに。

『ところで、図書館で会った玉藻ってやつから何か聞いたか?』
「いえ、自慢するわけではないですけど、先制で瞬殺だったので……あ、そういえば最初に人識くんの名前を読んでたような気がするんですけど」
『……そうか』

そう言って少し黙り込む。もしかして知り合いだったんでしょうか。
何を言ったらいいか迷っていると、『でもまあ』とすぐに気を取り直したような声が聞こえてくる。

『でもまあ、こうして暢気に話せてるってことは鳳凰ってやつも撃退できたってことだよな。結果オーライだ。無事に済んだんだったら気に病むことなんざひとつもねえよ』
「そう、ですね」

なんだか気遣われてるみたいですけど、正直ほっとしてしまいます。
もしかして、本当に私を心配して電話を代わってくれたんでしょうか。だとしたら普段の人識くんらしからざる振る舞いで、逆にちょっと不安になります。
悪い気はしないですけど。

「えーと、ただですね、まだ結果オーライというには早いというか、無事に済んだとは言えないというか」
『あん?』
「助かったことは助かったんですけど――その、両足折られちゃいまして」
『……何だと?』
「様刻さんがいてくれたから何とかここまで移動してこれましたけど……それと鳳凰さん、一度は撃退したんですけど、まだ生きてるみたいで。しかも割と近くまで来ちゃってるんです」

鳳凰さんと戦闘になったときのことからを、続けて話して聞かせます。首輪探知機のことや、様刻さんから聞いた鳳凰さんの忍法のことも含めて。

「今のところ動く気配はないみたいなので、様子見しているところです。
 あ、でも羽川さんって人に迎えに来てくれるよう交渉してみたので、移動する算段はついていますが。いざとなったら様刻さんにおぶってもらいますし」
『…………』
「あーそれとですね、羽川さんと電話した時、人識くんのこと根掘り葉掘り聞き出されちゃって。
 やり手というか、ごまかしが効かない人だったので洗いざらい話しちゃったんですが……まずかったですかね?」
『…………』
「……? もしもーし、人識くん?」

沈黙。
どうしたんでしょう、何か引っかかるようなこと言いましたっけ。

『お前、俺の電話番号知ったの、いつだ』
「へ?」
『この青髪娘と連絡取り合ってたっつーんなら、俺の連絡先知らされてなかったって事はまさかねーだろ。いつ教えてもらった』
「え、えーと、ここに着いてから貰ったメールで知ったので、三、四時間前くらいですかね」

あれ、何でしょうこの感じ。声のトーンが少し変わってます。

578禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:37:16 ID:IXc1UhAM0
なんか人識くん、怒ってません?
やっぱり羽川さんに色々話したのが駄目だったんでしょうか。それとも鳳凰さんをきっちり殺しておかなかったことを咎めてるとか?
でもあれは様刻さんも考えた上での選択だったわけですし、まさかあの状態から復活してくるなんて思わなかったわけで――

『何でもっと早く、俺に連絡しなかった』

え? そこですか?
確かに番号を知ってから、直接電話するのはずっとためらってましたけど……

「いや、そのう、わざわざ人識くんに連絡するほど切羽詰った状況というわけでもないと思いまして――」





『――ふざっっっっけんじゃねぇっ!!!!』





……携帯電話が爆発したかと思いました。
突然の大音声に、様刻さんも目を丸くしてこちらを見ています。
え? え? え? 何ですかこれ?

『どうせいつもみたく暢気に能天気にやってんのかと思ったら、本当に何やってやがんだお前は! 底の底から馬鹿かお前! そのニット帽の下には何も詰まってねーのか!?』
「に、ニット帽の下には髪の毛が詰まってると思うんですけど」
『両足折られただ!? お前それ、どう考えても非常事態だろうが! 何が『切羽詰ってない』だ! お気楽具合も大概にしろ! 終いにゃ殴るぞお前!』
「あ、あの――」

頭がついていきません。
心配されてるのはわかるんですけど、そんな急にキレることですか?

『そんな状況で、なんでさっさと俺を呼ばねーんだ! 逃げるのはやめたとか何とか言って、お前結局、俺から逃げてんじゃねーか! 俺に助けられるのがそんなに嫌か!』
「…………!!」

不意に、心に刺さる。
逃げてる? 私が? よりにもよって人識くんから?

『俺がうっとうしいっつーんなら別にいい。本気で助けがいらねーっつーんだったらそれで構わねえ。それなら俺がわざわざ助けに行く理由もねーからな。
 だがな、もしお前が俺に助けられることに負い目を感じてるだとか、『両手を失くした時にも散々迷惑をかけた、また同じ迷惑はかけられない』だとか、
 そんなくっだらねえ理由で俺を呼ばなかったってんなら、今すぐそっちに行ってその両足さらにもう一段階へし折んぞ!』
「ち、違います!」

思わず声が大きくなる。
違う、違う、そんなんじゃない。

「か、勝手に決め付けないでくださいよう――私がそんな、人識くんに気を使うなんてことあるわけないじゃないですか! 私の太平楽さを甘く見ないでください!
 さっきまで、人識くんの存在すら忘れてたくらいなんですから!」
『お前、殺人衝動が溜まってたこと俺に黙ってやがったな』
「…………う、」
『どうせお前、俺に合わせる顔がないだとか、約束破って怒られるだとか、そんなことごちゃごちゃ考えてたんだろうが。お前こそ俺の太平楽さ舐めんじゃねーぞ!
 あの赤女はもうくたばってんだ、約束なんざ無効だ無効! よしんば有効だったところで、俺がそんなことで怒るとでも思ってんのか!!』
「い、今怒ってるじゃないですかぁ……」
『平気だとか余計なお世話だとか切羽詰ってないとか、お前は自分の命が危ねーって時にすら同じこと言い続けてんのか!? どんだけ我慢するつもりだお前は!!
 だいたい鳳凰ってやつが近くまで来てるってんなら、今まさにやべえ状況だろうが!
 様子見? いざとなったら? アホか! 悠長に電話してる暇があったら、背負ってでも何でもしてもらって今すぐそこから離れるべきだろうが!
 そうしないのはその様刻ってやつに対する気遣いか!? ご立派なこったな! お前はそれを、自分が死ぬまで続けてるつもりかっ!!?』
「う、ううう……」

何ですか、何なんですかもう。
気遣ってくれたと思ったら、急に怒って、急に怒鳴って、意味わかんないですよう。
いつもは無関心なふりばかりしてるくせに、こんなのずるいです。
そもそも連絡くれなかったのは人識くんも一緒じゃないですか。私は最初から人識くんのことを探してたのに。ずっと心配していたのに。
どうせ、私のことなんて。
私のことなんて、人識くんは家族とも思っていないくせに――

『兄貴も大将も曲識のにーちゃんももういねーんだ、本気でやばい時くらい、俺を頼れ! 助けが必要な時くらい俺を呼べ!
 いいか、お前が本当に『零崎』として生きていこうってんならな――』



『“家族に頼る”ことから、いちいちもっともらしい理由つけて逃げてんじゃねえ!!』



…………え?
人識くん、今私のこと『家族』って言いました?

579禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:37:52 ID:IXc1UhAM0
私のことは『妹』とは思ってないって、自分の家族は双識さんだけだって、ずっと言ってたのに――

「――――伊織さん!」
「うわあ!」

いつの間にか、様刻さんが目の前に立っていました。首輪探知機を片手に、少し急いたような表情で。

「電話中に悪いけど、真庭鳳凰に動きがあった」

こちらに向けた画面の中で、確かに鳳凰さんの名前が動いていました。しかも、まっすぐこちらへ向かって。

「ごめん、少し目を離していた間に動いていたんだ。とりあえず、ここは離れたほうがいいと思う」
「あ、そ、そうですね」

電話はまだ繫がったままですけど、何を言ったらいいのかわからない。
えーと……

「あ、あの、人識くん。今の聞こえてましたよね? とりあえずここ、人識くんの言うとおり、移動しますから。話の続きはまた後で――」
『……悪かった』
「は、はい?」
『いきなり怒鳴って悪かった。謝る』
「は、い、いやその、私のほうこそ――」

反応に困る。
これ以上混乱させるのやめてくださいよもう。

「き、気にしないでください! 人識くんの言うことなんて私、全く気にも留めてませんから!」

また怒られるかと思いましたけど、『そうか』と一言だけ返してきます。逆に怖いんですけど。

『様刻ってやつは、今そこにいるんだな?』
「え、はい」
『そいつとちょっと代わってくれ。すぐに済むからよ』

様刻さんと?
そういえば様刻さんと人識くんって、一度顔を合わせてるんでしたっけ……。

「あの、人識くん」
『ん?』
「ええと――く、玖渚さんのこと、よろしくお願いしますね」

意味も分からず、そんな言葉が口を突いて出る。
何をどうお願いするのか聞かれても、自分でもよくわかりませんけど。

『ああ、任せとけ』

適当に言ったはずの私の言葉に、そんな確信的な返事が返ってくる。
よくわからないまま、私は様刻さんに携帯を渡してしまいます。

「…………」

ぼんやりとした頭の中で、今さらのように訊いておくべきだったことを思いつく。
明らかに、いつもと違う様子の人識くんに訊いておくべきだったことを。
人識くん。
そっちで何か、あったんですか……?
 


   ◇     ◇


 
『櫃内様刻』 G-6 薬局


「もしもし、電話代わったよ」

なんだか困惑したような表情の伊織さんから携帯を受け取る。
話に聞いていた零崎人識が玖渚さんと一緒にいると聞いたときは少し驚いたけど、考えてみれば別に不自然な事でもなかった。
玖渚さんは人識の連絡先を知っていたのだから、待ち合わせしようと思えば簡単にできただろう。
驚きというならむしろ、さっきの怒声だった。少し離れたところにいた僕にすら一言一句聞こえてきたほどの大声だった。
最初に会った人識とキャラが違いすぎる……伊織さんから聞いていた印象とも少し、いやだいぶ違う。
こんなストレートに、そして突発的に『妹』を叱責する『兄』というキャラクター像は全く浮かばなかった。
見た感じ、一番驚いているのは伊織さんのようだけど。

580禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:38:22 ID:IXc1UhAM0
まあ、両脚の怪我を心配しての叱咤だったようだし、そう考えたらいいお兄さんだよな……伊織さんと同じで、殺人鬼であることに変わりはないそうだけれど。

「斜道卿壱郎研究所で一度会ってるんだけど、覚えてないかな」
『研究所……ああ、あの時のあんたか。生きてたんだな。……あー、なんつーか、あのあと大丈夫だったか?』
「大丈夫だよ。僕の中では、あのことについては一応蹴りがついてるから」

思えば僕はあの時、人識のおかげで命を取りとめたのだった。零崎があそこにいなかったら、僕は時宮時刻に為す術なく殺されていただろう。
その後で、壊れかけた僕の目を覚まさせてくれたのは伊織さんだった。何の変哲もない一般人である僕がこうしてまだ生き残っていられるのは、大げさでなくこの二人のおかげだ。
玖渚さんにもずいぶん助けられているけど。
僕が伊織さんと一緒にいるのは、案外それが理由なのかもしれない。
恩義に報いるとかそういうことではないけれど、『伊織さんに協力する』という選択肢を選ぶ理由として、それが適切であるように思うから。

「あの時は世話になったね。そういえば礼も言えてなかったな、ありがとう」
『いいよ、あんなもん気まぐれだ。それよりあんた、真庭鳳凰ってやつは確かにそっちへ向かってんだな?』

もう一度探知機を見る。今度は立ち止まる気配もない。相変わらず、まっすぐこちらへ近づいてきている。

「ああ、狙いはたぶん僕だろうな……伊織さんの治療のために薬局に来たけど、その考えを鳳凰に読まれたのかもしれない」
『そうか、わかった。あんたはとりあえず伊織ちゃん連れて、そこから移動してくれ』
「了解。一応言っておくけどランドセルランドに向かうつもりだ」

あわよくば途中で羽川さんたちと合流できるだろうけど、向こうの通るルート次第ではすれ違いになるかもしれないから、向こうから返事が来たときに伝えておくべきかな。
下手すると、羽川さんたちが鳳凰と鉢合わせるなんて事態にもなりかねないし。
悪ぃな、と人識は言う。

『俺の身内が迷惑かける。すまねぇがしばらくの間、よろしく頼むわ』
「いいよ、助けられてるのはむしろ僕のほうさ」

僕は僕のやるべきことをやる。そう決めたのも僕自身だ。

「それに、妹を気遣うのは兄として当たり前だろう?」

若干冗談めかして言ったはずのそんな台詞だったが、それを受けて人識は『……あー、』と何かを言いよどむ。
もう一度伊織さんに代わったほうがいいだろうかか、と考えていると、『様刻』と急に名前を呼ばれ、

『伊織ちゃんのこと、よろしく頼んだ』

それ、さっきも言ったじゃないか――と言う間もなく通話が途切れる。ツーツーツー、と無機質な電子音だけが耳に響く。

「…………?」

少し不可解に思いながら、携帯を伊織さんに返す。

「人識くん、なんて言ってました?」

伊織さんが聞いてくる。叱られてしょげているということはなさそうだけど、まだ少しぼんやりしている感じだ。

「伊織さんのことよろしく頼むってさ。それだけだよ」

首輪探知機を持たせて、伊織さんを背負う。余計なことに気を取られている暇はない。今はまず、ここから移動しないと。
念のため、鳳凰が来ている方向と逆側の裏口から店外へと出る。当然だが、外はもう真っ暗だ。山火事で北の空だけが赤く燃えている。
遠くから察知される危険があるため、懐中電灯は点けないでおく。足元が不安だが、この暗闇の中なら明かりさえ点けなければ見つかりにくいし、むしろ好都合か。

「よろしく頼んだ――か」

歩き出しながら何となく呟く。言ってから、さっき感じた不可解さの正体に思い当たる。

――伊織ちゃんのこと、よろしく頼んだ。

あの言い方はまるで、遺言のようではなかったか。

581禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:38:52 ID:IXc1UhAM0
 


   ◇     ◇


 
『供犠創貴』 D-6 ネットカフェ


「…………」

何だったんだ今のは。
僕もりすかも、玖渚さえも人識の一連の行動に呆気にとられているようだった。さっきまでの緊張した空気もどこへやら、全員がぽかんと口を開けている。
人識が「俺に代われ」と携帯を受け取った時は正直肝が冷えた。
玖渚が電話に出たときの反応から相手が人識の知り合いだと予想できたし、何か考えがあって電話を代わったものだと思ったからだ。
それが突然、ネットカフェの外にまで響き渡るほどの怒号が放たれた時は何が起きたのかと思った。驚愕したと言うよりは、ただ反応に困った。
仲間を呼ぶチャンスにもかかわらず、いきなり大声で口論を始めたというのだから意味不明というより仕方ないが。
挙句に出た言葉が「助けが必要な時くらい俺を呼べ」だ。今助けを呼ぶべきは人識のほうじゃないのか?
当の人識はと言うと、電話を切ってからずっと何かを考えるように目を閉じ、ときおり「……ったく、何やってんだかなぁ……俺らしくもねえ」などとぶつぶつ呟いている。
刀を構えていた手もだらんと両脇に垂らし、まるで僕たちのことを忘れているかのような有様だ。
本当に何があった?
いやそれよりも、この状態は僕たちにとって好機なのか?
さっきまで親の仇を見るように(あながち比喩というわけでもない)僕たちに殺気を放っていた人識が、明らかに別の何かに意識を奪われているというこの状況は。
伊織、様刻、真庭鳳凰。
さっきの電話で出てきた名前と玖渚から聞いていた情報を統合して考えるに、伊織と様刻が人識と顔見知りで、その二人が鳳凰に追われている、といったところか?
ならば、人識がその二人のもとに救出に向かうよう仕向ける、というのはどうだろう。
『変身後』の水倉りすか。その能力の高さを多少大げさにでも印象付けさせ、僕を殺せば人識も必ず道連れになるということを強調し、目的を僕たちから一旦『仲間の救出』にシフトさせる。
一時しのぎではあるが、悪い策ではない。
問題は、玖渚がこの提案に乗ってくるかどうかだが――

「悪ぃんだけどよ」

不意に人識が僕へと話しかけてきた。思考に向いていた意識を慌てて持ち直す。

「もう一人話したいやつがいるんだが、いいか?」

話したいやつ?
今度は何をする気だ? ……いや、そもそもそんな申し出を許可できるわけがない。つい看過してしまったが、さっきの電話を許してしまったこと自体がすでに失敗だった。
聞いた限りここの場所を伝えたようなそぶりはなかったが、玖渚に一度してやられているだけに油断はできない。メールも電話も、こちらから連絡をとらせるのは一切却下だ。
僕がそう言おうとすると、人識は「時間はそんなに取らせねーからよ」と言って、持っていた携帯を玖渚に放って返した。
……電話をかけようとしたわけじゃないのか?
意図を図りかねている間に、人識の右腕と握られた刀が再び持ち上がる。
蝙蝠の持っていた日本刀、絶刀・鉋。
それをゆったりと、身体と垂直に構えなおし、



「曲識のにーちゃんを殺したやつと、ちょっとな」



その切っ先を、りすかの左胸に突き刺した。



「あ――――っ!!?」

素っ頓狂な叫び声を玖渚は上げた。さっきよりさらに唖然とした表情で「こいつは何をやっているんだ」みたいな目を人識に向けている。
声こそ上げなかったものの、僕も同じような表情をしていたに違いない。こいつは一体、何をやっているんだ?
ごぼ、とりすかの口から血が溢れ出る。悲鳴ひとつ上げさせる暇もない、鮮やかな瞬殺だった。
刀の先端はりすかの身体だけを正確に貫き、ほとんど密着していた僕の身体には触れてすらいない。完全にりすかだけを狙って殺している。
りすかの『変身』を、こいつは知っていたんじゃなかったのか?
わけのわからないまま、首に回していた腕を解く。支えを失ったりすかの身体は、当然ながらその場に崩れ落ちる。どくどくと大量の血を流し、あっという間に室内を真っ赤に染め上げた。

582禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:39:53 ID:IXc1UhAM0
りすかの身体が溶解を始める。腕が、足が、胴が、頭が、物理的な意味で崩れ落ちる。どろどろに、ぐちゃぐちゃに、室内に満ち溢れる血の海に混ざり合い、その一部になる。
扉が破壊されて開きっぱなしになった入り口から、廊下にまでその血液は流れ出る。ここが密室だったら、すでに天井近くまで『水位』は上がっていただろう。

『のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず
 のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず
 まるさこる・まるさこり・かいきりな る・りおち・りおち・りそな・ろいと・ろいと・まいと・かなぐいる――』

りすかの詠唱が始まっても、人識は逃げるどころか微動だにしない。何かを決意、いや覚悟したような眼差しで、その行く末をじっと見ている。
もはやその場にいる全員が、固まったように動けなかった。おそらく人識を除いて、誰もがこの展開についていけていない。

『かがかき・きかがか にゃもま・にゃもなぎ どいかいく・どいかいく・まいるず・まいるず にゃもむ・にゃもめ――』


『にゃるら!』


長い長い詠唱が終わり、血の海の中から『彼女』が現れる。
そのしなやかな肢体が姿を現すにつれて、室内を満たす血液が、廊下に流れ出していた血液が、彼女を中心として吸い込まれるように引いていく。
ネコ科の猛獣を連想させるすらりとした体格。
赤い髪、赤いマント、鋭角的なデザインのベルト、手袋、ボディーコンシャス。
燃え上がるような赤い瞳に、濡れたような唇。
十七年の時を『省略』し、二十七歳の姿となった水倉りすかが、今ここに顕現した。

「……よお」

先に言葉を発したのは人識だった。いまや大人と子供ほどの身長差となり、りすかを完全に見上げる形になってしまっている。
それでも、人識に臆したような気配は一切なかった。臨戦態勢を取るでもなく、まっすぐに『赤き時の魔女』と相対する。

「…………」

対して、りすかのほうは無言だった。いつものような高笑いもなく、不遜に腕を組み、目の前の相手を睥睨している。
手に握られているのはいつものカッターナイフでなく、黒神めだかのデイパックから手に入れた刀子型のナイフ『無銘』。
りすかの身長と相まって、まるでちっぽけに見える刃物だが、そんなことはもう関係ない。今となっては、人識の握る二振りの日本刀すら頼りなく見える。
にもかかわらず、りすかの表情にはなぜか余裕がなかった。
笑顔ではあるが、いつもの不敵さはない。目を細め、人識に対し鋭い視線を送っている。
警戒している?
『変身後』のりすかが、ただの人間である人識に対して?

「あんただったな、曲識のにーちゃんを殺したのは」
「……曲識ィ? 誰だよそいつ」

りすかがようやく人識に応じる。ドスの利いた、いかにも不機嫌そうな声色で。

「ああ、あいつか? 燕尾服着た長髪のやつ。おいおい、まさかわたしに恨み言連ねようってんじゃねーだろーな、ガキ」

零崎曲識――動画に出ていたあいつか。
りすかが最初に殺され、最初に殺した相手。

「先に手ェ出してきたのはあの燕尾服のほうだぜ。ただ道聞こうとしただけのわたしに対して、ロクな会話もなしで殺しにかかってきやがってよ。
 しかもあの野郎、殺したわたしの内臓首に巻き付けて恍惚としてやがったぞ。綺麗な顔して超ド級の変態じゃねーか。ネクロフィリアにしてもレベル高すぎんだろ」
「…………」

人識の表情がとても微妙なものになる。身内の恥を暴露されていたたまれないとでもいうような、苦々しい表情に。

「んで」

くいっ、と。
握ったナイフを、ステッキのように軽く振る。

「そのド変態の『家族』だっつーお前は、わたしをどうしてくれるってんだ? 人の心臓ぶっ刺して、その上でわたしに何の用だ?
 このわたしをわざわざ呼び出しておいて、まさか何もありませんなんて心底笑えねー冗談かますつもりじゃねーよな」

583禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:41:08 ID:IXc1UhAM0
「頼みがある」

おもむろに、両手に持っていた刀の先をすとんと足元に落とす。まるで害意がないことを示すように。

「あんたの使う『魔法』とやらについて、俺は正直さっぱりなんだがよ――前にあんた達がやったみたく、誰かを『別の場所へ移動させる』なんてことは、今この場でできるのかい?」

意図の読めない質問に、僕はただ困惑する。
何だ? 今度は何を言う気だ、こいつは?

「もし可能だってんなら、これから俺が言う場所に、その『魔法』を使って俺を飛ばしてくれねーかな。瞬間移動みてーに、ぱーっと」
「…………!?」

はあ!?

「ああ、ついでにこいつも一緒にな」

玖渚の襟首をつかんで、猫のように持ち上げてみせる。

「そうしてくれたら、俺はもうあんたらを付け狙うようなことはしない。二度と、金輪際あんたらの目の前には姿を現さないと約束する。こいつにも約束させる」

言われて、玖渚は「えぇ〜」とあからさまに不満そうな声を出したが、人識に頭を一発小突かれて静かになる。

「こいつが暴走しそうになったら、俺が責任を持って始末する。それでどうだ?」
「…………」

今度こそ、本当に何を言っているのかわからなかった。
いや、言葉としての意味は分かる。そして、可能かどうかで言ったら、おそらくは可能だ。
魔法による空間の移動。正確には、ある場所へ移動するまでの時間の『省略』。
りすかの魔法は、基本的に自身の内側にしか作用しない。
手順を踏めば他の人間の時間も一緒に『省略』することはできるが、相性の問題もあるし、必ず成功する保証はない。蝙蝠との実験で証明済みだ。
しかし、今の二十七歳の姿である水倉りすかの場合、魔力の高さや規模の大きさ以前に、使用できる魔法の範囲がまるで違う。
伝説の魔法使い、『ニャルラトテップ』水倉神檎の愛娘。
その身体に織り込まれた膨大な魔法式は、大げさでなくありとあらゆる『時間』への干渉を可能にする。
手順としてはこうだ。人識の身体のどこでもいい、傷をつけて血を流させ、そこをりすかの血液と『同着』させる。
あとは人識が「ある場所へたどり着く」という結果が未来として確定してさえいれば、その移動時間を『省略』してやることで、目的地まで『飛ばす』ことはできるはず。
その気になれば、物質を『時間軸から外す』ことで消滅させることもできるりすかだ――その程度のことは可能だろう。
可能だろう――が、
それはあくまで「できる」というだけで、「やる」理由がりすかには全くない。
この場における生殺与奪の権は、すでに人識からりすかに移っている。人識の出した『提案』も、今となっては何の意味もない。
約束するも何も、ここでりすかが人識を亡き者にしてしまえばいいだけの話なのだから。
取引としては成立していないし、頼みというには虫が良すぎる。
……ていうかこいつ、りすかの魔法をただの空間移動と勘違いしていないか?
そんなチャチなものだと思っている時点でおめでたいというか、認識の仕方が曖昧すぎだろう。
合理性がどうとか以前に、そんな認識で取引を持ちかけるなんて、もはやただの無為無策だ。
行き当たりばったりの、圧倒的に分の悪い賭け。
その申し出を聞いて、りすかは、

「あーっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

哄笑した。
堪えきれなくなったという風に。

「ははは――どんな面白ぇ台詞謳ってくれんのかと思えば、予想以上に笑かしてくれんじゃねーか。これほどまでに愉快なやつだとはよもや思わなかったぜ、顔面刺青くんよ」

直後、りすかの両目が「くわっ」っと音が聞こえそうなほど大きく見開かれ、破顔から一転、凶暴な形相になる。

584禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:41:45 ID:IXc1UhAM0
瞳孔すら開いているようなその表情で、片手に構えたナイフを人識の右頬、刺青の上にぴたりと押し当てた。

「身の程知らずもここまで達するともはや称賛に値するな、駄人間。
 どうやら貴様は、自分がどんな罪を犯したのかわかってねーらしい。わたしが一から順に罪状読み上げてやっからよく聞いて理解しやがれ。
 ひとつ、わたしの大事なキズタカにその汚ねえ足で蹴りを入れやがったこと。
 ふたつ、無抵抗でか弱い魔法少女であるわたしを野蛮にも拉致監禁したあげく、その刀で貫いてくれやがったこと。
 みっつ、高貴で美しき魔法使いであるこのわたしの魔法を、こともあろうに『利用』しようとしやがったことだ」

ぐん、とりすかの顔が人識の顔に接近する。鼻と鼻が触れそうな間合いで視線を受けながら、なおも人識は身じろぎひとつしない。

「わたしたちにここまで無礼を働いておいて、まんまと逃げおおせようってのか? それもわたしの魔法を『使って』!
 ご都合主義にも程があるぞ、人間。それとも貴様は、わたしがその『お願い』に応じようと思うような何かを、今ここで提示してくれるってのか?」

ナイフが頬に食い込む。
そこに刻まれた刺青を両断するがごとく、すうっと一筋の傷がつけられ、そこから鮮やかに血が流れ出た。
実質、これが最後通牒だろう。
魔法を使うまでもない。そのままナイフを首筋に移動し、頸動脈を切り裂いてしまえばそれで終わりだ。
この場で人識が提示できる条件などあるわけがない。何か言ってきたとしてもハッタリだろう。

「あんたらにはわからねーだろうがよぉ――」

しかし、その認識は間違っていた。
人識はすでに提示していたのだった。何にも代えがたい条件を。

「零崎一賊に属する者が、家族に手ェ出したやつを目の前にして見逃してやるなんてことはよ、本来、天地がひっくり返ってもありえねーほどの破格の条件なんだぜ」
「…………」
「さっきの、ガキん時のあんたの質問に答えておくとよ――俺にとって、人殺しってのは何でもねーし、人を殺すことで何かを感じることもねーよ。
 この青髪娘から聞いてねーか? 『零崎』にとって、人殺しってのは『そういうもの』でしかない、ただの行為なんだよ」

僕も、りすかさえも人識の言葉に聞き入っていた。
聞く必要もない戯言を、不覚にも。

「だがな、それはあくまで『零崎』としての性質の話だ。『零崎一賊に属する者』という括りのほうで言えば、連中が人を殺す理由は『家族のため』だ。
 『家族のためならどんな行為にでも及ぶ』――そんなくだらねー信念背負った連中だ。ただの殺人鬼が、家族のためとなった途端いっとう目の色変えて馳せ参じるんだぜ。
 まあ俺にとっての家族なんざ、指折り数えられるくらいしかいねーが。ついさっきまで、指一本あれば足りたしな……ああ、一人はもう死んでるから今も一本で足りるか」

それはもう、何の意味もない独り言のように聞こえた。
しかしそれでも、りすかは動かない。

「そのたったひとりの家族が危険な目に遭ってるって時に駆けつけねーとか、そんなもん家族として失格だろ。兄貴にあの世からぶっ殺されるっつーの。
 いいか、よく聞け。『零崎』にとってはな――」



「家族を守るためなら、敵を信じることも、命を預けることも、何でもねーんだよ」



「…………っ」

一瞬。
ほんの一瞬だけ、りすかが気圧されたように見えた。
大人と子供、天才と凡人以上の開きがあるはずの人識に対して、今のりすかが。
称号持ちの魔法使いさえ赤子同然に扱える今のりすかが、魔法すら使えないはずの人識に対して。

「殺さば殺せよ。今さら逃げも隠れもしねー。ただし俺を殺したら、いずれ必ず俺の『妹』があんたらの前に現れるだろうぜ。大鋏口に銜えてよ。そこは精々覚悟しておくこったな」
「…………いい度胸じゃねえか」

りすかの持つナイフが、頬から首筋に移動される。

「このわたしを前に、ここまで舐めた態度取り続けたやつはそうそういねーぜ、駄人間」
「ありがとよ」

少年のようなさわやかな笑顔で、殺人鬼は言った。

「俺のことを殺人鬼と知ってなお『人間』と呼んでくれたやつは、多分あんたが初めてだぜ、お姉さん」

585禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:42:19 ID:IXc1UhAM0
 


   ◇     ◇


 
『真庭鳳凰』 G-6 薬局


「誰もおらぬ――か」

動き始めてからは早かった。
付け替えた足の感覚にもだいぶ慣れてきている。目的地の薬局にたどり着くまでに、それほどの時間は要しなかった。
建物に明かりは灯っていたが、中は蛻の殻だった。一通り店内を見回っては見たが、何者かが潜んでいる気配もない。

「しかしながら」

収穫がなかったというわけでもない。店内のそこかしこに、つい先刻まで人がいたと思しき痕跡が見られたのだ。血の匂いも微かに漂っているのがわかる。
伊織と様刻であると断定はできぬが、その可能性は高い。
やはり我の考えは間違ってはいなかった――自然、頬が緩む。
おそらく奴らは、我の想像通りここで怪我の治療と休息を取っていたのだろう。その最中に、あの機械で我の接近を知り、ここから逃走した。
この「逃走した」という部分が肝要だ。少なくとも奴らは、まだ我を迎え討つ用意ができていないということ、逃げなければいけない状態にあったということが読み取れる。
さらに、室内の痕跡の新しさからしても、まださほど遠くには行っていないはず。
奴らのうち、伊織のほうは両足を折っている。二人で移動しているとすれば、移動の速度も相当に遅いはずだ。
今の我の身体でも、居場所さえ知れれば容易に追いつける。

「……む?」

床に目を落とす。何か違和感を捉えたような気がしたのだが…………これは、水か? 床の上に水滴が落ちているのがあちこちに見える。
そういえば先程見た椅子にも、何者かが座った跡と水のこぼれたような跡があった。
よもやと思い、床の水滴をたどってみる。結果、それは店の裏口まで続いていた。扉は閉まっているが、施錠はされていない。
取っ手に触れてみると、そこにも水が付着していた。
思わず笑い出しそうになる。どうやら奴ら、故意か過失かはわからぬが身体を濡らした状態にあるらしい。水滴を落として放置するとは、追われている自覚がないのか?
裏口――すなわち、我が入ってきた入口と逆方向の出口。
我の来た方向と反対側からわざわざ出ていることからも、ここにいた者らがあの首輪探知機とかいう機械を所有していることは明らかだ。
明確に我を避け、我から逃げる動き。ここにいたのは、奴らで決まりだ。
扉を開ける。地面を注視すると、微かにではあるが水の滴った跡と、新しい足跡が残っていた。この暗闇の中でなら追えないと思っていたか。舐められたものだ。
再び地を這ってでも追うつもりではいたが、これほど新しい痕跡が残っているならばすぐにでも追跡できる。

「今度こそ――だ。今度こそ、奴らを殺す」

ぎり、と包丁を握りしめる。
我が近づけば奴らも逃げるだろうが、そんなことはもう関係ない。奴らが力尽きるまで追い続けるだけだ。
戦略はどうする? 必要ない。この包丁でただ刺すのみだ。
顔の傷はどうする? 問題ない。処置している時間が惜しい。
真庭の里の復興も、我らの悲願も、今はどうでもよい。奴らを殺すこと、今はそれのみに心血を注ぐ。

「せいぜい震えて逃げるがよい。櫃内様刻、無桐伊織」

扉の外に一歩、足を踏み出す。

「貴様らの首、必ず我の眼前に並べ揃えて晒してくれる――!」




「あー、悪ぃけどその無桐伊織っての、俺の身内なんだわ」




背後から、だった。
その声が背後から聞こえてくるまで、全く、何の気配も感じ取ることができなかった。足音も、扉が開く音も、衣擦れの音も、何一つ。

586禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:42:53 ID:IXc1UhAM0
まるでその存在が、我の背後に立つまでの一切の『時間』を、丸ごと『省略』してしまったかの如く。

「一応、俺はあいつの『兄』らしいからよ、見ず知らずの男に――いや女か? 声は男だな……
 まあどっちにしろ、どこの馬の骨とも知れん奴に、おいそれと『妹』の首やるわけにゃいかねーんだよ」

振り返ろうとするが、首が動かない。
何者だ、と問おうとする。声が出せない。
その理由は明白だった。振り返るまでもなく問うまでもなく、目の前にはっきりと示されていた。
刀が。
日本刀の刃が。
絶刀・鉋の刀身が、口から突き出していた。

「それとよぉ――『並べ揃えて晒してくれる』とか、人の決め台詞微妙にパクんじゃねーよ。俺がその台詞考えんのにどんだけ頭ひねったと思ってんだ」

蝙蝠の忍法のように体内から飛び出したわけではない。後頭部から口腔へ突き抜けるような形で、一本の刀が、我の頭を串刺しにしていたのだった。
馬鹿な、どうやって。
これほどの気配――これほどの『殺意』に、今の今まで気付かなかったなど!

「女子高生つけ狙うとか、世間じゃそういうのストーカーっつうんだぜ? いい大人なんだから、そのくらいの常識は身につけとけよな。
 そういやひとつ訊きてーんだが、ここ、薬局であってるか? 今回は道に迷ったっつーわけでもねーんだが――――あ」

背後の何かが、今ようやくそれに気付いたとでもいうように、はっとした声を出す。
溶暗する意識の中で我は、それが発する言葉を最後に、聞いた。

「悪ぃ、殺しちまったよ。死にぞこないの噛ませ犬さん」



【真庭鳳凰@刀語 死亡】
 


   ◇     ◇


 
『零崎人識』 G-6 薬局


「ああ、確かに薬局で間違いねーな、ここ。すげーな、本当に一瞬で移動したぜ」

店内から絆創膏だのガーゼだのを適当に手に取りながらそう呟く。

「あー痛ぇ――あの女、人の刺青(トレードマーク)わざわざ傷つけやがって。髪切られた方がまだましだっつーの」
「しーちゃん、僕様ちゃんの手も止血して」
「へいへい」

切られた頬と、同じように軽く切りつけられていた玖渚の手の甲を絆創膏やらで処置してやる。
どうやら俺と玖渚は、目的地への移動に無事成功したらしい。
実際に体験してみると、その異様さはよくわかる。『呪い名』の連中みてーな小細工とはまるで一線を画した能力。
なるほど、これが『魔法』ね――曲識のにーちゃんでも歯が立たねーわけだ。

「うええ、気持ち悪い…………頭がぐらぐらする」

玖渚の方はというと、乗り物に酔ったみたいに青い顔をしていた。移動するとき世界が歪むような感覚は確かにあったが、どうやらそれにあてられたらしい。
副作用みてーなもんか? 俺は平気だが、そこは個人差があるんだろうな。

「あのさぁ……しーちゃん」

玖渚が呆れたような目で俺を見てくる。

「情報提供したのは僕様ちゃんだし、来てもらったのもありがたかったけどさ……ああいう無茶に、僕様ちゃんを巻き込まないでもらえるかな。
 絶対死んだと思ったもん。あんな要求、普通に考えたら通るわけないって」

587禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:43:25 ID:IXc1UhAM0
「奇遇だな、俺も無理だと思ってたわ」
「だから一人でやってよそういうのは!」

ぎゃあぎゃあ喚く玖渚の頭を小突いて黙らせる。結果的に助かったんだからいいだろうが。
まあ、確かに無茶だったわな。
ていうか、あの女の胸に刀ぶっ刺した時に一番「やらかした」と思ってたのは多分俺だ。完全に勢いでやっちまったからな、あれ。
その後はもう、口八丁の連続だった。あることないこと、手当たり次第に口から出るに任せた結果だ。それでうまくいくってんだから、案外言ってみるもんだ。
今回ばかりは、『あいつ』に感謝すべきかもしれねーな。
本当に便利だぜ、あいつお得意の『戯言』ってのはよ。

「しーちゃんさ、本当に『魔法』について何も知らなかったの? よくぶっつけで『飛ばして』もらおうなんて思ったね。どこに飛ばされるかもわからないのに」
「一度目の前で披露されたことはあったぜ。あのときは意味不明だったけどな」

ある意味、零崎一賊の全員があの『魔法』に手玉に取られてたみてーなもんだ。そう思うと、とことん恐ろしい能力だと認めざるを得ねえ。

「それに、どこに飛ばされるかはともかく『ここ』に飛ぶ心構えだったら、少なくとも俺の中では出来ていた」
「そうなの?」
「知らねーか? 『零崎』の人間ってのは互いの居場所がある程度、感覚で把握できるんだよ」

伊織ちゃんがどこにいるのか電話があるまではおおよそにしか把握できていなかったが、『G-6の薬局にいる』と聞いた瞬間から、『この場所』は俺の中でイメージとして確立していた。
もともと空間把握は得意だからな、俺は。地図さえ見れば、距離や道筋まである程度なら構築できる。

「ふーん……案外、それが奏功したのかもね。僕様ちゃんたちがうまいことここに移動してこれたことにさ」
「あ? ここに移動させたのはあの女の能力なんだから、俺の心構えは関係ねーだろ」
「いや、僕様ちゃんもよく知らないけど、あの『魔法』は運命干渉系ってやつらしいからさ……しーちゃんがここに『来れる』って仮定が重要なのかもしれなかったってこと――
 ところで結局、しーちゃんが殺したこの人は誰だったんだろうね」

いつの間にか玖渚は、床にしゃがみ込んで俺がさっき刺した死体を検分していた。

「せめて名前くらい聞いてから殺そうよ。『零崎』にこんなこと言っても仕方ないだろーけど、利用できそうな人まで殺しちゃったら勿体ないじゃん」
「うるせーな。いきなり目の前にいたから反射的に刺しちまったんだよ」

なんかヤバい殺気放ってたし、包丁とか持ってたしな。
目の前であんな殺気出されたら、俺じゃなくても身体が動くっつーの。

「ていうか、どうせこいつが真庭鳳凰だろ。様刻と伊織ちゃんの首がどうとか口走ってたし」
「うーん、顔が滅茶苦茶だからなあ……着物はこれ、否定姫のだよね? 動画に映ってたのと一緒だし――あ、しーちゃん、見てこれ」

着物の懐から転がり出た何かを見せてくる。
……人の顔?

「何だそれ、面か?」
「真庭鳳凰の顔。理由は分からないけど、自分の顔切り取って他の人の顔をくっつけてたんだろーね。金髪ってことはやっぱり否定姫かな。何でズタズタになってるのかは不明だけど」
「ああ、忍法命結びだとか何とか聞いたっけな……」

あっちが魔法ならこっちは忍法か。全く、そんなんばっかだな。
何にせよ、狂人の考えなんざ考察するだけ時間の無駄だ。

「じゃーこいつが真庭鳳凰ってことでいいな。一件落着、お疲れさん」

鳳凰の顔をその辺に放り投げる。包丁やら何やら着物の中に隠し持ってたみたいだが、大した刃物はなかった。俺はこっちの日本刀で十分だ。
とりあえず、伊織ちゃんたちここに呼び戻しとくか……結果論とはいえ、あいつら移動させた意味ねーな。
携帯を取り出し、伊織ちゃんの番号にかける。戻ってきていいとだけ伝え、後はこっちで説明すると言って一方的に切った。

「はあ…………」

今になって急に、あの時の電話で自分が何を言ったのか記憶として蘇ってくる。自分がどんな風にキレていたのかまで鮮明に。
あー……やっちまった。あの魔女っ娘を刺した時よりよっぽど「やらかした」だ。マジで口が滑った。なんであんなことでキレたのか自分で理解に苦しむ。
なんか普通に落ち込む……うわーどうしよう、いらねえネタ提供しちまった。本気でどんな顔して会ったらいいのかわかんねえ。

588禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:44:31 ID:IXc1UhAM0
これだから『家族』とかいうのは面倒くせえんだ。
その言葉を盾にして説教してた俺も俺だが……

「ねえ、しーちゃんしーちゃん」
「お前はまず俺の呼び方をどうにかしろ」
「今さらだけどさー、本当によかったの? 供犠創貴と水倉りすか。一賊の敵なのに見逃しちゃって」
「あ? いいんだよ。そもそも俺は、他の一賊の連中と違って敵討ちとかどうでもいいんだっつーの。一応、兄貴への義理としてぶっ殺しておこうと思ってただけだ」

自分が手玉に取られたことに対する意趣返しの意味もあったが。

「舞ちゃんのことはあんなに心配してたのに?」
「今それを言うんじゃねえ……」

本当、過去の自分をぶん殴りたくなる。いらん言質与えてんじゃねーよ。
まあ、『零崎』の中で生き残ってんのはあいつだけだしな……この殺し合いごっこの最中くらい、家族ごっこに興じてやるのも悪くねぇとは思う。
一応、兄貴との約束もあるし。
俺の言葉に玖渚は「ふーん」と生返事で答える。自分から聞いといて興味なしかよ。

「んじゃあさ、僕様ちゃんを一緒に連れてきてくれたのは何で?」
「…………」

無視して店の奥へ歩いていくと、後ろから玖渚もとてとてついてくる。俺が殺人鬼だってこと理解してんのか、こいつ。

「しーちゃんが水倉りすかに提案持ちかけた時さ、僕様ちゃん、絶対に交換条件のネタにされると思ったんだよね。『玖渚は殺していいから、自分のことは見逃してくれ』みたいに」
「ああ、その方法もあったな。是非そうすべきだったわ」
「そっちのほうが成功率としては高かったでしょ? 危険度増やしてまで、僕様ちゃん連れてきてくれた理由はあるの?
 言っとくけど僕様ちゃん、あんな『約束』守る気なんてないよ。供犠創貴と水倉りすかのことだって全然許してないし。しーちゃんはそれでもいいの?」

そろそろうざくなってきたので、何となく、とか気まぐれだ、とか適当な言葉であしらおうと「そんなもん――」と言いかけたところで、玖渚のきょとんとした目に見つめられ、言葉に詰まる。
やれやれ……こいつといると調子が狂う。あの戯言遣いは何やってんだか。今度会ったら速攻で押し付けてやるからな。

「……伊織ちゃんに頼まれたからな、お前のことは」

全く、心底ダセェ役回りだ。
これじゃまるで、俺がいいやつみてーじゃねえかよ。

「お前のこと見捨てて俺だけ逃げてきた、なんて言ったらあいつに怒られるだろうが。『妹』に叱られるなんざ、俺は真っ平御免だっつーの」
 


   ◇     ◇


 
『供犠創貴』 D-6 ネットカフェ


「りすか、平気か?」
「……ん、大丈夫」

ネットカフェの一室。
さっきまで四人の男女がひしめいていたこの空間に、今は僕とりすかの二人しかいない。
りすかの『変身』はすでに解けている。少し疲弊した様子で、体を横たえている。
僕はそこから少し離れたところに、壁に背をつけて腰を下ろしていた。人識が破壊した扉が室内に倒れていて邪魔だが、片づける気力もない。僕も正直疲れていた。
服の袖で顔を拭う。蹴られた痛みはまだ引かない。りすかに『治療』してもらえればよかったのだが、あの後すぐに変身は解けてしまったので、その暇はなかった。
診療所から持ち出してきた諸々の応急処置品で事足りたので、さしたる問題でもなかったのだが。
それよりもりすかの消耗具合のほうが、僕には気がかりだった。『変身』が解けた後、りすかは軽い貧血のような症状を起こし、その場にへたり込んでしまった。
りすかにとって『血液』とは『魔力』そのものなので、『貧血』というのは実際問題として洒落にならないものがあるのだが……
ただしりすか自身は「少し休めば元に戻る」と言っていたので、精神的なものも少しあるのかもしれないと思い、今こうして休息を取っている。

「…………」

結局。
あの後りすかは、人識と玖渚を魔法によりこの場から移動させた。人識の頬の傷、さらに後から玖渚につけた傷からの血液を自身の血と『同着』させ、人識が玖渚を運ぶ形で。
『省略』の魔法を使ったのか、それとも別の時間操作を利用したのかは僕からは判然としなかったが、とりあえず二人とも、この空間からはいなくなった。
人識の要求を、完全に呑んだ形だ。

589禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:45:06 ID:IXc1UhAM0
ただし、人識たちが無事に目的地――人識が指定した『エリアG-6の薬局』――まで移動できたかどうかは定かではない。
二十七歳のりすかが行使した魔法とはいえ、『同着』はしても『固定』の段階は無視していたし、相性の問題もある。
もし『省略』の魔法を使ったのだとしたら、操作するのが人識の内在時間である以上、『目的地に着く』という『未来』が確定していなければ全く別の場所へ移動しているかもしれないし、
下手をすれば時空の狭間に永遠に放り出される可能性だってある。ほんの数時間程度の『省略』とはいえ、二人の肉体と脳が時間の加速についていけるかどうかもわからない。
それでも僕には、あいつらが移動に失敗したとは思えなかった。
りすかに対する信頼もあるが、魔法が発動する際の、人識のあの確信的な、成功することを全く疑っていない表情。
あれを思い出すと、どうしても『失敗した』という『未来』を想定することができない。

「キズタカ……本当に、これでよかったの?」

りすかの弱々しい問いに僕は「ああ、いいんだ」と短く答える。
人識たちを魔法でここから移動させたのはりすかだ。しかしそれは、りすかの独断というわけではない。
最終的には、僕が許可した。
そいつらの望むようにしてやれと、僕がりすかに言ったのだ。
今のりすかと違い、あの状態のりすかは僕の命令に従うほどのしおらしい性格は皆無だけれど、少し虚を突かれたような顔をしただけで、黙って魔法を発動させていた。
僕が指示したからそうしたのか、あるいは最初からそうするつもりでいたのか。
それを考えることに意味はない。僕が指示して、りすかがそうした。それがあの時のすべてだ。

「…………」

なぜあんな要求を呑んだのか、理由を聞かれても明確には答えられない。
あの状況で僕が下すべき指示は「殺せ」以外になかったとは思う。人識の言った約束を信じたわけでもないし、連中を助けてやる道理などひとつだってない。
あれでは本当に、こちらの切り札であり最終手段である大人りすかを、あいつらの手助けをするために使ってしまったのと同じだ。
千載一遇の好機を、完全に棒に振ってしまった。
しかしそれを言うなら、そもそもその千載一遇の好機を僕たちに与えたのは人識自身だった。
人識が自分を「飛ばせ」と頼んだのは、仲間を救うためだったというのはわかる。
ただ、ここから目的地であるエリアG-6までは会場全体でみればそう離れているというわけでもないし、禁止エリアによって分断されているわけでもない。
それに向こうには様刻という仲間もいたはずだ。電話での会話を聞く限り、あそこまで短兵急に駆けつける必要があったとはどうしても思えない。
追いつめられていた僕たちとは違い、人識のほうはこの場から立ち去ろうと思えばそのまま立ち去ることができた。「二度と僕たちの前に現れない」というあの約束をするまでもなく。
僕たちに人識を見逃す必要がなかったように、人識にりすかを『変身』させる必要などなかった。
ましてあんな分の悪い、しかも命を懸けた『要求』を提示する必要性など、どこにもなかった。
にもかかわらず、あいつはそうした。
何の迷いもなく、その選択肢を選んだ。
まるで「その方法が一番早く着くと思ったから」とでも言うかのように。
僕が攻略法を考えている間に、あいつはショートカットの方法を考えていた。
いや、考えてすらいない。あんなもの、思い付き以外の何物でもあるまい。計算が少しでも働いていたならあんな選択、逆にしないだろう。
仲間のために――いや、
『家族』のために?

「……零崎、人識」

ひとつだけ、確かに理解できたことがある。
僕はあいつを、魔法も使えないただの人間だと思っていたし、いつもと同じように排除するべき障害だと認識していた。
しかしそれは、どちらも間違いだった。あいつは『人間』ではないし、乗り越えるべき『障害』でもなかった。
あれは、忌避すべきものだ。
『駒』として使えるかどうかとか、『敵』として倒すべきか否かとか、そういう次元にすらない。あれを『殺す』とか、そういった意味での関係性すらこれ以上持ちたくはなかった。
零崎軋識と対峙した時、僕はあいつの中に『人間らしさ』を感じた。無差別殺人鬼、殺意の塊のようだと認識しながら、同時に人間ゆえの矛盾した感情を見出した。
だからこそ、『零崎』の放つ殺意には何か理由があるのだと僕は考えていた。
無差別な殺人、理由なき殺意にも、根源のところまで遡れば『零崎』としての性質を形成する何がしかの原初的な記憶や体験があるはずだと、そう思っていた。
それが間違いだということを、零崎人識という存在に触れて理解した。
『あれ』の殺意に、理由などない。

590禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:46:57 ID:IXc1UhAM0
人識だけが異質なのか、他の零崎もそうなのかはわからない。ただ、あいつに限っては嫌というほどに理解させられた。
『殺人鬼』として生まれ、『殺人鬼』として殺す。
真実、何の理由もなく。
そんなものを人間と呼べるはずがない。人間としての資格を有していない。
人間として――失格だ。
『あなたは本当に、人間なんですか?』――りすかのあの問いこそが、実のところ本質をついていたのだ。
りすかがあそこまで人識に恐怖していた理由が今ならわかる。あんな存在に何度も触れていたら、人間の定義を疑っても無理はない。
そして何よりも恐ろしいのが、その理由なきはずの殺意を『家族』のために行使できるというところだ。
四方八方に撒き散らすしかないはずの衝動を、血も繋がっていない他人のために、ひとつのベクトルへと向けて発揮できるという矛盾。
根柢のところでの精神が、普通の人間と違いすぎている。
行動にまるで予測が立たない。
人識が本当に僕たちの前に「二度と現れない」かどうかはわからない。ただ、もし人識があの約束を律儀に守ってくれるとしたら、それは僕にとって成果ではある。
殺すことは確かにできた。しかしその場合、人識が忠告していた通り『妹』だという無桐伊織が、確実に僕たちの前に現れるだろう。
あんなものにこれ以上付きまとわれたら、本当に取り返しのつかないことになる。
あれらと関係を持つことで、どれほどの歯車が狂い、どれほどの成果が台無しになるのか、考えるだけで怖気が走る。
何が間違いだったかというなら、僕らは始めから間違っていたようなものだ。
りすかは曲識と出会った時から、蝙蝠は双識に手を出した時から、僕はその蝙蝠と手を組もうとした時から。
あの連中と――『零崎』と『関係』を持ってしまった時点で、僕らの歯車は徹底的に狂っていた。
『零崎』と、ついでに蝙蝠ともこれで関係が切れたのだとしたら、それだけでもう万々歳の結果だ。そうでも思わなければやってられない。

「……ねえ、キズタカ」

りすかが軽く身を起こす。顔色は依然として良くはない。

「さっきわたしが『変身』した時なんだけど、いつもと違うのが、その『変身』した後の感じだったの」
「いつもと違う?」
「うん……そう思ったのが、一回目に『変身』した時からだったんだけど、より違和感があったのが、さっきの『変身』だったの」

りすかが言うには、大人バージョンになった際の魔力というか、性能そのものが大幅に弱体化していたのだという。
一回目は気のせいと流していたが、今回、二回目の『変身』にあたって、その弱体化はよりはっきりと違和感として現れたらしい。
おそらくそれも僕たちに課された『制限』のひとつなのだろうけど、考えてみればそれを抜きにしても、りすかの魔力が下がるのは当然のことと言えた。
この殺し合いが始まってそろそろ二十四時間が経つが、その間に使用した魔法、つまりは消費された魔力の量は『変身』にも影響を及ぼす。
りすかが魔法を使うたび、その身体を構成している血液もまた、段階的に消費されていく。そして消費された分だけ変身後のりすかは体の一部が欠けたり、魔力が低下していたりする。
出端に『変身』を一回、『省略』を二回使い、合間に『過去への跳躍』を一回。
ここまで魔力を消費すれば、変身後のりすかが弱体化するのも無理はないことだった。

「うん……でも、それだけじゃないの」

しかしその弱体化も、本来のりすかであれば問題ないことのはずだった。
かつて僕たちがツナギと闘ったとき、変身後のりすかは『魔力が尽きる前まで己の時間を戻す』という裏技で、魔力を全回復して見せた。
あれが、今回の『変身』ではできなかったという。
『失った魔力を元に戻す』という行為自体が、どんな魔法を行使しても不可能だったらしい。

「なるほどね……それこそが『制限』か」

魔法による魔力の回復、リカバリーが不可能となると、りすかの魔力を回復させるには時間の経過に任せるしかなくなる。それも相対的でなく、絶対的な意味での『時間』。
例えば『省略』で十日分の時間を飛ばしたとしても、十日で治る傷を完治させることはできても魔力源である血液はそのまま消費され、元には戻らない。
要するに今のりすかは『無限』であることを封じられている。魔法を使えば使うほど、血液を消費すればするほど、一方的にりすかの力は弱まる。
大人りすかに『変身』したところで、それをリセットすることはできない。どころかその間に使用した魔法の分さえ、魔力は消費される。
完全に魔力を回復させるつもりなら、一日単位で休息をとるしかないだろう。

591禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:48:23 ID:IXc1UhAM0
僕の血液を分け与えてやるという方法もあるが、りすかと違い、僕の身体には元から小学五年生並の量の血液しか詰まっていない。
僕が貧血で倒れては本末転倒だし、できる限り使いたくない手段だ。

「りすか、正直に答えてほしい」

りすかに向き直り、僕は言う。

「さっきの大人モードのりすかで零崎人識と闘っていたとしたら、勝てたか?」

りすかは少し考えるようにしてから、

「あの人があれ以上、何の切り札も隠し持ってなければ勝てたと思う……だけど」

言葉を選ぶようにして、りすかは言う。

「わたしが最初に殺した、零崎曲識。あの人くらいのレベルになると、正直勝てたかどうかわからないのが、さっきのわたしなの」
「…………」

そこまで弱体化しているか……しかも『二回目』でそれとなると、次の『三回目』では果たしてどこまで魔力が下がるか――
いや、そもそも『三回目』があるかどうかも疑わしい。『変身』の回数に制限がない保証はないのだ。最悪、今のが最後の『変身』だという可能性もある。
こうなると、『変身』を切り札として作戦に組み込むのも難しくなってくるな……元から危惧していた事とはいえ、『変身』を無駄撃ちさせてしまったことが心底、痛い。
手切れ金というには、少々高くつき過ぎだ。
りすかが不安そうに見ているのに気付き、僕は「大丈夫だ」と努めて前向きに言う。

「何も問題などない――今回は少しばかり、相手がイレギュラーだっただけの話さ。次からはこうはいかない」

そう、こうはいかない。
僕もりすかもまだ生きている。それは『次』があるということで、次がある以上、いつまでも拘泥しているわけにはいかない。

「今はともかく、りすかは身体を休めておけ。そろそろ放送も近い。それを聞いてから、改めて動きを決めよう」
「ん……わかった」

ランドセルランドで黒神めだかと落ち合う約束をしていたが、今からでは放送までにたどり着けそうにない。
新たな協力者を得るとしたら黒神めだかはその筆頭候補なので、何とか連絡を取りたいところではあるのだが――
と、その時。
突然、店内の明かりがぷつりと消えて、再び停電状態になる。何事かと一瞬警戒しかけたが、非常灯が消えただけだとすぐに思い当たる。
非常灯は基本的にバッテリー式のはずだから、点灯しっぱなしだと一時間かそこらで切れてしまうと聞いたことがある。
そういえばブレーカーを落としてそのままだったな……
僕はデイパックから懐中電灯を取り出し、立ち上がる。

「りすか、ここで少し待っててくれ。見つかるかわからないけど、ブレーカーを探してみる」
「一人で大丈夫なの?」
「すぐに戻る。他に誰かがいる気配もなさそうだし、平気さ」

念のため、グロックは持っていくが。
一階の様子がどうなっているのかも気がかりだし、それもついでに見ておくか……蝙蝠か宗像の死体が転がっていればひとつの朗報なのだが、もしどちらも逃げたとなると後々厄介になりそうだ。
まったく、情報収集に寄ったはずのネットカフェが、僕たちにとって思わぬ戦場になってしまった。
まあ、この殺し合いを攻略するまでの間はどこにいたって戦場には変わらないのだから、文句を言っても始まるまい。
それにしても――零崎人識。
二度と会いたいとは思わないし、他の誰かと殺し合ってさっさと死んでほしいとは思うけれど、僕はあいつのことを生涯忘れはしないだろう。

――家族を守るためなら、敵を信じることも、命を預けることも、何でもねーんだよ。

あんな言葉にほだされたなんて死んでも思いたくはないけれど、『家族』というワードに対して正直、思うところはあった。
あそこまでまっすぐに、いっそ狂信的と呼べるくらいに『家族』というものを重んじるあの姿勢に僕は不覚にも、本当に本当に不覚にも、ほんの少しだけ羨望を感じてしまった。
想像でしかないけれど、りすかも同じことを感じていたんじゃないかと思う。
そうでなければいくら僕が命じたとはいえ、あの好戦的な大人りすかが危険人物をみすみす逃がすようなことはしないだろう。

592禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:48:49 ID:IXc1UhAM0
……ああなりたいとは、さすがに思わないけれど。
ただ、連中が流血で繋がっているというのなら、僕とりすかも『血』という絆で結ばれてるようなものだ。
僕の身体は半分以上がりすかの身体でできている。りすかも時々、僕の血を必要とする。
零崎人識というどうしようもないものと関わってしまったせめてもの教訓として、僕は今一度、りすかとの関係について再確認してみようと、そんなことを思うのだった。
殺し合いの最中に感傷的になりすぎだと言われそうだけど、これは僕のためであり、りすかのためでもあることだ。場所も場合も関係ない。
これももしかしたら、あれと関わったことにより狂った歯車の結果なのかもしれないけれど、そこにはもう目をつぶろう。
とりあえず一階に下りるついでに、ドリンクバーに寄ってりすかのために飲み物でも持ってきてやるとするか――



――――ピィン。



「……ん?」

何だ今の音?
そう思うと同時に、足元に違和感を覚える。何かが引っかかったような、足で何かを引っ張っているような感覚。
懐中電灯で足元を照らす。
これは……糸?
扉が壊され、ぽっかり空いた部屋の入口。その床から少し上の位置に、見えないほどに細い糸が張られていた。
部屋から廊下へ出ようとした僕の足首のあたりに、ちょうど引っかかるような形で。
とっさに足を引く。警戒が一気に押し寄せてくる。
僕が一階からここに来たときには、間違いなくこんなものはなかった。そしてこれは、明らかに『人為的に』張られている。何者かが何らかの目的をもってここに仕掛けたのは明白だった。
では、仕掛けたのは誰だ?
この部屋に、最後に入ってきたのは一体誰だったか?

「あ」

背後でりすかが声を出したのを聞き、反射的に振り返って懐中電灯を向ける。りすかは座ったまま、ぼうっとした目で一点を見つめていた。
目線の先を照らし出す。
そこにあったのはドーナツの箱だった。
部屋の中央で、ドーナツの箱が横倒しになっている。中身をすべて、座敷の上に散乱させて。
エンゼルフレンチ、D-ポップ、ストロベリーホイップフレンチ、玖渚が二つに裂いたポン・デ・リング。
そしてもうひとつ。
色とりどりのドーナツの中に、ひとつだけ明らかに形状の異なるものが混じっていた。
拳銃と同じで『それ』についての詳しい知識は持っていないが、そのあまりに無粋な、あまりにわかりやすい形に、『それ』が何なのか考えるより先に理解する。
手榴弾。
戦争兵器としては割とポピュラーな、投擲型の爆弾。
その傍らに、ピンと思しきものが落ちている。『糸』の結わえつけられた、手榴弾から外れたピンが。
目の前にあるものが、瞬間的に頭の中で統合される。
人為的に張られた糸。
転がった手榴弾。
ピンの抜ける音。


――ブービー・トラップ。



「あの――野郎ォっっ!!」



全力で足を踏み出し、グロックを放り出して飛びかかるように室内に舞い戻る。
畜生、何が「約束する」だあの殺人鬼――ていうか出端に扉ぶった斬って入ってきたのはこれを仕込むための目くらましかよ!
りすかはまだ現状が把握できていないというようにただ目を丸くしている。硬直したまま動けていない。
爆破の規模はどれくらいだ? あと何秒で爆発する? ピンが抜けてから何秒経った?
たしか手榴弾の場合、ピンが抜けてから4〜5秒で爆発すると聞いたことがある。
何とか部屋の外に放り投げ――いや駄目だ間に合わない!

「キズタ――」
「りすか、どけっ!!」

駆け寄って、渾身の力でりすかを突き飛ばす。
とっさの判断で、そのまま手榴弾の上に覆いかぶさるようにして倒れ込んだ。

「――――!!」

スローモーション化する視界の中で、りすかと目が合ったような気がした。
驚いたような、泣き出しそうな、咎めるような、そんな表情。
それに対して僕は。
いつも通りに、自信ありげに、笑って見せた。



次の瞬間。
想像を絶する衝撃が、僕の全身を突き抜けた。

593禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:49:15 ID:IXc1UhAM0
 


   ◇     ◇


 
『零崎人識』 G-6 薬局


「さっきから何探してるの? しーちゃん」
「あ? 糸だよ糸。あるいは糸みてーなもん」

ソファに腰かけて完全にくつろいでいる玖渚を放って、陳列棚やらを物色する。
兄貴からパクった糸が尽きちまったからここで補充しとこうかと思ったが、俺が曲絃糸に使えるような糸となるとなかなか見つからねーな……
玖渚からメール貰ってネットカフェに取って返した後、一階で宗像に切断された糸のうちかろうじて使えそうなやつだけ回収しておいたが、結局あれも『置き土産』に使っちまったし。
あの『置き土産』がどう機能したのか、俺に知る術はない。うまいこと起爆したか、それとも不発に終わったか。今となってはどっちでも構わねえ。
そもそもあれは、いざとなった時の『自決用』あるいは『自爆テロ用』に仕掛けておいたものだしな。完全にヤバいと思ったら、自分から糸を引くつもりだった。
想定してた使い方をせずに済んだだけ御の字と言える。
一人殺せれば重畳、二人とも殺せてたらご喝采だ。
俺が約束したのは「二度と目の前に現れない」だったし、約束違反にはなってねーよな?
それにちゃんと忠告したはずだぜ? 『零崎』にとって、殺しとは何でもない、ただの行為だと。
あんな『忘れ物』にいちいち目くじら立てられても、俺には知ったこっちゃねーんだよ。

「『爆殺』ってのは俺の趣味じゃねーんだがな……かはは、まあそれはそれで傑作か」

一通り探したが、どうやら曲絃糸に耐えるだけの糸は見つかりそうにない。
まあ、俺はそもそも刃物がメインウエポンだし、曲絃糸にしたってあまり多用すべき技術でもねーから、ないならないで構わないんだが。
物探しを打ち切って玖渚のところに戻る。ソファに腰かけたまま、そこらに陳列されていたらしき携帯食をもしゃもしゃ食い散らかしていた。
気分悪いとか言ってなかったかこいつ。

「見つからなかったの?」
「真面目に探してもいねーがな」
「ふぅん。あ、糸なら僕様ちゃんも持ってるよ」
「は?」
「ほら」

デイパックからリールのようなものを三つ取り出す。それぞれに糸がぎちぎちに巻かれていて、ぱっと見ただけでも相当な長さがありそうだ。
持ってたんなら最初から出せよ……

「僕様ちゃんはひとつでいいから、しーちゃんにふたつあげるね」

はい、とリールのうちふたつを手渡してくる。ひとつでいいからって、こいつ自身は何に使うつもりなんだか。
軽く解いてみると、普通の糸と比べて明らかに頑丈な、いかにも特殊加工が施されていそうな糸だった。あたかも、曲絃師のためにあつらえたかのような。
助かるが……なんか俺、こいつに借りばっか作ってねーか?
動画の件といい、さっきの博打につき合わせちまったことといい……借りたからって律儀に返してやるほど俺はお人好しじゃねえが、すでにいいように使われている感があるのは気のせいか?
急にどっと疲れが来て、ソファに身を預ける。
様刻と伊織ちゃんもそろそろ戻ってくるだろう。何を言ったらいいのかさっぱり思いつかねーが、今度はせいぜい口を滑らせねーように気をつけとくか。
やれやれ……今回は玖渚に伊織ちゃんに、ついでにあの魔女っ娘に終始調子狂わされっぱなしだったぜ。俺を挑発してきたあのガキなんてまだ可愛い方だ。
ああ、そういえばこれも『あいつ』から得た教訓のひとつだったっけな。
曰く、『女は身を滅ぼす』ってな。

594禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:49:42 ID:IXc1UhAM0
【1日目/真夜中/G-6 薬局】

【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康、右頬に切り傷(処置済み)
[装備]斬刀・鈍@刀語、絶刀・鉋@刀語、携帯電話その1@現実、糸×2(ケブラー繊維、白銀製ワイヤー)@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×11(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)
   千刀・ツルギ×6@刀語、青酸カリ@現実、小柄な日本刀、S&W M29(6/6)@めだかボックス、
   大型ハンマー@めだかボックス、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
   携帯電話その2@現実、文房具、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×5@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数
[思考]
基本:戯言遣いと合流する。
 0:伊織ちゃんと様刻を待つ。
 1:蝙蝠は探し出して必ずぶっ殺す。
 2:零崎を始める。とりあえず戯言遣いと合流するまでは。
 3:黒神めだか? 会ったら過剰防衛したとでも言っときゃいいだろ。
 4:ぐっちゃんって大将のことだよな? なんで役立たず呼ばわりとかされてんだ?
[備考]
 ※Bー6で発生した山火事を目撃しました
 ※携帯電話その1の電話帳には携帯電話その2、戯言遣い、ツナギ、無桐伊織が登録されています
 ※携帯電話その2の電話帳には携帯電話その1、戯言遣い、ツナギ、玖渚友が登録されています
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
 ※球磨川禊が気絶している間、鑢七実と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします
 ※DVDの映像は、掲示板に載っているものだけ見ています


【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]精神的疲労(小)、右手甲に切り傷(処置済み)
[装備]携帯電話@現実
[道具]支給品一式、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ、工具セット@現実、首輪×2(浮義待秋、真庭狂犬)、糸(ピアノ線)@戯言シリーズ、ランダム支給品(0〜3)
[思考]
基本:いーちゃんに害なす者は許さない。
 0:舞ちゃんとぴーちゃんが到着するのを待とう。
 1:もう黒神めだかの悪評を広めなくても大丈夫かな?
 2:いーちゃんは大丈夫かなあ。
 3:供犠創貴と水倉りすかの処遇は、放送を聴いてから決めようかな。
[備考]
 ※『ネコソギラジカル』上巻からの参戦です
 ※箱庭学園の生徒に関する情報は入手しましたが、バトルロワイアルについての情報はまだ捜索途中です
 ※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを凡そ理解しました
 ※言った情報、聞いた情報の真偽(少なくとも吸血鬼、重し蟹、囲い火蜂については聞きました)、及びそれをどこまで理解したかは後続の書き手さんにお任せします
 ※掲示板のIDはkJMK0dyjが管理用PC、MIZPL6Zmが玖渚の支給品の携帯です
 ※携帯のアドレス帳には櫃内様刻、宗像形、無桐伊織、戦場ヶ原ひたぎ、戯言遣い(戯言遣いのみメールアドレス含む)が登録されています
 ※ハードディスクを解析して以下の情報を入手しました
  ・めだかボックス『不知火不知』編についての大まかな知識
  ・不知火袴の正体、および不知火の名字の意味
  ・主催側が時系列を超越する技術を持っている事実
 ※主催側に兎吊木垓輔、そして不知火袴が影武者を勤めている『黒幕』が存在する懸念を強めました
 ※ハードディスクの空き部分に必要な情報を記録してあります。どんな情報を入手したのかは後続の書き手様方にお任せします
 ※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。内容は完全に記憶してあります
 ※参加者全員の詳細な情報を把握しています
 ※首輪に関する情報を一部ながら入手しました
 ※浮義待秋の首輪からおおよその構造を把握しました。また真庭蝙蝠たちの協力により真庭狂犬の首輪も入手しました
 ※櫃内様刻に零崎人識の電話番号以外に何を送信したのかは後続の書き手にお任せします
 ※本文中で提示された情報以外はメールしていません
 ※零崎人識からのメールにより以下の情報を入手しています
  ・戯言遣い、球磨川禊、黒神めだかたちの動向(球磨川禊の人間関係時点)
  ・戦場ヶ原ひたぎと宗像形の死亡および真庭蝙蝠の逃亡

595禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:50:28 ID:IXc1UhAM0
 


   ◇     ◇


 
『櫃内様刻』 G-6


「あれぇ!?」

背中の伊織さんが出し抜けに裏返った声を上げたので、僕は慌てて辺りを見回す。いきなりなんて声を出すんだ。真庭鳳凰に聞きつけられたらどうする。
追われている最中なんだから静かにするよう言っておいたのに――そう思いつつ伊織さんを見ると、

「こ、これ見てください」

と手にした首輪探知機を、首に腕を回すようにして見せてくる。
さっきまで『真庭鳳凰』の文字が記されていた場所に、別の名前が表示されていた。

『零崎人識』。
『玖渚友』。

何度見直しても間違いない。さっき電話の向こうにいた二人の名前が、僕たちがさっきまでいた薬局の中にいるとこの機械は示している。

「ど、どういうことなんでしょう」

僕と首輪探知機を交互に見る伊織さん。
そうしている間に、伊織さんの携帯電話が着信を知らせる。出ると、どうやら人識からのようだった。

「人識くんですか? あのですね、今――」
『もう大丈夫だ。こっちは片付いたから戻ってこい』
「は、はぁ?」
『薬局にいるから戻ってきていいっつってんだよ。真庭鳳凰ならもう心配ねえ。わざわざ歩かせて悪かったって様刻に言っといてくれ』
「あの、何を言ってるのかよく」
『こっちで説明する。もう切るぜ』

そう言って、本当に切ってしまったようだ。途方に暮れたような顔をして、もう一度僕を見る。

「……どうしましょう、様刻さん」
「どうも何も」伊織さんを背負いなおす。「人識が戻って大丈夫って言ったんだから、薬局に戻るべきじゃないかな」
「で、でもおかしいですよ。人識くんと玖渚さんの名前なんて、さっきまで絶対なかったじゃないですか。こんな突然現れるなんて、怪しいと思いませんか?」

確かに、普通だったらありえないとは思う。
人識たちがさっきまでどこにいたのかはわからないけど、エリアひとつ分より遠くにいたのは確実だ。
機械の誤作動という線を除けば、よっぽどのことでもない限り、こんな現象は起こり得ない。
だから、よっぽどのことがあったのだろう。
あんな遺言のような言葉まで吐いたくらいだ。よっぽどのことをして、よっぽどの無茶をして、律儀に玖渚さんまで連れて、ここへ来たのだろう。

「何を言ってるんだ? 伊織さんらしくもない」

踵を返し、もと来た道を歩きはじめる。

「伊織さんのことが心配で、急いで駆けつけてきたに決まってるだろう? 何もおかしいことなんてないじゃないか」

人識はきっと、『兄』としてやるべきことをやった。最良の選択で、最善の結果を収めた。
言ってしまえばただそれだけのことだ。多分。

596禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:50:47 ID:IXc1UhAM0
【1日目/真夜中/G-6】

【無桐伊織@人間シリーズ】
[状態]両足骨折(添え木等の処置済み)
[装備]『自殺志願』@人間シリーズ、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ、首輪探知機@不明
[思考]
基本:零崎を開始する。
 0:曲識、軋識を殺した相手は分かりました。殺します。
 1:人識くん、何があったんでしょうか……?
 2:羽川さんたちと合流できるなら心強いのですが。
 3:黒神めだかという方は危険な方みたいですねえ。
 4:宗像さんと玖渚さんがちょっと心配です。
 5:羽川さんはちょっと厄介そうな相手ですね……
[備考]
 ※時系列では「ネコソギラジカル」からの参戦です。
 ※黒神めだかについて阿良々木暦を殺したらしい以外のことは知りません。
 ※宗像形と一通りの情報交換を済ませました。
 ※携帯電話のアドレス帳には箱庭学園、ネットカフェ、斜道郷壱郎研究施設、ランドセルランド、図書館の他に櫃内様刻、玖渚友、宗像形が登録されています。
 ※DVDの映像を全て、複数回確認しました。掲示板から水倉りすかの名前は把握しましたが真庭蝙蝠については把握できていません。


【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]スマートフォン@現実
[道具]支給品一式×7(うち一つは食料と水なし、名簿のみ8枚)、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11〜28)@不明
   炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス、懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、
   輪ゴム(箱一つ分)、首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン@現実、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、
   鎌@めだかボックス、薙刀@人間シリーズ、シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)@現実、
   誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、
   「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵、ノーマライズ・リキッド、チョウシのメガネ@オリジナル×13、小型なデジタルカメラ@不明、三徳包丁@現実、
   中華なべ@現実、マンガ(複数)@不明、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、おみやげ(複数)@オリジナル、
   食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』」
   (「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う(瓦解寸前)
 0:連絡を待とう。
 1:とりあえず薬局まで戻ろう。
 2:時宮時刻を殺したのが誰かわかったが、さしたる感情はない。
 3:僕が伊織さんと共にいる理由は……?
 4:マシンガン……どこかで見たような。
 5:あの夢は……
[備考]
 ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形が登録されています。また、登録はしてありませんが玖渚友からのメールに零崎人識の電話番号とアドレスがあります。
 ※阿良々木火憐との会話については、以降の書き手さんにお任せします。
 ※支給品の食料の一つは乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。
 ※DVDの映像は全て確認しています。
 ※スマートフォンに冒頭の一部を除いた放送が録音してあります(カットされた範囲は以降の書き手さんにお任せします)。
 ※真庭鳳凰が否定姫の腕と脚を奪ったのではと推測しています(さすがに顔までは想定していません)。
 ※マシンガンについて羽川の発言から引っかかりを覚えてますが、様刻とは無関係だったのもあって印象が薄くまだブラック羽川と一致してません。
 ※夢は夢です。安心院さんが関わっていたりとかはありません。

597禍賊の絆 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:51:26 ID:IXc1UhAM0
 


   ◇     ◇


 
『水倉りすか』 D-6 ネットカフェ


焼け焦げた臭い。
吐き気を催すほどの臭いが、部屋の中に充満していた。鼻の奥に脂がまとわりつくような、嫌な臭い。
耳鳴りが酷い。何の音も聞こえない。
真っ暗で臭いの元が見えない。すぐそばに、点けっぱなしの懐中電灯が転がっている。それを手に取り、目の前のものを照らし出す。
部屋の中央、うつ伏せに寝た姿勢の人影。
身体の下から、ぶすぶすと煙のようなものが漏れ出ている。臭いの元はそれだろう。

「…………キズタカ?」

名前を呼ぶ。返事はない。動く気配すらない。
腕にそっと触れてみる。冷たい。何かが抜け落ちてしまったかのように、軽い。
生命の気配を感じない。血が流れる気配を感じない。

「…………」

両手で身体を掴み、ごろりとひっくり返す。うつ伏せの姿勢から仰向けの姿勢に転じさせる。
途端、いっそう強烈な臭いが噴き出すように鼻を突く。
その身体には、あるべきものがなかった。
胴体の部分がごっそりと抜け落ちている。いや、混ざり合っていると言った方が正しいかもしれない。
焼け焦げた肉が、破裂した内臓が、粉々になった肋骨が、それぞれない交ぜになって、大きく開いた胴の穴からこぼれ落ちていた。
焼けた部分からは赤黒い煙が立ち上っている。蒸発して霧状になった血液だ。
何が起こったのか理解できない。
何を見ているのか認識できない。
ただ、目の前にあるものがすでに人間でなく、ただの肉塊だということはわかった。

「…………キズタカ?」

そうとわかっていても、その名前を呼ぶ。
肉塊からの返事は、ない。



【供犠創貴@りすかシリーズ 死亡】



【1日目/真夜中/D-6 ネットカフェ】

【水倉りすか@新本格魔法少女りすか】
[状態]魔力消費による疲労(小)、爆音による一時的な聴覚異常
[装備]手錠@めだかボックス、無銘@戯言シリーズ、懐中電灯
[道具]支給品一式
[思考]
基本:(混乱中)
 1:? ? ?
[備考]
 ※九州ツアー中、蠅村召香撃破直後からの参戦です。
 ※治癒時間、移動時間の『省略』の魔法は1時間のインターバルが必要なようです(現在使用可能)
  なお、移動時間魔法を使用する場合は、その場所の光景を思い浮かべなければいけません
 ※大人りすかの時に、時間操作による魔力の回復はできません
 ※それ以外の制限はこれ以降の書き手にお任せします



[備考]
ブース内にグロック@現実と供犠創貴のデイパックが残されています。中身は以下の通りです。

支給品一式×3(名簿と懐中電灯のみ×2)、銃弾の予備多少、耳栓、書き掛けの紙×1枚、「診療所で見つけた物(0〜X)」、心渡@物語シリーズ、シャベル@現実、
アンモニア一瓶@現実、携帯電話@現実、スーパーボール@めだかボックス、カスタネット@人間シリーズ、リコーダー@戯言シリーズ

 ※携帯電話には戦場ヶ原ひたぎの番号(現所有者は零崎人識)が入っています




支給品紹介
【糸@戯言シリーズ】
宇練銀閣に支給。
「クビツリハイスクール」にて紫木一姫が所持していた品。
ピアノ線、ケブラー繊維、白銀製ワイヤーの三つがそれぞれリールに巻かれている。

598 ◆wUZst.K6uE:2015/07/05(日) 10:54:31 ID:IXc1UhAM0
以上で投下終了です

>>572の真庭鳳凰の現在位置に誤りがありました。正しくは「G-7」です

599名無しさん:2015/07/06(月) 03:25:00 ID:skU8uzrk0
投下乙です!
せっかくリアルタイムで投下に立ち会えてたのにバイトがあったのと話がおもしろすぎて感想がまとまらなかったのとバイトのせいでこんな時間になってしまった…

どこを読んでもおもしろいし一言で言うなら最高ですね!
絶体絶命の状況だったのに傲岸不遜に挑発して切り抜けた創貴すげえ。こいつほんとに小学生か
決着ついたと思って安心してたらあれだもんなあ…読んでる側も油断してたからすっかりやられた
目の前で死なれちゃって残されたりすかのこの後が不安
鳳凰さんは目的があったのにそれも否定しちゃったのが裏目に出た印象
様刻も頼りがいのあるお兄ちゃんしてるし普通にかっこいいぞ
というか人識くんデレすぎじゃね?かわいい
伊織ちゃんにブチ切れと言う名の愛情見せるあたりとか大人りすか相手に一歩も引かず啖呵切るあたりとかなんなんですかもう
それでいてさっくり殺すあたりほんと零崎
しかしスタンスがマーダーじゃないのに今回でキルスコアトップに躍り出たけど負傷らしい負傷が頬の傷だけってどういうこと
曲絃糸もばっちり使えるようになって下手なマーダーより引っかき回してくれそう
そもそも考えてみれば残ってるマーダーは禄なのがいないんですけども…

指摘というには細かすぎるような気もしますが一点
>>940
>出端に『変身』を一回、『省略』を二回使い、合間に『過去への跳躍』を一回。
とありますが、省略は40話の「時、虚刀、学園にて」で一回、124話の「Daydreamers」で二回使っているので計三回になるのではないでしょうか

600名無しさん:2015/07/06(月) 03:30:12 ID:skU8uzrk0
ミス、>>590でした

601名無しさん:2015/07/06(月) 06:39:03 ID:5hL7pefg0
投下乙です

602 ◆wUZst.K6uE:2015/07/07(火) 00:39:42 ID:hFtZk4qQO
感想&指摘ありがとうございます。

>>599
「往復」だったということを忘れていた・・・「三回」に修正します。

603名無しさん:2015/07/07(火) 16:51:53 ID:VYjYq75E0
投下乙
ネットカフェ組のあの状況を捌いた上に薬局組も絡ませてこんなおもしろい話を書けるとは…
人識の「わけのわからなさ」の再現度もうまいし他のキャラの株を落としてないのもすごい
鳳凰は…否定した時点で終わりが決まってたんだろうな…

604名無しさん:2015/07/12(日) 17:17:45 ID:Tas5HHjw0
投下乙


ぜろりんの訳の分からなさもさることながら創貴。
見事な硬直状態を演出するまでの過程も実に鮮やかでした。
詰みとしか思えない状況からの転換は素晴らしいの一言です。
友もしっちゃかめっちゃかにした癖になんと言えばいいのか、なあ!
場面が変われば真庭鳳凰。
マーダーらしからぬ躊躇いと奪い取る忍法が仇となる展開。
それでも強者としての雰囲気はあった。
おどろおどろしく淵から何度でも這い上がって来る執念と言うべきか執心と言うべきか。
しかし、零崎を相手にしたのだけが本当に運のなかったとしか。
様刻はうん、良い人。
そして場面は移ろい。
なんでぜろりんが使わないのかなーと疑問には思ってましたよええ。
でもまさかああ仕込んでくるとは思いもよらず。
まさに零崎。
鬼の所業である。
以上が感想です面白かったです。

しかしそろそろ放送と終局もといお開きも近付いて来た感じで。
ほぼ大半が集まることが確定した中での遊撃手達が揃いも揃って不穏過ぎる件。

605名無しさん:2015/07/15(水) 00:15:59 ID:g92WqP4.0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
158話(+1) 12/45 (-2) 26.7(-4.4)

606名無しさん:2015/07/17(金) 00:14:12 ID:uVL760t60
投下乙です。

同衆の蝙蝠が骨肉小細工という
何それ完全に我の忍法の上位互換じゃんな新技を覚え立つ瀬がなくなった法王さん。
思えば静まれ我の右腕してた辺りが最盛期だったんでしょうなー。
ことあるごとに彼との同盟を理由にしてた七花のニートっぷりに拍車がかかる予感。

そしてキズタカ君
原作が原作ですけどヒーローもヒロインも少し気を抜くとあぼんしてしまうイメージです。
メインカップルが生きている人間&戯言シリーズに乾杯(完敗)
しかしこの生存者数で約半数以上が少なくとも1キル稼いでいるというのはなんというかw

607 ◆ARe2lZhvho:2015/08/10(月) 09:53:24 ID:0psMLbkI0
告知age

避難所に放送案を投下しています
ご意見等あればお願いします

608 ◆ARe2lZhvho:2015/08/17(月) 21:22:55 ID:tFRdSwtQ0
第四回放送投下します

609 ◆ARe2lZhvho:2015/08/17(月) 21:24:13 ID:tFRdSwtQ0
「時間だ、放送を始める。
 見知っている者もいるだろうが名乗っておこう、俺は都城王土という。
 もっとも、覚えてもらう必要はない。
 ただの協力者の一人と思ってもらって結構だ。
 さて、理事長と違って俺は長話をする気はないのでな、死者の発表に移らせてもらう。

 供犠創貴。
 真庭鳳凰。
 戦場ヶ原ひたぎ。
 黒神めだか。
 宗像形。

 以上、五名だ。
 これまでの傾向からすると少ないのだろうな。
 前回頑張りすぎたか?
 俺には与り知らぬことだが。
 そして禁止エリアは以下の三ヶ所だ。

 一時間後の1時から、E-5。
 三時間後の3時から、F-7。
 五時間後の5時から、G-4。

 そして引き続き報告事項がある。
 まず、竹取山の火災だが、こちらについては収束しつつある。
 しかし、人が立ち入れる領域ではないのは変わりはない。
 熱気で踊山の雪が溶け、雪崩が発生する可能性もある。
 ここまで生き長らえたたのだ、くだらない死因で死にたくないのなら麓ですら近づかない方がいいだろう。
 そのような死に方をされるのはこちらとしても不本意なのでな。
 そして西部に発生した危険区域だが、こちらは被害拡大を食い止めただけに過ぎん。
 ただし、火災と同様に近づかなければお前たちには無関係のものだ。
 全員の現在位置を鑑みれば不必要なものかもしれんが、一応警告しておこう。

 今回の放送はこれで終了だ。
 失礼する」





「ご苦労様でした」

スイッチを切ると同時、ねぎらう声がかかる。

「こんなものに苦労も何もあるまい」
「あら、私と同じ反応をなさるんですね」

くすくすと笑うのは『策士』――萩原子荻。
その反応を見た都城王土はストレートに反応を返す。

「含みを持った言い方だな」
「他意はありません。それにしても、随分とあっさりした放送でしたね」
「問うに落ちず語るに落ちる、だ。無駄なことを漏らしてしまうのは貴様にとっても不利益だと考慮したのだが」
「ええ、聡明な判断です。とはいってもあなたが放送をしたという事実だけで、参加者には考察の材料をいくらか渡してしまったことにはなるのですが」
「その俺が放送をやることになった理由は? 俺の認識では『仕事』はまだ全て終わっていないはずなのだが」
「私ではなく理事長ですよ」

ちら、と子荻が目線を動かした先にいるのは一人の老人だ。
二人のやり取りを黙って見ていた不知火袴は、話題の主導権を自分に移されたことを察すると咳払いを一つし、口を開いた。

「お二人の意見を伺いたい用件ができてしまったものですので」

610 ◆ARe2lZhvho:2015/08/17(月) 21:25:00 ID:tFRdSwtQ0
「大方予想はついているが、生憎過負荷については門外漢だ」
「都城さんに同じく。ですが、私は輪をかけて専門外ですよ」

片や元十三組の十三人、片や元澄百合学園の策士。
屈指の頭脳を持つ者たちだ、一文を聞いただけで二人は意図を察する。
鑢七実の過負荷習得、重し蟹の出現などもあったがこれらは想定外とまで言えるものではない。
十中八九、球磨川禊の『却本作り』についてだろう。

「もちろん承知の上です。ですがそういった方たちの視点が突破口になるというのはままあることですのでね」
「今回はそういう『調整』だったのでしょう? 失敗していなかったとするなら、外部の干渉でしょうか」

まず答えたのは子荻だ。
しかし、スキルなど存在しない世界出身である彼女に話せる事柄はない。
自然と、当たり障りのないものになる。

「やはりそうお考えになりますか。ですが会場のセキュリティーに異常はありませんし……都城君は?」
「俺には皆目見当もつかんな。それでも意見を述べるなら、『あの人外』が関わっているとしか」

続いて王土も意見を求められるが、『異常』しか持たぬ王土に『過負荷』について子荻同様深くは話せない。
結局、一つの可能性を述べるに留まる。
その可能性もかなり突飛なものだが。

「そうだとすると、まだ失敗していてくれた方が状況はよいのですがね……」

ずず、と不知火袴は湯飲みの茶を啜る。
今回の実験はイレギュラーが多い。
当然、実験にイレギュラーは付き物で、イレギュラーから思わぬ成功を生み出すことがあるというのもわかってはいるが。

「用件はこれだけか? 俺はそろそろ戻りたいのだが」
「おっと、つい考えに没頭してしまいました。もう大丈夫ですよ、お呼び立てしてすみませんでした」
「では失礼するとしよう。ときに萩原」
「はい、なんでしょうか」
「『仕事』が終わった後の予定を聞いておきたいのだが」
「早急なものは特になかったはずですが」
「そうか」

部屋を後にしようと王土が扉を開くと、少女がいた。
ちょうどノックをするところだったのだろう、握られた左手は胸の前で止まっている。
一方、右手には会場の参加者が持つものと同じデイパックが複数、ぶら下がっていた。

「ありゃ、都城先輩じゃないですか。放送お疲れ様でした」
「不知火か。理事長と萩原なら中にいるぞ」
「それはどうも」

不知火半袖は出口を譲るように一歩ずれると、他愛のない会話を交わす。
振り返ることなく王土はそのまま立ち去っていった。

「ただいまー、おじいちゃん」
「おお、袖ちゃん。おかえりなさい」

入れ替わるように部屋に入った不知火半袖は、不知火袴が座るソファーの対面、萩原子荻の隣にどっかりと腰を下ろした。
そのままテーブルの上にあった羊羹を断り無くもぐもぐと食べ始める。
羊羹を取られ、お茶請けにするつもりだった不知火袴は少し残念そうにしていたが気を取り直して団子をつまんだ。

「それで、どうでした?」

食べ終わる頃合いを見計らい、子荻が訊く。

「あたしが連絡入れるって聞きましたけど。まだいってませんでした?」
「いえ、報告は聞いていますよ、だからこそあの放送です。その上で訊ねているのです」

611 ◆ARe2lZhvho:2015/08/17(月) 21:26:51 ID:tFRdSwtQ0
「別に違いなんてありませんけどねえ。江迎怒江本人が死亡している以上、『正喰者』でも消すのが精一杯でした。
 ですので終わってしまった結果の方、要するに腐敗した地面や空気はどうしようもありません。
 大元を消したので感染拡大するということはないと思いますがね。腐らせるスキルを浄化させるスキルにできれば言うこと無しだったんですけれど。
 で、あたしがこうして五体満足なことからおわかりでしょうけれど、『制限』そのものは有効でした、ってところですかね」

不知火半袖からの報告を聞いて「ふむ」と軽くうつむくと、

「それならばなんとかなりそうです。では私は都城さんがおっしゃっていた『あの人外』さんがいた場合の『策』を練っておきましょうか」

そう言って子荻も部屋を後にした。
残った二人はしばらく無言でお茶を飲んだり茶菓子を貪っていたが、ふと不知火袴が口を開いた。

「……袖ちゃんは本当に安心院さんがいると思うんですか?」
「あたしよりもおじいちゃんの方が詳しいでしょ」
「付き合いこそ確かに袖ちゃんよりは長いですが、深さにおいて勝るとまでは自負していませんよ」
「そんなの、あたしも似たようなものだって。それに、球磨川先輩の方が圧倒的なのは変わらないだろうし。まあいるかいないかで考えるならいるだろうね、多分」
「袖ちゃんもそう思いますか」
「案外あたしがもう見つけてるかもしれないけどね。でもいたとしてもそこまで介入はしてないんじゃない?」
「安心院さんがその気になれば、一瞬で片が付きますからな……それは望まないところです」
「実験を壊すなら参加者が、そう言ってたもんね」
「むしろそうでなければ困ります。この実験の成功は我々の悲願でもありますからな」
「あたしたち不知火一族の、ひいては世界のためにも、でしょ?」
「ええ、ですから成功した暁にはたった一つの願いなどいくらでも叶えて差し上げましょう。それくらいはお安いものです」

ことり、と空になった湯呑みを置いて不知火袴は笑みを浮かべた。
それは邪悪とも軽薄とも愉悦ともつかない笑いだった。

「そうそう、おじいちゃん。ここまで言うタイミングがなかったんだけど」

そこに水を差すように不知火半袖から声がかかる。

「何ですかな?」
「腐敗を止めるついでに回収してきたのがあるんだけど、一つはまだ中身入りだったんだよね。特に感染血統奇野師団の病毒なんかは使い道まだありそうだし」

右腕を持ち上げてデイパックを見せるように揺らして言う。

「これ、どうしよっか?」


 ▼


同時刻。
とある簡素な一室。
部屋のあるじとなった安心院なじみの元に来客が訪れる。
正体を認めると少しだけ意外そうに眉根を寄せた。
だが、それも一瞬のことで直後にはいつものように柔和な笑みに戻る。

「へえ、このタイミングで来るのか。噓八百のスタイルでも習得したのかい?」
「あひゃひゃ、冗談は結構ですって。……それにしても、スタイルのこともしっかりご存知のようで」
「その言い方だと、こっちの僕はスタイルのことをそこまで知らずに死んだみたいだねえ」
「間違いではありませんよ」
「どこまで知っていたかは、不知火ちゃんでもわからないか」
「さすがにそんなとこまで把握できませんって。それにしても、宗像形も、黒神めだかも死んだというのにその反応ですか」
「おかしなことを言うじゃないか。それこそそのままそっくり君に返してあげたいねえ」
「まあ今更ですね。だったら最初からどうにかしておけって話ですし」

探りを入れるような会話の応酬の末、来訪者の不知火半袖は先程と同じように対面のソファーに腰掛ける。

「で、何の用なんだい? まさかこの時間に来て話すだけだったとしても、付き合うのは吝かじゃないけど」

612 ◆ARe2lZhvho:2015/08/17(月) 21:27:54 ID:tFRdSwtQ0
「もちろんそんなわけないじゃないですか。一つ確認……確定させたいことがありましたので」
「その認識で間違ってないと思うけどねえ」
「ですから確定させたいんですよ……とはいっても、さっきあたしの方が質問しすぎちゃいましたからねえ。公平さは期したいので安心院さん、お二つどうぞ」
「不知火ちゃんがこれから聞くということを考慮すると三つじゃないのかなあ。とはいっても僕も聞きたいことがあるわけじゃないしねえ……うん。
 そうだね、さっきの僕の『想定』のことと、スタイルのことで二つとしておこう」
「それはどうも。お礼ついでにその問いにきっちり答えておくとしますと、あたしはスタイルは使ってませんよ」
「『使ってません』ねえ……まあいいか。じゃあ純粋な興味から聞いておくとしよう、あのデイパックの仕組みとか」
「ただのスキルの複合ですよ。大きな物でも入り口を通り抜けられるようにするスキルと中の空間を歪曲するスキル、容量を増やすスキル辺りがメインですね」
「僕のスキルで例えるなら『血管戸当て(ブラッドバスストップ)』に『掌握する巨悪(グラップエンプティ)』と『懐が深海(ディープポケット)』か。
 てっきり『次元喉果(ハスキーボイスディメンション)』と『いつまでも史話合わせに暮らしました(エターナルエターナルライフ)』辺りだと思ったんだけど」
「それ、どんなスキルなんですかねえ……」
「ただの次元を超えるスキルと永久世界のスキルだけど」
「たかがデイパックにそこまでやれませんって」
「そんなものなのかい」
「そんなものなんですよ」

やれやれ、と同時に肩をすくめる。
お互い本題ではなかったからか、剣呑な空気はそこにはない。

「僕のターンはこれで終わりかな。さあ、不知火ちゃんの番だよ」
「ええ、そうさせてもらいます」

だがそれもここまでだ。
その場に傍観者がいたならば、部屋の温度が下がったのではと錯覚するくらい、空気が変わった。


「干渉した――あなた風に言うとちょっかいをかけた、ですか。あたしの見立てですと×××××と零崎双識、それに鑢七花もですかね?
 前後で大きく変化が見られたのが彼ら三人でしたからね。あ、球磨川禊は例外ですよ? 例え『却本作り』を渡したのだとしてもそれはこの質問には関係ありませんし。
 そして疑問に思うわけです。なぜこの三人なのか? この三人だけなのか? それともこの三人だけしかできなかった? はたまたこの三人しかする必要がなかった?
 共通点を洗い出すとすると、全員男性、いわゆる『主人公』である、そしてあなたが干渉したと思われるとき一人でいた――違いますか?
 この前提が成り立つとして、阿良々木暦は不可能だったとしても、供犠創貴と櫃内様刻は? まあ、供犠創貴はほぼ真庭蝙蝠や水倉りすかと行動してましたけれども。
 ですが、櫃内様刻は思いっきりあなたがちょっかいかけそうなシチュエーションに複数回いたにも関わらず、それらしき形跡は無し。
 でもそもそも、あなたにとって相手が『主人公』である必要も、一人でいる必要もどこにもありませんよね。それができないあなたではないんですから。
 女性には誰一人何もしてないというのも含めて、どう考えてもおかしいですよねえ……? ですので視点を換えてみました。
 あなたがちょっかいをかけた三人はやむを得ずそうしたのでは?と。女性は全部とは言わず一部でも、してないのではなくし終わっているのでは?と。
 それに伴ってとある仮説を立ててみたらぴったりはまるものがありまして。最終的に確信したのは『猫の世話』をしていることを否定しなかったときです。
 ここまでごちゃごちゃ並べ立てましたけと、結局聞きたいことは一つですよ」



不知火半袖は問いかける。



「あなた、一体何人を悪平等(ぼく)にしたんですか?」



対する安心院なじみは――

613 ◆ARe2lZhvho:2015/08/17(月) 21:29:15 ID:tFRdSwtQ0
投下終了です
おかげさまで第四回放送を突破することができました
これからも新西尾ロワをよろしくお願いします

614名無しさん:2015/08/23(日) 12:17:25 ID:9e3pv61w0
投下乙です
これはもう……完全に予想外
安心院さんが各方面で動き回ってたことからこんな着想をひねり出せる発想力に脱帽でした。それに気付く不知火も凄いが……
何より今回は不知火の動き方から事の真相が垣間見えていて、主催サイドでも大きく動きそうな予感
あと子荻ちゃんかわいい

615名無しさん:2015/08/24(月) 09:47:46 ID:TNs5kM..0
たかがデイパックにそこまでしそうな安心院さん
ほんと、この人参加者でも主催者でもないのに目立ってるなーw

616名無しさん:2015/09/15(火) 07:31:55 ID:a5SY9o8U0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
159話(+1) 12/45 (-0) 26.7(-0.0)

617<削除>:<削除>
<削除>

618<削除>:<削除>
<削除>

619 ◆ARe2lZhvho:2015/11/02(月) 13:34:37 ID:fl0urPIY0
随分と久しぶりになりましたが、予約分投下します

620陽炎 ◆ARe2lZhvho:2015/11/02(月) 13:35:41 ID:fl0urPIY0
   ■   ■





いっそ誰かに奪われるなら 抱きしめたまま壊したい





   ■   ■

621陽炎 ◆ARe2lZhvho:2015/11/02(月) 13:36:20 ID:fl0urPIY0
こいつらのいちゃつきを期待してたやつらがいたかもしれないが、残念ながら語り部はおれだ。
おれだよ、おれ。
四季崎記紀。
の思念の絞りかす、がかろうじてしがみつけた残骸、のようなもの。
暇で暇でしょうがねえから問わず語りでもさせてもらおうってことだ。
いやまあ、どうしても見たいってんなら逐一実況はできなくはないんだが。
でもな、

『放送も近いし腹ごしらえでもしとく? まだあのゼリー飲料はたっぷりあるし。ほら』
「あら、ありがとうございます。ではわたしが開けてさしあげますね。はい」
『……七実ちゃん』
「なんでしょうか?」
『開けてくれたのはありがたいんだけど、普通に蓋を捻って開ければよかったんじゃないの? なんで手刀でスパっといったの?』
「こちらの方が手馴れていましたので。それに口が広い方が召し上がりやすいかと思ったのですが」
『この構造の意味少しは考えようよ? おかげで中まで伸びてるストローみたいなやつ僕初めて見れたよ』
「律儀に吸われていたお姿が似合わなそうでしたので」
『そんな理由!? いや無理すれば食べられなくもないけど』
「そうですか。では仕方ありませんね、責任をもってわたしが口移しで」
『しなくていいから! 僕が口の周りや手をベトベトにすればいいんだよね!?』

とかこんな実のないやりとりを見せつけられるおれの気分にもなってみろ。
ごちそうさまです?
ああそう。
こういうのが好きなやつがいることはわかってるが、おれにとっちゃつまんねーことこの上ねえの。
子猫ちゃんには「恋はいつでも戦争」なんて言ったが巻き込まれる側としちゃ面倒でしかねえからな。
戦闘狂でもなけりゃ戦争に巻き込まれて喜ぶやつはいねーだろ。
もっとも、相手が戦争となると戦闘狂でも怪しい部分はあるかもしれねえが。
やろうと思えばおれの娘に茶々を入れることもできなくはないんだが、機嫌を損ねるのはごめんだからな。
今のおれは毒刀に籠められていたときとも、子猫ちゃんにエナジードレインされていたときとも違う。
おれの娘の交霊術によってなんとか繋ぎ止められているような状態だ。
何かの拍子に解除されたら雲散霧消してしまうような儚い存在だ。
さっきの戦場ヶ原ひたぎみたいに強い怨念でもありゃ留まっていられるのかもしれないけどな。
そういえば黒神めだかについてはどうだったのかねえ。
無念すら残せず一瞬だったのか、何かしらの未練が残ってたのか。
ま、それが見えていたとしておれの娘が言及するはずがないってのは明らかだし考えるだけ無駄か。
こうして残してもらえてるのも、蟹のときみたいに使い道があるかもしれないって程度だろうしな。
それで重畳。
子猫ちゃんのときと違って持ちつ持たれつじゃあない、おんぶにだっことなるとご機嫌取りはしなきゃいけねえ。
とはいっても、今のおれの娘なんてまさしく水を得た魚。
嬉しそうに生き生きとしてやがる。
さっきなんかでもさらっと口吸いしようとしてたしな。
おっと、ここはわかりやすくキスつった方がよかったか?
もしかしたらこれが初めてなんだろうな、生を実感してるというのは。
おかげでおれは何もしなくてもいい。
しなくてもいいんだが、それが続くとなると話は変わってくる。
最初に戻るが要するに暇なんだよ。
おれの性格はわかってるだろう?
基本的に饒舌なんだ、おれは。
だから付き合ってくれよ。
もっとも、聞き手、もとい読み手がいなくても垂れ流させてもらうがね。
おれの娘にとっても悪い話じゃないはずなんだが……邪魔するのはやめておくか。
色恋沙汰と刃傷沙汰は関わるもんじゃねえ。
下手に手を出して痛い目見るのがオチだからな。

622陽炎 ◆ARe2lZhvho:2015/11/02(月) 13:36:54 ID:fl0urPIY0
おれ、四季崎記紀は刀鍛冶として知られちゃいるが、元々は占い師の家系だったのは知る人ぞ知る事実だ。
子孫以外に知ってるやつらがどれだけいるかは知らんがね。
そんなおれがどうして刀鍛冶になったかは説明したか?
知ってるやつはそれでいい。
知らないやつは……簡潔に説明してやるか。
答えは単純、その時代が戦乱の世だったからだ。
世の中を動かすには武器が手っ取り早かったから、それだけの理由だ。
もし戦乱ではなく戦争だったら、おれは兵器を開発していたのかもな。
結局、作ったのが刀であれ兵器であれ共通してることはそれらがあくまでも手段だってことだ。
おれのこの在り方を一言で表すなら――研究者、になるのかねえ。
だからどうしても好奇心旺盛になっちまうんだよな。
そして求めてしまうわけだ、研究の成果ってやつを。
ただまあ、残念なことにおれの息子の方は折られちまったからな、他ならぬおれの娘の手によって。
錆び付いて腐ってても使い物になったのは驚きだったが、長続きしそうにはなかったのは確かだったからしょうがない。
この後何かあってまだ使えるようになってりゃ儲けものだ。
思わぬ収穫として、生存力が負に特化しているはずのおれの娘がここまで元気にしているってのがあるがな。
とはいっても、こういうのは往々にして反動がやってくるもんだからな。
その時が来ないことを願うしかないってのがもどかしいところではあるが。
おれの息子を折ってくれた以上、おれの娘には責任を取ってもらわなきゃならねえ。
もちろん、こんなこと本人に言えるわけがないが。
一発で消されちまう。

ああ、そういやおれの娘が見取った二つの過負荷についても気になることがないでもないんだよな。
『大嘘憑き』と『却本作り』。
どちらも概要しか見聞きしちゃいないが、おれの娘はその本質に気づいているのかねえ。
特に『却本作り』はかなりの危うさを孕んでるんじゃないかとおれは危惧しているんだが。
あれは劣等感を大本にしている過負荷だからな。
確かにおれの娘も劣等感を持ち合わせちゃいるだろうが、それを他人に転嫁するとなると話は別だ。
今現在おれの娘がべったりくっついている球磨川禊が使えば、当然だが効果は絶大だ。
あんな最低な野郎と同一にさせられるってのはそりゃ心が折れるってものだろう。
おれだってご免被りたいね。
こうして人ならざる存在でいるから客観的でいられるが、人間のおれだったらほぼ間違いなく悪影響を受けちまう。
そう考えるとおれの息子は認識していたのが短時間とはいえよく正気でいたもんだ。
あのとき被ってた過負荷が緩衝材にでもなっていたのかねえ。
なんだかんだ言っても刀だったのと、球磨川がどんな人間か知れなかったというのも大きいとは思うがな。
反面、おれの娘が『却本作り』を使った場合。
おれの娘本人は劣等感を抱えちゃいるが、その劣等感は他の人間から見れば一種の羨望とも言える。
あの天才性をうらやましがる凡俗は少なからずいるだろう。
要するに球磨川が使ったときと同じようになるかは怪しいところだ。
さっき、おれの息子は『却本作り』が4本も刺さっていたにも関わらず、割合早く身を起こしていた。
それについておれの娘は疑問に思っちゃいなかったようだが。
気づいていたところで関係ないものではあった、というのもあったかもしれないがな。
あくまでもおれの見立てではあるが、劣等感――言い換えれば不幸せ――か?
自分が不幸せであればあるほど効果が強まるんじゃないかとおれは睨んでる。
相手に堕ちてもらいたいっつー感情が見え隠れしてるのがタチが悪いよな。
不幸が嫌なら傷の舐め合いなんかしてねーで自分で上を目指せばいいものを。
それができないから過負荷なんだろうけどな。
まあ、性能については二の次だ。
重要なのは本質だ。
弱さの質。
確かに「弱さを受け入れろ」とは言ったがそれがどんな弱さかまでは言及してねえ。
『大嘘憑き』が弱さを拒絶する弱さならば、『却本作り』は弱さを受容させる弱さだ。
そして弱さを受容させる前提として使い手自身が己の弱さを受容する必要がある。
そこまで含めて気づいてるかどうかはわからねえがな。
とはいえ、弱さに特化すると人間はここまでの領域に達するというのは興味深い。
刀ってのはどうしても武力を内包するもんだから、おれには到達できない域だからな。
薄刀だってちゃんと使えば切れ味を発揮するし、そもそも刃がない誠刀ですら投げれば武器になっちまう。
ここまで来たらおれの娘もその域まで到達して欲しいものだが……まあ、難しいだろうな。
何せこんなにお熱なんだ、護るためには弱さより強さを求めるのが当然の帰結だろうよ。

623陽炎 ◆ARe2lZhvho:2015/11/02(月) 13:37:33 ID:fl0urPIY0
それと、『大嘘憑き』だって……ん?
声が聞こえてきたかと思えば、放送ってやつか。
ちぇっ、まだ話し足りないこともあったんだがな。
さすがに放送となるとこいつらも無反応じゃいられねえだろ。
まあ変化が生まれるなら退屈も少しは紛らわせるかねえ。


   ■   ■


当然ながらおれにはほぼ無関係な内容だったな。
あくまでもおれには、だが。
無関係つってもかつて利用させてもらった真庭鳳凰が死んだことについては、まあ、ご愁傷様ってことで。
とはいえ、こいつらにとってはそうもいかねえ。
今いるこの場所が禁止エリアに指定されちまったからな。
もっとも、首輪が外れている球磨川はおそらく何事も起きねえだろうからおれの娘だけに降りかかる問題ではあるが。
それも、さっさと動いちまえば解決することではあるし。
はてさて、第一声は何になるのやら――


『うーん、もしかして……』
「いかがされました?」
『黒神めだかって、真黒ちゃんの妹だったのかもなあって。名字が同じだし』
「妹?」
『うん、妹。そういえば妹を探してるって言ってたことがあったんだよなあ……ああ、でもそれは名瀬さんのことだっけ』
「名字が違うような気がするのですが」
『名瀬さんの本名は黒神くじらだからね。せっかくマイナス十三組に誘ったのに振られちゃってさ――あれ、どうしてだったっけ?』
「それについてはは存じ上げませんが、その黒神めだかが妹以外ということも考えられないのですか?」
『黒神家はかなり大きな家だったからありえる話だね。だとするとさっきは失礼なこと言っちゃったかもなあ』
「と言いますと」
『「見ず知らずの人が死んだくらいで」とは言ったけどそれを訂正しないとなあって。とはいえ、真黒ちゃんも死んじゃってるし』

『僕は悪くない』

『ってことで』


いくら黒神めだかの存在を抹消したからといって周辺の事情までは消却しきれないか。
そうなっちまったら自我の崩壊にも等しいからなあ。
いや、今の時点でも十分に崩壊してるようなもんなんだが。
それでこの有様となっちゃ恐れ入るわ、この空っぽぶりは。


『じゃ、テンプレ通りに放送への反応を済ませたし行こうか。八九寺ちゃんたちを待たせるのもよくないしね』
「ですが、いっきーさんがそこに留まっているという保証は」
『そうなんだよね、携帯電話持ってないのが響くなあ……でもどっちにしたって早く行かなきゃいけないのは変わらないし』
「急ぐ理由がありました?」
『七実ちゃんったらとぼけちゃってー。僕は外れてるからいいけど七実ちゃんには嵌まったままじゃん、首輪』
「あら、すっかり忘れていました、お恥ずかしい。いっそ禊さんのように外してしまえればよいのですけれど」
『できなくはないと思うけど、無闇に死ぬのはやめておいた方がいいんじゃない? 首輪をなかったことにできなかった以上、死んでも生き返れないかもしれないんだし』


今更ながら生死感とか倫理観が曖昧になるような会話だよな。
そもそもそれを口にする(といってもおれの娘には聞こえないようにだが)おれがあやふやな存在であることこの上ないんだが。
……さて。
そろそろだとは思うんだよな。

624陽炎 ◆ARe2lZhvho:2015/11/02(月) 13:39:45 ID:fl0urPIY0


「禊さんができなかった以上、わたしも不可能でしょうね……ふむ、やっぱりできませんでした」
『首輪が外れた今でも無理となると、首輪には何の仕掛けもなくて僕自身の問題になるのかなあ。普段ならこんな回数制限も時間制限もないし』
「それは困りますね。わたしの『おーるふぃくしょん』もそうなっているかもしれない以上、いざというときにあなたを守れないようでは」
『いざというとき、って大げさだなあ』
「そんなことはありません。いつだって今だって、あなたと共にいるこの時間はわたしにとっては大切な思い出なのですから」
『そんなに? まあ悪い気はしないけど』
「ですので、邪魔をされない限りは穏便に済ませましょうということです。今のわたしは気分がいいので」
『七実ちゃん?』
「ああ、お気になさらず」


おれ、のことじゃねえな……
おそらく盗み聞きでもしてるやつがいるのかね。
おれの娘なら気付いてもおかしくはねえしな。
まあおれも下手なちょっかいはかけない方がよさそうだ。
上手なちょっかいがあるのかは知らんが。


『気にしなくていいなら気にしないけど、それでも急いだ方がいいんじゃない? まだ禁止エリア抜けてないみたいだし』
「それもそうですね。この辺りは代わり映えしませんから、どこにいるのかわかりにくいのが難点です」
『さっきまでは住宅街みたいなとこだったのに、今はたまに木が見えるだけのただの草原だもんなあ』
「敵襲がわかりやすいのは利点ではありますけれど――あら、道が」
『じゃあここが地図のあそこってことでいいのかな。このまま道なりに行けばランドセルランドに着くし、理事長にさっさとお返しもしたいしね』
「お返し?」
『同じマイナス十三組の江迎ちゃんや、真黒ちゃん、高貴ちゃん、善吉ちゃんに、それに何よりめだかちゃ――」


お、やっと来たか。
やっぱりかかってたな、時間制限。
夕方のあの殺人鬼との会話で可能性は示唆されてたからな。
曰く、「あいつに兄貴の視覚を『なかったこと』にされたときは大変だった」と。
過去形で言っていたから、元に戻ったんじゃないかと推測はしていた。
おれの娘は考えていなかったのかねえ――って。


『……あれ?』
「いかがなされましたか?」
『いや、なんかまた頭がぼーっとしちゃって。さっきもあったよなあって』


時間差なしかよ。
憂う暇も与えないとは、わが娘ながらえげつないねえ。
それともまとわりついた黒神めだかの残りが、そんなに憎いのか。


「体調を崩されているのでは?」
『それはないと思うけど、何か忘れてるような気がするんだよなあ……なんだっけ――むぐっ』


しかもキス。
それまでこういうのと無縁だったとは思えない即断ぶりだな。
ひゅーひゅー。

625陽炎 ◆ARe2lZhvho:2015/11/02(月) 13:40:13 ID:fl0urPIY0


「――――ふぅ。残念、もしかしたら手間を省けるかと思ったのですけれど、そううまくはいきませんね」
『…………えっと、何の話?』
「強いて言うなら、個人的なことです。忘れてください」
『人間、忘れろって言われたことをそう簡単に忘れられないものだと思うけどなあ……まあいいけど』


だが、少々挙動が不自然だったのが気に掛かるな……
ずっと目を合わせたままでいたが、おれの知らないところで何か見取っていたのかねえ。
まあ、罪を知らない瞳に、どんな罪を冒したか忘れてしまった黒い瞳相手にできるとは思えねえけど。


「では早く参りましょう、八九寺さんが少々気がかりになってきたところですし」
『……八九寺ちゃんが? 何で?』
「追々わかるとは思います。さあ」


その上で、なーんか企んでいそうなんだよなあ。
今のおれの娘なら、そうだな――「おそらく彼女の記憶も戻っているはず。もしもまた球磨川の手を煩わせるようなら斬っておくのも手だ」とか考えてもおかしくねえ。
まあそうなったところでおれには痛くもかゆくもないしどうでもいいが。


『七実ちゃん、そっちはネットカフェに続く道だよ? ああでも、玖渚さんだっけ、彼女と先に合流するのならそれでもいいけど』
「あら、うっかりしてました。わたしとしてはどちらでも構いませんので禊さんに一任しますが」
『そう。それじゃあ――』


さて、これでおれは御役御免といったところかな。
そもそもこんなことやる柄じゃないってのにどうして駆り出されたんだか。
消去法か。
そりゃそうだよなあ。
誰がこんな過負荷だらけの内面描写をしたがるっていうのか。
年甲斐もなく惚気ているそんな過負荷なおれの娘だが、あの戦場ヶ原ひたぎと同じようになりかけていることはわかっているのかねえ。
おれの娘がしてるのは横恋慕みたいなもんだがそれでも恋は恋。
今のおれの娘が易々と殺させるような真似も殺されるような真似もしないとは思うが、万が一ってことがある。
存分にはしゃいでもらっていいんだが、くれぐれもまた泣き濡れるなんて無様な格好はしないでくれよな。
もっとも、よこしまな恋の果てに行きつくべき場所なんて知れたものだが。

それはそれとして。
どうせ今も覗いてんだろ?
ならちょうどいい。
交代だ、交代。


   ■   ■

626陽炎 ◆ARe2lZhvho:2015/11/02(月) 13:41:11 ID:fl0urPIY0


おや。
本体の四季崎くんもそっちの四季崎くんも僕のことは知らないはずだったんだけどなあ。
確かにそこには端末(ぼく)はいないから直接覗いてはいたけれど。
さては、さっきスキルを使ったときに気取られたかな?
別に構わないけど。
今の僕は神視点にちょっと恣意的な解釈を差し込むだけの傍観者。
ゆえに、名誉欲など存在するはずもなく登場人物表に加える必要は一切なし。
では、舞台に上がることすらできなかった端役と引退を余儀なくされた主役になれたかもしれなかった彼らについて、語るとするか。
ただし、脇役未満の出演者に割く尺がたっぷりあるとは思わないでくれよ。

えっと、まずは存在を仄めかされた端役、つまり真庭蝙蝠くんだね。
彼については、放送前にどうしていたかも補足しておいた方がいいのかな。
といっても、お亡くなりになってしまった真庭鳳凰くんと違ってこれといったことがあったわけじゃないからねえ。
逃げ出して。
逃げ延びて。
逃げ切って。
そして考えるのは身の振り方だ。
ネットカフェに戻ったところで零崎人識くんと遭遇する可能性は十分にあったし、供犠創貴くんとの同盟より保身を取ったわけだ。
奇しくもほぼ同じ時刻に供犠くんも言っていたが、この同盟はあくまでも自身を優先するという前提で成り立っていたからね。
それに、いくら忍法で傷を隠せても失った体力はどうしようもない。
結論として、放送まで木陰で身を休めることにした。
その選択が彼にとってどうだったのかと言えば、正解に近いものではあっただろう。
放送によってもたらされた供犠くんと鳳凰くんの死。
彼にとって大変不服ではあったけれど、それでも後悔はしなかった。
供犠くんを殺したのが誰かはわからなくとも、人識くんである可能性が高いのは当然想像がついたからね。
頃合いを計ってのこのこと戻ったら待ち構えていた人識くんにむざむざ殺されました、じゃ笑い話にもならない。
玖渚ちゃんやりすかちゃんが呼ばれていないことに疑問を抱きはしたけれど、彼女らについて断定できる要素を持っていたわけじゃないし、些細なことだと切り捨てた。
真庭忍軍の生き残りが自分一人になってしまったことについては、思うところがあったみたいだけど、その気持ちは彼だけのものだ。
ここで言及するのは彼のためにも遠慮しておこう。

いよいよ今後のことについて考えるわけなんだけど、早急に決めなきゃいけないのがどこへ動くかだ。
今いるその場所が禁止エリアに指定されてしまったからね。
東西南北どこへ向かうか考えて、まず南はエリアの端まで遠すぎるので選択肢から消去。
北はネットカフェがあるので、ここも無し。
残るは東西どちらかになるんだけれど、そこで気配を察知した。
そう、球磨川くんと七実ちゃんだ。
学生服がどういうものか知らなかった彼だけれど、都城くんと遭った後に供犠くんから知識は得ている。
もっとも、学生服を知らなかったとしても、球磨川くんの人畜無害っぽさと七実ちゃんのか弱そうな雰囲気でわかっただろうけどね。
手裏剣砲があるならいざ知らず、数で不利な上に都城くんからの情報も手伝って様子見に徹することにする。
障害物がない分、七実ちゃんのか細い声でもなんとか聞き取れたしね。
そうして彼らの何気ない会話から情報を拾おうとしたんだけれど、中々に衝撃的ではあったようだ。
というかまあ、普通に考えればそうだよなあ。
首輪が外れていたり、死んだら生き返ればいいなんてのたまったり。
でも、それで少なからず動揺してしまったのはまずかった。
結果、七実ちゃんに『警告』されちゃったからね。
七実ちゃんなら最初から気付いてはいそうだけど、彼女の気分がよかったのは幸いだった。
虫の居所が悪かったらあっという間に毟られて、それでおしまいになってただろうし。
ともかくとして、これで彼の向かう方向は決定された。
好き好まなくたって、球磨川くん七実ちゃんペアと同じ方へ向かうなんて蛮勇ですらないからね。
二人が分かれ道で考えている隙に背を向けて逃走する。
そしてその先にいたのが――七花くん、というわけだ。

627陽炎 ◆ARe2lZhvho:2015/11/02(月) 13:41:50 ID:fl0urPIY0

七花くんのこれまでについて語るなら一文どころか一単語で完結する。
寝てた。
それだけ。
まったく、人識くんや蝙蝠くんは一睡もしてないというのに寝てばっかりだなあ、君は。
八九寺ちゃんの方がまだ起きてる時間が長いんじゃないとさえ思えてくるよ。
それはそれは無防備に寝ていた七花くんだけれど、蝙蝠くんから見れば格好の獲物であるのは間違いない。
しかし、千切れた右手が腐臭を放って骨が見えていたり胸に螺子が四本も刺さっているのを差し引いても、情報は得ておきたいところではある。
なにせ、供犠くんも鳳凰くんもいないとなると、話の通じそうな手合いは残っていないに等しい。
掲示板について詳しくはわからなくとも、不利な情報が撒き散らされているのは理解できたし。
そして蝙蝠くんは考える。
どうやって七花くんを『利用』するかと。
熟慮の末、一旦デフォルトの体に戻した上で頭部のみを変態させる。
軋識くんの体じゃ大柄すぎると判断したんだろう。
かといって首から下を小柄な体格にしたところで、骨肉小細工を今する必要はどこにもない。
全身変態するのは脆弱すぎて、起き抜けに攻撃を喰らってしまうことを考えるとやや危ない。
そもそも骨肉細工だって、全身を同時に変えていたわけじゃない。
大元が自分の体なら、一部を変態したところでパフォーマンスが落ちることはなく。
服はそのままだったけれど、ないものはないと諦める。
顔と声さえわかれば十分だろうと思ったんだろうね。
本来蝙蝠くんが知る七花くん相手では、失敗に終わったんだろうけれど運が良かった。
そりゃあ、まさか人間の男女の区別すらつかないとは思わないもんなあ。
脳内でシミュレーションを終えると、最も攻撃をしにくい場所、すなわち頭上から少しだけ離れたところへ。
そこで息を吸い、


「なに寝ておるのだ。起きぬか、七花!」


そう、とがめちゃんの声で言い放った。
いくら寝ていたといっても、七実ちゃんの病魔の激痛に苛まれながらじゃその眠りは深くない。
いとも簡単に七花くんは目を覚ます。
まさかとは思いつつも声の主を探し、正体を確かめた七花くんは、


「とがめ……?」


そんなありきたりすぎる反応を示しましたとさ。



球磨川くんと七実ちゃんが主役を務めた舞台裏での一幕はこれにておしまい。
ここから先は彼らが主役となる以上、傍観者としての僕は御役御免。
彼らの言葉か、それこそ僕のような主観が混じらない第三者視点で語るべき場面だ。
それでは続きを乞うご期待、ってね。

628陽炎 ◆ARe2lZhvho:2015/11/02(月) 13:42:23 ID:fl0urPIY0
【二日目/深夜/E-5】
【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『少し頭がぼーっとするけど、健康だよ』
[装備]『七実ちゃんはああいったから、虚刀『錆』を持っているよ』
[道具]『支給品一式が2つ分とエプロン@めだかボックス、クロスボウ(5/6)@戯言シリーズと予備の矢18本があるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『0番はランドセルランドとネットカフェ、どっちに行こうかな』
『1番はやっぱメンバー集めだよね』
『2番は七実ちゃんは知らないことがいっぱいあるみたいだし、僕がサポートしてあげないとね』
『3番は……何か忘れてるような気がするけど、何だっけ?』
[備考]
 ※『大嘘憑き』に規制があります
  存在、能力をなかった事には出来ない
  自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
  物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします
 ※始まりの過負荷を返してもらっています
 ※首輪は外れています
 ※黒神めだかに関する記憶を失っています。どの程度の範囲で記憶を失ったかは後続にお任せします



【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(小)、交霊術発動中
[装備]四季崎記紀の残留思念×1
[道具]支給品一式×2、勇者の剣@めだかボックス、白い鍵@不明、ランダム支給品(0〜2)、球磨川の首輪、否定姫の鉄扇@刀語、
   『庶務』の腕章@めだかボックス、箱庭学園女子制服@めだかボックス、王刀・鋸@刀語、A4ルーズリーフ×38枚、箱庭学園パンフレット@オリジナル
[思考]
基本:球磨川禊の刀として生きる
 0:禊さんと一緒に行く
 1:禊さんはわたしが必ず守る
 2:邪魔をしないのならば、今は草むしりはやめておきましょう
 3:繰想術が使えないかと思ったのですけれど、残念
[備考]
 ※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました
 ※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
 ※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました
 ※弱さを見取れます。
 ※大嘘憑きの使用回数制限は後続に任せます。
 ※交霊術が発動しています。なので死体に近付くと何かしら聞けるかも知れません
 ※球磨川禊が気絶している間、零崎人識と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします
 ※黒神めだかの戦いの詳細は後続にお任せします

629陽炎 ◆ARe2lZhvho:2015/11/02(月) 13:42:37 ID:fl0urPIY0
【二日目/深夜/D-5】
【鑢七花@刀語】
[状態]睡眠、右手欠損、『却本作り』による封印×4(球磨川×2・七実×2)、病魔による激痛、『感染』?
[装備]袴@刀語
[道具]支給品一式
[思考]
基本:『おれは悪くない』
 0:『何もかも面倒だ』ったのに、とがめ……?
 1:『殺し合いとか、もーどうでもいい。勝手にやってろ』
[備考]
 ※時系列は本編終了後です
 ※りすかの血が服に付いていますが『荒廃した過腐花』により腐敗されたようです
 ※不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です
 ※掲示板の動画を確認しました
 ※江迎怒江の『荒廃した過腐花』の影響を受けました。身体にどの程度感染していくかは後続の書き手にお任せします
 ※着物の何枚かを途中で脱ぎ捨てました。どの地点に落ちているか、腐敗の影響があるかは後続の書き手にお任せします
 ※着物は『大嘘憑き』で『なかったこと』になりました
 ※『大嘘憑き』により肉体の損傷は回復しました。また、参戦時期の都合上負っていた傷(左右田右衛門左衛門戦でのもの)も消えています
 ※寝てる間に右手がかなり腐りました。今更くっつけても治らないでしょう


【真庭蝙蝠@刀語】
[状態]身体的疲労(中)、頭部のみとがめに変態中
[装備]軋識の服全て(切り目多数)
[道具]支給品一式×2(片方名簿なし)、愚神礼賛@人間シリーズ、書き掛けの紙×1枚、ナース服@現実、諫早先輩のジャージ@めだかボックス、
   少女趣味@人間シリーズ、永劫鞭@刀語
[思考]
基本:生き残る
 1:虚刀流を利用する
 2:強者がいれば観察しておく
 3:行橋未造は……
 4:鳳凰さまが、なあ
[備考]
 ※創貴と同盟を組んでいます
 ※現在、変形できるのはとがめ、零崎双識、供犠創貴、阿久根高貴、
  都城王土、零崎軋識、零崎人識、水倉りすか、宗像形(144話以降)、元の姿です
 ※放送で流れた死亡者の中に嘘がいるかも知れないと思っています
 ※鑢七実の危険性を認識しました。
 ※供犠創貴に変態してもりすかの『省略』で移動することはできません。また、水倉りすかに変態しても魔法が使えない可能性が高いです
 ※宇練銀閣の死体を確認しましたが銀閣であることは知りません
 ※体の一部だけ別の人間の物に作り替える『忍法・骨肉小細工』を習得しました

630 ◆ARe2lZhvho:2015/11/02(月) 13:45:06 ID:fl0urPIY0
投下終了です
過負荷の解釈には個人的な考察も含まれてるので問題があったら遠慮なく指摘してください

最近は完結したはずの物語シリーズに続刊が出たり、今月は一冊しか出ないとかなんか基準のおかしいことを言っていたりしてますがおもしろいからにくい
育ちゃんのヒロイン本ください

631名無しさん:2015/11/03(火) 00:45:14 ID:oI0vfgEI0
投下乙です
お、めだかちゃんを思い出して修羅場か?と思ったら速攻で忘れさせる七実さん容赦ねぇ…
そうか、今の七花の前にとがめを用意するとは、その手があったか…
最序盤の七花だったからこそ通用しなかった作戦が、最終盤参戦だった(&寝てた)ために通用したというのは皮肉だなぁ

632名無しさん:2015/11/03(火) 08:15:08 ID:CZslebSo0
投下乙です!
球磨川さんはめだかちゃんのことを忘れたように思えても、いつかは思い出してしまいそうで怖いです。
七実さんも今は忘れさせていますが、果たしてそれがいつまで続くのか……

633名無しさん:2015/11/03(火) 16:09:50 ID:EfXHP/Qw0
投下乙です
七実ちゃんカワイイヤッター!でも真宵に死亡フラグ出てきちゃったヤダー!
一部から全力で目を逸らせば微笑ましい過負荷二名とは対照的に、七花と蝙蝠扮するとがめが邂逅、こっちは先が読めないぞ……!

634 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/06(金) 22:46:07 ID:aUdM2l2E0
投下お疲れ様です。
先んじて、私も投下いたします。

635 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/06(金) 22:47:30 ID:aUdM2l2E0


   ★    ★



 かつて、ぼくらはこどもだった



   ★    ★



 水倉りすか。
 彼女のなんたるかを改めて語るのは、些か時間の無駄と言えよう。
 語るにしては時間が経ちすぎた。彼女の性格は言うに及ばず。彼女の性能は語るに落ちる。
 いくら彼女が時をつかさどる『魔法少女』とはいえ、時間と労力を意味もなく浪費をするほどぼくは優しくない。
 それだけの時間があれば、ぼくはどれだけのことを考え得るか――どれだけの人間を幸せに出来るだろう。
 無駄というものはあまり好きではない。ぼくがりすかの『省略』を敬遠する理由でもあるのだが。
 だけど、仮に語るという行為に意味があるとするならば。必要があるとするならば。
 その程度の些事、喜んで請け負うことにしよう。


『のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず』


 水倉りすか。
 ぼくが初めて会った魔法使い、『魔法使い』。
 外見特徴は、「赤」という一言に尽きるだろう。なだらかな波を打つ髪も、幼さに見合った丸い瞳も、飾る服装に至るまで。
 全身が、赤く、この上なく赤い。露出する肌色と、右手首に備わっている銀色の手錠以外は、本当に赤い。
 さながら血液のように。己の称号や魔法を誇らんとするばかりに。


『のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず』


 水倉りすか。
 馬鹿みたいに赤色で己を飾るりすかであるが、その実力たるや馬鹿には出来ない。
 この年齢では珍しいらしい乙種魔法技能免許を取得済みという驚嘆に値する経歴の持ち主。
 ついこの間まで、ぼくと一緒に、とある目的の元、『魔法狩り』なる行為に勤しんでいた。
 結局のところ、その行為の多くに大した成果は得られなかったのだが、ここでは置いておこう。
 とある目的というのは――乙種を習得できるほどの魔法技能に関してもだが――彼女の父親が絡んでいる。
 彼女のバックボーンを語るにあたり、父親を語らないわけにはいくまい。
 『ニャルラトホテプ』を始めとする、現在六百六十五の称号を有する魔法使い、水倉神檎。
 高次元という言葉すら足りない、魔法使いのハイエンド。全能という言葉は、彼のために存在するのだろうと思わせるほどの存在、であるらしい。
 語らないわけにもいかない、とは言え、ぼくが彼について知っていることはそのぐらいのこと。一度話を戻す。


『まるさこる・まるさこり・かいきりな る・りおち・りおち・りそな・ろいと・ろいと・まいと・かなぐいる――』


 水倉りすか。
 彼女の魔法は『属性(パターン)』を『水』、『種類(カテゴリ)』を『時間』とする。
 父親から受け継いだ『赤き時の魔女』という称号が、彼女の魔法形式を端的に表していると言えよう。
 平たく言えば、時間操作を行使する『魔法使い』だ。
 これだけ聞くと、使い勝手もよさげで、全能ならぬ万能な魔法に思えるだろうが、その実そうではない。
 『現在』のりすかでは、その魔法の全てを使いこなすことはできない。時間操作の対象が、自分の内にしか原則向かない。
 加え、日常的にやれることと言えば『省略』ぐらい……いや、『過去への跳躍』も可能になったのか。
 それでも、いまいち使い勝手が悪いのには変わりがない。
 有能さ、優秀さにおいては右に出るもののない、ツナギの『変態』を比較対象に挙げずとも、だ。
 使い勝手が悪いならな悪いで、悪いなりに使えばいいので、その点を深く責めることはしないけれども。


『かがかき・きかがか にゃもま・にゃもなぎ どいかいく・どいかいく・まいるず・まいるず にゃもむ・にゃもめ――』


 水倉りすか。
 彼女の魔法は確かに使い勝手が悪い。とはいえ、一元的な見方で判断する訳にはいかない。
 彼女が乙種を取得できるまでの『魔法使い』である要因の一つ――父親によってりすかの血液に織り込まれた『魔法式』、
 軽く血を流せば、それで魔法を唱えることができる。大抵の魔法使いが『呪文』の『詠唱』を必要とする中、りすかは多くの場合それを省略できる。
 そして何より。
 その『魔法式』によって編まれた、常識外れの『魔法陣』。
 致死量と思しき出血をした時発現する、りすかの切り札にして、もはや代名詞的な『魔法』。
 およそ『十七年』の時間を『省略』して、『現在』のりすかから『大人』のりすかへ『変身』する、ジョーカーカード。
 これを挙げなければ、りすかの全てを語ったとは言えないだろう――。
 そう、りすかの『変身』について、正しくぼくらは理解する必要があった。



『――――にゃるら!』

636 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/06(金) 22:48:32 ID:aUdM2l2E0



    ★    ★



「…………キズタカ?」

 仰向け、いや、最早この状態を仰向けと呼べるのかも定かではないほど破壊された遺体を前に、水倉りすかは動けなかった。
 きっとそれは動けなかったでもあり、同時に動きたくなかった、とも言えるだろう。

「……………………」

 鼓膜を破らんと耳をつんざいた爆音からどれだけ経ったのか。
 焼き付いた脂の匂いを感知してからどれだけ経ったのか。
 意味もなく面影のなくなった相方の名前を呟いては、どこか視線を遠くに向ける。
 
「……………………」

 りすかも愚かではない。
 否、訂正しよう。愚かと言えば間違いなくりすかは愚かであったけれど、馬鹿ではなかった。
 何が起こったのか、何が起きてしまったのか、どうしようもない現実をとうに把握できている。

「……………………」

 推測するまでもない。零崎人識がいつの間にか設置していたブービー・トラップにまんまと引っ掛かった。
 言葉にしてみればそれだけの話であり、それまでの話である。

「……………………」

 しかしながら、現実を理解できているからと言って、認識できているからと言って。
 解りたくもなければ、認めなくもない。本当に、本当に本当に、あの不敵で、頼もしい供犠創貴という人間は終わってしまったのか?

「……………………」

 傲慢で強情で手前勝手で自己中心的で、我儘で冷血漢で唯我独尊で徹底的で、
 とにかく直接的で短絡的で、意味がないほど前向きで、容赦なく躊躇なくどこまでも勝利至上主義で、
 傍若無人で自分さえ良ければそれでよくて、卑怯で姑息で狡猾で最悪の性格の、あの供犠創貴が、たかだか、『この程度』のことで?

「……………………」

 おもむろに死体から離れ、扉付近にまで歩み寄る。
 そこには拳銃が落ちていた。つい先ほどまで創貴の所持していたグロックを拾い上げる。
 仄かに人肌の温もりが残る冷徹なグリップを握りしめ、銃口をこめかみの辺りに向けると。

「……………………」


 丁度その時、第四回放送が辺り一帯へと響き渡り――。


『供犠創貴』


 その名も呼ばれた。
 かれこれ一年以上も死線を供にした、己が王であり我が主であったかけがえのない名前が。
 何の感慨もなく、ただ事実は事実だと言わんばかりの義務的な報知として流れる。
 続けて幾つかの名前が呼ばれたが、りすかの耳には届いていなかった。
 こめかみに添えた銃口がプルプルと震える。


「――――――――」


 震える銃口は彼女の意思を代弁するかのように小刻みながらに強い主張を放つ。
 


「――――――――」



 さもありなん。




「ふ――――っっっざっけるなっ!」




 水倉りすかはどうしようもないほどに、怒りに身を焦がしていたのだから。

637 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/06(金) 22:49:15 ID:aUdM2l2E0


「キズタカ!」

 手にしていた懐中電灯を叩き落とす。
 衝撃で電池でも外れたのか、懐中電灯の光さえも消え、周辺が暗澹たる色合いに染まる。
 本来怖くてしょうがないはずの暗闇の中、浮かび上がる赤色はヒステリーを起こしたかのように、喚く。


「キズタカ! キズタカはみんなを幸せにするんじゃなかったのか!
 そんな自己犠牲で自己満足で、わたしが――わたしが幸せになるとでも思ったのか!」


 身を挺して供犠創貴は水倉りすかを庇うように死んだけれど、りすかからしてみれば甚だ不本意だ。
 コンマ単位での判断だったから仕方がない?
 あの爆発ではりすかの血さえも蒸発し、およそ『変身』なんて出来ないだろうから仕方がない?
 ふざけるな。『駒』はそこまで『主』を見くびっちゃいない。『そんなこと』さえもどうにかするのが『主』たる供犠創貴なのだから。


「許さない、許さないよ、キズタカ。わたしを惨めに死ぬ理由なんかに利用して許せるわけがないっ!」


 この場合、誰かが見くびったと言うのなら、創貴がりすかの忠烈さを見くびっていたのだろう。
 何故庇った。庇われなければならないほど、りすかは創貴に甘えたつもりなんて、ない。


「命もかけずに戦っているつもりなんてない。その程度のものもかけずに――戦いに臨むほど、わたしは幼くなんてないの。
 命がけじゃなければ、戦いじゃない。守りながら戦おうだなんて――そんなのは滑稽千万なの」


 創貴が命じてさえいれば、例え『魔法』が使えなかったところで、この身を賭すだけの覚悟はあった。
 命令を下さなかった、そのこと自体を責めているのではない。りすかが自主的に犠牲になればよかっただけなのだから、そうじゃない。
 りすかを庇ってまでその命を無駄にした、まったく考えられない彼の愚行を、彼女は許せない。


「逃げたのか、キズタカ! 臆したのか、キズタカ!? 笑わせないでほしいのが、わたしなの!」


 正直、『このまま』では先が見えないのはりすかからも分かっていた。
 きっとりすかには及びもつかない筋道を幾つも考え巡らせていたことだろう。
 それらすべてを放棄して、創貴は死ぬことを選び取ったのだ。
 これを現実から逃げたと言わずなんという。
 これを臆病者と言わずなんという!


「自分だけが幸せに逝きやがって。そんなキズタカを――わたしは許さない」


 語気を荒らげたこれまでとは一転。
 極めて静かな口調でそう告ぐと、震えていた銃口をしっかりと定めて。



「だから、キズタカはわたしに謝らなきゃいけない。わたしの覚悟を見くびらないでほしいの」



 思い切り、引き金を引いた。
 今のりすかには『自殺』なんていうものは、恐怖の対象とすらならない。

638 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/06(金) 22:50:34 ID:aUdM2l2E0



   ★    ★


 思えば、『死亡者ビデオ』に映っていた『彼女』――そして、つい先ほど零崎人識と対峙した『彼女』は一体全体、誰だったのだろう。
 勿論個体名は『水倉りすか』という『魔法使い』なのだろうが、しかし、どう行った経路を辿ったりすかなのか、判然としない。
 これまでだって、どういった経緯を辿れば今のりすかから、あのような攻撃的かつ刺激的な大人へと至るのか甚だ疑問ではあるけれど。
 今回の場合は、殊更事情を異にしている。

 先に述べられていた通り、玖渚友らが目を通した『名簿』からも分かるように、あくまでりすかの『魔法』は『省略』による『変身』だ。
 真庭蝙蝠のような『変態』とは一線を画する。『十七年』の時間を刳り貫いて、『大人』へと『変身』する。
 『十七年後』、りすかが存命しているという事実さえあれば、りすかはその『過程』を『省略』することが可能なのだ。
 逆に言えば、『十七年後』までにりすかは絶対的に死ぬ、ということが確定しているのであれば、この『魔法』はそもそも使うことさえ叶わない。
 例えば、不治の病を患ったとして、その病気で余命三年と確定したならば、出血しても『変身』できない。
 例えば、『魔法』によりとある一室に閉じ込められてしまえば、りすかは『変身』できない。
 極論、『属性(パターン)』は『獣』、『種類(カテゴリ)』は『知覚』、
 『未来視』をもつ『魔法使い』に近年中には死ぬと宣告されたら、きっとそれだけでりすかは希少なだけの『魔法使い』に陥る。
 
 平時において、その条件はまるで意識しなくてもいい前提だ。
 りすかは病気を患ってもいないし、そのような『占い師』のような人種とも関わりがない。
 どれだけピンチであろうとも、『赤き時の魔女』は思い描くことができる。
 ――立ちふさがる敵々を創貴と打破していく姿は、いとも簡単に、頭に思い浮かべることができた。
 しかし今回の場合は事情が異なる。ここは『バトルロワイアル』、たった一人しか生還できない空間なのだ。
 最初の不知火袴の演説の時より、りすかも把握している。

 ならば。
 ならば――あの『大人』になったりすかは、創貴を切り捨て、優勝した未来と言えるのだろうか。
 ならば――あの『大人』になったりすかは、創貴と助け合い、この島から脱出した未来と言えるのだろうか。

 水倉りすか。
 この島に招かれてからの彼女の基本方針は一律して主体性が窺えなかった。
 さもありなん。彼女自身どうしていいのか分からなかっただろう。
 零崎曲識と遭遇するまでは、己が『変身』出来るのかさえも不明瞭だったからだ。
 創貴がりすかを徹底的に駒として扱い、優勝するために切り捨てることも想像しなかった、と言えばそれは嘘である。
 仮にそうでなくとも、『脱出』する具体的な手筈も見当たらず、かといって創貴を殺して優勝するような結末も想像できないでいた。

 『魔法』とは精神に左右される側面が強い。
 『十七年後』までりすかが存命しているという事実をりすかがはっきりと認識できなければ、魔法が不完全な形と相成るのも頷ける。
 りすかが鳴らした、「一回目に『変身』した時からだったんだけど、より違和感があったのが、さっきの『変身』」という警句も、
 『制限』という意味合いだけではなく、りすかの精神に左右された面も大きいだろう。彼女たちの『魔法』とは、とどのつまり『イメージ』の具象なのだから。

 玖渚友という『異常(アブノーマル)』を見て、それでも首輪を解除できない現状を踏まえ、創貴と脱出する『未来』がより不鮮明になった。
 無自覚的ながらもこれは、りすかにとってかなりの衝撃を与えたことだろう。
 『未来』は物語が進むにつれ想像が困難になっていく。だからこそ、『魔法』も違和感を残してしまう。


 翻して。
 なれば今。
 供犠創貴が死して、もはや『生還』という形に拘らなくてもよくなった今。
 そして、次なる目的がもっと明瞭に、明確に、あからさまに明示されている今、りすかの想起する未来はもはや揺るがない。
 彼女に示された道は、一つである。
 その時、彼女の『魔法』はどうなるのだろう。

639 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/06(金) 22:53:07 ID:aUdM2l2E0


   ★    ★



 ソファへと座り込んだまだら髪の男は、放送を聞くと意味もなく息をつく。
 やはりそこに転がっている金髪の死骸は『真庭鳳凰』であり、重畳なことに『供犠創貴』も爆殺――おそらくは爆殺だろう――ができた。
 しかし、零崎人識の顔色は優れない。水倉りすかの『魔法』による影響も少なかれあるだろうが、それ以上に、これから起こるであろう展開が憂鬱で仕方がないとい

った調子である。

「しーちゃんはいつまでそんな顔してるのさ。舞ちゃんたちはもう来るんじゃない?」
「……ふう」

 群青の小言にも息を零すばかりだ。
 脱力し、一層とソファに背を預けると、天井を見つめる。
 血の匂いが充満していた。鼻をひくつかせる。
 勿論真庭鳳凰の血潮が満ちている今とは、その臭いの濃度は全く異なっていただろうが、
 無桐伊織はこんな血の満ちた診療所に閉じこもっていたらしい。そう思うと、同行していた櫃内様刻の豪運さも甚だと言ったところか。
 直前に西条玉藻を屠ることである種のストレスを解消していたこと、それが功を奏していたのだろう。
 両足が骨折したいたことも要因の一つではあろうが、いざとなればそのぐらいの些事など彼女は意に介さない。
 逆立ちしたって対象を殺しにかかるに決まっている。そのことは最初の出会い、彼女の手首が切断されていた場面を思い返せば容易に想像ついた。

「やれやれ」

 言葉を零す。
 哀川潤も死に、次いで懸念していた黒神めだかもどこぞの馬の骨に殺されたらしい。
 だから彼を悩ませるのは、『妹』である無桐伊織に他ならない。
 あの叱責のような数々も『戯言』と済ませられたらどれだけよかったか。
 頭を抱える要素は諸々と挙げられるけれど、ひとまず開き直るとして目先の問題を投げかける。

「実際、両足骨折したままでこの先やってけると思うか?
 いっそのこと切断しちまえば俺もやりやすいが、しかしそんな達磨じゃあ生き残れねえだろ」

 似たような経験なら以前にもしている。
 綺麗に両足を切断さえできれば、処置するのも難しくない。
 ただし、そのあとの世話まで見切れるかというと厳しい面は否めなかった。
 真庭蝙蝠、鑢七実、球磨川禊、加え主催陣の数々。ぱっと思い浮かぶ限りでも、障害はそれだけいるというのに。
 玖渚友は携帯電話から目を離し、虚脱したままの人識に目を向ける。

「ふぃーん? 見てみないことには視診することもできないけど、話を聞く限りどの道歩くのは厳しそうだよね。
 生還した後、あの義足作った人に頼めるのなら切り落としちゃってもいいとは思うけど。……でもたかだか骨折なんでしょ?」
「ま、そうなんだけどよ。変に後遺症残されちゃあどうにもな。結構骨折って動かすと痛(いて)ーし」

 骨折できるだけありがてー話なんだけどな。
 と、義足の話から連想してか、武器職人の『拷問』のことを回顧しつつ呟く。
 あの時は社会的な面からあの時は曲識、そして『呪い名』に頼らざるを得なくなったが、今にしたってその状況は大差ない。

「曲識のにーちゃんまで死んじまった以上、俺の人脈は完全に断たれたといってもいい。
 それこそおめー、『玖渚』なんだろ? 手数料ってことでちったぁ面倒見てくれよ」

 『壱外』、『弐栞』、『参榊』、『肆屍』、『伍砦』、『陸枷』、シチの名を飛ばして『捌限』。
 西日本のあちこちを陣取る組織を束ねる、怪物のようなコミュニティの、その頂点、『玖渚機関』。
 大抵のことならば、『玖渚機関』の手にかかればどうとにでもなる。『四神一鏡』に比べれば劣るが財政力も尋常ではない。
 玖渚友も(復縁可能となったとはいえ形式上は)部外者ではあるものの、『機関』の方に少なくない影響を与えることはできる。
 人識にしてみればそこらの裏事情を知るべくもないけれど、『玖渚』と聞いて『玖渚機関』に思い至るのは自然なことだった。

640 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/06(金) 22:54:03 ID:aUdM2l2E0

「んー」

 友は人差し指を唇に付け、何か思案するような様相を見せる。
 『玖渚』にとって――というよりも、『表の世界』、『政治力の世界』、『財政力の世界』の住人にとって、
 『零崎』を含む『暴力の世界』の住人との接触は極力忌避すべき事態だ。かつての友をして「怖い」と言わしめる住人たちである。
 本来であれば、人識、それに伊織とも深い関わりを持つべきではなかった。

「助けてもらってるのも事実だしね。なんとなったらなんとかしてあげる」

 その点「部外者」という位置づけは融通が利くのか、友はあっさりと二人ともを受け入れている。
 『殺人鬼』の申し出も殊の外すんなりと承諾し、協力関係を維持することを選んだ。
 これまで色々と綱渡りをして生きてきた彼女であるが、今度は人識を当面の便りとするらしい。
 暗黙の内に相互の利害関係を一致させると、人識は力なく笑う。

「かはは、しかしよ。手筈は整ってるのか? 一人だけじゃなくて全員脱出できるようなやり方は」

 じゃなきゃ、どんな約束も意味がない。
 暗に告げる人識の物言いも、友は迷うことなく答えた。

「いんや? 全然? 首輪も解除できてない時点でお察しだよね」

 思わずソファからずっこける人識を他所に、青色サヴァンは至って変わらぬ調子で言葉を続ける。
 手には、いつの間にか何時間前まで解析していた首輪が握られていた。
 解析が進んでいる様子には見えない。
 されど、不敵な形相を浮かべたまま。

「でもさ、そんなこと関係がないんだよ」
「どういうこった?」
「私が何をしようがしまいが、あの博士(ぼんさい)たちがどれだけ策に策を重ね、奇策を弄そうと、
 そんなの関係なく、向うの陣営は遠からず自壊するよ。間違いなく」
「首輪を外せもしねーのに、何の根拠があるんだよ」

 呆れの入り混じる人識にも意を介さず。
 疑念や不安など一切抱いていない、混じり気のない様子で、問い返す。

「だって、この私を、なによりいーちゃんを巻き込んだんだよ?」
「……なるほど、それは違いねえ」

 無為式。
 なるようにならない最悪。
 イフナッシングイズバッド。
 限りない『弱さ』ゆえに、周囲の人間をことごとく破滅させる体質。
 この場合において、これ以上なく説得力の伴う証左であった。
 人間失格は息を漏らし首を振ると、意識を切り替える。

「じゃあとりわけ、まずは伊織ちゃんをどうにかしねえとなあ」

 首輪が現状どうにもならないのなら、どうにもならないまま、これからをどうにかしなければならない。
 出来ないことに頭を悩ませるぐらいなら、『家族』のこれからのことで頭をひねるほうが幾分かマシだ。
 視線を落とし、リノリウムの床に目を遣る。漫然と床を見つめながら、漠然と思考を走らせていると。

「……………………」
 
 青色から熱烈な視線を注がれていることに気づく。
 なんだ、と言わんばかりに睨みを利かせながらもう一度視線を向けると、ぽつねんとした声色で、零す。

「しーちゃんは、変わっちゃったの?」
「あ?」

 玖渚友の要領の得ない物言い。
 判然としない言い分に不快を露わにしながら人識は窺う。
 対する友は而して態度を改めることもなく、静かに続けた。
 懐かしむようにして、慈しむようにして、かの戯言遣いに想いを馳せながら、続ける。

641 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/06(金) 22:54:51 ID:aUdM2l2E0


「いーちゃんはね、変わらない」


 砂場で出逢ったあの時から。


「いーちゃんは本当に変わらない」


 六年前のあの時から。


「いーちゃんは変われないんだよ、ずっと、永遠にね」


 四月の鴉の濡れ場島の時も、五月の通り魔事件の時も――今に至るまで、未来永劫、『彼』と友は何も変わらない。
 はずだった。
 友は問う。


「しーちゃんはさ、変わっちゃうの」


 そういえば。
 クラッシュクラシックで戯言遣いと会話をしたのはいつのことだったか。
 あの時人識は戯言遣いの言葉を盛大に笑い飛ばしたが、あれは、もしかすると、彼なりの『変化』ではなかったか。
 らしくもない笑い種というのであれば、先の『兄』の叱咤と何が違うというのだろう。
 欠陥製品は変わった。
 鏡映しである人間失格もまた、変わったと言えるのか。
 

「さあな、傍から見てそう見えるんならそうなのかもな」


 自らの頬を撫でる。
 トレードマークの上から刻まれた傷口をなぞった。
 『妹』のために受けた傷。己の象徴を汚してまで守り抜いた絆。
 実に分かりやすい、理解に容易い存在になってしまった。『家族』のために、だなんて。
 顔面刺青の言葉を受けると、友は興味深そうに頷いて。

「ふぅーん。なら、いーちゃんが『ああ』なっちゃうのも、然るべきことなのかもね」

 あの戯言遣いが変わろうとしている。
 兆候はバトルロワイアルに招かれる前から、確認していた。
 「すっげえ嬉しい」って喜んでくれた、喜んでしまった戯言遣いを、玖渚友は見てしまった。
 なればこそ、友は解き放たなければならない。
 戯言遣いを己が束縛から。
 すべてがどうにもならなくなるけれど、『彼』の人生は回りだせるというのなら。
 

「僕様ちゃんも言わなきゃいけないよね。いーちゃんが歩き始めるってんなら。ちゃんと」


 人識からしたら、なんのことだかさっぱり分からない。
 『死線の蒼(デッドブルー)』と戯言遣い――欠陥製品の間にのっぴきならない事情があることだけが推測立つ。
 晴れやかに笑う、やけに既視感を覚える、つい最近見たばかりなような気もする玖渚友の笑顔を認めると。


「傑作だぜ」


 静かに呟いた。
 そして時間が『進む』。




「――――っはっはっはっは! それっぽいフラグは立て終えたか! 駄人間どもッ!!」




 進む――進む。進む。
 めまぐるしい早さで、赤く、『進む』。

642 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/06(金) 22:56:13 ID:aUdM2l2E0


   ★    ★



 そもそも、『制限』とは何か。
 何故、『十七年後』の水倉りすかに未だそんな『制限』が纏わりついているのだろう。
 彼女が『魔法陣』を使ってなお、首輪をつけている影響か。
 否、首輪に原因があるのならばところ変わって球磨川禊の『大嘘憑き』あたりの制限もなくなって然るべきである。

 しかしながら、事実として『十七年後』のりすかは『制限』の縄に囚われたままであった。
 『制限』が解呪されているのであれば、かつて廃病院でツナギを相手取った時にしたような、『魔力回復』もできたはずである。
 『現在』の水倉りすかと、『十七年後』の水倉りすかは同人でありながらも、同時に、別人であるにも関わらず、『変身』した赤色もまた力を抑制されていた。
 前提に基づいて考えるならば、水倉りすかは今後十七年間、制限という呪いに蝕まれ続けることとなる、という見解が妥当なところだ。

 では、どのような場合においてそのような事態に陥ることが想定されるだろうか。 
 一つに、主だった支障もなくこの『会場』から脱出した場合。
 一つに、優勝、それに準ずる『勝利』を収めたとしても、主催陣営が『制限』を解かなかった場合。
 この二つが、およそ誰にでも考えられるケースであろう。
 詳らかに考察するならば、もう少しばかり数を挙げられるだろうが、必要がないので割愛とする。

 前者においては、確かに揺るぎようのない。
 どのように『制限』をかけられたか不明瞭なため、自ら解法を導き出すのは困難だ。
 日に当ててたら氷が解けるように、時間経過とともに解呪されるような『制限』でもない限り、解放されるのは難しい。
 そして、十年以上の月日をかけても解けないようじゃあ、その可能性も望みは薄い。

 だが、後者においてはどうだろう。

 不知火袴の言葉を借りるのであれば――『これ』は『実験』だ。
 闇雲に肉体的及び精神的苦痛を与えたいがための『殺し合い』ではないことは推察できる。
 『実験』が終了し次第、『優勝者』を解放するのが、希望的観測を交えるとはいえ考えられる筋だ。
 むしろ、主催者たちである彼らが、最終的に『完全な人間』を創造するのが目的である以上、最終的に『制限』などというのは邪魔になるのではないだろうか。
 彼らが『完全な人間』を何を以てして指すのか寡聞にしていよいよ分からなかったが、如何せんちぐはぐとした感は否めない。

 彼らの言葉を素直に受け止めるのであれば、『優勝』した場合、『制限』は排除されるのではなかろうか。

 具体的な物証がない以上、憶測の域を出ない。
 あるいは、玖渚友ならば何かしらの情報を得ていたのだろうが、初めから決裂していた以上望むべくもなかろう。
 あくまで憶測による可能性の一つでしかないのだ。



 ――――十分だ。
 『可能性がある』というだけでも、十全だ。
 可能性があるのであれば、その『可能性の未来』を手繰り寄せるのは、他ならぬ水倉りすかの仕事なのだから。


 りすかが『優勝』することを確と目標にしたその時。
 『制限』のない、全力の『十七年後』の水倉りすかに『変身』するのは、不可能なことじゃあ、ない!


 出来ないとは言わせない。
 供犠創貴は、唯一持て余している『駒』を、見くびっちゃあ、いなかった。

643 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/06(金) 22:57:05 ID:aUdM2l2E0


   ★    ★



 宗像形が死んだ。
 なるほど。
 真庭鳳凰が死んだ。
 なるほど。
 そして、近いうちに図書館が禁止エリアになるらしい。
 なるほど。

 櫃内様刻の放送に対する所感は実にあっさりとしたものだった。
 先ほどまで大いに頭を悩ませていた鳳凰に対してでさえ、死んだと分かれば、「ああ、死んだのか」と話が終わってしまう。
 彼の思考回路は、極々シンプルな構造にできている。
 彼が何かに対して迷うことがあるのならば、それは直面している物事から逃げているだけだ。
 背負うニット帽の少女と同様に。悩んでいる振りを、しているだけだった。

「さーまとーきさーん」
「ん?」

 ふと、耳元から声がかかる。
 いつの間にか進む速度が緩まっていたようだ。

「どうしたんですか、さっきからボーっとして」
「別にどうもしないさ。ちょっと煩悩が湧いてきただけ」
「女子高生の胸に欲情しましたか!」
「僕が発情するのは妹に対してだけだぜ。それに肩甲骨フェチなんだ」
「人識くんはおねーさんタイプが好きらしいですけど、まちまちなんですねえ」

 よく分からないところに話の結論を付け、今度は伊織が溜息を落とす。
 何ともなしに様刻は尋ねる。

「そういう伊織さんこそさっきから溜息ばっかじゃないか」
「え? そうですか? そんなことはないと思いますけど。
 じゃあ、『女子高生』と『女子校生』、どっちが煽情的に聞こえるかって話でもします?」
「……本当にそれは楽しいのか?」
「いいじゃないですか。人識くんはあんまりセクシャルな話には付き合ってくれないんですよ」

 そこで話を区切ると、またも溜息。
 様刻も段々と分かってくる。
 乙女心など妹のことしか把握できない彼ではあるが、こうも大胆に大雑把に大盤振る舞いされると、わかるなというのが無理な話だ。
 要するに彼女は気がかりなのだろう。彼のことが。
 今から会う、零崎人識のことが。『兄』のことが。

「人識に会うのが、怖い?」
「…………ええ、まあ多少は。だって、あんな風に人識くんから言われたの、初めてでしたから」

 確かに様刻からしても意外な反応だった。
 あの飄々とした、掴み所のない人間からああもまともな叱咤が飛んでくるとは、思わなかった。
 わずか数時間しか行動を共にしていない様刻でさえそう思えるのだから、当事者であるところの伊織からしたら猶更のことであろう。
 でも、様刻から一つだけ、断言できることがある。
 同じ『兄』として。

「別に、人識の言うことは何も間違っちゃいないさ。ただ、妹を心配する正しいお兄ちゃんの言葉だよ」

 今の伊織の様相も、様刻の妹、櫃内夜月と何ら変わらない。
 普段と違う兄の姿を見て、単純に動転しているだけだ。
 様刻が夜月を初めて拒絶した時、夜月が泣き出してしまったように、
 人識から初めて、『家族』としての寵愛を受けた伊織はきっと今にも泣きだしそうなのだろう。

「そうですかねえ」

 様刻の言葉を受け、伊織は而して曖昧に頷く。
 『家族』とはそんないいものであっただろうか――。
 『流血』ならぬ『血統』で結びついた『元々の家族』を思い起こすもあまりいい記憶はない。
 それこそ、今みたいに、『兄』が嫌味のような小言を投げかけるような光景しか思い浮かばない。
 黙する伊織を認めると、様刻は言葉を継ぐ。


「とりあえず、人識に会ってみなよ」


 伊織の脳裏に、先ほどの人識の激怒がよぎる。
 今の自分はかつての自分をなぞるように、「逃げていた」。
 厳しくも、図星を突かれたような指摘に何も言えずにいる。

「…………」
「…………」

 様刻はこれ以上、何も言わなかった。
 黙々と、歩を進める。
 薬局の影ももう間近だ。
 目先の目的地が確認できたことでひとまず息をつく。

「とりあえず伊織さん、首輪探知機でどうなってるか見てくれる?」
「うなー」

 歩きながらだとバランスの都合上、常時首輪探知機を見るわけにはいかない。
 様刻の両手は伊織を背負うことで塞がっているし、伊織の両手も、振り落とされないように様刻にしがみついているため実質塞がっている。
 だから首輪探知機を見るためには一回止まらなければならない。
 様刻が足を止めると、伊織はガサゴソと首輪探知機を取り出して、現状を再確認するため覗き込む。
 その内容を確認すると、伊織の顔色が変わった。

644 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/06(金) 22:57:52 ID:aUdM2l2E0


「様刻さん、ちょっと」


 深刻なトーンで伊織が告ぐ。
 先と同様に、手にした首輪探知機を、首に腕を回すようにして見せてくる。
 『真庭鳳凰』、『零崎人識』、『玖渚友』の名前に並んで、名前が二つ。
 片や『真庭狂犬』は死んだ。青色サヴァンが首輪の解析用に持ち出したものだろう。
 もう片方は――。


「『水倉りすか』……?」


 脈絡もなく、されどはっきりとそこに明示されている名前を、読み上げる。
 冷静に考えれば、『こいつ』は協力者の可能性が高い。
 『水倉りすか』がもつ、なんらかの能力を使って零崎人識と玖渚友を転移させたのだろうことは想像に難くない。
 伊織にとってはともかく、人識にとって、零崎曲識の復讐とは必須ではないのだろう。どうとでも説明はつく。

 しかし、本当にそうだろうか?
 培ってきた勘や本能が、「何かがまずい」と訴えてならない。

 様刻は伊織を背負ったまま、急ぎ足で薬局まで駆け寄った。
 扉は締まっている。様刻たちが出て行った時から、何かが変わった様子はない。

「…………」
「…………」

 この扉の向こう。
 静かだ。少なくとも、この壁越しでは何も聞こえない。
 話し声の一つでさえも。異質だ。
 あまりに薄弱な壁を挟んだ空間で、いったい何が行われているのだろう。


「伊織さ」
「行きましょう」


 様刻はどうすべきか問い掛けようと、声をかける。
 伊織の反応は早かった。女子高生でも女子校生でもないような、鬼のような声色で。


「わたしは逃げちゃダメですから。しっかりと、人識くんと向き合うんですから」


 伊織の己を鼓舞するような一言を聞くと、様刻は迷うことなく扉を引いた。
 慎重に、奥へと進むと、つい先刻まで様刻たちがいた場所へと辿りつく。
 人影がある。
 赤い、赤い。
 どうしようもなく赤い、幼げな人影があった。


「どちら様なのが、あなたたちなの」


 幼女の足元を見ると、あからさまな死体が一つ転がっている。
 状況証拠から判断するに、『あれ』は『真庭鳳凰』だ。
 じゃあ。

「じゃあ」

 零崎人識と玖渚友は?
 あの二人はどこへ消えた?
 かくれんぼをしているわけじゃああるまいし。
 神隠しに遭ったわけでもあるまいし。



「まあ、誰でもいいの」



 意味深に落ちている、あの三つの首輪はなんだっていうんだ。
 まるで、『先ほど』まで零崎人識と玖渚友は、『そこ』にいたと言ってるようなものではないか。
 零崎人識と玖渚友はもはや、この世には存在しないと言っているようなものではないか。


 ふと、懸念が蘇る。
 真庭鳳凰を片付けたことで『終わった』とてっきり思った、あの懸念が。


 ――伊織ちゃんのこと、よろしく頼んだ。


 あの言い方はまるで、遺言のようではなかったか。

645 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/06(金) 23:00:22 ID:aUdM2l2E0
   ★    ★



 だからいざという時は、ぼくはりすかを全幅の信頼を寄せて、『優勝』させなければならない。
 そしていざという時は、ぼくはきっと『一度』死んでいることだろう。


 自らの身を挺し、失敗すれば『犬死』、成功すれば、着実に『攻略』へと前進する、一か八かの賭けに臨むか。
 創嗣さんならば、そんな『いざという時』なんて念を押さず、迷わず後者へベットをするだろうが、生憎ぼくは、まだあの人のようには成れない。
 今や半分以上はりすかの血液が流れているぼくではあるけれど、極力死ぬわけにはいかない。
 自らの命を、そんな不確定要素の中に好き好んでには、まだまだぼくも悟っちゃあいない。


 先んじて、他の方法を模索するほうが建設的だ。
 しかし、賭けるとなった時、いざという時がやってきた時、ぼくはこう言い張ってやる。


 ぼくとりすかを甘く見るなよ。
 あとは好きにやっちまえ、りすか。
 ――ってね。





   ★    ★







 さあ、『魔法』を始めよう。







   ★    ★









【玖渚友@戯言シリーズ 死亡】
【零崎人識@人間シリーズ 死亡】

646 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/06(金) 23:03:32 ID:aUdM2l2E0


【2日目/深夜/G-6 薬局】


【水倉りすか@新本格魔法少女りすか】
[状態]魔力全快、十歳
[装備]手錠@めだかボックス、無銘@戯言シリーズ
[道具]支給品一式
[思考]
基本:優勝する
[備考]
 ※九州ツアー中、蠅村召香撃破直後からの参戦です。
 ※治癒時間、移動時間の『省略』の魔法は1時間のインターバルが必要なようです(現在使用可能)
  なお、移動時間魔法を使用する場合は、その場所の光景を思い浮かべなければいけません
 ※大人りすかの時に限り、制限がなくなりました
 ※それ以外の制限はこれ以降の書き手にお任せします


【無桐伊織@人間シリーズ】
[状態]両足骨折(添え木等の処置済み)
[装備]『自殺志願』@人間シリーズ、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ、首輪探知機@不明
[思考]
基本:零崎を開始する。
 0:? ? ?
[備考]
 ※時系列では「ネコソギラジカル」からの参戦です。
 ※携帯電話のアドレス帳には箱庭学園、ネットカフェ、斜道郷壱郎研究施設、ランドセルランド、図書館の他に櫃内様刻、玖渚友、宗像形が登録されています。
 ※DVDの映像を全て、複数回確認しました。掲示板から水倉りすかの名前は把握しましたが真庭蝙蝠については把握できていません。


【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]スマートフォン@現実
[道具]支給品一式×7(うち一つは食料と水なし、名簿のみ8枚)、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11〜28)@不明
   炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス、懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、
   輪ゴム(箱一つ分)、首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン@現実、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、
   鎌@めだかボックス、薙刀@人間シリーズ、シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)@

現実、
   誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、
   「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵、ノーマライズ・リキッド、チョウシのメガネ@オリジナル×13、小型なデジタルカメラ@不明、三徳包丁@現実


   中華なべ@現実、マンガ(複数)@不明、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、おみやげ(複数)@オリジナル、
   食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』」
   (「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う(瓦解寸前)
 0:? ? ?
[備考]
 ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形が登録されています。また、登録はしてありませんが玖渚友からのメールに零崎人識の電話番号とアドレスがあり

ます。
 ※阿良々木火憐との会話については、以降の書き手さんにお任せします。
 ※支給品の食料の一つは乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。
 ※DVDの映像は全て確認しています。
 ※スマートフォンに冒頭の一部を除いた放送が録音してあります(カットされた範囲は以降の書き手さんにお任せします)。

647 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/06(金) 23:06:42 ID:aUdM2l2E0
以上で投下終了です。
指摘感想などありましたら、遠慮なくお願いします。

タイトルはwiki収録までに考えておきます……!
及び>>639に薬局と表記すべき点を診療所と誤記してしまった箇所がありました。
こちらで訂正とお詫びを申し上げます。

648 ◆ARe2lZhvho:2015/11/08(日) 02:36:41 ID:IymzsrkI0
投下乙です…がこれを素直に通しにできるかは正直微妙なところです
問題を大きく二つ挙げるなら、

・玖渚が退場したことによる考察担当の不在および情報の未共有
・りすかの大幅すぎる戦力強化と制限の解除

これらが修正されない場合リレー小説として成立するかどうか疑問が生じるところです
個人的な意見を述べますと、私はこの話をリレーするのは無理だと思いました
あくまで私個人の意見ですので他の書き手さんがたがリレーできるというのであれば取り下げます
ですので、できればトリ付きでここかもしくは避難所の議論スレに意見をいただけると助かります

649 ◆wUZst.K6uE:2015/11/11(水) 21:10:06 ID:xD.WLTYs0
トリ付きで失礼
今回の投下、内容的にはとても面白かったです。続きが気になるし、自分で続きを書きたいという思いもあります。
その反面、リレー小説として賛同が得られるだけの続きを書ける自信があるかと問われれば、正直なところ自信はないです。
なので申し訳ありませんが、現時点では◆ARe2lZhvho氏と同意見とさせていただきます。
もし修正案などがあれば、そちらをお待ちしています。

650 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/11(水) 21:51:53 ID:M4eweJoY0
お二方、ありがとうございます。
あまりこういったことは公にすべきではないかもしれませんが、
先日、チャットにて◆mtws1YvfHQ氏にも拙作対するご反応は頂いております。

それを踏まえたうえで、今しばらく修正の猶予を頂けると幸いです。
及び、展開の都合上追加予約(あるいは別の話と扱い別個予約という形式)をとりますが、予めご了承ください。

修正の内容に関しましては、>>648の指摘を念頭に置いたうえで
1.大人りすかになることで、子供りすかに戻る際に過剰な体調不良を与えるなどのデメリットの付与
2.玖渚友の解析の進展、および情報の共有。及び、ディパックの残存

をひとまず予定しております。
申し訳ございませんが、しばしお待ちいただけると幸いでございます。
また、投下する際は避難所の仮投下スレをお借りする予定です。

651名無しさん:2015/11/15(日) 10:43:09 ID:hr0GXKPw0
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
160話(+1) 12/45 (-0) 26.7(-0.0)

最新話は議論・修正中のため今期のカウントはお控えください

652 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/23(月) 22:33:04 ID:pzCMG7lc0
投下します

653解体サーキュレーション  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/23(月) 22:34:44 ID:pzCMG7lc0
   0


 愛は魔法だ。
 十二時でも解けない魔法。



  001



 阿良々木暦、阿良々木くんが死んだことが意外だったかと言えば、しかしそうではないだろうと思う。
 明日には死んでいたかもしれない彼だ。今日死ぬのだって、それはきっと起こるべくして起こったこと。
 ともすれば、彼はずっとずっと前に死んでいる。私の一時的な臨死体験なんて目じゃないほどに、元人間の彼は死を体験していた。
 地獄のような春休み。聞くところによると阿良々木くんはあのナイトウォーカーとしての生活をかように表現しているそうだ。
 事実、あれは地獄のような日々である。他人の目から見ても、それこそ私が殺されたことを抜きにして、公明正大に判断を下したうえでそう思えるぐらいなのだから。
 阿良々木くんからしてみても、忍ちゃん、いや、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードからしてみても地獄に違いなかったろう。
 生き地獄であり、死に地獄。生ききれなく死にきれない、傷を分け合う傷物の話。傷物語。

 とにかく、彼は春休みの間に少なく見積もっても、限りなく絶対的に一度死んでいる。
 四肢を失くしていた彼女のために、彼女を助けるために、自分の命を投げ出した。
 無謀だと言えば、そうだろう。無鉄砲と言えば、そうだろう。無茶苦茶と言えば、そうだろう。
 およそ考えられないほど優しく強かな彼が、今日死んだというのであれば、私は納得するしかない。
 私から見て、阿良々木くんの死というのは、それほどまでに身近なのだろう、と今更ながらに感じ入る。

 阿良々木くんは時折私のことを天使、あるいは神様のように語るときがあるけれど、勿論私、羽川翼は天使や神様ではない。
 今の私の名前には「羽」も「翼」もあるにしたって、生憎私は人間だ。……人間なのかな? まあ、人間なのだ。
 受容の心を、諦念の心を、残念ながら有している。

 怪異は名により己が存在を縛られるというけれど、そういう意味では私は自由奔放だ。
 さながら私の名前になんて、意味がないと言わんばかりである。実際、私の名前になんて意味がないのだ。
 名字は一旦脇に置いておくとして、名前でさえも私にはあまりに不釣り合いである。
 「翼」。広義的には言うまでもなく、鳥などの持つあの翼だ。羽搏(はばた)くための、器官。
 そこから派生して、親鳥が、卵や雛を、その羽で守るようにすることから『たすける』という意味をもつらしい。
 どの面を下げて、私はそんなことをくっちゃべらなくてはいけないのだろう。舌先三寸もいいところだ。
 阿良々木くんは私のことを聖人君子のように崇め、美辞麗句を並べるけれど、そうではない。
 私はただの人間である。
 ずっと助けられてばかりだった。
 私が誰かを助けたことなんて、きっと一度たりともない。
 だって私には阿良々木くんの真似することさえできない。
 あんな家庭でも、こんな私でも、いざ命を捨てろと言われても、無理だ。
 私は何よりも自分が可愛い。
 怪異に魅せられるぐらいに、私はどうしようもない奴なのだから。

 そして、そんな私だからこそ、きっと私は阿良々木くん、阿良々木暦くんのことが気になっていたのだ。
 いつ死ぬかもわからない、人を助けたがるお人よし。
 とても人間らしからぬ、いよいよ純正の人間ではなくなった半人半鬼の阿良々木くん。
 自分よりも他人が恋しい、優しい阿良々木くんに、私の興味は向いている。

 彼を慕う、私の恋心にも似たこの心は、失恋することさえも叶わず、破れに破れ、敗れていた。
 未練もわだかまりも残して、私の身体を残留する。
 爽やかさとは無縁の沈痛する思いは、死せず、なくならず、私の中でずっと。

 そうして私は恋に恋する女の子になるのだ。
 予測するにこれはそういうお話だ。
 しかし私はその物語を語ることができない。
 羽川翼という私の物語を、私は、語ることができない。
 

   2

 
 物語の起点は玖渚から電話だった。
 ぼくたち三人仲良くお手てをつないで、というのが理想であったけれど、
 現実は微妙な距離感の空いたトライアングルを形成しつつランドセルランドを徘徊していた時のことである。

 放送も間もなく、あと十五分ぐらいだろうか?
 時間が無駄に長く感じるため、体感時間というのもあてにならないだろう。
 ジェリコは見つかった。何の変哲もなく落ちている。
 少しばかりぼくの血が付着しているけれど、支障はない。
 二人に訊いたけれど、拳銃はぼくに預けてもいいということで、いよいよ慣れてきてしまったぶかぶかの制服の内ポケットに仕舞う。
 その時に、玖渚からの一報は何の前触れもなくやってきた。

654解体サーキュレーション  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/23(月) 22:35:39 ID:pzCMG7lc0
『いーちゃん生きてるー?』
「…………」

 抜け抜けと。
 案外監視カメラでもハッキングしてるんじゃないか、と疑い周囲を見渡すも、無意味さを悟り項垂れる。
 真宵ちゃんから不審な目で睨まれたけれど、今に始まったことじゃない。嫌われることには慣れている。なんて。

『いーちゃん?』
「……大丈夫だよ、まだ健常さ」

 玖渚の言葉に遅れて頷く。
 監視カメラのハッキングというのは言い過ぎとしても、しかし要領がいいというか、タイミングに優れているというか。
 こうも見透かされていると恐怖を感じるのだな、と内心にしたためながら言葉を続ける。

「しかし、今度はどうした? ぼくたちはこれでも可及的速やかに済ませなければならない火急の用事があるんだ」
『そうなの? 頑張ってね。でもこっちも伝えなきゃいけない用事があったからね』
「用事?」
『そそ。いやさ、僕様ちゃん実は今薬局に居るからネットカフェに行くんだったらやめといた方がいいよっていう用事がとりあえず一件』
「そうか、薬局に、わかっ……ん?」

 あんまりにもすんなりと言うものだから、一瞬スルーしそうになったけれど、おかしくないか?
 薬局に『向かう』じゃなくて、『居る』だなんて、あまりに不自然だ。
 この違和感を解消すべく、電話を繋げたまま地図を取り出して確認するように凝視する。
 やっぱりそうだ。このランドセルランドとネットカフェと薬局とは、ランドセルランドを真ん中に据えるようにしてほぼ一直線上に位置していた。
 寄らなかったと言えばそれまでにしろ、せっかくの合流の機会を逃すだろうか。せめてぼくに一報をくれてもよかったのに。
 よもや日和号の脅威に怯えていたわけじゃあ、あるまいし。あるまいし? どうだろう。
 加えて言うなら、体力面では足手まとい他ならない玖渚を片手に、この短時間で薬局まで行けるだろうか。

「はいはい、いーちゃんの言わんとすることは分かるから順を追って説明するけどね。
 結論から纏めて言うなら、一、『しーちゃん……零崎人識が協力してくれた』。二、『供犠創貴や水倉りすかも協力してくれた、けど絶対的に敵対した』」

 零崎人識。
 ひたぎちゃんを追って袂を分かつ結果となったが、玖渚と一緒にいたのか。
 まあ、そこはいい。あいつの放蕩癖を今更指摘するのも馬鹿らしいし、あいつのために時間を費やすのも阿呆らしい。
 だから、触れるべきは後者だ。
 このバトル・ロワイアルが始まってから幾度も名前を聞いている、その二人。

「……敵対?」
『ん。端的に説明するとね』

 と、本当に端的に説明してくれたが、つまりはこうである。
 供犠創貴らが『仲間(チーム)』の一員である式岸軋騎を。そして『零崎一賊』である零崎軋識を手に掛けたから攻撃をしてしまった。
 しかし紆余曲折あり、敵対したところの水倉りすかの力を借りて、ぼくたちが本来迎えに行くはずだった櫃内様刻らのもとへひとっ飛び。
 そのまま有耶無耶のまま終われば、ぼくからしてみれば御の字であったが、最後の最後で人間失格が供犠創貴らに攻撃を加えたため、和解は無理、と。

「全部あいつが悪いじゃないか」

 ろくでもねえことするな、あいつ。
 確かにクラッシュクラシックでそんな話はしていたけれど。

『まあまあ、おかげで僕様ちゃんが生き残れたんだからいいじゃん』
「……そうかもね」

 何気なく呟かれた玖渚の言葉に一瞬息を詰まらせるも、辛うじて答えることが出来る。
 戯言だ。それで。

「ちなみに真庭鳳凰は?」
『多分死んだ。っていうかそれっぽいのは薬局に転がってる』
「へえ」

 これに関しては素直に驚嘆する。
 あの人も、なかなか一筋縄ではいかなそうな人ではあったけれど、そんなざっくりと死んでしまったのか。
 思えばあの人と出会ったのも約一日前か。男子三日会わざれば、とはいうけれど、よもや一日でそこまで落ちぶれるとは。
 可哀想に。
 心の中でせめてもの哀悼の意を表していると、お気楽な玖渚の声が飛んでくる。

655解体サーキュレーション  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/23(月) 22:36:10 ID:pzCMG7lc0
『いーちゃん、それでさあ。水倉りすかだけどさ、二人とも巻き添えか、あるいは供犠創貴が生きていればまだしも、
 水倉りすかだけ生き残ったら、ちょ――――っっっとだけ、まずいんだよね。僕様ちゃんもさ、彼女から色々話は聞いたんだけどさ、彼女何しでかすか分からないし』
「ふーん?」
『暴走しだしたら、いーちゃんとかも見境なく襲ってくるだろうし、あとから対処法……っていうかしちゃいけないこととかメールで送っておくから、確認しといてねん。
 所詮いーちゃんの敵じゃないだろうけど、多少の搦め手が必要な相手だし……「赤」ってのは少し不味いよねえ』
「赤、か」

 玖渚の言葉を反芻する。
 赤、と聞いて、勿論ぼくが連想するのは哀川さん。
 人類最強の請負人こと、今は亡き哀川潤だ。
 単なるイメージの問題ではあるけれど、確かに「赤」は不味い。

 そして何より。
 ツナギちゃんのことを思うと、安直にりすかちゃんと敵対するのも気が引けるところではあるけれど。
 大きな口を携えた魔法使いを思い出す。いや、ずっと忘れていたりなんかしていない。
 どうした事情からか分からないけれど、ぼくたちを最期の最期まで慮ってくれた彼女を忘れるわけがない。
 なんて。
 真宵ちゃんの記憶を消したぼくが言うのも極めて滑稽だ。

 ぼくの気持ちを知ってから知らずか。
 玖渚は話題を次へ進めようとする。

『で、いーちゃん。ここからがある意味大事な話なんだけどさ』

 いやいやここまでも大事な話だったと思うけれど。
 それを敢えて口に出すほどのテンションでもなかったため、玖渚の言葉を待つ。
 するとやたらと落ち着いたトーンの声が返ってくる。

『いーちゃんは生き残りたい?』

 不思議な問いだった。
 同時に答え難い問題でもある。
 少し前のぼくならば。

「生きたいよ。どうしようもなく、生きたい。もがき苦しんででも、ぼくは生きていたい」

 こんな単純なことを、ぼくはずっと前まではっきりと言えないでいた。
 戯言で濁して、傑作だと誤魔化して、大嘘で塗り固めてきた。
 でも、今ならはっきり言える。ぼくは生きたい。
 押し寄せるように、玖渚が言の葉を繋ぐ。

『優勝してでも?』
「いや」
『じゃあ、僕様ちゃんと生きたい?』
「うん」

 簡単なやり取りだった。
 質素な掛け合いだった。
 ずっと分かっていたことだった。
 ぼくが逃げていただけで、答えはすぐ傍にあったんだ。

「友、おまえが今、どんな時系列で生きているか知らないけれど、何度だって言ってやる」

 始まりは復讐だった。
 いつからだろう。
 こんなに愛おしくなったのは。
 憎たらしいほど彼女を愛してしまったのは――愛せるようになったのは。

 ぼくの掛ける言葉は簡単だった。 


「友、一緒に生きよう」


 たったそれだけでよかった。
 ぼくが彼女に掛けてあげるべき言葉は、ただそれだけでよくて、それ以外になかった。
 散々悩んで、滔々と紡いで、何をやっていたんだろうとさえ感じる。
 ぼくが遣うべき言葉は、たったこれだけだというのに。

『……………………』

 友は黙す。
 それはとても長い時間のようにだった。
 でも、きっとそれは刹那にも満たないほどの僅かな隙間だったのだろう。

『うにっ』

 友はそんな風に笑うと。
 続けざまに、こんなことを言った。

656解体サーキュレーション  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/23(月) 22:36:30 ID:pzCMG7lc0

『実のところさあ、首輪の解析の目途がついたっていうか、一回実践へと踏み込みたいんだよね』
「首輪の解析、問題なかったのか?」
『うん』

 驚きがなかったといえば、紛れもなく嘘になる。
 ただ、同時に納得し、受け入れられる面が大きいのも確かに事実であった。
 彼女が未だ『青色』であるならば、こんなことは何ら不思議なことでもない。
 ただ、その身を酷使をするというのであれば、とても歓迎できたものではないけれど。

『だから、その報告と思って。万事うまくいけばいーちゃんの首輪も外せるしね』

 それでも、ぼくは友を頼りにしなければ、首輪を外すことさえも出来ない。
 情けないことながら、彼女の『才能』に頼ることが、出口への入口なのだ。


「待って、いーさん」


 ふと。
 横から声がする。
 羽川翼ちゃん。
 真摯な瞳をこちらに向けていた。
 その腰のあたりには真宵ちゃんがいる。
 玖渚に断りを入れると、一回電話を耳から遠ざけた。

「申し訳ありません。聞き耳を立てていた、というわけではないですけど、ちょっと今の言葉が気になりまして」
「ああ、首輪の解析の話?」
「そう、それ。その、玖渚さん? からよろしければ解析結果について聞きたいと思いまして。
 こちらでどうにかなるものでしたら、先に首輪を外しておいた方が、皆さんも安心できるとんじゃないかなって僭越ながら」

 賢い発言である。
 聡明な翼ちゃんのことだ。
 きっと並大抵のことならば、その通りにできるのだろう。
 言われた通りにやることで、問題を解決に至らしめることも、あるいはできたのだろう。

 だが。
 身内贔屓と言われたらそれまでなのだろうが、玖渚は並大抵じゃあない。
 極上も極上、特上という言葉を十回使っても足りないぐらいの異常(アブノーマル)である。
 つまるところの結論がどうしようもなくしょうもない手法なのだとしても、彼女のスペックを前に、翼ちゃんはパンクしないだろうか。

「ダメ、でしょうか」

 ぼくの不安な心象でも察知したのだろうか。
 翼ちゃんはぼくの顔色を窺っている。

「本当に、大丈夫?」
「……ええ、聞くだけならばとりあえずなんとかなると思います」

 静かに、されど力強く頷く翼ちゃんを見て、ぼくもまた頷いた。
 確かに玖渚の力を濫用したくないというのは事実である。
 翼ちゃんが代理して解除を行使できるのであれば、それに越したことはない。
 ぼくはその旨を玖渚に伝えた。

『いーちゃんがそういうならさ』

 答えはあっけらかんとしていたが、いいだろう。
 時計を見れば放送まで残り十分を切っていた。

「じゃあ翼ちゃんによろしく」
『うん』

 そうして、翼ちゃんに電話を手渡そうとする。
 不意に、玖渚友にこんな言葉を投げかけたくなった。
 ぼくは尋ねる。

「友はさ、『主人公』ってなんだと思う?」
「なにそれ」
「なんでもいいからさ」
「んー、いーちゃんが何を言いたいかよくわからないけどさ、
 私にとって、『主人公』はいーちゃん、ずばりきみのことだよ。愛してるぜい、いーちゃん」

657解体サーキュレーション  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/23(月) 22:37:01 ID:pzCMG7lc0



  003



 玖渚さんの戦績、もとい解析を聞き終えた。
 聞き終えた、であり、決して飲み込み終えた、ではないことを最初に断っておきたい。
 私は相槌に終始するばかりで、質問を考える余裕さえもなかったとも告白しよう。
 プログラミングを専攻してたりしてないから、と言い訳を考えていたぐらいである。

「……………………ふう」

 電話を終えて、最初に漏れ出したのは盛大な溜息だった。
 ふと時計を見遣る。十一時五十九分。実に濃密な十分だ。
 あの密度の披露会を、丁度放送一分前に語り終えれるあたりに、彼女の並々ならぬアブノーマルさを感じる。
 放送に合わせたのはこちらを慮ったのか、向う側の事情なのか察するにはいささか情報が足りない。
 というよりも、私なんかが、いわく『死線の蒼(デッドブルー)』の思考を掠めることができるのかさえ今となっては不安だ。
 私、それに櫃内さんとか無桐さんとかとは文字通りステージが違うのだと、貴族と平民のように、住んでいる世界が違うのだと打ちのめされた。
 正直なところ。本当に正直なところ。

「…………さっぱり意味が分からない」

 玖渚さんの言葉を多く見積もっても五割ほどしか理解できなかった。
 単語単位で見れば、分からないもののほうが少ないとは思う。
 ただ、天才ゆえの話術とでもいうのだろうか、相手が理解できないことを一切考慮していない演説に私は辟易している。
 それこそ、ストレスを解消してくれる、みたいな怪異がいるのだとしたら、今にも発現してしまいそうなほどに、私の頭はオーバーヒートしていた。
 当然と言えば当然。私が色々とやっている間にも、彼女は丸一日掛けて調査をしていたのだ。
 紛れもないプロパーが丸一日掛けた研究結果を、即座に理解しようというのがどだいおかしい。笑い種である。
 阿良々木くんにおだてられたから、と天狗になっていたつもりはなかった。
 けれど、こうも圧倒的な純正の天才というものを見ると、多少へこんでしまう。
 本当に私は「知っていること」しか知らないのだと、改めて痛感する。

「でもなあ」

 放送に合わせるために、説明を多少巻いていただろうし、何より、理解できない私に非があるのだ。
 気持ちを引き締めて、彼女の説明をもう幾層か噛み砕けるようにしなければならない。
 それが、私を信用してくれた彼女の、いやそうじゃないだろう。玖渚さんは私のことなんて見ていない。
 私を私と、羽川翼として見做してさえもいないだろう。だから、この場合はこういうべきだ。
 それが、私を信用してくれたいーさんへの、せめてもの贖いなのだ、と。

 見ると、少し離れたところで、いーさんと八九寺ちゃんとは話し込んでいる。
 これまでの旅路がどうであったかは、寡聞にして私は知らないけれど、二人きりで話すのは、『あれ』以来かなり久しいのではないだろうか。
 どの道もう放送だ。
 それに、私も一回頭の整理をしたい。
 玖渚さんの話をもっと体系的に解し、かつ実践できるまでに持ち込みたい。
 落ち着いて整理さえできれば、もしかすると何ら難しいことは話していなかったかもしれない。

 もう少し時間が欲しい。
 どれだけでも時間が欲しい。
 切実な気持ちを吐露するも、しかし時間は待ってくれない。
 定時放送。
 私にとって二回目でもある、事務的な声が降ってくる。
 「戦場ヶ原ひたぎ」と「黒神めだか」。
 二人の訃報を添えて。

658解体サーキュレーション  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/23(月) 22:37:43 ID:pzCMG7lc0


   4



 ぼくと真宵ちゃんは、翼ちゃんを視界に入る程度に離れたベンチに座っている。
 周囲には、山ほど高いジェットコースターやら、狂気じみたコーヒーカップなどがあった。
 先ほど玖渚から教わったけれど、このランドセルランドは有名な観光スポットらしい。
 記憶を掘り起こしてみると、そんな名前の遊園地もあったかも。
 曰く、「天国に一番近い遊園地」とのことだが果たして褒め言葉なのか疑問である。
 
 遊園地に縁のないぼくとは違い、真宵ちゃんのロリィな外見は実に馴染む。
 カップに入ったドリンクを、ストローを使いちゅーちゅーと吸う姿も様になっていた。
 ちなみにこのドリンクは路上に転がっていた屋台から頂戴している。
 お金は生憎奪われているので、心苦しい限りではあるけれど、無銭飲食だ。
 ぼくは小腹を満たすようにポップコーンをつまむ。
 玖渚に一拉ぎにもみつぶされているであろう翼ちゃんを遠巻きに見ながら。

「……」
「……」

 会話はなかった。
 今に限ったことじゃない。
 あれから。
 約六時間前のあの時から、ずっと。
 『人間未満』の気まぐれから今に至るまで。
 ぼくが彼女に負い目があるからだろうか。
 ぼくが彼女に引け目があるからだろうか。
 何も言えない。
 今、ぼくたちが会話へと発展するには。

「戯言さん」

 真宵ちゃんからのアプローチが必要だった。
 控えめな物腰で、ぼくに話しかける。

「ごめんなさい、戯言さん。わたしはあなたを正直疑っておりました」

 謝られた。
 そんな義理はない。
 むしろ、謝れと叱咤されるべきはぼくであるはずだ。
 構わず真宵ちゃんは紡ぐ。

「あなたは、いざとなったら全員を殺して、優勝を目指すんじゃないかなって思ってました」
「……どうしてまた」

 言葉を濁すけれど、実のところ彼女が言わんとすることは伝わる。
 ずっと前から思いついてはいたことだから。
 優勝することは決して愚策ではないことは認知していた。

「いえ、戯言さん。分からないだなんて言わせません」

 現に彼女にもぼくの胸中は見抜かれている。
 並んで座ったままではあるけれど、瞳は確とこちらを射抜いていた。
 まったく、翼ちゃんといい人の顔をそんなじろじろと見て。
 観念してぼくは真宵ちゃんの言葉を継ぐ。

「つまり、優勝して、元通りにしてもらうってことだろ」

 この作品はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ありません。
 主催者たちに頭を下げて、この『実験』の、『物語』の末尾にその常套句を挿入させる。
 芥の理を突き破る超絶理論。万の理を捻じ曲る超越理論。
 未満と出遭ってしまったことで、当初よりも幾分か信頼性が増したような、信憑性が足されたような、虚構推理(オールフィクション)。
 現実的であるかと問われれば、迷わず答えよう。答えはノゥだ。
 それでも。

「正直なところ、今でも有用な結末だと思うよ。でも、それをどうしてぼくが」
「戯言さんはハッピーエンドを目指すのでしょう。でしたら」

 でしたら。
 その先に続くはずの科白を遮る。

「生憎だけど、ぼくは誰かを殺すことでハッピーになったりしないさ。ぼくがハッピーじゃなきゃ意味がない。ぼくは臆病者だから」

 これは本当。
 ぼくは、もう誰かを殺したくなんてない。
 今までたくさん殺してきたし、壊してきたけれど、今でも贖いきれないほどの償いが残留しているけれど。

659解体サーキュレーション  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/23(月) 22:38:29 ID:pzCMG7lc0

「もう無自覚で無意識で他人を踏みつけていく人間には、善意で正義で他人を踏み砕いていく人間には、なりたくないかな」

 これも本当。
 ぼくの場合は「なる」とか「ならない」という問題じゃない。
 「そういうもの」である以上、ぼくの言葉は言葉以上の意味を持たない。
 けれど。
 それでもぼくは。

「本当ですか?」
「本当」
「じゃあ訊き方を変えましょう。それだけですか?」
「……」

 あー、うん。
 そっか、あの時真宵ちゃんは翼ちゃんの隣にいたはずである。
 玖渚の発言そのものは聞こえていなかっただろうけれど、ぼくの発言はちゃっかりと聞いていたようだ。
 なんだか気恥ずかしいような思いもあるけれど、ここで逃げるわけにも行かない。
 真宵ちゃんの目を見つめ、ゆっくりとなぞるように、告げる。

「友がいるから。友がいるなら、ぼくは優勝なんてそもそもできない」

 ぼくの告白に満足がいったのか、真宵ちゃんは強張らせていた表情を和らげた。
 真宵ちゃんのそんな顔を、ぼくは久しぶりなように感じる。
 いつ以来だろうか。思えば、第一回放送後に醸していた気丈さよりも、よほど自然な気丈さを、今の真宵ちゃんからは窺えた。

「ええ、ちゃんと戯言さんはおっしゃいました。玖渚さんと生きたいと。そんなあなたを、わたしは疑うわけには参りません」

 生前は、家族と一緒に暮らせなかった。
 そして今、彼女は阿良々木暦くんと過ごせなくなった。
 きっと大切であったろう人たちと生きれなかった彼女、八九寺真宵ちゃんはぼくの言葉をまっすぐに受け止める。
 疑うわけにはいかない、と。戯言遣いであるぼくに、そう、励ましてくれた。

「大丈夫ですよ。あなたは、あなたが思っている以上に強く、お優しいです」

 ぼくは今、どんな顔をしているだろう。
 ただ一つ、笑っていないことだけは確かである。
 微笑む真宵ちゃんを傍目にぼくは、ポップコーンを頬張った。

「あなたは無自覚で無意識で他人を踏みつけていく人間ではありません。
 あなたは無自覚で無意識で、きっと誰かを救い上げようとしていたはずです。わたしは、あなたと最初に出会えてよかったと思います」

 ぼくは彼女の記憶を消した。
 それでもなお、こんなことを言う。
 甘いんだと思う。緩いんだと断ずる。
 しかし反してぼくは、黙って受け入れる。受け止める。

「あなたは強かで脆く、弱いけれど強情で、素知らぬ顔して人を救おうとする人間であると断言しますけれど、
 だからこそ、なんです。わたしはあなたをそういう人間だと理解したからこそ、怖いんです。懸念してしまうんです」

 真宵ちゃんが声を潜める。
 浮かべていた微笑はなりを隠し、深刻なかんばせを覗かせた。
 
「あなたは、誰かのために、あるいは誰でもない誰かのために、身を粉にできる人ですから」

 果たしてそうだろうか。
 ぼくは、そんな立派な人間だったのだろうか。
 喉を潤すように、真宵ちゃんは一度ジュースを口に運ぶ。
 ごくんと喉を鳴らしてから、ふうと彼女は息をつく。

「今まで、ずっと不思議だったんです。
 どうして戯言遣いさん、あなたと阿良々木さんが似ているように思えたのか」

 そんな風に思っていたんだ。
 だとしたら、光栄だ。ひたぎちゃんとか翼ちゃんとか、暦くんをよく知る人たちを観察した今、なおさら痛感する。
 あんなに愛されて、頼りにされている彼とぼくを重ねてくれるのなら、これ以上僥倖なことはないだろう。
 一種の感動さえ覚える。

「いえ、初めは変態って側面からだと断定していたんですけどね」
「…………」

 台無しだった。
 断定するな。
 思わず三点リーダーが出てしまう。
 シリアスなんだからギャグ挟むなよ。
 ぼくのしょげるモチベーションを無視して、彼女は話題を戻す。
 切り替えが早すぎて、ぼくは着いていくのに精一杯だが、彼女の芸風なのだと諦めて、素直に聞き入れる――聞き入れようとするも。


「でも、簡単だったんですよ。あなたたちがそういう人間だから。
 無自覚に無意識に、すべての責任を一人で背負い込んでしまう人間だから。――だから」


 真宵ちゃんへ割って入るように、鳴り響く。
 放送だ。死者の宣告。禁止区域の制定。
 もう六時間か。
 流石のぼくも真宵ちゃんも口を噤み、放送をじっくりと聞いていた。
 遠目で確認すると、翼ちゃんも電話を切っている。

660解体サーキュレーション  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/23(月) 22:39:06 ID:pzCMG7lc0
「…………」
「…………」

 供犠創貴。
 真庭鳳凰。
 戦場ヶ原ひたぎ。
 黒神めだか。
 宗像形。

 以上五名。
 これまでと対比したら、控えめな人数だ。
 しかし、決して絶対的に少ないわけではない。
 そのいずれもが、これまで何かしらの形で関わりをもった人間たちである。

 宗像形。
 玖渚を守っていたらしい。お勤めご苦労様。きみの生涯はきっと意味のあるものだ。
 真庭鳳凰。
 本当に死んだのか。スーパーマーケットで口戦を広げたときは溜まったものではなかった。
 供犠創貴。
 ツナギちゃんのお知り合い。この子が死んだとなると、いよいよ件のりすかちゃんとも向き合わなければいけない。
 黒神めだか。
 阿良々木暦くんを手に掛けた人物。元凶。彼女が死んだということは、未満は勝利を収めたのだろうか。分からない。

 そして。
 戦場ヶ原ひたぎ。

「……あの人も、お亡くなりになられたんですね」
「そうみたいだね」
「わたしはあの人からあまり好かれてはいませんでしたが……いえ、事情を考えれば当然なのですが、
 わたしはあの人のこと、決して嫌いではありませんでした。憎んでも妬んでもおりませんでした」

 ひたぎちゃんのことを思って喋っているのか、暦くんのことを思って話しているのか。
 ぼくに彼女の気持ちを推し測ることはできない。ただ、彼女の言葉を受け入れる。

「だから、とても悲しいです」
「そうなんだ」
「戯言さんは、どうですか」
「……どうだろうね」

 肩を竦める。
 実際のところは悲しくなんてなかった。
 よっぽど、なんていう言い方もどうかと思うけれど、よっぽどツナギちゃんの死の方が衝撃的だ。
 敵意をぎらつかせていたひたぎちゃんであるけれど、殺意で過剰な存在感を放っていたひたぎちゃんだけれど、そりゃあ死ぬ。
 誰に殺されたのか。黒神めだかに返り討ちにでもあったのだろうか。今となっては知る由もない。けれど、死ぬ。
 倫理の欠陥。道徳の欠落。感情の欠損。つまるところ、ぼくとはそういう人間で、欠けて欠けて欠けている。

「そうですか」

 ぼくの戯言に満ちた反応を一瞥し。
 それでも真宵ちゃんは精一杯に笑った。

「ですが、あなたは、それでいいのかもしれません」

 対してぼくは笑わない。
 どうやって笑うんだっけ?
 真宵ちゃんはベンチから立ち上がる。
 ディパックを下ろしているため、彼女の小さい背が見えた。

「しかし戯言さん。わたしに言う義理があるかは分かりませんけれど……、いや、わたしだからこそ、戯言さんに忠言する義務があるはずです」

 義理、義務。
 一度は何のことだろうととぼけてみたものの。
 察するにはあまりに容易い。
 真宵ちゃんは振り返る。


「玖渚さんだってこの殺し合いに参加している以上、少なくない確率で死にます」


 そんなことはさせない。
 口で言うにはあまりに安っぽい。
 戯言も甚だしい――暦くんも真心も狐さんも、あの潤さんでさえ死んでいるんだ。
 常に死と隣り合わせの友が、死なないだなんて保証はどこにもない。

 真宵ちゃんは人差し指でぼくを指す。


「そうなった時でも、戯言さんは同じことが言えますか?」


 ぼくはその指先をじっと見つめながら、ポップコーンの入ったカップを握りしめる。

661解体サーキュレーション  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/23(月) 22:39:29 ID:pzCMG7lc0


  005


 私は一度死んだことがある。
 なんていうのは今更語るまでもないし、誇らしげに語れることでもない。
 私の間抜けが及ぼした腑抜けたさまを、しかしどうやって誇らしげに語ることができようか。

 加え、厳密に言えば死んだわけではない。限りなくアウトに近い瀕死だ。
 春休み。真夜中の学校で、私はエピソードさんという吸血鬼ハンターの一人に、腹をぶち抜かれた。
 ひどく乱暴な表現だということは承知の上で使わせてもらうけれど、あれは「ぶち抜かれた」と言わざるを得ない。
 貫かれたでも足りないし、穿たれたでも補えない。正しくあれこそ「ぶち抜く」なのだと勉強になる。
 い、嫌だ。そんな学習方法……。
 しかし学習効率という意味ではずば抜けているものだから、体罰的指導というのも中々侮れなかった。
 身体が記憶してしまっているのか今でも思い出しては、腹が疼く。瞳とかならともかくお腹ではまるで格好がつかない。

 さておき。
 私が言いたいのは、もしかすると明るいかもしれないスパルタ教育の未来ではなく。
 人の命のお話だ。人間の生命のお話である。
 為せば成る、為さねば成らぬ何事も。といったことわざは有名だけれど、そんなものだ。

 阿良々木くんが何か――吸血鬼の血を私に与えてくれたから、私はどうにかなった。
 どれだけ致命傷を負っても。
 どれだけ死に近づこうとも。
 どれだけ、どれだけ、死んだように見えようとも。
 人は息を吹き返す。作為的でも、ご都合主義でも構わない。

 どうにかなるんじゃないか。
 どうにでもなってしまうんじゃないか。
 そんな風に思ってしまう私がいるのは事実であり、真実。
 希望的観測なのは、切望的感想なのは、重々承知であるけれど、それでも、と。


「はあ……」


 深い深い溜息を落とす。
 放送が流れ終わり、かれこれ一分。
 そろそろ向かい合わなければ。私自身が。――曰くブラック羽川ではない、私が。

 黒神めだかさんがお亡くなりになったと聞いて、果たして私が何を思ったかというと、何も思えなかった。
 黒神さんは阿良々木くんの仇であるけれど、だからといって、燃えるような思いは、正直なところなかった。
 そりゃあ、人間として最低限の悲しみはある。人が死ぬのは悲しいことだ。
 ただ、私にとっては紙上の事件、新聞の向こう側とでも言おうか。
 街頭で流される報道番組で『××市在住の黒神めだか(16)が何者かによって殺されました』と伝えられるのと、何も変わらない。
 私は彼女のことを何も知らないし、だからこそ対話を望んでいたけれど、もう終わっている。閉じている。

 だからこの場合。
 戦場ヶ原ひたぎさん。
 阿良々木くんの恋人である彼女も、死んでしまったらしい。
 これに関しては白状しよう。素直に驚いた。

 そんな、彼女ともう会えないなんて。

 あまりにありきたりすぎる一節を呟こうとした時、私は気付く。
 殴られたような衝撃が再来する。
 繰り返すように頭が真っ白になる。

 けれど。
 一つ。
 阿良々木くんが死んだと聞いたときと違うものがあった。


 これは、なんだろう。
 どう表現すべきか――欠けている感じ。
 これはいーさんを見ている時の、感覚と似ている。

 欠けている感じ。
 欠落している感じ。
 ――喪失している、感じ。

 そう。
 喪失感だ。
 つい先ほどまでいた、旧知の仲であった戦場ヶ原さんが死んだのだと知らされ。
 もう二度と会えないのだと教えられ、私の胸の中でぽっかりと、大きな穴が開けられる。

 小説では往々にして散見する悲観的描写であるけれど、しかし小説も侮れない。
 実体験してみて、心理描写の巧みさを理解する。やはり世の中はスパルタ教育に優しい。


 私の中で戦場ヶ原さんの存在は、殊の外大きかったようだ。
 親しくなったばかりであるけれど。
 阿良々木くんの――恋敵ではあるけれど。

 ここまで思い至り。
 気付かされる。


 じゃあ、阿良々木くんは?
 阿良々木くんの分の穴はどこにいった?

662解体サーキュレーション  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/23(月) 22:39:55 ID:pzCMG7lc0

 私は知っている。
 残念ながら、私は答えを知っている。

 ああ、そうだ。
 阿良々木くんが死んで、驚きはしない。
 なんでか。
 阿良々木くんは明日死んでもおかしくないような人だから。

 違う。それだけじゃない。

 私は知っている。
 残念ながら、私は答えを知っている。

 私の中ではつまり、『死んだ』ということと『いなくなった』――『会えなくなった』ということが一致していなかったのだろう。
 ノットイコールの関係性を築いている。ゆえに、私の認識では、彼が『死んだ』ことは衝撃的なことであれ、絶望的なことに至らずにいた。
 阿良々木くんはずっと前に死んで、生き返って、あまつさえ私を蘇らせてくれた人だから。
 心のどこかで、また会えるって信じたかった節があったのだ。
 ――私が困っているところに、すかさず阿良々木くんが『たすけ』に、駆けつけてくれると、疑ってないんじゃないか?

 情けない話だ。
 自分の矮小さに泣けてくる。
 自身を猫可愛がりすることしか、私にはできないのか。


「……………………ふう」


 この世の中には目玉焼きに醤油をかけるか、ソースをかけるか、あるいはケチャップをかけるか、そんな三つ巴の争いが勃発しているらしい。
 しかし私はこう呈したい。いやいや、目玉焼きは何もかけなくたって美味しいじゃないか、と。
 別に目玉焼きに限らない。ないならないで、すべてのものは普通に美味しく頂戴できる。多分誰しもが同じだと思う。


 じゃあ。
 阿良々木暦がいない世界は、阿良々木暦くんともう会えない物語は――果たして綺麗だろうか。
 いないならいないで、普通に、綺麗に、映るだろうか。


「翼ちゃん」


 いーさんが、それに真宵ちゃんもいつの間にか傍にいた。
 溢れだしそうな、抱えきれないような感情を胸の奥底へと仕舞い込んで、向かい合う。

「何でしょう」
「……。えーと、玖渚から色々と聞き終えた?」

 ああ。
 そうだ、私は、そのことについて解析しなければ。
 悲しんでいる場合じゃない。苦しんでいる事態じゃない。
 玖渚さんからの聞き及んだことを、なるたけ脳内で再生する。
 先ほどよりも、随分と脳内にノイズが走っていた。
 …………。

「聞き終えたことには聞き終えたのですが、正直整理の時間が欲しいところかな」
「そっか。じゃあ、これから先のことを決めなきゃね」
「黒神めだかさんがお亡くなりになったということは、あの方々もランドセルランドに戻ってくるんじゃないでしょうか」

 真宵ちゃんは『あの方』という部分をやたらと強調して告ぐ。
 極力出遭いたくはないのだろう。確かにあの人、球磨川くんがしたことは手放しで褒められたものじゃあない。
 苦手意識を持つのもむべなるかな。いーさんは真宵ちゃんの主張をどう捉えたのか。
 しかし、この場合においていーさんの反応は、判明しなかった。

 バイブ音が鳴る。
 いーさんが発信源だ。

「あ、ごめん、メール」

 咎める理由も諫める事情もない。
 私たちはいーさんがメールを確認するのを静観する。
 いーさんは上から下へとメールへ目を通す。私はそんな彼を呆然と眺めていた。

663解体サーキュレーション  ◆xR8DbSLW.w:2015/11/23(月) 22:40:23 ID:pzCMG7lc0
【二日目/深夜/E-6 ランドセルランド】

【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]精神的疲労(小)、右腕に軽傷(処置済み)
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
   赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り) 、錠開け道具@戯言シリーズ、
   タオル大量、飲料水やジュース大量、冷却ジェルシート余り、携帯電話@現実、解熱剤、フィアット500@戯言シリーズ
[思考]
基本:「主人公」として行動したい。
 1:これからどうするかを考える。
 2:不知火理事長と接触する為に情報を集める。
 3:危険地域付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません
 ※携帯電話のアドレス帳には零崎人識、ツナギ、玖渚友のものが登録されています
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
 ※八九寺真宵の記憶を消すかどうかの議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします


【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]体調不良(微熱と若干の体力低下)
[装備]人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語
[思考]
基本:変わらない。絶対に帰るんです。
 1:これからどうするかを考える。
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です


【羽川翼@物語シリーズ】
[状態]健康、ノーマル羽川、大体の現状認識
[装備]パーカー@めだかボックス、ジーンズ@めだかボックス
[道具]支給品一式×2(食料は一人分)、携帯食料(4本入り×4箱)、毒刀・鍍@刀語、タブレット型端末@めだかボックス、黒い箱@不明、トランシーバー@現実、
   真庭忍軍の装束@刀語、「ブラウニングM2マシンガン×2@めだかボックス、マシンガンの弾丸@めだかボックス」
[思考]
基本:出来る手を打ち使える手は使えるだけ使う。
 0:殺し合いに乗らない方向で。ただし、手段がなければ……
 1:情報を集めたい。ブラック羽川でいた間に何をしていたのか……
[備考]
 ※ブラック羽川が解除されました
 ※化物語本編のつばさキャット内のどこかからの参戦です
 ※トランシーバーの相手は玖渚友ですが、使い方がわからない可能性があります。また、相手が玖渚友だということを知りません
 ※ブラック羽川でいた間の記憶は失われています
 ※黒神めだかの扱いについてどう説得したか、他の議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします
 ※零崎人識に関する事柄を無桐伊織から根掘り葉掘り聞きました
 ※無桐伊織の電話番号を聞きました。

664 ◆xR8DbSLW.w:2015/11/23(月) 22:42:56 ID:pzCMG7lc0
以上で投下終了です。
指摘感想などありましたらよろしくお願いします。
また、先日の玖渚友、零崎人識、無桐伊織、水倉りすか、櫃内様刻の話は破棄となりました。
本スレでもその報告を。この度はご迷惑をおかけしました。

665名無しさん:2015/11/23(月) 23:24:24 ID:cqBZ32Kc0
投下乙です
阿良々木さんへ思いを募らせる羽川が切ない…
安心院さんが絡んでることは無自覚のようだけどその辺り気付いたら羽川だし化けそう(どう化けるかは知らない)で不穏
来るかわからないとはいえクマーたちと合流したらどう転ぶかわからないしここでの選択が正念場か
八九寺の理解者ぶりが板についてて伊達に幽霊経験積んでないんだなということを実感させる
比較的安定してる組だけに不安が見え隠れしてるのがなあ…

改めて、投下乙でした

666名無しさん:2015/11/25(水) 22:30:56 ID:Yi1UnW3s0
投下乙です
タイトルで玖渚が「せーのっ♪(バキーン)」的な感じに首輪解体する話かと思ったけどそんなことはなかった
首輪の解体はいま生き残ってる面子の中では玖渚しか無理っぽかったけど、それでも羽川なら…羽川なら何とかしてくれる…!!
そして八九寺が天使すぎる。いーちゃんはもう最悪玖渚がいなくなっても暴走することはない気がしてきた
逆に八九寺が脱落したときの反応が怖いが…

667<削除>:<削除>
<削除>

668名無しさん:2015/12/12(土) 23:40:12 ID:KWn4NqhU0
遅ばせながら、投下乙でした!
羽川の阿良々木さんに対する心情がほんと切ないなぁ。どこか受け入れられてないからこそ、喪失感が襲ってこないというのは、またなんとも……
そしていーちゃんがとても格好いいし、そんな彼の傍に寄り添う八九寺ちゃんの女神っぷりが本当にいい。ああ、今まで一緒にいただけあるなーと、そんな感慨すら抱きました

669 ◆ARe2lZhvho:2016/01/09(土) 17:20:37 ID:uCTf/sGU0
傷物語鉄血編おもしろかったです

それでは予約分投下します

670border ◆ARe2lZhvho:2016/01/09(土) 17:21:38 ID:uCTf/sGU0

 ◆   ◆


「はぁ〜〜〜〜〜」

大仰なため息を零崎人識の隣に座ってた玖渚友が吐いた。
放送にそこまで落胆させるような要素はあっただろうかと、人識は怪訝な顔をする。

「最悪の結果になっちゃったね」
「最悪?」
「いーちゃんへの電話、聞いてたでしょ」
「そりゃまあな」

零崎曲識の直接の仇である水倉りすかを殺せなかったのは惜しかったが、及第点はもらえたのではないだろうか。
供犠創貴だって大将こと零崎軋識の仇の一人ではあったんだし、とごちるが玖渚は不満げな表情だ。

「呼ばれなかっただけで実は瀕死の重傷を負ってるってなら話は別だけど、そんなおいしい話がこの局面で来るわけないだろうしねえ」
「俺のせいだって言いてーのか? 呼んだのはそっちだろ、何の準備もしないで行くほど俺は驕っちゃいねーよ」

そもそも、玖渚が掲示板に上げた映像を見た上で襲撃したのだ。
手筈を整えるのは当然である。
手榴弾をドーナツの箱に放り込むところだって、玖渚も見て見ぬ振りをしていたのだから同罪だろうと主張する。

「そういうわけじゃないんだけどさ、愚痴の一つも言わせてくれたっていーじゃん。実際問題、被害が出ない方がマシだったと思うし」
「そこまで言うか」
「うん、そこまで言うよ。規模こそ違えど、奇策士がいなくなった虚刀流みたいなもの。それにしたって城攻めを完遂したのは並外れたことだし。
 手綱のなくなった道具の暴走なんてたいていろくでもないことになる。ましてや、それが自分で考えることのできる道具だったら尚更。
 正直な話、この一瞬後に水倉りすかが来てもおかしくないよ。もちろん、僕様ちゃんたちが太刀打ちできるわけもないし」
「……怖いこと言うなよ」

思わず身構えるも、変化はない。
そんなことが起きたところで自業自得、因果応報というものなのだが。
零崎が始まった以上、零崎を始めてしまった以上、滅ぼすか滅ぼされるかの二択しか選択肢は残されていない。
あくまで人識の気まぐれが続く限りという前提が成り立っているなら、ではあるが。
そういう意味では、「金輪際目の前に姿を現さない」という約束もいつまで守れるか疑問だが、とりあえずは守っておくことにした。
向こうから来ない限り当分は遭うことはないのだ、勝手に進行してくれる。

「そんなあるかどうかもわからない未来より、この後ほぼ100パーやってくる未来の方が俺はめんどくせえ」
「舞ちゃんと会うのが? 兄妹なんだから普通にしてればいーじゃん」
「俺に普通を説くか」
「そうだったね。取り消す」

俺は普通よりも不通の方があってるだろ、そう放たれた軽口は、さすがにそれは通らないんじゃない?とあっさり否定された。

「とりあえず僕様ちゃんはいーちゃんにバックアップを残しておくとして、ここまでのこと整理しておこっか」
「整理?」
「首輪については舞ちゃんたちが戻ってからの方がいいっていうか二度手間だし」
「まあ、いいけどよ。何を整理するんだ?」
「ここにいる人たちの違和感、偏り、バランスってとこかな」
「妙な言い方するじゃねーか」
「どうしても妙な言い方になっちゃうんだよね」

そう話しつつ、玖渚の手が休まることはない。
ぽちぽち、などという擬音では収まらない速さでボタンが叩かれていく。
処理能力が追いついているのか心配になるレベルだったが、打鍵が止まらないということはなんとかなってるのだろう。
特別製なのだろうか。
ぼんやりとそんなことを考える人識の傍らで玖渚は続ける。

671border ◆ARe2lZhvho:2016/01/09(土) 17:22:55 ID:uCTf/sGU0
「世界観の違いには気付いてるでしょ?」
「一応はな。仮にも色んなやつらとといたんだし」
「それが全部でいくつになるかはわかる? めんどくさかったら知り合い同士の繋がりでもいいよ」

何気なく投げかけられた問い。
すぐに答えられるようなものではなかったため、考え込むような仕草をして、

「この場合時系列の違いってやつは無視していいんだろ? ってことは……まずは俺たちの世界、ざっと10人ちょいってとこか。
 水倉りすかと供犠創貴、それとツナギは繋がりがあったはずだ。で、鑢七実と七花が姉弟でとがめってのも知り合いのようだった。
 そういや真庭のやつらのこと、『まにわに』って呼んでたんだよな……もしかしたら知ってたのかもな。
 阿良々木暦と火憐も兄妹、そしてそいつらの知り合いが戦場ヶ原ひたぎ、羽川翼、八九寺真宵、か。
 反応からして阿良々木火憐と宗像くんは元からの知り合いって感じはしなかったが、そこんところどうなのかねえ。それと病院坂の二人と様刻は元々付き合いあった側か。
 あと名字繋がりなら黒神もか、あと球磨川のやつも黒神めだかに執着してたところを見ると因縁あったと思っていいよな。
 あ、黒神めだかと言えばさっき放送やってた都城王土も知り合いぽかったんだよな。……俺が持つ情報じゃこの辺りが限界だな。
 残りのやつらは名前だけじゃさすがにわかんねーわ、九州の地名がやたらあるけどそれだけで括るのは無理あるしな」

見解を一気に述べていく。
それを聞いた玖渚は少しだけ目を丸くし、

「ほぼ正解、すごいやしーちゃん」

素直に賞賛した。

「そうか? 情報があれば誰でもできるだろ、こんなの」
「その情報を得るのが普通は大変なんだよ? しーちゃんほぼコンプリートしてるもん」
「コンプリート、なあ」
「どうかした? 僕様ちゃんがしーちゃんが京都でかつて解したカードの中に入ってないこととか?」
「……お前、性格悪いって言われたことねえの?」

人識本人以外では哀川潤しか知らないはずの動機なのだが、今更突っ込むのは野暮だった。
哀川潤が話すとも思えないし、情報の出所が気にならないでもなかったが。

「そういえば」
「無視かよ」
「都城王土のこと、どこで知ったの?」
「あん? 昼過ぎに会ったんだよ。ついでにこの斬刀を置いてったんだけどな」

もっとも、俺じゃなくて戦場ヶ原ひたぎに渡したもんなんだけど、という備考までは言わなかったが重要なことではあるまい。

「都城王土が? よりによって斬刀を? ふうん……」
「なんかわかったのか?」
「仮説レベルのなんとなくでだけどね。まあそれは後にして答え合わせしよっか」

たったそれだけで仮説レベルでもわかったのなら大したものだと思うのだが。
そう人識が口にする前に、のべつ幕無しに玖渚が話し出す。

672border ◆ARe2lZhvho:2016/01/09(土) 17:23:25 ID:uCTf/sGU0
「参加者45人中、見せしめの皿場工舎も入れたら46人中かな? うち13人が僕様ちゃんやしーちゃんと同じ世界観出身だね。
 もっと詳しく分けると暴力の世界が零崎5人、匂宮1人、時宮1人。権力の世界は僕様ちゃん1人、西条玉藻を檻神の一員に入れていいなら財力の世界もいるのかな。
 で、あとはいーちゃん潤ちゃん想影真心と西東天が一般人だね。ああ、うん、異論は大いに認めるけどさ、潤ちゃんを一般人と形容するのに抵抗するのはわかるけどさ。
 人数が多い順だと次は12人か。しーちゃんには予備知識がそこまでないだろうからここからは全員フルネームで言ってあげる。
 鑢七花、鑢七実、とがめ、真庭狂犬、真庭喰鮫、真庭蝙蝠、真庭鳳凰、この7人はしーちゃんが考えた通り同じ世界出身だよ。
 それと宇練銀閣、左右田右衛門左衛門、否定姫、浮義待秋と皿場工舎がプラスされるね。ここだけ世界観がかなり異質なんだよなあ。
 他はみんな現代なのにここだけいわゆる江戸時代なんだよね。いわゆるってつけたのはその世界における江戸幕府が尾張幕府だったから。
 完成形変体刀といい、色々とめんどくさそうなんだけどこれも後回しでいいか。それで次が一番重要になるのかな。
 どうして一番重要かわかるのかって、そりゃあの不知火袴と同じ世界だからだよ。誰か彼のこと『理事長』って呼んでなかった?
 黒神めだか、黒神真黒、球磨川禊、後は阿久根高貴、江迎怒江、人吉善吉、日之影空洞、形ちゃんこと宗像形の以上8人。あとは都城王土もここに加えていいよ。
 九州の地名で引っかかりを覚えたしーちゃんの勘は正しかったんだよ、お見事。ここからはほぼ消化試合みたいなもの。
 阿良々木暦、阿良々木火憐、戦場ヶ原ひたぎ、羽川翼、八九寺真宵、その5人と貝木泥舟で計6人。忍野忍がなぜ名簿にいなかったか疑問を覚えるところではあるんだけど。
 あとは病院坂黒猫、病院坂迷路、ぴーちゃんこと櫃内様刻と串中弔士の4人。最後に『魔法の国』長崎がある世界の供犠創貴、水倉りすか、ツナギの3人。
 これで46人のグループ分けが完了したんだけど、しーちゃんはどう思う?」
「……どうって言われてもな」

立て板に水とはまさにこのことかと感嘆するより他にない。
先程自分で整理したとはいえ、新たにこの情報量を加えるとなると考える時間が必要だ。
そうしてしばらく経ったのち。

「ありきたりなとこを突くなら、最初二つのグループが人数多すぎってとこか。それとも最後二つが少なすぎとでも言うべきか?」
「多すぎってのは同意だけど少なすぎってのは微妙かな。「魔法」使いにせよ「魔法使い」にせよ増やすのは得策じゃなさそうだし」
「そうか? 殺し合いやらすんだったら一般人よりはそういった戦闘力あったやつらのがよさそうに思えるが」
「そもそもこの殺し合いは『実験』だってこと忘れてない?」
「あー、そういやそんなこと言ってたっけな」
「しかも『完全な人間を作る』という目標つき。定義にもよるけど『完全な人間』に『魔法』なんて不純物を持ち込んでいいのかは疑問が残るところだよ」
「んなこと言ったら俺たち殺人鬼が5人もいる時点でおかしいだろ」
「まあね。だから舞ちゃんぴーちゃんの意見も聞きたいところだったんだけど……それにしても遅いね、二人」
「言われてみれば……電話してからそれなりに経ってるよな」

人識が最後に伊織と通話をしてから優に30分は経過している。
逃げるときは走っていただろうことを考慮しても、いいかげん戻って来ないとおかしい頃合いだ。
「まさかとは思うけれど」とおいた上で玖渚がある可能性を事も無げに言う。

「電話する猶予すらなく襲われちゃってるとか? 案外――あっ、しーちゃん!?」

話を最後まで聞くことなく人識は駆け出していた。
ぽつんと取り残されるような形になった玖渚は収まりも悪かったので言いかけていた残りを言う。

「……舞ちゃんもしーちゃんと同じで会うのが気まずくて入る勇気がないだけ、ってのが真相だと思うんだけどなあ」

それから思い出したかのように、ぴっ、とメールの送信ボタンを押した。

673border ◆ARe2lZhvho:2016/01/09(土) 17:23:56 ID:uCTf/sGU0
 ◆   ◆


「開けるよ」
「あっ、ま、まだ開けないでください」
「放送で真庭鳳凰の死が確定した以上、入らない理由はないと思うけれど?」
「その、心の準備というものがですね……」

真下から響く櫃内様刻の声に無桐伊織はしどろもどろになって答える。
伊織の手には首輪探知機が抱えられており、その画面には5人の名前が表示されていた。
中心に「無桐伊織」そしてほぼ重なるように「櫃内様刻」、ほんの少しだけ離れて「真庭鳳凰」「玖渚友」「零崎人識」とある。
目の前の扉一枚さえなければ目視だって可能な距離だ(建物の構造上中に入ってもすぐには見れないだろうが)。
つい先程まで最大の懸念であった真庭鳳凰の脅威が放送によって払拭されたため、伊織たちは中に入ることを躊躇する必要はどこにもない。
しかし、伊織はまだ入ることができないでいた。

「……そんなに怖いのかい?」
「そういうわけじゃないんですが……」
「じゃあ『どんな顔をすればいいかわからない』とか?」
「そんな感じですかね……」
「なら、『笑えばいいと思うよ』って返すのが定石になるけど」
「質問の時点でその答えが返ってくるだろうことは予測できましたよう、ええ」

ため息まじりに訊く様刻だがめんどくさそうな素振りは見せていない。
元々『妹』の扱いは手慣れているのだ。
それがギリギリの均衡を保つような綱渡りの連続だったとはいえ。

「家族と会うだけだろう? 普通にしていればいいだけのことじゃないか」
「そんなこと言われましても、私のこと家族って言ったのさっきが初めてなんですよ? どうしたらいいのかすらわかりませんよう……」
「零崎になる前だってお兄さんがいたんだから、そのときみたいに接すれば済むことじゃないのかい」
「あのときは逃げてばっかりでしたし尚更参考にはなりません……」

そこまで言って、様刻に『無桐伊織』であったときの家族構成まで話していただろうかと疑問がよぎったが、それは頭の片隅に追いやった。
眠る前後に話していたかもしれないし、今は目前の問題をなんとかしたい。

「じゃ、じゃあ様刻さんだったらどうするんですか」
「今の状況だったら放送なんか待たずにさっさと入っているよ」
「まあ、そうでしょうね……なら、もしもの話ですけど、ここに妹さんがいたらどうしてました?」

それでも、矛先を逸らしてしまう。
逃げているのではない、立ち止まっているだけだからと自分に言い聞かせているが、そうしている時点で逃避同然であることは否めない。

「そんなの簡単すぎる。もしも夜月が死んでいたら全員殺す。殺して、優勝して、生き返らせる。それができないのであれば主催も全員殺して僕も死ぬ」
「ありきたりですけど、『そんなことをして生き返っても妹さんは喜ばない』とか言われても?」
「生き返るまでわからないだろ、それって。仮の話に仮を重ねるけど、夜月がそう言ったって僕が『じゃあ責任を取って死ぬ』って言えば全力で引き留めるだろうし」
「では、生き残っておられた場合は」
「真っ先に夜月を保護して、こんなことに夜月を巻き込んだ落とし前をつけさせる。ついでに僕を巻き込んで夜月を心配させた落とし前も。
 それから、二人で脱出する方法を探して、それが無理ならさっき言った方法を採る。そのためには僕が夜月を一度殺さなきゃいけないのが本当に辛いけれど。
 でも、夜月に僕を殺させる苦痛をかけるくらいなら、そして僕が生き返らない恐怖を味わわせるくらいならそうする。そんなところだ」
「そ、そうですか……」

自分から話を振っておいてなんだが、少し引いていた。

674名無しさん:2016/01/09(土) 17:24:32 ID:uCTf/sGU0
「何かおかしいこと言ったかな」
「様刻さん、シスコンって言われたことないんですか?」
「シスコンと呼ばれた程度でたじろぐような兄妹愛はシスコンとは言えない」
「否定しないんですね」
「残念なことに僕達の兄妹愛を表現する言葉が他にないだけだ」
「そんな言葉があったら逆に怖いですよう……でも、そこまで思ってもらえる妹さんがいるのは羨ましいですね」
「目に入れても痛くない、自慢の妹だよ」
「妹さんのこと、大切ですか?」
「家族なんだ、当たり前だろ」
「当たり前ですか」
「当たり前だ」
「…………」

黙り込む。
そして「よし!」というかけ声と共にぱちんと両頬をはたいた。

「伊織さん?」
「すみません、お手間を取らせました。もう大丈夫です」
「そいつは何よりだ」
「今までさんざん人識くんに家族だーって言っておいて、いざ自分が言われたら縮こまるなんておかしすぎます。こんな姿見られたらまた心配かけてしまいますよ。
 それに以前『もてあました性欲の解消にも協力してもらうことができます』なんて言っちゃいましたし――うおぅっ!?」

突如、勢いよく扉が開かれる。
その向こうにいたのは伊織の『兄』である人識で、

「……………………」
「……………………」
「……………………」

しばし、無言で向かい合う。
人識と伊織は完全に固まっている。
特に伊織は直前に話していたことがことだったため、不意打ちを食らったかのようだ。
どうやら膠着を打開できるのは自分しかいないと気付いた様刻は、軽くため息をつくと気さくに話しかける。

「よう、人識――」


 ◆   ◆


「おかえり、舞ちゃん、ぴーちゃん」
「あ、ただいまです」
「ただいま……でいいのか、この場合?」

無事(?)薬局に戻った二人を、ソファーに座ったまま手を振って玖渚は迎え入れる。
伊織を玖渚の隣に下ろすと、玖渚を挟み込むように様刻も腰かけた。

「…………」

一方、終始無言でいた人識は様刻から人一人分の間を空けてばつが悪そうに乱暴に腰を下ろす。

「しーちゃん、それはないんじゃない? せっかくぴーちゃんが気を遣ってくれたのに」
「そうですよう、わざわざ空けてくれたんですからこっち側に座るものでしょう」

途端、女性陣からの猛口撃が始まった。
女三人寄れば姦しいと言うが、二人でも十分姦しかった。
様刻は我関せずと言った表情で瞼を閉じていたが、耳元で騒ぎ立てられるのはいい気分ではないだろう。
うるささに耐えかねたのか、人識は「あー、わかったわかった」とめんどくさそうに言い放つと諦めて伊織の横に座る。
微妙に隙間を空けていた。

675名無しさん:2016/01/09(土) 17:25:06 ID:uCTf/sGU0

「じゃ、早速だけど首輪探知機ってやつ見せてもらってもいい?」
「あ、はい、どうぞ」

四方山話に花を咲かせる間もなく、玖渚が本題に入っていく。
伊織から手渡された首輪探知機を検分すると、一分もしないうちに返した。

「もう済んだんですか?」
「とりあえず死人の首輪も反応するか確かめたかったんだよね。真庭鳳凰と真庭狂犬は表示されたけど浮義待秋は無し」
「……今玖渚さんが持ってる首輪は二つだけだし、つまり、デイパックに入った首輪には反応しない、ということでいいのか?」
「そういうこと、かな。ぴーちゃんたちは首輪持ってたりしないよね?」
「お察しの通り。回収しようって発想がなかったというか、首を切ろうって発想には至れなかったというか」
「鳳凰さんに遭うまではそれらしいものもありませんでしたからねえ。『自殺志願』もそういうのには向いてませんし」
「じゃあ使えるのは3つだけだね。まあ2つは条件満たしてるしいいか」

そう言って持っていた首輪をデイパックにしまう。
首輪探知機を見遣れば、表示されている名前は四人分に減っていた。

「条件? どういう意味ですかそれ」
「後々説明するよ。とりあえず何でもいいから気付いたことない?」
「え、気付いたことですか? そんな急に言われましても……」
「そもそも、僕たちが気付く程度のこと、玖渚さんが気付かないわけがないと思うんだけど」
「それがそうでもないんだって。それに、被りでもいいから情報は集めておいて損はないよ。被るってことは情報の精度が上がるってことでもあるし」
「……そういえば」

様刻がふと言葉を漏らした。
それを聞き逃さず玖渚が反応する。

「何か思い出したの、ぴーちゃん?」
「もしかしたら、ってくらいのものなんだけど、満月だったなあって」
「満月? それって今もってこと?」
「昨日、って言い方もどうかと思うけど、24時間前も満月だったような気がするんだ」
「うん、合ってるよ。僕様ちゃんもネットカフェから研究所に移動するとき見たし。でしょ、舞ちゃん」
「うなー、そうでしたっけ? 私は覚えてないです」
「そうなの?」
「玖渚さんを運ぶのが大変だったのでそんなの気にする余裕なんてありませんでしたし」
「話を戻すけど、一日経っても満月のまま……ということになるよな」
「そういうことだね。ありがと、おかげで一つわかったよ。いや、一つ潰れたってことになるのかな」
「「潰れた?」」

怪訝な顔をする二人に挟まれながら、玖渚は滔々と語り出す。
ちなみに、人識はといえばいつの間にやら船を漕いでいた。


 ◆   ◆

676border ◆ARe2lZhvho:2016/01/09(土) 17:26:25 ID:uCTf/sGU0
「ぴーちゃんが教えてくれたことで、この会場について可能性が二つに絞り込めたよ。
「元々、僕様ちゃんは大きく分けて二つ、ひとまずは三つで考えてたんだよね。
「現実空間か、非現実空間か。
「現実空間だった場合、開放空間か、閉鎖空間か。
「隔離空間ではあるけれど、それが建造物の中か外かでまた変わってくるからね。
「他に生物が見当たらなかったから開放空間の可能性はかなり低いと踏んではいたけど。
「ぴーちゃんは馴染みが薄いかもしれないけど、舞ちゃんは地図に違和感持ってたでしょ?
「ピアノバー・クラッシュクラシック。
「北海道にあったはずのそれがここにあるなんて、詳しい場所を知らなくてもおかしいと思うよね?
「……え?
「言われて初めて気付いた?
「……そう。
「しーちゃんなら早い段階で気付いてたとは思うけど。
「あ、別に起こさなくていいよ。
「ああ見えて結構頑張ってたみたいだし、少しは労ってあげないと。
「話を戻すね。
「クラッシュクラシック以外にも骨董アパートやランドセルランド、それに西東診療所に卿壱郎博士の施設が一ヶ所に集まってるのはわかる人なら一発でわかるし。
「あとは竹取山。
「正確には雀の竹取山。
「これも山頂に登ったことのあるしーちゃんならわかる――っていうかしーちゃん色んなフラグ持ちすぎ。
「引きこもってた僕様ちゃんが言うことでもないけどさ。
「まあ僕様ちゃんも掲示板とかで色んな人とフラグ作ったりしたけど。
「で、竹取山の山頂は本来はただの山頂でしかないはずなんだよね。
「僕様ちゃんが登ったことがあるわけでもないし、そもそも雀の竹取山は四神一鏡のものだから疎いんだけど。
「でも、少なくとも踊山なんて山なんてないし。
「他にも箱庭学園だったり、学習塾跡の廃墟だったり、不要湖だったり。
「特定の人間が見れば引っかかる施設や地名ばかり。
「違和感を抱かない方がおかしいよ。
「というよりも――そうなるように仕組まれているのかな?
「昼に舞ちゃんと電話でDVDの話したでしょ。
「それ以外にも、何かしらの疑問を覚えさせるようなのがあちこちに散らかってる。
「そうなると、どうしてこんな風にしたのかって当然思うよね。
「どうやって、は今更だよ。
「閉鎖空間だったとしても、普通に作っただけだろうし。
「箱庭学園の地下に『あんなもの』を作れるくらいの技術力はあるんだから、条件さえ整えばできなくはないだろうね。
「非現実空間――わかりやすい例えだとヴァーチャル空間ってやつ?
「それなら舞台の構築は容易だろうね。
「その場合、僕様ちゃんとしてはお手上げに近くなるからそうであって欲しくはないんだけど。
「それに、『完全な人間の創造』という目的に沿うものじゃないように思えるんだよね。
「あくまで希望的観測だけどさ。
「ああ、そうだ。
「この殺し合いの目的である『完全な人間の創造』ってなんなんだろうね?
「そもそも、『完全な人間』って何――って言った方がいいか。
「どういう定義でもって完全とするかにもよるけど、果たしてそれが殺し合いで実現できるものかな?
「優勝者が出たとして、その人が無条件で『完全な人間』と認められる、いくらなんでもそんな簡単な話はないでしょ。
「その優勝者が完全な人間と呼ぶにふさわしい、立派な人間だったとして、この殺し合いを肯定する?
「相打ちで終わって優勝者が出ない可能性だってあるよね。
「そうなればせっかくの人材の浪費だよ。
「『実験』と銘打っている以上、失敗は織込み済みだろうけどさ。
「それにしたって実験の『材料』は唯一無二のはず。
「基本的に実験なんて成功するのは大学生レベルまでだし。
「いけないいけない、話が逸れちゃった。
「僕様ちゃんがこの点でも疑問を覚えるのは、主に3つのアプローチがあるからなんだよね。
「一つ目が元から高すぎると言っても過言ではないスペックを持つ人たち。
「人類最強の潤ちゃん、人類最終の想影真心、フラスコ計画の最初の成功例である人吉善吉。
「黒神めだかや羽川翼だってここに当てはめてもいい。
「生き残ってるのは翼ちゃんだけだけどさ。
「逆に言えば『完全な人間』へのスタートラインが他よりもゴールに近い人が既に四人も死んでいる。
「率直に言ってもったいないと僕様ちゃんは考えるね。
「二つ目はいーちゃんや球磨川禊のような反対にスタートラインが遠い人間。

677border ◆ARe2lZhvho:2016/01/09(土) 17:27:11 ID:uCTf/sGU0
「不完全ならぬ負完全な人間と言ってもいいかな。
「絶対値が同じなら次善の策としてはなくもないけど……やっぱり釈然としないんだよね。
「それと、一緒くたにするのはやや失礼な面もあるけどカテゴリ分けするなら他にも当てはまるのはいるし。
「僕様ちゃんとか舞ちゃんたち殺人鬼である零崎、日本刀として育てられた鑢、第十三期イクスパーラメントの功罪の仔・匂宮出夢。
「この辺りなんかは人間として振る舞うにも欠陥は抱えてるようなもの。
「ついでに重箱の隅をつつくようなことを言うけど、病院坂の二人だってここに入れたくなるし。
「いや、ぴーちゃんならわかるでしょ。
「迷路ちゃんは表情だけでコミュニケーションをとれるほどだそうだけど、声で会話ができたわけじゃなかったんだよね?
「黒猫ちゃんだって一対一ならともかく、大勢の前に出れば発作を起こすほどの人見知りだったんだし。
「日常生活を送ることすら困難だったのは否定できないでしょ?
「他にも疑問は尽きないけど、突き詰めたところで時間の無駄でしかないから次に移ろうか。
「三つ目はそもそも人間じゃない参加者。
「もどきとはいえ吸血鬼の阿良々木暦、忍法で意志を刺青に移した真庭狂犬、『赤き時の魔女』水倉りすか。
「ちょっと判断に困るけれど、幽霊の八九寺真宵、元人間の「魔法」使い繫場いたちことツナギもどちらかといえばこっちかな。
「この辺は明らかに異物でしょ。
「そもそも人間じゃないんだもの。
「『化け物を倒すのはいつだって人間』なんて言葉を実践しようとしたわけじゃあるまいし。
「それにしたって、最初から暴れてくれそうなのは真庭狂犬くらいじゃないかな。
「規模だってたかが知れてるし。
「実際、舞ちゃんに返り討ちされたくらいだもんね。
「僕様ちゃんとしてはこの点について特に考えたいところではあるんだけど、資料が足りないんだよなあ。
「まさかここまで見越してたのかなあ……うーん、仕方ないや。
「ごめんね舞ちゃん、しーちゃん起こしてもらってもいい?」


 ◆   ◆


「ひーとしきくーん。起きてくださいよー」


肩を揺すりながら伊織は思考する。
思い出すのは絶体絶命の状況での出会いだ。
双識と二人、死を待つことしかできなかったところに、突如として現れて。
そうするのが当たり前かのように言いたい放題戯言を並べ立てて。
相手からは「最悪だ」と捨て台詞を言われたけれど、それは零崎なんだから当然だ。
今の伊織が気にかけるのは、最初にだれにともなしに言っていたこと。
『対して――俺は全然優しくなんかない。優しさのかけらも持ち合わせちゃいない、それがこの俺だ』
『だが俺はその『優しくない』という、自身の『強さ』がどうしても許せない――孤独でもまるで平気であるという自身の『強さ』がどうしても許すことができない』
『優しくないってのはつまり、優しくされなくてもいいってことだからな。あらゆる他者を友人としても家族としても必要としないこの俺を、どうして人間だなどと言える?』
今にして思えばひどい言い草もあったものだが、実際のところはどうなのだろうか。
人識は強い、それは確かだろう(人類最強には負けたが、あれは規格外だ)。
だが、本人の言に則るならば、それはもう過去のことになってしまっているのではないか。
義手を手に入れるまでの一ヶ月間、身の回りの世話をほとんど全て人識にやってもらっていたが、あれだって投げ出そうと思えば投げ出せたはずだ。
双識への義理もあっただろうが、それを抜きにしても人識は優しかった、ように思う。
優しくされたいというわけではないだろうし、孤独に耐えられないというわけでもなかっただろうが、優しかった。
そうなってしまった原因は考えるまでもなく、伊織にあるだろう。
伊織のせいで人識が弱くなってしまうのはともかく、伊織が人識の弱点になってしまうのは嫌だった。
だからこそ、これまで殺人衝動が溜まっていたこともひた隠しにしていたのだが、それもさっきの件で露呈してしまった。
糸が切れたかのように眠っていたのも、先程までずっと緊迫していたことの裏返しだろう。
改めて、とんでもないことをさせてしまったと実感する。
自分のためにそこまでしてくれたということ自体は、嬉しくないと言えば嘘になるけれど。

678border ◆ARe2lZhvho:2016/01/09(土) 17:28:07 ID:uCTf/sGU0


「……ん、……寝てたのか」
「あ、おはようございます……じゃなくて、えーと、お休みのところすみませんが、玖渚さんが用があるみたいでして」

考えていることを悟られたくなくて、事務的な返答をしてしまう。
慌てて顔をそむけたが寝起きでぼんやりしていたためか、気づかれずに済んだようだ。

「ねえ、起きたばかりで悪いんだけど、しーちゃん」
「あん?」

加えて、玖渚が早速切り込んだのもあって、人識の意識は伊織から完全に移っている。

「斬刀、僕様ちゃんの前に突き刺してくれない? あ、倒れないように固定してもらえると助かるんだけど」
「どういう意味だよ、そりゃ」
「見てればわかるって」
「……まあ、いいけどよ」

言われた通り玖渚の前まで動いた人識は持っていた日本刀のうち、一振りを鞘から抜いて突き刺した。
その姿を見て、中々様になっているなと、そんなことをぼんやりと考える。
人識が生まれたときからずっと兄だった双識とは違い、伊織はたった数ヶ月前に妹になったばかりだ。
厳密に言えば、人識の方から妹と認めてもらったのだって一時間前かそこらだ。
無理をしてもらった引け目がある。
殺人衝動を隠してた負い目がある。
だけど、それでも。

(今の人識くんだって家族は私しかいないんです。やっとそういう関係になれたんですから、私も人識くんに頼られるようにならないと)

やはり伊織はマインドレンデルの妹として、マインドレンデルの弟である人識とは対等な関係でいたかった。


 ◆   ◆


「で、伊織ちゃん」
「はい、なんでしょう。人識くん」
「どうしてさっきのパートの締めで今こうなってるんだ?」
「こうとは?」
「二人乗りでバイク乗ってこのあと禁止エリアになるはずの図書館に向かってることを言ってるんだよ」
「成り行きでしょうかねえ」
「どんな成り行きだ」
「説明しますと、玖渚さんが人識くんの持っていた斬刀とやらを使って首輪の外殻だけを切断したはいいですが、
 中身を見ても万全に解除ができるかどうか自信がないので、その間に少しでも情報収集をしようという算段です」
「いやそれだけじゃわかんなくね?」
「更に詳しく説明しますと、『人間じゃない参加者』である真庭狂犬の首輪の中身を見ても能力を制限させるようなものは見当たらなかったということ、
 斬刀を使えば首輪の切断自体は可能ですが、生きた人間の場合だと首輪の爆破機能が起動したままなのでそれを止める方法が必要なこと、
 詳細名簿やDVDが図書館にあった以上、他にも有用な資料が図書館にあるかもしれないということ。
 移動手段として玖渚さんがバイクをお持ちでしたが、それを乗りこなせるのが人識くんしかいなかったこと、
 人識くん一人では心配な点があるのと、水倉りすかに恨まれてるかもしれないので、リスク的に玖渚さんとは分断した方が良いだろうということ、
 私が残るよりは様刻さんが残った方が機動力があるだろうということ、人識くんが戦場ヶ原さんとやらを殺したので羽川さんとはお会いにならない方がいいということ。
 ……あとは少しくらい兄妹水入らずで過ごしたらどうかという、様刻さんからの提案もありましたけど」
「最後は置いといて、納得はできなくはねえけどよ……やっぱりおかしくねえか?」
「どこがですか?」
「首輪の構造はあいつの言うことを鵜呑みにするしかないとしてもよ、図書館に手がかりがあるかもしれないってのはできすぎじゃねえの?」
「わからなくもないですけど、実際」
「名簿やらDVDがあった、だろ? それだって普通用意しとくか? この殺し合いの打破に直接繋がらないとしても、置く理由にはなんねーだろ」
「まあ、そうですよね……逆に理由があったとか?」
「そう考えるのが妥当だろうけどよ……狙いはなんだったんだろうな」
「狙いですか……正直さっぱりです」
「いや、そっちじゃなくて」

679border ◆ARe2lZhvho:2016/01/09(土) 17:28:54 ID:uCTf/sGU0
「そっちじゃないとは」
「俺たちをわざわざ行かせた理由だよ」
「それならさっき説明したじゃないですか」
「あるとは限らないし下手すりゃお陀仏になるのにか? 俺たちを遠ざけたかったのか、それとも……いや、言わなくてもいいか」
「どうしましたか?」
「なんでもねえよ」
「そうですかー。では」
「おい、何しやがる」
「少し風除けになってもらいますね。こんなときでもないとできなさそうですし、『お兄ちゃん』」
「ここぞとばかりにお前なあ……まあいいか」
「えへへー」
「……ったく」


【2日目/深夜/G-7】
【零崎人識@人間シリーズ】
[状態]健康、右頬に切り傷(処置済み)
[装備]斬刀・鈍@刀語、絶刀・鉋@刀語、携帯電話その1@現実、糸×2(ケブラー繊維、白銀製ワイヤー)@戯言シリーズ、ベスパ@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×11(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)
   千刀・ツルギ×6@刀語、青酸カリ@現実、小柄な日本刀、S&W M29(6/6)@めだかボックス、
   大型ハンマー@めだかボックス、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
   携帯電話その2@現実、文房具、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×5@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数
[思考]
基本:戯言遣いと合流する。
 0:一応図書館に向かってはやるけど……
 1:蝙蝠は探し出して必ずぶっ殺す。
 2:零崎を始める。とりあえず戯言遣いと合流するまでは。
 3:黒神めだか? 会ったら過剰防衛したとでも言っときゃいいだろ。
 4:ぐっちゃんって大将のことだよな? なんで役立たず呼ばわりとかされてんだ?
[備考]
 ※Bー6で発生した山火事を目撃しました
 ※携帯電話その1の電話帳には携帯電話その2、戯言遣い、ツナギ、無桐伊織が登録されています
 ※携帯電話その2の電話帳には携帯電話その1、戯言遣い、ツナギ、玖渚友が登録されています
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
 ※球磨川禊が気絶している間、鑢七実と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします
 ※DVDの映像は、掲示板に載っているものだけ見ています

680border ◆ARe2lZhvho:2016/01/09(土) 17:29:53 ID:uCTf/sGU0
【無桐伊織@人間シリーズ】
[状態]両足骨折(添え木等の処置済み)
[装備]『自殺志願』@人間シリーズ、携帯電話@現実
[道具]支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ
[思考]
基本:零崎を開始する。
 0:曲識、軋識を殺した相手は分かりました。殺します。
 1:人識くんが無事で、本当によかったです。
 2:羽川さんたちと合流できるなら心強いのですが。
 3:玖渚さんと様刻さん、何事もないといいんですが。
 5:羽川さんはちょっと厄介そうな相手ですね……
[備考]
 ※時系列では「ネコソギラジカル」からの参戦です。
 ※黒神めだかについて阿良々木暦を殺したらしい以外のことは知りません。
 ※宗像形と一通りの情報交換を済ませました。
 ※携帯電話のアドレス帳には箱庭学園、ネットカフェ、斜道郷壱郎研究施設、ランドセルランド、図書館の他に櫃内様刻、玖渚友、宗像形が登録されています。
 ※DVDの映像を全て、複数回確認しました。掲示板から水倉りすかの名前は把握しましたが真庭蝙蝠については把握できていません。



 ◆   ◆


「うん、一応は真っ直ぐ向かってくれてるみたいだね」
「よかったのかい?」
「もちろん、しーちゃんが気まぐれ起こしても構わないつもりで送り出したんだし。じゃ、続きを始めようか。同時再生っていくつが限界?」
「試してないからわからないけど…………3つが限界かな。あくまで再生するだけなら、だけど」
「じゃあ僕様ちゃんなら大丈夫。読み込みは全部終わってるんでしょ、再生して」
「了解。それで、その首輪の中身だけど新しい発見はできそうかな」
「正直微妙。僕様ちゃんの目論見通り外殻はただの金属。おそらく絶刀と同じかな。つまり加工手段があったってことだから逆もまた然り。
 中身は起爆装置と位置情報を知らせる発信器以外はめぼしいのは見つからないね、それに結構デリケート。
 生きてる首輪も外せなくはないけど、斬刀を使う以上少しでもずれたら頸動脈切れちゃうし、誤爆だって起こらないとは到底言えない。
 つまり、必要なのは起爆装置を外からでもオフにできる何か、ってところかな。そんな都合のいいものあるとは思わないけどさ。
 3つとも構造に違いがなかったのは予想と外れたけど、刺青が本体だった真庭狂犬といえど、体がないとどうしようもないってのはあったし……
 そういう意味じゃ、阿良々木暦の首輪が欲しかったなあ。全盛期なら頭を吹っ飛ばしてもすぐ再生したらしいし。
 爆薬の代わりに聖水が詰まってたとしても下手すれば時間をかけて再生しちゃうかもしれないしなあ……そうなる可能性がほとんど無かったとはいえ。
 水倉りすかの場合は『魔法封じ』に類する何かがあったとか、水倉りすか本人の魔法式に細工がされていたとかで殺すことは可能だろうけど。
 不可解なのはキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが黒神めだかごときに殺されたってところかな。
 形ちゃんが名簿と一緒に持ってきてくれたあのレポート、読んだ限りじゃ弱点が弱点にならないレベルでほんと規格外だし」
「そのための『制限』だったと思うけどな、僕は」
「あくまで『制限』されてたのは参加者でしょ? 忍野忍には首輪がついてなかったし、阿良々木暦が死んだ直後にハートアンダーブレードに戻ってたし。
 殺したくらいじゃ死なない筆頭だよ。そもそも不死身なんだけどさ」
「……ごめん、僕にはさっぱりだ」
「ぶっちゃけ僕様ちゃんもそこについてはさっぱりだから気にしなくていいよ。ん、ぴーちゃん、次再生して」
「あ、うん」

681border ◆ARe2lZhvho:2016/01/09(土) 17:30:27 ID:uCTf/sGU0
「考えてみれば最初の時点でおかしいところはあったんだよね。僕様ちゃんのスタート地点がパソコンに囲まれたネットカフェで、近くには舞ちゃんがいて。
 お互い潤ちゃんという共通の知人がいて穏やかな関係は結びやすかっただろうし。舞ちゃんがいたからこそというのもあったけど同じくお誂え向きの研究所もあったし。
 そこにやってきたのが真庭狂犬だったのもちょっと思うところはあるよね。僕様ちゃんの体を乗っ取ればその知識を使えた可能性もあるにはあるし。無理だろうけど。
 ぐっちゃんのところに現れたのが真庭喰鮫で、零崎双識のところには真庭蝙蝠。零崎と真庭で因縁を作らせたかったんじゃないかって考えちゃう。
 穿った見方になるけれど、零崎曲識を殺した水倉りすかと彼女を駒にしてる供犠創貴が真庭蝙蝠と同盟を結んだのだって計算して配置したのかもしれない。
 そうなると、しーちゃんだけそういうのがなかったのに疑念を抱くところではあるんだけど」
「そう言われると、僕も心当たりはないでもないんだよな。病院坂と彼女の親戚の迷路ちゃんと早くから合流できたってのはやっぱりできすぎだと思う。
 電話を持ってたにも係わらず、伊織さんだって人識と再会できたのはついさっきだったんだしさ」
「もしかするとしーちゃんはそっちに宛がわれたのかもね。裏切同盟を撃退した経験もあったし繰想術にも耐性はあっただろうし」
「それであの結果じゃ様は無いけどな。……はい、次の動画」
「ありがと。でも正真正銘ただの一般人が呪い名に関わって五体満足でいられてるんだからそう悲観する必要はないと思うよ?」
「割り切れるものじゃないさ。ほとんど影響ないとはいえまだかけられた繰想術は解けてないんだし」
「目を合わせただけなら、遠からず解けると思うけどね。即効性があるゆえに持続性を犠牲にしてるはずだから」
「そうは言ってもなあ」
「なら頼めば? すぐやってもらえるんじゃない」
「いや、やめとくよ。……そういえば聞きたかったんだけどさ」
「何?」
「どうして玖渚さんは『そう』したんだ? そんなの必要なさそうに思うんだけど」
「うーん、唯一踏み込んじゃったから、ってのはあるけど一番の理由にはならないかな。まあ、ぴーちゃんと同じ感じ。
 私がいーちゃん以外のものになるなんて私が許さないけど、もしもそうしなかったせいでいーちゃんに何かあったらもっと許せない。
 単純に、優先順位の問題で合理的だった、それだけの話だよ。それに、忘れたわけじゃないでしょ?
 悪平等(ぼく)の前に自由(わたし)であれ。それが変わらないからこそ、しーちゃんと翼ちゃんを遭わないように僕様ちゃんはああいう計らいをしたんだもの。
 僕様ちゃんは僕様ちゃん、ぴーちゃんはぴーちゃんなんだから」
「それはどうも。なあ、悪平等(ぼく)」
「なんだい、悪平等(ぼく)?」
「この後、どうするんだい?」
「そうだね、どうしようかなあ」

682border ◆ARe2lZhvho:2016/01/09(土) 17:31:03 ID:uCTf/sGU0
【2日目/深夜/G-6 薬局】
【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]右手甲に切り傷(処置済み)
[装備]携帯電話@現実、首輪探知機@不明
[道具]支給品一式、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ、工具セット@現実、首輪×3(浮義待秋、真庭狂犬、真庭鳳凰)、
   糸(ピアノ線)@戯言シリーズ、ランダム支給品(0〜2)
[思考]
基本:いーちゃんに害なす者は許さない。
 0:首輪の解析。
 1:いーちゃんは大丈夫かなあ。
 2:水倉りすかだけ生き残るなんてめんどくさいことになっちゃったなあ。
 3:しーちゃんが翼ちゃんと遭っちゃうのはよした方がいいよね。
[備考]
 ※『ネコソギラジカル』上巻からの参戦です
 ※箱庭学園の生徒に関する情報は入手しましたが、バトルロワイアルについての情報はまだ捜索途中です
 ※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを凡そ理解しました
 ※言った情報、聞いた情報の真偽(少なくとも吸血鬼、重し蟹、囲い火蜂については聞きました)、及びそれをどこまで理解したかは後続の書き手さんにお任せします
 ※掲示板のIDはkJMK0dyjが管理用PC、MIZPL6Zmが玖渚の支給品の携帯です
 ※携帯のアドレス帳には櫃内様刻、宗像形、無桐伊織、戦場ヶ原ひたぎ、戯言遣い(戯言遣いのみメールアドレス含む)が登録されています
 ※ハードディスクを解析して以下の情報を入手しました
  ・めだかボックス『不知火不知』編についての大まかな知識
  ・不知火袴の正体、および不知火の名字の意味
  ・主催側が時系列を超越する技術を持っている事実
 ※主催側に兎吊木垓輔、そして不知火袴が影武者を勤めている『黒幕』が存在する懸念を強めました
 ※ハードディスクの空き部分に必要な情報を記録してあります。どんな情報を入手したのかは後続の書き手様方にお任せします
 ※第一回放送までの死亡者DVDを見ました。内容は完全に記憶してあります
 ※参加者全員の詳細な情報を把握しています
 ※首輪に関する情報を一部ながら入手しました
 ※浮義待秋の首輪からおおよその構造を把握しました。また真庭蝙蝠たちの協力により真庭狂犬の首輪も入手しました
 ※櫃内様刻に零崎人識の電話番号以外に何を送信したのかは後続の書き手にお任せします
 ※本文中で提示された情報以外はメールしていません
 ※零崎人識からのメールにより以下の情報を入手しています
  ・戯言遣い、球磨川禊、黒神めだかたちの動向(球磨川禊の人間関係時点)
  ・戦場ヶ原ひたぎと宗像形の死亡および真庭蝙蝠の逃亡
 ※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。
 ※作中で語ったのとほぼ同じ内容のメールを戯言遣いに送信しました。他に何を送信したのかは後続の書き手にお任せします
 ※悪平等(ぼく)です

683border ◆ARe2lZhvho:2016/01/09(土) 17:31:37 ID:uCTf/sGU0
【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]スマートフォン@現実
[道具]支給品一式×7(うち一つは食料と水なし、名簿のみ8枚)、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11〜28)@不明
   炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス、懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、
   輪ゴム(箱一つ分)、首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン@現実、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、
   鎌@めだかボックス、薙刀@人間シリーズ、シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)@現実、
   誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、
   「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵、ノーマライズ・リキッド、チョウシのメガネ@オリジナル×13、小型なデジタルカメラ@不明、三徳包丁@現実、
   中華なべ@現実、マンガ(複数)@不明、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、おみやげ(複数)@オリジナル、
   食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』」
   (「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う(瓦解寸前)
 1:玖渚さんに付き合う。
 2:時宮時刻を殺したのが誰かわかったが、さしたる感情はない。
 3:僕が伊織さんと共にいる理由は……?
 4:マシンガン……どこかで見たような。
[備考]
 ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形が登録されています。また、登録はしてありませんが玖渚友からのメールに零崎人識の電話番号とアドレスがあります。
 ※阿良々木火憐との会話については、以降の書き手さんにお任せします。
 ※支給品の食料の一つは乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※DVDの映像は全て確認しています。
 ※スマートフォンに冒頭の一部を除いた放送が録音してあります(カットされた範囲は以降の書き手さんにお任せします)。
 ※マシンガンについて羽川の発言から引っかかりを覚えてますが、様刻とは無関係だったのもあって印象が薄くまだブラック羽川と一致してません。
 ※悪平等(ぼく)です


[共通備考・首輪について]
・耐熱、耐水、耐衝撃などの防護機能が施されており、外からの刺激で故障、爆発することはまずない
・首輪から発信される信号によって主催はそれぞれの現在位置を知ることができる。禁止エリアに侵入した場合、30秒の警告ののち爆発する
・主催に反抗した場合、首輪は手動で爆破される(どんな行動が反抗と見なされるかは不明)
・一定の手順を踏めば解体することは可能。ただし生存している者が首輪をはずそうとした場合、自動的に爆発する
・装着している者が死亡した場合、爆破の機能は失われる。ただし信号の発信・受信機能は失われない
・二重構造で外殻には特別な仕掛けはない。中身は爆薬・起爆装置・発信器のみで(今のところ)能力を制限するようなものは見当たらない


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支給品紹介
【ベスパ@戯言シリーズ】
想影真心に支給。
戯言遣いが葵井巫女子から譲り受けた白のヴィンテージモデル。
ラッタッタと呼んではいけない。

684 ◆ARe2lZhvho:2016/01/09(土) 17:33:50 ID:uCTf/sGU0
投下終了です

情報をまとめようとしたらここまでセリフだらけになってしまった…
キスショットに触れておいて来週業物語が出るのが不安でしかないですが何か指摘等あったらお願いします

それと、本日は交流雑談所にてロワ語りが実施されてるのでよろしければそちらもお願いします

685名無しさん:2016/01/09(土) 22:15:36 ID:vO2VFQqI0
投下乙です!
ヘタレ伊織ちゃん可愛い……と思ったのもつかの間、流れるような考察の嵐で話が核心に近づいてくる感が素晴らしかったです
とはいえまだまだ謎は山積みだし、人識と伊織がどんな情報をゲットできるかが気になるところ
そしてとうとう明らかになった悪平等(ぼく)の一端。ここ終盤にきてまだまだ安心院さんの影響が話をかき回してくれそうで楽しみ

686名無しさん:2016/01/09(土) 22:37:36 ID:ztVwrZkI0
投下乙でした。
考案がどんどん進む中、まだまだ課題はたくさんあってこの先がどうなるのかわからなくなりますね……
そんな中でも、人識くんを起こすシーンとかで伊織ちゃんの愛らしさが出ていて、癒されました!

687名無しさん:2016/01/16(土) 00:04:59 ID:aoAMqKd60
集計者様いつも乙です

月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
162話(+2) 12/45 (-0) 26.7(-0.0)

688 ◆wUZst.K6uE:2016/01/16(土) 23:13:25 ID:Gs4DdeGg0
投下します

689狂信症(恐心傷) ◆wUZst.K6uE:2016/01/16(土) 23:14:51 ID:Gs4DdeGg0
 

   ◇     ◇

 
嘘でもいいので騙されてください。
 


   ◆     ◆


 
さて、さて、さて、さて。
久方ぶりにこのおれ、真庭蝙蝠の手番であり出番と相なったわけだが、のっけからどうにも厄介な状況に遭遇しちまったらしい。
と言っても、別に窮地に立たされてるってわけじゃあねえ。むしろこれ以上ないほど好機に立たされてるって具合だ。
好機すぎて、どういう選択を取ろうか迷っちまうくらいにな。
なにせ、あの虚刀流が。
先の大乱の英雄、鑢六枝の実子であり虚刀流の正統なる後継者、鑢七花が、こともあろうにおれの目の前で無防備におねんねこいてるってんだからよ。
思わず自分の普段の行いを顧みちまう勢いだぜ。
善行を積んだ覚えはとんとねえからな。きゃはきゃは。
なぜこいつがこんなことになってるのかは知らんが、おれがこの場所に偶然にもたどり着いたのは、ある意味こいつの「お姉ちゃん」のおかげだ。
鑢七実、と言ったか。
次の行き先はどうするかと考えていた矢先に通りがかった、着物の女と学生服の男。
始めて見る面だったから誰かと一瞬いぶかしんだが、あのやたらと尊大な態度のがき(都城だったか?)から聞いていた特徴と一致したからすぐにぴんときた。
それにあのお姉ちゃんの声は、おれがあの島にいたときに盗み聞きしていたからな。
頭の悪そうな弟とは対照的に、聡明そうなお姉ちゃんだったから記憶にはよく残っている。
性悪そうなところも含めてな。
都城の野郎からの忠告を思い出したことと、おれの体調がまだ万全の状態じゃねえってことからとりあえず様子見に徹していたが、どうやら正解だったようだ。
あまりにぶっとんだ会話に動揺しちまったとはいえ、潜んでいたこのおれの気配を察知するなんざ只者じゃねえ。
さすがは虚刀流の血筋、といったところか。
あの時おれの手裏剣砲にいち早く対応したのも、幸運や偶然のたぐいじゃねえってわけだ。
学生服のほうも、雰囲気こそ確かに人畜無害そうなそれだったが、むしろこいつのほうが底知れねえ。死んでも生き返るだとか、首輪を自力で外したようなことを平然と喋ってやがった。
いやはや、若人の忠告ってのも当てにしておくものだぜ。
くわばらくわばら。
ともあれ、確実に勝てねえ相手にゃ正々堂々とは挑まねえってのがおれの流儀だ。さっさと踵を返して、連中と反対方向に足を進めたわけだが――
その先に、虚刀流がいた。
寝ていた。堂々と。
それを見たとき、おれは最初「死体が寝ている」と思った。
「死んでいる」と思ったわけじゃねえ。ぐーすかと寝息を立てていたし、遠目でも息があるということは判断できたからな。
それでもなお、それは「死体」に見えた。
ちぎれた右手。
全身から漂う腐敗臭。
そしてなにより、生きている者特有の気配――活力みたいなもんが、一切合財感じ取れねえ。
魂が抜け落ちてしまったかのごとく。
そんなものが寝息を立ててるってんだから、これはもう「死体が寝ている」としか表現しようがねえぜ。
……いや、強いて言うなら、あいつらに似ているのか?
ついさっきすれ違ったばかりの、あの二人。
作り物か何かのように儚げな雰囲気をまとったあの女と、無気力を体現したかのようなあの男。
例えばあの二人の「弱さ」をひとつにまとめ上げでもしたら、それこそ「生きた死体」としか言いようのない――――おっと。
そんなことを考察してる場合じゃねえ。まずはこのでくの坊の処遇を決めることを優先しねえと。
最終的にぶっ殺すことは変わらねえんだが……というか、こいつが本当にただ寝ているだけだったら、一も二もなく息の根を止めていただろう。
寝首は掻くものと相場は決まってるからな。

690狂信症(恐心傷) ◆wUZst.K6uE:2016/01/16(土) 23:16:17 ID:Gs4DdeGg0
しかし、だ。
先にも言ったとおり、今のこいつは死体に見えちまうほど衰弱しきっている。気迫のかけらも感じ取れねえし、おまけに右手首から先が欠けているって有様だ。
これを見て、「なにも急いて殺す必要はない」と考えるのを、おれは油断や慢心とは呼ばねえ。
さらに「どうせ殺すなら、可能な限り情報を聞き出してから殺すべきだ」と考えるのも、正しい判断だとおれは思う。
思うよな?
だからおれは、おれが知っている限りこいつの目を覚まさせるのに一番適していると思しき手段として、


「なに寝ておるのだ。起きぬか、七花!」


と、あの奇策士ちゃんの声で、活を入れてやったってわけさ。

 
「とがめ……?」

効果は抜群。あれだけ死んだように眠っていたにもかかわらず、一発で目を覚ましやがった。
どんだけ飼いならされてんだって話だ。まあおれにとっちゃ好都合だが。

「とがめ……とがめか?」

のっそりと、そのでかい図体を起こそうとする虚刀流。
目を覚ましてもまるで活気の湧く気配のねえことを確認したおれは、そこにつかつかと歩み寄って足を大きく振り上げ、

「おら」

起き上がりかけたその頭を、ぐしゃりと踏みつけにした。

「ああそうだ、とがめさんだ。奇策士とがめのお姉さんだぜ?」

そう言って、地面にこすりつけるように後頭部をぐりぐりと踏みにじる。
声と顔だけはあの奇策士のまま、上から下へ言葉を投げかける。

「きゃはきゃは、また一段とひでえ有様になっちまってるじゃねーか、虚刀流よ。犬の死体の真似事でもしてるのかと思ったぜ。寝すぎて腐っちまったか?
 でもまあ、性根まで腐ってやがる『この女』とはお似合いかもしれねーな。うっかり惚れ直してしまったぞ、七花よ――なーんつってなぁ!」

おれの足の下で、虚刀流はぴくりとも動かない。抵抗するそぶりすら一切見せない。
されるがままに、げしげしと頭を踏みつけられている。
おいおい。まさかおれが、あの子猫ちゃんの真似をしたまま、文字通り猫をかぶってやさしーく情報を聞き出してやるとでも思ってたか?
そんなまどろっこしいことをしてやるほど、おれは優しくねえし愚かでもねえ。
目ぇさえ覚ましてくれりゃあ、もうあの女のふりをする必要はねえのよ。
ここから先は、拷問と虐殺の時間だ。しのびらしく、力ずくで情報を引き出させてもらうぜ。
今のこいつだったら、『何でも差し上げますから命だけは助けてください』――おれの大好きなそんな台詞も口にしてくれるんじゃねーのか?
そしておれはこう返すのさ。『もらうのは命だけでいい』ってな。きゃはきゃは。
……とまあ、そんな感じにこの後のお楽しみについて、おれは考えを巡らしていたわけなんだが――


「…………ああ」


虚刀流は。
頭の上におれの足を乗っけたままの虚刀流は、平然とした口調で。
どころか、どこか安堵を感じさせるような声音で。




「よかった、無事だったんだな、とがめ」




と、言った。
は?

691狂信症(恐心傷) ◆wUZst.K6uE:2016/01/16(土) 23:17:37 ID:Gs4DdeGg0
 

   ◇     ◇

 
話をぶった切って悪いが、ここらでさっきの放送とやらについて語ってみたいと思う。
すなわち、おれが鳳凰さまの死を知らされたときの話だ。
今さら言うまでもないことかもしれねえが、しのびにとって仲間の死なんてものは日常茶飯事でしかない。
そこにいちいち余計な感情を差し挟むような奴なんてのは、狂犬みたいな例外中の例外くらいのもんだ。
しのびは生きて、死ぬだけ。
鳳凰さま自身が、散々言っていた言葉だ。
とはいえ、意外ではあった。あの鳳凰さまが、どこの誰に、どうやって殺されたのか興味としてはある。
仇討ちなんざこれっぽっちも考えちゃいねえが、それはおれが生き残るために必要な情報ではあるからな。
そう、生き残るために、だ。
狂犬、喰鮫、鳳凰さま。
仲間の死に対してこそ特別な感情は抱かねえが、おれ以外の頭領が全員この殺し合いから脱落しちまったことについて、何の危機感も抱かねえほど楽天家であるつもりはねえ。
おれが真庭忍軍最後の参加者であり、真実もう後がないという現状。
すなわち、真庭の里の命運が、もはや風前の灯火に等しいということ。
救いがあるとすれば、この殺し合いに参加している――名簿に名を連ねているのが、十二頭領のうちおれを含めて四人だけという点だ。
おれがここで命果てたとしても、真庭の頭領はまだ八人残っている。おれの死が、即座に真庭の里の崩壊に繋がるってわけじゃねえ。
と、初めのうちは思っていた。
おれ以外の頭領が、そもそもの目的である「刀集め」を首尾よく成功させてくれればいいだけだと。
しかし現状、それも怪しくなってきている。あの奇策士がくたばって、厄介な競争相手がひとり減ったことを差し引いた上でもだ。
なにせ、刀は「こっち」にあるのだ。
まだ全ての刀を確認したわけではないが、あのがき、都城の口ぶりからすると、連中はおれら頭領をここへ拉致ってきただけでなく、完成形変体刀十二本すべてを揃え上げていると考えておいたほうがいい。
この殺し合いを牛耳る「主催者」とやらが。
ならば。
おれがこの殺し合いを制することしか、もう真庭の里を救う手立てはない。
そしてそれを成したときこそ、初めて他の頭領の死は、無駄死にではなくなる。
おれひとりが、ではない。「我ら頭領が」真庭の里を救ったのだと、そう胸を張って言うことができる。
真庭の里のしのびとして、いくさの場で戦い、いくさの場で死んだのだと。
しのびとして最後まで生きたのだと、そう伝えることができる。
そのために、自分が死ぬわけにわいかない。この殺し合いの場に残された最後の頭領として、絶対の勝利を獲得せねばならない。
――と、そこまで考えて、ふと気づく。
おれが仲間の死を、他の頭領の死を画然たる事実として受け入れていることに。
おれはこの殺し合いの中で、一度も仲間の死体を目にしてはいない。いや死体どころか、生きているうちに会うことのできた者すら一人もいない。
にもかかわらず、名簿と放送という単なる情報だけを受けて、それを鵜呑みにしちまっている。
いや、流石にすべてをまるっと信じ込むほど間抜けではねえ。疑うところはしっかり疑っているつもりだ。
むしろ嘘が混じっていてくれたほうが、おれの忍法もより有効になると言える。疑心暗鬼につけ込んでこその忍法だからな。
ただ、おれ自身が疑いすぎるのもよくねえ。
いくら主催連中がろくでなしであっても、疑うべきでない一線というものは引いておく必要がある。
戦場とは決して無法地帯というわけではない。命の取り合いという極限状態においてこそ、最低限の規律や取り決めがなければ成り立たないものなのだ。
それがなければ、双方が無駄に血を流し疲弊するだけの、不毛な殺し合いになりかねない。
そしてここの主催には、この殺し合いを律するだけの力がある。
おれら頭領を拉致ってきただけでも十分な証明だ。
もちろん、放送で名を呼ばれた者が実は生きていたという可能性を端から否定するつもりはない。
つもりはないが、もし今、おれの目の前に鳳凰さまが生きて現れたとしたら、おれはそれを「偽物ではないか」と完全に疑ってかかるだろう。
いや、おれだけではあるまい。まともな思考をもってさえいれば、疑わないほうがどうかしている。
『放送で名を呼ばれたものは死んでおり、生き返ることもない』。
この一文をまず前提として留めておくべきだということは、この殺し合いの参加者であるなら、とっくに理解できていることのはずだ。
だから、仮に。
放送を漏らさず聞いていてなお、誰かの死を認めぬ者がいたとしたら。
死んだはずの者が目の前に現れたとき、一片の疑いもなくそれを本物と信じてしまう者がいたとしたら。
そいつはいったい、どれほどの大馬鹿者であると言えるだろう?

692狂信症(恐心傷) ◆wUZst.K6uE:2016/01/16(土) 23:18:48 ID:Gs4DdeGg0
 

   ◇     ◇

 
「とがめ……生きててくれたんだな。心配したんだぜ。よかった、本当に、よかった――」

「……………………」

待て待て待て待て。
こいつは何を言ってる? 何の冗談だこれは?
あの奇策士の名前が放送で呼ばれたのは最初の放送の時、半日以上も前のことだぞ?
受け入れるのに足らんほどの時間でもないし、忘れるほど昔のことでもあるまいに。
……いや、放送を聞き逃していたという可能性はあるか。
何らかの理由で放送を聞き逃し、人づてに聞くこともできず、死体を見つけることもできていなかったとしたら、あの女の死を知らないのも無理はない――

「放送とかいうので、とがめの名前が呼ばれたときにはちょっとびっくりしたけどさ――そうだよな、とがめがそう簡単に、易々と死ぬわけがないもんな」

前言撤回。
撤回も撤回、徹頭徹尾、徹底的に撤回だ。
こいつ、あの放送の意義について未だに理解できてねえってのか? 嘘だろ?
頭の悪そうな小僧だとは思っていたが、まさかここまで理解力がねえとは……いや待て、それ以前にだ。
たとえ「この女」の死を知らなかったとしても、おれをとがめと認識するのはおかしいだろう。
最初は確かに、あの女の顔と声を完璧に真似してやった。こいつを起こすために、あの女を抜かりなく演じたつもりだ。
だが、その後はどうだ?
声こそあの女のままだったが、容赦なく罵声を浴びせながら、頭をげしげしと足蹴に――するのはあの女でもやりかねないが、喋り口調については完全に素のおれのままだった。
騙すどころか、むしろおれが誰なのかを理解させ、絶望させた上で拷問へと移るつもりでいた。
ましてや、確かこいつは(何故かは知らんが)おれの忍法について把握していたはずだ。
現に、数時間前にこいつと遭遇した際には、姿を変えていたおれのことを真庭蝙蝠だと看過していたではないか。
理屈に合わない。
あのときから今の間に、こいつの身にいったい何があった?

「ああ……ごめんな、とがめ。せっかく生きて、おれを見つけてくれたってのに……おれはまた、とがめとの約束を守れなかったよ……」

おれが黙っているうちに、「この女」に向けて勝手に喋りだす虚刀流。
約束? また? 何のことだ?

「『刀を守れ』、『とがめを守れ』、『おれ自身を守れ』――とがめからそう言われてたのに、ひとつだって守れちゃいねえ…………。
 刀は見つからねえし、とがめのことも、正直死んだと思って諦めてたし……おれ自身に至ってはご覧のざまだ。こんな体じゃあ、守るどころか、もう何ひとつできやしねえよ――」

――姉ちゃんにも。
――また、勝てなかった。

「勝てなかったってか、そもそも戦いにすらなってねえか……はは、情けねえ…………」

……姉ちゃん? 勝てなかった?
こいつ、鑢七実とやりあったのか?
じゃあひょっとすると、こいつのこの惨状はあのお姉ちゃんの仕業か?

「姉ちゃんは、おれにはもう興味がないってさ……弱いおれには、生きぞこないのおれには興味がないって…………酷えよな。
 おれだって、好き好んでこんな身体になったわけじゃねえのに……この痛みだって、苦しみだって、元は姉ちゃんのものだってのに……
 おれがどんな気持ちでいたか、とがめならわかるよなあ……? とがめ……なあ、とがめ、とがめ、とがめ――――」

693狂信症(恐心傷) ◆wUZst.K6uE:2016/01/16(土) 23:20:18 ID:Gs4DdeGg0
 
思わず、頭を踏みつけにしていた足をどける。
逆に踏み潰してしまわなかった自分を褒めたい。真庭の里が窮地に瀕しているということが頭をよぎらなければ、反射的にそうしていただろう。
嫌悪感。
おれにしちゃあ珍しい感情だが……しかし、弱者をなぶりものにするのを得意とするおれをしてさえ、無意識に身を離しちまうほどの気味の悪さを感じた。
こいつとは一度、あの島でやりあっているからわかる。こいつは頭は悪いし経験も圧倒的に不足しているが、素質だけは一級品だったはずだ。
鍛え上げられた肉体、磨き上げられた技術、忍者相手にも物怖じしない闘争心。
今のこいつには、その内のひとかけらすらも見当たらない。
それこそ別人かと見紛うくらいに、だ。

「だけど、仕方ねえよなあ」

聞いてもいないのに一人語りを続ける虚刀流。
気持ちの悪い声で。

「だって相手は、あの姉ちゃんだぜ。とがめの奇策があって、ようやくぎりぎり勝てた相手だってのに、おれ一人で太刀打ちできるわけがないって……
 とがめがおれのそばにいないって時点で、おれなんかに――おれごときに、守れる約束なんてないし、守れる相手だっているはずがなかったんだ――」



「だからおれは、悪くない」



「おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。
 おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。
 おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。
 おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない。おれは悪くない」







『おれは――悪くない』







「……………………」

白状しよう。
おれが「この女」を演じてまでこいつを起こし、情報を得ようとしたのは「どうせ殺すのだからついでに」なんて気まぐれに似た理由ではない。
予感があった。
こいつからは、生かして聞かねばならないことがあると。
おれ自身が生き残るために、聞いておくべき情報があると。
正直な話、こいつが起きる前から気づいてはいた。こいつの身体の異変、まるで別人かと思うほどの肉体の弱化に。
加えて、あえて言及しないようにはしていたが、こいつの身体のど真ん中に突き刺さっている、四本の大螺子。
完全に身体を貫いているにもかかわらず、生きているどころか、血の一滴も流れてはいないし、刺さっている部分の肉に損傷のあとすら見られない。
物理的な力ではない、何かを超越した力。
すべてが不自然。すべてへの違和感。
そして今、こいつの話を聞いて、おれがこいつを起こした理由が明確になった。

「虚刀りゅ――いや、七花よ」

おれは再び、あの奇策士の声で話しかける。今度は声だけでなく、口調も真似て。
今、おれがこいつに対して感じているのは、恐怖だ。
強すぎる相手、勝ち目のない相手と対峙するのとはまったく逆の恐怖。
『自分もこうなるかもしれない』という、圧倒的な弱者に対する恐怖。

「わたしに会うまでに、そなたの身に何があったのか、詳しく話して聞かせよ」

何がこいつをここまで堕落させたのか。
ここではっきり知っておかねば、取り返しのつかないことになる。

694狂信症(恐心傷) ◆wUZst.K6uE:2016/01/16(土) 23:21:12 ID:Gs4DdeGg0
 

   ◇     ◇

 
虚刀流から話を聞き出すのは至極簡単だった。
本当におれのことをとがめと思い込んでいるらしく、警戒心のかけらもありゃしねえ。聞いたぶんだけすらすらと返ってくる。
この殺し合いの中での話はもちろんのこと、それ以前の話に至るまで根掘り葉掘り話させたからかなり時間は食っちまったがな。
「この女」が当然知っているだろうことも含め、かなり露骨に聞き出してみたが、おれの正体についてはまったく疑うそぶりすらない。
張り合いがなさ過ぎて退屈なくらいだったぜ。きゃはきゃは。

(……しかし実際、余裕ぶって笑っていられる話じゃねえな、こりゃ)

『却本作り』。
『大嘘憑き』。
そして鑢七実の『見稽古』。
改めて、こいつから話を聞き出しておこうという判断が正解だったことを知る。さっきの二人に絡まず逃げたことも含めてな。
いやはや、あのお姉ちゃん、只者じゃねえとは思っていたが、予想以上の化け物じゃねえか。
見た瞬間にすべてを見通し、あまつさえ己が能力として呑み込んじまう目。そんなもんにどうやって対処しろってんだ?
おれの使う忍法骨肉細工や、鳳凰さまの使う忍法命結びと属性の似ているところはあるが、やばさで言えば桁が違う。
なにせ骨肉細工も命結びも、どころかおそらく真庭の里に伝わる忍法のほとんどが、お姉ちゃんの目にかかれば一発で見取られちまうってんだから。
考えるだにぞっとする話だ。
で、肝心のこいつに刺さってた大螺子だが、案の定、お姉ちゃんとその連れの仕業だったようだ。
ただ予想と違ったのは、どうやらこの螺子、もともとは虚刀流を攻撃する目的でなく、命を救うためにぶっ刺したものらしい。
『却本作り』。
相手を弱くする――というよりは、相手を自分の弱さまで引きずり下ろす能力、といった感じか。
肉体も精神も技術も頭脳も才能も。
すべて同一に等価にする。
それだけ聞きゃあ確かに恐ろしい能力だが、あのお姉ちゃんはそれを利用して、自らの『生き損ない』という弱さ――病魔による苦痛と異常な回復力を虚刀流に植え付けてやったらしい。
弟の『腐敗』を抑制するために。
前に虚刀流と遭遇したとき、全身に泥みてーな物をかぶっていたのが見えたが、あれも相当やばい代物だったようだ。とっさに逃げを選んだあのがきどもの判断は大正解だったようだな。
見ると、虚刀流の身体にはまだあの泥がこびりついている。これには触れないよう要注意か。
要するにこいつは、腐って死ぬか弱体化して生き延びるかの二択を自分では選ぶことさえできず、お姉ちゃんとその連れに強制的に生きる方向を選ばされたってことだ。
しかもその後、お姉ちゃんとの姉弟喧嘩の末に右手をちぎり取られ、ろくに戦うこともできない状態にされた挙句、やる気をなくして不貞寝していたんだと。
いやもう、呆れて物も言えねえってのはまさにこのことだ。
見事なまでに救いようがねえ。
それともここは、素直にこいつのお姉ちゃんを脅威に思っておくべきなのかね。生かさず殺さず捨て置くたあ、えげつない真似をしやがる。
負荷に負荷を上書きし、負荷をもって負荷を抑え込む。
これはお姉ちゃんでなくその連れの発案らしいが……結果的に命を救ったとはいえ、まあ残酷なんだろうな。
いい趣味してるぜ。

695狂信症(恐心傷) ◆wUZst.K6uE:2016/01/16(土) 23:22:20 ID:Gs4DdeGg0
 
ああ、そういやもうひとつ興味深い話を聞くことができたんだった。おれと虚刀流の、時間のずれに関することだ。
おれがここに連れてこられたのは、睦月の頃、あの島で奇策士ちゃんの姿に化けて虚刀流を討ちに行く途中のことだったんだが、虚刀流も当然、同じようにあの島からここへ拉致られてきたのだと思っていた。
しかし話を聞くに、元いた場所はおろか、年月すらおれの認識とは相当なずれがある。
それもこいつが来た時期は、おれから見て未来のことだという。
まったくわけがわからねえ。
無論、こいつが本当のことを言っているって証拠はなにひとつないわけだが……でたらめにしちゃあ詳細がはっきりし過ぎている。
こいつがこんな凝った嘘をつけるほど利口だとは思えねえ。
刀を求めての全国放浪、変体刀の所有者との闘い、奇策士の死、果ては現将軍を相手取っての、たったひとりでの謀反――

(……まるで、よくできた物語を聞いている心地だ)

その物語の中では、おれ自身も噛ませ犬同然に斬り捨てられてるわけなんだが、それすら実感として湧いてこねえ。
こいつが妙な妄想にとらわれちまったとでも考えたほうがよっぽど現実味がある。
要するに、だ。
この件について、ここで深く考える意味はないってこった。
証拠も何もないうえに、いつどんな場所から来たなんざ自己申告に頼るしかねえんだから、検証のしようもねえ。
考えるだけ無駄だし、必要ならこの殺し合いが終わった後でじっくり調べるか、主催連中に直接聞きゃあいい。力ずくででもな。
だから当面の問題はやはり、鑢七実とその連れだ。
おれはあのお姉ちゃんに面割れはしていないが、あのとき小屋に手裏剣砲をぶっ放したのが真庭のしのびだってことは「この女」から聞いているだろう。
さっきは見逃されたようだが、二度目はないかもしれない。たとえ骨肉細工で姿を変えていたとしても、あのお姉ちゃんの目を欺くのはおそらく無理だ。
そのくらいの眼力を持っていると考えたほうがいい。
球磨川って奴のほうも油断はならねえ。むしろあいつのほうが、お姉ちゃんと比べて情報がないぶん対処法を講じにくい。
『大嘘憑き』とかいう能力のほうも、虚刀流からから聞いた話だけではいまひとつ呑み込めねえところがある。
虚刀流の怪我を直したのがその能力ってことらしいが……言われてみりゃ、あのときのこいつはもっと火傷やらなにやら、今より酷い怪我を負っていたような気がする。
単なる治療のための能力……ってわけでもねえんだろうな。

(『首輪をなかったことに』――か)

思い返してみりゃ、おれがついさっき盗み聞きしていた会話がまさに『大嘘憑き』なる能力についての話だった。
『死んでも生き返る』云々ってのもその内か?
……まさか「死んだことをなかったことにする」とか言うんじゃねえだろうな? おいおい、そんなもんがまかり通ろうもんなら殺し合いもへったくれもなくなるぜ?
しかし、そう考えると辻褄が合っちまうのも事実だ。
球磨川禊は『首輪をなかったことにはできない』と言っていた。にもかかわらず、球磨川の首輪は外れていた。
仮に死んでも生き返れる奴がいたとしたら、首輪を外すのは簡単だ。首ごと外してしまえばいい。
力技だが、これ以上なく理に適っている。
とはいえ、本当にそんなことができていいのか? 反則どころの話じゃねえだろうが。
回数制限とか時間制限とか言ってたから完全に万能ってわけでもねえんだろうが……いやはや。
化け物はとことん化け物ってことかね。
とはいえ、逃げ続けていても埒は明かねえ。最も危険な存在だからこそ、早めに潰しておくのが得策だ。

696狂信症(恐心傷) ◆wUZst.K6uE:2016/01/16(土) 23:23:20 ID:Gs4DdeGg0
正面からやり合うのは論外。下手な小細工は逆効果。
ならばあの化け物に、どうやって対処する?
何を利用し、どんな策を弄する?

「どうした? とがめ、急に黙っちまって。もう質問はないのか?」

……こいつは利用できるか? おれの目の前で胡坐をかいて座っているこの間抜け面は。
戦力としてはまったく使いようはねえだろうが……しかし。

(こいつは、なぜ生きている?)

正確には「なぜ生かされている」と言うべきか。
身体能力は削弱させられ、右手はちぎり取られているものの、鑢七実と正面から対峙してなお、こいつは生かされている。
おれが今のこいつを容易に殺せるように、お姉ちゃんにとっても、こいつを殺すことは息を吸うより簡単だったはずだ。
むしろこいつを生かすために施したあれこれのほうが、よっぽど手間がかかっている。

(殺せなかった――と考えるのは、はたして曲解か?)

鑢七実にとって、たったひとりの身内であり弟。
その事実が、あのお姉ちゃんの刃を鈍らせたのだとしたら。

「……七花よ、そなた――」

おれは今、首から上は奇策士に化けている。長い白髪までしっかり再現済みだ。
しかし首から下は、元のおれの身体のままだ。服装も軋識とかいう奴のものだし、遠目から見ても均衡を欠いた見た目になっていることだろう。
そのおれの姿を、虚刀流は間近で見ている。
両目が潰れてるってわけでもねえし、おれのこの不自然ななりもはっきり視認できているはずだ。
にもかかわらず、こいつはおれを奇策士と信じて疑わない。
騙す騙さざるにかかわらず。

(おかしくなっているのは、ならば目でなく頭――か)

いかれている、というやつだ。
それもこの大螺子の効果なのかどうかは知らんが、ともかく今のこいつを利用するのは犬に芸を仕込むより簡単そうだ。

「もう一度、鑢七実に挑む気はあるか?」

おれの言葉にきょとんとする虚刀流。
返答を待つことなく、おれは畳みかける。

「七花、わたしはこの殺し合いで優勝を狙っておる。主催とやらに、願いを叶えてもらうために」

これはまあ嘘じゃねえ。本当に何でも願いが叶うってんなら、優勝を狙わない理由はねえからな。
主催に媚びるつもりは毛頭ねえが。

「今現在生き残っている全員を亡き者にしてでも、わたしは最後の一人にならねばならない。無論、鑢七実も最終的には殺すつもりだ。
 そなたにもう一度、七実と戦うつもりがあるなら――七実を殺す覚悟があるというなら、またわたしに力を貸してはくれぬか、七花」

そう言って、おれは手を差し出す。
まあ返事がどうあれ、無理矢理にでも協力させるつもりでいるのだが。
あくまで拒否するというのであれば、この場でさっさとぶっ殺すだけだ。

697狂信症(恐心傷) ◆wUZst.K6uE:2016/01/16(土) 23:24:22 ID:Gs4DdeGg0
 
「いや、でも――いいのか、とがめ」

戸惑ったように目を泳がせる虚刀流。
めんどくせえ。

「まあ、とがめの力になりたいのは山々なんだけどさ……おれはもう、とがめの期待に沿えるような刀じゃねえよ……
 身体はご覧の有様だし……刀として、とがめのために振るえる力なんて、おれにはもう――」

「馬鹿者!」

差し出した手で、虚刀流の頬に平手打ちを喰らわす。
頬骨を砕く勢いでいってやろうかと思ったが、そこは我慢だ。

「そなたが刀としてどうかなど、どうでもよい!」

本当にどうでもいい。
今さらこいつに刀としての力なんざ期待するものか。

「そなたが鑢七花でさえあれば! それだけでわたしにとっては十分なのだ!」

こいつが鑢七花であること。すなわち鑢七実の弟であること。おれが必要としているのはそれのみだ。
身内に対する甘さ、弟に対する情。そんなもんがあのお姉ちゃんにあるかどうかは微妙なところだが、少なくともこいつが今、鑢七実によって生かされていることは事実だ。
あの化け物を殺すためには、まず外堀から埋めておく必要がある。
鑢七実は決して一匹狼ってわけじゃねえ。どころか今は、球磨川禊にべったりの状態だ。見ていて胸やけがするくらいにな。
だからまずは、周囲の人間から懐柔する。
鑢七実の弱みとなりそうな人間。それを手駒として引き入れていく。

「刀として駄目だというなら、人としてわたしのそばにいろ! 役立たずでもよいからわたしに使われていろ! 
 つべこべ言わず、わたしに従っておればよいのだ! 今のそなたにそれ以上の価値などないのだからな!」

だいぶ本音が混じっちまった気がするが、まあ「この女」ならこのくらいのことは言いそうだ。
「この女」だってどうせ、こいつのことを利用するだけ利用して捨てちまうつもりだったんだろうぜ。「この女」の出自を知っているおれにとっては火を見るよりも明らかだ。
ならばおれが、「この女」に代わってこいつを利用してやるってのも面白い試みだろう?
どうせ死にかけの負け犬、捨て駒程度には使ってやるさ。

「…………ん?」

虚刀流から何の反応もないことに不審を感じ、その顔を覗き込む。
泣いていた。
無言で。
呆けた顔のまま、はらはらと涙を流している。

「……………………」

このときのおれの心情を事細かに描写するのはやめておく。いくら言葉で説明しようとも、絶対に伝わらねえと思うからだ。
一言でいうなら、引いた。
どん引きだ。
惚れた女(と思い込んでいるおれの姿)を見つめながら落涙している大の男を目の前にしたおれの心情が想像できるか? できるもんならしてみやがれ。

698狂信症(恐心傷) ◆wUZst.K6uE:2016/01/16(土) 23:25:24 ID:Gs4DdeGg0
 
「……ああ、悪い、とがめ。つい嬉しくなっちまって」

嬉しい? 何がだ?
何かこいつを喜ばせるようなことをしたっけか?

「もうおれにできることなんてないと思ってたのに……こんなおれでも、とがめは必要としてくれるんだなって……
 何もかも面倒で、全部諦めちまおうって、そう思ってたけど……そうだな、とがめがおれを頼ってくれるってんなら、括弧――格好つけないわけにはいかないもんな」

おもむろに立ち上がる虚刀流。
こちらに向けられた両の目は、死人のそれよりも濁り切って見えた。

「殺せるよ、相手が姉ちゃんでも、誰でも。とがめが一緒にいてくれるならさ――だから」


だからおれを。
ひとりじゃ誰にも勝てないこのおれを。
刀としてはもう何の役に立たない、このおれを。





『おれを、勝たせてくれよ』





そう言って、虚刀流は笑った。
死体のような笑顔で。

「…………成る程な」
「え? 何か言ったか? とがめ」
「……いや、なんでもない」

なぜこいつがおれを頑なに奇策士と思い込んでいるのか、その理由がわかったような気がする。
こいつにはもう、「この女」しか縋れるものがないのだ。
姉に見限られ、武人としての強さは失われ、守るべき者はすでに亡く、必要としてくれる者は誰一人としていない。
絶望と孤独。
そこに現れた奇策士の声を模倣したおれという存在は、こいつにとってはさながらお釈迦さまが垂らした蜘蛛の糸だったのだろう。
だからこいつは、それに必死にしがみついている。
おれが殺した軋識って奴と同じだ。死に際の、絶望の淵にいたあいつが、「零崎曲識は生きている」というおれの虚言に縋ったように。
はじめから、こいつの目におれの姿なんぞ映ってはいなかったのだ。
『とがめが生きていてくれたら』。こいつが見ているのは、そんな願望が作り出した儚き幻想だ。
愚かしい。
この愚かしさが、こいつに刺さった四本の大螺子によって人為的に植え付けられたものだったとしたら、これほど恐ろしいことはあるまい。
改めて思う。
鑢七実と球磨川禊、この二人の存在を軽視すべきではないと。
殺されるならまだましと言えるかもしれん。
こんな『弱さ』をこの身に刻まれるくらいなら。
こいつと同じものに堕ちてしまうくらいなら。

「よろしくな、とがめ。とがめのためなら、おれは何でもするぜ」

虚刀流は言う。すでに死んだ女へと向けて。

「……ああ、よろしく頼む、七花よ」

おれは言う。すでに死んだ女の声で。
侮蔑の感情を隠すことなく。


「わたしのために、存分に戦え」


そして死ね。
心の中で、おれはそう吐き捨てた。

699狂信症(恐心傷) ◆wUZst.K6uE:2016/01/16(土) 23:27:32 ID:Gs4DdeGg0
 
【二日目/黎明/D-5】
【鑢七花@刀語】
[状態]右手欠損、『却本作り』による封印×4(球磨川×2・七実×2)、病魔による激痛、『感染』?
[装備]袴@刀語
[道具]支給品一式
[思考]
基本:『おれは悪くない』
 0:『とがめの言う通りにやる』
 1:『とがめが命じるなら、誰とでも戦う』
[備考]
 ※時系列は本編終了後です
 ※りすかの血が服に付いていますが『荒廃した過腐花』により腐敗されたようです
 ※不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です
 ※掲示板の動画を確認しました
 ※江迎怒江の『荒廃した過腐花』の影響を受けました。身体にどの程度感染していくかは後続の書き手にお任せします
 ※着物の何枚かを途中で脱ぎ捨てました。どの地点に落ちているか、腐敗の影響があるかは後続の書き手にお任せします
 ※着物は『大嘘憑き』で『なかったこと』になりました
 ※『大嘘憑き』により肉体の損傷は回復しました。また、参戦時期の都合上負っていた傷(左右田右衛門左衛門戦でのもの)も消えています
 ※寝てる間に右手がかなり腐りました。今更くっつけても治らないでしょう



【真庭蝙蝠@刀語】
[状態]身体的疲労(小)、頭部のみとがめに変態中
[装備]軋識の服全て(切り目多数)
[道具]支給品一式×2(片方名簿なし)、愚神礼賛@人間シリーズ、書き掛けの紙×1枚、ナース服@現実、諫早先輩のジャージ@めだかボックス、
   少女趣味@人間シリーズ、永劫鞭@刀語
[思考]
基本:生き残り、優勝を狙う
 1:虚刀流を利用する
 2:強者がいれば観察しておく
 3:鑢七実は早めに始末しておきたい
 4:行橋未造は……
[備考]
 ※現在、変形できるのはとがめ、零崎双識、供犠創貴、阿久根高貴、都城王土、
  零崎軋識、零崎人識、水倉りすか、宗像形(144話以降)、鑢七花(『却本作り』×4)、元の姿です
 ※放送で流れた死亡者の中に嘘がいるかも知れないと思っています
 ※鑢七実と球磨川禊の危険性を認識しました。
 ※供犠創貴に変態してもりすかの『省略』で移動することはできません。また、水倉りすかに変態しても魔法が使えない可能性が高いです
 ※宇練銀閣の死体を確認しましたが銀閣であることは知りません
 ※体の一部だけ別の人間の物に作り替える『忍法・骨肉小細工』を習得しました

700 ◆wUZst.K6uE:2016/01/16(土) 23:28:29 ID:Gs4DdeGg0
以上で投下終了です
指摘などあればお待ちしています

701名無しさん:2016/01/17(日) 00:58:26 ID:TTH4WrNQ0
投下乙です
うわあ…更に七花が壊れた…
二つ前の時点で戻れそうになかったけどこれで完全に修復不可能に
蝙蝠がまともな感性してる分七花の過負荷っぷりが余計に際立つ
ねーちゃんと球磨川の悪いとこどりだけど蝙蝠はそんなのと一緒に行動して大丈夫か?
あとねーちゃんが七花殺さなかったのってそんなまともな理由じゃないんですよ蝙蝠さん…

702名無しさん:2016/01/17(日) 16:01:43 ID:d5xwxZRQ0
投下乙です
正直に言って七花から気持ち悪さを感じずにはいられなかった
過負荷っぷりがやばすぎてよく蝙蝠は我慢しきれたな…
括弧──格好つけないわけにはいかない、という原作からのセリフもシチュが違うだけでこんなにおぞましくなるとは
これで完全に折れちゃったんだなあと思うとやるせないものがある

指摘ですが、>>691
おれはこの殺し合いの中で、一度も仲間の死体を目にしてはいない
とありますが155話に狂犬の首輪を外したのが蝙蝠と言及されてますのでその一文はそぐわないかと
細かいところではございますが修正ご一考お願いします

703 ◆wUZst.K6uE:2016/01/17(日) 22:43:56 ID:hZUQ3d260
>>702
指摘ありがとうございます
当該箇所を以下のように修正します

>おれがこの殺し合いの中で発見できた仲間といえば、狂犬の死体だけだ。あとは死体どころか、生きてるうちに会うことすら一度もできていない。

704名無しさん:2016/01/20(水) 23:02:10 ID:FswJHHOo0
投下乙です!
蝙蝠はとんでもないことをしてくれましたね……まさか七花をここまで狂わせるとは
嘘って怖いよ……

705 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:20:47 ID:WdrTr5720
投下お疲れ様です。
とりあえず投下させていただきます。

706 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:22:50 ID:WdrTr5720




   ★    ★



 さあ、『魔法』を始めよう。



   ★    ★



 水倉りすか。
 彼女のなんたるかを改めて語るのは、些か時間の無駄と言えよう。
 語るにしては時間が経ちすぎた。彼女の性格は言うに及ばず。彼女の性能は語るに落ちる。
 いくら彼女が時をつかさどる『魔法少女』とはいえ、時間と労力を意味もなく浪費をするほどぼくは優しくない。
 それだけの時間があれば、ぼくはどれだけのことを考え得るか――どれだけの人間を幸せに出来るだろう。
 無駄というものはあまり好きではない。ぼくがりすかの『省略』を敬遠する理由でもあるのだが。
 だけど、仮に語るという行為に意味があるとするならば。必要があるとするならば。
 その程度の些事、喜んで請け負うことにしよう。


『のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず』


 水倉りすか。
 ぼくが初めて会った魔法使い、『魔法使い』。
 外見特徴は、「赤」という一言に尽きるだろう。なだらかな波を打つ髪も、幼さに見合った丸い瞳も、飾る服装に至るまで。
 全身が、赤く、この上なく赤い。露出する肌色と、右手首に備わっている銀色の手錠以外は、本当に赤い。
 さながら血液のように。己の称号や魔法を誇らんとするばかりに。


『のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず』


 水倉りすか。
 馬鹿みたいに赤色で己を飾るりすかであるが、その実力たるや馬鹿には出来ない。
 この年齢では珍しいらしい乙種魔法技能免許を取得済みという驚嘆に値する経歴の持ち主。
 ついこの間まで、ぼくと一緒に、とある目的の元、『魔法狩り』なる行為に勤しんでいた。
 結局のところ、その行為の多くに大した成果は得られなかったのだが、ここでは置いておこう。
 とある目的というのは――乙種を習得できるほどの魔法技能に関してもだが――彼女の父親が絡んでいる。
 彼女のバックボーンを語るにあたり、父親を語らないわけにはいくまい。
 『ニャルラトホテプ』を始めとする、現在六百六十五の称号を有する魔法使い、水倉神檎。
 高次元という言葉すら足りない、魔法使いのハイエンド。全能という言葉は、彼のために存在するのだろうと思わせるほどの存在、であるらしい。
 語らないわけにもいかない、とは言え、ぼくが彼について知っていることはそのぐらいのこと。一度話を戻す。

707 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:23:21 ID:WdrTr5720

『まるさこる・まるさこり・かいきりな る・りおち・りおち・りそな・ろいと・ろいと・まいと・かなぐいる――』


 水倉りすか。
 彼女の魔法は『属性(パターン)』を『水』、『種類(カテゴリ)』を『時間』とする。
 父親から受け継いだ『赤き時の魔女』という称号が、彼女の魔法形式を端的に表していると言えよう。
 平たく言えば、時間操作を行使する『魔法使い』だ。
 これだけ聞くと、使い勝手もよさげで、全能ならぬ万能な魔法に思えるだろうが、その実そうではない。
 『現在』のりすかでは、その魔法の全てを使いこなすことはできない。時間操作の対象が、自分の内にしか原則向かない。
 加え、日常的にやれることと言えば『省略』ぐらい……いや、『過去への跳躍』も可能になったのか。
 それでも、いまいち使い勝手が悪いのには変わりがない。
 有能さ、優秀さにおいては右に出るもののない、ツナギの『変態』を比較対象に挙げずとも、だ。
 使い勝手が悪いならな悪いで、悪いなりに使えばいいので、その点を深く責めることはしないけれども。


『かがかき・きかがか にゃもま・にゃもなぎ どいかいく・どいかいく・まいるず・まいるず にゃもむ・にゃもめ――』


 水倉りすか。
 彼女の魔法は確かに使い勝手が悪い。とはいえ、一元的な見方で判断する訳にはいかない。
 彼女が乙種を取得できるまでの『魔法使い』である要因の一つ――父親によってりすかの血液に織り込まれた『魔法式』、
 軽く血を流せば、それで魔法を唱えることができる。大抵の魔法使いが『呪文』の『詠唱』を必要とする中、りすかは多くの場合それを省略できる。
 そして何より。
 その『魔法式』によって編まれた、常識外れの『魔法陣』。
 致死量と思しき出血をした時発現する、りすかの切り札にして、もはや代名詞的な『魔法』。
 およそ『十七年』の時間を『省略』して、『現在』のりすかから『大人』のりすかへ『変身』する、ジョーカーカード。
 これを挙げなければ、りすかの全てを語ったとは言えないだろう――。
 そう、りすかの『変身』について、正しくぼくらは理解する必要があった。



『――――にゃるら!』



  (魔法『属性・水/種類・時間/顕現・操作』――――証明開始)





    ★    ★

708 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:23:42 ID:WdrTr5720


「…………キズタカ?」

 仰向け、いや、最早この状態を仰向けと呼べるのかも定かではないほど破壊された遺体を前に、水倉りすかは動けなかった。
 きっとそれは動けなかったでもあり、同時に動きたくなかった、とも言えるだろう。

「……………………」

 鼓膜を破らんと耳をつんざいた爆音からどれだけ経ったのか。
 焼き付いた脂の匂いを感知してからどれだけ経ったのか。
 意味もなく面影のなくなった相方の名前を呟いては、どこか視線を遠くに向ける。
 
「……………………」

 りすかも愚かではない。
 否、訂正しよう。愚かと言えば間違いなくりすかは愚かであったけれど、馬鹿ではなかった。
 何が起こったのか、何が起きてしまったのか、どうしようもない現実をとうに把握できている。

「……………………」

 推測するまでもない。零崎人識がいつの間にか設置していたブービー・トラップにまんまと引っ掛かった。
 言葉にしてみればそれだけの話であり、それまでの話である。

「……………………」

 しかしながら、現実を理解できているからと言って、認識できているからと言って。
 解りたくもなければ、認めなくもない。本当に、本当に本当に、あの不敵で、頼もしい供犠創貴という人間は終わってしまったのか?

「……………………」

 傲慢で強情で手前勝手で自己中心的で、我儘で冷血漢で唯我独尊で徹底的で、
 とにかく直接的で短絡的で、意味がないほど前向きで、容赦なく躊躇なくどこまでも勝利至上主義で、
 傍若無人で自分さえ良ければそれでよくて、卑怯で姑息で狡猾で最悪の性格の、あの供犠創貴が、たかだか、『この程度』のことで――思わずにはいられない。

「……………………」

 おもむろに、付近に散乱していた創貴の『肉』の一片を拾い上げる。
 くちゃり、と不気味なまでに瑞々しい音が鳴った。
 りすかは意に介さない。ただただ、独りきりの世界の中で『肉』を握りしめる。

「……………………」


 丁度その時、第四回放送が辺り一帯へと響き渡り――。


『供犠創貴』


 その名も呼ばれた。
 かれこれ一年以上も死線を供にした、己が王であり我が主であったかけがえのない名前が。
 何の感慨もなく、ただ事実は事実だと言わんばかりの義務的な報知として流れる。
 続けて幾つかの名前が呼ばれたが、りすかの耳には届いていなかった。
 掌に宿る温かさは、未だこうして冷めてはいないのに、呼ばれてしまった名を反芻する。


「――――――――」


 震える手元は彼女の意思を代弁するかのように小刻みながらに強い主張を放つ。
 


「――――――――」



 さもありなん。

709 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:24:03 ID:WdrTr5720



「ふ――――っっっざっけるなっ!」




 水倉りすかはどうしようもないほどに、怒りに身を焦がしていたのだから。


「キズタカ!」

 手にしていた懐中電灯を叩き落とす。
 衝撃で電池でも外れたのか、懐中電灯の光さえも消え、周辺が暗澹たる色合いに染まる。
 本来怖くてしょうがないはずの暗闇の中、浮かび上がる赤色はヒステリーを起こしたかのように、喚く。


「キズタカ! キズタカはみんなを幸せにするんじゃなかったのか!
 そんな自己犠牲で自己満足で、わたしが――わたしが幸せになるとでも思ったのか!」


 身を挺して供犠創貴は水倉りすかを庇うように死んだけれど、りすかからしてみれば甚だ不本意だ。
 コンマ単位での判断だったから仕方がない?
 あの爆発ではりすかの血さえも蒸発し、およそ『変身』なんて出来ないだろうから仕方がない?
 ふざけるな。『駒』はそこまで『主』を見くびっちゃいない。『そんなこと』さえもどうにかするのが『主』たる供犠創貴なのだから。


「許さない、許さないよ、キズタカ。わたしを惨めに死ぬ理由なんかに利用して許せるわけがないっ!」


 この場合、誰かが見くびったと言うのなら、創貴がりすかの忠烈さを見くびっていたのだろう。
 何故庇った。庇われなければならないほど、りすかは創貴に甘えたつもりなんて、ない。


「命もかけずに戦っているつもりなんてない。その程度のものもかけずに――戦いに臨むほど、わたしは幼くなんてないの。
 命がけじゃなければ、戦いじゃない。守りながら戦おうだなんて――そんなのは滑稽千万なの」


 創貴が命じてさえいれば、例え『魔法』が使えなかったところで、この身を賭すだけの覚悟はあった。
 命令を下さなかった、そのこと自体を責めているのではない。りすかが自主的に犠牲になればよかっただけなのだから、そうじゃない。
 りすかを庇ってまでその命を無駄にした、まったく考えられない彼の愚行を、彼女は許せない。


「逃げたのか、キズタカ! 臆したのか、キズタカ!? 笑わせないでほしいのが、わたしなの!」


 正直、『このまま』では先が見えないのはりすかからも分かっていた。
 きっとりすかには及びもつかない筋道を幾つも考え巡らせていたことだろう。
 それらすべてを放棄して、創貴は死ぬことを選び取ったのだ。
 これを現実から逃げたと言わずなんという。
 これを臆病者と言わずなんという!


「自分だけが幸せに逝きやがって。そんなキズタカを――わたしは許さない」


 語気を荒らげたこれまでとは一転。
 つかつかと、創貴の元へと歩み寄る。
 今もなお、手には『肉』が握りしめられていた。



「だから、キズタカはわたしに謝らなきゃいけない。わたしの覚悟を見くびらないでほしいの」



 りすかは手にした『肉』を口へと乱暴に頬張る。
 例えようもなくそれは、『血』の味がした。



  (水倉りすか――――証明実行)

710 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:24:24 ID:WdrTr5720



   ★    ★


 思えば、『死亡者ビデオ』に映っていた『彼女』――そして、つい先ほど零崎人識と対峙した『彼女』は一体全体、誰だったのだろう。
 勿論個体名は『水倉りすか』という『魔法使い』なのだろうが、しかし、どう行った経路を辿ったりすかなのか、判然としない。
 これまでだって、どういった経緯を辿れば今のりすかから、あのような攻撃的かつ刺激的な大人へと至るのか甚だ疑問ではあるけれど。
 今回の場合は、殊更事情を異にしている。

 先に述べられていた通り、玖渚友らが目を通した『名簿』からも分かるように、あくまでりすかの『魔法』は『省略』による『変身』だ。
 真庭蝙蝠のような『変態』とは一線を画する。『十七年』の時間を刳り貫いて、『大人』へと『変身』する。
 『十七年後』、りすかが存命しているという事実さえあれば、りすかはその『過程』を『省略』することが可能なのだ。
 逆に言えば、『十七年後』までにりすかは絶対的に死ぬ、ということが確定しているのであれば、この『魔法』はそもそも使うことさえ叶わない。
 例えば、不治の病を患ったとして、その病気で余命三年と確定したならば、出血しても『変身』できない。
 例えば、『魔法』によりとある一室に閉じ込められてしまえば、りすかは『変身』できない。
 極論、『属性(パターン)』は『獣』、『種類(カテゴリ)』は『知覚』、
 『未来視』をもつ『魔法使い』に近年中には死ぬと宣告されたら、きっとそれだけでりすかは希少なだけの『魔法使い』に陥る。
 
 平時において、その条件はまるで意識しなくてもいい前提だ。
 りすかは病気を患ってもいないし、そのような『占い師』のような人種とも関わりがない。
 どれだけピンチであろうとも、『赤き時の魔女』は思い描くことができる。
 ――立ちふさがる敵々を創貴と打破していく姿は、いとも簡単に、頭に思い浮かべることができた。
 しかし今回の場合は事情が異なる。ここは『バトルロワイアル』、たった一人しか生還できない空間なのだ。
 最初の不知火袴の演説の時より、りすかも把握している。

 ならば。
 ならば――あの『大人』になったりすかは、創貴を切り捨て、優勝した未来と言えるのだろうか。
 ならば――あの『大人』になったりすかは、創貴と助け合い、この島から脱出した未来と言えるのだろうか。

 水倉りすか。
 この島に招かれてからの彼女の基本方針は一律して主体性が窺えなかった。
 さもありなん。彼女自身どうしていいのか分からなかっただろう。
 零崎曲識と遭遇するまでは、己が『変身』出来るのかさえも不明瞭だったからだ。
 創貴がりすかを徹底的に駒として扱い、優勝するために切り捨てることも想像しなかった、と言えばそれは嘘である。
 仮にそうでなくとも、『脱出』する具体的な手筈も見当たらず、かといって創貴を殺して優勝するような結末も想像できないでいた。

 『魔法』とは精神に左右される側面が強い。
 『十七年後』までりすかが存命しているという事実をりすかがはっきりと認識できなければ、魔法が不完全な形と相成るのも頷ける。
 りすかが鳴らした、「一回目に『変身』した時からだったんだけど、より違和感があったのが、さっきの『変身』」という警句も、
 『制限』という意味合いだけではなく、りすかの精神に左右された面も大きいだろう。彼女たちの『魔法』とは、とどのつまり『イメージ』の具象なのだから。

 玖渚友という『異常(アブノーマル)』を見て、それでも首輪を解除できない現状を踏まえ、創貴と脱出する『未来』がより不鮮明になった。
 無自覚的ながらもこれは、りすかにとってかなりの衝撃を与えたことだろう。
 『未来』は物語が進むにつれ想像が困難になっていく。だからこそ、『魔法』も違和感を残してしまう。


 翻して。
 なれば今。
 供犠創貴が死して、もはや『脱出』という形に拘らなくてもよくなった今。
 そして、次なる目的がもっと明瞭に、明確に、あからさまに明示されている今、りすかの想起する未来はもはや揺るがない。
 彼女に示された道は、一つである。
 その時、彼女の『魔法』はどうなるのだろう。


  (魔法『属性・水/種類・時間/顕現・操作』――――証明続行)

711 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:24:49 ID:WdrTr5720



   ★    ★



 櫃内様刻は歩いている。
 もう何度も歩いた、見知った光景をてくてくと。
 先ほどは無桐伊織を背負っていた。今度はディパックを背負い、ランドセルランドへと歩みを進める。
 玖渚友が戯言遣いに連絡をしているかは定かでないが、何の問題もなく戯言遣い一行と合流を果たせたのであれば幸いだ。

「……リスク、ねえ」

 今こうして様刻が友と行動を別にしているのは、『青色サヴァン』、彼女からの申し出が理由である。
 リスクの分散。それは零崎人識や無桐伊織――否、零崎舞織に告げたのと同等のものだ。
 様刻と友とが悪平等(ぼく)であったとしても、人識と舞織とは違い、別段共同作業を行う必然性もさしてない。
 仮に水倉りすかが、仇敵であるところの玖渚友に急襲を仕掛けてきたとして二人共々死んでしまうのはあまりに無様かつ無策と言える。
 ならば、先んじて様刻が友から離れればいい。この場合、様刻は戯言遣いらを迎えに行くという任を託された。
 故にここにいる。先ほどと同じ道を、感慨もなく、淡々と。

「うーん……」

 とはいえ解せないところもある。
 リスクを避けるという意味においては、まずはあの薬局を離れるところから始めるべきではなかろうか?
 聞くところによると、友らを薬局に『転移』させたのは誰でもない水倉りすかだ。
 すなわち、りすかが復讐をしようと目論むならば、真っ先に立ち寄るのが薬局になるだろう。
 あの『青色』はそれが分からないほど愚かでないはずだ。
 彼女は上下運動ができない。様刻が知らないだけで今頃は薬局を離れている――ということもないはずである。
 いくらリスクの分散とはいえ、どこかに運び出すぐらいなら付き合えただろうに。

「あるいは『それでも』、か」

 呟いてから、様刻は首を振る。
 意味深長なことを述べたはいいものの、益体のないものだ。
 様刻には何ら思い当たる節はない。根拠もなく、妄想を広げすぎるのも無駄だ。
 彼に『青色』のことは何も解らない。何を考えているかさえも、想像もつかない。
 いや、もはや理解することを放棄している。放棄したうえで活用し合う。これが健全な関係性だ。

「ま、これに相応の意味があるってことなんだろうけれども」

 懐から封筒を取り出す。
 青色から手渡されたもので、『条件が揃ったら』戯言遣いに渡してほしいと頼まれたものだ。
 とはいえ、現状、あの矮躯の天才が『脱出』ないしは『王手』への鍵である。この手紙を渡す機会が訪れなければ、きっとそれに越したことはない。

「死んだら、なんてね」

 手紙を渡す条件。
 それは戯言遣いと合流時に玖渚友の死が確認できたら――この場合具体的には、電話に応じなかったら、と見るべきだろう―――というものだ。
 だから、この手紙のことをこうとも呼ぶ。――『遺書』、と。
 だとしたら、様刻は存外大役を背負っていることとなる。最期の言葉を託されているのだ。
 歩調は変わらず淡々としている。火事現場とのあわいで『しのび』と対峙した時から、彼の足取りはまるで変わらない。

「ふうん……」

 様刻は手紙を懐に仕舞う。
 どの道、今思い浮かぶ限りではこの行動こそが最良の選択肢であろう。
 人間、死ぬときは死ぬんだろう。そこに貴賤は関係ない。
 あの『群青』のことだ。意味もなく、当てもなく『遺書』なんかを書いたりはしまい。
 自分の死ぬ予感(ビジョン)が見えるからこそ、こうして様刻を頼っている。
 そしてその事実は、様刻程度には揺るがすことはできないのだ。友の頼みは暗に告げている。
 なればこそ、自分はやるべきことをしよう。最大の能力を行使して、最良の選択肢を。
 この手紙を、そして授かった首輪諸々のアイテムを届けるとしよう。
 今はシンプルに、そう考えるべきだ。
 余計な感傷は捨てよう。
 余分な干渉は要らない。
 歩こう。今はただ。

「歩こう」

 今は、ただ。


  (櫃内様刻――――証明失敗)

712 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:25:11 ID:WdrTr5720



   ★    ★



 そもそも、『制限』とは何か。
 何故、『十七年後』の水倉りすかに未だそんな『制限』が纏わりついているのだろう。
 彼女が『魔法陣』を使ってなお、首輪をつけている影響か。
 否、首輪に原因があるのならばところ変わって球磨川禊の『大嘘憑き』あたりの制限もなくなって然るべきである。

 しかしながら、事実として『十七年後』のりすかは『制限』の縄に囚われたままであった。
 『制限』が解呪されているのであれば、かつて廃病院でツナギを相手取った時にしたような、『魔力回復』もできたはずである。
 『現在』の水倉りすかと、『十七年後』の水倉りすかは同人でありながらも、同時に、別人であるにも関わらず、『変身』した赤色もまた力を抑制されていた。
 前提に基づいて考えるならば、水倉りすかは今後十七年間、制限という呪いに蝕まれ続けることとなる、という見解が妥当なところだ。

 では、どのような場合においてそのような事態に陥ることが想定されるだろうか。 
 一つに、主だった支障もなくこの『会場』から脱出した場合。
 一つに、優勝、それに準ずる『勝利』を収めたとしても、主催陣営が『制限』を解かなかった場合。
 この二つが、およそ誰にでも考えられるケースであろう。
 詳らかに考察するならば、もう少しばかり数を挙げられるだろうが、必要がないので割愛とする。

 前者においては、確かに揺るぎようのない。
 どのように『制限』をかけられたか不明瞭なため、自ら解法を導き出すのは困難だ。
 日に当ててたら氷が解けるように、時間経過とともに解呪されるような『制限』でもない限り、解放されるのは難しい。
 そして、十年以上の月日をかけても解けないようじゃあ、その可能性も望みは薄い。

 だが、後者においてはどうだろう。

 不知火袴の言葉を借りるのであれば――『これ』は『実験』だ。
 闇雲に肉体的及び精神的苦痛を与えたいがための『殺し合い』ではないことは推察できる。
 『実験』が終了し次第、『優勝者』を解放するのが、希望的観測を交えるとはいえ考えられる筋だ。
 むしろ、主催者たちである彼らが、最終的に『完全な人間』を創造するのが目的である以上、最終的に『制限』などというのは邪魔になるのではないだろうか。
 彼らが『完全な人間』を何を以てして指すのか寡聞にしていよいよ分からなかったが、如何せんちぐはぐとした感は否めない。

 彼らの言葉を素直に受け止めるのであれば、『優勝』した場合、『制限』は排除されるのではなかろうか。

 具体的な物証がない以上、憶測の域を出ない。
 あるいは、玖渚友ならば何かしらの情報を得ていたのだろうが、初めから決裂していた以上望むべくもなかろう。
 あくまで憶測による可能性の一つでしかないのだ。



 ――――十分だ。
 『可能性がある』というだけでも、十全だ。
 可能性があるのであれば、その『可能性の未来』を手繰り寄せるのは、他ならぬ水倉りすかの仕事なのだから。


 りすかが『優勝』することを確と目標にしたその時。
 『制限』のない、全力の『十七年後』の水倉りすかに『変身』するのは、不可能なことじゃあ、ない!
 出来ないとは言わせない。
 供犠創貴は、唯一持て余している『駒』を、見くびっちゃあ、いなかった。



  (魔法『属性・水/種類・時間/顕現・操作』――――証明続行)

713 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:25:33 ID:WdrTr5720


   ★    ★



 カチ。カチ。カチ。

 薬局の一室。
 蒼色は座っていた。
 ここは院長室だろうか。背もたれもひじ掛けもある、やけに高級そうな椅子に身体を預ける。
 携帯電話以外の装備品が一切合切、見当たらない。
 にも拘わらず、彼女は綽々とした振る舞いで、これ以上なく傲慢に構えていた。

 カチ。カチ。カチ。

 視線の先にあった壁掛け時計を見遣る。
 時刻は放送から四十分を超えようというところにまで迫った。
 今のところは問題ない。支障ない。
 解析もしないで『時間』を無駄に過ごしていることを差し引いても、この『時間』を無駄だったと思える結末は、もう間近だ。

 カチ。カチ。カチ。

 櫃内様刻は今頃どこにいるだろうか。
 電話がないということは、おそらくはまだ戯言遣い――いーちゃんたちと合流出来ているわけではないようだが。
 あるいは、すでに誰かに襲撃され事切れているのだろうか。
 同じく悪平等(ぼく)であれ、群青は彼の力量を信用してはいない。むしろ、かなり低く見積もっている。
 何分彼は本当に、紛れもなく、どうしようもないほどに、『普通(ノーマル)』――否、『無能(ユースレス)』なのだから。

 カチ。カチ。カチ。

 それでも。
 彼女は、玖渚友は、彼を頼らざるを得ない。
 状況はかなり切迫している。ともすれば一秒先の命だって確約は出来ないまでに、差し迫っている。
 逆に言えば、『ビデオ』を見ている間に襲撃を受けなかっただけ幸運だったかもしれない。
 それをやられていたら、まず間違いなく『詰み』であった。

 カチ。カチ。カチ。

 いや。
 と、彼女はかぶりを振る。
 あんな平々凡々たる有象無象のことは、この際捨て置こう。
 無事でなければならないけれど、暴君直々に心配するには役不足だ。『時間』の浪費も甚だしい。

 カチ。カチ。カチ。

 思考を切り替える。
 いーちゃんは無事であろうか。
 友は思いを馳せる。愛おしくて愛おしくて憎たらしいほど愛おしい彼は、どうしているだろうか。
 しかし、電話を掛けるわけにはいかない。――投げかけるべき言葉はすでに、様刻に渡している。
 だから、彼からの電話も着信拒否にまでしていた。何事もなければ解除しよう。友は漫然と考える。
 無事だったらいいな、いや、いーちゃんのことだから無事なんだろうけれど。そんなことを思いつつ。

 カチ。カチ。カチ。

 思えば、頭を休めるのは久しい気がする。
 『死線の蒼(デッドブルー)』たる彼女に休息などあまり必要性はないものの、心地はいいものだ。
 斜道卿壱郎の研究施設での調査――貝木泥舟との論争――ネットカフェでの考察――そして、掲示板諸々の手回し。
 思えば『くだらない』ことも多くしてしまった気がするけれど、それがいーちゃんのためになるのであれば、満更でもない。
 友は微笑を零すと、身体を伸ばす。風呂にも入らずにべたついた青髪を掻き上げ、改めて背もたれに身体を投げ出した。

 カチ。カ――z___チ。カチ。



「――――今度はお前の番だぜ、駄人間」



 背後から、赤色が降り注ぐ。
 見えないけれど――『見れない』けれど、よく分かる。
 ああ、やはり『この時』は来てしまったのだと、悟ったような表情で前を見つめた。
 長針が指し示す位置は、先ほどから三十度ほどしか変わらない。

 カチ。カチ。

 この『時間』を無駄だったと思える結末は、もう間近だった。
 それでもやはり、その結末は迎えられそうにもない。



 カチ。



  (玖渚友――――証明開始)

714 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:25:59 ID:WdrTr5720


   ★    ★



 思えば慣れ親しんだ『味』だ。
 『十七年後』の彼女は、よくよくこの『味』を味わっている。
 なじむ。実によくなじむ。これまで二回の『変身』で消費した『魔力』が見る見るうちに回復していくようだ。

「はむっ……ゃ……くちゃ」

 喰らいつく。
 『大人』の彼女とは違い、その所作はひどく乱雑で不格好で、見苦しい。
 しゃりんしゃりん、と手錠を鳴らしながら、くちゃり、と食む。
 飛び散った『肉塊』を可能な限りかき集め、両手でかぶりつく。
 口元を赤黒く染め上げながらも無我夢中で食らう。その内、飛散した惨憺たる『肉』はなくなった。

「…………」

 手首で口元を拭いながら、『それ』を凝視する。
 『それ』は抜け殻のように物言わず臥していた。
 穴が開かんばかりに爆散した腹が、事切れた物体でしかないことを簡潔に表している。
 おもむろに、ナイフを――無銘を――構えた。

「わたしは『覚悟』している。キズタカも――『覚悟』してきてるんだよね?」

 問い掛けるようでもあり、言い聞かすようでもあり、何よりも確かめるようだった。
 一拍の後、とうに露見しているはらわたを、無銘で切り落とす。
 『本体』とくっついていたために切り落とした、はいいものの、えらく中身はぐちゃぐちゃにされていた。
 切り落とした部位が内臓なのか小腸なのか、あるいは別の臓腑なのかもはや判然としなかったが、やはりそれも口に含む。

「……ちゃ……んむ……」

 『肉』を食べているとはいえ、そのほとんどは『魔力(けつえき)』として体内に消化――そして昇華されていく。
 さもありなん、『それ』の半分は、『同じ血液』で構成されている。同化するのに問題なんてありはしない。
 多少胃にたまるものの、満腹までには程遠い。食する手が休まることはなかった。
 か細い白い手は次から次へと、『肉』を削ぎ落とし、口へと運ぶ。

「……んぅ」

 多少の食い散らかしはあるものの、着々と食事は進んでいく。
 そもそも、食事をする確固たる目的は二つほどある。
 一つに、魔力の回復だ。
 魔力の具象化に過ぎない『十七年後』は、魔力を枯らした時に『血液』を求め、啜る。
 突き詰めれば同じことだ。『魔力(けつえき)』が足りないから『肉』を食らう。至極合理的かつ明瞭なものだった。
 流石に、魔力分解型の頂点に立つツナギよりは効率は劣るものの、着実にりすかの『魔力』は回復していく。
 都合よく――いや、あるいは当然のことながら、今現在咀嚼しているその『血液』がこの世で一番食事に適している。

「あむっ……んん……ぐ……ぁぶ」

 二つに、『肉体そのものを消す』ことだ。
 これから行うことに、その『肉塊』は不要――どころか邪魔でさえある。
 なにせ、その『肉袋』は己と『同じ血液』をおよそ半分以上含んでいた。
 おかげで『匂い』による『探知』はしやすくある半面、『匂い』が強烈すぎるあまり、他の人物を『探知』するのを阻害してしまう。
 期せずして『種』は蒔かれている。探し出さなくてはならない。『今』ならともかく、『十七年後』の彼女ならやってのけるだろう。
 半分どころか一%しか体内に残っていないかもしれないけれど、今なら確実に『種』は残っているはずだから。
 だから、この『肉体』を自分のものとして消化しなおさなければいけなかった。少しでも『猶予』を作るために。

「……ちゅ、ぅぁ」

 ともあれ。
 彼女の腕は、『肉塊』へと伸びる。
 彼女の判断で行動を起こしたのはいつぶりだろうか。
 思考の片隅で奇妙な違和感を覚えながらも、粗暴にむしゃぶりつく。
 顔以外の上半身は粗方食べ尽くした。顔もいずれは手に掛けるとは言え、先に足腰を食べてしまおう。
 そう下し、邪魔な半ズボンを脱がそうと、纏っていた衣服に掴む。くしゃりと、乾いた音が微かに鳴ったのはその時だった。

「…………?」

 ズボンの衣擦れにしては妙にざらついた音である。
 もっと何か違う――そう、紙がひしゃげた時の音によく似ていた。
 ポケットに何か入っていたのだろうか。なんともなしに半ズボンのポケットを探る。
 目的のもの、かどうかは定かではないが、確かに折りたたまれたルーズリーフが一枚あった。

715 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:26:19 ID:WdrTr5720

「んぐ……」

 足の指を無銘で切り落とし、つまみ食いをしつつ、ルーズリーフを開く。
 煤で汚れていたり、書かれていることが血塗れていたりと、何分読みづらくてたまらなかったが、一応は目を通す。
 表には『ぼくの目的は■■■った事、それとバトル■■イヤルを壊す■だ。まあ、人探しを■は優先し■■がな』などと書かれている。
 誰に対してか定かではないけれど、筆談の痕跡だと推測できた。一通り目で追った後、紙を裏返す。
 そこにもまた、同一の字体で文章が成されている。しかし今度は筆談とは思えない、何か『手紙』のような――違う、そうでもない。これは。


「…………『遺書』?」


 口腔内に含んでいた足の小指を噛み砕き嚥下してから、反芻する。
 一度食事をやめ、『遺書』を視線で突き破らんほどにじっと黙読していく。
 いや、本来『遺書』なんてありえない。この執筆者たる彼が、死ぬ前提で行動を起こすはずがない。
 どれだけ災難に見舞われようとも、どれだけ窮地に立たされようとも、傲岸不遜の極みである彼が、諦めるはずもない。
 だからこそ、彼女は『怒って』いる。なればこそ、この『遺書』はありえない。
 それでも。
 この宛てられた『手紙』は確かに存在していて、『遺書』として書かれていて、疑う余地もなく『彼』の言葉だった。

「…………言ったよね、キズタカ。命を張る必要がないのがキズタカだって。こんなもの書いてるぐらいなら、攻略法を考えるべきだったのがあの時だったのに」

 いつ、書いたのだろう。
 正義を標榜する、愚かなる殺人鬼の目覚めを待っている頃合いだろうか。
 覚えのある限り、それぐらいしか機会はなかったであろうけれど――と、要所要所を補完しながらも、ようやく読み終える。
 いつの間にか、手に力が張っていたらしく、ルーズリーフは読まれる前よりも数倍皺くちゃになっていた。

「…………ねえ、キズタカ、死んだらおしまいなんだよ? ねえ。ねえって」

 呼びかけるも、無為なことははっきりしている。
 繋がるべき上半身を失い、行き先も知れず転がる首は、ただ黙した。
 彼女は首を拾い上げ、抱きかかえる。
 
「…………」

 ああ、結局のところ。
 彼は彼なのだと――供犠創貴は供犠創貴なのだと。
 信頼できていなかったのは、むしろ自分の方だったのだと。
 創貴はとっくに『覚悟』している。見誤ったのは自分の方だ。

「…………」

 創貴はやはり優しくない。
 あれほど釘を打ったのに、この水倉りすかをおいて死んでしまった。
 けれど、弱さではない。
 誰にも優しくせず、誰にも揺らされず――誰にも威張って、胸を張って生きて、死んだのだ。
 強くある義務を全うした彼は死してなお、水倉りすかの『主』である。



「…………」


 『いつも通り』だ。
 為すべきことは変わらない。
 だとすれば、思い描くべき『未来』は一つだ。
 


「――――あはっ」



 赤い涙をぽろぽろと零しながら、思わず彼女は綻ぶ。
 その『手紙』には、なんて書いてあったと思う?





  (供犠創貴――――証明終了)

716 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:26:59 ID:WdrTr5720



   ★    ★



「人識くん! 不肖わたくしトイレを致したいです!」
「知るか」

 零崎一行はベスパに跨り図書館へと向かっていた。
 零崎人識が前――ハンドルを握り、無桐伊織、もとい零崎舞織がその後ろで、人識の腹に手を回して抱き着いている。
 騒がしい道中に若干辟易としてきた人識であったものの、突っぱねることだけは決してしなかった。
 図書館までは、まだ少し距離があるようである。

「人識くん、わたし、足が折れてるんですよ。洋式トイレじゃなきゃ座ることも出来ないんですけど!?」
「ならどっちにしても図書館着くまで施設はなにもねえぞ」
「ですからこう、人識くんがわたしの膝を抱えてですね……グフッ」

 人識はブレーキを思い切り握る。いわゆる急ブレーキだった。
 衝撃で伊織の身体にも負荷がかかり、続くはずだった言葉は切れる。
 身体は自然と前のめりに倒れていき、人識の後頭部に勢いよく鼻をぶつけた。

「痛ったいですよう。急ブレーキなんてマナーがなってません、マナーが。本当に漏れたらどうするんですか」
「まずはお前が学んで来い」

 人識はほとほと呆れた様子で、後ろを睨む。
 悪びれも羞恥もなさそうに、舞織は唇を尖らせる。

「今更恥ずかしがってるんですか? 止してくださいよ、わたしたち兄妹じゃないですか!」
「悪ぃな、兄妹というものがそんなに歪なものだとは寡聞にして知らなかった。俺、お兄ちゃん止めていいか」
「もっと言葉には責任持ってくださいよう。お兄ちゃんになるって言ったばっかりじゃないですか。もっと様刻さんを見習ってください」
「俺に言葉の責任を求めるな……っていうか、え? あいつ妹にそういうことするの?」

 筆舌しがたい拒否感を曝け出しつつ、人識は再びアクセルを回す。
 確かに過去にも風呂や食事、排泄に至るまで世話していたこともあったけれど、だからといって進んでやりたくないというのが、人の摂理だ。
 本当に様刻が妹にそのような所業を成しているのであれば、向うが傷つく程度には軽蔑しよう。などと心中したためつつ、ゆったりとベスパは進行する。
 ちなみに舞織から様刻に対するフォローはこれといってなかった。
 少し間をおいてから、人識が仕切りなおす。

「で、トイレすんだったらちったぁ急ぐけど」
「え? いえ、別に構いません。したいわけじゃないですし」
「じゃあさっきの一連の流れはなんだったんだよ!」
「コミュニケーションです」
「お前は相変わらず横文字に弱い野郎だな!」
「人識くん体調悪いんですか? ツッコミが機能していませんねぇ。今回ばかりは間違いなく正しい英単語を使いましたよう」
「俺の体調が悪いんだったら疑いようもなく伊織ちゃんのせいだし、
 俺の認識が間違ってなければ、コミュニケーションというのは相手を苛立たせるためのものじゃあない」
「ふむ、では改めましょう」
「おう」
「さっきの一連の流れは、人識くんをいじり倒したかっただけですね!」
「振り落とすぞ!」
「元気がいいですね、人識くん。何かいいことでもあったのですか」
「生まれてこの方いいことなんて一個もねえよ……はあ」
「ふふ、可愛いです」

 大仰な嘆息をつく人識を傍目に、舞織は朗らかに笑う。
 そんな様を見ていたら、人識も自然と怪訝な顔色は失せていく。
 こういうのが、『家族』なのだろうかと、得も言われぬやるせなさに襲われる。
 やはり一番最初に出遭ったのが零崎双識だったという事実は殊の外大きいのかもしれないと、しみじみ感じ入るのだった。

717 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:27:21 ID:WdrTr5720

「ところで、急ぐと言ってましたけど、どうしてゆっくり走ってたんですか?」
「あ? まさかお前、俺が伊織ちゃんを振り落とさないようにだとか、足に響かないように低速にしているだとか、
 猛スピードで駆け抜けたら腕が疲れるだろうからな、とかそういう配慮をしているとでもいいたいのか?」
「人識くん、だからダダ漏れですって」
「やめろ、人を本当はいいやつみたいに言うな。優しい声を出すな」
「はあ、人識くんのいいところなんですけど」
「だからちげーって、さっき兄貴が車で人を轢いちまったから、俺は同じ過ちを繰り返さないようにだな」
「随分と不条理なことやってたんですねぇ」

 そうこうしている内に目的地の図書館に到着した。
 理由の成否はともかくとして、人識が徐行運転していたのは事実だ。
 当初の予定よりも幾分か遅れてはいるものの、それでも猶予は二時間以上ある。
 道中、「絶対にびっくりしますって!」って念を押された割には、存外普通の外観に見えるが、内装は奇想天外博覧会の様相を呈しているのだろうか。

「ともあれ、だ。その、なんだっけか。手がかりのようなものをここで探すって話だったな」
「ええ、模範的とは言えませんが説明台詞ありがとうございます」 

 バイクを降りると人識は舞織を背負う。
 こうして世話を施すのも少なくないが、『妹』を背負っていると改めて自覚すると思うところもある。

「人識くんは相変わらず小っちゃいですね」
「殺すぞ」

 殺人鬼が言うにはおっかないセリフであったが、背負われた者もまた、殺人鬼だった。
 小さく咳ばらいをしながら、「別に身長をのことを考えていたわけじゃねえ」と小言のように零す。
 舞織も「はいはい」と軽くいなせば、しっかりと人識に抱き着く。何物にも代えがたい、誇らしい『兄』の背中だった。

「じゃあ行くぞ」

 小さくうなずくと、舞織は腕に力を込める。
 歩くことさえままならないというのはやはり不便なものだと今一度痛感しながら、それはそれとして人識のうなじを凝視していた。
 とても綺麗なうなじだ。暇つぶしの一環程度に見始めていたが中々趣深くて結構じゃないか。なんて漫然と耽っていたらようやくのこと異常に気づく。
 動いていない。――「行く」と言ってから、一歩たりとも『動いていない』。さながら『時間』が『停止』したかのように!

「身体が……動かねえ!?」

 現状を認識できた『直後』のことだった。
 そう、その『瞬間』、つい一秒前までは何も感じなかったのに。
 異様な存在感、そして殺意が殺人鬼たちの背中を貫く。
 近づいてくる『殺意』に気が付かない――舞織からしてこんなことは『零崎』になってから滅多になかった。
 だからこそ、断定も容易い。
 この気配が誰のものであるかは。


「水倉、りすか!」

 
 仇敵同士の相互関係。
 舞織にとっては手段手法について未だ実感がわかないけれど――あの、薬局への転移を探知機越しながらも目撃している。
 敵を討ち取りに馳せ参じたのであれば、なるほど、納得するしかない。
 罪口製の精巧なる義手を握っては開き、己の正常さを確かめていると、口以外は不動のまま、人識は苦い声色で呈した。

「動けるんだろ、伊織ちゃん。逃げろ」
「え、でも」
「いいからそのラッタッタで逃げろってんだ!」
「わたし運転免許もってません!」
「うるせえ! 俺も持ってねえよ!」

 何故だかマイペースを崩さない舞織に、高まりつつあった怒りを一度鎮める。
 落ち着かなればいけない。焦ったところで、自分の命はもはや決まっていた。
 言葉を選ぶように検算し、未来を掴むように計算する。なんとしてでも、舞織だけでは生き残らせなければ。
 時間にしてみれば一秒にも満たないほどの思案の果て、人識が織りなしたのは、実にストレートなものだった。

718 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:27:44 ID:WdrTr5720

「あいつの狙いは俺なんだ、だから逃げてくれ、頼む」

 人識が懇願する。
 『家族』は双識以外にはいないと断じていた、あの気ままな人識が、舞織に嘆願した。
 ひどく不器用ながらも実直な頼みを、あの零崎人識がしている。
 素直に驚いた。
 そして素直にむかついたので、舞織は人識の頭にチョップをかます。
 
「あだっ」
「何をらしくもなく格好いいこと言ってるんですか、人識くん」

 堅牢な義手で後頭部を殴られる。
 普通に真面目に有効的な打撃に思わず声を挙げた。
 一方の舞織は人識の悲鳴を意に介さず、今度は慈しむように、斑模様に染められた白髪を撫でる。
 友達のようでもあり、好敵手のようでもあり、なによりも家族のような深愛を乗せて。


「決めたんです。わたしは逃げません。人識くんと戦います。家族ですから」


 舞織は優しく微笑みかけると、腰に据えていた『自殺志願(マインドレンデル)』を右手に持った。
 ちゃきん、と確かに音が鳴り、人識の背中に強烈な力が圧し掛かる。舞織が、手を使って人識の背中から強引に降りようとしたのだろう。
 その『瞬間』、人識の背中から、舞織の重さが消失した。


「……? …………っ!?」


 振り返ることもできずにいる。
 ただ、はっきりと分かる。舞織は背中から飛び降り、背後のりすかへ勇みかかったわけではない。
 なにせ、声はもとより、地面を這いつくばり、真紅へ這い寄らん音もないのだ。
 仮に今の人識と同じように身体の『時間』を『停止』させられただけだとしても、それはもはや『死』と同義であった。
 もう、零崎舞織は、無桐伊織は、今を流れゆくこの『時間』から排除されたのだと、あまりに明確に感じ取る。
 この立ち合いの結末は、既に語るまでもないのだと。

「……ここまで十五秒。茶番は、終わったかい」
「これから始まるところだったんだよ」
「そうかい、そりゃあ重畳だ――ただ、生憎わたしにも『時間』がなくてね。残り十秒で片を付けてやるよ。
 はっ! 何を思った知らねーが、図書館なんて分かりやすい『座標』にいてくれて大変助かった。駄人間にしちゃあ、気が利くじゃねえか!」

 『どこにいるかは分からなくとも、そこにいることは分かる』――とは、りすかの従兄の言だ。
 『零崎』の共感覚とよく似たそれは、具体的な『座標』を特定することは難しい。けれども、おおよそのあたりをつけることは出来る。
 さらに言えば供犠創貴よりも遥かに『濃度の低い』人識を見つけるのは並々ならぬものじゃあない。『十歳』のりすかでは、感知することさえ叶わないだろう。
 ともあれ、近しい具体的な『座標』、つまりは図書館へと『省略』したわけだが、単なる偶然かそうではないのか、人識たちはそこにいた。 

「一ついいことを教えてやるぜ、『流血』の殺人鬼」

 気まぐれだろうか。
 いや、『時間』がないと言っている以上、単なる暇つぶしではなかろう。
 人識からしてみれば意図の汲めない提言であったが、『流血』の魔法使いは嘯いた。
 
「お前に自覚はないだろうが――、わたしと『同着』した時点で、一時間程度、てめーの『血液』は、『流血』は、改竄されてんだよ」

 そう。
 原則として水倉りすかの『魔法』は、『自分の内側』にしか向かない。
 故に、誰かと一緒に『省略』の『魔法』を使いたいのであれば、少なからず十歳当時のりすかでは、対象者と『同着』をしなければならない。
 『同着』することで対象者に『りすかの血』を『馴染ませる』。
 一時的に『対象者の血流』を『りすかの血流』へと強制的に上書き――改竄するのだ。
 そうすることで対象者もまた『りすかの一部』として見做し、同じく『省略』を可能とする。

 真庭蝙蝠で行った実験からも分かるように、『同着』を行うには本来、様々な『制約』や『手間』を求められる。
 だが、――『同着』を行ったのもまた、『大人』の彼女であった。あの一瞬で、万象の障害を乗り越えて事を成したのだろう。

 心臓を代えられた供犠創貴とは違い、血が馴染んでいけば自然と元の『血流』へと戻れるが、そうなるまでには、あまりに期間は短かった。
 結果的に言えば、ネットカフェから薬局へ『魔法』で移動したあの瞬間、およそ一時間は『マーキング』されていたも同然だった。

719 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:28:23 ID:WdrTr5720


「で、わたしの『流血』で生きているてめーは本当に、あの嬢ちゃんの『お兄ちゃん』と言えるわけぇ?」


 そしてその事実は、人識にとってはかなり致命的な矛盾を孕ませる。
 『マーキング』なんか、この場合の人識にとっては些末な問題であろう。
 何せ、零崎人識の『零崎一賊』たる所以は『血統』が第一に挙げられる。
 『零崎』の父と母から生まれた忌み子――それが零崎人識だ。
 では、その『血統』を奪われたら、そして『流血』までも奪われたら、彼は一体何者になるのだろう。
 命を賭してまで守ろうとした『妹』との『絆』の在処は、証は、どこにある。
 

「さあな、別に俺はもとより自分になんか興味ねえからわかんねえよ」


 ――残り三秒。
 宣告された死刑執行まで刻々と迫る。
 何ら実感を得られなかった。舞織だって何かの冗談で、今もなお生きている心地さえする。 
 だからだろうか。危機的状況にも拘わらず、飄々と言葉が溢れ出た。

「ああ、でも、こんな俺にも『人間』っつってくれたおねーさんに、俺からも一つ教えてやる」

 ――残り、零秒。
 ネットカフェの時のあの時と同様の『戯言』なのだろうか。
 あるいは、とてつもない『傑作』だろうか。
 どういう原理かは解らないが、今もなお動く『口』は、よく動く。鏡の向う側、『欠陥製品』のように。


「人類……『人間』はみな、きょーだい、ってな」


 なんて。
 らしくもねえな、と。
 胸中、独り言つ。
 途端襲い掛かるは、身体の奥底から歪んでいく奇妙な感覚だった。
 意識も半ば引き剥がされる中、振り向けない後方から、ククッ、と嘲るような笑い声を聞く。


「そいつぁー傑作だなッ! じゃあ家族を愛して溺死しな、『駄人間』!!」


 赤色はさぞかしシニカルに笑ったのだろう。
 人識はそんな思いを馳せた。




  (零崎舞織――――証明開始)
  (零崎人識――――証明開始)

720名無しさん:2016/02/03(水) 03:28:44 ID:WdrTr5720



   ★    ★



 水倉りすかは薬局の院長室で倒れている。
 変身は既に解かれており、姿は十歳時のものだった。
 閉ざされた瞳から血涙をほろほろと流しつつ、昏倒している。

 結局のところ、身体を――『魔法』を酷使しすぎたのだ。
 魔法使いである限り、能力(スペック)には限界がある。
 これは誰にとっても同じことで、あのツナギをしてでさえ、容量(キャパシティ)には限度があった。
 つまりはそういうことで、『魔法』を使うというには、一定の対価/代償を伴う。
 対価が『魔力』のみで補えるのならば越したことはないけれど、
 能力(スペック)を超える能力(アビリティ)には肉体的負荷がついて回る。
 よもや『今』のりすかは『制限』の中にあり、能力(スペック)は落とされた状態にあった。
 『制限』から解き放たれた『二十七歳』の『魔力』に身体が耐え切れないというのも、ある意味では妥当な落としどころである。

 さもありなん。
 一分間という中で殺人鬼二人と死線の蒼を下したのだ。
 並々ならぬ『魔力』を割かれたことだろう。
 『今』のりすかにフィードバックしたのが、むしろこのぐらいで済まされて幸運だったと見てもいい。
 供犠創貴がどれほど予測していたかは定かでないけれど、それほどまでに、依然として『変身』の対価は大きい。
 今回はともあれ、これからは慎重な立ち回りも、やはり要求される。
 先の『探知』で従兄の『血液』も観測できたのが気になりはしたものの、流石にそこまでは『時間』が足りなかった。


 今は体を休める時だ。
 彼女がこれから執り行うのは、虐殺なのだから。
 もはや誰かと協力をする必要もない――彼女の目指すべき道は一つ、『優勝』であった。



  (水倉りすか――――証明中断) 




   ★    ★





  《murderer family》 is Q.E.D
  《Dead Blue》 is Q.E.D
                    (証明終了)






【無桐伊織@人間シリーズ 死亡】
【零崎人識@人間シリーズ 死亡】
【玖渚友@戯言シリーズ 死亡】

721水倉りすかの駄人間証明  ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:29:59 ID:WdrTr5720

【2日目/深夜/G-6 薬局】


【水倉りすか@新本格魔法少女りすか】
[状態]魔力回復、十歳、睡眠
[装備]手錠@めだかボックス、無銘@戯言シリーズ
[道具]支給品一式
[思考]
基本:優勝する
[備考]
 ※九州ツアー中、蠅村召香撃破直後からの参戦です。
 ※治癒時間、移動時間の『省略』の魔法は1時間のインターバルが必要なようです(現在使用可能)
  なお、移動時間魔法を使用する場合は、その場所の光景を思い浮かべなければいけません
 ※大人りすかの時に限り、制限がなくなりました
 ※それ以外の制限はこれ以降の書き手にお任せします
 ※大人りすかから戻ると肉体に過剰な負荷が生じる(?)


【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]スマートフォン@現実
[道具]支給品一式×8(うち一つは食料と水なし、名簿のみ8枚)、玖渚友の手紙、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11〜28)@不明
   炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス、懐中電灯×2、首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1、
   ノートパソコン@現実、鎌@めだかボックス、薙刀@人間シリーズ、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)@現実、
   誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、 ノーマライズ・リキッド
   ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ、工具セット@現実、首輪×2(浮義待秋)、糸(ピアノ線)@戯言シリーズ、ランダム支給品(0〜2)
   (あとは下記参照)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う(瓦解寸前)
 0:歩こう
[備考]
 ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形が登録されています。また、登録はしてありませんが玖渚友からのメールに零崎人識の電話番号とアドレスがあります。
 ※阿良々木火憐との会話については、以降の書き手さんにお任せします。
 ※支給品の食料の一つは乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。
 ※DVDの映像は全て確認しています。
 ※スマートフォンに冒頭の一部を除いた放送が録音してあります(カットされた範囲は以降の書き手さんにお任せします)。


【その他(櫃内様刻の支給品)】
 懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、
 シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵チョウシのメガネ@オリジナル×13、
 小型なデジタルカメラ@不明、三徳包丁@現実、 中華なべ@現実、マンガ(複数)@不明、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、
 鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、おみやげ(複数)@オリジナル、食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、
 『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』(「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)


【F-7 図書館前】

・零崎人識のデイパックが落ちています。中身は以下の通りです。
斬刀・鈍@刀語、絶刀・鉋@刀語、携帯電話その1@現実、糸×2(ケブラー繊維、白銀製ワイヤー)@戯言シリーズ、ベスパ@戯言シリーズ
支給品一式×11(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)
千刀・ツルギ×6@刀語、青酸カリ@現実、小柄な日本刀、S&W M29(6/6)@めだかボックス、
大型ハンマー@めだかボックス、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
携帯電話その2@現実、文房具、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×5@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数

・無桐伊織のディパックが落ちています。中身は以下の通りです。
支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ


その他諸々はお任せします

722 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/03(水) 03:30:35 ID:WdrTr5720
投下終了します

723名無しさん:2016/02/04(木) 18:57:47 ID:rC5V5Kt20
投下乙です
人喰い(カーニバル)再び
運良く、ではなく意図されて祭に参加せずに済んだ様刻もそう遠くないうちに知るだろうしどうなることやら

揚げ足を取るような指摘で恐縮ですが、調剤薬局にせよドラッグストアにせよ院長室は存在するものでしょうか?
検索した感じでは局長または店長が適切なようでしたので…
それと様刻の状態表から現在地表記と首輪探知機が抜けているように思います

724 ◆xR8DbSLW.w:2016/02/12(金) 22:12:43 ID:CTSF3h8.0
反応が遅れ失礼しました。
諸々と、wikiでは修正しておきます。
様刻はG-6にいるということでお願いします

725名無しさん:2016/03/15(火) 23:25:11 ID:mAkNQJqY0
集計者様いつも乙です
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
164話(+2) 9/45 (-3) 20.0(-6.7)

726名無しさん:2016/05/15(日) 00:29:39 ID:WYJSb9Yw0
集計者様いつも乙です
月報です
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
164話(+0) 9/45 (-0) 20.0(-0.0)

727名無しさん:2016/07/15(金) 10:15:38 ID:uvx1R3BU0
月報落ちになるかと思いますが置いておきます
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
164話(+0) 9/45 (-0) 20.0(-0.0)

728名無しさん:2016/09/19(月) 03:48:08 ID:zMz6N.SE0
久し振りに来たらしばらく投下がなかった
それならそれでと溜まってた分追いついたので感想残しておきます


>>狂信症(恐心傷)
あかん、これあかん、めっちゃあかん
くまー以外がくまーになるってこういうことなのか……
あかんとしか言いようがない。そりゃ蝙蝠もドン引きだし、こんなのにされるのを恐れるわ
盾にしようと切り替えて、とがめのふりする蝙蝠の言ってることが言葉だけならまともでいいことのように聞こえちゃうのが余計に始末悪い
蝙蝠の抱いた侮蔑が伝わってきて面白かったです

>>水倉りすかの駄人間証明
>「ふ――――っっっざっけるなっ!」

これ、ここがすげえ好き。そしてここからの激昂もすげえ好き
りすかへの制限と言うかなんというかの実態にはなるほど、って思った
前にりすからをはめる時に利用した同着が逆用されるとは皮肉な
赤が蒼を飲み込み流血さえも改ざんしてこえーよ、ホラーだ
人識の最後のセリフに哀川さんの持ってくるのはニヤリとした

729 ◆mtws1YvfHQ:2016/11/12(土) 19:37:24 ID:LVJNO3B60
鑢七実、球磨川禊、四季崎記紀を投下します

730着包み/気狂い ◆mtws1YvfHQ:2016/11/12(土) 19:38:40 ID:LVJNO3B60

少し、前の話です。

『ねえ七実ちゃん。髪切ってみない?』

まったく唐突な言葉。
当時の、それに対するわたしの答えは決まっていました。

「いえ、別に」

理由も言われなかったもので、そう答えたのを覚えています。
何か拘りがあれば、もっと言ってくるでしょう。
その時は風に考えていたのですが特に思うところはなかったようで、と言うよりかは今なんとなく思い付いたから言っただけのようで、少し顔を動かすだけでこの話は終わりました。
そもそもの話。
いえ、別に今も特別な何かを期待していた訳ではありませんしこの先も特に期待することはないでしょうけれど。
良いのか悪いのか。
わたしとしては悪いのでしょうけど。
まあともかくきっとこの時、禊さんとしては会話の取っ掛かりになる何かさえ有れば良かったのでしょう。
話が一気に訳の分からない方に進んでいましたから。
今は興味を持って頭を働かせますけど、それで考えてみても全く分かりませんから。

『と、言う訳なんだよ七実ちゃん!』
「あ、すみません。聞いていませんでした」
『おおっと。イジメとは酷いんじゃないかい?』
「いえ、イジメ? とやらではありませんよ多分」
『差別? 差別?』
「いいえ区別です」
『はい! はい七実ちゃん!』
「却下します」
『それはそれで酷いと思います!』
「却下します」

横を窺って見た。
そんな覚えがあります。
確か、ですけど。
するとどうでしょう。
何やら愕然と、片手で口元を抑えながら白目を剥いています。
ですがそれでも普通に横を着いて歩いているのですから器用なものです。
然程見る価値を感じませんけれど。
さて。
何時までもそんな顔をされていても鬱陶しいので話を進めて頂きました。

「冗談ですので何の話だったか教えていただけます?」
『……うん』
「早く」
『はい』

731着包み/気狂い ◆mtws1YvfHQ:2016/11/12(土) 19:40:47 ID:LVJNO3B60

『何だか七実ちゃんからの当たりが強いここ最近だなぁ』などと呟いているのは聞いていないこととして。
いえ、特に何も言いません。
少しばかり顔を見続けるだけです。
目が合ってから逸らされるまで、微笑んで差し上げながら見続けるだけです。
やがて来た微かな達成感。
ああ、こう言うのもなかなか良い。
いえ、悪いものでしたが。

「まだですか?」
「はい」
 ――不憫だな、おい。

黙殺。

『いやね。
 とてもとても単純な話なんだけどさ。
 だから前置きはあんまりしておくのも何だとは思うんだけど、大人しく聞いてくれよ。
 前置き、予定調和、与太話――その手の物があって不足はないしさ。
 さて、フェチ――そう、フェチって奴は案外侮れないものだと思うんだよ。
 いやフェティシズムって言い方でも構わない。
 萌え、とはまた違うやつ?
 股座がいきり立つとかそんな感じにさ。
 足先から足首に腓で膝、太股、まとめて足ときて尻、腰からくびれ、上がって胸から肩で少し下がって腋、二の腕からなぞって肘に手首ときたら指先だろ、戻ると鎖骨で喉でしょ、それで顎の下に歯で鼻を通って目元、耳におっとうなじもだ。
 あ、別にぼくとしては部位に限らないぜ?
 格好って言うのも良いものだからね。
 コスプレは良い文化だよ、七実ちゃん!
 今の王道と言えば巫女にナースさん、OL更には着物に追加でバニー、いやいやギャル、おっと神官とか制服、あとは天使と悪魔とか?
 ちょっとした背徳感が、いい。
 おいおい、制服とギャルが一緒じゃないかって?
 君は実に馬鹿だなぁ……それは剣と刀は一緒の物って言ってるようなものだよそれ?
 ともかく邪道とか言われるかも知れない辺りは騎士に他意はないけどビキニ、鋭く軍服、忍者でしょう、十二単でしょう、嗚呼お姫様、ちょっとした所では宇宙服とかゾンビ、追加で石器時代に着ぐるみとかかな?
 着ぐるみがコスプレに入るかだって?
 細かいことはいいんだよ!
 それよりマンガやアニメ物、ラノベなんかも悪くない。
 大定番のマミる魔法少女はもちろん、近未来的な身体に張り付いたようなのもあるし妖怪(笑)物の衣装、異世界物も素晴らしい。
 最終兵器な彼女とかセーラーな土星にロリな紐神様だとか、ゲームでいくと如何にもあかんコレな奴もあるしね。
 スリングショットとか実在するんだって感動すら覚えたよ!
 スリングショットは実在するんだよ!
 魔物に負けるためだけに存在するような忍も悪くはないけど、ああ言う元ネタがどうやってどうしたらこうなったって言うのも、良い。
 いやぁ、日本人は発想が狂ってるって言うのは真実だろうさ。
 船に城に刀って。
 ま、やってるけど意味が分からないのは何でああ言う奴は脱がしちゃうんだろうね?
 いやいや何のためのコスプレだよって感じ?

732着包み/気狂い ◆mtws1YvfHQ:2016/11/12(土) 19:41:48 ID:LVJNO3B60
 あ。
 少し話が外れることだけど、コスプレって言うのはその存在に成り切るって言うのが重要な要素としてあると思うんだ。
 成り切る……いや、成り代わると言ってもいい。
 誰かに成ることで「自分ではない」安心感を得る。
 分かるようん分かる分かる。
 『自分じゃないから』『私ではないから』『僕じゃないから』大丈夫。
 不幸も、不運も、良心も、良識も、転倒も、転落も、不明も、不抜も、悪意も、悪気も、失態も、失敗も、全部全部全部全部全部僕は悪くない。
 彼が、彼女が、あの人が、悪い。
 悪い悪い悪い悪い悪いだから悪くない悪いのは向こうでこっちは悪くない。
 押し付けだって良いじゃないか、だってそんな人間いないんだから。
 そうさ、全部全責任全関与全良悪全部全部全部が全てさ。
 おおっとだとしたら、着ぐるみを着てる人は押し付けてるんじゃなくて身を守ってるって解釈になるのかな?
 普通のコスプレが身代わり人形なら着ぐるみは鎧、かなぁ?
 確かにあれだけの分厚さがあれば多少殴ったり蹴ったりする程度じゃあビクともしないだろうけど、うーん。
 謎だ、どうでもいいけど。
 これまた凄くどうでも良い話だけど本来のフェティシズム――フェチって言うのはかなり深い拘りを指す言葉らしいんだ。
 神仏崇拝だとか最早そう言うぐらいの、一種の信仰の域さ。
 だからフェチとか簡単に言えるものじゃないらしいぜ。
 本来の意味で使うとなると「それ以外にはどうあっても認められない」とか言うレヴェルじゃないと認められないそうだ。
 あ、別にぼくとしては別にどうでも良い話なんだけどね? 
 じゃあどう言えばいいんだよとか突っ込まれても困るからフェチを使い続けるべきだと思う。
 おっと。
 更にどうでも良い話を言わせて貰うぜ?
 単純に二つに分けると部分だとか物に対する執着をフェティシズムで、状態に対する執着はパラフィリアってことらしい。
 この理論で行くと背筋とか舌とか臍とか、あああとは髪もだね。
 その辺りに興奮するのはフェティシズムだ。
 あと巨乳は正義だ。
 七実ちゃんは――うん。
 対してサドだとかマゾだとかはパラフィリアになるみたいだ。
 一応言っておくべきことだと思うけどぼくは別にマゾじゃないぜ?
 ただ単純にボロクソにされる機会が多いだけの善良な一般人なんだから。
 七実ちゃんはーーうん。
 うん!
 あ、濡れ透けで興奮したらパラフィリアってことなんだけどぼく的に悩ましいんだよなぁ。
 濡れ透けは良いと思うよ?
 だけど裸エプロンに水をかけて胸に張り付いたのに興奮する場合ってどうなるんだろうってさ――そう言う訳でどう思う?』
「あ、はい、削げば良いんですね?」

733着包み/気狂い ◆mtws1YvfHQ:2016/11/12(土) 19:43:55 ID:LVJNO3B60
『…………え?』
「大丈夫です、痛くしませんので」
『あ、ごめん。ちょっと命の危機を感じるのは気のせいかい?』
「ええ、大丈夫です。気のせいです。ちょっと子供を作れなくなるだけですから」
『いやいや、割と大問題だと思うんだけどそれ?』
「このためのおーるふぃくしょん」
『おっと気合いの入った握り拳……クルミぐらいなら軽く握り潰せそうだ。うーん…………これは、本格的にヤバい気配がムンムンとしてきやがったーーーー!』

と、まあ。
わたしにとってまるで意味の分からない言葉が立て板に水の如くスラスラとその口から流れ出していたのを聞き流しておりました。
聞き流していた。
聞き流していても、覚えてはいます。
ですのでこの通り、一言一句に至る子細まで思い出せているわけですし。

「…………それで、ええ、何を言いたかったんでしょうか?」
『んォ…………ちょ……っとカヒュ…………エヴッ……待……ヴッ……って、ね』

遊び過ぎて若干吐きかけているのを見ないようにしながら待ちました。
ああ、この時は実に時間を無駄にしたものです。
ともあれこの後も時間の無駄だったと、今をしても、言わざるを得ませんが。

『七実ちゃん!』
「はい、なんでしょう」
『着物の下は履いてないって本当かいッ?!』
「お死になさい」
『グワーッ!』

爆発四散南無三。

734着包み/気狂い ◆mtws1YvfHQ:2016/11/12(土) 19:46:52 ID:LVJNO3B60



「……いえ、四散していたら生きてはいませんし」
『うん? なになに七実ちゃん?』
 ――……時々、娘のことが分からなくなります。四季崎です……
「いいえ別に何も」

あ、失礼しました。
今までの全て回想です。
その辺で浮いていた四季崎含めて全部。

「少し思い出していただけです――それで、何でしょうか?」

いえ、わざわざ少し前のことを思い返していたのですから。
全く無意味な質問でした。
聞かれるのが怖かった。
と言うわけではありません。
もちろん聞き逃していたわけではありません。
見逃していたわけでももちろんあるはずがありません。
このわたしに限って。
だからこれは。
そう。
逃避だったのでしょう。
一時はもちろん一刻ですらない。
たった一瞬に満たない逃避。
訳も分からず思わずした、逃げ。
まあ。
どうでも良いことだけれど。
どうでも悪いことだけれど。
わたしの出す答えは決まっているのだから。
わたしの返す言葉は決まっているのだから。
わたしは既に行動を決めて、いるのだから。

『ねえ、七実ちゃん……七実ちゃんは、あ、見えてきたね!』
「はい、そうですね」
『じゃ、中の探検といこうか!』
「はい、ですが」

少し足を早め掛けた所を、失礼ではありますけれど先回りさせていただいて。
踵を返して、目を、合わせます。
見る。
視る。
観る。
見ているのか、見られているのか。
真っ黒な目の底は見通すことが出来ないように深く遠く。
対するわたしの目は果たしてと、思わずには居られません。
このわたしの、

735着包み/気狂い ◆mtws1YvfHQ:2016/11/12(土) 19:48:52 ID:LVJNO3B60

「先にお聞きします――――何でしょうか?」

底の知れた想いを見られては、いないのか。
と。
草染みた矮小なこの思いを、視られてはいないのか。
と。
禊さんに対する重いと黒神めだかに対する重いが、願いが観られてはいないのか。
見えないように。
視えないように。
観えないように。
後ろに、なぜか震えの止まない手を隠しながら。
何でもないように首を、小さく傾げて診せて。
その様子を、反応を、行動を、仕草を、視線を、看る。
一瞬。
次の時には、

『聞いていいの?』
「っ――はい、どうぞ」

常と変わらない笑っている顔が、目と鼻の先にありました。
見ていたのに。
瞬きした僅かな間に失せた姿を追って目を動かせば背後。
数歩にも満たない、間。

『ねぇ、七実ちゃん』

手をまた隠そうとして、動きが止まる。
有ったから。
三日月のように割れた口が。

『君は………………』

満月のような二つの目が。
遭ったから。
知らず固まろうとする身体を叱咤して。
何でもないように頬に片手を当てて。
隠した手のひらに爪を立てて。
ただ、次の言葉を。
待つ。
待つ。
待つ。
やがて。
月が。

『…………』

崩れる。

『………………着物の下に下着って着けてる?』
「…………見ます?」
『マジで!









 えっ、マジで!?!」

736着包み/気狂い ◆mtws1YvfHQ:2016/11/12(土) 19:50:25 ID:LVJNO3B60

【二日目/黎明/?-?】
【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『少し頭がぼーっとするけど、健康だよ』
[装備]『七実ちゃんはああいったから、虚刀『錆』を持っているよ』
[道具]『支給品一式が2つ分とエプロン@めだかボックス、クロスボウ(5/6)@戯言シリーズと予備の矢18本があるよ。後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本か』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『0番はやっぱメンバー集めだよね』
『1番は七実ちゃんは知らないことがいっぱいあるみたいだし、僕がサポートしてあげないとね』
『2番は……何か忘れてるような気がするけど、何だっけ?』
[備考]
 ※『大嘘憑き』に規制があります
  存在、能力をなかった事には出来ない
  自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
  物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします
 ※始まりの過負荷を返してもらっています
 ※首輪は外れています
 ※黒神めだかに関する記憶を失っています。どの程度の範囲で記憶を失ったかは後続にお任せします

【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(小)、交霊術発動中
[装備]四季崎記紀の残留思念×1
[道具]支給品一式×2、勇者の剣@めだかボックス、白い鍵@不明、ランダム支給品(0〜2)、球磨川の首輪、否定姫の鉄扇@刀語、
   『庶務』の腕章@めだかボックス、箱庭学園女子制服@めだかボックス、王刀・鋸@刀語、A4ルーズリーフ×38枚、箱庭学園パンフレット@オリジナル
[思考]
基本:球磨川禊の刀として生きる
 0:禊さんと一緒に行く
 1:禊さんはわたしが必ず守る
 2:邪魔をしないのならば、今は草むしりはやめておきましょう
 3:繰想術が使えないかと思ったのですけれど、残念
 4:八九寺さんの記憶が戻っていて、鬱陶しい態度を取るようであれば……
[備考]
 ※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました
 ※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
 ※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました
 ※弱さを見取れます。
 ※大嘘憑きの使用回数制限は後続に任せます。
 ※交霊術が発動しています。なので死体に近付くと何かしら聞けるかも知れません
 ※球磨川禊が気絶している間、零崎人識と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします
 ※黒神めだかの戦いの詳細は後続にお任せします



 ※現在二人ともランドセルランドかネットカフェの前に到着しています。どちらかは後続の書き手の方にお任せします。

737着包み/気狂い ◆mtws1YvfHQ:2016/11/12(土) 19:51:58 ID:LVJNO3B60









『ねえ七実ちゃん』





「髪、切らない?」

738 ◆mtws1YvfHQ:2016/11/12(土) 19:54:59 ID:LVJNO3B60
以上です。
久しぶりの投下の上、書いた期間がツギハギのため妙な所があると思われます。
いつも通り妙な所へのご意見などよろしくお願いいたします。

失礼いたします。

739名無しさん:2016/11/13(日) 01:19:09 ID:Z.1e3q5.0
投下乙です
平和だー
(薄氷を履むなんてレベルじゃない危うさでかろうじて成り立っているいつ崩壊してもおかしくない)束の間の平和だー
混物語で平常運転な阿良々木さん見てたから忘れかけてたけどクマーも立派な(?)変態だったよ…
そしてその内容を一言一句違わず思い出せる七実も変態なのでh(踏み潰されました)
横恋慕みたいなことをしてるという自覚ありながら後ろ手になる七実が想像するとめちゃくちゃかわいい
最後の『』が外れた「髪、切らない?」がたまらなく不穏でよかったです

740名無しさん:2016/11/15(火) 00:45:32 ID:utwXllF60
集計者様いつも乙です
月報失礼します
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
165話(+1) 9/45 (-0) 20.0(-0.0)

741名無しさん:2016/11/18(金) 21:27:24 ID:bGA8JbRg0
投下乙です
球磨川の固有結界が相変わらずすぎて安堵(不安)を覚えざるを得ない
七実姉さんもなんだかんだ言いつつ乗っかるし…もう君たち殺し合いとかいいからここで暮らしたらどうよ

742 ◆wUZst.K6uE:2017/11/04(土) 22:43:41 ID:hznMXV2k0
投下します

743非通知の独解 ◆wUZst.K6uE:2017/11/04(土) 22:46:47 ID:hznMXV2k0
 

【深夜】 G-6、薬局


「手紙?」


玖渚さんが差し出した封筒を見て、僕は見たままのことを言った。ここ薬局の備品をそのまま使った何の変哲もない封筒。玖渚さん直筆の手紙が、その中に納められている。


「そ、僕様ちゃんからいーちゃんへの手紙。首尾よくいーちゃんと合流できたら、ぴーちゃんからいーちゃんに渡してほしいの。ただし、ある条件が整ったら、ね」

「条件?」

「僕様ちゃんが死んだら」


あっけなく出た言葉に、僕はふぅん、と相槌を打つ。正直なところ、意外というほどの条件でもなかった。
ついさっき、玖渚さんから「リスクを分散するために、別行動をとってほしい」との申し出を受けたところだ。水倉りすかの危険性についても、すでに説明は受けている。


「死んだら、ね。そうなると、手紙というより遺書みたいだな」

「僕様ちゃんからしたら保険みたいなもんだけどね。まあ、遺書でもあってるよ。『遺言書在中』とか表に書いたりして? ふふ」

「さすがに笑えないな……」


死。重い言葉のはずなのに、今はその重さを感じるのが難しい。
小説の中の話なんかじゃない、現実の死。それが目の前の人に迫っているというのに。
いや、『だからこそ』なのかもしれない。今の僕たちにとって、死は遠い世界の話ではなく目下の現実だ。
深く考える暇なく、次から次に「こなして」いかなくてはならない現実。


「やれやれ、荷物は常にコンビニに行くくらいの軽装でってのが僕の流儀なんだけれど、とんでもなく重いものを持たされる羽目になっちゃったな。デイパックの中身ももうパンパンだってのに」

「パンパンにはならないでしょ、そのデイパックなら」

「気持ちの問題さ。……それにしても、本当に僕でいいのかい?」

「何が?」

「いや、他に預けられる人がいないから仕方ないんだろうけど……そんな大事な手紙を僕なんかに預けていいのかなって。その、『いーちゃん』に会う前に僕が誰かに殺されたら元も子もないし――」

「……ぴーちゃんはさぁ」


ぽすん、と玖渚さんは机に突っ伏して、上目遣いで僕のほうを見る。
くりっとした大きな目。吸い込まれるような蒼い瞳。


「自分がなんで生き残ってるのか、わかる?」

「え?」


きょとんとする僕の返答を待たず、玖渚さんは続ける。


「さっきも言ったけど、私が悪平等(ぼく)になったのは、それが必要なことだと思ったから。メリットが見込めるからそれを選んだだけで、悪平等の思想に染まる気はない。悪平等(ぼく)は悪平等(ぼく)、私は私。
 ぴーちゃんもそうなんでしょ? ぴーちゃん自身の思想は、ぴーちゃんだけのもの。それを貫いていることと、ぴーちゃんが今生きてることは、きっと無関係じゃないんだよ。ぴーちゃんはぴーちゃん自身の思想に生かされてる。それに気づいてないだけ」

「……ごめん、何を言ってるのかよくわからない」

「ぴーちゃんは、自分が生き残ってる理由を一度じっくり考えたほうがいいってこと。まあ、今は考えるよりそろそろ出発してほしいけど。いーちゃんと無事に合流できることを、僕様ちゃんは信じてるよ。頑張ってね、『破片拾い(ピースメーカー)』」


そう言って、笑顔でもう一度封筒を差し出してくる。


「……激励の言葉、痛み入るよ。『死線の蒼(デッドブルー)』」


僕はそれを、ただ受け取ることしかできなかった。

744非通知の独解 ◆wUZst.K6uE:2017/11/04(土) 22:48:20 ID:hznMXV2k0
 



   ◇     ◇



 
【黎明】 F-7、図書館前


僕がなぜ生きているのかと言われたら「運がよかったから」と答えるほかないだろう。
謙遜でも卑屈でもなく、掛け値なしに僕は弱い。病院坂のように極端な虚弱体質というわけではないにせよ、人並み以上の体力は有していないし、玖渚さんのような頭脳や情報力もない。

ましてや、人識や伊織さんのような人殺しの才能など。

今まで僕は幾度となく死の淵に立たされている。そのたびに、誰かに助けられ、運に救われ、こうして生き延びている。
時宮時刻に襲われたときは、人識に助けられ。
不要湖では、火憐さんに庇われ。
真庭鳳凰を撃退できたのだって、玖渚さんの情報と、伊織さんが結果的にとはいえ囮のような役割を果たしてくれたからこそだった。

助けられっぱなしというだけならただ情けないだけの話だけれど、問題はそのたびに、僕以外の誰かが犠牲になっているということだ。
病院坂も、迷路さんも、火憐さんも。伊織さんだって無事では済んでいない。
僕の命が助かるたびに、いつも誰かが傷ついた。
「すべてが自分のせい」などと悲劇の主人公を気取るつもりは毛頭ない。すべてを運に任せてきたわけではないし、自分なりに最善の結果を得るため行動してきた自負はある。僕の働きが誰かを助けたこともあったはずだ。多分。

ただ、僕がいま生き残っているというのは、とどのつまりそういうことなのだ。
誰かが死に、犠牲になるくらいの不幸をもってしてようやく「櫃内様刻が、殺し合いのさなかで生き残っている」というありえない幸運は釣り合いが取れる。

他人の不幸を踏み台に、こうしておめおめと生きながらえている。

その事実を、僕は心に留めておかなくてはならない。

僕が生きているのは、当たり前とは正反対に位置する出来事なのだと。

……玖渚さんが言いたかったのは、つまりこういうことなのだろうか? 何か違う気がする。あの天才少女の意図を僕ごときが推し量れるとは最初から思ってないけれど。

もちろんこんな幸運はいつまでも続くまい。たとえば今、殺意ある誰かが目の前に現れたとしたら、その時点で僕の幸運と命は終焉を迎えるだろう。
デイパックの中に武器は何種類もあるし、例のダーツの矢もまだ残ってはいるが、それを扱うのが僕となれば、餓鬼に苧殻とまでは言わなくともあまりに頼りない。
僕にできることといえば、首輪探知機で周囲を警戒しながら進むことくらいだった。もはや必携となっているこのアイテムだけれど、これだって全幅の信頼を寄せるというわけにはいかない。「周囲に人がいない」というのは、決して安全を保障する文句ではないのだ。
そう、僕はこんなにも死に近いところにいる。
僕はいつか死ぬ。当たり前に死ぬ。

そのとき、僕は何を思うだろう? 後悔するだろうか。もっとうまく立ち回っていれば、死なずに済んだかもしれないのに、と。

そもそも僕は今、後悔していないのだろうか?

どこかで選択を間違えていなければ、救えた命があったかもしれないのに、と。

あのときにああしていれば、誰かを殺すこともなかったかもしれないのに、と。

……いや、やめよう。こんな仮定はただの感傷だ。たとえ間違いがあったとしても、過剰に贖罪や後悔を己に課すつもりはない。冷たいかもしれないが、僕がどれだけ過去を省みたところで、死んだ者は一人だって帰ってはこない。

そう、僕は過去の話がしたいわけではない。

問題は、『今』。

『また』なのかもしれない、ということだった。


「これは……」


いま僕は、図書館の前にいる。すでに見慣れてしまった感のあるこの建物だが、ランドセルランドまでの道程に存在する以上、また通りかからざるを得ない場所だった。
おかしいと思ったのは、首輪探知機の表示を見た時だった。
人識と伊織さんがこの図書館へ情報収集に向かったことはわかっていたし、時間的にまだ中にいてもおかしくないと思ってはいた。禁止エリアの発動まで、まだ若干時間はある。
探知機の画面にも、二人の名前はしっかりと表示されてはいた。『零崎人識』、『無桐伊織』と。
妙なのは、その表示が『図書館の外』にあることだった。しかもその表示のどちらも、まったく『動いていない』。



そして今現在。



図書館に到着した僕が見たものは、建物の前に停車してある二人が乗ってきたであろうベスパと、地面に乱雑に放られたふたつのデイパック。



そして同じく地面へと転がった、ふたつの首輪だった。

745非通知の独解 ◆wUZst.K6uE:2017/11/04(土) 22:49:34 ID:hznMXV2k0
 



   ◇     ◇



 
『死体がない』というのは、この場合、喜ぶべきことなのだろうか?
正確を期すなら、図書館の中に伊織さんが屠ったショートヘアの女の子の死体が転がってはいるが、そんなことを描写したところで何か意味があるわけではない。
死体はないが、首輪はふたつ。デイパックもふたつ。
首輪探知機の表示が示すとおり、人識と伊織さんの首輪で間違いはないだろう。デイパックもおそらくは同様だ。中身を見るまで断定はできないけれど。

なぜ首輪だけが?
疑問符をはさんではみたものの、その回答を得るのに大した思考は必要なかった。
頭の中でアラートが鳴り始める。最悪の想像であり、同時にこの状況から考え得る最も妥当な判断。
僕が今、単独で行動している最大の理由。玖渚さんたちにとっての最重要の懸念事項。


「水倉、りすか……」


とっさにスマートフォンを取り出し、玖渚さんの携帯へコールする。数秒のラグののち返ってきたのは、電話が通じない旨を知らせる電子音声だった。
電源が切られている? 玖渚さん自身がなんらかの理由で切っているのか、それとも。
伊織さんは――しまった、伊織さんの連絡先を聞いておくのを忘れていた。人識と玖渚さんの番号さえ分かっていればいいという慢心があったせいか。やむなく人識の携帯にかける。こっちは玖渚さんからのメールに番号が載っていたはずだ。


――prrrrrrrrrrrrrrrrr。


突然近くから鳴り響いた音に一瞬ぎょっとする。しかし、音の出どころはすぐにわかった。地面に落ちたデイパックの片方からくぐもった電子音が鳴り続けている。
電話を鳴らしたまま、デイパックを手に取り中を探る。あった。出てきた携帯電話の画面には、僕の持つスマートフォンの番号がはっきりと表示されていた。
このデイパックは人識のものに間違いない。そして持ち主である人識はどこにもいない。携帯電話すら放置したまま。

誰ひとりとして繋がらない。

誰ひとりとして、電話に出ない。

電話に出ることが、できない?

二度と?


「嘘だろ……」


こうなると、『死体がない』というのはもはや絶望を後押しする材料にしかならない。僕は話でしか聞き及んでいないことだが、水倉りすかの使う『魔法』という概念は『そういうこと』を可能とするものらしい。

要するに、人間を『跡形もなく』消し去ることのできる能力。

初めから、この世界の『時間』に存在していなかったのごとく。

『魔法使い』、『赤き時の魔女』。

水倉りすか。

なんてことだ。人識と玖渚さんの話から、いつかこういう事態に直面する可能性については留意していたが、まさかこんなに早くその時が訪れるとは。
玖渚さんの先見の明にはまったく恐れ入らざるを得ない。「リスク分散のために別行動をとる」というあの判断は、恐ろしいほど的確だったということになる。
僕はまた、誰かに助けられたというわけだ。
また無様に一人だけ、幸運にも生き残って――いや、待て、違う。

馬鹿か。まだ玖渚さんたちが死んだと決まったわけじゃないだろうが。そもそも水倉りすかが本当に現れたかどうかも定かではないし、仮にそうだとしても、電話に出られない理由は他にあるかもしれない。
悪い方向に想像を巡らせるだけ時間の無駄だ。今は僕が何をすべきか考えるのが先じゃないのか。

呼吸を整え、意識を落ち着かせる。
僕は『いつも通りの自分』でいればいい。ただそれだけだ。

首輪探知機をもう一度見て、周囲に他の人間がいないことを再確認する。大丈夫だ、とりあえず危険な様子はない。今のところは。
スマートフォンをしまい、地面に捨て置かれたデイパックを拾う。人識たちの安否が不明である以上、これは回収しておかなくてはならない。少し考えたが、首輪も回収してそれぞれのデイパックにしまう。
できればここら一帯を他になにかの痕跡が残されていないか調べたいところだったが、時間がない。ここは次の禁止エリアの真っ只中だ。三時までにこのエリア内から脱出しなければ僕のほうが無事では済まない。

ただ、その前に。

どうしても手に入れておきたいものを探すため、僕は図書館内に足を踏み入れた。

746非通知の独解 ◆wUZst.K6uE:2017/11/04(土) 22:51:40 ID:hznMXV2k0
 



   ◇     ◇



 
【黎明】 F-6


一人で三つのデイパックを抱えて歩くのは、当然ながら体力がいるし、歩みも遅くなる。
急いで移動しなければならないと言った矢先に落ちていた荷物を余さず拾っていくというのは、傍から見れば欲の皮が張って見えるかもしれない。
もし移動手段が徒歩しかないという状況であれば、さすがに自分の荷物以外は諦めていただろう。

人識の乗っていたベスパが残されていなかったら。

運よくキーが刺さったまま放置されていた、このスクーターが手に入っていなかったら。

原付の免許なんて僕は持っていないが、どっこいここは公道ではない。そして運転するだけなら免許がなくてもできる。
事故さえ起こさなければ何も問題はない。ようは自己責任だ。

かくして僕は、三つのデイパックを身体に括り付けたまま悠々と禁止エリアからの脱出に成功した。まだ陽の昇らない時間、視界の暗い中での運転なので速度は抑え目だが、この調子なら予定より早くランドセルランドへたどり着けそうだ。


「これもまた、人識に助けられたってことなのかな……」


無意味に発した独り言はエンジン音にかき消される。さすがにそれは都合のいい考え方かもしれない。やってることだけを見ればただのバイク泥棒だ。
こんな時ではあるけれど、誰もいない夜の道路を他人の原付でひた走るというやや背徳的な行為に静かな高揚感を覚えている自分がいた。単なる現実逃避かもしれないが、こういうのも悪くはない。

時間と気持ちに余裕が出てしまったことで、再び暗澹とした疑問が頭をよぎる。
玖渚さんと、人識たちは無事なのだろうか。それとも番狂わせなく、水倉りすかの凶刃に斃れたのだろうか。
人識と伊織さんの二人に関しては、正直なところ後者の可能性が高い。そうでなければデイパックはともかく、二人の首輪だけが残されていた理由が説明できない。
図書館の中も一応ざっと探してはみたが、人の気配どころか、僕と伊織さんが立ち寄ったときから新たに誰かが中に入った形跡すら見られなかった。時間的に、あそこへの来館者は僕が最後になるだろう。禁止エリアを越える手段でもあれば別だが。

玖渚さんは……どうなのだろう。電話に出ないというだけでは判断材料としては薄い。
このベスパで薬局へ取って返すという選択肢もあったが、僕はそれを選ばなかった。
逃げと言われたら、それを否定する言葉はない。しかし、もし玖渚さんがまだ生きていて何らかの危機に直面している状態だったとしても、僕が戻ることによって事態が好転するとは思えなかった。むしろ彼女の提案した「リスク分散」の配慮を無碍にしかねない。
ならばせめて、この『遺書』を届けるべき相手に届けるのが僕の役割だと、そう判断した。
『遺書』にならなければいいと願ってはいる。ただ「電話に応答しない」という、この手紙を「いーちゃん」に渡すための条件はすでに満たしたと言っていい。残念ながら。


「……悪い想像ばっかりしても仕方ないよな。真実がどうかは、あれを見てみればわかることだし」


そう、玖渚さんたちの生死を確認する方法はすでに確保してある。
ついさっき、図書館内から回収してきた8枚のディスク。
数時間前にも一度、同じ場所で手に入れた死亡者DVD、その最新版だった。
できれば図書館全体をもう一度総ざらい的に調べたいところだったが、さすがにその時間はなかった。こればかりは「重要な手掛かりがあるかもしれない」という玖渚さんの予測が当たってないことを願うしかない。
図書館が禁止エリアになったあとでも、あのDVDは作成され続けるのだろうか? 『足りない4枚分のスペース』といい、謎を残したままの部分がいくつかあるけれどもうそれは仕方がない。
新たに手に入ったディスクが8枚、僕のデイパックにある。事実はそれだけだ。

747非通知の独解 ◆wUZst.K6uE:2017/11/04(土) 22:53:43 ID:hznMXV2k0
 
8枚。つまりは8人の死者の映像。
うち5人については、さっきの放送の内容が正しければすでに割れている。戦場ヶ原ひたぎ、宗像形、黒神めだか、そして人識が殺した真庭鳳凰と供犠創貴。
つまり放送をまたいで3人、新たな死者が出ているということになる。
ちょうど3人、という数字にはもはや悪意すら感じてしまう。このDVD自体、悪意以外の何物でもないという話だけれど。
本来なら伊織さんたちが入手する手筈だったこのDVDで伊織さんたちの生死を確認するというのは皮肉もいいところだが、見ないわけにはいかない。もしそこに水倉りすかが映っていたとしたら、それは重要な情報だ。

玖渚さんたちの遺志を継ぐために。


「……いや、だから『遺志』はまだ早いって」


どうにもさっきから、死を前提に考えすぎている節がある。
こんな非常時であることを思えば、仕方がないといえば仕方がないことだが。


それとも、僕はもともとこうだっただろうか。
誰かの死を、こうも簡単に受け入れる人間。
自分が殺したときは、ああも取り乱していた癖に。


ともかく事実の把握が先決だ。安全が確保できるような場所に着き次第、DVDを再生してみよう。幸いというか、手持ちの支給品にはノートパソコンがある。再生するための機材を探す必要はない。

……仮に、玖渚さんが本当に脱落してしまったとしたら、この殺し合いの打破を試みようとしている僕たちにとっては相当な痛手だ。彼女の機械工学の知識とスキルは常人の域をはるかに超えている。
すでにある程度首輪の解析は進んでいるらしいが、その解析結果さえ、玖渚さん以外の者に理解するのは容易じゃないだろう。僕が聞いたとしても、用語の意味すら理解不能に違いない。
『死線の蒼(デッドブルー)』。
凡人たる僕たちには、越えることすら許されない一線。
その玖渚さんでさえ一筋縄ではいかないこの首輪を解除することが、彼女なしにはたして可能なのだろうか?

あるいは、すでにいるのか。

何らかの方法で、首輪の解除に成功した者が。

もし僕が今、この首輪を外すことができたらどうするだろう。首輪さえなくなれば、今しがた僕がいた場所ももはや禁止エリアとしての脅威はない。どころか、この空間からの脱出も可能かもしれない。
ただし玖渚さんはこの空間を『非現実の閉鎖空間』と仮定していた。それが的を得ていたとしたら、首輪を外しただけでは脱出は不可能だろう。どうしても主催サイドへのアプローチが不可欠になる。
空を見上げる。時間はもはや夜より朝の領域に入っている。月はもう隠れて見えないが、次の夜もまた満月なのだろうか。

繰り返す満月。

閉鎖空間。

脱出不可能の非現実。

ふざけている。しかし、すべてはいま起こっていることだ。

首輪にそっと触れてみる。これひとつ外すだけでも、すでに四苦八苦の様相だ。ここから脱出することなど、僕たちの力だけでできるものなのか……?



「だったら、いっそのこと――」















――優勝を、狙ってみるか?















どくん。

心臓が妙な感覚を訴える。

風が頬を撫でつけ、その感触がいっそう肌を粟立てさせる。薄闇の中、ヘッドライトが照らす景色が妙にゆっくり流れていくのを、どこか他人事のように見ていた。

748非通知の独解 ◆wUZst.K6uE:2017/11/04(土) 22:55:45 ID:hznMXV2k0
 
何だ?

僕は今、何を考えた?












――『持てる最大の能力を発揮して最良の選択肢を選び最善の結果を収める』。それが僕の持論のひとつだったはずだ。ならば必然、あらゆる選択肢を念頭に置いておかなくてはならない。












そうだ、その通りだ。
だからこそ僕は、こうして殺し合いに抗うという選択を――












――ならば、『最後の一人まで生き残る』という選択肢は、十分に現実的なはずだ。少なくとも、主催に盾突いてまで脱出を図るよりは、ずっと。












「…………」


ゆっくりとブレーキをかけ、その場に停車する。
自分では落ち着いているつもりだが、心臓だけは早鐘を打っていた。ヘッドライトを消し、エンジンを切る。周囲に静寂が戻ってくる。
頭によぎった考えをもう一度反芻する。『優勝を狙う』。『最後の一人まで生き残る』。確かに今、僕はそう思った。誰に唆されたわけでもない、自分自身の発想で、だ。
……いや、その考え自体はもっと前から思いついていたのかもしれない。意識しなかったのは、それを考えないようにしていたからだ。
目の前の目的に専念することで、その考えから目をそらしていた。
当然だ。僕が他の参加者を押しのけて優勝しようなんていうのがどれだけ無謀な考えかは、僕自身がよくわかっている。僕がまだ生き残っていること自体が奇跡だと、ついさっき心に留めたばかりだ。
それでも、意識してしまった。目をそらしきれなかった。
きっかけになったのは、さっき図書館で死亡者DVDを回収したときだった。
今のところ作成されたDVDは、僕を含めた玖渚さんの協力者がすべて回収している。必然、その枚数もわかっているし、DVD自体にナンバリングが成されているから何枚目のDVDかも間違えようがない。
それはつまり、死者が何人で、生存者が何人か、最新のDVDさえ所持していれば明確であるということ。
僕の持つDVDの最新ナンバーは『36』。差し引きで、生存者の数は残り9人。
たったの9人。
45人いた参加者が、今や9人。そしてそのうちのひとりが、この僕であるという事実。

あと8人が死ねば優勝。

望む望まざるにかかわらず、残り8人の死で勝者が確定する。

今まで「自分が優勝する」というイメージは、おぼろげにすら掴めないほど完全皆無のものだった。それが「あと9人」という具体的な数字を知ってしまったことで、自分の中で形を成してしまった。
もしかしたら、自分の手に届く範囲にあるのもかもしれない、と。

苦笑とため息が同時に漏れる。我ながらなんて酷い考えなのだろう。『人数が少なくなってきたから、とりあえず優勝を狙ってみよう』などと。火憐さんあたりが聞いたら激怒するに違いない。僕のせいで死んだ人たちへの贖罪はどこへ行ったのか。
それでも、その思い付きについて考えないという選択肢は僕にはなかった。もしそれが、僕の最大の能力をもってして得られる最善の結果なのだとしたら、僕はおそらくそれを選ぶだろう。

それが、最も辻褄の合う解答なのだとしたら。



――『辻褄合わせ(ピースメーカー)』。



いつだったか、くろね子さんが自分のことをそう呼称していた。自分自身の悪癖への自虐と、おそらくは僕への皮肉として。
『辻褄が合わない状態が不安で仕方ない』――それに似た不安は、少し前から僕の中にも募っているのを自覚していた。ただし僕の場合、正確に言うなら『何が辻褄が合った状態なのか分からない』という不安に近い。
『優勝を狙う』という考えも、おそらくその不安から出てきたものだ。今の僕は、明確な解答を欲しがっている。「これが最適解だ」と誰もが認めるような解答を。
時宮時刻が死んだと知ったときから、それはずっと続いていたように思う。だけど欲してはいたものの、それについて考えること自体を放棄していた。「分からない」という不安からすらも、ずっと逃げていた。

749非通知の独解 ◆wUZst.K6uE:2017/11/04(土) 22:59:12 ID:hznMXV2k0
思いついてしまった今、僕は僕自身に問わなくてはならない。


優勝を狙うというのは、はたして最適な解答か?


それを目指すことが、僕にできるのか?


その選択はつまり、必要に迫られればまた誰かを殺すことになるかもしれないということだ。できるできないの話ではない。「やる」という決意が、この選択には必要になるということ。
二度と人を殺したくなどない。それは偽らざる本音だ。
でも、それ以外に最善の方法が見つからなかった場合、その本音を守り通すことができるだろうか。


そもそも、こんな選択が本当に最善だと言えるのか?


万が一、最後の一人まで生き残ったとして、そのとき僕は何を願う?


何を願えば、最適な解答だと認められる?


僕はくろね子さんのような名探偵ではない。たとえ正解を手に入れたとしても、『この解答は、はたして正解なのだろうか』という不安に取り憑かれ続けるだろう。
僕の目的とは、いったい何なのか?
僕が生きている意味とは、いったい何なのか?
分からない、分からない、分からない。
分からないから、考えないようにしていた。
考えても考えても、正解など出ないような気がしたから。
正解が出たとしても、それが本当の正解かどうか分からないから。










「……だったら、分からないままでもいいじゃないか」










そうだ、結局のところ僕は、僕にできる限りのことをするしかないのだ。正解が分からないなら、最大の能力をもって最善を尽くす。今まで通り、僕の流儀を貫けばいい。
僕のやるべきことは『殺し合いを打破するために行動すること』だ。やることは何も変わらない。玖渚さんの指示通りに「いーちゃん」と合流し、この手紙を渡す。それが今の僕に課された役割だ。
目的があるうちは、それを全うする。それだけでいい。
それが僕の生きる理由であり、贖罪だ。
ベスパのエンジンをかけ、アクセルを入れる。東の空からうっすらと夜明けが降ってくるのを背に、再び僕は目的地へと向けて走り出す。

せいぜい足掻いてみせよう。死ぬまでは、生きて自分の役割を果たし続けよう。

最終的に、誰かを裏切ることになろうとも。

僕の世界に、辻褄の合った解答を見つけるために。



『辻褄合わせ(ピースメーカー)』として。

750非通知の独解 ◆wUZst.K6uE:2017/11/04(土) 23:00:09 ID:hznMXV2k0
【2日目/黎明/F-6】


【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]スマートフォン、首輪探知機、無桐伊織と零崎人識のデイパック(下記参照)、ベスパ@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×8(うち一つは食料と水なし、名簿のみ8枚)、玖渚友の手紙、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11〜36)@不明
   炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス、懐中電灯×2、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン、
   鎌@めだかボックス、薙刀@人間シリーズ、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)、 誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、
   金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、 ノーマライズ・リキッド、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ、工具セット、
   首輪×4(浮義待秋、真庭狂犬、真庭鳳凰、否定姫・いずれも外殻切断済)、糸(ピアノ線)@戯言シリーズ、ランダム支給品(0〜2)
   (あとは下記参照)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う(瓦解寸前)
 1:「いーちゃん」達と合流するためランドセルランドに向かう
  2:玖渚さんの手紙を「いーちゃん」に届ける
 3:死亡者DVDの中身を確認する
[備考]
  ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形、零崎人識(携帯電話その1)が登録されています。
 ※阿良々木火憐との会話については、以降の書き手さんにお任せします。
 ※支給品の食料の一つは乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。
 ※DVDの映像は29〜36を除き確認済みです。
 ※スマートフォンに冒頭の一部を除いた放送が録音してあります(カットされた範囲は以降の書き手さんにお任せします)。



【その他(櫃内様刻の支給品)】
 懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、
 シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵チョウシのメガネ@オリジナル×13、
 小型なデジタルカメラ@不明、三徳包丁、 中華なべ、マンガ(複数)@不明、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、
 鍋のふた@現実、出刃包丁、おみやげ(複数)@オリジナル、食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、
 『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』(「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)


【零崎人識のデイパック】
零崎人識の首輪、斬刀・鈍@刀語、絶刀・鉋@刀語、携帯電話その1@現実、糸×2(ケブラー繊維、白銀製ワイヤー)@戯言シリーズ
支給品一式×11(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)
千刀・ツルギ×6@刀語、青酸カリ@現実、小柄な日本刀、S&W M29(6/6)@めだかボックス、
大型ハンマー@めだかボックス、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
携帯電話その2@現実、文房具、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×5@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数

※携帯電話その2の電話帳には携帯電話その1、戯言遣い、ツナギ、玖渚友が登録されています


【無桐伊織のディパック】
無桐伊織の首輪、支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ




※零崎人識、無桐伊織、玖渚友の死体、及び三人が身に着けていた物品等(首輪とデイパックを除く)は水倉りすかの魔法により消失しました

751 ◆wUZst.K6uE:2017/11/04(土) 23:01:01 ID:hznMXV2k0
以上で投下終了です

752名無しさん:2017/11/05(日) 01:26:57 ID:HmdfQnBs0
投下おつー
そうか、もう5分の1なんだよな……
色々と自覚や認識は進んだけど果たして合うべき辻褄はあるのか
なければ合わせれるのか

753名無しさん:2017/11/05(日) 02:12:08 ID:y4J2qcF20
投下乙です
そう来たか、というのが素直な印象
ですが思考の端々から様刻らしさが滲み出ていてマーダー化フラグが立ったときのシーンには思わずこちらもドキリとさせられました
だが様刻よ、生き残りの9人の中には強さランキング2位と3位がいるし3位とは遭遇ワンチャンあるぞ…

754名無しさん:2017/11/15(水) 16:09:48 ID:CoY2rlKQ0
お久しぶりです
月報失礼します
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
165話(+1) 9/45 (-0) 20.0(-0.0)

それと最新話Wiki収録しました
確認はしましたが見落としがあるといけないので何かありましたらお願いします

755名無しさん:2017/11/15(水) 16:11:56 ID:CoY2rlKQ0
…失礼、コピペミスりました
こちらが正しい月報でございます


話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
166話(+1) 9/45 (-0) 20.0(-0.0)

756名無しさん:2021/06/13(日) 01:40:12 ID:a7794f6M0
てす

757 ◆xR8DbSLW.w:2021/06/13(日) 01:42:21 ID:a7794f6M0
投下します。パソコンからの書き込みができなかった為、スマホ投稿になりますが、ご了承のほどよろしくお願いします。

758おしまいの安息(最後の手段) ◆xR8DbSLW.w:2021/06/13(日) 01:44:08 ID:a7794f6M0

  ◇


 鑢七花――真庭蝙蝠に拾われたあの人物を七花とあえて呼ぶならば――彼の惨状たるや、口にするのも憚られるほど極まっているが、しかし、しかし。改めて考えてみると奇妙な点もある。『混沌よりも這い寄る混沌』球磨川禊と、『天災』鑢七実の複合体が奇妙でないわけがないが、それを踏まえても――なぜ、鑢七花は眠っていた?
 刀が人を斬った代償としてはあまりにも大きい代償を負い、仕合に負けて、不貞腐れていた。不貞寝し、腐っていたのも、間違いない事実ではあろう。一方で、『誰の心境』が、そうさせていたのか。これも質さなければならないことだ。
 鑢七実の性質か――いや、いや。さながら死体が生命を得てしまったような、押したら崩れてしまいそうなほど儚げな七実ではあるが、彼女はその実、目的意識の塊だ。かつて、七花に七花八裂の脆弱性を指摘するために島から出たことも、七花を研ぎ直すための場をわざわざ設けたことも、七実の機能性を象徴している。今この場における刀としての彼女の行動など言わずもがなだ。彼女が刀――道具であればこそ、己が機能、目的を果たさんとするのは必然とも言える。
 では誰だ。決まっている。『却本作り』の出自を辿れば、球磨川禊しかあり得まい。
 しかしそれこそ本来はあるはずがないのだ。負け戦なら百戦錬磨、敗北すること一騎当千、そして、立ち上がること無二無三。たかだか致命的な挫折ぐらいで不貞腐れるなど、矛盾と言わず何という。

「■■■、■■■■■■■■■■■■」

 かつて、あるいは未来。『彼女』は言った。生徒会戦挙の会長戦。『人間比べ』のその果てにて。『彼女』は問うた。球磨川禊の負けても這い上がる姿について、負けてなお、立ち上がる球磨川禊の『強さ』について。『彼女』は説いた。球磨川禊が、弱くも果てしなく強かだからこそ、『却本作り』に制されてなお、立ち上がれるのだと。
 では、鑢七花は?
彼が立ち上がれなかった理由とはなんだ?
そして、『とがめ』という新たな『拠り所』を見つけた彼が曲がりなりにも――刀身も刀心も折れてなお、立ち上がれた理由とはなんだ?

759おしまいの安息(最後の手段) ◆xR8DbSLW.w:2021/06/13(日) 01:45:30 ID:a7794f6M0

 ◇


 これもまた、少し前の話。

『ふわぁ……』

 夜。草木の匂いも薄く、虫の音も、鳥の声もない。生命感の乏しい閑静な街中にあくびがこだまする。殺し合いの最中というにはあまりにも不釣り合いなほど呑気で、かつ退屈極まる大きなあくびだった。

「お疲れになられましたか」

 虚刀流、鑢七実が振り返りざまに尋ねる。虚弱さ薄幸さが形を成したような女に体調を心配されるとはまことに奇怪ではあるものの、七実の容態を加味してなお、あくびの主、球磨川の気は緩んでいた。

「禊さんにも眠たくなることなんてあるのですね」
『おいおい、そもそも人は夜に寝るものだぜ』

 過負荷、球磨川禊は当然のことをさも当然のように言う。いくら弱く、図抜けて弱く、果たして弱かったとしても、生物学上球磨川は人間だ。人である以上、眠気を抱くというのもおかしくない。ただそれは、おかしくないというだけだ。球磨川が眠たいだなんて寝言をほざくのは、なんとも奇妙な話のようにも思えた。奇矯でこそあれ、奇妙であるとは――。

「でしたら少し、お休みになりますか」

 夜の帳が下り、周囲一帯は暗い。灯りはついていないものの、このあたりには家屋がちらほらと並んでいる。休める場所くらいはあるだろう。ランドセルランドまではもうまもなくであるはずだが、逆に言ってしまえば、十分に休むなら機会はこれが最後になるはずだ。

『七実ちゃんがそういうなら、ちょっと休もうか』

 別に急ぐ理由もないしね、と。適当な民家を見繕うために、のらりくらりと歩き始めた。そんな彼の背中をじぃと見つめ、七実は省察する。これまでと、これからを。

 見て、観て、視て、診て、看る。持ち手の様子を、様態を、容態を。

760おしまいの安息(最後の手段) ◆xR8DbSLW.w:2021/06/13(日) 01:47:06 ID:a7794f6M0


 ◇


 探検と称して薄暗い家屋に突撃したわけですが、案の定何があるわけでもなく、ちぇーと不貞腐れた禊さんは横になられました。上等な布団に包まる禊さんの顔ときたらあまりにも安らかなものですから、見たことないほどに満たされておりますから、張り手のひとつでもお見舞いしたくもなりますが、閑話休題。
 
「さて、さて、さて」

 さて、と。思考を切り替える。思考を、あるいを趣向を。従者として、そして刀として、わたしがなにを研ぎ澄ませばいいのか、研ぎ、済ませばいいのか、今一度整理をする必要がある。これからについての、精査を。

「よく眠っていらして」

 眠る禊さんの頬を撫でる。七花よりも幼く、まだ張りを残した柔らかな頬からは、緊張感のかけらも感じられない。すやすやと眠るさまはさながら子どものようだ――いや、間違いなく禊さんは子どもなのでしょう。肉体的においても、精神的においても。
 さながら虫を潰す幼児のように、彼の中には良いも悪いもない。無邪気な狂気とでも申しましょうか。彼がしきりに申し開く、僕は悪くないという言葉。なるほど、言い得て妙かもしれません。文字通りに、悪くもなければ良くもない。何をしたところで彼の中では、何事もなく台無しで完結してして、自分勝手で、他人任せで、どうしようもなく、どうにもならない。他者と価値観を共有できず、まるごとに全てをおじゃんとする、群れを好みながらも群れに厭われる様をどうして大人と、人間と言えましょう。

「人間未満――幼きもの」

 しかし、群れに嫌われながらも、負けながらも、それでも禊さんは群れを成していたと聞きます。群れを率いていたと仰りました。マイナス十三組、『ぬるい友情・無駄な努力・むなしい勝利』の三つのモットーを掲げた泥舟の頭に、禊さんはいたらしい。曰く、わたしも所属しているそうなので、伝聞のように表すのも的確ではないでしょうが、良しとしましょう。悪いとしましょう。ともあれ、あまりにも幼く、世界が己で閉じている彼が、集団行動に向かない彼が、それでも人を率いることが出来でいたとするならば、彼にあるのは幼さだけではなかったということでしょう。

「目的――目標。モットー」

 勝ちたい。
 常敗無敵である禊さんの悲願は、その一言に尽きる。彼の持ちうる最大限の人間らしさであり、彼の人間性を担保するものであり、唯一にして無二の、他者と共有できる価値観だった。だからこそ、群れることをかろうじて許された。成し遂げた。
 先刻禊さんも仰られた通り、生憎とわたしは共感できない価値観ではあります。ただし、共有することはできましょう。負けたいと願っていたわたしの願いは、方向性は真逆であれど、故にわたしの願いこそ他者に理解はされないでしょうけれど、その内実は同じようなものなのですから。隣の芝生は青いだけと指摘されれば、返す言葉も見つからないので返す刀で斬りつけてしまいそうなほど、言葉にしてしまえば存外に陳腐な願いです。禊さんには『可能』がないから、わたしには『不可能』がないからこそ、自分にできないことをしたい――。ええ、当たり前の思いでしょう。

761おしまいの安息(最後の手段) ◆xR8DbSLW.w:2021/06/13(日) 01:48:04 ID:a7794f6M0

「…………」

 先程、禊さんは勝ちました。黒神めだかに、念願の相手に。詭弁であれ、奇策であれ、勝ちは勝ち。幼き混沌が掴む勝利としてはふさわしい、むなしくも誇らしい勝利を得ました。
 故に、でしょうか。禊さんの士気が著しく低下している、ように見えるのは。彼は大嘘吐きですから気のせいかもしれません。念願の勝利を掴んで次なる目標を失ったというならば気の毒かもしれません。――いえ、いえ。

「それも戯言、ですか」

 誰よりも弱いからこそ、厭世の念に埋まるように浸かっていたからこそ、誰よりも現実を省みず、現実味がなく、夢みがちで少年のような精神を持ち合わせていたはずのあなたが、あれなる勝利で満足する道理はありますまい。週刊少年ジャンプなる絵巻ような現実を切望していたからこそ、あの結末に絶望していたのに。
 そもそも禊さんの記憶は、他ならぬわたしが封印しているというのに、勝利の記憶も何もないだろう。

「殊の外、深く螺子が刺さっておいでで」

 だとしたら、やはり原因は黒神めだかということになるでしょう。彼女との果たし合いを望んでいた時のあなたは、それはもう思春期のように――思春期相応にうきうきとした様子でしたのに。わかってはいたことだ。これもまた、他ならぬわたしが言ったことですから。

「あなたは黒神めだかに縛られています」

 いや、黒神めだかの亡き今、――無き今あなたを縛るものなどないというのに。だとしたら、もはや自縄自縛と言う他にないでしょう。目標を、目的を、黒神めだかの打倒のみに据えてしまった、あなたの間違い。勝てば良かったはずなのに、踏み外してしまった過ち。唯一の人間性を失って、何をどうしたいのか。それを導くのが良いのか、悪いのか。

「いっしょにだめになる。ええ、ええ」

 想いを違えることはありませんとも。
 眠る球磨川の髪をあやすように梳く。本当に幼児のような寝顔だ。閉じた瞼の裏にあるのは、あの底知れない闇のような瞳なのでしょうか。はたまた、底抜けの空虚だとでもいうのでしょうか。今、禊さんは何を見つめているのでしょう。もはや人と決して分かり合えない、混沌の子。球磨川禊さん。
 わたしは――。

  ◇


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「■■■■■■■■■■■■」

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762おしまいの安息(最後の手段) ◆xR8DbSLW.w:2021/06/13(日) 01:48:51 ID:a7794f6M0



 四半刻も過ぎない頃。仮眠から起こしてランドセルランドに着きました。仮眠をとってなお眠たそうにしていたものの、まばたきをする間にはけろっとしておられます。「眠気」をなかったことにしたのでしょう。でしたら先の言葉はなんだったのかということになりますが、彼の言葉にいちいち荒波を立てることもありません。

「おはようございます」
『うん、おはよう。今日も清々しい夜だね』
「良い夢は見れましたか」
『そりゃあもう、幸せな夢がいっぱいさ』
「左様で」
『さっきあんな話をしたばっかりだからかな、七実ちゃんがいろんな姿で出てきてさ。七実ちゃんだけに七変化、なんて――おいおいそんな冷たい目で見つめてなんだよ? 可愛い可愛いギャグにいちいち目クジラ立ててたらこの世の中死にづらいぜ。夢でもそんな目をした七実ちゃんがいたよ。あの子はナース服を着ていたかな。弱った身体に最も近く、弱った心に寄り添う白衣の天使が、射殺さんばかりの視線を――死線を投げかけている。そのアンバランスさと言ったら名状しがたき興奮を覚えるけれども、別段僕の被虐性が飛び抜けているというわけじゃあないんだ』
「はい」
『本来あるべき姿とのギャップ――乖離、剥離、別離。やっぱりトキメキの原点ってそこにあるよね。七実ちゃんはツンデレって知ってる? あれも典型的な類型さ。一世代築いただけあって、あるいは今も連綿と続く文化なだけあって、ギャップ萌えとしてのお手本のような形とされているんだ』
「博識なことで」
『でもさあ、本来あるべき姿ってなんだよ』
「…………」
『あなたはかくあるべし、なんて一方的に決めつけておいて、レールから外れれば「あなたも人間らしいところがあるのね」なんて安心感を覚える。完璧な人間なんかいないんだと安堵する。――一方的で、差別的で、侮蔑的で、醜悪さに起因する萌え、それがギャップというものだけれど、もっとも黄金的な属性なだけに人によって定義が違うんだよね』
「よかったですね」
『とはいえ、とはいえさ、落差が萌えの基本なのは疑いようもない。『優等生然していた子のパンツが実はいちごパンツだった』なんていうも、取っ掛かりの一つだよね。ああっ! 夢の中にはセーラー服な七実ちゃんもいたんだぜっ!? 落差っていう意味ではこれ以上ないかもしれないね!』
「はい」
『ラブコメチックな七実ちゃんを見てたら投影しちゃったのかな。セーラー服こそラブコメのメッカ、ラブコメこそセーラー服! 軍事力のモチーフが今となってはコメディの、日常性の象徴なんてとんだ笑い話だけど、そんな滑稽さも僕は好きでね。僕が意地でも学ランを着ている理由も青春ラブコメがしたいからなんだぜ、知ってた? いやあ、箱庭学園にも出会いを求めて入学したけど、まったく全然だ。食パン咥えて走る女子がいないのなんのって。せっかく普通科なんてものがある学校に編入したんだからそんな普遍的なイベントに参加したかったものだけど、やっぱり僕にはだめだったよ』

763おしまいの安息(最後の手段) ◆xR8DbSLW.w:2021/06/13(日) 01:49:41 ID:a7794f6M0
「そうでしたか」
『僕の悲劇を抜きにしてもセーラー服ってブレザーにはない味があるよね。だってブレザーってエリートって感じがするだろう? やれやれブレザーが一般化した今でも放たれるブレザーの主張の強さにはさしもの僕でも辟易するよ』
「困りましたね」
『それで、なんでさっきの七実ちゃんはあんな楽しそうにしてたの?』
「――」
『あっ』

 省略。

『まあでもさ、ラブコメにも落差って必ずある――むしろ落差こと主眼といってもいい』
「……」
『『ビデオガール』や『宇宙人の王女』みたいな位相(リアリティ)の差も然り、平々凡々と『グラビアの同窓生』なんていう、ありきたりな位相(カースト)の差も然り。相手と違うからこそ見てしまう、見惚れてしまう』
「……」
『あくまでこれはプラスに生きる奴らの考え方さ。『主人公(プラス)』と『ヒロイン』――『勝ちヒロイン(プラス)』による舞台の話。舞台にすら上がれない僕みたいな負け犬は同族で群れるしかない、あるいは同族嫌悪で対消滅するしかない。話は逸れちゃったけど、めくるめく七実ちゃん大変身には僕も『包丁人味平』もびっくりな実況をしてしまったほどだけれど二話連続同じ話で紙幅を誤魔化すほど僕も優しくないぜ。だから、夢の映像は僕の胸の内に秘めるとするよ』
「そうですか」
『まったく、これが週刊少年ジャンプなら読者アンケートの集計結果を公表するとともに七実ちゃんのあられもない絵姿を描画することができたんだけど。第一位、第二位、第三位、エトセトラエトセトラ――みんなの願いが、みんなの想いが、みんなの期待が、そのページに詰まっているわけだから』
「ええ」
『人気投票――人気の数値化。よくあるシステム、ありきたりなストア商法、しかし夢を売る週刊少年ジャンプの一番根底にあるシステムが現実をまざまざと突きつけるアンケートだなんて、酷な話だと思わない? 弱肉強食、自然淘汰――なんて聞こえはいいけど、敗者は敗者のまま、あなたの作品は不要ですという世論を持ち出されて退場するしかない。あなたの作品が、あなたの思想が、あなたの信念が、あなたの理想が、あなたの現実が、あなたの存在が、世の中に噛み合わず、世の中に適合せず、世の中に爪弾かれ、世の中に疎まれ、世の中に蔑まれ、世の中に嘲笑われ、世の中に抹消され、不要で、不毛で、不当で、不敬で、不能で、不快で、どうにもならないほどどうでもいいと負け組レッテルを貼られるだなんて、なんとも奇縁なものだよ』
「はぁ」
『そういう意味では打ち切りリベンジに二作目を引っ提げて帰ってきた作家――あるいは連載を細々と続けているような作品にしたって、嫌われないために努力しているんだろうね。趣向を変え、初心に返り、社会を顧み、あまねく試行錯誤の末、結果は期待に適応することを選ぶ。なんてたって、枠は三つもあるからね。一番じゃなくても二番でいい、二番になれずとも三番ならば。皆様が望むのならばこのキャラを出しましょう、皆様が望むのならばこのキャラを殺しましょう、そう、あなたの望む姿に成り代わりましょう。夢の極地、憧れの最果てにあるのが嫌われないための努力だなんて、なんともナンセンスな話だとおもわない?』
「いえ、なんとも」
『そう、そうだぜ。世の中大半の人はどうでもいいと思っている。だって、そんな涙ぐましい努力なんて、好かれる才能をもった作品が一瞬で掻っ攫っていくからさ。好かれる才能と嫌われない努力――プラスとマイナス。持つべきものが持ち、勝つべきものが勝つ必然。敗者に待ち構えるのは、だらだらとした惰性。やれやれ、夢を見せるジャンプにしたって、夢を見せてくれないね』
「はあ、それで、なにが言いたかったのです」
『七実ちゃんのクラシカルロングのメイド服が第三位だったという話さ』

764おしまいの安息(最後の手段) ◆xR8DbSLW.w:2021/06/13(日) 01:50:51 ID:a7794f6M0

 冥土? めいど? なんだか可愛らしい響きですね。禊さんのこういった類の話は半分ほど聞いておけばいいとして、しかし、望まれた姿――に変質する話ですか。先程もそういえば、そんな話をされていたような。こすぷれ――成り代わる、確かそんな話を。
 話の途切れ目。わずかな呼吸の音が、一拍分。息をしたのはわたしだったか、彼だったか。息を呑んだのは、果たして。間隙を縫うように、わたしは言葉を投げかける。

「ひとつ、お尋ねてしてもいいですか」
『ん? どうしたの?』
「禊さん、あなたの目的――この戦場での目的を、改めてお伺いしても、よろしいですか」

 じぃ、と。
深く、深く、深く、見て見られて、観て観られて、目が合った。いつものように、嘘のような微笑みを湛えて。

『なんだと思う?』

 今度こそ、わたしは息を呑む。なにかはわからないけれど。なにかに圧倒されたような、不思議な心地で、だからわたしの胸は高まったような気がして。
 ですが次の瞬間には、禊さんはすっきりとした風に破顔しました。

『なーんて冗談冗談! 僕の目的は相変わらず、あのじいさんを串刺しにすることだよ。だって偉そうに偉くてムカつくだろ?』

 やっだなー、と。おどけた調子で笑う禊さんの顔を。わたしはじぃと、ずっと、見つめている。愛くるしい顔立ちの裏を見ようと、目を背けまいと、彼の瞳を認め、あなたの心が焦がれるよう見惚れていました。
 大袈裟な哄笑をやめ、おっかしーなんて嘯きながら、何気なしに禊さんは口を開きます。

『ねえ、七実ちゃん』
「なんでしょう」
『いい夢見れた?』
「……はい」

 いえ、悪い夢なのかもしれませんけれど。見つめても見惚れても、禊さんの瞳はどこまでも真っ黒でした。


  □


 それから間も無くのことです。
ごちゃごちゃとしたこの憩い場を徘徊するがらくたと遭遇しました。
がらくたの、がらくた、おもちゃの成れの果てです。

「―――人間・認識」

765 ◆xR8DbSLW.w:2021/06/13(日) 01:53:35 ID:a7794f6M0
投下終了です。
状態表は前回登場時と現在地以外変わりまりません。
細々とした修正とともに、wiki収録の際に訂正させていただきます。

766名無しさん:2021/07/15(木) 01:41:58 ID:zmmq06Jg0
Tesu

767名無しさん:2021/07/15(木) 01:43:42 ID:zmmq06Jg0
投下来ていた、お疲れ様です。
くまーはめちゃくちゃ喋ると思ったら省略されててわろた。
でも全然省略されてないってくらい喋りっぱなしですよね?
その辺りも含めて、なんというか安心したというかホッとしたというか、久しぶりの投下ながらも我が家に帰ってきた気分でした

768 ◆xR8DbSLW.w:2021/09/28(火) 15:35:03 ID:LwlWjwEc0
投下します。
前回と同様にスマホ投稿になりますがご了承ください。

769「柔いしのびとして」 ◆xR8DbSLW.w:2021/09/28(火) 15:37:59 ID:LwlWjwEc0


  ×

「なあ、とがめ」
「触るな」

  ×

「ごめんな、とがめ」
「いいから進め」

  ×

「懐かしいな、とがめ」
「知らぬわ」

  ×

「ごめんよとがめ。おれが不甲斐ないばっかりに」
「いいから。わたしに不用意に触るでないわ」

 再三再四繰り返される謝罪にほとほと嫌気が閾値に達しているおれではあるが、活用できるものはしていかねばあるまいよ。
身体も性根も、まるごと全て腐ったこいつにそれでも価値があるとするならば、残った価値を根こそぎ使い果たしてやろうではないか。まったく――まったく、本来価値すらないこいつに、生かすだけの価値を見出したのだ。
『冥土の蝙蝠』と謳われたおれの優しさには我ながら驚嘆を覚える。
接待好きもここまで至れば堂に入ったものということか。
まるで期待はしていないが、おれにわずかでも貢献しろ。迷惑をかけるな。そして死ね。

「だいたいわたしの髪になにを執着しておるというのだ。いいか、もう一度だけ命じてやる。わたしに触れるな」
「そうはいってもとがめ、せっかくまた髪が伸びたんだ。昔みたいに手入れをさせてくれないか」

 なんだ『この女』、おれの知らない一年の間で髪なんか切っていたのか。
恋する乙女じゃあるまいに。ろくでもない女という認識はしていたが、いよいよ気でも触れたか?
髪を切ったぐらいで、あの女の中でぐつぐつと煮えたぎっていた怨嗟の念は消えるはずなどないのに。
愚かしい――あまりに愚かしい、相変わらず。
人がーー人の願いが簡単に変わるわけがない。
本来、変わってなどいけないのだ。
『歴史』上の為政者が『人が変わった』かのごとく美女に溺れ、傾国至らしめたように。
変わるということは――死ぬことだ。変わりたいだなんて、なんと愚かしい。
先の殺人鬼ならぬ正義の味方――宗像形にしろ、どうしてそう、変わりたがるのかね。
理解に苦しむ。
思い返せば真庭蝶々――あいつも鴛鴦のやつと仲睦まじくなってから、やたらと死にそうに感じるんだよな。
――ああいや、死んだのか。おれの知らない――というか虚刀流も知らない中で。
そういう意味では、あの刀。――完成形変体刀。
件の業物を手にしたときのおれも、何かに狂っていたように思う。
魔性――魅力――『毒』。なるほど然り。
そして同時に、あの威風堂々たるがき、都城王土が渡してきた木刀の真価もこの辺りにあるというのだろう。

いずれにせよ、人は変われないし、変わったとして良いことなんかあるはずもない。
この国において――あるいは史上もっとも『人が変わる』柔いしのびとして、おれは断言する。

いや、ちがうか。
そもそも、目の前のこれ、――人だったもの、刀だったものの成れの果てを見て、
変わりたいだなんて思うばかがどれほどいるってもんだ。

「なあ、とがめ――」
「ええい鬱陶しい! そなたの仕事は! わたしの従者でないと言っとろう! いるだけで良いのだ、しゃきっとせんか!」

 なおも縋り付かんとする阿呆を、毒に触れないように足蹴にし、がつがつと前へ進む。
思いの外短気で、淑女と程遠いこいつの姿――もとい顔に相応しい大股歩き。
何度言えばわかる? 下僕としての価値すらないお前に、おれの従者が務まるとでも?
いくら絶刀ならぬ絶島暮らしの阿呆とはいえ、ここまで痴呆ではなかったはずだ。
聞いたところによれば、今の虚刀流は、姉の生き様が混濁した状態らしいが――。
これの姉――最悪の女、鑢七実がこれより思考能力が下だったとは思えない。
であれば、球磨川とかいうがきの影響か。
がきは、所詮がきだったということか……?

「…………むつかしいな」

 都城が警鐘を鳴らすまでの相手に、そこまでの過少な評価を下していいものか。
当然、甘い考えは捨てた方が良いと、あの時、寺小屋ならぬ学園から遁走したときに、供犠創貴なる小僧と結論付けた。
おれの忍法が無から産み出せないように、嘘もまた、無から産み出せないものだから。

770「柔いしのびとして」 ◆xR8DbSLW.w:2021/09/28(火) 15:40:46 ID:LwlWjwEc0
実際問題、一見しただけでえも言われぬ不快感を抱いたあいつの本質は頭の出来の悪さ――ではないだろう。
頭の悪さではなく性質の悪さ。問題はこちらであろうことは容易に想像がつく。人のことは言えねえが。

「うぅ……とがめ……! おれ、がんばるから。こんなおれでも必要だって言ってくれるんだもんな」
「…………」

 ちら、と。
おれの足蹴に感涙している気味の悪いやつを観察する。
口走る理解不能な言葉の意味を噛み砕くことをおれはしないにせよ――。
そういえば、と。

「そなた、ずいぶんとおしゃべりになったな」

 思い浮かんだ疑問を、おもむろに投げかける。
今のこいつに駆け引きなど不要だ。
その点だけ見れば手っ取り早くて助かる――まあ、『冥途の蝙蝠』の名折れと言われれば閉口せざるを得まいが。
さておき、そうだ。
基本的におれ自身が『接待』好きだからあまり気にしてはいなかったが――、
こいつは、そんな口の回る男ではなかったはずじゃなかったか?

「……、そうかな、確かに面倒なことは嫌いだけどさ」

 自己申告の通り、こいつは面倒事、厄介事を厭う傾向があった。
不承島の山小屋で盗み聞いていた会話を見るに、推測は大きく外していないだろう。
奇策士の言葉に返すばかりで、姉しか人間を知らないこのばかに、会話の崇高さなど理解できていなかったはずだ。
おれの知らない1年とやらで、会話の楽しさでも学んだっていうのか。
十分あり得る話だが――ぐちぐちと口煩い『奇策士』さまとの会話で目覚めるたぁ、ずいぶん被虐趣味なことだ。

 しかし、どうだろう。
生憎、おれの観察眼は鑢七実の『見稽古』とは異なり、肉体の観察に留まる。
虚刀流に刺さった大螺子の理屈や効果の細かいところは判じかねるが、
――この口の軽さはあいつらの影響もあるのではないか。
鑢七実、球磨川禊――先ほどの会話の様子を鑑みるに、とりわけ球磨川禊の軽薄さの影響が。
理屈というより、おれの観察結果に過ぎない。
それでも数えきれないほどの人間を精査したおれの観察眼には、我ながら自負がある。

「とがめ――?」

 虚刀流は一丁前に心配するように、こちらを覗きこむ。
近寄るなというのに、まあいい。
ついでだ、おれも接待してやるよ。

「なあ、虚刀流」
「なんだ、とがめ」
「しゃべるのは好きか?」
「……いや、別に好きじゃないよ。知ってるだろ。そういうのはとがめの管轄だったから」

 そうだな。
 この答えは、鑢七花、鑢七実、球磨川禊、誰のものでもいい。
 大して変わらん。
 だから、真に訊くべきは。

「じゃあしゃべるの、めんどうか?」

 ものぐさであることは把握している。
子猫ちゃんが変体刀の話をしているときも、会話を厭っているように見えた。
例え、おれが死んだという後の1年でこいつに変化が訪れたとしても――本質はやはり、ものぐさであることに変わりはない。
変質とは死である。
当然死とは並大抵ではない。
悲劇があり、変化を余儀なくされた奇策士が、かつての己を殺し、髪を白く染め上げたように。
こいつのものぐさを変えるとしたら、殺したというのであれば。
『それだけの出来事』があるはずだが――。

「――めんどう、……あれ、どうなんだろう、おれ……」

 虚刀流は困ったように首を傾げる。

771「柔いしのびとして」 ◆xR8DbSLW.w:2021/09/28(火) 15:41:32 ID:LwlWjwEc0
少なくとも、この子猫ちゃんとの思い出がとっさに出てくることはない。
心当たりは、ないのだろう。つまりは、それが答えなのだった。

「――いや、良い。変なことを訊いたな。忘れてよいぞ、七花」

 時に。
人がおしゃべりになる理由というのは、いくつかある。
おれのようにもともとがおしゃべりな気質であるにせよ、方向性はまちまちだ。
楽しいから、悲しいから、吐き出したいから、共有したいから、近寄りたいから、離れたいから。
――当然おれは、相手を『歓待』するためにぺらぺらと舌を回す。
相手を悦ばし、地獄に引きずり下ろした時に得られる、己の悦楽のために、おれは喋る。

 ならばこいつは。
鑢七花を通して窺える――球磨川禊と鑢七実のおしゃべりな理由は。

「――――」

 ……。
最悪だ――考えうる限り最悪だ。
虚刀流がやたら喋りたがるのは、やはりこいつらが原因じゃないか?
あるいはこれを好機――と見てもいいのだろうが、兎にも角にも最悪だ。
すぐさま考えられる可能性は二つ。
鑢七実の『高揚』と、球磨川禊の『不安』――あいつらの会話を聞くにこの辺りが妥当だろう。
――いや、その二つのない交ぜが、こいつの心理を作り上げているのやもしれない。

「まあなんていうかさ、やっぱりとがめの横にいるとおれも安心するっていうかさ――――」

 鑢七実の高揚は話が簡単だ。
こんな殺し合いも真っ只中、道端で口吻を交わすような精神状況だ。
『今のわたしは気分がいいので』、ね。正気かよ。
とんでもなく異常であることに違いはないが――それだけ意気軒高と昂っているのだろう。
昂っているときというのは、自然、口数も多くなる傾向にある。
あのさまで、あんな病弱貧弱脆弱を重ねたようなざまで、それでいて、おれの仕掛ける隙を見せなかった。
少なくとも球磨川のために尽くすつもりでいるのだろう。大人しく野垂れ死ねばいいのに。

「――――やっぱりおかしいよな、おれの隣にとがめがいないだなんてありえなかったんだ」

 対して、球磨川禊。
こいつがなかなかどうして難しい。
生来の気質――もあるのだろう。
だが、どうも本調子ではないようだ。

――『なんかまた頭がぼーっとしちゃって』『何か忘れてるような気がする』
『黒神めだかって、真黒ちゃんの妹だったのかも』『善吉ちゃんに、それに何よりめだかちゃ――』

おれもこの辺りで離脱はしてるが、しかしなかなかどうして、球磨川の口振りは異様ではあった。
まるでめだかちゃん――黒神めだかを忘れさせられているかのような、そんな口ぶり。
いや、『ような』なんて曖昧なことは言うまい。
なんらかの事情で、球磨川禊は黒神めだかを『忘れている』。

「――――あれはきっとなにか悪い夢だったんだ」

忘れなければならないほどの、事情があった。
――人為的に変わらなければならないほどの、何かが。

772「柔いしのびとして」 ◆xR8DbSLW.w:2021/09/28(火) 15:42:20 ID:LwlWjwEc0
 真庭川獺の『記録巡り』然り、関連するところでいえば鳳凰さまの『命結び』然り。
人や物の記録――記憶を辿る『術』はいくらでもある。
ましてや、規格外だという『大嘘憑き』。――記憶ぐらい『なかったこと』にするだろう。
ゆえに、出来る出来ないの話は無意味だ。
 問題があるとするならば、なぜそうなったのか。
あの様子では、そう、鑢七実が記憶を消していたように見える。
球磨川禊に心酔する鑢七実が記憶をわざわざ消去させているのだ。
のっぴきならない事情が覗いているが、中身については一度捨て置こう。

「おれもとがめも悪くないんだ」

 本題について。
鑢七花が小うるさいことについて。
諸々含めて結論付けるに、球磨川の『不安』が占める割合も相当に高いとみてもいい。
『忘れている』といっても、球磨川自身、どことなく自分の状態に居心地の悪さがあるようだ。
言葉の端々から察するに余りある。
精神と記憶のずれ、ねじれ、乖離。
あるべき姿と、今ある現実との相違。礎なき牙城。
とりもなおさず、深層心理に根付いた違和感が、球磨川を、ひいては虚刀流を不安に誘っているとするならば――。

「よいよい、七花。これ以上喋らんで良いわ。
 そうだな、ある意味においておぬしは悪くないのだろうよ」

 算数と逆算。始点と終点。現実と理屈。――本質を推し量る虚構の推理。
最悪だ。本当に最悪だ。
上辺を変えないために、根底を変えるようなやつらを、どうしておなじ人間と言える?
気色悪い、気味が悪い。気違いにも程があろう。
なにより最悪なのが、その変態ならざる変質行為がこいつらに生まれた最大の隙というのが、最悪だ。
『だとしたら』、どうする――?
こいつを拾った時、おれは胸に刻んだはずだ。

――『とがめが生きていてくれたら』。こいつが見ているのは、そんな願望が作り出した儚き幻想だ。
こいつに刺さった四本の大螺子によって人為的に植え付けられたものだったとしたら、これほど恐ろしいことはあるまい。

 甘く見ていたつもりもないが、正味、現実はいかにも世知辛い。
球磨川禊の心の空白、鑢七実の肉親の情――おれはこの手札を使って、なにをすべきだ?


  ×


 さて、そうは言っても残り十二名。
たかだか十二ととるか、されど十二ととるかはわかれるところであろうが、
球磨川と七実のことばかりを考えていても仕方がないといえば仕方がない。
早く始末をした一方で、本音を言うのであれば、二度と会いたくない。
ああいった、使う『言語』が違う人外どもには――おれさまお得意の『接待』技術も無用の長物となりうる。
勝手に死んでくれれば、越したことはない。頼むから死んでくれ。

 おれの最終目的はあくまで生還であり、欲を言うのであれば真庭の里の復興である。
ゆえに他の参加者とやらにも意識を向ける必要だってあろうよ。
ところが、だ。

773「柔いしのびとして」 ◆xR8DbSLW.w:2021/09/28(火) 15:43:57 ID:LwlWjwEc0
問題となるのは、おれの『手持ち』の弾が少ないことだ。
奇策士の背後を探ったように――虚刀流の有様を観察したように――。
おれの基本方針は相手のことを探ったうえで仕掛けるもの。
その方が当然、『骨肉細工』が有効に働くからだ。

 反して、今、おれの持つ材料は少ない。
あの青髪の天才――玖渚友という小娘を引き合いに出すまでもなく、だ。
 供犠創貴の意識はどちらかというと裏方を探る方に向いていた。
これについてとやかく愚痴を垂れるつもりはない。
おれとしても納得して着いていたのだ。結果として見えたものも多少なりともあろうよ。
結局のところいまなお行橋なる人間に遭遇できていないが、さておき。
都城王土の身体も、使いようによっては使えるところも多かろう。

 他方。ここに至ってなお、戯言遣い、無桐伊織、櫃内様刻、羽川翼、八九寺真宵、
五人についてとんと分からないというのは、きわめて劣勢に追い込まれていると言わざるを得まい。
携帯電話――といったか。
不思議な絡繰りがばらまかれている現状、誰がこちらの情報を掴んでいるとも分からない中、
一方的に情報が不足しているというのは、懸念するに余りある。
畢竟、おれの忍法を十全に活用するとなれば、全員の知識が不足しているともいえる。
だからこそ、与えられた情報で、球磨川禊や鑢七実の現状を推察しなければならないわけだが。
 そう、懸念というのであれば、水倉りすか。
小僧なりに目的に向かった邁進していた供犠創貴が信頼を置いていた、あの『駒』。
結局のところ、あいつについてわかったことも、実のところ少ない。
あくまで利害関係で結びついていたため当然だが、小僧はその辺りの情報管理は徹底していた。
虚刀流も一度会ったというが――瞬間移動的な術で逃げられたという。
瞬間移動的な術ならおれにも覚えがある。『省略』だかなんだか、細かい理屈は分からんが、そんな説明だったはずだ。

 都城王土の警告じゃないにせよ、
少なからず肝っ玉だけなら大物だった供犠創貴が惚れる『異能』使いだ。
瞬間移動なんて小手先の術が精々なんてことはないだろう。
まあ、あいつのことだ、見栄っ張り、虚勢だけでおれに張り合っていた可能性も否定しきれないが――、
実際として、おれたちと遭遇するまで生き残っていたという現実は、覆せない。
あの凶悪無比で悪名高い真庭喰鮫があっけなく死んだ殺し合いにおいて、何食わぬ顔で、生きていた。
『能力』の賜物か、『天運』によって導かれたのか。
どちらでも同じことだ。警戒に値する、という事実に変わりはない。

 球磨川たちが向かった方向は分かる。
それを直ちに追いかけるのが得策か。あるいは、時間の許す限り体勢を整えるのが先決か。
考え、考え、考え――――。


「――――」
「――――」
「――――」


 ――――考え、考え、考え。
そういえばこんな道、前にも通ったなと悟ったあたり。

 そこに赤色はいた。
唐突というにも足りない、あまりにも虚の間隙を縫う、瞬く間に。
溶け込むように、炙り出たように、自然に不自然に、
当然のように赤色はそこにいた。幽鬼のような感情を湛えた表情で。
その様子は、まるで人が変わったようで――

「――――七花っ!」
「ああっ!」

 弾けるように叫ぶ。
それが合図だった。
『時間』との勝負だった。

774「柔いしのびとして」 ◆xR8DbSLW.w:2021/09/28(火) 15:44:30 ID:LwlWjwEc0
【2日目/早朝/E-5 】

【鑢七花@刀語】
[状態]右手欠損、『却本作り』による封印×4(球磨川×2・七実×2)、病魔による激痛、『感染』?
[装備]袴@刀語
[道具]支給品一式
[思考]
基本:『おれは悪くない』
 0:『とがめの言う通りにやる』
 1:『とがめが命じるなら、誰とでも戦う』
[備考]
 ※時系列は本編終了後です
 ※りすかの血が服に付いていますが『荒廃した過腐花』により腐敗されたようです
 ※不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です
 ※掲示板の動画を確認しました
 ※江迎怒江の『荒廃した過腐花』の影響を受けました。身体にどの程度感染していくかは後続の書き手にお任せします
 ※着物の何枚かを途中で脱ぎ捨てました。どの地点に落ちているか、腐敗の影響があるかは後続の書き手にお任せします
 ※着物は『大嘘憑き』で『なかったこと』になりました
 ※『大嘘憑き』により肉体の損傷は回復しました。また、参戦時期の都合上負っていた傷(左右田右衛門左衛門戦でのもの)も消えています
 ※寝てる間に右手がかなり腐りました。今更くっつけても治らないでしょう

【真庭蝙蝠@刀語】
[状態]身体的疲労(小)、頭部のみとがめに変態中
[装備]軋識の服全て(切り目多数)
[道具]支給品一式×2(片方名簿なし)、愚神礼賛@人間シリーズ、書き掛けの紙×1枚、ナース服@現実、諫早先輩のジャージ@めだかボックス、
   少女趣味@人間シリーズ、永劫鞭@刀語
[思考]
基本:生き残り、優勝を狙う
 1:虚刀流を利用する
 2:強者がいれば観察しておく
 3:鑢七実は早めに始末しておきたい
 4:行橋未造は……
[備考]
 ※現在、変形できるのはとがめ、零崎双識、供犠創貴、阿久根高貴、都城王土、
  零崎軋識、零崎人識、水倉りすか、宗像形(144話以降)、鑢七花(『却本作り』×4)、元の姿です
 ※放送で流れた死亡者の中に嘘がいるかも知れないと思っています
 ※鑢七実と球磨川禊の危険性を認識しました。
 ※供犠創貴に変態してもりすかの『省略』で移動することはできません。また、水倉りすかに変態しても魔法が使えない可能性が高いです
 ※宇練銀閣の死体を確認しましたが銀閣であることは知りません
 ※体の一部だけ別の人間の物に作り替える『忍法・骨肉小細工』を習得しました


【水倉りすか@新本格魔法少女りすか】
[状態]魔力回復
[装備]手錠@めだかボックス、無銘@戯言シリーズ
[道具]支給品一式
[思考]
基本:優勝する
[備考]
 ※九州ツアー中、蠅村召香撃破直後からの参戦です。
 ※治癒時間、移動時間の『省略』の魔法は1時間のインターバルが必要なようです(現在使用可能)
  なお、移動時間魔法を使用する場合は、その場所の光景を思い浮かべなければいけません
 ※大人りすかの時に限り、制限がなくなりました
 ※それ以外の制限はこれ以降の書き手にお任せします
 ※大人りすかから戻ると肉体に過剰な負荷が生じる(?)

775 ◆xR8DbSLW.w:2021/09/28(火) 15:44:57 ID:LwlWjwEc0
投下終了です

776 ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:18:07 ID:cixHN0Dc0
先んじて感想を失礼致します。

>>非通知の独解
いよいよもっての終盤の雰囲気に呑まれている雰囲気を漂わせる様刻。
何でも望みが叶う。
それが嘘か真かはともかくとしても、生き残りを掛けてと言う意味ならどうあっても見てしまう部分ではありましょう。
その考えが良いか悪いかは別としても。

>>おしまいの安息(最後の手段)
様々な情動。
様々な思惑が混ざり合いながらもランドセルランドに到着。
黒神めだかに縛られていると称する鑢七実ではありますが、その鑢七実は球磨川禊に縛られていると言う印象。
いや、自縄自縛のように自ずから、ではありますけども。
そして現れた日和号。
ただまあ、日和号は、ねえ?
相手が悪いとしか思えないと言う。

>>「柔いしのびとして」
真庭蝙蝠による現状の考察。
鑢七花に起こった異常。
危険因子としか思えない球磨川禊と鑢七実への考察。
本当に何と言うか、鑢そのものが鬼門やね蝙蝠。
そして来たぜ、ぬるりと。
水倉りすか。
どちらにとっても恐らく分水嶺となったのはモチロンにしても、次の話を通してどうなるかこそがある意味では三人にとっての分水嶺だろうと思うとワクワクしますねぇ!

777 ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:20:31 ID:cixHN0Dc0



――待つのは、得意だった。





破壊の音に、目を開ける。
ゆっくりと意識が覚醒させる。
驚いている真宵ちゃんと、薄目を開けている翼ちゃん。
二人を視界に入れながら体を伸ばす。
良くも悪くも予想通り。
下部を失った日和号は、想定通りに動いてくれた。
言い方が悪いかも知れないけど、目覚まし時計として。

「…………さて」

行きますか。
伸びをしながら二人を見る。
翼ちゃんは変わりなく、真宵ちゃんは、少し怖がってるみたいだけど問題はなさそうだ。
事前に話していた通り。
隠れてても良いと言う言葉を気にせず、着いてくるらしい。
上々、上々。
つっかえ棒代わりに置いていた椅子を退かせば、すぐに外。
起き抜けに確認してなかったメールを確認し、

「……ッ…………」

止まり掛けた足を進める。
スクロール。
スクロール。
スクロール。
しながらも、一分と掛からずランドセルランドの中心まで向かえる。
そしてそこに居た。

「――――――人間、未満」
『そうだよ。僕が、人間未満だよ』

閉じて、向く。
一目見て、分かった。
ああ。
失敗したんだな、と。
勝てなかった。
いや、違う。
負けることさえ、出来なかったのか。
深みの増した、混沌のような瞳を見て思う。
それを憐れむことはない。
それを悲しむことはない。
それで、侮ることもない。
だけど、それにしても、

「人間未満」
『なに?』
「なにがあった?」

何かおかしい。
それは確信できた。
雰囲気が違う。
違い過ぎる。
根源的に何かあったと確信出来るほどに、何かが、違った。

778待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:21:56 ID:cixHN0Dc0
題名を入れ忘れていたので一回投下をやり直します。

戯言遣い、八九寺真宵、羽川翼、球磨川禊、鑢七実、日和号、櫃内様刻の投下を開始します。

779待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:23:15 ID:cixHN0Dc0



――待つのは、得意だった。





破壊の音に、目を開ける。
ゆっくりと意識が覚醒させる。
驚いている真宵ちゃんと、薄目を開けている翼ちゃん。
二人を視界に入れながら体を伸ばす。
良くも悪くも予想通り。
下部を失った日和号は、想定通りに動いてくれた。
言い方が悪いかも知れないけど、目覚まし時計として。

「…………さて」

行きますか。
伸びをしながら二人を見る。
翼ちゃんは変わりなく、真宵ちゃんは、少し怖がってるみたいだけど問題はなさそうだ。
事前に話していた通り。
隠れてても良いと言う言葉を気にせず、着いてくるらしい。
上々、上々。
つっかえ棒代わりに置いていた椅子を退かせば、すぐに外。
起き抜けに確認してなかったメールを確認し、

「……ッ……」

止まり掛けた足を進める。
スクロール。
スクロール。
スクロール。
しながらも、一分と掛からずランドセルランドの中心まで向かえる。
そしてそこに居た。

「――――――人間、未満」
『そうだよ。僕が、人間未満だよ』

閉じて、向く。
一目見て、分かった。
ああ。
失敗したんだな、と。
勝てなかった。
いや、違う。
負けることさえ、出来なかったのか。
深みの増した、混沌のような瞳を見て思う。
それを憐れむことはない。
それを悲しむことはない。
それで、侮ることもない。
だけど、それにしても、

「人間未満」
『なに?』
「なにがあった?」

何かおかしい。
それは確信できた。
雰囲気が違う。
違い過ぎる。
根源的に何かあったと確信出来るほどに、何かが、違った。

780待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:24:39 ID:cixHN0Dc0
『……? なにが?』

だけどそれを、認識していない。
当の本人が認識していない。
あるのか、そんなことが。
いや、有り得るか。
そんなことも。
視線をずらす。
一歩分、後ろに佇んでいる彼女。
鑢七実ちゃん。
黒曜石のような瞳が僕を映す。
彼女にはそんな能力は、異能とでも言うべき力はない筈だ。
ない筈だった。
だけど、目の前に居る。
丁度良く、『記憶をなかったことにした』存在がすぐ傍に。
どちらがそうしたか。
何て言うのは考えるまでもないことだ。
球磨川禊――人間未満は弱い。
それはきっと、今まで彼と遭ったことのある誰でもそう言うことだろう。
だけど。
不条理を。
理不尽を。
堕落を。
混雑を。
冤罪を。
流れ弾を。
見苦しさを。
みっともなさを。
嫉妬を。
格差を。
裏切りを。
虐待を。
嘘泣きを。
言い訳を。
偽善を。
偽悪を。
風評を。
密告を。
巻き添えを。
二次災害を。
いかがわしさを。
インチキを。
不幸せを。
不都合を。
受け入れて、しかし。
だけど。
何より。
敗北と失敗だけは受け入れず、成功と勝利を求めて止まない。
その人間未満が、失敗の記憶から逃げるとは思えない。
逃げ続けられると思えない。
逃げ切れるとも、思えない。
その弱さは受け入れない。
受け入れられないのが。
受け入れられないから。

「なら、いいさ」

『人間未満』なんだから。

「話し合いを始めようか」

781待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:25:54 ID:cixHN0Dc0
適当な椅子を起こす。
プラスチック製の、よくある椅子を。
序でに転がってるテーブルも起こして促せば、気にすることなく座った。
一応、周りのよく見える場所だから警戒くらいされる可能性は考慮していたけど。
どうやら雰囲気に反してそこまで捻くれてる訳じゃあなさそうだ。
七実ちゃんは、座るつもりはないらしい。
二人に目を向ければ、翼ちゃんは躊躇いなく、真宵ちゃんは少し下がって、それでも勇気を振り絞るように目を瞑って座った。
そこはかとなく威圧感を感じさせてくる七実ちゃん。
鋭さと湿り気を感じさせるじっとりとした目を、人間未満の目が向いてないのをいいことに向けてくる。
別にその辺り、ぼくが言う必要があることでも、言う理由があることでもない。
少し目を合わせただけで察してくれたらしい。
向こうから視線を切って周囲へと向け始めた。
正直、七実ちゃんなら目を向ける必要自体ないと思うけど、傍から見れば警戒している素振りがあるかないかで印象は変わってくる。
周りに目を向けてたせいで聞いてなかった、なんてことはないだろうから気にする必要はないか。

『それでどうしたんだよ欠陥製品? 僕たちの間に、言葉なんて不要じゃないか?』
「正直そうだとは思うけど、擦り合わせってのは必要じゃない?」
『それもそっか。じゃ、どうぞ?』
「首輪の解除に目途が付きつつある」
『おっ、やったぁ! 七実ちゃんの首輪を外せるってことだね!』
「ああ。本来なら自分の首を気にする場面のはずなんだけど……外れてるからな。とは言っても正直、詳しい所は翼ちゃんに任せてる」
『さっすがは翼ちゃん! 伊達におっぱいおっきくないね!』
「あ、あはは……まあ、正直まだ理解し切れてない所もあるから何とも言えないけど、まあ、理論は分かって来たって感じかな?」
「期待出来る、と考えてくれて良いと思う。と言っても現状だと翼ちゃんしか分解できる可能性はないんじゃないかな?」
『あっ、ふ〜ん……そう』
「どうした?」
『え〜? いや〜、べっつに〜? そ〜んなあからさまに七実ちゃんのこと〜、人質に取ぉ〜るなんて傷付いちゃうな〜、って』
「うるさい」
『はい』

若干、鬱陶しいムーブをしてきたのを両断。
と、言っても。
その面があったのは否定できない。
正直な話、ぼくが理解できなさそうな内容を理解できそうな翼ちゃんが脱落すると困るのは本当だ。
幾ら人間未満でも、ここまであからさまに言っておけば何もしないだろう。
しないよな。
しないと信じる。
しないと思うことにした。
それよりも、だ。
引っ掛かってたことがある。
引っ掛かったことがあった。

782待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:27:10 ID:cixHN0Dc0
「七実ちゃん」
「…………なんでしょうか」

他所にジッと目を向ていた七実ちゃんに声を掛ける。
まあ、大した用事じゃないけど。

「さっき壊した人形の頭、ある?」
「その辺りに転がってるんじゃないですか?」
「持って来てくれない?」
「……いいでしょう。いえ、人を使い走りにするなんて悪い人、とでも言っておきましょうか」

何でもないように。
と言うか迷いない足取りでどこかへ足を進める。
その後ろ姿を眺めながら、真宵ちゃんが口を開き、閉じる。
言いたいことがあるんだろう。
でも、言う勇気が湧かないんだろう。
何せ本人はまるで気にする素振りすらないんだから。
何か言おうにも、本当に自分の言ってることが正しいのかも分からなくなると言うものだ。
最もらしく言われると特に。
まあ。
閑話休題。
人形だ。
そう、人形。
日和号。
あれは割と、ドン引きだった。
翼ちゃんによって下側を丹念に破壊し尽くされた訳だから、もう動けもしないだろうと油断していた。
人間未満が来るまでの間、待機する。
その方針を定めて適当な、遠過ぎず近過ぎないスタッフ用らしい控室を見付けて一人でトイレに向かっていた時。
普通に移動してる日和号と遭遇した。
まあ、あれだ。
最初はクモか何かかと思った。
刀四本。
それらを器用に使った四足移動。
どこの一繋ぎの大秘宝の金獅子だ。
見えた瞬間に変な声が出たぞマジで。
心構えはともかく、日和号がまだ動けると言う情報とそもそも想定されてないはずの移動方法だったようでかなり動きが遅かった情報とが手に入ったのは幸いだった。
正直、遠くから物を投げ続けてれば何とかなりそうな気配もなくはなかったから人間未満達が来る前に排除しておくことも考えたけど、目覚まし代わりに利用させてもらった。
だけじゃない。
もう一つ。
七実ちゃんならキレイに壊してくれる公算もあったからだ。
無意味と見放して軽く。
無価値と見過ごして楽に。
そうこう思い返してる内に、後ろ髪を文字通り引き摺るようにして持って来た。
予想の通り。
ギリギリ引き摺ってはなかったから顔は綺麗だ。
まあ、それもあと少しなんだけど。

「…………これです」
「ありがとう。そのまま悪いんだけど、外殻だけ外せる?」
「微刀のですか? 出来ますけど」

なぜ? と無言の問い掛け。
多分だけど、と前置いて、

「この中に主催者の居場所に関する情報がある」

783待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:28:48 ID:cixHN0Dc0





「可能性がある。
 そもそもおかしなことだった。
 日和号――微刀の最初の居場所は地図で言う、E‐7の不要湖。
 これだけだったらおかしくはない。
 そもそも、不要湖には日和号が居る。
 そう言うギミック。
 そう言う構成都合。
 それで話は済んでいた。
 でも、それが変わった。
 不要湖から此処、E-6のランドセルランドに居場所を変えた。
 これがおかしい。
 ステージギミックはそのステージにあってこそだ。
 いや、そこに居ないと意味がない。
 にも関わらず、なぜ、移動した。
 いや、移動させた?
 いや、そもそもだ。
 なぜ、移動させる労力を割いた?
 不要なはずだ。
 このバトル・ロワイヤルには。
 あるいは一番初めなら、意味があったかも知れない。
 何も知らない参加者を惨殺する仕組み。
 そこから始まる勘違い。
 誰も積極的な者が居なかったとしても、そうでない者が居る可能性。
 それを醸し出すのに使えたかも知れない。
 だけど、無意味だ。
 この考えは無意味だ。
 なぜなら、全然普通に殺し合いを是とする存在ばかりだったんだから。
 それならステージギミックとして在り続けるのが正解のはずだ。
 正統のはずだ。
 なのになぜ。
 移動した?
 移動させた?
 殺し合いの加速?
 させる必要がない。
 目的があるとしても、それを日和号にさせる意味はない。
 嫌がらせ?
 この殺し合い自体がまさにそれだ。
 ならなぜ?

 一つ。
 そうする必要があったから。
 二つ。
 そうしたかったから。
 三つ。
 そうしなければならなかったから。

784待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:30:19 ID:cixHN0Dc0
 そうする必要がある要素なら、そもそも必要な場所にずらして置くはずだ。
 そうしなければならないなら、それ相応の理由付けが必要になるはずだ。
 だから――消去法になるけど――そうしたかったから、で考えさせてもらう。
 なぜ、そうしたかったのか。
 恐らくは、周知されてしまったから。
 掲示板に、不要湖を巡回しているロボットだと言う情報を広められてしまったからだ。
 わざわざ殺しに来るロボットの居る場所に行く理由もなければ、殺す――壊す必要のないロボットを壊しに行く奴は居ない。
 でも――多分。
 それだと困る誰かが居た。
 日和号と接触して欲しい、あるいは不要湖に誰かが来るようにしたい何者かが居た。
 でもそれなら、日和号が此処、ランドセルランドに留まり続けていた理由がない。
 留まり続ける理由がない。
 好きなようにウロウロ移動し続けていれば、不要湖に誰かが行けるようになったはずだ。
 にも関わらず、此処に居た。
 居続けて、居た。
 どれだけ軽く見積もっても三時間。
 四時間。
 偶然に遭遇して、放送を跨いだ上での時間まで考えたら。
 その倍の時間は居てもおかしくはない。
 だったら、おかしい。
 なんで、居続けているのか。
 つまりは極論。
 遭遇させたかった。
 その上で戦わせたかった。
 もっと言うなら、壊させたかった。
 そう言う誰かが居た。
 んだと思う。
 まだ居るのかも分からないけど。
 それであれば、説明がまだ付く。
 好き勝手に動いていない理由が。
 此処から離れてなかった理由が。
 一応の説明がつく。
 まあ。
 実際の所、主催者側の用意した自立兵器が移動してるんだ。
 地図のデータぐらいはあるだろう、って。
 それなら重要施設の情報もありそうだなって。
 本音はその辺りかな?
 これ以上に関しては実際に中を見ないと分からない。
 だけど、それも見て視れば分かるはずだ。
 どこまで合ってるのか。
 どこまで、間違っているのかも――――――戯言に過ぎないかも、知れないけれどね」

785待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:31:49 ID:cixHN0Dc0




無言。
皆の視線が無造作に置かれている日和号に注がれる。
中。
風が吹いた。
同時に、日和号の髪が無造作に千切れ飛んでいく。
手が伸びた。
七実ちゃんの手が。
それが何でもないように日和号の頭、その頭頂部に触れた。
瞬間。
割れる。
頭部。
球体。
その上側半分がいわゆる、くし切り。
そうしたかのようにバラけて広がる。
ゴチャゴチャ詰まった内部機構。
友が色々してるのを見たことがあるぼくでもあまり見慣れない物、と言うか見たことのないような物しかないのは所謂ロストテクノロジーとでも言うべき古っぽい機械だからだろうか。
そう考えている中で、変わらず七実ちゃんの手は動く。
まるで勝手知ったるオモチャにでも触るかのように。
慣れ親しんだ物を弄るように。
無造作に。
それでいて丁寧に。
何処に何があるのか分かり切っているような手付きで、時々何か考えるように手を止めはするものの分解していく。
ちょっと驚く。
そこまで応用の利くのかと。
内心で驚いて見るけど、どこか顰めっ面な、不機嫌そうな顔をしているから止めた。
無言のまま。
次々と内部を分解されていく様を眺め。
やがて。
その手が止まった。
明らかに違う。
明らかに異なる。
何処か見知った、それで居て日和号の中にあるとは思えない。
プラスチック。
見掛けたことのあるような、小さな電子機器がそこに在った。

「……………………これですね。これは、本来の微刀には組み込まれていない――だろう部品でしょう」
「そうだね」

786待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:35:07 ID:cixHN0Dc0
手を伸ばし、止める。
他のパーツに線が繋がってる辺り、変な取り方をして良いのか。
逡巡。
軽く見回し。
外れそうな部分に爪を引っ掛けてみれば、紛失防止らしい半透明のプラスチックに繋がった状態で外れた。
これでまず、間違いない。
一ミリほど出ている部分を爪で掴んで、抜く。
抵抗らしい抵抗もなく引き抜けたのは、これこそよく見るデーターメモリー。
日和号の頭部やプラスチックの部分が衝撃を吸収するような何かだったのか単に丈夫だったのか、割れたり欠けたりしてる様には見られない。
皆に見えるように掲げるようにして、もう要らないと判断したらしく残ったパーツを諸共テーブル上から排除して何故かまた顔を顰めた七実ちゃんはスルーしつつ、空いたテーブルの中心に置く。
全員が無言。
無音。
誰かが息を飲む音が、イヤに響いた。

「――これだね」
「これ、ですか?」
「これが、ね」
『これみたいだね』
「これが?」

疑問の声もある。
それでも。
嫌が応にも期待は高まる。
明確な、異質。
主催者側が用意していた、本来、中身を探る等と想定されていない筈の物から出て来た、明らかに他とは異なる物。
面積にして四センチ平方メートルにも満たないだろうパーツ。
これの中を見れれば、あるいは、と。

「――――――――」
「――――――――」
「――――――――」
「――――――――」
「――――――――」
「――――――――」

誰も。
手を伸ばさない。
パーツを置いて手を引っ込めたぼくも。
不安そうに周囲を見回す真宵ちゃんも。
興味深そうに見詰めている翼ちゃんも。
変わらずへらへら笑ってる人間未満も。
再び周囲の警戒に戻った七実ちゃんも。
誰も。
それに手を伸ばそうとはしない。
それでも。
努めてか、あるいは本当にそうなのか。
人間未満が口を開いた。

787待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:37:07 ID:cixHN0Dc0
『やったね欠陥製品! あとはこれを君のフィアンセの友ちゃんに見せれば万事解決だぜ!』
「いや、それは無理だ」
『え、なんで?』
「もう居ないからね」
『――――は?』
「もう居ないからね」

訝しげな顔をする人間未満、と二人に対して携帯を取り出す。
少し操作して、テーブルに置く。
メール。
データ容量の問題か。
あるいは見易いようにした配慮からか。
いや、配慮はまずないだろうから容量問題一択だろう。
そんな幾つもの題名のないメールの中。
一番最初にして唯一の題名付き。
起き抜けのぼくが確認したメール。
その題名は、

「『このメールが届いた場合、僕様ちゃんは既に死んでいる』……ッ?」
「ど、どう言……ッ! どう言うことですか戯言さん!」
「どう言うも何も。多分、書かれているままの事なんだと思うよ」
「違う! ……そうじゃない。そうじゃないわ、いーさん。一体、いつ、これを読んだの?」
「ついさっき。起きて部屋を出てここに来る最中に。友から何通もメールが来てた中の一番最初がそれ」

絶句。
声を荒げて立ち上がった真宵ちゃんと翼さん。
辛うじて翼さんは抑え込んだみたいだけど、動揺著しい。
さしもの人間未満も口を開けたまま固まっている。
この中で唯一反応らしい反応がないのはやっぱりと言うかなんと言うか、七実ちゃんだけ。
それでも一瞬、ぼくに目を向けただけ気にはなったんだろう。
それでもぼくは、ぼくは、言葉を止めない。

「デスノートって知ってる?
 まあ、人間未満は間違いなく知ってるだろうけど。
 その中の名探偵Lが一定時間操作する人間が居なかったら自動的にメッセージを送るようにしていた。
 言ってしまえばそれだけの、一部のラストから二部に繋げるための場面だけど、それに近い仕組みだろうね」

788待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:38:09 ID:cixHN0Dc0
さっきのメールを開き直してスクロールさせれば、一定時間操作がなかった場合に自動的に纏めておいたデータが送られる。
その一番最初のメールがこれだ、と書かれてあった。
一定時間。
それが一分なのか、五分なのか十分なのか。
それはわざわざ書かれてはいない。
それでも。
それでも友なら、トイレに行くにしても仮眠を取るだけにしても軽い操作だけでこんなシステムを止めることが出来るはずだ。
にも関わらずメールが送られて来た。
と言うことは。
そう言う事なんだろう。
電話は、してはいない。
することは即ち、その場に誰かが居たなら、繋がっているぼく達の存在を知らしめることになるからだ。
この場で、この状況で、そんな危険は犯せない。
ぼく一人ならあるいは、そんな危険を顧みずに電話していたかも知れない。
だけど。
出来ない。
出来なかった。
生きようって、言ったのに。
友の現状と、二人の命。
だけじゃない。
残った全員。
ぼくを含めたこの場の全員。
その命を天秤に掛けて、天秤に載せてしまって、載せてしまえて、出来なかった。

『…………………………大丈夫? 翼ちゃんのおっぱい揉む?』
「え……? なんでわたし……あ、いえ、それで落ち着けるのなら吝かではないですけど」
「戯言さん…………」
「大丈夫。落ち着いてる。落ち着けてる――――多分、まだ実感がないからだろうけど」

実感がない。
そう。
実感がない。
まだ。
そう、まだ。
まだこのメールが来ただけだ。
まだ、これ以降の連絡がないだけだ。
多分、電話しないのもその辺りがあるんだと思う。
本当に電話をしてしまって。
出なかったら。
ほとんど確定してしまう。
だけどまだ分からない。
天才であっても失敗はする。
プログラミングのミスか何かでうっかり勝手に送られてきただけの可能性もなくはない。
万にも、あるいは億にも満たない可能性ではあっても。
だからまだ、可能性はある。
生きている可能性が。

『欠陥製品』
「なんだい、人間未満」
『なかったことにしちゃおうよ』

789待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:40:45 ID:cixHN0Dc0



『なかったことにしちゃおうよ』
『こんなこと、あっちゃいけないことだって』
『なかったことにしちゃおうよ』
『こんなこと、起きていいはずがないんだって』
『なかったことにしたいって』
『思ってるんだろう?』
『考えてるんだろう?』
『感じてるんだろう?』
『だから』
『全部全部』
『僕と一緒に』
『僕達みんなで』
『なかったことにしちゃおうよ』
『あれも』
『これも』
『それも』
『どれも』
『なにも』
『全部』
『全部全部』
『全部全部全部』
『なかったことにしちゃおうよ』
『正も』
『否も』
『良いも』
『悪いも』
『嫌も』
『応も』
『何も』
『かも』
『嘆きも』
『悲劇も』
『惨劇も』
『喜劇も』
『仄かで』
『微かで』
『僅かで』
『幽かで』
『不明に』
『朧気に』
『曖昧に』
『漠然に』
『不鮮明で』
『不明瞭で』
『不分明で』
『不明確で』
『曖昧模糊で』
『有耶無耶に』
『戯言のまま』
『傑作なまま』
『虚構のまま』
『何も分かってないままに』
『なかったことにしたいって』
『だから、一言――言ってくれ』
『僕は味方だ』
『僕は』
『味方だ』
『こんなこと』
『あっちゃいけない』
『起っちゃいけない』
『有り得て良いはずがない』
『そう言ってくれればそれでいい』
『そう言ってくれれば、そのために動いてあげる』



『さあ――――――――僕の手を掴んで』

790待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:42:44 ID:cixHN0Dc0
「人間未満」
『ッ、ああ! 欠陥製品』
「君の前提が完全に間違っているという点に目を瞑れば概ね正解だ」



「忘れたのかよ人間未満」
「格好よくなくて」
「強くなくて」
「正しくなくて」
「美しくなくて」
「可愛げがなくて」
「綺麗じゃなくて」
「恵まれてなくて」
「頭が悪くて」
「性格も悪くて」
「落ちこぼれで」
「はぐれもので」
「出来損ないだ」
「それでも」
「こんなこと」
「あっちゃいけない」
「起っちゃいけない」
「有り得て良いはずがない」
「思ったよ」
「思ってるさ」
「考えたよ」
「考えてるさ」
「感じたよ」
「感じたに決まってるだろ」
「それでも」
「受け入れるのが」
「受け止めるのが」
「在るべきなのが、ぼく達だろ?」
「いやだから」
「覚えない」
「いやだから」
「忘れる」
「いやだから」
「なかったことにする?」
「らしくないなぁ、人間未満」
「不条理も」
「理不尽も」
「不幸せを」
「不都合も」
「愛しい恋人のように受け入れる」
「自分で言ったことも忘れちまったのか?」

791待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:44:44 ID:cixHN0Dc0



『うん。忘れた!』
「あっそう。ま、いいよ。少なくともまだ強がってる訳じゃないから気にしないで」
『そっか。そっかあ…………ま、でもいつでも言ってくていいんだぜ? 球磨川禊は二十四時間三百六十四日大体何処でも君のことを待ってるからさ! だって僕は、弱い者の味方なんだから!』
「さりげなく休みを作るな――でも、良かったよ人間未満。本質はそのままみたいでさ」
『? ――おいおい。分かったような口を利くじゃないか』
「悪い?」
『うんうん。悪くないよ』

軽い戯言。
そのやり取り。
でも、収穫はあった。
やっぱりどこまで堕っても、変わっていない。
人間未満は変われていない。

強者の害敵/弱者の味方

人間未満は変わっていない。
それが分かれただけで十分だ。
ただ、軸がないからブレている。
大切な軸がないからブレて見える。
今の七実ちゃんの軸が人間未満であるように。
人間未満にとって軸が黒神めだかだったのだ。
それだけだ。
それだけだった。
つまり。
方針は変わらない。
何時の間にか画面が黒くなっていたから付け直して、メールを更にスクロールする。
そしてそれを、テーブルに見えるように置き直した。

「まあ、一先ずの確認だ。
 首輪の解除方法は分かって来た。
 主催者の居場所もこれで目途も立ちそうだ。
 届いたメールの中には他にも情報はあるだろうしね」
「あ、だったらわたしはそっちを確認するわ。
 だから、この――タブレットは戯言さんに渡しますから交換しましょう?」
「ありがとう。
 それで、そっちだけど。
 それぞれジュースでも飲みながら確認しつつで共有してよ。
 日和号のデーターメモリーについてはこれからぼくが確認する」
『あ、それだったら七実ちゃんが携帯二つ持ってたからそっちにも送ってよ!
 って、勝手に言っちゃったけど七実ちゃんは別に問題ないってことで良いかなぁ?』
「――禊さんがそう仰るのでしたら」
「これ?
 って言うか持ってたのかよ……ちょっと待って。
 ……………………………………待ってね………………よし、送れた。
 これは人間未満と、真宵ちゃんに……で、良いみたいだね。
 あとは、間もなく最後のピース――友からの『手紙』が、此処に届く」

あるいは主催者にどうあっても見られたくない事柄か。
『青色サヴァン』の防御をも潜り抜けられる可能性を。
僅かなソレすら排除した、紙面での文章。
それを持った、櫃内様刻が向かっている。
真宵ちゃんが顔を左右に動かす。
翼ちゃんも、落ち着いている風ではあっても視線が周囲を舐める。
七実ちゃんは、何かに納得したように頷いて。
人間未満は、

『でも届くって、それさ』

嗤って、

『櫃内様刻が裏切らない保障があるの?』

言った。

792待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:46:15 ID:cixHN0Dc0




声が漏れていないか。
息が聞こえていないか。
思わず。
口を抑えながらそう思った。
尻から登ってくる床の冷たさも、気にする余裕はない。
気にも出来ない。

『だってここに居るのは五人だぜ?』
『君の友ちゃんが、仮に、本当に、仮定として、もしかしたらば、一つの仮の可能性として、そうだっととしてさ』
『残り人数が何人かなんて僕でも計算できる』
『十一人だ』
『僕と欠陥製品、七実ちゃん、翼ちゃん、真宵ちゃん』
『居ないのは』
『七実ちゃんの弟くん、人間失格、無桐伊織、真庭蝙蝠、水倉りすか』
『そして――――櫃内様刻』
『おいおい。おいおいおい、欠陥製品!』
『なんてこった!』
『此処に居る! 僕達が! 殺されてしまったら! 優勝がもう目の前じゃあないかッ!!!』

そう、目の前だ。
そう、考えたことだ。
集まってる五人が知らないだけで、零崎人識と無桐伊織の二人も恐らく死んでいる。
残り。
九人。
改めて、あまりにも生々しい数字が脳裏の浮かぶ。
居ないのは、鑢七花と真庭蝙蝠と水倉りすか。
文句なしの武闘派三人。
だけどそれ以上に、鑢七実と言う存在が際立っている。
だが、だ。
言ってしまえばその四人だけ。
その四人さえ何とかなれば、何とか出来るんじゃあないか。
最後の一人に成れるんじゃあないか。
幸か不幸か、その内の一人はそこに居る。
銃もある。
出来るんじゃないか。
普段なら。
絶対に過ぎらないだろう無謀な考えが脳裏を過ぎる。

「――――いや、大丈夫」
「きっとちゃんと来てくれる」
「味方として来てくれる」
「『手紙』を届けに来てくれる」
「友がそんな無責任な人間にモノを頼むとは思えない」
「増してやそれが、対主催の切り札かも知れない情報だぜ?」
「そんな重要な代物を持ってる相手が裏切る?」
「おいおい。おいおいおい、人間未満」
「それはいくら何でも侮り過ぎだ」
「それにだ」
「万が一、もしも、ほんのちょっと、僅かばかり、裏切ろうと思っちゃっても」
「仮に先制を打たれたとしてもだ」
「五人に勝てると思えるか?」
「仮に拳銃――爆弾でも良いけど、持ってたとして」
「投げられて爆発するまでの間に散らばって」
「その逃げてる相手の中から負傷してない人間を狙って撃つ」
「それが出来なければ後は数の暴力がある」
「出来るはずがない」
「やれるはずがない」
「道理にあってない」

793待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:47:35 ID:cixHN0Dc0
そうだ。
そうだ。
そうだ。
そもそも僕は一人なんだ。
だから五人に勝てるはずがない。
道具がある?
そんな物は同じ条件だ。
向こうも五人分の持ち物が最低限でもあるはずだ。
僕が持ってる物だって、向こうが持ってない保障はない。
考えるまでもないことだ。
当然の事じゃないか。
何を考えていたんだ、僕は。
ゆっくりと、息を落ち着かせる。
落ち着かせようと、息を吐く。

「でもまあ――見付かってもすぐには出て来ないかも知れないね」
「確証が持ててないのかも知れない」
「ぼく達が、友の味方だって言う確証が」
「でも」
「だったら分かるはずだ」
「放送が流れれば」
「自動的に十一人は下回る」
「その上で」
「ここに集まってる五人は自動的にチームだと分かってるはずだ」
「そして半分以上が集まってるのは友と組んでる以外に現状有り得ない」
『それでも出て来なかったら?』
「……………………敵、かなぁ?」

タイムリミットは放送後。
そのすぐ後。
それまでに決めないといけない。
『対主催であり続けるか』。
『優勝を狙いに行くのか』。
二つに一つを、選ばなければならない。



辻褄は、まだ合わない。



無意識に。
無為式に。
彼は狂っていた。
そもそもその場を離れると言う選択肢が抜けていた。
放送前には辿り着き、放送後には出てくる。
そう、決定付けられた話の流れを耳にして。
この場を離れると言う選択を消されていた。
虚言を。
戯言を。
耳に入れてしまったばかりに。
裏切るのか。
裏切らないのか。
そのタイミングすら、操られていると言うことに。
潜り込んでから時機を見て裏切ると言う選択肢を。
『遺書』を隠して交渉すると言うような選択肢を。
気付かない。
気付けない。
一見、正しそうな「正解」二つ聞かされたことで。
そのどちらかを選ぶしかないのだと思い込んでしまっていることに。
分からない。
分かれない。
陰に隠れたその姿を。
見透かされてしているとも知らないまま。

794待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:49:07 ID:cixHN0Dc0
【二日目/早朝/E-6 ランドセルランド】

【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康、右腕に軽傷(処置済み)
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
   赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り) 、錠開け道具@戯言シリーズ、
   タオル大量、飲料水やジュース大量、冷却ジェルシート余り、解熱剤、フィアット500@戯言シリーズ、
   タブレット型端末@めだかボックス、日和号のデーターメモリー
[思考]
基本:「■■■」として行動したい。
 1:これからどうするかを考える。
 2:不知火理事長と接触する為に情報を集める。その手始めに日和号のメモリーを確認する。
 3:その後は、友が■した情報も確認する。
 4:友の『手紙』を、『■書』を、読む。読みたい。
 5:危険地域付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
 ※八九寺真宵の記憶を消すかどうかの議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします
 ※日和号に接続されていたデーターメモリーを手に入れました。内部にどのような情報が入っているかは後続の書き手にお任せします
 ※玖渚友が最期まで集めていたデータはメールで得ました。それを受け取った携帯電話は羽川翼に貸しています。


【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]体調不良(微熱)、動揺
[装備]人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語、携帯電話@現実
[思考]
基本:変わらない。絶対に帰るんです。
 1:一先ず頂いたデータを見せてもらいますけど。
 2:あの、球磨川さん……? 私の記憶を消しといてスルー……?
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です
 ※玖渚友が最期まで集めていたデータを共有されています。


【羽川翼@物語シリーズ】
[状態]健康、ノーマル羽川、動揺
[装備]パーカー@めだかボックス、ジーンズ@めだかボックス
[道具]支給品一式×2(食料は一人分)、携帯食料(4本入り×4箱)、毒刀・鍍@刀語、黒い箱@不明、トランシーバー@現実、真庭忍軍の装束@刀語、
   ブラウニングM2マシンガン×2@めだかボックス、マシンガンの弾丸@めだかボックス、戯言遣いの持っていた携帯電話@現実、
[思考]
基本:出来る手を打ち使える手は使えるだけ使う。
 0:殺し合いに乗らない方向で。ただし、手段がなければ……球磨川禊は要警戒。
 1:情報を集めたい。ブラック羽川でいた間に何をしていたのか……メールを確認すれば分かるかも。
 2:メールを確認して、首輪に関する理解も深める。
 3:いーさんの様子に注意する。次の放送の前後は特に。
[備考]
 ※ブラック羽川が解除されました
 ※化物語本編のつばさキャット内のどこかからの参戦です
 ※トランシーバーの相手は玖渚友ですが、使い方がわからない可能性があります。また、相手が玖渚友だということを知りません
 ※ブラック羽川でいた間の記憶は失われています
 ※黒神めだかの扱いについてどう説得したか、他の議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします
 ※零崎人識に関する事柄を無桐伊織から根掘り葉掘り聞きました
 ※無桐伊織の電話番号を聞きました。
 ※戯言遣いの持っていた携帯電話を借りています。なのでアドレス帳には零崎人識、ツナギ、玖渚友のものが登録されています。

795待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:50:50 ID:cixHN0Dc0
【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『少し頭がぼーっとするけど、健康だよ。ただ、ちょーっとビックリしてるかな』
[装備]『七実ちゃんはああいったから、虚刀『錆』を持っているよ』
[道具]『支給品一式が2つ分とエプロン@めだかボックス、クロスボウ(5/6)@戯言シリーズと予備の矢18本があるよ。
    後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本かもあって、あ、あと七実ちゃんのランダム支給品の携帯電話も貰ったぜ!』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『0番はやっぱメンバー集めだよね』
『1番は七実ちゃんは知らないことがいっぱいあるみたいだし、僕がサポートしてあげないとね』
『2番は欠陥製品に気を配ることかな? あんまり辛そうなら、勝手になかったことにしちゃおっと!』
『3番は……何か忘れてるような気がするけど、何だっけ?』
『4番は、そんなことよりお菓子パーティーだ!』
[備考]
 ※『大嘘憑き』に規制があります
  存在、能力をなかった事には出来ない
  自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
  物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします
 ※始まりの過負荷を返してもらっています
 ※首輪は外れています
 ※黒神めだかに関する記憶を失っています。どの程度の範囲で記憶を失ったかは後続にお任せします
 ※玖渚友が最期まで集めていたデータを共有されています。


【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(小)、交霊術発動中
[装備]四季崎記紀の残留思念×1
[道具]支給品一式×2、勇者の剣@めだかボックス、白い鍵@不明、球磨川の首輪、否定姫の鉄扇@刀語、『庶務』の腕章@めだかボックス、
   箱庭学園女子制服@めだかボックス、王刀・鋸@刀語、A4ルーズリーフ×38枚、箱庭学園パンフレット@オリジナル
[思考]
基本:球磨川禊の刀として生きる
 0:禊さんと一緒に行く
 1:禊さんはわたしが必ず守る
 2:邪魔をしないのならば、今は草むしりはやめておきましょう
 3:いっきーさんは一先ず様子見。余計なことを言う様子はありませんから。
 4:羽川さんは、放っておいても問題ないでしょう。精々、首輪を外せることに期待を。
 5:八九寺さんの記憶は「見た」感じ戻っているようですが、今はまだ気にするほどではありません。が、鬱陶しい態度を取るようであれば……
 6:彼は、害にも毒にもならないでしょうから放置で。
 7:四季崎がうるさい……
[備考]
 ※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました
 ※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
 ※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました
 ※弱さを見取れます。
 ※大嘘憑きの使用回数制限は後続に任せます。
 ※交霊術が発動しています。なので死体に近付くと何かしら聞けるかも知れません
 ※球磨川禊が気絶している間、零崎人識と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします
 ※黒神めだかの戦いの詳細は後続にお任せします

796待ち人は来ず ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:52:08 ID:cixHN0Dc0
【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、極度の緊張状態、動揺、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]スマートフォン、首輪探知機、無桐伊織と零崎人識のデイパック(下記参照)
[道具]支給品一式×8(うち一つは食料と水なし、名簿のみ8枚)、玖渚友の手紙、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11〜36)@不明
   炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス、懐中電灯×2、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン、
   鎌@めだかボックス、薙刀@人間シリーズ、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)、 誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、
   金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、 ノーマライズ・リキッド、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ、工具セット、
   首輪×4(浮義待秋、真庭狂犬、真庭鳳凰、否定姫・いずれも外殻切断済)、糸(ピアノ線)@戯言シリーズ、ランダム支給品(0〜2)
   (あとは下記参照)
[思考]
基本:死んだ二人のためにもこの殺し合いに抗う(崩壊目前)
 1:「いーちゃん」達と合流するか、しないか? 対主催であり続けるか、優勝を狙うか?
 2:玖渚さんの遺言を「いーちゃん」に届ける?
 3:どうする?
[備考]
  ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形、零崎人識(携帯電話その1)が登録されています。
 ※阿良々木火憐との会話については、以降の書き手さんにお任せします。
 ※支給品の食料の一つは乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。
 ※DVDの映像は29〜36を除き確認済みです。
 ※スマートフォンに冒頭の一部を除いた放送が録音してあります(カットされた範囲は以降の書き手さんにお任せします)。
 ※ベスパ@戯言シリーズが現在、E-6 ランドセルランド付近に放置されています。
 ※優勝を目指すか、目指さないかの二択を突き付けられたと勝手に考えています。選択にタイムリミットがあり、それが次の放送のすぐ後だと思い込んでいます。

【その他(櫃内様刻の支給品)】
 懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、
 シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵チョウシのメガネ@オリジナル×13、
 小型なデジタルカメラ@不明、三徳包丁、 中華なべ、マンガ(複数)@不明、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、
 鍋のふた@現実、出刃包丁、おみやげ(複数)@オリジナル、食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、
 『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』(「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)

【零崎人識のデイパック】
零崎人識の首輪、斬刀・鈍@刀語、絶刀・鉋@刀語、携帯電話その1@現実、糸×2(ケブラー繊維、白銀製ワイヤー)@戯言シリーズ
支給品一式×11(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)
千刀・ツルギ×6@刀語、青酸カリ@現実、小柄な日本刀、S&W M29(6/6)@めだかボックス、
大型ハンマー@めだかボックス、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
携帯電話その2@現実、文房具、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×5@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数

※携帯電話その2の電話帳には携帯電話その1、戯言遣い、ツナギ、玖渚友が登録されています

【無桐伊織のディパック】
無桐伊織の首輪、支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ


※放送まではまだ時間があります。





こうして。
日和号の長い長い待ち惚けは、幕を下ろしたのだった。



【日和号@刀語シリーズ 解体】



――     。

見えない誰かと出逢えたことで。

797 ◆mtws1YvfHQ:2021/10/22(金) 21:54:13 ID:cixHN0Dc0
以上です。
大分久し振りのため抜けやミスなどがあるかも分かりませんので、ありましたら修正致しますのでご報告願います。
よろしくお願いします。

798名無しさん:2021/10/23(土) 00:24:52 ID:dIpVxf5M0
投下お疲れ様です!
数年越しとは思えないほどの安心感で、すごい楽しかった!
そして、話が進む進む。
日和号の役回りに関してもなるほどなーと思わされるし、
そこがキーアイテムになるとはなー。
首輪解除もそろそろもって目処がたったようですが、どうなるのかなー。
そんでいーちゃん。お、探偵してると思ったら思わぬ告白されて、八九寺じゃなくてもひっくり返るよ。
思ったよりあっさり流してるー!? と思ったら状態表が不穏な感じだし、
一人称で語られてるとはいえ信用できないなー、さすがというか。
遺書の中身、あるいは放送後の対応。そして様刻の今後の動向。
爆弾ばっかで今後が楽しみです!

まったく関係ないですけど、
>『…………………………大丈夫? 翼ちゃんのおっぱい揉む?』
ここすき。

799 ◆mtws1YvfHQ:2021/10/29(金) 23:09:23 ID:EvvJFjH60
特に反対意見などもありませんでしたので。
鑢七花、真庭蝙蝠、水倉りすかの投下を開始します。

800Time Remaining ◆mtws1YvfHQ:2021/10/29(金) 23:11:07 ID:EvvJFjH60




鑢七花に在る選択肢は速攻のみ。
よく、その肉体を観察していた。
否。
するハメになったからこそ、真庭蝙蝠は理解した。
理解していた。
故にこそ。
遭遇戦。
その瞬間。
一瞬でケリを付けるつもりだった。
あるいは、鑢七花を――一種の切り札を使い潰す――巻き込むつもりで手裏剣砲改め永劫鞭を使った永劫砲を放つのにも躊躇するつもりはない。
なかった。
水倉りすかが、刃物を構えるのも見るまでは。

「――――七花っ!」
「ああっ!」

弾けるように叫ぶ。
それが合図だった。
『時間』との勝負だった。

「逃げよ!」
「あ――あ?」

驚いた表情を浮かべているのを、無視する。
足を止めた鑢七花を追い抜いて。

「ランドセルランドに――」

心底。
絶対的に。
言いたくなかった言葉を吐き捨てる。
だが、それが間違いなく正解だと頭ではなく体が理解していた。
真庭蝙蝠は。
暗殺者である。
虐殺者である。
殺戮者である。
コト、尋常な果し合いでの実力においては鑢七実と対すれば敗北し、通常の鑢七花と対しても辛勝出来るか出来ないか。
その程度だと、理解している。
しかし。
であるが。
真庭蝙蝠は。
暗殺者である。
虐殺者である。
殺戮者である。
コトが殺しのみであるのなら。
経験が違う。
年季が違う。
回数が違う。
密度が違う。
故にこそ。
鍛え上げられて来た勘がある。
勘があった。
勘が言った。
目の前に居るのは死であると。
大穴のように。
大淵のように。
大空のように。
大海のように。
大地のように。
避けようのない代物であると。
死の数々を見て来た直観が告げる。
ウダウダと何か言いそうなのを眼で制す。
あの女が真庭忍軍を生き返らせると言わないのであれば、こう言うしかない。

801Time Remaining ◆mtws1YvfHQ:2021/10/29(金) 23:12:56 ID:EvvJFjH60
「わたしのために行って、勝て! そして」

ここまでは良し。
であるならば。
どうするか。
刃を己の腕に突き立てようとする水倉りすかを眺めながら。
冷静に。
冷徹に。
冷酷に。
瞬時に可能性を計算する。
片方を囮に片方を生き残らせる。
本来なら。
鬱陶しさ極まる鑢七花を切り捨てて己のみで逃げるのが。
正答だっただろう。
正解だっただろう。
正統だっただろう。
だが。
鑢七実が計算を狂わせる。
球磨川禊が計算を狂わせる。
この組み合わせに勝てるのか。
結論。
勝てない。
おれでは、勝てない。
正道も邪道もどちらでも。
だからこその鑢七花だった。
それを此処で捨てるのはどうか。
結論。
一瞬しか持たない。
そして水倉りすかの出来る瞬間移動があるのなら、稼げる時間が一瞬では駄目だ。
一瞬ではいけない。
片方なら納得できた。
片方なら妥協できた。
だが両方なら駄目だ。
両方では、いけない。
勝利と、時間稼ぎを。
その両方を満たせない以上は自分でやるしかない。
絶望的に低い可能性であってもそれに賭けるしかない。

「全員を生き返らせるのだ!」

躊躇い気味に、走っていく姿を眼で追う。
クソが。
遅い。
死ね。
そんな悪態が出て来そうになるが、そんな時間も惜しい。
喉に手を当て、視線を戻す。

『のんきり・のんきり・まぐなあど』

おぞましい光景だった。
血の海。
間欠泉の如く溢れ湧くそれを、見たことがない。
今まで幾十、幾百を殺してきた真庭蝙蝠をして、人体からあれほどの血が出てくる様を知らない。
いや、ハッキリ言おう。
出るはずがない。
だが実際に起きている以上は、あれは水倉りすかが原因だ。

802Time Remaining ◆mtws1YvfHQ:2021/10/29(金) 23:14:31 ID:EvvJFjH60
『ろいきすろいきすろい・きしがぁるきがぁず』

何があればああなるのか。
見れば見るほど訳が分からねえ。
理解し難い。
見え隠れする何かが頭蓋骨に染みる。
痛む。
軋む。

『のんきり・のんきり・まぐなあど』

だから。
理解を放棄する。
放棄してただ、考える。

『ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず』

考察の材料は幾つかある。
まず一つ。
瞬間移動の能力だ。
瞬間移動。
瞬間的に移動する。
移動範囲は何処から何処までか。

『まるさこる・まるさこり・かいきりな』

は。
正直、然程に重要じゃあない。
移動。
それには二つの壁が立ちはだかる。

『る・りおち・りおち・りそな・ろいと・ろいと・まいと・かなぐいる』 

距離と時間だ。
逆に言えばこのどちらかを解消できれば瞬間移動は可能になる。
『省略』出来る。
だろう。
としか流石に思えない。

『かがかき・きかがか』

そしてもう一つ。
おれ達が近寄らなくなった途端、自分に刃を突き立てた。
自分から近寄らずに、だ。
忍法・骨肉細工で過去に見た姿を真似出来なかったような制限があるはず。
自分から寄ろうとしなかったなら、その能力にあるのは範囲制限じゃあない。

『にゃもま・にゃもなぎ』

恐らくは、骨肉小細工での相乗りで生じたような時間制限。
ならばすべきは時間稼ぎか。
だが、距離を無視できる相手にどれだけ稼げる。
稼ぐ必要が出てくる。
分からないのは、酷く困る。

『どいかいく・どいかいく・まいるず・まいるす』

頭から手を放す。
暴君の頭脳は乗せた。
青く染まる髪を見られたところで気にもしないだろう。
何せ奴は、おれを見ていない。
見ているのは所詮、生き残りの一人程度の価値だ。
己が上位で居ると言う確信だ。
その余裕は利用出来る。

『にゃもむ・にゃもめ――』

賭けは、後に回せれば回せるほどいい。
喉に触れる。
暴君の相乗りはクるが、一分も掛からないだろう。
おれの体とは言え、我慢してもらうとしよう。
痛いのは別に好きじゃあないが仕方ねえ。

803Time Remaining ◆mtws1YvfHQ:2021/10/29(金) 23:16:09 ID:EvvJFjH60
『――にゃるら!』

女が、笑った。
いかにも水倉りすかが成長したような女が。

「ふぅぅぅ…………三十秒だけ話に付き合ってやるぜ、真庭蝙蝠」
「きゃは。どんな手妻だ、お嬢ちゃん?」

三十秒。
ならばその倍を稼げれば見込みはある。
逃げさせられる見込みが。

「手妻じゃねえよ、魔法だよ。
 色々と世話を掛けた礼もある。
 何より冥途の土産ってヤツだ。
 薄々勘付いてそうだから言ってやるが…………『時間』だ!」

三十秒。
その重みが増した。
が、口が軽いのはやはり余裕か。
なら虚を突ける。
時間の操作。
なのに三十秒。
ならば操作出来るのは絶対的に流れている時間じゃない。

「属性は『水』。
 種類は『時間』。
 顕現は『操作』。
 成長したあたしの前に、時の流れなんて何の意味も持ちやしない!」

そうじゃなけりゃあ、ずっと今の姿のままのはず。
何の意味も持たないってのは大言だな。
出来るのは自分に関する時間への干渉のみって所か、負荷が大きいか。
ともあれ、おれの時間で三十秒。
その時間。
冥途の土産に、

「っと――ここまで」

貰って行こう。
顔を伏せたまま。
声を発す。

804Time Remaining ◆mtws1YvfHQ:2021/10/29(金) 23:18:32 ID:EvvJFjH60
「だッ……?!」
「《跪け》」

三十。
膝を付いた。
隙に喉を弄る。
二十九。
少し驚いた顔をし。
二十八。
力を入れようとして。
二十七。
だが立てない。

「あたしの時間を」

二十六。
小細工する。
二十五。
一瞬でバレて良い。
一瞬だけ騙せればいい。
二十四。
要所は、既に押さえてある。
喉を抑えたまま顔を上げる。

「少し戻したぜ――」
「ぼくを殺すのか?」

二十三。
おれの顔を見て止まり。
二十二。
口から出る、供犠創貴の声。
それを聞いて。
二十一。
驚き。
二十。
固まり。
十九。
歪み。
十八。
歯軋りし。
十七。
憤怒に染まる。

「蝙蝠ィィィィィィィイイイイイ」

十六。
十五。
十四。
十三。
その間だけで十分だ。
叫んでくれて有難う。
喉の調整が済んだ。
出力は怪しいが。
出来る。

「《爆ぜろ》」

十二。
ピー。
と。
鳴った。

「イイ!!!!! ――え?」
『禁止エリアへの侵入を確認』

十一。
誤作動。
望んだ物じゃない。
だが、良い。
十。
意識が逸れた。
九。
おれから、首輪を見た。
八。
この一瞬は想定外。
その一瞬も頂いた。
七。
三秒掛けて吸い上げた空気と。
冥途の土産を、
六。

『30秒以内にエリア外へ』
「――手裏剣砲!!!」

五。
喰らうが良い。
改め、永劫砲。
四。
無闇無数の鞭がバラけながら、水倉り






時間は僅かに戻る。
鑢七花が背中を向けて逃げ出したばかりの頃に。

805Time Remaining ◆mtws1YvfHQ:2021/10/29(金) 23:20:27 ID:EvvJFjH60



「とがめ――っ!」

一切の躊躇なく。
鑢七花は走っていた。
全盛の頃より遅い。
それでも走っていた。
何故か。
簡単だ。
命じられたから。

「ランドセルランドに、わたしのために行って勝て」

そう。
命じられたから。
走っていた。
何故。
何故、走っているのか。
鑢七花に疑念が尽きない。
何故、走っているのか。
とがめを置いて、何故。
分かっている。
分かっている。
ランドセルランドには、あの人が居る。
姉ちゃんが、居る。
勝てるのか。
おれに、勝てるのか。
勝てるのか、じゃあ駄目だ。
勝たないといけない。
どうやって。
どうやれば勝てる。
いやそもそも。
とがめがいないのに。
隣にとがめがいないのに。
おれの隣にとがめがいないのに。
勝つ必要が、あるのか。
意味が分からない。
意味が見当たらない。

「おぬしは悪くないのだろうよ」

ああ、そうだ。
おれは悪くない。
そうだろう。
おれは悪くないんだ。
仮に姉ちゃんに勝てないとしても。
初めから、おれじゃあ勝てないって言ってたのに。
だから負けたとしても、おれは悪くない。
悪いのはおれじゃない。

「おれは初めから言ったんだ」

とがめが一緒に居てくれるなら。
そう言ったのに。
だから。

『おれは、悪くない――悪いのは、とがめだ』

806Time Remaining ◆mtws1YvfHQ:2021/10/29(金) 23:22:04 ID:EvvJFjH60
【二日目/早朝/E-6】
【鑢七花@刀語】
[状態]右手欠損、『却本作り』による封印×4(球磨川×2・七実×2)、病魔による激痛、『感染』?
[装備]袴@刀語
[道具]支給品一式
[思考]
基本:『おれは悪くない。だって、おれは悪くないんだから』
 0:『とがめの言った通りランドセルランドに向かう』
 1:『とがめのために戦う。そして全員生き返らせる』
[備考]
 ※時系列は本編終了後です
 ※りすかの血が服に付いていますが『荒廃した過腐花』により腐敗されたようです
 ※不幸になる血(真偽不明)を浴びました。今後どうなるかは不明です
 ※掲示板の動画を確認しました
 ※江迎怒江の『荒廃した過腐花』の影響を受けました。身体にどの程度感染していくかは後続の書き手にお任せします
 ※着物の何枚かを途中で脱ぎ捨てました。どの地点に落ちているか、腐敗の影響があるかは後続の書き手にお任せします
 ※着物は『大嘘憑き』で『なかったこと』になりました
 ※『大嘘憑き』により肉体の損傷は回復しました。また、参戦時期の都合上負っていた傷(左右田右衛門左衛門戦でのもの)も消えています
 ※寝てる間に右手がかなり腐りました。今更くっつけても治らないでしょう











「ジャスト――ゼロ秒」
『この首輪は爆発します』

何かが。
抜け落ちる。
鑢七花はそれを見た。
己の胸から突き出、萎びるように細まっていく腕。
その先で脈動している、何かを。

「見れたのは、良い夢だったの?」
『禁止エリアへの侵入を確認』

細まった腕が抜ける。
同時に、その体が崩れ落ちる。
ギリギリのところで、間に合った。

『30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』

結論から言おう。
水倉りすかは間に合った。
真庭蝙蝠を消し去り。
鑢七花も殺す。
ギリギリのギリギリ。
高々二人を殺し切るのに三十秒も要らないと侮って。
大半の時間を真庭蝙蝠一人に消耗させられながら。
ギリギリのところで間に合った。
そこで。
前へと倒れた鑢七花とは対照的に。
後ろへと、水倉りすかは倒れた。

「ゥ、ぁァァゥぁァぐァアぁァァああッ……!」

肉体へのフィードバック。
過剰極まった能力の代償。
辛うじて。
周りに聞こえてしまえば危うくなる。
その意識が働いて声を抑えてはいた。
しかしそれも、

『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』

まるで無意味。
鳴り響く首輪の音が、情け容赦なく居場所を知らしめる。
そして悶え苦しむ水倉りすかをそのままに。
『時間』は容赦なく。
三十秒を、超えた。



【真庭蝙蝠@刀語 死亡】
【鑢七花@刀語 死亡】
【水倉りすか@新本格魔法少女りすか 生存】

807Time Remaining ◆mtws1YvfHQ:2021/10/29(金) 23:23:43 ID:EvvJFjH60













『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』











『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』









『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』







『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』





『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』



『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』
「…………生きて、る……?」

悶え苦しむこと、暫く。
ようやくそれらを飲み下すことに成功した水倉りすかが呟いた。
同時に。
口から溢れた血が喉に詰まろうとするのを横に向いて垂れ流し、辛うじて気道を確保する。
胸の上下。
それに合わせて出てくる咳と鮮血。
痛みが、まだ生きていることを自覚させた。
何故。
その言葉が過ぎる。
鳴り続けている首輪の警告が、己の死のリミットだと思った。
思ったから、無理矢理にでも殺しに掛かったと言うのに。
生きている。
生きている。
生きている。
生きている、と言うことはつまり。

「間違いなの。この言葉は――?」
『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』

808Time Remaining ◆mtws1YvfHQ:2021/10/29(金) 23:25:49 ID:EvvJFjH60
禁止エリアに侵入していない。
以上は、退避する必要がない。
当然の理屈だ。
なら、この首輪が発しているのは、本来は侵入した場合に発せられる警告。
その警告の誤作動。
それだけだった。
何ともなしに首輪を撫でていた手が、血溜まりに落ちる。
気が抜けたのだ。
最早間に合わない。
そう思ってしまったが故の決死行。
一念が、幸か不幸か外れたことに。
気が抜けた。

「は、ぁ゛……ぶ、ぐゥづ」

それでも。
睡眠による逃避も許されない。
全身を蝕む痛み。
腹底から喉元を過ぎていく血の味。
喧しく鳴り続けている、首輪の音。
それらが、僅かな逃避を許さない。
だが水倉りすかはそれを甘受する。
己の身に、限界が近いと察しても。
そう。
水倉りすかは止まれない。
留まるつもりもない。
気怠げに。
泥から身を起こすようにその上体を起こし、足元を見た。
自分とは違って俯せに倒れ、動かない肉。
腹が痛んだ。
空腹に。

「…………」
『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』

立ち上がらぬまま。
躰を捩るようにその背に乗りかかり、ゆっくりと口を開く。
触った感じは、硬い。
筋肉質で、キズタカのように、軟らかくはない。
だけれども。
食べれないほどでは、ない。

「いただきます」

の言葉もなしに。
水倉りすかは大口のまま。
ガブリ、と。
ズブリ、と。
グチリ、と。
食らい。
飲み。
喰らい。
呑む。
キズタカのモノのように効率的ではなくとも。
少しでも。
僅かでも。
木端でも。
ちょっとだけであったとしても。
回復させなければならない。
空腹と言う本能に駆られて。
失った血肉を求めて血肉を貪る。

『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』

809Time Remaining ◆mtws1YvfHQ:2021/10/29(金) 23:27:21 ID:EvvJFjH60
もしも――が、あるとするならば。
それはこの時だったかも知れない。
目の前の肉に喰らい付かなければ。
真庭蝙蝠の肉体を残していたなら。
自分の血の匂い以外感じられれば。
己が口を付けようとした死肉から発せられる、病毒と腐敗の薫を感じられていたならば。
鑢七実の『却本作り』によりオマケ感覚で加わっていた『病魔』。
江迎怒江の『荒廃した過腐花』によって塗りたくられた『感染』。
その二つに侵された肉を。
己の腹に詰め込もうなどと、思わなかっただろうに。

「     ぅヴぃぃぐぐがァァああが、ギがァァあォィっが、ァ、ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

良くて即死。
悪くて悶絶。
その悪を引いたのは偶然とは言えないだろう。
幾度も訪れた死の痛み。
それを乗り越え続けてきてしまったが故の弊害が、恩恵か。
あるいは。
血が独りでに、無意識的に働いているのか。
動けた。
動けてしまえた。
動けてしまえば、動くしかない。

「キズ、タカ……キズタカァ……!」
『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』

痛々しさを乗り越えて。
禍々しさが身を乗り出す。
血涙と血泡を零しながらも。
新本格魔法少女は歩き始める。
向かう先は、ランドセルランド。



終局の『時間』は近い。



【二日目/早朝/E-6】
【水倉りすか@新本格魔法少女りすか】
[状態]身体的損傷(内外両方・中)、魔力回復、経口摂取による鑢七実の『病魔』と江迎怒江の『感染』の両方を罹患
[装備]手錠@めだかボックス、無銘@戯言シリーズ
[道具]支給品一式
[思考]
基本:優勝する
[備考]
 ※九州ツアー中、蠅村召香撃破直後からの参戦です。
 ※治癒時間、移動時間の『省略』の魔法は1時間のインターバルが必要なようです。
  現在の再利用までの時間は約50分です。
  なお、移動時間魔法を使用する場合は、その場所の光景を思い浮かべなければいけません
 ※大人りすかの時に限り、制限がなくなりました
 ※それ以外の制限はこれ以降の書き手にお任せします
 ※大人りすかから戻ると肉体に過剰な負荷が生じる(?)
 ※『感染』しました。腐敗しながら移動しています。
 ※肉体が限界を迎えつつあります。
 ※首輪から延々と、
  『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』
  と鳴り続けています。



※E-5に不自然に繰り抜かれた地面と、その真ん中に真庭蝙蝠の首輪が残されています。
※E-6に食べ掛けの鑢七花の死体があります。
 死亡時に所持していた支給品一式はそのままです。

810 ◆mtws1YvfHQ:2021/10/29(金) 23:30:05 ID:EvvJFjH60
以上となります。
当初の予定とは違いますが、これにてランドセルランドに参加者全員集合で決戦の地はほぼ確定となったかと思います。

抜けやミスなどがあるかも分かりませんので、ありましたら修正致しますのでご報告願います。
なお、途中の一か所で水倉りすかの名前の途中から先がないのは仕様です。
よろしくお願いします。

あと、感想をありがとうございました。

811名無しさん:2021/10/31(日) 17:33:49 ID:HbCAT1UU0
投下乙です
りすか、人食に慣れすぎてたせいで最低最悪の食中毒起こしちゃったねぇ…

812 ◆xR8DbSLW.w:2021/11/08(月) 02:21:11 ID:Bt7Dj9I60
投下お疲れ様です。

直近の話の感想を先んじて。

真庭蝙蝠、1面ボスの汚名返上と申しますか、
真庭忍軍としての面目躍如として色々動いていたキャラですが、
ここにきて脱落とは。お疲れ様としか言いようがない。ある意味ではバトル・ロワイアルに真摯に向き合っていた数少ないキャラとも言えるでしょう。水倉りすかの脅威的な力に屈してしまったわけですが、それでも迫るものがあり、ここまで生き残ってきた底力を見せてくれました。キズタカの声を出すシーンなどはいかにも真庭蝙蝠って感じでとても好きです。

鑢七花、蝙蝠に対してなかなかの不運に見舞われた彼にとって、
ここで死ねたことはあるいは救いだったかもしれません。
死が救いというのはなんともな話ですけれど。
彼にとってとがめの命令の最中に死ねたのは、ある意味不幸中の幸いなのでしょうか?
とはいえ、彼が残した土産物も、りすかに多大な影響を与えているようで。

というわけで、様刻、りすか、投下します。
例によって慣れないスマホ投稿で申し訳ありません。

813Q&A(12+1) ◆xR8DbSLW.w:2021/11/08(月) 02:22:41 ID:Bt7Dj9I60



/ くえすちょん編


 ◇


 後悔はしない。意味がない。
その時々に応じて僕は最善の行動をしているはずだった。
病院坂に言わせてみれば『誰だって人は最善だと思う行動をしているものだ』なんて講釈を垂れてくれるだろうが、
いないものは仕方がない、いきさつがどうであったとして僕が殺してしまったのだから彼女の長話にはおさらばだ。

 振り返れば稚拙だったかもしれない。
直面してみれば愚行だったかもしれない。
だが、結果が仮に悪かったとして、反省こそすれども、後悔をする必要がどこにあろうか?
後悔だなんて言うのは考えなしに行動する無軌道な馬鹿のすることであって、僕は違う。僕は人だ。
『人は考える葦である』なんていうのは今更得意げに語るまでもなく著名なパスカルの一節である。
人は考える――当たり前に、あるべきように。風に揺れ動くだけの雑草と一緒にされては困る。
僕が、僕たちがか細い葦だとしても、目の前に取捨選択の権利があるなら、
将棋の最善手を模索するのもさながら、選択した後の結果を考えるのが人として当然のことだ。
妹の夜月がいじめられてると知ったあの日、夜月の足の骨を折った。
思考の果。選択の末。僕は夜月を物理的に不登校にすることを選んだ。
失敗はあった。反省はあった。
でも、失敗ばかりに固着するほど僕も暇じゃあないんだ。
苦慮の結果として上々に着地したのだ。それが事実だ。十分じゃないか。
熟考の末に導かれた結果であるならば、良しであれ悪しであれ、受け入れるべきだ。

814Q&A(12+1) ◆xR8DbSLW.w:2021/11/08(月) 02:23:32 ID:Bt7Dj9I60
 平和だった世界。
暴力があって、死者があって、犯人があって、平和な世界。僕の世界。
あーあ、夜月元気かな。
丸一日僕に会えてないなんて夜月が心配だ。
変な気を起こさなければいいけど。
夜月はまだ精神的に幼い。幼く、拙い。
無桐伊織、もとい零崎舞織は馬鹿を演じていた節があった。
それも一つの生き方――処世術なのだろうか。
反して夜月は一手先の展開を読むことを知らない。将棋にしろ、生活にしろ。
件のいじめが原因かは断言できないけれど、それでもやはり僕が傍にいてやらないと。
ほっといたら琴原あたりに喧嘩を売りに行っちゃうかも。
強い気概が夜月にあるとも思わないけれど、そこはそれ、僕たちは兄妹だから。
窮地に追い込まれた時にする行動は案外似通っていたりする可能性もある。
ああいや、それ以前に。
数沢くんはもう死んだけれど可愛い可愛い夜月を付け狙う不徳な輩は多くいる。
世界に巣食う害悪に意地悪されないか心配だ。
我が妹ながら、夜月の愛らしさと言ったら世界一だぜ。

 そういえば琴原、あいつも今頃どうしてるのかな。
僕に一日会えなかったぐらいで騒ぐようなやつじゃないけど、もしかすると電話の一本でもくれているかな。
ほら、あいつってあれでいて僕にメロメロ、
いやもうメロメロ通り越してモワモワだから電話に出なくて泣いちゃってるかもしれねー。ははは。
――なんて、そんな戯言、箱彦に話したら呆れたような表情をするだろうけれど、否定はしないだろう。
そこに僕の責任もないし、僕の後悔も全くないけれど、
僕を起点として世界を壊してしまったあの幼馴染コンビ、
もとい僕の恋人や僕の親友の姿を思い返すとやはり胸に迫るものがあった。
今だったら英語のノートだけじゃなくって今まで見せたことのない数学のノートだって見せてやりたいよ。
肩甲骨だって触って弄って狂ってやるのにな?
箱彦、おまえは知らないだろうけど琴原の肩甲骨ってすげえんだぜ?
あいつの異名は『肉の名前』じゃなくって『骨の形』の方が案外ぴったしだったりするかもだ。
文学チックな馨りがして結構結構。

 …………えっと。
 …………んー。
 …………あー。

「――ほんと」

 どうかしてる。
何回目だ。いい加減に目を覚ませ。過去を追想することに今は意味がない。
『今』、考えるべきことはそんなことではないだろうに。
『楽しかった』思い出に馳せる時間はもう終わったのだ。
病院坂を弔ったあの時に。あいつらの世界を見送ったあの時に。
ずるずると思い出を引き摺り生きていくと決めて、それでも前に進むと決断して。
ならば僕には生きていくしかないと言うのに。

「思考を止めるな、止めるな、止めるな」

 口に出す。無駄ではない。言葉にして、言霊にして。
僕は、決断する。
簡単なことだった。
単純なことだった。
純粋なことだった。
自明なことだった。
明快なことだった。

「――優勝」

僕の世界は音も立てずに壊れ果てる。
グッバイ、常識。ハロー、混沌。
さようなら、世界。こんにちは、新世界。

815Q&A(12+1) ◆xR8DbSLW.w:2021/11/08(月) 02:24:43 ID:Bt7Dj9I60


 ◇


 道は二つに一つ。
主催の打倒か、参加者の打倒か。
二者択一。そのはずだ。
冷静に考えてみれば――そう、努めて怜悧に考えてみれば極めて簡単な構造だ。
鑢七花にしろ、鑢七実にしろ、球磨川禊にしろ、『いーちゃん』にしろ。そして当然僕にしろ。
一度、主催と名乗るあの集団に敗北している。正確を期すならば負けてすらいない、文字通りに勝負にならなかったのだ。
言い逃れ出来ないほど完膚なきまで、徹底的に徹頭徹尾。
『バトル・ロワイアル』と称される計画に連行された時点で、勝敗は喫している。
寝込みを襲われたのか、催眠術でも仕掛けられたのか。
到底僕には及びもつかないような手段をもってして、気付かぬうちに僕たちは不知火袴の演説会場にいた。
これを敗北と、不戦敗といわずに何という。

 分かっていたことだ。
ずっと前に、始めから。その一点においてはこの期に及んで殊更あげつらう必要はない。
満場一致の共通認識。絶対の力関係。首輪という束縛の象徴を持ち出すまでもなく。
僕たちはもれなくまぎれもなく、一様のモルモットに過ぎないのである。
不知火袴らを主として、僕たちを従とする関係であることに、異を唱えるものもいないだろう。
――いや、それは僕に逆らえるだけのスキルがないから自虐的に考えているだけか?
自罰的とも取れるけれども――しかしそこの諧謔にはさしたる意味などなく、
僕の思考経路がこうであったという事実は疑いようもない。

 ならば、だ。
『いーちゃん』を取り巻くあの五人の集団に交じり、主催の打倒を考えるというのは、あまりに迂遠が過ぎるのではないか?
日和号を解体して何かを見つけたらしい。
『死線の蒼』こと玖渚友が解析した結果がある。
それこそ僕の内には『遺書』なるものが控えている。
首輪の解除ももうまもなくだ。なるほど、終局はもうすぐそばまで迫ってきいる。
いいじゃないか、素晴らしい。
 ――それがどうした?
だから、それが、それらが、『破片(ピース)』が、結果として何へ導くというんだ?
パズルをしてるんじゃないんだぞ。
僕たちが強いられているのは、演じているのは、殺し合いだと、始めから分かっている。理解している。突きつけられている。
パズルがしたけりゃ大人しく死んで地獄で石積みでもしてろよ。いい頭の運動にでもなるんじゃないか?
『破片』を拾って、組み立て、ジグソーパズルよろしく図面を完成させたとしよう。
その破片は誰が用意したものだ?
僕たちか? ――まさか。
全部、主催がご丁寧に用意したロードマップに過ぎないじゃないか。
よもやそれが救いになるとでも?
玖渚友が集めた情報だって、突き詰めれば主催が用意した『電子機器』を介して手に入れたものなんだろ?
玖渚友を本当に恐れているというならば、そんな電子機器廃しておくことだって可能だったんだ。
極論、一部参加者に課されているという『制限』をかければ良い。

816Q&A(12+1) ◆xR8DbSLW.w:2021/11/08(月) 02:25:45 ID:Bt7Dj9I60

 あるいは、外部からの助けか? 参加者にも、主催にも属さない第三勢力。
もしくは主催と一口に言っても一枚岩ではなく謀反を企てている人物がいるのだろうか?
――冗談じゃない。それこそお話にならない。
仮にそのようなら人物がいたとして、主催にとって慮外の出来事が起こっているとしよう。
だが、計画に支障をきたすような大事なこと、主催も把握しているはずだ。
首輪には盗聴器が仕込まれているかもだなんて話が一時期あがっていたように、
僕たちが常に主催の監視下にあることはある種の前提として機能している。
 そして、その前提は限りなく正解に近い。
第二回放送の少女にいわく、
――『何人か疑っている方がいるようなので先に言っておきますが、内容に嘘はありませんよ』
第三回放送の不知火袴にいわく、
――『今回は少しばかり、会場内で通常ならぬ事態が発生しているため、加えて報告しておこうと思います』
 必ずしも二人が、真実起こったことをそのまま伝えているわけでもないだろうけれど、
曲解も過ぎればただの頓馬、額面通りに受けって差し支えない言葉だと思う。
彼らは僕たちを監視し、支配し、滞りなく運営している。
この計画が実験と称される以上、ぽいと放り込んではいおしまいとはならないことは、
小学校の理科を履修していれば誰でも察せられる。
実験とは観測し結果をあげてこそ。
実験とは計測し結末を仕上げてこそ。
僕たちはどこまでいっても、主催の掌の上なのだ。

 内心焦っているのか?
存外既に破綻しているのか?
もう取り返しがつかないほど、主催が壊滅しているのか?
もう取り戻しがきかないほど、主催は破滅しているのか?
――それでも、それでも、僕たちはまだここにいる。殺し合いをしている。
主催たちは逃げ出すわけでもなく、淡々と、着々と、計画を推し進めている。
僕たちに必要な事実といえば、結局のところこれに尽きる。
これもまた、不知火袴の伝達の一部だが、
――『改めて言いますが、この実験の内実は「殺し合い」であり、「最後の一人になるまで」続けられます。』
――『それ以外の終わりはありません。それ以外に終わらせる方法はありません』
 論点はここに帰着してしまう。
たとえどれだけ主催を打開したところで、僕は僕の世界へと帰ることが出来るのか?
知るかよ、知らねえよ。いい加減にしろよ。大体ここはどこなんだ? 帰るっていったいどこへ?
土台がアンフェアな条件で始まった殺し合いにおいて、推察のしようもない。

 話を戻す。手がかりすら手がかりと断言できない現状で、僕は何をすべきなんだ?
リスクを恐れて行動できない愚昧であるつもりはなかったが、しかし、リスクしかないのに飛び込む蒙昧でもない。
それでは飛び降り自殺と変わらないじゃないか。
自殺なんてものはもっとも愚かな行為の一つだ。
僕たちは林檎じゃないんだ、叩きつけられる謂れなどない。


 ――親愛なる様刻くん。


 ああいいよ、別に。僕も優勝が絶対の正解だなんて言わない。
それでも今の僕に出来る最大で最良で最善は――優勝に針を合わせてしまう。
違うというなら違うと言ってくれよ病院坂。
説教じみた情報の提供なら今ならいくらでも聞いてやるというのに。
ああもう、誰か、辻褄を――あわせてくれ。

817Q&A(12+1) ◆xR8DbSLW.w:2021/11/08(月) 02:26:56 ID:Bt7Dj9I60


 ◇


 もう一つの論点であるところの、僕の過小戦力について。
ただ『生かされていた』僕が、『生き抜く』ために必要な方策――結論を先に告げておくと、別にそんなものはない。
当然の帰結にさしもの僕でも言葉はない。

 自分のことながら、自分が取れる手段の中に『暴力』を挙げられる人間は稀有と思っていた。
『キレた奴』と思わせることは、自衛行為として時として有効である。
しかし当然この場において無用の長物もいいところだ。
素人の僕とは違う武芸者が残っている。
僕に凄まれたとて、平然と殴り返してくるやつらばっかの環境で、僕が取れる行動なんて限られよう。
流石に少女や並の女子高生に押し倒されるほど柔に育った覚えはないとはいえ、
これもまさしく先程と同じ議論、『五人』に一人で勝てるはずもない。
弱者を狙う――こんな見え透いた『隙』を残りの面々が見逃すか。
ありえない。
銃を向けたとて、影を縛ったとて。
僕に許された道はただ一つ、返り討ちだけだ。
 だから、算数の話だ。
五引く一の差が大きいのであれば、
せめて差を小さくするべきであり、
であれば――僕がしなくちゃいけないことも自ずと決まってくる。

「水倉りすか、鑢七花、真庭蝙蝠――」

 誰でもいい、誰でもよかった。
こいつらが少しでも互いに戦力を削ってくれれば、あわよくば共倒れしてくれることを僕は祈るしかないのだ。
神ならぬ、運命に。
主義や主張を跳ね返すだなんて厚顔無恥にも程がある。
人を数値で換算して、あまつさえ足したり引いたり――ああ、恐ろしい。
あるいは愚かしいとも言えるだろうに、それでも僕はその選択を選ぶ。

818Q&A(12+1) ◆xR8DbSLW.w:2021/11/08(月) 02:27:55 ID:Bt7Dj9I60
 ゆえに僕は、踵を返す。決まれば行動は早かった。
郵便配達の仕事を達成の目前で放棄して、
先の三人と遭遇するべく。――都合よく、首輪探知機には『誰か』の名前がすぐ傍に浮かんでいる。
故障か? 事ここに至って?
鑢七花や真庭蝙蝠であるならばまだ話は通じる可能性が残っている。
交渉の余地はあろう。種はある。
水倉りすかだったらどうするべきか。
零崎兄妹や玖渚友の仇に思うところがないと言えば嘘になるけれど、しかし割り切れるといえば割り切れる。
夜月の仇敵ともなれば話は変わるだろうけれど、所詮は赤の他人――真っ赤な他人だ。
仮にも『悪平等』という奇怪な肩書きを名乗っている。情に絆される僕ではない。
 大丈夫。大丈夫。

 ――親愛なる様刻くん。

 ただ。
結局のところこれは、問題の先延ばしだ。
優勝を狙うというのであるならば、どこかのタイミングで必ず僕は『敵』と直面する。
討たなければならない敵と。
僕は殺せるか? 情や動機なんて瑣末な事情でなく、それだけの力――討つ力を持ちうるか?

「――ほんと」

 呟いて何度目か。
気分は最悪だ。
持てる最大も、持てる最良も、持てる最善も。
全てを良しとして選択しても、気分はどこまで行っても最低だ。
どこまで重ねてもリスクヘッジの効かない賭け――賭けですらない。
賭け事には勝利があるとはいえ、この殺し合いで行く着く先はどちらも地獄。選択をする時点で敗北なのだから。

「誰か……――騙されてくれ」

 聞く者はいない。
どん詰まりの思考はすでに朦朧で。
天国に一番近い遊園地の煌びやかなアトラクションを仰ぎながら、僕は――。

819Q&A(12+1) ◆xR8DbSLW.w:2021/11/08(月) 02:28:48 ID:Bt7Dj9I60


 ◇


 水倉りすか。
『赤き時の魔女』。
『魔法使い』。
いくら彼女のパーソナリティを連ねたところで、正直なところ意味がない。
水倉と協力を結べる手筈がない以上、僕に可能なことといえば彼女の様子を遠巻きに眺めることに尽きる。
とうの昔に彼女との協定は決裂しているため、僕が何を言ったところで『魔法』の餌食になるだけだ。

 いた。
赤い――赤い。
赤い少女が、いる。
ランドセルランド園内。入り口付近。
ただ、その姿は僕の想像していよりもよっぽど――。

『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』

 響く。
無機質な声が。
機械的な音が。
反射的に自身の首輪を一瞥するが、静かなものだ。
ここは禁止エリアではないから当然。あれが首輪探知機が正常に作動しなかった要因か。
ではなぜ?
いや、今問うべきはそこではない。

「…………」

 水倉の姿は、傍目から見ててもぼろぼろだ。
目尻からは血を流し、歩く姿はよろよろで、
身体の数箇所、とりわけ酷く惨いのは口元か――腐敗と再生を繰り返している様は、『死線の蒼』から聞いていた姿と食い違う。

 預かり知らぬ事情があったのだろう。涙あり血ありの物語を謳ってきたのだろう。
 関係ない。僕には関係ない。
 けれど、――彼女の容態から導き出される真実から目を背けてはいけない。

「……ふぅ、……ふぅ」

 大きく息を吸って、吐く。
落ち着け。僕は至って冷静だ。
至って冷徹、オールグリーン。
おーけーおーけー。
水倉りすかの『魔法』については知っている。
だから、――だから。
『今』、眼前にいるりすかがどれだけ満身創痍だとしてもまったくもって意味がない。
彼女の身体に流れる『血』。
血に刻まれた『魔法式』。
魔法式によって編まれた『魔法陣』。
多量な血が流れた時発動する『魔法』、変身魔法。

820Q&A(12+1) ◆xR8DbSLW.w:2021/11/08(月) 02:29:35 ID:Bt7Dj9I60
 それでも。
それでも、僕はこいつを無視することが出来なくなった。なってしまった。
だって要するに、まとめると。
鑢七花か真庭蝙蝠、――いや、言葉を濁すのはやめよう。
この二人は、すでに死んでしまっていて、おそらく水倉りすかに殺されたのだ。
『いーちゃん』たちの元を離れてすぐ、首輪探知機を調べていたら鑢七花と真庭蝙蝠の名前を捉えることは出来た。
ゆえに、傍まで迫っていたのは水倉りすかとすぐに判明した。
ただ、不審な点はある。
見ている限りずっと、鑢と真庭がまったく動かない。
こんな夜分、寝ているだけだ。様々に推測を立てることは可能であったし、何事もないことを祈っている。
しかし、水倉の様子を観察して、僕の希望は儚く潰えた。

 すでに三人の間で一悶着があり、生き残ったのが水倉だった。
あの腐敗は、鑢か真庭のどちらかが遺した置き土産ということになるのだろう。
少なからず、玖渚さん、零崎、伊織さんらに、あの惨状を可能とする手段はなかったのだから。

 だったらもう、行くしかないじゃないか。
水倉の意志にもはや協調などないとしても、
退くも地獄、進むも地獄、ならば僕には進むしかない。
そう、『決めた』からには、僕は――やるしかないのだ。

 左手に零崎のカバンからよく斬れそうな刀を。
右手に『銃』を。
そして懐には残った『矢』を。

 朝日が昇り始めて、影も薄い。しかし薄いと言っても影はある。
真庭鳳凰の時はある種のアドバンテージがあった。
火事現場。影に濃く強く長く写し出される場所で、ダーツの矢を打ち込むのは簡単だ。

 あの時と状況は異なる。
ならば、近づく他にない。
説得が無理でも、せめて話を聞いてもらわなければ。
この『矢』を影に縫い付けて、動きを止める。
口元も腐乱した状態では舌を噛むことも難しかろう。
最悪、ここに放置しても構わない。
『五人』のうちの誰かがりすかに傷をつけてくれれば、りすかの『魔法』は発動するのだから。

 そのためにはまず。
この『魔法』を完遂させるしかない。
僕は物陰から物陰へ移動し、水倉の背後を見据える。
彼女の遅々とした歩みは変わらず、ゾンビ映画さながらだ。

 いける。
今しかない。
行くしかない。

ひとつ息を吸って。
両手の得物を握りしめて。
右足が地面を蹴って。
水倉に向かって一直線に走る。
奔る! 奔る! 奔る!

――『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』

音声に僕の足音は多少紛れる――そう踏んでいたけれど、
存外に水倉の反応は速かった。

「――っ!!」

 水倉は振り返り、僕の姿を捉える。
構えた。彼女の右手にはいかにもスパッと斬れそうなナイフ。
水倉の視線が、僕の持つ刀へ向かう。
構えが少し、変わる。
僕から向かって左手側――太刀筋の軌跡がわざと空けられた。
そう、それでいい。
刀はフェイク。
お前を斬るぞと主張したいがための刀。
そして水倉としては斬ってほしいのだろう。
『魔法』を発動させるためには、流血が必要だから。

当然、僕は水倉を斬ったりしない。
『銃』も撃たない。銃声が響いて『五人』に集まられたら面倒だ。
本命はあくまで、この『矢』――。

一歩、
状況変わらず、
二歩、
状況変わらず、
三歩、
この距離なら、いける!
僕は『銃』を雑にポケットにしまい――すり替えるように『矢』を取り出した。

「――そ、れは」

 見覚えでもあるのか。
僕の『矢』を認めた瞬間、彼女の動きが変化する。
彼女はナイフを己の左手首に押し当てた。
厄介だ。
決断が早い。
水倉りすかは『魔法使い』だ。
『魔法』の『矢』の存在ぐらい知ってるものなのか。
いや、そのぐらいの想像はついていた。
だから真に驚くべきことは――『自殺』にここまで躊躇いがないものなのか!

 僕は水倉の影へ向かって『矢』を投げる。
ほぼ同時、水倉りすかは手首に当てた刃を勢いよく引いた。
いわゆるそれは、リストカットと呼ばれる行為であった。

821Q&A(12+1) ◆xR8DbSLW.w:2021/11/08(月) 02:30:40 ID:Bt7Dj9I60


 ◇


 血が流れる。
血が、血が、血が!
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、
血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、血が、


 血が流れる!
――血は流れる。ただただ、だらだらと。

822Q&A(12+1) ◆xR8DbSLW.w:2021/11/08(月) 02:32:26 ID:Bt7Dj9I60


 ◇


――『禁止エリアへの侵入を確認。30秒以内にエリア外へ退避しない場合、この首輪は爆発します』

 そしていつしか、水倉の血は止まった。
脅威的な治癒力で、彼女の傷口は塞がる。
僕は呆然と――誠に不覚ながら呆然と、一部始終を間近で見届けた。

「な、なんで――どうし、て発動し、ないのが、『魔法』なの!!」

 錯乱したように、爛れた口を動かして水倉は喚く。
まあ――他人事ながらに気持ちは分からないでもない。
切り札が意図せず、原因不明のまま不発に終わったのだ。
叫びたくもなるだろう。
彼女の足元、影のある場所に、僕の投げたダーツは申し分なく刺さっていた。
水倉の姿も、手首を切った姿から彫刻さながらに固まっている。
しかし毎度のことながら、結果として生きているだけで勝った心地が全くしない――まるで、全然。

 経緯と結果について、僕が断言できることはまるでないけれど。
敢えて理由を考慮するのであれば、やはり彼女の腐敗にすべての原因があるのだろう。
属性(パターン)を『水』、種類(カテゴリ)を『時間』、顕現(モーメント)を『操作』とする『魔法』。
魔法式で編まれた魔法陣による『変身魔法』。
水倉りすかの『魔法』には一言でまとめると、斯様なものになるらしい。
人づてに聞いた話だ。正味、馴染みのない単語の羅列で辟易してしまうけれど、
そういうものなのだという理解をしている。
 さて、そんな水倉りすかだが、決して彼女も無敵というわけではないらしく、天敵がいたらしい。
食物連鎖のサイクルの一部に、水倉も属している。
その天敵の一人が、参加者の一人でもあった『魔法使い』の『ツナギ』だ。
属性(パターン)を『肉』、種類を『分解』とする『捕食魔法』。
ひとたび彼女が捕食してしまえば、あらゆる『魔法』は『魔力』へ還元されて胃に収まる。
換言するに、一七年後の姿に変身するための『魔法陣』が、解呪(キャンセル)されて飲み込まれてしまうということだ。
魔法少女が変身できないだなんて、日曜の朝も形無しであるけれど、対策としてはこれ以上なく合理的だ。
変身ヒーローの変身を待つ悪役は馬鹿ぞろいといったよくある揶揄と似たようなものなのだから。
 結局似たようなことが、今、彼女の身に起こっているのだろう。
口元に微かに残る『泥』が原因なのかは分からないけれど、彼女の身体は『腐敗』と『再生』が繰り返されている。
つまりは、『分解』と『新陳代謝』が過剰に発生していることに他ならない。理由は知らないけれど、結果は目の前にある。
身体の『分解』は『再生』されよう。
では、もし仮に、『魔法式』『魔法陣』が分解されていたら?
決まっている、決まってしまっている。そんなものは『再生』されるはずがない。

「勝た、なければ、いけな、いのが――わた、しなのに!」

 腐敗した口で、そんなことを言う。
僕は水倉の姿を無感動に眺めていた。
どうするべきか。どうするべきか。
どういう選択肢が今僕につきつけれらているか。
考えて、考えて。
考えて、考えて。
考えて、考えて。
どれだけ考えても、行きつく結論は一つしかなかった。

「殺すしか、ない」

 僕の小さな呟きが聞こえたのか。
水倉の言葉は止まった。息を飲む音がする。
動きはない、動けない。けれど確かに、言葉は止まる、
けれどもしかすると僕の呼吸の音だったかもしれない。
やるしかない。
水倉りすかが、あの『五人』の対抗馬にならない以上。
僕は彼女を排除しなければならない。
優勝するためには。
一人生き残るためには。
生き残るためには。
生きるためには。
僕のためには。
殺すしかない。
乗り越えるしかない。
ここで怖気づいていては、先はない。
人質にすることも考えた。
玖渚さんの仇だと謳って。
でも、そこからの進展がない。
水倉を引き渡すから鑢七実を殺してくれとでも?
まかり通るかそんなもの。
それに放置しておく意味ももはやない。
だから、ゆえに、しかし、それでも、ただ、もしも。
殺す。
僕は冷静だ。
殺す。
水倉りすかを見据える。
殺す。
僕は無感動に水倉りすかを認めて。

「キズタカぁ……」

 僕は斬刀を振るう。
胸を目掛けて、一直線に。
気が付いたころには、首輪から音はしなくなっていた。


【水倉りすか@新本格魔法少女りすか 死亡】

823Q&A(12+1) ◆xR8DbSLW.w:2021/11/08(月) 02:34:00 ID:Bt7Dj9I60


  ◇


 目論見は破綻した。
ものの見事にあっけなく。
鑢七花、真庭蝙蝠、水倉りすか――。
計三名の死亡とともに、僕の企みは未完に終わった。
残念賞。落第だ。

 水倉を殺す前、案のひとつとして考えた。
今までの思考実験をなかったことにして、
何食わぬ顔で、『五人』と合流することを。
多分一番、生を長引かせることが出来よう。
だけど、それでも、僕は選ばなかった。
必要なのは延命ではなく、生存。
これを主軸に置いている以上、僕にはもう――選択肢が――。

「……悪いね、玖渚さん」

 懐から、『遺書』を取り出す。
燃やしてしまおうかとも考えた。
この選択も選ばなかった。ただの感傷に過ぎないから。
仮に僕が死んだあと、誰かが読むことになったら、それはそれでいいじゃないか。
優勝したいという気持ちとは矛盾しない。

「でもまあ、一応」

 先ほどまでは遠慮していたが、遠慮する理由も欠けてしまった以上、
僕は容赦なく手紙の封を切った。悪趣味で結構。僕は手段を問わない男だ。
正直、僕はこの手紙に然したる期待はしていない。
電子機器を介さない伝達として手紙は確かに有効だが、
今更な対策ではあるし、そもそも玖渚さんが手に入れた手掛かりのほとんどは電子の海に埋蔵してあったものだ。
それに、よしんば電話の盗聴などを警戒していたとしても、僕に話さない理由が特にない。
確かに水倉りすかの襲撃を危惧して急いでいたとはいえ、だ。
道中読んでもいいよと一言言ってくれさえすればいいものなのに。
僕が信用に足る人物でなかったと言われれば、その通り。玖渚さんの慧眼には感服の至りだ。
とはいえあくまで表面的には協力体制にあったのには違いないわけなのだから、
あくまで私的な内容の『遺書』なのだろう、と。
僕はそう捉えていた。

「…………」

 僕は目を通した後、『遺書』を仕舞いこむ。
気が付けば、放送はもう間もなくであった。


  ◇


 なるほど、きわめてきみは冷静だ。
並外れた緊張を抱えてなお、きみの心は不動に終わった。
きみの視界には確かに水倉りすかがいて、恐るべき仇敵『時宮時刻』の姿はなかったからね。
久しく怨敵の姿を見てないことから察するに、きみの持ち味であるところの冷静沈着は活かされているのだろう。
随分と頑張っているじゃないか。親友としてこれほど誇らしいことはない。
さすがだ、様刻くん。すごいよ、様刻くん。きみも胸を張って誇っていいとも。
もっとも、僕みたいな立派な胸がきみあるかというとどうだろうね。琴原りりすはきみの胸骨について言及していないのかな。

 まあ、そんなどうでもいい話をしたいわけじゃない。

 ――親愛なる様刻くん。
 質問がある、様刻くん。
分からないことがあるから是非とも教えてほしいものだぜ。


 優勝を狙う。
 水倉りすかに近付く。
 水倉りすかを殺す。


 うだうだと君は理由や指針、根拠をそらんじていたわけだけれど――本気であんな風に考えていたのかい?
あんな愚の骨頂が正しいと、信じて疑わなかったのかい?


 まさかとは思うけれど、よもやとは思うけれど――あの櫃内様刻が死に場所を求めていただなんて、いうわけがないよね?

824Q&A(12+1) ◆xR8DbSLW.w:2021/11/08(月) 02:35:04 ID:Bt7Dj9I60



  ◇



「――ほんと」

 呟いて何度目か。
気分は最悪だ。
持てる最大も、持てる最良も、持てる最善も。
全てを良しとして選択しても、気分はどこまで行っても最低だ。
どこまで重ねてもリスクヘッジの効かない賭け――賭けですらない。
賭け事には勝利があるとはいえ、この殺し合いで行く着く先はどちらも地獄。選択をする時点で敗北なのだから。

「誰か……――騙されてくれ」

 聞く者はいない。
どん詰まりの思考はすでに朦朧で。
天国に一番近い遊園地の煌びやかなアトラクションを仰ぎながら、僕は――。



「死にてえよ」



【二日目/早朝/E-6 ランドセルランド】

【櫃内様刻@世界シリーズ】
[状態]健康、極度の緊張状態、動揺、『操想術』により視覚異常(詳しくは備考)
[装備]スマートフォン、首輪探知機、無桐伊織と零崎人識のデイパック(下記参照)
[道具]支給品一式×8(うち一つは食料と水なし、名簿のみ8枚)、玖渚友の手紙、影谷蛇之のダーツ×9@新本格魔法少女りすか、バトルロワイアル死亡者DVD(11〜36)@不明
   炎刀・銃(回転式3/6、自動式7/11)@刀語、デザートイーグル(6/8)@めだかボックス、懐中電灯×2、真庭鳳凰の元右腕×1、ノートパソコン、
   鎌@めだかボックス、薙刀@人間シリーズ、蛮勇の刀@めだかボックス、拡声器(メガホン型)、 誠刀・銓@刀語、日本刀@刀語、狼牙棒@めだかボックス、
   金槌@世界シリーズ、デザートイーグルの予備弾(40/40)、 ノーマライズ・リキッド、ハードディスク@不明、麻酔スプレー@戯言シリーズ、工具セット、
   首輪×4(浮義待秋、真庭狂犬、真庭鳳凰、否定姫・いずれも外殻切断済)、糸(ピアノ線)@戯言シリーズ、ランダム支給品(0〜2)
   (あとは下記参照)
[思考]
基本:優勝する?
[備考]
  ※「ぼくときみの壊れた世界」からの参戦です。
 ※『操想術』により興奮などすると他人が時宮時刻に見えます。
 ※スマートフォンのアドレス帳には玖渚友、宗像形、零崎人識(携帯電話その1)が登録されています。
 ※阿良々木火憐との会話については、以降の書き手さんにお任せします。
 ※支給品の食料の一つは乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前、エリアの境界線が表示される。範囲は探知機を中心とする一エリア分。
 ※DVDの映像は29〜36を除き確認済みです。
 ※スマートフォンに冒頭の一部を除いた放送が録音してあります(カットされた範囲は以降の書き手さんにお任せします)。
 ※ベスパ@戯言シリーズが現在、E-6 ランドセルランド付近に放置されています。
 ※優勝を目指すか、目指さないかの二択を突き付けられたと勝手に考えています。選択にタイムリミットがあり、それが次の放送のすぐ後だと思い込んでいます。

【その他(櫃内様刻の支給品)】
 懐中電灯×2、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、けん玉@人間シリーズ、日本酒@物語シリーズ、トランプ@めだかボックス、
 シュシュ@物語シリーズ、アイアンステッキ@めだかボックス、「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵チョウシのメガネ@オリジナル×13、
 小型なデジタルカメラ@不明、三徳包丁、 中華なべ、マンガ(複数)@不明、虫よけスプレー@不明、応急処置セット@不明、
 鍋のふた@現実、出刃包丁、おみやげ(複数)@オリジナル、食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、
 『箱庭学園で見つけた貴重品諸々、骨董アパートと展望台で見つけた物』(「」内は現地調達品です。『』の内容は後の書き手様方にお任せします)

【零崎人識のデイパック】
零崎人識の首輪、斬刀・鈍@刀語、絶刀・鉋@刀語、携帯電話その1@現実、糸×2(ケブラー繊維、白銀製ワイヤー)@戯言シリーズ
支給品一式×11(内一つの食糧である乾パンを少し消費、一つの食糧はカップラーメン一箱12個入り、名簿のみ5枚)
千刀・ツルギ×6@刀語、青酸カリ@現実、小柄な日本刀、S&W M29(6/6)@めだかボックス、
大型ハンマー@めだかボックス、グリフォン・ハードカスタム@戯言シリーズ、デスサイズ@戯言シリーズ、彫刻刀@物語シリーズ
携帯電話その2@現実、文房具、炸裂弾「灰かぶり(シンデレラ)」×5@めだかボックス、賊刀・鎧@刀語、お菓子多数

※携帯電話その2の電話帳には携帯電話その1、戯言遣い、ツナギ、玖渚友が登録されています

【無桐伊織のディパック】
無桐伊織の首輪、支給品一式×2、お守り@物語シリーズ、将棋セット@世界シリーズ

825 ◆xR8DbSLW.w:2021/11/08(月) 02:36:00 ID:Bt7Dj9I60
投下終了です。
指摘感想などありましたらお願いいたします。

826 ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:24:34 ID:S7QegMTs0
投下します。
予定が変わり、前半後半というほどつながりがあるわけではなくなったので二話投下する形になります。
よろしくお願いいたします。
例によって携帯からの投下失礼致します。

827Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:27:36 ID:S7QegMTs0

《登場人物紹介》


鑢七実(語り部)―――――虚刀流
八九寺真宵(語り部)―――迷い牛
ぼく(語り部)――――――傍観者



 ◎


 加害者面するなよ


 ◎


「それで、どういうことですか。説明してください」

 月は降りはじめ、徐々に朝日が姿を見せる。
朝だ。
1日の始まり。
軽く首を鳴らす。
まだ少し肌寒い。昨日もこんなに寒かったか?
覚えていない。
ホットコーヒーを一口含む。
パーティというには白けた雰囲気。
賑やかな露店が軒を連ねるストリート。
成果物を確認し、少し話し合った後、ぼくたちは各々散らばってこれからに備えている。
色々あった。
心を揺さぶる何かはあった。
しかしとりあえず今は。
櫃内様刻。彼の動向を待たなければいけない。
一度この場を離れたようだけど、だけど、それでも、待つという姿勢は必要だった。
人間未満が粉々に砕いたチュロスをちまちま食べているのをはた目に、
真宵ちゃん――八九寺真宵ちゃんが、てくてくと寄ってきては苦虫を噛み締めた表情で説明を求めてきた。

「ああ、そうだね。ER3出身のぼくが織りなすレピュニット素数の証明だろ?
 任せろよ、数字の基本にして基礎。入門にして最奥。人類の叡智の結晶たる壱の神秘について解説するぜ。
 七愚人も膝を打つぼくの話術についてこれるかな」
「そんな話はしておりません」
「してたよ」
「してないですよ」
「だっけ?」
「です」

 今、真宵ちゃんと話をするならこれしかないと断じていたけれど、
そこまで強く否定されてしまってはぼくも立つ瀬がない。
やれやれ、こどもの我儘に付き合うのも大変だな。
レピュニットなんて優しい語感、小学生女児にはたまらないはずじゃ? 半濁音だぜ?
崩子ちゃんなら誰もが見惚れる無表情で受け答えしてくれただろうに。
戯言だ。
世迷言でさえある。
 では何の話をしてたんだ、ぼくは。
忘れたな。ぼくの記憶力だ、さにもあらん。
けれど思い返す間もなく、横から答えが投げかけられる。

「――玖渚友さん、の話ではないですか」

 鑢七実。
小柄な見た目や、肉付きの薄い――病的以上に退廃的でさえある細身の身体から、
ついつい「七実ちゃん」だなんてフレンドリーなファーストインプレッションを済ませてしまったけれど、
実際のところぼくみたいな若造には及びもつかない最年長だ。
さすがに800歳とは言わないにせよ。
場の空気を読む――読んで、見ることもお手の物らしい。
目敏いものだ、まったく。

「人間未満のことは?」
「……あなたたちとも仲良くやってね、とのことですので」
「それでこっちに? 律儀ですね」
「それに、羽川翼さんともお話をなさりたそうでしたので」

 ふうん。
確かに――二人は何か話しているようだ。
翼ちゃんも人間未満が散らかしたチュロスの一欠片を何食わぬ顔で味わい、相伴にあずかっている。
委員長な見た目のわりに、汚い食べ方を叱るというわけではないようだ。
言っても聞かなかっただけかもしれないが。
と、雑談をしていても、本題が逸れることも当然なく。

「それで」

 と、真宵ちゃんが仕切り直す。
学習塾跡で抱いたはずの苦手意識があるだろうに、鑢七実を前にしても引かず。
随分と強かになったものだ――いや、あるいはこれが彼女本来の強かさなのかもしれない。
強がりではない、彼女の強さ。
 目が合う、逢う、遭う。

「どういうことですか、と聞いたんですよ。戯言さん」

八九寺真宵は、同じ質問をぼくに投げかけた。
だからぼくは粛々と答える。

「どうもこうも、過ぎてしまったことはどうにもならない」
「どうしてそう、平然としていられるのですか」
「平然ではないさ、別に。ただ、どうしても、実感がわかないだけで」

828Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:28:24 ID:S7QegMTs0

 同じ答えの繰り返し。
実感がない。掌から零れる水のように、実体がない。
玖渚友の死に。
だから、そう。
だから。
だけど。
だけど、真宵ちゃんは。
ぼくの目を見つめたままに。

「戯言ですよ、それは」

 端的に、ぼくの言葉を切り捨てた。

「戯言さん。
 戯言遣いさん。
 あなたは自分のことを多く語ろうとしませんよね。
 騙ってばかりで。
 取り繕うばかりで。
 嘘か真か、信頼に足るかも怪しい曖昧な言葉を遣って。
 もしかすると、自分でさえ自分の心がわかってらっしゃらないかと思うほどに。
 それでも。
 車の中で語ってくれた玖渚さんの話。
 先ほどお話しいただいたこれからの話。
 そして、これまでのお話。
 楽しく語るあなたではありませんでしたけれど、
 これらの話は本当に心の底から抱き、真摯に伝えようとしたことだって。
 私はそう思うんです。感じるんです。
 そう、信じたいのです。
 人が神様に願うように。
 人が怪異に縋るように。
 私は人間を信じたいんでしょう。
 阿良々木さんを信じていたように、あなたという人間を。
 あなたは多くの現実を殺してきた。
 人であれ、独であれ、者であれ、物であれ、
 関係であれ、奸計であれ、創造であれ、想像であれ。
 多くの墓標の上に生きてきた――とおっしゃりましたよね
「多くの死。
 多くの屍。
 良いも悪いも関係なく。
 すべてがおしまいに近づいていく。
 幽霊であるわたしなんかよりもよっぽど、
 あなたは物事の死に近かったんじゃないですか?
 あなたの欠落が招くままに。
 あなたの欠損が誘うままに。
 あなたの欠陥が障るままに。
 誰かが死んだときも冷静でいられたあなたの姿に。
 冷静に立ち合うあなたの態度に、
 冷徹に立ち回るあなたの勇姿に、
 冷血に立ち上がるあなたの覚悟に、
 わたしは助けていただきました。
 ありがとうございます。
 ありがとうございました。
「けれど、その冷静さ。
 異様なまでの冷徹さ。
 温もりなどない冷血さ。
 あなたは見て見ぬふりをしたから耐えられたというのですか?
 わたしのように。
 幽霊になってまで死を受け入れられなかったように。
 阿良々木さんが死んだことを受け入れきれず、多大なご迷惑をかけてしまったように。
 誰よりも死と等しいがために、死に現実味がなかったわたしと、戯言さんは一緒だったのですか。
 違うでしょう。
 知ったようなこと言わせていただきますけれど、違うはずです。
 戯言さんは死を受け入れてらっしゃいました。
 重々しくなくとも、決して軽々しくはなく。
 あるがままに、あるように、受け入れてきましたよね。
 死を否定し、拒絶し、排斥する人ではなかったでしょう。
 誰かの死を聞いては、『ぼくが悪い』と背負い込んでました。
 死が当然であり。
 死が必然であり。
 死が身近であり。
 死が隣人であり。
 死が恋人である戯言さんにとって、
 死とは驚愕に値するものではないかもしれません。
 誰よりも死を肯定できてしまうからこそ、認めざるを得なかったんでしょう。
 ツナギさんの最期の言葉を聞き、正面から受け止めていた戯言さんを、わたしは隣でしかと見届けました。
 電話越しでも。
 ツナギさんの死を背負って。
 主人公になると、わたしたちを守れるようにと。
「それで、最後にもう一度だけ聞きますけれど」

 一拍おいて。
 三度目の正直。
 三度目の戯言。

「一体どういうことなんですか、戯言さん」

 真宵ちゃんは問うのだった。

829Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:30:14 ID:S7QegMTs0


 ◎


「――あなたは目を閉じないのですね」

 真宵ちゃんの問い掛けに。
ぼくはなんて答えたのだろう。
意識はこんなにも統率されているというのに、まるで夢うつつのようだ。
夢なのか?
そんなわけがあるか。
こんなにも空気が冷たい。
実感がないなんて嘘――そう、まさしくその通り。
ぼくにとって死とはなんてことはなく。
超常あらざる日常として隣り合わせだった。
最愛の妹がいなくなってしまったのも。
真心がER3で死亡してしまったのも。
結局のところぼくの生活においては延長線上の出来事であって。
この一年の間でも。
多くの死と向かい合ってきた。
孤島で天才が無情に死んだ。
大学の級友が無駄に死んだ。
異常な学生が無謀に死んだ。
異様な学者が無影に死んだ。
表裏の兄妹が無惨に死んだ。
愚昧の弟子が無為に死んだ。
死んだ。
死んだ。
誰も彼も。
良いも悪いも。
酸いも甘いも。
強いも弱いも。
関係なく。
関連なく。
死んだ。
終息した。
収束した。
わかる。
そうだよ。
嫌悪感も。
嘔吐感も。
抱くかもしれない。
だとしても、ぼくにとって死とは受け入れて当然のものだった。
だからこそ、不思議だ。
姫ちゃんの死にあれほど取り乱したぼくが、
どうして友の死を悼めないのだろう。
いや。
悼んではいるのか。
傷んではいるのか?
労ってはいるのか?
でも感情ってなんだっけ。
ぼくは今何をしてるんだ?

 そう遠くない昔。
過去の出来事。過ぎた記憶。
屋上で友と喋った。
城咲の、彼女の自室のあるマンションの屋上のフェンスで。
《屍(トリガーハッピーエンド)》の用意した最期の邂逅。
好きだと言った。
好きだと言われた。
必要だと言った。
必要だと言われた。
鞘と刃。
枷と鎖。
拘束と束縛と呪縛。
《青色サヴァン》について。
いろいろ話した。
色んな話を聞いて、伝えた。
でもあの時は無駄だった。
一緒に生きようと言ったのに、ぼくたちは反対の道を歩んでしまった。
一緒に死んでと言われたのに、ぼくたちは反発の傷を与えてしまった。
ボタンを掛け違えていた末路。
最初から間違っていた。
最後まで無様で、滑稽で、惨めだ。
あの時。
友がにこやかに別れを告げた時。
別れを――すなわち呪いからの解放を選んだとき。
ぼくは動き出した。
ぼくは変わる。
憎くて恋しくて嫌いで大好きな最愛の友と誰かを較べる人生から、ぼくの凡庸な人生へと。
変えるという気持ちが他殺であるならば、ぼくは紛れもなく殺された。
かつてのぼくはもはやどこにもいない。

830Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:31:36 ID:S7QegMTs0

 それから、ぼくは友を死んだものとして扱っていた。
嘘かもしれないけれど、本当だった。
本当のような嘘だった。
ぼくはすっと受け入れていた。
受け入れるしかなかったから。
我ながら驚くほどに。
パニックとは無縁に。
薄情なほど酷薄に、それでもぼくのどこかに、ぽっかりと穴が開いたような心地だった。
だから。
今。
ぼくが取り乱さないのは必然とも言える。
友との別れは既に乗り越えたことだ。
タイミングを逸していただけで、ぼくと友との話はもともと終わっている。
だから。
真宵ちゃんの質問にぼくはこう返そう。
どういうこともなにも、あるべき形に収まっただけなのだからと。
元の鞘に収まった。ただそれだけの話である。
だから。
本当に?
哀川さん――潤さんなら今のぼくを見て、どんな風にぼくを蹴っ飛ばしてくれるのだろう。

「そう、あなたは泣かないのね」

 七実ちゃんがなにか言っている。
泣く――泣く?
すっきりさせる行為のことか?
どうだろう、寝起きの時にはしているかもしれないけれど。
それが一体どうしたという。

「禊さんに近しく、同時に対象に位置するいっきーさん。
 有象無象の雑草にも劣るほど弱く、それゆえに強いあなたと少しお話をしましょう」

 柄ではないですが。
禊さんの頼みでもありますので、と。
ぼくの真正面に立つ。
ちなみに真宵ちゃんはぼくの隣にいた。
お茶を飲みながら、椅子に座っている。
もしかしたら、ぼくの返事を待っているのかもしれない。

831Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:32:25 ID:S7QegMTs0

「いっきーさん」

 見つめられる。
儚い光を湛えた双眸は、ぼくの目を射抜く。
冗談のように寒気がする。
見透かされているような。
見抜かれているような。
看取られているような。
おそろしくおぞましい寒気。
浅く息を呑む音が隣から聞こえる。

「やれやれ、蛇に睨まれた蛙の空々しさを味わった気分だ」
「蛇に睨まれたら人間でも怖いでしょう」
「そりゃそうだ。見守られるのならともかくね」
「蛇は古くから神様との結びつきが強いといいます。蛇が見守るというのも案外道理を外してはいないかもしれないわ」

 よく知らないけれど、と。
七実ちゃんは他愛のない話を打ち切る。
可愛げのないことだ。
とはいえぼくに服従しているわけでもなし。
彼女は一帯の警戒を緩めることなく、静かに語る。

「あそこにばらされております日和号――その正式名称をご存知でしたね」
「……微刀『釵』って聞いたかな」
「ええ、完成形変体刀が一振り、微刀『釵』。それが日和号の本来の銘ということになるのでしょう」

 人形が刀だなんて奇妙な話ではあるけれど。
同じように、変人奇人の奇行に意味を見出すのも奇怪な行いとも言えるのだろう。
その刀鍛冶を確か、四季崎記紀といったか。
戦国の世を鍛刀をもってして支配した鬼才――。

「理解に苦しむ刀工、四季崎記紀も人を愛したそうです」

 どんな奇人であれ、人を愛することだってあるだろう。
生殖の本能。
あるいは人間の本質。
恋し、愛す。
つがいになるために。
生きるために。
ぼくも愛していた。
あいつを。
憎いほどに、憎々しいほどに、憎たらしいほどに。
玖渚友を愛していた。
そのはずだった。

「偏屈な刀鍛冶は愛するあまり、その女性を模した刀を鍛造しました。
 贈呈するでもなく、餞に渡すものでもなく、愛したという証を残したといいます」
「つまりそれが、日和号だと?」
「ええ。『釵』とは女性の暗喩。微とはすなわち美の置き換えであり、
 本来の銘を微刀とするならば、根源の銘は美刀――口にするのも恥ずかしいですが」
「刀に名づけるには、些か型破りできざな銘になるね」
「名は体を表す。一方的に懸想される女性にしてみれば甚だ迷惑極まりないですが、それもひとつの愛の形でしょう」

 芸術とは表現であり、体現だ。
作品を紐解けば、表出するのは思想であり、理想であり、懸想である。
鴉の濡れ羽島で会った天才画家――スタイルを持たない画家と称された彼女の作品にも思いは込められていたのか。
 突き詰めれば刀鍛冶も表現者の一員であり、
そうであるならば四季崎なる刀鍛冶が女性を《打った》としてもなんらおかしな話ではない。
思い返せば、日和号の容姿は確かに女性らしさが垣間見えた。
おしろいを塗り、口紅を添えたような、一端の女性として。
――そんな裏話を知っていてなお、ぞんざいな扱いを出来る七実ちゃんの胆力も大したものだ。

「どんな腐った人間であれ、愛を表現することもあるということよ」

 愛。
愛の表現。
ぼくの言葉は、お前に届いていたのかな。
戯言遣い、一世一代の偽らざる気持ちだったのだけれど。
いない。
玖渚友は、おそらくもういない。
おそらくなんてつけるからダメなのか?
仮に放送で名前が呼ばれたとして、ぼくは同じようなことを言うんじゃないか?
放送で名前が呼ばれたからなんだ、と。
戯言だ。
間抜けな戯言だ。
真庭鳳凰に与えた戯言が巡り巡ってぼくにまで帰ってきたような錯覚。
 しかしまあ、なんというか。
七実ちゃんは楽しそうだ。
当然それはぼくとおしゃべりしているから、なんてつまらない理由からではないだろう。

832Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:33:22 ID:S7QegMTs0

「そういう七実ちゃんは、誰かを愛してるんですか?」
「はい、彼を――禊さんを愛することに決めたわ。一目惚れ――というものなのでしょう」

 告げる七実ちゃんの表情に、感情が乗っている気がした。
人間未満の様子といい、ぼくたちが別れてから色々あったらしい。
まあ、学習塾跡で露わにさせた狂態を表さなければ支障はない。
ぼくはどんな表情をしているんだろう。
わからない。どんな表情を浮かべればいいんだ。

 それで、本題なのだけれど、と七実ちゃん。

「そして、彼に惚れようと決めた時。すなわち禊さんの死を前にして――わたしは泣いていたの」

 すべてを見通す目を閉じて。
人間未満の死に泣いたのだと。
泣いている七実ちゃんの姿などおよそ想像もできないけれど、
ひるがえるに、ぼくには想像もつかないほどの思いが、七実ちゃんの中で発生した。
たがが外れるほどの愛を自認したのだ。
泣いたことによる愛の発露。
泣けたことによる愛の自覚。
刀というには、あまりにも人間のような仕草だった。

「そして彼女――今生の好敵手を喪った時、禊さんもまた、泣きそうな顔で動転していたわ」
「あの人がですか?」
「ええ、禊さんが、です」

 格好つけない未満と遭遇した時間はわずかではあった。ただ、理解できる。
装いを解いた人間未満であるならば、動転のひとつぐらいしても可笑しくないだろう。
あの時の彼はどうしようもないほどに傍迷惑(マイナス)ではあったが、腐ってはなかった。
不貞腐れてなどいなかった。
真っすぐに曲がった性根であれば。
内なる気持ちを曝け出すこともあっただろう。
彼の真実。
彼の偏愛。
大嘘つきの、飾らない思い。

「…………まあ、ワンパターンというのも恐縮ですが、それでいうならわたしも泣いてましたね」
「ああ、うん」
「その節はご迷惑をおかけしました」
「――いや、こちらこそ」

 真宵ちゃん。
 振り返ってみると、
巨大なる大英雄の死を目の当たりにし、
代替の効かないお友達の死を知らされて、真宵ちゃんも泣いていた。
その姿は記憶に新しい。
頑張ると決めて。
暦くんが易々と死んでしまったことを後悔するぐらいに楽しく生きてやると。
家に帰ると決めた、覚悟の涙。
さようならの涙。またいつかの雫。
友愛の結実だった。

「とりたてて、いっきーさんの挙動がおかしいという旨を伝えたいのではございません。
 わたしでさえ、自分が人の死で泣くだなんて想像だにしていませんでしたから」
「いや、いいんですよ。七実ちゃんたちの反応の方が健全なんだと思う」
「ああ、慰めたいわけでもありませんので」
「……じゃあどういった要件なんでしょう」
「最初にお伝えした通りですよ。お話をしましょう」

 一呼吸を入れて。
今までお話したのは、彼女にまつわる愛の話。
だとするならば、今から物語るべきなのは。

「わたしが聞きたいのは、あなたのお話です。――あなたの愛の話です。
 いっきーさんの経験ならば、禊さんの糧にもなりましょう」
「空っぽなのはお互い様ですよ、おそらくね」
「それならそれで構いません。――わたしの裁量で迷い子を誘うだけですので」

833Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:34:16 ID:S7QegMTs0
 ふうん、ずいぶんと好かれたものだ。
四季崎記紀の愛にはまるで興味を示さなかったのに、ぼくなんかの愛に興味を示すとは。
厄介(マイナス)も迷惑(マイナス)も変わってないにもかかわらず。
芯がぶれているというのに。――ぶれているのはもしかしてぼくもなのか?
七実ちゃんの要望に一瞬たじろぐぼくの様子を見かねたのか、真宵ちゃんも乗じてきた。

「戯言さん、勘違いをして欲しくはないんですけれど、わたしは別に責めているわけでも、詰っているわけでもないんです。
 ドライな対応をせざるを得ない――あなたの生き様を否定したいのではないのです」

 ただ、と。
あなたが、なにかに迷っているのなら。
それに寄り添うのがわたしの役割ですから、と。

「戯言さん。わたしにもお聞かせください、改めて。
 戯言さん自身の気持ちを整理するためにも、もう一度。玖渚友さんについて、あなたから。
 そういう寄り道ぐらい、いいんじゃないですか?」

 みんな好き勝手言って。
まるで悲しむのが当たり前みたいな空気を作って。
悲しんでるさ、ぼくだって。
これは優先順位の問題であって。
ぼくは生きると決めたから。
大切なものが増えすぎてしまったから。
友の後を追うことが出来ないだけで。
前を向くしかないだけで。
現実を見るしかないだけで。
――笑って生きていくしかないだけで。
それすらも戯言なのか。傑作なのか。大嘘なのか。
同じことをずっと考えている。
ぼくの思考は円を描くように、9の字を描くように、渦を巻く。
ぐるぐる、ぐるぐる。
蝸牛のように。渦は広がる。
考えれば考えるほどに、渦から逃げ出せない。
しようがない。
だったならば。
どうせ様刻くんの決断まで――放送まで時間はまだ残っている。
落ち着くためにも、ぼく自身のためにも。
現実を見るために、ぼくは語ろう。
他愛のない、愛の話を。


「始まりは復讐だった」

834Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:35:04 ID:S7QegMTs0


  ◎


 しかし。
些か不思議なものですね。
彼女――八九寺真宵に対して。
見れば見るほど、ただの少女――むろんのこと、黒神めだかにも感じた怪異性なる異常性はあるにせよ――肉体も精神も、取るに足らない雑草に違いはないはずですが。

 ――ならば、その怪異性にこそ、意味が、意図があるんだろうよ

 なるようにならない最悪。
視れば視るほど、引きずり込まれるような深淵。
直視してはいけない。
人間の生存本能に背く存在。
されどわたしは彼を見る。
禊さんと相似にして背反する存在を。
欠けているものが多すぎる。
そのために、心がくすぐられる。
そわそわと、ぞわぞわと。
なでるように、さかなでるように。
首を絞められるようだ。

 そんな彼。
戯言遣いなるいっきーさんに。
一日以上付きっ切りになってなお、
まるで変わらない。
廃墟で見かけた時から。
記憶を消された時から。
今に至るまで。
根底にあるものは変化していない。
記憶が戻って、なお。
正気、なのでしょうか?
既に正気を喪失されているのかしら。
いえ、いえ。
八九寺真宵の孕む少女性はその実一切揺らいではおりません。
こどものように喜び。
こどものように悲しみ。
こどものように許し。
こどものように恨む。
禊さんを睨むようにするその視線は感心しませんが、
ただ、それだけ。
憎悪に塗れるでもない。
忘我に染まるでもない。
わたしたちと廃墟で出遭ったとき。
癇癪の末に同行者から逃げ出したと聞きますが、癇癪程度こどもの所作の範疇にすぎません。
――まったく、こどもとは変化をする象徴でしょうに。
斬って捨てようかしら。
冗談ですが。
今のところ。

835Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:35:47 ID:S7QegMTs0

「わたしは変わりませんよ。――変われません。いくら受肉をしようとも、わたしはしょせん怪異ですから」

 怪異は名に縛られる、というのは四季崎記紀の言。
変わったが最後、――本分を忘れたが最後、無窮の監獄――《くらやみ》とやらに飲み込まれるそうで。
どうでもいいですけれど、悪いですけれど。
あれから少し、お話をすることとなりました。
ほんの少し、些細な接触。些末な折衝。

「鑢七実さん」
「なんでしょう」
「わたし、あなたを許せません」
「そうでしたか」
「人を殺して楽しいですか」
「さて」
「だったらなぜ」
「あなただって、飛んで回る羽虫は鬱陶しいでしょう」
「わたしにはあなたたちが理解できません」
「ええ、当然のことです。
 ですが、それでいうならいっきーさんのことだって、理解できたりしないでしょう」
「お言葉を返すようですが、それも当然のことなのですよ、七実さん。
 人が人を理解できないように、怪異だって人を理解できているわけではありません」
「その割に口幅ったく進言したようですが」
「ご存じないですか? 怪異って存外にいい加減なんですよ。相手のことを知ったかぶって、憑りつくのです」
「いい迷惑ね」
「知ってます。怪異なんてもの、本来遭遇しない方が良いに決まってます」
「なら離れればいいじゃない」
「おっしゃる通り、本来そうするのが正しいのでしょう。
 わたしが足を引っ張っているのは事実ですから。あなたに襲われたことも含めて」
「あなたがいなければあの大男ももう少しうまく動けたでしょうに」
「……日之影さんには申し訳ないことをしてしまいました。
 ツナギさんにも、戯言さんにも、頭が下がるばかりです」
「そうね」
「――玖渚さんがお亡くなりになったことに実感が持てない理由があるとするならば、
 彼が彼女に対して何もできなかったことも、要因として大きいのだと思います」
「……」
「この六時間、わたしたちはこのランドセルランドに待機をしていました。
 そういう手筈だったから――ですが、もしもわたしたちがいなければ、戯言さんは違う行動もとれたでしょう」
「少なくとも、あなたは、体調が優れないようですが」
「七実さんほどじゃないでしょうけれど――わたしが熱で倒れたりしなければ、と思わずにはいられません」
「思い出しましたが、いっきーさん主人公がどう、とおとぎ話のようなことをおっしゃっておられましたね」
「はい。ですが実際のところ、どれだけ議論を重ねようと、意味はありません」
「まあ、元来主人公というのは目的を指す言葉ではないでしょう」
「その通りです。主人公とは善であれ悪であれ、行動を起こしてなんぼの役職でしょう。
 それで、戯言さんがこの一日やっていたことはどれほどありましょう」
「あなたの子守に他ならないのではないですか?」
「まったく自分でも恥ずかしいですが、言葉もありません。
 おかげで、事の中枢にはまるで関われなかった。
 知らない間に、話は勝手に始まり終わっている。あなた方の馴れ初めを知らないように」
「迷子でもしているみたいに、右往左往していたということね」
「これではまるで傍観者です。無駄足ばかり踏んで、玖渚さん(ヒロイン)を助けられない主人公がどこにいますか」
「いるでしょう、どこかには」
「共感を得られない作品のことなんて知りませんよ」
「あなた、相応数の方を敵に回しましたね」
「こういうのは王道でよいのです。奇を衒う必要なんてないんです」
「はあ、あなたの持論はどうであれ、でしたらなおのこと、あなたはどこかへ行けばいいのではないですか」
「――事が済めばそれもいいでしょう。いつまでも迷惑をかけるわけには参りません。ですが、仕事はやり遂げなければ」
「ああ、先ほどいっきーさんにおっしゃっていた――」
「はい。わたしは迷いへ誘う蝸牛ですけれど、――裏を返せば迷子に寄り添う怪異ですから」
「ふうん――それで。結局。
 いっきーさんを助けたいとでもいうのかしら」
「そうしたいのは山々ですが、戯言さんが自分で答えを見つけられますよ、きっと」
「主人公として――とでも?」
「いいえ、一人の人間として」

 どうか、わたしたちの帰り道を阻まないでくださいね、と。
八九寺さんは言う。
それはこちらの台詞なのだけれど。
迷子の禊さんのともにあるのはわたしなのですから――。
刀として、仕えましょう。
女として、支えましょう。
刃こぼれを起こす前の七花は、とがめさんに四つの誓いを立てたそうだ。
とがめを守る。刀を守る。己を守る。――そして、己を守る。
軍所の出身のわりにとがめさんも甘いことをおっしゃるのだなと感じたものですが、
わたしもずいぶんとぬるま湯に慣れてしまったようですね。
禊さんを助け、守る――ただそれだけを誓って。

 とりたてて意味のない幕間はこれにておしまい。
放送の時間でした。

836Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:36:51 ID:S7QegMTs0


 ◎


 ――生きたいと願った。
阿良々木さんがばかばかしくて笑っちゃうぐらい楽しく生きたいと、わたしは希う。
ですが、本来、それは過ぎた願いなのです。
わたしは死んでいますから。
とうの昔に。
殺し合いなんかとは関係なく。
脈絡もなく、わたしは死んでしまったのです。

 阿良々木さんに『助けていただいた』――なんていうと忍野さんや阿良々木さんは否定されるかもしれませんが、
ともあれ、お声をかけていただいた母の日に、わたしは『迷い牛』としての束縛から解放されました。
地縛霊から浮遊霊に昇格――。白浪公園の辺りを迷い、いったりきたり、そんな生活とはおさらばしました。
阿良々木さんとお話できた三ヶ月間、わたしは楽しくて、嬉しくて、満足しています。
ともすれば、成仏してしまいそうなほどに。
殺し合いが始まる前でしたなら、消えるとなっても受け入れられたでしょう。
怖くても、きっと。わかんないですけど。
でも、もう充分与えられてきましたから。

 都合よく――わたしは生きていた。現世に留まり続けている。
ですがそれは厳正なる結果というわけではないのでしょう。
怪異は存外にいい加減だから、今はまだ見逃されているだけであって、
世の摂理がきっと、こんな反則を認めることはないのです。
怪異は名に縛られる――阿良々木さんの主にして従者、傷を分け合った吸血鬼のなれの果てを忍野忍と改名させたように。
迷い牛は人を迷わせる怪異。
迷わせもしないわたしはつまり、迷い牛ではないのでしょう。
それなのに、わたしはまだここにいる。
わたしを救ってくれた阿良々木さんや戦場ヶ原さんを差し置いて。
幸運に、幸運を重ねて。
のうのうと。
 一度記憶を失ったからか、ちょっとばかり俯瞰的に――蝸牛にあるまじき鳥瞰的な視野で物事が見える。
七実さんとお話させていただいて、改めて実感しました――突きつけられる。
わたしが足を引っ張っている、というのは、歴然たる事実なのです。
残念ながら、残酷ながら。
皆さんから離れた方が、良い方に転がる。
忍野さんは一度限りのウルトラCで違う解法を見出しましたが、本来、わたしという怪異の対処法とはわたしから離れること。
戦場ヶ原さんから教えてもらうまでもなく、感じ取っていた。
「あなたのことが嫌いです」――いうなれば、それがわたしの処世術だったのですから。
世に馴染まない――怪しくて異なる、わたしの処世術。

 だけど、独りよがりなのかもしれないけれど、支えなければとも思うんです。
戯言さんたちに支えてもらったように、わたしも。
他には何もできないかもしれませんが、それぐらいなら。
ここまで恵まれておきながら「嫌い」になれるほど、わたしは薄情にはなれなかったのです。
 戦場ヶ原さんの蟹も、神原さんの猿も、羽川さんの猫も。
こんな風に表現したら彼女たちから非難されるかもしれませんが、怪異は人に寄り添う現象です。
意に沿っていたかは別でしょうけれど、怪異は求められたから与えたのです。
どこにでもいて、どこにもいない。
思いに、呼応する。

 生きるために何をするか。
わたしは何をするべき存在なのか。

837Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:37:56 ID:S7QegMTs0

 怪異には発生する理由がある。
突き詰めれば、わたしがここにいる意味は、きっと。
誰かに寄り添うためなのだ。
迷える誰かの隣のいること。
独りぼっちは寂しいですからね。
しょうがありません。

 人は一人で助かるだけ――戦場ヶ原さんたちにしろ、
本来、怪異なるよるべが必要なかったように、今後の答えは戯言さんなら出してくれるでしょう。
彼は、そういう強かさをもってらっしゃる方ですから。
七実さんにも言い切ったように、おそらく、あの人なら大丈夫です。
 ですけれど、どうか。
わたしは役に立ちたいのです。
『迷い牛』ではない、きっとわたしの――『八九寺真宵』の思い。
自分の我儘さ加減には我ながら腹立たしくもありますが、
おんぶにだっこは、それはそれで嫌なのです。
阿良々木さんのようには誰にでも優しくできるわけではないですけれど、
阿良々木さんのように、困っている人には寄り添いたいとは、思ってしまうのです。
背負えることは、ないでしょうか、わたしにも。
こう見えていつもは、とっても大きいリュックサックを背負ってるんですよ?
戯言さんがハッピーエンドを望まれるのであれば、
鬼にも悪魔にでも、新世界の神にだってなりましょうとも。
というのは、いかにもな大言壮語で恐縮ですが。

 生きたいと願う。
わたしは帰りたいと希う。
今でも変わらない、わたしの指針。
過ぎた願いだとしても、まかり通りましょう。
生きて帰るんです、絶対に。
退屈で静かになった帰り道へ。
わたしはわたしの役割を背負って、これからも。

838Q&A(玖&円) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:38:29 ID:S7QegMTs0
【二日目/早朝/E-6 ランドセルランド】

【戯言遣い@戯言シリーズ】
[状態]健康、右腕に軽傷(処置済み)
[装備]箱庭学園制服(日之影空洞用)@めだかボックス、巻菱指弾×3@刀語、ジェリコ941@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2(うち一つの地図にはメモがされている、水少し消費)、ウォーターボトル@めだかボックス、お菓子多数、缶詰数個、
   赤墨で何か書かれた札@物語シリーズ、ミスドの箱(中にドーナツ2個入り) 、錠開け道具@戯言シリーズ、
   タオル大量、飲料水やジュース大量、冷却ジェルシート余り、解熱剤、フィアット500@戯言シリーズ、
   タブレット型端末@めだかボックス、日和号のデーターメモリー
[思考]
基本:「■■■」として行動したい。
 1:これからどうするかを考える。
 2:不知火理事長と接触する為に情報を集める。その手始めに日和号のメモリーを確認する。
 3:その後は、友が■した情報も確認する。
 4:友の『手紙』を、『■書』を、読む。読みたい。
 5:危険地域付近には出来るだけ近付かない。
[備考]
 ※ネコソギラジカルで西東天と決着をつけた後からの参戦です
 ※第一回放送を聞いていません。ですが内容は聞きました
 ※地図のメモの内容は、安心院なじみに関しての情報です
 ※携帯電話から掲示板にアクセスできることを知りましたが、まだ見てはいません
 ※参加者が異なる時期から連れてこられたことに気付きました
 ※八九寺真宵の記憶を消すかどうかの議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします
 ※日和号に接続されていたデーターメモリーを手に入れました。内部にどのような情報が入っているかは後続の書き手にお任せします
 ※玖渚友が最期まで集めていたデータはメールで得ました。それを受け取った携帯電話は羽川翼に貸しています。


【八九寺真宵@物語シリーズ】
[状態]体調不良(微熱)、動揺
[装備]人吉瞳の剪定バサミ@めだかボックス
[道具]支給品一式(水少し消費)、 柔球×2@刀語、携帯電話@現実
[思考]
基本:変わらない。絶対に帰るんです。
 1:一先ず頂いたデータを見せてもらいますけど。
 2:あの、球磨川さん……? 私の記憶を消しといてスルー……?
[備考]
 ※傾物語終了後からの参戦です
 ※玖渚友が最期まで集めていたデータを共有されています。

【鑢七実@刀語】
[状態]健康、身体的疲労(小)、交霊術発動中
[装備]四季崎記紀の残留思念×1
[道具]支給品一式×2、勇者の剣@めだかボックス、白い鍵@不明、球磨川の首輪、否定姫の鉄扇@刀語、『庶務』の腕章@めだかボックス、
   箱庭学園女子制服@めだかボックス、王刀・鋸@刀語、A4ルーズリーフ×38枚、箱庭学園パンフレット@オリジナル
[思考]
基本:球磨川禊の刀として生きる
 0:禊さんと一緒に行く
 1:禊さんはわたしが必ず守る
 2:邪魔をしないのならば、今は草むしりはやめておきましょう
 3:いっきーさんは一先ず様子見。余計なことを言う様子はありませんから。
 4:羽川さんは、放っておいても問題ないでしょう。精々、首輪を外せることに期待を。
 5:八九寺さんの記憶は「見た」感じ戻っているようですが、今はまだ気にするほどではありません。が、鬱陶しい態度を取るようであれば……
 6:彼は、害にも毒にもならないでしょうから放置で。
 7:四季崎がうるさい……
[備考]
 ※支配の操想術、解放の操想術を不完全ですが見取りました
 ※真心の使った《一喰い》を不完全ですが見取りました
 ※宇練の「暗器術的なもの」(素早く物を取り出す技術)を不完全ですが見取りました
 ※弱さを見取れます。
 ※大嘘憑きの使用回数制限は後続に任せます。
 ※交霊術が発動しています。なので死体に近付くと何かしら聞けるかも知れません
 ※球磨川禊が気絶している間、零崎人識と何を話していたのかは後続の書き手にお任せします
 ※黒神めだかの戦いの詳細は後続にお任せします

839 ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:39:12 ID:S7QegMTs0
一話目投下終了です。もう一話投下します。

840Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:41:02 ID:S7QegMTs0


  § Ⅰ 前段


「ああいうのはやめた方がいいんじゃないかな」
『つまり?』
「櫃内くんを追い詰めるような真似をしたことよ」

 ランドセルランド。
露店の広がる屋外。
机に広げぐちゃぐちゃに潰されたチュロスを味わいながら、二人は喋る。
羽川翼と、球磨川禊だ。

『僕が人を陥れるようなことをするわけがないだろう!?』
「現にしていたじゃない」
『まあね、でもさ、僕たちは愉快に今後を案じてただけなんだぜ?
 横から盗み聞きをするようなやつのことまで心配してらんないな』
「……あなたの話法に乗っかるいーさんもいーさんですけど、
 問題があるとするならあなたよ、球磨川くん」
『人を悪者みたいに言うなよ、悪いやつだな。僕は悪くない』
「ああいう話の持ち出され方をしたら、いーさんとしてもああ答えるしかないでしょうに」

 悪者扱いするなというわりに、球磨川の顔色は明るい。
気にした様子もなく、指先で砕けたチュロスのかけらを拾い上げる。
対する羽川は、頭を押さえるようにして、話をつづけた。

「切磋琢磨と強さが互いに影響を与えるように、弱さも影響し合うものだって、他ならぬ球磨川くんなら分かるでしょう」
『負の連鎖ってやつ?』
「簡単に言えば、そういう類の話」

 シンフォニーであり、シンパシー。
弱さは弱さを呼ぶ。
弱さを見ると、落ち着かなくなる。
自分の弱さを見ているように。
与える不和は些細かもしれないけれど、波紋は次なる波を呼ぶ。
自身に、他人に、多勢に。

『嬉しいな、こんなに僕を思って怒ってくれる人ははじめてだ』
「あんまり適当なことばっかり言っていると、七実さんも愛想を尽かすわよ」
『――きみは正しいね。正しい。強いられているように、強がっているみたいにただただ正しい』
「阿良々木くんも時折持ち上げるような発言をしたけれど、それじゃあ聖人みたいじゃない」
『褒められてると思ったかい? 違うね、つまりきみは人間的じゃない。
 化物――化生――いない方がいい生物だ』

 化物――化け猫。
尾のない猫。アンバランス。
感情表現もままならない、均衡のとれない化生。

『でも安心してよ。僕は弱い者の味方だ』
「弱い者の味方、ね」
『前にも言ったかな、やっぱりきみは僕たち側の人間だ』
「私は普通よ。取るに足らない普通の高校生ですから」
『謙遜するなよ。今度は褒めてるんだから』
「今度褒め言葉の意味を調べましょう?」
『僕の友達に蝶ヶ崎蛾々丸くんってやつがいるんだけどね、きみはああいうタイプに近いよ』
「――まあ、詳しい話は聞かないけど、どうにも褒められたとだけは感じないわね」

 蝶ヶ崎蛾々丸。『不慮の事故(エンカウンター)』。
受けた傷をそのまま他へと受け流す、最悪の過負荷(マイナス)。
その有り様は、『ブラック羽川』のそれと近しい性質がある。
積もった傷(ストレス)を、他者を介して解消する怪異。
大きな違いがあるとするならば、羽川翼には十六年間ストレスと受け入れ続けた実績がある――耐性がある。
阿良々木暦というファクターに起因して、彼女は『猫』に魅入ってしまったけれど、
耐える強さを持っていた。
不幸を当然とし続ける弱さを持っていた。
 いや、正鵠を射るならば、羽川は自分を不幸とすら思っていないだろう。
嘘偽りなく、自分を『普通』と認識している。
遠くない将来、彼女は己の異常性を自覚するはずであった。
しかしこの場における羽川翼はそうした契機を経ることなく、今、生きている。
悲惨な家庭環境も、そういうものと認知して、
虐待を虐待と認めず、目を閉じ続ける弱さがあった。逸らし続ける脆さがあった。
強がりでもなんでもなく。
不幸を不幸とも思えない、残酷なまでの鈍さ。
闇に対する鈍さを抱えて生きていけるほど、生物は上手に創られていない。
野性性のない生物は、朽ちるしかない。

841Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:41:49 ID:S7QegMTs0

(――それでも、私はやるべきことをする)

 『今まで悪いことをされたんだから、他人に悪いことをしてもいい』――というのは、
球磨川禊と時を同じくして箱庭学園に転入してきた『マイナス十三組』、志布志飛沫の言だ。
『マイナス十三組』の掲げる三つのモットーと等しく、『マイナス十三組』の骨子となる怨念である。
であるならば、羽川の弱さは、ある種『マイナス十三組』にも劣る。
たとえば志布志飛沫――彼女も両親からの虐待を受けて育ち、それを『不幸』とした。
現実を直視できる人格があった。主格があり、主体があった。
反して羽川翼はどうだ? 親からの暴力暴言、軽視無視――それらを正しく受け止めたか。
誰からも慕われ、正しいと評判の委員長は、現実を正しく強く、受け入れただろうか。
あるいはそれは、球磨川禊にも言えることかもしれないけれど。
強がりではなく、弱さを受け入れた球磨川禊の弱さの底――。

「それで、私と喋りたいことってそれだけ?」
『うん』
「うんって……」
『え、何。おっぱいの話でもしたら揉ませてくれるの?』
「私を雑なおっぱいキャラにしないで」
『おっぱいキャラでしょ』
「そんな安いキャラしてません」
『三つ編み眼鏡委員長は安くないの?』
「これは別にキャラじゃありませんから」

 はあ、疲れたように息をつく。
対する球磨川は相変わらずだった。
舞台もいよいよ大詰めというのに、まったくもって終盤感に乏しい。

「まあいいわ。暇を持て余しているぐらいなら私に付き合って」
『わかった! デートはどこがいい? やっぱ無難に富士の樹海とか?』
「そうじゃなくって……そんな路頭に迷ったカップルの真似事をしたいんじゃなくって」

 やりたいことは、得られた情報の整理だ。
玖渚友と日和号から得られたデータの、その解析を。

842Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:42:28 ID:S7QegMTs0


  § Ⅱ 玖渚友のデータ


「まずは『青色サヴァン』――玖渚さんからのメールを振り返りましょう」
『うん、欠陥製品が執着してた天才のことだね』
「あんまり含みのある言い方をしないの。――いろいろ送られてきたけれど、
 大きく分けると三つ、大事なことは書かれているわね」
『①首輪の解除について
 ②主催陣について
 ③水倉りすかについて――だろう?』
「他にもこの土地についてとか、憂慮すべき点が纏まってたのらすごいわよね。
 でも一旦、りすかちゃんについては置いておきましょう。
 球磨川くんもいーさんも対処法ぐらい考えているんでしょう?」
『強大な力を持つということは、それだけの慢心(よわさ)が棲みついているということさ』
「そういうものかしら? どの道私にできることは限られているもの、任せるしかないのは忍びないのだけれど」
『きみが望めば、セクシー猫っ娘は今すぐにでも還ってくると思うけどね』
「……本当、私はどんな醜態を晒していたのかしら」
『らぶりーな下着の描写だったら克明としてやるぜ』
「遠慮しておくわ。そういうのは春休みに経験済みだもの」
『実際のところ、一番の最適解は『ブラック羽川』のエナジードレインだ。
 にも関わらずきみはきみのまま。保身で力を温存するなんて……許されることじゃないよ!』
「嘘も方便というけれど、本当にあなた、すがりつきたくなるような嘘が得意だね……」

 攻略の鍵は流血を伴わない攻撃手段。
水倉りすかを攻略するうえで肝要となる。
不敵であれど、無敵でない――水倉りすかには殊の外弱点も多いのだ。
それは『分解』であり。
それは『熱量』であり。
それは『電気』であり。
それは『吸収』である。
精神に大きく左右されるという点において、
戯言遣いや球磨川禊のような人間に対しても、相性が良いとは言えないだろう。
供犠創貴が横にいたのならばともかくとして。
水倉りすか、ただ一人においては。
――あるいはこの場において、一番相性が良かったのは、鑢七実だったのかもしれない。
もしかすると、鑢七実を十全に『殺せる』最後のキーパーソンだったのかもしれない。
 ただ、どうであれ、そうした議論も詮無きことだ。
二人の思惑とは別のところで、水倉りすかの物語は完結している。終結しようとしていた。

 話を切り替えて。
次の議題へ。

「首輪の解除――ね」
『あのメールで送られてきた――このコードだけで大分容量を食ってたみたいだけど』
「主催者の組み込んだプログラムがそれだけ高度であったということか、
 あくまで既製品のスマートフォンに玖渚さんの才能を落としこむには、それだけの容量が必要だったのかしら」
『さてね、天才なんて軒並み一般社会にそぐわないんだから、付き合わされる機械も可哀想だ』
「でも、このコードだけじゃあ不十分だわ」
『なんだい、弘法も筆の誤りってやつ? やっだねー、天才ならなっさけない失敗談でも格好いい美談、格言にされるんだから』
「だから、あんまり含みのある物言いしないの。
 ――それにこれは、失敗というより、敢えて、なんでしょうね」
『ふうん、やっぱり天才は分かんないな。なんでそんなことするんだよ。
 する意味がない。僕たちの命がかかってるんだぜ? 命をなんだと思ってるんだ!』
「玖渚さんに関していえば、私たちの命なんてどうでもいいんだろうけれど――」

 球磨川にだけは、玖渚も言われたくないんだろう。
ただ、羽川は言葉を詰まらせたのは、そんなツッコミをしたかったからではない。

『どうしたの?』
「いえ……なら、コードを完成させるのは私の仕事ということになるわね」

 玖渚友。『青色サヴァン』、『死線の蒼(デッドブルー)』。
直接交えたのはほんのわずかな時間であったけれど、確実に断言できることがあった。
彼女の行動指針は戯言遣いのためのみに向いている。
間違いなく。紛うことなく。
であるならば、コードの欠けているのは――欠けているというのも直喩的ではあるけれど――戯言遣いのためか。
わからない。
考えなければ。
彼女は言っていた。あとは実践に移すぐらいだと。
ならば、公式は本来完成していたはずだ。
理屈はさておき、理解もさておき、理論はおぼろげに教えてもらい習得しつつある。

843Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:43:28 ID:S7QegMTs0

(あとは私が、穴を埋めるだけ――)

 きっと私じゃなくても、ここまでお膳立てされていたら、いーさんは解くだろう。
羽川は感じる。戯言遣いは必ずしもそうと捉えているわけではないだろうけれど、
前提が――あのメッセージは戯言遣いに宛てたものである以上。
本来想定されている、解答者――解凍者は戯言遣いのはずだ。
であれば、羽川の出る幕はないのかもしれない。
脇役は引っ込むのが筋かもしれない――それでも、羽川は首を突っ込む。
いつも通り、正しくあるように。
余計なお世話もお世話の内と叫ぶように。

『で、主催者のことだっけ?』
「ええ――不知火袴さん、不知火一族のことをはじめ、諸々と書いてあったわね」
『驚きだ! まさかあの不知火袴が傀儡の一族だったなんて!』
「安直に考えるのであれば、不知火袴は誰かの影武者となるのかな」
『恐ろしく強大な敵を前にしてさしもの僕も震えが止まらないよ』
「武者震いってことにしておいてあげるけど、――」

 判明しているだけで――判明するだけ恐ろしいけれど――下記の通りだ。
①不知火袴――箱庭学園理事長。不知火一族。
②斜道卿壱郎――堕落三昧(マッドデモン)。研究者。
③都城王土――元箱庭学園生徒『十三組』。創帝(クリエイト)。
④萩原子荻――澄百合学園生徒。策師。檻神ノアの娘。

『なんだ、噛ませ犬ばっかりだな』
「そんな一筋縄ではいかないでしょ」

 ここまでは確定。
放送の発信者だ。曰く付きの策師について、戯言遣いのお墨付きもある。
彼の記憶に太鼓判を押されたところでなんだという話でもあるけれど。
議論の余地があるとすれば、残りの面々。

⑤四季崎記紀――刀鍛冶。
⑥不知火半袖――箱庭学園生徒。不知火一族。
⑦安心院なじみ――悪平等。

 これらは推定。
兎吊木垓輔――『害悪細菌(グリーングリーングリーン)』の補助。
それに、悪平等の端末に『為った』が故に、安心院なじみの手助けを得たのか。
文面で詳細は語られなかった。結果だけが残っている。
そうであったかもしれないし、なかったかもしれない。
異常(アブノーマル)も、過負荷(マイナス)も、悪平等(ノットイコール)も。
理外の範疇にある。
理屈である以上に、感覚の話なのかもしれない。
自分が過負荷と言われても、てんで理解が追いつかない。
――先の両名の名前が出てきた時、戯言遣いと球磨川禊が柄にもなく面白くなさそうな顔をしたのは印象深いけれど。

844Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:43:59 ID:S7QegMTs0

 安心院なじみはともかくとして、
兎吊木垓輔なら自ら関わりだしてもおかしくはないだろう、というのは戯言遣いの評価。
いわく、おぞましい変態。
戯言遣いをしてそう言わしめるのだから、相当なものだ。
一方で、兎吊木ならば、玖渚の手を煩わせるようなことはしないと思う、という判断も下していた。
事実、目論見は志半ばに終わったとはいえ、従者は暴君に告げていた。
『――You just watch,"DEAD BLUE"!!』。
黙ってみていろ、『死線の蒼』。
いつかの再来。
かつての再現。
あの玖渚友が覚えていないわけがない。
『歩く逆鱗』は『裁く罪人』を認知した。
あの時浮かんだほのかな期待と笑みは、嘘ではなかっただろう。
にもかかわらず、『死線』は黙ることを止めなかった。手を止めなかった。
――斜道の研究所で巻き起こした過去と反して。
意味があるのか、なかったのか。
この場に疑問を抱けるものはもはやいない。


『ま、どちらであれ今尚連絡がないってことは失敗したんだろ、なっさけなーい!』

 もしくは――今から。
玖渚友が死んだ今なら、兎吊木垓輔はリブートするだろうか?
地獄という地獄を地獄しろ。
虐殺という虐殺を虐殺しろ。
罪悪という罪悪を罪悪しろ。
絶望という絶望を絶望させろ。
混沌という混沌を混沌させろ。
屈従という屈従を屈従させろ。
遠慮はするな誰にはばかることもない。
死線の名の下に、世界を蹂躙したように。
されど、死線の寝室は消灯した。
とこしえの眠りに暴君はついた。
ならば、細菌はどうするのだろう?
 とはいえ、これもまた欄外の戦い。
渦中の二人に関与のしようがない争い。
考えるべきは、他にある。

「勝てるかしら、私たちで」
『勝つんだろ、あいつらに』
「負け戦かもしれないわよ」
『負け戦なんていつものことだ』
「そもそもこの場合の勝ちってなんなのかしら」
『ルールを破綻させることさ』

 まあ、そういうことになる。
羽川も頷く。
――結局のところ、望ましい展開はみな生存に着地する。
なかったことにするかはさておき。
今残っている面々だけは。最低でも。
球磨川禊も鑢七実も、もしかすると水倉りすかもおよそ反人間的な存在ではあるけれど、死んでいいわけでは当然ない。
死んでいい人間なんていない。
どんな最低な人間でも。
示される道はひとつ、『生き残れるのはひとりだけ』とふざけた決まりを撤廃させる。

(問題は、それをどうやって――なんだけど)

 さて。
球磨川の答えは。

『え? お願いすればいいじゃないか。みんなで生き残りたいですって。
 こどものお願いを聞くのが老爺の務めだろ? なんのために年を取ってんだ』
「思いのほか浅い答えが返ってきてびっくりした。
 もっとあるでしょう、せめて首輪を外して主導権を握らせないとか」
『だったら早く欠陥製品や七実ちゃんの首輪を外さないと』
「……それもそうね」

 そう言われれば、返す言葉もない。
語勢が弱くなるのを皮切りに、議題は次へと移りゆく。
せめて次の放送が開けた後、景色が変わると信じて。

845Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:44:38 ID:S7QegMTs0

 § Ⅲ 日和号のデータ


「さて、日和号に眠っていたデータですけど」
『いよっ羽川屋』

 露店からひったくってきたオレンジジュースとメロンソーダを無計画な配分でブレンドしながら、球磨川は羽川に応じる。
何とも気のない返事に言葉を詰まらせる羽川を待つことなく、球磨川は言葉を続けた。

『欠陥製品はここに主催者のデータ、とりわけ主催者の居場所が載っていると推理した』
「鑢七実さんいわく、そもそも日和号には現在位置を観測する性能があった。
 ――もともと不要湖の、四季崎記紀の工場を中心に徘徊する機能があった。なら、『日和号』と『位置』の符号は合致する」
『まるでログポースさながらね』

 四センチにも満たないプラスチックケースから、メモリーカードを抜き取る。よくあるタイプのメモリーカード。
携帯機器の規格ともあう、変哲もないカード。
さて、中身はというと――。

『要領を得ないデータしかなかったわけだ』
「主催者の情報という意味では、当たりじゃない。なかなか辛い映像はあったけど。
 ――でも見る限り、まだロックのかかったフォルダは残っているわね」
『今解凍されているフォルダは5つだ』
「放送数と一致すると考えたら、もしかしたら次の放送のあと、何か変化があるかもしれない」
『ま、ないかもしれないけどね』

 そうね、と羽川。
5という数字のきりの良さは、どうとでも取れる。
先の玖渚友の死亡通知があったから、時限式の開封もありうると思考が引っ張られているだけなのかもしれない。
あるいは、玖渚友が死んでしまった今、そうでもないと見れないからという希望的観測か。

「仮に時限式のロックだとして、何の意味があるのかしら」
『ネタバレはつまんないだろうって計らいじゃないの?
 まあ僕はネタバレをされたうえで作品を見る方が好きだけど』

 盛り上げようとしている演出を見ると滑稽で、好き。
さらっと最悪な嗜好を披露している球磨川は置いておくとして、
さすがに理由までは考えたところで答えはない。
今はとにかく、入手した情報の整理が大事だろう。

「5つのフォルダの中身をまとめると――こんな感じになるわね」

①詳細名簿
②死亡者ビデオA
③死亡者ビデオB
④計画について
⑤不知火の里について

「この中で不知火の里については、玖渚さんから教えてもらったことと大きく齟齬はなかった」
『情報の信憑性の担保ってことかよ。くそっ、若者だからと舐めやがって』
「玖渚さんが一段飛ばしに真実に近づいていたってだけだと思う……」

 つくづく、惜しい人を亡くしてしまった。
羽川は哀悼の意を捧げつつ、気になったことを振り返る。
――このメモリーカードに入っているぐらいだ。『不知火』であることは重大なのか?
『白縫』と『黒神』が対になるように。
不知火袴は、あるいは不知火半袖は――誰かの代役でしかないのか?
だとしたら誰か。
明確な答えはない。
もしかしたら、ヒントを見逃しているだけか。
見直そう。見つけよう。

846Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:45:14 ID:S7QegMTs0
「もう一つのフォルダには色々な計画がまとまっていたわね。これも要所要所玖渚さんから聞いてはいたけれど」
『まるで黒幕候補を列挙しているかのごとくね』
「斜道卿壱郎博士の研究も載っていたわね。
 兎吊木垓輔を利用した――特異性的人間の創造。なかなか際どい題材をやってたみたい」
『で、『箱舟計画』とやらは水倉神檎の計画だってね。水倉りすかのお父さん』
「私が思っていた以上に、りすかちゃんたちの世界観は私たちに則してなかったようね」
『まったく、僕たちのにこやかシュールギャグの世界を重んじてほしいね』
「他にも完了形変体刀についてとか、いろいろ書いてはあったけれど。注目すべきはやはりこれになるのかしら」

 羽川は、球磨川が新たにブレンドしていた謎ジュースを一口含んでから、文書を開く。
その文書は『バトル・ロワイアル』と銘打たれていた。

「といっても、目新しい情報はないのよね……。ルールなんかが書いてあるだけで」
『結局『完全なる人間の創造』についても書いてなかったんだろ?
 ま、生き残った面々を見る限り主催者たちも絶句してるんじゃない?』

 ――完全な人間。
人類のハイエンド。
進化の最果て。
窮極にして終局。
人類最終――すらも『終わらせる』生体。
羽川は不知火袴の演説を直接聞いたわけではない――聞いたことを覚えているわけではないけれど、
自分が見合う人材であるかと問われれば、間違いなく首を横に振る。
過負荷がどうというのは一度置いておくとしても。
無理がある。
無茶がある。
無駄がある。
――生き残った人間に、完全に至る素養があるか?
少なくとも現在生き残っている六人に、そんな素養があるとは、羽川に到底思えない。

(だから要するに――話は戻るのだ)

 不知火袴の主導で行われた実験か否か。
影武者としての単なる建前でしかないのか。
同じ疑問が、行ったり来たり。
ままならない。
 話に区切りがついたと、球磨川は話を進める。

『それでそう、名簿? があったんだったね。今更ながらに』
「正直、肩透かしではあったわね」

 しかも中身は未完成――しかないときた。
十中八九恣意的な落丁には違いない。
戯言遣いや玖渚友、それに羽川自身や阿良々木暦なんかは
載っていたりするけれど。

『善吉ちゃんはぶられてやんのー、やーいやーい』
「はぶられてるというなら球磨川くんもでしょ?」
『はぶられるのなんていつものことだ』
「もう……そういうのいいから」

 球磨川禊をはじめとする、箱庭学園の生徒の面々が一切合切記載されていないのは、気がかりといえば気がかりではある。
果たしてそんなことをする意味があるのかどうかは推定もできない。
もしかすると、次に出てきた『映像』を踏まえれば、意味があったりするのだろうか?

「『死亡者ビデオ』――ね。たしか図書館にもそういうのがあったのよね」
『ああ、探偵ものを抜本から覆す興醒めな代物さ』
「今の私たちはどちらかというとスプラッタものでしょうけれど」

 もちろん、にこやかシュールギャグでもない。
死者が平気で生き返る様は、案外シュールなギャグかもしれないけれど。
 さておき。
メモリーカードの中にはたしかに死亡者ビデオが管理されている。
それ自体は大きな問題ではなく。
――疑問点があるならば、探偵もの風に表現するならば『被害者』。
二つのビデオを改めて視聴して、ため息。
この一時間で何度目かの、大きなため息だ。

847Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:45:53 ID:S7QegMTs0

「神原駿河さん、紫木一姫さん。参加者でさえない彼女たちの死亡シーン、なのよね。やっぱり」
『彼女が神原駿河ちゃんであるっていうのは、他ならぬ翼ちゃんが言ったことじゃないか』
「ええ、まあ……そうなんだけど」

 釈然としない様子で、羽川翼は頷く。
『死亡者ビデオ』の片割れに映っていたのは、首輪をつけた神原駿河だ。
少なくとも、姿かたちに関していえば、確実に。真庭蝙蝠のような変質者が擬態でもしない限りは。
中学時代にも戦場ヶ原ひたぎとともに『ヴァルハラコンビ』で名の知れた、直江津高校のスーパースター。
この二年でバスケットボール部の実績を底上げした立役者にして、花形である。
 その彼女がなんの脈絡もなく――羽川たちも知らないところで、殺されたらしい。
加害者は誰だかは分からない。
ただ、死んでいる姿だけは、克明と写し出されている。
死んでいる。終わっていた。
戯言遣いにいわく、紫木一姫と呼ばれて少女も、また。
同じように、生命が途絶えている。

「でも、どうしてでしょう」
『なにが?』
「なんでこんな映像を――見せる必要があるのかしら」
『見せる必要がないから、日和号のなかにあったんだろう』
「確かに――そういう見方もあるでしょうけど。でも――」

 あんなあからさまに、秘蔵であることを演出しておいて。
物申したい気持ちもあったけれど、手に付着したチュロスを舐めながら球磨川が言葉を遮った。

『おいおいおい、翼ちゃん。まさかとは思うけれど』

 見下すような瞳。
嘲笑うような三日月。
人を不快にさせることに特化しような、マイナス。

『誰が用意したとも知りえないこんな情報を信じるのか?』

 こんなの、お遊び用のおもちゃだろう。
 一瞬。
二人の視線が交わって。
息を飲みこんでから、羽川は答える。

「大嘘からもしれない。法螺吹きかもしれない。
 でも、疑うためにも、一度信じないと始まらないわ」

 信じるために、疑うように。
そもそも、審議のためにこうして二人、振り返っているのだ。

『そう、いや僕も大賛成だ! 翼ちゃんはさすが、おっぱいに夢がつまっているだけあるね!』
「だから、雑なおっぱいキャラにしない」

 ついさっき、信憑性の担保がどうと言っていたのは、球磨川だろうに。
虚飾に塗れた嘘が交じっていたとしても、玖渚友とのデータを合わせれば、きっと道は拓けるはず――。
真実から目を逸らしては――いないはずだ。

 日和号は、おそらく主催者が配置したギミックである。
ならば日和号をランドセルランドに滞留させたのは、誰の采配か。
日和号にメモリーカードを挿入させていたのは、誰の思惑か。
 五人の話し合いの際。
議題に上った案件。
仮に主催者が一枚岩じゃないとするならば、
謀反者は、四季崎記紀や都城王土が可能性として高いのだと。
日和号の製作者が四季崎であり、突き詰めれば電気をエネルギーとする日和号を操る都城。
結果から逆算される関連性――必然性。
次いで、萩原子荻あたりも、性格的な意味合いで忠僕であるかは疑問が残るといった具合だったか。

 そういう球磨川くんは信じてないの、と問えば表情をからっと一変し。

『え、どっちでもいいよ』
「どっちでもいいって、あなたね」
『あんなおめめ真っ白になった耄碌したジジイどもの思惑なんて知ったことではないしね』
「確かにまあ、そうかもしれないけれど」

 言ってしまえば、その耄碌したジジイにお願いをしようと提言したのも球磨川なのだが。
適当にでっち上げた嘘かもしれない。何もかも。
球磨川の言動に振り回されてはいけない。
櫃内に突き落とした過負荷が、彼を壊しかけているように。
今の彼の言葉には芯がない――真がなく、心がない。
惑わされてはいけない。
自制をしなければ――自律をしなければ。
今、『ブラック羽川』にすがるわけにはいかない。

(すべてを『なかったこと』にしようと言っている男の子だものね)

848Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:46:37 ID:S7QegMTs0
 とんだ超絶理論(サイコロジカル)。とんでもない大嘘憑き(オールフィクション)。
自罰的で、自傷的で、自戒を重んじる阿良々木暦とは、まるで真逆の生態。
地獄のような春休み――そこで受けた傷を一生をもって引きずると決めた彼とは違う。
理解しろ、弁えろ。

(それにしても、『記憶』がないっていうのは、不便なものだ)

 球磨川禊は八九寺真宵の記憶を一度消去したけれど、
それが救いたり得たのは――救いになったのかは八九寺にしか判断できないが――
八九寺にとって、記憶を失ったという感覚がなかったからだろう。
対して羽川の場合は、迷惑をかけている――ということだけは確定していた。
ゴールデンウィークにしろ、この、計画の最中にしろ。
むろんのこと、この場合悪いのは白猫ではなく、羽川自身に違いない。

(『なかったこと』になるっていうのは甘い響きがある)

 飛びつきたくなるような嘘。
白々しく白をきるような、自分には。
自分でさえ預かり知らない、自分の蛮行を帳消しにできるのであればどれだけ楽だろう。

『それで、総括は終わり?』
「歯痒いけどね」
『そう、また困ったことがあったら言ってね。
 翼ちゃんのためなら僕がみーっんな仲良くダメにしてあげるから』

 そういって、球磨川は携帯機器の電源を落とす。
議題は尽きた。
ならばあとは、放送を待つのみ。
いや、羽川には首輪を解除するための責務がある。

「居場所はわからなかったけど、首輪さえ外れちゃえば、あとはしらみ潰しに会場を回ってでも――」

 終わらせる。
機運に恵まれて、今まで生かされてきた。
それとなく、生き残ってきた。
でも、これからは自分に甘えず、自分で戦わなければ――。

そう、羽川が意気込みを新たにしようとした時。
不意に球磨川が口を開く。
ぼんやりと、ジュースを飲みながら。

『翼ちゃんは優等生だね』

 行儀悪く、ストローを齧りながら。
なんてこともないように。

『真実なんて案外、どうでもいいことだったりするんだぜ?』

849Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:47:57 ID:S7QegMTs0


  § Ⅳ 後段


 そうして、羽川は首輪の解除に勤しんでいた。
知識とデータを見比べながら、どうにか穴埋めを試みる。
多分、大丈夫。自分を鼓舞する意味合いでも、羽川は頷く。
実際に現物が目の前にあると、電話口で玖渚友が説明していたことの理解がある程度進む。

 球磨川が置き土産に残したアンタッチャブルなお菓子の複合体を平然とつまみながら、
これからについて、思考を巡らせる。

(どうでもいいことだったとしても――希望を裏切る結果だとしても)

 戯言遣いは真庭鳳凰に、こんな戯言を言っていた。
仮に優勝したとして――待ち構えている結末は裏切りである。
首輪の爆破であれ、願いが叶わないことであれ、意に沿う結果には到底なりえない。
これは時間稼ぎの詭弁に過ぎない。モンキートークの蔑称に違わぬ猿芝居だ。
ただ、可能性の一側面を捉えていることも、確かであった。
たとえばの話。
このメモリーカードはいわゆる黒幕と呼ばれる存在が用意したものであり、
救いにならない――どころか、何の意味もない――どころか、地獄に叩きつけるだけの代物なのかもしれない。
最悪の想定。
あるいはこれは、球磨川と二人で喋っていたから思考が誘導されているだけなのか?
目を逸らし続けてきた羽川をして、現実が重くのしかかる。
それでも羽川は、優等生なのだった。

(いったい何が目的なのか)

 欲するところは極上の戦闘能力――ではないのだろう。
結果論ではあるけれど、生き残った面々で戦闘能力が卓抜しているのは、鑢七実ぐらいなものだ。
羽川には知る術もないが、その七実をしても黒神めだかに敗れている。想影真心を討ち損ねている。
 ならば、あつらえられた真実とやらを紐解く探偵としての資質――か。
どうだろう。用意された材料はある。
玖渚友の成果しかり。日和号の成果しかり。

(私の支給品――にも用途のわからない箱がある)

 黒い箱。
『黒』『箱』『鍵』――以外の情報がまるでない、文字通りのブラックボックス。
不知火袴が牛耳るゲームだ。もしかすると、箱庭学園の前身なる『黒箱塾』と繋がりでもあるのか。

(いや、あまりにも遠因がすぎるか――それよりも中を確かめてみないと)

 タイミングを逸してしまったけれど。
いよいよ情報が手詰まりになった今、この箱を開封する時が来たのかもしれない。
神のいたずらか、恣意的な企みか、『錠開け道具(アンチロックブレード)』だったらこの場にある。
本来であれば球磨川たちと合流した段階――各々の所持品を確認した時点ですべきであったのだろうけれど、
メモリーカードの情報などを整理するのに手いっぱいになってしまっていた。

850Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:48:33 ID:S7QegMTs0
(それに、七実さんの白い鍵)

 説明もなく鍵を渡されても――といった不具合もあるが。
鍵穴を見つけるのも、ひとつ探偵の仕事とでも言いたいのだろうか。
いずれにせよ、与えられたヒントや環境を駆使して、真実を解き明かすことにこそ、意義でもあるのか。
もしくは単純に生存能力が肝なのか。
いっそのこと、一種のエンターテイメントでしかないと言ってくれた方が気を揉まずに済むのだけれど。

(答えはない――でない)

 なんでもは知らない。知っていることだけ。
だから、知っていることから片付けないと。

(首輪――首輪ね)

 もう一度。
コードと実物を見比べる。
冷たい温度。容易に人の殺せる凶器。
そんなものが、自分の首にも嵌められている。
一刻も早く、解除しなければ。おそらくゴールはもう直前なのだ。

(神原さんも、こんな思いをしてたのかしら)

 先の死亡者ビデオを思い出す。
首輪をつけた神原の姿――亡くなった神原の姿。

(それもただ亡くなったんじゃなくて、おそらく私たちと同じように)

 こんな悪趣味な首輪をつけているのだ。
彼女も『参加者』であったことは想像がつく。
しかし、いつ、どこで? 神原駿河は昨日まで学校へ登校していたのではなないのか?

(下級生の出欠にまでは明るくないけど――最近頭痛がひどかったし、言い訳かなこれは……)

 いや、そんな疑問でさえも、今のこの場――バトルロワイアルの場においては些末な問題なのか?
たとえば、羽川と八九寺真宵の記憶に齟齬があるように、時間という流れは今に限ればひどく曖昧だ。
『赤き時の魔女』水倉りすかの名前を挙げるまでもなく。

(そうよね、萩原子荻、それに紫木一姫も一度お亡くなりになった人間だというし)

 死んだ人間が、平然と跋扈する。死んだ人間が、平気で生きて死ぬ。
狂っている――まだしも八九寺のように幽霊だと言ってくれた方が現実味がある。
さながら球磨川禊のように、死を『なかったこと』に――。

(『なかったこと』――死を、なかったことに)

 一度思考を止めて。
羽川は、浅く呼吸をする。
息を吸う。朝の冷たい空気が肺に流れ込む。
底冷えする。冷静に考えろ。

(一致しない『名簿』、神原さんたちという『参加者』、不知火という『影武者』。
 死を『なかったこと』にする――『なかったこと』にする)

 この一時間で手に入れた符号を整理する。

(殺し合いを『なかったこと』にする――)

 様々なドラマをすべて等しくまっさらに。
喜劇も悲劇もひっくるめて、なかったことにして、おしまい。
この物語はフィクションである。警句を末尾に、話を〆る。

(それでももし、終わらないことがあるとしたら)

 すでに完結した話の二次創作でもするように。
ああ、そうだ。
繰り返す満月のように、なんどもなんども、同じことを繰り返すようなことが仮にあったとするならば。

「一分――考えさせて」

 そうして。
羽川翼は思索に耽る。
当然『真実』がどうであったところで、計画の進行に影響は、一抹もない

851Q&A(旧案と宴) ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:49:07 ID:S7QegMTs0

【二日目/早朝/E-6 ランドセルランド】

【羽川翼@物語シリーズ】
[状態]健康、ノーマル羽川、動揺
[装備]パーカー@めだかボックス、ジーンズ@めだかボックス
[道具]支給品一式×2(食料は一人分)、携帯食料(4本入り×4箱)、毒刀・鍍@刀語、黒い箱@不明、トランシーバー@現実、真庭忍軍の装束@刀語、
   ブラウニングM2マシンガン×2@めだかボックス、マシンガンの弾丸@めだかボックス、戯言遣いの持っていた携帯電話@現実、
[思考]
基本:出来る手を打ち使える手は使えるだけ使う。
 0:殺し合いに乗らない方向で。ただし、手段がなければ……球磨川禊は要警戒。
 1:情報を集めたい。ブラック羽川でいた間に何をしていたのか……メールを確認すれば分かるかも。
 2:メールを確認して、首輪に関する理解も深める。
 3:いーさんの様子に注意する。次の放送の前後は特に。
[備考]
 ※ブラック羽川が解除されました
 ※化物語本編のつばさキャット内のどこかからの参戦です
 ※トランシーバーの相手は玖渚友ですが、使い方がわからない可能性があります。また、相手が玖渚友だということを知りません
 ※ブラック羽川でいた間の記憶は失われています
 ※黒神めだかの扱いについてどう説得したか、他の議論以外に何を話したのかは後続の書き手にお任せします
 ※零崎人識に関する事柄を無桐伊織から根掘り葉掘り聞きました
 ※無桐伊織の電話番号を聞きました。
 ※戯言遣いの持っていた携帯電話を借りています。なのでアドレス帳には零崎人識、ツナギ、玖渚友のものが登録されています。

【球磨川禊@めだかボックス】
[状態]『少し頭がぼーっとするけど、健康だよ。ただ、ちょーっとビックリしてるかな』
[装備]『七実ちゃんはああいったから、虚刀『錆』を持っているよ』
[道具]『支給品一式が2つ分とエプロン@めだかボックス、クロスボウ(5/6)@戯言シリーズと予備の矢18本があるよ。
    後は食料品がいっぱいと洗剤のボトルが何本かもあって、あ、あと七実ちゃんのランダム支給品の携帯電話も貰ったぜ!』
[思考]
『基本は疑似13組を作って理事長を抹殺しよう♪』
『0番はやっぱメンバー集めだよね』
『1番は七実ちゃんは知らないことがいっぱいあるみたいだし、僕がサポートしてあげないとね』
『2番は欠陥製品に気を配ることかな? あんまり辛そうなら、勝手になかったことにしちゃおっと!』
『3番は……何か忘れてるような気がするけど、何だっけ?』
『4番は、そんなことよりお菓子パーティーだ!』
[備考]
 ※『大嘘憑き』に規制があります
  存在、能力をなかった事には出来ない
  自分の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  他人の生命にかかわる『大嘘憑き』:残り0回。もう復活は出来ません
  怪我を消す能力は再使用のために1時間のインターバルが必要。(現在使用可能)
  物質全般を消すための『大嘘憑き』はこれ以降の書き手さんにお任せします
 ※始まりの過負荷を返してもらっています
 ※首輪は外れています
 ※黒神めだかに関する記憶を失っています。どの程度の範囲で記憶を失ったかは後続にお任せします
 ※玖渚友が最期まで集めていたデータを共有されています。

852 ◆xR8DbSLW.w:2021/12/01(水) 22:50:52 ID:S7QegMTs0
投下終了です。
指摘感想などありましたらよろしくお願いいたします。
また、この話が通るにしろ通らないにしろ、私としては放送にいってもらって大丈夫です。

853 ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:48:27 ID:SGPIG5m20
仮投下していた話について問題無いというご意見をいただけたので本投下します

854安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:52:38 ID:SGPIG5m20

――――ぱちぱちぱちぱち。

「なんのつもりですか」

もちろん褒めているんだよ。
よくぞそこまで辿り着いたね不知火ちゃん。
……なんてお世辞はいらないか。
解いてもらわなきゃ、僕も暗躍した甲斐がないというものだ。

「はい?」

そんなにおかしいことを言ったかい?
出題者としては解答の存在しない問題を出すのはフェアじゃないだろう。
数学とかだと解答なし、という答えもあるけれど、この場合は当てはまらないし。

「そっちじゃないですよ。暗躍だなんて、バレバレすぎてとてもとても」

んー、まあ、否定はしないよ。

「というかむしろあたしに気づかれることを折り込み済みで色々やってませんでした?」

なんだ、わかってるじゃないか。
本当に気づかせたくなかったらそうしていたとも。
逆説的にそういうことになるわけさ。
それじゃあ、解説タイムと洒落込もうか。
ほら、クイズ番組とかでよくあるこれはこれこれこういうことなんだよって説明するやつ。
正解を出したのならいるんじゃないかい?

「どちらかと言えば、ミステリーの犯人の自白の方がまだ近そうですけれどね」

その例えをするならミステリーに必要不可欠な証拠とかが全然無いじゃないか。

「証拠? そんなもの安心院さん相手に意味あります?」

それもそうか。
悪平等の端末という時点で証拠も何もないというならそうだけれど。
確かに犯人は僕だけれども。
ああ、今のは自白になってしまったかな、なんて御託もいらないか。
一応先に言っておくけど、僕はこの実験、壊す気満々だぜ?

855安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:53:50 ID:SGPIG5m20
   ■   ■



まず目をつけたのは容赦姫――いや、とがめちゃんと呼んであげた方がいいかな?
死ぬ直前のところを精神だけ呼び出した。
おっと、この場合は呼び出すってより取り出すの方が正しかったかな。
球磨川くんや善吉くんやめだかちゃんたちとは違って仕込みとかもないから力業になってしまったけれど。
ほら、喜連川博士の研究のことは知ってるだろう。
精神という名の物質をいじくりまわすってやつ。

「……いきなり何とんでもないことをやらかしてくれてるんですか」

おやおや、笑顔が固まってるぜ。
早速嬉しい反応をありがとう、不知火ちゃん。

「確かに、そういう状態で接触されればこちらはわかりようもないですけれど」

だろう?
ミステリーならよくある入れ替わりとか誤認トリックってやつだ。
しかも彼女が死ぬ瞬間は他ならぬ君たちが記録してくれてるから疑われることすらない。
実際、僕が口にする今の今まで思ってもいなかっただろう?

「ええ、思ってもいませんでしたよ。でもトリックにしても反則がすぎるんじゃありません?」

おいおい、先にミステリーに例えたのは不知火ちゃんの方じゃないか。

「例えはしましたけどさすがにそういう意味じゃないですって。
 でも利用価値なんてあります? 端末とはいえ死んだままなんでしょう?」

そうだね。
彼女を端末にしたところで大局に意味はない。
うん、だからこれは純然たる僕の興味本位さ。

「なるほど、興味本位で手を出されるほどの価値はあったと」

もちろん。
ある意味で僕みたいな考えを持てる父親から生まれた球磨川君みたいな娘、なんて存在だぜ?
それでいて大の人間好きな宗像君が錯覚してしまうにもかかわらず、過負荷たりえない本質。
むしろ、『普通』なら避けていくはずの過負荷すら利用できてしまう人間性。

「言い切るんですか。彼女は過負荷と遭遇してないというのに」

そこは断言するとも。
彼女は過負荷と遭うことはなかったけれど、もしそうなっていればそうしていただろう、とね。
そんな存在、唾を付けない方がおかしいだろ。
実のところ、最初は話をしてみるだけのつもりだったんだけどね。
ただ話すだけじゃつまらないから否定姫や飛騨鷹比等の姿をとって揺さぶってみたりはしたけど。
とがめちゃんからすれば突拍子もない走馬灯を見るような感覚さ。
僕の用が済めばとがめちゃんの精神を持っておく必要もないし、死を迎えた肉体に引きずられて本当に終わり、だったんだけど。

「うっひゃぁ、悪趣味」

856安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:55:00 ID:SGPIG5m20

なんとなく思っちゃったんだよね。
端末にするのもおもしろそうだなって。
実質的な死人を端末にするのって初めてだったし、彼女なら君たちに気付かれることもない。
テストケースとしては悪くないだろう?

「いやいや、それ安心院さんにしかメリットないじゃないですか」

それはとがめちゃんにも言われたね。
だからちょっとだけ彼女に不平等で不公平なことをしてあげたとも。

「まさか用が済んだら生き返らせるとでも?」

いやあ、それはちょっとの域じゃないからそこまでは無理だよ。
できるできないの話じゃなくてやるやらないの話さ。
提案したとき、とがめちゃんも真っ先に聞いてきたけれどね。

「じゃあ何をしたんですか?」

結論から言えば、とがめちゃん本人に対しては何もしてないのと同義かな。
とがめちゃん本人には、ね。
不知火ちゃんならもう察したんじゃないかな?

「……ああ、あのときのはそういうことでしたか」

そう、七花くんと双識くん。
あのときのちょっとしたアドバイスはそういうことさ。
無関係の双識くんのとこまで出向いたのは、七花くんだけじゃ不十分だろうっていうちょっとしたサービスさ。

「それ、本当ですかね? 他の人にもちょっかいかけてそうですけれど」

いや、してないぜ?
この際だからはっきりさせておくけど、彼らも、他の端末もそのとき以外は一切僕から干渉はしていないよ。
僕の不平等、不公平は一人につき一度だけ。
その前後のことは全てなるようになっただけのこと。
どんな結末を迎えようとも、ね。

857安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:56:33 ID:SGPIG5m20
   ■   ■



次に端末にしたのは誰か、よりもその前に彼のことは言及しておいた方がいいか。
×××××を端末にしなかった理由は聞きたいんじゃないかい?

「まあ、そう言われると興味は湧きますよ」

彼もとがめちゃんと同様に球磨川君とどこか似てて、でも決定的に違っていた存在だ。
ちょうど寝ていたし、接触するにはいいタイミングだったしね。
からかってみたり、焚きつけてみたり、色々と話してはみたけれど彼を端末にするのはやめることにした。

「そうですか。てっきり『無為式』を警戒したものだと思ったんですが」

端末に狂わされる本体、なんて実現したらそれはそれでおもしろいことになっていただろうけど、そんなんじゃない。
考えなかったわけじゃないけど、単純に目的の達成にはそぐわないと判断しただけさ。
そもそも、端末という形で膨大な個性を保持する僕相手じゃ彼の戯言も相性が悪かっただろうし。
こんな場合じゃなきゃ彼の『無為式』も状況をひっかき回してくれるだろうという目論見はないでもなかったんだけどね。
後の展開を考えれば端末にしないで正解だったと思うよ。
要するに安全、安定、安心を取ったと考えてもらってもいいよ。
安心院さんだけにね。
なんちゃって。
それで、生きていた人たちの中で誰を最初に端末にしたかは見当がついたかい?
それなりにヒントっぽいことは言ってるけど。

「西条玉藻……は多分違うでしょうね、なんとなくですけど。萩原子荻がこちらにいる以上その人選は避けそうです。
 意識がなかったタイミングで考えるなら……玖渚友、辺りでどうですかね?」

残念。
確かに彼女も端末だけど違うんだなそれが。
さすがにいきなり当てるのは無理があったかな?
正解は櫃内様刻くんだよ。
ふむ、予想外ではないけれど納得がいかないって顔だね。

「タイミングが噛み合わないと思うんですが」

ああ、様刻くんが薬局で熟睡していた時間に端末にしたと考えるならそうだろうね。
でもその前に研究所で泣き疲れて寝ていただろう?

「それなら辻褄は合いますが……そんな早くからだったとは。本当に悪平等の前に自由であったと」

うん、そうだね。
とがめちゃんがテストケースなら様刻くんはモデルケースだ。
まあ、後の2人の参考にはならなかったけどね。
それも含めて、様刻くんだけがスタンダードな端末だ。

「それで実質的な最初の端末に彼を選んだ理由は? たまたま寝てたからだと?」

そう捉えてもらって構わないよ。
合理的な様刻くんなら断らないんじゃないかって打算もあったけどね。
実際、様刻くんは実に合理的だったとも。

「あなたに下るのが合理的、ですか」

858安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:57:30 ID:SGPIG5m20

ちゃんと説明はしたって。
断る自由だってあったし。
その場合も端末にならなかった、だから僕も何もしなかった、で終わるつもりだったよ。

「なんですか、つもりだった、って不穏な言い方」

誰も断らなかっただけだよ。
事実、様刻くんも断らなかった。
むしろ、即決に近い早さだった。
とがめちゃんのときと同様、僕のことはめちゃくちゃ疑ったけれどね。

「そりゃそうでしょ。得体の知れない存在が『僕と契約しない?』なんて言ってくる夢に頷く方がおかしいですよ。
 ……まあ、そこで頷けるのが合理的ってことなんでしょうけど」

疑念と決定は両立するとも。
それを選択できるのが様刻くんの長所でもある。

「で? 端末になる代わりに安心院さんは何をしてあげたんです?」

おもしろいことに、そっちについては即断しなかった。
どころか保留できないか聞いてきた。
操想術を解くとか、様刻くんの視点では知り得ない情報を教えるとか、スキルを1つ貸すとか。
その辺りを想定してたから少し驚いたよ。

「……そんなことされたら色々めちゃくちゃになるんですけど」

だからやってないって。
確かに、様刻くんの実力は下から数えた方が早い。
けれど、あの時点でその見解を導きだせたのは運が良い。
いや、やっぱり悪いか。
それだけ、時宮時刻や殺人鬼二人との遭遇が効いたんだろうね。

「一般人として括られる立場から見れば彼らは劇薬でしょうからねえ」

へえ、毒薬とは言わないんだ。

「零崎一賊にも時宮病院にも客の立場の人間だっているでしょう。であれば劇薬ですよ」

それもそうか。
ともあれ、不知火ちゃんが形跡を見つけられないくらいには様刻くんは様刻くんらしく過ごしていただろう?

「それで、わざわざ保留までした彼の不平等はなんだったんですか?」

うーん、それを明かすのは野暮な気もするけどなあ。
それを保留し続けること、かな。
今のところは、だけど。

859安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:58:14 ID:SGPIG5m20
   ■   ■



その次は羽川ちゃんか。
といっても、彼女についてはついでみたいなものだったし、話せることは少ないんだけどね。
それに、厳密に言うと今の羽川ちゃんは端末じゃないんだけど。
今っていうのは、ランドセルランドで元気にマシンガンを撃っていた羽川ちゃんのことだね。

「はあ、つまり裏人格のブラック羽川だけが端末になったと」

その通り。
見ていたのなら知っていると思うけれど、球磨川くんはブラック羽川ちゃんにとって天敵みたいな存在だ。
らしくもなくパニックに陥っていただろう?
球磨川くんが迷惑をかけたね、くらいの軽い気持ちで覗いてみたらいきなり頼みこまれたから面食らったよ。
ご主人――羽川ちゃんを助けてくれってね。
そう焦らなくたって球磨川くんが死をなかったことにするだろうから、って諭したんだけど、それじゃダメだと。
ブラック羽川のまま、また球磨川くんに遭ってしまえばまた殺してしまうから、って。
僕としてもそれは不本意だし、球磨川くんは死をなかったことにはできても彼女の存在まではなかったことにできない。
ブラック羽川ちゃん本人は否定してたけれど、実質過負荷よりの存在だしね。

「その状態の彼女に端末になる判断が下せるとは思えないんですけどねえ」

そうだね。
端末にする必要性はないと言えばなかったんだけど。
でも、管理しておくなら端末の方が都合が良いと言えば良かった。
些細な差だし、どっちでもよかったんだけどね。
魔が差したとか、出来心でとか、ほんの軽い気持ちで、みたいなものだよ。
そういうわけで、羽川ちゃんからブラック羽川ちゃんを切り離した。
エナジードレインとかの正当な手順を使ったわけじゃないから、スキルを使って無理矢理に、と少々荒療治にはなったけれど。

「つまり、羽川翼本人のストレスが解消されたわけではない、と。それはまた面倒な」

それはもちろん。
きっかけさえあればまた出てくる、かもしれないぜ?

「ところで、球磨川先輩に却本作りを返した理由も聞かせてくれたりします?」

え、球磨川くんの話?
状況を見てれば予想できることをやっただけだけど。
それに、それは悪平等とは関係ないだろう。
だからここでは話さないよ。
どうしても聞きたいならまたの機会に、というやつだ。

860安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 20:59:32 ID:SGPIG5m20
   ■   ■



そして最後に端末にしたのが玖渚ちゃんだ。

「最後、ですか」

うん、最後だよ。
45人中4人。
他にはいないしここまで状況が進めば新たに作る必要もない。
玖渚ちゃんは中々の曲者だったねえ。
なにせ、彼女だけは僕のことを待ち構えていたんだから。
僕の存在に気付くまでは材料さえあれば誰でもできるだろう。
けれど、そこから僕が接触しに来ると確信できるのはそういない。
なのでちょっぴり癪だったからファーストコンタクトはとがめちゃんにお願いした。

「そんな理由で何やらせてるんですか」

あの辺りの時間は色々ブッキングして少し忙しかった、っていうのもあったんだよ。
人材の有効活用も兼ねていたとでも思ってくれないかな。
弱い者同士、親睦を深めてくれればいいなーくらいの感覚だったんだけれど。
同族嫌悪って言うのかな、中々に凄絶だったねえ。

「そんな言い方されると途端に気になるじゃないですか。
 何を話してたかは把握してるんでしょ、教えてくださいよ」

まあ、その辺の話は本題と外れるからこれも機会があれば、ということにしておこう。

「……………………」

話を戻そうか。
玖渚ちゃんも端末になることは即答……むしろ、自分からなりに来たようなものだったね。
心底嫌そうだったけれど。
それでも端末になる価値はあると理解した上で僕に交渉を持ちかけた。
『私が幸せになれる未来はある?』と。

「そんなことを聞いたんですか。安心院さん相手に」

861安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 21:00:36 ID:SGPIG5m20

僕相手だからこそ聞いてきた。
確かに、この玖渚ちゃんがどんな末路を迎えるか、だったら僕は教えなかった。
教えられなかった。
僕は自身に未来を見ないというルールを敷いている。
ネタバレを知りたくないというルールを強いている。
である以上、他人の未来であってもそれは同様だ。
でも、彼女が欲しがったのは自分の未来じゃない。
別の世界の玖渚友の未来だ。
ほら、宗像くんが持ってきた詳細名簿があっただろう?
あれで玖渚ちゃんは労せずして全員の詳細を手に入れた。
平行世界で一大スペクタクルを繰り広げてきた阿良々木君のことも、ね。
となれば後はわかるだろう?
芋蔓式にキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードという存在を知った。
世界の壁に穴を開けられる存在を知った。
フィクションの存在にすぎなかった平行世界が実在すると知ってしまった。
であれば、絶望的ではあっても絶望ではない極小確率の奇跡が叶う世界があるとわかってしまった。
ならば、こんなことに巻き込まれていなかったら、なんてことを想像するのは当然だ。
別の運命であれば、僕の中のルールには抵触しない。
別世界、別ルートならば未来も過去も関係ないからね。
だから僕は教えてあげたとも。


『おめでとう、元気な女の子だよ』


ってね。
どういう形であれ、生き延びられる未来は想定していたようだけれど、子どもを授かることまでは考えていなかったらしい。
本当に? って聞き返すくらいだったからね。
他の端末と違って直接的な利益は一切なかったけれど、玖渚ちゃんにはそれだけで十分だった。

「その二言を聞くのが彼女がもらった不公平だと?」

それ以上求めはしなかったからね。
事実、必要なかったし。
巻き込まれた以上、奇跡的に生還できたとしてもその先はない、と誰に言われるまでもなく理解していた。
生きたいとは思っても生きられないのは重々承知していた玖渚ちゃんにはね。
だからって自分が死ぬことだって心の底からどうでもいい、ということすら思ってもいないのはどうかと思うけどさ。
そんな理由で、玖渚ちゃんは全力を出し惜しみする必要はなくなった。
持てる力を総動員してただやりたいことだけをやった。

「道理で、あの辺りからやたらアグレッシブになったわけですか」

条件が揃ったからというのもあるだろうけどね。
端末にしてなくたって結局同じことをしてたと思うよ?
首輪の解析、魔法の知識の入手、ついでに所有物を壊された仕返し。
反撃を見越しての陣営の分散と精一杯の抵抗。
それとささやかな置き土産。
言ってしまえば、ちょっぴりわがままをしつつも好きな人のためにただひたすらに尽くした。
ただの恋する少女のように、ね。

862安心院なじみの専断偏頗リクルート ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 21:01:41 ID:SGPIG5m20
   ■   ■



死人、スタンダード、裏人格、天才。
というわけで結果としてみれば三者三様ならぬ四者四様の端末だったわけだけど、どうだったかい?

「ほぼ安心院さんの匙加減じゃないですか。それっぽい共通点を探してたのが馬鹿らしいですよ」

共通点、そういえばそんなものもあったか。
結果的にそう見えただけで、実情としてはタイミングよく寝てたり気絶した人たちに声をかけてたってだけの話だったんだけど。
要するに誰でもよかった、というやつだ。

「そんな通り魔みたいな理由で端末を作られたらたまりませんよ。そもそもなんでこんな真似してるんですか」

目的なら最初の方にちゃんと言ったじゃないか。
この実験を壊すって。

「いやいや、こんな面倒な手段をとらなくとも安心院さんならできるでしょう」

できるよ。
僕がラスボス系スキルの大盤振る舞いでもして直接手を下すなんて朝飯前さ。
でも、それはただの失敗で致命的な失敗にはならない。
だからこんな回りくどい手段を使ったわけだけれど。
あれほどの生徒数をほこる箱庭学園にすら悪平等は赤青黄と啝ノ浦さなぎの2人しかいなかった。
それなのにここには45人中4人。
観測者効果が発揮されるには十分だ。

「だからって、あたしたちが手をこまねいていると思います?
 そもそも安心院さんご自身も回りくどいとおっしゃるやり方で成功するとでも?」

成功する根拠があるわけじゃないよ。
でも、失敗しても次があるのは僕も不知火ちゃんたちも一緒だろう?
僕としては、こんな馬鹿なことはやめろ、だなんてありきたりなセリフ使いたくはないんだけどさ。
それで、実際のところどうなんだい不知火ちゃん。

「いきなりそう言われましてもなんのことだか」

なんだよ、今更しらばっくれるなよ。
君たちだって、解いてもらうためのヒントを散りばめてるじゃないか。
彼らももうじき辿り着く頃合いだぜ?
そろそろ出題者としての義務は果たさなきゃならないんじゃないかな?

863 ◆ARe2lZhvho:2021/12/31(金) 21:08:30 ID:SGPIG5m20
投下終了です
放送の投下直前になってしまい申し訳ありません
避難所でも書きましたがこちらでも機会をくださった◆mtws1YvfHQ氏には改めて感謝を申し上げます
指摘感想など何かありましたらよろしくお願いします

864 ◆mtws1YvfHQ:2021/12/31(金) 23:21:43 ID:8FLP4Wgo0
皆さま投下お疲れ様です。
あまり時間がないのでざっくりと。

>> Q&A
まとめての感想となりますが。
産まれ出ずる様々な疑問、憶測、様々な情念の渦巻く中で自問自答、情報の擦り合わせや溢れてくる疑問疑念。
いよいよ終わりが見えて来たからこそ生じているとも言える余裕。
心情を探る会話。
一体どのような結末を迎えられるのかが愉しみになってきております。

>> 安心院なじみの専断偏頗リクルート
ある種の中心人物と成り得る安心院なじみ。
その観ている視座と言うか観点は外すことのできない事ではあります。
しかし視点を参加者側から異とする二人の対面からその結末は、遂げるか壊れるか。
もう殆んど一本道となって参りました。


それはさておきとしまして。
第五回放送の投下を開始します。

865第五回放送 ◆mtws1YvfHQ:2021/12/31(金) 23:24:49 ID:8FLP4Wgo0
薄暗い場所。
いかにもなマイクだけが置かれたテーブルを前に、老人は座っていた。
前方をモニターに囲まれ、それのみを光源とした光を浴びる老人。
実験名『バトルロワイヤル』。
その元凶とも言えるその老人。
箱庭学園理事長、不知火袴は静かに座っていた。
テーブルに置かれた物は僅か。
名簿と、マイク。
当初はもう少し乱雑だったその机は、終わりを間近に備え、参加者の数に比例するように綺麗な物となっていた。
そんな中、ぽつりと置かれている電源の切り替えが出来るようになっているマイクに時々目を移しながら座っていた。

「――――さて、もう間もなくですか」

不意に袴が呟き、腕の時計を見た。
時刻は五時五十六分。
六時間ごとの放送の準備は既に万全。
そんな事を袴は考えながらマイクを手元に引き寄せかけ、止めた。
そう言えばあの時もこんな風だった。
苦笑を漏らし、何ともなしに背後へと顔を向ける。
丁度良く、袴の後ろの扉が開き、老人が入って来るところ。
あの時のように。
ただ今回は目を血走らせているその老人は、開け放ったまま何の遠慮もなく袴の隣にある椅子の一つに座った。
袴が顔を向けても何も言わず、マイクを己の元へと引き寄せた。

「――死亡者は分かっていますか、博士?」
「黙れ」

軽く苦笑いしながら袴は時計に目を向ける。
五十九分。
こんな所まであの時と同じ。
確認してからモニターを一通り見渡す。
いや。
最早、見る意味のあるモニターなど片手で数えるほどもない。
忍び笑いを漏らしている間にも、タイマーの小さな電子音が鳴る。
六時零分。

866第五回放送 ◆mtws1YvfHQ:2021/12/31(金) 23:26:11 ID:8FLP4Wgo0
「どうぞ」

あの時のように袴が言えば老人は、苛立ちを隠そうともせずマイクの電源を入れた。



放送を始める。
聞き逃すな。
死者の名は。

玖渚友。
零崎人識。
無桐伊織。
水倉りすか。
鑢七花。
真庭蝙蝠。

以上の六人だ。
続いて禁止エリアの発表に移る。

一時間後の七時より、F-6。
三時間後の九時より、G-2。
五時間後の十一時より、C-5。

連絡事項は以上だ。

ふん。
しかし――――玖渚友。
玖渚友。
玖渚友。
玖渚友!
玖渚、友ッ!
玖渚ァ、友ォ!

貴様!
貴様も!
貴様であっても!
こうもアッサリと死ぬか!
今回、死ぬとは思っていたが!
こうも、アッサリと死ぬとはなぁ?
はっ!
ハハハ!
ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!

867第五回放送 ◆mtws1YvfHQ:2021/12/31(金) 23:28:18 ID:8FLP4Wgo0
さあ、殺せ!
殺せ殺せ殺せ!
飽くなく殺せ!
容赦なく殺せ!
意味なく殺せ!
甲斐なく殺せ!
勝ちなく殺せ!
誰も彼も殺せ!
殺せ殺せ殺せ!
殺して殺して殺して殺せ!
殺して殺して殺して殺して殺して殺せ!
ただただ無為に消費するがいい!
私は待っているぞ!
貴様を待っているぞ!

アッハハハハアッハハハハハッハハハハハハハハクハハアハハハハ!



小さく息を吐きながら、何時の間にか入り込んでいた少女がマイクの電源を切る。
しかし老人はそれに気付く様子はない。
高笑いをなおも続け。
そして、既に部屋を出て行く所。
最早モニターの映像に目もくれない。
ただ、考える。
結末までの道筋は粗方、形になっている。
それでも女学生はため息を付く。
既に彼女の予想の中でも限りなく低かった出来事が幾つか起きていた。
起きると考えられていなかったことも幾つかあった。
不確定要素が重なっている。
想定している事態を超えて、此処から逆転の可能性も、ゼロではない。
もっとも。
ゼロではないだけで。

「――――――さて」

闇の中。
様々な姿が、動き始めたモニターの光を受けながら蠢く。
緩やかに微笑む白髭の老人、涼しげな表情をしたセーラー服の女学生、憮然としながらも威圧を放つ青年、真っ黒な笠で目元を隠す和装の男、笑みを絶やした眼鏡のスキンヘッド、悩まし気にか苛立たし気にか棒付き飴を噛み砕く少女。
そして光の届かぬ場所に居る何者か。

868第五回放送 ◆mtws1YvfHQ:2021/12/31(金) 23:30:29 ID:8FLP4Wgo0
「事ここに至ってはサーカスの裏方にも、表舞台に出て頂く必要がありそうですが――」

釘を刺すように、そんな中に声を掛け。
反応を見ることもなくモニターに向き直った老人が、口を開く。



「――皆さん」

「良くも悪くも、今回の催し」

「あと僅かと言った所でしょう」

「皆さんに何か指示を出すつもりはありません」

「ただ、用意をお願いします」

「祝辞か迎撃か」

「そのどちらにされるかは皆さんにお任せします」

「あるいは、最後の一人に成り代わると言うのも否定はしません」

「ただ覚悟は済ませておくように」

「巻き込んでおいて等と言う文句は受け付けません」

「今更、改心――改新できると思っている方も居ないでしょう?」

「私に関しては言うまでもありません」

「結末が死であったとしても」

「少なくともこの私は、私の教育理念を貫くまで」

「――実験名『バトルロワイヤル』」

「今回もいよいよもって――――」



――――おしまいおしまい



「さあ最期まで、張り切って生きましょう――ッ!」

869 ◆mtws1YvfHQ:2021/12/31(金) 23:34:41 ID:8FLP4Wgo0



以上となります。
ご指摘のあった部分に関しては修正させて頂きました。
名前の読み上げ順のことはすっかり忘れていました。

今年の後半から追い上げのような形でしたが、皆さまお疲れ様でした。
また来年にか。
今後もよろしくお願い出来ればと思います。
それでは良いお年を。

870 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/27(火) 23:51:50 ID:Scku84iU0
大変遅くなりましたが、
放送お疲れさまでした。おめでとうございます。

>安心院なじみの専断偏頗リクルート
うーん、無法! 安心院さん好き勝手やってやがる。
参加者とも、あるいは主催者とも違う視点で舞台裏を語る一幕は
果たして解決編へと結ばれるのでしょうか。それにしても……なんだこいつ!?
こういう本筋からはちょっと離れた舞台裏はなんだか漫画の巻末コーナーみたいでワクワクします。

>『おめでとう、元気な女の子だよ』
誇らしき盾をよろしくお願いします! これ、マジで言ってるんだけど。

>第五回放送
さてさて、いよいよ第5回放送。
多少なりとも企画に参加させていただいた身としても感慨深いものがあります。
第一回放送のオマージュ。それでいてあの時とはすでに決定的に何かが違った様相で。
積み重なった何かの重みを感じます。
壊れていくのかどちらになるのか、違う道が残されているのか。個人的にも楽しみです。

>――――おしまいおしまい
ここ、めちゃ好きです


投下します。

871 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/27(火) 23:55:32 ID:Scku84iU0


 ◆  クビトリサイクル


「因果より外れた《狐》は世界のありように二つの仮説を当てはめた」

 不意に現れた人影は、牢をはさんだ向こう側で話し始める。
かげに隠れて目元はうかがえないが、いかにも高慢な人間だった。
世界が自分中心で回っていることに疑いをもたない、図抜けた信条がただの一言で伝わるようだ。
ねじが外れている。
関わりあうべきではない。
本能は切実に訴えかけるものの、現実は非情である。
囚われの身である現状、如何ともしがたい。

「その二つを《時間収斂(バックノズル)》と《代替可能理論(ジェイルオルタナティブ)》――そう呼んでいるわけだが」

 彼奴は言葉を区切り、睨め付ける。
観察するように、鑑賞するように。
《予備》と呼ばれた人間に対して、語りかける。

「あえて訊ねよう。運命というものを信じるか?」


 ◆Ⅰ  一日目(n)
 

「《天才(アブノーマル)》とは、為るように為る才覚」
「《異常(アブノーマル)》とは、為るべきように成る才能」
「極端な進化にして」
「最短の進化である」

 まだ《実験》が始まって間もない頃。
二人の老爺がモニターを前にして語り合う。
《理事長》不知火袴と、《学者》斜道卿壱郎、ともに窮極を創らんとす学問の徒である。

「進化の極端――ごく一分に限りなく特出する才」
「最短の進化――ごく一瞬で限りなく特化していく才」
「短時間で」
「最小の努力で」
「当然のように」
「自然なように」
「相手を超越する」
「常識を超克する」

 たとえば、高千穂仕種の《反射神経》、人体動作の到達点。
たとえば、宗像形の《殺人衝動》、人類愛の深奥。
たとえば、都城王土の《人心掌握》、人間社会の最高位。
いずれも原理、成している事象自体は相似している。

 人間がいずれ辿るべき、到達するであろう神域に足早と闖入すること。
若き身のまま不可能であることを不可能であるまま達成してしまう。
過程の《省略》。進化の《省略》。
ここに《異常》の《異常》たる所以がある。
 時計台を守護する関門、《拒絶の扉》――あれこそまさに、《異常》を象徴する。
無作為な六桁の数字を打ち込むことで突破することができる関門。
試行回数をどれだけ短縮、すなわち《省略》が出来るかが試される。
《普通(ノーマル)》と《異常》のふるいわけにこれほど適した試練はない。

「しかるに、黒神めだかの《完成(ジ・エンド)》こそ」
「《異常》の根底(ベーシック)にして」
「《異常》の最果て(ハイエンド)」
「そのように考えて差支えないでしょう」

 《完成》。
箱庭学園99代生徒会長、黒神めだかが誇る異常性。
数ある《異常》の中でも稀代の才にして罪。
正も負も無関係に、己が血肉にしていく様は驚嘆するに値する。

「あれに不可能などあるのか?」
「さて、黒神めだかさんが無理だと思わない限り、あの方は成し遂げてしまうでしょう」
「俺の何十年にも渡る研究でさえもか」
「――ええ、実行するかはさておき、可否でいうなら出来ましょうとも」
「それもただ究めるだけでなく」
「極めてしまいましょう」

 《完成》の神髄は無限なる可能性にある。
人間であれば到達できると認知さえしてしまえば、黒神めだかは成し遂げてしまう。
自分――というよりも人間そのものの可能性を信じていなければ到底無理な所業。

「――」

 ぎり、と卿壱郎は奥歯を噛みしめる。
《青色サヴァン》といい、どうにも天才というのは胸糞悪い――気味が悪い。
それでも、黒神めだかが自分よりも勝る《天才》と認められるのは、彼の成長のためか、あるいは。
 卿壱郎の不快を感じ取ったか、袴は茶をすすとあおった後に改める。

「ともあれ、今は見守るほかにありますまい」
「はっ、そうだな。じっくり」

 《天才》に固執する二人の学者が取り仕切る祭典。
実験名――バトル・ロワイアル。採点するところが何であるか。
参加者一同には知る由もない話であり――どうでもよい与太話である。

872 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/27(火) 23:57:26 ID:Scku84iU0
 ◆Ⅱ  首獲再繰


「不知火理事長が未だ《実験》を続けるということは、大願成就する見込みがあるということです」

 《策師》は涼やかな顔で言う。
死体を前にするに所作としては場違いなほど冷徹であった。

「望みがないと踏めば、即座に次へ乗り換える性質でしょう、あれは」

 《策師》の観察の通り、不知火袴はそういった性分の人間である。
過去にも黒神めだかの勧誘が破綻を迎えた直後、最悪の《過負荷》を巻き込む計画に切り替えてきた。
結果のためならば経路を問わない目的至上主義。
そんな彼が今なお《実験》を続行させるということは、それだけの価値があるということだ。

「骨子である《完全なる人間》――本来の定義もその実、明かされていますよね」
「都城王土の告解か」
「いわく、誰も悩むこともなく、誰も困ることもない平等で平和な世界を作るための架け橋たりうる人間」
「それが不知火袴の願う《完全》だと」
「少なくとも以前の――黒神舵樹の影武者たる不知火理事長はそうお考えだったのでしょう」
「そんな世界、俺はついぞ《視た》ことがないがな」

 《鍛冶師》は冷たく言葉を返す。
あしらうというよりは、そも関心がないといった様相だ。
ぶっきらぼうな物言いに気をかけることもなく、《策師》はフェミニンな雰囲気で相好を崩し、

「ふふっ、おかしなことをおっしゃいます。
 不可能を可能に代えることこそ――《フラスコ計画》の要だったのでしょう。お分かりの通りですよ」
「はんっ、そりゃあ然り。いずれいずこで可能なことであれば、俺が再現できるからな」

 起こると決まっている事象は、必ず起きる。
いつであるか、どこであるか、だれであるか。些細な違いはあれど、逃れる術はない。
《人類最悪》の持論のひとつ、《時間収斂(バックノズル)》。
《鍛冶師》が誇る十二の傑作、完成形変体刀のノウハウとは突き詰めればこの思考実験の延長線上にある。
何よりも固きモノを創造することがいずれ出来る。ゆえに絶刀・《鉋》は鍛えられた。
何よりも鋭きモノを創造することがいずれ出来る。ゆえに斬刀・《鈍》は鍛えられた。
遥か未来を、果ては《世界》を見通す《刀鍛冶の眼》は、あらゆるパラダイムシフトを可能とする。
ひるがえるに、《刀鍛冶》が不可能だと断ずる事象は、未来永劫に実現叶うはずがない――本来であれば。

873 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/27(火) 23:58:00 ID:Scku84iU0

「不知火袴の目指す世界にはとんと興味はわかねえが、
 摂理を超克することを《完全》と称するならば、俺はそれに興味がある」

 愉快そうにほくそ笑む。
運命の省略を《完成》と呼び、宿命の修了を《完了》と呼び――天命の超克を《完全》と呼ぶ。
世界という荒波を前にしてあまりにも傲岸不遜だ。
――いや、その傲慢さは《鍛冶師》に限った話ではないか。
小さく吐息をすれば、気持ちを切り替えて。

「ときに」
「なんだよ」
「あなた、今回のこの《実験》の結末も視たのでしょう」
「むろん」

 確認するための問い。
当然のことを当然のことと再認識するだけの答え。
《策師》は一度、自分の首元をなぞる。
つぅーっと、左から右へ。
繋がっている。
生きていた。
ならば。
問う。

「教えていただいても?」
「明白なことを言わせるな。理事長のやつも口酸っぱく言っているだろう」
「まあ念のため、ですよ」

 たった一人が生き残るまで、《実験》は続く。
この舞台に課された運命。
この物語に付された宿命。
何度も繰り返された呪詛である。
それは規則でもあり、脅迫でもあり、なによりも純然たる事実だ。
《予知》などと大層なものを使うまでもない。
何事もなければ、何事があったとしても、いずれ訪れる未来。
 またたきをするほどの間。思考を一巡させてから、

「――うんっ!」

 少女は爽やかに、笑った。
場に似つかわしくないほどの明るい声音は、涼やかな鈴のようだった。
呆れた顔をする《鍛冶師》をはた目に、慣れた手つきで携帯電話を取り出す。

「じゃあ、私も成すべきことをいたしましょうか」
「熱心だな」
「私の使命ですからね」
「好きにしな。俺も好きにする」
「あら、どちらへ」
「野暮用だよ」
「まったく、しようがない方ね。使えないったらない」
「年配を無碍にするもんじゃないな」
「亡霊を敬う教育は受けておりません」
「似たようなものだろうに」

 適当なことを言いながら、《鍛冶師》は退室する。
仰々しい男だ。その背中を見送った後、すぅーと大きく息を吸い、一度目を伏せる。
先を見据え、後を見通し、偽を見抜き、真を見下す。
彼女の頭で描く盤上は、《予知》にも劣らない精度を誇る。
――否、《策師》は時に、未来を築き上げる。

「よしっ」

 《実験》というには奇抜なこの催し。
不知火袴も言っていたように、まもなく幕は閉じるだろう。
それは果たして、誰の手によってか。

「そう、私の名前は――」

874檻と澱 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/27(火) 23:58:41 ID:Scku84iU0

 ◆Ⅲ  するがイエロー


 【シミュレート1】
 ◆もしも殺し合いの場にいたらどうする?◆
 
「あのぼいんちゃんの前では啖呵をきったものの、本当のことを言えば自制できると断言できるはずもない。
 敬愛してやまない先輩方のことを思えば、――否、思ってしまう私の我儘は、躊躇もなく薄汚れたこの手を汚すだろう」
「それについては私も同感ね。一切の容赦もなく切り捨てるわ」

 ◇

 【シミュレート2】
 ◆もしも自分が願いを叶えるとしたら?◆

「悪魔の所業ならぬ神の御業だとして、私が何かを願えるような立場にはないからな。
 仮に神に寝返るとするならば、どうでもいい99個の願いでも叶えてもらうとするよ」
「そう、あなた謙虚なのね。私は穏やかに過ごしてみたいわ。どうしても、叶えてみたかった」

 ◇

 【シミュレート3】
 ◆もしも人生をやり直すことになったら?◆

「それでもきっと」
「私は同じ人生を歩んでしまうと思う」
 
 ◇

 【リプレイ1】

 神原駿河は自省する人間であれ、自制する人間ではなかった。
猿に願い、阿良々木暦を襲って以来、己の性分に対して向き合う機会もそれなりにあった。
畢竟、もとをただせば猿に願ってしまう性分がために起こった事件といっても差し支えはないだろう。
 猿の手。雨降りの悪魔。レイニー・デヴィル。
三つの願いを己と引き換えに叶える、忘れ形見。
一度は、幼きプライドを。
二度は、拙きプロミスを。
そして今。
三度目。
神原駿河は神か悪魔か、あるいは己に誓い、願いの果てに血を吐いた。

「…………せん、ぱ、いっ」

 殺し合いの場において。
救いのないこの場所で、彼女自身が救いにならんと、彼女自身が役に徹した。
心を投げ捨て悪になり、身を差し出し悪魔になった。
誰を助けたかったのか、意識がもうろうとする中ではもはや思い出すこともない。
 そうして願いに殉じた彼女はひとり、静かに息を引き取った。

 ◇

 【リプレイ2】

 新たに『師』と仰ぐ人間に巡り合えた。
記憶に封をし、信号は青になる。
紫木一姫はまっさらな人生を歩き始めた。

 ――ひゅん、ひゅん、ひゅん

 それでも。
彼女は紫木一姫であった。
カーニバルが始まれば野性に目覚めるように。
戦場に立てば、『危険信号(シグナルイエロー)』は煌々と回る。

「あなたの意図は、ここで切れます」


 【観測結果】

 神原駿河――予備候補
 紫木一姫――予備候補

875檻と澱 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/27(火) 23:59:15 ID:Scku84iU0

 
 ◆Ⅳ  人生はゲームなんです。 >>>>> リセットしてください
 
 
 
「刻限だ」

 放送明け。ランドセルランドの一角。
櫃内様刻の前に現れた男は、前置きもなく言い放った。
自己紹介すらしない不遜な態度である。
とはいえ不服でもない。実際のところ、男の正体には見当がついている。
勇猛な獅子のたてがみがごとき金髪、有象無象を見下ろす眼光。
威風堂々、傍若無人、さながら《王者》のたたずまい、玖渚友から伝え聞いていた通りの威容はまさに。

「おまえが都城王土か」
「ことここに至って普通なる俺を探る必要はあるまいよ」

 櫃内としても同感だ。
変幻自在のオルタナティブ、真庭蝙蝠が死んだ今、彼を偽物だと疑う余地はない。必要もない。
彼が主催一派のポーンであることもすでに明かされている。
たとえ参加者のひとりであったとしても、関係がない。
 話は簡単だ。櫃内は炎刀《銃》の片割れを構え、都城の心臓を狙い、引き金を引く――、

「そう逸るな」

 ちいさく、いさめるように都城は零す。
忠告を聞く道理もないが、気持ちとは裏腹に櫃内の指は痺れたように固まる。
動かしたいのに、動かない。くだんの《言葉の重み》か。
 《銃》を構えたままに制止する櫃内の様子を認めれば、都城は本題とばかりに話を戻す。

「死にたいのならばあとにしろ。慈悲もなく殺してやる。だが――ひとまず貴様にも聞かねばなるまい」
「…………」
「行橋未造なる人間を見なかったか」
「…………」
「そうか、まあいい。期待はしてなかったよ」

 櫃内の揺らぎもしない瞳の奥が、何よりも雄弁に物語る。
供犠創貴も、真庭蝙蝠も、零崎人識も、戦場ヶ原ひたぎも、同じ瞳をしていた。
ほんの一瞬の瞑想。つとめて心を平静に。
実験が始まり約一日。
たかが一日か、されど一日か。

「この俺が傀儡とは、皮肉というべきか、因果応報、自業自得というべきか」
「懺悔なら保健室にでも行ってくれ」
「すべてが終わればそれもいいだろうが――もっとも、それを望んでいるのは貴様の方だろう」

 視線の交錯。
櫃内の瞳には敵意も不信もあるが、熱意がない。
生きているから生きている、ただそれだけのがらんどう。
誰の声も届かない非通知のむくろ。
呪い名《時宮病院》、操想術に狂わされた末路と思えばよくこの程度に堪えたと称するべきか。
洗脳の類のおぞましさは、他ならぬ都城にはよく理解できる。
で、あればこそ――、

「櫃内様刻。平凡なる《平和主義》。流るるままの青春を謳歌していた者よ。
 世界は不気味か。未来は素朴か。現実は囲われているか。
 失望しろ――俺たちは劇的に生きるしかない」

 都城は、櫃内に向けて発信する。

「貴様に仕事を選ばせてやろう」

876檻と澱 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/27(火) 23:59:57 ID:Scku84iU0
 ◆Ⅴ


「他人の願いを叶える余裕があるならば――自分の願いを叶えてみてはいかがですか」

 臨時講師として学校法人私立千載女学園に派遣されていた病院坂迷路がそんな話をしたのは、さていつのことであったか。
人並みに利己的で、月並みに社会的で、軒並み普遍的な感性を抱いていた彼女――もとい彼らしい至極まっとうな指摘だ。
不可能であるという点に目を瞑れば、ぐうの音もでない正論だった。
 不知火袴は寂々たる部屋の一角で追想する。
すでに息を引き取った骸の言葉ではあるものの、あるいはだからこそか、一定の重みがある。
いくら暖簾に腕押しといったところで、彼がそういう異議を唱えたという事実に変わりはない。

「……ほほ」

 傍系の病院坂。
役割も違えば、性別も違う。
おおよそ無価値な代替品。
無意味な任に就いていたとして、彼は間違いなくバックアップでしかないはずなのに、《自分の願い》とは大それたことを言う。
同じ影武者の出自として可笑しくもあり、微笑ましくもある。
 それでもしかし、繰り返すようだが至極まっとうな指摘であるとも、不知火袴は感じていた。
自分の願い。
不知火袴の願い。
影武者ではない、自分自身の願い。
――それは間違いなく、胸の内に秘めている。

「――懐かしい」
 
 願いの原点。克己の核心。
まだ幼い時分、箱庭学園の生徒として通っていたあの頃。
亡くなった生徒がいた。
級友だった。
いまだ鮮明に想起できるような、もはや色褪せてしまったまやかしのような、記憶のかけら。
仮に人生をロードマップ化したならば、契機や転換点と呼べるものはそこであろう。
 あの時。
自分は何を願ったか。
フラスコ計画を立ち上げ、《十三組の十三人》を集結させ、《-十三組》を終結させるまで至らせた願い。
ひいてはこの《バトルロワイアル》を開幕させるほどの――。

「あひゃひゃ、おじいちゃん、急にどうしたのさ」

 物思いに耽る老爺の姿を見かねたのか。幼い声が降りかかる。
後方のソファに鎮座するのは孫娘、不知火半袖。
手持ち無沙汰を誤魔化すようにふらふらと足をぶらつかせる様子はさながら無垢な少女のようだ。
祖父の家に帰省した小学生の図――ともすれば、そんな風にも映るだろう。
しかし当然、これは平和な一コマなどではない。
主催者の居城で交わされる密会だ。

「いえ、いよいよ大詰めといった具合だと、そう思っただけですよ」

 すすす、と。
湯呑みをゆっくりと傾けながら、言葉を落とす。
参加者たちに殺し合いを通達した主催者。
好々爺然としたゆるりとした所作に似合わないほど、
モニターをしかと睨め付ける視線はひどく鋭い。

「影なる我々の手引としては、上々な仕上がりと言えましょう」

 不知火の里――影武者の一族。不知火袴。
天才に踏みにじられるための影(ふみだい)。斜道卿壱郎。
無私を貫き誰がための機能と生きる、日陰の策師。萩原子荻。
表舞台に立ちながら舞台装置に徹する日向の鍛冶師。四季崎記紀。
フラスコチャイルド、次善の王。都城王土。
所詮は何かの《代替品》に過ぎなかった我々にしては――上等だ。
 半袖はわらう。いつもの調子で、気軽に。
世間話でもするような朗らかさで、それよりも、と。

「飽きないね、きみも」

 誰でもない声で、誰かがそんな風に言った。

877檻と澱 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/28(水) 00:00:41 ID:R64NV3OE0
投下終了です。
指摘感想等あればよろしくお願いいたします。


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