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新西尾維新バトルロワイアルpart6

876檻と澱 ◆xR8DbSLW.w:2023/06/27(火) 23:59:57 ID:Scku84iU0
 ◆Ⅴ


「他人の願いを叶える余裕があるならば――自分の願いを叶えてみてはいかがですか」

 臨時講師として学校法人私立千載女学園に派遣されていた病院坂迷路がそんな話をしたのは、さていつのことであったか。
人並みに利己的で、月並みに社会的で、軒並み普遍的な感性を抱いていた彼女――もとい彼らしい至極まっとうな指摘だ。
不可能であるという点に目を瞑れば、ぐうの音もでない正論だった。
 不知火袴は寂々たる部屋の一角で追想する。
すでに息を引き取った骸の言葉ではあるものの、あるいはだからこそか、一定の重みがある。
いくら暖簾に腕押しといったところで、彼がそういう異議を唱えたという事実に変わりはない。

「……ほほ」

 傍系の病院坂。
役割も違えば、性別も違う。
おおよそ無価値な代替品。
無意味な任に就いていたとして、彼は間違いなくバックアップでしかないはずなのに、《自分の願い》とは大それたことを言う。
同じ影武者の出自として可笑しくもあり、微笑ましくもある。
 それでもしかし、繰り返すようだが至極まっとうな指摘であるとも、不知火袴は感じていた。
自分の願い。
不知火袴の願い。
影武者ではない、自分自身の願い。
――それは間違いなく、胸の内に秘めている。

「――懐かしい」
 
 願いの原点。克己の核心。
まだ幼い時分、箱庭学園の生徒として通っていたあの頃。
亡くなった生徒がいた。
級友だった。
いまだ鮮明に想起できるような、もはや色褪せてしまったまやかしのような、記憶のかけら。
仮に人生をロードマップ化したならば、契機や転換点と呼べるものはそこであろう。
 あの時。
自分は何を願ったか。
フラスコ計画を立ち上げ、《十三組の十三人》を集結させ、《-十三組》を終結させるまで至らせた願い。
ひいてはこの《バトルロワイアル》を開幕させるほどの――。

「あひゃひゃ、おじいちゃん、急にどうしたのさ」

 物思いに耽る老爺の姿を見かねたのか。幼い声が降りかかる。
後方のソファに鎮座するのは孫娘、不知火半袖。
手持ち無沙汰を誤魔化すようにふらふらと足をぶらつかせる様子はさながら無垢な少女のようだ。
祖父の家に帰省した小学生の図――ともすれば、そんな風にも映るだろう。
しかし当然、これは平和な一コマなどではない。
主催者の居城で交わされる密会だ。

「いえ、いよいよ大詰めといった具合だと、そう思っただけですよ」

 すすす、と。
湯呑みをゆっくりと傾けながら、言葉を落とす。
参加者たちに殺し合いを通達した主催者。
好々爺然としたゆるりとした所作に似合わないほど、
モニターをしかと睨め付ける視線はひどく鋭い。

「影なる我々の手引としては、上々な仕上がりと言えましょう」

 不知火の里――影武者の一族。不知火袴。
天才に踏みにじられるための影(ふみだい)。斜道卿壱郎。
無私を貫き誰がための機能と生きる、日陰の策師。萩原子荻。
表舞台に立ちながら舞台装置に徹する日向の鍛冶師。四季崎記紀。
フラスコチャイルド、次善の王。都城王土。
所詮は何かの《代替品》に過ぎなかった我々にしては――上等だ。
 半袖はわらう。いつもの調子で、気軽に。
世間話でもするような朗らかさで、それよりも、と。

「飽きないね、きみも」

 誰でもない声で、誰かがそんな風に言った。


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