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ID再考 & 科学と疑似科学とを判別する
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仕切り直します。
新しいスレッドも、基本的な課題設定から始めます。
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有性生殖は最も単純に考えても雌雄同数存在するとして繁殖における効率は1/2になります。
雌しか出産できないですからね。
更に雌雄の出会いの機会の問題や減数分裂における効率の問題があります。
それでも進化における生存における優位性を信じ込んでいる研究者たちはその優位性を探し求めて四苦八苦します。
これが長年研究者たちを悩ませるパラドクスと呼ばれています。
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しかし、進化における多様化も複雑化も明らかに繁殖効率に反しているんですよ。
それに気付かない。
進化は繁殖効率を追い求めた結果ではありません。
そう信じ込むのは自然選択と言うダーウィン進化論の刷り込みがあるからです。
唯一の解は設計の結果と考える事です。
極めて単純明快な解です。
それが受け容れられないのは、既成概念に捕らわれた排他的思考です。
そしてそれが科学とは対極にあることに何時まで経っても気付けず言いる訳です。
結果として無駄な研究労力を費やし続けることになります。
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科学史上の評価と実態の乖離の最も激しい人物は恐らくダーウィンでしょう。
ダーウィンはニュートン等と共にウエストミンスター寺院に埋葬されています。
何らかの毀誉褒貶はあるにせよ、大勢としてはダーウィンは科学史を塗り替えた偉大な科学者である、というのが通り相場です。
では、実態はどうでしょう?
ダーウィンはソモソモ科学者とは呼べません。
まして科学史を塗り替えるどころか、進化論を大きく迂回させた重大な戦犯です。
この評価の致命的な齟齬は世界認識すら誤らせます。
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津波の話は混乱を呼びかねないので、解説しておきましょう。なぜ「v² = KL²/M」とは異なる形なのか?
波動とは振動が伝わる現象で、振動は、同じ動きを続けようとする慣性力と、釣り合いの位置に戻ろうとする復元力が働いて、起こります。音のような3次元領域を伝わる波は、慣性力を生むのが質量で、復元力を生むのが弾性です。「KL²/M」の分母に質量(M)、分子に弾性(K)があるのは、そのためです。
慣性力と復元力が必要なことは、津波のような水面波も同じですが、津波の場合は、釣り合いの位置に戻ろうとする復元力も、質量が原因なのです。波には、平らかな水面の時より高くなってる「山」と、低くなってる「谷」がありますよね。重力の働きで、山は低い位置に戻ろうとし、それに押されて谷は高い位置に戻ろうとする。これが津波に働く復元力なのです。つまり「KL²/M」の分子からKが消えてMが現れます。
すると、分子と分母の両方にMが入るから、結局、数式からはMも消えることになります。津波の速度を表す数式に質量が入らないのは、それが理由です。結果的に数式から消えるからとて、質量がなければ波が存在できないのは、以上の説明で明らかでしょう。
もしも、この説明でも納得できないなら、これだけを考えてください。
おっしゃるように、津波を支配する数式には、重力加速度が入ります。でも、重力って何に対して働きますか???
質量でしょうが!!!
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ラマルクはダーウィンより50年以上前に進化論を提唱しています。
種は変異するとして、ダーウィンと違って最初から進化の語を用いました。
単純なものから複雑なものへ進化するというダーウィンが描かなかったグランドデザインも描いています。
科学的知見の乏しかった当時の話なので、誤りも多数存在しますが彼の主張した獲得形質の遺伝は現在エピジェネティックによって一部でそれが存在することも示されています。
評価はダーウィンに比べて不当に低いですが、実はダーウィン以前にダーウィンに比べて遥かに意味のある説を提唱している訳です。
その50年以上後にダーウィンは種の起源を著しますが、これは明らかに逆行ですね。
それは取りも直さずダーウィンの主張が科学では無いことを意味します。
科学は逆行しません。
因みにダーウィンは用不用説を支持していますね。
そしてそれは自然選択論には全く反映されていません。
論理的整合性にダーウィンは関心がなかったという事ですね。
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自然選択の各工程の詳細な検証が何故行われてこなかったのか、それにも拘らず自然選択論を何故平然と科学と称して来たのか。
その理由がよく理解できません。
恐らくは単純に信じ込んでいる。
検証せずに信じ込むわけですから、それは宗教です。
それを科学であると信じ込めるその背景は権威ですが?アカデミズムですか?常識ですか?
その無能ぶりは目を覆うばかりですね。
再現可能性が大変低いが故に実験的な検証観察が困難。
その隙間に入り込んで繁殖する宗教的な思い込み。
それが自然選択論に立脚した現代進化論です。
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>>658
いつの日か理解されることがあるのだろうか・・・
>光波動は3次元領域を前後左右上下に伝わります。2次元領域しか伝わらない水面波では例になりませんし、宇宙空間を伝わる光波動に働く「重力加速度」と「水深」って、いったい何のことですか? 少し頭を使えば、おかしいと分かるでしょう。
波動方程式は2次元でも3次元でも表すことができます。波動方程式は、波の伝播を記述するための偏微分方程式であり、空間次元が異なる場合でも基本的な形式は同じです。
次元が変わると偏微分の数が増えますが基本的な構造は同じです。波動方程式は波の伝播を記述するための基本的なツールでしかありません。
>上記の理由で、水面波の方程式は、光波動には使えません。あくまでも使えると言い張るのなら、宇宙空間を伝わる光に働く、重力加速度と水深とは何かを説明してください。かつ、どうすれば水面波が3次元領域を伝わるかを説明してください。必ずやってくださいよ。
上記の理由で使えます。水面波の式は光に使えない?当たり前でしょ。
こちらは波動方程式の基本構造について語っています。
>18世紀には電磁波の概念すらもありません。イメージできないものが、科学の対象になりますか? いったい何を探求し検証するのですか?
18世紀に概念が無いとかそんなものはどうでもイイのです。理論の発展は違えど18世紀と現代で世界の物理法則が違ったわけじゃありません。
重要なのは質量なんざ持ち出さなくても波動の伝播速度を記述できるという絶対的真実です。
貴方がやるべきは、18世紀のころは質量がないと波動の伝播速度は表せないとされていたことを示すことです。
当時の誰がいつそのようなことを述べていたか示せないなら、貴方の思い込みとしかみなせませんよ。
繰り返しますが波動方程式は時間と空間による2変数の偏微分方程式であり速度は変数に影響するただの定数ってだけです。
質量は媒質の特性において重要な要素になり得ますが必須ではありません。
>張力とヤング率という、硬さを表す物理量が入ってますよね。つまり巨大な速度には巨大な硬さが必要ということです。
ヤング率=硬さと単純ではありませんが、ヤング率を密度で割ってるので髙ヤング率なら速いと一概には言えませんよ。
>張力やヤング率という、硬さを表す物理量が、v²にあることです。つまり光の巨大な速度には、媒質の硬さが必要なのです。
と言うわけでダウトです。
そもそも硬くなかったら絶対的に速くは伝わらないものですか?
>2重スリット実験以前の観測事象は、粒子説でも説明可能でした。それなら、わざわざ、硬い媒質という物理矛盾がある光波動説を唱えることに、合理性がありますか、と尋ね続けています。
繰り返しますが本当に硬いのかはっきりしてないので矛盾とみなすのは早計です。
また、その一個だけで勝負するのも合理的とは思いません。否定する証拠があろうとそれ以上に支持する証拠があるなら充分検討に値します。
根拠バトルは根拠の‘質”と‘量”によります。
>物理の解答になってません。「立ち上がるまでの時間」と「立ち上がったことに反応するまでの時間」が、どういう物性で決まるかというのが物理です。
>隣接部の変位への反応なら、それがつまり媒質の硬さになります。硬いばねほど波が速く伝わるのを知りませんか?
生理的ものです。突き詰めれば物理ですが問題はそこではありません。
伝播速度が物性によらない例ってことです。つまり質量はやっぱり必須では無いと言うとてもわかりやすい例です。
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>ですから、同じ物質であれ他の物質であれ、すり抜ける物質が、波を伝える媒質になりますか?
媒質同士が相互作用するならなりますよ。
>ここにいたっても、理解ができませんか? 私は仮説の相対比較をしております。そして、物理法則と矛盾する仮説は、物理法則と矛盾しない仮説と比べて、はるかに蓋然性が低くなります。にもかかわらず、矛盾する仮説を矛盾しない仮説よりも優位におくのが、正当な科学の手法ですか、と問い続けているのですよ。
まだ理解出来ませんか?矛盾することを示さない限りそれ自体が仮説でしかないんです。
そして学説は総合的に判断されます。1個矛盾があったところでそれ以上に証拠の数が多ければ単純に却下できないのです。
物理法則に矛盾するかも、と言う一つしか見ていないからそうなるのです。
>16世紀に天動説よりも地動説を、18世紀に光粒子説よりも光波動説を、優位におくのは、正しい科学の手法に反するという理解がなければ、進めません。
>まずは、水面波と電磁波が、なぜ光波動の例にならないかの理解から始めてみませんか? ご発言を見てると、何年かかるか分かりませんが、避けて通るわけにもゆきません。
もう一度断言しますが絶対に認めません。
当時は矛盾と見なされていないのが多数派だった正しい根拠バトルで後れをとったという絶対的事実は変わりようが無いからです。ですから無駄なので進めて下さい。
もう逸脱してたで良いと言ってるでしょ?なんでそこから逃げるの?
>669
>おっしゃるように、津波を支配する数式には、重力加速度が入ります。でも、重力って何に対して働きますか???
>質量でしょうが!!!
質量の無い光も影響を受けますよ。
あと正確には表面張力や粘性も影響を与えるのですが、基本的に液体によらず全て重力加速度と水深で決まります。
極端な例で言うと水銀も水も同じ水深で同じ重力加速度の場所なら同じ速度になります。
質量によらないんです。
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>水面波の式は光に使えない?当たり前でしょ。
はい、当たり前です。ゆえに、水面波に質量と弾性の項がないことは、光波動に質量と弾性の項がなくてもよい説明になりません。あなたがやるべきは、3次元方向に伝わる波動を、18世紀の知識体系で説明することです。質量と弾性なくして、それが可能ならやってみせてください。
>ヤング率を密度で割ってるので髙ヤング率なら速いと一概には言えませんよ。
おっしゃる意味が分かりません。
ヤング率が大きくても、密度も大きければ、速度が大きくないと、言われるのですか? でも、現実に大きい光の速度を説明するのだから、そんな話をしても仕方がありませんが。
>生理的ものです。突き詰めれば物理ですが問題はそこではありません。
生理的なら、光波動に適用できないのは、水面波と同様ではありませんか。
そもそも「立ち上がるまでの時間」とか「立ち上がったことに反応するまでの時間」なんて言ったところで、説明になりません。なぜ波が速く伝わるかを尋ねられて、伝わるまでの時間が短いからと、答えますか?? (あなたならやるかもしれない、という気もしますが・・・)
「立ち上がるまでの時間」や「立ち上がったことに反応するまでの時間」が、どういうメカニズムで決まるかを明らかにし、そのメカニズムを光波動に適用できるかを考えるのですよ。
>媒質同士が相互作用するならなりますよ。
「相互作用」なら何でもよいのではありません。波動を伝える相互作用です。
空間を伝わる波動には、質量と弾性が必要なのです。それを否定なさるのなら、津波などではなく、3次元空間を伝わる波の例で説明されるべきです。私は「v² = KL²/M」という数式を示していますので、同じことをしてください。
媒質同士の相互作用も、質量がうむ慣性力と、弾性がうむ復元力でなければなりませんが、熱、電気、磁気ではどれも働きません。そもそも、質量の定義は加速度に比例する抵抗であり、弾性の定義は変位に比例する抵抗です。抵抗が働くから物体を透過できないので、熱、電気、磁気が物体を自由に透過する物質なら、質量も弾性ももたない、すくなくとも光の巨大な速度を説明するような質量と弾性はもたない、ということです。
>物理法則に矛盾するかも、と言う一つしか見ていないからそうなるのです。
その時代の物理法則と矛盾する地動説と波動説が根拠として挙げる事象が、その時代の物理法則と矛盾しない天動説と粒子説でも説明されるなら、それでも矛盾する説が正しいと主張するのが正当な科学ですか、と尋ねています。この切り口で答えてください。
>当時は矛盾と見なされていないのが多数派だった正しい根拠バトルで後れをとったという絶対的事実は変わりようが無いからです。ですから無駄なので進めて下さい。
私が問題にしているのは、当時の理論であって、当時の科学者ではありません。当時の知識体系では矛盾のある理論を、当時の人が矛盾と認めなかったのなら、当時の人が誤っただけです。その判断は、理論自体を検証して行うしかありません。
それにしても、当時の人は本当はどう考えたのでしょうね。>>654で尋ねたことを再度お尋ねします。18世紀の人がエーテルの巨大な弾性を想定しなかったとして、では光の巨大な速度をどう説明しましたか? v²を数式で表して示してください。
>質量の無い光も影響を受けますよ。
やれやれ今度は一般相対論ですか。
相対論も電磁波もおなじこと。18世紀にそんな概念はありません。イメージできないものが、科学の対象になりますか? いったい何を探求し検証するのですか?
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>>物理法則に矛盾するかも、と言う一つしか見ていないからそうなるのです。
>その時代の物理法則と矛盾する地動説と波動説が根拠として挙げる事象が、その時代の物理法則と矛盾しない天動説と粒子説でも説明されるなら、それでも矛盾する説が正しいと主張するのが正当な科学ですか、と尋ねています。この切り口で答えてください。
「その時代の物理法則」って何でしょう。その時代に確認できたことに基づく人の解釈ですよね。
新たに事実が加われば解釈も変わり、波動か粒子か…それぞれの証拠に基づいて長く対立した「考え」が、
結局のところアインシュタインによってどっちも正しかったとわかっちゃったという、「科学の営み」ですよね。
「その時代の物理法則」って、デザイナー論に基づく物理法則の解釈があり得るとも読めるわけですし、
今後そうしたスタンスで論理が展開されるでしょうから、楽しみにしています。
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もう本当に良いので
認めます。
当時の地動説も波動説も科学を逸脱しており当時のそれらを推す科学者もどこかおかしかったと認めます。
だから進めて下さい。
もう認めると言っているのだからお願いします。
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進めて見たところで待ってるのは更なるカオスだけ笑
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では、次のステップに進みますが、1点、注意を喚起します。
>当時の地動説も波動説も科学を逸脱しており当時のそれらを推す科学者もどこかおかしかった
私は、当時の理論には物理的矛盾がある点で、正当な科学から著しく逸脱したと主張しました。
しかしながら、当時の人が、そういう理論を支持するべきでなかったとは、主張しません、
その意味するところは、議論が進めば明らかになります。無用の誤解を避けるため、慎重に説明を進めます。
次の投稿をお待ちください。
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はい。
その前に一応これは聞いておきます。
当時の科学者が科学を逸脱しているにもかかわらず、何故指示したと考えますか?
あと物理的矛盾を逸脱と捉えてるようですが、光速度不変とか粒子と波の二重性やら万有引力とかも当時の常識では物理的矛盾ですが、これらの提唱も逸脱ですか?
違うなら何が異なりますか?
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>当時の科学者が科学を逸脱しているにもかかわらず、何故指示したと考えますか?
「指示」ではなく「支持」ですね。
それは必ず語りますが、順序を踏みたいので、今は述べません。
>光速度不変とか粒子と波の二重性やら万有引力とかも当時の常識では物理的矛盾ですが
「光速度不変」「波の二重性」「万有引力」が何のことを言われているのかを明らかにし、なぜ矛盾と考えるのか、理由を述べてください。一般論ではなく具体的に。
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>>680
>「光速度不変」「波の二重性」「万有引力」が何のことを言われているのかを明らかにし、なぜ矛盾と考えるのか、理由を述べてください。一般論ではなく具体的に。
「光速度不変の原理」:光速度不変の原理は、アルベルト・アインシュタインによって1905年に提唱されたものですが、
この理論は、真空中の光の速度は観測者の運動状態に依存せず、常に一定であるというものです。
普通は観測者の運動によって対象の物体の速度は変化します。この原理は当時の物理学の常識を大きく破るものです。
「粒子と波の二重性」:ルイ・ド・ブロイによって提唱されたものですが、当時、物質は粒子としてのみ理解されており波動としての性質を持つという考えは非常に革新的でした。
古典物理学では、粒子と波動は完全に異なるものと考えられていました。これも当時の物理学の常識を大きく破る大矛盾です。
「万有引力」:ご存じ科学の大巨人ニュートンの提唱したものです。当時は物質の運動は近接作用、直接作用で働くと考えられており、このような遠隔作用はありえないとされました。
ライプニッツなどはオカルトだと一蹴しています。ニュートン自身も悩んだようでプリンキピアに「私は仮説を作らず」と書いたのは有名ですよね。
ニュートンはその後、その作用にエーテルの介在による近接作用を考えたりしています。つまりこれも当時は物理的矛盾であったわけです。
あともっと分りやすいのに「大陸移動説」とかはどうでしょう?
不変と言われていた大陸が動くという物理的大矛盾を置いておいて提唱された説ですが、ウェゲナーは科学をないがしろにしてこの説を発表したのでしょうか?
もう一つ、ちょっと前に言ったニュートリノ光速超えのお話は?現在の物理に明らかに反するものですが、これを発表した研究チームは科学を逸脱した態度だったんでしょうか?
これらも逸脱ですか?そうならそれで結構です。
違うなら何がどう違うのか、説明お願いします。
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どれも、私が問題としたような矛盾ではありませんが、個別の例を説明するよりも、最も重要な点を指摘します。16世紀の地動説と18世紀の光波動説は、なぜ正当な科学から逸脱するのか。ただ、説明できないことがあるだけではありません。既知の理論では説明できない事象を、矛盾のまま受け入れねばならないことはあるのですから。
1609年にケプラーの法則が登場し、天体位置の予測精度で、地動説は天動説に決定的な差をつけるようになりましたが、この時点では、地球に恒常的な風が吹かない矛盾は、解消されてません。矛盾の解消は、ガリレオによる慣性の法則を待たねばなりませんでした。
1801年の2重スリット実験で、光波動説を認めるしかなくなりましたが、この時点では、鉄より硬い媒質が空間を充たすはず、という矛盾は解消されてません。矛盾の解消は、マクスウェルによる電磁波理論を待たねばなりませんでした。
どちらも矛盾を含む理論が受容される例ですが、こういう矛盾は、今回問題にした逸脱ではありません。なぜなら、たとえ未解決の矛盾があっても、地動説や光波動説を受け入れるしかない証拠が見つかったからです。もはや天動説と光粒子説では説明不可能でした。
16世紀の地動説と18世紀の光波動説は、そうではありません。
地動説の証拠とされた惑星の逆行運動は、周転円を想定した天動説でも説明可能でした。光波動説の証拠とされた事象も、光粒子説で説明可能でした。それらの説明は、今の私たちが知る物理法則に照らすと、おかしなものですが、当時知られていた物理を覆すものではなかったのです。
つまり、一方に当時知られた物理法則と矛盾する地動説と光波動説があり、他方にそのような矛盾がない天動説と光粒子説があります。そして、地動説と光波動説が根拠とする事象は、天動説と光粒子説でも説明可能です。
それでも、なお地動説と光波動説を支持するのが正当な科学なのか、天動説と光粒子説でよいではないか、というのが私の問題提議です。
このことを頭に入れた上で、>>681で挙げられた例が、同様の逸脱であるかを考えてください。やはり逸脱と思われるのなら、あらためて回答します。
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進化論vsID論と言う対決構図は、より正確に言い換えれば進化の過程に設計者が介在するかしないかと言う議論になります。
設計者が介在するかしないか、これ以外の選択肢はないですね。
1かゼロかです。
従って、その設計者の実体が一体何のか、その介在の方法がどんなものか、それらは議論の論点ではありません。
介在したかどうか、その判断が問題の核心であり、議論すべき論点です。
それを実体は何だ、どの様な方法で介在した、それを示せなければID論は成立しない、この様に主張するのは論点のすり替えでしかありません。
ID論の本質は、設計者の存在を示す事であり、その実体や介在方法を示すものではありません。
ソレに関して言えばそれは不可知論の範疇です。
重力の本質が示せないのと全く同様の話です。
言い換えれば、知性の本質が不可知であるのと同様の事です。
ID論否定論者は知性に対する理解自体が不足していますね。
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うん、不可知論でもいいと思いますよ。
要するに、「事実」を元にした科学理論ではない、ということなので。
ハクスリーが言い出したとよく言われますが、同じような意味でカントの「物自体」以来、哲学的にも長い歴史がありますね。
進化論という科学にまつわるところでは、「神はいるともいないとも客観的には言えないでしょ」という、宗教的信念を括弧に入れるという意味合いが強いです。いわば神学と科学を分けるツールとして機能した言葉ですね。
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>知性の本質が不可知
神が存在しなければ人間の知性などあり得るわけがなく、神の意思は人間には知りようもない。
キリスト教造物主信仰を凝縮した、わかりやすい表現ですね。
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ダーウィンは自らを不可知論者と称します。
つまり最終的には知り得ない。
その観点から言えば創造の主体は知り得ないという事になります。
この基本的な構想はIDとほぼ同一です。
そしてダーウィンは無神論者ではなくて不可知論者だと主張します。
不可知論と言うのも宗教的な不可知論から非宗教的な不可知論まで内容はかなり錯綜しています。
ラッセルは不可知論者であり更に言えば無品論者だと名乗ります。
彼の根本はむしろ無神論者です。
様々な立場から不可知論は語られますが、要は最終的には決して知り得ないものがあると言う認識は一致しています。
不可知論を完全に否定するのは不可能でしょう。
完全に全てを知り得る事が出来ない事はロジカルにも証明出来そうです。
何処まで行ってもその先があります。
その存在理由の追求は止むことなく無限に連鎖します。
IDの実体も最終的には不可知です。
不可知が不存在の理由にならないことは見てきた通り明らかですね。
つまりIDの実体が不明であることはIDの存在自体を否定する理由にはならないのです。
それを混同して、論拠にしようとする人たちもいますが、それは論点のすり替えです。
IDの存在はあらゆる事象の観察から極めて簡明にロジカルに証明されます。
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ID論を正確に理解するためには、いくつかの基本的な事項の理解が前提になります。
先ず、IDを神と称してID論を宗教と極め付ける、この様な態度を取り続ける人たちには先ずID論を理解する資格はありません。
ID論が宗教であるなら、科学的な知見も不用、ロジックも顧みる必要はありあません。
逆にID論は科学的な知見に立脚しロジックによって証明されるものですから、全くその逆を行っている訳でそもそも話になりません。
更に、自然選択論に基づく総合説に代表される現代進化論が実際の進化のメカニズムを何一つい説明出来ていない事を十分に理解する必要があります。
現代進化論は基本を偶然性に置いています。
それはつまり現代進化論を認める事は進化が偶然の産物であると理解することです。
完全な偶然では如何なる進化も起らない、それを理解出来なければ矢張りID論を理解することは出来ません。
それが十分に理解できたなら、自ずと進化にはそれを必然たらしめる何らかの要因が存在する、と言う結論になります。
その進化を必然たらしめる要因の存在が承認出来たなら、それは何らかの設計の存在に帰着します。
つまりID論は極めて自然な思考の流れの中で示されるものなのです。
そして何らかの設計が介在するとした場合、それは宇宙生成のビッグバンにまで遡り、その初期設定まで行ったと考える必要があります。
それは時空、物質、あらゆる物理法則、物理定数を含みます。
それをIDは生物的な何者かだ、等と言ってるようでは全く話になりませんね。
ID論について何一つ理解できていない、と言う話です。
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>IDの実体も最終的には不可知です。
そう、神様という人の想念ですからね。
「不可知」という言葉が、科学の手法とは相いれないこと、そろそろ理解してもいいんじゃないかな。
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科学的認識も含めてあらゆる認識は不可知論に逢着します。
それすら理解出来ない者にID論を語る資格も無いのは言うまでもないてすね。
ダーウィンも不可知論者です。
そしてダーウィンは宗教嫌い、唯物論嫌いです。
彼のターゲットは宗教的創造論であり、有神論的進化論ではありません。
言いたかったのはただ一つ、種は変異する、です。
そしてその変異の原因を自然選択に求めます。
そもそも進化と言う言葉も最初は使っていませんでした。
自然選択のアイデアを得たマルサスの人口論も稚拙、とても一般論に敷衍できる代物ではありません。
何故ダーウィンがこれ程までに自然選択論に固執したのかも不明。
その自説の正当化しようとする異常な情熱の出所も不明です。
科学と言う用語を殆ど使わない彼が科学をどこまで意識していたかも不明です。
少なくとも科学的方法論には関心があったとは思えません。
従って全ては彼の想像の世界の中で語られており、事実による検証は皆無です。
ダーウィン自身が自然選択の工程に対する理解が不足しているので、検証の仕様もありませんね。
その自然選択論を無検証に金科玉条の如く信じ奉る。
未だにそれをやっているのが総合説に代表される現代進化論です。
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自然選択論を振りかざす人たちは例外なくその自然選択によって進化がもたらされる工程を正確に理解していません。
これは本当に驚くべき事です。
変異⇒選択⇒集団中に固定と言う各工程全ての理解が全く不十分です。
それだけいい加減に考えていながら尚科学であると主張しているその神経は理解を超えます。
極めて安易にそれが成し遂げられると考えているんですね。
それを初めから前提と考える、つまり宗教です。
そしてそれが宗教的な態度であることに全く気付きません。
特に安易に考えているのが変異が選択される過程です。
それはある特定の変異だけが選択される必要があります。
この選択される工程が成立する為にどんな条件が必要とされるか、そこに全く考えが及んでいません。
致命的な想像力の欠如です。
その工程が具体的な事実と照応して確認されなければ、科学としては成立しません。
そこが理解できないんですね。
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>>682
>個別の例を説明するよりも、最も重要な点を指摘します。
できれば個別の例でお願いします。
なんとなく、他に説明できなければ矛盾もOKで、どんなに苦しくても別に説明する術があるなら矛盾は許容しないみたいに捉えられるのですが、そう言うことですか?
だとしたら大陸移動説とか陸橋とか浮島で説明ができたりするので逸脱ですか?
万有引力みたく説明自体を放棄しているものはどうなのですか?
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>変異の原因を自然選択に求めます。
ここに自然選択を理解してないのが良く表れてるね。
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オマエだよ笑
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何一つ理解出来ないね笑
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進化論もID論も笑
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>科学的認識も含めてあらゆる認識は不可知論に逢着します。
あなたの言う、この世界は神様が創造したんだから原因は不可知だ、という意味での不可知論には、科学は関わりようがないんですよ。
ダーウィンも含め、この世界は神様が創造したかどうかは分かりようがない、という意味での不可知論が、科学の手法と共存するわけです。
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科学の意味すら分からん白痴
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科学って何? ちょっと聞きたくなりました。答えてくださいね。
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字すら読めない笑
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>大陸移動説とか陸橋とか浮島で説明ができたりするので逸脱ですか?
>万有引力みたく説明自体を放棄しているものはどうなのですか?
大陸移動説も万有引力も、それと両立できない物理法則がありません。
大陸が地球上にどのように存在するかというメカニズムが解明され、絶対に動き得ない構造でしか大陸は存在しえず、もしも動いたらその構造と矛盾するという条件があること。一方、浮島理論にはそういう条件がないこと。それが満たされるのなら、大陸移動は逸脱でしょうね。
万有引力も同じです。重力が働くと仮定すると、それとは両立できない、観測に裏付けられた法則があり、かつ重力を仮定せずとも観測事象を説明できるのなら、逸脱になると思います。
そうでなければ、大陸移動も万有引力も、それまでにない新しい知見が加わっただけです。
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科学史上の評価と実態の乖離の最も激しい人物は恐らくダーウィンでしょう。
ダーウィンはニュートン等と共にウエストミンスター寺院に埋葬されています。
何らかの毀誉褒貶はあるにせよ、大勢としてはダーウィンは科学史を塗り替えた偉大な科学者である、というのが通り相場です。
では、実態はどうでしょう?
ダーウィンはソモソモ科学者とは呼べません。
まして科学史を塗り替えるどころか、進化論を大きく迂回させた重大な戦犯です。
余り悪くは言いたくありませんが、残念ながらそれが真実です。
自然選択論を批判する人たちでも、ダーウィンは誠実な科学者であったと評価する人がいます。
実は私も最初はその様にダーウィンを見做していました。
自説の弱点を包み隠さず語る。
それに反する事実があれば何時でも受け入れる準備がある。
彼は著書の中でその様に述べます。
一見するととても誠実な態度ですね。
これに多くの人たちが騙されます。
しかし注意深く読み進めるとそれは見せかけだけに過ぎないことに気付きます。
ダーウィンは結論において1ミリも譲りません。
そもそも全く譲歩するつもりが無いんですね。
自説の難点をあからさまに示して見せながら、「しかしこのように考えれば」「説明は十分可能である」この様に必ず反論に転じて議論を逆転させます。
これは彼のロジックの常套手段です。
そしてこれも驚くべき事ですが多くの人々がそのロジックを易々と受け容れてしまいます。
それは科学的手法とは程遠いものです。
実際ダーウィン自身科学と言う言葉を殆ど使っていません。
科学的な検証と言うこと自体に関心が無いように見受けられます。
それを後の追随者たちは、ダーウィンは優れた科学者だ、更には自然選択論は厳密に検証された科学だなどと極めて的外れな主張を展開します。
ダーウィン自身、実験もしくは観察事実による仮説の証明と言うプロセスには無関心です。
「種の起源」でも勿論その様な証明は一切なされていません。
全ては、こう考えれば説明できると言う彼の想像の世界の中で完結しています。
ダーウィンは正確に言えば少なくとも進化論に関しては科学者ですらないのです。
彼の功績は、新たに進化論を提唱した科学者である点にある、と言うのが一般の評価です。
そもそもダーウィンは最初は進化と言う言葉を使いませんでした。
彼より50年以上前にラマルクは進化論を提唱しています。
この驚くべき評価の齟齬は、進化論を科学から遠ざけ続けています。
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>>700
>大陸移動説も万有引力も、それと両立できない物理法則がありません。
当時は大陸を動かす物理法則はあったでしょうか?
いや、力をかけたら動くみたいなことは認めますけど、法則さえ許せば力の大きさとかの単純な物理的矛盾はOKと言うことですか?
重力も遠隔作用すると言う矛盾をはらむ謎エネルギーの仮定ですが、エーテルの仮定とどれほど違うのでしょうか?
観測に裏付けられた云々はエーテルもそうですし、万有引力の法則で説明ができない観測もあったようですが、なぜ一方は逸脱となるのでしょう?
>そうでなければ、大陸移動も万有引力も、それまでにない新しい知見が加わっただけです。
エーテルの不思議な性質も新しい知見と見なしてはダメなんでしょうか?
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あぁ、やっぱり答えなくて良いです。後回しにでもしておいて下さい。
早く進めて欲しいのに、私のせいでむしろ止まってますね。
とりあえず、当時の逸脱が今のお話にどう関わるのか?をまず進めて下さい。
失礼しました。
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進めろと言われるならそうしますが、問われたことには答えます。あなたの今の関心事ではないのなら回答は不要ですが、同様の物理考察は今後も現れますし、その都度理解を求めますよ。
>法則さえ許せば力の大きさとかの単純な物理的矛盾はOKと言うことですか?
大陸を動かすほどの力は観測例がないが、あったからとて既存の法則との矛盾は起こしません。地球の内部構造など分からない時代の話です。光の正体論争の中で、粒子説も波動説も、観測事例のない想定をしていますが、鉄より硬いエーテル以外は、それを否定する物理法則はありませんでした。
>重力も遠隔作用すると言う矛盾をはらむ謎エネルギーの仮定ですが、
重力は、原理は未解明でも、再現性のある観測事例があります。
>エーテルの不思議な性質も新しい知見と見なしてはダメなんでしょうか?
私が説明してきたことが、分かりませんか?
巨大速度の波動を伝えるには、巨大な弾性が必要なのです。そして弾性の定義は変位に対する抵抗力です。抵抗そのものが定義なのだから、透過しようとする物体と、どうしても干渉してしまいます。
「エーテルの不思議な性質」と言葉でいうのではなく、どういう物性があれば、波動を伝えかつ物体をすり抜けることができるかを、考えてください。
「物体をすり抜ける」とか「波を伝える」というのは、物理的物性ではありませんよ。質量、弾性、電荷、温度、粒子サイズ等のような、物質自体の物性を組み合わせて、巨大速度の波を伝え、かつ物体をすり抜ける媒質を、想定するのです。その場合、物性値は未観測でもかまいません。しかし、どういう値を組み合わせてもそれは不可能で、v²を数式で表すことを繰り返し求めたのは、不可能を明らかにするためです。巨大な力を想定すればよい大陸移動とは、そこが異なります。
歴史的には、2重スリット実験で、光波動説は今の重力理論と同じ状況になりました。原理は分からなくても、観測事例ができたのですから。
では、次に進みましょう。
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>質量、弾性、電荷、温度、粒子サイズ等のような、物質自体の物性を組み合わせて、巨大速度の波を伝え、かつ物体をすり抜ける媒質を、想定するのです。その場合、物性値は未観測でもかまいません。しかし、どういう値を組み合わせてもそれは不可能で、v²を数式で表すことを繰り返し求めたのは、不可能を明らかにするためです。
へぇ、ですから粘性がなく十分に小さく、磁性のようにそれ同士で相互作用すると想定するなら問題ないですよ。
それにv²は速さであって必ずしも質量やらとかを必要としないのは散々言っている通りですので。
このレスに反応するもしないも、どちらでも良いので「次に進めましょう」と言うのを優先的にお願いします。
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日本は均一性国家ですが、アメリカは分断国家です。
大統領選でも見事に分断されますね。
そもそもがプロテスタントの国ですからその影響力が強く、それが進化論にも反映します。
進化論に宗教がなだれ込み、ただでさえ整合性の採れない議論が更に混乱します。
未だに若い地球説を唱え、それが信じられたり、一方で勿論それを排撃する人たちもいます。
イギリスはダーウィンの国ですからアメリカに比べて実際の所宗教的な意識は低く、英国国教会は世俗的ですね。
それぞれの立場から様々な主張がなされますが、未だにアカデミズムの中心で唱えらているダーウィン進化論自体が科学に立脚していないので、進化論自体がカオス的な状態にあります。
その辺りの整理が付けられないでいる人たちが専門家も含めて極めて多い。
科学と宗教が入り乱れ、更に空想と現実が混同される。
現在日本の教科書は進化論の説明にやや及び腰です。
ある意味それは妥当な態度と言えなくもないですね。
ID論に踏み込む勇気はとてもないでしょうから。
そこが正面衝突しているアメリカとの大きな違いです。
創造論、ID論に関しても行きつ戻りつしています。
アメリカでそれが決着できない理由は科学信仰と宗教信仰が共に信仰である事です。
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>大陸が地球上にどのように存在するかというメカニズムが解明され、絶対に動き得ない構造でしか大陸は存在しえず、もしも動いたらその構造と矛盾するという条件があること。一方、浮島理論にはそういう条件がないこと。それが満たされるのなら、大陸移動は逸脱でしょうね。
当初、大陸移動説が受け入れられなかったのは「大陸が移動するなんて想像もできない。メカニズム? 絵空事語ってどうなる。証拠? 他にいろいろ解釈があり得るに決まってるだろ、馬鹿じゃないか」てなところだったでしょう。これ、よくわかります。
太陽じゃなくて地球が動いている? 生物が自ら形質を変えて多様化していく? などと同様に、人間が日常から感得する自然についての自然な受け止め方から大きく隔たっていますから。
大陸移動説も地動説も進化論も、「物理法則を基準に」当否を判断されたわけじゃありません。
物理法則という発想自体、科学がある程度発展するまでは存在し得なかったわけですし、
本質的には、人が日常的に思い込みやすい、思い込んで当たり前なことを、科学が発見した新たな証拠によって理解を深め、世界観・価値観を変化(深化)させてきた、という作業だったという理解が大事だと思います。
余談ですが、うちのチビスケたちがいま地動説、進化論を「理解する」のは無理です。素朴な感覚で生きてる動物ですからw
うちには犬猫4匹、長寿のカメや(一緒に採ってきた)魚たち、よくわからんけど多数の植物などの生物とささやかに共存しているので、
客観性に基づく論理的理解という説明が可能な年齢になったら、生物進化のメカニズムを身近な例をもとに説明すること、楽しみです。
大陸移動も地動説も光の性質についても進化論も、それまでにない新しい知見が加わって科学の理論として発展したというだけでしょう。
物理法則からの逸脱といった恣意的な切り取り方とも、デザイナー論という宗教思想とも、何の関係もないと思います。
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ソレがオマエの歪んだ宗教思想だろ笑
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大陸の移動も神様の意思?それとも人に至る生物進化だけ、なんでしょうか。
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量子論における観測問題は様々な問題を提起します。
黙って計算しろ、と言う言葉は量子論の実用性を示すと同時に解釈問題に解決がない事を示しています。
解釈問題は量子論が発見されて1世紀以上が経過した今も全く解決されていません。
それは重ね合わせや量子もつれと言った現象としては事実として確認されている事象が一体何によってもたらされるのか、その先にどんなメカニズムが潜んでいるのか、それが全く知ることが出来ない事によります。
アインシュタインはそれらを事実として認めることを最後まで拒み、何か見落としている因果律があると考え続けました。
結果としてアインシュタインは敗れる訳ですが、かれの苦悩はそのまま解釈論の混迷を表しています。
観測問題が提起するものは複雑です。
シュレディンガーの猫は量子論に対するアンチテーゼとして提案されたものですが、波動関数が観測によって収縮するタイミングが機器の検知時点と考えればそこで猫の状態は確定する訳であり、何も悩む必要はありません。
それにも拘らず、収縮のタイミングをめぐる議論は一向に収束しません。
2重スリット実験とその様々なバリエーションによって提起される観測問題は意識の意味と深くかかわります。
波動関数は観測された時点で収束しますが、そこで言う測定とは観測して量子の動きが特定可能な状態がセッティングされた状態に置かれる事です。
そのタイミングで必ずしも人間が見ている必要はありません。
ただ人間が観測可能な状態である事が必要です。
観測用のカメラのスイッチを切った状態では波動関数は収縮しません。
それはあたかも量子がその観測可能な状態を何らかの手段により認識しているように見えます。
それはつまり量子が何らかの意識を持っていると言う可能性すら示唆します。
また、観測された時点で時間を遡って波動関数が収縮している、という状態も観察されます。
観測されなかったら波動関数のまま、観測された時点で過去の波動関数状態が書き換えられている、と言う訳です。
しかし収縮のタイミングに関しては解釈に混乱があります。
また、人間の意識により量子の動きに偏りが生じることも観測されています。
これは量子もつれが関係している可能性がありますが、そもそも意識の正体が不明なのでそれ以上解明の仕様がありません。
解釈問題が決着しない背景にはこの様なそれ以上の検出不能性、つまり量子を測定し観測する以上の事が現時点では全くなしえないと言う状況があります。
従ってそれは言ってればレトリックの世界になるので、あらゆる憶測が成り立ってしまいます。
そしてロジックの厳密性はないがしろにされがちです。
レベルは全く異なりますが、どこか進化論を想起させるものがありますね。
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>そもそも意識の正体が不明なのでそれ以上解明の仕様がありません。
不明なものを元に人間がどれだけ解釈をこねくり回そうと、「科学の理論ではない」ということはご理解ください。
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>へぇ、ですから粘性がなく十分に小さく、磁性のようにそれ同士で相互作用すると想定するなら問題ないですよ。
>それにv²は速さであって必ずしも質量やらとかを必要としないのは散々言っている通りですので。
私の回答は同じです。
ご自身の主張を、v²を具体的な数式で表すことで示してください。質量が入らず磁性が入るのなら、それでもよいですから。制約条件は、19世紀以降の知識体系を入れないことだけです。
必ずやってください。
>「次に進めましょう」と言うのを優先的にお願いします。
だめです。これほどまでこの問題に拘るのなら、先へは進めません。
16世紀の地動説と18世紀の光波動説に、物理的な矛盾があることに合意がなければ、ここからの話に意味がないからです。>>676でそういう合意ができたと思いましたが、ちがうのですね。
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というより、意識の正体って神なので、量子論における観測問題もその表れ、といいたいんでしょうね。
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>19世紀以の知識体系を入れないことだけです。
>16世紀の地動説と18世紀の光波動説に、物理的な矛盾があることに合意がなければ
すでに科学の方法に則って訂正されている経緯を踏まえて、インテリジェントデザイナー論を主張する、ということでしょうから、
ほんと楽しみです。a
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>とりあえずさん
何の意味があるのかすら説明されないやり取りを続けるのは不毛ではないですか
まずKenさんに「その意味するところは、議論が進めば明らかになる」ところまで書いてもらい
それが終わるまで待ってから、とりあえずさんがおかしいと思った部分を指摘する形にしてはいかがでしょう
このままでは(とりあえずさんの根気が続いたとして)何年経っても本題に至ることはないと思います
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唯一分別のある意見、
後は全て無意味。
まーどー進めて見たところで書き手が書き手だから意味のある話しにはなり様もないけとね笑
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自然選択論を振りかざす人たちは例外なくその自然選択によって進化がもたらされる工程を正確に理解していません。
これは本当に驚くべき事です。
変異⇒選択⇒集団中に固定と言う各工程全ての理解が全く不十分です。
それだけいい加減に考えていながら尚科学であると主張しているその神経は理解を超えます。
極めて安易にそれが成し遂げられると考えているんですね。
それを初めから前提と考える、つまり宗教です。
そしてそれが宗教的な態度であることに全く気付きません。
特に安易に考えているのが変異が選択される過程です。
それはある特定の変異だけが選択される必要があります。
この選択される工程が成立する為にどんな条件が必要とされるか、そこに全く考えが及んでいません。
致命的な想像力の欠如です。
その工程が具体的な事実と照応して確認されなければ、科学としては成立しません。
そこが理解できないんですね。
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つまりアドバイスが通用する相手じゃ無いって事
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ID論が理解出来ない、進化論も理解出来ない連中が寄ってたかって議論もどきをいくら展開してみたところで、意味のある結論が出る訳もない
それが自覚できないんで、堂々巡りを延々続けるんだよね
あ、自覚できない振りか笑
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>>712
>ご自身の主張を、v²を具体的な数式で表すことで示してください。質量が入らず磁性が入るのなら、それでもよいですから。制約条件は、19世紀以降の知識体系を入れないことだけです。
>必ずやってください。
だからぁ、vは単なる波動の伝播速度でしかないの。波動の様式によって色々と変わります。光ならV=Cってなるだけ。
だから電磁波とかメキシカンウェーブとか質量もクソも無い波動の伝播も表せられるの。
19世紀の知識体系云々言うなら「18世紀に波動方程式の速度には必ず質量が要ると考えられていた」ことを貴方がまず示して下さい。
貴方の思い込みだと私は思っています。
あと「19世紀以降の知識体系を入れるな」とのことですが、でしたら何度も言っているように
エーテルが鋼のように硬いと言う19世紀の知識を入れないで下さい。
当時の実験観測や理論から求められたにしても、当時ない考えですので持ち出すのはおかしいです。
それが許されるなら慣性の法則も16世紀に導き出せます。
>これほどまでこの問題に拘るのなら、先へは進めません。
拘ってるのはそちらだと思いますけどねぇ。
私は当時科学的逸脱だったと思ってはいませんが、逸脱してようとしていまいとどちらでも良いと言っています。
エーテルの質量もあろうが無かろうがどうでもいい、と言っています。
そもそも私は仮説に現行の物理的矛盾があっても一向に構わないという立場です。
時間を逆行しようが、ワープしようが、宇宙人が出てこようが、サムシンググレートがしゃしゃり出ようが好きにすれば良いと思います。
科学の肝はそこじゃないんです。そこからどうするか?なんです。
仮説の根拠を専門家集団によりコンセンサスを得る。つまり根拠を土台としたその理論の監視、評価検討、是正が科学の肝だと考えます。
>>715のLurkerさんが仰るようにひとまず進めて下さい。
何度か言っていますが、当時の学説が科学を逸脱してたとして現在の疑似科学とかにどう関係するのか皆目見当が付かず、このスレで何をやらされてるのか意味が分らないのでね。
せめて「物理的な矛盾があることに合意がなければ、ここからの話に意味がないからです」の理由は語って下さい。
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>せめて「物理的な矛盾があることに合意がなければ、ここからの話に意味がないからです」の理由は語って下さい。
正当な科学から逸脱したはずの理論が、実は科学史の中でどのような影響を与えたかを、考察します。それにはまず、なにが逸脱の実例だったかを明らかにせねばなりません。
>そもそも私は仮説に現行の物理的矛盾があっても一向に構わないという立場です。
仮説Aと仮説Bの両方が観測事象を説明し、かつAは既存の物理法則を覆すがBは覆さない、という条件がある場合に、BよりもAが正しいと主張するのは、あなたが考える「逸脱」ではないのですか? 16世紀の地動説と18世紀の光波動説がAに該当し、同時期の天動説と光粒子説がBに該当します。
>拘ってるのはそちらだと思いますけどねぇ。
むろん私は、上の理由により、拘りますよ。問題は、あなたが頑として認めないことです。いや、認めないのならそれでも結構ですから、質量も弾性も入らない形で、v²を具体的な数式で表してください。
>19世紀の知識体系云々言うなら「18世紀に波動方程式の速度には必ず質量が要ると考えられていた」ことを貴方がまず示して下さい。
だってダランベールは、質量と弾性をもつばねが連なるモデルで、波動方程式を導いたではありませんか。質量と弾性が必要かどうかは、質量と弾性が入らない形で波動方程式を導けるかで決まります。むろん津波などではなく、光を表せる方程式です。それができないのなら、質量と弾性は必要でしょう。
>あと「19世紀以降の知識体系を入れるな」とのことですが、でしたら何度も言っているように
エーテルが鋼のように硬いと言う19世紀の知識を入れないで下さい。
エーテルが硬いことは「v² = KL²/M」の理論式と、17世紀以来観測されてきた光速値から、導かれます。どちらも18世紀の知見ですよ。
私からも質問があります。
18世紀の人がエーテルの硬さを想定しなかったとして、では光の巨大な速度を、当時の波動理論はどう説明しましたか? これに答えることイコール質量も弾性も使わずにv²を表すことなのだから、避けて通れません。
必ずやってください。これを拒み続けるあなたの態度こそ、ルイセンコ以上の逸脱だと思います。
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片やそれに耐えうる知見もないが何とか本論に引き込みたい。
片や本論への突入を何としても回避したい。
その不毛なせめぎ合い笑
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ダカラヒタスラクローズドサーキットを周回し続ける笑
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>>721
>正当な科学から逸脱したはずの理論が、実は科学史の中でどのような影響を与えたかを、考察します。それにはまず、なにが逸脱の実例だったかを明らかにせねばなりません。
ではお願いします。
私は仮説を立てるのは自由だと思ってる立場です。
>仮説Aと仮説Bの両方が観測事象を説明し、かつAは既存の物理法則を覆すがBは覆さない、という条件がある場合に、BよりもAが正しいと主張するのは、あなたが考える「逸脱」ではないのですか?
その他の根拠によります。
既存の物理法則を覆す根拠‘しか”ないなら限り無く疑似科学、非科学よりだとは思いますが、普通はそんなもん議論にもなりません。
地動説にしろ波動説にしろ他に信じるに足る根拠があったから完全排除できなかったのです。
いいですか?根拠バトルは理論の持つ個々の根拠の総合値をもっての殴り合いです。大きな一発があろうとそれで勝負が決するほど単純じゃありませんよ。
>だってダランベールは、質量と弾性をもつばねが連なるモデルで、波動方程式を導いたではありませんか。
波動性を持つ事象から波動性を表す方程式を導き出しただけです。
これはあくまで一つのモデルであり、必ずしもすべての波動現象において媒質が質量を持つ必要があるわけではありません。
実際、光の波動や電磁波の伝播に関するマクスウェルの方程式は、媒質が質量を持つことを必要としません。
したがって、ダランベールのモデルは弾性体の波動を説明するためのものであり、その場合には媒質の質量が重要ですが、光や電磁波などの他の波動現象では、媒質の質量が必須であるとは限らないことを示しています。
ですので、そう言うのじゃ無くて質量が必須ってのを当時の誰かが言ってるのを示して下さい。
>私からも質問があります。
>18世紀の人がエーテルの硬さを想定しなかったとして、では光の巨大な速度を、当時の波動理論はどう説明しましたか?
>これに答えることイコール質量も弾性も使わずにv²を表すことなのだから、避けて通れません。
エーテルの観測もなく特性も理解出来てない状況で当時の人が想定しようがありません。
できるのは実際の光速の観測結果からv=cとするところまでです。
なぜ光速になるか説明できる必要はありません。波動性があるから波動方程式が成り立つ、それで充分です。
因みに貴方の言う理論式v² = KL²/Mに光速を代入すると単純にKLがでかいから硬い(弾性係数Kが凄く大きい)と言う理屈でしょうが、
この式ってKがそうでも無いとすれば質量は凄まじく小さいものにできます。逆に言えば限り無く小さい質量を想定すれば硬くなくっても成り立つだろうと言うことですね。
ですのでその式からエーテルは硬いと単純に導けません。残念ながら。
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ID論は一種の認識論と見做すことが出来ます。
つまりこの世界をどのように認識するか、という事です。
世界観ですね。
この世界を何者も介在することのない完全な自然状態にある、その自然状態の結果がこの様な宇宙と生物が存在している、と考えるか或いはこの世界は設計されている、それは何らかの知性による設計だ、と考えるのかその何れか、2択の話です。
そのどちらの世界観を選ぶか、という事です。
2者択一ですから、それ以外の選択肢はありません。
どちらの世界観を選ぶかによって、この世界の認識は全く異なるものになります。
認識論ですから、それが直ちに科学体系をもたらすことはありません。
ID論は勿論設計されていると言う立場です。
設計されているという事はその設計を行った主体が存在するという事ですから、それをIDと称する訳です。
設計とはそもそも知的な作業ですが、敢えてそれを強調してIDを呼ぶわけですね。
ID論はその様な認識論ですから、それを体系的な科学として成立させようと本格的に取り組むとあらゆる科学分野を網羅するトンデモナイ体系を構築する必要がります。
それは全く現実的ではありませんから、ID論を科学的な体系として示せと言うのは直ちには到底無理な話です。
だからと言ってID論が非科学的であると言うのは極めて不当な極め付けです。
ID論、つまりこの世界は設計されていると言う世界認識はあらゆる科学的知見によってロジカルに導かれるものですから、それは少なくとも科学的な推論である訳です。
それを科学では無い、宗教に過ぎない、言って非難するのは、偏見、無理解、或いは特定の立場からその様に規定しないと都合が悪い、そういう話になります。
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擬態はデザインのあからさまな例証です。
多様で驚くべき擬態の数々が設計以外の理由で存在すると考えることは極めて困難です。
また例によって自然選択論者たちはそれでも無理繰り理由をこじ付けてハイ説明出来ましたと胸を張って見せるかもしれませんが、勿論デタラメです。
精巧で完璧な擬態の数々がどの様な過程を経て自然選択によって形成し得たか、その想像力も完全に欠落している訳です。
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>そのどちらの世界観を選ぶか、という事です。
世界観を選ぶというのは価値の領域ですね。
サイエンスは事実をもとに自然理解の確かさを求めているので、確認できない神様は
埒外です。
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それがオマエの歪んだ宗教観と世界観
人格も歪んでるね笑
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知能も低すぎ笑
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何度指摘されても同じことしか言えない
ソシテまた指摘される
ツマリ学習能力ゼロ笑
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まず、これから、
>限り無く小さい質量を想定すれば硬くなくっても成り立つだろうと言うことですね。
こういう具体論が出てくるのは前進です。続けましょう。
ですが、鉄より硬いエーテルと同様、そんな軽いエーテルも、物理に矛盾します。よろしいですか。
「v² = KL²/M」を変換した「v² = E/ρ」(ヤング率/密度)で考えると分かりやすい。Eが大きいのではなく、ρが小さければよいとおっしゃるわけですね。でも光の巨大な速度を説明するには、エーテルの密度は水どころか大気よりもはるかに小さくなければなりません。そういうエーテルが宇宙空間で光を伝えるのならよいでしょう。
ですが光は大気中も水中も伝わりますから、エーテルは私たちが呼吸する大気とも、船を浮かべる水とも、混在せねばなりません。それは不可能です。水より密度が低い油は水に浮くし、熱して軽くなった空気は上昇します。そのような浮力の原理は18世紀には知られていました。熱気球が発明されたのは18世紀です。
エーテルの密度が光の速度を説明できるほど小さいのなら、浮力で大気圏外に押し出されます。まさしく古代ギリシャで想像された、宇宙にのみ存在するエーテルになってしまいます。私たちの生活圏内で光が伝わることはありません。
だいいち、よく考えてください。すでに水や空気があるところに、それより密度が小さいエーテルがよしんば混在できたとして(できないけど)、波が伝わる空間の密度が、水や空気より小さくはなりませんよ。
結局、空気より軽いエーテルも、鉄より硬いエーテルと、同じです。物理法則と矛盾し、観測事象と整合しないのですよ。
>地動説にしろ波動説にしろ他に信じるに足る根拠があったから完全排除できなかったのです。
どうも私が言ったことと表現を変えますね。私は「完全排除」なんて言ってませんよ。
16世紀に天動説よりも地動説を、18世紀に粒子説よりも波動説を、優位に置くのが、正当な科学からの逸脱ではないのですか、と尋ねました。その切り口で答えてください。
それと、お尋ねしますが、当時の地動説と波動説に信じるに足る根拠があったとして、では、信じるに足る根拠がない仮説の例は、どういうものですか? それがID論だとおっしゃりたいのでしょうか?
>実際、光の波動や電磁波の伝播に関するマクスウェルの方程式は、媒質が質量を持つことを必要としません。
ほら、またやった。光が電磁波であることも、電磁波自体の存在も、19世紀以降の知見で、18世紀には概念すらありません。結局、質量と弾性が入らない波動方程式を出せないではありませんか。いくらなんでも、それだけは認められては、いかがですか?
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ダーウィン自身科学と言う言葉を殆ど使っていません。
科学的な検証と言うこと自体に関心が無いように見受けられます。
それを後の追随者たちは、ダーウィンは優れた科学者だ、更には自然選択論は厳密に検証された科学だなどと極めて的外れな主張を展開します。
ダーウィン自身、実験もしくは観察事実による仮説の証明と言うプロセスには無関心です。
「種の起源」でも勿論その様な証明は一切なされていません。
全ては、こう考えれば説明できると言う彼の想像の世界の中で完結しています。
ダーウィンは正確に言えば少なくとも進化論に関しては科学者ですらないのです。
彼の功績は、新たに進化論を提唱した科学者である点にある、と言うのが一般の評価です。
そもそもダーウィンは最初は進化と言う言葉を使いませんでした。
彼より50年以上前にラマルクは進化論を提唱しています。
この驚くべき評価の齟齬は、進化論を科学から遠ざけ続けています。
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ID論名は理神論とニアイコールです。
つまりIDとはこの世界全体の設計者です。
生物を設計し得るという事はひいてはこの世界を設計したことになります。
この辺りの概念が整理できないとID論の基本が理解できません。
理神論は初期設定にすべてを委ねますが、そこは異論のあるところですね。
敢えて中間関与の可能性を否定する理由は見当たりません。
その方法に関しては、初期設定と同様不明と言う他ありません。
自己組織化が大きな役割を果たしているのは容易に想像できますが、自己組織化も初期設定が必要です。
初期設定に依らない中間関与があり得るとしたら、それはどの様な形で行使されるのか。
進化における有り得ない奇跡群にそれは適用されたのか。
生命誕生、真核生物誕生、多細胞生物誕生、有性生殖、カンブリア爆発、それ以降の有り得ない奇跡が中間関与なしに可能なのか。
可能であればそこには驚くべき初期設定が存在したことになります。
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その初期設定にしても中間関与にしても、その具体的な手法を確認するすべはありません。
少なくとも今の科学レベルにおいては。
勿論具体的な手法が確認できない事と不存在は全く別の話です。
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ビッグバンを起点とするこの宇宙の生成、生命の誕生、生命の進化、これらの過程に関しては、現在その概要はかなり明らかになっています。
宇宙誕生時の極小時間単位のモデルも示されています。
しかしその根本原因に関しては全く未解明、謎のまま残されています。
宇宙誕生前が完全に無であったのかどうかも全く不明、何故極小空間が突然膨張を始めたのかも不明です。
更にその後原子とそれによる物質が生成され、星が誕生しこの宇宙が出来上がったメカニズムに関しても、解明されているのはごく一部に過ぎません。
更に生物に関して言えば、その誕生の過程は全く謎に包まれいます。
提唱されているRNAワールド仮説にしても、とてもその全体像を説明し得るものではありません。
進化の過程も全く同様、何故個々の種が誕生したのか、その正確なメカニズムは全く未知です。
つまり、この宇宙の生成原因、生物誕生と進化、それらの根本原因は現在科学においては全くお手上げの状況にある訳です。
誤った科学主義とは、それをそうではない、現代科学は既に十分な事象を解明しておりそれで説明出来ない事象は殆ど存在しない、こんな思い上がりによって生み出されます。
従ってその様な誤った科学主義者たちは現代科学で説明のつかない事象を何とか既成の科学で説明を付けようとする、更にはその様な事象は事実として存在しないとまで主張するトンデモナイ暴論に走る訳です。
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>更に生物に関して言えば、その誕生の過程は全く謎に包まれいます。
>提唱されているRNAワールド仮説にしても、とてもその全体像を説明し得るものではありません。
>進化の過程も全く同様、何故個々の種が誕生したのか、その正確なメカニズムは全く未知です。
そうですね。生命現象って実に複雑ですから、一つ分かると分からないことがより増えるってかんじですね。
エボデボが個体発生にまつわる新規性の創出力を見出しても、生物史の説明につなげるにはまだまだ課題山積みですしね。
でも科学的理解って、どんな分野でもそういうもんなんですよ。一つひとつ、客観的に確認できたことをもとに論理を組み立て、修正を繰り返しながら確かさを増していくという作業なんで、手間と時間がかかります。
神様による設計という考えを持ち出せば、それはいとも簡単に自然の「説明」は可能でしょうが、
それは、本当に人間を含む自然を説明したことになるでしょうか。
たとえば新型コロナウィルスに苦しめられた数年間について、神様はどうお考えなんでしょうね。
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>それは、本当に人間を含む自然を説明したことになるでしょうか。
↓
それは、本当に人間を含む自然を理解したことになるでしょうか。
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>>731
>ですが光は大気中も水中も伝わりますから、エーテルは私たちが呼吸する大気とも、船を浮かべる水とも、混在せねばなりません。それは不可能です。
>水より密度が低い油は水に浮くし、熱して軽くなった空気は上昇します。そのような浮力の原理は18世紀には知られていました。熱気球が発明されたのは18世紀です。
浮力とは何か?を理解して下さい。
物体が水などに浮く場合、物体に周りの水による支える力が作用します。つまり相互作用があって始めて起こる現象です。
物質を透過するエーテルのような物体にそんな力は働きません。
エーテルの密度が光の速度を説明できるほど小さいのなら、浮力で大気圏外に押し出される?
ニュートリノとか大気圏外に押し出されてますか?非常に小さな質量と相互作用が無ければ地球の大気や物質による影響をほとんど受けません。
そもそも密度ρは質量を体積で割った値です。質量が限り無く小さいなら分母が多少大きかろうが小さかろうがどっちでも問題ありません。
空間にミッチミチに詰まってようが質量が極端に小さければ密度もすこぶる小さく定義できます。
当時の人間もエーテルは普通の物質ではない、物質の要素であっても物質それ自体では無いとか特殊な物体と捉えられてるのはご存じの通りです。
それを水や空気とかわらない普通の物質として考えようとするから貴方はドツボにはまっていると思います。
>どうも私が言ったことと表現を変えますね。私は「完全排除」なんて言ってませんよ。
>16世紀に天動説よりも地動説を、18世紀に粒子説よりも波動説を、優位に置くのが、正当な科学からの逸脱ではないのですか、と尋ねました。その切り口で答えてください。
え〜っと、何を言ってるのですか?
いつ誰が優位に置きました?当時の波動説とかは根拠バトルで後れをとった、つまり優位に立てなかったから主流になれなかったと
本当に何度も何度も散々言ってきましたよ?
なんでそんな話が出てくるの?
波動説の支持が科学的手法に逸脱していないよ、と言う主張を、だから粒子説より波動説が優位と言う主張と思い違いしてやせんか?
>それと、お尋ねしますが、当時の地動説と波動説に信じるに足る根拠があったとして、では、信じるに足る根拠がない仮説の例は、どういうものですか?
>それがID論だとおっしゃりたいのでしょうか?
IDも姿勢によっては充分科学たり得ると最初から言ってるでしょ?
信じるに足る根拠がない仮説の例?色々例に出したやつです。ムー大陸でもホメオパシ-でも武器軟膏でもお好きにどうぞ。
つまり根拠としていたものが否定されちまったやつですね。新たな根拠が出てくれば返り咲けますが、無ければ無根拠の珍説です。
>ほら、またやった。光が電磁波であることも、電磁波自体の存在も、19世紀以降の知見で、18世紀には概念すらありません。結局、質量と弾性が入らない波動方程式を出せないではありませんか。いくらなんでも、それだけは認められては、いかがですか?
何のために例として挙げたかもっとよく考えて下さい。
18世紀に電磁波が理解されてたとか、そう言うことを言っているんじゃ無いの。
波動方程式に質量なんざ持ち出さなくても波動の伝播速度はしっかり記述できるという絶対的事実を示す目的で挙げたものです。
質 量 は 波 動 方 程 式 に 必 須 じ ゃ 無 い ん で す 。
当時は必須と思われていたと主張なさりたいなら別に否定しないので、それを示して下さい。
もう一度言いますが貴方のやるべき事は18世紀に波動の伝播速度は質量が無いと表せないとされていた、と言う具体的証拠の提示です。
さて、この辺のやりとりは本当正直どうでも良いのでいいかげん本題も進めて下さい。
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どうもロジックが混乱してるなあ。
>物質を透過するエーテルのような物体にそんな力は働きません。
エーテルが透過するのは、質量も弾性もない、熱、電気、磁気のような「不思議物質」が前提ですよね。今回は、あなたが「v² = KL²/M」という質量と弾性が入った方程式から、Mが小さければvは大きくなるとおっしゃったことを受けた話です。つまり不思議物質ではないから浮力は働きます。なにより、質量と弾性の波動方程式なら、大気や水があるところでは、大気や水の質量と弾性を含めたものが物性です。つまりエーテルだけを考えてもだめということです。
それと、なにかといえば、透過、透過とおっしゃいますが、それほど物質と干渉しないのなら、
光が目に見える
光が反射する
光が屈折する
光が遮光される
光が物を温める(発火させることもある)
という観測事象と矛盾するとは思われませんか? 光がエーテルの振動で、そのエーテルが物質をすり抜けたら、どうやって物質に影響を与えますか? とりわけ反射と遮光は、透過しないという事象そのものではありませんか。
>いつ誰が優位に置きました?当時の波動説とかは根拠バトルで後れをとった、つまり優位に立てなかったから主流になれなかったと
コペルニクスは天動説より地動説が正しいと主張し、フックやホイヘンスは粒子説より波動説が正しいと主張しました。かれらに続いた者もそうです。なにも私は、世の中全体で優位になったとは言ってません。ただ、かれらのような考えをもつことは正当な科学から逸脱するということでよろしいですか、と尋ねております?
>IDも姿勢によっては充分科学たり得ると最初から言ってるでしょ?
問題にしたのは、地動説と光波動説とID論の相対比較です。姿勢というなら、3つのそれぞれが根拠を挙げています。
地動説:惑星が逆行する
波動説:光が交差・屈折する
ID論:特定の進化が起こった
これに対して、それらの事象は、天動説、粒子説、自然選択でも説明可能という反論があります。今のID論と比べて、当時の地動説と波動説が、科学理論としての正当性が高いわけではない、という合意が得られたのでしょうか?
>波動方程式に質量なんざ持ち出さなくても波動の伝播速度はしっかり記述できる
>質 量 は 波 動 方 程 式 に 必 須 じ ゃ 無 い ん で す 。
質量が無く、物体を透過する物質として熱、電気、磁気を挙げられましたが、それで波動方程式を記述した例はないはずです。それともありますか?
結局、おっしゃっているのは、
質量が入らない波動方程式の実例は出せないが、さりとて、質量が入らない波動方程式は絶対にありえないという証明もできない
ということでしょうか?
-
アプローチの方向性が間違っている為に徒労を重ねている良い例が有性生殖の誕生です。
生存に有利になるように進化した、進化とは生存の優位性の追求の結果である。
生物が獲得した形質は何らかの生存における優位性によってもたらされたものだ。
これは自然選択の原理が進化のエンジンとして刷り込まれた思考によって生じたものです。
つまり何らかの生存における優位性が存在しないと進化する筈がないと言う思い込みです。
その思い込みにより、有性生殖の誕生も必ず何らかの生存における優位性が存在した筈だと考える訳です。
有性生殖は最も単純に考えても雌雄同数存在するとして繁殖における効率は1/2になります。
雌しか出産できないですからね。
更に雌雄の出会いの機会の問題や減数分裂における効率の問題があります。
それでも進化における生存における優位性を信じ込んでいる研究者たちはその優位性を探し求めて四苦八苦します。
これが長年研究者たちを悩ませるパラドクスと呼ばれています。
しかし、進化における多様化も複雑化も明らかに繁殖効率に反しているんですよ。
それに気付かない。
進化は繁殖効率を追い求めた結果ではありません。
そう信じ込むのは自然選択と言うダーウィン進化論の刷り込みがあるからです。
唯一の解は設計の結果と考える事です。
極めて単純明快な解です。
それが受け容れられないのは、既成概念に捕らわれた排他的思考です。
そしてそれが科学とは対極にあることに何時まで経っても気付けず言いる訳です。
結果として無駄な研究労力を費やし続けることになります。
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そしてそれ等が全て徒労であることも自覚できないでいる訳です。
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創造論にとって最も大事な、生物の頂点を極めた人間も有性生殖してますね。
被造物である人間には知りようもない、神様なりの理由があるんじゃないですかね。
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生存に有利な者が選択され進化した。
この誤った思い込みが無駄な研究努力を払わせ進化の真実の探求の道筋から遠ざけます。
設計を事実として受け止めれば、その様な徒労は排除できますが、それが受け容れられなければ延々無駄な労力を払い続けることになります。
進化の態様である複雑化も多様化も、生存における優位性では説明が付きません。
有性生殖も同様です。
その場面場面における優位性で進化の方向性が決まるという誤った思い込みが如何に無意味であるか、それは有性生殖における進化のパラドクスでよく示されます。
つまり考え方の根本に誤りがある訳です。
進化は設計によって予め準備されたものであり、その場面における場当たり的な優位性でもたらされるものではありません。
人間の進化も全く同様です。
人類誕生当時、その知性、体毛の無さ、四肢を自由に操れる身体特性は直ちにはそれ程の生存における優位性を担保できるものではありません。
人類が生態系の頂点に立つのは長い時間かけて文明の発達が成し遂げられた結果です。
その長期的な見通しの上に立って人類は設計されています。
つまり設計が進化の根本原理です。
それが承認できないと、進化の真実の解明は進みません。
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それを拒絶しているのが誤った科学主義な訳です。
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>人類が生態系の頂点に立つのは長い時間かけて文明の発達が成し遂げられた結果です。
その長期的な見通しの上に立って人類は設計されています。
長期的な見通しを行った神様を具体的に示せなければ科学では扱えませんよ。わかりますよね。
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1億年前の品種改良とも通底しますが、現象についての因果関係です。
原因が、人間がそう思うというだけじゃ、科学の方法の埒外、人の想念というだけです。
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ソレがオマエの歪んだ想念だろ
何度指摘されても治らない笑
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オマエの終生癒える事のないの疾患だよ笑
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不治の病笑
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歪んだ信仰と歪んだ思い込み
自分の中ですら科学と宗教の区別が付けられない笑
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生物の持っている様々な形質は生存に有利になる様な何らかの理由がある。
これはだれしも考えがちな事です。
それらは進化の過程で生物が獲得してきたものだ。
こう考えるのも自然ではあります。
この漠然とした思い込みが自然選択論が容易く受け入れられてしまう理由でもあります。
しかしそこには厳密な考証は存在しません。
そこにダーウィンは競争原理を導入します。
競争原理は必ず敗者を生みますが、その着想をダーウィンはラマルクから得ます。
有限な資源を奪い合うという発想です。
何度も繰り返し説明してきた通り、彼の構想した敗者の存在を示す化石証拠はありません。
つまり事実に依る証明が無い訳です。
それにも拘らず、多くの人たちはそれを科学と称します。
科学である根拠がないにも拘らず科学と称する。
これがまさに疑似科学です。
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ラマルクはマルサスの間違い
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ID論は一種の認識論と見做すことが出来ます。
つまりこの世界をどのように認識するか、という事です。
世界観ですね。
この世界を何者も介在することのない完全な自然状態にある、その自然状態の結果がこの様な宇宙と生物が存在している、と考えるか或いはこの世界は設計されている、それは何らかの知性による設計だ、と考えるのかその何れか、2択の話です。
そのどちらの世界観を選ぶか、という事です。
2者択一ですから、それ以外の選択肢はありません。
どちらの世界観を選ぶかによって、この世界の認識は全く異なるものになります。
認識論ですから、それが直ちに科学体系をもたらすことはありません。
ID論は勿論設計されていると言う立場です。
設計されているという事はその設計を行った主体が存在するという事ですから、それをIDと称する訳です。
設計とはそもそも知的な作業ですが、敢えてそれを強調してIDを呼ぶわけですね。
ID論はその様な認識論ですから、それを体系的な科学として成立させようと本格的に取り組むとあらゆる科学分野を網羅するトンデモナイ体系を構築する必要がります。
それは全く現実的ではありませんから、ID論を科学的な体系として示せと言うのは直ちには到底無理な話です。
だからと言ってID論が非科学的であると言うのは極めて不当な極め付けです。
ID論、つまりこの世界は設計されていると言う世界認識はあらゆる科学的知見によってロジカルに導かれるものですから、それは少なくとも科学的な推論である訳です。
それを科学では無い、宗教に過ぎない、言って非難するのは、偏見、無理解、或いは特定の立場からその様に規定しないと都合が悪い、そういう話になります。
ID論自体は科学の方法論ではありませんが、どちらの世界観を選ぶかによって科学に対するアプローチの方法論は全く異なるものになります。
設計を前提とするかしないかです。
それは科学の方法論の効率化の問題でもあります。
-
>>739
>エーテルが透過するのは、質量も弾性もない、熱、電気、磁気のような「不思議物質」が前提ですよね。
違います。質量や弾性の有無なんてわからない不思議物質です。
質量があろうが無かろうがどうでもイイと私は言っています。貴方が質量が0と言う概念に食いついているだけです。
当時確実に言えるのは物質が無いとされる真空中にも存在するものと言うことぐらいです。
>光が目に見える
>光が反射する
>光が屈折する
>光が遮光される
>光が物を温める(発火させることもある)
>
>という観測事象と矛盾するとは思われませんか? 光がエーテルの振動で、そのエーテルが物質をすり抜けたら、どうやって物質に影響を与えますか?
>とりわけ反射と遮光は、透過しないという事象そのものではありませんか。
貴方が光の粒子説で粒同士がぶつからないほど小さく希薄なのに同様の現象が起こるのとほぼ同じ理屈です。
>コペルニクスは天動説より地動説が正しいと主張し、フックやホイヘンスは粒子説より波動説が正しいと主張しました。かれらに続いた者もそうです。なにも私は、世の中全体で優位になったとは言ってません。
>ただ、かれらのような考えをもつことは正当な科学から逸脱するということでよろしいですか、と尋ねております?
言え全く。と散々言っています。
特定の理論を支持するのに逸脱もクソもありません。
何度も言っているのでもう勘弁して欲しいのですが、どんなトンチキな仮説だろうと仮説を立てるのは正しい姿勢です。
それが科学となるか否かはその後の態度、姿勢、行動で決まります。
間違いだと分ろうが、却下されようが、支持されなかろうが、それだけで科学で無いとはならないのです。
>地動説:惑星が逆行する
>波動説:光が交差・屈折する
>ID論:特定の進化が起こった
>
>これに対して、それらの事象は、天動説、粒子説、自然選択でも説明可能という反論があります。
>今のID論と比べて、当時の地動説と波動説が、科学理論としての正当性が高いわけではない、という合意が得られたのでしょうか?
残念ながら現状私はID論に関しては遙かに蓋然性に劣ると思っています。
前者2つはそちらの方が説明で優れている部分が存在するのですが、IDに関してはそれが無いからです。
一見IDの方が説明が容易に見えても結局はIDの成り立ちが謎なわけで、疑問の棚上げにしかなっていないからです。
別に貴方がそれらと比べてID論を支持するに足ると考えるのは別に間違いじゃありませんし、好きにすれば良いです。
科学として成り立つかどうかはその後の行動如何で決まります。
どこかの誰かみたいに終わったことを何度も書き反論からも逃げるようなのは科学的態度ではないと考えます。
>質量が入らない波動方程式の実例は出せないが、さりとて、質量が入らない波動方程式は絶対にありえないという証明もできない
そもそも基本形が質量入ってないだろ、と最初から言っています。
大体、エーテルなんてその性質もあやふやなのに数式にしようが無いでしょ?
エーテルの波動方程式だとv=cってなるだけ。実際19世紀には電磁波と同じ方程式でエーテルの伝播速度は示されています。
貴方の要求は、なんで光速はcになるのか数式で示せって言ってるようなモン。
そう観測されたんだからそう、としか言えないよ。
貴方は鋼のヤング率とか観測なしに求められますか?
別に当時、質量が必須と考えられていたならそれはそれでどうでも良いです。
こっちは限り無く0に近い質量を想定するだけですから。ただ無根拠には受け入れられないと言うだけです。
当時の誰かの発言なりあれば良いのですが、やっぱりないんですね?
まぁ、もう良いんじゃないですか?
これだけやって分るんじゃ無いですか。それなりに根拠を持った対立する理論は完全に相手を黙らせるのは難しいってことです。
当時の科学界の巨人達のそれはもっと凄まじいものだったでしょうよ。
貴方は私の反論をしょうもない屁理屈だと思っていることでしょう。私の貴方の反論に対する評価も同様です。そんなもんです。
もう過ぎ去った過去の問題ですから新しい知見も無く、おそらくずっと平行線です。無意味です。
何度も言っていますが私が当時の波動説支持者が科学を逸脱していたとは考えませんし、どれだけ言われても決して認めないと断言します。
ですので、ここら辺は置いておいて進めて下さい。
逸脱してた体で話をさっさか進めて下さい。
-
学術分野にも色々ありますが、進化論に関して最も大きな問題は科学では無いものが科学だと信じられている事です。
現在主流とされる総合説もダーウィン進化論がベースになっています。
それを科学だと主張している訳ですから、それはつまりダーウィン進化論を科学だと信じている訳ですね。
この空想と科学の区別が付けられない致命的な誤謬を長年にわたって犯し続けています。
かれらはID論を非科学的だ、宗教だと言って排撃する訳ですが、では彼らの信じているダーウィン進化論の一体どこが科学なのか。
自然選択が観察されたとする数少ない実例であるダーウィンフィンチにしても工業暗化にしても、全く厳密に自然選択を説明できるものではありあません。
繰り返し説明してきた通り、それは単に都合の良い変異が起こりさえすればそれを自然選択と極め付ける、自然選択の工程に対する完全な無理解が生むものです。
自分達が科学でなく癖に相手を非科学と論難する。
それが彼ら進化論者の採っている態度です。
科学の方法論に対する無知、無自覚。
長くアカデミズムで科学的と主張されてきたからと言って、それが科学である根拠にはなりません。
科学であるためには、どうしても科学と主張したいなら、科学の方法論に則って、事実に依る証明を行ってもらいましょう。
-
>質量があろうが無かろうがどうでもイイと私は言っています。
どうでもよくありません。質量のある波動方程式は導けるが、質量のない波動方程式は導けないなら、波動方程式に質量は必要です。
>貴方が光の粒子説で粒同士がぶつからないほど小さく希薄なのに同様の現象が起こるのとほぼ同じ理屈です。
ひどく混乱しておられますね。電気や磁気と同じく、エーテル粒子同士は相互作用するが、エーテルと物質は透過すると、上と正反対のことを言われたのはご自身ですよ。
>磁気なんか鉄の中を自由に透過して他の物質に影響しないのにその粒子同士は作用する不思議物質と考えられていました。(>>589)
その自由に透過するはずの物質が、反射や遮光を起こすではありませんか。
>それが科学となるか否かはその後の態度、姿勢、行動で決まります。
では、どうぞ態度、姿勢、行動を問題にしてください。光波動説はエーテルの正体を提示できず、物理的な矛盾を解消できないままで、主張されました。地動説も同様。態度、姿勢、行動がおかしいとは思われませんか?
>貴方の要求は、なんで光速はcになるのか数式で示せって言ってるようなモン。
>そう観測されたんだからそう、としか言えないよ。
変なことをおっしゃいますね。なぜcになるかを示すのが物理ではありませんか。光が波動であるかを検証するために、波動の数式から得られる理論値が、cの観測値と一致するかを調べるのです。理論値と観測値が一致しなければ、波動ではないという結論になります。18世紀の光波動説は一致しないのですよ。
>何度も言っていますが私が当時の波動説支持者が科学を逸脱していたとは考えませんし、どれだけ言われても決して認めないと断言します。
それでは、問答無用と同じです。16世紀の地動説と18世紀の光波動説が、今のID論より蓋然性が高い理由が具体的に語られてません。なによりも、地動説と波動説の矛盾が解決しておりません。
>逸脱してた体で話をさっさか進めて下さい。
だめです。逸脱したと決して認めない人と、逸脱した体で進めることはできません。納得できない仮定に立って得られる結論になど、価値がありません。
今は、地動説と光波動説に物理的矛盾があるかが論点ですから、物理の話をすればよいので、水掛け論にはなりません。とことん突き詰めましょう。
-
「種の起源」の体裁は神学書のものだと言う指摘があります。
種の起源は有害無益ですが、同様に神学も科学にとって有害無益です。
宗教は科学を妨害することすらあれ、科学に利することは何一つありません。
ID論もソレを神学の流れで捉えている限り宗教のドグマから逃れることが出来ません。
宗教は人間の無知と弱さによって紡ぎ出されます。
逆に言えば人間が全知であり強靭な理性を持つ存在であれば宗教が誕生する余地はありません。
つまりダーウィンの居場所はそこだという事です。
-
生物の進化には極めて高く聳え立つ到底超えられそうもない壁がいくつも存在します。
そもそもの生物の誕生、真核生物の誕生、有性生殖、多細胞生物、それらカンブリア大爆発に至る過程だけ見ても到底説明可能と思われないイベントが数多く存在します。
生物の意識の獲得も更に説明の仕様がありません。
それらは全て現在の科学レベルでは説明不能です。
ダーウィンはほんの一部の事象だけ見ながら、微細な変異が蓄積すれば全ての事が可能だと言って見せます。
それが進化論の中心に位置する前提として何の疑いも持たない総合説をこれまた無検証に信じ込む、これを惨状と言わずに何と言えばいいのか。
-
自然選択論者に共通している特徴は決定的な想像力の欠如です。
彼らの自然選択論に対する思い込みは正に宗教者の態度ですから、そもそもそもそう言った事柄に対して想像を巡らそうとする意志が存在しないんでしょうね。
その点において完全に科学者失格と言われても彼らは何も抗弁できない筈です。
ゲノムだけに限定して観察してもその驚くべき周到さ、計算され尽くした複雑さ、精密さはそれ自体人智を遥かに超えるものです。
現在急速にゲノムのメカニズムは解明されつつありますが、それはまだゲノムの持つ巨大なシステムのほんの一部にしか過ぎません。
そんなものが自然選択の結果で説明できる訳もありあせません。
そんなことにすら、彼らは想像が及ばない訳です。
彼らのそんな存在自体、想像を絶するものですね。
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>>756
>どうでもよくありません。質量のある波動方程式は導けるが、質量のない波動方程式は導けないなら、波動方程式に質量は必要です。
もう一度書きますが基本形に質量は入っていません。
電磁波や津波等の表面波みたいに質量の無い波動方程式は普通にあります。
波動方程式に質量は必須の項目じゃ無いのは揺るがしようのない事実です。
18世紀当時は質量の記述が必須だったと言うならそれはそれで構いませんが、その証拠を示して頂きたい。
示して頂ければ普通に考えを改めますよ。
単純に0に限り無く近いほど小さな質量を想定する方向に変えるだけですから、こちらはどっちでも良いんでね。
18世紀のどこの誰が質量は必須とかぬかしてましたか?
>ひどく混乱しておられますね。電気や磁気と同じく、エーテル粒子同士は相互作用するが、エーテルと物質は透過すると、上と正反対のことを言われたのはご自身ですよ。
?
透過するのは全く持って干渉しないと言ってるわけじゃ無いよ。ニュートリノみたいなもん。
何度も物質に対しては(ほぼ)干渉しないっていってるでしょ。
貴方は以前、
>ガラスや水の粒子は、目や鏡の粒子よりは隙間が大きいので、ただちに光粒子を止めることはないが、すべて透過するのではなく反射も起こります。
>接触しないとはいってないし、むろん光粒子説でもエネルギーは伝わりますよ。ただし、光粒子同士が衝突することは非常にまれで、そういうことが起こっても、観測は不可能です。
ってなことを言っています。
それが許されるのなら同様の論法でいけるでしょ?
>では、どうぞ態度、姿勢、行動を問題にしてください。光波動説はエーテルの正体を提示できず、物理的な矛盾を解消できないままで、主張されました。地動説も同様。態度、姿勢、行動がおかしいとは思われませんか?
当時の人はエーテルの存在を仮定した場合、どう言うことが観察されるか?を考え証明しようとしました。
これが科学の肝であり要です。
詰まるところ検証です。
そしてこれが現状、IDが蓋然性で劣る一番の要因です。検証と言うか、それをしようとする気概も感じられません。
だから科学界からほぼ相手にされないのです。
>変なことをおっしゃいますね。なぜcになるかを示すのが物理ではありませんか。光が波動であるかを検証するために、波動の数式から得られる理論値が、cの観測値と一致するかを調べるのです。
>理論値と観測値が一致しなければ、波動ではないという結論になります。18世紀の光波動説は一致しないのですよ。
ほほぅ。面白いことを仰いますね。
では光速がなぜ秒速10万kmでも100万kmでもなくおよそ30万kmになるのか説明してご覧なさいな。
私は物理の基礎定数とかって基本的に観測値から求めたものと言う理解ですが観測以外から求めれるんですね。非常に興味深い。
あと18世紀の光波動説とどう一致しないか詳細に説明願います。
>問答無用と同じです。16世紀の地動説と18世紀の光波動説が、今のID論より蓋然性が高い理由が具体的に語られてません。
はい。問答無用です。
蓋然性が高い理由は直前のレスで述べています。
>今は、地動説と光波動説に物理的矛盾があるかが論点ですから、物理の話をすればよいので、水掛け論にはなりません。とことん突き詰めましょう。
当時の物理的常識に対し矛盾があったことは否定してないでしょ?
私は仮説に物理的矛盾があっても問題ないという立場だとず〜っと言っています。ですからそこは論点じゃありません。
その根本が違うんだから水掛け論にしかなりません。
ですのでとりあえず矛盾は逸脱の体でIDをどうしたいかいいかげん語って下さい。
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IDで語るべきものが何も無いから無意味な物理解釈論を延々繰り返してる。
それに気付かないのもID論が何も分かってないから笑
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他に取り合ってくれる人がいないからね笑
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>地動説と光波動説に物理的矛盾があるかが論点ですから、物理の話をすればよいので
常識的に考えて、当時は物理的矛盾があると「考えた」けれども、後に続く事実によって矛盾はないことがわかった、という話ですよね。
そもそも、インテリジェントデザイナー論が科学理論である(疑似科学ではない)ことを示すために挙げた例が
鳥の進化は物理的に不可能で、なおかつ鳥が進化したことを理解するためには「飼育者」が必要だということでしたよね。
優先すべきは物理法則に基づく力学の知識体系であり、現状確認されてはいないけれども論理的に要請されると言ってるとは思うんですが、
「当時の」地動説と光波動説の物理的矛盾が、どのように「飼育者」と結びつくのか、分かりやすく説明していただければと思います。
-
>波動方程式に質量は必須の項目じゃ無いのは揺るがしようのない事実です。
波動方程式ならなんでもよいのではありません。要求される条件は2つ。
1.光の動作を説明できること → ゆえに津波は対象外
2.18世紀の知識で想定できること → ゆえに電磁波は対象外
この2つの条件を満たす波動方程式には、質量と弾性が必要です。
>透過するのは全く持って干渉しないと言ってるわけじゃ無いよ。ニュートリノみたいなもん。
>何度も物質に対しては(ほぼ)干渉しないっていってるでしょ。
いっこうに混乱がおさまりませんね。
私は、光の反射と遮光を挙げたではありませんか。鏡を考えてください。暗幕を考えてください。
(ほぼ)干渉しないのではなく、完全に干渉され、光はまったく透過しないでしょうが。ニュートリノが鏡で反射しますか。暗幕で遮られますか。
>では光速がなぜ秒速10万kmでも100万kmでもなくおよそ30万kmになるのか説明してご覧なさいな。
>私は物理の基礎定数とかって基本的に観測値から求めたものと言う理解ですが観測以外から求めれるんですね。非常に興味深い。
・・・なるほど。そこの基礎知識がないから、理解ができませんでしたか。
観測値としての光速は、ただの観測値にすぎません。だから17世紀から観測されていても、光が波である証拠になりませんでした。19世紀に電磁波理論が立てられ、空間の透磁率と誘電率から、電磁波の速度が秒速30万キロと算出されました。それが光速の観測値と一致したから、光は電磁波と分かりました。
これが物理的考察というものです。音速の場合は、媒質の弾性と密度から計算された理論値が、観測値と一致します。光速の場合は、空間の透磁率と誘電率から計算された理論値が、観測値と一致します。つまり、観測値とは独立に理論値を求め、観測値と比較することで、音や光が波動である証拠になります。
おっしゃるように光速の観測値を波動方程式に入れて済ませるなら、ただ、それだけのことです。光の正体を解明する考察にならないし、光が波である証拠にもなりません。
>あと18世紀の光波動説とどう一致しないか詳細に説明願います。
18世紀には、3次元を伝わる波の速度の理論式は「v² = E/ρ(弾性率/密度)」しかなかったからです。ゆえに、光の巨大な速度を説明できる弾性と密度がなければ、理論値と観測値が一致しません。
光速を説明できる弾性や密度は、もしかしたら、観測できない宇宙空間には存在するかもしれませんよ。でも、大気中にも水中にも、そんなものは存在しません。そこでは、大気と水の弾性と密度が観測されるので、巨大な弾性も極小の密度もありません。
さらにいえば、波動速度の理論式が「v² = E/ρ」しかないのだから、同じ空間では、波の速度はすべて同じになります。ゆえに、光速と音速の値が違う時点で、光波動説はおかしいのです。
>当時の物理的常識に対し矛盾があったことは否定してないでしょ?
「物理的常識」ではなく「物理理論」です。科学は常識に反してもよいが、理論に反するのは科学ではありません。
>私は仮説に物理的矛盾があっても問題ないという立場だとず〜っと言っています。ですからそこは論点じゃありません。
まず、物理矛盾があったことに合意しましょう。物理矛盾がある理論の評価は、その次です。
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飼育者とか言ってる様じゃ論外
時代錯誤の物理解釈論を延々やりたいんだから先に進む訳もない笑
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