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ID再考 & 科学と疑似科学とを判別する
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まず、これから、
>限り無く小さい質量を想定すれば硬くなくっても成り立つだろうと言うことですね。
こういう具体論が出てくるのは前進です。続けましょう。
ですが、鉄より硬いエーテルと同様、そんな軽いエーテルも、物理に矛盾します。よろしいですか。
「v² = KL²/M」を変換した「v² = E/ρ」(ヤング率/密度)で考えると分かりやすい。Eが大きいのではなく、ρが小さければよいとおっしゃるわけですね。でも光の巨大な速度を説明するには、エーテルの密度は水どころか大気よりもはるかに小さくなければなりません。そういうエーテルが宇宙空間で光を伝えるのならよいでしょう。
ですが光は大気中も水中も伝わりますから、エーテルは私たちが呼吸する大気とも、船を浮かべる水とも、混在せねばなりません。それは不可能です。水より密度が低い油は水に浮くし、熱して軽くなった空気は上昇します。そのような浮力の原理は18世紀には知られていました。熱気球が発明されたのは18世紀です。
エーテルの密度が光の速度を説明できるほど小さいのなら、浮力で大気圏外に押し出されます。まさしく古代ギリシャで想像された、宇宙にのみ存在するエーテルになってしまいます。私たちの生活圏内で光が伝わることはありません。
だいいち、よく考えてください。すでに水や空気があるところに、それより密度が小さいエーテルがよしんば混在できたとして(できないけど)、波が伝わる空間の密度が、水や空気より小さくはなりませんよ。
結局、空気より軽いエーテルも、鉄より硬いエーテルと、同じです。物理法則と矛盾し、観測事象と整合しないのですよ。
>地動説にしろ波動説にしろ他に信じるに足る根拠があったから完全排除できなかったのです。
どうも私が言ったことと表現を変えますね。私は「完全排除」なんて言ってませんよ。
16世紀に天動説よりも地動説を、18世紀に粒子説よりも波動説を、優位に置くのが、正当な科学からの逸脱ではないのですか、と尋ねました。その切り口で答えてください。
それと、お尋ねしますが、当時の地動説と波動説に信じるに足る根拠があったとして、では、信じるに足る根拠がない仮説の例は、どういうものですか? それがID論だとおっしゃりたいのでしょうか?
>実際、光の波動や電磁波の伝播に関するマクスウェルの方程式は、媒質が質量を持つことを必要としません。
ほら、またやった。光が電磁波であることも、電磁波自体の存在も、19世紀以降の知見で、18世紀には概念すらありません。結局、質量と弾性が入らない波動方程式を出せないではありませんか。いくらなんでも、それだけは認められては、いかがですか?
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