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ID再考 & 科学と疑似科学とを判別する
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どれも、私が問題としたような矛盾ではありませんが、個別の例を説明するよりも、最も重要な点を指摘します。16世紀の地動説と18世紀の光波動説は、なぜ正当な科学から逸脱するのか。ただ、説明できないことがあるだけではありません。既知の理論では説明できない事象を、矛盾のまま受け入れねばならないことはあるのですから。
1609年にケプラーの法則が登場し、天体位置の予測精度で、地動説は天動説に決定的な差をつけるようになりましたが、この時点では、地球に恒常的な風が吹かない矛盾は、解消されてません。矛盾の解消は、ガリレオによる慣性の法則を待たねばなりませんでした。
1801年の2重スリット実験で、光波動説を認めるしかなくなりましたが、この時点では、鉄より硬い媒質が空間を充たすはず、という矛盾は解消されてません。矛盾の解消は、マクスウェルによる電磁波理論を待たねばなりませんでした。
どちらも矛盾を含む理論が受容される例ですが、こういう矛盾は、今回問題にした逸脱ではありません。なぜなら、たとえ未解決の矛盾があっても、地動説や光波動説を受け入れるしかない証拠が見つかったからです。もはや天動説と光粒子説では説明不可能でした。
16世紀の地動説と18世紀の光波動説は、そうではありません。
地動説の証拠とされた惑星の逆行運動は、周転円を想定した天動説でも説明可能でした。光波動説の証拠とされた事象も、光粒子説で説明可能でした。それらの説明は、今の私たちが知る物理法則に照らすと、おかしなものですが、当時知られていた物理を覆すものではなかったのです。
つまり、一方に当時知られた物理法則と矛盾する地動説と光波動説があり、他方にそのような矛盾がない天動説と光粒子説があります。そして、地動説と光波動説が根拠とする事象は、天動説と光粒子説でも説明可能です。
それでも、なお地動説と光波動説を支持するのが正当な科学なのか、天動説と光粒子説でよいではないか、というのが私の問題提議です。
このことを頭に入れた上で、>>681で挙げられた例が、同様の逸脱であるかを考えてください。やはり逸脱と思われるのなら、あらためて回答します。
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