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日蓮聖人と真言密教
1
:
管理者
:2002/03/08(金) 17:06
ここから、このスレッドの過去レスを見る事が出来ます。
http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/keijiban/shingon.htm
大石寺問題提起スレッドにおいて、スレッドテーマのご提案がありましたので立ち上げます。なお、提案文は以下の通り。該当レス、転載致します。
名前: アネモネ 投稿日: 2002/02/05(火) 08:10
日蓮聖人と真言密教の関係、拝見していてとても興味深いです。
これだけで、新しくスレッドを立ててはどうでしょうか。
2
:
岡田克彦</b><font color=#FF0000>(Gay75MZI)</font><b>
:2002/06/02(日) 18:16
2チャンその他で私の名前にていろいろなことを書き込んでいる人たち
がいるようでございますが、私は、2チャンその他の掲示板にはレヴェルの低い、
しかしコンプレックスだけは強い連中がタムロしていることがわかりましたので、
一切興味がなくなりました。このゴールデンウィーク以降は、
何も書いておりません。これからも永久に書き込みませんので、
全て2チャンネラーの偽者の仕業とお考え下さい。(岡田克彦)
私、岡田克彦の音楽ホームページ「K.OKADAワールド」URL;
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/5933/
3
:
いちりん
:2002/06/26(水) 09:52
天台教学、日蓮教学においては、仏において優劣をつけ、この仏はすばらしくて、あの仏は程度が低いというようなことをいいます。
やれ、阿弥陀如来は、報身仏だ、阿含経に説かれる釈迦は、応身仏だ。『法華経』の釈迦こそが、法報応の三身即一身の如来であり、それが最高であるとかいいます。
さらに、日蓮系の富士門流になると、いやじつは、日蓮こそが究極の本仏であって、それが最高。あとの仏は、すべて分身仏みたいなもので、程度が低いのだというような言い方をします。
『法華経』の結経である『観普賢菩薩行法経』には、次のようなことばがあります。
《釈迦牟尼仏を毘盧遮那遍一切処と名づけたてまつる》
──釈迦仏を毘盧遮那如来と名づける──
毘盧遮那遍一切処とは、毘盧遮那仏であり、バイローチャナ・ブッダを「音訳」したものです。
すなわち、法身仏のことです。
毘盧遮那仏は、『華厳経』の教主で、この毘盧遮那仏を中心に法が説かれます。実際には、毘盧遮那仏は説法をしないで、普賢菩薩などの菩薩たちが法を説きますが。
また、密教においては、教主は大日如来です。大日如来とは、バイローチャナ・ブッダ、毘盧遮那仏を「意訳」したものです。
すなわち、『法華経』に説かれている久遠実成の釈迦仏と、華厳経で説かれる毘盧遮那仏と、密教で説かれる大日如来は、おんなじものである。私は、そのようにとらえています。
さらにいえば、すべての仏は、「一相一味」である。
優劣、勝劣、あれだこれだというような差別や区別をこえたところの存在であると。
道元は、悟りを開いたものは、等しく釈迦牟尼仏になるのだといいました。
4
:
犀角独歩
:2002/06/26(水) 13:05
> 3
たしかに『観普賢菩薩行法経』に「釋迦牟尼名毘盧遮那遍一切處」の一節が見られます。なんだか、私はこのような所説があるからこそ、『観普賢菩薩行法経』は法華経の結経と“された”のではないかと考えるわけです。毘盧遮那による仏概念の統括という一連の流れが大乗仏教運動と言われる思想系譜の底流を為していたという見方です。
各所別々に現れた仏概念を整理しようとする試みが三身論で、それを統括しようとしたのが三身即一身という相即論ではないのかと思うのです。
仏と言えば釈尊に決まっていますが、そこに新しい大乗仏教の仏として毘盧遮那仏が創作され、さらに恩寵説に基づく阿弥陀如来が現れてきた。前者は、たぶんイランのミトラ神(太陽神)の混淆で、後者はキリスト教でいう神の混淆であると言われますね。さらに、この頃、やはり、イランに起源を見る救世主思想が仏教に混淆し菩薩思想が生じるのでしょう。
救世主はミシュランですが、この語源はミトラ、つまり、毘盧遮那仏の原型であるイランの太陽信仰と起源を同じくしているわけです。ミトラは仏教ではマイトレーヤとして取り込まれていくわけですね。すなわち、弥勒菩薩です。菩薩思想の起源は弥勒信仰に始まるわけです。
以上のような思想交流と混淆が三身論と菩薩思想を生み出していったのだけれど、結局、それは釈尊一仏に戻そうとしたのが法華経であるし、観普賢菩薩行法経であったのでしょう。そして、その整理は菩薩思想の整理も含んでいたのではないでしょうか。
日蓮の後半生は霊山浄土思想にあったと指摘したのは、たしか田村芳朗師でしたが、この浄土思想は極楽浄土を基底にするものなのでしょうね。
私は法華経と阿弥陀経というのは兄弟関係にある経典であると考えています。
虚空会における寿量釈尊、同じく虚空会で語られる極楽と阿弥陀如来、実に、類型にあります。
特に注目するのは法華経安楽行品の「安楽」という一語です。これは、魏代には、スカバティーの訳語として使われていた語でした。
○スカバティー(極楽浄土)の訳語の変遷
年代・・・・・訳語・・・・・・・・・・・・・・出典
179・・・・・・須摩提・・・・・・・・・・『般舟三昧経』
147-186・・須摩提、須阿提・・・・漢訳
223-253・・須摩題・・・・・・・・・・・・呉訳
223-253・・須阿摩提・・・・・・・・『慧印三昧経』
252・・・・・・“安楽”・・・・・・・・・・魏訳
269・・・・・・須摩提・・・・・・・・・・『方仏泥[(江-エ)+亘]経』
280-312・・須訶摩提・・・・・・・・『菩薩受斎経』
313-316・・須訶摩提・・・・・・・・『三曼陀[風*友]陀羅菩薩経』
402・・・・・・極楽・・・・・・・・・・・・『阿弥陀経』
420-479・・極楽・・・・・・・・・・・・『如来智印経』
708-713・・極楽・・・・・・・・・・・・・・唐訳
1001・・・・・極楽・・・・・・・・・・・・・・宋訳
(岩本裕著『極楽と地獄』112頁の記述に基づいて整理)
3世紀頃、極楽を安楽と言っていたわけです。
安楽行品の安楽はスカバティを訳したものではないと思いますが、羅什は何らかの意図を含ませていたのでしょう。
ここまでくると日蓮聖人の祖意では留まらず、さらに天台より数世紀戻って文化交流論から考えないと答えは出ないことになるでしょうね。
5
:
川蝉
:2002/06/26(水) 21:03
3 : いちりん さんへ。
>天台教学、日蓮教学においては、仏において優劣をつけ、この仏
>はすばらしくて、あの仏は程度が低いというようなことをいいま
>す。
ちょっと誤解が有るようですね。
法身仏の大日如来の方が応身の釈迦より勝れている。
報身仏の弥陀仏の方が勝れている。
等と「優劣をつけ、この仏はすばらしくて、あの仏は程度が低い」と云うなことを主張したのが真言、念仏宗ですね。
それに対し宗祖は、法華経、天台大師の教説に基づき、釈尊は三身即一の久遠仏であり、大日如来も釈尊の一姿であり、阿弥陀如来等の十方の諸仏は釈尊の分身であると主張したまでです。
宗祖は、諸仏を劣った者と貶したのではなく、諸宗の仏陀観を批判したのです。
法華経が「仏所証の法平等であるから諸仏は平等である」と云う思想にも立っていますが、さらに諸仏を釈尊一仏に統一しているからですね。
宗祖も、「仏所証の法平等と云う面から云えば諸仏は平等である」と云う立場に立ちながら、久遠釈尊が根本仏で諸仏は分身仏、娑婆世界の衆生にとっては釈尊こそ有縁の仏であり、真の主師親三徳の仏であるから、釈尊を根本の仏とすべきであると主張したわけです。
こうした主張が「仏において優劣をつけ、この仏はすばらしくて、あの仏は程度が低い」と云っているように受け取られてしまうのでしょうね。
6
:
いちりん
:2002/06/26(水) 22:56
川蝉さん
>久遠釈尊が根本仏で諸仏は分身仏
ということを、日蓮さんは述べていますよね。
で、そのこと自体が、優劣を付けているのではないかと思うのですが。
まあ、それがけしからんというつもりはないのですが、
ともあれ、日蓮さんは、優劣・勝劣という意識のはなはだしい方であるとは思うのです。
7
:
求道
:2002/06/27(木) 13:16
いちりんさんは、法華経に説かれた「相対」と「絶対」の関係を理解しよ
うとしないから、上のようなことを言うのだと思いますよ。これが分から
ないと、宗祖がなぜ平等門でなく、差別門から実践されたのか理解できま
せん。まあ、それがけしからんと言うつもりははないのですが、日蓮門下
にも、理解できない人が沢山いらっしゃいます。それは川蝉さんのように、
しっかりと仏教・日蓮聖人を勉強しようという人が少ないからです。
8
:
いちりん
:2002/06/28(金) 00:24
法華経に説かれた「相対」と「絶対」の関係、ですか。
できましたら、やさしく説明して下さいませんでしょうか。
それって、どういうことなんですか?
9
:
川蝉
:2002/06/28(金) 15:38
6 : いちりん さんへ。
今日は。
「久遠釈尊が根本仏で諸仏は分身仏」という思想は宗祖が勝手に考えたものでなく、法華経宝塔品自体にある思想なのです。
いちりんさんからすると、法華経も「釈尊と諸仏と優劣をつけている」と云うことになりますね。
法華経に、釈尊が久遠本仏であると説いてあるので、釈尊の名の下に本仏を仰き、諸仏は分身仏として仰がなければならないことになります。
念仏宗では久遠釈尊を信仰することを否定し、阿弥陀如来この救済主だと説くので、根本の救済主である釈尊をないがしろにすることは許されないことだと宗祖は主張したのです。
この宗祖の主張に対して「釈尊と諸仏と優劣をつけている」ものと受け取られると云うのでは、それも仕方有りませんね。
迹(分身)を通して本(本仏)を知ると云う思想があって、迹仏即本仏と見るわけです。ですから本体的には、分身と本仏に優劣は見ていないことになります。分身諸仏の本当の正体を久遠釈尊として仰ぐ思想は、多神教でありながら一神教、一神教でありながら多神教と云う思想ですね。
方便品には五仏同道が説かれていますね。諸仏は教導手順も悟りも皆同等であると思想です。
化城喩品にも、十六王子が現在十方に仏となっているが、その悟りは同等としていることが分かります。
御存知のように、法華経前半と他経においては、諸仏はそれぞれ修行をして仏になったので並列的個別的な関係であり、それぞれ受け持ちの世界を別にしていると云う事になっていますね。
たとへば、悟りは同等であるが受け持つ世界が異なっていて、阿弥陀如来は極楽浄土の受け持ち、釈尊は娑婆世界の受け持ちとされています。
娑婆世界の衆生は釈尊を教導主として仰ぐべきだと云う思想があるわけです。
法華経化城喩品でも、人々は、教縁を結んだ王子と生々世々生まれ遭わせ、その浄土の衆生となっている。
釈尊の前身の第十六番目の王子と教縁を結んだ人々は、この娑婆世界において釈尊の教導を受けているのであると説いて、釈尊が娑婆世界の教主であること、我々は遠い過去より釈尊と教縁を結んでいる事を教示しています。
こうした仏教の通念上からも、娑婆世界の衆生は釈尊を教主として仰がなければならないのに、釈尊を礼拝することを礼拝雑行と否定し、阿弥陀如来一仏のみを信仰せしめる念仏宗に対して、釈尊を信仰しなければいけないと宗祖は主張したわけです。
阿弥陀如来は劣っている仏だと批判したのではないのです。
しかし、この「釈尊の方が縁の深い仏だと」選ぶ考えも「釈尊と諸仏と優劣をつけている」ものと、もしも云われるのであれば、それも仕方有りませんね。
10
:
犀角独歩
:2002/06/28(金) 23:45
横レス失礼いたします。
ここのところのいちりんさんと川蝉さんの議論、やや観点が食い違っているのではないでしょうか。
たしかに日蓮教学からする川蝉さんの主張は正論であって、それはそうなのだと思います。しかし、実際の世間一般の日蓮理解はいちりんさんの言われるような状態であるのも事実です。
ここで、正論はこうなのに世間が誤解しているのか、それとも日蓮を担ぐ組織・個人の有り様が、そもそも誤解を招くようなところはないのかという点が議論が墜ちているように思えます。
私は個人的にいちりんさんが仰るような排他性を伴う勝劣論が日蓮を宗祖と仰ぐ団体にあったのは事実であると判断しています。これは自己反省の意味もふまえてそのように考えるのです。この場合、日蓮教学を誤解しているのは指導者・信者にあることになります。この点を率直に反省したうえで、本来の日蓮の教えは、こうなのだと正論を出さないと、無反省の失笑を世間から蒙ることになると客観的に考えたいのです。
もちろん、このような反省は私自身が富士門のであるが故に自身の問題としてまず提示するわけです。川蝉さんが所属される団体に歴史的推移のなかで世間の誤解を招くような点があったかどうか、それは私が申し述べることではありませんので、ここに論じる者ではありません。
ですから、これはけっして川蝉さんを指さして申し上げることではありませんが、反省無き正論は、どこか虚しく響くものであると、私は感じるのです。
11
:
顕正居士
:2002/07/01(月) 07:23
インドと日本の神観
を比較すると、三神(三仏)の競合が存在します。三神がそれぞれ異なる神格(仏格)
であるのが、ユダヤ-キリスト教-イスラーム世界と異なります。
ブラフマー-法身-大日如来
シヴァ-報身-阿弥陀仏
ヴィシュヌ-応身-釈尊
ブラフマーは宇宙の原理そのもので人格性が薄く、シヴァかヴィシュヌへの信仰が
競合するのがインド一神教です。真宗、日蓮宗が競合する日本一神教と一緒です。
法身に統合し、競合を回避しようという考えが出ます。安然は一時、一仏、一処の
原理で大日如来に統合しようとした。シャンカラはブラフマーに統合しようとした。
しかし、阿弥陀-釈迦、シヴァ-ヴィシュヌの競合はその後も続きます。但し。
シャンカラはブラフマー(アートマン)以外に存在するものが決してないという教義、
不二一元論(アドヴァイタ)を唱えた。したがってシヴァもヴィシュヌもブラフマーの
分身などでなく、幻影(マーヤ−)である。ゆえに阿弥陀教-釈迦教の闘争の融和に
日本密教が貢献した以上に不二一元論はシヴァ教-ヴィシュヌ教の闘争の融和に
貢献したのであろうか?
*シャンカラはダルマパーラ(護法)と同時代の人(西元8世紀)で、同じく32歳で
夭折した。インド最大の聖賢であると称する。
12
:
犀角独歩
:2002/07/01(月) 17:10
> ブラフマー-法身-大日如来
> シヴァ-報身-阿弥陀仏
> ヴィシュヌ-応身-釈尊
やはり、このような対象は可能でしたか。
感じに置き換えたほうが漢文仏教に馴染んでいる人にはわかりやすいかもしれません。
大梵天王_-法身-大日如来
他化自在天-報身-阿弥陀仏
毘紐天__-応身-釈尊
しかし、法身のモデルが梵天であるのは、言われてみれば当然の気がしますが、直ちにはピンとこないところですね。これは、それぞれの神々のポジションが日本における受容と著しく異なっているせいでしょうね。
聖人の『一代五時鶏図』では以下のようになっています。
釈尊┬主┬主上┐ ┌天竺─┬二天─┬魔醯修羅天
│ ├天尊┤ │ ├大梵天└毘紐天
│ ├世尊┤違はヾ八虐 │ ├第六天
│ ├法王┼──────┤ ├帝釈天
│ ├国王┤ │ ├師子頬王
│ ├人王┤ │ └浄飯王
│ └天王┘ │ ┌三皇
│ ├震旦─┼五帝
│ │ └三王等
│ └日本国─神武天皇
ヴィシュヌは二天の毘紐天、ブラフマは大梵天、シヴァは第六天に相当するわけです。
もはや、三身に配当することとはまったく懸け離れてしまいます。
度重なる混淆と、独自発展、一つの宗教の側面かもしれません。
しかし、少なくても7、8世紀頃のモデルは冒頭の如くなのであったのでしょう。ここを基準にその後の法華、阿弥陀、真言への分化と特化を見ていくことは、たいへんに意義のあることであろうと思います。
13
:
犀角独歩
:2002/07/01(月) 17:27
12の図、崩れてしまいました。
以下でご覧ください。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/shusisin.gif
14
:
顕正居士
:2002/07/02(火) 10:11
梵天と大日如来
梵天は創造神ですが、大日如来は太陽神です。大日如来の起源は何なのだろう?
毘廬舎那仏
http://www.st.rim.or.jp/~yujifuru/night/back/0075.htm
大日如来
http://www.butsugu.co.jp/dainiti.html
アーリア人はデーヴァ神族とアスラ神族の二種類の神々を崇敬しており、人間に
とっての善玉、悪玉の関係がペルシャとインドで逆になった。ヴァイローチャナは
アスラ神族に属し、ペルシャのアフラ-マズダそのものに当たるのだそうです。
密教時代のインド仏教というと瑜伽中観の教学でなく、宗教の方面を見れば、
インド教と区別がなくなったと云われるが、またこの時代ほどインド教に敵対して
時代はない。なるほど大日如来は末期インド仏教の主神にふさわしいのです。
15
:
犀角独歩
:2002/07/02(火) 12:18
> 梵天は創造神…大日如来は太陽神
そうですね。
また、梵天は仏教守護の神格に留まったのに、大日は仏格となりました。この違いを決めたものが何であるのか興味が沸きます。
> アスラ
アスラ(阿修羅)が仏教では四悪種に分類されるのに、もともとは神であったというのは以前から知っていました。しかし、この逆転の明快な説明に接したことはありませんでした。ペルシアとインドでは逆になるわけですか。なるほど。それぞれの指導者を信者は神仏に等しく仰ぐのに、敵対団体は、極悪人云々とさんざんに蔑む構造は古来からのことであったわけですね。
16
:
川蝉
:2002/07/02(火) 14:50
太陽神と大日如来
仏教内では、太陽は日天とされていますね。
真言の方では十二天の一で、金剛界では遊空天として南方に置かれているとのことです。
太陽神が大日如来に発展したと云う推論はどうなんでしょうね。
辞書を見ると、インド教においても日神の子に毘廬遮那神と云うのがあるそうです。
大日経疏一に
「毘廬遮那は是れ日の別名、即ち除暗遍照の義なり」
とあるのは、日神の子のが毘廬遮那と云う神名であることと関係有るのではないかと推されています。
大日経疏一には太陽の特性を挙げて大日如来の仏格を説明していますが、
「是の如き因縁を以て、世間の日 喩えを為すべからず。ただ其の小分相似を取る。故に、加えて大の名を以て摩訶毘廬遮那と曰う也」と説明しています。
真言宗の松長有慶師が「密教」において
「太陽をたとえとするが、大きなお日様の仏格化ではない。インドの中期密教が生み出した大日如来は、宇宙の真理を仏と見なしたものである(取意)」(74頁〜76頁)
と指摘しています。
17
:
犀角独歩
:2002/07/02(火) 15:59
岩波文庫の法華経を訳した岩本裕師は『布施と救済』(淡交社)のなかでサンスクリット語研究者の立場から
「大日如来の梵語名はマハー=ヴァイローチャナで、原義は「偉大なる太陽」の意である」(P111)
と記しています。ただ、数千年前の経典における著述を現代的に考えるとわからなくなるのは事実でしょうね。当時、太陽が恒星であり、球形の火球であると言った科学的な認識はなかったでしょう。太陽を擬人(神仏)化しての表現なのでしょうか。
ちょっと、失念したのですが、どこかで大日如来は、そもそも太陽とは関係なく、また、はじめて仏教に混淆した段階では法身ではなく、報身と見做されたという記述を呼んだ記憶がありました。
18
:
川蝉
:2002/07/02(火) 18:21
16番の追加補説です。
私の16番のコメントに
「大日経疏一に
「毘廬遮那は是れ日の別名、即ち除暗遍照の義なり」
とあるのは、日神の子のが毘廬遮那と云う神名であることと関係有るのではないかと推されています。」
と記しましたが、
引用の「大日経疏」の文は、
「毘廬遮那は日の名前であるが、除暗遍照の義があり、それが大日如来の仏格に適しているので、毘廬遮那の名を当てている」と云う意味です。
太陽と大日如来が同根だと云う意味ではありません。
コメントを読み直したら誤解を受けそうなので補説させて頂きました。
19
:
川蝉
:2002/07/03(水) 11:45
17 : 犀角独歩 さんへ。
>どこかで大日如来は、そもそも太陽とは関係なく、また、はじめ
>て仏教に混淆した段階では法身ではなく、報身と見做されたとい
>う記述を呼んだ記憶がありました。
御存知のように、宗祖が、大日如来は、色究竟天においての成道を語り、大菩薩に対して説法しているので、大日如来は他受用報身であると指摘していますね。
「法身ではなく、報身と見做された」と云う事は的を得ている記述かも知れませんね。
20
:
犀角独歩
:2002/07/05(金) 11:01
○毘盧遮那と大日、報身と法身
日本仏教において、毘盧遮那はイコール大日如来である、大日は法身であるというのが一つの大前提となっていると思うのです。
ところが、そもそも初期天台においては「大日」という成句自体、使われていないわけです。そして、毘盧遮那といえば、これは釈尊を指す語であったわけです。つまり、毘盧遮那は大日に先行して、追って大日が混淆すると言っても過言ではない気がします。
法華経の成立は西暦1世紀頃、天台は6世紀の人で、大日という成句が使われるようになるのは、たぶん7、8世紀の頃ですね。バイロチャーナがいつごろ、仏教に混淆してくるのか、私はよくわからないのですが、大雑把に言えば、1世紀から6世紀ぐらいの間ということになるのでしょうか。法華経は初期大乗経典で、しかもそのなかに極楽・阿弥陀如来の名前が見られますから、浄土教のあとの成立と言うことになるのでしょう。いちりんさんが指摘されていたとおり、毘盧遮那は結経に見られるわけですが、私は、これは法華経の制作とは脈絡はないのではないのかと思っています。
いわゆる法身思想というのも、仏教に取り入れられていくのは、後期のことなのではないのかと思うわけです。6世紀の天台は法華経を三身、ひいては三即一でとらえるわけですが、実際のところ、その500年前、1世紀の法華経制作者は三身説などまったく念頭に置いてはいなかったように思えます。また、法身思想自体の影響も受けていたようには感じられません。あったのは、経典崇拝と久遠仏思想(後に報身説となる)ではなかったのでしょうか。
仏教が流布し、お釈迦様の地位が不動なものになった、けれど、他の宗教の中には永遠の尊体というのが他を圧倒し始めていた。そもそもバラモン思想は天(神)の崇拝ですから、人間として生まれたシャキャムニとは違い、不死の存在であったわけでしょう。しかし、仏教は死んだ釈尊の遺骨(舎利)を祀ることに腐心していたわけです。これは不死の尊体に比べて宗教としては劣勢とならざるを得なかったのではないでしょうか。そこで考えられていくのが久遠仏思想であったのではないのかと思うわけです。
しかし、この時点では、法身崇拝と言った仏陀から離れて直接、法だけを崇拝する動向はまだ起きていなかったのではないでしょうか。ですから、当時の大日・法身と言った思考は仏教徒にあったとは考えがたいわけです。つまり、バイロチャーナは不死の尊体として仏教に混淆する、すなわち当初は報身として取り入れられていったのではないでしょうか。
天台の時代、大日思想という形はなく、あくまでバイロチャーナ、すなわち毘盧遮那仏という認識であったと思うわけです。つまり、毘盧遮那・阿弥陀・釈尊の三身、そして即一説が天台思想であって、大日ではない、しかし、その後、真言密教の成立に伴って、毘盧遮那が大日如来と解釈されるにいたる歴史的な推移があるのであろうと思うわけです。
重要な点は、天台思想では毘盧遮那は、あくまで釈尊と理解されるのに、真言密教としての展開では「大日如来という新たな仏」として理解されていくという点ではないでしょうか。そして、天台が言う毘盧遮那と、真言で言う毘盧遮那は、まったく異なる思想であるという点です。
ここでさらに重要な点は、法身思想は毘盧遮那思想があった、大日思想があったから、生じたと言うより、それら混淆とはまったく別の思想系譜が仏教内でさらに混淆したものではないのかという点です。はたして法身思想が仏教内部から生じたものであるのか、あるいは外部からの混淆であるのか、私は決し得ません。けれど、少なくとも釈尊一仏を崇拝してきた仏教とは従前の有様とは明らかに異なった思想であると思うのです。
また、シャキャムニ崇拝から舎利崇拝、仏塔崇拝、経典崇拝という一連の系譜は仏を応身と見なすか、法身と見なすかという違いはあっても、同一のカテゴライズは可能であると思います。しかし、法身を拝するとなると、すでにこの時点でシャキャムニ崇拝というカテゴライズははみ出さざるを得ないことになるように思えるわけです。
未整理のことを書いていますが、以上のような歴史性から、真言密教という新たな仏教?と顕教と称される仏教の“混淆”を考えていかないと正しい認識には至れないと思うわけです。
21
:
犀角独歩
:2002/07/05(金) 19:20
【20の訂正】
誤)…一連の系譜は仏を応身と見なすか、法身と見なすかという違いはあっても
正)…一連の系譜は仏を応身と見なすか、報身と見なすかという違いはあっても
22
:
川蝉
:2002/07/06(土) 08:56
20 : 犀角独歩 さんへ。
>そもそも初期天台においては「大日」という成句自体、使われて
>いないわけです。
大日は法身であると常識化されているのは、真言宗の宣伝力でしょうか。
伝教大師全集の「払惑袖中策巻下」の「第六三身如来」(伝全巻三・319頁)には、不空三蔵が「毘廬遮那如来を報身の仏」と記していると述べています。
真言宗の方でも昔は大日如来を報身仏と見ていたようですね。
いつ頃から大日如来は法身仏と主張するように成ったんでしょうね。
たしか天台大師在世には大日経の翻訳は未だでしたね。
同じく「第六三身如来」(伝全巻三・319頁)に、妙楽大師が「近代の翻訳、法報分たず、三二弁ずること莫し」と云っていることを記していますので、妙楽大師の時には毘廬遮那の訳語・意味に就いて議論があったようですね。
>そして、毘盧遮那といえば、これは釈尊を指す語であったわけで
>す。つまり、毘盧遮那は大日に先行して、追って大日が混淆する
>と言っても過言ではない気がします。
そのようですね。
伝教の「第六三身如来」によると、「金光明経」「心地観経」「瓔珞経」「像法決疑経」等に、法身・報身・応身とか自性身・受用身・変化身の言葉があり、三身思想が明確に示されているようです。
法身仏の思想は他経にも確立していたわけです。
法身思想はすでに阿含経にも見えるようですね。
阿含経では、教法を法身と見る思想があり、これが進展して大乗の三身仏思想になったとされていますね。
最初は法身(教法)を重んじ(ただし仏塔を通して釈尊の実在を信仰する傾向も早くから起きていた)、般若経典類では、経典の塔供養の方が仏舎利塔供養より功徳が大きいと説いているそうです。
三枝充悳教授が華厳経の説明をしている中で、
「経の第二章に仏(釈尊)がはじめて成道した際、その仏は、世界に光明の遍満する教主の毘廬遮那仏と一体であり、人格と真理との合一が示される・・仏ー如来のさとりの境地は、上述した毘廬遮那仏の世界であり、それが後期大乗の主流を占める密教において、その本仏とされる大日如来へと展開する」(バウッダ・261〜262頁)
と論じています。
私は、華厳経も読んでいないので、分かりませんが、「光明の遍満する教主の毘廬遮那仏」とは、釈尊の正体ではなく別仏的意味合いのある報身仏的仏のような感じがしますね。
不空三蔵が大日如来は報身仏であると記しているとのことですから、三身の法身仏ではなく、むしろ華厳経のような仏陀観から展開したものと言い得るかも知れません。
実のところ私は、まだ大日経を読んだ事がないのですが
三枝充悳教授が
「釈迦仏を凌駕する大日如来の成仏・神変・加持を説くこの成仏は一切智と称して、釈迦仏の一切智を超える」と解説しています。
釈尊の外に報身仏的別仏をたてる思想の系譜上に大日如来が現れたと云い得るかなと思います。
以前、大日経は、釈尊と異なる新仏をたてて、新なる佛教を起こそうとして編纂された経だと云うような話を聞いたことがあります。
>重要な点は、天台思想では毘盧遮那は、あくまで釈尊と理解され
>るのに、真言密教としての展開では「大日如来という新たな仏
>として理解されていくという点ではないでしょうか。そして、天
>台が言う毘盧遮那と、真言で言う毘盧遮那は、まったく異なる思
>想であるという点です。
>天台の時代、大日思想という形はなく、あくまでバイロチャー
>ナ、すなわち毘盧遮那仏という認識であったと思うわけです。
そのように私も思います。
>真言密教という新たな仏教?と顕教と称される仏教の“混淆”を
>考えていかないと正しい認識には至れないと思うわけです。
その通りでしょうね。
23
:
犀角独歩
:2002/07/06(土) 11:35
川蝉さん:
> 伝教…不空三蔵が「毘廬遮那如来を報身…」
私の弱い伝教大師の著述の部分です。お示しいただき、有り難うございます。
しかし、不空の段階では、このようにあるわけですね。やはり、初期はこのようであったわけですね。
> 天台大師在世には大日経の翻訳は未だ
ええ、ここが仏教史のキーポイントであると思います。
天台大師は大日経を視野に入れていなかったと思います。ところが滅後、100年以降、急速に広まっていく、そこで法華(天台)宗としては、なんらかの教学的な対策、または影響を受けることになっていったのではないのかと予測しています。
> 妙楽大師の時には毘廬遮那の訳語・意味に就いて議論
なるほど。
> 伝教…三身思想が明確に示されている
ここで仰る三身の法身は大日となるのでしょうか。空海との交わりからも、そのような予想が立ちます。
> 阿含経では、教法を法身と見る思想があり、これが進展して大乗の三身仏思想になった
ええ。しかし、これはやや飛躍的な解釈であると思うのです。法は達磨として認識されていたわけですから、それを法身の起源であるというのは、あまりにも三身という“常識”から解釈がなされている嫌いがあるように思います。
> 三枝充悳教授が華厳経の説明…
うーん。同師の説は、一切を仏教内の出来事として捌こうとし過ぎているように思えます。
華厳経の“光”の記述についても、その起源を当然のように仏教内と考えていますね。私の好きな岩本師は、この光による仏の荘厳については極めて重要な指摘をしています。
つまり、梵本を歴史的順序で見ていくと、前期には光によって仏を荘厳するという発想はまったく仏教になかったといいます。通常は「黄金」による賛辞であったというのです。
初期の仏典では、ブッダを修飾するのに黄金で比喩することはあっても、光明で修飾することはない。初期の仏典を編述した上座部の仏教には、光明思想はなかったといっても誤りではない。上座部の分派に属する経典にはいま舎衛城の大僧院に滞在される「われわれの師」(ブッダ)は、純金の塊さながらで、精錬された黄金に似て、純金のように清らかである」と記しているが、また上座部の系統をひくセイロンやビルマの仏教では、仏像を黄金で飾りたてるのが普通である。……漢訳仏典の中に「ブッダの言葉あるいはその説いた教え」を金口というものがあるのは、この上座部における表現の残滓である。(『極楽と地獄』P84)
それが毘廬遮那、特に阿弥陀如来においては仏は光によって荘厳されるようになったという点を指摘しています。つまり、この二仏は、輸入ものであるという指摘です。しかし、三枝師の論の立て方は、なにかすべて仏教内での出来事のような論調になっているように思えます。また、真言を拠に据えた論の展開になっているようにも見えます。まあ、東大印哲卒、ミュンヘン大学で Dr.Phil.を受けた学者に対しては、身の程知らずの感想を記していますが(笑)
もっとも岩本師も引用書の裏書の著者紹介に「インドの古典語のその文献に通達した学者で、インドの説話文学に関しては世界的権威である。しかも、著者はインド古代史に深い関心と該博な知識を持つ学者としても有名で、彼の書くものはすべて広い視野と深い学殖の産物で読者を驚嘆させずにはおかない。今日わが国のインド学者で、彼ほどレパートリーの大きい学者は他にいないといってよい」というほどの逸材でしたが。
> …むしろ華厳経のような仏陀観から展開したもの…
なるほど。この予想は実に興味深く、そして、説得性がありますね。
天台思想を一瞥しても直ちに気づきますが、中国仏教というのは、やはり華厳教学が基礎になっていますね。先には三枝師にケチをつけるようなことを書いてしまいましたが、同師の、華厳経をの説明をもってこられる、川蝉さんはさすがに含蓄を感じます。
今後の思索の方向性を得られた気分です。まだ手つかずの伝教大師の著述の読破は今年後半の目標にしようと改めて思いました。
24
:
川蝉
:2002/07/06(土) 14:00
23 : 犀角独歩 さんへ。
岩本教授が
「梵本を歴史的順序で見ていくと、前期には光によって仏を荘厳するという発想はまったく仏教になかったといいます。通常は「黄金」による賛辞であったというのです。
初期の仏典では、ブッダを修飾するのに黄金で比喩することはあっても、光明で修飾することはない。初期の仏典を編述した上座部の仏教には、光明思想はなかったといっても誤りではない。」
等の旨を語って居るとのことですが、
初期の仏典である「スッタニパータ」には、黄金で比喩するより、光りで修飾している方が多いようです。
岩波文庫「ブッダのことば・スッタニパータ」
第一 蛇の章・178句
「今日われらは善い太陽を見、美しい暁に逢い、気もちよく起き上がった。激流をのり超え、煩悩の汚れのない覚った人にわれらは見えたからである」(37頁)
第二 小なる章348句
「風が密雲を払うように人(仏)が煩悩の汚れを払うのでなければ、全世界は覆われて暗黒となるであろう。光りある人々も輝かないであろう」(
第三 大いなる章・508句
「光輝ある人よ」
同550句
「大きく、端正で、光輝あり、道の群れの中にあって、太陽のように輝きます」(104頁)
第五 彼岸に至る道の章・1016句
「光りを放ちおわった太陽のような、円満になった十五夜の月のような目ざめた人(仏)を、アジタは見たのであった」(179頁)
同1136句
「光輝あり光明を放っています。」(198頁)
等の文があります。
他の原始経典を調べてないですが「スッタニパータ」では、黄金より光りで讃えている箇所の方が多いようです。
岩本教授の
「前期には光によって仏を荘厳するという発想はまったく仏教になかった」
と云う断定は、頷けません。
で、
「それが毘廬遮那、特に阿弥陀如来においては仏は光によって荘厳されるようになったという点を指摘しています。つまり、この二仏は、輸入ものである」
という岩本教授の推定も、荒っぽいものだと思っています。
25
:
犀角独歩
:2002/07/06(土) 14:17
> 24
なるほど。
ご指摘の点、確かに、引用される初期経典からしても説得力がありますね。
やや、私も考えを改めなければいけないと思いました。
26
:
顕正居士
:2002/07/06(土) 16:20
川蝉さん。
>大日は法身であると常識化されているのは、真言宗の宣伝力でしょうか。
法身が何を指すかは宗派で違うので、一般的にいう場合は世親の三身説に則って
いっているとおもいます。つまり天台家のいう自受用身の意味でありましょう。
天台家独自の三身説は、世親の三身説で法身に摂する自受用身をはずした純粋の
理を法身とし、自受用身を報身とし、他受用身を勝応身と称して応身に摂する。
天台家独自の三身説では、華厳経や大日経の教主は宇宙に遍満する仏身であって
通常はこれを報身というのを、他受用身すなわち勝応身とします。自受用身とは
説法に出る前の純粋の自受法楽の智であるから、相好や尊徳のすがたではない。
だから日蓮はこれを無始の古仏といい、親鸞はいろもかたちもない仏というのだと
おもう。
>阿含経では、教法を法身と見る思想があり、これが進展して大乗の三身仏思想に
>なったとされていますね。
最初は法身、肉身であった。この教法すなわち具体的には経典を尊崇するのは
バラモン教といわれる頃の古代インド教の特色です。報身は、我々の知る釈尊の
成道とは天上界で起こった壮大な事件の貧弱な影に過ぎない、釈尊の本体である
毘廬舎那仏のアカ二ダ天における成道を華麗に表現したのが華厳経や日蓮が
大乗仏教の開祖とする馬鳴(アシヴァゴーシャ)の仏伝です。天台家の仏身論には
報身思想(華厳思想)に抵抗して法身、肉身に戻そうという傾向があるようにおもう。
27
:
犀角独歩
:2002/07/06(土) 17:55
> 26
横レス、失礼します。
この顕正居士さんの整理は大変にわかりやすく参考になりました。
一つ、お応えいただければ有り難いのですが、14に
> ヴァイローチャナはアスラ神族に属し、ペルシャのアフラ-マズダそのものに当たるのだそうです
と記されていました。先頃、菅野博史師の『法華経入門』を読んだところ、
西方の極楽浄土の阿弥陀如来の起源について、インドから西方に位置するイランの光明の神アフロマズダの影響を指摘する学者がいる(P14)
と記されていました。残念ながら、この本をまさに入門書であって、諸学説の根拠を示さず、ただ「という学者がいる」を連発する、ストレスの多い本でした。けれど、顕正居士さんのご指摘と併せて考えると毘盧遮那も阿弥陀も、その原型は共にアフロマズダということになるわけです。
しかし、これはどうもしっくりきません。この点、どのようにお考えになりますか。
28
:
いちりん
:2002/07/06(土) 21:05
閑話休題
末末文美士氏が「日蓮入門」(ちくま新書)
菅野博史氏が「法華経入門」(岩波新書)
そしたら、花野充道さんも、なにか書きたくなっているでしょうかね。
「富士門流入門」とか「中古天台入門」とか、かなあ。
29
:
犀角独歩
:2002/07/06(土) 23:11
なんとか入門書というのは、出版社にすれば、売れるから出したがる本なのでしょうが、実際、仏教に簡単な教学はないし、反対に難しい教学もない。まして、一人の人間、たとえば日蓮の入門なんて、言葉としてはおかしいんです。しかし、入門書は大流行(おおはやり)、それを読んで、わかった気になる仏教は、入門からつまずいているのでしょうねえ。
30
:
犀角独歩
:2002/07/07(日) 07:02
ふらりと見に行きましたら、楽市楽座のほうでも同じようなスレッドが立っていたのですね。
釈迦=毘盧遮那仏=大日如来
http://www.ream.ais.ne.jp/~flower/hokke2/esbbs.cgi?acto=list2ch&no=1750&page=0&mode=all&f=new
マハー・バイローチャナ(偉大なる太陽→大日の訳は至当)、毘廬遮那、大日如来、薄伽梵(婆伽梵)、はてはOSHOのバグワン・シュリ・ラジニーシにまで話が及んでいます。すごいですね。
太陽信仰起源と見れば、アフロマズダ、あるいはミトラ。それが毘廬遮那、阿弥陀、大日如来と、仏教の釈尊以外の仏格と拝されるようになり、そして、また釈尊に収斂されるという歴史の流れがあるのでしょう。
私は三身論とか、他受・自受などと言った仏をいかに解釈するのかという教学は、実はナンセンスであると思うところがあります。そもそも、釈尊一仏にはじまる仏教が、その後、多くの仏が語られるようになる、混淆がそこに見られるのでしょう。ところが原点はお釈迦様だと言うことで、すべてをお釈迦様に束ねようとするという、混淆とその説明付け以上の意味を持たない気がするからです。
ところが教義は実に二次元的なものであるから、宗派教学になると、そもそも、それらが釈尊一代の説教にすべてあったという前提から始めることになるのでしょう。実際は釈尊の滅後500年以上もかけて、混淆と、その説明を繰り返してきた改竄のようなものを、いっさい、釈尊在世の50年で説明してしまっているということです。五時八教などと言われる教学がこれです。事実から見れば、こんな教学は何の意味もない、率直な言葉で言えば、嘘っぱちであるわけです。
それなのに、いまだに教学試験とかいうもののなかで、こんなことがもっともらしく出題され、受験者も一所懸命、勉強?しているわけです。すべて100年前に瓦解してしまったものであるにも拘わらず、いまだにそんなことをやって、人を集め、金を集め、ドグマを生成し続けているわけです。
そして、同じ祖師・日蓮、同じ本尊(戒壇の曼荼羅本尊)、同じ教学(寛師)を100年前に瓦解した教学で信じ込ませて、それぞれに争わせているというのが石山系グループの実態であるわけです。
ところが実際のところ、僧侶は大学で仏教学をやっているわけですから、自分たちの宗派教学が実際もう通用しなくなっていることは百も承知しているわけです。学術研究所をもっている教団は、仏教学者との連絡があるから、こちらもそんな教学が通用しないこともわかっている、それなのに、信者には、その100年前に通用しなくなった教学を、いまだに信じ込ませて、争わせている、「自分たちこそ、いちばん正しい」
私はこのような信者操作をする団体の在り方を本当にふざけていると思うわけです。
そんな実態を知るうえで、実際の歴史のうえで仏教がどう変化してきたか、どう解釈されてきたかを見るのに、毘廬遮那思想(太陽信仰の仏教への流入)を一つの手がかりに見てみるのはよいと思うわけです。
31
:
川蝉
:2002/07/07(日) 10:44
24:川蝉への追加です。
「スッタニパータ」「ダンマパダ」などの最古の文献と匹敵するという「テーラガーター(長老の詩)」「テーリーガーター(長老尼の詩)」の早島鏡正訳があったので、調べてみました。
金色で讃えている箇所は「長老尼の詩」の818句と821句の二句だけでした。
818句
「よく輝き、生まれも良く、見た目も美しい。金色の膚をし、歯は真白である」
821句
「その膚は黄金のようです」
とあるものです。
しかし、818句には
「よく輝き」
820句には
「光輝あり・・太陽のように輝きます」
と光りで讃えています。
「長老の詩」3句には
「暗夜に点された火のごとく」
同288句には
「ブッダは大光明ある一派の師」
同289句には
「大いなる輝きあり」
同426句には
「光り輝く太陽のように」
とありました。
「スッタニパータ」と同様に、光りをもって讃えている方が多いです。
やはり、岩本教授の
「前期には光によって仏を荘厳するという発想はまったく仏教になかった」
と云う断定は、頷けませんね。
32
:
犀角独歩
:2002/07/07(日) 12:05
ちょっと、私の紹介の仕方もまずかったのかもしれません。原文を、もう一度、挙げると、
初期の仏典では、ブッダを修飾するのに黄金で比喩することはあっても、光明で修飾することはない。初期の仏典を編述した上座部の仏教には、光明思想はなかったといっても誤りではない。上座部の分派に属する経典には
いま舎衛城の大僧院に滞在される〔われわれの〕師(ブッダ)は、純金の塊さながらで、精錬された黄金に似て、純金のように清らかである。
と記しているが、また上座部の系統をひくセイロンやビルマの仏教では、仏像を黄金で飾りたてるのが普通である。そのもっとも顕著な実例がビルマのラングーンにあるシュエウェ=ダゴン(黄金寺)であり、同じくペグーにあるブッダの大寝像(全長55メートル)である。また、セイロンのキャンディにある仏歯寺のブッダの歯を祀った堂舎も金色燦然と輝き、内部もすべて黄金でつくられているという。漢訳仏典の中に「ブッダの言葉あるいはその説いた教え」を金口というものがあるのは、この上座部における表現の残滓である。
となっています。つまり、「上座部の仏教には、光明思想はなかった」という所に論点があります。経典になかったのではなくて、上座部仏教になかったという意味であったようです。
また、ここの記述はアミダ信仰の発生について論じる段で、阿弥陀の原語であるアミターバの意味が無量の“光”が、それまでの仏の形容と著しく異なっている点を、上座部と対比して論じています。この仏の形容が「無量の光明(プラバ)をもつアミータユス(無量寿)如来」などとなっている点を指摘しているわけです。
そして、後期、大乗経典で、太陽神が仏教に採り入れられたマハー・ヴァイローチャナは偉大なる太陽、すなわち、これまた光明を形容するものである点を指摘しています。
実際に仏の名称で、光明に関するアミータユス、ヴァイローチャナといった表現は上座部仏教にはなかったというのが岩本師の言いたかったところではないかと思います。
詳しくは『極楽と地獄』の原文に当たっていただければと存じます。
33
:
川蝉
:2002/07/07(日) 12:20
26 : 顕正居士 さんへ。
天台教学から云うと、大日如来は色究竟天にて成道を示し、大菩薩達を対告衆としているから他受用報身であるとしています。
真言の不空三蔵も恐らく同様の理由で大日如来は報身としたのでしょう。
報身も自受用報身ならば、修徳の法身(離垢清浄身・智法身)と共通するので、法身と呼んでも良いわけですが、大日如来は大菩薩に対して応現し説法しているのだから他受用報身であると日蓮聖人は見ているのです。
天台教学上では、
法身を、性徳の法身(自性清浄身・理法身)と修徳の法身(離垢清浄身・智法身)とし。
報身を自受用身(修徳の法身と共通)と他受用身の二とし。
応身を勝応身と劣応身の二としています。
他受用身とは、別教初住以上の大菩薩に対して応現した仏身。
勝応身とは二乗、下位の菩薩に対して応現した仏身。
と分けています。
>天台家独自の三身説では、華厳経や大日経の教主は宇宙に遍満す
>る仏身であって、通常はこれを報身という
その通りですね。そこで日蓮聖人は大日如来は他受用報身仏だと指摘するわけですね。
>自受用身とは
>説法に出る前の純粋の自受法楽の智であるから、相好や尊徳のす
>がたではない。
>だから日蓮はこれを無始の古仏といい、親鸞はいろもかたちもな
>い仏というのだとおもう。
そうですね。
付け加えれば、天台大師は単なる自受用報身ではなく、三身即一の報身とし、常説法教化の仏としたのですね。
日蓮教学では三身即一・常説法教化の仏と見るので、荘厳身としています(特に什門・隆門)。
>天台家の仏身論には報身思想(華厳思想)に抵抗して法身、肉身
>に戻そうという傾向があるようにおもう。
そうですね。
仏身論(仏陀観)は釈尊の常住不滅を探求するに始まったものだと思います。それが三世の諸仏や十方の諸仏の思想がからんで、ついには、釈尊より勝れた報身仏や法身仏ありとして、釈尊を軽視する事にもなったのです。
宗門先師も、天台大師は
「三身を分離して、釈迦牟尼を軽視するようになった従来の諸説を打破して、釈迦牟尼中心の三身即一論を唱導したものである」
と論じています。
34
:
いちりん
:2002/07/07(日) 12:30
上座部仏教を支えているのは出家僧侶ですよね。その出家僧侶は、在家に支えられている。
で、出家僧侶にあっては、お釈迦さまというものは、「救ってくれるありがたいお方」という「救済者・ブッダ」という気持は少ないんだろうと思います。
彼らにとっては、お釈迦さまは「解脱への教えを説いて道を示してくれたくれた方」「わたしたちの大先輩、であり模範となる方」という気持が強いと思います。
つまり、ブッダは、自分たちも到達できるレベルという認識ですね。
上座部におけるブッダとは、阿羅漢ですからね。その阿羅漢は、仏典によれば、釈迦在世のときには、五百人もの弟子が到達していたわけです。
●
ところが大乗仏教にあっては、ブッダは、はるか彼方の存在ですね。なんというか一神教のゴッドみたいなすごい存在になってしまう。宇宙仏みたいな。宇宙の彼方にあって、そしてわたしたちを見守ってくださり、そして救済してくださる。つまり「救済者・ブッダ」ですね。
そこには、人生の模範となる方ではなくて、「信じて拝めば、なんとかして下さる力強い方」というイメージ。
無限な存在で、尽きることがない。そして、いつでも、どんなときにでも、どなたでも、慈悲で見守って下さる。……そういうところから、それはまさに「光」が象徴として、示しやすい。
●
あと、おもしろいのは、キリスト教の「ヨハネによる福音書」もすべての始源である神を光として示しています。
《初めに言(ことば)があった。言(ことば)は神とともにあった。言(ことば)は神であった。この言(ことば)は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたものののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言(ことば)に命があった。そしてこの命は人の光であった》
ことば=いのち=人の光=イエス ということになりますね。
このことばとは、いわば「ロゴス」です、ものごとを生起せしむる働き、力なんでしょうね。
それが、いのちであり、ひかりであり、そうして人格を持つ、と。
このあたり、じつに日蓮本仏論とも、通じるとこがあるかなあとも、みていますけど。
35
:
犀角独歩
:2002/07/07(日) 13:29
創価学会批判で著名の日本基督教団牧師・森山諭師は『創価学会のまちがいをただす』(日本イエス・キリスト教団東京教会出版局出版部発行/昭和38年3月20日)のなかで、いちりんさんが引かれた聖書を引いて、以下のように記しています。
日蓮は一切経を読破しているうちに、この如来寿量品にある「如来の久遠実成の常住説」に触れたとき、さながら瓦礫の山からダイヤモンドを発見した者のように、全く魅せられてしまった。しかもこれは、イエス・キリストの影(仏教でいう迹)であり、その本体はキリストであった。
「初めに言があった。言は神とともにあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたものののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。…そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまことととに満ちていた」(ヨハネ伝1章1-4節、同14節)。
「イエスは彼に言われた、『わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない』」(同14節6節)。
などの聖書の言葉を文字どおりに読んだなら、「これだ、これだ!」と狂喜して、彼は熱烈なるキリスト教の伝道者になったであろうが、惜しいことには、当時の彼は、聖書を知るべくもなかったのである-P22-
と言い切っています。こちらの牽強付会もすごいなと(笑)
この前段では、大乗経典の成立について、
京都大学教授松本文三郎博士は、法華経の中で説かれる阿弥陀仏を、インド西域地方の原住民の信仰対象である善見王、すなわち太陽を人格化したものとするが、この説には多くの支持者がある。また米国パシフィック神学校のサンダース教授は、法華経を婆伽梵歌とヨハネ伝の並行思想と論じており、ケルンの如きも、法華経と婆伽梵歌の両者は、同一の源泉より直接の影響を受けたとして、ヨハネ伝を、その源泉の如くに取りあつかっている。わが国の三並良氏は、法華経をグノーシスの霊知思想よりの影響があるとしている(道旗師「霊戦」参照)-P19-
以上のような観点は、独りキリスト教の偏見であるというより、世界水準なのであって、これらの所説を覆すのは「魔だ、謗法だ」といった信仰的なヒステリーではなく、学術的な研究成果によるべきであるのは言うまでもないことです。
要するに、日本の伝統教団、全日蓮門下、興門も、低俗な身内喧嘩のドングリの背比べをしている場合ではなく、グローバルな視点から仏教の再考を真剣に考えなければ、もはや仏教は自殺するしかないという現実を厳しく凝視し、持てる力と財産を学術研究に費やすことによって仏教の復興に資するべきであると思うのです。
36
:
顕正居士
:2002/07/07(日) 15:06
阿弥陀如来の起源
>インドから西方に位置するイランの光明の神アフロマズダの影響を指摘する学者がいる
阿弥陀如来には無量光仏と無量寿仏の二つの名があります。無量光仏のほうは内容から
ペルシャとの関係が考えられる。しかし、ヴァイローチャナ、マイトレーヤ(ミトラ)、
アヴァローキテーシヴァラがアスラ系の神に起源があるように、直接的の原型があるかは
はっきりしない。
無量寿仏のほうの内容は法華経の久遠実成の仏との関係が予想される。阿弥陀如来は
因位を法蔵菩薩といい、世自在王仏のもとで立てた誓願を成就し西方教主になられた。
ペルシャの光明思想、救済思想と仏教の菩薩思想を統合して仏教の中で創作された仏で
あるようにもおもう。
>ヨハネによる福音書
にもペルシャ起源の光明思想、救済思想が表現されている。キリスト教の教義や儀礼は
ローマ帝国に流布していたミトラ教を摂取して形成された。ヨハネ書は正典の中では
グノーシスに近い。グノーシスは東方宗教とギリシャ思想が混交した潮流でヘレニズム期
に盛んで、キリスト教やユダヤ教に影響を与えた。仏教にも与えたかも知れない。
グノーシスは今日でいえば、内容でなく、あり方がファンメンタリズムに似ており、あらゆる
宗派の人々に共通して発生したある傾向である。だからグノーシス教という宗教はなく、
キリスト教の分派ではもちろんない。
>黄金で比喩することはあっても、光明で修飾することはない
黄金の輝きは比喩の表現の中で太陽の光と関連があるイメージのようにおもう。光背を
帯びた仏像が造られるのは後世ですが。今の阿弥陀像は光背を帯び、鍍金してあります。
37
:
犀角独歩
:2002/07/07(日) 17:59
阿弥陀如来の二つの名前は、その仏が生成されるに当たり、その創作集団、あるいは仏教の思想潮流に二つの傾向が生じていたことを示唆していると思います。
一つは量り知れない寿命(無量寿)であり、もう一つが光明(無量光)思想でしょう。
永遠の生命が常套句になってから霞んでしまいましたが、法華経におけるテーマは仏になることによって得られる量り知れない長さの寿命ということです。つまり、これが成仏の功徳ということになります。本来、寿量仏とは艱難辛苦を凌ぐ修行によって六根清浄を得、その功徳が量り知れない長寿であるということが、実は法華経のテーマとしてひそんでいることが永遠の生命ばやりで見失われてしまったのでしょう。もちろん、これは三身論の段階でも既にそうでした。しかし、法華経のテーマは間違いなく、成道によって得られる無量の長寿ということです。
このコンセプトは、実は無量寿仏と同様なのであって、法華経に阿弥陀如来が登場することは偶然ではないと考えられます。むしろ、原型的には寿量仏と無量寿仏は起源を同じくするのではないのかと私は想像しています。
方や無量光という光明思想は、アフロマズダ、ミトラという太陽神からの混淆であることは疑い得ない事実であるように思えます。
無量寿命と光明思想は、しかし、起源は異にするものと思われます。けれど、浄土教を生成していった創作グループは、当時、人々を惹き付けたこの二つの特徴の一つを択一するのではなく、その両方の特性を具える仏として阿弥陀如来を創作していったのではないでしょうか。
いわば、久遠釈尊(無量寿)+毘廬遮那(光明)=阿弥陀如来 というような原図が、歴史の中に隠されているのではないのかと想像します。その整合性を取ろうとしたのが三身説、あるいは三即一説であったのではないのかと思えるわけです。
さらにここに法身説という、神仏以上に達磨を崇める潮流も並行していたのではないのかと思えます。
なお、菩薩思想、取り分け弥勒信仰、または西欧の救世主思想はまた、それらと並行する思想潮流であり、さらにバカバットギータのバクティ思想という潮流もあり、それらが混淆と離反、統合を繰り返しながら、さらに格義・漢訳という老荘思想とも影響し合って中国仏教は形成され、それを土台に日本の神道と習合して日本仏教が形成されていくという歴史的な流れがあり、伝教・弘法が同時期を生きるなかで、日本に将来された真言宗は、大きな本覚思想の潮流も生み出していった…雑駁な整理ですが…、これらの点を看過して仏教の実像は見えないと思えます。
なお、先に引用した森山師の説を鵜呑みすれば、恰も大乗仏教の起源はキリスト教のように映じなくもありませんが、しかし、それは経過的な一面に過ぎず、キリスト教自体、なんらかの思想の影響によって生じたユダヤ教の新興宗教であったのでしょう。また、キリストが処女懐胎で生まれるはずも復活するはずもなく、これらは中世の教会の権威付けのために達意・意訳されることによって生じた解釈のドグマなのであろうと私は思っています。ですから、キリスト教も早く奇跡物語から卒業していくことが、我等仏教徒同様、必要なのであろうと思うわけです。
なお、仏像について、ひとこと付言すれば、上座部系仏像には、そもそも黄金に装飾することに重点が置かれているようです。この理由について、学者によって釈迦族をモンゴロイド、すなわち黄色人種であったと指摘する向きもあり、その黄色をもっとも美しく装飾した色が黄金であるという者もあります。もとより、私は人種偏見など、まったく存しませんが、この説によれば黄色人種は黄金を肌色とした民族と見做され、それが黄金装飾に転じていったとのことでした。
ただし、ギリシャ超克の影響を受けて制作が始められたガンダーラ仏も、それとほぼ同時期に始まるマトゥーラ仏も、石彫なのであって、上述の黄金装飾には当たらない点は指摘しておく必要はあろうかと思います。
38
:
犀角独歩
:2002/07/07(日) 18:02
【37の訂正】
誤)ギリシャ超克
正)ギリシャ彫刻
39
:
犀角独歩
:2002/07/07(日) 18:17
おっと、記し落としました。
顕正居士さん、34の「阿弥陀如来の起源」は、27の私の問いかけにお寄せくださったご回答と拝しました。
感謝、申し上げます。
40
:
いちりん
:2002/07/07(日) 20:13
真宗では、「久遠実成・阿弥陀仏」というのですね。
阿弥陀仏は、久遠の本仏であるという主張が親鸞にみられます。
かつて親鸞会の学習会に出かけたとき、いろんな仏がいるけれども、阿弥陀さんがもっとも源である、あとは分身であるというようなことを説明していました。
まあ、どこの宗派も、自分のとこの仏さん(神さん)が、いちばん古くて、永遠で、偉大で、源であるということを言いたいのでありますね。
キリスト教にあっては、もちろん神はアルファであり、オメガであると。
イスラムも、童謡ですね。
おもしろいのは、すべて自分のとこの尺度・ものさしでものを言うから、同門同士であーだこーだと論議があっても、他門流では、なにを言っているのか、ちんぷんかんぷんで土俵に乗らないと。
41
:
菊水護国
:2002/07/07(日) 20:27
関係ないのですが、数年前「イエスは仏教徒だった」という書籍を本屋で見かけたのですが、どなたか読んだ方はおりますか。
42
:
犀角独歩
:2002/07/08(月) 09:52
> 41
ちょっと違うかもしれませんが、以下のような本が出ていました。
堀堅二著『仏教とキリスト教―イエスは釈迦である』レグルス文庫
43
:
犀角独歩
:2002/07/08(月) 11:41
> 41
失礼しました。たしかに菊水護国さんが投稿された書名で出版されていたのですね。
面白そうですね。読んでみようかと思います。取り寄せ不可らしいので、図書館で探してみます。
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=30548333
44
:
犀角独歩
:2002/07/09(火) 00:30
『イエスは仏教徒だった』、1日探しましたが、見つかりませんでした。残念です。
また、探してみます。
45
:
川蝉
:2002/07/10(水) 11:45
阿弥陀如来の起源
大日如来の話題から、阿弥陀如来の起源にも及んでいますが、阿弥陀如来の起源については岩波書店刊・藤田宏達著「原始浄土思想の研究」が出色ですね。名著と思います。(ただし、その後、藤田説に対する批判が出ているかどうかは知りません。あったら教えて下さい)
藤田宏達教授は、
外来起源説を紹介したあと、
「太陽神崇拝思想は最古のリグベーダ以来有るし、仏教原始経典以来言及されているから、イランの思想を持ち出さなければ説明つかないというものでもない。
イランのミスラ信仰が紀元前後にもたらされたこと指摘されているごとくであるが、それによって同一視するのはあまりにも便宜的でなかろうか。アミターバはともかく、アミータユスが太陽神と結びつくか否かについては、沈黙を守るか別の説をたてていることから見ると、おそらく無理なのであろう(取意)」
と論じ、
「ゾロアスター教起源説の学者は、言葉の類似を説くが、両者の具体的関係の論証はなされていない(取意)」とし、つづいてゾロアスター教起源説の不備な点を細かく検討しています。
続いて、阿弥陀仏の原語並びに本生説話から起源を探っています。アミータユスの由来については、
「仏の寿命無量をとくことは初期大乗経典としては浄土経典に限ったものでなく、またすでに原始仏教において、その由来を求めることが出来る(取意)」
とし、またアミターバの由来については
「アミターバという言葉そのものは由来をたどることができないが、仏と光明との結びつきということになれば、すでに原始経典にかなりの資料を見出すことができる。(取意)」
と論述し、
「アミータユスにしてもアミターバにしても、原始仏教の仏陀観に由来を求めることができるが、しかし、原始仏教の仏陀観が、阿弥陀仏を成立せしめる直接の素材となったという意味ではない。
そこに至までには、仏陀観の発達を考慮しなければならない。(取意)」
と論じています。
「インドにもたらされた外来思想とまったく無関係に阿弥陀仏の思想が成立した、と言い切ることは無謀であろう。しかし、検討した如く、外来起源説が、いずれも積極的に承認されない以上、このことは決して誇張されてはいけない。阿弥陀仏の思想にとっては、外来思想はやはり傍流と云うべきであろう。このように見てくると、阿弥陀仏の思想はまさしく仏教の本流の中に位置づけられると考えられるのである(取意)」
と論じています。
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