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日蓮聖人と真言密教

22川蝉:2002/07/06(土) 08:56
20 : 犀角独歩 さんへ。

>そもそも初期天台においては「大日」という成句自体、使われて
>いないわけです。

大日は法身であると常識化されているのは、真言宗の宣伝力でしょうか。
伝教大師全集の「払惑袖中策巻下」の「第六三身如来」(伝全巻三・319頁)には、不空三蔵が「毘廬遮那如来を報身の仏」と記していると述べています。
真言宗の方でも昔は大日如来を報身仏と見ていたようですね。
いつ頃から大日如来は法身仏と主張するように成ったんでしょうね。

たしか天台大師在世には大日経の翻訳は未だでしたね。
同じく「第六三身如来」(伝全巻三・319頁)に、妙楽大師が「近代の翻訳、法報分たず、三二弁ずること莫し」と云っていることを記していますので、妙楽大師の時には毘廬遮那の訳語・意味に就いて議論があったようですね。

>そして、毘盧遮那といえば、これは釈尊を指す語であったわけで
>す。つまり、毘盧遮那は大日に先行して、追って大日が混淆する
>と言っても過言ではない気がします。

そのようですね。

伝教の「第六三身如来」によると、「金光明経」「心地観経」「瓔珞経」「像法決疑経」等に、法身・報身・応身とか自性身・受用身・変化身の言葉があり、三身思想が明確に示されているようです。
法身仏の思想は他経にも確立していたわけです。
法身思想はすでに阿含経にも見えるようですね。
阿含経では、教法を法身と見る思想があり、これが進展して大乗の三身仏思想になったとされていますね。
最初は法身(教法)を重んじ(ただし仏塔を通して釈尊の実在を信仰する傾向も早くから起きていた)、般若経典類では、経典の塔供養の方が仏舎利塔供養より功徳が大きいと説いているそうです。

三枝充悳教授が華厳経の説明をしている中で、
「経の第二章に仏(釈尊)がはじめて成道した際、その仏は、世界に光明の遍満する教主の毘廬遮那仏と一体であり、人格と真理との合一が示される・・仏ー如来のさとりの境地は、上述した毘廬遮那仏の世界であり、それが後期大乗の主流を占める密教において、その本仏とされる大日如来へと展開する」(バウッダ・261〜262頁)
と論じています。
私は、華厳経も読んでいないので、分かりませんが、「光明の遍満する教主の毘廬遮那仏」とは、釈尊の正体ではなく別仏的意味合いのある報身仏的仏のような感じがしますね。

不空三蔵が大日如来は報身仏であると記しているとのことですから、三身の法身仏ではなく、むしろ華厳経のような仏陀観から展開したものと言い得るかも知れません。

実のところ私は、まだ大日経を読んだ事がないのですが
三枝充悳教授が
「釈迦仏を凌駕する大日如来の成仏・神変・加持を説くこの成仏は一切智と称して、釈迦仏の一切智を超える」と解説しています。
釈尊の外に報身仏的別仏をたてる思想の系譜上に大日如来が現れたと云い得るかなと思います。

以前、大日経は、釈尊と異なる新仏をたてて、新なる佛教を起こそうとして編纂された経だと云うような話を聞いたことがあります。
>重要な点は、天台思想では毘盧遮那は、あくまで釈尊と理解され
>るのに、真言密教としての展開では「大日如来という新たな仏
>として理解されていくという点ではないでしょうか。そして、天
>台が言う毘盧遮那と、真言で言う毘盧遮那は、まったく異なる思
>想であるという点です。

>天台の時代、大日思想という形はなく、あくまでバイロチャー
>ナ、すなわち毘盧遮那仏という認識であったと思うわけです。

そのように私も思います。

>真言密教という新たな仏教?と顕教と称される仏教の“混淆”を
>考えていかないと正しい認識には至れないと思うわけです。

その通りでしょうね。


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