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【捲土重来選挙】2009年次期衆院選スレ その2
5739
:
札幌・しろいし一区民
:2009/10/04(日) 18:32:31
Yahoo! ニュースを見て、一瞬目を疑いました。
中川酒、急死!!!
次期北海道11区・自民候補は、
砂川敏文帯広市長 or 清水誠一帯広選出道議???
中川昭一元財務相が死亡=自宅ベッドで、妻が発見−外傷なし、東京・世田谷
10月4日10時17分配信 時事通信
中川昭一元財務・金融相(56)が4日午前、東京都世田谷区下馬の自宅で死亡しているのが見つかった。目立った外傷はなく、事件に巻き込まれた可能性はないとみられる。遺書も見つかっておらず、警視庁世田谷署は詳しい死因を調べている。
同署などによると、同日午前8時20分ごろ、妻が「倒れている」と119番。救急隊員が駆け付け、同8時27分に死亡を確認した。自宅2階の洋間寝室のベッドでうつぶせに倒れていた。
妻は中川氏が起きてこないのを不審に思い、寝室を訪れて発見。ポロシャツと短パン姿で、体が冷たくなっており、布団は掛かっていなかった。自殺をうかがわせる形跡はないという。
吐血はしていないが、ベッドの上には若干の吐しゃ物があり、室内の机の上にはかなりの量の薬一種類があった。医師が処方したとみられる。
家族の話では、最近は「眠れない」と話しており、病院に通い、睡眠薬も飲んでいた。
3日午後9時すぎ、妻が帰宅した際、中川氏は就寝中で、呼吸しているのを確認。中川氏は普段、一人で寝ていた。
警視庁は4日午前10時40分から検視したところ、死後半日ぐらいが経過していた。行政解剖して死因を調べるが、病理検査の結果判明は5日以降になる見通しだ。
妻は3日午前10時ごろ、娘は同日正午ごろに中川氏がベッドで寝ているのを見たという。
中川氏は東京大法学部を卒業し、日本興業銀行(当時)に勤務したが、父の中川一郎元農林水産相の死去を受け、1983年12月に衆院議員に初当選。農水、経済産業両相や自民党政務調査会長を歴任した。
5740
:
名無しさん
:2009/10/04(日) 18:58:27
>>5739
後継者は誰だろう
5741
:
とはずがたり
:2009/10/04(日) 23:09:42
>>5739-5740
びっくりしましたよね〜
後継の話題ですので次期総選挙スレの方に転載しときま〜
5742
:
名無しさん
:2009/10/08(木) 21:41:44
>>5739
比例下位で出た候補を回すのではないか
3区石崎も引退だから2人分候補者が空く
5743
:
とはずがたり
:2009/10/10(土) 00:54:03
>>5614
小選挙区結果と比例代表都道府県別結果保存しといた。まあ無くなりはしないでしょうけど。。
資料集
選挙関連資料
平成21年8月30日執行 衆議院議員総選挙・最高裁判所裁判官国民審査結果調
衆議院議員総選挙
http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/data/shugiin45/index.html
選挙区別都道府県別党派別得票数(比例代表)
http://members.at.infoseek.co.jp/tohazugatali/seiji/09sou/000037632.xls
候補者別得票(小選挙区)
http://members.at.infoseek.co.jp/tohazugatali/seiji/09sou/000037488.pdf
5744
:
名無しさん
:2009/10/13(火) 20:11:47
人民新聞・東洋町長の視点
http://www.jimmin.com/doc/1221.htm
[政治]民主圧勝 総選挙意見特集:極右的自民党が消滅、正当保守が回復
──高知県東洋町長・澤山保太郎
人類は自己を救い出すほど知的に成長できるか?
民主党が圧勝した。予想通りであった。しかし、民主党はなぜ自分たちが圧勝したのか、よく分かっていないであろう。自民党も自分たちがなぜ惨敗したかよくわからない。
民主党と自民党の違いがどれだけのものか、さっぱり分からないのである。
強いて言えば、極右的な自民党政権が消滅し、正統的な自民党保守政権が回復したというところであろう。
確かに政変ではあるが、革命でも何でもない。しかし、何かの兆候ではある。人々が、この社会の根本的な改変を望んでいることも、この選挙で明らかにされている。
しかし、この政変自体では、変革の可能性は何もないだろう。むしろ、極右的な自民党残党と正統保守的民主党が大同団結して、翼賛政治体制が成立し、憲法改正や自衛隊の海外派兵が自由にできるという恐ろしい結果をもたらす可能性すらある。
その点では、社民党など護憲的左翼的勢力がごく少数派になったことが危惧される。
議会制度上では、来夏の参院選で、護憲勢力が一定の議席を占め、翼賛政治を阻止する体制が必要であろう。軍事面が強化され、それを優先する権力が出てくると、日本やアジアの運命どころか、地球規模の破滅が加速度的に進んでいくことは間違いない。
5745
:
名無しさん
:2009/10/14(水) 20:46:16
2番が正解。1番は内向きの理論すぎる、あり得ない。
http://www.47news.jp/CN/200910/CN2009101401000853.html
自民高知、独占できた理由は実績 衆院選で調査
勝因は候補者の実績、敗因は小泉改革のツケと政権投げ出し―。自民党高知県連は14日、8月の衆院選の3小選挙区で議席を独占できた勝因と全国的な大敗の原因について県内の党員らに実施した調査結果を発表した。
自民党は谷垣禎一総裁を選出し、再生に向けてスタート。県連は調査結果を党本部に伝え、来年の参院選の候補者選びなどに活用したい考えだ。
調査は勝因、敗因のほか、「自公協力をどう思うか」など10項目で、選択肢から複数回答が可能。9月に党員・党友約9300人に郵送し、約3千人が回答した。
小選挙区完勝の要因について最も多かったのは「候補者の実績」で19%。「民主党候補が信頼されなかった」は2番目で18%。また「民主党の政策への不安」も14%あったが、「自民党支部組織が機能した」は9%しかおらず、候補者の実績と民主党への不安が勝利に結び付いたとした。
一方で、自民党の大敗の原因については「小泉改革のツケ」(21%)、「相次いだ政権投げ出し」(17%)、「古臭い体質イメージ」(15%)、「派閥単位の党内混乱」(14%)の四つの回答にほぼ集中。参院選候補者に必要なものについて聞くと「党再生のイメージ」(29%)と「実績と経験」(24%)とに意見が分かれた。
2009/10/14 18:45 【共同通信】
5746
:
名無しさん
:2009/10/15(木) 07:20:17
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kochi/news/20091015-OYT8T00005.htm
ホーム>地域>高知
自民参院選の公認選定 「公募」「予備選」「元議員」三分
県連党員らアンケート 来月には候補決定
自民党県連は14日、全国的に大敗した衆院選の結果を受け、9月に党員、党友を対象に実施したアンケート結果を発表した。来夏に予定される参院選の公認候補者選定について、「公募による選考」、「予備選の実施」、「元議員を中心に選考」の意見が拮抗(きっこう)。すでに立候補を表明している県連副会長で前議員の田村公平氏(62)は、党公認を希望しているが、県連は、今回のアンケート結果も踏まえ、19日に開く県連常任総務会で選定方法を決め、遅くとも11月中には公認候補を決定する方針。
アンケートは、党の再生や参院選での勝利に向け、県連と党員が一枚岩になるため、党員・党友9306人を対象に実施。衆院選での全国的な敗因や、県内3選挙区での勝因など10項目(一部複数回答)について質問、3192人から回答を得た。回答率は34・3%。
参院選候補者に求める資質としては「党再生のイメージ」(29%)、「実力と経験」(24%)、「新鮮さ」(17%)の順に多く、選定方法については「公募」(37%)、「予備選」(33%)、「元議員中心」(27%)がほぼ三分。武石利彦幹事長は「前議員への期待と新しい顔への期待が半々」と分析、「いずれかが全く反映されないことはないようにしたい」と述べた。
衆院選の敗因としては「小泉改革のツケ」(21%)、「相次いだ首相の政権投げだし」(17%)、「古くさい体質イメージ」(15%)などの声が上がり、公明党との協力関係については「今後の状況を見て判断」(52%)「積極的に継続」(24%)「協力は解消」(同)と意見が分かれたが、県内選挙区での勝因に挙げる声もあり、武石幹事長は「県政レベルでは政策立案でも協力しており、単なる選挙互助会ではない」と関係継続に意欲を示した。
22日には、武石幹事長らが上京し、党本部に結果を報告する予定で、「上意下達でなく下意上達の高知方式を党再生のモデルケースに、党本部には地方の意見を吸い上げるよう求めたい」としている。
(2009年10月15日 読売新聞)
5747
:
名無しさん
:2009/10/17(土) 13:15:19
無能・御用のサンプルとして。
http://www.keidanren.or.jp/japanese/journal/times/2009/1015/06.html
日本経団連タイムス No.2970 (2009年10月15日)
昼食講演会シリーズ<第2回>
−「総選挙後の政治展望」/早稲田大学大学院公共経営研究科教授 田勢康弘氏
--------------------------------------------------------------------------------
日本経団連は9月18日、東京・大手町の経団連会館で第2回昼食講演会を開催、239名が参加した。今回は早稲田大学大学院公共経営研究科の田勢康弘教授を招き、「総選挙後の政治展望」について講演を聞いた。田勢教授の講演概要は次のとおり。
■ 選挙結果の分析
先の総選挙で、民主党が308議席も獲得できた理由は何か。
昨年秋の経済危機に対して、日本は、最善ではないとしても評価される対策を実施した。首相の力量やマニフェストの内容等の要素も考えられるが、それだけではなさそうだ。民主党に投票した多くの有権者は「政権交代」に期待して、「一度代えてみよう」という程度の気持ちだったのではないか。多くの有権者が「なんとなく」投票した結果として「投票による革命」が起きた。
■ 鳩山政権の人事
鳩山政権の人事では、総理の主席秘書官に誰が就くかに注目していた。就任したのは、鳩山総理が官房副長官を務めた細川内閣で総理秘書官を務め、後に弁護士となった佐野忠克元経済産業審議官である。佐野氏を登用したのは、官僚との全面衝突を避けつつも、最終的な意思決定を政治家が行うシステムを構築するためだろう。
自民党政権下では、各省庁の大臣や国会の常任委員会の委員長には、これらの省庁を擁護する族議員が就任することが多かったが、鳩山政権では、これらの省庁と対決してきた人材を据えている。それでも、政権が正しい方向に向かうように、官僚には政権に協力することが求められる。
■ 民主党の政策
民主党の政策には、実現が困難だと思われるものが多い。例えば、かつて鳩山総理は、各省庁の局長クラス以上には辞表を提出させ、民主党が考える政策を遂行するかどうかを確かめたいと発言したことがあったが、後にこれを撤回した。また、温室効果ガスを2020年までに1990年比で25%削減させるとしているが、これは不可能と思われる水準だ。EU等は、これに高い評価を与えているが、「日本の国際公約」にしてしまおうという意図がみえる。
現在のマニフェストを策定した時には、民主党は野党だったので、十分な情報を持っていなかった。与党となったいま、これらの政策を現実的なものに変えることができるかどうかが重要である。
民主党の政策の問題点は、経済を成長させる視点が欠けていることである。家計への給付を増やすために暫定税率を廃止して子ども手当を創設するだけでは、経済成長を望むのは難しい。企業の国際競争力を高めるための施策も必要である。
外交面では、鳩山総理の思いが強いロシアとの交渉が進むことを期待している。日本とロシアは地理的には近いが、北方領土問題があるため、両国間の貿易量や人の往来は多くない。政権交代をきっかけとして、現在の膠着状態を打破してほしい。
■ 今後の動向
鳩山政権は、従来は記者クラブの記者に限定されていた記者会見を他のメディアにも開放する方針である。また、政治主導を実現するために、官僚による記者会見も行わないこととしており、メディアのあり方も問われている。
今後の4年間は民主党の政権が続くと予想されるなかで、国民がどこまで鳩山政権に寛容になれるかが重要なポイントとなるだろう。
◇◇◇
次回の昼食講演会は11月26日、講師に経済評論家の勝間和代氏を招いて開催する予定。
5748
:
とはずがたり
:2009/10/22(木) 01:35:02
こんなこといってたんですねぇ。
振り子が戻るときがあるんじゃなくて振り子が戻ったから惨敗したんだよ。解ってないなぁ〜。
静岡7区・片山氏 「振り子が戻るとき、必ずある」
http://www.asahi.com/politics/update/0831/TKY200908300263.html
2009年8月31日2時14分
静岡7区では、「小泉チルドレンの星」と呼ばれた自民前職の片山さつき氏(50)が無所属元職の城内実氏(44)に敗れ、比例での復活もならず、議席を失った。午後10時すぎ、支持者らに「結果についてはすべて私の責任」と頭を下げ、「振り子が大きく振れると、戻るときは必ずある」と語った。
前回は小泉元首相の「刺客」として地縁も血縁もない7区に送り込まれ、郵政民営化に反対した城内氏に競り勝った。今回は経済通としての実績を掲げ、「地元で役立つのは自分」と強調。一方で「日本一馬力のある女」と書いたのぼりとともに自転車をこぎ、「東大卒のエリート」というイメージ払拭(ふっしょく)に躍起となったが、4年前とは一変した逆風をはね返すことができなかった。
5749
:
片言丸
:2009/10/28(水) 00:52:30
衆院選20代投票率49・45% 小選挙区制導入後で最高
2009年10月27日 18:21
http://www.kitanippon.co.jp/contents/kyodonews/20091027/514790.html
8月の衆院選で20代の投票率が49・45%だったことが27日、総務省の調査で分かった。サンプル調査のため、単純比較はできないが、2005年の前回衆院選に比べ3・25ポイントの増。1996年の小選挙区制導入以降、参院選を含めた9回の国政選挙で最高となった。若者の政治参加意識が、政権交代がかかった今回の衆院選で向上したことをうかがわせている。
07年参院選で20代の投票率は、全体の投票率に比べ24・12ポイント低かったが、今回は21・53ポイント差に縮まった。ただ年代別で最下位であることは変わりなく、トップは60代の84・15%。次いで70代(80・70%)、50代(79・69%)などの順だった。
総務省は、今回の衆院選でネットカフェのパソコンに初めて広告を出すなど若者の投票率アップに力点を置いたほか、若者グループもメールで投票を呼び掛けるなど運動を活発化させていた。
若者の投票率向上に取り組む学生団体「ivote」代表で東大3年の原田謙介さんは「社会に不満や不安を持つ20代で、投票で(問題)解決を目指そうという意識が広がりつつある」と話している。
調査は、小選挙区で標準的な投票率を示す地区を各都道府県から四つずつ、計188地区を抽出して計算した。参院選は都道府県選挙区での投票率が対象。
5750
:
チバQ
:2009/10/31(土) 01:00:35
総務省顧問就任記念 古川知事関連
http://mytown.asahi.com/saga/news.php?k_id=42000550909020005
首長、民主に接近? 自民を貫く?
2009年09月02日
民主党が衆院選で圧勝し、今月半ばに政権に就く。これまで、中央官庁への陳情や選挙協力で自民党の国会議員と蜜月を保ってきた県内首長たちにも、民主との距離をじわりと詰める動きが出てきた。一方、「陳情先は自民の先生」との立ち位置を変えない首長もいる。
衆院選の開票が進んでいた8月30日午後11時半過ぎ、民主・大串博志氏の佐賀2区当選のしらせにわきかえる佐賀市久保田町徳万の事務所に古川康知事が姿を見せた。喧噪(けん・そう)が一段落したところでスタッフに招き入れられ、大串氏と握手。肩をたたいて「おめでとうございます」と祝福した。
その約2時間後、今度は約1・5キロ離れた同市久富の自民・今村雅弘氏の事務所に登場。2区で敗れ、比例復活当選した同氏の隣で、古川知事は自ら音頭をとり、万歳三唱をした。
古川知事は同夜、1区で当選した民主・原口一博氏にも携帯電話で祝意を伝え、さらに事務所に「祝当選」の紙を届けた。3区で11選を果たし、車で移動中の保利耕輔氏にも祝福の電話を入れた。
古川知事は07年に自民と公明の推薦を受けて再選された。3カ月後の参院選では、自民が擁立した元副知事の支援に回った。昨年には古賀誠・元自民党選対委員長(福岡7区)を「応援する会」を県内首長らと結成。衆院選公示の翌8月19日には福岡県柳川市の集会に駆けつけ、「佐賀県として取り組んでいく事業に大きなご協力をいただいた。こういう方が国会に必要だ」と熱弁を振るった。
古川知事は今年、自民と民主の両県連大会への招待を受けたが、民主の大会は欠席。「基本的に中立」(7月16日の会見)といいつつも、民主とは距離を置く姿勢がうかがえた。
それが、一転して衆院選当選者への分け隔てない祝福。これは、民主への歩み寄りを意味するのか。
開票の翌8月31日、取材に応じた古川知事は、民主の大勝について「これが国民の審判の結果だということを素直に謙虚に受け止めることが必要だ」と発言。原口、大串両氏について「政権の中核に入って頂いて、地元の有権者から聞いた声、感じたことがらを実現していただきたい」と期待を表明している。
「4年前の選挙では(自民の)福岡候補とがっちり組んだ仲だが、今回は『若干のおつきあい』に抑えさせていただいている。市民全体の利益を考えれば、首長は特定候補に偏ることを慎むべきだ」
衆院選投票日が迫った8月24日。佐賀市の秀島敏行市長は会見で、1区の自民候補か民主候補のどちらを支持するのかを問われ、こう答えた。
民主の原口氏は党「次の内閣」の総務相。今回の政権交代で「本物」の総務相就任が現実味を帯びる。「首長の元締の総務相と波風は立てたくない」(秀島氏周辺)。再選を目指して立候補の意向を表明した同市長選(10月18日投票)を間近に控え、神経を使う日が続く。
自民と社民両党から推薦を受けた前回市長選では、民主推薦の前市長との一騎打ちで秀島氏が辛勝。今回の市長選も自民主導で出馬表明への地ならしが進んだが、秀島氏の選対幹部は「政権を取った民主が余勢を駆って対立候補を立てるのではないか」と警戒感をあらわにする。
民主はこれまで「市長選の対応は衆院選後」としてきたが、候補者選定が一気に動き出した。5日開催予定の県連常任幹事会では、民主会派の市議団(5人)の意見を取りまとめ、「市長選に臨む姿勢」を報告するという。
市議の1人は「秀島市長の市政運営が適切かという視点で意見を集約する」としたうえで、「個人的意見だが、自民寄りの市政を中立にしてもらえれば、協力の余地はある」と揺さぶりをかける。
「国会議員に相談・陳情する場合は、今後もこれまでのように、まずは保利先生にしたい」。唐津市議会9月定例会開会日の1日、本会議を終えた坂井俊之市長は、市役所応接室で記者の問いに対し、迷うことなく、こう答えた。
坂井市長は保利氏の後援会長を務め、選挙期間中は応援演説で不在の本人に代わり、選挙カーでマイクを握った。党政調会長として政権中枢にいた保利氏は3区で圧勝したが、政権からは離れる。坂井市長は取材に対し、「3区では党派を超えて保利先生が支持されている。下野しても政調会長として与野党間の調整をしてきた経験を生かし、地元の要望に応えて頂けると思っている」と、立場を変える意思はないことを言明した。
5751
:
チバQ
:2009/10/31(土) 15:05:18
>>3204-3208
>>4053
http://mytown.asahi.com/mie/news.php?k_id=25000320909020001
南伊勢の風〜衆院選へ
保守地盤は健在 強い逆風も吹く
2009年09月02日
■比例票 自民、民主に辛勝
民主党への政権交代をもたらした今回の衆院選。東海3県で最も自民党支持層が厚いとされる南伊勢町では、県内の市町で唯一、自民党への比例票が民主党を上回ったが、その差はわずか158票。固い保守地盤で何が起きたのだろうか。
(信原一貴、中島嘉克、斉藤佑介)
「8日に水産庁に陳情に行く予定なんや。民主党政権になっても、ほんまに漁協合併の補助金を維持してくれるのか聞きに行ってくる」
くまの灘漁協の顧問を務める東宮の清水清三さん(74)は不安を口にする。「自民党は町に、県内最大の奈屋浦漁港を造ってくれた。民主党がそれ以上に漁業に力を入れてくれるとは思えん」
町内の漁協組合員と親族で有権者は8千人以上いるという。「今回の選挙結果は、漁業者の不安の現れですよ」。南伊勢町では自民党前職の三ツ矢憲生氏(58)が、民主党新顔の藤田大助氏(32)の1・5倍にあたる約6500票を獲得。5区全体ではわずか2811票差の大接戦を制した三ツ矢氏を支えた。
比例区で復活当選した藤田氏も自民党が強い地域を積極的に回ったが「選挙戦終盤にかけて空気がしまるような感覚があった」と振り返る。「特に南伊勢町。自民党の動員力、組織力。これが自民党の締め付けかと感じた」
比例区では、南伊勢町は県内で唯一、自民党の得票が民主党の得票をかろうじて上回ったが、05年衆院選では1592票あった両党の差はほとんどなくなった。
奈屋浦で漁業をする40代の男性は「投票日の1週間前に漁協から『自民候補の演説に来て』『自民に入れたって』と電話があった。でも、黙って候補者は民主、比例は共産に入れたった」と笑う。「自民党は昔ながらの政治。代わり映えせえへん」
町内の自民党関係者も「小選挙区は三ツ矢に入れたが、比例区では民主党に入れた人が千人はいる計算になる」とうなる。自民党への強い逆風を感じ、8月からは自民党とは言わず「三ツ矢を頼む」と言い方を変えた。「これが功を奏したのかもしれません」
一方、民主党支持者は、保守地盤の強さと、政権交代の喜びの両方をかみしめた。
藤田氏を支援してきた宿浦の民宿経営山本寿人さん(60)は1日昼、立ち寄った知り合いの女性に「南伊勢町はお化けやわ。自民党の壁が厚い」とつぶやいた。ただ、比例区での接戦には手応えも感じた。「風穴を開けられた。実績を積めば今後の国政選挙ではもっと有利に戦える」
船越で鮮魚店を営む宮本善和さん(66)は投開票日翌日の31日、藤田氏からお礼の電話をもらった。「選挙のときにしか来ないと言われないように、当選しても町に来なさいよ」とアドバイスした。
民主党の将来を楽観はしていない。「高速料金無料化に子ども手当……。一度吐いた言葉は、絶対に実現しないといかん。そうやないと長続きせえへん。今は戦後の混乱期に戻ったようなもんや。これから政治の世界は大きく変わる。この町も変わっていかざるをえないやろ」(「南伊勢の風」は今回で終わります)
5752
:
とはずがたり
:2009/11/02(月) 06:08:52
政権交代@ふくおか
【再生期す自民】
国政復帰 揺れる足元
http://mytown.asahi.com/fukuoka/news.php?k_id=41000820909280001
2009年09月26日
■山崎拓氏「比例なら派閥も応援」
先の衆院選福岡2区で落選した元自民党副総裁の山崎拓氏(72)。引き続き派閥会長を務めており、地元と東京の往復を続けている。シルバーウイークには3往復。24日に福岡に戻ると、インドネシア独立64周年を祝うパーティーで、日本・インドネシア友好議員連盟の名誉会長としてあいさつした。
一方、選挙直後から落選のおわびと応援のお礼で支援者を回っている。ポスターを掲示してくれた家を1軒1軒訪ね、敬老会などにも顔を出す。事実上の選挙戦が1年続いたため、「お世話になった方は多い。あいさつは次の(選挙の)始まりでもある」(秘書)。
その「次」をめぐって、福岡でも中央でもさざ波が立っている。
山崎氏は選挙直後、事務所の朝礼で「地元と東京の秘書は9月いっぱいで全員解雇する。ポスターはすべて外すように」と伝えた。その後、秘書は半減程度にとどめることで落ち着いた。周囲は「落選と党の歴史的大敗で、さすがに一時は心が揺れたのか」と受け止めた。
25日の取材で山崎氏は「憲法改正、朝鮮半島の非核化などやり残した仕事が多い。沖縄の基地問題は民主党が日米政府間の合意を白紙に戻そうとしていて危機感を覚える。在日米軍の再編まで政治家として見届けたいと胸中去来している」と意欲を見せた。
ただ、秘書は「みなさん応援を続けると言ってくれるが、予算の時期を迎えるとどうなるか」と顔を曇らせる。山崎氏も「地元からの陳情は過去の惰性で受けている。しかし、新政権は政治家主導で官僚は次官も局長も無力になる。地方の要望を省庁に伝えて具現化できるかどうか」。
衆院で絶対安定多数を握る民主党は任期いっぱいの4年間、衆院を解散しないとの見方もある。4年後、山崎氏は76歳になる。山崎氏の選対にいたベテラン地方議員は「本気で次を考えているなら『KY(空気が読めない)』だ」と言い切り、足元は盤石とは言えない。
また、28日投開票の自民党総裁選でも山崎氏が話題に上った。3候補が24日のCS放送に出演し来年の参院選について、河野太郎氏が「山崎氏(の公認)はあり得ない」と断言した。谷垣禎一氏は「あり得ないとまでは言い切れない」と含みを持たせた。
参院選の福岡選挙区では党県議団が早々に大家敏志県議を推している。党の比例区候補には70歳定年制があり、どちらも壁がある。
それでも山崎氏は「安全保障や外交に詳しい私が参議院で質問バッターに立てば、民主党は困る。比例で出れば派閥の同志も全国で応援してくれる。(立候補の)可能性を研究している」と語る。
衆院選で比例復活もできなかった完敗の理由について、系列のある地方議員は「自民党長期政権が閉塞(へい・そく)感の元凶と有権者の目に映った時、党の大物である山崎氏は『悪』になってしまった」と分析する。山崎氏の国政復帰には党再生が不可欠と言える。
その道筋は。山崎氏は「国家理念を明確にして、落選組も若手議員も政調部会に入り、官僚の助けを借りずに自前の政策を作る。民主党と堂々と勝負して政権奪還を目指す」と描いている。
(明楽麻子、�犂邂蝓�
◇
先の衆院選で歴史的大敗を喫し、民主党などに政権を奪われた自民党。県内11小選挙区でも4勝7敗で、敗れた候補は比例復活もかなわなかった。「政権交代」の時代を迎え、次の「交代」を目指して党再生をかけた総裁選が展開されるなか、再起をはかる落選者らの動きを見る。
5753
:
とはずがたり
:2009/11/02(月) 06:09:11
政権交代@ふくおか
【再生期す自民】
4区・渡辺氏 5区・原田氏
http://mytown.asahi.com/fukuoka/news.php?k_id=41000820909290001
2009年09月29日
■人気主義に危機感/4区・渡辺氏
「ごめんなさい、期待にこたえられなくて」
衆院選福岡4区で5選をめざし、初めて落選した自民の渡辺具能氏(68)は今月中旬、宗像市で支持者宅を訪ね歩いた。乗用車に運転手、秘書と3人。玄関先や勝手口、田畑で数分。支援へのお礼とおわびを述べ、頭を下げる。今後の身の振り方を問われると「またやります」と答え、「がんばってください」の声が返った。
「今の政治の問題点はポピュリズム(人気主義)だ」。自民も民主も同じだとみる。「歴代政権は消費税(引き上げ)を封印してきた。『国民目線』だけじゃ国を滅ぼす。国を憂えて国民に警告を発する政治家がいなくなった。小選挙区になり、落選が怖くて言わないからだ」
「選挙期間中の手応えは悪くなかった。私が地域で接することができなかった人たち、さわれなかった部分を探して(接近する)方法を考えたい」と渡辺氏。
後援会事務所のリストラは避けられない。11人いた秘書、パートの事務職員も半数にする。イベントや会合出席は控えめにするという。半年は「お礼回り」を続ける心づもりの渡辺氏は言う。「無から立ち上がった最初の苦労に比べれば、まだたいしたことはない。公務員改革など、政治家としてやり残したことがある。再起を期して、活動を続けます」
(八板俊輔)
■脱組織依存へ転換/5区・原田氏
「捲土重来(けん・ど・ちょう・らい)を期す」。福岡5区の原田義昭氏(64)は落選直後に、秘書や後援会幹部に次期総選挙への挑戦を伝えた。推薦をもらった400を超す団体へのあいさつ回りに余念がない。お礼に加え、今後もよろしくというお願いを欠かさない。
三つあった地元事務所のうち一つは閉鎖。約10人の秘書も半分に減らす。弁護士資格を生かして企業の法律顧問などを務め、今後の選挙活動の資金に充てる。
12万5千余票を獲得したものの、自民特有の組織選挙を長らく支えてきた業界や経済団体については「与党の民主に乗り換えない手はないと考えているはず」と冷静な見方をする。
次の選挙で勝つには。原田氏は「組織に依存しては展望がない。個人のシンパを増やしながら、有権者の4、5割という無党派層を引きつける政策とイメージを提案していく」と語る。
次期総選挙は4年後の衆参ダブルの可能性が高いとみる。子ども手当や農家への戸別所得補償など、民主のマニフェストについて、「実現が難しいものが多くあり、有権者の支持を失い、早晩、ボロが出る」とも。
民主が参院選、地方選に連勝して政権を取ったように、来年の参院選や11年の統一地方選は次期総選挙に影響する可能性が高い。自民候補の応援にもこれまで以上に力を入れていくつもりだ。
(尾立史仁)
5754
:
とはずがたり
:2009/11/02(月) 06:09:23
政権交代@ふくおか
【再生期す自民】
三原氏 西川氏 遠藤氏
http://mytown.asahi.com/fukuoka/news.php?k_id=41000820910010001
2009年10月01日
■重点を個人献金に/9区・三原氏
北九州市の中央卸売市場で9月中旬にあった「魚供養」。前衆院議員として参加した自民党の三原朝彦氏(62)は魚をつかんでは海への放流を繰り返した。行事の後で市場関係者に「次は頑張ります」と握手を求めた。福岡9区で落選した翌朝にはスタッフに「比例九州ブロックの次点に引っかかっている。また、国政でやらなきゃ」と宣言。支持者へのあいさつ回りを続けている。
三原氏は総選挙を「政権交代対三原だった」と振り返る。「与党で衆院の3分の2を占めたから、野党に反対されても再議決すればいいという雰囲気が広がり、議論を尽くさなかった。そんな態度が政権交代へのうねりを生んだ」と反省する。
落選したいま、ライフワークとしてきた途上国支援が気に掛かる。希少金属を取り出す技術を教える学校をボツワナに作る予定だった。「引き継いでくれる人は民主党にはおらんやろね」
三原氏の兄で北九州市議の征彦氏は「1万枚のポスターを張り替えるのに300万円かかる。何をするにも資金がいるし、スタッフを食べさせなきゃいかん。10月以降の見通しは白紙だ」と語る。9月末で事務所スタッフはいったん全員解雇し、収入の見通しにより一部を再雇用する。
三原氏は「今後は企業に頼らず、後援会員を回って年額1万円の個人献金を千人、2千人にお願いしていく」と語るが、時に微妙な心境ものぞく。「捲土(けん・ど)重来(ちょう・らい)と言っても3度目の落選となると、40代の時みたいに長期の展望を語れない。議員として働けるのは70歳まで。次が最後かな」
■支援求め地元巡り/10区・西川氏
福岡10区で落選した西川京子氏(63)は、選対幹部を務めた市議らに「次に向けてがんばる」と意欲を示している。北九州市内の支持者を回るほか、近く自民系市議らの会合に顔を出し、支援を要請する予定という。活動費に充てるため、年内に政治資金パーティーを開く計画もある。
05年の郵政選挙で刺客として比例区から小選挙区に転じた。今回の得票は、小泉旋風の前回を上回って10万票を超えた。背景には地元経済界の支援や、10区で初めての公明党との選挙協力があった。選対幹部のある市議は「あれほどの選挙態勢は二度とつくれない」と話し、「この4年間の反省は地元での活動が足りなかったこと。今後はどれだけ地道に地域に根ざせるかが鍵になる」と話す。
■会合重ね東京往復/1区・遠藤氏
「小泉チルドレン」の一人だった元郵政官僚の遠藤宣彦氏(46)。05年総選挙では公示直前に「落下傘」として福岡1区から立候補し、比例九州ブロックで復活を果たした。今回は3万5千票近い差で大敗した。秘書は「無党派層を含め、ふだん接することが少ない方に対して浸透しきれなかった」と悔やむ。
選挙後は福岡と東京を行ったり来たり。支援者へのあいさつに回り、党や派閥の会合に出席している。6人いた秘書は2人に減らしたが、今後も政治活動を続けて再起を期す考えだ。
(永井真紗子、岩田正洋、垣花昌弘)
5755
:
とはずがたり
:2009/11/02(月) 06:10:04
>>5752-5755
政権交代@ふくおか
【再生期す自民】
地道に活動 世襲考えず
http://mytown.asahi.com/fukuoka/news.php?k_id=41000820910020001
2009年10月02日
■3区・太田氏「1番の敗因は偏った報道」
衆院選福岡3区で落選した自民党の太田誠一氏(63)は、インタビューに応じた。
◇
――落選直後、「何が起きたかわからない」と話したが、見えてきた敗因は
街頭の反応は良く、勝ったと思っていた。03年に落選した時は、目を合わせてくれなかった。一番の敗因はマスコミの偏った報道だ。事務所費問題に関しては、支出は何の問題もないのに、「故人献金」の鳩山首相より大きく、繰り返し報道された。(中国製ギョーザ中毒事件の際の)「消費者がやかましい」という発言も、前提を省き故意に一部を切り取られた。確信を持って考えた上での発言で、私は失言などしていない。
――農水相辞任後や選挙中に「不徳の致すところで申し訳ない」と謝罪したのはなぜ
「不徳」は、悪いところが具体的にない場合に使う言葉だ。なぜか分からないがマスコミに嫌われたのですみませんと。大臣辞任は汚染米の責任を取っただけで、発言とは関係ない。部下の不始末の全責任を背負った。
――新政権の問題点は
財政再建だ。民主は子ども手当をばらまき、消費税引き上げをしないと言った。若い世代に負担をかけてしまう。日米同盟も大きな問題。日本の将来はより厳しくなる。
――自民党の無駄遣いが借金を生んだという批判がある
その通り。それも官僚支配のせいだ。民主党を支える官公労だってかかわっている。
――新政権で九州への影響は
地方への配慮がなくなるだろう。我々は、小泉改革で生まれた格差を反省し、軌道修正しようとした。民主がそれをやるとは思えない。保守の担い手がダメージを受けたことで、さらに疲弊が進む。
――新総裁に何を望むか
党首討論でアピールする力だ。相手をやりこめればいいというものでもない。
――次の選挙は
「再起を期して頑張ります」と支援者を回っている。あと4年、地道にやるだけだ。私の政治資金のほとんどが個人献金。税理士や弁護士が多い。あまりお金がないので、秘書の給与は月20万円前後。クリーンさの証しだから、誇りを持つようにいっている。とはいえ、事務所の規模縮小を考える必要がある。
――政治家としてはいつまで活動するつもりか
70歳までやる。世襲は考えていない。私の初当選が30代前半。7年後にそのくらいに達する人を今から探して育てていくつもりだ。
(聞き手・仲村和代)
=「再生期す自民」は今回で終わります。
5757
:
名無しさん
:2009/11/10(火) 21:41:55
http://www.asahi.com/politics/update/1104/SEB200911040008.html
民主圧勝「実力以上の結果」 福岡県連が自戒の報告書2009年11月9日7時19分
「実力以上の結果だった」「自民党の敗因が民主党の勝因」――先の総選挙で福岡県の11小選挙区のうち10選挙区から立候補した民主党候補の陣営の反省点をまとめた県連の報告書にこんな言葉が並んだ。「政権交代」を掲げた同党には追い風が吹き、候補者は比例復活も含めると全員当選を果たしたが、「浮かれは禁物」との本音がにじむ。
報告書はA3判2枚。非公開の内部文書で、県連常任幹事会メンバーだけに配られた。
「今回は実力以上の票が集まったと思う」。2区で元自民党副総裁の山崎拓氏に圧勝した稲富修二氏の陣営は、率直な感想を記した。陣営幹部は取材に対し、「自民党におきゅうを据えるという批判票や、追い風があっての結果。必ずしも積極的に支持されたわけでない」と説明。年に1割の人口が入れ替わるとされる都市型選挙区だからこそ、風に左右されない態勢を築く必要があると痛感しており、報告書には「地方議員との連携、党員・サポーターの増員などが急務」とも記した。
臨時国会さなかの飛び石連休となった31〜3日、稲富氏は地元に帰り、朝立ちや地域回りに励んだ。総選挙まで続けていた集会も7日から再開する。
13年ぶりに返り咲いた4区の古賀敬章氏の陣営も「自民党の敗因が民主党の勝因」と謙虚な姿勢。小選挙区で初勝利を収めた5区の楠田大蔵氏の陣営も「風だけに頼らぬ無党派層への戦略的アプローチ」に取り組むという。
政権交代で、自民党を支えてきた団体の「心変わり」に期待する声もある。
8区で麻生太郎前首相に6万9千票差をつけられた山本剛正氏の陣営は「業界、団体、地域組織の強固さをまざまざと思い知らされた。ここに喰(く)い込まないと!」と反省。次の選挙に向けて「政権与党の強みを武器に、ありとあらゆるところに顔を出す。喰い込みを図る。一にも二にも地域後援会づくり!」と誓っている。
県連の助信良平幹事長は「どれも当然の話。次の総選挙は議員の4年間の働きぶりも問われる。地域の声を受け止めて力を発揮するためにも組織を強化したい」と話している。(田中久稔)
5758
:
名無しさん
:2009/11/16(月) 20:24:13
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/news/20091116-OYT8T00136.htm
ホーム>地域>富山
衆院選で若者の関心アップ
20−24歳の投票率6・05ポイント増
今年8月に行われた衆院選では、20〜24歳の投票率が前回(2005年)比6・05ポイント増の48・16%で、年齢層別では最も伸び率が高かったことが県選管の調査で分かった。県選管は政権交代を賭けた選挙で、若者の関心が高かったとみている。
県内の投票率は73・75%で、年齢層別にみると、最も高かったのは65〜69歳の86・77%。最も低かったのは20〜24歳の48・16%だった。最高と最低の年齢層の差は38・61ポイントで、07年参院選の47・63ポイントや05年衆院選の43・22ポイントより小さくなっており、県選管は「若年層の投票率の伸び率が高かった」ためとしている。
男女別にみると、男性は74・79%(前回71・49%)、女性は72・81%(同70・87%)。若年層では女性の方が投票率が高く、60歳代以上になると、男性の方が高くなっている。
市、町村部別でみると、市部73・72%に対し、町村部74・16%。
(2009年11月16日 読売新聞)
5759
:
とはずがたり
:2009/11/18(水) 00:18:34
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1252036284/136-139
自民党の惜敗率70%以下を調べてみた。
福岡1区(遠藤71.8)や山口2区(山本90.1)・北海道1区(長谷川67.8)など民主が此迄全勝したり議席を割りと堅守してきた選挙区で意外に自民が強い選挙区あり。次回要注意かも。
5760
:
名無しさん
:2009/11/21(土) 12:13:23
http://mytown.asahi.com/gunma/news.php?k_id=10000180908150002
【深層群馬】
労組色濃く?薄く? 連合「どこまで動く」
2009年08月15日
連合群馬の出陣式で拍手を浴びる三宅雪子氏(中央)=8日、高崎市東町の労使会館
労働組合を束ね、民主、社民候補を支援する連合群馬。保守系の立候補予定者と対立の火だねを残す選挙区があるが、自民王国の壁を破るには保守票の取り込みが必要だ。労組はどこまで動くべきか。陣営との間で手探りが続いている。
(泉野尚彦、戸梶雄一、渕沢貴子)
「戦う環境が整った。ここで燃えないでどうするのか」
8日、高崎市で開かれた民主新顔の三宅雪子氏(44)の連合群馬出陣式。萬田雅光・連合群馬副事務局長のあいさつは熱を帯びていた。
連合群馬が4区で衆院選で組織をフル回転させるのは03年以来。4区での立候補を目指していた党内保守系の中島政希氏(56)は、05年に「労組請負型選挙から完全に脱却」などと自身のホームページに書き、労組関係者は不満を募らせていた。
小沢一郎代表代行の裁定で、中島氏は比例に回り、三宅氏が出馬することに。高崎地域は県内でも労組の強い土地柄。「天から降ってきた女神」(労組系の角田義一・元参院副議長)の擁立で、労組関係者は水を得た魚のように勢いづく。
4区の労組選対は、組合員や家族への周知徹底を呼びかけるのにとどまらず、職場集会や企業の前で支持を呼びかける「門立ち」の企画、2千人規模の総決起集会の計画などを次々と打ち出した。自民前職の福田康夫前首相(73)の背中に追いつこうと懸命だ。
■
一方、同じく連合群馬が民主を推薦した1、3区に、4区ほどの熱気はみられない。
連合群馬が支援する地方議員らの一部は、保守系の立候補予定者と対立していた。だが連合群馬は「政権交代が最優先」と内部の反発を抑え込み、1区の宮崎岳志氏(39)と3区の柿沼正明氏(43)の推薦を決めた。
副会長ら幹部に各選挙区の担当を割り当て、テコ入れを図っている。労組系と鋭く対立してきた柿沼氏も、「あくまで県連内の問題。労組とは一貫して良好な関係を保ってきた」と強調する。自ら労組を訪ねて支援を要請した。
それでも、対立の残り火はくすぶる。連合群馬議員懇談会代表の黒沢孝行県議(太田市区選出)は「柿沼氏を当然支援する」と語るが、自身のブログには「大変悩ましい選挙になってしまいました」「政権交代が目前に迫った夏の陣。でも何かもやもやがはれない」と心境をつづる。
連合群馬の太田地域協議会の傘下労組では、組織内に冊子を配ったほかは目立った動きが見られない。山岸稔・同協議会議長は「まずは組織内で支持を浸透させることが大事。無理に動いても仕方がない」と歯切れが悪い。
自動車系の労組からは「政権選択選挙だから、皆やる気はある。でも陣営から何も言ってこない。もどかしい」との声も聞こえる。
■
連合の組合員は、県内すべて足しても10万人ほど。選挙区の当選ラインは10万票前後で、労組の基礎票だけでは当選には遠い。何より群馬は保守王国。民主が自民の壁を崩すには、保守票を取り込むことが不可欠だ。
労組を運動の前面に出すと保守票が逃げる恐れがあり、有権者の前では労組色を薄めた方が得策、との考えもある。
宮崎氏は「連合との二人三脚は欠かせない」としたうえで、「無党派対策、自民支持層の切り崩しを重視している。特定の大組織に丸投げせず、自力でもがけば、無党派の支持を得られる」と話す。
連合群馬幹部は「候補者が労組色を濃くしたいのか薄くしたいのか、調整しながらやっている」。どう動くのがベストか、もう少し手探りが続きそうだ。
5761
:
名無しさん
:2009/11/21(土) 12:17:39
http://124.83.183.242/select/seiji/09shuinsen/area/10/archive/news/2009/07/20090728ddlk10010166000c.html
選ぶ:’09ぐんま衆院選 民主、4区に新人・三宅氏擁立「必ず勝機訪れる」 /群馬
◇小沢氏が自信
民主党の小沢一郎代表代行は27日、高崎市内で記者会見し、次期衆院選の群馬4区公認候補者としてフジテレビ社員の三宅雪子氏(44)を擁立すると発表した。会見に同席した三宅氏は「群馬の地で非常に大きな風、突風といわれる大きな風を吹かせられるよう頑張りたい」と抱負を述べた。政権交代の可否が注目される中、県内でも1〜4区で、自民と民主候補が直接対決する構図が確定した。
4区は自民党の福田康夫前首相が出馬を予定している。小沢氏は「長年にわたり自民党の強い地盤であったことは間違いない」としながらも「現在もそんなに福田さんが強いとは思わない。一生懸命頑張れば、必ず勝機は訪れる」と語った。
三宅氏は民主党からの出馬理由について「若いエネルギーがあふれている。元気が無くなっている日本を変えられるのは民主党しかないと感じた」などと述べた。
三宅氏は共立女子大卒で88年にフジテレビ入社。母方の祖父は自民党衆院議員として官房長官や労相、運輸相を歴任した故石田博英氏。外交官だった父親の故三宅和助氏は外務省中近東アフリカ局長、シンガポール大使などを務めた。【杉山順平】
◇県連も再建へ 選挙協力は流動的
小沢氏は三宅氏の公認発表に先立ち、06年に発覚した不正経理問題以来、保守系と労組系の対立から機能停止状態に陥っている同党県連について、富岡由紀夫参院議員を会長として新たに発足させることを明らかにした。総力を結集して衆院選に臨む狙いだが、双方の溝は深く、実際に選挙協力できるかは流動的だ。
小沢氏は会見前に県内の党関係者らと協議し、富岡県連会長のほか、会長代行に県4区総支部長の中島政希氏、幹事長に伊勢崎市区選出の久保田務県議、副会長に石関貴史前衆院議員ら1〜4区の公認候補4人をあてる人事を決めたという。
小沢氏は「いろいろなことを乗り越え、衆院選に力を合わせて立ち向かおうということになった」と話した。
ただ、4区で党公認を目指し出馬準備を進めていた保守系の中島氏の出馬に労組系が反対し、三宅氏の出馬に至った経緯がある。
富岡氏は不正経理問題について記者団に「小沢氏は『政治決着済み』と話している」とし、三宅氏についても「一致団結して推せる資格は十分持っている」と話した。だが、会場では保守系と労組系の同党関係者らが4区の選挙体制を巡り、言い争う場面もみられ、対立の根深さをうかがわせた。【杉山順平】
◇比例候補は県連が申請
小沢氏は会見で、比例代表北関東ブロックの公認候補について「人選は県連に推薦していただく」と述べた。27日に発足した県連の役員が比例名簿への推薦を決め、党本部に申請する。4区で出馬を目指していた中島政希氏の転身が見込まれている。
◇福田氏陣営、警戒感強め
自民党から立候補予定の福田康夫前首相の陣営は警戒感を強めている。高崎市にある福田事務所の幹部は「地元に関係のない落下傘の女性候補が出馬することも、それを小沢代表代行が自ら記者会見して発表するのも、経験したことがない。しっかりと対応していきたい」と話した。
福田氏自身は27日から、麻生太郎首相の代理で外国訪問に出発したが、24日に行われた立候補予定者への共同取材で、民主党の動きについて「政権を取ろうとするならいい人を立てないといかん。名前だけでも困るし、タレントでも困る。日本の政治をしっかり考えてくれる人、ある程度政策に詳しい人が必要。(有権者には)長期的に見てこの人だっら政治家としていいという人を選んでほしい」と語っている。【増田勝彦】
5762
:
名無しさん
:2009/11/21(土) 12:20:25
>>3503
の詳細記事
http://www.asahi.com/politics/update/0728/TKY200907280004.html
福田前首相に挑むフジ社員は元閣僚の孫 民主県連は火種(1/2ページ)2009年7月28日7時35分
公認問題でもめていた民主党の群馬4区の候補者がようやく決まった。27日、高崎市内のホテルで小沢一郎代表代行とともに会見したフジテレビ社員(休職中)の三宅雪子氏(44)=東京都港区=は「政権交代の節目となる選挙で力になりたい」と抱負を語った。この日は、分裂状態にあった党県連の新たな体制も決まったが、会見後、今後の取り組みなどをめぐって、保守系と労組系の県連関係者が言い争う場面も見られ、前途多難な再スタートとなった。
三宅氏は、秋田の自民党衆院議員で6度労相を務めた故・石田博英氏の孫。共立女子大卒業後フジテレビに入り、経済部の記者を経て最近まで映像企画部副部長を務めた。
三宅氏は「若いエネルギーが満ちあふれており、元気がなくなっている日本を変えるには民主しかないと感じた。弟に知的障害があるので、障害者の問題などに取り組みたい」と話した。福田康夫前首相(自民)と戦うことについては「福田氏は大変立派な人。厳しい選挙になるが、自分らしい、さわやかな選挙をやりたい」と決意を述べた。
同席した小沢氏は「女性の国会議員が少ないので、優秀な女性候補がいればという思いでいた。(4区は)長年自民の強い地域だったが、今もそうだとは思わない。群馬県民も大多数が政権を代えなくてはと思っていると確信している」と説明し、重点選挙区にする考えを示した。
会見では、労組系の富岡由紀夫参院議員を会長に、保守系の中島政希・前衆院議員秘書を会長代行とする党県連の新体制も発表された。
中島氏は鳩山由紀夫氏と交流が深く、群馬に民主党を旗揚げした中心人物で、そこに角田義一元参院副議長らが社民党から分かれて合流した経緯がある。角田・県連代表と中島・代表代行という二頭立ての体制だ。
ところが、06年に県連の不正経理問題をめぐって両者は決裂。県連組織は機能不全に陥った。4区の候補者選定を巡っても中島氏の公認に労組系が反発、角田氏が鳩山氏に「鳩山さんの名代(落下傘候補)を江戸から連れてきてほしい」と直談判するなど、両者の綱引きが続いていた。
小沢氏が仲介に乗り出し、保守系も労組系も推せる候補の人選と、角田氏の「直系」の富岡氏と中島氏という二頭立て体制の再現を思わせる新体制を提示。中島氏も比例北関東ブロックへの転出を容認し、県連は3年ぶりの正常化に向けようやく一歩を踏み出した。
小沢氏は会見で「私が話し合いに入って今日を迎えた。それぞれのいきさつや感情を乗り越え、政権交代を目指す選挙に向けて新体制をつくることができたのは大きな成果」と強調した。
会見には、1〜4区の立候補予定者らのほか、保守系、労組系それぞれの県議も同席し、県連の再スタートを印象付ける狙いだった。
ところが、会見の後、記者団に囲まれた富岡氏が「党本部に迷惑をかけたが、県連の再建ができた」と取材に答えた矢先に、すぐ横で、保守系と労組系が4区の選挙対策本部の構成などをめぐって言い争いを始めた。
「とにかく話し合おう」と、会合の日時を決めて収まったが、記者団の面前で、感情を爆発させるほど、両者の対立が根深いことが露呈した。
分裂の大きな要因となった県連の不正経理問題についても、富岡氏が「小沢氏との話で、政治決着したものと受け止めている」と語ったのに対し、中島氏は「決着とは言えないが、とやかく言うことはない」と微妙な温度差を見せた。
5763
:
名無しさん
:2009/11/25(水) 23:51:00
http://mytown.asahi.com/gunma/news.php?k_id=10000180908150001
現在位置:asahi.com> マイタウン> 群馬> 記事
【深層選挙区 09総選挙】
2区で矢島氏立候補表明
2009年08月15日
立候補表明の記者会見で同席する矢島氏と塚越県議(左)=12日、伊勢崎市役所
衆院2区に立候補を表明した矢島笑鯉子氏(33)を支援するのは、連合群馬を支持母体とする「労組系」の地方議員らだ。社民系が中心となり、民主系の一部も同調した。民主党は同区で「保守系」の前職石関貴史氏(37)を立てるため、党内での労組系との対立があらわになった。民主と社民の選挙協力にも影響を及ぼす可能性がある。(木村浩之)
労組系と呼ばれる地方議員は民主と社民が混在するが、昨年1月ごろから、候補者の擁立を模索し、矢島氏に立候補を要請した。
矢島氏が立候補を表明した12日の記者会見で、社民系の塚越紀一県議(伊勢崎市区選出)は「前回選挙は石関氏陣営の選対委員長代行だったが、今回は民主党側から働きかけはない」と説明する。「ご本人は前回自分の力で当選したという意識が強く、私どもは力を合わせて勝利したと思っている。考え方に開きがあり、それが尾をひいている面もある」とも述べ、石関氏との不仲を隠さなかった。
地元の複数の民主系労組関係者も同調し、「石関氏は労組系を軽視している。考えの合わない人を応援したくない」「石関氏でなく、矢島氏を支援する」と朝日新聞の取材に言明する。
民主党県連は、小沢一郎・党代表代行の仲介で、融和をはかる新体制が先月末にスタートしたばかり。だが、2区では石関氏が連合に推薦を求めていないことなどから、労組系の反発が依然強い。今回の矢島氏擁立でこうした不満が明るみに出た。
民主党県連は、労組系が矢島氏支援に流れることを警戒する。政権交代をめざす同党からみれば、系列議員らが、民主公認の票を食いかねない別候補を支援することは「利敵行為」にほかならない。石関氏周辺も「労組を軽視していない。推薦に頼らず個々の労働者に直接働きかけている」としている。
民主党県連の不信の目は社民党にも向けられる。民主党県連幹部は「政権交代に向け一緒に走る社民党が邪魔をするのか」と憤るが、社民党県連は「地方議員から相談はなかったので戸惑っている」と、矢島氏を擁立した勢力とは距離を置く考えだ。
連合群馬も13日に大橋豊会長名で、矢島氏擁立について「連合群馬は一切関係なく、関与していない」「民主党や野党共闘の応援団である連合群馬にとって、今回の行動は大変遺憾」といった見解を発表した。塚越県議らには厳しい対応をとるという。
塚越県議ら矢島氏を支援する地方議員は当初、矢島氏の選対役員に就く予定だったが、連合の反発などから、体制については調整中だ。
矢島氏は「将来子どもたちが安心して暮らせる政治をしたい。自民でも民主でもない、今まで政治に関心を持てなかった若い世代の支持を得たい」と表明したうえで、「(民主党県連の保守系と労組系の対立は)自分の立候補に全然関係ない話」と話す。だが、本人の意図とは別に民主、社民の支持層に波紋を広げている。
5764
:
名無しさん
:2009/11/25(水) 23:58:19
http://124.83.183.242/select/seiji/09shuinsen/area/10/archive/news/2009/08/20090814ddlk10010176000c.html
選挙:衆院選 2区矢島氏が出馬表明 連合群馬、支援議員に「遺憾」 /群馬
連合群馬(大橋豊会長)は13日、次期衆院選群馬2区で無所属での出馬を表明した矢島笑鯉子(えりこ)氏(33)の記者会見に、連合群馬が支援する県議らが同席したことについて「大変遺憾」とする見解を発表した。
連合群馬は見解で「事前調整や相談を持ちかけられたこともない」と説明。矢島氏が会見で、連合群馬に推薦要請する方針を示したことについて▽民主党を基軸に政権交代を目指す大切な選挙▽再建された同党県連と連携構築を図る▽論議する時間もない−−などとして、仮に要請があっても推薦しない考えを示した。また、支援議員に対しては「厳しい対応を迫る」としている。【杉山順平】
毎日新聞 2009年8月14日 地方版
5765
:
名無しさん
:2009/11/28(土) 13:40:34
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/091127/crm0911271947043-n1.htm
中山恭子氏の秘書らに罰金 夫の成彬氏の選挙運動めぐり 宮崎区検
2009.11.27 19:46
宮崎区検は27日、戸別訪問をして選挙用ビラを配ったとして、公選法違反の罪で、衆院選宮崎1区で落選した元国土交通相、中山成彬氏の運動員ら3人を略式起訴。宮崎簡裁は同日、それぞれ罰金20万円の略式命令を出し、3人は即日納付した。
3人は会社員の日高和博運動員(60)=宮崎市=と、成彬氏の妻で選挙活動の責任者を務めた参院議員、中山恭子氏の早矢仕哲夫政策担当秘書(66)=東京都杉並区、長晶子私設秘書(35)=同練馬区。
宮崎地検によると、3人は成彬氏への投票を呼び掛ける目的で、宮崎県清武町の27戸を戸別訪問、選挙用ビラを手渡したとしている。
5766
:
チバQ
:2009/11/29(日) 19:34:48
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/matsurigoto/series/Sr200911170001.html
ニュース特集:政あとさき>連載>第1部 北広島町からの報告
<1>「改革」の反動 票に重ね 突然の解雇が原点 '09/11/17
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大石昇さん(32)は、職探しに余念がない。広島県北広島町の実家に暮らし、求人票をたどる日々。「変革」という言葉に空しさは残るが、8月末の衆院選では民主党候補にあすを託した。昨年のクリスマスの体験が、1票の原点になった。
突然の解雇通知だった。2008年12月25日の朝。北広島町にある部品メーカー工場の期間従業員だった大石さんは、事務所に呼ばれた。「日本の産業自体が弱っとる。あと1カ月で終わってもらう」。11月に半年間の契約を更新したばかりの大石さんたちに、上司が告げた。
「これからどうするか」。ショックより不安の方が大きかった。年明けから、広島市内などのハローワークに通う。「正社員」「残業手当」…。求人票の条件を頼りに、10社以上の面接を受けた。実態の多くが、求人票の内容とは違っていた。「安定はほしいが、自分を安売りしたくはない」。時間ばかりが過ぎ、焦りが募った。
7月。解散・総選挙の報道が、がぜん増えてくる。昨秋のリーマン・ショック以来、あふれる失業。雇用対策を打つべき自民党の政治家たちが、権力闘争に明け暮れる姿をテレビが映し出す。「何もかも変えないとだめだ」。大石さんは自民党中心の政権の限界を確信し、1票を投じる候補と党を決めた。
前回の衆院選では、自民党候補に投票した。当時、サービス業の正社員として夜勤業務に追われていた。「改革」を連呼する小泉純一郎首相(当時)に、カリスマ性や指導力を感じた。
あれから4年、自治体や暮らしを取り巻く環境は激変した。大石さんが体力的にきつかった前の会社を辞め、期間従業員に転身したのは07年11月。部品の組み立てに携わり、仕事量で景気の浮沈を感じ取るようになった。「非正規労働者は会社の調整弁だ」。身をもって導き出した。
4年前の自らの投票行動が間違っていたとは、大石さんは思わない。「改革」という言葉に引かれもした。「でも言葉に躍らされたかな。ちょっと自分の考えが甘かった」。今回の衆院選は、初めて明確な意志を持って臨んだ選挙だった。
突然の解雇からやがて1年。12社目の面接で決まった運送会社も10月に辞め、無職に戻った。会社が示した雇用条件と現実に大きな開きがあった。最近、付き合い始めた彼女がいる。早く職に就き、今年のクリスマスは一緒に過ごしたい。
衆院選から2カ月半たったが、わだかまりが今も消えない。「チェンジという言葉に空虚さも感じる。どこか小泉ブームと似ているようで」。それでも大石さんは自ら選んだ政権交代に、就職という暮らしの変化を重ね合わせようとしている。
鳩山政権が発足し、16日で2カ月がすぎた。政権交代をもたらした1票は、暮らしの中でどう醸成されていったのか。そして今、有権者は政治に何を感じ、求めているのか。衆院選の投票率が広島県内で最高だった北広島町から報告する。
5767
:
チバQ
:2009/11/29(日) 19:35:35
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/matsurigoto/series/Sr200911180001.html
<2>「候補の残像」迷い消す 悩み聞く姿に親近感 '09/11/18
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8月30日の昼前。広島県北広島町の看護師宮崎瑞穂さん(42)は、迷いを投票所にまで持ち込んでいた。これまで通り自民党か、それとも民主党の候補か―。投票台の前には、衆院選広島3区に立った候補者3人の名前が張り出してあった。
30秒ほどだろうか。名前を見つめるうち、ある残像が脳裏をかすめる。のぼりを片手に笑顔で手を振るスーツ姿の男性―。迷いを払い、その民主党候補の名前を書き込んだ。
自民党と民主党。宮崎さんには、どちらが不満が少ないかを見極める選択でもあった。麻生太郎首相(当時)の政治姿勢に、不満を募らせていた。相次いだ閣僚の辞任。「首相は素早い処分をしなかった。仲良しグループをかばっているようで」。予算化した「アニメの殿堂」は、無駄遣いに映った。
とはいえ民主党にも大きくうなずけない。子ども手当支給、高校授業料の無償化、高速道路の無料化…。聞こえのよい政策を打ち出すばかり。「言うのは簡単だが、本当にできるのか」。疑問は投票日まで消えなかった。
昨年8月、地区の夏祭りで初めて本人を見た。交差点に立ち、通勤者にあいさつする姿に幾度もふれた。直接、会話を交わしたことはない。ただ、日常に溶け込んだ姿は、自民党候補にはない親近感を生む。「こんな選び方もあるんだ」。宮崎さんは投票を終え、あらためて実感した。
同じ投票日の昼。谷本節男さん(57)は投票所に向かう4キロの山道で車を走らせていた。
北広島町北端の才乙地区で民宿を営む。「山奥まで3回も足を運び、庭先で話を聞いてくれた」。集落の悩みや地域おこしの知恵を語る自分に、民主党候補は相づちを返していた。ハンドルを握りながら、その光景を思い浮かべていたのだ。
「地元県議が応援する自民党候補なら、地域のために頑張るじゃろう」。ずっと、こう思ってきた。しかし、過疎にあえぐ集落の苦悩に一緒に向き合ってくれたのは、民主党の候補だった。暮らしに寄り添うような営みが、谷本さんの1票を所属政党から候補本人へと塗り替える。
8月上旬。地元青年グループが集いを持った。「1回はチェンジしてみんか」。どぶろくをすすりながら、谷本さんたち10人が盛り上がる。町内をくまなく回った候補の残像と親近感が、投票の決め手となっていった。
時間をかけて地域を回り、広島3区で初当選を果たした橋本博明氏。あれから2カ月半。所属する民主党は、政策の実現へと突っ走る。「結果を急ぎすぎている。もう少し時間をかけてもいいのでは」。期待を抱いて見つめる宮崎さんたちは、その党の「焦り」が気になりもする。
5768
:
チバQ
:2009/11/29(日) 19:36:25
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/matsurigoto/series/Sr200911190001.html
<3>建設業 しぼんだ支援 公共工事減で余力なく '09/11/19
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広島県北広島町にある建設会社の事務所。社長の古武家資之さん(64)は、開会中の臨時国会を中継するテレビを眺めていた。民主党議員が主役の丁々発止。「時代は変わったね」。8月の衆院選で業界がみせた動きに、その変化は重なった。
投票日まで1週間を切った8月24日。隣町で山県郡建設業協会(49社)の役員会があった。閉会後、会長と副会長の古武家さんが、自民党候補の事務所へ陣中見舞いに行くと告げた。「民主党の方にも顔を出して」。役員たちから思わぬ反応が返ってきた。
古武家さんを含め協会の役員の多くは、自民党員である。政権交代をにらみ、民主党にも「接点」をつくっておくべきだ―。そう受け止め、同じ日に民主党候補の事務所にも初めて立ち寄った。
変化の予兆はあった。昨秋以降、解散・総選挙が何度も取りざたされたが、協会の会合で話題に上らない。自民党候補の後援会から入会者を増やす求めもない。公示後、町内に入った選挙カーの出迎えに行くと、同業者の姿は数えるほどしかなかった。
北広島町のような中山間地域では、土木・建設業が産業をけん引してきた。業界は公共工事の維持を自民党議員に託し、自らは「集票マシン」の役割を担う―。長年にわたる構造はしかし、小泉改革を背景にした工事削減で既に崩れていた。
4年前に比べ、古武家さんの会社の売上高はほぼ半減した。従業員も4人減った。「応援する意義も余力もなくなった。いつまで会社がもつのか心配する方が先」と業界の本音を代弁する。自らも今回は、12人の従業員や町の人々に自民党候補への支援を積極的には呼び掛けなかった。
自らは「死に票」覚悟で、自民党候補に1票を投じた。「政権交代は時代の流れ」。そう思う一方、マニフェスト(政権公約)で公共工事を無駄遣いの象徴とする民主党に、違和感をぬぐえない。この半世紀近く、自民党政治とともに地域の雇用や経済を支えてきたとの自負もあった。
投票日の夜。広島3区の民主党候補の当確をテレビで見届け、すぐに電源を切った。布団に入ると、かつての自民党型の選挙戦が頭の中によみがえった。
首長たちに「業界で何票集めてくれ」と頼まれる。「何時に選挙カーが通る。手を振って」。従業員に伝え、後援会の入会案内を手に地域をこまめに回る。自民党候補に何票届けるか。町のため、町民のため、自分たちの生活のために地域でスクラムを組めた…。
政権を奪取した民主党は「国民の生活が第一。」を掲げた。古武家さんは今、思う。自民党は、暮らしをみつめる視点を失っていたのでは―。そして「いつでも政権交代できるよう、出直してほしい」と願う。
5769
:
チバQ
:2009/11/29(日) 19:37:12
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/matsurigoto/series/Sr200911200001.html
<4>家族で分かれた1票 若い世代 将来見据え '09/11/20
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週1回、4世代の家族10人が、夕食の座卓を囲む。広島県北広島町の農業古川鶴夫さん(80)方。衆院選の投票日だった8月30日は、その話題にすぐに行き着いた。
「だれに入れたんね」。妻の清子さん(77)が、孫で理学療法士の真さん(31)に問いかけた。「民主党の―」。これまで真さんは、迷わず祖父が支援する自民党の候補に投じてきた。「仕方ないな」。祖母は、孫たちの意識の変化を実感する。
鶴夫さんは、自民党候補の後援会支部長である。「信頼できる人物。何とか勝ってもらいたい」。公示前日、4選を目指した候補の集会で、自ら支持を呼び掛けもした。
合併前の旧千代田町の職員、町議、教育長を務めてきた。昭和一けた生まれ。戦前、戦争中、戦後を生き抜いてきた。「日本の繁栄を支え続けたのは保守本流だ」と信じて疑わない。世話になった知人の頼みで支部長を引き受け、10年になる。
家族に、鶴夫さんが投票を頼んだことはない。「わしが誰を応援しているか、みんな分かっとるはず」。内心そう自負してきた。ただ今回だけは、少し様子が違っていた。
4世代が囲む夕食で、真さんが自民党の批判を口にし始めた。官僚の天下り、年金関連施設の無駄遣い、大臣のもうろう会見…。不祥事が明るみに出るたび、「このままじゃいけん」と繰り返す孫。祖父は苦笑しながら聞き流すしかなかった。
8月半ば。真さんは職場で、民主党のマニフェスト(政権公約)を初めて読んだ。月2万6千円の子ども手当、高校の授業料無償化…。家計に直結する政策に魅力を感じた。
来年、小学生になる長男(6)、次男(4)、三男(1)を育てる。住宅ローンも抱える。子どもの進路と就職、自身の年金や老後…。暮らしとの接点を感じなかった4年前の「郵政選挙」と違い、正面から1票に向き合う。
妻のみゆきさん(31)ともマニフェストをめぐり会話が弾む。子ども手当の額を試算した妻は「助かるね」。夫は「安心して子育てができる世の中になる」との思いを深める。三十路(みそじ)に入った夫婦にとって、投票先の選択は、自らの未来を選ぶことにつながった。
11月初めの週に1度の夕食。テレビが衆院の代表質問の模様を映し出していた。自民党の谷垣禎一総裁に対し、「あなた方に言われたくない」と応じる鳩山由紀夫首相。「その通り」と相づちを打つ真さんに、鶴夫さんは「与党の立場でそんな考えは通用しない」と切り返した。
大家族の中で「自立」していった若い世代の1票。それを選んだ孫の姿が、祖父には頼もしくもあり、寂しくもある。
5770
:
チバQ
:2009/11/29(日) 19:38:26
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/matsurigoto/series/Sr200911210001.html
<5>過疎進む集落の反発 打開への糸口探る '09/11/21
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現役を退いた2人の男性は偶然、互いの同じ思いを知る。広島県北広島町の長広修さん(64)と、池田義行さん(67)。隣り合う集落に住む顔見知りだが、ふだんは会話を交わすことはなかった。
衆院解散後の7月31日。民主党候補が町内で開いた演説会に、2人は居合わせる。長広さんから話しかけた。「今のままではやれん。変えてみよう思うんよ」。池田さんの考えも同じだった。自民党の候補名しか記されたことのない2票の行方が、ここで決まる。
長広さんが嘆いたのは、自分が住む溝口地区の現状だった。旧芸北町東端となる集落に、90世帯202人が暮らす。65歳以上が6割を超え、うち一人暮らしが30世帯近い。
この4年間で住民は38人減った。一人暮らし世帯が増え、耕作放棄地が広がった。80代が耕作を手掛けるところもある。「このままでは、集落はもたん」。往時の面影が消えた古里に、長広さんは強い危機感を抱く。
4年前に地元の農協を退職後、自治会長やふるさと振興協議会の会長を務めてきた。集落を元気づけようと、地元出身者や外国人との交流会を開いてきた。ただ、神楽や雪合戦で一時は沸いても、過疎化は止まらない。
「定住や農業で国や自治体の支援がもっとあれば…」。焦りといらだちが募る中、衆院解散を迎える。「『天下り法人』一つに使われる税金で、苦しい集落がいくつ元気づくか」。民主党が前面に押し出した「無駄遣い削減」に引かれた。
池田さんが住む移原(うつのはら)地区も悩みは同じだ。集落にあったスキー場は昨冬、閉鎖された。母校の小学校は児童数が減り、町が統廃合を検討する。
3年前に退職するまでの10年間、池田さんは隣町の郵便局長だった。局員には配達時、必ずお年寄りの安否を確認させた。年の瀬には地域のもちつきに加わり、全国に郵送するのが恒例だった。
退職から半年後、民営化を前に集配しない局に再編された。安否確認も、もちつきもなくなったと聞いた。地元の郵便局も事情は同じ。「過疎化が加速しとる今こそ、局が地域の拠点にならんと」。池田さんの1票には、郵政民営化の見直しへの期待も加わった。
衆院選後、集落で「若手」の2人は、しばしば連絡を取り合うようになった。あまり過疎対策にふれない新政権が少し歯がゆい。一方で政権交代が、すぐに集落を明るい将来へと導くわけではないことも熟知している。
「待ってばかりおれん。わしらから踏み出さんと」。今、一緒に地産地消の拡大策を練る。政権交代は自らが動くきっかけになった―。同じ言葉が、2人の口からついて出た。
5771
:
チバQ
:2009/11/29(日) 19:38:57
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/matsurigoto/series/Sr200911220001.html
<6>「政権交代」芽生えた関心 投票後も勉強会へ '09/11/22
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いつだったろうか。広島県北広島町の建設業谷本誠さん(36)は、以前に投票した国政選挙の記憶がなかった。自分が参加しても大勢に影響はない―。政治に関心はなく、頼まれても受け流していた。それが今回は違った。
自らの意志で投票所に足を運び、自民党候補に投じた。1票の源流は、3月の北広島町議選にさかのぼる。気がのらないまま先輩に連れられ、新人候補の集会に参加した。そこで飛び出したのが「政権交代」。公共工事を削減する民主党の政策を初めて知った。
高校卒業後、建設会社を転々とし、2002年に独立した。公共工事の下請けで、中国地方を飛び回る。従業員2人。元請けからよく言われる。「安いが受けてくれ」。工事削減は、わずかなパイを奪い合い、低価格での入札を招く。しわ寄せは下請けにくる。
ニュースに目を留めるようになって、政権交代が現実となる可能性を感じ取った。自分の仕事だけへの心配ではない。小さな集落に暮らすお年寄りたちの顔もよぎった。「やっと道がよくなる」。生活道路の拡幅を喜び、声をかけてもらった。未完の工事は継続されるのだろうか―。
期日前投票。鉛筆を握る手に力が入った。衆院選はしかし、広島3区、全国ともに、谷本さんの意に反する結果をもたらす。
地元商工業者が10月半ば、民主党新人を招いて勉強会を開いた。約20人の参加者の中に谷本さんの姿もあった。「政治姿勢や考えを自ら聞いてみたかった」。この自身の変わりようが、政権交代から得た一番の収穫だと谷本さんは思う。
北広島町の会社員五反田翔太さん(22)は、初めて国政選挙に臨んだ。8月に入るまで無関心層の一人だった。
「選挙行くんか」。8月初め、所属する神楽団の先輩から声がかかった。行こうとは思っていたが、投票先にこだわりはない。労働組合の役員でもある先輩は、民主党候補を支持していた。先輩から候補の素顔や政権公約を聞いた。
民主党候補の集会にも誘われ、選挙演説に初めてふれた。数週間前を思い返せば、その場に自分がいるのが不思議だった。会場内に響く「政権交代」。この風に五反田さんは1票を託そうと決めた。一時の熱に乗せられたというより、国政の「扉」を開けたという思いの方が今も強い。
政権交代の是非をめぐる1票。それは人口2万人のこの町で新たな関心を呼び起こし、79・57%という広島県内の23市町で最も高い投票率を生んだ。
鳩山政権は事業仕分けで「廃止」を連発し、全国に変革を放つ。「政権交代」の響きから、政治への関心が芽生えた谷本さんと五反田さん。「これから町の暮らしに、どんな影響が及ぶのか」。1票の行き先は真反対だった2人が今、同じ不安の中にある。
5772
:
チバQ
:2009/11/29(日) 19:39:22
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/matsurigoto/series/Sr200911230001.html
<7>農政転換評価割れる 戸別補償か大規模化 '09/11/23
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「農水 0勝23敗1分け」。14日、新聞に鳩山政権が進める事業仕分けを伝える見出しが躍った。「ようやられとる」。上長者(かみちょうじゃ)俊孝さん(67)がつぶやいた。広島県北広島町の農事組合法人平田農場で、代表理事を務める。
農水省の事業は軒並み「廃止」「見直し」と結論付けられた。自民党の農政を徹底否定する民主党の姿が見えた。衆院選の広島3区。民主党候補の当選で「無」に葬られた自らの1票が、うらめしくもあった。
地元県立高で農業を学び、卒業後は稲作や酪農で生計を立てた。収入を増やすためトラック運転手もやった。コメ一本で食べていこう。30年ほど前、そう誓った。専業農家として大規模化に取り組む先輩に触発された。
当初、3ヘクタールだった水田を25ヘクタールにまで増やした。7年前、21戸の農家で集落の名をとった平田農場をつくった。「面積を広げて効率化しないと専業は成り立たない」。自民党も、コメ農家の法人化や農地の集約を促す政策を強める。農機具の更新など使える補助金は、めいっぱい使った。
いずれ後継者不足が決定的になる。モデルを目指し、ほかの集落法人などと共同で県内初の株式会社「大朝農産」も設立した。将来は野菜に手を広げ、若者を雇う構想を練る。
60代が「若手」という農業の現実。「もうかる農業」が欠かせない。法人や大規模農家を「担い手」として育てる自民党に、農業の未来を託せると信じる。農家を一律に支援する民主党の戸別所得補償制度は、上長者さんには「典型的なばらまき政策」と映る。
民主党に託す1票もあった。北広島町の農業樋崎司(といざきまもる)さん(68)は、自民党に見切りをつけた。「大規模化に限った支援では、中山間地域の集落は崩れ去る」。先祖代々の田畑を守るのは、地域や国土を保つこと―。農業には産業を超えた使命があると考えてきた。
1ヘクタール弱の水田で耕作する。コメを中心とする昨年の売上高は101万円。かかった経費は、燃料代や肥料代、機械の減価償却で110万円。差し引き9万円の赤字だった。「給料はゼロで赤字。年金で何とか暮らせはするが…」
民主党が想定する所得補償で受け取れるのは、最大でも十数万円の見込み。「もうかる農業」は遠い夢だ。ただ、暗闇に、かすかな光が差し込んできたとも感じる。北広島町で法人や大規模農家が管理する農地は、3割にとどまる。「小さい農家も同じようにムラを守っている」と樋崎さんは言う。
競争力をつける大規模化か、国土保全もにらんだ小規模維持か―。政策をめぐり分かれた農家の評価は、転換を重ね、今も先行きが揺れ動く農政の姿をあぶり出す。
5773
:
チバQ
:2009/11/29(日) 19:39:52
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/matsurigoto/series/Sr200911240001.html
<8>伝統・きずな 保守に託す 価値観の共有が支え '09/11/24
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広島県北広島町の壬生(みぶ)商店街。そこで板金業を営む滝川静香さん(75)は40年来、事務所の壁に1枚の色紙を掲げる。「以和為貴(和をもって貴しとなす)」。有名な聖徳太子の言葉をしたためたのは、旧広島1区選出で文部相や衆院議長を務めた故灘尾弘吉氏だった。
壬生地区は、中世が起源とされる伝統行事「壬生の花田植」で知られる。毎年6月。豊作と地域の結束を祈り、すげがさ姿の早乙女が歌を口ずさみ、苗を植える。太鼓や笛のはやしにのり、住民の心が一つになる。
戦争を挟んで一時期、伝統の営みは途絶えかけた。「地域の宝を守らんといけん」。30年余り田楽団団長を務め、四半世紀前に亡くなった父の口癖だった。滝川さんも歌や踊りを自然に覚え、小学生から30代前半まで田楽団に入っていた。
滝川さんは「わしは保守じゃけえ」とよく口にする。保ち守りたいのは、地域の伝統ときずなであり、その象徴が花田植えだ。灘尾氏を含め地元選出の自民党国会議員は代々、壬生を訪ねてきた。
「壬生の花田植」は33年前に国重要無形民俗文化財となり、来秋に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録される見通しだ。「歴代の自民党議員は、伝統を継承する相談にのってくれた。地域と思いを共有してきた」。滝川さんの思い描く「保守」に重なる政党は、今も自民党しかない。
衆院選広島3区では、民主党候補が4万票近い差をつけ自民党候補を破った。北広島町でも民主党候補が得票を前回の2・6倍に増やして勝ったが、その差はわずか37票。自民党候補の支持も全体の半数近い。滝川さんのように「保守」を託した1票が積もった。
農業佐々木幸男さん(78)も、その1人だ。親から子、孫…。先祖を敬い、代々にわたり家を守っていく。農村の暮らしではぐくんだ人生観。家を核に、地域の人々との和を重んじる考えに共鳴した。これを訴え、全国に定着させてきたのが自民党だと受け止める。
敗戦から年浅い20代のとき。先進農業を学ぶため1年間、米国の農家で実習した。帰国後、地区で若手のリーダー役が回ってきた。そこで政治にふれる。
首長や町議たちは、生活に欠かせない道路や橋の整備に予算がつくよう、国会議員に陳情を重ねていた。見返りとして、地域一丸で票を集める輪に佐々木さんも加わり、奔走した。「保守」の価値観の延長線上に、それはあった。
自民党は下野し、代わった鳩山政権は「変革」の風を吹き出す。守るべきものは、変えさせないでほしい―。滝川さんと佐々木さんは、野党となった自民党に変わらぬ「保守」の役割を期待する。
5774
:
チバQ
:2009/11/29(日) 19:40:22
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/matsurigoto/series/Sr200911250001.html
<9>「戦後の総決算」思い込め 元町議、投票促す手紙 '09/11/25
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衆院選公示が近づいた8月中旬だった。広島県北広島町在住の30人に突然、1通の手紙が届く。「選挙へ行かずに、政治がだめだと言ってはいけない。思いを1票で表そう」。こう記され、特定の政党や候補者への支持依頼はなかった。
町内で飲食店を営む女性(59)も、手紙を受け取った一人だ。投票前、暮らしを見つめ直すきっかけになった。「孫の将来が心配になった。今の政治のままでいいのか」。前回衆院選では、自民党候補に投票した。手紙を手元にめぐらした思案は今回、民主党候補への1票を導き出した。
差出人は、北広島町の元町議松田実さん(72)。広島3区の親しい知人60人に送った。「自民党中心の政治を変えたい」。その一心を、1枚の便せんに筆でしたためた。旧芸北町で5期、合併後の北広島町で1期、社会党・社民党公認で町議を務めた。
広島市安佐南区出身の松田さんは高校卒業後、市内のバス会社に就職した。1955年。その年の秋、左右両派が合流した社会党が結成され、保守合同で自民党も誕生する。労働組合の活動に加わり、社会党を支持してきた。「庶民の暮らしの味方だと信じた」
60年安保をきっかけに激しく対峙(たいじ)する自民、社会の二大政党。「いつか政権交代すると思っていた。社会にそんな空気も漂っていた」と振り返る。
63年、妻の実家がある芸北町に移り、バスの運転手を続けた。ちょうど高度成長期。都市へと若者が流出し始めていた。農村の衰退を目の当たりにしたとき、支援する町議から声がかかる。「引退するから、出てみないか」。社会党に入党し、立候補するのにためらいはなかった。
大多数の町議は自民党系。土木工事の予算案が、町民に本当に必要か十分に議論されないまま可決されているように見え、歯がゆかった。議員が公共工事を確保し、業者が票を集める。選挙のたびに自民党政治の「原点」を垣間見た。
農林業の振興と生活交通の確保―。24年前、初めて立候補した際に公約に掲げた。当選後、町議会で訴えても無力に等しかった。有権者と交わした「約束」は結局、自民党が数の力を保つ政治の中で果たせなかった。
悔いは消えない。松田さんは今、町内のバス会社顧問を務める。広島市内のバス会社が廃止した路線を引き継ぐため自ら設立した。その悔恨は、手紙をつづるバネにもなった。
衆院選では民主党候補と社民党に投じた。有権者が政権を代えられることを実感し、町議時代の無力感をふき払う。「私にとって政権交代は『戦後政治の総決算』だった」。手紙と1票に込めた思いを、かつての地方政治家はこう表した。
5775
:
チバQ
:2009/11/29(日) 19:40:54
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/matsurigoto/series/Sr200911260001.html
<10>妻を介護 老いと不安 新政権にあすを託す '09/11/26
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妻は3年9カ月、目を覚ましていない。広島県北広島町の松原義則さん(65)は毎日のように、町内の特別養護老人ホームにいる八重子さん(66)に会いに行く。「八重ちゃん、気分はどんな」。手足や首筋がむくまないよう両手でさする。床ずれはないか、寂しくはないか。体と心に気を配る。
脳梗塞(こうそく)で右半身にまひが残り、介添えが必要となって12年目。2006年の冬だった。家で転んで鎖骨を折った。入院先で脳梗塞を再発し、動くことも話すこともできなくなった。時々、左まぶたを開けて目を動かす。「何か伝えようとしてる」。松原さんの顔が一瞬、ほころぶ。
八重子さんとは37年前、見合い結婚した。トランペットを吹いた海上自衛隊呉音楽隊(呉市)を辞め、祖父の代からの食料品店を継いだ。「すかっとして感じがいい」と評判通りの妻。夫婦で巻きずしや刺し身を作っては売った。大型スーパーもコンビニもない時代、寝食を忘れ働いた。
「無理をさせすぎたのか」。1994年夏の朝、店のレジにいた八重子さんが突然、倒れた。夫50歳、妻51歳。夫は後悔を胸奥にしまい、妻の介添えを日常の一部にした。トイレや風呂、食事や外出といつも一緒だった。
年齢に、長年積み重なった介護の疲れ。体がきつい。この9月、郵便物の宅配の仕事を辞めた。収入は、自身の国民年金と妻の障害年金だけ。特養の入居費を払って残る約4万円で毎月を過ごす。
一人暮らしの身に、老いが忍び寄る。鬼胎を抱く夫、意識を失ったままの妻。将来が見えないいらだちが膨らんでいたころ、衆院選がきた。4年前は車いすの八重子さんと一緒に投票に行き、これまで通り「安定」を自民党候補に託した。
今回は違う。実態が明らかになる官僚の天下りが、許せなかった。天下り先の無駄な業務に多額の給料。自らの境遇と金銭感覚からあまりにかけ離れた公金の使い方に、怒りすら覚えた。
「税金の使い道を変え生活第一」をうたう民主党にひかれる。少しは変わるかもしれないと、その党の候補に1票を入れた。投票できない妻の将来も、同じ1票にしのばせた。
ときに3人の息子と妻、6人の孫が泊まりがけで遊びに来てくれる。近所の仲間とのライブや音楽を通じた年若い友人との交流。介護や病気の悩みを抱える人とも出会えた。
前向きに生きていても、ふと心が折れそうで、八重子さんに会いに行けない日もある。ブログに、妻と出掛けた旅の思い出や気持ちをつづる。「目を覚ましてくれないか」。民主党が中心の政権で何が変わったわけでもない。ただ、あすを託せるものが、ほかにはなかった。=第1部おわり
◇
第1部は文・高橋清子、村田拓也、胡子洋、水川恭輔、写真・藤井康正が担当しました。
5776
:
チバQ
:2009/11/29(日) 19:41:37
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/matsurigoto/editorial/Ss200911160010.html
【解説】霞が関への怒り 原動力 '09/11/16
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1票が自民党から民主党へと変異する流れは、投票日が近づくにつれ加速度を増していた。中国新聞社が広島県北広島町で実施した面接世論調査からは、有権者意識の変化の実態が見て取れる。7月の衆院解散から8月末の投票日まで40日。自民党の「牙城」とされてきた町の民意は、この間に政権選択選挙の大勢を決めていた。
北広島町の有権者はいつ、投票する候補を決めたのか。民主党新人の橋本博明氏と自民党前職の増原義剛氏で対照を描く。増原氏に投票した人の半数は、昨年9月の麻生政権発足の前に決めていた。同時期、橋本氏を意中の候補と見定めた有権者は2割に満たない。
麻生政権の発足から衆院解散までおよそ10カ月。その間、橋本氏が徐々に支持層を膨らませ、解散直前に増原氏と互角に持ち込む。解散後は橋本氏が加速度的に支持を引き寄せ、情勢をひっくり返した―。調査で初めて分かった1票の時系列移動の過程である。
この流れの中心的役割を果たしたのが、4年前の前回、自民党の河井克行氏を選んだ自民支持層だ。前回は河井氏に投票した層の約45%が、今回は橋本氏に入れている。一方、増原氏に投じた層は約52%にとどまる。自民党候補間の票の引き継ぎは半分しかかなわず、残りはほぼライバルに離反した。
麻生太郎前首相は、衆院解散から最長となる40日後に投票日を設定し、戦いに打って出た。その間に「起死回生」を図ろうとした戦略はしかし、自民離れの加速という形で裏目に出たともいえる。
今回の調査は、政権交代を託した鳩山政権に今、有権者が最も求めているものも示す。無駄遣いの一掃―。民主党のマニフェストの中で、ぜひやってほしい項目は「天下りの禁止」が6割近くに達し、突出する。民主党が、無駄遣いをなくすために掲げた看板政策だ。
「子ども手当」などのように直接的な恩恵は少ない。それでも「天下りの禁止」が圧倒的な支持を集める背景には、生活を切り詰めている自分たちに比べ無駄遣いが絶えない「霞が関」への怒りがうかがえる。
私たちは、世論調査と並行して対象者へのインタビューも重ねてきた。老いた夫婦間での介護、突然の解雇、崩壊しつつある集落…。「あすを託すのは、もう政権交代ぐらいしかなかった」。多くの人々から、こう聞いた。政権への期待の裏側には、限界に近づく深刻な生活が広がっている。(高橋清子)
5777
:
チバQ
:2009/11/29(日) 22:11:40
1:消しゴム(静岡県) 11/29(日) 21:31 GpUf4ebm
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自民党落選議員に聞いた!"その後の職業"ランキング
1位 無職 78人
今月、自民党を離党した篠田陽介・前議員は、現在、就職活動中。
政治活動を続ける資金を稼ぐため、面接にやってきたのは、なんと青果市場!
朝の辻立ちに影響が出ないよう午前2時〜7時に働ける仕事に応募したそうです。
2位 会社役員・顧問 27人
現在は、自らが設立した政治経済研究所の代表をしている片山さつき・前議員。
その胸には、朱色ならぬ黄色いバッジが・・・。
議員の身分をなくしても国会などに自由に出入りできる”元議員バッジ”が輝いていました。
3位 団体役員 4人
3位 弁護士 4人
3位 会社員 4人
鈴江奈々の「うらバン」
気になっていた方も多いのではないでしょうか。夏の総選挙から3か月。
自民党の落選した議員は、今、何をしているのか...。今回は、落選議員の"今"を、バンづけ!
回答率は高く、落選議員166人のうち155人が回答。現在も挨拶周りをしている前議員が多いとのことですが、
職業となると...。最も多いのは"無職"という現実。
選挙では、議員を選ぶ"選挙権"が成人すれば与えられます。今回、当落の"落"の実態を知り、その権利の重さを、実感致しました。
小泉チルドレンとして自民党で活動してきた篠田陽介前議員。政治活動を続ける一方、生活費をどう稼ぐのか・・・ということで、
ご本人は今後、早朝の"青果市場"で働くことにし、奥様も派遣会社に登録したそうです。
その厳しい現実を乗り越えてまで次回選挙に出るということですから、よほどの志がある・・・と信じたいですし、そのような方には、また、活躍の場がめぐってくるといいですね。
11月29日放送のバンキシャより
http://www.ntv.co.jp/bankisha/banduke/2009/11/post-3.html
5778
:
とはずがたり
:2009/12/15(火) 01:19:13
農民一揆 衆院選を愛知15区の片隅から見て
http://www.news.janjan.jp/election/0909/0909049778/1.php
公共事業を農村にばら撒いても、潤ったのは土建業者だけで…
伊吹春夫2009/09/05
8月30日の衆院選は、愛知県では15の選挙区すべてを民主党が独占し、自民党は第13区で大村秀章ただ1人が比例復活という、民主党の大勝でした。
地元紙は9月1日の社説で「09審判・中部 政権変えた地方の願い」として、次のように書いています。
(引用)
中部での自民党の惨敗は、他地域よりさらに深刻だった。世界不況の打撃をどこより受け、疲弊した農村部も多く抱える。
政治に裏切られ、忘れられたこの地方の有権者の願いがこもる政権交代だ。(・・中略・・)自民党の地盤だった農村部では高齢化、過疎化が止まらない。農業のほかに収入はなく、所得も増えない。支持にこたえるべく、有効な手だてを打ってきただろうか。
(引用終り)
第15区の田原市でも、自民現職の山本明彦が、森本和義にこれほど負けると誰が予測出来たでしょう。山本は比例復活もならず落選となりました。要因は、多くのメディアが引用社説と同様のコメントをしています。
筆者は、JANJANに「農家経済と後継者の実情」を書き、その冒頭で農家の経済事情を具体的に書きました。
今回は細部にこだわって再検討してみます。
1.農村を襲った年金天引き
後期高齢者医療制度が最も響いたのが農村でした。農業者は「収入」は少なく申告し、「支出」も最小限にして生きて来ました。その農村経済を直撃したのが「年金天引き方式」でした。
「介護保険」「後期高齢者医療保険」「市県民税」と連発で高齢者が狙い撃ちされました。高齢農業者の多くが子息(勤労者)の扶養家族として記載され、農村家計は大家族主義で構成されていました。親子が別居して家計的に別々の生活をしていても、年1回の税務申告時に家族を認識して生きてきたのです。
しかし「年金天引き」は、親子を完全に分離させ、家族内別居を強制し、農村家庭を破壊させつつあります。家計的にも、孫に出す「お小遣い」を節約せざるを得ず、「世代間のギクシャク」を増大させています。悲しい事ではありますが、孫が「お婆ちゃんを殺す」事件さえ起きました。
選挙のたびに「農家の味方は自民党」と声高に叫んできたが、実態はその逆であったことを思い知らされたのでしょう。組織や利益団体は大切にするが、個人は票としか見てこなかった。選挙に勝つためには改革路線さえもあいまいにし、官僚主導から脱却できなかった自公政権の限界であったと思っています。
2.公共事業で農家負担が増大
自公政権は公共事業を農村にばら撒いて、農協ならぬ「農票支援」をしてきました。潤ったのは土建業者と一部の農業団体です。平成21年度田原市予算においても、農業基盤の整備576,483千円となっており、農業経営の活性化 61,857千円や環境保全型農業推進59,149千円などの10倍近い金額です。過去には土木作業に出て「日当」で潤った農業者も、公共事業の圧縮で、それはあてにならなくなりました。
一方、農業の経営・構造改善と称した公共事業で、農家は多くの負担を強いられています。圃場整備事業においても、農地は1割減歩を条件とします。既に畜舎やハウス施設がある土地は圃場整備の除外地ですが、現地換地を受けるために金銭負担が生じます(圃場整備事業では換地が事業完了後の大問題で、これについては別記します)。
綺麗に整備された農耕地や立派な舗装道路は、外部から見ると農業の近代化が進行している様に感じます。しかし、その裏には農家個々の多大な負担が隠されており、恩恵を受けたのは「土建屋サンだけ」というイメージが農村の細部に染み渡ってきました。
5779
:
とはずがたり
:2009/12/15(火) 01:19:37
>>5778-5779
3.農地の集約で農業難民発生?
水田中心の農政、しかも減反政策の行詰りは農村を壊しかけています。渥美半島のように水田稲作に依存しない農業地帯では、自公政権の農業政策は農家を納得させる事が出来ませんでした。
4ha以上の農家には認定農業者とし補助金を出すが、小規模農家は集落営農にして20ha以上にまとまらないと補助金がもらえない。しかも原則は共同経営(財務担当者を決める)を想定している。それでは、農地を提供した多くの農家はどうするのでしょう。
耕作放棄地の増加に業をにやしたのか、改正農地法では、農地の貸し手に年間15,000円の補助金を3年間支給するといいます。借り手は農業生産法人や農協です。借りた組織が経営ノウハウを持ち成功すればいいが、逆だと悲惨な事になります。
作物は経営体が選定します。経営体に農業熟練者がいなければ、元地主の農家に作業を委託することになります。販売成績が上がらなければ、次々と作物を変更する事になりかねません。その結果、自己の農地に他人の指示で農作物を作らされる農家が続出し、経営が行き詰まれば借金だけが残る事になります。
画期的な法改正と見る向きもありますが、余程しっかりした経営計画に基づかないと、農業難民が発生しかねません。
筆者が知る限り、優良農地ほど貸し手は少ない。農地解放と公共買い上げのトラウマから抜け出していないからです。
JANJANで何度も論述しましたが、「穂の国」発 農産物はいま(2)ブロッコリーの向こう側に見えるもの(2008.3.21)のように、協業化による近代化・コストダウンは、幾多の試みがことごとく失敗に終っています。これは中国や旧ソ連のような社会主義国でさえも成功例はほとんどありませんでした。
協業体崩壊の経緯をつぶさに見てきた筆者は、渥美半島に難民テント村が出来ない事を祈る思いで見守っています。
◇ ◇ ◇
(社説引用)
・トヨタなど自動車産業が多い愛知県は、世界不況の直撃で、雇用情勢の悪化ぶりは全国で最も深刻だった。派遣切りにあった労働者が施設に押しかけた。小泉改革の痛みに耐える地域といえる。
東京で暮らす中央官僚、選挙ぐらいしか有権者に近づいてこない“大物”政治家たちに、この地方の現状は見えまい。
・「民主新人が当選しても霞が関とかかわりがなく役に立たない」と愛知県豊橋市長は発言したことがある。
官僚主導からの脱却を目指す民主党政権になれば、自民党の国会議員を窓口に中央官庁に陳情する手法も変わらざるを得ない。
自民系が支配的な県や市町村が多い地方行政と、民主党が圧倒的な地元国会議員との「ねじれ」もあろう。有権者が求める身近な政治のために、連携は欠かせない。
(引用終り)
中央官僚の発想によるペーパー政策は、田原市のような豊かな農村でも大きな矛盾を抱えることになりました。支持母体だと思い込んでいた農協も内部反発を抱え、農業に支えられた地域の経済界から与党がこれほど信用を失っていたとは・・。新潟、長野、愛知と自民党が全敗した県は同じ構造だと思っています。
参照(出典):
・09審判・中部 政権変えた地方の願い(中日新聞社説 09.9.1)
・平成21年度田原市予算の主要施策
・JA愛知みなみ組合員数 9,408人 (正組合員6,796人、准組合員2,612人)
5780
:
とはずがたり
:2009/12/15(火) 01:21:12
>>5778-5780
ご意見板
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名前:鈴木博
日時:2009/10/01 23:52 >高齢農業者の多くが子息(勤労者)の扶養家族として記載さ
>れ、農村家計は大家族主義で構成されていました。親子が別
>居して家計的に別々の生活をしていても、年1回の税務申告
>時に家族を認識して生きてきたのです。
それって、子息が別居していても、親御さんになんら援助して
いないでも、税金や社会保険料の扶養にして、税金や社会保険
料の増額を免れていたってことでしょう?
それが、大家族主義というなら、実際に、介護する家族がいな
いで、社会でやってくれ、というのはとてもおかしい。
>しかし「年金天引き」は、親子を完全に分離させ、家族内別
>居を強制し、農村家庭を破壊させつつあります。
元々、別居していた形が実際の形になるだけじゃないですか。
ならば、その分だけ、親御さんに援助するのが、人の道じゃあ
ないんでしょうか。
ほ場整備事業は、土建屋さんにとって、とても儲からない事業
で、不況になるまでは、なかなか受け手が見つからなかったと
いうことをお忘れです。
減歩された土地を集積して、道路を造らせ、市に土地を買わせ
ようととんでもないことを考えつく、団体もありますな。
5781
:
名無しさん
:2009/12/17(木) 19:17:25
http://www.news-kushiro.jp/news/20091217/200912176.html
2009年12月17日 衆院選で20歳代の投票率に伸び・釧路市
釧路市選挙管理委員会は、若者の投票率向上を重点課題としているが、8月30日に執行した衆議院総選挙では20歳代の投票率が48%を超え、最近行われた選挙ではかなり高い数字となった。ただ、政権交代が全国的な話題となった選挙だけに「まだまだ投票者全体の中では低い」と来年の参院選に向け、さらに若者への呼び掛けに取り組んでいく。
5782
:
チバQ
:2009/12/19(土) 00:10:08
http://www.nnn.co.jp/tokusyu/kaiko2009/091216.html
2009/12/16の紙面より
政権交代(上) 「真夏の決戦〜衆院選」
保守地盤逆風はねのけ
大接戦を制して再選を果たし、こぶしを上げて支援者にアピールする赤沢氏=8月31日、米子市加茂町1丁目
民主党が圧勝し、政権交代が実現した8月の衆院選。鳥取県内は1区、2区とも自民党前職が逆風をはねのけて議席を守り、保守地盤の強さをあらためて示した。
「全国で最も早く当確が出たのが石破政調会長。一番遅かったのが私」。11月に県内3カ所で開かれた自民党の石破茂政調会長の政治資金パーティーで、鳥取2区を626票のきん差で制した同党の赤沢亮正氏は、1区で大勝した石破氏と自らを対比させながら大接戦となった選挙戦を振り返った。
8月30日、米子市の選挙事務所に隣接する駐車場で開票状況を見守る赤沢陣営は、市町村ごとの得票数が明らかになるたび歓声に沸いた。郡部の多くで赤沢氏の票が民主党新人の湯原俊二氏を上回っていたからだが、テレビの当確はなかなか出ず、赤沢氏が万歳したのは午後11時近くになっていた。湯原氏は間もなく比例代表で復活当選した。
2005年の郵政選挙で自民党への追い風に乗って初当選した赤沢氏にとって、今回は打って変わって逆風の選挙。2年前の参院選から続く有権者の党への不信感に加え、共産党が2区の候補擁立を見送るなど赤沢氏に不利とみられる要因が重なった。
選挙期間中、日本海新聞などマスコミの世論調査の多くは湯原氏が赤沢氏をリードする情勢を伝えた。危機感を強めた赤沢陣営は後援会のメンバーらに支持の拡大を要請し、徹底した電話作戦を展開した。
赤沢氏の「逆転」の兆しは選挙戦終盤になって幾つか見られた。その一つが、投票日前日に米子市の高島屋前で行った街頭演説。「必勝」の鉢巻きを締めた赤沢氏が「米子の皆さん、聞こえていますか」と声を振り絞って演説を始めると、予想以上に多くの聴衆が取り囲んでいた。
陣営は特に動員をかけておらず、最終盤になって選挙事務所への出入りが増えた運動員らが自発的に声を掛け合って集まったとみていた。手応えを感じた陣営幹部の一人が「これがターニングポイントになるかもしれない」と話していたのが耳に残った。
選挙後、結果について関係者に話を聞くと「組織力や1票を取りにいく執念で赤沢陣営が上回った」「終盤に湯原陣営が緩んだ」という点に集約された。しかし選挙期間中、調査結果などが頭に残り、情勢を読み切れなかった。
衆院解散から40日の長丁場となった真夏の選挙を終え、選挙取材の難しさをあらためて実感した。
ミニクリップ
鳥取県内小選挙区の結果 1区は石破茂氏(自民)が、奥田保明(民主)、岩永尚之(共産)、細川幸宏(幸福実現)の3氏を破り8回目の当選。2区は赤沢亮正氏(自民)が湯原俊二(民主)、甲谷英生(幸福実現)の両氏を破り再選、湯原氏は比例代表で初当選した。全県の投票率は75・07%。
5783
:
チバQ
:2009/12/19(土) 00:10:43
http://www.nnn.co.jp/tokusyu/kaiko2009/091217.html
2009/12/17の紙面より
政権交代(中) 「攻守交代〜県関係国会議員は」
政府外“シャットアウト”
当選が確実となった候補者名に花を付ける鳩山由紀夫代表(右、当時)=8月30日、東京都港区
衆院選投開票日の8月30日。民主党の開票会場では候補者名のパネルが当選を示す花で埋め尽くされた。一方自民党本部では空白が目立つ中、鳥取、島根両県の候補者名に並んで付いた四つの花が存在感を示していた。
鳥取県は1、2区とも自民党が勝ち、島根や福井、高知と同じく「自民全勝県」となった。民主党圧勝の中のこの結果は「地元が求める政策実現の難しさ」という課題を、野党だけでなく選挙で結果を残せなかった与党議員にも投げ掛ける。
「政府の役職は選挙に勝ってからだ」。衆院選で党の候補者が破れたことが響いたか党幹部にこう言われたという民主党の川上義博参院議員(鳥取県選出)。与党となった民主党は「政治主導」の名の下、政策決定の政府一元化方針を打ち出すなど、政府外の議員は事実上“シャットアウト”された。
政府入りしなかった川上議員は、意見反映の場がないと見るや、高速道路や漁業の議員連盟を立ち上げ、他県議員とともに政府に訴えたほか、個人的に直接閣僚と面会するなど、地元要望実現の方法を模索する。
個々の存在感を示す場が制限される一方、陳情を政務三役に取り次ぐには、地元の県連などを窓口に幹事長室を通すというルールが決められ、党の存在感は高まる。「政官業癒着の排除」などがルールの看板だが、12月9日、上京した民主党系の県議に投げられた副幹事長の言葉には「党勢拡大」がにじんだ。「鳥取、島根はまだまだ民主党の皆さんに大きくなっていただきたい。大きくなるよう種もまかないと」。
これには自民党は怒りをあらわにする。石破茂政調会長(鳥取1区選出)は「与党時代は野党からの陳情も受けてきた。民主党になければその地域がどうなっても知らないという強権的な手法が本当に住民に支持されるのか」と批判した。
その一方で自民党も党の存在感をどう示すか試行錯誤中だ。マスコミへの登場が減った分、インターネットで部会の様子を流したり、来年1月の党大会前日には一般参加可能なセミナーを開催するなど失地回復に躍起だが、政調会長就任時に石破氏が語った「与党時代の2倍も3倍も苦労するだろう」との言葉が現実のものとなって自民党に迫っている。
県関係国会議員が存在感を示し、地元の要望を実現させようと奮闘する中で、鳥取の要望はどこまで実現するのか。公共事業費の削減など、小泉改革の影響で疲弊した地方が、政権交代のはざまでまたも割を食うことがないよう、県関係国会議員には党派を超えた実のある議論を求めたい。
ミニクリップ
民主党が掲げる「政治主導」 民主党は衆院選のマニフェスト(政権公約)で「官僚丸投げの政治から、政権党が責任を持つ政治家主導の政治へ」と明記。政策決定を大臣、副大臣、政務官の政務三役に一元化することや、陳情窓口の党幹事長室への一本化、官僚の国会答弁の禁止などの方針を打ち出している。
5784
:
チバQ
:2009/12/19(土) 00:11:07
http://www.nnn.co.jp/tokusyu/kaiko2009/091218.html
2009/12/18の紙面より
政権交代(下) 「直撃する余波」
山陰道事業凍結区間も
他県の知事と協力して馬淵澄夫国交副大臣(右)に高速道路整備の必要性を訴える平井伸治知事(右から2人目)=11月19日、国交省
11月16日夕、鳥取県庁の応接室。穏やかに話していた平井伸治知事が、福田功・国交省中国地方整備局長の説明が終わると、ほおを紅潮させて声を荒げた。
「急ブレーキをかけられた。思想が理解できない」
福田局長が示した道路予算の2010年度概算要求額は、県内分で09年度当初予算比51〜63%。「山陰道は大変なことになる」。取材中、隣で傍聴していた担当職員の嘆きが聞こえてきた。
民主党政権になり、矢継ぎ早に政策転換が打ち出された。地方にとって痛手は公共事業の削減だ。山陰道は事業凍結の区間もあり、完成は目標の17年度から5〜8年ずれ込む試算。鳥取市と岩美町を結ぶ国道9号・駟馳山(しちやま)バイパスは、峠を貫くトンネルの10年度着工が困難になった。
「ますます取り残されてしまう。何年も待ったのに…」。地権者の一人、川島寿和さん(66)=鳥取市福部町=の言葉にならない思いが、取材する側にも伝わってきた。
危機的な財政状況を考えると、公共事業を大盤振る舞いできる時代は終わった。しかし、県内では社会資本整備や雇用に期待の声が大きい。新政権が地方とどう向き合い、地域活性化の新しい道筋をどう提示するのか、まだ青写真は見えない。
平井知事は遠くに視線を運びながら憂いをみせた。「不安を抱えたままの越年となる」
補正予算を見直し、事業仕分けで概算要求の無駄を洗い出す新政権。「見直し」や「廃止」となった事業は、県内に関係するものも多く、自治体に戸惑いが広がった。
「市民にどう説明したらいいのか」「財源がなくなれば正直きつい」−。職員から聞こえてきたのは腐心ばかり。現場に足を運び、現場の声を聞き、実情を理解した上での議論だったのか。取材はそんなことを問う繰り返しだった。
予算編成の手順や内容も様変わりした。政治主導となり、中央省庁から情報が入らない。「全体像さえ見えず、あまりに不明確な要素が多い。自治体の予算編成も苦しい」。この1週間に走り書きしたメモを眺めると、そう打ち明ける県財政課職員の苦悩があった。
政権交代の余波を取材して感じるのは、地方の期待は一変、失望に変わりかねない、ということだ。財源をひねり出した成果を実際の予算にどう反映させるか、首相の政治判断が試される。同時に、選択の先に何が見いだせるのか、住民自身が地域像をどう描くのか、自ら考える時期に来ている。
ミニクリップ
補正予算の見直しや事業仕分けの県内影響 鳥取大学でのバイオ産業拠点施設は整備費が削られ、当初の大型ハコモノ計画を縮小。岩美農道や鳥取港の整備費、バス車両購入や鳥取市鹿野町の「鳥の劇場」への補助金などが削減される可能性があり、農業共済の見直しによって農家の負担増も懸念される。
5785
:
名無しさん
:2009/12/21(月) 20:58:03
http://mytown.asahi.com/shizuoka/news.php?k_id=23000000912210003
現在位置:asahi.com> マイタウン> 静岡> 記事
09 取材メモから (4)政権交代
2009年12月21日
参院補選の最終盤、気勢を上げる民主党国会議員ら。3連戦を経て議員数は急増した=10月24日、静岡市駿河区
8月30日夜。静岡総局にいた先輩記者たちと総選挙の開票速報を見つめていた。
午後8時の時報と同時に画面の中の民主党議席数がすさまじい速さで積み上がり、瞬く間に過半数を超えた。県内の8小選挙区も含まれていた。一瞬であっけなく終わった「政権交代」。そんな印象だった。
県内では09年、政権交代と密接に絡んだ二つの大きな選挙があった。主戦場は8月30日の総選挙。それを挟むように、7月5日に「総選挙の前哨戦」と喧伝(けんでん)された知事選があり、総選挙の熱が冷めやらぬ10月25日には「信任投票」と民主党がうたった参院補選が行われた。
三つの戦いが続いた数カ月の間に、民主党が政権与党への階段を駆け上る傍らで、従来の自民党の支持基盤がみるみる崩れ去っていった。「たまっていたマグマが知事選で動き出し、総選挙で噴き出した。参院補選は余熱で乗り切った選挙」。政権交代への期待を「マグマ」に例えて、ある民主党関係者は振り返る。
従来の選挙と少しずつ様相が変わり始めたのは知事選からだったという。自民党の支持基盤だった各種業界団体からの接触が増えたからだ。
民主など推薦の川勝平太氏と自公推薦の坂本由紀子氏の得票は、結果は1ポイント未満の僅差(きんさ)。しかし、川勝氏には、擁立を巡る迷走劇で出遅れるハンディがあった。それをはねのけ、選挙カーの上で「静岡から日本を変える」と絶叫した川勝氏は、政党色を懸命に隠した坂本氏に競り勝ち、自民党陣営に衝撃を与えた。
その後、総選挙までの約2カ月間。「政権交代」を訴える民主党陣営が手応えを確かにする一方で、自民支持基盤の崩壊はさらに進み投開票日を迎えた。3区の柳沢伯夫元厚労相や8区の塩谷立文科相ら自民党の大物は、選挙区で30代の新人候補に敗れ、「変化」への期待が大きかったことが浮き彫りになった。
参院補選では民主・自民両陣営の対比が興味深かった。民主・土田博和氏の選挙事務所の壁には、「建設業協会」「歯科医師連盟」と書かれた推薦書が数十枚並び、自民・岩井茂樹氏の選挙事務所の壁には空白が目立った。民主党県連の幹部は「これまでにないことだ」と驚きを隠さず、自民党陣営は「支援団体を回る人も足りない」と嘆いた。
今回の政権交代は、単なる「追い風」や「逆風」が原因だったのか。それとも、従来の政治システムの行き詰まりに起因するのか。「これで本当の民主主義が根付くか。実はまだ分からない」。取材の中で何度もこのような言葉を聞いたのが印象的だった。(後藤遼太)
◇政権交代 7月の知事選では、民主党推薦の川勝平太氏が自民党推薦の坂本由紀子氏を大接戦の末に1万5千票差で下した。勢いに乗った民主党は総選挙で躍進し、県内3人だった衆院議員の数は9人にまで増えた。8小選挙区で全敗した自民党は、斉藤斗志二元防衛庁長官や柳沢伯夫元厚労相らベテランが引退。支持基盤の崩壊は食い止められず、参院補選でも公認候補の岩井茂樹氏は民主党公認の土田博和氏に敗れた。
5786
:
名無しさん
:2009/12/23(水) 10:45:07
年末なので一年振り返り系の記事が増えてきました。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kochi/news/20091222-OYT8T01370.htm
ホーム>地域>高知
政権交代で風読めず 衆院選自民3民主0
業界団体の代表者から要望を聞く民主党県連幹部ら(11月8日、高知市内のホテルで) 「全国で唯一、高知だけが、民主党に比例復活当選さえ許さなかった」――。
政権選択をかけた8月の衆院選。全国では、民主党が308議席を奪う大躍進を遂げ、日本に初の政権交代をもたらしたが、県内には別の風が吹き、小選挙区3議席を自民候補が独占した。12月12日の自民党県連臨時大会で、あいさつに立った山本有二会長は、現職3人全員が当選した〈地元完勝〉を強調して見せたが、政権交代という現実は県政界にも大きな波紋を広げており、会場には、焦燥感を感じる参加者もいた。
政権与党となった民主党県連の新たな船出は、来夏の参院選を見据えた組織の立て直しから始まった。真夏の決戦からほぼ1か月が過ぎた9月27日の民主党県連臨時大会。党員拡大や地方議員増員を担う「県組織局」を新たに設けたほか、党幹事長室に陳情窓口が一元化されたことを受け「県戦略局」を新設。局長には、新たに民主党入りした参院議員の広田一氏が就任した。
参院選に党公認で出馬する広田氏は就任早々、与党議員としての立場を生かし、自民党の支持基盤の切り崩しに動いた。かつて自民党の支持基盤だった業界団体からの陳情を受け付ける会合をスタートさせ、すでに推薦願を手に各種団体へのあいさつ回りも始めている。これまで100件を超える陳情が寄せられており、大石宗幹事長は「政権交代して以降は、とにかく人手が足りない」と“うれしい悲鳴”を上げる。
業界団体の中には「政権交代は、初めての経験。今後どうなるのか予想もつかない」と戸惑いの声が上がる一方、「与党と協力関係にないと我々の政策要望は実現されない」「長年、自民党を応援してきたが、参院選での支援は全くの白紙」との声が上がり、自民党県連の職域団体の中には、年内閉鎖の動きまで出ている。
一方、歴史的な大敗を受け、自民党県連は9月、党員、党友を対象に衆院選の総括や、今後、県連が進むべき方向性について問うアンケートを実施し、党本部からも注目された。
党刷新をアピールするため、参院選候補を選ぶ予備選も初めて実施し、高野光二郎県議が公認候補に内定したが、党員の関心は低く、投票率も2割強にとどまった。党公認候補から外れた形の県連副会長で、前参院議員の田村公平氏は、無所属でも立候補する構えを崩しておらず、支持団体からは「このままでは分裂選挙になり、民主党に漁夫の利を与えることになる」と危惧(きぐ)する声も出ている。
参院選には、共産党も元衆院議員の春名直章氏の擁立を固めており、4候補による激戦が予想される。衆院選で国民が下した審判は、今後、どのような波紋を広げるか。県政界は、かつてない激動の渦に巻き込まれている。
(畑本明義)
(2009年12月23日 読売新聞)
5787
:
名無しさん
:2009/12/23(水) 10:45:37
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20091223/CK2009122302000059.html
東京NEWS2009 <6> 衆院選 12区で太田さん落選
2009年12月23日
厳しい開票状況に目を伏せる公明党の太田昭宏代表=8月30日、新宿区の党本部で
八月の衆院選による政権交代の象徴的場面の一つが、東京12区(北区、足立区一部)の公明党代表(当時)太田昭宏さんの落選だった。
二〇〇〇年から続いた自公連立政権。〇三年の衆院選で、東京における自公協力の小選挙区に選ばれたのが12区だった。送り込まれたのは当時「公明党のプリンス」と呼ばれ、次期党代表と目されていた太田さん。
今回の衆院選で民主党の小沢一郎幹事長(当時代表代行)は自公連携のシンボルとなっていた12区からの国替え立候補をにおわせ続け、公示一カ月を切った七月下旬になって、“弟子”の青木愛参院議員(当時)の擁立を発表した。
公明党はもちろん、自民党も選挙対策本部を設置して組織選挙を展開。青木さんの選挙事務所には小沢幹事長の秘書が入るなど激しい選挙戦の結果、一万票差で青木さんの勝利となった。
九月に代表を辞任した太田さんは党代表者会議議長となり、来年の参院選比例候補に。太田事務所は「この三カ月、ずっと地元回りを続け、地域の行事にも出させていただいている。十六年前、中選挙区(北板橋)で初当選したときから地元に軸足を置く活動は変わっていない」と話す。
青木愛さんは衆院厚生労働委員会の理事として、厚生労働関係の全国からの陳情・要望の窓口を務める。事務所は「駅頭や地域への顔出しのほか、全国から殺到する陳情の判定をする毎日」と超多忙だ。
次期衆院選は、自民党も独自候補擁立を迫られる。北区議会では「衆院選より区議選(一一年)の方が先になるのでは」との見方がもっぱらだ。
同区議会関係者は「自民は過去三回の衆院選で小選挙区候補を立てず足腰が弱っているのは確かだが区議が十三人いる強みがある。一方、民主は次の区議選で五人しかいない区議の倍増を目指す。動きが具体化するのは区議選後ではないか」とみている。
◇
衆院選投開票前日の八月二十九日夜。JR池袋駅前は熱気に包まれていた。駅東口で自民の麻生太郎首相(当時)が小池百合子さんの隣で声をからし、西口では民主の鳩山由紀夫代表が、江端貴子さんとともに「政権交代」を訴えていた。
東京10区は小池さんが「刺客」として送り込まれ、民主が惨敗した前回郵政選挙を象徴する選挙区。この因縁の地で、政権を争う両党首がそろって「最後のお願い」に臨んだ。結果は江端さんが初当選を果たし、小池さんも比例で復活当選。そして、民主党政権が始まった。
あれから四カ月。師走の同駅前にいた会社員男性(39)は民主に一票を投じた一人。「民主に期待してるけど景気は昨年より悪い。これから年末倒産もあるだろうし、(景気回復を)民主はどこまでやれるのかね」と厳しい表情で話した。
(東京ニュース担当・中里宏、比護正史)
<政権選択が問われた衆院選> 8月30日投開票され、民主党は単独過半数の241議席を大きく超える308議席を獲得した。都内25の小選挙区では、民主が前回の1議席から21議席に大躍進。自民は23議席から4議席に激減した。当時公明代表だった太田昭宏さんは、同党唯一の議席を失った。比例東京ブロックでは、17議席のうち民主が8議席獲得した。
5788
:
とはずがたり
:2009/12/23(水) 13:35:41
>>5786
どの団体でしょうかねぇ?
>自民党県連の職域団体の中には、年内閉鎖の動きまで出ている。
5789
:
とはずがたり
:2009/12/23(水) 13:44:14
sageてもた。。
5790
:
名無しさん
:2009/12/23(水) 15:01:02
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20091223ddlk07070070000c.html
オフタイム:年末ワイド 衆院選で民主、小選挙区全勝=関雄輔 /福島
◇「風」か「地殻変動」か注目
「これほど歩いたことは自分の選挙でも無かった」。8月の衆院選終盤、1区の民主党候補を支援したある無所属市議が振り返った。民主党が県内5小選挙区で全勝した衆院選。自民党の候補者らは集会や街頭演説で「逆風」「向かい風」と繰り返し嘆いたが、取材をする中、“風”だけでは説明できない変化も感じた。
これまで政党と距離を保ってきた市町村議らが積極的に民主支援に動いていた。1区では、コスタリカ方式の解消を巡るしこりで、自民から民主支持に移った議員も複数いた。
「もう公務員じゃないから思う存分やれる」と話したのは、郵便局長らでつくる「郵政政策研究会」の関係者。前身の「大樹」は自民最大の集票マシンと呼ばれたが、民営化で決別。公務員時代は政治活動が制限されたが、今回は集会にも堂々と参加し、地方で弱いとされる民主を下支えした。
農協や医師会へのインタビューでも、自民へのこだわりが薄れてきたように感じた。自民と親しかった首長の祝電が、民主候補の集会で紹介される一幕もあった。私自身、取材を担当した1区で、当初は盤石の組織を持つ自民候補が勝つと踏んでいた。しかし、次第に組織のほころびが目立つようになった。
一方、民主の足元も固まっていない。政権交代後、県内で初めて独自候補を立てた20日投開票の相馬市長選では、現職の厚い壁を破れなかった。現職支持者の一人は、「当初は勝てないと思ったが、有権者は民主だから投票しているわけではないと分かった」と振り返った。
来年以降も、参院選に知事選、統一地方選と選挙が続く。民主の候補者らは衆院選後、「地殻変動」という言葉を好んで使った。かつて「保守王国」と言われた福島県。今夏の出来事が一時的な風なのか、地殻変動なのか注目したい。
5791
:
とはずがたり
:2009/12/23(水) 15:32:30
’09現場から<1> 衆院選 自民の“牙城”のみ込んだ民主 問われる与党の真価
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/20091223/CK2009122302000067.html
2009年12月23日
歩行者デッキ開通式で、菅義偉氏(右)と並ぶ岡本英子氏(左)。衆院選では自民党の“指定席”を奪う形で初当選した=11日、横浜市内で
写真
冷たい雨が降りしきる横浜駅東口。横浜市の神奈川区と西区を結ぶ歩行者デッキの開通式が十一日午前、行われた。西区を地元とする衆院2区の自民党衆院議員・菅義偉氏(61)と肩を並べ、民主党衆院議員の岡本英子氏(45)=神奈川区など衆院3区=は、テープにはさみを入れた。
もともと3区の議席は、自民党前職の小此木八郎氏(44)が祖父の代から受け継ぐ“指定席”だった。それを今夏の衆院選で奪った岡本氏。式典での姿は、政権交代で政界の主役を自民党からもぎ取った今年の民主党を象徴していた。
同市栄区選出の市議だった岡本氏が、ほとんど地縁のない3区の党候補に決まったのは二〇〇七年夏。「小此木ブランド」が浸透する地域の視線は冷たく、系列地方議員の足並みも乱れた。不利な条件に囲まれてのスタート。選対幹部は「最初は、勝てるとは夢にも思わなかった」と振り返る。
しかし、早朝の街頭演説や小規模集会など地道な活動を続けると、ちらしが一日数百枚さばけるように。有権者の反応は徐々に良くなった。岡本氏は「(今年五月に)鳩山由紀夫首相が党代表に就任した時、有権者の“風向き”を感じた」と振り返った。
八月の選挙戦本番でも有権者の熱気は上がる一方。見知らぬ人が続々と事務所を訪れ、手伝いを申し出た。街頭で「民主党」の文字を掲げれば人は次々と集まった。結果は十二万票以上を獲得。小此木氏に比例復活すら許さない圧勝だった。
「民主党への期待もあるが、自民党ではもう駄目だと思う人が多かったのではないか」。岡本氏は、勝因をそう分析した。
衆院選から三カ月余り。民主人気には陰りもみられる。その中、駅の朝立ちや小規模集会開催を続ける。「今までやったことを継続しなければ、力は衰える」
岡本氏を含めた民主党の真価は、次の衆院選で問われることになる。 (中山高志)
◇
新型インフルエンザの感染拡大、衆院選、横浜、川崎両市長選−。さまざまなニュースに揺れた二〇〇九年を担当記者が、その後の取材を交え、振り返った。
<民主圧勝の衆院選> 衆院選県内18選挙区のうち、民主党は14選挙区で勝利し、残る4選挙区でも全員比例復活当選。前回の小選挙区全敗の雪辱を果たした。自民党は小選挙区でわずか3勝。比例復活も3人にとどまった。公明党も議席を失った。みんなの党は選挙区、比例復活合わせ2議席獲得。社民党も比例復活で1議席を保った。
5792
:
名無しさん
:2009/12/24(木) 20:16:24
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokushima/news/20091223-OYT8T00796.htm
ホーム>地域>徳島
<回顧2009> 民主躍進3議席
衆院選
衆院選公示日、選挙カーから手を振る高井氏。念願だった選挙区初当選を果たし、政権交代を引き寄せた。(8月18日、上板町で) 政権交代が起きた8月の衆院選は、県内でも民主党が躍進した。1区の仙谷由人氏は大差で6選し、2区は高井美穂氏が念願の選挙区初勝利。3区の仁木博文氏も比例復活で初当選した。一方、自民党は比例も含めて4人いた衆院議員が2人に半減。与野党逆転で両党を取り巻く状況は大きく変化した。(松本航介)
「何もないところから民主党を設立して13年。政権交代を実現し、県連は4人の国会議員団を擁するまでになった。感慨無量だ」。11月21日、徳島市内で開かれた民主党県連の定期大会のあいさつで、仙谷氏はかみしめた。
衆院選後、仙谷氏は行政刷新相に抜てきされ、「事業仕分け」に奔走。高井氏は文部政務官と県連の新代表に就いた。秋に行った参院選徳島選挙区の候補者公募には、予想を大幅に上回る35人が応募。県連が窓口となる新しい陳情システムには、12月半ばまでに約150件もの要望が寄せられ、「これが政権交代か」と関係者も驚くほどの忙しさだ。
しかし、一方で、周囲の戸惑いも続いている。自民、公明両党の議員が大半を占める県議会は9月以降、鳩山政権の政策に反発する意見書を相次いで可決。新陳情システムには、市町村から「我々の陳情は本当に国に届くのか」などの不安の声があがっている。
陳情窓口「地域戦略局」の局長を務める中谷智司参院議員は18日の記者会見で「不安もあるだろうが、歓迎する声もある。実績を作り、疑問点を説明しながら、解消していくしかない。時間が大切だ」と語った。
◇
「エラーを重ねて失点し、ポテンヒットすら打てずにコールド負けした」。自民党県連幹事長だった竹内資浩県議は振り返る。度重なる首相の交代劇。党本部内のゴタゴタ。衆院選を前に失点を重ねた。「自民党は本来の保守政治を忘れてしまった。だから自民も民主も違いがなくなり、『どっちも同じなら1度変えてみたらいい』となった。敗因はそれに尽きる」と悔やむ。
県連組織の弱体化も深刻だ。県連を支えた党員は、ピーク時の1988年に約7万7000人いたが、今は約1万3000人。高齢化も目立つ。衆院選後、「国会議員の慢心もあり、地域支部の充実を怠ってきた」「若い人をターゲットに党員の拡大を」など反省の声が相次いだ。
こうした事情が一因となって、最近の国政選挙で県連は苦戦を続けてきた。07年の参院選は、民主党候補20万票に対し、自民党候補は15万票。「郵政選挙」で大勝した05年の衆院選でも、比例では民主党16万票に対し、自民党は15万票で負けていた。04年の参院選も自民党候補16万票、民主党候補15万票で接戦。地殻変動は少しずつ進んでいた。
県連は今、市町村単位の地域支部の充実を急いでいる。衆院選で3区の議席を守り、新会長に就いた後藤田正純氏は20日の県連の常任総務会で「来年の参院選に向けて態勢を整え、新しい自民党に変わっていきたい」と意気込んだ。
24日で鳩山政権が発足して100日。両県連の模索が続いている。
(2009年12月24日 読売新聞)
5793
:
名無しさん
:2009/12/24(木) 20:16:53
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/news/20091223-OYT8T00925.htm
ホーム>地域>秋田
《道々09師走》風の行方と人の意志
政権交代
自民党は8月30日、民主党の地滑り的大勝を許し、1955年の結党以来初めて、衆院第1党の座を明け渡した。「自民党への逆風」「民主党への追い風」――。政権交代が起こった今年、「風が吹いた」という表現を新聞で頻繁に目にした。
政治家自身も「風」という言葉をよく使った。誰かが操っているわけではないのに、政治家はその行方におびえ、あるいは期待を寄せた。正体は何だったのか。
「もう先生じゃないよ」。久しぶりに会った、ある自民党の落選議員は「先生」と呼んだ私をこう笑った。
なぜ負けたのか。長年権力を握ってきたゆえのおごり、子ども手当など国民の“懐”に直接訴えた民主党の戦術――。これらの指摘はもっともだと話す。だが最大の敗因は自民党自身が小泉構造改革を総括できなかったからだと考えている。
「小泉さんは国民に痛みを訴えたのに受け入れられた。自民党は変わったと、支持を得た」。安倍、福田、麻生政権で、改革路線の揺り戻しが起きたが、堅持すべきだった。いまだにそうした議論を行わず、軸足の定まらない党の姿勢に不満が募る。彼は来年の参院選も負ければ「自民党の発展的解消も仕方ない」と半ばあきらめかけている。
「この時代に政治に携わるものとして、何をするべきなのか。自分の立ち位置はどこなのか」。自問自答しながら、選挙区を1人で歩き続けている。
しかし、風はまた、うつろいやすい。
「まだ3か月。見守ってほしい」。鳩山内閣の支持率低下を示す世論調査に、ある民主党衆院議員は、自らに言い聞かせるようにつぶやいた。
来年度の予算編成では、衆院選のマニフェスト(政権公約)の大幅な軌道修正を迫られた。「税収不足もあったが、既得権益を破ることは想像以上に難しかった」との本音が漏れた。
何より「鳩山首相の指導力不足に国民が気付き始めた」ことが気にかかる。米軍普天間飛行場の移設問題は日米関係に深い影を落とし、小沢一郎幹事長の強まる影響力に政府・与党内はきしみ始めた。
来年は参院選が行われる。政治家はまた風の行方に気をもむだろう。しかし、風は人間の意志が動かしていることもまた、確かなことだ。風任せにせず、問題の所在と解決策を提示し、言葉を果敢に闘わせてほしい。記者として、その言葉に耳を澄ましたい。(伊藤徹也)
(2009年12月24日 読売新聞)
5794
:
名無しさん
:2009/12/24(木) 20:17:31
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shimane/news/20091223-OYT8T01039.htm
ホーム>地域>島根
逆風バネ 自民王国死守<回顧09>
衆院選
山陰道の斐川−出雲インターチェンジ間の開通祝賀式で同席した(左から)細田、竹下、小室の各衆院議員(11月28日、出雲市で) 民主党が大勝した8月30日の衆院選。島根の二つの選挙区では自民党が議席を占め「自民王国」を守った。島根1区で敗れた民主党の元県議、小室寿明氏(49)は比例選中国ブロックで復活当選。民主党はその勢いで「王国」の切り崩しを図る。来夏の参院選で、各党は再びぶつかる。(近藤修史)
「古里を守る」。島根2区で4選した自民党の竹下亘氏(63)は、夏の選挙戦中、選挙カーや街頭で、こう繰り返した。集落単位のミニ集会にも顔を出した。ある県議は「1票差でもおかしくなかった。追い詰められていた」と振り返る。陣営は、そんな危機感をバネにした。結局、前国民新党幹事長の亀井久興氏(70)に約2万7000票差をつけた。
島根1区では、前自民党幹事長の細田博之氏(65)が知名度を生かし、小室氏、共産党の石飛育久氏(31)らを抑えて7選を決めた。小室氏は比例選で復活当選し、民主党は、2000年に失った県内議席を9年ぶりに得た。
■ □
民主党は選挙の後、活発に動いた。民主党県連は、国への要望を業界などから聞き取る「2010民主政策・予算チーム」を結成。小室氏が代表に就き、約1か月で業界団体など約50か所を回った。
団体の多くは自民党を支援してきたが、政権交代で軸足を移す気配も出始めた。民主党県連幹部は「団体幹部の態度が変わった」と切り崩しに力を入れる。
自民党は、こうした動きをけん制する。これまで通りの支援を求め、自民党県連幹部らは年末、業界団体を巡った。県議会では、自民党議員連盟が、国への陳情受け付けを民主党幹事長室が一元化する新ルールに反対する意見書を提案し、可決させた。
□ ■
山陰道の斐川―出雲インターチェンジ間が開通した11月28日午後。出雲市内の体育館での祝賀式で、あいさつを終えた自民党の青木幹雄氏は舞台奥の出口に気付かず、1メートル余り下の客席前に飛び降りた。出席者は、75歳の健在ぶりに驚いた。
青木氏は、来夏の参院選で改選を迎える。自民党県連の選挙対策委員会が来年1月半ばにあり、県連幹部は「とにかく出てもらいたい」とする。
共産党は今月、石飛氏の参院選への立候補を発表した。民主党なども候補者擁立を急いでいる。
私たちによりよい暮らしをもたらすのは誰か、再び選ぶ機会が訪れる。
◇
年の瀬を迎えた2009年。この1年、県内で起きた出来事を、記者のノートから振り返る。
(2009年12月24日 読売新聞)
5795
:
名無しさん
:2009/12/24(木) 20:32:37
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20091224/CK2009122402000121.html
【群馬】
<取材メモから2009> 真夏の決戦 衆院選 自民に手痛い報い
2009年12月24日
群馬3区で初当選を果たし、支持者と抱き合って喜ぶ民主党の柿沼正明氏(中)=8月30日、太田市で
政権をかけた真夏の決戦。取材で最も気になったのは、民主党の看板公約「子ども手当」への自民党の批判の仕方だった。
子育て支援策として有効性や必要性は認めながら財源的に無理だという批判は、一理あると思った。事実、新政権は予算編成で苦しんでいる。
しかし、強く違和感を覚えたのは「国がお金を配り、子どもを生んでもらうのはいかがなものか」と、必要性自体を否定する姿勢が散見されたことだ。
ささいな問題と思われるかもしれない。ただ、私が重要だと思ったのは、こうした施策を望む人がいることへの認識が欠けていると感じたからだ。
また、選挙戦を通じて自民党陣営からよく聞いたのが「誰と戦っているか分からない」というぼやきだった。かつてない選挙運動を展開し、街角で会った有権者の反応は悪くない。それなのに、マスコミなどの世論調査は芳しくなく、途方に暮れている感じだった。
今振り返って思うのは、自民党が戦っていたのは民主党ではなかったのではないか、ということ。あまり目を向けてこなかった国民一人一人と戦っていたのではないか、ということだ。子育て支援策への姿勢にもそれが表れていたように思う。
八月三十日、民主党が圧勝し、政権交代が起きた。保守王国、自民王国と呼ばれた群馬でも、ベテラン候補が次々と落選し、“王国崩壊”となった。
新政権は今、公約を実現する難しさに直面している。過去の政権がしなかったことを公約に掲げた以上、越えなければならない壁だろう。
来年夏には参院選がある。民主党が公約に期待する国民にこたえられるか、対する自民党が国民との関係をどう築くのか、注視しているのは私だけでない。 (加藤益丈)
5796
:
名無しさん
:2009/12/24(木) 20:42:13
http://mainichi.jp/area/hiroshima/news/20091224ddlk34040320000c.html
広島この一年:/7 衆院選 /広島
◇保守王国一変、民主に風 政権交代に関心集まる
政権交代の旋風が県内でも吹き荒れた−−。民主党の圧勝で鳩山政権が誕生した8月30日投開票の衆院選。岩盤とも称される厚い保守地盤に支えられた広島でも、政界の潮流が激変する結果となった。
衆院選前までは、七つある小選挙区のうち、6区の国民新、亀井静香氏を除く6選挙区を自民党が占めていた。ところが、今回、自民党が議席を守ったのは1区の岸田文雄氏のみ。残りは、新人2人を含む民主党が5議席を自民から奪還、国民新党が1議席を守った。
小選挙区の県内の投票率は、69・32%と、96年の小選挙区・比例代表並立制導入後では最高だった。政権交代が起きるかどうかに有権者の関心が集まり、郵政民営化の是非が大きな争点となった前回選(05年)の投票率を1ポイント近く上回った。
民主党は「政権交代」を前面に訴え、鳩山由紀夫代表や小沢一郎代表代行(当時)ら幹部が続々と来広した。選挙戦終盤でも、街頭演説や決起集会などで新人や前職議員らの応援に立ち、勢いを加速させた。これに対し、自民の候補者たちは、連立与党を組んでいた公明党との連携を強化。実績や「政権担当能力があるのは自分たちだ」などと訴えた。自民の前職らは、置かれた状況を「暴風雨」「土石流」などと例えた。それほど、有権者の「怒り」は強かった。
比例代表の中国ブロックでは、民主党の得票数が都市部だけでなく、江田島市、安芸太田町、大崎上島町、世羅町を除く19市町で自民の得票を上回り、「第一党」に返り咲いた。また、民主党とともに共産党も票を伸ばした一方で、与党を形成していた自民、公明の両党は大きく票を減らした。さらに、社民と国民新も「自民か民主か」の政権選択争いの影に埋没した。
民主党政権の誕生から約4カ月。来夏には、有権者が審判を下す参院選が控えている。
◇来夏は参院選、有権者の審判は
真夏の決戦となった衆院選。選挙戦最終日の8月29日、私が担当した選挙区で選挙活動を終えた民主と自民の公認候補者にそれぞれ選挙戦の感想を尋ねた。民主候補者が「熱い、熱い戦いだった」と話したのに対し、自民候補者は「憂うつな選挙戦だった」と振り返った。対照的だった。
果たして、民主が躍進し、強固な地盤を引き継いだはずの自民前職らが落選。官房長官や党幹事長など要職を歴任した中川秀直氏がかろうじて比例で復活するなど、県内政界の勢力図が大きく塗り変わった。多くの無党派層、さらに自民支持層が「一度は政権交代があってもいいのでは」と、民主候補に一票を投じた結果だろう。
毎日新聞社の最近の世論調査では、9月の発足直後に77%あった鳩山内閣支持率は、55%にまで下がった。鳩山政権の政策がぶれていることに、市民が不安を感じているのだろう。来年夏の参院選では民主政権への審判が下される。小手先の選挙対策ではなく、将来の日本の進路を示す論戦を望んでいる。【加藤小夜】
5797
:
名無しさん
:2009/12/24(木) 21:41:13
>>5787
埼玉6区が顕著なんだが、公明候補がいたところは
自民の足腰がものすごく弱るんだよね
5798
:
チバQ
:2009/12/25(金) 21:53:28
http://mainichi.jp/area/kochi/news/20091225ddlk39040415000c.html
こうち2009:/下 衆院選&政権交代 /高知
◇変化への不安消えず
「今度は厳しい」「大変なことになりゆう」。衆院解散を目前にした7月中旬、7選を目指していた高知3区の山本有二氏(自民)は噴き出す汗をぬぐっていた。麦わら帽子姿で選挙区内を一軒ずつ歩き、支援者と握手を交わす。変わることのない選挙の原点。約20年間、議席を守ってきた意地を感じた一コマだった。
8月の衆院選。民主党への追い風に危機感を抱いた自民県連は、地道に支援者を回るどぶ板と、議員や支持団体などの組織の引き締めを徹底した。「これほど一枚岩になったことはない」(自民党県連幹部)戦いぶり。対立候補をそろえた民主、共産に加え、知名度抜群の前知事、橋本大二郎氏さえ、自民の牙城を崩せなかった。
地域経済が低迷し、公共事業に頼らざるを得ない高知で、自民候補は国の予算獲得などの実績を強調。ある建設業者は「(政権が)変わったら大変なことになる」とこぼした。加えて、惨敗した民主党県連も「変化に対する不安を解消することができなかった」と総括。県民は全国的な民主党圧勝の中でも、漂流した自公政権への不満を飲み込み、変化を望まなかったのだ。
しかし、その後誕生した鳩山政権では、矢継ぎ早の変化に地方は混乱した。「情報が出てこないので、県民への説明がつきませんよ」。10月上旬、ある県職員がため息をついた。麻生政権が実施した今年度補正予算の見直し。県は東京事務所を先頭に情報収集に力を入れたが、凍結対象事業や県への影響額などがなかなか伝わってこなかった。
結局、地域医療再生事業など当初予定から約94億円分の削減が県への影響とされ、独自の予算継ぎ足しなどで対応。越年せず11月補正には間に合ったが、依然として国と地方の間にある「壁」を感じた出来事だった。国が情報を握ったまま、地方が右往左往する。国と地方が対等な立場で情報や認識を共有しなければ、鳩山政権が進めようとする「地域主権」に影を落とすことにもなりかねない。
変わったもの、そうでないもの、双方が入り乱れた1年が過ぎようとしている。来年は参院選。県内では政党公認候補ら4人の顔ぶれが出そろうなど準備が本格化してきた。県民はどんな選択をするのだろう。【服部陽】
5799
:
チバQ
:2009/12/25(金) 21:57:15
http://mytown.asahi.com/aomori/news.php?k_id=02000000912250005
09回顧(6) 民主圧勝その後
2009年12月25日
全国的に「民主圧勝」となった8月の総選挙を取材中、五所川原市内で印象的な光景に出くわした。リンゴ畑の一角に、民主現職の顔写真などが載ったポスター。農家が場所を提供したのだろう。県を代表する農産物のリンゴと、農家の所得補償を公約に掲げる民主。政権交代への農家の期待の大きさを感じ、自民王国青森にも「変化」が訪れる兆しと受け止めた。
だが、結果は全国的な流れとは異なり、4小選挙区のうち五所川原市を含む1区以外は自民に敗れた。比例票は民主の約33万9千に対し自民は約23万2千と、10万票以上の差をつけたにもかかわらず、だ。候補者個人への支持は、まだ自民に及ばなかった。
県議会でも、民主は自民の会派に比べて少数派。「国政は与党、県政は野党」。そんな位置付けの中、県内の民主党関係者は政権交代を背景に、自らの「存在感」を高めようと動き始めている。
今月3日、民主党県連の田名部定男幹事長ら4人が青山祐治副知事のもとを訪れた。鳩山政権は、自治体が官僚に直接陳情するのを認めず、県連や総支部を窓口にして党本部に取り次ぐ新ルールを設けた。そこで県連などは県や市町村の要望に優先順位を付けるため、「意見交換の場を設けよ」という要求を突きつけに行ったのだ。
意見交換会は18日後の21日にあった。だが、国の予算編成のスケジュールなどから、県連はこの日を待たずに37の要望項目を党本部に伝えた後というちぐはぐさだ。
会議中、所用で退席しようとした蝦名武副知事を山内崇県議が足止めし、「もう少し早くこういう機会を」と訴えた。「私どもは県政では必ずしも与党と言われているわけではない。どちらかというと、野党という言われ方をしているわけで……」と吐露しつつ、「要望の優先度には我々としても配慮していかなければならない部分がある」。民主をもっときちんと扱ってほしいというメッセージだ。
政権交代と新ルールの導入で、県連への陳情などは盛んになったという。だが、県連幹部は「県内の首長らの対応は変わっていない。自民の方ばかり向いている」とみる。
自民党の山内和夫・県連幹事長も「これまでもいろいろな職域から要望などを受け取っていたし、それは今も変わらない」と認める。そのうえで、「(民主党は)マニフェストで訴えたことですら変わってきている。要望しても最終的にそれがどうなるのか先が見えない」と批判する。
新ルールには、首長らも気がかりな点があるようだ。ある首長は民主党県連への陳情後、「どういう形で反映してくれるのか。不安はある」と答えた。民主党県連の幹部は「政権の座についていざ金庫を開けたら、金がなかったということ。財政事情が変われば、見直しは当然出てくる」と弁明するが、国民はどう評価するのか。
来夏の参院選に向け、04、07年の青森選挙区で2連敗を喫した自民党県連は今回、候補者を公募し、県内各地で街頭演説会を開いている。民主党県連は総支部に推薦者を上げてもらい、来年1月8日の常任幹事会で候補者を決めるという。候補者選びに関しては自民の方がオープンに見え、「攻め」の姿勢が目立つ。
国の来年度予算の編成も本格化している。民主、そして地元の県連はそれらの中でどのような存在感を示せるのか、真価が問われる。(大西史晃)
5800
:
とはずがたり
:2009/12/25(金) 23:39:57
>>5798
>対立候補をそろえた民主、共産に加え、知名度抜群の前知事、橋本大二郎氏さえ、自民の牙城を崩せなかった。
今回の衆院選の2大戦略ミスがこいつと長崎でしょうな〜。
5801
:
神奈川一区民
:2009/12/25(金) 23:45:57
>>5800
おっしゃる通り。長崎氏も橋本氏も、渡辺氏に誘われたのに
断ったんですよね。山内康一氏の判断はもっと評価されても
いいと思いますよ。
5802
:
とはずがたり
:2009/12/25(金) 23:54:12
特に東海と近畿の惨敗した小泉チルドレンどもは死んでも死にきれない程後悔して欲しい所です。
5803
:
神奈川一区民
:2009/12/26(土) 00:03:52
>>5802
おっしゃる通り(笑)。そこが小泉チルドレンが残念なところです。
政治センス、ゼロ。民主党の新人も小泉チルドレンのようにならない
ように。しっかり、勉強して欲しいです。
5804
:
とはずがたり
:2009/12/26(土) 00:13:01
一区民さんの嫌悪する(俺も或る程度批判的な)軍隊式の小沢学校も一応本気に,真剣に,それを心配しての事だとは思うんですけどね>小泉チルドレンのようにならないように
1回生は雑巾掛けみたいな下らない日本的上下関係で抑えつけるのはどうかと思いますが,まあ小沢式の選挙戦術を基礎として叩き込んで貰うのも,舞い上がって4年間無為に過ごすよりはマシかなとは思います。
徐々に仕分け人みたいな陽の当たる場所への登用もしてあげたいところです。
5805
:
名無しさん
:2009/12/26(土) 00:19:15
とはいうものの、他のブロックでは、3区中山より低い惜敗率で復活している人もいるし
復活できなかったのは、比例定数や他の選挙区の結果によるところもある
1区田村も、民主追い風とはいえ支持層を大二郎と争う中ではさすがに厳しかった
これで都会なら、共産がいても勝てたかもしれないが、高知では・・・
衆院議員不在は痛いが、そこまで悲観することもないというか
別に自民が強いというわけではない
もう少しいいタマをそろえれば、意外に勝機は早く来る、とも思う
5806
:
名無しさん
:2009/12/26(土) 12:24:28
http://mainichi.jp/area/yamanashi/news/20091226ddlk19040219000c.html
09年:振り返って/下 /山梨
◇衆院選、民主が全選挙区制す 自民国会議員ゼロ−−8月
第45回衆院選が8月30日、投開票され、1区は小沢鋭仁氏、2区は新人の坂口岳洋氏、3区は後藤斎氏が当選。民主党が県内全選挙区を制した。自民党系候補が県内の衆院選挙区で議席を獲得できなかったのは初めてで、参院も含めて県内に同党所属国会議員はゼロとなった。
投票率は74・29%。96年の小選挙区制導入以来、最高だった前回05年の71・31%を上回り過去最高となった。
新政権では小沢氏が環境相に就任。県選出議員の入閣は97年の堀内光雄氏(通産相)以来となった。
◇県内初の裁判員裁判 「不安と戸惑いの3日間」−−10月
県内初の裁判員裁判が10月20日、甲府地裁で始まった。審理されたのは甲州市で6月に起きた殺人未遂事件。60歳の男性が無理心中を図り、同居の母を刺したとして起訴されていた。裁判員6人と補充裁判員2人が3日間の審理に参加した。
同地裁は10月22日、男性に懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。記者会見した裁判員は「不安と戸惑いの3日間で、たくさん涙を流した」などと感想を語った。
その直後、同27日には韮崎市で6月に起きた強盗傷害事件で2例目の裁判員裁判が同地裁で開かれ、29日に懲役9年の実刑が言い渡された。
◇北杜初の名誉市民・平山郁夫さん死去−−12月
日本画の大家・平山郁夫さん(79)が12月2日、死去した。
平山さんは04年7月、義兄の別荘があった北杜市長坂町小荒間に「平山郁夫シルクロード美術館」を開館し、自身の作品のほか40年以上にわたって収集してきたシルクロード周辺諸国の美術品などを収蔵していた。同市は05年10月、地元の文化・教育・観光振興への貢献をたたえ、平山さんに初の名誉市民の称号を贈っている。
今年5月には自身が講師となって市内の小学生を対象に絵画教室を開催するなど、地域住民にも親しまれており、多くの市民から追悼の声が聞かれた。
==============
◇今年下半期の県内の主な出来事◇
(肩書、年齢はいずれも当時)
◆7月
1日 富士山山開き。残雪で12年ぶりに登頂できず。
8日 笛吹市の廃棄物運搬・処分会社がごみの中から大量の1万円札(165万5000円分)を発見。持ち主は現れず、同社は10月に全額を地元自治会などに寄付。
26日 夏の高校野球山梨大会で山梨学院大付が優勝。9年ぶり4回目の夏の甲子園出場を決める。
29日 韮崎市穴山町で、今年1月から行方不明になっていた男性の遺体が発見される。その後、元板金塗装業の男(47)が強盗殺人罪などで起訴された。
◆8月
14日 山梨学院大付、甲子園の初戦で県岐阜商に6−14で敗れる。
30日 衆院選。県内全3選挙区で民主党が勝利。
◆9月
16日 鳩山内閣発足。山梨1区選出の小沢鋭仁氏が環境相として入閣。
21日 富士河口湖町の民宿に侵入したとして、富士吉田署が男を住居侵入容疑で逮捕。就寝中の女性客に睡眠薬を飲ませてわいせつ行為をしたなどとして準強制わいせつ罪などで起訴され、現在公判中。
◆10月
7日 駐車場でのトラブルで傷害罪に問われた被告に、甲府地裁が無罪判決。
9日 笛吹市石和町松本の住宅で火災。兄妹4人が死亡。
22日 県内初の裁判員裁判で、母親を刺して殺人未遂罪に問われた長男(60)に懲役3年、執行猶予5年の有罪判決。
◆11月
3日 都留市でスナック従業員の女性(49)が刺殺される。経営者の男(60)が殺人罪で起訴された。
8日 甲斐市のスナックで、経営者の女性(68)が刺殺される。客の男(61)が強盗殺人罪などで起訴された。
◆12月
2日 北社市の名誉市民でもある日本画の大家・平山郁夫さんが逝去。
5日 ヴァンフォーレ甲府が今季最終戦。J1昇格ならず。
5807
:
名無しさん
:2009/12/26(土) 13:24:49
http://mainichi.jp/area/kochi/news/20091225ddlk39040415000c.html
こうち2009:/下 衆院選&政権交代 /高知
◇変化への不安消えず
「今度は厳しい」「大変なことになりゆう」。衆院解散を目前にした7月中旬、7選を目指していた高知3区の山本有二氏(自民)は噴き出す汗をぬぐっていた。麦わら帽子姿で選挙区内を一軒ずつ歩き、支援者と握手を交わす。変わることのない選挙の原点。約20年間、議席を守ってきた意地を感じた一コマだった。
8月の衆院選。民主党への追い風に危機感を抱いた自民県連は、地道に支援者を回るどぶ板と、議員や支持団体などの組織の引き締めを徹底した。「これほど一枚岩になったことはない」(自民党県連幹部)戦いぶり。対立候補をそろえた民主、共産に加え、知名度抜群の前知事、橋本大二郎氏さえ、自民の牙城を崩せなかった。
地域経済が低迷し、公共事業に頼らざるを得ない高知で、自民候補は国の予算獲得などの実績を強調。ある建設業者は「(政権が)変わったら大変なことになる」とこぼした。加えて、惨敗した民主党県連も「変化に対する不安を解消することができなかった」と総括。県民は全国的な民主党圧勝の中でも、漂流した自公政権への不満を飲み込み、変化を望まなかったのだ。
しかし、その後誕生した鳩山政権では、矢継ぎ早の変化に地方は混乱した。「情報が出てこないので、県民への説明がつきませんよ」。10月上旬、ある県職員がため息をついた。麻生政権が実施した今年度補正予算の見直し。県は東京事務所を先頭に情報収集に力を入れたが、凍結対象事業や県への影響額などがなかなか伝わってこなかった。
結局、地域医療再生事業など当初予定から約94億円分の削減が県への影響とされ、独自の予算継ぎ足しなどで対応。越年せず11月補正には間に合ったが、依然として国と地方の間にある「壁」を感じた出来事だった。国が情報を握ったまま、地方が右往左往する。国と地方が対等な立場で情報や認識を共有しなければ、鳩山政権が進めようとする「地域主権」に影を落とすことにもなりかねない。
変わったもの、そうでないもの、双方が入り乱れた1年が過ぎようとしている。来年は参院選。県内では政党公認候補ら4人の顔ぶれが出そろうなど準備が本格化してきた。県民はどんな選択をするのだろう。【服部陽】
5808
:
とはずがたり
:2009/12/26(土) 15:09:45
>>5805
前回も保守地盤で善戦した中山女史には此処は復活して欲しかった所でした。愛媛1区,高知1区辺りは惜しかったです。
5809
:
チバQ
:2009/12/26(土) 22:32:21
http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/20091226/CK2009122602000093.html
ちばニュース<2> 真価問われる“与党2年目” 民主党圧勝
2009年12月26日
候補者の当選を喜ぶ民主党県連の長浜博行代表(左)と河野俊紀幹事長(右)、連合千葉の黒川悟会長=8月30日深夜、千葉市で
「風が吹くどころじゃない。房総半島の地殻変動だよ、これは」。今年の流行語大賞「政権交代」が実現した八月三十日深夜から翌三十一日未明にかけ、千葉市内の民主党県連で衆院選の開票速報を伝えるテレビを見ながら、県連代表の長浜博行氏の声はいつになく熱を帯びた。
県内十三小選挙区の勝敗は、「小泉旋風」が吹き荒れた前回選の一勝十二敗から十一勝二敗へと大逆転した。大臣との接戦の末に敗れた二候補も比例復活を果たし、さらに比例単独で二人が当選。普段はひょうひょうとした語り口の長浜氏が、興奮を隠せないのも無理はなかった。
安倍−福田−麻生と一年ごとに首相が代わった自民党への逆風を、民主党は追い風として受けた。政治献金問題で小沢一郎氏が五月に党代表を辞任し、鳩山由紀夫氏が新代表に就任。衆院選で唯一のマイナス要因も消え、街頭で活動する民主党の候補者たちは「(有権者から)好意的な声しかかからなくなった」と口をそろえた。
代表代行に就任した小沢氏は選挙担当として、県内でも特定郵便局長会や農協などと接触し、旧来の自民支持勢力の取り込みや切り崩しに成功。高まる政権交代への期待を背景に、「自民王国」の房総半島郡部でも猛烈に追い上げた。
首長選でも、三月の知事選こそ推薦候補が敗れたものの、六月の千葉市長選では民主市議だった熊谷俊人氏が、現職市長としては全国最年少で当選。米国のオバマ大統領のように「若さ」や「変革」といったイメージで都市部の有権者を引き付けた。
順風満帆に思える民主党だが、県連は一気に衆院議員十五人を抱える“大所帯”に膨れ上がった反動に悩まされている。十一月の市川市長選では候補者の一本化に失敗し、民主系の三人が立候補を表明。県連の指導力不足を露呈した。
来夏の参院選では、県連の候補者公募に三十六人が応じ、既に面接も終えた。しかし、現職の広中和歌子氏の意向は確認できておらず、県連幹部が「公募は時間稼ぎ」と漏らす始末。候補者の決定は、すんなりといきそうにない。
衆院選翌日、長浜氏は「達成感よりプレッシャーの方が大きい。評価される対象になり、これからが大変」と話した。それでも、今年いっぱいは“初心者マーク”付きの政権与党という雰囲気だった。参院選を控える来年は、有権者のより厳しい視線にさらされることになる。 (小林孝一郎)
5810
:
チバQ
:2009/12/26(土) 22:33:06
http://mytown.asahi.com/kagoshima/news.php?k_id=47000000912250003
09振り返って/衆院選
2009年12月26日
初めて小選挙区で勝利し、支持者らと万歳をして喜ぶ民主の川内氏(右)=8月30日、鹿児島市
8月30日夜。テレビの開票速報は、次々に全国の民主候補の「当選確実」を伝えた。流れるテロップを眺めながら、2005年の郵政選挙では自民候補の名前ばかりが流れていたことを思い出した。
全国的に自民には強い逆風が吹き荒れたが、集会や演説会の熱気は民主をはじめとする野党陣営とさほど変わらないように感じた。選挙取材は「自民王国・鹿児島」を肌で感じる日々だった。
小選挙区制導入以降、鹿児島で民主候補が自民を相手に勝ったことはない。当初は「今回もそうではないか」と思っていた。だが、取材を重ねていくうちに、これまでとは違う無党派層のうねりのようなものを感じた。
「マニフェストで子ども手当を出すと言っているから」「高速道路が無料化されると助かる」。百年に一度の大不況と言われた今年。県民が口にする新政権への注文はどれも生活と直結する切なるものだった。一向に上向かない停滞した経済状況に加え、選挙を経ずに首相をころころと入れ替えるなど、おごりが見えた自民党政権を打破してほしいという思いが見て取れた。
「自民の誰が首相になっても一緒。何も変わらない」「いっどどま、民主党に」。こんな声をたくさん聞いた。
あれから約4カ月。政権交代の余波は県内にも押し寄せている。公共工事の見直しで鹿児島市の二つの国道整備事業が「凍結候補」に挙がった。奄美市のおがみ山バイパス事業も着工延期になった。
「政権交代してから道路事業費の確保は危惧(き・ぐ)している」と鹿児島市の担当者。県内大手企業の幹部は「下りるはずだった補助金が凍結された」と口にした。また、天文館の飲食店主は景気が上向かないとぼやく。「相変わらず人が少ない。変わると思ったのに、何も変わらなかったよ」
1区で当選した民主の川内博史氏は「マニフェストで約束した政策を実現したい。その先頭に立つ」と約束した。雇用対策、農業振興、公共事業……。課題は山積みだ。
県民や国民の思いを背負って実現した政権交代。「国民との契約」であるマニフェストがどこまで守られるのか。県民生活にどんな影響を及ぼすのか。細かく取材し、日々伝えていかねばならない。
(三輪千尋)
5811
:
名無しさん
:2009/12/28(月) 21:25:12
http://mytown.asahi.com/saga/news.php?k_id=42000000912280007
現在位置:asahi.com> マイタウン> 佐賀> 記事
業界頼み「時代錯誤」 総選挙で民主躍進
2009年12月27日
当選を決め支持者とハイタッチする原口一博氏。新政権では総務相に就いた=8月30日、佐賀市神野東4丁目の事務所
当選を決め喜ぶ大串博志氏。新政権では財務政務官に就いた=同市久保田町の事務所
衆院選投開票日の8月30日夜、当選した民主党候補2人の事務所は沸き上がった。
原口一博氏(佐賀1区)は「私たちはこの手で歴史の扉を開いた。政権交代の船出です」と述べ、支持者とハイタッチ。大串博志氏(佐賀2区)は同級生に肩車され、「保守地盤の地域でみなさんと戦ってきた成果が表れた」と喜んだ。半月後、原口氏は総務相、大串氏は財務政務官に就任。2人は政権中枢のプレーヤーとして、今月25日に閣議決定された政府予算案づくりにも加わった。
「四面楚歌(しめんそか)の中、自民の王国を少しずつ崩し、ついに佐賀から大臣を出すところまで来た」。内閣が発足した9月中旬、園田泰郎・同党県連代表代行は感慨深げに語った。
元民社党県連委員長の園田氏は、新進党に合流後の15年間、原口氏と二人三脚で県内の「非自民勢力」結集に努めてきた。今回衆院選で自民による県内3選挙区独占を突き崩した。07年参院選で自民党の21連勝を阻んだ川崎稔氏(佐賀選挙区)も含め、県内選挙区選出の民主党国会議員は3人。一方、自民党は保利耕輔衆院議員(3区)、岩永浩美参院議員(佐賀選挙区)の2人(比例復活を除く)。民主は佐賀でも初めて「国政第一党」となった。
勢力交代は、比例区での得票でも明らかだ。民主党は最多の20万2683票(得票率40・63%)を集めてトップ。現行の小選挙区比例代表並立制が導入された96年以来4回連続で1位を守ってきた自民ですら、一度も得たことのない得票数だ。前回05年から3万4千票も減らし、得票率32%にとどまった自民との「王座交代」は際だった。
背景には自民支持層のほころびがある。正組合員6万人を擁する県内4農協の政治団体・県農政協議会は自民推薦を決めたが、約90ある支部から意見集約する過程で、少なくとも4支部は自民でまとまらなかった。「異論ゼロがあたりまえの農政協では『事件』。面従腹背の人はもっといたはず」(農協幹部)。
2区では、農協組合長自ら自民候補の選対本部長に就いてテコ入れしたが、朝日新聞社の世論調査では農林漁業者層の4割が「民主候補支持」と回答。神埼市の農家男性(48)は「私は独立した経営者。どの党がいいか自分で選ぶ。組織の押しつけなんて時代錯誤も甚だしい」と話す。
予算での見返りを期待し、業界団体が一致団結して「利益代表」の自民党候補に票を集めるという従来の「保守王国」の流儀では、今の閉塞(へい・そく)状況は打ち破れない――。そんな有権者の気分が、「政権交代期待層」の受け皿として台頭した民主を佐賀でも躍進させた、といえそうだ。
9月、自民県連の衆院選総括会議。地域支部長らから「政権の座にふんぞり返ってきた結果」「国民の思いと政策が乖離(かい・り)している」と厳しい意見が続出。県連は「再生委員会」を立ち上げ、改革を始めた。選挙プランナーを迎えて12月26日に開いた2度目の委員会。福岡資麿県連会長は30人の委員に呼びかけた。「民主政権がつまずいているのに、自民には求心力が出て来ない。どう選挙に強い組織にしていくか考えてほしい」
来夏には参院選が控える。民主が地歩を固めるか、自民が巻き返すか。ほかの各党は存在感を示せるか。民意をとらえる競争はもう始まっている。(市川雄輝)
◇
■衆院選・佐賀3小選挙区の得票
◇1区
[当] 96618 原口 一博50 民前〈社〉〈国〉
75475 福岡 資麿36 自前〈公〉
1568 木場 健35 諸新
◇2区
[当] 86098 大串 博志44 民前〈社〉
[比当]79243 今村 雅弘62 自前〈公〉
2119 牧原 正朗36 諸新
◇3区
[当] 93681 保利 耕輔74 自前〈公〉
30346 柳瀬 映二55 社新〈民〉
24529 広津 素子56 み前
10142 瀬戸 雄也30 共新
2233 橋山 穂波48 諸新
※投開票日(8月30日)現在の満年齢。四角囲みの政党は推薦。[比当]は比例区での当選
5812
:
チバQ
:2009/12/31(木) 15:16:58
http://mainichi.jp/area/kumamoto/news/20091231ddlk43070200000c.html
武者返し:’09年末ワイド どうなる自民党 /熊本
「おれの地元では負けてないと思うけど」。
衆院選の投票を4日後に控えた8月下旬、自民党の候補者が演説する横で、県連幹部の県議が快晴の青空とは対照的に顔を曇らせていた。何度も選挙をやってきた自分の足元でさえ、票が読めない。自民党がどれだけ支持を失っているかが見えないでいた。
そんな追い詰められたような不安は的中する。県内5小選挙区で「1勝4敗だ」と自嘲(じちょう)気味に予想する自民党有力者もいた中、3議席を守る底力を見せたものの、民主党や社民党の候補の比例復活当選を許し、「保守王国・熊本」でも地殻変動を実感させられた。全国的には総崩れとなり、政権が交代した。
その余波はまだ残っている。今、来夏の参院選熊本選挙区の候補者選考が進んでいるが、自民党に政権奪還に向かうような盛り上がりは今のところ感じられない。おそらく、予備選を実施するとはいえ、ほとんど結果が見えているからだろう。今は、解党するぐらいの気持ちで立て直しを図らなければ、野党根性が染み付いてしまうと思うのだが。
小選挙区制は、大きな流れができてしまうと、ある一つの政党が大勝する可能性の高い仕組みであることが良く分かった。政権交代が可能な制度だと。政権を取った民主党がいつ、かつての自民党のような硬直した政治に陥らないとも限らない。となると頑張るべきは、もう一方の巨党である自民党だ。
地方政界で依然として多数を握っていることに慢心せず、「敵失」を待つだけでなく、いつまでも「真夏の敗戦」を引きずることなく、次の政権交代を見据えてどれだけのダイナミズムを生み出せるか。来年の最大の見どころだ。
毎日新聞 2009年12月31日 地方版
5813
:
名無しさん
:2009/12/31(木) 15:26:50
http://mainichi.jp/area/kumamoto/news/20091231ddlk43070200000c.html
武者返し:’09年末ワイド どうなる自民党 /熊本
「おれの地元では負けてないと思うけど」。
衆院選の投票を4日後に控えた8月下旬、自民党の候補者が演説する横で、県連幹部の県議が快晴の青空とは対照的に顔を曇らせていた。何度も選挙をやってきた自分の足元でさえ、票が読めない。自民党がどれだけ支持を失っているかが見えないでいた。
そんな追い詰められたような不安は的中する。県内5小選挙区で「1勝4敗だ」と自嘲(じちょう)気味に予想する自民党有力者もいた中、3議席を守る底力を見せたものの、民主党や社民党の候補の比例復活当選を許し、「保守王国・熊本」でも地殻変動を実感させられた。全国的には総崩れとなり、政権が交代した。
その余波はまだ残っている。今、来夏の参院選熊本選挙区の候補者選考が進んでいるが、自民党に政権奪還に向かうような盛り上がりは今のところ感じられない。おそらく、予備選を実施するとはいえ、ほとんど結果が見えているからだろう。今は、解党するぐらいの気持ちで立て直しを図らなければ、野党根性が染み付いてしまうと思うのだが。
小選挙区制は、大きな流れができてしまうと、ある一つの政党が大勝する可能性の高い仕組みであることが良く分かった。政権交代が可能な制度だと。政権を取った民主党がいつ、かつての自民党のような硬直した政治に陥らないとも限らない。となると頑張るべきは、もう一方の巨党である自民党だ。
地方政界で依然として多数を握っていることに慢心せず、「敵失」を待つだけでなく、いつまでも「真夏の敗戦」を引きずることなく、次の政権交代を見据えてどれだけのダイナミズムを生み出せるか。来年の最大の見どころだ。
毎日新聞 2009年12月31日 地方版
5814
:
チバQ
:2010/01/14(木) 23:22:46
http://mainichi.jp/area/aomori/news/20100113ddlk02010057000c.html
県選管:昨夏衆院選、報告書公表 運動費用平均696万円 コンビニで節約も /青森
県選挙管理委員会は12日、政権交代をもたらした昨年8月の衆院選の選挙運動費用収支報告書を公表した。真夏の選挙で飲料代などがかさんだが、支出額に上限があるため、コンビニエンスストアで弁当を安くしたり、事務所費を節約するなどして切り詰めていた。しかし、政党支部などからの収入がない候補者は自己資金を充当せざるを得なく、組織的支援のない候補者の厳しい懐事情がうかがえる。【矢澤秀範】
公職選挙法は選挙運動費の支出に上限を設けており、衆院選は選挙区の有権者に15円をかけ、固定額1910万円を足した金額になっている。昨年の衆院選は、青森1区が2432万円▽2区2275万円▽3区2304万円▽4区2378万円だった。
報告書によると、支出額のトップは大島理森氏(自民)の1905万円で、木村太郎氏(自民)の1509万円、田名部匡代氏(民主)の1417万円と続いた。16候補者の平均は696万円で、計約2000万円が公費負担額だった。
いずれも大部分は人件費と事務所費に費やされ、1食の上限が1000円の弁当をコンビニで安く買う候補者が多かった。事務所費では、54万円で最少の吉俣洋氏(共産)が党県委員会に置いて浮かせるなどしていた。
真夏の選挙だったため、飲料代に加えて保冷剤やタオル、日よけのサンバイザーなどの購入に充てられたのも特徴。長期戦を戦い抜くため、のどあめや栄養ドリンクを買った候補者もいた。また、選挙区が広いため、ビジネスホテルを利用する候補者もいた。選挙カーの燃料代や選挙ポスター、演説会用の看板などは公費から支出された。
収入には、政党支部や団体、個人からの寄付のほか、候補者本人の自己資金も充てられた。横山北斗氏(民主)と中野渡詔子氏(同)を除く民主、自民の公認候補者は、500万円以上を「軍資金」として受け取り、他は自己資金を充てていた。自民党本部の公認が得られなかった津島淳氏は自己資金1000万円を投じており、無所属で国政選挙に出るハードルの高さをうかがわせた。
供託金は衆院選小選挙区で300万円、比例代表で600万円で、小選挙区は有効投票総数の10分の1の得票がなければ没収され、公費も適用されない。県内では昨年、7人が供託金没収となった。
今夏の参院選は、選挙区が全県1区となる。07年参院選では、1候補者の支出上限額が3918万円で、今夏も資金力が問われそうだ。
5815
:
チバQ
:2010/01/14(木) 23:23:22
==============
◇衆院選小選挙区候補者の収支◇
(単位・万円)
選挙区 候補者 収入 支出 支出内の公費負担額
1区 横山北斗 (民主) 501 650 205
津島淳 (無属)1414 1039 202
升田世喜男(無属) 669 878 209
渡辺英彦 (社民) 550 405 0
吉俣洋 (共産) 54 54 0
上田一博 (諸派) 518 201 0
2区 江渡聡徳 (自民) 700 526 248
中野渡詔子(民主) 706 860 185
熊谷ヒサ子(無属) 256 219 0
森光浄 (諸派) 513 199 0
3区 大島理森 (自民)2000 1905 245
田名部匡代(民主)1174 1417 244
中西修二 (諸派) 553 231 0
4区 木村太郎 (自民)1527 1509 248
津島恭一 (民主) 745 692 212
石田昭弘 (諸派) 589 286 0
※得票順、無属は無所属、敬称略
5816
:
チバQ
:2010/01/16(土) 16:47:37
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/osaka/news/20100116-OYT8T00088.htm
衆院選費用平均615万円
府内小選挙区候補者 前回選から大幅減少
府選管は15日、昨年8月の衆院選で府内19の小選挙区から出馬した候補者の選挙運動費用を公表した。1人当たりの平均は615万円と、2005年の前回選から217万円の大幅減となった。
公表したのは、選挙違反事件に絡んで関係書類を押収され、収支を報告できなかった3人を除く77人分。支出額の多い上位3人は、いずれも落選した1区の中馬弘毅氏(自民、2294万円)、6区の福島豊氏(公明、1990万円)、4区の中山泰秀氏(自民、1815万円)。当選者では、最も多いのが12区の樽床伸二氏(民主)の1398万円、少ないのは6区の村上史好氏(民主)の513万円。
平均支出額が下がった背景には、幸福実現党の候補者計18人(いずれも落選)の支出額が90万〜180万円程度と相対的に低かったほか、不況による収入減で各陣営が支出を抑えたことがあるとみられる。
(2010年1月16日 読売新聞)
5817
:
チバQ
:2010/01/16(土) 16:49:51
http://mainichi.jp/area/nara/news/20100113ddlk29010486000c.html
収支報告:平均支出は560万円 昨年衆院選、各陣営−−県選管 /奈良
県選管は、昨年8月の衆院選に立候補した各候補者陣営の収支報告を発表した。全15陣営の平均支出額は法定選挙運動費の約4分の1に当たる約560万円だった。各陣営の支出は次の通り。(敬称略)
【1区=法定選挙運動費2354万6700円】馬淵澄夫(民主)372万4314円▽栗岡真由美(諸派)221万3968円▽森岡正宏(自民)1118万4706円▽井上良子(共産)211万7733円【2区=同2358万2600円】高市早苗(自民)1254万1192円▽西ふみ子(共産)145万4929円▽滝実(民主)640万7042円▽田中孝子(諸派)116万2878円【3区=同2347万5800円】豆田至功(共産)197万5026円▽吉川政重(民主)566万710円▽尾崎貴教(諸派)126万4406円▽奥野信亮1352万8348円【4区=同2314万8200円】田野瀬良太郎(自民)1259万9124円▽赤松明宏(諸派)124万4062円▽大西孝典(民主)696万156円
5818
:
とはずがたり
:2010/01/16(土) 21:59:37
政治変動<広島1区> 自民「かつてない激戦」 '09/8/5
http://www.chugoku-np.co.jp/senkyo/syuin/09/News/hiroshima/Sh09080502.html
30日投開票の衆院選の公示(18日)まで2週間と迫った。政権を懸けた4年ぶりの決戦を前に、前哨戦が熱を帯びる広島県内の7小選挙区の情勢と構図をみる。(衆院選取材班)
▽民主、無党派層を狙う
2005年の前回衆院選まで過去4度の小選挙区の戦いは、自民党前職の岸田氏が議席を守り抜き、他候補の比例代表中国ブロック(定数11)での復活当選も許さなかった。この4年で念願の入閣も果たした岸田氏だが、党に吹き付ける逆風に「かつてない激戦」と危機感を隠さない。
系列の自民党県議は「従来の支援者からでさえ『比例は自民に入れない』との声をたくさん聞いた」と話す。そんな状況を6期目を目指す岸田氏自身も肌身で感じている。「できるだけ多くの人に生の訴えを聞いてほしい」と初当選以来続ける街頭演説を増やした。地域の会合や行事もこまめに顔を出す。
追う民主党新人の菅川氏。昨年9月の第1次公認から漏れ、第3次で公認を得たのは今年2月。陣営幹部は「昨秋、選挙になっていたら相当厳しかっただろう」と打ち明ける。今春以降、小沢一郎代表代行や新党日本の田中康夫代表の来援も得ながら、後援会や連合広島傘下の労組の支援態勢を整えた。
政権交代を旗印に掲げる党を前面に出し、自転車で回ったり、商店街を練り歩いたりして無党派層への浸透を狙う。立候補表明が解散後だった前回の得票は岸田氏の55%。菅川氏は「まだ差は大きくは変わらない、と思っている。だが、風を取り込めれば逆転は可能だ」と意気込む。
二大政党に、党の消長を懸ける共産、社民両党が挑む。共産党新人の藤本氏は、労働者派遣法改正や後期高齢者医療制度の撤廃を掲げる。「自公政権の退場」を訴え、民主党との政策の違いも強調する。社民党新人の上村氏は、中国地方の小選挙区で唯一の同党公認候補。広島市中心部での街頭演説にこだわり、被爆地から護憲の訴えを強めている。
幸福実現党新人の山本氏は減税などの政策をPRする。無所属新人の中村氏は大学入試全廃を訴える。6人が立候補を予定するのは中国地方の小選挙区で最も多い。
5819
:
とはずがたり
:2010/01/16(土) 21:59:52
政治変動 <広島2区> 3度目対決、自民危機感 '09/8/6
http://www.chugoku-np.co.jp/senkyo/syuin/09/News/hiroshima/Sh09080601.html
▽民主、地域回りを徹底
「逆風ではない。暴風雨だ」。自民党前職の平口氏は3日夕、広島市佐伯区での集会で支援者約100人を前に、有権者から寄せられる党への厳しい声をこう言った。
集会の出席者からも「麻生降ろし」などでドタバタ劇を繰り返した党への不満が噴き出す。「謙虚に反省し、直すべきは直してご期待に応えたい」。平口氏は深く腰を折った。
危機感を募らせる平口氏は週末だけでなく、平日の昼間にも主婦や中高年の支援者を集めた集会を開く。毎朝のように、JR駅前や国道沿いに立ち、各地の行事に顔を出す。公示後には自転車での遊説も初めて計画するなど、「やれることは何でもする」(陣営幹部)との姿勢である。
平口氏と民主党比例前職松本氏との対決は2003年、05年に続く3度目となる。
03年は、自民党系が国土交通省OBの平口氏を含む3人立候補し、松下政経塾出身の松本氏が次点の平口氏に約2万票差をつけて初当選した。05年の「郵政選挙」では平口氏が、約1万7千票差で雪辱を果たし、初の議席を獲得した。松本氏は比例代表中国ブロック(定数11)で復活当選した。
松本氏は前回、敗れはしたが、獲得票数を前々回に比べ3万票余り伸ばしていた。そして今回、「街頭での有権者の反応はさらによくなっている」と手応えを口にする。各駅前や大型商業施設近くでの街頭演説を重ねる以外は、地域を隅々まで巡る活動を徹底し、政権交代の必要性を訴え続けている。
「選挙は企業の営業活動に近い。新規の顧客を開拓しないと票は伸びない」と陣営幹部。佐伯区や西区の住宅密集地を中心に、無党派層への浸透拡大を図っている。一方で、国民新党の推薦を得たことで郵便局長たちでつくる政治団体が支援を決定。連合広島傘下の労組も活発に動くなど手堅い支援組織も持つ。
今回、共産党は比例代表重視の戦術から、2区への候補者擁立を見送った。前回は新人が約1万3千票を得た。同党が「自公政権を終わらせる」と掲げる中、両陣営とも「共産票」の多くが、民主党に流れるとの見方を示す。
幸福実現党新人の宮内氏は消費税の廃止などを訴えている。(衆院選取材班)
5820
:
とはずがたり
:2010/01/16(土) 22:00:26
>「選挙区北部の強化が鍵。北部だけで1万票を上積む」と陣営幹部。公示5カ月前に擁立が決まった前回、安芸高田市と山県郡2町で、河井氏と無所属で立候補した石橋良三自民党県議(61)の獲得票を合わせると約1万8千票差をつけられた。
>自民党支持が根強い北部で肩を並べれば、無党派層が多い広島市部でひっくり返すことができる、との戦略を描く。
まあ大体構想通りに戦えた感じか。
http://members.at.infoseek.co.jp/tohazugatali/seiji/shu-hiroshima00.html
#3-09
政治変動<広島3区> 民主「郵政」で北部強化 '09/8/8
http://www.chugoku-np.co.jp/senkyo/syuin/09/News/hiroshima/Sh09080803.html
▽自民、比例との結束図る
自民党比例前職の増原氏は3日、広島市安佐南区で開いた選対会議で、党への逆風を組織戦でかわす決意を示し「ひと声運動や推薦はがきが、非常に重要となってくる」と後援会幹部に念を押した。
2003年から自民党は3区で、小選挙区と比例代表中国ブロック(定数11)で候補者を選挙ごとに入れ替える「コスタリカ方式」を、増原氏と自民党前職の河井克行氏(46)の間で導入してきた。
党本部は昨秋、「組織の弱体化を招く」として同方式の廃止を打ち出したが、「今回限り」「2人の協力態勢構築」を条件に継続を認めた。
増原氏にとって6年ぶりの3区での戦い。「ポスターが古いまま」「高齢化で集会が開けない」。当初、支援者には不満や戸惑いもくすぶり、「一から出直すつもりで回った」と秘書は言う。
比例に回る河井氏との協力態勢づくりも課題だ。2人は過去2度3区で対決した経緯があり、しこりも残る。1996年は自民党の河井氏が新進党だった増原氏を破り、00年は無所属で立候補した増原氏が雪辱、自民党入りした。
3日に立ち上がった増原氏の選対本部で顧問に就任した河井氏。ここにきて、後援会会員に増原氏のビラを配り始めた。党への逆風の危機感から「結束」へとかじを切る。
前回に続く挑戦となる民主党新人の橋本氏。党のイメージを前面に出し「政権交代」を訴える。6月以降、鳩山由紀夫代表、前原誠司副代表たちが次々と3区入り。党の「重点区」と位置付けている。
「選挙区北部の強化が鍵。北部だけで1万票を上積む」と陣営幹部。公示5カ月前に擁立が決まった前回、安芸高田市と山県郡2町で、河井氏と無所属で立候補した石橋良三自民党県議(61)の獲得票を合わせると約1万8千票差をつけられた。
自民党支持が根強い北部で肩を並べれば、無党派層が多い広島市部でひっくり返すことができる、との戦略を描く。
国民新党の推薦を得たことで郵便局長たちの政治団体がバックアップに回る。郵政関係者の紹介でこれまで足場がなかった北部でもミニ集会を繰り返す。「今まで入れなかった地域で顔を見る」。増原氏の陣営は警戒を強める。
前回、争った社民、共産両党が候補者擁立を見送る「追い風」も吹く。「日に日に民主党への期待を感じる。ただ、風だけでは勝てない」と話す橋本氏は一方で、落選後の4年間、ひたすら地域を回ってきたと自負もにじませた。
幸福実現党新人の日高氏は、消費税廃止などの政策を訴える。(衆院選取材班)
5821
:
とはずがたり
:2010/01/16(土) 22:05:45
>自動車関連産業が集積する安芸区や安芸郡では、マツダ労組出身者が会長を務める連合広島のバックアップを受けている。
>中川氏と空本氏の接戦が予想される要因の一つが06年の東広島市長選。05年の衆院選で中川氏の選対幹部だった当時県議の蔵田義雄氏が立候補表明し、遅れて中川氏の次男も名乗りを上げた。結果は蔵田氏が圧勝。分裂した自民党支援者の一部は今回、空本氏支援を打ち出す。
>中選挙区時代の旧広島2区では、自民党支持者は候補者ごとに対立した。「今も遺恨を引きずる人はいる」と自民党系市議。中川氏が4月に家族への「世襲制限」を宣言したのは、地元では「しこり解消のけじめ」と受け止める向きが強い。
結果
http://members.at.infoseek.co.jp/tohazugatali/seiji/shu-hiroshima00.html
#4-09
政治変動<広島4区> 市長選しこり 自民懸念 '09/8/9
http://www.chugoku-np.co.jp/senkyo/syuin/09/News/hiroshima/Sh09080902.html
▽民主、集会重ね手応え
10選を狙う自民党前職の中川氏に、民主党新人の空本氏が挑む。都市、農村部を併せ持つ選挙区は政策の争点が幅広く、支援の構図は、過去の市長選の恩讐(おんしゅう)が複雑に絡み合う。
中川氏は、県内で立候補を予定する自民党前職では最多当選。2005年の前回衆院選まで過去4回の小選挙区は、次点に約7万〜4万票差で圧勝した。だが、今回の情勢は「黄信号」と自ら分析し、危機感を抱く。
小泉、安倍政権では党の国対委員長や幹事長を務めたが、麻生太郎首相とは政策面などで対立を深めた。先頭に立った「麻生降ろし」は不発で、地元でも賛否が分かれた。
中川氏は、地元に張り付き、基盤固めを続ける。党内有数の政策通で、公務員の天下り禁止や社会保障の充実を主張。消費税増税には慎重な考えだ。「政治生命の総決算となる戦い。政策で選んでほしい」と訴え、民主党のマニフェスト(政権公約)の財源批判を展開する。
一方の空本氏。03年の衆院選から3度目の挑戦となる。日ごろから選挙区を車や自転車でくまなく回り、街頭演説やミニ集会を重ねてきた。「過去2回の選挙は相手の背中がまったく見えなかったが、ようやく見えてきた」と手応えを語る。
農村部では、農産物の生産と販売の差額赤字分を、国が農家に直接支払う「農業者戸別所得補償制度」をPR。自動車関連産業が集積する安芸区や安芸郡では、マツダ労組出身者が会長を務める連合広島のバックアップを受けている。
8日は民主党の岡田克也幹事長を招いて東広島市の事務所で決起集会を開いた。「政権交代を果たし、活力ある地域、日本を再構築する」と訴えた。
中川氏と空本氏の接戦が予想される要因の一つが06年の東広島市長選。05年の衆院選で中川氏の選対幹部だった当時県議の蔵田義雄氏が立候補表明し、遅れて中川氏の次男も名乗りを上げた。結果は蔵田氏が圧勝。分裂した自民党支援者の一部は今回、空本氏支援を打ち出す。
中選挙区時代の旧広島2区では、自民党支持者は候補者ごとに対立した。「今も遺恨を引きずる人はいる」と自民党系市議。中川氏が4月に家族への「世襲制限」を宣言したのは、地元では「しこり解消のけじめ」と受け止める向きが強い。
前回衆院選で約1万票を獲得した共産党は候補者擁立を見送る。幸福実現党新人の沖氏は街頭演説で知名度のアップを図っている。(衆院選取材班)
5822
:
とはずがたり
:2010/01/16(土) 22:08:00
政治変動<広島5区> 民主、島しょ部浸透に力 '09/8/10
http://www.chugoku-np.co.jp/senkyo/syuin/09/News/hiroshima/Sh09081001.html
▽自民、都市部で実績訴え
2004年の補選と05年の前回、接戦を演じた自民党前職の寺田氏と民主党比例前職の三谷氏が、激しく競り合う。補選は約7400票差、前回は約6200票差で寺田氏が制した。三谷氏は前回、比例代表中国ブロック(定数11)で復活当選。今回は初の前職対決となる。
「私の場合はいつも厳しいが、今回は大変に大変に厳しい」。寺田氏は、街頭演説や国政報告会で今まで以上の危機感を口にする。
寺田氏は過去2回、故池田行彦元外相から地盤を引き継いだ竹原市や島しょ部で大きくリード。積み上げた「貯金」で、呉市中心部では優勢だった三谷氏をかわした。
今回は島しょ部などでの守りを固めつつ、市中心部での浸透拡大を図る構え。小、中規模の集会を重ね、防衛政務官を務めた実績や、元財務官僚の経験を生かして進めた基盤整備の成果を訴える。陣営幹部は、後援企業などが「今までになく組織固めに力を入れてくれている」と話す。
麻生自民党には「逆風」が吹く。寺田氏は総裁選での麻生氏の推薦人。応援団「結束の会」のメンバーでもあり、「最後まで支える」と経済対策も前面に出す。
三谷氏は、4年間こまめに地元を回り、新人のころは出席できなかった会合にも招かれ、あいさつするなど浸透をみせる。呉市出身の強みもあり小中高校の同窓生たちが、勝手連を組織して支援。連合広島傘下の労組も積極的に動く。
官僚主導の政治や天下りを批判する三谷氏は、党のマニフェスト(政権公約)の確実な実行を掲げる。6月以降、鳩山由紀夫代表、松下政経塾の後輩である前原誠司副代表、岡田克也幹事長が来援し、政権交代に向けた機運を盛り上げる。
島しょ部への浸透について、陣営幹部は「ポスターは前回の数倍張った。自民党の地盤が固い地域で、民主党を応援してもいいという雰囲気が芽生えてきた」。三谷氏も「前回までポスターやあいさつを断っていた人たちの対応が違う」と手応えを口にする。
共産党が候補者擁立を見送った。前回、同党新人が獲得した約7700票の行方も焦点の一つ。幸福実現党新人の塚本氏は国防力の強化などを訴える。(衆院選取材班)
5823
:
とはずがたり
:2010/01/16(土) 22:08:35
>>5818-5823
政治変動<広島6区> 構図一変「見えぬ対立軸」 '09/8/9
http://www.chugoku-np.co.jp/senkyo/syuin/09/News/hiroshima/Sh09080901.html
▽「ホリエモン旋風」から4年
郵政民営化が争点になった2005年の衆院選。広島6区には、元ライブドア社長の堀江貴文氏(36)が自民党の支援を受けて立候補し、国民新党の亀井静香氏(72)、民主党の佐藤公治氏(50)たちと激戦を演じた。あれから4年。堀江氏の姿はなく、佐藤氏が参院に転じた民主党は亀井氏支援に回る。「劇場型」として全国の注目を集めた前回とは一変した構図で、18日の公示を迎える。
「勝ち組」の象徴とされた東京・六本木ヒルズ。自宅があるマンションの一室でTシャツにジーンズ姿の堀江氏は当時を振り返った。「何かを変えてほしい。そういう期待をする人が支持してくれたんじゃないかな」
亀井、佐藤両氏らとの激戦は連日、メディアで取り上げられた。有権者の関心も高く、投票率は79・57%と03年時を10・45ポイントも上回った。
亀井氏に敗れはしたが、得票は8万4433票。多くの有権者が情報技術(IT)で急成長した若き「改革の旗手」に期待を寄せたのも事実だった。
尾道、三原市の瀬戸内沿岸から、三次、庄原市などの中国山地までを貫く広島6区。8日は、前回の衆院解散からちょうど4年。「ホリエモン旋風」は有権者の遠い記憶となった。
▽民・国連携 自民予定者は前職元支援者
堀江氏を下した国民新党前職の亀井氏は、今回は民主党と協力関係を取る。7月24日に尾道市であった事務所開きでは、長年争った佐藤氏が「政権交代を懸けた戦い。思いを託し、応援させていただきたい」と声を張り上げた。
自民党新人の小島敏文氏(58)は、25年間の広島県議の経験を前面に「地方目線」を強調する。ただ、地方政治家として長らく亀井氏を支援してきた。共産党新人の花岡多美世氏(52)、幸福実現党新人の胡本協子氏(58)も立候補を予定する。
一変した構図に有権者には戸惑いもある。尾道市の会社員男性(35)は「前回に比べ、明確な対立軸を見いだしにくい」と話す。
前回、堀江陣営に加わった6区の支援者の多くは今も口を固く閉ざす。「何かを変えてくれる」という高揚感は、堀江氏が旧証券取引法違反罪に問われる被告となったことで急速に冷めた。「話題づくりに踊らされたのかも」との自戒の声も漏れる。
「あの時は変革への期待があった。いまさら政権選択と言われても…」。堀江陣営のボランティアを取りまとめた府中市の介護福祉士女性(56)は、4年前の「祭り」をこう振り返り、続けた。
「この地域をどうしていくのか。変えてもらうのではなく、自分たちが変える選挙にしなくては」(田儀慶樹、松本恭治)
【写真説明】決起集会で支援者と気勢を上げる広島6区の立候補予定者(8日、三次市)
5824
:
とはずがたり
:2010/01/16(土) 22:09:20
>>5818-5824
民主「最後のチャンス」<広島7区> 自民、足元固め4選目指す '09/8/12
http://www.chugoku-np.co.jp/senkyo/syuin/09/News/hiroshima/Sh09081201.html
自民党前職の宮沢氏と、民主党比例前職の和田氏による事実上の一騎打ち。3度目の対決を前に、両陣営とも「接戦を制す」と激しくにらみ合う。
前々回は宮沢氏が約1万7千票差で辛勝し、和田氏は比例代表中国ブロック(定数11)で復活初当選。郵政民営化を最大の争点に、自民党に追い風が吹いた前回は宮沢氏がさらに票差を広げた。和田氏は2008年4月、衆院山口2区補選に立候補した当時の比例前職の自動失職に伴い、繰り上げ当選した。
「地域に応援団をお持ちの皆さんの力添えで、苦しい選挙を立て直したい」。宮沢氏は5日、福山市の事務所に集まった市議会の2会派の市議に深々と頭を下げた。「地をはうような戦いがいるんです」
宮沢氏の系列市議が多い明政会と、一定の距離を保つ水曜会。ともに12人の市議会最大勢力だが、前回は水曜会の一部市議が和田氏を応援した。足元を固めるため、宮沢氏が水曜会幹部と調整し、総勢24人となる2会派の市議の一本化を図った。
企業や7地域ごとに設けた後援会を軸にした大型選対で、4選を目指す宮沢氏。2会派の協調に「これまで以上に強力な布陣ができた」と話す。
5日夜は麻生太郎首相とJR福山駅前でマイクを握り、公示後も谷垣禎一元国土交通相が来援を予定する。景気対策や安全保障政策を前面に、おじの故宮沢喜一元首相から継いだ「宮沢王国」を守る構えだ。
対する和田氏は、今回を「最後の決戦」と位置付ける。民主党の公認基準では、小選挙区で3連敗した前・元職は原則、非公認となるためだ。「私にとっては最後のチャンス。党にとっては政権交代の最大のチャンス」。8日に市内で開いた決起大会で、和田氏は危機感と期待感を交錯させて支援を訴えた。
08年4月の繰り上げ当選後、週1、2回のペースで街頭演説を重ねる。地域の盆踊り大会で踊りの輪に加わり、祭りでみこしを担ぐなど「地域密着」をアピールしてきた。
住民主導のミニ集会に夫人を連れて出席する機会も増えた。集会を企画した男性(68)は「『政策を聞きたい』と連絡したら、すぐに来た」とフットワークの軽さを評価する。
5日には、市内であった国民新党の決起大会に出席した和田氏。6区前職の夫人とともに支援を要請した。中選挙区の旧広島3区時代から市内で息づく「反宮沢票」の取り込みにも懸命だ。
前回、約1万4千票を獲得した共産党は候補者擁立を見送る。幸福実現党新人の横山氏は消費税撤廃を訴える。(衆院選取材班)
5825
:
とはずがたり
:2010/01/16(土) 22:12:40
2・5・7区で前職対決 '09/8/19
http://www.chugoku-np.co.jp/senkyo/syuin/09/News/hiroshima/Sh09081902.html
県内7選挙区のうち、6区を除く6選挙区で自民党と民主党が直接対決する。2、5、7区では自民党前職と民主党の比例前職が事実上の一騎打ち。5区の2004年補選を含めると、3選挙区とも3回連続で同じ顔ぶれの対決で激戦は必至だ。
7区は、おじの元首相から継いだ「王国」の維持を掲げる自民党前職と、「最後のチャンス」と訴える民主党比例前職がしのぎを削る。
自民党前職は大型選対を組んで組織を固める一方、従来に増して細かく地域を歩き、支持拡大を図る。民主党比例前職も徹底して地域を回る一方、中選挙区の旧広島3区時代から残る6区の国民新党前職の支援者取り込みを進める。
5区では、中央とのパイプや実績を強調する自民党前職と、「政権交代」を前面に出す民主党比例前職が激しく競り合う。市街地の無党派層への支持拡大と、自民党支持層が厚い島など周辺部の攻防が激化しそうだ。
2区は、自民党前職が、比例中国で単独立候補した同党元職とセットで党支持層の掘り起こしに懸命。民主党比例前職は郵政関係者の支援を得て支持基盤を強化しつつ、地域をくまなく巡る。
4区は、10選を狙う自民党前職が、過去の東広島市長選のしこりなどを背景に、民主党新人の挑戦に危機感を強める。3区も自民党比例前職と民主党新人の事実上の一騎打ち。自民党支持が根強い山間部の攻防を焦点に混戦となりそうだ。
6区は、11選を目指し地盤固めに余念がない国民新党前職を自民、共産両党の新人が追う。1区は中国地方最多の6人が立つ。自民党前職に民主、共産、社民党などの5新人が挑む構図である。
1、6区以外で擁立を見送った共産党の票の行方も焦点の一つ。幸福実現党は全選挙区に新人を擁立した。(城戸収)
【写真説明】広島1区の立候補者の第一声に耳を傾ける支援者たち(広島市南区)
5826
:
とはずがたり
:2010/01/16(土) 22:13:25
自民候補推薦は7割弱 広島県内の36団体 '09/8/20
http://www.chugoku-np.co.jp/senkyo/syuin/09/News/hiroshima/Sh09082004.html
▽自主投票への移行も
18日公示された衆院選で、広島県内の各業界の計36団体に候補者や政党への推薦状況を聞いた。小選挙区で7割弱がいずれかの自民党候補を推薦、比例代表は約6割が自民党を推薦した。民主党を推薦する団体は前回に続きゼロで、構図は大きく変わらなかった。ただ自民党推薦から自主投票に切り替えたり、推薦はしても実質的に会員の判断に任せたりする団体もみられた。
1〜7区のすべてか一部で自民党候補を推薦するのは、7割弱の25団体。27団体だった前回(40団体対象)と比べ、割合は同水準だった。比例代表も約6割に当たる22団体が自民党を推薦した。県パン工業協同組合は「給食での食育推進など、パンの消費拡大に理解がある」と説明する。
一方、県管工事業協会、県土地家屋調査士会、県針工業協同組合の3団体は、前回は自民党を推薦したが、今回は自主投票に切り替えた。同様の動きは前回、2団体であった。県管工事業協会は「景気が悪く仕事が減少しており、自民への推薦は会員の理解を得にくい」という。
民主今回もゼロ
「政権選択選挙」と言われる中で、民主党を推薦する団体は前回に続き、選挙区、比例代表ともゼロだった。「民主党から推薦要請が届けば検討はしたが、要請が来ていない」とする団体もあった。自民党を推薦したものの「会員には民主党支持の声もあり、実質的に個々の判断に任せている」との声も聞かれた。
どの候補、政党とも推薦しないのは約3割の11団体で、前回の12団体とほぼ同水準だった。県銀行協会や日本チェーンストア協会中国支部など8団体は「顧客層が広く、特定の政党や候補を支援できない」などとして、前回と同じ対応を決めた。
対応割れた6区
対応が割れたのは6区。自民党推薦は10団体で、1人を選ぶ小選挙区にもかかわらず、6団体が自民党と国民新党の候補2人を同時に推薦した。国民新党推薦も4団体あった。
自民党と国民新党を推した県漁協連合会は「両者とも漁業振興に理解があり、苦渋の選択をした」と説明する。推薦をしない団体でも「双方から依頼が来たが、各社で支持が異なるため自主投票にした」との声もあった。
比例代表では15団体が自民を推薦、4団体が自民と公明を推薦した。さらに2団体が自民と国民新党、1団体が自民、公明、国民新党を推薦している。
5827
:
とはずがたり
:2010/01/16(土) 22:14:35
「1日遅れ」選挙戦突入 6区の県北部、候補者続々 '09/8/20
http://www.chugoku-np.co.jp/senkyo/syuin/09/News/hiroshima/Sh09082005.html
衆院選広島6区の北部地域である三次市や庄原市などで19日、選挙カーからの訴えが響き始めた。国民新党前職の亀井静香氏(72)の強固な地盤なことや、尾道市などの沿岸部に人口が集中している影響で、候補者たちは「公示から1日遅れ」の県北入りとなった。
「難しい場所なのは重々承知。あえてご支援をお願いします」。自民党新人の小島敏文氏(58)は選挙カーからの呼び掛けを中心に、県北を駆け抜けた。陣営は「亀井氏の地盤なので知名度はいまひとつ。地道に訴える」と話す。
亀井氏は昼前、県北入りし、街頭演説や三次市での集会に臨んだ。自民党系市議や民主党の支持者も集う。20日も県北を回るが、その後は留守部隊に任せ、国民新党の候補者の応援に全国を巡る。陣営は「楽観ムードが出てはならない」と引き締めを図る。
共産党新人の花岡多美世氏(52)は20日、幸福実現党新人の胡本協子氏(58)は23日にそれぞれ県北入りする。(梨本晶夫、桜井邦彦)
【写真説明】ドライバーと握手し、支持を訴える広島6区の候補者(三次市内)
5828
:
とはずがたり
:2010/01/16(土) 22:15:03
民主・国民新、連携強める 6・7区、対自民の構図鮮明 '09/8/20
http://www.chugoku-np.co.jp/senkyo/syuin/09/News/hiroshima/Sh09082006.html
衆院選で広島6区の国民新党前職の亀井静香氏(72)が、7区の民主党比例前職の和田隆志氏(46)への支援を強めている。民主党と国民新党が選挙協力した2007年の参院選以降も亀井、和田両氏の連携は表面化していなかったが、政権を懸けた決戦が「与野党対決」の構図を浮き彫りにした。
「民主党と政策は大方合っている。協力して新風を起こそう」。18日夜、福山市新市町の公会堂であった国民新党新市支部の出陣式。亀井氏はそう和田氏に語りかけ、出席した約100人の前でがっちりと握手を交わした。
国民新党の推薦を受ける和田氏が戦うのは、故宮沢喜一元首相のおいで、4選を目指す自民党前職の宮沢洋一氏(59)だ。与党の枠組みで公明党の推薦を受ける。
亀井氏にとって福山市は今は隣の7区。だが、自民党の衆院議員だった中選挙区時代の名残で市北部を中心に支援者は多い。出陣式は比例代表中国ブロックで党の票を獲得するためだが、和田氏にとっても民主、国民新の両党の協力関係をテコに、7区に「1万以上」との見方がある亀井氏の支持票を取り込む狙いがにじむ。「私は亀井党」。和田氏はそうアピールもする。
一方、7区の議席維持をかける宮沢氏。「こちらは、こちらの選挙をやるだけ」。19日に市内のスーパー前で街頭演説を終えた後、亀井、和田両氏の連携について淡々と話した。陣営は「かつて自民党に所属していた亀井、宮沢両氏の支持層は重なる部分も多い。いかにつなぎ留めるかがが鍵になる」と警戒する。
亀井氏と、宮沢氏のおじの故喜一元首相は小選挙区へ移行時に6、7区でのすみ分けを約束した。以降、元首相の地盤を引き継いだ宮沢氏の時代になっても宮沢、亀井両後援会はそれぞれの区で一部融合している。こうした事情もあり、亀井、和田両氏の連携は進んでこなかった。
事態が変わったのは4月。かつて喜一元首相の秘書を務めた自民党新人の小島敏文氏(58)が6区からの立候補を表明。同時期に民主党も亀井氏推薦を決めた。「小島氏と戦う6区の構図が固まったことで和田氏を応援する口実が整った」と亀井陣営の幹部は明かす。
宮沢氏と和田氏の事実上の一騎打ちとなっている選挙戦。7区に今も少なくない「亀井党」の支持者をどうたぐり寄せるか、両陣営の綱引きは激しさを増している。(与倉康広)
5829
:
とはずがたり
:2010/01/16(土) 22:16:08
>>5828
> 亀井氏と、宮沢氏のおじの故喜一元首相は小選挙区へ移行時に6、7区でのすみ分けを約束した。以降、元首相の地盤を引き継いだ宮沢氏の時代になっても宮沢、亀井両後援会はそれぞれの区で一部融合している。こうした事情もあり、亀井、和田両氏の連携は進んでこなかった。
> 事態が変わったのは4月。かつて喜一元首相の秘書を務めた自民党新人の小島敏文氏(58)が6区からの立候補を表明。同時期に民主党も亀井氏推薦を決めた。「小島氏と戦う6区の構図が固まったことで和田氏を応援する口実が整った」と亀井陣営の幹部は明かす。
5830
:
とはずがたり
:2010/01/16(土) 22:22:51
>平口と松本は期せずして19日、海を渡り江田島市に入った。父の出身地で親類も多い平口の「牙城」だ。
江田島でのみ平口は勝利
http://members.at.infoseek.co.jp/tohazugatali/seiji/shu-hiroshima00.html
#2-09
焦点区を歩く<広島2区> 朝立ち場所取りも激戦 '09/8/20
http://www.chugoku-np.co.jp/senkyo/syuin/09/News/hiroshima/Sh09082007.html
▽1勝1敗 前職が対決
激戦は「朝立ち」の場所取りから始まる。
公示から一夜明けた19日午前6時半。広島2区の自民党前職平口洋(61)は、広島市西区の国道2号交差点に立った。車で通勤する会社員たちに約2時間手を振った後、選挙カーに乗り込んだ。
民主党比例前職の松本大輔(38)も平口と同じ場所に立つはずだった。だが、平口が先に陣取る。別の場所に移らざるを得なかった。「お互い必死。週末以外は毎朝6時半から街頭に出る。バッティングも起こる」と松本は言う。
6年前から続く
2人の「朝立ち」は2003年の衆院選前から続く。この時は無所属の会だった平口を含む自民党系の3人が立候補する中、民主党の松本が初当選。「小泉旋風」が吹き荒れた05年の前回は、平口が約1万7千票差をつけて雪辱し、初の議席を獲得した。松本は比例代表中国ブロック(定数11)で復活当選した。
この4年間、2人とも「常在戦場」と国会会期中もほぼ毎週末選挙区に戻った。上京する月曜の朝は国道沿いや駅前に立ち続けた。1勝1敗。前職同士で迎える今回の勝敗は政権の行方も左右する。
18日、西区の事務所前であった平口の出陣式。自民党県議や市議約20人が並び、大竹、廿日市、江田島市の市長、推薦する公明党県議も駆け付けた。03年に対決し、今回は票の上積みのため比例中国に立った自民党元職の姿もあった。万全の支援態勢だが、平口は「大変厳しい。暴風雨の中での船出」と危機感を隠さない。
7月21日の衆院解散以降、ミニ集会は約30回を数えた。支援者からは麻生太郎首相の失言や「麻生降ろし」と呼ばれた党内の対立への批判が噴き出した。そのたびに「反省すべきは反省する」と理解を求めた。党への逆風をかわそうと、自転車での遊説を始めた。「やれることは何でもやる」と言い切る。
相手の「牙城」へ
平口と松本は期せずして19日、海を渡り江田島市に入った。父の出身地で親類も多い平口の「牙城」だ。
前回は投票総数約1万1千票の同市で、松本は約5千票差をつけられた。以来、島内をこまめに歩き「ポスターもだいぶ張れるようになった」と手応えを感じ取る。有権者が多い西区や佐伯区を「主戦場」としながら、国民新党の推薦で郵便局長たちの政治団体の支援を得て、山間部や島しょ部にも食い込む。
公示日の18日、西区のJR西広島駅前で行った松本の第一声。「この4年間、待ちに待った。歴史をつくる夏。語り継がれる選挙にしよう」。戦後初の8月投開票の衆院選に、自分の勝ち越しを重ね合わせた。
前回新人が約1万3千票を得た共産党は候補者擁立を見送った。「共産票」の多くは、民主党に流れる公算が大きい。幸福実現党新人の宮内香織(45)は教育改革などを訴える。=敬称略(永山啓一)
5831
:
とはずがたり
:2010/01/16(土) 22:31:37
>>5826
>広島県内の各業界の計36団体に候補者や政党への推薦状況を聞いた。小選挙区で7割弱がいずれかの自民党候補を推薦、比例代表は約6割が自民党を推薦した。民主党を推薦する団体は前回に続きゼロで、構図は大きく変わらなかった。ただ自民党推薦から自主投票に切り替えたり、推薦はしても実質的に会員の判断に任せたりする団体もみられた。
1〜7区のすべてか一部で自民党候補を推薦するのは、7割弱の25団体。27団体だった前回(40団体対象)と比べ、割合は同水準だった。比例代表も約6割に当たる22団体が自民党を推薦した。
県パン工業協同組合…自民
県管工事業協会、県土地家屋調査士会、県針工業協同組合の3団体…前回は自民党推薦→今回は自主投票(同様の動きは前回、2団体であった)
どの候補、政党とも推薦しない…約3割の11団体(前回12団体) 県銀行協会・日本チェーンストア協会中国支部など8団体は前回と同じ対応を決めた。
対応が割れたのは6区…自民党推薦は10団体で、6団体が自民党と国民新党の候補2人を同時に推薦した(県漁協連合会など)。国民新党推薦も4団体あった。
。
比例代表…
15団体が自民を推薦
4団体が自民と公明を推薦
2団体が自民と国民新党
1団体が自民、公明、国民新党を推薦
11団体…自主投票
3団体…??
5832
:
とはずがたり
:2010/01/16(土) 22:42:37
焦点区を歩く<広島4区> 地域はう自民元幹事長 '09/8/22
http://www.chugoku-np.co.jp/senkyo/syuin/09/News/hiroshima/Sh09082206.html
▽3度目に迫る民主新人
公示翌日の19日。広島4区の自民党前職の中川秀直(65)は、東広島市の住宅団地を選挙カーで巡った。助手席窓から身を乗り出し、支持者を見つけると手を握った。その合間、腰に手を当て顔をしかめる。
「疲れが腰に出るタイプ」と秘書が明かす。解散後だけでも、200カ所以上で演説を重ねた。体重は3キロ減った。「初心に戻って戦う」と中川。当選9回、党幹事長まで務めたベテランが、地域をはうように回る。
息子と腹心争う
浮上のきっかけがなかなかつかめない今の党勢。もう一つ、中川が危機感を強めるわけがある。2006年4月の東広島市長選。衆院議員を8期務めた義父俊思(故人)の代から60年来の地盤で息子と自らの腹心が争った。
先に立候補表明をしたのは、05年衆院選で中川の選対幹部を務めた当時県議の蔵田義雄(57)。その5日後、中川の次男(39)も名乗りを上げる。自民党が分裂した選挙は、蔵田が圧勝した。「オヤジと息子で権力を独占するのか、との批判が市民の中にもあった」。中川自らそう認める。
市長選から3年4カ月。今回衆院選で「蔵田シンパ」を中心に自民党支持者の一部が、民主党新人の空本誠喜(45)の応援へと動いた。21人の自民党市議団も少なくとも数人が離反したとみられる。市長選の「しこり」に加え、中選挙区時代に根強くあった党支持者間の対立も引きずる。
40年支持に決別
19日夜、東広島市高屋町であった空本の個人演説会。地元の市議が応援弁士に立った。「中川さんに対抗する」。四十数年支持してきた自民党への決別宣言だった。蔵田もマイクを握る。郵政民営化や「麻生降ろし」などに疑問を示し「みなさんの熱気を衆院選にぶつけてほしい」と結んだ。
最後に登壇した空本は「年金や医療、介護、農業などすべての政策や制度が崩壊しようとしている」と自民党政治を批判し、政権交代を訴えた。
中川の元腹心である蔵田自身、衆院選へのスタンスを「平等、中立」と言う。公示日の18日は両陣営の出陣式でそれぞれ激励のあいさつをした。中川の個人演説会にも近く出席する予定だ。
中川は過去2回、空本を退けた。03年は約3万6千票差、05年も約4万2千票差。有権者の半数近い14万1千人を抱える東広島市で大きく勝ち越してきた。
その「本丸」で響く不協和音を一掃しようと、中川は「世襲制限」を宣言し、今回の選挙に臨んだ。対する空本陣営は「市長選があったからこそ、今回の接戦になった。攻勢をかける」。21日、空本は午前7時から東広島市のJR八本松駅前に立った。
「東広島決戦」―。広島4区はその様相を一層強めながら、選挙戦中盤に入る。
幸福実現党新人の沖ゆり(54)は、憲法改正などを訴える。=敬称略(下久保聖司、境信重)
5833
:
とはずがたり
:2010/01/28(木) 01:20:50
>>4061-4069
の続き行きます。
政権選択の夏
(11)民・社に不協和音
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/feature/0001/fe_001_090820_01.htm
「民主党の子ども手当2・6万円は、はっきり言ってバラマキ政策だ。連立政権を組んだらバラマキ政策を(改めて)、子どもたちの居場所作りの政策に変える」
社民党の阿部知子は19日朝、神奈川県のJR藤沢駅前でマイクを握り、江ノ電からJRに乗り換える通勤客らに訴えた。党の政審会長として「民主党にもの申す」自らの存在感をアピールしたものだ。
阿部の「敵」は、自公政権だけではない。政権交代が実現すれば、連立を組むことになる民主党の中塚一宏とも火花を散らしている。民主・社民両党の選挙区調整が失敗に終わったためだ。
2005年の前回衆院選で、阿部は3期連続の比例復活当選を果たした。中塚は重複した比例でも復活できず、落選。ただ、阿部の2倍の票を獲得した。
今回の衆院選に向け、民主、社民両党は、中塚と阿部の対決を解消しようと調整を進めた。「阿部を神奈川1区か同4区にくら替えさせ、12区は中塚で」との案も浮上したが、12区で戦い続けてきた阿部は反発し、くら替え案をけった。
「私は現職(前議員)。向こうは、票は多いとはいえ、落選中の身。くら替えするなら、落選した人がするべきだ」
12区にこだわる阿部も、勝算が見込めているわけではない。
阿部を支持する旧社会党時代からの党員は高齢化が進み、頼みとしてきた労組票も民主党へ流れた。07年参院選の神奈川選挙区で、社民党候補の得票は04年の時より半減し、供託金没収の憂き目にあった。党組織の弱体化は著しい。
民主党と社民党が争うのは全国で15選挙区ある。このうち、阿部と国会対策委員長の日森文尋(埼玉13区)の2人は、前議員として民主党候補と戦う。
「政権交代は必要だが、民主党と近づきすぎると、大波にのまれる」(阿部陣営)。阿部が直面するジレンマは、社民党が抱える本質的な問題でもある。
これに対し、民主の中塚は、阿部よりも、自民党の桜井郁三との対決に重点を置く。19日午前、寒川町での出陣式では「一部の人に金と権力が集中しており、これが長期政権の弊害だ。政権交代が起これば日本の歴史に新しい一ページを加えることができる」と力説。政権交代の機運を高め、党への追い風を一身に集めたい考えだ。
矛先を向けられた桜井は「政権交代は手段であって、目的ではない。民主党は目的があやふやだ」と切り返す。
◇
じっとり汗ばむ暑さとなった公示日の18日朝。社民党元県議の米山昇は新潟市での第一声で「長期政権の膿を出す大手術だ。(新政権では)民主党の暴走を食い止めるチェック機能を果たさせてほしい」と訴え、民主党との連立政権に意欲を示した。
だが、その一方で7日の街頭演説では「民主党代表は死んだ人から金をもらっている」と民主党代表の鳩山由紀夫を痛烈に批判してもいた。民主党候補、鷲尾英一郎への敵対意識からだ。
前回衆院選で米山は鷲尾を支援した。鷲尾は小選挙区で敗れたが、比例選で復活当選した。今回、共闘が崩れた理由として、米山側は鷲尾の「協定違反」を挙げる。
協定とは2001年12月に民主、社民両党県連が交わした政策協議合意事項のことだ。脱原発や護憲など12項目からなり「前回も協定踏襲が口頭で確認された」(社民党県連)。ところが、鷲尾は原発容認や保守的な歴史認識を唱え、社民党側の神経を逆なでした。選挙区内には東京電力柏崎刈羽原子力発電所が存在する。社民党の柏崎市議は「事務所のくい1本から面倒を見たのに」と鷲尾への不満を隠さない。
民主党県連は「前回は正式な協定ではなかった」と反論。鷲尾も「前回は社民党の協力で当選したとの認識を持っていない」と切り捨てる。新潟県での社民党組織の地盤沈下が民主党側の強気につながっているとの指摘も多い。
自民党の近藤基彦側は、「反自民票」の分裂に期待を隠さない。陣営幹部はこう本音を漏らす。
「鷲尾の票を食ってくれるよう、米山を陰ながら応援しているよ」(敬称略)
(2009年8月20日 読売新聞)
5834
:
とはずがたり
:2010/01/28(木) 01:21:24
政権選択の夏
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(12)都心の新住民 動向は
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/feature/0001/fe_001_090821_01.htm
20日昼。財務・金融相の自民党の与謝野馨は東京都新宿区の選挙事務所で、急きょ記者会見を開いた。18日の出陣式でしゃがみ込んだりしたことで、3年前に咽頭(いんとう)がんを患った記憶が周囲によみがえったためだ。
与謝野は顔色も良く、「朝ご飯の食べ方が少なく、水もあまり飲まなかった。自分の不注意」と説明。「何ともない。本当に限界までやろうと思う」と“健在”をアピールした。
東京1区は、与謝野と民主党の元政調会長・海江田万里が議席を争ってきた。これまで2勝2敗の五分。今回もがっぷり四つの戦いだ。
接戦となる要因の一つは、首都の「新住民」が票の流れを左右し、その動向が読みにくいことだ。国政の中心、繁華街といったイメージが強い1区も、都心回帰傾向でマンション建設が続き、人口が増えている。1区住民の約7割がマンション住まい、との見方もある。「高層マンションはオートロック。チラシを投げ込めば管理人に怒られる。そもそも昼間は不在だ」。与謝野陣営幹部はぼやく。
与謝野は19日夜、千代田区で開かれた演説会で活動を本格的に再開。珍しく外交政策に触れ、「昭和の初め、日本は(米国と)外交上の冒険、火遊びを続け、バッと広がって戦争になった。(日米関係の)どこをどう変えるかをちゃんとおっしゃらないと、また冒険主義に陥る」と、民主党を厳しく批判した。
陣営の懸念は、民主党が大勝した7月の都議選の余波だ。千代田区では、都議6期を務めた自民党都連幹事長の内田茂が、民主党新人によもやの敗北を喫した。
むろん、与謝野には、今回の選挙では公明党の選挙協力の援軍が加わる。都議選の自民、公明両党得票数を東京1区当たりで換算すると9万1065票となり、民主党の8万7150票を、実は上回る。
それでも与謝野は、地区別に神社や区民館で会合を重ねるなど、地道な組織固めに徹する。無党派層を取り込もうと、「ツイッター」と呼ばれるインターネットの投稿・閲覧サイトと、ホームページでの動画を活用。ツイッターには「PC好きの与謝野。実は事務所のパソコンも本人の自作!」といったくだけた紹介が並ぶ。
一方、海江田は18日夜、大勢の利用客らが集うJR四ツ谷駅前を出陣式の場所に選び、代表の鳩山由紀夫を招いた。鳩山は「与謝野財務相の胸を借り、四つ相撲で海江田さんが勝利することが政権交代を果たす唯一の道だ」と支持を訴えた。
2005年の衆院選で落選後、海江田は街頭演説を重ねた。昨年秋以降だけで約1800か所に達した。「車が入り込めず、一度も足を踏み入れたことのない所までくまなく1区全域を回った」と振り返る。
だが、新住民の動向を読み切れないのは、海江田も同じだ。千代田区などは他地域からの通勤者らで「昼間人口」が多く、有権者を探し出すのすら難しい。
6日午前8時、海江田は約1時間、新宿区の地下鉄・東新宿駅近くに立った。駅から出てくる人には目もくれず、駅に向かう通勤客らに「おはようございます。一生懸命やります」とひたすらビラを配った。
有権者に届いたのかどうか。終了後、記者団に手応えを聞かれると、海江田は「ビラを渡した人の中で、『有権者率』は4割ぐらいかな。難しい」と苦笑いした。(敬称略)
(2009年8月21日 読売新聞)
5835
:
とはずがたり
:2010/01/28(木) 01:24:15
数日前には鳩が(小沢氏とは)一蓮托生ではないといってたけどw
政権選択の夏
(13)公明 自民と一蓮托生
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/feature/0001/fe_001_090822_01.htm
「自民党から学んだことは『責任』の2文字だ」
公明党代表の太田昭宏は衆院選公示日の18日、東京都北区のJR赤羽駅東口での演説会で、麻生首相を前に自民党を持ち上げた。
麻生もマイクを握ると、「定額給付金、ぼろくそ言われましたよ。しかしやらせていただくと、えらい評判がよくなった」と“麻生節”で応じた。
両党が連立して10年。内閣支持率低迷が続く麻生とそろい踏みする太田を関係者は「もはや自民党と一蓮托生(いちれんたくしょう)だ」との思いで見つめた。
実際、太田陣営は自民党票を期待する。前回衆院選では八代英太・元郵政相が自民党を離れ、無所属で立つなど、過去2回とも苦戦だった。代表として初めて臨む今回は八代が新党大地から北海道比例選で出ることもあり、自民党は北区、足立区議らが14日に初めて選挙対策本部を設け、太田支援でほぼ一本化された。太田は10日、北区の自民党支持者との会合で「推薦をいただき、負けるわけにはいかない」と力を込めた。
比例選との重複立候補を見送ったのも「組織が緩む」との判断からだ。他地域の公明党の小選挙区候補も重複立候補はしていない。それでも、先の東京都議選で吹き荒れた自民党への逆風は公明党にも襲いかかる。読売新聞社の衆院選序盤調査では同党の小選挙区候補が苦戦していることが浮き彫りになったが、同党を支える創価学会員は各地で比例ブロック票の積み上げに懸命で、「東京はオール東京で引き締めるしかない」(地方の創価学会関係者)。代表といえども援軍を期待しにくい。
一方、民主党の青木愛は小沢代表代行を政治の師と仰ぐ「小沢チルドレン」の一人だ。当初は小沢自身が太田に挑む案もあったが、小沢は公示直前、現職参院議員だった青木をくら替え出馬させた。
約3分間の街頭演説を1日約50か所こなし、出遅れの取り戻しに懸命だ。小沢の秘書が街宣車の後ろに乗用車でぴたりと付き、ワイヤレスマイクで指示するなど、青木の戦い方を組み立てる。
公示前には青木が誰もいない駐車場に向かって「政権交代」を訴える場面もあった。公示日には輿石東参院議員会長が北区のJR王子駅前での演説で「太田さんの背中が大きく見えてきた」と激励。公示日がくしくも青木の誕生日だと輿石が紹介すると、青木は涙ぐんだ。輿石は「目立ちたがり屋でなく、切れ味ある演説もないが、堅実だ。それを売り込めばいい」と、青木のキャラクターを浸透させることが有効と見ている。
◇
党幹事長や国土交通相を歴任した冬柴鉄三は、衆院選直前に突然出馬表明した新党日本代表の田中康夫への怒りが収まらない。
「私は家財道具もすべて売り払い、後へ戻ることが出来ないようにして尼崎に来た」
冬柴は7日夜、兵庫県尼崎市での講演会で、大阪府から移り住み、過去7回の衆院選ですべて当選した自負をあらわにした。返す刀で「田中さんは住民登録しないと選挙権は与えられない。自分の名前すら書けない人が市民に『私の名前を書いて』とは、党利党略が過ぎる」と切り捨てた。
「尼崎への思い」の強さを訴える戦術だが、創価学会員が多く、関西の「牙城」の一つとされる尼崎で負けられない事情もある。
田中は知名度を前面に、阪神大震災の被災地に支援に入った経験を強調するなど「落下傘」の印象払拭(ふっしょく)に躍起だ。第一声では「尼崎には長いものに巻かれない信念と行動力がある」と持ち上げた。ただ、地元の民主党関係者には不満がくすぶる。前回衆院選で冬柴に敗れ、参院議員に転じた室井邦彦も「『民主党に風が吹いているのに、なぜ』との声が寄せられている」と戸惑う。
公明党が公認候補を擁立した8小選挙区で、民主党公認候補と戦わない場所はここだけだ。(敬称略)
(2009年8月22日 読売新聞)
5836
:
とはずがたり
:2010/01/28(木) 01:26:26
政権選択の夏
(14)共産の新戦略 効果は
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/feature/0001/fe_001_090825_01.htm
「この京都から、日本共産党躍進の大きな波を起こしていただきたい」
猛暑の18日公示日。共産党委員長、志位和夫の必死の訴えが、京都市中心街の四条河原町に響き渡った。
共産党トップが選挙戦初日から京都市に駆けつけたのは、理由がある。共産党は、比例票の上積みを狙って、ほぼすべての小選挙区に候補を擁立する従来の方針を転換し、152選挙区と約半分に絞り込んだ。そうした中で、党国会対策委員長の穀田恵二が出馬した京都1区は、党が全国で唯一、「必勝区」と位置づける最重要選挙区だからだ。
京都は「共産党の牙城」とも呼ばれ、1978年まで30年近く続いた革新府政の影響が今なお色濃く残る。京都市議会(定数69)で共産党は現在、20議席を有し、民主党系の14を上回り、自民党の22に迫る。
伝統の地盤を守ろうと、共産党は隣県の党員、議員らもフル動員して、1区の知人の紹介を求めている。
今回は、自民党の支持基盤にも切り込んでいる。
13日、JR京都駅前。街宣車に掲げられた垂れ幕には、応援弁士の党書記局長、市田忠義と並び、西陣織工業組合理事の名前が記されていた。
京都の織物業界は、自民党の伊吹文明の支持基盤で、組合はその中核組織だ。通行人から、「へえ、なんでや」と驚きの声もあがった。
実は、7月21日の穀田の事務所開きでも、同組合副理事長の山崎清一郎が出席した。組合は政治組織を通じて自民党を支援する一方、共産党との連携を図るかのような動きに出たのだ。
「憲法の考え方とかは全然違うが、共産党は伝統産業のために、よう動いてくれる。景気を良くしてくれるのなら何党でも応援する」というのが山崎の弁だ。
選挙に汗を流す穀田の首には、いつも西陣織のネクタイが光る。小泉政権が進めたクールビズによってネクタイの売り上げが落ち込み、自民党への不満がくすぶる業界の共感を得る「作戦」だ。
読売新聞の情勢調査では、共産党は比例選で公示前勢力の9議席を固め、上積みを狙う勢いを見せる。比例選を重視した新戦術が功を奏している形だ。だが、京都1区では民主党の平智之、自民党の伊吹に後れをとり、苦戦が続く。
穀田陣営の幹部は「今回、大量にある反自民票の受け皿が、穀田ではなく、民主党の平に流れてしまっている」と焦りを隠さない。
共産党は、京都1区では「財界優遇、対米追従から脱却できるのは共産党だけ」と民主党との違いを訴えている。共産党候補者のいない「党空白区」では、民主党の小選挙区選候補への投票を事実上容認する一方、「比例選だけは共産党に投票してほしい」と呼び掛けている。党内には、「有権者には分かりづらいかも知れない」との不安の声も出ている。
8月中旬、小選挙区の戦いに危機感を強めた市田は、京都市内の穀田の事務所で、畳に正座し、スタッフに訴えた。
「比例を軸に共産党支持の大波を起こそう。そうでないと、穀田の勝利はない」(敬称略)
(2009年8月25日 読売新聞)
5837
:
とはずがたり
:2010/01/28(木) 01:27:26
政権選択の夏
トップ
(15)国民新 郵政に執念
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/feature/0001/fe_001_090826_01.htm
だみ声が、道路の向かい側まで響いた。
国民新党の白石純子の応援で、亀井静香代表代行が23日、大阪府東大阪市の近鉄布施駅前で熱弁をふるった。熱中するあまり、行き交う車を気にもせず、道路のセンターライン付近まで踏み出す場面もあった。
「小泉さんは『郵政を民営化すれば、バラ色の日本が開ける』としたが、本当にそうでしょうか」
演説は郵政民営化批判が中心だ。自民党時代に小泉首相(当時)と対立して離党に追い込まれた亀井。政権交代と、郵政民営化の見直し実現に執念を燃やす。
国民新党は大阪13区が最重点区。民主党などと連立政権を組んだ場合、発言力を強めるには議席の上積みが不可欠だからだ。亀井は50回以上、現地入りした。
中核部隊として、郵便局長らでつくる政治団体「郵政政策研究会」(郵政研)がフル回転。8月の公示前の週末を利用し、郵便局長約620人が各家庭を回る「ローラー作戦」を展開し、白石の選挙事務所の壁に張られた住宅地図には、戸別訪問で家人と面会できた回数ごとに、1回が「黄」、2回が「緑」、3回が「紫」などと色分けられた。昨年11月には、選挙区内の約21万8000世帯にビラを配る「ポスティング作戦」をわずか3日間で完了し、「落下傘候補」の白石の知名度を高めた。
だが、報道機関の情勢調査で、民主党が300議席を超える勢いと判明し、戦術の練り直しを迫られた。郵政研に配慮した結果、民主党支持層への浸透が5割程度にとどまり、民主党への「追い風」効果を生かし切れていなかった。
「民主党推薦の白石純子です」
街宣でも電話作戦でも、最初にこう切り出す作戦に切り替えた。
もっとも、民主党の「一人勝ち」なら、国民新党が連立政権で埋没する懸念が強まる可能性がある。郵政民営化見直しをめぐる民主党の姿勢も先行きは不明だ。
亀井は23日、東大阪市内で記者団に、民主党が参院で過半数に達していない現状を強調し、「うちの参院議員がいて初めて過半数になる。民主党が300議席を取っても、国民新党が『ダメだ』と言えば何もやれない」とくぎを刺した。
これに対し、自民党の西野陽は大阪府議会議長も務め、強固な地盤を誇るが、白石とデッドヒートを繰り広げる情勢に危機感を募らせている。
22日夜、西野は東大阪市内の小学校で個人演説会を開いた。出席者に配られたうちわには「郵政民営化に反対した、抵抗勢力ともいえる国民新党」と書かれた。
西野はまず、中小企業が集積する同市を意識し、中小企業への融資で国が返済を保証する「緊急保証制度」の拡充などに努めた実績を強調。その後、国民新党への批判を強めた。
「郵政民営化はもう決着したのに、時計の針を逆戻りさせようとするのが国民新党さんだ。なぜか。郵便局に携わっている人には『親方日の丸』で楽だからです。しかし、皆さんには何のメリットもない」
陣営幹部は「相手が国民新党候補だから、全国的に吹き荒れる民主党の風の直撃が多少和らいでいると言える。だが、郵政研は脅威。とても楽観などできない」と、白石陣営の追い込みを警戒している。(敬称略)
(2009年8月26日 読売新聞)
5838
:
とはずがたり
:2010/01/28(木) 01:29:06
>>4061-4069
>>5833-5838
政権選択の夏
(16)演説はおわびから
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin2009/feature/0001/fe_001_090827_01.htm
真夏とは思えない冷たい雨の中、盟友2人が頭を下げた。
半年前まで、内閣の中枢でコンビを組んだ自民党総裁・麻生太郎(首相)と、前財務・金融相の中川昭一。19日、北海道帯広市のJR帯広駅前で、麻生は「私の監督不行き届き」と陳謝し、「人間だから失敗する。それを許すのもまた、人間でしょうが」と頼み込むように訴えた。中川は傍らでひたすら、頭を下げ続けた。
中川は今年2月、先進7か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)の後、ろれつが回らない状態で記者会見を行い、国内外の厳しい批判を浴びた。今も尾を引き、選挙戦での苦戦につながっている。
中川は閣僚を引責辞任後、地元で数千軒を回る「おわび行脚」を重ねた。黒の高級車から白のワゴン車に替え、街頭演説は極力選挙カーから降りて行っている。
公示日の第一声。手には、父で故人の元農相・一郎の形見である「必勝」鉢巻きがあった。「十勝が崩壊するかもしれない。父に何と報告したらいいのか」。親子2代、半世紀にわたる「中川王国」崩壊の危機に、声が震えた。
9日には“断酒宣言”もした。中川は、記者会見での失態は「風邪薬の副作用」が原因だったとして、酒との因縁を否定してきた。屈辱的だったが、知人らに「勝つために生まれ変われ」と説得された。
ただ、ここにきて、陣営は攻めの姿勢に転じつつある。民主党が政権公約(マニフェスト)に「日米自由貿易協定(FTA)の締結」と書き、「促進」に改めたことを反撃の好機と見たのだ。選挙区の十勝地方は日本有数の畑作地帯。中川は22日、帯広市での演説で、「米国が欲しいのは十勝の農産物。FTAを結べば『関税をゼロにしろ』と言い、十勝の農業は崩壊する」と危機感をあおった。
「王国」に挑むのは、民主党の石川知裕。3月に小沢代表代行の資金管理団体を巡る政治資金規正法違反事件で参考人聴取されたが、陣営は「影響は全くない」と強気だ。
今回は強力な「援軍」もついた。十勝地方に固い地盤を持つ、新党大地代表の鈴木宗男だ。石川は、遊説で大地のイメージカラーである緑色のポロシャツを着て訴える。
◇
「2年前、大変お騒がせしました。高い所からですが、心からおわびしたい」
24日夜、1500人以上が集まる水戸市での決起大会。壇上の自民党、赤城徳彦は深々と頭を下げた。
「2年前」とは、赤城が農相だった2007年7月、自らの政治団体の不適切な会計処理や、顔に張ったばんそうこうへの説明不足が国民の不評をかった時のことだ。参院選での自民党惨敗を決定的にした、とも言われた。戸別訪問や集会でも必ず謝罪から始める。
だが、18日の出陣式に現れた赤城の姿には、関係者から驚きの声が上がった。
左手の甲にばんそうこうを張って現れ、「(当選への)願かけです」とガッツポーズを見せたのだ。その後もばんそうこうを張り続ける赤城には、自民党内でも賛否両論が交錯する。
農水族の赤城は北海道11区の中川と同様、民主党のFTA対応を再三批判し、反転攻勢をうかがう。
民主党の福島伸享は、赤城に3度目の挑戦だが、政権交代への追い風で、かつてない手応えを感じている。赤城山(群馬県)から吹き下ろす「赤城おろし」になぞらえ、「赤城おろしの風を、茨城まで」と訴える。(敬称略)
(おわり)
(2009年8月27日 読売新聞)
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