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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

1013SAKURA & NANCY:2013/03/21(木) 23:07:13 ID:BEUD3XFA
「トキ様」 へ   「観覧者の皆様」 へ 
こんばんは……  ロ−マ字(大文字)の【SAKURA・NANCY】で〜〜〜す。
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>>1000>>1003>>1004>>1005>>1006>>1010>>1012 の投稿の続きです。

■それでは神と霊魂と人間と †††『 因霊の世界 』††† 

――― 第 2 章 霊は生きている ―― 死からはじまる霊の生きざま ―― 
―†―【“死”は人生の終末なのか 】―†―  

 死は果たして人生の終末なのか、それとも“死”とは再び生まれ変わる階段の一つの道で
はないのか、未来に完全な生命体となってくるための新しい誕生なのか、といろいろな話しが
入り乱れています。

 新しい誕生だとすれば、単に肉体だけが滅びることであって、死はなにも恐れるにはあた
らないことになります。

 死によって、肉体から離脱した霊魂は、自分の過去に持っているところの個性や性格、そ
のほか学んだもののすべてを引き連れて霊界へと入っていますが、それも霊界から神界への
扉を開いて通過しなければ、新しい世界の誕生は無理なのです。

 学者的な人は“不問論”を説明して、笑うかも知れませんが、単なる学問だけですべて科
学的に認識しようとしても、できないものは世の中にたくさんあります。
 まして“霊”などというものは、本当に存在するのか、しないのか、それさえ科学的に説
明されていない今日、その正体を不問のままで、“死”という生命の本質的な問題を批判する
ことは、どうしても無理ではないかと思います。
                       つづく


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