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【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part3

34名無しリゾナント:2012/12/19(水) 20:51:51
以上 「the new WIND―――光井愛佳」
今年最後の投下になりそうです。つづきはまた来年。
短編が投下できたらその時はよろしくお願いします

----------------------------------------此処まで

お気付きの方は代理投下をよろしくお願いします
忍法帖リセットってなんで起きるの…?w

35名無しリゾナント:2012/12/19(水) 22:13:58
便乗するみたいで頭より肩身が狭い(古いネタ)ですが投稿します。

>>23
お手数かけます。

36名無しリゾナント:2012/12/19(水) 22:16:26
>>17-20 の続き


ここは都内某所のオフィスビル。
最上階という最も賃料が高いであろうフロアを丸々借りているその企業は、オークションサイトを経営し巨額の利益を得ていると専らの噂
であった。
そんな成功者の居城とも言うべきオフィスの廊下が、黒服を着たいかつい男たちによって埋め尽くされていた。ただし、全員気絶してのび
ているのだが。

「かっ、金ならいくらでも出す!だから命だけは、命だけは!!」

廊下の奥から聞こえてくる、情けない命乞い。
社長室、とプレートが打ち込まれた扉の内側では、エリート然とした若い男が一人の女性に対し、頭を床に擦り付けて土下座していた。

「…そんなん興味ないから。ただ、あんたが食いもんにした顧客にお金返せばいいけん」

つまらないものを見るような目つきで、女性が言う。
一般的女性に比べ身長の低い彼女に対して諂う大の大人という構図は、哀れを通り越して滑稽にすら映るのかもしれない。

37名無しリゾナント:2012/12/19(水) 22:18:08
「すみません!ごめんなさい!お金ならいくらでも返します!!だから…」

涙すら浮かべて謝罪の言葉を重ねる男。だが次の瞬間。

「これでカンベンしてくれよな!!!」

懐から隠し持っていた短銃を取り出した。銃口が、火を吹く。
ばーか。何で俺が稼いだ金を返す必要がある? お前がいくら女のくせに強くても、こいつにはかなわんだろう。
と、余裕の笑顔すら見せていた男が、突然苦悶の表情を浮かべる。
凶弾に倒れているはずの女性の姿が、ない。
それを認識するのと、自らの腹にお見舞いされた打撃によって意識を失うのは、ほぼ同時だった。

男が拳銃の引金を引こうとした時。
すでに彼女は動いていた。大きく横に跳び、それからくの字を描くようにして男のがら空きのボディーに強烈な一撃を叩き込む。
彼女 ― 田中れいな ― は自らの持つ増幅能力(アンプリファイア)を身体能力に応用することで、常人には捉える事のできない俊敏
な攻撃を仕掛けることができた。

38名無しリゾナント:2012/12/19(水) 22:20:38
「ったく。あんたみたいな悪党の手口、お見通しっちゃんね」

呆れ顔で地に這い蹲る男に言う、れいな。
彼女にとってはこの程度の仕事は朝飯前にもならないだろう。

新生リゾナンターの稼ぎ頭であるれいなは、例の事件以降、一層精力的に依頼をこなすようになった。今回この悪徳オークション会社に出
向いたのも、オークション詐欺被害にあった少女からの依頼を受けてのことだった。

数日前。リゾナンターのOGである光井愛佳が管理している仕事請負サイトに、その少女からの依頼が舞い込んだ。提示された報酬額は微
々たるものだったが、喫茶店の運営資金なら愛や里沙からの仕送りで十分事足りる。

さて。こいつらの悪事の証拠を愛佳に送らんと。
ひとりごちつつ、先ほどのした社長の椅子に座る。目の前のPCは愛佳の事前準備によって丸裸状態、簡単な操作でデータは全て彼女のP
Cを通してしかるべき場所へと送られる。軽快なタッチでキーボードを叩き、画面にデータ転送量を示すバーが表示された。暗くなった画
面。そこにれいなの顔と、その後方に見知らぬ女の顔が、三つ。

39名無しリゾナント:2012/12/19(水) 22:21:52
「…何の用?れいな今、忙しいっちゃけど」

このバカ社長、まだボディーガートを用意してたとかいな。
しかしれいなはすぐに自らの推測の誤りに気づく。ボディーガードにしては、妙な格好をしている。紫と黒を基調とした、派手なデザイン
の洋服。胸の十字架のワンポイントが髑髏になればれいな好みの色使いなのだが、そんなことを考えている場合ではない。

「時間は取らせませんよ」

色黒のスレンダーな女性が、背の高さに見合わぬ高い声で語りかける。
絶やさない笑顔が、逆に底知れない何かを感じさせる。

「まぁがすぐに終わらせるからね」
「え?どういうこと?うちら戦わなくていいの?」
「…熊井ちゃんも戦ってよ」

妙に自信溢れる恰幅のいい女性と、温和そうな背の高い女性がすっとぼけたやり取りをする。
最初の色黒が、すっと一歩前に出た。

「ダークネスから指示を受けました。あなたを始末するようにって」
「!!」

予期せぬ単語が、一瞬だけれいなの心をかき乱す。そのほんの僅かな隙を突くように、山のような巨体が襲い掛かった。

40名無しリゾナント:2012/12/19(水) 22:25:45
椅子に座るれいな目がけ、振り下ろされる鉄拳。
拳自体がれいなの体ほどはあろうかという巨大な腕が、上のPCごと机を叩き潰した。
ただしれいなは椅子から遠く離れた場所へ。

「残念でしたー。もうデータは転送済みやけん」

軽口を叩きつつも、れいなは別のことを考える。
こいつら…能力者? でも、全然気配を感じんかった。
一端の能力者であれば、かつてのリゾナンターリーダー・高橋愛のような優れた精神感応(リーディング)能力の持ち主でなくとも、近くに
居る能力者の存在くらいは感知する事ができる。しかし、目の前の三人はまったくそれを感じさせなかった。

それにしてもダークネスとは。
あの襲撃事件の後、組織は息を潜めたが如く表立った活動をしていなかった。
もちろん、喫茶リゾナントに手出しをすることすらもなく。
それが今になって小間使いらしき連中とは言え、再び名乗りを上げた。
自分の見えないところで何かが動き出している。目の前の敵に集中しつつ、不穏なものを感じていた。

41名無しリゾナント:2012/12/19(水) 22:26:51
>>36-40

投稿完了。
代理投稿お願いします。

42名無しリゾナント:2012/12/19(水) 23:40:59
行ってきますか

43名無しリゾナント:2012/12/23(日) 18:30:26
>>42
ありがとうございました。
引き続き、投稿いたします。

44名無しリゾナント:2012/12/23(日) 18:33:51
>>36-40 続きです

「あのさあ。そんなデータとかどうでもいいんだけど」

一撃で葬ったと信じていた相手が、ぴんぴんしていることに憮然としながら、大柄な女性が厚めの唇を尖らせる。その腕は先ほどと違い、常
識の範疇の大きさになっている。

目の錯覚か。それとも。
能力者の中には自らの肉体を変化させることができるものがいるという。だとしたら少々厄介だ。まるでどこかの海賊漫画の主人公みたいや
ん、とれいなは心の中で吐き捨てた。

とにかくあの太いのにノープランで突っ込むのは危険。
そう判断したれいなは攻撃の矛先を、ぽわんとした平和ボケしてそうな女性へと向ける。高速移動から相手の懐に飛び込み、その場で跳躍
しながらのアッパーカット。

れいなの拳が空を切る。
しかも相手はまったく避けた風もない。目測を誤ったか。176cmの相手を殴ろうとしたつもりが、まるで180cmオーバーの相手を殴ろう
としたかのような手ごたえのなさ。
無防備になったれいなと、女性の目が合う。

45名無しリゾナント:2012/12/23(日) 18:35:07
「じゃあ、反撃するね」
「!!」

れいなの体が浮き上がったかと思うと、急速に床に叩きつけられた。
今のは…重力操作!?

受身を取りダメージを最小限に抑えたれいなに、さらに巨大な足が踏みつけようとしてくる。見上げるような大きな足の裏、そんなもので
踏まれたらただでは済まない。

寸前で、身をかわして攻撃を避ける。踏まれた床が、大きく破壊された。
どうも様子が変だ。相手のペースがいまいち掴みきれない。
そんなれいなの様子を読み取ったのか、色黒の女性ががっかりしたように、

「あんた本当にリゾナンター最強? ちぃが昔聞いた話じゃリゾナンターってもっと強いはずだったんだけど」

と漏らす。
これにはれいなの闘争心に火が点かないはずがない。

「言うやん」
「だって楽勝そうだから」
「あんたたち如きが?」

侮蔑の表情を浮かべる色黒の女性に、れいなは挑発の笑みを返す。
次の瞬間にはれいなは標的に向ってまっすぐ走り出していた。

46名無しリゾナント:2012/12/23(日) 18:36:47
こういう時、愛佳やったら的確に今の状況を把握して対策を出すっちゃろうね。でもれいなは頭悪いけん、単純に考えるしかなかと。

出された能力は二つ。机を破壊した巨大な腕。それと重力操作能力(グラビティレーション)。
目の前の三人は太いのとノッポが前に出て、色黒が後ろに下がってる。つまり出ていない三つ目の能力は、後方支援。
なら、この妙な違和感のもとはそこにある。

れいなが色黒の女性に飛び掛ると同時に、太目の女性が背後から拳を繰り出す。しかし突進する体には届かず、纏わりつこうとする重力を
もすり抜けられる。れいなの体が翻り、背後から標的の首に腕を回した。

「ぐえっ?!」
「ちぃ!!」

慌てふためく仲間の二人。
本気の、しかも狙いを定めた高速の動きについていけなかったのだ。
もう相手の手足は巨大化しない。その破壊力が本物だとしても、もう漫画のような巨大化はできないだろうとれいなは踏んでいた。そして
その推測は、正しかった。

47名無しリゾナント:2012/12/23(日) 18:38:31
「一気に形勢逆転っちゃね」

重力操作能力の性質上、今のれいなを的にかければ仲間を巻き込むことになる。
そして。
れいなが今人質にしている色黒の女性の保有能力は、幻視(ハルシネーション)。精神干渉能力を視覚のみに特化した能力だが、本体を掴
まれていては自らも幻覚に取り込まれてしまう。もちろんれいなはこのことを知らないのだが、さすがは戦闘のプロの感覚の成せる業か。

「…振り出しに戻っただけじゃん」
「しかもあんたとまぁたちは、3対1。あんたのほうが不利だよ」

口々にそんなことを言う二人。
1人を犠牲にしてでも、その隙に相手を確実に討つ。そんな決意の読み取れる言葉。

「さっきの動きを見て、まだわからんとかいな。あんたらとれいなじゃ、格が違う」
「なっ…!!」

相手が言葉を発するより早く、れいなは攻撃に行動を移す。
人質に取っていた女性を、前方に蹴り倒す。と同時に残りの二人の片割れの懐に潜り込んだ。
長身の女性の足元に潜り込みながらの、電光石火の足払い。不意を突かれた女性はバランスを崩さざるを得ない。態勢が低くなったところ
に、畳み掛けるようなローキックが襲う。

48名無しリゾナント:2012/12/23(日) 18:40:01
「危ない熊井ちゃん!!」

咄嗟にもう一人が、れいなの前に躍り出た。
先ほど拳を交えた時点で相手の能力のことはだいたいわかってる。肉体硬化とか。
体の巨大化は幻術によるものとしても、あの破壊力は本物。その力を今度は防御に集中させるつもりか。
しかしそう理解していながらも、攻撃を中断しようとしない。
蹴りを弾かれてしまえば、今度はれいなに隙ができてしまう。
巨体の女性はそれを狙っていた。

しかしそれが誤りだったことに気づいたのは、れいなの鞭のようにしなる蹴りを両手で受け止めた時だった。凄まじい衝撃が彼女の全身を
駆け抜け、勢いのままに後方へ吹き飛ばされた。もちろん、背後にいた長身の女性を巻き込みながら。ついでに言うと、最初に倒したバカ
社長は巨体の下敷きになった。

れいなは一般的な女性の平均からすると、だいぶ小柄な部類に属する。
となると、どうしても拳や蹴りが軽くなりがちである。それを補うのが、能力増幅による攻撃の高速化。柔軟性を最大限に生かした高速の
蹴りはさながら鞭やフレイルのごとく、身を固めた敵の内部に衝撃を与えるのだ。

圧倒的。
幻術使いの女性を蹴り飛ばしてから態勢を整えるまでの間に、残りの二人を打ち倒してしまう。
かつてのリゾナンターにおいてリーダーの高橋愛と双肩を並べ、今なお随一の実力を有しているれいなに初めて刺客の三人は恐ろしさを感
じた。

49名無しリゾナント:2012/12/23(日) 18:41:21
「あんたらみたいなひよっこ、話にならん」

れいなが一歩、詰め寄る。
降伏か、抵抗か。どの道逃がすつもりは無い。ダークネス、その言葉を相手が口にした時から彼女の気持ちは一つに固まっていた。

こいつらから、ダークネスの居場所を聞き出す。

喫茶リゾナントを襲撃した、「銀翼の天使」と名乗る女性。
彼女によってリゾナンターたちは計り知れない大打撃を蒙った。
あるものは能力を失い、あるものはダークネスと渡り合うための実力を身に付けるために、そしてあるものは、警察上層部から引き抜かれ
て。喫茶リゾナントを去っていった。

「さすがはリゾナンター最強の能力者。うちらじゃ歯が立たないってことか。悔しいけど」

すっと立ち上がったのは、ダメージの一番少なそうな色黒の女性だった。
次いで、巨体の女性の下敷きになった長身の女性が立ち上がった。巨体の女性はれいなの蹴りの衝撃がまだ残っているのか、横たわりなが
られいなのほうを睨んでいる。

50名無しリゾナント:2012/12/23(日) 18:42:59
「まあいいや。最初からここで倒せるとは思ってなかったし」
「あんたは、『七房陣』で葬ってあげる」
「えーと。あれ使うの?あれ使うの初めてじゃなかったっけ?」
「…うん。使うことになってるから。とにかく。田中れいな、あんたとは今日はここでお別れ」

それだけ言うと、三人の姿がすうっと掻き消えた。
社長のオフィスデスクがあった場所の後ろの壁に、大きく穴が空いている。

「あ、やられた!!」

れいなは三人の中に幻視能力者がいることをすっかり忘れていた。
穴から外を見るも時既に遅し。重力操作を駆使して三人はすでに地上へ降り、逃走していた。

悔しがっていてももう追いつけないのだから仕方ない。
相手はご丁寧にもう一度襲撃するとの予告を出した。ならばその時に決着をつけるまで。

「でも、れいなが襲われたということは…」

刺客があの三人だけとは限らない。
ダークネスが指示を出しているとしたら、多分「もう一人」にも刺客を差し向けるはず。

ま、さゆなら大丈夫やろ。

そこには最早二人きりになってしまったかつてのリゾナンターに寄せる、信頼があった。

51名無しリゾナント:2012/12/23(日) 18:43:45
>>44-50

投稿終了。
お手すきの時に代理投稿よろしくお願いします。

52名無しリゾナント:2012/12/23(日) 21:40:24
読みきり短編です
お見苦しい点もあるかと思いますがご了承ください



朝から冷たい雨が降りつづいていた。
恵みの雨とはよく言ったものだが、今日は傷口が傷むため、あまり好きではない。
自分のことは「晴れ女」だと自負しているのに、どうしてこういう日に限って雨なのだろうとぼんやり思う。
気温が下がり、吐く息も白くなる。傘を持つ手がかじかむが、大股でそこへと歩く。

「寒すぎっ……」

そうして愚痴を吐いてみたが、だれも応える相手はいない。ひとりなのだから、当然と言えば当然の結果なのだけれど。
ただし、ひとりなのか、一人なのか、独りなのか、分からないけれど。
ああ、なんだかバカバカしい。今日はせっかくの誕生日だというのに、どうしてこんな気分になるのだろう。
いや、誕生日だからこそ、こんな気持ちを携えるのだろうか。

本日12月23は日本国の象徴である天皇の誕生日だった。
正直、今上天皇には会ったことも話したことも、まして見たこともないから、その存在の大きさとか偉大さなんて分からない。
とはいえ蔑にする気もないし、彼の存在自体は、なんとなく、日本という国を存続させるうえで必要なものなのだろうなとは理解している。
まあ国政も天皇の継承にも興味はないし、右翼でも左翼でもない自分が語れることなんて、これくらいしかないのだけれど。

さっきからなにを考えているのだろう。
こんなことを心に描きながらこんな場所に辿り着くつもりはなかったのだが。これもまた、「今日」という日がそうさせるのだろうか。

53名無しリゾナント:2012/12/23(日) 21:41:02
そのとき、ぼたっと傘に雨粒が落ちてきた。
いままでとは少し違った音と感触に眉を潜めて顔を上げると、その意味に気付いた。
雨はとうに霙へと形を変えていた。霙というべきか、もはや氷雨という方が正しいのかもしれない。
思わず傘から手を伸ばしてみた。氷雨は綺麗に手の平に舞い降りて、溶けた。

「つめたっ…」

雨は夜更け過ぎに雪へと変わる。なんて名曲が世間では流行っている。
現実は、それほどお洒落ではないけれど、こんな誕生日も悪くないかと思いながら丘を登った。
頭を垂れた草をじゃくっと踏みしめ、痛む膝を押さえて一歩、また一歩と頂上へと近づく。
寒いせいか、傷が痛むせいか、吐息が短くなり、間隔を空けずに白く世界を染めていく。
だが、歩みを止めることはなく、一気に丘の頂上まで登りきった。

「はぁ……」

膝を押さえ、息を整える。やっぱり動くにはまだ早すぎただろうかなんて苦笑しながらゆっくりと体を起こし、丘から街を見渡した。
「約束の場所」なんてカッコ良く言い切ってしまうのは照れ臭いけど、それは嘘ではない。
梅雨晴れのあの日、隣町までも見渡せるこの丘の上で3人は祈った。ただ優しい想いを届けようと、静かに祈った。
それが、3人が交わした最初の約束だった―――

54名無しリゾナント:2012/12/23(日) 21:41:44
そっと目を閉じる。心に何人もの笑顔と、涙が浮かんだ。
濡れて体が冷えてしまうことも厭わずに、傘を投げ捨てて両手を広げた。
氷雨が頭に、顔に、肩に、脚に、そして心に染み込んでいく。
叩かれているような、傷付けられているような、そんな感覚を残しながら頬を伝う氷雨は、何処か心地良かった。
もっと、もっと、もっと殴ってほしい。それで世界が崩壊を止めるのならば、希望の光が現れるのであれば、いくらでも甘んじたい。
まだ、まだこのままで、終わりたくない。この牙を、折りたくはなかった。


―――だいじょうぶだよ


瞬間、そんな声が聞こえてた。優しくて甘くて、なにもかもを赦してくれるようなその声に目を開ける。
相変わらず雨は降りつづき、やむ気配すら見せない。冬の雨は長引きそうだとぼんやり思った。
だが、雨が一瞬だけ途絶えた。止んだのではない、自分の周囲半径数メートルの空間でだけ、消滅したのだ。
ああ、これは彼女が近くにいるのだなと察し、ゆっくりと振り返った。果たしてそこに、彼女は立っていた。

「田中さん―――」
「……なんで、此処が分かったと?」

名を呼ばれた直後、なにか聞かれる前に先に訊ねた。
彼女は困ったように頭を掻いたあと、傘を閉じた。雨が消滅しているために、濡れることはない。だが、それも長く続く保証はない。

「フクちゃんから聞きました。此処に居るんじゃないかなって」
「なんでフクちゃんが…?」
「フクちゃんは、亀井さんのこと、たくさん、道重さんから聞いてましたから」

55名無しリゾナント:2012/12/23(日) 21:42:14
ああ、なるほどねと納得した。聖は絵里のことを尊敬しているため、さゆみから色々と情報を仕入れているのだろう。
ある意味でそれは過剰な敬愛かもしれないが、それもまあ悪くはないかな、なんて思ってしまう。

「風邪、引きますよ?」
「鞘師にしては上手く操れとーっちゃない?雨、ちゃんと避けられとーやん」

彼女―――鞘師里保の言葉に応えることなく、能力のことを持ち出した。
里保の有した能力―――“水限定念動力(アクアキネシス)”のおかげで、自分たちの周囲数メートルから雨を除外している。
不器用で不自然に曲がった雨であるが、リゾナンター加入2年目の彼女にしては充分な能力の作用だ。

「傷だって塞がってないじゃないですか。早く戻りましょう」
「アハッ。気付いとったっちゃ」
「昨日の今日ですよ。いくら“治癒能力(ヒーリング)”や“能力複写(リプロデュスエディション)”で回復させたとはいえ、無茶しすぎです」

ごもっともな指摘をする里保に肩を竦めた。
昨日12月22日、ダークネスからの急襲を受け、リゾナンターはその大半が大怪我を負った。
先鋒に立ったれいなもまた、当然のように傷を受け、特に脚の骨はぐちゃぐちゃに砕けていた。
さゆみや聖の能力のおかげで致命傷は免れたものの、本来ならば立つことすらままならないはずだった。

「鞘師も、結構痛そうやけど?」
「私のことはどうでも良いんです。いまは田中さんの方が心配です」
「血、滲んどぉけど?」

れいなの言葉に里保は眉を顰め頭部に巻いた包帯に手をかけた。
額から微かに血が滲んでいることを確認したが、巻き直すことはせずに一歩れいなへと近づいた。
れいなもまたそれを拒否することはなく、ふたりは並んで街を見下ろした。クリスマス前日、浮足立った人々の笑顔が所々に見える。

56名無しリゾナント:2012/12/23(日) 21:42:53
「……すみませんでした」

里保は唐突にそう言葉を吐いた。
なにに対する謝罪なのかが分からずに眉を顰めると、里保は苦々しく「昨日…」と言葉を吐く。

「役に立てないどころか、足手まといになって…」
「別に鞘師だけのせいやないやろ。それを言うなら、れなもさゆも総崩れやったし」
「それと……此処に、来てしまって」

ふたつ目に紡がれた言葉にれいなは返す言葉を失くした。
クスッと笑って肩を竦め、「能力、閉じて良かよ」と呟いた。だが、放った傘を持ち直すことはしなかった。
とはいえ傷ついた体で能力を開放するにはもう限界だった里保は、素直にそのチカラを納めた。
消滅していた雨は息を吹き返した。ぼたぼたとれいなと、そして里保の上に降り続ける。

「さゆはどうしとった?」
「亀井さんの傍にいました。今日は誕生日だからって……田中さんは傍に居なくて良いんですか?」
「別にれながおっても、絵里が目覚めるわけやないし」

そうして自嘲気味に笑ったが、里保はなにも返さなかった。ただ黙って、れいなの瞳を真っ直ぐに見つめている。
その眼差しが、冬なのに熱くて、困ったように肩を竦めて逃げた。こうして逃げつづけることが、成長してない証拠なんだろうなと自覚する。
里保は黙って投げ捨てられたれいなの傘を拾い、れいなに渡す。が、彼女は首を振って受け取らなかった。

57名無しリゾナント:2012/12/23(日) 21:43:33
手持無沙汰になった里保は、それをどうしようか逡巡し、ひょいと勢いよく放り投げた。
放物線を描いて空に舞い上がった傘をぼんやりと目で追っていると、里保の姿が視界から消えた。
唐突な出来事に眉を顰めるが、背後にその気配を感じ、慌てて振り返る。
里保は手にしていた傘を鋭く突き出す。れいなも間一髪でそれを避け、がら空きになった腹部に拳を突き出す。

「――――――」

雨の音と沈黙が残る。
拳は腹部を捉えることはなく、その手前で止まった。

「此処で闘いたくはないっちゃけど……」

その言葉を聞いた里保はもう一度改めてれいなを見つめた。
今度は彼女も、その瞳から逃げようとはせずに、黙って里保を見つめ返した。
里保は目を伏せて頷き、れいなから距離を取った。沈黙の音が支配する中、深く息を吐く。白の吐息が宙に浮かんだ。
里保は傘を差し、れいなにひょいと翳した。それを避けるほどの力は、れいなには残っていなかった。ひとつの傘に小さなふたりはすっぽり収まる。
もういちど息を吐いたあと、囁くほどの小声で、里保は云った。

「私にはまだ、想いを届けるほどの強さはありません」
「うん」
「でも、でも、だから、大切なものを護るくらいの強さは、身につけます」

静かな、とても静かな闘志だった。
氷雨に濡れたコートの袖口から見える包帯には、真っ赤に血が滲んでいる。痛々しいが、それはさながら、彼女の意志にも見えた。
れいなも同じように、膝に巻いた包帯は血をたっぷり吸い、もはやその用途を成していない。
それでもまだ、ふたりはこの場所に立っている。

58名無しリゾナント:2012/12/23(日) 21:44:46
「だから、田中さん、信じて下さい―――」

そのとき、冬の風が静かに吹いた。前髪を揺らして何処かに走り去った風は、どんな想いを携えているのだろう。
凍えるような今日、彼女は生まれた。宇宙の片隅のちっぽけなこの星のちっぽけな街で、その産声を上げた。
生まれながら病を抱えながらも、闘いという日々に巻き込まれ、それでも彼女はシアワセを祈った。
大切な仲間。かけがえのない大切な人。
さゆみとともに、この場所で3人は祈った。ただ静かな夜と輝く朝を迎えられるように、世界中にその想いを届けられるように。

「弱気な田中さんは、似合いませんよ」
「余計なお世話っちゃ」

里保の軽口にれいなは濡れた前髪をかき上げた。

「すみません。特別な場所だって分かってたのに」
「いや、良かよ。なんか、鞘師らしいやり方やったけん」

そうしてれいなは肩を竦めて笑った。自嘲的ではない笑みは、どこか子どもっぽさを残していて里保もまたホッとする。
弱くて、情けなくて、闇に怯えて斃れそうになったとき、脚はすでに此処に向いていた。今日が彼女の誕生日だから、という理由もあったけれど。
此処に来れば、過去を思い出して、その約束に奮い立つ気がするから。
だけど今日はそれだけじゃなかった。生意気な後輩による荒療治は、意外と功を奏したようだ。
ムチャクチャで、後先考えているのか思慮深いのか未だに掴めない里保のやり方も、嫌いじゃない。

「帰りましょう。みんな心配してます」

里保はそうして笑い、「完全に傷口開いちゃいましたね」と自分の頭部を押さえた。
そんな彼女を見ながら、随分と無茶なことをする後輩だと改めて思った。
いくられいなを奮起させるためとはいえ、昨日あれ程の襲撃を受け、全身の骨が砕けかかったというのに、里保はれいなに食って掛かってきた。
此処までその脚で歩き、能力までも開放し、殴り飛ばされることも厭わずに。

59名無しリゾナント:2012/12/23(日) 21:45:20
れいなはふと、思った。
もしかしたら、そうなのかもしれない。

「鞘師」

静かに、その名前を呼んだ。
里保はきょとんとして振り返る。
その目は先ほどとはまるで違い、小動物のように可愛く思った。

「信じとーよ、さゆも、絵里も。そして、鞘師のことも」

あの3人で交わした最初の約束。
それが果たして叶えられるのか、想いを届けるほどの強さがあるのか、れいなには分からなかった。そんな自信もなかった。
昨日の敵襲、崩壊しつつあったリゾナント、あの頃の仲間はもう、さゆみしかいない。そんな状態で、なにを信じていれば良いのだと。

だけど、だけど、どうしてか、今日は信じたくなった。
その牙は決して折れることはない。
たとえこの骨が砕かれても、此処にれいながいる限り、その信念を受け継いだ共鳴者たちがいる限り、想いは途絶えずに繋がっていく。

「はい」

深く、深く、その言葉を噛みしめるように里保は頷いた。
その笑顔を見て、きっと約束は終わらないのだと、れいなは確信した。


夜は静かに更けていく。
いつの間にか降り続いていた氷雨はついに雪へと変わり、街を白く染めていった。

60名無しリゾナント:2012/12/23(日) 21:46:57
>>52-59 以上「約束の場所」
絵里生誕に合わせて書いたのに暗くなって申し訳ないm(__)m
気付いた方はお手数ですが代理投下宜しくお願い致します

61名無しリゾナント:2012/12/23(日) 22:42:12
とりあえず行ってみる
投下途切れたらごめんなさい

62名無しリゾナント:2012/12/23(日) 22:49:01
>>51
行って参りました
Berryzとの攻防は胸が熱くなりますね

63名無し募集中。。。:2012/12/23(日) 23:07:35
>>60
転載完了しましたよん

64名無しリゾナント:2012/12/29(土) 14:19:40
>>62
ありがとうございました
ベリキュー編はしばらく続く予感です

それでは今年最後の更新を

65名無しリゾナント:2012/12/29(土) 14:24:00
>>44-50 の続きです


見られている。
隣町のスーパーに買出しに来ていた道重さゆみは、どこからともなく纏わり付いてくる視線を感じていた。まさか敵?と思いつ
つもどうも様子がおかしい。

確かに見られてはいるようだが、どことなくきもい。うざい。イラっとする。
さゆみが恐る恐る辺りを窺うと、精肉売場の柱の影からこちらを見ている少女の姿があった。

…さゆみのファンか何かかしら。

彼女のことをリゾナンターと知らない人間からすれば、ただの喫茶店の店主に過ぎないのだ
がそこはまあご愛嬌。敵組織の人間、とまずは疑いたいところだが、肝心の少女には敵意や緊張感というものがまるで感じられ
ない。それどころか、柱の影に隠れるのをやめてひょこひょこさゆみのほうへ近寄ってくる。

66名無しリゾナント:2012/12/29(土) 14:25:32
「あのー、みっしげさんですよね?」
「そうだけど。何か用?」

やはりそうだ。この子はさゆみの熱烈ファンに違いない。きっとどこかの喫茶店マニアが可愛すぎる喫茶店店主みたいなタイト
ルで隠し撮りをして、それがどこかの掲示板で大人気になっているに違いない。今は電脳の時代だからと「ネットパトロール」
と称したパソコンいじりを日課しているさゆみにとっては、揺るがしようのない事実にすら感じられた。

それにしても。
毛先が跳ね上がったツインテールという、日常あまり見かけない髪形。
少女と思いきや、近くで見るとそうでもない。さゆみとそう変わらない年に見えるのに、全力で少女ぶっている様は少々痛々し
い感じすら覚えてくる。

「やっぱり実物はかわいいですよねー」
「え?やっぱり?どこの誰か知らないけどありがとう」
「まあ、ももちには遠く及ばないですけど」

67名無しリゾナント:2012/12/29(土) 14:27:23
持ち上げておいて、落とされた。
きもくてもファンなんだから優しくしてやろう、というさゆみの思いは、木っ端微塵に破壊された。何者かは知らないが、徹底
的に痛めつけなくては。さゆみは得意の毒舌を披露しはじめる。

「ももちってあんたのこと? はっきり言うけど、全然可愛くないから。て言うか地味な顔だよね」
「控えめな顔って言ってくださいよ。ももちの可愛さに嫉妬してるのかもだけど」
「はぁ?何で嫉妬なんかしなきゃいけないの?さゆみのほうが可愛いし」

地味顔な女も負けてはいない。
自分の短所を短所とも思わない精神の強さ、ぶれない主張。
反論してみたものの、さゆみの表情に動揺の色は隠せない。

「だってー。みっしげさんっておいくつですかぁ?」
「に、にじゅうさんだけど」
「えーっ。じゃあももちよりみっつも、おばさんなんですねえ」

強烈な一撃がさゆみを直撃する。
いくら可愛くても、年齢だけは誤魔化せない。
特に最近はリゾナンターに自分の年齢より下のメンバーが増えてきただけに、女の発言は突如スーパーの青果売場で勃発した
「かわいい対決」における決定打のように思えた。

68名無しリゾナント:2012/12/29(土) 14:28:59
しかし、さゆみは仮にもリゾナンターのリーダーである。
絶対に負けられない戦いがあるとするなら、今をおいて他にない。

「…あんたさ、友達いないでしょ。て言うか女の子に好かれないタイプだよね」
「な、何をやぶから棒に」
「そうやって自分を可愛い可愛いって言うのは、他に可愛いって言ってくれる友達がいないからでしょ。あんたが必死になれば
なるほど、その事実が浮き彫りにされてくの!」

小さな目を限界まで見開き、ショックを受ける女。
一見さゆみの逆転勝利に思えたが、実はさゆみは自らの言葉で落ち込んでいた。
治癒能力。少々の傷ならば、たちまち塞いでしまう能力。使い方次第では「名医」と称され、場合によっては新興宗教の教祖に
すらなれる。しかし。さゆみがこの能力を発現したのは幼少の時。
子供たちは単純で、そして残酷だった。

結果。
さゆみに寄り付くクラスメイトはいなくなった。
公園で拾ってきた団子虫だけが、友達だった。自分のことを可愛い可愛いとやたら発言するようになったのもその頃。目の前の
女に吐いた言葉は、そのままさゆみにも当てはまっていた。

69名無しリゾナント:2012/12/29(土) 14:33:04
とは言え、相手の女にダメージを与えているのなら、それでよし。
自らの痛みは表に出す事無く、さゆみは露骨に勝ち誇った笑みを浮かべてみせた。
悔しがる女。だが、それは一瞬のこと。

「ももちの可愛さでみっしげさんの可愛さがくすんじゃうのは仕方ないんですけど…別にそれが言いたくてここまで来たわけじ
ゃないんですよね」
「…どういうこと?」

さゆみの問いには答えず、側にあったレモンを手にする女。
するとどうだろう。先ほどまでは瑞々しかったレモンが、段々と黒ずみしわがれ、ついには掌の中で腐り落ちてしまった。

「あんた…何を」
「見てわからないんですか? このレモンがあなたの未来ですよ、みっしげさん」

女は微笑を絶やすことなく、その瞳の色だけを闇に染めていた。

70名無しリゾナント:2012/12/29(土) 14:34:36
>>65-69

更新終了しました。
代理投稿をお願いします。

71名無しリゾナント:2012/12/29(土) 16:56:41
では行って参ります

72名無しリゾナント:2012/12/29(土) 17:03:33
行って参りました
可愛い対決良いですね中の中って感じでw
今年1年お疲れ様でした。来年もよろしくお願い致しますm(__)m

73名無しリゾナント:2012/12/30(日) 17:35:26
「久々だが〜お前ら、街を破壊するのだ〜」
「「「「イイイイイ」」」」
押し迫った年の瀬に突如現れた全身黒のタイツ姿の「ジ(THE)・悪役」とそれを指揮する美魔女
「キャアァァ」と高い声をあげているのは、襲われているのが愛する者だからか
襲われているのはほぼ9割以上が男(彼女連れ)であった
タイツ軍団の目標が男なのは、美魔女の指示ではなく、ほぼ個人的な感情のためなのは否定しない
「だ、だれか助けてくれ」

「ハッハッハ、無駄よ!この年の瀬、あの娘たちは忙しいのよ!
地下に潜って一日中リハーサル、いや、トレーニングなのよ!」
「それはどうかしら??」
「!! 誰や!姿を現せ!!」

道端に止まった中型のタクシーから飛び出してきたのは5人の少女たち

「あ、あなた達は?」
「お待たせしました、下々の者を助け出す、ヒーローですわ」
そういいほんのりとではなくがっつりと色気をまとったリーダーと思わしき女性は美魔女を睨みつけた

「・・・久しぶりやな」
「お久しぶりです。一カ月ほど、何が正しいか必死に考えていました。あの頃と同じと思わないでくださいね」
「な、なんやと?」
「みんな!」「「「「はい!」」」」」

しゅびしぃっと5人は一列と横に並び、決めポーズと共に名乗り始めた
「戦いはこれから!モーニング娘。52ndシングル『Help me!!』 1/23発売、リゾナントレッド!」
「記念すべき30thシングルBerryz工房『WANT!!』 絶賛発売中、リゾナントブルー!」
「祝売上二万枚 ℃-ute『②神聖なるベスト』、リゾナントグリーンなんだろうね!!」
「さよならは言いません 真野恵里菜『NEXT MY SELF』 好評発売中、リゾナントハニー」
「衝撃のデビュー s/milage『ぁまのじゃく』、リゾナントももち!」
「5人そろって、「「「「(株)リゾナントガールズ」」」」」

74名無しリゾナント:2012/12/30(日) 17:36:15
「まて〜〜〜〜い」
「え〜またですかぁ?この展開、正直読者も飽きていると思いますよ、いや、間隔開きすぎて逆に新鮮かも」
「うっさいわ!これまでのボケ以上のドボケがはいっとるやないか!」
「・・・なんですか?あんまり興奮すると、母乳に影響出ますよ」
「誰が悪影響及ぼしとるのか考えや!前回、僅かに回復の兆し見えたのになんや?今回?おかしいやろ!」
「なにもおかしくないんだろうね」

「だから、グリーン、せめてお前だけは頑張ってくれって」
「・・・香音だって、本当ならもっともっと言いたいことあるんだろうね
 でも、いったところで所詮、香音がいったところで・・・」
「おい、どうした?グリーンどうした?何があったんや?」
「みんなはダンスがいいとか、キャラがいいとか具体的なんだろうね
 なに?『鈴木力』って?そういう名前の人もいるんだろうね・・・本当になんなんだろうね?」
「・・・それはほんま謎やけど、現実のキャラと差がありすぎるから、せめてここでは明るいズッキで!」
「そうですよ、鈴木さんの笑顔で私達10期も頑張って行けるんですから」
「でたと!はるなんの必殺技、よいしょ」
何も言わずに鈴木の右こぶしがKY生田の顔面にめりこんだ
「・・・人生、色々あるんや、今日はグリーンは静かにしといたろ」
美魔女の優しさに(株)リゾナントガールズの4人は静かにうなずいた

そして、決戦の火ぶたがきtt「落とされないやろ!おかしいところ一個もまだつっこまれてないやん!」
「そ、そんな、あれから一カ月くらい、どうしようかと必死で考えていたんですよ!」
「・・・はい、集合」
グリーンを除く4人がしゅびしぃぃと保っていた決めポーズを解き、正座で座り込んだ
「・・・まずなんで、お前ら正座や?」
「・・・なんとなくです」
小説とはいえ、美魔女の
「おい、作者、なんで、さっきから美魔女、美魔女言うんや?」
・・・美女のオーラに負けて4人は座りこんだ
「よろしい」
「(ひそひそ)作者、折れたよ」「(ひそひそ)『美魔女』の響きが面白いらしいよ。熟女の言い変えみたいだからってw」

75名無しリゾナント:2012/12/30(日) 17:36:48
「まず、おまえら、一回目の自己紹介なんて名乗った?」
「リゾナントガールズ(仮)です」
「そんで前回は?」
「リゾナントガールズ(裏)です」
「・・・今回は?」
「(株)リゾナントガールズです!」
「なんで株式会社になっとんねや!お前ら、13、14、15の少女たちやろ?
 ステーシーズ化できる年齢で構成されたヒ−ローやろ?」
「いえ、私は18歳ですので、ステーシーズ化できません」
「・・・例外は必要や。かつて、一流アイドルにキスをすると吐かれる子がいたように」

「と、とにかく!なんで急に(株)になったんや!」
「そ、それはですね・・・前回の最後にももち色の」
「まてい!そこの湯上り団地妻!今回、ももち色じゃないやろ!ただのももちになっているやん!」
「え〜ももち色的には〜きゃはっ、どっちでも〜」
「それ・・・違うよね?レインボーピンクだよね?ももちじゃないよね?」
「えええ〜〜〜ん、怒ったぁ、美女さんが怒ったぁぁ」
「いや、怒ってへんし、なんというか湿り気のある子がぶりっこって色々奇妙やな」

「そ、そんなふうに怒られるなんて・・・はうはう、片思いしちゃいます♪」
「はるなんは桃色な片思いなんだろうね」
「しゅわしゅわぽん!」
「里保ちゃんのはスパークリングな桃色なんだろうね」
「グリーンが戻ってきた!というか、うちの桃色の曲多すぎひんか?」
「いい歳した人たち堂々と歌った『人知れず 胸を奏でる 秋の夜』というのもあるっちゃ!」
生田にそんな元・桃色の美女の怒りを込めた拳が撃ち込まれ、桃色に頬が腫れあがった

「それでなんで(株)になったかと、説明しますと、前回のラストももアタックの被害者が出ました」
「・・・うん、確かにそう書いてある。それで?」
「その方がですね、実はリゾスレのですね、スポンサー様でして」
「・・・は?」

76名無しリゾナント:2012/12/30(日) 17:37:23
「ですから、スポンサー様が倒れてしまいまして、スレが止まってしまいまして」
「え?それで前話が完走しなかったんか?」
「はい」
「・・・違う、違う、違う、違う。これあくまでも無償やから!単なる遊び、娯楽の一環やろ?」

・・・そう、この小説はすべて架空の物語の元に構築されている
故にこんなヒーローが存在したり、超能力者がいたり、喫茶店の地下がヒーローの本部だったりする
挙句の果てにはCカップのガキさんがいたりするのだ

「遊びや!遊び!社会に出て、仕事につかれて現実を忘れたい、幼き日の思い出に浸りたい!
 そんな感情を満たしてくれるのがこういうスレの醍醐味やろ?それを経営とか・・・夢ないやん」
「でも、前から『リゾナント』の経営云々っていう話ありましたよね?オレオレ詐欺にあうとか」
「そういうこともあったかもしれんが、あくまでも一部の話や、あれは違う世界の話、ここはここ、よそはよそ」
「フランスのはなしだ!」
「『おかしだ』みたいなノリでいってもすべっているんだろうね」

「それこそ、ももち色、オマエの力でなんとかすればいいやろ?おまえ財閥やろ?
 小ネタで『譜久村の提供でお送りしました』とかこれまでの二回やっとったやろ?」
「・・・前回亡くなった方は私のパトロンでしたの。恥ずかしくてずっと影から見守っていたそうです
 ドア越しとか、机の下とか、ロッカーの中とか、あとえりぽんのかばんの中とか」
「生田、気付けよ!」
「イエーイ! ストーカーとのコラボレーション!」
「えりぽん自体が新垣さんのストーカーなんだろうね。コラボレーションというか一体化なんだろうね」

「だからって、商品がおかしい!どこかの大手地方テレビ局の深夜のCM並みやん!
 SATOYAMAでも他の一般企業さん入るよ!一般人に興味持たせるの大事だよ!」
「フッフッフ・・・そこは大丈夫ですわ!他にも色々、新しいスポンサーはおりますわ!」

77名無しリゾナント:2012/12/30(日) 17:38:13
「ほう?どんなんのがおるんや?」
「例えば、こういうのはいかがですか?」

「川c '∀')<石田パン! 川c '∀')< 石田パン!!  川c '∀')<石田パン!!!
 川c '∀')<とっても  川c '∀')<とっても     川c '∀')<とっても、おいしいよ

          ・・・え?   まずい???

 川c :∀:)<嘘だ! 川c ;∀;)<嘘だ!! 川c :∀;)<嘘だ!!! 川c :∀:)<嘘だ!!!!

 川c '∀')<ほんとうに  川c '∀')<とっても     川c '∀')<とってもおいしいよ

 川c '∀')<仙台の石田パン! フランスの味!」

「うぜえ・・・」
「ですよねw」
「半笑いで言うくらいなら、ももち色、作ってやるなよ!」
「そんなボスさんひどいです!あゆみんはこれでもテンションMAXなんですよ!」
「あゆみちゃんは真面目にしていてもただすべるんじゃ!!可哀そうなんじゃ!」
「ヒドイ・・・」
「・・・まあ、必死な感じだけは伝わるわ」

「こういうのもありますわ」

「東でおなかがすいたら、新垣さんの写真を見て気分を満たす
 西で眠くなりそうになったら、新垣さんの寝顔を想像する
 北で笑顔になりたくなったら、新垣さんのブログを読む
 南で声が出なくなったら、静かに新垣さんの舞台を鑑賞する
 世界の中心で携帯の電池がきれたら、生写真をみてにやりと笑う
     ・・・あなたのそばにいます、ウフフ
 新垣里沙を応援する会  会員募集中。。。」

78名無しリゾナント:2012/12/30(日) 17:38:52
「怖いわ! これどこかの宗教だよね?絶対世界救えないよね?」
「違うっちゃ!純粋な愛っちゃ!」
「そうですわ、聖も亀井さんの愛情のために、亀井さんの妹さんのブログをよn」
「リアルにそういう人いるからそれ以上言わせねえよ!」

「なあ、こういうのではなくてまともな企業とスポンサー契約したらええやろ?
 炭火感のつくね丼がバカ売れの牛丼チェーンとかイタリア〜なピザ屋とかあるやろ?」
「現実的に関わりを持った企業様と交渉するのはネタとして危ないと思うんだろうね」
「・・・それなら、せめてしゅわしゅわぽんなサイダーとか、誰もが大好物蔵王チーズとか」
「いえ、そういうのをしてしまいますとスマ、いやステマと呼ばれてしまいますので遠慮しましたわ」

「スマで思い出したわ!ももち色!最初の自己紹介でなんでお前の担当だけ最新曲やないねん!
 モベキマまで新譜で、なんでスだけ一番古い記録?」
「やはり、子供は幼ければ幼いほど素晴らしいものですから。あの幼さはまさしく犯罪級ですわ」
「単純におまえの好みかよ!」
「・・・あと若い優秀な芽は早めに潰すに限りますわ」
「フク毒なんだろうね」

「まあ、そういうわけで収入源が減りましたので、今回から(株)とさせて活動させておりますの
 ちなみに、私が社長の譜久村でございます。よろしくお願いします。こちらつまらないものですが」
「お?なんや?」
「うちのサブメンバーのくどぅです」
「売られたよぅ」

「なんで味方を敵に売るねん!」
「売ってませんわ、無料、無償ですわ!そんなお金のことをおっしゃるなんてはしたない」
「いやいや、味方を敵に譲り渡す方がよっぽどダメだよね?というかあれほど、お金ないっていってたよね?
 というか工藤おらんくていいの?狂犬チワワだよね?あの戦闘踊族狂犬チワワだよね?」
「それなんなんだろうね?」

79名無しリゾナント:2012/12/30(日) 17:39:34
「とにかく、明らかに戦闘向きなのにサブメン扱いなのはおかしいよね?なんか理由あるやろ?」
「・・・納得がいきませんの」」
「・・・何がや?」
「色ですわ、くどぅの色! オレンジ色ですよ! あのオレンジ色ですよ! 亀井さんのオレンジ色!
 別に私がオレンジ色になりたかったとかそういうわけではありませんよ!
 むしろ、今の私がオレンジ色になるということ自体がオレンジ色を汚すようでできません
 オレンジ色のあの温かく包み込むような優しい雰囲気は今の私には到底だせませんから、わかります?」
「お、おう」
「そんな簡単にわからないでください!私は私なりに近づけるように頑張っているんですから!」
「わからんわ!」
「そこはわかってください!!」
「お嬢様、どないすればえーねん・・・なにが正解なんやねん」

「とにかくですね、工藤遥さんがですね、イメージカラーをオレンジ色にしてしまったことが悔しくてですね
 それが本当に悔しくてどうしようもないのです
 別にももち色はオレンジ色がよかったとか、そういうのは、全っ然!!!!なかったんですけど」
「いや、確実に嫉妬心しかないよね?オレンジ色とか言わないで本名全部言うとか明らかに怒っているよね?」
「あ〜でも、もう 本当に亀井さんって可愛いですよね〜」
「・・・なんでこいつがリーダーなんや?
 オレンジ色!お前もいいたいことあるやろ!この際だからいいたいこというたれ!」
「・・・オレンジ色はサブメンバーです。リゾナントガールズがピンチの時に現れます
 だから、早くみなさん死にかけてください」
「ごめん、ももち色、おまえが正しい!」

「さて、そろそろ戦わなければならないときですわ」
「え?この流れで戦うの?・・・・あ!そうか、この流れはまた、『お時間で〜す』のパターンやな」
「すみません、まだ放送時間残っています」
「うそやろ?なんで今回に限って時間あるんや?」
「フフフ・・・これが(株)の力ですわ!」
「職権乱用や!」

80名無しリゾナント:2012/12/30(日) 17:40:22
「さて、これでようやく3回目にして戦うことができますね」
向かい合うボスと5人の戦士(とそのサブメンバー)
「・・・これまで何もしていないというのがおかしいんやけど」
「覚悟するんじゃ!世界を能力者の力のもとで支配しようとするなんて許さない!」
「私達だって奇妙な力のために軽蔑・差別されてきた。でも、恨んだりはしなかった」
「それは自分と違うことが怖いからなんだろうね。香音達は伝えよう、異能者も同じ人間だってことを」
「そう、そのためには時には悲しくても、同じ能力者同士で戦わなくてはいけないんです。」
「さあ、覚悟しなさい!ダークネスと裏切り者のリゾナントオレンジ!!」

「待て!ここにきてオレンジ敵に引き込ませたのももち色 お前やろ!」
「なんのことですか?オレンジ色はオリオン座の誘惑にまけて」
「違う、違う、違う、それ違う作者で、今年度の名作だから!簡単にネタにしてはいけないレベルだから
 というか同じ能力者同士で戦うってそういう意味なの?何?ももち色、とことんくどぅ認めないの?」
「くどぅ?なんですかそれは?そこにいるのは裏切り者のリゾナント(偽)オレンジですわ」
「とうとうこの人、自分のメンバーにも( )付け始めた!」
「本物のオレンジは一人だけ。愛するものは亀井さんだけ〜」

「おかしいやろ、今回のももち色は。なんでオレンジ色が裏切るなんて
 裏切る?・・・はっ!これは、あの初期の新垣スパイ設定の逆リゾナントやろ!!
 そうだよ、くどぅは裏切ったんや!そう、お前らを守るために」
「おめでたいかたですわね。そんなことありえませんわ!」
「・・・いやいや、くどぅがあえて裏切っているほうがお前らにとって都合がええのになぜ拒否する?」
「そんな思いもっていたら、思いっきり戦えないからですわ!!
 そう、これはオレンジ色を守るための聖戦なのです!」
「この人最終的に個人的感情のみで戦い始めたよ!!」

とうとう戦いの幕が切って落とされた リゾナントガールズvsダークネス
敵として立ちはだかることとなってしまったオレンジ色の運命は?そして聖のオレンジ色は守られるのか?
次回、カラフル戦隊リゾナントガールズ(裏)第四話『ピンチから掴み取る栄光』

川c '∀')<この番組は フランスの味 石田パンの提供でお送りしました

81名無しリゾナント:2012/12/30(日) 17:45:04
>>
「colorfull戦隊リゾナントガールズ(仮)③」です
年内になんとかかきあげられました(汗
今年の後悔としては「リホナント」に参加できなかったことかなw

今年ももう終わりですね。風邪などひかないで体調に気を付けてください
来年もよろしくお願いします

以上代理投稿よろしくお願いします

82名無し募集中。。。:2012/12/30(日) 18:33:27
いってきまっくす

83名無し募集中。。。:2012/12/30(日) 18:36:55
転載完了しました〜ん

84名無しリゾナント:2012/12/30(日) 19:40:50
ありがとうございました!

85名無しリゾナント:2013/01/02(水) 02:33:24
子供が走って来る。母親を急かすように走っているため、目の前に居た
彼女に気付く間もなく、その身体に激突してしまう。
軽い衝撃だったが、それでも予想外の反動で子供は地面に倒れ込んだ。

 「すみません、この子ったら」
 
母親はぽかんとした表情で彼女を見る子供を叱りつける。
が、子供は何が起こったのか分からないのか、母親が怒る理由が
分からず、徐々に目が涙を溜め始めていた。
彼女は慌てて母親をなだめる様に呟く。

 「大丈夫ですよ、ごめんなさい。私もよそ見をしてて」

そう言うと、母親は謝りながら子供を起こし、手を握って去って行った。
今日から新しい年を迎え、子供達は今、冬休みの真っ最中だ。
寒い風が肌に触れるが、白い雫はこの都会に来て何度も見ていない。
買いもの袋から温かいココアの缶を取り出し、彼女は空を見上げた。

 隣には誰も居ない。誰かが居ない買いものが始まって、もう。

携帯が鳴って、誰かのメールが受信された事を告げる音。
夕方の刻。
ああ、そろそろ帰らなくては、彼女が来てしまう。
不思議なこともあるもんだと、彼女は思った。

 ご飯をしようと言ったのは、彼女だった。

86名無しリゾナント:2013/01/02(水) 02:34:22
そんな誘いをしてくるような人間ではないと思っていた。
その場に一緒に居るから食べるようなことは何度もあったが。
その場に集まって食べよう、という事はあまりしない方だと思っていた。

それも彼女の、道重さゆみの家で。

その為に買いものに来たが、正直料理が上手いとも言えないので
とりあえず惣菜やレンジでチンが出来る鍋物を買いこんだ。
彼女も彼女で何か持ってくるらしい。

 昨日は夜から下の子達が集まり、日の出を見に行った。

謹賀新年の挨拶をする真面目な子ばかりだが、集まるとそこは子供。
騒がしい。とにかく騒がしい。
こんな光景で若さを感じるというのは道重としても悔しさが沸くが
そんな事を思うほど彼女達の元気さは面倒でもある、が、楽しい訳ではない。
大きく言わなくても事実、楽しかった。

 「嫌いじゃないから、良いんだけどねえ」

呟いて、空き缶をゴミ箱に捨てる。歩を進める。
一人の道を、自分が帰るべき場所へ、そうして確かめるように。
白い息が上がる、ああ、誰の温かみも感じない、この一刹那。
新しい年なのに。

家に帰ると、暖房を付けて行ったので温かい風が冷たい肌に沁みる。
適当に取り出してレンジという名の料理をしていると、電子音が鳴った。

87名無しリゾナント:2013/01/02(水) 02:35:10
 「やっぴー、さゆ」
 「いらっしゃい…って、なにそれ?」
 「ん、なにって、ケンタッキー」
 「それだけ?」
 「あとはんー、デザート。冷蔵庫に入れとくけん」

長四角の箱に4つほど入ったチキンを嬉しそうに見せる田中れいな。
鍋物もあるのに、と思ったが、まあ食べれるだろう、と。
なんだかんだで、温まったこたつの中に潜り、持ちよった料理をテーブルに置き
冷たいものとしてお酒を用意して、それを注いでいく。

 そういえば高橋愛は、自分が成人だった頃は眼前でお酒を飲むのは控えていた。
 新垣里沙もそう。
 飲む姿を見たのは、道重や田中が成人になってからだろうか。
 ああ、確かその前に亀井絵里が。



チキンを食べる田中に対して、携帯を向けてボタンを押す。
何撮っとるとーと自分も隙アリと写メを撮り遊んでいく。
工藤や佐藤に見せたら嬉しいだろうねと言うと、見せたら怒るけんねと笑う。
アハハ。
アハハ。
会話は他愛のないものばかりだが、ほぼ下の子達のことばかりだ。
暗い話は似合わない、特に田中は、そういう話は似合わない。
だから道重も言わない。
不安さえも口にしない、彼女の前で話すことではない。

 似合わないから。似合わない、こんな新しい年に。

88名無しリゾナント:2013/01/02(水) 02:36:25
お酒を飲んで、頬を赤らめる二人はテーブルの料理に箸を入れる。
意外なほど、二人であの量を消化している事に今更気付く。
酔ってしまったのだろうか、瞼が少し重い。
田中は何も言わずに口を動かす。そして何も思わずに、紡いだ。

 「なんか、こういうのって初めてだよね。二人でって」
 「んーそうっちゃね」
 「なんで誘ってくれたの?」
 「なんでやろ、下のヤツばっかりおるから、ちょっとこういうのもいいかなって」
 「それなら一人で食べてもいいんじゃない?」
 「ん、んーなんかいな、なんか、さゆなら良いかなって」
 「なにそれ」
 「空気読めるし」
 「あはは、どうしたのれいな、なんか」

ああこんな役目は高橋がやる事だった。
田中的にはジュンジュンに甘える姿が多かっただろうか。
リンリンが面白い事を言ってくれた。
光井が相談にのる所で、久住が適当に空気を変えてくれた。

自分には似合わない。似合わない。

 「なんか急に、寂しくなった?」

それは自分の答えだ。自分で問い掛けた、答えだった。
一人で買いものをするようになって、一人で居る機会がほしくなって。
下の子達が増えて、田中の笑顔が増えて、自分の楽しみが増えて。
それでも少なからず、そこに、底に存在するわだかまり。

89名無しリゾナント:2013/01/02(水) 02:37:04
 「変わることはきっと、間違いじゃないんだよ。
 ただどうしても寂しくなるのはね、どんな時でも自分が、自分だからなんだ」

誰かの声がふと、思い返される。
田中がお酒を一杯煽ると、時計を見て「あ」と口を開けた。

 「もう2日やね」
 「そうだね」
 「今年は何があるかいな。また敵と戦うんやろね。いつまで続くとかいな」
 「どっちかが飽きるまで、だよ」
 「そうっちゃね。さゆは、飽きた?」
 「飽きたとは言えないけど、でも慣れなきゃいけないとは思ってる」
 「…そうやね」

田中はお酒が無くなって口を尖らしたが、道重が手元に残っていたお酒を注いだ。
あの頃には出来なかった事が今こうして出来ているという現実。
欠けてしまった誰かに、でもいつかはまためぐり合えるのだろう。
繋がっているならきっとまた、会えるのだ。

 「ま、今年もよろしく」
 「…うん、よろしくね、れいな」

日常は変わっていく。自分達も変わっていく。環境も、世界も、変わってく。
誰かが居なくなってしまった、誰かが居てくれた。
その差はあまりにも深く、存在力は強い。
どちらも大切で、どちらも不安な要素を拭えないが、それでもきっと、これが
自分にとっての現実だということを受け止められる日が来る。

掲げて、掲げよう。
新しい世界に手を振って、自分の存在を掲げよう。

90名無しリゾナント:2013/01/02(水) 02:38:05


 「あれ、絵里からあけおめメール来てる」
 「マジで?もう2日になっとうとよって文句言ってやりぃよ」
 「多分これ打って寝てると思うけどね」
 「あはは、そういえば愛ちゃんからも来てたよ」
 「ガキさんからも来てた、デコ付きで、コッテコテのヤツ」
 「れなのも良い感じやったっちゃろ?」
 「あれってどこのサイトにあったの?」
 「ちょっと待って、無料でいいところ見つけたったい」

日常の切り替えはきっと、誰でも可能なことなのだ。
少しだけ思い出に浸れたよ。
親友の姿を思い出しながら、携帯の返信を送った。

91名無しリゾナント:2013/01/02(水) 02:42:08
『始まりを知る二人の朝。』

以上です。
謹賀新年という事で、なんというか、最近二人での
画像が多いので鍋でもつっついて貰おうかな、というお話でした。
あまりにも久し振りに書いたので文章が荒っぽいですがご勘弁。

--------------------ここまで。

いつでも構わないのでよろしくお願いします。

今書いている話がようやく終盤に差し掛かってるんですが
あまりにも原作のセリフ使いまくりだけど投下大丈夫かな、とか思ってます。

92名無し募集中。。。:2013/01/02(水) 11:46:20
いってきまっくす

93名無し募集中。。。:2013/01/02(水) 11:49:09
いってきたにょ〜ん

94名無しリゾナント:2013/01/02(水) 12:32:02
ありがとうございますこんなに早く投下してくださり。
ただここまで、の部分までで良かったのですが、全文
やってもらえて申し訳ないです(汗

95名無し募集中。。。:2013/01/02(水) 12:50:50
すいません(滝汗)
どっちかなぁと迷いはしたのですが足りないのはどうかと思いまして
全て転載いたしました

転載は最近やらせて頂くようになったのでいたらない点もあると思いますが
教えて下さったので次回からは上手に出来るかと思います

96名無しリゾナント:2013/01/02(水) 23:27:18
こちらこそ代理をお願いしている側なのにすみません(平伏
これからお世話になるかと思いますので、よろしくお願いします。

97名無しリゾナント:2013/01/05(土) 14:26:29
>>72
ありがとうございます
二人のやり取りは中の中対決やらうさピーラジオやらを参考にしてますw

それでは新年一発目を

98名無しリゾナント:2013/01/05(土) 14:35:43
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/707.html のつづきです

能力者。
特有の気配などまるで感じられなかったが、間違いない。
とにかく、逃げなければ。

さゆみは踵を返し、一目散に走り出す。
治癒能力は戦闘向きの能力ではない。相手が何者で、どういう類の能力なのかはわからないが、無策で戦うなどという話になれば一
方的に嬲られるのが落ちだろう。

スーパーを出て、大通りを全速力で駆けてゆく。今のところ、相手が追ってくる気配は感じられない。
もともと運動神経の鈍いさゆみであるからして、この全速力もそう長くはもたない。とにかく、人気のない場所に行かなくては。スピード
を落とさずに、目の前の細い路地の角で急カーブ。

相手が一般人ならば。
この後どこかの物陰に隠れれば、相手の追跡をやり過ごすことができるだろう。
ただ、相手は能力者。さゆみの隠れ場所など容易く見つけてしまう。しかもこちらは相手の気配がまったく読めない。

ついにさゆみは路地裏の広い空き地に追い詰められてしまった。
周りは高い塀で囲まれ、とてもではないが飛び越えて逃げることは不可能だ。

99名無しリゾナント:2013/01/05(土) 14:37:11
「もう、いきなり逃げ出すなんてひどいじゃないですかぁ」

女が空き地の入口を囲んでいた有刺鉄線を掻き分けて、近づいてくる。
鉄線はまるで砂糖菓子のようにぽろぽろと崩れていった。

「なんなのあんた!!」
「ももち、みっしげさんと二人きりになりたかったんですよ」

ツインテールの女はそれだけ言うと、小指を立ててさゆみに向けて突き出す。
この攻撃は…やばい!!
一見間抜けな動作に見えるが、さゆみの本能が危険を訴える。慌ててしゃがんだ頭の先を何かが掠め、そして背後の塀を貫通した。

「え!?」
「ももち必殺『こゆビーム』ですよ?うふふふ」
「…きもっ」
「ちょっと!可愛いの間違いじゃないんですか!?」

100名無しリゾナント:2013/01/05(土) 14:38:44
どういう原理かはわからないが、これも女の能力だとさゆみは確信した。
だがさゆみもここでただ嬲られ殺されるわけにはいかない。この誰もいない路地裏の空き地に逃げ込んだのには、理由がある。
それに万が一「あいつ」が来ちゃった場合、人がいないほうが色々と好都合なんだよね。
そう付け加えることをさゆみは忘れない。

「ともかく、ここなら騒ぎを起こすことなくみっしげさんを始末できますよ。あんまり目立った行動をしたらダークネスさんたちに
怒られちゃいますから」
「ダークネスですって!?」

女の言葉に、さゆみは目を剥いた。
それと同時に、ついにこの時が来たのかと覚悟をする。
「銀翼の天使」が喫茶リゾナントを襲撃してから、今までの間。リゾナンターのほぼ全員を何らかの形で再起不能に追い込んだと認
識したダークネスは、犯罪者社会の表舞台から姿を消した。そもそも彼女たちの存在自体が「闇」。リゾナンター潰しのためだけに
一時的に姿を現したとすれば納得のいく話ではある。その闇たちが再び姿を表したということはすなわち。

101名無しリゾナント:2013/01/05(土) 14:40:19
「みっしげさん。悪いんだけど、ここで死んでください」

自分達リゾナンターが、再びダークネスの的にかけられたことを意味する。
最早猶予は無い。
さゆみはありったけの思いを込めて、念じた。

『助けて!!!!!!!』

リゾナンターたちは、互いに共鳴しあう。
それは思念においても当てはまっていた。
SOS信号は最も近い場所にいる人間に伝わり、共鳴し、さらに遠い仲間たちのもとへ駆け巡る。戦闘能力を持たないさゆみが再三
敵の脅威に晒されながらも今まで無事でいられるのは、この共鳴があるからこそであった。
さゆみが人気のない場所に逃げ込んだのには、心の叫びを察知してもらうのに条件がいいからだ。


「…でも、助けが来る前にももちがみっしげさんのこと殺したら、意味ないですよね?」
「かわいくないあんたに、さゆみは殺せない」

この女の言う通り。
仲間の助けが来るまで、さゆみは女の攻撃を避け続けなければならない。
とにかく、持ちこたえるしかない。それは一つの決意でもあった。

102名無しリゾナント:2013/01/05(土) 14:42:22

ツインテールの女が、一歩前に出る。
その表情はまるで鼠を目にした猫のようだ。

「まず最初にももちの能力を説明しますね。ももちの能力は『触れたものの時間の早さを、自由に進めることができる』能力なんで
す。レモンもそうだし、さっきのこゆビームもそう。つまり、みっしげさんはももちに絶対に勝てないってことですよ」
「…なんでそうなるわけ?」
「だって、みっしげさんには『治癒能力』しかないじゃないですかぁ」

この状況の問題点を言い当てられ、露骨に焦る顔をするさゆみ。
しかしそれは彼女の作戦でもあった。相手を油断させることは、戦いにおいて有利に働く。伸びる天狗の鼻を最後にへし折ってやる
のは、さゆみの性分にとてもよく合っていた。

「直接触られておばあちゃんになっちゃうか、それともこゆビームに貫かれるか。選んでもらっても、いいんですよ?うふふ」

103名無しリゾナント:2013/01/05(土) 14:44:39
少しずつ、間合いを詰めてゆく女。
掴まれたら終わり。老化した細胞はさすがに治癒能力で復元できない。
ならば、あの妙なビームを被弾した箇所を治癒しつつ逃げ続けるか。それもありえない選択肢。走りながらの能力発動など、そう簡
単にできることではない。

しかし、さゆみには勝算があった。
女を最初に見た時に感じた直感。それを、さゆみは信じる事にしたのだ。

「さゆみ、鬼ごっこなら得意なんだよね」
「えー、意外です。すっごい鈍くさいと思ってました。能ある鷹は何とやらなんですね」
「なんかすごくムカツクんだけど」

女が態勢を低くする。いつでも飛びかかれるように。
さゆみも同じく、腰を低く落とす。いつでもあの場所にバックステップできるように。
実はさゆみがこの場所にたどり着いた時、真っ先に地面に落ちている木の棒を目ざとく見つけていた。恐らく建築資材の切れ端だっ
たのだろう。相手の力が「時間の流れを自在に操れる」能力ならばそんなものは気休めにすらならないだろうが。

104名無しリゾナント:2013/01/05(土) 18:00:48
>>98-103

途中ですが今回はここまで

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−ここまで

スレたて後にでも代理投稿お願いします。

105名無しリゾナント:2013/01/05(土) 22:34:33
スレ立ったので行ってきますね

106名無しリゾナント:2013/01/05(土) 22:40:41
行って参りました
新年一発目おつです
シリアスの中のキモ可愛いやり取りにほっこりw

107名無しリゾナント:2013/01/09(水) 20:59:54
>>106
代理ありがとうございました
それでは中途半端に終わった続きを

108名無しリゾナント:2013/01/09(水) 21:02:01
>>98-103 の続き

「じゃあいきますよぉ?それっ!!」

女の体が前に躍り出た。
予告つきの行動に出たのは女の驕りだ。さすがのさゆみも反応ができる。
さゆみは後ずさり地面に落ちていた棒を拾い上げて両側を持って前に突き出した。
女の手が棒に触れる。が、棒は崩れ落ちる事はなかった。

「あれ?どうして」
「やっぱりね。あんたの能力は時間の流れの操作なんかじゃない」

さゆみの言うとおり、女の能力は決して時間に関するものではなかった。
そして、何故木の棒が朽ち果てなかったのか。

「この棒にはさゆみの治癒能力を巡らせたの。だから、あんたの力に抗ってるわけ。まあ、ちょっとした賭けだったけど…あんたを
信じてよかった」
「どういう意味?」
「だって、あんた見るからにひねくれてそうじゃん。本当のことなんて絶対に言わないんだろうなって思って」

女がはじめて、薄笑いを解き悔しそうにさゆみを睨んだ。

109名無しリゾナント:2013/01/09(水) 21:03:30
「じゃあ何でレモンをあんな風にできたんだろうなって、さゆみ考えたの。あんたの言葉を真逆に取れば、能力は時間に関係するも
のじゃない。ということは、物理的にものを腐らせる能力なんじゃないかって。そしたらさゆみの治癒能力はうってつけでしょ?」
「……」
「全身に治癒の力を巡らせておけば、腐食の力が及ぶ事はない。自分の体で試すのは嫌だったから、この木の棒で保険をかけたんだ
けどね」

今度はさゆみが一歩前に出た。
先ほどとは逆の立場となる。

「お互いの能力が無効化するってことは、あとは素手での勝負になるよね? でも、さゆみは負けない。だって、さゆみはもうリゾ
ナンターのリーダーだから」

さゆみの言葉には、勢いがあった。
愛が去り、そして里沙も去った。結成当初のメンバーはれいなと自分だけ。でも、守られるだけの存在であってはならない。
里沙から長い旅に出る事を告げられた日から、密かにさゆみはトレーニングルームで自らの体を鍛え始めていた。治癒の力だけでは
なく、戦いの力を手に入れるために。

110名無しリゾナント:2013/01/09(水) 21:04:39
戦闘特化の能力者にそんな付け焼刃が通じるとは思えない。
しかし、お互いの能力が封じられてる今なら、その効果が存分に発揮されるはず。
幸い、相手はさゆみより小柄だし、何だか弱そうだ。

相手に組み付いて、そのまま地面に押し倒す!!
その通りに、さゆみは猛ダッシュで女に詰め寄り、そして両腕で体をホールドした。
そこではじめて、さゆみは自らの認識の甘さに気づくのだった。

組み付いた時の、がっちりとした硬い感触。それは女が見かけによらず筋肉質であることを意味していた。薄い唇が、笑みで曲線を
描く。
ひ弱な拘束は簡単に解かれ、よろめくさゆみに上段のハイキックが綺麗に決まった。

「あれー?もしかしてももちに勝てるとか勘違いしちゃいました?こう見えても、ももち結構鍛えてるんですよねぇ」

女の嫌味たっぷりの笑い声を遠くに聞きながら、さゆみの意識はぷっつりと途絶えてしまった。

111名無しリゾナント:2013/01/09(水) 21:08:56



さゆみの助けを求める声は、真っ先に近場にいる里保に伝わっていた。
道重さんが、危ない!
里保は即座に、それが喫茶店を訪れた三人組の仲間に襲われたことによるものと判断した。スロットルを一段階上げて、一分一秒で
も早く現場に着くため全速力で走り続ける。

雨は喫茶店を離れるとすぐに止んでしまっていた。
もちろん不用意な水との接触を嫌う里保にとってはむしろ好都合である。例えばの話ではあるが土砂降りの中で能力を開放すれば、
本人の意思では能力を制御できず力の暴走を招きかねない。

『里保、どうしたと!?』

頭の中に聞き覚えのある声が聞こえてくる。
里保の友人でリゾナンターでもある、生田衣梨奈のものだ。

『えりぽん、道重さんが!』
『えっ? 道重さんに何かあったと?』
『うん。敵に襲われてるみたい!私が一番近い場所にいるみたいだから』
『わかった。衣梨もすぐ行く!せんせー、おなか痛くなったんで帰りまーす!!』

112名無しリゾナント:2013/01/09(水) 21:10:14
最後の一言で思わず里保はずっこけそうになる。
恐らく学校の授業中だったのだろうけどもう少しましな言い訳があるだろうに、まあそれもまた彼女の彼女たる由縁と言ったところ
か。
とにかくまあ、精神干渉を得意とする衣梨奈が戦いに加わればその分、敵と対峙する時に優位にことが運ぶ。ただ、衣梨奈を待って
いるほどの余裕があるわけでもない。

さゆみの心の叫びの伝わり方から、相手は一人であると里保は推測する。よほどの使い手でなければ飛んで火に入る夏の虫、という
ことにはならないと確信していた。相手の実力が多少上回ったとしても、さゆみを連れて逃げることに専念すれば問題ないはずだ。

ただ、ひとつだけ気がかりなことがあった。
さゆみの心の声が先ほどからまったく聞こえてこないのだ。
まさか、もう…
不意に訪れる嫌な予感を、大きくかぶりを振り否定する。
れいなは「さゆは大丈夫やけん」と言った。その言葉を信じるしかない。

何故大丈夫なのか。
その答えは、里保が件の空き地にたどり着いた時に判明する。

113名無しリゾナント:2013/01/09(水) 21:11:40
>>108-112 投稿完了

お手すきの時に代理投稿お願いします。

114名無しリゾナント:2013/01/09(水) 23:33:11
行って参ります

115名無しリゾナント:2013/01/09(水) 23:39:27
行って参りました
本スレにも書きましたがなぜか改行が上手くいきませんでした…申し訳ありません
次回は可愛い対決決着でしょうか。楽しみに待っています

116名無しリゾナント:2013/01/12(土) 14:13:31
>>115
ありがとうございます
色々お手数かけます、こちらこそすみません
今回は少し長めに

117名無しリゾナント:2013/01/12(土) 14:16:16
>>108-112 続きです

さゆみの反応があると思しき空き地に、辿りついた里保が見たものは。
そこに立っている二人の女。
一人はツインテールの背の低い女。そしてもう一人。

「…あんたの実力なんて、こんなもの?」

道重さゆみ。
口元の黒子が特徴的な、里保の先輩。のはず。
ただ、さゆみと大きく違うのは、自慢の黒髪が茶髪になっている点だった。

「へー。それが噂の『さえみ』ってやつですか。みっしげさん」

ツインテールの女は笑おうとするが、表情が引きつってうまく笑えないように見えた。
争った跡なのだろう。空き地の地面はところどころが抉れ、荒れていた。

「あんたの腐らせる能力なんて、さえみの物質崩壊(イクサシブ・ヒーリング)に比べたら子供だましもいいとこ」

さゆみ、であった誰かは、目の前の女の能力が物質腐敗(ディコンポジション)であることを見抜いていた。物質を変質させる力よ
りも、存在ごと崩壊させてしまう能力のほうが上位なのは明らかだ。

今度はさゆみ、いやさえみが一歩前に出る。
女が焦ったように自称必殺技「こゆビーム」を連発した。次々に飛んでくる「何か」。それは哀れにもさえみの体に届く前に砂団子
のように崩れ散ってしまう。

118名無しリゾナント:2013/01/12(土) 14:17:46
「腐敗の力を付与した小石を高速で飛ばして、被弾した部分が腐り落ちる。種を明かせばただの曲芸だよね」
「ちょ、ちょっとこっち来ないでくださいよ!!」

少しずつ距離を縮めてくるさえみに対し、明らかに動揺する女。
今度は女がさえみの能力に畏怖する番だ。何せ触れられたら最後、痕跡すら残さずに消滅してしまう。

その様子をぽかんと見てるだけしかないのは、颯爽とさゆみを助けに来たはずの里保だった。
髪の毛が茶髪であることを除けば、今目の前にいるのは身体的特徴からさゆみであることは疑いようが無い。しかし、里保の知って
いるさゆみは治癒能力に長けた変態、もとい戦闘能力のない能力者。
駆使する能力、相手を威圧する凄み、何かが違う。

「りほりほ!」

さえみが突然、振り向きざまに里保に向って猛突進。濃厚な抱擁をぶちかました。
そのねちっこい触り方で里保は確信する。この人は道重さんだと。

「あの、ちょっと道重?さん?」
「さゆちゃんだけずるい!さえみだってりほりほを可愛がりたいんだから!!」
「言ってる事がよくわからないんですが」
「あ〜やっぱり子供の匂いは最高だよねスー」

119名無しリゾナント:2013/01/12(土) 14:19:17
しかしながらさゆみの場合、里保の顔色を伺い遠慮がちにスキンシップしてくるのだが、さえみは空気が読めないというか、遠慮が
まったくない。普段抑圧されているのだから、仕方の無い話ではあるのかもしれないが。
道重さえみ。彼女こそ、道重さゆみが内包しているもう一つの人格。れいなが「さゆは大丈夫」と言い切り、さゆみが「あの人は出
したくない」とその出現を避けたかった理由。

治癒能力とは、元を正せば細胞の活性化を促す能力。
その活性化を異常なまでに亢進させることで細胞の自己崩壊を発生させる。それがさえみの能力である物質崩壊の仕組みであった。

里保の頭に顔を埋め満足そうなさえみ。
その至福の時が、終わりを告げる。腐敗の力を帯びた小石が、矢継ぎ早に飛んできたからだ。

さえみを引き剥がした里保が、背に負う愛刀「驟雨環奔」を抜き、そのまま二、三度振るう。
最初の一太刀で石に込められた嫌な力を感じた里保は刀の背で小石を弾き落とすのをやめ、鋭い刃で石を切り伏せる方法を取った。
その選択は正解、石に触れる時間・面積を必要最小限に抑えて刀へのダメージを防ぐことを、無意識のうちにやってのけたのだ。

「あんたがリゾナンターの次期エース? こけしみたいな顔してやるじゃん」
「地味な顔のあなたに言われたくないんですけど」

言いながら、大きく女の前に踏み込む里保。
標的はかつてのリゾナンターであるれいなとさゆみだけ。あとの雑魚は取るに足らない存在。そう考えていた女の認識。その隙を
突く様な鋭い切り込みは、最早避けようがないように思えた。

120名無しリゾナント:2013/01/12(土) 14:21:17
刀は、ツインテールの女を袈裟懸けに切り捨てているはずだった。
ところが現実は、その切っ先は思い描いていた軌跡を辿る事無く宙に浮いている。青白い刃が、行く先を阻んでいた。

「ちょっとちょっと梨沙子、邪魔しないでよ!!」
「だって、2対1になってたから」

里保の刀を止めている奇抜な髪色をした少女に、ツインテールの女が猛抗議する。
しかし柳に風、気にも留めていない様子。
それより、里保の全力の踏み込みを受け止めておきながら、表情一つ変えていない。

このままでは、逆にこちらが切り伏せられてしまう。
里保は前方に向けていた力を斜め上に変え、刀を弾いた反動を利用して間合いを広げた。
鍔迫り合いから退く事は剣士としては屈辱だったが、実力差、という三文字が現実であることを彼女は十分に理解していた。

「下がっててりほりほ。こいつらは…さえみが消滅させる」

そして里保を庇うように、さえみが再び前に出た。
ところが梨沙子と呼ばれた少女、は出していた刀を仕舞ってしまう。

「今日のところは、あんたたちと戦わない。目的は、標的の把握。ただそれだけ」
「えーっ、ももちまだ『ピンキードリル』も『ももアタック』も出してないのにぃ」
「もも、うるさい」

それだけ言うと、ツインテールの首根っこを掴んで、そのまま引きずりながらその場を立ち去ろうとした。逃がさない。そう思い後
を追おうとしたさえみの前に、背丈の倍はあるような氷の壁が立ち塞がる。梨沙子のもとの思しき声が、遮られた向こう側から聞こ
えてきた。

「かの『氷の魔女』ほどじゃないけど。足止め程度にはなるから」

二人がかりで氷の壁を切り崩した時には、敵の姿はすでに消えていた。

121名無しリゾナント:2013/01/12(土) 14:23:00


里保もリゾナンターとダークネスに纏わる因縁についてはある程度理解していた。
「12月24日」について語る、今はリゾナントにいない高橋愛・新垣里沙・光井愛佳。それに、れいなとさゆみ。その時の彼女
たちの表情から滲み出る、怒り、無念。それを目の当たりにする度に、ダークネスという存在が里保にとっても不倶戴天の敵
であることを心に刻んでいった。
だが、そのダークネスの眷属であろう二人組を一瞬の隙を突かれ、逃がしてしまった。

「あの、道重さん…」

里保が謝罪の意を述べようと、さえみに向き直った時。
すでにその場にさえみはいなく、空き地の壁の前で頭を壁にガンガンぶつけていた。

「なってなかった!今日のあたしはなってなかった!!」
「ええと…道重さん?」
「あんなやつら、さえみにかかったらすぐに始末できたのに!りほりほの、りほりほの可愛さに見とれた隙を突かれて取り逃
してしまった!!」
「は?」

心配になってやってきた里保をドン引きさせるほどの狂気。
この頃までにはようやく彼女も、目の前の人物がさゆみであってさゆみでないことに気づく。

122名無しリゾナント:2013/01/12(土) 14:23:59
「と言うわけで、傷心のさえみの心をりほりほが癒して」
「何が『と言うわけで』なのか、わからないんですけど」
「そのためには、りほりほと一緒にお風呂に入らなきゃいけないの」
「…涎を垂らしながら言う台詞じゃないですよね」

食われる。
それが何を意味するか、幼い里保には理解できなかったが、とにかく本能が危険信号を発していた。

「りほりほー!!」

刹那、宙に躍り出るさえみ。こんなシチュエーション、どこかで見たことある。確か、ルパンが不二子相手に興奮した挙句、
脱衣と相手の捕獲を同時に行おうとするあの場面だ。
あまりの、非日常感。それはさえみから身を翻す事を不可能にする。
思わず、里保は両目を瞑った。

しかし里保のこの日一番の危機は、未遂に終わった。
ゆっくり目を開くと、地べたに倒れている黒髪の女性。気を失っているようだ。
助かった。思わずそんな感想を抱かざるを得ない里保であった。

その後現場に駆けつけた衣梨奈とともに、さゆみを担ぎつつ喫茶店に戻るのだった。

123名無しリゾナント:2013/01/12(土) 14:34:41


喫茶リゾナントに、夜の帳が下りる。
店の扉には、営業終了の看板。店じまいに少し早いが、そんなことは言っていられない。
店には、リゾナンターたちが集まっていた。さゆみとれいな以外は、全員が高校生、または中学生という頼りない構成。だが、
彼女たちはそれぞれが常人には扱えない能力を持っていた。

れいなを中心として、めいめいが近くのテーブルに腰掛ける。
今日あったことをまとめ、そして次の対策に繋げるために。

「それにしても、どうして言ってくれなかったんですか。道重さんの能力の秘密を。事情が事情だから、しょうがないかもしれ
ないですけど。でも、本当に心配したんですから」

不満そうに口を尖らす里保。
もちろん、心配だったという思いのほかにも、「ある意味」危険だったからでもあるが。
さゆみを運び込んだ後に喫茶店に入ってきたれいなから聞いたのは、さゆみが二重人格者の持ち主であり、かつ人格によって行
使能力が変質するという衝撃の事実だった。

「まあその、タイミングってやつ? いきなりあんたらに、さゆに別人格があるって言っても混乱するだけと思ったけん」

2階で寝ているさゆみのことを気遣っているのだろう。
慣れない言葉を選ぶという行為に苦慮している様子が、れいなの表情からは見て取れた。

124名無しリゾナント:2013/01/12(土) 14:35:59
「それはそうと、田中さんに、道重さん。それと、鞘師さんにくどぅーとまーちゃんはダークネスに遭遇したんですよね」

発言したのは、ストレートヘアーの長い黒髪が印象的な、目鼻立ちがくっきりとした少女。
飯窪春菜。リゾナンターになってから日は浅いが、早くもさゆみとれいなを除くメンバーでも最年長であるという自覚からか、
話の核心について言及した。

「うん。はるがまーちゃんと鞘師さんと一緒に出くわしたのは、チャリンコスーツ着たお姉さんと、その他二人」

遥がその時の状況と、三人組の特徴を話す。

「れいなは、愛佳経由の依頼をこなしてる時に、黒ガリとノッポと太いのに襲われた。ま、余裕やったけどね」
「さっすがたなさたーん!!」

興奮のあまり組み付いてくる優樹を剥がしつつ、得意げに語るれいな。

「そして私と道重さんが、駅のはずれの空き地で二人組に遭遇しました」

実際に最初に対峙したのは里保ではないが、当事者のさゆみは眠りの中。
れいなの話によると、『さえみ』が発現していられるのは約5分。その後再びさゆみと入れ替わる形になるが、治癒能力の超
強化である物質崩壊を使うことによる消耗で、気を失ってしまうとのこと。
切り札が強力な分だけ、使うリスクも大きいのだ。

125名無しリゾナント:2013/01/12(土) 14:37:38
「…ということは、敵は少なくとも8人以上いるということですよね」

ミーティングの補助を買って出た、上品ながらもやや肉感的な少女がそう言いながら、ホワイトボードに「穏健派」「武闘派」
と大きな二つの丸を描く。穏健派の中に、小さな3つの丸。武闘派の中に、同じようにして5つの丸。

「みずき、どういうこと?何でどこの派閥に属してるかわかると?」
「8人の中で、実際に戦いを仕掛けてきたのは5人。喫茶店に来た人たちの『自分達はともかく、もう1つのグループは手出し
するかも』って言葉が本当なら、こうなるはずだよ」

疑問を投げかける衣梨奈に、丸を描いた少女 ― 譜久村聖 ― が簡潔に答える。訳あって里保たちと喫茶リゾナントを訪れ
てから2年。いつの間にか上から数えて3番目という序列についてしまった彼女だが、リゾナンターとしての、そして組織の中
間管理職としての自覚に目覚めつつあった。

「じゃあその『穏健派』と『武闘派』が今後どんな動きに出るかだよね」

鋭角的な顔つきの少女 ― 石田亜佑美 ― がテーブルから身を乗り出して言う。
彼女の言うとおり、その2グループの動きに対してどう応じるか。そこに今回のミーティングの本題があった。

「みんなの話が確かなら、『穏健派』が前もって予告してからの襲撃。『武闘派』は奇襲攻撃とかしてきそうな感じじゃない?」
「かのんちゃんの言う事ももっともだけど、そうやって決め付けるのは危険だと思う。どんな状況においても柔軟に対応できるよ
うにしなきゃ。そうですよね、田中さん」

聖が、れいなに同意を求めるように問う。異を唱えられたややシルエットが丸い少女・鈴木香音もまた、れいなの次の発言を待っ
ていた。

126名無しリゾナント:2013/01/12(土) 14:39:09
時が、静まる。
れいなに一斉に注がれる、16の目。期待や不安、そのほかの色々な感情が入り混じり、彼女たちの瞳を通して投げかけられて
いる。
全てを受け止めよう。それが運命なら。
れいなは意を決し、口を開いた。

「2年前のあの日。12月24日。れいなたちは、ダークネスに襲われた。色々、失った。取り返しのつくものも、それから取り返
しのつかんものも。それはれいなとさゆの問題。みんなにまでそれを背負わすつもりはないけん」

みんな、ばらばらになった。
当時のメンバーであった、高橋愛。新垣里沙。亀井絵里。道重さゆみ。田中れいな。久住小春。光井愛佳。ジュンジュン。リン
リン。
小春と愛佳は、能力を失った。ジュンジュンとリンリンは、その手酷い怪我の治療のため、母国中国に帰る事になった。

そして絵里は、今も眠りの向こうの世界にいる。目覚める保証は、まったくない。
残った愛と里沙も、能力者による犯罪に頭を悩ます警察のヘッドハンティングにより相次いでリゾナントを離れた。あの時のこ
とを知る者は、れいなとさゆみ、二人しか残っていない。
新しく入ってきた8人は、あの日の惨事を知らない。

「でも。あいつらは、ダークネスはあんたらみたいな伸びしろの多い能力者をほっとかん。闇に染まらんもんは、全員粛清される」

127名無しリゾナント:2013/01/12(土) 14:40:46
ここに集まったのは、何らかの理由で闇に迫害され、闇に抗ってきたものばかり。
8人の少女たちは、真剣な表情でれいなの話を聞いている。一言一句、聞き漏らさないように。

「れいなたちはあんたたちを守る。けど、あんたたちにも、戦って欲しい。覚悟ができたら明日の夕方、リゾナントに集合。
待ってるけん」

れいなを除く全員がはじめて聞く「戦う覚悟」。
今までも、それなりの連中と交戦する事はあった。ただ、それは能力を持たない一般人。バットを携えた不良集団だろうが、
銃を構えたやくざだろうが、鍛え抜かれた用心棒だろうが。油断しなければ危険な目に遭うことはない。

今回のケースが「決してそうではない」ことを、彼女たちはれいなの言葉で改めて実感することになった。それぞれが、そ
れぞれの思いを胸に秘めながら、喫茶店を後にしてゆく。

全員が出払った後の喫茶店は、怖ろしく静かだった。
さっきまで年少のちびっ子たちがはしゃいでいたテーブルも、今は外の街灯の光が差し込むのみだ。
これでええんとかいな。
自問自答するれいなの背後に、さゆみが立っていた。

128名無しリゾナント:2013/01/12(土) 14:41:59
「本当だったらさゆみがれいながしたこと、しなきゃいけなかったのに」
「さゆならもっとうまく言えたかもよ。りほりほはさゆみが守るの〜、とか言って」

軽口を叩くれいなだが、その言葉は本心だった。
元々戦闘能力に長けたれいなだが、その力ゆえに、グループという単位でメンバーを見たことがなかった。もともと一匹狼な
性質がそれに拍車をかけたのもある。
さゆみは、決してそうではなかった。治癒能力という、決して表舞台に出る事はないがメンバー全員を支える力を有すること
で、大きな視野でメンバーを見ることができた。里沙がさゆみを次期リーダーに指名した時に、れいながわだかまりなく納得
したのもそういう理由があった。

「…明日は長い一日になるね」
「連中の詳細は愛佳に頼んで調べてもらってる。今夜襲ってこない理由はないっちゃけど、こてんぱんにされて間もないのに
また襲ってくるほどバカじゃないと思うけど」
「でもさゆみが会った子は結構しつこそうかも。なんかクネクネしてたし小指も立ってたし」
「マジ?めっちゃきしょいやん」

そう言って笑いあう二人の間には、確かな絆があった。

「勝とうね。今ここにはいない、みんなのためにも」

さゆみの言葉に、無言で頷くれいなだった。

129名無しリゾナント:2013/01/12(土) 14:42:57
>>117-128

投稿完了
代理投稿お願いします

130名無し募集中。。。:2013/01/12(土) 20:17:46
>>129
いってきます
レス数が多いので少し時間をかけて投稿しようと思います
ご了承下さい

131名無し募集中。。。:2013/01/12(土) 20:32:42
>>129
転載完了しました

132名無しリゾナント:2013/01/14(月) 13:36:55
『友(とも)』

〈優しくいれるさ〉

1−1

10人のリゾナンターと関根梓、そして8匹の犬は、山奥の洞窟の前に立っていた。
ダークネスに囚われている梓の仲間を救出したい。そこにいる全員が同じ思いだった。
さゆみは梓に尋ねた。
「梓さん、ここがあなたのいた所?」
「はい、この洞窟の奥に、ダークネスの秘密の研究所があります。
私が瞬間移動したのは、その辺からでした。
洞窟の中では、瞬間移動を妨害する装置が作動していましたから…」
さゆみは後ろを振り向き、目を閉じて何かを探っている工藤遥に声をかけた。
「工藤、中はどう?」
「はい、ここから100mくらいの範囲には、敵の姿は特に見あたりません」
「…そう」
「警備兵がおらんってどういうことかいな?」
隣りで腕組みをしているれいなが、洞窟の入り口をにらみながら言う。
さゆみは頬に手を当てて考え込んだ。
状況が掴めない。
さゆみは、次の行動を決めあぐねていた。
その時、さゆみとれいなにとっては聞きなれた声が、頭上から鳴り響いた。
《さゆ、れいな、ハロー!あなた達も来てくれたのね。さあ、中へ入って入って!》
声の発生源を探ると、洞窟の上の茂みの中にスピーカーらしきものが見えた。
警戒するさゆみたちをよそに、その声の主はとても楽しそうに続ける。
《そこからパーティー会場までは一本道だから、早く入っておいでよ!》
さゆみとれいなが顔を見合せる。
そして、同時に小さく頷いた。
さゆみは視線を正面へ戻し、洞窟の入り口へ一歩踏み出した。

133名無しリゾナント:2013/01/14(月) 13:37:28
1−2

薄暗い洞窟を10分少々歩くと、ようやく明るい場所に出た。
そこは、野球場ほどの広さがある大きな空洞だった。
生田衣梨奈は「広っ!」と叫びながら前へ飛び出し、上を見上げた。
天井はドーム状になっている。高さは頂点部分で50mはあろうか。
床は、中心角120°半径約40mの三つの扇形の「島」に分かれていた。
扇の弧の方が空洞の壁面に接し、かなめの部分が中心を向いている。
それらの「島」と「島」の間には、氷河のクレバスのような大きな裂け目があった。
つまり、直径約100mの円が、Y字型の裂け目で三つに区切られているのだ。
裂け目の幅は20mほどあり、下の方を覗き込むと、深すぎて底が見えなかった。

さゆみ達から見て左側の「島」には、「闘技場」という額が飾られている。
一方、右側の方の「島」の壁面には、黒い鉄の扉があった。
その扉の上には、巨大なスクリーンが設置されている。
《ようこそ、パーティー会場へ!》
明るい声とともにスクリーンに電源が入る。
れいなは、そこに映し出されたマッドサイエンティストの笑顔に、思わず舌打ちした。
《No.6、あなた、やっぱり戻って来たのね。それ、正しい選択よ。
どんなに遠くへ逃げても、粛正人のあの人があなたを殺しに行くからね。
私はあの人とは違うよ。実はね、私、あなた達を預かることになったの。
あなた達を処分しないでくれって、私、一生懸命、上の人達に頼みこんだのよ》
思いがけない優しげな口ぶりに、梓は戸惑った。
「あの…、私達、殺されるんじゃなかったんですか?」
《そんなもったいないことしないよ。あなた達は、貴重な実験台だもの》
「実験台…」
《そう。まあ、運が悪けりゃ副作用で死んじゃうかもしれないけどね。
でも、あの殺人狂に嬲り殺しにされるよりは、ずっといいでしょ!》
マルシェの円らな瞳が、キラキラと輝いている。
梓はうつむき、唇を噛んだ。

134名無しリゾナント:2013/01/14(月) 13:38:12
1−3

「マルシェ!お前、この子らの命をなんだと思っとお!」
《れいな〜、落ち着きなよ。だってさあ、考えてみてごらん。
あなただって『不用品』があったら、それを使っていろいろ遊びたくなるでしょ?
そうねえ…、例えば、要らなくなった電子レンジと、ケータイがあったとするわね。
そしたら、誰だってケータイを電子レンジでチンしてみたくなるじゃない?》
「ならん!」
激昂するれいなに、マルシェはやれやれという表情で溜息をつく。
《はあ…、あんたみたいに科学的な好奇心が1ミリもない人間には分からないか…》
梓が下を向いたまま声を絞り出す。
「私達は…、『不用品』なんかじゃない…」
マルシェは、教え子を諭す教師のような口調で話し出した。
《あのね、No.6、人はね、三つの種類に分けられるの。
一つは『使う者』。もう一つは『使われる者』。
そして、そのどちらにもなれない『不用品』。
あなた達にも、『使われる者』になれるチャンスがあった。
でも、誰一人それをつかめなかった。
まあ、神様から中途半端な力しかもらえなかったんだから、それも仕方ないわね。
結局、あなた達は、『不用品』になる運命だったってことよ》
「もういい!あいつ、ぶっとばしてやる!工藤、あいつはどこにおると!」
工藤が答える前に、マルシェが言った。
《私がいる部屋が見たいの?じゃあ、見せてあげるよ》
その言葉と同時に、マルシェのいる部屋の全景が、スクリーンに映し出されていく。
カメラが部屋の奥の方にパンしたとき、梓は目を見開いた。
「まあな…」画面には、血まみれで磔にされている一人の少女が映っている。
少女の名は新井愛瞳(まなみ)。梓の仲間たちの中では、最年少の15歳である。
うなだれて動かない愛瞳に、戦闘員たちが自動小銃の銃口を向けている。
《こういうことなの》
マルシェはそう言って、マグカップに口をつけた。

135名無しリゾナント:2013/01/14(月) 13:39:02
〈ずっと仲間だろ〉

2−1

工藤が小さな声で言う。
「田中さん、あの部屋は、スクリーンのある壁から20mくらい奥にあるみたいです」
マルシェが微笑みながら言う。
《リゾナンターの皆は、今すぐ帰ってもいいのよ。
あなた達を殺せっていう指示は、まだ上から出てないからね。
でも、あの子を助けようとして、少しでも変な動きをしたら、そのときは容赦しない。
すぐにあの子を殺して、あなたたちも全員始末する》
「マルシェ、あんたの狙いは何?」
《さゆ、私ねえ、実験がしたいの。
できればあなた達には、これから出てくる実験台と戦ってほしいのよ。
私、遂に即効性のある能力増幅薬の開発に成功したの!
そんで、その薬の効用のデータが欲しいのよ。
でも、あなた達が嫌だって言うんなら、それでも全然かまわない。
こっちでも実験道具は準備してあるから》
さゆみは、一瞬考えてから、スクリーンに向かって静かに言った。
「…わかった。戦うわ。ただし、私達は、梓さんの仲間を絶対に殺さない。
もし、戦闘不能状態になったら、そこで戦いを止める。それでいいわね?」
梓は、驚きと喜びの入り混じった顔でさゆみを見上げた。
《もちろん、それでOKよ!
こっちはデータさえ採れればいいから、殺そうが殺すまいが好きにして。
でも、そっちは死ぬかもしれないから、そんときは恨まないでね》
マルシェの嘲笑の下で、鉄の扉が口を開ける。暗闇から一人の少女が現れた。
「あやのん!」
梓が叫ぶ。だが、その叫びに少女は反応しなかった。
現れたのは佐藤綾乃。
以前、石田と戦った、「汗が武器」の少女である。

136名無しリゾナント:2013/01/14(月) 13:39:43
2−2

綾乃の額には金属製のヘッドギアが嵌められている。
《その子、ちょっと反抗的なのよ。だから、頭の中を少しいじってあるわ。
今は、ほとんど闘争本能だけの状態になってるから、話しかけても無駄よ》
マルシェの説明が終わると、綾乃のいる「島」から、幅2m程の橋がせり出した。
そして、ほんの数秒で、さゆみから見て左の方にある「闘技場」に繋がった。
綾乃は無表情のまま、橋を渡り始めた。
《それでは、実験を開始しま〜す!さゆ、そっちの代表を一人決めて。
ちなみに、他の誰かが戦いに干渉したら、実験は即中止。人質は処分しま〜す》
(代表…)
俯いて考え込むさゆみの前に、石田亜佑美が進み出た。
「道重さん、私に行かせて下さい」
まっすぐ見つめてくる石田の瞳には、強い意志が感じられる。
さゆみは頷き、石田の小柄な体を包み込むように抱きしめた。
そして、耳元でこうささやいた。
「あゆみん、できる限り逃げ回って時間を稼いでちょうだい…
でも、危なくなったら、勝負を決めていいから、無理をしないでね」
「はい!」
すぐにさゆみ達のいる「島」からも橋がせり出した。
石田はそれをゆっくり渡って行った。

「闘技場」の中央で二人の少女が睨み合う。綾乃の体はすでに汗で輝いていた。
《それじゃあ、準備はいい?用意、……スタート!》
合図と同時に、綾乃が前に動く。石田は後ろへ跳び、等間隔を保つ。
綾乃は、数m先を走る石田に向かって、手刀を斬った。
指先からかなりの量の汗の雫が飛び散り、そのうち数滴が石田の服に付着した。
同時に、そこから白い煙があがった。
《ほほう、汗を強酸に変化させたのか。やるじゃん!》
マルシェの嬉しそうな声が、広い洞窟内に響いた。

137名無しリゾナント:2013/01/14(月) 13:41:04
2−3

石田は必死に逃げまわるが、綾乃の放つ汗はどんどん量を増していった。
石田の服には、焦げ穴が生まれ続ける。
「うっ!」
石田は、右脇腹に焼かれたような痛みを感じた。
綾乃の汗が服を貫通し、ついに皮膚に達したらしい。
今まで味わったことの無い激痛に、思わず顔を歪める。
だが、それでも石田は走るのを止めない。
《あやのん!止めて!》
突然、スピーカーから、少女の甲高い叫びが響いた。
綾乃の動きが止まった。
叫びは、磔にされている愛瞳が発したものだった。
それに気付いた石田も、少し遅れて足を止める。
石田は肩で息をしながら、綾乃の表情を伺った。
血走った綾乃の眼からは、涙が一滴流れ落ちている。
《ちょっと〜、NO.4!真面目にやってよね〜。「仲間」がどうなってもいいの?
…まあ、いい頃合いだし、そろそろ実験開始といきますか》
マルシェはそう言い、手に持っているリモコンのスイッチを押した。
ヘッドギアの赤いランプが光り、綾乃の体がビクッと震える。
呼吸が激しくなり、全身からそれまでとは比較にならないほど大量の汗が吹き出した。
「うううう…」
綾乃は低いうなり声をあげ、再び石田に向かって走り出す。
石田は必死で逃げ回るが、綾乃の強酸の汗が横殴りの雨のように襲い掛かる。
(もう、逃げきれない…)
限界を感じた石田は、リーダーの方を見た。さゆみはコクリと頷く。
石田は、走りながらポケットに手を入れて直径5cm程の小石を取り出した。
そして、目にも止まらぬキレで振り返り、その小石を綾乃に投げつけた。
石田の特殊能力は、小石限定の念動力。
「石プロ」たるゆえんのその力を、石田はついに発動した。

138名無しリゾナント:2013/01/14(月) 13:41:41
〈時に厳しく〉

3−1

石田の投げた小石が綾乃の顔へ一直線に飛んだ。綾乃は首を横に曲げてそれをかわす。
しかし、小石は顔の真横で直角に曲がり、綾乃の小さな顎を激しく打った。
脳震盪を起こしたのか、綾乃はそのまま前のめりに崩れ落ちる。
石田は、綾乃が倒れたのを見届けてから、スクリーンに向かって叫んだ。
「もう勝負は着きました!私の勝ちです!」
マルシェは、甘えるように言う。
《ねえ、あゆみちゃん…だっけ?
人って追い込まれるとすごい力を発揮するじゃない?私、それが見たいの。
だから、もっと徹底的に痛めつけてくれないかな〜?》
肩越しに映る磔の少女の姿が、その「お願い」を断る自由が石田に無いことを告げる。
(…あやのんさん、…ごめんなさい…)
石田は、何とか立ち上がろうとする綾乃を失神させるべく、小石を延髄にぶつけた。
小石が命中するのを見届けた石田は、俯いて目を閉じ、深く息を吐いた。
「石田!」
れいなの叫ぶ声に、石田は顔を上げる。
そこには、凄まじい形相でこちらを睨みつけている綾乃がいた。
よく見ると、綾乃の首の回りが、透明なプラスチックのような物質で覆われている。
状況が飲み込めない石田の耳に、マルシェの嬉しげな声が届く。
《へー!汗を硬化させたんだ!すごいじゃない!》
(汗を硬化させる…、そんなことができるの…?)
呆然とする石田に、綾乃が再び襲いかかる。
綾乃が放つ大量の汗は、また空気中で変化し、強酸となって石田に降り注いだ。
(一体、どうすればいいの…)
切り札だった小石での攻撃はもう通じない。
もはや石田には、綾乃にダメージを与える方法が無い。
焼けるような痛みを体中に感じながら、石田の心は折れかかっていた。

139名無しリゾナント:2013/01/14(月) 13:42:25
3−2

れいなとさゆみは、二人並んで「闘技場」の石田を見つめていた。
「…さゆ、どうすると?」
「…あゆみんを、信じよう…」
《ねえ、保護者のお二人さん!このままじゃ、可愛い後輩がやられちゃうよ〜。
れいな、あなたの能力、久しぶりに見てみたいから、今だけ特別に使ってもいいよ!》
マルシェの声に、れいなもさゆみも全く反応しない。
耐えきれなくなったのか、それまで黙っていた関根梓が、突然さゆみの前に進み出た。
「道重さん、もう十分です!石田さんを助けましょう!
私達のために、石田さんが傷つく必要はありません!」
「違う。これはあなた達のためじゃない。自分の信念のためなの」
「え…」
「梓さん。私達は、特殊な力をもって生まれてきた。
そしてそのせいで、いろんな苦しみや悲しみを味わってきた。
これが私達の運命なら、ほんと、残酷よね。
でもね、さゆみ、思うの。
運命は、友だちみたいなものじゃないかって。
運命と仲良くなれるかは、結局は自分次第。
自分の良心に従って、精一杯生きていれば、運命はそんな私を好きになってくれる。
さゆみ達は決めたの。梓さんの仲間を助けようって。
一度そう決めたんだから、どんなことがあっても、その信念は貫き通したい。
そうすれば、きっと運命は私達の味方になってくれる」
「…でも、このままじゃ石田さんが…」
「大丈夫、あゆみんは負けない!」
梓は、さゆみの瞳の中に揺ぎない輝きを見た。
「さゆみは信じる。運命と、あゆみんの力を!」

さゆみの言葉は、石田の心を奮い立たせた。
(道重さん…、私も運命と、仲間の力を信じます!)

140名無しリゾナント:2013/01/14(月) 13:42:57
3−3

石田は高速でターンをしながら、ポケットから二つ目の小石を取り出した。
そして、綾乃の顔面へと全力で投げつけた。
綾乃は両腕を顔の前で交差させて、汗の鎧をまとうことのできない両目を守る。
小石は、両腕の硬化した汗によって、簡単にはじきとばされてしまった。
その瞬間である。
「うおおおおっ!!」と叫びながら、綾乃のがら空きの胴体に、石田が突っ込んだ。
そして、両手で綾乃の足を抱え込み、そのままの勢いで突進する。
石田の動きがあまりに予想外であるため、綾乃はそれに対応できない。
そのまま石田は、綾乃とともに、猛スピードで「闘技場」の端へ近づいていく。
(まさか、石田…、あの子を道連れにして…)
れいなは、思わず一歩前に出た。
「石田あっ!やめりいっ!」
しかし、石田の前進は止まらない。
崖まであと数歩。
その時、石田が心の中で叫んだ。
(お願い、私の運命!)
グンッ!石田の着ているTシャツの背面が、突然、円錐状に突き出した。
パラシュートが開いた直後のスカイダイバーの様に、石田の体が「く」の字に曲がる。
Tシャツは強酸による焦げ穴だらけである。
だが、幸運にも、石田の軽い体重を支えるに足る程度の強度はまだ残っていた。
崖まであと数10cmの所で、辛うじて石田の体は静止した。
一方、綾乃は、慣性の法則によって「闘技場」から飛び出した。
「あやのーーんっ!」
梓の叫びが空しく響くなか、綾乃の体は暗い裂け目に落ちていった。

「マルシェ、決着はついたわ。崖から落ちたってことは、もう戦闘不能でしょう?」
さゆみの勝利宣言を聞き、マルシェは苦虫をかみつぶしたような顔で言った。
《あんなのあり〜?…まあ、薬の効果は見れたから、今回はこれでよしとするか。
でもさあ、つぎに同じことやったら、その時は人質を処分するからね!》

141名無しリゾナント:2013/01/14(月) 13:44:43
〈Ending:叱ってくれるだろう〉

「小石を使って自分の体を停止させるとは…。あの子、やるじゃん…」
マルシェはそう呟くと、振り向いて後ろにいる戦闘員たちを怒鳴りつけた。
「なに、ぼうっとしてんのよ!早く実験台を回収に行きなさい!」
数分後、「闘技場」の壁の一部がスライドし、そこから戦闘員が二人現れた。
そして、綾乃が落ちていった辺りに跪き、ロープを崖の下へ降ろした。
そのロープの先を、汗に濡れた小麦色の右手が、しっかりと握り締めた。

石田は、綾乃を崖から落とすとすぐに、祈るような思いで飯窪を見た。
その時すでに、飯窪の両手からは、大量の薄黄色の物質が放出されていた。
飯窪には、強力な接着能力を持つ物質を両手から出すという特殊能力がある。
猛練習の結果、飯窪は放出する量や方向、粘度などを調節できるようになっていた。
飯窪の放った物質は、落下する綾乃を優しく包み込み、彼女を岩壁へ貼りつけた。

駆け寄る涙目の石田を、これまた涙目の飯窪が抱き締める。
「私、すぐにあゆみんの考えが分かったよ!」
「私も、はるなんなら絶対分かってくれるって信じてた!」
「ほらほら、あゆみん、はやくこっちにおいで。
ちゃんと治さないと、綺麗なお肌に傷跡が残っちゃうの」
さゆみは、子供を優しく叱る母親のように、石田に声をかけた。
(運命と、仲間を信じる、か…)
梓は、さゆみの言葉を思い出しながら、その様子を眩しそうに見つめていた。

―おしまい―
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
以上、『友(とも)』でした。『私がいて 君がいる』の続編です。
ホゼナンターの皆さんいつも有難うございます。絶対完結させるぞー!

142名無しリゾナント:2013/01/14(月) 13:45:37
以上、>132から>141までです。
よろしくお願いします。

143名無し募集中。。。:2013/01/14(月) 14:05:53
いってきまっくす

144名無し募集中。。。:2013/01/14(月) 14:13:04
転載してきました〜ん

145名無しリゾナント:2013/01/14(月) 15:19:36
144さん
早速の投稿、ありがとうございます!
これからまたしばらくお世話になります。

146名無しリゾナント:2013/01/15(火) 12:35:49
>>131
ありがとうございます
いつもながら代理投稿してくださる方々に感謝です

それでは続きを投下します

147名無しリゾナント:2013/01/15(火) 12:50:40
>>117-128 続きです

都内近郊に、かつてはショッピングモールとして賑わっていたものの、運営会社の倒産により打ち捨てられた建物があった。解体
することすら叶わず、現在は立入禁止の看板とともに有刺鉄線と鉄板で覆われた廃墟と化していた。

そのメインテナントだったディスカウントストア跡地。荒れているものの、商品だったソファーやベッドが放置され、ホームレスの類
が永住するには悪くない環境だった。
そのソファーを、7人の女たちが囲むようにして座っている。

「あのチビ、遅くない?」

不満を前面に出して、スレンダーな色黒の女性がぼやく。
オフィスビルでれいなと交戦した三人組の一人だ。

「…あいつを待ってたってしょうがない。とにかく、うちらだけでもはじめよう」
「ちょっと待ってキャプテン、誰か来る」

その場を纏めようとした、女たちの中でも一際小さな女性を、ツインテールの女が制す。
キャプテンと呼ばれたその女性が暗闇に目を凝らすと、こちらに向ってくる五人の人影を認めることができた。

「ごめんごめん。ちょっと仕事に手間取っちゃって」
「遅いよ、舞美」
「で、佐紀。マスターは?」
「まだ来てない。こんな場所にうちら集めといて無責任もいいとこだよね」

五人の中のリーダー格である舞美 ―喫茶店を単独訪れていた長身の女性― にキャプテンこと佐紀は呆れ顔で肩を竦める。

「大体あのチビ人使い荒いんだよ」
「わかるわかる。態度でかいし」
「もはや老害だよね」

舞美の後ろで、色黒で背の低い少女、せんとくんみたいな顔の少女、魚類っぽい顔の少女の三人が口々に「マスター」の悪口を
言い始めた。その背後に怒りに震えている女がいることも知らずに。

148名無しリゾナント:2013/01/15(火) 12:52:41
突然、得意げに「マスター」の悪口を言い放っていた色黒の少女が、7人組が集まってるソファー目がけて吹き飛ばされる。黒い
弾丸と化した少女は、ソファーにどっしりと座ってた巨体の女に衝突し、バウンドしてひっくり返った。

「随分楽しそうにおいらの悪口言ってんじゃねえか。お前らも飛ばされたい?」

突如現れた金髪の小さな女に、一緒になって悪口に興じていた二人の少女は首をぶんぶん横に振る。機嫌を損ねれば怖ろしい目に
合うことを彼女たちは知っているからだ。

少女たちにマスターと呼ばれた女。
「詐術師」の二つ名を持つ彼女は、ダークネスの幹部であるとともに、組織の科学部門の統括であるDr.マルシェこと紺野博士
より「研究の産物」を譲り受け運用する役割を担っていた。もっとも、博士から言わせれば「試用期間をオーバーして勝手に使
われている」のだが。

そしてその研究の産物こそ、「詐術師」の目の前にいる12人の少女たちだった。

ソファーのあるほうを睨みつける、「詐術師」。意図を察してソファーを占拠していた少女たちが、蜘蛛の子を散らしたように
四散する。その様子を見た「詐術師」は、満足そうにどっかとソファーの真ん中に沈み込むのだった。

「で、トックリーナ。あいつらはどうだったよ?」
「トックリーナって名前はちょっと」
「はぁ?お前、おいらのつけたカリスマニックネームが気に入らないのかよ」
「いっ、いえ、そんなことは」

恫喝され、萎縮するトックリーナこと千奈美。

「ちぃたちは田中れいなに接触しました。事前の情報どおり、強かったです」
「まああいつにはおいらたちも手を焼いてたから、って言っても本気になりゃいつでも潰せるけどな」

じゃあお前がやれよ、と千奈美が心の中で突っ込んだのは言うまでもなく。
続いて小さな為政者の目は、喫茶店に赴いたグループに注がれる。

149名無しリゾナント:2013/01/15(火) 12:54:46
「お前らはどうだったんだよ。チェリー、オカール、マーブル」
「全然たいしたことなかったよね。ね、ちっさー」
「ほんと。名ばかりリゾナンターって感じ」

さっきの失態を返上しようと、千聖と舞が口々にそんなことを言う。
しかし、舞美だけは様子が違っていた。

「でも、鞘師里保。あの子には田中れいなや道重さゆみクラスの危険性を感じました。他のリゾナンターたちも、決して侮れませ
ん」
「なるほどね」

舞美の報告を受け、考え込む「詐術師」。
彼女の計画では、厄介なさゆみとれいなを佐紀率いる「ベリーズ」が奇襲をかけ潰し、残った連中を舞美率いる「キュート」が掃
討することになっていた。事実、2グループにはそう伝えて動かしていた。

「気にすることないですよ。ベリーズもキュートもまだ全員が顔見せしてるわけじゃない。そのさや何とかってやつがそこそこ出
来るとしても、うちらの敵じゃありません」

ベリーズの、一際派手な顔立ちをした女性が自信たっぷりに言って見せた。
ちなみに彼女のカリスマニックネームはミーヤだが、名前も雅なので、大して気にしてはいない。

「…油断は禁物。とだけ言っておきましょうか」

全員がその声に反応し、声のしたほうに顔を向ける。
ビジネスデスクの席に、一人の女性が座っていた。デスクの上のアームライトの光が、白衣の白さをより一層引き立たせる。

「詐術師」を除く全員が一斉に、深く頭を下げた。
先ほどとは違う、尊敬と恭順を示す態度。
そう、彼女こそが「ベリーズ」と「キュート」、すなわち「キッズ」の産みの親である紺野博士であった。今回の計画、「詐術師」
はただ彼女の指示を伝達する役目に過ぎない。
態度の変化があまり面白くないのか、育ての親より産みの親かよ、という的外れな皮肉を呟く「詐術師」。

150名無しリゾナント:2013/01/15(火) 12:57:03
「舞美さんがおっしゃった鞘師里保もそうですが、他の面々も充分に注意を払うべき存在です。特に譜久村聖・生田衣梨奈・飯窪
春菜の能力は発展すれば強力なものになります。全力で当たったほうがいいでしょうね」

長年ダークネスの科学部門を統括し、この世に存在するありとあらゆる能力を研究し尽くした人間の言葉には、重みと説得力があ
った。「詐術師」を含め、紺野に異論を唱えるものはいない。

「『詐術師』さんの当初の計画通り、「ベリーズ」には田中れいなと道重さゆみの始末を。「キュート」には残りのリゾナンター
たちの掃討に当たってもらいます。ただし」
「ただし?」

思わず聞き返してしまったのは、「キュート」のポイントゲッター的存在となっている愛理。とぼけた顔をしているがその実力は
折り紙つきだ。

「あなたたちには少し、面白い動きをしてもらうことになります」

そう言いながら、紺野博士は悪口三人衆最後の一人である早貴に耳打ちをする。
大げさなびっくり顔をした早貴が、さらに舞美に耳打ち。何か言いたげな舞美に、博士は静かに、

「まっすぐなのもいいことですが、あなたは少し駆け引きと言うものを覚えたほうがいい」

と説き伏せた。

「そうそう。舞美も、ももちのこと見習ったらいいよ」
「あなたは逆に駆け引きに頼りすぎな嫌いがありますがね。桃子さん」

ここぞとばかりに出てきたツインテールの女・桃子を軽くあしらう紺野。周囲からは、思わず笑いが漏れた。

「さあ、落ちがついたところで今日はお開きにしましょう。明日は忙しくなります。無理をして、今夜中に寝首を掻こうとしない
でくださいね」

その言葉を受け、一人、また一人と散開してゆく「キッズ」たち。
ソファーにふんぞり返る「詐術師」と、紺野だけがその場に残された。

151名無しリゾナント:2013/01/15(火) 13:09:13
「シミハム、ピーチッチ、ラビ、ミーヤ、トックリーナ、ユリーネ、オリン。チェリー、サッキー、アイリーン、オカール、マー
ブル。どこまでやれるのやら」
「あなたも随分センスのない名前をつけるんですね。彼女たちの本当の名前を呼んであげたほうが、きっと喜びますよ」
「けっ。そんなもんいちいち覚えるかよ。ただのツクリモノ相手に」

わざと「ツクリモノ」の部分を強調する「詐術師」。
そして周囲の気配が消えたことを確認してから、小声で紺野に問う。

「…で。ホントのところ、どうなんだ?」

紺野はひどく退屈そうな表情を浮かべてから、ゆっくりと問いただした。
ただ、何を言いたいのかはわかっている。

「本当のところ、とは?」
「お前が研究成果という見返りなしに動くわけがないじゃん。勝てばよし、最悪全員負けちまっても、お前にはメリットがあるん
だろ?」
「私は勝ち目のない計算をしたことなど、一度もありませんよ」

詐術師の名に相応しく、実にいやらしい指摘。
紺野はそれを否定するかのように前置きをしつつ、

「ただ、どちらに転んでもいいように、次の一手は打ってますけどね」

とだけ言う。
その眼鏡の奥の目は、心なしか笑っているようにすら見えた。

152名無しリゾナント:2013/01/15(火) 13:26:48
「じゃああの子たちが失敗したらあたしたちの出番ってことで、いいのかな?」

突如ソファーの後ろに浮かび上がる、赤と黒の人影。
ダークネスが誇る処刑人、「赤の粛清」と「黒の粛清」。

「おいおい何の用だよ、AとRがよ」
「その呼び方やめてくださいよぉ。何か犯罪犯した未成年みたいじゃないですか」
「…相変わらずキショいなお前。つーかどっちみちおいらたち犯罪者だっての」

しなっと訴えかける「黒の粛清」に、もっともな突っ込みを入れる「詐術師」。
「赤の粛清」「黒の粛清」とはあくまでも幹部内での呼び名に過ぎない。彼女たちの粛清対象となる組織の末端の者、または敵対
組織に属する人間からは、名前を呼ぶことすら憚れるということでそれぞれがアルファベットで呼ばれていた。

「どうしました、こんなとこまでわざわざ」

紺野が単刀直入に聞く。
すると、「赤の粛清」がとびきりの笑顔で、

「そんなの、お仕事に決まってるじゃーん。じゃなきゃこんな辛気臭い場所に来ないって」

と返した。

「お仕事、ですか」
「だってさっきあんた、どっちに転んでもいいって言ったよねえ?だったらあたしがリゾナンターと負けたガキンチョを始末して
もあんたは何の文句を言えない、そうでしょ?」

いかにも意地の悪い表情をしてみせるのは、「黒の粛清」。

153名無しリゾナント:2013/01/15(火) 13:27:54
それに対して「赤の粛清」が抗議する。

「ずるいよ、どっちも取るなんて。どっちか一つにしないとね。あたしはリゾナンターのほうを粛清したいんだけど、そっちは?」
「あら奇遇ね、あたしは無残に負けたキッズたちを粛清したかったから。だって殺るんだったら、頭数が多いほうがいいじゃん」
「…歯ごたえある相手のほうを殺ったほうが楽しいと思うけど。ま、そんなとこまであんたに趣味合わせることもないしね。にゃはは」

粛清人同士の意地のぶつかり合いが目に見えるような、やり取り。
ふう、とため息を一つだけついて紺野は、

「あなたたちの出番がないことを祈りますよ」

とだけ言った。

それには答えず、右と左に分かれて立ち去ってゆく粛清人たち。
おーおー、粛清人なんて卑しい地位なんかに就くもんじゃないね。二人の気配が消えてから、「詐術師」が吐き捨てるように言った。

もっとも、紺野には粛清人たちの思惑など、どうでもいい話だった。
彼女が生み出したキッズたちが勝っても、負けても、そのデータは「次」に繋がる。

次こそは、完璧な素体を創造しなければ。あの、i914を超えるような。

紺野はある一人の人物を思い出す。
彼女は紺野の前任者が創り出した最高傑作であり、そして紺野がただ一人「友」と呼んだ存在。
「高橋愛」と名づけられた彼女は、後にダークネスの存在を脅かす最大の失敗作となる。

154名無しリゾナント:2013/01/15(火) 13:29:10
>>147-153

投稿完了。
お手数ですが代理投稿お願いします。
次回は最後に名前が出てきた人の番外編です。

155名無しリゾナント:2013/01/15(火) 14:16:47
行って参ります

156名無しリゾナント:2013/01/15(火) 14:26:51
行って参りました
いよいよ決戦ですかね。新世代の闘いと裏に見え隠れするそれぞれの意図が楽しみです
次回も期待してます

157名無し募集中。。。:2013/01/16(水) 02:26:43
>>146
何をおっしゃいますやらww
転載するのは特に苦労はございません
むしろ役に立たせてくれてありがとうとお礼を言いたい

作者、読む人、ホゼナンターとかリホナンターとか
色んな人がいて小説スレですよ

158名無しリゾナント:2013/01/20(日) 02:51:29
>>156
ありがとうございます。
さて今回は新世代ではなく、かつてリゾナンターを支えたあの人の番外編です

159名無しリゾナント:2013/01/20(日) 02:54:56
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/696.html の番外編です



空にばら撒かれた、無数の光。
光の洪水とすら思えるこの光景には、さすがに彼女も絶句せざるを得ない。
かつてこの異国の地を彩ったと思しき瀟洒な建物たちがライトアップされ、幻想的、いや、蟲惑的にすら思える。この雰囲気の前
には、遠くに見える不細工なロケットのような巨塔ですら、素晴らしいものに見えてしまう。

…観光に来たわけじゃ、ない。

下手をすると飲まれてしまいそうな、空気。
それを跳ね除けてから、女は海岸通りから、路地裏へと入る。
栗色に近い金髪、派手な装飾の赤いジャケット。女のいでたちはいくらここが異国とは言え、決して誉められる性質のものではな
い。むしろ、ある種の危険さえ呼び寄せる。

女が躊躇いもせずに入った、路地裏。
そこはまた、別の意味での別世界だった。
細い路地に、詰め込まれたかのような細長い看板の数々。空を見上げても空は見えず、わけのわからない漢字らしき文字が書き込
まれた看板は、表通りと同様ネオンサインで彩られる。
ただ、こちらには明らかに毒がある。そう女は感じた。

かつて魔都と称されたこの街の空気を、この路地裏は今も色濃く残していた。
道のあちこちで、怪しげな輩が声を潜めて話し合っている。中には、非合法と思しき薬物をやり取りしている連中も居た。もちろ
ん、今回の目的はそんなちっぽけなものではないから、見てみぬふりをした。

160名無しリゾナント:2013/01/20(日) 02:56:29
「おい、お前」

不意に、背後から声をかけてくるものがいた。
当然のことながらこんな街で一人歩きしようものなら、あっという間に闇の餌食となる。ただ、この女は普通ではなかった。昨日
も、そして一昨日もその手の人間には丁重にお帰りいただいている。五体満足、とまではいかずとも。

女が振り向くと、そこには女よりも少なくとも10センチは背が高い女性がいた。
髪は短く、ボーイッシュな格好をしてはいるが明らかに女であることは明らかだ。黒ずくめのパンツスーツではあるが、肩から先
の肌が露出している。戦うのに適した格好だ。

魔の都に入り込んだ女 ― 高橋愛 ― は、この女を捜していたのだ。
この場所で、日本語で話しかけてくる女、でもしやとは思ったが、まさに予感は的中。

「へえ。あんたから会いに来てくれるなんてな」
「何日か前からあたしのこと、探ってくれてるみたいじゃん。なら、会ってやろうと思ってさ」

直属の上司から渡された写真では見ていたが、実物を見ると何となくではあるが、愛のよく知る人物に似ていた。顔が似ているわ
けではない。気風が、似ているのだ。
だが、その人物も、そして目の前にいる人物も、敵。

女が、指を鳴らす。
スーツ姿の、屈強な男たちが音もなく愛の周りを取り囲む。サングラスで見えないものの、その奥にあるであろう瞳はすぐに闇の
住人であることがわかるほどの寒々しさを湛えていた。

首だけを動かし、相手の数を数える愛。
6人。いずれも鍛え上げられた肉体を武器とすることが見て取れる。並みの人間ならひと捻りで畳まれてしまうだろう。
しかし。

161名無しリゾナント:2013/01/20(日) 02:57:38
最初の一撃が愛の正面にいた男に加えられたとわかったのは、苦悶で男がくの字に折れ曲がって倒れた時だった。
それに気づいた隣の男が愛を捕まえにかかるが、態勢を低くしてのボディーブローで崩れ落ちる。
さすがに実力差に気づいたのだろう。4人がかりで向ってきた男たちを前に、飛び上がってのボレーシュートキックを1人目の男
にお見舞いし、連脚でもう1人を沈める。着地を待っていた馬鹿な2人には、落下しながらのニーキックを顔面に浴びせる。
あっと言う間の出来事。
いくら鍛えられたとは言え、所詮常人。能力者である愛の前には、いてもいなくても変わらない存在に過ぎない。

「さすがだね。元リゾナンターのリーダーかつエースの名前は伊達じゃないか」
「御託はええから、さっさと来るがし」

前触れもなく、女が跳躍した。
飛び上がった先にあった看板を力任せにもぎ取り、勢いのままに下の愛に向って投げつける。
まるで巨大なダーツのように、地面を抉り突き刺さる看板。ネオンと電線が弾け、爆ぜる音を周囲に撒き散らした。

この一撃ですでに、路地裏の住人たちは悲鳴を上げながら逃げていった。
だがそんなことはお構い無しに、女はそこら中の看板を次々にねじ切り、そして投下する。
逃げ遅れたものは哀れ鉄の板の餌食となった。
ものの十数秒で、路地は突き刺さった看板と、スパークしているネオンや電線による地獄絵図と化す。

「…さすがにこんなんじゃ、やられないってか」

女が下ではなく、水平方向に目を向ける。
愛は既に、同じように跳躍し路地を挟んで向こう側の看板に立っていた。

162名無しリゾナント:2013/01/20(日) 03:00:13
「力でごり押しのパワー型、てとこまで似てるんやな」
「は?何言ってるかわかんねえけど、おしゃべりしてる余裕なんて与えるかよ!」

まるで猛獣のように、愛に襲い掛かる女。
すぐさま愛のいる看板に飛び移り、その拳で潰しにかかる。

これで足での攻撃がメインやったら、コピーロボットやよ。

心でそう思いつつ、相手の猛攻に拳を合わせる愛。
拳の打ち合いをしてすぐに、女が繰り出しかけたストレートを引っ込めた。
右の拳が溶け、崩れた肉からは骨が露出している。

「全てを光へと還す、至高の能力ってやつかよ」
「そんなご大層なもんじゃない」」

相手が怯んだ隙に、光の力を込めたミドルキックをお見舞い。
派手に吹き飛んだ女、しかしその手はしっかりと愛の手を握っていた。

「一緒にバンジージャンプを楽しもうか!!」

宙に舞う二人の身体。
女は態勢を有利にするため、愛を振り回し自らの真下に飛ばす。

「地面とあたしの拳のサンドイッチになりな!」
「お断りやよ」

とは言え、このまま重力に身を任せていては地面に激突。いかに常人とは鍛え方が違う愛とは言え、無傷ではすまない。そこへ、
上からの女の攻撃。落下中に何かを蹴って軌道を変えようにも、対象となるべき看板たちはあらかた女がもぎ取っている。

163名無しリゾナント:2013/01/20(日) 03:01:12
万事休すか。
思わず愛の表情に、笑みが浮かんだ。

「何がおかしい!!」
「まあおかしいっちゃあ、おかしいよね」
「は?」

急降下してゆく女の身体に、異変が起きた。
光のようなものに包まれ、触れた部分から綿飴のように溶けていく。

「あんたが楽しそうに看板落としてる間に、仕掛けた」
「くそ…ツクリモノなんかに…あたしがああああ!!!!!」

爆ぜるネオンのスパークに紛れ込ませるように、落下軌道の中継点に仕込んでいた「光のネット」。
抗う間もなく、女は絶叫しながら光の中に消えていった。

勢いのまま、路地に落下する愛。
とともに舞い上がる砂煙。地面を光の力で砂状にしていたせいで、落下のダメージは最小限まで抑えられていた。全ては、女が看
板を使って愛を攻撃していた時に組まれていた計算。

「あんただって、似たようなもんやろ」

女のおかげで見通しのよくなった夜空を見上げながら、愛が呟いた。

164名無しリゾナント:2013/01/20(日) 03:02:28


東京都内を拠点に、名古屋、大阪、福岡、果ては中国やインドネシアで暗躍する犯罪組織。
その幹部の一人がここ上海に潜伏しているとの情報を得た警察は、能力者である愛を派遣した。階位で言えば11番目の大物にあ
たるため、愛はかつての同僚リンリンが所属する中国の国家機関「刃千吏」の協力を得て、万全の態勢で相手を迎えた。

結果は、ハズレ。
間違いなく、相手は幹部のクローン。手ごたえのなさが、それを証明していた。
ただ、仕事としては成功だろう。本物の幹部の指示でこの上海で数々の犯罪行為の陣頭指揮を取っていたのは事実だし、何よりも
組織とダークネスの繋がりを確認することができた。

ダークネスが所持している、クローン技術及び異能力移植技術。
自らの組織のさらなる拡大のために、他の犯罪組織に技術供与を行っている。さきほどの女は、その何よりの証拠であった。

そしてその計画の中心には。
愛は、かつて青春時代をともに過ごした、白衣姿の少女を思い起こす。
あの頃のふくよかな頬を携えた少女は、もういない。果てしない好奇心は、時に狂気へと繋がる。

止めなければ。第二の「i914」を生み出さないためにも。

自らを貫く運命と、そして使命。
目には見えないけれど、揺るぎないものを睨み付けながら、愛は魔の都を突き進んでいった。

165名無しリゾナント:2013/01/20(日) 03:04:41


仕事を終え、滞在先であるホテルへと帰還する愛。
そこで、意外な人物に遭遇する。

「オー、愛ちゃーん、ひさしぶりネ!!」
「リンリン!?」

ホテルのロビーにいた、真っ赤なチャイナドレスを着た女が、愛の姿を見つけるなり駆け込んできた。愛の手を取り、嬉しそうに
上下にぶんぶん振っている。

「何でリンリンが」
「お偉いサンとのパーティーがあったデスヨ!愛ちゃん来てるって聞いテ、抜け出してきタ!」
「それって大丈夫なの?」
「hahaha、バッチリデース!!」

リンリンはジュンジュンとともに帰国後、「刃千吏」の長官補佐の地位に就いていた。
「刃千吏」は元々、リンリンの実家である銭家の人間が長官を務める。加えて、彼女自身の日本での対ダークネスの活躍によって、
若くして組織のNo.2にまでのし上がったのだった。

「それデ、お仕事どうだったでスカ?」
「ターゲットは倒したけど、クローンやった」
「アイヤー、またクローンだたあるか」

オーバーリアクション気味に、自分の額に手をやるリンリン。
「刃千吏」もまた、例の犯罪組織の存在には手を焼いていた。愛が探していた幹部一名と、上位戦闘員一名がこの上海の地に潜伏
している事は、すでに「刃千吏」の情報網にひっかかっていた。だが、中国を代表する国家機関が総力で二人の抹殺に動いたにも
関わらず、上がるのはクローンの死亡確認報告だけ。そこで浮かび上がったのが、ダークネスの存在である。

166名無しリゾナント:2013/01/20(日) 03:05:59
「あいつらオモテ向きは商売敵としテ対立してるケド…幹部ドウシが密かにレンラクとってる話もアル。厄介な話ネ」

最後は肩を落とし落胆してしまったリンリン。
しかしハイテンションガールの気持ちの移り変わりは早い。

「ところデ、日本のアノ子たちはどうシテる?元気カ?」
「さゆから、時々メールが来てるやよ。後輩たちも元気みたい」

リンリンの問いに、愛は笑顔で応えた。
愛が喫茶リゾナントを去ってからも、さゆみは愛にメールを送っていた。愛もまた、仕事が立て込んでいる時以外は返信をするよ
うにしていた。内容は、新しくリゾナンターになった後輩たちの話や、喫茶リゾナントの話だったり。ただ、里沙卒業後は滅多に
喫茶店の話については触れなくなった。恐らく売上が芳しくないのだろう。

「それは何よりダ。でも、道重サンや田中サンに会いに行ったりはしナイ?」
「しない。遊びじゃないから」

愛がリゾナントを離れる直接の理由は警察の能力者対策部署のヘッドハンティングではあったが、もう一つの理由があった。

それは、ダークネスの目からリゾナンターたちを眩ますこと。

決して少なくないメンバーが離脱したリゾナンターは、ひょんなことから新しいメンバーを受け入れる事になった。荒削りではあ
るが、いずれは将来のリゾナンターを背負って立つ。そんな期待すら感じさせる逸材ばかりだった。
それだけに、愛が真っ先に危惧したのは彼女たちの存在がダークネスに知れ渡ることだった。
脅威から彼女たちの身を守るためには、まずダークネスたちのマークを外さなければならない。そこで、愛は策を講じた。

167名無しリゾナント:2013/01/20(日) 03:07:02
愛と里沙が相次いでリゾナントを離れる。
これにより闇の業界でリゾナンターの弱体化が噂される事となった。彼女たちは、実力もさることながら、統率力においても一定
の評価を得ていたからだ。
残されたのはれいなとさゆみの二人、しかも実質さゆみは戦闘要員ではない。能力者一人で何ができる。こういった評価はやがて
ダークネスの耳にも届き、やがて組織はちっぽけな喫茶店のことなど完全に忘れてしまった。

これは、愛佳による入れ知恵でもあった。リタイヤ後、かつての予知能力で培った洞察力を元に文字通りの何でも屋をすることに
なった愛佳。リゾナンターが弱体化したというのも、意図的に彼女が流した情報だったのだ。

「そうでスカ…」
「大丈夫やよ。あの子たちなら、絶対に」

愛は確信していた。
今の若いリゾナンターたちが、かつてのリゾナンターに肩を並べる存在になることを。
そして、いつの日か、ダークネスを打ち破ってくれることを。
だから、その日までは、遠くから見守らせて欲しい。
それは彼女の、そして図らずも途中で離脱してしまったリゾナンターたちの願いでもあった。

「とにカク、こんなトコで立ち話もナンだから、飲みニ行きまショウ!!」
「リンリン、さっきお偉いさんとのパーティー抜け出してきたって言ってたけど大丈夫?」
「エ?アア、あのコンペイトウとか何トカってオッサン?心配ナイね!バッチリデース!!」

愛の予想が当たってれば、今頃会場はとんでもないことになってる筈だが。
しかしその杞憂も、楽しげなリンリンに手を引っ張られているうちに、すっかり消えてしまっていた。

168名無しリゾナント:2013/01/20(日) 03:08:05
>>159-167

投稿完了
代理投稿お願いします

169名無し募集中。。。:2013/01/20(日) 03:14:51
いってくるにゃん

170名無し募集中。。。:2013/01/20(日) 03:20:54
代理投稿完了したなり

171名無しリゾナント:2013/01/20(日) 17:44:32
最近、妙な事件が多発している。
世間では"事故"という認識の方が強いだろうか。
第一の犠牲者は、ある母子家庭の少女が自殺未遂をした。
いつもなら母親を起こしていた彼女が珍しく寝坊している。
不思議がりながら自室を覗くと、手首から血を流して倒れているのを発見。
少女は2週間前から不眠症を患っており、遺書なども見つからなかった為
警察は突発的な犯行と断定。
第二の犠牲者は少女の家から数キロも離れていない場所に一人暮らしの男子大学生。
彼もまた自殺未遂をしていた。
自室の窓からの飛び降り。
高い場所では無かったためと、前日の雨によってぬかるんでいた地面の
おかげで、全治3ヶ月の複雑骨折で事なきを終えた。
その彼も不眠症を患っており、念のために第一の少女との関係を調べたが
何も出て来ず、事件性も皆無と見て警察はまたもや突発的なものと断定。
第三者の犠牲者は、第二の事故が起こった場所から数キロ離れた会社に通うOLの女性。
彼女は会社の寮に住んでおり、同僚の女性とルームシェアをしていた。
その女性の証言では、深夜に大きな音がして目を覚ますと、彼女が
発狂したようにうわ言を叫び、持っていた包丁で襲いかかってきたという。

なんとかその場を抜け出し、近くのコンビニに逃げ込んで事情を説明し、再び
警察と共に寮へ戻ると、彼女は失神していた。

現在彼女は、精神病院に入っている。
ルームメイトの女性は、普段は温厚な彼女が何故、と泣いていたが
ここ最近の状態を聞くと、彼女は不眠症を患っていて、最近になって少し
感情の不安定が激しかったという。
それから2日に1度のペースで犠牲者は増え続けていった。

まるで彷徨う様に。まるで求めるように。伝播は止まらない。
それは街を覆い尽くすように、貪るように喰い尽くす。

172名無しリゾナント:2013/01/20(日) 17:46:56
第三の犠牲者による事件で警察もようやく本腰を上げて関連性を調べたが
何が原因なのか分からない以上、足取りを掴むのは不可能だった。
そして2週間後の今日、10人目の犠牲者が出た。

 「この街を中心に起こってる自殺未遂に関連付いた事件、ね。
 で、さゆみんはこれが全部同じヤツの犯行っていうんでしょ?」
 「まあここまで足跡を残してくれたら誰だってそこまでは行きつくよ。
 でも普通に行けばそこで行き止まり、当然警察は白旗を立てるしかないの」
 「ふうん、まあこの手のことは私達ぐらいしか分からないよね。
 見える殺人っていうのは大抵トリックとかある訳だし。
 でも最初からタネのないものなんて、いくら考えたって無駄だから」
 「まだ誰も死んでないですよ。で、ガキさんならこいつ、どんなヤツだと思う?」
 「まあ簡単に考えたら、精神的に害を与えるチカラ、なんだろうけど。
 何か腑に落ちないわね、コイツの狙いはなんなのかしら」
 「快楽殺人っていうのが当て嵌まりそうだけど」
 「もしそうだとしても疑問が残る。精神系能力者はね、他よりも負担が大きいの。
 この頻度で考えると、とっくに精神面が狂うほどにね。
 "洗脳"であれば画一的な命令をするなら一度にたくさんの事件を起こせる。
 だけど資料を見るに、相手に危害を加えようとした例は10件中3件だけ。
 と言うことは、争いを仕向けているという事じゃない。
 傷つく姿を見たいなんていうサイコなヤツなら、あまりにも頭の悪いやり方ね。
 もしそいつらが犯人なら被害者は死んでるだろうし、痕跡を残す必要もない」
 「ということはコイツは、なんの理由もなくこんなことをしてるって事?」
 「ううん、きっと目的はあるわ。どんなヤツであれ、動くという行為には
 ちゃんと理由が付きまとうものだもの、それが無意識なものでもね。
 そして、さゆみんが来た理由もこれに当てはまるんでしょ」
 「え?」
 「私を頼ってきたのは、この犯人のチカラが同系で、見解を聞くのも
 あったんだろうけど、同時にこのチカラも必要になった、違う?」
 「…手伝って、くれますか?」

173名無しリゾナント:2013/01/20(日) 17:47:46
 「なーに?『リゾナンター』から出た私に遠慮でもしてた訳?
 おあいにく様、相変わらずだから、まだ使えるわよ。私」
 「やっぱり…ガキさんには敵わないの」
 「田中っちが来なかったのも、さゆみんの配慮?」
 「いえ、れいなは他のところで調べてもらってます、下の子達も一緒に」
 「愛ちゃんが抜けて私も抜けて、正直どうだったかなって思ってたけど。
 愛ちゃんが言ってた通り、さゆみんは凄いね」
 「…ありがとうございます」
 「でも、こうして頼ってくれたのは嬉しいよ、ありがとね」
 「生田がガキさんに会いたいってうるさいです」
 「アハハ、知ってる」

新垣里沙の視界は包帯で巻かれている。
だが彼女はまるで見えているかのように立ちあがり、歩き出す。
手術すれば元の視力を回復することも可能だが、新垣が首を縦に振らない。
自分の罰のように背負う姿に、道重は胸に微かな痛みを感じる。

『リゾナンター』と【ダークネス】の戦いは現在休戦中だが、道重達が
再び活動した事が知られれば、また争いが始まるだろう。
それまでには新しく結集させたメンバーには強くなってもらわねば。

そして当然のように事件は蔓延している。
【ダークネス】の関与も否定できないが、今回の件に関しては違和感がある。
今回の不気味で怪奇なものでさえ、彼女達にとっては隣合わせに歩いている。
決して相容れない敵と、この世界で共に存在する現実。
それを受け止めながらも、彼女達は、歩き続けるのだろう。

174名無しリゾナント:2013/01/20(日) 17:48:32
 「それで、私は何をすればいいの?」
 「今日、10人目の犠牲者が出ました、その子を見てほしいんです」
 「…てことは、身内の誰かが?」
 「いえ、うちの子達は大丈夫です、まあ状況的には大丈夫ではないんですけど」
 「?」
 「フクちゃんの友達が、10人目らしくて」
 「ああ、なるほど」

譜久村聖。新しく『リゾナンター』になった少女の一人だ。
生田衣梨奈が話す日常の中にも何度か登場している。
温厚で優しい少女だというイメージがあるだけに、その心中を思うと辛い。
身内の不幸を自分のもののように思うというのは、道重も同じなのだろう。
声のトーンが明らかに落ち込んでいる。

 「そんなこと言われたらこの件、もう後戻りできなくなったわね」

新垣は扉を開ける、久し振りの外だった。
もう見ないと思っていた蒼空は、過去の自分と変わらない自分を見る。
静かなその音を逸らして、傷みを抑えながら新垣は歩きはじめた。

175名無しリゾナント:2013/01/20(日) 17:52:09
『人喰いの共鳴 -Dream Eater-』
以上です。

構成時間は30分。タイトル書いといてアレですけど、続きは未定だったり。
事件が始まるヨーっていうのを書きたくて。

-------------------------------------ここまで。

いつでも構わないので、よろしくお願いします(平伏

176名無しリゾナント:2013/01/20(日) 22:45:35
行って参ります

177名無しリゾナント:2013/01/20(日) 22:51:55
行って参りました
静かに侵食する闇と、必死に立ち上がって扉の外にある光を仰ぐ姿は変わらないものですね
続くか分かりませんが楽しみにしていますw

178名無しリゾナント:2013/01/27(日) 12:21:10
>>170
代理ありがとうございました
やはりOGナンターを書く時は緊張しますねw

それでは本編投稿いたします

179名無しリゾナント:2013/01/27(日) 12:23:58
>>147-153 続きです

夜が明け、朝が来る。
一日のはじまり。それは新生リゾナンターが、初めて全員の力を結集させる日でもあった。
こういう日に限って、客も来ない。愛佳からの依頼も、ない。
田中れいなは、リゾナントのベランダで徐々に下に落ちてゆく太陽を眺めていた。
正直、じっとしているのがあまり得意でないれいなだが、今日はやけに静けさが愛おしかった。
それは彼女が、沈みゆく太陽の向こうについて思いを馳せているせいかもしれない。

「れいなー、来てー!」

階下から、さゆみの声が聞こえてくる。
早速後輩の誰かが来たのだろうか。
かつて遅刻魔と名高かったれいなだからこそ、こういう時に誰が最初に来るのか予想するのが楽しい。
若手のまとめ役として頭角を表してきたフクちゃんか、最年長の飯窪か。とりあえず佐藤はないな。
などと予想しながら店舗まで下りてくると意外や意外。

全員が、揃っていた。

「たなさたん遅いー!」
「まーちゃんだって危なかったろ!はるが部屋のドアぶっ壊して入ってこなかったら寝てたくせに」
「もううるさいなぁどぅーは。そんなことしなくてもまーちゃん起きれたもん」

遥と優樹による定番のほほえましいやり取り。
そんな様子をぽかんとして見ているれいなに、

180名無しリゾナント:2013/01/27(日) 12:26:24
「どうしたんですか?全員来るって思ってなかったんですか?」

と聖がいたずらっぽい笑顔で言う。そのさらに背後から、

「みんなで相談したんです。衣梨奈たちも一緒に戦うって。もう守られるだけの存在なんて嫌やけん」

と衣梨奈がいつになく真剣な表情で訴えた。

「だけん、今回は今までみたいな非能力者とは違う…」
「だから、みんなで行くんじゃないですか」

春菜が、大きな目をさらに見開く。
自分で来て欲しいと呼びかけておいて、戸惑っていた。れいなは彼女たちのことをまだまだ未熟と考えていたことを恥じ、そして考え
を改めた。

「そうやね。みんなで…行くっちゃね」
「そうだよれいな。全員揃って、リゾナンターなんだから」

全員揃って、リゾナンター。
さゆみの言葉が、れいなの心に染みてゆく。

「全員揃ってリゾナンターもええけど、うちのことも忘れんで下さいよ!」

と、店の奥のテーブルから声がする。
ノートパソコンのキーボードをリズミカルに叩いているのは、スーツに身を固めたかつての後輩。

181名無しリゾナント:2013/01/27(日) 12:34:36
「愛佳!!」
「田中さんの指示通り、きっちり奴らの『情報』調べて来ましたよ」

昨日の事件後、れいなは愛佳に例のオフィスビルで遭遇した三人組について調べるよう依頼していた。喫茶店でのミーティング後はそ
の他の連中の情報も提供した。その回答を持って来ていることは、彼女の笑顔からも伺える。

「今回の敵さん、あちこちで悪さしてるみたいです。びっくりするほどあっけなく情報集まりましたわ。ま、うちの情報収集力のおか
げでもあるんですけど」

その自信に満ちた姿にかつて電車に飛び込み自ら命を絶とうとした少女の面影は、最早ない。
そして能力を失ったとは言え、それに代わる新たな活路を彼女は見出していた。

愛佳は敵集団の詳細をメンバーに伝える。
前日聖が推測した通り、集団は2つのグループに分かれていた。
武闘派「ベリーズ」と穏健派「キュート」。その構成人数、能力。愛佳の調べ上げた情報はほぼパーフェクトと言っても過言ではなか
った。

「光井さんすごいです!!」
「誉めたって何も出えへんで飯窪」

と言いつつも、愛佳も得意顔だ。
そんな中、さゆみが立ち上がる。いよいよ作戦開始か。若手メンバーたちが、固唾を飲んでリーダーの一言を待っていた。

「それでは、以上のことを踏まえて。リゾナンターのリーダーとしてみんなに作戦指示を与えます。れいなとさゆみは『キュート』を
迎撃。残りのみんなは急襲してくるであろう『ベリーズ』の襲撃に備えて」
「ちょ、ちょっと待ってください!いくらなんでも5人相手に2人だけって!!」

182名無しリゾナント:2013/01/27(日) 12:46:25
慌てたのは人一倍真面目な亜佑美だ。もちろん、他のメンバーもさゆみの指示に疑問を呈す。

「少なくともメンバーを半分に分けるべきでは?回復役なら道重さんの能力を複写したフクちゃんがいますし、はるなんやくどぅー、
あゆみん、香音ちゃんと攻撃できるメンバーだって」

そう言いかけた里保に、さゆみが近づきその頬を両手で撫で回した。

「『ベリーズ』はトリッキーな能力者が多い。人数を多くすれば、奇策も分散せざるを得ない。逆に「キュート」は正攻法を得意とす
る。攻撃役1人に回復役1人のシンプルな構成がベストだと思う」
「はぁ。で、道重さんがやってるこの行為は…」
「これは戦いに赴く前の儀式だから。ガキさんも愛ちゃんもみんなやってたし」

明らかに嘘をついているさゆみだったが、里保は自らの頬がリーダーの力になるのならいくらでも差し出そうと思っていた。その手が
下に下がったり、顔が急激に近づいてきた場合は別として。

不意に、喫茶店のドアベルが鳴らされる。
来客か。しかしドアには「本日休業」の札がかけられているはず。
全員が不審がる中、香音が目ざとく紙切れのようなものを見つけた。

「道重さん、田中さん。こんなものが…」

差し出された紙切れに目を通す、れいな。
そして、苦笑する。

「あっちもおんなじこと、考えてたみたい。『キュート』から、れいなとさゆのご指名」

183名無しリゾナント:2013/01/27(日) 12:47:58
紙切れの正体は果たし状。
さゆみとれいなを、街はずれの建設現場へと呼び出すものだった。

「みんなは、ここで待ってて。大丈夫、奇襲は待ちかまえてる集団に効果は薄いから」
「道重さん、それうちの受け売りやないですか」

軽く抗議する愛佳の言葉を聞き流し、さゆみが全員を自分の元に呼び寄せる。
リゾナンター出陣の、掛け声。さゆみの意図を、後輩たちは理解していた。
数人でやったことはあるものの、全員でやるのは新生リゾナンターとなってからははじめてのこと。
ダークネスに、しかもその使い走りみたいな連中なんかに負けない。
さゆみが目の前に手を差し出す。まるで大輪の花が咲くように、手が幾重にも重ねられていった。

「がんばっていきまーっ…」
「しょい!!!!!!!!」

全員の声が、重なり一つになった。
リーダーの気合は全員に伝わり、そしてそれはまたリーダーの元へと返される。
リゾナンターの共鳴の原型であるこの儀式は、初代の高橋愛から二代目新垣里沙、そしてさゆみへと受け継がれたものだった。

続いてゆくんやね、きっと。
その様子を見ながら、愛佳はしみじみ思う。
もう自分はあの輪には入れない。けど、それに準ずる何かはできるはず。
そう思うことが、彼女の心の支えだった。

れいなが、喫茶店の扉を開け放つ。背を向け発つ二人。寄せられた信頼がその背中を通じて、後輩たちに確かに伝わっていた。

184名無しリゾナント:2013/01/27(日) 12:56:05
>>179-183 投稿完了

代理投稿お願いします。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「剣と天秤」ですが、天秤はまーちゃんとれいなの命を天秤にかけさせる死神
剣はそれに対するメンバーの怒り、さらには剣と天秤の組み合わせで「正義」
を連想させました。ぱっと思いついたんですが、採用していただいた作者さんに
感謝です。

とは言え自作のタイトルはまだ(仮)なんですがw

185名無しリゾナント:2013/01/27(日) 17:44:43
行って参りました
新世代への期待と不安、それでも前に進む姿は彼女たちらしいなと。
次回も待ってます

186名無しリゾナント:2013/01/31(木) 19:06:33
>>185
ありがとうございました。
「前へ前へ」
彼女たちにふさわしいフレーズですよね。

では続き投下します。

187名無しリゾナント:2013/01/31(木) 19:18:21
>>179-183 の続きです

東京郊外。
とある有名薬品メーカーの研究所とされているこの敷地、実はダークネスの所有物であった。先の薬品メーカーも実は、ダーク
ネスのフロント企業としての裏の顔を持っている。なだらかな坂道を上った先にある小さな建物からは、一見しただけでは闇の
匂いを感じることはできないだろう。
その建物の地下深く。幾重にもセキュリティがかけられたその先に、「彼女たち」は幽閉されていた。

「Dr.マルシェ?!こんな場所にいったい何の用ですか!!」

いかにも黴臭さが漂ってきそうな、さらに地下へと続く階段の前に立っていた守衛が、ダークネスの大幹部の存在に気づき敬礼
した。
年は50を過ぎたところか。くたびれた顔だ。
白衣の女性は守衛を一瞥すると、軽く片手を上げ挨拶する。

「まさか…『奴ら』を解放するつもりですか?」

先日の幹部会議において、Dr.マルシェこと紺野博士が「奴ら」について言及したことは、すでに多くの構成員に知れ渡っていた。
大体は「詐術師」が面白がって流した話ではあるのだが。しかし、日ごろから「奴ら」に苦しめられてきた下級構成員たちにとって
は、冗談では済まされない話であった。

新しい技を試しにかける、のは序の口。
互いが喧嘩した後の腹いせに、構成員を甚振る。
酷い時には夕食のハンバーグをかけて「どちらがより多くの構成員を始末できるか」という理不尽な戯れまで行った。さすがにそ
れは企みを知った首領により中止に追い込まれたが。
彼女たちの復活とは即ち、構成員たちの平和の終焉を意味していた。

188名無しリゾナント:2013/01/31(木) 19:19:56
「まさか。首領から許可も出ていないのに。ただの、面会ですよ」

背中で答えながら、階下へと歩を進める紺野。
ほっとしているだろう守衛について、思う。50を過ぎてもこのような下賎の仕事に携わっているようでは、先は長くないと。

段を降りるごとに、深まる闇。濃くなる、妖気。
不意に、目の前の闇が大きく口を広げ、自身が飲み込まれてしまうような感覚に襲われる。
生物的本能。この先にいるのは間違いなく、獣。
だが、紺野はその恐れを好奇心に変えていた。野に放たれた獣。先が読めない。だからこそ、楽しい。

階段が終わりを告げるとともに、景色が広がる。
薄暗い空間を、頑丈な透明の壁が仕切っている。この壁は、例え核弾頭を打ち込まれたとしても破壊することは不可能に等しい。
そうでないと、獣が逃げ出してしまう。

「おい…誰かそこにいんのか?」

絶対の防御壁から、声が聞こえてくる。
部屋の隅で、薄汚れた布に包まっている、何か。
布の奥の瞳と紺野の目が合う。刹那、心臓を凍える手で鷲掴みにされたような感覚。

「殺意は…衰えてないようですね。『金鴉』さん」

彼女たちがここに閉じ込められてから、ゆうに1年は経過していた。
与えられている食事と水の量からすれば、餓死しても不思議ではないはずだが、「金鴉」と呼ばれた女の赤く濁った双眸は研ぎ澄
まされ紺野の心の臓を射続ける。

189名無しリゾナント:2013/01/31(木) 19:22:09
「その声は…こんこんやな」
「あなたもお元気そうで。『煙鏡』さん」

少し離れた場所に座り込むもう一人の人物が、壁越しに紺野に話しかけた。
先ほどの「金鴉」と違い、落ち着き払った口調。だが滲み出る狂気は隠し切れない。

「そろそろええやろ。何でうちらこないな黴臭い場所で過ごさなあかんねん。こいつとの殴り合いごっこも飽きたし、そろそろ
出してえや。390戦390勝じゃ、そら退屈もするわな」

よく見ると、壁の向こうの監獄の床や壁、あちこちがひび割れ、抉れている。
相当激しい戦闘が、この中で繰り広げられていたであろうことが伺える。
「煙鏡」の言葉が気に障ったのか、「金鴉」が被っていた布切れを剥ぎ飛ばした。

「はぁ?お前なんかに負けるかよ。こっちこそ390戦390勝だっての」
「アホぬかせ。うちがお前に負けるはずないやろ。さすがバカ女は覚えるのが苦手やなあ」
「あたしがバカ女なら、お前はクソ女だ」
「抜かせ、バカ女。お前の負けや」
「勝ったもん!」「勝ってへん」「勝ったもん!」「勝ってへん」

まるで子供のようなやり取りに、思わず紺野は苦笑した。
それが二人の気に、障る。

190名無しリゾナント:2013/01/31(木) 19:24:17
「おい、何がおかしいねんこのフグっ面。早ようちらここから出せ言うたろ。何なら、この監獄を出て最初に、お前のタマ取って
もええねんで?」
「大体クソ弱え幹部一人殺したくらいで何でこんなとこに閉じ込められるんだよ!フっざけんなこの野郎!!」

腹を立てた「金鴉」が、前面の壁に渾身の拳を振るう。
インパクトの瞬間、壁から床に衝撃波が伝わる。並みの人間なら立っていられないほどの揺れ。だが紺野は、バランスを崩すこと
なくその場に立っている。
ただ、振動で安物の眼鏡のフレームまで震えている。新しいものを買うのは面倒だ。紺野はため息をつき眼鏡を外し胸ポケットに
仕舞いこむ。
代わりに紺野は、白衣のポケットから携帯を取り出して徐にそれを弄りつつ、

「あなたたちには、いずれここから出て仕事をしてもらいます。但し『首領』から許可が出たら、の話ですが」

と言った。
もちろん、こんなもので納得できるような二人ではない。

「お前舐めてんのかよ!あのクソババアがそんな許可、出すわけねえだろうがよ!!」
「大体何や自分、さっきから携帯ポチポチ弄りくさって!そないな態度で話されて、お前の言う事なんか信じられるか、ドアホ!!」

壁越しから、強烈な殺気が伝わってくる。
逆毛立ち、異様な目つきでこちらを睨んでいる姿は、最早魔物である。
だがそれすら、紺野にとっては好奇心を掻き立てるスパイスに過ぎない。

「ええ。ちょっとある場所に私のメッセージ映像を送っていたものですから。便利でしょう。あなたたちがこの薄暗い監獄で殺し
合いをしてる間に、科学技術は飛躍的な進歩を遂げているんですよ」

この絶対防御の壁がなければ、二匹の獣は躊躇なく紺野に襲い掛かるだろう。
深く渦巻く闇がバリバリとクレバスのように裂け、その鋭い牙をちらつかせる。まるで殺意の具現化、ここまで純粋な殺意を抱け
る人間を紺野は他に知らない。だからこそ、からかい甲斐がある。

191名無しリゾナント:2013/01/31(木) 19:26:06
さて、ここまでにしておくか。
紺野は携帯電話を仕舞い、二人に向き直った。

「『金鴉』さん。ここから出た暁には、好きなものを何でもいくらでも食べさせてあげましょう。『煙鏡』さんは儲かる話のほ
うがいいですか?先日、ダークネスの支局長が失敗した仕事で、億単位の上がりが出そうないい話があるんですが」

闇がまるでモーセの十戒の1シーンのように、左右に割れて消えてゆく。
残されたのは期待と欲を膨らませた、ただの少女たち。

「ほんまか!それ約束やで、絶対やで!!」
「ウォォォォォ!!ハンバーグ!!ハンバーグ!!」

「煙鏡」が壁に顔を近づけにじり寄り、「金鴉」は喜びのあまり床に両拳を何度も叩き付けている。
呆れるほど単純。だが、この方法が使えるのは組織広しと言えど紺野だけ。
彼女は二人の嗜好を的確に、そしてこと細かく把握していた。

「まあ…期待しててください。それでは」

白衣を翻し、背を向ける紺野。
楽しい見世物を見せてもらった満足感と同時に、今回の面会は”無駄ではなかった”という確信。
切り札は、何枚でも持っておくべきだ。そしてそれが危険なものであるならば特に。

携帯電話を取り出し、画像を見る。
培養液に漂う少女。どことなく紺野が知っている人物に似ているその口元は瞳とともに固く瞑られ、動かない。

もちろん、あなたは特別ですが。

言いつつ、画面を閉じる。
そろそろ会いに行かなくては。飼育くらいなら一介の研究員にでもできるが、情操教育はそうもいかない。紺野は脳内で、自ら
の身を空けるべくスケジュール調整をしはじめていた。

192名無しリゾナント:2013/01/31(木) 19:26:48
>>187-191
投稿完了。
代理投稿、よろしくお願いします。

193名無しリゾナント:2013/01/31(木) 22:15:26
行って参ります

194名無しリゾナント:2013/01/31(木) 22:21:04
行って参りました
双方の思惑がどう絡み合うか次回も楽しみです

195名無しリゾナント:2013/01/31(木) 23:20:38
『愛の炎』

〈人目など気にせず燃えるから〉

1−1

《それじゃあ、次、始めるわよ!そっちの代表はれいなか鞘師ちゃんのどちらかにして》
マルシェの声が響き、スクリーンの下の扉が開いた。
「明梨…」
関根梓が、暗闇から現れた少女の名をつぶやく。
れいなは顔を正面に向けたまま言った。
「あいつか…。鞘師、ここはれいなが行くけん」
「どうぞ。私は愛瞳さんを助け出す方法を考えてます」
「サンキュ!」

スクリーンの中からマルシェがさゆみに尋ねる。
《ところで、さゆ、あなた、いまお酒持ってるの?》
「…一応あるけど」
さゆみは、足下に置いてあるピンク色のバッグに手を伸ばした。
底の方から取り出したのは一本の缶酎ハイ。
それを見た鞘師の顔が蒼白になる。
「うおおおおいっ!」
れいなは、さゆみの手からそれをもぎ取った。
そして、すぐに崖下へ全力で投げ下ろした。
「さゆ!なんでそんなもん持って来とう!?仲間の力を信じとるんやないと!?」
「も、もちろん信じてるよ。…でも、万が一ってことがあるでしょ?」
《さゆー、お酒が欲しかったら言って。こっちでもちゃんと用意してあるから》
鞘師が怯えている。さゆみは、その姿を見つめて人目も気にせず萌えている。
「さゆ!なににやけとう!?いいかげんにしい!」
れいなは、さゆみを一喝してから、闘技場へ歩を進めた。

196名無しリゾナント:2013/01/31(木) 23:21:22
1−2

「じゃあ、始めよ」
れいなが淡々と言う。
佐保明梨は武道家らしく腰を折って礼をした。
そして、息を吐きながら閉目し、重心を低めて空手の型に入った。
対照的に、れいなはただ立っていた。
それは、隙だらけに見えるが、体のどこにも力みのない、臨機自在の体勢だった。

先に動いたのはれいなだった。
音もなく前へ滑り出し、舞うように体を回転させる。
ボグッ!
れいなの右拳は、いとも容易く佐保の腹部をとらえた。
「ウッ…」
前屈みになる佐保。
適度な高さになったその左側頭部を、今度はれいなの右脚が襲う。
まともに喰らった佐保は、床の上に崩れ落ちた。

佐保が、右手を床について必死に体を起こす。
れいなは、黙って佐保の方を見下している。
中腰の佐保は、虚ろな目をれいなに向けて言った。
「…殺気が、見えない…」
れいなは淡々と言う。
「そりゃそうやろ。れいな、殺気を出さんかったけん」

佐保と死闘を繰り広げたあの夜の翌日、れいなは、鞘師と話し合った。
鞘師によると、佐保には「殺気」を読む力があるらしい。
今度襲ってくるときに備えて殺気を消す修練をするつもりだと、鞘師は言った。
(殺気を消すって、どうすりゃいいと?)
れいなには、どうすれば良いか皆目見当がつかなかった。

197名無しリゾナント:2013/01/31(木) 23:22:25
1−3

ある日、れいなは、工藤遥と石田亜佑美に体術の指導をしていた。
一段落ついて休憩していると、工藤がれいなに近づき質問した。
「田中さん、さっきだーいしと乱取りしてた時、大体何%の力を出してたんですか?」
「え?」
工藤が手刀を斬りながら、嬉しそうに続ける。
「田中さん、こないだ黒ずくめの奴らをバシッ、バシッってやっつけたじゃないすか。
あの時の田中さん、超強くて、超怖かったです!
あれが100%だとすると、さっきのはどのくらいの力を出してたのかなあって…」
「う〜ん…、そうやねえ。まあ、30パーくらいかな」
「30%…」
少し離れたところにいた石田亜佑美が、少し複雑な顔をする。
それに気付いたれいなは、笑顔で言った。
「石田、そんなショックな顔せんでよ。石田はすごく成長しとるよ。
入ったばっかりの頃に比べたら、本当に強くなったと思う。
体術の強さでいったら、今のリゾナンターでは、れいなと鞘師の次、三番目やね」
「だーいし、すごいじゃん!」
駆け寄った工藤に肩を叩かれ、石田の表情が少し緩んだ。
工藤がさらに尋ねる。
「それじゃあ、鞘師さんと稽古する時は何%の力を出すんですか?」
「鞘師かあ…、鞘師とやるときは、100%近く出しとるんやないかな」
「100%!?…でも、こないだ鞘師さんと乱取りしてたとき、お二人とも強いなあっ
ては思いましたけど、全然怖くはなかったですよ。あれで本気なんですか?」
「それはさあ、なんてゆうとかいなあ…、本気なんやけど、本気やないんよ。
鞘師をぶちのめそうっていうんじゃなくて、なんか、先手を取り合っとるって言うか…」
(…ん?…「怖くなかった」?)
れいなは急に黙り込んだ。
珍しく考え込んでいるれいなの様子を、石田と工藤はきょとんと見つめていた。

198名無しリゾナント:2013/01/31(木) 23:23:00
〈大声で愛をさけぶから〉

2−1

「れいなは今、あんたに稽古をつけるつもりで戦っとる。
だから、殺気は出とらん、…と思う」
「なるほど…、そういうことですか…」
「あ、そう言えば、鞘師も殺気を消して戦うことができるようになったって言っとった。
まあ、アイツは真面目やけん、何かメイソウ?とかで鍛えたらしいけど」
佐保は深く息を吐いてから、れいなを正視して言った。
「分かりました。それでは、改めてお手合わせを願います。
あなたとは、能力を使わず、純粋に体術だけで勝負してみたいと思ってました」
そして、腰の位置を低めて、再び身構えた。
ただし、先ほどとは違って、今回は両目がしっかり開かれている。
「ええよ!いっちょ、もんじゃる!」
れいなの声は明るく弾んでいた。

10分後、二人は闘技場の中央で大の字になっていた。
「ふう…、あんた、やっぱり強いな」
「ハア…、ハア…、いえ、私の負けです…。
しかし、驚きました…。あなたは、前回より格段に強くなってる…」
「そお?…まあ、れいな、毎日、鍛えとるけんね。
あそこにおる後輩たちが、どんどん強くなりよるんよ。
れいな、あいつらには、まだまだ負けられんけん」
「いいなあ…」
「ん?」
「私も…、あなたのような先輩が欲しかった…」
れいなは天井を見上げながら、言った。
「じゃあ、あんたもれいなの…」
《ナイスファイト!いやあ、いい戦いだったなあ》
れいなの言葉を遮り、スピーカーから耳慣れた声が響いた。

199名無しリゾナント:2013/01/31(木) 23:23:51
2−2

れいなが立ち上がり、スクリーンを睨みながら叫ぶ。
「そんなとこでコソコソ覗き見しとらんと、こっち来(き)い!」
《れいなからの熱いラブコール、嬉しいねえ。
それにしてもNo.5もなかなかやるな。なあ、マルシェ、あいつ俺にくれない?》
画面の左側に映っているマルシェの顔が、不機嫌の色を濃くしていく。
《吉澤さんがどうしてもっておっしゃるから、薬無しで戦わせたんですよ。
その上、No.5をくれだなんて、ちょっと図々しすぎません?》
《冗談だよ、冗談。あれはお前の大事なおもちゃだもんな。
じゃあ、次は、俺のおもちゃで遊んでみるか》
吉澤はそう言うと、マルシェの前にあるボタンに手を伸ばした。
機械音とともにスクリーン下の扉が開き、長身の少女が現れた。
《れいな、ちょっとそいつの相手してくれないか?
そいつ、今日はマルシェの実験の手伝いをする予定だったんだよ。
だけど、お前らが来たから、その仕事がなくなっちまった。
せっかくの機会だし、そいつの力をお前で試してみたくてさ》
「フン、誰が相手でも構わん!ぶっ飛ばしてやる!」
《アハハハッ、そう来なくっちゃな!れいな、愛してるぜ!》

少女は、橋を渡るとまっすぐ佐保のもとへ向かった。
佐保は何かを観念したかのように、俯いて黙っている。
少女は、佐保の右肩に触れると、すぐにくるりと振り返り、橋を渡って闘技場から出た。
「おい!お前!れいなと戦うんやないと!」
れいなの言葉に、少女はまったく反応しない。
橋が戻されると同時に、スクリーン下の扉が開き、吉澤が現れた。
吉澤は、少女の隣に立ち、闘技場にいるれいなと佐保を見つめた。
「吉澤、どういうことか説明しい!」
吉澤は、れいなの言葉を聞き流して大声を上げた。
「そんじゃあ、キックオフといこうぜ」

200名無しリゾナント:2013/01/31(木) 23:24:27
2−3

合図と同時に、佐保がれいなに襲い掛かった。
攻撃をかわしながら、れいなが叫ぶ。
「吉澤!そいつは戦わんのか!」
《れいな、お前が戦っているのは、No.5じゃない。こいつだ》
吉澤は、腕組みをしている右手の親指で隣に立っている少女を指した。
「何!?」
佐保は攻撃を止めた。そして、にこやかに挨拶した。
「はじめまして。北原沙弥香です」
その声色は、先ほどとまったく違うものだった。

さゆみが、隣にいる関根梓に尋ねる。
「梓さん、あの子、知ってる?」
「はい。彼女も元『研修生』です。一時期、一緒に訓練をしていたことがあります。
でも、私達とは違って、あの子、さぁやは早いうちに正規メンバーに選ばれました。
さぁやの特殊能力は、私と同じ精神干渉です」
梓の話を聞いていたのか、佐保が振り向き、北原の声で話し出す。
「せっきー、久しぶり!相変わらず可愛いわねえ。
ところでさあ、今の説明、ちょっと訂正させてもらえる?
私の力は、あなたと同じなんかじゃない。もっと優れたものよ。
いま私は、明梨の肉体を自分の意思で直接動かしている」
「直接、やと?」
「そうです」
れいなの方に向き直り、佐保が続ける。
「だから、私は、明梨の技術も能力も体力も、思うままに使えます。
本人なら、恐怖や痛みで、到底できないようなことだって…」
そう言うと、「佐保」は一気に距離を詰めた。
隙だらけの顔面に、れいなは思わず拳を打ち込む。その拳の下で佐保はニヤリと笑った。
そして、れいなの胸部に、それまでとは比較にならない威力の正拳突きを突き刺した。

201名無しリゾナント:2013/01/31(木) 23:25:14
〈愛している程疑わない 信じているの〉

3−1

人の筋肉は、脳をはじめとする神経系によって、その動きを制御されている。
そうしなければ、過度な負荷によって、骨格などが損壊する恐れがあるためだ。
よって、筋力の限界とは、正確には脳に制御された限界、つまり心理的限界と言える。
北原は、その制御を外した。そして、佐保の限界以上の力を引き出した。

れいなも、何となくそのことには気づいていた。
以前れいなは、新垣里沙から心理的限界について教わったことがある。
「…ってことなの。だから、人は筋肉の持つ力を全て使っているわけじゃないのよ」
「ふ〜ん…。じゃあさあ、ガキさん、れいなの頭の中に入ってその制御機能を止めてよ。
そうすれば、れいな、超速く動けるってことやろ?」
「ちょっと〜、私の話、聞いてた?そんなことしたら、田中っちの体が壊れちゃうよ!
それよりさあ、しっかり栄養を取って、筋力そのものの量を増やした方がずっといいよ。
ほら、また納豆残してるー。食わず嫌いしないでちゃんと食べなさーい」

強烈な打撃を喰らい続け、れいなはついに床に膝をついた。
「ハア、ハア…、北原…、お前はその子の体がどうなってもいいんか…?」
「ええ。どうせ使い捨てですから」
「…痛みは、感じないんか?」
「私はまったく感じせんよ。痛覚の神経系を遮断してますから」
「…違う。…体の痛みじゃない。…心の痛みだ」
「心?…ああ、そういうことですか…。
…確かに、明梨とは、研修生時代に一緒に汗をかいたこともありました。
でも、私は、この力によって、吉澤さんに戦士として認めていただきました。
もう私は、明梨のような落ちこぼれとは違うんです。友情も感じていません。
あなたは、要らなくなったゴミを、一生大事にとっておくんですか?」
れいなの瞳に、怒りの炎が揺らぎ始めた。

202名無しリゾナント:2013/01/31(木) 23:25:54
3−2

さゆみは、闘技場を心配そうに見つめていた。
梓がさゆみの顔を覗き込む。梓の気持ちを察したのか、さゆみは言った。
「梓さん。私が心配しているのは、れいなじゃないよ…。あの北原っていう子」
「えっ?」
「れいな様がお怒りみたい。ああなったら、もうさゆみも止められない…」

「うおおおおおおおっ!!」
れいなが叫ぶ。怒気の塊となったれいなは、弾丸のように走り出した。
だが、その向かう先は佐保ではない。闘技場の端の方だ。
「おいおい、跳び越える気か!?そりゃあ無茶だろ…」
吉澤の言う通り、今のれいなの速度でも、20mの裂け目を跳び越えるのは無理だ。
だが、れいなは己の限界を超えたスピードで走り続ける。そして、そのまま崖から跳んだ。
ただし、跳んだ先は対岸ではなかった。
れいなは洞内の側壁に向かって斜めに跳び出した。
5mほど宙を舞ってから、れいなの右足が側壁に着く。
そして、そこから三歩、斜めに傾きながら、壁面を駆ける。
失速して重力に引きずり降ろされる寸前で、れいなの体は対岸に転がりこんだ。
「あいつ、やっぱりネコだな…」
吉澤が感心したように呟く。
れいなは床の上をゴロゴロと回転してから、パッと立ち上がった。
そして、息つく間もなく、北原に向かって走りだした。
鬼のような形相で迫るれいな。だが、なぜか北原は全く動じていない。
それどころか、軽くほくそ笑んでいる。

「さぁやに触ったら、田中さんの体も支配されちゃいます!」
梓がそう叫び、さゆみを見る。
だが、さゆみの表情は先ほどと変わっていない。
その大きな瞳には、最強の戦友への信頼と、憧れとが透けて見えた。

203名無しリゾナント:2013/01/31(木) 23:26:43
3−3

れいなの全力の拳が、北原の顔面を撃ち抜いた。
北原は、投げ捨てられた鉛筆のように、床に転がった。

呼吸を整えるれいなに、吉澤が静かに言った。
「お前、れいな…、だろ?」
息を呑む譜久村達。
「……吉澤、今日こそ決着をつけてやる…」
それは、まごうこと無くれいなの声だった。
スクリーンのマルシェが吉澤に言う。
《能力の発動、やっぱり間に合わなかったようですね》
「あのスピードじゃあ無理もねえわな…。それにしても、なんつう速さだ…」
れいなの体から溢れだす殺気に当てられて、吉澤の血も沸々と滾り出す。
「来いよ、れいな。俺はマジでいくぞ」
「れいな!だめ!」
さゆみが慌てて止める。だが、その声はれいなの耳に入らない。
《吉澤さん、れいなを殺すのはちょっと…》
「うるせえ!俺ももう抑えらんねえんだよ!」
吉澤の怒声に呼応するように、れいなが猛然と跳びかかった。
その時だ。
れいなの姿が黄色く光り、消えた。
「れいな!?」「田中さん!?」
呆然とするさゆみ達。
吉澤は構えを解き、大声で怒鳴った。
「余計なことしやがって!小春!お前だろ!」
(小春?)さゆみは驚いて周りを見回す。
スクリーン下の扉がいつの間にか開いている。そこから、二人の少女が現れた。
「吉澤さ〜ん、落ち着いて下さいよ〜。小春、良かれと思ってやったんすよ。
ここで田中さん殺っちゃったら、吉澤さん、中澤さんから超怒られますよ〜」

204名無しリゾナント:2013/01/31(木) 23:27:44
〈Ending:抱きしめあうのは二人でしょ〉

「小春!れいなに何をしたの!?」
「シゲさ〜ん、おひさで〜す。田中さんなら、心配いりませんよ。
10分後にはちゃんと戻って来ますから。ねえ、きっか」
「はい。正確には、10分ちょっとですけど」
れいなを消した光は、久住小春の隣に立っている少女の指から発せられたものだった。
吉澤は憮然とした表情で、スクリーン下の扉の方へツカツカ歩きだす。
「あれ?吉澤さん、帰るんすか?お疲れ様で〜す。……あ、北原はどうします〜?」
「お前の好きにしろ!れいなと戦ってる時、そいつ、ギリギリの所で力抜きやがった。
おそらくNo.5の体を気遣ったんだろうよ。そんな甘ちゃん、もう顔も見たくねえ!」
「そうっすか…。じゃあ、北原は小春が預かっときます」
吉澤は何も言わずそのまま通路の奥に消えていった。
「それじゃあ、シゲさん、小春、いったん紺野さんに挨拶してきますね〜」
「小春!待って!」
さゆみの呼びかけに答えず、小春と少女は扉の向こうへ消えた。
床に倒れている佐保や北原は、それぞれ戦闘員が担いで行った。
洞内には、さゆみ達だけが残された。

やがて、「10分ちょっと」が経過した。
れいなは、先刻消えた辺りに俯せの状態で現れた。
さゆみ達のいる「島」と、スクリーンのある「島」を繋ぐ橋が伸びる。
さゆみは急いでそれを渡り、れいなに駆け寄って覆い被さる様に抱きしめた。
れいなは憔悴しきっていて、その顔はまるで死人のようだった。

―おしまい―

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
以上、『愛の炎』でした。祝オリコン一位!

205名無しリゾナント:2013/01/31(木) 23:28:14
以上、195から204までです。
よろしくお願いします。

206名無しリゾナント:2013/01/31(木) 23:38:49
行って参ります

207名無しリゾナント:2013/01/31(木) 23:47:08
行って参りました
れいなカッコいいなあ…どの人物も魅力的に書かれてて面白い
小春も気になるところですねおつです!

208名無しリゾナント:2013/02/01(金) 07:59:34
207さん 
代理投稿ありがとうございました
何とか月二本のペースで書いていきたいとおもってます
今後もよろしくお願いします

209名無しリゾナント:2013/02/04(月) 21:58:32
>>194
代理投稿ありがとうございます
おじゃマルシェさんには色々頑張ってもらわないとw

では続きいきます

210名無しリゾナント:2013/02/04(月) 22:01:32
>>187-191 続きです

一方、喫茶リゾナントでは。
「ベリーズ」の奇襲に備え各メンバーが、地下の訓練室でその時を待っていた。
そんな中、香音が愛佳に声を掛ける。

「でもこうしてまた光井さんと一緒に戦える日が来るなんて…香音うれしいです!!」

聖・衣梨奈・里保・香音が喫茶リゾナントにやってきた頃、愛佳はまだリゾナンターのメンバーであった。能力は急速に
衰えていたものの、リゾナンターとしての心得を徹底的に叩き込んだのは彼女だ。

「ちょい待ちぃ。うちはもう戦える身体とちゃうねんで。そろそろお暇させてもらうわ」

苦笑する愛佳。
緊急用として、訓練室から外の下水道へと繋がる抜け道が用意されていた。能力者同士の直接のぶつかり合いにおい
て、自分が何の戦力にもならないことを彼女自身、理解していた。さすがに先輩として後輩の足を引っ張るわけにはい
かない。

不意に、愛佳の持っていたノートパソコンが光りだす。
おかしいな。さっき電源切ったはずやのに。
愛佳が思う間もなく、内蔵スピーカーから声がする。

211名無しリゾナント:2013/02/04(月) 22:03:31
「どうもお久しぶりです。光井愛佳さん」

ぞっとする声。
この声は聞き覚えがある。忘れたくても忘れられない。
訝しがる後輩たちを他所に、慌ててパソコンを開く愛佳。
予想通り、白衣の女が画面に映っていた。

「えりぽん思念探って!」
「わからんっちゃ!この近くにはおらん!!」
「くどぅー、千里眼!」
「はるの力でも見えないよ!!」

聖と春菜が、衣梨奈と遥に指示を出す。が、空振り。
どうやら相当遠くの場所から、そして能力ではなく何らかの電子機器でこの映像を飛ばしているらしい。

「さて、何から話しましょうか」

白衣の女性はデスクの上で両手を組み、ゆったりとした口調で話しかけてくる。おそらく、予め録画しておいた映像を流
しているのだろうと愛佳は判断した。

「最近のあなたの活躍ぶりは私の耳にも届いてます。培われた洞察力を駆使して何でも屋をはじめたとか。素晴らしい」
「はぁ。そらどうも」

212名無しリゾナント:2013/02/04(月) 22:05:04
いささか投げやりにも聞こえる愛佳の返事。
新メンバーたちは、知らない。わざと投げやりな風を彼女が演じていることを。
そしてすぐに、知る事になる。どれだけ感情を抑えているのかを。

「科学の進歩は人類の進歩、とは言いますが。人間の創意工夫によって科学は進歩し、そして人類もまた進歩してい
った。そういう意味ではあなたが今懸命にやっていることは、科学にとっての原点なのかもしれません」
「ふん。勿体ぶった言い方やな」
「『予知能力』なんてつまらないものに頼っていた時より、よほど生き生きとしてますよ。ある意味『銀翼の天使』
さんに感謝しなければなりませんね」

「銀翼の天使」。
言葉が形になり、愛佳の心臓を鈍く打つ。
そのキーワードは冷静を装う心を揺り動かすのに、十分な効果があった。
じわりと滲む汗と共に思い出される、あの日の出来事。

12月24日の惨劇。
最初は、店の中に雪が舞い降りたのだと思った。
ふわふわと空中を漂う、光る天使の羽。
眩くも美しいそれは、全てを破壊した。
燃え上がるカーテン、爆ぜるガラス、砂糖菓子のように溶けてゆくテーブル。
成すすべもなく倒れていった、仲間たち。不甲斐なく打ち崩された、自分自身。
記憶の中で絶叫する自らの姿が、今の姿にぴったりと重なった。

213名無しリゾナント:2013/02/04(月) 22:06:29
「うあああああああ!!!!!!!!!!!」
「み、光井さん!?」
「うっさいわ!お前に何がわかる!!お前らのせいで、久住さんは!ジュンジュンは!リンリンは!亀井さんは!!!!」
「お、落ち着いてください光井さん!」

ノートパソコンを投げつけようとする愛佳を、辛うじて里保が止める。
しばらく肩で大きく息をしていた愛佳だが、徐々に本来の冷静さを取り戻し、頭を振る。

あかん。後輩たちが不安がっとるやないか。うちが冷静にならんで、どないするねん。
自らを落ち着ける意味合いもあるのだろう。愛佳は近くのデスクテーブルにパソコンを据え置いた。

「本題に入りましょう。今回の『ベリーズ』と『キュート』の襲撃。あなたならきっと、トリッキーな『ベリーズ』
には人数で、正攻法でいく『キュート』には実力あるベテランをぶつけるのでしょう…もう、おわかりですよね?」

愛佳が、苦虫を潰したような顔になる。
何がどうしたのだろうと、亜佑美が側に駆け寄った。

「光井さん?」
「全部、読まれてた。こっちには『キュート』が。道重さんと田中さんは『ベリーズ』が待ち受けてる」

214名無しリゾナント:2013/02/04(月) 22:08:43
全員に動揺が走る。
それでは、立案した作戦とはまるで逆。完全に相手に裏を掻かれてしまったことを、メンバーははじめて理解した。

だが、無慈悲な機械は、なおも演説を続ける。

「さあ光井さん。この難局を持ち前の洞察力と作戦能力で抜けて見せてください。間違っても、『予知能力』があれ
ば、などと落胆しないでくださいね。私はこれでも、あなたには期待してるんですよ。一般人に成り下がったあなた
が、一体どこまでやれるのかをね」

まるで、アリが小石を運ぼうとしている姿を激励してるかのような態度。
いけ好かない。
愛佳がはじめてこの白衣の女性に会った時に抱いた感情は今も変わっていなかった。

「私からのメッセージは以上です。では、ごきげんよう」

そしてノートパソコンの電源は切れてしまった。画面が、暗い湖面のようにメンバーを映すのみだ。

「光井さん。さっきの人、誰ですか?」

誰もが突然の事態に動揺を隠せない中、優樹が臆面もなく聞いてくる。
確かに、あの白衣の女性にルーキーたちは誰も会った事が無かった。
しかし、愛佳は彼女と初めて出会った時の事を鮮明に覚えていた。
まるで瞳に直接焼き付けられたかのように、言葉たちが蘇る。

215名無しリゾナント:2013/02/04(月) 22:09:46
― 予知能力、ですか。随分つまらない能力をお持ちなんですね ―

― 全てを識(し)る力は文字通り、神の能力とでも言うべきなんでしょうか ―

― ただ。神の思惑を超えることこそ…叡智の集積(マルシェ) ―

「ああ。知識の塊という名の、ばけもんや」

言いながら、改めて愛佳は実感する。
あいつを出し抜かなければ、ダークネスを倒すことはできない。
ならば、やることは一つ。

「あの、今だったらまーちゃんの瞬間移動で…」
「いや。ええねん」

言いかけた春菜を、愛佳が制する。

「今からうちが秘策を授ける。みんな、よう聞いて」

だったら、超えたろうやないか。その叡智の集積とやらを。
その目には、最早不安は存在していなかった。

216名無しリゾナント:2013/02/04(月) 22:13:18
>>210-215

投稿終了
代理投稿よろしくお願いします

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

マルシェの意味を辞書で引いたら「市場」…
そりゃそうです。由来はおじゃマルシェですからね
なので市場→物が集まる→(知識の)集積 と強引解釈いたしました(汗

217名無しリゾナント:2013/02/04(月) 23:22:03
行って参ります

218名無しリゾナント:2013/02/04(月) 23:30:42
行って参りました
作者様の作品を度々代理投下している者ですが、
できればどの作品の続きかを示すアンカーはここではなく本スレのもの、もしくはまとめサイトURLを掲載していただけますか?

楽しい作品を読ませていただきいつも感謝しております
ご検討お願いしますm(__)m

219名無しリゾナント:2013/02/08(金) 23:25:20
>>218
ありがとうございます
アンカーの件、配慮が足りずすみませんでしたorz

ささやかながらの続きを投下します

220名無しリゾナント:2013/02/08(金) 23:28:35
>>77-82 の続きです


その頃、件の建設現場にて。

もともと下町の長屋が密集していたこの地一帯を、再開発の名の下に空き地にしていったのが数年前。ところが、
計画をもちかけたディベロッパーが不動産不況の煽りを受け事業撤退。以後、代わりの業者が見つからないまま、
先駆けとして竣工するはずだったビルディングのできかけがそのまま放置される寂しい土地となってしまった。
逆に言えば、ダークネスのような闇の組織が利用するにはうってつけの場所とも言える。

「お。こっから入れるやん」

うれしそうに、れいなが指を指す。
敷地を囲う鉄板のボルトが一つ、外れかけている。鉄板をずらせば中に入れるようだ。

「楽しそうだね、れいな」
「なんかがきんちょの時にやった探検ごっこみたいっちゃん」

鉄板をずらし、隙間から猫のように侵入するれいな。
さらにさゆみが続く。しかしれいなのようにはいかず、入るのに少々手こずってしまった。

れいなのほうが小さいし!猫みたいだし!

そう自分を納得させるしかないさゆみだった。

中は薄暗く、上を見渡しても大雑把に組まれた鉄骨と防護網によって見通しが悪い。
不意打ちには持って来いの環境。そう思いついた二人の考えは、正しかった。

現場の土台として敷き詰められている、砂利。
そのいくつかが浮き上がり、二人目がけて飛んできたのだ。

「ずいぶん可愛らしい奇襲っちゃね!」

自らの身体能力を増幅させ、打ち落としにかかるれいな。
しかしさゆみの脳裏に嫌な予感が走る。

221名無しリゾナント:2013/02/08(金) 23:30:05
「ダメ!れいな、よけて!!」

戦場ではパートナーの言葉を信用すること。
旧来のリゾナンターが二人となり、お互いが組んでの仕事が増えてきた時に、その言葉は経験となって二人の中
に蓄積されていた。

れいなが軽やかな身のこなしでそれらを全てかわす。そう高速で飛来していなかったにも関わらず、小石の当た
った鉄骨に穴が空いていた。小石には、腐敗の力が付与されていた。
回避で、正解だったのだ。

「さゆ、これは?」
「あんたたち、『ベリーズ』ね!!」

れいなの問いに答えず、大声で叫ぶさゆみ。
すると、複数の小さな笑い声をたてながら、上階の鉄骨に七つの人影が現れた。
れいなが最初に会った時と同じ、黒と紫で構成された衣装に身を包んでいる。

「…はぁ。あの果たし状はトラップやったとかいな」
「あの捻くれてそうな地味顔がやりそうなことだし」

キャプテンである佐紀。
攻守ともに優れた「腐敗」の能力者、桃子。
チームの攻撃力、夏焼雅。
チームの守護神、「金剛の肉体変化」茉麻。
戦術サポートを担う「幻視」能力者、千奈美。
同じくサポートを担当する「浮遊」能力者、友理奈。
そして「氷使い」であり剣術を操る、もう一人の攻撃力である梨沙子。

七人の異能が結集した集団。それが「ベリーズ」だった。

222名無しリゾナント:2013/02/08(金) 23:31:12
「さゆ」

れいなが小声でさゆみに話しかけた。
相手に気取られぬよう、そのまま耳だけ傾けるさゆみ。

「うまい事発電設備探して、ブレーカー上げてきて。そしたらこんなやつら、れいな一人で片付けられるけん」

目当ては、現場各所に設置してある投光機。
これが生きていれば、視界が晴れることはれいなにとってプラスになる。

「でも、もしそれが逆に相手の罠だったら」
「大丈夫。どっちみちさゆは戦闘に加われんやろ。それとも、れいなの代わりにさゆがこいつら相手にすると?」

大きく首を横に振るさゆみ。
身体にいくつ穴が空いても足らないくらいだ。

「じゃあ決まりっちゃね」
「うう…行ってきまぁす」

交渉成立。
二手に分かれるれいなたちを見て、ベリーズ側も意図に気づいた。

「やばいよ、発電設備が狙われてる」と千奈美。
「だから投光器は片付けてって言ったのに。面倒がって誰もしないから」と茉麻。
「誰か一人でいいよ。あっちのほうを止めて来て」と佐紀。
「はーい。ももち立候補しまーす」と桃子。
「…別にいいけど、何で?」

梨沙子に聞かれた桃子は、飛び切りの笑みを見せ、

「だってさー、弱い立場の人を追い詰めるのって楽しいじゃん。この前の恨みもあるしねえ」

と言いながら嬉しそうにツインテールを揺らして階下へと下りていった。

「それじゃ私たちはあの博多女の鼻っ柱を折らないと」

階下を見下ろしながら、佐紀が言い放つ。
それを合図に、五人が方々に散っていった。

223名無しリゾナント:2013/02/08(金) 23:33:42


「ベリーズ」の動きに呼応するが如く、喫茶リゾナントにも異変が発生する。
とは言え、鍛錬室の上階、つまり店舗部分から「すいませーん」「すいませーん」と誰かが呼んでいる声がする
だけなのだが。

「何やねん、あれ」
「えっと。多分、大丈夫だと思います。みんな、来て」

店舗で何が行われているのかを察したのか、里保が他のメンバーに目配せして、1階へと上がる。予想通り、自
分達を探している五人組の姿があった。

「あの…」
「こんばんは。決闘に来たんですけど」

声を掛けようとした聖に、あっけらかんと答える五人の中で最年長に見える女。昨日喫茶店を単独訪れていた
「キュート」のリーダー・舞美だった。

どこの世界に「決闘しに来た」などとわざわざ言ってくる人間がいるだろう。
周りが誰もが顔を見合わせる中、実際に一度対峙している里保と遥は何となく納得していた。

「…場所は?」
「第二埠頭の倉庫。そこなら人目につかないから」

探りつつの亜佑美の問いに答える、舞美。
すると今度はキュート側から文句が飛び出した。

224名無しリゾナント:2013/02/08(金) 23:35:10
「ちょっとちょっと」
「ん?何?」

不思議がる舞美に、全員の突っ込みが入る。

「もう舞美ちゃんしっかりしてよ。遠いじゃん。埠頭までどうするつもり?」
「うーん、電車?」
「は?敵と一緒に電車に乗んの!?」
「ダメかな・・・?」
「そんなもんダメに決まってるでしょーが」
「敵と一緒に電車の旅って、す敵w」
「愛理黙ってて。寒い」

まさかのノープラン。
五人でやいやいやっている姿を見て、今奇襲かけたらあっさり勝てると、と聖に耳打ちする衣梨奈。これではどっ
ちが悪役だかわかったものではない。

「とにかく立ち話も何ですから、外に移動ということで」

見かねた春菜が提案を持ちかけたその時だった。
どこからともなく、声が響く。

「まったくもう、手が焼ける子たちだねえ」

まるで障子紙を破るように、何もない空間からばりばりと音を立てて現れる女。
金髪、妙ちくりんな格好、やる気のなさそうな表情。とは裏腹に、得体の知れない存在感をかもし出している。敵
か、味方か。両チームにはまったく判断がつかなかった。

225名無しリゾナント:2013/02/08(金) 23:38:13
「あたしが連れてってあげるよ。決闘向けの場所にね」
「え、一体何を」

遥が言いかけた刹那、硝子が割れるような鋭い音とともに。
何もないはずの場所が、割れた。

割れた箇所が剥がれていく度に、奥の真っ暗な空間が露になる。
あらかた破片が剥がれ落ちた後には、木のうろのような穴がぽっかりと浮かび上がっていた。

「未知の世界へ、ご案内」

女の言葉とともに、穴へと向かって強烈な力が流れはじめた。
吸い込まれる?!
その場にいた誰もが、四肢に力を入れ吸い込まれないよう抵抗する。

「ほらほら、抵抗するだけ無駄だから。リラックスリラックス」

そんな中、女だけが平気で歩いている。
そして歩きながら、わけのわからない力に翻弄されているメンバーたちの肩を、ぽんと押し出す。
キュート、リゾナンター、構わず。
バランスを崩した人間が、一人、二人と穴の中に吸い込まれ、そして見えなくなってしまった。

「え?何なのこれ!」
「なんなのって、あなたたちの味方じゃないんですか。あの人」

狼狽える舞美に、そっけなく里保が答える。
いきなり知らない人間が出てきて、敵味方お構いなしにわけのわからない穴に放り込んでしまった。
そして気づけば、残ったのは里保と舞美の二人。

226名無しリゾナント:2013/02/08(金) 23:53:07
「ふむ。あたしの空間に取り込まれないとは。なかなか見込みがあるね」

値踏みをするかのごとく、二人の間を歩き回る女。
背中でぱたぱたはためいている小さな翼は、人を小馬鹿にしているようでもあり。

「でもさー、あんたたちが向こうに行かないと話、進まないんだよねえ。さっさと行っちゃって」

それだけ言うと、だるそうに逆立ちを始めた女がそのまま里保たちに向けて蹴りを一発、二発。
なす術もなく蹴り飛ばされた二人は穴の中に勢いよく突っ込んでいく。

「うわあああああっ!!!!」

思わず叫んでしまう、里保。
目の前の視界は黒に覆われ、何も見えない。

このまま、死んでしまう!?

予期せぬ事態に、最悪の可能性が頭を掠める。
そんな彼女の思いを余所に、暗闇が突然晴れた。

と同時に何か固い場所に不時着。
咄嗟に受け身を取り衝撃を抑える里保が見たものは。

「え…ここ、どこ?」

造りは至ってシンプル。
平らな白い床、ところどころに突き出した、四角い物体。
ただ、そこが「普通の世界」ではないことだけは、理解できた。

「ようこそ、未知なる世界へ」

白い天井からさっきの女の間伸びした声が、響き渡った。

227名無しリゾナント:2013/02/08(金) 23:54:18
>>220-226

投稿完了
代理投稿お願いします

228名無しリゾナント:2013/02/09(土) 15:04:21
行って参ります

229名無しリゾナント:2013/02/09(土) 15:16:27
行って参りました
本スレにも書きましたが行数オーバーの箇所がありましたがご了承ください

230名無しリゾナント:2013/02/11(月) 21:25:19
>>229
代理投稿ありがとうございます
行数の件、お手数かけてすみません

それでは投稿いたします

231名無しリゾナント:2013/02/11(月) 21:28:55
>>213-220  の続きです


建設現場にて、「ベリーズ」と対峙するれいな。
階上の人影が消えるのと、自らの頬に刃が迫るのは、ほぼ同時だった。
紙一重の差で避け、飛びのいて間合いを取る。
刃を振り翳したのは、髪の毛をピンク色に染めた少女だった。

「さすがリゾナンター。私の一撃をかわしたのは誉めてあげる」
「あんたに誉められても、うれしくないと」
「そう。じゃあこれなら…喜んでくれる?」

少女・梨沙子が刀を構えて気を込める。
その瞬間周りの温度が、ぐっと下がったようにれいなには感じられた。
いや、本当に寒いと。
れいなの息は、白く凍てついていた。

「氷の舞、受けなさい」

梨沙子がれいなに向って、刀を一振り。
どこからともなく現れた鋭い氷が、れいな目がけ飛んでくる。

「あんた、氷使いか!!」
「妖刀氷室が繰り出す、『射舞』。大人しく貫かれるがいいわ」

もちろん黙って蜂の巣になるようなれいなではない。
右に、左に。必要最小限の動きで次々と飛んでくる氷を避けようとする。が。

232名無しリゾナント:2013/02/11(月) 21:31:21
身体が、重い!

不意に襲ってくる、上から抑えつけられる様な力。
くそっ、この前のノッポの能力やん!
忌々しく思うれいなだが、その隙に梨沙子が急速に間合いを詰めてくる。

斜めからの袈裟懸け、しかし寸でのところで切っ先は標的を捉えられない。
どうやら味方を重力圏に巻き込みたくないらしく、一時的に重力を解除したようだ。

ほっとしたのもつかの間、今度は上空からもう一つの影が襲い掛かってきた。
危機を感じ咄嗟に横っ飛びしたれいなの判断は正しかった。まるで隕石、とさえ思えるような大きな塊が空から
降ってきたのだ。
敷き詰められた砂利の地面を大きく穿ったことにより、もうもうと土煙が周囲に立ち込める。

「もう茉麻、いきなり落ちてこないでよ!」
「…きっちり仕留めたはずなのに、避けられた」

抗議する梨沙子を他所に、悔しがる茉麻。
友理奈の重力操作によりれいなの動きを封じ、さらにそこへ茉麻の巨体を衝突させる。常人なら、衝突地点で
見るも無残な姿に変わり果てているはずだ。

だがれいなは、重力がかかる中上空からの攻撃を回避し、さらに土煙に紛れて一時的に敵の包囲網から身を
隠す事に成功していた。

233名無しリゾナント:2013/02/11(月) 21:32:30
くそ…視界さえ取れれば、あんなやつら!

周囲を鉄板に覆われた建設現場は、れいなが最初に感じた時より遥かに暗かった。
さらに、黒と紫と言う闇に紛れ易い「ベリーズ」の格好に比べると、同じく黒を基調としながらも白い布地を交
えたれいなの服は明らかに狙いやすい。

とにかく、相手の頭上に立って優位に立たんといけん。
梨沙子と茉麻に見つからないように、鉄骨を伝い階上に上るれいなだが、そこでもやはり敵は待ち受けていた。

「ちーん。2階、炎売場でございまーす」

顔を出したれいなを、ふざけた文句とともに炎が襲う。
身体を仰け反らせ、何とか直撃を免れるもののもちろん相手の追撃は止まらない。
今度は床を舐めるような炎。高く跳躍し、れいなが相手の前に躍り出た。

「あんた、この前の黒んぼ!!」
「誰が黒んぼだよ!健康的な小麦色って言ってよ!!」

甲高い声で反論する、千奈美。
その声を聞き、れいなは思い出す。

「そう言えば、あんた…幻視能力者やったと。つまり、さっきの炎は偽物ったい」

234名無しリゾナント:2013/02/11(月) 21:33:53
れいなの言葉に答えず、千奈美が再び炎をれいなに向け放つ。
今度も偽物…じゃない!?
ぴりぴりと肌を焦がすような感触に気づき、れいなは大きくかがみ込む。
振り向くと背後の防護網が、ぶすぶすと黒い煙を上げていた。

「『どうして?』そんな顔してるよ」

千奈美の背後から現れる、派手な顔立ちをした女。
勝気な顎が印象的な女は、れいなが対峙したことのない人物だった。

「あたしは雅、『発火能力者』。あんたの仲間にもいたでしょ?」
「…次から次へと」

毒づくれいなだが、二人の織り成す波状攻撃は厄介だった。
千奈美の幻の炎で行く手を塞ぎ、雅の本物の炎で仕留める。
幻視能力によって作り出された炎は、触れるまで幻とはわからない。
迂闊に近寄れない。
それに加え、時折訪れる身体が重くなる感覚。この場所もまた、重力操作能力者のテリトリーになるらしかった。
れいなが取れる行動は、逃げの一手のみ。

「あっ、上に逃げようとしてる!」
「追うよ!!」

追っ手を逃れ、更に階上を目指すれいな。
ただ、そこにも敵は待ち構えていた。

235名無しリゾナント:2013/02/11(月) 21:35:13
一際大きな影と、小さな影。

「鬼ごっこもここまで」
「この前はやられたけど、今度はそうはいかないよ」

「ベリーズ」のキャプテンである佐紀と、重力操作の能力者・友理奈。
佐紀の能力は、愛佳の情報力を持ってしても「まとめる力」としか判明しなかった。どういう能力かはわから
ないが、補助的な役割をする重力操作と同時に行使させると厄介なことには変わりない。

上を見上げると、すっかり暗くなった夜空が見える。
ここは最上階、逃れる場所はもうなかった。あとは、なるべく時間を稼ぐ。それだけだ。

「さっき下にいた子たちもこっちに来る。さすがのあんたも6人がかりでかかられたら、終わりでしょ」

不敵な笑みを見せる佐紀。
ただ、れいなの余裕はまったく崩れない。

「大丈夫。さゆが、やってくれると」
「投光機のこと?それならうちの桃子があんたの相方、追いかけてったよ」

狙いもばれていた。
ただ、そんなことは想定済み。
何の問題も無い。視界が晴れたら、全員ぶっ倒す。
れいなは静かに、佐紀と友理奈に向って拳を構えた。

236名無しリゾナント:2013/02/11(月) 21:36:02
>>231-235 投稿完了

お手すきの時で良いので代理投稿お願いします

237名無しリゾナント:2013/02/12(火) 00:02:39
行って参ります

238名無しリゾナント:2013/02/12(火) 00:07:33
行って参りました
ベリキューにはあまり興味がなかったのですが作品を通じてハマりそうですw
今後も頑張ってください

239名無しリゾナント:2013/02/12(火) 16:19:38
「改めて資料の方届けさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
俺は商談相手に対して頭を下げ、部屋をでた
応接室からエレベーターへ、エレベーターからエントランスへ、そして外へ
息が白くそまり、コートからあわてて手袋を取り出す。そしてビルを見上げた
心に繰り返される上司の言葉、「今回の商談にミスは許されない」
・・・そうわかっている、これは俺にとってラストチャンスなのだから

一流会社と自分で言うのもおこがましいがこの街で俺はエリート街道を進んでいた
与えられた仕事で期待以上の成果を残し、仲間からの信頼も厚かった
幸せな人生を歩んでいた、そう言いきってしまおう

歯車が狂ったのは二年前
部下の小さいミスだった。資料の一部に商品の寸法の打ち間違いがあったのだ
それに気付かずにその商品は俺の期待の新作として全国の生産ラインで作られた
金型をつくり、専用の部品を発注し、そのためだけにPRイベントを企画した
しかし寸法ミスのために何一つとして完璧な商品は作られず、会社始まって以来の赤字に転落した
その責任を負わされ俺は地方の小さい工場の所長に「昇進」と称して飛ばされた

あんな小さい街にいるべき人間では俺は決してない
俺のいるべきはこの天が霞むくらいに作り上げられたコンクリートジャングルなのだ
再起をかけてプレゼンした作品は本社でも評判となったものの、以前の悪評が尾をついているのだろう
なかなか首をたてにふられることなく経過している
こんなところでぐずぐず立ち止まるわけにはいかない。そんな焦りも俺自身感じている
それを上の連中も勘付いたのだろう、大口の契約を取ることを条件に企画会議に提案すると言う
この街に戻るため、以前の輝かしい俺に戻るには成功しかないのだ

そこでふと俺は昼食を食べていないことに気がついた
時計を見ると既に昼の二時を過ぎていた。次の取引先の約束にはまだ一時間の余裕があった
どうしようかと考えていたところ、かつて足しげくかよっていた喫茶店のことを思い出した
初めに入ったきっかけは雨にうたれ、雨宿りをするためであった
本当に偶然だったが、そのお店は仕事でくたくたになった俺の心のオアシスだった
店の名前は『喫茶リゾナント』

240名無しリゾナント:2013/02/12(火) 16:20:14
白を基調とした椅子やテーブル、壁にかけられた油絵のフェイク、全てが俺好みであった
店主も唯一のウエイトレスはなぜか種類は違うものの訛が強かった。博多弁とあれはどこだ?
メニューも小さな店の割に充実していたが、いつもリゾリゾとコーヒーのセットを頼んでいた
足しげく通い始ったのもあるだろう、一度気ウエイトレスに「たまに違うのは選ばんと?」といわれたこともある
それを聴いたマスターに「こら、れいな!」と怒られてぶすっとした顔をしていたのも思い出だ

ただ、お店は落ちついているのに客はいつもにぎやかだった
マスターとファッション誌をみて俺には分からない用語を並べている小柄の女性
カウンターでマスターやウエイトレスと雑談を交わす黒髪と茶髪の美少女二人組
机で黙々と宿題をして、時折やってくるテンションの高い客の相手をする静かな子
持ちこんだバナナをパフェに盛り付けている自由な中国人二人組

そんな自由気ままな客がいたからこそ、俺は社会の疲れを忘れられたのかもしれない
あの店では俺は仕事を忘れ、一人の客としてお店を楽しんでいた

せっかくこの街に来たんだから久しぶりに行ってみよう。そう思い俺はタクシーを止めた
ほんの10分程度でお店には着いた
「変わってないな」
それは俺があの頃と変わりすぎているのに対してこの店は変わっていないことに対する気持ちなのだろう。
今では珍しくなった引き戸を掴み、カランコロンとベルが響き俺は店の中には行った

「いらっしゃいませ〜あれ?久しぶりっちゃね?元気にしとうと?」
出迎えてくれたのはあのウエイトレスだった
バリバリの博多弁は変わっておらず、俺のことを覚えていたこともあり懐かしい気持ちがこみあげてきた
「ええ、まあ、それなりに」
「ふうん、ま、好きなところに座ると」
常連の客にはこうやって気さくに声をかけるところも変わっていない

241名無しリゾナント:2013/02/12(火) 16:21:13
かつて通っていた頃の定位置、奥から二番目のカウンターに座る
店の内装もほとんど変わっていない。カウンター奥の壁に何かの集合写真が増えているくらいだ
「注文はいつものでええっちゃろ?」
俺は驚いた。もう二年以上前にもなるのにこのウエイトレスは俺のセットを覚えていたのだ
そんな表情をしたのだろう、彼女は「いつも同じやけんいやでも覚えるとよ」とクスッと笑った
「注文〜リゾリゾと3番コーヒーセット〜」

「よく覚えていましたね。二年くらい来ていないのに。ところでマスターはどうしたんですか?」
コポコポと音を立てているコーヒーサイフォンにむかう彼女に問いかけた
「愛ちゃんならおらんとよ。自分探しするとかいって一年くらい前に旅立ったと」





刻がゆっくりと流れた
見た目が変わらないこの店でも確実に変化は起きていた
冷静を装い「そ、そうですか。どこに行かれたんですか?」と尋ねる
「え?知らんっちゃ。愛ちゃんそういうとこ頑固やけん教えてくれ」
「は〜い、愛情たっぷりリゾリゾお待たせなの」

あ、あの黒髪だ!懐かしい顔がキッチンから顔をのぞかせた

それは向こうにとっても同じだったのであろう、彼女は俺を指差し「リゾ男③だ」といった
「こら!サユお客様になに失礼なことしとるっちゃ?」
「え〜でもリゾ男③はれいながつけたあだ名なの」
そう言えば聴いたことがあるコンビニ店員は常連客にあだ名をつけるという
それがまさかこんな喫茶店でも行われているとは思っていなかった、いや思いたくなかった

242名無しリゾナント:2013/02/12(火) 16:21:50
しかしなぜこの黒髪少女がキッチンの奥から出てきたのだろう
そもそも特製といったということはこの子が作ったのか?
「はい、さゆみ特製のリゾリゾなの。冷めないうちに召し上がれ(ハート)」
(ハート)ってメイドカフェじゃないんだから、と心の中でつっこみながら目の前に料理が置かれる

それは俺の記憶の中のリゾリゾと全く別のものだった
具材が違う、大きさが違う、食べてみてわかったが味も違う
あの頃には入っていなかった蛸やもやしが入り、グリーンピースやエリンギが抜けている
昔の味と比べて全体的に味付けが濃く、とろみが強い。それからなぜか・・・辛い

食べながらウエイトレスとの会話を楽しもうと俺は視線をあげた
「そういえばあのマスターと仲良かったガキさん?っていう人はどうしたんですか?
 マスターいなくなって寂しがっているんじゃないですか?」
「ガキさんなら元々一人で生きてきた人だから大丈夫なの
 それよりさゆみは絵里がいなくなったほうが寂しいの」
えり?・・・ああ、いつも一緒にいたあの茶髪の儚げな印象の子のことか
口の中の微妙に生煮えの蛸の感触を確かめながらおぼろげな記憶が蘇る
俺が足しげく通っていた頃はこの店に若い笑い声が響いていた

うるさい甲高い笑い声、それをたしなめて笑う低い声、異国独特のニュアンスの笑い声
アヒャヒャという擬音が適切な奇妙な笑い声、ニシシと含んで笑う声
いろいろな笑い声がこの小さな店で反響しあい俺の心の一部をしめていたんだ

あの頃の俺がいなくなったようにあの頃の理想の店は亡くなってしまった
リゾリゾも味が変わった。あの頃の優しい味が舌の上でよびおこされそうにもない
気持ちを落ちつけようとしたコーヒーも豆を変えたのか?苦味が増していた
否が応でも目の前の事実に向き合わなくてはならない
今目の前にあるのは俺の好きだったあの店とは違うのだと。心の安息所としていた店は消えた
変わっていないことを願って訪れたわけではない。ただ実際には変わっていないことを願っていた
・・・現実は非情だな、なんてついつい苦笑してしまう

243名無しリゾナント:2013/02/12(火) 16:22:34
「ん?何一人で笑っとうと?」
変わらないのはこいつの口調だけか。答えずにこの名前の同じ違う料理を食べきることにした
「はっはーん、さては愛ちゃんがおらんくて寂しいのを笑ってごまかしとるんやろ?」
「え〜やっぱりそうなの?前からリゾリゾばかり頼むから噂にはなってたの」
・・・その噂を本人がする前で普通するか?やはりあのマスターがいなくなって雰囲気も変わったな
はやく食べ終えて綺麗な思い出を可能なだけ美しいままで残すことにしよう

そこに、元気な明るい声を伴い扉がガシャンと大きな音をたてて開かれた
「こんちくわ〜たなさた〜ん、アイスくださ〜い」
驚きスプーンを噛んでしまい、口の中に痛みが広がる
(な、なんだ?)そう思い声の主を探る

声の主はウエイトレスヤンキーの腕を掴んでいる中学校の制服を着た女の子だった
「まーちゃんもなにか食べたいんですよ〜イヒヒ・・・」
笑い方がこの子もなぜか特殊で、雰囲気が天然の空気を醸し出している
「こら、佐藤優樹!お客さんがいるんだから静かにしなさい!」
低いハスキーボイスの声が飛び込んできた
声の主は同じ制服を着た女の子だが・・・やや男の子っぽくもみえなくもない
その視線に気がついたのかその少女は俺の方を見ていった
「なに?なんか用ですか?なにも用ないならジロジロみないでください」
・・・かなり強気の性格だとわかり、あわてて視線を逸らした

「こら、くどぅ!お客さまを怖がらせちゃだめっちゃろ!」
「でも、田中さん!この人の視線おかしいんですよ!はるの顔じっとみるんですよ」
「うわぁ、変態さんだ〜ロリコンですね〜」
「こら!まあちゃんも調子に乗らないの!ほら、二人ともおやつ出すから座っていなさい」
天然と強気の二人の少女はそれぞれ何か言いたいことがありそうであったが、奥の席に座らされた
「申し訳ありません。あとでサービスの料理出すけん許してほしいと」
料理を出されようが出されまいが許そうとは思ったが好意を無駄にするのも惜しいので頷いた

「こんにちは〜道重さん、今日もかわいいですね」
「いや〜ん、はるなん、あたりまえだけど嬉しいの。コーヒー出すから待ってて欲しいの」

244名無しリゾナント:2013/02/12(火) 16:23:10
お店に入ってきた途端に黒髪を褒める新たな客の出現に俺はとまどった
なんだこいつ、というのが最初の感想。次いで今日「も」ということはいつもしているのか?ということ
「飯窪、いつものコーヒーでいいっちゃろ?」
どうやろこの子も常連のようだ
静かにカウンターに座りカバンから画集を取り出し、コーヒー片手に頁をめくっている
こんなうるさい子達がいるところで画集なんて読んで落ち着けるのかと疑問を抱いた

そうしているとまた入り口のドアがカランコロンとなった
「道重さん、田中さん、おなかすいた〜何かだしてくださ〜い」
「はい、新作のリゾ唐なの」
注文しないで新作が出ると言うことは今入ってきた子も常連か?
待ち構えていたように出されたそのピンク色の唐揚げ明らかに食べてはいけない香りがするのだが・・・
「いっただきま〜す!! !! う・・・こ、これは・・・」
ほら、いわんこっちゃない
「フランスの味だ!」
・・・おそらくフランスの味とは異国の味ということなのだろう。

「道重さん!あゆみちゃんを新作の試食係につかわないでください!
 そのせいで二人でパフェ食べに行けなくなっているんですよ!」
「フクちゃん、ごめんなの。でもフクちゃんもリゾ唐は」
「私はいまお腹一杯ですのでまたの機会にいただきますわ」
いつの間にかまた客が増えている。妙に湿り気のある若奥様がいた
きっと本当のフランス料理店のランチセットを食べてきた帰りなのだろう

気がつけば客が随分と増えていた。天然、強気、画集、フランス、若妻と5人もか。
するとまた新たな客が3人やってきた
三人とも同じ中学校の制服を着ているのでクラスメイトなのだろうか
一人はボブカットの聡明そうな子、一人は笑顔が印象的な純朴そうな子だった
そして残ったもう一人は・・・よくわからない。というのも
「いや〜ん、りほりほ〜いらっしゃいませなの〜さあ、さゆみの愛情たくさん召し上がれ」
お店に一歩踏み入れた瞬間に黒髪に抱きつかれ、そのまま奥へと連れ去られたからだ

245名無しリゾナント:2013/02/12(火) 16:24:14
一緒に入ってきた二人は特に動揺することもなく空いている席に座った
あまりの出来事に愕然とした俺は笑顔の子に「お友達大丈夫なんですか?」とついつい尋ねてしまった
「道重さんのことだから大丈夫なんだろうね。すぐに里保ちゃんも戻ってくるんだろうね」
といい落ち着いてカバンから宿題を取り出し向かい合って勉強を始めた
「はい、ズッキはカプチーノ、さくらちゃんにはハーブティーっちゃろ?」
「「田中さんありがとうございます」」
ヤンキーウエイトレスも落ち着いているということはよくあることなんだろうと無理矢理納得させた
納得させるしか他になかったのだ、更におかしい出来事がおこったのだから

「じゃんじゃじゃ〜ん、皆様にここで報告があるっちゃ!
 なんと生田衣梨奈、高校入学決まりました〜イエーイ、はい拍手!!」
ドアが開いた瞬間に一人の少女が異常なテンションで高校合格を声高々に報告したのだ
パチパチと拍手をするのは画集を読んでいた子のみ
他の子はその報告を聞いても無反応で各好きなことをしている
俺は思った。この子はKYだ。そして博多弁だ

「生田は何の前触れもなくいきなり来て、あういうことするっちゃ、びっくりしたやろ?」
「いえいえ、そんなことは」
「嘘つかんでもええよ。はい、これサービスやけん、どうぞ」
俺の前に置かれたのはクレープ生地の上に目玉焼きとチーズが載せられた料理だった
「これなんですか?」と見たことない料理だったので正直に尋ねた
「ん?これ?ガレットっちゃ。愛ちゃんが愛佳に教えていたのを教えてもらったと」とウエイトレスは答えた
リゾリゾ以外の料理を食べるのは初めてだった。ゆっくりとナイフで食べやすい大きさに切り分ける
一口大にし半熟の黄身がこぼれおちないように口元までもっていき、ゆっくりと味わうように噛んだ
「・・・おいしい」
「そりゃそうったい。愛ちゃんとれーなとみんなで作ったガレットやけん不味いはずがなかとよ」
嬉しそうなウエイトレスをみて、なんだか俺も気分が明るくなった
十分にお腹が満たされそうなものなのにガレットの箸が止まらず、リゾリゾも止まらない
確かにリゾリゾの味は変わった。でも、今改めて味わうとこの味も嫌いではない
むしろ好みの味わいをしている・・・のかもしれない

246名無しリゾナント:2013/02/12(火) 16:24:52
あの頃の常連客は一人を除いてもういない。その客もお店を運営する側になっている
普通なら通い慣れた店であれば寂しさを感じてしまう

なのに今この時、俺は寂しさを感じなかった

あの頃とは違う活き活きとした幸福が店に降り注いでいるように感じたからだ

天然と強気の喧嘩なのかじゃれあいなのかわからないが楽しそうな中学生トーク
画集を読んでいる子の二人組を包み込む優しそうなオーラ
ピンクの唐揚げを食べている小さい子とその親戚と思われる奥さんの仲睦まじさ
宿題を一緒に解きながら時折こぼれる小さな笑い声
キッチンの奥から聴こえる冷めた溜息
そしてKY

すべてが俺の知っている日常の中では得られないものたち
リゾリゾの味は変わった。店も変わった。客も変わった

でも、この店が「好みの店」であることに変わりはない

あの頃と俺は違う、年もとった。髪も薄くなった。仕事も変わった。仕事に生活に焦っている

この瞬間に思った、変わることが必ずしも悪いわけではないんだ
もちろん変えなくてはならないということでもないだろう

変えるのも選択、変えないのも選択
そこに正解なんて−ないのだろう

リゾリゾの味は変わったがそれを不味いと思うか、旨いと思うかはその人次第
それに対して俺はこう言って店を去ろう

「リゾリゾ美味しかったよ。また来るよ」

247名無しリゾナント:2013/02/12(火) 16:27:33
>>
「かいこ」でした。蚕、解雇、回顧、懐古、どれが当てはまりますか?
俺はプラチナ厨で、リゾスレの古残です。でも今のメンバーも好きだし、今の作品も好きです
時代と共に求めるものは変わっているはずです
何が正しいとかではなく、好きな話を読み、感想を持つ。そうやって楽しんでいます
なお俺はサービス業の人間なので製造業の仕組みは全くわかりません(汗
今後もこれくらいの保全程度の作品書いて行きたいですね


以上代理投稿よろしくお願いします

248名無しリゾナント:2013/02/13(水) 02:27:17
>>247
行ってきます

249名無しリゾナント:2013/02/13(水) 02:39:08
>>247
代理投稿完了致しました。
この風景からもうすぐウェイトレスヤンキーも居なくなるんですね。。。
変わりゆく風景に慣れていくとはいえ寂しさもまたありますね

250名無しリゾナント:2013/02/13(水) 22:36:37
>>249
確認しました。代理ありがとうございます。
変わるのが当然なのだし、まだ時間はあるのだからじっくり受け入れましょう
俺らの生活も変わるかもしれませんしね
しっかし、誤字多いな、俺w

251名無しリゾナント:2013/02/15(金) 10:07:16
>>238
ありがとうございます。
私はむしろリゾナント時代にベリキューに浮気してたタイプなのでそう言っていただけると
助かりますw

というわけで出戻り野郎がお送りする続きを投下します。

252名無しリゾナント:2013/02/15(金) 10:10:50
>>303-307 の続きです

わけのわからない場所に飛ばされてすぐ。
里保は他の仲間の所在を確認する。
放り出された衝撃で倒れてはいるものの、全員無事なようだ。

それにしても。
真っ白な床。真っ白な天井。
なのに、壁だけはどこかの街と思しき風景を写し取ったパネルになっていた。

「あは、ごめんねー。ちょっとごはん食べてなくて、中途半端な低予算MVみたいな場所しか作れなか
ったんだけど。まあ、好きに使ってよ」

またしても、天の声。
先ほど自分達をこの空間に放り込んだ女と同一のものだ。

「あなたは一体何者?何のためにこんなことを?」

里保は白い天井に向って問いかける。

「戦う場所がなくて困ってたみたいだからさあ。お節介しちゃった。ちなみにこの空間はどっちかのグ
ループが全滅した時点で消滅することになってるから。それじゃそういうことで。ばいばーい」

自分が何者か、という最初の問いかけを無視して一方的に話を終了させる天の声。
そして、そのまま静寂に吸い込まれていった。

253名無しリゾナント:2013/02/15(金) 10:12:06
「何か変なことになっちゃったけど、ここで戦えるみたいだね」

不意に声をかけられる。
「キュート」のリーダー、舞美だった。
後ろには、他のメンバーが待機していた。

「…なんで」
「ん?」
「何で、私たちが倒れている隙に襲わなかったんですか?」

里保がここについてから最初に感じた疑問。
彼女たちの目的が自分達を襲撃することであれば、千載一遇のチャンスだったはず。

相手の一瞬の隙を見逃さず、突き、崩す。

水軍流の師匠でもある里保の祖父から、それこそ毎日のように叩き込まれた兵法。
鞘師家が海上で大艦隊を率いていた大昔、天候の僅かな変化が相手に付け入る隙となった教訓が、船を
棄て剣術に生きる現代の鞘師家にも伝えられている証左だった。

「だってさ。そんなのフェアじゃないじゃん」

拍子抜けのような、それでいてやっぱりと思わせる舞美の回答。
最初に会った時から里保は感じていた。
この人は、本当に私たちの敵なのだろうか。
ダークネスの手先であり、そして自分達を付け狙う以上は敵であることは間違いない。

254名無しリゾナント:2013/02/15(金) 10:13:50
「どうしたと、里保」
「えりぽん…ううん、なんでもない」

里保の中にいつもとは違う何かを感じ取ったのか、衣梨奈が話しかけてくる。
いつもはKYのくせに、こういう時だけは能力を使用してるんじゃないかと思うくらいの行動を取って
くる。

「あいつら、何かくじ引きみたいのやってるったい。もしかしたら総力戦じゃなくて、一人ずつ向って
くるとかいな」
「乱戦になるより、場合によっては有利だと思ってるのかも」

聖が、冷静に相手の動向を分析する。
確かに数の上ではこちらが8人なのに対し、相手は5人。数の上で圧倒できる乱戦よりは、一対一で確
実に潰してゆくスタイルの方が相手方には得策なのかもしれない。

「えー、舞が1番手?」
「千聖にばーん!!」
「およ。あたしは3番か」
「4番かー。4番は呼ばん、なんちゃって」

そんな若きリゾナンターたちの思惑を他所に、「キュート」のメンバーたちが割り箸で作ったくじを引
いている。戦いに出る順番を決めているようだ。

255名無しリゾナント:2013/02/15(金) 10:15:55
あの人は、最後。
密かに聞き耳を立てていた里保が、その結果に身を固くする。
メンバーの中で最も戦闘向きの能力を保持し、かつ戦闘力の高い人間は自分しかいない。そして、おそ
らくあの5人の中で最も強いのはリーダーの彼女だろう。
彼女に勝てるとすれば、自分しかいない。
理屈ではなく、本能でそう感じていた。

「おーい、そろそろ戦(や)ろう!こっちは一人ずつ出すけど、そっちは何人来てもいいから!!」

若きリゾナンターたちに向って、千聖が小さな身体を大きく伸ばして叫んだ。
ちょっと千聖なに勝手なこと言ってんの、一番最初に出るのは舞じゃん、と隣で舞が抗議するが、右か
ら左に流している。

「随分余裕ですね…」
「でも、そこに光井さんが言う『うちらが付け入る隙』がある。ありがたく提案に乗っちゃおうよ」

負けず嫌いからか、相手の提案が気に入らない亜佑美。それを春菜が、愛佳の言葉を引用して宥めた。
事前の調査で「キュート」の戦闘スタイルを分析してはじき出した、勝利の方程式だ。

ええか。あいつらは、自分たちの戦闘力に絶対の自信がある。だからこそ、複数相手の搦め手には弱
いはずや。

喫茶店に「キュート」が現れる直前に、愛佳はとっておきの秘策を授けた。
回復役を1人温存しつつ、残りの7人で戦う。
向こうが1人で攻めてくるのに対し、こちらは3人で集中攻撃。あとは適宜回復・交代をしながら
それを5回繰り返す。

256名無しリゾナント:2013/02/15(金) 10:16:41
文章にしてしまえばあっけないが、実行するのは難しい。
ただ、愛佳は信じていた。
自分の後輩が、必ず相手を撃破することを。

「じゃあ、打ち合わせどおりに行くよ。くどぅー、かのんちゃん、えりぽん。お願い」
「おっけー。んじゃいっちょ派手にぶっ放しますか!」
「くどぅー、やる気だね!」
「かのんちゃん、えりもやるっちゃよー!!」

遥、香音、衣梨奈が前に出る。
逆に聖と優樹は後方に下がり、それを里保たち残りのメンバーたちがガードした。

「構うことないよ、全員引きずり出しちゃえ!!」
「りょーかい」

千聖の言葉に頷くと、舞は態勢を低くし始めた。
頭に、鹿の角のようなものが生えてくる。

「…獣化!?」

驚く間もなく、猛突進をはじめた舞の身体が迫る。
人の腕ほどの太さにまで成長した角が、三人を空高く吹き飛ばした。

257名無しリゾナント:2013/02/15(金) 10:17:36
>>252-256

投稿完了
代理投稿宜しくお願いします

258名無しリゾナント:2013/02/15(金) 20:05:45
久々に代理してみますか

259名無しリゾナント:2013/02/15(金) 20:12:37
投稿完了

260名無しリゾナント:2013/02/17(日) 09:30:27
>>259
ありがとうございます
感謝感謝

爽やかな日曜なので続きを投稿いたします

261名無しリゾナント:2013/02/17(日) 09:32:34
>>405-409  続きです


その頃、発電設備のブレーカーを探すべくさゆみは階下に下りていた。
鉄骨が組み上げられただけの地上階と違い、地下部分はある程度基礎が作られていた。
これなら目的地を探すのもそう難しくは無い。

突然。
さゆみの行く手に、明かりで照らされた顔が浮かび上がる。

「しっ、死神?!」
「やですぅ。こんな可愛い死神いるわけないじゃん。うふふふ」

顔色の悪い、地味な顔立ちの死神こと桃子はそう言って気持ちの悪い笑い方をする。
ご丁寧に懐中電灯を持って来てさゆみのことを追ってきたようだった。
彼女がここにいるということは、さゆみの目的もわかっているという事。
ならばすることは一つ。

「悪いけど、あんたに構ってる暇は無いの」
「あっちょっと待ってくださいよぉ!」

桃子を無視して駆け抜けるさゆみ。
しかし背後から桃子が投げつけた「何か」がその足を止める。
一見ただの水風船。しかし、風船には腐敗の力が込められていた。さゆみの足元で破裂した水風船は腐
敗した水をまき散らす。着弾したコンクリートの部分からは、ぶすぶすと煙が立ち込めていた。

262名無しリゾナント:2013/02/17(日) 09:33:46
「何すんのよ、危ないじゃない!」
「発電設備には行かせませんよぉ」

あくまでもさゆみの邪魔をしようとする桃子。
だが、ここで足止めを食らえばその分、れいなが6人相手に立ち回らなければならない時間が増える。
最早、形振り構っている場合ではない。

さゆみは覚悟を決め、治癒の能力を全身に行きわたらせつつ、再び全速力で走り出した。
能力を使用しながらの全力疾走、最近は体力強化に努めているとは言え、もともとスタミナのあるほう
ではないさゆみには負担が大きい。
その状況をあざ笑うが如く、追いかける桃子がさゆみの足元目がけ水風船を投げつける。
体に当てればいいはずの水風船を、わざわざ足もとに投げつける意図とは。

あの子、わざと狙いを外してる?

桃子の狙いはすぐに理解できた。
極限まで相手を消耗させ、弄び、動けなくなったところで楽しみながら止めを刺すつもりなのだ。
もちろん、何かの拍子で「さえみ」を呼び出さないために警戒しているというのもあるだろうが。

「当たっちゃったら、許してにゃん♪」

そんなふざけた台詞を言いながらも、桃子の攻撃の手が緩むことはない。
治癒のバリアを解いたら解いたで、その瞬間を狙って水風船を投げつけるに違いない。
今さゆみにできるただ一つのことは、すべての体力を使い切る前に発電設備にたどり着くこと。

263名無しリゾナント:2013/02/17(日) 09:35:02
細長い廊下を走り抜け、角を急カーブで曲がり、階段を駆け下りる。
そしてついに、「発電設備室」と書かれたプレートが掛けられているドアを発見した。
が、その時。

息が止まるほどの、強い痛みと衝撃。
さゆみの無防備の背中に桃子が飛び蹴りを食らわしたのだと気づくまで、時間はかからなかった。

「はい終了ー。ぴぴぴぴー」

蹴られた勢いで床にスライディングする格好となったさゆみが、桃子を睨み付ける。

「あんた、最初からこうするつもりだったのね! さゆみを、ぬか喜びさせて…」
「何のことですかぁ?ももちアイドルだからわかんなーい」

体をくねらせながら、桃子。
その顔には、嗜虐的な笑みが浮かぶ。

「これからどうしよっかな。『さえみ』さんが出てくると厄介なんで、一気に相手を死に至らしめない
といけないですよね」
「…何をするつもり?」

それには答えず、桃子は右手の小指を立たせた。
いつの間にか、指先に鋭く長いつけ爪が装着されている。

「ピンキードリルで、みっしげさんの心臓をえぐっちゃいますぅ」

264名無しリゾナント:2013/02/17(日) 09:36:32
小指に腐敗の力を付与させ、心臓を刺し貫く。
心臓が止まってしまえばもう一つの人格は発動しない。
「さえみ」によって一度苦杯を舐めさせられた桃子が考え付いた、合理的な方法だった。

にじり寄る桃子を、苦悶の表情を浮かべて睨み付けるさゆみ。
それを見て、ますます桃子は意地悪く微笑むのだった。

「あれ?もしかして、ももちから逃げたくても逃げられないんですか?ま、そうでしょうね。能力
と体力を限界まで使っちゃったら、そうなっちゃいますよねえ?」
「くっ…!!」

桃子は勝利を確信する。
完全に気絶させなければ「さえみ」は出現しないことはわかっていた。だから、あえて「中途半端
に」追い詰めた。ゴール地点で相手が全ての力を出し切ってしまうように。

「それじゃ、ももちの愛のアンテナ・・・受け取ってください!!」

小指を突き出した桃子が、さゆみの懐に飛び込んだ。
指先どころか、拳の先までずぶりと沈み込む感覚。
いっけない。ももちが可愛すぎて、みっしげさんの身体ごと溶かしちゃった。
だが、桃子が貫いたのはさゆみの身体ではなかった。

265名無しリゾナント:2013/02/17(日) 09:37:53
目の前には、「発電設備室」のプレート。
そう、桃子が貫いたのは鉄の扉だった。

気づいた桃子が上を見るも時既に遅し。
限界まで溜めた力を跳躍に注ぎ込んださゆみが、着地と同時にドアノブを回し、ありったけの力を込
めて全開にする。扉の表側に手を埋め込んだ状態の桃子は、そのまま壁とドアのサンドイッチになっ
てしまった。
ノブに伝わる、果物を潰すような鈍い感触に思わず顔を顰めるさゆみ。

「うっわー、痛そう」

挟まれたままぴくりとも動かない桃子を見て、さゆみは意地悪そうな笑みを作る。

「あんたがさゆみの消耗を狙ってるのは判ってた。だからほんの少しだけ、余力を残してたの」

言いつつ、室内に入るさゆみ。
足取りは重く、体力と能力を限界近くまで使ったことを改めて実感する。
しかし、残された仕事はあと一つ。それだけは、やり遂げなければならない。

設備室内の構造は至ってシンプルだった。
大きな鉄の箱。箱の扉を開くと、馬鹿に大きいブレーカースイッチがついていた。
これを上に上げれば、ミッション完了だ。

れいな、あとはお願い。

祈るような気持ちでブレーカーの前に立つさゆみ。
しかし、その背後には小さな影が差していた。

266名無しリゾナント:2013/02/17(日) 09:38:49
ひょこひょこと揺れる影、そしてバナナみたいな形をした、ツインテール。
倒されたはずの、桃子だった。

人工的に造られた能力者の気配は、能力者に捉える事はできない。
れいなが、そしてさゆみがベリーズたちの来襲に気づけなかったのは、そのことが起因していた。
そして今、その特性を最大限に生かして桃子がさゆみの背後に立つ。

みっしげさん、油断大敵ですよぉ。うふふふふ。

今度は心臓を一突きなどという細やかな攻撃はしない。
頭を掴んで、そのまま腐り落とす。
弾かれたように身体を躍らせ、今まさにその手中にさゆみの頭を収めようとしたその時だった。

標的が、沈む。
いや、そうではない。さゆみが思い切りその身を屈めたのだ。
勢い余った桃子は前のめりになり、バランスを取ろうとして手にかけた物体は。

発電設備の、ブレーカー。
その機会を、さゆみが見逃すはずがなかった。
屈んだ反動で、思い切り飛び上がる。桃子の手首を掴み、そして上へ。
ばちん、という鈍い音と共に電流が駆け巡る。

267名無しリゾナント:2013/02/17(日) 09:40:05
そして。
「濡れた手でブレーカーを触ってはいけない」。
そう言われるのは、水が電気をよく通すからだ。
桃子の手は、先ほど自らの手で腐り溶かした金属に塗れていた。
その結果。

「にゃん?!」

ブレーカーを上げた瞬間に、桃子の全身を電流が突き抜けた。
哀れ、桃子は口から煙を吐きながら地面に崩れ落ちる。破裂したバナナのようになってしまったツイ
ンテールが、電流の強さを物語っていた。

「あんたのことだから、絶対に不意打ちしてくると思った。でも、さゆみにはそんな手は通じない。
だって中の下は、可愛い子に敗れ去る運命なんだから」

勝ち誇るさゆみだが、腰から砕け落ちその場にへたり込んでしまう。
今度こそ、限界のようだった。
しかしながら、「さえみ」は発動しない。彼女は、主人格であるさゆみが危機に晒されない限りは決
して目を覚まさないのだ。

それは、れいなに対する大きな信頼に裏打ちされている。
さゆみは安心して、ゆっくりと瞳を閉じた。

268名無しリゾナント:2013/02/17(日) 09:40:56
>>261-267
投稿完了
お手すきの時に代理投稿お願いします

269名無しリゾナント:2013/02/17(日) 14:24:22
行ってまいります

270名無しリゾナント:2013/02/17(日) 14:32:55
代行完了
いろんな戦いが同時進行している感じがイイですね

271名無しリゾナント:2013/02/20(水) 13:47:44
>>270
ありがとうございます
戦闘の同時進行は多用しますが得意ではありませんw

今日は番外編を投下いたしますのでよしなに

272名無しリゾナント:2013/02/20(水) 13:50:39
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/696.html の番外編です


「久住さーん、そろそろ本番でーす!」

自分の控え室で仮眠を取っていた久住小春は、番組ADの馬鹿でかい声に目を覚ます。
相変わらず本名で呼ばれることの違和感に辟易しながらも、気だるそうに身体を起こした。

アイドルからモデルに転身したと同時に小春は、「月島きらり」の名前を捨てた。
別に心気一転とか殊勝な考えからではない。ただ、捨てたかったのだ。
アイドルであった時の名前を。そしてリゾナンターであった時に名乗っていた、名前を。
小春の意識は、自然と決別のあの日へと還ってゆく。

273名無しリゾナント:2013/02/20(水) 13:52:54


「本気なの…?」

リゾナンターのサブリーダーである新垣里沙が、改めてその意思を確認する。
けれど、小春にとっては何度聞かれようが、答えは変わらなかった。

「うん。小春はもう、リゾナンターを辞める」

「銀翼の天使」の襲撃から数日後。
幸いにして怪我の軽かった小春だが、喫茶店を訪れて口にしたのはリゾナンターを抜けるという
衝撃の決断だった。

「何もこんな時に、そんなこと」
「もともと、このままここに居ちゃいけないって、何とかしなきゃ取り返しがつかなくなっちゃ
うって思ってて。だから、逆に能力を失ったのは『いい機会』かなって」
「そんな、いい機会って…ひどいよ、そんなの…」

小春を嗜めようとしたさゆみだが、逆に小春の辛辣な返答に打ちのめされてしまう。
そこで黙っていなかったのは、例のメンバー。

「あんた、さっきから黙って聞いてたら、何言いよう?愛佳だって、能力がなくなってくのを必
死で堪えてるっちゃろ!!」
「みっつぃーと小春は違う。能力がなくなってるのに、それでも惨めにしがみつく生き方なんて
できない。大体、好きで手に入れた能力じゃないし」

俯いてしまう愛佳を見たれいなの中で、何かが弾ける。
言葉より先に、手が出た。
小春の首元を掴み、引き寄せる。

274名無しリゾナント:2013/02/20(水) 13:54:17
「二人とも、やめな」

静かに、それでいて全てを律するような声。
リーダーである高橋愛の言葉は深く、そして重い。
れいなは小春から手を離し、小春は何もなかったように襟元を直した。

「愛ちゃんは。愛ちゃんはどう思ってるの?」

里沙が、問いただす。
メンバーの離脱という事態は、リゾナンター結成後誰もが経験していなかったこと。ならば、最
終判断は発起人である彼女が下すのが妥当。里沙は、そう考えていた。

「…小春の、好きにしたらええ」
「愛ちゃん?!」
「元を正せば、あーしの都合でみんなにはここに集まってもらってるだけやし。小春を拘束する
権利なんて、誰にもないんやよ」

愛の言う事はもっともだった。
目的も生き方もばらばらだった8人が、喫茶店の店主の人柄に惹かれ、そしていつの間にリゾナ
ンターという名の集まりになっていた。愛や里沙の持つしがらみから成り行き上ダークネスと対
立することとなったが、そこに強制力はなかった。

小春は一言も発することなく、誰とも目を合わせることなく、背を向ける。
一歩足を踏み出した瞬間から、道は分たれる。それは挫折ではなく、さらなる前進。そう言い聞
かせながら前を向く小春に、愛が声をかける。

「でもな。あーしたちは、いつでもここで…待ってるから」

275名無しリゾナント:2013/02/20(水) 13:55:56


背中に寄せられた、最後の暖かい言葉。
それを振りほどくと同時に、回想から抜け出す。
何もかもが、もう通り過ぎたこと。
控え室のドアノブに手をかけると、指先がぱちっ、と乾いた音を立てた。
懐かしい感覚。けれど、これはただの静電気。小春の内にはそれを生み出す力すら、もうない。

今回小春が出演する音楽番組「ミュージックスタリオン」にて、アーティスト風の新曲を披露す
る予定だった。モデルなのに何で歌なんか、という周りの雑音を撥ね退けて小春はオファーを受
けた。それが自分のためになるならば、自身のステップアップになるならば彼女は何でもするつ
もりだった。

スタジオに入ると、既に他の出演者たちは雛壇に座り待機していた。
その中のただ一点、肌がざわつく何か。けれど、小春はそれを極力視界に入れないようにした。
最早、自分は何の関係もないのだ。言い聞かせる自分と、抗う自分。

「小春ちゃーん、こっちこっちー」

そこへ、能天気な声が飛んで来る。
見ると、黄色いワンピースを着た女性がオーバーリアクションで手を振っていた。
吉川友。小春の事務所の後輩だった。

そう言えば彼女もこの番組に出演するんだっけ。

思いつつ、気持ちを切り替える。
はいはい今いくよー。
次の瞬間にはもう、いつもの小春に戻っていた。戻っていた、つもりだった。

276名無しリゾナント:2013/02/20(水) 13:57:14
「小春ちゃんどったの?何かさっき怖い顔してたけど」

友の隣に座るや否や、そんなことを聞かれる。

「うん、ちょっと調子悪くてねー」
「マジすか?きっかいい薬持ってますよ、今から楽屋に急いで取ってきて…」
「あー大丈夫、もう収まったから」
「ほんとにー?まあ、人間気合っすよね、そんな感じー!」

いつもながらにアバウトだなあと、小春は思う。
しかし人から聞いた話によると、このアバウトさは小春の生き方に共感し身に着けたものだと言
う。自分のことをアバウトとは思わないが、ひたすら前を向いて進んでいく時には、知らず知ら
ずのうちに取りこぼすこともあるのだろう。彼女自身、そう理解していた。

「はいそれじゃ本番でーす、3、2…」

番組ADのカウントが終わり、スタジオ内に番組のジングルが鳴り響く。
雛壇の中心にいた司会者が、いつものように前口上を始めた。

もう大丈夫。
小春は自分に言い聞かせる。
確か自分の出番は比較的早かったはず。司会者の下らない質問に適当に答え、歌を歌って、あと
は雛壇でぼーっとしてればいい。それで今日一日が終わる。
そう、思っていた。けれど、その考えは甘かった。

277名無しリゾナント:2013/02/20(水) 13:58:20
「今日のトップバッターは松浦亜弥ちゃんでーす」

その四文字が、心臓に絡みつく。
視界から消す事はできても、耳を塞ぐ事はできなかった。
聞こえてきた音が、小春の目を一方向に誘ってゆく。

大輪の花をあしらった様なピンクのドレス。
声、仕草、そして表情。まさにアイドルという言葉が相応しい彼女。
だが小春は知っていた。
煌びやかなドレスが包んでいるそれが、どす黒く腐れ落ちる闇そのものだということを。

ダークネス。

組織の粛清人として、内外問わずの標的の首を刈り続ける存在。
「粛清人A」「赤の粛清」として恐れられている彼女のもうひとつの顔が、アイドルだった。

もちろん、小春が直接彼女に何かをされたわけではない。
けれど、彼女がダークネスの幹部であるという事実は嫌が応でもあの日の出来事を思い起こさせ
る。

目を細めて笑う、一人の女性。
眩い光に包まれ、笑っている。天使の笑顔。
でもその羽は、真っ赤な血に塗れている。
仲間が一人、また一人。
血の海に沈むたびに天使が微笑む。
小春の周りの人間が、次々に天使の無慈悲な裁きに崩れ落ちる。
そして、小春自身も。

278名無しリゾナント:2013/02/20(水) 13:59:51
思わず、口を押さえる。
叫び声が、出てしまいそうだった。
ぎりぎりの自制心が、本能を抑え込む。

恐怖。
あの日「銀翼の天使」が小春の心に植えつけたものをシンプルに表現すると、たった二文字に落
ち着く。けれど、深く刻まれた感情は決して拭い去ることはできない。

その感情に抵抗するように、小春は彼女を睨み付ける。
傍から見れば、ただ見つめているようにしか見えなかったのかもしれない。
表には表れない分、小春はその感情を内面に込めた。そうして視線で彼女を射殺そうとすること
でしか、自分の荒々しい感情を逃がすことができなかった。

その後のことは小春自身、よく覚えていなかった。
ただ、自分の出番が来て歌を歌った時に、歌詞を二、三箇所間違えてしまったことだけは覚えて
いた。一度狙撃場を離れてしまえばそれまでの煮えたぎるような殺意はなく、席に戻った小春を
支配するのは「早くこの場から離れたい」という感情のみだった。

番組が終わった後も、すぐにその場を立ち去るだけの気力はなかった。
歌うのに全力投球で疲れちゃったんすかぁ?と茶化していた友も、地蔵のように動かない先輩に
見切りをつけたのか、一人で控え室に戻っていった。

279名無しリゾナント:2013/02/20(水) 14:01:42
気がつくと、いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。
ステージのセットも既に撤収されていて、スタジオには小春一人が取り残されている状況。
何度かADらしき若い男女が話しかけていたような気がするが、どんな返答をしたかすら記憶に無
かった。

ただ、帰りたかった。
誰も見ていないところへ。
けれどそんなささやかな願いすら、打ち砕かれることになる。

「何一人で黄昏ちゃってんのぉ?」

地の底から生えてきた、悪魔の手。
そのまま奈落へと引きずりこまれそうな、そんな力を持った言葉。
相手が誰だか、確かめるまでも無い。

「…小春のことは、放っておいてください」
「つれないなー」

そう言いながら、極彩色の花びらは小春の元に舞い落ちた。
隣に座り、そっと肩に腕を寄せる。

「何でも相談にのったげるから。お姉さんの胸元に飛び込んでおいで?」
「…冗談はよしてください」

軽く、相手を跳ね除ける小春。
最早彼女に何かをする気力すらなかった。
なのに、彼女は小春が込めた力の何倍もの勢いでその顔を寄せて、言う。

280名無しリゾナント:2013/02/20(水) 14:02:58
「冗談?それはあんたが生放送中にあたしに向けてた殺意のことでしょうが」

思わず、体が反応した。
大きく後ろに後ずさり、距離を取る。
目の前にいるのは「アイドルの松浦亜弥」ではなかった。

「…知ってたんだ」
「あったり前でしょ。あんた、あたしのこと誰だと思ってんの?」

彼女の背後に浮かび上がる、衣装と同じ色の刃をした、大鎌。
反逆者を無情に屠る「赤の粛清」のものだ。
小春の心に怯えはない。代わりに訪れるのは、命を落とす危険性。

「あんたに殺意を向けた、そんな理由で一般人を殺すんだ」
「一般人?一般人にはそんな間合いの取り方、できないと思うけどな」

能力を失ったとは言え、肉体まで衰えたわけではない。
かつての経験が、小春に常人以上の動きをもたらしていた。

指揮者が振るうタクトのように、右に、左に刃を振るう大鎌。
その度にスタジオに張り巡らされたケーブルが切断され、暗闇に火花を散らす。
それは「あんたの首なんていつでも撥ねられる」という意思表示にも取れた。

281名無しリゾナント:2013/02/20(水) 14:04:21
「最近さあ」

小春を見ずに、「赤の粛清」が口を開く。

「あたしのことを色々嗅ぎ回ってる奴がいるみたいなんだよね。しかも、同じ芸能界の中に」
「それと小春の何が」
「あんたくらいしかいないじゃん。かつてダークネスと敵対していた組織の出身。それだけで、
有罪に値する理由になると、思わない?」

大鎌が、「赤の粛清」の前に躍り出る。
彼女の姿を隠すかのように激しく回転する刃。そして回転が収まった後に姿を現したのは。
黒衣の死神。
胸元の赤いスカーフが、まるで血のような妖しい光沢を放っている。

「さあ、処刑執行の時間だよ」

黒衣が溶けるように消え、小春の瞳に残る赤い残光。
いや、「赤の粛清」は小春のすぐ背後に移動していた。まるで死刑台のギロチンが如く喉元に当
てられた刃の感触が、魂をも冷やしてゆく。

小春は動かない。
最早どうにもならないことを知っているのか、それとも。

282名無しリゾナント:2013/02/20(水) 14:06:53
小春は背中で答える。
決して曲げる事のできない、自らの意志を。感情を。

「たとえ、たとえ小春がここで殺されても」
「そうだね。あんたはここで殺されるね」
「愛ちゃんが、きっと仇を打ってくれる」

その瞬間。小春にはフードで顔を覆っているはずの「赤の粛清」の表情が、変わったような気
がしてならなかった。

「i914、か。片や最高傑作と称され、片や、失敗作と唾棄される。いずれは決着をつけなく
ちゃ、そう思ってはいたけど」
「は?あんた何言ってんの?」

訝る小春。
そこへ、予期せぬ声が聞こえてきた。

「せんぱーい、何してるんですかー?マネージャーさんが探してますよー!!」

小春の後輩である、友の声。
同時に、不穏な鎌がゆっくりと下に下がってゆく。
理由はわからないが、背後からの殺意は完全に消えていた。

「どういうこと?」
「目的は果たした。能力を喪失したあんたに用は無いってこと。じゃあね」

後ろに大きく高く跳躍する「赤の粛清」。
天井の骨組みに着地したかと思うと、そのまま闇に溶けていった。

283名無しリゾナント:2013/02/20(水) 14:09:14
「何こんなとこで物思いにふけってるんですかー。それよりきっかおなかすいたんですけど!ス
タジオ前通りのでっぱ寿司、一緒に行きません?」

友の言葉に、無言で頷く小春。
ただ、意識はずっと先ほどの「赤の粛清」とのやり取りに向いていた。

― たとえここで小春が殺されても、愛ちゃんがきっと仇を取ってくれる ―

自分勝手な理屈でリゾナンターを飛び出した癖に、都合のいい台詞なのかもしれない。
けれど、小春はどうしてそんなことを自分が言う事ができるのか、わかっていた。

自分は今でも、リゾナンターなのだと。

能力は消えても、喫茶リゾナントで共に過ごした絆は簡単に消えはしない。
仲間たちと笑い、泣き、時には衝突しあったあの小さな喫茶店。
たとえそこから去っていくようなことがあっても。
歩む道は違っても、同じ星空の下にいる。
それだけで、充分だった。

284名無しリゾナント:2013/02/20(水) 14:11:39
>>272-283
投稿完了
少々長いですが代理投稿お願いします

285名無しリゾナント:2013/02/20(水) 15:16:26
>>284
代行承って候
但し拙者●持ちではないので分割して代行させていただきまする
とりあえず>>272-276まで投下してまいります

286名無しリゾナント:2013/02/20(水) 15:27:35
とりあえず前半戦完了
銀翼の天使が大いなる脅威として描かれていますけど彼女の思惑とか勇姿とかが描かれることはあるのかと勝手に期待してみたり

287名無しリゾナント:2013/02/25(月) 23:26:00
>>286
ありがとうございます
もちろんです、と言っておきますw

スレが落ちてる状況ですが本編に戻り投下します

288名無しリゾナント:2013/02/25(月) 23:28:22
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/696.html の続きです


あっと言う間の出来事。
頭に鹿の角を生やしたキュート一番手・萩原舞が、遥と香音と衣梨奈を吹き飛ばした。
三人は弧を描くように空を舞い、そして地面に激突してしまう。

「なんだ、あっけない」

一仕事終えた舞は余裕の表情。
しかし次の瞬間、その表情が崩れる。

「んなわけねーだろ!」

立ち上がる遥。
その体には傷ひとつ付いていない。
続いて起き上がってきた香音と衣梨奈もまったくの無傷だ。

「そんな、どうして!!」
「へっへー、どうしてだろうね」

挑発する香音に歯軋りしながら、舞は考える。
確かに舞の剛角は三人をピンポイントで捉え、そして吹き飛ばしたはずだった。
なのにまったくのノーダメージとは。
ならば、直接打撃を叩き込むまで。

「モード『戦闘くん』終了。新たにモード『元気ッくん』発動!!」

舞が叫ぶと頭の角が収縮し、代わりに先ほどまでカモシカのようだった足が見る見るうちに肥大化していった。

289名無しリゾナント:2013/02/25(月) 23:29:49
能力者の変身において最もポピュラーかつ強力なものが「獣化」。かつてリゾナンターに籍をおいていたジ
ュンジュンのように、自らの姿を獣とすることで途轍もない力を引き出すことができる恐るべき能力である。

しかし舞は人工能力者であるが故に、能力付与の際に不具合を起こし、体の一部分しか獣化できなくなって
しまう。それを逆手に取ったのが、今彼女が見せている「部分獣化」である。訓練の結果一部を獣化するこ
とで能力を特化し、力を一点集中させることでより強力な攻撃を繰り出せるようになっていた。

「一撃ひっさつ!元気ッくんホッパー!!」

肥大化した足による、強烈な跳躍力。
そしてそのまま、脚力に任せた跳び蹴りを食らわす。
ターゲッティングされた衣梨奈だが、思い切り横に飛ぶことで蹴りを回避することに成功。
しかし蹴りの行く先をみた彼女は青ざめることになる。

「え!ウソっちゃろ!!」

舞の着地点である床は、あまりの衝撃に崩壊。
まるで地雷が爆発した跡のように、床面が抉れていた。

「さあさあどうする?次はあんたたちの胴体に、穴が空いちゃうかもねー」

相手を動揺させることに成功した舞が、得意顔でふんぞり返る。
ただ、ここでただ萎縮するだけの新メンバーではない。

「うっし!じゃあはるとガチンコ対決しようぜ。鈴木さん生田さん、サポートお願い」

腕を回しながら、遥が舞の前に立つ。
見た目自分より貧弱そうな遥を見て、思わず侮りの気持ちが出る。

「あんたがタイマン?やめときなって」
「こう見えてもはる、チョー喧嘩強いっすよ?」

290名無しリゾナント:2013/02/25(月) 23:31:08
どうせ達者なのは口だけだろう。すぐに泣きっ面にしてやる。
舞は元気ッくんモードを解除し、再び戦闘くんモードに入る。
荒々しい鹿角が、遥の前に立ちはだかった。

舞にとっては、二本の角は二刀流と同じ。
右に、左に鹿角を振るい遥をなぎ倒そうとする。
ところが、遥の体を捉える事ができない。まるで風に舞う木の葉のように、攻撃をかわしていく。

「舞ちゃんしっかりしなよー!相手はガキンチョだぞ!!」
「言われなくてもわかってるっての!!」

千聖の言葉に反発しつつも、舞はあることに気づいた。
確かに遥は持ち前の敏捷性で舞の攻撃を避け続けている。しかし。
10発に1発くらいだろうか。鹿角は遥に確実にヒットしているのだ。
ただ、手ごたえがない。おかしい。目の前の標的はまるで無傷。その理由が、愛理の次の一言で明らかにな
る。

「舞ちゃん、三人の中に『透過能力者』がいるよ!!」
「ええっ!?」

愛理の分析は正しかった。
鈴木香音。ある特定の範囲内にある物体を透過させることが、彼女の能力であった。最初の舞の不意打ちも、
彼女が咄嗟に発動させた透過能力により完全に防がれていた。
三人が同時に飛ばされたのは、香音の能力を悟られないための演技だったのだ。

そして遥への攻撃も、香音が持つ透過能力によって無効化されていた。
加えて遥自身の素早さにより、舞は闇雲に空を切りつけているようなもの。

291名無しリゾナント:2013/02/25(月) 23:32:26
そんな。じゃあ舞の攻撃が当たるわけないじゃん…勝てっこないよ…
絶望感を覚える舞。
「キュート」、いやその前身である「キッズ」の中でも最年少の彼女は、庇護されることが当たり前の環境
にいたため、困難にぶつかると精神的に後ろ向きになってしまう面があった。

「こらー、ネガティブ禁止!!!」

そこへ、早貴の檄が飛ぶ。
思わず、はっとなる舞。

「実力じゃ勝ってるんだから、弱気はダメだよ!」
「なっきぃ…」

消えかけていた闘志の火が、再び燃え上がる。
そして次の舞美の言葉が、だめ押しとなる。

「その子の体力がなくなれば避け続けることはできないし、透過能力だっていつまでも続かない。がんばれ、
舞ちゃん!!」
「そっか。そうだよね!!」

再び遥に角を振るおうと、舞が立ち上がる。
その様子に苦い顔をするのは香音と衣梨奈だ。

「せっかく気持ちで勝ってたのに!」
「あの子、さっきよりも張り切ってるっちゃん」

しかし戦いの当事者である遥の瞳の光は消えていない。
むしろ舞の攻撃を待ってましたとばかりに待ち構える。

迫り来る剛角。
遥は強烈な一撃をすり抜け、そして片方の角をへし折った。

292名無しリゾナント:2013/02/25(月) 23:33:50
バランスを崩して尻餅をつく舞。
大人の腕ほどの太さのある角を、華奢な少女がいとも簡単に折ってしまった。
その事実が、信じられずにいた。
そんな…あんなか細い子のどこにそれだけの力が…どうして…どうして?!

「だったらこっちのほうでぶっ飛ばしてやる!!」

自らの疑問を払いのけるように、高くジャンプする。
元気っくんモードにおける最強の決め技「JAUP(ジャンピングアンドアップグレード)」。まともに喰
らえば命に関わる威力。
鋭く蹴り落としにかかる脚。だがそれは攻撃を交わしつつ、振り向きざまの裏拳を腿に入れた遥の前に崩れ
落ちる。勢いを急激に失った舞は、まるで失速する独楽のように派手に倒れた。

「…どうして、どうしてあんたみたいな非力そうな子にっ!!」
「はるにはさ、『視える』んだよね。あんたの弱点」

悔しさと怒りを露にする舞に対し、遥は事も無げにそう言った。

千里眼。
文字通り、千里の先まで見通すことのできる能力。
本来であれば、まったく戦闘向きではない能力だが、それを遥は強引に戦闘に応用した。
遠くを見渡す力のベクトルを、近くの、敵の体に向ける。
結果、遥は相手の体の弱点、どこを叩けば最も効率よくダメージを与えることができるのかを把握できるよ
うになった。俊敏だがスタミナや腕力のない遥にとって、その相性は抜群だった。

「舞はあんたに…あんたなんかに負けられないんだよ!!!!」

ついに舞の怒りが頂点に達する。不退転の決意を表すは、彼女の切り札「リアル戦闘くんモード」。まるで
網の目のように発達した角は、相手を捕獲するや否や細切れにしてしまうほどの鋭さを持っていた。

293名無しリゾナント:2013/02/25(月) 23:35:00
「弱点を見る間もなく挽肉にしてやる!!」

遥を包み込もうとしている角の檻の攻撃ポイントは無数、どこに触れても無傷ではすまない。
遥の素早さをサポートする香音の透過能力も、その全てをカバーすることはできない。

一瞬の静寂。
倒れたのは、舞のほうだった。

「あんた、えりのことすっかり忘れとったっちゃろー」

衣梨奈の能力である「精神干渉」。
相手の精神に付け入り、そして崩壊させる。防御するには自らの精神力の高さに頼るしかない、つまり物理
的には防ぎようの無い攻撃だが、逆に言えば自分よりレベルの高い能力者には通用しないということ。

ただ衣梨奈より実力者であるはずの舞は、感情を極限まで高ぶらせてしまい、そこに隙を生じさせてしまう。
敗因、それは舞があくまでも遥にこだわって他を見なかったこと。
舞は完全に攻撃の意思を奪われ、そして昏倒した。

「やった!倒したぞ!!」
「くどぅー、えりちゃんやったね!!」
「もしかしてうちら最強のトリオ!?」

相手が倒れるのを見て、喜びあう三人。
一対一では、とても敵わないであろう相手を打ち倒すことができた。
三人の能力の組み合わせの妙、そしてチームワークが導いた勝利。作戦を指示した愛佳の狙いが上手く嵌った
結果のことだった。

294名無しリゾナント:2013/02/25(月) 23:39:18
>>288-293
投稿完了
次スレが立ってからで構わないので、代理投稿お願いします

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「元気っくんホッパー」、某仮面ライダースレよりいただいてしまいましたw

295名無しリゾナント:2013/02/26(火) 23:55:22
そろそろ行ってきますかね

296名無しリゾナント:2013/02/27(水) 00:13:52
完了
イクタスレで地獄兄妹の外伝を書いた自分が元気っくんの登場する作品を代行するのも不思議な縁ですねw

297名無しリゾナント:2013/02/28(木) 18:38:53
>>296
なんと!あの作品の作者さんでしたかw

今日は趣向を変えて単品?投入します

298名無しリゾナント:2013/02/28(木) 18:40:00


喫茶リゾナントは今日も大忙し。
お皿を洗ったり、テーブルを拭いたり、玄関前を掃き掃除したり。
お客さん?あー…来たり来なかったり。でも、お店の質ってお客さんの数じゃないと思うの。レンジでチン
だけどおいしいお料理もあるし、たまに来る後輩たちも料理してくれる。極端に材料費が高くなったり安く
なったりだけど。
そんなこんなで、喫茶リゾナント三代目店主道重さゆみ、今日も頑張るぞ!

からんからん。

日も高くなってきてるけど、本日最初のお客さん。
高揚していたさゆみの気持ちは、肩まで伸ばした茶髪としゃがれた関西弁で急降下する。

「おー道重ー、ひさしぶりやなあ」
「何だ、つんくさんか…」
「何だって何や、失礼なやっちゃな」

まるで結婚式にでも行ってくるかのような白いタキシードが、相変わらず目に眩しい。
この人、つんくさんは先々代の店主、つまり愛ちゃんの知り合い。
胡散臭そうな顔してるけど、まあまあ信用できる人だ。

299名無しリゾナント:2013/02/28(木) 18:41:28
「あいつら…新人たちは元気でやってるか?」
「はい。最近はすっかりリゾナントに慣れていって」
「ま、ええことやな」

つんくさんは満足そうにそう言って、カウンターに腰掛けた。

能力者専門プロデューサー。
肩書きは聞こえがいいけれど、要するに能力者の斡旋業。
能力者を全国からスカウトしてきて、警察機関に紹介する。りほりほたちにこのお店のことを教えたり、愛
ちゃんやガキさんが警察組織にヘッドハンティングするきっかけを作ったりしたのも、つんくさんだった。

「今日はどんな御用ですか?そうだ、昔のメニューを復活させたんです。リゾリゾって言うんですけど、こ
れならさゆみにも作れ…」
「道重、これ、何やと思う?」

300名無しリゾナント:2013/02/28(木) 18:42:39
ノリノリで商売っ気を出すさゆみを無視して、カウンターの上に分厚い本を置くつんくさん。
わけがわからないので首を捻っていると、

「これな、ある筋から手に入れたスーパーアイテムやねん」

と、いつものどや顔を見せた。
いや、内容も言わないでどや顔されても。すっきりやで!とか親の顔が見てみたいとか言いそうになったけ
ど、さゆみは大人だから我慢した。

「スーパーアイテムって…」
「おう、よう聞いてくれたな。これはな、本に念じるだけで1日だけ、好きな能力が使えるようになる魔法
の本。凄いやろ」

あまりにも漠然と、そして大きな話過ぎた。
そんなものがこの世に存在していいのだろうかと思うくらいに。

「まあ物は試しや。本の表紙に手え当てて、自分の欲しい能力を思い描いてみ?」
「あ、はい」

つんくさんの言ってることが本当なら、凄いことだ。
例えば史上最強の能力を手に入れたとしたら、今日中にダークネスの本拠地に赴いて組織全滅、なんてこと
が可能になるかもしれない。

301名無しリゾナント:2013/02/28(木) 18:43:53
けどどうしよう。
最強の能力って何だろう。
やっぱり愛ちゃんみたいに、全てを消し去る光の能力かな。
それとも、あの「銀翼の天使」が行使した、怖ろしい力。
いつか会ったいかつい顔をしたダークネス幹部のおばちゃんが使った、時を止める能力。
昔ガキさんから聞いた、愛佳よりも強い、数年先の出来事さえ予知できる神の能力。

あー、もう頭がこんがらがってきた。
ごちゃごちゃした思考を振り切って、思い切り手を本の上に叩きつける。
さゆみの欲しい能力、出て来い!!
そう念じつつ。

すると、本が一瞬だけ薄く光ったような気がした。
その様子を見て、つんくさんがにやりと笑った。

「成功したみたいやな」
「本当、ですか?」

半信半疑なさゆみに、つんくさんは本を開いて真ん中くらいのページを見せる。
そこには、キリスト教のマリア様みたいな人が、跪いた人の頭に手を翳している絵が描かれていた。

「これがお前の『治癒能力(ヒーリング)』の象徴や。本がお前の本来の能力を預かった、ちゅうことの証拠やな」

その言葉が正しければ、さゆみの中には1日限定で何らかの能力が宿っているはず。
でも、どんな能力なんだろう。
本に描かれた絵を見ながらそんなことを考えていると、再びドアベルが鳴らされた。

302名無しリゾナント:2013/02/28(木) 18:45:19
「こんにちは」
「りっりほりほ?!」

予期しなかった相手の登場。思わずさゆみはりほりほに向かって唾液の飛沫をかけてしまう。でも、りほり
ほはさゆみの顔を見るなり、明らかに「あれ、今日は田中さんじゃなかったんだ」的な表情になった。

「あれ、つんくさん。お久しぶりです!」
「鞘師か。しばらく見ない間に大きくなったなあ!!」

そしてすかさず話し相手をつんくさんにチェンジ。
地味に凹む。
そりゃスキンシップの行き過ぎはあったかもしれない。けど、最近はりほりほに引かれてるのが判るから控え
めにして遠くから盗撮してるくらいで我慢してるのに。

「あのつんくさん、折り入って相談が」
「おう、何でも聞いたるでえ」
「いや、ちょっとここじゃ」
「そなの?やったら外で話そか」

ちょっとここじゃ、の時にかすかにさゆみのことを見たような。
確かにりほりほのトレーニングウェアをこっそり拝借して枕に巻きつけて寝たのはやり過ぎだったと思うけど
、そこまで露骨に避けなくても。

和やかに談笑しながらお店を出て行くつんくさんとりほりほ。
一人取り残されたさゆみは、カウンターの中でうさちゃんピースをしながら泣いた。

303名無しリゾナント:2013/02/28(木) 18:46:27
●●●

とんでもないことになった。
確かにある意味最強かもしれないけど、でも…

さゆみが手に入れた能力が判明したのは、日も暮れかけた夕方の出来事だった。
どうせ暇だから2階の物置も掃除しようと思って、中の荷物の埃を払っていた時のことだ。
埃が鼻に入ったのか、くしゃみを荷物にかけてしまったのだ。
その飛沫を慌てて拭こうとしたその瞬間、さゆみはあるものを発見してしまった。

なにこれ。
最初は模様かと思ったけど、そうじゃない。
飛沫がついた場所に、目がある。
しかもこのかわいい完璧な形。間違いなくさゆみのものだった。
その証拠に、さゆみの頭の中のビジョンに、目から見えるさゆみの姿が。

さっそく実験開始。
すると驚くべき事実が発覚する。
唾液、くしゃみ。掛かった部分から出てくるのは目だけじゃなかった。
鼻、口、顔。試しに掌につけてみたら、人面瘡みたいになってしまった。

もしかしてこれが、さゆみが手に入れた能力?
こんなんじゃダークネスを倒すどころか、覗きくらいにしか使えないよ…

そこでさゆみは思い出した。
さっき、りほりほに誤って涎の飛沫をかけてしまったことを。
それはもう通学用のバッグから、靴から、制服から、あらゆる場所に。
一生懸命念じた結果がこれですか、というのはともかく。
どうせなら、とことん利用してあげようじゃないの。

304名無しリゾナント:2013/02/28(木) 18:47:59
>>298-303
投稿完了
代理投稿お願いします
後編はまたのきか……stop( ̄乂 ̄)ダメダメ!

305名無しリゾナント:2013/02/28(木) 20:59:41
行ってきます

306名無しリゾナント:2013/02/28(木) 21:06:28
完了
で、後編はいつw?

307名無しリゾナント:2013/03/01(金) 12:05:14

あまりに今さらですが、スレ立てご苦労様です&ありがとうございます。
何もかも規制されていてまったくお役に立てない中恐縮なのですが、いつでもいいので代理投稿をお願いできませんでしょうか。

しかもすみません、無駄に長くて10レスを越えてしまっているので適当なところで切っていただけますでしょうか;
勝手なことばかり言いますが…よろしくお願い致します。




↓ここから
-------------------------------------------------------------------------------
 
(※)

・過去にあった一部の話の設定を踏襲したりしていますが単発の話と思ってもらえれば幸いです
・でも投稿は複数回に分けさせてください
・メンバー構成と時系列が現実とリンクしていなかったりもしますがそのあたりはご寛容のほど・・・

308名無しリゾナント:2013/03/01(金) 12:05:46
 
「“ドッペルゲンガー”ってやつじゃない?その人が見たの」
「ドッペル……?何ですかそれ」

湯気の消えかけたカップを手にしたまま、工藤遥は小さく首を傾げた。

「くどぅーが今話してた通りだよ。“もう一人の自分”みたいに自分そっくりな存在」

遥の問いかけに、ミネラルウォーターのグラスを片手にした鞘師里保が答える。

「もう一人の自分?そんなのがいるんですか?」
「いや、本当にいるかどうかは知らないけど。そういう言い伝えはあるよ昔から」
「そうなんですか」

この喫茶「リゾナント」に来る道すがら、遥は女子高生風の2人組が軽い言い争いをしているところに遭遇した。
内容を漏れ聞いたところ、1人が「さっきどうして無視したんだ」と詰り、もう1人が「身に覚えがない」と困惑しているようだった。
要するに、片方が「あんたに会った」と主張し、もう片方が「会っていない」と反論していたということらしい。

ひとしきり話題が尽きた後、ふとそのことを思い出して里保に話してみたところ、返ってきた答えが「ドッペルゲンガー」だった。

「あー!衣梨奈それ知っとーよ。本人が見たら死ぬってやつやろ?」

里保と遥の会話に、生田衣梨奈が賑やかに割り込んでくる。

「そうらしいね」
「ええっ!?死ぬんですか!?マジですか!?」

当然のように頷く里保に、遥はギョッとした表情で思わず問いかける。

「いやだから本当かどうかは知らないけどさ。そういう言い伝えなんだって」
「そうそう、都市伝説ってやつっちゃん」
「…都市伝説とはちょっと違う気もするけど」

309名無しリゾナント:2013/03/01(金) 12:06:17
 
もう一人の自分―――そんなものに出くわすのは、考えるだにあまり気持ちのいいものではなさそうだ。
見たら死ぬなんていうことになれば尚更―――

 カランカランカラン

ちょうどそのとき、来客を告げる扉のベルが不意に打ち鳴らされ、遥は喉元まで出かかった悲鳴を何とか飲み込んだ。
思わずビクリとしてしまったのを誤魔化そうと、無駄に大きな動作で入口の方を振り返る。
そこには、青白い顔をした長い黒髪の―――

「どうしたのはるなん!?顔が真っ青だよ」

扉を開けてふらふらと店内に入ってきた飯窪春菜に、カウンターの向こう側から譜久村聖が驚いた顔を向ける。

「貧血みたいで…ちょっと気分が悪くなっちゃって……。あ、大丈夫ですありがとうございます。すみませんご迷惑をおかけして……」

慌てて駆け寄って体を支えた鈴木香音に感謝と謝罪の言葉を述べ、春菜は小さく頭を下げた。

新しく見つけたギャラリーで展示されていた現代画家の絵に一目惚れして鑑賞するうちに、急に気分が悪くなったのだという。
半ば意識を失ってしまい、事務所でしばらく休ませてもらってから帰ってきたらしい。

「大丈夫?家に帰らなくてもいい?」
「帰っても一人なんで心細くて。皆さんの顔を見る方が元気出ます」

心配顔を向ける香音に、春菜はそう弱々しく微笑む。

数日前、春菜はとある宗教団体から遥とともに逃げ出し――より正確には助け出され――「リゾナント」の仲間に加わった。
年齢は今この場で一番上だが、いわば“先輩”に当たる聖たちにはいまだに律儀に敬語で接している。
一歩間違えば卑屈にも映りかねないが、その姿はごくごく自然で、それが春菜の人となりを端的に表していた。

「2階で休む?香音ちゃん、はるなんについててあげてくれる?田中さんには聖から伝えとくから」
「分かった」

310名無しリゾナント:2013/03/01(金) 12:06:50
 
頷く香音に、自分も行くと遥が手を挙げかけたとき―――

 カランカランカランッ

再び――先ほどよりもやや激しく――扉のベルが鳴らされた。

「見つけたっ……!あなた何者よ!まーちゃんをどこに連れて行ったの!?答えなさい!」

集中した全員の視線の先で、一人の少女が仁王立ちしている。
水平に突き出された手は人差し指がピンと伸ばされ、真っ直ぐ春菜を指差していた。

「っていうかそっちこそ何もん?」

呆気にとられた空気が流れる中、衣梨奈が何故か対抗心を燃やしたように指を突きつけ返す。

「あなたたちもその人の仲間?何を企んでるのか知らないけど、この石田亜佑美に見つかったからにはおしまいだからね!」

その大見得に言葉を返す者は今度は誰もおらず、必然的にシーンと静まり返る。
遥の心中と同様、店内にはどうリアクションすればいいのか戸惑っている空気が満ちていた。

「あの……私に…何か?」

その中でも最も戸惑った表情ながら、指差された当事者としての責任感(?)からか、春菜が恐る恐る口を開く。
石田亜佑美と名乗った少女は、若干自分がスベったような空気を感じたのか、少しだけ気まずそうに水平に伸ばしていた手を下ろした。

「…とぼけないで!まーちゃんはどこって聞いてんの」

そして、その気まずさを取り繕うように両手を腰に当て、春菜を睨み付ける。
目つきと口調こそ鋭いが、どこかずれたような空気が相変わらずその迫力を削いでいた。

311名無しリゾナント:2013/03/01(金) 12:07:21
 
「まーちゃん…と言われても……どなたですか?」
「佐藤優樹!この子よ!知らないとは言わせない!」

言いながら、亜佑美が自身の携帯を掲げる。
そこには、楽しそうな満面の笑みを浮かべた一人の少女の画像が映し出されていた。
……が、今時あまりないくらいに画素数が低めの小さい写真であるため、はっきりとは分からなかった。

「う〜ん……いえ、あの…すみません…お会いしたことはないと思うんですけど…」

それでも律儀に目を細めて懸命に写真を確認した後、春菜は申し訳なさそうに言った。

「あんたいい加減にしーよ!はるなんは今体調悪いんやけん大っきい声出さんで!」

衣梨奈が2人の間に割り込むようにして、負けずに大声を張り上げる。
その言葉に一瞬気後れしたような顔をしたものの、亜佑美はなおも食い下がった。

「私はこの目で見たの!あなたとまーちゃんが一緒にいるところ!」
「そんなこと言われても……」

 ―――ん……?

困惑の表情を浮かべる春菜に、遥はふと軽い既視感を覚えた。
あの表情、つい最近どこかで見たような―――

「…どうしても言わない気ね?じゃあこれならどう!?」

 ―――!!

一瞬の出来事だった。
扉の前に立っていたはずの亜佑美の姿は、いつの間にか香音の背後にある。
その手には、カウンターの上に置かれていたフォークが握られ、香音の首元に突き付けられていた。

312名無しリゾナント:2013/03/01(金) 12:07:54
 
 ―――能力者……!

緩んでいた空気が一瞬にして張り詰めた。

「“高速移動”……みたいだね、あなたの能力」

聖が静かな視線と言葉を亜佑美に向ける。
一瞬驚いたように見開かれた亜佑美の目が、その直後に警戒の色を強くする。

「まさか…あなたたちも何か特別な力を持ってるの?…でも私の“マッハスピード”には勝てないからね」
「ネーミングださっ!」

…張り詰めていた空気が一瞬にしてまた緩んだ。

誰もが心に浮かべたであろう思いを反射的に口にしてしまった遥に心なしか火照った顔を向け、亜佑美は手に持ったフォークを構え直す。

「う、うるさい!早くまーちゃんを返しなさい!この子が怪我してもいいの?」

赤くなった顔を店内の全員へ忙しく動かしながら、それでも亜佑美は強硬な姿勢を崩さない。
緩んだ空気に、再び微かな緊張感が漂う。

「あ、みんな、心配しなくていいよ。この人、私を刺したりする気ないから」

だが、それは他ならぬ“人質”の香音の、のんびりとした口調によって再び弛緩した。

「なっ……?い、言っとくけど私は本気――」
「無駄だよ。香音ちゃんがそう言うなら、そうなんだよ」

静かな声が、亜佑美の言葉を遮る。
その言葉の主――里保は、遥の前の席を立ち、ゆっくりと移動してゆく。
自分の方へと歩み寄る里保へと油断なく視線を注ぎながらも、香音に突きつけられたフォークを持つ手の力は明らかに緩んでいた。

313名無しリゾナント:2013/03/01(金) 12:08:36
 
「とにかく香音ちゃんを解放しなよ。そっちも話し辛くない?」
「…だからあなたたちがまーちゃんを返したらって言ってるでしょ!」
「う〜ん…じゃあ、こうしよう。うちに勝ったら、そっちの言うこと聞いたげる」
「……!?」

里保の突然の提案に、亜佑美は意表を突かれたという表情を浮かべた。

「ちょっと里保ちゃん何言ってんの?」
「あの、鞘師さん、私ほんとに知らないんですよ」

戸惑いの反応を返したのは、亜佑美だけではない。
店内にいる里保以外の人間は、全員困惑の様相を呈していた。

「ま、いいからいいから。で、どうする?石田亜佑美さんとやら。私と勝負するかね」
「…望むところよ。約束は守りなさいよ」

いつになくふざけた口調の里保に、亜佑美は怒りの視線を向ける。

「もちろん。ま、うちが勝つけどね」

亜佑美の怒りに油を注ぐようにそう言い、里保は挑戦的な笑みを浮かべた。

「鞘師さん、大丈夫なんですか?あの人の能力結構すごいですよ」

思わず口を挟む。
遥の“眼”でさえ、なんとか追える速度だった。
常人の動体視力では、あの移動速度を捉えることはかなり難しいだろう。

「んー…なんとかなるんじゃないかな」
「なんとかって…」

314名無しリゾナント:2013/03/01(金) 12:09:09
 
しかし、自信があるのかないのか分からないその言葉とは裏腹に、顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
何だか妙に嬉しそうだ――と遥は思った。

「里保ちゃん、お店のもの壊さないでよ。聖が田中さんに怒られるんだから」
「うん、できるだけ」
「……壊したら道重さんに言いつけるから」
「…絶対壊さないようにします」

近くのテーブルを衣梨奈に手伝ってもらって動かすと、里保は亜佑美の方に向き直った。

「お待たせ。いつでもいいよ。受けて立とうじゃあないか」
「…随分自信満々ね。絶っっ対負かしてやる!一瞬で終わらせるから」

闘争心を剥き出しに、亜佑美が里保を睨み付ける。
もはや当初の目的を忘れ、里保に勝つことしか頭にないようにさえ見える。
かなりの負けず嫌いなのだろう。

「くどぅー、試合開始の合図よろしく」
「試あ……分かりました」

いつから試合になったんだよと思ったが、亜佑美の方も別に違和感を覚えていない風なので、黙って頷く。

「ではお2人は向かい合わせに。関係ない人は離れて」

遥の言葉に、店内で移動が行われる。
手首や足首をブラブラとさせ、首を回しながら里保と亜佑美が向かい合う。

「レディー………」

高々と両手を挙げ、肩幅よりわずかに広げる。
遥のその合図を受け、里保と亜佑美は構えの姿勢に入る。

315名無しリゾナント:2013/03/01(金) 12:09:41
 
次の瞬間、遥は思い切り両手をクロスさせながら叫んだ。

「ファイッ!!」


そして―――

亜佑美の言った通り、勝負は一瞬でついた。


「勝者……鞘師里保!!」
「いえぃっ!」

ガッツポーズを決める里保に組み伏せられたまま、亜佑美は呆然とした表情をしていた。

「何が起こったと…?」

呆然としているのは亜佑美だけではない。
当事者たち以外で今何が起こったのかを理解しているのは、なんとか“眼”で追うことができた遥だけだろう。

「膜……ですよ生田さん。鞘師さんは間に水の膜を張っていたんです」

里保の能力により、気付かないほどに薄く張られた水のカーテン。
先ほどまで飲んでいたミネラルウォーターの残りを利用したのだろうそれを、高速移動中の亜佑美は突き破った。
その瞬間にできる、「移動経路」の軌跡。
それを元に亜佑美の攻撃方向を察知し、カウンターの投げ技を決めた。

…言葉にすればそれだけのことだが、それを実際に実行できるのはさすがというしかない。

「この前田中さんがやってたのをヒントにね。高速移動中に何かにぶつかったら、きっと驚いて反射的に動きが鈍るだろうとも思ってさ」
「……その通りでした。参りました。完全に私の負けです。こんなすごい人に挑んでた自分が恥ずかしいです」

316名無しリゾナント:2013/03/01(金) 12:10:12
 
先ほどまで闘争心の塊だった亜佑美の瞳には、いつの間にか純粋な賞賛と尊敬の色が浮かんでいる。

「や、そんなことないよ、全然そんなことない。亜佑美ちゃんもすごいって」

照れたように手を振ると、里保は立ち上がり、亜佑美に手を差し伸べた。
同じく照れたようにしながら、亜佑美もその手につかまって立ち上がる。

 ――「亜佑美ちゃん」ってオイ

心の中でそう突っ込んだのは遥だけではないだろう。

「あー、オホン。いいでしょうか」

わざとらしい咳払いとやや不機嫌な声が、和やかな雰囲気を破る。
全員の視線が向いた先には、声同様に不機嫌な面持ちの香音の姿があった。

「で、何か忘れてませんか?」

香音の問いかけに一瞬首を傾げた後、亜佑美はハッとした顔になる。

「そうだ!まーちゃん!まーちゃんを返して!」
「ふりだしか!何のための時間だったんだよ今の!」

思わず突っ込んだ遥に何かを言いたそうにしたものの、亜佑美は結局悔しげに黙り込んだ。
自分が負けてしまったことの意味をようやく思い出したのだろう。

「あのですね、鞘師さんが勝ったから言わないってわけじゃなくて、本当に私身に覚えがないんです。信じてください」

そんな亜佑美を見かねたように、春菜が弱々しく声を掛ける。
ばつの悪そうな……でも反論したいような複雑な表情で、結局何も言えずに亜佑美は唇を噛んだ。

317名無しリゾナント:2013/03/01(金) 12:10:51
 
「その人は嘘言ってないよ、みんな。まーちゃんって子のことすごく心配してるし、はるなんと一緒にいるのを見たっていうのも本当みたい」
「えっ?」

思わぬ“援護射撃”に、亜佑美は驚いたように顔を上げた。
他の視線も、再び香音へと集まる。

「香音ちゃんがそう言うなら……そうなんだね」

先ほどの里保の言葉をなぞるような聖の言葉に、全員の頷きが返る。

「やけど……はるなんは会ってないんっちゃろ?」
「うん、はるなんも嘘は言ってない」
「だったらどういう……」

首を傾げながらそこまで言ったとき、遥の脳裏で一つの言葉が弾けた。

「まさか……ドッペルゲンガー……?」

同じくそれに思い至ったらしい里保が再び口にしたその言葉に、背筋が冷える。


もう一人の自分―――
本人が出会えば死ぬという―――


思わず春菜の方を見遣る。
そこには、相変わらず幽霊のように青白い色をした春菜の、怯えたような表情があった。



                                            To be continued...(?)

318名無しリゾナント:2013/03/01(金) 12:11:25
 

>>

ひとまず以上です
続きはまたのきか(ry


なお、“マッハスピード”は、某娘。RPGを(無断で;)元ネタにさせてもらっています


-------------------------------------------------------------------------------

↑ここまで

319名無しリゾナント:2013/03/01(金) 15:27:44
一番最初と最後をスマフォで投下すれば一気に行けるかな
まあ行ってきます

320名無しリゾナント:2013/03/01(金) 15:41:42
完了

321名無しリゾナント:2013/03/01(金) 18:33:03
>>320
こんなに早くありがとうございます!
スマホまで使っていただいて痛み入ります
お手間お掛けしましたm(_ _)m

322名無しリゾナント:2013/03/02(土) 11:26:45
>>306
いつやるか?今でしょ!
…失礼しました。代理投稿ありがとうございました。

というわけで後編投下します。

323名無しリゾナント:2013/03/02(土) 11:29:47
>>65-70 の続きです


見られている。
私の感覚が、そう訴えていた。

見ている何かに気取られないよう、電信柱のカーブミラーを確認する。
誰も居ない。
おかしいなあ。確かに、なめくじみたいなねちっこい視線を感じるんだけど。
ちょっと、疲れてるのかもしれない。
違和感を疲れのせいにして、私は帰り道を急いだ。

広島の片田舎から出てきた私は、両親の伝手でとあるアパートを借りている。
ただ、若い娘の一人暮らしが心配なのか、大家に私の保護者代わり、はっきり言えば監視者をつけていた。それが鬱
陶しくて仕方ない。
アパートの前に差し掛かると、早速ご本人の登場だ。

「里保ちゃん遅いよ!!」

甲高い、何かの機械で加工されたみたいな声。
これで地声だというのだからびっくりする。
このおじさん、名前は照訓。照くんではない。紛らわしい名前だ。

324名無しリゾナント:2013/03/02(土) 11:33:19
「最近さあ、門限守れてないんじゃね?」
「うるさいなあ」
「うわ。何か俺に対する扱い冷たくない?!前の住人は鬱で説教くさかったけどもうちょっと扱いが丁寧だったんだ
けどなー!」

ごきげんようのコロぞうみたいな声を上げて非難する輝訓を無視して、アパートの中に入る。
私の部屋は2階の一番手前。建物が南向きなので日当たりがいいので、そこだけは気に入っている。

玄関を開けてすぐに鞄をベッドに放り投げ、続けてそのままベッドにダイブ。
つんくさんに色々話しているうちに、疲れちゃった。
リゾナンターの次期エースとしてのプレッシャー、外部の人相手じゃないと中々話すこともできない。鞘師も大変や
なあ、せやけど高橋も田中もそれを乗り越えて来たんやで、なんて言ってたけど。
乗り越えるしかない、か。

スー

あれ?
何の音だろう。
私の呼吸の音じゃないよね。
何だか今日は気持ち悪いことが多い。その変にぬめった感覚を洗い流したくて、私は急遽シャワーを浴びる事にした。

衣服を脱衣籠に放り込んでいる時も、変な音は聞こえてくる。
スーハーうるさいし、誰かが喋っている声みたいな音も耳に入ってくる。同じグループでそんなことしちゃダメなの、で
もそれが逆にいいの、みたいな。
やっぱり私はだいぶ疲れている。
うな垂れつつ、シャワールームの扉を開けた。

325名無しリゾナント:2013/03/02(土) 11:34:30
コックを捻ると、ちょうどいい熱さの流れが私を包み込む。
何だか今日は調子が悪い。こんな日はさっさと寝てしまうに限る。
そんなことを考えながら髪を洗おうとシャンプーボトルに手を伸ばしたその時だった。

手の甲に、変な模様。
いや、これは模様なんかじゃない。目だ。
その証拠に、私と目線が合うとその目らしきものは明らかに視線を逸らした。
おもむろにシャワーを当てると、驚く事に「なにすんの、やめるの」などと喋りだした。

何なんだこれは。
と言うか、さっきの声はどこかで聞き覚えがある。
確証は持てないが、とりあえず実験することにした。
手の甲を、そっと胸元に近づける。

スーハースーハー

今私の中に、はっきりと事実が見えてきた。

「何してるんですか、道重さん」

すると明らかにうろたえたような目は、

「みっ道重さんとか誰なの?知らないの!」

としらを切り始めた。

326名無しリゾナント:2013/03/02(土) 11:35:44
眩暈がしてきた。まさか、仮にもリーダーが、こんなことを…
きっと問い詰めてもあくまでも否定し続けるに違いない。そこで私はやり方を変えることにした。

「もしかして、ダークネス?」
「え、いや」
「道重さんの声真似までして、私を監視しようなんて!」
「そ、そうなの!さゆ…いや私はダークネス、貴様を監視するために取り憑いたのだ!!」

水軍流の兵法に、口を割らないスパイには敢えて嘘に乗り、ぼろを出させるというものがある。それを試してみたわ
けだけど、まさかこんなすぐに乗ってくるとは。

「というわけでりほりほ、敵のデータを取るために色々調べさせてもらうわよ!」

そんなことを言いながら、手の甲の目が二つになり、鼻が現れ、口が現れた。口の斜め横には、ご丁寧にほくろまで
ある。道重さん…

「まずは敵のDNAを採取するの!!」

完全に正体がばれていないと勘違いし、本能の赴くままに行動する変態。
手の甲が引っ張られるように胸に寄せられる。まずい、このままではペロペロされてしまう!

変態フェイスが私の肌に接触するまであと5センチ、というところで動きが急に止まる。
それもそのはず。私が咄嗟に胸元に水の刃を作り、突きつけたからだ。

327名無しリゾナント:2013/03/02(土) 11:37:01
「水のあるところで私を襲おうなんて、考えが無さ過ぎですよ」
「か、顔はやめて!」

愛刀「驟雨環奔」は部屋に置いてきたものの、シャワールームはまさに私の武器だらけ。道重さん、観念してもらい
ますよ!!

ところが、肘のところから変な感覚。
手だ。手が肘から生えてきて、シャワーのコックを閉めてしまったのだ。

「これで水は使えないの!サユミーン!!」

まるではるなんが愛読してる漫画のスタンドのような鳴き声をあげて、喜ぶ道重さん。
でも安心するのはまだ早い。水の供給は断たれたけど、この空間には大量の水がある。今更シャワーを止めたところ
で…

ぱちっ。

何かのスイッチが入る音。
とともに、天井の吸気口から勢いよく空気が吸い出される。換気扇のスイッチ!?

「さゆ…いや私の体液を浴びた箇所から、私自身を出せるってことを知らなかったみたいね。脱衣籠の制服から、別
の私が生えてきて換気扇を回させてもらったの!!」
「そんな!!」

328名無しリゾナント:2013/03/02(土) 11:38:15
部屋の外からクンカクンカスーハースーハーという怖ろしい音が聞こえる。
今外で何が起こっているのか、想像すらしたくない。
手の甲からは、明らかに道重さんとしか思えないような顔、さらに手と胴体まで生えてきている。もうダメだ!私は
最後の手段を取ることにした。

「能力発動!!」
「え?」

シャワールームが、光に包まれる。
そして、部屋の外から聞こえる、そして手の甲の変態があげる、イタイノー、クルシイノー、という叫び声。

「なんなのこれ、体が、引き剥がされるっ!?」
「私も実は、つんくさんの本で新しい能力を手に入れてたんですよ」

目の前の変態を退治するのに、最も有効な能力。それは。
私の半径10メートル以内に、道重という名のつくものが近づくことを禁ずる。ストーカー法もびっくりの能力だ。

「いやなの、まだ堪能しきれてないのッ!!!」
「卑しい変態よ、この罪は何にも替えられぬ!!!」

私が最後の決め台詞を叫ぶと、断末魔のようなサユミーンという鳴き声をあげながら道重さんは消滅していった。

329名無しリゾナント:2013/03/02(土) 11:40:31
●●●

もう少しで、もう少しでりほりほのしゅわしゅわぽんを!!
りほりほの謎の能力で、全てのりほりほを遠隔監視する術を失ってしまった私は悔しさと悲しみに打ちひしがれてい
た。

りほりほが私のことをダークネスの手先と勘違いしてくれた。
それがきっかけで、天使のさゆみと悪魔のさゆみが耳元で囁き始めたのだ。

「ひっひっひ。やっちゃえなの。どうせ何やってもダークネスの仕業なの。本能の赴くままにりほりほの柔肌を堪能
するの」
「いけないの。同じグループでそんなことしちゃダメなの。相手はいたいけな子供なの」
「何言ってるの。子供だからこそ色々教え込まなきゃいけないんだろうなの」
「そう言えばそうなの」
「やっちゃえなの」
「やっちゃえなの」

意外と合意は早かった。
とにかくその瞬間にさゆみはビーストと化した。
それなのに、まったく楽しめないまま終わってしまった。
と思いきや…

ん?まだ遠隔でどこかと繋がってる感覚がある!
まだ、桃源郷への道は閉ざされてなかった!ラピュタは本当にあったんだ!!
私は神経をその一点に集中した。

330名無しリゾナント:2013/03/02(土) 11:41:22
鼻が、りほりほの体臭を嗅ぎ当てる。
スー
やっぱり最高なのこの香り、そう、脂ぎったような酸っぱいような加齢臭…え、加齢臭?

「あー、あかんあかん」

遠隔操作の耳が、どこかで聞いたような関西弁を捉える。
まさか。

「さっき食ったお好み焼き、生焼けやったせいで腹の調子めっちゃ悪いわ…」

声の主は明らかにつんくさんだった。
どうやらあの時の私の唾液の飛沫が、つんくさんの衣服にも掛かっていたらしい。

プス…プププゥ…

やだっ何これ、くっさ!!
あんまり想像したくないけど、まさか飛沫がついた場所って。

「あかんもうしまいや…まさか40超えて漏らすことになるとは、あっあああああああああああ」

ちょ、やめ、きゃああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!

331名無しリゾナント:2013/03/02(土) 11:43:53
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

迫り来る怖ろしい雪崩にかっと目を見開くと、そこはいつもの喫茶店のカウンターだった。
もしかして、夢?
私は、ほっと胸を撫で下ろした。

お店の時計を見ると、まだお昼前。
どうやらお客さんが来なさすぎて眠ってしまったらしい。
ダークネスとの攻防の日々で疲れているのだろうか。
私は寝汗で張り付いた衣服を剥がすように、ぐーんと背伸びをした。

からんからん。

あら、お客様。
いらっしゃいませえ、と言おうとした私は、来客者の姿を見て明らかに笑顔が引きつってゆくのを感じていた。

「おー道重ー、ひさしぶりやなあ」
「げ、つんくさん…」
「げって何や、失礼なやっちゃな」

先ほどの悪夢が生々しく蘇る。
背中に温い汗が伝うのがわかる。いや、あれはただの夢。そもそも一日だけ好きな能力を手に入れられる、そんな夢
のような話があるわけ…

「ところで道重、今日はええもん持ってきたで」

つんくさんが懐から取り出す、分厚い本。
今までのことが走馬灯のように頭を過ぎり、さゆみの意識はぷっつりと途絶えてしまった。

「…そんなにこの本がイヤやったんかなあ。スーパーアイテムになると思ったんやけど。『おいしいカレーの作り方』」

332名無しリゾナント:2013/03/02(土) 11:45:29
>>323-331
投稿完了
ちょっとアレな内容ですが代理投稿お願いします

333名無しリゾナント:2013/03/02(土) 23:01:54
行って参ります

334名無しリゾナント:2013/03/02(土) 23:10:36
行って参りました
照訓なのか輝訓なのかは置いといてリーダーが残念すぎる…w
最近扱いがあまりにもなのでカッコいいリーダーの話を書こうと決めた代理でしたw

335名無しリゾナント:2013/03/03(日) 17:01:12
>>334
代理投稿ありがとうございました
DELI君は照訓ですね。どっちでもいいだろって声が聞こえてきそうですが
ちょっと作者本来のお下劣性が出すぎてしまったので次回からは控えますw

というわけで例の続きを投下します

336名無しリゾナント:2013/03/03(日) 17:06:00
>>18-23 の続きです


闇が晴れ、光が満ちる。
足場の鉄骨、周りを覆う防護網、全てが鮮明に照らし出された。
友理奈は残念そうな顔をし、佐紀は桃子がしくじったのを悟り舌打ちをする。
発電設備が復活したことによる投光器の起動は、れいなにとってまさに反撃の狼煙であった。

しかし、それと時を同じくして桃子を除いたベリーズの全メンバーが最上階にたどり着く。

「残念でした。せっかく投光器をつけたのにね」

れいなの正面に立った雅が、その掌に炎を迸らせる。
その後ろで千奈美が、友理奈が、雅のサポートのために構えている。
右を見れば梨沙子が、左を見れば茉麻がれいなを捉えようと徐々に距離を縮めている。

圧倒的に不利な状況にあるれいな。
なのに、その表情には笑みすら浮かべている。

「もう笑うしかないってやつ?」
「そりゃそうでしょ。打つ手なしだもの」

茉麻がれいなの心情を推し量り、梨沙子が現在の状況を断じる。
れいなの笑みはやがて笑いに変わり、文字通り腹を抱えて笑い始めた。

337名無しリゾナント:2013/03/03(日) 17:07:21
「ねえちょっと、何がおかしいの?なんかムカつくんですけど!」

甲高い声で、自らの気分が害されたことを主張する千奈美。
堪えきれない、といった感じで笑い転げていたれいなは、一言だけ言う。

「いやいや。あんたら、おめでたいっちゃねーって思って」
「は?」
「まんまと罠に嵌ったのは、あんたらのほうったい!!」

れいなが、自らの足場に強烈な拳の一撃を叩き込む。
突然、れいなたちが立っていた足場が大きく傾く。それをきっかけに、鉄骨で組まれただけの建物はまるで地震
にでも襲われたかのようにがたがたと左右に揺れ始める。
揺れは徐々に大きくなり、そして限界点を迎える。

頑丈に組まれていたはずの鉄骨が、一気に崩壊した。

ただ闇雲に逃げ回っているわけではなかった。
追っ手から逃れながら、れいなは鉄骨の要である箇所のボルトを外していたのだ。
少しの衝撃で、足場が崩れてしまうように。

まるでジェンガを崩したかのように、ばらばらに崩落してゆく鉄骨たち。
当然、誰もが投げ出され、地面に向かって真っ逆さまに墜落してゆく。
このままでは全員タダではすまない。
咄嗟に友理奈が、メンバー全員を包み込むような形で重力操作をかけた。

338名無しリゾナント:2013/03/03(日) 17:08:45
急速に落下スピードが、弱まる。
巨大な鉄骨ですら、水の中を落ちていくようにゆっくりと、沈んでゆく。
あらゆる重力が軽減される、異空間。
もちろん、嫌でもれいなはその範囲に入ってしまう。

「熊井ちゃん、あいつだけ範囲から外して!」
「えっ!そんな器用なことできないって!!」

言ってはみたものの、あまりテンパらせ過ぎて友理奈の重力操作が狂い始めたら困った事になってしまう。なら
ば、この滞空時間中に相手を仕留めるしかない。
梨沙子が愛刀「氷室」を抜き、器用に浮遊空間を掻い潜りれいなに迫る。

「あんたが地上に着く前に、バラバラに切り刻む!」
「威勢がいいっちゃね、ピンク髪!」

この空間の中では飛び道具である「威舞」は役に立たない。
頼れるのは己の剣技のみ。
刀の射程圏内にれいなを捉えた梨沙子が、その凶刃を振るう。

常に氷の力を漲らせている刀、少しでもかすり傷をつけた瞬間、傷口は凍傷となり全身を蝕んでゆく。接近戦に
おいて、有利な立場にあるのは梨沙子。しかし。

339名無しリゾナント:2013/03/03(日) 17:09:53
当たらない。
この浮遊空間にも関わらず、れいなの動きは少しも阻害されない。
まるで通常時が如く、梨沙子の太刀筋はことごとくれいなにかわされる。

「なんで…あたしたちでさえこの浮遊空間は動き辛いのに!」
「んー、慣れた」

類稀な格闘センス。バランス感覚。
れいながまさにその持ち主であることを、梨沙子は渾身の蹴りを体に叩き込まれてようやく理解することになる。
増幅能力によって高められた蹴りの威力に、抗う事すらできずに梨沙子は気を失った。

「梨沙子!!」
「あと五人っと」

仲間が一人やられた。
身構えるベリーズのメンバーたちを他所に、れいなが上空に漂っていた鉄骨目がけて飛び出す。
鉄骨をがっしり掴んだれいな、まるで体操の鉄棒のように数回体を回転させたかと思うと、その勢いのままに下
方へと落ちていった。

その射程の先には。
重力操作能力の持ち主、友理奈。
能力が解除されれば、全員真っ逆さま。だから敵は、最後まで自分を攻撃することはないだろう。
そう高を括っていた友理奈は、れいなが自分に向ってくるのを見て泡を食う。

340名無しリゾナント:2013/03/03(日) 17:11:02
「ちょっと!こっち来ないでよ!!」
「だったら能力解除すれば?」

言いながらその距離を詰めてくるれいな。
元来友理奈は頭の回転が速いほうではない。能力を解除してれいなの動きを封じる。しかし一旦解除すれば全員
の身を危険に晒す事になる。
頭の中で描かれる天秤。どちらを取れば良いのか。

選択肢の結論が出ることはなかった。
回転の勢いを加えたれいなの右拳が、友理奈の腹に突き刺さったからだ。
友理奈の意識が飛ぶと同時に、重力が元に戻る。

再び速度をつけながら、全てのものが地面に向かって落下してゆく。
無論、れいなたちも例外ではない。

「あいつ、熊井ちゃんを!!」
「死なばもろともってやつかよ!!」

急激に落下していく感覚に、千奈美と茉麻が肝を冷やしながらも毒づく。
自分達にはいざとなれば茉麻の能力がある。軟体化した茉麻をクッション代わりにすれば激突の衝撃は大幅に軽
減されるからだ。
だが何の命綱ももっていないれいなにとっては、友理奈を倒したのはまさに自殺行為。

341名無しリゾナント:2013/03/03(日) 17:13:49
「飛び降り自殺の前に、焼死させてあげるよ!!」

パラシュートなしのスカイダイビング、躍り出るのは炎使い・雅。
隠れ蓑になる鉄骨は落下軌道にはない。人間火炎放射器によって、れいなは完全にロックオンされた。

「あんたのへなちょこな炎、リンリンに比べたら子供の火遊びやけん」
「言ってくれるじゃん、後悔させてあげるよ!」

挑発するれいなに向けて、掌を翳す雅。
溢れる炎、ただし灼熱の洗礼を浴びたのは、雅自身。

「あんたアホやろ。こんな下から風吹いてくるような状況で能力使ったら、そうなるっちゃろうに」

まず最初にれいなが警戒したのは、直接攻撃に長ける梨沙子。次が、炎による遠距離攻撃を得意とする雅だった。
しかしこの状況を逆手に取り友理奈の能力を潰すことで、雅の炎を封じることができる。と彼女がそこまで考え
るわけがない。ただ単に、ふわふわ浮かぶ能力が邪魔という理由だった。

ベリーズ、残り3人。
しかし、地面との衝突までの時間は確実に迫っていた。
落下した鉄骨が途中の防護網に引っかかり、網を引き裂きながらさらに落ちてゆく。

342名無しリゾナント:2013/03/03(日) 17:15:17
「やってくれるじゃん、でもそれ以上はやらせないよ!!」

れいなの上空で叫ぶ、千奈美。
この状況で幻視能力が何の役に立つだろうか。そう侮っていたれいなを前に、千奈美が自らの近くを落下してい
た鉄骨を掴み、そして思い切り投げつけた。

あの細腕のどこにそんな力が。
考える暇はない。避けなければ、鉄骨の軌道に巻き込まれてしまう。
回転しながら落ちてくる鉄骨を紙一重で避ける。いや、避けたはずだった。
予測を否定するのは、れいなの首根っこを捕まえる太い腕。

「捕まえた」
「しまった!!」

後悔するももう遅い。
千奈美は、幻術を使用して偽装していたのだ。
飛んできたように見えたのは鉄骨ではなく、れいな目がけ落下の軌道修正をした茉麻。
もがこうにも、既にれいなの両肩を力強い掌が掴んでいる。れいなを押さえつけながら落下する茉麻の背に、千
奈美が乗り込んだ。

「終わりだよ。安心して死んじゃって」

茉麻の肩越しから顔を現す、さも嬉しそうな顔をした千奈美。
諦めたかのように全身の力を抜くれいなを見て、自らが描いた結末は確かなものになる。そう考えていた矢先の
出来事。れいなは大きく息を吸い込み、そして叫んだ。

343名無しリゾナント:2013/03/03(日) 17:17:07
「…舐めるなぁ!!!!」

自分よりも一回りも二回りも体格の小さいれいなを押さえつけている茉麻。
だがこの時、掌から伝わる力は自分よりも遥かに大きなものを抱えているような錯覚さえ起こさせた。その一瞬
の怯みが隙を生む。

決してこじ開ける事ができないかと思わされるような剛力が、れいなの細い両手によって引き剥がされた。行使
することで、普段の何倍、何十倍もの力を発揮できる「増幅能力」。あっという間に茉麻のホールドを解いてし
まったれいなが、反撃に出た。

うつ伏せだった態勢を反転させて、一呼吸。
この一呼吸分、持ちうる力を爆発させる。
抉りこまれるような、右の正拳。それは、雨粒が土砂降りへと変わる最初の一滴に過ぎなかった。

次々と打ち込まれる、れいなの一撃。
対する茉麻は、肉体を硬化させて応戦する。れいなの攻撃の速さは経験済み、下手に追うより防御に回り相手の
自滅を待つほうが賢い。前回とは違い、全ての力を防御に回した今なら。手も足も出させないまま、地面と茉麻
のボディプレスの挟み撃ちにすることは十分可能と踏んだ。

事実、れいなの拳は茉麻の肉体にまったくダメージを与えていなかった。
加えて、地面到達まではあとわずか。
いや、茉麻の様子は明らかにおかしくなっていた。れいなの拳は止まることなく、茉麻の腹を打ち続けている。
皮しか捩れなかった一撃が段々と、筋肉にめり込んでゆく。

344名無しリゾナント:2013/03/03(日) 17:21:59
「まとめて、飛んでけ!!」

叫んだ勢いのままに、繰り出されるフィニッシュブロー。
おやつのカールみたいに折れ曲がる茉麻と、バランスを崩して足を踏み外す千奈美。茉麻が倒されたこと自体想
定外だった上に、気がつけばれいなは自分の目の前。
何をするつもり? 身構える千奈美にれいなは優しく微笑みかける。

「踏み台見っけ」
「はぁ?」

れいなは。
千奈美の肩に足をかけて、そこから更に高く跳躍したのだ。おまけに千奈美の顔に一撃を加えたのは、ご愛嬌。

くそ、まさか…ほんとに一人で全員倒すなんて…

失いゆく意識の中で、千奈美は自分達の認識の甘さを悔いた。
そう、単純に全員がかりで襲えば勝てる。そういう簡単な相手ではなかったのだ。

新たな踏み台を得て高く飛翔するれいな。
さらに、落ちていく鉄骨に踏み乗り、真横に飛ぶ。
飛んだ先は防護網、サッカーボールのシュートがネットに突き刺さるが如く、網は落下のエネルギーを最小限に
抑えた。

れいなが防護網に包まるのと、鉄骨たちが地面に次々と突き刺さるのは、ほぼ同時だった。

345名無しリゾナント:2013/03/03(日) 17:23:35
>>336-344
投稿完了
代理投稿お願いします

全員?ということで疑問に思われた方は、次回にて。

346名無しリゾナント:2013/03/03(日) 19:01:37
行って参ります

347名無しリゾナント:2013/03/03(日) 19:11:02
行って参りました

348名無しリゾナント:2013/03/05(火) 13:53:23
>>347
代理投稿、いつもながらに感謝です

それでは続きを投下します

349名無しリゾナント:2013/03/05(火) 13:56:39
>>163-171  の続きです


「舞ちゃん!!」

勝利に湧くリゾナンターたちを他所に、キュートの四人は倒れた舞に駆け寄った。
気を失ってはいるものの、命に別状はない。ただ。
実力上位だったはずの舞が、相手が三人がかりとは言え敗退してしまった。このことは、残されたメンバーたちに
相手への警戒心を強める結果となる。

「次はあたしが行く」
「なっきぃ!」

力強い言葉とともに立ち上がったのは、キュートの中間管理職的存在の早貴だった。
それに対し、抗議するがごとく立ち上がったのは二番手になるはずだった千聖だ。

「ちょっとなっきぃ!次は千聖って決まってるんだから」
「最早そういうこと言ってられる場合じゃないから。あいつらは、全員あたしが倒す」

互いに譲り合う気配はない。
心配そうにリーダーのほうを見る愛理。舞美の答えは、至ってシンプルだった。

「二人でいこっか。相手は意外とやるみたいだし、うちらも気合入れてかないとね」

早貴と千聖はしばらく顔をつき合わせていたが、やがて何かに納得して二人でリゾナンターたちのもとへ向っていった。

350名無しリゾナント:2013/03/05(火) 13:58:11
一方、リゾナンターサイドもまた全員が無傷というわけではなかった。
特に、ずっと動き回っていた遥の消耗が酷い。
勝利の喜びを分かち合っていた三人だったが、遥が倒れこんだことで慌てて救護班が駆けつける結果となった。

「もう。くどぅーは無理ばっかりするんだから」

リーダー道重さゆみから「借りた」治癒能力で遥の体力を回復させる、聖。
複写能力を持つ聖が、一度に保有できる能力は三つ。そのうちの一つの枠を、メンバーの傷を癒す事のできる治癒
能力に充てていた。

「悪りぃ…対能力者戦のデビュー戦みたいなもんだから、つい調子に乗っちゃって」
「ついついはしゃいじゃったんだよねー、イヒヒ」
「うるさいなあまーちゃんは!自分が子供だからって人のことを子供扱いすんな!」

優樹の茶々に突っ込める元気はあるものの、本調子には遠い。
ここは、メンバーチェンジが無難だろうと聖たちは考えた。

「くどぅーの代わりに、私が出ます!」

挙手したのは、後発組の最年長にあたる春菜だった。
戦闘系に向く彼女の能力は、遥の代打としては最適だろう。

351名無しリゾナント:2013/03/05(火) 13:59:39
「うん。じゃあ香音ちゃん。えりぽん。はるなん。お願いね」
「了解っ!!」

元気よく返事し、空間の中央に進む三人。
ところが、そこには人の影はなく。
その代わり、大きな姿見がそこにあった。

「なに、あれ?」
「あはは、戦う前に鏡チェックしろってことっちゃろか?」

怪しむ香音と、お気楽な発言をする衣梨奈。
しかし、春菜は既に姿見の危険性を肌で感じ取っていた。

「みなさん、伏せて!!」

大声で叫ぶ春菜。
その声に差し迫るものを感じたのか、二人も慌てて地面に伏せる。

果たして春菜の直感は正解だった。
鏡から飛び出す、無数の念動弾。標的を見失った弾はそのまま背後の壁にめり込み、小さな穴を開けた。直後、鏡
の中から声がする。

「なんだよぉ。さっきので全員仕留めたと思ったのに」

鏡に、キュートのメンバーの一人である千聖が映っている。
思わず後ろを振り向く春菜たちだが、彼女の姿はない。

「そんなとこ見たってダメだって。だって、千聖は鏡の世界にいるからね」

352名無しリゾナント:2013/03/05(火) 14:01:05
全員が耳を疑う。
鏡の世界にいるとは、どういうことを意味してるのか。

「意味がわからんと。頭悪そうな顔のくせに」
「生田さん、きっとあの人は、自分が鏡の中にいるってことを言いたいんだと思います」
「鏡の世界!?」

驚く香音に、春菜は首を振る。

「でも、鏡の世界なんてないはずなんです。ファンタジーやメルヘンじゃないんですから」

と、彼女は愛読書のある漫画の台詞を引用して言った。
が、言いつつも矛盾したものを感じる。私たちの能力自体、ファンタジーやメルヘンに属する存在じゃないのかと。

「だったら話は早いと!あの鏡、ぶっ壊す!!」

衣梨奈が鏡に向って走り出す。
両手には、いつの間にかグローブが装着されていた。

「衣梨奈、あれからいっぱい練習したとよ!」
「おいちょっと、お前何するつもりだよ!?」

無鉄砲に突っ込んでいく衣梨奈の勢いに押され、千聖の念動弾を打つタイミングが遅れる。
それを見透かしたように、両手を広げて鏡に向ける衣梨奈。
鏡は、ピアノに絡め取られてギチギチと音を立てていた。

353名無しリゾナント:2013/03/05(火) 14:02:18
「あれ、新垣さんの!」
「いつの間に会得してたんだよー!!」

遠くで見守っていた聖と里保も、衣梨奈の新しい「攻撃方法」に驚く。
精神攻撃は、あくまでもサポートにしか向かない。その役割を主力級に高めたのが、衣梨奈の先輩にあたるリゾナン
ター前リーダー・新垣里沙であった。グローブに仕込んだピアノ線を敵の体に絡ませ、ピアノ線を通して精神攻撃を
仕掛ける。さらに、線の鋭さで切り刻む。
自分と同じような力を持ちながらも物理的攻撃力を手に入れていた里沙は、衣梨奈の憧れだったのだ。

「くそ、何だよ!まさか鏡を壊すってんじゃないだろうな!やめろ、いややめて!!」
「面白い前振りっちゃねー、えいっ!」

命乞いをするかのような千聖を無視し、衣梨奈がピアノ線に力を込める。
線が這った場所から亀裂が入り、姿見はばらばらに破壊されてしまった。

「一丁あがりっと。なんね、大したことない連中」

得意顔で、ピアノ線をグローブに収納する衣梨奈。
同期の活躍に喜ぶ香音。だが、春菜の表情は冴えない。

「はるなん、どうしたの?」
「あの、私が読んだことある漫画だと…鏡をばら撒くのはまずいんです!」
「でもそれって漫画の話でしょ?大丈夫大丈夫」

あっはっはと豪快に笑いながら、春菜の背中を香音がぽんぽん叩く。
それでも、五感を研ぎ澄ました春菜の危険信号は鳴り止まない。

354名無しリゾナント:2013/03/05(火) 14:03:39
「生田さん!早く!こっちに戻ってきて下さい!!」
「えー、はるなん何急いでるとー?」
「いいから、早く!!」

訝しがりながらも、春菜たちのほうに向って歩いてゆく衣梨奈。
春菜の感は、またしても正しかった。けれど、彼女たちは既に敵の罠に嵌っていた。

「はーい残念でしたー。もう遅いよー」

声は。
周りのあちこちから聞こえていた。
そう。春菜の言うとおり、ばら撒くのはまずかったのだ。

春菜たちの周りには、ばらばらになった鏡の破片が。その一つ一つから、千聖の声が聞こえていた。
五感集中によって春菜が捉えた鏡の破片には、こちらに向って手をピストルの形にしている千聖の姿が映っていた。

「危ない、伏せ…」
「避けられるかよっ!一斉掃射!!」

鏡の中の千聖が、春菜たちに向って念動弾を発射する。
散らばった鏡の千聖が、同時に射撃するということは。それは。
標的となった三人に、雨あられの銃弾が降り注ぐという事だった。

355名無しリゾナント:2013/03/05(火) 14:06:12
>>359-354
投稿完了
代理投稿お願いします

タイトルですが、ここで「リゾナンターΧ(カイ)」に変更しようと思います
いつまでも仮のままでは申し訳ないのでw

356名無しリゾナント:2013/03/05(火) 17:03:58
行って参ります

357名無しリゾナント:2013/03/05(火) 17:10:01
行って参りました
頭悪そうな顔のくせにってえりぽんひどいよw
次回も期待しています

358名無しリゾナント:2013/03/06(水) 10:39:42
>>355
更新お疲れ様です
暫定保管庫管理人です
タイトル変更の件なんですが『リゾナンターΧ(カイ)』が最終的な正式名ってことでよろしいですかね
(カイ)は必要ってことでおk?

359名無しリゾナント:2013/03/06(水) 16:43:34
>>358
いつもお世話になっております
『リゾナンターΧ(カイ)』でお願いします。お手数おかけしますがよろしく
お願いします

360名無しリゾナント:2013/03/08(金) 20:25:34
>>357
代理投稿ありがとうございました
えりぽんが岡井ちゃんを見た時に最初に言いそうなことを想像してみましたw

それはそれとして、続きの投下です

361名無しリゾナント:2013/03/08(金) 20:28:23
>>202-207 の続きです

「くそっ、物質透過!!」

寸分違わず自分達を狙ってくる弾に、香音が自らの能力を展開させる。
ただ、一度に透過できる回数は限られている。能力の限界を示すかのように、端緒となる一撃が香音の左
肩を打ち抜いた。

「ああっ!!!!」

無力。
鏡の中の狙撃手が放った大量の銃弾が、次々に三人の体を打ち抜いてゆく。
香音の能力による弾数の軽減も、50発弾を撃たれるか100発弾を撃たれるかの差にしかならなかった。

「まーちゃん!!」

聖が、傍らにいた優樹に向って叫ぶ。
事は急を要する。空間の中心で踊っているかのような三人に、優樹の能力が発動した。
優樹が強く念じると同時に、背後に白い手袋をした巨大な二つの手が現れる。
それらが弾かれたように飛び出し、銃弾の雨に晒されている春菜たちを捕捉。次の瞬間には優樹たちの前
に運び込まれていた。

362名無しリゾナント:2013/03/08(金) 20:33:58
瞬間移動。
大まかに分類すれば、優樹の能力の名前はそういうことになる。
が、何でもかんでも移動できるわけではない。「先生」と彼女は呼んでいるのだが、先生が瞬間移動を実
行するのにはいくつかの制約がある。

まず、優樹自身が移動させる物体または人物のことをよく知っていること。
次に、移動する先は常に優樹の目の前だということ。
最後に、優樹自身を移動させることはできないということ。

欠陥だらけの瞬間移動ではあるが、今の場面のように便利な面もある。
少なくとも、春菜、香音、衣梨奈の命は救われた。
銃弾に貫かれ痛みで呻く三人を、聖が治療に掛かる。

「フクちゃん、様子は…」
「うん。香音ちゃんの透過能力で、急所だけは外してるみたい」

駆け寄る里保の問いに、傷口に手かざしをしながら答える聖。
しかしその表情に精彩はない。

「だけど、香音ちゃんが…」

他の二人に比べて、明らかに香音の傷がひどい。
恐らく。全ての銃弾を回避する事が不可能と悟った香音が、身を挺して衣梨奈と春菜を守ったのだろう。
春菜たちが意識を取り戻したのとは対照に、香音は未だ夢に魘されたままだ。

363名無しリゾナント:2013/03/08(金) 20:35:08
鏡の中の…鏡の中に人が…

うわごとのように繰り返すその言葉。
それが気になったのか、聖は衣梨奈と春菜に聞いた。

「鏡の中に人がって、どういうこと?」
「あの…鏡の中にキュートの人が映っていて、一斉に念動弾を放ったんです」
「きっと、鏡の中に入れる能力者っちゃね」

鏡の中から攻撃をしかけてくる狙撃者。
それが本当ならば、自分達に攻撃手段はない。
ただ、何かが引っかかる。それを、春菜が指摘した。

「でも、基本的に能力者は一つの能力しか持てないはずじゃ」
「だよね。私の複写能力は別として、はるなんの言うように一人が複数の能力を所持してる事はありえ
ない」

聖は相手の陣営に目を向ける。
そこで、違和感の理由がはっきりする。もし聖の推測が正しいとすれば。

「えりぽんは下がってて。次は私とはるなんと、あゆみちゃんで出る」

自分が出るしかない。
治癒役を温存、という愛佳の策からは外れてしまうけれど、このまま全滅してしまうよりはましだ。
第一、突破口を開く能力を持っているのは、自分しかいない。
聖の決意は堅かった。

364名無しリゾナント:2013/03/08(金) 20:37:01
「聖!何でえりが外されると!こんな傷、大したことないけん!!」

外されてしまった衣梨奈が、不服の声をあげる。
同じ条件なのに、春菜が再び登板するのも納得いかない。
言葉に詰まる聖、そこへ里保が助け舟を出す。

「えりぽん、フクちゃんはえりぽんを温存してるんだよ。メンバー唯一の精神攻撃ができるえりぽんは、
次の戦いに取っておいたほうがいいってね」
「…そう?」
「世界一の能力者を目指してるんでしょ?」
「そ、そうっちゃね。わかった。聖、後は衣梨奈に任せてがんばってきて!」

恐ろしく単純。だがそこが彼女のいいところでもあり。
衣梨奈の見てないところで、里保が聖に目配せ。ごめんね、口だけ動かしてから、聖は鏡の破片が散乱し
ている場所まで歩いていった。

「譜久村さん、どうするんですか?回復役の譜久村さんがいなくなったら…」
「うん。だから、勝負は一瞬」

三人が手も足も出ずにやられてしまった惨劇を見ていた亜佑美が、不安げに聖に訊ねた。
その不安を和らげるよう、言い含めるように聖は自らの作戦プランを明かす。

365名無しリゾナント:2013/03/08(金) 20:38:17
「あゆみちゃんは、中の狙撃手が狙いをつけられないように、できるだけ破片を遠くへ散らばして。相手
が『弱点』を晒したら、私の能力で一気に攻める」
「なるほど。遠くへ破片を持っていく事で念動弾の軌跡の隙間を大きくするんですね!さすが譜久村さん
です!」

春菜が目を輝かせながら、そんなことを言う。
ただ、今はそのよいしょに気を良くしている場合ではない。
最初の行動が間違っていれば、計画自体が水の泡になりかねない。

ゆっくりと、一番近い鏡の破片へと歩いてゆく聖。
そして、突然、走り出した。
急に向かってくる相手に、小躍りして喜ぶ鏡の中の千聖。

「自殺志願者はっけーん!」

破片を手にした聖。
しかしすでに銃口は聖を狙い照準を定めていた。
鏡から手へ、電流のような何かが走る。

「あゆみちゃん、お願い!」
「オッケーです!!」

千聖が念動弾を発射するより速く、亜佑美が動いた。
聖から鏡の破片を奪い、空に向かって放り投げる。

366名無しリゾナント:2013/03/08(金) 20:39:26
「バーカ!そんなやり方で千聖の攻撃が避けられるかよ!!」

発射される弾。
しかし亜佑美はそれを、恐ろしくキレのいい動きでかわす。

「まだまだいくよっ!」

避けきった地点から、さらに移動。
別の場所にあった鏡の破片を、力いっぱい蹴り上げた。
そこからさらに横に跳び、別の破片を足払いで散らばせる。
それらすべてが、目に止まらない高速の動き。

「何だこいつ、狙いが定まらないじゃんか!」

憤る千聖。
ぶれる照準を何とか調整しつつ、打ち出した念動弾による一斉射撃。
それも、軌道の隙間が広げられたものとなり、亜佑美にいともたやすくかわされてしまう。

亜佑美の動きは止まらない。
高速移動。それが亜佑美の能力。彼女の動きについてこれたのは仲間内では田中れいなしかいない。里保
でさえ、奇策を使わなければ高速移動を捉える事ができなかった程。増してや鏡の中にいる相手には亜佑
美の影さえ踏むことはできない。

ひとつひとつ、確実に破片を飛ばしてゆく亜佑美。
鏡の中の人物にダメージが与えられるわけではない。ただ。
聖の言う弱点が露になるまで、踊り続けるだけ。
針の振り切れたダンスマシーンになろうと、彼女は心に決めた。

367名無しリゾナント:2013/03/08(金) 20:53:39
一方、再び千聖の射程圏外まで移動した聖と春菜は。

「はるなん」
「はい」
「少しでも変な特徴のある破片があったら、聖に教えて」
「わかりました」

五感強化。
視覚。触覚。聴覚。味覚。嗅覚。
これら任意の感覚を一時的に強化できるのが、春菜の能力。
さらに、相手の五感を一時的に奪う事も可能。つまり、彼女の能力の本質は、自分もしくは相手の五感
に作用する力だった。

春菜の意識が、亜佑美の弾き飛ばしている鏡の破片へと集中する。
鏡には全て、狙撃手である千聖の姿が映し出されている。
見た目には何の違いもない。

一方、亜佑美の高速移動できる時間は刻一刻と少なくなっていた。
人知を超えるスピードを繰り出す高速移動、体力の消耗は尋常なものではない。

踊る。踊り続ける。鼓動が、止まるまで!!

それでも亜佑美のキレはまったく落ちない。
業を煮やした千聖が、ついに最終手段に出た。

368名無しリゾナント:2013/03/08(金) 20:55:29
「狙いがつかなきゃ、大量にバラ撒いてやるよ!!」

千聖は、ありったけの念動弾を発射しようとしていた。数撃ちゃ当たるの論理だ。
ただしこの場合、亜佑美はもちろんのこと、味方であるキュートのメンバーにも被害が及ぶ。まさに諸
刃の剣が振り下ろされようとした時、春菜が叫んだ。

「譜久村さん!あれです!今あゆみんが蹴り上げた鏡の破片です!!」
「わかった!!」

普段の聖からは想像もつかないような、猛ダッシュ。
天高く舞い上がる鏡の破片をジャンプしながらキャッチすると、そのまま鏡の中へと吸い込まれていっ
た。

鏡の破片から導かれた世界。
そこは、外の世界を反転させただけの異空間。
そこに、鏡の世界の「主」はいた。

「何で、この場所に?どうして…私がここにいるってわかったの?」

何も無かったはずの場所から、ゆっくりと姿を露にしてゆく小柄な少女。
その表情には、焦りの色が浮かんでいた。

369名無しリゾナント:2013/03/08(金) 20:56:56
「私の能力は『複写』。3つまでなら、人から得た能力をストックできる。その枠をね、一つだけ空け
ておいたんだ」
「それで私の能力を使って鏡の中に。でも、鏡には全部千聖の姿が映るようにしてたのに」
「…匂い、ではるなんが見つけたの」

見た目は全て一緒でも、その人間の匂いまでは消す事はできない。
春菜の強化された嗅覚が、狙撃手を影で操る指揮官を捉えたのだ。

追い詰められた。
そう感じたのか、少女 ― 早貴 ― が一歩、後ずさる。

「私の能力が、そんな決め打ちみたいな方法で破れるなんて」
「ううん。決め打ちじゃないよ。ヒントはいっぱいあった。それはさっきの閉ざされた空間の中であな
た一人が姿を消してたこと。それに、あなたの居場所だって」
「な、なによ」
「随分昔にね。ある人に教わったことがあるの」

聖は、懐かしそうに、ある人物の顔を思い浮かべながら言う。

「『能力は、人の願いに呼応して発現するものなんだよ』って。あなたの能力は鏡の中の世界を作り出
すこと。相手が決して手を出すことができない場所を作る人は」
「……」
「本心ではいつも、どこかに隠れていたい。引っ込み思案」

370名無しリゾナント:2013/03/08(金) 20:58:21
相手の持つ能力から、聖は早貴の本来の性質を見抜いていた。
もともとはグループの中でも後ろからついていくことの多かった早貴。年長メンバーが任務で相次いで
命を落とす中、気がつけばサブリーダーの役割を与えられていた。立場上前に出ざるを得ないことが多
くなり、人が変わったかのように積極的になってはいたが。

「人間、魂までは変えられないんだよ」

決定打となるはずの聖の言葉。
けれど、それを聞いた早貴の顔には笑みが浮かぶ。

「魂は変えられなくても、考え方は変えられる」

早貴の背後に浮かび上がる、無数の鏡。その中で、人差し指を聖に向ける無数の千聖。

「鏡の中に入る能力しか持たない私が、何の手も打ってないとでも思った?最早絶体絶命ってやつ、これ。
あんたの能力のストックは、あと2つ? ゆーても、攻撃手段になる能力は…なさそうだよね!!」

確かに昔は引っ込み思案のなかさきちゃんだった。けど今は違う。
舞美ちゃんの、キュートの願いを叶えるために。私は変わったんだから!!
相手の命運を握った感触と、自らの使命に早貴の感情は高揚していた。

371名無しリゾナント:2013/03/08(金) 21:02:52
対照的に、あくまでも冷静に早貴を見つめる、聖。
その瞳を彩るのは、包み込むような優しさと、そして敵を断ずるほんの少しの厳しさ。

「いつも、どこかに隠れていたい。あなたはまた、隠れてる」
「まだ言うつもり?!私はどこにも隠れてなんか…」

言いかけた早貴が、急に目の前に現れた少女の姿を目にして戦慄する。

「この子、いつの間に!!」
「あなたの能力、忘れたんですか?」

早貴は考えていなかった。
自らが外敵の撃退策を講じていたように、相手もまた攻撃手段を用意していたことを。
聖は絶好のタイミングで春菜を鏡の中に引き入れたのだ。
そして早貴は突如の不意打ちに対応できずに、鳩尾にきつい拳をまともに喰らう。

「無意識かもしれないけど、あなたは味方の援護射撃範囲の内側に移動してた。位置さえ予測できれば、あ
なたの虚を突くのは簡単だった」

膝をつき、その場に倒れる早貴。
なっきぃ何やってんだよー!というぼやきとともに、次々と消えてゆく鏡の中の千聖たち。
鏡の中の空間は急速に安定を失い、そして聖たちを排出しつつ消えていった。

372名無しリゾナント:2013/03/08(金) 21:04:04
>>361-371
投稿完了
代理投稿をお願いします

373名無しリゾナント:2013/03/09(土) 16:08:05
行って参ります

374名無しリゾナント:2013/03/09(土) 16:31:24
行って参りました
息もつかせぬ戦闘シーンがつづきますね
つづきも楽しみにしています

375名無しリゾナント:2013/03/10(日) 22:48:42
・・・セヨ・・・・アオ・・・イニ・・・セヨ
アオイオモイにキョウメイセヨ!!
蒼い想いに共鳴せよ!!


「・・・共鳴せよ」
そう呟き、ゆっくりと開かれた鞘師の眼に映ったのは真っ白い見知らぬ天井
「ここは・・・どこ?」
体を起こした鞘師の両手にはふかふかのベッドの感触
ブゥゥゥンと低く響き渡る空気清浄機の音もかすかに香る塩素の消毒剤の臭いも覚えがない

「私はなにをしていたんだっけ?」
起き上がった鞘師はつい今しがた寝ていたベッドの周囲を見渡した
ベッドの端にいつも身につけている愛用のペットボトルホルダーを見つけ、手を伸ばす
腰に付けたペットボトルホルダーの中の液体がちゃぽんちゃぽんと軽やかな音をたて静かに揺れる

四方白い壁で覆われた長方形の部屋。広さはホテルの一室程度といったところか
室内には先程まで横になっていたベッドと小さなテーブルと一脚の椅子があるのみ
天井の高さは4m程度と普通と比べわずかに高い程度で、換気口などは見当たらない

「そうだ・・・香音ちゃんと買い物にでかけたんだよね」
学校帰り二人でウインドウショッピングし、屋台のたこ焼きをわけあった
他愛もない話で笑いあって盛り上がり、リゾナントに向かうことになって・・・そこから記憶がない
「香音ちゃんはどこ?」

一目で見渡せるこの部屋の中に誰かが隠れられるスペースは存在せず、あえて隠れる理由もない
ただ・・・『室内』に限ってだけだが
「やっぱりあのドアから外に出るしかないのかな」
目の端に入ったなんの特色のない普通のドアが開けてくれとばかりに圧倒的な存在感を放つ

376名無しリゾナント:2013/03/10(日) 22:49:55
重厚感のある金属で作られているわけでも、宗教的な装飾も付けられていないのに、ドアから感じる奇妙な違和感
ここにいるということがまず異常なのだ
というのも鞘師自身がなぜここにいるのか何一つとして心当たりがないからだ
しかし、何もない部屋にただいるだけでは何も進まない
とはいえ・・・この状況で恐怖や不安を感じるなというのは酷であろう
「なんだかゾンビが出てくるゲームみたい。このドアを開けたら何かが飛び込んでくる、とかないよね?」
リゾナンターの鞘師とはいえドアになかなか脚が進まない。いや進めたくなかったというのが正しいのだろう

これがゲームなら室内に何か武器や攻略のヒントとなるアイテムが存在していてもおかしくないだろう
事実を述べるならば武器ならもう手にしていた。愛用のペットボトルホルダーである
しかしベッドの下からも机の裏からも椅子の裏からもこの状況を説明しうる情報は得られなかった
手に入ったのは結局ペットボトルホルダーと机の裏に貼ってあった特段変わりない③と書いてあるシールだけ
水もない、食料もない、おまけに鞘師自身の鞄もない。外と連絡する手段はない
自分でこの現状を打破しなくてはならない−それが鞘師の導きだした答えだった

「香音ちゃんを探さなきゃ」
ドアノブに手をかけゆっくりと回す。音をたてることもなくゆっくりとドアが開く
開かれたドアの隙間から割り入ってくる光はない。少なくともドアの外は屋外ではない
何が起きても大丈夫なようにゆっくりと、そうゆっくりとなんの抵抗もなくドアは開いた

ドアの先に広がっていたのはまたもや白い壁に囲まれたホテルのエントランスほどの開かれた空間
ささやかなダンスパーティが開かれてもおかしくないくらいの広さだが、何も装飾品は置かれていない
床は大理石なのだろうか、天井から下げられたやたら大きなシャンデリアの光を反射している
壁は鞘師が今出てきた部屋と同じ壁紙で覆われ、いくつかのドアが打ちつけられている
1,2,3・・・・自分自身が開けたドア含め全部で8枚、部屋はお互い4組ずつ向かい合うように造られている

「正八角形の舘」
脳裏に浮かんだのはかつて日本でブームとなった推理小説の「舘」シリーズ
奇妙な舘で起こる不可思議な事件の数々。鞘師自身は読んだことはないがその情報だけ聞かされていた
ゾンビが出てくるゲームに奇妙な構造の建物が揃うだけで不安が否が応でも増えていく

377名無しリゾナント:2013/03/10(日) 22:51:35
扉の後ろに何かが潜んでいる恐れがあると思い最後の最後まで気は抜けなかった
ゆっくりと自分の周囲に気を張ることを忘れず、扉を閉める
「何だろう、これ」
閉じられた扉には金属プレートが打ちつけられており、『/』と印が彫られていた
スラッシュと日本語に正すと読まれるその文字は強調するように凹凸が付けられている
これは明らかに誰かが何らかの目的をもって造られたものであることは誰が見ても明らか

他の扉にも目を凝らして見ると同様のプレートが貼られている
鞘師のいた部屋の両隣のプレートは『―』と『|』
「いちといち?それともよこぼうといち?」
皆目見当つかないものの、部屋があるということはその中に何かがあるのかもしれないことの裏返し
もしかしたら香音がいるのかもしれない、そんな期待も僅かに抱かれた
とにかく入ってみなければ何も進まない。鞘師は左隣の『−』のプレートの部屋の前へと歩を進めた

扉は鞘師の『/』の部屋とまったく同じ材質、大きさであった
そのプレート以外にはなんの特色もないただのドア
「・・・いきなり開けるのは危ないかもしれない」
開けようとしてドアノブに向けた右手を途中で止める
ペットボトルホルダーから水が飛びだし、鞘師の右手に棒状になっておさまる

水限定念動力―通称、アクアキネシスが鞘師の能力
液体ならばなんでもあやつることができる能力。水を棒状にも刀のようにも、はたまた盾にも変形できる

右手の水の棍をくるくると右へ左へと鮮やかに回転させ、一旦ぴたりと止め、構えの姿勢を向ける
そして頭上から扉へと思いっきり強く打ちつけた
扉はバリバリと音をたてあっけなく崩れ、プレートがゴトンと音をたて床に落ちる
壊された扉の向こうには鞘師のいた部屋とほとんど同じ光景
真っ白い壁と一組のテーブルとイス、そしてベッド、その上に横たわる人影
「香音ちゃん!」
探し人の姿がそこにあった

378名無しリゾナント:2013/03/10(日) 22:52:37
部屋にはまだ入れない。部屋の中に仕掛けられたトラップの可能性が頭をよぎる
四角い部屋とはいえ、壁の中に何もないとは言い切れない
水の棍で何も仕掛けられていないことを確認しながらゆっくりと香音のもとへと近づいていく

改めて眺めると部屋の構造がまったく鞘師のいた部屋と同じ構造だと気がつく
ベッドの位置からテーブル、椅子、扉の配置が全く同じなのだ
鼻につく消毒剤の臭いも空気清浄機の音も同じ。ホテルのように統一されているようだ

「香音ちゃん!香音ちゃん!」
鞘師はベッドで仰向けに寝ている香音の体を大きく揺さぶって起こそうとする
呼吸はしているようで胸が大きく浮き沈みしている。唇の血色も悪くない
服の乱れもなく、怪我をしている様子もない
「う〜ん、うるさいんだろうね・・・もうちょっと休みの日くらい寝かせて欲しいな」
「香音ちゃん!おきて!休みじゃないよ!おきて!」
なおも大きく揺さぶる鞘師に対して香音はねぼけているのか目をこすりながら起き上がろうとする
「・・・あれ?里保ちゃん?おはよう、あれ里保ちゃんの家にお泊りしたんだっけ?」
「そうじゃないって!香音ちゃん、痛いところない?」
質問の意図がわからない香音は首をかしげ「別に何ともないんだろうね」と答えた

「それより、ねえ、里保ちゃん、ここどこ?香音のカバン知らない?」
周囲の白い壁や荷物がないことにようやく気がついた香音はベッドの下にないか覗き込んでいる
「ごめん、私も分かんない。ベッドの下に何かあった?」
「何もなかった。ここどこなのか里保ちゃんもわからないんだ・・・あっ!」
香音が何かを見つけたようで大声を上げた
「どうしたの?香音ちゃん何か見つけたの?」
「扉が壊されているんだろうね!里保ちゃん!大変だよ!何か化け物がいるんだろうね」
何も言えなくなった鞘師は黙って椅子に座りこんだ

しかし香音もなにも分からないことが判明した
(一体ここはどこでなんのためにここにいるんだろう?)
鞘師は椅子に座りカバンを探そうと必死な香音を目で追い始めた
「カバンないよ〜どこ〜香音の携帯どこ〜」

379名無しリゾナント:2013/03/10(日) 22:53:12
必死で荷物を探すため布団の中にもぐりこむ香音に鞘師が声をかける
「ねえ、香音ちゃん、何か覚えてない?昨日の記憶とか」
「う〜ん、里保ちゃんと一緒だったことくらいしか覚えていないんだろうね」
布団からひょっこりを顔を出して答える

「あのね香音ちゃん、これに思い当たる節ないかな?」といって鞘師は扉のプレートを差し出す
『−』とかかれたプレートを受け取り「なにこれ?」と問いかける
「この部屋の扉にかかっていた・・・・と思われるものなんだけど」
思わず扉を壊したのは自分であると言ってしまいそうになり思わず云い直す
「う〜ん、まずこれどっち向きなの?縦向き?横向き?」
香音はくるくるとプレートを持って回し始めた
そこで鞘師はプレートの裏になにか小さく書かれていることに気がついた
「香音ちゃん、ちょっとそのまま持っていて」鞘師は顔を近づける

「『すずきかのん』」
「え?香音の名前がかかれているの?やったあ」
小さく刻まれていたことになぜか誇らしげに喜ぶ香音と訝しがる鞘師
(これにはやはり何かの意味があるんだ。こんなことをするのは・・・やはりダークネスなのか?)

ダークネス・・・超人的な力を持った選ばれし者たちにより理想的な社会を作り上げろうとする謎の組織
そして、これまで何度となく敵対してきた、彼女達リゾナンターの宿敵

しかしダークネスの仕業とするにはどうしても腑に落ちないことがでてくる
(なぜ、私達を生かしているのか?そしてなんのためにここに集めたのか?そしてここは何のための施設なのか)
組織の大きさから考えるにリゾナンターは簡単につぶせるにも関わらず『あえて』潰しに来ない
むしろ成長を楽しんでいるような素振りさえあったと元リーダーの高橋も新垣も語っていた
ダークネスのリゾナンターへの対応は一貫性に欠けており、目的は未だに謎

380名無しリゾナント:2013/03/10(日) 22:53:51
必死で頭を巡らせ考えていると香音が「ん?」と声をあげた
「香音ちゃんどうしたの?」
「今ね、どこか近いところからえりちゃんの笑い声がした。探しに行こう!」
鞘師には全く聞こえなかったが、それがたとえ気のせいでも動くことに意味がある

「こっちなんだろうね」と鈴木が先頭に立って向かった先は鞘師の右隣、プレート『|』の部屋
改めて目を細めてみると、他の5つの部屋にも同様のプレートが取り付けられるのが確認できた
この隣の部屋には『\』のプレートがやはり同様に張り付けられている
これまでみた4つの部屋のプレートはいずれも違う形をしている、後で調べる必要があると鞘師は感じた

「ほら、やっぱりえりちゃんがいるんだろうね」
「まって、香音ちゃん!危ないよ!何があるのか分からないのに開けちゃダメだよ」
不用意に開けようとする香音をたしなめたが、意も介さず思いっきりドアを開けた
ドアの向こうでは生田が携帯を手に持ってにやにや笑っていた
「んふふ〜♪あ、香音、里保やん!やっほ〜おはよ〜」
こちらに気付いたのか携帯から目を離し大きく手を振ってきた
「おはよ〜えりちゃん」「お、おはよう、えりぽんなにしてるの?」
不可思議な笑いに鞘師は生田が奇妙な状況に耐えられないために精神を病んでしまったのではないかと危惧する

「え〜知りたい?んふふ♪えりね、目が覚めたらねここにいたとよ、あ!ここどこかわからん?
 それでね、とりあえずなにかないかなって探したらコートの中に携帯があったと!
 カバンはないのに携帯だけがあったと!これって奇跡やない?
 それで困ったから新垣さんに電話しようとしたら、つながらなくて・・・新垣さんに拒否されたと!
 それでショックをうけて、新垣さんになぐさめてほしくて画像フォルダの新垣さん写真をみてたと」

あまりのKY加減に状況側がむしろ浸食されるのではないかとすら感じる正常な生田の姿に安堵の溜息が洩れる
ただ生田の話が本当ならば外部との連絡は付けられないことになる
何かあった場合には誰にも頼ることが出来ない状況であることが少なくとも判明した
道重にも田中にも連絡することが出来ないのだ。全て自分の力で解決しなくてはならないのだ

381名無しリゾナント:2013/03/10(日) 22:54:46
しかしKYな生田はともかく比較的常識人の香音がいきなり部屋を開けたことに鞘師は違和感を感じた
「あのさ、香音ちゃん、もしさ、部屋開けていきなり怪物いたらどうしたの?途中に罠があったらどうするの?
 香音ちゃん一人じゃ対処できないこともあるかもしれないから次からはもうちょっと慎重に行こうよ
 私達大事な仲間なんだからね」
「・・・そうだね、ごめんね里保ちゃん。えりちゃんの声しか聴こえなかったから大丈夫だと思ったんだろうね
 でも確かに何かあったら困るから、次からは気をつけるね」
素直に香音は鞘師の忠告に首を縦に振って笑い返した

「ところでやけど、他のみんなはどこにいったと?」
新垣写真によって元気を取り戻した生田の言葉で、鞘師はこれまでの状況を簡潔に伝えた
自分達も心当たりがないこと、ここがどこかわからないこと、プレートのこと、そして他にも扉があることを
「それなら、全部の部屋を見に行くと!聖がおるかもしれんやん」

3人で残りの5つの部屋を調べると、生田の予想通り一部屋につき一人の仲間がいた
生田の右隣、『\』の部屋には譜久村
その右隣、プレート『−』の部屋には飯窪
更にその右隣、または鞘師の正面の部屋、プレート『/』には石田
鞘師の2つ左、鈴木の部屋の左隣の部屋、プレート『\』には工藤
その左の部屋、工藤の隣の部屋、プレート『|』には佐藤
鞘師の部屋を起点として時計回転に鞘師、鈴木、工藤、佐藤、石田、飯窪、譜久村、生田の部屋
もちろん8つの部屋の構造はすべて同じで、どこにも外とつながる出口はみつからなかった
すなわち・・・

「どこにも出口がないってことっちゃね。あ〜あ、どうすると〜」
KYな主は大きく手を広げ仰向けになった
「静かにしてください、生田さん!まあちゃんが起きてしまうじゃないですか!」
石田が生田に注意すると生田は小さく胸の前で手を合わせ謝った
息はしている、脈もある、怪我もしていないのになぜか佐藤は目を覚まさないのだ
これからのことについて相談しなくてはならないという譜久村の提案もあり8人は佐藤の部屋に集まった
「まあちゃん、大丈夫でしょうか?」
石田はしきりに佐藤の様子を気にしており気が気でいられないようだ

382名無しリゾナント:2013/03/10(日) 22:56:00
「だーいし!少しは落ち着いて!だーいしが焦ったってなんも変わらないんだから!
 年上なら年上らしく堂々と構えていろよ!」
ハスキ―ボイスが石田に突き刺さり、石田はバツが悪そうに俯き黙ってしまう
そういう工藤も内心不安なのだろう無意識に佐藤の右手を握ったままだ

「しかし、一体ここは本当に何なのでしょう?出口もありませんでしたよね」
美術が得意な飯窪が建物全体の見取り図を工藤の部屋になぜか置かれていたメモ帳に描いている
正八角形の建物に8つの扉。しかしどこにも出口がない
「私達どこから入ってきたんでしょうか?」
出口がないということは入口もないということ。そう、彼女達は一体どうやって連れて来られたのか
「くどぅの千里眼でもこの建物の中しか映せないなんてここは本当に私達がいた世界なんでしょうか?」
千里眼の能力を持つ工藤ならば自身が届かない範囲まで情報を集めることが出来る
―それにも関わらずこの建物の外は工藤曰く「真っ黒」でなにも視えないという

「とにかくみんなが覚えている最後の記憶をまとめることにしましょう」
8人のまとめ役となりつつある譜久村の提案もあり一人一人が順々に話し出す
鞘師と香音はお互い一緒にいたこと、工藤は格闘訓練中、石田は能力の練習中
生田は携帯のメール、飯窪は画集を読んでいたこと、譜久村は先輩と相談していたこと
それぞれの記憶を飯窪がまとめて文字に書き起こすが
「なんも共通点ないとね」生田の正直な発言がすべてを物語る
「そうですね・・・私もこういったことは初めてですし」と語るは譜久村
「まあちゃんはどうなんでしょうか?早く目覚めてくれればいいんですけど」と石田が佐藤の手を握る

ここに連れられてきた目的―それが誰にも皆目見当がつかない
何をするのか、何をさせられるのか−不安と恐怖が渦巻く中、突然ドシンと地響きがおこる
「な、なんなんだろうね?」
「じ、地震?やだ!地震怖いよ」
「違うっちゃ、さっきのは何かが落ちたような揺れっちゃん!」
「!! みんな、ホールに行きましょう!」
そういい工藤は一人部屋の入口のドアへと向かい、扉に手をかけた

383名無しリゾナント:2013/03/10(日) 22:57:14
「待って、遥ちゃん!せめてみんなに何が『視えた』かを伝えてからにし・・・」
そこまでいいかけて譜久村は言葉を失い、工藤と眠っている佐藤を除いた6人も凍りついた

工藤によって開かれたドアの先にそれは立っていた。

【 ピ ピピピ ・・・ ピ ピピピ 】

「こ、これはなんなんだろうね!!」
「鈴木さん、みたらわかるでしょう!ロボットですよ!ロボット」
扉の前に立ちはだかっていたのは自分達よりも、扉よりもはるかに大きな四足歩行型ロボット
「なんでこんなのがここにおるっちゃ!さっきまでおらんかったやろ?」
「そんなこと私に言われてもわかりませんわ!こんなこと初めてなんですから」
ロボットの肩に備え付けられたレーザーが標準を合わせるべく動きまわる
「そんな!まあちゃん、はやくおきてください!逃げないと危ないよ」
「・・・」
天井のシャンデリアが重厚感ある鉄の胴体を照らし、照らされた体には恐怖でひきつる工藤の顔が映る
「くどぅ、速くそのロボットから離れてください!レーザーに狙われたらひとたまりもありませんよ!」
慌てふためくメンバー達を尻目に鞘師は一人、ただ冷静に覚悟を決めていた

謎の洋館に集められた私達8人、そこに現れた謎のロボット
出口はなく、逃げ場もない。敵の目的は不明だが、あのロボットから私達を始末する気なのは疑う余地はない
少なくとも私はまだ死ぬ気はないし、誰も死なせない
それならすることは一つ、戦って、生き抜く。そして、この状況から抜け出すんだ!

静かにロボットに向けられた二つの眼には熱い「生」への執着の炎が燃えたぎる

【ピ ピピ ・・・ モクヒョウ ハッケン モクヒョウ ハッケン サイサツシマス】
抑揚のない電子音が静かに響き、赤い二つの光が8人を見下ろした

384名無しリゾナント:2013/03/10(日) 23:04:45
>>
「米」の第一話です。読み方はまだ明かしません。前話で軽く予告していた話ですw
出オチにならないように頑張って書いて行きます
主役は鞘師さんです。別に鞘師さん推しではなく、理由があるので他メン推しはご理解ください
次回は一ヶ月以内に上げれればいいんですが期待しないでください

以上代理投稿よろしくお願いします。
今回はマジで誤字脱字がないようにしないといけないな・・・

385名無しリゾナント:2013/03/11(月) 19:14:36
>>384
384で鞘師さんメインとはシャレてますねw
行ってきましょう

386名無しリゾナント:2013/03/11(月) 19:23:03
行ってきました
久々に保全話置きに来たんですけどこちらに上がっていたので代理作業に変更しましたぜ

続き楽しみにしてます
誤字探しも楽しみにしていますw

387名無しリゾナント:2013/03/11(月) 23:35:38
>>386
代理投稿ありがとうございました。
いきなり誤字ありましたねw アハハ・・ふぅ
何かおかしい、ズレを感じて欲しい作品です

388名無しリゾナント:2013/03/13(水) 22:56:36
>>374
代理投稿ありがとうございました
二つの戦いにようやく終わりが見えかけてきた気がw

では続きを投下します

389名無しリゾナント:2013/03/13(水) 22:59:07
>>391-401 の続きです



しばらくは落下した鉄骨による土煙でもうもうとしていた建設現場だったが、視界が晴れるとともに、れいなは大きな違
和感に気づく。

あいつらが…いない!?

そう。
れいなが空中戦で叩きのめしたベリーズのメンバーたちが、忽然と姿を消しているのだ。
あの速度で落下し地面に激突していれば、身動きすることすら不可能なはず。
周囲の様子を窺っていると、頭上から声がした。

「…やっぱり、一筋縄ではいかないみたいね」
「あんたは!!」

れいなの居る場所からはるか上方に、その女は浮かんでいた。
鉄骨の枠組が崩壊した時に姿を消していた、ベリーズのキャプテン。

「でも、これからあんたは地獄を見ることになる」

佐紀が言うとともに、背後に六つの顔が浮かび上がる。
雅。茉麻。千奈美。友理奈。梨沙子。そしてれいなとは戦っていない桃子までいた。

「ベリーズは、7人でひとつ」
「その意味を、その身で理解しな」
「ようこそ、うちらの世界へ」
「もう逃げられないよー」
「『七房陣』は既に、あんたを捉えてる」
「死んじゃっても、許してにゃん」

六人の顔が、六つの光の玉となり、れいなに襲いかかる。
避けようとするれいな、だがそれよりも速く光の玉がれいなの体に纏わりついた。

390名無しリゾナント:2013/03/13(水) 23:00:13
「なにこれ、動け…ん…」

抵抗する事もできずに、そのままれいなは光の渦へと呑み込まれていく。

「れいなっ!!」

大きな声で呼びかけたのはさゆみだった。
階上から轟く、隕石でも落ちてきたかのような大きな音に目を覚まし、心配になって地上に上がってきたのだ。
そして目にしたのは、六色の光に包まれているれいな。

「さ、ゆ?」
「今助けるから!」

れいなのもとに走り、その手を掴もうとするさゆみ。
しかし、手ごたえはなく空を切ってしまう。

「あんたの相手は後でしてあげる。こいつを始末してからね」

佐紀もまた、光となり、先にれいなを溶かしつつあった六色の光に合流する。
そして七色の光の塊になったれいなは、そのまま光の収縮とともに消えてしまった。

「れいな!れいな!!」

荒廃した建設現場に、さゆみの声だけが木霊していた。

391名無しリゾナント:2013/03/13(水) 23:01:23


黄色い、部屋。
包んでいた光が消えると同時にれいなの視界に飛び込んできたのは、薄い黄色の壁紙。
小さな、部屋だった。品の良さそうなテーブルに、黄色のバラが飾られている。椅子に座り、微笑んでいる、
ベリーズのキャプテン・佐紀。

「おぱょ」
「!!」

咄嗟に後ずさり、戦闘態勢をとるれいな。
しかし相手は動じることなく、テーブルにあったティーポットをティーカップに傾けている。

「ようこそ、『私の部屋』へ? お茶でも、飲む?」
「…遠慮しとく。そんなことしてる暇、ないけん」
「あら。残念」

佐紀が、飾られたバラの花にふぅ、と息を吹きかける。
凄まじい衝撃。理解のできない力によりれいなは吹き飛ばされた。
飛ばされた先にあった黄色の扉が開き、外へ弾き出された形で床に激突してしまう。

「あいたた…何が、起こったと?」

辺りを見回すれいなは、先ほどとは別の部屋にいることに気づく。
赤。赤をふんだんにあしらった部屋。壁に描かれた大きな電球の絵と、棚に飾られてる唇のオブジェがいかにも
ポップだ。

「何してるんだゆー」
「あんたは…?」

椅子に座っている、一人の少女。手には、魔法使いが持っているような、杖。
西洋の血が入っているかのような顔つき。どこかで見たことのある顔。
だが、明らかにれいなが知っている彼女とは違う。

392名無しリゾナント:2013/03/13(水) 23:02:59
「いや、でも明らかに小さいし、痩せ」
「失礼なこと言ってんじゃないんだゆ!」

小さな少女 ― 梨沙子 ― が、杖を振るう。
すると唇のオブジェが開き、そこから猛烈な風が吹き荒れた。

「くっ!これは!?」
「体の芯まで凍らす冷気だゆ」

風が、れいなの体温を急速に奪ってゆく。
視界が、意識が白に覆われてゆく。
猛吹雪が去った後にれいなが見たものは、先ほどとはまったく別の部屋だった。

今度は、紫。
紫の絨毯に、紫の壁。紫に塗られた鹿の頭を模したレリーフ。
その部屋の中心にいるのは、派手な顔つきの炎使い・雅。

「あんたか!」
「ベリーズワールド、楽しんできなよ!」

手から揺らぐ、炎。
雅が、れいなに向けて紅蓮の息吹を吹き付ける。さらに、鹿のレリーフの口が開き、そこからも火炎が放射さ
れた。狭い部屋での二方向からの攻撃。このままではれいなのローストの完成だ。

あんなところに扉が!!

目ざとく紫色の扉を見つけたれいなが、俊敏な動きで移動し、扉を開け放つ。
そこはやはり、小さな部屋だった。

オレンジ。
まるで太陽のような温かみのある色に囲まれた部屋に鎮座するのは。

393名無しリゾナント:2013/03/13(水) 23:03:53
「ようこそ、千奈美の部屋へ」

幻視能力の使い手が軽く手を挙げると、彼女の後ろに飾られてあった紙人形が、そして絵の中の人影が、ゆ
らりと動き出す。

「これも幻術とかいな!」
「幻かどうか、試してみなよ」

襲いかかる三体の異形。
試しに体勢を屈めて足払いを繰り出すと、手ごたえとともに異形たちが倒れてゆく。
幻術じゃ…ない?
考える間もなく、さらにその後ろから紙人形が飛び掛ってきた。

右の紙人形にローキック。
真ん中の紙人形に返しのミドルキック。
左の紙人形にはそこから二段のハイキック。

倒した先に、更に四体の紙人形が。
この狭い部屋の中では、きりがない。
判断したれいなが、さらなる突破口を見出す。

勢いよく開かれる、オレンジの扉。
その先もまた、小部屋。今度は青に染められた部屋。

「もう、次から次へと…こんなの、好かん!」

と言っては見たものの、今度の部屋には誰も居ない。
青いベッドが、部屋の真ん中に置かれているだけだ。

「どこに、どこにおると?!」

今までの部屋には、ベリーズのメンバーが待ち構えていた。
ここにも必ず、誰かがいるはず。
れいなの勘は、正しかった。正しかった、が。

394名無しリゾナント:2013/03/13(水) 23:05:12
背後から、巨大な手が襲来する。
あっという間にれいなの体を掴んだその手は、れいなごと遥か上空へと上がってゆく。
体をぎゅうぎゅうに握り潰されたれいなが見たものは、大きな、目。
いや、れいなの何十倍もの大きさになった茉麻の目だった。

「気分はどう?逃げられるものなら、逃げてごらんよ」

意地悪く微笑む茉麻。
れいなは自らの力を増幅させ、強力な握力から開放されようとするが、びくともしない。
体の大きさが、あまりにも違いすぎる。

「くそ、開かん!この馬鹿力っ!!」
「ほら、次の部屋が待ってるよ」

今度は茉麻がれいなの首根っこを摘んで、大きな木枠の窓まで持ってゆく。
足をじたばたさせて抵抗するも、開けられた窓の外へと放りだされてしまった。

「あ痛っ!」

そのまま尻餅をつき、したたか尻を打つれいな。
部屋の色は、緑。鉢植えに植えられた観葉植物と、壁に描かれた観葉植物の絵。
見ている暇もなく、体を浮かせられた。

「重力操作!ってことは…」
「はい、正解です」

ぬぼっとした声とともに、本物と偽物、二つの観葉植物の枝がれいなに向かって伸び、そして動きを封じる
ように巻きつく。

「さてどうしましょうか。ここでゆっくり死んでく?それとも違う場所で死ぬ?」
「どっちも…お断りったい!!」

395名無しリゾナント:2013/03/13(水) 23:06:17
絡みついた枝葉を引きちぎり、友理奈に向き直る。
すると友理奈は、

「あーあー、だめじゃん。植物だって生きてるんだから、大事にしないと」

などととぼけたことを言い始めた。

「れいなだって生きて…」
「はいはい。お楽しみはこれから」

突如として、襲いかかる観葉植物の枝。それも、先ほどとは違い無数の枝の集まり。
勢いのままにれいなを突き飛ばし、隣の部屋へと追い出した。

「くそ、一体どうなってると!!」
「おかえり。随分早かったのね」

振り返るとそこは、黄色い部屋。
最初に顔を合わせた佐紀が、優雅に紅茶を愉しんでいる。

「あんた、説明しい!」
「言ったでしょ。ようこそ、『私の部屋』へって。正確に言えば、『私たちの部屋』だけど」
「はぁ?それってどういう」
「『ベリーズ七房陣』。あなたは、決してここから逃れられない」

佐紀の目が、かっと見開かれる。
れいなの体に、強い衝撃。
逆らい難い力により、れいなはまたしても扉の向こうに飛ばされてしまった。
飛ばされた先の部屋の椅子やらテーブルやらをなぎ倒し、床に転がるれいな。

396名無しリゾナント:2013/03/13(水) 23:08:00
「あたたた…今度はどこに飛ばされたとかいな」

立ち上がろうとしたところを、下からの蹴りが襲う。
咄嗟に後ずさるが、今度は背後の敵から組み付かれる。
ホールドを解き、渾身の肘打ちを食らわしながら、二方が見える場所へと移動した。

「今度は、二人?」
「ここは『あたしたちの部屋』だゆ」
「あたしたちの世界。何でも叶う、世界」

右に、先ほど対峙した幼い少女の姿をした、梨沙子。
そして左に、凍てつく刃を構えた大人の姿の、梨沙子。

「ほんとは魔法使いになりたかったんだゆ」
「望んで得た能力じゃない。けど、氷を操る能力は…私の能力」

れいなを挟み、二人の梨沙子が仕掛ける。
心の臓めがけ突き出された鋭い突き。魔法の杖が生み出す、氷の吹雪。
どちらを先に倒す。右か。左か。
だがれいなは、バックステップから大きく後ろに宙返り。

「逃げたゆ!!」
「でもここは小さな部屋、あの勢いじゃ天井にぶつかる」
「あんたらに付き合ってる暇なんかないけん、強行突破!!」

天井を蹴破れば、部屋の中にいる人間より優位に立てる。
れいなの強烈な蹴りが、天井の化粧板を破壊。そのまま上方に飛び上がるかと思えた。
だが。

397名無しリゾナント:2013/03/13(水) 23:09:10
「ずるは許さないゆー」

またしても得体の知れない力が、れいなを叩き伏せる。
墜落し床面に激突したれいなが移動したのは、またしても紫の部屋。

「また来てくれたんだ」
「来たくて来たわけじゃないと!!」

雅が嬉しそうに、れいなに向け炎を放射する。
それを右に避け、懐に近づくと思い切り手首を掴みあげた。

「な、何すんのよ!」
「そんなに燃やしたかったら、全部燃やしぃ!!」

急に矛先を変えられた炎の奔流が、紫の壁を、絨毯を嘗め尽くす。
あっという間に火の海と化した部屋。

「だからさあ、無駄なんだって」
「はぁ?」

呆れたようにため息をつく雅を睨み付けるれいなだが、既に相手が雅ではないことに気づく。

「ここは『あたしたちの部屋』」

千奈美が現れるとともに、部屋がオレンジ色に変わってゆく。

「あんたが好きにできる世界じゃないんだよ」

千奈美から茉麻へと変化する、人影。

「抵抗は無駄なんだよね」

部屋がグリーンに染め上げられ、そこからさらにピンク色のハートマークが目立つ部屋へと変わってゆく。

「田中さんは、二度とここから出られないんですぅ。うふふふ」

友理奈から変化した桃子が、ぬいぐるみを抱いて微笑む。

398名無しリゾナント:2013/03/13(水) 23:12:59
それをきっかけに矢継ぎ早に変わる部屋。変わる人影。
黄色、赤、紫、オレンジ、青、緑、ピンク、黄色、赤、紫、オレンジ、青、緑、ピンク、黄色、赤、紫、オレンジ、青、緑、ピンク。
佐紀、梨沙子、雅、千奈美、茉麻、友理奈、桃子、佐紀、梨沙子、雅、千奈美、茉麻、友理奈、桃子、佐紀、梨沙子、雅、千奈美、茉麻、友理奈、桃子。

れいなの頭に激しく入り乱れる、色、声。
視覚から、聴覚から忍び込む情報が、心を激しく攪乱させる。
終わらない「七房陣」。
一瞬とも、永遠とも言えない時間の中でとうとうれいなは叫び声をあげた。

「もう、やめり!!!!!」

黒。
まったくの黒に覆われた。
新しい世界。
けれどそこは、最終地点。

七つの光に包まれた、黒い闇。
その闇に、れいなはずぶずぶと呑み込まれてゆく。

「お疲れ様。でもここが終着地だよ」

黄色い光に包まれた佐紀の、優しく残酷な声が聞こえた。

399名無しリゾナント:2013/03/13(水) 23:16:40
>>389-398
投稿完了
代理投稿お願いします。

http://www.youtube.com/watch?v=AmkYQZFntGY
が元ネタですが分かりにくかったのはおそらく作者の腕のせいですw

400名無しリゾナント:2013/03/14(木) 20:09:03
代理投稿承った
ただ>>397は行数オーバーっぽいんで少し修正してから代行しますねん

401名無しリゾナント:2013/03/14(木) 20:30:51
完了
筆が滑らかすぎて行数もオーバーっぽくてw
二転三転するめまぐるしい展開だなあ

402名無しリゾナント:2013/03/17(日) 01:07:58
>>401
代理投稿ありがとうございます
いろいろお手数おかけしました(汗

それでは続きを投下します

403名無しリゾナント:2013/03/17(日) 01:11:34
>>531-540 の続きです


早貴の敗退。
その事実が、残されたキュートメンバーの表情を固くする。
こちらが三人なのに対し、リゾナンターの戦闘可能人数はその倍。
固く目を閉じ、沈黙していた舞美が、口を開く。

「愛理。千聖。『あれ』、使って良いよ」

愛理と千聖の顔色が変わる。

「でも舞美ちゃん、あれはまだ」
「大丈夫。二人なら、できる」

舞美は愛理の手を両手で掴み、眼差しを向ける。
「あれ」の話が出た時には不安で覆われていた心が、ぱあっと晴れてゆくのを愛理は感じていた。

「そうだね。やらなきゃ、わかんないよね」
「よしっ、じゃあ一発ぶちかましていきますか!」

千聖もまた、愛理以上にプレッシャーに飲まれて後ろ向きな気持ちになっていた。
しかし、舞美の一言がスイッチングとなる。二人なら、できる。
やらなければならない、キュートの理想の実現のために。

もう、迷いはなかった。
愛理が、千聖が、リゾナンターが待ち構える戦いの場へと赴いてゆく。

404名無しリゾナント:2013/03/17(日) 01:12:55
対する若きリゾナンターたちも、決して楽観視できる状況ではない。
香音が倒れ、遥も体力を大幅に消耗してしまった。亜佑美も先ほどの高速移動の酷使が響き、疲労が激しい。今後のことも考えると
聖が二人に治癒の力を使うことはできない。戦闘にまったく向かない優樹を除けば、戦えるのは聖、衣梨奈、里保、春菜の四人。

「今度こそえりが出るっちゃん!あのちびをボコボコにしてやるけん!!」

鼻息荒く、衣梨奈が拳を握る。
春菜もまた先ほどのリベンジとばかりにやる気を出している。

「決まりだね。私と聖ちゃんはあの人に集中しよう」

言いながら、遠くの舞美に目を向ける里保。
舞美が相当の使い手であることは、里保自身肌で感じ取っていた。だからこそ、意識を集中させる。
いつでも、懐の刀を抜けるように。

衣梨奈と春菜。
愛理と千聖。
空間の中央で対峙する、二組の少女たち。

「へえ。今度はこそこそ隠れて狙撃せんとね?」
「うるさいばーか。お前なんて正面からやっつけられるっての」

互いに火花を散らしあう、衣梨奈と千聖。

「勝たせて、もらいますよ?」
「うん。負けないから」

対する春菜と愛理は、言葉の裏に闘志を滲ませる。
全員に共通する言葉、それは「勝利」の二文字のみ。

405名無しリゾナント:2013/03/17(日) 01:15:20
千聖が、両手をピストルの形にして衣梨奈たちに向ける。
先手必勝。発射された念動弾が空気を割きながら、二人の眉間を狙い飛んできた。
両脇へと回避する二人だが、その隙に愛理が前方へ、千聖が後方へと移動する。

「生田さん、おそらく前の子は何らかの直接攻撃方法を持ってます!」

千聖がどちらかと言えば、誰かのサポートを得て能力を行使する戦い方を好むことを、春菜は肌で感じ取っていた。そして愛理とと
もに取ったフォーメーションは、まさしく前衛の攻撃に対する援護射撃のためのもの。

「おっけー!」

衣梨奈が、両手を翳してピアノ線を展開させた。
下手に突っ込めばピアノ線に触れた瞬間、精神破壊能力が襲う。
しかし愛理は一歩も動くことなく、にへらと笑みを浮かべている。

「…なんかむかつくっちゃけど」

まるで挑発してるかのような愛理に、衣梨奈は苛立ちを隠せない。
何かを隠してる。
相手の余裕から明らかではあるが、直情型の彼女にとってはただまどろっこしいだけだ。

「いいと。お望みどおり、正面突破!」
「生田さん!?敵の罠ですよ!!」
「世界一を目指す能力者は、退かん!媚びん!省みん!!」

春菜の制止も聞かずに、愛理へと突っ込んでゆく衣梨奈だが、突如その足が止まる。
愛理は先ほどの位置から、動いていない。ただ、口をゆっくりと動かしている。その様子は、まるで歌っているかのようだった。

406名無しリゾナント:2013/03/17(日) 01:16:40
「どうしたんですか!?」
「何か知らんけど、動けん…」

様子を変に思った春菜が、話しかける。
脂汗を垂らし、立ち尽くしている衣梨奈。
そこを、後方の千聖が狙い澄ましたかのように念動弾を放つ。

春菜が弾けるような瞬発力で、衣梨奈の体を攫い、後方に下がった。
衣梨奈は悔しそうな表情で愛理を睨み付けるが、当の本人はまたしても緩んだ笑顔を見せている。

「あいつ、何したとかいな。急に、体が動けんくなって」
「大丈夫です。謎は、解けました」

再び、春菜が愛理たちのほうへ向く。
その表情は、自信に満ちていた。

「私があの子の相手をします。生田さんは、後ろの子を」
「あ、うん。わかった」

半信半疑の衣梨奈を他所に、春菜が走り出す。
目指すは、愛理。余裕を持っていた愛理が、春菜の接近を許した時に、初めて表情を引き締めた。

「あれ、どうして」
「あなたの能力は、『音波操作』ですよね?生田さんを連れ戻した時にわかりました」

春菜の言うとおり、愛理は音波を自在に操る能力者だった。歌っているように見えたのは、衣梨奈を近づけさせない音波を発してい
たため。
低周波の防護壁をまともに突破しようとした衣梨奈は、その影響を受け、動けなくなってしまったというわけだ。

407名無しリゾナント:2013/03/17(日) 01:18:03
そしてそのことに気づいた春菜は。
五感のうちの聴力をシャットダウンし、音の壁を無力化した。
あとは、相手を「歌わせない」ことに専念するだけ。

愛理が春菜の妨害を受けている隙に、衣梨奈が前線に飛び出す。
原理はわからんっちゃけど、平気みたい!
低周波が発生していた地帯を通り抜け、千聖目がけて突っ走る。

「げ。あいつ!」
「今度こそそのあほ面、泣き顔に変えてやるけん!」

狙いを定め、ピアノ線を射出。
しかし敵もさるもの、体を転がす大胆な避け方で絡め取られるのを防いだ。

「ちょっと何しとっと!大人しくえりの『新垣さん仕込みの』操糸術の餌食になりぃ!」
「なるわけないだろバカ!お前こそ千聖の100発100中の念動弾に打ち抜かれろよ!」

さらに転がった先から体勢を整え、衣梨奈に指先の銃口を向ける。
至近距離からの射撃は、圧倒的に千聖の有利。

「格の違いってやつを、見せ付けてやるよ!!」

来る!しかも複数!!
指先に集まる光の大きさから弾数を想定した衣梨奈。脳裏に、最初の戦いにおいて無数の念動弾に打ち抜かれた恐怖が蘇る。

苦し紛れか、衣梨奈が自らの前にピアノ線を張り巡らせる。
ただその脆弱な結界では、強力な銃弾を防ぎきれないのは明白。

408名無しリゾナント:2013/03/17(日) 01:19:28
打ち出した念動弾の数発が、線を断ち切る。
軌道から身を避ける衣梨奈だが、そこを狙われてしまえば身体能力に関しては常人よりやや上程度の彼女に回避の術はない。

次々と、千聖の狙撃が続く。
かと思われたが、何かに気づき大きく後ずさる。

「何ね。気づいとうと?」
「ちくしょう、小賢しいマネしやがって!!」

千聖が避けたのは、自身に向かって弾け飛んだ鋭い曲線。
千聖が念動弾で断ち切ったピアノ線だった。
衣梨奈はわざと線が切れやすいように、線の結界を必要以上に強く張っていた。切れるぎりぎりの張力で張られていたピアノ線は、
限界を迎えるとともにその切っ先を千聖に向け飛んできたのだ。

刻まれた恐怖を前に、後退していた衣梨奈の心は、ぎりぎりのところで踏みとどまった。
ここで自分が倒れてしまえば、戦況がより不利な状況に傾いてしまう。とともに倒されてしまった遥や香音、亜佑美の仇を討つこ
とができなくなってしまう。
その思いが、彼女に勇気と逆転の一手をもたらしたのだった。

再び、互いの距離を広げた二人。
状況は振り出しに戻っていた。

一方、愛理を接近戦に持ち込んだ春菜は。
刃物のような何かで、切り刻まれた衣服。腕から流す鮮血が痛々しい。
その様子を見ている愛理は、だらしない笑顔を見せる。

409名無しリゾナント:2013/03/17(日) 01:22:02
「あたしの武器が低周波だけだと思ったでしょ。ところが。違うんだなあ」
「確かに。油断してました…」

五感強化によって聴力に力を集中していた春菜は、自分を切り裂いた何かの正体に気づいていた。
高周波。音波を操る事ができるのなら、出せても不思議ではない。
懐に近づき、近接攻撃によって音を封じる。春菜の作戦は上手くいっていたかのように見えた。しかし、愛理は近接時の攻撃
方法も持っていたわけである。

「でも。私が近づかなければ、あなたも攻撃できませんよね?」
「だね。攻撃なだけにこう、げき的なことをしないとね」

寒いギャグを挟みつつも、愛理は春菜に向かって微笑む。
この人、まだ何かを隠してる。
春菜は相手が隠し持つ切り札の存在を警戒する。

「愛理、いったん集合」
「ほーい」

千聖の呼びかけに、愛理が応える。
愛理が千聖に、千聖が愛理に近づくことで膠着状態は一旦解かれることとなった。

「はるなん、大丈夫!?」
「私は大丈夫です。高周波による攻撃と言っても、威力はそう高くありませんでしたから」

衣梨奈と春菜も同じように、一組になって体勢を固める。
相手の仕掛ける攻撃に対しては手も足も出ないのが実情だが、相手も条件は同じ。つまり、先に突破口を見つけた側が勝利す
る。春菜は、そう考えていた。

410名無しリゾナント:2013/03/17(日) 01:24:20
>>403-409
投稿完了
少し長くなるので途中で切りました
お手数ですが代理投稿お願いします

411名無しリゾナント:2013/03/17(日) 09:58:21
行って参ります

412名無しリゾナント:2013/03/17(日) 10:05:06
行って参りました
投下が遅くなってしまい申し訳ないです
戦闘の合間のえりぽんと岡井ちゃんの口の悪さがなかなか好きですw

413名無しリゾナント:2013/03/17(日) 22:07:01
>>412
ありがとうございます
もしえりぽんと岡井ちゃんが初対面の敵同士だったら、と想定したらこんなの
になってしまいましたw

では、立て続けですが続きを投下します

414名無しリゾナント:2013/03/17(日) 22:09:25
>>594-600 の続きです

春菜の、聴力強化した耳が空間のほんの僅かな音の変化を察知する。
愛理が攻撃準備に入っている証拠だった。
間違いなく仕掛けてくる。
春菜は衣梨奈に向き直り、その危険性を知らせる。

「生田さん、気をつけて!あの人たち、攻撃してきます」
「わかっとう!!」

衣梨奈もまた、相手の高まる気配に最大限の警戒をしていた。
大技が来る。それを、凌がなければならない。
愛理と千聖に目を向けると、二人が攻撃態勢を取っているのが見えた。

「かぁーっ、実戦で使うのはじめてだからさ、緊張するなあ」
「大丈夫だよ。舞美ちゃんがそう言ってくれたんだもん」
「…だよね」

珍しく顔を強張らせる千聖に、愛理が励ましの言葉をかける。
幼い頃にダークネスに拾われた二人には、いや、今は倒れている舞や早貴にとっても、リーダーである舞美の言葉は道しるべ
であり、心の支えでもあった。
その彼女が大丈夫だと言ってくれた。疑う余地は、ない。

415名無しリゾナント:2013/03/17(日) 22:10:28
「いくよ千聖!」
「おっけ!!お前らこれでも喰らいやがれ、名づけて『奏式幽世(かなしきヘブン)』!!!」

叫び声と同時に、千聖がこれでもかというくらいに念動弾を打ち出した。
一見ただの無差別攻撃に見えるそれ。衣梨奈が、防護のためのピアノ線を張り巡らす。
だが、春菜の目が、耳が向かってくる念動弾の危険性を察知する。

「あれを、あれを受けたらダメです!!」
「え?」

唸りを上げて迫ってくる念動弾。
その一つ一つが、愛理の操る高周波を纏っていた。
当然、その威力・攻撃範囲は通常の念動弾のそれをはるかに上回る。

最早攻撃範囲から逃れられない春菜と衣梨奈は、「奏式幽世」の餌食となってしまった。
体を巻き込まれ、鋭い衝撃が全身を襲う。全てが切り刻まれ、鮮血を噴出させる。
その威力は最早、音響兵器と言っても過言ではなかった。

「はるなん!えりぽん!!」

念動弾になぎ倒される二人を見て、思わず叫び声をあげる里保。
しかし、念動弾の勢いは衰えることなく、さらに里保たちに向かって牙を剥く。

416名無しリゾナント:2013/03/17(日) 22:13:38
里保、聖、優樹はともかくとして。
極度の疲労から眠ってしまった遥、亜佑美、目を覚まさない香音。特に透過能力を使用できる香音が倒れているのはまずい、
いや、彼女の能力をもってしても攻撃を無効化できるかどうか。

ここは自分が凌ぐしかない。
堅い決意をもって、里保が腰のホルダーから水の入ったペットボトルを取り出す。そして徐に、鞘から抜いた愛刀「驟雨環奔」
に水を垂らしていった。
使い手が達人であれば水を友とし、その能力を最大限に発揮すると言われている魔性の刀を、里保は力強く握り締めた。

「はあっ!!」

袈裟懸けに、空に向かい刃を振るう里保。
前面に、大きな水の膜が生成されていく。無防備に突っ込んでくる念動弾はその勢いを失い、消えてゆくのみ。でも、そうはな
らなかった。

まるで存在を迎え入れるかのように、接触した部分から穴を広げてゆく水の壁。
念動弾を包み込む高周波が、水を弾き、次々と突き抜けてゆく。
猛り狂った銃弾たちが、一気に里保たちに襲い掛かろうとしていた。

まさかの全滅。
想定していなかった事態に、聖は固く目を瞑る。
自分達の力では、敵わない相手だったのか。深く、沈んでゆく心。
それを引き上げたのは、里保の誰かを呼ぶ叫び声だった。

417名無しリゾナント:2013/03/17(日) 22:15:00
「まーちゃん!!まーちゃん!!!」

え…まーちゃん?
ゆっくりと目を開けた聖が見たものは。

優樹が、自分達に背を向けて、立っている姿だった。
手足を大きく広げて、後ろのみんなを守るようにして。
だが、受けたダメージが尋常ではないことは、足元の大きな血溜まりからして明らかだった。

まさか、瞬間移動を使ったの?

任意の人物を、自らの前に移動することができる、優樹の能力。
彼女自身が存在を熟知していれば対象は、人に限ったことではない。物体も、そしてエネルギーも。
優樹は、迫り来る念動弾を全て、自らのもとに引き寄せていた。

「ふくぬらさん、さやしすん。だい…じょうぶ?」

振り向いた優樹が、優しく微笑む。
念動弾に切り裂かれ、ぼろぼろになっても。彼女の笑顔の輝きが失われることはなかった。
けれど、そのまま糸が切れたかのように、ゆっくりと崩れ落ちる優樹。

「まーちゃん!しっかり!しっかりしてよ!!」

里保が珍しく、感情を露にして倒れた優樹にすがりつく。
その姿を見て、聖は自分が大きな過ちを犯していたことに気がついた。

418名無しリゾナント:2013/03/17(日) 22:16:39
― この力は、使っちゃだめだよ。…みたいになりたくないでしょ。―

温存。禁忌。
そんなことを、言っている場合ではなかった。そんな生温い考えで勝てる、相手じゃなかった。
聖は、激しい後悔の念を抱くように、自らの体をきつく抱きしめていた。


「凄い威力だね。うちらじゃコントロールしきれないくらいに」

大技を放った千聖が、肩で大きく息をつく。
愛理との合体技「奏式幽世」は、二人の予想を大きく超えた威力でリゾナンターたちを蹂躙した。
遠目から見ても、おそらく全滅に近い状況だと千聖は判断した。

「舞美ちゃんたちも無事みたいだし、最初の試みとしては成功だったんじゃない?」

愛理が、後方の舞美たちに目を向ける。
「奏式幽世」はリゾナンターたちだけではなく、味方である舞美たちにも襲い掛かっていた。ただ、笑顔で親指を立て
る彼女の様子から、どうやら被害はなかったようだった。

「これで終わりかな?」
「まって、まだ誰かが立ってる」

千聖が、念動弾がなぎ倒し尽くした場所に人が立っているのを見つける。
体をぼろ雑巾にされ、長い髪を前方に垂らして、それでも立っている少女がいた。
春菜は、全ての気力を振り絞ってその場に立っていた。

419名無しリゾナント:2013/03/17(日) 22:17:52
「どうする、千聖」
「あんな死に損ない、千聖一人で十分っしょ」

共に出ようとする愛理を制し、千聖が前に出る。
ふらふらとこちらに向かってくる春菜、しかし千聖にとってはただの動く的だ。

「なんかさあ、こういうゾンビゲーあったよね」

嘲笑いつつ、両手を合わせ照準を春菜の頭部に合わせる。
右に、左にゆっくり揺れながら近づいてくる相手にとどめを刺すだけ。
ゆっくりと息を吐き、狙撃に意識を集中させる。

と、千聖の視界から春菜が消えた。
上空に飛び上がった春菜は、先ほどまでの瀕死の動きからは想像つかないほどの俊敏な動きで千聖に迫り来る。

「騙したな!!」

両手を離し、二丁拳銃の要領で銃弾を撃ちまくる千聖。
だが、春菜の動きは止まらない。勢いが衰えない。

触覚をシャットダウンすることで、今の春菜は痛みをまったく感じない。
逆に言えば、死に繋がるような損傷を知覚することができなかった。
それでも、構わない。私のこの働きが、チーム全体の勝利に繋がるのなら。

420名無しリゾナント:2013/03/17(日) 22:19:22
いくら銃弾を打ち込もうが、足を止めない春菜。
さすがの千聖も直接やり合うのを避けるため、回避行動を取ろうとする。が、足元に絡みつく何かによって動
くことができない。何事かと思い自らの足元を見ると、一本のピアノ線が何重にも巻きつきながら、遠くの衣
梨奈の手まで伸びていた。

「あいつ!!」
「お仕置きの時間ですよっ!!」

それに気を取られている隙に、春菜に胸元を掴まれた。
もう、逃げられない。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!!!!!!!!」

目まぐるしい春菜の拳の応酬。
拳の触覚をなくすことで、限界を超えたパンチのラッシュを加えることが可能となる。
皮膚が裂け、拳の骨が折れても殴り続けることをやめない春菜の前に、抵抗すらできないまま千聖は遠くに吹
き飛び、そのまま動かなくなった。

「千聖!!」

圧倒的に有利な立場にいた千聖が、あっという間にやられてしまった。
同時に春菜も倒れるのを確認し、吹き飛ばされた千聖のもとに愛理が走る。
これでもう「奏式幽世」は使えない。残りのリゾナンターと戦う際は別の方法を考えなければならない。だが、
愛理の思考はそこで中断される。

421名無しリゾナント:2013/03/17(日) 22:24:04
ずん、と空気が重くなるような感覚。
辺りを見回す愛理。相打ちのような形で倒れたはずの春菜がもたらしているものか。
いや違う。横たわっている彼女からは気配を感じない。
とすれば、向こうか。

愛理が、遠くへと視線を移す。
そこには、こちらのほうを強く睨む一人の少女がいた。

「確かあの子は、能力複写の…」

だが、愛理が確認しているのは治癒能力と、早貴から複写した鏡の中に入る能力の二つだけ。どちらも、愛理
にとっては恐れるに足りない能力。

じゃあ、何でわたしが、こんなに気圧されてるの?

空気の変化を感じた時から、愛理の心を覆う暗い雲。
理由はすぐに判明した。
聖の長い髪が、風にゆられ靡き、やがて逆巻き始める。

「許さない。あなたたちは、絶対に許さない!!」

かつてリゾナンターに、自由に流れる風のような少女がいた。
そして今聖が使っているのは、その少女が行使していた力と同一のもの。

風使い。それが聖のストックした、三番目の能力。
何があっても使うまいと決めていたその能力が、開放される。

422名無しリゾナント:2013/03/17(日) 22:24:58
「聖ちゃんそれは亀井さんの…!駄目だよその力を使ったら!!」
「ごめんね里保ちゃん。でも」

この力を使わないと、あの人たちには勝てない。
その言葉は、聖の中へと飲み込まれていった。代わりに、独り言のように呟いた。

「きっとあの人に、亀井さんに出会った時からこの力を使うことが決まってたのかもしれない」

切り裂くほどの鋭い風を纏い、聖が愛理に近づいてゆく。

なるほど、あの子の切り札は「風使い」か。

こちらにまで届いてきそうな猛烈な風を前に、愛理は推測する。
もちろん、黙って接近を許す愛理ではない。
瞳を閉じ、「歌」を歌う。
低周波の破壊力に床が崩れ、大小の瓦礫が聖に向かって飛んでいった。

その流れに乗るようにして、愛理自身も聖に襲いかかる。
接近した時に、高周波で相手を攻撃する算段だった。
瓦礫が風の勢いに負け、舞い上がる。そこへ愛理が鋭く聖のもとへと迫る。

発せられる高周波。
しかし、聖はまったく怯まない。
生きている限り、耳が存在している限りはこの能力が通用しないはずはない。なぜ聖に攻撃が効かないのか、
その理由を愛理はすぐに理解することになる。

423名無しリゾナント:2013/03/17(日) 22:25:47
風を操りながらも、口から、そして全身から血を噴出させる聖。
体が、能力についてこれないのだ。
そして体を伝わり流れ落ちるはずの血が、聖の周りで赤い水玉のようにふわふわと浮いている。

「まさか、真空状態!?」

聖の周りだけが真空になるよう、風の流れが作られていた。
全ての音がシャットダウンされた状態では、愛理の能力が通用しないのは自明の理だ。

暴風とともに、聖が愛理に近づいてゆく。
遥。香音。亜佑美。衣梨奈。春菜。そして優樹。
彼女たちに対する申し訳ない思い、そして、自分自身を許すことができない感情。
もしメンバーを率いていたのがさゆみだったら。れいなだったら。ここまでの犠牲は出なかったかもしれない。
それら全てが、吹きすさぶ暴風となって聖の周りを取り囲んでいた。

その一方で愛理は、聖の懐に飛び込むことを決意する。
今の彼女はさながら小さな台風、迂闊に近づけは大ダメージは避けられないが。
このままでは、鋭い風に刻まれるのを待つだけ。なら、やるしかない。

愛理は、聖に向かって高くジャンプした。
無謀な行動。もちろん風の壁を突破することができずに、切り刻まれながら上空に飛ばされる。
全身に傷を負いながら、天高く舞い上がる愛理。その表情には、笑みさえ浮かぶ。
それが、狙いだった。

424名無しリゾナント:2013/03/17(日) 22:26:51
上から、聖の頭がよく見える。
今の聖が小さな台風なら、「台風の目」は必ず存在するはず。
急降下して聖の背後に降り立ったことで、その推論は正しいことが証明された。
すっ、と巻き付くように聖の体に腕を絡める愛理。

「えっ!!」
「こうやって体を密着させれば、音が伝わるよね?」

愛理がにへら、と笑いながら、聖にありったけの高周波を流した。
全てを振動させ、破壊する音の波。
だが、次の瞬間に倒れたのは聖。そして、愛理自身だった。

「あれ…なんで…?」
「傷の、共有」

亀井絵里の能力を行使するということ。
それは、彼女の切り札中の切り札である「傷の共有」を使用するということでもあった。
自ら受けた傷を、相手にも与える。
その力は絶大であるがゆえに、使用した側のダメージもまた、大きい。

聖が目を見開き、大きく吐血する。
能力の反動が、心臓に達した証拠。
絵里はこの能力を酷使した結果、心臓に大きな病を抱えることとなり、今もなお深い眠りについたままだ。そ
れだけ、危険な能力だとういうこと。
禁忌とされるのは、理由があるから。
でも。禁忌を破ってでも、勝たなくちゃいけなかったんだ。
床に倒れる聖の表情に、迷いはなかった。

425名無しリゾナント:2013/03/17(日) 22:28:06
>>414-424
投稿完了
お手すきの時でいいので代理投稿お願いします

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さすがに長いですよね(汗
本当にご迷惑お掛けします

426名無しリゾナント:2013/03/18(月) 14:25:29
締めレスを除いて11レスは今の自分の条件だと骨だけどまトライしてみますかね

427名無しリゾナント:2013/03/18(月) 14:41:52
どうにか完了
個人的にはマルシェ視点のパートが好きなのですが今回の更新は物凄く良かったです
聖の二段構えの戦法がいいですね
それが単に戦略的な利点から選んだのじゃなくて亀井絵里や今の仲間への思いの強さを物語ってるところが心に響いてきました

428名無しリゾナント:2013/03/20(水) 13:32:47
>>427
代理ありがとうございました
お褒めの言葉までいただき恐縮です
マルシェパートは書きたくてうずうずしておりますw

というわけで続き投下します

429名無しリゾナント:2013/03/20(水) 13:35:14
>>630-640 の続きです


相手の精神を捉え、閉じ込め、闇に沈める。
それが「七房陣」の正体。
ベリーズの七人の精神の波長が揃うことが、発動の条件。
そして発動になくてならないのが、キャプテン清水佐紀の「調律能力」であった。
精神干渉の一種であるこの能力は、各メンバーの精神に働きかけ、一つに纏め上げることを可能としていた。

もちろん、発動までの道のりは容易ではない。
七人の気持ちが一つとなることでようやく発動することができる、要求されるハードルの高い技。
それだけに、効果は絶大だった。

「くそっ、このっ!!」

コールタールのような闇の中に、もがきながら沈んでゆくれいな。
闇の底が発する重力に引きずられながらも、抵抗をやめないれいなに七人のメンバーはため息をつく。

「ねえ、もういい加減に諦めたら」

梨沙子が目を細めて、れいなに語りかける。

「そうそう。無駄な抵抗はやめて、さっさと消えてください。そのほうが、楽ですよ?」
「うちらの『七房陣』に捉えられたら、たとえダークネスの幹部級でも逃げられない」

続いて友理奈と千奈美も、れいなに向かって言葉を投げる。
その様はまるで、浮上するものの頭を押し付けるかのよう。

430名無しリゾナント:2013/03/20(水) 13:36:27
「こんな、こんなもん、すぐ抜け出せるけん!!」

それでもれいなは闇を掻き、黒を分けて這い上がろうとする。
ひと掻きするごとに、少しずつではあるが、身体が闇から抜け出しつつあった。
はじめは嗤っていたメンバーたちも、その決して諦めない意思に恐れを抱き始める。

「…どうする?」
「陣を強める。みんな、意識を集中させて」

茉麻に訊ねられた佐紀が、指示を出す。
14の瞳が閉じられた瞬間、れいなに纏わりついていた闇が、濃さを強くした。

必死に抵抗する手が、足が。
ぬめる闇に絡め取られてゆく。文字通りの逆らえない力で、れいなを底なしの闇の奥へと引きずり込もうと
していた。

「いかん、もう、限…界……」

口が、鼻が、目が、闇に塞がれる。
そして、最後のあがきのように天に差し出した掌すら、漆黒に呑まれようとしていたその時だった。

「れいな!!」

どこからともなく、聞こえてくる声。
紛れもない、さゆみの声だった。

431名無しリゾナント:2013/03/20(水) 13:37:49
「なにこれ、どこから聞こえてくるの!?」
「落ち着いて、ただの思念の声だから!」

うろたえる友理奈を、千奈美が宥める。
ただ、彼女自身も不安を隠す事はできない。ベリーズが誇る「七房陣」が他者の干渉を受けたことなど、今まで一度も
なかったのだから。

「…さ、ゆ?」
「さゆみが、さゆみがれいなを助けてあげるから!だから、れいなも!!」

さゆみは、一人取り残された建設現場で必死にれいなの意識を掴もうとしていた。

共鳴。

能力者の数だけあるとすら言われている特殊能力の中でも、リゾナンターだけが持つとされる力。互いの意識の波長が
合いさえすれば、どんな離れた場所でも意識を通わせることができる。
そしてついに、れいなの意識の在処を捉える事ができた。

「さ、ゆ。さゆ。さゆ!さゆ!!」
「れいな!れいな!!」

ついに二人の意識はがっちりと結びついた。
れいなの本来の力が、目を覚ます。
普段は自らの身体能力に使われる「増幅能力」。その全てが、共鳴の「増幅」に注がれた。

432名無しリゾナント:2013/03/20(水) 13:42:32
「何!?何なのこれ!!」

経験した事のない事態に、苛立ち叫ぶ雅。
れいなとさゆみの共鳴が、密閉されたこの場所を揺るがしはじめる。
メンバーたちが焦り、顔を見合わせた。
その感情の根底は、「七房陣」が破られてしまうのではないかという、不安。
だが。

「大丈夫だよ」

差し迫った状況に似合わない、高く柔らかい声。
桃子が、メンバーひとりひとりの肩に手を置き、言葉を添える。

「共鳴増幅がみっしげさんと田中さんの絆の力なら、『七房陣』はうちらベリーズの絆の力。だよね、キャプ
テン?」

桃子の言葉で、佐紀はあることを思い出す。
自らの生みの親である、Dr.マルシェこと紺野博士とのやりとりを。

433名無しリゾナント:2013/03/20(水) 13:44:11


キッズプロジェクト。
それが彼女たち人工能力者たちに与えられた題名だった。
身寄りの無い十五人の少女たちに人工的に能力を付与し、様々な臨床実験を経た後に、正式にダークネスの戦闘員として
採用する。
要は体のいい人体実験じゃないか、と揶揄するものもいたが、プロジェクト責任者であった紺野は意にも介さなかった。

十五人のうち、早期に能力が定着した八人がチーム名「ベリーズ」の名を与えられ、試験的にダークネス幹部である『詐
術師』の下に就くことが決定した。
正式な辞令が下される前の日のこと。キャプテンに任命された佐紀は、紺野の呼び出しを受けて本部の研究室へと赴いて
いた。

「まずはおめでとう。と、言いたいところですが。私には、あなたの、いや、あなたたちの能力について説明する義務が
あります」

ギム、という難解な言葉に佐紀は顔を顰める。
無理もない。当時10歳そこそこの少女に、義務の意味など理解できるはずもなく。

「そう固くなる事はありませんよ。医者が患者に薬を処方する際の説明みたいなものですから、楽にして聞いてください。
さあ、そこに座って」
「は、はい」

434名無しリゾナント:2013/03/20(水) 13:45:44
言われるままに、パイプ椅子に腰掛ける佐紀。
それまで研究室の壁に貼られた設計図やホワイトボードに綴られた難解な計算式に心躍らせていた気持ちが、あっという
間に萎んでしまう。

「佐紀さん。あなたは『共鳴能力』というものを知っていますか?」
「あの、私たちの先輩が持っていたという力のことですか?」
「間違ってはいません。i914もまた、共鳴能力を有した個体でしたからね。ただ、本来は一部の限られた能力者にしか使
うことができない、途轍もない力のことを言います」

そして書類やレポートで乱雑に散らかっている机の僅かなスペースに置かれたコーヒーカップ。
手に取り、少しだけ口に含み、喉を鳴らす。

「その力を、正確に言えば『力の種』ですが。あなたたちに付与しました」
「ええっ!?」

研究員からは、佐紀の能力は「メンバーの精神に干渉し、纏め上げる力」と説明されていた。食い違う紺野の言葉に、佐
紀は戸惑いを隠せない。

「心配する事はありません。あなたなら、あなたたちなら。きっと使いこなすことができる。その日を、楽しみにしてい
ますよ」

眼鏡の奥の瞳を細め、微笑む紺野。
佐紀にはその時の紺野の表情が印象的で、いつまでも忘れることができなかった。

435名無しリゾナント:2013/03/20(水) 13:46:50


思えば、あの時紺野が言っていた「共鳴能力」は、今自分達が行使している「七房陣」のことを指していたのではないだ
ろうか。ならば、勝算はある。

「あたしたちが。あたしたちの歩んだ道が、あの二人に負けるわけ…ない!」
「キャプテン」
「あいつらの絆より、あたしたちの絆のほうが強いってこと。今から証明しよう?」

言いつつ、自らの右手を差し出す。
するべき事は、全員に伝わっていた。
花が咲くように、ひとつ、またひとつと手が重ねられてゆく。

「ベリーズ七房陣、行くべっ!!」

そして、七人の声が重なった。
七つの力が、互いに繋がり集まり、また七人に拡散してゆく。
波のように寄せては返すことで加速した力が、れいなとさゆみの共鳴を押さえにかかった。

「なあっ?!」

身体から闇が剥がされつつあったれいなが、再び押し寄せる波に呑まれる。
その影響は、遠く離れたさゆみの意識にも強く出てしまう。

436名無しリゾナント:2013/03/20(水) 13:48:07
「この感じ、まさかあの子たちも『共鳴』を…きゃあっ!!!」

自分達に襲いかかる「力」の正体に気づいたさゆみだが、直後にその力に意識を攫われる。
れいなと意識をつなぎ合わせたということは、さゆみの意識もまた同じように闇に呑まれてしまうことを意味していた。

れいなが闇に捕らえられていく感覚が、さゆみにも伝わってくる。
そして自分の意識もまた、波に呑まれようとしている。

三人で共鳴能力を行使したことは、度々あった。
さゆみ、れいな、そして今はいない亀井絵里。時を同じくしてリゾナンターとなった彼女たちには、いつの間にか同期の
絆のようなものが生まれていた。

そしてれいなとさゆみを繋ぐ存在。それが絵里だった。
性質が違う二人が、手を繋ぎそして心を通わせる。二人の間にはいつも、ふにゃりとした笑顔で二人を見守り、包み込む
絵里の存在があった。

だが、絵里はあの日を境に深い眠りについてしまった。
もう、れいなとさゆみを繋ぐものはいない。
いや、彼女たちはまるで絵里の抜けた穴を埋めるかのごとく、それまで以上に互いのことを気にかけるようになる。
それまで一匹狼のように自由気ままに動いていたれいなはリーダーとしてのさゆみを気づかうようになったし、さゆみも
またれいなの我の強さを認めるようになった。

437名無しリゾナント:2013/03/20(水) 13:49:38
それでも、あの子たちの繰り出す「共鳴」には敵わないというの?
さゆみは自問自答する。

そんなことは…絶対にない!!

さゆみが自らの共鳴を大きく揺らしてゆく。
それが、れいなへと伝わり、彼女の共鳴増幅能力によってさらに大きな揺れへと変わる。

リゾナンターの一員として、喫茶リゾナントに通うようになってからも。
れいなの心は、どこか孤独だった。
けれど、それは街の不良として喧嘩に明け暮れていた時から抱えていたこと。
リゾナントで仕事の話はするけれど、それ以外は一人でいることが多かった。
絵里とさゆみと三人でいても、どこかで自分が孤独であるという感情が心の奥底にはあった。

それが、絵里の喪失でがらりと変わる。
近い人を失うことで、はじめて孤独の寒さ、人といることの暖かさを感じるようになった。
それを教えてくれたのが今の若きリゾナンターたちであり、そしてさゆみだった。

れいなはもう、昔のれいなやないと!!

れいなとさゆみ、二人の想いが大きくなり、ベリーズの「七房陣」をばりばりと潰してゆく。
圧倒的な力。これがダークネスが恐れる共鳴の力か。
全員の心が、目の前の恐怖に心を折られそうになる中、佐紀が大きく叫んだ。

438名無しリゾナント:2013/03/20(水) 13:52:56
「あたしだって、あたしたちだって、共鳴の力が使えるんだ!じゃなきゃ、あの辛い日々をみんなで越えて来た意味がな
い!!」

その言葉で、全員がはっとなる。
ある程度人工的に与えられた能力の制御、操作方法が確立された時期に結成された「キュート」と違い、彼女たち「ベリ
ーズ」は試行錯誤の連続だった。
精神の限界まで追い詰められるような人体実験。過酷な任務。それは、仲間の一人が命を落とすほどの熾烈さを極めた。
それを耐えてここまで来れたのは、彼女たちには夢があったから。

七人の思いに呼応し闇が、一気に溢れる。
うねりや波どころではない。全てが、闇に満たされた。
あがくことも、抜け出すこともできない。なぜなら既に、闇に取り込まれているからだ。
れいなは、さゆみは。自分の身体が、ゆっくりと闇に溶けてゆくのを感じていた。

黒。
黒。
黒。黒。黒。
磨かれた鏡面のように滑らかで、他の何かが介在しようがないほどに純粋な、闇。
れいなは。さゆみは。自分がどこにいて、どうなっているのかすら理解できなかった。
理解しようとする意思さえ、消えてゆく。
それはまるで日が落ち、夜が来るように自然なことのように思えた。
おやすみなさい。
誰かが、そんなことを言っているような気がした。

439名無しリゾナント:2013/03/20(水) 13:53:55
光を見たような、気がした。
黒く染められた一面に落とされた、たった一滴の白。
それが、段々と拡がってゆく。
れいなの、さゆみの意識が目を覚ます。
それぞれの手が、誰かの手に握られていた。

「そんな!完全に消し去ったはずなのに!!」

二人の意識が息を吹き返すのを感じた佐紀が、大きく叫ぶ。
これまでよりもっと激しく、「七房陣」が揺り動かされる。

そして限界点を迎えた陣に、亀裂が走った。

それをきっかけに七つの部屋が、闇から炙り出される。
ひび割れ、崩れかけ、色あせてゆく部屋。
テーブルとティーカップ。電球の絵が描かれた壁。紫色の絨毯。人が描かれた絵本。青いベッド。観葉植物。ピンク色の天幕。
部屋を構成するもの全てが、まるで亀裂に飲み込まれるようにぼろぼろに崩落し、消えていった。

消えてゆく部屋と同じように、闇を取り囲んでいた七人の光がひとつ、またひとつ消えてゆく。

梨沙子が、友理奈が、信じられないものを見るような表情で消えてゆく。
茉麻が、千奈美が、雅が、悔しさを顔に滲ませて消えてゆく。
桃子が、何かを言いたげな顔をして、消えてゆく。

「こんなの、認めない…認められるわけが…」

そして佐紀自身も、消えてゆく。
闇を象る器が、粉々に砕け散るのを見届ける事もなく。

440名無しリゾナント:2013/03/20(水) 13:55:03
>>429-439
更新完了
代理投稿をお願いします

441名無しリゾナント:2013/03/20(水) 22:04:23
行ってみます
多分行けると思うのですが…

442名無しリゾナント:2013/03/20(水) 22:18:28
代理完了しました
互いの矜持の激突が熱いですね

・・・共鳴戦隊の件は悪ふざけが過ぎて本当に申し訳ありませんでしたm( _ _;)m

443名無しリゾナント:2013/03/21(木) 00:38:49
>>442
ありがとうございます

共鳴戦隊すごくよかったです
私なんて余所じゃ悪ふざけしかしてませんしパロディ・オマージュ・リゾナント大歓迎ですw

444名無しリゾナント:2013/03/24(日) 07:54:08
回を重ねるごとに長くなってゆく番外編を投下します
反省はしてますが更正はしません

445名無しリゾナント:2013/03/24(日) 07:57:04
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/696.html の番外編です


丘の上にある病院は、まるで中世の白亜の城のようだ。来るたびに、そう思う。
けれど。新垣里沙はこうも思うのだった。

治る見込みのない患者にとっては、永遠に出られない監獄なのではないか、と。

里沙の後輩の亀井絵里がこの病院に転院してから、もう2年近くになる。
腕のいい脳外科医がいる、という噂を聞きつけた当時の喫茶リゾナント店主・高橋愛が絵里をこの病院に転院させた。
それから、時は流れた。愛はリゾナンターを辞め、里沙も追うようにしてあの喫茶店を離れていった。その間彼女は、絵
里を見舞いにこの病院を何度も訪れていた。

病院の白壁が、オレンジ色に染まっている。
予定外の「仕事」が入り、見舞う時間が大幅に遅れてしまっていた。面会時間は夜の8時まで。時間は十分ではないが、
やるしかない。
ただ、その前に、担当医にも話を聞かなければ。
里沙は手馴れた感じで面会名簿に名前を書き、ナースステーションへと足を運んだ。

446名無しリゾナント:2013/03/24(日) 07:58:13
「あらぁ里沙ちゃん、久しぶりじゃなーい!」

顔を見せるなり、太めの中年女性が嬉しそうに声をかけてくる。
彼女はこの病院の看護師長で、里沙も随分と世話になっていた。面会時間を過ぎていたにも関わらず、内緒で病室に通
してくれたのも一度や二度ではない。

「ご無沙汰してます」
「またカメちゃんに面会?」
「ええ、その前に、先生とお話を」
「そうなの? じゃあちょっと待っててね」

看護師長が、内線で担当医と連絡を取る。
ちょうど外来が途切れて時間が空いているとのこと。里沙は一礼してから、脳外科の診察室へと急ぎ足で向かった。

病気でもないのに、診察室に入るというのは、妙な気分だ。
特に、目の前に白衣を着た医者がいるとなおさらの事だ。
部屋の奥にある窓からは、カーテン越しに沈みかけの夕陽が見えた。

「新垣さん、久しぶりですね。お仕事、忙しいんですか?」

里沙の姿を見つけて、担当医は相好を崩す。
肩にかからないくらいの長い髪、彫りの深い顔。おそらく世間的には美形の部類に入るだろう。ただ、里沙はどうもこ
ういうタイプが苦手だった。

447名無しリゾナント:2013/03/24(日) 07:59:25
「ええ、まあ」
「お疲れみたいですね。顔色があまりよくないみたいですが。ピクルス、食べます?」

そう言いながら、椅子をくるりと回して机の上にあったピクルスの瓶を手に取り差し出す。て言うか何で診察室にピ
クルス? と突っ込みたい気持ちを抑え里沙は首を横に振った。

「で、今日はどういったご用件で」
「カメの…亀井絵里の病状について、聞きたいんです」

12月24日の夜。
「銀翼の天使」の襲撃の前に、成すすべもなく倒れていったリゾナンターたち。
まさに死の淵に立たされた彼女たちを救ったのが、絵里だった。
持病である心臓の病。なるべく負担をかけまいと、普段は使っていなかった「風を操る能力」をその場で暴発させる。
結果、「銀翼の天使」を撃退することはできたものの、絵里は心臓に途轍もないダメージを負うことになった。そし
て現在に至るまで、目覚めることなくずっと眠っている。

「そうですね。あれから、2年でしょうか」

医者は一つ、息を吐いてから、言った。

448名無しリゾナント:2013/03/24(日) 08:00:25
「残念ながら、亀井さんの病状は2年の間、良くも悪くもなってない。平行線です」
「平行線…」

予想していた答えと、寸分の互いもなかった。
里沙が絵里に感じていることと、医者の意見は、まったく一緒だった。
医者は無言のまま里沙の顔をじっと見つめ、それから席を立って窓のカーテンを開けた。
強烈な西日が、里沙の頬を差す。

「医者はいい。人の命を救える。我々は、その使命に感謝しなくちゃならない。だから、最大限の手は尽くします。
医者としての、誇りと良心を懸けて」
「よろしく、お願いします」

少なくとも、脳外科という分野においては彼に頼る他は無い。
里沙は、深く、頭を下げた。

449名無しリゾナント:2013/03/24(日) 08:01:28


絵里のいる病室へと向かう、里沙。
外はすっかり薄暗くなっている。時間は、あまりない。
里沙の足音だけが響く廊下で、彼女は妙な人物に声をかけられた。

「どーもー!!」

見知らぬ、女。
まさか、敵?
警戒する里沙を他所に、挨拶をした女はこちらへと近づいてくる。
まったく知らない顔、いや、この顔はどこかで見たことがある。里沙が思い出す前に、女が自分で名乗りをあげた。

「はじめましてー吉川友でーす!!」
「え?」

吉川友。
なるほど、テレビで見ていたから見覚えがあったのか。
確か、最近売り出し中の新人アイドルで、里沙の後輩である久住小春と同じ事務所に所属していたはず。その彼女が、
どうしてこんなところに。
神経を鋭く、研ぎ澄ます。が、その前に友に両手を掴まれた。

「もしかして、あなた新垣さん?」
「は?」
「小春ちゃんから聞いてますぅ!すっごくいい先輩だって!!」

450名無しリゾナント:2013/03/24(日) 08:03:04
そう言いながら、ぶんぶん両手を上下に動かす友。
あまりのテンションの高さに、やや腰が引けてしまう。

「そんじゃ、ごゆっくりどうぞー!!アディオース!!」

最後は満足したような顔をして、去っていってしまった。
なんなの、あの子。
まるで一瞬で通り過ぎた嵐に見舞われたかのように呆気に取られていた里沙。
ただ、手を触られた時に読み取った意識の中に、悪意はなかった。もしかしたら、小春に何か言われてここに来ただ
けなのかもしれない。
里沙は気を取り直して、再び病室に向けて足を進めた。

病室のドアを開ける。
中では、いつものように絵里が眠っていた。

「ったく。あいかわらずぽけぽけ顔して寝てるんだから」

言いつつ、近くからパイプ椅子を出してきて座る。
枕の横にあるテーブルには着替えと、開きっぱなしの雑誌が。あの子が差し入れしてくれたんだろうか、と想像しつ
つ、里沙の目は雑誌の記事にいく。

451名無しリゾナント:2013/03/24(日) 08:04:53
― 今、大評判の占い少女。その占いの脅威の的中率とは?! ―

そんな煽り文句とともに、水色のお姫様みたいなドレスを着た若い女性の写真が掲載されている。
馬鹿らしい。そんなの、あたしにだってできるっつーの。
毒づきつつ、雑誌を乱暴に閉じる。実際、里沙の能力を使えば、占いと称して相手の内面を探る事など容易だった。

絵里は、すやすやと眠っている。
まったく意識がないとは思えないほどに。
あの日あの時。里沙が「銀翼の天使」に喫茶店の場所を教えなければ。今もなお絵里を包み込む悪夢を防ぐ事はでき
たのだろうか。
罠に嵌められた。言葉にすれば、簡単なことなのかもしれない。けれど、その結果引き起こされた事態は、取り返し
がつかないくらいに、深刻で。

― 実験は…失敗だったみたいですね。―

「銀翼の天使」を引き取りにやってきた白衣の科学者は、確かにそう言った。
失敗、と言う割にその顔には厭らしい笑みが浮かんでいた。その時、里沙は悟ったのだ。
また、この子の恐ろしい戯れに巻き込まれたのだ、と。
自分も、リゾナンターのメンバーも、そして「銀翼の天使」自身も。

452名無しリゾナント:2013/03/24(日) 08:06:10
かつて裏切ってしまった仲間たちを、再び裏切る形になってしまった。
それにも関わらず一言も里沙を責めなかったのは、里沙が「銀翼の天使」に寄せていた想い、実の姉妹かそれ以上の
感情について知っていたからに他ならない。
ただ、周りは許しても、里沙は自分自身を許せずにいた。愛がリゾナントを離れて僅か1年足らずで自分もリーダー
を辞したのも、それが遠因だったのかもしれない。

そして、仕事の合間を縫ってこの病院を訪れ、絵里に「処置」を施すのも。
彼女に対する、せめてもの罪滅ぼし。
そしてあの喫茶店から絵里を奪ってしまったことの贖罪だった。

病室の窓の外からは、外灯の光が漏れ出している。すっかり夜になってしまったようだ。
面会時間が終わる前に、済ませないと。
里沙は愛用の革手袋を外し、手のひらを眠っている絵里の額にそっと載せた。

同時に、里沙の体を突き抜ける衝撃。
里沙と、絵里の意識が繋がった合図だった。

精神干渉。
幼い頃に発現し、ダークネスに入ってからはひたすら対人攻撃用として鍛え上げられた能力。それが今は、人の心を
治すために使っている。
「こんな能力、なくなっちゃえばいいのに」
ダークネスの養成所で、幾度と無く吐き出された言葉。けれど、今なら言える。この能力があって、本当に良かった、
と。

453名無しリゾナント:2013/03/24(日) 08:07:38
絵里の意識にアクセスした瞬間、里沙の脳裏には複雑に絡み合った無数のコード、それにコードが差し込める無数の
差込口が浮かぶ。これが今の絵里の意識のイメージ。コードが抜けてしまって、中枢が機能していない状態だ。

里沙は、頭の中で、このコードを差込口に接続する作業を、毎回、行っていた。
差込口とコードの正しい組み合わせを探り当てる確率は、絶望的なまでに低い。なのに、接続する事ができるのは、
たった一度だけ。それ以上は、里沙の精神がもたない。

まさに砂漠の中から一粒の砂を見つけ出すような行為だが、成功すれば、脳外科医の施す治療効果が飛躍的に高まる
のは間違いない。希望がある限り、里沙はこの果てしない行為をやめるなんてことは絶対にできなかった。

当たりをつけたコードに精神を集中させたその時だった。
里沙がイメージしていた、絵里の意識がノイズが走ったテレビ画面のように揺らぎだす。
電気が弾けるような音が、断続的に続き、次第に揺らぎが大きくなってゆく。

ちょ、何?!

慌てふためく間もなく、里沙自身の意識が、どこかへ吸い込まれていった。
まるで、空けられた穴から、水がゆっくりと流れ出すかのように。
そして里沙は、完全に意識を失った。

454名無しリゾナント:2013/03/24(日) 08:09:06
>>445-453 更新完了
お手数ですが代理投稿お願いします

455名無しリゾナント:2013/03/24(日) 22:45:26
ただいま帰宅
多分続きあるんですよね
早速投下してきます

456名無しリゾナント:2013/03/24(日) 23:00:19
完了
これまでになく?シリアスっぽい感じですかね
番外編によって物語の世界観が明らかになってくる構図がよろしいですな

457名無しリゾナント:2013/03/25(月) 10:22:27
>>456
代理ありがとうございました
番外編はリゾナントオリメン全員分やろうかとは思ってるんですが
ちょうどいい長さにできるかとかそもそも書けるのかという問題が山積みですw

立て続けですが続き投下します

458名無しリゾナント:2013/03/25(月) 10:28:31
>>790-799 の続きです


閉じられた意識の蓋が、再び開かれる。
目覚めてすぐに、里沙はここが病院でないことに気づいた。

辺りを見回す。
里沙の前には、複雑に絡み合った無数のコードが張り巡らされていた。その奥には、コードが差し込める無数の差
込口の開いた壁が。
まるで、里沙のイメージを具現化したような世界。
いや、里沙のイメージの中に彼女自身が入り込んだような。

そこで里沙は思いなおした。
ここは病院とは別の場所であって、そうではない。

ここは…カメの意識の中の世界…

そう思える根拠があった。
一つは、自らが絵里を「処置」する際に描く世界と寸分違わずの光景が拡がっていること。
そしてもう一つ。
この場所は、世界中のどんな場所よりも絵里の存在を強く感じることができるということ。
ただ、何がこの状況を招いたのまではわからなかった。

459名無しリゾナント:2013/03/25(月) 10:30:05
カメの意識にアクセスしているうちに、あたしの能力が強化されたのかも。

そう思った瞬間、じゃあこれってカメ特化の能力なわけ?どんだけ?と自らに突っ込みを入れることを忘れない里
沙。ともかく。この具現化された世界でならば、もう少し多くの回数のコード接続を試す事ができるはず。
目の前に垂れ下がってるコードに手をかけようとしたその時。

里沙は、自分以外にこの場所に人の気配があることに気づく。
懐かしい、それでいてずっと感じることができなかった、気配。

「もうガキさーん、こんなとこで何やってるんですか?」

この気の抜けたような、甘い声。
間違えようがない。途端に、体の奥底から熱いものがこみ上げる。それを抑えながら、声のしたほうへ振り向き、

「あんたねえ。いつまで寝てんのよー」

とおどけたように背中で言ってみせる。
きっと振り向いたら、溢れる想いがこぼれてしまうから。

460名無しリゾナント:2013/03/25(月) 10:31:46
「絵里はまだまだ寝たりないですよぉ。ねむーい、なんちって」
「ったく、もうぽけぽけなんだから…」

里沙の肩が、震えていた。
絶望的と思える状況でも、決して彼女を救うことを諦めることができなかったのは。
風船のようにふわふわとした、暖かいこの声を、もう一度聞きたかったから。

「そろそろ。起きなきゃだめだと思ったんです」
「えっ?」
「さゆが、れいなが。新しいリゾナンターたちのために、頑張ってる。だから絵里も、寝てる場合じゃないんです」
「ちょっと、カメ、もしかして」

思わず、振り向いてしまった。
そこには、あの頃いつも見ていた、飽きるほど毎日見ていた、ふにゃっとした笑顔があった。

「ただいま。ガキさん」

もう限界だった。
気づいた時には、里沙は絵里の胸の中でわんわん泣いていた。
ずっと堪えてきたのに。ずっと、我慢してきたのに。彼女が倒れた、あの日ですらも。

「あはは。ガキさんも本当は甘えん坊なんですよね。絵里、知ってましたよ?」

言いながら里沙に両腕を回す、絵里。
暖かい。
その温もりに包まれて、里沙は何度も絵里の名前を呼んだ。

「そんなにかめかめ呼ばなくても大丈夫ですよぉ。だって…」

絵里はゆっくりと微笑み、唇の形を作る。

461名無しリゾナント:2013/03/25(月) 10:32:28




だって、嘘だから…

462名無しリゾナント:2013/03/25(月) 10:33:45
>>458-461
投稿完了
短いですがひとまず。代理投稿お手すきの時にお願いします。

463名無しリゾナント:2013/03/25(月) 13:28:52
ちょっと手が空いたから行ってくるよん

464名無しリゾナント:2013/03/25(月) 13:33:05
終わったよん
なんというかまさかの展開w

465名無しリゾナント:2013/03/26(火) 11:06:56
>>464
ありがとうございました
番外編にしては少々長い今回の話ですが、あと2回くらいで終わりそうです

それでは投下いたします

466名無しリゾナント:2013/03/26(火) 11:10:25
>>811-814 の続きです


カメが、帰って来た。
心のどこかでもしかしたら叶わないのではないかとさえ思っていた夢が、叶った。
伝わってくる温もりは、それが幻ではないと里沙に感じさせる何よりの証拠だった。

しばらく再会の喜びに浸る里沙だが、

「なんだかガキさんのこういうの、貴重だよね」

という絵里の一言を聞き、我に帰って体を離す。
とともに、恥ずかしさからか顔を赤くした。

「とっとにかく。どうして急に意識が戻ったのよ。さっきまでぽけぽけっとした顔で寝てたのに」
「んー、ガキさんの愛の力?」
「あのねえ…」
「たぶん、絶望的なまでに低い確率が当たっちゃったんですよ」

ぐへへ、と笑いつつ絵里。
つまり里沙が繰り返してきた、砂漠で一粒の砂を見つける作業が功を奏したということなのだろう。
相変わらずの楽観的、適当。でも実に彼女らしい。

「まったくあんたって人は。それじゃとっとと帰るよ?あたしもこう見えても忙しいんだから」
「はーい」

恐らく、自らの意識を絵里から切り離せばこの世界は解除されるだろう。
瞳を閉じて意識を集中させる里沙の耳に、あーっ!という間抜けな叫び声が聞こえてきた。

467名無しリゾナント:2013/03/26(火) 11:11:52
「なになに?!いきなりどうしたの?」
「あのー、絵里大事なこと言い忘れてました」
「もー…手短にね」

呆れつつも、絵里の言葉を待った。
ふにゃりとしていた彼女の表情が、急に堅くなる。

「ガキさん…絵里のこと、いつも看てくれてたんだよね。きっとそれが、絵里の意識を呼び起こしたんだと思う。本当に、
ありがとう」
「カメ…」

別にお礼が言われたくて、やってたわけではなかった。
仲間として、そして間接的に傷つけてしまった絵里への罪悪感から。
それでも。

「はいはい。お礼もいいけど、あんたが寝てる間に色々あったんだから。田中っちもさゆみんもずっと待ってたし、これ
からさぼってた分働いてもらわないとね」

照れ隠し。言葉を矢継ぎ早に発していないと、また目が潤んできてしまいそうだと思った。
そう一日に何度も失態を見せてたまるものか。
が、それだけでは終わらなかった。

「それでですね。絵里、ガキさんにお礼がしたいんです」
「えー、後で病院で話聞くからいいよ」
「今じゃなきゃダメなんだってば」
「しょうがないなあ。で、何?」

468名無しリゾナント:2013/03/26(火) 11:13:05
里沙の頬に、何かが走った。
伝わる痛みと、流れ落ちる一筋の、赤。
思考が、目の前で起こったことについていけない。

「え?どういう…」
「ガキさん。絵里のお礼…受け取ってくれますよね?」

絵里は、もう笑ってはいなかった。
瞳に宿るのは、憎しみの色。

「あんた、一体何を」
「だって絵里が昏睡したのは、ガキさんのせいじゃないですか」

今度は、先ほどとは比べ物にならないくらいの、鋭い風。
紙一重の差でよけると、後ろから接続コードが切断される派手な音が響いた。

「あの日。ガキさんが『銀翼の天使』を呼ばなきゃ、誰も傷つかなかった。小春も、愛佳も能力を失う事はなかったし、
ジュンジュンやリンリンも国に帰る必要なかった」
「そ、それは…」

里沙は反論できなかった。いや、反論のしようがなかった。
全てが絵里の言うとおりだった。あの日、ダークネスを抜けてきたと会いに来た『彼女』を匿うためにリゾナントの場
所を教えなければ、あんなことには。

469名無しリゾナント:2013/03/26(火) 11:14:48
激しい後悔の念に駆られる里沙を、さらに絵里が追い詰める。

「『銀翼の天使』に喫茶店の場所を教えなければ、ねえ。本当にそうなのかな?」
「え、どうして…」
「ここはガキさんの意識の中であるとともに、絵里の意識の中でもあるんですよ?ガキさんの考えてることは全部、わかっ
ちゃうんだよね。それはともかく。本当にそう思ってます?」
「それは」
「だってガキさんって、元を正せばダークネスの裏切り者じゃないですか。そんな人を招きいれたこと自体、間違いだった。
そう思いませんか?」

触れられたくない。忘れたい。
けど、決して忘れられない。忘れてはいけないこと。

里沙はリゾナンターのサブリーダーであるとともに、ダークネスのスパイでもあった。
直属の上司である「鋼脚」の指示に従い、組織が手に入れられない能力を持つリゾナンターたちの動向を監視し逐次報告す
る。リーダーの高橋愛を支え、かつリゾナンターたちを指揮するサブリーダーの地位にありながら、その宿敵であるダーク
ネスに情報を流す二重生活。それは、半ば囚われの身となっていた「銀翼の天使」の身の安全と引き換えにした苦汁の選択
でもあった。

だが、彼女自身にリゾナンターに対する強い愛着が芽生えてゆくとともに、スパイという立場は安定性を失ってゆく。そし
てとある事件をきっかけに自らの出自を明らかにした里沙は、紆余曲折の末にメンバーたちに赦され、認められることで苦
難の道に終止符を打つ。
それは一方で「銀翼の天使」の安否を脅かすことにも繋がった。
だから、「追っ手から逃れてきた」彼女を里沙は受け入れ、喫茶リゾナントに招いたのだ。

470名無しリゾナント:2013/03/26(火) 11:16:01
「だって、だってしょうがないじゃない!!!」

不安。後悔。悲哀。苦悶。
やり場のない気持ちが、叫びとなって里沙の心にこだまする。
それすらも、絵里は糾弾する。

「開き直ってますね?でもそれは盗人猛々しいってやつですよ、ガキさん。あなたがいなければ、みんな幸せに暮らせていた
んだから」
「もう、もうやめて…」
「今度は現実逃避ですか。しょうがないですね」

大きく肩で息をつく絵里。
それを合図としたかのように、周りの景色が変わってゆく。
俄かに、空から花びらが舞い落ちる。
赤。白。黄色。色とりどりの花に囲まれた場所。

「なんでこんなことが、って思いました?だって、ここは絵里の意識の中なんですよ?何ができても当たり前じゃないですか」

絵里は、目にしみるような赤いドレスを身に纏っていた。
右肩に飾られた薔薇の花のようなデザインが目を惹く。華やかなネックレスやイヤリング、髪飾り。肘まであるレースの手袋。
まるでこれから晩餐会にでも行くような格好だと里沙は思った。

471名無しリゾナント:2013/03/26(火) 11:17:09
「別に晩餐会になんて行きませんよ。そういうガキさんだって、似合ってますよ?そのドレス」

言われてから、はじめて自分の服装も変わっていることに気がついた。
絵里のものとは違い、少し短めのスカート部分が特徴的なドレス。青の生地と、左肩から右下にあしらったファーの色がコン
トラストを作っている。

怪訝な表情で、絵里を見る里沙。
最早言葉は必要ない、とすら思えてきた。

「何をするつもり?ですか。決まってるじゃないですか」

絵里の周りの花が、突風で散らされる。上空に舞い上がる、たくさんの花びらたち。
幻想的とすら思える光景は、逆に今置かれている状況が夢や幻ではないことを里沙に思い知らした。

「そういえば絵里たちって、戦闘スタイルは違えど、実力的に近い評価でしたよね。ちょうどいいじゃん、ここで決着つけま
しょうよ。因縁も、過去の清算も、何もかも」

やるしか、ないの?
もたらされた現実に違和感を感じながらも、両拳にあるピアノ線の感触を里沙は何度も確かめていた。

472名無しリゾナント:2013/03/26(火) 11:18:46
花びら舞い散る、この世のものとは思えないような美しい空間。
散った花びらが、床面に張られた水に浮かび、ゆらゆらと揺らめいていた。
突然その揺れが、鋭い軌道によって断ち切られる。
絵里が、風の刃を水面に走らせたのだ。

左にかわした里沙、しかしあまりの鋭さに完全には避けきれず、足先を軽く掠めてしまった。
赤い筋が、水面に浮かぶ。

「もし、意識の中で死んだらどうなるか、なんて考えてませんか?教えてあげますよ。意識の中で死んじゃったら、ガキさん
は二度とここから出られません。だから、必死になって避けてくださいね」

さらに、風の刃を立て続けに飛ばしてくる。
頭の中の激しい逡巡が、里沙の避けるタイミングを僅かにずらす。

「ああっ!!」
「今のは骨に達しちゃったねえ。ガキさん、スパッと切れたら一生足は動きませんよ?」

左の脛から、痛々しい傷口が姿を現した。
もう少し避けるのが遅かったら、本当に脚が切断されていたかもしれない。
薄く笑う絵里の表情から、それが本気だという事を感じ取る。

ならば、自分も覚悟を決めるしかない。
里沙は、水面を全速力で駆け抜ける。

473名無しリゾナント:2013/03/26(火) 11:20:12
「やっとやる気になってくれましたね!おいで、ばらばらに切り刻んであげる!!」

絵里が、周囲に風の刃を纏う。
鋭い剃刀のような渦が、花びらを巻き上げながら壁となり立ち塞がる。
このまままともに突っ込めば、文字通りの細切れと化す。

「無駄だって!だって絵里はガキさんの動きが」

勢いよく噴出した風の軌跡が、水面を割る。
だがそこに里沙はいなかった。絵里が想定していた動きとはまったく違う動きで、まっすぐにこちらへと向かってゆく。

「えっ…読めない?」

里沙の全ての心の動きを把握していたつもりだった絵里は、急に相手の心が見えなくなっていることに気づいた。が、時既に遅し。

凶刃に絡め取られないよう、体勢を低くし、身を屈める様な形で風の渦に飛び込む。
頭と腹、致命傷となる部位を守りながら渦の中を駆け抜けた里沙。その手に握られたピアノ線の先に、絵里が絡め取られていた。

「カメが願うなら。いつでもあたしはこの首を差し出す」
「ちょっとまって、うそでしょ、絵里のこと…本気で」

顔を蒼くさせ、涙目になって訴える絵里。
里沙は小さく、首を振る。拳を握り、そして力の限りに強く、引いた。

「でも、あんた『たち』なんかに差し出すほど、この首は安くない」

文字通り、絵里はずたずたに切り裂かれた。
糸に絡められた赤い花の飾りが、ぽとりと落ち、水に浮かぶ。
そして、絵里は切り裂かれながら、笑っていた。

474名無しリゾナント:2013/03/26(火) 11:21:19
>>466-473 更新完了
代理投稿を宜しくお願いします

475名無しリゾナント:2013/03/27(水) 23:53:32
おまた〜
タイミングが合わなかったので遅くなったけど日付が変わる前に行ってきますわ

476名無しリゾナント:2013/03/28(木) 00:05:01
完了
戦闘の描写とか物凄く平易な文章でありながら綺麗に描いてるなあと思った。
あんた『たち』っていうのがポイントですね

477名無しリゾナント:2013/03/29(金) 21:13:26
>>476
代理ありがとうございます
何故『たち』なのかは、今回の更新にて

長々と続けてきましたが番外編のラストを投下いたします

478名無しリゾナント:2013/03/29(金) 21:16:04
>>907-914 の続きです


腹を抱え、喉が張り裂けんばかりに笑う、絵里。
しかしその表情は掛け違えたボタンのような違和感を露にしていた。

「なるほどね。もうばれてたんだ。なら気づいた時に言えばいいのにね。演技して損しちゃった」
「いやいやいや、でも『新垣さん』の演技もアカデミー賞ものでしたよぉ?」

絵里の、いや、絵里を象った何かから聞こえてくる、二つの声。

「でもいつばれちゃったんだろ?」
「新垣さん、心を読まれまいと自分の精神にプロテクトかけてた。きっとヒントはそこにある」

狂気に顔を歪めながら、交互に二種類の声を出すそれは、まさに悪夢そのものだった。

「…ここがあたしの意識でカメの意識でもあるなら、あたしにもあんたの行動が読めるはず。けどそれはできなかった。つま
り、最初の前提が嘘か、あんたがカメであることが嘘かのどちらか」
「もし後者なら、心にプロテクトをかけたら読めなくなるはず、か」
「まあね。それに、あんたカメにしちゃちょっと頭良すぎだから」

比較的早い段階で、里沙は相手が絵里の姿を模した偽物であることを見抜いていた。
そして、相手が心を読むことができる能力を持っていることも。
それでもなお、彼女の決断は遅れた。絵里の姿を、声を模したものに手をかけることを。

479名無しリゾナント:2013/03/29(金) 21:16:58
「でもまあ、案外嬉しかったんじゃないですか?嘘だとわかってても」
「だよね。カメェーカメェーって。感極まっちゃったって感じ?」
「いい加減にしなさいよ。いつまでもカメを騙るのはやめて」

里沙が言い放つと、絵里だった何かはまるで霧のように散ってゆく。
色とりどりの花に囲まれた景色もまた、花びらが散っていくかのように消滅する。
景色すらも、偽物。里沙が纏わされていたドレスもまた、本来の形に戻ろうとしていた。
複雑に絡まり、もつれ合うコードが段々とはっきりした形で現れる。
そして絵里の代わりに現れたのは、二人の女だった。

「さすがは元リゾナンターのサブリーダー」
「お見事っ!!」

二人とも、里沙の見たことのある人物だった。
一人は、病院の廊下で。そしてもう一人は、雑誌の中で。

「はじめまして。私、新宿のシンデレラことサトリです」

青いドレスを着た、童顔の女が名乗る。

「どうもー!さっきお会いしましたよね?吉川友でーす!!」

大人びた顔だちの、黄色い衣装を身に纏った女。
小春の所属している芸能事務所の、後輩。

480名無しリゾナント:2013/03/29(金) 21:17:55
「…ねえ、あんたたち」
「っと。ちょっと待ってください」

サトリが、一歩前に出る。そして、

「あなたの心を…さとります♪」

と両手の四本の指で四角を作り、妙なポーズを取った。
サトリの顔に、厭らしい笑みが浮かぶ。

「新垣さん。あなた、私たちのことをダークネスの手先か何かと思ってますね?」
「!!」
「違いますよぉ。私たちは、新垣さんと同じ、警察関係者なんです」
「は?あたしあんたたちなんて…」

再び前に出るサトリ。
指で囲った四角を、対角線上に反転させる。

「さとります。知らなくて当然です。だって私たち、警察のお偉方が新しく立ち上げた部署のメンバーだから」

そう言えば。
里沙を引き受けたクライアントから聞いたことがあった。
警察が、愛や里沙から学んだノウハウを元に、能力者だけの特殊部署を設立したという話を。

481名無しリゾナント:2013/03/29(金) 21:20:49
「その人たちが、たちの悪い嫌がらせをしに来た、って解釈でいいのかな」
「まさか。きっかたちにもちゃんと目的はありますから」

友が、大げさに両手を振る。
彼女が小春と同じ事務所にいるのもおそらく、何らかの目的があってのことだろう。里沙は何となくそう感じていた。

「目的って何よ」
「単刀直入に言いますね。それは、亀井絵里を永遠に目覚めさせないこと」

サトリの言葉が、理解できなかった。
未だ深い眠りにつく絵里にさらに鞭を打つ行為に、何の意味があるのだろうか。

「何のために、って思いました?それは、彼女の力をダークネスに悪用されたら困るからです」
「そうそう。『傷の共有』って使い方によっては恐ろしい能力だからねえ」

確かに。
絵里を目覚めさせる事ができる人間がダークネスにいたとして、彼女の力を組織のために利用するとするならば。これほど
危険なことはない。
だが、それは絵里を永遠に眠り姫にしていい理由にはならない。

「だから、新垣さん。あなた、邪魔なんですよ。ここで消えてください」
「ま、きっかとまのちゃんがいれば楽勝でしょ」
「ちょっときっか!私は今は『サトリ』なの!」
「ごめーん、あははは」

482名無しリゾナント:2013/03/29(金) 21:22:15
笑いあう二人。
里沙はそれが、自らを、今の状況を嘲笑っているかのように見えた。
両手のピアノ線が、強張ってゆく。

「あたしも時間、無駄にしたくないんだけど。そろそろ、行くよ?」

サトリと友は里沙の表情を目にし、それから軽蔑した表情を見せる。

「もしかして。うちらとやり合う気っすか?」
「新垣さん、あなたの行動は全部読まれちゃうんですよ?だって私、サトリだから!」

先ほどの風の渦への突入によって、里沙は決して小さくないダメージを負っていた。
その上、心を読む能力者が相手だ。簡単な戦いにならないのは明らかだった。

サトリが懐に忍ばせてあったナイフで自らの周囲を切り始める。ぶつぶつと音を立てて切れてゆく、何か。偽者の絵里
と戦う際に巧妙に仕掛けたはずのピアノ線による罠が、全て見抜かれていたのだ。

「さっき心にプロテクトをかけてた時に、周りにピアノ線を張ってましたね?でもそんなの無駄無駄、今の新垣さんの
考えてることは全部お見通しなんだかから。きっか、やっちゃって」
「はいはーい」

友が、邪悪な笑みとともに呼び出すのは。
ショートの髪。慈愛を帯びた表情。それなのに色のない、瞳。
里沙があの日見た「銀翼の天使」。突如現れたそれは、あの時の彼女を再現していた。

483名無しリゾナント:2013/03/29(金) 21:23:48
「この力で、さっきのカメもどきも作ってたんだ」
「新垣さんの『悪夢』を呼び出しちゃいました。思い出すでしょ、あの日のこと。その恐怖をもう一度味わえるんだから、
きっかに感謝してくださいねー?」

悪夢召喚。
相手の心の傷を形にし、使役する能力。
里沙にとって、トラウマとも言うべき12月24日の惨劇を友は具現化したのだ。

「うわぁ。新垣さん、びびってますね?いいですよ、そういうの。心の読みがいがあります」
「じゃ、いきますか。イッツショータイム!!」

天使が背中の羽を広げる。
きらきらと輝く羽の一枚一枚が、狂気を帯びていることを里沙は知っていた。そして覚えていた。

「これ、ホワイトスノーって言うんでしたっけ。もちろん本家の力なんて全然出せないけど、あんたを消すには十分で
しょ。そんな感じ〜」

体の奥底から湧き上がる、黒い恐怖。それはあっという間に、里沙の心を支配した。

勝ち誇る、友。
しかしそれはすぐに引きつったものに変わる。

「あれ?ちょっと。体が、動かない」
「…『銀翼の天使』を呼び出したのは正解だったけど、不正解だった。恐怖の感情に塗りつぶされて、心が読めなかっ
たでしょ?」

484名無しリゾナント:2013/03/29(金) 21:25:00
サトリが切断したはずのピアノ線が、友に巻きついていた。
いわゆる、ロープマジックの応用。切断されてもいい場所だけを相手の目の前に晒し、別のピアノ線を手繰り寄せる事
で再び結びついた線が、友の体を拘束したのだ。

ぎりぎりと体を、喉を締め付ける糸。
たまらず友は「銀翼の天使」を戻してしまう。

「やっぱりそうそう上手くはいきませんね」

言葉とは裏腹に、サトリに見える余裕。それは自らの「武器」に対する、絶対的な自信。
手にしたナイフを、ゆっくりと里沙へと向けた。

「でも。あなたがきっかを切断する隙を見て、このナイフであなたを刺す。あなたの行動は全て読める。このナイフは、
避けようがない」
「やれるものなら」

言ってはみたが、サトリの心を読む能力に対抗する術を里沙は持っていなかった。
最初の時は相手が油断していたから、心を防護することで対応できた。
次に、本能的に湧き上がる感情が、心を隠してくれた。
でも今は、どうすることもできない。銀色の刃が、まるで里沙の心臓に収まるのが当然かのように、妖しく輝いていた。

「心が降参してますよ?やっぱ私最強♪」

満面の笑みを浮かべ、サトリがゆっくりと近づいてくる。
一歩、一歩。その過程を楽しむかのように。
その歩みが、はたと止まる。

485名無しリゾナント:2013/03/29(金) 21:26:05
サトリが、困惑した面持ちで辺りを見回し始めた。

「え、何これ。ヒャクマミ?意味わかんない。ちょっと黙ってて!ああうるさいうるさいうるさい!!やだ、やめてよ!!」

明らかにうろたえているサトリ。
そしてそれは、縛られている友も一緒だった。

やがて二人は白い光に包まれ、消えてゆく。
はじめ何が起きているかわからなかった里沙だが、すぐにそれが誰の仕業かに気づいた。

「もう。気づいてたんだったら、さっさと出てきなさいよ…」
「えー。だってー」

不服そうに登場するのは、この空間の主。
明らかに眠たそうな顔はいつものこと。

「起きれなかったんですって。今こうやって表に出てるのも偶然だし」
「偶然ってねえ」

今度こそ、本物の絵里。
里沙は胸を張って信じることができた。

「て言うか、ガキさんひどくない?本物の絵里はそんなに頭良くないって」
「だってそうじゃん。あんた計算とかできないでしょ?」
「そりゃ、そうですけど。でもまあ絵里は絵里なりに考えてるんですけどね」

486名無しリゾナント:2013/03/29(金) 21:27:09
肯定しつつも、ふて腐れる絵里。
やっぱり本物は違う。ぽけぽけ感というか、適当感がずば抜けている。
里沙は改めて、後輩のある種の才能に感心するのだった。

「あのー、誰かに呼ばれてたような気がするんですよ」
「いきなり何言ってんのよ。この状況であたし以外に誰があんたを呼ぶの」
「うーん。よく覚えてないんですけど。なんか助けなきゃ、みたいな感じで」
「まったく。相変わらずカメはぽけぽけぷぅなんだから」

くにゃっとした笑顔は、あの日のまま。
もし、悪夢から作られた絵里が隣に並んだとしても、確実に自分は本物を選ぶだろう。
そう、自信を持って言い切ることができた。

ふと里沙が絵里の顔を見ると、段々と姿がおぼろげになっていくのが見て取れた。
どうして、などとは思わない。
絵里はあくまでも、一時的に「呼び出された」だけ。それは彼女の消えゆく意識が物語っていた。

「ガキさん、またお別れだね。久しぶりに会えて、嬉しかった」

不意に、悲しげな表情を見せる絵里。
里沙は、そんな彼女に。デコピン。

「いたっ?」
「・・・何言ってんのよ」
「ガキさん」
「あんたが何度眠ろうが、あたしが何度でも叩きおこしてあげるんだから」
「あはは。お願い」

額を押さえながらも、その顔には笑顔が戻っていた。
笑顔とともに、絵里の体は緩やかに薄くなり、やがて一陣の風と共に完全に消えていった。

487名無しリゾナント:2013/03/29(金) 21:28:36


ふと気がつくと、そこはもう絵里の意識の中ではなかった。
見慣れた白い部屋、白い病室。

絵里は、何事もなかったかのように眠っている。
一方、里沙のほうは疲れが酷い。先ほどの出来事が夢ではなく、現実に起こった出来事であることを物語っているかのようだ
った。それを後押しするように、

「意識の中に入り込んだ私たちを、強制排出。そんな芸当ができれば、ダークネスに乗っ取られる心配はないみたいね」

病室の入口に立つ、二人の女。
サトリと友は、忌々しげにこちらに鋭い視線を送っていた。

「まだやる気?疲れてるけど、相手できないことはないから」
「待って待って。きっかたちはもうこれ以上やり合う気はないっすよ!」

慌てながら、両手を振る友。心からの言葉ではなさそうだが、里沙としても本音はその言葉に乗ったほうが得策ではあった。

「今回は私たちの負け。戦うステージの主に敵に回られたら、勝ち目なんかないし。でも、これだけは覚えておいて」

サトリが、里沙の両の瞳を視線で射抜く。
冷たい氷のような、悪意。

「私たち『エッグ』は、あなたたちより優れてるってこと。いつか、証明してみせるから」

気分が悪くなるような置き土産を残し、足早に去るサトリたち。
その言葉の真意を里沙が知る事になるのは、まだ、先の話。

488名無しリゾナント:2013/03/29(金) 21:30:16
闖入者たちが姿を消した後の、静かな病室。
開きっぱなしになっていた雑誌に映るいけ好かない奴を、丸めてゴミ箱に放り込む。
ほんのささやかな復讐を終えた後に、再び眠り姫に目を向けた。

騒動の中心となった絵里は、すやすやと眠っている。そのあまりに能天気な寝顔、しかし里沙は絵里もまた、目覚める事のな
い眠りと戦っていることを知った。

― あんたが何度眠ろうが、あたしが何度でも叩きおこしてあげるんだから ―

本心からの言葉だった。
絶望的な確率だろうが、砂漠の中で一粒の砂を見つけるような困難だろうが、構わない。
必ず、連れて帰るから。

里沙の決心は道しるべのように、薄暗い行く先を照らしていた。

489名無しリゾナント:2013/03/29(金) 21:31:54
>>478-488
更新完了
お手数ですが代理投稿をお願い致します

490名無しリゾナント:2013/03/29(金) 22:55:10
行ってきますかね

491名無しリゾナント:2013/03/29(金) 23:08:43
終わりました
一時はどうなることやと思いましたが華麗に着地を決めて今後の展開にも期待を持たせる引きで終わるあたり見事でした

492名無しリゾナント:2013/04/06(土) 06:12:49
久々にhttp://www35.atwiki.jp/marcher/pages/725.htmlつづき投下します


れいなは周囲を見回した。
無間の闇とはよく言ったものだが、れいなを包み込んだのはまさにそれだった。
いったいなにが起きているのか、状況を把握するにはあまりに困難だった。

「さゆ……?」

れいなは闇に問いかけるが返事はなかった。
天上を仰ぐが、そこには先ほどまであった寿命が尽きそうな蛍光灯が存在しない。
床を見下ろしても、自分がそこに立っていることを自覚するには難しい闇が広がっていた。
いったいなんだ。此処は何処だ?なにが起きている?

「れいなは、耐えられるの?」
「え……?」
「この闇の中、ひとりで佇んでいられる?だれもいない中、れいなだけの世界で、生きていける?」

さゆみの声が遠く聞こえた。
彼女の話す意味が分からない。いったいなにを言っているのだ?
いやそれよりも、れいなを深く包み込んだこの闇はなんだ?
暗闇や夜の闇とは違う。擬似的につくり出されたような感覚ではあるが、どうしてそれが此処に出現しているのか理解できなかった。

「ねえ、れいな。どうする?」

さゆみの声が響いた。
れいなは方向感覚を見失いそうになるが、必死に奮い立たせた。
短くなる息を吐きながら、拳を握りしめる。

「私と、闘う?」

その声はまるで氷のように冷たくて、一瞬、さゆみであることを疑うほどであった。

493名無しリゾナント:2013/04/06(土) 06:13:30
-------

爆発のあった次の日の夜、さゆみはひとり、あの廃ビルの址に来ていた。
警察や消防が爆発の原因を調べているが、根幹にはたどり着かないだろうなとさゆみはくるりと踵を返す。
数メートル先の路地に入り、パソコンを起動させた。周辺地図を呼び出し、地下の下水道を確認する。
目当てのマンホールを見つけると、さゆみはそっとそれを持ち上げ、地下へと潜った。

下水道特有の匂いに鼻を曲げながら、あの地下室へとたどり着いた。
倒壊の危険も鑑みてか、建物内部には警官は待機させていないようだった。
さゆみは例の培養液の入っていたカプセルのあった、部屋の中心まで歩く。

「……ま、そうだよね」

カプセルは綺麗に粉砕し、跡形もない。
中に入っていた培養液も何処かに流れ去ったのか、存在しない。一通り部屋を見回すが、特に目新しい収穫はなかった。
報道によると、身元不明の遺体が数体、発見されたらしい。損傷も酷かったが、辛うじて、死後数日経過していたことが判明した。
つまり、少なくともその遺体は、里沙やあの科学者のものではなく、科学者が実験材料として使っていた人間だと分かる。
里沙が死んでいないことを喜ぶべきか、それとも死んでいた遺体に黙祷を捧げるべきか悩んだ。

「資料……」

結局そのどちらもすることなく、室内に保管されているであろう資料を探した。
爆発による損傷は酷いものの、なにか手掛かりがあるかもしれないと棚を開ける。
だが、ひしゃげた棚の中にあったファイルや書類は綺麗に焼け焦げ、読めるようなものはない。
ため息を吐きつつ、何人かの「実験体」が入っていた牢へと近づく。

494名無しリゾナント:2013/04/06(土) 06:14:19
鼻の曲がるような匂いを堪え、牢へと入った。
おおよそ食料とは思えないようなものが与えられていたことや、此処で排泄をさせていたことがなんとなく分かった。
あの科学者が大切にしていたものはデータそのものであって、被検体のことはどうでも良かったのだろう。
さゆみは下唇を噛みながら、牢を見回す。

一箇所、床の色が微妙に違うことに気付いた。
爆破の影響だろうかとも思ったが、どうもそうではない。
さゆみはその床を指で叩き、他の床と比較した。音が違う。なにかが此処に在ると直感した。
ひしゃげた鉄の棒を持ち、ゆっくりと力を込めて床を押すと、ガコンと穴が開いた。
そこは外へと通じる道、「抜け穴」になっていた。
此処を進めば、何処かに避難することはできる。里沙が此処を通って脱出した可能性も、ゼロではない。
しかし、あの爆発に巻き込まれたという可能性は依然として存在する。
さゆみは前髪をかきあげ、再び室内を歩いた。

多くのコンピュータが置いてあった机を確認する。
なにか資料はないかと探すが、先ほども確認したように、焼け焦げからはなにも発見できない。
下唇を噛みながら壁を叩くと、再び音が違う箇所があることに気付いた。
さゆみは思い切りその空洞音の箇所を殴ると、ボゴンと勢い良く凹んだ。壁の中にあったのは、いくつかのファイルだった。
良い収穫になりそうだと急いで確認する。
ぺらぺらと何枚か捲ると、そこには見たこともないような薬品の名前と効能が記されている。
此処で投与していた薬品も、そのひとつなのだろうと推測される。

「人権なんてあったもんじゃないの…」

あるファイルの最後のページを捲ると、そこにはSDカードがテープで貼られていた。
さゆみはそれを手にしていたパソコンに接続する。
早速パスワードを要求される。そこそこの信憑性はありそうだと、さゆみは座り込んだ。

495名無しリゾナント:2013/04/06(土) 06:15:08
-------

何重にも掛かっていたパスワードと格闘すること90分、さゆみは漸く、SDカードの本体に入り込むことに成功した。
これほどの厳重なセキュリティが罠であるとは考えにくい。
さゆみは慎重に、SDカードの中の情報を読み取っていく。

「これは………」

カード内にある情報はいくつかある。
薬品の名前、効能、そして、ここ数年、全国各地で発生していた立てこもり事件のデータだった。
実験に使う薬品のことが書いてあるのは分かるが、なぜ立てこもり事件をデータベース化しているのかが分からない。
しかもこれほどに厳重にロックをかける必要性が何処にある?
さゆみは資料をスクロールしていくと、その中に、あの日の事件の名前を見つけた。

「なんで……?」

それは絵里が離脱するきっかけとなった病院立てこもり事件だった。
あの事件は、病院長や外科部長たちに対する逆恨みが動機だった。犯人らはインターネットを通じて知り合い、犯行を実行した。
素人がなぜあのような爆薬や銃器を入手できたのか、警察の発表によると、主犯格の男が海外から持ち込んだというものだった。
だが、主犯格の男はそれを否定しているというニュースをさゆみは見ている。
ニュースを伝えたアナウンサーは冷ややかにそれを報じていたが、さゆみはそれに疑問を覚えた。
そんなバレるようなあからさまな嘘をつく必要が何処にある?

「まさか―――」

496名無しリゾナント:2013/04/06(土) 06:15:43
ふと、思った。
仮に主犯の男の供述が真実だとしたら?
報道によると、犯人らのメールには確かに主犯の男が爆薬や銃器を購入したことが記載されていた。
もしこれが、主犯の送信したものではなかったとしたら?
メールは別の人間が作成し、送信したもの。そして裏で操っていたものこそがダークネスだとしたら……?

「絵里を、絵里を傷つけたのは…」

絵里がリゾナンターを離脱する経緯となった事件の主軸が、一般市民の犯罪ではなく、ダークネスだったとしたら。
さゆみの怒りが急に沸点へと達す。
勢いよくパソコンのカバーを閉じた。
ずるずると膝を折った。呼吸が短くなる。心臓が早鐘を打つ。血が巡る。頭痛がする。奥歯を噛みしめる。

「絵里っ―――!」

この段階では仮定以外の何物でもない。だが、あの事件にダークネスが何らかの形でかかわっていたことは事実だった。
ダークネスに関係しない一般人の犯罪に、リゾナンターが干渉することは禁じられていた。
あのとき、上層部たちはさゆみたちに連絡のひとつも入れなかったため、れいなとさゆみは、この事件の犯人はダークネスとは無関係だと判断した。
だが、実際はそうではなかった。
本当に上層部が把握していなかっただけなのか。ダークネスの暗躍に気付いていなかっただけなのか。
それとも、本当は知っていたにも関わらずなんらかの理由でさゆみたちに連絡を入れなかったのか?

―“解体”を目的として………?

瞬間、ぞわりと背筋が凍った。
さゆみが顔を上げると、入り口には彼女が立っていた。

497名無しリゾナント:2013/04/06(土) 06:18:42
「あれ。気付かれないように近付いたはずなんだけどなー」

軽口を叩いた彼女にさゆみは身構えた。
しかし相手は大袈裟に肩を竦めたかと思うと、両手を挙げて丸腰であることをアピールした。

「こんな場所で闘うつもりはないよ。そういう目的で、此処に来たんじゃないから」

彼女の言うことにさゆみは耳を貸さなかった。
この状況で相手の言うことを信じる方がバカというものだ。
さゆみが真っ直ぐに彼女を射抜くと、彼女は困ったように笑って「まあいいから話を聞いてよ」と一歩近づいた。

「それ以上来ないで下さい」
「だから待ってってば。闘う気はないんだよ」
「一歩でも近づけば、攻撃します」
「もー。分かった。じゃあこの位置から話すよ。ちゃんと聞いてね?」

彼女―――氷の魔女はそうして立ち止まり、両手を下ろした。
さゆみは構えを崩すことなく、対峙する。
恐らくれいなであれば、迷うことなく飛び掛かったはずだ。だがなぜか、さゆみは躊躇した。

「そっち、いま大変みたいじゃん。半年間で人員減りすぎでしょ」
「それがどうしました?」
「事実を言ってるだけだよ。そんな怒らないでってば。で、これからどうしていくわけ?」

どうしていくか、という問いに、さゆみは言葉に詰まった。
小春に始まり、ジュンジュン、リンリン、絵里を失い、リーダーである愛、愛佳、里沙も去っていったいま、残されたのはさゆみとれいなだけだ。
残ったふたりで、これからの未来をどう生きていくかなど、考えたこともなかった。

498名無しリゾナント:2013/04/06(土) 06:19:14
「いまはあのヤンキーちゃんとふたりだけでしょ?そんなんでウチらに勝てるわけ?」
「そんなことあなたたちには関係ありません。ふたりしかいない絶好の機会ですから、闘いに来たんですか?」
「だから結論を急ぐなって。違うし。私はさ、シゲさんを誘いに来たんだよ」

彼女にはなぜか、シゲさんと呼ばれることが多いが、その呼び名は嫌いだ。
そんなことはどうでも良いのだが、「誘いに来た」とはどういうことだ?

「シゲさんさ、こっち側に来ない?」
「……なにを言ってるんですか?」
「そのまんまの意味だよ。リゾナンター抜けて、こっちに来ないかって言ってんの」

勧誘というものを、さゆみは初めて受けた。
こんなに可愛いというのに、街中を歩いていても、モデルや女優の誘いなんて一度も受けたことはない。
宗教の勧誘ですら受けたことはないのだが、それはかえってありがたかった。
そんなさゆみが生まれて初めて受けた勧誘は、敵対するダークネスの幹部クラスからのものだった。

「あり得ません。あなた方にも何のメリットがあるんですか?」
「これは私個人の意思だよ。上層部には関係ない」

氷の魔女はくるりと背中を向けるとまるで脚本を読むように芝居じみた風に話始めた。
ダークネスの目的は世界の統一と支配。
総帥を頂点とした能力者集団であるが、お世辞にも統率が取れているとは言えない。個人主義であり、実力主義が徹底されている。
魔女もまた、目的を共有しているのみで、総帥に絶対服従しているわけではなく、自由に動くことができる。

「シゲさんの治癒と破壊の両極な能力は、やっぱり欲しいわけよ私は」
「このチカラをあなたの為に使えと?」
「考えてもみなよ。いまシゲさんは泥船に乗っている。7つの大砲を撃ち込まれ、もうあとがない。それでもまだ、その船に乗りつづけるわけ?」

499名無しリゾナント:2013/04/06(土) 06:19:54
さゆみの拳は微かに震えた。
言い返せない自分がいることに腹が立っていた。
いま、リゾナンターにはふたりしかいない。もうだれも、残っていない。それでも尚、留まる意味があるというのか?
そもそもなぜ、この段階になってまで、私は此処に居るんだっけ?

「なにを考えてるか分からない上層部に仕えるより、こっちに来た方がその能力はもっと有効に使えると思うんだけど」
「……そんなことっ」
「いつまで“上”についていくつもり?やめときなって。自分の頭で考えて行動した方が絶対に良いよ。私みたいに」

矢継ぎ早に言われさらに閉口する。
口が達者だと自覚していたはずなのに、なにひとつ言い返せない。
魔女はくるりと振り返った。相変わらず笑ったまま、こちらを見ている。
冷たい微笑に、背筋が凍る。なにも考えていないようで、静かな意思を持った瞳に、震える。
これが氷の魔女と恐れられる所以なのだろうかと改めて感じた。

「時間をあげるよ。決心がついたらまた此処に来て」

さゆみが「行きません」と発する直前、冷たい風が飛び込んできた。
思わず腕で目を覆うと氷の粒が走ってくる。頬がかすり、傷ができた。血が微かに伝う。
目を開けるとそこにはもうだれもいなかった。室内の数ヶ所が凍りついている。
足元のパソコンを確認したが、こちらには何の問題もないようだ。
力がどっと抜け、さゆみはぺたりと腰を下ろした。

500名無しリゾナント:2013/04/06(土) 06:20:26
 
―――「リゾナンター抜けて、こっちに来ないかって言ってんの」


―――「シゲさんは泥船に乗っている。7つの大砲を撃ち込まれ、もうあとがない。それでもまだ、その船に乗りつづけるわけ?」


―――「自分の頭で考えて行動した方が絶対に良いよ」



先ほど魔女が残した言葉が頭をよぎった。
敵の言葉を真に受けて心を狂わせるなど愚か者のすることだ。そんなこと百も承知だった。
それなのに、考えないようにすればするほど、さゆみの心に巣食った闇は徐々に膨らみ、静かに侵食を深めていった。
パソコンを持ち、のろのろと立ち上がる。
もうこれ以上、この場に居てはいけないと、歩き出した。
帰ろう。早く、早く帰らなくては。

帰る?
何処に帰るというのだろう。もう、帰る場所なんてとっくにないのかもしれない。

小春の笑顔が、ジュンジュンの膨れっ面が、リンリンの驚いた顔が、絵里の寝顔が、愛のとぼけた顔が、愛佳の困った顔が、里沙の怒った顔が、浮かんでは消えた。

足を止めないように必死だった。
ずるずると重い体を引きずるように、さゆみは下水管へと消えていった。

501名無しリゾナント:2013/04/06(土) 06:21:26
ひとまず以上になります
れいな卒業まででに最後の景色が描けるか微妙ですがとにかくがんばります
転載お願い致しますm(__)m

502名無しリゾナント:2013/04/06(土) 10:35:11
行ってきますね

503名無しリゾナント:2013/04/06(土) 10:44:30
代理投稿完了しました

シリーズを通してずっとまとわりついてくるような嫌な感じが胸苦しくもあったり蠱惑的でもあったり…
最後に辿りつく景色をお待ちしています

504名無しリゾナント:2013/04/06(土) 16:42:20
>>491
代理ありがとうございました
番外編は不定期でこれからも投下したいなと思ってます

では本編に戻ります。よろしくどうぞ

505名無しリゾナント:2013/04/06(土) 16:46:04
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/696.html の続きです



敵も、そして味方も。
次々に倒れていく。立っているのは自分と、敵方のリーダーだけ。
確かに、里保は彼女のと戦いを予感していた。けれど、こんな状況は決して望んではいなかった。

否。
これが戦闘、これが戦場。
味方の損傷が酷い。特に衣梨奈・春菜・聖・優樹は一刻を争う状況だろう。治癒の手段を持たない里保が唯一やれることは、相手
を素早く切り伏せてこの異空間から離脱すること。
元の世界には愛佳もいる。ただ、事は一刻を争う。

だが、そんな里保の差し迫った思いを知ってか知らずか。
例のリーダーは鷹揚とした口調で言うのだった。

「ねえ、先にお互いの味方の手当て、しない?」
「えっ」
「だってさ。気になるでしょ」
「それは、そうですけど」

舞美の提案に口淀む里保。
水軍流兵法、いや、全ての集団戦闘において、相手が這い上がる隙は絶対に与えないのがセオリー。増してや、わざわざ敵のメン
バーに手当ての時間を与えるなどもっての外だ。

「異議なし。ってことで」

舞美が、にっと笑う。
この人は、本当にダークネスの手先なんだろうか。
里保の中にあった疑念が再び、頭をもたげる。
だが、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。
慌てて、負傷して倒れているメンバーたちのもとへと走っていった。

506名無しリゾナント:2013/04/06(土) 16:47:20
水軍流にて止血法を会得していたため、里保は死の危険性から四人を遠ざける事に成功した。
ただ、ここから解放され次第すぐに治療を受けなければいけないことには変わりないが。

時を同じくして、舞美もまたメンバーたちの応急処置を終えていた。
目を閉じ横たわっている四人の仲間の顔に手をあて、それから声をかける。

「ごめんね。頼りないリーダーで。でも、やじ…みんなの分まで…頑張るから」

その言葉は、一つの決意。
決意を胸に、舞美は空間の中央へ歩き始めた。

そこには、里保がいた。
二つの瞳が、まっすぐに舞美を射抜く。

「・・・はじめよっか」
「遠慮は、しませんよ」

確かに、目の前の人物は甘い、けれど素晴らしい人なのかもしれない。
けれど、戦いの場において考慮すべき項目ではない。
雑音を遮断し、己の刃に意識を集中させる。
それが水軍流を継ぐものの、いや。リゾナンターの一員である自分がすべきこと。

決意を示すかのように、愛刀「驟雨環奔」を抜く。
一太刀目は、中段の薙ぎ。
避けるために後ずさる舞美を、さらに里保の斬撃が追う。

「若いのに、いい腕してるね」
「まだまだ、これからです!!」

大きく踏み込み、下段構えからの斬り上げ。
横にかわした舞美が、反撃に出る。里保の懐に飛び込み、そのまま正面からの掌底。

507名無しリゾナント:2013/04/06(土) 16:48:42
やっぱり、能力強化系!!

里保は、舞美の体格を一目見て、自らの筋力・瞬発力の強化が可能な能力者だと判断した。見るからに鍛えられあげたと思しき肉
体からもそれは明らかだった。
そして彼女の読みどおり、近接による格闘を仕掛けてきた。

バックステップをしつつ、里保は腰のホルダーからペットボトルを取り出す。
もう温存の必要は無い。中身の水を全て、周囲に振りまいた。

「水使い!」

舞美が気づいた時には、既に里保の周りを大小の水の玉が取り囲んでいた。
追撃のために加速した動きは止まらない。里保の刀での攻撃を避けて、中断への攻撃を仕掛けるも、浮遊した水の塊が盾となりダ
メージを与えられない。
逆に、別の水球から打ち出される剃刀のような切れ味の水流をかわすために、相手との距離を取らざるを得ない。

攻防ともに隙のない戦闘スタイル。
近距離にも遠距離にも対応できる里保のスタイルは、舞美の近接攻撃を無効化した。
近づけば斬撃と水での攻撃の餌食、かと言って離れていても遠くから水が飛んで来る。

それでも舞美が取った選択肢は、攻撃を仕掛けること。
一旦離した距離を再び縮め、手技、足技の応酬。迎撃のために打ち出された水流を素手で弾き、蹴りで断つ。当然、手足は水の鋭
さで裂かれ、血飛沫が舞う。それでも、舞美の動きが止まることはない。ついには、里保の目の前まで近づいてしまう。
その勢いは激しく、刀身で受けでもしたら間違いなく、体格差により弾き飛ばされてしまう。結果、里保は身をかわすことでしか
応戦できない。

しかし、いかに相手が体力自慢だとしても、今の勢いが続くわけがない。
当然のことながら、スタミナ切れを起こすはず。手足の損傷にしても、軽視できるものではない。
なのに、舞美は全身汗まみれになりながら、笑みすら浮かべて攻撃ラッシュをやめようとしない。
何か、あるはず。里保は反撃の期を窺いつつも、相手が出してくるであろう別の手について最大限に警戒していた。

508名無しリゾナント:2013/04/06(土) 16:49:56
「ま、こんなものかな」

突然のことだった。
舞美がひとりごちつつ、里保との間合いを大きく広げる。
もちろん、消耗したスタミナの回復のため、などとは里保も思ってはいなかった。
「驟雨環奔」を斜に構え、いつでも斬りかかれるような体勢を取る。

里保の集中力は、剣の切っ先に向けて高まり続ける。
それこそ風の僅かな動き、相手の呼吸を肌で感じ取れるほどに。
しかし肌を水滴が、二、三度打つ。それで彼女の集中力は乱れてしまった。
決して意識を緩めたわけではない。ただ、不可解なのだ。

舞美とのやり取りで身体を動かしたものの、汗が出るほどのものではない。
とすれば。里保の肌を落ちていったのは、何の水滴なのか。
答えは水滴の連続によって導かれる。雨だ。

「そんな、雨だなんて」

狐に化かされたかのような表情で、上を見上げる。
白い天井。なのに、そこから、雨が降り注がれる。
ここに自分達を導いた女は、ここが異空間だと言った。密閉空間の中で雨が降るのも、また異空間ならではのことなのか。

「ごめんね。私、雨女なんだ」

舞美の一言で、里保は思い出す。
彼女が喫茶店に現れた時、天気だった空が雲に覆われてにわか雨に見舞われたことを。
あれは、この人の力だったのか。彼女の真の能力は、自分と同じ「水使い」。
でも、部屋の中で雨を降らすなんて。どうして。

その理由は、舞美の過剰とも言うべき攻撃ラッシュにあった。
大量の汗をかくことで、雲を呼び、空気中の水分を寄せ集め雨とする。
無駄とすら思えた手数は、全てこの状況を作るためのものだったのだ。
そして雨は一段と激しく、里保の身体を打ち続ける。これは彼女にとって、あまりよくない状況だった

509名無しリゾナント:2013/04/06(土) 16:51:17
水を操る技術が熟練していない里保にとって、過剰な水の存在は自身が操る水のコントロールを不安定にする。
雨の激しさで張り付いてゆく額の髪を掻き分けながらも、その表情が曇ってゆく。

「あなたが雨女だろうと、関係ない」
「じゃあ、存分に戦えるね」

土砂降りになった雨の中で、舞美が微笑む。
全身が、かいた汗でなのか雨でなのかわからないくらいに濡れている。
そんな舞美を見ながら、里保は次の舞美の出方に気を払っていた。

水による遠距離攻撃か。
それか、先ほどのような肉弾戦を絡めた複合攻撃か。
どちらでもいいように頭の中でシミュレートしつつ、刀を携え駆け出した。

しかし舞美は微動だにしない。
防御の体勢を取らないということは、つまりそうする必要がないから。
何が出るか。攻めあぐねて隙を作るより、果敢に攻めたほうがいい場合もある。里保は持ち前の戦闘センスで後者を選択し、舞美
に斬りかかった。

綺麗に決まる、袈裟懸けの斬撃。
しかし曖昧な手ごたえが、刃に伝わる。その感触はいかにも不可解。
刀を素手で弾いたのか。いや、それにしては衝撃が鈍すぎる。

よく見ると、舞美の体全体を、雨が、水が覆っていた。
舞美は雨や汗で濡れていたのではない。むしろ、雨を纏っている状態。
先ほどの里保の斬撃は、言わば水の鎧によって完全に防御されていた。

「…今度はこっちから、行くよ」

絶大な防御能力を手に入れた舞美が、里保目がけ走る。
迂闊に近寄らせたらまずい。弾丸のように突っ込んでくる相手を、牽制する必要があった。

510名無しリゾナント:2013/04/06(土) 16:53:11
里保が周囲に漂わせていた水球から、打ち出される水流。
鋭く差し迫る水の銃弾を、舞美は避けもせずその身に喰らう。
まったくの無傷。勢いが完全に水の鎧によって殺されていた。

次に、里保は水球を自らの正面に繰り出す。
足止めができないのなら、水際で止めるしかない。
相手の攻撃を凌ぎつつ、その隙を窺うという次の一手のための防御でもあった。

だが、信じられない事に。
里保が張り出した水のバリアは、舞美の一撃の前にまったくの無力であった。
舞美を避けるかのように、二つに分かれる水の盾。里保は防御の体勢を取らせてもらえずに、強烈な拳をその体にめり込まされる。

後ろに大きく吹き飛ばされる里保。
インパクトの瞬間に体を後ろに逃がすことで、致命的なダメージを負うことはなかったものの。
自らの意にそぐわない、水の動き。

この場全体が、あの人に支配されつつある…!!

里保は今自分が対峙している相手の能力の高さと、自らの不甲斐なさに悔しさを隠せなかった。

同じ能力を持つものの戦いにおいて大きなウェイトを占めるのは、精神力。
この点において、里保は舞美に遅れを取っていた。
加えて降りしきる雨、水に囲まれた環境が、里保の精神状態に悪影響を与える。

焦りは苛立ちを生み、拙速な攻撃となって表に表れる。
苦し紛れに繰り出した一振りは、難なく舞美に避けられた。

「本気、出してないんだね。そんなに甘く見られてるのかな、私」
「・・・うるさいっ!!」

焦燥を刃に乗せ、胴を薙ぐ軌跡。
それも纏われた水の鎧を前にして、水面を掻くだけに終わる。
強い。これまで戦ったどの相手よりも。

511名無しリゾナント:2013/04/06(土) 16:54:57
それを痛感しつつも、安易な攻めを止める事ができない。
息は乱れ、防御より攻撃に大きく舵を取られる。里保は珍しく、冷静さを欠いていた。
そして考えなしの大振りがかわされ、がら空きの背後からの一撃を横腹に見舞われる。強い衝撃をまともに受けた里保は、水溜り
の上にもんどり打って倒れた。

「こんな、こんな攻撃で!!」

たった一撃で倒れるわけにいかない。
全身を濡らしながら、再び里保は舞美に立ち向かう。

刀を振るい、刃を交わしながらも、里保はある一つの大きな変化を感じていた。
水の支配権が、奪われはじめている。
同じ水を操る能力者が精神力の強さによって奪い合うものが、水の支配権。
これを相手方に握られてしまうと、水を操ることはおろか、形成さえ困難になってしまう。
それが、現実のものとなって里保の身に降りかかっていた。

その証拠に水の盾を形成することでさえ、体力の消耗が少なくない。
相手の水に対する影響力が里保にまで及んでいることの証拠だった。

こうなると最早攻撃手段としては手にした愛刀「驟雨環奔」による剣技のみ。それにしたところで、今の里保の精神状態では技の
冴えが鈍ってしまう。

どうしたら…いい?

追い詰められていた。
普段は冷静な里保が、自問自答することでしか現状に抗えない。
思考に偏り隙だらけの状態を、舞美は見逃さなかった。

素早く懐に飛び込んでの、ボディへの一撃。
骨が軋む。だが激痛に身を委ねる前に更なる攻撃が襲いかかる。
肝臓。胃。腎臓。そして心臓。降りしきる雨同様に矢継ぎ早に繰り出される拳に、里保の防御が追いつかない。それぞれに大きな
ダメージを受けながら、再び水溜りに体を投げ出された。

512名無しリゾナント:2013/04/06(土) 17:03:13
一撃一撃が、意識が飛んでしまいそうなほどの威力。
そのぎりぎりで踏みとどまっていた里保だが、さっきまで手に握っていた刀の感触が失われていることに気づく。どうやら吹き飛
ばされた時に手放してしまったようだ。
よろよろと立ち上がる里保。刀を拾いに行こうと動いたその時。

「はい。素手じゃ、戦えないでしょ?」

ありえない。
舞美は、飛ばされた里保の刀を拾いに行き、あまつさえそれを手渡そうとしていたのだ。
外的要因、内的要因によってかき乱され続けてきた里保の感情が、ついに限界を迎える。

「なんで、何でですか!!」

怒りに任せ、舞美が手にしている「驟雨環奔」を叩き落す。
瞬時に奪い取り、そのまま斬り伏せる。そんなことを思いつかないくらいに、感情が昂ぶっていた。

「何となく、そうしたいと思ったから」
「あなたは、あなたは!ダークネスの手先じゃないですか!闇の手先なら闇の手先らしく、汚い手で私を殺せばいいのに!どうし
て、どうして!あなたみたいな人がどうして、ダークネスなんかに手を貸してるんですか!!!」

里保の叫びは、激しい雨音にかき消される。
少しの静寂。舞美は、ゆっくりと、けれど力強く語る。

「あたしたちには、やらなきゃいけないことがあるから」
「・・・・・・」
「ダークネスの目的は、能力者が虐げられない世界を作ること。だからあたしたちは博士に…ダークネスについていくことを決めた」
「嘘だ!!」

里保は当然の如く、反駁する。
虐げているのは、ダークネスのほう。能力を悪用し、闇の世界に君臨している。そのダークネスが『能力者が虐げられない世界』を
作るなど。
しかし、舞美は首を振る。

513名無しリゾナント:2013/04/06(土) 17:05:23
「ダークネスは理想を叶えるため、そして世界を勝ち取るために、あたしたちみたいな身寄りのない子たちを人工能力者として戦
力にしてる」
「えっ」
「訓練と称した人体実験。辛かったな。けど、ううん、だからこそ。これ以上、あたしたちみたいな子を作っちゃいけないんじゃ
ないかって」

悲劇をこれ以上生まないために、悲劇に手を貸す。本末転倒。
だが、これ以上彼女の意見を否定することはできなかった。

その時里保が舞美に見たのは、揺るがない強い信念。
彼女の四人の仲間たちは、その強い信念に惹かれ、戦っていた。四人が舞美に寄せる思い、それはそのまま彼女の強さに繋がって
いる。

じゃあ、自分はどうなんだろう。
里保は自らの内に訊ねる。
リゾナンターのリーダーだった高橋愛に導かれ、リゾナンターとなり、ダークネスと戦う。
どうして自分達はダークネスと戦うのか。平和の為、能力者に脅かされない未来を作るため。それももちろんある。けれど、その
根底にあるのは。

12月24日の惨劇。
その場にいた愛、里沙、さゆみ、れいな、絵里、小春、愛佳、ジュンジュン、リンリン。
彼女たちは深い傷を追った。時がたち体の傷は癒えても、心の傷は未だ癒えていない。
その時の無念は、今もリゾナンターとして現役であるさゆみやれいなから十分に伝わっていた。
なら里保たちを動かしているのは復讐か。いや、違う。

「私にだってやらなきゃいけないことは、ある!」

一度は自分で叩き落した「驟雨環奔」を再び手に取る。
里保が、いや新しくリゾナンターとなった全員がダークネスに立ち向かう理由。
皮肉な事に、舞美の強い意志に触れることでようやく見えてきた。
先々代のリーダーである愛が、リゾナントを去る日に残してくれた言葉を、思い出す。

― これ以上、あーしみたいな人間を増やしたら駄目だ。だから、ずっと戦ってきたんやよ ―

514名無しリゾナント:2013/04/06(土) 17:07:09
ダークネスによって踏みにじられる人間を、これ以上増やしてはならない。
相手に、守りたいものがある。けどそれは、自分達も一緒だ。
信念だけは、貫き通せ。自ら思い描いた言葉が、里保に力を与えた。

見出した覚悟とともにこれまでよりも力強く、舞美に向け踏み込む里保。
繰り出す鋭い一閃。水の鎧を裂くことはできなかったが、その動きはそれまでとは明らかに違っていた。

「・・・吹っ切れたみたいだね」
「おかげさまで」

とは言え、相変わらずの苦境であることには変わりない。
この空間にある水はおよそ舞美の支配権の下に置かれたと言っても過言ではない。それを盛り返すのは、腕相撲で例えれば、倒さ
れるぎりぎりの自らの腕を中央以上の位置に戻すくらいの労力が要される。吹っ切れた勢いに任せて、という少年漫画の王道のよ
うなやり方は里保向きではない。そのことは彼女自身が一番理解していた。

ならばどうする。
里保は刀を構えつつ、亜佑美ばりの高速移動で舞美をかく乱し始めた。
もちろん本家には及ばないものの、相手の目を眩ませるには十分の代物だ。

この場に私が操る事のできる水はない。だったら。

舞美を惑わしていたステップが、攻勢に転じる。
体を切り返し、距離を一気に縮めてきた。

これが、互いの最後の一撃になる。
里保の表情から、舞美はこれからの彼女の一手を計った。
牽制の意味を込めた右からのワンツーをかわし、低く屈んだ姿勢からの斬り上げ。
風を斬り雨を遮る鋭い軌跡が、舞美を襲った。

しかし、敵わず。
体力、そして精神力の消耗のせいだろうか。水面を鮮やかに割るはずの切っ先の軌跡は、水の抵抗に負けたかのように激しく波打
った。刀を振りぬいた里保のがら空きの体に、とどめの拳を喰らわせようとした舞美は、あることに気づく。

515名無しリゾナント:2013/04/06(土) 17:09:04
里保の手に握られているはずの刀が、見当たらない。
あるはずの刀は振り上げた勢いのままに宙を舞っている。

まさか、今の攻撃は囮?!

気づくのが遅かった。
刀を手放した里保が、体に捻りを加えながら舞美の側へ。
波立ち乱れた水の鎧に、渾身の力で右の掌を押し込む。

「うああああああっ!!!!」

全てを弾き、拒絶する強固な水のヴェール。
触れようものなら、手の水分と激しく結びつき、皮膚を突き破る。
一見無謀な攻撃。

「あなたの負けです」
「えっ?」

里保の言葉とともに、舞美を突き抜ける衝撃。
何が起こったかわからないという表情をすることしかできない舞美が、目にしたものは。

赤い、刃。
舞美の胸に突き立てられたそれは、里保の掌から伸びていた。

水を操り、我が物にする水軍流。その奥の手が、血の刃だった。
自らの血を水に見立て、水と同じように形成し操る。
本来ならば水のない場所において行使される、水使い最後の切り札。

「まいった…な。それは、思いつかなかった」

同じ水ならば、自らの支配下に置く事ができる。
だが、血はそうはいかない。増してや、血を水に見立て操る事のできない舞美には。

舞美を覆っていた水が、はじけ飛ぶように霧となり、消える。
それが、彼女が倒れる合図だった。
水しぶきを上げ、派手に沈む舞美。それは、里保の勝利を意味していた。

勝った。けど、私も、もう限…界…

里保の意識が途絶えるのと、異空間が歪んでゆくのは、ほぼ同時の出来事だった。

516名無しリゾナント:2013/04/06(土) 17:11:21
>>505-515
更新終了
お手数ですが転載をお願いします
長くなってしまいすみません

517名無しリゾナント:2013/04/07(日) 07:27:31
長いなオイ
まあ行ってみますか

518名無しリゾナント:2013/04/07(日) 07:45:15
終了
ひさしぶりにバイバイさるさんされたw

519名無しリゾナント:2013/04/12(金) 21:51:18
>>518
すみませんでした(汗
そしてありがとうございます。代理様の存在の大きさを感じつつ。

続きを投下します。

520名無しリゾナント:2013/04/12(金) 21:53:39
>>195-206 の続きです


建設現場なのか解体現場なのか、わからなくなってしまうほどに荒れてしまった場所。
ばらばらになった鉄骨が地面のあちこちに突き刺さり、防護網は引き裂かれ、だらしなく垂れ下がっていた。恐らく、関係者のほ
うが上手く処理してくれるとは思うが。
さゆみは、その後の関係者からの叱責のことを想像し、顔をしかめた。

「せっかく勝ったのに、何渋い顔してると」

さゆみの背後から、聞きなれた声。
そうだ。自分は、この子を助ける事に成功したんだ。
先ほどまでの憂鬱はどこへやら。さゆみの心を喜びが満たしていった。

「れいなっ!!」
「うわっ!」

突然れいなの手を取るさゆみに慌てふためきながらも、互いの無事を喜ぶ。

「さゆみたち、勝ったんだよね」
「勝った。だからここにおる」
「そうだよね。さゆみと、れいなと」

言いながら、さゆみはあの時のことを思い浮かべる。
闇に呑まれそうになった時に、繋いでくれた手。きっとあれは。

521名無しリゾナント:2013/04/12(金) 21:54:51
「絵里が」
「え?」
「絵里が、助けてくれたっちゃんね、きっと」
「…そうだね」

れいなも、同じことを考えていた。
ベリーズが繰り出す荒ぶる闇に打ち克ったのは、紛れもなく、さゆみ・れいな、そして絵里の三人の絆。断ち切ることのできない
共鳴だった。
今も病院で眠っている絵里に、二人は思いを馳せた。

何かが崩れるような物音。
反射的に二人が音のしたほうへ向く。
突き刺さった鉄骨に体をもたせ掛けたベリーズのキャプテン・佐紀だった。

「あたしたちは、負けたんだね」
「そうったい。こてんぱんに」
「はは、あたしたちベリーズの絆は、共鳴は。あんたたちのそれに遠く及ばなかったってことか」

自嘲気味に笑う佐紀。
だがそれを、癒すような眼差しでさゆみが見ている。

「何?哀れみなら要らないよ」
「ううん。あなたたちの共鳴は、手ごわかった。さゆみたち以外に共鳴が使えるなんて、びっくりしたし。けどね。上手く言えな
いけど…あなたたちの共鳴には、何かが『足りなかった』んだと思う」

少しだけ怪訝な顔つきになる佐紀だが、すぐに何かを思いつく。
「足りなかった」何か、いや、「足りなかった」誰かを思い出したのだ。

「…そっか。あたしたちには『足りなかった』んだね。片時も忘れたことなんて、なかったはずなのに」

誰に言うでもなく、呟く佐紀。
その視線は、すっかり暗くなってしまった夜空に向けられていた。

522名無しリゾナント:2013/04/12(金) 21:56:28


ベリーズの七人は、その後警視庁特殊課の異能力対応チーム・通称PECTの隊員たちによって拘束された。
さゆみたちリゾナンターが能力者の起こした事件を解決した場合、その能力者のほとんどが彼らの手によって移送され、「適正な
処理」をされる。「適正な処理」と言っても、命に関わることではないらしい、ということしかさゆみたちは知らないが。

パトライトを回しながら遠くへと消えてゆく護送車を見送りながら、二人は大きくため息をついた。
さゆみがリーダーになって最初の、大仕事。それも、ダークネスがらみの。「ベリーズ」たちを倒したからと言って、それは終わ
りではない。むしろ、長い戦いの幕開けとなるだろう。

「れいな、おぶって」
「はぁ?」
「力の使いすぎで疲れちょう。一歩も動けん」
「れいなやって動けんのに。しょうがないなあ」

さゆみが普段使わない地元の言葉を使うということは、相当疲弊してるはず。
れいなは、おぶる代わりにさゆみに肩を貸すことにした。

とは言え、れいなもベリーズとの戦いで疲弊しているのは確かだった。
その歩みは、亀よりも遅く。
それでもさゆみは、文句一つ言わずに体を委ねている。
と思いきや、すうすうと寝息を立てている。

523名無しリゾナント:2013/04/12(金) 21:57:55
「ったく…」

呆れつつも、れいなの頭にはさゆみと絵里と過ごした日々が甦る。
戦闘系に特化した能力を持ち、また格闘センスにも長けていたれいなは、瞬く間にリゾナンターの主戦力となっていた。一方、後
方支援のさゆみや、体の弱い絵里は二人して一緒に行動する事が多かった。「役割が違うのだから」そう言い聞かせていたれいな
自身、まったく寂しさを感じなかったと言えば嘘になる。

「さゆとは長いこと一緒やったっちゃけど、二人だけで戦うのははじめてだったかも。後輩も増えて、指導するので手一杯やった
けん」

時は流れ、何時の間にかさゆみとれいなはリゾナントの最年長になっていた。
そして、リーダーの座がさゆみに巡る。その環境の変化は、様々な影響を与えてゆく。時にリーダーとしての立場が、さゆみに厳
しい表情をさせることも増えていた。

「愛ちゃんやガキさんがいなくなって。さゆがリーダーになって。さゆらしさがなくなったけん、れいなは寂しい。そんなこと思
った時もあった。でも」

だが逆に言えば、問題に立ち向かい苦悩するさゆみの姿は、れいなにさゆみという人間の昨日までは見えてこなかった部分を見せ
ることにもなった。

色々、ひっくるめて。
今なら、言える。

524名無しリゾナント:2013/04/12(金) 21:58:52
「さゆ。同じ年でリゾナントに入ってきて、長いこと経ったっちゃけど。今のさゆが、一番好き」

それは、さゆみが寝ている今だからこそ言える独り言。
のはずが、

「ありがと」

思わぬ反応。
さゆみは、寝たふりをしていたのだ。

「な!い、いつから聞いてたと!?」
「ふふふ、いつからだろうね」
「盗み聞きなんて、趣味悪いと!」
「うん。よく言われる」

鉄骨から落下して、あさっての方向を向いた投光器。
その光が、いつまでも二人の背を照らしていた。

525名無しリゾナント:2013/04/12(金) 22:00:43


目が覚める。
自分が寝ている場所があの正体不明の女が作り出した異空間ではなく、病室のベッドであることに気づいた時に、鞘師里保は一つ
の事実を実感していた。

私たち…勝ったんだよね?

半信半疑なのは、「キュート」のリーダーである舞美を倒した後、自らも意識を失ってしまったからだった。それを現実のものに
変えたのは、素っ頓狂な声をあげる来訪者だった。

「りほりほ!?」

病室を訪れたのは、リゾナンターのリーダー・道重さゆみ。
目を覚ました里保を見るや否や、猫まっしぐらの勢いでベッドに突進してきた。

「よかったぁ!やっと起きてくれたんだ!!」
「あの、道重さん?」
「もうさゆみがずっと看病してる間も撫でたり触ったりしても全然起きないから、心配したん…」
「道重さん。撫でたり触ったり、とは?」

急速に表情が無になっていく里保を目の当たりにし、大慌てでベッドから飛びのくさゆみ。

「あのっ!さゆみはただ治癒の力でりほりほをっ!別に変な意味とかなくて、最近りほりほはさゆみに『もしかしたら…』みたい
なとこあるからやましい事は全然!!!」

あまりに必死に弁明するものだから、里保の顔に思わず笑みが出てしまう。

526名無しリゾナント:2013/04/12(金) 22:02:13
「まあ、道重さんがそういうタイプじゃないのは知ってますから。柱の影でこっそり見てるタイプですよね」
「そうそう、恐れ多くてついつい隠れちゃうの…ってちょっとりほりほ!!」
「…道重さん。私たち、勝ったんですよね?」
「うん。さゆみたちは、勝ったよ」

その後里保は、さゆみから事の顛末、現在の状況を聞いた。
里保が舞美に勝利した後、異空間から解放された八人を愛佳が病院搬送したこと。
敗北した「キュート」は警察に引き渡されたこと。
さゆみとれいなが「ベリーズ」を撃破したこと。
精神的に激しく消耗した遥、亜佑美。傷を負った香音、衣梨奈、春菜、優樹、聖。ともに回復し、最後に目覚めたのが里保である
こと。

「あれから『ダークネス』は」
「目立った動きはないよ。れいなが派手に暴れて町をめちゃくちゃにしちゃったから、あいつらも大っぴらに動けないんじゃない
かな」

そこへ、破壊の張本人がやって来る。

「さゆ!人聞きの悪いこと、言わないの!!」
「だって事実じゃん。鉄骨ぐっちゃくちゃになって、PECTの人も『これをガス爆発事故にするのは無理が…』って言ってたし。
絶対後で呼び出される」
「あーうるさいうるさい!れいなそんな手加減とかできんけん!!」

527名無しリゾナント:2013/04/12(金) 22:03:39
さらに、里保のお見舞いにやってきた同期たちが。

「あっ、里保ちゃん目が覚めたんだ」
「やっぱえりが毎朝お祈りしてたおかげっちゃね。さすが天才」
「えりちゃん何もしてないじゃん。寒いし」

続いて、後輩たち。

「鞘師さんよかった!!やっぱ鞘師さんあってのリゾナントですもんね!!」
「体の回復具合が計れなかったから、鞘師さんと稽古したかったんですよ、ってまだ早すぎますか」
「さやしすーん、おめでとうなう!!」
「またなうの使い方間違ってるし。あっ鞘師さんちぃーす!」

一気に賑やかになる病室。
「かしましい」と言った表現が的確な空間に、遅れてやってきた光井愛佳は思わず顔を顰める。あんんたら鞘師は病人なんやから、
と言おうとしたが思い直し、踵を返した。

ま、少しは水いらずってのもええやろ。

いつもは読むべき空気など何のその、と掻き分けて入る愛佳だが、今だけは一歩退くことにした。
今回の事は、あの10人が力を合わせて掴んだ、初めての勝利。
その姿を見て、愛佳は自分を含めた9人で力を合わせて戦ったかつての日々を思い出していた。

528名無しリゾナント:2013/04/12(金) 22:04:32
あの頃、みんなが手を取り合い、心を繋ぎ、そして共鳴していた。
それが、今の10人にも受け継がれている。だからこそ、勝つことができたのではないかと。

「光井さーん!」

後ろから元気な声が聞こえた。
愛佳に気づいた香音が、満面の笑みで迎える。

「里保ちゃんのために、でっかいケーキ買ってきたんです。みんなで食べましょ!!」
「はいはい、そんな強く手ぇ引っ張らんでも行くから」

ダークネスの手のものを退けての、つかの間の平和。
それが長く続かないことは愛佳も、そしてもちろんさゆみやれいなも知っているだろう。
こちらが力をつけつつあることを、気づかれてしまった。それを見過ごす甘い連中ではないことも。

だからこそ。
今は、羽を休めよう。
迫り来る危機に、万全の態勢で臨めるように。
愛佳は静かに、そして深くそう思った。

529名無しリゾナント:2013/04/12(金) 22:09:25
>>520-528
更新終了
代理投稿をお願いいたします

いい最終回だった(
ただもうちょっとだけ続くんじゃ、なので次回また更新いたしますw

530名無しリゾナント:2013/04/14(日) 08:29:12
行ってきます

531名無しリゾナント:2013/04/14(日) 08:40:20
代行は遅くなったけどおはようございます
さゆとれいなの間に感じられる空気が何となく今を反映してるみたいでいい感じですね
さて続きとは?

532名無しリゾナント:2013/04/15(月) 21:03:24
>>531
代行ありがとうございました
続きと言っても後日譚ですがw

では投下いたします

533名無しリゾナント:2013/04/15(月) 21:07:12
>>376-384  の続きです


暗闇に包まれた部屋に、12のモニターが僅かに光をもたらしていた。
しかし、時が経つにつれその光は一つ、また一つと消えてしまう。
やがて全てのモニターが沈黙し、部屋から光が失われた。

なるほど、そういう結果に終わりましたか。

リクライニングチェアを傾け、部屋の主である白衣の女性は呟く。
「ベリーズ」と「キュート」がリゾナンターたちと相見え、そして敗北するまでの全ての経過を、彼女はその瞳に、そして「叡智
の集積」と呼ばれし頭脳に焼き付けていた。

当然の結果か。それとも誤算か。
彼女にとってはどちらにでも取れたし、またはどちらでもなかった。いや、それ以前にどちらでもいいことだったのかもしれない。
いずれにせよ、答えはない。
闇に溶け込むような眼鏡のレンズだけが、部屋の外から漏れ出す小さな光を反射していた。

何の前触れも無く、その光が大きく増す。暗かった部屋は、瞬く間に光によって白日の下に晒された。

「こんな暗い場所で何やってるんだか」

ノックもせず部屋に入ってきた侵入者は、あきれ返ったような言葉を白衣の女性 ― 紺野博士 ―に投げかけた。その表情は妹
を見る姉のようでもあり、理解できないものを嘲笑うようでもあり。

「見ての通りですよ。あの子たちの奮闘ぶりを観察していました」
「で、結果は?」

黒コートの女性、「氷の魔女」の問いかけに、紺野はくるりと椅子を回して正対した。

「残念ながら、リゾナンターたちの実力のほうが上回っていたようです。やはり『擬似共鳴』はあくまでも擬似。本物の共鳴には
及びませんでしたね」
「擬似…ああ、あのべりっ子たちのことね。あんたも残酷なことするねえ」

534名無しリゾナント:2013/04/15(月) 21:08:28
意地の悪い笑みを見せる「氷の魔女」。
残酷、ですか。紺野は心外だ、といった表情を見せた後に、

「私はただ、契機を与えたに過ぎません。力を最大限まで引き出せるかどうかは、彼女たち次第でした。それは『キュート』たちも
同じ。ただ、結果はともあれ、次に繋がる良いデータは得られましたが」

と付け加えた。

「それってさ、ぶっちゃけ体のいい実験だよね。うわぁ、趣味悪」
「どう捉えていただいても構いませんよ。実験は、科学という世界において必要不可欠のものですからね」
「ふうん」

言葉では相槌を打ちつつ、実際は理解できないものとして明後日のほうに投げ捨てる「氷の魔女」。そして先ほどまでの話題を他所
に、意味ありげに部屋の中をうろつき始める。

「ところで。何の用でしょう。まだ結果が出たばかりなので、次回の会議には少々早すぎるような気がしますが」
「…さっき、『黒の粛清』がうきうきしながら出てったんだけど。音痴な鼻歌歌いながら。それはもうきしょいくらいに」
「ああ。きっと『敗者』を狩りに行ったんでしょう。確かこの前お会いした時に、勝手に話を進めあってたみたいですから」

包み隠すことなく、紺野は言った。
相手が一方的に決めたことに対し、隠し立てする義理は彼女にはない。
だが、散りばめられたキーワードに気づかないほど魔女の嗅覚は鈍感ではなかった。

「てことは、『勝者』は『赤の粛清』が狩るわけだ」
「そのようですね」

紺野の答えを聞く前に黒い外套を翻し、部屋を立ち去る「氷の魔女」。
扉が閉められ、再び闇が部屋に満ちる。それがまるで合図であるかのように、紺野はチェアから立ち上がった。
闇を泳ぐようにして歩き、扉が開くとともに光の向こうへと消える。
主がいなくなった後の部屋には、反応のないモニターが静かに深い闇を映し出していた。

535名無しリゾナント:2013/04/15(月) 21:10:41



一台の護送車が警視庁を出たのは、夜も深まった時のことだった。
PECT(exceptional power corresponding team)。文字通り、法を犯す能力者に対する警視庁の切り札とも言うべき存在。しか
しあくまでも隊員たちは普通の人間。組織に属さないはぐれの能力者ならいざ知らず、巨大化したダークネスのような組織に対して
は、有名な怪盗三世に対する中年刑事のような役割しか望めないのが現状だ。

護送車の中には、麻酔薬を打たれ昏睡している「ベリーズ」「キュート」のメンバーたちが収容されている。万が一のことを考え、
護送車の中にはPECTきっての戦闘のプロが数名同行。護送車の前後には、能力者が脱走した場合を想定し化学兵器を搭載した
装甲車が伴走していた。

「警視庁の精鋭部隊が、これじゃただの運送屋だな」

護送車を運転している中年の男が、遠い目をしてぼやく。
助手席にいる、若い男が追随するように大きくため息をついた。

「しょうがないっすよ。あの現場見ました?あんなの、うちらの手にはとても負えませんって」
「確かに。あそこまでの破壊力は、ダークネスの幹部クラスでもないとそうそう出せないな」
「それが後ろでお寝んねしてるガキんちょの仕業だってんですから。参っちゃいますよ」

卑屈な笑みを浮かべる若い男の頭上に、唐突に中年の拳骨が降り注ぐ。

「あってえ!」
「見てくれで判断するんじゃない。現に、彼女たちを制圧したリゾナンターたちもお前の言うような『ガキんちょ』なんだからな」
「まあ、そうっすけど…」
「あいつらは、俺たちとは違う。あいつらは」

対向車のヘッドライトが、中年の男の顔を仄かに照らす。

「バケモンだ」

536名無しリゾナント:2013/04/15(月) 21:11:59


三台の車は都内を通過し、隣県の丘陵地に入っていった。
警視庁が所有する「能力者矯正施設」はその更に奥、人里離れた山村に存在する。

「それより先輩、知ってます?お偉方の肝いりで新しく作られた対能力者部隊の話」
「リゾナンターのOGの助言を参考にして編成された、あいつらのことか」

中年の男が渋い顔になる。
どうしたんすか、と言いたげな若い男の顔を見ることなく、呟いた。

「もしその部隊が本格的に始動したら、俺たちは長い夏休みを貰える事になるな」
「は?なんすかそれ」
「お払い箱になるってことだよ」

次のカーブを曲がろうと、中年の男がサイドミラーに目をやった時のことだった。
ミラーが、激しく明滅したのだ。
思わずバックミラーを覗き込むと、後方についていた装甲車が大破、派手に炎上している光景が視界に飛び込んできた。

「敵襲!?」
「バカな、ロケット砲でもびくともしない車だぞ!!」

しかし現実に事は起こっている。
前方の装甲車に合図を送ると、急ブレーキで停車した車両からぞろぞろと武装した隊員たちが飛び出してきた。襲撃相手がどんな装
備を持っているかはわからないが、これだけの人数がいれば成すすべもなくなるはず。
現地到着が最優先任務。武装隊員が炎上した装甲車を取り囲むのを確認してから、中年男はアクセルを強く踏み込む。轟音を上げて
道路を走行する車、だが次の瞬間、男は信じられないものを目にすることになる。

「先輩!先輩!!」
「何だ、つまらんことなら後にしろ」
「ひっ、人が!人が!!」

後輩のあまりの逼迫した声に、思わず横を見る。
女が、車の横を走っていた。嬉しそうに。
いくつもの男の生首を抱えながら。全部が、男の見知った同僚たちのものだった。

537名無しリゾナント:2013/04/15(月) 21:13:26
暗闇に溶けそうな黒い肌をした女と、目が合う。
その女は嬉しそうな顔をして、口を動かした。

い・た・だ・く・わ・よ

次の瞬間、女の姿が消えた。
女が何者かは知らないが、戴かれる可能性があるとしたら護送車の中の能力者たちだ。
中年男は車載マイクで、収容スペースの「戦闘のプロ」たちに呼びかける。

「敵襲だ!速やかに応戦せよ!!」

速やかに車を停め、後方のドアを開け放つ。
中にはいくつもの海外の戦争を潜り抜けてきたと評判の、傭兵経験の豊富な隊員が武装して待ち構えている。万一のことを考え、運
転席に後輩を残して自らも車を降りる男。その間、いくつものうめき声を耳にし、一抹の不安を感じる男を待っていたのは。

一人の女の前に、血を流して倒れている屈強な男たちの姿。
全員、喉元が切り裂かれ、絶命していた。

「大の大人が、女一人に情けないわねえ」

黒のボンテージ姿の女は、ハイヒールで倒れた屍を踏みつけながら下卑た笑みを見せる。
その顔に、男は見覚えがあった。

「お前は…『R』か?!」
「だからさぁ。そういう未成年犯罪者みたいなイニシャルで呼ぶの、やめてよ」

気持ちの悪いしなを作る「R」こと「黒の粛清」。
PECTの指導部だけが目を通す事のできる極秘ファイル。男は、とある偶然からその一部を盗み見ていた。ダークネスの幹部とし
て名を連ねる、粛清人の写真とともに。

「なぜだ、お前のような大物が護送車の中の連中なんかに」
「なんかに、じゃないわよ。その子たちはあたしの大事な『プレゼント』だもの」

言っている意味がわからなかった。
だが確実なのは、このままでは能力者たちが奪われてしまうということ。

538名無しリゾナント:2013/04/15(月) 21:14:41
本能が、男が手にした拳銃の引金を引かせる。
数度の破裂音。まともに銃弾を喰らったはずの女が、にっこりと笑顔で掌を差し出す。その上には、ひしゃげた鉛の弾が。

「おい!車を早く出せ!!俺を置いていっても構わん!!」

もちろん、能力者の中でも桁違いな実力を持つ幹部の人間に、自分がまともに戦えるとは思わない。
発砲した隙を伺い、運転席の後輩に不意打ちの急発車をさせるつもりの行動。だが。

「あたしがそういう抜け道をそのままにしておくとでも、思った?」

「黒の粛清」の底意地の悪い、笑み。
男は悟る。運転席の後輩は既に始末されていることを。

「安心して。あんたたちのお仲間たちも全員、始末しておいたから。じゃあね」

放たれる強烈なエネルギーを身に受け、男は自らの全身が破壊されてゆくのを感じながら消えていった。

「さてと。ここからは、メインディッシュよね」

Dr.マルシェから一方的に取り付けた「約束」。リゾナンターと対決した「ベリーズ」「キュート」のうち、「敗者」の粛清は自らに。

「黒の粛清」の中では、既にどうやって彼女たちを始末するかの複数の案が浮かんでいた。
すやすやと寝ている中、いきなり心臓をひと突きにするか。
四肢を切断してから、そのあまりの激痛に歪み泣き叫ぶ顔を楽しみつつ命を奪うか。
普通に起こした後、少しずつ痛みを与えその課程を楽しむか。

うふふ、決めちゃった♪

最後の選択肢に魅力を感じた「黒の粛清」が、嬉々として護送車の中に入る。
が、そこには招かざる先客がいた。

「お久しぶりです。先輩」
「あ、あんたは!!」

そこには、「黒の粛清」のよく知る人物がいた。
かつての、敵対組織のリーダー。そしてかつての、同胞が。

539名無しリゾナント:2013/04/15(月) 21:16:50
「マメ…何でこんなところに」
「懐かしい呼び方ですね。でも、今は昔を思い出してる暇なんてないんです。速やかに、手を引いていただけますか?」

新垣里沙。
急遽上司に呼ばれ、能力者の護衛の命を受けていた彼女。
だが襲撃者が「黒の粛清」だったのは、想定外と言っても過言ではなかった。
それは「黒の粛清」にしても同じこと。ただし。

「よくもあたしの前にのこのこと姿を現せたわね…この裏切り者!」

相手にとっては、千載一遇のチャンスに映ったらしい。
裏切り者の始末は、粛清人の最も得意とするところだ。

「大人しく退いてはくれないみたいですね」
「あんた、私に勝てるって本気で思ってんの?」
「・・・負けませんよ」

格下に見ていた相手からの、挑発。
ダークネスの幹部の中でも極端な負けず嫌いでとにかく熱くなりやすいことで知られる彼女の性質、それに火を点けることはあまり
にも容易い。

「誰に向かって口きいてんのよ!!」

想定した通りの、猪突猛進。
里沙は皮手袋から垂らしたピアノ線を前面に張ると同時に、精神干渉の触手を伸ばす。
が、精神干渉に関しては早々に諦めざるを得ない。

「バカじゃない?あたしとあんたの実力差で、精神干渉が効くとでも思った!?」

防御ラインとでも呼ぶべきピアノ線の結界が、次々と破壊されてゆく。
得意技の強烈な念動力は健在というわけか。
こちらに向かって突っ込んでくる「黒の粛清」に対し、距離を大きく取り念動力の圏外へと里沙は身を動かす。

540名無しリゾナント:2013/04/15(月) 21:17:58
「…今回は、あなたを倒すのが目的じゃない。足止めができれば十分ですから」
「今回は?足止め?」

「黒の粛清」のこめかみに、痙攣が走る。
里沙の言葉が、二重の意味で彼女を刺激したのだ。

「構成員風情が、幹部のあたしに向かって『足止め』ですって?!」
「・・・あたしも、あれから成長しましたから」
「だったら、あんたの命で証明してみせなよ!!」

言いながら、「黒の粛清」が里沙に向け掌を翳した。
強烈なエネルギーが、里沙の身に迫る。

そんな、ここまで届くの!?
ピアノ線を張り巡らせ、防御の体勢を取った里沙を、容赦なく念動力の衝撃が襲い掛かる。

まるで腹部を思い切り抉られるような感触。
骨は軋み、内臓がひしゃげる。蹲った里沙は激しく嘔吐した。

こつ、こつ、とヒールの踵がアスファルトを打つ音。
気がつけば、「黒の粛清」は里沙の目の前までやって来ていた。

「どう?これがあんたとあたしの実力差よ、マメぇ」
「くそっ!えいっ!」

追い詰められた里沙は苦し紛れに、道路脇の砂利を掴み、投げつける。
だが「黒の粛清」は避ける事さえせず、顔を凍りつかせている。

「現実がわかった途端に悪あがき?滑稽ねえ。でもいいわ。すぐに終わらせてあげるんだから!!」

手に込めた念動力を、尻餅をついたままの里沙に向け叩き込もうとしたまさにその時。
里沙が、ありえない速度で後退した。
いや、後退したのではない。何かの力によって高速に後ろへと引っ張られているのだ。

541名無しリゾナント:2013/04/15(月) 21:19:22
「言ったじゃないですか。足止めできれば十分だって」

里沙は。
「黒の粛清」と交戦している間に、運転席の死体にピアノ線を絡ませ操り人形のようにして車を発車させたのだ。必然的に、里沙の
体は車とともに移動することとなる。

「甘いわね。あたしが車の速度なんかに遅れを取るわけが…な、なによこれ!!」

そしてもう一つ。
里沙が苦し紛れに投げつけていたように見えた小石にも、ピアノ線が巻きついていた。
あくまでも緩く纏わりつかせていただけのそれは、「黒の粛清」が動くと同時に激しく絡みつき、体を締め上げる。

「確かにあたしがあなたと渡り合うにはまだ早いかもしれません。けど、『足止め』程度ならできたみたいですよ、先輩」

遠ざかる里沙の姿。
しかし「黒の粛清」の瞳の黒い炎は消えてはいない。

「確かにあんたを舐めてた。いいわ、あたしの『取っておき』を見せてあげる!!」

言いながら、両拳を固める。
拘束していたピアノ線が、ぎりぎりと体に食い込む。
鋭い線が皮を裂き、肉に食い込もうとしている。だが、ピアノ線自体も内からの抵抗に対し限界を迎えようとしていた。

そして。「黒の粛清」の昏い力が一気に燃え上がったように里沙には感じられた。
これは。この力は以前どこかで感じたことがある。いや、忘れるはずもない。
この力の出し方は、まるでジュンジュンの…

542名無しリゾナント:2013/04/15(月) 21:20:37
ぶつっ!!

何かを切断するような大きな音。
絶叫とともに「黒の粛清」が倒れて地面を転げまわっていた。
片足から、おびただしい量の血が噴出している。

里沙の奥の手。
「黒の粛清」の足首と、車をピアノ線で結びつけておいたのだ。
しかも、時間差で線の長さが限界に達するように。
体の拘束が破られた時の、あくまで最後の手段だったのだが。

「ちくしょう!!覚えてなさいよ!!!!」

転げ落ちた足首を切断口に当てながら、絹が裂けるような高音で喚く「黒の粛清」。その傷口は白い煙を上げながらも、信じられな
い速さで繋がってゆく。

甲高い恨み節を遠くで聞きながら、護送車の天井に無事着地した里沙は改めて相手の底知れぬ実力を実感する。

「黒の衝撃」は能力を二つ持っている?
まさか。「ダブル」だなんて、ありえない。どちらにせよ。
あたしはまだまだ、強くならないといけない。

「黒の衝撃」の姿が見えなくなってからも、里沙はいつまでも暗闇の彼方を見つめ続けていた。

543名無しリゾナント:2013/04/15(月) 21:25:49
>>533-542
更新終了
代理投稿をお願いします

次回でとりあえず今回の話は最後です

544名無しリゾナント:2013/04/16(火) 13:15:42
行ってきます

545名無しリゾナント:2013/04/16(火) 13:32:36
完了
例によって長かったので一部再構成を(ry

流石にR様が出てきただけに内容もR指定(違
でも本編の健全な感じも大変好きですが個人的な嗜好としてはこちらのダークテイストの方に惹かれるかもしれませんね
精神干渉で人間を操る里沙がピアノ線で死体を操る描写は何かやられた感がありましたよ
残るは赤の粛清人ですかね

546名無しリゾナント:2013/04/16(火) 17:46:36
訂正
>>542
×「黒の衝撃」
○「黒の粛清」

FFの技でそんなのありましたね
推敲ミスすみません

547名無しリゾナント:2013/04/17(水) 11:27:50
>>545
例によって御迷惑をおかけしてすみません
次は短めなので大丈夫かと

赤い人の話です。どうぞ

548名無しリゾナント:2013/04/17(水) 11:29:40
>>424-433 の続きです


赤い。
赤い夕陽が地平に沈み、融けゆく。
病院のフェンスの縁に器用に腰掛けながら、彼女は目に滲む赤を黙って見つめていた。

「やっぱりここか」

声がした。
声をかけたほうの彼女には、振り向いた相手が強く射す夕陽のせいで切り絵に見えた。
切り絵の黒から、ひらひらと夕陽に似た色の赤いスカーフが靡いている。

「…『勝者』のご褒美。もらってるとでも思った?」

黒いコートを羽織った、ゴシックロリータの服装の女は、首を横に振る。

「あんたの性格、知ってるから。あいつらが回復するまで待ってるつもりでしょ?」
「さっすが永遠の相方、よくわかってる。だってさ、100パーの状態じゃないと、戦っても面白くないじゃん」

組織を代表する、二人の粛清人。
粛清を楽しむところに共通点はあるものの、そのベクトルはまるで違う。「黒の粛清」が相手の恐怖や絶望を好むのに対し、彼女は
強いものを打ち負かすことに興味を持っていた。

549名無しリゾナント:2013/04/17(水) 11:34:51
「さすがは戦闘狂」
「そうだよ?あたしは戦うためだけに作られた、ロボットだもん。ガーピー、ガーピー、アナタノオナマエ、ナンテーノ」

わざと平板な発音を作り、おどけてみせる「赤の粛清」。
「氷の魔女」は笑わなかった。赤い夕陽、作られた”ロボット”。そのキーワードは嫌でも、ある一人の人物を想起させるからだ。

「ダークネスの幹部なんて、どいつもこいつも闇に心を食われたロボットみたいなもんじゃん。能力者のためのパラダイス、なんて
言葉に踊らされて規則正しく動いてるだけのフラワーロック」

「赤の粛清」は機械じかけの玩具のように、首を左右に揺らす。
まるで、そんなことはどうでもいいとばかりに。

「氷の魔女」と「赤の粛清」。
組織の幹部に昇格したのは、ほぼ同時だった。
コンビを組んで任務に当たった事も一度や二度ではない。そんな長い付き合いの中で、魔女は粛清人の病的とも言える強い執着に気
づく。

i914。
ダークネスが生み出した人工能力者の最高傑作でありながら、組織を裏切り脱走した最大の「失敗作」。「赤の粛清」は、その失敗
作にとにかく拘った。「氷の魔女」が二人の間にあった出来事を知ったのはそれからすぐのことで、そうして彼女は「赤の粛清」が
強さというものに執着する理由を理解するのだった。

恐らく。
i914と「赤の粛清」がまともにぶつかりあった場合。
片方は間違いなくこの世から消滅し、そしてもう片方もそれに近い末路を迎えるだろう。「氷の魔女」はその予想に確信に近いもの
を感じていた。

550名無しリゾナント:2013/04/17(水) 11:36:09
「けど…ロボットにだって、失いたくないものはある」

半ば独り言に近い魔女の言葉には答えず、粛清人は、

「ねえ、夕陽がなんで赤いか知ってる?」

と聞いてきた。

「さあ?」
「夕刻の赤い光は、古代の神話で太陽の流している血として例えられて来ました。昼に我々に恵みとして与えられる光を生み出すた
めに、太陽は血を流し、苦しんでいるという神話です」
「…そういうことか」
「そういうこと」

まるでどこかの受け売りのような言葉に、気のない返事をする「氷の魔女」。
逆に、流れ出る血や苦しみをどうすれば止められるか。そんなわかりきった問いに答える意志もなければ、権利も持ち合わせていな
かった。

「スペードは剣で、ハートは心臓」
「何それ」
「そのまんまの、意味だよ」

訝しがる魔女を尻目に、「赤の粛清」は夕陽の向こうの遠い過去に思いを寄せる。
はるか昔に交わした約束。
約束は、果たさなければならない。

スペードは剣で、ハートは心臓。

その言葉を口の中で転がすように、粛清人はもう一度だけ呟いた。

551名無しリゾナント:2013/04/17(水) 11:39:10
>>548-550
更新終了
お手すきの時に代理お願いいたします

当初赤い人の話は予定に無かったので、終わる終わる詐欺みたいであれですがあともう1回更新しますw

552名無しリゾナント:2013/04/17(水) 22:56:38
行ってきますか

553名無しリゾナント:2013/04/17(水) 23:03:54
行ってきますた
このスレでこんな感じでこの二人が描かれるのも珍しい気がしますね
黒の衝撃の話との対比が対照的でした

554名無しリゾナント:2013/04/20(土) 23:58:52
>>553
代理ありがとうございます
一応元ネタというかオマージュしている話が2つあるので雰囲気が違うのはそのせいですねw
参考までにその1つを http://m-seek.net/kako/event/messe04/1068317057.html

それでは「リゾナンターX(カイ)」最後の更新です

555名無しリゾナント:2013/04/21(日) 00:01:27
>>464-466 の続き



ダークネスの本拠地。
メイン棟から離れた場所にひっそり建っているのが、研究棟。
ダークネスの中でも科学部門を統括する紺野博士と研究員以外は立入る事すらままならない、まさに「叡智の集積」の中枢だ。

メイン棟にある幹部の部屋に勝るとも劣らないレベルのセキュリティが施された、実験室。
紺野はそこに向かって、歩いていた。
「彼女」が目覚めたとの報告を受けたのは、つい数時間前。リゾナンターと「キッズ」の戦いを見届けた後、すぐに「彼女」に会う
ことに決めた。

実験室の扉を開けるや否や、数人の研究員が出迎える。

「Dr.マルシェ。お待ちしてました。『彼女』は、そこに」
「ありがとう」

紺野が研究員の指したほうを見ると、数人の白衣の男に囲まれた少女を確認することができた。
切りそろえた前髪に、伏目がちな大きい瞳。
華奢な体を、病院着のような白い衣服が包んでいた。

あれが、そうなのか。
遠目では、どこにでもいるただの少女にしか見えない。
だが、紺野は本能で感じていた。あの少女こそが、自らが作り出した最高傑作であることを。

「…は、どうかね?」
「だいじょうぶです」
「…ということはないかね?」
「それは、わかりません」

レポート用紙をめくりながら、やりとりの詳細を書き写してゆく研究員たち。
その後ろでは、ファインダーが彼女に狙いを定めている。ありとあらゆるデータは数値化され、そして紺野の元に届くことになって
いた。
少女は大人たちに取り囲まれるという異様な光景の中にいながら、まったく動じない様子で質問に答えている。これは期待できそう
だ。紺野は研究員の一人に声をかけ、そして少女の目の前に立った。

556名無しリゾナント:2013/04/21(日) 00:02:54
「はじめまして、お嬢さん」
「はい。はじめまして」

肩にかかるくらいの長さの、黒い髪。
儚げな顔をした少女は、

やはり、どことなく似ている。鄯914に。
近くで少女を見た、第一印象。それもそのはず。彼女は、前任者が残したi914のデータを元に作られたのだから。
紺野はダークネスを去って行った少女に思いを馳せる。

「これから、あなたが生きていくために。我々は、最大限のサポートをしていこうと考えています。だから、あなたにも我々の手伝
いをしてもらう。交換条件というやつです。それは、わかりますよね」

少女は、小さく頷く。
その瞳には、一片の疑いすらない。
彼女もまた、本能で悟っているのだ。目の前に現れた女性が、自分を作り出した「生みの親」であることを。

紺野は、少女の小さな肩に手をかける。
そして眼鏡の奥の瞳で、強く訴えかけた。

「あなたには、力がある。素晴らしい力だ。力は、在るべき場所に流れなければならない。太陽が、力強く大地を照らすように。そ
して。闇が、夜の静寂を満たすように」
「でも、どうすれば」
「道は。先輩たちが示してくれます。最初は、その道標を頼りに歩いていけばいい。今度、先輩のみなさんにお会いすることになる
と思いますよ。それまで、この白衣のおじさんたちの言うことをよく聞いていてくださいね」

それだけ言うと、踵を返す紺野。
研究員の一人が、怪訝そうに声をかけた。

557名無しリゾナント:2013/04/21(日) 00:04:06
「もうよろしいんですか、Dr.マルシェ」
「ええ、十分です。お披露目、いや会議の日が楽しみになってきましたよ」
「は?それはどういう」
「いや、こちらの話です」

紺野は上機嫌だった。
少女と交わした数回の言葉のやりとりだけで、これから実行することになる計画のすべてを脳裏に描き出していた。
犠牲は決して小さくはない。けれど、得るものも大きいだろう。そう確信していた。

「あの」
「まだ何かありますか?」
「今回の素体の呼称についてですが」
「ああ、そのことですか」

紺野は少し考え、そして。

「今の時期は桜が綺麗に咲いてますから、『さくら』というのはどうでしょう」
「え…しかし通例では素体にはアルファベットと数字で」
「呼び名を簡素にすることでしか効率化を図れないのは、凡百の人間です。そういう名前をつけたいのなら、どうぞご自由に」

白衣を翻し、実験室を出る。

計画は動き出した。もう、誰にも止められない。

紺野の夢は、少しずつ、けれど確実に実現しようとしていた。
ただそれは、彼女自身のみぞ知ることなのだが。

558名無しリゾナント:2013/04/21(日) 00:06:08
>>555-557
更新終了
お手すきの時に代理投稿お願いします

これで「リゾナンターX(カイ)」は終了です
新章までにいくつか番外編を投下するかと思いますが、その際はよろしくお願いします

559名無しリゾナント:2013/04/21(日) 10:02:50
行ってきますか

560名無しリゾナント:2013/04/21(日) 10:09:40
行ってきますた
次への引きが強い終わり方ですね
新章も楽しみですな

561名無しリゾナント:2013/04/22(月) 22:13:45
>>560
代理投稿ありがとうございます
新章は今ストックを作っているところですw

というわけで今回は番外編となります。よろしくお願いします

562名無しリゾナント:2013/04/22(月) 22:16:52
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/696.html の番外編です


アジアの大国・中国が誇る国家機関「刃千吏」。
彼らの手がける仕事は国のトップシークレットに関わるものから、些細なものまで多様に渡る。
それ故、敵も多い。
最近では、上海に進出してきたという日本を拠点とする犯罪者組織との敵対が表面化し、彼らが差し向けるクローン兵器との争いは
熾烈を極めていた。

とある任務のため、中国辺境部の飯店に滞在していた「刃千吏」の副官・リンリンこと銭琳は、真夜中の招かざる訪問を受けていた。
部屋のソファーに腰掛ける、二人の少女。テーブル越しにリンリンを見る目は、ただの訪問者としては似つかわしくないものがあった。

「まあ固いことは抜きにしましょうか、副長官。あんたが首を縦に振るだけでええねん。別に、うちらあんたんとこのシマ盗ろうな
んて思ってへんし」

訪問者である二人組のうちの髪の短い、シャープな顔立ちのほうが言う。
この女の言葉のイントネーションは、聞き覚えがある。リンリンは、かつて共に戦った仲間の一人のことを思い出す。だが、親交を
深めるにつれ屈託の無い笑顔を見せるようになった彼女とは違い、目の前の女の瞳には闇の色しか見えない。

563名無しリゾナント:2013/04/22(月) 22:18:09
「上海を、あなたタチの好きナようにサセろと?」
「ありていに言えばそうなります」
「断る、と言っタら」
「お仲間さんみたいになりますよ?」

髪の長い、柔和な顔立ちのほうがにっこり笑いながら後方を指さす。
まるで壁掛けのタペストリーのように、体を壁部に癒着させぶら下がっている護衛官たち。床に流れ落ちてる血の量から、すでに命
を落としているのは明白だった。

「ずいブン早い対応ダ」
「話は早いほうがええやろ。うちらかて観光ではるばる大阪から来たんと違いますから。「是(はい)」か「不是(いいえ)」か。
あんたに与えられた選択肢は、これだけや」
「・・・発音ガ下手だ。一から勉強しなおシテ来い」
「あんたの日本語も大概やけどなあ」

横で茶化すおっとり顔に、きつい顔のほうがそんなこと言うてる場合と違うやろ、と突っ込む。リンリンの好きなお笑い番組と一
緒だ。今はそんなことを考えている暇もなさそうだが。

「その言葉は、否定の言葉と受け取ってええんかな」
「不用説(言うまでもない)」

リンリンの返事が、戦闘開始の合図となった。
二人が座っていたソファーが、炎に包まれる。リンリンの能力「発火」。その炎に襲われた対象物は、灰と化す。
しかしむざむざ焼き殺されるような相手でないことは、リンリン自身が承知していた。

564名無しリゾナント:2013/04/22(月) 22:19:30
「これが噂の『発火能力』か。ここまでごっついの、初めて見るわ」
「ええ塩タンが焼けそうやな」
「アホ!ぼけっとしてたらうちらのほうが焼肉になるで」

言葉では畏怖したふりをしながらも、リンリンを挟む陣形を崩さない二人。
相当戦い慣れている。少しずつ、後ずさりながらも背後の壁に立てかけてあった戟刀を手に取る。
「刃千吏」の総帥となる運命を背負った銭家の人間は、幼い頃からスパルタとも言うべき厳しい修練を施される。それは武術におい
ても同様で、中国を含む東洋、西洋ありとあらゆる武具に熟練することを強いられていた。

客室に置物同然に飾られた戟刀だが、こと一対二の対戦となると心強い武器となる。
威嚇するように長い戟刀を振り回し、締めの構えとして手のひらと戟刀を相手に向けるリンリン。戟刀の穂先からは、リンリンが操
る炎が迸っている。

「さあ。どこからデモかかっテ来い。お前ら、科学技術局局長ダッたアイツが作っタ連中ダロ。確か、エーケー…」
「違う違う。うちらは改良型のエヌ…何やったっけ?」
「そんなん、今はどうでもええわ」

例の組織の手のものなら、それが例え本物だろうがそのクローンだろうと何らかの能力を保有しているのは間違いない。しかしそん
なものは、リンリンに言わせれば「使う前に倒せばいい」だけの話。

565名無しリゾナント:2013/04/22(月) 22:21:07
だが、相手の二人はそんなリンリンを見て嘲りの表情を見せる。
まるで、今の状況が彼女たちにとって好都合かのように。

「その槍、しっかり握っときや」
「唖!?」

シャープな顔立ちの女が、翳した手を手繰り寄せるような仕草を見せた。
と同時に、リンリンが手にしていた戟刀に強烈な力が掛かる。
諦めるしかない。リンリンは咄嗟に武器の放棄を決意する。力に抗っている間に、後方の女に不意打ちをされるかもしれない。致命
的な隙を作るより、相手に武器を与えてしまったほうが遥かにいい。

リンリンの手からあっさりと離れた戟刀は、通常ではありえない勢いで女の横の壁に突き刺さった。その動きを見て、リンリンは相
手の能力を理解する。

「お前…『磁力操作』の能力者か?」
「へえ。賢いな。たったこんだけでうちの力、見破るなんて」
「しゃくれた顎がそれっぽいもんなあ」
「何で顎で能力がわかるねん!てかそんなにしゃくれてへんわ!!」

またしても妙なやりとりをする襲撃者たち。
あっちの人間は日常会話が漫才やねんで。リンリンと数年間をともにした仲間、光井愛佳から教えられたことだ。しかし。

「もうお前ラの漫才に付き合ってル時間はナイ」

掌から激しく燃え上がる、炎。

566名無しリゾナント:2013/04/22(月) 22:22:36
「そんな連れないこと言わんといて。これからもっと楽しんでもらわんとな」

柔和な顔立ちの女が、体勢を低くして床に手を当てる。
こちらのほうがどんな能力を持っているか。今は分からないが、二人組で行動しているところを見ると相方のサポート的な能力だろ
うことは推測できた。

ただ幸いなことに、この部屋には金属でできているものは存在しない。ベッドも木製、テレビなどの電子機器もおいてない。強いて
言えば天井についている裸電球のソケットは金属でできているが、そんなものを落としたところでたかが知れている。

ならば、こちらの女を潰すほうが先決か。
リンリンは大きく体を翻し、しゃがんでいる女に回し蹴りを食らわせようとする。

足を思い切り振り抜いたリンリン、しかしそれは女の左手によって防がれる。
さらに。

「触ったぁ」

うれしそうな、女の顔。
とともに、急にリンリンの体を得体のしれない力が押さえつける。

「こ、こレは!!」
「うちの能力なあ、『磁化』言うんよ。触ったもん、何でも磁石になる」

言うとおり、足が床から離れない。
ついには、体全体が床に吸い付いてしまった。

567名無しリゾナント:2013/04/22(月) 22:23:40
「もう終いか。何やあっけないなあ」
「それだけうちらの力が強力ちゅうことやろ。あんたらが葬ってきたクローンたちとは、モノが違うねん」

地に這いつくばったリンリンを見て、勝ち誇る二人。
シャープな顔立ちの女が、床に転がっていた戟刀を手に取り、リンリンに向けた。

「うちが手を離せば強烈な磁力で、これはあんたの体を串刺しにする」
「『刃千吏』の副官で元リゾナンター。殺ったとなったら、うちらの階級も上がるやろなあ。本店さんは色々あって上のほうもガタ
ガタみたいやし」

強烈な磁力に抗う事もなく、身を任せているリンリン。
そして、ゆっくりと口を開いた。

「お前らノ名前は・・・?」

それが最後の遺言か、とばかりに顔を見合わせる二人。

「名乗るほどでもないけどな。ま、18番と19番て覚えてもらったらええわ。てか何でそんなこと聞くねん」
「閻魔さんの土産話にでもするんやろ」
「…墓標ニ刻ムためノ、名前ダ!!」

リンリンの体から、炎が噴き出す。
先ほどの炎とは明らかに違う、緑色の炎。

568名無しリゾナント:2013/04/22(月) 22:24:35
「な!!」
「ほ、炎が緑やて!?」

予想外の出来事に焦る女が、戟刀をリンリンに投げつける。
しかし炎に触れた穂先はまるで火に炙った飴細工のようにくにゃりと曲がり、リンリンの手によって払い落とされた。

「この炎ノ色ハ…銭家が代々受けツいダ魂の色。たダの炎と思ったラ、痛イ目見ることになル」

ゆっくりと立ち上がるリンリン。
そのことで、二人はある変化に気づく。磁力が、消えていることに。

「高熱ノ中デは、磁力は働かナい。お前ら、学校デ習わなかっタのか」

鮮やかな緑の炎を手のひらで転がしながら、ゆっくりと二人に近づくリンリン。
仲間内で見せる明るい笑顔とはまったく別の、「刃千吏」の護衛官を束ねる非情な一面。

「…頃合やな」
「よっしゃ、任しとき」

ほんの僅かな目配せの後。
シャープな顔立ちの女が、懐から何かを取り出して床に投げつけた。
瞬く間に、部屋中が煙に包まれる。

569名無しリゾナント:2013/04/22(月) 22:25:37
「煙幕カ!小賢シい!!」

煙に紛れてこの場から逃げ出そうとする襲撃者。
だがそんなものを、リンリンが見逃すはずもない。両手の緑炎は狂ったように渦を巻きながら、煙の向こうの人影を飲み込む。
煙が晴れた後には、黒焦げになった死体が二つ、転がっているのみだった。

丸焦げになった死体の側にしゃがんだリンリンは、悔しげに舌打ちした。

「何ダ、クローンか」

同時に、急速に二つの大きな気が遠ざかっていくのを感じる。
どうやら、煙幕に紛れて自分達のクローンを身代わりにしてこの場から逃げおおせたようだった。

「銭副官!ご無事で!!」

異変に気づいたのか、隣の飯店で待機していた別動隊の護衛官たちが、客室に駆けつける。
床に転がっている黒焦げを目にし、敵の襲来があったことに気づく。

「お前ら、遅かっタな」
「それより副官、大変なことが…」

護衛官の一人が、リンリンに耳打ちする。
その内容とは…

570名無しリゾナント:2013/04/22(月) 22:26:31
「ナニ!『あれ』を盗マれタ!?」
「はい。すっかり油断してました。まさか盗まれるとは…」

本命はそっちか。
組織のナンバー持ちを囮に使うとは。本拠地で荒稼ぎしていると噂されるだけのことはある。
しかし。リンリンはしてやられた気持ちに襲われる。
リンリンの裏をかいた襲撃者たちのことではない。盗まれた「あれ」のことだ。

珍しく任務に志願してきたと思ったら、このチャンスを待っていたのか。
旧知の仲とは言え、少々甘やかしすぎたのかもしれない。
リンリンは大きく、肩で息をつく。

「見え透いた手を…「あいつ」は、わざト盗マれタんだ」

この忙しいのに厄介なことを。
リンリンはすぐに、東京行きのチケットを部下に手配させるのだった。

571名無しリゾナント:2013/04/22(月) 22:27:53
>>562-570
更新終了
お手数ですが代理投稿お願いします

572名無しリゾナント:2013/04/23(火) 21:13:25
行けるのか

573名無しリゾナント:2013/04/23(火) 21:22:23
行ってきた
敵役にあの界隈の人を起用するのはどうかとも思いながらも作品のテイストは嫌いじゃない
リンリンが帰国したとしたらこうなるんだろうなあという説得力があった

574名無しリゾナント:2013/04/25(木) 16:44:35
>>573
ありがとうございます。
某ガイノイドが活躍するシリーズに出てくる三文字型番のロボットと人間キャラの中間あたりを狙ったんですが
少しやりすぎてしまったようです。自制します。

またまた番外編の投下です。よろしくお願いします

575名無しリゾナント:2013/04/25(木) 16:45:58



新宿・歌舞伎町。
日本有数の繁華街として知れた街には、同じく日本有数の犯罪の坩堝としての面があった。
闇ギャンブル、違法風俗、ドラッグや拳銃の売買。
そういう場所こそが、「組織」が根を伸ばすのに最適な場所となる。

毒々しいネオン、行き交う人々の喧騒、車のクラクション。
一見賑やかな街も、少し場所を外れればそこは闇の領域。
メイン通りを外れた、薄暗い路地。
周りから打ち捨てられたような小さな公園の隅に、妖しい闇が溢れ出す。
闇から姿を現したのは、二つの人影。似たような背格好だが、片方には「小さな大人」という言葉が良く似合っていた。

「やっと制御装置が直ったって聞いたから移動が楽になると思ったら、よりによってこんなくっさい場所に転送されるなんて。
マルシェのやつ、わざとやってんじゃないだろうな…」

牛柄のだぼっとしたパーカーを着た、金髪の小さな女。
巨大犯罪組織「ダークネス」の幹部、「詐術師」の二つ名を持つ彼女は、誰に言うとでもなく不満を漏らす。
そして、後ろにいる少女に顔を向け、

「はぁ。めんどくさいなあ。何が『教育だと思って仕事場に連れて行ってください』だよ。何でおいらがそんなことしなきゃ…
まあいいや。とっとと終わらすから、ついて来な」

とこれまた面倒そうに声をかけた。

先日開かれた、ダークネスの幹部会議。
そこでいつものように遅れてやってきたDr.マルシェが連れてきたのが、この少女だった。
さらに幹部全員に依頼された、「新人教育」。本来ならばこの「詐術師」が一番嫌う子供の世話を引き受けたのは、それが組織
にとって重要な任務として位置づけられたから。

「詐術師」の少女への印象は、一言で言えば陰気臭いガキ。
どっかの二人組と違って大人しいのはいいが、その顔を見ているとこちらまで暗くなる。
仕事はハッピーがモットー、そんなふざけたキャッチフレーズを身上としていた女と少女の相性はあまりいいとは言えなかった。

576名無しリゾナント:2013/04/25(木) 16:47:46
複雑に入り組む路地裏を縫うように、二人は目的の場所へと進んでゆく。
少女にとってはもちろん初めての場所ではあるが、戸惑う事もなく黙々と「詐術師」の後をついて来ていた。そんな様子を背中
で感じながら、「詐術師」は思う。

何なんだこいつ。まるで緊張してないじゃんか。

新人教育など、例の隔離施設に送られた二人は別としてもやったことのない彼女ではあったが、それでも組織に入った新人が任
務を前にがたがたと震えている姿は腐るほど見てきた。だが、この少女の表情には、少しの緊張も見られない。

「ったく。入りたてはいい年こいたオッサンですらビビっちまうのに。お前、とんでもない強心臓かバカのどっちかだな」

言いつつ、足を止める。
それは、標的のいる雑居ビルに到着したことを意味していた。
昭和末期に建てられたであろうその建物は、すっかり色あせてしまい、陰気な雰囲気をかもし出している。

「いいか。この中にいる腐れやくざは、おいらたちが稼がせてやった金を丸パクして海外へ高飛びしようとしてるクズ野郎だ。
つまり」
「つまり?」
「消されたところで、何の文句も言えない奴らさ」

そんな台詞をどや顔とともに決めてみせる「詐術師」。しかし少女はそんなものはお構いなくビルの中に入ってゆく。

「ちょっと、おい!」
「…行かないんですか?」

不思議そうな顔をする少女。
何だよこのクソ度胸は。呆れつつ、「詐術師」は少女に続きビルに入っていった。

「川添興業」と書かれたプレートが打ち付けられた鉄扉。
いかにもやくざの事務所らしい、と鼻で嗤った「詐術師」が、思い切り扉を蹴りつけた。只ならぬ音に、開かれる扉と共に出て
くるチンピラらしき数人の男。

577名無しリゾナント:2013/04/25(木) 16:48:55
「なっ、てめえら何の用…」
「雑魚には用はない」

問答無用で、「詐術師」は銃を抜き男たちの眉間を寸分の狂いもなく打ち抜く。
彼女の保有する能力からすれば、攻撃手段は正確であればあるほどよい。必然的に、彼女の銃捌きは達人クラスに達していた。

折り重なる屍を踏み越え、奥の部屋へと進む。
そこには意外なほど平然とした組長が、悠然と背凭れ椅子に腰掛けていた。

「『組織の者』って言ったら、わかるよな?」
「ああ。ただ、お前らみたいな小娘どもだとは思わなかったけどな」

左右に流した長めの髪を整髪料で固めた、一見身なりの正しい男。
しかしその目は、凶暴なぎらつきを湛えていた。

「結論から言ってやる。大人しく例の一件で得た金、全部おいらに寄越しな。そしたら命だけは助けてやるよ」

パーカーに両手を突っ込み、相手を挑発するような物言いで語りかける詐術師。
しかし。

「てめえ、誰に向かって口利いてんだ!?」

突然激昂した組長が、目の前のデスクを蹴り飛ばした。
それが、彼に余裕を持たせていた切り札を登場させる、合図。

現れたのは、屈強な肉体を誇示するかのようなタンクトップ姿の男。
しかし、彼の自慢の武器はそれだけではないらしい。

「知ってんだよ。お前らがわけわかんねえ力を使う”バケモノ”だってのはよ。だから…同じようなバケモノを当てがってやるよ」
「ひどいなあ、組長」

にやにやと笑う、男。おそらく能力者だろう。
組長の明らかに馬鹿にした態度はこれが原因か。
しかし「詐術師」にとっては、むしろ好都合な相手だった。

578名無しリゾナント:2013/04/25(木) 16:50:26
「おいデカブツ。おいらにその鼻が曲がるようなくっせえ能力、使ってみろよ」
「…舐めやがって。すぐにぼろぼろの雑巾みてえにしてやる」

男が、両手に力を込める。
強力な念動が、「詐術師」の体を捻り引きちぎり、血飛沫が舞う。はずだった。
ところが当の本人は涼しい顔。

「どうした?早く始末しろ!」
「なにっ、くそっ!どうなってんだ!?」

いつもは鮮やかに決まる殺人芸が、今日はまったく発動しない。
焦る男に、「詐術師」が言う。

「体の調子でも悪いんじゃね?キャハハ、おい、初仕事だ。やっちゃっていいぞ」
「わかりました」

うろたえている、能力を封じられた男を拳銃で打ち抜くだけの楽な仕事。
だが、あの巨躯だ。下手に掴み掛られでもしたらお気に入りの牛柄パーカーが汚れてしまう。
要するに面倒臭がって、自分でできる仕事を押し付けたのだ。

少女が一歩だけ、前に踏み出す。
「詐術師」がそれに気を取られたほんの一瞬の出来事。もう、全てが片付いていた。

ひしゃげた部屋のロッカーに首を突っ込み、倒れている男。
組長は、座ったままの姿で気絶していた。
少女は元いた場所から、微動だにせず佇んでいる。

579名無しリゾナント:2013/04/25(木) 16:51:52
は…?こいつ、何をしたんだ?

「詐術師」は短時間で、いや一瞬で起こった出来事を整理する。
こいつの能力は。そう言えばマルシェは「こいつ自身の能力については」何も語らなかった。一体、何をした。瞬間移動か。
いや、それならおいらの目にも映るはず。何なんだよ、これ。

「は、きゃ、キャハハハ。何だかんだ言っても新人だな。詰めが甘いっつーの!」

動揺を悟られないよう、上から目線を誇張し、懐から銃を抜き出して倒れている男の体に数発。頭と心臓を打ち抜かれたそれ
は、数度痙攣し、それから動かなくなった。

それを、じっと見つめている少女。
さすがに「殺し」は衝撃的過ぎたか。「詐術師」は少女が身じろぎしないのを、初めて人間が命を奪われる現場にショックを
受けているのと思った。しかし。

数度の、はじける音。

少女は、いつの間にか「詐術師」から拳銃を奪い取っていた少女は。
事も無げに、椅子に凭れかかっていた組長の頭と心臓を、正確無比に撃ち抜いていた。

「これで…いいんですよね?」

そこで、初めて少女がにこりと微笑む。
学習したことを実践したのを、評価して欲しいかのごとく。

「あ、ああ。合格点…なんじゃね?」

「詐術師」は、そう言って見せるのが精一杯だった。

580名無しリゾナント:2013/04/25(木) 16:55:02
頭にhttp://www35.atwiki.jp/marcher/pages/696.htmlをつけるのを忘れてました。すみません。

>>575-579
更新完了
規制等で大変かと思いますが、可能な方代理をお願いします。

581名無しリゾナント:2013/04/26(金) 13:28:38
さて規制には巻き込まれてないと思うが

582名無しリゾナント:2013/04/26(金) 13:33:21
完了

583名無しリゾナント:2013/04/27(土) 15:19:35
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/771.htmlつづき投下します


-------

げほっと痰の絡んだ咳をした。
今日もまた、れいなは鍛錬場に籠っていた。
とはいえ、トレーニングをすることもなく、ただ床に横になって、真白い天井を眺めていた。
最後にトレーニングをしたのはいつだろう。里沙があの崩落に巻き込まれてから、していないのではないか。
最後にご飯を食べたのはいつだろう。ロクに動いていないせいか、空腹をあまり感じない。
最後にさゆみと話したのはいつだろう。……いつだっけ?

「………どうしよ」

れいなは勢いをつけて上体だけ起こした。
脚を投げ出したまま、いまの状況を整理した。
里沙は行方不明のまま、連絡も取れない。れいなも個人的にあの崩落したビルに行ったが、警備があるために、中に入ることはしなかった。
さゆみの力を借りようかとも思ったが、なんとなく話しかけづらかったためにそれをしていない。

里沙がいなくなってもう2週間が経つが、一向に上層部からの連絡はない。
“上”と連絡が取れるのは代々、リゾナンターの長だけであり、長以外は連絡先を知らない。
愛から里沙にリーダーが引き継がれたときに、専用の携帯電話を受け取っていたが、その電話もあの崩落に巻き込まれてしまった。
里沙がいないことはとうに上層部も知っているはずだから、向こうからアクションを起こすだろうと思っていたが、今日の今日まで、それはない。

いまのところダークネスに大きな動きはない。
下位構成員たちが街で暴れているようなニュースは目にするが、れいなたちが出る幕もなく、警察が動いている。

584名無しリゾナント:2013/04/27(土) 15:20:17
結果、なにもせずにただ喫茶リゾナントにいるだけの日々がつづいていた。
なにをやっているのだろうと自分に対して辟易するが、どうしても一歩が踏み出せない。
このままで良いはずはない。この状況を打破するには、さゆみとしっかり話す以外にない。
それなのに、れいなは今日まで、さゆみに声をかけることができない。
彼女もまた、資料室か自室にこもり、あまり外に出ることはなくなった。

「壊れとーのかな…もう、れなたち」

自嘲気味にれいなは笑った。
生まれも、境遇も、年齢も、国籍も、なにもかも違う9人が集まった。
デコボコで、バラバラで、衝突もあったけれど、目的を共有し、ただ自らのチカラを鍛え上げ、自分の信じる正義のために闘った。
捨て猫だったあの日から、れいなは此処で生きる意味を見つけた。
だけどもう、そんな日はつづかない。このまままた、捨て猫に戻るだけなのかもしれないなと天を仰ぐ。

「お似合いやろ……」

夢を見て必死に走り抜けてきた捨て猫は、仲間を失い、また捨て猫に戻りましたとさ。
めでたしめでたし。

れいなはごろんと再び横になった。
真白い天井が迫って来るようで、妙に腹立たしい。
げほ・ごほとまた咳をする。
この咳の原因がよく分からない。
3週間ほど前から妙に喉が痛くなり、血を吐くようなこともなんどかあった。
病院嫌いなれいなは、原因は気になるものの、通院することはしていない。とはいえ、このまま放置するのも良くないのだろうか。

585名無しリゾナント:2013/04/27(土) 15:20:56
腕で目を覆い、ぐるぐると回る思考を止める。もうなにも、考えたくない。
さゆみと話さなきゃいけないと分かっているのに、動きたくない。もうこのまま、終わってしまいたい。
なにもかも捨てて、もう、このまま、この息を止めて。すべてを、無に―――


―――「れーなは、闘うの、好き?」


ふいに彼女の声が甦った。
いつだったか、彼女の見舞いに病院に行ったときに投げられた言葉だ。
闘うことに存在意義を見出していたれいなを鋭く抉った言葉に、素直に応えられなかったあの日。
まるで子どものように拗ねて、目を逸らして、そして黙って病室を出て行った
どうしてあんな話になったんだっけ?それまで彼女となんの話をしていたんだっけ?

記憶をゆっくりと掘り起こしていく。
あれ。なんでこんなことをしているんだろう。思考を止めたかったはずなのに。
ずいぶんと矛盾しているのに、どうしてか、れいなはやめようとはしなかった。

ゆっくりと、あの日のことを思い返す。
白くて狭い、殺風景な部屋の中心に、彼女はいた。
ベッドの上に上体を起こして、ぼんやりと窓の外を見つめている。
四角く切り取られた空は温かいオレンジ色に染まっていた。

586名無しリゾナント:2013/04/27(土) 15:21:31
そうだ、あの日は夕陽が妙に綺麗だった。
今日の終わりを告げ、夜の始まりを教えるその色が、まるでれいなを笑っているようで、それが嫌で逃げ出したんだ。


―――「この心臓が治るよりもね、闘わないで良い世界を見たいっていうのが、絵里の夢なんだぁ」


心臓病を患い、静かに時を過ごしている彼女の口から「闘い」という言葉が出てくるだけで胸が痛んだ。
それでも彼女は真っ直ぐに、れいなを射抜いている。
唐突に彼女は自らの夢を語った。胸元に手をやり、ぎゅうと握り締めて、夢を語った。
あのとき彼女は、れいなになにを云いたかったのだろう。なにを伝えたかったのだろう。
彼女は、絵里は、あのとき―――

「っ―――」

瞬間、右手が熱を帯びたような感覚に捉われた。
ふと右手を翳すが、変化はない。
気のせいかとも思ったが、この熱の感覚は本物だ。

れいなは上体を起こし、改めて右手を確認する。一見すると変化はない。だがなにかがおかしい。
ぎゅうと握りしめ、ぱっと放す。もういちど握りしめ、放す。静かに繰り返す。
手の平を大きく開き、ゆっくりと虚空に円を描く。
そのとき、見えないはずの円が、はっきりと見えた。
見間違いではない。まるで水面にできた航跡のように、れいなの右手に沿って、円が浮かび上がっている。
眉間に皺を刻みながらも、れいなは真っ直ぐにその右手を見た。
なにかが、なにかが此処に在る。

587名無しリゾナント:2013/04/27(土) 15:22:02
-------

さゆみは部屋にこもり、パソコンのディスプレイを食い入るように見ていた。
何重にも掛かっていたパスワードの奥にあったものは、あまりにも膨大な量の資料だった。
なんどもなんども繰り返し読み、仮定をつくっては突き崩す。
氷の魔女に遭遇してからもう2週間が経っているが、さゆみの脳内には相変わらず、彼女の言葉がこびりついて離れない。
忘れようとするのに、あの声が壊れたレコードのようにまわりつづける。

息が短くなるのを感じ、ぐっと伸びをした。
すっかり冷えた紅茶を飲み干す。味なんてあったもんじゃない。
立てこもり事件のデータベースを閉じる。思考を切り替えようと別のファイルを開く。
実験に使われていたであろう薬品のファイルを開いた。
ずらりと並んだ見知らぬ名称たちに辟易しながらもスクロールしていく。
効能も併せて読むとさらにうんざりした。抵抗力を弱めるもの、脳を麻痺させるもの、痛覚を倍にするもの、自白剤のようなものなど、さまざまだ。
なぜこれほど非道なものをつくれるのか、さゆみには理解できないし、理解したくもなかった。

スクロールしていた指は、あるひとつの文字列を発見したことでぴたりと止まる。

「これは……」

その名称に見覚えがあった。
さゆみは椅子を引き、三段目の引き出しを開ける。
奥に入れてあった鍵のかかった小さな箱を取り出して机上に置いた。鍵をあけると、そこには小さな瓶が入っている。
黒い蓋に「Corridor」とラベルが貼ってある小瓶と、ディスプレイに浮かんだ文字列を見比べる。
それはひとつの間違いもなく、一致していた。
廃ビルと化したあの部屋で、さゆみの目の前に転がってきた小瓶。捨てることなく、ポケットの中に入れたそれがいま、目の前にある。
ごくりと生唾を呑み込み、効能を見る。

588名無しリゾナント:2013/04/27(土) 15:23:44
文字を追いながら、ぐるぐると思考を展開させる。これを使えば、世界は変わる、かもしれない。
自分の周囲にある「世界」。
信じていたもの、普通にあると思って疑わなかったもの、ずっと変わらない日常だったはずだ。
だが、ある日突然にして地図は変わった。自分の立ち位置を見失い、座標は消えゆく。
さゆみは手を組み、額に持っていく。
じっと目を閉じて深く思考の海に潜りながら、ふと、在りし日のことを思い出していた。


-------

―――「今日の17時、喫茶リゾナントに集合」

絵文字も何もない、たった一文のメールが送られてきたのはその日の昼過ぎのことだった。
何事かと、リゾナンターのメンバーは、高橋愛の指示通り、17時に喫茶リゾナントに集まった。
肝心の呼び出した本人は、16時過ぎからリゾナントの厨房に立って、なにか料理をつくっていた。

「え、なんなの?」

新垣里沙は眉を顰め愛に話しかけたが、彼女は意味深に笑うだけでなにも答えなかった。
呼び出されて集合したは良いものの、待ちぼうけを喰らうことになり、亀井絵里は「ふああ」とあくびをする。
黙々と具材を切っていく愛をさゆみは不思議そうに見つめ、れいなもまた、分からないと言わんばかりに肩を竦めた。

「ヴィジョン視たら?」
「そう易々と能力行使させようとするのやめません?」
「コーシってなに?」
「……もうええです」

久住小春に円らな瞳で覗き込まれ、光井愛佳は逃げるように雑誌を捲った。
手伝った方が良いのかもしれないが、厨房に立った愛は「良いから座っとき」と強く言われたので、我関せずの態度を一貫している。
ジュンジュンはアイスコーヒーを片手に立ち上がり、厨房の愛を覗き込むが、しばらくすると席についた。
落ち着かないのは彼女もいっしょなのだろう。くるくるとストローを意味もなく回している。

589名無しリゾナント:2013/04/27(土) 15:24:31
普段とは少し違った空気が喫茶リゾナントに流れていた。
この店のマスターである愛がキッチンで料理をすることなど珍しくもない。
だが、あれほど大量の具材を買い込み、ひとりで厨房に立つのは珍しい。
しかも営業時間にもかかわらず、リンリンに頼んで「CLOSED」の札を出させてまでのことである。
リンリンは不可解に思いながらも、「OPEN」の札を返した。そして始まったのが彼女の料理ショーだ。
こめかみを掻きながらも「楽しみデスネ〜」と適当なことを言って場を和ませる。
各々がそれぞれの想いを抱えながら、喫茶リゾナントに少しだけ「非日常的な」緩やかな時間が流れていた。


「よーし、かんせいっ!!」

彼女が厨房に立って、何分が経過しただろう。
たまたま時計を見ていたさゆみは、優に1時間半が経過していたことに驚いた。

「ほら、全員集合!」

愛はテーブルにガスコンロをセットし終えるとそう声をかけた。
その場にいた全員が「それ」を予想したが、同時に、「それ」はないだろうと否定もした。
だが、結局彼女が「それ」を厨房から持ってきたせいで、その予想は当たることとなった。

「鍋かよ!」
「そう、鍋やよ、ガキさん」

愛はそうして厨房から鍋を3つほど持ってきた。
里沙の向かって右からキムチ鍋、石狩鍋、もつ鍋が並んでいる。

「あんだけ勿体ぶったのに鍋なの?」
「鍋おいしそ〜!」
「石狩鍋とか、凝ってますやん」
「鍋おいしそうです、ハイハイ」

テーブルを囲うように8人が集まり、愛は嬉しそうにお玉で具材を掬った。

590名無しリゾナント:2013/04/27(土) 15:25:12
「はい、もつ鍋が良い人〜?」
「れいなそれがいい!絶対もつ!」
「モツってナンダ?」
「って人の話を聞けぇ!!」

愛は里沙のツッコミなど聞かずに人数分の鍋を注いでいく。
白い湯気を立てたそれは、実に美味しそうだ。
さゆみも皆に倣ってもつ鍋を受け取る。そういえばもつ鍋って食べたことないかもしれない。

「ねえ愛ちゃん。なんで鍋なの?」
「はい、皆受け取った?受け取った?よし、じゃあ、いただきまぁーす!」
「だから聞けってば!」

とにかく現状を把握したい里沙がどんと机を叩いて立ち上がった。
能天気に箸を持った小春も、さすがにこの空気の中でキムチを食べる勇気はなく、ゆっくりと箸を置く。

「なに考えてんのよ愛ちゃん」
「……だってさ、こうやって9人で揃ってご飯食べるの、久し振りやん」

白菜を口にしながら愛はそうして笑った。
里沙は「はぁ?」と眉間に皺を寄せたが、さゆみはふと、そういえばそうかもしれないと思った。
ここ数ヶ月、全員が顔を揃えて食事をともにすることはなかった。
ダークネスの急襲、不穏な動き、殺伐とした毎日がつづくなかで、のんびりと9人で食事なんて、考えられなかった。

591名無しリゾナント:2013/04/27(土) 15:25:42
「たまにはこういう日も大事やと思って」
「そのために、わざわざ呼び出したの?」
「よく言うやん。何気ない日常がいちばん大切やって」

軽く口にした言葉は、妙に心に刺さった。
いつまでもつづく平和なんてない。リゾナンターである以上、常に死と隣り合わせで、この9人の生命の保障はない。
だからこそ、9人で必死に闘って、前に進んできた。
同じ、共鳴という絆で結ばれた仲間だから。

「今日は9人でさ、ぱーっと盛り上がろうよ!」

不確かな日常。確証のない未来。
だけど、この9人なら進めると思った。
年齢も、境遇も、国籍も、全く違う9人だけど、不思議と自信があった。
絶対に負けないと、胸を張って断言できた。

「じゃあ乾杯デスヨ!」
「絵里オレンジジュースがほしいー」
「あ、冷蔵庫取ってきますよ、田中さんなにがええですか?」
「じゃあグレープジュース」
「小春は麦茶ー」
「あんたは自分で取ってくるの」
「鍋美味しいダ」

凍った空気が再び動き出す。
慌ただしくなったメンバーを尻目に、愛は豚肉を頬張った。
里沙はわざとらしく肩を竦めて椅子に座り、キムチ鍋に手を伸ばした。

592名無しリゾナント:2013/04/27(土) 15:26:17
「きみはよく分からないよ」
「まあ分からないから良いってもんやない?」
「……さあね」

いつの間にか、目の前に紙コップが並べられていた。
愛と里沙は仲良く麦茶を手にし、右手で持つ。

「じゃあ、リゾナンターにかんぱーい!!」

威勢よく発した小春の声とともに、9人での宴が始まった。
だれかの誕生日であるとか、記念日であるとか、そんなことはまるでない。
ただの日常の、ありふれた夜でしかなかった。
だけどそれは、とても特別で、妙に忘れがたい夜となった。


-------

目を開けると、目の前にはディスプレイの暗くなったパソコンが置いてあった。
あの9人で鍋を食べたのはいつのことだっただろう。次に皆で鍋を囲んだのは、高橋愛がリゾナンターを離れる前日のことだった。
思えば、すべては節目の日だった。
大切な想い出。大切な過去。忘れることのできない夜。

さゆみは背もたれに体を預け、ぼんやりと天井を見上げた。ごきっと背骨が鳴る。
右脚が少しだけ軋んだむ。病院にも、行かなくてはならない。そう思うけれど、体が動かない。
勢い良く体を戻し、再びパソコンを見る。
「corrido」の効能の書かれたページを確認しながら、黒い蓋の瓶を手にする。
魔女の言葉、上層部の不穏な動き、薬品、人体実験、行方の知れない里沙。
考えることは山積みで、だけどもうなにも考えたくなかった。
頭の中に浮かぶのは、大切な仲間たちの笑顔。

593名無しリゾナント:2013/04/27(土) 15:26:48

―――「よく言うやん。何気ない日常がいちばん大切やって」


自信があった。
あの9人でなら何処までも走っていけると、そう信じていた。
過去の記憶との邂逅は、心を掻き乱し、捉え、波を起こして襲いかかる。
さゆみは再び、目を閉じる。
信じていた世界。何処までも、永遠につづくと信じていた、日常。あの9人での、記憶。


―――「これでもさぁ、信じてるんだよ、きみのこと?」


唐突に、彼女の言葉が甦った。
舌足らずで、甘ったるくて、へらへらふわふわと、だれにも捕まらない自由な風のような彼女は、文字通り、風のように消えていった。
その割にいつも本質を突いて、ぐさりとさゆみの心を抉る。
力強くて、立派で、そして残酷で、だけどだれよりも暖かな風を吹かせる彼女が、好きだった。


―――「争うことのない、平和な世界。そういうの、見てみたいんだ。きっとね、さゆたちならできると思うの」


あれはいつのことだっただろう。
白くて狭い病室に、彼女の好きな花を持っていった夕方、彼女は病室の窓から空を見ていた。
四角く切り取られた小さな青に向かって、彼女は真っ直ぐに腕を伸ばしていた。
天高く上った太陽を掴まんとするその仕草は、まるで子どもで、どうしようもなく、大人だった。

594名無しリゾナント:2013/04/27(土) 15:27:19

―――「きっと、さゆならだいじょうぶ。だから、だから、諦めないでほしいんだ。絵里のためにも、絶対にさ」


太陽を掴むことなく、腕はだらりと垂れ下がった。
さゆみに向き直った彼女の笑顔は、眩しかった。
あの言葉の意味を、さゆみが問いただすことはなかったし、できなかった。
彼女が一体なにを云いたかったのか、その真意をさゆみが知ることはなかった。
だからさゆみはいまでも、彼女の想いをその両の腕に抱えたままで生きていくしかない。

「なにを、諦めないでいればいいの、絵里……」

ぎゅうと瓶を握りしめて、さゆみは立ち上がった。右脚が軋む。
パソコンを閉じ、右脚を引き摺りながらも部屋をあとにする。
もう、後戻りはできないと、ぼんやり思った。

595名無しリゾナント:2013/04/27(土) 15:29:17
>>583-594 とりあえず此処までです
長くなって申し訳ないですがお気付きになった方は代理投下お願いします
>>592「corrido」→「Corrido」にCを大文字変換に直していただけますと幸いですm(__)m

れいな卒業までに最後の景色…は難しいですが必死に頑張ります

596名無しリゾナント:2013/04/28(日) 08:29:40
分割して投下ですかねえ

597名無しリゾナント:2013/04/28(日) 08:49:50
完了
昔のリゾナントでの平和な日常と現在の状況との隔たりに胸が締め付けられそうです
作者さん最後の景色は心の中に出来て居ますか?
スレに投下される作品の中には途中で余儀なく中断しているものも少なくありませんしそれも仕方ないことだと思ってますがこの作品は完走して欲しい
新しい風を感じてみたいですと本スレではウザがられそうな感想を書いてみましたw

598名無しリゾナント:2013/04/28(日) 21:45:19
>>582
ありがとうございました。

今回も番外編です。それではどうぞ。

599名無しリゾナント:2013/04/28(日) 21:48:24
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/696.html の番外編です


ダークネスの、本拠地。
「目覚めの日」から程なくして与えられた、少女の個室。
簡易なベッドと机以外は何も無い、殺風景な部屋ではあるが、少女にとって特に困ることはない。
ごろりと無造作にベッドに寝転がると、窓から煌々と輝く月が見えた。

部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。
また、「体験学習」だろうか。
少女は一番最初に経験した「殺し」のことを思い描く。

小さくうるさい先輩に言われるまま、撃鉄を引いた。
撃たれた相手は、あっけなく死んでしまう。とは言え、先輩にそう言われただけで、実際にどういう状態を「死
んだ」というのか、少女自身よく理解していなかった。

のそりと起き上がり、扉を開ける。
そこには黒のライダースーツ姿の女性が立っていた。
一目見て男装の麗人と見まごうばかりの造形、しかしスーツから無造作に下ろされたジッパーから顔を覗か
せる透き通る白い肌は間違いなく女性のものだ。

「仕事だ。行くぞ」
「はい」

その女性は、現れた時の端正な顔立ちを崩し、笑いかける。
これからツーリングにでも行こうぜ、とでも言いそうな雰囲気で。

600名無しリゾナント:2013/04/28(日) 21:49:46


ダークネスの本拠地に設置してある機械によって、制御される「ゲート」。
能力者、それも高位の人間しか使うことのできないそれは、簡単に言うと隔地間転送。機械に行きたい場所の座
標を入力する事により、その場所へのショートカットが開通する仕組みとなっている。

「普通の人は、使えないんですか?」
「ああ。弱いやつはここを通るだけで精神に異常をきたすって話だ。ダークネスの幹部クラスでそんなやつはい
ないけどな」

女性の言葉で、改めて自分が「普通の人間ではない」ことを実感する少女。
白衣を着た、ふくよかな頬の博士は自分のことを「特別な力を持っている」と言った。その特別な力とは何なの
だろう。この前、小さな大人の前で使ってみせた力のことなのだろうか。

思いを馳せている間に、目の前が明るくなる。
どうやら目的の場所に運ばれたようだ。

「…いきなり敵さんの集会場所かよ。コンコンもやること、えげつねえなぁ」

苦笑する女性の言うとおり、二人は柄の悪そうな連中たちが取り囲む輪の中心に出現していた。
突如現れた二人の女子供に驚く、男たち。
いわゆる特攻服というやつに身を包んだ、社会の枠から外れた境遇にいるものばかりだった。

「な、なんだお前ら!どこから出て来た!!」

男のリーダーらしき人物が、しゃがれ声で喚きたてる。
黒い特攻服、背に「天上天下唯我独尊」の刺繍、着ている本人は間違いなく意味がわかっていない、そう思わせ
るほどに男の顔立ちには知性が見られなかった。

601名無しリゾナント:2013/04/28(日) 21:50:56
少女が、辺りを見回す。ここは屋外、そして大きな駐車場。

「『組織』の指示に対する、数々の命令違反。これだけ言えば、うちらが何しにきたか、わかるだろ?」
「まさかてめえら!」
「お前らに恨みはないけど、死んでくれ」

言いながら、戦闘態勢を取る女。
抜き差しならない状況に気づいたリーダーが、

「構う事ねえ、こいつらブッ殺せ!!」

と叫ぶ。鉄パイプや釘バットを手にする手下、自慢のバイクにまたがる手下、その数約30ほど。

「能力者は、なしか。すぐに済みそうだ。お前は、後ろで見てな」
「…手伝わなくて、いいんですか?」
「ああ。必要ない」

それだけ言うと、女が得物を手にした男たちに飛びかかる。

まさに、流れるようなスムーズな出来事だった。
一斉に襲いかかる男たちを、大きく足払いでなぎ倒す。一撃で足の骨を粉砕された男たちは蹲り、その後に加
えられた二撃で気絶した。

602名無しリゾナント:2013/04/28(日) 21:52:06
さらに数度、別の男たちが襲い掛かるも、同じように女の蹴りの前に地を舐める。
その破壊力の前に立ち塞がるものなし。彼女が「鋼脚」と呼ばれる由縁だ。

突然、派手なクラクションと排気音が轟いた。
女を挟む込むように突っ込んでくる、二台のバイク。片手には金属バットを携え、振り回す。
だが、「鋼脚」は回避行動の素振りさえも見せない。
そしてすれ違いざまに相手が打撃を叩き込もうとするのを、上空への飛躍で交わしつつの、強烈な回し蹴りから
の連脚。ライダーたちは路上に放り出され、御者を失ったバイクは派手に転倒し炎上した。

「あ…ああ…うそ、だろ?」

あっと言う間に手下を失った集団のリーダーは、その場にへたり込む。腰が抜けて、動く事もできないようだった。
自慢のロングリーゼントも、情けなく垂れ下がっている。
そこへ、一歩、また一歩と「鋼脚」が近づいてゆく。

「あたしはさ、許せないんだよね。『裏切り者』ってやつが」
「ゆ、許してくれ!あんたたちとは別の「組織」に脅されただけなんだよ!!」
「言い訳は閻魔様にでもするんだな」

「鋼脚」が放ったミドルキックが、男の側頭部にヒットする。
その威力の凄まじさは頭蓋骨を叩き潰すだけでは飽き足らず、首の骨をも千切り飛ばす。
男の頭はまるでサッカーボールのように、弧を描きながら遠くへ飛んでいった。

603名無しリゾナント:2013/04/28(日) 21:57:12
「かーっ、えらく飛ぶな。やっぱバカは頭軽いのかね」

ボールが飛んでいった遥か彼方を見る仕草をしてみせる、「鋼脚」。
その姿をじっと見ている、少女。
視線に気づいたのか、「鋼脚」は少女に近づく。

「お前さ、これから予定とかあんの?」
「いえ、特には」
「そっか。じゃ、ちょっと寄り道してくっか」
「寄り道、ですか?」

首を傾げる少女に、「鋼脚」はさも面白そうに、少女の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「そうそう。直行直帰なんてつまんないだろ?お姉さんについてきな。奢ってやるから」

そう言うと、「鋼脚」は軽やかな足取りで駐車場の奥へと歩いてゆく。
もちろん、少女には「ついてゆく」という選択肢しかない。
断る理由もなければ、意味もない。
ただ、目の前の女性が何だか楽しそうなことだけは伝わった。

604名無しリゾナント:2013/04/28(日) 21:58:44



例の集団が集会場にしていた駐車場は、大きなスーパーの所有しているものだった。
大きなスーパー、とは言えこんな夜更けにはとっくに閉店している。
屋上の塔屋に二人の女が座っていても、誰も気づかないだろう。

「ほら、お前の分」

「鋼脚」が、隣の少女に缶ジュースを投げて渡す。
慌てた少女がそれをキャッチしようとしたが間に合わず、缶は下の駐車場へと真っ逆さま。
のはずだったが、次の瞬間にはなぜか缶ジュースは少女の小さな掌に収まっていた。

「なんだそれ。変なやつ」
「…驚かないんですか?」
「ああ。あたしは他人の能力にそんなに興味、ないから」

ぷしゅ、と小気味よい音を立てて「鋼脚」は自らの缶ビールを空ける。豪快にぐびぐび飲み干し、そして大げさ
にプハーッと言って見せた。

「やっぱ仕事のあとの一杯は美味いよなあ」
「あの、『鋼脚』さん」
「ん?」
「駐車場で倒れてる人たち、始末しなくていいんですか?」

あどけない少女から発せられる、冷酷な言葉。
「鋼脚」は、やれやれと肩を竦める。

605名無しリゾナント:2013/04/28(日) 22:00:26
「潰すのはヘッド一人で十分だから。闇に心を食われたからって、無駄な殺生はしたくないんだよな。化けて出てこ
られても困るし」
「でも、面倒なことにならないんですか?『詐術師』さんが前にそんなこと、言ってました」
「大丈夫だよ。どの道あいつら、今日のことなんて何ひとつ覚えちゃいないさ」

言葉の意味は少女にはわからなかった。
ただ、引っ掛かることが、一つ。

「私が。私たちが殺した人たちは、どこに行くんでしょうか」
「何だよ。意外と哲学者タイプなのか?」

少女の頭を、からかうようにくしゃくしゃと撫でる「鋼脚」。
それから少し考え、空になった缶を足元に広がる闇に向け投げ捨てた

「死んだやつは、穴の中に消えて…さよならだ」
「穴の中?」
「あたしたちの、知らない世界だよ。きっとそれ以上でも、それ以下でもない」

606名無しリゾナント:2013/04/28(日) 22:00:56
少女が自分の部屋で見たときには白く輝いていた月が、大きく、赤く沈もうとしていた。
そんな赤い月を見ながら。

「『裏切り者』って人も…『鋼脚』さんの知らない世界に、行っちゃったんですか?」
「は?」
「さっき、『裏切り者』は許さない、って」
「あーあー、そのことか」

「鋼脚」が、赤く膨れた月へと視線を移す。
それは、睨んでいるようにも、諦めているようにも見えた。

「ある意味、そうなのかもな。でも、はいさよなら、で済む話でもないわな」

地表に近づくにつれ、赤く、大きくなっていった月。
それはやがて、低い場所を漂っていた雲に飲まれるようにして消えていった。

607名無しリゾナント:2013/04/28(日) 22:04:00
>>599-606
更新完了。
恐れ入りますが代理投稿お願いします。
実は私もれいな卒業に向け焦っている作者の一人ですw

608名無しリゾナント:2013/04/29(月) 07:21:05
じゃあ行ってみましょうか

609名無しリゾナント:2013/04/29(月) 07:29:20
行ってきました
さくらの研修シリーズ好調ですね
tっていうか第二章のプロローグといってもいい感じですが

610名無しリゾナント:2013/05/08(水) 21:01:03
>>609
ありがとうございます。
世に出たばかりの小田ちゃんにはきっと色々お勉強が必要なんでしょうね。

今日は途中だったあの話の続きを投下します。

611名無しリゾナント:2013/05/08(水) 21:03:03
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/777.html の続きです


東京湾に面する、とある埠頭。
倉庫群の聳える道路を、1台のトラックが闇を照らしながら走っていた。

「いい取引だったな」
「ああ、ボスもお喜びになる」

運転手の男と、助手席の男。
ともに不健康で、光とは縁のなさそうな表情をしていた。

国内の主要都市に拠点を持つ有名な組織の構成員が、男たちの弱小組織に接触したのは昨日の午後。
「中国でとある獣を捕獲した。大変希少価値の高い獣だが、ぜひあなたたちにお譲りしたい」という触れ込みで、話を詳
しく聞くと絶滅寸前の動物だという。相手が提示した金額は決して安いものではなかったが、絶滅危惧種とあらば捌きよ
うによっては巨額の利益を手に入れることができる。彼らのボスは二つ返事で了承し、そして先ほど倉庫内で契約は結ば
れた。

取引現場の倉庫で彼らが見たものは、絶滅危惧種とは言え、見慣れた動物。
しかし、表のルートでさえ「レンタル料」として数千万の金額が動くこの生き物。闇のルートに流せばその数倍の価値は
ある。
対象自体は期待外れであったものの、男たちは満足して動物を檻ごとトラックに載せて倉庫街を出発した。

612名無しリゾナント:2013/05/08(水) 21:05:09
車が倉庫街を抜け、湾岸道路に差し掛かったあたり。
最初に荷台のほうから何かがばりばりと音を立て壊れるのを聞いたのは、助手席の男だった。

「おい、今何か音が」
「あ?お前のいつもの臭い屁のことか?」
「違うよ馬鹿野郎!後ろから何か変な音が聞こえたんだよ!」
「もしかして。お前、あの『動物』が檻ブッ壊して逃げ出したとか思ってんのか?」
「そうじゃねえよ!」
「顔、ひきつってるぜ?安心しろよ、あの檻はたとえ大型のクマでも…」

そこで再び、大きな音。
おまけに獣の声のようなものまで聞こえてくる。

さすがにおかしいと思ったのか、車を止める男。
互いに万が一のことを考え持参した麻酔銃を手にし、車を降りて荷台の中を確かめようと後部の扉を開けようとしたその
時だった。

真っ暗な闇の中に、光る二つの点。
獣の唸る、低い声。生ぬるい空気。獣が檻から逃げ出しているのは明白だった。

「くそっ!逃げ出しやがった!!」
「撃て!!」

慌てて銃を構え、狙いをつける男たち。
破裂音が数度、鳴り響く。
普通ならこれで、眠りにつくはず。
だが、そんな軟な弾で貫けるような獣の体ではなかった。

赤い眼光の獣が勢いよく荷台を飛び出し、男たちをなぎ倒す。
まるで車にでも跳ね飛ばされたかのような衝撃に、男たちは気を失い地に伏した。
そして獣は、道路脇の闇へと走り去っていった。

613名無しリゾナント:2013/05/08(水) 21:06:39



仕事机に置いてあった携帯が震え、かたかたと音を立てる。
パソコンでの作業に集中していた光井愛佳は、携帯の画面を見る。
非通知。
こんな時間にこの携帯に非通知でかけてくる相手。
依頼者、か。

「もしもし。小さなことから大きなことまで。安心丁寧がモットーの何でも屋愛佳ですけど」
「早速デ悪いンだガ、依頼しタイことがアル」

いきなり本題か。何やねん、こいつ。
それに妙なカタコト。相手の素性を危ぶみつつも、愛佳は話を聞いてみることにした。

「いったいどんな内容ですの?」
「我々ガ所有していタ『猛獣』が逃ゲ出しタ。事を大キクすることナく、そいツを生ケ捕りにしテほしイ」
「猛獣?あのガオーッちゅう奴ですか。そんなん警察とか日本野鳥の会に頼んだらええんと違います?」
「頼ム。公ニしタくなイんダ。光井サンにしカ頼めナイ」

614名無しリゾナント:2013/05/08(水) 21:07:34
まるで自分のことを知っているかのような物言い。
それはいいとしても、愛佳としては確認しなければならないことがある。

「猛獣捕獲なんて、危険な作業や。報酬は、それなりにいただけるんでしょうな」
「ソりゃもう。バッチリンリ…いヤ、安心してホしい」

明らかに怪しい。
今、どこかで聞いたようなフレーズを言いかけたんと違うんか、こいつ。
しかし、いかなる事情があっても、相手の素性については詳しく聞かないのがこの業界のルールでもある。
愛佳は仔細了承し、一通りの手掛かりを聞いた後に電話を切る。

猛獣捕獲か。あいつらでもできるやろ。

愛佳は思いついた数人に依頼をかけるべく、再び携帯を手にした。

615名無しリゾナント:2013/05/08(水) 21:11:04



同時刻。
東京某所の高級ホテルの客室。
「刃千吏」の副官であるリンリンこと銭琳は、携帯の通話ボタンを切ると大きくため息をついた。

「フウ…素性ヲ隠すノも一苦労ダな」

光井サーンお久しブリでース、と電話での再会を喜べないのは寂しいが仕方ない。
そもそもが今回の来日はイレギュラーで、かつお忍びでの強行軍。組織の副官という立場が、リンリンを気安くあの喫茶
店へと立ち寄れないものにしていた。

「仕方ありません。まさか○○が自ら脱走…いや盗まれたとあってはそうそう公言できることじゃありませんからね」
「まっタク世話のヤける。『アイツ』にハ後デきつイお灸をスエないトな」

リンリンは、今回の出来事の全てを把握していた。
中国で例の組織が自分たちを襲った本当の目的は、「アイツ」だったこと。
さらに、前から日本に行きたかった「アイツ」はわざと盗まれその身を委ねたこと。
そしておそらく今は組織の手を逃れ、例のモノを求めてひた走っているであろうということ。

ただ、自分たちが捕獲に向かうわけにはいかない。
「刃千吏」の副官ともあろう人間が、わざわざ表に出ることの危険性。さらに部下を使ったとしても、部下を動かしたと
いう事実からこのことが露見する可能性は決して小さくない。
その結果の、苦肉の策。
とは言え、「アイツ」がどこに向かっているのかは把握している。それは、愛佳に教えた。
場所さえわかれば、そう難しい問題ではない。

しかし。
リンリンが想定しているより、事態は複雑に、そして面倒臭く展開していくのであった。

616名無しリゾナント:2013/05/08(水) 21:12:11

1時間後。
愛佳のマンションに、4人の少女が集う。

「よう来てくれたな、って」

揃った顔ぶれを見て、思わず突っ込みを入れてしまいそうになる。

攻撃力になるのが、鞘師しかおらへんやん!

愛佳がそう言いそうになってしまうのも無理はない。
水使いの里保はともかくとして、残りの3人は。
千里眼の持ち主、遥。高速移動の亜佑美。そして、ぽんこつ瞬間移動の優樹。
だが、この戦力で戦略を立てるより他にない。

「依頼については、電話で話した通りや。ある場所に出没する獣を、生け捕りにしてほしい」
「みついさーん。けものって、何ですか?」
「動物のことだよ、まーちゃん」

元気よく挙手し質問する優樹に、お姉さん役の亜佑美がやさしく教えてあげる。
動物、という言葉に優樹のテンションが早くも上がってくる。

「動物ってどんな動物だろ?なんか楽しみ〜」
「何言ってんだよ。猛獣だぞ?近づいたらまーちゃんなんて頭かじられるっての」
「だいじょうぶだって。まさの近所に出てきたくまさんだって優しかったし」

優樹を脅かそうとする遥に、なぜか自信たっぷりな優樹。
そんな二人を尻目に、里保が具体的なことを聞いてくる。

617名無しリゾナント:2013/05/08(水) 21:12:58
「光井さん。その獣のことなんですけど。やっぱり傷つけずに捕獲しなきゃいけないんですか?」
「まあ先方さんの希望やしな。極力無傷で頼むわ」

猛獣を傷つけることなく制圧する。
確かに水軍流には相手に傷を負わせずに組み伏せる体術も存在する。
が、それはあくまでも対人戦の話。

あれを試すいい機会なのかも…

ベリキューとの戦いから、1か月が経過しようとしていた。
自分たちの力不足を痛感した若きリゾナンターたちは、自らの能力の向上を新たな目標に据える。
それは、新メンバー随一の能力者である里保とて同じこと。

愛佳から獣の出没が予想される場所を教えてもらい、四人は目的の場所に向かうべく部屋を出ていく。
その背中に、愛佳は後輩たちの成長を確かに感じていた。

あれから1か月。
リゾナンターたちがあの日の教訓を胸に、各々の能力を磨いていることはさゆみやれいなから聞いていた。
確かに今回のような依頼は、対能力者戦と比べれば造作もない事柄なのかもしれない。
だが、逆にそういった一見単純に思える仕事の中にこそ、ステップアップのチャンスは隠されている。

ダークネスとの決戦が、近づいている。
それは、あの小憎たらしい白衣の博士や、リゾナンターを蹂躙した「銀翼の天使」たちとの対決を意味していた。

勝てるんやろうか…いや、勝たなあかんのや。

愛佳は改めて自らの予知能力が失われたことを、複雑な思いで実感していた。
能力があれば、決戦後の未来が見えていたかもしれない。
けれど、未来が見えないからこそできること、感じることができることもある。
彼女は文字通り、新しいリゾナンターに未来を託していた。

618名無しリゾナント:2013/05/08(水) 21:14:07


「あっ。あいつら、マンションから出てきたよ!」

愛佳のマンションとは道路を隔てて反対側に位置する、古びた2階建てのアパート。
道路に面した、六畳一間の狭い部屋のベランダで。
髪をショートにした青色のTシャツを着た少女が、双眼鏡で四人の少女たちを捉えていた。

「あそこに呼ばれて、出てきた。仕事のニオイがするね」

ピンクのTシャツを着た暑苦しい少女が、ショートカットの少女から双眼鏡を奪い、言う。
さらに双眼鏡は別の手によってひったくられる。

「へへっ、いいじゃん。あいつらから仕事、ぶん盗っちゃおうよ」

にやりと微笑む、緑Tシャツの少女。
少女は柔和な顔立ちをしていたが、瞳の中には「黒さ」が透けて見えている。

「どうする?動く?」

部屋の中央にいる年長らしき人物に、紫色のTシャツを着た少女が訊ねる。
緊張からか、それとも部屋が蒸し暑いからか。少女の全身から異常な量の汗がしたたり落ちていた。

619名無しリゾナント:2013/05/08(水) 21:15:35
「もちろん。それがあたしたちが生き残る、唯一の手段だから」

集団のリーダーと思しき赤いTシャツを着た少女が、その場にいた全員を見回す。
共に戦い、修羅場を潜り、苦汁を舐めさせられてきた仲間たちだった。

「…私が出よう」

黄色いTシャツを着た少女が立ち上がった。何かの武道をしているのだろう、すらりとした体は適度な筋肉に包まれている。

部屋の扉が、開けられた。
外から聞こえてくる、「ワンワン」「ワン」「ワオーン」「クーン」「バウワウ」「ウー」「キャン」「オン」という犬
たちの声。
飼い犬にえさをやりに外に出ていた、オレンジ色のTシャツを着た少女が戻ってきたのだ。

「じゃああたしも。あの子たちの『能力』を使えば先回りすることもできるし」
「他は?」
「向こうが四人だから、こっちも四人で行こうよ。あたしとあやのんが出る」

機関車トーマスみたいな顔をしたピンク色のTシャツが、後ろにいた紫色のTシャツを指して言う。

「これはただの仕事の横取りじゃない。上の人間に、あたしたちを捨てたやつらにあたしたちを認めさせるチャンスだよ。
そのためにも、失敗は許されない。頼んだよ」

赤Tシャツの言葉に、無言でうなずく四人だった。

620名無しリゾナント:2013/05/08(水) 21:18:01
>>611-619
投稿完了
代理投稿お願いします

思った以上に長くなってしまったので一旦切ります
続きは次回に

621名無しリゾナント:2013/05/09(木) 12:13:18
時間があったので投下しておきました
思ったより本格的な話になりそうですね
犬を飼ってる(使う)ということはあの娘たちなのか?

622名無しリゾナント:2013/05/11(土) 02:15:32
>>621
ありがとうございます。
この話自体が3×さんのリゾナントなので、あの7人組の人達ですね>あの娘たち

それでは続きを投下します。

623名無しリゾナント:2013/05/11(土) 02:18:15
>>856-864 の続きです


すっかり寝静まった、商店街の一角。
里保たちは、とある大型スーパー裏手の搬入口に来ていた。

「ほんとにこんな場所に獣が出没するんですかね?」

亜佑美の疑問ももっともだ。
愛佳の話によると獣はかなり大型のものだという。そんな大きな獣が、深夜とは言え商店街の中にあるスーパーの敷地に出没
するだろうか。しかし、依頼主がそう断言しているのだ。手がかりを持たないこちら側としては、それを信じるしかない。

「とにかく、姿を見たらまーちゃん以外の全員で襲いかかって制圧する。時間をかけると、獣を傷つけちゃうかもしれないから」
「了解っ。ま、ハルの千里眼にかかったら猛獣なんて大したことないっすよ」
「…まーちゃん、眠いです」
「は?お前さっきまでクソガキみたいにワクワクしてたじゃんかよ!」

慌てて優樹を揺さぶり起こす遥。
何だか心配になってきた。里保はこれからの展開に一抹の不安を覚えるのだった。

突然、静かだった搬入口から、がらがらと音がする。
搬入口のシャッターが開かれ、中から従業員らしき中年の男が現れた。両手には、何か黄色いものが入ったビニール袋。

「こんな時間に、ゴミ捨て?」

里保はそう思いかけるが、すぐにその不自然さに気づく。
大抵のスーパーなら、建物内に専用のごみ捨て場があるはず。では、一体。

答えは意外。
すぐに、近くの茂みから黒い、もっさりとした影が出てきた。
遠めからはよくわからないが、明らかに人とは違う生き物。

624名無しリゾナント:2013/05/11(土) 02:19:24
「あれか!」
「あの従業員のおじさんがあぶない!!」

しかしその不安は見事に外れる。
獣は従業員に襲いかかるどころか、のそりのそりと近づくだけ。
また、従業員も特に恐れる様子はなく、手にしたビニール袋を獣の前に差し出した。

「何あれ?どうなっちゃってんの?」
「とにかく、捕獲しないと!まーちゃんお願い!!」

亜佑美が優樹に指示を出す。
優樹の背後に現れる、二つの大きな白い手袋をした手。
十本の指を大きく広げ、そして里保、亜佑美、遥の三人を包み込む。
次の瞬間、三人の体は獣の前に瞬間移動した。

「おいお前、何の獣か知らないけど大人しく…って、あれ?」

勢い勇んだ遥が拍子抜けするのも無理は無い。
目の前にいる動物、白と黒のコントラストが抜けた印象を与える、遥もよく知っている動物だったからだ。

「え?何、もしかしてこれ…」
「パンダ?!」

まさか捕まえて来いと言われた動物がパンダだったとは。
しかしパンダとは言え、獣は獣。近縁種のクマと同じく、力も相当強いという情報を里保は持っていた。すぐに捕まえなければ。
その意志が、亜佑美と遥にも伝わる。

三方に散り、パンダを取り囲む里保たち。
パンダも自らの身が危険に晒されてると知るや、野生の獣らしく唸り声を上げて威嚇をはじめた。

625名無しリゾナント:2013/05/11(土) 02:21:00
「私が囮になります!鞘師さんとくどぅーはその間に!!」

亜佑美が、パンダの前に立ち塞がる。
右へ、左へ。ステップを踏みながらの高速移動。亜佑美の動きに気を取られている隙に、残りの二人が攻勢に出る。

「鞘師さん、そいつの前足を狙って!!」

遥が千里眼でパンダをスキャニング。
前足付近に弱点があると判断し、大声で叫んだ。
パンダの死角から、里保が愛刀「驟雨環奔」を抜きながら迫り来る。勢いに任せ、隙のある前足を刀の側面で平打ち。たまら
ず後ろ足で立ち上がるパンダ、しかしこれは攻撃態勢でもある危険な体勢。

「これを出す時が来たか…」

里保は、刀を握っている手とは反対の手で、懐のペットボトルを指を使い開栓した。
あふれ出した水はやがて、刀に似た細長い形となって里保の手に握られる。

キュートのリーダーである舞美との戦いで、里保は学んだ。
水を操るものは、攻撃のバリエーションをいくつも持つべきだということを。
そして思考の末に導き出されたのが、「水の刀」。二刀流での戦いは、故郷で嫌と言うほど祖父から叩き込まれた。扱いに困
るようなことはない。

右に「驟雨環奔」、左に水の刀を携えた里保が、パンダ目がけ大きく跳躍。
強烈な前足での一撃を食らわそうとするパンダだが、振り翳した刀によって行く手を阻まれる。そしてさらに里保は水の刀を
パンダのがら空きになった胴に叩き込む。

「ガウッ…」

怯みかけるパンダ。しかしダメージは強靭な肉体によりあまり伝わっていない。
逆に、水の刀は弾き返され、元の飛沫に戻ってしまう。

「鞘師さん!!」

今度は里保がピンチに陥る番だ。
右の刀はパンダが前足で止めている。この状態で逆の前足の攻撃が来たら。
亜佑美と遥が同時に動きかけたその時だった。

626名無しリゾナント:2013/05/11(土) 02:22:56
「ガッ、ガアアアアアッ!!!」

弾き返されたと思われた水が、再び形を成し、パンダの体に絡みつく。
刀を崩したのはわざとで、次の捕縛に向けたカムフラージュだったのだ。

「すごい鞘師さん、いつの間にこんなことを!」
「さっすが次世代エース、かっこいい!!」

パンダの動きは水の鎖によって完全に封じられた。
一仕事終えた里保を労おうと、亜佑美と遥が里保に駆け寄ろうとしたその瞬間。

「ウガアアッ!!!!!!」

その場に居る全員が、目を疑った。
雁字搦めに体を拘束していたはずの水の鎖が、パンダの剛力によってばらばらに引き千切られたのだ。その圧倒的なパワーに、
改めて一筋縄ではいかない相手だと認識する。

自由の身となったパンダが、三人を睨む。
じり、じりと間合いを詰めてゆくその姿はまるで人間のよう。そして、パンダの視線が里保の前で止まる。まずは一番実力を
持っているものを倒す、動物には凡そ見合わないセオリーで里保にその巨体を被せようとしていた。

が、突如現れた四人の影。
パンダを取り囲むように姿を現した、紫、黄色、オレンジ、ピンクのTシャツを着た少女たち。

「悪いけど、こいつはあたしらが戴くよ!」

高らかに、そして暑苦しく宣言するピンクT。
さらに、

「おいで!テレポートお願い!!」

とオレンジ色のTシャツを着た少女が叫ぶ。
はるか向こうから走ってくるのは、八匹の犬。あっという間にパンダを取り囲んだ犬たちが、キャンキャン鳴きながら何やら
不思議な力を発揮しはじめる。
最後に八匹が声を揃えて「ワン!」とひと鳴きすると、パンダの巨体が空間から掻き消えた。

627名無しリゾナント:2013/05/11(土) 02:24:15
「えっ!?」
「消えた!!」
「あれ?まだこの子達力使ってないのに!!」
「あず、どういうことそれ!」

互いに混乱する両陣営。
すると、ある光景を見つけた黄色のTシャツが、

「あっちだ。向こうのほうに逃げた」

と指を指す。
そこには、パンダの背に乗りはるか遠くへと走り去っていく優樹の姿が。

「まーちゃんの瞬間移動!」
「何だよあいつ、おいしいとこだけ持ってきやがって!」

喜ぶ亜佑美と、なぜか悔しがる遥。

「あたしが先回りする!みんなはこいつらを!」
「わかった!!」

オレンジ色Tは再び犬を呼び寄せ、自らの姿をかき消させる。
彼女の使役する犬は、八匹揃い力を合わせることで瞬間移動能力を発動する事ができるのだ。

「まーちゃんが危ない!うちらも追うよ!!」
「おっと。そうはさせないよ」

里保、亜佑美、遥の前に立ち塞がる三人の少女。
とてもではないが、話し合いが通用しそうな感じではない。

「あのパンダはあたしたちがもらう」
「それからあんたたちには、依頼主について教えてもらうよ」
「力づくでもな」

三対三。
少女たちの真夜中のバトルが今、始まろうとしていた。

628名無しリゾナント:2013/05/11(土) 02:29:35


一方。
優樹を背に乗せてひた走るパンダ。
優樹自身は先のことはまったく考えずにパンダを瞬間移動させたのだが、先のことなどお構いなしにパンダ・ドライビングに
夢中な様子。

「それーっ、走れ走れー」

この状況下においてさえ楽しめる人物、それが佐藤優樹だった。
真夜中の街を走る、ふかふかのパンダ。その白と黒の毛を触っているうちに、どこからともなく声がするのを優樹は感じていた。

(おまえら、私をどうするつもりだった)

「まさたちはね、パンダさんの飼い主に頼まれてパンダさんを迎えに来たんだよ」

(・・・そうか。ん?私の言葉がわかるのか?)

「すごいでしょー。いひひ」

(なるほどな。まあ、「あれ」さえ手に入れれば戻るつもりだった。いいだろう。一緒に帰るとするか)

「マジで?やったぁ!!」

なぜかパンダと意思疎通ができてしまった優樹。
交渉成立で一件落着、と思いきやパンダたちの行く先にはオレンジTシャツの少女が先回りしていた。

629名無しリゾナント:2013/05/11(土) 02:32:01
「ごくろうさま。そのパンダ、ここで貰うわよ」

少女を前にし、その場に立ち止まるパンダ。
優樹は少女が先ほど乱入してきた四人組の一人だということに気付く。

「うわっ。さっきの、苦労が顔に滲み出てる人たちの一人!!」
「誰が苦労人顔よ!あたしをバカにしたこと、後悔させてあげる」

少女がおもむろに眉間に指を当てる。
精神操作。それが彼女の能力だった。

「目的のためなら非情になれる。それが小悪魔1年生の心意気よ!」
「えー、だったらまさは小天使1年生だもん!」

ただ、精神操作を受けたはずの優樹の様子に変化はない。
それもそのはず。オレンジTの狙いは、

「ガアアアアッ!!!!」

パンダのほう。
この凶暴な動物さえ操れれば、目の前にいる弱そうな少女など物の数ではない。
錯乱したパンダを前に、にやりとほくそ笑むオレンジT。しかし。

(お前ごときの精神操作で、私が操れるとでも思ったか!!)

怒れるパンダの一撃が、少女を襲う。
どうしてあたしの精神操作が効かないの・・・?
精神操作に耐えうるのは、能力者のみ。
自らの能力が通用しなかった理由を知ることなく、少女の意識は吹き飛ばされた体と共に遠くへ消えていった。

630名無しリゾナント:2013/05/11(土) 02:33:09
>>623-629
更新終了
お手数ですが代理投稿お願いいたします

あと1回更新でこの話は終われそうです

631名無しリゾナント:2013/05/11(土) 07:03:09
行ってくるなんと

632名無しリゾナント:2013/05/11(土) 07:10:13
行ってきました
アップアップガールズ(仮)の子達ってよく知らないんですがこんなに熱苦しい人達なんですかねw
そのうちにカリンちゃんとかも出てくるのかしら

633名無しリゾナント:2013/05/12(日) 00:45:34
>>632
ありがとうございました。
今回の話を書くにあたって動画関連を集中的に見てるんですが、いい意味で暑苦しい人たちだと思いますw
カリンちゃんさん、出したいですねー。

それでは続きの投下です。

634名無しリゾナント:2013/05/12(日) 00:47:26


その頃、すでに里保たちとTシャツ姿の敵との戦いが既に始まっていた。
里保とピンク、亜佑美と紫、遥と黄色が激しい火花を散らす。

「うおおおおおおっ!!!」

ピンク色の暑苦しい少女が雄たけびを上げる。
すると、里保の肌に焼け付くような刺激が走った。

「これは」
「あたしは熱く!苦しいほどに全力投球!!」

ピンクが得意とするのは、熱操作。上位互換である発火能力と比べると威力はやや落ちるが、それでも能力によって熱された空気
は対象を火傷に追い込み、息を吸えば呼吸困難に陥れる。

ただそれは。
水を操る里保には通じなかった。
熱の影響をまるで受けていない里保の大きな踏み込みが、少女の鳩尾に一撃を与える。
刀の柄で強く突かれた少女は、そのまま気を失った。

「ふう。あの舞美って人との戦いが、ここまで役立つなんて」

里保はあらためてあの戦いで得ることができたものの多さを感じる。
先ほどの熱攻撃を遮断したのは、里保自身が身にまとっていた水のヴェール。さすがに舞美ほどの防御力はないものの、周囲の熱
をシャットアウトするには十分の代物だった。

他の二人はうまくやってるかな。
自らの戦いが終わり余裕の出た里保が、周囲を見やる。
しかしそこには相手の能力に苦戦する亜佑美と遥の姿があった。

635名無しリゾナント:2013/05/12(日) 00:48:29
「どうしたの?少しずつ、動きが鈍くなってるみたいだけど」
「う、うるさいっ!!」

自らの高速移動を駆使し、序盤はむしろ紫Tシャツの少女を追い込んでいた亜佑美だったが、戦いが進むにつれて妙な感覚に苛ま
れ始めていることに気付き始めていた。

体の動きが、重くなっている?

瞬速の動きからの蹴りを、拳を相手にヒットさせるごとに削られてゆく、自らの体力。
相手の様子には変化がない。強いて言えば、夥しい量の汗をかいているくらいだ。
奪われるスタミナ、しかし亜佑美は攻撃の手を休めない。

力を振り絞り紫にさらなる一撃を仕掛けようした時。
思わぬ方向からの攻撃を受けることになる。

浴びせかけられた、大量の水飛沫。
里保からのものだった。

「亜佑美ちゃん!闇雲に戦ってたら、いつかバテちゃうよ!!」

年下の先輩からのアドバイスと、冷たい水の感触が、亜佑美に冷静さを取り戻させていた。
まずは拙速な攻撃をせず、相手の出方を見ることが大事。
攻撃をやめ、構えの姿勢だけ崩さずに相手を見ていると、紫が明らかに苛立っているのが見て取れた。

「かかってこないなら、こっちから攻撃するまで!!」

言いながら、右手を振りかざし何かを飛ばしてくる。
飛来してくるそれに対し不穏なものを感じた亜佑美は、高速の動きで回避する。
亜佑美の立っていた地面に降りかかる、液体。そこであることに気付く。

636名無しリゾナント:2013/05/12(日) 00:49:48
今飛ばしたのは、汗?
そう言えば、彼女は全身汗まみれになっているし。もしかして、汗が武器?
さっきも攻撃、つまり相手の体に触れるたびに体力が削られた。もしかしたらあの子の汗にそういう効果があるのかもしれない。
ということは、相手に直接触れずに攻撃することができれば!!

紫の少女が、間髪入れずに汗を飛ばしてくる。
それをよけつつあるものを探していた亜佑美だが、ついにお誂えのものを発見する。
どさくさまぎれに飛び込んだ資材置き場から、彼女が手にしたのは、身の丈ほどはあろうかという鉄パイプ。

「さあ、これから反撃だよっ!!」

持ち前の高速移動で瞬時に紫Tの懐に飛び込んだ亜佑美が、その肩に強烈な一撃。
苦し紛れに相手が飛ばす汗を、今度はパイプを回転させ全て弾く。

「くそ、こうなったらこうしてやる!!」

猛突進で、亜佑美の体に組み付こうとする紫T。しかし高速移動を身上とする亜佑美の体を捉えられるはずもなく。
鉄パイプに足を攫われたところを、背中への強烈な打撃。ぐえっ、という声とともに少女はぐったりしてしまった。

その一方で、遥は黄色Tシャツ相手に完全に劣勢となっていた。
亜佑美ほどではないにしろ、俊敏さを利用して、千里眼によって浮き彫りにされた弱点を突く。それが遥の戦い方。
しかしそれが、黄Tにはまったく通用しない。

「ヤアッ!!」

少女が繰り出す正拳が、遥を追い詰める。
空手によって極限まで鍛え上げられた肉体に、弱点と言う弱点はないに等しい。
しかも辛うじて見つけた弱点も、遥の攻撃力では相手の強靭な肉体にダメージを与えられない。
遥にとって、この少女との相性は最悪と言ってもよかった。

637名無しリゾナント:2013/05/12(日) 00:51:01
右に避けられれば右に回り込み、そこからの回し蹴りをかわされれば隙を見せることなく後ろ蹴りを繰り出す。
流れるような攻撃の連続に、遥の体力は徐々に消耗していた。

そしてついに黄色Tシャツの少女のローキックが、遥の腿を捉える。ハンマーを打ち付けたかのような衝撃に、思わず膝をつく。
痛みに身を屈めた遥は、まさに次の蹴りの格好の的。顔面目がけ、フルスイングの蹴りが飛んでくる。

「ガウッ!!」

そこに飛び込んできたのが、優樹を背に乗せたパンダ。
巨体を駆使したタックルに、黄色Tは受け身も取れずに突き飛ばされた。

「どぅー、助けに来たよぉ!」
「べっ、別にまーちゃんに助けに来てもらわなくても!!」

口ではそう言いつつも、正直危なかったというのが遥の本音だった。
しかし、意地でもそれを口にするわけにはいかない。

「まーちゃん、くどぅー!!」

突然現れた優樹とパンダに驚きつつも、近くに駆け寄る里保と亜佑美。
しかし戦いはまだ、終わってはいなかった。

「くそっ、これくらいのことで!!」

言うなれば、乗用車に追突されたくらいの衝撃を受けたにも関わらず、黄Tに身を包んだ武道家は立ち上がった。日々の鍛錬で鍛
え上げられた肉体が、ダメージを最小限に留めたのだ。

「かの大山倍達は猛牛を素手で打ち殺したという。ならばパンダごときに、私の武術が遅れをとるはずがない!!」

少女が自らの気合を放出するかのように叫ぶ。
パンダもまた相手を剛の者と認めたのか、ゆっくりと近づき、そして二足立ちとなった。
パンダと空手家、決して交わる事のなかった二つの星が今、激突する。

638名無しリゾナント:2013/05/12(日) 00:52:53
鬼気迫る表情で先に攻撃を仕掛けたのは、少女。
いきなりの前蹴り、をフェイントにした後方回し蹴り。まともにくらったパンダに、はじめて苦しげな表情が浮かぶ。
しかしパンダもやられたままではない。身に食い込んだ少女の脚を掴むと、恐ろしい勢いで地面に叩き付ける。この攻撃はさすが
に堪えたらしく、インパクトの瞬間に少女が吐血した。

よろよろと立ち上がる、少女。
今のやり取りで相手との実力差を知ったのだろう。前傾姿勢を取り、勝機を捨て身の一発に賭けた。
対するパンダは、身構える事もなくその場に立っている。

里保も、亜佑美も、遥も。そして優樹さえも。
張り詰めた空気に息を呑む事しかできないでいた。

止まっていたかのような時が、動き出す。
少女は大きく間合いをとると、パンダに背を向けつつ左足を振り上げ、 勢いで宙へ逆さまになりながら右足での回転蹴りを繰り出
した。振り子の勢いと回転の力が加わり、まともに喰らえば人間なら腕などいとも容易くへし折れるほどの威力。

しかし。
パンダは自らの両腕を交差させ、少女の蹴りを受け止めた。
行き場をなくし体勢を崩す少女に、パンダの無慈悲な一撃。丸太のように太い腕の攻撃を受けた少女は無念の表情を浮かべ、つい
に落ちた。

「やった!パンダさんが勝ったよ!!」

大喜びでパンダに駆け寄り、抱きつく優樹。
優樹に続けとばかりに身を乗り出した遥を、亜佑美が止める。

「くどぅー、私たちの目的」
「いっけね、忘れてた」

そう。
彼女たちに与えられた任務は「パンダの捕獲」。邪魔が入り妙なことになってしまったが、その本筋は外してはならない。里保は
既に、どう状況が変化してもいいように自らの刀の鍔に指をかけていた。

639名無しリゾナント:2013/05/12(日) 00:53:44
再び三人がパンダを取り囲もうとしたその時だった。
優樹がパンダの前に立ち、両手を広げる。

「ダメ!!」
「まーちゃん?」
「お前さあ、ハルたちがどういう任務でここに来てるか覚えてる?」

先ほどまで自分も任務を忘れかけていたのを棚に上げ、優樹を窘める遥。
それでも、頑なに優樹はその場所を動かない。

「…オ前は優しイ子ダな」

そう言いながら、優樹の頭を撫でるものがあった。
振り向くと、そこには一人の大柄な女性が立っていた。

「パンダさん?」
「よくわかっタな。獣化しタ私ノ言葉がわカるだけノことはあル」

目を丸くして、パンダ、いや女性のことを見ている優樹。
パンダは、かつてリゾナンターであったジュンジュンが獣化した姿だったのだ。

ただ、それ以上に驚愕しているのが里保たち三人。
パンダだと思っていたのが、段々と姿が変化して人間になったのだ。驚くなというほうが無理に違いない。

ジュンジュンは、四人の少女たちの顔を見回し、そして言う。

「お前ラ。リゾナンター、だロ」
「!!」

第三者からリゾナンターという単語が飛び出した場合。
想定されるのは、警察関係者。そして、ダークネス。

640名無しリゾナント:2013/05/12(日) 00:54:56
「何者なんですか、あなたは」
「…昔のリゾナンターノ、友達ダ。オ前らがリゾナンターなのハ、匂いでワかる。特ニお前は、道重サンの匂イが強い」

里保の警戒心などどこ吹く風、ジュンジュンはさらりとそんなことを言ってのけた。
りほりほ膝擦りむいてるじゃない、さゆみが治療してあげる。フッフフフ。だめだめ、隅々まで触らないと怪我の治りが遅れるの。スー
里保は何となく、げんなりとした顔をした。

「心配すルな。自分デ『飼い主』ノもとへ帰ル。『飼い主』かラお前らノボスに連絡がイくだろうし問題ナイ。あと、お目当テのもノ
も貰っタし」

そう言って、足元に落ちているぱんぱんに膨れたビニール袋を指すジュンジュン。中には。
これでもかと言うくらいに大量に詰め込まれたバナナが。

両手にバナナの入った袋を抱え、去っていくジュンジュン。
しかしあることに気づいたのか、袋を置いてこちらに戻ってきた。

「私ガジュンジュンだっタことハ、内緒ナ。ソノ代わり、いいコとを教えテやる」

そう言って、優樹を除く三人に次々と耳打ちするジュンジュン。
表情を引き締める者、困惑する者、落胆する者。三者三様の表情がそこにあった。
ねーまーちゃんは?まーちゃんは?と期待の目で見つめてくる優樹には、「お前ハそのままデいい」という微妙なコメントが。

そして今度こそ、ジュンジュンは颯爽と立ち去って行った。
その雄大な背中を眺めつつ、遥が言う。

「あの人…」
「どうしたの、くどぅー」
「全裸だったんだけど、大丈夫っすかね」

大事なことに気付くも、すでにジュンジュンは遥か遠く。
異国からやって来たストリーキンガーを、四人はただ見守るしか術はなかった。

641名無しリゾナント:2013/05/12(日) 00:56:02



数日後。
飛行機は雲を突き抜け、目にしみるような青い空を飛ぶ。
ジュンジュンとリンリンはとある伝手でチャーターされた特別機に乗って中国への帰路についていた。

「まっタく。タかがバナナのタめに日本マデ来るナんて」
「何言っテる。バナナ、大事。バナナ食べラれなイと死んジャう」

空の旅を楽しむ、ファーストクラス。
用意されたバナナのデザートを摘みつつ深刻な表情で訴える、ジュンジュン。

「バナナなんて、中国にいっぱいある」
「だめだめ。日本のバナナ、おいしい。特にあそこのスーパーの廃棄処分寸前のバナナは最高だ」
「…わかった。『刃千吏』の日本支部に頼んで、空輸するから。とにかくこういうことはこれっきりにしてほしいね」

組織の副官としては、「御神体」の勝手な行動は認めるわけにはいかない。
とは言え、御神体あっての「刃千吏」というのもまた事実。
窓の外の雲を眺めながら、これからも訪れるであろうトラブルにリンリンは肩を落とす。

「にシテも」
「なんダ?」
「私たチの後輩は、順調に育っテいル」

ジュンジュンの表情が、緩む。
偶然かはたまた必然か。はじまりのリゾナンターと、今をひた走る新しいリゾナンターの邂逅。
軽く手合わせしただけのようなものだが、それでもジュンジュンは若手の将来性を感じていた。

「そウか。ジュンジュンはアノ子たちニ直接会っタンだナ」
「特に目ノ小さイちびっこ。アれは将来強クなる。もう一人の貧乏くさイ子も楽シミだ」
「私タチがいナクてモ、もう大丈夫カ」

642名無しリゾナント:2013/05/12(日) 00:57:24
リンリンが小さくため息をつく。
日本を発つことを決めた時。もちろん、後ろ髪が引かれなかったわけではない。喫茶店に残りメンバーを支えてゆくという選択肢もあ
ったはず。しかし結果として、彼女は本国での任務を選んだ。

「悲しイことヲ言うナ。ジュンジュンたちハ、たとエ遠く離れてタって、リゾナンターだ」
「そうだナ。あノ日、愛ちゃんモそう言っテた」

日本最後の日。
空港で見送りに来てくれたのは、その日たまたま体が空いていた愛だけだった。他のメンバーは突発的に発生した事件のせいで、空港
に来ることができなかったのだ。
しかし、二人のメンバーに寄せる思いは、愛も含めて一緒だった。「あーしたちは、いつまでもリゾナンターやよ」。この言葉は、今
もリンリンとジュンジュンの心に深く刻み込まれている。

「アノ不思議な子はパンダにナったジュンジュンノ言葉、理解デキた。心が繋ガッていレば、いつでモ分かり合エる。そのコトを改メ
て教えテもらっタヨ」

ジュンジュンの言葉を、黙って聞いているリンリン。
リンリンは、経緯はどうあれ、日本にやってきたことは決して無駄ではないのかもしれない。そう思った。

643名無しリゾナント:2013/05/12(日) 01:01:09
>>634‐642
更新完了
代理投稿をお願いします
>>634の冒頭に「>>910-917 の続きです」を入れ忘れてしまいましたすいません(汗)

644名無しリゾナント:2013/05/12(日) 09:44:56
行ってきます

645名無しリゾナント:2013/05/12(日) 09:55:44
行ってきました
コミカルで少しほのぼのさせてくれる話でした
そういえば暫くジュンジュンリンリンを描いていないなあ

646名無しリゾナント:2013/05/12(日) 21:16:14
>>645
代理ありがとうございました。
私もこういう形のジュンジュンリンリンを書くのは初ですが、なんとか形になったので
ほっとしています。

今日はしばらくお休みしていたおださくシリーズを投下します。

647名無しリゾナント:2013/05/12(日) 21:18:58
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/696.html の番外編です


ダークネスの本拠地の一角に、その建物はあった。
瓦葺の屋根、赤く塗られた柱、そこはまるで神社そのもの。
つまり、その奥には祭られるべき「神」がいる。

本殿へと続く、石畳の道。
少女は、躊躇することなく、その道を歩き続ける。

― 一度、お会いしたほうがいいでしょう。―

Dr.マルシェこと紺野博士は、そう少女に言った。
ダークネスを支える大幹部にして、「不戦の守護者」。ダークネスがここまで大きな組織となった一因は、彼女の持つ予言能力にある
と言っても過言ではなかった。

「不戦の守護者」の予言は常に正確で、そして”正しい”。
彼女の能力によって、その企みを実行に移す前に粛清された敵対組織や身内の構成員は数多い。戦わずして、組織を守る。二つ名に相
応しい、功績。

本殿の、重厚な門構え。
下界と神界を隔てているような重い扉を、少女はゆっくりと押し開いた。

648名無しリゾナント:2013/05/12(日) 21:20:13
奥へ続く、赤い絨毯。
そしてその絨毯を挟むように、白い衣と赤い袴を着た四人の従者が座していた。
そのうちの、面長の女性が少女に問いかける。

「何用でここに来た?ここは一介の構成員が立ち入るような場所ではないぞ?」
「…博士に言われて、来たんです。『不戦の守護者』さんに会いに行けって」

威圧するかのような相手の物言い、しかし少女の心は揺らぎさえしない。
不遜とも思えるその態度に、背の低い、短い髪の従者がしびれを切らした。

「貴様ごときが軽々しく口にするような名前ではないぞ!!」
「待て!今、博士と言ったな」

身を乗り出すのを、制するものがいた。
四人の中で一番年長と思しき従者、彼女は確かめるように少女に問いかけた。
ゆっくりと頷く少女。

「マルシェの差し金か。本来なら『守護者』様には我々神取(かんとり)の取次ぎ無しには決して謁見を許されないしきたり」

だが、その従者も知っていた。
かの奇天烈博士はしきたりなどを気にするような殊勝な人間ではないことを。
指示を仰ぐが如く、絨毯の奥の白い幔幕に目を向けた。

649名無しリゾナント:2013/05/12(日) 21:21:15
「構わない。あなたたちは、下がっていいわ」

幕の奥から、声が聞こえてきた。
優しさと、深遠さを兼ね備えた、不思議な声。
四人の従者たちは深く頭を垂れ、それから大きく四方に散っていった。

それを合図に、幔幕がゆっくりと上がってゆく。
姿を現したのは、幾重にも煌びやかな布を羽織った、長い黒髪の女性。

「はじめまして、じゃないわよね。一度あの会議場であった事があるはずよ」

美しい顔立ち。
しかしその瞳は、少女の全身を捉えている。並みのものならこの時点で脂汗を垂らし、一刻もこの場を離れたいと願うだろう。

「博士に言われて来たんです。あなたに会え、と」
「…紺野らしいね。まあいいや、あたしが見てあげる」

「不戦の守護者」の大きな瞳が、かっと見開かれる。
鬼気迫るその表情に、少女は釘付けになる。
それとともに。一瞬。ほんの、一瞬。
何かが、体を通り過ぎる。そんな感覚を、少女は受けた。

弛められる、眼力。
瞳を休めるように、少し目を瞑り、それから少女を呼び寄せその頭を撫でた。

650名無しリゾナント:2013/05/12(日) 21:22:31
「合格よ。あんたは、組織に害をなす人物ではない。今のところはね」
「『守護者』さんの力で、見たんですか?」
「そうよ。それがあたしの能力だから」

「不戦の守護者」が持つ予言能力。
組織に降りかかる禍を予知によって感知するとともに、個人が辿る運命をも見通すことが出来る。しかし、そのような高次能
力者は全員が与えられる情報を処理できずに精神の異常をきたしてしまう。では、なぜ彼女はそのような能力を保有している
にも拘らず平静でいられるのか。

能力の規制。
「不戦の守護者」は、自らの予言能力にある規制をかけ、その巨大な力を制御する事に成功した。その規制とは、組織にとっ
て害となるもの以外の未来予知ができなくすること。それにより彼女は安定した未来予言をすることが可能となり、同時に組
織だけの守護者として君臨するようになったのだ。

「これで用は済んだっしょ?あまり長居すると神取たちがうるさいし、今日はもう帰んな」
「はい、わかりました」

少女は一礼し、踵を返してその場を去ろうとする。
そこへ、背中から「不戦の守護者」が声をかけた。

「紺野に言っといて。研究室に篭ってばかりいないで、たまには菓子折りでも持ってこっち来なってさ」
「わかりました」

少女は少しだけ振り返り、それから再び赤い絨毯に沿って歩きはじめた。
その小さな後姿を見つめながら、「不戦の守護者」は深いため息をつく。

651名無しリゾナント:2013/05/12(日) 21:23:48
紺野。あんたの考えはわかってるよ。あの子をあたしに会わせる事で、あらためて自分は「シロ」であることをアピールした
かったんだろう?

個人の運命を見ることが出来る彼女の能力。しかし。
紺野博士の運命を見ることはできなかった。普通に考えれば、彼女は組織に害をなす人間ではないということを意味する。
だが、「不戦の守護者」は本能で、警戒する。

紺野は、何かを隠してる。

先ほどの少女の運命が見通せなかったのも、「少女が紺野の所有物に過ぎない」ことを証明したに過ぎない。ただ、紺野は自
分が疑われていることを知っている、それだけは確かだが、まだ他に何らかの意図を隠し持っていると「不戦の守護者」は確
信していた。

恐らく。
従順のポーズが解かれる時、紺野の隠している事は明らかになる。

紺野。「神」の目からは、逃れられないんだよ。

「不戦の守護者」には、紺野博士は一本道の通路を恐々進んでゆく一匹の鼠にしか見えていなかった。その行く手に待ち構え
ている凶悪な罠によって、身を滅ぼす結末。それを楽しみにすることすら「神」のほんのひと時の、戯れ。

652名無しリゾナント:2013/05/12(日) 21:24:26
>>647-651
更新終了
代理投稿お願い致します

653名無しリゾナント:2013/05/13(月) 01:01:59

生きる理由を考えてしまうのは何故だろう。
なぜ生まれ、なぜ生きているのか。
考えなくてもいいはずの理由を、考える。

 【私】を創ったヤツらは知っている。

でも、私はそれを否定した。
否定するために逃げて、そして戦って、生きて。
そして、死ぬ。

 十数年で、死んでしまう。
 
なんて不完全な命だ。
【私】をそんな風に作り出してしまったヤツらは、人間でいう「親」ではない。
父と母らしきモノを固体として限定できるほど、私の中身は純粋にできていない。

 無機質な製造番号によって、名前すら存在しない。

様々な遺伝情報をぶち込まれた細胞で構築されている【私】。
それが嫌で、嫌でいやでイヤデ。

 死にたくなくて

だから【私】は、ヤツらに反旗を翻した。
多かれ少なかれ、私の肉体には私が憎悪する"ヤツ"の肉体情報が入っている。
母は哀れな犠牲者だった。
憎い、憎い、憎い!
この世界に、こんな風に産み落とした原因を、この世界から抹殺したい!
それが【私】の行動理念。
それ以外にやりたいことなんて、無かった。

654名無しリゾナント:2013/05/13(月) 01:03:06
 なかった。
 無かった。
 なかったのに。

―― 本当は、ある。
他にもしたいことが、たくさん、たくさん出来た。

でも、ヤツへの復讐以外のことを、考えてはいけなかった。
何もせず、何もできずに、ただただ恨みの言葉を吐いて死んでいった仲間たちの為にも。
私の寿命だって、いつ尽きるのか分からないのに。

……あと、何年生きられる?
今日も明日も明後日も生きていたいのに。

 死にたくない。死にたくないよ。

だけど、明日死んでもおかしくない、不完全な命。
もしも明日、この命がなくなるとしたら。

 きっと私は、この心の底にある願いを叶えにいくのかもしれない。
 この願いを叶えられたらきっと、きっと、私、は――

 *

あの日、あの時、あの頃。
審判の保留が行われてから数年。
多次元の世界の一つ。
終結を迎えたものも多い。
だが、誰かは紡いでしまう。―― 少女の結末は未だ、其処にあると。

655名無しリゾナント:2013/05/13(月) 01:10:18
『異能力 -Following the end-』


来週と迫って来たのでもう一度挑ませてください。
…多分覚えてる方もだいぶ少ないと思いますが(汗
とりあえずプロローグだけ。
次スレから投下させて頂きます(平伏

656名無しリゾナント:2013/05/13(月) 01:11:42
----------------------------ここまで。
短めなのでいつでも構いません。
どなたか代理投稿よろしくお願いします。
巻き添え規制ェ…。

657名無しリゾナント:2013/05/13(月) 15:33:04
>.>652
順番は逆になるますが次スレから再開する告知という意味も含めて『異能力〜』の方を先に代行することをご了承くださいませ
さくらmeets「不戦の守護者」は次スレが立ったら早々に」

658名無しリゾナント:2013/05/13(月) 15:38:28
>>656
待ってました
作者自身が100%納得行く形での完結は難しいのかもしれませんがどんな結末を思い描いていたのか
触れる機会が訪れたことに感謝です

659Xの人:2013/05/13(月) 17:06:47
>>657
「異能力シリーズ」は私も再開を心待ちにしていたので問題ないですw
お気遣いありがとうございました

660名無しリゾナント:2013/05/14(火) 12:57:42
>>656です。
すみませんこんな短いのに…あとはプレッシャーの如く
お待ちいただけてうれしいです。ありがとうございます。
ただ続編ではなく、完結編に近いものだということだけご了承頂ければ。

661名無しリゾナント:2013/05/15(水) 00:00:46
>>652
前スレが埋まったのでリゾナンターΧの番外編投下してきます

662名無しリゾナント:2013/05/15(水) 00:11:11
終了
敵サイドがいろんな思惑を持って動いてる感が好みですね

663名無しリゾナント:2013/05/15(水) 17:02:12
――――。

田中れいなはぎしぎしと軋む骨の痛みを抱え、内臓が震えているのを感じながら
胃液が競り上がってくるのに耐えている。
神経が自分の思い通りに機能しないのは、今に始まったことではない。
だが、以前の自分であれば体験せずにすむ苦痛が外と中から同時に
襲ってくるのは気持ちのいい事では無かった。
それでも、意識はある。
強制的に与えられる苦痛が田中に気を失わせない手助けをしてくれていたが
痛みよりも身体に圧しかかっている重みこそが、田中を二本の足で
立たせている最大の理由だった。

身体にある重み。
佐藤優樹が自分にしがみついている限り、田中は膝をついて地面に
倒れる事はできなかった。
そして、左の肩を掴まれている感触。

 「れいな!」

強く自身の名前を呼ばれるのと同時に、その感触はそこにあった。
少し骨ばったさして大きくもない手。
長い指が、田中にそっと触れている。―― 後藤真希の顔が見えた。
熱くも冷たくもない指の熱が、服の上からじりじりと伝わってくるのがわかる。
何もかもが頼りないこの空間で、佐藤と後藤が自分のすぐ傍らに存在している。

だから田中は地面を踏みしめて、眼前の女を睨みつけた。

 「i914!」

664名無しリゾナント:2013/05/15(水) 17:03:22
後藤がそう呼んだ女、呼ばれた本人が、動きを止めて笑みを浮かべる。
闇の帝王と呼ばれた【ダークネス】を殺した張本人。
彼が創り出した『異能者』を殺すために生まれたモノに憑かれた、兇人。
そして、そのダークネスによって生み出された破壊者。

そして。
…そして?

立っている女を見つめる。
背が小さく、どこか幼い、猿顔だと笑っていた平坦な唇。
そこに薄く浮かべた笑顔以外に感情の現れは一切ない。

だが何も無い表情に存在するものを、田中は感じ取ることができた。

 空虚。
 女が、i914が発散している虚ろな気配。
 虚無であり空ろであり、空っぽの中の更なる"空"。

不快な汗がじわりと滲みでてくるのを感じて、田中は眉をしかめる。

 「れいな、辛そうだね」
 「…痛いに決まってる」
 「だろうねえ。君としては余計に痛いと思うよ。でも、君はこれまでの戦いで
 精神的にも肉体的にもやわにできないようになってると思ってるんだけど?」

血も出ていなければ、骨が折れているわけでもない。
内臓の痛みを除けば、肉体的な痛みなどは我慢すればいい。
常に痛みと共に生きていた自分自身。

665名無しリゾナント:2013/05/15(水) 17:07:20
 ともすればこの痛みは、きっと。
 
i914が静かに前進してくる。
田中は右足を一歩だけ前に踏み出した。
亀の歩みにも似た速度でゆっくりと進むその両腕。
ナノマシンによって変容した腕には虹色の回路が並び、不気味な美しさがある。
だが手から放たれた光に触れれば、粒子の如く消滅する死への誘い。

i914の頬にもそれは這い並び、まるで機械人形のような風貌だった。

 「のんびり会話してる場合じゃなさそうだけど、とりあえず逃げる?」

その一言で、田中は初めて『逃亡』という選択肢があることを思い出す。
逃げる事は決して苦手ではない。
むしろ得意だと思う、佐藤優樹という【瞬間移動】の異能者もいるのだ。
何故、自分は逃げることを放棄していたのか。

 何故、未だ自分の身体と心はこの場から立ち去ることを拒んでいる?

後藤の静かな、そして普段より力と張りを持って響く声。
自分の混濁していきそうな思考を引きずり上げてくれる。
敵である筈の存在への悲しみは、ここへ来る前に解消されていた。
今は、逃げてもいい時のはず。

だがこうも思ってしまう。逃げ切れる訳が無い。
逃げられる訳がないから、戦うしかない。
戦う。戦う。

そしてi914を ―― 殺す。

666名無しリゾナント:2013/05/15(水) 17:36:27
『異能力 -Dark clouds-』
以上です。

言うのを忘れてましたが、内容は続編というより
完結編に近い仕上がりです。なので続編を期待された方には
申し訳ないものかもしれませんが、どうかお付き合いください。

667名無しリゾナント:2013/05/15(水) 17:39:42
---------------------------ここまで。

今のスレの雰囲気とは違うので受け入れてくれるかなdkdk。
いつでも構わないのでよろしくお願いします。

668名無しリゾナント:2013/05/15(水) 20:28:17
行ってくるで〜

669名無しリゾナント:2013/05/15(水) 20:36:29
行ってきたで〜
『異能力』で高橋愛を殺す者は新垣里沙だと思っていたのでこの展開には意表をつかれたかな
しかし『共鳴者』の最後があの二人だったということ
そしてれいなの卒業間近だということが今回の執筆に繋がったのだとしたら必然の流れなのでせうか

670名無しリゾナント:2013/05/16(木) 09:43:49
>>667です。
代理投稿ありがとうございましたっ。
んーいえ、まだそこも追々、という事ですが、やはり途中からなので
どうしても違和感がありますかね…。
共鳴者さんのとはラストはだいぶ違ってくるように9期10期を盛り込んだので、どうぞお見守りください。

671名無しリゾナント:2013/05/16(木) 22:56:27
 「れいな」

田中の両目が本来の輝きを失っていくのを見て、後藤は声をかけた。
この行為は、女性が自ら任じている傍観者のものではない。
一時は【ダークネス】の組織に加担したりもしたが、それは知り合いに
協力しただけであり、闇の帝王にではなかった。
自分が声をかけなければ、田中の思考は田中れいなではないものに浸食される。

その浸食が終わってしまえば、田中は今のように苦しまず、悲しまず
痛みを感じることもなく、生き、戦い、そして魂は死ぬだろう。

 『i914は意図的に逃がされた、っていう考えは当たってるよ。
 そして次にダークネスが行ったのは、私達の"蘇生"。
 ま、残っていた元の細胞によって創った劣化コピーだけど。
 ヤツが考えていたシナリオにはこの組織に居るだけだと要素が不足し過ぎてたの。
 感情エネルギーを蓄積するためのね。
 この世界は蓄積するための箱庭でしかない、そしてi914は自覚した。
  ―― 調節された元の人格、破壊者としてね』

後藤は過去を一瞬思い返すと、田中の手首を無造作に掴んだ。
田中が持っていたナイフを、ベルトの装着されていた鞘に無理やり収めさせると
田中の両目を覗きこむ。
全てにおいて諦めているようでいて、それでもあがき続けようとする。
そんな複雑な色合いが混ざり合っているはずなのに、あまりにも希薄。

 「まいったな、その腰に抱きついてる子を宥められるのってれいなだけなんだけど」

672名無しリゾナント:2013/05/16(木) 22:58:20
後藤は佐藤の【瞬間移動】に頼ろうとしたが、少女は怯えきってしまって使い物にならない。
その時、田中の視線が後藤ではなく正面へ、同時に田中の腕が乱暴に振り回される。
後藤を押し退けたその隙間に、光の粒子がまるで流星のように弾けていった。

そして既に田中の目の前に、虹色の両腕をぶら下げたi914が迫っている。
彼女もまた【瞬間移動】の異能を保持していたが、田中はその動きを想定していた。
それでも胸の中央に強烈な衝撃と痛みを加えられてしまう。
i914は【精神感応】の異能を保持している。

多能者。

複数の異能を持つ者をそう呼ぶことがあるが、並の人間が同時発動ともなれば
神経が焼き切れるような痛みに襲われ最悪の場合、脳死する。

i914の拳がめり込み、骨を打ったごつ、という音が鳴る。
折れてはいなかったが、蹲りたくなるほどの苦しみを与えてくる。
それでも田中は踏みとどまった。
追い打ちはない。
一撃を与えた拳はすぐに引いて、第二撃の構えを見せている。

動きはない、虚ろな瞳で観察するような眼差し。
田中へと打った一撃の痛みが退くのを待つように。
田中は初めて、両目を直視した。

 黄金の燐光を放つ瞳の奥が、蠢く。

673名無しリゾナント:2013/05/16(木) 23:02:01
構えを見せていた『i914』の腕が動き、振り下ろされた拳から放たれた
光の粒子の軌道はやや単調で、田中は半歩下がって避けた。
そこで田中は跳躍し、距離をとる。
【共鳴増幅】による身体的強化があったからかもしれない。
だがそう何度も佐藤を巻き込まずに避けられる自信が無い。
今、i914との距離は約五メートル。
もう一度跳躍して本格的に逃げればなんとかなるだろうか。

膝を少し曲げた瞬間、i914が目の前に。

 「…っ!」

瞬きもせずに動きを見ていたはずなのに、田中の目はその速度を完全に追い切れない。
否、そもそも【瞬間移動】を使われては、【共鳴増幅】で視力を強化した所で意味はない。
低い姿勢で突っ込んできたi914は、田中の腹部に下方から抉り込む一撃を喰らわせる。
その衝撃に身体が浮く。
と、同時に腹に横殴りの追撃。
田中の動きが止まる。
殴られ過ぎた臓器達が震え、まだ殴られていない周りにも痛みを与えていく。
だが骨は折れない。
距離を。
そう脳は命令しているのに、田中はついに膝をアスファルトにつけてしまう。

虹色の筋が粒子となって地面に落ちていく。
i914の両腕に並ぶ疑似回路に、田中は憎しみを込めて睨んだ。
戦闘の構えを向けた時。

 「たなさたん…たなさたん…っ」

674名無しリゾナント:2013/05/16(木) 23:13:35
佐藤の掠れた声に、田中の意識が晴れていく。
腰にしがみついている小さな命の重さと存在を思い出す。
先ほどまで心は佐藤に向いていたはずなのに、何かの拍子で忘れてしまう。
小刻みに震えているその身体は、これ以上ないほどに"生"というものを
思い知らせているのに。

 「たなさたん…みんなみたいにならないで…」

小さく呟きながら、佐藤が田中の背中に顔を押し付けてくる。
少女の呼吸音がうるさいほどに鼓膜を打った。

 田中は思いだす。
 どうしてこんな事態になってしまったのか。
 そして何故ここに佐藤と二人しか居ないのか。
 "隔離"された世界は後藤による【空間支配】。

あの人は待っている、誰も願っていなかった結末を。

675名無しリゾナント:2013/05/16(木) 23:17:35
『異能力 -Dark clouds-』
以上です。

同タイトルは編集の際は全てまとめて頂けると嬉しいです。
お手数をおかけします(平伏

676名無しリゾナント:2013/05/16(木) 23:21:18
-------------------------------ここまで。

いつでも構わないのでよろしくお願いします。
今日スマホの方を2ちゃんねるビューアというものを
使うことになりました。

677名無しリゾナント:2013/05/16(木) 23:30:31
行ってきますかね

678名無しリゾナント:2013/05/16(木) 23:38:22
行ってきました
れいなとまぁーちゃんの組み合わせはいいなあ
ラストライブの時も激泣きすrんだろうか

679名無しリゾナント:2013/05/17(金) 18:01:08
>>662
代理投稿ありがとうございます。
敵味方双方うまいこと書けたらいいなあと思っています。

おださく修行編の続きを投下します。

680名無しリゾナント:2013/05/17(金) 18:02:02
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/720.html の続きです




上空を飛ぶ鳥が、空に磔にされる。
周囲から連射されるいくつもの弾丸が、軌道の途中でぴたりと止まる。
まるで流れ出ている液体が、粘性を持ち固まっていくかのように。

「永遠殺し」の周囲の時は、一斉に刻むのを止めた。

681名無しリゾナント:2013/05/17(金) 18:02:34



☆ ★ ☆

682名無しリゾナント:2013/05/17(金) 18:04:39


これは、ただの交渉のはずだった。
急激に力をつけつつあると噂のあった、とある敵対組織。
「永遠殺し」はそのトップとの対談のため、組織の本拠地に車で向かっている途中だった。
傍らにはおかっぱ髪の、表情に憂いを帯びた少女。

― 武力を使わない「戦い」も、きっと彼女にとって役立つと思いますが ―

本来、大事な交渉の場を社会見学の場にする趣味は「永遠殺し」にはない。
かのi914をモデルに造ったという少女、その保護者がそう進言したのだ。
既に少女に関する「叡智の集積」の指示は絶対、という通達が組織の長から全幹部へと届いていた。

なに考えてんのよ。
その独り言はかつての盟友である首領に向けられたものでもあり、また不可解な動きをする白衣の科学者に対するものでもあ
った。
特に、後者は。目的がまったく掴めない。
「永遠殺し」は、「銀翼の天使」と並ぶ組織の二枚看板である「黒翼の悪魔」の失踪に彼女が絡んでいると睨んでいた。
「黒翼の悪魔」が持つ空間操作能力ならば、幹部全員に気付かれることなく行方をくらますことなど容易なこと。ただ、理由
もなくそんなことをする人間では、決してない。基本的に彼女が興味のないことには動かないことを、旧知の仲である「永遠
殺し」は熟知していた。

「あの…」
「…何?」
「聞きたいことが、あるんです」

どこまでも潜ってしまえる思案を中断したのは、隣のシートに座っていた少女だった。
この少女も何を考えているのか得体のしれないところはあったが、車での道中、まだ目的地に着くまでには時間がある。
暇つぶし代わりに、「永遠殺し」は少女と会話をすることにした。

「私で答えられるものなら」
「博士は、『今回は、相手を殺さない戦いです』って言ってました。でも、私は敵は必ず殺すものって教えられてきました。
その違いが、わからなくて」

683名無しリゾナント:2013/05/17(金) 18:05:58
誰よ、そんな物騒な考えを教え込んだのは。
大方「黒の粛清人」か、はたまた「氷の魔女」か。殺人マシーンを育てるのなら、それでもいい。ただ、「永遠殺し」はそん
な趣味の悪い計画に付き合うつもりなどまったくなかった。

「敵とは言え、言葉でわかりあえる場合もある」
「…そうなんですか?」
「私たちは能力者であるとともに、人間でもある。武力では解決できないこと分野を、言葉というものは担っているのよ」

少女は、「永遠殺し」の言葉を咀嚼するかのように、その視線を左右に泳がせた。
そのうち、新たな疑問が湧いたらしい。

「でも、能力を持たない人たちは。私たちのことを『バケモノ』って言います。能力者は、化け物なんですか?人間なんです
か?」
「どちらとも言えるし、どちらとも言えないとも言えるわね。ただ…」

「永遠殺し」が、窓の外に目を向ける。

「人は、自分の理解の範疇を超えたものに対し、そう呼ぶことはあるわ。そして、そういうものは大抵社会の中のマイノリテ
ィーに過ぎない。私たちは能力者として強者であるとともに、勢力的には弱者とも言えるのよ」
「そうなんですか」
「だからこそ、ダークネスという組織が存在する」

言いながら、予想外の展開に自分で呆れてしまう。
まさか、こんなところで組織の存在意義について語ることになろうとは。
ただ、そういうことを教えても損はないのもかもしれないとも思う。
少女は、i914をベースにして造られているという事実。つまり、育て方によっては先輩と同じように組織を裏切る可能性があ
るということ。それだけは、避けなければならない。

684名無しリゾナント:2013/05/17(金) 18:11:18
「さあ、着きましたよ」

運転手に声をかけられ、車を降りる。
しかしそこは、建物の影すら見当たらないただの草原。

「何もないじゃない。本当に着いたの?」
「ええ。ただし、着いたのはあんたたちの人生の終着地だけどな」

運転手が片手を上げる。
草叢から一斉に現れる、黒のニット帽を覆面代わりに被った集団。その数、20以上。
手には、マシンガンらしき銃火器を携えている。
瞬く間に蜂の巣にされるのは、明白だった。

「どういうつもりよ」
「見ての通りだ。あんたたちは、罠に嵌ったんだよ!!」

運転手の顔が、徐々に変容してゆく。
擬態能力者か。しかし彼の能力など、今となってはどうでもいいこと。
それにしても。
傍らにいる少女は、これだけの人数を前にしても眉一つ動かさない。
噂には聞いていたがここまでの強心臓とは。

「これだけの人数相手に、あんたの能力がどれだけ通じるかなあ。『永遠殺し』さんよ?」
「ああ、そう」
「余裕ぶるのも今のうちだ。撃て!!」

男の言葉を合図にして、周りを取り囲んだ男たちの銃が一斉に火を吹いた。

685名無しリゾナント:2013/05/17(金) 18:12:06



☆ ☆ ☆

686名無しリゾナント:2013/05/17(金) 18:13:43



「永遠殺し」が時を止めていられる時間は、凡そ8秒。
この場にいる全員の息の根を止めるには、時間が足りない。
ただし。
エンジンのかかった車に乗り込むには十分過ぎる時間。

「永遠殺し」は、車のそばにいた運転手を遠くへ蹴り飛ばし、そしてそのまま運転席に入りアクセルを思い切り踏み込む。
蹴り飛ばした運転手が包囲網の中心に転がった気もするが、そんなことは些末なことだった。

車は、敵の本拠地に向けひた走る。
余計な寄り道をしてしまったが、当初予定していた時間には間に合うだろう。

「本当に誰も殺さなかったんですね」
「ええ。だって殺す必要がないじゃない。無益な殺生を避けるのも、仕事の一つよ」

バックミラーに見える、少女。
その視線を感じながら、「永遠殺し」は不可解な思いを抱く。

彼女が時を止めた時。
少女は。少女の姿は。
どこにも存在していなかった。

一瞬で時の支配の及ばない場所へ逃れたのか。
瞬間移動が彼女の能力ならば、後で合流すればいいだけ。
そう思い、車での離脱を実行した「永遠殺し」だったが。
車を走らせた際には、すでにバックミラーに少女の姿が映っていた。

予め私の行動を読んで、車へと移動したのか。
それとも、そもそも私が止めた時の中に少女は”存在していなかった”のか。

答えは、止められた時の中にしか存在しない。
その謎を時ごと置き去りにするように、「永遠殺し」はそのことについて考えるのをやめた。

687名無しリゾナント:2013/05/17(金) 18:14:46
>>680-686
更新完了
お手数ですが代理投稿をお願いします

688名無しリゾナント:2013/05/17(金) 21:40:37
行ってくるで〜

689名無しリゾナント:2013/05/17(金) 21:53:27
行ってきたで〜
徐々にさくらのチカラの全容がわかってくるのかな

690名無しリゾナント:2013/05/18(土) 16:56:42
 「もうすぐ、一つの時代が終わるのかな?」
 「時代なんて、私からしてみれば始まってもないわよ。だから終わりも有り得ない」
 「そう、でも、あの子達にとっても、何かにとっても、とても充実した時代だったと思うよ」
 「…私達が望んでたことが全く叶ってない状態なのに、終わりだと割り切れるの?」
 
今、確かに何かが終わろうとしている。
口に出したくはなかったが、そういう予感めいたものは間違いなくあった。
模倣とは言え、【予知能力】はオリジナルにも劣らない威力を持っている。

 「終わったら次が始まる。カオリン、また始まるんだよ。
 ただその時代の流れから私達は一歩退くだけ、ただ、それだけ」
 「呪いのような因縁が終わるなら、良いことね。
 だけど、あの子達にはあまりにも不運だわ、巻き込まれた子達にはあまりにも惨い」
 「いっそうのこと、全て終わって、また新しいものを作り変えてくれた方が
 まだ救いはあるってものじゃないかい?
 まだ歩いていける力がある子ならきっと、大丈夫」

多少の【言霊】が込められているからなのか強制的に理解させるようなその言動。
だが、納得はできない。

 「意外と私、あの子達のことは嫌いじゃなかったのよ」
 「私もだよ、ガキさんがあんな風に笑ってられたのは、あの子達のおかげだった。
 でも、それを理由にして良い未来を唱えてあげることは出来ない」
 「それは言い訳?」
 「分かってるクセに」

691名無しリゾナント:2013/05/18(土) 16:58:05
劣化コピーとしての彼女達ではあるが、人格や記録は全てオリジナルからの
上書きによってその存在を成り立たせている。
i914の抑止力として唱えた【精神干渉】の少女を知っていれば
その育ての親のような存在であった事も記録として残っていた。

新垣里沙と名前を与えたのも気まぐれのようなものだったが、それを彼女は
純粋で素直な笑顔と共に受け取ってくれた。
環境と育成方法によって様々な結果がでるという実験として、最初から
組みこまれていたのかもしれないが、その時期は【言霊】使いにとって
刺激のある楽しい日々だったのかもしれない。

 「結局、組織の中でそれなりにまともだったのは、あの誰よりも
 小さな女の子だけだった訳ね。考えてみれば、あの子もいろんな
 ものが混ざってるけど、唯一のオリジナルだったんだよ」
 「……でもあの子でさえも、i914を止められなかった。
 そして巻き込まれた子供達でさえも足掻いた結果、呑まれてしまった」
 「でもまだ間に合う。それとも、ガキさんはこれを狙ってたのかな」

ダークネスの計画を引っかき回してくれたのも新垣であり、裏を返せば
優秀であった証明のようなものだ。
目的のためにたゆまぬ努力、そして良き協力者とめぐり合えた強運。
次々と倒れていく同胞たちを見ても絶望せずに諦めない行動力。
天賦の才、とも呼べるだろう。

 「ふふ、なんだかんだ言って成長しちゃってるよ。さすがさすが」
 「その様子じゃ、あの子が敵になったことが嬉しいって顔ね」
 「その為に敵側になったこと、忘れてる?」
 「むしろ、あの子にとっても私達は本当の敵と変わらない立場だと思うわ。
 といっても、私達にできることはもう何もない」
 「なら、見ててあげようよ。あの子達がどう生きてどう死んでいくのか」

692名無しリゾナント:2013/05/18(土) 16:59:59
 ―― ―― ―

大通りからやや離れた、普通の街路。
道の脇には街灯が定期的に並び、既に日の落ちた夜の世界を照らす。
だが彼女が見ている道の先も人工の灯火が点いているはずなのに、其処には
底の見えない闇が見える。
背後からは、変わらない人の生きる気配が数多く漂っているのに、目の前からは
それが一切伝わってこない。
今、自分の目の前には"隔離"された領域が存在する。

後藤真希の【空間支配】から編み出された『結界』。
そこは彼女も何度か訪れたことのある、優しさと温かさがあった喫茶店。
喫茶『リゾナント』を中心とした一帯。

眉間に皺を寄せ、新垣里沙は傷だらけの身体を奮い立たせる。
通常の空間から拒絶された"中"へと入る術は持っていた。
【精神干渉】と仕組みは同じ。"中"に居る子供達の安否が心配だった。

その重圧は、常に新垣と共にあった。
幼い子供達を家に残して働いている親の心境とはこういうものなのだろうか?
親になどなったこともないし、思ったことすらなかったが。

新垣は思考を振り払おうとする。
まだ死ねない、自分自身と、皆のためにも死ねない。
なのに、明日の朝日を再び見られる自信が沸かなかった。
今までも、いつも生に対して不安はあったが、それは漠然としたものだ。
「明日も生きられていられることが出来るか」という、ありふれた恐怖だ。

693名無しリゾナント:2013/05/18(土) 17:04:49
今、新垣里沙は「明日にでも死んでしまいそう」な気がしていた。
それは予感、死の予感。
身体に不調があるわけでも、大怪我を負っているわけでもない。
病気など皆無。
戦いが始まっても、死ぬつもりは毛頭ない。

それでも感じてしまうのは。
生きたいはずの自分の、奥底にある、小さな、声。

 異能者は、自分の死をその前に悟ると言う。
 その原因は、自分の肉体と魂による認識不明の【異能による限界】らしい。

できそこないのまがいもの。
人間ではない自身が、間近に迫る死を伝えるように。
手が、震える。
恐怖が、包む。
これが、本当の死へ直面したことへの感情。
なんて、なんて悲しい。
必死に生きてきた自分が否定される瞬間。
それを懸命に励ましてくれたのが、『リゾナンター』だった。
だがあの頃のように声をかけてくれる者はいない。
 
 生きることはなんて、難しい。

気がつけば足は止まり、手で額を押さえた。特に意味は無い。
ただ、自分が今生きているということへの違和感。
それを抱えてでも、顔を上げることしか出来なかった。

694名無しリゾナント:2013/05/18(土) 17:08:20
『異能力 -underdogs-』
以上です。

作品に新メンバーが組まれてもリゾスレの雰囲気は
相変わらずで居心地が良いです。お待ちしてます。

695名無しリゾナント:2013/05/18(土) 17:09:09
---------------------------ここまで。

いつでも構わないので、よろしくお願いします。

696名無しリゾナント:2013/05/19(日) 08:25:40
行ってくるやよ〜

697名無しリゾナント:2013/05/19(日) 08:35:29
行ってきたやよ〜
本スレでも誰かが言ってましたけど前回のまあちゃんの一言が気になっていたので他のメンバーはもう…と思っていたのですがとりあえずガキさんは存命ということでホッとしたり
でも次回の更新では絶望の底に突き落とされそうな気もしたりw
完結を願っております

698名無しリゾナント:2013/05/19(日) 21:39:50
代理投稿ありがとうございますっ。
なんだか自分の書くものはそういうイメージなんでしょうかw
とりあえず大丈夫です、とだけ。

699名無しリゾナント:2013/05/19(日) 22:06:22
>>689
代理ありがとうございます。
れいなの卒業まであとわずかですがその日までに新シリーズという目標は()

気を取り直して番外編を投入いたします。

700名無しリゾナント:2013/05/19(日) 22:08:11
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/720.html 番外編です



物体に残された残留思念を読み取る、サイコメトライズという能力。
この能力の派生として、大きく二つの種類が挙げられる。
一つは、読み取った情報を具現化する能力。主に「悪夢使い」と呼ばれる能力者が使役する。
そしてもう一つは。能力者の残留思念から使役能力を読み取り、自らの力とする能力。いわゆる、能力複写と呼ばれる能力だ
った。




譜久村聖。
あるきっかけから喫茶リゾナントに通うようになって、2年半が経とうとしていた。
今では後輩もできて、ちょっとした中間管理職的存在。しかし今の彼女の前には、それ以上の問題が立ち塞がっていた。

今も通っている高校で配布されたお知らせの裏に、大きな四角を三つ書いて、うんうん唸って考え事をしている。そのうちの
一つ、”亀井さん”と書かれた四角には、大きなバツが。

先日の、キュートとの戦い。
聖は、自らの中で使うまいと決めていた亀井絵里の能力を使ってしまった。勝つためには、仕方なかった。そう自分に言い訳
はできたが、周りはそうはいかなかった。

701名無しリゾナント:2013/05/19(日) 22:10:25
「みずきー、何しとう?」

先ほど学校から帰ったばかりのぽんぽんコンビの片割れこと、生田衣梨奈が聖のいるテーブルの向かいに座ってきた。聖が書
いている絵を見て、高校生にもなって落書きとか恥ずかしいとー、と相変わらずKYな言葉を投げかけつつ。

「違うよ。これは、聖の能力をどう生かすか考えてるの」
「そっか。亀井さんの力は禁止令が出たっちゃもんね」

特に二人の先輩からの叱咤は、耳を塞ぎたくなるほど。死んでも知らんとよ。とか。絵里の力は体に負担が大きいの。フクち
ゃんの身にもしものことがあったら。水着を着せた時の楽しみとか色々。最後のは意味がわからないけれど、要するに使うな
という意志は伝わった。

複写、とは言えもちろん能力の100%を複写できるわけではない。
聖の場合、能力を三つまでストックできる。ゆえに、能力の威力も三分の一となってしまう。絵里の能力で言うなら体の負担
も三分の一になるが、それでも使わないに越した事はない。

「あーあ、せめてストックが四つに増えたらなあ」
「そんなの亀井さんの枠に別の能力を上書きしたらよかろ?」
「ダメダメ、これは聖と亀井さんの思い出なんだもん」

小さな頃からリゾナントの近所に住んでいた聖は、絵里と顔見知りであった。
聖は、絵里が元気だった頃の思い出を大切にしたいが故に、その時に複写した絵里の能力を今までずっと保有し続けていた。

702名無しリゾナント:2013/05/19(日) 22:11:36
からんからん、とドアの鐘が鳴らされる。
店主の道重さゆみは買出しに行っている。田中れいなは愛佳からの依頼で仕事に出ている。つまり、店内は聖と衣梨奈の二人
だけ。

「どうしよう、お客さん!」
「ついに衣梨のスペシャルメニューのベールが脱がされる日が来たっちゃん」
「それ大丈夫なの?」

などとやり取りをしている間に、客はすたすたと店内に入ってくる。
その人物は、二人がよく知る顔であった。

「何や、今日はお前ら二人なん?」
「つんくさん!!」

よぉ、と軽く手を挙げる、派手な茶髪の中年。
身に纏った白いタキシードはまるで結婚式場の新郎のようだ。
しかしこの一見胡散臭い男、彼はこの喫茶リゾナントに多大なる貢献を果たした人物だった。

彼は能力者社会において”つんく”と呼ばれている。本名は誰も知らない。しかし、「能力プロデューサー」を自称するだけ
あって、能力に対する見識は研究家の領域をはるかに超えていた。
また能力に目覚めていない少年少女の発掘から、能力開発、警察のエージェントまで、その仕事は多岐に渡っていた。リゾナ
ンターの初代リーダーである高橋愛がリゾナントを出店する時に、多額の資金援助を行ったのも彼だという。

703名無しリゾナント:2013/05/19(日) 22:12:28
「道重おらんかったらコーヒーも飲めんわな。またにするか」

諦め顔で店から出ようとするつんく。
そこへ衣梨奈が大声で、

「つんくさん待ってください!!」

と呼び止めた。
不思議な顔をする聖に、小声で聖、つんくさんに相談したら?と衣梨奈。

「えっ、でも悪いよ…」
「なに遠慮してると。つんくさん、聖が相談したいことがあるって!」
「ちょっと、えりぽん!!」
「おっ、青春の悩みか。おっちゃんに何でも相談してや」

しばらくまごまごしていた聖だったが、衣梨奈の押しとつんくの興味本位の好奇心に負け、能力についての悩みを打ち明けざ
るを得なかった。

704名無しリゾナント:2013/05/19(日) 22:14:24


「そしたら枠、もう一個増やしたらええやん」

つんくの出した回答は、単純明快。
ただ、それが簡単に出来たら苦労はしない。口にはしなかったものの、聖の不満は既に顔中に拡がっていた。

「でも…」
「偉い人も言うとったで。やっちゃえ、まずやっちゃえってな」

一体どこの偉人がそんなアバウトなことを言ったのだろう。
深まる聖の不安を他所に、衣梨奈などはそうですよねそうですよね!と妙に乗ってしまっている。彼女の数分の一でも楽天的
なところがあれば、と聖はさらに落ち込むのだった。

「それに、枠をもう一つ増やせても。行使できる力は四分の一になるんじゃないですか?」
「まあそうなるわな。そこで俺の出番や」

つんくはそう言うと、懐から一枚のカードを取り出す。
描かれているハートの絵柄。どう見ても、トランプのカードにしか見えない。

「何ですか、それ」
「これは魔法のカードや。人間の潜在意識に働きかけ、隠された力を引き出す」

言いながらつんくはそれを二本の指で挟み、そして器用に聖に向かって投げ飛ばした。
胸元目がけ飛んできたカード、しかしそれはまるで聖に吸い込まれるようにして消えてゆく。

「えっ?えっ?」
「これで下準備は終わりや。あとは、実戦あるのみ」

目を白黒させている聖が面白いのか、つんくは笑いながらそんなことを言う。
先輩であるさゆみやれいなからは、つんくは能力者ではないと聞いていた。しかし、聖が目にしたこの光景は一体。横目で衣
梨奈の様子を窺うと、別段驚いた様子もなくいつもの人をじっと見る時の顔をしている。

705名無しリゾナント:2013/05/19(日) 22:16:06
「ま、大丈夫やろ。ほな、カウンセリングは終了や。頑張るんやで」
「はあ…」
「つんくさんずるい!衣梨にもおまじないかけてください!!」
「よっしゃ。ちちんぷいぷい魔法にかーかれ」
「わぁ、かかっちゃった…じゃなくて!」

絡んでくる衣梨奈を適当にあしらいつつ、つんくは店を後にした。

「ねええりぽん。えりぽんには見えた?『魔法のカード』」

先ほどの一連のつんくの動作が気になった聖が、衣梨奈に訊ねる。
しかし、

「何言うとっと。そんなもの、なかったやん」

とそっけない答えが返ってくるのみ。
えりぽんには見えてなかった?
ハートのトランプ。聖はハートという図形に、大きな思い入れがあった。

それは子供同士の、他愛も無い遊びだった。
聖を含めた、学校の仲良し四人組。そして当時流行していた、四人のトランプの妖精が活躍するアニメ。聖は、ハートの女の子の役だった。
まだ能力に目覚めていなかった頃の、遠い日の思い出。

ただの偶然の一致、なのだろうか。
釈然としない思い。

「そうだ聖、聞いた?昨日里保たちが光井さんから受けた猛獣捕獲の仕事、衣梨だったら…」

しかしそれも、衣梨奈のとりとめない日常会話によって押し流されていった。

706名無しリゾナント:2013/05/19(日) 22:17:20


喫茶リゾナントの店の前。
そこに立つ、四人の少女。
身につけるのは赤、青、緑。そして黄色のTシャツ。
里保たちが先輩の光井愛佳から依頼された猛獣捕獲の仕事を強奪しようとしていたグループの残留組。ただ黄色の少女に関し
ては回復が早く、既に戦線復帰していた。

「ねえ、今ならたった二人だよ」

緑Tシャツの少女が、意地悪そうな笑みを浮かべて言う。

「いや、待って。不意打ちなんかじゃ、上の人間は評価してくれない。増してや、警視庁の能力者特別部署に登用されるには」

赤いTシャツの少女が、首を振り否定する。
身長は四人の中で一番低いが、年長者ゆえの至極真っ当な意見を述べる。

「だよね。うちら選ばれなかった落ちこぼれだから」

ショートカットの最年少の青Tシャツが、子供ならではの空気が読めない発言をする。

「だからこそ、見せ付けてやるんだ。うちらの、選ばれなかったものたちの底力を」

黄色Tシャツの少女は、リベンジに燃えていた。
確かにあのパンダは強かった。だが、自分達が最初に対峙したあの少女たちとは決着はついていない。リゾナンターである彼
女たちを倒すことこそ、自らの評価を上げ、そして雪辱を晴らすことになると信じていた。

「出直そう。あたしたちが動くのは、あの子たちが四人揃った時だ」

赤Tシャツの言葉に、残りの三人が揃って踵を返す。
だが、決戦は近い。
それはその場に居た全員が、確信していた。

707名無しリゾナント:2013/05/19(日) 22:19:56
>>700-706
更新完了。
代理投稿をお願いします。

―――――――――――――――― ここまで

>>700の改行に失敗してしまいました。
二番目の空白がえらく空きすぎてしまったので、1行空白に縮めていただけると助かります。

708名無しリゾナント:2013/05/20(月) 15:17:05
顔を上げた新垣の前に『リゾナント』のドアがあり、そのドアが押し開かれた。
漂ってきた血の匂いは、新垣に生を感じさせる。
鉄錆に似た臭いは強烈な生気を放つと同時に、人間であることを感じさせた。

 「やあガキさん、来ると思ってたよ」
 「…皆は?」
 「大丈夫だよ、生きてる。まだ、ね」

組織に所属していた時の名前はDr.マルシェだったが、その【ダークネス】はもう存在しない。
現在は後藤真希と行動を共にしているらしい。
新垣と『リゾナンター』の同期であった紺野あさ美、の、劣化コピー。
そんな彼女から放たれる生気は、人間のそれだ。

 「外傷は無いけど、意識が戻らない。起きる意志すらないんだから当然だけどね。
 呑まれた人間の肉体はこうしてただ眠り続けて、そのままだよ。
 エネルギーになるまでそう長くはない、もってあと2、3日だね」

紺野は淡々とそう言って、2階のスペースに寝転ぶ少女達を見つめる。
ベットが人数分ないため、毛布にくるまれた身体が雑に並んでいる。
数は8人。
久住小春、亀井絵里、ジュンジュン、リンリンが居なくなってしまったからの
『リゾナンター』のメンバーとしてはあまりにも幼い子達だ。
手前に眠り続ける生田衣梨奈の治療の痕に触れる。
彼女をここへ招いたのは新垣本人だ。

肌に微かな温もりがある。
他の7人も同じ状態のまま、"肉体を残したまま"なのだ。
一人ずつ、一人ずつ。
新垣は確かめるようにその顔を見て、頭に触れていく。

709名無しリゾナント:2013/05/20(月) 15:18:13
生田と同時期にこの喫茶店へと赴かれた3人。
譜久村聖は亀井絵里によって保護。鞘師里保は道重さゆみによって。
鈴木香音は光井愛佳によって。
ある異能者の構成した組織で傭兵としての養成訓練を受けていた
少女4人を引き取ったのは、それから数ヶ月と経たないある日。
飯窪春菜、石田亜佑美、工藤遥、佐藤優樹。

そこで新垣は、視線を紺野へと戻した。

 「佐藤は?」
 「れいなと一緒にi914へ接触しに行った」
 「そんな無茶なこと…」
 「あの子がついて行きたがったっていうのもあるけど、あの子の
 瞬間移動があれば何かと役に立つだろうから」
 「今のi914がどんな状況か分かってるでしょ?」
 「だからだよ。どんな小さな力でもないよりはマシ。
 れいなの生存の可能性を高めることにもつながる。それにあの子は
 傭兵経験だってあるんだから、臨機応変に動いてくれるよ」
 「……」
 「ガキさん、信用してないの?」

新垣は動揺した。
久住小春の離別、ジュンジュンの暴走、リンリンは彼女と共に国へ帰還。
そして亀井絵里は未だ眠り続けたまま。
高橋愛の言葉が、紺野の言葉と共に頭を揺らす。

710名無しリゾナント:2013/05/20(月) 15:18:59
 「自分の責任だと思ってるなら、それは驕りだよ。
 私達が何もしなくても、この未来はずっと以前から分かっていた。
 ガキさんが居なくなったあとも、さゆが『リゾナンター』をまとめていったのを
 私達は見守り続けてた。
 さすが共鳴のチカラ、ダークネスが求めただけの事はあるよ」

人の願いや祈りは、まさにセカイの命と言っても良い。
セカイを成り立たせるものが「誰か」の夢だと定義づけた学者も居た。
『リゾナンター』を中心に収束された様々な繋がりがエネルギーとして力を
持った時、それがi914の鍵だと闇の帝王は考えた。

闇へ堕ちた【悲しみ】の欠片を抱いて。

 「さてガキさん、君にはまだ、戦う力はある?」

紺野の言葉に、新垣は顔を上げる。
戦う力。それは理由か、意志か、それとも別の事柄か。
i914を消滅させる。
それに対する心情を計るかのよう。

 「ガキさんが一番あの子の闇を知ってる。弱点を知ってる。
 だけど、それが分かっていても、あの子を殺せる覚悟はある?」
 
生まれた闇が消えた今、止められるのは繋がりを生みだした少女達だけ。
そして終わりを告げろとセカイが言っている。
長い時間をかけて紡がれた呪いを解き放てと叫んでいる。
始めてしまったものを、自分達で終わらせろと願い、祈っている。
新垣は息を吐くように、呟いた。

711名無しリゾナント:2013/05/20(月) 15:20:29
 「もう迷わないよ。私は、そのために戻ってきたんだから」

見開かれた両目を見て、紺野は僅かに目を細める。
異能者は目の色素にそのチカラが映る。

遺伝子疾患によって元々目の色素が異常に薄く、血行が
良くなると唇と一緒で血の色が映るのと同じ。
アイコンタクトでも装着すればそんな事実を知られることもない。

だから異能者もまた、いろんな方法でその正体を隠して生きている。

 「…そっか、じゃあ、私はこの子達を部屋に移すよ。
 あそこなら肉体を保存する設備があるからね。
 この子達が死ぬのはあまりにも勿体ない」
 「コンコン」

新垣に昔の愛称で呼ばれ、紺野は顔を向けた。

 「コンコンの願いは、もう良いの?」
 
Dr.マルシェが自身の名前を偽ってまで叶えたかった願いがある。
【異能】の根源を統べていたダークネスに"蘇生"され、『リゾナンター』への
シナリオへの人形として利用されても尚、祈り続けたものがある。
解明の先にあった、紺野あさ美の願い。

 「ガキさんが背負う必要はないよ。これは私の願い。
 たとえ成就しなくてもそれは、私が背負うものなんだから。
 それに私が憎んでたのはチカラだけ。歪められた未来のためにこの子達を
 犠牲にする理由は、もう無いんだ」

712名無しリゾナント:2013/05/20(月) 15:21:12
 「でもコンコンのその研究によって、コンコン達が救われる可能性だって
 作れたはず、それを放棄したのは何故?」
 「何か勘違いしてるみたいだけど、これは私の自己満足だよ。
 それで私が救われようとしているようにガキさんは見えていたのかな?」
 「……コンコンは、本当に」
 「私のことより、ガキさんは自分の願いのために走って。
 時間がないのに、他の人のことまで気にしてるのはあまりにも愚かだよ。
 せっかく目的がハッキリしたっていうのに、バカだね」
 「…」
 「ふふ、ま、バカな私が言っても説得力ないか。行っておいで」

新垣がドアの外へ駆け出して行ったのを見送ると、紺野は溜息を吐く。
自分が思っていた結末とはなんてあまりにも呆気ない。
この日の為にどれだけの時間を費やし、どれだけの血が流れたか。
数ある世界の中で、これほど茶番なものは無いだろう。

 「それでもまだ希望があるというのなら、この世界はまだ続く。
 どれほど憎んで、どれほど悲しんだものだけど、あとは託す事にするよ。
 正直、そんなことに費やせるほど時間も無い」

そう、時間は、無い。
人形として"蘇生"された自身が、これから平穏な生き方が出来るとも思えない。
ダークネス亡き今、彼女達の役目は終わっているのだから。

713名無しリゾナント:2013/05/20(月) 15:22:48
『異能力 -underdogs-』
以上です。

武道館へれいなを見送りに行って来ます。
青い空に包まれますように。

714名無しリゾナント:2013/05/20(月) 15:24:25
-----------------------------------ここまで。
>>707さんの後で大丈夫ですので
代理投稿よろしくお願いします、何か書いてから
明日に備えようかなあ…。

715名無しリゾナント:2013/05/20(月) 21:19:28
>>707
行ってくるで〜

716名無しリゾナント:2013/05/20(月) 21:27:38
>>707
行ってきたで〜
しかし規制キツイな

717名無しリゾナント:2013/05/21(火) 04:24:14
>>714です、すみません誤りがいました。
>>708の『リゾナンター』の同期を『M。』の同期に変更してください。
規制が厳しい中、いつも代理ありがとうございます(平伏

718名無しリゾナント:2013/05/21(火) 05:01:48
行ってきたアル

719名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:10:59
純然たる読みきりです
長いので分割します


「しょーぶです、たなさたん!」

「CLOSED」に看板をひっくり返した途端にかけられた声に、れいなは眉を顰めて振り返る。
本日の営業も滞りなく終了した。
一応、喫茶リゾナントにおける「最後」の営業だったから、いつも以上に気合が入っていた。
客入りはいつもより多めで、忙しかったけど、普段通りに終えることができた。
ふうとひとつ息を吐いてこれから落ち着こうというときにいきなりなんだ?

「これからまーちゃんと勝負してください」
「……ごめん、佐藤。なんの話?」
「だから勝負です!」

腰に手を当て、びしっとこちらを指差してきた佐藤優樹の眼差しは本物であった。
「人を指差すな」とぺしっと手の平を叩いて制し、ドアを閉める。
からんという小気味良い音が響いたあと、すぐに静寂が広がる。喫茶リゾナントは、思ったより広いんだと不意に気付いた。

「たなさたんはだれよりも強いです。もちろん、まーちゃんより強いです」

急に口上を垂れ始めた後輩に、れいなは眉を顰めつつも相手にすることなく厨房へと向かった。
まだ今日の収支報告をしなくてはいけないし、掃除も残っているし、やることはある。
後輩の突拍子もない思い付きに付き合っている暇はない。

720名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:11:46
「でも、まーちゃんがいちばん強いものだってあるんです」

椅子を持ち上げようとしたその手が止まった。
「いちばん」という言葉が妙に引っかかった。
れいなの目標は、リゾナンターで「いちばん」になることだった。
それを揺るがすものがあるというのなら、興味がある。目の前にいるこの後輩が、それを手にしているというのなら聞こうではないか。
れいながくるりと振り返ると優樹と目が合った。
彼女は、漸く真正面に立ってくれたれいなを見て嬉しそうに、だけど挑戦的に笑った。
その姿は、まるで子どもだ。ああ、ちょっとだけ可愛いって思った自分が嫌になる。

「佐藤がいちばん強いってなんよ?」
「だから、それで勝負してください」

優樹はしっかりとれいなを捉えていた。
その姿は子どもから大人へ移行する、成長期のようなものを感じさせた。
優樹はいくつになったんだっけと考えてみた。
ああ、そういえばこの前、14歳になったっちゃっけ。皆でケーキつくって、サプライズでハッピーバースデー歌って。
性懲りもなく優樹は泣いて、連られて工藤遥も泣いて、あれはあれで良い日だったな。

「負けたら、たなさたんはいちばんじゃなくなったから…えーっと……あ、りゅうねん?です!」

だれに入知恵をされたんだとれいなは苦笑した。
「留年」という言葉を彼女が知っているとは到底思えない。
だいたい使い方間違っとーし。ん?間違ってる……よね?

「だから勝負です!」

とにかくこの小うるさい後輩を黙らせるには、勝負するしかないらしい。
「いちばん」という称号は、れいなに相応しいものであって、優樹が有するものではない。
「いちばん」を背負って、此処から出て行こうじゃないか。くだらないものでも良い。なんでも「いちばん」になると決めたのだ。
道重さゆみには「いちばんバカって称号も持って行ってね」なんて笑われたものだけれど。

721名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:12:55
「で、なんで勝負すると?」

重い腰を上げ、その「勝負」に乗ってきたれいなを見て、優樹はまた笑った。
挑戦的で子どもっぽくて、だけどひとりの戦士である彼女は、やっぱり綺麗だった。
彼女はまるで、旅人の為に暗闇に浮かぶ太陽だ。
どんなことがあっても天上に高く居座り、世界を遠く広く照らし続ける、道標だ。

「鬼ごっこです!」

前言撤回。
この前、鞘師里保が学校の宿題で出た四字熟語が不意によぎった。
間違いなく、目の前の彼女との会話にはこれがぴったりだと確信した。
なにを言い出すんだこいつは。

「たなさたんが鬼です!30分捕まらなかったらまーちゃんの勝ちです!」
「はぁ?そんなのするわけないやろ!」
「じゃあいきます!えーっと、10、9、8!」
「待て佐藤!」
「7654321ぜろぉー!」

カウントダウンが一気に早くなったかと思うと、喫茶リゾナント内に風が吹いた。
優樹から発せられたような優しくて強い風、そして淡い光に思わず腕で目を覆う。
少し後ずさりをすると、そこにいたはずの彼女は既にいなくなっていた。
“瞬間移動(テレポーテーション)”か―――とれいなは下唇を噛んだ。
店内の椅子がいくつか倒れている。本当に、彼女は子どもだなと苦笑せざるを得ない。

722名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:13:56
「だから、なんで鬼ごっこやっちゃよ……」

倒れた椅子を机に乗せながられいなは呟いた。
確かに、くだらないものでも良いとは言った。それにしたって限度というものがあるだろう。
なんでも「いちばん」になると決めたものの、よりによって鬼ごっこって……
そういえば優樹は、石田亜佑美や飯窪春菜といっしょになって鍛錬場を走り回っていたっけな。
あれでなかなか捕まらないから、遥が手を焼いていたのをふと思い出す。


―――怒られてる時にいなくならないの!


そうそう、自分の分が悪いと把握するとなると泣きそうな顔をして姿を消していたっけ。
ああいうときに“瞬間移動(テレポーテーション)”は役に立つものだなとれいなは妙に感心したものだ。
しかし、そのおかげで譜久村聖が胃を痛め「どうしたら良いんでしょう」って泣きそうな顔で相談をすることもしばしばあった。
れいなが此処を去ってしまったら、キャリアが長いのは、さゆみに次いで彼女が二番目になる。
聖は自分のことを追い込みやすい性格なので、そこら辺は、「聖、ねえ聞いて聖」と犬のようにうるさい生田衣梨奈がなんとかカバーしてほしいものだ。
とはいえ、どういう未来が紡がれるのか、なんだかいまから楽しみでもある。

椅子をすべて机に乗せ、これから箒で店内を掃く作業に入ろうとする。
なにをしようとしていたんだっけ?ああ、そうだ、優樹との鬼ごっこだ。

「30分で捕まえろってか?」

感傷に浸っているうちにもう3分が経過していた。
タイムリミットまであと27分。さて、どうしたものかなとれいなは眉を掻いた。
以前のれいなならば、話しかけられても必要事項しか答えないか、そもそも話さないか、という二択しか持っていなかった。
まして、「鬼ごっこ」なんて絶対にするわけなかった。そんな子どもの遊びに付き合う意味なんてない、そう、信じていた。

723名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:14:42
それなのに、既にれいなはぐっと背伸びをして、彼女を追い駆ける準備をしている。
ああ、どうやらこの「鬼ごっこ」にれいなは乗り気のようだと自覚した。

「27分やったら余裕やろ!」

箒の柄の部分を振り回しながられいなは走り出した。
後輩の思い付きだというのに、楽しんでいるのか、それとも退屈凌ぎなのか、れいな自身も分からない。
れいなは早速、彼女が行きそうな場所へと走った。


-------

「見つけたぁー!」

喫茶リゾナントの地下にある鍛錬場に乗り込むと、その中心に優樹は佇んでいた。
彼女はれいなの姿を認めるとぎょっとした。

「なんでホウキもってるんですかー!」
「捕まえるより、叩いた方が早いけんね!」

れいなが柄を振り翳し、優樹は慌てて避けた。
ばきっという景気の良い音のあと、床に箒がめり込んだ。

「ほんきでやったでしょー!」
「ガチでやらんとつまらんやろーが。いちばんになるってれなは決めたっちゃん!」
「ちょ、ちょっとたなさたん怖いー!」

箒を手にした分、彼女のリーチは長い。
優樹はギリギリで躱していくが、すぐに壁際に追い詰められた。
ぐあっとれいなが箒を振り上げる。即座に優樹は能力を発動させた。
風と光、直後の沈黙。れいなの箒は空を切った。

724名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:15:15
「…っとにちょこまかとぉ!」

れいなは鍛錬場をあとにし、階段を駆け上がった。
再び喫茶店内を見回す。先ほど片付けたはずなのに、いくつかのテーブルが動いている。
出入り口の扉に手をかけた。
からんという鈴の音。外は曇天。雲の隙間からは微かに光りが射し込んでいた。
外に逃げた、という仮説を、れいなは一瞬で突き崩した。
なんとなく優樹は、「此処」を逃げることのできるエリアと決めている気がした。

「どーすっかな……」

れいなは扉を閉めた。
なんどめかの鈴の音が小気味良く響く。直後に静寂が広がる。
音、か―――。

「鈴木やったら、“超聴覚(ハイパー・ヒアリング)”とかで居場所を突き止められるっちゃろーけどさ」

鈴木香音の有した能力は、相手の心音までも聴き取ることのできる“超聴覚(ハイパー・ヒアリング)”だ。
視界を潰された闇の中などでは、彼女の能力は非常に有効だ。
相手が何処にいるか分からないこういう状況にはもってこいなのだが、生憎れいなは、そんな能力を持っていない。
箒を振り回しながら厨房へと歩く。
業務用冷蔵庫を開けると、今日使い切らなかった水やお茶が入っていた。荒っぽく蓋を開け、呑み込む。

「“瞬間移動(テレポーテーション)”ねぇ……」

725名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:15:48
優樹の能力は、その名の通り、“瞬間移動(テレポーテーション)”だ。
「瞬間移動」には、主にふたつの能力があると聞いたことがある。
ひとつは、時間の超越。
対象者は能力を発動するその地点からはほとんど動けないが、時間を飛び越えることができる。
いわゆるタイムマシンの原理と同じものである。
そしてもうひとつが、空間の超越。
一般的な「瞬間移動」の理解はこちらの方である。
対象者は能力を発動すると同時に、別の地点へと自らの体を飛ばすことができる。
応用すれば、対象者のみならず、対象物を別の地点に引き寄せることも可能になるようだ。

優樹の有している能力は、恐らく後者の方だ。
しかも能力が未熟なため、長時間の解放は、体力的にも難しい。
だから、彼女の設定した30分というタイムリミットは、彼女の能力解放の限界値なのだろう。
実に理に適ったゲームだと、れいなは思う。

「ま、能力が目覚めた当初は3分ももたんかったし、上出来やろ」

水道を捻り、手を冷やした。
そのまま前髪をかきあげる。ぽたぽたと雫が垂れた。
彼女を捕まえるには、“瞬間移動(テレポーテーション)”の能力が閉じられた瞬間を狙うのがいちばん的確だろう。
しかし、闇雲に走って追いかけるのは、どうも非効率的だ。
とはいえずっと此処で油を売っているわけにもいかない。やっぱり、行くしかないらしい。

「おーにさんこっちらー!」

直後、背後から明るい声が聞こえた。
この野郎おちょくりやがって、とれいなは振り向きざまに箒を振り翳す。
鋭い風圧が空を切る。優樹の頬を微かに掠めたのか、彼女は右頬を押さえながら笑って逃げる。
思考に陥るのも良いが、追い駆けなくては意味がない。
行ってやろうじゃないか。れいなは「いちばん」になると決めたのだ。

726名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:17:27
-------

「鬼ごっこ」開始から早15分が経過していた。
ちょうど折り返しかとれいなは膝に手を当てて息を整えた。
2階のリビングにあるソファーに腰を下ろし、天井を仰いだ。
先日整理したはずなのに、また汚くなっている。机上のメモが散乱し、だれかが此処を走り去ったのは明白だ。
とにかく、この「鬼ごっこ」に勝つには、彼女の能力の欠点を見つけるしかない。
そういえば、優樹をちゃんと捕まえたことがある人物は数少ない。
確かずいぶん前になるが、光井愛佳が彼女の首根っこを捕まえてた光景を見たことがある。


―――なんで分かったんですかー?


―――あんたが跳んでいく地点、全部“予知”したから


ああ、なるほど、その手があったかとれいなは立ち上がった。
愛佳の持つ“予知能力(プリコグニション)”ならば、優樹がこれから何処へ行くかが視えるはずだ。
まあ、これもれいなは有していないので意味がないことに変わりはない。
散乱したメモを集めて机上に戻す。
全く、ホントに子どもやなと思いながら、ふと手を止めた。

「……なんで?」

れいなはいままでの思考をすべて突き崩した。
もしかすると、自分はずっと誤解していたのではないか。
そうであるならば、この「鬼ごっこ」、自分にも勝ち目がある。
メモを机上に叩きつけると同時にそこに乗った。ぐらりと揺れるが、しっかりと両脚に力を込める。
此処は喫茶リゾナントの中心地点。なんて都合が良い。

727名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:18:01
「試してみる、か」

れいなは目を閉じ、深く息を吸った。
闇の中、静かに光を探す。
静寂を切り裂くように、一歩、踏み出した。
空気が張り詰めて、ぱりんと何処かで割れたような気がする。
同時に、どだんと派手な音がした。即座に階段へと向かい、手すりに足を掛けて飛び降りた。

「いったたたた……」

優樹が頭から派手に転んでいる姿を認めた。
どうやら憶測はそこまで外れていなかったようだ。

「つーかーまーえー」
「られませんよ!」

れいなが首根っこを掴もうとした途端、優樹はごろごろと床を転がっていった。
お前はミノムシかとツッコミを入れようとしたが、彼女は即座に立ち上がり、息を整える。
全く、たかが「鬼ごっこ」になにを本気になっているのだろう。れなも、佐藤も。

「あー、たなさたん、あと10分ですよ!」
「え、マジ?」

優樹が壁にかけてあった時計を指差し、れいなも連られて振り返った。
本当だ、あと10分もない、と思ったときには手遅れだった。
れいなの目の前にいたはずの優樹はまた何処かへと消え去っていった。
子ども騙しに引っかかったと肩を落としたれいなの鼻は、微かな匂いを感じ取った。

728名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:18:31
「やっぱ、当たっとったっちゃね」

鼻先を走っていったきな臭さに、思考を突き崩すだけの価値はあったと確信した。
自分の誤解、それは優樹の能力に対するものだ。
れいなは、“瞬間移動(テレポーテーション)”という文字に気を取られて、彼女の能力の本質を見失っていた。
恐らく優樹の能力は、正確には、空間の超越ではない。
それが、れいなの発動した“共鳴増幅能力(リゾナント・アンプリファイア)”によって明らかになった。
れいなは再び店内の中心に佇むと、ゆっくりと息を吸った。
タイムリミットはあと7分。もうすぐ、決着はつく。

「死なんとは思うっちゃけど……火傷したらさゆに頼んどくけん」

れいなは一歩、踏み出した。
再びあの感覚に襲われる。
直後、地下鍛錬場に隣接しているプールへと走った。


-------

れいながプールに辿り着くと、彼女は派手に水浴びをしていた。
そこに跳ぶ意識はなかったのかもしれない。だが、彼女の体は無意識のうちに、プールの真ん中に向いていた。

「今度こそ、っちゃよ。佐藤」

箒を投げ捨て、プールサイドで助走をつけると、れいなは派手にプールに飛び込んだ。
ばしゃっと派手に波が立つ。
優樹は抵抗することなく、プールの真ん中でぷかぷかと浮かんで彼女が来るのを待った。

729名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:19:01
「えへへ。どーして気づいたんですか?」

優樹が前髪をかき上げるのと同時に、れいなに訊ねた。
れいなは優樹の首根っこを捕まえると「たまたまね」と口をついた。

「佐藤が“瞬間移動(テレポーテーション)”したあと、部屋はいつも微妙に荒れとった。メモが飛んだり、机が動いてたり」

そう、それはまるで、子どもが走り抜けたあとと同じだった。
“瞬間移動(テレポーテーション)”が時間の超越と空間の超越であり、優樹の能力が空間の超越であるならば、そんな痕跡が残るわけがない。
そうであるならば、優樹の能力は空間の超越ではないということになる。

「佐藤の“瞬間移動(テレポーテーション)”は、どっちかっていうと、高速移動に近いっちゃない?」
「へへ。せーかいです」

れいなの指摘に、優樹は素直に笑って頷いた。
未熟である彼女の能力は、まだすべてを解放できるわけではない。解放時間だけでなく、能力そのものが、開花しきっていない。
優樹の有している現時点での能力は、物体の高速移動、それはさながら、“韋駄天”のようなものだ。

「たなさたんの“共鳴増幅能力(リゾナント・アンプリファイア)”でチカラが大きくなったんですね」

れいなが発動した能力で、優樹の能力は急激に増幅した。だが、彼女はそれを自由に扱えるほどの術者ではない。
能力の撥ね返りが起きるのは当然だが、それ以上に、強大となった高速移動により、生じる摩擦熱の大きさが許容量を超えていた。
優樹が走り去ったあとに微かに鼻をついたきな臭さは、その摩擦熱で生じたものだった。

「火傷した?」
「いいえ、だいじょーぶです。熱かったから、ココに来ちゃいましたけど」

そうして優樹は「えへへ」とまた笑った。
ずいぶんと、無茶なことをしたなとれいな自身も思った。
一歩間違えれば大事故につながりかねない。摩擦熱で人体が発火することだって十分にあり得た。仲間を危険に曝していることは認識していた。
たかが「鬼ごっこ」のためになにをしているのだろうと思うが、どうしてもれいなは、勝ちたかった。

730名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:19:44
「というわけで佐藤。この勝負、れなの勝ちっちゃよ」

優樹を連れてプールを上がろうとするれいなに対し、彼女は「ちがいますよ」と否定した。
まさかタイムオーバーかと時計を見たが、まだあと2分残っている。まさか負け惜しみ?と思うが、優樹は首を縦に振らない。

「負けてません」
「そういう子どもっぽいことは―――」

瞬間、だった。
れいなと優樹の周囲から水が引いた。それは津波が起きる直前の光景に似ている。
水はまるで柱のように立ち上がり、ふたりはいつの間にか、“水の壁”に囲まれていた。
まさか、と思った瞬間、天井を仰いだ。

「さやしさーーん!」

天井につるされた壊れた照明のすぐ横から、鞘師里保が水柱とともにこちらに飛んできた。
重力の法則。物体は地球上では地面に落ちる。里保も水も、その法則に忠実に従っている。
れいなは舌打ちし、箒で応戦しようとする。が、その手はなにも持っていなかった。
飛び込むときに捨てたことをいまさら思い出す。ヤバい、ヤバい、ヤバい!

「鞘師ぃぃ!!」
「田中さん、息吸って下さい!!」

轟音がプール中に響いた。
派手な水飛沫が上がり、高く積み重ねられていた水柱が水面へと沈み込んでいく。
れいなと優樹は濁流に呑まれ、水深2メートルの地点まで叩き落された。
直後、激しい水流が体を押し上げ、一気に水面まで戻される。
げほっと喉に入った水を吐く。
れいなは強引に腕を引っ張り上げた。その腕の中にはだらしない笑顔を貼り付けた優樹の姿があった。

731名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:20:16
「佐藤!佐藤!」

まさか息をしていないのでは、と心配したが、彼女はすぐに「すごーい!」と笑い声を上げた。
れいなはホッとしたのも束の間、大声で「アホぉ!!」と叫んだ。それはプール中に響き、優樹は思わず両手で耳を塞いだ。
自分たちと数メートル離れた地点で、申し訳なさそうに目を伏せて笑う里保の姿が目に入った。


-------

「どうしても、負けたくないからって言われちゃってつい……」

プールサイドに上がり、里保を問い詰めると、彼女はあっさりと事の顛末を話した。
ある程度予想していたものであったが、優樹が里保に「いざってときに助けてください!」と頼んだのだ。
そもそもこの「鬼ごっこ」も、優樹が里保に相談して実行することになったようだ。「留年」という言葉を吹き込んだのも、彼女らしい。

「鞘師もやっぱ子どもっちゃね…」
「すみませんでした」
「いや、もういいっちゃけどさ」

れいなはシャツの袖をぎゅっと絞った。
下着まで濡れてしまった。替えの服は2階の自室だし、困ったものだと頭を掻く。
とにかく戻るかと立ち上がろうとしたその腕を、なにかがぎゅっと掴んだ。
これも予想できたものであったが、掴んだのは優樹だった。
主人に叱られた犬のように眉を下げ、れいなを見ている。

732名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:21:05
「だめ。やっぱりれなの勝ちっちゃよ」
「……まーちゃんはまけましたけど、さやしさんはまけてないです」
「優樹ちゃん」

駄々をこねる優樹を、里保がそっと制した。
ぽんぽんと肩を叩くが、優樹はまだ、れいなの腕を離さない。
れいなはやれやれとため息をつくと、また改めてプールサイドに座った。

「いっちゃうんですか…?」

右から、れいな、優樹、里保と座る。
里保は静かに息を吸うと、くるくると指で水面をなぞる。
波紋が広がり、プールに色がつく。まるで風が吹いたような景色を見ながら、れいなはひとつ頷いた。

「もう、決めたことやから」

れいなが此処を去ると決めて、もう半年が立つ。
それは当然寂しいのだけれど、彼女の歩みを止める権利はだれにもない。
そんなことくらい、優樹にだってもう分かっている。分かっているからこそ、駄々をこねるのだけれど。
優樹は黙って下唇を噛みながら、その瞳をごしごしと擦った。真っ赤になっているのは、プールの塩素剤のせいだろうか。

「今日の鬼ごっこ、田中さんが、優樹ちゃんを捕まえたんですよね?」

ふと、黙って水を動かしていた里保が呟いた。
れいなは優樹を通り越して彼女に目を向ける。彼女は水面を見たまま、視線を絡ませようとはしない。
里保は柔らかく笑うと、右隣の優樹の頭を撫でてやった。

「じゃあ、鬼が交代だね」
「え?」
「今度は優樹ちゃんが、田中さんを捕まえる番だよ」

733名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:21:49
笑いかけた彼女の目もまた、真っ赤に染まっていた。
微かに鼻を啜る音がする。プールで体が冷えてしまったのだろうか。
里保は今度こそ、れいなと視線を絡ませた。真っ直ぐにれいなを射抜く瞳を、純粋に美しいと思った。

「捕まえてみせますよ、田中さん」

奥二重の切れ長の目が、れいなの心を捉えた。
彼女の言葉の奥に潜んだ真意に気付いたれいなは思わず噴き出した。
なんてことを言い出す後輩がいるものだろう。
圧倒的な力で「いちばん」をもぎ取ったはずなのに、すぐ後ろに彼女が控えている。いや、彼女たち、と言った方が他正しいのだろう。
もうこの背中は、彼女らにしっかりと捉えられているのだなとれいなは気付いた。
静かな焔を宿したその瞳を真っ直ぐに受け止め、れいなは喉を鳴らしながら天井を仰いだ。

「れなは負けんよ。なんでもいちばんじゃないと、気が済まんけんね」

今度の「鬼ごっこ」はいつまでがタイムリミットだろう。
再び、彼女たちとともに最前線に立つ日は、以外とすぐやって来るのかもしれない。
その日まで、捕まらないようにせんといかんっちゃね。
ああ、もう。子どもやって思っとったとにね。

「よーし!まーちゃんがんばります!」
「その前にこの服乾かさなきゃねー」

威勢良く立ち上がった優樹に連られるように里保も立ち上がった。
ああ、やっぱり子どもだ、とれいなが笑うと、里保が右手を差し出してきた。
れいなも素直にその手を取り、立ち上がる。
「いちばん」というものは、思ったよりも大変なんだなとれいなは笑う。
目が少し赤いのは、昨日の寝不足のせいやなと、ぼんやり思った。

734名無しリゾナント:2013/05/21(火) 14:25:29
>>719-733 以上「Running to the top」
分割すると言いましたが一気に投下しました

お手数ですがお気付きになった方は
>>725あたりで分割して転載して下さると助かりますm(__)m

改めてれいなさん卒業おめでとうございます!

735名無しリゾナント:2013/05/21(火) 15:00:20
>>734
とりあえず>>725までを代行
もし他に代行してやろうという方がいるなら>>726以降をお願い

736名無しリゾナント:2013/05/21(火) 16:21:43
行ってきたの
田中さんの卒業を祝うのにふさわしい素晴らしい作品だったと思う

737名無しリゾナント:2013/05/23(木) 11:50:25
佐藤優樹の腕が、徐々に痺れてきている。
田中れいなが殴られるたびに、その衝撃が重く痛く、佐藤の全身にも伝わる。
皮膚と骨が震える。
いたい、いたい。じわりじわり。
しかしこれぐらいの痛みは、耐えられる。
実際に殴られている田中の方が遥かに痛いのだ。

 佐藤は殴られる痛みを知っている。
 殴られる生活。
 殴られ続け、蹴られ続ける生活を思い知らされていた。
 僅かな食事と水分を、4人で分け合って生きていたあの頃。

苦しく恐ろしく悲しく、痛みしか無い日々だった。
誰かに縋りたくて。
4人の中で同い年の工藤遥は、そんな佐藤をいつも怒っていた。
怒られている理由は、工藤の涙で理解させられる。
石田亜佑美と飯窪春菜が任務から帰ってくると、検査だと言っては
様々な実験が行われて、無理やり【異能】の強化をさせられた。

4人は、脱走を決意した。
だが組織の監視が佐藤達の行動を嗅ぎつけ、『リゾナンター』への
噛ませ犬として差し向ける、洗脳を施された上で。

きっと、自分達はあの時に死んだんだ、と工藤は言う。
組織は傭兵を使い捨てとして思っていない。
優れた【異能】のみを管理し、劣等な者は他の異能者集団にぶつけて
処理を任す、勝ち負けはどうでも良い。
ただ『収集』することが、組織の全てだったのだから。

738名無しリゾナント:2013/05/23(木) 11:53:29
だが組織が4人を差し向けた時には、既に結末が決まっていた事を
誰が思い、ボスとして君臨していた傲慢な男が理解していただろう。
リゾナンターのリーダーは、男と対峙してこう言ったという。

 「あなたが持ってたもの、全部貰っていくの。
 だって勿体ないじゃない、女の子の価値すら知らないのに。幼女は正義ってね」

なんとも異能者集団のリーダーを継いだ人物とは思えない自己中心な捨て台詞。
だが飯窪は格好良かったと思い出しては赤面していた。
彼女の好みはよく分からない。

そんな佐藤が目覚めた時に初めて出逢ったのが、田中れいなだった。
思わずしがみついて、田中は固まりながらも、振り払ったりはしない。
3人も初めは警戒していたが、佐藤のその姿を見て、少しずつ解かしていった。

知らない顔がたくさんあったが、佐藤個人としては田中と3人が居れば
あとはどうでも良かったし、異能者集団の仲間入りを果たした所で、状況という
状況は全く関係無かった。

殴られない生活。与えられる美味しい食事。
風呂で身体や髪を洗うことができ、痒くなったりフケが出る事も無い。
夜は布団に入って安らかに眠ることができる。
真新しい洋服や靴を買ってもらえて、清潔な下着に着替えられる。
そして変わらない3人の姿。
天気のいい日には遊びに出かける。
暖かい日の光を浴びて、風に吹かれて、工藤や石田、飯窪と話し明かす。
雨が降ったら、窓から外を見る。

739名無しリゾナント:2013/05/23(木) 11:54:19
ソファーには田中が座っていてのんびりと携帯をいじっていたり
食事当番が週に何回か代わり、何人かで料理を作ったりもした。
道重はそんな皆を携帯に収めてはお店の掲示板に貼り付けていた。

喧嘩もした。
佐藤達と同世代の4人、その4人もまた、佐藤達のように保護された4人。
似たような境遇、だがどこか複雑な感情を渦巻く4人と4人。
田中が8人に話し合えと言ったあの日、様々な声が飛び交った。
仲間意識が深くなったのはきっと、あの時から。

それでも佐藤の中で変わったものと言えば、特には無い。
3人がそんな事があっても尚、ここに留まるという答えを出した。
それに疑問を抱くことなど、佐藤にはあまりにも無意味だった。

 そして静かに、時たま激しく降り注ぐ雨をじっと見続ける。

幸せは此処に。そして時間は経ち、永劫は消えた。

740名無しリゾナント:2013/05/23(木) 11:59:40
『異能力 -Feel of afterimage-』
以上です。

余韻に浸ってました。サブにフクちゃんは感じ取ってた風。
それに対してはるなんの驚き顔にワロタ。6期最高ー。

741名無しリゾナント:2013/05/23(木) 12:00:41
-----------------------------ここまで。

いつでも構わないので、よろしくお願いします。

742名無しリゾナント:2013/05/23(木) 13:39:53
>>741
空き時間があったので行ってきやした

743名無しリゾナント:2013/05/23(木) 21:58:49
>>707
代理ありがとうございます。
そして性懲りなく続きを投下させていただきます。
長いので分けるかもしれません。

744名無しリゾナント:2013/05/23(木) 22:00:45
http://www35.atwiki.jp/marcher/pages/786.html の続きです


翌日。
たまたま学校が休みだった鈴木香音と手が空いていた飯窪春菜は、愛佳の受けた依頼によって住宅街の路地
裏にいた。

「依頼主の人が言ってたのはここら辺だよね」
「はい。間違いないと思います」

辺りを見回しながら尋ねる香音に、春菜が答える。
今回の仕事は迷い猫の捜索。地味な仕事だが、仕事には違いない。
飼い主が心当たりのある場所を数箇所あげ、二番目の場所がこの路地裏だった。

不意にしゃがみ、瞳を閉じる春菜。
アスファルトに手をやり、意識を集中させる。
五感強化。春菜は全神経を聴覚に傾けた。人々の話し声、テレビの音、車のクラクション。そして、ついに
探り当てる。

「鈴木さん、ここから東南東50m付近から猫の声が聞こえます!」
「おっけ、まかせて」

今度は香音が能力を発動させる番だ。
春菜が指示した方向に、ダッシュ。目の前に迫る壁、しかしまるで水の中に潜るように香音の体は壁の中に
入ってゆく。
物質透化。香音の能力にかかれば分厚い壁も、鉄条網の張り巡らされた金網も、存在しないに等しい。
しかもその力は、至近にいる味方にも及ぶ。春菜は香音に置いていかれないように必死に後を追う。物質透
化中に能力の範囲から外れてしまったら、昔のゲームのネタのように壁にめり込んだまま抜け出せなくなっ
てしまう。

745名無しリゾナント:2013/05/23(木) 22:02:37

ともあれ、二人はターゲットである子猫のいる民家の庭先にたどり着いた。

「この毛色にこの模様、間違いないです」
「やったね。さっそく捕まえないと」
「待ってください。私に、お任せあれ」

春菜が再び、神経を集中させた。
触覚に能力を集中させることで、わずかな風の流れにすら敏感になる。
子猫が逃げようとする方向を把握することなど、朝飯前。

「みゃあ?!」
「ほら、大人しくしなさい。やりましたよ、鈴木さん!」

子猫を抱き上げた春菜が、ガッツポーズ。
頼れる年上の後輩の活躍に、香音は満面の笑みで返すのだった。


迷い猫を飼い主に返した帰り道、香音と春菜は偶然、聖と衣梨奈に遭遇した。

「お、ぽんぽんコンビじゃーん。何やってんの?」
「聖たちは光井さんからの依頼の帰り。えりぽんたちは?」
「こっちも。もう終わったっちゃけど」
「せっかくだから、これからみんなでランチに行きませんか?」

女子も四人集まれば姦しい。
これから街に出て、おいしいと評判のバイキングに行こう。行動派の衣梨奈が提案しかけたその時。

746名無しリゾナント:2013/05/23(木) 22:03:29
「ランチの前にさ、あたしたちに付き合ってくれないかな」

何時の間にか。
四人は、前と後ろを派手な色のTシャツの少女たちに挟まれていた。
Tシャツに、赤チェックのスカート。特徴的な衣装が、衣梨奈にあることを思い起こさせる。

「あ、あんたたち!もしかして一昨日里保たちの邪魔をしたっていう!!」
「仲間たちが世話になったね。その事情を知ってるならうちらが今日何をするか、わかるでしょ?」

どこからともなく、赤いTシャツの少女が日本刀を取り出す。
斬られればもちろん、ただでは済まない。

「何かあんたたちさあ、あずたちが遭遇した四人より弱そうだね。こりゃすぐに片付くか」

背の高い、緑色のTシャツを着た少女が腕撫す。
青いTシャツの少女も、飛びかからんばかりの闘志を見せている。
そんな中、聖は黄色Tシャツがずっとこちらのほうを見ていることに気づく。

「…聖」
「え。もしかしてあなた…明梨?」

聖は黄色Tの顔に見覚えがあった。
幼い頃、一緒に遊んでいた仲良し四人組の一人。それが目の前にいる、明梨と呼んだ少女だった。

「まさかあんたが能力者、しかもリゾナンターになってるなんてね」
「佐保ちゃん、こいつ知り合いなの?」
「遠い昔のね。でも今は、そんなことはどうでもいい」

747名無しリゾナント:2013/05/23(木) 22:04:32
その言葉を形にするように、聖を睨み付ける明梨。
拒絶とも言うべき態度に、続けて声を掛けようとした聖の言葉は止まってしまう。

「聖、ぼやっとしてる場合やないと!!」

そんな聖を、衣梨奈の体当たりが突き飛ばす。
聖がいた場所の地面から、鋭い木の根がアスファルトを突き破る。

「惜しかった!もうちょっとで串刺しだったのに」
「森ティは詰めが甘いんだよ」

地団駄を踏む緑Tシャツを押しのけ、青いTシャツの少女が躍り出る。
主張の激しい目をかっと見開いた瞬間、視線の先にいた春菜が蹲る。

「はるなん!?」
「さ、さ、寒いっ…体が…寒いんです」

がちがちと歯の根を震わせ、ひたすら体を摩る春菜。
青Tの仕業ではあること間違いないが、理由がわからない。
しかし、一人だけその謎を解き明かすものがいた。

「はるなんしっかり!」
「あ、生田さん…」

衣梨奈が声をかけると、それまでの凍えるような寒さが嘘だったかのように、春菜の体に暖かさが戻る。

748名無しリゾナント:2013/05/23(木) 22:05:49
「あんた、精神感応系の能力者やろ。衣梨の目は誤魔化せないっちゃよ?」

青Tシャツの少女の能力。
それは相手の自律神経に働きかけ、体感温度を著しく狂わすものだった。
脳さえジャックしてしまえば、精神的に相手を凍死させることも可能。
ただ、同じ系統の力を持つ衣梨奈には早々と見抜かれてしまう。

「一人一人じゃ埒があかないね。全員でかかるよ」
「了解!!」

一進一退の攻防を嫌ったのか、リーダーらしき赤いTシャツの少女が指示を出す。
赤、緑、黄色、青の四人が一斉に襲いかかってきた。
こうなると不利なのは聖たちのほうだ。相手は全員が戦闘向きの能力を有しているが、こちらはサポート能
力に適した能力者が多い。一対一ではどうしても分が悪くなってしまう。

「そうはいかんけんね!!」

普段はKYキャラで通っているが戦闘ともなると意外と気が回る。
衣梨奈が両手のピアノ線を躍らせ、周囲に結界を張り巡らせた。迂闊に近づけは、ピアノ線に絡め取られ、
精神を破壊されてしまう。

「でかしたえりちゃん!」
「今のうちに逃げましょう!!」

さあ反撃だ、とばかりに息巻く香音を春菜が冷や水をかけるが如くの一言。

749名無しリゾナント:2013/05/23(木) 22:08:28
「そうだね。聖たちにはあの子たちと戦う理由なんてないもの」

聖が、春菜の意見に追随する。
彼女たちがなぜ自分達を狙うのかはわからない。ただ、避けられる争いは避けるべきだ。
特に、明梨とは戦いたくない。その言葉は、胸の奥に仕舞われた。
ピアノ線の結界を壁に退避をはじめようとした四人。しかし、それは一陣の風によって遮られた。

「痛っ?!」
「香音ちゃん!!」

通り抜けた風、それは姿を現すことではっきりする。
風のように感じたのは、赤Tシャツの少女が結界を通り抜け、手にした日本刀で香音を高速で薙いだから。
脇腹を斬られ、崩れ落ちる香音に聖が駆け寄った。

慌てて香音の傷口を押さえる聖の左手から、力が溢れる。
リゾナントのリーダー道重さゆみから複写した治癒能力。幸い香音の傷は浅く、すぐに塞がった。

「侍魂、見せてあげるよ」

そんなことを言いつつ、刀を構える赤Tシャツの少女。
日の光を反射し、ぎらついた刀身を見せ付けるかのように。

戦うしか、ないのか。
揺らぎに揺らいだ聖の心、躊躇しつつもそれは戦いへと傾いてゆく。

750名無しリゾナント:2013/05/23(木) 22:09:49
「香音ちゃんとえりぽんはその赤い子を!聖とはるなんは後方の攻撃を迎え撃つから!!」

聖の予測は正しかった。
結界を隔てた向こう側から、何かを掘り進めるような轟音。そして。
らせん状に絡まった複数の根が、地面を突き破り襲ってきた。

「やっぱり!」
「あたしの植物操作能力なら、遠く離れた場所からでも攻撃できるんだよ!!」

結界の向こうで、緑色のTシャツを着た少女がにやりと笑っている。
自らの能力に相当自信があるようだ。

「譜久村さん、私に任せてくれませんか」
「はるなん、大丈夫?」

春菜が、大きく頷く。
そして、結界の向こうに大声で呼びかけた。

「植物を操れるなんて、凄いです!その力を、植樹活動とかに生かしてみたらどうですか?」
「あんた、あたしをバカにしてんのか!!」

何が気に障ったのかわからないが、春菜の言葉は少女を激しく苛立たせた。
次々と春菜に狙いを定めて突き生えてくる木の根。それを触覚強化で巧みに避ける春菜だったが、ついに一
本の根に捕まってしまう。
そしてあっという間に春菜を絡め取った根が、その細い体をぎりぎりと締め付ける。

751名無しリゾナント:2013/05/23(木) 22:11:08
「ざまあみろ!体中の骨を、ばらばらに砕いてやる!!」

しかし春菜は苦しみ悶えるどころか。
涼しい顔をして、緑色Tシャツの少女を見ている。

「次にあなたは、やせ我慢できるのも今のうち、と言う」
「やせ我慢できるのも今のうち…はっ!!」

言葉によって誘った一瞬の動揺を、春菜は見逃さなかった。
自らの五感を低減させる要領で、根へ自らの感覚を伸ばしている少女の五感を、奪う。

「え?暗い?目、目が、見えない!」
「今です、譜久村さん!!」

視覚を奪われうろたえている少女に向け、聖が親指と人差し指で作ったピストルが銃弾を放つ。
念動弾。キュートのメンバーである千聖から密かに複写した能力だ。

念動弾がピアノ線を掻い潜り、緑色の少女に命中する。
避けることもできずにまともに攻撃を受けた少女は、悔しげな表情を浮かべたまま仰向けに倒れた。

752名無しリゾナント:2013/05/23(木) 22:13:59
>>744-751
長すぎるので一旦切ります。
相変わらずのまとめ下手で反省することしきりです。

代理投稿、宜しくお願いします。

753名無しリゾナント:2013/05/24(金) 12:26:07
昼飯食ったから行ってくるかな

754名無しリゾナント:2013/05/24(金) 12:34:45
行ってきた
(仮)の娘たちよく知らないがこんなに暑っ苦しいのか

755名無しリゾナント:2013/05/24(金) 18:25:07
>>754
ありがとうございます。
暑苦しさが過剰なのはきっと作者のせいですねw

続き投下します。

756名無しリゾナント:2013/05/24(金) 18:30:26
>>215-222 の続きになります


その一方で、香音と衣梨奈は赤Tシャツの能力によって翻弄されていた。
瞬間移動なのか。加速なのか。それとも。目にも止まらない動きによる斬撃に、衣梨奈と香音は防戦を強いられてしまう。

「香音ちゃん、あとどれくらいいけそう?」
「うん、あと1分くらい…」

香音の透過能力により何とか凌いではいるが、限界を超えてしまえば斬られ放題なのは目に見えている。相手の能力を見抜
き、攻略するには1分はあまりにも短い。

「厄介な能力を持ってるみたいだけど、我慢比べでもするつもりかな?」
「う、うるさいっちゃね!衣梨はもう、あんたの能力なんてお見通しやけんね!!」

胸を張り、相手を指差す衣梨奈。

「あんたの能力は、香音ちゃんと同じ物質透過!だから、衣梨奈のピアノ線で捉えられない。図星っちゃろ!!」
「でもそれじゃあの結界を一瞬ですり抜けた理由にはならないって…」
「え?じゃあ、プラス高速移動、アクセラレーションっちゃん!!」

やっぱり根拠のない自信だったか。
香音はがっくりと項垂れた。衣梨奈の言う事が真実ならば、目の前の少女は二重能力者 ― ダブル ― ということにな
ってしまう。

能力は、個人の生い立ちや性質に影響されながら発現する。
その発現の仕方は様々だが、ある事柄においては共通項がある。それは。

一個人において発現する能力は、一つであるということ。

つまり、一人の人間が二つ以上の能力を駆使することはできない。
治癒能力と物質崩壊という二つの能力を持つさゆみは、精神の中に姉人格であるさえみを内包するが故のこと。しかも、物
質崩壊という力は基本的に治癒能力の延長線上にあるものだ。
また、聖が持つ能力複写はあくまでも複写が能力の主体であり、複写した能力を同時に使用することはできない。

それができるのが、「ダブル」と呼ばれる能力者。
ただし能力者の中にダブルが発生する確率は、限りなく低い。普通に考えれば、目の前の少女がダブルであるはずがない。

757名無しリゾナント:2013/05/24(金) 18:31:38
「びっくり。まさか、あなたみたいな子に当てられるなんて」

だがその前提をひっくり返す、少女の回答。
つまり、彼女は二重能力者。

「でも、あたしは『作られた』ダブル。詳しくは知らないけど、偶発的に発現した二人の双子みたいな能力者を再現する計
画の副産物なんだって。だから選ばれなかったのかな」
「でも、あんたは一人…」
「ううん、あたしは『二人で一人』」

言いながら、高速移動と物質透過の複合技で香音に斬りかかる赤いTシャツ。
物質透過するはずの香音の右足に、薄く刀傷が走る。能力に限界が近づいて来ている証拠だった。

「ごめんね。あなたたちを倒さないと、上の人たちが認めてくれないんだ。あたしたちは『リゾナンターに勝った』勲章を
掲げて、もう一度立ち上がる!」

姿を消しつつの、高速移動。
その軌道上には無防備の衣梨奈が。

「えりちゃんっ!!」

身を挺して衣梨奈の前に飛び込んだ香音が、凶刃の前に倒れる。
その行動、そしてその意味。
衣梨奈は自分を押し殺し、標的にピアノ線を絡ませる。

「こんなもの、すぐに物質透過で」

拘束から逃れようと、自らの能力を使おうとする赤い少女。
しかし、うまくいかない。何かが、頭の中に入り込んでバランスを崩している。

「へえ。あんた、本当に『二人で一人』やったんか」

二人で一人。作られた「ダブル」。
赤い少女は、元々双子だった。それを、科学の手によって「一人に」された。それを実現したのは、双子ならではの和合性。

「でも、衣梨は得意やけん。空気読まんで割り込むの」

衣梨奈が、ピアノ線に力を込める。
線を伝って少女の脳に達した精神破壊の力は、抵抗する暇も与えずに少女の意識を吹き飛ばした。

758名無しリゾナント:2013/05/24(金) 18:33:00
「みーこ!森ティ!!」
「くっ、この邪魔な結界さえなければ」

結界に阻まれ、二人の仲間が倒れてしまった。
ままならない状況に、歯軋りする明梨。
そんな時。青色の少女が、大声を張り上げて結界に向かって突っ込んでいった。

「まぁな、何を!」
「うおおおおおおっ!!!!」

まさに、捨て身の行動。
張られた糸を掴み、引きちぎり、そしてその糸に絡め取られる。
もちろん、糸に触れた瞬間に衣梨奈の精神破壊能力が走り、少女の脳は焼き切られるような痛みに襲われた。だが、その行
動が、道を切り開く。

結界を無理やりな方法で打ち破った後に、青の少女がゆっくり振り返り、微笑む。
やってやったぜ、とでも言いたげな表情、しかしそれは与えられた精神的なダメージの底へと沈んでゆく。あまりにも、大
きな犠牲。

残っているのは、自分一人。
けれど、勝利にたどり着く架け橋を仲間たちは作ってくれた。
その思いが、明梨に力を与える。

電光石火の攻撃とはまさにこのこと。
全速力で向かってくる黄色い影、聖たちは後方の結界に頼っていたせいで防御の体勢が取れない。
まずは厄介なピアノ線を再び張られる前に、衣梨奈の腹に正拳。突き抜けるような衝撃に、膝をつき倒れる衣梨奈。

その隙を突こうと横から襲撃する春菜だったが、正拳の姿勢からの手刀をまともに喰らってしまう。緑の少女の攻撃により全
身にダメージを負っていた春菜は、痛覚を消す間もなく痛みに悶絶し転げた。弱っていたとは言え、僅かな時間で衣梨奈と春
菜を倒してしまった。

「…空手、続けてたんだね」

最早、五体満足なのは自分しかいない。
戦うと覚悟は決めていても、どうしても目の前の相手との幼い記憶が邪魔をしてしまう。
それが、言葉にも表れていた。

759名無しリゾナント:2013/05/24(金) 18:34:04
☆ ☆ ☆


「じゃあ、あたしがアミュレットスペード!!」
「いろはねえ、クローバー!」
「えっと、ダイヤがいい」

年齢も学校も違うけれど、四人はいつも一緒だった。
集まると必ずやっていたのが、当時流行したアニメごっこ。トランプの柄を模した四人の少女が活躍するシチュエーション
は、まさにごっこ遊びにはぴったりだった。

「聖は、どうしよう」

裕福な家庭に生まれた聖は、環境のせいかこの三人が最初の友達らしい友達であった。だからなのか、もともと遠慮気味な
性格がさらに加速する。四人の中で一番目立つ、ハート役を自らやるということが言えなかったのだ。

「聖は、アミュレットハートやりなよ。だって何かせくしーだし」
「えっ、そんな…」

そんな聖を見かねて、一番の年長である明梨が助け舟を出す。
聖はと言うと、突如として言われたせくしーという言葉に顔を赤らめていた。

四人は近所の喫茶店の側で、必殺技を出しあったり、喫茶店から出てくる太ももが好きそうなおじさんを仮想敵に見立てて
やっつけたりして一日中遊んだ。

760名無しリゾナント:2013/05/24(金) 18:35:53

☆ ☆ ☆

「よく一緒に、遊んだよね」
「もう昔の話だよ。あたしは能力研究所に引き取られ『エッグ』とかいう計画の中に組み込まれた。そして何でかは知らな
いけど、聖はリゾナンターになった。もう、昔の関係には戻れない」

やはり、突きつけられる現実。
覚悟を決めたはずなのに。聖はまだ、自分の心が揺れていることに気づいていた。
それでも、前に進まなければならない。

「なんで。なんで聖たちと戦おうとするの?一体何の意味が」
「意味ならある。リゾナンターと言えば、少人数であのダークネスに立ち向かった伝説の集団。警察の特殊部隊に入り損ね
たあたしたちが目指すには格好の目標じゃないか」

問答無用。
その意志が、ヤァ!という掛け声とともに聖に向かってくる。
念動弾で応戦しようにも、その間合いすら与えない。

至近距離から繰り出される、中段蹴り。
咄嗟に腹を庇う聖だが、そのガードごと蹴り飛ばされる。
強烈な痛みと、腕に響く嫌な音。蹴りの威力で両腕が折れたのだ。だが、聖の治癒能力がそのダメージを回復してゆく。

それでも、聖の圧倒的な不利な状況は変わらない。
相手は、肉体強化能力を使用した空手の使い手。鍛え上げられた肉体に対して、近接攻撃に向かない聖が太刀打ちできるは
ずもない。
彼女に残されている攻撃のカードは、大きな間合いを必要とする念動弾のみ。いや、正確に言えば風を使う能力があるのだ
が、あくまでも「傷の共有」とセットの危ういもの。

使わないって、決めたんだから…

それは聖の意地でもあった。
絵里との思い出の絆をなるべくなら、人を傷付けることには使いたくない。

ならばどうするか。
今保有している「念動弾」を、別の能力に書き換える。問題は、何を上書きするかだ。
春菜の五感強化。威力を三分の一にされては意味が無い。衣梨奈の精神破壊。精神系の能力は複写のリスクが高い。香音の
物質透過。防御においては使えるかも知れない。ただ、彼女が倒れている場所は聖の位置から離れ過ぎている。

761名無しリゾナント:2013/05/24(金) 18:37:20
「もう立ち上がれない?でも、あたしは容赦しない」

こうしている間にも、明梨はとどめを刺そうとこちらへ近づいてくる。
この状況において取れる行動はただ一つ。至近の能力者の能力を複写するしかない。それが例え、敵の能力であったとしても。
聖はゆっくりと、倒れている対象へと手を伸ばした。

明梨が、走り出す。
倒れている聖に、確実に一撃を与えるために。
しかし振り下ろされた拳は聖の体を通過し、地面を抉った。

「なにっ!?」
「…危なかった。もう少し遅かったら、やられてた」

何事もなかったかのように、立ち上がる聖。
土壇場で聖が複写した能力の持ち主、それは衣梨奈に倒された赤Tシャツの少女のものだった。

「物質透過…所詮一時凌ぎの小手先の能力でしょ!」

再び明梨が襲いかかる。
聖の複写能力はオリジナルの三分の一しか威力を発揮できない。
しかし、他の力と連携させれば話は別。

聖の姿が一瞬、掻き消えたように見えた。
背後に強い衝撃。痛みで倒れそうになる体を、明梨は懸命に支える。
いつの間にか、念動弾を浴びせられていた。
捉えられなかったのだ。聖の、目にも止まらぬ動きを。

「うそ…聖、四つ目の能力が、使えてる?」

聖本人ですら予想がつかなかった、四つ目の枠の開花。
からくりは「作られた」ダブルである赤いTシャツの少女の能力を複写したことにある。
複写した能力は二つで一つのダブルが故の能力である「物質透過」「高速移動」。
本来ならば、そのうちの一つが元から保有している「念動弾」の能力を上書きするはず。そうならなかったのは、あくまで上記
能力が一つ分として聖に複写されたから。

762名無しリゾナント:2013/05/24(金) 18:39:02
ただ、あくまでも聖の中に入るのは二つの能力。
器は一つだが能力は二つ。必然的に一つは器から溢れ、もう一つの器があればそこに流れ落ちる。

「攻撃が当たったくらいでいい気になるな!!」

ダメージを抱えながらも、明梨の攻撃は止まない。
だが、その腕から放つ剛拳も、繰り出す足技も、聖の物質透過能力の防御を突き抜けることはない。その間も、念動弾による
攻撃。
ヒット&アウェイを繰り返すことで、ついに明梨の片膝がついた。
それでも、彼女の闘志が燃え尽きる事はない。

「くそ・・・!!」
「ねえ明梨、もうやめよう?」
「ふざけるな!ここであたしが退いたら、倒れた仲間たちの意志を無駄にすることになる!!」

そんな姿を見て、聖は思い出す。
かつて自らが経験したことを。
心の中の、思い出を。

763名無しリゾナント:2013/05/24(金) 18:40:34
>>756-762
更新終了
代理投稿お願いします

まとめきれなかったので次回に続きます(汗

764名無しリゾナント:2013/05/25(土) 07:34:16
行ってきやした
仲間のために結界を特攻で破るような熱い展開はベタだけど好きだ
…問題は自分が生田の結界で考えてた話とエラかぶりだということだがまあほとぼりの覚めた頃にパl(ry

765生活必需品l:2013/05/25(土) 09:56:30
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766名無しリゾナント:2013/05/25(土) 18:26:18
 ―― ―― ―

工藤が叫ぶ、焦燥の色を露わにして、佐藤は泣いていた。

 「まーちゃん、田中さんを呼んできて!ハルが引きつけてる間に早く!」
 「ヤダ!くどぅーも一緒に来てよ!」
 「バッカッ!あの人にはこっちの思考が分かるんだよ!
 まーちゃんを追っかけられたら意味ないじゃんか!」
 「ヤダヤダ!くどぅーも居なくなるなんてヤダぁ!」
 「大丈夫、死ぬつもりなんてないから、ほら早く!」
 「くどぅー!」

譜久村聖が【能力複写】によって後方支援、だが"光"の
【精神感応】と【瞬間移動】の二重発動によって全て無効化。
追撃の拳に成す術もなく、その身体を地面に伏した。

 ――どうして

前方の生田衣梨奈は怒りに任せて【精神破壊】を暴発、"光"に幾度か
その砲撃を浴びせたが、肉体的限界を越え、意識を失った。

 ――どうして

鞘師里保が隙を狙って"光"に追撃を試みたが、意識を失った
生田の身体を盾にされ、【光使い】に呑みこまれようとしたところを
鞘師の腕を掴んだ鈴木香音の【非物質化】によって回避。
だが【瞬間移動】によって迫っていた"光"の強襲を喰らい、鈴木は倒れた。

 ――どうして

767名無しリゾナント:2013/05/25(土) 18:31:09
道重さゆみが【治癒能力】で4人の回復を図ろうとした時、"光"が
【光使い】を行使、飯窪が【粘液放出】によって軌道を変え、石田亜佑美の
【加速】によって場所を移動。
工藤遥による【千里眼】で戦果の拡張を試み、"光"の行動を予測する。
これによって佐藤優樹の【瞬間移動】で鞘師の【水限定念動力】を"光"に叩きつけた。
その行動に費やした時間は、約6秒。

 ――どうして

刹那、"光"は、鞘師のチカラを利用して、道重と飯窪、石田の三人へと
【瞬間移動】で水の軌道を"移動"させる。
絶望的な状況下の、彼女達による精一杯の作戦でも【精神感応】を行使されては
それは彼女への有利な結果に書き換えられてしまう。
水圧によって地面に叩きつけられた三人は動かなかった。
鞘師は捨て身とでも言うように刀を引きぬいたが、動揺が刃に震えを起こさせる。
最初の一太刀を浴びせる前に、眼前に現れた"光"の猛攻によって地に伏した。

 ――どうして!!

"光"を見つけたらすぐにその場から逃げろ。
田中にはそう言われていた。
言われていた筈なのに、リゾナンターは挑んでしまった。
裏切りの"光"に、それでも微かな希望を捨て切れずに。

佐藤には関係の無い光だった。
田中には大切な光だった。
それだけ。
それだけの違いの中、その大切だった人達の心が、『リゾナンター』に在った。

768名無しリゾナント:2013/05/25(土) 18:31:42
どうしてこの人は、こんな事をしているのか。
だってこの人はたなさたんの。
片膝をついて下を向いている田中の代わりに、佐藤は見上げた。
 
 心の中が、疼いた。

今の自分の心が嫌いだとか怖いだとかいう感情とは違っていた。
性質からして違う。
"光"には、何も無かった。口元も頬肉もぴくりとも動かない。
歯を食いしばっているわけでも、感情があまりにも、皆無。

 この人は、たなさたんが嫌いなの?でもたなさたんはこの人が。

"光"は田中のことを見下ろしていて、佐藤の方には一瞥もくれない。
佐藤が食い入るように見上げているのに、完全に無視している。
佐藤は思考する、考えて考えて考えて考えた。
何かをしなければ。自分も何か、工藤のように何かしなければ。

 「あ、あの、あのっ……」

唇が震えて、どもる。唇を湿らせて、再び声を発する。

 「どうして、たなさたんをなぐるの?くどぅーやはるなんや、あゆみんが
 そんなに、きらいなの?そんなに…ころしたいほどきらいなの…?」

769名無しリゾナント:2013/05/25(土) 18:32:15
その時初めて、初めて、"光"が、動いた。
田中に向けられていた視線が、初めて、佐藤に向けられたのだ。
血の気が薄い、虹色の線が並んだ白い肌に澱んだ黄金の両目。
その、全く動かない目の下で、頬肉がゆっくりと持ち上がる。

笑った。

声も息も漏らさず、喉も震わせること無く、笑った。
恐ろしい笑顔だった。佐藤は目を見開く。

 「たのしいの?ころすのがたのしいの?
 そ、それならほかの人でもいいじゃない。たなさたんよりも悪い人いっぱいいるよ。
 たなさたんはわるくない人だもん悪くないもん!なんでひどいことするの!?」

田中が探していた『高橋愛』という女性と同じ顔をした"光"を必死で
睨みつけながら、佐藤は叫んでいた。
佐藤は気付かない、自分の存在がどれほど目の前に居る"光"の行動を妨げているか。
笑顔は無かった、だが最初に見た何も無い表情とも違う。
何かが、あるような気がした。
佐藤はそれを読みとろうと瞬きをした時、田中が唐突に立ちあがった。

同時に、田中の腕が異様な感触なのに気付く。
その拳が青い光を放ったまま下から突き上げられ、"光"の顎を直撃。
鈍い音、だが肉体を殴ったものとは違う、田中の腕が変容しながらも
止まらずに振り抜けられ、"光"が一歩後退したところに、田中が一歩踏み出す。
踏みだしながら腰を捻り、直角に曲げられた肘が後方に引かれて打ちだされる。

770名無しリゾナント:2013/05/25(土) 18:32:49
佐藤は地面に座り込んだまま、その光景を見つけていた。
殴られてばかりいた田中が殴り返し、その拳が当たった。
だが、その拳が、佐藤の両目に衝撃なものとして映る。
いつもぶら下がっていた冷たくも暖かいその腕。手を握ってくれたその掌。

 黒。

赤黒い血管を並べた、黒い皮膚の手。
暗闇に溶け込んでしまいそうな黒を彩るのは黒い、滴る水。
黒い水、黒い血。

 「たなさたん…?」

うわ言のように田中の名前を呼ぶ佐藤は、その顔を覗きこもうとする。
頬に触れると、柔らかい肉の感触が返ってきた。
しかし指先に触れたのは、ぬめりのある温かい液体。
驚いて手を引き、指先を見る。
そこには黒い水が付着していた。それは血のような、涙。

 「たなさたん…っ」

青い燐光の瞳から流れる、黒ずんだ涙。

 「れいな、行きなよ。今は生きなきゃダメだよ、その子を生かす為にも」

後藤真希の声が、聞こえた。
田中は佐藤の腕を引っ掴むと、"光"のある場所から反対方向へと走る。

771名無しリゾナント:2013/05/25(土) 18:33:47
 「佐藤、チカラ、使える?」
 「う…はい」
 「じゃ、行こう。佐藤、生きる為に、逃げよう」

声が、響く。
田中は生き延びる為に。佐藤を生かす為に、"跳ぶ"。
強迫観念のようなものは、今では薄くなっていた。
"隔離"されていた場所から、田中れいなと佐藤優樹の気配が消える。
後藤はi914にまるで挨拶するように語りかける。

 「や、久し振りじゃないけど、久し振り。元気だった?
 まあ、会うのは分かってたけど、ずいぶんと進行はあったみたいだね。
 …それもそーとー歪んだらしい。憎悪と愛情の区別ができないくらい。
 君がまだ、そうやってあの子達に固執してる間に、結末が来るのを祈ってるよ」

そう言って、後藤は"隔離"の外へ、姿を消した。
後に残ったのは、人間のような人間ではない存在だけが佇む亜空間。
その存在が呟く言葉は、空虚な世界に溶けるだけだった。

772名無しリゾナント:2013/05/25(土) 18:37:53
『異能力 -Feel of afterimage-』
以上です。

今日かられいなのバスツアーですね。
なんでも夕食のときにメイド姿で出て来たらしく
その話を聞いた時にリゾスレを思い出すくらいにはここの住人だとオモタ。

773名無しリゾナント:2013/05/25(土) 18:38:53
-----------------------------ここまで。

今回は少し長くなりました…。
なので余裕がある時にでも代理をお願いしたいと思います。

774名無しリゾナント:2013/05/25(土) 21:52:09
>>764
代理投稿ありがとうございます。
代理様の被り設定が本スレに投下される日を楽しみにしていますw

というわけで大作の後に空気を読まずに続きを投下します。

775名無しリゾナント:2013/05/25(土) 21:56:32
>>237-244 の続きです


☆ ☆ ☆

ほんの些細な諍いだった。
いつもの遊び場ではじまった、聖と明梨の言い争い。
回りくどい聖の言葉は、かえって相手を苛立たせる。
ついに明梨が大声をあげて飛び出して行ってしまったのだ。
追いかけようとする聖、しかし途中で路上の凹凸に足を取られ、転んでしまう。膝は大きく擦りむけ、血が滲み
出ていた。傷の痛みと、心の痛み。聖は、大声をあげてわんわんと泣き始めてしまった。

「どうしたの?」

すると、背後から声をかけられた。
振り向くと、自分より年上のお姉さんが心配そうな顔をして立っている。
聖は、その女性に見覚えがあった。遊び場の近くにある喫茶店に出入りしている女性だ。

「うわ、膝擦りむいてるじゃん。うちに来なよ、手当てしてあげるから」

言われるままに連れて行かれ、例の喫茶店に入る。
こじんまりとした、けれども雰囲気の良さそうなお店。実は聖も一度この喫茶店に入ってみたかったのだった。
店内の人たちは、連れて来られた珍しいお客さんに興味津々。

776名無しリゾナント:2013/05/25(土) 21:57:45
「絵里。ねえ、その子は?」

カウンターの中で皿洗いをしていた女性が、物珍しそうに聞いてくる。

「えへへ、怪我してるから連れてきちゃった」
「連れてきちゃったって。あんたねー、ちっちゃい子を勝手に攫っちゃだめでしょうが」

カウンター席に座り帳簿らしきものをつけている女性が、呆れ気味にそんなことを言ってきた。

「まっさか。さゆじゃないんだから。って言うかさゆは?」
「お買い物。ちょうど食材切らしててさ」
「道重サンは、料理できナいかラ買出し係ダ」
「食っタラ、腹壊ス」

窓際の席に座っていた、大きい女性と小さな女性。
おかしなイントネーションで、楽しげにそんなことを言っている。

「そっかぁ。じゃあしょうがない。普通に手当てしますか。愛ちゃん、救急箱ー」
「あんた、もしかしてさゆみんの能力使おうとしてたってこと?」

呆れ顔をしている女性、しかしカウンターの中にいた店主らしき女性は店の奥から救急箱を取り出して、聖を助
けてくれたお姉さんにそれを渡す。

「ま、そういうのも人助けのうちだからね」
「さっすがリーダー、話がわかるね。そいじゃ2階にいこっか。大丈夫、ドクター絵里に任せなさいって」

このお姉さんの名前は、えりって言うんだ。
小さい聖にとって、突如現れた年上のお姉さんはとても頼もしく見えていた。
それが聖と絵里の、最初の出会いだった。

777名無しリゾナント:2013/05/25(土) 21:58:44
絵里に連れられ、2階に上がる聖。
部屋の真ん中のソファーで、ヤンキー風の女性がヘッドホンで音楽を聴いていた。

「れーな、ちょっとこの子の手当てしたいから」
「…わかった」

ヘッドホンをしてるはずなのに、絵里の言葉はれーなと呼ばれた女性に伝わっていた。
気だるそうにソファーから起き上がり、ベランダへと出て行く。

「どうしてあの人はお姉さんの言葉がわかったんですか」
「んー、仲間だから。じゃないかなあ。あはは」

傷の手当てをされるがままに、聖は自らの身の上を絵里にぽつりぽつりと話してゆく。
絵里の可愛らしい声は、少女の心を開くには十分な魔力を持っていた。

「そっか。お友達と喧嘩しちゃったんだ」
「はい。けんかなんか、したくなかったのに」
「聖ちゃんは優しいんだね」

言いながら、聖の傷を消毒する絵里。
消毒液の、ひやりとした痛みが肌を伝わる。

「痛っ」
「でも本当の優しさは、痛みを伴うこともある」

得意顔で話す絵里。ただ、幼い聖にはそれが何を意味するかは理解できない。
ちっちゃい子にはまだ難しかったかなー、などと絵里が言っている間に誰かが階段を登ってくる音が聞こえてきた。

778名無しリゾナント:2013/05/25(土) 22:00:04
「さゆおかえり」
「絵里ただいまー、って!!何その子、かわいい!!!」

現れた黒髪の女性は、手にしていた買い物袋を放り出して聖にかぶりつく。うわぁやっぱ子供の肌ってすべすべ
だねえ。など妙な触り方をしてくる女性に多少の恐怖を覚えつつも、されるがままにしていると突然絵里が大声
をあげた。

「そっか!わかった!!」

そしてやおら立ち上がり、ベランダにいた先ほどのヤンキーを引っ張り出す。

「ちょ、ちょっと絵里何しよう!」
「いいからいいから」

そして今度はもう一人の女性に近づき、無理やりその肩を寄せる。
もう片方の手でヤンキー風を捕らえているので、絵里は三人のちょうど真ん中にいることになる。

「ね、一見タイプが違う絵里たちだけど仲良しでしょ。それはね、三人がそれぞれ痛みの向こう側の本当の優し
さを知ってるから」

779名無しリゾナント:2013/05/25(土) 22:01:02
論より証拠。
嫌がる二人を無理やり引き寄せ「俄然強め?」などと悦に入っている絵里は本当に楽しそうだ。他の二人も迷惑
そうな顔をしつつも、満更ではない様子だ。

「だって、うちら最強だもんね」
「うーん、最強かって問われたらそうなのかも」
「ま、れなたち最強やけんね」

きっとこの人たちは痛みを乗り越えて、今の関係を築いてきたのだろう。その関係の中心に絵里がいるように、
聖には感じられた。

翌日。聖は明梨にはっきり、自分の考えている事を伝えた。
まっすぐで、不器用な言葉だったけれど。
二人の仲は元通りになった。

それから、聖はことあるごとにその喫茶店に足を運ぶようになる。
ただ、喫茶店に集う女性たちの素性を知ることになるのは、それからしばらく経った日のこと。

780名無しリゾナント:2013/05/25(土) 22:01:35
☆ ☆ ☆


「次で最後だ!あたしは、あたしたちは絶対に負けられない!!」

明梨が、大きく叫ぶ。
そしてその勢いのままに、こちらへと突っ込んできた。
聖は避けることなくその場に立ち、そして。
物質透過で相手がすり抜ける瞬間に、ありったけの念動弾を放った。
体の内側から弾を受けた明梨は、体のバランスを崩してその場に倒れこむ。

地面に横たわってる明梨のそばに近寄り、しゃがみ込み聖。
そして、そっと左手を差し出した。
それを見た明梨が苦しげに、けれども大きな声で叫ぶ。

「何度も、何度も言わせるな!!あたしたちは」
「わかってるよ」

言葉の先を、聖の意志が塞ぐ。
相手の気持ちを受け止めるのもまた、優しさ。

「だから、待ってる。向かってきたら、戦う。でも、この手を握ってくれるまで、聖は待ってる」
「勝手に、しなよ…」

否定なのか、諦めなのか。
答えを出す事すら拒否するかのように、明梨は瞳を閉じた。

781名無しリゾナント:2013/05/25(土) 22:03:24


日が、傾きかけていた。
街に出て優雅なランチだったはずが敵の襲来を受けてぼろぼろの四人。
聖の治癒能力である程度のところまでは回復したものの、本格的な治療は本家本元に頼まなければならないだろう。

「私たちがリゾナンターである限り、名声目当ての人たちも襲ってくるんでしょうか・・・」

春菜の言葉は、現実的な問題を露にしていた。
Tシャツの七人組のように、リゾナンターに打ち克ったという功績を挙げたい団体は恐らく他にもいる。彼女たち
はダークネスという強大な組織に加え、そういった類の連中をも相手にしなければならない。

「それだけ、大きな看板を抱えてるんだろうね」
「大丈夫、大丈夫」

プレッシャーに苛まれる香音を、衣梨奈がお気楽に励ます。
リゾナンターになったばかりの衣梨奈はまだ、精神がひ弱だった。程なくして入ってきた後輩の佐藤優樹に励まさ
れてしまうくらいに。
それから比べると、随分逞しくなった。自らもマイナス思考に走りがちな聖にとっては、そういう意味では非常に
頼りになるパートナーだ。

782名無しリゾナント:2013/05/25(土) 22:04:16
「衣梨奈がいれば、リゾナンターは安泰やけんね」

お約束のエーイング。
何でよー、元気に抗議する衣梨奈を見て、笑いが起こった。

「でも、えりぽんの言うとおりだよね。だって、聖たちは最強だもん」
「最強、ですか?」
「聖ちゃん良い事言うじゃん」
「みずきー、おいしいとこ取りすぎ。でも、賛成!」

今は仲間内だけの合言葉に過ぎないのかもしれない。
けれど現に、聖は今回の戦いで少しだけ、自分を成長させることができた。
偉大な先輩たちのように、いつかは胸を張って言いたい。

自分達が、最強だということを。

そんな聖の決意を知ってか知らずか。
下がりかけた太陽は、力強く四人を照らし出していた。

783名無しリゾナント:2013/05/25(土) 22:05:34
>>775-782
更新完了
お手すきの時に代理投稿お願いします

784名無しリゾナント:2013/05/25(土) 22:08:10
―――――――――――――――ここまで

番外編のくせに長い・・・
フクちゃんの過去だったりれいな卒業に合わせ6期の絆を書こうとしたりで詰め込みすぎましたw
次回からは「番外編はさくっとシンプルに」を合言葉に頑張ります

785名無しリゾナント:2013/05/26(日) 12:14:00
>>773
とりあえず『異能力』の方は転載完了
『リゾナンターΧ』は続けてだとさるさんに引っかかるので夕刻にでも

786名無しリゾナント:2013/05/26(日) 20:31:22
>>784
終了〜

>番外編のくせに長い・・・

長かったですねホント
まあしかし全登場人物を動かしきってたから冗長とか感じなかったです

787名無しリゾナント:2013/05/27(月) 22:53:26
一通りの準備。
それは"最期の戦い"の準備だけではない、母親への小包を作っていた。
大事なものは、常に自分の側に置いておくか、自分の信頼する誰かに
預かってもらうのが良いと思っている。
しかし梱包して伝票に住所を書き込んだあと、本当にこれを送っていいのか迷った。
小包だけでは心配だろうと手紙も書いたが、下書きしてみたら遺書にしか
見えない内容になってしまったことで苦笑してしまう。

急いで清書をしてみたものの、結局内容は同じだった。
書き直したかったが、これ以上時間をとってもいられないのでそのまま封筒に入れる。

自分が子供らしくない子供であった事を思い出す。

普通の子供よりも大人として"養成"された事によって、早い老成を始めたのかもしれない。
今起こっていることが全て解決し、その時自分が本当に「銭琳」として生きて
いられたなら、母に会いに行こう。そして…父にも。

 "彼女"もやがては親と向き合わなければいけない。
 自分とは違う意味で、その時自分は、何かしてあげることは出来るだろうか?

銭琳は再び日本へ行くことを決意した。
国家権力執行機関『刃千吏』の任務ではない。自身の"業"のようでもあるが
全てにおいて「行かなければいけない」という観念のようなもの。

 李純の暴走は予期していなかった事ではない。
 だがあの人が彼女を止めるのは予想外だった。
 御神体を守る者としての責務は、自身にあると思っていたから。

788名無しリゾナント:2013/05/27(月) 22:54:28
i914の表情はまるで、機械の其れ。
全ての感情が拭い落とされているその顔。
無気力に見える黄金の目。
だが、一見虚ろなその瞳には、異様な輝きもまたあった。

視線は真っ直ぐに李純の目を見つめている。
彼女の眼球がめまぐるしく動いて周囲を見ていようとも、ただ静かに。
ぴくりとも動かない瞼に眼球。
瞬きというものをしていないようだった。

 李純の【獣化】による被害者は全てダークネスの構成員だった。
 まがいものの彼らは人間では無い。
 "人間ではないものを彼女は好んで殺していた"。

i914に対して彼女は落ち付かなさそうにしている。
まとわりついている鬱陶しいものを払おうとでもするように、大熊猫
の姿だった李純は笑ったように歯茎を剥きだす。
その虚勢にも似た笑いを浮かべ、彼女は動いた。
四本の足で地面を蹴ると、右手の爪にぐっと力を込めて、それを
i914の首筋に打ち込もうとした。

i914は手を上げてその爪を遮ったかと思うと、腕に巻き込むように掴んでくる。
何をされたのかもよく分からない内に、視界が一回転していた。
李純は自分が投げられており、このままでは脳天から地面に叩きつけられる
ということを理解する前に、背中から足へと力をこめ、無理やり上体を
起こして足から地面へ着地する。

789名無しリゾナント:2013/05/27(月) 22:55:01
殴り合い、噛みつき、引っ掻く、そういう戦いしか経験のない彼女にとって
先ほどのような『技巧的』に投げられたことが無かった。
i914が前進する。
歩いてくる。
李純も倣うように前進する、背丈は二十センチも違う二人が対峙する。

思考は無い。考える事の迷いなど、この二人の間には存在しない。
躊躇いは皆無。
大熊猫が噛みつく為に口を開けた瞬間、i914の拳がその中に飛び込む。
牙を突き立てようとしたが、その硬さがヒト型のそれではない。
岩や鉄よりも硬い、顎に力を入れても、その拳が勢いよく空へと掲げられる。
同時に『大熊猫』の肉体も軽々と持ちあがり、呻きが上がった。
腕が大きく後方へ振られる。

 「ジュンジュン!」

銭琳は思わず叫んだ。地面に叩きつけられる行動だったからだ。
その声が合図のように、大熊猫は口を開けるとi914の拳を放し
身体を捻って四肢を地面に向ける。
だがその時にはi914が眼前に入り込み、顎をつま先で蹴りあげられた。

がつ、という音が、顎の骨を伝わって耳に送りこまれる。
脳震盪が起こった様に視界が黒く塗りつぶされた。
そこに今度は肩先に蹴りが入り、更には頬骨を、そしてとどめとばかりに
高々と上がった踵が脳天を直撃し、意識を失いそうになって倒れ込まされる。
だがそれを許さずに胸を軽く掌底で打たれて仰け反る羽目になった。

以前、新垣里沙が見せてくれた運動性能に酷似した動きだ。
筋肉、関節、重心運動――― 人体という機械の性能を限界まで使用した体術。

790名無しリゾナント:2013/05/27(月) 22:55:44
大熊猫の頭をi914が掴み上げ、黄金の"光"が身体を包んでいく。
【光使い】と呼ばれた"あの人"の特徴であり、殺意の象徴。

 「i914はチカラを使えば使うほど強くなる。
 それが"経験"として蓄積され、感情エネルギーとなって行使できるからだ。
 田中れいなの【共鳴増幅】はかなり動力源になっただろうさ。
 まさに呪いだよ。原初の呪い、絆は線となり、お前らを縛りつけた。
 "共鳴"のチカラが、お前らを死に近づけて行く」

事実を、銭琳は認識する。
自分が弱く、目の前で李純と対峙するi914が強い。
この目の前に居るi914を、自分が殺すことが不可能に近いという事。
敗北。
死。
他者の死は酷く身近なものだった。ヒト型の存在をその手にかけてきた。
『刃千吏』の歴史もまた、血に汚れている。
i914、"あの人"と同じ顔を浮かべる存在は血に濡れている。

強い。だが、違和感があった。
その強さは、その破壊はどんな願いから生まれている?
人型として、精神を人外のソレまでに進化させ、深化させる為の目的はなんだ?
必ず意味がある。意味のない強さは存在しない。
特にi914が欲したのは、蓄積された感情なのだから。

生みだしたダークネスの心中に隠れた闇は、何だったというのか。

791名無しリゾナント:2013/05/27(月) 23:02:50
『異能力 -Soul to return home-』
以上です。

今日久し振りにリンリンのブログを見ました。
コスプレよりもメイクに目が行ってしまった…。

792名無しリゾナント:2013/05/27(月) 23:03:47
---------------------------ここまで。
いつでも構わないのでよろしくお願いします。
それにしても暑い…何か怖いものでも書きたいですねえ。

793名無しリゾナント:2013/05/28(火) 07:57:58
>>792
行ってきやした
血の気も凍りそうな話も期待

794名無しリゾナント:2013/05/28(火) 10:32:39
代理投稿ありがとうございます!
怖い系になるとオチを考えるのが大変そうだなあと常々。

795名無しリゾナント:2013/05/28(火) 21:29:56
ケーキを食べる。モシャモシャと食べる。
フォークの先についたいちごを食べる。酸味がした。
サイダーを飲む。シュワシュワと小粒の泡が浮かぶ。

第三者の目線。傍観する視線。
何処となく自分は、そういう目をする事が多いのだろうか。
自分の誕生日だから嬉しい部分もあるのに。

生まれた日を大切にする、祝ってくれる仲間が居る。
この世界では、身近にそういう子達がたくさん集まっていた。
それに疑問は持たない。
ありがとう、それを呟けば皆は笑って、自然と空気が温まる。

お皿に詰まれていたケーキが無くなって、テーブルから
別のものを持って、モシャモシャと食べる。
隣から佐藤優樹の声が聞こえた、ゲームをしようと誘ってくる。
先ほどから工藤遥や小田さくらと一緒に遊んでいたのに。
その二人も自分を見て手招きしている。

食べてるから後でね、とやんわり断ると、今度は生田衣梨奈
が隣から話し始めた。
そこに鈴木香音が笑いながら低い声で突っ込んで、譜久村聖
が生田を宥めてそこへ佐藤と小田が皆も遊ぼうと誘ってきた。

隙間がないようにしようとでも言う風に、言葉の風が舞っている。
賑やかしい。うるさいほど騒がしい。
誕生日ではなくても見慣れた光景だ。
視界の中にはさまざまな色が彩る。心地は悪くない。

796名無しリゾナント:2013/05/28(火) 21:30:37
食べて、食べて、食べる。お腹がすいていた訳ではない。
大食らいという訳でもない。
ケーキの甘さが口に広がる、感じる。

何を感じたい。何を想っていたい。

 だって、いつでもって訳じゃないから

心の奥でそう呟く誰か。
皮肉な笑顔を浮かべた誰か。サイダーを飲む。
しゅわしゅわとした炭酸が広がる、ぶつぶつと消えていく泡を感じる。
消えていく。面影を消して、また一つ生まれ変わる。

それが自分なんだ。何もない水面の上で、佇んで、生まれ変わる。
それは自分?それとも鞘師里保と名前を付けられた誰か?

 みっしげさあん、やすしさんが寝ちゃいましたー

佐藤の声が遠くの方に聞こえる。
手の中にあった箸だったかフォークだかの感触とお皿の存在が消える。
眠った直後を鞘師は覚えていない。
意識を失うように瞼が落ち、闇が浮かんだ。

 悲しいときや気分が沈んだときは、甘いモノが良いんだよ
 だって、ほら、おいしいケーキやクッキーを食べるとなんだか
 幸せな気分になるでしょ?だから、幸せの味なんだよ

797名無しリゾナント:2013/05/28(火) 21:31:22
甘い匂いがする。
ケーキの味がする、自分の存在を祝ってくれた幸せの味がする。
サイダーの味がする。
しゅわしゅわと柔らかく、静かな時間を包んでくれる味がする。
手が伸びる、暗い底で、幸せの味を探るように。

 目が覚めた時、喧騒のあとの静かさがあった。

疲れて眠ってしまった後、寝息がそこら中から聞こえる。
むくりと起きあがって、周りを見渡す。
目が慣れてきて2階の住宅スペースということに考えが至ると
喉が渇いていることに気付き、1階へ降りると、電気がまだ付いていた。

見ると、カウンターの所で道重さゆみがパソコンを見ている。
慣れた手つきで操作する機械音が響く。
手で顔を支えるような仕草で、食い入るように。
途端、道重がこちらに気付いた。

 すみません、途中で寝てしまって
 いいよ、りほりほ、昨日も遅かったしね
 なにやってるんですか?
 撮ってた写真をちょっとね、あとで見せてあげるから寝てていいよ

甘い匂いが微かにした。
残照が残る店内。どこか歴史のある世界。其処は、居るべき場所。
道重が一人で佇む。そうなってしまった世界。

798名無しリゾナント:2013/05/28(火) 21:32:09

 道重さん、どうぞ
 え?あ、ありがとうりほりほ
 無理しないでくださいね
 どうしたの?なにかあった?
 いえ、私も、こうやって入れれるようにならなきゃって思っただけです

ココアの匂いが漂う。
生まれ変わるように別の幸せを浮かべる。
浮かべれることが自分のできることなら、やり遂げよう。



 やすしさーん、ほら、可愛く撮れてますよ

翌朝、道重の見せてくれた写真の中で、佐藤の持ってきた一枚。
顔面をクリームで真っ白にさせた自分。なんて不器用な笑顔だ。
口の中にまだ残っているような甘い匂い。
サイダーを一気に飲み干した。

799名無しリゾナント:2013/05/28(火) 21:36:07
『Sweet happiness』
以上です。

何故この時に限ってリホナンターが来ないんだ…。

800名無しリゾナント:2013/05/28(火) 21:36:55
--------------------------------ここまで。

とりあえず生誕作品です。
よろしくお願いします(平伏

801ErurneGen:2013/05/29(水) 10:41:07
International Fur Association (IFTF) <b><a href="http://miumiu.biroudo.jp/#53408">miu miu 店舗</a></b>
data show that China, Japan and South Korea, fur clothing and accessories sales <b><a href="http://miumiu.biroudo.jp/#52541">ミュウミュウ 財布</a></b>
increased more than threefold over the past 10 years, in the 12 months ended April 2012 increased by 5% to $ 5.6 billion. During this period, the global fur sales rose by 3.3% to $ 15.6 billion. "Financial Times" <b><a href="http://chloe.amigasa.jp/#52189">クロエ 財布</a></b>
pointed out that despite the stagnant economic growth, <b><a href="http://chloe.amigasa.jp/#52201">chloe バッグ</a></b>
but the luxury goods sales performance since the financial crisis relatively well, such as Russia and China economies upstart consumer demand played an important role. <b><a href="http://prada.ashigaru.jp/#52155">プラダ メンズ</a></b>
International Fur Association, said that in addition to winter, <b><a href="http://gucci.amigasa.jp/#52218">ゲンテン バッグ</a></b>
fashion designers are increasingly turning to the use of fur in the spring and summer clothing design, making fur sales increase. <b><a href="http://chloe.amigasa.jp/#52201">chloe バッグ</a></b>
The CEO Mark Otten (MarkOaten,), the International Fur Association, said, despite the weak global economy, but he believes <b><a href="http://hermes.gamagaeru.jp/#45129">http://hermes.gamagaeru.jp</a></b>
that the fur sales this year will continue to rise.

802名無しリゾナント:2013/05/30(木) 23:21:42
迷惑書き込みが増えて来たみたいですね。
これは削除することは出来るのかな?

803名無しリゾナント:2013/05/31(金) 21:26:26
>>786
代理ありがとうございます。

さっそくではありますが、作品投下します。

804名無しリゾナント:2013/05/31(金) 21:28:22



円筒型の空間が、天に向かってどこまでも、伸びている。
ここは秘密結社ダークネスの地下会議場、通称「蒼天の間」。暗闇には相応しくない僭称だが、この場所を考案した人
間が名前をつけたのだから仕方が無い。もちろん「皮肉が利いててええんやない?」という首領のお墨付きではあるの
だが。

丸く囲まれた空間に配置された、13の席。
先頃復活した転移装置「ゲート」により地下深いこの場所に最初に現れたのは。

「何よ、まだ誰も来てないじゃない」

最初に席を埋めた女性が、厳しい顔をして周囲を見渡す。
時を操るものは、誰よりも時に対し正確である。ダークネスの幹部が一人、「永遠殺し」もまた機械の如くその身に時を
刻み続けていた。

「さすが『永遠殺し』!一番のりですね!!」

と思いきや、先客がいたようだ。ダークネスの幹部の中で一番の、新人。能力は瞬間移動、戦闘能力は取るに足りず、
また特筆すべき特徴も無い。なぜ彼女が幹部になれたのか、組織の七不思議の一つとして構成員の間で語り継がれ
るほどだ。

「あんたは確か…コバヤシ、コトミ?」
「あの全然名前が違うんですけど。小川、小さい川って書いてオガワです」
「そう」

805名無しリゾナント:2013/05/31(金) 21:29:24
「永遠殺し」はつまらないものを見た顔をしたあと、自らの席でゆっくりと瞳を閉じた。静寂な時間、しかしそれはす
ぐに破られる事になる。

「キャハハハハ!早いじゃん、『永遠殺し』。早起きが趣味のおばちゃんかよ!!」

彼女の登場によって、場が一気に下世話になる。
甲高い笑い声とともに現れたのは、「永遠殺し」と並ぶ組織の重鎮「詐術師」。だがその小さな体同様、彼女の言動に
は幹部らしい重さはまったくない。

「相変わらずね、『詐術師』。ビジネスがうまくいってるみたいで何よりだわ」
「いやホントホント。おいらが手がけた例の振り込め詐欺集団あるじゃん。あれが予想外に当たっちゃってさあ。上納
金が半端ないってーの!!」

下品に笑う「詐術師」。頭の中は金のことばかり、非常に判りやすい。
だが、彼女の働きが組織の大きな資金源となっていることもまた、事実。

再び、ゲートが開かれる。
現れたのは、黒いボンテージ姿の妖艶な女性。組織が誇る粛清人が一人、「黒の粛清」だ。

「あっ、お二人とも聞いてくださいよぉ!紺野のせいで、あたしひどい目にあったんです!もう頭にきちゃう!!」

言いながら、片方の足をぶらぶらさせる。
巻き付けられた包帯が、過剰なまでの痛々しさを演出していた。

806名無しリゾナント:2013/05/31(金) 21:30:40
「聞いたぜ?お前さあ、紺野にいいように利用された挙句待ち構えてたオマメに手酷くやられたんだってな」
「…自業自得ね」
「そんなあ…別にやられたって言うより、卑怯な手で騙されたって言うか。ちょっと何笑ってんのよオガワ!下っ端の
分際でむかつくわね!!」

先輩二人に冷たくあしらわれた腹いせに、下っ端のオガワに怒りをぶつける。
上に弱く、下に強い。ただし、下への当たりの強さはあまりにも苛烈だ。

「急いては事を仕損じる、ってやつ?紺ちゃんの話も聞かないでがっつくからそんなことになるんだよねえ」

そこに現れた、首に巻いた赤いスカーフが特徴的な、もう一人の粛清人。
「赤の粛清」は飄々とした、それでいて明らかに相手を見下した口調でそんなことを言う。
もちろん、言われた側が黙っているはずもなく。

「横からいきなり登場してきて、言ってくれるじゃない。あんただって始末できてないでしょ、勝ったリゾナンターた
ちを」
「そうだね。まあ、元を正せば今回は『リゾナンターへの干渉』は命令違反だけど。にゃはは」
「そ、それは!!」

「黒の粛清」は敗者である「ベリーズ」と「キュート」を。「赤の粛清」は勝者である「リゾナンター」を粛清する。
Dr.マルシェこと紺野博士の前で交わされた盟約はもともと二人の独断。成功すればまだしも、失敗しては声高に
宣言できるような話ではない。

807名無しリゾナント:2013/05/31(金) 21:32:54
「それにお前さあ、あのガキどもをよりによって警察に奪われてんだろ。そっちのほうがかなりヤバくね?」
「粛清人が粛清の対象。笑えない冗談ね」

「詐術師」「永遠殺し」に立て続けにからかわれ、黒い顔を青くする「黒の衝撃」。
しかし、

「『黒の粛清』の粛清かあ。あたしが狩っちゃおうかな?」

という「赤の粛清」の一言で頭の血が一気に上る。
先輩である二人に比べ彼女はあくまでも同格、その上同じ粛清人としてのプライドがその言葉を許さなかった。

「へえ。面白いじゃない。狩ってもらおうかしら。あんたなんかに狩れるほど、この首は安くないんだよ!!」
「…粛清しちゃって、よいのかな?」

「赤の粛清」は笑っていない。
目に見えるような殺気と殺気が、衝突する。一触即発の状況を「永遠殺し」は傍観し「詐術師」は面白がりオガワはお
ろおろしている。そんな状況を変えるものが、一人。

「そこまでにしときな。ったく朝から女同士のヒスとか勘弁してくれって」

開いたゲートとともに現れた、金髪の青年、のような女性。
そんなものは見飽きたとばかりに、席にどっかと座る。

808名無しリゾナント:2013/05/31(金) 21:34:35
「『鋼脚』ぅ、ひどいんだよ。そこのピンクバカがあたしのこと…」
「それよりも、問題はあいつがうちらを制してまで仕掛けた策をしくじった。ってことだろ」

しなを作り寄り添うが如くの「黒の粛清」を無視し、「鋼脚」が言う。あいつ、とは言うまでもなく組織の「叡
智の集積」Dr.マルシェのこと。

「そんな人間が、再びあたしたちをこの場へ呼び寄せた。納得いかないわね」

「鋼脚」の言葉に重ねるように、不満を述べるのは。
幾重もの着物を重ね着した、長い黒髪の女性。その目で未来を見通す組織の守護神、「不戦の守護者」だった。

「みんなの前で謝罪でもすんじゃねーの?おいらだったら『たぶん何かがあったんだと思います』とか言ってし
らばっくれるけどな!キャハハハハハ!!」

何がおかしいのか、自分の言ったことで更に爆笑する「詐術師」。
お寒い所業ではあるが、室内の温度が急に下がる。ゲートとともに「氷の魔女」が現れたからだ。魔女は開口一
番、あんただったら知ってるでしょ、と言わんばかりの口調でこう訊ねる。

「『不戦の守護者』さんの目で、見通せないんですか?」

「氷の魔女」は知っている。先日、紺野と接触した時に彼女が「次に繋がる良いデータは得られました」と言っ
ていたことを。しかし、あえてそれは口にしない。それは彼女自身がこの場で説明するだろうし、第一面倒だか
らだ。

809名無しリゾナント:2013/05/31(金) 21:35:51
「今のところ、見えないね。つまり、あの子は組織にとって有用な物事を進めている。けど…」
「それが何か、ってことだろ」

「鋼脚」がため息をつく。元々彼女は回りくどいことが好きではない。紺野のやり方はいかにも遠回りで、必要
の無い複雑さに塗れているようにしか「鋼脚」には見えなかった。

「だいたい隠し事が多いのよ、あの子」
「どうでもいいけどね。楽しい戦いさえ提供してくれれば」

まるで正反対の意見を述べる、二人の粛清人。
互いの考えを聞くなり、黒はあからさまに顔を背け、赤は侮蔑の笑みを見せる。

「ま、それは本人が来てからゆっくり聞いたらええ」

円卓の中央。
開いたゲートから姿を見せるのは、ダークネスの「首領」。
この大組織を今の形に作り上げた組織の長だ。

「みんな思うところは色々あると思うけど、あの子は無駄なことは決してせえへん。必ず何らかの結果を掴んで
くる。せやから私も、あの子には全権の信頼を置いてる」

形はどうあれ、円卓を囲む9人の幹部が同意する。
それだけの功績を、紺野はあげていた。先代の科学部門統括より引き継いだ人工能力者の育成、転移装置「ゲー
ト」をはじめとした諸機器の開発、そして「銀翼の天使」にかつてのリゾナンターが壊滅寸前まで追い込むこと
を仕向けたこと。

13の席のうちの、4つの空席。
一つは、隔離施設に収容されている「銀翼の天使」のもの。
一つは、あまりの悪行の為懲罰的措置を取られている「金鴉」「煙鏡」のもの。
一つは、突如として消息を絶ってしまった「黒翼の悪魔」のもの。
そして最後の一つが、今回の会議の、主催者。

ゲートではない、本来の蒼天の間に設置された扉が開く。
気圧差で巻き起こされた風に、白衣が靡いていた。

810名無しリゾナント:2013/05/31(金) 21:38:58
>>804-809
更新終了
代理投稿お願いします

今回の更新からタイトルを「リゾナンターЯ(イア)」とさせてください。

――――――― ここまで ――――――――――――――――――――

811名無しリゾナント:2013/05/31(金) 21:42:55
前の「リゾナンターX(カイ)」にもまあ色々意味があったんですが
当時のメンバーが10人というのに掛けてたり文字通りの改=カイだったりと

というわけで今回の「Я(イア)」にもやっぱり意味はあるんですが
本来ヤーと読むのをイアとしたのはヤーだとダチョウ倶楽部みたいだからです

それではまたのきかいに

812名無しリゾナント:2013/06/01(土) 14:32:05
スパムがひどいですなあ
まあ行ってきますか

813名無しリゾナント:2013/06/01(土) 14:40:26
ついに新章の始まりですか
ダークネスの幹部連とリゾナンターの直接対決が来るかな

814名無しリゾナント:2013/06/01(土) 22:02:30
久々にhttp://www35.atwiki.jp/marcher/pages/771.htmlつづきいきます


-------

れいなは鍛練場にひとり佇み、大きく息を吸って、長めに吐いた。
なんどかそれを繰り返し、すっと目を閉じた。
自分の呼吸に集中し、体の中心に己の“気”を集める。
流れるそれを感じるように、耳を澄ませ、開いていた心の扉を閉じる。

徐々に体が熱くなっていくのを感じ、今度は右手に意識を集中させた。
れいなの周囲の“気”が、れいなの右手へと集まってくる。
それを乱さないように、心は閉じたまま、じっと右手のみに感覚をもっていく。

頭の中で、完成のイメージ像をつくる。
最初に浮かんだそのイメージと合致するように、もっと具体的に、太く、濃く線を描く。

不定形だった“気”が、徐々に、ある形を成していく。
れいながそっとそれを握り締めると、確かに感触があった。

深く息を吐き、右手を見つめると、そこには立派な『刀』が握り締められていた。

「物体具象化能力……」

2週間前、右手に宿ったその能力に、れいなはそう名前を付けた。
具象化されたその刀を、れいなは黙って見つめる。
光のような、淡い水色を纏ったその不定形な刀は、それでも確かに手中にあった。

815名無しリゾナント:2013/06/01(土) 22:03:25
未完成で不完全な能力が、いままたれいなの中に出現していた。その理由が分からない。
どうして「いま」なのだろう。
もし仮にこの能力が、あの男が現れるより先に存在していたとしたら、リゾナンターがこのような形になることはなかったかもしれない。
手遅れではないのか。なぜもっと早く出現しなかった。どうしてどうしてどうして―――!

だが、いくら考えてもその答えは頭に浮かばなかった。
れいなはぐっと刀を握り締め、振り上げる。
そのままじっと、動かない。
思考がそれでも先走る。
手が届くはずのない、あり得た未来、存在したかもしれない未来を、れいなは思う。

集中しろ。いまはそれを考えるべきではない。
いま為すべきことは、他にある。
れいなは息を大きく吸って目を閉じ、具象化された刀の重さをしっかりと感じた。
広がった暗闇の中、深く息を吐くと同時に振り下ろすと、刀は一瞬で消え去った。
その手から滑り落ち、物体としての存在をなくしたそれは、再び空気へと混ざって消えた。

「まだ、完璧やない…」

れいなは天を仰いで息を吐く。困ったように頭を掻いて、未完成の能力に笑った。
すべてを投げ出すように四肢を放り出して床に寝転がる。
深く息を吐いて、目を閉じてしまうと、世界が闇に覆われ、自分という存在の確認すらも危うくなる。
それでも、“田中れいな”は確かに此処にいるのだと認識するように、れいなは自分の周囲に気を集め始めた。

ぴりぴりと、空気が震えるのを感じる。
まるで遠雷のようだと感じていると、ふいに小春の笑顔が浮かんで、消えた。
それを皮切りに、ジュンジュン、リンリン、絵里と、此処を去っていった仲間の笑顔が浮かんだ。
愛も、愛佳も、里沙までも居なくなり、もう此処には、れいなとさゆみしかいない。
哀しくて、ツラくて、寂しくて、どうしようもない想いを叫ぼうとしても、それは暗闇に呑みこまれるだけだった。

816名無しリゾナント:2013/06/01(土) 22:04:45
れいなはそれでも、頭の中で確かな刀のイメージ像をつくる。
集まった光は映像となり、右手に力を込めた。

瞬間、右手の中に再びあの刀が現れた。
刀身が真っ直ぐに伸びた綺麗な刀は、何処か蒼みを帯びている。
光と気を集めてつくられたれいなの刀は、“共鳴”という単語がよく似合う気がした。

「……終われんよ、やっぱ」

れいなはぼんやりとそう呟くと、刀を握り締める。
久住小春が異動を告げられたあの日から変わっていった日常は、それでもいまもなおつづいている。
れいなが此処にいる限り、その日常は失くすことなんてできない。
失くしたくないのは、過去と、いまと、そして未来なんだ。
だって、此処を去っていった仲間たちは、だれひとりとして、その未来を諦めていなかったじゃないか。


―――「だから、逃げないんだけどさ」


―――「私が護っているのは、仲間と信念だ」


―――「私は、護りたいんです……この世界を……ジュンジュンを」


―――「世界って―――やっぱ綺麗なんだね」


―――「なにがあっても、リゾナンターは、変わらんよ」


―――「考えたって仕方ないのかもしれません。未来はすぐ、そこにやって来るんですから」


―――「助けるよ、必ず―――」

817名無しリゾナント:2013/06/01(土) 22:05:28
それぞれが、それぞれの信念を持って、自分の正義を信じて闘っていった。
年齢も、身長も、国籍も、考え方も、なにもかも違っていたけれど、たったひとつ、“共鳴”という絆だけが9人を繋いでいた。
そうであるならば、れいなが此処で、その牙を折るわけにはいかない。
圧倒的な絶望の闇が襲いかかってこようとも、理不尽という現実を突きつけられようとも、れいなは膝を折るわけにはいかない。
この手の中には、希望がある。


―――「闘わないで良い世界を見たいっていうのが、絵里の夢なんだぁ」


きっとそれは、途方もない祈りなんだ。
だれもが傷つかない、哀しまない世界をつくることなんて、まるで無謀な話だ。
それでもれいなは、諦めの悪い子どものように、みっともなく足掻くしかない。
みっともなく足掻いて、もがいて、手足をばたつかせて闇の中を駆け回る自分を、彼女は好きだと言ってくれたから。
ないものねだりなんだけどさ。それでも悪くない。

力が抜けると同時に、右手の刀が消滅した。
まだ不安定なその能力は、出現時間が圧倒的に短い。
ちゃんと扱えるようになるまでは、もう少し時間がかかりそうだとれいなはぐっと体を起こした。
もうずいぶん夜も深まったんだなと感じながら立ち上がる。
そのとき、背後に気配を感じた。
振り返らなくても、そこに立っているのがだれであるか、れいなは知っている。
彼女がずいぶんと寂しい想いを抱えていることを、感じ取った。

「どうしたと?」

振り返らずにそう訊ねるが、彼女は答えようとはしなかった。
久し振りの会話だったが、思いのほかに素直に言葉が出てきたことに、れいなは驚いた。
なんだ、ちゃんと喋れるじゃないか、自分。

818名無しリゾナント:2013/06/01(土) 22:06:05
「考えてたの」

ふいに彼女がそう呟いた。

「なにを?」
「どうして、こんなことになったんだろうって」

彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。
れいなが振り返ると、彼女は床の一点を見つめていた。暗いその瞳はなにを映しているのだろうと、れいなはぼんやり思う。
右脚を引きずっていた彼女―――道重さゆみはひとつ息を吐いて、呟く。

「ねぇ、れいな」
「うん?」
「………れいなは、どうしたい?」

唐突な質問に眉を顰めた。どうしたいとはどういう意味か、理解できなかった。
彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、意図を測ろうとしたが、その漆黒の闇はなにも語らなかった。
なにかを言おうとしたとき、周囲の空気が変わった。張り詰めた冬の痛みを携えたその空気に思わず息を呑む。

「私は、もう、終わらせたいよ」

彼女の言葉の意図が読めない。
なにを?なにを?なにが?聞きたいことは山のようにある。あるけれどなにも言えない。どうした?どうしたと、さゆ。

「全部、もう終わらせたいんだ―――」

一瞬の静寂のあと、なにかが割れるような音がした。
れいなを、そして世界を呑み込むような暗闇が広がった。
なにが起きているのか瞬時に理解はできなかった。

819名無しリゾナント:2013/06/01(土) 22:06:52
周囲を見回す。
無間の闇とはよく言ったものだが、れいなを包み込んだのはまさにそれだった。
いったいなにが起きているのか、状況を把握するにはあまりに困難だった。

「さゆ……?」

れいなは闇に問いかけるが返事はなかった。
天上を仰ぐが、そこには寿命が尽きそうな蛍光灯はない。
床を見下ろしても、自分がそこに立っていることを自覚するには難しい闇が広がっていた。
いったいなんだ。なにが起きている?

「れいなは、耐えられるの?」
「え……?」
「この闇の中、ひとりで佇んでいられる?だれもいない中、れいなだけの世界で、生きていける?」

さゆみの声が遠く聞こえた。彼女の話す意味が分からない。いったいなにを言っているのだ?
いやそれよりも、れいなを深く包み込んだこの闇はなんだ?
暗闇や夜の闇とは違う。擬似的につくり出されたような感覚ではあるが、どうしてそれが此処に出現しているのか理解できなかった。

「ねえ、れいな。どうする?」

さゆみの声が響いた。
れいなは方向感覚を見失いそうになるが、必死に奮い立たせた。
短くなる息を吐きながら、拳を握りしめる。

「私と、闘う?」

その声はまるで冷たくて、一瞬、さゆみであることを疑うほどであった。
れいなは眉を顰め、恐らく彼女がいるであろう方向を睨み付けた。

「闘うって、なんで、れなが、さゆと……?」
「言ったでしょ、れいな。私は終わらせたいんだよ、全部、なにもかも」

820名無しリゾナント:2013/06/01(土) 22:07:32
ざわりと空気が変わる。濁ったのではなく、張り詰めたのだと感じた。
瞬間、だった。
れいなの右後方になにかを感じる。
飛来物だと悟り、軽く左に避ける。が、即座に右前方より同じものが襲来した。
れいなはステップを踏むように後ろへ下がる。直後、次々にれいなに飛来物が襲いかかってきた。

舌打ちし、左脚を軸にして避ける。
スピードはさほど速くない。が、目でそれがなにか認識できるほども遅くはない。
れいなは、恐らくさゆみがいるであろう方向から目を逸らさずに、右脚で地面を蹴り上げた。
高い跳躍の中で宙に浮き、「闇」全体を把握する。
まるで方向感覚を失うような暗闇に眉を顰める。此処はいったい、何処だ?なにが起きている?
包み込んだ深淵の闇に、れいなは身震いをした。
呼吸が短くなることを感じながらも、必死に自我を保ち、落ち着けと言い聞かせる。

「さゆ、どういうことっちゃ!」

まるで猫のように着地し、再びさゆみに問う。
しかし答えは返ってこない。
「終わらせたい」と彼女は言った。「私と闘う?」と彼女は言った。
その意味が、理由が、真意が、分からない。
理解できないのか。理解したくないのか。それさえも、分からない。

「答えんね、さゆ!」

闇に問いかけても、答えは返ってこなかった。
再び舌打ちし、さゆみがいるであろう方向に駆け出した。
先ほどふたりの間にできた距離は数メートル足らずだった。れいなであれば、一足でさゆみの元に辿り着けるはずだった。
だが、走っても走っても、さゆみを掴むことはできない。
それどころか、此処は室内であるはずなのに、壁やドアにさえ、辿り着けない。
いくら地下の鍛錬場が広いとはいえ、数十秒走っても端から端まで行けないなんて、そんな馬鹿げた話はあり得ない。
とにかく、声の方向さえ分かれば、そこに向かって走れば良い。なんか、言え。なんか、喋れ。さゆ!

821名無しリゾナント:2013/06/01(土) 22:08:26
れいなが痺れを切らしたそのときだった。
左後方から鋭い飛来物が襲いかかってきた。一瞬反応が遅れ、避けきれなかった。
れいなの右脚の脹脛をそれは掠めた。少し遅れて痛みが走ってくる。血が流れ始めた。
動いていた脚が止まる。さほど痛くはないが、思わず蹲った。手の平で脹脛を押さえる。確かに赤い血が流れていた。
不思議だ。暗いのに、色が分かる。ぎゅうと拳を握り締めた。

「此処は“闇の回廊”だよ」

ようやく、彼女の声が聞こえた。
“闇の回廊”、と彼女は言ったが、カイロウという言葉が変換できない。なんだ、カイロウって。

「ダークネスの、たぶんあの科学者がつくった、擬似的な闇だよ」
「科学者って……なんで、さゆが、それを……?」

唐突に聞かされる「ダークネス」、そして「科学者」という言葉にれいなは眉を顰めた。
そんな彼女の足元に、何処からともなくころころとなにかが転がってきた。
こつんと足先に当たったそれを拾い上げると、その小瓶の蓋に「Corrido」と書かれていることが分かった。
血の色が分かる。ラベルが読める。やはり此処は真の闇ではないようだ。

「この前行った廃ビルで拾ったの。使い方は簡単。その瓶の蓋を開けるだけ。それだけで闇が一面に広がるの」

さゆみの声は、すぐ傍にいるような、ずっと遠くにいるような、不思議な感覚を覚えさせた。
彼女の言葉を必死に理解しようとする。「廃ビルで拾った」、「闇が広がる」、なぜ彼女は、そんなものを使っている?

「“闇の回廊”の主人は私。れいなに私が斃せるかな?」

れいなの疑問に答える代わりに、再びなにかが飛来してきた。
慌てて腰を浮かせ、逃げる。今度は一方向ではなく、四方八方から襲い掛かってくる。
闇から飛び出したそれは再び闇に沈んでいく。もしや実体がないのか?いや、そうだとすれば血が流れる理由にはならない。

822名無しリゾナント:2013/06/01(土) 22:10:42
「っ―――!」

思考が止まる契機になったのは、れいなの左足首にそれが突き刺さったことだ。
れいなは叫び声を呑み込み、蹲った。
左足首に生えたそれは、真っ黒な物体だった。ぐっと力を込めて握り締め、奥歯を噛み、引き抜く。
なるほど、“闇の矢”とでも呼ぶべきものかとれいなは下唇を舐めた。

「さゆ……いったいなんがあったと?」

背中に嫌な汗が滲む。
本気なのか。本気でさゆみは、れいなを殺そうとしているのか?
冗談だよと笑って済ませられる状況はもうとっくに過ぎ去っている。れいなは現に、もう2ヶ所も怪我をしている。
だが、仲間だったさゆみが、どうしてれいなを殺す必要がある?
「終わらせたい」と彼女は言った。此処でふたりが闘うことが、「終わる」ということなのか。
「終わる」―――?「終わり」とは、なんのことだ。
なにが「終わり」なのだ。


れいなは走り出した。
闇雲に走ることが得策だとは思わないが、それ以外に成す術がない。
左足首が痛む。止血すれば良かったといまさら後悔した。

「さゆ!」

再び、“闇の矢”が襲い掛かってきた。
避けきれないスピードではない。だがいかんせん、数が多すぎる。
闇の中で、れいなはステップを踏む。踊る。踊る。まるで社交パーティーだ。ラストダンスだ。相手も居やしないのに。
首元を矢が掠めたとき、微かに、その速度が上がった気がした。
この状況はまずい。敵の居場所も分からないのに、さらに攻撃の手が休まらないなんて。
とにかく、敵の狙いは不明だが、まずは相手の居場所を察知しないことには―――

823名無しリゾナント:2013/06/01(土) 22:11:44

れいなはそこでハッとして脚を止めた。
いま、いま、れいなはさゆみをハッキリと「敵」だと認識していた。
なぜだ。今日の今日、いまのいままで、れいなとさゆみは同じ仲間として、肩を並べて闘ってきたじゃないか。
短くなった息を吐いていると、肩に鈍い痛みが走った。
鮮血が飛び散る。
肉が切れ、骨が断たれるような音が聞こえた。

「あ゛っ……!」

鈍い声が口から漏れた。
肩口をおさえ、折れそうになる膝を堪えた。
それでも倒れまいと真っ直ぐに前を見据える。

「なん、でよ……?」

そうしてれいなは再び声を漏らした。
もう何度目の質問だろう。一向に答えない彼女に対して、れいなはそれでも問いかけた。

こんなこと、したくない。
こんなことをするために、此処に来たわけじゃない。

「なぁ!なんでよ!!」

暗闇に叫ぶが返答はない。
そこに確かに聴き手はいるはずなのに、彼女は答えてくれない。
答えないことこそが、答えなのだろうかと天を仰いだ。

824名無しリゾナント:2013/06/01(土) 22:12:21
生まれた意味も、生きる理由も、なにも分からなかったあのころ、れいなに手を差し伸べてくれた人がいた。
此処が自分の居場所だと、此処で生きていて良いんだと、認められた気がした。
信じあえる大切な仲間と出逢い、自らの能力と向き合い、自分の信じる正義とともに、闘いの日々を生きていた。
闘うことを喜んでいたつもりはない。だが、その日々は、否定できるものでもなかった。
れいなにとって、リゾナンターは大切な場所だった。

その場所から、あの夏の終わり、小春がいなくなった。次いでジュンジュンが血の海に沈み、リンリンも後を追うように暗闇へと消えていった。
もうだれも失いたくなかった。もうこれ以上、壊さないでほしいと祈った。
だが、震えるれいなの腕から絵里はするりと抜け落ちた。
哀しげな瞳を有して愛は去っていった。真っ黒な刃を突き立てられた愛佳の膝は折れ、里沙は崩落のビルへ消えていった。


涙なんてとっくに枯れたものと思っていた。
仲間を失って、ぼろぼろに傷ついて、飽きるほどに泣き叫んだのに、それでもまだ、この瞳から雫は落ちる。

人間とは、厄介な生き物だと、唐突に思った。
感情があるから、こんなに悩むんだ。
感情がなければ、もっと素直に行動できた。
なにも考えずに、ただ目の前にあるものを切り裂けば良かった。
欲望のままに、痛みを知らずにただ過ぎ去れば良かったのに。

それなのに。
感情があるが故に、悩み、惑い、震え、涙する。
そんなもの、とっくに捨てたと思っていたのに、こんなにも胸が熱くなる。
まだ、叫んでいる。
此処が、心が、痛いと、必死に叫んでいる。

825名無しリゾナント:2013/06/01(土) 22:13:09
「なんでよ………ねぇ……」

血も、汗も、涙も。
体液はその場に迸り、痛みと哀しみを教える。
それでも彼女は、叫ばずにはいられなかった。心の痛みを、子どものように叫ぶしかなかった。
信じているから。いまのこの瞬間まで、仲間を、さゆみを、信じているから。

「なんでよ、さゆ!!!」

れいなは無間につづく“闇の回廊”の中でもういちど、叫んだ。
名前を呼ばれた彼女は、その闇の奥深くで表情を崩さぬままにれいなを見つめていた。
彼女の瞳に、感情は映らない。
それなのになぜか、確かにその頬に、雫が伝っていた。

「時間が来たんだよ……」

そう彼女は呟いた。
深い哀しみを携えた声は、確かにれいなに届いていた。

「終わらせよう、れいな―――」

826名無しリゾナント:2013/06/01(土) 22:14:07
-------

管理官は報告書を読み終えると深く息を吐いて椅子に掛け直した。
「順調」と言って良いかは分からないが、少なくとも悪い状態ではない。
だが、それはあくまでも「こちら」の話であり、彼女たちはそうとはいかない。

「宜しいのですか……」

ひとりの男が管理官に向かってそう訊ねた。
その言葉は当然、管理官にも届いていたが、彼は首を縦にも横にも振らなかった。

「良いのか悪いのか……善悪を決めるのは私ではない」

彼はそうして立ち上がった。
もし仮に、それを決めるとするならば、それは私たち人間ではなく神でしかない。
そんな不定形な存在に頼ること自体、実に非科学的で馬鹿げた話でしかないのだがなと苦笑する。

「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ」

静かに、そう吐き出しながら管理官はつづけた。

「おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ―――」

ニーチェの残した言葉を、管理官はそのふたりに送った。
いままさに拳を交えんとする彼女たちは、なにを思っているのだろう。

「“終わり”がなにか、その手で証明して見せろ」

管理官は強く拳を握りしめた。
それは微かに震えていた。これはもはや、神への祈りだと深く息を吐きながら眉を顰めた。

827名無しリゾナント:2013/06/01(土) 22:21:57
>>814-826 以上「the new WIND―――道重さゆみ」
れいな卒業までにラストどころか最終章にも辿り着きませんでした……
ちんたらちんたらと亀の足ですががんばります

---------------------------------------------此処まで

代理投下をしてくださる方へ
>>816が長いので、上の2行を815にまとめて下さると投下できるかと思います
今回もずいぶん長くてお手数ですが分割して結構ですのでお気付きの方は宜しくお願い致します

まとめ人様へ
いつもまとめていただきありがとうございます
作者欄や長編紹介欄等に乗せていただき光栄です
ひとつだけお願いがあるのですが、シリーズのタイトルは「the new WIND」にしていただけませんか
「新しい風」という言葉は確かに的を射ていますし、住人の方がそう呼ぶのは構いませんがタイトル自体はシンプルにしたいので…
申し訳ありませんがご検討のほど宜しくお願い致します。

828名無しリゾナント:2013/06/02(日) 04:46:35
これは分割したほうが良さげですね

829名無しリゾナント:2013/06/02(日) 04:52:18
とりあえず>>814-819まで転載完了

830名無しリゾナント:2013/06/02(日) 06:22:40
後半部も転載完了
れいなの心象刀が再び姿を見せた昨今運命のさゆれな対決はどう展開していくのか
気になるのであった

831名無しリゾナント:2013/06/02(日) 20:46:33
(第1話のおさらい)
正八角形のホールと8個の小さな部屋で構成された出口のない舘に閉じ込められた9、10期の8人
工藤の千里眼でも出口は見つからず、なぜか佐藤は眠り続けている
出口を探そうとした8人の元に突如目の前に現れたロボット
【サイサツセヨ】 その言葉に抗うべく、そして生き残るために8人は戦うことを選択する

★★★★★★

【サイサツセヨ  サイサツセヨ】
赤く点滅を繰り返す二つの眼と巨大な体を支える4本の足
ジジジと鳴り響く金属のこすれあう耳障りな音が8人を包み込む

「ど、どうしましょう!くどぅ、逃げる場所本当に見つからないんですか!」
「はるなん、うるさい!今、必死に探しているんだから黙って!!」
「まあちゃん、起きて!お願いだから起きて!」
「・・・」
慌てている仲間達と対照的に鞘師は落ち着いて自分達および敵の戦力を改めて確認する

鞘師自身の武器は水軍流の体術、洞察力、そして水を操る力
他の7人の仲間達の武器は体術および能力、そして共鳴という絆
戦闘に向いた能力者は鞘師自身と石田、それと誰かの能力を『複写』しているであろう譜久村
特に生田の『精神破壊』は機械相手では全く効果を示さないであろう
しかし生田は無駄な動きはあるものの十分な体術を会得している。
少なくとも肉弾戦なら戦力として数えられる

それに対して敵は機械および兵器による武力、圧倒的な制圧力とそれを可能にするであろう電子回路
可動性に長けた4本の足と重厚な装甲、殺戮兵器ならば当然備えられているであろう飛び道具、スタミナと縁の無い生命力

832名無しリゾナント:2013/06/02(日) 20:47:22
まず為すべきことはこの小さな部屋の中から脱出すること
8人が集まったこの小さなスペースでミサイルなり爆弾でも使われたなあひとたまりもない
少なくとも敵が何らかの行動を起こす前に、ここから意識を外す、または抜けださなくてはならない

(まあちゃんが起きていれば・・・)
佐藤の能力―『瞬間移動』で攻撃系の能力者、鞘師か石田と共に脱出し、部屋の外から攻撃する
それが最も理想的かつ効果的な方法だったのだが、その佐藤は眠り続けている
譜久村が動揺しているところを見る限り『複写』にも『瞬間移動』はないと考えざるを得ない

(それならば私があいつの注意をひくしかない)
腰のペットボトルホルダーから飛び出した水は刀の形となり手に収まった
ふぅっと一回吐き、呼吸を整え眼の前のロボットの懐めがけて飛び込んでいく

敵に届くまでのほんの一秒の間に鞘師は脳内で何度もシュミレーションを繰り返す

(リゾナンターで最も速い私に対して精確な射撃は困難であろう
 雨のようにふりしきる弾丸ならば水の膜をはった状態で反射神経のみで避ける
 それは田中さんから学んでいるため、可能だ)

(しかし、それがいきなりミサイルなり火炎放射をを使うことも考えられる
 私が避けるのは容易いだろうが、透過能力を持った香音ちゃんやあゆみちゃん以外は難しいだろう
 特に能力が戦闘に不向きなはるなんは避けようがないはず)

(それならば方法は一つ、脱出経路を確保し、かつ注意を私に向けさせる、しかない
 この刀で胴体部分に傷を負わせ、その衝撃を利用して頭上を飛び越え、センターホールへ道を作る
 敵はまずは私を追うだろうから、その間に他のみんなには部屋から逃げてもらう
 大きな場所に出ればそれぞれの持ち味が活かせる戦いが出来る)

833名無しリゾナント:2013/06/02(日) 20:48:06
「私に任せて」
駆けだした鞘師の姿に12の瞳が向けられる
視線を感じながらあと数歩でロボットに届く、そんな距離で鞘師は大きく跳んだ
目標は赤く光る2つの眼の下50cm、胸の中心部分
両手で鍔をしっかりと握りしめ、大きく両腕を後ろにふるう
刀を振るう瞬間弛緩させていた全身の筋肉を一気に硬直させ、自身が一つの大きな刀となる
大きく描かれた刃の軌道は美しい弧を描き、ロボットの胴体目がけて軌跡を描いた

ガキィィン

金属と金属がぶつかる音が響き渡る
硬度を金属並みに増した水の刃と鋼鉄の体がぶつかりあうその音に思わず鈴木は耳を押さえる
(や、やった!?)

しかし刀を振るった鞘師の眼の前には驚きの光景が
(な、なに?わ、私の刀を受け止めるなんて)
四足歩行型のロボットは二足歩行型に変形し、両腕で鞘師の刀を受け止めた
(やはり、一気に倒すことはできないか。しかしこれは困ったぞ)
キュイィィンと高調な音が響き、砲台と視線が合い鞘師は冷や汗が頬に流れたのを感じた

「里保に何すると!!」
生田の強烈な蹴りがロボットの背中に炸裂した
衝撃で鞘師の刃を掴んだ手が開き、その隙に鞘師は水の刀を解除し脱出した
「ありがとうえりぽん。助かった」
「イヒヒヒ、たいしたことしてないとよ」と部屋の外にいる生田が奇妙な笑みを浮かべる
「さあ、みんな今のうちっちゃ!こっちにくると!」
内心自分の役割を奪われたような気がする鞘師は複雑な心境ながらも、仲間達に声をかける

834名無しリゾナント:2013/06/02(日) 20:48:52
「わかりました、今のうちに皆さん、生田さんのいる大きなホールにいきましょう!」
飯窪、鈴木、工藤と足早に倒れ込んでいるロボットの横をすり抜けホールへと移動する
「ほら、あゆみちゃんもいくよ!」
「あ、まってください。まあちゃんが起きないんです!譜久村さん、肩をかしてくれませんか?」
「・・・いいえ、あゆみちゃんは先に行って、私がまあちゃんを背負いますわ」
そういい譜久村は不安そうな石田を押しのけ、満面の笑みで軽々と佐藤を背負った
「すごい!譜久村さん!同い齢なんて思えない!」
「そ、そうかしら?」

「あ、危ない、ロボットが動き出すよ!!」
眼を向けるとほんのわずかにロボットが震えていた
「二人とも急いでください!」
もともと高い飯窪の声が焦りのためか更に高くなる

「大丈夫よ。私は『知っている』。このロボットは私、聖が部屋を出るまで『起き上がれない』」
そうはっきりと明言する譜久村に佐藤を除いた6人の不思議なものを見るかのような視線が集まった
「譜久村さん、何言っているんですか!そんな格好つけなくていいから急いで!」
興奮する工藤と対照的に譜久村は石田に手を差し伸べ、ゆっくりとロボットの横を通り抜ける
「ほら、そいつ震えています!いつ動き出すか分からないですって!」
「大丈夫よ、くどぅ、私は『知っている』。私があと10歩動くまでロボットは『動かない』から」
1歩、2歩、3歩・・・全くロボットは動かない
そして10歩目を踏み下ろした瞬間ロボットはばねの様に跳ねあがった
「譜久村さんのいうとおりだ!!・・・何で鼻血でているんですか?」

『サイサツセヨ サイサツセヨ』
繰り返される電子音に次いでロボットの肩が大きく開いた
「!! みんな逃げて!!」
開いた穴から放たれる無数の銃弾
「ちょっと まつ っちゃ! はっ!! こんなの 避け 続けるの 無理 っちゃろ!」
「誰か あの 穴を ふさぐか 壊して! はるの 能力で みた 死角を 教えるから」
各々がハチの巣にならないように必死に銃弾から逃れようと足を速める

835名無しリゾナント:2013/06/02(日) 20:49:26
鞘師は逃げながらも飯窪に声をかける
「ねえ、はるなん、いつもどおりにサポートしてくれない?どぅと私の視点をはるなんの能力で繋いで!」
「な、なにいってるんですか?私、そんなことできませんよ!」
「大丈夫!私を信じて銃弾は私が全て弾き返すから、はるなんは能力の行使に集中してくれれば・・・」
「そうではなくて、私にそんな能力はありませんから!!」
「え?何言っているの?だってはるなんは」

そこに飛び込んできた工藤の声
「すごい!だーいしすごい!めっちゃ格好いい!」
いつのまにか止んでいる銃撃は石田の攻撃によるものなのだろう
振り返って眼に飛び込んだのはロボットを包む炎と同じ色の炎を手にまとった石田の姿

「なに?あの色の炎は・・・蒼い炎?」
かつてリゾナンターに所属していた火炎念動力者は緑炎を操っていた
しかし、いま、石田の掌に揺れるは蒼き炎
「譜久村さん!まあちゃんは無事ですか?」
「大丈夫だと思うけど・・・相変わらず起きないの」

「気を抜かないで!まだそいつ何かする気だよ!!」
鈴木の忠告と同時に腹部が大きく開き、ミサイルと思わしきものの先端が明るく照らし出される
「今度はミサイルゥ?やばっ あれは無理っちゃろ!逃げろ〜」
「どこに逃げればいいんだろうね!!無理だって、あれは無理!!避けられないよ!!」
「これは私も『知りません』!」

「だーいし!またさっきみたく炎であれを止めてよ!」
「よーし、この蒼き炎の一族の私が」
「だめ!炎で壊したら爆発で私達木端微塵になってしまいますよ!」
「嘘 嘘 嘘!炎で壊すなんて嘘!やめる!やめる!」

836名無しリゾナント:2013/06/02(日) 20:50:07
慌てふためく6人の姿をみて鞘師もさすがに焦りを感じずにはいられない
(ダメだ、私の水ではあれは止められないし、止めたところで爆発してしまう
 だからといってどうすればいいんだ?水の防御壁?いや、だめだ8人を守るなんて水が足りない)

そうしている間にもロボットの震えは加速度的に増していく

(ダメなのか?)

一陣の風が吹き、次の瞬間、ロボットが消えた
「今度はなんですか?」
「! はるなんあぶない!!」
驚きの声を上げる飯窪の懐めがけ鈴木が飛び、飯窪は衝撃のために一瞬息がつまりそうになる
「かのんちゃん!はるなんになにす」

そこで生田の言葉は遮られた
遥か上から何か大きな物体が落下し、生田のその後の言葉を打ち消したのだ
辺り一面に粉塵が舞い上がり視界が妨げられる
「かのんちゃん、はるなん!!」
二人の安否を確認する声に対して、鈴木の「大丈夫」という声が返って来て他の5人は安堵のため息を漏らす
「鈴木さん凄いな・・・はるの千里眼よりも先に動いたんだもん」

石田は落ちてきた金属の破片を拾い上げ、仲間達に見えるように高々と掲げた
「これ、さっきのロボットの赤い目に見えるんだけどみんなどう思う?」
鞘師は思った−間違いないだろう、と
(しかし・・・一体誰が?そしてどうやって?)

837名無しリゾナント:2013/06/02(日) 20:50:40
その疑問は静かに解決される
「あ〜」と間の抜けたような声が聴こえたのだ
「よかった、まあちゃんが起きましたわ」
「チェッ、のんきに寝ているなんてはる達の気も知らないで」と悪態をつく工藤だが嬉しそうに佐藤の元へと駈け寄る
工藤が駈け寄ったにもかかわらず佐藤はきょろきょろと辺りを見渡してばかり

「まあちゃんどうしましたか?」
「・・・」
返事を返さない佐藤は静かに金属片に指を向け、バンと撃った
譜久村の背中から一瞬背負われていた佐藤の重さが消え、すぐに戻ってきた
幾つかの大きな金属が浮かび上がり、無数の細かな破片となり崩れ落ちた
「イシシシ」
そして笑う佐藤
「じゃあ、さっきのロボットを倒したのはまあちゃん?でも様子がなんだかおかしいんだろうね」
「なんか気味悪いっちゃ」

石田も顔を青ざめながら駈け寄り声をかけた
「まさきちゃん、大丈夫ですか?怪我とかしていないですか?」
「あー、あぬみんだ〜」
間の抜けた声に一同の空気が緩んだものの、次の佐藤から出た言葉はその場を止めるには十分すぎるものだった

「なんで生きてんの?まあちゃんが殺したのに」

「・・・なにいってんのまーちゃん!!だーいしはここにいるじゃん!頭ホントにおっかしくなったの?」
誰よりも早く反応したのは誰よりも一番佐藤といることが多い工藤であった
「そ、そうですよ!まあちゃん、縁起でもありません!あゆみちゃんに謝るべきです!」
「そうっちゃ、あゆみちゃん、こうやって生きとうし、まあちゃんも生きてるっちゃろ」

838名無しリゾナント:2013/06/02(日) 20:51:28
「石田を殺した」という佐藤の発言を悪意のある冗談として捉える飯窪や生田と違う考えを鞘師は抱いていた

そして同様に違う感情を抱いた人物がもう一人
「まあちゃんのいっていることは嘘じゃないみたいだよ」
「? なんでそんなことわかるんですか?鈴木さん嘘はやめてくださいよ」
「だって嘘を言っている『音』がしないもん」
工藤の眼をじっと見ていう鈴木の言葉に今度は石田が反応する

「『音』ってなんですか?」
「鈴木さんの『超聴力』で心臓の音を聞いて、拍動の変化で嘘と本当を判定しているんです」
石田の問いに対して返すは飯窪
「ちょっとまってください!鈴木さんの力って『透過』じゃないんですか?」
「なに言っているの?香音の能力は『超聴力』だよ。そんなことより、あゆみんこその能力は?」

先程の蒼い炎のことを言っているのであろうと察した石田は再び炎を掌に灯した
「これのこと?これは白銀のキタキツネ様を守護する私の一族の蒼炎だよ!
 この力でまあちゃんをお守りするために私はリゾナンターに」
「待つっちゃ!あゆみちゃんの力は幻獣駆使(イリュジョナルビースト)やろ?」
「え?石限定念動力ですよね?」
「高速移動(アクセレーション)だよ!!」
「・・・みんな『嘘』の音はしないんだろうね」

鞘師は考える
全ての人間が真実を話している。にも関わらず事実は必ずしも一致していないのだ
(これを説明するには・・・)
鞘師はゆっくりと壁に近づき、水の刀を棍棒に変形させ思いっきり打ちつけた
力の限り強く打ちつけたにもかかわらず壁はまったくの無傷
先程のロボットの射撃によって開いた穴すら見当たらない
(この舘はおかしい・・・それにふくちゃんも香音ちゃんもあゆみちゃんもはるなんも私の知っている能力と違う
 もしかして・・・みんなは・・・)

839名無しリゾナント:2013/06/02(日) 20:51:59
★★★★★★

そんな8人を見下ろすように天井から送られたカメラの映像を一人の女性が眺めていた
ゆったりとしたソファーに座り、時折琥珀色の液体の注がれたグラスを手に取る
「おや?」
女性は表情を確認すべく、カメラのズームを鞘師にかける
何かを察知したように眉間にしわをよせた鞘師をみてふふん、と笑う
「さすがやな。勘付いたか?『水軍流の』鞘師、といったところやな
 さて・・・あいつらがどうするか、ここからが本番や」
溶けた氷がカランと音をたて楽しそうに音を響かせた
「じっくり調べさせてもらうで」

840名無しリゾナント:2013/06/02(日) 20:56:49
>>
『米』の第2話です。最近スレの他作者様の話が読み応えがあって非常に楽しいです
その一方で自分で書くとなると躊躇してしまうのが恥ずかしい
マイペースにじっくりと書いて行きます

↑ここまで転載よろしくお願いします

あと訂正で839の最後から2行目を以下のように直してください
『溶けた氷がカランと音をたて楽しそうに音を響かせた』
→『溶けた氷がカランと楽しげな音をたてた』

代理投稿よろしくお願いします

841名無しリゾナント:2013/06/03(月) 02:11:20
>>813
代理投稿ありがとうございました。

空気を読まずに続きを投下いたします。

842名無しリゾナント:2013/06/03(月) 02:14:44
>>374-380 の続きです


いつものように、遅れての出席。
しかし、幹部たちがその遅刻を責める事は無い。
今回はただ一点、いつもと違うことがあったからだ。
白衣の女性、Dr.マルシェこと紺野博士の傍らには小さな少女がいた。

「おいおい、何の冗談だよ」

咎を責めることすら忘れてしまう、異常な光景。
「鋼脚」にとって、紺野が小さな子供を連れている姿はそれこそ冗談にしか映らなかった。

「紹介します。彼女の名前は『さくら』。i914のデータを元に作り上げた、人工能力者です」
「よろしくお願いします」

さくら、と呼ばれた少女がぺこりと頭を下げる。
i914、という単語に、その場に居た幹部たちは心のざわつきを抑えることができない。
光を使役する、という強大な能力を保有する、前任科学部門統括の最高傑作。そして、組織を裏切り組織に弓を引いた、
最低の失敗作。

「おい、どういうことだよ!お前今i914って言わなかったか!」
「あんたもあいつについてはよく知ってるでしょ、何を考えてるの?」

「詐術師」と「永遠殺し」が紺野を責め立てる。
しかしそんな言葉は耳に入らないと言わんばかりに、話を先に進める。

「みなさんにお願いしたいのは、この子の教育についてです。さくらは、素晴らしい能力を持っています。いずれ組織を
支える大きな力です。そこで、幹部のみなさんにこの子の研修をしていただきたいのです」

突然の、依頼。
通常、ダークネスの一員となった能力者は専門の養成施設に入り、施設の教官によって研修期間を設けられる。
幹部が直接新入りの面倒を見ることはそうあることではない。

843名無しリゾナント:2013/06/03(月) 02:16:26
「めんどくさいから、パス」
「合コンの必勝法とか教えてやりゃあいいのか?キャハハハハ!!」

「氷の魔女」が肩を竦め、「詐術師」が小さな体を揺らし大笑いする。

「別に養成施設のような本格的な研修をしてくれとは言いません。ただ、さくらにはより多くの世界を見てもらいたい。
そのために少しでも力をお貸しいただければと思います」
「その子、力は確かなんやろうな」

「首領」が、確かめるように、訊いてくる。
紺野は「叡智の集積」の二つ名に相応しく、力強く頷いた。

「ほな、みんなもよろしゅう頼むわ」

組織において、首領の言葉は絶対である。
先ほどまで否定的な表情を浮かべていた幹部たちも、上からの命令なら従わざるを得ない。
こうしてさくらの実地研修の契約は、結ばれた。

紺野はさくらにあなたの用事は済んだので先に戻るよう指示する。小さく頷いたさくらはその場にいた幹部たちに一礼す
ると、再び扉を潜り外へと消えていった。

扉の閉まる、ずしりとした重い音。
紺野は、同時に宣言する。

「みなさんもご不満や不安はあることかと思います。しかしながら、彼女は今回の計画になくてはならない存在。そのた
めに、私は彼女を造ったのです」

今回の計画。
それが何を指しているのか知る者は、いない。
顔を顰めるもの、黙りこくるもの、つまらなそうに手鼻をかんでいるもの。だが、それ以前にある事実を問いただしたい
と思う人間が、いた。

「あんたの計画はともかく。前回あんたが仕掛けた戦いの顛末について説明が必要なんじゃないか?あたしたちを押しの
けてまで、実行した作戦のさ」

844名無しリゾナント:2013/06/03(月) 02:17:40
語り口は鷹揚だが、有無を言わせない迫力が「鋼脚」にはあった。返答次第では、ただでは済まさない。その意志が、彼
女の強い視線から感じられる。

先の会議において出されたリゾナンター討伐指令。
我こそはと立候補する「黒の粛清」「赤の粛清」「鋼脚」の三人を自前の理論で退け、その権利を得たのは紺野だった。

「彼女たちは…よく戦いました。結果負けはしましたが」
「勝った負けたはどうでもいい。ついでにそいつらの身柄が警察の手に渡ったこともな。でもさ、あんたが仕掛けた『ち
ょっかい』のおかげでリゾナンターたちが成長しちまった件について、どう言い訳してくれるんだ?」

紺野は答えない。
さらに「鋼脚」の追求は続く。

「先日、新生リゾナンターたちが『エッグ』のあぶれ者7人と交戦し、撃退した。能力自体はもちろん、戦い方に関して
も進歩が窺える。うちの部署の連中からの報告だよ」
「……」
「紺野、あんた言ってたよな。下手に強力な力でねじ伏せようとすると反動が来るって。けど、拮抗した力をぶつけた結
果はこれだ。この責任は、どう取ってくれるんだ?」

紺野は、静かな湖面のような瞳で「鋼脚」のことを見ている。
いささかも揺るがない、その水面。

「責任、ですか。私の記憶が確かならば、責任とは失態を犯した時に取るものだと」
「…何が言いたい?」
「ならば私が責任を取る必要はないですよね。『ベリーズ』『キュート』と彼女たちの戦いによって、貴重なデータを得
ることができた。彼女たちの成長はその代償としては、安い犠牲に過ぎません」

紺野の言葉で、会議場がざわつく。
自らの失態であるはずの襲撃失敗を、データの入手という功績にすり替えた。そう捉えられても、仕方ない。

「そのデータって、何なのよ。勿体ぶった言い方しちゃってさ。下らないものだったら、ただじゃおかないんだから!」

ここぞとばかりに、噛みつきにかかる「黒の粛清」。
例の一方的な密約を取り沙汰されるのを恐れていた粛清人に、この流れは渡りに舟。

845名無しリゾナント:2013/06/03(月) 02:19:37
「貴重、と自ら称するからにはそれなりのものなのよね?」
「まあ、組織に不利益なものではなさそうだけど」

ダークネスの重鎮たちも揃ってそう口にする。

「もし間男がその家のダンナにばったり出くわした場合の統計、みたいな下らないデータだったらおいら腹抱えて笑っち
ゃうけどな!!」

キャハハハハ、と甲高い不愉快な笑い声が吹き抜けの天井まで響き渡った。
もちろん、誰も笑わない。

紺野はふう、とため息を一つつき、それから口を開く。

「いいでしょう。今回みなさんをお呼びしたもう一つの理由をご説明します。私が採ったデータは…リゾナンターが引き
起こす、共鳴現象についてのデータです」

今度は別の意味で、幹部たちが色めき立つ。
それもそのはず、ダークネスが、たった10人程度の能力者集団を注視せざるを得ない事情がそこにあるからだ。

共鳴現象。
リゾナンターたちが心を通わせ、自らの力を共鳴させ増幅させ、そして一気に解き放つ。
個々の能力においては歴然たる実力差をつけていたダークネスの幹部たちが、9人のリゾナンターを前に悉く撤退を余儀
なくされた理由。

「ちっ。忌々しい」

「氷の魔女」が、不機嫌そうに掃き捨てる。ただ、彼女だけではない。この場にいるほとんどの幹部が、その力に煮え湯
を飲まされた経験があった。

「私がリゾナンターたちにキッズをぶつけたのには大きく分けて二つの目的がありました。一つは、新生リゾナンターの
戦力把握。そしてもう一つが、先に述べた共鳴現象のデータ解析です。そして『ベリーズ』に与えた擬似共鳴の能力はリ
ゾナンターの共鳴現象を引き出し、比較し、解析するにはちょうど良い存在だったのです」

言いながら、紺野が円卓中央に浮かび上がるモニターを起動させる。画面に大きく映し出されるのは、先代のリゾナンタ
ー9人の画像付き相関図。リーダーである高橋愛とメンバーの田中れいなの間に、太い双方向の矢印が記されていた。

846名無しリゾナント:2013/06/03(月) 02:21:34
「かつての共鳴現象の仕組みは、高橋愛、つまりi914と田中れいなの存在に大きく依存していました。簡単に言えば、i914が
エネルギー出力装置、田中れいながエネルギー増幅装置です。そして出力装置はその他のメンバー、言い換えるならサブ出力
装置に支えられていました」

言い終わると、愛の画像は消えてなくなり、同時に亀井絵里、ジュンジュン、リンリン。久住小春、光井愛佳。そして新垣里
沙の画像もフェードアウトする。入れ替わるように姿を現す、鞘師里保を筆頭とする8人の若きリゾナンターたち。
れいなとメンバーたちの間に、9つの細い双方向の矢印が結ばれた。

「ところが、i914がリゾナンターを離脱することでメインの出力装置は消滅します。その役割は、田中れいなを除く全員のリ
ゾナンターが力を合わせ、補っているのが現状です」
「つまり、i914がいなくなったところで状況は変わらなかったってことかよ」

「鋼脚」の問いに、紺野は首を横に振る。

「確かに現状でも共鳴の力を引き出すことは十分可能でしょう。ただし、『銀翼の天使』を退けるほどの共鳴現象を引き起こ
すにはi914クラスでないと不可能です。最も、我々としても『天使』の力を常に安全な形で行使することはできませんが」
「おいおい、ってことはナニか?今のガキンチョたちが使う不完全な共鳴能力に対しても今のおいらたちじゃお手上げだって
言うのか?」
「そうですね」

あっさりとした返答。
そうですね、の一言では納得できない面々が立ち上がる。

「じゃあさ、共鳴能力を使われる前に皆殺しにすればいいんだよね」
「もっと簡単な方法があるわよ。一人一人孤立させて、一人ずつ殺せばいいわ」
「いや、半分くらい殺っちまえば、共鳴現象の威力は落ちるはずだ」

「赤の粛清」、「黒の粛清」、そして「詐術師」。
許可さえ出れば、即実行に移しそうな三人。しかし紺野は再び、首を横に振る。

「そんなことより、もっと確実な方法があります。共鳴現象を引き起こす両輪、その片方を外すだけで、簡単に我々はその現
象を封じる事ができる」
「田中れいな、か」

首領が、れいなの名前を呟く。
それは、首領自ら「田中れいなの討伐命令」を下したに等しい。

847名無しリゾナント:2013/06/03(月) 02:22:46
「リゾナンターを打ち崩すには、田中れいなという共鳴現象の両輪を構成するうちのひとつを外さなければなりません。それ
さえ叶えば、彼女たちはたやすく自壊するでしょう」

紺野が、ゆっくりと視線を中央のモニターに移す。
れいなの画像がゆっくり消えてゆくと、他の9人のメンバーたちの画像はまるで散りゆく落ち葉のようにはらはらと画面の外
へと落ちていってしまう。

「なるほど。あたしたちはれいなちゃんを血祭りにあげればいいわけだ」

目を爛々と輝かせ、「赤の粛清」が嬉しそうな表情をする。

「申し訳ないんですが、ただ戦って潰す、というのは今回の計画の趣旨ではありません。あまり派手な動きはスポンサーの方
たちも望んではいないようですし」
「じゃあ、どうすんの?またあんたの極めて個人的な趣味を満たす作戦を実行するわけ?」
「我々は、罠を張ってただ待ち構えていればいい。獲物は勝手に飛び込んで来ますから」

「氷の魔女」の皮肉をかわし、紺野が言う。個人的趣味はあくまでも副産物なんですが、という言葉はとりあえずは止めてお
いた。

「もちろん、そのための準備は既に済ませてあります。みなさんにも、ご協力していただければと」

返事を聞くまでも無い。
田中れいなを落とす事。それはダークネスの幹部たちの望みの最大公約数。
そう紺野は確信していた。
自らの計画、「プロジェクトЯ」が必ず、成功すると。

848名無しリゾナント:2013/06/03(月) 02:24:07


会議は閉会した。
ゲートの作動によって、再び各々の持ち場へと戻る幹部たち。
自らも例の長い廊下を通って帰ろうとする紺野だが、ある人物がまだその場に残っていることに気がついた。

「…どうしました?『赤の粛清』さん」
「ちょっと、聞きたい事があるんだよね」

赤い死神が、にこりと笑顔を作る。
だが、紺野は知っている。彼女の表情、感情、全てがツクリモノであることを。
心を闇に食われたダークネスの幹部たちの中でもさらに異質な、存在。「黒翼の悪魔」が好奇心から、「黒の粛清」が残虐性
から人を殺めるのと違い、彼女のそれはただ単純に強い存在をねじ伏せる事を目的とした殺人行為であることを。

そしてそれは、ある一点の目的へと繋がっているに過ぎないことも。

「何でしょう。答えられる範囲でなら、お答えしますが」
「さっすが紺ちゃん、気前がいいね。じゃあ単刀直入にお聞きします。紺ちゃんの計画がスタートするまで、まだ時間があっ
たりするの?」

何を目的としているのか。
判りやすいと言えば、判りやすい。

「『勝者』へのごほうびですか?」
「まあね。『黒の粛清』だけ、ずるいじゃん」

赤いスカーフが、ゆらりと揺れる。
その緋色の軌跡を眺めながら、紺野は思う。
もし今、「赤の粛清」とリゾナンターたちがぶつかったら。
全滅か、あるいは。その結果は、実に興味深い。

ただ、目先の愉しみによって先の計画を棒に振るのはいささか愚か過ぎる。

「好きにしてください。ただし、あまりやり過ぎないようにお願いしますよ」
「りょーかい」

得られた回答に満足するかのように、ゲートの作用によって掻き消える赤い影。
紺野は眼鏡を外し、白衣のポケットに忍び込ませた布でレンズを拭く。

「もちろん、それなりの手は打たせていただきますが」

その言葉は、誰にも届くことなく静かに消えていった。

849名無しリゾナント:2013/06/03(月) 02:25:53
>>842-848
更新終了
代理投稿をお願いします

850名無しリゾナント:2013/06/03(月) 13:00:37
>>840
とりあえず「米」の二話を転載
ほうそう来たかという感じw

851名無しリゾナント:2013/06/03(月) 22:56:16
>>850さん
代理投稿ありがとうございます。規制されている身として本当に感謝しています
そうきましたよw ま、気付いていた人もいたんじゃないですかね?地味に1話目に伏線あったし
いつもより感想が多くてなんか感動しています。
8人のいた世界は次回更新時に明かしますね

852名無しリゾナント:2013/06/04(火) 05:49:18
>>849
行ってきたで〜
今度は対れいなが軸となるのか

853名無しリゾナント:2013/06/04(火) 16:05:22
高橋愛と初めて出会ったあの日、銭琳は聞いた。
貴方が追い求めている存在をどうするのかと。
高橋は一瞬、無表情になった。空っぽの中身を見るようだった。

 決まってる。決まってるよ、最初から、決まってる。
 あーしはそれだけに生まれて、それだけに死ぬ。
 この世界はな、そうなるように出来てるんよ。
 だから、リンリン、あーしはその願いを叶える為なら ――

選んでいる。選ばなければ、選んだ先の未来。
偽物の世界。でも誰かにとっては、本物の世界。
これを作り物の悪い夢なら、どれほど良かっただろう。

それでも高橋は笑っていた。笑っている。
自分を隠して、自分を偽って、笑うしかなかった。
狂うよりも笑うことで、自分を肯定したいと願っていた。
自分は人間だと、誰かに想っていてほしかった。

理想。妄想。想像。それでも。
高橋の手は白く、細く、そして、血の温もりを感じた。

 リンリン、あーしに命を預けることはないよ。
 あーしは多分、誰よりもワガママで、弱い人間だから。


だから、誰よりも強い心が欲しかった。

854名無しリゾナント:2013/06/04(火) 16:06:05
 ―― ―― ―

 「感情エネルギーを蓄積する、それがi914と呼ばれる疑似精神体だ。
 それをナノマシンと遺伝子操作で作り上げた肉体を合わせて、高橋愛が生まれた。
 だが、それによる人型の維持が出来ずに、最終的には消滅する。
 耐えきれないからだよ、生身にナノマシンを仕込まれて無事だと思うか?
 i914が発動すれば同時に限界値を越えてナノマシンが暴走する。
 これが今起こっている悲劇の引き金だ」
 
あの時、吉澤ひとみと二度目の会話を行った時の記録が蘇る。
生みの親である闇の帝王の心情を、問う。
吉澤は笑みを浮かべて、皮肉そうに答えた。

 「…ダークネスは何故、そんなことを?」
 「言っただろう?お前が言う正義なんてこの世には存在しない。
 するとするなら、それはお前の中にしかない。
 自分が思うことを誰かに共感されたことによって、勘違いしてるだけだ。
 高橋がお前達に声をかけたのはね、お前達がそれに固執してるのを知ったからだ。
 【精神感応】は便利だな、心を見透かし、利用する」
 「…っ、愛チャンはそんなヒトじゃなイ!愛チャンはそのチカラで気付かセテくれタ。
 独りじゃないッテ、私はトテモ、嬉しかったんダ」
 「人は闇を恐れる、人は救われたがっている。
 だから力を求める、だから群れを作りたがる。これは真理だ」
 「私、アナタのことは嫌イダ」
 「あたしはあんた達が嫌いじゃないよ。そうして反抗してくれるだけで
 お前達がまだ諦めてないことを実感する。頑張ってくれよ、自分のために頑張れ」

855名無しリゾナント:2013/06/04(火) 16:06:49
銭琳は【念動力】によってi914の身体を大熊猫から引き剥がし
【発火能力】で火球をその身体にぶつける。
が、i914は【瞬間移動】でそれを回避すると、銭琳に視線を向けた。

新緑の炎が纏われた銭琳の瞳は、ただ一つの決意を込める。
死ねない。死ねない。死ねない!死ねるものか!!

――― 重症を負いながらも、二人は喫茶店『リゾナント』へと帰ってきた。

瀕死の李純と同じく道重さゆみの【治癒能力】によって治してもらったが
李純の状態をすべて話し、銭琳は故郷へ帰還する。

喫茶店への常連客にはろくに挨拶もできず、新垣里沙や
田中れいな、道重さゆみ、光井愛佳達に別れを告げた。

 祈りの込められた言葉に包まれて。

二人が帰還した後、李純はすぐに軟禁状態となってしまった。
銭琳への尋問がいくつか行われてからは、また『刃千吏』での
護衛官として任務が始まり、1年ほどが経過する。
銭琳はそのまま流れに身を任せる、ということをする気は無かった。

 終わっていない。まだ何も、終わっていない。

銭琳は感じていた。繋がりを感じていた。"共鳴"が疼く。
李純を連れ出したことによって、もう帰ることは許されない。
だから帰らなければ、第二の故郷、日本へ。

短い旅だ、そしてこれが最後の旅になるのかもしれないと思った。

856名無しリゾナント:2013/06/04(火) 16:07:41
 ―― ―― ―

高橋は銭琳に問う。
どうして自分の味方をしてくれるのか。
ダークネスとの関係を何処から入手したのか。

無表情の高橋は言う。それは一歩間違えれば、敵とも捉えられる問い。
銭琳は片言の台詞で、答えた。
自分の組織のことを、自分が知る限りの異能のことを。
味方になりたいという想いが本物だということを。

 「リンリンは、優しい子なんやね」

思わず口走った様な言葉ではなかった。
静かに、落ち着いた口調で、穏やかな笑顔と、差し出された掌。
精神系異能者である高橋愛に嘘は通用しない。
それは組織の人間に褒められたものよりも、"認められた"気がした。

 その心が、あーしにもあったらな。

人間には僅かなチカラがある。異能ではない、誰でも保持しているチカラ。
それは願いのようであり、それは祈りのようでもある。

誰かは【呪い】と呼び、誰かは【共鳴】と呼び。
誰かは【言霊】と呼んでいた。

857名無しリゾナント:2013/06/04(火) 16:16:09
『異能力 -Soul to return home-』
以上です。

今個人的に気に入ってるのは>>435さんの作品だったりするんですが
他の皆さんもまだこんなにも文才を持ってる人が出てくるなんてアリガタヤー
やーホントに飽きないスレだなあ。

858名無しリゾナント:2013/06/04(火) 16:17:17
------------------------------------ここまで。

いつでも構わないのでよろしくお願いします。

859名無しリゾナント:2013/06/05(水) 10:39:23
行ってきたゾ
i914の設定とかSF方面にブッ飛んだというか踏み込んだものになってますね
しかしどう終わるんだろう

860名無しリゾナント:2013/06/05(水) 12:59:08
>>858です。
代理投稿ありがとうございました!
元々i914はSFな認識を持っていたのでブッ飛ばしてみました。
ホントにどう終わらせるんでしょうね(白目

861名無しリゾナント:2013/06/05(水) 23:16:55
絶望を抱えた少女が一人。
絶望の象徴だった少女が一つ。

少女は自覚していた、自分がいかに罪深く、そして、闇であるか。
だが何処かで違和感も覚えていた。
自分がなぜ【光使い】と称されるようになったのか。

誰かの希望であったのかもしれない、誰かの絶望であったのかもしれない。
それならば、と思っていた。
絶望よりも希望を選んだのは、それがきっと正しいものだと思ったからだ。
誰かが希望を待っているのなら、この身を差し出そう。

そう思っていた。
そう思っていたかった。

 「なんか、意外やな」
 「何が?」
 「自分が、こんなにも長生きやったんやなって」
 「バカなこと言ってないの。これからじゃない」
 「うん…」

 「なぁ、ガキさん」
 「なに?」
 「ガキさんは、このセカイが好き?」
 「…なんで?」
 「あーしがしとる事って、このセカイを守るってことが大前提やんか」
 「まぁ、そうだね」

862名無しリゾナント:2013/06/05(水) 23:17:36
 「でも中には、こんなセカイなんかキライやって言う人もおる。
 このセカイが綺麗か汚いかは、その人の価値観で決まるものやからね。
 だから、あーしの相手は時には組織以外の人らとも戦う羽目になっとる」
 「つまり?」
 「つまり、あーしらがこのセカイを守るって事は、そういう人らが現れる
 可能性、確率を高めとるんやないかって、な」

 「でも、私達みたいなのが居ないとこれまでよりもそういう人達が増える可能性だってあるよ。
 それに、愛ちゃんはこのセカイを守りたくてリゾナンターを結成したんだよね?」
 「やと、思う」
 「なに今のあいまいな答え。違うの?」
 「あーしは、今までこのセカイの未来を目指して来てたと思っとった。
 でも、それは皆に会えて、皆とおるセカイが幸せやったから、未来もきっと幸せ
 なんやろうって、思い込もうとしとったんやないかな」

愛は手のひらを擦り合わせ、開いた両手をまじまじと見つめる。
其処に、何を見つけていたのだろう。

 「時々思ってしまうんよ。
 もし、もしな、これからの未来が自分が思ってた未来と違ったものやったら、どうしようって」

一瞬の空白。
それを、その言葉の意味を、彼女は解っているのだろうか。

 「――― 未来が怖いんやない。やり直しが効かんから、進むことに臆病になるんや。
 でも出来ないからこそ、あーしらは未来を目指すことにしたんやもんな。
 あの景色を守るためにも。だから、あーしはこのセカイが、皆が好きやと思いたい」

863名無しリゾナント:2013/06/05(水) 23:18:19
酷く優しくて穏やかな声。
明日、失ってしまうかもしれないけれど、歩いていこう。
だって、ここに居るのは事実だから。

 遠くの街が光り輝く。
 クルクルと舞い踊る平穏の象徴。

光が塗り潰した世界。光が塗り替えた世界。
それは、何も無い世界。

 里沙は答えなかった。答えられなかった。
 誰もが望み、誰もが到達するまでに至らない領域への願いなど。
 
それは里沙が、最も強く想い続けていた事だということなど。

864名無しリゾナント:2013/06/05(水) 23:28:04
『異能力 -Invitation to the jaws of death-』
以上です。

>>490
突き放してはないんですが、リゾブルの構成を自分なり
に解釈してi914をメインにするとこうなってしまうんです。
ホントどう終わるんでしょうね。

865名無しリゾナント:2013/06/05(水) 23:29:09
-------------------------ここまで。

いつでも構わないので、よろしくお願いします。

866名無しリゾナント:2013/06/06(木) 20:41:38
>>852
代理ありがとうございました。
流れに便乗しますが>>435さんの作品の続きが楽しみですw

ということで粗作投下いたします。

867名無しリゾナント:2013/06/06(木) 20:43:54
>>450-457 の続きです


都心のとある、高層オフィスビル。
1Fの飲食テナントに行列をなすサラリーマンやOLたち。列の中央にいた管理職らしき中年が、突如掛かってきた携帯を片手
に、自らが手がけたプロジェクトの説明を始める。
先にお目当てのサンドウィッチをゲットした二十歳そこそこの女子社員たちが、エントランスのベンチに腰掛け、昨日の人気ドラ
マの内容について姦しく喋っている。
別のベンチでは、午後の会議に備え、若いサラリーマンが持参したレジュメを穴が空くくらいの勢いで何度も読み返していた。

エントランスの受付に、一人の男が近づいてきた。
受付嬢の一人が、男の顔を見てまたかという顔をする。男は、隣のビルのオフィスに勤めている会社員だった。

「ねえねえ、今暇?」
「勤務中です」
「そんなつれないこと言うなよぉ。俺さあ、この前出張で仙台行ったのよ」
「それが何か?」
「実はさ、買って来たんだよ」

男が、カウンターにみやげ物の袋を置く。
ケーキ生地にカスタードクリームが入った、女子に人気のスイーツだった。

「君のために苦労して買ったんだぜ?」
「まあ、それはそれでありがたく受け取っておきますが」
「その代わりと言っちゃなんだけどさあ、今度の日曜に…」

受付嬢は男の言葉を無視し、袋から箱を取り出す。
ずしりと重いそれは。
袋から取り出した途端に、閃光を放ちながら爆発した。

868名無しリゾナント:2013/06/06(木) 20:45:00
男も、女も。
目の前で起こっていることについて、1ミリも理解できなかった。
ただ、事実として。
自らの肉体が爆風によってひしゃげ、歪み、破壊されてゆく。
小さな箱から広がった狂暴な力は、瞬く間に建物全体へと広がっていった。

エントランスを覆っていた窓ガラスが、一斉に砕け飛ぶ。
通りを歩いていた人々はその直撃を受け、全身を切り刻まれながら路上に倒れ伏した。
もちろん、建物の中の被害はその比ではない。
爆心地を中心に、猛烈な炎と衝撃波が人々を襲う。
まるでおもちゃのように吹き飛ばされる、老若男女。

ベンチは座っていた人間ごと飛ばされ、肉体と複雑に絡み合いながら床を転がる。
壁に全身を強く打ち付けるもの、天井まで飛ばされるもの、破壊された床の瓦礫の雨に晒されるもの。共通している事はみなそ
の時点で命を失ったということ。

構内は、悉く破壊され、原型を留めない。
掲示板も、椅子もテーブルも、まるで巨大な生き物になぎ倒されるが如く。
その場にいた人たちも、同様だった。

土煙と、肉の焦げた嫌な臭い。
エントランスの受付は隕石でも衝突したかのように大きく抉れていた。
そこにさきほどの男女はいない。爆発により、肉片すら残すことを許されずに全てが消滅していた。


日常。
普通の人たちに与えられた、当たり前の日々。
それは特定の人物の悪意によって、前触れもなく終わりを告げた。

869名無しリゾナント:2013/06/06(木) 20:50:04




爆発事故から、数分後。
警察や救急隊の正規のルートとは別に、都内の警察組織と懇意にしている能力者たちは現場に急行するよう協力を求められる。
目的は、治癒能力を保持する能力者。現場の負傷者の手当てのため、喫茶リゾナントの店主である道重さゆみは後輩たちに店番を
頼むと慌てて店を飛び出した。

「聖も行きます!」
「ダメ、フクちゃんは残ってて。大丈夫、さゆみだけじゃなくて他の治癒能力者の人たちにも声をかけてるらしいから。お店のこ
とはお願いね」
「…わかりました」

さゆみの能力を普段から複写し使用している聖もまた、協力を求められている能力者の条件に符合していたものの、さゆみは万が
一のことを考え店に残るよう指示を出す。
もし、治癒能力を持つものがいない状態でダークネスの襲撃を受けたら。そんな不安がさゆみの脳裏を過ぎったのだ。

都内のオフィスビルで爆発事故があったらしい。
それだけの情報しか与えられなかったメンバーたちは、自然に店内備え付けのテレビをつけることになる。
テレビはどのチャンネルも、都心で起きた爆発事故のために特別体勢でニュースを報じていた。

「うわ、ひどい…」

画面越しに飛び込んできた惨状に、思わず亜佑美がそう口にする。
瓦礫に埋もれた、事故現場。多くの血まみれの人々が、そこに倒れていた。

再び、カメラがテレビスタジオに戻る。
状況から不慮の事故の可能性は薄いことが、司会者から説明された。
コメンテーターが、最近不穏な動きを見せる近隣国のテロリストの仕業ではないかと発言する。また、犯罪評論家として名を売っ
ている別の男性が、不景気を理由にして鬱屈した人格の人間による単独犯なのではないかと断じた。

870名無しリゾナント:2013/06/06(木) 20:51:06
「いったい、誰がこんなことを」

春菜が、顔を青くしてそんなことを呟く。
リゾナンターとなってから、いや、能力が発現してから。多くの悪意に触れてきたつもりだった。しかしその経験を辿ってみて
も、ここまでのひどい行為を彼女は知らなかった。

「くそ!犯人がわかってたら衣梨がこの手でとっちめるのに!!」

怒りに任せ、衣梨奈がテーブルを叩く。
ただ、現場に行き残留思念を探るならまだしも、画面越しでは到底犯人の目星などつくはずもなく。聖だけではない。他の三人
も、現場に駆けつけたいのは一緒だった。

しかし、彼女たちは常にダークネスという巨大な組織に付け狙われている。
この時間は学校に通っている年少組が、もし組織の人間に狙い撃ちされたら。その危険性を考えると、学校からほど近いこの喫
茶店で待機するのは最善の策と言えた。

亜佑美の携帯が、鳴る。
画面を見てみると、遥からだった。
手に取るや否や、特有の塩辛い声が響き渡る。

「大変!大変なんだよあゆみん!!」
「え、ちょっと、どうしたのくどぅー」

あまりのことに面食らう亜佑美だが、切迫した遥の声が衝撃の事実を告げた。

「まーちゃんが、まーちゃんが攫われたんだよ!!!」

871名無しリゾナント:2013/06/06(木) 20:52:35


ここは、喫茶リゾナントからほど近い中学校。
リゾナンターの中学生組である里保、香音、優樹、遥は一緒にこの中学校に通っていた。

「さーやしっ!」
「あひゃあ!?」

放課後の教室。
掃除当番だった里保の背後から抱きつくクラスメイトの女子。
本来ならばこの程度の襲撃、気配を感じた時に手にした箒で撃退できるのだが、そんなことを学校という平和な空間で披露する
わけにはいかない。
結果、甘んじて背後を取られさらにくすぐられたりしてしまうわけだ。

「もう、集中して掃除できないよ」
「何堅いこと言ってんの。おっ鞘師いい匂い」
「やめてよー!」

さすがに匂いまで嗅がれるわけにはいかない。
一度、冗談で学校でこんなことされてるんです、とリゾナントで話題にした時のこと。「そんなはしたないこと、やっちゃダメ
!」と言いつつ、凄く羨ましそうにしていたさゆみの顔は忘れたくても忘れられない。

「そう言えばさ。あの後輩の子、今日は来ないの?二人組の片割れ」
「まーちゃんのこと?」
「そうそう。いつもだったら『さやしすーん!』とか言って教室に入ってくるのに。面白い子だよね、あの子」

面白いだけならいいんだけどねえ。と里保はひとりごちる。
リゾナンターいちの「問題児」。その面倒を見ることを強いられている二人組のもう一人、遥の心労たるや。

にしても、いつもの光景が見られないのは違和感がある。と言うより。
何か、嫌な予感がする。
里保は自らに去来する胸騒ぎを抑えられずにいた。

872名無しリゾナント:2013/06/06(木) 20:54:52


時は少々遡る。
遥のいるクラスより早めに授業が終わった、優樹のクラス。
まるでロケット装置でもついているかのように、優樹は教室を飛び出す。

たなさたん、たなさたん♪

今日はれいなは仕事も特になく、久々に夕方から店のキッチンに立つという。
それを聞いた優樹は自らもれいなの手伝いを買って出た。
早く、喫茶店に行きたい。そのためには、優樹以外の三人ととっとと中学校を出なければならない。下校する時は四人で集団下
校。本来なら一人でまっすぐ喫茶店に向かいたいところだけれど、リーダーの厳命とあらば致し方ない。

となれば、三人の教室に立ち寄って下校を促すのがてっとり早い。
優樹の心は既にここににあらず、喫茶店に向いてしまっていた。

上級生の教室へと続く、廊下。
今は授業中、遮るものは誰も居ない。はずだった。
廊下を駆け抜ける優樹の前に現れた、派手な格好の女性。極彩色に彩られたきらきらとしたそれは、まさにステージ衣装。

「あれ、テレビで見たことある人だ」

優樹が女性に向かって指を指す。
日本に住んでいて、その姿を見たことが無い人間はいない。それほどまでに圧倒的な知名度を誇る、スーパーアイドル。

「えーと、何だっけ名前。そうだ、ばつうらあやさん!」
「微妙に違うんだけど、まいっか。お嬢ちゃんさあ、あたしにちょっと付き合ってくんないかな」

さっきまで決して絶やさなかった笑みが、消えた。
この人、怖い。
本能で優樹はそう感じる。けれど、それはあまりにも遅すぎた。

873名無しリゾナント:2013/06/06(木) 20:56:42


「時の皇帝、タカーシャイ・ハヨシネマは騎士団を率い、勇敢に戦った。これが201年の出来事な。『ニオイが嫌なの』の語
呂合わせで覚えるように」

歴史の授業。
多くの生徒たちが真面目に授業を聞いている中、机に顔を伏せている少年の頭のようなショートカットが、一人。
工藤遥は、完全に眠りの世界に落ちかけていた。
歴史など兄を救うために敵の本拠地に乗り込んだ海賊の話だけで十分、寝る子は育つのだ。頭の中で狸みたいな鹿が一匹、二匹
と横切り始めたその時だった。

・・・まーちゃん?

リゾナンターたちは、互いに共鳴しあう。思念に関しても、また然り。
ここは大勢の人間が集う学校であり、心の叫びがダイレクトに届くような場所ではない。しかし遥は優樹の助けを求めるかすか
な声を、聞いた。

「せっ、先生!はる、トイレに行きたいですっ!」
「しょうがないなあ、漏らすなよ?」

先生の軽口に生徒からの笑いが起こる。
遥はデリカシーのないじっちゃんをひと睨み、脱兎のごとく教室を出て行った。

声が聞こえた方向に、「千里眼」を発動させる。
壁の向こう、校庭の先。真向かいの民家の屋根を、軽快な動きで飛び移り移動する女の姿が見えた。脇に抱えている少女は、間違
いなく優樹。

「まーちゃん!ちくしょう、あいつ!!」

女が何者か。何のために優樹を攫ったのか。
わからないが、阻止すべきことには変わらない。ただ、今から校舎を出て到底間に合う距離ではない。見えるのに、何もできない。
そんなもどかしい思いを汲むものがいた。

「くどぅー、方向はこっちでいいの?」
「鞘師さん、鈴木さん!!」

異変に気づき、駆けつけた二人の先輩。
里保は香音に目配せし、それから壁に向かって走り出した。
香音の「透過能力」により、里保は壁をすり抜けて校舎の外へと大きくジャンプする。

「え、嘘だろ…」

遥が絶句するのも無理はない。
壁の向こうは確かに外だが、ここは校舎の3階。飛び降りて無事で済む高さではない。しかし里保は弧を描くように綺麗に着地し、
人攫いの女を追いかける。

「ほらくどぅー、あたしたちも追うよ。もちろん階段を降りてね」
「は、はいっ!」

香音に促され、遥は慌てて階段に向かって駆け出した。

874名無しリゾナント:2013/06/06(木) 20:57:49
>>867-873
更新終了
お手すきの時に代理投稿お願いします

875名無しリゾナント:2013/06/07(金) 00:39:39
>>874
行ってきたで〜
これまでになく風雲急を告げるシリアスな展開ですこと

876名無しリゾナント:2013/06/07(金) 22:38:30
 ―― ―― ―

人間と異能者の間には、深くて広い溝がある。
その溝に橋を架ける事はできるかもしれないが、あまりにも脆い。
異能者にとってこの世界は、生きるためだけに生きることのできる世界ではない。
目的が無ければ生きてはいけない、という訳でもないが、重要な部分でもある。
生かすも殺すも、自分で考えなければいけない。
考えなければ、生きていけなかった。

異能者はどこかで人間を嫌わなければいけない、という節がある。
好きでも、自分とは違うからと線を引く。
同じ人間のはずなのに。

そんな二つの存在に共通するものがあるとすれば、覚悟。

命を失くす覚悟。
一時の勢いで生まれただけの覚悟であっても、それがどんなに
難しいものかを理解することが出来る。
異能に対峙する人間はある意味で恐ろしい。

特に子供の異能者。
命を危機に晒され続ける人生を歩んできたわけでもない。
ごくごく普通の生活を送ってきたであろう少女達。
普通に学校に行って、部活などをして、それなりの学校生活を
謳歌していた彼女達の日常の歯車を狂わせるきっかけ。

877名無しリゾナント:2013/06/07(金) 22:39:12
人間界での葛藤もあっただろうが、その中で異能者という存在を知り
出逢い、そして触れあってきた事による、理解。

信じてきたことも何度かあったが、それと同じくらいの裏切りもある。
その裏切りを絆として抱いている者はあまりにも救えない。

 「正直、あたしのところに来るなんて思ってなかったです」
 「それほど私も、なりふり構ってられなくなっちゃったって事よ」
 「あたしは自分で決めたんです、それは後悔してないですよ」
 「うん、分かってる。咎める理由もないよ、だからあんたを行かせた」

久住小春がリゾナンターを離反したのは、高橋愛が
失踪してから約半年後のこと。
光井愛佳と行動を共にしていたが、i914と遭遇した事によって
全てを理解した上で、自ら離れることを決意した。

その後は安倍なつみに拾われるように【ダークネス】の組織へ。
リゾナンターのメンバーとの間には溝が生まれてしまったが
久住本人は、何も言わなかったし、何もしなかった。
皮肉を言う者もいたが、久住は気にも留めず、それから半年が経過する。

 「あんたはまだあっちでの生活だって出来る。
 リゾナンターが何でできたのかが分かってる今、小春は
 もうこの世界に居なくてもいい、だけど狙われてるのは変わらないからね」
 「…何が言いたいんですか?」

878名無しリゾナント:2013/06/07(金) 22:40:48
i914によってダークネスを打ち倒され、組織が壊滅してからは
安倍や飯田と共に別の場所へと隠れ住んでいた。

芸能界での「月島きらり」も失踪中という扱いでメディアにも
報道され続けている上に、両親からも警察への捜索届が提出されている。
だが今i914の問題が片づかなければ、彼女は日陰者としての
日常を送り続けるしかない。

 「あんたはいろいろと手間がかかったけど、あたし達以外を
 巻き込もうとしたことは一度も無かった。
 だから皆、内心では分かってるのよ。事実を知った今、小春の行動はむしろ正しい」
 「…まさか、安倍さんに?」
 「あの人はただ、見守ってくれるだけ。小春も選べるのよ。
 だけど私にはこれ以上のことは言えない。
 それはあんたの為にならない。あんたの思うことじゃない。
 だから選んで、小春、私に、協力してくれるか、どうか」

久住小春はもうリゾナンターではない。
ただ、光井愛佳には離反するときに一度だけ、声をかけた。
その表情は久住を責めるわけでもなく、安心したようでもない。
ただ、見ていた、自分を。久住小春を見ていた。

新垣里沙は裏切り者だった。
リゾナンターという道具を使って人を蒐集し
エネルギーの媒体として利用されていた事実。
自分のためというのは偽善だった。
ただ"共鳴"のチカラによって高め、強化された異能だけが必要だった。

879名無しリゾナント:2013/06/07(金) 22:42:15
【ダークネス】の目的。シナリオ。
全てにおいて許さない。許さないのに。

 「あたしは協力しない。だけど、このままじゃ自由になれない。
 だから小春は、小春のために動く。
 光でも闇でも、あたしはあたしのままで居続けてやるんだ」

イメージなど関係無い。認識なんてものは自分の目で十分。
見守るなんて真っ平ごめんだ。
信じるも信じないも、全て自分で決めて来たように。

 「…分かった。でも、私達がこれからやる事と、場所だけ教えておくわ。
 きっとあの子も追いかけてくるだろうから」
 「新垣さん」

久住に名前を呼ばれて、新垣は思わず顔を見る。血のような燐光。

 「あたしは、きっと殺せますよ。あの人を、殺せる」
 「分かってる。分かってるよ、小春。私もきっと、そうするだろうから」
 「うそつきですね」
 「そうだね、私はずっと欺き続けて来た。
 けど、やっぱり私も、私のために動いていたい、これは嘘じゃないよ。
 もう隠す必要も、ないしね」

携帯電話が鳴る。表示をみて、新垣の表情がいっそう険しくなった。
それは絆が覚悟へ、変わる瞬間。

880名無しリゾナント:2013/06/07(金) 22:46:58
『異能力 -Invitation to the jaws of death-』
以上です。

最近は哲学やSFに対しても厨二病と罵る発言が増えてて悲しい。

881名無しリゾナント:2013/06/07(金) 22:47:37
----------------------------ここまで。

いつでも構わないのでよろしくお願いします。

882名無しリゾナント:2013/06/08(土) 10:20:55
>>881
行ってきたよ〜
最後の最後でガキこはですか(違
共闘の理由が己のためといのは真実なのかそれとも偽りなのか

883名無しリゾナント:2013/06/09(日) 22:55:43
譜久村聖と出会ったのは、亀井絵里が眠ってからだった。
とある経緯で譜久村と亀井が接触し、亀井が負傷の末に眠りにつき、それによって
もうかれこれ1年が経ち、道重さゆみは『リゾナンター』のリーダーになっていた。

譜久村は多く語らなかったが、自分の事や、亀井が助けてくれたことを
微かな声で説明してくれたのは覚えている。
謝罪の言葉もあった。
だがそれに対して道重は、責めることは出来なかった。
責めたところで現実は変わらない。
どこかで変えようと思っても、もう出てしまった結果は変えられない。

変えられない、代えられない。

亀井が居ないという現実、在るのに、有ると思えない。
空虚。なんて切なく、悲しく、寂しい。
ジュンジュンやリンリンが故郷へ帰ってしまった時も悲しかったが
それ以上になにか、心の底が欠けたようで。

譜久村は道重のことを尊敬してくれている。
尊敬の眼差しを受けていると、心の何処かで微かな違和感を覚えた。
落ちてしまった欠片が、小さく、割れる。

 「やー久し振りだねえ、焼肉なんてさ」
 「愛ちゃんのご飯も良いけど、やっぱりたまにはこういう油っぽさも大事だと思うの」
 「ま、日々の頑張りによるごほーびですよ?」

884名無しリゾナント:2013/06/09(日) 22:57:21
その出来事がある前、亀井がまだ元気だった頃に二人で焼肉屋へ向かった記憶。
その店は食べたい肉を自分でとってくるビュッフェ方式であり、九十分以内なら
とる肉の量に制限が無い。
それを良い事に、二人は大量の肉を盛っていた。
種類はそれなりに考えたが、一度皿に持ってしまえば、それを残すことは
マナー違反となって追加料金を取られる。シビアな世界だ。

葱タン塩を食べている彼女が言葉を呟く。
彼女は食事制限もそれなりにある為、こうしたものは控えるようにと
念を押されている、だから数ヶ月に一度、というペースを約束していた。
もちろんその反動は大きい。

道重も網の上で何度もひっくり返してから、タンにネギを載せてレモンを
かけて、ご飯と一緒に食べる。
カルビをサンチュに巻いてみたりもしながら、一口ごとにしっかりと噛んで。

二人は食べ続け、最終的には全部平らげてしまった。
顔をつき合せて焼き肉を食べるという色気も何もない状況ではあるが
好きな人と食事をして、会話をして、というのはとても楽しい。

 「ん、このアイス美味しー」
 「デザート食べるとなんか、シメって感じがするよね」
 
嬉しいのも、落ち込むのも、悩むのも、それによって自分の心が
揺れ動くたびに、その思いが大切になっていく。
この思いがいつか終わる時が来たとしても、それでも道重は断言できた。

 なんて、幸せなんだろう。

885名無しリゾナント:2013/06/09(日) 22:58:19
食欲が満たされているからなのか、それとも亀井との会話と久し振りの
外食に心が躍っているからなのかは定かではない。
だが、楽しい。全てにおいてこの瞬間は、幸せだったのだ。

 「うへへ、さゆ、また食べに来ようね。今度はお酒も飲めたらいいな」
 「うん、楽しみにしてる」

今の自分は、どこにでもありふれた幸せを思っている。
それは普通の女の子と対して変わらない。
"今"が大切だと痛感する。

 ――― その幸せの先にあるモノを、道重は遠くない未来に知った。

それは知りたかった事実であり、知らなければいけない事実であり
知らなければ良かった事実であり、そして知りたくない事実だった。

―― ―― ―

夢を、見ていた。
亀井絵里と焼き肉を食べる夢。

食べる夢というのは良いのか悪いのか分からないが、以前に
歯が抜ける夢を見た時は、起きた直後、恐ろしくて仕方が無かった。
縁起が良いと言われたが、二度と見たくない。

886名無しリゾナント:2013/06/09(日) 23:00:59
しかし『夢を見ていた』と今認識している自分は、目を醒ましているのかもしれない。
起きているにしてはやけに意識がぼんやりしているし
寝ているわりにはずいぶんと客観的に物事を考えている。

 (…そうだ。私は…)

瞼がやけに重い。
目を開けるという単純なことが、すぐに出来ないなんて。
やはり自分は夢を見ているのだろう。
寝ているから、目を開けられないのだ。起きたい、と思っているのに。

 「う……」

呻き声が聞こえた。やけに掠れた、小さな声。
自分の声だという自覚はあるが、これは夢の中で発したのか、寝言か。

 (私、は…)

本当に目を覚ました、気がする。やはり今までのことは全て夢だったらしい。
夜なのか、視界は薄暗い。その暗い視界の中で、誰かが寝ている自分を
見下ろしているのが見えた。

 「やあ、おはようさゆ、といってももう夜なんだけどね」

すぐ近くから聞こえる女性の声、まだ目が暗闇に慣れないのか
しっかりとは見えないが、聞き覚えたあった。まるで笑っているようなその声を。

887名無しリゾナント:2013/06/09(日) 23:08:16
『異能力 -Battlefield at the back of the chest-』
以上です。

スレ内でも雑談してくださいね。
過去の思い出話だったり、今のメンバーの事だったり。

888名無しリゾナント:2013/06/09(日) 23:08:53
----------------------------ここまで。

いつでも構わないのでよろしくお願いします。

889名無しリゾナント:2013/06/10(月) 01:21:23
>>887です。
すみません、最後の1レスの最後1列目の文章に誤字が
あるかもしれません、よければ修正して頂けると幸いです。

890名無しリゾナント:2013/06/10(月) 05:51:40
しかし『夢を見ていた』と今認識している自分は、目を醒ましているのかもしれない。
起きているにしてはやけに意識がぼんやりしているし
寝ているわりにはずいぶんと客観的に物事を考えている。

 (…そうだ。私は…)

瞼がやけに重い。
目を開けるという単純なことが、すぐに出来ないなんて。
やはり自分は夢を見ているのだろう。
寝ているから、目を開けられないのだ。起きたい、と思っているのに。

 「う……」

呻き声が聞こえた。やけに掠れた、小さな声。
自分の声だという自覚はあるが、これは夢の中で発したのか、寝言か。

 (私、は…)

本当に目を覚ました、気がする。やはり今までのことは全て夢だったらしい。
夜なのか、視界は薄暗い。その暗い視界の中で、誰かが寝ている自分を
見下ろしているのが見えた。

 「やあ、おはようさゆ、といってももう夜なんだけどね」

すぐ近くから聞こえる女性の声、まだ目が暗闇に慣れないのか
しっかりとは見えないが、聞き覚えがあった。まるで笑っているようなその声を。

891名無しリゾナント:2013/06/10(月) 05:56:32
>>889
本スレと間違えてこっちにアレしたけど転載完了
誤字は…motorさんを意識したわけではないですよねw

892名無しリゾナント:2013/06/10(月) 16:19:17
>>875
代理投稿ありがとうございます。
徐々にステップアップしていきたいと思っています。

それでは続きを投下いたします。

893名無しリゾナント:2013/06/10(月) 16:22:18
>>513-520 の続きです


喫茶リゾナント。
優樹が攫われたと亜佑美に一報を入れた遥だが、攫った人物を追うとしてそのまま電話を切ってしまった。
それと同時に爆発事故の現場を報じていたテレビの画面が、ふっと暗くなる。
次の瞬間にテレビが映し出したのは、煌びやかな衣装を身に纏ったアイドルが歌い踊る姿だった。

「ちょっと、誰ですか!?テレビのチャンネル変えたの!」

しかもこんな時にアイドルの番組だなんて。
亜佑美は先輩である聖を反射的に見てしまう。が、聖は自分ではないと言いたげに首を大きく横に振った。

「この人、松浦亜弥やん」

聖と同じくアイドル好きな衣梨奈が、言う。
チャンネルを変えたのはこっちのKYか。と思いきやそうではなさそうだ。いや、それ以前に。

「おかしいです。どこのテレビ局も爆発事故を報じているはずなのに」

そう言う春菜の指摘は、正しかった。
ついさっきまで、ザッピングしながら他の報道番組を見ていたばかり。いつもは重大な事件が起きているのにアニメを放送している
あの局ですら、特別報道番組に切り替えていたはず。

「それにこの時間はこんな歌番組、やってません」

きっぱりと言い切る春菜。
すると、画面の中でおかしなことが起こる。それまで歌い踊っていた松浦亜弥が、カメラにゆっくり近づき、そしてまるで画面を隔て
たこちら側に向かって話しかけてくるような態度を取ったのだ。

「いやいや、鋭いね。そう、これは喫茶リゾナントだけで見ることができる特別番組」

カメラにアップで映るその顔は、既に国民的アイドルのそれではなかった。
まるで月が雲に隠れるかのように、表情の闇が増してゆく。

894名無しリゾナント:2013/06/10(月) 16:23:27
「はじめまして。芸能人『松浦亜弥』は世を忍ぶ仮の姿」

ぱちん、と指を鳴らす。
きらきらした衣装は、瞬く間に処刑人のローブへと姿を変えた。
手に持つ桃色の刃を携えた大鎌は、死神のそれによく似ている。

「あたしはダークネスの粛清人、『赤の粛清』」

テレビを見ている全員の背筋に、寒気が走る。
先輩の話でしか聞いた事のなかったダークネスの幹部が、ついに姿を現したのだ。

「まず説明します。あなたたちの仲間を攫った人物は、あたしです」

カメラが、「赤の粛清」がいる場所の背後に焦点を合わせる。
柱に縛られ、ぐったりしている少女は。

「まーちゃん!!」
「そのとおり。ま、気を失ってるだけだからそういきり立たないの」

まるで、こちら側の様子が見えているかのように。
優樹が捉われの身となっている事実に憤る四人を窘める、「赤の粛清」。

「で、ここからが本題ね。これから、あなたたちは道重さゆみと田中れいなを除いた7人で、あたしが待つ
この撮影スタジオに来て貰います」

にこりと笑みを見せつつ、そう説明する粛清人。

「どうして道重さんと田中さん以外で」
「明らかな罠です!!」

敵が提示した条件に疑問を持つ聖に、春菜が強く牽制する。
だが、次に「赤の粛清」が取った行動により選択肢は消滅した。

895名無しリゾナント:2013/06/10(月) 16:24:24
画面に向け、翳した大鎌の刃。
桃色の刃が、まだらに光る。何かが、滴り落ちている。
刃の上には、毛の生えたボールのような物体が、数個。よく見ると。
それは見知らぬ中年たちの生首だった。

「安心して。スタジオの責任者のおじさんたちはもう口が利けません。堂々とスタジオに乗り込んできてく
ださい。でも、あたしの誘いを断わったり、先輩たちにこのことを知らせた場合」

「赤の粛清」が、鎌を背後の優樹に向ける。
勢いで生首が転げ落ち、バウンドしながら床に赤い染みを作った。

「生首がひとつ、増えることになるけどね」

その台詞が、最後まで語られることはなかった。
衣梨奈が、手にしたピアノ線をテレビに巻きつけ粉々に破壊したからだ。

「行こう、聖」
「うん」

衣梨奈の呼びかけに聖が、力強く頷く。
最早一刻の猶予も無い。罠だろうが、何だろうが、手をこまねいていては優樹の命が危ない。

「道重さんや田中さんには…」
「優樹ちゃんのことを考えるとそれはできないよ。大丈夫、優樹ちゃんを助けたら逃げればいい」

春菜の提案を、やんわりと否定する聖。
相手はダークネスの幹部だ。普通に考えればとてもではないが太刀打ちできる相手ではない。
ただ、相手の虚を突きその隙に場を離脱することくらいなら可能なはず。

さゆみ、れいなに続き聖はリゾナンターでも三番目の年長者になっていた。
状況を考え、最善の手を打つという考え方は、新しいリゾナンターたちのまとめ役である彼女の中にも育ち
つつあった。

ただ、それでもやはり聖の考えは甘かったと言わざるを得ない。

896名無しリゾナント:2013/06/10(月) 16:26:31



まるで忍者漫画に出てくる忍者のようだ。
人攫いは民家の屋根を飛び、電信柱を足場にして、さらにマンションの屋上へと飛び上がる。
しかし、追いかける里保もまた、「水軍流」によって鍛えられていた。故郷の切り立った崖や谷に比べれば、
都会のコンクリートジャングルなど比ではない。

追跡していた赤いスカーフが、大きな建物に入る。
建物の玄関に降り立った里保はそこが、テレビ撮影に使用されているスタジオらしき場所であることに気づく。

誰か人がいるかもしれない。

しかし、躊躇している時間はない。
里保は息を大きく吸い込み、それから意を決してスタジオの中に乗り込んでいった。

実に奇妙だった。
受付、建物の中。まるで人の気配がしない。そもそも、こういった類の場所の玄関ににいそうな警備員すら見当
たらなかった。
既に敵の手がこの建物に伸びている、と考えるのが自然。とすればこれから先どんな罠が張られているかわから
ない。
里保は自戒の念を込め、ゆっくりと探るように建物の内部に入ってゆく。

「こっちだよ」

不意に、声が聞こえてくる。
第五スタジオ、と書かれたスタジオの入口が開放されていた。
周囲に最大限の注意を払いつつ中に入ると、声の主が大鎌を立てかけて待っていた。

「あたしの足について来れるなんて。なかなかやるじゃん」

頭上の照明に照らされているその顔に、里保は見覚えがあった。あのTVによく出ているアイドルか。ただ、今
はそんなことはどうでもいいことだ。

897名無しリゾナント:2013/06/10(月) 16:27:35
「まーちゃんは?」
「そういうのってさ、お約束でしょ」

言いつつ、大鎌の切っ先を里保に向けた。
力づくで聞けか、ならば望むところだ。
腰の刀の鍔にかけていた親指を弾き、ゆっくりと刀を抜いた。

「お、水軍流ってやつ?見せてよ」
「言われなくても!!」

両手に構えた愛刀「驟雨環奔」を片手に持ち替え、空いた手を懐に忍ばせる。
水の入ったペットボトルの封を切り、あふれ出した水でもう一本の刀を作り出した。

二刀流。
本来ならば里保の切り札である流法を真っ先に出した理由は、相手の得体の知れなさ。
誰にも気づかれずに、優樹に接触し、攫ったやり口。侮れない。
走りながら刀を交差させ、ぎりぎりまで溜めた力を相手の前で解放する。

「さすがリゾナンターの次期エース。けど、ダークネスの幹部を相手にちょっと舐めすぎなんじゃないの?」

交差した刀の先には、大鎌。
行き場のなくなった里保を、前蹴りで弾き飛ばした。
その威力を最小限に抑えるかのように、後ろに飛び、再び間合いを取る里保。

この人、ダークネス。それも、幹部って言ってた…

心臓が跳ね上がりそうになるのを、努めて冷静に抑える。
普通に考えれば、到底自分が相手になるような状況ではない。
ただ、そんなものは実際にやり合わないとわからない。能力の相性もあれば、戦略の有利不利もある。名前で物
怖じするなど、水軍流の名前に泥を塗る行為に他ならない。

再び、「赤の粛清」に正対する。
体を半身にし、「驟雨環奔」を持つ手を相手に向ける。俊敏さを優先した、水軍流剣術の構え。

898名無しリゾナント:2013/06/10(月) 16:28:07
「いいね、その表情。ぞくぞくするよ」
「いざ、参る!!」

里保が飛び出した。
「赤の粛清」が、向かってくる相手の首を薙ごうとその凶刃を振り上げる。
勝負は一瞬。鎌の軌跡が自らに届くより前に、相手を斬らなければならない。

桃色の刃が、弧を描く。
その軌跡上を、里保が駆け抜けた。

「ぐあああああっ!!!!!」

叫び声とともに、得物を取り落とす音。
斬られたのは、「赤の粛清」だった。
胸を十字に斬られ、鮮血が赤いスカーフをさらに赤く染め上げる。

あっけない結末。
相手の奢りがあったからか。それとも里保の実力が上回るほどに成長していたのか。

「くっ…舐めてたのは、あたしのほうだったか」

大鎌を拾いあげ、息も絶え絶えに「赤の粛清」が言う。
その表情にはもう、余裕はない。

必死の形相で襲いかかる粛清人。
鎌の持ち手を短くし、斬撃のストロークを短縮する。
だが里保もふた振りの刀を器用に使いこなし、凶刃を捌く。
左からの刃を「驟雨環奔」で弾き、返す刀をさらに水の刃で止める。

鎌の一撃をかわしながらも、里保の本能が必死に訴えかける、違和感。
何かがおかしい。
足元を掬う鎌の刃をジャンプで回避した時に、それは起こった。

899名無しリゾナント:2013/06/10(月) 16:29:00
「もう、いいよ。大体『わかった』」

「赤の粛清」が発した言葉ではなかった。
むしろ彼女自身、声の主を探そうと、スタジオの方々に首を向けていた。

「誰?出てきなよ!」

「赤の粛清」が睨みつけた先の空間が、歪む。
暗黒の虚、ゲートの出口から出てきたのは。

「だから言ったじゃん。大体わかったんだってば」

里保は目を疑う。
そこには、「赤の粛清」に寸分違わず同じ造形をした、「赤の粛清」がいた。

「あんた…クローン?」
「いいから。あんたの役目は終わったの。さっさと交代」
「クローンの分際で生意気な!!」

赤き粛清人の言葉は、そこでぷつりと途絶える。
いつの間にか首を攫われていた「赤の粛清」は、自分が何をされたかすらわからないまま、永遠に意識を失った。

「はい、ご苦労さん。て言うかあんたがクローンでしょうが」

目にも止まらぬ動きで、たった一撃で相手を死に至らしめた。
先ほどから里保を襲っていた違和感。今なら理由がわかる。
後からやってきた女性こそが、本物の「赤の粛清」であると。

900名無しリゾナント:2013/06/10(月) 16:29:50
>>893-899
更新完了
お手数ですが代理投稿をお願いします

901名無しリゾナント:2013/06/11(火) 10:54:28
>>900
行ってきますた
多方面で展開するバトルとかちょい意外な展開とか嫌いじゃない

902名無しリゾナント:2013/06/11(火) 23:00:58
 大多数の認識とは違って、世界は歪んでなどいない。
 ただ、人間の意思とはまったく関係なく荒れ狂う熱力学第二法則と
 混沌係数増加の法則があるだけである。
 我らは局所的に係数を減らす。それだけを愛と錯覚できるからだ。

―― ―― ―

科学者は人間ではない。
そう言ったのは誰だったかは忘れてしまったが、似た様な考えは彼女にもある。
理論とは、画家が使う絵の具の様なものだ。
いかに日々の研究を積み重ね、光沢の絵の具を作り出そうとも
どのような絵を描くかは其れを手にした者の自由だ。

そうして描かれた絵によって誰かの人生が変わったからと言って
責任の一端でも作った職人に求める事は出来ない。
ところが、そんな当たり前の理屈が人々には理解されないでいる。

科学技術を毛嫌いして自然回帰を訴える連中の中には、人類の歴史を引き合いに出し
有史以来多くの時代でその時々に生まれる最新の科学技術が戦争の為に
利用された事実を根拠として、科学技術を邪悪な物と主張する愚か者さえ存在する。

科学の理論。
自然界の法則はいかなる存在理由も無く、ただそこに「在る」物だ。
仮にその理論を最初に見つけた科学者が兵器としての利用を目指して研究を
積み重ねていたのだとしても、彼等が見出したその数式のどこかに
「この理論は人殺に行使する」と書かれていた訳ではない。

新たな技術を平和目的ではなく兵器として利用する事を選択したのは
最終的には世界であり、其処に生きる人間自身。
理論や、其れを生み出した科学者に責任を求めること自体が筋違いにも良い所だ。

903名無しリゾナント:2013/06/11(火) 23:02:04
「夢」や「ロマン」と言った俗物根性が抜けきらない人間ではあるものの
例えば自身の基礎理論が誰かの手で応用に応用を重ねて巡り続けた結果
新型の爆弾を生み出すきっかけになったとしても。
その爆弾で死んだ人々の墓に参ろうなどとは思わない。

齢二十歳を過ぎた女性に言わせれば
功罪の「罪」どころか「功」まで完全に突き抜けてしまうだろう。
彼女の研究を元にして生み出された画期的な脳外科治療術によって命を救われた
患者団体の表敬訪問を、あろう事か「スウィーツの時間なので」と一蹴した事がある。

 少なくとも彼女にとって、そういう代物なのだ、科学とは。

例え他人に無責任に罵られようと、自分の発見した理論の行く末。
その理論によって生み出される数多の罪など知った事ではなかった。
逸脱した人間。
世間の評価や大衆の声などには毛ほどの価値も見出しては居ない。

だが、人類の最先端に立つ科学者とはそうあるべきだと思う。
誰も知らない、全く未知の理論を発見すれば、それは良い結果だけを生まない。
相対する悪い結果は必ず現れる。

人類はそうやって発展してきた。
そしてこれからも、立ち止まっている時間など何処にも無い。
時間など止めて見せよう。幾らでも。

 だが、それを敢えて自身で拒んだ。
 絵の具職人の本分を踏み越えて、自らの力で美しい絵を描く事を望んだ。

904名無しリゾナント:2013/06/11(火) 23:02:48
世界の常識を塗り替え、全てを変える画期的な理論の創始者に成りたいと。
思えばそれは、科学者としての本能ではなかった。

 ――― 彼女の科学者になっての最大の不幸は、ただの人間だという事だった。

―― ―― ―

 「無理して喋んなくていいよ。貴方の"半分"が奪われてる状態なんだから。
 君達の共存は解離性なんてもので説明できる代物じゃない。
 なるほど、学者が異能者を"生き物"と捉えるなら、科学者は"現象"とも捉えれる。
 【言霊】による具現化がそれを証明してるんだ、不可能なわけがない。
 特にこの子達は共鳴者なのだから」

白衣の女性が何かを話していたが、道重は全てを思い返していた。
地面に叩きつけられる身体。
その前の刹那、飯窪が【粘液放出】で道重をカバーし、石田亜佑美が
【加速】で水の速度を弱めたのを視界に収めている。
だがそれでも二人は倒れ、道重も全身の痛みに苛まれた。

飯窪と石田に近寄ってきたi914が頭を掴んで何かをしていたが
そこで自分も力尽きた事で何が起こっていたかは分からない。
一つだけあるとすれば、止められなかった、という事実だけ。

幼い子供達を巻き込んでしまった罪悪感もある。
道重に協力してくれた少女達、何も関係のない8人を。
i914に一方的に攻撃された譜久村。
亀井が自分の命を賭けてまで救った彼女。
独りになった自分に尽くそうとしてくれた彼女を、守れなかった、事実。

905名無しリゾナント:2013/06/11(火) 23:03:31
 「人工的なんてものじゃない、人為的な一種の呪詛だよ。
 制約という言霊の下で抑えられてなければ、それは神域に値する。
 全く、君達は私の考えをことごとく突き破ってくれるねさゆ……さゆ?」

道重は全身打撲だけで済んでいた上に、【治癒能力】による
自然治癒によって既に完治しかけている。
彼女は静かに泣いていた。
紺野あさ美は慰める事はしない、彼女は掌で視界を隠して泣いている。

悲しんで生き続けていた道重。今はただ、泣かすだけ泣かすのが良い。
そう遠くない未来、道重には悲しい未来が待っている。繰り返される。
それが"共鳴"の制約だ。

 悲しみは強さを呼び、強さは繋がりを呼ぶ。

感情論の中で悲しみは喜びよりも継続性が高い。
世界において希望よりも絶望が多いように。
それがリゾナンターと呼ばれる所以、"共鳴者"はだからこそ強い。

 自身の命を削る強さ。

紺野が果たしたい願いは既に、世界へ還元されていた。
劣化コピーとしての自分には、とうてい到達することは出来ない領域だ。
だが。

 「…さゆ、亀井絵里を起こすことは可能だよ。そしてあなたの行動で
 この子達を救うこともできるわ」

906名無しリゾナント:2013/06/11(火) 23:04:14
道重は腕を上げて、紺野の顔をみつめた。
 
 「今からある人に連絡させる、その答えでやるべきことが決まるはずよ。
 起きなさい、そして、この子達を助けるために走りなさい、リーダー」

それはいつか、あの子に言ったことのある言葉だな、と思った。
道重の輝きが強まったのを見逃さない。
紺野は静かに口角を歪めて、笑った。

―― ―― ―

無慈悲な傷跡が君と私の街角に横たわっている。
だからといって、君の哀しみが癒されるわけでもない。
君の哀しみは、どこまでも君自身にしか属さない、属せない。
だからこそ私は哀しく、愛しいのだ。

907名無しリゾナント:2013/06/11(火) 23:16:32
『異能力 -Battlefield at the back of the chest-』
以上です。

なんて真面目な雑談なんだろう…w
便乗と言わずにわいわいしてくださいな。

>>580
やっぱり美少女戦士とか魔法少女のイメージが強いんじゃないですかね。
今の娘。も死と隣合わせではないですが、自分の肉体と精神を
削って活動してる訳ですし、その姿が被るのも理由の一つかなと。

>>582
断絶しなくても、当時のメンバーも織り交ぜてもいいんじゃない
かというのが個人的な意見です。だってリゾスレだもの。

908名無しリゾナント:2013/06/11(火) 23:18:16
-------------------------------ここまで。

いつも代理投稿ありがとうございます(土下座
今回少し長くなりましたので、お暇がある時に
よろしくお願いします。

909名無しリゾナント:2013/06/13(木) 00:43:52
2ちゃんが重かったので遅くなりましたけど転載してきました
話自体は終盤に差し掛かりつつあるんでしょうけどスレの始めの頃の雰囲気もそこはかとなく感じさせられた内容でした

910名無しリゾナント:2013/06/14(金) 20:10:48
それは少女の過去。
未来よりも過去に悔いを残し、やり直したいと求めていた過去だ。
その方法や手段を持っていたが、それ以上のことは想わなかった過去。
神を否定し、未来を抱いてそれでもなお歩み続けようとする信念。

 だからこそ、少女は気付かない。誰も囁かない。
 その未来に希望があるかは、誰にも分からないからだ。

――― 毎日顔を突き合わせていれば、色々なことが起きる。
諍いだってよくあること。
それがすぐに治まることもあれば、長引くことも無論珍しくはない。

特に少女は母子家庭でもある。
その上、幼少時代の事件によって母親との折り合いは悪い。
だが世間体を考ると母親は娘である少女を放置することも出来ない。
そんな母親に対して、娘もまた悩みを抱えていたが、通っている学校
での出来事を含めると、少女の方があまりにも悲惨な状態だっただろう。

 「出て行って!」
 「出て行くわ!」

などと叫んで部屋を出た後に、外が大雨で雨具も財布も持っていない
事に気付くのは、よくある事では無かったが。
様々な要因と共に少女は家を飛び出したが、早々に後悔していた。

 (…………あーあ)

911名無しリゾナント:2013/06/14(金) 20:11:21
少女は心の中だけで、大きくため息を吐いた。
口に出したところで、雨の音にかき消される。
屋根があるから雨はしのげるが、それでも時たま吹き込んでくる水滴は冷たい。
このままほとぼとりが冷めるまで立ち尽くしていたら、風邪をひいてしまいそうだ。
暦の上では既に夏とはいえ、梅雨の季節であるこの時期はまだ肌寒い。

 (もっと用意してから出てくれば良かった…)

戻って、着替え直して、傘と財布を持って出て行き直すというのも
馬鹿らしい話である。
たいていこんな喧嘩は、二、三時間ほど間をおけば済んでしまうものだ。
"普通の関係"なら。

 「そこで何しとお?」
 「あ、えっと、あ、雨宿りです」

そこはアパートの屋根であり、住人かもしれない女性が立っていた。
傘をさして買い物袋を持っているところを見ると、今帰ってきたばかりだろうか。
制服を着込んだまま、しかも夕刻を過ぎた時間に見知らぬ学生が
突っ立っていれば、誰もが怪訝な顔をする。

 「傘、持ってないと?」
 「あ、はい…くっ」

少女はくしゃみが出そうになるのを必死で堪える。
そんな彼女の心情を知ってか知らずか、女性は空を見上げた。
少女は濡れた地面が、ひどく寒々しく見える。

912名無しリゾナント:2013/06/14(金) 20:12:07
 「天気予報だとまだまだ降るみたいやけん。
 もしかしたら雷も鳴るかもしれんね。…れな、部屋に戻るけん」
 「あ、はい、私もすぐに帰りますから…」
 「でも一人でおっても暇やけん、付き合いいよ」
 「はい?」

女性の言葉につられて、アパートの一室へとお邪魔する。
間取りは、玄関を開けた左に小さな台所、右に洗面所と
ユニットバス、ささやかな廊下の先には八畳の部屋とロフト。
そこには驚く要素など何も無い。

驚く要素としては、室内の物品だ。
テーブルの上に置いてある電話と数台の家庭用ゲーム機。
少し離れたところに置いてあるテレビと、小さな本棚と衣装ケース。
クッションが一つ、座椅子が一脚。
あとは部屋の隅に寄せてある漫画など。
一言で表すなら、とても殺風景な部屋だった。

 「そこら辺に座って、あ、座布団いる?」
 「あ、はい」
 「んー…ちょっと余りモンっちゃけど、これでも食べり」

そう言って女性が出してきたのは、スーパーで298円の袋詰め
で売っていたようなミカンを数個、テーブルに置いた。
女性が買いこんできた袋からは夕食だろうか、レトルトや惣菜やら
を取り出して、そういったものもテーブルへ乱雑に並べていく。
ふと、何か違和感を覚えた。

913名無しリゾナント:2013/06/14(金) 20:12:40
 「あの、ここには一人で住んではるんですか?」
 「んーん、もう一人おるっちゃよ。って言っても、あんまり帰ってこんけどね。
 なのにさっき急に帰るって電話入ったっちゃん、こんな日に買いものに
 行きたくなかったんやけどねーま、しょうがないっちゃよ」
 「あの、私が居てもいいんですか?」
 「何が?」
 
少女の言いたいことが何となく分かったのか、女性は「あぁ」と呟く。

 「言うとくと、親じゃないよ。それにれなも勝手に住みついてるだけやけん」
 「…はい?」

女性が言うには、孤児院に住んでいるらしく、何かがあるとここの家主
を頼って、熱が冷めたら帰るということを何度かやっているらしい。
呆気ないほどシリアスな内容を挟んできたような気もするが、女性は
あまりそういった所を気にしない性格なのだろう。

そんな女性に対して、少女も、呟くように自分の経緯を話し始めた。
励ましてほしいからではない、ただ、誰かに聞いてほしかった。

女性、田中れいなは、少女、光井愛佳の言葉をただ聞いていた。
頭を撫でるでもなく、励ましの言葉をかけるでもなく。
それだけでも光井には有り難かった。

 彼女にはそれだけの友達も居なかったから。

914名無しリゾナント:2013/06/14(金) 20:18:59
『異能力 -Afterglow of wing-』
以上です。

>>643
難しいと思うのは卒業したメンバーと現実で交流してる姿を
見てないから想像しづらいように感じる部分があるのかな、と。
当時のリゾスレもコミカルなものが多かったですよ。
リゾブルの世界観は書き手のイメージなので。

915名無しリゾナント:2013/06/14(金) 20:20:19
----------------------------ここまで。
いつも代理投稿ありがとうございます。
お暇なときにでもよろしくお願いします。

916名無しリゾナント:2013/06/15(土) 10:08:19
914を取られたw
しかしスパムが多いなあ

917名無しリゾナント:2013/06/17(月) 13:21:03
 「あの、簡単にできそうなのってどれですか?」
 「えーと、魔法を使って敵を倒すのとか、天下統一とか
 全国争覇とか、正義の味方とか」
 「…全部勝ち負けが多いヤツですね」
 「盛り上がれるヤツが好きっちゃからね、あと簡単なヤツ」

沸いたお茶を茶碗に注ぎ、冷めるのを待ちながら光井は
棚にあったゲームソフトを選んでいた。
田中がゲームをしようと言ったからだったが、それにしては
どこか戦闘系が多い上に、光井はあまりゲームをした事が無い。

いくつか電源をつけてやってみたが、コントローラーの使い方が
分からないのを理解すると、二人はテレビ番組に専念することにした。
雨が降りしきる音、テレビが流す番組が、空々しく聞こえる空間。

 「なあ、愛佳」
 「はい?」
 「愛佳は今、寂しい?」

唐突な発言に、光井は目を丸くした。
どうして、と聞き返せなかったのは、何故だろうか。
その時に光井はどう返答したのだろう。

 田中はただ、「愛佳は優しいっちゃね」と笑っていた。

その出来事が過去になる頃に、二人はまた、再会する。
あの頃のような寂しい空間ではなく、人間らしい、温かい気配の中で。

918名無しリゾナント:2013/06/17(月) 13:21:40
―― ―― ―

鈴木香音との出会いはそれからの未来。
光井にとっては来てほしくなかった未来の中で生まれた少女だった。
久住小春が居なくなり、ジュンジュンが暴走し、リンリンと共に故郷へ
帰り去ってしまってからの未来。

光井が見る世界は全てが"結末"への軌跡。
それは結末を知るには十分な要素が詰み込まれていて、正直に言えば。

 あまりにも無慈悲。

欺くことも隠すことも出来ない、純粋な真実。
足掻くことを否定され、絶望ですら肯定する。

 「だけどこれには一つだけ欠点があるねん。
 『このチカラの保持者の"結末"は見えない』
 多分これが、新垣さんが言ってた制約なんやわ」

鈴木香音は光井愛佳が『リゾナンター』という組織に入っていた事を
知ると、自分も入りたいと志願した。
異能者である彼女が入ることを新垣里沙は承諾するだろう。
だが、光井自身はそれで良いのかと思っていた。

自分が触れ、感じ、想ってきたことを今度は鈴木が思い知ることになる。
それがリゾナンターだ。
全てが同じものではないにしても、自身が命を削るという事実に鈴木は
ちゃんと向き合う事が出来るだろうか。

919名無しリゾナント:2013/06/17(月) 13:22:33
 「あんたの"結末"が分かっても、それをあんたが受け止められるとは限らへん。
 あの時の私が決められへんかったように、だからどうしても
 耐えきれなくなったら、その時はすぐに逃げな。
 諦めるんやない、その時だけ、自分が生きる為に、逃げるんやで」

自己犠牲なのは自覚していた、少女だった自分。
それがどれだけ周りの人間に迷惑をかけていたか気付かなかった自分。
自分を大切にしてくれた人間に対する裏切りを行っていた自分。

久住小春は正しくなかったけれど、正しかったと思う。
【ダークネス】へと歩んでしまった彼女に対して呟く言葉が見つからなくて。
久住の後ろ姿に触れることも出来なかった。

 それから間もなくして、"あの人"が現れた。

リゾナンターのリーダーであり、突然の失踪を遂げたあの人。
あの人の"結末"を視てから、10ヶ月もの時間が経過していた。

 高橋愛と呼ばれたあの人は、両手を血に染めて、佇んでいた。

誰の血かは分からない。誰の命かは分からない。
ただ、誰かが死ぬかもしれないほどの致命傷を受けたのは解った。
高橋の足元に倒れ込むのは、倒れ込むのは…。

 「鈴木!あの子を助けて逃げるんや!亀井さんはうちが助ける!」
 「愛ちゃん、私、言いましたよね?死なないでって。
 なのに、なんで、"こうなってしまはったんですか"」

920名無しリゾナント:2013/06/17(月) 13:24:46











 「解ってたんじゃないの?高橋愛、いやi914が
 仲間を殺そうとする未来を、視てたんじゃないのかい?
 だから言ったんだろ死ぬなってさ」

 心を殺すなってさ

―― 氷の魔女の言葉が、心臓を貫く。
"予知夢"の残像が見せた光景が思い出されたその時
i914が無面のまま、自身の眼前に立っていた。

鈴木の叫び声が上がる。
光井は最後の力を振り絞るように、高橋愛に呟く。
血に染まった両手が、光井の顔を掴んだ。
温かくぬめった、人の、気配。喰らうのは黄金に煌めく瞳の鬼。

 「ごめんなさい、うちは、愛ちゃんを ――」

―― ―― ―

921名無しリゾナント:2013/06/17(月) 13:26:16
意識を失った譜久村聖を喫茶『リゾナント』まで抱きかかえてきたのは、鈴木だった。
身長差のある譜久村を背負うのは容易ではなかっただろうが
何かに気付いたように飛び出した鞘師と生田が【非物質化】を解いた鈴木の姿を
見つけ、途中から三人で店まで抱えてきた。

鈴木の言葉に田中と道重が飛び出し、倒れ伏す光井と亀井を発見。
すぐに救急車に運び込まれたが、二人の意識は既になかった。
亀井は吐血し、心臓へ重度の負担をかけ、光井は片足に重症を負って。
光井の母親と亀井の両親が駆けつけ、何があったかと問いただされたが
その瞬間、新垣里沙が、現れる。

 「さゆみん、私は、愛ちゃんを追うよ。
 だからリゾナンターをお願い、勝手なことだけど、ごめん」
 「待つっちゃんガキさん!なんで、愛佳が狙われたと?」
 「…あの子が最初に欲しかったのは、未来だった。
 そして仲間だった。ただ、それだけだったんだよ」

膨大な【精神干渉】の操作のあと、新垣里沙も、失踪した。
様々な記憶の改ざんの中で、田中れいなと道重さゆみは
残された"未来"の中で、生きるしかなかった。

誰かを救いたくて"未来"を肯定したかった光井愛佳。
そんな彼女がもう一つだけ、夢を見ていた。
田中れいなへの微かな想いだったのかもしれない。

それは絶望に彩られた、小さな欠片の夢だった。

922名無しリゾナント:2013/06/17(月) 13:32:28
『異能力 -Afterglow of wing-』
以上です。

ズラッと並べてもらうと、ほぼ未完に近いですね皆さん。
何人か作者さんの生存を確認してますが、お早い復帰を願ってます(微笑み
個人的にはXOXOお待ちしてます、インフィニティは言わずもがな。

923名無しリゾナント:2013/06/17(月) 13:34:12
-----------------------------------ここまで。
ホントだ914気付きませんでしたw
いつでも構わないのでよろしくお願いします(平伏

924名無しリゾナント:2013/06/17(月) 22:12:25
本スレにカキコもあったので行って来ますかね? 大丈夫ですか?

925名無しリゾナント:2013/06/18(火) 23:27:39
>>901
代理投稿ありがとうございます。
多方面と思いきや…もともと一つの場面に人数出すのは苦手なんですが
またやってしまいましたw

そんなこんなで、続きを投下します。

926名無しリゾナント:2013/06/18(火) 23:31:54
>>588-595  の続きです


一方、ここは爆発のあった都心のオフィスビル。
建物の周囲は関係者以外立ち入り禁止のテープで囲われ、さらにその周りを野次馬やマスコミたちが取り囲
んでいた。
そんな喧騒を余所に、建物内では必死の救助活動が行われる。

警察関係者である「瞬間移動」の能力者の手によって、次々と現場に送り込まれた治癒能力者。
数はさほど多くはないが、すぐに駆けつけることができた人数としては妥当なところ。救急部隊が到着するまで、
数分の時間差がある。さゆみたちの仕事はそのタイムラグの間に落としてしまう命を、救うことだった。

崩れた壁、粉々になった窓ガラス、そして血まみれで倒れている人々。
まだ先代リーダーの愛が在籍していた時。さゆみはニューヨークのとある場所で発生した爆弾テロ事件の負傷
者を治療する機会があった。あの時は異国の地ということもあり、状況をいまいち呑み込むことができなかった。
しかし、いざ自分と同じ日本人が血を流し苦しんでいるのを目の当たりにすると。その凄惨さはよりリアルに、さ
ゆみの心に刻みつけられるのだった。

フクちゃんを連れてこなくてよかった…

さゆみは心からそう思う。
いかにリゾナンターとは言え、彼女はまだ16歳だ。もちろん、さゆみやれいなを含めたかつてのリゾナンターた
ちも同じような年齢でこの世界に飛び込んでいるという事実はある。しかし、その経緯やアフターケアなどは今
とは比べものにならないほど劣悪だったのもまた、事実。免疫の少ない聖、いや今の若いリゾナンターたちを
できればこのような現場には連れて行きたくはない。

さゆみの目の前に倒れている女性の肩口の傷に手をかざしながら、過去のことを思い出す。
運命に導かれ、集うこととなった9人の仲間。それぞれが抱えていた心の傷は、容易には癒せないほど深かっ
た。愛に声をかけられるまで、各々が過酷な道を歩んできた。中には、その手を血に染めたものも。

― リゾナンターは、殺人集団やないんやよ ―

愛がかつて残した言葉が、いつまでもさゆみの胸の奥には残っている。
ダークネスとの争いが激化する中、思いがけず敵の命を奪ってしまうこともあった。若い小春や、秘密組織に身
を置いていたリンリンやジュンジュン、そして甘さが死を招くような環境にいた里沙は「仕方ない」と割り切った。
それを覆したのが、先の愛の言葉だった。

自らの内包する「i914」と戦い、打ち克ったものの、同時に「i914」の犯した過去の罪を共に背負うこととなった愛
だからこそ、その言葉は誰が発するものよりも、重かった。

927名無しリゾナント:2013/06/18(火) 23:33:02
「…あの、大丈夫ですか?」

不意に、声をかけられる。
見ると、自分より5、6歳は年下のように見える少女が傍らに立っていた。
黒髪の、色白な少女。黒目がちな瞳と首のほくろが印象的だ。おそらく警察関係者が招聘した治癒能力者の一人な
のだろう。

「あ、ごめん。考え事してて」

手当していた女性の傷口は既に塞がっていた。過剰な治癒は、肉体を傷つける可能性がある。
さゆみは慌ててその場を離れ、近くに倒れていた人のところへ移動する。

が、間の悪いことにその人間は一目見て死んでいることがわかるくらいに、損傷が激しかった。
爆風で飛び散った瓦礫をまともに受けたのだろう。無事なのはすすけた顔のみで、その下は首や胴体が千切れかけ
ていた。

「…こんな若い子まで」

浅黒い肌に、意志の強そうな顎。
生前はきっと活発な少女だったのだろう。
亡骸に手を合わせていると、

「もう、いい加減にしてよ!」

と、特徴的な声が。
先ほどさゆみに声をかけた少女だった。

「え?どういう…」
「ごめんなさい。この子、うちの子なんです」
「うちの子?」

意味が呑み込めないでいるさゆみを尻目に、少女が遺体に向かって話しかける。

928名無しリゾナント:2013/06/18(火) 23:34:23
「ほら、お姉さんが困ってるでしょ!早く起きて!!」

すると、死んでいたと思っていたその肉体がやおら動き出す。
千切れかけていた首や胴体が、急速に成長する血管や筋組織によって繋がれ、再生してゆく。そして常人と変わら
ぬ状態で、少女がゆっくりと起き上った。

「憂佳は頭固いなぁ。もうちょっと『死んで』たかったのにさ。被害者だったのは事実なんだし」
「だって紗季ちゃんが『死んでる』と紛らわしいでしょ。お仕事の邪魔になるし」

さゆみの頭が混乱する。
あれ?ちょっとこの子さっきまで死んでたよね?何で起き上れるの?ゾンビ?って言うかもう一人の子かわいいな
あ。色も白いしお人形さんみたい。どさくさに紛れて抱きつこうかなでもこんな場所でそんなことしちゃだめ…

「あの、お姉さん?」
「えっあっ別にやましいことなんて全然考えてないよ!!」
「何のことですか?まいいや、自己紹介しますね。この子は、小川紗季。そして私は前田憂佳。警視庁が新設した
能力者部隊の一部署『スマイレージ』のメンバーです」

能力者部隊「スマイレージ」。聞いたことのない名前。
さゆみはしばらく二人の顔を交互に見て、それからまた混乱するのだった。

929名無しリゾナント:2013/06/18(火) 23:35:48



圧倒的な絶望感。
里保自身、ダークネスの手のものと相対することは初めてではない。
しかしながら、「幹部」という肩書きがついただけでこれほどまでに差があるものなのか。

「ごめんね鞘師ちゃん。時間調整が必要だったからさ」

里保の恐れなどどうでもいいとばかりに、そんなことを言う「赤の粛清」。
すると、後ろから複数の足音が押し寄せてきた。

「里保ちゃん!!」

指定されたスタジオへとやって来た聖、衣梨奈、春菜、亜佑美。それに、途中から合流した香音と遥だった。

「予想以上に鞘師ちゃんの動きが早かったからさ。クローン使って時間稼ぎをしてたってわけ。他の子たちが到着
するまでのね」
「何言ってるかわからないけど、まーちゃんをどこへやったんだよ!!」

相手の都合などどうでもいい。
まずは優樹の安否、と遥が大声で叫んだ。

「あの子なら無事だよ、ほら」

「赤の粛清」が頭上を指す。
照明のケーブルに絡め取られているかの如く、優樹が天井から吊るされていた。
そこには、聖たちが喫茶店のテレビで見た、そして里保が「赤の粛清」を追跡している時に見た優樹。ただ。

「まーちゃん…?」

吊るされていた体が、二つ。
まるで双子のような優樹「たち」が、気を失ったまま縛られていた。

930名無しリゾナント:2013/06/18(火) 23:37:53
「どうしてまーちゃんが二人も」
「大丈夫はるなん、片方はきっとクローンだよ」

動揺する春菜を、里保が落ち着かせる。
里保は目の当たりにしていた。さっきまで本人と見分けのつかないくらいに酷似した粛清人のクローンが、自分の
前に立ちはだかっていたのを。だが、その推測を否定するように「赤の粛清」は空っぽの笑みを見せた。

「ちょっと違うんだよね。ま、さっきのを見たらそう思ってもしょうがないかな」

言いながら、手にした大鎌を。
天井の優樹に向けて投げつけた。

誰も、動く事ができなかった。
里保の洞察力でも、春菜の超聴覚を持ってしても、彼女の行動を読むことはできなかった。
結果。鎌の刃が、優樹の胸を刺し貫く。

拘束していたロープごと断ち切られたせいで、ずるりと、落下してゆく優樹。
そこではじめて亜佑美が走り出す。間一髪で床面に墜落するのを防いだものの、傷口から噴き出し、着ていた制服
を染め上げる血の量が命に関わる傷を負っていることを証明していた。

「まーちゃん!!」
「そんな…約束が、ち、が…う…」

腕に抱きかかえられた優樹はそれだけ言うと、糸が断たれたかのように事切れた。

「…嘘でしょ」

悪夢のような出来事。遥は、目の前で展開された事態が呑み込めない。
しかし亜佑美は仲間たちの懸念を払拭する。

931名無しリゾナント:2013/06/18(火) 23:39:15
「この子、まーちゃんじゃないです」

その言葉のとおり、少女は優樹ではない見知らぬ少女だった。
胸に刺さっていた大鎌が独りでに引き抜かれ、再び「赤の粛清」の手に収まる。

「その子は、擬態能力者。さすがにあんたたちのクローンはまだ作れないからね。譜久村ちゃんたちが見たあの映
像あるじゃん。あれ、あたしのクローンとその子だったんだよ」

ダークネス。心を闇に食われたものたち。
さゆみから、そしてれいなから。遡れば、里沙や愛佳、そして愛から。どんな連中かは、聞いてはいた。だが、聞
くのと実際にその所業を間近でみるのとでは、わけが違う。

人が簡単に、死んでゆく。
用済みとあらば、何の躊躇もなくその命を奪う。
春菜と遥は、元々は能力者を教祖とした新興宗教組織に攫われた子供たちだった。後にその組織自体がダークネス
の息がかかった存在だと知るが、その悪辣な教義、行動原理。
今となれば納得できる。

「てめえ、何か昔のことを思い出してムカつくんだよ」
「あなたのしたこと、許すわけにはいきません」

ずっと育ってきた組織の中で日々体を蝕んでいた、不快感。
それは、目の前の女が放つ闇の吐息と寸分違わず重なっていた。

「にゃはは。ボルテージ、上がってきた?いいよ、全員でかかっておいで」

二人が放つ敵意を、そよ風を受けるが如く気持ちよく受け流す「赤の粛清」。
亜佑美が体勢を低く構える。香音と聖が全員のバックアップのために後方に下がる。衣梨奈が両手から伸びるピア
ノ線を靡かせ、里保が愛刀を握り直した。

932名無しリゾナント:2013/06/18(火) 23:40:57
「みんな、優樹ちゃんを確保して、逃げるよ!!」

聖の叫び声。
そう、最初から戦うつもりなどなかった。
まずは、全員無事でリゾナントに帰還すること。聖はそのことを最優先としたのだ。

衣梨奈が、相手の大鎌にピアノ線を巻き付ける。さらに高速移動の亜佑美と素早さを持ち味とする遥が相手の目を
撹乱。その隙に、聖が屈み床に手をつける。床張りのリノリウムが大きく裂け、飛び出してきたのは太く堅い木の
根。聖が自分達を付け狙っていた能力者の一人から複写した植物操作能力だ。

俄かに作られた足場を器用に辿り、里保が天井に吊り下げられている優樹を拘束するロープを一閃のもとに断ち切
る。落下地点には香音が。

「みんなに透過の力をかけたから、壁をすり抜けて脱出して!!」

優樹を抱え、最初に壁をすり抜ける香音。
だが。

勢いよく壁に突入した香音が”何か”に阻まれて、壁から弾き出される。
床に転がり、蹲る香音。その顔には、血の気がまったくない。

「ダメだよ、逃げちゃ。あたしがこの状況をお膳立てするのにどんだけ苦労したと思ってんの。どっかの知らない
オフィスビル爆破までして、あんたたちと先輩二人を引き離したのに。そうだ、ちなみに壁の中は零度以下の超低
温になってるらしいよ」
「入ると、その子みたいに全身凍傷になるから」

その声と共に姿を現す、ゴスロリファッションの女。
「氷の魔女」が、底意地の悪い笑みを浮かべる。

「ここに誘い出された時点で、あんたたちの命運は決まってるの。だったら、精々全力出してさ、あたしを楽しま
せてよ」

血をたっぷりと吸った鎌の刃を、「赤の粛清」が突きつける。
何もかもが、全てが綿密に仕組まれた、策略。
聖は自らの至らなさを、激しく後悔した。

933名無しリゾナント:2013/06/18(火) 23:43:35
>>926-932
更新終了 代理投稿をお願いします

934名無しリゾナント:2013/06/19(水) 10:40:57
>933
2ちゃんねるに書き込む際には行数制限というのがあって(ry
一応行単位の幅を再現することを優先したのでレスごとの割付とか変わってます

935名無しリゾナント:2013/06/19(水) 23:21:46
新垣里沙が知るi914の弱点。
それはヒト型であるが故に、【光使い】の使用を不可能に
させるには絶好の領域というものが存在する。

それは―― 海だ。

【瞬間移動】を保持する彼女ではあるが、標的はi914ではない。
i914は「蓄積」する事に特化した疑似精神体であると同時に
そのヒト型に形成した人格『高橋愛』の情報を持っている。

新垣里沙が知る高橋愛の弱点、それは「水」だ。
川や湖だと行動不能に陥るまでにそれなりの時間を要するが
深海に浸けてしまえばそうもいかない。
ヒト型が最も恐怖する空間に放り込むのが、新垣の目的だった。

その状態に持ち込むことが出来れば、そこから自分にとって有利な
体勢に向かうことが可能、これは何よりも大きい。

だが彼女を"放り込む"という行為は、恐ろしく至難の業だ。

その場所にまで誘導することは出来る。
彼女の目的が自分達だとすれば、否が応にもやってくる。
人目を避けるために最も効率的な海は近辺にないため、事後処理の
ことを考えると遠方へと思っていた。

『結界』を張るのも手だが、相手の能力に頼って今後の方針を
決定するわけにはいかない。
―― この期に及んで事後処理のことを考えている自分に苦笑する。

936名無しリゾナント:2013/06/19(水) 23:22:49
誰かに丸投げしてしまえば楽かもしれない。
それが解っていても、それが出来ないのが新垣里沙だった。

 「それで、どこに行くと?」
 「今日と明日は晴れらしい、夜景を見に行く人がいるかもしれないけど
 でも人が一番少ないところを狙うとすれば、埠頭しかないと思ってる」
 「そこはガキさんのチカラでっちゃろ?」
 「…そうだね、確かにそっちの方が簡単か」

田中れいなの言葉に、新垣里沙は同意する。
再会したのは、約4ヶ月ぶりだった。
携帯の表示に驚きはなかったが、どんな挨拶をすればいいかは迷った。
だが田中に会ったとき、言葉よりも先に拳が眼前に向かって振り抜かれる。

新垣はそれを素直に受け入れ…なかった。
それなりに全力だったストレートパンチを難なく受け止める。
乾いた音に佐藤がビクリと肩を震わせたが、新垣と田中は互いを睨む。

 「残念だけど、今は怪我をするのも惜しいから、今度受けるよ」
 「今度、そうやね、今度、これよりももっと強いのをおみまいしてやるけん」

田中はそれだけで一歩身を引いた。
いつもはしつこいぐらいの拳の連撃が来るはずだが、新垣はその違和感と
彼女が"何度も腕の調子を確かめている"ことに思考を巡らせる。
時間がない。
そう、時間がなかった。だけど田中にとって、新垣に対しての反抗は
しなければいけないものだった、そうしなければ自分ではないとでも言いたげに。
今思えば、普段通りの自分を保とうとする咄嗟の行動だったのかもしれない。

937名無しリゾナント:2013/06/20(木) 00:28:57
新垣はそこまで思い返すと、田中に言った。言わなければいけなかった。

 「田中っち、佐藤、覚悟はいい?」

田中は視線だけをこちらに向けて静かに佇んでいたが、佐藤優樹は
何処か戸惑いを見せるかのように視線が揺らいでいる。
新垣が口を開く前に、田中が動いた。

 「佐藤優樹、あんたをどこか安全なところに逃がしてやりたいけど
 あん人にはもう顔を見られてるし、別行動をとったらあんたが先に
 狙われるかもしれん。だからあんたも来るんよ。いい?」
 「…わたしはくどぅーに言われました。たなさたんを呼んできてって。
 だからたなさたんを呼んで、くどぅーのところに戻らなきゃいけないから。
 くどぅーが呼んでるから、はるなんもあゆみんも。だから、戻ります!」
 「…よく言った」

田中の笑顔に、ようやく佐藤にも笑顔が浮かんだ。
そのまま佐藤は甘えるように田中へ抱きついたが、彼女は拒まなかった。
新垣はその光景に、微かに口角を上げる。
そして顔を引き締めると、二人を背に歩き出した。

 進路は一つ。退路は、もはや何処にも無い。

 ―― ―― ―

938名無しリゾナント:2013/06/20(木) 00:29:53
―― 少女の瞳の奥には、強化ガラス製の培養槽に注がれた新緑の液体が輝く。
液体には、人間が浮かんでいた。
意識があるのかは分からない。分からないが、とても苦悶の表情を浮かべている。
その群れ、数十の培養液全てに人間の姿をしていた。

人間の肉体を改造し、遺伝子を弄り、作り上げられてしまった異能者という人間。

何重もの生命維持装置がついている。
それはつまり、この異能者は今現在、生きている事だ。
狭い狭い、濁った液体の中でただ漂っている。
そこには感情も、意志も、無い。

だが、狂気の産物でもない。
怜悧な頭脳の理性と理論をもって生み出され、正確な分類札を貼られ
整然と並べられている。つまり、これは、正気の沙汰なのだ。

解剖刀を体に突き立てられた実験体が泣き叫ぼうと、苦痛に身を捩ろうと
醜い姿にされて哀しもうと、関係ない。
実験者たち自身の身体と心は、なにひとつとして痛くも悲しくも無い。

その答えは唯一つ。
知能に優れ、知識に溢れても、彼らには心と想像力が存在しなかったのだから。

自分たちの崇高な目的の前には、仕方のない犠牲として。
使命感に燃えて行った実験だったのだから。

 組織的かつ計画的に非道をつくすには
 むしろ燃え上がるような使命感や正義感がなくてはできない

939名無しリゾナント:2013/06/20(木) 00:32:25
少女の目からは、感情の一切が消えていた。
少女が見つめるのは、中央の手術台。
無残な死体、ではない。少女と同じ、少女が拘束されて横たわっていたが
その周囲に居る医師達の手には禍々しい器具が握られている。
機械から伸びた電極、解剖刀に鉗子。

そこで扉が閉じた。
其処で何が起こっていたかは分からない。
底で何を思っていたかは分からない。

少女にはただ、現実しかなかった。

液体の中で漂う日常。非日常とは思わなかった。
感情の発達と育成が施されていない人間にとって、それがどれほど
この世界の法則と常識から逸脱されたものか分からないからだ。

だが異能者はどこまで言っても人間、やがては気付く。悟る。
恐怖を、畏怖を、苦痛を、静寂を。
自滅する。犯される。劣位。失敗。欠陥。

水に浸けられる。漬けられる。
人ではなく、物のように。心は殺され、壊された。
一人だけ、少女だけは、其処に居た。

中央の手術台を囲うように、血の海と斑点が彩られている。
裸身に電極や針が差し込まれていたが、その表情には何も無い。
流れでる死者の血潮が、少女の素足に触れ、熱さを感じたかのように跳ね退く。
熱病に犯されたように全身が震えだす。

940名無しリゾナント:2013/06/20(木) 00:33:36
 「神経系を支配して自滅させた、か。これはまた、怖い子が生まれたわね」
 「でも実際、こういう子を待ってたんだよ、私達は」

二人の話し声が聞こえ、本能的に憎悪と殺意の膨大な【精神干渉】が
全身から放たれ、目も眩むような爆光が、二人に襲いかかる。
自滅へと追い込む為に。
だが、一人が言葉を紡いだ。

 ≪止めなさい≫

ビタリと音が鳴った様に、爆発が突如、止まった。
途端、少女の頬に誰かの手が添えられる。
微笑んだ女性が次に言葉を紡ぐと、少女の目から水が溢れた。
感情が分からない。だが溢れだす水は、培養液の濁ったそれではなく
熱を帯びた人間の、涙と呼ぶそれだった。

水に漂う、何も感じず、何も想える事のできない世界。
女性は、安倍なつみは言った。

 「ガキさんが井戸の底の蛙のように世界を知らなければ
 こうなることは無かったのかもしれない。けれど、あの子もまた
 それを拒んだ一人だったんだよ、あの凄惨な実験の中で生まれた、君と同じ命だ。
 水面に見える自分を掻き消すように生きるあの子を、頼んだよ、ガキさん」

水面に映された新垣里沙の瞳が蠢く。
全ての意志を抱いた其処に、数多の命を抱えるように。

941名無しリゾナント:2013/06/20(木) 00:41:20
『異能力 -Night comes. Inky night comes-』
以上です。

>>732
生田なら打撃系のイメージですね、あの筋肉なら頭部ごと
破壊できるんじゃないですかHAHAHAおや誰か来たようだ。

>>733
凄惨に描けというのあればそうできたらいいですね。
でも、ガキさんよりは弱いっていう。

942名無しリゾナント:2013/06/20(木) 00:42:44
----------------------------ここまで。
うわごめんなさい。ちょっと今回は長いですね(汗
投稿しやすい形にしてもらって大丈夫なので
お暇がありましたらよろしくお願いします…。

943名無しリゾナント:2013/06/20(木) 06:04:07
>>942
行ってきました
クライマックスが近づいてきたのか?

にしても1時間の中断は何を物語っているのか

944名無しリゾナント:2013/06/23(日) 19:14:14
両腕が―― 肘の先で千切れていた。

そして、首が有り得ない方向に捻じれ、血だまりの中で、死んでいた。
見知った顔だ。何度か一緒に現場に赴いたことのある顔だ。
笑顔を浮かべていた口は赤く染まり。
希望を輝かせる瞳には生気がない。
血の破片。血だまり。
あの矮躯のどこにこれだけの血が溢れていたのか。
たっぷりと、たゆたう矮躯。
骨が覗く腕。腕はどこだ?千切れた腕はどこに。
こまぎれて、血だまりのあちこちに肉塊と、肉片と、捻じれた首と。
邪悪そのものを見たかのように瞳孔は開ききって、だが表情は恐怖に
歪むでもなく悲壮に凍るでもなく虚ろそのもの。
伸びた髪が乱れてなんて無残。無残。無残。
神話級の獣にでも蹂躙されたかのような征服と、冒瀆さ。

それは生贄の様に。それは餌食のように。それは暴食のように。
凌辱され、破壊され、破壊され、破壊されて。
殺戮。血、肉、骨、血、肉、肉だ。
肉の破片、血の匂い、血だまり。肉、肉、肉、肉、肉肉肉肉肉!

 笑顔が可愛かった彼女。

生い立ちは平凡と簡単に片づけられるものではなかったが
自分の異能者としての自覚は誰よりも強く、それを誇りに思っていた。

純粋な彼女には悪趣味も悪興味も満たせるほどの物語はない。
語って聞かせるほどの物語は無く、聞き耳をたてられるほどの物語も
そこにはない。

945名無しリゾナント:2013/06/23(日) 19:14:56
思わず駆け寄り、血だまりに脚を踏み入れた。
まだ微かに乾ききっておらず、びしゃりと音がする。靴が汚れた。
汚れた?
人の血が付着することを、汚れたなんて言うなど。血だ、血なのだ。
人間の一部分だ、それを冒瀆するのか。

『M。』の先代である自分が、人間を冒瀆することはあまりにも惨い。
ならば受けて立とう。
仲間を殺した存在が誰であっても、異能者の前に人間なのだ。
死など恐れない。
畏れない。怖れない。
だがその心が覆るほど、濃度の高い【闇】が其処には在った。

 拷問だった。牢獄だった。断頭台だった。
 何の希望もない、絶望だらけの暗闇だった。

劣化コピーになって初めての夢を見た。
それはあの頃、あの時、自分達に破滅がやってきたあの日の夢。
涙が血の色に変わるまで泣いた、地獄の情景だった。



 「…そうか。ああ、分かったで。なっちも、元気でな。
 矢口はそれなりにアンタのこと、気にしてたんや。
 ああ、そうやな、うん。まあ、ほんでな。
 あの子がなっちに言うといてっていう伝言があるんや。
 『今までありがとう』―― だ、そうや。はは、自分で言えってなあ。
 ああ、また会えたら…」

946名無しリゾナント:2013/06/23(日) 19:15:59
安倍なつみから連絡を受けた中澤裕子が
最初にしたのは、目を閉じ、自身の額に手をやった事だった。
椅子の背もたれに全体重をかけ、これまでを思い返す。
視界が滲んでいるのは、年のせいだと、思った。

【ダークネス】によって"蘇生"された者達。
そしてこれまでに再び闇へ還された者達は数知れず。
あとは"寿命"を待つ者の一人として、中澤は現在も生き続けている。

"蘇生"された者達は否応なく自覚している。
だが、前以て死が訪れることを知ったら平静ではいられない。
慌てふためくか、周囲の人間に当たり散らすか。
事実、自身の生を嘆き、自身の創造主を恨み、自身の死に恐怖し、それらの
感情を上手く扱う事ができずに操られるがまま人類への反抗を見せた者も居た。
それなのに、それなのに、と、想う。

これがダークネスが想ってやまなかった救済への願望か。
皮肉にも、違う道を辿った所で自分達への救いは変わらなかった。

―― それを覚悟した上で、中澤達は行動していたが、いざその時に
 なったと思うと、酷く悲しくなった。

この悲しさがどんな感情によるものなのかは分からない。
他人の死に悲しむことなどないと思っていた。
自分の死さえもはや悲しくないと思っていた。

中澤裕子がアサ=ヤンとして、『M。』としての活動をしていた過去。
今の国家の法律では裁くことのできない異能者達。
被検体として生死を分かたれる異能者達。

947名無しリゾナント:2013/06/23(日) 19:17:31
自分達は一体、何の為に正義を掲げ、向けて来たのか。
しかし、全て自分の中心にあった組織は瓦解し、ダークネスと呼ばれた存在は
自身が生み出した我が子によって殺された。

しがらみは、無くなった。自分の居る存在意義が、無くなった。

中澤は静かに、声を押し殺して泣いた。
こんな涙など何の意味もない。
自身で満足するためだけに泣いているのだ。
何と心の籠らない、どうでもいい涙なのだろう。

もう素直に泣くこともできないのだ。
年を取れば幼稚になるともいうのに、自分はこんな時でさえ
泣くのを拒もうとしている。
こんな時に限って年齢で突っ込まれていたのが嫌だった自分が
年齢の所為にしていることが可笑しく思えた。

そう考えたあと、中澤は自分がもう十何年も異能者をしてきた事に気付く。
劣化コピーでも人格の情報は"元"の自分なのだから。
自分達の最期が来ても、この世界は回り続けるという事実にも。
 
 存在よりも確かに感じていたかったものが、あった。

あの頃には残せなかった"何か"に縋る自分達のエゴを、中澤は
密やかに笑う。泣くよりは、笑っていたかった。

 それはあの時、高橋愛が覚悟を決めた時のように。

948名無しリゾナント:2013/06/23(日) 19:18:31
絶望はとうに見飽きている。
どんな"結末"であろうと、信じてみようと思ったのだから。

泣きながら笑おうとしていた中澤の行為を中断させたのは、卓上に
置いてある電話から流れて来た静かなメロディだった。
中澤に対して連絡をする人物はそう多くはない。
液晶画面に並んでいる電話番号。

普段ならすぐに出たであろう電話に、中澤はしばし迷ったが
自分の声が震えないよう細心の注意を払ってから声を発する。

 「誰や?」
 『………』
 「この電話は特定の人間にしか教えてへん。
 そもそも普通の回線すら使ってないからな。…紺野か?」
 『中澤裕子さん…ですか?』

その声に、中澤は今までの出来事よりも驚愕した表情を浮かべた。
同時に、この電話の意図が掴めない。
何故今頃、しかもこのタイミングでコンタクトを取る必要がある?
 
 『お願いします。私を、ダークネスのいた場所に連れてってほしいんです。
 …i914が生まれた場所へ、海上の孤島へ!』

道重さゆみは叫ぶように懇願する。
全てが生まれ、全てが終わった場所。

誰かの命を救うために、自分の命を削る為に。

949名無しリゾナント:2013/06/23(日) 19:24:53
『異能力 -Night comes. Inky night comes-』
以上です。

>>829
偉大なる第1話を立てた人が行ってるみたいですよ。

皆さんは舞台とか観に行ったことはあるのかな?

950名無しリゾナント:2013/06/23(日) 19:26:46
--------------------------ここまで。
また長くなってしまった…。
いつでも構わないのでよろしくお願いします(平伏

>>943
単なる加筆です…w

951名無しリゾナント:2013/06/23(日) 19:52:57
あ、>>947の下から7列目にある「十何年」を「何十年」に変えてください。

952名無しリゾナント:2013/06/23(日) 21:21:07
>>934
お手数掛けてしまい申し訳ありません。
どんぶり勘定はもうしませんorz

では行数オーバーに注意を払い続きの更新です。

953名無しリゾナント:2013/06/23(日) 21:23:45
>>746-753 の続きです

さゆみの前で、死んでいたはずの少女、小川紗季。
偶然現場に居合わせ、そして爆発に巻き込まれたのだという。彼女が持つ「不死能力」がなければ本当に死んでいたところだ
った、と当の本人はあっけらかんと話した。

「そうなんだ。あなたたちが、『エッグプロジェクト』の」

道重さゆみは、爆発事故で偶然出会った二人の少女。紗季、そしてもう一人の前田憂佳から話を聞き、そのプロジェクトの名
前を思い出した。

確かPECTの任務遂行能力に限界を感じた警察の上層部が、若い能力者を集めて育成するプロジェクトだったはず。

そういう動きがあることはさゆみも知ってはいたが、まさか実戦投入されるまでになっていたとは。警察も、各地で犯罪者の人
材バンクと化している反社会的能力者集団への対策に本腰を入れ始めたということなのだろうか。

「私たちも道重さんのこと、知ってますよ。リゾナンターって有名じゃないですか」

活発そうな少女・紗季が、笑顔で言う。
後ろでもう一人の少女である憂佳が、失礼だよぉ、と嗜めた。

「でも、憂佳たち、研修期間中ずっと聞かされてたんです。リゾナンターさんたちは、たった9人でダークネスに立ち向かった英
雄だって」
「そんな、英雄だなんて」

憂佳の言葉に、さゆみは照れくささと同時に居たたまれなさを感じる。

954名無しリゾナント:2013/06/23(日) 21:26:10
確かに自分達はダークネスという巨大な組織に対抗してきた。たった9人の能力者に対して、数百、いや末端組織まで含める
と数千の戦闘要員を抱えるダークネス。まるで巨象に立ち向かう小動物のような状況。それでも、諦めず、戦ってきた。

全ては、二度と自分達のような悲しい人間を生み出さないために。

「でも、『銀翼の天使』には負けちゃった」
「ちょっと紗季ちゃん!」

鋭い、紗季の一言。
闇に抗う意思が、砕かれたあの日。
一度は、目的を見失った。絵里が倒れ、小春や愛佳が能力を失い、ジュンジュンとリンリンが故郷に帰っても。リゾナンター
が解散しなかったのは、リーダーの愛の存在があったからだ。
その意志は、受け継がれる。

「そうだね。確かに負けちゃった。けど、1回の負けなんかでさゆみたちは終わらない」

さゆみは言いながら、強い光の宿る瞳で二人のことを見つめた。

「なるほど。さすがはリゾナンターのリーダーですね」

憂佳が、得心したように言う。そして。

「でも。ダークネスを倒すのは私たち『スマイレージ』ですから」

955名無しリゾナント:2013/06/23(日) 21:27:26
さゆみの視線を、挑戦的な態度で返す、紗季。
あえて言うなら、それは敵意にも似ていた。

「紗季ちゃん、ほら、お仕事お仕事」
「忘れてた。それじゃ私たち、負傷者の治療の続きをしてきますね」

展開された空気を収拾するように声をかける憂佳に、何事も無かった風な口調で紗季が挨拶をして立ち去る。それが逆に、先
ほどの時間の異質さを際立たせていた。

なんなの、あの子たち…

さゆみの胸に、いつまでも違和感が纏わりつく。
それを振り払うように、再び負傷者の救護活動に専念するのだった。

956名無しリゾナント:2013/06/23(日) 21:28:35
「もう紗季ちゃん、あんなこと言わなくてもいいのに」

崩壊したロビーの瓦礫の陰。
非難めいた憂佳の言葉だが、紗季はものともしない。

「かにょんだったらきっともっとひどいこと言ってたと思うよ。それに、どうせいずれは敵対することになるんだから」
「それはまだ、わからないよ」

憂佳は否定するが、その表情には暗い翳が差していた。

「そう言えばさ、『エッグ』の落ちこぼれたちがリゾナンターの子たちにちょっかい出したんだってさ」
「ほんとに?でもなんで…」
「さあ。どうせ手柄あげて復帰でもしたかったんじゃないの?みっともない話だよね」

紗季の、明らかに悪意のある口調。
「エッグ」と名づけられた若い能力者集団は、警察組織に登用されるに当たって、一種の篩い分けをされた。結果、紗季や憂
佳は残留し、7人の少女は組織から切り捨てられた。リゾナンターに奇襲をかけたのは、再評価してもらうための一手だった
のだ。

「よしなよ。昔の仲間のことを悪く言うのは…」
「憂佳は綺麗ごとばっかり。つまんないよ」

顔を顰め、苛立ちを見せる紗季。だが、すぐに笑顔になる。

957名無しリゾナント:2013/06/23(日) 21:29:32
「でも、これからはきっと面白くなる。名ばかりのリゾナンターなんかよりも先に、あたしたちがダークネスを倒すから。邪
魔をされたら、あいつらごと潰せばいい」

言いながら、紗季は足元の瓦礫を思い切り蹴飛ばす。
砕け散った建材の破片が、耳障りな音を立てて飛び散っていった。

958名無しリゾナント:2013/06/23(日) 21:31:30
>>953-957
短めですが、更新終了
お手数ですが代理投稿をいつでもいいのでお願いします

959名無しリゾナント:2013/06/24(月) 06:16:19
>>949
行ってまいりました
朝から目にするには少しばかり刺激的な冒頭だった

960名無しリゾナント:2013/06/25(火) 08:13:07
>>958
どんぶり勘定えもええんやで
スマの二人には微妙に死亡フラグが立ったような

961名無しリゾナント:2013/06/26(水) 01:52:39
銭琳は船の甲板で思いに耽っていた。
正規ルートでは故郷に居場所が知れてしまう可能性がある為だ。
違法ではあるといえど、信頼をおける故郷の仲間による手引きで
この船は並の人間、異能者ですらも認識されないようになっている。
そういった異能保持者が船乗りだから、というのもあるが。

李純は自室で眠っている。というよりは、この船に乗るまでの間
彼女の意識は戻っていない、まるで赤子のようになっていた。
肉体を変容させる異能を保持する李純が、以前の様に動くかは分からない。

それほど彼女の肉体に傷痕を残してしまった『i914』という存在。

だが、そんな非情な存在が、瀕死の状態だった銭琳と李純を
追ってでもとどめを刺そうとしなかったのは何故だったのか。
【瞬間移動】は相手の位置を把握し、座標を知らなければ行使は難しい。
だがあのi914であればそれを推測することは容易かっただろう。

もしかしたら、とは思う。
『蓄積』という行動原理によって、"何か"を得た疑似精神が多少なりとも
"情"というものを悟っているのだろうか。
だが、肉体は分かっていてもi914の本能に抗えるとは思えない。

あの強く、たくましく、だが人の悲しみを誰よりも感じてくれた人。
そんな中で、心の底から湧き出て、全身を支配する畏怖に抱かれる時。
きっとそれが、彼女の中に眠っていたi914だったのかもしれない。

今でも、逃げる事を考えている自分が居た。
しかし逃げずに真っ当ではない方法で戦うことも模索し続けている。
死の予感をいつの頃からか抱いてしまってから。

962名無しリゾナント:2013/06/26(水) 01:53:37
それでも予想以上に、冷静だ。
自棄になっているのかもしれない。自身の心情を、今一つ理解できない。
生への執着。死への覚悟。
目的を達成するまで生きていたいと思うと同時に、命を賭けて
戦うことを厭わない自分も居る。
そしてあの人も。



―― 高橋愛と『i914』は対極のようで、同極だ。

片方は人を愛し、守り、生きてほしいと思う。
片方は執着し、征服し、蹂躙したいと思う。
矛盾しているようで、あまりにも最も過ぎる感情。そして根源は同じ。
それが同時に影響を与え続けている。本来ならば理性に抑制されるはずの本能。

暴力的な衝動。
蓄積された事による機械人形には無かった状況判断。
生かさず殺さず、ただただひたすらに殴り、痛めつけ、圧倒し
踏み躙り、自身の破壊的衝動をぶつける。
そのi914としての本能が優先された時、高橋愛の本能は歪んだ。

全て推測。
だが、彼女の温かみを直に触れて来たからこそ、想う。
自分がいつか、本当に壊れてしまうことを自覚した時。
"仲間でさえも縋れなくなった彼女に残ったのは、たった一つの拠り所"。

 (…もっと話をすれば良かったな)

963名無しリゾナント:2013/06/26(水) 01:55:08
そんな事を今更ながらに思う。
それが何の解決にもならなかったとしても。
もう一度、会って、話をしたかった。
他愛の無いものでも構わない。好きなアニメや、好きな食べ物。
それを笑って、喜び合ってみたかった。

i914の干渉がある前に。これも多少の執着が込められるのだろうか。
高橋愛が求めていたものは、あまりにも自分達とは変わらない。
それをただ人よりも【蓄積】するに特化した存在というだけで、こんな
事態へと追い込んでしまった。

銭琳は考える。考えなければいけない時だった。
逃げない為に、戦う為に、そして出来る事なら高橋愛を。
もしもを考える、ただただ考える。
 
 "if"なら、救いがあるような気がしたから。

―― ―― ―

久住小春が立ち止まったのは、隠れ家を後にしてから十分経った頃。
音と色と命が恐ろしく薄い空間が、騒音と色彩と存在が溢れた
ものに変わっている、大きく吸って、大きく吐く。
走り続けた身体がもう限界の兆しを見せている。運動不足。
久住は体重が増えたかな、なんてことを心配してみた。

心配することはいくらでもあったが、自分で言って失笑しか出ない。
失敗か、と思ってようやく笑みが浮かんだくらいだ。

964名無しリゾナント:2013/06/26(水) 01:56:53
あまり見覚えの無い、だが通った事があるような気がする路地裏。
大通りの喧騒が僅かに伝わってくるこの道には、それなりの人通りがある。
だが久住は【念写能力】で自身を景色と同一化することで、視界には見えない。

 誰かに見つかっては厄介だ。
 仮にもこの街では有名人としての自覚はある。
 だから見つかってしまってはいけない。
 ――巻き込んではいけない――

新垣が提示した埠頭までは時間にすると約30分かかる。
今なら大通りへ行けばタクシーでも捕まえて最短距離を走れば
10分は早く到着できるだろう。
電車でも良い。とにかく新垣や、田中れいなよりも早く着きたい。

ズクリと、腕に痛みが走る。
怪我は完治している腕が、過去を引きずる。
らしくないと、舌打ちをした。
過去ではなく、未来があることを告げてくれた仲間の顔が浮かぶ。

まだ眠っている仲間の顔が浮かんでは消えた。
―― 違う。
これはそういった類の衝動ではない。
自身の中から湧き出る衝動は、自身の想いでしかない。

自分の為に。
自分の為の決着を。結末を。

―― ―― ―

965名無しリゾナント:2013/06/26(水) 01:57:33
腕が疼く。目尻からじわりと黒い"血"が滲み出ているような気がして。
田中れいなは包帯の上から押さえる。
表面は乾いていた。
だが瞼の下で何かが蠢いている様な気がした。

抉りだしたい衝動に冒されながらも、それが出来ないことを悟る。

 「田中っち!」

新垣里沙の言葉でハッと顔を上げる。
大通りの車道にまで歩みを進めていた田中を、新垣が制したのだ。
隣に居た佐藤が服を引っ張ってくれなければ、そのまま突っ込んでいた。

 「ご、ごめん。ちょっとどっか行ってたけん」
 「…田中っち、身体、大丈夫なの?」

新垣の言葉に、田中の表情が固まる。
佐藤にはそれが先ほどの戦闘によるものだと思っていただろう。
だが新垣は、確信を持ってしまった。
田中の身体が今にも"崩れてしまう"寸前だということに。

緊迫した空気の中、佐藤の腹から小さな音が発せられた。
二人の視線が彼女に注がれ、しまった、という表情を浮かべる佐藤。
そういえば、夕食を食べていなかったことを思い出す。

 「あ、あの、おなかすいたんですけど、おなかすいてないんです」
 「こんなときだけそんな下手な言い訳せんでいいけん。
 れなもお腹に入れときたいっちゃけど」
 「そうだね…多分まだ時間はあるから、佐藤、なにが食べたい?」
 「いいと?そんなにのんびりしとって」
 「大丈夫だよ、ほら、なんでも言ってみな。好きな食べ物とか」

966名無しリゾナント:2013/06/26(水) 01:58:21
 「えと、ラーメン以外のめん類、です」
 「あはは、なにその言いまわしー。ラーメン以外って、うどんとかそばとか?」
 「う…はいっ」
 「そっかそっか、田中っちも良い?」
 「…しょうがないっちゃね」

田中が折れた。
彼女は佐藤にとってはどこか甘くもあり、厳しい。
年下の子との壁が厚かった田中だが、これまで出逢ってきた中で
今の『リゾナンター』に参加する佐藤達とは気が合うのかもしれない。

新垣自身との関係は、正直良くは無かった。
今も共同戦線を張っているだけで、心を通わすことは無いのだろう。
そんな人間と食を囲むというのだから、佐藤が空気を緩和してくれているような気もした。

 彼女がいなければきっと、こうして落ち着けることもなかった。

田中の話では、後藤真希の【空間支配】に"隔離"されたとあった。
自分達へ全てを預けているのだとすれば、あの亜空間から
出るにはまだ時間がかかるはずだ。
気まぐれな人ではあるが、自分達が不利になるようなことはしないだろう。

喫茶『リゾナント』でご飯を食べていたあの頃を思い出す。
生涯最後の食事になるかもしれないということは、考えないようにした。

967名無しリゾナント:2013/06/26(水) 02:01:23
『異能力 -Restart each-』
以上です。

前回の冒頭は特に人物は決めてなくて、仲間の
誰かってことだったんですけど、小さい人のイメージ恐るべし。

968名無しリゾナント:2013/06/26(水) 02:02:33
---------------------------ここまで。
また長くなった…いつも代理投稿ありがとうございます。
いつでも構わないのでよろしくお願いします(平伏

969名無しリゾナント:2013/06/27(木) 05:59:35
>>968
行ってまいりました

>特に人物は決めてなくて、仲間の
誰かってことだったんですけど、小さい人のイメージ恐るべし。

そら矮躯とか矮躯とかあんなに強調してたら

970名無しリゾナント:2013/06/29(土) 21:26:39
>>960
代理投稿ありがとうございます
死亡フラグとは、へし折るためにあるものと思ってますがこの二人はどうなんでしょう

というわけで続きを投下します

971名無しリゾナント:2013/06/29(土) 21:30:04
>>869-873 の続きです

香音のうめき声が、広いスタジオに絶望を彩る。
壁に侵入した時点で異変に気づき、優樹を先に出し、自身も最低限の接触で壁の中で凍結は免れたのは不幸中の
幸いか。しかし、ディフェンスの上での貴重な戦力を失ってしまったのは間違いない。

「敵前逃亡しなきゃ、あたしは手を出さないから」

スタジオの入口に立ち、面倒そうに言う「魔女」。
ひとまずは二人がかりで攻撃、ということはなさそうだった。

「やっぱ持つべきものは友達だよねえ」
「は?ビジネスでしょ。これも大事なお仕事の一つだから」
「仕事熱心じゃないあんたが言っても説得力ないから。ま、好意はありがたく受け取っておきますか」

終始、リラックスした魔女と粛清人のやり取り。
里保は、入口を塞いでいる女もまた「赤の粛清」と似たような地位にいる人物という事を見抜く。それだけに、とりあえ
ずの不参加表明は額面通りに受け取ればありがたいことだった。

「戦えば、あなたは満足するんですか」
「とりあえずはね。言ったでしょ、この機会を作るだけのためにあの爆破事故を起こしたって」

亜佑美は、喫茶店で見た凄惨な事故現場を思い出し、頭に血が上りそうになる。
あれを、あんなことを、私たちをおびき出すだけのためにやったなんて…許せない。
だが、「赤の粛清」に問いかけた里保は至って冷静だった。このことのために数々の策を弄したということは、それだ
け強いこだわりがあることの、裏返し。そう判断した。

972名無しリゾナント:2013/06/29(土) 21:31:05
「みんな、よく聞いて。今、私たちに残されている選択肢は。目の前の相手と戦うだけ。そのことだけに、集中して」

里保の一言が、全員の空気を変える。
怒りに震える衣梨奈、春菜、遥、亜佑美も。後悔の念に駆られている聖も。今やれること、やらなければならないこと
に目を向ける。

「赤の粛清」を、打ち倒す。

もちろん、相手は組織の幹部だ。生易しい相手ではない。
だが、ダークネスと全面対決する時にはそういった部類の人間ともやり合うだろう。幹部たちの相手を、全てさゆみや
れいなが引き受けなければならないのか。否。今いる若いリゾナンターたちが、倒さなければならない。

六人の能力者たちが、一斉に駆け出した。
目標はただひとり、朱き凶刃を手にした粛清人。
真っ先に飛び出した里保が、間合いを一気に詰めて斬りかかる。
クローンとは言え、一度「赤の粛清」とは手合せ済み。他の仲間たちと比べて有利に相手と対峙できるはず。

「クローンって言ってもさ、オリジナルと同じ動きができるとは限らないんだなあ」

里保の思考を読んだが如く、大鎌の柄で器用に斬撃を弾く「赤の粛清」。
疾さも、力強さも、クローンとは比べものにならない。
その一瞬の戸惑いが、隙を生んだ。軸回転させた鎌の切っ先が、無防備な里保に襲い掛かる。

973名無しリゾナント:2013/06/29(土) 21:32:27
「しまっ…!!」

しかし赤い刃は里保の体には届かない。
大鎌が掬い取る前に、亜佑美が里保を確保しその場を離脱したのだ。

「大丈夫ですか鞘師さん」
「あ、ありがとう亜佑美ちゃん」

里保の戸惑いは。
亜佑美が見せた、圧倒的な迅さ。確かに、これまでも彼女は「高速移動」能力で常人の域を遥かに超えたスピードを見
せていた。が、今のは。

「亜佑美のやつ、やるじゃん」
「私の視覚強化でも、捉えられませんでした…」

同期の二人も亜佑美の成長に舌を巻く。
今までよりも、ワンランク上の高速移動。そして遥は、千里眼の能力で、その能力の根源を垣間見ていた。

なんか今、青いライオンみたいのが見えた気がしたんだけど…

遥の直感は正しく、そして。
亜佑美はふとした偶然から出会ったリゾナンターの先輩・ジュンジュンの言葉を思い出していた。

― お前の力、ジュンジュンの力に少シ似テいル ―

974名無しリゾナント:2013/06/29(土) 21:33:29
最初は意味がわからなかった。
もしかしたら自分も獣化できるのかと思い、どや顔で鏡の前で練習したが何の変化もなかった。
しかし、ジュンジュンの言葉は日に日に亜佑美の中で具現化してゆく。自らの心の裡に棲む、一匹の獣。

その獣のことを意識しはじめてから、亜佑美の能力は向上した。
と言っても、実際に行動に移したのは先ほどが初めてではあったけれど。

「へえ、だーいしちゃんそんなことできるんだ」

「赤の粛清」が言うより早く、亜佑美が行動する。
鎌の内側に入り込み、そこからの攻撃ラッシュ。鎌の柄でそれを受ける粛清人の前に、再び里保が急襲する。

「行くよ、亜佑美ちゃん!」
「はいっ鞘師さん!!」

体捌きの得意な二人による、コンビネーション。
里保が足元を刀で掬えば、亜佑美は上段からのハイキックを繰り出す。上段からの袈裟懸けには、下段からの足払いで合わせる。
その動きは、まるで二人でダンスを踊っているかのよう。

「なかなか。じゃああたしももう少し頑張ろっかな」

背後から姿を現す、二本の大鎌。
粛清代行者とも言うべき凶刃が、宙を彷徨いながら里保と亜佑美に狙いを定めた。

975名無しリゾナント:2013/06/29(土) 21:34:32
「そうはいかんったい!!」

鎌の動きが、止まる。
ピアノ線を操りその軌道を止めたのは、衣梨奈だった。

「聖、衣梨奈たちは里保と亜佑美ちゃんのサポートやろ!?」
「そうだね。みんなは二人が戦いやすいように、後方援護をお願い!」

聖の指示で、春菜と遥が後方に下がる。
さらに春菜が付与した五感強化の力で、衣梨奈のピアノ線による攻撃は普段より速度、強度ともに冴え渡る。

「凄い!衣梨、新垣さんになったみたい♪」

彼女のようなタイプは、調子に乗ると手がつけられないほど勢いが増す。
春菜の能力とは相性がいいのは間違いない。

衣梨奈の攻撃が大鎌を凌ぐ一方で、里保と亜佑美による連携攻撃は激しさを増す。
そして互いに目配せをすると、

「じゃんけんぽん!」
「あっち向いてホイ!!」

「赤の粛清」を挟んでの、じゃんけん遊びに見立てた攻撃。
里保が刀を上段から打ち、亜佑美は水平からの手刀。
そして怯んだ所でお互いに肩を組み、体を支えながらの連続蹴り。まともに喰らった粛清人はその場から大き
く後退する。

976名無しリゾナント:2013/06/29(土) 21:35:57
そんな様子を、「氷の魔女」は腕組みをしつつ眺めていた。
一見リゾナンターたちが優位にことを運んでいるように見える。ただ、魔女の目には旧友が追い込まれてい
るとは思えない。

あたしの出番なんてないじゃん。

もともと、この襲撃自体は「赤の粛清」の独断かつ個人的な事情で行われているもの。
勝手にやってろという気持ちもなくもないが。

― 黙認した手前、おおっぴらに手を打つこともできませんから ―

白衣を着た変わり者たってのお願いで、表向きは「赤の粛清」の協力者、真の目的は彼女がリゾナンターた
ちを殺さないよう監視すること、そのためにこの場所にいる。猛獣は戯れているつもりでも、標的の小動物
が死んでしまうというのはない話でもない。

でも。「氷の魔女」は思う。
この程度じゃ、遊びにすらならないと。

それを証明するかのように、攻撃ラッシュを決められたはずの「赤の粛清」は平然とした顔で立っていた。

「やるね。『キッズ』たちとの戦いで成長したって感じか。おかげであたしもようやく、気兼ねなく楽しめる」

そう言いながら、若きリゾナンターたちに視線を送った。
背中に氷板を当てられたような、寒さ。

「忠告してあげる。『全員で』かかっておいで」

勢いでは圧しているはずなのに。
相手が発する異様なプレッシャーを、里保たちは感じずにはいられなかった。

977名無しリゾナント:2013/06/29(土) 21:37:18


「ただいまー」

喫茶店を訪れた田中れいなは、予想外の反応に目を丸くする。
いや、予想外の反応のなさにと言ったところだろうか。

たなさたーん!
ごめんなさい田中さんいつもまーちゃんが鬱陶しくて。
わぁ、田中さん今日もおしゃれですねえ。

これくらいの反応がすぐに返ってくると思ってたっちゃけど。

喫茶店の中は、静まり返っている。
客席にも、カウンターにも、後輩たちの姿は見られない。
不意に今時珍しいブラウン管の小型テレビが、ばらばらに破壊されていることに気づく。

何かがあったのだ。後輩たちの身に。
さゆみからは、今日発生した爆発事故の怪我人救護の応援を頼まれた、との連絡があった。れいなの心を、
不安が過ぎる。

とにかく、今、彼女たちはどこにいるのか。
それを探らなければならない。
れいなは近くの椅子に座り自らの心を鎮め、意識を集中させる。

リゾナンターの特性の一つ、それが互いの心を繋ぐ事による意思疎通。
オリジナルメンバーがいた頃に比べてその力は幾分弱まってはいるものの、相手が今どこにいることくらい
は掴む事ができた。

978名無しリゾナント:2013/06/29(土) 21:39:17
しかし聞こえるはずの心の声は、あちこちから飛び込んでくる雑音に阻まれたのか、まったく届かない。怒
り、悲しみ、嘆き。そんな感情が町のあちこちで生まれては消えてゆく。

あの事件のせいか。
駅前ビルにある大画面のビジョンで報道される、爆発事故。無慈悲、無差別とも言える殺戮は人々の心を大
きく揺さぶる。それが、妨害電波のように立ち塞がるのだ。

ともかく。
れいなは後輩たちを闇雲に探すのはやめようと思った。
先の「キッズ」たちとの一戦で、彼女たちはリゾナンターの名に恥じない戦いぶりを見せた。庇護されるだ
けではない、信頼に値する働きがあった。

今日は久しぶりに店番をするんだった。いろいろ準備せんと。
カウンターに向かうため立ち上がったその時。
吸った息が、出口を求め暴れる。胸の奥が締め付けられるような鋭い痛み。
れいなは数度、激しく咳き込み、そしてこみ上げるものを手で抑える。

「…なんね、これ」

思わず口をついた言葉。
そして掌についた、血。
それはれいなが見慣れたものではなかった。

血。黒い血。
それはれいなに嫌でも過去の出来事を思い起こさせる。

979名無しリゾナント:2013/06/29(土) 21:40:34
― これであんたは、あたしから逃げる事はできない ―

まだ喫茶リゾナントに来る前の出来事。
薄闇に包まれた資材置場に佇むその女が嬉しそうに言った台詞を、れいなは忘れる事ができない。血。黒い
血。呪いの、血。

黒血。
刻が来たのだ。
今更ながらに、自分の期限付きで助けられた命の事を思い出した。
残された時間は、さほど多くない。

980名無しリゾナント:2013/06/29(土) 21:41:33
>>971-979
更新終了
代理投稿をお願いします

981名無しリゾナント:2013/07/02(火) 21:46:17
忍法帳レベル3で代行が出来るのだろうかw
…まあやってみます

982名無しリゾナント:2013/07/02(火) 22:08:45
容量的には問題なかったけどしばらくはリンクを貼れないのが痛手だ

>>980
だーいしの高速移動とリオンを絡ませるとかれいなの黒血とか個性の強い設定を飲み込むあたり過去作品へのリスペクトを感じました
この展開だと後藤さんの参戦も不可避なのか?

983名無しリゾナント:2013/07/03(水) 20:37:39
ナチュラル。
ニュートラル。
本当に孤独な人間というのは、それだけで『完全』な人間だ。
世界と一切関係せずに生きていけるような概念があるとすれば
それほどの角度からどんな具合に観察したところで、やはり『完全』と
表現せざるを得ないと言える。
完全なる孤独。
孤独なる完全。
それは『生死』が無いということ。

 愛し愛され殺し合うことが無いということ。

真の意味で孤独であろうと、完全であろうとすることは全ての連鎖
から解放されようという行為に他ならない。
因果から抜け出そうという行為に他ならない。

つまり殺さず、殺されず。求め合わず、必要とせず。
だから本当に孤独な人間というのは完全であり、そしてあまりにも寂しい。
誰とも、何とも関係しない。

そんな『完全』な人間に対等な人間が存在するだろうか。
誰かが願った『完全』な人間だとしても、何があっても何が起こっても
誰と会っても誰と別れても、運命も必然も因果も因縁も、そんな有象無象が
あろうがあるまいが、そんな魑魅魍魎がいようがいるまいが、物語の
流れになんの関わりもなく、

   ずっと、変わらないのだ

984名無しリゾナント:2013/07/03(水) 20:38:32
それが、きっと、つまり、「死なない」という事。
何のために生まれたのか、どういう意味で生まれてきたのか。
二つの疑問に対する答えに一切の持ち合せがない。

   それが「死なない身体」だ

生死には膨大なエネルギーが必要だ。
保存則にのっとって言えば、エネルギーは総じて「移り変わる」もの。
マクスウェルの悪魔でも無ければ、一定のエネルギーが厳密な意味で
「固定」されたままというのは有り得ない。

だがそれは、人間の常識であり、法則であり、道徳だ。
異能力を保持する人間の常識と、法則と、道徳は違う。

住む世界が、次元が、違う。
種族や種類ではなく、裏や表や逆や対偶ではなく。
違う世界の住人であるという事実があることで、『完全』な人間は
事実上の『完全』と成る。

それは屁理屈だと嘆くか。
解明は出来ずとも、確立をすることが出来なかった真実を。
ならば、傍観者であればいい。

永遠を与えられた人間を、傍観していればいい。
痛みを忘れ、戦いをやめ、他にも様々なものを放棄して
それは終わりがあったときには大事だったはずの思いも平気で捨てればいい。
死んだように時を過ごせばいい。
本当の生も死も知らず、ルールすら無視すればいい。

   それが嫌なら、守れ。

985名無しリゾナント:2013/07/03(水) 20:39:37
死を認識し、獲得し、捕縛し、対峙し、勝負し、対決すればいい。
死ぬのが怖いか。死ぬのは怖いか。
それでも向かい合え、殺しあえ、喰らい合え。

   此処は、そんな世界だ。
   死を覚悟すれば、生きてる間は死なずに済むのだから。

『完全』の外側で、『不完全』の彼女達は生きている。

―― ―― ―

久し振りに食べる蕎麦は、美味しい気がした。
普通の子供はカレーライスや、ハンバーグ辺りを選ぶらしい。
喫茶『リゾナント』に来る親子連れでスパゲッティを不器用に
フォークで取り、啜っているのを何度か見たことがある。

新垣と田中も自分が好きなものをそれぞれ選んで食べていた。
だがどちらとも小食なのか、それとも緊張からなのか、あまり食が進んでいない。
佐藤優樹も緊張はしている。
だが、食べたい物を食べただけで、人は簡単に笑うことができる。
田中や新垣は、ちゃんと笑っているようには見えなかったが。

佐藤が今の状況がそれほど良くない、というのは自覚している。
自分にも危険が及んでいることも。
だが新垣が「大丈夫」だと言った。田中も「良かったね」と言ってくれた。

あの三人が好きな食べ物も覚えてる。
工藤遥は抹茶が好き。 石田亜祐美はスイカが好き。
飯窪春菜はチョコレートが好き。
でもそれ以外にもたくさん好きなものがある。
その数だけ、笑顔があった。

986名無しリゾナント:2013/07/03(水) 20:40:17
たくさんの笑顔が浮かんで、消えていく。
こんな時間が続けば良いのに、と思う。
でも皆が居ないのは嫌だな、と思う。

食べた後、埠頭へ行くために電車を乗り継ぐことを決めた。
その時に佐藤は、田中の隣に居た。降りるまでの間、ずっと、ずっとだ。
彼女の横で手を握り、田中もそれを拒まなかった。

あの時、田中の両目から流れた黒い水。
そして、今佐藤が掴んでいる手が、何か別の生物ような違和感を覚えた、あの時。

本当は聞いてみたい。
様子がおかしいから、本当は具合が悪いのではないかと。
それは自分のせいではないのかと。
自分ができることは何なのか、聞いてみたい。
もしそれが自分のせいだとしたら、このまま自分を捨ててくれても良いとさえ思うほど。
……嘘だ。
本当は捨ててしくない。できればずっと田中の傍に。

 「佐藤、ちょっとの間だけ、寝といてもいいっちゃよ。まだ着かんからね」
 「たなさたん、わたしにできることがあったら、なんでも言ってください。
 どうしていいかわかんないけど、おいてかれるのだけはやだけど。
 それいがいのことはできるから。できるかもしれないから」
 「大丈夫。れなはずっとおるよ。だから寝ときい」
 
電車に揺られながら、佐藤は田中の声と共に瞼を閉じる。
マスクを付けていて苦しいが、寝顔を見られるのはどこか気恥ずかしいので我慢する。

987名無しリゾナント:2013/07/03(水) 20:41:12
佐藤は祈りたくなった。鈴木香音が言っていた『神様』という存在に。
神様は一つ、願いを叶えてくれるという。
たくさん願いを叶えてくれたらいいのに、と思い至った時に、佐藤は祈る対象を変える。
どんなに祈っても助けてはくれない神様ではなく、自分達を救ってくれた
神様のような人達が、これが終わったらいつまでも笑顔で居られますように。

寝息を立て始めた佐藤を見て、田中は呟いた。

 「なあガキさん、佐藤のこと、頼むけんね、こいつ、ガキさんのことも
 好いとぉみたいやし、ま、まだまだ子供やけん、わがままやけど」
 「田中っち、それは卑怯だと、私は思うよ」
 「別にガキさんやなくても誰かに頼んどお、れなにはもう時間が少ないから」
 「…約束はしないよ。私も覚悟してるから」
 「そっか、まあ、こいつらなら大丈夫やね、さゆもおるし。うん、さっきの忘れていいよ」

穏やかな表情でそう言った。見た事のないほど覇気のない、掠れた笑顔。
そして田中れいなは、海に臨む。
傷だらけの身体と魂を抱えて、臨む。
自身の限界を知りながらも、ただひたすらに。

それが自分の在り方だと奮い立たせるように。

988名無しリゾナント:2013/07/03(水) 20:45:00
『異能力 -Blue flames and butterfly-』
以上です。
新スレおめでとうございます。そしてまた巻き添え規制です(涙)

>>34
れいなの設定をリゾナントしてくれたのはスレ内で二度目です(照)

989名無しリゾナント:2013/07/03(水) 20:46:18
-----------------------------ここまで。

避難所を開設して頂きありがとうございます!
どちらに書こうかと思ったんですが、ここを埋めてからの
方がいいんでしょうかね?

いつでも構わないのでよろしくお願いします(平伏

990名無しリゾナント:2013/07/03(水) 22:19:59
>>989
行ってきますた

>どちらに書こうかと思ったんですが

広告のウザささえ気にしなければここも機能してることはしてるんですがね
その辺の合意とかできてないし当面はこちらの方を使います?

991名無しリゾナント:2013/07/03(水) 23:12:31
>>990
わわ、こんなにも早く代理投稿ありがとうございました(土下座
うーん、自分はそれでも構わないと思いますが、何か
重要なことがあれば避難所に、という手も。

992名無しリゾナント:2013/07/04(木) 23:09:41
よく考えたら作品のサイズ次第ではもうこのスレに収まりきらないかもしれないのでpart4を立てておきますか
とりあえず当面は避難所は使わずこちらの方を使用するとしましょう
また広告が酷くなってきたら避難所の使用を検討するという線で

993名無しリゾナント:2013/07/04(木) 23:18:15

つ【アク禁】スレに作品を上げられない人の依頼スレ【巻き添え】part4 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/music/22534/1372947232/
長編を投下しようという方はpart4の方へどうぞ

994名無しリゾナント:2013/07/05(金) 18:25:55
>>988
黒血の設定、いつリゾナントするか? 今d(ヤメロ)
きっと元ネタほど魅力的な設定にはできないかと思いますが頑張りますw

995名無しリゾナント:2013/07/05(金) 18:28:56
>>982
代理投稿ありがとうございました。
Gさんについては現実のれいなの憧れの人ですから。取り上げないわけにはいきますまいw

ということでスレを跨いでしまいますが続きを投下いたします。


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