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アメリカ軍がファンタジー世界に召喚されますたNo.15

1名無し三等陸士@F世界:2016/10/03(月) 01:41:59 ID:9R7ffzTs0
アメリカ軍のスレッドです。議論・SS投下・雑談 ご自由に。

アメリカンジャスティスVS剣と魔法

・sage推奨。 …必要ないけど。
・書きこむ前にリロードを。
・SS作者は投下前と投下後に開始・終了宣言を。
・SS投下中の発言は控えめ。
・支援は15レスに1回くらい。
・嵐は徹底放置。
・以上を守らないものは…テロリスト認定されます。 嘘です。

267名無し三等陸士@F世界:2017/10/17(火) 06:26:54 ID:tVE0sPfQ0
男がプレイするならこっちだ!
面白いよ
Rule the waves
ttps://simulationian.com/2017/02/rulethewaves/

268名無し三等陸士@F世界:2017/10/17(火) 06:34:55 ID:tVE0sPfQ0
あとこんなのも
原始的なSAMで米帝機を鴨打ちしよう(無理
SAM Simulator
ttps://sites.google.com/site/samsimulator1972/home
スレ違い失礼致しました

269名無し三等陸士@F世界:2017/10/28(土) 10:38:36 ID:RIJGGSMU0
SSを書くだけの気力がなかなか溜まらないので繋ぎのやっつけイラスト

ttps://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=65625606

270 ◆3KN/U8aBAs:2017/12/02(土) 10:58:34 ID:wXRzNQb.0
ご無沙汰してます。
練習用小説の続きとなります。

ナイフルはある地方の中心都市である。中央の丘を利用した城塞とそれに近接する寺院を中心に城壁に囲まれた旧市街とその外側の新市街に大別される。
以前、城塞はこの地方の軍隊の拠点として利用されていたが、NATO軍に占領されてからは城門を閉鎖して半ば放置に近い状況であった。
補給物資の車列はNATO軍の拠点となっている郊外のFOBに入った。
ほかの地域でもそうだが基本的にNATO軍は主要な補給路の近くに基地を作り、そこを起点に治安維持や軍政業務を行う。
新しく作るため土地の収用が必要ななるが、この世界では自動車やヘリコプターなどないので基本的にすべて一から作るしかないのだという。

「ルイスは私の代わりに到着の報告をしてきてくれ。残りは荷下ろしを手伝え。こっちだ、カメラマン。」
ハンヴィーから降ろされて、軍曹に案内されるまま基地内を移動する。後ろでは兵士たちがトラックから荷を下ろしていた。
その数台後ろではフォークリフトが大きなコンテナを持ち上げている。しばらく歩き、補給所とは別の区画に入ると、腕組をした強面の兵士が立つ一角に案内された。
「マルツ。こいつが俺のところの新入りか。銃は撃てるんだろうな?」
「銃で射撃はできないが、カメラで撮影はできるぞハイド。お前が銃を使うんだ。スティーブ、こいつはハイド。この地域で君を案内してくれる。ハイド、こちらはスティーブ、本国のジャーナリストだ。」
「はじめまして。ニュース・エコーのスティーブンソンです。」
「ブラボー中隊、第1小隊、ハイド曹長だ。お会いできて光栄だ。今後は我々の小隊の指示に従ってもらう。小隊長は今本部にいるので後で紹介しよう。」
「この面だが、気さくないいやつだ。何も心配することはない。」
「余計なことが言う暇があったら自分の部下のところへ戻ったらどうだ、『軍曹』?」
へーへーわかりましたよ、と聞こえるようにつぶやきながら軍曹は戻っていった。

「この基地を案内しよう。まずは射撃練習場だ。面白いものが見れるぞ。検閲官が通してくれるかは別だがな。」
そう言われながら案内されたが、射撃練習場へと近づいても銃声は聞こえてこなかった。代わりに誰かの大きな声が聞こえる。
「よーし、スティーブンソン、シャッターチャンスだ存分に撮れ。検閲官に没収されるだろうがな。」
『〜〜〜〜!これは〜〜〜〜〜!だから〜〜〜〜』
射撃練習場では、アメリカ兵が現地の言葉を大声で上げていた。
異世界の言葉は勉強していたものの、軍隊の用語は学ばなかったのですべてを直接聞きとることはできなかったが、それでも大体の意味を察することはできる。
ここが射撃訓練場で、彼の手元にマガジンのないAKライフルとチェコ製拳銃があれば何をしているかは想像に難くない。
ただし、ここが東欧と違うのは、学生たちが『ヒトではない』ということだろう。

「あいつらは現地の民兵隊だ。戦争でこの地域の支配階級が死ぬか逃げ去ってしまってな。民生や治安維持の組織を一から作らなければならなくなったんだ。他の地域も似たようなものだよ。」

指導役の兵士が傍らに立つ中、我々に比べ長い耳をした男性が拳銃を的に向けて構えている。その後ろには狼男や羽を背負った男性が並んでいた。この地方の中心であったため、距離、種族や年齢を問わず多彩な人々が生活しているようだ。ただし、その中で、「我々によく似た」人間の姿は数えるほどしかいない。

異世界で軍隊が統治を行っていることは、それがたとえ一時的なものであるとはいえ、メディア、あるいは議会などでの政治的議題に載るものであった。
私も、この地方に来る前に、異世界でのNATO軍総司令部での取材で、民生担当の将校に同様のことを質問した。
「我々は、異世界の『人種差別的な』政権とは違う。我々の軍法、および現地のルールにのっとって、可能な限り、すべての民衆に平等に接するように努力している。
それがたとえかつて敵であった者であったとしても、最低限守られるべき権利はある。」
確かに総司令部では、各地の有力者を集めて勉強会が行われていた場面を見学させてもらえた(ただしカメラは禁止された)し、各地では今行われているような自警組織の編成も行われている。
我々によく似た「ヒト」が自警組織に参加できているところから見て、かつて敵であったからという理由でこういった組織に参画する機会を奪われているわけではないようだ。

NATOの基地で東側の銃声が鳴り響く。

271名無し三等陸士@F世界:2017/12/02(土) 19:41:46 ID:ZqrZSx6Q0
もしも検索 ⇒ bit.ly/2kJFRlx

272名無し三等陸士@F世界:2017/12/02(土) 20:35:03 ID:ZGTTPISs0
乙です
銃で武装したエルフ兵は狙撃がエグイことになりそう

この世界に民主主義(に加えて共産主義)という恐るべき劇薬が広まるのか...
この世界の「ヒト」はいくら酷似していても事実上地球人とは別種族でしょうから、
そういった意味でもエルフ?や狼男といった種族との区別もつけないのでしょうな

273名無し三等陸士@F世界:2017/12/06(水) 19:00:35 ID:ltLdW.lY0
乙です

なんかエルフってあんまり君主制を引いてるイメージがないな
長老会とかがやんわり統治してるって感じ
あるいは原始共産主義的な集落が森ごとに合って、それらの緩やかな連合体的な感じ

274 ◆3KN/U8aBAs:2017/12/16(土) 00:33:07 ID:Em0zPSLA0
某所でWorld in Conflictというゲームが一時期無料配布されてましたね。
おかげで筆が進みましたので>>270の続きを投下。

小隊長のバノン少尉や基地の他の隊員の協力のもと、最初の数週間はこの地域の風習などを学びつつ、現地民兵の訓練を取材させてもらった。

訓練は基本的にアメリカやイギリスのそれを元とし、検問の設置や不審物の捜索など治安維持任務の分量を多めに配している。
その代わり、大砲や戦車などを用いた訓練は全く行われなかった。
大きな機材を使うと言えば、適性があると判断された隊員に自動車の教習を行ったことか、
アメリカやヨーロッパの町中で売られているピックアップトラックに乗せたことぐらいだろうか。
民兵たちの使う武器も初日に見かけた東側(チェコスロバキア)製の小銃や拳銃のみで、ピックアップに搭載したものを除けば、
機関銃すら用いることはなかった。(テクニカルの機銃も東側製である。)こ
の世界では銃や大砲といった火薬を用いる道具が発達しなかったこと(魔法で同様の現象を作り出すことは可能なそうだが)、
治安維持に大砲や戦車は必要ないとの判断から、装備を限定したらしい。確かに、市街地ならば重い機関銃より拳銃のほうが優位かもしれないが、
都市部以外、例えば先に通った森などでは機関銃のほうが効果的なように感じる。

訓練を観察していると、あることに気づいた。ある一定の身体的特徴を有している者に、一定した適性が存在することである。
例えば長い耳を持つ人ならば、射撃訓練で他の人よりも早く教官を満足させることができたし、
手足の短い人は各種装備が入って重くなったバックパックを簡単に担ぎ上げる。狼男は不審物の捜索で非常に高い成績を上げた。
こちらに来てから早い段階で教えられたことだが、この世界には我々の世界における「ヒト」によく似た生物が複数存在し、
お互いを「種族」と呼んで区別している。いわゆる小説や映画に出てくるような存在が(本にあるような形で)実在するわけである。
こういった形質の違いについて、主に遺伝学的なアプローチが本国で行われているが、いまだに結論は発表されていない。何か見つかっても発表されるかは疑わしいが。

なぜこの点に気づけたのかというと、訓練の手法が基本的に我々のやり方で行われるからである。
訓練、およびその前の編成の決定は当人の希望や出自にかかわらず、教官や基地司令が多少調整するがランダムに決めることになっている。
そのため、基本的に種族や出身地がバラバラのチーム(6名)編成が出来上がる。
これは第一次世界大戦で郷里、出身ごとに部隊を編成し、そのまま壊滅して地域コミュニティの存続に支障をきたしたことの対策であるのだが、
この世界では個人(種族)の身体的差異をよりいっそう強調することになってしまっている。
さらに、以前の統治の名残からか種族間の仲は険悪で(そうでもしなければ反乱になるからであろう)この訓練と編制手法は当の訓練兵たちには非常に不評であった。
我々の世界のやり方が、必ずしもこの世界になじまないこと、ましてや優越することがない場合があることを示す典型的な例である。
しかし、軍隊はこの方法を継続していた。多少無理やりな方法でも、種族間の軋轢を緩和することができると考えていたこと、
そしてなにより「そのほうが効率的である」とかたくなに考えていたからである。彼らは自らが「支配者」と思われつつあることに今のところ気づいてはいなかった。

投下終了。これでこの話はいったん区切りとします。
次は「ネット小説らしく」会話文重視で書いてみたいなと。

275名無し三等陸士@F世界:2017/12/16(土) 18:54:21 ID:xcVmLF4g0
乙です
様々な種族で構成された六人一組のチーム、ですか……それ何てウィザードリィ?
あと作中でチェコ製の銃器が使用されてますが、統一で要らない子になったであろう旧東ドイツ製銃器も結構使われてそうだ

276 ◆3KN/U8aBAs:2017/12/23(土) 21:11:08 ID:gMExFQgE0
見切り発車で書き始めましたけど意外と話が展開していったものです。
以下コメ返し
>>265 266
戦争によって空白ができるとそこから不安定化が起こるのは東南アジアやイラクで見られましたからね。

>>272
> 銃で武装したエルフ兵は狙撃がエグイことになりそう
じゃけん狙撃銃を供与しましょうね〜

>>275
ウィザードリィを意識したわけではないんですが、結果的にそうなっていることは否定できませんね。
また現地兵の訓練には東側の銃を用いています。東欧各国への経済援助の一環として大量に買い込んでいる設定です。「購入代金」なので使い道は完全に各国政府にゆだねられています。
構造も単純ですし、西側の武器とは規格が違いますからね(ここ重要)

277名無し三等陸士@F世界:2018/01/01(月) 02:49:00 ID:cj58Jmoo0
結構経つだけど、ヨークタウン様の作品の更新って絶望的?
せめて月1でいいから今月更新できるできないとか生存報告がてらの報告あれば嬉しいのに

278名無し三等陸士@F世界:2018/01/01(月) 13:13:40 ID:xcVmLF4g0
A happy new year!
今年もこのスレが(そして他のスレも)盛り上がりますように…

>>277
ツイッター見なされ
ttps://twitter.com/USSCV5bigyorky

279sage:2018/01/28(日) 09:48:40 ID:B8RxRp8k0
>構造も単純ですし
ここ地味に重要だけれどもこちら側からすれば単純な構造の小銃ですら、
異世界では再現が困難である事を前提とした供与であるとも言えます。
ごく少数の小銃を手作りで作るというのは技術的には一応可能です。
ベテラン工がフライス盤を駆使して削りだし、ライフリング用の
ブローチ盤も手作りで作っていたとすれば可能ではあります。
しかし、数は揃えられません。
三十年戦争以前の欧州や日本の戦国時代では初期の先込め式マスケット
ですら一万の兵に千丁もあれば大軍と見做されていました。
異世界でもこれぐらいまでの銃器の配備までなら可能でしょうがこれ
以上の数は揃えられません、規格の問題も大きいですが大量生産が
可能になるのは地球世界でも産業革命(工業化)以降です。
産業革命以前は旋盤を動かす安定した動力がなかったのが最大のネック
で職人を完全な使い捨て、使い潰しで働かせたとしても数は揃えられ
無いのです(奴隷労働させたらサボタージュの危険性も出ます)。
工作機械(これを自作するにも多大な技術力を要しますが)などは整備さえ
していれば、人間が疲れ果ててしまうような作業でも延々と製造できます
からね。
産業革命以前に旋盤の動力として使われていたのは馬でした。

パキスタンやアフガン、フィリピンのゲリラは今でも手作りでAK作って
るだろとか言う人も居ますが、AKはシリーズや製造国が違っても
大部分の部品に互換性があるから何丁かあれば共食いで再生(リストア)
出来るというだけで異世界で自給自足出来るのは精々、木製銃床とか
ネジくらいのもんでしょうな。
銃身は使えば使うほど摩耗し、必ず交換命数が来てしまいます。
銃器を供与されていても交換部品の供給を止められてしまえばそれまで
です。
バレルを削り出せる特殊旋盤まである工場は地球世界のゲリラの持って
いるような場所にはそうそうありませんので。
尚、調整もなしに部品が交換出来るのは、日本だと第二次世界大戦以降
(JIS規格制定後でも出来ている分野は少なかった)、これは枢軸内での
工業先進国のドイツでも同様でルガーP-08などは、部品に共通のシリアル
Noが振ってありました。

280名無し三等陸士@F世界:2018/02/15(木) 09:08:45 ID:WDM44Um20
昔、何かの映像でゲリラっぽい人?が工作機械で削り出しで銃を作ってるところは見たことある。
技術援助で、工作機械自体は提供されてる。 もっとも、工作機械の摩耗する部品を入手できるかは知らない。
 日本の商社は知ってて、融通してそうだけど。その辺りの感覚がゆるいし。

281名無し三等陸士@F世界:2018/02/15(木) 22:54:41 ID:B8RxRp8k0
>>280
>何かの映像でゲリラっぽい人?が工作機械で削り出しで銃を作ってる
いや、だからそれが279で言ってた「手作りでAK」なんですってば。
一応通常兵器関連であっても外為法の関係で商社であろうがどうだろうが
持ち出せないものは決まってますよ。

282ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:05:58 ID:4r/3PIrQ0
>>265氏 被害が少ない(甚大であることには変わりない
という事ですね、分かります
その他諸々への影響も大きくなりつつあるので、シホールアンルは非常に辛いです

あと、>>267氏や>>268氏も紹介してくれましたが、色々なゲームがあるもんですなぁ
少しばかり興味がわいてきましたね

>>269 外伝氏、応援イラストありがとうございます!
シホールアンルの兵器ショーな感じでいいですね。
しかし、この女騎士さんもいいっすなぁ。1人ぐらい持ち帰ってもバレないでs(ry

>>◆3KN/U8aBAs氏 SS投稿お疲れ様です。
今回も良い物を読ませていただきました。占領地域の現地種族を教育して仕立て上げるのはなかなか難儀な事でしょうが、
練成に成功すれば、なかなかに頼れそうな武装組織になりそうですな。

>>277氏 長い間お待たせして申し訳ありませんでした。今日あたりに投下しますので、しばしお待ちを
あと、>>278氏の言われる通り、ツイッターで情報発信しておりますので、そこを見るのも良いかと思われます。

それでは、お待たせ致しました。
これよりSSを投下いたします

283ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:06:40 ID:4r/3PIrQ0
第285話 海上交通路遮断作戦(後編)

1486年(1946年)1月6日 午前3時 ノア・エルカ列島沖東方500マイル地点

潜水艦キャッスル・アリスの艦長を務めるレイナッド・ベルンハルト中佐は、艦長室で仮眠に入ってから、1時間足らずで部下に起こされた。

「艦長、起きて下さい」
「……む、来たか?」

ベルンハルトが目の前にいる部下に聞くと、部下はすぐに顔を頷かせた。

「よろしい。仕事の時間だな」

ベルンハルトはそう独語しつつ、ベッドから起き上がり、ハンガーにかけていた制帽を頭に被りながら、発令所に向けて歩いて行った。
急ぎ足で発令所に辿り着くと、平静な声音で副長に尋ねた。

「敵かね?」
「はい。2分ほど前に、水上レーダーが敵らしき反応を捉えました」

副長のリウイー・ニルソン少佐は、台の上に広げている海図に、持っていた赤鉛筆の先をなぞらせて、ある一点で止める。

「位置は本艦より北西、方位278度、距離は約20マイルです」
「速力は?」
「現在、16ノットで東に向かっております」

ベルンハルトは、海図上の自艦の位置と敵と思しき反応の位置を交互に見つめる。
敵の針路は、キャッスル・アリスの位置からちょうど北の辺りを通り過ぎる形になっていた。
キャッスル・アリスが幾らか北に進めば、敵を捕捉し、雷撃を敢行する事ができる。

「艦長、レーダー員から続報です。反応は今も増え続けており、スコープ上には6隻の艦影が映っているとの事です」

284ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:07:18 ID:4r/3PIrQ0
航海長のレニー・ボールドウィン大尉がベルンハルト艦長にそう伝える。

「6隻か……つまり、この反応はアタリという事だな」

彼はそう言うと、満足そうな笑みを浮かべてから両手を叩いた。

「通信長!旗艦に報告だ!」
「はっ!」

ベルンハルトから幾らか離れた場所にいた通信長が、返事をしながら体を振り向けた。

「我、敵船団をレーダーで探知せり。位置は本艦より北西、方位278度方向、距離は約20マイル。本艦はこれより、計画通り敵船団襲撃に向かう、
以上だ。すぐに送ってくれ」
「アイ・サー!」

通信長は、ベルンハルトから指示を受け取ると、すぐさま部下の通信員に、先ほどの報告文を送るように命じた。

「これより潜行する!」
「アイ・サー。潜行用意!甲板の見張り員は至急、艦内に戻れ!」

ボールドウィン航海長の声が艦内と甲板上に響き、甲板で見張りに当たっていたクルーは、大急ぎで艦内に戻っていく。
最後のクルーがハッチから艦内に入ると、いつも通りにハッチを固く閉め、それからハシゴを伝って艦内に降りてきた。

「急速潜行!深度40!」

ベルンハルトは次の命令を下し、艦のクルー達はそれに従って機敏に動いていく。
艦内に轟音が響き渡り、キャッスル・アリスは艦首を傾けつつ、急速に海面下に没していく。
艦の両舷から夥しい泡が立ち上がり、夜目にもわかる黒い艦隊が、波間に消えてゆく。
最初は艦首が没し、次に艦橋、そして、最後に艦尾部分がするすると、海面下に没していった。

285ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:07:51 ID:4r/3PIrQ0
潜行を開始してから20分後、キャッスル・アリスは潜望鏡深度まで浮上しつつあった。

「浮上停止、針路・速度そのまま」

潜望鏡深度である10メートルに達した事を確認すると、ベルンハルトは新たな指示を次々と飛ばし始めた。

「魚雷戦用意!生命反応探知妨害装置始動!始動確認後、潜望鏡を上げる」

ベルンハルトの指示はすぐさま、ロイノー少尉に伝わる。
探知妨害魔法装置の置かれた部屋で、2人の魔導士が魔法石に入力された術式を起動し、程無くして、キャッスル・アリスの周囲にうっすらと、
青い膜のような物が展開された。

「艦長!術式展開完了。探知妨害魔法は正常に起動しております」
「よろしい。潜望鏡上げ!」

ロイノー少尉の報告を受け取ったベルンハルトは、次の命令を下した。
駆動音と共に潜望鏡が海面に上げられていく。
程無くして、潜望鏡が上げ終わると、ベルンハルトはペリスコープに張り付いた。
周囲をゆっくりと見回していく。
洋上は、上空の月明かりのお陰で夜間にもかかわらず、思いの外明るいように思える。
うっすらと視界の上隅に見える二つ月の月光が、洋上を照らしているようだ。

「……お、居たぞ」

ベルンハルトは、夜闇にうごめく何かを見つけた。
闇の中で、月光に照らされている艦影は、はっきりとは見えない。
だが、その特徴的な艦影を見分ける分には苦労しなかった。

「先導駆逐艦を視認。距離……5000。速力14ないし、16ノット。敵の針路は北東、方位55度」

286ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:09:24 ID:4r/3PIrQ0
ベルンハルトは、駆逐艦の速力と針路を目測で確認してから、一旦は潜望鏡を下げさせる。
その後、水上レーダーを洋上に上げて最終確認を行った。

「こちらレーダー手。洋上の反応を再度確認しました。紛れもない敵護送船団です!」

ベルンハルトはレーダー手の側に駆け寄り、レーダースコープの反応をその目で確認した。
PPIスコープには、くっきりと敵護送船団の姿が浮かび上がっている。
外周には小型艦の反応があり、それらが輸送艦の周囲を取り囲んでいた。
敵船団は、キャッスル・アリスの前方を通過しつつある。
攻撃のチャンスは今であった。

「レーダーを下げ、潜望鏡を再び上げる。目標は、船団の外周にいる駆逐艦だ」

ベルンハルトは、再び潜望鏡を上げさせる。
海面上に潜望鏡が上がると、彼はペリスコープに取り付いて、目標の確認を行う。

「よし……いたぞ。敵駆逐艦が1……2……3……やはり多いな」

キャッスル・アリスから、距離5000から3000ほどの間にいる駆逐艦の数は意外と多いように思える。
敵は今、キャッスル・アリスに横腹を晒して航行しているが、駆逐艦は潜水艦の天敵だ。
何かの拍子でこちらが見つかれば、この駆逐艦群はすぐさま殺到し、キャッスル・アリスに爆雷の雨を降らせてくるだろう。
ベルンハルトは、胸の鼓動が幾分早くなるのを感じたが、平静な口調のまま指示を出し続ける。

「目標、船団先頭側の敵駆逐艦2隻。1番艦は距離4000。2番艦は距離3000。最初に1番艦を狙う……」

彼は、月明りに浮かぶ艦影を睨み据える。

「的速16ノット……距離4000。1番、3番、5番、発射用意!」

287ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:09:57 ID:4r/3PIrQ0
魚雷発射管室では、水雷科員が21インチ魚雷を慎重に動かしながら、発射管に魚雷を装填する。
重さが1トン以上もある魚雷の装填作業は、非常に難儀な物であるが、水雷科員の動作は、慎重ながらもキレを感じさせる物がある。

「水雷長より艦長へ、魚雷発射準備完了!2番、4番、6番発射管も装填完了!」
「了解!」

ベルンハルトは水雷長からの報告を聞いた後、最初の目標である敵1番艦へ狙いを定めていく。

「目標、敵1番艦。1、3、5番……発射!」

彼の命令が艦内に響き渡る。
直後、前部の魚雷発射管から魚雷が発射された。
1番、3番、5番と、魚雷が順繰りに海中へ躍り出る。
ベルンハルトは息つく暇もなく、次の目標に狙いを付ける。

「続いて敵2番艦をやる。的速16ノット……距離3000!2番、4番、6番、発射用意!」


駆逐艦フロイクリは、輪形陣右側外輪部の3番艦として、前方の2番艦タリマの後方500メートルを8リンル(16ノット)の速力で航行していた。

「輸送艦1隻が機関の故障を起こした影響で、船団の船足が遅いままですな」

艦橋で薄暗い洋上を見据えていたフロイクリ艦長ルシド・フェヴェンナ中佐は、後ろで報告書を1枚1枚読みながら、状況報告書を書いている
ロンド・ネルス副長のぼやきを聞いていた。

「船足が早いとは言え、民間船用の質の悪い魔法石じゃ無理からぬことですね。全く、これだから足手まといの船は」
「副長。あの輸送船とて、今は海軍に編入され、乗員も我が海軍の将兵で固めた立派な海軍所属艦だ。あまり悪く言わんでも良かろうが」
「恐れながら……当方は事実を申したまでです」

288ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:10:39 ID:4r/3PIrQ0
副長の容赦ない口調に、フロイクリは小さく溜息を吐いたが、その言葉は嘘ではない。

民間船に動力機関として搭載される魔法石は、軍用の物と比べて幾分質が落ちる。
その質も、アメリカがこの異世界に召喚され、本土が戦略爆撃を受けるまでは、幾らか手荒く扱っても故障を起こす事は少なかった。
しかし、84年以降から始まった、米軍の帝国本土空襲によって本土内の魔法石精錬工場や魔法石鉱山が次々と狙い撃ちされてからは、状況は
大きく変わってしまった。
今護衛している輸送艦は、民間の造船所が帝国中枢の命を受けて1484年9月頃から建造を開始し、1485年10月以降に本土北海岸の各造船所にて
就役した新しい船である。
排水量15000ラッグ(10000トン)という比較的大型の船体に、最高速力13リンル(26ノット)という性能は、物資の高速輸送にはまさに
うってつけであり、竣工した船は片端から海軍に編入され、主にルィキント、ノア・エルカ列島からの生産物資・補給品輸送に用いられた。
だが、この高速輸送艦が就役した時期は、ちょうど、米軍の所属するB-29による戦略爆撃が苛烈を極めている時期と重なっていた事もあり、当初は
輸送船に搭載される筈の魔法石は、南部領産の良質な物であったが、同地が度重なる戦略爆撃によって荒廃したため、急遽、帝国北部付近の魔法石鉱山より
精錬した魔法石が、この輸送船の動力源として使用される事になった。
だが、北部産の魔法石は、一部の鉱山を除いて良質とは言えない代物ばかりであった。
8リンルほどの巡航速度で航行するのならば、輸送艦は故障を起こすことなく航海を行う事ができるのだが、機関を全力発揮した場合、高確率で故障を起こしてしまう。
最大速力が発揮できなくなるのはまだマシな部類であり、12月初旬の輸送中には、機関停止を起こして、船団から落伍した船も現れる始末である。
これらの事から、輸送艦の艦長は、造船所の担当官から「機関に過度な負荷をかける事は極力避けるように」と、きつく言われる有様であった。
この事は、輸送艦を護衛する水上部隊の将兵にも伝わっており、副長のような口さがない将兵が、輸送艦を足手まといとののしる事は日常茶飯事だった。

「言いたい事は言っても、戦争は終わらんぞ。今は引き続き、対潜警戒を怠らんようにする事だ」
「は……乗員には改めて、そのようにお伝えします。しかし艦長……敵の潜水艦は北にいる筈です。この海域にはいないのではありませんか」
「いないと思った時に来るのが連中だぞ。ウェルバンルの例を見ても明らかだと思うが……?」

フェヴェンナは、言下に戒めの言葉を潜ませながら、くるりと顔を向けた。

「念には念を……と、言う事ですな」
「当然だ。しっかり警戒しておけ」

彼は副長にそう言ってから、顔を再び前方に向け直した。

その刹那、旗艦より緊急信が飛び込んできた。

289ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:11:20 ID:4r/3PIrQ0
「旗艦より通信!敵魚雷接近!」

直後、前方から白い閃光が煌めいた。

「……!?」

この瞬間、フェヴェンナは意識を切り替えた。
見えた閃光はすぐに消えたが、そのすぐ後に、腹に応えるような轟音が海上に轟いた。

「旗艦、魚雷を受けましたー!あ、2番艦タリマ、急速転舵!」

フェヴェンナは、月明りにうっすらと照らされた僚艦が、急回頭する様子を見て即座に反応した。

「面舵一杯!急げ!魚雷が来るぞ!!」

フェヴェンナは大音声で命令を発した。
彼の号令を受け取った航海員が操舵手に指示を下し、操舵手は素早く舵輪を回した。
フロイクリの小柄の艦体が右に曲がり始める。
その瞬間、前方のタリマが、右舷側から水柱を噴き上げた。

「タリマ被雷!」

見張りの絶叫めいた報告が艦橋内に響いてきた。
この時、タリマは右舷側後部付近に被雷し、艦後部の推進基軸室と後部兵員室を破壊され、そこで待機していた8名の応急要員は全員戦死した。
タリマの被雷はこれだけに留まらず、右舷側第1砲塔横にも魚雷が命中した。
魚雷の弾頭は、駆逐艦の薄い腹を串刺しにし、第1砲塔弾薬庫付近にまで達してから炸裂。
この瞬間、砲塔弾薬庫に収められていた大量の砲弾が誘爆し、タリマは艦首第1砲塔付近から火柱を噴き上げた。

「タリマ、大爆発を起こしました!弾薬庫の誘爆を起こした模様!」

その知らせを聞いたフェヴェンナは、悔しさの余り歯噛みする。

290ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:11:57 ID:4r/3PIrQ0
(タリマは致命傷負ってしまったか……!)

彼は心中でそう呟きつつ、伝声管越しに通信員へ向けて指示を飛ばした。

「通信士!旗艦との交信を行え!連絡がつき次第、敵潜水艦の追撃許可を取り付けよ!」
「了解!」

通信室の魔導士官は彼の命令を受け取るや、すぐさま旗艦へ魔法通信を飛ばす。
だが、旗艦メリヌグラムは被雷の影響で通信員に何らかの影響が出ているのか、返事はなかなか来なかった。
3分ほど待っても返事が来ない事に業を煮やしたフェヴェンナは、独断で動く事に決めた。

「事態は急を要する。第109駆逐隊の指揮は、ただ今より、このフェヴェンナが執る!通信士!第51駆逐隊旗艦に、我、第109駆逐隊の指揮を
継承せり。これより対潜先頭に入ると送れ!その後、僚艦キガルアに対潜戦闘、我に続けと送信せよ!」
「了解!」

フェヴェンナは通信士にそう送らせた後、返事を待つまでもなく、対潜戦闘に移った。

「対潜戦闘用意!機関全速!爆雷班、配置に付け!」


潜水艦キャッスル・アリスのソナー員であるリネロ・ウェルシュ1等兵曹は、ソナーから敵駆逐艦の物と思しき推進音が徐々に近づいて来る事に気が付いた。

「敵駆逐艦、近付きます!距離2800!」
「深度80まで潜行を続けろ」

その知らせに対し、ベルンハルトは驚く事も無く、冷たい口調で指示を下す。

「現在、深度30……32……34……」

291ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:12:35 ID:4r/3PIrQ0
計測員が艦の深度を刻々と伝える。

「魔法石はしっかり発動していると聞いている。ならば、敵はこちらの正確な位置を把握できんはずだ」

ベルンハルトは、心中で魔法石のおかげだと付け加える。
現在、キャッスル・アリスは敵船団の針路から反対方向へ抜ける形で避退しようとしているが、魚雷の流れた方向から大まかな位置を掴んだ
シホールアンル駆逐艦が、海中に潜むキャッスル・アリスを討ち果たさんと、船団から離れて急行しつつある。
敵駆逐艦の発する生命探知魔法の効用範囲は、深度によって範囲が狭まって来るが、平均的な性能として、水深20メートル付近の探知範囲は、自艦から
半径2000メートルとなっており、そこから深くなるにつれて狭くなる。
最大探知深度である160メートルでは、探知範囲は半径800メートルに狭まるため、魚雷発射からどれだけ深く潜れるかによって、生存性が大きく変わって来る。

「敵駆逐艦、なお近付きます!速力、約30ノット。距離、2200!」
「毎度ながら思うが、敵側は音を直に聞くのではなく、魔法石の反応を“目視”しながら潜水艦を探すのだから、どれだけ速力を飛ばそうが探知に
支障を来さない。魚雷攻撃を受けてから迅速に反撃に移れる点で言えば、我が米海軍より優れていると言えるな」

ベルンハルトが半ば感嘆するように言うと、ボールドウィン航海長が頷く。

「まったくです。その点、我が合衆国海軍の駆逐艦は、音を聞かんといかんですから、あんな高速で走りまくるのはできません。いつもながら……
足が速いというのは羨ましいものですよ」
「この戦争が開始されてから、我が潜水艦部隊の損失が相次いだのは、それを知らなかった事にもある。色々と、シホット共の事を馬鹿に関する輩が
おるが……対潜能力に関しては、うちらと遜色ないだろうな」

彼はそう言いつつ、顔を上向かせた。

「ま、それも…探す相手が見つかればの話だ」
「敵駆逐艦、我が艦の後方を通り過ぎます!」

ソナー員の報告が発令所内に響く。

292ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:13:23 ID:4r/3PIrQ0
敵艦はキャッスル・アリスの後方600メートルの位置を、約30ノットほどの速力で突っ走って行った。
その直後、ソナーは別の音を捉えた。

「海面付近に着水音らしき物、複数!」
「爆雷だな」

ベルンハルトはぽつりと呟く。
しばし間を置いて、くぐもったような爆発音と、振動が艦に伝わって来た。

「敵艦は本艦の位置を掴んでいないためか、見当はずれの所に爆雷を落としていますな」

ボールドウィンがそう言うと、ベルンハルトも頷いてから言葉を返す。

「探知されぬという事は、実に素晴らしいものだ。あの探知妨害装置を全ての潜水艦に設置すれば、敵の水上部隊は何もできんようになるぞ」

彼は心の底から、探知妨害装置のありがたみを感じた。
爆雷の炸裂音は、20を数えた所で一旦鳴りやみ、その10秒後に再び炸裂音が響き始めた。
キャッスル・アリスには、2隻の敵駆逐艦が対応しているようだが、敵艦は闇雲に爆雷を叩き込んでいるだけだ。

「深度50……55……60……」

キャッスル・アリスは、潜行を続けながらも、敵船団との距離を徐々に離しつつある。
艦の後方から、未だに爆雷の炸裂音が響いているが、キャッスル・アリスの乗員達は、奇襲を受けた敵艦がパニックになって、デタラメに爆雷を
落としているのだと言ってせせら笑っていた。

「深度65……70……」
「艦長、敵艦1隻が針路を変えました。こちらに近付きつつあります!」

ソナー員からその報告を聞いた時、ベルンハルトは特に警戒もしていなかった。

293ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:13:57 ID:4r/3PIrQ0
「敵は、1隻ずつに別れて本艦の捜索に当たっているようだな」
「対潜水艦の索敵においては、悪くない判断かと思われます」

ボールドウィンは、敵側の判断を素直に評価した。

「敵艦、高速で後方より接近!」

ソナー員の報告が逐一艦内に響く。
各所で配置につく乗員達は、上空からうっすらと聞こえるスクリュー音に耳を傾けているが、誰一人として不安に思う物は居ない。
ある乗員などは、頭上付近を通過していく敵艦に中指を立てたり、挑発するような言動を発するほどだ。


通信室の隣に設置された臨時の魔法石監視室では、フィリト・ロイノー少尉とサーバルト・フェリンスク少尉が共に魔法石の作動状況を注視していた。

「始動から15分ほどが経ちますが、今の所異常見られませんね」

フェリンスク少尉は、その特徴ある長い耳をひくひくと動かしながら、笑顔でロイノー少尉に言う。

「まだ安心するな。今は作戦中だぞ」

楽観口調なフェリンスク少尉に対し、ロイノー少尉は憮然とした口調のまま、戒めの言葉を発する。

「昼間に確認された不具合の原因はまだ掴めていないんだ。今の所、この魔法石は仕事を果たしてくれているが、いつ、何時異常を発するかわからん。
何らかの兆候が現れるかもしれんから、魔法石から絶対に目を離すな」
「はっ!」

フェリンスク少尉は短く返答して、より一層注視する物の、内心ではそう肩肘張らなくてもいいじゃないか、とも思っていた。
敵の駆逐艦は、2人の乗る潜水艦の位置を全く掴めず、海上をうろうろするしかないようだ。
今しも、爆雷の炸裂音と思しきものが複数聞こえてくるが、音は離れており、艦には微かな振動しか伝わって来ない。

294ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:14:50 ID:4r/3PIrQ0
「先輩……潜水艦に乗ってて、爆雷攻撃を受けた事はありますか?」
「いや、俺が乗ってる時は、幸運にも敵艦から爆雷を食らう事は無かったな」

2人は、妖しい光を発する魔法石を眺めながら会話を交わしていく。

「ただ、艦の乗員からは、恐ろしい物だと聞かされてはいる。なんでも、凄まじい衝撃なので、体を艦内のあちこちにぶつけたりしてエライ目に遭うようだ」
「私が聞いた話では、爆雷攻撃後の浸水対策も過酷であると聞いていますが……」
「実際、過酷らしいな」

ロイノーは頷きながら言う。

「特に、この辺の海は非常に冷たい。浸水でもすれば、氷点下にまで冷やされた海水を浴びなければ行かんから、下手をすれば凍傷に
なりかねんようだな」
「ただでさえ寒いのに……更に寒い海水を浴びながら浸水対策か……そんな事にはなって欲しくない物です」
「安心しろ。こいつが動いている限り、敵は俺達に指一本触れる事すらできんさ」

不安気になるフェリンスクを励ますように、ロイノーは不敵な笑みを浮かべながらそう返した。
ふと、艦の上から遠ざかっていたスクリュー音が再び近づいて来るのが聞こえた。

「……なんか、また近寄ってきますね」
「しかし、よく聞こえるもんだな」

ロイノーは、犬耳をかざしながらフェリンスクのずば抜けた聴覚に感心する。

「俺の種族も聴覚はいい方なんだが……ここからじゃさっぱりだな」
「サーバル族のウリですからな。最も、この艦に搭載されているソナーには大きく劣りますが」

フェリンスクは内心誇らしげに思いつつも、控えめな笑みを浮かべる。
彼の耳は時折ピクピクと動き、その大まかな進行方向を推測する事ができる。
この動作は、キャッスル・アリスの乗員からはなぜか人気があり、艦にカメラを持ち込んでいた兵からは、なぜか記念写真をせがまれた程である。

295ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:15:34 ID:4r/3PIrQ0
「まぁしかし、今回の話はなかなかの土産話になりそうだな。特に、君の兄思いの妹さんは目を輝かせて聞き入りそうだ」
「カリーナですか……あいつの過剰とも言えるようなはしゃぎっぷりには、毎度辟易とさせられてますよ。まぁ、喜びを表現するのは
いい事なんですが……」

フェリンスクは、カリーナと呼ばれた2つ年下の妹の顔を思い出し、苦笑しながらそう答える。
どちらかというと、普段は物静かなサーバルトであるが、彼の妹は太陽のように明るいと言われるほどの性格の持ち主であり、所構わず
はしゃぎ回るのが難点でもある。
だが、そんな天真爛漫な妹も、彼が戦地に行く前日には、涙ながらに彼の生還を望んできている。

「たまには、あいつが放つ「凄いよー!」が恋しくなったりもしますな」
「帰ったら、たっぷりと言わせてやればいい」
「はは、そうしますかな」

2人は互いに微笑みながら、心中ではこの作戦を終えた後の予定に思いを馳せていた。
頭上のスクリュー音が一際大きくなった時、唐突にロイノー少尉が立ち上がった

「フェリンスク……すまんが、俺は便所行って来る。すぐに戻るぞ」
「了解です」

彼は、ロイノーに小声でそう返すと、ロイノーは小さく頷いてから、速足で監視室を抜け出した。
フェリンスクは言われた通り、魔法石の監視を続けた。
ミスリアル製の魔法石は、薄い水色の光を発し続けている。
その妖しい光が、この艦の存在を敵から隠し通しているのだが、今の所は、昼間に危惧したような兆候は全く見られない。
艦の上方から聞こえてくるスクリュー音は、いつの間にか小さくなっており、敵艦も間もなく遠ざかっていくであろう。
ふと、腕時計に視線を送る。

「午前4時10分か……今日の朝飯は美味い物が出るかな」

彼は幾らかのんびりとした口調で呟く。

296ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:16:19 ID:4r/3PIrQ0
それから、先輩のトイレが思いの外長い事に気付き、フェリンスクは顔を出入り口に向けた。

「遅いな……さては、小便ではないのかな」

あの先輩でも緊張するんだなぁと、彼は心中で思い、顔を魔法石に振り向ける。


魔法石からは、一切の光が発せられていなかった。


「敵艦、更に遠ざかります。距離800……」
「付近にいる敵艦は1隻だけか。もう1隻はまだ、別の海域を探しているようだな」

ソナー員の報告を聞きながら、ベルンハルトは事務的な口調で呟いた。
キャッスル・アリスの周辺をうろつく敵駆逐艦は、相変わらず高速を維持したまま艦を離れつつある。
その一方で、上の敵艦の相方は、ここから3000メートル離れた海域でキャッスル・アリスを探し回っているようだが、肝心のキャッスル・アリスが
探知妨害魔法の効果で敵の探知から逃れているため、無駄な行動となっていた。

「敵船団は依然、16ノットのスピードで航行中か。あとは、本隊がどれだけ敵さんを沈めてくれるかだな」
「本艦の仕事はこれで終わりになりますかな?」

ボールドウィンの問いに、ベルンハルトは頷いた。

「ああ。探知妨害魔法に守られているとはいえ、長居は無用だ。手筈通り、一旦南方へ離脱する」

ベルンハルトはそう言ってから、新たなる命令を下そうとした。
その矢先に、ロイノー少尉が血相を変えて発令所に飛び込んできた。

「艦長!一大事です!!」
「何だ?」

297ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:17:06 ID:4r/3PIrQ0
ベルンハルトは相変わらず、平静な口調で尋ねたが、ロイノー少尉の発するただならぬ気配を感じ取った彼は、心中で魔法石絡みの事で
トラブルが起きたかと確信した。

「魔法石が……動作を停止しました!」
「な……何ぃ!?」

仰天したボールドウィンが思わず声を上げてしまった。
ベルンハルトは無言のまま発令所から出ると、速足で通信室の隣に設けた魔法石監視室に向かった。
室内に入ると……そこには、ただの透明な水晶球が台の上に置かれていた。
本来ならば、その水晶からは光が発せられ、水晶自体が放つ探知妨害魔法はキャッスル・アリスを覆い、敵の生命反応探知魔法から位置を
隠してくれるはずである。
だが……その水晶は一切の光を発せず、ただの小綺麗な置物が台の上に載っているだけである。

「この艦は……普通の潜水艦となんら変わらん状態になっている、という事か」

ベルンハルトは、渋面を浮かべながらそう言うと、すぐさま発令所に戻っていった。

「限界深度まで潜行!」

彼は発令所に戻るなり、即座に命じた。

「艦長、限界深度までですか?」

ぎょっとなったボールドウィンが聞き返す。

「そうだ。今すぐにやれ!敵はすぐに戻って来るぞ!」
「アイ・サー!」

ベルンハルトの命令を聞いたクルー達がにわかに動き出した。
一度は深度80で維持していたキャッスル・アリスは、敵駆逐艦の再攻撃に備えて潜行を始める。

「艦長。魔法石が故障したタイミングですが、その時はちょうど、敵艦の有する探知魔法の限界範囲をギリギリで抜け出ていた可能性があります。
もしかすると……」

298ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:17:53 ID:4r/3PIrQ0
「敵はこちらを探知しとらんかもしれんな」

ベルンハルトは、楽観論を口にするボールドウィンにそう相槌を打つ。

「心の底から、そうあって貰いたいと祈るものだが……」

彼はため息交じりの口調で言いながら、頭上を見上げる。
そこにソナー員の切迫した声音が響いてきた。

「艦長!艦の左舷後方より推進音!近付きつつあります!」
「どうやら……敵さんの探知範囲内に引っ掛かっていたようだな」

顔を青くするボールドウィンに向けて、ベルンハルトは無機質な声音でそう言い放った。


駆逐艦フロイクリの艦橋に新たな報告が伝声管越しに伝えられた。

「こちら探知室!前方生命反応探知!距離360グレル(720メートル)、深度45グレル(90メートル)!」
「了解!奴を追い詰めるぞ。爆雷班、正念場だ!気合を入れて掛かれ!」

フェヴェンナ艦長は語調を強めながら、各部署に新たな指示を下していく。
それまで13レリンク(26ノット)のスピードで航行していたフロイクリが更に速度を上げる。

「敵艦、尚も潜行中。深度50グレル!」
「50グレルか・・・探知装置の限界探知深度は80グレル(160メートル)だから、そのまま素通りしていたら逃げられていたな」


その反応は、今から10分ほど前に確認された。
フロイクリは、僚艦2隻を瞬時に撃沈破した小癪な敵潜水艦を討ち取るため、続航してきた僚艦と共に二手に別れつつ、威嚇がてらに爆雷投射を
行いながら索敵していたが、敵艦は一向に探知できなかった。

299ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:18:39 ID:4r/3PIrQ0
敵の探知に失敗したと確信したフェヴェンナ艦長は、僚艦と共に船団の護衛に戻ろうとしたその矢先……
探知範囲内ギリギリのところで、何がしかの反応を捉えたのだ。
その報せを聞いたフェヴェンナは即座に反転を命じ、それから程なくして、フロイクリは待望の敵潜水艦を探知するに至った。
艦首が海水を掻き分け、艦首甲板に冷たい水飛沫が振りかかる。
艦の動揺もそこそこ大きいが、フロイクリは15レリンク(30ノット)の高速で爆雷投下点へと近付いていく。
艦尾付近に待機する爆雷班は、既に投下準備を終えており、その時を今か今かと、手ぐすね引いて待っていた。

「艦長!敵潜水艦の魔上に到達しました!深度55グレル!(120メートル)」
「爆雷班!敵艦の深度55グレル!爆雷投下開始!」

フェヴェンナは即座に爆雷投下を命じた。
爆雷班の班長は大音声で投下を命じ、フロイクリの艦尾から2個ずつ爆雷が投下されて行った。


「海面に着水音!爆雷です!!」

ソナー員の報告を聞くや、ベルンハルトは渋面を張り付かせたまま口を開いた。

「爆雷が来るぞ!衝撃に備えろ!」

彼の発した言葉は、スピーカー越しにすぐさま全艦に伝わった。
艦内の各所で乗員達が壁に手を置いて踏ん張ったり、台にしがみついて衝撃に備えようとする。
ロイノーとフェリンスクも、手近にある固定されたテーブルに手をかけ、来たる衝撃に備えた。

「先輩……うちらは無事に生きて帰れますよね…?」

フェリンスクは顔を青ざめさせながらも、比較的軽い口調で先輩に話しかける。

「なーに、心配するな。この艦の乗員達もプロさ。任務を終えれば、のんびりとくつろぐ事もできる」

300ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:19:24 ID:4r/3PIrQ0
ロイノーはそう言ってから、フェリンスクの肩を軽く叩いた。

「心配は無用だ」

彼は自信ありげな口調で、部下に返答する。
その直後、艦の後方から爆発音と共に衝撃が伝わって来た。
腹に応える轟音が耳の奥にねじ込まれる。

「っ……!?」

フェリンスクは耳の奥に届く不快な音に、思わず顔を顰める。
衝撃で室内が揺れ、体がその揺れに流されようとするが、踏ん張って耐える。

「最初から爆発の位置が近い……」

ロイノーは敵艦の正確な狙いに感心を覚えつつも、心中では撃沈される恐怖感が徐々に大きくなり始めるのを感じていた。
次の爆発音が鳴るや、艦はさらに激しく揺れた。
まるで、樽の中に籠った時に、外から棍棒でぶん殴られているような衝撃だ。
2人の体は衝撃で更に揺さぶられ、テーブルにかけた手に痛みが走る。
更に爆雷が炸裂すると、その衝撃が2倍増しで襲って来た。
体の横から、飛んできた壁にぶち当たったような強い衝撃が伝わり、フェリンスクはそれに耐えきれず、テーブルから手を放してしまった。

(ま……まずい!)

彼は慌ててテーブルを掴もうとするが、新たな衝撃が艦を刺し貫く。
衝撃の余波をもろに受けたフェリンスクは、勢い良く弾き飛ばされ、室内の腰掛に真正面から飛び込んでしまった。
胸や腹に猛烈な痛みが走り、直後に体の右側から床に転倒し、更に右腕や肩にも激痛が走った。

「あ……がぁ…!!」

フェリンスクは体に伝わる痛みに悲痛な声を漏らし、思わず目を瞑ってしまった。

301ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:20:00 ID:4r/3PIrQ0
体に走る痛みは、これまでに体験した事のない物だった。

(体が……もしかしたら、骨が何本かやられたかもしれん……)

彼は自分が負傷した事を自覚するが、同時に先輩であるロイノーの状態も気になった。

(はっ…せ、先輩は……先輩は無事だろうか……?)

フェリンスクはそう思うと、閉じていた目を開け、体の痛みに耐えながら先輩に目を向けようとした。
そこに新たな衝撃が走り、艦が大きく揺れ動く。
だが、先ほどの衝撃と比べると、それは小さく感じた。

「爆発の位置が遠ざかっているのか……」

フェリンスクは小声で呟きつつ、顔を動かしてロイノーを探し始めた。

「先……輩……あぁ……先輩!!!!」

ロイノーは、フェリンスクのすぐ傍に倒れていた。
彼は頭から血を流し、顔を血で真っ赤に染めていた。
うつ伏せになる形で倒れているロイノーは意識を失っており、顔の辺りにはうっすらと血だまりが出来つつある。

「先輩!しっかりしてください!」

フェリンスクはロイノーを揺り動かすが、反応はない。

「おいどうした!?」

唐突に、フェリンスクの背後から声がかかった。
振り向くと、そこにはニルソン副長が、顔を引き攣らせながら立っていた。

302ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:20:41 ID:4r/3PIrQ0
「先輩が負傷したんです!早く手当てしなければ……!」
「待て!ここではロクな治療ができん。医務室に運ぶぞ!」
「わ、わかりました」

フェリンスクは言われる通りにロイノーを運ぶため、体を起こして立ち上がろうとしたが、胸や腹から伝わる痛みに顔を歪めた。

「うっ…!?」
「おい……お前も負傷していないか?顔色が悪いぞ」
「自分はまだ大丈夫です……!それよりも」

フェリンスクは無理やり笑顔を作りながら、ニルソンにロイノーの脇を支えるように促す。

「ああ、わかった。俺は左側を持つ。そっちは右側を持ってくれ」

ニルソンはそう言ってから頷くと、フェリンスクと共にロイノー少尉を医務室に運んで行った。


「前部兵員室の浸水止まりません!応援をよこしてください!」
「了解!すぐに寄越すから待っていろ!」

ベルンハルトは艦内電話越しに報告を受けてから、ニルソンに早口で命令を伝える。

「副長!あと5人ほどかき集めて後部兵員室に送れ!」
「アイ・サー!」

ニルソンは発令所から飛び出し、応援の兵をかき集めてから前部兵員室に駆け込んでいった。
それから5分ほどたってから、ニルソンが発令所に駆け戻って来た。

「艦長!ロイノー少尉とフェリンスク少尉が負傷しました!」
「なに?あの2人が!?」

303ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:21:18 ID:4r/3PIrQ0
それまで平静さを装って来たベルンハルトだが、この予想外の報告には面喰ってしまった。

「はい。爆雷炸裂の衝撃で転倒したようです。ロイノー少尉は頭から血を流し、フェリンスク少尉は胸や腕を強打しとるようです」
「畜生!不良品を艦に持ち込んだのみでは飽き足らず、負傷して医務室に担ぎ込まれるとは。なんて奴らだ……!」

ボールドウィンが思わず罵声を放ちかけるが、ベルンハルトは片手を上げて制した。

「おっと、これ以上は文句言わんでも良かろう」
「し、しかし艦長」
「ここは戦場だ。予想外の事が起こるのは致し方ない。今は味方の文句を言うより、俺達ができる事をしよう」
「は……」

ボールドウィンは罰の悪そうな顔を浮かべつつ、艦長の指示に従った。

「航海長。海底まではあと何メートルだ?」
「この辺は水深が比較的浅いので、あと50メートル潜れば海底に辿り着きます」

ベルンハルトは、艦が生き残る最善の方法を脳裏で考えていく。

「深度140!」

深度計を読み上げる声が発令所に響き渡る。
艦内にミシ、ミシ、という艦体が軋む音が響き渡り、それが今の実情と相俟ってより不快に感じさせる。
艦内電話のベルが鳴り、ベルンハルトはすかさず受話器を取る。

「こちら艦長!」
「こちらA班。前部兵員室の浸水止まりました!」
「OK!至急別の浸水箇所の対応に回れ!」
「アイ・サー!」

304ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:21:54 ID:4r/3PIrQ0
受話器を置くと、またもやベルが鳴る。
彼はすぐに受話器を取って、報告を聞いた。

「艦長!こちらB班です!後部機械室前の浸水収まりました!機器の損傷は今のところありません!」
「了解!」

ベルンハルトは素早い防水作業に満足気だったが、不安の種は尽きない。

「ソナー員より報告!海上の敵艦が反転して接近します!右舷前方、距離2500!」
「チッ!また来るぞ……!」

ボールドウィンが忌々しげに呟く中、ベルンハルトは無言のまま思案を続ける。

「艦長!別の敵艦が現れました!2隻目です!左舷後方、距離3000!」

ソナー員の新たな報告が伝わる。
1隻目の敵艦は、反転してキャッスル・アリスの右舷側前方から接近しつつあり、2隻目は艦の左舷側後方より迫りつつある。
キャッスル・アリスは完全に挟み撃ちにされつつあるのだ。

「深度150!」

その声が響くと同時に、艦体の軋み音がより大きく発せられる。
キャッスル・アリスは、無理をすれば深度200までは潜れる事ができるが、それは理論上の数値であり、実際はその手前で圧壊する可能性もある。
しかし、今は敵の駆逐艦2隻に追われ、執拗な攻撃を受け続けている。
情報部の分析によると、敵駆逐艦の搭載している生命反応探知装置は、効用範囲が深度160メートルである事が判明しており、最低でも170メートルは
潜らなければ安全とは言えない。

「水圧にやられるか、爆雷で叩きのめされるか……二つに一つと言いたいが、欲深い俺は、そこに三つ目を追加する事にするぞ」

ベルンハルトが小声でつぶやく。それを聞いたボールドウィンが、小声でベルンハルトに問う。

305ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:22:43 ID:4r/3PIrQ0
「その三つ目とは……?」
「このくそったれな危機を脱して、生きて帰る事さ」

ベルンハルトは、汗にまみれた顔に不敵な笑みを作りながら、ボールドウィンにそう答えた。

「右舷前方の敵艦、間もなく本艦直上に到達!あ、海上に着水音多数!」

ソナー員の報告が伝えられると、艦内に再び緊張が走る。

「シホットの連中、ここぞとばかりにばら撒いてやがる」

誰かが発した忌々し気な声がベルンハルトの耳に入り、彼も心中で同感だと答える。
海上より聞こえるスクリュー音が小さくなり始める。

「深度160!」

計測員が、震度計を読み上げると同時に、爆雷の炸裂音と振動がキャッスル・アリスを震わせる。
最初の爆雷は艦の前方遠くで炸裂したため、振動はさほど大きくない。
2度目の爆発も大したことないように感じられるが、振動は若干大きい。
3度目の爆発で艦の振動が大きくなり、誰もが足元を揺さぶられる。
4度目の爆発が起きた直後、キャッスル・アリスの艦体は衝撃に叩かれ、艦内の乗員は爆音に耳を打たれ、衝撃に体を揺り動かされた。

「!……シホットの糞ったれ共め!」

ベルンハルトの耳にボールドウィンの放つ罵声が飛び込んでくる。
彼もつられて罵声を放ちそうになるが、そこに5発目の爆雷が炸裂し、キャッスル・アリスの艦体が大きく揺り動かされた。
6発目、7発目、8発目と、他の爆雷もキャッスル・アリスの至近で次々と炸裂し、衝撃が艦を叩きのめす。
艦内の乗員は全員が衝撃に翻弄され、ある者は壁を背中に打ち付けて気絶し、ある者は頭を強打し、血を流しながら昏倒する。
テーブルに置いていたコーヒーカップが衝撃で床に落ち、音を立てて砕け散る。

306ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:23:31 ID:4r/3PIrQ0
計器のカバーガラスが耳障りな音を発して割れる。
9発目の爆雷も、衝撃波が艦体を叩いたが、振動の大きさは小さくなっているように感じられた。
それ以降は爆音も徐々に小さくなり、振動もさほどではなくなったが、危機はまだ去っていなかった。
艦の後方に遠ざかって行ったはずの炸裂音が、今度は後方より近付いてきた。

(2隻目の爆雷攻撃だな……!)

ベルンハルトが心中でそう呟いた直後、真上から強烈な炸裂音が響き渡った。
艦体が、真上から巨大なバットに叩かれたらさもありなん、といった様相で強く揺さぶられる。
5回、6回、7回と、多数の爆雷が艦の上方で炸裂し、衝撃波がダメージを受けたキャッスル・アリスに更なる追い打ちを掛けていく。
艦の乗員は、誰もが引き攣った表情でこれに耐えているが、不思議にも、この爆雷攻撃は先の物より幾分マシなように思えた。
振動と爆音がひとしきり収まった後、発令所に各部署から報告が舞い込んできた。

「前部兵員室より報告!浸水あり!」
「機関室に浸水!現在防水中、各電池の損傷無し!」
「艦載機格納庫に浸水警報!」
「後部魚雷発射室に浸水!現在防水中です!」

損傷個所が先の爆雷攻撃より多い。
また、各部署からも負傷者が出ており、今報告に上がっただけでも10名の乗員が負傷したという。
敵駆逐艦はキャッスル・アリスに相当のダメージを与える事に成功したようだ。

「クソ!腹立たしいが、いい腕だ……」

ベルンハルトは、苛立ち紛れに呟きつつ、敵駆逐艦の腕前の良さに感心した。
キャッスル・アリスの受けた損傷は浅くは無く、手空きの乗員は総出で、予備のダメコン班と共に各浸水箇所の応援に向かった。

307ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:24:13 ID:4r/3PIrQ0
「現在の深度、175!」

計測員の報告が耳に入るが、先の声とは違う。
後ろを振り返ると、意識を失った水兵が同僚に医務室へ運ばれていく様が見える。
今まで艦の深度を伝えて来た計測員は、先の爆雷攻撃で体のどこかを打ち付けて負傷したため、交代要員が配置されたようだ。

「艦長!右舷燃料タンクの残量に異変が!」
「残量だと……?」

ベルンハルトは、すぐさまその水兵の所へ移動し、燃料タンクの残量計を見つめる。

「……まずいな。タンクの燃料が漏れているぞ」

残量計の指している値は、ゆっくりとだが減少しつつあった。
これは、キャッスル・アリスの艦体に穴が開き、そこから燃料が漏れているという事を示している。
現在、キャッスル・アリスは深度180メートル付近を潜行中で、尚も潜行を続けているが、艦体に穴が開いた状態ではこれ以上の潜行は無理であり、
また、漏れた燃料を敵が発見すれば、そこを目印に好き放題爆雷を叩き込める。
キャッスル・アリスは、自らの位置を敵に教えながら潜行を続けているのである。
潜水艦乗りにとっては、今の状況は最悪とも言えた。


ひとしきり強い衝撃が続いたが、それは程無く収まっていた。

「た、助かった……?」

医務室で手当てを受け、横に寝かされていたサーバルト・フェリンスク少尉は、恐る恐る目を開けた後、一言そう呟いた。

「酷い攻撃だ。これじゃ思うように怪我人を見れん!」

308ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:24:48 ID:4r/3PIrQ0
医務室の主であるリドロー・スコークス軍医大尉は、しかめっ面を浮かべながら忌々し気に叫んだ。
彼は起き上がろうとするフェリンスクを見ると、片手を上げて制した。

「おっと!肋骨にヒビが入っている。大人しくしておけ」
「は、はぁ……」

フェリンスクはスコークス軍医長の言われる通りに、そのまま横になろうとした。
彼は胸の辺りに白い包帯をきつく巻かれている。
先の爆雷攻撃で転倒した際、胸を強打したが、スコークス軍医大尉の診察によると、肋骨にヒビが入ったようだ。

(このまま動き回っても、ケガを悪化させるだけだ。悔しいが、ここは……)

彼は心中でそう呟きながら、体を床に横たえた。
その時だった。
彼の特徴である長い縞模様の耳は、どこからともなく聞こえてくる声と音を捉える。

(……助けてくれ……?)

男の声と、水が流れるような音。
フェリンスクは自分が今いる場所を眺め回すと、即座に体を起こした。

「お、おい!寝ていろと言っているだろう!」

スコークス軍医長は、負傷者の血に染まった右手をフェリンスクに向けて指すが、フェリンスクは気に留める事無く、顔に苦悶を表しながらも、
勢い良く立ち上がった。

「誰かが助けを呼んでいます!自分は負傷しましたが、体はこの通り動きます!」

彼はそう言うなり、胸を押さえながら医務室を飛び出していった。

309ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:26:26 ID:4r/3PIrQ0
「馬鹿野郎!貴様は怪我人なんだぞ!いいから戻るんだ!」

スコークス軍医長は尚も制止したが、フェリンスクはそれを無視して後部兵員室の辺りに向かっていった。
フェリンスクは通路に出てから、後部兵員室の前までたどり着いたが、その途中で艦の乗員が見当たらなかった。
なぜ見当たらなかったかは大方予想が付いたが、現場に着くや否や、フェリンスクはその光景を見るなり、思わず目を見開いてしまった。
兵員室の前には、1人の水兵が噴き出す海水を止めようと、必死の形相で分厚い布を浸水箇所に押し当てていた。
その水兵の周囲には、3名の同僚が壁にもたれかかったり、床で仰向けになって倒れている。
何が起きたかは明白だった。

「助けを呼んだのは君か!?」

フェリンスクはその水兵に近寄りながら尋ねた。

「あ、あんたは……」
「フェリンスクだ!」
「ああ、カレアントから来た助っ人さんか!丁度いい、その厚い木板と棒を取ってくれ!」

水兵は、片足をばたつかせて木板と棒の位置を示す。

「これか!」

フェリンスクは木板と棒を取ると、水兵の顔の前に掲げた。

「ああ、そうだ!今からこの布の上に木板を被せる。その後、木板を棒で抑えて他の奴が来るまで待つ!」
「他の奴って……ここの浸水報告はまだやってないのか?」
「そんな暇なかったんだ!とにかくこの木板を当ててくれ!」

フェリンスクは水兵の必死の訴えに応えるべく、浸水箇所である布のかかったパイプに木板を当てていく。

310ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:27:07 ID:4r/3PIrQ0
パイプから噴き出す海水の量は多く、フェリンスクはその水兵同様、あっという間に全身ずぶ濡れとなってしまった。
しかも、真冬の海水を全身に浴びているため、体が急激に冷えてガタガタと震え始める。
フェリンスクは木板を投げ出したい気持ちに駆られたが、それを心の中で抑えて、布の上に木板を当てた。

「当てたぞ!」
「OK!俺が棒で抑える。あんたも一緒に抑えてくれ!」

フェリンスクは水兵と共に浸水箇所の抑えにかかった。
パイプからの浸水は幾らか弱まったように思える。
しかし、体は冷たい海水を浴びて震えており、先ほど負傷した胸の辺りからも、鈍い痛みが伝わって非常に苦しくなる。

「畜生!こいつらがまともに動けてりゃ、もっと楽になったのに……!」
「今倒れている仲間は、先の爆雷攻撃でやられたのか?」

フェリンスクの質問に、水兵は浸水箇所を見据えながら答える。

「そうだ。別の浸水箇所の応援に向かっていたら、いきなりシホット共の爆雷が降って来てな。それでこの辺で踏ん張って耐えようとしたら、
衝撃であちこちに叩きつけられてね。それで、この様さ」

水兵は、半ば自虐めいた口調でフェリンスクに語った。
よく見ると、水兵は頭から血を流しており、顔の右半分が赤く染まっていた。

「君……怪我をして……」
「ああ。痛いよ!だが、今は俺の怪我の心配をしている場合じゃない。ここの浸水箇所を放置したら取り返しのつかない事になる。あんたは知らん
だろうが、最初はとんでもない量の海水がここから噴き出してきやがったんだ。それを必死で抑えてたところに、あんたが来てくれた」

水兵は寒さで声を半ば震わせつつも、フェリンスクに顔を向けた。

「これで、俺達が生還できる確率は、5%上がったなと思ったね」
「5%か……なにも役に立たんよりはマシって事かな」

311ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:30:07 ID:4r/3PIrQ0
フェリンスクは水兵にそう返す。
それを聞いた水兵が、半ば顔を顰めながらも、微笑みを見せた。
この時、フェリンスクは更なる痛みを感じた。

「っ……ふ…!」
「おい、どうした!」
「いや……俺もドジを踏んでしまってね。肋骨の辺りをやってしまったんだ」
「ワオワオ……そんじゃ、今ここに居るのは手負いばかりって事か!」
「その通り。状況は良くないね」

フェリンスクは自嘲気味な口調でそう付け加えた。
体に鈍い痛みを感じ続けているせいか、両手で抑えている木板が鋼鉄の重しのように思い始めていた。
彼は力を振り絞り、木板を抑え続けるも、冷たい海水を浴び続けているせいもあってか、今度は両手の感覚が薄れ始めていた。

「手が……」

フェリンスクは悲痛めいた声を漏らす。

「なあ、あんた魔法使いなんだろ!?何か魔法を使ってこの状況を打開してくれ!」

水兵がそう要求するが、フェリンスクは首を左右に振る。

「無茶言わんでくれ……それ以前に、俺の両手はコイツを抑えるので精いっぱいだ!」
「ファック……このまま待ち続けるしかねえのか!」

水兵は罵声を漏らしながら、震える両手で木板を押し続ける。
他の浸水箇所で防水の目処が付けば、ここにも人手が回るのは確実だ。
だが、この個所の浸水報告はまだ行っておらず、更に、目処が付くまでにどれだけの時間がかかるのか見当もつかない。
今や、1秒は10分にも等しく、1分は1時間にも等しいと思えるほど、2人の体力は摩耗しきっていた。

312ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:30:58 ID:4r/3PIrQ0
そのまま時間は過ぎていく。

何分経ったか分からないが、フェリンスクはふと、抑えている木板がパイプの側から徐々に押されているように感じた。

「く……なんか、向こう側から押されている気が……」

彼はその違和感に負けじとばかりに、震える手で木板を抑え続けるが、冷たい海水を浴び続けて両手の感覚はとうに失われていた。
いや、両手どころか、体中が濡れているため、感覚が麻痺している。
そのため、2人は同じタイミングで浸水箇所の抑えを緩めてしまった。
その瞬間、抑えが無くなった浸水箇所から噴水のように海水が噴き出し、木板に強い圧力がかかった。

「あ…しまった!」

フェリンスクは、水圧に押しのけられ、背後に転倒しようとしている中で自らの失態を悟った。
同時に、これだけの噴出を、フェリンスクはたった1人で抑えていた水兵の努力と根性に感心もしたが、疲労困憊した2人がこの浸水を抑える事は、
もはや絶望的に思えた。

そして、そのまま背中から壁にぶつかろうとしていたフェリンスクは、不意に別の何かに受け止められると同時に、目の前に現れた2人の水兵が、
木板と棒を持って浸水箇所の抑えに掛かっていた。



その報せを聞いた時、ベルンハルトは半ば仰天してしまった。

「何?そこでも浸水が発生したのか!」
「はい。幸い、ダメコン班のブランチ一等水兵と、フェリンスク少尉が浸水を抑えていたお陰で、大事には至らなかったようです」
「フェリンスク少尉だと……どうして彼が?」

彼は首をかしげながら、報告を伝えて来たニルソンに質問を続ける。

313ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:31:36 ID:4r/3PIrQ0
「ブランチ一等水兵の話によりますと、彼の班は艦載機格納庫の浸水防止の応援に向かっていた所に爆雷攻撃を受けて人事不省に陥り、
必死に助けを呼びながら防水に努めていたところ、それを聞きつけたフェリンスク少尉が現れて作業に協力してくれたとの事です。
それから15分間、2人は浸水の拡大を最小限に抑え、力尽きてしまいましたが……そこに艦載機格納庫の浸水を止めて、様子を見に来た
兵員が現場に到着し、防水に当たったとの事です」
「後部兵員室前の浸水箇所は、浸水発生の報告が上がっていなかった。もしフェリンスク少尉がそこに来ていなかったら……」
「そのフェリンスク少尉ですが、ブランチ一等水兵は確かに助けを呼んだのですが、彼曰く、必死の防水に努めていたため、
あまり大きな声は出せず、せめて、近場に居る仲間が気付ければよいと思っていたそうです。そこにフェリンスク少尉の登場と相成った訳ですが、
フェリンスク少尉は医務室から後部兵員室前に来ています。医務室は発令所寄りの位置にあり、現場から離れているため、声は聞き辛い。ですが、
フェリンスク少尉はその声を聞いて、現場に駆け付けたと言っています」

ニルソンの説明を聞いたベルンハルトは、フェリンスクの体の特徴を思い出してから言葉を返し始めた。

「……もしかしたら、フェリンスク少尉は殊更耳が良かったのかもしれん」
「と、言いますと……?」
「フェリンスク少尉は恐らく、猫科系の獣人だ。しかも、あの耳の模様は、うちらの世界にいたサーバルキャットの柄とほぼ似ている。俺は以前、
アフリカに生息する猫科系の生態を調べていたんだが、サーバルキャットは耳が良くてな。遠くの異音でもすぐに聞きつけて行動を起こし、
ある時は地中に居る獲物を察知して捕らえる事もあるという。可愛らしい姿の生き物だが、根は立派なハンターさ」
「艦長……では……?」

ニルソンがベルンハルトに聞くと、彼は苦笑しながら自らの頭を指差した。

「俺達は、助っ人の耳に救われたのかもしれんな」

ベルンハルトは苦笑しながら、副長にそう言い放った。

「艦長。燃料の流出が止まりません」

そこに、燃料計を注視していた部下から再び報せが入る。
ベルンハルトは予め決めていたのか、即座に指示を下した。

314ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:32:52 ID:4r/3PIrQ0
「右舷側の燃料を放出しろ」
「え……放出でありますか?」

部下の兵曹は一瞬、ギョッとなった表情を浮かべて聞き返した。

「何度も言わせるな。右舷側燃料放出!急げ!!」
「あ、アイサー!」

兵曹はベルンハルトに促されて、部下に命令を伝えた。
彼の判断は、ニルソンとボールドウィンも驚かせていた。

「艦長、よろしいのですか?燃料を捨てれば、今後の哨戒活動に支障が出ますが……」

ボールドウィンは訝し気な表情を張り付かせながらベルンハルトに言うが、それに対して、ベルンハルトはあっさりとした口調で返す。

「目印を与えているのなら、消してしまうまでだ。生き残るのならば仕方かなかろう?」
「は、はぁ……」
「なに、命あっての元種だ。慎重でかつ、狡賢く……サブマリナーの基本だ」

その一言を聞いたニルソンが、何かを思い立ったのか、手を上げた。

「艦長、ひとつ提案したいのですが」
「何か妙案を思いついたようだな……聞こう」
「妙案かどうかは分かりません。ある意味、だましの基本のような物で、敵に見破られる可能性もありますが」
「生死がかかっとるんだ。試せる事は何でもやろう」

ベルンハルトは不敵な笑みを浮かべながら、副長に発言を促した。

315ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:33:30 ID:4r/3PIrQ0
駆逐艦フロイクリの艦橋からは、右舷側400グレル(800メートル)を反航する僚艦キガルアが見えていたが、その僚艦が突然、爆雷を投下し始めた。
唐突に、キガルアの後方から水柱が立ち上がった。

「キガルア爆雷攻撃開始!」
「なに?敵艦を探知したのか!?」

フェヴェンナ艦長は、キガルアが生命反応を捉えたのかと思ったが、頭の中ですぐに否定する。
敵潜水艦は既に、生命反応探知装置の索敵範囲内から脱しており、フロイクリとキガルアはあてどもなく、海上を彷徨うしかなかった。
敵艦が探知外に逃れる寸前に行った爆雷攻撃は、位置的に見て相当の打撃を与えたと確信しているが、どの程度の損害を与えたかははっきりとしておらず、
フェヴェンナは敵艦を逃がしたと思っていた。
そこに、キガルアが突然の爆雷攻撃を開始したのである。

「通信士!キガルアに状況を知らせよと伝えろ!」

フェヴェンナはそう指示を伝えながらも、頭の中ではキガルア艦長の判断が本当に正しいのか疑問に感じていた。
キガルアの艦長は、まだ29歳の若手艦長であり、勇猛果敢ではあるものの経験が不足している。
出港前にキガルア艦長とはひとしきり会話を交わしたが、正直、頼りにならないとフェヴェンナは確信していた。
キガルアからの返信はすぐに届いた。

「キガルアより返信!我、敵艦より流出した物と思しき黒い油を発見。目下、追撃中!」
「黒い油……敵艦の燃料か」

フェヴェンナはそう呟いてから、先の爆雷攻撃は敵艦の外郭に損傷を与えと確信した。
だが、最も気がかりな情報がその中には含まれていなかった。

「敵艦は探知したのか……正確な位置は分かっているのか……?」

彼は、キガルアが“黒い油のみ”を見つけて、そこに爆雷を叩き込んでいる事が非常に気になった。
キガルアは洋上に光を照らしながら、尚も爆雷攻撃を続けているが、よく見ると、油が見つかったと思しき場所をぐるぐると回っているだけだ。
それに加え、報告には油がどの方角に繋がっているかと言う情報も全く見受けられない。

316ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:35:24 ID:4r/3PIrQ0
「ええい、くそ!通信士!もう一度問い合わせろ!敵の油膜はどの方角に繋がっているか。敵艦の生命反応は探知しているのか。急ぎ送れ!!」

フェヴェンナはそう指示を下しながら、胸の内で不安を感じ続けている。
そもそも、彼ら護衛駆逐艦の役目は船団を守る事である。
今はこうして、敵の潜水艦を追い回しているが、本来ならばすぐに切り上げて、船団の護衛に戻らなければならない。
先の魚雷攻撃で僚艦2隻が撃沈され、1隻が乗員の救助に当たり、2隻が潜水艦の掃討に当たっているため、船団の護衛艦は現時点で7隻に減ってしまっている。
そろそろ頃合いだとフェヴェンナは思っているのだが、僚艦キガルアは敵の追撃に夢中になってしまい、全力で爆雷攻撃を敢行中だ。

「艦長、キガルアより返信。敵の位置は把握せり、心配ご無用なり……以上です」
「たったそれだけか!?あの若僧が、しっかり報告せんか!!」

フェヴェンナは苛立ちを募らせる。
キガルアの行動は、完全に頭に血が上った野獣の如しである。

「完全に視野が狭くなってますな……」

ネルス副長も半ば呆れながらフェヴェンナに言う。

「あんな様子じゃ、早死にするだけだ」
「艦長、そろそろ船団の護衛に戻らなければ……」
「俺もそうしたいが……キガルアを置いてはいけない。あいつは単艦にすると、すぐにやられるぞ」

フェヴェンナはそう返したが、内心ではキガルアを放置して戻りたい気持ちで一杯であった。
しかし、それは寸での所で彼は抑えている。
シホールアンル海軍の駆逐艦は、敵潜水艦の掃討に当たる時は、最低でも2隻1組で当たるように厳命されている。
なぜそのような命令が発せられたというと、実際に1隻のみで対潜掃討に当たると、複数展開している思われる米潜水艦群に返り討ちに遭い易い為だ。
そのため、フェヴェンナの率いるフロイクリはキガルアを置いて、船団護衛に戻れずにいた。
キガルアと共に戻るには、フェヴェンナがキガルアの艦長を説得するか、キガルアが敵潜水艦を撃沈するか……二つに一つだ。

317ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:36:30 ID:4r/3PIrQ0
フェヴェンナは、躊躇いなく前者を選んだ。

「通信士!キガルアに追申だ!」
「艦長、キガルアに何と……?」
「敵潜水艦の追撃を中止し、直ちに船団へ合流すべし、と送れ」
「え……キガルアは今、対潜戦闘中ですぞ!」

副長は仰天してしまった。戦闘中のキガルアにそれは無茶だと言わんばかりの口調だ。

「さっきから大雑把な位置をぐるぐると回って爆雷落としているだけの連中が、敵の潜水艦を沈められるとは思えん。ここで無駄に時間を使うよりは、
船団に戻って輸送艦群を護衛したほうがいい」
「は、はぁ……」

副長はフェヴェンナの断固とした口調に口を閉ざした。
フェヴェンナの指示は、キガルアに届いたが、その返答はフェヴェンナの苛立ちをさらに募らせた。

「フェヴェンナより返信!我、目下敵潜水艦を追撃中。船団への合流は貴艦のみで行われて結構である……」
「気違いめ!今、船団がどれだけ危うい状況なのか分らんのか……!」

彼は歯軋りしながら、指示に従わないキガルアに怒りを感じていた。

「重ねて指示する!至急、船団へ合流されたし!また、単艦行動は上層部より厳に戒められているため、貴艦の申し出は受け入れられず。今は損傷し、
姿を隠した敵潜水艦を追撃するよりも、船団の護衛に注力した方が良いと、当艦は確信する物なり!以上、送れ!」

フェヴェンナが怒りを交えた口調で、送信文を魔導士に伝えた時、見張り員が新たな報告を艦橋に伝えた。

「艦長、キガルアが爆雷攻撃を停止しました!」
「ほほう……艦長の指示に従うのですかな」

318ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:37:14 ID:4r/3PIrQ0
ネルス副長が感心したように言うが、フェヴェンナは首を左右に振った。

「それは分からん。まぁ、いずれにしろ、あちらも何か報告を伝えてくるだろう」

フェヴェンナがそう言ってから2分後……彼の言う通り、キガルアから報告が伝えられた。

「キガルアより通信。敵潜水艦のより流出した黒い油を更に発見。その量、極めて多し……また、油以外の多数の浮遊物も視認せり、であります」
「……撃沈したようですな」
「その多数の浮遊物とは一体なんだ?キガルアに問いかけろ」

ネルスの言葉を肯定する事無く、フェヴェンナは魔法通信で浮遊物の詳細を問おうとした。
そこに新たな通信が入る。

「キガルアより通信。浮遊物の中に敵が使用したと思しき書類や木の板、衣類など多数を視認。当艦は敵潜水艦の撃沈を確認せり」
「死体は?敵艦乗員の死体は見つからんのか?」
「……死体発見という文面はありませんが、衣類など多数とありますから、恐らくは」
「恐らくは、ではない。敵の潜水艦が撃沈されれば、必ず死体が上がってくるはずだ。キガルアに敵兵の死体の有無を確認させろ!」
「は……直ちに」
「艦長!船団より緊急信です!」

フェヴェンナが、最も肝心な事を問い質そうとした矢先に、別の魔導士が切迫した声音を張り上げながら報告を伝えて来た。

「別の敵潜水艦が護送船団に雷撃を敢行。輸送艦2被雷、大破との事です!」

この瞬間、フェヴェンナは護衛失敗を確信したのであった。

319ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:37:59 ID:4r/3PIrQ0
午前4時30分 帝国本土向け護送船団

輸送艦511号は、先頭を行く1番艦と2番艦が相次いで被雷し、急速に速度を落とす様子を目の当たりにしていた。
511号艦長であるラヴネ・ハイクォコ中佐は、即座に面舵を切って、前方の2番艦との衝突を回避した。

「魚雷警報―!見張り員は魚雷警戒を厳にせよ!」

ハイクォコ艦長は大音声でそう命じながら、心中では突然起きた魚雷攻撃に、ある不審な点を感じていた。

「副長!戦闘の輸送艦からは雷跡発見の報は入らなかったのか!?」
「先もお伝えした通り、魚雷発見の報告は伝わっておりません。いきなり水柱が立ち上がりましたから……」
「何だそれは……!」

ハイクォコ艦長は、今までに経験した事のない雷撃に困惑していた。
彼は今まで、3度ほど敵潜水艦の襲撃を経験した事があるが、いずれも魚雷の航跡を見張りが確認していた。
だが、今回はその報せも伝えられぬまま、いきなり僚艦が被雷したのである。

「艦長!」

困惑するハイクォコ艦長の背後から、野太い声が響いてきた。
振り返ると、そこには赤と緑の装飾で彩られた特性のローブに包んだ、小太り気味の魔導士が立っていた。

「いきなり別の船が魚雷攻撃を受けて沈んでおったが、この船団は今敵の攻撃を受けておるのか!?」
「その通りです、トミアヴォ導師」

ハイクォコ艦長は素直に答えると、トミアヴォと呼ばれた中年の魔導士は不快げに顔を歪めた。

「この船には重要物資を積んでおるのだ!何としてでも敵の攻撃を避けて貰いたい!!」
「無論、努力はいたします。重要機密品に指定されている物資を積んでいるとあっては、我々もできうる限りの事はします」

320ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:38:38 ID:4r/3PIrQ0
ハイクォコ艦長はそう言ってから、恭しげに頭を下げた。
トミアヴォ導師は、シホールアンルの中でも優秀な大貴族であるウリスト侯爵と、繋がりの深い魔導士の1人である。
昔から優秀で、腕の立つ魔導士として広く知られているが、性格は悪く、横暴であり、権力に物を言わせて物事を強引に解決する人物としても知られている。
トミアヴォはこの511号輸送艦に搭乗する際も、その身勝手なふるまいで乗員を多いに悩ませており、積荷に関しても重要機密品と伝えるだけで
詳細は知らせてくれず、物資を梱包した幾つもの木箱の周辺には、トミアヴォが共に連れて来たウリスト家の私兵が、厳重に張り付いて警戒し、
艦の乗員すら近づけない状態だ。
彼らの傲慢な態度は、乗員達を大いに怒らせていたが、ハイクォコ艦長は重要機密品を護衛しているのだから我慢しろと言い聞かせていた。
その責任者であるトミアヴォが、血相を変えてハイクォコ艦長のもとに現れたのである。

「艦長、このままでは他の輸送艦と一緒に狙われてしまう。ここはひとつ、船団から離脱して、独航で港に向かってはどうか?」
「導師。それはできません。ここで隊列を離れれば、それこそ敵の思う壺です」

ハイクォコ艦長はトミアヴォの提案をすぐに否定する。
すると、トミアヴォは怒りで顔を真っ赤に染め上げた。

「何を言っておる!貴官はこの船に重要物資を搭載している事を忘れたのか!?帝国の行く末がこの船に積んだ物資に掛かっておるのだぞ!?」
「導師の言う事はごもっともでしょう。ですが、そのお言葉には従えません」

ハイクォコがそう言うと、トミアヴォは更に怒声を上げかけた。
その瞬間、衝撃と共に大音響が鳴り響き、右舷側中砲部から高々と水柱が吹き上がる。
右舷側から伝わった強烈な衝撃のため、艦橋内の誰もが床を這わされ、ある者は壁に体を打ち付けて重傷を負う事となった。



潜水艦ベクーナに座乗する第2群司令ローレンス・ダスビット大佐は、艦内に伝わる爆発音を聞くなり、ベクーナ艦長を務める
フリン・クォール中佐と共に顔を見合わせた。

「新たな爆発音を感知。魚雷命中、まだ続きます」
「司令、敵は今頃、大慌てでしょう」

クォール艦長は小さな声でダスビットに言うと、彼は満足気な表情を見せた。

「敵の左右に展開した、潜水艦8隻の全力攻撃だ。しかも、こっちが撃った魚雷は新型のMk-20。今頃、敵の船団指揮官は
航跡の見えない魚雷を食らって大いに目を回してるに違いない」

321ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:39:24 ID:4r/3PIrQ0
Mk-20とは、アメリカ海軍が開発した新型の潜水艦搭載用魚雷である。
この魚雷は、今までの標準魚雷であったMk-14を元に再度設計されたもので、その大きな特徴は、電動推進式である事だ。

電動推進の魚雷は、1943年にMk-18がアメリカ海軍で最初の電動推進式の魚雷として開発されたが、開発当初は実用性に
乏しかったため実戦には投入されなかった。
ただ、その経験は後の開発に生かされることになり、1945年10月にMk-20魚雷が開発され、順次量産される事となった。
Mk-20は電動推進式であるため、通常の魚雷と違って速度が遅いという欠点があり、速力36ノットで4800メートル、
18ノットで7200メートルと、射程距離も短くなっている。
しかし、Mk-20は、これまでの燃料推進魚雷と違って、電動推進式で魚雷から排出する空気が非常に少ない為、航跡がほぼ出にくく、
夜間訓練時においては、敵役を担った艦が魚雷を視認できないため、ロクな回避運動を行えぬまま被雷判定を受けるなど、静粛性に極めて優れていた。
今回の作戦では、本隊を担うバラオ級、ガトー級潜水艦にこのMk-20が初めて搭載され、先の攻撃で使用されたが、その結果は大いに
満足できるものであった。



「魚雷命中音止まりました。確認できた爆発音は10回です」
「敵の護衛艦はどうなっている?こちらに向かってきているか?」

クォール艦長は、即座にソナー員へ聞き返す。
ベクーナを始めとする第2群の潜水艦8隻は、魚雷発射後、即座に現場海域から離脱を図っている。

「今の所、こちらに向かう敵艦らしき音は探知できません」
「命中音からして、少なくとも、5、6隻は食えたか」

ダスビット大佐が言うと、ベクーナ艦長は顔に笑みを見せた。

「不発魚雷もほぼ無いようです」
「うむ、素晴らしい事だ。それに、Mk-20の弾頭には300キロのトルペックス火薬が搭載されている。被雷した輸送艦は例外なく沈むかもしれん」
「これでまた、撃沈トン数を稼ぐ事ができますな」

クォール艦長が言うと、ダスビット大佐は深く頷いた。

「とは言え、この雷撃が成功したのは、一重にキャッスル・アリスが敵の護衛艦を複数誘引出来たお陰でもある。今の所、連絡が途絶えているが、
連絡が回復したら、連中にねぎらいの言葉をかけてやらねばな」

322ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:40:17 ID:4r/3PIrQ0
1486年(1946年)1月10日 シホールアンル帝国西部 ホーントゥレア港

駆逐艦フロイクリは、生き残った輸送艦と共にホーントゥレア港に入港した後、艦に収容した損傷艦の乗員を下艦させ、その作業をようやく終えていた。

「艦長、収容した乗員の下艦が終わりました」
「ご苦労だった……」

フェヴェンナ艦長は、いつも通りの平静な声音で返すと、制帽を取り、自らの頭をひとしきり掻いた。
目線を艦の右側に移す。
フロイクリの右側にある桟橋には、ロアルカ島から共に付いてきた輸送艦が、搭載した物資の荷下ろしをしているが、ロアルカ島出港時には30隻を
数えた輸送艦も、ホーントゥレア港到着時には12隻に減っていた。
残りの18隻は全て、敵潜水艦の雷撃によって撃沈された。
また、12隻居た護衛駆逐艦も、ホーントゥレア港に到達したのは8隻だけである。
4隻の駆逐艦もまた、敵艦の雷撃に撃沈されたのだ。
これに対し、シホールアンル側の戦果は、血気に逸ったキアルガが敵潜水艦を追い回した末に、米潜水艦1隻の撃沈を報告したのみだ。
いや、キアルガの通信には、敵艦乗員の死体を確認したという文面が入っていなかったため、取り逃がした可能性が高かった。

「完敗……だな」

フェヴェンナはポツリと呟く。
それを聞いた副長が、これまた小声で彼に問いかけて来た。

「艦長。ルィキント列島とノア・エルカ列島は今後、どうなるでしょうか」
「敵潜水艦が跳梁し始めたとあっては……早晩、維持されていた連絡線も遮断される。そうなれば、ルィキント、ノア・エルカは確実に孤立するだろう」
「孤立……ですか」
「なに。俺達は今まで同様、やれることをやるだけだ」

フェヴェンナはネルスにそう返すと、彼の左肩をポンと叩いてから、艦橋を後にした。

323ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:40:53 ID:4r/3PIrQ0
1486年(1946年)1月11日 午前8時 レビリンイクル沖西方220マイル地点

サーバルト・フェリンスク少尉は、久方ぶりに浮上した艦の後部で、彼方まで続く水平線をじっと見つめていた。
空は青く晴れており、時折冷たい風が吹く物の、気持ちの良い天気と言えた。

「やあ少尉、体の具合はどうだね?」

ふと、横合いから声を掛けられた。
フェリンスクは右横を振り返る。

「これはベルンハルト艦長」
「その様子だと、具合は良さそうだが」
「いえ、まだ胸が痛みます。軍医殿の診察によりますと、肋骨が折れているようですが……あとは打撲傷のみで、肋骨以外は大したことないと。
歩くぐらいなら何とか大丈夫です」
「ほう。何とか重傷で済んだか」

ベルンハルトは微笑みながらそう言うと、懐からタバコを2本取り出し、1本を差し出した。

「タバコは吸った事あるかね?」
「タバコですか……」

フェリンスクの反応を見たベルンハルトは、彼がまだタバコを吸ってないなと確信した。
ベルンハルトは時折、ロイノーとフェリンスクに声かけたが、2人ともタバコは吸わなかった。
理由としては、あまり好みじゃない匂いが付くと困る、との事だ。

「艦内で吸うと匂いがこもるが、ここで吸うなら匂いもすぐ晴れる。生き残れた記念にどうだい?」
「はぁ……」

フェリンスクは何故か、バツの悪そうな顔を浮かべていた。

324ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:42:08 ID:4r/3PIrQ0
「ふむ……やはり匂いが気に入らないか。普通の人と比べて、嗅覚の鋭い獣人だと、タバコはきついかね」
「実は」

ベルンハルトは、フェリンスクが懐からタバコを取り出すのを見て、一瞬顔が固まる。
その後、勢い良く背中を叩いた。

「こいつぁ驚いた!君も隅に置けんな!」
「いててて、艦長、痛いですよ」
「お、おお……傷に響いたか。これは失敬」

ベルンハルトは慌てて謝ったが、気を取り直して、胸ポケットからジッポライターを取り出す。
自分のタバコに火をつけると、フェリンスクに火を向けた。

「火を付けよう」
「あ、ありがとうございます」

フェリンスクは、半ばぎこちない動きでベルンハルトから火を貰った。
タバコに火が付くと、彼らはタバコを吸いこみ、紫煙を吐き出した。

「ふぅ……生きている味だな」
「ええ。こういうのも悪くないです」

ベルンハルトはフェリンスクの声を聞いて微笑み、タバコを咥えながら質問した。

「少尉、いつからタバコを吸うようになった?」
「はぁ……事が一通り収まり、艦が一旦浮上してからです。その時、軍医殿が差し出したタバコを貰いまして……それからちょくちょく吸っています」

フェリンスクはベルンハルトの質問に答えてから、タバコを口にくわえ、ゆっくりと紫煙を吐き出す。

325ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:43:22 ID:4r/3PIrQ0
心の底からリラックスしているのか、彼は和やかな表情を見せていた。

「いい吸いっぷりだ。その分なら、他の連中と一緒に喫煙場の会話を楽しめそうだな」
「そうかもしれませんが……問題もあります」
「ふむ。問題と言うと……?」

ベルンハルトが聞くと、フェリンスクは苦笑しながら答える。

「家族に文句を言われる事です。特に妹は、慣れないタバコの匂いに素っ頓狂な声を上げるでしょうな」
「くさーい!!とでも言われるのかね?」
「ええ、それとほぼ同じ口調で言われますよ」

フェリンスクがそう返すと、ベルンハルトは大きな声で笑った。

「まぁしかし……ロイノー少尉の怪我も大事に至らずに済んだし、乗員に死者が出なかったのは不幸中の幸いだった。探知妨害装置が故障した時は
どうなるかと思ったが……幸運の女神は、俺達に微笑んでくれたようだ。もっとも、艦はドック入り確実だがな」
「その点に関しては、非常に申し訳なく思っております……」
「いや、君らは悪くないさ。悪いのは、不良品を押し付けたミスリアルの連中だな」

ベルンハルトの笑みが、不自然に爽やかな物へと変わった。

「帰還した後は、連中の責任者を呼び出して、親睦を深めることにするよ」
「は……はぁ」

フェリンスクは、その爽やかな笑みの内には、烈火の如き怒りが渦巻いている事を、密かに感じ取ったのであった。

326ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/16(土) 09:44:09 ID:4r/3PIrQ0
SS投下終了です。

327名無し三等陸士@F世界:2018/06/16(土) 18:40:50 ID:xcVmLF4g0
投下乙でした
船団襲撃作戦は成功、魔法石の件で一時はピンチだったアリスも乗組員たちの奮闘で無事生還
一方シホールアンル側は輸送船にも護衛艦にも大きな損害を出し、とどめに重要物資が海の藻屑
勝負あり、というところでしょうか
あとはこの一件のおかげで『あの計画』が遅れるかご破算になってくれれば…

328 ◆3KN/U8aBAs:2018/06/16(土) 23:08:05 ID:GP..ZAwg0
投下乙でした。
魔法による探査は聴音に比べて正確に場所がわかる反面、妨害されると何も見えないのはネックですねえ
ギアリング以降の駆逐艦は魔法と聴音の併用になるんでしょうかね?

私も持ちネタがあるのでがんばらなければ…

329名無し三等陸士@F世界:2018/06/17(日) 13:52:36 ID:ejuH1mMM0
待ってました!投下乙であります!
まさかフレンズネタをぶっこんでくるとはw
あとP-80の初陣もそろそろですかね?
次回も楽しみに待ってます!

330外パラサイト:2018/06/18(月) 06:26:01 ID:nmm8AZlQ0
ありがてえ
ありがてえ

ttps://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=69287072

331名無し三等陸士@F世界:2018/06/18(月) 22:42:15 ID:Z7mT7VDw0
投下乙です!
シホットの状況は加速度的に悪化してますな

航跡の見えない電池魚雷…潜水艦本体のマジックステルスと合わさると
本格的に海の暗殺者と化しそう

332名無し三等陸士@F世界:2018/06/19(火) 22:09:29 ID:L0pI.utk0
WW2のアメリカじゃなく、現代のアメリカだったら開戦から3ヶ月ぐらいで終わってただろうな・・。

333名無し三等陸士@F世界:2018/06/26(火) 13:32:11 ID:0vcrc6Fg0
ものすごく今更な疑問だけど、この世界で言葉が通じるのって

1.異世界人も英語を話している。
2.違う言語を話しているけど、自分達の言語に自動変換されて聞こえる。
3.違う言語を話していて音もそのまま聞こえてるけど、その言葉の意味は自然と理解できる。

の内のどれなんだろう?

ヨークタウンさん曰く、劇中のアメリカ人は汚いスラング言いまくってるみたいだけど、異世界人にはどんな風に聞こえてるのか気になるわぁ。

334名無し三等陸士@F世界:2018/06/27(水) 21:14:44 ID:JOEwZRH.0
投下乙です

航跡の出ない魚雷探知不能の潜水艦
WW初期でイギリスが経験した恐怖を味わう番がシホットに来ましたね
報告を受けたリリスティはどうなりますかね()

>排水量15000ラッグ(10000トン)という比較的大型の船体に、最高速力13リンル(26ノット)という性能
これ多分船団組むよりも単体全力航行したほうが被害減る船だこれ
できれば、の話ですが
護衛船団は地獄やで

>>332
冷戦時代のアメリカならシホールアンル位置特定次第ICBMをぶっ放しそう

335ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 00:31:30 ID:pfN/LKiE0
皆様レスありがとうございます!

>>327氏 ヒヤリとする場面があった物の、結果的にはアメリカ側の思惑通りに進みましたね。
そして、密かに例の計画に使用する筈だった物資も、届く事はかなわぬまま海底送りですから、
例の人は今頃、頭を抱えているでしょう。

>>◆3KN/U8aBAs氏
ありがとうございます。
魔法と聴音の併用に関しては、今現在研究中となっています。

>持ちネタ
自分も期待して待っておりますぞ

>>329氏 この話を書き始めた時期が、例のフレンズアニメが始まった時ですので、自然とそれに便乗
する形になってしまいましたね
まぁしかし、いいアニメでしたな……

>>外伝氏 ありがとうございます!
全裸待機しながら待たれていたようなので、今回の投稿でご期待に添えたかなと思っております。

>>331氏 最後の聖域とも言えるルィキント、ノア・エルカ列島の航路にまで米潜水艦部隊が本格的に
跳梁し始めておりますから、もはや絶望を通り越しているかもしれません。

>>332氏 核使えば一瞬ですぞ!(鬼

>>333氏 アメリカ側から見れば1で、異世界側から見れば2に当たりますね。
耳に聞こえる言葉は分かっても、手書き文字などは千差万別ですので。

>劇中のアメリカ人は汚いスラング言いまくってるみたいだけど、異世界人にはどんな風に聞こえてるのか気になるわぁ。
普通に汚い内容が耳に入って来るので、異世界人の中にはアメリカ人が会話を交わすと、耳を塞ぎたくなると思う者も
ちらほらと出てきていますね。

>>334氏 リリスティさんは早速頭を抱え込んでいますね。信じて送り出した高速船団がドエライ事になってしまいましたから……

>単独行動
対応策としては出てはいます。
ただ、一部の米潜水艦には偵察機が積まれているので、結局は発見されてしまうから意味は無いという意見も多々あるので、
有効な手立ては思いつかないのが現状です。

それでは、続きを書かねば……

336ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:35:53 ID:pfN/LKiE0
こんばんは〜、これよりSSを投稿いたします
今回は、刺激が大分強いので、食事中の際には見ないことをお勧めいたします。

337ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:36:36 ID:pfN/LKiE0
第286話 決意の向こうに

1486年(1946年)1月22日 午前6時 クロートンカ近郊

森の中をゆっくりと歩く中、ふと上を振り向く。
まだ夜が明けきらぬ、ほの暗い空から雪が降って来た。

「………」

穴開き手袋を外し、掌を返して見ると、降って来た雪が手に付き、冷たい感触が伝わる。

「……まだ、感覚は残っているんだね……」

その人物は、そうぽつりと呟くと、前方に顔を向ける。
森の木々の間から、少し離れた街の灯りが見えている。
目的地であるクロートンカだ。

「住人共が戻って、敵に宿を開放しているという話は本当だったか」

白い外套に身を包んだその人物は、単調ながらも、その内には憎しみを込めた口調で言う。
本当ならば、このクロートンカに来る予定は無く、ここから遠く離れた森林地帯でゲリラ戦を続ける筈だった。
だが、2日前に、このクロートンカに向かうミスリアル軍の車列に混じっていたヤツを見てからは、復讐心に
駆られるままこの地に向かい続けて来た。

「仲間を皆殺しにした、あのエルフの将校……ヤツを殺すまでは、決して……!!」

口を震わせながらそう呟くと、部隊のただ1人となったその生き残りは、沸き起こる憎悪に身を任せ、再び白い森の中を歩き始めた。

338ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:37:11 ID:pfN/LKiE0
午前8時30分 クロートンカ中心街

連合軍に解放されたクロートンカは、12月中旬には解放を聞きつけて舞い戻った住人によって復興が始まり、今では連合軍部隊の休息地として、
かつてない賑わいを見せていた。
第3海兵師団A戦闘団の指揮官であるヨアヒム・パイパー中佐は、従軍記者であるアーニー・パイルと共にこの地を訪れていた。

「よし!この辺でいいぞ」

パイパーは通りの右側にジープを止めさせると、その場で下車した。
ただ、場所がまずかったのか、交通整理をしていたMPに声を掛けられた。

「中佐殿!ここでは停車しないでください!」
「おお、すまん!今すぐどかせるぞ」

パイパーはMPに謝ると、ジープのボンネットを叩いて行っていいと合図を送る。

「それじゃ、また後で!」

運転兵はパイパーにそう返すと、ジープを発進させて、混雑する通りの向こうに消えていった。

「いやーしかし、賑わってるねぇ」

パイパーと共に下車したパイルは、通りや歩道を歩く人の群れを見つめながら、感嘆の言葉を漏らした。

「元々、ここは大きな町で、戦前は30万の人口を有していたらしい。戦闘中は、住民はほぼ逃げ出してゴーストタウンと化していたが、
戦闘が終わると、どこぞで隠れていた住民達が戻って、この賑わいを見せているようだ」
「前線も遠くに離れたし、後方の休息地として最適の町になった訳か」

パイルは首に下げていたカメラを構え、3枚ほど写真を撮影した。

339ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:37:46 ID:pfN/LKiE0
「今日も熱心に撮影するね」
「私はカメラマンだからね。いい物が撮れそうなときは、撮るに限る」

パイパーは彼の職人気質に心中で感心した。

「パイルさん、ここだ」

3分ほど歩いてから、2人は目的の場所に到達した。
そこは、2階建ての細長い建物で、看板には分かり易い女の絵と、英語で大衆酒場と言う言葉が大きく書かれていた。

「これが、パイパー中佐の言ってた酒場か」
「噂によると、店主がフットワークの良い人でな。アメリカの酒も大量に仕入れて客に出しているらしい」
「ほう、それは楽しみだ」

パイルは破顔すると、パイパーに促されながら酒場に入って行った。
中には、7名ほどの先客がおり、カウンターやテーブル席に座って雑談を交わしていた。
この時、カウンター席の客1人が、パイパーらに顔を向けた。

「む……パイパー中佐じゃないか」

パイパーは、その顔に見覚えがあった。
また、7名の先客は共通の軍服を着ているが、その軍服はグレンキア軍の物だった。
カウンター席から立ち上がったその客は、パイパーに近付きながら顔に笑みを張り付かせた。
パイルはパイパーの顔を見ると、彼もまた、照れ臭そうな笑みを浮かべている。
2人の士官は、互いに握手を交わしていた。

「ポリースト中佐か!しばらくだな!」
「ああ。お互い、運良く生き残れたな」

340ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:38:17 ID:pfN/LKiE0
2人は握手をひとしきり交わした後、笑顔を浮かべたまま話を続けた。

「しかし、ここで会えるとは……偶然だ」
「それはこっちのセリフだよ。てっきり、グレンキア装甲軍団はもっと後方に移動したと思っていたが」
「部隊の位置はここから南に20マイルほど離れているから、前線から近くは無い……パイパー中佐、そちらの方は?」

ポリースト中佐はパイルに目を向けてから、パイパーに聞いた。

「ああ、紹介が遅れたな。こちらは従軍記者のアーニー・パイル氏だ」
「アーニー・パイルです」

パイルはポリースト中佐に右手を差し出すと、ポリースト中佐もまた、快く応じた。

「私はグレンキア陸軍第12装甲擲弾兵師団に所属します、ウェロース・ポリースト中佐と申します。以後、お見知りおきを」

互いに握手を交わした後、ポリーストはパイパーに向き直った。

「今日は休暇でここに来たのか?」
「ああ。一段落したので、外出許可を得てここに来たんだ」
「それは良かった。ささ、こっちが空いているから座って」

パイルとパイパーは、ポリーストに勧められて、カウンター席に座った。

「いらっしゃい!ご注文は何にします?」

カウンターの中にいる、口ひげを生やした色白の恰幅の良い店主がパイパーとパイルに注文を聞いてきた。

「ビール……あるかな?」
「ええ。勿論ありますよ!」
「それじゃあ、2本くれ」

341ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:38:49 ID:pfN/LKiE0
パイパーはビールを2本注文した。
店主は声音の良い返事をしてから、すぐにビールを手渡した。

「ありがとう」

パイパーは礼を言ってから、代金を店主に払う。

「おぉ……アメリカ産のバドワイザーだ。大将、よくバドワイザーを仕入れたね」

パイルは半ば感嘆したような口調で店主に言う。

「へい。アメリカ軍のある将校さんがこれまたいい人でしてね。その方のお陰で、ちょいと……」
「その名の知らぬ将校に感謝だな」

パイパーは、見知らぬ将校に感謝しつつ、ビール瓶を掲げた。

「では……ポリースト中佐。乾杯と行くか」
「うむ。生き残れた事と……義務を果たした戦友たちに……乾杯!」

ポリースト中佐が音頭を取り、3人はビール瓶を合わせる。そして、ビールを喉に流し込んだ。
寒い真冬とはいえ、気持ちの良い室内で飲む冷えたビールは格別の味であった。

「ふぅ……やはり、酒はリラックスしながら飲むに限る」
「戦闘直後に酒を飲んでも、緊張と興奮であまり美味く感じないからな」

パイルとポリーストは、互いに微笑みながら、休日のビールに舌鼓を打った。

「しかし、先の戦闘は酷い物だった。うちの師団は4割以上の損害を出してしばらくは前線で戦えそうにないよ」

342ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:39:19 ID:pfN/LKiE0
ポリーストは、先とは打って変わり、やや陰鬱めいた口調で話し始める。

「俺の連隊も消耗が嵩んで、今は休養と補充に専念している」
「それは海兵隊も同じだ。敵は散々に叩きのめしたが、こっちもダメージを受けすぎてフラフラしている」
「お互い、難儀な役目を押し付けられたからね。勝利したとはいえ、もう少し被害を減らせなかったのかと、今でも思ってしまうよ」

ポリーストの言葉に、パイパーは無言で頷きながらビールを飲む。
先の攻防戦に勝利した連合軍は、その後も包囲網の北に逃れたシホールアンル軍相手に戦闘を続け、現在の戦線は、シホールアンル帝国国境を
10マイル越えた所で止まっている。
その後、損害を受けた海兵軍団とグレンキア装甲軍団は、クヴェンキンベヌを守備していた空挺軍団と機甲師団と共に、後方より送られてきた
友軍部隊に前線を任せ、1月初旬までには戦線を離れ、クロートンカ周辺で休養と補充に当たる事となった。

「ポリースト中佐は、本国に家族はおりますか?」

パイルがビールを飲むポリーストに、何家ない口調で聞いてみた。

「いますよ。妻と子供が2人。子供は男で、17歳と14歳……まだ学生ですな」

ポリーストはビールが空になった事に気付き、店主に追加注文を行った。
ビールを手渡されると、ポリーストは再び話し始める。

「長男は軍に志願したいと言っていますが、自分は反対してます」
「どうして反対するんだ?息子さんも国の為を思って軍に志願しようとしてる筈だが」
「気持ちは分からんでもない。だがね……」

ポリーストは右手を額に乗せ、複雑そうな表情を浮かべる。

「俺が育てて来た息子が戦場で屍を晒す光景を思い浮かべると、どうしても賛成する気にならんのだ。戦場の悲惨さは君も見ているだろう?」
「ああ。酷い物だよ」

343ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:39:51 ID:pfN/LKiE0
パイパーは陰鬱めいた口調でそう返した。
先の作戦でも、パイパーは多くの将兵の死を見てきた。
作戦開始前、自信満々に敵を討ち取ると宣言していた海兵隊員が、敵弾を受け、苦しみにのたうち回りながら、口には母の助けを叫んで息絶えていく。
それまで敵部隊を散々に打ちのめしていた味方戦車が一瞬にして被弾炎上し、脱出者が1人も居ないまま燃え盛っていく。
それは見慣れた光景だったが、悲惨な光景である事には変わり無い。
ポリーストもまた、その目で戦場の現実と言う物を嫌と言うほど見てきている。
そこに、自分の愛した息子が飛び込んでいく……
それを最大級の誇りと見るのが、軍人の父として当たり前の出来事なのであろう。
だが、ポリーストはとてもそんな気分にはなれなかった。

「俺は……息子達には勉学に努めて、知識を身につけてから、本国で大いに働いて貰いたいと思っている。決して、戦場に出したくないんだ」
「戦場を知るが故に、子には平和なままで暮らして欲しい。そう言う事だな」

パイパーがそう言うと、ポリーストは無言で大きく頷いた。

「ポリースト家で血に汚れる役目を担うのは、俺一人で充分だ」
「この話……人によっては違う意見が出るでしょうが、私は中佐の言われる事は素晴らしい物だと思います。戦争に誰もが飛び込むわけでは
無いですからね」
「パイルさん、良く分かってるじゃないか。流石は従軍記者さんと言った所か」

パイルの言葉を聞いたポリーストは、微笑みながらそう返答する。

「しかし、シホールアンルが有するヒーレリ領も、あとは北西部の辺りだけになった。このままだと、2月中には残ったヒーレリ領も
解放されるかもしれんな」

パイパーは話を変えた。

「ヒーレリが1つの国家として蘇るのも、遠い先の話では無くなってきたという事だね」

344ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:40:24 ID:pfN/LKiE0
パイルは感慨深げな口調でパイパーに言ったが、ポリーストは不安げな表情を浮かべる。

「でも、まだ問題はある。まだ降伏していない、シホールアンル軍の残党が暴れている事もあるし、悩みは尽きないのが現状です」
「シホールアンルのゲリラか……確かに、連中はしぶといようだな」

パイパーも渋面を浮かべつつ、ビールを少し口に含んだ。
カイトロスク会戦の結果、シホールアンル陸軍の主力反撃部隊は包囲殲滅されたのだが、一部の部隊はゲリラ化し、各所で連合軍の補給部隊を
襲撃して大いに悩ませていた。
このクロートンカ近郊でも、移動中の部隊が幾度か、敵のゲリラに襲撃されて損害を出している。

「情報部の知り合いから聞いた話では、敵反撃部隊は元々、後方での攪乱や暗殺等と言った、裏仕事をメインでやっていた連中を前線向けに
鍛え直して編成されたようだ」
「つまり……ゲリラ化した奴らにとっては、好都合の展開になったという訳か」
「そういう事さ」

パイパーが苦笑しながら言うと、ポリーストもつられて苦笑いを浮かべた。

「それじゃあ、下手したら……敵のアサシンがクロートンカとかで休息中の高級将校を狙いに来る、という事もあり得るのかな?」
「パイルさん、無きにしも非ず、と言った所だな」

パイパーはそう言いつつ、タバコを咥えて火を付けようとするが、ライターに火がなかなかつかない。

「火の着きが悪いようだね」

パイルは言いながら、持っていたジッポライターに火を付け、パイパーの口元に差し出した。
パイパーは有難そうにタバコに火を付けると、口元から紫煙を吐き出した。

「恩に着るよ。しかし、どうして火が付かんのかな……オイル切れちまったか」

345ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:40:55 ID:pfN/LKiE0
「少しばかり話を戻すが、さっき出て来た敵のゲリラだが……今は粗方掃討されて、活動も下火になったようだ」
「その話は俺も聞いている」

パイパーは頷きながらポリーストに言葉を返す。

「なんでも、後方より増援として送られたミスリアル軍が上手い具合に掃討してくれたようだ」
「そのミスリアル軍だが……先のゲリラの掃討ではかなり手荒い事をしたらしい」
「手荒い事だって?何かやったのか?」
「一部のミスリアル軍部隊が、投降してきた敵兵を容赦なく殺害したようだ。そう、無抵抗の敵兵を……」

ポリーストの口から出たその言葉に、パイパーは思わず耳を疑った。

「ちょっと待て……ミスリアル軍が無抵抗の敵兵を殺害だと?まさか」

パイパーは、ポリーストが嘘を言っているのかと思った。

「ミスリアル軍は、敵兵の扱いに関してはまともだぞ。そんな事起きる筈が無いだろう」
「だが、その捕虜虐殺に関わったあるミスリアル兵が、酒の席でグレンキア軍の兵士に漏らしたそうなんだ。この件は何故か、噂扱いで
あまり表沙汰になっていないようだが……」
「表沙汰にはなっていないが、噂としては広まっている、という事か」

パイパーはそう言った後、しばしの間思考してから言葉を紡いだ。

「噂は噂、ではないのかな?ミスリアル兵とは言え、人の子だ。そんなドエライ事をやらかしたのに、表沙汰になっていないという事は、
それが兵士の口から出たデマカセという事も考えられる。それが噂として広まっているのだろう」
「ふーむ……君が言うのなら、そうかも知れんなぁ」
「そう言った事は、どの仕事でもある物です。私も特ダネを追っている時に、ガセネタを掴まされて苦労した事がありますから」

パイルが自虐気味に言うと、それを聞いたパイパーとポリーストが小さく笑った。

346ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:41:42 ID:pfN/LKiE0
「ポリースト、もうビール瓶が空だな。店主!あられもない噂に惑わされたこの将校様にビールの追加を頼む!」
「おいおい」

ポリーストは苦笑しつつも、追加されたビールを取って、少しばかり口に流し込む。
唐突に、ドアが開かれる音が店内に響いた。
パイパーとポリーストは会話に熱中しているため無関心だったが、パイルだけはその音のする方向に顔を向けた。
店の入り口には、赤いベレー帽を被ったエルフの女性士官が立っていた。

(ほほう……これはまた美人さんだな)

パイルは、そのミスリアル軍将校の顔と体を見るなり、素直にそう思った。
顔は典型的なエルフらしい整った形をしており、体つきも出る所はしっかり出て、引っ込むところはしっかりと引っ込んでいる。
緑を基調とした戦闘服に身を包んでいるためか、幾分がっしりとしたようにも見えるが、体全体のバランスは崩れておらず、むしろ
引き立たせているようにも見える。
また、腰の右側に装飾の入った長剣を携えている事で、その将校の威厳さも醸し出されているように思えた。
パイルは、そのミスリアル軍将校と目が合ったが、この将校の右頬に、二つの細長い傷跡が付いている事に気付いた。

「すまないが……隣に座ってもよろしいかな?」

ミスリアル軍将校は、特徴のある気の張った口調でパイルに尋ねた。

「あ、ああ。空いていますよ」
「そうか。では、お邪魔する」

ミスリアル軍将校は無表情のままそう答え、頭のベレー帽を取りながらパイルの左隣に座る。
ベレー帽の中からは、ポニーテール状に止められた亜麻色の長髪が現れた。
彼女はパイルの右隣にいるパイパーとポリーストを見るや、彼らにも声を掛けた。

347ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:42:15 ID:pfN/LKiE0
「失礼ですが、あなた方はアメリカ軍とグレンキア軍の将校ですか?」
「如何にも。私はグレンキア陸軍所属のウェロース・ポリースト中佐で、こちらはアメリカ海兵隊のヨアヒム・パイパー中佐だ」
「パイパーです。よろしく」

紹介を受けたパイパーは、にこやかな笑みを浮かべて挨拶を送った。
だが、ミスリアル軍将校は何故か笑みを返さず、表情を変えぬまま挨拶を返す。

「私はリヴェア・ヘミートゥルと申します。ミスリアル陸軍所属で、階級は少佐です」
「よろしく、ヘミートゥル少佐」

ポリーストは持っていたビール瓶を掲げて、改めて挨拶を送った。
ヘミートゥル少佐は、それに無言で頷いてから何かを頼もうとしたが、彼女はパイルが気になり、視線を彼に向けた。

「貴方は軍人……では、なさそうだが」
「ああ、紹介が遅れましたね。私はアーニー・パイル。従軍記者です」
「ふむ……従軍記者ね……」

ヘミートゥル少佐は、無表情のままそう呟いた。
そして、興味を失ったと言わんばかりに、彼女はパイルから視線を離した。

(なんだこのエルフの女は……あまりいい感じがしないな)

パイルはヘミートゥル少佐の振舞いに、心中でそう呟く。
彼はパイパーに顔を合わせると、パイパーもまた苦笑しながら、大きく肩を竦めた。

「店主。果実酒はあるか?」
「ええ。ありますよ。あとお客さん、最近はビールが大量に入って来たんですが、どうです?おススメですよ」

店主は営業スマイルを張り付かせながら言う。

348ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:42:50 ID:pfN/LKiE0
だが

「ビールは味が気に入らなくてね。出さないで欲しい。それよりも、飲みやすい果実酒をお願いしたい」

ヘミートゥル少佐はばっさりとした口調で、その勧めを断ってしまった。
それを受けた店主の動きがピタリと止まったが、すぐに意識を切り替えて果実酒を差し出した。

「ありがとう」

彼女は素っ気ない口調で返してから、果実酒を飲み始めた。

「ヘミートゥル少佐……差し支えなければ幾つか質問してもよろしいですか?」

パイルは吸っていたタバコを灰皿に押し付けつつ、左隣の彼女に質問してみた。

「質問か……私を誘って、寝台の共にできるかどうかを聞きたいのかな?」
「いえ、そっち方面の質問ではありません」
「ほう……では、別の事か。私の所属とか、ここでやった任務の事とか」
「そうですね。答えられる範囲で良いですよ」

パイルがそう言うと、ヘミートゥルはしばし間を置いた後、2度ほど小さく頷いた。

「従軍記者の取材とやらを受けてみるか」
「ありがとうございます。それではまず……少佐の所属部隊は?」
「第8機械化歩兵師団だ。ミスリアル陸軍の中でも歴戦の部隊さ」
「ほう、第8機械化師団か……その部隊の勇猛さは俺も聞いているよ」

ヘミートゥルの答えを聞いたポリーストが、半ば感嘆した口調で口を開いた。

349ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:43:22 ID:pfN/LKiE0
「なんでも、名誉称号を与えられた程の部隊だとか」
「つい先日の事です。称号の名はヴィーレンス。本国の命によって、第12機械化師団と同時に称号が与えられました。なので、
これからは陸軍第8「ヴィーレンス」機械化歩兵師団と名乗る事になります」
「ヴィーレンスという名の由来は?」
「わがミスリアルの中で、建国に貢献した10英雄の中の1人、ポエリエ・ヴィーレンスに因んで付けられています。ちなみに、同僚部隊である
第12師団には、「レイヴァーン」と言う称号が付けられていて、この師団も今後は第12「レイヴァーン」機械化歩兵師団となります」
「歴戦の部隊に送られる名誉称号……凄いもんだな」

パイパーは、どこか羨望を滲ませる口調で呟いた。

「パイパー中佐は確か、第3海兵師団に属しておりましたね?」

唐突に、ヘミートゥルがパイパーに質問を飛ばした。

「そう、第3海兵師団だ。今は戦闘団を率いている」
「パイパー中佐の噂は、私共の方でも良く聞いています。ポリースト中佐の方に関しては、前線ではあまりお話を伺っておりませんが」
「俺達の師団は出来て日が浅いから、これといった武勇伝はまだないんだ」
「グレンキア軍の歩兵部隊所属でしたか?」
「いや、君らと同じ機械化師団だ。部隊名は第12装甲擲弾兵師団。先日のカイトロスク攻防戦で、彼の第3海兵師団と一緒に敵の主力を
包囲する役目を担っていた。戦闘に関しては、勝つべくして勝ったと言えるが……こっちも痛手を受けてしまってな」

ポリーストは両手を広げながら言葉を続ける。

「今はこうして、部隊の補充と再編を行いつつ、つかの間の休息を楽しんでいる」
「グレンキア軍師団の戦いぶりも、我が軍の中では語り草となっています。特に、自軍以上の戦力を有する敵を相手にして、一歩も退かずに
戦い抜いたグレンキア軍は、遅れて戦場に到着した我が軍の中では、羨望の眼差しを向けられていますよ」
「それはありがたい話だ」

無表情ながらも、どこか熱を感じさせる口調で言う彼女に対して、ポリーストはまんざらでもない口ぶりで言葉を返した。

350ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:43:56 ID:pfN/LKiE0
「散々打ち据えられた甲斐はあったようだな」
「これといった武勇伝は無いとおっしゃられましたが……中佐殿も謙遜が過ぎますな」

ヘミートゥルは何気ない口調で言ったが、それがパイパーの笑いを誘った。

「さて……パイル氏。次の質問は?」
「少佐が最近行われていた任務についてお聞きしたいのですが、お答えしたくないのなら別の質問に移ります」
「最近……行われていた任務……か」

ヘミートゥルは小声で反芻する。
この時、パイパーはヘミートゥルの雰囲気が変わったような気がした。

「簡単に言うと、害虫駆除と言った所かな」

彼女は相変わらず、素っ気ない口調で返した。
だが、パイパーはその言下に憎悪が含まれている事に気付く。

「アメリカ軍とグレンキア軍が包囲外の敵を追撃していた間、第8機械化師団はゲリラ化した敵の残党を掃討していた。手を焼きはしたが……
狩りとしては充分に楽しめた。特に、好き勝手していた敵の士官が撃ち殺される瞬間は、何とも言えない快感だったなぁ……」

ヘミートゥルの口調は最初と変わらない。
しかし、その口から発せられる内容は思いの外衝撃的で、パイルは彼女の内面が様変わりしたと、心中で思った。

「故郷を汚した連中が惨めに死んでいく光景は、何度見ても心が躍る」
「話を聞く限りでは、シホールアンル軍に相当な恨みを抱いているように思えますが」
「ああ。恨んでいるとも」

ヘミートゥルはそう言ってから、パイルに顔を向ける。

351ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:44:43 ID:pfN/LKiE0
彼女の顔には笑いが浮かんでいた。

「心の底から……ね」
「……」

パイルは言葉を口に出す事ができなかったが、ヘミートゥルは構わずに続ける。

「昔……私はミスリアル本国で任務に当たっていた。任地は東のカレアント国境に近い場所。そこは、わたしの生まれ故郷の村があった場所でも
あった。だが、故郷の村は、私が見ている前で敵に焼かれ、村人は殆どが敵に殺されるか慰み者にされてしまった……その場を生き残った私は、
ある決意をしたんだ……」

ヘミートゥルの口角が更に上がる。

「いつか……シホールアンルの屑共を皆殺しにしてやる……と」

彼女は一旦言葉を止め、果実酒を口に含み、喉に流し込んでから再び口を開く。

「今までは、上の命令に従って捕虜もしっかり取った。こみあげる感情を抑えながらね。だけど……先の掃討戦で、その抑えも効かなくなった。
正直、もう容赦する必要はないと、私は思う」
「ヘミートゥル少佐。貴官の敵を憎む気持ちは良く分かる。だが、本当にそれでいいのかね?」

今まで黙っていたパイパーが、眉間に皴を寄せながら詰問口調で聞いて来る。

「憎しみの連鎖は、やられたらやり返すという行動がより過激化して歯止めが効かなくなることで起こる。連合軍はこれから、シホールアンル本土の
奥深くに突き進むことになるが、そのような行いを続ければ、敵からの恨みを買い易くなってしまう」
「それはつまり……捕虜には優しくしろ……と?」

ヘミートゥルは笑みを消し、パイパーを半ば睨みつけながら聞き返した。

352ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:45:17 ID:pfN/LKiE0
「そうだ。捕虜たちはやれるべき事をやったんだ。それ以上、痛めつけたり、殺すことも無いと思うがな」
「………ランフック空襲で一般市民を大量に殺したアメリカ軍将校から、まさか、そんな大甘な言葉が出てくるとは。思っても見ませんでした」
「少佐!口が過ぎるぞ!」

溜まりかねたポリーストが声を荒げて、彼女の発言を制しようとする。
しかし、ヘミートゥルは止まらなかった。

「いえ、言わせて頂きます!貴方達は、自分の目の前で生まれ育った村を焼かれた事がありますか?家族や知人を殺された事はありますか?」
「それは……」

ヘミートゥルの問いに、ポリーストは口ごもってしまった。
無いと言えばいいだけなのだが、何故か、その言葉を軽々しく出してはいけないような気がした。

「私は、それを目の前でやられたのです……!今でもあの光景が夢に出ます。燃える家々、泣き叫びながら助けを求める友人……気丈に振舞い
ながら、次々と凶刃に倒れていく父や母……!」

ヘミートゥルは徐々に声音を大きくしながら、彼らに話していく。
唐突に、彼女は再び笑みを浮かべる。

「だから、決意したんです。奴らの本国で、同じ事をしてやる。その前準備を、先の掃討戦でやったまでです」

その闇を感じさせる笑みは、パイルらを凍り付かせてしまった。

「ふ……ふふ。気晴らしに飲みに来たら、こんなザマになってしまうとは。パイルさん、期待通りの答えを聞かせられなくて申し訳なかった。
それから……」

ヘミートゥルはパイルに謝罪してから、ポリーストとパイパーに向き直った。

「せっかくの場なのに、不快な気持ちにさせてしまい、深くお詫び申し上げます。ですが……私は、あの時決意した事は、決して曲げぬ所存です。
それでは」

353ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:45:51 ID:pfN/LKiE0
彼女は、ほぼ一方的にそう言い放つと、残った果実酒を全部飲み干し、代金を払って店を出て行った。
しばし間を置いて、パイパーは重々しく口調を開いた。

「長くはないかもしれんな」
「え、何がだい?」

パイルは怪訝な表情を浮かべて聞いて来る。

「彼女の人生さ。あの顔は、既に業を背負いすぎている軍人の顔だよ」
「もしかしたら、あの噂の正体は」

ポリーストは、彼女がこの酒場に来る前に3人で話していた、例の噂を思い出す。

「彼女の部隊がやったかもしれない、という事か」

パイパーが言うと、ポリーストは頷いた。

「階級は少佐だし、普通なら1個大隊を率いていてもおかしくない。そして、彼女の口から出た掃討戦と言う言葉。彼女がやったという確証は
持てないが、少なくとも、第8機械化師団が例の噂の出所であるという事は、これでハッキリしたかもしれない」
「根は生真面目そうな性格のようだが、その気真面目さ故に、溜まっていたのが一気に噴出したのだろう」

ポリーストはそう言ってから、深く溜息を吐いた。

「パイルさん。これも戦争の闇の一つさ」
「はぁ……俺個人としては、彼女にはまだ望みがあると思うんだが」
「自分の寿命を長くするか、または短くするかは本人次第だ」

パイパーはきっぱりとした口調で言う。

354ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:46:31 ID:pfN/LKiE0
「だが、業が深すぎる奴は、寿命は得てして長くない。行動を起こした後、その撒いた種に命を奪われる事もあるからね」
「……もしかして、少佐は種を撒いてしまったのだろうか」
「あの口調じゃ、既に行動を起こしてしまっているだろう。何かしらの種は撒いたかもしれん。そして、例え撒いていないとしても……近い内に、
その厄災を振り撒くだろうな」

ポリーストの不安げな言葉に対し、パイパーは意味ありげな口調で答えてから、ビールを飲み干した。


酒場を後にしたヘミートゥルは、昨日から泊まっている酒場から近い寂れた宿屋に入ると、カウンターの店員に部屋の鍵を受け取り、速足で階段を上っていく。
2階の一番奥側の部屋の前に立つと、鍵を開けてから中に入った。

「はぁ……らしくないな」

彼女は頭を振りながら、ポツリと言葉を漏らす。

「私とした事が……あんなにムキになって言い返してしまうとは」

ヘミートゥルは、あの酒場で同盟軍の士官に胸の内を明かしたが、この時、彼女は意地を張って言い返してしまった。
思えば、あの場では適当にはぐらかしながら、質問に答えて行けばよかったかもしれない。

「とは言え、あの人達は、あたしの気持なんか分かりやしない。何が捕虜に優しくしろだ……!」

ヘミートゥルは内心苛立ちを感じた。
彼女は荒々しく上着を脱ぐと、ベッドの上に叩きつけるように置いた。

「苛立つ時には休むに限る」

ヘミートゥルはそう言いつつ、白いシャツのボタンを上から外しつつ、窓辺に向かった。
部屋の中は2人用で異様に広かったが、閉め切っていた事もあって中の空気は濁っていた。

355ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:47:02 ID:pfN/LKiE0
「その前に、空気を入れ替えなければ」

窓辺に立ち、窓に手を触れようとしたその時……
不意に、ドアをノックする音が室内に響き渡る。

「すいませーん。宿の者ですが、ベッドシーツの交換に参りました」

ドアの外から、宿の従業員が声を掛けて来た。
声からして女だ。

「シーツの交換か……」

ヘミートゥルは間の悪い時に来たなと、心中で思った。
ふと、鏡に自分の姿が映る。
シャツは腹の上辺りまで開けられており、開かれた胸元から豊満な胸の谷間が曝け出されている。
また、胸の下には引き締まった腹も見えており、腹筋のラインが浮き上がっていた。

「この格好はまずいかな……でも、ドアの向こうにいるのは男ではないし。このまま行くか」

乱れた格好にやや顔を赤らめつつも、ヘミートゥルはそのまま応対する事にした。
腰には、外す予定だった長剣も付いたままだが、外すのも面倒なので、これも付けたままにした。
そそくさとドアの前に移動すると、ヘミートゥルはドアを開けて従業員に声を掛けようとした。

「遅くなって済まない。申し訳ないが、今は…!?」

この時、ドアの前に居たのは、茶色の薄汚れた外套をつけた不審者だった。
そして、その不審者は、外套の中から長剣を構えて、ヘミートゥルに突っ込んできた。

356ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:47:51 ID:pfN/LKiE0
「うっ!」

不審者と体がぶつかり、ヘミートゥルは部屋の中に押し倒され、直後に後ろに体を回して起き上がった。

「チッ!その腹を串刺しにできたかと思ったのに!」

不審者は忌々し気に言いながら、部屋のドアを閉めた。
ヘミートゥルは咄嗟に体を捻ったため、相手の刺突をかわす事ができたが、相手の体を避ける事は出来なかったため、後ろに転ばされる事になった。
だが、彼女は態勢を素早く立て直し、相手と間合いを開け、腰の長剣を抜いて威嚇した。

「何者だ!」

不審者はそれに答える事無く、小声で何かを呟くと、空いていた左手を大仰に振り回す。
その直後、部屋の中に薄い緑色の幕のような物が現れ、それが部屋全体を覆った。

「これで……外には音が漏れない」
「な……防音効果の魔法か……!」

ヘミートゥルは、不審者が部屋の中で魔法を展開した事に気付く。

「命……貰うよ!」

不審者は、穴開き手袋を被った手で着ていた外套を掴み、それを勢い良く脱ぐと、ヘミートゥルに向けて投げた。
ヘミートゥルの視界が、相手の投げた外套に覆われる。
彼女の反応は素早かった。
咄嗟に体を踏み込み、剣を下に向けて振り下ろす。
すると、突進して逆袈裟に切り込もうとしていた不審者の剣先に当たり、金属音と共に火花が散った。
そのまま剣と剣が幾度となく打ち合わされる。

357ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:48:38 ID:pfN/LKiE0
ヘミートゥルが顔を切り裂こうとすれば、相手は刃先を当てて塞ぎ、逆に相手が肩口から切り下げようとすると、ヘミートゥルは受け流して、
攻撃を空振りに終わらせる。
そして、ヘミートゥルが相手の右わき腹を蹴り飛ばし、ベッドの上に転がす。
その無防備な体に剣を刺そうと、両手で構え直して刺突する。
間一髪、相手は右に転がってその刺突を交わした。
今度は、隙のできたヘミートゥルに、不審者がその背中めがけて切りかかるが、ヘミートゥルは左腰に隠し持っていたナイフを投げた。
意表を突かれた相手は、咄嗟に剣の腹先で投げナイフを弾いたが、そこに剣をベッドから引き抜いたヘミートゥルが襲い掛かり、腹めがけて
斬撃を放つ。
それを間一髪受け流し、ヘミートゥルに隙が生じたのを見計らって、不審者も脇腹に蹴りを放つが、それはヘミートゥルが腹を後ろに反らした
事でかわされてしまった。
銀髪の不審者はヘミートゥルの繰り出す一撃を受け止め、更に右横から撫でるように斬りかけるが、それも受け止められ、剣を下側に弾かれる。
バランスが崩れ、上半身が無防備になった時、ヘミートゥルはその銀髪めがけて剣を振り下ろした。
銀髪の若い女性は間一髪のところで、それを受け止めた。

今までにない金属音が室内に響き渡る。
不審者とヘミートゥルは、互いに剣を合わせたまま、鍔迫り合いを演じていた。

「く……あんた、強いな!」

銀髪の若い女性は、感心したようにヘミートゥルに言う。その浅黒い肌の顔には笑みを浮かべていた。

「当たり前だ!8年も軍に努めているからな!」

ヘミートゥルは相手を睨みつけ、吠えるような声音が返される。
その直後、相手の顔が大きくなったかと思うと、額に鈍い衝撃が伝わった。

(な……)

358ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:49:43 ID:pfN/LKiE0
ヘミートゥルはその衝撃で後ろに大きく仰け反り、合わせていた剣が外れてしまう。

「これで終わりだ!」

不審者は早いスピードで剣を振りかぶった。
その狙う先は……ヘミートゥルの首であった。
不審者の脳裏に、剣が仇であるエルフの首に食い込み、そのまま切り裂かれて反対側に抜け、血飛沫と共にその首が胴体から離れる光景が思い浮かぶ。

(もらった!)

手応えを確信した不審者は、邪悪な笑みを浮かべた。
繰り出した斬撃は、予想通り、ヘミートゥルの首を跳ね飛ばす事は無かった。
首があった場所に、最初からそれが無かったのだ。

「なっ」

手応えが全くない事に笑みが凍り付くが、その直後に、剣を持っていた右手が、凄まじい衝撃を受けて大きく上に跳ね上がった。

「!?」

不審者は態勢を大きく崩しながら、後ろに下がった。

「なるほど……そう言う事か!」

不審者は、目の前で足を大きく上に振り上げてから、後転して態勢を立て直したのを見て、状況を理解できた。

それは簡単な話だった。
ヘミートゥルは、上半身を大きく仰け反らせて、紙一重の所で首の斬撃を交わし、その勢いに乗じて左足を素早く蹴り上げ、斬撃を繰り出した
不審者の右手を跳ね飛ばしたのだ。

359ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:50:16 ID:pfN/LKiE0
「チッ……その右手を蹴り砕く筈だったが」
「あいにくと、私の体はそうヤワじゃないんでね!」

不審者は気丈に返しつつ、乱れた息を徐々に整えていく。
一方のヘミートゥルも、激しい動きで乱れに乱れた息を、ゆっくりと整え始めるが、ヘミートゥルの方が、不審者よりも息が上がっていた。
両者とも激しい運動で汗をかいているが、態勢を立て直したのは不審者の方が早かった。

「どうした?ミスリアルのエルフ戦士さんよ。息が上がったままだ」

彼女は余裕すら感じらせる口調でヘミートゥルを挑発する。

「若作りもいいけど、体力作りも怠っちゃ駄目だぜ?」
「ほざくな!」

ヘミートゥルは気丈に返すが、この時、彼女は追い詰められていた。
背後には壁があり、あと3、4歩も歩けばすぐにぶつかる。
相手の攻撃をいつまでもかわし切る事は出来なかった。

「そうか、じゃあ……!」

不審者は口角を吊り上げ、勢い良く斬撃を繰り出してきた。
右下から切り上げる鋭い斬撃だが、それをヘミートゥルは剣で弾き飛ばした。
思いの外大きな衝撃に、不審者は一瞬体を反らしてしまうが、すぐに次の攻撃移ろうとする。
直後、ヘミートゥルは背後を向けた。

(は!こんな時に背中を向けるとは、血迷ったか!!)

不審者は心中でヘミートゥルをあざ笑ったが、次の瞬間、彼女は目を疑った。

360ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:50:50 ID:pfN/LKiE0
ヘミートゥルは壁に体を振り向けたと思いきや、素早い動作で壁の右側を蹴り上がり、次いで正面の壁も蹴り上がる。
そして、勢い良く体が不審者に向き直ると、右足で不審者の顔を蹴り飛ばした筈だったが、相手は咄嗟に左腕を顔の前に上げて防ごうとした。

左腕に勢い良く放たれた蹴りが食い込む。
鈍い音が響き、不審者はそのまま右斜め後ろに勢いよく飛ばされ、壁に掛けられていた鏡に右半身を叩きつけられた。
けたたましい音と共にガラス片が飛び散る。

「ぐ……はぁ……!」

余りの衝撃に不審者は顔を歪め、苦痛の声を漏らしたが、そこにヘミートゥルが追撃に入る。
不審者は痛みを感じる間もなく、素早く反応して、真下から繰り出されるヘミートゥルの斬撃を、体を反らす事でかわそうとする。
剣の刃先が服に引っ掛かって、胸元まで切り裂かれるが、体は無事のままで、そのまま後ろに一回転してから間合いを取る。
そして、最初と同じく、右手に剣を構えながらヘミートゥルと対峙するが、整えていた息も、今では大きく乱れた。
鏡の破片で傷ついたのか、短い銀髪からうっすらと血が流れ、彼女の右目は血の流入を防ぐため、閉じられていた。

「はぁ…はぁ……はぁ……」
「ふー……いい動きだ。敵にしておくには惜しい」
「うるさい!」

ヘミートゥルが不審者の腕前に感心の言葉を漏らすが、相手はそれを挑発と取ったのか、罵声を上げる。

「余裕そうな事を言う割には、大分動きが雑になってるじゃないか!」
「それはお互い様だと思うが」
「フン!あたしはあんたより素早いさ!あんたはその胸にぶら下がっているモノがでかいから、割かし動き辛そうだ」
「ほう……」

ヘミートゥルは、不審者にそう言われて何も思わなかったが、彼女は彼女で不審者の体つきをまじまじと観察していた。

361ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:51:29 ID:pfN/LKiE0
最初は外套に覆われて分からなかったが、今は不審者の詳細がわかる。
この銀髪の不審者は、なかなかに端正な顔立ちをしており、体つきも悪くなく、むしろ良い。
ヘミートゥルの豊満な胸を馬鹿にした不審者だが、この不審者もまた、その胸に立派な物を下げている。
身につけている長袖の水色の上着は、腹の辺りから胸元まで切り裂かれているが、それはヘミートゥルの斬撃によってできたものだ。
そこから割れた腹筋と、豊満な胸元が露わになっており、体つきに関してはヘミートゥルと比べても全く遜色ない程である。
むしろ、腹筋が割れている分、ヘミートゥルより勝っているかもしれない。
銀色の髪は長くなく、首元までしかないが、髪はサラサラであり、褐色の肌と相俟って、より戦士然とした物となっている。
男物の服を着れば、女とは分からない程であり、ボーイッシュな女性とはこの事かと思うほどだ。

「そう言う貴様こそ、非常に恵まれた体つきをしているようだが。戦場ではその色気を活かして敵を調略したのか?ん?」
「あんたよりは男にモテる。それは確かさ!」

不審者は、口元まで流れて来た血を舌で舐めると、ヘミートゥルに攻撃を仕掛けた。
再び激しい剣の打ち合いが繰り広げられ、時折蹴りや、拳が繰り出される。
しばしの間、応酬が続くが、ヘミートゥルが不審者の剣を弾き、間合いが開いた所で互いに動きが止まった。

「はぁ……はぁ……その腕前からして、貴様、ただの物取りじゃないな……」
「なんだと……思う……?」

お互いに剣を構えつつ、息を切らせながら言葉を交わす。

「一般兵では……無い。だが、貴様の目つきからして、何が何でも、私を殺したいという意思は感じられる。どこかで、貴様の恨みを買ったか?」
「けっ!あんたは覚えてないのか?1週間前に、あんたの部隊がやった事を!」

銀髪の女性兵は、言葉に怒気を滲ませる。
それを聞いたヘミートゥルは、不意に不気味な笑みを浮かべた。

「ああ……思い出した。あの害虫達か!てことは、貴様はコソコソと隠れていた害虫共の生き残りという事だな。ハハ!惨めな姿だな!!」
「ほざけえぇ!!」

362ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:52:31 ID:pfN/LKiE0
怒りに任せて、ヘミートゥルに突進し、斬撃を繰り出す。
それをヘミートゥルは受け流し、逆に右足を踏み込んで刺突を加えようとするが、それを相手はかわして間合いを取る。

「私は昔、貴様らの軍に生まれ故郷の村を焼かれ、家族を殺された!その時に誓ってやったのだ!いつの日か、追い詰めた敵をじわじわと
嬲り殺しにしてやるとな!」

それまで、澄ました表情を維持していたヘミートゥルが憎悪に歪み、口角を上げながら敵に斬りかかる。
それまでとは打って変わったヘミートゥルの攻撃に、不審者は防戦一方となった。

「あの害虫達は確かに勇敢だった。死を目前にしても、私に屈さなかった。だが……その死に様はなんとも惨めだったぞ!」
「!!」

ヘミートゥルの斬撃を弾き、一瞬の隙が生じ来たのを見計らって、彼女の右腕に斬りかかるが、それも避けられ、逆に顔に拳を当てられて間合いを開けられる。

「……ん?もしかして、貴様は……レニエスという名前か?」

ヘミートゥルの口から出た唐突の質問。
だが、銀髪の不審者はそれを聞くなり、表情を凍り付かせた。

「な……なんで、あたしの名を!?」
「ああ、そうか。なるほどな……」

ヘミートゥルは不気味な笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

「あの時、首を跳ねた敵の指揮官が、最後に名前を出していたが……」

363ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:53:21 ID:pfN/LKiE0
辺り一面、真っ白な雪に覆われ、周囲の木々には雪化粧が施されていたあの日。
いつになく寒く、残り少なくなった薪を拾いに部隊から離れたあの日。

レニエス・モルクノヌ軍曹は、信頼し、そして、恋人でもあった上官を失った。

レニエスの部隊は、元々シホールアンル軍第6親衛石甲師団のキリラルブス部隊や、石甲化歩兵連隊に所属していたが、部隊が壊滅してからは、
生き残りの兵が集結してゲリラ活動に転じ、広大な森林地帯を根城として連合軍相手にゲリラ戦を展開していた。
レニエスのゲリラ部隊の指揮官は、所属の石甲部隊の指揮官を務めていた人物で、レニエス自身とは7年以上の付き合いだった。
そして、個人的な付き合いも深く、いつしか、レニエスと指揮官は恋人同士となっていた。
だが、あの日……レニエスのゲリラ部隊は、ミスリアル軍に急襲を受け、奮戦空しく壊滅した。
レニエスはこの時、薪を拾いに部隊を離れていたため、巻き添えを受けなかったが、彼女はすぐに来た道を戻り、敵に気付かれない所まで
接近した時……彼女は自分の目を疑った。
ミスリアル軍は、部隊の生き残りを集めるや、隊長と思しき将校が指揮官を始めとする仲間達を罵倒していた。
その罵倒に、周りのミスリアル兵も加わり、捕虜に暴行を加えた。
レニエスは、今にも飛び出して、周囲の敵を皆殺しにしたかったが、周りに戦車を含む重火器部隊が展開している中では、動くに動けなかった。
そして、その時はやって来た。

「聞け!シホールアンル兵達よ!貴様らは味方の降伏勧告に応じることも無く、しつこく戦い抜いた。今はこうして降伏しているが……貴様らの
害虫の如き鬱陶しさは閉口する。しかし、そのしぶとさだけは褒めてやる。そして、それに敬意を表して……」

将校は、腰に携えていた長剣を抜くや、捕虜の一人の首に刃先を当てた。

「私自身が、引導を渡してやろう。私の大切な人達が殺された同じ方法で……」

将校はそう言い放つと、有無を言わさずに捕虜の首を切り落とした。
生き残っていた7人の捕虜は、次々と首を跳ねられていき、首を失った胴体が力なく倒れ伏していく。
そして、最後の一人……指揮官の出番がやって来た。

364ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:54:09 ID:pfN/LKiE0
将校は素早く首を跳ねようとするが、何を思ったのか、一瞬だけ動きを止めた。
無表情だった将校の顔が、この時、初めて笑みを浮かべた。
それも、悪魔の如き邪悪な笑顔を。

「心配するな!そいつも、じきに貴様の後を追わせてやる!」

将校は、あからさまに大きな声を上げると、剣を振り下ろし……指揮官の首を切断した。
この瞬間、レニエスの脳裏に、指揮官と付き合った素晴らしき日々が奔流となって、頭の中を駆け抜けた。
彼女は、無我夢中でその場から走り出した。

初の軍務で、頼りない自分を支えてくれたのは彼であった。
初めて負傷した時も、介抱してくれたのは指揮官であった。
連合軍のランフック大空襲で、家族を失った彼女を必死に慰め、立ち直らせてくれたのも彼だった。
そして、初めてを捧げたあの夜で、素晴らしき言葉を発してくれたのも、彼だった。
その彼が、殺された。


(目の前の……エルフに……!!)
レニエスは再び剣を繰り出し、ヘミートゥルを討ち取ろうとする。

「その名前の主と会えてどんな気分だ!?」

彼女は叫びながら、ヘミートゥルの剣と再び打ち合い、鍔迫り合いが起こる。

「決意を抱いた素晴らしき敵と、直に出会えた!そう思ったさ!」

互いに剣を押し合うが、力はほぼ互角であるため、膠着状態に陥る。

「そう、あたしはあの時決意したさ。仇であるお前を殺すってな!」

365ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:55:06 ID:pfN/LKiE0
レニエスは叫びながら、ヘミートゥルの腹を蹴り、後ろに弾き飛ばす。
彼女は一瞬、構絵が崩れ、そのまま転倒すると思われた。
そこにレニエスは、空いた左手にナイフを握り、ヘミートゥルを刺そうとするが、ヘミートゥルはそのまま一回転してナイフを掠らせ、
起き上がって態勢を立て直した。
彼女は右の足に微かな痛みを感じたが、それは、レニエスがナイフで刺そうとしたのを避け損なったためだ。

「しぶといエルフの女だ!あのまま串刺しにされていればいい物を!」

ヘミートゥルはその言葉を無視し、剣を構えてレニエスへの攻撃に移ろうとする。
しかし、この時……ヘミートゥルは体に痺れを感じ始めた。

(な……何だこの感覚は……)

「でも……痺れ薬が効き始めた状態で、いつまで持つかな?」

レニエスは不敵な笑みを浮かべながら、持っていたナイフを腰に収め、両手で剣を構える。

「……毒か……薄汚いシホールアンル人らしいな」
「へ、抜かせ!」

レニエスはニヤリと笑いつつ、剣を振ってヘミートゥルに斬りかかる。
それをヘミートゥルは防ぐが、先程と比べて明らかに動きが鈍くなっていた。

「く!」
「どうしたどうした!手元がふら付いているぜ!」

レニエスの剣裁きにヘミートゥルは押され始める。
そして、生じた隙を見て、レニエスが素早く刺突に入る。

366ヨークタウン ◆.EC28/54Ag:2018/06/29(金) 19:55:40 ID:pfN/LKiE0
だが、

「甘い!」

ヘミートゥルは体を捻ってそれを交わし、レニエスの付き出した右腕を掴む。
そして、あろう事か、レニエスはそのまま投げ飛ばされ、2台目のベッドの上に背中から叩きつけられた。

「うっぐ……ぅ!」

柔らかいマットレスがクッションの役目を果たすが、衝撃は完全に殺し切れず、背中が圧迫されて息が一瞬止まった。

(体が毒に冒されているのに、まだこんな事が!)

レニエスはヘミートゥルの粘りの前に舌を巻いた。
チャンスとばかりに、ヘミートゥルが剣を顔めがけて振り下ろす。

(やられる!)

彼女は死を覚悟した。
しかし、粘り強いのはレニエスも同じだった。
その意思とは裏腹に、体は素早く反応して横に転がる。
左頬に鋭い痛みが走るが、この時にはベッドから床に落ち、すかさず剣を構える。
ヘミートゥルは、ベッドを串刺しにしたが、剣先が床に刺さったままとなってしまった。
レニエスの反応は早かった。

(チャンスだ!)

彼女は刺突を繰り出す。一瞬遅れて、ヘミートゥルは剣をベッドから引き抜き、刺突を防ごうとした。


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