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男「お願いだ、信じてくれ」白蓮「あらあら」

1ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2016/01/20(水) 05:32:56 ID:GS4PMXIs
このSSは東方の二次創作であり、

男「どこだよ、ここ」幽香「誰!?」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read_archive.cgi/internet/14562/1388583677/

男「なんでだよ、これ」ぬえ「あう」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1400909334/l50

の続きとなっております。

そちらを先にご覧くださると幸いです。

また、オリジナル設定、オリジナルキャラ、東方キャラクターの死亡などが含まれますので苦手な方はご注意ください。

478ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:26:52 ID:qyaudjHc
にとり「やぁ盟友。気分はどうだい?」

にとりがいた。見渡すとどこかの部屋。俺は清潔な白いベッドの上で寝ていたらしい。3つ並んだベッドの真ん中。右側はだれもいないが左側は使用中らしく、カーテンで仕切られていた。

一体ここはどこなのだろうか。にとりの部屋ではないようだが。

壁にはガラス扉の棚。擦りガラスでよくわからないが向こう側にはボトルのようなものがいくつも並んでいる。それと鼻を衝くアルコールの臭い。

男「………医務室?」

まるで病院のような環境だった。清潔であるが人間味を感じさせず、どこか危機感を煽る様な白色で統一された部屋。

にとり「ピンポンピンポン。正解だよ。ここは旅館の医務室さ。主は訳あっていないから私たちが使わせてもらってる。大丈夫さ、解剖台なんてものはないからねっ」

そう冗談めかしながらにとりが教えてくれる。どうやら本当に医務室だったらしい。

確かに元が旅館ならば医務室くらいあるだろう。しかしこの旅館。色々な物が揃ってるな。

にとり「見たところもう平気みたいだね。ならこのリンゴでも食べて早く元気になっておくれよ。医務室のベッドは人気なんだ」

にとりがほいっと真っ赤なリンゴを投げて渡す。リンゴは丸く艶々しており実に美味しそうだった。が食べる気にはならず枕元に置く

479ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:27:34 ID:qyaudjHc
男「ところで、そっちのベッドは?」

にとり「はたてさんを寝かせてるんだよ。椛は栄養失調と疲労からくるストレスだから私たちの家でもなんとかなるけどはたてさんはそうは行かなくてね」

にとり「右翼の開放骨折、左足の筋断裂、左目の網膜剥離、左ほお骨のヒビ、右三四番肋骨の剥離、全身に擦傷裂傷多数。妖怪だってここまで行けば重体さ。こんな体でここまで逃げてきたんだよ。この人は。椛を守るために」

にとり「私だって椛の友達さ。私は友達を守ってくれたこの人にどうお礼を言えばいいんだろうね。友達を助けようとも思ってなかった私たちは、どう二人に謝ればいいんだろうね」

にとりがぎゅっと拳を握り締め、唇を強く噛む。かみしめられた唇は血が通わず白くなり、そしてぷつっと音を立て血が流れた。

男「にとり、唇から血が出てるぞ。そう思い詰めるのは」

にとり「はは、あはは。ここは医務室だから怪我をしても平気さ」

そういう問題じゃないだろ。はたから見てもわかる。どれだけにとりが自分を責めているのか。

嗚咽を我慢するその表情では涙を零すまいと耐える瞳に水色が滲んでいる。

先ほどから言葉を吐くたびに眉尻と頬がぴくぴくと動いている。

友達を守れなかった自責の念がにとりの小さな体を押しつぶそうとしていた。

480ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:28:17 ID:qyaudjHc
俺は、どう言えばいいのだろうか。

あったばかりの少女に投げかける言葉なんてどれも薄っぺらすぎてすぐに破れてしまうようなものばかりだ。

下手な慰めはにとりの心を傷つけるだけで意味はない。

だから言葉を選べなかった。選べる言葉がなかった。

無言が正しいとは思わない。だけどこの場では無言が最善だった。

きっとにとりの心を癒すのは俺じゃなくて―――

はたて「煩くて、眠れないわよ」

カーテンが開いた。ベッドの上では包帯だらけのはたてが上体を起こし眉をひそめながらこっちを睨んでいた。

481ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:32:13 ID:qyaudjHc
はたて「礼とか、許す許さないとか、べつに私は期待してないのよ。私は椛をここまで連れてきただけ。大切だったから。私は私ができる方法で、椛を救おうとしたの」

呼吸が荒い。それもそうだろう、息をしても痛む体でにとりに怒りの言葉をぶつけているのだから。

震える言葉で、揺らぐ瞳ではたてがにとりを刺す。

それを受けてにとりの口端からひゅっと息が漏れた。

はたて「あんただって椛を助けるのよ。全部私に、任すな!! お前も、守れ!! お前が、守ってやれ!! バカみたいに自分を責めて逃げるなバカッパ!!!」

にとり「ひゅいっ」

はたて「友達は口だけかぁっ!!! 証明してみせろよぉっ!!!!」

にとり「わか、わかったよっ」

はたての慟哭を受け、背中を押されたかのようににとりの体が弾ける。にとりは慌ただしく医務室から出ていき扉がばんっと勢いよく閉められた。

はたて「はぁ、はぁ、つっっっっらっ」

はたては荒い息を整えることもできずばったりとベッドに倒れこんだ。ぜぇぜぇとつらそうに呼吸をするその口元は怒号によって吐き出された唾でべっとりと濡れている。

その口元を綿ではたてはちらりとこっちを確認して瞼を閉じた。

男「………あー、りんごあるけど食べる?」

はたて「………ん。食べる」

482ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:32:47 ID:qyaudjHc
なんとなくした提案にはたてはぱちりと瞼を開けて頷くと顎を数回俺のほうへ突き出して早くしろと催促してきた。

あまり料理をした経験はないのでリンゴの皮を剥くのは難しい。そもそも刃物はあるのだろうか。ふらりと部屋の中を探してみると

男「………これで、行けるか?」

メスがあった。雄雌じゃなくてあの手術に使うメスが。

包丁、というかナイフよりも短い刃渡りだがこれでリンゴの皮を剥くことは可能だろうか。

はたて「はやく」

悩んでいる俺の背中に再びはたての催促が投げつけられる。

俺は仕方なくメスを片手にリンゴの皮を剥くことにした。

483ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:34:41 ID:qyaudjHc
当然だがあんな小さな刃物でリンゴの皮を剥くのは困難を極める。俺は何度も飛んでくる催促の言葉に急かされながら悪戦苦闘しつつ、皮を剥いていく。

よく研がれてあるメスはとても切れ味がよく、当てるだけで皮がするすると剥けていく。しかしそれは普段から料理をしている人、もしくは手先が器用な人だけだ。そのどちらにも当てはまらない俺は皮から勢い余って果肉ごと削り取り、結局できたのはデコボコした綺麗とは言えない形だった。

剥き終わった裸のリンゴを八つに切り分け、芯を除いて清潔そうな布にリンゴを並べる。皿は探してもなかったのでそのまま手ではたてのところまで持っていった。

男「お待たせ」

はたて「食べさせて」

はたてが俺に向かって口を開ける。怪我人だから体を動かすのがしんどいんだろうけどまったくお互いを知らない同士なのにそう任せてもいいのだろうか。

リンゴをはたての口まで持っていくとはたては一気に半分ほど口に頬張りシャクリシャクリと咀嚼した。お腹が空いていたのだろうすぐに飲み込むと俺の次を寄越せと言わんばかりに大きく口を開いた。

リンゴを差し出す。食べる。次のリンゴを差し出す。

会話はなくこの行動を繰り返すだけ。そうしてリンゴをすべて食べ終わったときにははたての呼吸は大分落ち着いていた。

はたて「ありがと」

そう言ってはたては目を閉じた。すぐに小さな寝息がたつ。

心を許しているのか、警戒するほどの余裕がないのか。

俺ははたてがしっかり眠りについたことを確認するとカーテンを閉じ、医務室から出ることにした。

484ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:35:18 ID:qyaudjHc
いくつかの蝋燭が灯されただけの薄暗い廊下を進む。

地底のどんよりとした空気をかき分けて進む。

地底の空気は濁っており、それに硫黄の臭いが―――

男「!!」

硫黄の臭いではない。

不快という点では共通するが腐乱臭よりも新鮮でドロドロしたこの生臭さは。

血の臭いだ。

ルーミア「こんにちは? それともこんばんは? 太陽がないから時間の間隔もわからないわ。けれどそれは元々ね。くすくす。なんて太陽も届かない暗闇からご挨拶」

影があった。

不自然に暗い影。井戸を覗いたときのような不安を覚える黒色。

蝋燭の幽かな灯りを吸い込みそこに影があった。

485ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:36:32 ID:qyaudjHc
男「えぇっと、ルーミア、か」

ルーミア「ご名答。もう動けるのね。せっかく私が自責してお見舞いにきたというのに。あぁ、残念、残念」

影から白い手が現れ左右にぷらぷらと揺れる。

道化たこちらの神経を逆なでる声色。

男「食べるつもり、だったのか?」

ルーミア「そこまで節操なしの食いしん坊ではないわ」

心外よ。そういいながらルーミアが影の中から頭を覗かせる。

まるで空中に浮いた生首と右手。妖怪というよりは幽霊のようだ。

真っ赤な瞳と真っ赤な舌がこちらをチロチロと見つめる。

それは服の下を弄られるような居心地の悪さを持っていた。

486ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:37:20 ID:qyaudjHc
ルーミア「食べちゃいけないものと食べていいものの区別はつくわ。もう子供じゃないの」

男「だったら俺になんの用だ?」

ルーミア「くすくす。あなたのことを気に入ったから、かしらね」

煙に巻き答えが返ってこない。見通せない不可思議な印象。この耳障りな笑い声が頭痛を増長させた。

ルーミア「あら嫌そうな顔ね。でも本当なのよ。たとえば―――これくらい」

男「!!」

影から手が伸びる。それは不自然なほどに延び俺の胸倉を掴むと強い力で引き寄せた。

片手、しかも細い腕なのに、全身で抵抗しても意味なく勢いよく影の中へと引き込まれる。

何も見えない。ただ地底の空気よりももっと濁ったものを肌で感じる。

息苦しくなって喘いだ口内にぬるりと湿ったものが這いこんできた。

それはにゅるりにゅるりと俺の口の中で暴れる。頭の中まで届いているかのような錯覚。生暖かく蠢くそれは

ルーミア「ん……ぺちゃ……ぷちゅ…………くちゅ」

舌、だった。

487ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:38:26 ID:qyaudjHc
色っぽさの欠片もない、怖気が走るようなキス。

レモンの味なんてしない。広がるのは獣のような生臭さと血の味。

耐え切れずに突飛ばそうとするがルーミアの体は少しも剥がれない。むしろもっと俺を引き寄せると俺の喉奥まで舌を侵入させた。

男「んぐゅ」

異物を吐き出そうと反射的に吐き気を催す。しかしルーミアの舌で蓋をされ苦しさに変換されるのみだった。

空気が足りない。息ができない。

溺れるよりも苦しい。

粘り気のある唾液だけが喉の奥をぬめり落ちていく。

それは毒のようで

意しきをじわじわと

むしばみ

おれは

「なにやってんだ」

くびねっこをだれかがつよいちからでつかむ

それはルーミアよりもずっとつよいちからでおれのからだをかげからルーミアごとひっこぬき、こじあけるようにしておれからルーミアをはぎとった。

488ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:41:51 ID:qyaudjHc
男「っ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ」

くうきを吸う。

からだの中にはいり込んだ悪いものをおい出そうと俺は何度も何度も呼吸をした。

レミリア「なにをやってるんだ? お前ら」

ルーミア「あらぁ、いいところだったのに」

ルーミアが悪戯を咎められた子供のようにばつが悪そうな顔で笑う。

レミリアは俺とルーミアの間に入るとルーミアに再度聞いた。

ルーミア「なにって、わかるでしょう?」

レミリア「捕食か?」

ぞっとしない言葉をはくレミリアにルーミアがくすくすと神経を逆なでる笑い声を返す。

レミリアはその対応に眉一つ寄せずにルーミアの答えを待った。

ルーミア「キス、接吻、ベーゼ。それらに類するもの、かしらね」

レミリア「あんなのは見たことないな」

ルーミア「だって少女漫画にはでてこないもの」

あのレミリアを恐れなくバカにするルーミア。普通ならばそこでレミリアが手をだし、戦いとなるだろうがレミリアの表情を見る限りどうやら慣れたことらしく、たんたんとルーミアの注意をするのみだった。

489ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:48:20 ID:qyaudjHc
レミリアの小言にくすくすと笑うばかりで受けているのかいないのか、なんとも取れない表情をルーミアが浮かべる。

レミリア「今後この男に害をなすことを禁ずる」

ルーミア「あら、人を愛するということをあなたは害だと呼ぶのかしら?」

レミリア「押しつけがましい自分中心の愛はアガペーとは呼ばん。言葉遊びで煙に巻くのならこちらはもう言葉で返すことをやめるが?」

ルーミア「あら怖い怖い。でも私があの人間を好いているのは本当。だって面白い闇を抱えてるもの」

男「………闇?」

さっきも言っていた俺が持つ闇。心の闇、歪んだ認識。

いったい何が。

ルーミア「それじゃあバイバイ人類さん。また会いましょう」

疑問を呈す前にルーミアの姿がずずずと影の中へ消える。それと同時に濁っていた気配も血の臭いも消え失せた。どうやらもういなくなったらしい。

ルーミア。いったい俺の何を知っているんだ。

490ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:49:23 ID:qyaudjHc
レミリア「大丈夫かしら。強烈なのを受けたみたいだけど」

男「気持ち悪い…」

レミリア「でしょうね。ルーミアもあぁ見えて………悪い奴だわ。ただ便利なの」

レミリア「言葉上でも好いていると吐くならあいつを利用してやりなさいな。」

もう係わる事自体お断り願いたい。あの不快感にはどれだけ接しても慣れそうにないからだ。

レミリア「口直しに紅茶はいかが?」

男「紅茶?」

レミリア「安心しなさい。今日は血液は入ってないから」

そういって猫のようにレミリアが笑う。今日は…ということは入ってる日もあるのか。

まぁ吸血鬼だしらしいと言えばらしいんだが。

男「折角だけど椛の様子を見に行ってくる。感動の対面に水を差すことになるかもしれないけど」

レミリア「あら、あなたはあの子が気になるの?」

にやにやとこちらを見てくるがそういう意味ではない。

男の女のそれではないということはレミリアも重々承知だろうにその上でこちらを出歯亀している。ただルーミアほどの嫌らしさは感じず、まるで子供のちょっかいのようだ。

491ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:50:19 ID:qyaudjHc
男「今後の争乱の中心になるだろうからな。天狗は椛を狙ってこちらへ来るはずだ」

さきほど白衣男が言っていたこと。きっと天狗はこっちを狙ってくる。

だからどうすればいい。ここにとどまり迎撃するか。こちらから打って出るのか。それとも逃げるのか。

椛という存在は俺たちの尻に火をつけた。うかうかはしてられない。

男「今後のことについて後で話がある。勇儀さん、白蓮さんを呼んでおいてくれないか?」

レミリア「任せなさい。美味しい紅茶とケーキを用意しておくわ。ちゃんと坊主に合わせて肉は使ってないから安心しなさい」

そう言ってレミリアはパチリと大きな瞳を片方閉じ、こちらに向かってウィンクをした。

492ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:50:54 ID:qyaudjHc
にとり「椛にできること、椛にできること、あぁ、なんだろうなぁ!」

にとりの部屋の前に立つとそんな台詞な中から聞こえてきた。

どうやら先ほどはたてから受けた言葉を模索しているらしい。

中ではドタバタと歩き回る足音も聞こえる。

まったく、怪我人がいるんだから静かにしてやれよ。

ガラガラとにとりの部屋の引き戸を開けると―――

にとり「ひゅいっ!?」

不意を突かれたにとりがぴょんと1メートル近く飛び上がった。

にとり「あいたぁっ」

そのままうまく着地ができず尻を床に強かに打ち付け、悶絶している

その様子がコミカルで俺は思わず噴き出した。

にとり「め、盟友。部屋に入る前にはノックを今度からしてほしいよ」

493ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:56:28 ID:qyaudjHc
男「椛の様子はどうだ?」

にとり「あ、椛ならぐっすり」

椛「寝てないよ」

布団に横になった椛が鬱陶しそうな表情を浮かべこっちを見ていた。

椛「にとりがうるさくて、眠れない」

にとり「ひゃぁっ。ごめんよ椛!!」

にとりが土下座のように床に手をつき、ごつんごつんとその額を床にぶつけながら頭を下げる

椛「………そちらは?」

男「人間だけど敵じゃない。安心してくれ」

にとり「男って言うんだ。悪い奴ではないと思うよ!」

そこははっきりと言い切ってくれ。あって間もないから無理はないとはいえ。

案の定椛がこっちを警戒した様子で伺っている。

何か俺が下手な行動でもとればすぐさまにでも飛び掛かってきそうなほどだ。

俺は警戒を解くべく両手を上にあげてみたが効果はなく、視線がさらに鋭利になるのみだった。

494ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:57:08 ID:qyaudjHc
椛「その男が、私になにか用でしょうか」

男「ちょっと話を聞きたくて」

椛「………逃げました立場ですが私も天狗です。仲間を売る様な真似はできませんよ」

その仲間から受けた仕打ちを考えれば復讐に燃えてもいいだろうに、椛はそう言うと口を固く閉ざした。

男「そうじゃない。ただ君も俺たちの一員になるんだから話を聞きたかっただけだ」

にとり「うんうん。今日からは椛も私たちの盟友だからね」

椛「………」

まだ警戒を解かず椛はこっちを頭の上からつま先までじっくりと観察をする。

どうみても中肉中背の一般的な人間。

普通過ぎて逆に怪しく見えるだろうが本当に無害な人間だ。

495ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/04(火) 16:57:39 ID:qyaudjHc
男「好きなもの、嫌いなもの、なにがよくて、なにがいけないと思うか」

にとり「盟友。口説き文句かい?」

男「違う。俺は人が嫌がることをできるだけ強要したくない。君はレミリアの、勇儀さんの、白蓮さんの、どの管轄とも違う。君を知っているのは君の友人だけ」

男「教えてほしい。君はどうしたい?」

そう聞くと椛はこっちをじっと睨むと小さな声でこう言った。

椛「………殺して、ほしい」

496ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/05(水) 15:29:55 ID:T8th2oiY
それ以上はなにも言わず椛は布団に包まりこちらに背を向ける。

聞き間違えじゃないかと思った。

いや、聞き間違えと願った。

だけどわなわなと震えるにとりの顔を見る限りどうやらそうはならなかったらしい。

にとり「ど、どうしてそんなこというのさ。椛。ねぇ! 椛!!」

にとりの言葉に答えず、その言葉から逃げるように椛はさらに布団の中に潜り込んだ。

男「………本当に、死にたいのか?」

にとり「そんなわけないじゃんか! きっと、なにか」

椛「はい。死にたいと思っています」

やっと帰ってきた言葉。その言葉はさっきの言葉をさらに肯定するものだった。

途中で遮られたにとりはぱくぱくと口を動かすがうめき声しか出ていない。

わなわなと肩を震わせ、にとりはぺたりと座り込んで嗚咽を上げて涙を流した。

にとり「もみじっ、もみじぃ、なんで、なんでそんなこと言うのさぁ」

泣きながら問いかける言葉に返事はない。その代わり丸まった布団が小さく震えていた。

497ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/05(水) 15:59:52 ID:T8th2oiY
男「にとり、椛にもわけがあるんだ」

にとり「わけ!? わけがわかんないよっ。死にたいなんて、思うことってあるのかい!?」

普通はない。

自分自身の命を軽々しく、意味もなく捨てる奴なんていない。

それは妖怪でも人間でも変わらない。

なら椛はなぜ死にたがっているのか。

それはたぶん

男「椛。ここにいる奴らはお前を差し出してまで生き延びようとはしないと思うぞ」

布団がひときわ大きく震える。

どうやら当たりらしい。

先ほど白衣男が言っていたこと。

椛を匿っているから妖怪の山の連中はきっと椛を取り返しに来る。

人間だけではない。妖怪の山まで明確に敵に回るということ。

そのことに椛は気づいていた。

498ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/05(水) 16:17:14 ID:T8th2oiY
男「椛を殺すくらいなら妖怪の山と全面的に戦争をする。まだ決まったわけじゃないが、絶対にレミリアも勇儀も白蓮もそう言うはずだ」

長い付き合いではないが、椛を見捨てるなんて考えを持つような人はいないはずだ。

にとり「そ、そうだよ! 椛を守るために私だって、戦うよ!!」

そう声を張り上げるにとりだったが最後には声が上ずって震えている。

だけど椛を助けるためににとりだって声を上げたんだ。

男「もちろん俺だってそう思っている。助けれるのなら誰だって助けたい」

男「だから、本当のことを聞かせてくれないか」

男「椛は、何がしたいんだ?」

椛「………っ、ひっく」

布団の中からか細いしゃくりが聞こえる。しゃくりを上げながら椛は

椛「たす、たすけ、たすけて、っ」

助けを求める声をあげたんだ。

499ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/05(水) 16:55:07 ID:T8th2oiY
男「そんな風に椛は言っていた」

この場に集まったのはレミリア、白蓮さん、勇儀、そして射命丸。

今、椛が思っていることを伝えると同様に眉をひそめた。

レミリア「この私が気を使われるとはな」

勇儀「この私が庇われるとはね」

白蓮「この私が救われるとは」

三者三葉にして同様の思い。

レミリアは不愉快そうに口を一文字に結び

勇儀は怒りに震えて

白蓮さんは悔しそうに唇を噛みしめ

文「本当に、椛がそんなことを、言っていたのですか」

男「布団に包まり、怯えながら、殺してくれと」

男「わかるか。みんなのために死のうとしながらもその勇気がもてないから殺してくれと懇願する椛の声色がどれだけ震えを隠していたか」

男「生きたいという欲望を隠した椛の声を」

強気に、強気に言葉を投げつける。みんなの心へ届けとばかりに。

500ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/05(水) 17:00:13 ID:T8th2oiY
きっとこの3人は椛のことを受け入れるはずだ。

見捨てるという選択肢はないはずだ。

だが三者とも立場がある。

軽々しく皆の運命を左右することを口にはできない。

どう救う。どう椛を救う。

どうやって椛を救うのか。

その言葉を誘い出すために挑発する。

レミリアをこき下ろし

勇儀を卑下し

白蓮さんに失望する。

三人だけに責任を負わせないために俺は必要以上に三人をなじる。

俺のせいになれ。

501以下、名無しが深夜にお送りします:2018/12/08(土) 01:13:35 ID:m0C82V0M
おお
来てた

502以下、名無しが深夜にお送りします:2018/12/10(月) 02:27:34 ID:05wJ8e2Y
ほんと好き待ってた

503ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/12(水) 14:59:54 ID:7BpEuGGg
勇儀「おい」

男「………なんでしょうか」

俺の挑発を勇儀さんが一睨みで遮る。

しかし遮られるわけにはいかない。挑発は効いている。

いくら凄まれようとも言葉を零れさせるまでは止まるわけにはいかない。

男「いくら凄んでも現実は変わらないでしょう。今は」

勇儀「おい、人間」

勇儀がとんと床を人差し指で叩く。

コツンと音がしたかと思えば

勇儀「人間」

いつの間にかその人差し指は俺の額に当てられていた。

男「―――っ」

当てられただけ。されど鬼ならここからたやすく

指一本で命を奪える。

その指を額にねじ込み、前頭骨をへし割り、前頭葉をかき回せば俺はぴくりと痙攣しすぐに息絶えることだろう。

504ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/12(水) 15:00:44 ID:7BpEuGGg
男「し、失望しましたよ。お、鬼がこんな」

勇儀「私を見誤るなよ人間。私たちを見誤るなよ。なぁ、人間」

静かに、静かに勇儀が俺の額を軽く小突く。

とんとん、とんとん。

勇儀の人差し指が本当に軽く俺の額を小突く。

小突かれるたびに舌の根が乾いていくのがわかった。

男「俺を殺したら、次は椛か? どうするんだ」

回らぬ舌で絶えず挑発を紡ぐ。ちらりと見たが三人も黙って俺を見ていた。

当たり前だが助け船なんかでる様子もない。

勇儀「人間」

バチンッ

縄が切れるような音がした。体がもんどりうって床に後頭部が叩きつけられる。

痛みは後から来た。

じんわりと徐々に徐々に際限なく強くなっていく痛み。思わず目じりに涙が浮かんだ。

そうなっても三人は微動だにしなかった。

505ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/12(水) 15:01:15 ID:7BpEuGGg
勇儀「前提を間違えてるんだ人間」

勇儀「お前が何をしたいかはわかってる。だがな、だがな人間」

勇儀「その結論は私たちにとっての前提なんだ。そしてだ」

勇儀「烏一群れから犬っころ守ることなんて大した問題じゃないんだよ。あたしにとってはな。だから今日話すべきことは、どう椛を救うかだ。わかるか人間。どう、椛を救うかなんだよ人間」

勇儀が口の中で同じ言葉を繰り返す。椛をどう救うか。その言葉は俺の思いと同じ。

だけどその先を行っていた。

力では心は救えない。

勇儀はそれを指していたんだ。

救うという言葉は椛ただ一人にのみ宛てられたものだった。

506ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/12(水) 15:02:25 ID:7BpEuGGg
レミリア「はぁ、こう舐められると立腹を通り越して笑えて来るわね。人間に心配された鬼と吸血鬼だなんて。これで落語でも一席演じてみる?」

レミリアが今だ痛みから立ち直れず倒れっぱなしの俺の横までとてとてと近寄ってくる。

そして俺に手を差し伸べると。

レミリア「えい」

俺の額を人差し指で弾いた。

再度後頭部を勢いよく床に叩きつけられる。

この勢いで叩きつけられてよく床は壊れないものだとなぜか関心をしてしまう。

たぶん俺の頭蓋骨はとっくに砕けているのではないだろうかという不安も。

レミリア「あなたは近くで私たちを見すぎなのよ。それでは見えなくなるものだっていっぱいあるわ」

そう言ってレミリアはもだえ苦しむ俺を愉快そうにじっと見た。

その上から白蓮さんが顔を出す。

痛みに苦しむ俺に手を差し出すと

白蓮「………」

無言で俺の頭を人差し指で弾いた。

507ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/12(水) 15:15:16 ID:7BpEuGGg
三度目である。

もう何も言うことはない。

白蓮「あなたの考えは存じています。ですがしかし、私たちから責任を取り上げるその所業は誠に咬牙切歯に値する」

おそらくは怒っているのだろう。いつもの慈愛の表情はなく、無表情で俺を見下ろしている。

もちろん怒らせるために並びたてた文句だからそうなることは当然だ。

この痛みは甘んじて受けよう。

そして残った射命丸は

文「え、えぇっと私も参加したほうがいいのでしょうか」

おろおろとこっちを見ていた。

やめてほしい。

508ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2018/12/12(水) 15:44:18 ID:7BpEuGGg
俺が痛みから立ち直った後、正式な話し合いとなる。

椛をどう救うか。

それは変わらないが、中身は大きく変わっている。

俺はもう口を挟むことはできない。ただ三人の言い争いを聞いているだけで。

勇儀「椛は私たちが貰っていく。椛は天狗なんが。鬼の私が面倒見るのが当然ってもんだろ。なぁ、文」

文「あ、あぁィェ」

レミリア「異議あり。カリスマたる求心力を持つもの。つまり私が相応しいわ。理由? ふふん、私を見ればわかるでしょう。ねぇ、天狗」

文「あァ、はィ」

白蓮「救心力とあらば私ではないでしょうか。仏の道を志すもの。あなた方の誰よりも救いを探し、求道してきたこの身。ここは譲れません。貴方もそうは思いませんか。射命丸さん」

文「アィェェ」

なぜか三人は射命丸を囲み互いに自分が最も椛にふさわしいとアピールをする。

矢継ぎ早に投げかけられる同意の声に答えれず言葉を濁す射命丸がこちらをなんどもちらちらと振り返り助けを求めている。

だが俺もあの空間に入り込もうとは思わない。

ようするにあの三人は俺が想像していたよりもずっと

お人よしなのだ。

509以下、名無しが深夜にお送りします:2018/12/12(水) 19:37:49 ID:bkJjwAbk
これで椛も救われそうでよかったよかった

510以下、名無しが深夜にお送りします:2019/01/31(木) 20:28:11 ID:5DIp2pNg
まだかな

511ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/02/22(金) 15:39:05 ID:ecO47fUQ
しばらくの討論の後、その弁絶の最中にいた射命丸の顔色は真っ青になっていた。どうやら精も根も尽き果てたらしい。

巻き込まれなくてよかったと心の中で息を吐きながら射命丸に手を合わせる。

レミリア「頭まで筋肉でできてるような連中ってのはやっぱり話し合いってものができないみたいね。これ以上あんたたちに使う舌も言葉もありゃしないわ。そもそも地底で引きこもってた根暗と若作りだけが得意なババアに話し合いを求めた私がアホだったみたい。心から謝るわ。ごめんあそばせ。さて、それじゃあ」

文「ひゅいっ!?」

レミリアがバンと床を叩いて立ち上がる。そして腕を回しながら二人に向かって指を突きつけた。

レミリア「実力行使しかないわね!」

男「ちょっ―――」

突然の勝負宣言。手が早い連中が多いとはわかっていたけれど、長たるものがそれじゃあいけないだろう! というか爆心地にいる確実に射命丸が逝く。そして多分俺も。

止めるために駆け寄ろうとした時だった。

脚が動かない。関節がなくなってしまったかのように言うことを聞かない。

男「―――そうか。これが」

殺気か。

512ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/02/22(金) 16:05:21 ID:ecO47fUQ
本能が下す命令。感情に逆らい保身を優先する機能。意識の外にある先祖代々脈々と受け継がれた生存本能。

それが俺の足を止めていた。

今すぐ後ろに飛んで逃げ出したい。肺の空気を吐いてめいいっぱい叫びたい。

それをしなかったのは俺自身が成長した証拠だと思いたい。

かと言って進めるほど成長できてない俺は静観するしかなく

勇儀「たまには蝙蝠風情も良いこというじゃあないかい。そっちのほうが私としては好みだよ。実に単純で簡単。わかりやすいってことは、良いことだね」

怒気を抑えながら勇儀が立ち上がる。その際に生じた音はレミリアの比ではなかった。ずずんと山が滑る様な振動。ぴしりと床をひび割れさせながら勇儀がなんでもないような表情を装ってはいるが、空気を弾けさせるような怒気がこっちに伝わっている。これはどんな鈍感で平和ボケした人間にも伝わるほどに明確。危険の代表であると自信をもって言える。

白蓮「本来であればこういう方法を好みはしないのですが。それを望まれるのなら是非もなしですね。曰く仏も時にはこういう手段をとったと言いますし。はい、それでは―――――いざ、南無三」

勇儀とは対照的に静かにわがままに強請る子供を相手するような感じで立ち上がった白蓮さん。しかし見えている。額に浮かんだ青筋が俺には見えている。

きっと他の人がいなければ今すぐにでも殴り掛かっているだろう。

最後に立っていたものが勝者。ラストワンスタンディング。

文明社会ではおそらく取らないであろう解決方法。最終手段的な小規模な闘争状態。古来曰くこれが自然状態と言ったらしいが、二足歩行をして服を着た者がとるべき方法ではない。

だってたかが椛をだれが世話するかだけの話し合いなのだから。先ほどあれだけ啖呵を切った俺だけど、これに比べたら椛なんてたかがだ! 負けた者が死ぬわけでも、勝ったものが巨万の富を得るわけでもないのに!

513ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/02/22(金) 16:07:47 ID:ecO47fUQ
レミリア「いいねぇ。大好きだよ」

レミリアが肉食獣染みた笑みを浮かべる。

それが合図となったのか三者が同時に動いた。

射命丸「ちょ、ちょっと待ってください皆さん! ここに私が―――」

早口でそうまくし立てるものの三人の耳には届かない。

射命丸「やめ―――」

射命丸が両腕で自分の頭を抱くようにして縮こまった直後

―――世界が瞬いて消えた。

514ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/02/22(金) 16:16:29 ID:ecO47fUQ
文「はっ!」

射命丸は目を覚ました。そして自分の体が無事であることを確かめ、ひどく長い息を吐いた。

文「あやや。もしやあれは夢だったのでしょうか」

男「残念ながら現実だ」

文「えぇ!?」

そこで射命丸が気付く。自分の他に並んで横になっている三人の姿を。

レミリア・スカーレット

星熊 勇儀

聖 白蓮

幻想郷に名だたる強者に並んで横たわっていたことに射命丸は恐れおののいていた。

俺もあの間に挟まって平心して眠れるかというと絶対にお断り願いたい。

文「うわぁ………すごいことになってますね。これ」

そんな状況で迷わず寝ている三人を写真でとるところを見るに見上げたジャーナリスト精神、いやそんな高尚なもんじゃないな。パパラッチ精神あるいは野次馬根性か。

515ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/02/22(金) 16:20:49 ID:ecO47fUQ
三人の勝敗は完全に引き分け。

ノーガードで全身全霊をかけた一発を互いの右頬に見舞い、重なるようにして倒れた。結果頬をぱんぱんに膨らませて苦悶の表情を浮かべたまま気絶している。

文「えーっと、つまり椛はどうなるんです?」

男「さぁ………」

とりあえずわかっているのはこの長い長い話し合いがまったくの無駄に終わったということだけだ。

文「どうしましょう。この三人」

男「咲夜とパルスィとナズーリンに頼んで連れて帰ってもらうしかない」

文「はぁ………しかしこんな時にこんな様で。なんというか言っちゃいけませんけど」

男「……危機感とか緊張感とか皆無だよな。大丈夫なんかな」

文「ですよねぇ………。悔しいですがあなたと同じ気持ちですよ。やれやれ、それじゃあ三人を呼んできますかね」

重圧からようやく解放された射命丸は文字通り羽を伸ばしながら背伸びをした。そしてかかんと二度下駄の歯で床を打ち鳴らすと。

目にもとまらぬ速さで部屋から飛び出していった。

516以下、名無しが深夜にお送りします:2019/03/02(土) 23:26:47 ID:rLwuJW6M
痛そう

517ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/07(木) 16:35:15 ID:4x0lXMyE
〜俯瞰視点〜

その言葉は彼にとっては疑問でしかなかった。

裏切者の犬走 椛を所詮弱者と烏天狗が罵るその言葉が。

疑問を覚えつつも、他者に投げかけることができなかったのはひとえに彼がまだ百年も生きていない若さゆえ。

しかし、その疑問を抱くこと自体若さゆえと言える。なぜなら天狗社会は典型的な封建社会であり、自分より下のものは道具でしかない。ゆえに貶すことはあれど褒めることはない。

百年も生きればその社会構造は骨の髄、羽の一本まで染みつくことになるだろう。そう染まらなかったのは姫海棠はたてなどのほんのごく一部のみだ。その性根だけは鬼の怪力をもってしてもどうしようもなかった。

「……………」

まだねじ曲がっていない彼にとっては椛の存在は一言でいうなら憧れと尊敬であった。

子供らしい憧憬から彼は椛に尋ねたことがある。

「なぜそんなに強いのに」

と。

その言葉の先に続く文句を見抜いた椛は少し驚いた顔で居心地悪そうに頬をさすっていた。

白狼天狗でありながら烏天狗を指揮し、向かうとこ敵無しの連戦連勝。彼女の元で動く天狗の命が失われなかったのは決して烏天狗が優れているからだけではない。

しかしいくら勝利に貢献したところで彼女は白狼天狗でしかない。褒められることなく、陰口だけを叩かれる日々に、そういうものだと納得をしていながらも心は緩やかに摩耗していた。

518ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/07(木) 16:46:20 ID:4x0lXMyE
そんな彼女をこの若き天狗だけは英雄として見ていた。仲の良い二人の烏天狗と違う視線。

父親を見上げるような視線を受けて椛は戸惑うしかなかった。

そしてその言葉に答えを返せない自分が不甲斐なくてたまらなかった。

その椛の気持ちに気付くはずなく英雄のもとで戦える自分を誇らしいとさえ思っていた彼に突き付けられた現実がこれだった。

別に深い関係になれたわけではない。結局椛の本心を知れなかった関係でしかない。

それでも彼はどこかでこの結末を当然と感じていた。

また誰かが椛を詰る。

ならその椛に守られていたのはいったい誰なのだろうか。

そう問えば烏天狗の高すぎるプライドを傷つけることは容易いだろう。だけど解決にはならない。自分の溜まった鬱憤が少しばかり晴らされるだけで。

消え去ってなお、裏切られてなお、彼の心には椛へのあこがれが募っていく。他の天狗の軽蔑とともに。

もう他の天狗の言葉が耳障りな鳴き声としか聞こえなかった。

519ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/08(金) 08:46:31 ID:qOdTnLdw
しかしかといって天狗の山から自分も抜け出すほど無謀な若さも持っていなかった。

いくら嫌であろうとも、ここで生まれ、ここで育ったからにはここを裏切る気にはなれない。

それに加え自分がいなければここに椛の味方をできるものは一人もいなくなってしまうとも思っていた。

「………」

彼はいい加減椛を嬲って喜ぶような輩に囲まれているのが耐え切れなくなり部屋から出た。

彼の行動に注目するものはおらず、木製の扉を開けても誰も彼に話しかけることはない。

外では渦巻くような風が体を削るようにして吹いている。ごぉごぉと唸り声をあげる風が生を帯びているかのように暴れ狂っている。

妖怪の山の中腹に位置するこの場所は岩壁に貼り付けるようにして作られた天狗の哨戒所だ。翼を持っていなければたどり着けず、翼を持っていたとしても風に阻まれ辿り着くことは容易いことではない。

天狗の種族としての優秀さを示すが同時に自尊を一面に塗りたくったようでもある。そのため他の妖怪から天狗のゆりかごなどと揶揄されているがそのことを天狗達は知らない。

このような場所をいくつも天狗は築いているからこそ、この広大な妖怪の山を総べる事が可能であり、鬼なき今、どこで何が起きてもすぐに駆けつけることができる、妖怪の山の秩序を守る一端を担っていた。天狗を頂点とした秩序ではあるが。

「………これから、これからどうすれば」

彼以外誰もが思いに至らなかった結論。

犬走 椛なき今、誰がこの天狗の集団を指揮するというのか。そしてそいつは椛ほど優秀であるのか。

おそらく今までのようにはいかないだろう。今までプライドの高い鴉天狗達が椛の指揮を受けていたのは下等な存在である白狼天狗に頼まれれば動いても別に構わない。もしくは道具である白狼天狗を自分たちが上手く使っているんだという意思からであり、悪態をつきながらも優越感だけは失ってはいなかった。

520ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/08(金) 09:00:11 ID:qOdTnLdw
しかし今は状況が違う。悪いことにここにいる鴉天狗はほぼ同じ階級で統一されており、この中から新たに指揮する者を選んでも諍いとなるだけであり、そうなれば統率は容易く崩壊し、烏合の衆となりえる。

これは椛が統率をしやすくするための計略の一つだったが、今となってはそれが完全に裏目にでていた。

「どうせ今日はもう、なにもないよな」

文句を言えるだけ言った後はおそらく酒でも飲んでどんちゃん騒ぎとなるのは天狗達にとっていつもの事だった。彼も酒を呑むことは嫌いではなかったがそういう気分になれる今ではない。

長い鼻を二回さすると彼は宙へ体を投げ出した。

風の隙間を見極め、そこをかき分け山を下り落ちていく。その方向は椛が逃げたとされる旧地底の方向であった。

できるだけ唾棄すべき味方から離れ、賞賛すべき敵となった椛の元へ近づきたいという無意識下での動き。

疾く、疾く。

それだけは彼が同世代の天狗と比べて明確に優れていると言える点だった。すぐに妖怪の山の裾野までたどり着く。

境界を越えれば規律違反となる。椛の脱走から妖怪の山の警備は厚くなっている今、脱走を成功させるなどなど百に一の確率すら考えられない。

からんころんと下駄歯の先だけを境界線より向こうに投げ出して座る事だけが精一杯の抵抗であった。

「はぁ…」

天を仰ぐと冬の曇天とした色が広がる。あの過労でくすんだ白髪に少し色が似ていると彼は思った。せめて花の一輪でも渡しておけばよかっただろうか。そう考えながら彼は横になる。

目を閉じればありし日の思い出が浮かんでは消えていく。その泡沫の中彼は微睡みへ落ちていき

そんな最中に仲間であった天狗が一人残らず死んでいっているなど想像していなかった。

521ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/08(金) 09:32:53 ID:qOdTnLdw
〜男視点〜

困ったことがある。

こうも大きくなりすぎては動きにくいということだ。

もちろん予想はしていたけれども。

男「どうすればいいと思う?」

白衣男「なぜ俺に聞くんだ」

男「協力してくれるって言ったから」

白衣男「確かに言ったが…」

すっかり居座っている白衣男の家。椛もいるし他にいる場所もあんまりないしここにいることを許してくれてもいいんじゃないか?

白衣男「とりあえずは紅魔館の奴らを救えただけでも良しとすべきではないのか?」

男「そうだけど、この戦争が解決するわけでもないしな」

問題はこれからだ。命蓮寺、紅魔館は助けれた。地底はさとりたちはいなくなったけれどそれでも大半は助けれた。

はず。

これから一体どうなるのか。妖怪の山と確執を作り、人間達と戦い。

白衣男「とりあえず整理するか」

522ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/08(金) 09:43:24 ID:qOdTnLdw
白衣男が紙に鉛筆で色々と書きなぐっている。

男「なるほどなるほど」

三つの大きな円といくつかの小さな円。

大きな円にはそれぞれに人間の里、妖怪の山、妖怪連合(仮)と書いてあった。

小さな円には永遠亭、野良妖怪、西行寺、博麗神社と書いてある。

白衣男「規模で分けるとこんなもんだ。博麗神社に関しては小さい円で書いていいのかとも思うが」

男「色々と面倒な状況になってるな」

白衣男「大きくなるってのはそういうことだからな」

確かに。もうここは幻想郷の一大勢力となっている。他の集団を脅かすぐらいには。

白衣男「問題はこの小さな円がどこに組するかだな」

男「博麗神社はこっちだろう?」

白衣男「博麗の巫女は誰の味方でもない。ただこの異変を鎮めるただ一点のみのイレギュラーだ」

敵となりえないのがありがたいことだがなと白衣男は小さくつぶやいていた。

少数でありながら実力的にはこの三つの円に肉薄しているといっても過言ではないのが博麗神社の連中。たしかに敵に周らないというだけでもありがたいことだ。

でも魔理沙くらいは、味方であってほしいなぁとわがままな考えを抱く。

523ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/08(金) 09:53:35 ID:qOdTnLdw
白衣男「このまま争いを続けても消耗するだけで、確実な勝利を得るには難しい」

白衣男「玉砕覚悟で全員がいけば勝てはするだろうがな」

その後の事を考えるとそれを選択肢としておきたくはない。

勝ったから終わり。ではないのだ。

白衣男「それに妖怪の山が漁夫の利を得て終わりだ。幻想郷がな」

男「じゃあこの中で味方にするべきなのはどこなんだ?」

白衣男「それは俺に聞かれてもわからん、永遠亭か西行寺じゃないのか」

白衣男「野良妖怪とまとめたが集団ではないしなぁ」

かたやあの世かたや中立。

ゆえに動かないパワーバランス。

白衣男「博麗神社を取り込むのではなく博麗神社に組するのならとも思ったが」

男「駄目なのか?」

白衣男「そうするにはこっちが大きすぎる。無理だ」

男「駄目なのか」

524ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/08(金) 09:58:16 ID:qOdTnLdw
それが一番の最善だと思ったけれど。

どうやら未来を知っていても今この状況がほぼ限界らしい。

ならこれからどう動くかだ。

結局はそれしかない。

そのためにも今寝込んでいる三人をどうにかしなければ。

ただ、その三人の意見も纏まらないし………。

男「うーん」

白衣男「話はそう急ではないだろう。少し気を楽にしてみたらどうだ。温泉でも入ってな」

男「いや、そうする気分には慣れない」

いくらその方が良いと言われても気楽になれるほど精神にゆとりを持っていない。

明日が見えるのなら気楽になれるのだろうけれど俺が見たのは明日だったものでしかない。

白衣男「なら酒でも飲むか。なに今度はちゃんとした奴だ」

男「いや酒も」

ガラガラガラ

木戸を滑らせる音がした。射命丸が戻ってきたのだろうかと思い振り向くと

525ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/08(金) 10:07:52 ID:qOdTnLdw
ウィル「見つけた」

ウィルヘルミナが立っていた。

ウィル「………」

白衣男「入らないのか?」

ウィル「招かれなければ入れない。お母様が言っていた」

白衣男「はぁ。どうぞ」

許可をもらいウィルヘルミナがようやく敷居を跨いで中に入ってくる。

一体なんのようだろうか。見たところ咲夜も吸血鬼もいない。従者一人従えずなぜここに?

白衣男「すまないが未成年にだせるものは水かお茶くらいしか」

ウィル「お前に用はない。私が探していたのはお前だ」

そういってウィルヘルミナは俺を指差した。

そして突きつけた指をぐるぐる回しながら俺の顔をじっと見て首をかしげる。

なんだかよくわからないが失礼な奴だなぁと思っていると

ウィル「お前は誰だ」

いきなりわけがわからないことを言われた。

526以下、名無しが深夜にお送りします:2019/03/10(日) 13:53:57 ID:o7JEWgyE
期待

527ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/10(日) 17:47:22 ID:re.p.fs6
男「………ここは」

男(前に一度ロウェナさんと来たことがある)

男(ロウェナさんが生まれた、場所)

男「…誰か、呼んでる気がする」

1.ロウェナさんの所へ向かう

2.塔の中に入る

>>481

528ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/10(日) 17:49:43 ID:re.p.fs6
うあ、ミスです…

529ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/10(日) 17:54:27 ID:re.p.fs6
お前は誰だと言われてもご存じのとおりただの人間でしかない。

それはウィルヘルミナもわかっているだろうに。

その質問の意図が分からず俺は戸惑いながら聞き返した。

男「誰だ、と言うと?」

ウィル「お前は誰なんだ」

再び強く指を突きつけられる。

困ったことに話は何も進展しなかった。

男「誰かというと男です。としか名乗れないんだが。他には外から来た人間です、とか」

ウィル「違う、お前は人間じゃない」

はい?

俺は生まれも育ちも人間だ。木の股から生まれたわけじゃあない。

白衣男の方を見ると白衣男も戸惑いながら俺を見ていた。

男「俺は、人間だぞ。生まれた記憶も育った記憶もある」

ウィル「いいや。お前なんか人間じゃない」

なんて悪口染みたセリフ。

530ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/10(日) 18:03:47 ID:re.p.fs6
人間じゃねぇなんて言われるほど極悪非道なことをした覚えもない。

どちらかというと正義の味方に憧れているというのに。

ウィル「お前はおかしい、おかしいんだ」

男「おかしいって、なにがだ」

ウィル「わからない。だけどお前の運命だけぼやけてる」

ウィル「たとえるならお前のセリフだけ墨塗りされているようだ」

白衣男「………どういうことだ」

ウィルヘルミナの否定に対して口を挟んだのは俺ではなく白衣男が先だった。

ウィル「私はウィルヘルミナ・スカーレット。運命を破壊する吸血鬼」

ウィル「お母様ほどではないけど運命を見ることはできる。なのに、なのにお前だけは私でもわからない」

ウィル「お前は私達の見てる未来にはいないのに、いる」

531ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/10(日) 18:06:37 ID:re.p.fs6
白衣男「こいつは人間だ。妖怪じゃないことは確かだし、身体能力も平の平。その他の特徴も全て人間だ」

ウィル「お前は博麗の巫女も人間と思うのか?」

白衣男「…それは、彼女は人間だろう。いくら博麗の巫女とはいえ、人間には違いない」

ウィル「それは意見の相違だ。人間の埒外にいて人間だからと人間など詭弁でしかない」

白衣男「こいつもその埒外にいると?」

ウィル「その通りだ」

ウィルヘルミナが大きく頷く。

俺の人間らしくないところと言えば一度やり直していることだけだ。

それだけは他の人間、妖怪を越えていると言える。だけどそれは俺の力じゃない。

漫画に出てくるスーパーヒーローになんてなれてやしないってことは俺が一番知っている。

白衣男「仮にこいつがそうだとして、だからどうしたと言うんだ」

ウィル「そうだな」

ウィルヘルミナが人差し指を自分の頬にあて、3回突きながら首をかしげる。

ウィル「面白いなと思った」

532以下、名無しが深夜にお送りします:2019/03/11(月) 15:25:16 ID:Ue3VTQ8Q
責めるわけでも詰問するわけでもない言葉。

ウィルヘルミナは少しだけ目を見開いて俺のつま先から頭のてっぺんまでをじろじろと眺めた。

男「そうみられると、居心地が悪いんだが」

ウィル「うん、面白い。面白いなお前」

なにが合点いったのかは知らないが大きく頷いている。

その思考回路に取り残された俺たち二人はそろってお互いの顔を見合わせた。

ウィル「なんか変だお前、変な奴だ」

ウィル「私と同じくらい、変だ」

吸血鬼の娘ほど変とはいったい誉め言葉に値するのだろうか。

白衣男「こいつのことを観察するのも良いがそこで突っ立ってられると他の奴が入れない。適当なところに座ってくれないか」

ウィル「ん。わかった」

てくてくとこちらに近づいてきて、俺の真横に座る。

再び大きな赤い瞳でねめつけるようにして観察が始まる。

その姿かたちは可愛らしいのだがひしひしと感じるのは威圧感。撫でるようにしても人を殺害することができるのだから、緊張してしまうのは仕方ない。

ここにいる奴らの大半はそうなんだけれども。

533ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/11(月) 17:40:33 ID:Ue3VTQ8Q
いくら穴があきそうなほど見ても俺は人間であるからして面白い情報をお届けすることはできない。なのに何が面白いのかウィルヘルミナはしばらく飽きもせずに俺の顔を眺めていた。

白衣男「妖怪に好かれるフェロモンでもでているのか?」

男「それはそっちのほうだろう」

射命丸を嫁にして、その他にも身の回りを女妖怪で囲んでいるその姿。お前こそ妖怪を魅了するフェロモンでもだしているんじゃなかろうか。

それに俺はそれほど妖怪に好かれていない。前のぬえくらいだ。

白衣男「やれやれ、俺はにとりと椛の様子でも見てくるか」

男「店はどうするんだ」

白衣男「こんな時に客なんてこないさ。もし来たらその時は適当にやってくれ」

そんな無責任な言葉を残して白衣男が消える。残ったのは俺とウィルヘルミナだけ。

前の世界でも一緒ではあったがそれでも親しかったわけではない。

それに差し伸べられた手を振り払った引け目がある。

だから正直、苦手だ。

534ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 11:22:50 ID:Xx8jVFHk
ウィル「正義の味方と名乗っていたが」

親の者よりは大きな手のひらでぺたぺたと無遠慮に俺の頬を触ってくる。

ウィル「未来が見えると言っていたが」

その手はどんどんと上に登っていき、人差し指が左目の前にまでやってきた。

瞼を閉じるとその上から軽く抑えられる。

ウィル「この瞳は何を見てきたのか。教えてくれないか」

男「………すまないが、教えられそうにない」

あんなことを知っているのは俺だけでいい。さとりには知られてしまったが。

これでウィルヘルミナを拒絶するのは二回目だ。

ウィルヘルミナはどこか寂しそうに「そうか」と小さく呟いて俺から手を引いた。

535ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 11:29:18 ID:Xx8jVFHk
ウィル「私は………」

ウィル『「………ウィルは、無力なのか?」』

男「っ!」

かつて聞いたその言葉が、再び俺に投げかけられる。

拒絶しろ、拒絶しろ。ウィルヘルミナを拒絶しろ。

それがレミリアの願いだ。それがフランドールの願いだ。それが咲夜の願いだ。それがあの吸血鬼の願いだ。

拒絶しろ。拒絶しろ―――!

男「ウィルヘルミナは―――無力なんかじゃないよ」

ウィル「!」

やってしまった。理性より感情が勝る。俺はウィルの両肩を掴んで励ましてしまった。

ウィルが嬉しそうにほほ笑む。

ウィル「そうか。お前は私のことを嫌っていると、思っていたが」

ウィル「ありがとう。ウィルを慰めてくれて」

笑うな。笑わないでくれ。俺に向かって微笑まないでくれ。

幾度となく体験した自己嫌悪。また俺は自分が嫌いになってしまう。

536ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 11:41:48 ID:Xx8jVFHk
これは正義じゃない。これは正しい行動ではないのに、流されてしまった。

優しいだけの八方美人。自分が気持ちよくなりたいだけだ。

ウィル「……私は、何かしてしまったのか?」

男「いや、違う。ウィルのせいじゃないよ」

ウィル「すごい、つらそうな顔をしている」

どうやら顔に出ていたらしい。左手の甲で顔を拭い笑顔を作る。

こんなにも笑顔というものは重かっただろうか。頬が限界を迎えたようにぴくぴく震える。表情筋が衰えてしまったかのようだ。

ウィル「誰か呼んでくるか」

男「いい。ちょっと疲れてるだけだから」

ウィル「私にできることはなにかあるか」

男「大丈夫、大丈夫だから」

あァ、白蓮さん、星さん。なんで俺はこうも心が弱いのでしょうか。

また、『博麗 霊夢』が遠ざかってしまう。

537ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 12:50:07 ID:Xx8jVFHk
「愛娘の涙が落ちる音がしたぞおい!」

ウィル「っ!? お、お母様。どうしたのその顔」

レミリアがいきなり店の扉を開け放ち現れた。あまりにもものすごい勢いだったので何度も扉は開けたり閉まったりを繰り返す。

これでも壊れないのだからさすが地底の建物だ。

レミリアはその頬に湿布薬を貼っており、さっきの壮絶なスリーノックアウトは吸血鬼の再生力をもってしてもいまだひくことはないらしい。

レミ「名誉の負傷だ」

何が名誉かはわからないが、レミリアがそういうのならそういうことにしておこう。

さっきの光景を改めてウィルに伝える必要はないしな。

ウィル「あとお母様。私は泣いていないぞ」

レミ「なにぃ? 私も歳かな」

見た目幼女でそのようなことを言われてもジョークとしか思えない。

それに涙が落ちる音なんて聞こえないだろうし。

ということは実際は別の用事があったと思うのが当然だが。

538ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 12:56:19 ID:Xx8jVFHk
男「それで、何の用だ」

レミ「だから愛娘の悲しむ声が」

ウィル「私そんな声あげてないぞ」

さっきと言っていることが変わっている。ますます怪しい。さては

男「………椛?」

レミ「ぎくぅ!」

男「まさか抜け駆けを?」

レミ「ぎくぎくぅ!」

面白いほどにわかりやすく仰け反るレミリア。傍若無人なところもあるかと思えば冷静沈着なところもあるかと思えば大人びたところもあるかと思えば人情家なところもあるかと思えば次はコミカルなところを見せる。

こういうところに惹かれるのだろうか。

レミ「そ、そんなわけないじゃない! この私が抜け駆けなんか」

そう語る目は右往左往どころか跳ねまわっている。これが正常で平常だというのならそれはそれで怖い。二人してレミリアをじっと見つめているとレミリアは地団駄を踏んで大声を上げた。

レミ「そうだよ! 話し合いがだめなら後は行動だ! 私は椛を救って助けてやろうと思ったんだよ! なのに、ちっ、まさかお前がいるとはな」

まるで人が大悪人であるかのように睨みつけられる。なんというかその眼には迫力がない。さっきのウィルヘルミナのほうがよっぽど迫力があった。

539ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 13:10:30 ID:Xx8jVFHk
男「ぷっ、はは、あははっ」

レミ「なに笑ってるのよ」

その様子が心底おかしくて俺はおもわず噴出してしまった。いきなり笑い出したことが変に映ったらしくレミリアはちょっと引いていた。

なんかレミリアがカリスマって言われている理由がわかった気がする。

きっと本人の意識の外でも人を救うことができるような運命の元にいるんだろうな。

レミリアの登場で幾分か気は楽になった。考えすぎるのと背負いこみすぎるのは俺の悪い癖だ。星さんにもそう言われた。

レミ「なんだかよくわかんないけど、止めるつもりなら、押しとおるわよ!」

長い爪をこちらにむけ威嚇のようなポーズをとる。もしレミリアが押しとおるというのなら止められる者は幻想郷にそうはいないのだろう。なら

男「止めるつもりはないし、俺じゃあ止められないよ」

レミ「あらそう? なら話が早くていいわ♪」

レミリアならまぁいいかとも思いレミリアを通す。もともと椛に会わせるかどうかなんて俺の一存で決めれることではないんだ。

ウィル「お母様。私も行く」

スキップして二階へ上がるレミリアにウィルが続いていった。

1人になった俺はふっと息を吐くと机につっぷする。すると遠くからだだだだと震えるような音がしていることに気付いた。

これは―――

540ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 13:41:43 ID:Xx8jVFHk
バンッ

デジャヴュを感じさせる音。その音はもちろん店の扉を開け放った音だが違ったのは駆け込んできたのは二人だった。

勇儀「レミリアのバカはどこにいった!」

白蓮「抜け駆けは誠に許しがたき事。魔が差したなどと言い訳はさせません」

………これは怖い。

俺は無言で二階へと続く階段を指さすと二人は飛ぶようにして登って行った。

直後に聞こえる大きな物音と悲鳴。

これで椛に恐怖が植え付けらえなければいいが。

541ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 15:56:50 ID:Xx8jVFHk
〜俯瞰視点〜

妖夢はいなかった。

いつの間にかいなくなっていた。

いつからいなくなったのかはわからない。

まるで幽霊のようにあやふやな存在としては頭の中に残っている。

記憶をたどってみても数年前の妖夢は思い出せるのに近日の妖夢は思い出せない。

一昨日食べた朝食の思い出に妖夢がいたような気もする。

いなかったような気もする。

幽々子はそう感じながらも妖夢を探そうとはしなかった。

幽々子「もうすぐ、春ねぇ」

縁側で咲くことのない桜を見ながらお茶を嗜んでいる。お茶請けは買いに行くものもおらず、買いに行ける状況でもないのでただお茶だけをひたすら楽しんでいた。

下で何が起きているのかは把握している。死者の数が増えればそれだけ幽霊が生まれるのであり、幽霊を管理する者としては把握せざるをおえないからだ。

仕事と食事とお茶を繰り返すだけの生活。独り言に返してくれる従者も友も今はいない。

そんな状況でも西行寺 幽々子は不干渉主義を貫いていた。

542ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 16:24:18 ID:Xx8jVFHk
幽々子「春が来たら、何をしようかしらぁ」

幽々子の頭の中は食事と飲酒のみで構成されているといっても過言ではない。

ただしそれは平常時であって、ちゃんとしたときはちゃんと主らしく振舞うことは可能だ。

見た目は少女であっても死後は長く、白玉楼を任されるほどには切れ者。しかしそう評価するものはとても少ない。

幽々子を知るものなら口をそろえて幽々子のことを危険であると認識しているのに、危険であると把握できない独特の存在感ゆえに幽々子は評価されない。

普段の言動や行為がそれに拍車をかけているともいえるが真面目にやったところで生来から持っている気質はどうしようもない。

幽々子「お花見、したいわねぇ。博麗神社は予約制だったかしら」

うーんと頭を捻る姿も演技ではなく素である。のんきとも言えるその言葉は生者とは違う死生観から来ていた。

幽々子にとっては生死の概念はそれほど重要なことではない。だからたとえ知り合いが死んだとしてもおそらく「あらまぁ」の一言で済ませることだろう。

誰よりも生死に近く、生死を知り尽くした視点から見える答えは生も死も結局氷が蒸発して気体になる程度の形態変化でしかないということだった。

見えなくてもある。見えたらなおさらある。見えないといっても見える人には見えるし、見せれるものなら見せれる。

言葉が通じて思いが通じるのなら心臓が動いているのかどうかなどは些細なことでしかなかった。

幽々子「やっぱり、お茶請けが欲しいわねぇ」

お茶を啜る動きは止まらず、おもむろながらも着々と大量に用意したお茶を消費していく。

一体どこへ消えるのか。それは当人以外知りようがなく、当人にとっては気にするようなことではないため誰もその答えを知らない。

543ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/03/12(火) 16:37:28 ID:Xx8jVFHk
このお茶を飲み干せばまた増えていく幽霊を相手にしなければいけないと幽々子は少しだけペースを落とした。

せめて妖夢がいれば暇もつぶれるのにと、従者を暇つぶし目的で焦がれる。

幽々子(勝手にいなくなって、従者失格だわ!)

帰ってきたらどんな嫌味を言ってやろうかと考えることで幽々子は時間を潰す。

結局妖夢がいないということで暇を潰すのだから妖夢がいようがいまいがあまり変わりはないのだがそれを指摘する第二者はいない。

今、幽々子は自分だけの時間を我儘に過ごしていた。

自分だけの世界、独特の時間の流れ、平和とも言えるこの生活は下で起きている悲劇とは無関係。と幽々子は勝手に思っている。この能力をもってして不干渉主義であれば態々蜂の巣に手を伸ばすものもいないだろうと考えていたからだ。

しかしハチの巣であろうとそこに利益なる者があれば手を伸ばす価値はあることを幽々子は念頭に置いていなかった。それには理由があったが幽々子はそれを把握していない。

自分自身にすら関心を持たなくなった幽々子にそれを把握することは叶わなかった。

544以下、名無しが深夜にお送りします:2019/04/09(火) 20:11:12 ID:1XFKJ8Ao
楽しみ

545ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 15:34:36 ID:pEAAwW7A
「優雅だな、亡霊の姫さんよ」

いきなり投げかけられた言葉に幽々子が反応できたのは数瞬遅れてからだった。

始めは妖夢かと思った。にしては声色も口調も違う。

一体誰かと目線をそちらに向けてみると妖夢とは違う白髪の少女がそこにいた。

幽々子「……貴方はここに関係がないでしょう」

妹紅「関係がなくても用はある」

妹紅は懐から赤い模様が描かれた札を取り出すとくしゃりと握りつぶした。

とたんに札は炎へと姿を変え辺りを強く照らす。

幽々子「死なないからと言って、貴方程度が私に勝てるとでも思ったのかしら」

妹紅「赤く燃える炎は人の目を引く。それが暴力的だと知りながらも美しいがゆえに誰しもが目を奪われる」

妹紅「死者もそれは同じ。迎え火、送り火なんてもんがあるくらいだからな」

幽々子「何を―――」

言っているのかという言葉をに胸に走る違和感が止めた。

「虚を突かれた、という気分かな? 亡霊の姫よ」

神子「もちろんこれは冗談だ。大いに笑ってくれて構わないよ」

546ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 15:50:54 ID:pEAAwW7A
胸を突いて飛び出ている刃に輝いているのは七星。

豊聡耳 神子が背後から幽々子の胸を突き刺していた。

幽々子「そう、そういう―――っ!」

刃が逆袈裟に切り上げられる。胸から右肩を裂く痛みに幽々子は唇を噛んで悲鳴をこらえた。

神子「さすがに幽霊十匹分とまではいかないが、破邪の七星剣。それを聖人である私が使っているんだ」

神子「幽霊と言えども、効くだろう?」

立ち上がり応戦する気力はない。

幽霊とは魂の、心そのものである。

約束も誓いもなにもない、ただ残酷なだけの平穏に侵された幽々子の体は弱っていた。

戦って何になるのか。

このまま残って何になるのか。

後ろ向きな感情が傷口から漏れ出す。

妹紅「抵抗はしないのか?」

幽々子「えぇ………だけど、願わくば、桜の華の下で消えたいわ。私の最後を弔ってくれるのならば」

547ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 16:30:45 ID:pEAAwW7A
妹紅「だとよ。どうする?」

神子「為政者たるもの、善であれと言う。民ではないが、最後の願いを聞くこと―――」

神子「聞く………?」

神子の表情が崩れた。

空っぽの亡霊に欲はない。

だからこそ神子は油断しており、余裕を持ち幽々子を処理しようとしていた。

西行寺 幽々子に欲はない。つい先ほどまではそうだった。

神子「引け! 引くぞ!!」

妹紅「は? 一体―――うわっ、なんだこれ」

幽々子の傷口から漏れ出すのは淡い光を伴った蝶。

生と死の狭間に美しく輝くは―――反魂蝶。

548ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 16:33:20 ID:pEAAwW7A
神子「―――――知っていたのか!!」

幽々子「聞いたの―――全部」

神子「それをしてなんになる! 復讐や悪あがきでも―――」

『妖夢―――また会いましょうね』

幽々子「あの子は帰ってくるの。だから」

幽々子「だからこれが、私の最後の言葉よ」

549ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 16:46:00 ID:pEAAwW7A









   




                                            身のうさを 思ひしらでや やみなまし
               
                  

                                                     そむくならひの なき世なりせば

550ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 16:47:03 ID:pEAAwW7A














桜が咲いた

551ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 16:50:27 ID:pEAAwW7A














身のうさを 思ひしらでや やみなまし

         そむくならひの なき世なりせば

552ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 16:52:40 ID:pEAAwW7A














桜が咲いた

553ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/05(水) 17:09:31 ID:pEAAwW7A
〜男視点〜

椛は犠牲になったのだ。

守護欲という欲に。

あの後誰に守られたいかと三人に問い詰められた椛は青い顔をして逃げ出そうにも逃げ出せず泡を吹いた。

結果その様子を見ていたみとりによって三人は椛に接触禁止令がだされ、事態は収まった。

のだが

パチェ「レミィはちょっと考えが足らないところがあるわ。弱者の気持ちが分からないなら強者ではあっても上に立つことは」

レミ「はい、はい、すいません」

パル「鬼が鬼らしくってのはわかるけど、今はこういうことやっていい状況かどうかわからないのかしら。同じ鬼でも萃香の方がもっと思慮深いわよ」

勇儀「ぐぅ」

ナズ「恥ずかしいと思わないのかい。私は見たくなかったよ。自らの欲に溺れた貴方の姿を」

白蓮「反省してます…」

三人が正座して怒られているという実に珍しい光景が今目の前で繰り広げられている。

この三人に相談を持ちかけたのは間違えだったのかもしれない。

554ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 10:00:20 ID:hQcRw0Tw
椛ははたての腕の中で震えてるし、ごめんよ椛。

しかしこの様子ではまとまりがなさすぎる。これから行動していかなければならないと言うのに一体どうなるというのだろう。

ナズ「君も君だ!!」

男「えぇ!? 俺!?」

いきなり話が飛び火した。

ナズ「男なら口に出したことは守ってみたまえ。椛を守ると誓ったのであれば」

それはちょっと人間には無茶な話―――いや、霊夢ならそうするな。

男「ごめん。言い訳ができない」

男「全部、俺のせいだ。ごめん、椛」

椛「! い、いえ。私のため、だと、知っています、から」

ナズ「………殊勝なことだよ。分かってる無茶を言っているということは」

ナズ「ただ君の言葉が動かす出物事は大きい。これだけは理解しておいてくれ」

男「…身に染みたよ。これで」

俺の周りには力を持つ者が多い。それらを頼れば大きなことだって起こせるだろう。

そう、大きなことだって起こせてしまうってことを俺は注意しなければならない。

555ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 10:06:14 ID:hQcRw0Tw
皆が力を貸してくれるのならば、俺はできるかもしれない。

この異変を収めることが。

霊夢ばかりに頼るのではない。俺たちの力でこの異変を

椛「っ!!」

はたて「椛? どうしたの?」

椛が瞳を抑えていた。

その体の震えの種類が異なる。怯えではなく、より深い恐怖に。

カチカチと歯を鳴らす音が聞こえる。まるで凍えているかのような椛をはたては強く抱きしめた。

一体何が起きたのか。その疑問を解いたのは椛ではなく

文「みなさん! 大変ですっ!!」

文「妖怪の山の天狗が! 椛を取り返しに来ました!!」

―――下駄の歯が折れるほどの速度で駆け込んできた射命丸だった。

556ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 15:30:34 ID:hQcRw0Tw
勇儀「思ったより早いね」

男「迎え撃とう! 椛を渡すわけにはいかない」

結界が吹き飛んでいてよかった。もしなかったら防戦一方だったから。

鴉天狗は油断ならない相手だけれど、それでも椛を渡すわけにはいかない。

約束を反故にしたりはできない。

男「はたてさん。みとりさん。椛をよろしく頼みます」

はたて「もちろんっ」

みとり「………ん」

椛を二人に任せる。鴉天狗を近づかせないことが先決だけどその速度についていけるものは限られている。はたてはもちろんのこと、制限をかけれるみとりなら対処も可能と考えた。

あちらの戦力がどれほどのものかわからない。だけど椛を取り返すために量を送り込んできたりは………いや、プライドの高い天狗の事だ。大軍で来てもおかしくはない。

それに俺たちが妖怪の山に喧嘩を吹っかけたのはこれで二度目なんだ。

557ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 15:37:21 ID:hQcRw0Tw
男「子供と妖怪を旅館に連れて行ってください。そっちは、えっと」

パチェ「私が行くわ。防衛戦は私の本領よ」

レミ「それと美鈴と狼男も連れていきなさい。オフェンスには私とフランが回る」

レミ「あの子ももうそろそろ遊ばせてあげないと発狂しちゃうでしょうからちょうどいいわ」

レミリアとフランドール。紅魔館が誇る最強の戦力。その二人が迎撃に周ってくれるというのなら不安はない。

勇儀「私はここを守るよ。抜かれたときが心配だ」

レミ「精々突っ立っておきなさい。きっと楽ができるわ」

売り言葉に買い言葉。しかし両者はにやりと笑って互いに拳をぶつけ合った。

パル「勇儀がそうするなら私もここに残るわ。橋姫だって防戦は得意なのよ」

けたりと笑うその手にはいつの間にか五寸釘が握られていた。準備は万端のようだ。

男「じゃあ俺は」

ナズ「君は私と一緒に旅館に行くぞ。死なれては困る」

男「……そっか、そうだよな」

たかが俺一人がいたところで足手まといになるだけだ。大人しくナズーリンを一緒に行った方が良い。

558ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 15:53:01 ID:QyS03yrY
ナズ「聖、貴方はどうする?」

白蓮「そうです―――ねっ!」

「ぐぷぁっ」

男「!」

飛び込んできた白狼天狗を白蓮は見向きもせず裏拳で殴り飛ばした。

拳をもろに受けた哀れな天狗は建物からはじき出され受け身もとれぬまま地面を数度跳ねた。

ピクリとも動かない。さすが白蓮さん。

白蓮「もう時間が無いようですから―――いざ、南無三」

アクティブだ。

白蓮さんはにこりと笑って真っ先に駆けだした。人間の脚力ではない速度でぐんぐんとその姿は小さくなっていく。

とたんに天狗達のものと思われる悲鳴が数度木霊した。

559ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 15:57:33 ID:QyS03yrY
レミ「あっ、ずるいわ! 私も行く!!」

ウィル「お母様。私も行く。私だって戦える。私は、無力じゃない」

戦いに赴こうとするレミリアにウィルヘルミナも同行しようとした。そんな娘の提案をレミリアは優しい慈母的な笑みを浮かべて

レミ「そうね。貴方も戦えるわよね。それじゃあ一緒に楽しみましょう」

ウィルに手を差し出した。

ウィル「楽しむっ」

ウィルはその手をぎゅっと掴んで親子仲良く戦地に赴いて行った。

流石吸血鬼。闘争の種族。

傷つき倒れると思っていないのだろうか。それともそれを含めて楽しみと言っているのか。

分からないが何気ない足取りで歩む二人の価値観はおそらく俺には一生かけてもわからないのだろう。

勇儀「早く行きな。椛だけじゃなくて子供達も危ない」

男「地底のほかの妖怪はどうすればいい?」

勇儀「たかだか鴉天狗にやられるような柔な奴はいないよ。放っておきな」

と言うが、皆が勇儀ほど強い訳ではない。もちろん勇儀の方が地底の妖怪と親交が深いのは確かだが。

560ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 16:03:16 ID:QyS03yrY
男「………」

ナズ「また変なこと考えてるんじゃないだろうね」

男「…変な事って?」

ナズ「例えば………地底の妖怪を率いてレミリアたちに加勢しにいくとか」

図星だった。

レミリア配下の妖怪は咲夜たちがいるから統率がとれる。

しかし地底の妖怪には纏めるものがいない。なら何とか協力してもらってと考えてはいたが。

ナズ「はぁ………バカはそうたやすく治らないようだね」

ナズ「白蓮がいないから言うけど。他の奴が死のうが構いはしないと思いたまえ。君がいなければ困る」

男「そんなこと、思えないよ」

できるだけ人間も妖怪も助けたい。甘い考えとは分かっているけど。

ナズ「だろうね。君がそういう奴だと私は知っているだから無理やりでも連れて行くよ」

ナズ「君は子供達を守らないといけない」

男「………そうだな。その通りだ」

正義感に燃えるばかりが正しさじゃない。今俺は俺ができる最善のことをすべきだ。

561ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 16:09:22 ID:QyS03yrY
勇儀が言うように地底の妖怪が強者ばかりと信じよう。

俺は俺の責任を取らなければいけないんだ。

ナズ「まずは子供達を旅館まで連れて行くよ。あと妖精と命蓮寺の妖怪たちも」

男「よし、すぐに」

「人手が必要だろう」

男「あぁ、たすか―――誰だ」

いきなり現れたのは真っ白な全身を覆う装甲を纏った人型。ただその声は

男「白衣男…でいいんだよな」

白衣男「その通り。白衣男改め、白衣男アーマードフォームとでも呼んでもらおうか!」

格好を付けてポーズを決めているが、今緊急事態だぞ?

白衣男「例え明日筋肉痛に苛まれようと! 今大切な誰かを守れるのであれば!!」

文「きゃーっ! 白衣男さんかっこいいです!」

………かっこいいか?

男「まぁ、手は多い方が助かる。手伝ってくれるか」

白衣男「文と俺と装甲娘で戦えそうにない妖怪を連れていく。お前は子供達を守ってやれ」

562ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2019/06/06(木) 16:17:43 ID:QyS03yrY
男「おうっ」

ナズ「待ってくれ。戦力的にこちらが弱すぎる。子供達を守るのであれば」

白衣男「なに、そちらも解決済みだ。そっちの寅丸 星と二ッ岩 マミゾウ、こっちの黒谷 ヤマメに声をかけている」

ナズ「病気持ちは勘弁してほしいね」

白衣男「そういうな。緊急時はあいつの明るさが役に立つ。そしてそう言われると予想したヤマメから伝言を預かっている」

白衣男「『病気の媒介者に言われたくないね』だそうだ」

ナズ「……ムカつくね。まぁいい議論している時間ももうない。急ぐよ」

勇儀「ここは任せな。鬼の四天王が星熊 勇儀の名に懸けてここは守り抜いて見せるさ」

パル「私がいることも忘れないでよね。そりゃあ勇儀ほど強くはないけど………ほんと妬ましいわ、その強さ」

男「ここは任せた!」

白衣男「行くぞ!」

後を任せるには十分。

攻め手も守り手も十分すぎるほど。いくら天狗であろうとも守りきれないわけじゃない。

なのになぜだろう。

不安がぬぐえないのは。

563以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/10(月) 17:51:22 ID:bULsURSk
今度こそ守り切れるのか、楽しみ

564以下、名無しが深夜にお送りします:2019/10/21(月) 18:11:37 ID:QptDoFzY
待ってるの

565以下、名無しが深夜にお送りします:2020/04/12(日) 14:49:40 ID:PhrLSzUg
待機

566以下、名無しが深夜にお送りします:2020/06/07(日) 20:55:17 ID:uR77.dBs
私も待ち続けよう

567以下、名無しが深夜にお送りします:2021/03/16(火) 11:51:15 ID:iRTOsK56
もう…

568以下、名無しが深夜にお送りします:2021/07/15(木) 22:05:30 ID:MVH8uynY
俺は信じて待つぜ

569ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2021/07/17(土) 19:00:13 ID:6RMQK6Sw
数年も放置してしまい申し訳ありません
8月の盆には復帰できると思います。

長い間放置してしまい、言い訳もできず、勝手ではありますがもう一度見ていただけると幸いです

570以下、名無しが深夜にお送りします:2021/07/20(火) 16:34:39 ID:Mpy8HZA2
うおおおおおおおおおお!!!!!!!!
帰ってきてくれましたね旦那ッ!!!
見るに決まってるじゃないですか!!!

571以下、名無しが深夜にお送りします:2021/07/21(水) 05:42:20 ID:T6VtBnf2
待ってた甲斐があった…

572以下、名無しが深夜にお送りします:2021/07/21(水) 18:09:42 ID:4oTjhBWw
まじかよ
定期的に覗いててよかった…

573ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2021/08/13(金) 17:07:01 ID:s01NNbY2
〜俯瞰視点〜

たかが鴉天狗と勇儀は言ったが、それは鬼だから言えることである。

普通の人間や妖怪にとっては鴉天狗ただ一人だけでも恐れるべき相手だ。ゆえに古来より鴉天狗は恐れられてきた。

結界とルールができて久しいが、それ以前もそれ以降も天狗の本質は何一つ変わっていない。一たび飛べば瞬きの間に一里を駆け、戯れに竜巻を起こし、逃げ惑う弱者を見て高笑いすらしてみせる。

まさに生まれ持っての強者。それが集団で襲い掛かってくるのだ。弱いわけがない。

個としての最強が鬼であれば、集団としての最強が天狗。規則と規律と自尊心を持って、意に反するものを蹂躙する暴虐の黒色。

いくら強者が揃う地底であっても、たかが鴉天狗などと言うことはできないのだ。

そう、言うことはできないのだ。

「ぐはッ」

「なんだ、偉そうに宣戦布告するからさぞかし強いのかと思えばこんなものか」

言えない、はずなのだ。

574ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2021/08/13(金) 18:24:38 ID:s01NNbY2
時を少し戻す。

鴉天狗達はここにいるはずのない、小さく幼い体躯を見て戸惑っていた。

幻想郷に新しく現れた紅き幼い紅魔館の主。伏魔殿の奥に潜み、夜を闊歩する王。レミリア・スカーレットだ。爛々と輝く瞳を鴉天狗に向け彼女はさぞ嬉しそうに唇を歪めている。まるでケーキを前にした子供のように。

彼女が紅魔館を捨て、人間達と敵対した事は情報通である天狗はもちろん知っていた。しかしそれはあくまで人間に対してのアクションだ。

決して地底の者を守るためではなかったはずだった。

更に言えば自我主義を極めた彼女が地底を守るようなヒロイズムをみせるはずがなかった。

想定外、予想外。どう思考を張り巡らせても彼女がここにいる理由に思い至らず、どうすればいいのか天狗達は考えあぐねていた。

レミリア「洞窟にぞろぞろとひぃふぅみぃよぉ、あぁとにかくたくさん現れて。まるで蝙蝠のようだわ」

その言葉に鴉天狗達はいきり立った。我々は鴉天狗であり、蝙蝠などという薄汚い存在ではない。

レミリアのその一言は思案に耽った鴉天狗達を容易く今に引き戻す。レミリア・スカーレットがいたとしても大した問題ではない。

そもそも我らは鬼を相手しに来たのだ。たかが500年しか生きていない小娘に何を恐れることがあるか。新参者に我らが臆する理由はない。と鴉天狗は目の前の障害を排除するべく各々武器を構えた。

「夜にしか飛べぬちっぽけな童風情が我らを虚仮にしおって! 前から礼儀を知らぬ木端が偉そうにふんぞり返りおって、気に食わなんだ!」

先頭の鴉天狗が右手に持った葉団扇を振るおうと腕を引いた。見た目はただの団扇でも鴉天狗が持てば大砲や爆弾と同義。木々をなぎ倒し、岩肌を削る嵐がレミリアを襲うであろう。

いくらレミリアが吸血鬼であろうと当たればただでは済まない。

「這いつくばって我らに許しを乞うが良い!」

575ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2021/08/14(土) 22:10:37 ID:h8lyBTUU
レミリア「私を見下すなよ。凡妖が」

一瞬だった。

さっきまで愉快そうに笑っていたレミリアが、眉間に皴を寄せた瞬間、彼女は先頭の鴉天狗の頭上にいた。そしてその動きは急上昇したものではない。

急降下したものだった。

彼女の幼い右手が天狗の頭を掴み固い地面へと叩き付ける。衝撃によって辺りに土煙がごうごうと巻きあがり、その中からけほけほと咳をしながらレミリアが何事もなかったかのように現れた。

レミリア「なんだ、偉そうに戦線布告するからさぞかし強いのかと思えばこんなものか」

レミリア「まったく拍子抜けだよ」

最速たるはずの鴉天狗すら反応できない攻撃。見下していたはずの吸血鬼が頭上から降ってくるとはだれも予想していなかった。誤解を生まないように説明しておくが天狗は最速を名乗るだけあってスピードは他の追随を許さない。

しかしそれは大空での話。翼を広げ羽ばたけるだけの十分な自由を確保しての話である。

対してレミリアの素早さは体全体の動きをもってして生まれるものである。体中のバネを使い、地であれ空であれ矢のように跳ねることができるレミリアはこの場においては天狗以上の機動力を持っていた。

飛び上がり、天井を蹴っての急降下。その攻撃を場所が悪く群れで現れた天狗達は避けることができない。油断の隙を突いたとはいえ、この場においてどちらが有利かは揺るがない。

レミリア「ま、弱いから数に頼るんだな」

レミリア「お前らと違って私はただ一人。王者は常に一人なのよ!」

レミリアが次の獲物を狙って飛び上がる。

そこからは殺戮だった。

576ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2021/08/14(土) 22:32:36 ID:h8lyBTUU
レミリアが天狗から天狗に飛びかかり、その首の骨をへし折る。

暴れまわるレミリアに襲い掛かろうにも狙いをつけるのも難しく、常に他の天狗の傍であったため、攻撃虚しく同士討ちを引き起こしてしまうだけだった。

皮肉なことに天狗のもつ群としての長所が仇となっていた。

「あぁあああぁああっ!!」

強者としてのプライドがへし折れる。天狗達にとっては体の傷よりもそっちの方がよっぽど堪えた。たった一人の小娘に弄ばれたと知れれば他の天狗から受ける仕打ちは想像に難くない。

天狗の社会はあまりにもシンプルで残酷だ。転がり落ちてしまえば待ち受けるのは悲惨な運命のみ。一部の者を除いて強者によるピラミッドが彼らを縛り付けていた。

ならばどうするか。帰れば生き地獄。撤退はない。されどプライドももう無い。

レミリア「おぉぅ!?」

それが良かった。

不退転を決めれば話はシンプルになる。生き延びて生き地獄で泣くぐらいなら、地獄で散ってやる。その決意は翼よりも武器よりも強力だった。

飛びついてきたレミリアの体を天狗が強く抱きしめる。恋愛においての抱擁とは違う、噛みつくような抱擁。

全身全霊を込めた束縛であってもレミリアなら振りほどけなくはない。しかし決して容易くというわけではない。

つまり隙ができる。

命を犠牲にすれば彼女に食らいつくことができる。

群としての脅威が今開花した。

577ぬえ ◆ufIVXIVlPg:2021/08/14(土) 22:46:41 ID:h8lyBTUU
初めてレミリアが墜落した。

鋭い風の刃をその身に受け、血を流しながら、真っ逆さまに地面へと落ちていく。

全身の切り傷から血が流れる。血液を奪って生きる自分から血液を失うのはいつぶりだっただろうか。思い返してみるがすぐには思いつかなかった。全身から流れる血液がレミリアから思考力を奪っていたからだ。

傷は深くないとはいえ、受けた傷の数が多い。深手ではないので幸い命に別状はないだろう。

だから追撃をされても反撃はできる。傷はすぐふさがるだろうし、好みではないが天狗から吸血擦れば回復も容易い。

レミリア(だけど、あぁ、そうよね。調子にのるのが私の悪い癖だったと、知っていたのに、やってしまったわ)

視界の端を駆けていく黒い羽根。

天狗達にとってレミリアを倒す事は絶対条件ではない。自分たちの落とし前さえつけることができれば天狗達の目標は果たされる。

そうなれば死んでいった者たちも無駄死にではない。死して蔑まれることもないだろう。

レミリアを無視して奥へと飛んでいくその数は数えるのが困難なほどであり、舞い散る羽根が黒い豪雨のように降り注ぐ。

レミリア(―――油断さえ、していなければ)

レミリアの体が地面へ叩き付けられた。


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