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Ammo→Re!!のようです

1名も無きAAのようです:2015/02/08(日) 19:35:24 ID:F94asbco0
前スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/13029/1369565073/

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                            配給

【Low Tech Boon】→ttp://lowtechboon.web.fc2.com/ammore/ammore.html

【Boon Bunmaru】→ttp://boonbunmaru.web.fc2.com/rensai/ammore/ammore.htm

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279名も無きAAのようです:2015/06/27(土) 23:59:22 ID:m/DZJGrM0
クリアファイルに入れてあった地図を取り出し、目の前の机の上に広げる。
白黒の地図には蛍光ペンで様々な店がマークされている。
アサピーがこの島に来て間もない頃に手掛けたパンフレット制作で使ったものだが、結局採用はされなかった。

(=゚д゚)「グレート・ベルはここラギ。 おいカメラマン、どこからなら狙撃手を撮影できるラギ?
    言っておくが、野郎は絶対に縁からライフルの銃身や体を出さないラギ」

(-@∀@)「見下ろせる、もしくは同じ目線にまで行かないと撮影できないですね。
      顔を撮るとなると、同じ高さにいないといけません」

(=゚д゚)「それが出来る場所はあるラギか?」

(-@∀@)「周辺には高さのある店はないので、どうしてもここになります」

地図の一点を指で示す。
グレート・ベルから西に進んだ場所にある医療施設。
即ち――

(=゚д゚)「――エラルテ記念病院か」

(-@∀@)「はい。 島のシンボル以上の高さの建物はないんですよ。
      ですが、この病院の屋上は260フィートあります。
      距離で高低差を埋められるので、この屋上から撮影するしかありません」

グレート・ベルの高さは約270フィートある。
島にあるどのホテルや宿泊施設もそれ以上の高さを越えないよう、また、景観を損なわないように厳しい制限がされている。
だが、エラルテ記念病院だけは例外だった。
歴史的に意味のある病院の建築に際して、グレート・ベルの次に高い建物であることが求められた。

結果、十五階建てながらも260フィートという高さを持つに至り、ティンカーベルで二番目に高い建物として今日に至る。

280名も無きAAのようです:2015/06/28(日) 00:02:17 ID:ISmb1SN20
(=゚д゚)「他に手がないなら、それで行くラギ。
    必要な物はあるか?」

(-@∀@)「新聞社にある望遠レンズとリモコン、後は三脚ぐらいですね」

日中とはいえ、望遠での撮影には手振れは依然として敵である。
それを軽減するための道具として三脚、そしてリモコンが必須だ。
この二つがなければ自分の体を使ってカメラを固定する他ない。

(=゚д゚)「三脚は却下ラギ。 高く構えればそれだけ目立つラギ。
    奴ならレンズ越しにお前の頭を撃ち抜ける。
    絶対に見つかったら駄目ラギ」

(-@∀@)「分かりました。 で、動きとしては?」

(=゚д゚)「お前はジュスティアに目をつけられているから、それに見つからないように病院に行くラギ。
    この後すぐにでも出発して屋上で待機するラギ。
    で、俺は昼の鐘に合わせて動くから、奴が顔を出したところを撮れ」

(;-@∀@)「一緒に動かないんですか?」

(=゚д゚)b「一緒に動けば怪しまれるし、目立つだろ。 当然、別行動ラギ。
     ただ、タイミングだけは一緒ラギよ」

肩を叩いて親指を立てたトラギコは、話を続ける。

(=゚д゚)「狙撃手の顔を撮ったらそのフィルムを――」

281名も無きAAのようです:2015/06/28(日) 00:03:29 ID:ISmb1SN20
こうして綿密な打ち合わせと共に時間が過ぎ、朝が近付く。
午前四時半。
お互いの動きと役割を確認し、トラギコは仮眠を、アサピーはエラルテ記念病院へと向かった。
最早、お互いにかけるべき言葉は決まっていた。

――無言による、信頼の確認である。

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水平線の彼方から浮かび上がる紅蓮の太陽が夜空から夏の青空を取り戻し、そして、街へ人へと光を浴びせる。
新たな一日の始まり。
ジュスティアが宣言した事件解決まで、一日と十九時間。
島中に散らばった人間が追うの真実のほとんどが今、グルーバー島に集結し、行動を開始していた。

例えば。
例えば、不穏な感情を秘めた者たちもまた、例外ではない。

(´・ω・`)「……さて、行こうか」

ソファから立ち上がった、道化の如き男。

282名も無きAAのようです:2015/06/28(日) 00:05:05 ID:ISmb1SN20
(´・_ゝ・`)

lw´‐ _‐ノv

それに無言で付き従う、二人の罪人。
いずれも眼光鋭く、されど放つ雰囲気は凪いだ海の如く。
背負うは己が棺桶にして己が力の象徴。

(’e’)「うむ、いい朝日だ。 さ、ジョルジュ君、コーヒーを。
   違いの分かる男のコーヒーだよ、間違えないように」
  _
(#゚∀゚)「だから、俺は手前の召使いじゃねぇんだよ……」

離れた場所に佇む男、二人。
彼らの足元に埋まるのは、屍かそれとも夢の果てか。

川 ゚ -゚)

从'ー'从

言葉を発することなく行動する女が二人。
人の間を風のように抜け、静かに最深部へと歩みを進める。
性別、動機、背景、思想はそれぞれだが共通しているのは所属する組織の目的達成という、大きな夢の実現のため。
大樹が伸ばす枝葉のようにして、彼らは活動の領域を広げていく。

グレート・ベルの鐘が朝日に輝き、黄金の輝きを放った。

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         Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編 第九章 了
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283名も無きAAのようです:2015/06/28(日) 00:06:29 ID:ISmb1SN20
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優れた狙撃手は優れたカメラマンに、優れたカメラマンは優れた狙撃手に成り得る。
故に。
故に我々カメラマンは、意識しなければならない。

最高の構図を。
最高の成果を。

                                 戦場カメラマン ミズーリ・タケダ
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次回、Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編 最終章

284名も無きAAのようです:2015/06/28(日) 00:07:46 ID:ISmb1SN20
これで本日の投下は終了です
支援ありがとうございました

質問、指摘、感想などあれば幸いです

285名も無きAAのようです:2015/06/28(日) 00:44:41 ID:l5SbJETU0


286名も無きAAのようです:2015/06/28(日) 23:56:11 ID:hsynu9Pc0
乙。狙撃手対カメラマンってなんて痺れる展開なんだ…!
はやくも続きに期待

ところで>>237の七行目のマニーはアサピーの間違いです?

287名も無きAAのようです:2015/06/29(月) 18:07:06 ID:MJ3mn4pE0
>>286
 ヽ | | | |/
 三 す 三    /\___/\
 三 ま 三  / / ,、 \ :: \
 三 ぬ 三.  | (●), 、(●)、 |    ヽ | | | |/
 /| | | |ヽ . |  | |ノ(、_, )ヽ| | :: |    三 す 三
        |  | |〃-==‐ヽ| | .::::|    三 ま 三
        \ | | `ニニ´. | |::/    三 ぬ 三
        /`ー‐--‐‐―´´\    /| | | |ヽ

288名も無きAAのようです:2015/07/18(土) 22:54:03 ID:zN4k2tsY0
明日VIPで19時ぐらいに投下します
次でTinker!!編はおしまいです

289名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 07:42:30 ID:KqDLx0mE0
全裸に靴下で正座して待つ

290名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 19:33:58 ID:6KurIn5.0
夜明けの空気はひんやりとして、海の匂いを含んでいた。
風は冷たいが日差しは強く熱く、白い雲は空の高いところを浮かんで速い動きで流れていく。
上空の風が強い証拠だ。
水平線の向こうには大きな入道雲が浮かび、黒雲を伴ったそれが徐々に大きさを増している。

微風程度だった風が次第にその強さを増し、上空でよく冷やされた空気を地上に降ろし、やがて島中に届ける。
ここは“鐘の音街”ティンカーベル。
三つの大きな島と数多くの島からなる街は、漁から帰ってきた漁船や市場の賑わいもなく、静かに朝を迎えていた。
複数の事件が引き起こした異様な光景だった。

雪を被ったクラフト山脈が大地に聳え立つように海上に停泊するのは、世界最大の船上都市“オアシズ”。
そして、島の事件を解決すべく集ったのは海を挟んで隣にある正義の都“ジュスティア”。
今、三つの街の人間が一か所に集い、一つの目的のために死力を尽くしていた。
全ては相互利益のため。

互いの街がいかにして目的を達し、利益を得るのかだけのために協力し合う乾ききった関係。
義理も人情もなく、かといって互いに足を引っ張ることもしない。
ただ、共通した目的の達成だけが彼らを繋いでいた。
情報の提供と捜査の実行、そして必要ならば指揮まで、それぞれが力を出し合っているにも関わらず。

狙うのは最良の結末。
使うのは最短にして最善と信じ切った悪路。
楽な手段では決して事件が終わらないという事に気付かない彼らは、今もこうしている間に無駄な時間を費やしていた。
その努力と呼ぶことすらできない行為が一生実らないとも知らず、自慰の様に生産性のない時間が過ぎてゆく。

――ほんの一握りの人間を除いて。

291名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 19:37:08 ID:6KurIn5.0
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                         / ̄ ̄\
                       /       ヽ       原作【Ammo→Re!!のようです】
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               ‥…━━ August 11th AM 05:21 ━━…‥
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早朝、それも陽が昇ってからの新聞社は静かな物だ。
その頃には配達員が刷り上がった朝刊を配達するために原動機付自転車を使って島中に散らばり、社には事務員と支社長ぐらいしか残らない。
しかし、その日は少し事情が異なった。
まず、朝刊は刷り上がるどころか原稿すらなく、印刷機は稼働を停止していた。

そして事務員はおらず、代わりに彼女の席には赤黒い血が染みついていた。
配達員のほぼ全員も同様に命の一部を床の染みに変え、その体は島の遺体安置所で火葬の時を待っている。
人気のないモーニング・スター新聞社ティンカーベル支社には、一人だけ社員が残っていた。
眼鏡をかけた浅黒い肌の若い男は、社で保管されている大型の望遠レンズを手に入れ、少し早目の朝食を一人で摂っていた。

文字通り大したものではないが、山と積まれた缶コーヒーとチョコレート味のブロック型栄養補助食品の量は尋常ではなかった。
味も種類も滅茶苦茶だが、共通していることは、それらの所有者はこの世にいないという事である。
殺された同僚たちの非常食の在処を知っていた男は、それらを全て自らの机の上に並べ、吐きそうになりながらも全て平らげた。
一種のまじないであり、自分自身に言い聞かせるための儀式だった。

彼らの食事を体内に取り込むという行為は、彼自身に失敗を許させない覚悟を与えた。
アサピー・ポストマンは膨れ上がった腹を撫でつつ、カメラのレンズを交換した。
望遠レンズの重量は三キロもあり、本体よりも遥かに重い。
両手で構えなければレンズが重さで傾き、逆にレンズを持てば本体が安定するほどである。

292名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 19:42:24 ID:6KurIn5.0
振り向くようにして素早く別方向に構えるも、自重のせいでレンズが静止することなく狙った場所から僅かに流れてしまう。
突発的な事態には対処できない。
分かってはいたが、やはり予め撮影位置を定めて待機するのが妥当だろう。
構えたままの状態でズームリングの固さと望遠性能の確認を行い、その圧倒的な望遠性能に舌を巻いた。

この大きさになるとケースは意味を成すどころか役割を果たせず、ネックストラップや大きめの鞄を使う他に運搬の方法はない。
そこで半ば仕方なしに選んだのは登山用のデイパックだった。
カメラ本体を底にして詰め、空いた隙間に予備のフィルムを入れた。
荷物の準備はすぐに終わったが、その後は時間とパズルの問題だった。

エラルテ記念病院の屋上に行くためには病院内を移動し、パスカードによって開閉される屋上の扉を空けなければならない。
患者が飛び降り自殺をしないための配慮であり、医者だけが青空喫煙所を使えるよう設計されているためだ。
パスカードがなければ、屋上に出ることは出来ない。
遊園地の年間パスカードとは違って簡単に入手できるものではないため、アサピーは屋上への侵入方法を考えなければならなかった。

二度の襲撃によって厳戒態勢となった病院周辺だが、侵入手段は必ずある。
要はパスカードさえ使えれば問題ないのだ。
扉さえ開けば、何という事はない。
医者を襲えば手に入れられるが、そのような方法は使いたくもないし使えない。

策はあった。
トラギコ・マウンテンライトから教えてもらったカール・クリンプトンという医師の存在だ。
彼は亡くなっているが、その名前が重要だ。
記者であることを最大限活かすため、彼の名前を使って取材を行い、どうにか屋上まで誘導すればいい。

そのためには、カールと親しかった医者を探すことが重要となる。
一つ危惧しているのが、取材に応じなかったり取材を申し込んだりした瞬間に捕まえられるという事だ。
モーニング・スター新聞社の人間が捕獲されたことを含めると、ジュスティア警察が病院に待機していることは十分に考えられる。
方針が定まったアサピーは荷物を改めて確認し、それを背負った。

293名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 19:44:28 ID:6KurIn5.0
もうこの会社に戻ることはない。
社を離れる前に、最後にもう一度無人の席を見た。

(-@∀@)「……っ」

いないはずの同僚たちがアサピーに手を振っていた。
いないはずの同僚たちの声が聞こえた。
この支社に配属された時からの友が、同期が、上司が。
皆がいつもと同じようにアサピーを見送った、そんな気がした。

当然、それは現実の事ではない。
自然、それは本人の勝手な想像でしかない。
妄想と言い換えてもいい。
それでも、アサピーの気持ちが幾分楽になったのは厳然たる事実である。

――予定時間まで残り、六時間半。

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294名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 19:52:18 ID:6KurIn5.0
アサピー・ポストマンがティンカーベル支社を出た頃、トラギコ・マウンテンライトも仮眠を終え、すでに準備を整えていた。
武器も道具も揃えた以上、残っている準備は予定地点への移動だけだ。
移動してからは、病院の正面から出て狙撃手に狙わせなければならない。
顔をこちらに向けさせた状態でなければ撮影は無駄になる。

無論、自殺をするつもりはない。
みすみす殺されてやるつもりもない。
狙撃手を相手に正面に立つという事が愚行であることは百も承知だし、相手の腕も理解しているつもりだ。
それらを考えに入れた上で、狙撃手と向かい合う。

策はいたってシンプルだ。
鐘の音と共に病院から姿を現し、撃たせる。
そしてアサピーがその様子と共に相手の顔を写真に収め、切り札を手にするという寸法だ。
互いの連携がなければ成功しないが、それ以前に信頼関係がなければ成立しない話でもある。

アサピーが定位置についてカメラを構え、いつでも撮影が出来る状態にあるという事。
トラギコが時間通りに姿を現すという事。
狙撃手がトラギコを見つけ、狙いを定めるという事。
アサピーはトラギコを、トラギコはアサピーを、そして二人は狙撃手を信頼している。

そういった信頼の数々によってこの策は成り立っており、一つでもずれれば破綻につながる。
それはあってはならない。
それでは、トラギコのために死んだカール・クリンプトンが浮かばれない。
愚直なまでの医者として生きた男の命を奪った人間には、死ぬまでに多くの苦しみを与えなければ気が済まない。

あの夜。
トラギコは何故自分が撃たれなかったのか、ずっと疑問だった。
だが、答えは驚くほど簡単な物だった。
狙撃手は単純にトラギコとカールを間違えて撃ったのだ。

295名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 19:54:21 ID:6KurIn5.0
暗闇の中で人影を見つけるためには、暗視装置の存在が欠かせない。
火災現場から逃げる二人を捉えた狙撃手は、どちらがトラギコであるかを判別できなかったのだ。
では狙撃手がカールを撃った理由とは何か、と考えるとトラギコの服装が関係してくる。
炎と煙から身を守るためにカールが貸してくれた白衣だ。

スコープを通じて服装を見た時、狙撃手はトラギコを医者として勘違いし、もう一人をトラギコと認識したのだ。
そして凶弾はカールを捉えた。
つまるところ、トラギコはカールに助けられたのである。
彼が白衣を脱がなければ、撃たれていたのはトラギコだ。

彼は己の職務を果たした。
今度は、トラギコがその職務を果たす順番である。

(=゚д゚)「さぁて、行くか」

ワイシャツのボタンを閉め、ジャケットに袖を通す。
ホルスターに収めるのはベレッタM8000で、装填した弾種は人間に使うためのホローポイント弾だ。
強化外骨格を相手にすることも想定して、予備の弾倉には強装弾が装填されている。
もう一つの武器が入ったアタッシュケースを手にして、振り返ることなく家を出て行った。

建物の間から見上げたスカイブルーの空には雲が浮かび、風に流されてその形を変えていく。
風に夏の匂いを感じつつも、トラギコはそこに雨の気配を嗅ぎ分けた。
一過性の雨によって天気が荒れる前兆だ。
良い兆候とは言えない。

トラギコにとってはいいが、アサピーにとって雨は天敵となる。
狙撃銃とカメラはその作りが似ているが、根本的に使用目的が異なる。
銃は火薬さえ湿らなければ雨の中でも使えるが、カメラにとっては天敵そのものだ。
雨が降る前に決着が付けられればいいのだが。

296名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 19:59:03 ID:6KurIn5.0
グレート・ベルの死角となる建物の影と路地裏を進みながら、病院に入る算段を立てる。
普通に入ろうとしたのでは、その時点で狙撃されてしまう。
チャンスは一度だけしか与えないし、それ以上は与えられる余裕がない。
足を引きずりながら、トラギコは少しずつ人目に付かない場所を目指した。

(=゚д゚)「……やりたかねぇが、やるしかねぇか」

自分に言い聞かせるようにしてつぶやき、トラギコは人気のない路地の一角で立ち止まる。
丁度良く両脇に背の高い建物が建っており、人通りが少ないことから目立ちにくい場所だ。

(=゚д゚)『これが俺の天職だ』

アタッシュケースに収納された棺桶の起動コードを入力し、両腕に機械の籠手を装着する。
そして、足元のマンホールの蓋を力任せに持ち上げ、人一人が下りられるだけずらす。
梯子を使って下水道に降り、蓋を閉めた。
暗闇と悪臭の空間に降り立ったトラギコは、マンホールの小さな穴から漏れた外の明かりを頼りに病院を目指すことにした。

下水道は完全な暗闇というわけではないため、少し経てば目が慣れるだろう。
マンホールを開けるのに使った強化外骨格“ブリッツ”を解除し、ケースに戻す。
壁に手をついて頭の中にある島の地図を参考にしながら、一歩ずつ進み始めた。
脚の傷は痛みが引いてきてはいるが、完治まではまだまだ時間がかかるだろう。

怪我をしてから酷使を続けてきたのだから当然の結果だ。
そうしなければならない状況だったし、そうしなければ自分の気が済まなかった。
座って情報を集めるのではなく、自らの足で情報を集めるのが自分の仕事だ。
だからこそ、トラギコは後悔も反省もしていない。

そのような物は全てが終わって、そして駄目だった時に別の誰かがすればいいことなのだから。

297名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:01:27 ID:6KurIn5.0
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              ‥…━━ August 11th AM 07:07 ━━…‥
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カナリア・ホテルの一室で監視係からの報告を得たライダル・ヅーは、トラギコの生存情報にほっと胸をなでおろした。
同時に、アサピーと合流したという事も分かり、万事が上手く動いていることが確認できたのは重畳だ。
朝食のトーストをコーヒーで胃に流し込み、ヅーも動き出すことにした。
ショボン・パドローネ達が引き起こしたこの事件を解決する鍵は、間違いなくトラギコたちの動きにかかっている。

彼らが何をするのかは分からないが、邪魔をする必要はない。
こちらは彼らがおびき出した結果に対して手を打つだけでいい。
いくつもの思惑が一つの獲物に対して飛び掛かれば、たちまち事故が起こる。
陽動と追撃はトラギコに任せて、こちらはそのサポートに回る。

そのために彼らの行動を逐一監視し、不利益のないように立ち回っているのだ。
毒を制するためには毒を持って挑まなければならない。
気を付けなければならないのは、彼らの行方と動向を把握し、常に援護が出来る状態にある事だ。
トラギコとアサピーはアパートから別々の時間帯に異なる場所に移動したことが分かっており、トラギコの行方は再び不明となった。

298名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:03:26 ID:6KurIn5.0
彼の事は心配しなくても大丈夫だろうが、アサピーの行方が気になるところだ。
二人で一緒に行動する物だと考えていたのだが、二人は逆の行動をとった。
互いに手負いの身でありながら、どうして危険な手を選んだのか。
確かに、トラギコは愚直な男だが馬鹿ではない。

あれほど冷静の事件を見据えて激情的に行動できる男が、単独行動のリスクを考えていないはずがない。
勝算があるのだ。
勝てるという見込みがあるからこそ、危険を天秤にかけても一人で動くことを選択したのだ。
つまり、二人は事件の真実に辿り着いた、もしくはあと一歩のところまで来ているのだろう。

慎重に見極めなければならない。

瓜//-゚)「レッドバロン、部隊を展開します」

(【゚八゚】「了解いたしました。 どのように?」

瓜//-゚)「アサピー・ポストマンの監視係を引き揚げさせ、オアシズに通じる橋の前の検問所に回してください。
     残りはオバドラ島とバンブー島前の橋の警備へ。
     これから何かしらの大きな動きがあるはずです」

まずは人員の分散によって、新たな事件発生の情報をより簡単に共有できるよう動かす。
だがそれは表向きの理由だ。
ヅー率いる捜査チームは警察官だけで構成されており、軍人は一人もいない。
それというのも、あれだけの部隊を投入しておきながら何一つ事態を好転させない軍の動きがどうにも気になり、見張りをつけておきたかったのだ。

クロガネ・タカラ・トミーは有能な男だと見込んでいたが、ショボンが関わった脱走に関する有益な情報は一つも手に入れていないどころか、その共有さえしない。
強いて協力と言えばアサピーの護衛や検問所への人員配置ぐらいなもので、何一つ結果に結びついていない。
バンブー島とオバドラ島に派遣された軍人が与えられた任務は、果たして本当に脱獄犯の捜索だけなのだろうか。
何かを企んでいる。

299名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:06:42 ID:6KurIn5.0
軍を動かし、何かを目論んでいる。
この期に及んで軍の発言力を高めようと考えているのならば、そのような真似をさせてはならない。
それがゆくゆくはトラギコの邪魔になるのだ。
ならば、それを防ぐのが警察の仕事。

警察は組織としてトラギコの援護に徹する。
部下たちにはそのように言ってはいないが、これがヅーの意向だ。
虎に委ねる他ない。

瓜//-゚)「私は別行動をします。 チームの指揮はレッドバロン、貴方に一時的に一任します。
     最優先は事件の解決と島民の安全確保、そしてジュスティアの汚名返上です」

(【゚八゚】ゞ「イエス、マム」

“赤の男爵”スズキ・レッドバロンは敬礼をしてから、部屋を出て行った。
後は彼が上手く管理し、情報を収集してくれるだろう。
別行動を取ると宣言したヅーの目的は、アサピーの監視だ。
本当であればトラギコの監視につくつもりだったのだが、彼の行方が分からなくなってしまったため、アサピーを見張ることでトラギコの動きを理解するしかない。

他の人間に任せてはおけばろくでもない結果になるのは目に見えており、何よりもヅーには責任がある。
最も尊い血が最初に流れるという言葉が示す通り、ヅーは指揮官として前に立ち、全てを見なければならない。
事件の影に潜む数多くの謎をこの目で確かめ、それから――

瓜//-゚)「……それから、か」

それからのことなど、考えてもいなかった。
ただ追いつめ、この手に掴み、そして正義の名のもとに断罪する。
いつもならばそうしていただろう。
普段ならば、これまでと変わらない自分ならば、一秒たりとも迷うことなく断言して実行していただろう。

300名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:10:45 ID:6KurIn5.0
今は違う。
自分自身と身の回りに起きた不可解な動きの意味と真実の行方を見定め、それから動くべきだと感じていた。
この事件は根が深い。
そうでなければ、これほどまでに翻弄されるはずがない。

始まりはオアシズ。
大勢の人間を恐怖に陥れ、海賊を船に招き入れた上に“ゲイツ”が蹂躙された。
使用された武器の数々、そして用意した道具。
ただのテロリストが用意するにはあまりにも高価な物ばかりだ。

経緯はどうあれゲイツが壊滅状態に追いやられた事実は、十分に警戒するに値する。
そしてセカンドロック刑務所を襲い、脱獄の補助をした。
如何に強化外骨格を持っている人間でも、あの刑務所を突破できないはずだった。
改造された棺桶が複数配備され、ジュスティア内でも腕っ節に自信のある人間が選ばれていた。

三人。
僅か三人に襲われ、脱獄は成された。
技量が並外れていて用意した強化外骨格の力も桁外れだった証拠だ。
ヘリコプターを所有している人間がわざわざどうして、ティンカーベルに逃げ込んだのか。

島に逃げれば封鎖され、逃げ道を塞がれると予想できるはずだ。
それに、バッテリーの問題が解決すれば夜闇にまぎれてヘリコプターで逃げればいいのに、それをしない。
逆に島で誰かを追いかけ、殺そうとしている。
これまでに遭遇した犯罪者とは価値観が大いに違う。

大胆にして繊細、そして徹底していながらも柔軟な対応が出来る余裕は、組織力の大きさを物語っている。
ショボンたちは警察を脅威とも感じていない。
そのような相手に対して、正攻法で挑むのは得策ではない。
相手の意識の死角から襲う以外、手立てはない。

301名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:13:05 ID:6KurIn5.0
そこで気付くのが、自分の中からジュスティア警察らしい思考が欠如し始めている事だ。
いつの間にかトラギコと同じ次元で事件に向かい合っている自分の姿に、ヅーは違和感を覚えなくなっていた。
むしろ、事件を解決するために姿勢など気にしている方が愚かなのだとさえ思える。
以前までは違っていた。

正々堂々、正面から犯人を逮捕し、事件を解決することこそが美徳なのだと信じていた。
物心ついた時からそう教えられ、育てられ、尽くしてきたのだ。
正義を疑ったことはなかった。
何故なら正しい物は常に正しくあり続け、それに近づく事は己が誰よりも正しい存在になる事と同義だったからだ。

それが、この数日で一変してしまっている。
正しく振る舞ったところで相手にはまるで相手にされないどころか、逆に手玉に取られる始末。
あと一歩で殺されかけた時、正義は彼女を救わなかった。
救ったのは、正体不明の誰かだった。

あまりにも多くの謎がひしめく事件の中で見つけたのは、本来あるべき姿勢なのかもしれない。
その果てにいたのは、トラギコだった。
彼のやり方は乱暴極まりないが、それでも、“誰かの正義”のために全力で力を注いでいる。
その成果として圧倒的な検挙率と事件の解決率であり、警察上層部の誰よりも現場で貢献している男として一部の人間から多大な支持を得ているのだ。

今ならば分かる。
真実に対して面と向かって喧嘩を売り、あらゆる手段で真実を日の下に引き摺り出す事こそが、警官としてあるべき姿なのだ。
姿勢はさておいて、手段にまで正々堂々を用いるのは自己満足でしかない。
自己満足が結果に結びつくのならばいいが、まず結びつくことはない。

市長には悪いが、円卓十二騎士を動員したところで意味はないだろう。
所詮は看板としての役割しか果たさない。
残り時間までの間に事件を解決する手助けにはならなそうだ。
何より、彼らの指揮権を握っているのは他ならぬタカラなのだから、ヅーの捜査には最初から役立ちはしない。

302名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:19:19 ID:6KurIn5.0
部下が全員ホテルから移動したのを確認し、ヅーはカップの底に残ったコーヒーを啜った。
最後に固まっていた砂糖が一気に口の中に流れ込んできたのを舌で受け止め、唇に付いた砂糖を舐めとった。
意識は固めた。
次はアサピーを追うために動き出す時だ。

彼の動きと目的を考え、道具を揃えてから出発したいところであるが、それが分かれば苦労はしない。
今はアサピーの近くで彼の動きを監視するのが最も効果が得られそうだ。
フレームレスの眼鏡を外して、机の上に置く。
もう、眼鏡は必要ない。

元々視力は悪い方ではなく、眼鏡がなくとも生活に支障はない。
射撃にも影響を及ぼさない程度の視力補正のために眼鏡をかけていたのではなく、全ては体面上の問題だった。
女が警察上層部にいると、どうしても部下の男達からは軽く見られてしまう。
ツー・カレンスキーほどの人間であればそうもならないのだろうが、秘書であるヅーは立場的にも軽んじられやすかった。

全ては自分の努力で得た地位だというのに、それを認める男は少なかった。
対等に話しているようでも下に見られていると感じ、自分自身を少しでも賢く見せるために眼鏡をかけることにした。
効果は僅かだが得られた。
だが、デミタス・エドワードグリーンとの戦闘で顔に負った傷が全てを無駄にした。

男が顔に傷を負えばそれは勲章となるが、女の場合は逆。
非力の表れとして周囲に認識されてしまう。
払拭するためには仇を討ち、汚名を返上する他ない。
これまで己の努力を形にしてきたように、これからもそうする。

例えそれが険しい道であろうと、一向に構わない。

303名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:23:27 ID:6KurIn5.0
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  ト、   l!j  レ'   l!r--――――――-: : ::
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              ‥…━━ August 11th AM08:19 ━━…‥
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スポーツキャップを目深に被り、半袖のパーカーとダボ付いたカーゴパンツでどこにでもいる若者のような格好をしたアサピーは、目立たないよう街中を移動していた。
このまま病院まで徒歩で移動し、どうにかして屋上に到着しなければならない。
最も現実的で安全な手段として浮かんだのは救急車を呼び、怪我人として病院に直行することだ。
しかし手術室から帰ってくるという保証もなく、ましてやエラルテ記念病院に運び込まれるとは限らない。

運び込まれるためには重傷を負う必要があり、ただでさえ怪我をしている体に自ら傷をつける気にはなれなかった。
別の手があるはずだった。
取材を申し込み、屋上に誘導する計画があるのだが、誰に取材を申し込むか、それが問題となっている。
普通、病院に対して取材を申し込むには会社から直接電話なり手紙で依頼が行き、それから返事がもらえる。

個人が大きな施設、もしくは組織に対して取材を申し込んだところで受け入れられる可能性は限りなく引くい。
だから自分を売り出すカメラマン、もしくはフリーのジャーナリストは個人に取材を申し込むのである。
当然そうなると取材相手の名前や素性を知っているのが前提だが、アサピーはエラルテ記念病院で働く人間の名前は一人しか知らなかった。
それも故人の名前であり、この状態を打破するには少し不安がある。

304名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:26:44 ID:6KurIn5.0
カール・クリンプトンという医師がどのような人物だったのか、アサピーは人伝いにしか聞いていない。
ごく一部の情報では彼の知り合いを名乗るには不十分だ。
事前の情報収集がいかに大切なのかは知っていたが、この島は他者に対して非常に閉鎖的な風習がある。
トラギコから聞いたカールの話は彼の人柄の話で、出生につながる物は何もない。

つまり、何も知らないに等しい。
その情報を使い、どれだけ膨らませられるかがアサピーに求められている。
情報の誇張は新聞記者の得意分野だ。
後は、それを効果的に使える対象の存在が必要だ。

彼の友人でも見つけるしかない。
しかし働いている医師、看護師の数は三桁にも及ぶ。
その中からカールと親しかった人間を探し出すのは、僅か数時間では不可能だ。
加えてそれを困難にするのが警備体制に関する情報がないことである。

ジュスティア軍、警察がどれだけの規模で病院に待機しているのか。
出入り口に検問はあるのか、それともないのか。
部外者は完全に立ち入りが禁じられているのか否かなど、情報の欠如はアサピーの思考力を蝕んだ。
病んだ思考は無限の可能性を導き出し、そして独りでに躓く。

街の隅から隅を移動し、病院に少しずつ接近する。
不思議と街中に警官は見当たらない。
あれだけの事、そして昨日のヅーの事件解決のリミット宣言から考えると不自然だ。
どこかに集中させているようだ。

警察も何かの情報を掴んで動いていると考えたい。
変化は何かの兆しでもある。
悪い傾向ではない。
願うのはそれがアサピーにとって不利にならない事ばかりだ。

305名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:29:30 ID:6KurIn5.0
ようやく病院の姿を目の端に捉えたアサピーは、グレート・ベルの射線上に体が出ないように裏口に通じる道に回り込んだ。
予想に反して病院に近づいても警官の姿を見ることはなく、道が封鎖されている雰囲気もない。
人の通りにも滞りや不自然な物はなく、自然な形で時間が流れている。
裏口の門を押し開き、院内へと足を踏み入れた。

ここから先、決して鐘楼の視界の中に入ってはいけない。
入ればそれは狙撃手に目に留まり、警戒心を与えてしまいかねない。
そうすれば撮影する前に銃弾がレンズと本体、そしてフィルムとアサピーの眼底を粉砕するだろう。
リスクは極力減らさなければならない。

植え込みの傍を通り、焼け焦げた隔離病棟の裏を歩く。
特に激しく燃えた壁は炭のように黒焦げになり、地面も同様に焼けていた。
病棟の裏側を伝いながら本棟の非常口に向かう。
途中、朝の散歩を楽しむ患者とすれ違いざまに軽く挨拶をかわしつつ、情報収集を行う。

三人目の患者と挨拶を交わした時、それが思わぬ幸運をもたらした。

(-@∀@)「どうもおじいさん」

(ΞιΞ)「あぁ、おはよう」

ベンチに腰掛けた老人は少し寝ぼけた様子でアサピーを見上げ、ごく自然に挨拶を返した。

(-@∀@)「お医者さんたちがどこにいるかご存じで?」

(ΞιΞ)「そりゃあ病院だから病院の中に決まっているさね」

はっきりとした返答は老人がまだ健康である証だったが、彼の足が片方失われているのを見れば、入院している理由は明白だった。
歩行が困難になった人間は徐々に意識に異常をきたし、やがては健康そのものに影響を及ぼす。
老人が何者であれ、こうして入院しているのは賢明な判断だと言える。

306名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:31:57 ID:6KurIn5.0
(-@∀@)「ありがとうございます。 ところで、カール・クリンプトンというお医者さんをご存知ですか?」

(ΞιΞ)「あぁ、彼はいい医者だったよ…… 例の火事で死んじまったけどなぁ」

(-@∀@)「患者を最後まで見捨てない立派な人だったのに、残念です」

(ΞιΞ)「全くだよ。 あんた、カール先生の知り合いかい?」

(-@∀@)「そんなところです。 もしよければ、彼のお話を訊かせてもらってもよろしいですか?」

(ΞιΞ)「彼は余所の人間なのに、とてもいい人だった。
      ……仲の良かったカンイチ先生も結構落ち込んでいてね」

カンイチ、という名前が出てきた。
掴み所が手に入った。
少しの手がかりでいい。
この手がかりは非常に大きい。

(-@∀@)「カンイチ先生?」

(ΞιΞ)「確か、えーっと…… カンイチ・ショコラ先生だ。
      友達が少なそうな先生なんだが、カール先生とはとても仲が良くていつも一緒にいて話をしていたよ」

(-@∀@)「……今日、カンイチ先生はいらっしゃいますかね?」

フルネームを手に入れることが出来た。
後はカンイチという医師が今日院内にいれば取材の名目で会うことできる。

(ΞιΞ)「あぁ、いるはずだよ。 あの人たちは休みがないからね。
      人の健康気遣うのもいいけど、自分のも気遣ってほしいよ」

307名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:43:02 ID:6KurIn5.0
(-@∀@)「なるほどですね。 では、私はこれで」

軽い会釈をしてその場を立ち去り、アサピーは院内に入り込んだ。
受付の横から入る形となったアサピーは帽子を深くかぶり直し、目の下に薄い隈を作った受付の看護師に話しかけた。

(-@∀@)「すみません、いいですか?」

ノリパ .゚)「はい、何でしょうか?」

女性看護師は疲れを顔に出してはいたが声色には出さなかった。

(-@∀@)「カンイチ・ショコラ先生は今いらっしゃいますか?」

ノリパ .゚)「ご用件は?」

そう来ることは分かっていた。
事前にアポイントもない来客は、必ず用件を伝えなければならない。

(-@∀@)「以前大変お世話になった者で、少しお話をしたくて……」

ノリパ .゚)「お名前をお伺いしても?」

(-@∀@)「アーノルド・ジョッシュです」

ノリパ .゚)「ではこちらに記名を」

簡単な記名帳にサインをして、待合場所のソファに腰かけてカンイチの到着を待つ。
下手に動けば怪しまれるため、逆に堂々とすることが不審がられない秘訣と教えてくれたのは、トラギコだった。
刑事がそういうのならば間違いないと従ったが、その通りだった。
逆に気分が落ち着き、自分が何でもできるような気がするほどだ。

308名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:45:00 ID:6KurIn5.0
だがしかし、それが過信となって自分を窮地に追い込むこともまた、トラギコが教えてくれた。
図に乗らず、普段通りに過ごす。
名乗った通り、説明した役柄に成りきるのだ。

( ''づ)「お待たせしました、アーノルドさん?」

白衣を着た男がアサピーの偽名を口にする。
ソファから立ち上がり、握手を求めて手を伸ばす。
カンイチは一瞬ためらったが、すぐにその手を取ってくれた。

(-@∀@)「カンイチ先生、お世話になりました。
      ……カール・クリンプトン先生のことについて、お話があります」

小声でそう囁くと、カンイチは握った手に力を込めてきた。
情報で得た通り、彼はカールを知っているのだ。

( ''づ)「貴方は、僕の患者ではなかったのですか?」

(-@∀@)「すみません、こうでもしないとお話が出来ないと思ったので。
      できれば人気のない場所で」

少し考えるそぶりを見せ、カンイチは笑顔を浮かべた。

( ''づ)「お断りすると言ったら?」

(-@∀@)「彼の死の真相について、と言ったら?」

深い。
深いため息が、カンイチの口から洩れた。
同時に手に込められた力が抜けていく。

309名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:46:36 ID:6KurIn5.0
( ''づ)「……分かりました、少しだけですよ」

(-@∀@)「屋上あたりの方がいいかと」

誘導に成功した。
これで問題の一つは解決だ。
カンイチが先導して屋上へと向かう。
十五階までエレベーターで移動し、屋上へと続く階段にカンイチが進もうとする。

(-@∀@)「あ、コーヒーを買っても?」

( ''づ)「そうですね、では僕も」

飲み物は話を長引かせるいい道具だ。
自動販売機に銅貨を入れ、大きめの缶コーヒーを二本購入した。
一本をカンイチに手渡す。

(-@∀@)「勿論、おごりますよ」

( ''づ)「これはどうも」

金額の大小にかかわらず、金銭が絡むと多少は人間関係が円滑になる。
これも取材の技の一つだ。
コーヒーを片手に、二人は屋上へと出た。
広い屋上にはベンチや灰皿が置かれて、屋上全体の空きスペースを利用してシーツが干されていた。

姿を隠すにはちょうどいいが、こちらも相手の姿が見づらい。
グレート・ベルを背に出来るベンチに腰掛け、さっそく話を始める。

( ''づ)「それで、カールについて教えてくれるんだろ?」

310名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:50:00 ID:6KurIn5.0
(-@∀@)「はい。 彼が撃たれたのはご存知で?」

( ''づ)「当たり前だろ。 僕が検死をしたんだ」

その声には明らかな怒りが聞いて取れた。
カールと彼が親密な関係にあった証である。

(-@∀@)「彼を殺した犯人を知りたいとは思いませんか?」

( ''づ)「……知ってるのか?」

(-@∀@)「それを暴くために協力をしてもらいたいんです。
      カンイチさん、カールさんが最期に助けた人物は刑事です。
      そして、私はその人物と協力関係にあります。 パズルを組み立てるには、貴方の協力が必要です」

( ''づ)「つまり、何も分かっていないのか」

(-@∀@)「いいえ、場所が分かっているんです。
      いいですか、犯人の場所は分かっているんですよ、カンイチさん。
      後はその犯人の決定的瞬間を撮影すれば、それは揺るがぬ証拠としてこの世界に残ります。
      それがあれば、カールさんを殺した犯人を牢屋にぶち込めるんです」

( ''づ)「君は記者かな? だとしたら覚えておくんだ、僕はスクープに興味はない。
     犯人が牢屋に入ろうが終身刑を食らおうが知った事じゃない。
     知りたいのは、真実なんだよ。 何故カールは殺されたのか、どうして死ななければならなかったのか、それだけだ」

カンイチは自らの欲している物を口にした。
これもまた、一つの取材の技術だった。
相手の欲するものを聞き出し、後はそれを与えてやれば潤滑剤を塗った歯車のように口が動き出してくれる。
かつてのアサピーと同様、カンイチが欲しているのは真実だった。

311名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:53:16 ID:6KurIn5.0
(-@∀@)「彼は、誤って撃たれたのです。 助けようとした患者と間違えて撃たれたんです」

トラギコから事前に訊いていた情報は数少ないが、これは必ず役に立つと聞いていた情報だった。
あくまでもトラギコの推理によるものだったが、アサピーもこの推理には同意した。

( ''づ)「勘違いで殺されたのか、カールは?」

(-@∀@)「言い方は悪いですが、その通りです」

憤りがカンイチの顔に現れ、そして消えた。

( ''づ)「……彼は、いい奴だったんだよ。
     他所から来て、普通なら三か月で辞めるところを三年も続けてたんだ。
     君も知っているだろうけど、この島は余所者を受け入れることはまずない。
     それでも彼は諦めずに、受け入れられようと頑張ってたんだ……」

(-@∀@)「どうか、力を貸してください。
      僕が欲しいのはスクープではありません、貴方と同じ、真実です」

( ''づ)「だが僕に出来る事は少ないぞ?」

(-@∀@)「いえ、とても大切なことがあります。
      僕が真実をカメラに収めるのを手伝ってほしいのです」

ようやく本題に入ることが出来る。
目的が分かれば、後はそれに応じた成果の提供である。
真実を欲している人間が最も欲するのは、真実以外に何もない。
自分が加わり、安全な場所から見届けることの出来る真実こそが、最も喜ばれる。

( ''づ)「具体的には?」

312名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 20:55:49 ID:6KurIn5.0
(-@∀@)「この屋上に人が来るのを止められますか?」

( ''づ)「やろうと思えばね。 でもまたどうして?」

(-@∀@)「ここから犯人を撮影します」

カンイチは信じられない物を見るような目つきをアサピーに向け、無言で説明を求めた。
アサピーは自分が背負っているバッグを指さし、そして望み通りの説明を始めた。

(-@∀@)「犯人はグレート・ベルに潜んでいます。 僕はその犯人を撮影したいんです。
      そのためには他の人間がいない方が、あらゆる面で都合がいい」

( ''づ)「僕は別に特別な権限を持っているわけじゃないから、せいぜい立ち入り禁止の看板を置くぐらいしか出来ないが、それでもいいかい?」

(-@∀@)「えぇ、十分です。 ありがとうございます、ドクター」

( ''づ)「看板を持ってきた後、少しでいいから僕の話に付き合ってもらってもいいかな?」

(-@∀@)「勿論ですよ、ドクター」

( ''づ)「ありがとう…… 彼の事を話す相手が他にいなくてね」

――斯くして、アサピーは予定通りに配置につくことに成功した。
後は時間が来るまでの間、こうしてカンイチの話に付き合い、静かに待つだけである。

313名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:03:56 ID:6KurIn5.0
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下水道を歩くのは初めてではない。
地上にいる誰かに見つけられる心配がないことから、犯人の隠れ家に接近する時などによく用いた手段だ。
悪臭を我慢すること、足元に気を付ける事、道を間違えずに進むこと。
それら全ては経験済みであり、体にしっかりと染み付いている。

足を引きずる音だけが静かで不快な空間に響く。
呼吸を鼻でせず、口でするのが悪臭に耐えるコツだった。
下手に匂いを嗅ごうものなら嘔吐勘に見舞われ、捜査どころではなくなってしまう。
若い頃、一度味わった経験があるが、丸一日何を食べても悪臭しかしなかった。

また、その経験から分かっているのは多くの下水道には人が歩けるように段差が設置され、管理用の備品が置かれた部屋と管理業者が出入りするための小屋に通じる梯子がある。
そして大抵の場合、そのような部屋や梯子、階段の近くには足元を照らすための非常灯が備わっているのだ。
全くの暗闇でもないため、トラギコの目は街灯のない路地裏のように下水道を見ることが出来ていた。
記憶した下水道と街の地図を頼りにエラルテ記念病院を目指す中で、トラギコは自分に起きている変化について考えていた。

314名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:05:24 ID:6KurIn5.0
アサピーが察した通り、トラギコは自分が以前までとは少し違っていることを自覚していた。
それは考え方、価値観の変化ではなく、人間性の変化なのだという事も理解していた。
一つの出会いが人間をここまで変えることは知っていたが、それが自分の身に起きるとは思ってもいなかった。
崖から車ごと落ち、意識を失ってから起きた一連の出来事は、確実にトラギコの中にあった不要な棘を取り払っていた。

自分でも知らず知らずの内に成長していた棘の消失は、トラギコに新しい視野を与えてくれるきっかけとなった。
それが事件の静観という考えを生み出すに至り、そして負傷した体で下水道を進む理由にまで成長した。
恐ろしいことだ。
出会い如きに影響を受け、そして言動にまで現れてしまうとは。

これから先、自分が行う事は命を賭けた博打だ。
アサピーが先か、狙撃手が先か。
トラギコの命を使い、狙撃手の正体を知るための大掛かりな賭場は、そもそも狙撃手が今もまだ鐘楼にいることとアサピーがしくじらないことが前提になっている。
その前提が覆る可能性は十分すぎるほどあり、場合によってはトラギコの賭けは成立しないことも有り得るのである。

特に賭けの要素が大きいのがアサピーだ。
彼のカメラの腕は完全には分からないし、無事に病院の屋上に到着できるかどうかも怪しい。
何せ、彼はショボンたちに命を狙われている身であり、その理由さえも分かっていないため、何も解決していないのだ。
それでも、トラギコはアサピーを信頼していた。

あの男は真実と向き合うだけの心を持っている。
今はまだそれが未成熟なだけで、これから十分成長できる要素を秘めている。
トラギコの知るどの新聞記者よりも使える男だ。
真実に対して貪欲であれば、真実が一面ではなく多面で構成されている物だと分かるはずだ。

それが分かれば、これから先、トラギコにとっていいパートナーに成長してくれるだろう。

(=゚д゚)「……ここだな」

315名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:07:10 ID:6KurIn5.0
やがて、トラギコは一つの梯子の前で立ち止まった。
地図が正しければ、この上にあるのはエラルテ記念病院の裏にあるマンホールに通じている。
マンホールから出た後はトイレあたりに身を隠し、時間まで安全に過ごす。
贅沢を言えば今すぐにでもシャワーを浴びて匂いをどうにかしたいが、そのような幸運に恵まれることはないだろう。

病院から逃げ出し、警察にまで追われているトラギコを匿ってくれる人間など、少なくとも入院患者の中には一人もいない。
せいぜい誰かに見つからないよう、気を付けるしかない。
再びブリッツを両腕に装着し、梯子を上ってマンホールをゆっくりとずらす。
地上の光の眩しさに目を細めながら近くに誰もいないことを確認し、アタッシュケース型のコンテナを先に出してから自分自身も這い出た。

静かにマンホールの蓋を元の位置に戻し、アタッシュケースを拾い上げる。
背の高い植え込みの傍に出たこと、そして病院の裏手に出たことを確かめ、ゆっくりと立ち上がった。
後は病院内に入り込み、時間まで待機すれば――

瓜//-゚)「……おや、これは予想外ですね」

――今まさに病院の影から現れたヅーさえいなければ、万事問題はなかった。
理由は知らないが顔の半分に包帯を巻き、体のどこかを庇うようにして立っている。
痛々しい姿だが、その鶯色の瞳が放つ眼光の鋭さは夏だというのに氷を思わせるほど冷やかである。
生かして遊ばされていた上に行方をくらませたことに文句があるのは間違いないが、今はその小言に付き合うつもりはなかった。

(=゚д゚)「お互いに病院嫌いみたいラギね」

普通の秘書であれば、進んで争いごとの場に残ろうとは思わない。
まして、大怪我を負わされたのであればその場から離れ、安全な場所で指揮を執るのが通常だ。
タフな性格は見かけ倒しではないという事が分かり、彼女に対して抱いていたイメージが少し変わった。

瓜//-゚)「貴方ほどではありませんが、入院などしている場合ではありませんから。
     ここにいるという事は、何か情報を掴んだのですか?」

316名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:11:45 ID:ZbzPYvBw0
支援

317名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:13:24 ID:6KurIn5.0
教えていいものか迷うが、この際、ヅーを利用するのも一つの手だ。
警察たちに邪魔立てされれば、非常に繊細なこの計画が破たんしてしまう。
この場でヅーに対して嘘を吐いてもメリットは皆無だ。
ならばいっそ、説明をして邪魔をしないよう頼んだ方がいくらかは生産的である。

ヅーは頭が固いが、話が分からない人間ではないはずだ。
少なくとも、ショボンの組織について疑い始めているのならば尚更である。

(=゚д゚)「まぁそんなところラギ」

瓜//-゚)「訊いても?」

(=゚д゚)「その前に質問があるラギ。 俺の脚を撃った糞馬鹿野郎の所在は?」

瓜//-゚)「……軍とは現在別行動中です。 彼の動きについては、クロガネ・タカラ・トミーが知っています」

(=゚д゚)「共同捜査じゃなかったのか?」

瓜//-゚)「彼らにその気があればそうなったでしょうが」
     ....
つまり、また仲たがいをしているという事だ。
表面上はジュスティアが掲げる正義のために共同歩調をとっているように見えるが、その裏では、昔から根付いている考え方のためにしばしば衝突が起こっていた。
どうしても軍と警察は男が主体の職場となり、必然的に上官もしくは上司は男であることが多くなる。
そのため、警察の最高責任者が女であることが両者の間のみならず組織内部にも大きな不満を生んでいた。

女が上司であることに苛立つ警官は勿論、指図を受けるだけで激昂する警官もいた。
ジュスティアには昔から、男は正義のために外で働き、女は家庭の正義を守るという風習がある。
現在の市長、フォックス・ジャラン・スリウァヤはその習わしを“古き悪習”と断じ、女性も積極的に軍務や警務に参加するよう促した。
それが大きな変化の始まりでもあった。

318名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:16:18 ID:6KurIn5.0
そして、対立の始まりでもあった。
特に軍の持つ不満は非常に大きく、共同捜査や共同作戦になるとその不満を行動に表すようになった。
結果、簡単に終わるはずの任務が難航したり失敗したりしたことが多々ある。

(=゚д゚)「察したラギ。 じゃあ、初日に俺を撃ったのは間違いなくカラマロス・ロングディスタンスなんだな?」

瓜//-゚)「前にも答えましたが、その通りです。 オアシズで貴方が得た情報を手に入れるためには、多少手荒なことをしない限り無理ですからね。
      トラギコさん、貴方は何を知っているのですか?
      この事件といいオアシズの事件といい、腑に落ちないことだらけです」

どうしてもオアシズの情報が欲しかったのは、以前にもホテルで聞いた。
それを話すのは機会が来てからと考えていたが、どうやら、それは今のようだ。
今ならば、ヅーを最も好ましい形で巻き込むことが出来そうだ。
彼女は真実を欲し、そのためならばジュスティア人らしからぬ決断をしてくれるに違いない。

話を円滑に進めるためにも、人が来ない場所に移った方がいい。

(=゚д゚)「……場所を変えるラギ。
    病院内で安全な場所は?」

瓜//-゚)「なら、隔離病棟の医院長室です。
      誰も入り込むことはありません」

話に乗ってきた。
以前までのヅーであれば絶対に拒否するか、テーザーガンで抵抗力を奪ってからトラギコを連行したはずである。
それがないのは、トラギコの読み通りだという事だろう。

(=゚д゚)「グレート・ベルの死角になるよう移動してほしいラギ」

瓜//-゚)「? 分かりました」

319名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:19:18 ID:6KurIn5.0
ヅーに先導され、トラギコは黒焦げになった隔離病棟へと安全に入ることが出来た。
焼け焦げた匂いがまだ残る院内を歩き、黒い強化外骨格に襲われた院長室に到着した。
燃えカスとなった机の前に立ち、ヅーは腕を組んでトラギコに向き直る。

瓜//-゚)「で、お話を」

準備は整った。
言葉を慎重に選ぶ必要はない。
簡潔かつ直接的な物でいい。

(=゚д゚)「これから俺とアサピー・ポストマンで事件に関わっている人間の一人を写真に収めるラギ。
   いいか、よく聞けよ。 事件を直接解決するのは無理ラギ。
   俺たちじゃあまりにも話がでかすぎる」

直接解決が無理、という言葉を聞いたヅーは僅かに眉を顰める。

瓜//-゚)「話がでかい、の意味は?」

(=゚д゚)「手に余るんだよ、今の状態だと。
    相手はただの犯罪組織じゃねぇ、それは断言できる。
    オアシズの事件と今回の事件は全て関連付いている上に、相手は逃げるついでにこの事件を起こしたラギ。
    分かるか? 通りがてら死刑囚を脱獄させて気まぐれに襲って、ジュスティアがこの有様ラギ。

    それぐらいの余裕があるってことは、それ相応の組織が相手だってことラギ。
    今の状態じゃあそれを崩せねぇ。 だがせめて、その大きさを知っておきたいんだ。
    ……この際だから言うが俺に手を貸せ、ヅー」

トラギコの言葉にヅーは、憐れむような目ではなく、話の本質を真剣に理解しようとする眼差しを向けていた。

320名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:28:54 ID:6KurIn5.0
(=゚д゚)「お前も気付いているだろ?
    ショボンの組織の大きさ、得体の知れなさを」

瓜//-゚)「……えぇ、手がかりすらありません。
     何か掴んだのですか?」

ここでトラギコは、とっておきの情報をヅーに与えることにした。
自分が想像していたよりも遥かに大きな組織の断片。

(=゚д゚)「考古学者のイーディン・S・ジョーンズ、そしてジョルジュ・マグナーニがいたラギ」

世界的な権威であるジョーンズが組織の一員であることは、紛れもない事実だ。
ショボンと相対したシュール・ディンケラッカーの棺桶を発掘、復元してそれを提供したことは、彼の証言から分かっている。

瓜//-゚)「まさか……ジョーンズ博士がショボンの組織にいるとは考えにくいです。
     理由がまるで――」

(=゚д゚)「理由はいいんだよ、納得がいけば。
    棺桶研究の権威がいれば俺たちの知らない棺桶を使っているのもそうだし、それを運用できているのにも納得がいく。
    でなきゃ、セカンドロックは破られなかったラギ。
    今のところお前に話すのはここまでラギ。

    ここから先の情報は、お前が協力するかどうか次第ラギ」

決断の速さは美徳の一つであり、判断の遅さは悪癖の一つである。
その点、ヅーの決断と判断力は一流だった。

瓜//-゚)「分かりました、協力します」

321名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:30:26 ID:6KurIn5.0
判断の裏でヅーが嘘を吐いて情報だけを手に入れようとしているのだとは、とてもではないが考えられない。
短い付き合いだが、彼女はそんなことで嘘を吐くような人間ではない。
彼女もまたジュスティア人であり、警察官なのだ。
大きな真実に対してはその欲求を押さえることは出来ず、小細工を弄する間もなく必ず食らいつく。

勿論、それだけではここまで話はしない。
彼女の実直さ、そして愚かなまでの真面目さを理解し、評価しているからこそ。
今の状態は紛れもなく、彼女の人生にとっての分岐点。
事件の本質を体験した直後は、それまでの価値観が大きく揺らぐ瞬間だからだ。

それは即ち、人間の中にある最も純粋な部分が曝け出される貴重な一瞬という事。

(=゚д゚)「……助かる」

本心から礼を言う。
それからトラギコは、これからの計画について話を始めた。

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322名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:32:09 ID:6KurIn5.0
カンイチ・ショコラとの話は、アサピーの決意をより一層強固なものにするのに十分すぎる材料となった。
彼とカール・クリンプトンの間にあった奇妙な友情と、そのすれ違い。
もう少し時間があり、そのきっかけさえあれば二人は親友になれただろう。

( ''づ)「……すまないね、大分時間を使わせてしまったようだ」

もしもアサピーに時間と機会があれば、この事を記事にして世界中に発信したいぐらいだ。
だが、その力も時間も機会も、今はない。
アサピーは新聞社の一員として働いているというよりも、今はトラギコと共に一つの真実を見るために動いている。
カンイチには大変申し訳ないが、時間をかけて話してもらったカールの物語を後世に残すには、今しばらく時間がかかってしまう。

(-@∀@)「いえ、大変貴重なお話をありがとうございました。
      では、そろそろ準備に取り掛かります」

( ''づ)「詳しくは知らないが、カールの死が無駄にならないようお願いするよ」

(-@∀@)「勿論です。 忙しい中ありがとうございました、ドクター・カンイチ」

カンイチはゆっくりとベンチから立ち上がり、何も言い残すことなくその場を去った。
一人残されたアサピーの耳に届くのはシーツのはためく音と、潮風の音。
そして、自らの心臓の音だけだ。
覚悟を決めたつもりだった。

それでは足りない。
覚悟とは行動が伴わなければ意味をなさない。
動くのだ。
人生で初めて命を賭けた撮影のために、持ち得る全てを使う時が、今なのだ。

323名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:33:54 ID:6KurIn5.0
閉じられた扉の向こうを見て、アサピーもベンチから腰を上げた。
少し屈んでから巨大なレンズが付いたカメラをバックから取り出し、構える。
鐘楼とは反対側の街並みに対してレンズを向け、精度と自らの手振れの程度を把握する。
距離感覚を掴みつつ、力の入れ具合を体に覚え込ませる。

フォーカスリングの固さを確かめ、体に染みついている距離感覚を頼りに焦点を合わせる練習を行う。
オートフォーカス機能のついていないカメラを使用している理由は、対象が移動した際にフォーカスを手動で合わせた方が早い場合があるからだ。
勿論、機械に任せた方が早い場合が多い。
しかし、遠距離ともなれば手動で予め合わせておいて微調整をした方が確実な場合がある。

特に今回は相手の位置が決まっているため、撮影の度に距離を測定するシステムは必要なくなる。
フォーカスを固定する方法もあるが、万が一の際にはやはり手動の方が速度的には勝る。
試しに一枚撮影し、その手応えを記憶する。
焦点が合っているか否かは、感覚的に指先と目が覚えてくれている。

十枚ほど試しにシャッターを切り、指先に感覚を覚え込ませる。
自己評価としては、申し分はない。
そして望遠性能については予想以上に鮮明に映り、グレート・ベルに最も近い距離の建築物に掲げられた看板の文字がはっきりと読み取れた。
この性能ならば、人間の表情や輪郭も申し分ない程度に撮影出来る事だろう。

風の強さが一層増し、頭上を通り過ぎる雲に灰色のそれが混ざりはじめた。
天候が悪化するのは明らかだ。
また、この雲の色と肌に感じるひんやりとした感覚は激しい通り雨を予感させる。
悠長なことはしていられない。

練習を終え、本番に備えてベンチの影からグレート・ベルに向き直る。
そこで問題が発生した。
シーツの数と位置、そしてグレート・ベルとの高低差が構図に大きな影響を与えていた。
レンズ内に鐘の上部しか映らず、その下にいるはずの狙撃手が入り込まない事が分かった。

324名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 21:41:16 ID:6KurIn5.0
すみません、ここから先がNGワードとやらにひっかかったため、問題が解決し次第投下します。
尚、VIPの方には通常通り投下しています。

325名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:27:43 ID:XwtdpWiY0
今よりもわずかに高い場所に上がることが出来れば、とアサピーは焦った。
そこまで深刻にならなかったのは、こうなることは予想の範疇にあったからだ。
こうなった以上、使える手は一手しかない。
脚立以上に目立たず、そして高さを確保できる手段。

それは、屋上に通じる唯一の階段室だ。
十分な高さを持つ階段室を利用すれば、間違いなく今目の前にある問題は解決できる。
それだけでいい。
目の前の問題が全てなのだから。

シーツを一枚掴み、それを頭から被って顎の下で結んだ。
改めてカメラを構え、鐘楼との焦点を合わせておく。
腕時計を見て、後一分弱で正午になる事を確認する。
続いてカメラを腰に回し、痛む体に鞭打って階段室によじ登る。

芋虫じみた動きで登りきると、アサピーはしばらくその場に静止し、安全を確かめた。
伏せた状態では高所にいる被写体を撮影できない。
そこで膝を立て、左腕でレンズの下部を抱くようにして固定して右手を添えた。
呼吸に合わせてカメラが僅かに動く程度で、手振れは殆ど感じられない。

グレート・ベルに向けたレンズを覗いて、今の態勢で生じる手振れの大きさを確認した。
殆ど動いていないのにもかかわらず、中心点は大きく動いている。
呼吸を止めてみると、少しだがそれが和らいだ。
全身でカメラを固定させるようにして、ようやく手振れはなくなった。

次にアサピーはフォーカスリングを動かし、金色の鐘に合わせた焦点を微調整し始めた。
距離的に考えれば、狙撃手はあの鐘とほぼ同じ位置にいるはず。
焦ってはいけない。
今のアサピーは、布と一体となり、地面と一体となり、環境の一つとして溶け込まなければならないのだ。

レンズの向こうには、読み通りに鐘が正面から浮かんでいた。
他に見えるのは、木製の箱とその上に積まれたぼろ布だけだ。
人影などありはしない。
また、銃のシルエットもありはしない。

狙撃手は一度使用した狙撃ポイントを二度使うことはない。
だがアサピーとトラギコは、狙撃手が移動していないと確信していた。
相手は己の技量に過信したからこそ、何度も同じ手段を使っている。
こちらが気付いたと悟られない限り、その場所を変えることはないだろう。

ズームリングを最大まで回し、揺れる像の中から狙撃手らしきものを探す。
ちらりと見やった腕時計の秒針が、残り時間一分を切った事を告げる。
分かっていても焦りが指先に伝わってしまう。
深呼吸をして、精神を統一する。

全ては、この糞を極めた混迷の状況――tinker――を打破するために。

326名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:29:13 ID:XwtdpWiY0
僅かな動きは、監視者が注意を底に向けるのに十分すぎる要因となる。
アサピーは相手の性格上、鐘が鳴る時間の前に動いて標的を探し、鐘の音と同時に狙撃するのだと推測していた。
あと少しすれば、相手は動くはずだ。
狙撃手とカメラマン、忍耐の強さとそれが生み出す優位性はカメラマンの方が上である。

そして。
遂に。
レンズの向こうに。
鐘楼に潜む狙撃手を、捉えた。

(;-@∀@)「見つけたっ……!!」

同時に黒雲が太陽を隠し、ティンカーベル全体が薄暗く陰った。
それでも、影の中に潜む陰を見失いはしない。
手に汗が滲む。
冷や汗が額に浮かぶ。

――いよいよ、真っ向勝負が始まる。

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Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編

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                                       |
                                       ∧
                                      ノ..λ
                                      /…λ
                                         ====、、
                                      |.|IIII|.|l
                                      /∴∴ヾ、
                                         l,i,i,i,i,i,i,i,i,i,iili;,
                                    _|I I I I I I_|;}、
                                            | |γ⌒ヽ| |ll|
                                            | |,.!、,__,ノ.| |ll|
                                            i''i;;:::;;:::;;:::;i'il|'
                                    =========、
                                        | |'i'i'i'i'i'i'i'| |ll|

                   第十章【Ammo for Tinker!!】
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それはぼろ布などではなかった。
高度に計算されて色付けされた迷彩であり、自らの姿とライフルを覆うための防護布であった。
影の中に潜む狙撃手はアサピーの方を向いているが、その目はこちらを捉えられていない。
風の動きに合わせて僅かに身じろぎして体の向きを変え、何かを探しているようだ。

アサピーは焦っていた。
対象が陰った場所にいることは分かっていたが、天候がここまでアサピーの敵となることは計算していなかった。
明るさが圧倒的に足りない。
露光量を調節してしまえばブレに大きな影響が出る。

327名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:29:58 ID:XwtdpWiY0
周囲に明かりが必要だ。
フラッシュを焚いてもこの距離では大した意味はない。
湿った生ぬるい風が雨の気配を知らせる。
天候の更なる悪化の兆候に、ますますアサピーは焦る事となった。

一眼レフのカメラは水に弱い。
用途に合わせたレンズの交換という利点を得た代わりに失ったのは、防水性だった。
霧雨の中でならまだいいが、豪雨となればカメラ本体だけでなくフィルムにまで影響が出てしまう。
一刻を争う事態だ。

残された時間まで、後一分もない。
トラギコが病院から姿を現し、狙撃手が正面を向くその一瞬を狙わなければならないというのに。
どうしても、光が足りない。
顔にも施された暗色の迷彩ペイントが、アサピーをあざ笑うかのようだ。

この段階で写真に収めることは出来ても、顔が分からなければ写真としての価値はほとんどない。
どうすればいいのだろうか。
強烈な明かり。
輪郭すら浮かび上がらせる明かりを狙撃手に当てるにはどうすれば――

(;-@∀@)「そうかっ……」

――たった一つだけ、考えが浮かんだ。
狙撃手自身が生み出す明かり。
つまり、発砲炎。
トラギコが撃たれる一瞬にのみ生じる炎ならば、狙撃手の顔を照らしてくれるに違いない。

だがそれは、トラギコを撃たせるという事だ。
正面から喧嘩を売る形で相対するトラギコは急所を穿たれ、即死するだろう。
絶対に被弾させてはならない。
満身創痍である以上、銃弾を回避するような無理は出来ない。

バッグからフラッシュを取り出し、カメラの上部に装着する。
フラッシュはほとんど意味がないが、相手の注意を逸らすことは可能だ。
あえてこちらに注意を向けさせれば、銃弾はトラギコを貫かない。
それしかない。

残り十秒となった時、アサピーは呼吸を徐々に浅くし始めた。
そして三秒前で呼吸を止め、カメラを全身で固定する。
フォーカスは完璧。
後は、正面を向き、発砲してくれるだけでいい。

‥…━━ August 11th AM11:55 ━━…‥

アサピーが位置に着く少し前。
大雑把に説明を終えてヅーと分かれたトラギコは、彼女が予定通りに行動起こしてくれていることを願っていた。
ヅーに依頼したのは、隔離病棟でトラギコが何か調べているのを発見した、という情報を全体で共有してほしいという事だった。
勿論、それは警察だけでなく、協力体制にある軍の人間にも話をするという事だ。

328名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:30:54 ID:XwtdpWiY0
情報共有の速さが遅ければトラギコにとって不利になる。
希望的な観測をしているわけではないが、彼女ならば大丈夫だろう。
若くして警察の最高責任者の秘書の座に就き、多くを機械的にこなす彼女ならば。
今回、トラギコとアサピーの作戦で欠かせないのはやはり狙撃手の注意がトラギコに注がれることだ。

狙撃手は風に対して非常に神経質な性格をしており、常にそれを知ろうとする。
風向きとその強さを知るためには観測手か道具が必要なのだが、臨機応変な対応が要求される現場ではあまり使われない。
事前に相手のいる場所などが分かっていれば別だが、街中に出現する標的を狙撃する際には、やはり周囲の物から計算するのが一般的だ。
このエラルテ記念病院で最も分かりやすく風向きとその強さを知るには、病院の屋上に干されている洗濯物が一番の手がかりとなる。

だが屋上にばかり目が行ってしまうと、アサピーの姿が見つかる可能性が高まる。
彼はこの作戦の要であるため、何が何でも失うわけにはいかない。
そこで考え出したのが、狙撃手がトラギコの出現場所をあらかじめ知り、別の場所に目を向けさせることだった。
病棟から出て行ったヅーに頼んだことは、もう一つあった。

トラギコがいる事を知らせるという名目で、隔離病棟の格子に白い布を巻かせた。
これで狙撃手は安心して風向きとその強さを知ることが出来る。
相手にとって最高の環境を整えてやれば、後は自然と動き出してくれる。
問題があるとしたら勿論トラギコの身の安全だけだ。

撃たれないわけにはいかない。
撃たせなければいけないのだ。
当たらないようにするには、防具が必要になる。
強いて防具になるとしたらブリッツとコンテナぐらいだ。

防げるかどうかは運次第。
時計を見ながら、準備運動を始める。
走ることは出来ない。
文字通りの相対しかない。

(=゚д゚)「……ふぅ」

久しぶりの感覚。
初めて立てこもり事件を力で解決した日を思い出す。
踏み出せば始まり、失敗すれば死が待っている。
心臓の鼓動が生きている証となり、手に滲む汗が己の体の限界を教えてくれる。

時間は正確でなければならない。
鐘の音が銃声を隠すその時、トラギコは歩き出すしかないのだ。
残り数分が一分、そして秒となる。
アタッシュケース型のコンテナを手に、覚悟を決めた。

(=゚д゚)「行くぞ、カメラマン」

329名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:31:45 ID:XwtdpWiY0
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      /三ニニ==-  _|            、__',
     三≧==-         ̄≫  `¨、 _-‐‐ ‐ /
.          \   ヽ  ≫”ニ\   `二ニ´ /
.      \  ヽ     《 ヽニ=-\      /_
        ヽ       、\ iニニ= ` -=≦\ ヽ__
.       }i         }i i| }三三三ニ=-‥…━━ August 11th PM00:00 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

鐘の音が鳴り響く。
狙撃手が動く。
腕がライフルを操作しているのが見える。
トラギコを視認し、装填したのだろう。

まだだ。
銃爪を引くそのタイミングを読み、こちらもシャッターを切るのだ。
ここから先は直感が物を言う。
最高の一瞬は最高のチャンス。

絶対に逃すわけにはいかない。
狙撃手とカメラマン、共に狙うのは最高の瞬間。
こちらはそれだけを追い続け、一切の妥協を許さない職業だ。
相手にとって不足はない。

銃爪の重さとシャッターの軽さ、その違いを教えてやらねばならない。
相手の思考を読む。
トラギコの動きを想像する。
パパラッチが有名人の動きを推測するように、動物的な感覚を研ぎ澄ましてその全てを思い描く。

聞いた話によれば、狙撃手は湿度や風に大きな影響を受けるために風がある程度落ち着いたところで銃爪を引き絞るという。
だがカメラにはそのようなことは関係ない。
風も湿度も地球の自転も、この距離では一切関係ないのだ。
強く吹いていた風が弱まる気配を感じ取り、アサピーは人差し指に力を僅かに込めてシャッターを切った。

瞬くフラッシュの白光。
そのほんの数瞬後に生まれた発砲炎。
銃声は鐘の音の中。
これでアサピーの位置は狙撃手に伝わったはずだ。

トラギコの安否を今は気にしていられない。

(-@∀@)「まだっ……!!」

撮影を一枚だけで終わらせるわけにはいかない。
数枚の中から選定された一枚でなければならない。
ブレや翳りの無い一枚が撮れるまで、連射するのだ。
そう、連射こそがこの勝敗を左右する鍵になる。

330名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:33:31 ID:XwtdpWiY0
ボルトアクションライフルとカメラが次の一手を打つとき、速度の違いが如実に生まれる。
アサピーは人差し指でレバーを手前から奥に押してフィルムを巻き上げ、狙撃手は空けて引いて戻して閉じる作業が必要になる。
つまり、アサピーの方に利がある。
二枚目の写真を撮影し、すかさず三枚目の撮影に入る。

そして狙撃手側の第二射目。
これを待っていた。
自分を向き、火を噴くライフルを向けてくれる瞬間。
最高の構図、最高の一枚をカメラに収めた。

シャッターを切った直後、アサピーの肩を銃弾が掠め取んだ。
まだだ。
まだ撮影できる。
そう思った矢先、カメラが大きくアサピーの手から離れてしまった。

三発目の銃弾は超望遠レンズを掠め、カメラ本体を吹き飛ばしたのだ。
レンズが壊れてしまえば撮影は不可能。
撤収するしかない。
命拾いしたアサピーはカメラを掴んでその場から転がり落ち、非常階段を駆け下りた。

フィルムだけを回収し、重荷となるカメラ本体は階段に捨てた。
後はトラギコが無事であることを確かめ、予定通りに事を運ぶだけだ。

(;-@∀@)「トラギコさん、頼みますよっ!!」

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           i{   { / ∧     ヽ::| __,      / :}八{`   }i
            i{  {/ /∧  、   ¨´      /  〉   }    }i
           ∧  ∧  { ∧  `二 = - 、    '   /   /i   }i
.         i{∧  ∧ ∨∧      ̄`   /  /  /.:i     }i
        i{ ∧  ∧ ∨ ヽ   _ イ__,/    /. :i   〃
          i{ /  〉  /   ∨ヾ三三三三‥…━━ August 11th PM00:00 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

鐘の音が鳴り響く。
トラギコは扉を押し開き、歩き始めた。
怨敵がいる鐘楼が見える。
あの場所からカールは撃たれたのだ。

トラギコと間違えて撃たれ、優秀な医者が一人死んだ。
許しがたい。
何が何でもこの手で殺さなければ気が済まなかった。
グレート・ベルを見上げると、黒雲が早い速度で流れているのが一緒に見えた。

天候は間もなく崩れるだろう。
光が瞬き、その瞬間が訪れた。

(= д )「――ぐっ!!」

331名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:34:17 ID:XwtdpWiY0
予め想定できた銃弾が襲う場所は、人体にある急所のどこか。
そう考えた時、トラギコは狙撃手の性格を考慮することにした。
風で狙いが逸れても致命傷を与えることの出来る部位、即ち、心臓部だ。
そこで胸部を守るために鉄板の入った防弾着を着こみ、備えていた。

頭部を狙われていたら終わりだったが、それはあり得ないことを知っている。
火事の中で狙撃手が撃ったのは頭部ではなく胴体だったからである。
初弾は狙いが僅かに逸れ、ろっ骨の部分に当たった。
衝撃で意識を失いかけて倒れるが、膝をついて耐える。

その直後、颶風と化した“イージー・ライダー”がトラギコを掴み上げてその場から離脱した。
二発目が飛んで来ないことが不思議だったが、何はともあれこれでいい。
全ては計画通り。
アサピーにもヅーにも話している通り、この事件の解決はトラギコの役割ではない。

(=゚д゚)「……後は頼んだぞ」

そう。
この事件を解決するには、圧倒的な力が必要になる。
それはティンカーベルの力でもなければ、ましてやジュスティアの力でもない。
軍でも警察でも円卓十二騎士でもない、全く別の存在。

このままではどうあってもトラギコ達で事件を終息に導くのは不可能。
トラギコは利害の一致によって役割を与えられた駒に過ぎないのだ。
より大きな事件に食らいつくために捨てたのは意味のない矜持と邪推。
後は任せるしかない。

――本名も素性も分からない、あの旅人に。

332名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:35:35 ID:XwtdpWiY0
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           「流石、男の子ね。 意地の張り所が分かっているじゃない」
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             「あの子の教育に役立ったし、その頼み、任されてあげる」
                ‥…━━ August 11th ??? ━━…‥
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333名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:36:16 ID:XwtdpWiY0
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                     ζ(゚ー゚*ζ「さぁ、逆転の時間よ」

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                   全ては、ここから逆転する。

                 Ammo→Re!!のようです Tinker!!編
                                                   
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334名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:37:34 ID:XwtdpWiY0
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                         Tinker!!

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                           nker!!
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                            er!!
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335名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:38:56 ID:XwtdpWiY0
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                   T i n k e r   →   R e k n i t
                酷く絡み合った糸は今、編み直される

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次回 Ammo→Re!!のようです 新編
                         Ammo for Reknit!!編
                                            To be continued...!!
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336名も無きAAのようです:2015/07/19(日) 22:39:57 ID:XwtdpWiY0
支援ありがとうございました
これにてTinke!!編は終了となります
次の投下まではしばらく時間が開く予定です

質問、指摘、感想などあれば幸いです

337名も無きAAのようです:2015/07/20(月) 01:32:50 ID:neARTa760


338名も無きAAのようです:2015/07/20(月) 07:25:54 ID:iRiodrKc0

アサピー……男になったな

339名も無きAAのようです:2015/07/20(月) 11:17:32 ID:zPUcSD.60
乙!
トラギコが死ななくてよかった

340名も無きAAのようです:2015/07/21(火) 16:00:52 ID:zUDtFf1.0
乙 ブリッツのコンテナ回収してたのか
さて、おねショタ一行の無双期待

341名も無きAAのようです:2015/07/24(金) 22:25:25 ID:2aViECOA0
今までで1番面白いおつ

342名も無きAAのようです:2015/07/25(土) 01:31:35 ID:lA.o4vsQ0
更新きてたのか乙!
初登場の頃はモブとなんら変わりない立場かと思ってたのに今やキーマン…。人の成長って凄いわ。
続編気になりすぎる…気長に待ってる!楽しみにしてるよ!

343名も無きAAのようです:2015/09/23(水) 11:42:37 ID:AX4Vu/Ww0
面白い!

344名も無きAAのようです:2015/11/24(火) 18:10:21 ID:fnEnF2/o0
楽しみ

345名も無きAAのようです:2015/11/24(火) 21:06:49 ID:SeWWrMD.O
皆さん、オワコン社長をよろしくお願いします。気に入ったらチャンネル登録!!
http://www.youtube.com/watch?v=aSMLi2uOkvk
http://www.youtube.com/watch?v=cbwrnLKERpA
http://www.youtube.com/watch?v=gPevsHpSj-Y
http://www.youtube.com/watch?v=9ekKaVB5uHg
http://www.youtube.com/watch?v=cP0NAOzKQAE
http://www.youtube.com/watch?v=hekgfuTcX6o
http://www.youtube.com/watch?v=1uzYFjN7z5E

346名も無きAAのようです:2015/12/23(水) 09:24:05 ID:4620dOg.0
二日で最初から読んできたぜ
更新待ってるよ!

347名も無きAAのようです:2016/03/06(日) 10:00:31 ID:Yu0m7t8I0
更新待ってる

348名も無きAAのようです:2016/03/06(日) 18:59:00 ID:fLS7F0uc0
無駄にあげんな阿呆
更新待ってるなら歯車のブログ行け

349名も無きAAのようです:2016/03/06(日) 20:48:40 ID:mqrjXlVo0
上げたのはすまんかった
作者ブログやってたのか!ありがとう、そっち見てくるよ。

350名も無きAAのようです:2016/03/06(日) 21:02:41 ID:P32gHdQo0
>>349
ブログもツイッターもピクシブもやってるぞ

351名も無きAAのようです:2016/03/06(日) 21:35:23 ID:mqrjXlVo0
>>350
ありがと、Twitterのほうフォローしに行かせて貰ったよ

352名も無きAAのようです:2016/03/13(日) 19:06:39 ID:mXu4kPQ.0
投下はまだまだ先になりそうですので、もうしばらくお待ちください
お詫びにζ(゚ー゚*ζの20禁画像を貼っておきますね

ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1978.jpg

353名も無きAAのようです:2016/03/13(日) 19:21:49 ID:ZkMqmzqc0
一緒に晩酌したい……

354名も無きAAのようです:2016/07/19(火) 22:04:42 ID:UI6LGDkQ0
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2164.jpg

355名も無きAAのようです:2016/07/19(火) 22:41:16 ID:QNtIi25Q0
おひゅっ?

356名も無きAAのようです:2016/07/20(水) 00:13:45 ID:NCvVC/Yc0
これはこれは

357名も無きAAのようです:2016/07/20(水) 01:15:59 ID:/hY/e7Yo0
>>355
ホントにこんな声が出た

358名も無きAAのようです:2016/08/05(金) 20:37:13 ID:4UkDNAn60
明日VIPにてお会いしましょう

359名も無きAAのようです:2016/08/05(金) 22:19:03 ID:4fkJIyKo0
mjd

360名も無きAAのようです:2016/08/06(土) 02:06:44 ID:BCVuyd7k0
待ってる

361名も無きAAのようです:2016/08/06(土) 10:54:16 ID:fQxgD1Uw0
本物か?

362名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:00:08 ID:eFiZr2lo0
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金で解決出来る事があれば金を使えばいい。
ただし、忘れるな。
その時、お前は努力と困難を失うのだ。

本物の努力と困難は、金では決して買えない物だというのに。

                                          ――リッチー家家訓

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八月七日は、静かな夏の空気が漂う穏やかな夜明けだった。
空は黒から紫へ、紫から瑠璃色へ、瑠璃色から群青へ、そして徐々に白に近づくグラデーションで彩られている。
千切れた黒い雲はやがて夜の名残である星と共に消え、それが存在したことを微塵も感じさせないだろう。
その海域では、見事な夏の夜明けをどこからでも見ることが出来た。

吸い込まれそうな瑠璃色の空には紫色の雲が浮かび、海鳥が羽を広げて風に漂っている。
夜の色がまだ残る水平線の彼方には夏らしく、純白の入道雲が浮かんでいる。
そして背後に消え失せる夜の名残。
涼しげな風の中に香る夏の匂いに、耳を澄ませば蝉の声も聞こえてきそうだった。

波浪は穏やかだった。
白波もなく、微風の吹く中を巨大な船が優雅に航行している。
船の名はオアシズ。
世界最大の豪華客船であり、世界最大の船上都市だった。

その船を束ねる市長、リッチー・マニーは生きて朝日を眺めたことでようやく窮地を脱したことを実感し、心底安心した。
昨夜の“答え合わせ”は、彼の人生での中でも最も疲れた長い夜だった。

¥・∀・¥「ふぅ……」

363名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:00:48 ID:eFiZr2lo0
久しぶりにまともな食事を食べる気になったのは、これまで船を操っていた部下達が大勢死に、船の指揮系統の復旧に体力が必要だからだった。
マニーは無理をするタイミングを心得ており、それは正に昨夜であり、今であった。
今無理をしなければ、後にどれだけの犠牲を払っても取り返しのつかないことになるだろう。
彼が無理をすることで、部下達に安心して仕事をさせなければならない。

それが上司の仕事であると、彼は父から教わっていたし、その通りだと思っていた。
部下が欲するのはとどのつまり、安心なのだ。
安心を手に入れるためには上司がその背中で多くの危険を受け止め、部下達に被害が及ばないようにしなければならない。
彼が無理をすることで部下が安心して仕事をすることが、やがてはこの街全体の治安と信頼の回復に至るのだ。

船内にあるフードコートに秘書を向かわせ、巨大なハンバーガーと並々とタンブラーに注いだコーヒーを持って来るよう指示を出してから十五分が経過していた。
それが到着するまでの間、マニーは昔、両親に言われた言葉を噛みしめていた。
何度も言い聞かされたその言葉は、リッチー家の家訓だった。
“金で解決できない問題に直面し、努力する機会と困難を得られたことは大金に勝る”とは、親子何世代にも渡って語られてきた言葉だ。

成程確かに、これほどの困難は大金を積んででも迎え入れたくはない。
それを解決出来たなら、彼は大金に勝る経験を得たことになる。
だがそれは、自力で解決出来た場合の話だ。
彼は、他者の力を借りてようやく解決することが出来た。

もしも偶然、この船に彼の知人が乗り合わせていなければ、この船は最悪の事態を迎えていた事だろう。
彼は、自分の非力さを嘆いていた。
“オアシズの厄日”と呼ばれる一連の殺人事件は、彼ではなく、偶然乗り合わせた彼の知り合いが全て解決したと言っても過言ではない。
彼は、それが悔しくて仕方がなかった。

彼は規格外の金持ちの家に生まれたが故に、常に誰よりも努力をしてきた。
そうしなければ、彼の努力も何もかもが、金で作られたものになってしまうからだ。
これだけは、金では買えない物なのに。
なのに、今回は何も出来なかった。

自分で成し得たものが金のおかげと誤解されるのは、この上なく悲しいことだ。
幼少期に何度も経験してきたそれは、決して、心地いいものではなかった。
己の努力が金に持っていかれるのだ。
それはまるで、神に縋る無能共が己の力で得た結果を神の手柄にするような、胸糞の悪い話だ。

失った物を数えても仕方がないと彼の祖父が口癖のように口にしていたが、その言葉が真に意味するのは損失を無視するという事ではない。
損失に対して途方に暮れる暇があるのならば、その失った物を整理し、如何に取り戻すかが大切という事を意味していた。
だから彼の祖父は経営に成功し、オアシズを発展させ続けて来られたのだ。
船上都市という極めて特異な街が反映し続けているのも、そうした考えが脈々と受け継がれているからに他ならない。

それは何故か。
何故、祖父は成功し得たのか。
秀でた能力があったのか。
全てを自力で解決できるほど、才能豊かな人間だったのか。

364名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:02:44 ID:eFiZr2lo0
では父はどうだ。
知る限り、父はそこまで才能に恵まれていなかったはずだ。
それでも父はオアシズを統治し、皆に惜しまれながら死んだ。
祖父と父にあって、マニーにない物。

それは、驚くほど簡単なものだった。
優れた才能でもなく、能力でもない。
捨て去る力だった。
無意味な矜持を捨て、自分にはない力を持つ人間を頼り、その人間の力を正しく行使する力だ。

頼るという才能。
頼るという努力。
頼るという力。
己の無力を受け入れ、それを他力で補うという選択。

今のマニーには、優秀な部下と友人がいる。
彼らの力を借り、この街を再興するのだ。

¥・∀・¥「……よし」

今度はマニーの番が己の力を用い、この街を取り戻す順番だった。
彼が失った中で最も価値が高いのは人員だった。
経験値を積み、信頼を築いてきた人間を補充するのは容易ではない。
これまでの雇用形態を見直すことも視野に入れつつ求人し、大切に育てるしか方法はなかった。

そして次に信頼だった。
金で買える信頼は希薄な物であり、実質的には意味がない物だ。
信頼は時間と対応でのみ回復が出来る。
焦ったところで、こればかりはどうしようもない。

家宝の一つとしてリッチー家に受け継がれてきた強化外骨格を失ったことは、特に気にしなくてもよかった。
あんなものは、それこそ金で解決できるものなのだから。
ノックの音が、マニーの意識を現実に戻した。

(-゚ぺ-)「お待たせしました、お食事をお持ちいたしました」

¥・∀・¥「あぁ、ご苦労。
      君も後で朝食を摂るといい、今日は忙しくなるぞ」

(-゚ぺ-)「はい、そうさせていただきます」

一礼して秘書は部屋を出て行った。
彼との付き合いも長い物で、何年になるのか忘れてしまうほどだ。
いつか、彼の努力に報いる何かをしなければと思い、何年が過ぎただろうか。

¥・∀・¥「……すまないな」

365名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:07:56 ID:eFiZr2lo0
秘書が持ってきた食事を受け取り、マニーは一人で早目の朝食を始めた。
紙に包まれたハンバーガーを取り出し、豪快にかぶりつく。
瑞々しいレタス、肉汁が滴る肉、カリカリに焼いたベーコン、ピクルス――マニーの好みで大量に入れてある――、甘い玉ねぎ、そして蕩けたチェダーチーズ。
シンプルな材料だが、ケチャップとマヨネーズがそれらを丁寧に包み込み、有無を言わせぬ美味さを演出している。

マニーの持論として、ハンバーガーの味は単純であることに限る。
複雑な味を堪能したいのならハンバーガー以外の何かで補えばいい。
口の周りにケチャップをつけながら、それを胃袋に入れていく。
肉と野菜、そして炭水化物が摂取できるからハンバーガーは好きだった。

食べ終えてから口元を拭い、程よい温かさのコーヒーを飲む。
温かい飲み物は精神的に人を落ち着けさせる効果がある。
胃に沁み渡るコーヒーの温かさがありがたい。
一時間で何度目になるか分からない溜息を吐き、マニーは自分に言い聞かせる。

今の自分に出来る事は何でもする。
何が出来るのか。
何をするべきなのか。
それを考えるべきなのだと、自分に何度も言って聞かせた。

¥・∀・¥「頑張れよ、俺……」

まずは各ブロック長の才能を引き出せる仕事を見つけ出し、それを解決させる。
彼らブロック長は優秀な人間であり、オアシズのために全力を出してくれることだろう。
勿論、ブロック長だけではない。
このオアシズで商いをする人間達の力も借りなければならない。

その力を借り、適切なところで最大限に発揮させるのがマニーの仕事だ。
不意に、ふわりと甘い香りが彼の鼻孔に届き、視線を上げるとそこにはマニーにとっての救世主がいた。
彼女こそがオアシズの窮地を救い、マニーに足りない多くの力を持つ絶対の存在だった。

ζ(゚ー゚*ζ「何か悩み事かしら、マニー?」

黄金の髪と碧眼を持つ旅人は、慈母の笑みでマニーに微笑みかけた。

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              //∨|八i |  | ヒ|乂 /// イ弐示く |    :j: : : . '.
              ///: : i: : : :i i  │∠ : イ//   弋少 刈   //: : :八: :\
              /{:八: : :i/: :八: ∨|八|  |/ :j         `` /    /: : :/ ハ :  \
            /   /: :\ \ \ : : \\     〈| .       /   / : :  / } : | 、ヽ
             / : : : : \ \ \: :从⌒            ∠/ ///: / ノ.: :リ 〉: 〉
       /   人 : : :  -=ニ二 ̄}川 >、  `''=こ=一   ∠ -匕 /´The Ammo→Re!!
       {   { 厂      . : { /⌒\   ー     原作【Ammo→Re!!のようです】
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366名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:08:40 ID:eFiZr2lo0
窓の外で水平線から陽が昇る様子を、ヒート・オロラ・レッドウィングはベッドの上から物憂げな表情で眺めていた。
昨夜は女三人で酒を飲み、日付が変わるまで飲み明かしたが、その影響ではなかった。
彼女は昨夜の話の中で、ある疑問を膨らませながらも、それを口に出せなかった。
その疑問はとても些細な物だったが、一度気にし始めたらもう止められなかった。

ノパ⊿゚)「……」

世界には多くの人間がいる。
様々な人種、価値観、宗教観などを持った人間がいる。
勿論、ヒートも多分に漏れず自分で構築した価値観に基づいて行動をしている人間だ。
ヒートにとって一つの疑問だったのが、彼女の命の恩人であり、友人でもある女性の存在だ。

彼女は美しく、強く、そしてあまりにも賢すぎる。
同性すら魅了する、人間離れした美しさは自然が作り出した奇跡の一つとして受け入れられる。
その強さは、ヒートのこれまで見てきたどの人間よりも圧倒的だった。
対強化外骨格用の弾を使っているとは言え、生身の人間が平気で強化外骨格――棺桶――と渡り合い、圧倒するのは非現実的な光景だった。

しかし、その強さと賢さもさほどの問題ではない。
世界は広い、それで十分だ。
彼女の強さのおかげで、ヒートはこうして生きていられるのだ。
それに、彼女の人間性も非常に気に入っている。

正直、ヒートは彼女の事が大好きだった。
時には姉として。
時には母として。
常に彼女はヒート達を導いてくれる。

人間性や強さなどは旅をする中で理解できるが、どうしても分からないのが、彼女のこれまでの足跡だ。
知らずとも問題はないが、彼女の育ちや生い立ちなど、ヒートは何一つ知らない。
知っているのは、理不尽なまでの強さと世界の全てを知っているかのような頭脳の持ち主であり、ヒート達の仲間ということだけ。
彼女がいなければオアシズは沈み、多くの乗客が嵐の中に消えて行ったかもしれない。

その前のポートエレン、ニクラメン、フォレスタ、オセアンでもそうだ。
追随を許さないその強さと知恵があったからこそ、旅の同行者であるヒートはこうしていられる。
感謝してもしきれない関係にあるのは、間違いない。
間違いないが、それでも、気になって仕方がない事もあるのだ。

――デレシア。

367名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:10:50 ID:eFiZr2lo0
彼女は何者なのか。
本名は。
出身地は。
これまでに何を見て、何をしてきたのか。

ヒートは何も知らない。
世界最強の街、イルトリアの人間とも深い交流を持つ彼女。
これまでに何を経験し、何を見て来たのか。
彼女について知っていることなど、ほとんどない。

まるで世界の秘密そのもの。
彼女のスカイブルーの瞳に見据えられると、世界そのものに見透かされているような錯覚に陥る時がある。
あらゆる隠し事はその意味を失い、真実が見抜かれ、気を抜けば膝を突いて屈しそうになってしまう。
全ての生命は彼女に平伏し、首を垂れるのが摂理にさえ思える。

だがそれは些細な――とは言い難いが――問題だ。
彼女との旅は楽しいし、何より安心していられる。
不思議なことに、彼女が秘密の固まりだと分かったところで、何一つ不安になることはなかった。
短い付き合いだが、決して、希薄な付き合いではない。

ヒートは人を見る目が少なからずあると思っており、その目で見れば、デレシアは悪人には見えなかった。
それでも気になることは気になるが、今はまだ訊く時期ではない。
過去は誰にでもある。
ヒートも例外ではない。

デレシアが過去について深く追及することをしないことは、ヒートにとっては幸いだった。
人に進んで話せるような過去ではなく、血濡れた暗い過去がヒートにはあった。
いつか機会があれば、その話をすることがあるのかもしれない。
今はまだ、その時ではない。

ノパー゚)「……らしくねぇな、おい」

少し考えすぎているのだと思い、ヒートは瞼を降ろして眠りにつくことにした。
ヒートがデレシアと旅を続ける大きな理由は、別にあった。
デレシアが連れている、小さな旅人。
その少年の行く末が見てみたいという気持ちが強く、彼がどう成長し、どう変わるのかを最前列で見守りたかった。

その気持ちがあるからこそ、ヒートはデレシアと共に旅を続けることを楽しんでいた。
だから、その旅人が海に落ちた時は自分の半身を失ったような喪失感があり、無事だと分かった時は本当に安堵した。
今のヒートの生きる目的は、彼の成長を見続けることだけだと言っても過言ではない。
小さな体に刻まれた無数の傷跡は、彼の悲惨な歴史だ。

彼がこれまでに受けてきた処遇を考えると、今の彼はかなり変わったのだと思う。
奴隷として売られた彼の生い立ちは分からないが、それがどれだけ悲惨な人生だったのかは想像できる。
少年はただの人間ではなく、“耳付き”と呼ばれる獣の耳と尾を持つ人間なのだ。
耳付きは総じて人間として扱われず、道具として扱われ、虐げられる。

368名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:26:03 ID:eFiZr2lo0
そうして一生を終える。
それが一般的な耳付きの生涯だ。
多くの人間が耳付きを忌み嫌うのも、一般的な話だ。
だが、少年はデレシアの手を借りて自由を手にし、多くを学んでいる最中だ。

きっと彼なら、海綿のように多くを学んで成長していく事だろう。
かつて自分が出来なかった事を、ヒートは彼に教えていくつもりだ。
彼にはもっとたくさんの事を学び、育っていってもらいたい。
良くも悪くも人を惹きつける彼ならば、どんな人間にでもなれるだろう。

その気持ちは、デレシア、そしてイルトリア人であるロウガ・ウォルフスキンの思惑と一致した。
女三人で行った昨夜の酒盛りは素晴らしい時間だった。
同じ気持ち、同じ意見の人間同士で飲む酒程美味い物はなく、共通の話題で語り合うのはとても貴い時間だ。
月を肴に酒を飲み、少年のこれからについて語り合い、そうして時間が過ぎ、ヒートは悟った。

いつかきっと、ブーンは――

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                            配給

【Low Tech Boon】
【Boon Bunmaru】

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少年は朝早くに起床し、作り立ての朝食をがつがつと食べていた。
卵を三つ使った目玉焼きとたっぷりのベーコン、山盛りのコールスロー、そしてバターの添えられた厚切りのトーストを三枚。
それに加えて、デザート代わりの香り高いバナナが添えられていた。
出された食事の一つ一つをしっかりと味わい、堪能する姿は、少年の年頃にしては珍しい。

目玉焼きは半熟で、ナイフで切れ目を入れたらすぐに黄身が溢れ出た。
フォークとナイフで溢れ出た黄身とベーコン、そして白身を合わせてフォークに突き刺し、口に運ぶ。
濃厚な甘みを持つ黄身と、香ばしいベーコンの塩味が体に沁み渡る。
カリカリに焼かれた熟成ベーコンは、少年のお気に入りだった。

まだ上手に使いこなせないが、最初の頃に比べればフォークとナイフを大分使えるようになってきた。
たどたどしく握るフォークでコールスローを口に運び、咀嚼し、リンゴジュースを飲む。
皿に残った黄身をトーストで綺麗に拭い取り、最後にバナナを食べた、
芳醇な甘さのバナナに舌鼓を打ち、満足の内に朝食を終えた。

パンの甘みも、卵の新鮮さも、リンゴジュースの鮮度も、全て味わいつくした少年の表情は幸せそのものだ。

(∪*´ω`)「ふひゅー……」

369名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:27:55 ID:eFiZr2lo0
幸せそうに溜息を吐いた少年の名は、ブーン。
かつて奴隷として生き、今はデレシア、ヒートと共に旅をする少年だった。
少年には獣の耳と尾があったが、同席する二人の人間はそれを気にも留めていなかった。
人間に耳があるのと同じように、少年にも形は違うがそれがある、といった認識だった。

ブーンが朝食を美味しそうに食べる様子を見て、同席者は微笑ましくその光景を見ていた。
同席者の一人、若い女性にも獣の耳と尾があった。
だがそれはブーンの物とは違い、ブーンが犬のそれなら、女性の耳と尾は狼のそれだった。
狼の耳を持つ女性、ロウガ・ウォルフスキンは音一つ立てずにナイフとフォークを操って食事をしている。

彼女の深紅色の瞳は、保護者のようにブーンに向けられていた。
仔犬を見守る様な、静かな視線だった。

リi、゚ー ゚イ`!

イルトリアという街の人間である彼女は、ブーンと同じく、耳付きと呼ばれる人種だった。
しかしながら、イルトリアは世界でも珍しく、耳付きを差別する人間がほとんどいない。
それは耳付きが持つ身体能力の高さと優秀さを知っているからだ。
現に彼女は人間離れした戦闘能力によって職を得て、耳付きでない人間よりも高い給料を得ている。

人間離れした身体能力を持つ人種である彼女は、その力を活かして護衛の仕事を生業としていた。
強力無比な力を持つ彼女は要人を守り、姦計を企てた者を殲滅した。
そしていつしか、彼女を知る人々は“讐狼”と呼んで恐れるようになった。
必ず復讐を果たす彼女の執念は、正に狼のそれだった。

ロウガの視線に気づいたブーンは、自分が何かしたのかと焦るが、彼女は無言のまま人差し指で口の端を指して、そこが汚れていることを教えた。
布のナプキンを使い、ブーンは慌てて口元を拭う。

リi、゚ー ゚イ`!「それでいい」

(∪´ω`)「ありがとうございますお、ししょー」

ロウガはブーンに師匠と呼ばせ、ブーンは彼女の事を師匠と呼んだ。
二人の間には奇妙な師弟関係が出来上がっていたが、更に奇妙な関係がその場にはあった。

( ФωФ)「ブーン、バナナは好きか?」

(∪´ω`)「すきですおー」

( ФωФ)「バナナは体にいいんだ、もっと食うといい。
       ほれ、吾輩の分をやろう」

熟したバナナを受け取り、ブーンは満面の笑みを浮かべた。

(∪*´ω`)「おー」

370名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:30:29 ID:eFiZr2lo0
ロウガの隣に座る、黒髪をオールバックにした男性。
宝石のような黄金瞳を持ち、眉から頬まで走る深い傷跡と彼自身が放つ凄みは人間離れした何か別の生物を彷彿とさせる。
齢80を越えてもなお、前イルトリア市長ロマネスク・O・スモークジャンパーは衰えを知らない獣だった。
ロマネスクは“ビーストマスター”の渾名でいくつもの街を恐怖の底に落とし、恐怖の代名詞として世界の権力者たちが恐れをなした存在だ。

そんな彼の背景を全く知らないブーンは、ロマネスクと友人の関係にあった。
周囲から見たら孫と祖父ほど年齢が離れているが、それでも、二人は間違いなく対等な友人だった。
バナナを頬張り、その甘さに目を細めて喜ぶブーンをロマネスクは目を細めて見ていた。
さりげなく二人を交互に見てから、ロウガはブーンの頭を撫でて言った。

リi、゚ー ゚イ`!「よし、腹ごしらえが済んだら稽古の準備だ。
      少し休んでから着替えるといい。
      皿洗いは後だ」

ブーンは頷き、寝室へと向かった。
寝室の扉が閉まったのを確認してから、コーヒーを飲みつつ、ロマネスクはロウガに訊いた。

( ФωФ)「今日はずっと稽古か?」

リi、゚ー ゚イ`!「はい、主。
       徒手訓練をした後、ヒートを交えて射撃訓練をしようかと。
       彼女はかの“レオン”だとのことで、少し興味があります」

レオン、という言葉を聞いた時にロマネスクは興味深そうに眉を上げた。
凄腕の殺し屋レオンの名はイルトリアにまで響き渡っている。
ある日突然現れ、いくつものマフィアを壊滅させた末に突然消えた謎の殺し屋の正体が、よもやあの若い女性だとは誰も思うまい。
武人の都の人間としては、非常に興味のある人間だった。

果たして、その実力はどれほどのものなのだろうか。

( ФωФ)「ほほぅ、案外世界は狭い物なのだな。
       だがあのデレシアが共に旅をするのだから、よほどいい人間なのだろうよ。
       吾輩は別の事をさせてもらおう。
       デレシアに頼まれてな、ちとやらんとならんことがある」

リi、゚ー ゚イ`!「かしこまりました、主。
      私に何か出来る事はございますか?」

( ФωФ)「そうさな、昼飯はブーンの好きな物を食わせてやってくれ。
       だが稽古は手を抜くなよ。
       仔犬にも牙はあるのだ」

ロマネスクはそう言って、コーヒーを飲み干した。
深く頷き、ロウガは賛同の意味で笑みを浮かべた。

371名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:32:43 ID:eFiZr2lo0
リi、゚ー ゚イ`!「ブーンには才能が有ります。
       彼は正に海綿、教えた分だけ吸収する。
       こちらも教え甲斐というものがあります。
       昨日は本番で教えを発揮する胆力も見せましたが、あれが出来る者はイルトリアでも稀でしょう。

       私の見立てだと、潜在能力で言えば“右の大斧”に匹敵するかと。
       如何せん、彼は優しすぎます。
       この世界で生きるには、あまりにも」

( ФωФ)「デレシアがあいつを気に入るのも分かる
       ……可哀想に、あいつは良くも悪くも人を惹く。
       これまでの経緯を想像するのは易い話だ」

空になったコーヒーカップに、ロウガがコーヒーを注ぐ。
角砂糖を二つ入れ、スプーンで混ぜた物をロマネスクが一口飲む。

( ФωФ)「ティンカーベルといえば“デイジー紛争”の地、おまけに時期も近いな。
       ブーンは知っているのか?
       奴の恩師がそこで戦ったことを」

リi、゚ー ゚イ`!「おそらくは知らないかと。
       話した方がよろしいですか?」

( ФωФ)「いや、その必要はまだない。
       “先生”の話は、奴が知りたいと思った時に話せばいい」

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     ヽ:::、:::、 \ヽじ リ    |:::/  '′|´:::::::::::::::::::::::::: 脚本・監督・総指揮・原案【ID:KrI9Lnn70】
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ソファに腰かけ、デレシアとマニーは対面して話をしていた。
話と言うよりも、マニーの相談にデレシアが乗っているという図だった。
マニーは胸の内を全て吐き出し、この先どうするべきか、意見を求めた。
デレシアは短くそれに応じた。

ζ(゚ー゚*ζ「堂々としていなさい、マニー。
      貴方は市長。
      胸を張って命令し、胸を張って助けを求めればいいわ」

¥・∀・¥「ですが、私に出来るでしょうか……
      リーダーらしい姿を見せることが……」

372名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:34:06 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「リーダーだからこうするべき、じゃなくてリッチー・マニーならどうするのか。
      皆が期待しているのはそれよ」

これまでの人生で、マニーは何度も挫折を味わってきた。
金にものを言わせれば解決できるようなことも、進んで手を出して解決してきた。
それは人望を獲得するための努力だった。
幼少期より、マニーは金持ちであることを理由に差別に近い扱いを受けてきた。

金持ちが成功しても、それは金の力だと思われてきたのだ。
代々オアシズを動かしてきたリッチー家の人間は、同じ扱いを受け続けてきた事だろう。
その中でマニーが学んだのは、行動に勝る証明はないという事だった。
金以外の力で努力していることを示し続ければ、やがて、それは人望になる。

それに気付かせてくれたのは、彼がまだ幼い頃にオアシズで出会った一人の旅人だった。
父、そして祖父の共通の友人であるその旅人は今、マニーに最後の一歩を踏み出す勇気を与えてくれた。
そうだ。
周囲がどうであれ、マニーはマニーなのだ。

彼にしか出来ない方法がある。
昔からそうだったように、彼のやり方で人々に見せてやればいい。
金に頼らない金持ちの在り方を見せたように、困難に直面したオアシズ市長がどう立ち振る舞うかを。
自信を持って挑み、自信を持って失敗すればいい。

マニーならばそうする。
このリッチー・マニーならば、そうする。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、見せつけてあげましょう。
      オアシズ市長、リッチー・マニーの実力を」

¥・∀・¥「……えぇ!!
      やってやりますよ!!」

目を輝かせて、マニーは立ち上がる。
歳をとるにつれて、大人と言う生き物は褒められる機会や慰められる機会が減ってくる。
どうしようもない困難に直面した時、逃げるか、それとも立ち向かうか。
自力での解決を試みて失敗し、鬱状態に陥る人間は後を絶たない。

だが、誰かが力を貸してくれるだけで、人は強くなれる。
たった一言。
デレシアがマニーに向けた一言がそうであるように。
その一言が、人を救うのだ。

電話を手にし、マニーは受話器の向こうにいる秘書に向けて、短い命令を下した。

¥・∀・¥「全責任者に通達しろ、我々の楽園(オアシズ)を取り戻すと!!」

373名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:41:01 ID:eFiZr2lo0
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        {::.::.//  {::l::.!: ./V   {{ィfトイV㍉、, }::.::}::.://厶}ノ.::}::.::}::.「´
       メァイ/    Vヘト、{    、__゙f竺シ_,  '_ノ_:./.:厶广/.::.::/.::/.::/
      /{ {/.:{ __   ヽ. ヽ.      ̄ ̄`   ノイL} ゙V.::.::.イ::.//
.    /   Vハ/  }  / \ ヽ            マAmmo→Re!!のようです
.  _/     ,イ弋/、 {  Ammo for Reknit!!編 序章【concentration-集結-】
´ /      弋. く ヽ. \!   { {、  /ーー`、_、_ / ,/
 {          ヽ ヽ. 丶、 ヽ. \{     l:::/ .イ/
        ト、 __ _ヽ ヽ.  丶、 ヽ. \   }/ /゙{
        | }_} }ム ヽ. ヽ   丶、ヽ \´/
        └; 〈 レ′ 〉 〉    >ー } 
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まずは情報の整理から取り掛かることになった。
五人のブロック長はそれぞれのブロックで出た被害状況を仔細漏らさず集約し、まとめあげた。
簡単なように思われる作業だが、実際には非常に繊細で神経をすり減らす作業だった。
被害状況の把握をするだけでも大掛かりな作業となり、一時間も経たずに会議室の隅に書類の山が出来上がった。

こうして集められた情報を精査し、重要な物を優先して処理出来るよう、ランク分けをした。
ランク分けを任されたのは第二ブロック長、オットー・リロースミス。
膨大な情報を前に、ロミスは挽きたてのコーヒーを飲みながら優雅に仕事をこなしていた。
余裕の表れではなく、彼なりの精神集中方法だった。

£°ゞ°)「……うん、いいコーヒーだ」

コーヒーを片手で飲みつつ、付箋を貼りつける手は止まらない。
色分けされた付箋はその書類のランクを意味している。
ミスの許されない作業をこなすロミスの顔は、だがしかし、色の異なる紙を仕分けているかのように涼しげだった。

マト#>Д<)メ「ロミスさんが挽いたんですか?」

£°ゞ°)「あぁ、それぐらい当然じゃないか」

彼は山と化した書類を驚くべき速度で選別し、瞬く間に山の背が縮んでいく。
そして分けられた書類の中から、最も重要なランクの物に目を通すのは第五ブロック長マトリクス・マトリョーシカ。
彼女は最重要書類を読み、次に必要な対処方法を大きめの付箋に書いて書類に貼り付けた。
分厚いマニュアルに基づいて下されるその対処方法は、彼女の頭の中にしっかりと記憶されており、彼女はマニュアルを読まずにそれを書き記すことが出来た。

ノリパ .゚)「では、飲食店については説明した通りの対応をしてください」

こうして処理方法が判明した書類と電話を手にするのは、第三ブロック長ノリハ・サークルコンマだ。
各ブロックにいる責任者達に連絡し、即座に対応させる。
その指示を受けた人間は部下を引き連れ、処理に走った。
ロミス、マトリクス、ノリハが最初に処理するべきだと判断した仕事は、掃除だった。

374名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:42:21 ID:eFiZr2lo0
臨時で追加の船内清掃係を雇い、徹底した衛生管理と景観の復旧を急がせた。
昨夜はお祭りのような騒ぎで盛り上がりを見せていたが、その盛り上がりを殺さない内に急いで掃除をしなければならない。
視覚情報は非常に重要で、特に、争いの痕跡の一切を消し去ることを徹底させた。
弾痕、僅かに焦げた椅子や床も元通りに掃除をさせ、最優先にして最速の仕事を要求した。

現場では清掃係は軽んじられるが、マニーが直々に清掃係の全員に向けて激励の言葉を送った。

¥・∀・¥『乗客全員――勿論、君達も含めて――があの悪夢を少しでも忘れ、最高の時間を取り戻すためにはどうしても君たちの協力が必要だ。
      このリッチー・マニー、諸君らの実力を見込んでお願いする。
      賊に汚されたオアシズを、君たちの手で美しい姿に戻してほしい。
      ……この通りだ』

多くの清掃員はそれまで、あまり自分の仕事に誇りを持っていなかった。
だが、マニーの言葉で彼らはその考えを改めた。
彼らが担っているのは乗客の日常。
清掃員は気を引き締め、マニーの言葉に鼓舞されて清掃を行った。

後に乗客が撮影した写真が話題を呼ぶのだが、彼らは船尾から一ブロックずつ徹底して清掃と修理点検を行い、所要時間は合計で五時間足らずだった。
一切のミスもなく、無駄もなく、彼らはマニーの言葉に感化されて仕事を完遂したのだ。
ノリハはそれとほぼ同列で、船内の警備態勢を強化させた。
そして、警備員たちにマニーが送った言葉は、後にこのオアシズの警備員の標語となった。

¥・∀・¥『君たちはこの船の安全そのものだ。
      君たちは笑顔を絶やさず、注意を怠らず、そして愛想を忘れることなく職務にあたってほしい。
      そうすれば、武力ではなく君たちの魅力で乗客が安心するんだ。
      頼む、どうか乗客達を安心させてやってほしい。

      彼らに日常を取り戻させるのは、君たちにしか出来ないんだ』

その言葉を聞いた警備員たちは、二人一組で行動し、乗客を見つけては笑顔で挨拶をした。
挨拶は日常の行為であると同時に、敵意がない事を示す有効の証だ。
船のあちらこちらで挨拶が交わされ、乗客たちは事件がなかった時のように船旅を楽しみ始めた。
それを見て、警備員たちは自分達の行いが間違っていなかったことに深く感動し、更に徹底して挨拶を行った。

('゚l'゚)「擦過傷はっと……」

二人のブロック長の後ろで、第一ブロック長ライトン・ブリックマンは被害者の正確な状況の把握を行っていた。
負傷者、死傷者、行方不明者。
それらをリスト化し、治療の状況、保証金額を明確にしていく。
これは金で解決できるものと、そうでない二種類に分けられる。

医者の手配が必要な人間はティンカーベルに到着したら搬送し、そうでない人間は船内で治療を受けてもらう。
発生する費用の大まかな金額をはじき出し、それを経理担当者に伝えなければならない。
正式な第一ブロック長として急遽任命されたライトンは、それでも自分に出来る精いっぱいの事をしていた。
彼の計算は素早く、そして精確だった。

('゚l'゚)「……むむ」

375名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:43:46 ID:eFiZr2lo0
電卓とリストとを見比べる彼の正面には、そこで出された負傷者と乗客のリストを照らし合わせるクサギコ・フォースカインドがいた。
負傷した人間がどこの誰なのか、今回の事件の場合はそれがかなり複雑化していた。
途中で現れた特殊部隊ゲイツの人間なのか、それとも一般人なのか。
書類の山にジュスティア軍人の名前が埋もれないよう、クサギコは信じがたい正確さで書類を見比べる。

ジュスティア警察の人間も数名混ざっており、それを見失わないよう、そして速度を落とさないように仕事をこなす。

W,,゚Д゚W「えーっと、こいつは……」

('゚l'゚)「クサギコさん、ちょっとこれについて訊いてもいいですか?」

W,,゚Д゚W「おう、どれだ」

クサギコは複数同時の仕事を処理することに関しては、この五人の中でも最高の能力を持っていた。
不慣れなライトンのサポートを引き受けたのも、彼が自分自身の能力に対して自信を持っているからだった。
その自信は的確な物差しで測られ、評価されていた。
彼はライトンへの指示を考えつつ、自分の仕事の処理も考えていた。

W,,゚Д゚W「それはな、こっちの保険を適応するんだ」

元々彼らブロック長は選び抜かれた精鋭であり、優れた能力を見込まれて今の地位にいる。
名前だけではなく、彼らは実力のある責任者だった。
新任のライトンもまた、“メモいらず”と称されるほどに記憶力と応用力があった。
そして全員が、マニーから受け取った言葉に少なからず影響を受けていた。

¥・∀・¥『私の、ではない。
      我々のオアシズを取り戻すんだ』

そして彼らの知らないところで、マニーは船内にある全ての店の責任者に対して言葉を送っていた。
全てのレストラン。
全ての物品店。
一つの例外もなく、一店の抜かりもなく、マニーの言葉は彼らの耳に届けられた。

¥・∀・¥『美味い食事、素晴らしい商品、最高の定員。
      これらは君たちにしか演出することが出来ない最高のエンタテインメントだ。
      日常を、非日常を、その全てを君たちが演出するんだ。
      オアシズという街を支えるのは、そんな君たちが客に与える幸福感なのだ。

      さぁ、見せてやろうじゃないか。
      ここは海上の楽園、ここは船内の理想郷。
      我々のオアシズはテロリストや海賊如きでは揺るがないという強さを!!』

376名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:44:30 ID:eFiZr2lo0
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     総合プロデューサー・アソシエイトプロデューサー・制作担当【ID:KrI9Lnn70】
       r.--ヽ. _..-'''' ̄ヽ=r.._  ミ     i
      .r'' ̄`ヽ=. <(::)>ノ  ~"'-._y   i
      i <(:)丿/ヽ.____,,..r'"    i i~ヽ.-...i
      ヽ__.r'(   '';;        i r'"(~''ヽ
      「   ヽ-⌒-'        \i > ) /
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生き残った人間がいた。
最悪の状況下に於いて、最高の運に恵まれた人間がいた。
それはマティアス・ノルダールとリリー・リトホルムの二人だった。
彼らはオアシズに於ける一連の事件のバックアップとして配置され、当初の予定で在れば何もすることなく、その役割を終えるただの観光客のはずだった。

だが、転機は訪れてしまった。
計画が破綻し、彼らの所属する秘密結社の重要人物が警察に捕まってしまったのだ。
何としても彼女、ワタナベ・ビルケンシュトックを解放し、この船から逃げなければならない。
ティンカーベルに到着する前に、この船を去らなければ同志との合流は叶わない。

同志と合流が出来れば、結社内の彼らの地位は間違いなく上がる事だろう。
生きて帰る。
生きて連れ帰る。
それが、彼らの任務。

焦ってはならない。
時期を待ち、確実に彼女を解放できる瞬間を待たなければならない。
彼らは黄金の大樹。
待ち続けている悲願の日々を考えれば、数時間待つことは苦ではない。

最も苦痛なのは、彼らの夢を阻害する人間の存在だ。
刑事を殺してでもワタナベを奪還し、同じ夢を追う彼女を救い出し、共に夢を追うのだ。
世界を変える夢を見る彼らが所属するのは黄金の大樹を掲げ、世界中にその根を張り巡らせる“ティンバーランド”。
同じ大樹の一人として、誰か一人を目の前で見捨てるなど、決してできない。

世界が黄金の大樹となるためならば、この船が沈むことになろうとも、良心は痛まない。

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           編集・録音・テキストエフェクトデザイン【ID:KrI9Lnn70】
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377名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:46:13 ID:eFiZr2lo0
黄金の髪と青空色の瞳を持つ旅人、デレシアはオアシズの屋上に一人立っていた。
屋上は人払いがされ、彼女以外の人影はなく、聞き耳を立てる者もいない。
正面から吹いてくる風が、軽くウェーブした彼女の髪をまるで梳くように撫で、ローブの裾をたなびかせる。
潮の香りで肺を満たし、手摺に肘を乗せ、デレシアは青空の下に広がる大海原を眺めている。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

彼女の視線は大海原の果て、船の進行方向の遥か彼方。
水平線の向こうに浮かぶ入道雲の下に向けられていた。
普通の人間であればその入道雲を目視することは出来ない程の距離だが、デレシアの瞳は確かにその雲を捉えていた。
彼女の表情はいつもと変わらず、ブーン達に向けられる笑顔のままだったが、瞳の奥にある深淵は何を考えているのかを誰にも悟らせない。

デレシアは瞼を降ろし、静かに呼吸を整えた。
遠い昔に思いを馳せるようにしたのは、ほんの一瞬の間だけ。
次の瞬間には瞼を開き、何事もなかったかのように再び水平線の向こうを見つめた。
風の音とローブの布擦れするような音だけが、屋上に響いている。

他に聞こえるのは波の音と、上空を飛ぶ海鳥の鳴き声だけ。

ζ(゚ー゚*ζ「悪いわね、せっかくの旅行中に」

( ФωФ)「なぁに、他ならぬお主の誘いだ。
       それで、何があった?」

いつの間にか屋上に現れたロマネスク・O・スモークジャンパーを振り返り、デレシアは驚いた様子も見せずに声をかけた。
対するロマネスクも、跫音一つ、扉を開く音さえ立てなかった自分に気付いたデレシアに対して驚くことはなかった。
海を背にし、デレシアは旧友の様な親密さで元イルトリア市長に話しかける。

ζ(゚ー゚*ζ「ここ最近、あの大馬鹿達の動きが目立ってきているわ。
      大樹と言うよりも雑草ね、あれは」

( ФωФ)「ティンバーランドか。
       聞いてはいたが、このような形で実際に相手にするとはな」

忌々しげな声で、ロマネスクはその名を口にした。
心なしか、次に出てきたデレシアの声にも不愉快そうな色が見え隠れしていた。

ζ(゚ー゚*ζ「ただ、船の中にいる奴らはもう少し泳がせようと思うの。
       今回はかなり大規模な事を考えているらしいから、何を考えているのかとても楽しみでね。
       その方が潰し甲斐があるものね」

ぞっとするような優しげな声のデレシアの言葉に、ロマネスクは冷笑した。
それは相手に対する同情と言うよりも、怒らせてはならない人間を怒らせた輩が当然迎えるべき結末を知る者の笑いだった。
これまでに彼女を怒らせた人間がどうなったのか、ロマネスクは良く知っている。

( ФωФ)「ほほぅ。
       次の停泊先があの島なのは偶然か必然か、いずれにしても興味深い事だ」

ζ(゚ー゚*ζ「おそらくは偶然だけど、おもしろい話よね。
       ティンカーベルで私達にちょっかいをかけてくるのは間違いないでしょうね」

378名も無きAAのようです:2016/08/07(日) 17:47:10 ID:eFiZr2lo0
オアシズが次に停泊するのは、“鐘の音街”ティンカーベル。
それはデレシア達の目的地であり、ロマネスク達イルトリア人にとっては深い意味を持つ土地だった。
一世紀以上前、その地でイルトリアとジュスティアの戦争があった。
その戦争は“デイジー紛争”と呼ばれ、両軍に大きな被害を出し、島に爪痕を残した。

デイジー紛争の影にティンバーランドという秘密結社の存在があると分かったのは、戦争終結後しばらく後の事だった。
その秘密結社の存在を知っている者からすれば、ティンカーベルはティンバーランドとは切っても切れない関係のある場所だ。
ティンバーランドがデイジー紛争に関わりさえしなければ、イルトリアだけでなく、ジュスティアの兵士も死なずに済んだのだ。
だがそのことを知る者は少ない。

戦争終結の際、ジュスティアとイルトリアとの取り決めにより、いくつかの歴史が“作られた”。
戦争の発端。
戦争の内容とその結末が考えられ、耳障りのいい物へと変わった。
こうして歴史にデイジー紛争が記録され、今日まで語り継がれている。

勿論、その事実を知るのは歴代の市長と一部関係者だけである。

( ФωФ)「手を貸すか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、是非お願いしたいわ。
       私達は島に行くから、その間この船にいてほしいの」

ロマネスクの提案をデレシアは受け、そう声をかけてくれることを予期して用意していた言葉を送った。
その言葉を聞いたロマネスクは僅かに考え、口を開く。

( ФωФ)「マニー坊やのお守りか」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、今この時があの子にとってはとても大切な時間なの。
       誰にも邪魔させたくないのよ。
       この船を任せてもいいかしら?」

彼女の考えを理解したロマネスクはそれを快諾した。

( ФωФ)「いいだろう。
       ところで、ブーンについて訊きたいことがある」

ζ(゚ー゚*ζ「何かしら?」

突風が吹き付け、その言葉を二人だけの秘密にしてしまう。

( ФωФ)「―――」

ζ(゚ー゚*ζ「―――、―――――」

(´ФωФ)「――」

ζ(゚ー゚*ζ「――――――」

風が止み、最後にロマネスクは嬉しそうに言った。


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