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【セ】彼方への郷愁【銀剣のステラナイツ】

1『監督死魚』:2018/10/18(木) 02:21:39

――――異端の騎士が現れる。
心と願いを歪ませた、星喰の騎士が現れる。

此度の決闘、願いの決闘場に咲き乱れるは、黒きヒルガオ、紫のバラ。


そして舞台の中央に咲くは、一輪の歪な黄色のアネモネ。



            銀剣のステラナイツ――――『彼方への郷愁』




願いあるならば剣をとれ。
二人の願い、勝利を以て証明せよ。

2『監督死魚』:2018/10/18(木) 02:27:44

†キャスト†

【黒きヒルガオ】
ブリンガー■宍戸 香音/俳優・不動
シース■有明 刃/俳優・死魚
ttps://character-sheets.appspot.com/stellar/edit.html?key=ahVzfmNoYXJhY3Rlci1zaGVldHMtbXByFwsSDUNoYXJhY3RlckRhdGEYk9_HogEM


【紫のバラ】
ブリンガー■トワレカ・ヴァニア/俳優・鳥居ひとり
シース■アレックス・グロース/俳優・不動
ttps://character-sheets.appspot.com/stellar/edit.html?key=ahVzfmNoYXJhY3Rlci1zaGVldHMtbXByFwsSDUNoYXJhY3RlckRhdGEYlN_HogEM


【黄色のアネモネ(エクリプス)】
ブリンガー◆マクア・ア・タランガ/俳優・死魚
シース◆フゥ・フィウ・ユメライ/俳優・鳥居ひとり
ttps://character-sheets.appspot.com/stellar/edit.html?key=ahVzfmNoYXJhY3Rlci1zaGVldHMtbXByFwsSDUNoYXJhY3RlckRhdGEYmN_HogEM

3『監督死魚』:2018/10/18(木) 03:36:36



              【第一章】




               【開幕】




.

4宍戸 香音:2018/10/18(木) 23:11:55

第六層、寂れた喫茶店の一角。
宍戸香音は一人、何をするでもなく、ただぼんやりと時を空費していた。
対面していた空のコーヒーカップは、今や綺麗に片付けられ。
テーブルの上には、飲みかけのオレンジジュースがあるばかり。

今も友達と呼んでくれたことは、とても嬉しかったけれど。
だからこそ、それを投げ捨てた自分が、心を締め付ける。
友達とか、信頼とか、そういったものを遠ざけるために、私は第六層に移ったのだから。
今の所、それは概ね上手く行っていると思う。問題があるとすれば―――

―――秒針が巡り、分針が巡る。鳩時計が啼き、氷が揺れる。
心臓の鼓動と、針の音が支配する中で、11時を告げる啼き声はあまりに大きく。
瞬き程止まりかけた心臓が、空白の時を取り返すべく、早鐘を打つ。

どうでもいいことに思索を巡らせていたせいで、現在時刻さえ忘れていたようだ。
これを飲み終わったら、もう帰ろう―――

5有明 刃:2018/10/18(木) 23:46:07

――――この時六層を歩いていたのは、さてどうしてなのだろう。
愛しのパートナーを探していた。
……うん、それは間違いない。
探していた、というほど積極的では無かったかもしれないけど……ここに来たのは、きっとどこかで彼女を求めていたからだ。
まず彼女の家を訪ねてみれば、不在だった。
こんな遅い時間に――――そう思って心配した、という部分もある。
もちろん、こんな遅い時間(その時は九時頃だった)に女の子の家を訪ねる方も悪いのだけど。
それでも訪ねてしまったのは、彼女を求めてしまったのは――――あの、咲き誇る黒のヒルガオを見たせいだろう。

そうしてあちこち探して回って……最後に辿り着いたのが、この喫茶店だった。
去っていく人がいて、少し考えた。
踏み入ってはならない場所。きっとあるのだろう。誰にでも。
でも……黙っていることは、どうにもできなかった。
苦手なんだ。どうしても。

「――――やぁ、カノン」

気付けば、自分は彼女の座るテーブルに手をつき、彼女に笑いかけていた。

「ああ、カノン! 何度口にしてみても、透き通るように綺麗な響き!」
「けれど、こんな時間にキミのような可憐な少女が一人……って言うのは、少し危ないよ」

視線を周囲に巡らせて、他に人は見当たらないけれど。
店長らしき人物が佇んでいるだけの寂れた喫茶店。もう一度彼女を見る。

「それほど会話に花が咲いたのかい? はは、妬けるなぁ!」

6宍戸 香音:2018/10/19(金) 00:02:23

―――失敗した。
見送らず、一緒に帰っておくべきだった。
そう。唯一の問題とは、今まさに対面で臆面もなくノイズを撒き散らす、この男―――
確か、名前は有明刃とか言ったか。ともかく、こいつである。
『迷惑』『邪魔』『ウザい』『うるさい』―――そんな、酷い言葉を投げた回数は、いちいち数えるのも億劫なほど。
にもかかわらず、まるで気にも留めずにまとわり付いてくる。何が楽しいのだろうか。
一周回って気になるところだが、聞いたら聞いたで歯の浮くような言葉を並べ立て、最終的にパンを食わそうとしてくるだろう事は想像に難くない。
結論を言えば、放って置く以外の対処法はない。

「うるさい。」

―――本当に、困る。

それだけであれば―――正直これだけでも全然良くはないが―――まだ良かったのだけれど。
                          シース
極めて厄介なことに、この男はどうも、私の武器であるらしい。
シース。ブリンガーの振るう武装となり、怪物と戦う力となるもの。
武器なら武器らしく、黙って振るったり振るわれたりするだけの関係の方が、私にとっては好ましいのだが―――
最悪なことにこの男、私の知る限り最も“黙って何かをする”という言葉と縁遠い男だ。始末に負えない。

「私がいつどこで誰と話していようが、あんたには関係ないでしょ。」

―――本当に、困る。

7有明 刃:2018/10/19(金) 00:31:35

「ははは! そっけない態度もチャーミングだねカノン!」
「もちろん、答えたくないなら無理に聞きはしないとも」
「もしも本当に会話に花が咲いたのなら、それはとてもよいことだしね!」

……うん、本当に。
彼女は少し……無理をし過ぎている。
少しでも彼女の生活に安らぎがあればいい。そう思う。
じゃあ話しかけるなって? おっと、それは難しい相談だね!

「それとも、花が咲かなかったのなら……そうだね」

テーブルに置かれたメニューを手に取り、ざっと目を通す。
……うん、あった。

「パンを食べよう! サンドウィッチがあるね。お代なら僕が出すからさ!」
「ちなみにカノンはサンドウィッチの具は何が好き?」
「タマゴ? ハムサンド?」
「僕は最近トマトサンドがおいしくてね! 瑞々しいトマトの食感が素晴らしいと思うんだ!」

8宍戸 香音:2018/10/19(金) 00:55:31

本当に、面倒なヤツだ。こっちの言葉や表情なんて気にもかけず、ズケズケと踏み込んでくる。
こっちは放っておきたいし、放っておいてほしいのに。
いちいち寄ってこなければ、いちいち嫌な事言わなくて済むのに。
だと言うのに寄ってくるから、いいたくもない事言って、遠ざけなきゃならなくなる。

「いらない。お腹、空いてないし。」

―――本当に、困る。

視線を対面から逸らしつつ、ストローに口をつける。
さっき決めたとおり、飲み終わったら、もう帰ろう。
さすがのこいつも、家の中までは踏み込んではこないし。
家に帰れば、一人に――― 一人に、なれる。
そう思えば思うほど、なぜだか心がささくれ立つ。
私が今望んでいるのは、まさに“一人になること”のはずなのに。

「―――店に迷惑。静かにして。」

―――本当に、困る。

9有明 刃:2018/10/21(日) 23:45:24

「そうかい? それは――――」

もう一度、店内を見渡す。
誰もいない。静かにグラスを拭く店主以外は。
時間が遅いのもあるし、単純に寂れているというのもある。

「――――うん、でも、そうだね」
「確かにお店に迷惑だ。少し声のトーンを落とすよ」

それでも笑って、静かに対面の席に座った。
ジュースを飲んだら彼女は帰るだろう。
ならばせめて、それまでの間ぐらいは。

「自分で言うのもなんだけど、少し興奮してるんだろうね」
「もちろん、キミがあんまりにも愛らしいものだから、動悸が激しくなってるのもあるけど」

冗談めかしてウィンクひとつ。
それから、微笑を携えながらもジッとパートナーの瞳を覗き込んだ。
宝石みたいな瞳。
……その輝きに釣り合えているかな?
少し不安になって、それを押し殺した。

「……カノンも見ただろ? 夢も、庭園の花も」

――――夢。庭園。花。
ステラバトルの告知。戦いの宣言。世界の命運をかけたそれ。
願いの成就と、世界の存亡が双肩にかかる。
実感は、ちょっと無い。途方も無くて。

「正直、気持ちが浮ついてる。緊張してるって言ってもいいかな?」
「三日……三日、か」
「もう少し早めに教えてくれると、心の整理もできるんだけどね」

10宍戸 香音:2018/10/22(月) 00:42:15

なんだ。少しは静かにできるんじゃないか。
どうして日頃からそうできないのか。
私のいない所でうるさい分には、どうでもいいけど。

―――気にはなるが、指摘するとそれはそれでなんか調子に乗りそうだ。やめとこ。

「あっそ。」

そんな事を言われたのは、果たして何度目だろうか。
もはや数えるのも面倒だということくらいしかわからないが―――
言葉の価値は、重なれば重なるほど軽くなる。嘘っぽくなる、と言い換えても良い。
『どうせ他所でも同じこと言ってるんじゃないか』とか思っちゃうわけだ。
いや、私は別に嘘で全く構わないけど。
他所で同じようなことしたり言ったりしてても、全然構わないけど。

―――何必死になってるんだか。馬鹿馬鹿しい。
それもこれも、全部こいつのせいだ。死ねばいいのに。いやホントに死なれたらそれはそれで困るけど。

「別に、あんたは気にする必要ないじゃん。」
「―――実際戦うの、私だし。」

今回の敵は、歪んだ花―――エクリプス。
わかりやすく言えば、洗脳されたステラナイツだ。
或いは―――私達がそうだったりするのだろうか。エクリプス自身は自覚を持てないとか言うし。
いや、それならこんな疑問を抱くこともない。こんな疑問が浮かんだ時点で、そうじゃないことが判るわけだ。

「心配しなくても、最初から負けるつもりとかないから。」
「いつも通り、脳天気に人生過ごしてれば。」

正直、こういう酷い言い方するのって疲れるから、あんまり言いたくはないんだけれど。
こいつ、何言ってもなんか変に前向きな取り方して調子乗るから困る。

―――本当に、困る。

11有明 刃:2018/10/22(月) 01:17:40

困ったように眉尻を下げて、苦笑する。
少し、悲痛なぐらいに。それでも、努めて明るく。

「だから、落ち着かないんだけどね……」

シースとブリンガーは、本人の意思か……精神的な適性で決まるという。
宍戸香音は前に立つ精神性を持ち、有明刃は他者を支える精神性を持っていた。
……それだけのことなのだろう。
いっそ、残酷なまでに。

「負けることよりも、キミが傷付くことの方が怖いよ」
「どうしようもないことなのは、わかってるけどね」
「僕にできるのは、パンを焼くのと……キミと一緒にいることぐらいさ」

ステラバトルの間、シースは何もすることができない。
ただそこに在るだけ。
手を貸すことも、代わりに戦うこともできやしない。

「……でも、ありがとう」
「心配してくれるんだね。嬉しいよ!」

だからせめて、笑顔ぐらいは。
それぐらいは作れる。幸せを噛みしめることと、それを伝えることはできる!

「そう――――そう、来週ウチの店で新作のパンを出すんだ!」
「これがまた絶品でね。チーズでコーティングしたやつなんだけど、出来立てだとトロっとしたチーズのまろやかさがそのままで……」
「是非カノンにも食べてもらいたいな!」
「一口食べれば、ただでさえチャーミングなキミが笑顔でさらにチャーミングになること請け合いさ!」

12宍戸 香音:2018/10/22(月) 22:06:27

どうせ、傷つくことは避けられない。戦いがどうとか、そういう話じゃない。
生きるとはどうしようもなくそういうもので、傷を避けては生きられない。
どんなに注意していても、唐突に何かを失ったりする。
大切なものが傷つくのは辛いし、失うことはもっと辛い。
ましてやブリンガーには、戦いを避ける選択肢なんてない。
普通に生きるよりも、傷つく機会は増えるし、失う機会も増える。

―――だったら、大切なものを作らなければいい。
それが、私の至った結論で。生活費がどうとか、そういうのはただの言い訳で。
大事だったものを投げ捨てて、なんとか一人になろうとした結果が、今の有様なのだ。

「だから……それが迷惑だって言ってるの!」
「辛いのが判ってるなら関わらなきゃいいのに、なんでわざわざ―――!」

自然、声が荒ぐ。店に迷惑だ、なんて、どの口で言ったのか。
がなり立てて当たり散らして。本当に、最低だ。
自己嫌悪で潰れそうになるけれど。今更そんなの表に出せるわけもなく―――

「―――帰る。」

――― 一方的に話を打ち切って、夜の闇に駆け込んだ。
残されたのは、溶けかけの氷だけが入ったコップと、いくらかの金銭。そして君。
氷の崩れる澄んだ音が、ひときわ大きく響いた気がした。

13有明 刃:2018/10/22(月) 22:59:02

「っ、カノン!」

手を伸ばす。
伸ばした手は、虚空をかいた。
その背が離れていく。
届かない。
今は、まだ。

「…………はぁ」

ため息一つ。
肩を落とし、行き場を失った手で頭を掻いた。

「……しまったなぁ」

少し、気が急いたかな。
それとも、向こうも気が急いているのか。
……いや、両方か。
仕方のないことだ。花はもう、咲いているのだから。
死。そして願い。
心を掻き乱すに足るそれら。
仕方がない。その一言で、済ますわけにも行かないけれど。
やるべきことがある。
やりたいことがある。
なら……なら、きっと。

「やめる理由はどこにも無い――――うん」

「やめる理由はどこにも無いぞ、僕」

クス、と笑みを作る。
くよくよしている暇はない。
店主に騒いだことを一言詫びて、彼女と同じく店を出た。
その背はもう、どこにも見当たらなかったけれど……心の炉心で、薪が弾ける音がする。
――――そんな、気がした。

14『監督死魚』:2018/10/22(月) 23:00:17








                         【暗転】







.

15トワレカ・ヴァニア:2018/10/23(火) 01:26:10

寂しい夕暮れが横たわっていた。
いつも学友と過ごすカフェテラスの、
なんてことはない夕暮れだったけど、
私の気持ちがそう彩っていたのだろう。

もう、時間はあまりなかった。
シンデレラのように時計の針も忘れて踊れたら、
どれほどよかっただろう――――

けれど残酷なことに、近付いてきているのは魔法が解ける時間ではない。
魔法の時間だ。終わりではなく始まりだから、忘れさせてはくれなかった。

「あなたと……こうしてカフェで話すのは初めてだよね。
 時間を取ってくれてありがとう…………私の『シース』」

何度か話した事があった。
何がきっかけだったか、そんな事より。
そのひとの物語は私にとって宝石だった。

「……なんてね。ねえ、アレックスさん。
 あなたと私で『ステラナイツ』だと聞いた時、
 ほんとうにびっくりしたんだ。ほんとうに……」

だからその物語の続きを演じられるなら、
それはとても、とても……………

「…………よかったと思っているんだ。本当にだよ」

やや陶酔的になっている自分に気づいて。
それから――せっかくカフェを選んだのに、
いつまでも空っぽのままのテーブルを見て。
ちょっといい椅子しか意味をなしていないと気付いた。

「……あ、ごめんなさい。これ、メニュー。
 コーヒーゼリーがおすすめだけど、
 そういう甘い物って……食べたりする?」

見事な革装丁のメニューを彼に渡す。
名前は知らないけど、いつかの卒業生が作ったものらしい。
この学園には芸術があふれている――――そう、あふれている。

だが、目の前の彼ほど気高いものは、その中にどれほどあるだろう?
私は、『アレックス・グロース』という、この虚飾の庭に不似合いな〝隣人〟を尊敬している。

16アレックス・グロース:2018/10/23(火) 02:16:35

アレックス・グロースという男を一言で表すなら、『地味』であった。
仕事は真面目。人付き合いは良くも悪くもなく、普通。
服装の趣味は―――元の世界と基幹世界で数年ばかり時間軸のズレがあるせいか―――やや古い。
ボランティア活動くらいしか趣味らしい趣味のない、平凡で、善良なだけの男―――

―――それが、アレックス・グロースという男の、周囲からの評価であった。
それは、或いは用務員という立場においては、優れた点なのかもしれない。
用務員の仕事は、芸術とは対極に位置するもの。
地味な、誰でも知っているだろう当たり前の作業を、ただただ寡黙にこなすものだ。
例え職場が芸大であろうとも、それは変わらない。むしろ他の場所よりも地味でなければならないくらいだろう。
日常とは、あくまでも芸術の引き立て役にすぎないのだから。

「いや、構わない。」
「あまり、こういう洒落た店には入らないから、不作法がないと良いが……」

しかし、君は知っている。地味な男は表の姿に過ぎない。
        ..・ ・ ・ ・ .・ ・ .・ ・  .・ .・ .・ ・ .・ .・ .・..・ .・ ・ ・ .・ .・ .・
彼の本質は、マスクで顔を隠し、違法な自警活動を行う危険人物である。

―――言い方が悪かった。いわゆる『ヒーロー』というやつだ。
スーパーはつかない。山を持ち上げるようなパワーもないし、目からビームも出せない。
いくら相手が悪党と言っても、私刑を下すのは当然違法行為だ。故に彼は、公的には悪人ということになる。
だから、マスクで顔を隠すわけだ。もちろん、周囲の人間に害が及ばないようにという意図もあるが。

彼にとっての君は、職場に通う生徒という以上のものではない―――もちろん、正体を知る、という枕詞は付くが。
偶然目撃したのか、或いは助けられたのか。それは私の知るところではない(自由に決めてくれて構わない)が―――ともかく、君は彼の正体を知っている。

「そう面と向かって言われると、少し照れくさいな……」

「どうも……とりあえずコーヒーを一杯。」
「あー……まあ、食べるよ。甘いの。スニッカーズとか。」

とは言え、こういった機会にはさほど慣れていない。
何しろ仕事にボランティア活動にヒーロー活動と、なかなか忙しい人生を送っている身だ。
どこかの鉄の男やコウモリ男のようにプレイボーイというわけでもない。
有り体に言えば、まず周囲から浮いていないか心配というのが第一。
面と向かって褒められる事に、あまり慣れていないというのが第二であった。

17トワレカ・ヴァニア:2018/10/23(火) 05:27:25

トワレカは上層で生まれ、上層で育ち、上流に生き、芸術を育んだ。
童話を読み漁った。伝承を聴き漁った。いつしかそれを舞い演じる舞台にいた。
書く道や描く道、撮る道に進まなかったのは彼女の中では疑問すらない。

「照れくさいかい? 実はね、それは……私もなんだ。
 ごめんね、私……あまり、こういう『人と組む』事が無くて。
 剣舞は一人か、大人数の中の一人だから。『二人』は初めてなんだ。
 それも……あとで一人になる二人なんて、本当に前代未聞なんだよ」
「つまり、素晴らしいって意味なんだけど」

舞いは己を芸術にする事。それゆえ、彼女は華美で、瀟洒でいた。
脚をばたつかせるのは水面下でのみ。地に足着けず、浮かび続ける。
それは自警団(ヴィジランテ)――――土地に根付く英雄譚とはかけ離れている。
だからこそ、尊敬していた。道なき道を地に足を着けて歩み続ける者を。

「私は…………そうだね、私もまずは『コーヒー』にしようかな」

アメリカンとかブレンドとかエスプレッソとかカプチーノとか、
そういう事をするのは抜け駆けのようで、なんとなく憚られた。
注文を終えてウェイトレスが去ってから、少し声を潜めて。

「……なんだか、かしこまったカフェを選んじゃったんだよね。
 …………いつもこういう所しか来ないわけじゃないんだけど、
 大事な話をしたいから。そういう時、こういう所を選んでしまうんだ」

とはいえ客は少なかった。そういう時間を選んだのは正解だったか、
おせっかいだったか――――きっと少し余計な、気を揉んでしまう。

「……ええと、ああ、そうだ」
「スニッカーズというのは確か……チョコレートの仲間だよね?
 そういうフウに聞いたような、聞かなかったような気がする。
 あのね、ここはチョコレートケーキも美味しいんだ。ふふ……」

気が急いていた。『その時』が近づいて来て、それが戻る事は無い。

「それで……そう。今日呼んだのはね、アレックスさん」

一呼吸。大事な事は消えない。ゆっくりでいい。

「あらためて話がしたいんだ」
「『ステラバトル』という最高の舞台を――――貴方と最後までちゃんと演じ切るために。
 私は貴方の事を少しは知っているけど、それは本当に『わかってる』ことじゃあない。
 あの日のヒーローとしての貴方じゃあなくて、貴方という物語、そのものをわかりたいんだ」

「……っていうのも、ちょっと照れる言い方な気がするね。でも、言い方を変えても気持ちは変わらない」

我ながら、熱っぽい文句だとは思った。その熱のまま戦えれば、それが私にとって魔女の魔法なのだろう。

18アレックス・グロース:2018/10/24(水) 00:41:42

要素を並べれば並べるほど、痛感する。彼女と俺は、何もかもが正反対だ。
普通なら、関わる機会を持つことさえ、まずなかっただろう。
それが良いことなのか悪いことなのかは、わからないが。

「正直に言えば、少し意外でもある。」
「大体、あー……怖がられたりすることの方が多いから、正直珍しいというか。」

「君のように、華やかな御婦人からパートナーになることを歓迎されるとは、その……正直、思ってなかった。」

自分の活動が、端的に言って、その、なんだ。
異常な行為であることは、理解している。
何度か警察に追われたこともあるし、法規制と戦った事もあった。
特にこう、表面上平和な時ほど顕著なのだ。そう―――

―――『ヒーローって、必要?』なんて言い出すのは、いつだって平和に暮らしてる善良な一市民だ。
まあ、背後に悪党の影があることも、往々にしてあるんだが。

「そうなのか? ……てっきり、いつもこういう店で優雅にティータイムを楽しんでいる物だとばかり……」
「あー、いや、その、気分を害したらすまない。そういうイメージがあるというか、そういうのが、そう……すごく、似合うもんだから。」

なんとなく、普段より饒舌になっている自覚はある。
慣れない状況では、自然と口数が増えるか、逆に減るものだ。

「……チョコバーだよ。小さくて、安くて、高カロリー。」
「まあ、でも、そうだな。せっかくだし、後で頼もうか。チョコレートケーキ。」

と言っても、それはあくまで慣れない状況に起因するもの。
戦いを前に浮ついている、とか、そういうのではない。
何しろ俺は、経験者だ。いや、武器に変身して振るわれた経験は流石にないが。
少なくとも、俺は一度あの怪物と対峙した事がある。その時はまあ、戦いというほどの物にもならなかったが。
それでも、前に立つだけで足を引っ張りかねなかった当時より、現状は恵まれていると言えるだろう。
実際に戦うのが、彼女のような御婦人だという点に関しては、少々思う所もなくはないのだが―――

「確かに、そうだな。俺も、君のことをよく知ってるわけじゃあない。」
「君は俺を安心して使うために、俺は君に安心して使われるために。互いに互いを知る必要があるだろう。」

どうでもいい―――聞かれても問題ないって意味で、意味がないってわけじゃない―――話から、声のトーンを落とす。
言ってみれば、それまでが普段の、ここからはマスクを被ってる時のトーン、というやつだ。
もちろん、他人から声を聞かれにくくする意味合いもあるが―――どちらかと言えば、意識を切り替える意味合いの方が強い。
あたかも役者が役に入り込むように。地味な男のアレックスから、路地裏の私刑執行人へ、意識をスイッチする。

「俺のことを話す前に、まず確認しておきたい事がある。」
「君はなぜ戦う? 何を願い、何を求める?」

ステラバトルに挑む者は、例外なく何らかの願いを持つ。
しかし今の俺は、自分の相方の願いさえ、満足に知らない。
パートナーの願いは、例外なく自身のそれに近いものであるそうだが―――
それでも、何かしらのズレはあっておかしくない。まず確認すべきは、そこだ。

19トワレカ・ヴァニア:2018/10/24(水) 04:20:07
>>18

「へえ…………ありがたい食べ物なんだね。一度食べてみたいな。
 実は私もね、チョコレートは好きなんだ。コーヒーゼリーは皆のお勧めだけど、
 チョコレートケーキは……実のところ、私のお気に入りなんだよ。ぜひ頼もう」

チョコバー。きっと彼の――――故郷の食べ物なのだろう。
この世界に似た物があるのだろうか。同じ物が伝わっているだろうか。
それでも、記憶の中にあるのなら――――『料理』もまた、『芸術』なのだろう。

「これは…………私の夢にも関わる事、なんだけどね。
 貴方の過去、今、それは確かに……少し『怖い』かもしれない。
 それを取り繕うのは主旨に反するから。でも、失礼な事だ……ごめんなさい」

「…………」

このカフェにはいろんな客がいる。みんな綺麗な恰好をしている。
紅茶もコーヒーもこのあたりのお店では一番値段が高くて、
味も――――味は人によるだろうけど、平均点で見ればきっと一番だ。

「こういう『カフェ』とか、私が着ているこの『服』とか。
 似合う? ……ありがとう。頑張って似合うようにしてるんだ。
 頑張って。……自分で言うのもどうかとは思うんだけどね、
 こういう考えというのも、教えておいた方が良いかなって思うんだ」

トワレカ・ヴァニアが大事な話をするのに使うカフェは『こうあるべき』だし、
そこに来るために引っ張り出してきたこの服は高かったけど、『こうあるべき』だ。
もっと言うなら、その服を着るために、細身なこの体も『こうあるべき』なのだ。
それは誰かに決められた事じゃあない。強いて言うなら『ミューズ』が決めた。

「っ…………」

その男の空気が変わっているのは、英雄ではない自分でもわかった。
いや、英雄ではないから――――『舞台』に立つ者だから、わかった。
目の前の英雄が、その『変身』がとても、『儚い』ものだとわかった。

「そうだね、一言で言うなら」

「私は……………………『芸術』を作り出したい。いや、『芸術』になりたいんだ」

「だってね、『芸術』は…………不滅なんだよ。ねえアレックスさん。
 いや、芸術という言葉だけじゃあ表せない。『心に残る物語』は『不滅』なんだ」

がたっ、と音を立てて立ち上がった自分に後から気づいた。
今から座り直すのも気恥ずかしくて、そのまま話すことにした。
強く握った拳には、気づいていなかった。
集まる視線は気にする理由もなかった。

「…………ああ! 『不滅』という言葉の、なんて甘美で素晴らしい事だろう!
 食べ物も、服も、お店も……人間も。『形ある物』はいずれなくなってしまう」

本で――――映像でしか知らない。何処かの世界の〝隣人〟が、
滅んで行く自分の故郷を綴ったものを、昔見たことがあった。

「………………………………世界も。でも、そこで生まれたものは。
 それを見て、聴いて、知って。心に刻んだ誰かがいるものは。
 不滅なんだ。抽象的な話じゃない。……どこかで『再演』出来るんだ。
 誰かが覚えていれば、元とは少し違っても……それはこの世界に、残るんだ」

悲痛な芸術だった。だけど、その世界のことは――――それを見た人は覚えている。
その人のこともだ。名前だって憶えている――――その人は当の昔に、『なくなった』。
生まれた全ては消えていく。だが、『残す』事は、『継ぐ』事は出来る。それは『希望』だった。

かたん、と椅子に腰を落とした。
自分の熱に不釣り合いで、でも、そこから作られた軽い音だった。

「そういう存在になりたい…………
 なるための『大舞台』を整えるのが、私の夢だよ」

そうなる事自体が『ステラバトル』で叶えたい夢じゃあない。
それは手っ取り早いかもしれないが、『ステラバトル』でしかない。
戦いの延長上で、本来経るべき物語を飛ばして――――それがいつまで『残る』?

なにせ『ステラナイツ』は、自分達だけじゃあない。だが、『トワレカ・ヴァニア』は一人だけだ。

20アレックス・グロース:2018/10/24(水) 22:43:24

余計な口は挿まない。今は必要ないからだ。
彼女の言葉が流れる内は、自分の言葉は必要ない。
ただ静かに、言葉を一つ一つ咀嚼する。余分な主観は挿まずに。

聞けば聞くほど、彼女と自分は何もかも正反対だ。
育ちも、価値観も、立っている場所も、見ているものも。
彼女はどこまでも華やかに刹那的で、俺はどこまでも地味。
しかし―――それでも、似ている所もあった。

「……なるほど。」

何もなかった俺が、悪党と戦うために、マスクを被ったように。
彼女もまた、何かと戦うために、華やかな仮面で自らを飾っているのだ。
人はいつか死ぬ。形あるものは、いつか失われる。
いつ自分が死んでしまうかはわからない。
けれど、何も残せぬまま、ただ死ぬのは嫌だ―――

―――彼女の言葉は、そんな悲痛な叫びに聞こえた。
思えば、この足元のなんと不安定なことだろうか。
かつて滅んだ故郷のように、全ては危ういバランスの上に立っている。
彼女が彼女なりに考えて出した結論ならばこそ、それを否定する事は憚られた。
しかし。たった一つ、何かを残しただけでおしまい、というのは―――
なんだか少し、勿体ないように思われて。つい、尋ねてしまう。

「……何か一つ残したら、それでおしまいか?」

何かを残したい、という思いには、思うところもあった。
ゴミを拾えば、その分だけ道は綺麗になる。
悪党をぶちのめせば、その分だけ悪党は減る。
些細な自分の行動で、何かが変われば―――なんて。
現実は、そう単純なものではなかったけれど。
俺は、最後まで後悔したくないから。
パートナーである彼女にも、後悔するような選択は、してほしくないのだ。

「……ああ、すまない。連れが騒がせた。」
「話の流れで、ついテンションが上ってしまっただけなんだ。悪気はない。」

「ああ……それと、追加でチョコレートケーキを2つ頼む。」

気がつけば、すっかり注目を浴びてしまっていたようで。
『これ持っていって良いのかな?』みたいな顔でコーヒーを運んできた店員に謝罪したり、追加で注文を入れたりして、場の空気を流す。
注目を浴びるのは全く得意ではないのだが―――今回ばかりは、仕方ないと割り切ろう。

21トワレカ・ヴァニア:2018/10/24(水) 23:50:55

「…………アレックスさんは、『それ以上』を望むの?」

つい、純粋な悲観論者が口を突いて出てしまった。
それ以上なんてあるの? それ以上を望んでいいの?

「アレックスさんは、……『その先』を…………」

芸術を生み出して、人の『記憶』に永遠に刻み込んで、
それで、それで――――その先、そんなものはあるのだろうか?
作品をたくさん作り出す事? それとも『広報活動』でもして、
あちこちにたくさん自分の銅像でも建てる事? 写真を残す事?

自分とは違う人間で、かけ離れた存在で、英雄だった。
自分と同じ夢を持っているとはもちろん思っていなかった。
だが、自分の『夢の先』を――――彼は、見ているというのだろうか?

それから――――集めた視線が彼には良くない物だと気づいた。

「……ああ、ごめんなさい。つい、熱くなってしまって。
 いや、心配ないよ。『芸術』について語らってるだけなんだ」

学内カフェの客はもちろんというわけでもないが『知人』達で、
怪訝そうな眼と好奇を向けられてしまうけど、私はそれでいい。

「どんな話かは今度……、今度教えてあげるよ。
 またここに来るから、その時はキミのお勧めの、
 コーヒーゼリーをお供に大いに語らおうじゃあないか」

格好悪いとかじゃなくて、『何をしているのか』という視線は、
自分という芸術を引き立たせる――――少し、『粗い』けれど。

「…………私達『ステラナイツ』の『夢』は、近い物らしいね」

ともかく言葉でかわして、知人たちを去らせ、
それからアレックス・グロースに向き直る。

「貴方の夢は、私に近い物なんだと、そういうことなんだよね。
 私は……『一つでも残したい』と思っているけれど、
 貴方は…………貴方の夢は『どういうもの』なんだろう。
 貴方はこの世界で、どんな『英雄譚』を生きようと言うんだろう」

「次は………………ねえ、貴方の事を聴かせてくれる番、だよね?」

彼まで目立たせて申し訳ない気持ちはあるけれど――――『答え』が欲しい。
正解が欲しいんじゃない。己の振るう武器になる彼は、『何を願い』『何を求める』?

22アレックス・グロース:2018/10/25(木) 01:46:29

「ただ一回パッと咲いて、パッと散って……それで満足できるのか?」
「明日はもっと上手くできるかもしれないと、そう思わないのか?」

彼女は『ここまでできればいい』という明確なボーダーを敷いている。
俺にはそれがない。己の限界を認めるのであれば、俺はとっくにマスクを捨てているだろう。
恐らく、それこそが、俺と彼女を隔てるものなのだろう。
持つ者が自分の可能性に蓋をして、持たざる者が未来を信じる。皮肉なものだ。

「それだけの自負と才能があって、未来に向けて努力もしている。にもかかわらず……」
「自分で可能性を閉じてしまうなんて、とても勿体ないだろう。」

一つの芸術で満足してしまえば、心を動かせる人の数もそこまでだ。
じゃあこれが二つなら? 乱暴に計算すれば、二倍の人の心を動かせる可能性がある。
三つなら? 四つなら? 可能性は、無限大だ。
きっと、そんな無限の可能性に満ちた未来を描く力を―――人は、希望と呼ぶのだろう。

周囲の注目は、所詮一過性のものだ。
やがて再び、周囲の目が離れてから、再び口を開く。

「……そう、らしいな。」

逆に言えば、必ずしも同じものとは限らない。
だからこそ、こちらもどの程度のズレがあるかを把握したかったのだ。

「英雄というのは、柄じゃあないが……」

コーヒーを一口。高いだけはあって、特に何も入れなくても美味い。
いつかカネがない時に街角のオバさんが奢ってくれた、泥水みたいなコーヒーとは大違いだが―――
不思議とあのクソ不味いコーヒーが懐かしく、少し寂しい。

「……俺は、どうも君より強欲らしい。一つじゃとても満足できない。」
「いつまでも平和な時間が続いて欲しい。悪党に泣かされる善良な人々に救いが欲しい。」
「悪党には正当な裁きが下って欲しい。歩くなら綺麗な道がいい。」
「滅んでしまった世界を救いたい。滅びに瀕する世界を救いたい。」

きれいな道を歩きたいから、ゴミを拾うし落書きも消す。
悪党が少しでも減ってほしいから、マスクを被って悪党を殴る。
神様にばかり頼るのもなんだから、できることは可能な限り実践しているが―――
さすがに個人の努力では、世界を救うとか、そういったことには手がとどかない。
だからこそ―――

「誰もが希望を信じて生きていける、当たり前の未来が欲しい。」
「誰も彼もが救われて、それでめでたしめでたし、って感じの……あー……ハッピーエンド! って感じの世界を、歩きたいんだ。」

―――マスクを捨てても、後悔することのないような。
そんな、普段なら手の届かない未来こそ、俺が望むものなのだろう。
願いの成就に至るまで、どれだけの戦いを重ねれば良いのかもわからないけれど。
それでも、手が届くのであれば、手を伸ばさない理由にはならない。

23トワレカ・ヴァニア:2018/10/27(土) 00:09:20

「明日はもっと上手くできるかもしれない。
 そのまた明日は。また明日、明日、明日。
 いつか明日が来なくなるまで……
 繰り返すのも良いかもしれないけれど、
 ……『今日こそ』と思うから、芸術なんだ」

そう口にしてから、喉の奥から湧き出してくる言葉があった。
それは『トワレカ・ヴァニア』が言うべき言葉ではないのだろうが、
『アレックス・グロース』のブリンガーは、言うべき言葉に思えた。

「……そう、思っているんだ」

「それは……私は怖いのかもしれない。どこかで閉ざさないと、
 閉ざす事も出来ないまま終わってしまうかもしれないから。
 …………いつまでも『明日』を信じて舞えたら、それは、
 どれほど希望に満ちた芸術なんだろうね。……私は、出来ない」

私は絶望だ。

絶望に舞う。

絶望だから、舞える。
そう思っている。

「でも―――――――――――――『ハッピーエンドの未来』、か」

なにせ、全ての形あるものはいずれ滅びる。
だから、誰かの未来の『世界』に希望を託してこなかった。
託すのはいつも自分で。世界ではなく物語に託していた。
だから、自分を何処までも磨き上げる事が出来た。
だから、何かが終わっても語り継がれるものに賭けた。

「いつか壊れてしまう世界だから、
 壊れても語り継がれるものになりたい」

「けど、本当は……壊れないのがいいに決まってるんだ。
 壊れるはずのない世界で、私の芸術がずっと残ったら。
 ハッピーエンドのあと、ずっと幸せなまま、
 当たり前の日々を繰り返すことが出来る……
 芸術になった私が親しまれ続けるのが、そんな世界なら」

……だから、ハッピーエンドがずっと続くなんて今だって思えない。
思えないことを、目の前の英雄は、これほど真剣に語っている。
夢を見ているのではなく、現実に手を伸ばそうとして、伸ばしている。

私には出来ないことだ。

終わることなく続く『平和な未来』を、信じてしまいそうなほどに。

この人は出来るのだろう。

「それは、かけがえのないくらい……素晴らしい事だと思う」

自分が行けないところにいる人と、舞う事が出来る。
その剣を携えて、『トワレカ・ヴァニア』を超える芸術になる事が出来る。

「だから私は……貴方とのステラナイツで良かったと、本当に思うよ!」

いつか洗練した動作でコーヒーカップを傾ける。

自分の『ステラバトル』が、自分という存在だけではなく、
世界そのものを素晴らしい物語へと昇華させるものになるのは、
この戦いが自分だけではなく――――二人の『ステラナイツ』で織り成す『英雄譚』だからだ。

24アレックス・グロース:2018/10/27(土) 02:26:35

「……本当に真逆だな、俺達は。」

華やかな絶望。密やかな希望。
これほど対象的な二人も、そうそうないだろう。
けれど、だからこそ決して互いを否定しあわず、尊重しなければならない。
俺達はパートナーで、互いに互いの願いを背負い合う関係なのだから。

そりゃあ、いつかは世界も滅びるだろう。けど、それがいつかはわからない。
人だって、いつかは必ず死ぬだろう。けど、それがいつかはわからない。
だからこそ、人は懸命に生きる。それは、俺の故郷も変わらない。
だが、しかし。それがクソッタレな怪物のせいだとするならば、これほど腹立たしい事もない。
当たり前に生きて、当たり前に死ぬ。そんな、当たり前の人生を思うことすらできないなんて―――俺には、許せない。
けれど、それはあくまで俺の都合で、俺の考え方だ。彼女のそれではないし、それを押し付けるのも良くない。
彼女には、彼女の考え方があり、彼女の都合があるのだ。
だから俺は『こういう考え方もないか?』くらいしか言わないし、言うべきじゃあない。

「永遠に語り継がれるってことは、つまり……語り継ぐ誰かが、存続し続けてるって事でもある。」
「俺と君の願いは、全く違うようで……得られる結果は、案外似てるのかもしれないな。」

永遠に残る、輝かしいものを残したい。それが、二人の願いの本質である。
ただ、残したいもの―――輝かしいと思えるものが、少しばかり違うだけ。
俺にとっては、それが平和な世界で。彼女にとっては、自分の残した芸術を語り継ぐ誰かである。それだけだ。
形は違えど、何かを残す事―――それを受け取る、他の誰かが存続する事を、二人とも望んでいる形になる。
なら、折り合いはいくらでも付けられる。

「ありがとう、お嬢さん。」
「肝心の戦いの場では、何もできなくなっちまうが……まあ、よろしく頼む。」

「まずは間近に迫るステラバトルからだな。ここで躓いていたら、それこそ願いを叶えるどころじゃあない。」
「……お互い、悔いを残さないように頑張ろう。」

ステラバトルの舞台において、シースは物言わぬ武具となる。
口を出す事も、体を張って盾になることも、俺はできない。
正直に言えば、歯痒い面もある。叶うことなら、彼女に代わって直接戦いたいというのが本音だ。
しかし、今更役割を交換できるわけでもない。なら、現状を直視した上で、出来る限りのことをしよう。
幸い彼女は華やかで、才能がある。本懐を果たすまでは、貪欲に生きようともするだろう。
願わくば、全てが終わったその先に―――何か希望を持つことができたなら、最高なのだが。

25トワレカ・ヴァニア:2018/10/28(日) 23:07:41

「そうだね…………こんな機会じゃなければ、
 少なくとも一緒に踊る事はなかっただろうし、
 それに、一緒になって戦う事も無かったと思う」

正反対。郷愁する過去も、目に見える景色も、辿り着く未来も。
未来も――――そうではない。未来だけ不思議と、近い気がした。

「……それに、こんな機会じゃなければ。
 私は気づかなかったのかもしれない。
 そうだね、私の夢も……『誰か』がそこにいる」

「私だけで叶う夢だと思っていたかもしれない。
 私だけのための夢でしかないんだって……
 私は芸術になりたい。でも、その芸術を、
 語り継いでくれる誰かも……きっと守りたいんだ」

望んでいる終幕は違っても、そこまでは共に進む事が出来る気がした。
それはとてもうれしいことだ。絶望と希望が歩み寄れるのだから。

「よろしく、アレックスさん…………うん、二人で頑張ろう。
 どんな敵が現れるのか……私には、想像も出来ないけれど」

「どんな恐ろしい壁が現れても……『夢』のためなら、私は舞える!」

そう言って、笑った。
私は絶望の『紫のバラ』。
焼野原より、穏やかな草原にこそ似合う花。

全ていずれは散る身――――だけど、それは今のはずがない。
なにかを残すまで。残すための未来を創り出し、守るまで。
恒久の平和が約束された、幸せな未来――――そこで鮮烈に咲き誇るため。

あるいは、その先に……何かが、あるのだろうか。それを、知るために――――?

26『監督死魚』:2018/12/03(月) 23:26:10








                         【暗転】







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27マクア・ア・タランガ:2018/12/03(月) 23:45:28

アーセルトレイに、海はない――――初めてそのことを知った時の奇妙な喪失感を、今でも覚えている。
もっとも、喪失というのも奇妙な話だ。
マクア・ア・タランガは、かつて基幹世界にあったという海を知らない。
彼が知る海は彼の故郷のもの……雄大に、無限に広がる大海原。
だからアーセルトレイに海が無いからと言って、彼が喪失感を覚えるのは少しズレている。
わかっている。そんなことは。

それでも――――海が無いという事実は、彼の故郷が滅んだという事実を強く認識させた。
世界の果ては水平線ではなく、壁。
どこまでも続き、人々を身守り、慈しみ、恵みを与え、時に牙を剥く、あの母にして父なる海は、もう。

今でも思う。
コンクリートで塗装された街を歩く度、言いようのない感情がこみ上げる。
吹き抜ける風から潮の香りがしないことに気付く度、自分は失ったのだということを強く自覚する。

……だからせめてと、マクアは海洋保護区に足を運ぶ。足繁く。
例え人工的に作られたものだとしても、その果てにあるのが無機質な壁だったとしても……彼が感じられる、僅かな海。
海洋保護区とは言え、要するに海水浴場だ。
周囲は観光客でごった返しているし、彼の故郷とは似ても似つかない。

…………それでも、ああ、それでもなのだ。
岩場に腰かけ、潮風を受ける。
この瞬間だけが、彼の心を慰める瞬間だった。

「…………夢を」
「見たんだ」

呟く。
巌のような巨躯から、静かに。

「俺はカヌーに乗り……魚を追っていたんだ」
「投網を引くと、魚たちが網の中で跳ねていて……」
「……俺はその魚を担いで、家族たちの下へ帰る」
「…………そんな、幸せな夢だった」

ゆっくりと、語る。
……誰に?
決まっていた。
――――傍らにいる、己のパートナーに。

28フゥ・フィウ・ユメライ:2018/12/04(火) 03:06:11

傍には少女がいた。岩場の、少し高いところに立っていた。

「マクアくん、わたしも夢を見たんだよ。
 なんだと思う? バーベキューの夢!
 しあわせな夢だよ。しあわせな夢なんだよ」

身体は羽のように軽く、小さい。
まるでこのにせものの箱庭のように。
かつてその容貌によく準えられた鳥は、
今はにせものすら、どこにもいなかった。

「なにせ、わたしは肉が好きだからね。
 見て。ウミってやつにいるというのに、
 ウシってやつの肉を買ってしまったんだよ」

「まあでも…………これも、ある意味、
 今しか食べられないものではあるかな!」

いわゆる『海の家』のような割高物販で、
サカナではなく『肉串』をわざわざ選んだ。

「これは夢の話の続きだけどね。バーベキューは、マクアくんと二人でしてた!」
 
「わたしは肉ばっかり焼いてしまうんだけど、
 マクアくんは野菜も焼けなんて言ったりしなくて、
 むしろ自分も、サカナばっかり焼いてるんだよ。
 ああ、見たことないサカナばっかりだったなあ……!」

くすくす笑いながら、一本だけ差し出した。

「とてもしあわせな未来予想図だったんだ。きっと正夢に出来ると思ってる!
 この肉は、その気持ちのおすそ分け。食べないならわたしが全部食べてしまうよ」

?この肉は匂いが良い。肉の匂いでもない。調味料の匂いしかしない。
ここに海の匂いがあっても、なくても、なんにも関係ない匂い。
そんな、なんの景色もない匂い。だから悲しい気持ちもない料理な気がする。

まあ海の匂いってぜんぜん知らないけど。
というか海自体知らないけど。それを知れる日は、きっとそう遠くない。

29マクア・ア・タランガ:2018/12/05(水) 04:19:59

「…………ふ」
「そう、か……そうか」

それはきっと、幸せな夢だった。
二人で一緒に、思い思いに食事をして。
お腹いっぱいに魚を食べることができたら、どれほど幸せだろう。
この手で取った魚を焼いて食べるということが、どれほどに。

「……ありがとう」
「一本、もらおう」

亀のようにゆっくりと首をめぐらし、肉串を受け取る。
原始的な料理。
わざとらしい匂いが鼻孔をくすぐり――――そして、気付いた。

「……………………」

肉串を食べようと開けた口を所在無く閉じ、串を下ろす。
気付いた。
……気付いて、しまった。

「…………俺の」
「俺の鼻が、おかしくなったのかと思ったんだ」
「詰まるかなにかして……においを、感じなくなったんじゃないか、と……」

匂いはした。
わざとらしい、調味料の匂い。
鼻はイカレてなかった。


「――――――――潮の香りが、しないんだ」


しない。
感じない。
海の香りを。潮の香りを。
今まで、例え偽物であったとしても、例え作り物であったとしても、それでも潮の香りがするからここに来ていたのに。
それがしない。
なぜ?
今まではしていたのに。
確かに、ここは海だったのに。

「……また」
「遠くなるのか……?」
「海が……遠くへ……」

まるで、『世界が敵になってしまった』みたいだった。
……いいや。
あるいは最初から……世界が味方だった時なんて、無いのかもしれないけれど。

30フゥ・フィウ・ユメライ:2018/12/06(木) 23:48:28

「そうだよ。そうなんだよ。
 さあお食べ――――マクア、くん?」

差し出したものはいいものではなかったかもしれない。
だけど、パートナーの顔にはそういうのとは違う悲哀があった。

「潮の、香りか」

「わたしには最初から分からないけれどさ。
 マクアくんがそう言うなら、きっと無いんだね」

潮風、というものが吹いた。
なんのにおいもしない風だ。

もちろんにおいはする。肉、調味料、塩素。
けど、わたしのいた場所に、そんなにおいはなかった。

草原。空。風。動物はここにもある。
けど、それは何も無いのと変わらない。

「にせものは、やっぱりにせものなんだ。
 でも大丈夫だ、大丈夫だと思うんだよ。
 わたしたちは、『ステラナイト』だからね!」

だから笑った。
清々しいほどにせものだから。
わたしだけのにせものじゃないから。

「わたしたちの『願いごと』は同じだろ?
 それはとても単純で、すてきな希望ってやつさ」

「取り戻そうよ。わたしたちの記憶まで、遠くに行ってしまわないうちに」

31マクア・ア・タランガ:2018/12/11(火) 16:06:00

「……そう、だな」
「俺たちは、『ステラナイト』だ」
「戦って……願いを、叶える」

それは、不思議な幸福に満ちた言葉だった。
願いを叶える手段がある。
それは素晴らしいことで――――なにより、隣に友がいるというのが良かった。
一人ではない。
この悲しみも、郷愁も、希望も、絶望も、一人の物ではないのだから。

「いつも……すまないな、フゥ」
「キミがパートナーで、良かった。……そう、思う」

マクアは、彼女が言う『草原』というものを知らない。
彼の世界はどこまでも続く海と、無数の島々によるものだ。
まるで海のように、世界の果てまで続きそうな草原――――それは、マクアの想像力の外にあるものだ。
彼女にとってもそうだろう。
マクアは草原を知らず、フゥは海を知らない。
お互いに、故郷を取り戻す夢のために戦っていながら――――お互いの原風景を、知らないのだ。
それを少しだけ、歯がゆく思うこともある。
同じ夢を持っていながら、同じ風景を見ていない友のことを。
普段は口にしない。
それでも、心から信頼する友であることは変わらないのだから。

……だからきっと、口にしてしまったのはマクアの弱さ。
潮の香りがしない違和感で、弱ってしまった心の弱さ。

「……正直に言えば……怖いんだ」
「あと何回勝てばいい?」
「いつまで……いつまで戦えば、俺は故郷に帰れる? フゥは故郷を取り戻せる?」
「いつか俺たちが夢を叶えた時――――俺たちが覚えている故郷は、本当に俺たちの故郷だったもののままなのか?」
「……俺はフゥの故郷を知らない。キミもだ」
「俺たちの故郷は、俺たち自身しか知らない……それがたまに、たまらなく怖いんだ」

32フゥ・フィウ・ユメライ:2018/12/11(火) 23:47:49

「照れくさい事を言うね、マクアくんは!
 このお返しに照れさせてあげたいんだけど、
 わたしもマクアくんがパートナーでよかったと思うんだ」

「わたしはマクアくんの海を知らない」

「マクアくんはわたしの草原を知らない」

マクアくんはわたしに弱さを見せてくれている。
それは、なにかたまらなく嬉しいことな気がした。

「それは――――すごく怖いよ」

「わたしはいつまでだって戦うけどさ」

「にせものの風に包まれ続けて、
 思い出がにせもので滲んできて。
 わたしもにせものになったら。
 わたしの世界は、どこにもなくなっちゃうんだ」

「すごく怖いよ」

何もかもにせものの世界でも、
わたしとマクアくんは本物だ。

・・・もしかすると、わたしとマクアくんだけが。

「でも、マクアくんは本物だから。
 マクアくんの傍にいたら、
 きっと……この風から守ってくれるから」

笑いながら、彼の前に跳び立った。

「それに、わたしも……マクアくんを最後まで、
 にせものの海に溺れさせたり、しないからさ!」

本物を知らない、けれど、にせものの海を背に。わたしは立っている。
だって、彼が悲しむ海なんて、そんなものは――――どこまでもにせものだ。

33マクア・ア・タランガ:2018/12/20(木) 01:50:24

「……そう、だな」
「そうだ。……すまない。少し、弱気になった」

世界はにせものだ。
海は無い。草原は無い。
何もかもが嘘で塗り固められていて、それでも。

ゆっくりと立ち上がった。
小さなパートナーを、見下ろすように。
この大きな体を守る、小さなパートナーを。

もう、海は見えていなかった。
マクアの瞳はフゥに向いていて、紛い物の海など視界にも入っていなかった。
代わりにこの大きな体は、風を受け止められているだろうか。
フゥを紛い物の風から、守れているだろうか。
そう願う。
自分たちは、同じだから。
隣に本物がいるから、自分の中の本物を信じられる。
……あるいは、そうでもしなければならないほどに――――世界は、紛い物だった。

「……さぁ、戻ろう」

帰ろうとは、言わなかった。
帰る場所は、他にある。

「俺が、フゥを守るよ」
「だから、フゥも俺を守ってくれ」

「次の戦いも勝って――――また、故郷へ帰ろう」

一歩、また一歩。
ロアテラとの戦いを繰り返して、自分たちは故郷に近づいているんだから。

……ああ。
きっと、そのはずなんだ。

34フゥ・フィウ・ユメライ:2018/12/23(日) 01:19:21

「いいさ! 弱さを見せてくれるなんて、
 それはパートナーとして凄く嬉しい事だよ」

くすくすと笑いながら、ただ立っていた。

「もちろん守るよ。
 マクアくんは、体が大きいからねえ。
 盾になったりは出来ないけど、
 だけど、マクアくんを守る風になるよ!」

シースは、ブリンガーの力となる。
自分の体は小さいし、マクアくんは大きい。
けれど、心の大きさはきっと、同じくらいだ。

――――きっと、ぴったりな力になる。

「お互いの弱い所を知って」

「お互いを守り合えるんだ!」

「それがきっと最高のパートナーで」

「――――『ステラナイツ』だ!」

だから笑った。

「うん……戻ろう」

「そして、帰ろう。いつか。絶対に」

わたしとマクアくんなら、きっと勝ち続けられる。
わたしたちの世界は――――取り戻せるに、違いない。

35『監督死魚』:2019/01/11(金) 00:17:30








                         【暗転】







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36宍戸 香音:2019/01/16(水) 23:41:34

アーセルトレイ上層部、遊園地跡地。
かつて家族や恋人たちで賑わっていたそこは、今やひっそりと静まり返る無人の廃墟である。
色褪せた塗装がところどころ剥がれ、錆の浮いた遊具は、どことなく不気味な印象を与えるだろう。

平日の昼間。宍戸香音は小さな花束を携え、この閑散とした遊園地跡を訪れていた。
学校は、病欠 (という名目のサボタージュ) 。自分の立てるもの以外は、風で遊具が僅かに軋む物音ばかり。
少し寂しいが、ひどく落ち着く。

中央広場の片隅。
いくつかの花束が供えられた所に、持ち込んだ花束をそっと置く。
時を経てもなお変わらぬ焦げた地面は、当時の惨劇をありありと思い出させる。

「この間、昔の友達に会って……少し、昔の話をして。」
「……いつもみたいに、あいつに纏わり付かれてさ……」

「……人と関わらないって、難しいね……なんて。」
「お父さんも、お母さんも、怒るよね……ごめんね……」

誰にともなく、ぽつりぽつりと呟く。
ここにいない誰かへの、一方的な言葉。
奥底に溜まりに溜まった―――弱音。

「でも、今更どうしようもないじゃん。酷いこと沢山言ったし……嫌なこと沢山してきたし……」
「どうすれば、良いのかな……どうすれば、良かったのかな……」

ここは、宍戸香音の両親が死んだ場所。
たまたま落ちているカバンを見つけた人が、係員に届けようと手を伸ばした場所。

―――それが、爆弾だとも知らぬまま。

37有明 刃:2019/01/31(木) 23:06:44


――――――――学校に、カノンの姿が無かった。


彼女のクラスに顔を出せば(カノンのクラスメイトは「いつものこと」で済ませてくれる)、病欠だという。
……心配だった。
昨日の今日だ。
本当に病気でも――――そうでなくても。
だから早退して探した。
家にはいなかった。
だから色んな場所を探した。
探して、探して、探して――――――――

「(……ここ、か)」

あちこち走り回って、息が荒い。
肩で息をして、流れる汗を拭って。
視界の先で死者を悼む、カノンを見つける。
誰の墓かは……きっと、言うまでも無いのだろう。

――――彼女の視界の外で、しばらく待つ。
“家族との話”が済むまでは、そうしているつもりだった。
……踏み込むべきではない、と思った。
それを言ったら、最初から全てがそうなのかもしれないけど。
それでも――――人の花壇に土足で踏み入るのは、許されないことだ。

……くぅ、とお腹が鳴った。

「……お昼ご飯、まだだったな」

――――――――彼女は、どうなのかな。
ちゃんとご飯、食べたのかな。
……ちゃんとご飯、食べているのかな。

38宍戸 香音:2019/02/07(木) 22:40:11

周囲と距離を置くようになったのは、その日から。
人の命というものは、時に何の前触れもなく、簡単に失われてしまうものなのだと。
そう、心に焼き付けられた時からだ。

親しかった人とは、まず物理的に距離を置いた。
上層を離れ、下層に下り、関わる機会そのものを極端に減らした。
いつか『過去の人』になり、忘れられてしまうために。

それ以外の人とは、そもそも関わりを避けた。
わざわざ寄ってくる物好きとも、とにかく距離を置いた。時には辛辣な言葉も吐いた。
やがて、ただ一人の例外を除いて、宍戸香音に好んで近付こうとする物好きはいなくなった。

「……はぁ……」

けれど。人の本質は、そう簡単に変わらない。
過去の友人に出会った時は、結局遅くまで話し込んでしまって。
まとわりついてくるアイツを振り払おうとする度に、自己嫌悪で潰れそうになって。
そうして身勝手な弱音を溢す度に、また自己嫌悪が募り、一人溜息を吐く―――

誰かの腹の音と、その主の独り言が耳に届いたのは、まさにその時であった。
接近する足音に気付かなかったのは―――それだけ、注意が散漫になっていたのだろうか。
何れにせよ、視線は自然に音と声の主の方に向き―――

「…………」

何か言おうとして、言葉に詰まる。
いつからだ、とか。どうして、とか。学校は、とか。
そういう在り来りなことの何一つ、自分の言えた事ではなくて。
いつものように辛辣な言葉を投げかけるのも、憚られて。
気まずさのあまり、再び視線をどこかに逸らすのが精一杯であった。

39有明 刃:2019/02/17(日) 22:13:43

「……………………あっちゃあ」

自分の額を叩く。
……お腹の虫が鳴ってバレるの、相当恥ずかしい奴だぞ!
そんなに常時腹ペコキャラってわけじゃないんだけど、まぁあちこち走り回ったからかな……

というより、目下の問題はカノンに気付かれてしまったことか。
彼女の中で“一区切り”がつくまでは、待っているつもりだったのだけれど。

「あー…………はは」

苦笑して、右手が所在無く動いて。
気まずい。気まずいよね。ごめん。
いやどうしたって気まずいのは避けられなかった気もするんだけども。
でもそこはほら、程度の問題があるじゃないか。
責任、僕にあるよね。
わかる。わかるとも。
そもそも僕はカノンに会いに来たわけで、なんら恥じることも躊躇うことも無いはずだし。

とりあえず――――――――うん。

「……お腹、空いてない?」

僕は指で、近くのベンチを指し示した。

40宍戸 香音:2019/02/26(火) 23:07:20

「………………はぁ……」

さっきとは違った理由で、溜息ひとつ。
言いたいことは色々あった。
しかし、なんかもう、色々馬鹿らしくなった。
どうせ何言っても、無駄にポジティブに受け取られるだけだし。

「……今腹空かせてるのは、あんたでしょ。」

正論の刃でチクリと刺しつつ、ゴソゴソと鞄を探る。
取り出したるは、ラップで包まれたわかめご飯の塊。
要するに、おにぎりである。昼に食べようと思って、完全に忘れていたものだ。
どうせまだあるし、余らせても勿体無い。無理やり押し付けて、無駄に不機嫌そうにベンチに腰掛ける。

「…………喋ってなきゃ、死ぬのかと思ってた。」

それだけ呟くと、2個めのおにぎりを開封し、おもむろに齧り付く。
事あるごとにパンを食わそうとしてくる輩には複雑かもしれないが、そのへんは黙殺することにした。

……まあ、なんだ。
常に何か喋ってないと死ぬような奴が、頑張って静かにしてたんだ。
静かにできた分くらいは、付き合ってやってもいいか。
そんな気まぐれを起こすくらいには、疲れていたのかもしれない。


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