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122存在しえない守るべき者(修正案) ◆lmrmar5YFk:2005/05/05(木) 01:11:35 ID:reSibVbM
彼の怪我が最低限治まったら、ここを脱出して長門さんを探しに行く。『ミラ』については、道中で適当に話を合わせておけばいい。
わざわざ自分から彼を襲ってまであの銃を奪うつもりはない。
そんなリスクの高い賭けをしても得られる物は少ないし、そもそも自分には人を殺傷できるに足る銃撃の腕がない。
あんなに巨大な銃だ。自分などではまともに扱うことさえ不可能だろう。その点、彼がいれば使用者には困らない。
銃単体ではなく狙撃手ごとを己の武器に出来れば、あるかどうかも分からない包丁などを探すより、より高確率で戦闘能力を高められる。
強い者の利用と操縦。それこそが、今の自分に実行できる数少ない生き残るすべだ。
「その怪我でミラさんを守れるんですか? 貴方には休息が必要ですよ」
「でも……」
眼前の彼が放った単語は二度とも同じものだった。だが、それを口にした時の表情は一度目と二度目で真反対に豹変していた。
刹那、青年は脇に置かれた銃を神速のスピードで抱えると、銃口を無機的に古泉に向けた。
引き金に掛けた指に力が込められる。
――ダンッ!
鋭い銃声が狭い室内に響く。一瞬の後、古泉は業火の塊が炸裂したようなひどい激痛に襲われた。
ぼたっという不吉な音に恐る恐る床へと目線を下げれば、そこに落ちていたのはなんと自分の左腕だった。
痛覚と視覚と、言い換えれば肉体と精神との双方に巨大すぎるダメージを与えられて、古泉は獣のように咆哮した。
「いっ……ぐ、あぁーっ!」
肩から先にぽっかりと無残な空間が形成され、そこからだくだくと勢いよく噴き出す血潮が、袖を伝って服全体を色濃く染める。
脈が律動する一度一度に合わせて痛みが波のように押し寄せ、同時に古泉から意識を奪い去ろうとしていく。
地獄の拷問もかくやという苦痛はむしろ気絶した方が幾分マシに思えたが、今この場で気を失うのは死を宣告されたも同然だった。
微かに残った意識を全て一点に動員させて、唇の端を固く歯で噛み締める。そうすることで、何とか意識をこちら側に繋ぎ止める。
(まずい……です…ね)
顔面の筋肉を引きつらせながら、必死で生の糸に縋り付く古泉の姿は気にもとめず、青年は急ぎ足で部屋から出て行った。
無感動な、それでも何かを決意したような声で台詞の続きを呟きながら。
「でも、それでも俺は…ミラを守らなきゃいけないんです…」

【残り85名】
【G-4/城の中/1日目・07:30】

【アーヴィング・ナイトウォーカー】
[状態]:情緒不安定/修羅モード/腿に銃創(止血済み)
[装備]:狙撃銃"鉄鋼小丸"(出典@終わりのクロニクル)
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:主催者を殺し、ミラを助ける(思い込み)


【古泉一樹】
[状態]:左腕(肩から先全体)断絶/意識朦朧
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式) ペットボトルの水は溢れきってます
[思考]:長門有希を探す/怪我の手当て

123乾いた血の朝◆R0w/LGL.9c:2005/05/05(木) 10:37:29 ID:U/lyfmso
「ありゃ無理だな」
すごい速さで走り去っていく男を見て<人間失格>はつぶやく。
相手はこちらに気づいていたようだが歯牙にもかけず走り去っていった。
「かははっ、ありゃあどう見ても殺し屋とかそんな感じだわな。
 流石に物騒なヤツが三人集まったら何が起こるか」
独白を呟いてシニカルな笑みを浮かべる。
でもいいナイフ持ってたな。少し惜しい。
手に持つ血にまみれた包丁を見下ろす。
後で研いでおくか。いつまでも切れ味の鈍いもの使うなんて勘弁だな。
やたら切れ味のいい、兄貴の持ってた大鋏を思い浮かべる。
とりあえず凪のところへ戻るか。

がさがさ
凪ちゃんのもたれかかった木の枝が揺れる。
「おーい戻ってきたずぇっとわっ!?」
零崎の声、と同時に凪ちゃんが後ろの木を蹴りつけた。
あいつの乗っている木を思いっきり蹴られ、枝から落ちた。
ひょいっと体を猫のように一回転させ着地する。ビバ・身の軽さ。
「おいおい凪っちさんよぉぉ。俺以外のヤツが近づくはず無ぇんだから木を揺らさないでくれっかよぉ。
 俺が例えばスペランカーなら今のでお陀仏さんだぜ?」
「糸に掛かった奴かもしれん一応の用心だ」
「それに零崎、スペランカー先生はそんな木の上なんていう死地には赴かないよ」
「それもそうだな。ん? おやおや? <人食い>の匂宮はどこへ行ったんだ?」
大げさにあたりを見回して聞く。相変わらずリアクションが巨大な奴だ。
ちょうど出夢くんが出て行って10分。入れ違いすれ違いになった形だ。
「僕と凪ちゃんとドクロちゃんで出夢くんを手ゴメにしようとしたら愛想をつかされて・・・」
がきん。がつんがつん。
わりかし本気で殴られた。軽い冗談のつもりなんです。追撃はやめてください。
ドクロちゃんは意味が分からなかったのかほけーっとしている。ずっとそのままの君でいてくれ。

124乾いた血の朝2◆R0w/LGL.9c:2005/05/05(木) 10:39:22 ID:U/lyfmso
「あいつは仲間を追っかけていった。それより糸に掛かった奴はどうだったんだ?」
「ああ〜。駄目だった。もう駄目駄目。完全に人殺しって感じの男で見向きもしないで走り去っていった」
かははっ、と笑いながら説明になってないような説明をした。人殺しかどうか一目でわかる殺人鬼も便利だな。
「うん? おっ! そこのぴぴるのガキが持ってるのって愚神礼賛<シームレスパイアス>じゃねぇか!
 軋識の大将のバットだぜ!」
ぐいっと釘バットを引っ張って──離さないドクロちゃんをげしげし蹴りながら──重さを確かめてみる。
「かははっ、この凶悪な重さは間違い無ぇ…零崎一族のエースの武器だぜ。
 もっとも、この場合はスラッガーって呼んだほうが好いかもしれないけどなっ」
ぱっとバットを放して、その反動でドクロちゃんが転んでいる。ひどいなあ零崎。女の子は大切にしないと。
まぁこいつの基本方針は、老若男女差別なく、だし。
「で、お前はその引っかかって外れた糸を戻してきたのか?」
「かははははっ、糸? なんの事だ?」
おい。
神様、こいつはアホですか?
「張りなおして来い」
びしっと零崎が行ったほうを指す。
零崎はずずいっと僕の目を見てきた。手伝え、ということなのだろう
「…欠陥製品♪」
「嫌だ」
「戯言遣い☆」
「お断りだ」
「…愛してるぜ」
「甘えるな」
言い争う僕と零崎。いい加減僕だって張りなおすなんていう単純作業は勘弁だった。
「いいから二人で行け」
「「はい」」
凪ちゃんの一声で僕らは再三の罠修復作業に向かった。

「ただいま」
ようやく糸を張りなおして戻ってきた。
精神的に疲れた。木の根に座り込む。
どうやらドクロちゃんは眠ったようだ。零崎のバッグを枕にして、釘バットを抱えて寝ている。

125乾いた血の朝3◆R0w/LGL.9c:2005/05/05(木) 10:40:26 ID:U/lyfmso
「零崎。石ころなんか拾ってきてどうするつもりだ?」
「かはははっ、ここらの石ころは質が良くてな。砥石の代わりに使えそうだからな。
 いい加減この包丁も血糊落とさねぇと錆びるっつーの」
そういって零崎はデイパックの水をこぼして、包丁を研ぎ始めた。
ああもったいない。そういえば僕のデイパックどうしたっけ。
うーん。喋るベスパのエルメス君はちょっと惜しかったかも。
しばらくして凪ちゃんが立ち上がって歩き出した。
「どうしたんだい凪ちゃん?」
「小用だ」
小用?小さな用事?それっていったい。
「何ならついていこうか?」
「来たら殺す」
殺す言われました。隣では零崎が肩を上下させている。笑ってるのか?
そう思ってる間に凪ちゃんは森の奥へ進んでいった。
「そっちは崖があるから気をつけろよ凪」
消えていったほうに声を上げる零崎。
ああ小用ってトイレね。なら最初からそういえばいいのに。
僕は零崎の研磨作業を見ていた。
さらに少しして、彼女が戻ってきたときは愉快な仲間が二人ほど増えていた──

126乾いた血の朝4◆R0w/LGL.9c:2005/05/05(木) 10:41:29 ID:U/lyfmso
【戯言ポップぴぴるぴ〜】
(いーちゃん/零崎人識/霧間凪/三塚井ドクロ)
【F−4/森の中/1日目・09:15】
【いーちゃん】
[状態]: 健康
[装備]: サバイバルナイフ
[道具]: なし
[思考]:ここで休憩しつつ、トラップにかかった者に協力を仰ぐ


【霧間凪】
[状態]:健康
[装備]:ワニの杖 サバイバルナイフ 制服 救急箱
[道具]:缶詰3個 鋏 針 糸 支給品一式
[思考]:出雲とアリュセをどうしようか


【ドクロちゃん】
[状態]: 頭部の傷は軽症に。左足腱は、杖を使えばなんとか歩けるまでに 回復。
    右手はまだ使えません。 睡眠中。
[装備]: 愚神礼賛(シームレスパイアス)
[道具]: 無し
[思考]: このおにーさんたちについていかなくちゃ
  ※能力値上昇中。少々の傷は「ぴぴる」で回復します。

【零崎人識】
[状態]:平常
[装備]: 出刃包丁
[道具]:デイバッグ(支給品一式)  砥石
[思考]:惚れた弱み(笑)で、凪に協力する。 罠に掛かった奴を探す
[備考]:包丁の血糊が消えました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

127乾いた血の朝5◆R0w/LGL.9c:2005/05/05(木) 10:42:23 ID:U/lyfmso
【出雲・覚】
[状態]:左腕に銃創あり(出血は止まりました)
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)/うまか棒50本セット/バニースーツ一式
[思考]:千里、新庄、ついでに馬鹿佐山と合流/アリュセの面倒を見る


【アリュセ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:リリア、カイルロッド、イルダーナフと合流/覚の面倒を見る

128乾いた血の朝1(修正)◆R0w/LGL.9c:2005/05/05(木) 14:15:12 ID:U/lyfmso
「ありゃ無理だな」
すごい速さで走り去っていく男を見て<人間失格>はつぶやく。
相手はこちらに気づいていたようだが歯牙にもかけず走り去っていった。
「ありゃあどう見ても殺し屋とかそんな感じだわな。
 流石に物騒なヤツが三人集まったら何が起こるか」
独白を呟いてシニカルな笑みを浮かべる。
でもいいナイフ持ってたな。少し惜しい。
手に持つ血にまみれた包丁を見下ろす。
後で研いでおくか。いつまでも切れ味の鈍いもの使うなんて勘弁だな。
やたら切れ味のいい、兄貴の持ってた大鋏を思い浮かべる。
とりあえず凪のところへ戻るか。

がさがさ
凪ちゃんのもたれかかった木の枝が揺れる。
「おーい戻ってきたずぇっとわっ!?」
零崎の声、と同時に凪ちゃんが後ろの木を蹴りつけた。
あいつの乗っている木を思いっきり蹴られ、枝から落ちた。
ひょいっと体を猫のように一回転させ着地する。ビバ・身の軽さ。
「おいおい凪っちさんよぉぉ。俺以外のヤツが近づくはず無ぇんだから木を揺らさないでくれっかよぉ。
 俺が例えばスペランカーなら今のでお陀仏さんだぜ?」
「糸に掛かった奴かもしれん。一応の用心だ」
「それに零崎、スペランカー先生はそんな木の上なんていう死地には赴かないよ」
「それもそうだな。ん? おやおや? <人食い>の匂宮はどこへ行ったんだ?」
大げさにあたりを見回して聞く。相変わらずリアクションが巨大な奴だ。
ちょうど出夢くんが出て行って10分。入れ違いすれ違いになった形だ。
「僕と凪ちゃんとドクロちゃんで出夢くんを手ゴメにしようとしたら愛想をつかされて・・・」
がきん。がつんがつん。
わりかし本気で殴られた。軽い冗談のつもりなんです。追撃はやめてください。
ドクロちゃんは意味が分からなかったのかほけーっとしている。ずっとそのままの君でいてくれ。

129乾いた血の朝2(修正)◆R0w/LGL.9c:2005/05/05(木) 14:16:42 ID:U/lyfmso
「あいつは仲間を追っかけていった。それより糸に掛かった奴はどうだったんだ?」
「ああ〜。駄目だった。もう駄目駄目。完全に人殺しって感じの男で見向きもしないで走り去っていった」
かははっ、と笑いながら説明になってないような説明をした。人殺しかどうか一目でわかる殺人鬼も便利だな。
「うん? おっ! そこのぴぴるのガキが持ってるのって愚神礼賛<シームレスパイアス>じゃねぇか!
 大将のバットだぜ!」
ぐいっと釘バットを引っ張って──離さないドクロちゃんをげしげし蹴りながら──重さを確かめてみる。
「この凶悪な重さは間違い無ぇ…零崎一族のエースの武器だぜ。
 もっとも、この場合はスラッガーって呼んだほうが好いかもしれないけどなっ」
ぱっとバットを放して、その反動でドクロちゃんが転んでいる。ひどいなあ零崎。女の子は大切にしないと。
まぁこいつの基本方針は、老若男女差別なく、だし。
「で、お前はその引っかかって外れた糸を戻してきたのか?」
「糸? なんの事だ?」
おい。
神様、こいつはアホですか?
「張りなおして来い」
びしっと零崎が行ったほうを指す。
零崎はずずいっと僕の目を見てきた。手伝え、ということなのだろう
「…欠陥製品♪」
「嫌だ」
「戯言遣い☆」
「お断りだ」
「…愛してるぜ」
「甘えるな」
言い争う僕と零崎。いい加減僕だって張りなおすなんていう単純作業は勘弁だった。
「いいから二人で行け」
「「はい」」
凪ちゃんの一声で僕らは再三の罠修復作業に向かった。

「ただいま」
ようやく糸を張りなおして戻ってきた。
精神的に疲れた。木の根に座り込む。
どうやらドクロちゃんは眠ったようだ。零崎のバッグを枕にして、釘バットを抱えて寝ている。

130乾いた血の朝3(修正)◆R0w/LGL.9c:2005/05/05(木) 14:17:37 ID:U/lyfmso
「零崎。石ころなんか拾ってきてどうするつもりだ?」
「ここらの石ころは質が良くてな。砥石の代わりに使えそうだからな。
 いい加減この包丁も血糊落とさねぇと錆びるっつーの」
そういって零崎はデイパックの水をこぼして、包丁を研ぎ始めた。
ああもったいない。そういえば僕のデイパックどうしたっけ。
うーん。喋るベスパのエルメス君はちょっと惜しかったかも。
しばらくして凪ちゃんが立ち上がって歩き出した。
「どうしたんだい凪ちゃん?」
「小用だ」
小用?小さな用事?それっていったい。
「何ならついていこうか?」
「来たら殺す」
殺す言われました。隣では零崎が肩を上下させている。笑ってるのか?
そう思ってる間に凪ちゃんは森の奥へ進んでいった。
「そっちは崖があるから気をつけろよ凪」
消えていったほうに声を上げる零崎。
ああ小用ってトイレね。なら最初からそういえばいいのに。
僕は零崎の研磨作業を見ていた。
さらに少しして、彼女が戻ってきたときは愉快な仲間が二人ほど増えていた──

131夢の中の幻 </b><font color=#FF0000>(qBC89beU)</font><b>:2005/05/05(木) 21:56:50 ID:nwsRRXU.
 青年が目を開けると、そこは何もない世界だった。
 平坦な空と地面が続くだけの、シンプルな世界である。
 灰色がかった深い瞳が、呆然と地平線を見つめる。
「……なんや、これ?」
「夢だ」
「幻さ」
 地面に座る悪魔たちが声をかけた。
 背後にいる二匹に気づき、青年が振り返る。
「待っていたぞ、正介」
 と親しみのこもった声が言う。
「さて。また会ったね――という挨拶が正確かどうかという議論はひとまず
 置いておこうか。僕ら――という呼称が実は当てはまらないという複雑な現状の
 確認も後回しにさせてもらおう。なにしろ時間が足りないからね。これでも
 急いでるんだ。とにかくコミュニケーション優先で話を進めるとしよう。
 正介。僕ら『盟友の幻影』は君の奮闘を応援する」
 と嬉しそうに興奮した声が言う。
 青年――緋崎正介は、二匹の悪魔に目を向けて唸った。
「……ベリアルて言え」

 そうして悪魔は三匹になった。

132夢の中の幻 </b><font color=#FF0000>(qBC89beU)</font><b>:2005/05/05(木) 21:57:35 ID:nwsRRXU.
 ベリアルの体験談を聞き終え、『幻影』たちは顔を見合わせた。
「いや恐れいったね」
 とベルゼブブは愉快そうに言った。
「似たようなことを考える人間は、いくらでもいる――あの時そうは言ったけれど、
 さっそく巻き込まれるとは思わなかったよ。いや、違うか。僕らの主観的には
 半日も経ってないけれど、現世での時間経過に関しては謎だからね。その上、
 この島がある空間では、普通に時間が流れているかどうかも怪しい。いやはや、
 さすがに驚いたよ。この島も、集められた参加者も、呪いの刻印とかいう術も、
 何もかもが実に興味深い。ある意味、オカルティスト冥利に尽きるね」
 いきなり話が長くなりつつある。
「しかし、妙なことになったな」
 とバールは肩をすくめた。
「いったい何をどうすれば、『ベリアルを生き返らせる』なんて芸当ができるんだ。
 それに、こうやって話している俺やベルゼブブは何なんだ。説明できるか?
 悪魔をよく知る俺から見ても、異常だとしか言いようがないぞ」
 『幻影』の分際で細かいことを言う。
「知らんがな。むしろ俺が教えてほしいくらいやわ」
 とベリアルは眉根を寄せた。
「ああ、説明なら一応できる。この場で公正に証明する方法はないけれど。
 でもね、いくら説明しても無駄だと思うよ。記憶できなくなってるようだから。
 再構成された時に、僕らは認識を操作されたらしい。余計なことを忘れてしまう
 ように、忘れていることさえ忘れてしまうようにね。この夢が終わった時点で、
 この夢の記憶は忘却される。そういう操作のされ方だ。それでも聞きたい?」
 ベルゼブブの問いかけに、バールとベリアルは軽口を返す。
「もったいぶるなよ。無駄でも何でもいいから、とっとと話せ」
「そうや、そうや。ほんまは言いとうてウズウズしとるくせに」

133夢の中の幻 </b><font color=#FF0000>(qBC89beU)</font><b>:2005/05/05(木) 21:58:23 ID:nwsRRXU.
 彼らの反応は、どうやらベルゼブブを満足させたようだ。
「それでは遠慮なく、すべてを話そう。無論、信じるかどうかは君たちの自由だ。
 真偽のほどは君たち自身が保有する情報との整合性から判断してくれ。OK?」
「「OK」」
「グッド。では始めよう」
 穏やかに微笑を浮かべながら、ベルゼブブは語りかける。
「あんまり時間が残ってないし、もう結論から言ってしまおう。厳密に言うならば、
 緋崎正介は生き返っていない。『今のベリアル』の正体は、かなり特殊な悪魔だ。
 ベリアルの記憶と人格を継いだ『ベリアルのようなもの』――ってところかな。
 おや? “だったら肉体ごと蘇ってるのは何故なんだ”と、そう思ってるね?
 いいから黙って聞きなさい。その件も、ちゃんと具体的に解説してみせるから。
 ものすごく大雑把に表現すると、『今のベリアル』は実体化し続けている悪魔だ。
 カプセルと同じ……いや、それ以上の“成功例”だと思ってくれて構わない。
 物理法則を無視できないほど強固に実体化していて、もはや人間と大差ない存在だ。
 ベリアルの姿をしたが、人間に擬態している――と言えば分かりやすいかな?
 周囲の状況に合わせて、“人間だったらこうなるだろう”という状態を、自動的に
 再現し続けているわけだね。当然、物理的ダメージを無効化したりなんかできない。
 限界以上のダメージを与えられれば、二度と目覚めぬ停止状態をも再現するはずだ。
 つまり“永眠”してしまう。おお、我ながら的確な要約だ。エロイムエッサイム。
 人間のフリをしている以上、身体能力については、普通の人間と同じくらいだろう。
 とはいえ、一応は悪魔だからね。現状のままでも、どうにか鬼火くらいは出せるさ。
 大蛇を召喚したりとか、強力な火炎を操ったりとか、悪魔としての力を
 存分に発揮したいなら、普通の悪魔持ちと同様に、カプセルをのむしか方法はない」

134夢の中の幻 </b><font color=#FF0000>(qBC89beU)</font><b>:2005/05/05(木) 21:59:09 ID:nwsRRXU.
 ベルゼブブの口調に、からかうような響きが混じった。
「なぁ、ベリアル。認識を操作されているせいで、君は気づいてないようだね。
 この島にカプセルが存在するって発想は、本来とても奇妙なものなんだよ。
 あの夜、力の源を失って、悪魔もカプセルも消え失せたはずなんだから。
 もしも、たった一錠でもカプセルが残っていたりしたら……それは奇跡だよ。
 もっとも、僕らを再構成した連中なら、カプセルだって自力で造れるはずだけど。
 ……ああ、やっぱり何のことだか理解できないか。やれやれ、思った通りだ。
 悪魔とは認識に影響される存在であり、“もう悪魔は消えてしまった”という
 認識など持っていたら、君自身が消えてしまいかねない――って理屈だろうね。
 これは考えても意味がないけど……主催者の都合に合わせて造られた今の君は、
 主催者の招きたかったであろうベリアルと、はたして同じベリアルなのかな。
 そのへんについて主催者がどう思っているのか、ちょっとだけ気になるね。
 ちなみに『この僕』と『このバール』は、ベリアルの記憶から造られた『幻影』。
 まぁ要するに、擬似人格みたいなものだ。あんまり出来は良くないけど。
 僕らの人格はバールの肉体に同居していただろう? その時の“なごり”さ。
 非常に陳腐な言い回しで恐縮だけど、僕と彼は、君の心の中に生きているんだよ。
 けれども所詮は『幻影』。こうして夢の中に出てくるだけだ。他には何もできない。
 しかも夢に見た情報は、君の記憶に残らない。でも、これはこれで面白いかもね。
 うつし世は夢、夜の夢こそまこと。――さぁ、朝まで語り明かそう」
 ベルゼブブは上機嫌だった。
 バールが再び肩をすくめた。
 ベリアルの頬がひきつった。
 楽しい悪夢の始まりだった。

135夢の中の幻 </b><font color=#FF0000>(qBC89beU)</font><b>:2005/05/05(木) 21:59:56 ID:nwsRRXU.
 夢の中で見た幻を、ベリアルは既に憶えていない。
(そういや今朝は、なんか夢にうなされて目ぇ覚めたっけ……ずぶ濡れのまんま
 瀕死状態でビルまで移動したせいやな、多分。……ちょっと弱っとるなぁ、俺。
 まぁ、もう風邪ひいても平気やねんけどな。風邪薬には不自由してへんし)
 というか、現実と戦うだけで精一杯だった。


【この部分に緋崎正介の状態(最新版)を書く予定】

※夢の部分の内容は、「ベリアルは沈黙する」で見ていたものです。

136夢の中の幻・改 </b><font color=#FF0000>(qBC89beU)</font><b>:2005/05/06(金) 18:31:56 ID:wMojAoZA
>>131 変更点なし。ただし続きに以下の文章を追加。

 かつて楽園を追い出され、ヒトの子は地へと堕とされた。
 地上の世界は住み難く、ヒトの末裔は苦しんだ。
「神様は、僕らを愛していないのさ」
 ヒトの末裔は悪魔を呼んだ。三人が集い、儀式を試す。
 小さな悪魔が召喚されて、彼ら三人は喜んだ。
 けれども悪魔は怯えて逃げた。逃げ延びた先に誰かいる。
 少年が、一人でぽつんと立っていた。少年は笑い、悪魔に言った。
「ねぇ、僕は、君と友達になれるかな?」
 小さな悪魔は頷いて、少年の為に、少女に化けた。
 彼ら三人は悪魔を追って、二人の世界を見て驚いた。
 そこは美しい『王国』で、まるで楽園のようだった。

 舞台は、ここではないどこか。時間は、今より少し過去。
 その街にはセルネットという麻薬組織が存在していた。
 扱う麻薬の名はカプセル。カプセルは、錠剤に化けた特殊な悪魔。
 呑めば悪魔の力が宿り、幻覚を媒介にして悪魔を“認識”させた。
 素質ある者は力を捕らえ、魂の奥底から、分身たる悪魔を呼んだ。
 それも、今では過去の話――だったはずなのだが。

137闇の眷属_1◆1UKGMaw/Nc:2005/05/07(土) 01:31:54 ID:Ym7uuK4o
 森の中を行く影が一つ。
 黒い肌と長く尖った耳を持つ長身の女性――ピロテースである。
 オーフェン、リナ、アメリア、そして敬愛する黒衣の将軍――アシュラムの捜索のため、ピロテースは島中央の森を訪れていた。
 だが、
(……案外、遭遇しないものだな)
 時計を確認する。時刻は10:05。
 まだ時間はあるが、今までその四名どころか、他のどの参加者とも出会っていない。
 森の精霊達が微かに騒いでいる。幾人かの参加者がこの森を通過したことは間違いないだろう。
 だが、その者達と接触できないのでは何の意味もない。
 今までに見つけたものと言えば、無人の小屋だけだった。
 デイバッグと空のペットボトルが放置されていたので、誰かがここを利用していたのは確かだった。
 デイバッグの中身は気になったが、これ見よがしに置いてあること自体が怪しい。
 罠の可能性を考え、これには手をつけなかった。

(残りの時間は、あと半分か)
 その間に成果は上がるだろうか。
 現在のところ収獲なしだ。たとえ今後もそうであっても時間通りに戻らなければならない。
 この森からならば、警戒しながらでも40分もあれば戻ることが出来る。猶予はあと一時間強といったところか。
 さらに森の奥へ向かおうと足を踏み出したところで……、ピロテースは異常に気づいた。
「……血の匂い?」
 微かに風が運んできた、嗅ぎ慣れた匂い。
 ピロテースは警戒した面持ちになると、その匂いを辿り歩き出した。

138闇の眷属_2◆1UKGMaw/Nc:2005/05/07(土) 01:32:39 ID:Ym7uuK4o
 森を出て少し行った草原に、その墓はあった。
 墓碑銘は無い。
 ただ、そこだけ土が盛り上がって露出しており、その周囲に血溜りが出来ていることから、目の前のこれが墓だと判別できた。
(誰が眠っているのだ?)
 逡巡する。
 ここに埋葬されているのが自分達の探し人である可能性もあるだろう。
 死体を見るのは慣れている。死体の野晒しも慣れている。だが、だからと言って墓を暴く趣味は無い。が――
「……やむを得ないな」
 呟き、心の中で死者に詫びる。そして、
「"我が友なる地霊(ノーム)よ、豊かなる大地の子よ。その強大なる力をもって、大地に穴を空けよ"」
 精霊語(サイレント・スピリット)による詠唱が響く。瞬間――
 目の前の地面がいきなり陥没したように変形し、墓のあった場所を中心に円形の浅いクレーターが出現していた。
 そしてその中央に、一人の女性が横たえられていた。

 女性は出血が酷かったようで、その姿は見るに耐えないものだった。
 元は白かったであろうその服も、土と、そして死体自身のものと思われる夥しい血によって赤黒く汚れている。
 だというのに、ピロテースは僅かにほっと息をついた。
 死者に対してはすまないと思うが、自分にとって最悪の予想は外れてくれた。
 気を取り直して、その女性の死体をよく観察する。
 まだ少女だ。肩の辺りで揃えた癖の強い黒髪に白いローブ。腰の辺りに一房のアクセサリー……
(……待て)
 まさか、と思う。
 この容姿は、協力関係にある石人形のような肌の男――ゼルガディスの探し人と一致しないだろうか?
 確か、名前はアメリアといったはずだ。
(人違いであるに越したことはないが……一人脱落か)
 これは戻って報告しなければなるまい。
 そう考えると、今度は直接の死因を調べることにする。
 その死因を付けられる武器を持つ者がいたら、要注意人物と見てかかることができるからだ。とはいえ、
(……酷いな。これではどれが決定打かもわからん)
 アメリアの全身には、引き裂かれたような傷跡と出血の跡があった。
 言わば、その全てを総合して致命傷となっているというところか。
(まるで獰猛な魔獣にでも襲われたかのようだな。背後はどうなっている?)
 身体を返そうとしてアメリアの顔を動かした時、首筋に"それ"が見えた。

139闇の眷属_3◆1UKGMaw/Nc:2005/05/07(土) 01:33:40 ID:Ym7uuK4o
「!!」
 反射的に飛び退り、センス・オーラをかける。
 最悪の展開が脳裏をよぎった。
 アメリアの精霊力に異常が見えれば、彼女はヴァンパイア化していることになる。
 が、予想に反して精霊力に異常は見当たらなかった。
 首筋の、二本の牙の痕を露出させたまま、彼女はピクリとも動かない。
(ヴァンパイアではないのか? ……いや、しかし)
 首筋のあの痕。ピロテースの知る限り、闇の眷属の中でも上級に位置するヴァンパイアの仕業に違いない。
 だが、彼女がその眷属と化していないのはどういうわけだろうか。
(つまり……私の知らない類のヴァンパイア、ということか?)
 自分の知らない能力を持つ者なら、協力者の中にもいる。自分の知らない闇の眷族もまた、存在していてもおかしくはない。
 断定は出来ないが、この場ではピロテースはそう結論付けた。


 アメリアの腕輪と腰のアクセサリーを外し、自分のデイバッグへ移す。
 これらをゼルガディスに見せ、本当に彼女がアメリアかどうか確認する必要があるだろう。
 デイバッグを閉じたところで、足元の地面が僅かに震えたような気がした。
(時間切れか)
 そのまま、背後へと跳躍する。
 ピロテースが地面に降り立った時には、もうそこにはアメリアの身体もクレーターも無く、元通りの墓があるだけだった。
「収獲なしのほうがマシだったかもしれんな」
 そう独りごちて、墓に背を向ける。
 数歩踏み出したところで、最後にちらりと視線だけで振り返った。
(ヴァンパイア……気に留めておいたほうがいいかもしれんな)
 そしてピロテースは、また森へと消えていった。

 自覚もないまま殺人者となった哀れな少女がその墓を訪れる、僅か数分前のことだった。

140闇の眷属_4◆1UKGMaw/Nc:2005/05/07(土) 01:34:22 ID:Ym7uuK4o
【D-4/草原/1日目・10:20】

【ピロテース】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)/アメリアの腕輪とアクセサリー
[思考]:アシュラムに会う/邪魔する者は殺す/再会後の行動はアシュラムに依存
[備考]:ヴァンパイアの存在に気づきました。

*行動:捜索後、学校へ戻り、アメリアの遺品をゼルガディスに渡す。

141紅白怪我合戦!:2005/05/07(土) 08:49:12 ID:mhhsWZag
ビルの事務室だった。
そこのソファーに哀川潤は寝転がっている。
その胸には白い子犬を抱き、その心には苛立ちと倦怠感を抱えて。
「ふん」
鼻でため息をつく。ため息。全く似合わない。いや、似合うのか?
あたしは何をしても似合うのだからある意味ため息をついていても似合うのではないか。
そこまで考えて、面倒になって止めた。
何をやっているのだ。あたしは。
遡る事数十分前──

ようやっと巨竜と化したシロちゃんをビルに運び込んだ。
そこらの自動車よりよっぽど重かったが、普段の彼女だったら余裕で持てたはずだった。
が、今は全身に裂傷が走っており、血も足りず、<人類最強>とは言い難い力しか発揮できなかった。
お気楽男と女、それと学生に手伝ってもらい、なんとか白竜をビルのホールまで運んだのだった。
「ふぅう・・・なんとか目立たない、な。
 おい起きろ起きろ。死んでしまうとは何事だ」
「大事ですよ」
「ホワイトを起こさないとね!」
「そうだねアイザック!」
バシバシと竜の頬…かどうか分からないがそれらしい場所を往復ビンタしてみる。
高里が心配そうに見ているが、とにかく彼女は起こそうとする。
「……お姉ちゃん痛いデシ」
「おお起きたか。そなたにもう一度チャンスをやろう」
「ロシナンテ、大丈夫?」
「ミリア!ホワイト隊員が起きたよ!」
「本当だアイザック!」
「ファルコン。犬の姿に戻れるか?」
「はいデシ……」
素直に従うシロちゃん。さっき殴られたのを少し怯えてるようだ。
あっという間に、元の白い子犬の姿に戻った。

142紅白怪我合戦!:2005/05/07(土) 08:49:54 ID:mhhsWZag
止血に巻いてた布が外れるが、哀川潤は再び巻きつける。
「よし。もう寝とけ。ほーれ、らりほーらりほー」
言葉も無く、哀川潤の指先を見つめ、数秒で眠りについた。催眠術である。
「潤さんも傷の手当てしないと」
「あん? こんなの唾つけとけば治るさ。あたしの唾はケアルラより効果が高い」
「無理ですって。僕の服あげますから血を止めてくださいよ」
服を脱いで、上半身が肌着のシャツになる。
やや不満そうな顔でその服を傷口に押し当てる。
あっちの事務室なら休めるか・・・そう思って視線を向けた先に、お気楽軍団がいた。
「食べ物だね・・・」
「食べ物だね・・・」
「あん?」
「よしミリア!グリーンとホワイトのために町に行って栄養のある食べ物を盗んでこよう!」
「泥棒だねアイザック!」
意気込んでいる二人を見て肩を落とす哀川さん。
「あのなお前ら」
「いいと思います」
高里が肯定的な発言をした。
「商店街はすぐそこですし、ついでに救急箱でも持ってきてもらえばきちんと包帯が巻けるではないですか」
「そうだねイエロー!さすが知性派!一緒にイエローも行くんだよ!」
はぁ・・・と哀川さんはため息をついた。
説得するのは無理だということが読心術を使わなくても分かる。
「わかった。行って来い。ただし12時までには戻って来い。
 危なくなったら『天さん!助けて!』と叫べ。あたしがバータより早く駆けつけてやる」
ちなみにバータとは某DBでの自称宇宙一の速度のザコである。
「行ってくるよグリーン!ホワイトをよろしく!」
「待っててくださいね、潤さん」
「絶対死ぬなよ。必ずだ。約束を破ったらキッツイお仕置きをするからな」

そういって見送ったものの、ヒマであった。
こんな傷では、子荻を殺すぐらいはできるけど、祐巳を助けてやるのは無理だ。
まだまともには走れない。しかし彼らの悲鳴が聞こえたら足が千切れても助けに行くつもりだった。

143紅白怪我合戦!:2005/05/07(土) 08:50:44 ID:mhhsWZag
商店街はすぐそこだからあたしの聴力なら悲鳴は聞こえる。
せめて足だけでも直して、あいつらと一緒に祐巳を探す。
あいつらと一緒ならば、きっとあの娘も笑えるはずだ。
あたしの支給品がまともなら持って行かせたのにな・・・・
デイパックをごそごそ探る。
出てきたのはペットボトル。硬い栓がされてある、銀色のボトルだ。
中身の説明がフランス語で書かれている。極悪な紋章と一緒に。
『種類:生物兵器
 プラスチック・ポリエステルを分解するバクテリア
 摂氏37度前後で大増殖・数時間で死滅
 副作用:肩こりが治る』
バカ兵器の一種か。
「ふん」
また鼻を鳴らして手元の子犬を撫でる。
ファルコンは死なせはしない。
あいつらも全員守る。そう思って聴覚を研ぎ澄ました。
なにやらふもふもいう音が聞こえて遠ざかっていったけど、まぁ関係ないだろう。

【C−4/ビル一階事務室/一日目/11:00】

【哀川潤(084)】
[状態]:怪我が治癒。内臓は治ったけど創傷が塞がりきれてない。太腿と右肩が治ってない。
[装備]:なし(デイバッグの中)
[道具]:生物兵器(衣服などを分解)
[思考]:祐巳を助ける 邪魔する奴(子荻と臨也)は殺す アイザック達に何かあったら絶対助ける ファルコンを守る
[備考]:右肩が損傷してますから殴れません。太腿の傷で長距離移動は無理です。(右肩は自然治癒不可、太腿は数時間で治癒)
    体力のほぼ完全回復には12時間ほどの休憩と食料が必要です。

【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]:気絶。前足に深い傷(止血済み)貧血  子犬形態
[装備]:黄色い帽子
[道具]:無し(デイパックは破棄)
[思考]:思考なし
[備考]:血を多く流したのと哀川さんの催眠術で気絶中です。
    回復までは多くの水と食料と半日程度の休憩が必要です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

144紅白怪我合戦!:2005/05/07(土) 08:51:52 ID:mhhsWZag
町探査組

【アイザック(043)】
[状態]:超健康
[装備]:すごいぞ、超絶勇者剣!(火乃香のカタナ)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:待っててグリーン!ホワイト大丈夫かな! 商店街で泥棒!

【ミリア(044)】
[状態]:超健康
[装備]:なんかかっこいいね、この拳銃 (森の人・すでに一発使用)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:そうだねアイザック!!

【高里要(097)】
[状態]:正気
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:救急箱を取らないと 潤さんとロシナンテ大丈夫かな
[備考]:上半身肌着です

生物兵器:出展 フルメタルパニック!

145夢の中の幻・改 </b><font color=#FF0000>(qBC89beU)</font><b>:2005/05/07(土) 13:02:00 ID:wMojAoZA
>>136 の続きに以下の文章を追加。

 何故か、今ここに、セルネットのトップ・スリーだった三名がいる。
 ベルゼブブ。バール。ベリアル。それが彼らのコードネーム。
 “最初の悪魔”を召喚し、紆余曲折を経てセルネットを創設し、最後には
自らを悪魔と化してまで暗躍した、ろくでもない悪党たちである。
 ベルゼブブが発端となり、バールが追随し、ベリアルが加担した形だったが、
彼らは互いに対等な盟友だった。

 彼らは“最初の悪魔”を利用して、悪魔の力で『王国』を創ろうとした。
 強大な悪魔使いへと成長した少年――物部景や、その仲間たちと敵対し、
一度は勝利したものの……最後には敗北して、すべての力を失った。

 だから、このように、平気な顔して登場できる訳がないのだが。
 それでもやっぱり、今ここで、彼らは舞台に立っている。



>>132 
19行目を変更。
「ああ、説明なら一応できる。この場で公正に〜
 →「推論でよければ話せるよ。この場で公正に〜

146夢の中の幻・改 </b><font color=#FF0000>(qBC89beU)</font><b>:2005/05/07(土) 13:04:29 ID:wMojAoZA
>>133
2行目を変更。
「それでは遠慮なく、すべてを話そう。無論、信じるかどうかは〜
 →「それでは遠慮なく、仮説を述べよう。無論、信じるかどうかは〜

15行目を修正。
ベリアルの姿をしたが、人間に擬態している〜
 →ベリアルの姿をした悪魔が、人間に擬態している〜

最後の行を変更。
 存分に発揮したいなら、普通の悪魔持ちと同様に、カプセルをのむしか方法はない」
 →存分に発揮したいなら、カプセルを呑む以外に方法はないだろう」



>>135
状態および注意書きを変更。風邪薬を発見した直後に時間を変更。

【B-3/ビル2F、仮眠室/1日目・09:05】
【緋崎正介】
[状態]:右腕・あばらの一部を骨折。それなりに疲労は回復した。
[装備]:探知機
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本) 、風邪薬の小瓶
[思考]:カプセルを探す。生き残る。次の行動を考え中。
[備考]:六時の放送を聞いていません。
*刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は把握できていません)

*この話は【サモナーズ・ソート(獅子と蛇の思索)】へ続きます。

[夢に関する注意事項]
 【ベリアルは沈黙する】で見ていた夢です。
 ごく普通の単なる夢だったのかもしれません。
 「認識の操作」「『今のベリアル』の正体」「『幻影』の存在」等、
 どの情報も、真実だと確定されていません。

147最悪の支給品(1/6) </b><font color=#FF0000>(aeu3dols)</font><b>:2005/05/07(土) 23:48:49 ID:n5PCneaY
「ところで先から思っていたが、あなたは随分と良い男だな」
サラは唐突に言った。
せつらは茫洋と気の抜けた、それでも尚、自ら輝くが如き美貌の唇を動かして返す。
「おや、そうですか?」
「うむ、そうだとも」
サラは断言した。
「まずはその顔。井戸端会議の奥様方から深窓の御令嬢まで、
全ての女性、それどころか男性まで心ときめかせる事間違いなしだ」
全く持って事実であった。
だがしかし、それを話すサラ自身はいつも通りの鉄面皮である。
「その上、料理の腕も見事だときている。
先ほど皆で頂いたあなたの店の煎餅は素晴らしかった。
あの粳米の風味と香ばしさの多重奏を奏でる焼き加減の絶妙さ。
ザラメ一つとっても妥協しない、煎餅という物の奥深さを味合わせていただいた」
「せんべい屋としては当然ですよ。むしろ、それを判っていない職人が多すぎる」
(実にあっぱれな情熱だ)
自らの仕事に対する誇りに思わず感心しつつ話を続ける。
「副業の人捜しも見事な腕前だそうで」
「ええ。住んでいた街では一番を自負しています」
魔界都市新宿の人外魔境ぶりを考えれば世界一と言っても過言ではない。
「更に、女性に対する博愛主義の傾向があるようだ。主夫の神様にだってなれる」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。どうしてそう思ったのですか?」
「うむ。いや、大したことはない。観察の結果だ」
「え?」
せつらの口がぽかんと開く。サラは滔々と理由を話した。
「実は、先ほど学校で皆と居た時、全員の行動を観察してみました。
例えばクリーオウが友人の死を知り、呆然となっていた時に倒れないように支えた。
ナイト役は最終的に空目がかっさらったが、実に自然で優しい動きだった。
他にも傍目には見えてこないが、女性陣への態度は他の二人に比べ実に穏やかだ」
「……ずっと観察していたんですか?」
「この状況で情報の量は金銀よりも価値があるから」
半ば趣味だとは言わない。

148最悪の支給品(2/6) </b><font color=#FF0000>(aeu3dols)</font><b>:2005/05/07(土) 23:53:23 ID:n5PCneaY
二人は歩く。海岸のど真ん中の開けた場所を、堂々と。
「だから例えば、全員の癖だとか、角が立たないよう振る舞ってるのが居たとか、
今言ったようにあなたが女性に対して博愛主義の傾向が有る事にも気づいている」
「そうですか」
「おかげであなたの価値をまた一つ認識できた。
その上、“後腐れが無さそう”な事もわたしにとって実に理想的だ。
こんな状況でなければ口説いていたかもしれない」
やはり鉄壁不動の鉄面皮に平坦な口調で好きなタイプだと宣い出す。
彼女の真意は秋せつらにもよく判らなかった。
ただ、せつらの手の中に一つ紙切れが押し込まれたのは揺るぎない事だった。

『そんな、わたしにとって好みのタイプである上に信用出来る、
超一級の煎餅屋にして人捜し業まで営むナイスガイになら出来る依頼がある。
今もピロテースから依頼を受けているあなたに更に依頼は出来るだろうか』
『捜す人物が同一でなければ』
素早く返事が返る。サラは頷き、歩きながらの筆談を始めた。
『実は、捜して欲しいのは特定の個人ではなくある条件を満たす人だ。
“刻印”について何か知っている人、解除しようとしている人。
あるいは、もしも居るならば“刻印”によって死亡した者を捜して欲しいのだ』
『詳しい話をお願いします』
『わたしは刻印を外す事を画策している。
この刻印には、知っての通り管理者の任意でわたし達を殺す機能が有り、
更に生死判別機能、位置把握機能、盗聴機能を持っている事を確認している。
この刻印を外す手段を見つけなければ、わたし達は管理者達に手も足も出ない
そして――』
会話が筆音を誤魔化すように、波の音が僅かに残る筆音さえも掻き消していく。
海洋遊園地を出てから神社までの300mの波打ち際が、筆談を完璧な物にしていた。
『――というわけだ。というわけなので、空目以外の刻印への抵抗者を捜して欲しい』
現時点の情報と、それが空目との協力で得た物である事を伝え、依頼する。
せつらは頷いた。
『判りました。その依頼、お受けしましょう』

149最悪の支給品(3/6) </b><font color=#FF0000>(aeu3dols)</font><b>:2005/05/07(土) 23:55:01 ID:n5PCneaY
潮騒に紛れた筆談が終わってから少しすると、二人は神社へと到着した。
「やはり、禁止区域の袋小路に人は居ないか」
森に囲まれた、人気が無いがらんとした神社。
更にその奥、通常なら御神体が納められている場所にそれは有った。
小さな木の扉を開いたそこに有ったのは明らかに異質なプラスチックのスリットだ。
サラとせつらは目を見合わせ、一度頷き、それを通した。
次の瞬間……神社はパカッと小気味良い音が聞こえそうなほどに勢いよく割れた。

まるで大地震でも訪れたかのように元神社が揺れ、大地が引き裂けていく。
「危ないところだった。感謝する。」
サラは、いつもの調子でそう呟いた。
彼女の胴体には幾筋もの銅線が巻き付いている。
地割れに呑まれ転落した彼女を救ったのは、せつらの鮮やかな糸技だった。
「全く、不親切な設計者だ」
「そうですね。荒っぽい開け方です」
神社は蓋だった。地下には巨大なドックが隠されていたのだ。
いや、このH−1エリア自体が巨大なドックの蓋だったのだ。
そして勿論、ドックには“船”が浮いていた。

「しかし、こんな物まで支給されているとは驚きですね」
相変わらず茫洋としたせつらの口調。それに抑揚の少ないサラの声が答える。
「確かに。しかし、ばらつきのある支給品だ。
極上の煎餅から暴れ牛。ただのナイフに、伝説級の魔剣。拳銃に、何かの弾のみ。
挙げ句にこんな物まで出てくるとは」
「隠し扉だと思っていたんですけどね。それで、調べてみますか?」
「勿論」
500mは移動しないと誰も居ない過疎地であり、この様な仮定に意味はない。
だが、もしここにツッコミ好きな人間が居たならこう言っただろう。
……あんたら、もう少し驚け。

150最悪の支給品(4/6) </b><font color=#FF0000>(aeu3dols)</font><b>:2005/05/07(土) 23:57:36 ID:n5PCneaY
「「これは困った」」
声がハモった。
思わず顔を見合わせる。
二人とも、相変わらずまるで困った様子が見て取れない。
しかし、それでも二人は感じていた。これは危険だと。
「主催者の底意地の悪さが透けて見えるな」
せつらの操作により、マザーAIの電子音声が情報を羅列していく。
「艦の全長は218m。全幅は潜舵を除いて44m。
排水量は水上で30800t。水中で44000t。
主機はPS方式パラジウム炉3基/電気駆動/二軸・210000hp。
実用限界深度1200フィート、圧壊領域1600フィート。
最大速力は通常推進時30kt。EMFC使用時40kt。超伝導推進時65kt+。
武装は533mm魚雷発射管6門。多目的垂直ミサイル発射管10門。弾道ミサイル発射管2門。
Mk48Mod6ADCAP魚雷。アド・ハープーン対艦ミサイル。トマホーク巡航ミサイルを搭載。
ただし、攻撃目標は6時間につき1エリア、このエリア以外に限定されています。
艦長は参加者全て。秋せつら艦長、指示をどうぞ。
“トゥアハー・デ・ダナン”は現在、攻撃可能な状態にあります」
「艦内の防備は?」
「内部から艦に攻撃、あるいは戦闘能力を奪おうとした場合に限り、
機械人形部隊が起動し、干渉者に対して攻撃を行います」
「ドックから外海に出るには?」
「深度150(約50m)に水路が有ります」
データを呼び出す。水路は艦の幅に対しわずか10cmの余裕しかなかった。
この潜水艦は大雑把になら一人でも動かせるとんでもない艦だったが、
そんなとんでもない超精密操縦が出来るのは、この艦の全てを知り尽くし、
かつ己の手足よりも繊細に動かす事が出来る者のみだろう。
しかし、それでもチタン合金の船殻に包まれ、ミサイルを積んだ潜水艦だ。
全長200mを超える巨躯で有りながら、内部からの破壊さえも困難。
それは一見、武器としては大当たりに見えた。

151最悪の支給品(5/6) </b><font color=#FF0000>(aeu3dols)</font><b>:2005/05/08(日) 00:01:31 ID:n5PCneaY
「放送について、もう一度」
「この艦の存在は、次の放送で発表されます」
溜息を吐く。
「……大外れですね」
「全くだ」

誰が放っておくだろう。こんな危険な悪魔を。
危険地域の様な事前放送も無しで、いきなりミサイルに焼き払われるかもしれない。
しかも、外からも内からもそれ自体を壊せないという事は、
そこを占領し、支配し続けるしか、安全を手にする手段はないのだ。
その為には中に乗り込む事になる。
ドックに浮いている潜水艦に乗り込むのは簡単な事だ。
そして、中に入れば反響する音が存在を教えるが、その正確な場所は判りづらい。
入り組んだ狭い通路は恐るべき戦場へと変わるだろう。
更に言うならば、この場所も最悪だった。
禁止エリアに囲まれた袋小路。人が集まった時、逃げ道が無い。
「ウツボカズラだな」
自らの命を繋ぐための蜜が有ると思わせる甘い匂い。
しかし、実際にそこに待っているのは死だけだ。
「僕の糸があれば、こんな罠など処分してしまえるのにな」
樹も切れないただの銅線では絞めたり投げたりが精一杯だ。
「わたしも、火力が強い爆弾が有れば時限爆弾で中枢を破壊出来るのだが」
学校にある材料で作った護身用の爆弾では火力が足りない。
つくづく万全でない事が悔やまれた。

だが、くよくよしていても始まらない。
「これからどうします?」
「今は10時。南の禁止エリアを安全に通過できる限界だ」
「城の方、見ていきますか?」
「……もし、空目達と擦れ違ったらまずい」
空目達の方で何かが有って、こちらに向かった場合に擦れ違うと、
昼から危険になる場所に向かわせてしまう事になる。

152最悪の支給品(6/6) </b><font color=#FF0000>(aeu3dols)</font><b>:2005/05/08(日) 00:02:20 ID:n5PCneaY
だから、少し早いが帰る事になった。
ドックを閉じ直す事は出来なかったので、せめて潜水艦の入り口に瓦礫を乗せ、
少しでも出入りをしづらくすると、学校への帰路につく。
大した意味はないが、潜水艦を利用しようとする者に対して時間稼ぎにはなるだろう。

「捜す物が増えてしまったな」
「そうだね、困ったものだ」
新たな捜し物は潜水艦を破壊できる力。
あるいは、内部から潜水艦を破壊し、機械人形とやらの防衛機構に対抗できる戦力。
それに加えて各々の捜し人と刻印についての手がかりを捜す。
捜すものが多すぎた。

【H−1/ドック(学校に移動中)/1日目・10:30】
【神社調査組】
【サラ・バーリン】
[状態]: 健康
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子
[道具]: 支給品一式
[思考]: 刻印の解除方法を捜す/まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
潜水艦をどうにかする手段を捜す
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。刻印はサラ一人では解除不能。

【秋せつら】
[状態]:健康
[装備]:強臓式拳銃『魔弾の射手』/鋼線(20メートル)
[道具]:支給品一式
[思考]:ピロテースをアシュラムに会わせる/刻印解除に関係する人物をサラに会わせる
潜水艦をどうにかする手段を捜す/依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]:せんべい詰め合わせは皆のお腹の中に消えました。刻印の機能を知りました。

H−1地点にドックとトゥアハー・デ・ダナン(218mの潜水艦)が出現しました。
神社は消滅しました。

153暖かい時間、凶弾と共に  </b><font color=#FF0000>(wh6UNvl6)</font><b>:2005/05/08(日) 01:16:11 ID:Hw7b583Y
凪たちは森の中を歩いている。
先頭には零崎といーちゃん、
その後ろにはドクロちゃんと凪、
そして最後にはアリュセと出雲がついている。
ちなみに出雲の顔には青痣ができている。
その理由となった会話をアリュセと出雲は回想する。

隊列を決めるときに馬鹿が騒ぎ出した。
「却下だ。」
「いや、やはりここは
アリュセといの
『一部のマニアの妄想を引き立てるコンビ』が敵をかく乱し、
続いて零崎と三塚井の
『とりあえず避けて通ろうコンビ』が敵を引き付け、
そして最後に俺と凪の
パン…」
パン!というよりドコン!と形容すべき音が鳴り響いた。

以上、回想を終了しアリュセと出雲が出した結論は
『明らかに自業自得ですわ…。』
『やっぱり『ブルーストライプス』の方がよかったか?』
全く違うものだった。
ちなみに何故〝ス”がついたかは想像に任せるとしよう。
『最初のときはこんな…』
2秒で思い直した。
『はぁ、本当に変な人…。』
いいながらも2度目の悪言には
1度目と違う感情が込められていた。
自分がこの殺し合いの中にいながらも恐怖に震えることが
なかったのはこの男のおかげだった。
『きっとすぐに王子たちとも打ち解けますわ。
・・・もし生きてたらリリアとも。』
放送で名前があった事に落胆の色は隠せなかった。
「大丈夫か?」
ぱっと見上げると顔を覗き込むように出雲がいた。
「あ…うん、大丈夫ですわ!」
ビックリしながら答えるアリュセ
「そうか、なんかあったらすぐ言えよ?
ほれ、うまい棒食うか?」
照れからかうまい棒を取り出そうとする出雲を置き先に行く。
彼の優しさは感じていた。
自分のような他人を本気で心配してくれる彼の優しさは。
後ろを振り返ると出雲はうまい棒を2本持って悩んでいた。
どうやらたこ焼きにするかコーンポタージュにするかで
悩んでいるようだった。
「何やってるの?
早く行かないと置いてかれますわ。」
「ああ、ちょっとま…」
パン!
銃声が響いた。

154暖かい時間、凶弾と共に その2  </b><font color=#FF0000>(wh6UNvl6)</font><b>:2005/05/08(日) 01:17:31 ID:Hw7b583Y
いきなりの銃声に全員が振り向いた。
「狙撃だ!全員木の陰に隠れろ!」
凪ちゃんが叫ぶ。
「方向は大体わかった、今回は多めに見てくれよ凪!」
零崎が駆ける。
そして僕は…
何をするわけでもなく立っていた。
視界の先に見えるのは出雲くんに駆け寄るアリュセちゃん。
彼女はこれから壊れていく、
僕が壊したあの娘のように
僕が壊したあの子のように
僕が壊した…あいつのように

アリュセは夢中だった。
後ろから凪が近づくなと警告していたが聞こえなかった。
いや、聞こえないふりをしていただけかもしれない。
ただ彼女が近寄ったことだけは事実だった。
そして凶弾は彼女を襲う。
風で弾道を逸らすも足に当たる。
「きゃ…!!」
転倒するアリュセ、銃弾は彼女の…

前に立ちふさがった男の体に命中した。
「ったく…俺がこんくらいでくたばるかよ…。」
アリュセの体を覆うように出雲は立っていた。
銃声はやまない、全て出雲の体に吸い込まれる。
「そんな…。」
「ばーか…何泣いてんだよ。」
銃声がやんだ。
「何って…!」
アリュセは背中を見た、そこには赤い水溜りがあった。
「だから…俺…が…こんくらいで…くた…ばる…かよ…。
まあ…ちいとばか…し…きつ…い…けどな。」
「そんな…いや、死なないで!」
「こん…くら…い…で…死ん…だら……笑…われ…ちまう…ぜ、
なあ、ち…さ…」
パン
…乾いた音と共に、出雲覚の命は終わった。
「そんな…いや、いや、いやあああああ!」
崩れるからだ、飛び散る血。
その血が暖かくて寒気がした。
彼女の正常な判断能力を奪うのに充分すぎる光景だった、
死体にしがみつきただ泣き崩れる少女に
襲撃者は容赦なく引き金を引く、
アリュセの心臓を凶弾が貫く。
彼女の中を走馬灯が駆け巡った、
仲間たちとの冒険の日々、
…新たな仲間との短い、でも大切な時間。
そして優しき少女の命は消えた。

2人の命を奪った男、名は…カシムと言った。
「作戦の第一段階は成功、続いて第二段階に移行する。」
冷たく機会のような声でつぶやく。
そのとき影から声がした。
「なっちゃいねえな〜、
おまえみたいなやり方じゃ殺人鬼としちゃ2流だぜ?」
「獲物に話しかける、暗殺者としては2流だな。」
振り向いてカシムが言った。

一旦終了。

155Tightrope Walkers(1/6) ◆l8jfhXC/BA:2005/05/08(日) 14:57:04 ID:jSDtGYms
「酒で酔わせてその隙に毒を盛り、刺殺……ひどいわね」
「真正面から殺すよりも、信頼させてから隙をついて殺す方が確実だ。生き残る方法としてはいい手段なんだろうな」
「……こちらを睨みながらで言われると、まるで私に対して言ってるように思えてしまうんだけど」
「どうだろうな」
 言って、ゼルガディスは居酒屋の中を調べ始めた。……こちらへの警戒を忘れずに。
 学校の周囲を調べ終った後。
 クエロとゼルガディスは、地図には書いていなかった南の商店街を見つけ、居酒屋の中でこの少年の死体を発見していた。
 ……彼の不信感は、学校にいたときよりも露骨になっていた。
(仕掛けてくるとしたらこの辺りね。さすがにいきなり斬る、なんて馬鹿な真似はしないでしょうけど)
 ──剣と魔法。
 彼はこちらに対して圧倒的な力の差がある。別行動した途端に、自分が死体になるのは怪しすぎる。
(にしても……クリーオウといい、ここにはきちんと参加者へのカモも用意されてるのね)
 死体に再び目を移す。こんなところで酒を飲む奴だ。ただの馬鹿か“一般人”なのだろう。
 つまり、人を疑う事を知らない平和主義者。こんな遊戯に巻き込まれることなど想像もしない、ごく普通の日常に生きている者達。
 単純な殺し合いの他にも、参加者同士の血生臭い葛藤も主催者は望んでいるようだ。
(その嗜好には虫酸が走るけど、駒じゃ指し手は倒せない。……例外が起こらなければ、ね)
 学校で結成された、反乱軍とも言える七人の同盟。
 こんな短期間に、これだけの有能な人物が集まることができたのは本当に僥倖だった。
 彼らといれば脱出できる可能性も十分にある。あるいは主催者を殺すことも。
 もちろん、その可能性が薄くなれば、あっさり“乗る”側に回るのだが。
(このまま脱出側になる場合、心残りなのはあの二人)
 ガユスとギギナ。脱出を考える場合、彼らには同盟の誰とも会わずに死体になってくれるのが一番いい。……だが。
(やっぱり、そう簡単には死んで欲しくないわね。できれば、私の手で苦しめて……潰す)

156Tightrope Walkers(2/6) ◆l8jfhXC/BA:2005/05/08(日) 14:58:10 ID:jSDtGYms
 彼らが苦しむことなく殺されてしまうことなど許されない。放送で名前が呼ばれるだけの死などいらない。
 ──学校に集合したときに、彼らのことは話すべきだろう。強大な敵として。
(もし会ってしまった場合……ギギナは有無を言わずに戦いを求めるだろうからいいのだけど……問題はガユスね)
 あいつのことだ。こちらと同じように、誰かと協力して脱出を企図しているだろう。
 彼と出会えば、瞬時に自分の思惑が露見される。……そうなれば、かなりややこしいことになる。
(どちらにしろ……こいつは邪魔ね)
 脱出するにしろ殺す側に回るにしろ、ゼルガディスは障害でしかない。ここまで疑われていては信頼を取り戻すことは不可能だ。
 他の五人からはきちんと信頼を得て、保持していかなければならない。
 そして、最終的には隙をついて彼を殺す。
 ──と、ゼルガディスが調査を終えてこちらを向いた。
「特に何もない」
「そう。この人の支給品も持って行かれてしまったみたいね。まだ時間に余裕があるから、北東の方の商店街に行きましょう」
「──待て」
 刹那、ゼルガディスが剣を抜き、白の切っ先をこちらの首に向ける。
 予想していたことなので特に抗わず、クエロはそのまま彼を不快感と不安の混じった目で見つめた。
「……何のつもり?」
「聞きたいことがある」
「尋問ってわけね。……脅すなら、その刀身は取った方がいいんじゃないかしら?」
「……」
 彼の表情に一瞬驚愕と焦りが見えた。予想は当たっていたようだ。
(……やっぱりね。あの剣には何かある)
 皆の前で武器を見せたとき、彼は“普通の剣”と言っていた。
 サラが言うには何か魔力のようなものが感じられたらしいが──詳細は不明とのことだ。
(魔力と言うからには、ゼルガディスが“普通”というのは少しおかしい。
……それに、無作為に渡される武器は、他の参加者の持ち物から選び出されている可能性がある。
彼がこの剣の本来の持ち主かも知れない)

157Tightrope Walkers(3/6) ◆l8jfhXC/BA:2005/05/08(日) 14:59:45 ID:jSDtGYms
 咒弾。自家製だというせんべい。そして、“知り合い”。
 七人中三人、という的中率は微妙だが──わざわざ百人以上の武器をどこかから調達してくるよりは、参加者から奪ったものを渡した方が効率がよい。
(そして、何らかの条件で選び出された参加者達。彼らの所持品は、他人に取っては不可解で特殊なものの可能性が高い)
 普通の剣や銃器が支給される確率の方が低いのではないだろうか? 今持っているナイフも、何らかの効果があるのかもしれない。
 ──仮説の上に仮説を重ねた、稚拙な空論。だが、鎌を掛けるには十分だった。
「……確かに、この剣の刀身と柄を分けるための針も鞄の中に入っていた。
刀身、あるいは柄が何かの効力を持っているとは思う。だがそれ以上はわからない」
「たとえば──何らかの方法で、柄から魔力の刀身が生えてきたりしてね?」
 架空小説のような人物が何人もいる世界だ。そんなものがあってもおかしくはない。
「その可能性もあるな」
 あくまでしらを切り通すようだ。──何にせよ、あの剣は要注意だ。
「それをなぜ、支給品を確認したときに言わなかったの?」
「俺はまだ全員を信用していない。……お前こそ、何故その弾丸のことを隠す?」
 その切り返しも予測済みだ。もちろん、素直に話す気はまったくない。────もっとややこしくしてやろう。
「隠してなんかいないけど? 私は本当にこの弾丸のことを知らない。…………そうね、仮説はあるんだけど」
「……言ってみろ」
「まず、この弾丸が私達の知らない特殊な銃器に対応するものの場合。これはあまり考えられないと思うの。
弾丸がここにあるってことは、その特殊な銃器は使えないわけでしょう?
弾丸のない銃器という、“はずれ”として支給する場合もあるだろうけど……それなら、もっと普通の銃器を選ぶはず。
主催者ならば、そんな特殊な武器があるならそれを使って存分に殺し合ってもらいたいだろうし。
弾丸だけもらった側としても、まったく使えないし意味がないから、捨てられてしまう可能性も高い。
そもそも、ここには銃器を知らない人もいるもの」
「……」

158Tightrope Walkers(4/6) ◆l8jfhXC/BA:2005/05/08(日) 15:00:43 ID:jSDtGYms
「ここからが本題。私はこの弾丸を、何らかの──たとえば脱出の手段としての“鍵”だと考えるわ。
……ええ、もちろん普通は鍵なんてこんな形はしていない。でも、だからこそ。
不要な者としてすぐ捨てられそうなものを“鍵”──つまり、一種の希望として支給品の中に放り込んでおく。
いかにもあの趣味の悪い主催者のやりそうなことじゃない?」
「飛躍しすぎている」
「わかっているわ。“鍵”は確かに極論だけど──私は、この弾丸を単体で効果を持つ特殊な道具と考えているの。
それこそ何らかの魔法で動く武器かもしれない。どちらにしろ、かなり特殊なものだと思うわ」
「それをなぜ、あのときに言わなかった?」
「長い仮説を唱えても議論は進まないでしょう? ……もちろん、私はみんなを信じているわ。あなたと違って、ね」



(確かにその可能性はあるが……やはり信用できん)
 こちらを牽制するように微笑するクエロを見て、ゼルガディスは胸中で舌打ちした。
 光の剣のことを見破られたことは厄介だが、それでもこちらの優位は変わらない。
 この状況なら、殺そうと思えばいつでも殺せる。だが、二人きりになった途端に彼女が死体になるのは露骨すぎる。
(この死体を殺した奴のように、こいつが手のひらを返して裏切る可能性は十分にある)
 そんな怪しい輩を、脱出という目標を掲げる同盟に入れておく訳にはいかない。
 もちろん、クエロに言ったように彼女以外の全員も完全に信じたわけではない。だが、彼女よりはましだ。
(こいつは冷静すぎる。この状況の中で──なぜそんなにも“主催者”視点で物事を考えられる?)
 まるで────自らも駒であるくせに、他の駒を操る“指し手”として考えているような。
 やはり底が知れない。完璧すぎる。
(ボロが出るまで待つのは長すぎる。……ならば)
 ──“いるにはいる”という彼女の知り合い。言い方からして、どうやら味方ではないらしい。
(そいつらとできれば接触して、情報を得たい。こいつ以上にたちが悪い相手かもしれんが……会う価値はある)
 彼らと協力して、クエロを追い出すこともできるかもしれない。

159Tightrope Walkers(5/6) ◆l8jfhXC/BA:2005/05/08(日) 15:01:31 ID:jSDtGYms
(おそらく次の放送で集合したとき、そいつらのことを話すだろう。
何割かは本当のことが混じっているかもしれないが……信用できるわけがない)
 ──クエロの言動と挙動を見極め、そしてクエロよりも早く彼らと接触する。それが今考えられる一番の対策だった。
(リナとアメリアを探すことも重要だが……不安要素は早めになくした方がいい)
 そう結論づけて、剣を納める。この場は引くしかない。
 クエロは一息ついて、
「……二人で疑い合っていても先に進まないわ。とにかく今は、周辺の探索を進めましょう」
 そう言った。────確かに、今は一挙一動を監視していくしかない。
「わかった」



(次の放送が分岐点ね。さて、どうでるかしら?)
(次の放送がポイントだ。さあ、どうでる?)



綱渡りはまだ、終らない。

160Tightrope Walkers(6/6) ◆l8jfhXC/BA:2005/05/08(日) 15:02:57 ID:jSDtGYms
【E-1(遊園地前商店街)/1日目・10:00】
【七人の反抗者・周辺捜索組】

【クエロ・ラディーン】
[状態]: 健康
[装備]: ナイフ
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾
[思考]: C-3商店街へ。集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
    +自分の魔杖剣を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: 高位咒式弾のことを隠す

【ゼルガディス・グレイワーズ】
[状態]: 健康、クエロを結構疑っている
[装備]: 光の剣
[道具]: 支給品一式
[思考]: C-3商店街へ。リナとアメリアを探す
[備考]: 光の剣のことを隠す

161フラジャイル・ベイビー(依存する子供)(1/3) ◆l8jfhXC/BA:2005/05/08(日) 15:03:39 ID:jSDtGYms
 一度目。売られそうになって、眼を調べられた。
 ……村人が大勢死んだ。実父母が自殺した。──でも、ベスポルトがいた。
 二度目。養父となったベスポルトが重傷を負った。黒衣に殺されそうになった。
 ……村人が大勢死んだ。黒衣が死んだ。──でも、サリオンがいた。

 三度目。─────────────────────────────誰もいない。


 夢と現実の境界線を放浪する。熱と寒気と痛みが身体を侵す。
 はっきりと意識を自覚することも出来ず、深く眠ることも出来ない境界の虚ろ。
 何回目の夢なのか、あるいは何回目の現実なのか、それを考える暇もなく、フリウ・ハリスコーは静かに落ちていった。
 ただ、もうそこには────無力な子供は、いなかった。



 そこは荒野だった。生えていた草が蹂躙され、荒れ果てた土地。
 そこには死体があった。髭を生やした偉丈夫が死んでいる。
(父さん?)
 数ヶ月前に、帝宮の人工林で死んだはずの父──養父。ベスポルト・シックルド。
(……じゃあ、これは夢だね)
 数ヶ月前の、約束を守れなかった自分がいる夢の世界。信じる方法がわからず、彼を守れなかった自分。
 ──両目を閉じて眠る、その骸の顔に手を触れる。
 夢だからであろう、温かくも冷たくもなく、曖昧な感触だけが指先に伝わった。
 ただ屍臭だけがはっきりと鼻を刺激している。血はもう流れていない。
(……あれ?)
 夢だから──いや、それとは違う違和感がある。何かが曖昧なところにいるような、気持ち悪い感覚。
 血は流れていない。それでいいはずだ。
(えっと……)
 血は流れていない。
 血は流れていない。
 血は流れて──────いない?

162フラジャイル・ベイビー(依存する子供)(2/3) ◆l8jfhXC/BA:2005/05/08(日) 15:04:25 ID:jSDtGYms
「あ」
 気づく。手を触れている顔は養父のものではない。
 髭を生やした偉丈夫。だがまったくの別人だった。──彼は、自分が殺した、
「あ、」
 思わず手を引っ込める。刹那、
「────っ?!」
 首がごろりと転がり、見開いた眼がこちらをのぞき込む。今更のように、血が流れ出した。
「あ────」
 あっという間に鮮血が足下を包む。温かくも冷たくもなく、曖昧な感触が伝わった。
 赤い液体は荒野を蝕み続ける。男の目がじっと見ている。ちぎれた首の付け根から白い骨が



「あああああああああああああああああ!」
 自らの絶叫で飛び起きた。
 最初に目に入ったのは赤ではなく、鮮やかな木々の緑だった。──血は流れていない。
(夢……だよね)
 実際には念糸で遠距離から殺した。血には触れていないし、骨も見えなかった。……今のはすべて妄想だ。
「でも、殺したのは現実。それからは逃げちゃいけない。忘れちゃいけない……」
 自分に言い聞かせるようにつぶやく。
 荒い息が収まらない。心臓の音がうるさい。悪寒がする。屍臭が相変わらず鼻を刺激している。
(…………あれ? 臭い?)
 ──これは夢ではない。だが、辺りには今まで気づかなかったのが嘘のような、濃厚な血の臭いがただよっていた。
(近くに、死体がある)
 見に行くべきだろうか?
 殺人者は、自分を見逃しているほどなので近くにはいないと思うのだが──やはり、まだ身体を動かす気にはなれなかった。
(死体って言えば……あたし、放送聞いてないね)
 死者の名前を無慈悲に羅列するという放送。気絶から即座に戦闘に巻き込まれていたので、ずっと忘れていた。
(あの人は……大丈夫だよね。呼ばれてないよね?)
 ミズーが死ぬことなど信じたくない。
 だが、辺りを包む屍臭が否応なく“死”を連想させてしまう。
(死ぬわけがない。武器なんてなくても、あの人は十分に戦える。……でも、さっきみたいな人とかと会っちゃったら……、
────だめだ、そんなことを考えちゃいけない。あたしは信じなきゃいけない)

163フラジャイル・ベイビー(依存する子供)(3/3) ◆l8jfhXC/BA:2005/05/08(日) 15:05:26 ID:jSDtGYms
 一度不安を持ってしまうと、それが膨らむのは容易だった。
 疑念を抱く自身を責めるように、心臓の音がうるさく身体に響く。
(…………確かめるだけ。それで落ち着くなら、その方がいい。確かめるだけ。あたしは信じてる……)
 悪寒に耐えるように身体を抱いて、立ち上がる。
「────!」
 途端に、今まで消えていた火傷と骨折の痛みが身体を責めた。熱い。痛い。寒い。
「確かめるだけ、あたしは信じてる……」
 そのつぶやきの声は、自分でも驚くほど小さかった。


 言葉も動作も存在する、現実の世界で。
 フリウ・ハリスコーはふたたびそれらを拾って歩き出した。
 先程殺人を犯した時と、同じ理由がきっかけになっていることには気づかずに。
 ミズー・ビアンカの存在だけが、今の彼女を支えているとは気づかずに。
 そしてここでは、それがどんなに脆いものなのかわからずに。



【A-5/森の中/11:40】
【フリウ・ハリスコー】
[状態]: 精神的に消耗。右腕に火傷。顔に泥の靴跡。肋骨骨折。
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)
[道具]: デイパック(支給品一式)
[思考]: 屍臭のする方向へ
[備考]:第一回の放送を一切聞いていません。茉理達の放送も聞いていません。
 ベリアルが死亡したと思っています。ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。

164血を分けた者の死神と(1/9)◆1UKGMaw/Nc:2005/05/08(日) 18:06:53 ID:3ABiJhFQ
「いや、見たことねぇ」
「悪いけど、僕も知らないな」
 風見千里やカイルロッド等、探し人の容姿を聞いた返答がそれだった。
「そうか……いや、ありがとよ」
 零崎人識といーちゃんの言葉に出雲覚は内心落胆を覚えたが、表面上は笑みを浮かべて礼を言った。

 結局誰も自分達の求める人と出会ってはいなかった。
 いや、約一名ずっと寝ている少女がいるが、起こすのもなんだし、「あー、聞いても多分無駄だぜ。頭痛くなるだけだ」
という零崎の言葉に不穏なものを感じたので彼女には聞いていない。
 凪には、ここに来る道中確認した。

「邪魔したな。んじゃ行くか、アリュセ」
 そう言って尻の汚れを払いつつ立ち上がる。
「え、もう行くのかい?」
「おう、愛しの女が待ってるんでな」
 いーちゃんの言葉に覚はにやりと笑ってみせる。
「よくそんな恥ずかしいこと真顔で言えますわね」
 なんとなく面白くなさそうな顔でアリュセがぼやく。
 その様子に零崎が、かははと笑った。
 凪が見送ろうと立ち上がる。
「そうか……俺達としては、お前らにも仲間に加わって欲しいんだけどな」
「悪ィな。千里達見つけてまた会えたら、そん時ゃ喜んで仲間に……」

 そこまでしか覚の言葉は続かなかった。

165血を分けた者の死神と(2/9)◆1UKGMaw/Nc:2005/05/08(日) 18:07:42 ID:3ABiJhFQ
 その男は茂みの中で銃を構えていた。
 ここに来るまでに何度か試射を行い、ある程度の距離で動かない標的ならば当てられることが分かった。
 糸を使ったトラップを発見したことで人の存在を知り、その範囲から大体の位置を割り出した。
 そこに複数人が潜んでいるのは微かに聞こえる話し声で分かった。姿は見えなかったが。
 相手は複数、実力も分からない。
 だから、待った。
 狙撃できる瞬間を。
 男が立ち上がり、そして女も射線上に立ち上がった。
 そして――男は引き金を引いた。


 凪の背後、離れたところにある茂みで何かが光ったのを覚の目は捉えた。
(なんだ?)
 覚は一瞬訝しげな表情を浮かべ――次の瞬間、いきなり凪を押し倒した。
「な!?」
 ほぼ同時に聞こえる"ぎゅぼっ"という鈍い銃声。
 一瞬前まで凪がいた空間を銃弾が切り裂く。

166血を分けた者の死神と(3/9)◆1UKGMaw/Nc:2005/05/08(日) 18:08:41 ID:3ABiJhFQ
「凪ッ!」
「覚っ!」
 二人が倒れるか倒れないかのところで、零崎がいち早く飛び出した。
 少し遅れてアリュセも。
 いーちゃんは思わず罠の木の枝を見る。
(落ちてない……!)
 周囲数十メートルに渡って張り巡らせているトラップ。
 それが反応せずに、ここが銃撃を受けている。
 とすれば結論は一つ。罠を見破られたのだ。
 と、あるものに目を奪われいーちゃんの思考は中断された。零崎も同じものに気づいて足が止まる。
「「青色ストライプ!」」
 思わずハモッた零崎といーちゃんに、凪は倒れたまま無言で石を拾って投擲。
 あやまたず額に投石を食らって二人は悶絶した。
「そんなことやってる場合じゃない。敵襲だ!」
「だったら、さっさと退け」
 射殺しそうな視線で睨まれ、覚は身を低くしたまま、そそくさと凪の上からどいた。
 ここは木の根が露出しており隠れるのに適した場所だ。
 身を低くしていれば銃撃を受けることはないだろう。
 だが――

167血を分けた者の死神と(4/9)◆1UKGMaw/Nc:2005/05/08(日) 18:09:36 ID:3ABiJhFQ
「……ごはん?」
 今の騒ぎで起きてしまったドクロちゃんが、木の根からひょこっと顔を出してしまった。
「戯言使い!」
 とっさに凪が近くにいたいーちゃんに指示を出すが、それよりも早く銃弾が――ではなく、
「わわっ!?」
 ドクロちゃんの首に"銀色の糸"が絡み付いていた。
 そして、聞き覚えのない男の声が皆の耳朶を打つ。
「動くな。動けばこの娘は死ぬ」
 その言葉に、いーちゃんの動きはぴたりと止まった。
 振り返り、凪のほうを見る。
 凪は無言で首を振った。
「いつだって、その瞬間はこともなげに訪れる。呼びかけに答えろ、娘。そこに左目に眼帯をした娘はいるか。名は、フリウ・ハリスコー」
 ドクロちゃんの瞳に、隻眼の黒衣が目に映る。
 だが、状況を理解できていないドクロちゃんは「え? え?」と困惑するばかりだ。
「言え。さもなくば……」
 と、ドクロちゃんの表情が変わった。
「や……ひぅ、か……!」
 驚愕の表情を浮かべ、首を押さえて苦しみだす。
「やめろ! ここにはそんな娘はいない! 知りもしない!」
 飛び出しそうになる零崎を手で制しながら、凪が叫ぶ。
 同時に、ドクロちゃんの苦しみが楽になった。
 急激に乾いた喉で、必死に浅い呼吸を繰り返す。
「本当だろうな」
「本当だ!」
 男――ウルペンは思考しているのか、少し間が開いた。そして、
「……全員、そこから出て来い。出なくば、この娘の命はない」

168血を分けた者の死神と(5/9)◆1UKGMaw/Nc:2005/05/08(日) 18:10:33 ID:3ABiJhFQ
(苦しい選択を迫ってくれる……!)
 凪はギリッと奥歯を噛み締める。
 こちらには飛び道具の類は何一つない。
 出れば皆殺しにされる危険性が高いだろう。
 だが、出なければ三塚井が死ぬ。あの苦しみようは尋常ではなかった。
「凪、今回はいいだろ? 俺が回りこんで殺ってくる」
 小声で言ってくる零崎に、しかし凪は首を振る。
「いや、駄目だ。奴も不意打ちは予想しているはずだ」
 巧妙に隠したトラップを抜けてきた実力者だ。見つかる可能性が高い。
 三塚井の命を盾に取られている以上、その選択はあまりにリスキーだった。
「しゃーねぇ、出るか」
 ばりばりと頭をかきながら覚がぼやいた。
「ちょっと、覚……」
「仕方ねーだろーが、この場合。……あとは運を天に任す」
「待て、出雲!」
 立ち上がろうとする覚を凪が押し留める。
「なんだよ、それともなんかいい手があるってのか?」
 凪は必死に何かを考えるように押し黙った。
 だが、その言葉に、今まで黙っていたいーちゃんが口を開いていた。
「ある……かもしれない」
 その言葉に全員の視線が集中した。

「もう一度言う。全員そこから出て来い。三度目はないぞ」
 ウルペンの声が再度響く。
 時間は、もう無かった。

169血を分けた者の死神と(6/9)◆1UKGMaw/Nc:2005/05/08(日) 18:11:33 ID:3ABiJhFQ
「ほう……」
 声に従い出てきた面々に、ウルペンは内心舌打ちした。
 確かに凪達は全員姿を見せていた。
 ただし、巨木の左側からいーちゃん、頭上の枝に零崎、巨木から伸びる根の右側から他の木の背後を経由して覚、根と地面の隙間にアリュセ、
そして中央に凪、と、それぞれが離れた位置にである。
「これで全員だ。言っておくが、お前が妙な真似をした場合、俺達は全力でお前を潰す」
 中央に立つ凪が堂々と宣言する。
 ウルペンは、口の端を歪め、視線だけで相手の面々を見渡す。
 もし、ここで念糸なり炭化銃なりで攻撃を加えた場合どうなるか。
 相手の間隔が狭ければ問題はないだろう。
 だが、ここまで開いていては……この距離なら二人三人は自分のところまで到達する。
 これだけのの人数が固まっているとは予想外であった。
(考えたものだ)
 こんなところで手傷を負う気はない。
 相手としても、仲間を失う気はないだろう。
 互いに相手を傷つけたが最後、確実に互いにとって不幸なことになる布陣。
 ここでの最善の行動は、お互い無傷で収めることであった。
(仕方があるまい)
 最善の行動を選択する。
 フリウ・ハリスコーはこの状況で出てこない娘ではないと思えた。恐らく、本当に彼女はいないだろう。
 ならば、もうここに用はなかった。

170血を分けた者の死神と(7/9)◆1UKGMaw/Nc:2005/05/08(日) 18:12:29 ID:3ABiJhFQ
 ゆっくりと後ろに下がろうとしたところで、一人の少女が目に止まった。
(……なんだと?)
 自分が殺した面妖な術を使う少女。その少女と同じ服装、同じ顔立ちをした少女がそこにいた。
(なに……? 私を見てる?)
 確実に目が合った。しかも相手はその目を逸らそうとしない。
 アリュセがその視線に負けてたじろぎかけた時、ウルペンの唇が微かに動いた。
『双子か?』
「!!」
 声は聞こえなかった。
 だが、アリュセが見た唇の動きは確かにそう言っていた。
「待って! あなた、リリアに会ったんですの!?」
 急いで根の下から這い出し、森の奥へ消えていくウルペンへ向けて叫ぶ。
 突然のアリュセの行動に、皆の驚く視線が集まった。
「……やはり、身内か。リリアというのか、あの金色の髪の娘は」
「どこで、どこで会ったんですの!?」
 足を止めずに言うウルペンに、必死の形相で問いかける。
「港町で」
 初めて得た仲間の情報に、アリュセの表情に明るみが射す。
 だが、次の一言が、その表情を絶望の色へと――
「俺が殺した」
 ――塗り替えた。

「アリュセッ!!」
 放心し、その場に崩れ落ちるアリュセに覚が駆け寄り、その小さな身体を支える。
 ウルペンは微かに口の端を吊り上げると、踵を返して森の奥へと駆けて行く。
「逃がすと思ってんのか!」
「待て、零崎!」
 後を追おうとする零崎を凪が制止する。
 ドクロちゃんの首に巻きついた念糸は、まだ解かれていなかった。
 舌打ちする零崎が待つこと数秒、ようやく念糸が掻き消えた時には、ウルペンの姿は木に紛れて完全に見えなくなっていた。

171血を分けた者の死神と(8/9)◆1UKGMaw/Nc:2005/05/08(日) 18:14:05 ID:3ABiJhFQ
 んくんく、と喉を鳴らしてペットボトルの水をがぶ飲みしているドクロちゃんのそばで、覚は出立の用意をしていた。
「とんだ別れになっちゃったね」
 いーちゃんから自分とアリュセのデイバッグを受け取り、覚はまとめて左肩にそれを通した。
 右腕には失神してしまったアリュセを抱えている。
 覚は、市街地へ行く予定を変更し、黒衣の男が消えた方角――南へと進むことにしていた。
 方角的には戻ることになるが、城や、その西に広がる森など行っていない場所も多い。
 黒衣の男を追いつつ、仲間を捜すつもりだった。
「なら、これを持っていけ」
 凪が手渡したのは、彼女のサバイバルナイフだ。
「いいのかよ?」
「助けてもらった礼代わりだ。遠慮せずに持っていけ」
 それならばと遠慮なく受け取り、腰の後ろでズボンに挟む。
「悪ィな。さっきも言いかけたが、千里達見つけてまた会えたら、そん時ゃ……」
「お前といると無様なところばかり見られるような気がするけどな……ああ。共に脱出しよう」
 何かを思い出すような顔をした零崎といーちゃんに裏拳をぶち込みつつ、凪は答え――

 そして、凪達は去っていく二人を見送った。

172血を分けた者の死神と(9/9)◆1UKGMaw/Nc:2005/05/08(日) 18:15:28 ID:3ABiJhFQ
【F−4/森の中/1日目・09:50】
【戯言ポップぴぴるぴ〜】
(いーちゃん/零崎人識/霧間凪/三塚井ドクロ)
【いーちゃん】
[状態]: 健康
[装備]: サバイバルナイフ
[道具]: なし
[思考]:ここで休憩しつつ、トラップにかかった者に協力を仰ぐ

【霧間凪】
[状態]:健康
[装備]:ワニの杖 制服 救急箱
[道具]:缶詰3個 鋏 針 糸 支給品一式
[思考]:ここで休憩しつつ、トラップにかかった者に協力を仰ぐ

【ドクロちゃん】
[状態]: 頭部の傷は軽症に。左足腱は、杖を使えばなんとか歩けるまでに 回復。
    右手はまだ使えません。 多少乾いています。
[装備]: 愚神礼賛(シームレスパイアス)
[道具]: 無し
[思考]: このおにーさんたちについていかなくちゃ
  ※能力値上昇中。少々の傷は「ぴぴる」で回復します。

【零崎人識】
[状態]:平常
[装備]: 出刃包丁
[道具]:デイバッグ(支給品一式)  砥石
[思考]:惚れた弱み(笑)で、凪に協力する。
[備考]:包丁の血糊が消えました。


-----------------------------------------------------------------
【覚とアリュセ】
【出雲・覚】
[状態]:左腕に銃創あり(出血は止まりました)
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイバッグ(支給品一式)/うまか棒50本セット/バニースーツ一式
[思考]:千里、新庄、ついでに馬鹿佐山と合流/アリュセの面倒を見る/ウルペンの捜索(名前は知らない)

【アリュセ】
[状態]:健康/気絶中
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:リリア、カイルロッド、イルダーナフと合流/覚の面倒を見る


-----------------------------------------------------------------
【ウルペン】
[状態]:軽傷(二の腕に切り傷)
[装備]:炭化銃、スペツナズナイフ
[道具]:デイバッグ(支給品一式) 
[思考]: 蟲の紋章の剣を破るためにフリウを探す。

173戯言精霊の傑作殺し:2005/05/09(月) 19:56:01 ID:mhhsWZag
「んっく、んっく」
ドクロちゃんが水を飲んでいる。几帳面に音を立てて。
あの出雲さんとアリュセちゃんが立ち去ってからしばらく。
ずっとドクロちゃんは水を飲んでいる。
殺し屋から首を糸で絞められてからやたらのどが渇くそうだ。
零崎があの後、張られた糸を気づかれないように巧妙に張り直した。
僕ものどが渇いてきた。でも僕のデイパックはダナディアさんの所で失くしてしまったので、当然水も無かった。
「凪ちゃん、水のボトル持ってる?」
「俺のは三塚井にやった。飲みかけの一本は飲みきって、もう一本は今飲んでる」
「ドクロちゃんは…デイパック無いんだったね。零崎は?」
「ん? ああ俺の奴は一本は飲んだのと包丁砥ぐのに使っちまった。
 あと一本あるぜ」
ああじゃあそれを飲も──
「それじゃあ僕たちの残りの水は」
三人の気持ちが一つになった。一本。いや、ドクロちゃんの飲みかけが──
「ぷふぅ」
からん。ころころ。転がった空ボトル。どこからか吹いた風で転がる。からからと。空空と。

「いいか? ここから近くて水が採れそうなのは」
「湖は…飲めるかどうか分からないね。井戸も毒が入れられてないとも限らない」
「すると、この商店街か」
「やってくれるな? 零崎」
「俺しかいねーだろ?」
「全部詰めたら三キロになるけど、大丈夫か?」
「おいおい俺を誰だと思ってやがる」
「1時間以内に帰って来いよ」
「おう」
「なるべく殺すなよ」
「そりゃ保障できねーな。かははっ」
「おい!」

174戯言精霊の傑作殺し:2005/05/09(月) 19:57:03 ID:mhhsWZag
「じゃ、行ってくるぜ」
「ちっ…」
「あれ? ドクロちゃんが落書きしてるのって」
「零崎の…地図だな…」

「おかしーな。商店街が見えてこねぇ」
とことこ歩きながら呟く。辺りは森だった。横に普通の道が見える。
地図でもう一度確認しようとして、デイパックを探って──
探って探って探って。
地図を忘れた事を確認した。
「参ったなー。三塚井の奴に落書きされてそんまんまだったか」
一回戻って地図を持ってくるのも間抜けな話だ。
誰かに道を聞ければいいんだが…そう思ってとりあえず森を歩く。
なにやら少し先に三人組がいた。男二人女一人。
まったく用心せずに正面から近づいていく。ただし背中に隠した包丁はいつでも取り出せる。
三人の動きが止まる。先頭の目つきの悪い黒ずくめの男が警戒心丸出しで半身ずらすのが見えた。
「よぉあんたら。ちっとばかし道を聞きてーんだけど──つっても人せ──」
突然正面の男のデイパックの中から、青い虫のようなものが飛び出して語りだした。もちろん人生について。
「道を聞きたいと。そもそも道なんてのは人や場所や考えについて回るものだ。
 人ならば人道。街ならば街道。剣ならば剣道。沼なら沼道か?
 他人の作った思想の道を歩かないで済む方法を知ってるか?地位とほんの少しの勇気でいい。
 なんとも無いことをなにか有り気に言い切る勇気と、なんとも無いことなのに何故か重く聞こえるほどの地位だ──
 っておう。 それで思い出したけど何故あの占い機甲軍団は退屈なことばっか呟くのに、それを皆真に受けまくってあたふたせねばならんのだ」
「…先に言われちまった。戯言のように傑作だな」
笑みを深めて零崎は呟いた。
戦闘体勢をとってた黒ずくめのオーフェンは肩を落として声を上げた。
「頼むから、こいつに語り掛けないでくれ…」
それから数分間、オーフェンが止まらないスィリーをポケットに詰めるまで──
その『道』についての演説(内容はどんどん変わっていったが)は続けられた。

175戯言精霊の傑作殺し:2005/05/09(月) 19:58:08 ID:mhhsWZag
【キーフェンを出よう!-from the aspect of ENJOU-】
【残り85人/E6/森の中/1日目/09:55】

【宮野秀策】
[状態]:健康
[装備]:自殺志願(マインドレンデル)・エンブリオ。
[道具]:通常の初期セット。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
   :この空間からの脱出。 状況様子見

【光明寺茉衣子】
[状態]:健康
[装備]:ラジオの兵長。
[道具]:通常の初期セット。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
   :この空間からの脱出。 状況様子見

【オーフェン】
[状態]:精神的に疲労気味、いろんな意味で。行動には支障なし。 偏頭痛。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本、パンが更に減っている)、獅子のマント留め、スィリー
[思考]:クリーオウの捜索、仲間を集めて脱出(殺人は必要なら行う) コイツどうしよう。スィリー黙れ。
※第一回放送を冒頭しか聞いていません。

【零崎人識】
[状態]:平常  迷子。
[装備]: 出刃包丁 (隠し持ってる)
[道具]:デイバッグ(空のボトル三個)  砥石
[思考]:惚れた弱み(笑)で、凪に協力する。 水を汲みに商店街まで。道を聞く。11時までには戻りたい。
[備考]:包丁の血糊が消えました。

176戯言精霊の傑作殺し:2005/05/09(月) 20:00:02 ID:mhhsWZag
──────────────
【F−4/森の中/1日目・09:55】
【戯言ポップぴぴるぴ〜】
(いーちゃん/(零崎人識)/霧間凪/三塚井ドクロ)
【いーちゃん】
[状態]: 健康
[装備]: サバイバルナイフ
[道具]: なし
[思考]:ここで休憩しつつ、トラップにかかった者に協力を仰ぐ 零崎を待つ

【霧間凪】
[状態]:健康
[装備]:ワニの杖 制服 救急箱
[道具]:缶詰3個 鋏 針 糸 支給品一式
[思考]:ここで休憩しつつ、トラップにかかった者に協力を仰ぐ 零崎を待つ

【ドクロちゃん】
[状態]: 頭部の傷は軽症に。左足腱は、杖を使えばなんとか歩けるまでに 回復。
    右手はまだ使えません。 乾きは大体治りました。
[装備]: 愚神礼賛(シームレスパイアス)
[道具]: 無し
[思考]: このおにーさんたちについていかなくちゃ
  ※能力値上昇中。少々の傷は「ぴぴる」で回復します。

備考:水が残り1リットルしかありません。

177戯言精霊の傑作殺し(1/4)修正案:2005/05/09(月) 22:21:13 ID:mhhsWZag
「んっく、んっく」
ドクロちゃんが水を飲んでいる。几帳面に音を立てて。
あの出雲さんとアリュセちゃんが立ち去ってからしばらく。
ずっとドクロちゃんは水を飲んでいる。
殺し屋から首を糸で絞められてからやたらのどが渇くそうだ。
零崎はあの後、張られた糸を気づかれないように巧妙に張り直したようだ。
「今度こそバレずに引っかかるはずだぜ」
零崎と他愛の無い会話をしているとさっきの男との事がまた浮かんできた。
─あの時あの男が殺人行動にでたら
─最初の弾丸が凪ちゃんに当たってたら
─ドクロちゃんを絞める糸に力が加えられてたなら
物騒な想像をしていると口の中が乾いてきた。
でも僕のデイパックはダナディアさんの所で失くしてしまったので、当然水も無かった。
「凪ちゃん、水のボトル持ってる?」
「俺のは三塚井にやった。俺の飲みかけの一本は飲みきって、もう一本は今飲んでる」
「ドクロちゃんは…デイパック無いんだったね。零崎は?」
「ん? ああ俺の奴は一本は飲んだのと包丁砥ぐのに使っちまった。
 あと一本あるぜ」
ああじゃあそれを飲も──
「それじゃあ僕たちの残りの水は」
三人の気持ちが一つになった。一本。いや、ドクロちゃんの飲みかけが──
「ぷふぅ」
ドクロちゃんは飲み終わったボトルを地面に置いた。
からん。ころころ。転がった空ボトル。どこからか吹いた風で転がる。からからと。空空と。

「いいか? ここから近くて水が採れそうなのは」
「湖は…飲めるかどうか分からないね。井戸も毒が入れられてないとも限らない」
「すると、この商店街か」
「やってくれるな? 零崎」
「俺しかいねーだろ?」
「全部詰めたら三キロになるけど、大丈夫か?」
「おいおい俺を誰だと思ってやがる」
「1時間以内に帰って来いよ」
「おう」
「なるべく殺すなよ」
「そりゃ保障できねーな。かははっ」
「おい!」

178狂戦士の会合・改改  </b><font color=#FF0000>(wh6UNvl6)</font><b>:2005/05/09(月) 22:52:02 ID:Hw7b583Y
森の中を男が歩いている。
彼の体には血が付いているが顔には
とても今さっき人を殺したとは思えない笑みを貼り付けている。
『ちっ、さっきのガキとっとと殺っちまったかのはまずったなぁ、
もうちょっと楽しんでから殺すんだった。
にしても、どいつもこいつも馬鹿みたいに馴れ合いやがって・・・反吐がでるぜまったく。
やっぱカシムの野郎も奴らみたいになってんだろうな、
全く腑抜けたもんだ。』
言葉と共に益々笑みを深くする。
そしてついには目の前にまるで本人がいるかのように呟く。
「とっとと本性現しちまえよ、一緒にゲームを楽しもうぜカシムゥ。」

ふと向かい側の方に人影が見える。
相手が視認する前に茂みの深いところに入って息を潜める。
気配を消しもせずにまるで散歩をしているかのように歩き回っている。
『おめでたい獲物はどこにでもいるもんだな。
次はキチンと楽しまねえとよ!』
先ほど殺した相手から奪い取った銃を
ためらいなく撃つ、距離は10m、弾は相手の体を貫いた筈だった。
だが少年は気にすることもなく歩みを止める気もない
よく見ると相手に残り1m程のところで弾丸は止まっている
『ああん?どういうことだ?』
驚きと共に呟く。
危険な予感がガウルンに逃走という選択を薦める。
彼がその予感に従おうとしたとき、向こうから声がした。
「隠れてないでてきたらどうだ?」
敵の目はガウルンをしっかり捉えていた。
銃弾の飛んできた方向から位置を掴んだらしい。
「あらら、ばれてんのかよ…!」

姿を表すと同時に3発放つ、乾いた音と共に凶弾が敵を襲う!
だが先ほどと同じ攻撃が効くはずもない、
同時にガウルンは敵に接近しながら義手の充電を始める。
「ほう…おもしろそうなおもちゃだ。」
その男の姿はごく普通だった、
体にフイットした服には土一つついていない、
見ると彼の歩いてきた場所には道が出来ている、
ぽっかりと開いた空間はどう見ても人為的なもので
その道は少年の1m程前で止まっている。
まるでその位置を境界として2つの世界が存在しているようだった。
そして全ての銃弾はその境界を越えることができず、
全て消滅してしまった。
だがその様を見てなおガウルンは充電をやめない、
敵の常識で計り知れない能力を
ラムダドライバと同タイプのものと判断したのだ。
そしてそのタイプの能力ならその力を超える物理的な力をもってすれば
打ち破れる、そう判断した。
「ああ…俺にはもってこいのおもちゃだぜ!」
強烈な一撃を敵の顔面に向け放つ、
骨すら残るまいとガウルンは確信した。

179狂戦士の会合・改改  </b><font color=#FF0000>(wh6UNvl6)</font><b>:2005/05/09(月) 22:52:47 ID:Hw7b583Y
…だが現実は違った。
彼の義手は敵まであと10cmのところまで迫った、
だがそこで拳は止まり、電撃が周りに迸る。
その電撃が作用して目の前にある不可視の壁をガウルンの目が捉えた。
そして次の瞬間、彼の義手が弾ける。
「ちっ!?」
思わず舌打ちをする、これでガウルンの勝機はなくなった。

「どうした、まさかそんなもので俺を殺せると本気で思っていたのか?」
冷ややかな目で見下ろす敵の雰囲気は普通の少年のそれとは明らかに異なっていた。
「普通思うぜ、まったくよ!」
義手のない手を押さえながら背を向け逃亡を試みる。
だが急に足から力が抜け、その場に崩れ落ちる、
そしてガウルンは見た、目の前に転がる自分の足を。

ガウルンの顔に恐怖はなかった、
ただ苦虫を噛み潰すような表情が広がっていただけだった。
「そんな程度で自惚れていたのか?お山の大将にもほどがある。」
「…猿と同じ扱いとはひどいんじゃないかい?」
ガウルンは強がりを見せた。
対し少年はフン、と鼻を鳴らす。
「まあこれ以上生かしておいても意味はなさそうだ、
貴様は始末することにした。」
少年から出た言葉は絶対的な死刑宣告だった。

「ん?どうした?祈る時間ぐらいはくれてやるぞ?」
ガウルンは観念した、敵は見逃すつもりはないようだ。
「ああ、そんじゃあ《哀れな聖者に殺戮の加護を》とでも言っておくかな、
クックック。」
ガウルンは笑い始めた、少年が右手を振りかぶる。
『どうやらここで終わりみたいだな、愛してるぜカシムゥ、続きは地獄で…』
彼の思考が途切れた。
「まあそこそこに楽しめたな…
さて、俺と対等なものは一体どこにいるんだ?」

歩いていく彼の後ろには左腕と右足、そして首のない死体が一つ、
赤い花のように咲いていた


(A-5/1日目/4:45)
【死者】ガウルン
【残り人数】96人


【フォルテッシモ】
【状態】やや不機嫌気味。
【道具】ラジオ
【装備】荷物一式(食料は回復する。)
【思考】 強者を倒しつつユージンを探す、一般人に手を加える気はない。

2005/05/09
全面的に校正、ガウルンにぽさを。

180人界の魔王は斯く詮ずる(1/3) </b><font color=#FF0000>(uJKJ5sPs)</font><b>:2005/05/09(月) 23:45:58 ID:pSENnXOc
 学校の一階、保健室。
 数時間前に一人の少女が寝ていたベッドに、今はクリーオウが横になっている。
 その寝顔を無表情に見やり、空目は手にしていた本を閉じた。
 机の上に置いてある地図や名簿を改めて見る。
 空目のデイパックはサラから開けることを禁じられているため、クリーオウのものだ。
 先ほどの会議で初めて見たが、そこには看過できない文字があった。
(十叶先輩――魔女、か)
 このゲームの主催者側ではないのかと思っていたが、彼女も“参加者”のようだ。
 だが、それならば自分のようにじっとしている人間ではないことは分かっている。
(とはいえ、それほどの脅威にはならないか……?)
 何しろ参加者達の国が違い、世界が違う。
 魔女の脅威は“異界”にあるのだから、そもそも知識基盤の違う人間の集まるここでうまく立ち回れるとは思えない。
 共通の物語を多人数に植え付けなければ異界は生まれない。
 そして何らかの手段で感染させようとしても、魔女には自分と同じく直接的な戦闘能力がない。
 物語をばらまく前に殺人者に殺されるであろうことは容易に推測できる。
 ならば仲間を作れば危険だろうかと思い、その可能性も否定。
 自分の場合は協力者を得ることが出来たが、生まれながらに発狂している彼女とまともにコンタクトを取れる人間などいはしないだろう。
 だが、一回目の放送でその名前が呼ばれることはなかった。
 隠れているのか、たまたま殺人者に遭わなかったのか。
 魔女の暗躍を否定する要素が揃ってるとはいえ、確定はしていない。
 仮に次の放送でも呼ばれなければ、再び集まった皆に言う必要がある。

181人界の魔王は斯く詮ずる(2/3) </b><font color=#FF0000>(uJKJ5sPs)</font><b>:2005/05/09(月) 23:46:57 ID:pSENnXOc
(皆、か。俺も自分の立ち位置を決めなければならんな)
 椅子の背を軋ませ、空目は腕を組む。
 目を閉じ、結論に至るまでに要した時間はわずか十秒。
(選択肢が広がった以上、生存を選ぶのが妥当か)
 別に死んでも構わないと思っていたが、生き延びられるならそれに越したことはない。
 万が一、自分が死んで魔女が帰還するなどということがあっては目も当てられない。
 自分が死ねばあやめは空目家で永遠に自分を待ち続けるだろう。
 あやめがいなければ武巳達には異界に抗う術がなくなる。
 それは決定的な敗北を意味する。
 可能性が薄いとはいえ、刻印の解除を目指すのが最もマシだと判断した。
 何より――こちらの方が大きな理由なのだが――自分とは違う世界の人間。その知識は興味深い。
 刻印の解除に際しては多様な知識と見解が飛び交うことだろう。
(結局、異界でも屠殺場でも俺は変われんか)
 その事実に軽く鼻を鳴らし、再び本を開こうとし、
「……ん……恭一、そろそろ交代?」
 身を起こしたクリーオウが目を擦っていた。
 時間を見ると10:15。確かに交代の時間だった。

182人界の魔王は斯く詮ずる(3/3) </b><font color=#FF0000>(uJKJ5sPs)</font><b>:2005/05/09(月) 23:47:57 ID:pSENnXOc
「ああ」
 短く答えるとクリーオウと入れ替わりにベッドに入った。
 思考のためには睡眠も必要だ。眠れるうちに眠っておくべきだった。
「じゃあ二時間……あ、放送の前になったら起こすね」
「ああ」
 平坦な声で再び返すと、目を閉じた。
 他人の体温で温まった寝台は、意外なほどに寝心地が良かった。

【D−2(学校1階・保健室)/1日目・10:15】

【居残り組:じゃじゃ馬と魔王】
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考]:みんなと協力して脱出する/オーフェンに会いたい

【空目恭一】
[状態]: 健康。就寝。
[装備]: 図書室の本
[道具]: 支給品一式/《地獄天使号》の入ったデイパック(出た途端に大暴れ)
[思考]: ゲームの仕組みを解明しても良い。放送まで睡眠。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。

*行動:交代で二時間睡眠。皆が戻ってきたら寝かせて見張り。学校を放棄する時はチョークで外壁に印をつけて神社へ。

183Walking on the Blade </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/10(火) 00:23:43 ID:.pSpfsu2
「やられたわね」
舌打ちするパイフウ…手の傷はともかく肩の傷が酷い。
癒しの術をかけてはいるが…骨が繋がり動くようになるまでにはまだ時間がかかる。
左利きでしかも銃器使いである彼女にとって左肩の傷は命取りになりかねない。
森の中をよろよろと進むパイフウ、どこかでしばらく落ち着かなければ…。
藪を掻き分けたその先には…墓地と…そして古ぼけた教会があった。

ふらりと教会の門を押し開くパイフウ、音もなく扉は開く…
「?」
その扉の開き方に違和感を覚えるパイフウ…床に目をやる。
(足跡?)
埃の中うっすらと残る幾人かの足跡を見やったその時だった。
「!!」
真正面からの斬撃、間一髪で飛び退るパイフウ…前髪がわすかにはらりと落ちる。
そして彼女の視界には闇から溶け出してきたような黒衣の騎士が立っていた。
(この男…強い)
あの大広間で散った二人の剣士もそうだったが、おそらくは彼も火乃香に匹敵する剣士だということを、
一瞬の邂逅で彼女は肌で感じていた。
いや純粋な剣技だけならば、わずかに上を行くかもしれない。

その黒衣の男の握る刃に龍を象った大薙刀が再び唸りを上げる、今度も紙一重で回避するパイフウ
しかしその顔に満足感はない…あるのは怒り。
「どういうつもり?」
彼女は気がついていた、この男がわざと最初の一撃は紙一重で斬撃を行っていたことを…。
でなければ自分は今頃真っ二つだ。
本気であろう二撃目をギリギリで避けられたのは少し自慢したくなったが。

「敵なら討つが…だが迷い人とも限らんからな…それに主の眠りを血で汚したくはない」
平然と言い放つ黒衣の騎士、その名はアシュラム。
「早々に立ち去るんだな…そしてここの事は口外するな」
「ちょっと!殺しかけておいてそれは無いんじゃないの?」
ついつい言い返してしまうパイフウ…アシュラムの目が鋭い光を放つ。
「やめておくんだな…利き腕を怪我しているのだろう?それを承知なら俺も舐められたものだ」
苦笑しつつも水を向けてやるアシュラム。
「お互い長生きしたいだろうからな」

その言葉にふっと息を吐くパイフウ。
皮肉にも今のやりとりがパイフウに失っていた自制と冷静さとを取り戻す契機になったようだ、
無論、焦りもあるし余裕もそれほどあるわけではないが。

184Walking on the Blade </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/10(火) 00:25:42 ID:.pSpfsu2
しかしそれでもこのお世辞にも万全とは言いがたき状況で、目の前の黒き騎士を相手にするつもりはなかった。
まして万全であってもレートはおそらく五分と五分、今の自分の力では、
死力を尽くして何とか相打ちにもっていくのがやっと、それは彼女の望む結末ではない。
スキあらば別だが、それでもこの男がスキを見せることなど期待するだけ無駄である。

ならばここは退くか?しかし、ズキリと痛む肩に顔をしかめるパイフウ、
一刻も早く落ち着いて休息を取らねば肩の傷が慢性化する危険が出てくる…、
だが、ここを出てその落ち着ける場所までたどり着けるのだろうか?
アシュラムをもう一度見るパイフウ、考えたくはないが正直このクラスがゴロゴロしてるとして、
そんな状況で往来を歩くのは自殺行為のように思えた、だから…。

「わかったわ、なら屋敷の中までは入らない、だから少しだけ休ませてくれない?」
まな板の鯉、大胆極まりない提案を持ちかけるパイフウ。
無論、彼女には彼女なりの計算もあった。
理由はわからないが彼にはここを動けない理由があるようだ、
なら自分の傷が治るまでついでに弾避けになってもらおう、もし手に余る相手が襲ってきたなら
彼を手伝って撃退するも、逆にそれに乗じるもありだ。
「その代わり誰かが襲ってきたら…出来る限りのことはさせてもらうわ」

(この女…狐だな)
アシュラムはアシュラムでとうに自分とやりあうつもりはないにせよ、
こちらの事情を察して盾にするつもりであろうパイフウの魂胆に気がついていた。
力ずくで追い払うのが本筋ではある…だがアシュラムもまたパイフウの実力を察している。
いかに手負いとはいえ一筋縄ではいかぬ相手…今の彼女ならば退けることもできるが、
捨て身の攻撃で相打ちに持ち込まれぬとも限らぬ…狐は最期の瞬間でも油断できないのだ。
それは何としても避けたい。
こちらの手の内は見せた、相手も状態が万全に戻ればおそらくは自ら退くだろう。
狐は機を見るに敏でもあるのだ。

「いいだろう…お互い死ねぬ身のようだ、ならば一時休戦といこう…入れ
 そこに立たれていては目だって仕方が無いのでな…ただし」
アシュラムは刃を床に滑らし器用に線を刻んでいく。
「この線より手前に入れば休戦協定を破ったとみなす、それなりの覚悟をすることだな」
「望むところよ…お互い長生きしたいんでしょ、少しでもね」
アシュラムの言葉に鼻白んで言い返すと、パイフウはそのまま壁にもたれて、
おもむろに銃の手入れを始めるのだった。

185Walking on the Blade </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/10(火) 00:26:43 ID:.pSpfsu2
カチャカチャと金属の触れ合う音が教会の中に響く、
空の薬莢がパイフウの足元に転がる…ちらりと横目でアシュラムの様子を伺う…水を飲んでいる。
握った薬莢に気を込めて指で射ちだす…狙いはアシュラムの手のペットボトル。
だが、アシュラムは右手に持った薙刀の刃をわずかに軽く翻す…それだけでパイフウの指弾を確認すらせず
何事も無いように弾き返した。
薬莢はパイフウが放ったそれと寸分違わぬ軌道で彼女の手の中に戻っていく。
「悪ふざけは止めろ」
「やっぱこの程度じゃ動じないか」

軽く唇をゆがめるパイフウ。
やはり一戦交えるのは避けるべきという思いを再認識するパイフウ…しかし。
もしその時が、チャンスが来たとして自分に我慢できるだろうか?
何かがあってくれればいいと思う反面、何もなく過ぎ去って欲しいと願うパイフウ。
「ねぇ?あんたの主って…」

その時地下でなにやら争う物音、アシュラムの視線が剣呑なものに変わるが…。
『心配はいらぬゆえ、お前はそこにいるがよい…おお1人客が増えたか…ふふふ』
地下から響く声にそのまままた静かに祭壇の上に腰を下ろす。
「で、俺の主とは誰のことを言っているのだ?」
アシュラムの言う主とは、1人はもちろん今は亡き暗黒皇帝ベルド、
もう1人はこの地下に眠っている姫君のことである。
洗脳されているとはいえ、ベルドへの忠誠が消えうせたわけではない。
だがそれに変わる生きがいを与えてくれた地下に眠る姫君への忠義もまた本物。
それが一時の偽りの感情であったとしても、自分に恥をそそぐ機会を与えてくれた以上は、
この身朽ち果てるまで尽くす、たとえ本当の自分が戻ってきたとしても、
せめて夕刻までは身を挺して盾となる…それが彼の結論だった。

しかしパイフウはアシュラムの思いなど、先ほどの質問などもうすでにどうでもよくなっていた。
「何よ…こんなのがいるなんて…」
あの争いの最中一瞬だけ感じた、地下から湧き出るような恐るべき鬼気…
まるで冥界から心臓をわしづかみにされたようなそんな気がした。
あれがアシュラムがいう主…なのだろうか?

それでも何とか二の句を告げようとするが、もはや言葉は出てこなかった。

186Walking on the Blade </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/10(火) 00:31:12 ID:.pSpfsu2
【D-6/教会/1日目・12:00】

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具];冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る

【パイフウ】
 [状態]右掌に浅い裂傷(処置中)、左鎖骨骨折(処置中)
 [装備]ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス
 [道具]デイバック(支給品)×2
 [思考]1.傷が治るまで休息 2.主催側の犬として殺戮を 3.火乃香を捜す

187未定  </b><font color=#FF0000>(wh6UNvl6)</font><b>:2005/05/11(水) 01:15:13 ID:Hw7b583Y

(目標は単独で5人の暗殺、武器、弾薬の補給はなし、
制限時間は6時間、失敗すれば…彼女が死ぬ。)
相良宗介はさっきまでいた住宅街に戻っていた。
前に来たときに大体の地理は把握していた、
隠れるものも多く、人がやってくる可能性も高い、
この場所は彼にとって絶好の狩場だった。
そして宗介はとりあえずの優先すべき項目を
『武器の確保』
とした。
今の自分の装備では未知の敵

…オドーを殺した相手のような、

と戦闘になったらまず勝ち目はないだろう。
戦力差を覆すには策略が必要だが
策略を実行する武器がなければ話にならない。

宗介は端からまともに“決闘”をするつもりはなかった。
彼の身体能力はかなり高い水準とはいえ所詮は常人、
オドーのような超人がうようよいるであろう
この島では単体としての戦闘能力は低い方と見積もっていた。
(だからといってやられるわけにはいかない、
実戦は決闘ではない、策略を巡らせば必ず勝機はあるはずだ…!)
そう、彼には地の利があった。
無論地の利というのは住宅街に限ったことではない、
森の中にある毒草、
砂漠での身の潜め方、
見破られにくい罠、
彼本来の姿とはただの高校生ではない、
優秀なソルジャーなのだ。

そして彼は民家の前に絶好の獲物を発見した。
男が2人、片方は少年、
そして女が1人だった。
(人数、物腰などから見れば制圧は容易だが油断はできない。
ここは1人になったところを襲撃するのが適当か…。)
物陰に潜みつつ様子を見る、
やがて男女が
「いいかミリア。日本の伝説によれば、勇者だったら、
タンスの中身を持ってっても怒られないんだぜ!」
「泥棒勇者だね! 私たちと一緒だよアイザック!」
などと言いながら中に入り、少年が見張りとして立った。
(頃合いか…!)
疾風のごとき速さで相手に近づく、
相手が反応したときにはもう遅い、
腹部へ強烈な一撃を放ち、気絶させた。
何故殺さなかったかは自分でも分からない、
年端もいかない少年を殺すのは気が引けたのか?
なんだかんだで死体は人目についてしまうからか?
理由は分からないが気絶させた状態で引きずり、
先ほどまで自分のいた物陰に引きずり込む。
そして別の場所で予め確保していたロープで少年を縛り、
デイバックの中を確かめる。
少年の支給品は宗介を驚かせた。

188未定 その2 </b><font color=#FF0000>(wh6UNvl6)</font><b>:2005/05/11(水) 01:16:11 ID:Hw7b583Y
デイバックの中から出てきたのは年期の入ったギターケース、
そのケースは間違いなく放送で名前を呼ばれた仲間、
クルツ=ウェーバーのものだった。
突然目の前に現れた友の形見に戸惑いつつ、
ケースの中身を確かめる宗介。
そして中から出てきたのは彼の愛用のギター……

……ではなく、自分が選択を迫り、
そして彼がギターの代わりに手に取ったあのライフルだった。
「…クルツ…」
手にとって再び友を思い出す、そのとき後ろから声がした。
『よお、いつも通り元気なさそうだな、ネクラ軍曹。』
驚きと共に宗介が振り返る、
すると周りの風景が変わり、
白で塗りつぶされたような空間になった。
その空間の中には、クルツ=ウェーバーその人がいた。
『どうしたんだよ?化け物でもでたか?』
「おまえ…本当にクルツなのか!?」
信じられないといった調子で宗介は尋ねる、
それに対しクルツは少し怪訝そうな顔をしながら
『あたりまえだろ?こんないい男が他にいるかよ。』
と答えた。
そして宗介が軽く言葉を失っていると
『おいおい、流すだけかよ。
マオ姐さんはいいツッコミかましてくれるのに、
このネクラときたら。』
軽く手を広げ、やれやれと首を振りながら言う。
『まあいいや、端から期待してねーし。
…さて、今回は俺が死神だ、おまえに…』
その言葉を聞いた瞬間宗介は距離をとり構えをとる。
敵の誰かの催眠術にかけられたのか?
それともこのクルツ自体が化けているてきなのか?
大分この状況に慣れてきたのか、
やや非現実的な見方をしているとクルツは呆れたように声をかける。
『バーカ、早とちりすんなよ、お前の悪い癖だ。
…前にこのライフルとギターを持ってお前が現れたとき、
俺がなんていったか覚えてるか?』
クルツの問いに宗介は記憶を手繰り寄せ答える。
「…《今回ばかりはお前が死神にみえるぜ。》だったか?」
『大当たりだ、で、今回俺からの選択は…』
一拍置いてクルツは選択を口にした。

『5人の他人の命、彼女1人の命、
さあ、おまえはどっちを選ぶんだ?』

覚悟ならとうにできていた。
当たり前のことを聞く友に軽い怒りを覚えながら宗介は答える。
「今更何を聞く…、当然彼女の…」

『あの娘がそれを望んでないとしてもか?』

189未定 その3 </b><font color=#FF0000>(wh6UNvl6)</font><b>:2005/05/11(水) 01:16:53 ID:Hw7b583Y
「!!」
宗介は言葉を失う。
その言葉は宗介に重くのしかかった、
あえて考えないようにしていた事柄を突きつけられたから。
そう、当然彼女は望んでいない、
彼女がそういう人物だからこそ、
宗介は彼女を命がけで守ろうと誓ったのだ。
奥歯を噛み締める宗介、
その気持ちを見抜いたかのようにクルツは追い討ちをかける。

『もう1度聞くぜソースケ。5人の命…』

そのときクルツの右手に人の手が握られる、
その手は先ほど宗介が気絶させた少年の手だった。

『それとも、彼女1人の命…』

クルツの左手にコンバットナイフが握られる。
それは、宗介が今装備している武器だ。

『おまえは、どっちを選ぶんだ?』

宗介の中の葛藤、
何をするのが彼女のためなのか、
どうすれば彼女が苦しまずに生きていけるのか、
それのみを考える。
そして彼の出した結論は…。



『本当にこっちでいいんだな?』
「ああ。」
宗介の手に握られていたのは…殺戮を表すナイフだった。
『けどお前…あの娘に会えんのか?
血まみれの首を持ったままで。』
「いや、もう彼女には会わない、
俺は…彼女を幽霊(レイス)として守るつもりだ。」
宗介は彼女の前から姿を消すことを決断した。
彼は首をあの女に渡すとき、
2つの要求をするつもりだった。
1つは、彼女を誰か安全な人物の側におくこと。
そしてもう1つは…

…自分の記憶を彼女から消してもらうこと。
あの女ならそのようなことも出来るかもしれない、
そう思って考えた要求だった。
無論、交渉には細心の注意を払うつもりだ、
今度失敗すれば命はないだろう。
だが、あの女の性格を考える限りこの要求は通る気がした。
自分にこんな任務を与えた、あの女なら。

『《あの娘のために》ってことか?』
クルツは軽く哀しそうな顔をして尋ねた。
「いや、彼女だけではなく俺のためでもある。
俺は…彼女に嫌われてしまうからな。」
今までの《大嫌い》とは違う、
彼女は本気で自分を軽蔑するだろう、
それが宗介には耐えられなかった。
『そうか…。』
クルツはため息をつく、
そして…

ゴッという鈍い音が衝撃と共に宗介を貫いた。
クルツの右のパンチが彼をとらえたのだ。
倒れる宗介の胸倉を掴み、クルツは叫ぶ。
『とりあえず今はこんだけだ、続きはとっておいてやる…
今度まで自分の言ったことよく考えろ、鈍感ヤローが!』
そう言って宗介を突き飛ばす、
宗介は何故殴られたのか理解できず尻餅をつく。
そしてクルツはゆっくりと消えていった。
「まてクルツ!」
立ち上がったときには宗介は元の世界に
ライフルを持ちながら立ち尽くしていた。

(何故俺が殴られなければならない…)
「…一体俺の何が間違っている…答えろクルツ!」
天に向かって宗介は叫ぶ。
クルツが考えろと言ったこと、
それは彼が彼女の前から消えると言ったことだった。
まだ宗介は勘違いしていた、
彼女は確かに彼を軽蔑するかもしれない、
だが、決して彼のことを嫌いには、
記憶を消したいとは思わないだろう。
何故なら彼女は彼のことを…好きなのだから。
だがそのことに宗介は気づかない、
彼女にとって彼とは、彼が思っている以上に大きな存在だった。

190未定 その4 </b><font color=#FF0000>(wh6UNvl6)</font><b>:2005/05/11(水) 01:19:21 ID:Hw7b583Y
そのとき民家から先ほどの2人が出てきた。
それまでの思考を止め、早急に少年を殺さなくてはならない。
コンバットナイフを振りかぶり、
少年の首を容赦なく切断しようとする。
「アイザック、要…かなめがいないよ!」
「本当だ、かなめが不眠不休だよ!」


…カラン、と宗介はナイフを落とした。
(かなめ…かなめというのかこの少年は…!)
これまであえてその名を口に、
思考の中でも呼ばなかった。
もう2度と合わないことを決めたそのときから。
その名前は宗介の中に波紋となって広がる。
(この少年はかなめではない…
いや、かなめではある、だが俺の知る千鳥かなめではない!
…俺はこれからかなめを殺すのか?
そんなことできるわけがない。
だがこの少年は…)
混乱の極地に陥りながらも宗介はナイフを拾い上げる。
(この少年はかなめではない、千鳥かなめではない…。
この少年はかなめではない、千鳥かなめではない…。
この少年はかなめではない…千鳥かなめではない…!)
自分に言い聞かせ再び振り上げる、
しかしそのとき少年が目を覚ました!
「…え?……うああああああああああ!!」

少年の絶叫に宗介は我に戻る。
SOSは完全に向こうまで聞こえたようだ。
2人がこっちに走ってくる。
(くっ!今からでは殺せたとしても
首の切断が間に合わない…退却すべきか。)
少年と自分のデイバック、
そしてライフルの入ったギターケースを担ぎ逃げる。
そして少年を一瞥すると即座に退却する。


宗介は自分があの少年を殺さなかったことをどこかで安堵していた。
だが少しずつカシムと呼ばれたあの頃の感覚は戻ってきている、
次からは獲物に容赦はしない。
そんな彼が背負ったギターケースが日光を受け煌いた。
そこに宿った友の魂は何を思うのか。
それは誰にも分からない、
だがあえて予想するとすればその感情は…


【C-3/商店街/一日目、12:15】

【相良宗介】
【状態】健康。
【装備】ソーコムピストル、コンバットナイフ、
    クルツのライフル、ギターケース
【道具】荷物一式、弾薬、 かなめのディバック
【思考】かなめを救う…必ず
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【アイザック(043)】
[状態]:超健康
[装備]:すごいぞ、超絶勇者剣!(火乃香のカタナ)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:商店街で泥棒!要が見つかってよかった。

【ミリア(044)】
[状態]:超健康
[装備]:なんかかっこいいね、この拳銃 (森の人・すでに一発使用)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:そうだねアイザック!!

【高里要(097)】
[状態]:やや不安定
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:救急箱を取らないと 潤さんとロシナンテ大丈夫かな、怖かった。
[備考]:上半身は服を着ました

この作品は◆3LcF9KyPfAさんにネタ、題名を提供してもらい、
一部の台詞を名も無き黒幕さんから頂いています。
こころより感謝!

191弾丸の選ぶ道 その1 </b><font color=#FF0000>(wh6UNvl6)</font><b>:2005/05/11(水) 20:59:45 ID:Hw7b583Y

(目標は単独で5人の暗殺、武器、弾薬の補給はなし、
制限時間は6時間、失敗すれば…彼女が死ぬ。)
相良宗介はさっきまでいた住宅街に戻っていた。
前に来たときに大体の地理は把握していた、
隠れるものも多く、人がやってくる可能性も高い、
この場所は彼にとって絶好の狩場だった。
そして宗介はとりあえずの優先すべき項目を
『武器の確保』とした。
今の自分の装備では未知の敵

――オドーを殺した相手のような――

と戦闘になったらまず勝ち目はないだろう。
戦力差を覆すには策略が必要だが
策略を実行する武器がなければ話にならない。

宗介は端からまともに“決闘”をするつもりはなかった。
彼の身体能力はかなり高い水準とはいえ所詮は常人、
オドーのような超人がうようよいるであろうこの島では、
単体としての戦闘能力は低い方と見積もっていた。
(だからといってやられるわけにはいかない、
実戦は決闘ではない、策略を巡らせば必ず勝機はあるはずだ…!)
そう、彼には地の利があった。
無論地の利というのは住宅街に限ったことではない、
森の中にある毒草、
砂漠での身の潜め方、
見破られにくい罠、
彼本来の姿とはただの高校生ではない、
優秀なソルジャーなのだ。

そして彼は民家の前に絶好の獲物を発見した。
男が2人、片方は少年、そして女が1人だった。
(人数、物腰などから見れば制圧は容易だが油断はできない。
ここは1人になったところを襲撃するのが適当か…。)
物陰に潜みつつ様子を見る、
やがて男女が
「いいかミリア。日本の伝説によれば、勇者だったら、
タンスの中身を持ってっても怒られないんだぜ!」
「泥棒勇者だね! 私たちと一緒だよアイザック!」
などと言いながら中に入り、少年が見張りとして立った。
(頃合いか…!)
疾風のごとき速さで相手に近づく、
相手が反応したときにはもう遅い、
腹部へ強烈な一撃を放ち、気絶させた。
何故殺さなかったかは自分でも分からない、
年端もいかない少年を殺すのは気が引けたのか?
なんだかんだで死体は人目についてしまうからか?
理由は分からないが気絶させた状態で引きずり、
先ほどまで自分のいた物陰に引きずり込む。
そして別の場所で予め確保していたロープで少年を縛り、
デイバックの中を確かめる。
少年の支給品は宗介を驚かせた。

192弾丸の選ぶ道 その2 </b><font color=#FF0000>(wh6UNvl6)</font><b>:2005/05/11(水) 21:00:40 ID:Hw7b583Y
デイバックの中から出てきたのは年期の入ったギターケース、
そのケースは間違いなく放送で名前を呼ばれた仲間、
クルツ=ウェーバーのものだった。
突然目の前に現れた友の形見に戸惑いつつ、
ケースの中身を確かめる宗介。
そして中から出てきたのは彼の愛用のギター……

……ではなく、自分が選択を迫り、
そして彼がギターの代わりに手に取ったあのライフルだった。
「……クルツ……」
手にとって再び友を思い出す、そのとき後ろから声がした。
『よお、いつも通り元気なさそうだな、ネクラ軍曹。』
驚きと共に宗介が振り返る、
すると周りの風景が変わり、
白で塗りつぶされたような空間になった。
その空間の中には、クルツ=ウェーバーその人がいた。
『どうしたんだよ?化け物でもでたか?』
「おまえ…本当にクルツなのか!?」
信じられないといった調子で宗介は尋ねる、
それに対しクルツは少し怪訝そうな顔をしながら
『あたりまえだろ?こんないい男が他にいるかよ。』
と答えた。
そして宗介が軽く言葉を失っていると
『反応無しかよ…まあいいや、端から期待してねーし。
……さて、今回は俺が死神だ、おまえに……』
その言葉を聞いた瞬間宗介は距離をとり構えをとる。
敵の誰かの催眠術にかけられたのか?
それともこのクルツ自体が化けているてきなのか?
大分この状況に慣れてきたのか、
やや非現実的な見方をしているとクルツは呆れたように声をかける。
『バーカ、早とちりすんなよ、お前の悪い癖だ。
……前にこのライフルとギターを持ってお前が現れたとき、
俺がなんていったか覚えてるか?』
クルツの問いに宗介は記憶を手繰り寄せ答える。
「……《今回ばかりはお前が死神にみえるぜ。》だったか?」
『大当たりだ、で、今回俺からの選択は…』
一拍置いてクルツは選択を口にした。

『5人の他人の命、彼女1人の命、
さあ、おまえはどっちを選ぶんだ?』

覚悟ならとうにできていた。
当たり前のことを聞く友に軽い怒りを覚えながら宗介は答える。
「今更何を聞く…、当然彼女の…」

『あの娘がそれを望んでないとしてもか?』

「!!」
宗介は言葉を失う。
その言葉は宗介に重くのしかかった、
あえて考えないようにしていた事柄を突きつけられたから。
そう、当然彼女は望んでいない、
彼女がそういう人物だからこそ、
宗介は彼女を命がけで守ろうと誓ったのだ。
奥歯を噛み締める宗介、
その気持ちを見抜いたかのようにクルツは追い討ちをかける。

193弾丸の選ぶ道 その3 </b><font color=#FF0000>(wh6UNvl6)</font><b>:2005/05/11(水) 21:01:28 ID:Hw7b583Y
『もう1度聞くぜソースケ。5人の命―

そのときクルツの右手に人の手が握られる、
その手は先ほど宗介が気絶させた少年の手だった。

―それとも、彼女1人の命―

クルツの左手にコンバットナイフが握られる。
それは、宗介が今装備している武器だ。

―おまえは、どっちを選ぶんだ?』

宗介の中の葛藤、
何をするのが彼女のためなのか、
どうすれば彼女が苦しまずに生きていけるのか、
それのみを考える、そして彼の出した結論は…。


『本当にこっちでいいんだな?』
「ああ。」
宗介の手に握られていたのは、殺戮を表すナイフだった。
『けどお前……あの娘に会えんのか?
血まみれの首を持ったままで。』
「いや、もう彼女には会わない、
俺は彼女を、幽霊(レイス)として守るつもりだ。」
宗介は彼女の前から姿を消すことを決断した。
彼は首をあの女に渡すとき、
1つの要求、お願いをするつもりだった。

それは、彼女を誰か安全な人物の側におくこと。
今までの護衛方法は宗介が表から彼女を護衛し、
“レイス”と名乗る人物が彼女を影から護衛していた。
これからは自分がそのレイスとなり彼女を守る。
そして彼の要求とは自分の代わりを探してもらうことだった。
無論、交渉には細心の注意を払うつもりだ、
今度失敗すれば命はないだろう。
だが、あの女の性格を考える限りこの要求は通るだろう。
自分にこんな任務を与えた、あの女なら。

『《あの娘のために》ってことか?』
クルツは軽く哀しそうな顔をして尋ねた。
「いや、彼女だけではなく俺のためでもある。
俺は……彼女に嫌われてしまうからな。」
今までの《大嫌い》とは違う、
彼女は本気で自分を軽蔑するだろう、それが宗介には耐えられなかった。
だが彼女の元から立ち去る気はない、彼女は死ぬまで自分が守ると決めた。
これまでとすることは変わりない、表からか、裏からか、その違いだけだ。
『そうか…。』
クルツはため息をつく、
そして…

ゴッという鈍い音が衝撃と共に宗介を貫いた。
クルツの右のパンチが彼をとらえたのだ。
倒れる宗介の胸倉を掴み、クルツは叫ぶ。
『とりあえず今はこんだけだ、続きはとっておいてやる…
…今度会うときまで自分の言ったことよく考えろ、鈍感ヤローが!』
そう言って宗介を突き飛ばす、
宗介は何故殴られたのか理解できず尻餅をつく。
そしてクルツはゆっくりと消えていった。
「まてクルツ!」
立ち上がったときには宗介は元の世界に
ライフルを持ちながら立ち尽くしていた。

(何故俺が殴られなければならない…)
「…一体俺の何が間違っている……答えろクルツ!」
天に向かって宗介は叫ぶ。
クルツが考えろと言ったこと、
それは彼が彼女の前から消えると言ったことだった。
まだ宗介は勘違いしていた、
彼女は確かに彼を軽蔑するかもしれない、
だが、決して彼のことを嫌いには、
近くに居たくないとは思わないだろう。
何故なら彼女は彼のことを…好きなのだから。
だがそのことに宗介は気づかない、
彼女にとって彼とは、彼が思っている以上に大きな存在だった。

そのとき民家から先ほどの2人が出てきた。
それまでの思考を止め、早急に少年を殺さなくてはならない。
コンバットナイフを振りかぶり、少年の首を容赦なく切断しようとする。
「アイザック、要…かなめがいないよ!」
「本当だ!かなめが消えちまった!」


…カラン、と宗介はナイフを落とした。
(かなめ…かなめというのかこの少年は…!)
これまであえてその名を口に、思考の中でも呼ばなかった。
もう2度と合わないことを決めたそのときから。
その名前は宗介の中に波紋となって広がる。
(この少年はかなめではない…
いや、かなめではある、だが俺の知る千鳥かなめではない!
…俺はこれからかなめを殺すのか?
そんなことできるわけがない。だがこの少年は…)
混乱の極地に陥りながらも宗介はナイフを拾い上げる。
(この少年はかなめではない、千鳥かなめではない…。
この少年はかなめではない、千鳥かなめではない…。
この少年はかなめではない…千鳥かなめではない…!)
自分に言い聞かせ再びナイフを振り上げる、
しかしそのとき少年が目を覚ました!
「…え?……うああああああああああ!!」

194弾丸の選ぶ道 その4 </b><font color=#FF0000>(wh6UNvl6)</font><b>:2005/05/11(水) 21:02:11 ID:Hw7b583Y
少年の絶叫に宗介は我に戻る。
SOSは完全に向こうまで聞こえたようだ。
2人がこっちに走ってくる。
(くっ!今からでは殺せたとしても
首の切断が間に合わない…退却すべきか。)
少年と自分のデイバック、
そしてライフルの入ったギターケースを担ぎ逃げる。
そして少年を一瞥すると即座に退却する。


宗介は自分があの少年を殺さなかったことをどこかで安堵していた。
だが少しずつカシムと呼ばれたあの頃の感覚は戻ってきている、
次からは獲物に容赦はしない。
そんな彼が背負ったギターケースが日光を受け煌いた。
そこに宿った友の魂は何を思うのか。
それは誰にも分からない、
予想するとすればその感情は…

――鈍感な友の考えに対しての憤怒か、
    宿命に立ち向かうことに対しての悲哀か――



【C-3/商店街/一日目、12:15】

【相良宗介】
【状態】健康。
【装備】ソーコムピストル、コンバットナイフ、
    クルツのライフル、ギターケース
【道具】荷物一式、弾薬、 かなめのディバック
【思考】かなめを救う…必ず
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【アイザック(043)】
[状態]:超健康
[装備]:すごいぞ、超絶勇者剣!(火乃香のカタナ)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:商店街で泥棒!要が見つかってよかった。

【ミリア(044)】
[状態]:超健康
[装備]:なんかかっこいいね、この拳銃 (森の人・すでに一発使用)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:そうだねアイザック!!

【高里要(097)】
[状態]:やや不安定
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:救急箱を取らないと 潤さんとロシナンテ大丈夫かな、怖かった。
[備考]:上半身は服を着ました

195Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/11(水) 22:10:54 ID:HpSi88X6
「うーん腹減ったあ」
空きっ腹を抱えてうろつく竜堂終、永遠の欠食児童または食欲魔人の異名を持つ彼である。
想像に漏れず、支給品のパンはとっくに胃袋の中だった。
「しかもあのおばさん、人の身体で思い切りハッスルしやがって、あー腹減ったあ」
満腹の時はいざとなればそこらへんの野草でもむしって食べればいいやと思ってたが、
空腹になってみるとどうしても躊躇してしまう、ならバッタかコオロギでも食べるか…
いや、そこまでやってしまうと何かこう人間の尊厳とかそういう難しい何かが
音を立てて崩れてしまうような、そんな複雑な気分になってしまう。
商店街に戻るのも手だったが、カーラが好き放題してくれたおかげでしばらく表街道は歩けそうにもない。
(あの頬に傷の兄ちゃん…かなりやばいな)
強者は強者を知る、一瞬の出会いだったが、終は実のところオドーよりも宗介に危険性を感じていた。
(てっきり狙いはあっちだと思ったんだけど…おばはんの考えることはよく分からん)
「でもまぁ・・・俺竜だしなぁ、うん?」
くんくんと鼻を鳴らす終、漂うのは魚を焼く香ばしい匂いだ、誘われるように終はふらふらと歩いていった。

「そうですか、愉快な方なのですね」
「新宿に用の際は、彼にガイドを頼むといい、私の名前を出せば費用も融通してくれるだろう」
話すメフィストの口元を、魚を頬張る口元をぼんやり眺める志摩子、
「食べたまえ、冷めると味が落ちる…それとも魚は嫌いかね?」
「いえ…そんな」
返事もどこか上の空だ…。
メフィストと出会って以来、数時間…志摩子は常にこんな調子だ。
完全に彼女はメフィストの美貌に魅せられてしまっていた、いや美貌だけではない。
一人の人間としても彼は充分に尊敬に値する人物だ。
ただ、道中で見つけた誰かの墓を掘り返して何かを見つけ、そしてそれ以来
時折ひどく不機嫌な表情になるときがあるのが気になったが。

「まさかな…あの禁断の秘儀を知るだけでなく、実行するものがいるとも思えぬが」
そう…今のような。
何か心配事でも?とは聞けない、もとより聞く資格もちっぽけな自分にあるとは思えない。
「大丈夫だ、君には関わりのないことだよ…ああそれから」
そんな志摩子の心の内を知ってか知らずか、優しく声をかけるメフィスト
「そこの君もだ、早く来ないと全部食べてしまうぞ」
メフィストの呼びかけに応じるように、木立ちの中から終が姿を見せたのだった。

196Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/11(水) 22:11:42 ID:HpSi88X6
「いやあ食った食ったあ」
満足げにお腹をさする終。
「喜んでくれて何よりだ…では」
若鮎のような君の身体を隅々まで…と言いかけるメフィスト、
だがそこで何かを感じ取ったのか、身構えようとする終。
「どうしたのかね?」
「ああ…なんつーか独特の空気を少しだけ感じたんだ、いやあ多分大丈夫とは思うけど、
 竜堂家の家訓としてホモは宇宙の塵にしろってのがあるから」
まぁ、この子って鼻が利くわねと思いながら志摩子が口を開く。
「それは竜堂家だけじゃなく、田…」
「そこまでだ」
ついつい危険な領域に話を踏み込ませようとした志摩子を嗜めるメフィスト

「で、では何なんだよ?」
「あーその…つまり」
宇宙の塵になりかけた魔界医師がもったいぶってようやく応じる。
「食事代として君が今までに見てきたこと、知っていることを教えてもらいたい、
 我々が2匹食べる間に君は8匹も食べたのだからな…」

「祐巳さんが…そんな」
終の話は志摩子にとって衝撃そのものだった、敬愛する聖だけではなく親友までもが…。
やはりあの飾りをつけなくってよかった、と思いつつも
自分の代わりに親友が犠牲になってしまった、その忸怩たる思いが志摩子を締め付ける。

メフィストはさらに終から情報を引き出している。
彼がもっとも警戒する敵である美姫の動向を聞けたのも大きかったが、今はもっと重要なことを聞かねばならない。 
「それで主な戦法は何かね?」
「魔法を使うぜ、それもかなり強力な、でも注意すべきは戦場での経験値だな、力の入れ所、抜き所は
 まさに完璧だったぜ、ああいうのを歴戦って言うんだろうな…それから交渉は無理だぜ
 自分の正義に凝りかたまって、しかもまるで疑問にも思ってないからな」
「身体能力はどうなる?わかるかね」
「武術もけっこうなもんだ、けど多分つけた人間のそれに依存すると思う、俺の身体を手に入れて拾いものだって言ってたから」
「祐巳くんの身体能力はどんなものかね?」
「どちらかといえば苦手な方だと思います」
志摩子の言葉に反応する終、
「祐巳ってあの子のことか?運動が苦手?とんでもないぜ」

197Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/11(水) 22:12:25 ID:HpSi88X6
終は倉庫での出来事をおぼろげながら思い出す、こちらは断片的にしか覚えてなかったが。
「てな具合だ、姿はちょっと変わってたけど…うん?」
これまで冷静そのものだったメフィストの顔がかなり険しくなっている。
「もっと詳しく聞かせてくれないか」

悪い予感が現実のものに、しかも最悪のものになりつつある。
終が嘘を言うとは思えない、ただの人間である彼女が。福沢祐巳が突如そこまでの身体能力を得られるものなのだろうか?
考えたくはないが…メフィストは先程の墓での出来事を思い出す
あそこに埋葬されていたのはダンピール、しかも心臓の血が抜かれていた。
となるとやはり…。
「食鬼人…」

「志摩子くん、聞きたいことがある…彼女の靴のサイズが幾つなのか分かるかね?」
「えっと」
志摩子は聞かれるままに答える。
地面に残されていた足跡、歩幅…それから手形…メフィストの頭のなかで次々とパズルのピースが噛み合っていく
「最後に、身長と体重を教えて欲しい」
志摩子が答え、パズルのピースが合わさった、そして得られた結論は…。
「気を確かにして聞いて欲しいことがある、祐巳くんはおそらく」

「どうして…どうして…祐巳さん…」
耐え切れなくなったのだろう、涙を零しながら親友の名を呼ぶ志摩子。
祐巳の気持ちは分からなくも無い…でもだからってそこまで…。
「お願いします、祐巳さんを元に!人間に戻してください!先生なら出来るんでしょう!!」
「…無理だな」
「そんな!先生に治せない病はないって聞いてます、だったら」

「ただの病ならば数秒で治してみせることもできる、だが食鬼人とは病ではない…しかし」
メフィストは志摩子の肩を持つ。
「奇妙な言い方で申し訳ないが、唯一の救いは彼女が異形の姿になっていたということだ、普通の食鬼人ならば
 そのような現象は起り得ない、そこに彼女を人に戻す鍵があるやもしれん」

だが…問題は一介の学生に過ぎぬ彼女が何故その事を、食鬼人のことを知りえたのかということだ。
いったい誰が彼女を唆したのだろうか?
「でもこんな状況だろう?仕方ないんじゃないのか?」
「確かに…それは事実だ、だが自分の心を、身体を失ってまで得る生に何の意味があるというのかね」
終を睨むメフィスト。

198Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/11(水) 22:13:13 ID:HpSi88X6
終を睨むメフィスト。
「ここを生き延びても人生は続いていくのだぞ…君ならわかるはずだ、逆に聞くが、
 君は今の自分の力と、ささやかだが平凡で普通の暮らしとどちらか一方しか選べぬのなら
 どちらを取るかね?」
「んなもん決まってるだろ…」
そこまで言って、あっ!と声をあげる終。
「だよなぁ…」

確かに自分は人を遥かに超える身体能力を誇っているが、それを便利だと日常の中で思うことは、
ほとんどなかった…逆に余計な連中を引き寄せただけだ。
今は負ける気はしないし、今までも勝ち続けてきたが…いつまでこんなことしなきゃならんのだろうと、
思うことは多々ある…小早川のおばはんに出会ってからは特に。

「でも…私は大丈夫です、たとえ祐巳さんが」
そこで志摩子は絶句する。
終がどう考えても持ち上がらないだろうと思われる公園のベンチを蹴り上げ、
軽々とリフティングなどしてみせている。
「よっと!ほりゃ!」
鼻歌交じりに最後はベンチを真っ二つに蹴り割る。
「今の見て俺のことどう思った?」
えっ…と考え込む志摩子…その、あの…と多少の枕詞が漏れて、

「すごいって思いました」
だがその割りに表情は重い。
「正直に答えてくれ」
終の真摯な視線に耐えられず目を逸らし…そしてようやく、か細い声で志摩子は答えた。
「怖いと…思いました…ものすごく」

もし祐巳がそんな身体になってしまっているとして、
自分でもそう感じるのだ、他の見知らぬ他人がそれを知ればもっと怖いだろう。
まして彼女の家族はどう思うのだろう、我が子が人ならざる物になってしまったことを知れば…
隠し通せる物でもない、まして祐巳は隠し事が出来ない子だ。
つまりそれが代償なんだろう、どう考えても割の合う話ではない。

199Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/11(水) 22:14:29 ID:HpSi88X6
でも…祐巳の気持ちもわかる、どうしようもないやり場の無い思いを何とかするには
力にすがるしかなかったのだろう。
「でも…皆さんのそれは強い者の理屈です!、弱くってちっぽけな私たちには
そうするしか…選べるほどの選択肢は用意されてないんです!」
「君は十分に強い、本当に大切なのはどんな過酷な状況においても誘惑に負けず己の心を見失わぬことだ」
志摩子の嘆きを微笑で包んで受け流すメフィスト。
「だいたい自分はどうなってもいいから、なんて気持ちで誰かは救えないよなぁ、あー畜生め」
足元の小石を蹴り飛ばす終、一時のこととはいえ、誘惑に乗った自分を恥じているのだ。

「あ…ごめん君の友達のことを悪く言ってしまって」
頭を下げる終、志摩子はいいんですよと力なく応じる。
「だからこそ、君がしっかりしなければならない、親友なのではないのかね?
まぁ、女同士の友情ほど信用ならず脆いものは無いと私個人は思っているのだが」
無論、君に関しては大丈夫だと思うが…と付け加えることも忘れないメフィスト。
「そう…ですよね」

やっぱり自分しかいないと思う志摩子、正直祥子様では…今の祐巳を傷つけるだけのような気がする。
紅薔薇こと小笠原祥子、表面的には優雅で大人物っぽいが、その内面は臆病な小心者だ。
「でも…私なんかで」
「君だからこそだ、君だから我々は協力したいと集っているのではないか」
メフィストの言葉に成り行きでうんうんと頷く終、もちろん志摩子に協力したいのはいうまでも無い
カーラに仕返しもできるし、一石二鳥だ。
志摩子の瞳からまた涙が…しかし今度は嬉し涙だ。
「私なんかのために…すいませんっ!ありがとうございますっ!」
「君だけのためではない、ここに集うもの全てが私の患者、そして私は医者だと
 まぁそのカーラという女性には、速やかに安楽死していただくことになるかと思うが」
泣きじゃくる志摩子に優しく語りかけるメフィスト、絶世の美男子に美少女、実に絵になる光景だ。

しかし…納得いかない人もいる。
あー畜生、そうだよ…こんな役はどうせ続兄貴とかこんなんとかばっかが持って行くんだ。
俺なんざ結局小早川…ダメダメダメそれはダメ、絶対。
うらやましげにメフィストを見る終だった。
「年齢的にいってそれは俺のポジションだろうがあ」

200Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/11(水) 22:18:38 ID:HpSi88X6
C-4/一日目、12:30】

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

【Dr メフィスト】
 [状態]:健康
 [装備]:不明
 [道具]:デイパック(支給品入り)、
 [思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【竜堂終】
[状態]:あちこちにかすり傷 
[装備]:ブルードザオガー(吸血鬼)
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し、祐巳を助ける

201Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/12(木) 01:22:39 ID:Kdvo/N3A
(修正)
「祐巳さんが…そんな」
終の話は志摩子にとって衝撃そのものだった、敬愛する聖だけではなく親友までもが…。

の部分に以下を追加

最初は信じられなかった、しかし彼女が落としたというロザリオは間違いなく祐巳のものだった。

あそこに埋葬されていたのはダンピール、しかも心臓の血が抜かれていた。
となるとやはり…。
「食鬼人…」

の部分に以下を追加します。

特定の魔の血肉を取り込み、己が力とする忌まわしき外法の1つだ。
自分の存在する世界ではとうに絶えた術だが…
しかし容易かつ急激に身体能力を強化できる呪術であり、また状況から言って間違いはない
何者かがあの術を使ったのだ、しかも…

202Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/12(木) 01:36:53 ID:Kdvo/N3A
さらに
「お願いします、祐巳さんを元に!人間に戻してください!先生なら出来るんでしょう!!」
「…無理だな」
「そんな!先生に治せない病はないって聞いてます、だったら」



「お願いします、祐巳さんを元に!人間に戻してください!先生なら出来るんでしょう!!」
「…無理だな、ただの病ならば数秒で治してみせることもできる、だが食鬼人とは病ではない…しかし」
死者すらも蘇らせる男が苦渋の表情を見せる。

に修正

それから
「君だけのためではない、ここに集うもの全てが私の患者、そして私は医者だと
 まぁそのカーラという女性には、速やかに安楽死していただくことになるかと思うが」


「君だけのためではない、ここに集うもの全てが私の患者、そして私は医者だと
 それにこれを彼女に渡さねばならないのではないかね?」
祐巳のロザリオをそっと握らせるメフィスト。
「はい!」
泣きながらもしっかりとロザリオを握り締める志摩子。
「まぁそのカーラという女性には、速やかに安楽死していただくことになるかと思うが」

に修正

203最悪の支給品・改め・リサイクル(3/8) </b><font color=#FF0000>(aeu3dols)</font><b>:2005/05/12(木) 19:49:59 ID:dcYVsDDY
潮騒に紛れた筆談が終わってから少しすると、二人は神社へと到着した。
森に囲まれた、人気が無いがらんとした神社。
「やはり、禁止区域の袋小路に人は居ないか」
「ええ、生きた人は居ないようですね」
しかし、誰も『無い』わけではなかった。
神社の境内には、一つの死体がごろんと転がっていた。
銀色に輝く左腕を持つ、その死体の頭部は粉砕されていた。
それは、丁度3時間前にオドーに頭を叩き潰されたジェイスの死体だった。

サラは死体の数m背後の地面に屈み込んだ。
「何か見つかりますか?」
「ここに跳躍痕が有る。その姿勢と、手に握っている砕けた剣からして……」
地面を指差し、そこから死体へと放物線を示し、次に入り口の鳥居近くを指差す。
「跳躍して誰かに斬りかかろうとした所を、背後上空から何かに撃たれたようだ」
「背後上空からですか。鳥居の上に誰か居たのかもしれませんね」
鳥居を振り返るせつら。
サラは空を仰ぎ見た。
「あるいはそれこそ空を飛んでいたのかもしれない」
だが、澄み切った青い空には一片の影すら見当たらない。
例え空に何か居たにせよ、それはもうここには居ないのだ。
「どちらにせよ、今から気にする事でもないでしょう?」
「確かに。死斑と死後硬直が現れ始めている。死後2〜4時間という所か。
下手人は既に周辺には居ないと考えて良いだろう。
遭遇する事があるかも不明だ」
今考えるべきはカードキーの事。あるいは……
「しかし、限り有る資源は大切にしなければならない」
サラは、名も、顔も知らぬ首無し死体の残した物を見下ろした。

204最悪の支給品・改め・リサイクル(4/8) </b><font color=#FF0000>(aeu3dols)</font><b>:2005/05/12(木) 19:50:43 ID:dcYVsDDY
刀身を砕かれた魔杖剣・断罪者ヨルガの柄を握りしめる。
「それ、使えるんですか? 砕けてますよ」
「心配は無用だ。わたしの世界の“杖”は魔術のシンボル以上の役割を持たなかった。
それに対し、この“杖”は本来の機能こそ失われているが、
特殊な材質で作られた魔術の増幅具とでも言うべき物のようだ。
例えこんな有様になっていても――」
“杖”を一振り。それだけで空気中の水分が凍結し、氷の球体が生まれた。
空いている方の手で氷の球体を撫でると水に変わり、蒸気に変わり、霧散する。
「――そう捨てた物では無い。悪くない使い心地だ」
「なるほど。役に立つようですね」
「そう、役に立つ」
といっても、戦力としてではない。
元々、サラの世界の魔術は杖が無くても有る程度は使用できる。
(元の世界で杖が手元に無い時は、同時に魔術を封印されている事が多かったのだが)
また、そもそもサラは、戦いにおいてあまり魔術を使わないタイプだった。
彼女の得意とする武器は知略とハッタリと爆弾なのである。
彼女が魔術をよく使う場面は、格下の相手をあしらう時か、あるいはその逆。
ここぞという時、これという事の為だ。即ち、この状況では……
(刻印の解除の為に、杖は必要だ)

それと、サラはもう一つ気になる事が有った。
砕けた刀身を頭の中でパズルのように並べ、本来の形を復元する。
この“杖”は剣の形状をしている。
だが、弾丸を篭めるような奇妙な部分が有るのだ。
まるで杖であり、剣であると同時に、銃でもあるかのように。
そして、問題となるのはその弾倉。
(賭けてもいい。クエロが持っていた弾丸がすっぽりと納まる)
無論、たまたま同じサイズなだけかもしれない。
だが勿論、そうでないかもしれない。
(刀身も持っていった方が良いだろう。魔法生物の材料にだってなる)
サラは砕けた刀身を布でくるむと、デイパックの中に放り込んだ。

205最悪の支給品・改め・リサイクル(5/8) </b><font color=#FF0000>(aeu3dols)</font><b>:2005/05/12(木) 19:52:07 ID:dcYVsDDY
更に死者のデイパックを開封する。
「地図に禁止区域のメモが無いな。
どうやら6時より前、つまり3時間以上前に死亡したらしい。
水と食料が概ね残っている。……すまないが、頂いていこう。
おや、これは」
「どうしました?」
サラは『AM3:00にG-8』と書かれた紙と、鍵を見せた。
「どうやらわたしと同タイプの支給品は他にも有るらしい。
この男のものか、あるいはこの男が誰かから頂いた物だな」
それも、時間制限付きという、サラの物より更に制限の厳しい物だ。
「刀身に彼の物より乾燥した血糊が付いていたから、
もしかすると誰かを殺して奪った物だったのかもしれない」
「物騒な話ですね」
殺し殺され奪われる。仁義無き戦いだった。
「それで、リサイクルはもう終わりですか?」
「他に何か……いや、そうか」
サラはその問い掛けの意味に気づいた。
そう、恐らくジェイスの残した中で、最も価値のある物。
それは……
「………………死体か」

死体にまだ刻印の機能は残っているのか。
この死体をすぐ近くの禁止エリアに放り込めばどうなるのか。
あるいは、肉体が死を迎えれば、刻印は解除されるのか。
そのどれもが、これ以上無いほどに貴重な情報だ。
(だが、それは許される事だろうか?)
死者の物を勝手に頂いている以上、今更ではある。
医学を学んだ時に解剖実験に参加した事も有る。
前科無し傷害未遂の悪霊を狭い壺に押し込もうとしたり、
“本人”の許可が取れなくても死者の幻で悪人を脅かしてやろうと考えた事も有った。
禁断の死後の世界にずかずか踏み込んで見物して帰ってきた事も有った。
死者を、ではないが、罪無き恋する乙女を勝手に悪霊を呼ぶ囮にした事も有った。

206最悪の支給品・改め・リサイクル(6/8) </b><font color=#FF0000>(aeu3dols)</font><b>:2005/05/12(木) 19:53:00 ID:dcYVsDDY
(おや、振り返ってみるとなかなかの暴れん坊だな、わたしは)
実に今更であった。
既に魂の抜けてしまったこの死体が刻印を発動させても、誰も被害を受けない。
サラは、せつらに頷きを返した。

どうせ刻印に有ると思われる発信器としての機能で、この実験はバレるのだ。
ならばいっそ、宣言をした方が良いだろう。
「そうだな。禁止区域の範囲を正確に調べたい。その死体が使えるかもしれない」
そう、単なる禁止区域の範囲を正確に知るための実験と偽った。
地図ではその正確な位置は判らない。地図自体がやや大雑把な物だからだ。
だからこの建前は、十分に納得を与える物だろう。
「では、死体の方にご協力願いましょう」
せつらの鋼線が閃いた。
それに応え、ジェイスの死体がぎこちなく起きあがる。
秋せつらの魔技は人を意のままに操る事さえ可能とし、死者すらもその手中に落ちる。
例え扱いづらい鋼線であっても、視界内で簡単な動きをさせる程度は容易であった。
「行け」
せつらが重たげに腕を振る。
死体はゆっくりと歩き始めた。
……禁止エリアへ。

「あと1歩から10歩ほどのはずだ。ゆっくりとお願いする」
「判りました。10歩進んで発動しなかったら、戻りますからね」
死体の歩みが更に遅くなる。20秒に1歩。
……2歩。……3歩。……4歩。……5歩目を踏みだそうとしたその時。
忌まわしい刻印は、形骸へと役目を発揮した。

既に破壊されたその身が更に砕かれていく。
肉体としての器のみならず、魂としての器までもが浸食され、崩れ去る。
知識の為に行われる死体の更なる破壊。それは正しく、死体の解剖だった。
刻印の発動が納まると、せつらは鋼線を引き戻し、死体を回収した。

207最悪の支給品・改め・リサイクル(7/8) </b><font color=#FF0000>(aeu3dols)</font><b>:2005/05/12(木) 19:54:27 ID:dcYVsDDY
再利用は終わった。
実験にまで使わせてもらった死体を、データを取ってから浅く埋葬すると、
サラは、これでエリアの正確な位置が判ったと呟きながら、
この“解剖実験”により得られたデータを紙に書き込んでいた。
「少し顔色が悪いですよ」
「おや、そうか」
いつもながらの鉄面皮で首を傾げる。
そうかもしれない。彼女だって、気分を悪くする事は有る。
サラは僅かに寒気と吐き気を感じていた。
「問題無い。許容範囲だ」
間近で改めて見た、刻印のもたらす破滅は、相手が死体であっても残酷ささえ感じた。
だが、得られた情報も多い。
刻印の発動の様子。その後の破壊痕。死体だからか20秒ほど遅れた発動。
それらをしっかりとデータに纏め、紙に書き込む。

そんなサラを見やりながら考える。
(どうやら全くの冷血女でも無いようだ)
割と呑気に。せつらにとって、この実験は別に大した事ではない。
もちろん、得られた結果は重大な物だが、生憎とせつらの担当分野外だ。
サラに任せておくしかないだろう。
(よく冗談か本気か判りにくい事を言う癖は困ったものだけれど)
後腐れが無い貴方が好みだという発言の真偽は未だによく判らなかった。
冗談に思えたが、考えてみれば案外本気かもしれない。

しばらくすると、サラは顔を上げ、
びっしりと書き込まれたメモをデイパックの中にしまい込んが。
「それじゃ、行きますか」
「そうだな、行こう」
何処へ、と訊く必要は無かった。
まだ、ここへ来た最初の理由が残っているのだから。

208最悪の支給品・改め・リサイクル(8/8) </b><font color=#FF0000>(aeu3dols)</font><b>:2005/05/12(木) 19:56:18 ID:dcYVsDDY
賽銭箱に見つけたスリットにカードキーを通す。
すると賽銭箱がガラガラと横に移動し、その下に1m四方程の穴が開いた。
さっさと下に滑り込み、周囲を見回した。そこに有ったのは……
「地下連絡通路。それに案内板付きか。当たりかな、これは」
薄暗い通路が二方向に伸びていた。
北へ。海洋遊園地地下を経て学校、そこから地下湖に続く道。
東へ。海岸の洞窟を経て城の地下、そこから地下湖に続く道。
更にその通過地点全てに出入り可能を示すマークが付いていた。
つまり、隠された出入り口がそれらの地下に有ったのだ。
「ここを通れば、学校まですぐに帰れますね」
「それどころか城に寄って、地下から様子を見て地下湖を経て帰ってもいい」
顔を見合せる。
「さあ、どうしたものだろう」「どうしたものでしょうね」
恵まれすぎて恐い。

【H−1/神社の地下連絡通路/1日目・10:20】
【神社調査組】
【サラ・バーリン】
[状態]: 健康
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、断罪者ヨルガ(柄のみ)
[道具]: 支給品二式、断罪者ヨルガの砕けた刀身、『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵
[思考]: 刻印の解除方法を捜す/まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。刻印はサラ一人では解除不能。
刻印が発動する瞬間とその結果を観測し、データに纏めた。

【秋せつら】
[状態]:健康
[装備]:強臓式拳銃『魔弾の射手』/鋼線(20メートル)
[道具]:支給品一式
[思考]:ピロテースをアシュラムに会わせる/刻印解除に関係する人物をサラに会わせる
依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]:せんべい詰め合わせは皆のお腹の中に消えました。刻印の機能を知りました。

209第二会放送改訂版:2005/05/13(金) 00:30:37 ID:Dml9zD3M
ゲームに参加するものに等しく聞こえる声がある。
それは絶望と憎悪を振り撒く鐘である。

「諸君、これより二回目の死亡者発表を行う。

001物部景 010ヴィルヘルム・シュルツ 019シズ 027アメリア 075オドー  
081オフレッサー 099鳥羽茉理 103イルダーナフ 105リリア

……以上、9名だ。
次に禁止エリアの発表を行う。13:00に○○、15:00に○○、17:00に○○が禁止エリアとなる。
ふむ、先程からすると大分少ないな。何人かで同盟を組んで行動している者が多いようだが、まあいい。
しかしこれ以上殺し合いが起きないとなると困るからな、不本意ではあるがゲームの進行のために
少々フィールドに変化を与えることにした。
介入に少々時間がかかるゆえ今すぐとはいかないが、まぁその時を楽しみにしてるといい。
今一度言っておくが、これは己が生死を賭けたゲームだ。勝者はただ1人のみ、例外はない。
その事をよく考えて、殺し合いに勤しむといい。それでは諸君等の健闘を祈る」


[備考]
14:30より3時間、島内全域に雨が降る。雨が上がった後の1時間は霧に包まれる。

210Alway look on the bright side of life </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/15(日) 01:41:48 ID:s.j4Ec7Y
あれやこれやといけ好かない男の声で放送が流れる。
そんな中、かなめは戦っていた…己の内から湧き出る渇きに。

あたし…負けないから。
だって宗介はあたしのためにやりたくも無い人殺しをやるって…決めたんだから
本当は誰も殺してもらいたくない、でも…。
またズクリと胸が痛くなる…この痛みに負けたとき、自分は消えてしまう。
自分の目の前にはナイフ…宗介が残していったナイフがある。

いざとなれば…いや今しかない。
人でなくなるくらいなら…まだ人間のままで、相良宗介の知っている千鳥かなめとして、
あたしは死にたい!
あたしは恐る恐るナイフに手を伸ばした。


ここは…どこだろう?
誰かの声が聞こえる…にじみ出る後悔に耐え切れないようなそんな悲しい声。
この声…聞き覚えがある…宗介の声だ。

「千鳥…すまない、俺はお前を救えなかった」
そんなに泣かないで…宗介
ああ、わたし死んじゃったんだ…でも宗介が生きていてくれたのなら
それで充分だよ。
だから…今度はあたしの分まで宗介に幸せになって欲しい…もういいから
あたしの視界が開ける、誰かの部屋みたいだ…こじんまりとしてるけどそれでいて
温もりのあるそんな空間、
かつて…まだ生きていたあたしがほんの少しだけ夢見たのかもしれないそんな場所。

こうなるくらいなら…もっと正直になりたかった。
テーブルの上には写真がある…そこにはあたしが写っている、学校の制服を着て
ハリセン持ってにっこりと。

そんなあたしの写真を見て…また悲しげに微笑む宗介。
そこに誰かが入ってくる。
「いよいよ明日ですね…サガラさん」

211Alway look on the bright side of life </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/15(日) 01:42:43 ID:s.j4Ec7Y
その声を聞いた途端、あたしの痛みが大きくなった…テッサの声を顔を見た瞬間。
どうしてだろう?
テッサは親友で戦友で同志だから、宗介のことが好きなのはわかっていたはずなのに、
だからあたしが死んだらそこにいるのはむしろ自然なことなはずなのに?

これまでも危ない目にはあってきた、もし自分が死んだら宗介はどうなるんだろうと
考えたことも1度や2度ではない。
彼があたしを守るのは任務でしかないとわかっていながら…それ以上をいつの間にか
心の奥底で望んでいたあたし。

その度にテッサなら…仕方ない、テッサなら大丈夫…という思いでいつも考えを打ち切っていた。
でも、今はっきりとわかった。
逆だ…彼女だから、親友で戦友で同志だから…許せない。
私の知らない誰かなら仕方がないと思う、けどテッサだけはダメなのだということに。

でも写真の中のあたしは笑ってる、今これを見ている私は多分泣いているのに。
「雨続きが終った今夜は星がたくさん見えますね」
「そうですね…千鳥にもみせてやりませんと」
テッサはなれなれしくも宗介の隣に座って、宗介の肩にしなだれかかっている。
何それ?何してるのあんた?
でもあたしは何も出来ない、だってもうあたしは写真だから…。
写真の中のあたしはずっと笑顔のまま…ずっとこれを見ていないといけない。
そんなのってひどい!

「明日はかなめさんの席も用意しているんですよ、もちろん特等席ですよ」
「千鳥、君にこそ祝福してもらいたいんだ、俺たちの一番の同志であり友であった君にこそ」
そんなのうれしくないよ

212Alway look on the bright side of life </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/15(日) 01:43:35 ID:s.j4Ec7Y
「そして改めて誓う、君の分まで幸せになると…こんな汚れた俺にその権利があればの話だが」
宗介はぎこちないけど、険の取れた笑顔で写真の私に話しかける。
その笑顔は…その表情は、あたしがずっと見たかった…頭の中で想像するしかなかったそんな顔で、
そしてその隣には…あたしがいるはずなのに…、
でもあたしじゃなくって…その隣にいるのは…。

「情け無い話です」
あたしの写真を見ながら、寂しげに笑う宗介。
「闇に包まれると千鳥を失ったあの地下室を思い出してしまいます…暗闇を恐れる兵士、笑い話以下です」
「なら…恥ずかしいですけど、明るいままで…」
テッサは宗介をベッドに誘う…宗介も拒まない。

「中佐に知られれば自分は個人的に銃殺刑に処されるかもしれないです」
「怖いですか?」
「いえ、望むところです…では失礼いたします」
宗介はテッサの服を一枚一枚丁寧に脱がせていく。
その強張った表情に、苦笑するテッサ。

「私に敬語とかそういうのはもうやめていただけないでしょうか?私たちはもうミスリルを除隊した身ですし」
自分で言っていて照れて赤面するテッサ、その顔は紛れもなき勝者の顔だった。
少し時間が止まったような…そんな不思議な表情の宗介、その口元は止まった時間を動かそうと
なにやら呪文を唱えているかのようだ…やがて。
「なら…たい…いやテッサ…俺のことも宗介と呼んで欲しい、千鳥がそうしていたように」

その言葉は、何よりも鋭く、そして痛くあたしの心に突き刺さる。

213Alway look on the bright side of life </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/15(日) 01:45:46 ID:s.j4Ec7Y
やめてやめてやめてやめてやめて…
あたししゃしんのなかじゃないここにいるのにここにいるのだからおねがいやめてそれだけは、
それいったらあたし。
額縁の中の私がテッサを睨む、笑顔のままで。
あなたをゆるさない。

でもテッサには何も届かない…聞こえない…
「わかりました…宗介」
2人はあたしの見ている前で…昼間のように明るい蛍光灯の下で…口づけを交わした。
手を握りあう2人の指には指輪が光っていた。
そしてあたしの中で何かが崩れた…。

「とてつも無き朴念仁じゃの、宗介とやら」
かなめの身体を膝に乗せ嘆息する美姫…これでは女の身はとてもじゃないが持つまい。
「かなめよ、お前が見ているそれはお前が最も恐れる未来よ…お前は何を望む…
 未来を受け入れるか?それとも抗って見せるか?…それにしても」
美姫は宗介のことを思う、今時おそらく珍しく一本気な男とみた。
己の手を血に染め、忠義を尽くすその姿はまるで古の趙子龍…いやいやそんな器ではあるまい。

「せいぜい虎痴というところかの?だが罪な男よ…愛するものを泣かせまいと思うほどに、
 女は逆に傷つくというのに」
放送はいつの間にか禁止エリアのことについて触れていた。
耳を澄ます美姫。

「つい先ほどまでは、このまま奴らの手にて踊るよりは潔く朽ちるも良しと
 思うておったがの」
また夢の中で苦悶するかなめの顔を優しく撫でる美姫。
「この2人…いや3人の行く末を見届けるのが楽しくなってきたわ…遊びの時間はまだ終わらぬ」

214Alway look on the bright side of life </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/15(日) 01:47:29 ID:s.j4Ec7Y
【千鳥かなめ】
【状態】吸血鬼化進行中?精神面に少し傷
【装備】鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
【道具】荷物一式、食料の材料。
【思考】苦悶中

【美姫】
 [状態]:通常
 [装備]:なし
 [道具]:デイパック(支給品入り)、
 [思考]:上機嫌

215そして不死人は竜と飛ぶ:2005/05/15(日) 15:37:28 ID:pBSSTsig
『……諸君らの健闘を祈る』
 放送が終わった。風見は自分の地図を広げ、BBと確認しながら禁止エリア、死者の名前にチェックを入れる。
 072 新庄運切  075 オドー  そして001 物部景
 一本づつ線を引く。気が一気に滅入る。

――馬鹿なやつ、私に誰かを重ねて見て、私を庇って死ぬなんて。

 全竜交渉でも死者は出ている。風見とてただの小娘ではないし、戦場での死は初めてではない。
 だが、今回は違う、と風見は考えている。景は私をかばって、つまり私のせいで死んだのだ、と。
 彼に失礼だとは分かっていても、風見はその後悔を捨てることが出来ない。
 自分は戦闘訓練を受けていた、というのも今思えば驕りでしかなかった。
 新庄も、オドーでさえも死んでいるというのに。
 まさしくいいとこなし、と言うやつである。
 BBは何も言わない。その気遣いが風見にはありがたい。
 新庄、オドーはどんな死に様だったのか。誰に殺されたのだろうか。
 相方が無言をいいことに、風見は自分の世界に沈み込む。
 装備型のEx−stはともかく、オドーの悪臭までは取り上げられてないだろう。
 だとすると機竜さえ打ち砕くオドーすら倒れるこの島で、銃ひとつとはあまりに心もとない。
 やはり先にG−sp2を探すべきだろうか。
 戦闘とあらば文字通り飛んでくる相棒を思い浮かべ、風見は大切なことを忘れていることにようやく気づいた。
「そうだ、飛んでこれるんじゃない」
 がっくりと肩を落とす風見。どうも今ひとつ調子が出ていない。
 打撃してないのが原因ではあるまいか、と風見は半ば本気で考えた。
「まさかアンタをぶっ飛ばすもいかないわよね、痛そうだし」
 どうも自分にはガンガン突っ込めるタイプの相方が必要らしい。
「何がしたいのかは分からんが、それが賢明だろうな」
 律儀に答えるBB。悪いとまでは言わないが、こうもお堅いとさすがにフラストレーションがたまる。
 風見は深呼吸して気を取り直した、G−sp2がくればBBにも手を痛めずに突っ込める、調子も戻るだろうと考えて、
「さて、ちょっと上をチェックしといて、どこから飛んでくるのか分からないから」
怪訝な様子のBBを無視して、
「G−sp2!」
声を張った。
 一拍の間をおいて、東から飛来する衝撃音とそれにつづく風切音を二人は捕らえる。
 そして風見は、また一つポカをしたことに気付いて頭を抱えた。
 

    *    *    *


 時刻は数分ほどさかのぼる。放送のメモを終えて子爵とハーヴェイは移動の準備に取り掛かった。
 少女の遺体を野ざらしにしておくのは忍びなかったが、埋葬する時間はない。たまたま今回の放送に名前は無かったが、
次の放送でキーリが呼ばれない保障はどこにもない。最悪、今この瞬間にも彼女が死の危地に直面しているかもしれなのだ。

216そして不死人は竜と飛ぶ:2005/05/15(日) 15:38:16 ID:pBSSTsig
「これで勘弁してくれ」
 二人は少女の亡骸を木に寄りかからせて、目をそっと瞑らせた。
【さて、放送も終わった。私は流離いの一人旅に出たいと思うのだが、君はどうするかね。尋ね人がいるのなら、協力するの
 にはやぶさかではない。かような私だが言付を預かることぐらいはできるつもりだが?】
「いや、いい。こんな状況で待ち合わせを頼むのにはアンタにも俺達にも危険だからな」
 ハーヴェイは真っ赤な自称吸血鬼のスライムにキーリの特徴と炭化銃の性質だけ教えてお別れを言った。
「アンタもしぶとさが売りなんだろうが、それでもこの島は危険だ。気をつけてな」
 子爵が赤い触手のようなものを伸ばしてきた、握手のつもりなのだろうと、彼は判断し、それを生身の手で握り返した。
 ほんのちょっぴり後悔した。 
 子爵は液体となって流れるように去っていく。彼は気取られないようにそっと手を拭きながら見送った。

「武器はこれだけか」
 その後、ハーヴェイは武器を求めてウルペンが置き捨てた長槍を手に取った。
 奇妙な形状、用途不明の突起、不可解な装甲。これも非常識な物体なのかと首をひねる。
 直後、コンソールに緑色の光がともった。
『コンニチワ!』
「ああ、こんにちわ」
 淡々と返すハーヴェイ。
『オドロカナイノ?』
「もう慣れた」
 穂首をがっくりと落とした、と思ったら今度は振り回す。誰かいるのか、とハーヴェイもそれに倣うが人影は見えなかった
『ヨンダ?』
「いや。誰もいないし、というか声すら聞こえなかったぞ」
『キコエタノ』
 疑問視を浮かべて答えるハーヴェイ。
『ハナシテ』
 言われるままに手を離してから、猛烈にいやな予感を覚えた。
『イマイクヨ!』
「ちょっと待て!」
 くるりと長槍が身を翻した。その柄を義手がとっさにつかむ。
 風船を破る、というよりアドバルーンを破るような音がして、ハーヴェイが気が付いたときには、その身ははるか上空を
飛んでいた。
「……どこに行く気だよ」
 すさまじい慣性がハーヴェイを後方に引きずる。
 地上を眼下に見下ろしながら、振り落とされないようペダルにしがみつくハーヴェイ。
 ほんの数秒の飛行後、ハーヴェイは自分が危機的状況にあるのに気が付いた。
 だんだんとハーヴェイにかかる慣性が消えていく、眼下の景色も地上からだんだんと水平線になっていく。
「おいおい、マジか」
 冷や汗が流れる。
「落ちてるぞ」

 衝撃。そして暗転。

 腕一本ですんだのは僥倖といえた。かばった腕はしばらく使い物にはならないが、行動不能よりはましである。
 ここは建物の内部、あたりには瓦礫が散らばっていて、天井に開いた穴から青い空が見えていた。
 しばらくの黙考の後、ハーヴェイは手元に長槍がないことに気が付き、とりあえず穴から上へよじ登る。
 集合住宅の屋上らしき場所、あたりに人影はない。
 あるものといえば、血痕のあと、ディバック、メガホン、そしてコンクリートに突き立つ槍。
『シクシク』
「まぁ、そう気を落とすな」
 自分を慰めるように、ハーヴェイはその装甲をたたいた。

217そして不死人は竜と飛ぶ:2005/05/15(日) 15:39:05 ID:pBSSTsig
【D-4/森の中/1日目・12:05】
【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、異常なし。
[装備]:梳牙
[道具]:無し(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:風見と協力して、しずく・火乃香・パイフウを捜索。脱出のために必要な行動は全て行う心積もり。


【風見千里】
[状態]:精神的に多少の疲労感はあるが、肉体的には異常無し。
[装備]:グロック19(全弾装填済み・予備マガジン無し)、頑丈な腕時計。
[道具]:支給品一式、缶詰四個、ロープ、救急箱、朝食入りのタッパー、弾薬セット。
[思考]:G−sp2はどこ?。仲間と合流。景を埋葬したい。とりあえずシバく対象が欲しい。


【C-8/港町/1日目・12:05】

【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
 [状態]:健康状態 
 [装備]:なし
 [道具]:デイパック一式、 「教育シリーズ 日本の歴史DVD 全12巻セット」
      アメリアのデイパック(支給品一式)
 [思考]:アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている 。
 [補足]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
     この時点で子爵はアメリアの名前を知りません。
     キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす)を知っています。

【C-6/住宅街/1日目・12:05】

【ハーヴェイ】
[状態]:生身の腕大破、他は完治。(回復には数時間必要)
[装備]:G−sp2
[道具]:支給品一式
[思考]:まともな武器を調達しつつキーリを探す。ゲームに乗った奴を野放しに出来ない。特にウルペン。
[備考]:服が自分の血で汚れてます 。

【C-8】から【C-6】に向けてG−sp2が飛びました。音に気づき、場合によっては目撃したものがいると思われます。
ウルペンがハーヴェイの生存に気づいた可能性があります。

218ヒーローの条件・1  </b><font color=#FF0000>(jfhXC/BA)</font><b>:2005/05/15(日) 23:03:45 ID:lD9FiO4.
 青空の下の無人の商店街というものは、やはりどこか寂しく感じられた。
(ここにも、人が住んでいたのかな)
 それとも、わざわざこのゲームを開催するためだけにつくられたのか。
 前者の場合住人達はどこへ行ったのか──それを考えて、少し身震いする。
「どうした要! 寒いのか?」
「も、もしかして知恵熱? イエローいろいろ考えすぎだよ!」
「……知恵熱は赤ちゃんがなるものです」
 結局の所、その寂しい商店街の中にいても心細くならないのは、この二人のおかげだった。──しばしば頭痛がするけれども。
 そんなに大声でしゃべっていると“乗っている”参加者に気づかれないか──と言ったところ、
『大丈夫! この超絶勇者剣があればどんな化け物が来てもまっぷたつだ!』
『わあ! アイザックかっこいい!』
 そう返された。
 ……こうも緊張感がないことが、逆に相手を警戒させるかもしれない──そう思っておくことにした。
(……なんでこの人達は、こんな風にいられるんだろう)
 ふと、今更そんなことを思う。
 初めて会ったときも、必死で自分を励ましてくれた。
 壮大で無謀すぎる計画を立てて、勝手にイエローにされた。……知能派はブルーなのに。
 だが、ただのん気なだけのカップルではないのはわかっていた。
 ──先程あの悲惨な放送が流れたとき、彼らは悲愴な顔をして、本気で放送の主を助けに行こうとしていた。
 放送場所がわかっていたら、今すぐにでも駆け出しに行きそうなくらいの勢いで。
 きっと空気が読めないだけであって、事態が読めないわけではないのだ。
「……あの」
「どうしたんだ要?」
「どうしたの?」
「どうして……どうしてそんな風に明るく振る舞えるんですか?
ここじゃ、いつ誰が殺されてもおかしくないのに。どうして、そんなに」
 気がついたら、口が動いていた。
 先程の放送でぶり返してきた恐怖と絶望を、彼らの自信と明るさで吹き飛ばして欲しかった。
 ──彼らは顔を見合わせると、笑顔でこう言った。

219ヒーローの条件・2  </b><font color=#FF0000>(jfhXC/BA)</font><b>:2005/05/15(日) 23:04:25 ID:lD9FiO4.
「ヒーローってやつはさ、笑っていないとダメなんだよ!」
「そうそう! 誰かがピンチになったときに落ち込みながらかけつけてもダメなんだよ!
エニスみたいにさ! ぱーっとかけつけて、さーっと悪人をやっつけないとね! かっこよくないよ!」
「ああ! いつまでも泣いたままじゃあモリアーティーにも笑われちまうしな!」
「死んだ子供達にもね!」
「おう! だからさ、つらくてもとりあえずがんばる! なんとかする! 忘れる!」
「うんうん!」
「……」
「とにかくヒーローってのはさ、絶対落ち込むところをみせちゃいけないし、絶対死んじゃいけないんだよ!」
殺されていいのはライバルだけなんだ!」
「うん!……あれ? アイザックのライバルって誰?」
「…………ミリア?」
「ええ!? 私!? アイザック殺したくないよ!」
「……ってことはなんだ、俺達死なないのか! すげえ!」
「すごいね!」
「なんでそうなるんですか!?」
 ──言っていることは無茶苦茶。知識も相当いい加減。その根拠もやっぱりわからない。
 ……でも。
(この人達はそれ以前に……本当に単純に、いい人なんだ)
 どこか、暖かさを感じるような。どんな人も引きつけてしまいそうな、不思議な魅力があった。
(……最初に、この人達に会えて本当によかった)
 改めてそう思う。
 彼らでなければ、自分はあのまま震えていたか、誰かに殺されていただろう。
「……ありがとうございます」
「あれ? 何か感謝されたぞ!」
「なんでだろう? でもありがとう!」
「ありがとう!」

220ヒーローの条件・3  </b><font color=#FF0000>(jfhXC/BA)</font><b>:2005/05/15(日) 23:05:12 ID:lD9FiO4.
「……とにかく、食べ物を探さないと。約束の十二時までもうすぐだし」
 三人で笑い合った後、本来の目的を思い出す。
 彼女が言った、約束を破った場合の“お仕置き”はちょっと想像したくない。
「後調べてないのは北の方ですよね。まず、あそこの八百屋に行ってみませんか?」
「ヤオヤって何?」
「えーと、確か野球やフットボールの結果を賭ける、日本のマフィアの集まる場所じゃなかったか?」
「……全然違います。野菜を売ってるところです」
「むう、そうなのか。やっぱり要は物知りだな!」
「うん、すごいよね!」
 彼らの間違った日本の知識はどこから入ってくるのだろう。胸中で溜め息をつき



 刹那、ミリアの腹部から鮮血が吹き出した。



「…………!?」
「おおおおおおおおおおお!? ミリア!?」
 力なく倒れ伏すミリアに、アイザックが駆け寄る。
 目を見開き、悲鳴すら出せないままこちらを見つめるミリアが、見えた。
 赤い血が、見る間に地面に広がっていく。
「…………うあああああああああああああ!?」
 遅れて、絶叫。
(なんで!? なんでミリアさんが!?)
 頭の中が真っ白になる。
 ついさっきまで、自分を励ましてくれたのに。
 ついさっきまで、笑いあっていたのに。
 ──この人達となら、一緒に脱出できると思っていたのに。
「とととにかくミリアをビルに…………おおおおぅ!?」
 ──今度はアイザックの胸部から、赤。
 彼の血が、要の顔にぴちゃりと飛んだ。

221ヒーローの条件・4  </b><font color=#FF0000>(jfhXC/BA)</font><b>:2005/05/15(日) 23:05:57 ID:lD9FiO4.
「あ……、ぁぁあ、あ」
 温かな感触が、頬を伝う。足下にも血が侵食していく。
 ──限界は、すぐに訪れた。
「ぁぁあああああああああああ!」
 ──逃げないと、殺される。
 ──ここから離れないと、死ぬ。
 思考がそこまでたどり着いたときには、もう足は動いていた。



「ここからが本番ですね」
 逃げる少年の姿をスコープで確認して、子荻は気を引き締めた。
 ──ふたたび隠れようと思ったビルにたどり着くと、そこにはよくわからない着ぐるみがいた。
 見るからに怪しいその物体に接触することは危険きわまりない。
 結局この高架の上まで逃げることになり、小休止の後ふたたびライフルを握ることとなった。
 ……すなわち、哀川潤の殺害。
(追ってこなかった理由は……仲間に止められた、というところでしょうね)
 あの“赤き征裁”が、怪我を理由に追跡を止めるわけがない。
 ──彼女が身内に甘いのは有名だ。
 仲間の誰かが負傷していたか──こんな場所だ、負傷した彼女の足を一時的に止められる能力を持つ者がいたのかもしれない。
 ……さすがに、二時間近くも放置してくれるとは思っていなかったのだが。
(おかげで少し休めました。……今度こそ、仕留めます)
 こちらの姿は見られている可能性がある。
 ここから脱出しても一生追われるだろう。ならば、ここで殺すしかない。
(おとりは仕掛けました。仲間の状態と銃撃手の確認のために、“赤き征裁”なら必ず外に出てきます。
二時間経過し──さらに“人類最強の請負人”であるとはいえ、まだ本調子ではないでしょう。
こちらの位置が捕捉される前に、殺せます)
 ここから商店街はそれなりの距離があったが、それは萩原子荻にとっては些細な障害にしかならない。
「……では、逆殺です」
 ビルから出てくるであろう“赤き征裁”に、子荻は小さな声で宣戦布告した。

222ヒーローの条件・5  </b><font color=#FF0000>(jfhXC/BA)</font><b>:2005/05/15(日) 23:06:43 ID:lD9FiO4.
 胸元に抱いた子犬は、安らかな表情で寝息をたてている。
 その白い毛並みを撫で、哀川潤は口に微笑を浮かべた。
 こうしてみると本当にただの子犬にしか見えないが──身を挺して自分の命を救ったのは、他でもない彼なのだ。
「まったく、お前が死んだら意味がないだろうが」
 犠牲が出た時点で請負人失格だ。
 彼と、今は商店街にいる三人、そして福沢祐巳。──必ず彼らと共に脱出してみせる。
「祐巳は気がかりだが……あいつらはまぁ、大丈夫だろ」
 ごく普通の少年である高里要は少し心配だが、あの二人と一緒なら大丈夫だろう。奴らが死ぬところなどまったく想像できない。
(刀と銃器とあのバカ会話は牽制になる。放送も近いから、聞き逃さないために厄介ごとを避ける奴らが多い)
 たとえ知り合いの生死など関係のないマーダーであっても、禁止エリアの情報は必須だ。
 それに、いざとなったらいつでも飛び出せるよう聴覚を研ぎ澄ませている。
 左足の傷が開いてしてしまう恐れもあるが、彼らの命と比べたら些末なことだ。
(この足が治ったら祐巳を探して……子荻を何とかしないとな)
 彼女は“策師”だ。たった一人でこの島の全員を殺すことが不可能なことくらい理解している。
 邪魔な人間以外は殺さずに、巧みに策を練り駒にする。最終的に主催者を倒すかゲームに乗るかは知らないが。
 だが、彼女は“哀川潤”を殺し損ねたのだ。復讐を恐れて彼女は必ずこちらを狙ってくる。──手加減は無用だ。殺すしかない。
「なんであいつが生き返ってるのかは知らんが、本物だろうが偽物だろうがやることは一緒……────!」
 ──少年の絶叫が、耳に入った。
「要!」
 瞬時に身体を起こす。間違いなく緊急事態だ。
「ファルコン、すぐに戻ってくるからな」
 彼をソファの上から、見つかりにくい机の下へと移動させた。
「……待ってろ。真のレッドが今から行くからな」
 ヒーロー戦隊は、一人でも欠けたら意味がない。
 そしてそれを防ぐのがリーダーであるレッド──つまり自分の役目だ。断じてグリーンではない。
 後で決めポーズでも考えてやろうか──そんなことを思いながら、哀川潤はビルの入口へと急いだ。

223ヒーローの条件・6  </b><font color=#FF0000>(jfhXC/BA)</font><b>:2005/05/15(日) 23:09:48 ID:lD9FiO4.
「!」
 そしてビルから出ようとして──左足を狙う銃弾を、すんでの所で立ち止まってやり過ごす。銃撃手は近くに見えない。
(狙撃……子荻か!)
 ──迂闊だった。要の悲鳴も彼女が原因だろう。
 彼女が自分の仲間を餌におびき寄せることを想像しなかったことは、最悪のミスだ。
「全員あたしの方に来るんじゃねえ! 森の方へ逃げろ!」
 彼らを視認するより先に、外に向けて叫ぶ。こちらの隙をつくために、彼らが狙われる可能性が非常に高い。
 そして遅れて、遠くの方に要の姿だけを確認できた。あの二人は、いない。
 胸中で舌打ちしつつ、とにかく彼を助けるためにビルから飛び出そうとして、
 ────ビルの角から現れた新手の少年の銃撃が、右肩に掠った。
(……こんな時に!)
 銃創を抉られた右肩と体重をかけられた左太腿の痛みをなんとか無視して、長い右脚で足払いを掛ける。
 少年がバランスを崩した瞬間、伸ばしきった足を斜め左に向かわせる。
 少年も何とか後ろに飛び退こうとするが、遅く、蹴り上げた足がその胸部を抉った。
「がっ……ぁ」
 倒れる寸前にふたたびショットガンの引き金が引かれたが、難なくかわす。
 ──その刹那。
「あぁあ……ぁあああ!」
 要の悲鳴が、ふたたび耳に届いた。
 ──少年が持っていたショットガンと拳銃とナイフを素早く奪い取り、外を横目で見る。
 ……向かって右手、ビルの角辺りに要が倒れていた。──足を撃たれている。
「──っの!」
 奪った少年の武器三つを、時間差を付けて投げた。どこかにいるアイザックとミリアに当たらぬよう、飛距離を落として。
 稚拙なフェイクだが、一瞬でも子荻の意識がこれらに向けばいい。
(あたしが行くまで、死ぬなよ──!)
 胸中で叫びつつ、哀川潤は地を蹴り出した。

224ヒーローの条件・7  </b><font color=#FF0000>(jfhXC/BA)</font><b>:2005/05/15(日) 23:11:12 ID:lD9FiO4.
 ビル内で“赤き征裁”と戦っている一人の少年のことを、萩原子荻は既に感知していた。
 ある店の庭から出てきた後、三人をしばらく監視しているところも見ていた。
 ──こちらのすることを邪魔されなければ別にいい。あくまで目標は脱出だ。
 なによりこの唯一の武器であるライフルは、弾数という足枷がある。無駄に使うわけにはいかない。
(ゲームに乗った者でしょう。
こちらの意図を汲んだのかどうかは知りませんが……あの少年を殺さずにいてくれたことには感謝します。
……ついでに彼女を倒してくれるのなら僥倖ですが、無理でしょうね)
 いくら怪我をしているといっても、“赤き征裁”だ。あの少年に勝てるとは思えない。
(──少しだけ、手伝いますか)
 森へ逃げようとする少年の右足を、撃つ。その悲鳴が彼女の隙を呼ぶことだろう。
 ──そして、しばらくすると。
 視界の中で、何かが動いた。



 悲鳴をあげる左足を無視して外へ────行かずに、全力で二階へと疾走。一階に正面以外の入口がないからだ。
 要のいた位置の真上に近い、角の部屋へと急ぐ。……銃声が三発、聞こえた。
 ──萩原子荻とあろうものが、あんなフェイクに引っかかったのだろうか?
(あいつはフェイクに弾を使うような馬鹿じゃない。……他のものを撃ったのか?)
 あの三人でないことを願いつつ、ひたすら走る。
 ──そして部屋へとたどり着き、側面にある窓を開けて、躊躇なく飛び降りた。
「────っ」
「潤さんっ!」
 いつもならたやすく着地できる高さだったが、左足が限界を迎えてしまい、バランスを崩してしまう。
 それでもここで立ち止まっているわけにはいかない。ビルの壁に手を突いて右足で立ち上がり、要を抱き上げる。
 そして素早くビルの裏側へと逃げ込んだ。──どうやら子荻の意識がこちらを捕捉する前に間に合ったようだ。
 彼女達は、あのとき北西に逃げていた。ならば、ここにいれば狙撃はこない。

225ヒーローの条件・8  </b><font color=#FF0000>(jfhXC/BA)</font><b>:2005/05/15(日) 23:12:07 ID:lD9FiO4.
「潤さん! 足が……」
「ああ、確かにお前の足は早く止血しないとな」
 心配そうな顔をする要に、笑顔で返事をする。
 スーツの下に着ていたシャツの布地を破り、要の右足にきつく巻いて止血する。
「……っ」
「痛いだろうが我慢しろよ。男の子だからなー」
「……はい」
 ──まだ怯えと不安の色はあるが、強く頷いてくれた。
「……んじゃ、そこにいろ。あたしはアイザックとミリアを助けてくる」
「でも、その足じゃ……!」
「あたしを誰だと思ってる?」
「……グリーン?」
「違う」
「……、“人類最強の請負人”?」
「そうだ」
 泣きそうな顔をしている要の頭を、くしゃくしゃと撫でてやった。
「……気をつけてくださいね」
 そして、左足をひきずり立ち上がった。
「ああ。ちゃんとそこで待っ────」



 言葉が終る前に潤は要を突き飛ばし、その結果、乗り出した潤の胸を弾丸が貫いた。

226ヒーローの条件・9  </b><font color=#FF0000>(jfhXC/BA)</font><b>:2005/05/15(日) 23:12:58 ID:lD9FiO4.
【C−4/ビルの影(南側)/一日目/11:40】
【哀川潤(084)】
[状態]:内臓の創傷が塞がりきれてない。右肩が治ってない。左太腿が動かない。
[装備]:なし(デイバッグの中)
[道具]:生物兵器(衣服などを分解)
[思考]:──!
[備考]:右肩は自然治癒不可、太腿治癒にはかなりの時間がかかる
    体力のほぼ完全回復には12時間ほどの休憩と食料が必要。
【高里要(097)】
[状態]:健康・上半身肌着
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(ランダム武器不明)
[思考]:潤さん!?

【C−3/商店街/一日目/11:40】
【アイザック(043)】
[状態]:胸に銃創
[装備]:すごいぞ、超絶勇者剣!(火乃香のカタナ)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:不明
【ミリア(044)】
[状態]:腹部に銃創
[装備]:なんかかっこいいね、この拳銃 (森の人・すでに一発使用)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:不明

【C−4/ビル一階事務室・机の下/一日目/11:40】
【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]:催眠術で気絶中。前足に深い傷(止血済み)貧血  子犬形態
[装備]:黄色い帽子
[道具]:なし
[思考]:気絶中
[備考]:回復までは多くの水と食料と半日程度の休憩が必要。

227ヒーローの条件・10  </b><font color=#FF0000>(jfhXC/BA)</font><b>:2005/05/15(日) 23:13:47 ID:lD9FiO4.
【B−4/高架上/一日目/11:40】
【萩原子荻(086)】
[状態]:正常
[装備]:ライフル(残り4発)
[道具]:支給品一式
[思考]:哀川潤の殺害。ゲームからの脱出?
[備考]:臨也の支給アイテムをジッポーだと思っている
【折原臨也(038)】
[状態]:正常
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ジッポーライター、禁止エリア解除機
[思考]:彼女についていく。ゲームからの脱出?
[備考]:萩原子荻に解除機のことを隠す

【C−4/ビル一階正面玄関/一日目/11:40】
【キノ】
[状態]:気絶?
[装備]:なし
[道具]:支給品一式×4、カノン(残弾無し)、師匠の形見のパチンコ
[思考]:最後まで生き残る。

228Dooms・1  </b><font color=#FF0000>(jfhXC/BA)</font><b>:2005/05/15(日) 23:14:28 ID:lD9FiO4.
 少年──高里要の足を撃った直後。
 萩原子荻は、視界に何か動くものを捕捉していた。
(…………、睡眠は取ったのですが、まだ疲れがあるようですね)
 ──視界に映ったそれは、血液だった。
 もちろん、常識的に考えて血が動くわけがない。
 ただの睡眠不足が見せた幻だと判断し、ふたたびビルを睨もうとして、
「────!?」
 飛び散っていた血と肉が、撃って倒れたはずの──いつの間にかビルに向かって這っている男女の元に、ゆっくりと集まっていくのが見えた。



「うう、痛いよ、アイザック……」
「ががが我慢だミリア……。ビルに逃げ込んで休むまでの辛抱だ! 先に行った要も、潤を呼びに行ってるはずだ!」
 ──自分たちはどうやら狙撃されたようだ。それに気づいたのは、要が立ち去ってから少し経った後だった。
 始めは二人とも激痛のため動けなかったが、今は普通に会話もでき、少しずつ這うくらいなら動くことが出来た。
 痛みも急速に引いてきている。……きっと特殊な銃器だったのだろう。
「要は大丈夫かな?」
「大丈夫! きっと今ごろ俺達を撃った奴らをグリーンと一緒に懲らしめてるさ!」
「そうだね! 頭いいイエローと、強いグリーンが組んだら最強だよね!」
「ああ! だから俺達も早く合流、」

229Dooms・2  </b><font color=#FF0000>(jfhXC/BA)</font><b>:2005/05/15(日) 23:15:09 ID:lD9FiO4.
 ────ふたたび、銃声。
 アイザックの胸から、鮮血がほとばしった。
「ひゃあああああ! アイザック!」
 顔をくしゃくしゃにして、ミリアが泣き叫ぶ。
「だ、だだだ、大丈夫だミリア。……ピンクが恋人をおいて死んだら、ダメ、だからな……」
「そそそうだよ! ヒーローがこんなところで死んじゃうなんて、モリアーティーも死んだ子供達も許してくれないよ!」
「ぁ、ああ! レッドも、ピンクも、イエローも、グリーンも、ホワイトも、ブラックも! 誰かが欠けたらだめなんだ!」
「うん! ブラックもきっと戻ってきてくれる! またみんなでがんばれるよ!」
「だだだからそれまで、俺達は、死んじゃいけないんだ!」
「そうだよね! アイザック!」
 二人は強く決意して、先程よりもゆっくりと、ビルまでの道を這い始めた。

 ──────二つの銃声が響き、意識が白く染まるまで。


「ずいぶん驚いてるけど、何かあったの?」
「いえ、何も」
 問われ、そっけなく返す。──冷たい言葉とは裏腹に、胸中は穏やかでなかったが。
(やっと止まりましたね……)
 二人の頭を撃つと、男女と血と肉はやっと動くのをやめた。
(まったく……どんな化け物がいるんですか、ここは)
 “赤き征裁”も確かに化け物だが、それでも一応人類だ。
 血や肉自身が再構成されるなど、人間の範疇を超えている。
(まあ、殺せたのでどうでもいいです。……でも、一瞬でもビルから目を離してしまったのが痛いですね)
 “赤き征裁”、そして少年の姿はもう見えない。
 ビルの裏側か、森の中に隠れられたようだ。
(……また、逃がしたというのですか。不覚です)
 だが、まだこの周囲を狙っていることはわかっているだろう。そう簡単には動けないはずだ。
(……膠着状態ですね。我慢比べと行きましょう)
 ──まだ終ってはいない。そう自分に言い聞かせ、気を引き締めた。

 それが既に終っていることに気づくのは、約二十分後のことだった。

230Dooms・3  </b><font color=#FF0000>(jfhXC/BA)</font><b>:2005/05/15(日) 23:16:04 ID:lD9FiO4.
「ああ。ちゃんとそこで待っ────」

 少年の眉間を狙って撃った弾丸が、突き飛ばした結果乗り出してしまった女の胸を貫いた。
 先に少年の方を殺して女の動揺を誘おうとしたのだが──かえってよい結果になった。
 その僥倖に感謝しつつ、間髪を入れずに動きが止まった女の眉間を撃ち抜いた。
「ぐ──」
「……っ」
 顔から血を流して倒れゆく女の目が、こちらを強く射抜く。
 ──目をそらすことすら出来ない、強すぎる眼光。悪寒と震えが身体に走る。
 横向きに倒れて顔が空の方を向くまで、それはキノの眼を貫いていた。

 ──胸を蹴られたあのとき、気絶はしていなかった。
 あっさりと返り討ちにあってしまったときには死を覚悟したが──こちらの容体を確認せずに、少年の救出を優先してくれて本当によかった。
 弾が残っている拳銃が、それほど遠くに投げられていなかったことも幸運だった。

 そして、後に残ったのは、まだ現実を飲み込めていない少年のみ。

「あ──、あ、」
 少年が呆けた声を漏らす。
 また叫ばれると、邪魔な人間を呼び寄せてしまうかもしれない。そう思い、銃口を向けると、
「…………ど、して」
「……?」
 少年から何かの言葉が漏れ始めた。
 訝しんだ刹那、何かが切れたかのように少年の口が開いた。
「……どうしてっ! どうして殺すんですか! 僕らは何もしていないのに! 殺していないのに!
ここから出たいっていう希望はみんな同じはずなのに! どうして! なんでみんなで、」
 ──言葉の途中で、キノは引き金を弾いた。

231Dooms・4  </b><font color=#FF0000>(jfhXC/BA)</font><b>:2005/05/15(日) 23:16:46 ID:lD9FiO4.
 銃声と少年の途切れた声が、耳に入る。
 見飽きてしまった赤い血が、目に映る。
 慣れてしまった血の臭いが、鼻を刺激する。
「……」
 デイパックごと、二人の荷物を持っていく。中身を見るのは後でいい。
 それと、最初に狙撃されたうちの一人は自分の銃を持っていた。回収するべきだろう。
 疲労は限界に達していたが、しょうがない。
「……」
 ──生き残らなければならない。どんなことをしても。
 そのことを、再び胸に刻み込む。
 撃たれた左足をひきずりながら、キノは歩き出した。
 涙に濡れた少年の目が、いつまでもこちらを見つめていた。

【043 アイザック 死亡】
【044 ミリア 死亡】
【084 哀川潤 死亡】
【097 高里要 死亡】
【残り77人】

232Dooms・5  </b><font color=#FF0000>(jfhXC/BA)</font><b>:2005/05/15(日) 23:17:36 ID:lD9FiO4.
【B−4/高架上/一日目/11:40】
【萩原子荻(086)】
[状態]:正常
[装備]:ライフル(残り4発)
[道具]:支給品一式
[思考]:哀川達の監視。ゲームからの脱出?
[備考]:臨也の支給アイテムをジッポーだと思っている
【折原臨也(038)】
[状態]:正常
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ジッポーライター、禁止エリア解除機
[思考]:彼女についていく。ゲームからの脱出?
[備考]:萩原子荻に解除機のことを隠す

【C−4/ビル一階正面玄関/一日目/11:40】
【キノ】
[状態]:疲労が限界に近い。
[装備]:ヘイルストーム(出典:オーフェン、残り7発)
[道具]:支給品一式×4、潤と要のデイパック(中身未確認・未整理)、カノン(残弾無し)、師匠の形見のパチンコ
[思考]:森の人を回収→D-4森へ。最後まで生き残る。

※ベネリM3(残弾なし)と折りたたみナイフがビル周辺のどこかに放置されています。
 火乃香のカタナと森の人が、アイザックとミリアの死体のそばに放置されています。

233勘違いと剣舞 その1  </b><font color=#FF0000>(wh6UNvl6)</font><b>:2005/05/16(月) 01:07:47 ID:Hw7b583Y
11:00、巨木の下で一休みしているときに放送を聞いた九連内朱巳は、ただただ不機嫌だった。
彼女は被害者に対し感情を吐き捨てる。
(まったく、馬鹿なやつらね。放り込まれて、追い込まれて、助けを求めて、自滅して……。
冗談じゃないわ、そんな死に方真っ平ゴメンだわ、そういうのを甘えてるっていうのよ!)
彼女にとってこの状況はいつもと変わらなかった、周りに自分より弱い者はいない、
気を抜いてミスをした瞬間に命はない、それはここでも向こうでも同じだった。
彼らの行為はあのシステムの中で『皆で中枢を倒し、自由に生きよう!』等と叫んでいることと変わりがない。
そんな策もない愚かなことをしていれば、3日後にはその姿は消えている。
理想だけでは生き残れない、彼らはそのことを知らなすぎた。
朱巳は他の2人の表情を見る。ヒースロゥの眉間には皺がよっていた、少し話しただけだが彼の思考からして
怒りの矛先は自分とは違い殺した方に向けられているだろう。
屍は相変わらずの顔だ、なんの乱れも生じていない、この程度のこと、彼の言う魔界では日常茶飯事ということか……。

「そういや、あんたの支給品ってなんだったの?」
妙に居心地の悪い空気を変えるため、純粋に気になっていたのもあり朱巳は屍に質問をぶつけてみた。
「特に必要のないものだ。」
「分かんないわよ、使い道のない物を渡す意味なんてないし。」
とは言ってみたものの、朱巳も自らの支給品に使い道を見出せずにいた。
あんなもんを一体どうしろと?
「じゃあ使い道を教えてもらおうか。」
屍がデイバックを開け中身を取り出す、中からでてきたのは素っ気無い椅子だった。
「あら、使い道なんてみえてるんじゃない?」
「・・・・・」
屍は無言で睨み付ける、普通の人間ならそれだけで震えが止まらないほどの威圧感を持っている。
だがそれを受けてなお、朱巳の顔にはニヤニヤとした笑みが張り付いていた。
「とりあえずは普通の椅子だが、何か仕掛け、もしくは罠があるかもしれないな。」
言ったのはヒースだ、怒りが静まり、表情は落ち着きを取り戻している。
「仕掛ける場所なんて見当たらないけど。」
「印象迷彩で隠してあるのかもしれない、迂闊に座ったりしない方がいい。」
「とは言ってもねえ・・・・・。」
椅子を見る朱巳少しめんどくさそうだ。
「用心にこしたことは無い。」
言いながらヒースは鉄パイプで座る場所をつっついてみる、反応は特に無い。
「それで分かんの?」
「いや、他にも体熱で反応したり一定以上の重さを加えないと反応しない場合もある。」
「壊した方が早くないか?」
「まあそうだがもし何か有利になるものだったら・・・・・」
言葉をヒースは途中で切った、屍も気づいたのだろう、先ほどと比べてさらに目つきが鋭くなる。
「・・・・・来るな。」
「ああ・・・・・。」
「よく気づくわね、あんたらやっぱ化け物?」
呆れる様な表情で彼女は呟く。
朱巳も常人に比べたら遥かに気配を感じる能力は優れている、が、彼らはさらに異常だった。
戦闘タイプの合成人間と同等、いや、それ以上の危険察知能力だった。
「化け物というのは案外鈍感なものだぞ。」
「違いねえ!」
屍の言葉と同時に3人は散開する、直後、彼らのいた場所に1人の男が剣を振り下ろし舞い降りた。
「貴様ら、ヒルルカに暴行をはたらき、挙句殺そうと・・・・・首から下との別れを済ましておけ!」
舞い降りたこの世のものとは思えぬ美しい剣士は周りを睨み付ける、その剣士の名はギギナといった。

突然の襲撃と怒りの言葉を受ける。が、彼らにはさっぱりだった。
ヒースと朱巳はお互いを見て目で確認する、無論互いにそんな覚えはない。
「待て、俺たちはそんな人物は知らないしまして暴行など・・・・・」
「しらばっくれる気か!?」
ギギナの水平切りがヒースを襲う、突然のことだったが後ろに身を引いてヒースはその切っ先をかわした。
それを見てギギナの表情に笑みが浮かぶ。
「ほう、手加減したとはいえ今の一撃をかわすとは、性根は腐っていても腕はいいようだな、面白い!」
剣撃がヒースを襲う、一撃めとは明らかに違う、雷の如き一撃が首を飛ばそうとした。
2撃めもヒースはかわした、だが先ほどと違い余裕はない。
鉄パイプを構え、向かい合う。最早話し合いは通じない、ここで倒すつもりだ。
そしてギギナは3度襲い掛かる、2人の(動機の不明な)決闘が今始まった。

234勘違いと剣舞 その2  </b><font color=#FF0000>(wh6UNvl6)</font><b>:2005/05/16(月) 01:08:31 ID:Hw7b583Y
「わけわかんないわよ、あいつ何者?」
屍のもとに向かいながら朱巳が愚痴る。
「さあな、だが腕は確かだ、このままじゃ殺されるぞ。」
「なんで?」
そう朱巳がいうのも無理は無い、2人の戦いは5分5分に見えた、決してヒースは劣っていない。
「単純なことだ、獲物に差がありすぎる。」
屍は2人の方を向きながら言う、自ら戦いに参加するつもりは無いようだ。
「見ろ。」
「!」
「楽しいぞ!そんなもので私と舞えるとはな!」
魂砕きが左の足元からヒースの胴を狙う、鉄パイプで受け止めるも鉄パイプはそのまま真っ二つになり、
切っ先はヒースに吸い込まれる!
「くっ!」
ヒースは体を右に捻った、魂砕きによるダメージを最小限に抑える。
だがそれでも避けきれず、わき腹に熱い痛みが走った。
同時に彼の体に生じる脱力感、体に力が入らない。
それを見た朱巳は若干かったるそうに呟く。
「まずいわね・・・・・まあ恩も売っておいて損はないし、ちょっと行ってきますか。」
あの手のには慣れてるし、と付け加えると彼女は2人のもとへ歩いていく。
「おい。」
屍が声をかける、それに対して彼女は振り向いてニヤッと笑い
「まあ見てなさいって、『傷物の赤』のお手並み、拝見させてやるわよ。」
とだけ言った。

「ハァ、ハァ。」
息を荒げるヒース、前の7割程の長さになった鉄パイプを相手に向ける。
「さあ、覚悟はいいな。」
対峙するギギナ、息一つ乱していない、その手に持つ大型剣、
魂砕きは血を浴びることが嬉しいのか、その輝きは増していた。
完全に窮地に追い込まれたヒース、だがその目は輝きを失っていない。
(止めをさす一太刀には必ず油断が生じるはずだ、そこに俺の勝機がある!)
集中の極地、2人の目には互いの姿以外何も見えてはいなかった。
「ヒルルカの報いを受けろ・・・・・行くぞ!」
同時に地を蹴る、互いの姿がどんどん近くなる、と、その間に・・・・・

「はいストップ。」

1人の少女、九連内朱巳が割り込んだ。
「なっ・・・・・!」
「くっ・・・・・!」
2人とも太刀筋をギリギリで止める、魂砕きに至っては髪の毛に触れていた。
思わず止めてしまったギギナは怒りに顔を歪め、押し殺した声で朱巳に言う。
「女・・・・・戦いを汚す気か?
 邪魔だ、後で始末はつけてやる。それとも今この場で物言わぬ屍となるか?」
そこにはギラギラとした殺気が篭っていた。
「あら、無抵抗の少女を手にかけるなんて随分と安いプライドね、色男さん。
 そんな接し方だと女の子も逃げちゃうわよ?」
ヘラヘラとした表情で言う、その表情に恐怖は無い。
ギギナは激昂した、女云々ではなく、『安いプライド』などとドラッケン族としての誇りを侮辱したことに。
「貴様、ドラッケン族の誇りを侮辱するとは……」
そのとき朱巳の手がスッと彼の胸元に動いた。
あまりにもゆっくりと、自然な動作で、ギギナは反応できなかった。
奇妙な形に手を捻る。

がちゃん

それは鍵を掛ける仕草に酷似していた。
「あんたもかわったところに鍵があるのね〜。」
言った直後首筋に剣を突きつけられる、動こうとするヒース、
だが朱巳はそれを手で制した。
「貴様…何をした!?」
「だから鍵を掛けたのよ、あんたのその『ムカムカとした気持ち』にね。
 そんなイライラした状態で戦闘が出来るかしら?」
相手が少し手を動かすだけであっさりと自分が死ぬというのに、朱巳の表情はまだかわらぬままだ。
「そんなバカなことが・・・・・」
言いながらも彼は自分の中にチクチクしたようなものが絶えず動き回っているような気がしてならない。
それを見越してか朱巳は言葉を続ける。
「ほらまだ怒ってる、そのままじゃ胃に穴が開くわよ。」
この状況でケラケラと笑っている彼女は、恐怖に鍵でも掛けているのだろうか。
だが事実はそうではない、彼女の手のひらは汗まみれになっていた、単純に隠しているだけだ。
隠しているのはそのことだけじゃない、今この場でついている嘘もだ。
彼女の鍵を掛けるという能力、『レイン・オン・フライデイ』とは全くの嘘っぱちだった。
ただの暗示をかけて、相手をその気にさせているだけだ。
その演技はついに、自らの体を知り尽くしている生体強化系咒式士まで騙したのだ。

235勘違いと剣舞 その3  </b><font color=#FF0000>(wh6UNvl6)</font><b>:2005/05/16(月) 01:10:31 ID:Hw7b583Y
「外せ!」
握る剣に力を込める、断った瞬間に掻っ切るという意志が籠められていた。
「外すわよ、あんたがもう襲わないっていうなら。」
「それはできない。」
「は?なんでよ?」
驚く朱巳、ここで終わらせるはずだったのだが。
「貴様らはヒルルカを陵辱した、その行為は万死に値する!」
そういえば、と彼女はこの件の発端となった言葉を思い出した。
「だからヒルルカってだれよ?」
「知らないとは言わせん、今しがたあれだけのことをしていながら・・・・・」
「ちょっと待って、今しがたって・・・・・」
記憶を遡る朱巳、暴行?殺そうと?確かこいつが来る直前に・・・・
屍の言葉が蘇る

『壊した方が早くないか?』

「・・・・・もしかしてヒルルカってあれ?」
彼女の指差す先には先ほど

ヒースが鉄パイプでつっつき、

屍が壊したほうが早い

と言ったあの椅子があった。
「ああ、そうだ、そういえば言ってなかったな、あの椅子の名はヒルルカ、私の愛娘だ。」
激しくため息をつく朱巳、目を点にするヒース、くだらんといいそっぽを向く屍、
「……椅子に暴行とか殺害なんて正気?」
ただ疲れたという表情を満面に出しながら朱巳が言った。
「そう、正気の沙汰ではない、だからこそ貴様らは・・・・・」
「「「そういう意味じゃ(ねえ。ない。ないっつーの。)」」」
見事にヒースと朱巳、そして屍までもの声が重なった。


その後、心の鍵を外し、朱巳からの説明が始まった(無論一部を捏造し、一部を改変し、一部を削って)


そしてギギナはすっかり朱巳の作り話を信じた。
「そうか、貴様らがヒルルカを助けてくれたのか・・・・・。
 ならば今回はその行為に免じてひくとしよう」
そしてギギナはヒースの方に向きニヤッと笑う。
「貴様との戦いは楽しかった、名を聞いておこう。」
「ヒースロゥ・クリストフだ。」
「そうか、私の名はギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ、
 次合うときは互いの命を賭け、死の淵まで存分に戦おう。」
一瞬の迷いを見せるがヒースはこの誘いに
「・・・・・ああ。」
と答えた。
「では――剣と月の祝福を。」
神をも惚れさせるような微笑を浮かべると、くるりと後ろを向きギギナは歩き出した、
左手にはヒルルカを持っている。
「どうして仲間に誘わなかったんだ?」
ヒースは朱巳に尋ねた、彼女のことだから自分と同じように誘うと思ったのだった。
「あの手の単細胞タイプに誘いは無理よ、一匹狼気取るのが性分だから。」
(そうかな・・・・・。)
彼は心の中で呟いた、同じ戦闘好きでも彼とフォルテッシモは違う気がしたのだ。
「それに、次仲間にするなら話上手がいいから。
 無口と堅物じゃやっぱり盛り上がらないわ。」
その言葉にヒースと屍が顔をしかめたが、朱巳は知らん振りした。
そのとき、12時の放送が鳴り響く。

【風により傷物となった屍】
【E3/巨木/一日目12:00】

【九連内朱巳】
【状態】上機嫌
【装備】なし
【道具】パーティゲームいり荷物一式
【思考】エンブリオ探しに付き合う、とりあえず移動。


【屍刑四郎】
【状態】呆れ気味
【装備】なし
【道具】荷物一式
【思考】とりあえずついていってみるか。


【ヒースロゥ・クリストフ】
【状態】腹部に傷(戦闘に支障あり)、虚脱感
【装備】鉄パイプ(切断され通常の7割ほどの長さ)
【道具】荷物一式
【思考】EDを探す。九連内朱巳を守る。ffとの再戦を希望する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【ギギナ】
[状態]:疲労。休息が必要なダメージ。かなりご満悦。
[装備]:魂砕き、ヒルルカ
[道具]:デイバッグ一式
[思考]:強者探索

236Refrain(1/4)◆3LcF9KyPfA:2005/05/16(月) 04:03:07 ID:IUdB/xsA
「正直言うて、俺もキツいんやけどなぁ……」
「すまないな。止血しても、流石に限界で……肩貸してもらわないと、歩けそうにもなくてな」
 クエロが去ったあの後。俺は傷の応急手当をすると、緋崎に肩を貸してもらいD-1の公民館へ向かっていた。
 最初は緋崎から「休憩せなあかん。もう一杯一杯や」と、有り難くも拒否のお言葉を貰っていたが、放送も近いので少し無理をすることにした。
 放送。それがただの定時連絡だったなら何も問題はなかっただろう。だが、問題は禁止エリアだ。
 もしD-1が次の禁止エリアになったりしたら目も当てられない。放送前に、公民館でミズー達と合流する必要がある。
 そして、クエロ……まさか、こんなに早く出会うとは思っていなかった。いや、思いたくなかった、だけかもしれない。
 昔の同僚。昔の相棒。そして――昔の恋人。
 クエロは、俺を許さないと言った。自分が殺すまで生き延びろ、と。
 俺もクエロを許さない。それは同じだ。だが、俺にクエロが殺せるのだろうか……
「……ユス……? おい、ガユス? どないしたんや!? おい、しっかりせんかい!」
「え? あ、いや、すまない。どうやら、考え事に没頭していたらしい」
「……何を、考えてたんや?」
「そのレーザーブレードのこと」
 即答で嘘を吐いた。
 俺はご丁寧にも指を突きつけると、緋崎のベルトに挟んである剣の柄に視線を送る。
「……便利な道具、や。あの白いマントの奴が説明書持ってへんかったからな、細かい使い方までは解らへんけど」
「そのことなんだけどな、ちょっと思いついたことがあって考えてたんだ」
 舌と頭が同時に動く。もしかしたらもうバレているのかもしれないが、それでも嘘は出来る限り隠し通さなければいけない。
 クエロの事を話すには、まだ早い。
 ――俺の、心の準備が。
「なんや、言うてみい?」
「さっき、最後にクエロが放った咒式だが……」
「『魔法』みたいなもんやな?」
「ああ、そう解釈して構わない。で、その咒式に触れた刃の部分が、咒式の一部を吸収して変色するのが見えた」
「魔法の上乗せが出来る光の剣、っちゅうわけか?」
「おそらくは、な」
 スラスラと言葉が口から滑り出ていく。こんな時でも、俺の舌は絶好調らしかった。
 クエロのことを頭から追い出す為、忌々しい想いを込めていつもの精神安定剤を心の中で言葉にする。
 ギギナに呪いあれ!

237Refrain(2/4)◆3LcF9KyPfA:2005/05/16(月) 04:03:57 ID:IUdB/xsA

「お、ようやく到着やな。ほら、見えてきたで、公民館」
「ようやく、休めるな……もう忘れたがビルの中で追いかけられたような気がしないでもない幻覚を見た時から休んでないからな」
「せやな。もう忘れたがビルの中で追いかけられたような気がしないでもない幻覚を見てから休んでへんもんなぁ」
 本当に、あの熊は一体なんだったんだろうな……でもそれ以上は思考停止。もう忘れた。熊ってなんだ?
 それより、ミズー達はもう公民館に辿り着いてるだろうか?
 いざとなったら新庄の剣があるので、俺達より遅れるということもないとは思うのだが……
「で、どないする? 念の為に裏口回ってく?」
 俺と同じことを考えていたのか、緋崎が目配せをしてくる。
「……いや、正面からでいいだろう。
 確かに彼女達以外の何者かが中にいれば危険だろうが、裏口から回って万が一にでもミズーに敵と間違われたらもっと危ない」
 言って、その状況を想像してしまう。こんな時ばかりは俺の明晰な頭脳が恨めしい。
「というわけで、正面からいくぞ。足音を消す必要まではないと思うが、警戒は怠るなよ」
「先刻承知や」
 方針が決まり、俺達は公民館に近付いていく。
 ボロボロの俺達を見たら、新庄はまた驚くかもな……膝枕をしてほしいとか言ったらしてくれるだろうか?
 多分盛大に引かれるから言わないけど。
 ミズーはどうだろう? ……きっと呆れたような溜息でも吐くんだろうな。
 悔しいので、またからかってみよう。拗ねた顔が可愛かったし。
 ……勿論後が怖すぎるので自粛するが。多分。
 そして、目の前に公民館の入り口が近付いてくる。
「……ええか?」
 緋崎は小さく「光よ」と呟くと、光の剣を構えて扉の前に立つ。
 あの白マント程は刀身が伸びず、光の剣というよりは光の短剣という風情だったが。
「ああ、いくぞ」
 俺はと言えば、何もできないので時計だけ確認して扉を開ける。

 現在、十一時五十七分。

238Refrain(2/4) </b><font color=#FF0000>(cF9KyPfA)</font><b>:2005/05/16(月) 04:04:55 ID:IUdB/xsA

『――ルツ、014 ミズー・ビアンカ、01――』
 煩い。黙れ。言われなくても解っている。
 目の前に、死体があるんだから。
『――原祥子、072 新庄・運切――』
 あぁ、畜生。頼むからやめてくれ。もう何も言わないでくれ……
「あ……あぁ……」
 何を悲しむガユス? 人の死なんざ見飽きているだろう? 仕方なかったんだ。今はそういう状況なんだ。
「違う……見ろ、この傷。まだ新しい。三十分も経ってはいないだろう。
 つまり、俺が最初から公民館を目指していればこうはならなかったんだ……クエロにも遭わなかったんだ!」
 違うな、冷静になれガユス。お前がいたからといってどうなる?
 咒式も使えず、満足に戦闘行動もできない。そんなお前がいて、彼女達を護れたのか?
 最初から公民館を目指していたとして、本当にクエロに遭わなかったのか?
「関係無い!! 俺は認めない。俺を認めない……黙れ。黙れ! 俺の思考を邪魔するなガユス!
 落ち着け。落ち着け! クエロのことは今は考えるな!」
 そうだ、落ち着け。いつもの俺になれ。龍理遣いは冷静沈着に、だ。
 クエロのことは忘れろ……
 ――よし、意味不明で支離滅裂な喚き声はこれで終了。まずは現状を把握だ。
 緋崎は、放送が始まる少し前に「一応、他に誰かおらんか探してくるわ」と言って建物の奥に入っていった。
 放送も聞き逃してしまったし、後で緋崎に聞こう。
 そして、ミズーと新庄の死の原因……恐らく、この女だろう。
 見覚えのない黒髪の女が、ミズーの近くに倒れていた。その胸には、やはり見覚えのない銀の短剣。
 新庄がトイレの中で倒れている状況と照らし合わせる。

239Refrain(4/4) </b><font color=#FF0000>(cF9KyPfA)</font><b>:2005/05/16(月) 04:05:48 ID:IUdB/xsA
 恐らくは一般人の振りをしてここに逃げ込んできた第三の女が、ある程度打ち解けたところで気分が悪いとトイレに行った。
 新庄ならば、心配して覗きに行っただろう。
 その新庄を隠し持っていた短剣で刺し、トイレの入り口で駆けつけたミズーと相討ち。そんなところか。
 黒髪の女の行為は、つまり――
「……裏切り……」
 また、裏切り。この言葉は、どこまで俺を苦しめれば気が済むというのか。
 さっきの醜態も、裏切りという単語がクエロを連想させたからか……
 それとも、ジヴの代わりをミズーに見出していたのか……
 どちらにせよ格好悪いことこの上ない。
 ところで……
「あぁ……それにしてもなんで……」

 なんで俺は、泣いているんだろう……

【D-1/公民館/1日目/12:10】

『罪人クラッカーズ』
【ガユス・レヴィナ・ソレル】
[状態]:右腿負傷(処置済み)、左腿に刺傷(布で止血)。戦闘は無理。軽い心神喪失。疲労が限界。
[装備]:グルカナイフ、リボルバー(弾数ゼロ)、知覚眼鏡(クルーク・ブリレ) 、ナイフ(太腿に装備)
[道具]:支給品一式(支給品の地図にアイテム名と場所がマーキング)
[思考]:これから、どうしようか……
[備考]:十二時の放送を一部しか聞いていません。

【緋崎正介(ベリアル)】
[状態]:右腕・あばらの一部を骨折。精神的、肉体的に限界が近い。
[装備]:探知機 、光の剣
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本) 、風邪薬の小瓶
[思考]:カプセルを探す。他に、なんか人おったり物落ちてたりせぇへんかな?
[備考]:六時の放送を聞いていません。 走り回ったので、骨折部から鈍痛が響いています。
*刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は、まだ正確に判断できていません)

【014 ミズー・ビアンカ 死亡】
【061 小笠原祥子 死亡】
【072 新庄運切 死亡】
【残り81人】

240Rainy Dog1/8◆7Xmruv2jXQ:2005/05/16(月) 07:55:35 ID:JdwCcAMg
「BB、火乃香……」
 この島の中で頼れる数少ない名前を唱えながら、しずくは湖岸を駆ける。
 地下墓地での一幕から二十分ほど。
 放送にはオドーの名前と祥子の名前があった。
 その事実に思考が停止しかけるのを、しずくは必死で耐えた。
 ほんの少しの間とはいえ、一緒にいた人に、もう会えない。
 死という現実に触れる痛みを知ってはいた。それが耐え難いものであることも、また。
 それでも、ここで泣いているわけにはいかないのだ。
(今かなめさんたちを助けられるのは、私しかいない)
 その事実がしずくの背中に確かな重みとなって存在していた。
 幸いにも、元の世界での知り合いたちは無事のようだった。
 ならばなんとしてでも合流して――――いや、彼らでなくてもいい。
 とにかく誰かに、自分が見た情報を伝え、助けを求めなければならない。
 しずくを袖口で目を拭いながら足を動かす。
 外見は人と変わらなくともしずくは機械知性体だ、その運動能力は生身の人間よりも高い。
 リスクを度外視してでも島を駆け回る覚悟はできていた。
 なんせ、タイムリミットは日没までだ。
 残された時間は決して多くないし、それに日没まで待たなくても宗介がその手を汚してしまう。
 千鳥かなめ。相良宗介。
 二人ともいい人だった。こんな島の中ででも、出会えてよかったと思えるほどに。
 だからこそ、しずくは二人を助けたいと思う。
 かなめを救い出したいと思うし、宗介に手を汚して欲しくないと思うのだ。
 再び溢れてきた涙を拭った時、視覚センサーが人影を捉えた。
 幸運としかいいようがない。
 こんなに速く誰かと接触できるのは予想外だった。
 しずくは速度を緩めて歩み寄ると、その人影――――皮のジャケットをまとった男に声をかけた。
「あ、あの!」
 声をかけられても、男は無反応だった。
 俯いているため顔は見えない。
 癖の悪い黒髪と、握り締めた両のこぶしが妙にしずくの印象に残った。

241Rainy Dog2/8◆7Xmruv2jXQ:2005/05/16(月) 07:56:21 ID:JdwCcAMg
「いきなりすいません! でも、すごい困ってるんです。力を貸して――――」
「悪いな」
 いきなり割り込まれ、しずくは思わず言葉を止めた。
 え? と呟いた後、男の言葉が拒否を表すものだと思い至る。
 そしてそれが誤解だと気づくのに、一秒とかからなかった。
 思わず歩み寄ろうとしたしずくを遮るように、男が右手を突き出し、握る。

「憂さ晴らしだ――――付き合えよ」

 しずくが何かを言うよりも男のほうが速かった。
 その眼光が紅く尖る。
 そして、頭上に巨大な影が出現した。



 ナイフのような背びれが空気を切り、筋肉に鎧われた巨体が宙を泳ぐ。
 その動きは見る者が優雅さを感じるほどに滑らかだ。
 大きく裂けた口。
 びっしりと並ぶ牙の群れ。
 赤い眼球。
 縦に長い瞳孔。
 いくつかの点で相違はあるが。
 男の頭上を旋回するそれに近い生物は、しずくの知識の中に確かに存在する。 
(これって……)
 半ば愕然としながら、しずくは認めた。
 彼女の世界では支配種ザ・サード以外は知りえないだろう生物。

 それは三メートルを超える、巨大な鮫だった。

242Rainy Dog3/8◆7Xmruv2jXQ:2005/05/16(月) 07:57:06 ID:JdwCcAMg
 甲斐氷太は暗い眼差しで少女を見た。
 久しぶりにカプセルを飲んだ高揚感も、悪魔を呼び出した興奮もない。
 体の芯にねっとりとした闇が巣食う感覚。
 血液という血液が死んだように冷たい。
 それもこれも、あの放送のせいだった。
 ありえない。許されない。
 あのウィザードが、物部景が――――……
 そこから先は言葉にせず、現実感が希薄なまま動く手足を確認して、甲斐は黒鮫に命令を下した。
 目の前の少女は細く、脆い。
 餌というのもおこがましい、惰弱な存在だ。
 言葉通り、ただの憂さ晴らしに過ぎない。
 子供がおもちゃを壊すように、あっけなく、容赦なく。

 ――――喰い千切れ。 


 猛烈な勢いで黒鮫が迫った。
 鼻先で突き殺そうとするかのような突進。
 切り裂かれた大気が悲鳴を上げ、巻き上げられた風にバランスを崩しかける。
 しずくがその一撃をかわせたのは奇跡に近い。
 横っ飛びに転がった数センチ横を、黒鮫が一瞬で通過していく。
 風に髪が叩かれる感触は、機械であろうとも背筋が寒くなるものがあった。
 デイバックから支給品を取り出しながら叫ぶ。
「は、話を聞いてください!」
 しずくの叫びを甲斐は黙殺。
 その時点でしずくは己の失敗に泣きそうになった。
 完全にゲームに乗った人間に声をかけてしまったらしい。
 それも理屈はわからないが巨大な鮫を操る危険人物に。

243Rainy Dog4/8◆7Xmruv2jXQ:2005/05/16(月) 07:57:47 ID:JdwCcAMg
 嘆く時間すら、相手は与えれくれなかった。
 小さな弧を描いて鮫が反転、再びこちらに鼻先を向ける。
 顎が開き、びっしりと並んだ牙が光を弾いた。
 陽光を塗りつぶすように、甲斐の両目が紅蓮に瞬く。

 セカンド・アタック。

 コマ落としにすら感じる突進。
 唸りをあげる大気を従えて、鮫が黒い砲弾と化す。
 しかし一度目よりはわずかに遅い。
 こちらが横に逃げても追撃可能な速度――――つまり今度は横に飛んでも回避できない。
 理解すると同時に、いや、それより速く体は動き始めている。
 ザ・サードのデータベースに接続してから吸収した情報は莫大な量だ。
 その中には高度な知識を必要とする先端技術もあれば、辺境の遊びなども含まれている。
 
 
 たとえば、バットの振り方。

 
 凶悪な棘つきバットであるそれを振りかぶり、思いっきりスイングする。
 タイミングを計る必要はなかった。もとより、最速でも分の悪い賭けなのだから。
 激突は刹那のことだった。
 黒鮫の顔の側面にバットが当たる。
 一瞬で足が浮き、鮫とバットの接触点を軸に独楽のように弾き飛ばされる。
 瞬間的に手首に甚大な負荷――――破損した。バットを手放す。
 だがそれと引き換えに、しずくの体は宙を飛んだ。
 黒鮫の上をまたぐ形で、ほんのわずかな時間、飛翔する。
 青い空が視界に広がった。
 しずくの故郷とすらいえる、空。
 そこにわずかに見とれながらも、次にくる衝撃に備えて体を丸める。
 ――――激突。

244Rainy Dog5/8◆7Xmruv2jXQ:2005/05/16(月) 07:58:47 ID:JdwCcAMg
 衝撃は予想よりもひどいものではなかった。
 足の短い草たちが、多少は衝撃を和らげてくれたらしい。
 それでも、行動に障害がでるレベルのダメージだ。
 駆動系の一部に異常。ただでさえ感度の落ちているセンサー類がさらにダウン。
「あ……」
 思わず声が漏れた。
 気がつけば後ろは湖だった。
 水まで一メートルといったところ。
 あれだけ勢いがついていて落ちなかったのは運がいいといえば運がいいが、次がかわせなければ意味がない。
 三度、黒い鮫と正面から対峙する。
 エスカリボルグは棘が肉に食い込み、鮫の顔面にそのままぶら下がっている。
 武器ももうない。

 サード・アタック。

 鮫の姿が近づいてくる。
 センサーの異常だろうか。
 なぜかゆっくりと見えるその光景を、しずくは自ら閉ざした。
 倒れたままきつく瞼を閉じて、最後を覚悟する。
 脳裏に浮かぶのは火乃香であり、浄眼機であり、オドーであり、祥子であり、
(ごめんなさい。かなめさん、宗介さん……さようなら、BB)
 いっそう強く眼を瞑り、しずくはその瞬間を待った。
 
 一秒、二秒、三秒……。
 
 何もおこらない。
 恐る恐る瞼を上げると、目の前に足が見えた。
「え?」
 呟きをかき消すように、背後で轟音が鳴る。
 そして。

245Rainy Dog6/8◆7Xmruv2jXQ:2005/05/16(月) 07:59:30 ID:JdwCcAMg
「きゃ!」
 降り注いだ無数の雫を浴びて、しずくは悲鳴をあげた。
 陽光は弾きながら、雨のように水が降り注ぐ。
 視覚センサーを手でかばいながら上空を見れば、まずはびしょ濡れの男が、そのさらに上に黒鮫が見えた。
 どうやら、鮫を湖に突っ込ませたらしい。
 この水滴は鮫の背中に乗った湖水が落ちてきたものだ。
 わけがわからず、しずくは目の前の男を見た。
 男――――甲斐氷太はあいもかわらず不機嫌そうに、赤い瞳でこちらを見ている。
 このままでは埒が明かない。
 しずくは口を開いた。


「あの……」
 少女がそこまでつぶやいて、再び黙る。
 こちらの顔が険悪になったのを見たからだろう。
 甲斐は胸中にわだかまる憎悪を意識した。
 ウィザード――――最高の好敵手を失った、憎悪。
 そう簡単にヘマをする奴ではなかったが、この異常な島ではいつも通りに立ち回れなかったのか。
 それとも他の理由があるのか。
 ひょっとすれば連れの女をかばったのかもしれない。
 あの女は、少し、姫木梓に似ていた気がする。

246Rainy Dog7/8◆7Xmruv2jXQ:2005/05/16(月) 08:00:25 ID:JdwCcAMg
 甲斐は一人回想した。
 初めて会った公園での対峙、地下街での戦い。
 長い探索を経て、倉庫で再戦を果たす。
 その後はなし崩し的に同盟を組んでセルネットと決戦。
 繁華街で無理やり悪魔戦を繰り広げたこともあった。
 王国では自分だけ犬の姿という理不尽な扱いを受けたが、まあそれはいい。
 塔での戦いでは少し助けてやっただけで、直接は顔を合わせていない。
 そして、この島で、果たされなかった決着をつける……はずだった。

「あの野郎。勝手にくたばってんじゃねえ……よ!」
 こぶしを思いっきり振り下ろした。
 鈍い音が響く。
 亜麻色の髪を数本巻き込み、甲斐のこぶしが少女の頬――――そのすぐ横にぶつかる。
 少女が眼を白黒させているのを見下ろしながら、こぶしを引く。
 濡れた髪から滴る水滴を払い、ぶっきらぼうに言う。
「悪かったな。もう行け」
 少女は余計に目を白黒させるが、甲斐は構うことなく背を向けた。
 なんの造作もなしに悪魔を消すと、背に残っていた水が激しく地面を叩いた。
 視界の端に自分と同じくびしょ濡れの少女を捉える。
 悪魔を使いはしたが、突撃させただけの素人以下の操作だった。
 悪魔に関してはいくつか引っかかることもあるし、その確認も必要だろう。
 それでも目の前の線の細い少女は、よくがんばた方だと甲斐は素直に思った。
 悪魔と渡り合う一般人など姫木梓だけだと思っていたが、なかなかにやる。
 ほんの少しだが、楽しかったのは事実だ。

247Rainy Dog8/8◆7Xmruv2jXQ:2005/05/16(月) 08:01:13 ID:JdwCcAMg
 だが、だからこそ、甲斐は許せないのだ。
 こんな素人相手でなく、もしも相手がウィザードなら。
 互いに死力を尽くし、生命を燃やし、ぎりぎりの戦いを行えたのなら。
 それは、最高の時間だったはずだ。
 もはや二度と手に入らない至高の瞬間。
 一度あきらめ、再び鼻先に吊るされた餌が、また寸前で取り上げられてしまった。

「俺が望んだのはこんな遊びじゃねえ。ウィザード、お前との……」
 
 
 身を起こしながら、しずくはぼんやりと男を見上げた。
 わけもわからず襲われて、わけもわからず見逃された。
 随分身勝手な人間だとは思うのだが……

(……泣いてるんでしょうか、この人は)

 しずくには、ずぶ濡れで空を見上げるその男が、やけに小さく見えた。
 
【D-7/湖岸/12:10】  
【しずく】
[状態]:右手首破損。身体機能低下。センサーさらに感度低下。濡れ鼠。
[装備]:
[道具]:荷物一式。
[思考]:1、かなめたちの救出のため協力者を探す

【甲斐氷太】
[状態]:左肩に切り傷(軽傷。処置済み)。ちょい欝気味。濡れ鼠。
[装備]:カプセル(ポケットに数錠)
[道具]:煙草(残り14本)、カプセル(大量)、支給品一式
[思考]:1.ウィザードの馬鹿野郎 2.ベリアルと戦いたい。海野をどうするべきか。
    ※『物語』を聞いています。 ※悪魔の制限に気づきました(詳細は別途確認するつまりです)
※エスカリボルグはその辺に落ちてます。

248悪魔と魔法と光の剣 </b><font color=#FF0000>(qBC89beU)</font><b>:2005/05/16(月) 15:34:55 ID:wMojAoZA
 骨折した部分が痛む。疲労で体が痺れてきた。昨夜の失血が体力を低下させている。
(あー、またしても死ぬとこやった……)
 小娘に吹き飛ばされ、熊に追い回され、今度は女に殺されかけた。
 二度あることは三度あると聞くが、三度あったことは何度あるのだろうか。
 前途多難な未来を憂い、軽い吐き気を感じたが、腹の中には水しかない。
 食事をとっていなかったことが幸いしたが、全然嬉しくなかった。
(曲がりなりにも連れができた途端に、連れの敵から目ぇつけられるとは……)
 自分もガユスも喋らない。お互い、そんな気分ではなかった。
 のろのろと力なくデイパックを開け、ガユスが止血を始めた。
 どう見ても、満身創痍の状態だ。殺そうと思えば、簡単に殺せそうだった。
(24時間後までに、誰も死なへんようやったら……その時、こいつが隣に居れば
 ……俺は、こいつを殺すんやろか?)
 そんなことを考えながらも、やるべきことは済ませておかねばならない。
 無惨に分断された死体の傍らに立ち、遺品をあさる前に、死者に声をかける。
「あんたの仇をどうにかする為にも、あんたの持ってた道具、使わしてもらうで」
 気分の良い行為ではないが、遺品は必要だった。作業しながら考え事を続ける。
(死人が出んと困るんは誰でも同じや。現時点で、そうそう多人数が殺されとるとも
 思われへん。まだ人口密度は高い。まず間違いなく他の誰かが殺してくれよる。
 まぁ一応、こんなんでも味方やしな。いつまでも味方とは限れへんけども)
 移動中にガユスと会話し、斧を持った女の方がミズー・ビアンカで、剣を持った
子供の方が新庄運切だ、とは聞いている。ミズーが敵の知人だったことも知った。
(……多分、そう遠くないうちに別行動せなあかん)
 フリウ・ハリスコーと合流すれば、ミズー・ビアンカは敵になるだろう。その時には、
おそらくガユス・レヴィナ・ソレルも敵になる。女に弱そうな傾向を見て確信した。
 フリウやミズーと再会しないままなら、ずっと協力できる可能性も出てくるはずだが、
そうならない可能性の方が高そうだ。やはり安心はできない。

249悪魔と魔法と光の剣 </b><font color=#FF0000>(qBC89beU)</font><b>:2005/05/16(月) 15:35:53 ID:wMojAoZA
(まぁ、主催者しか刻印を解除できへんようやったら、誰でも最後には敵になるか)
 主催者の思惑通り、最後の一人になるまで殺し合わねばならないと確定したなら。
(その時は、どないしようか……)
 この『ゲーム』の目的は何か。参加者を殺すことではない。では苦しめることか。
苦しめることそのものが目的か。それとも苦しめることによって何かを得るのか。
 競わせる為の手段なのか。ならば何を競わせているのか。おそらく戦闘能力ではない。
ただ力が強いだけでは生き残れない。主催者は、参加者に何を望んでいるのか。
 何故この顔ぶれなのか。無作為に集められたにしては、知り合い同士が多すぎる。
因縁が必要だったのか。誰かに殺意を抱く者。戦えぬ弱者と、弱者の為に戦う強者。
戦うことに価値を見出す者。殺さねばならぬと考える者。掌の上で踊る参加者たち。
 価値観の違う隣人と、常識の通じない空間。未知の存在と、予想外の出来事。
疑念と誤解と混乱と、刻印による死の恐怖。破滅の火種は無数にある。最悪だ。
 この状況下で、何をすればいいというのか。従うべきなのか、逆らうべきなのか。
 逆らうことさえもが、予定調和の展開だったのなら……どうすればいいのか。
(まぁ、どんなに悩んだところで、結局なるようにしかならへん。そんなもんや)
 溜息を一つ。長々と考えた末に出た答えは、最初と変わらぬものだった。
(俺は、生き残る。生き残ってみせる。最後の最後が、どんな結末やったとしてもな)

250悪魔と魔法と光の剣 </b><font color=#FF0000>(qBC89beU)</font><b>:2005/05/16(月) 15:36:41 ID:wMojAoZA
 特殊メイクじみた姿の男と、知性的な雰囲気の女が現れた、あの瞬間を思い出す。
 そこまでは良かった。少なくとも悪くはなかった。先手を取られてしまったものの、
攻撃の前に呼び声が来ただけでも幸運だった。そう、そこまでは。
 そこから悲劇が始まった。
 女はガユスの知り合いだった。男が女を疑い、女が男を裏切った。女はガユスの武器を
奪い、男は女を本気で狙い、自分は死闘に巻き込まれた。
 女は男と戦って、ド派手な大技をくらわせ、男を死体に変えてしまった。
 女の消耗が激しかったこと、女がガユスを苦しめたがっていたこと、自分の存在が
女にとって不確定要素だったこと――様々な事情が重なって、自分たちは生きている。
(あいつら、好き勝手し放題やったなぁ……あー、あれは『魔法』やったんやろか)
 女――クエロの使っていた技は、ずいぶん不可思議だった。ほとんど理解できない。
 悪魔と呪いの刻印には、分かりやすい類似点があったのだが。例えるならば、カラスと
コウモリ程度には似ていた。方法論が近いというか、同じ種類の機能美があった。
 同じように例えるならば、悪魔とクエロの技の関係は、カラスとペンギンのような
ものだ。根本的な共通点はあるが、それ以上に相違点が目立つ、といったところか。
 対して、男の使った技の仕組みは、おぼろげながらも理解できそうだ。もう一度だけ
例えてみるなら、悪魔と男の技は、カラスとハトくらいには似ているのだろう。
 特に、青い炎を出す術は、自分の得意技だった黒い炎に近いようだ。もっとも、
あの青い炎は、純粋に精神的ダメージを与える作用に特化していたようだったが。
 最初に使った、地面から岩の錐を出す術も、悪魔の物理的干渉に少し似ていた。
 自分の鬼火も、燃料こそ悪魔の力だが、炎自体は物理的なものだ。
(せやけど、『あの男だけが使える力』って印象やなかった。むしろ、あれは……)
 脳裏に少女の面影がよぎる。“最初の悪魔”にして“最強の悪魔”、女王だ。
(女王の加護みたいなもんか? 外界にある力を、術者が利用する技やとか)
 この島には、女王に似て非なるものが存在するのだろうか。悪魔によく似たそれは、
あるいは精霊などと呼ばれているものなのかもしれない。ふと、そう思った。
(……もしかしたら、それ、女王の遠い親戚なんかもしれへんな)

251悪魔と魔法と光の剣 </b><font color=#FF0000>(qBC89beU)</font><b>:2005/05/16(月) 15:38:21 ID:wMojAoZA
 考え事をしながらも回収していた品に目を向け、顔をしかめる。
(この剣、どないしようか……)
 柄と刀身を繋がない状態なら、片手でも振り回せそうな重さだ。
 結局、男の遺品で無事だったのは、剣の柄と、その付属品だけだった。
(メモも地図も名簿も、既に灰や。案の定、どんな情報も残ってへん)
 だからこそ、クエロは放置していったのだろう。最初から期待はしていなかった。
クエロは、この剣を“光の刃を出す便利な武器”くらいに思っていたようだ。
確かめたわけではないが、きっとガユスも同じような見解だろう。
 だがしかし、本当に、それだけの物なのだろうか。
 知っている剣ではある。一番最初の会場で、真っ先に殺された騎士が使っていた剣だ。
 この不吉な予感は、かつての持ち主が二人とも死んでしまったからだろうか。
 何故だか自分でも分からないが、できれば関わるな、と本能が警告している。
 この剣が、予期せぬ形で災いを招くような気がして、どうにも嫌な気分になった。
 とはいえ、武器としては貴重な上に強力だ。この場に放置していくわけにもいかない。
 とにかく持って行かねばなるまい。あえて、危機感は無視することにした。
 ガユスの方を見る。止血は終わったようだが、その横顔に覇気はない。
(……頭も体も思いっきり不調か。大丈夫やないな、明らかに)
 とりあえず、この場から少し離れて、それから休憩するべきだろう。
「こら、そこのへなちょこ眼鏡。いつまで腑抜けとんねん。用は済んだし、移動するで」
「おい、ちょっと待て、誰がへなちょこ眼鏡だ? ええ、そこの田舎なまり丸出し野郎」
 元気な演技をする余裕くらいは戻ってきたようだった。喜んでいいのか微妙な感じだ。
 そのまま景気づけに、軽く毒舌の応酬でも始めようかと思い、口を開いた時だった。
 謎の轟音が響き、そして、呼びかけと、銃声と、悲鳴が聞こえてきた。

252悪魔と魔法と光の剣 </b><font color=#FF0000>(qBC89beU)</font><b>:2005/05/16(月) 15:39:35 ID:wMojAoZA


【B-1/砂浜/1日目11:00】

『罪人クラッカーズ』
【ガユス・レヴィナ・ソレル】
[状態]:右腿負傷(処置済み)、左腿に刺傷(布で止血)。戦闘は無理。精神的、肉体的に限界が近い。
[装備]:グルカナイフ、リボルバー(弾数ゼロ)、知覚眼鏡(クルーク・ブリレ) 、ナイフ
[道具]:支給品一式(支給品の地図にアイテム名と場所がマーキング)
[思考]:D-1の公民館へ。

【緋崎正介(ベリアル)】
[状態]:右腕・あばらの一部を骨折。精神的、肉体的にかなり疲労。
[装備]:探知機 、光の剣
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本) 、風邪薬の小瓶
[思考]:カプセルを探す。なんとなくガユスについて行く。
[備考]:第一回の放送を一切聞いていません。骨折部から鈍痛が響いています。
*刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は把握できていません)

253そして不死人は竜と飛ぶ:2005/05/16(月) 16:27:38 ID:pBSSTsig
『……諸君らの健闘を祈る』
 放送が終わった。風見は自分の地図を広げ、BBと確認しながら禁止エリア、死者の名前にチェックを入れる。
 072 新庄運切  075 オドー  そして001 物部景
 一本づつ線を引く。気が一気に滅入る。

――馬鹿なやつ、私に誰かを重ねて見て、私を庇って死ぬなんて。

 全竜交渉でも死者は出ている。風見とてただの小娘ではないし、戦場での死は初めてではない。
 だが、今回は違う、と風見は考えている。景は私をかばって、つまり私のせいで死んだのだ、と。
 彼に失礼だとは分かっていても、風見はその後悔を捨てることが出来ない。
 自分は戦闘訓練を受けていた、というのも今思えば驕りでしかなかった。
 新庄も、オドーでさえも死んでいるというのに。
 まさしくいいとこなし、と言うやつである。
 BBは何も言わない。その気遣いが風見にはありがたい。
 新庄、オドーはどんな死に様だったのか。誰に殺されたのだろうか。
 相方が無言をいいことに、風見は自分の世界に沈み込む。
 装備型のEx−stはともかく、オドーの悪臭までは取り上げられてないだろう。
 だとすると機竜さえ打ち砕くオドーすら倒れるこの島で、銃ひとつとはあまりに心もとない。
 やはり先にG−sp2を探すべきだろうか。
 戦闘とあらば文字通り飛んでくる相棒を思い浮かべ、風見は大切なことを忘れていることにようやく気づいた。
「そうだ、飛んでこれるんじゃない」
 がっくりと肩を落とす風見。どうも今ひとつ調子が出ていない。
 打撃してないのが原因ではあるまいか、と風見は半ば本気で考えた。
「まさかアンタをぶっ飛ばすもいかないわよね、痛そうだし」
 どうも自分にはガンガン突っ込めるタイプの相方が必要らしい。
「何がしたいのかは分からんが、それが賢明だろうな」
 律儀に答えるBB。悪いとまでは言わないが、こうもお堅いとさすがにフラストレーションがたまる。
 風見は深呼吸して気を取り直した、G−sp2がくればBBにも手を痛めずに突っ込める、調子も戻るだろうと考えて、
「さて、ちょっと上をチェックしといて、どこから飛んでくるのか分からないから」
怪訝な様子のBBを無視して、
「G−sp2!」
声を張った。
 一拍の間をおいて、東から飛来する衝撃音とそれにつづく風切音を二人は捕らえる。
 そして風見は、また一つポカをしたことに気付いて頭を抱えた。
 

    *    *    *


 時刻は数分ほどさかのぼる。放送のメモを終えて子爵とハーヴェイは移動の準備に取り掛かった。
 少女の遺体を野ざらしにしておくのは忍びなかったが、埋葬する時間はない。たまたま今回の放送に名前は無かったが、
次の放送でキーリが呼ばれない保障はどこにもない。最悪、今この瞬間にも彼女が死の危地に直面しているかもしれなのだ。
 子爵もそれを察して、埋葬しようとは言わない。
「これで勘弁してくれ」
 二人は少女の亡骸を木に寄りかからせて、目をそっと瞑らせた。
【さて、放送も終わった。私は流離いの一人旅に出たいと思うのだが、君はどうするかね。尋ね人がいるのなら、協力するの
 にはやぶさかではない。かような私だが言付を預かることぐらいはできるつもりだが?】
「いや、いい。こんな状況で待ち合わせを頼むのにはアンタにも俺達にも危険だからな」
 ハーヴェイは真っ赤な自称吸血鬼のスライムにキーリの特徴と炭化銃の性質だけ教えてお別れを言った。
「アンタもしぶとさが売りなんだろうが、それでもこの島は危険だ。気をつけてな」
 子爵が赤い触手のようなものを伸ばしてきた、握手のつもりなのだろうと、彼は判断し、それを生身の手で握り返した。
 ほんのちょっぴり後悔した。 
 子爵は液体となって流れるように去っていく。彼は気取られないようにそっと手を拭きながら見送った。

254そして不死人は竜と飛ぶ:2005/05/16(月) 16:32:26 ID:pBSSTsig
「武器はこれだけか」
 その後、ハーヴェイは武器を求めてウルペンが置き捨てた長槍を手に取った。
 奇妙な形状、用途不明の突起、不可解な装甲。これも非常識な物体なのかと首をひねる。
 直後、コンソールに緑色の光がともった。
『コンニチワ!』
「ああ、こんにちわ」
 淡々と返すハーヴェイ。
『ビックリシタ?』
「もう慣れた」
 槍は穂首をがっくりと落とした。ハーヴェイがリアクションに困っていると今度は辺りをきょろきょろと眺め始める。
『ヨンダ?』
 ハーヴェイもそれに倣って、辺りを探るが気配すらない。
「いや。誰もいないし、というか声すら聞こえなかったぞ」
『キコエタノ!チサトダヨ!』
 疑問視を浮かべて答えるハーヴェイ。
『ハナシテ』
 言われるままに手を離してから、猛烈にいやな予感を覚えた。
『イマイクヨ!』
「ちょっと待て」
 くるりと長槍が身を翻した。その柄を義手がとっさにつかむ。
 風船を破る、というよりアドバルーンを破るような音がして、ハーヴェイが気が付いたときには、その身ははるか上空を
飛んでいた。
 さすがのハーヴェイも眩暈を覚えた。
「……どこに行く気だよ」
 すさまじい慣性がハーヴェイを後方に引きずる。
 地上を眼下に見下ろしながら、振り落とされないようしがみつくハーヴェイ。
 ほんの数秒の飛行後、ハーヴェイは自分が危機的状況にあるのに気が付いた。
 だんだんとハーヴェイにかかる慣性が消えていく、眼下の景色も地上からだんだんと水平線になっていく。
「おいおい、マジか?」
 冷や汗が流れる。
「落ちてるぞ!」

 衝撃。そして暗転。

    *     *    *

「取りに行くか?」
「冗談、あんな大騒ぎになりそうなとこ行ったら幾つ命があっても足りないわ」
 千里は腕組みして鼻を鳴らす。
「G−Sp2には悪いけど、あの子がいないと死ぬわけでもないし……当初の予定通り行きましょ」
「結局悩みの種が一つ増えただけだったな」
 風見は返す拳もない。
「まったくよ」
 いまだけはBBの装甲が恨めしかった。

    *     *     *

 気が付いたハーヴェイが最初に見たのは、天井に開いた穴とそこからのぞく青い空だった。
 もう、どこまでもブルーである。
「なんだったんだよ、今のは」
 全ての原因はG−Sp2に施された個人識別解除処理のためだが、そんなもの風見もハーヴェイもG−Sp2も知るわけ
がない。
 とりあえずハーヴェイは全身をチェック、一箇所を除いて傷らしいものも異常は見られなかった。
 その代償はぼろ雑巾と成り果てた左腕。
 腕一本ですんだのは僥倖といえた。かばった腕はしばらく使い物にはならないが、行動不能よりはましである。
 しばらくの黙考の後、ハーヴェイは手元に長槍がないことに気が付き、とりあえず穴から上へよじ登った。
 集合住宅の屋上らしき場所、ざっと見渡して確認できるものは、血痕のあと、ディバック、メガホン、そしてコンクリー
トに突き立つ槍。人影はない。
『シクシク』
「おいおい、泣くのかよ」
 自分を慰めるように、ハーヴェイはその装甲をたたいた。

255そして不死人は竜と飛ぶ:2005/05/16(月) 16:33:52 ID:pBSSTsig
【残り85人】

【D-4/森の中/1日目・12:05】
【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、異常なし。
[装備]:梳牙
[道具]:無し(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:風見と協力して、しずく・火乃香・パイフウを捜索。脱出のために必要な行動は全て行う心積もり。


【風見千里】
[状態]:精神的に多少の疲労感はあるが、肉体的には異常無し。
[装備]:グロック19(全弾装填済み・予備マガジン無し)、頑丈な腕時計。
[道具]:支給品一式、缶詰四個、ロープ、救急箱、朝食入りのタッパー、弾薬セット。
[思考]:BBと協力する。地下を探索。仲間と合流。景を埋葬したい。とりあえずシバく対象が欲しい。


【C-8/港町/1日目・12:05】

【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:健康状態 
[装備]:なし
[道具]:デイパック一式、 「教育シリーズ 日本の歴史DVD 全12巻セット」
    アメリアのデイパック(支給品一式)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている 。
[補足]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    この時点で子爵はアメリアの名前を知りません。
    キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。

【C-6/住宅街/1日目・12:05】

【ハーヴェイ】
[状態]:生身の左腕大破、他は完治。(回復には数時間必要)
[装備]:G−Sp2
[道具]:支給品一式
[思考]:まともな武器を調達しつつキーリを探す。ゲームに乗った奴を野放しに出来ない。特にウルペン。
[備考]:服が自分の血で汚れてます 。

【C-8】から【C-6】に向けてG−sp2が飛びました。音に気づき、場合によっては目撃したものがいると思われます。
 放送によりウルペンがハーヴェイの生存に気づいた可能性があります。
 個人識別解除処理が施されているため、G−Sp2は呼びかけない限り風見に気づけません。

256Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/17(火) 00:42:35 ID:yKn.3DL2
「うーん腹減ったあ」
空きっ腹を抱えてうろつく竜堂終、永遠の欠食児童または食欲魔人の異名を持つ彼である。
想像に漏れず、支給品のパンはとっくに胃袋の中だった。
「しかもあのおばさん、人の身体で思い切りハッスルしやがって、あー腹減ったあ」
満腹の時はいざとなればそこらへんの野草でもむしって食べればいいやと思ってたが、
空腹になってみるとどうしても躊躇してしまう、ならバッタかコオロギでも食べるか…
いや、そこまでやってしまうと何かこう人間の尊厳とかそういう難しい何かが
音を立てて崩れてしまうような、そんな複雑な気分になってしまう。
商店街に戻るのも手だったが、カーラが好き放題してくれたおかげでしばらく表街道は歩けそうにもない。
(あの頬に傷の兄ちゃん…かなりやばいな)
強者は強者を知る、一瞬の出会いだったが、終は実のところオドーよりも宗介に危険性を感じていた。
(てっきり狙いはあっちだと思ったんだけど…おばはんの考えることはよく分からん)
「でもまぁ・・・俺竜だしなぁ、うん?」
くんくんと鼻を鳴らす終、漂うのは魚を焼く香ばしい匂いだ、誘われるように終はふらふらと歩いていった。

「…」
さめざめと涙を流す藤堂志摩子、また1人彼女の友が逝ったのだ。
メフィストも何も言わない、さしもの彼と言えどもこんな状況で何を言えばよいのか?
さらに、道中で見つけた誰かの墓を掘り返して見つけあるものが、
彼の心を時折ひどく不機嫌にしてもいた。
「まさかな…あの禁断の秘儀を知るだけでなく、実行するものがいるとも思えぬが」

そんな彼の顔を涙ながらにも興味深く覗き込む志摩子。
何か心配事でも?とは聞けない、もとより聞く資格も自分にあるとは思えない。
「大丈夫だ、君には関わりのないことだよ…ああそれから」
そんな志摩子の心の内を知ってか知らずか、優しく声をかけるメフィスト
「そこの君もだ、早く来ないと全部食べてしまうぞ」
メフィストの呼びかけに応じるように、木立ちの中から終が姿を見せたのだった。

「いやあ食った食ったあ」
満足げにお腹をさする終、しかも身体中のかすり傷は全てメフィストの手により全快している。
目の前の白き医師にとって、そんな程度の傷は怪我の内にも入らないようだ。
「喜んでくれて何よりだ…では」
若鮎のような君の身体を隅々まで…と言いかけるメフィスト、
だがそこで何かを感じ取ったのか、身構えようとする終。
「どうしたのかね?」
「ああ…なんつーか独特の空気を少しだけ感じたんだ、いやあ多分大丈夫とは思うけど、
 竜堂家の家訓としてホモは宇宙の塵にしろってのがあるから」
まぁ、鼻が利くわねと思いながら志摩子が口を開く。
「それは竜堂家だけじゃなく、たな…」
「そこまでだ」
ついつい危険な領域に話を踏み込ませようとした志摩子を嗜めるメフィスト

257Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/17(火) 00:47:25 ID:yKn.3DL2
「で、では何なんだよ?」
「あーその…つまり」
宇宙の塵になりかけた魔界医師がもったいぶってようやく応じる。
「食事代として君が今までに見てきたこと、知っていることを教えてもらいたい、
 我々が2匹食べる間に君は8匹も食べたのだからな…」

「祐巳さんが…そんな」
終の話は志摩子にとって衝撃そのものだった、由乃、祥子は死に、敬愛する聖は闇に堕ち、
さらには親友までもが…。
最初は信じられなかった、しかし彼女が落としたというロザリオは間違いなく祐巳のものだった。

やはりあの飾りをつけなくってよかった、と思いつつも、
自分の代わりに親友が犠牲になってしまった、その忸怩たる思いが志摩子を締め付ける。
メフィストはさらに終から情報を引き出している。
彼がもっとも警戒する敵である美姫の動向を聞けたのも大きかったが、今はもっと重要なことを聞かねばならない。 
「それで主な戦法は何かね?」
「魔法を使うぜ、それもかなり強力な、でも注意すべきは戦場での経験値だな、力の入れ所、抜き所は
 まさに完璧、ああいうのを歴戦って言うんだろうな…それから交渉は無理だぜ
 自分の正義に凝りかたまって、しかもまるで疑問にも思ってないからな」
「身体能力はどうなる?わかるかね」
「武術もけっこうなもんだ、けど多分つけた人間のそれに依存すると思う、俺の身体を手に入れて拾いものだって言ってたから」
「祐巳くんの身体能力はどんなものかね?」
「どちらかといえば苦手な方だと思います」
志摩子の言葉に反応する終、
「祐巳ってあの子のことか?運動が苦手?とんでもないぜ」

終は倉庫での出来事をおぼろげながら思い出す、こちらは断片的にしか覚えてなかったが。
「てな具合だ、姿はちょっと変わってたけど…うん?」
これまで冷静そのものだったメフィストの顔がかなり険しくなっている。
「もっと詳しく聞かせてくれないか」

258Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/17(火) 00:48:15 ID:yKn.3DL2
悪い予感が現実のものに、しかも最悪のものになりつつある。
終が嘘を言うとは思えない、ただの人間である彼女が。福沢祐巳が突如そこまでの身体能力を得られるものなのだろうか?
考えたくはないが…メフィストは先程の墓での出来事を思い出す
あそこに埋葬されていたのはダンピール、しかも心臓の血が抜かれていた。
となるとやはり…。
「食鬼人…」
特定の魔の血肉を取り込み、己が力とする忌まわしき外法の1つだ。
自分の存在する世界では文献の中にしか存在せず、とうに絶えた術だが…
しかし急激に身体能力を強化できる呪術であり、また状況から言って間違いはない
何者かがあの術を使ったのだ、しかも…

「志摩子くん、聞きたいことがある…彼女の靴のサイズが幾つなのか分かるかね?」
「えっと」
志摩子は聞かれるままに答える。
地面に残されていた足跡、歩幅…それから手形…メフィストの頭のなかで次々とパズルのピースが噛み合っていく
「最後に、身長と体重を教えて欲しい」
志摩子が答え、パズルのピースが合わさった、そして得られた結論は…。
「気を確かにして聞いて欲しいことがある、祐巳くんはおそらく」

「どうして…どうして…祐巳さん…」
耐え切れなくなったのだろう、涙を零しながら親友の名を呼ぶ志摩子。
祐巳の気持ちは分からなくも無い…でもだからってそこまで…。
「お願いします、祐巳さんを元に!人間に戻してください!先生なら出来るんでしょう!!」
「…無理だな、ただの病ならば数秒で治してみせることもできる、だが食鬼人とは病ではない…しかし」
メフィストは志摩子の肩を持つ。
「奇妙な言い方で申し訳ないが、唯一の救いは彼女が異形の姿になっていたということだ、普通の食鬼人ならば
 そのような現象は起り得ない、そこに彼女を人に戻す鍵があるやもしれん」

だが…問題は一介の学生に過ぎぬ彼女が何故その事を、食鬼人のことを知りえたのかということだ。
いったい誰が彼女を唆したのだろうか?
「でもこんな状況だろう?仕方ないんじゃないのか?」
「確かに…それは事実だ、だが自分の心を、身体を失ってまで得る生に何の意味があるというのかね」

259Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/17(火) 00:48:55 ID:yKn.3DL2
終を睨むメフィスト。
「ここを生き延びても人生は続いていくのだぞ…君ならわかるはずだ、逆に聞くが、
 君は今の自分の力と、ささやかだが平凡で普通の暮らしとどちらか一方しか選べぬのなら
 どちらを取るかね?」
「んなもん決まってるだろ…」
そこまで言って、あっ!と声をあげる終。
「だよなぁ…」

確かに自分は人を遥かに超える身体能力を誇っているが、それを便利だと日常の中で思うことは、
ほとんどなかった…逆に余計な連中を引き寄せただけだ。
今は負ける気はしないし、今までも勝ち続けてきたが…いつまでこんなことしなきゃならんのだろうと、
思うことは多々ある…小早川のおばはんに出会ってからは特に。

「でも…私は大丈夫です、たとえ祐巳さんが」
そこで志摩子は絶句する。
終がどう考えても持ち上がらないだろうと思われる公園のベンチを蹴り上げ、
軽々とリフティングなどしてみせている。
「よっと!ほりゃ!」
鼻歌交じりに最後はベンチを真っ二つに蹴り割る。
「今の見て俺のことどう思った?」
えっ…と考え込む志摩子…その、あの…と多少の枕詞が漏れて、

「すごいって思いました」
だがその割りに表情は重い。
「正直に答えてくれ」
終の真摯な視線に耐えられず目を逸らし…そしてようやく、か細い声で志摩子は答えた。
「怖いと…思いました…ものすごく」

もし祐巳がそんな身体になってしまっているとして、
自分でもそう感じるのだ、他の見知らぬ他人がそれを知ればもっと怖いだろう。
まして彼女の家族はどう思うのだろう、我が子が人ならざる物になってしまったことを知れば…
隠し通せる物でもない、まして祐巳は隠し事が出来ない子だ。
つまりそれが代償なんだろう、どう考えても割の合う話ではない。

でも…祐巳の気持ちもわかる、どうしようもないやり場の無い思いを何とかするには
力にすがるしかなかったのだろう。
「でも…皆さんのそれは強い者の理屈です!、弱くってちっぽけな私たちには
そうするしか…選べるほどの選択肢は用意されてないんです!」
「君は十分に強い、本当に大切なのはどんな過酷な状況においても誘惑に負けず己の心を見失わぬことだ」
志摩子の嘆きを微笑で包んで受け流すメフィスト。
「だいたい自分はどうなってもいいから、なんて気持ちで誰かは救えないよなぁ、あー畜生め」
足元の小石を蹴り飛ばす終、一時のこととはいえ、誘惑に乗った自分を恥じているのだ。

260Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/17(火) 00:49:41 ID:yKn.3DL2
「あ…ごめん君の友達のことを悪く言ってしまって」
頭を下げる終、志摩子はいいんですよと力なく応じる。
「だからこそ、君がしっかりしなければならない、親友なのではないのかね?
まぁ、女同士の友情ほど信用ならず脆いものは無いと私個人は思っているのだが」
無論、君に関しては大丈夫だと思うが…と付け加えることも忘れないメフィスト。
「そう…ですよね」

そうだ、由乃も祥子ももう亡き今、自分しかいないと思う志摩子、
その気丈な決意の内面は不安と恐怖で一杯だったが。
「でも…私なんかで」
「君だからこそだ、君だから我々は協力したいと集っているのではないか」
メフィストの言葉に成り行きでうんうんと頷く終。
「重い荷物も分担すりゃ多少は楽になるって!」
もちろん志摩子に協力したいのはいうまでも無く、カーラに仕返しもできるし、一石二鳥だ。
志摩子の瞳からまた涙が…しかし今度は嬉し涙だ。
「私なんかのために…すいませんっ!ありがとうございますっ!」
「君だけのためではない、ここに集うもの全てが私の患者、そして私は医者だと
 それにこれを彼女に渡さねばならないのではないかね?それこそ君の役目だろう?」
祐巳のロザリオをそっと握らせるメフィスト。
「はい!」
泣きながらもしっかりとロザリオを握り締める志摩子。

「まぁそのカーラという女性には、速やかに安楽死していただくことになるかと思うが」
 泣きじゃくる志摩子に優しく語りかけるメフィスト、絶世の美男子に美少女、実に絵になる光景だ。

しかし…納得いかない人もいる。
あー畜生、そうだよ…こんな役はどうせ続兄貴とかこんなんとかばっかが持って行くんだ。
俺なんざ結局小早川…ダメダメダメそれはダメ、絶対。
うらやましげにメフィストを見る終だった。
「年齢的にいってそれは俺のポジションだろうがあ」

261Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/17(火) 00:50:35 ID:yKn.3DL2
【C-4/一日目、12:30】

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

【Dr メフィスト】
 [状態]:健康
 [装備]:不明
 [道具]:デイパック(支給品入り)、
 [思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【竜堂終】
[状態]:健康 
[装備]:ブルードザオガー(吸血鬼)
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し、祐巳を助ける

262Alway look on the bright side of life </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/17(火) 00:51:27 ID:yKn.3DL2
あれやこれやといけ好かない男の声で放送が流れる。
そんな中、かなめは戦っていた…己の内から湧き出る渇きに。

あたし…負けないから。
だって宗介はあたしのためにやりたくも無い人殺しをやるって…決めたんだから
本当は誰も殺してもらいたくない、でも…。
またズクリと胸が痛くなる…この痛みに負けたとき、自分は消えてしまう。
自分の目の前にはナイフ…宗介が残していったナイフがある。

いざとなれば…いや今しかない。
人でなくなるくらいなら…まだ人間のままで、相良宗介の知っている千鳥かなめとして、
あたしは死にたい!
あたしは恐る恐るナイフに手を伸ばした。


ここは…どこだろう?
誰かの声が聞こえる…にじみ出る後悔に耐え切れないようなそんな悲しい声。
この声…聞き覚えがある…宗介の声だ。

「千鳥…すまない、俺はお前を救えなかった」
そんなに泣かないで…宗介
ああ、あたし死んじゃったんだ…でも宗介が生きていてくれたのなら
それで充分だよ。
だから…今度はあたしの分まで宗介に幸せになって欲しい…もういいから
あたしの視界が開ける、誰かの部屋みたいだ…こじんまりとしてるけどそれでいて
温もりのあるそんな空間、
かつて…まだ生きていたあたしがほんの少しだけ夢見たのかもしれないそんな場所。

こうなるくらいなら…もっと正直になりたかった。
テーブルの上には写真がある…そこにはあたしが写っている、学校の制服を着て
ハリセン持ってにっこりと。

263Alway look on the bright side of life </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/17(火) 00:52:55 ID:yKn.3DL2
そんなあたしの写真を見て…また悲しげに微笑む宗介。
そこに誰かが入ってくる。
「またかなめさんのことを考えていたんですね…サガラさん」

その声を聞いた途端、あたしの痛みが大きくなった…テッサの声を顔を見た瞬間。
どうしてだろう?
テッサは親友で戦友で同志だから、宗介のことが好きなのはわかっていたはずなのに、
だからあたしが死んだらそこにいるのはむしろ自然なことなはずなのに?

これまでも危ない目にはあってきた、もし自分が死んだら宗介はどうなるんだろうと
考えたことも1度や2度ではない。
彼があたしを守るのは任務でしかないとわかっていながら…それ以上をいつの間にか
心の奥底で望んでいたあたし。

その度にテッサなら…仕方ない、テッサなら大丈夫…という思いでいつも考えを打ち切っていた。
でも。
「雨続きが終った今夜は星がたくさん見えますね」
「そうですね…千鳥にもみせてやりませんと」
テッサはなれなれしくも宗介の隣に座って、宗介の肩にしなだれかかっている。
何それ?何してるのあんた?
ああ…そうか、そうだったのか、今はっきりとわかった。
逆だ…逆なんだ、彼女だから、親友で戦友で同志だから…許せない。
私の知らない誰かなら仕方がないと思う、けどテッサだけはダメなのだということに。

でも写真の中のあたしは笑ってる、今これを見ている私は多分泣いているのに。
「明日はかなめさんの席も用意しているんですよ、もちろん特等席ですよ」
「千鳥、君にこそ祝福してもらいたいんだ、俺たちの一番の同志であり友であった君にこそ」
そんなのうれしくないよ…いやだよ。
でもあたしは何も出来ない、だってもうあたしは写真だから…。
写真の中のあたしはずっと笑顔のまま…ずっと見ていないといけない、いつまでも…。
そんなのってひどい!

264Alway look on the bright side of life </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/17(火) 00:54:16 ID:yKn.3DL2
「そして改めて誓う、君の分まで幸せになると…こんな汚れた俺にその権利があればの話だが」
宗介はぎこちないけど、険の取れた笑顔で写真の私に話しかける。
その笑顔は…その表情は、あたしがずっと見たかった…頭の中で想像するしかなかったそんな顔で、
そしてその隣には…あたしがいるはずなのに…、
でもあたしじゃなくって…その隣にいるのは…。

「情け無い話です」
あたしの写真を見ながら、寂しげに笑う宗介。
「闇に包まれると千鳥を失ったあの地下室を思い出してしまいます…暗闇を恐れる兵士、笑い話以下です」
「でも、そのおかげでサガラさんは人間の暮らしを取り戻すことができましたわ」
テッサは宗介の手を包み込むように握る。
「それも千鳥のおかげです、千鳥と過ごした時間があったからこそです」
頷くテッサ。
「だから…千鳥の分まで、大佐殿を…」
その続きを言おうとした宗介の口を指でふさぐテッサ。

「私に敬語とかそういうのはもうやめていただけないでしょうか?私たちはもうミスリルを除隊した身ですし」
自分で言っていて照れて赤面するテッサ、その顔は紛れもなき勝者の顔だった。
少し時間が止まったような…そんな不思議な表情の宗介、その口元は止まった時間を動かそうと
なにやら呪文を唱えているかのようだ…やがて。
「なら…たい…いやテッサ今こそ誓おう、千鳥の分まで君を幸せにすると…だから俺のことも宗介と呼んで欲しい、
 千鳥がそうしていたように…」

その言葉は、何よりも鋭く、そして痛くあたしの心に突き刺さる。

やめてやめてやめてやめてやめて…
あたししゃしんのなかじゃないここにいるのにここにいるのだからおねがいやめてそれだけは、
それいったらあたし。
額縁の中の私がテッサを睨む、笑顔のままで。
あなたをゆるさない。

265Alway look on the bright side of life </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/17(火) 00:55:04 ID:yKn.3DL2
でもテッサには何も届かない…聞こえない…
「わかりました…宗介」
テッサは私の写真を手に取り、そして、
「かなめさん、天国で見ていてください、私たちはあなたの分まで幸せになります」
あたしの負けだと言った。

そしてあたしの中で何かが崩れた…。

「とてつもなき無き朴念仁じゃの、宗介とやら」
かなめの身体を膝に乗せ嘆息する美姫…これでは女の身はとてもじゃないが持つまい。
「かなめよ、お前が見ているそれはお前が最も恐れる未来よ…お前は何を望む…
 未来を受け入れるか?それとも抗って見せるか?」
美姫が挑発めいた言葉を口にする中、かなめはまだ悲しみに満ちた表情で
苦悶の涙を流していた。

266Alway look on the bright side of life </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/17(火) 00:55:52 ID:yKn.3DL2
【千鳥かなめ】
【状態】吸血鬼化進行中?精神に傷
【装備】鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
【道具】荷物一式、食料の材料。
【思考】苦悶中

【美姫】
 [状態]:通常
 [装備]:なし
 [道具]:デイパック(支給品入り)、
 [思考]:上機嫌

267魔法と魔剣と断末魔 </b><font color=#FF0000>(qBC89beU)</font><b>:2005/05/17(火) 09:57:02 ID:gze6IUQc
>>248-252の【悪魔と魔法と光の剣】を改題。少し描写を書き足しました。

>>251の最終行から後を、以下のように変更。

『皆さん聞いてください、愚かな争いはやめましょう、そしてみんなで生き残る方法を考えよう』
 謎の呼びかけが響き、銃声に中断され、悲鳴が聞こえて、静寂だけが残った。


「どっちも俺の知らへん声やったわ。お前は、あの二人の声に聞き覚えないんか?」
 あれがフリウの声だったとしても、こう言ったはずだ。本当に知らない声だったが。
「さっき初めて聞いた声だ。会ったことはない。……多分、もう会えなくなったな」
 呼びかけの途中で襲撃された男女は、どこの誰だか分からないままだった。
 お互いに、無言で視線をそらす。黙祷したわけではない。閉口しただけだ。
「さっき狙われた二人が、探すべき相手じゃなければいいんだが……」
 あの男女は新庄の知人だったのかもしれない。新庄は今、泣いているのだろうか?
 ガユスは今、必死で冷静になろうとしている。ミズーと新庄が無事でいるかどうか、
気になっているのだろう。苛立たしげな舌打ちが、隣から聞こえた。
 自分は今、空を眺め、目を細めて、大きく息を吐いている。
(ふむ。これでまた、今から24時間、誰かを殺さんでも済むようになったか)
 これでも、酷いことを考えているという自覚はある。反省する気は微塵もないが。


【B-1/砂浜/1日目11:05】

『罪人クラッカーズ』
【ガユス・レヴィナ・ソレル】
[状態]:右腿負傷(処置済み)、左腿に刺傷(布で止血)、右腕に切傷。戦闘は無理。精神的、肉体的に限界が近い。
[装備]:グルカナイフ、リボルバー(弾数ゼロ)、知覚眼鏡(クルーク・ブリレ) 、ナイフ
[道具]:支給品一式(支給品の地図にアイテム名と場所がマーキング)
[思考]:D-1の公民館へ。

【緋崎正介(ベリアル)】
[状態]:右腕・あばらの一部を骨折。精神的、肉体的にかなり疲労。
[装備]:探知機 、光の剣
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本) 、風邪薬の小瓶
[思考]:カプセルを探す。なんとなくガユスについて行く。
[備考]:第一回の放送を一切聞いていません。骨折部から鈍痛が響いています。
*刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は把握できていません)

※この後の『罪人クラッカーズ』について書かれた作品が、既に存在しています。

268instant Duo </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/19(木) 01:31:12 ID:yxHCzzcQ
地図を眺めながら今後の計画を練る宗介。
タイムリミットは6時間、6時間で5人の命を奪う。
ギリギリだが出来ないわけではない、
問題は…。
「この広範囲をどう動くかだ、なぁ」
クルツ、と言いかけて宗介は寂しげに口をつぐむ。

そうだ、もうクルツはいない…、マオもここにはいない。
せめて2人のうちのどちらかがいてくれれば…いや無いものねだりをしても仕方が無い。
しかも14時30分から雨が降る、こういう状況ならばよほどのことが無い限り雨中の移動は基本的には行うまい。
と、なると14時30分から雨が上がる17時までは拠点内での制圧戦になる。
覚悟は出来ているがそれでも単身での突入は避けたかった。

「国際条約違反だがやむを得まい」
考え事をしながらもコンバットナイフでガリガリと手持ちの弾頭を削り十字の切れ込みを入れていく宗介、
ダムダム弾を作っているのだ。
ダムダム弾とは、弾頭を丸く削り、さらに十字状に切れこみを入れたもので、こうしておくと、
本来貫通するはずの弾丸が標的に命中した瞬間、破裂するようになり、したがって破壊力は、
通常弾の数十倍にも達する。

弾丸には限りがある、しかもこの地にはオドーや先ほどの女のように自分のまだ知らぬ強敵が
数多く潜んでいる。
ならば、弾丸一発一発の破壊力を可能な限り上げ、確実に一撃で沈める。
いかに頑丈を誇る相手でも、肉もろとも骨をも砕くダムダム弾の威力には抵抗しえまい。

「さてと…」
行くか、そう呟き立ち上がろうとした瞬間だった。
ソーコムを握る宗介の右腕が鋭く閃く!
僅かに遅れて弾丸同士が激突し、閃光、マズルフラッシュを直視しないように、
さらにもう一発追い撃ちを掛ける宗介。
(早速か…探す手間が省けたな)

269instant Duo </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/19(木) 01:32:37 ID:yxHCzzcQ
あの男…やる!
気配を完璧に消して、なおかつ後ろを取ったはずなのに…、
宗介の放った弾丸を回避し、柱の影に隠れるキノ。
(残り弾は…)
さっきの1発で合計8発、ショットガンは虎の子だ…今はまだ使えない。
なら、接近戦を仕掛けるしかない。
出来る限り相手を視界に捕らえ、その上で速射ち勝負をかける。
キノは猫のように身を屈め、廃墟の中を縫うように移動を始める、

そして一方の宗介も考える、相手は相当な早撃ち自慢…察知したのはこちらが早かったにも関わらず、
弾は撃ち落とされてしまった。
マガジンは今使っているのを含めてあと2つ…今後を考えると無駄撃ちは出来ない。
しかし節約して戦えば火力で押し切られる危険もある。
なら接近戦しかあるまい。
宗介はコンバットナイフを構え、キノと同じように廃墟の中を滑るようにやはり移動を開始する。

(どこだ…)
薄日が差し込む中、息を潜めつつも俊敏に廃墟を駆けるキノと宗介。
神の目を持つものならわかるかもしれない、
彼らは廃墟の中、お互いの背後を取り合うべく円を描くように移動している。

それは僅かな時間でしかなかったが、妙な均衡状態をその場にもたらしてもいた。
あとは崩れるのを待つだけだ…。
一羽の小鳥が廃墟の中に迷い込む…静寂の中僅かな羽音が響いた時、
いつの間にか移動のベクトルが変わっていたらしい、
正面から宗介のナイフが凶悪な唸りを上げて、キノの首筋へと迫る。
それをキノはヘイルストームの銃身で受け止める、がちんと乾いた火花が散る。
宗介が刃を滑らせナイフの軌道を変えるのと、キノがそのスキにトリガーを引くのは同時。
宗介が身をかがめ足元をなぎ払おうとした時には、彼の心臓の位置を弾丸が通り過ぎていた。

270instant Duo </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/19(木) 01:35:38 ID:yxHCzzcQ
「チッ!」
2人は同時に叫んで飛び退り、また距離を置く…
そして、一度は退こうとした彼らが何かを察知したかのように、その身体を翻した時。
かちゃりと冷たい音がまた2つ同時に響いた。
微動だにせず向かい合う宗介とキノ、宗介のソーコムはキノの眉間に向けられている、
一方のキノのヘイルストームは、宗介の眉間にポイントされていた、
距離は3M…お互いの技量なら必殺の距離だ。

だからこそ動けない、トリガーを引くことは簡単だ…だがそれは同時にどちらかが死ぬことを
意味する、それが自分か相手か…その確証が得られぬ限り引くわけにはいかない。
そして時間だけが過ぎていく、迷い込んだ小鳥がチチチと空気を読まずに囀る。
「らちがあかないですね?」
最初に口を開いたのはキノだった。

「ああ…」
表情を変えずに応じる宗介。
「お前は何のために戦う?」
今度は逆に宗介がキノに聞く。
「死にたくないから」

至極当たり前のように答えるキノ、それを受けてまた宗介。
「何人殺した?」
「聞いてどうすんですか?そんなこと」
キノの言葉には僅かな動揺、それを聞いて考えをめぐらせる宗介…やがて。
「俺と組まないか?」

宗介の言葉に沈黙と失笑で応じるキノ。
「ならここで死ぬまでやりあうか?俺も分が悪い駆けは張りたくないんでな、お前も同じだろう?
 続きは最後の2人になったとき、改めて行えばいいだけだ」
だが、俺はそこまで待つつもりはない、お前もだろうが、と心の中で呟く宗介。

271Instant Duo </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/19(木) 01:36:25 ID:yxHCzzcQ
宗介の言葉に思考をめぐらせるキノ。
確かに地下での出来事から、1人で戦うことの焦りを感じ始めていた矢先だ。
まして相手の力量は互角…ここは従うか…。
いざとなれば寝首を掻けばいい、相手も同じ心境だろうが…その方が後腐れがなくって、
共に戦うにせよやりやすいはずだ。

一方の宗介…彼にとっては、無論これ以上の戦闘を避けたいというのもあるが、
これからの殺人ロードを行うにあたっての人手が欲しかったというのが第一だ。
それに相手の目的が生き残るという単純な物なのも好都合だ、
わけのわからないイデオロギーで振りかざすこともありえないだろう。
戦場においては利害関係こそがもっとも強固な絆となるのだ。
さらに言うなら殺人者を手元においておくことで、間接的にかなめやテッサの安全を守れることになる。
それに…首を1つ確保できたことにもなる。

どちらからともなく、2人は銃を下ろした。
それはこの瞬間に同盟が締結されたことを意味した。
「ボクの名前はキノ」
キノが自己紹介を始める、伏せ目がちなのはその瞳の奥の危険な本心を隠すためとしか思えない。
「相良宗介だ、よろしく頼む」
宗介は宗介でやはりその表情は不自然極まりないのだった。

272Instant Duo </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/19(木) 01:40:40 ID:yxHCzzcQ
【B-5/1日目/12:15】

【キノ】
[状態]:通常
[装備]:カノン(残弾無し)、師匠の形見のパチンコ、ショットガン、ショットガンの弾2発。
   :ヘイルストーム(出典:オーフェン、残り7発)、折りたたみナイフ
[道具]:支給品一式×4
[思考]:最後まで生き残る。

【相良宗介】
【状態】健康。
【装備】ソーコムピストル、コンバットナイフ。
【道具】荷物一式、弾薬。 かなめのディバック
【思考】かなめを救う…必ず

273◆91wkRNFvY:2005/05/19(木) 19:00:06 ID:YJtIx1B.
「でよ、ちょっと野暮用でな、商店街までの道を聞きてーんだけどよ」 
 顔に刺青を入れた少年はぶっきらぼうに訊ねる。
「商店街? お前地図持ってないのか?」
 スィリーの所為で多少疲れ気味になっているのか、割と投げやりに聞く。
「それが置いてきちまってよ」
 両手を上げ、やれやれ、といったポーズをとる。
「それなら、ここから北西に真っ直ぐ1kmほど行ったところですわ」
「おっ、サンキュー。んじゃな。」
 言うなり、茉衣子が指を差した方へ向け歩いていく。
「まぁ、待ちたまえ。キミは何か目的があって商店街に?」
「おうよ、ちょっと水が足んなくなっちまってな、俺が集めてくることになった」
 宮野に止められ、振り向く零崎。
「ふむ、ということはキミのお仲間がいるということだな?」
「仲間、仲間ねぇ。ま、どっちでもいいけどよ、何人かいるのは間違いねぇ」
「良かったら我々を案内してはくれまいか?」
「わりーんだけど、急いでるんだわ、また会ったら教えてやっても良いぜ、んじゃな」
「そうか」
 意外とあっさり引き下がる宮野。
「少年、これを持っていけ」
 懐を探り、持っていた自殺志願をホルダーごと零崎に放り投げる。
「うぉっ、っぶねーな…、って自殺志願じゃねーか?!」
 ホルダーから大鋏を抜き出し、確認する。
 自殺志願、かつて零崎人識が兄の双識から殺してでも奪い取ろうとしたアイテムだ。
「私にはそのような物は必要ない、君が使いたまえ」
「ラッキー、念願のマインドレンデルを手に入れたぜ。
 わりーな、次会ったら今度は案内してやっからよ。じゃーな」
 今度こそ、少年は森の中へと消えていった。

274◆91wkRNFvY:2005/05/19(木) 19:00:48 ID:YJtIx1B.
「良いのですか?」 
「ふむ、私には関係ない」
「…? 何故彼に?」
「彼が持っているべきだと、そう思っただけだ、そもそも私に武器は必要無い。
 私は自分自身の能力に絶対の自信を持っているからな!」
 拳を握り、高らかに掲げる宮野。
「行っちまったな、どうすんだ?」
「また人を探すまでだ。彼とは別の方向に向かってみようか」
 
 そして、やっぱり適当に歩き出す宮野であった。
 
*** *** *** *** *** ***

 先ほどの青年は、ひとしきり何かを呟いた後さっさと行ってしまった。
 しずくは黙って見送り、立ち上がる。
 思ったよりもすぐ側にエスカリボルグは落ちていた。
 半壊しかけた腕を垂らしながら、逆の手で拾い上げる。

 ―――はふ。

 溜息。先ほどの黒鮫を殴った所為で右手は暫くの間は使い物にならない。
 システムチェック、アクティブ・パッシブ共にセンサーの能力低下。
 右腕上腕から末部に到るまでの神経系の物理的切断箇所多数。
 幸いフレームにはこれといった異常は見当たらない。
 歩いていく分には問題は無いが、激しい動きは控えた方が良いだろう。
 数時間安静にしていればこの程度の損壊などは修復できるのだが、現時点で安静に出来るような場所の確保などは難しい。

275◆91wkRNFvY:2005/05/19(木) 19:01:39 ID:YJtIx1B.
 それに、のんびりも言っていられない。かなめを助けなければならないのだ。
 宗介には「誰にも言うな、次に会えば殺す」と言われたが、出来る事ならば彼も助けてあげたいと思う。
 彼の戦闘能力は常人よりも遥かに高い、もし出会ってしまったら彼を抑えられる人間は限られる。
 火乃香や"蒼い殺戮者"の様に高い戦闘能力を持っていれば何とかなるだろう。
 その2人なら宗介だけでなく、かなめも助けてくれるに違いない。
 問題は、出会えるかという事だ。
 火乃香やBBで無くても良い、戦闘能力が高く、尚且つこちらに手を貸してくれる者。
 いるだろうか。
 しずくは考える。これからは人に声をかけるときは気をつけなければならない。
 かなめやオドーの様にこちらに好意的とは限らないのだ。
 朝、神社で襲撃された時点、いや、この争いが始まった時から解っていた事なのに。

 どうするべきだろうか。しずくは半壊した腕を抱え、何処へともなく歩き始める。
 じっとしていても始まらない、腕を完治させるのは後回しだ。
 ふと、思い出す。あの地下で眠っていた女性は何者なのかと。
 宗介や自分よりも速く動き、得体の知れない雰囲気を纏っていた。
 あの女性を倒すか説得するかしなければ、かなめは救われずに、宗介も殺人を繰り返す。
 それだけは、避けなければ。
 BBの「野生の感」といったようなものは無い、火乃香の「気」もない。
 レーダーセンサーが能力ダウンした今、頼りになるのは聴覚・視覚センサーのみだ。
 耳を澄まし、眼を凝らし、一歩ずつ確かに歩いてゆく。
 森を抜け開けた海岸に出、見渡してみるが誰もおらず、仕方なく引き返そうとする。
 振り向きざまに森の奥を見渡す。 

 誰か、いる―――。

276◆91wkRNFvY:2005/05/19(木) 19:02:20 ID:YJtIx1B.
 警戒しつつ木陰に隠れ、先ほど映った人影を再生する。
 白衣の男性、黒衣の女性と男性、3人を確認。敵か、味方か。
 向こうにも気付かれたようで、緊張が走る。だが。
「案ずることは無いぞ!そこな娘っ子よ!
 我々はこのケッタイなゲームから脱出しようという目的を持つ、正義の魔術師なのだ!
 キミも良かったら我々の同志にならんかね?」
 若い男性の声と、それに反応するように女性の声。
「班長、いきなり声をかけるとはどういう了見でしょうか。
 先ほどの放送はお聞きになったでしょう?もう既に30人を超える方々が亡くなっているのです。
 ということは、それに近い殺人者が潜んでいる可能性がありましょう?
 もしかしてお忘れになったのですか?それとも聞いていなかったのでしょうか?
 でしたらやはり班長の脳ミソの中にはホンモノの代わりに蟹ミソでも詰まってらっしゃるのでしょうね」
「茉衣子くん、蟹味噌は蟹の脳ミソのことでは無いぞ!そんなことも知らんのかね!そもそも蟹味噌とはだな…」
「どうでもいいけどよ、あの子はほっといて良いのか?」 
 冷静な指摘で、最初の男はこほん、と咳をたて、
「む、そうであったな、では改めて。我々はこの空間から脱出できる人材を捜している。
 キミに心当たりは無いかね?」

 この人たちは、自分の頼みを聞いてくれるだろうか。

277たまには俺も考える:2005/05/19(木) 21:16:44 ID:mhhsWZag
「あーくそっ。遅れちまってる」
俺はようやく商店街に着きながら言った。
ちょっと前に三人組と会って道を聞いたまでは良かったが。
なにやら戯言昆虫がいたのは─まぁいい。予定外に時間を食われたのが間違いだったようだ。
コンパスも貰えばよかった…と手元の大鋏をくるくる回しながら考える。
危険極まりない大鋏だが、刃物の取り扱いは慣れている。
それにこのマインドレンデルは前から欲しかったものだ。
使うものが使えば首も容易に切断できる業物だ。
そしてこれは兄貴の形見──
「ん?」
疑問がよぎる。なんでこんなこと考えたんだ?そもそも兄貴って死んだっけ?
俺は、いつここの世界に連れ去られたんだっけ?
一つ一つ思い出す。欠陥製品との出会い。人類最強との戦い。そして逃走。さらに…
思い出せな──
そう思った瞬間様々な事が断片的に浮かんできた。
両手首の無い少女。倒れてる自殺志願。早蕨。舞織。死に顔。
止まる電車。ギザ十。『お前ら全員、最悪だ』知ってる。『人の死には悪が』俺が言ってる。
弾ける扉。入ってくる赤。言う少女。『それでは零崎を始めます』
そこまで考えて、記憶は雲散した。
もしかして、都合がいいように記憶が改変させられている?
「問題は『何』に都合がいいか、だな」
入ってきた赤との戦闘はまるで思い出せない。止まる物語。
デジャヴを感じたような、煮え切らない感じ。むかつく。
例えば<マンイーター>匂宮出夢。奴は「理澄が死んだ」と言っていた。
生憎そこまで殺し名世界の情報には詳しくないが、少なくとも<カーニバル>が死んだ、とは聞いていない。

278たまには俺も考える:2005/05/19(木) 21:18:01 ID:mhhsWZag
多分、違う時間に連れ去られてきたのだろう。何かの都合のために。
俺は最初殺した奴に「昼寝してた」と言ったが、どこで、いつ?
あの欠陥もあの人食いもあの策士も記憶が都合よく変えられ、奴らの物語は止まっているのだろうか。
そしてあの──
「さぁ盗むぞミリア!手始めは野菜だ!グリーンだからきっと青野菜が好きだな!」
一つ隣の通りで大声が聞こえた。さっきから気づいていたから今更慌てないが。
「ビタミンミネラルだねアイザック!」
「潤さんはむしろ赤って感じだけど…」
潤さん。…<砂漠の鷹>哀川潤だろうか。
仲間、か?あの赤の。
どうする。会ってみるか?俺より後の時間に連れてこられたとしたら、色々俺の疑問─あやふやになった記憶を保管できるが。
「んー」
考えながら手ごろな民家に入り込む。あいつ等はとりあえず無視。
炊事場を発見し、水道のコックを捻る。
「駄目、だよな。多分」
水が、では無い。哀川潤に会うのが。
俺より少し前に連れてこられたとしたら俺をぶっ殺すだろうし、後に連れてこられたとしても和解できてるとは思わねーし。
ボトルの中に水を注ぎ込む。あっという間に三本溜まった。
少し飲んでみたが、うれしいことにおいしい水道水だった。
デイパックを抱える。意外と軽い。まだ何か入りそうだが。
刃物はもういい。業物を持ってる。
食料は探してるとさっきの連中に会うかもしれない。哀川潤に俺の風貌を言われたら殺しに来るかもしれない。

279たまには俺も考える:2005/05/19(木) 21:18:42 ID:mhhsWZag
思い立って机を漁り、コンパスを取った。たしか南東を進めばいいはずだ。
ちらっと本棚を見る。本が大量に置いてある。
「なんだ。ライトノベルばっかだな」
端から見ていく。Dクラッカーズ、Missing、されど罪人は竜と踊る、アリソン、ウィザーズブレイン………かなりの種類のノベルが全巻揃ってる。
違う棚を見る。俺の好きな太宰治が置いてあった。それを嬉々ととり、デイパックに詰める。

──幸か不幸か、彼は「零崎双識の人間試験」と「撲殺天使ドクロちゃん」の背表紙を見ないで出て行った。

「よっし帰るか」
そういって彼は民家から飛び出す。
3キロの水と大鋏、それに太宰治の代表作をもって走り出した。
『皆さん聞いてください、愚かな争いはやめましょう、そしてみんなで生き残る方法を考えよう』
聞こえてきた放送、そして銃声にも何の感慨も示さず、連れの待つ森へと向かう。

【C−3/商店街/1日目・11:05】

【零崎人識】
[状態]:平常
[装備]:出刃包丁  自殺志願
[道具]:デイバッグ(ペットボトル三本、コンパス)  砥石  小説「人間失格」
[思考]:惚れた弱み(笑)で、凪に協力する。 F-4の森に帰る
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
     大量の参加者たちのライトノベルを目撃しました。

280Instant Duo </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/19(木) 21:29:06 ID:NLLJlQ1U
地図を眺めながら今後の計画を練る宗介。
タイムリミットは6時間、6時間で5人の命を奪う。
ギリギリだが出来ないわけではない、
問題は…。
「この広範囲をどう動くか、どう考える?」
クルツ、と言いかけて宗介は寂しげに口をつぐむ。

そうだ、もうクルツはいない…、マオもここにはいない。
せめて2人のうちのどちらかがいてくれれば…いや無いものねだりをしても仕方が無い。
しかも場合によっては拠点内での制圧戦を考慮に入れないといけない。
覚悟は出来ているがそれでも単身での突入は避けたかった。

「国際条約違反だがやむを得まい」
考え事をしながらもコンバットナイフでガリガリと手持ちの弾頭を削り十字の切れ込みを入れていく宗介、
ダムダム弾を作っているのだ。
ダムダム弾とは、弾頭を丸く削り、さらに十字状に切れこみを入れたもので、こうしておくと、
本来貫通するはずの弾丸が標的に命中した瞬間、破裂するようになり、したがって破壊力は、
通常弾の数十倍にも達する。

弾丸には限りがある、しかもこの地にはオドーや先ほどの女のように自分のまだ知らぬ強敵が
数多く潜んでいる。
ならば、弾丸一発一発の破壊力を可能な限り上げ、確実に一撃で沈める。
いかに頑丈を誇る相手でも、肉もろとも骨をも砕くダムダム弾の威力には抵抗しえまい。


「さてと…」
行くか、そう呟き立ち上がろうとした瞬間だった。
ソーコムを握る宗介の右腕が鋭く閃く!
僅かに遅れて弾丸同士が激突し、閃光、マズルフラッシュを直視しないように、
さらにもう一発追い撃ちを掛ける宗介。
(早速か…探す手間が省けたな)

281Instant Duo </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/19(木) 21:29:50 ID:NLLJlQ1U
あの男…相当な技量だ。
気配を完璧に消して、なおかつ後ろを取ったはずなのに…、
宗介の放った弾丸を回避し、柱の影に隠れるキノ。
(残り弾は…)
さっきの1発で合計8発、ショットガンは虎の子だ…今はまだ使えない。
なら、接近戦を仕掛けるしかない。
出来る限り相手を視界に捕らえ、その上で速射ち勝負をかける。
キノは猫のように身を屈め、廃墟の中を縫うように移動を始める、

そして一方の宗介も考える、相手は相当な早撃ち自慢…察知したのはこちらが早かったにも関わらず、
トリガーを引いたのはおそらく向こうが速かった、弾が撃ち落とされたのは偶然に過ぎないだろうが。
マガジンは今使っているのを含めてあと2つ…今後を考えると無駄撃ちは出来ない。
しかし節約して戦えば火力で押し切られる危険もある。
なら接近戦しかあるまい。
宗介はコンバットナイフを構え、キノと同じように廃墟の中を滑るようにやはり移動を開始する。

(どこだ…)
薄日が差し込む中、息を潜めつつも俊敏に廃墟を駆けるキノと宗介。
神の目を持つものならわかるかもしれない、
彼らは廃墟の中、お互いの背後を取り合うべく円を描くように移動している。

それは僅かな時間でしかなかったが、妙な均衡状態をその場にもたらしてもいた。
あとは崩れるのを待つだけだ…。
一羽の小鳥が廃墟の中に迷い込む…静寂の中僅かな羽音が響いた時、
いつの間にか移動のベクトルが変わっていたらしい、
正面から宗介のナイフが凶悪な唸りを上げて、キノの首筋へと迫る。
それをキノはヘイルストームの銃身で受け止める、がちんと乾いた火花が散る。
宗介が刃を滑らせナイフの軌道を変えるのと、キノがそのスキにトリガーを引くのは同時。
宗介が身をかがめ足元をなぎ払おうとした時には、先程の彼の心臓の位置を弾丸が通り過ぎていた。

282Instant Duo </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/19(木) 21:31:14 ID:NLLJlQ1U
「チッ!」
2人は同時に叫んで飛び退る、宗介のナイフの第2撃が今度はキノの胸元を狙う。
今度はくぐもった音、キノの手にはいつの間にか折りたたみナイフが握られている。
それは宗介の持つコンバットナイフの凶悪なフォルムに比べるとチャチだが、
キノの手首が閃き、逆にすべるような軌道で宗介の首筋に刃が伸びる…実用度では引けをとらない。
防ぐのは間に合わないと判断しまた後退する宗介、しかし背後は壁だ、どうする?
宗介は迷うことなく渾身の力でバックジャンプし、その反動で壁を蹴り、

その勢いのままキノへとび蹴りを見舞おうとする。
前のめりになっているキノには逃れる術がないように思えたが、キノはこれも瞬時の判断で
素早く身を伏せ、前転することで宗介のキックをやり過ごす。
そして宗介が着地し、キノが立ち上がると同時に、かちゃりと冷たい音がまた2つ同時に響いた。

微動だにせず向かい合う宗介とキノ、宗介のソーコムはキノの眉間に向けられている、
一方のキノのヘイルストームも宗介の眉間にポイントされていた、
距離は3M…お互いの技量なら必殺の距離だ。

だからこそ動けない、トリガーを引くことは簡単だ…だがそれは同時にどちらかが死ぬことを
意味する、それが自分か相手か…その確証が得られぬ限り引くわけにはいかない。
そして時間だけが過ぎていく、迷い込んだ小鳥がチチチと空気を読まずに囀る。
「らちがあかないですね?」
最初に口を開いたのはキノだった。
「ああ…」
表情を変えずに応じる宗介。
「お前は何のために戦う?」

今度は逆に宗介がキノに聞く。
「死にたくないから」
至極当たり前のように答えるキノ、それを受けてまた宗介。
「何人殺した?」
「聞いてどうするんですか?そんなこと」
キノの言葉には動揺はない、それを聞いて考えをめぐらせる宗介…やがて。
「俺と組まないか?」
宗介の言葉に沈黙と失笑で応じるキノ。
「考えろ、ここで死ぬリスクと俺と共闘することのメリットを、互いの利害が一致する以上、
 俺たちは共闘し、戦力を提供し合えるはずだ」
だが、俺は最後まで付き合うつもりはない、それはおそらくお前もだろう?、と心の中で呟く宗介。

283Instant Duo </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/19(木) 21:33:26 ID:NLLJlQ1U
宗介の言葉に思考をめぐらせるキノ。
確かに地下での出来事から、1人で戦うことの焦りを感じ始めていた矢先だ。
まして相手の力量は互角…ここは従うか…。
いざとなれば寝首を掻けばいい、相手も同じ心境だろうが…その方が後腐れがなくって、
共に戦うにせよやりやすいはずだ。

一方の宗介…彼にとっては、無論これ以上の戦闘を避けたいというのもあるが、
これからの殺人ロードを行うにあたっての人手が欲しかったというのが第一だ。
それに相手の目的が生き残るという単純な物なのも好都合だ、
正義だの愛だの憎悪だの復讐だのと、わけのわからないイデオロギーを振りかざされると厄介だ。
戦場においては生存という名の利害関係こそがもっとも強固な絆となるのだ。
さらに言うなら殺人者を手元においておくことで、間接的にかなめやテッサの安全を守れることになる。
それに…首を1つ確保できたことにもなる。

どちらからともなく、2人は銃を下ろした。
それはこの瞬間に偽りながらも同盟が締結されたことを意味した、例えるなら
昨日の他人と明日の敵の間にはとりあえず今日の友人、という所だろうか?
「ボクの名前はキノ」
キノが自己紹介を始める、伏せ目がちなのはその瞳の奥の危険な本心を隠すためとしか思えない。
「相良宗介だ」
宗介は宗介でやはりその表情は不自然極まりないのだった。



【B-5/廃墟/1日目/12:15】

【キノ】
[状態]:通常
[装備]:カノン(残弾無し)、師匠の形見のパチンコ、ショットガン、ショットガンの弾2発。
   :ヘイルストーム(出典:オーフェン、残り7発)、折りたたみナイフ
[道具]:支給品一式×4
[思考]:最後まで生き残る。

【相良宗介】
【状態】健康。
【装備】ソーコムピストル、コンバットナイフ。
【道具】荷物一式、弾薬。 かなめのディバック
【思考】かなめを救う…必ず

284Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/19(木) 22:39:55 ID:NLLJlQ1U
「うーん腹減ったあ」
空きっ腹を抱えてうろつく竜堂終、永遠の欠食児童または食欲魔人の異名を持つ彼である。
想像に漏れず、支給品のパンはとっくに胃袋の中だった。
「しかもあのおばさん、人の身体で思い切りハッスルしやがって、あー腹減ったあ」
満腹の時はいざとなればそこらへんの野草でもむしって食べればいいやと思ってたが、
空腹になってみるとどうしても躊躇してしまう、ならバッタかコオロギでも食べるか…
いや、そこまでやってしまうと何かこう人間の尊厳とかそういう難しい何かが
音を立てて崩れてしまうような、そんな複雑な気分になってしまう。
商店街に戻るのも手だったが、カーラが好き放題してくれたおかげでしばらく表街道は歩けそうにもない。
(あの頬に傷の兄ちゃん…かなりやばいな)
強者は強者を知る、一瞬の出会いだったが、終は実のところオドーよりも宗介に危険性を感じていた。
(てっきり狙いはあっちだと思ったんだけど…おばはんの考えることはよく分からん)
「でもまぁ・・・俺竜だしなぁ、うん?」
くんくんと鼻を鳴らす終、漂うのは魚を焼く香ばしい匂いだ、誘われるように終はふらふらと歩いていった。

「…」
さめざめと涙を流す藤堂志摩子、また1人彼女の友が逝ったのだ。
メフィストも何も言わない、さしもの彼と言えどもこんな状況で何を言えばよいのか?
さらに、道中で見つけた誰かの墓を掘り返して見つけたあるものが、
彼の心を時折ひどく不機嫌にしてもいた。
「まさかな…」

そんな彼の顔を涙ながらにも興味深く覗き込む志摩子。
何か心配事でも?とは聞けない、もとより聞く資格も自分にあるとは思えない。
「大丈夫だ、君には関わりのないことだよ…ああそれから」
そんな志摩子の心の内を知ってか知らずか、優しく声をかけるメフィスト
「そこの君もだ、早く来ないと全部食べてしまうぞ」
メフィストの呼びかけに応じるように、木立ちの中から終が姿を見せたのだった。

285Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/19(木) 22:40:59 ID:NLLJlQ1U
「いやあ食った食ったあ」
満足げにお腹をさする終、しかも身体中のかすり傷は全てメフィストの手により全快している。
目の前の白き医師にとって、そんな程度の傷は怪我の内にも入らないようだ。
「喜んでくれて何よりだ…では」
若鮎のような君の身体を隅々まで…と言いかけるメフィスト、
だがそこで何かを感じ取ったのか、身構えようとする終。
「どうしたのかね?」
「ああ…なんつーか独特の空気を少しだけ感じたんだ、いやあ多分大丈夫とは思うけど、
 竜堂家の家訓としてホモは宇宙の塵にしろってのがあるから」
まぁ、この子って鼻が利くわねと思いながら志摩子が口を開く。
「それは竜堂家だけじゃなく、たな…」
「そこまでだ」
ついつい危険な領域に話を踏み込ませようとした志摩子を嗜めるメフィスト

「で、では何なんだよ?」
「あーその…つまり」
宇宙の塵になりかけた魔界医師がもったいぶってようやく応じる。
「食事代として君が今までに見てきたこと、知っていることを教えてもらいたい、
 我々が2匹食べる間に君は8匹も食べたのだからな…」

「祐巳さんが…そんな」
終の話は志摩子にとって衝撃そのものだった、由乃、祥子は死に、敬愛する聖は闇に堕ち、
さらには親友までもが…。
最初は信じられなかった、しかし彼女が落としたというロザリオは間違いなく祐巳のものだった。

やはりあの飾りをつけなくってよかった、と思いつつも、
自分の代わりに親友が犠牲になってしまった、その忸怩たる思いが志摩子を締め付ける。
メフィストはさらに終から情報を引き出している。

286Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/19(木) 22:41:45 ID:NLLJlQ1U
彼がもっとも警戒する敵である美姫の動向を聞けたのも大きかったが、今はもっと重要なことを聞かねばならない。 
「それで主な戦法は何かね?」
「魔法を使うぜ、それもかなり強力な、でも注意すべきは戦場での経験値だな、力の入れ所、抜き所は
 まさに完璧、ああいうのを歴戦って言うんだろうな…それから交渉は無理だぜ
 自分の正義に凝りかたまって、しかもまるで疑問にも思ってないからな」
「身体能力はどうなる?わかるかね」
「武術もけっこうなもんだ、けど多分つけた人間のそれに依存すると思う、俺の身体を手に入れて拾いものだって言ってたから」
「祐巳くんの身体能力はどんなものかね?」
「どちらかといえば苦手な方だと思います」
志摩子の言葉に反応する終、
「祐巳ってあの子のことか?運動が苦手?とんでもないぜ」

終は倉庫や先程の出来事を思い出す、倉庫に関しては断片的にしか覚えてなかったが。
「てな具合だ…うん?」
これまで冷静そのものだったメフィストの顔がかなり険しくなっている。
「もっと詳しく聞かせてくれないか」

悪い予感が現実のものに、しかも最悪のものになりつつある。
終が嘘を言うとは思えない、ただの人間である彼女が。福沢祐巳が突如そこまでの身体能力を得られるものなのだろうか?
考えたくはないが…メフィストは先程の墓での出来事を思い出す

『墓を暴くなんて…』
伏せ目がちながらも抗議する志摩子。
『君の気持ちはわかる、だが戦場においては死体こそが全てを雄弁に語るのだ、その気持ちを持って
 志半ばで死した者の冥福を祈ってくれないかね?』
周囲の状況を綿密に観察しながら、墓土を暴いていったメフィスト。

あそこに埋葬されていたのはダンピール、しかも心臓の血が抜かれていた。
それも殺されてからしばらく経過して、それだけのためにわざわざ心臓を取り出している。
周囲の状況からいって、埋葬した何者かが行ったことだろう。

となるとやはり…。
メフィストは自分の予感があたりつつあるのを感じていた、
特定の魔の血肉を取り込み、己が力とする外法。
例えば龍の血を浴び不死身となったジークフリードの伝説など、この手の話はよくあることだ。
もっとも自分の存在する世界では伝説や文献の中にしか存在せず、とうに絶えた術だが…

287Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/19(木) 22:42:27 ID:NLLJlQ1U
「志摩子くん、聞きたいことがある…彼女の靴のサイズが幾つなのか分かるかね?」
「えっと」
志摩子は聞かれるままに答える。
地面に残されていた足跡、歩幅…それから手形…死体を切開した際の傷の角度や大きさ、
メフィストの頭のなかで次々とパズルのピースが噛み合っていく
「最後に、身長と体重を教えて欲しい」
志摩子が答え、パズルのピースが合わさった、そして得られた結論は…。
志摩子の顔を見るメフィスト、…ダメだ、今彼女にこの事実を告げることは出来ない。
いずれ頃合を見て、ということになるのだろうか?
今はまだ早すぎる。

「どうして…どうして…祐巳さん…」
耐え切れなくなったのだろう、涙を零しながら親友の名を呼ぶ志摩子、
もしかするとメフィストが言わずとも何か察するところがあったのかもしれない。
「お願いします、祐巳さんを元に戻してください!先生なら出来るんでしょう!!」
「難しいな…しかし」
メフィストは志摩子の肩を持つ。
「奇妙な言い方で申し訳ないが、唯一の救いは彼女が異形の姿になっていたということだ、
 そこに彼女を人に戻す鍵があるやもしれん」

…問題は一介の学生に過ぎぬ彼女が何故その事を、そのような忌まわしき真似を行ったかということだ。
無論、それだけで彼女がそのような存在になってしまったと断定は出来ない、
だが例の死体の解体現場に彼女が関係していたということだけはおそらく事実。
そして終のいう異形と化した彼女の姿、いったい誰が彼女を唆したのだろうか?
まぁ、いずれにせよ全ては彼女と対面してからだ。

288Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/19(木) 22:43:34 ID:NLLJlQ1U
「さて、となると大変なのはこれからだ、彼女を取り戻すにはまずは厄介な魔術師を何とかせねばならん」
終の方を見るメフィスト
「役目重大だぞ、君は先程までそのカーラだったのだ、ならばわずかな時間とはいえ彼女のやり方もある程度は
 分かるのではないのかね?」
「ああ、とりあえず今あいつが狙っている標的は2人だ」
「ほう」
「まずは俺よりちょっと年下の男子、もう1人はバンダナを頭に撒いた…黒いシャツを着た…うーん
 あれは男か女か…」
しかめ面で記憶を手繰り寄せる終、まぁ顔は覚えてるからと締めくくる。
「なるほど、ならば彼女に先んじて彼らと接触しよう、それはすなわち祐巳くんを救うことにも
 繋がるのだから」

志摩子の瞳からまた涙が…しかし今度は嬉し涙だ。
「私なんかのために…すいません・・・ありがとうございます」
「決して君だけのためではない、ここに集うもの全てが私の患者、そして私は医者だと
 それにこれを彼女に渡さねばならないのではないかね?それこそ君の役目だろう?」
祐巳のロザリオをそっと握らせるメフィスト。

「それに彼女を取り戻した時こそ、君の本当の戦いが始まる、
 それは親友である君にしか出来ないことだ」
頷く志摩子、祐巳の身に何がおきているのかはわからない。
だが…それが何であれ、彼女がいかに変わり果てていようとも支えるのが自分の役目であり、
それは武器を振るい血を流す戦いよりも、遥かに困難なことのように思えた…それでも。
「はい!」
泣きながらもしっかりとロザリオを握り締める志摩子。

289Human System </b><font color=#FF0000>(5jmZAtv6)</font><b>:2005/05/19(木) 22:45:35 ID:NLLJlQ1U
そうだ、由乃も祥子ももう亡き今、自分しかいないと思う志摩子、
その気丈な決意の内面は不安と恐怖で一杯だったが。
「でも…本当に」
「君のためだけではないと言ったが、君だからこそという部分も勿論ある、
 そんな君だから我々は協力したいと集っているのではないか」
メフィストの言葉に成り行きでうんうんと頷く終。
「重い荷物も分担すりゃ多少は楽になるって!」
もちろん志摩子に協力したいのはいうまでも無く、カーラに仕返しもできるし、一石二鳥だ。
それに彼は彼女の境遇を自分と重ね合わせてもいた。
(始兄貴、茉理ちゃん…)
泣きじゃくる志摩子に胸を貸してやるメフィスト、絶世の美男子に美少女、実に絵になる光景だ。

しかし…納得いかない人もいる。
あー畜生、そうだよ…こんな役はどうせ続兄貴とかこんなんとかばっかが持って行くんだ。
俺なんざ結局小早川…ダメダメダメそれはダメ、絶対。
うらやましげにメフィストを見る終だった。
「年齢的にいってそれは俺のポジションだろうがあ」

【C-4/一日目、12:30】

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

【Dr メフィスト】
 [状態]:健康
 [装備]:不明
 [道具]:デイパック(支給品入り)、
 [思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【竜堂終】
[状態]:健康 
[装備]:ブルードザオガー(吸血鬼)
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し、祐巳を助ける

(共通目的、祐巳を探しつつ悠二と火乃香も探す)

290最強は風の中に稲妻を見る 校正案 その1 ◆I0wh6UNvl6:2005/05/21(土) 23:54:39 ID:Hw7b583Y
 男が鉄骨に腰を下ろしている。
 手足の長いスマートな体系をした少年、彼の名はリィ舞阪といった。
 だが彼をその名で呼ぶ人はほとんどいない。
 彼を知るものたちは畏怖をこめ、彼を《フォルテッシモ》と呼んだ。
 フォルテッシモの目的は、結局達成せずで終わってしまった。
 彼の探していた相手、ユージンは先ほどの放送で死者として名前を呼ばれ、
その放送は当然、フォルテッシモにも届いていた。
 彼はその放送を聞いてがっかりした。
 しかしそれは、子供がテストで悪い点をとったときのような、その程度のものでしかなかった。
 そしてすぐに気を取り直す。事実を分析するにつれて気持ちは高ぶっていく。
(奴が殺された。ということは奴を超える強者が、最低でも1人、この島にいるってことだ。
どんなやつかは知らないが、楽しみが1つ増えたと考えるべきだな……)
 笑みがこぼれる。
 だが残念ながら、フォルテッシモの予想は間違っていた。
 ユージンを殺したものは既に消滅させられていたのだ、とある神父の手によって。


 フォルテッシモが今いる場所、ここは彼の思い出の場所によく似ていた。
 この場所が自分に新たな宿命を持ってきてくれるかも知れない。
 そう考えた直後、彼は自分の考えに苦笑した。いつから自分はロマンチストになったのか。
 まあ特に急ぐことも無いので、誰かがくるのを待つことにした。

 まだ見ぬ強者を待つ間、彼は唯一自分に敗北を味合わせた男と、初めて会ったときのことを思い出していた。
(これで雨でも降ってれば完璧だったんだがな。そう都合よくはいかねーか。
……そういえば奴の名前は名簿になかったな。チッ、あいつらどういう基準で選んでんだ?)
 参加者に自分の知り合いがいないことを嘆くのは彼ぐらいのものだろう。
 彼の最も会いたい人物であり、戦いたい人物でもある高代亨は、彼に勝利した後姿を消していた。
 もしこの島に彼が来ていれば、フォルテッシモにとってこのゲームはまさに“傑作”となっていたのだが。
(まあ、殺し合いに傑作も糞もないか)
 彼にとって殺し合いそのものには価値は無い。その中にある『なにか』
 それこそ彼が追い求めるものであり、最も価値あるものだった。
 そしてフォルテッシモがそんなことを考えていたとき、1人の男が現れた。
 それはまさに――――宿命の出会いだった。

(……アイツは……)
 向こうから現れた男の雰囲気は、先程まで考えていた男のそれと瓜二つだった。
 ある程度の距離まで近づくと、彼はフォルテッシモに訪ねる。
「人を探しているのだが、目元を隠す仮面をつけた男だ」 
 相手の問いに対し、フォルテッシモは不気味な笑みを浮かべながら答える。
「そいつは舞踏会にでも行くつもりだったのか?
 ……まあいい。こっちも人を探してる。いやなに、おまえのように特定の人物ではないがな」
 フォルテッシモは鉄骨から降り、相手と向き合う。
 相手は怪訝な顔を見せるのも無視して、彼は宣言する。
「俺が探しているのは、そう――

―――俺を楽しませてくれる奴だ」
 抑えていた殺気を解き放つ。その場の空気が一気に重くなる。
 相手もそのオーラを感じとり、懐に差していた木刀を構える。
「くくっ、そいつがおまえの剣か? ……いいぞ、ますます気に入った」
(アイツも剣にはこだわってなかったからな)

291最強は風の中に稲妻を見る 校正案 その2 ◆I0wh6UNvl6:2005/05/21(土) 23:55:28 ID:Hw7b583Y
(体の中に恐怖はないといえば嘘になる。相手の殺気は尋常ではない)
 だが彼、ヒースロゥ=クリストフも幾多の死線を潜り抜けてきた猛者であった。
 その殺気に負けない闘気を身に纏うことで、僅かながら残っていた恐怖を完全に断ち切る。
 相手までの距離は8m、いつでも飛び込める距離だ。
(仕掛けるか否か、できるなら話し合いで解決したいとこだが……)
 判断に迷っていると相手から声が掛かる。
「どうした、こないのか? ……こないならこちらからいかせてもらうぞ」
 ビュッという音とともにヒースロゥの頬が切れた。
 射程距離ギリギリで空間を断ち、それに付随して生じる
カマイタチを飛ばしたのだが、そんな事彼が知るはずもない。
(風の呪文か? これはあくまで牽制、狙いは別と見るべきだな……しかし)
 傷は2つ3つと増えていく。
 1つ1つにほとんどダメージは無いにしても、行動しなければこのままなぶり殺しだ。
(このままではじり貧となる――罠だと分かっていてもいくしかない!)
 心を固め、気合を込める。
「ハァアアア!!」
 いったん攻撃のラインから外れるため、横に飛ぶ。そして、一気に相手との距離を詰める!
 スピード、タイミング、共に十分すぎる。相手のけん制によって生じていた隙を完璧に突いた攻撃だった。
 だがその攻撃が相手に当たる直前、確かにあった筈のその隙が―――消えた。

「何!?」

 そんな気がしただけだ。だけなのだが、彼の本能は全力で攻撃を中止することを求める。
 本能に従い、剣を引き距離を取る。何が起こったのか、その木刀は柄から先が無かった。
 どうやら従って正解だったようだ。
 もし突っ込んでいたら、彼の体はこの木刀と同じ運命を辿っていただろう。
 ヒースロゥと対照的に、フォルテッシモの顔は余裕に満ちている。
「ほう、鼻先一つ掠らなかったか。やつはこれで片目を潰したんだが」
 満足そうにうんうんと頷く、どうやらヒースロゥは合格点をもらえたらしい。
 だがそれは決して、良いことではない。


(どういうことだ? やつの攻撃が見えなかった)
 相手の攻撃に全く検討がつかないまま、落ちていた鉄パイプを持ち再び身構える。
 何がおもしろいのか、相手がいきなり笑い出した。
「何がおかしい?」
 苛立ちの顔でヒースロゥは尋ねる。
「クックック…いやなに、おまえの行動がある男とそっくりでな。
 ……そういえば名前を聞いてなかったな。
 なんならその男と同じく、名付けてやってもいいが?」
 完全にからかっている声だった。
「……ヒースロゥ=クリストフだ。」
 ヒースロゥはわけが分からない。
 だがとりあえず、初対面の男に名付けられるのは御免だ。
「ほう、なかなか垢抜けた名前だな。
 俺の名はフォルテッシモ、呼びづらいならリィ舞阪とでも呼ぶといい」
(フォルテッシモ? ……音楽記号だったか?)
 意味も無く考えてしまった。
 音楽は趣味ではないが、それくらいは覚えているらしい。
 仕様もないことを考えてる自分に軽く苦笑するヒースロゥ、まだ余裕はあるらしい。
 だがフォルテッシモの次の台詞が、彼からさらに余裕を奪っていく。
「さて、俺の能力だが――見るやつから見れば、世界は無数の罅割れで覆いつくされている。
 そして、俺はそいつを広げられる、といったところだ」
 こんな風にな。と言うと、フォルテッシモは軽く手を振った。
 すると、彼がさっきまで座っていた鉄骨が一部分だけ、刳り貫かれて落ちた。
 その断面はさながら鏡のようにヒースロゥの姿を映し出す。
 世界一の剣士とも言われるヒースロゥの剣技を持ってしても不可能な芸当だった。
「なかなか便利なもんだろ」
 せせら笑うようにフォルテッシモは言った。
「さて、おまえはどんなものを持ってるんだ? 言いたくないなら無理にとは言わないが。」
 言葉とは裏腹に興味津々である。

292最強は風の中に稲妻を見る 校正案 その3 ◆I0wh6UNvl6:2005/05/21(土) 23:56:13 ID:Hw7b583Y
「貴様のようなものならば、持ち合わせてはいない」
 ヒースロゥはその問いに素直に答えた。
「ほう……なんの能力も持たず、俺の攻撃をかわしたのか?」
 意外そうな顔をする、それほどまでの相手には彼は出会ったことがなかった。
「そんなもの、感覚を研ぎ澄ませれば自然とわかる」
 だが、実際のところはただ体が自動的に動いただけで、もう一度かわせるかは微妙なところだ。
 フォルテッシモはゆっくりと歩き始める。
 彼の攻撃の間合いまで、あと3歩程の距離だった。

「そういうものなのか?」
 あっさりとフォルテッシモは信じた。嘘が得意なタイプでもあるまい。
 ヒースロゥはその場を動かない。まだ飛び出すには早い。

 ――残り2歩

「そういうものだ」
 フォルテッシモは歩みを止める気配を見せない。
 対してヒースロゥは今にも動き出さんとする衝動を抑える。

 ――あと1歩

(まだだ……まだ飛び出すには早い)
「そうか――」

 踏み出された瞬間、ヒースロゥの周りの空気が、さらに重くなった。
(来る!)

「――なら、こいつはどうだ!?」

 射程距離に入ったと同時、ヒースロゥのいた場所が弾け飛んでいる。
 しかし、そこに彼の姿はない。2度目もかろうじてだが成功した。
 前と同じように横に跳ぶ。
「せいっ!」
 手に持っていた木刀の柄を投げつける。ダメージを与えるには充分なスピードを出している。
 しかし、この攻撃の狙いは無論、敵にダメージを当てるためではない。
 ただ突っ込むだけでは次こそ木刀と同じ運命を辿ることになる。ヒースロゥはそう考えたのだ。
「ふん」
 と、フォルテッシモが目の前で柄を砕いた。
 砕かれた破片は目眩ましとなり、一瞬視界ではあるが視界が奪われる。
 木片がその効果を失った時、ヒースロゥの姿は視界から消えている。
(もらったぞ!)
 視界が塞がれていた、あの一瞬の間に真後ろに回りこんだヒースロゥ、
躊躇いなくフォルテッシモの背後から、鉄パイプを降り下ろす!
 今度こそ、完全に決まったはず―――しかし、またしても攻撃は失敗に終わった。

293最強は風の中に稲妻を見る 校正案 その4 ◆I0wh6UNvl6:2005/05/21(土) 23:57:09 ID:Hw7b583Y
「甘いな」
 振り向きもせずニヤリと笑うのはフォルテッシモ。 背後にまで罅割れを広げ、壁を作ったのだ。
 油断することを知らないその体は、彼に一分の隙も作らせない。
 全てを遮断するその壁は、ヒースロゥの渾身の一撃をも楽に受け止める。
 そして、彼が指を軽く動かすと同時に鉄パイプは砕け、ヒースロゥは吹っ飛ばされ鉄骨に激突する。
「ガハッ!」
 たたき付けられた衝撃でくぐもった声が漏れる。
「お前の負けだ」
 目の前に、威風堂々と最強が立ち塞がる。
 ヒースロゥは殺されるだろうと思い、覚悟を決めた―――

「くたばるにはまだ早い。
 ――お前には見込みがある。あの男と同じように、俺の敵になる見込みが」
 フォルテッシモの言葉に、ヒースロゥは唖然となった。
「おまえは、まだあるものにあっていない。その殻を破る前に死んでしまうにはあまりに惜しい」
 フォルテッシモは言葉を続ける。
 その言葉の真意に気づくと、ヒースロゥは激怒した。
「貴様……俺に生恥をさらせというのか!?」
 それは彼にとって屈辱に他ならなかった。
 フォルテッシモは無視してさらに続ける。
「おまえはあるものを探せ。そいつは、十字架のペンダントの形をしている。
 それを手に入れ、そして再びあったとき、今度こそ望み通り、息の根を止めてやろう」
 言葉を伝えた後、最強は風に背を向け歩き出す。
 その顔にはこれ以上ないほど凶暴な笑みが貼りついていた。
(あの男、いわばもう一人のイナズマといったところか……楽しみにしてるぞ)
 彼は天を仰ぐ、朝日の輝きが顔に当たる。
 しかし彼はその輝きに対しても不敵な笑みを浮かべた。
 それはまるで、その中にいる神に向かって『なかなか洒落た贈り物だ――』
と、感謝しているようだった。


 それに対しヒースロゥは激怒した。
 情けをかけた敵に対し、そして何よりも、弱い自分に対し。
 その心に広がる感情はその昔、似たような場所であの敵に出会った、ある男によく似ていた。


 再び彼らが出会う場所、それは宿命のみが知る……

294魔界医師の思考遊戯(1/3) ◆3LcF9KyPfA:2005/05/22(日) 22:48:13 ID:IUdB/xsA
「……ふむ」
 魔界医師はそう呟くと、終、志摩子へ視線を巡らし、次いで自分の腕に目を落とす。
 先程の対話の後、志摩子が辛そうにうつらうつらとしていた為、眠るように勧めると、すぐに寝息を立ててしまっていた。
 終も同様に、本人曰く「竜化は疲れる」とのことで、カーラに無茶をされた所為もあってか志摩子が眠りにつくとすぐに倒れてしまう。
 それでも、志摩子より先に眠ってしまわないあたり、大した精神力と言えた。或いは、心がけが徹底しているのか。
「さて……では“実験”を開始してみるとするか」
 こんな状況でも知識欲を失わないあたり、流石は魔界医師、といったところであろうか。

 “実験”を始めたメフィストは、左腕の袖を捲ると、おもむろに右手の指をその腕に突き刺す。
 ぬぷり、というなんとも言えない音と共に、その指が腕にめり込んでいく。
 ――心霊医術。一般にそう呼ばれる、霊的治療術。
「……む?」
 数秒程も指を動かすと、メフィストがなんとも言えない奇妙な表情になる。
 敢えて言うならば、白米だと思って噛み潰したら苦虫だった、というところであろうか?
 奇妙な表情もつかの間、またすぐに無表情へと戻ると、魔界医師には似つかわしくない溜息のような吐息を漏らす。
「これでは、いかんな」
 視線の先は、今し方“実験”を行っていた自分の腕。
 そこには、指を潜り込ませていたのときっかり同じ場所に五つ、小さな痕が残っていた。
「自らの身体でも、これか。他人相手の場合、苦痛を与えてしまうかもしれんな……
 最悪、無用に傷を付けてしまうかもしれん。これでは、治療に使うことは諦めるか」
 治療に完璧を求める魔界医師としての美意識が、普段とは似ても似つかない無様な業(わざ)を許容しない。
 メフィストは、それを封印することに決めた。

295魔界医師の思考遊戯(2/3) ◆3LcF9KyPfA:2005/05/22(日) 22:48:55 ID:IUdB/xsA
「次は……」
 言い、立ち上がると、舞踏でも踊るかのように動き出す。時に、ゆっくりと。時に、激しく。
 衣擦れの音以外、足音を立てることがないのは流石、と言うべきだろうか。
 しかし、メフィストはやはり――
「…………これも、いかんな」
 どうにも奇妙な表情を作る。
 “気”を応用して、身体の操作能力を上昇させることが出来ないのだ。
 指先等、一箇所に集中すればできないこともないが、それでも先程の様に不完全なものにしかならない。
「では、最後に……」
 メフィストは、“気”を掌に集中させていく。いや、ここは解り易く差別化して、氣と表現した方がいいだろうか。
 シュッ、という音と共に、メフィストの右手が、手刀の形に振られる。
 肌をチリチリと焦がすような見えない圧力が走ると、木陰の落ち葉を散らす。
 ――が、散らしただけ。圧力の中心にあった葉は四散したが、その周囲の葉は散っただけで終わってしまう。
「やはり駄目か」
 そう言って、メフィストは元居た場所に座り込む。「まぁいい」と呟くと、今度は思考に没頭する。
 確定事項、推理事項、断片的な情報、僅かな関連性。
 あらゆるピースをあらゆる角度で結びつけ、論理的な事実から単なるこじつけまで、無数の可能性を組み立てていく。
「知識、知性までは制限を設けなかった所を見ると、魔法的な概念しか制限できていないのか? それとも……」
 魔界医師の思考遊戯は、二人の寝起きまで止むことはない。

【C-4/一日目/13:00】

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

296魔界医師の思考遊戯(3/3) ◆3LcF9KyPfA:2005/05/22(日) 22:50:03 ID:IUdB/xsA
【Dr メフィスト】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品入り)、
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【竜堂終】
[状態]:健康 
[装備]:ブルードザオガー(吸血鬼)
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し、祐巳を助ける

(共通目的、祐巳を探しつつ悠二と火乃香も探す)

297Walking with the decision◇7Xmruv2jXQ:2005/05/23(月) 00:27:27 ID:MK/bu.h6
(なにをやってるのかしらね、私は……)
 心が暗く沈んでいくのを自覚しながら、パイフウはその長い髪を掻き分けた。
 黒髪が水のように空を滑る。
 ただそれだけの動作が絵になるほど、彼女の美貌は際立っていた。
 もっとも、唯一のギャラリーは見惚れるような迂闊さとは無縁だったが。
 パイフウの物憂げな黒瞳が自身の手元を注視する。
 117人の名前が連なった名簿。
 その内の36個は斜線が引かれ、この世界から削り取られている。
 パイフウ自身が削った名前は――彼女の認識とは一人分違い――わずかに二つ。
 彼女の背景を考えるなら、間違いなく少ないといえる。
(……歯車が狂ってる。重症ね)
 パイフウは静かに認めた。
 森では素人と大差ない二人相手に骨を折られ、逃亡し、どちらか片方さえ殺せなかった。
 少女の催眠術に手を焼いたのは確かだが、普段なら少女の接近にわけなく気づいたはずだ。
 少年とあわせて、瞬きする間に殺せる程度の障害。
 それを越えられなかった理由はなにか。
(技が鈍っている以前の問題。今の私じゃ素人ですら殺せない。
 ……そんな私がこの男を相手にしたら、一分と持たないでしょうね)
 黒衣の騎士は堰月刀を握ったまま、黙して地面を見ている。
 休んでいるようでその実隙がない。
 こちらが動けば刹那の間に対応するだろう。
 さらには、地下に行けばこの男の主とやらがいる。
 思い出すだけで背筋が冷たくなるあの威圧感。
 見えざる棘のように肌を、肉を刺し貫く鋭利な冷気。
 心臓を鷲づかみにされたような感触がパイフウに警鐘を鳴らしている。
 地下にいる化け物に、関わるべきではないと。
 もちろん自分から関わる気はなかったが……
「そんなことを気にする時点で、らしくないんでしょうね」
 空気に溶けるほど淡く、パイフウは自嘲の笑みを浮かべた。

298Walking with the decision◇7Xmruv2jXQ:2005/05/23(月) 00:28:16 ID:MK/bu.h6
 
 会話すらなく教会内で時間が過ぎる。
 大雑把に推測して、放送から一時間といったところか。
 左の鎖骨はいまだに繋がらない。
 もともとそう簡単に治るものでもないが、治癒が遅いと感じるのも事実だった。
(気が弱まってるのかしら)
 ヒーリングにはいつもと同じだけの厚みを持った気を練っている。
 それにも関わらず、作用する効果自体は弱まっているようだった。
(こういった違和感の積み重なりが歯車を狂わせている。
 気がつかないうちに、他の身体能力も下がっていたのかもしれない)
 この島に来てからの戦闘を回想する。
 軟派な金髪の男は動けないところを蜂の巣にしたので除外。
 城での乱戦、住宅街での奇襲、森での遭遇戦。
 なるほど。
 あらためて考えてみれば、普段の自分と比べて動きがわずかにずれている……ような気がする。
 まあ、とっかかりになればなんでもいい。
 パイフウは一つうなずくと、自身の能力を下方修正して思考を打ち切った。
 後は骨折が治るまでやることがない。
 黒衣の男と地下を含め、周囲への警戒は怠らないが。
  
 ステンドグラスをくぐった陽光が、柔らかくパイフウを包んでいた。
 その光の暖かさは、彼女の職場たる保健室で感じるそれに似ている。
(エンポリウム、か。あの子ならどうするのかしらね)
 家ともいえる街を人質に取られて、殺人を強要されたとしたら。
 火乃香がどうするか、パイフウにはわからなかった。
 エンポリウムを見捨てられるとも思えなかったし、マーダーとして暗躍するとも思えなかった。
 ディートリッヒらを倒そうとするのが一番ありえそうではあるが、現状では不可能だ。

299Walking with the decision◇7Xmruv2jXQ:2005/05/23(月) 00:29:03 ID:MK/bu.h6
 パイフウの視線が自身の左手に注がれる。
 殺し合いにおいて致命的なハンデを負った左腕。
 動かそうとして生じた激痛に眉一つ動かさずに耐え、パイフウは胸中で苦笑した。
(やっぱりあの子に汚れ役をやらせるわけにはいかないわ)
 そもそもディートリッヒが約束を守るかも怪しいが、そこは相手を信用するしかない。
 自分を見限ったディートリッヒが火乃香に接触することだけは、絶対に避けたかった。
 なんせまだ三人しか殺していないのだ。
 残念ながらこれ以上休んでいる時間はないだろう。
 不安要素を残したまま、パイフウは行動を決意した。

「行くわ」
「そうか」
 唐突なパイフウの台詞に、黒衣の騎士は短く答えた。
 パイフウの肩が完治していないのは見抜いているだろうが、特に言及してくることはない。
 アシュラムにとっては主の眠りさえ妨げなければどうでもいいのだろう。
 パイフウは長い黒髪を手でかきあげると、入り口に向けて歩き出す。
 いまだ肩は治っていないので、ウェポン・システムを右手で扱えるようホルスターはずらした。
 一流を相手に格闘戦はつらいかもしれないが、早撃ちと組み合わせれば切り抜けられるだろう。
(ディートリッヒは気に入らないけれど……仕方ないわ。尻尾を出すまで待ちましょう)
 もう余計なことを考える必要はない。
 主催者も参加者も関係なく、一人を除いた、この島にある全ての命をただ摘み取ろう。
 最高性能の殺人機械として。
 文字通りの“生き人形”として。
 いつもどおり無感情に、この世界を俯瞰するだけだ。
 淡い陽光の中扉に手をかけて、美しき死神は笑いもせずに囁いた。

「次に会うときは、あなたの主も含めて殺すわ」
 
 アシュラムは動じず、沈黙を保った。
 パイフウは揺るがず、扉をくぐった。
 教会が、再び静寂に沈んだ。

300Walking with the decision◇7Xmruv2jXQ:2005/05/23(月) 00:29:48 ID:MK/bu.h6
【D-6/教会/1日目・13:10】

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具];冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る


【パイフウ】
[状態]左鎖骨骨折(多少回復・処置中断)
[装備]ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス
[道具]デイバック(支給品)×2
[思考]1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す

301魔界医師の思考遊戯ver2(1/3) ◆3LcF9KyPfA:2005/05/23(月) 00:45:25 ID:IUdB/xsA
「……ふむ」
 魔界医師はそう呟くと、終、志摩子へ視線を巡らし、次いで自分の腕に目を落とす。
 先程の対話の後、志摩子が辛そうにうつらうつらとしていた為、眠るように勧めると、すぐに寝息を立ててしまっていた。
 終も同様に、本人曰く「竜化は疲れる」とのことで、カーラに無茶をされた所為もあってか志摩子が眠りにつくとすぐに倒れてしまう。
 それでも、志摩子より先に眠ってしまわないあたり、大した精神力と言えた。或いは、心がけが徹底しているのか。
「さて……では“実験”を開始してみるとするか」
 こんな状況でも知識欲を失わないあたり、流石は魔界医師、といったところであろうか。

 “実験”を始めたメフィストは左腕の袖を捲ると、おもむろに右手の指をその腕に突き刺す。
 ぬぷり、というなんとも言えない音と共に、その指が腕にめり込んでいく。
 ――心霊医術。一般にそう呼ばれる、霊的治療術。
 患部に直接指で触れ、器具無しに完治させてしまうそれは、しかし……
「……む?」
 数秒程も指を動かすと、メフィストがなんとも言えない奇妙な表情になる。
 敢えて言うならば、白米だと思って噛み潰したら苦虫だった、という感じだろうか?
 奇妙な表情もつかの間、またすぐに無表情へと戻ると、魔界医師には似つかわしくない溜息のような吐息を漏らす。
「これでは、いかんな」
 視線の先は、今し方“実験”を行っていた自分の腕。
 そこには、指を潜り込ませていたのときっかり同じ場所に五つ、小さな痕が残っていた。
「自らの身体でも、これか。他人相手の場合、苦痛を与えてしまうかもしれんな……
 最悪、無用に傷を付けてしまうかもしれん。これでは、治療に使うことは諦めるか」
 治療に完璧を求める魔界医師としての美意識が、普段とは似ても似つかない無様な業(わざ)を許容しない。
 メフィストは、それを封印することに決めた。
「恐らくは、私の“声”も同じか」
 メフィストの、声。魔界医師の、声。言霊によって相手の精神に絶対的な安らぎを与える技術も、不思議な制限の対象になっているに違いない、と推測する。
 ましてや他人の精神を縛るなど、以ての外だろう。

302魔界医師の思考遊戯ver2(2/3) ◆3LcF9KyPfA:2005/05/23(月) 00:46:09 ID:IUdB/xsA
「次は……」
 言い、立ち上がると、舞踏でも踊るかのように動き出す。時に、ゆっくりと。時に、激しく。
 衣擦れの音以外、足音を立てることがないのは流石、と言うべきか。
 しかし、メフィストはやはり――
「…………これも、いかんな」
 どうにも奇妙な表情を作る。
 “気”を応用して、身体の操作能力を上昇させることが出来ないのだ。
 指先等、一箇所に集中すればできないこともないが、それでも先程の様に不完全なものにしかならない。
 恐らく戦闘ともなれば、集中する時間も取れずに己の筋力のみで闘うことになる。
 しかし、メフィストは気にもしていないのか、更に“実験”を続ける。
「では、最後に……」
 メフィストは“気”を掌に集中させていく。
 シュッ、という音と共に、メフィストの右手が、手刀の形に振られる。
 肌をチリチリと焦がすような見えない圧力が走ると、木陰の落ち葉を散らす。
 ――が、散らしただけ。圧力の中心にあった葉は四散したが、その周囲の葉は風圧に散っただけで終わってしまう。
「やはり駄目か」
 そう言って、メフィストは元居た場所に座り込む。「まぁいい」と呟くと、今度は思考に没頭する。
 確定事項、推理事項、断片的な情報、僅かな関連性。
 あらゆるピースをあらゆる角度で結びつけ、論理的な事実から単なるこじつけまで、無数の可能性を組み立てていく。
「知識、知性までは制限を設けなかった所を見ると、魔法的な概念しか制限できていないのか?
 それとも、主催者に都合の悪い記憶だけを狙って消す事が出来るというのか……?」
 口にはしてみるが、記憶に欠損は見つからない。今までに書物で仕入れた知識は全て頭に残っている。完璧だ。
「だが一応、せつらに出会うことがあれば記憶の確認をしてみるか」
 それを最後に、魔界医師は思考のパズルに没頭する。

 しかし、魔界医師は気付いていない。
 書物による知識が残っていても、それ以外から得た知識は一片たりとも残されていないことに。
 そして、「思い出せない」という意識すら覚えることなく消された記憶があることに。

 それでも魔界医師の思考遊戯は、二人の寝起きまで止むことはない。

303魔界医師の思考遊戯ver2(3/3) ◆3LcF9KyPfA:2005/05/23(月) 00:46:52 ID:IUdB/xsA
【C-4/一日目/13:00】

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

【Dr メフィスト】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品入り)、
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【竜堂終】
[状態]:健康 
[装備]:ブルードザオガー(吸血鬼)
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し、祐巳を助ける

(共通目的、祐巳を探しつつ悠二と火乃香も探す)

304真実と事実(1/6)◇1UKGMaw/Nc:2005/05/23(月) 00:56:03 ID:14CXvzZA
 目を覚ますと、木製の天井が映った。
(ああ……戻ってきたんだったわね)
 朦朧とする意識を引きずって、クリーオウと空目の待つ保健室へ辿り着いたところまでは覚えている。
 道中、他の参加者に出会わないかどうか気が気ではなかったが。
 毛布を被せて貰い、一言二言話をして……そこで安堵してしまったのか、どうやら私は気を失ったらしい。
 床に倒れていたはずだが、いつの間にかベッドに寝かされていた。
 身体の横に重みを感じる。涙でぐしゃぐしゃになった顔のクリーオウがしがみついていた。
 他に、サラとピロテースの姿が見える。彼女達も無事戻ってきたようだ。空目とせつらはどうしたのだろう。
「クリーオウ……」
 手を伸ばして頭を撫でてやる。
「クエロ! よかったぁ……気がついた……」
 泣き笑いの顔で安堵の声を漏らすクリーオウに、こちらも弱弱しく笑いかける。
 図らずも少し睡眠をとったというのに、身体の疲労は取れていなかった。
 ゼルガディスの出したあの青白い炎に触れてからだ。いまいましい。
 ……そう、彼――ゼルガディスのことをごまかさなくては。

「だから言ったろう。気を失っているだけだと」
「だ、だって……!」
 枕元にやってきたサラとクリーオウの会話。
 この調子では、私が気を失ったことでこの子は大騒ぎしていたに違いない。
「サラ、今の時刻は……?」
「12:10。今さっき、放送でゼルガディスの名が呼ばれた。……何があった?」
 ゼルガディスの名が出た瞬間に、服の裾を掴むクリーオウの手がびくっと震えた。
 ごめんねクリーオウ、恨むなら彼の用心深さと運の悪さを恨んでね。
「……ええ、話すわ」
 精一杯沈痛な表情を浮かべ、私は皆に『事の顛末』を語りだした。

305真実と事実(2/6)◇1UKGMaw/Nc:2005/05/23(月) 00:56:48 ID:14CXvzZA
 ――周辺エリアで、二人の参加者の死体を見つけたこと。
 その参加者の支給武器と思われる、"魔杖剣・贖罪者マグナス"を発見したこと。
 魔杖剣についてはマニュアルがあったことにした。今後、彼女達の前でこれを使う場面はきっとある。
 そして、元いた世界での敵――ガユスとの遭遇――

「なるほど、相手を騙し油断させて寝首を掻くのがその男のスタイルか」
「ええ、でもそれを知っている私がいたから……」

 ――友好的態度で接してきたガユスと連れの男――彼は緋崎と呼んでいた――は態度を豹変。
 私は緋崎の魔術を不意打ちで食らってしまい、今のこんな状態に――

「体内の精霊力に乱れがある……というより、酷く弱っているな。私も精神を磨耗させる精霊を呼べるが、それのさらに強力なものを受けたのだろう」
「そんな……それ、大丈夫なの?」
「しっかりと、まとまった時間の睡眠をとれば問題ないはずだ」

 ――戦闘が始まった。
 だが、私はほとんど前後不覚の状態で、実質二対一。
 ゼルガディスは私を足手まといと断じて逃げろと命じ、自身は私が逃げる時間を稼ぐためにそこに残った。
 そして、微かに聞こえた、彼の断末魔の声――

306真実と事実(3/6)◇1UKGMaw/Nc:2005/05/23(月) 00:57:34 ID:14CXvzZA
「ごめんなさい……私が、もっと注意を払っていれば……こんなことにはならなかったのに……!」
「クエロ……」
 嗚咽し、取り乱す私をクリーオウが抱きしめてくれる。
 声を出すと自分も泣き崩れそうなのだろう。身体が小刻みに震わせ、必死に声を殺しているのが分かった。
「――それは彼が自分で判断して取った行動の結果だ。あまり気に病まないことだね」
 扉を開けてせつらと空目が入ってきた。
 せつらはバケツを、空目はポットとトレイを携えている。載ってるのは……インスタントコーヒーの瓶?
「二人ともごくろう。……自分で探せと言っておいて言うのもなんだが、よく見つけたな。空目」
「職員用の給湯室で見つけた。ガス――火種も生きていた」
 サラが指示を出して持ってこさせたらしい。
 何に使うのかと思ったが、バケツになみなみと入ったお湯を見て、私の汚れを落とすためだと気づいた。
 転がって服の炎を消したり、ここへの道中幾度か転倒していたことで、かなり薄汚れてしまっているはず。
 ……というか、今気づいたけど下着姿じゃない。毛布で見えないけど。
「僥倖だな。さあ、男性陣は向こうを向いているのだ。こちらを向いたら同盟破棄とみなすのでそのつもりで」
「それは大変だ。お湯は水道水を暖めたものですが、よろしいんですね?」
「一応私が浄化する。そこに置け」
 ピロテースがなにやらよく分からない言葉を紡ぎながら湯に触れる。
 一瞬それを興味深そうに眺めて、せつらはおとなしく窓の外に視線を移した。

307真実と事実(4/6)◇1UKGMaw/Nc:2005/05/23(月) 00:58:41 ID:14CXvzZA
「――ギギナ? それも危険人物か」
「ええ。ガユスの仲間で、こっちは戦闘狂よ。……そういえば放送では?」
「呼ばれていない。容姿を詳しく教えてほしい」
 保健室に常備されていたタオルで身体を拭きつつ、私はサラの疑問に答える。
 汗と土で汚れた身体が綺麗になっていくのはやはり心地よい。
 擦り傷や軽い火傷もあったと思うが、それらはピロテースが治したらしい。
 もっとも、「精霊を呼ぶ際の消耗が普段より大きいので多用はできない」そうだが。
「はじめに危険人物のリストも作っておくべきだったか」
 ギギナの特徴をメモしたサラがそう漏らした。
 今回のはリストがあっても避けられなかったと思うけど、それには賛成。
 それに、魔杖剣は手に入ったし、邪魔な男も始末できた。
 結果オーライとはいえ、悪い展開ではなかったわ。私にとってはね。
「誰か他に危険人物に心当たりのある者はいないか?」
「……特定の個人としてではないが」
 サラの言葉に、そう前置きしてピロテースが口を開いた。
「実は、森でゼルガディスの探し人を見つけた。死体だったが」
「というと……つまり、アメリア・ウィル・テスラ・セイルーンか」
 サラが呟いた。その人も死んだということは、残る彼の知り合いはリナとか言う女性一人。
 精神的に強いかどうか分からないけど、下手をすると自棄になってゲームに乗りかねないわね。
 ピロテースがデイバッグから何かを取り出した。
 腕輪とアクセサリー。つまりは、アメリアの遺品だろう。
「そのアメリアの死因を探ってみたのだが、どうやら参加者の中にヴァンパイアがいるらしい」
 窓際で空目と缶詰談義をしていたせつらが反応した。
「詳しくはな……」
「同盟破棄」
「……振り向いてませんよ。詳しく話してくれませんか」

308真実と事実(5/6)◇1UKGMaw/Nc:2005/05/23(月) 00:59:48 ID:14CXvzZA
 せつらとピロテースの話を要約すると、こうだ。
 曰く、美姫という参加者がヴァンパイア――吸血鬼である。
 曰く、咬まれた対象はその眷属となり、血を求める危険な存在となる。
 曰く、アメリアには咬み跡があったにもかかわらず、眷属となってはいなかった。
 少ない情報だが、ここから導き出される結論は。
「アメリアを殺害したのは美姫ではない。他の吸血鬼か似たような存在が殺害した、ということか」
 美姫とその何者か。警戒すべき吸血鬼、もしくはそれに酷似したものが、最低でも二人以上いるということ。
 魔法、精霊、それに吸血鬼。本当に何でもありね、この世界は。
「ガユス、緋崎正介、ギギナ、美姫、謎の吸血鬼……最後のは容姿が分からないが、分かっている危険人物はこんなところか」
 サラがまとめつつコーヒーを差し出してくれた。
 礼を言って受け取り、一口飲む。……甘い。
 クリーオウはこれくらいが丁度いいのか、美味しそうに飲んでいる。
「糖分を摂取して眠るといい。起きたらまた行動開始だ」
「え、私は起きてるよ。皆が寝てる間、見張りを……」
「いいから寝るのだ。今のあなたに必要なのは休息だぞ、クリーオウ」
「それは皆のほう!」
 二人が口論しているうちに一気に飲み干し、ベッドに横たわる。
 疲れた身体と精神に暖かい飲み物とくれば、次に来るのは眠気だ。
 案の定、急激に眠くなってくる。
(悪いわね、ベッド一つ占領させてもらうわよ)
 言葉にするつもりだったが、それすらも億劫だ。
 心の中でだけそう言って、二人の声をBGMに私は意識を手放した。

309真実と事実(6/6)◇1UKGMaw/Nc:2005/05/23(月) 01:01:22 ID:14CXvzZA
【D-2/学校1階・保健室/1日目・12:25】
【魔界楽園のはぐれ罪人はMissing戦記】
共通行動:学校を放棄する時はチョークで外壁に印をつけて神社へ

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)
[思考]:みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい

【空目恭一】
[状態]: 健康。感染
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。《地獄天使号》の入ったデイバッグ(出た途端に大暴れ)
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。詠子と物語のことを皆に話す
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている

【クエロ・ラディーン】
[状態]: 疲労により睡眠中
[装備]: 毛布。魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾(残り4発)
[思考]: ゼルガディスを殺したことを隠し、ガユスに疑いを向ける。
    集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
    魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: 高位咒式弾の事を隠している

【サラ・バーリン】
[状態]: 健康
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、断罪者ヨルガ(柄のみ)
[道具]: 支給品二式、断罪者ヨルガの砕けた刀身、『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵
[思考]: 刻印の解除方法を捜す/まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。刻印はサラ一人では解除不能。
刻印が発動する瞬間とその結果を観測し、データに纏めた。

【秋せつら】
[状態]:健康
[装備]:強臓式拳銃『魔弾の射手』/鋼線(20メートル)
[道具]:支給品一式
[思考]:ピロテースをアシュラムに会わせる/刻印解除に関係する人物をサラに会わせる
依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]:せんべい詰め合わせは皆のお腹の中に消えました。刻印の機能を知りました。

【ピロテース】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)/アメリアの腕輪とアクセサリー
[思考]:アシュラムに会う/邪魔する者は殺す/再会後の行動はアシュラムに依存

310金棒を持つ鬼と地獄の仏との出会い(1/7) ◆eUaeu3dols:2005/05/24(火) 06:57:15 ID:8OL21RyU
サラとせつらが地下連絡通路から出ると、そこは城の地下室だった。
争いの様子が無い――そもそも人が居ない――事を確認し、慎重に調査を始めると、
しばらくして彼らは、僅かに漂う血の臭いに気づいた。
そして、その臭いの元となっている部屋を見つけ、踏み込んだ。
「――またも死体か」
開け放たれた扉からは鼻をつく濃厚な血の臭いが漂っている。
これが僅かにしか感じられなかったのは、単に距離が遠かったからにすぎない。
この部屋の中でなら、例え嗅覚が塞がっていても舌で血の味を感じるだろう。
「これは酷いな、殆ど抵抗できずに撃ち殺されている。
最初に足を撃たれ、その後に蜂の巣にされたようだ」
サラは、金髪の男の死体を見下ろしながら言う。
「死後硬直は殆ど完了している。8時間近く経っているな」
「ドッグタグが付いています。軍人さんかな? クルツ・ウェーバー、だそうだ」
「その名前なら、6時の放送の時に名前が有った」
淡々と会話をかわしながら検屍を終え、遺留品を纏める。
まずは廊下に落ちていた粉々になった謎のアンプル。
サラは匂いを嗅ぎ……心当たりを感じて一舐めすると、呑み込まずに吐いて、言った。
「揮発性の強い興奮剤だ。アンプルが割られた時に、対処無しにそれを吸い込めば、
動揺して冷静な判断がしづらくなるだろうな。戦闘か交渉に使われたのだろう」
次に、クルツ・ウェーバーの物と思われるデイパック。
水はこれ以上要らないとしても、パンはもらっておくに越した事は無い。
そして、最後に……
「さて。……なんだろうな、これは?」
おそらくはクルツの支給品と思われる奇妙な筒を手に取る。
「なんでしょうね。実験してみたらどうですか?」
「そうだな、そうしよう」
即決実行。サラは筒を壁に向けると、迷わずスイッチを押した。そして――

「これは良い物ですね。僕にピッタリだ」
――せつらの声に思わず喜色が混じった。
今、この超人は、この島で得うる支給品の中でも最高の物に出会ったのだ。
すなわちそれは、秋せつらにブギーポップのワイヤーである。

311金棒を持つ鬼と地獄の仏との出会い(2/7) ◆eUaeu3dols:2005/05/24(火) 06:58:04 ID:8OL21RyU
「やたらと物に恵まれてきたな、わたし達は。とんとん拍子が過ぎる」
「生きている人間にはとんと会えませんけどね」
一つ目の死体でのリサイクル。二つ目の死体の遺留品。
この二つの死体との出会いにより、彼らの装備は万全となった。
だが、裏を返せば、彼らはまだ死者にしか出会えていなかった。
「さっきの放送の者達も死んでいる公算が高いですし。物騒な事です」
11時になる少し前の、おそらくは何らかの支給品か、あるいは放送施設で行われた、
非戦の呼びかけ。それを遮った銃声。そして、悲鳴と断末魔。
それにより得られた情報も有ったが、同時にまた、(確定ではないが)人が死んだのだ。

「この調子で生者に会えなければ、人を捜そうにもどうしようもないな」
上級魔術師と魔界都市一の捜し屋が揃っても、人に会えずに捜し人を見つけるのは困難だ。
「この城、他にも人が居そうなんですけどねぇ」
「時間があれば念入りに調べるのだが」
時刻は11時を回った。
幾ら地下通路により安全且つ一直線の移動が出来るとはいえ、
そろそろ帰還を考えなければいけない時刻だ。
「この部屋を見たら最後にしよう」
扉を開いた。
その部屋は、またも血の臭いが漂っていた。
だが、そこには生者が居た。

312金棒を持つ鬼と地獄の仏との出会い(3/7) ◆eUaeu3dols:2005/05/24(火) 07:02:54 ID:8OL21RyU
彼は傷を負い、その上に意識を失っていた。
それは危機的状況だった。
もちろん、その状況自体が極めて危険な事は言うまでもないが、
それに加え、彼の倒れていたエリアは半日足らずでゆうに5回もの殺し合いが発生した、
いわばこの殺人ゲームの過密地と言えるとんでもないエリアだったからである。
その割に死者が2人に納まっている事はむしろ幸運だろう。
他に歩く死者が出入りしたり、普通なら死ぬ瀕死人が転がっているが、それはさておき。

そんな、とんでもなく危険で不幸中の僅かに幸運な場所で、
半日足らずで二回も意識を失った不幸な青年は、今回も生きたまま目覚める事が出来た。
正しく地獄に仏と言うべき事であった。
ただ、その目覚めは強烈な刺激臭を伴っていたが。

「〜〜〜〜っ!?」
ツーンと鼻に来る強烈な刺激臭に無理やり夢から引きずり起こされ、
思わず飛び起き――
その時、彼は確かに「カーン」という澄んだ音と共に星を見た
――もう一度石床に逆戻りし、頭を打ち付け呻き声を上げた。
(な、何ですか、一体!?)
必至に状況を把握しようと試みる。
今、どこで、ぼくは、どうなっている? 何が起きた?
しばらく目を瞬かせていると、徐々に目が慣れてきた。
……目の前には、一組の美しい男女が立っていた。

一人は息を呑む程に美しい青年。
彼自身、整った美形と甘いマスクで同性には疎まれる人間だったが、
目の前の青年はそれとは別、同性でさえ文句の付けようがない美形だった。
しかし、その表情は茫洋と緩んでおり、そのおかげでバランスが取れていた。
もう一人はそれよりは劣るが、整った容姿の女性。
綺麗な白い肌。黒い髪には艶があり、瞳は深く神秘的な色合いの藍色をしている。
その表情はまるで感情の見えない鉄面皮であり、
左手には刺激臭の根源らしき薬品の浸みた脱脂綿を。そして、右手には――

313金棒を持つ鬼と地獄の仏との出会い(4/7) ◆eUaeu3dols:2005/05/24(火) 07:03:43 ID:8OL21RyU
そして、右手には――フライパンが握られていた。
おそらくこれが、自分が起きあがり様に頭をぶつけた物の正体なのだろう。
(…………な、なぜ?)
その視線を受けて、彼女は「ああ、これか」とフライパンに目を落とした。
よく見ると、彼女の足下にはおたまも転がっていた。
「いや、地球という世界では、フライパンをおたまで叩いて熟睡者を起こすと読んで」
「それで、やってみようと?」
隣の青年が少し呆れた調子で尋ねると、彼女は大きく肯いた。
「この殺伐とした世界で円滑にコミュニケーションを取るには、場を和ませる必要が有る。
まず気付け薬で起こした後にフライパンをおたまで叩くつもりだったのだが……
急に起きあがってきて頭がぶつかりそうだったのでガードさせてもらった。いや、すまない」
この場にツッコミ人種――例えばダナティア皇女――が居れば全力で色々とツッコミを入れただろうが、
生憎とこの場には誰も居らず、無表情無感動鉄面皮な確信犯的ボケ役を止める者は居なかった。が。
「僕は古泉一樹と言います。誰かは知りませんが、初めまして」
「僕は秋せつらです。それにしても災難でしたね」
他2名、鮮やかなスルーに成功。
「わたしはサラ・バーリンだ。よろしく頼む」
元から冗談が滑る事に慣れているサラも、流れるように話に付いていく。
そういうわけで、この件はそういう事になった。

「ところで、あなたはアシュラムという人物に会った事は有りませんか?」
「アシュラムさん、ですか? 少なくとも名前を聞いた事は有りませんね」
「そうですか。外見は、黒い髪で……」
せつらはピロテースから聞いたアシュラムの外見を伝えたが、古泉はやはり首を振った。
「ではアメリアやリナ、オーフェン……あと、ダナティア殿下に会った事も無いだろうか?」
サラの言葉にも、古泉は首を振った。やはり、どれも知らない人物だった。
「お役に立てず、残念です。ところで僕の方からもお訊きしたいのですが……」
そして、古泉の捜し人もやはり、せつらもサラも知らなかった。
「出会ったら、あなたが捜していると伝えておきましょうか? 僕達は集団で人を捜している」
目の前の青年が危険人物でないという保証は無い。だから、言付けだけの提案をした。
それに対し、古泉は少し考えると、言った。
「……そうですね、お願いします。それと、『去年の雪山合宿のあの人の話』と伝えて下さい」

314金棒を持つ鬼と地獄の仏との出会い(5/7) ◆eUaeu3dols:2005/05/24(火) 07:04:29 ID:8OL21RyU
古泉の奇妙な言付けを預かると、去り際にサラはデイパック一つ分のパンを取りだした。
「血臭がする場所に有った物が混じっているが、どうか受け取って欲しい」
「はあ、これはどうも」
首を傾げながら受け取る。
薬品を染み込ませたとかそういった様子は無い。紛れもない、支給品のパンそのままだ。
「だけど、何故です?」
「荷物が思ったより多くなったので、やはり少し減らそうと思ったのだ」
判らないでもない理由だ。パンは重さこそ無いが、体積は有る。
「さて、わたし達はそろそろ戻らないといけないな」
「そうですね。それでは、僕達は行くとします。
そうそう、捜し人もまた僕達の仲間と言えます。貴方が敵対する事にならないと良いですね」
裏を返せば、捜し人と敵対すれば、彼らとも敵対する事になると釘を刺したわけだ。
「では、ごきげんよう。あと、自力で銃弾を摘出したのは見事な物だが、包帯はキチンと巻いた方が良い」
「はい、さようなら。……あの時は、余裕が有りませんでしたから」
苦笑しつつサラに返事を返した。我ながらよくやったものだ。
肩を見てみると、そこには……きっちりと巻いてある新しい包帯が見えた。
もしも彼が物を透視する事が出来たなら、その下の銃創まで縫合してあるのが見えただろう。
「これは……」
あなたがしてくれたのですか? そう言おうと振り返った時、二人は既に居なくなっていた。
(長門さんのように、何らかの手段で高速で移動する事が出来る人達なのか?)
少なくとも、ただ者ではないのだろう。
「敵に回したくはありませんね。さて、僕も行かないと……」
最初に動き出そうと決意した後、色々有った挙げ句に気絶したせいでかなり時間が経ってしまったが、
今度こそ長門有希を捜しに出なければならない。
怪我をした肩を庇いながら立ち上がると、古泉は歩き出した。

315金棒を持つ鬼と地獄の仏との出会い(6/7) ◆eUaeu3dols:2005/05/24(火) 07:07:40 ID:8OL21RyU
「今の時間は……11時40分か。この通路が無ければ帰りが間に合っていないな」
「だからこそ縫合までしたんでしょう? あの治療は10分以上も掛かりましたよ」
「すまない。医術は専門でない事が祟ったか」
サラの治療は特別遅かったわけではなく、むしろ開業医になれる程の手早さだったのだが、
世界最高――いや、ここに連れてこられた者達の元居た世界全ての歴史を全て掘り返しても、
一人とて居ないほどの超人的医者を親友に持つせつらから見れば、稚拙に映った事は否めない。
だから、流石に『そうでもない』等という言葉は掛けず、ただ歩き続けた。
しばらく、無言で歩き続ける。
所々に付けられた光量の低い照明に照らされ、薄暗い通路は延々と続いている。
時間として
「ところで、あのワイヤーの具合はどうだった?」
唐突にサラが訊いた。
「ああ、良い物でしたよ。ただ……少し頑張って洗わなければいけないでしょうが」
ワイヤーが有った場所が場所だ。
ワイヤーは入れ物である筒ごと、べっとりとクルツ・ウェーバーの血に沈んでいた。
他の武器ならいざ知らず、細く軽く鋭くしなやかで柔軟な金属ワイヤーはそうは行かない。
「帰ったら、化学室から金属を腐食させずに凝固した血液を溶かせる薬品を出してこよう。
水で薄めてバケツに入れて、部屋の隅において2〜3時間。それで使えるようになる」
「それじゃ、そうする事にします。どうもありがとうございます」
彼らは地下通路を歩き続けた。
帰還した時に仲間の一人の死を知らされ、更に数分後にそれが証明される事など知りもせず。

316金棒を持つ鬼と地獄の仏との出会い(7/7) ◆eUaeu3dols:2005/05/24(火) 07:08:40 ID:8OL21RyU
【G-4/城の地下・隠し連絡通路(学校へと移動中)/1日目・11:40】
【サラ・バーリン】
[状態]: 健康
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、断罪者ヨルガ(柄のみ)
[道具]: 支給品二式、断罪者ヨルガの砕けた刀身、『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵
[思考]: 刻印の解除方法を捜す/まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。刻印はサラ一人では解除不能。
刻印が発動する瞬間とその結果を観測し、データに纏めた。

【秋せつら】
[状態]:健康
[装備]:強臓式拳銃『魔弾の射手』/鋼線(20メートル)/ブギーポップのワイヤー
[道具]:支給品一式
[思考]:ピロテースをアシュラムに会わせる/刻印解除に関係する人物をサラに会わせる
    依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]:せんべい詰め合わせは皆のお腹の中に消えました。刻印の機能を知りました。
    ブギーポップのワイヤーは帰ったら洗浄液入りバケツに漬け込み、部屋の隅に置く。


【G-4/城の中/1日目・11:40】
【古泉一樹】
[状態]:左肩、右足に銃創(縫合し包帯が巻いてある)
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式) ペットボトルの水は満タン。パンは2人分。
[思考]:長門有希を探す

317ナッシング・ラスト(確かさと確かさでないもの) ◆rEooL6uk/I:2005/05/24(火) 17:44:48 ID:hNdeEao2
チサト ーあの青年が確かだと思うもの、彼の幸い、彼の真実。自分はそれを、奪う。
アストラ ー己が確かだと思いたかったもの、己の妻。殺人精霊はもう居ない。
そして彼女の対なるミズーもまたー

( ー俺にはまた 何も無い)
一歩、また一歩を踏みしめながらは、ウルペンはひたすらにその言葉を繰り返す。
信じるに足る物など何も無い世界。
帝都、契約、絶対殺人武器。
それらは風のようにすり抜けていき、手の中には何も残らなかった。
心の奥に虚しさだけが募る。
信じるに足るものなど何も…
「…いや、一つあるか」
思わず声が漏れ、唇が皮肉に歪む。
それでも歩みはとまらない。
   
   ー死ー
彼がもたらし、彼に訪れ、彼の真実を奪い去った事もある。死。
この世界において唯一信じるに足る、必ず果たされる約束、いや、契約。
かつて信じていた契約、己の不死を保証するそれとは違う。
「契約者」の死、彼はそれを目撃した。
また「契約者」であった自身の死、それもこともなげに訪れた。
しかし、その死によって証明された事もある。

318ナッシング・ラスト(確かさと確かさでないもの) ◆rEooL6uk/I:2005/05/24(火) 17:46:15 ID:hNdeEao2
『奪われないものなどなにもない』
それだけが、唯一絶対の真実。
(皮肉なものだな…。逆吊りの聖者には相応しい)
おそらく、それは絶望なのだろう。
規則性に欠けながらも途切れる事の無い歩調の中で自覚する。
俺は絶望しているのだーと。

唐突に、先ほどの青年の決然とした表情が浮かんだ。
信じるものがあるかと言う問いに、即座に答えたその表情。
ーー彼にも絶望を。
絶望した心中に生まれた願望ーチサトを殺し、彼から奪う。彼に絶望を教える事。
それは何か儀式めいた意味を持つように感じられた。
例え倒錯であったとしても構わない。
いや、あの青年だけでは飽き足らない。
参加者の全て。
絶望を知らない者の全て。
既に死したはずの自分と出会う生者の全て。
このゲームという名の殺しあいに否応無く飲み込まれた全てに。
思い知らせてやるのだ。死と喪失だけが人に約束された唯一のものだと。
そしてー やがては自身にも再び死が訪れるだろう。
だが、それまでに、果たしたい望みがある。チサトーそして…

319ナッシング・ラスト(確かさと確かさでないもの) ◆rEooL6uk/I:2005/05/24(火) 17:48:02 ID:hNdeEao2
「これで…」
自然と歩調が早まる。
確かなものはなにもない、それが答え。自分はそれを証明する。
「これで満足か、アマワァあああああ!」
いつしか彼の内、出血に喘ぐ男の内は外見も知らぬ女と異形の怪物の姿に占められつつあった。

やるべき事は決まっている。
チサトを殺し、全てを殺し、アマワに答えを突きつけるのだ!
この島のどこかにいるアマワに…

彼は歩みをとめないー

 『地図の空白が失われた時、怪物はどこにいくのだろう?』

【G−3/森の中/1日目・12:30】

『ウルペン』
【ウルペン】
[状態]:左腕が肩から焼き落ちている。行動に支障はない(気力で動いてます)
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式) 
[思考]:1)チサト(容姿知らず)の殺害。2)その他の参加者の殺害3。)アマワの捜索

320罠、そして……(1/7) ◆pTpn0IwZnc:2005/05/27(金) 04:13:15 ID:yl5Di1eM
 タイムリミットがあるからには、最大限に時間を有効利用する必要がある。
 自分の持てるあらゆる技能を駆使し、効率良く人を殺さねばならない。
「どこまで歩くんです?」
 横を歩くキノが訊く。
「あの森に着いたら小休止しつつ作戦を話す。引き続き警戒を緩めるな」 
 言われるまでもない、といったふうにキノは頷いた。
 
 森の中。二人は当面の安全を確保し、話を始める。
「おまえはトラップ作りは得意か?」
「……いえ」
 唐突な質問に、とりあえずは首を振っておく。
「そうか。ではおまえの役割は、適当な木を見つけその先端を尖らせる事だ。できる限り鋭利な槍を作れ。
そのナイフで支障があるようなら、こちらのサバイバルナイフを貸してやる」
「何をするつもりなんですか?」
 大方の想像はついたが、詳しく尋ねる。
「俺達だけではカバーできる範囲に限界がある。獲物を探しつつ罠を仕掛けていくのが効果的だ」
「なるほど。それで、どんな罠を?」

321罠、そして……(2/7) ◆pTpn0IwZnc:2005/05/27(金) 04:16:16 ID:yl5Di1eM
 小動物を捕獲するならば、スネアが最適だ。
 スネアとは、釣り糸・ワイヤ等で作った輪を、動物の首や足に引っかける罠である。
 だが、人間相手では効果が弱い。徒党を組んでいるとなるとなおさらだ。
 デッドフォール――餌を取った動物に上から重量物を落とす罠――は手間が掛かりすぎる。
 ならば、今回使う罠は。
「スピアトラップを仕掛ける。手早く生産でき、効果の高い罠だ」
 ジェスチャーを交え、宗介はその罠の詳細について説明し始めた。
 スピアトラップの構造は単純だ。
 先端を尖らせたスピアを、曲げられた枝等に固定する。
 獲物が餌を取ったり、ピンと張られた『ライン』に引っかかったりすると、
 即座に槍がその身体に突き刺さる、という罠である。
「――――以上だ。付け加えるならば、ベトナム戦争でベトコンが使った罠として有名でもある」
 と、宗介は説明を締めくくった。
 
「べとこんとかは良く分かりませんが……分かりました。それで、どこにその罠を仕掛けるつもりですか?」
「今の所、禁止エリアは南に集中している。南に居た参加者が北上する、もしくはしている可能性は高い。
さらにここ一帯の森林は島の中心部に当たり、水場もある。人の行き来は多いと推測できる。
以上の理由により、この辺りに広がる森林内で人が通りやすい箇所に、いくつかの罠を仕掛けるつもりだ」
 あの地下墓地に近い事もここに罠を仕掛ける理由の一つだったが、話す必要は無いので黙っておく。
「水を求めてやってきた人、見晴らしの良すぎる平原から避難して来た人にグサリ、という訳ですか」
「肯定だ」
 無感情なキノの声に、こちらも無感情な声が応える。
「質問等無ければ、早速作業を開始する」
「……ボクの作業には関係無いですけど、トラップに使うワイヤーとかはどうするつもりですか?」
 二人ともワイヤーや釣り糸のたぐいは持っていない。疑問に思ってキノが問うと、
「それには、これを使う」
 むっつり顔のまま表情を変えず、宗介はデイパックを指し示した。

322罠、そして……(3/7) ◆pTpn0IwZnc:2005/05/27(金) 04:19:52 ID:yl5Di1eM
 見つけた木の先端を削りつつ、横目で宗介を見遣る。
 彼は器用にデイパックを解体し、トラップ用の『ライン』を作っていた。
 確かにこのデイパックは頑丈だ。
 どんな支給品が入っていても耐え得るよう設計されているのだろうか。
 何の繊維を使っているのか分からないが、よっぽどの事が無ければ破れそうにない。
 この生地を使って獲物を引っかける『ライン』を作る。
 罠を看破されないよう細くかつ強靱なものを作らねばならないが、彼ならば可能だろう。
 
 何気なさを装って作業をしつつ、キノは足を進める。
 宗介にとって死角になる地点へと。
(この人は、危険だ)
 罠も作り慣れている。そして、戦い慣れている。おそらくは自分よりも。
 先程の戦闘では張り合えたが、次はどうだろうか。
 今はまだバレてはいないようだが、自分の性別が彼に知られたら?
 男女の力の差が目に見える形で現れる接近戦、それも武器を使えない状況での格闘戦に持ち込まれたら?
 その時点で自分の負けだ。
 いつどのように彼の気が変わるのかは分からないのだ。
 火力ではおそらくこちらが勝っているが、安心などとてもできない。
 いっそ、今の内に――
 
 地面に木を立て掛け、キノは片手で作業を続ける。
 先程までの風景と変わらないよう、シュッシュッと木を削る音もそのままに、
 もう片方の手で『銃』を用意。
 何気なく、本当に何気なく宗介に『銃』を向け――
 引き金を、引いた。

323罠、そして……(4/7) ◆pTpn0IwZnc:2005/05/27(金) 04:22:32 ID:yl5Di1eM
 木を削る様子がなかなかサマになっている。
 両手で作業を進めるキノを、宗介は目の端に映していた。
 一時的に同盟を結んだとはいえ、全く油断はできない。
 いつどちらとも寝首を掻かれるか分からない、砂のように脆い同盟関係なのだ。
 その同盟相手が作っている鋭い木の槍。
 それを凶器として使用するスピアトラップ。
 地下墓地の女のような化け物には効かないかもしれないが、並の人間がこの罠にかかればひとたまりも無い。 十中八九、命を落とすだろう。
 
 並の人間――
 かなめは、地下墓地に囚われている限り大丈夫だ。
 もっとも、あの女が約束を守るのかどうかという根本的な問題もある。
 あの女からかなめを奪還、もしくはあの女を斃す方法も考えておかねばならない。
 今の所は全く妙案が浮かばないのだが……。
 テッサは、ウィスパードの知識を扱えるとはいえ、宗介やクルツのようなサバイバル技能は無い。
 それどころか、何の障害物も無い道で突然すっ転ぶほどの運動音痴だ。
 もし彼女が単独で行動しているのなら、この罠に掛かる可能性は十二分にある。
 テッサの命を奪うかもしれない罠。
 テッサが罠に掛かっていたなら、自分はその首を切り取ってかなめを救いに行くのだろうか。
(それでも、俺は……)
 あの日あの時、<アーバレスト>の掌の上で。
 自分は確かに一方を選び、もう一方を見捨てた。
 最後の最後、このゲームで生き残って欲しいのは――
 
 刹那、懊悩する宗介をぞくりとした感覚が包む。
 戦場に生きる兵士だからこそ感じられるもの。
 だが、感覚に対する身体の反応が、一拍遅れた。
(間に合うかっ?)
 咄嗟に飛びずさるが、引き金は既に――

324罠、そして……(5/7) ◆pTpn0IwZnc:2005/05/27(金) 04:24:28 ID:yl5Di1eM
「……ぱぁん」
「……何のつもりだ」
 油断なくソーコムピストルを構え、宗介が誰何する。
 じとり、と冷や汗が背を伝った。
「何って、ちょっとした冗談じゃないですか」
 キノが楽しそうに言う。
 『銃』の形を模した指を宗介に向け、もう一度『ぱぁん』と指鉄砲を撃った。
「笑えない冗談だ。……次に紛らわしい真似をした場合は容赦無く撃つ」
 忌々しく吐き捨て、宗介は銃を下ろした。
「怖いなあ……」
 溜息を吐いて、キノは呟いた。
(やはり、この人は強敵だ。決定的な隙が出来るのを待つしかない)
(少年のような態をしているが、この男は危険だ。機を待ち片を付ける)
 二人が似た考えを抱いていたことは、互いに知るべくもなかった。

325罠、そして……(6/7) ◆pTpn0IwZnc:2005/05/27(金) 04:26:48 ID:yl5Di1eM
 ミッション開始より約58分が経過。
「時間だ。今完成した罠で最後にする」 
 森の中を短距離移動・罠設置を続ける間、幸か不幸か他の参加者には出会わなかった。
 じわじわとタイムリミットが近づく。
 焦りは失敗を生む。それを分かっている宗介は冷静さを維持しようと努める。
 そこへキノが、
「罠の設置も終わった事ですし、早いうちに人が密集してる場所を狙いませんか? 
ボクとあなたがいつまで共闘できるかも分かりませんし」
 抜け抜けと物騒な話を持ちかけた。
「同意する。では、作戦の詳細を検討しよう」
 情動の感じられない声で、宗介が答えた。
 時間が無い宗介にとって、それは願ってもいない提案だ。
 二人は互いの持つ情報を擦り合わせ、狙うべき場所を協議する。
 多くの人が集まっていそうな場所。二人での挟撃に適した場所。
 学校、海洋遊園地、商店街……。

「じゃあ、最初のターゲットは学校という事でいいですか?」
「肯定だ。距離もここから近い。……では、直ちに作戦を開始する」

 そして、二人の殺人者は学校へ――

326罠、そして……(7/7) ◆pTpn0IwZnc:2005/05/27(金) 04:27:47 ID:yl5Di1eM
【D-4/森の中/1日目/13:35】

【キノ】
[状態]:通常
[装備]:カノン(残弾無し)、師匠の形見のパチンコ、ショットガン、ショットガンの弾2発。
   :ヘイルストーム(出典:オーフェン、残り7発)、折りたたみナイフ
[道具]:支給品一式×4
[思考]:最後まで生き残る。 /行動を共にしつつも相良宗介を危険視している


【相良宗介】
[状態]:健康。
[装備]:ソーコムピストル、コンバットナイフ。
[道具]:荷物一式、弾薬。
[思考]:かなめを救う…必ず /行動を共にしつつもキノを危険視している

[備考]:D-5の湖周辺の森林内、人が通りそうな場所に罠(スピアトラップ)有り。数は不明。
    設置された時間は12:30〜13:30頃

327テスタメント  ◇MXjjRBLcoQ:2005/05/27(金) 17:48:22 ID:pBSSTsig
「うーん、どこから話したらいいかな」
 詠子は再び小首をかしげた。
「そうだね、まず向こう側について語ってくないかね。状況整理といこうじゃないか」
 長くなるよ、そう前置きして詠子は佐山に向き合った。
「うーん、向こうはね、ほんとはこっちと変わらないんだよ。見れば分かるんだけど、誰も見ること
 は出来ないからそれを理解できないの。居るのに無視されたら誰だって悲しいよね。だから彼らは
 いつも“こっち”に来たがっている。でもやっぱり皆はそれすらも理解できないの」
 悲しいね、つぶやきながら詠子は佐山に額を寄せた。
「じゃあ、見えないものと向き合ってもらうにはどうすればいいかな」
 楽しそうに、尋ねる。
「ふむ、何故だかデジャヴを感じる質問だね」
 佐山は腕組みをして、思考する。
 デジャヴ、とはいったものの、2−Gとは状況は全く異なる、そもそも立場も逆だ。
 こちらは交渉がしたいのに、相手にそれを理解してもらえない。
 対等とすら思われていない?
 違うな。佐山は思考をリセットする。2−Gと混合してはいけない。ケースが全く異なるのだ。
 そもそも我々は見えないものとどう向かい合ってきたか?
 見えない、未知のものに遭遇してまず我々がすることは何だ。
「仮定してもらう、ということかね」
 存在すると仮定する、理解できる理論として構築し、当てはめることで、人類は病原菌を、電波を、
過去や未来さえも可視してきた。
 佐山の目の前にある笑みが強くなる。

 11時30分、
 草原と森の境目で、其処に無いものを捉える少女は、枝に括り付けられているそれを見つけた。
 白い紙、びっしりときこまれた文字。彼女が好奇心のままに手に取ったそれは……

328テスタメント  ◇MXjjRBLcoQ:2005/05/27(金) 17:49:12 ID:pBSSTsig
「そう、それが物語。人は『そう言うもの』と想うことで、それが存在するかのように振舞うことが
 出来る。絆も血縁も社会も命も、そうやって人は仮定してきたんだよねえ。物語に触れれば人は彼
 らに触れることが出来る。向こうに行くことも出来る。向こう側に行くと、私みたいに魔女になれ
 るの。今まで見えなかったものが見えるようになる、世界が新しい方向へ広がる」
「君のように世界の背景が見えるようになると?」
 人類の革新だね、佐山はにこりともせずに笑う。
「んー、ちょっと違うかな? みんなが教えてくれるようになる、が一番近いと思う」
「ふむ、しかしそれは君の能力とは少し異なるようだがね」
「皆にそれぞれ物語、‘魂の歪み’があるからね、自分の物語に近いほうが理解しやすいもの」
 佐山はそこであごに手を当てる。一拍の間、
「それが私は‘裏返しの法典’というわけなのだね」
 詠子は笑みを絶やさない。顔はまだ近づいたままだ。
 会話のたびに、お互いの呼吸が頬をくすぐり前髪を揺らす。

 11時、
 ‘魔術師’は、仲間とともに道を行く。ディバックの中には黄ばんだ地図。その裏には……

「君の話から推測するに、君が今までばら撒いてきたのは、向こうに行くための物語ではないのかね。
 読めば向こうに行けるようになる。そして向こうでその人の物語に近しい突出を得ることになる」
 そして佐山も笑みを浮かべ、
「しかし君はこうも認めた、『コンタクトは友好なものではない』と。全ての者が歪みを抱えている
 わけではないだろう。いや、君のような能力者は異端といっても差し支えないことを考えると」
そして糾弾の言葉を告げる。
「耐えられないのだろう。ほとんどの者は向こう側で、あるいはそこにたどり着く前に、向こう側の
 犠牲になるのではないかね」
 詠子は静かに、ただ変わらぬ笑みを以ってその言葉を肯定する。
「それを目的に広めるとは。いやはや、詠子君も中々に大した悪役だよ。ハハハ、この腐れ外道が」
 言葉と同時に、鉛筆を持つ佐山の指が踊った。
『しかし同時に、一部の者は自身の物語にふさわしい突出を得る、中にはこの現状を打破し得る能力
 者が生まれる可能性がある。違うかね』
「だとしたら本物の悪役君はどうするのかな」
 沈黙。言葉のエアポケット。
 その間を縫うように、佐山は小さな、しかし確かに聞き覚えのある飛来音を耳にした。
 一瞬逸れそうになる視線。
 詠子はそっと両手を佐山の頬に。
 触れそうで触れない両手が、確かに佐山を詠子に縛る。

329テスタメント  ◇MXjjRBLcoQ:2005/05/27(金) 17:50:57 ID:pBSSTsig
 10時30分
 道に迷う、合わせ鏡の殺人鬼は、風に舞う一枚のメモを拾った。
 ただ短い一文が書かれたそれは……

「私が播いたのは『合わせ鏡の物語』4時44分、死んだ人の顔が鏡に写る、四次元の世界に引き込
 まれる。零時、今日と明日の入れ替わる時間、鏡は違う世界につながってる。二時、丑三つ刻、全
 ての境界があいまいになる時間、鏡に未来の自分の姿が見える、鏡と現実が入れ替わる。いろいろ
 なカタチがあるけれど。みんなが『違う世界』を望んでる。だから私は種を播いたの。鏡の向こう、
 違う世界にいけるように」
 詠子の言葉が、徐々に佐山を浸していく。
「私はみんなの‘望み’を叶えたあげたいだけ。そのために物語を広げるの」
 詠子は、もう一度佐山に尋ねる。
「だとしたら本物の悪役君はどうするのかな」
 見詰め合う二人。
 口元を引き結ぶ少年と、蕩けるような笑みを浮かべる少女。
 佐山はその端を歪めて、笑う。
 体をわずかに前倒しに。それは前髪がかすかに触れる距離。
「戯言だね」

 同時刻
 四人の少女は一路を北に。そして‘意識の底に触れる’少女はまた転ぶ。
 地面を這うその視線の先に、一枚のメモを見つけた。
 それは……

「詠子君、自分の行動に人を理由にしないことをお勧めする。それは腹の底を隠しています、と宣言
 しているようなものだよ。敢えてもう一度言おう、戯言だね」
 いいフレーズだ。自身の冴えに、佐山は確固たる自己を確認する。
「ああ、気にすることはないよ、詠子君。悪役に本音を隠して相対するのは魔女の宿命だが、それを
 見抜かれるのもまた宿命だ。何、私は役割を弁えているのでね。安心して嘘を吐くがいい、ことご
 とく見破って差し上げよう」
 詠子は、ほぅ、と溜息を吐く。二人の前髪がかすかに揺れた。
「本当に君はすごいね。魔女の言葉に耳を傾けて、それでもなお自分を保てるなんて」
「なに、相手の欲するところを悟るのも交渉のうちと言うことだよ」
 触れ合う前髪の心地よさに目を細め、佐山は魔女と『交渉』する。
「契約書だ、これでいかがかね」
『魔女が悪役にその瞳を差し出し、世界の脱出に協力するなら……』
 佐山は一息に書き連ねた。
『悪役は魔女に、この世界の物語をお見せしよう』

330テスタメント  ◇MXjjRBLcoQ:2005/05/27(金) 17:52:04 ID:pBSSTsig
 そして13時
 罠を拵える番犬は、木に刻まれた一文を認めた。
 それは……

 互いの額が触れ合う、唇が触れ合いそうなその距離で、詠子はくすくす、その喉をならす。
「魔女は悪役にすっかり誑かされちゃったからね」
 その目を瞑って、おかしそうに笑う。
「契約だよ、君は私にこの世界の物語を見せる。その代わり……」
 鉛筆を握る佐山の手、そこに自分の手を重ねた。
「私は君に猫の瞳と魂を預ける」
 唇の距離がゼロになる。
 佐山は口内に侵入してくる舌に自分のそれを絡ませた。
 唾液に混じるかすかな血の味。詠子の吐息とともに、飲み込んだ。

 7時50分
 世界の一部である少女はその超聴覚に唄をとらえる。
 それは魔女の夜会の招待状。

【C-6/小市街/1日目・12:15】

『Missing Chronicle』
【佐山御言】
[状態]:精神的打撃(親族の話に加え、新庄の話で狭心症が起こる可能性あり)
    異障親和性覚醒、詠子に感染
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:1.風見、出雲と合流。2.詠子の能力を最大限に利用。3.地下が気になる。
【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)
[思考]:1.佐山に異界を見せる(佐山がどう覚醒するかは不明)
    2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に。

331オルタナティブ・レッド(異なる赤):2005/05/27(金) 23:02:09 ID:mhhsWZag
フリウ・ハリスコーは歩く。
すでにその細い足の先は棒になり。
すでにその小さな手の先は枝になっている。
何も動く気がせず。
何も動かせる気もしない。
それでも足は止まらない。止められない。止まってくれない。
フリウ・ハリスコーは歩き続ける。
その目は乾き睡眠を要求し。
その耳は赤く静寂を渇望する。
何も見る気はせず。
何も聞ける気もしない。
ただ歩き、ふらつき、蠢き、息を切らす。
手足は森の木で擦りむき。
腕はちりちりと痛み。
脇腹はきりきりと傷み。
頭はずきずきと悼む。
「はっは……は…っは」
息が荒くなってきた。苦しい。
休めるところ──そもそもこの狂った所にそんな場所があるのかはともかく──を探そうとする。
目の前には巨大な──建物があった。
地図を見る。
ここは、よく分からないがB-3かC-4の建物だろうと検討をつけた。
そんなに歩けた自分に驚いた。中に入って休憩しようと思う。
はっとし、瞼を閉じかけている自分に気がついた。
「……まだ、駄目。もうちょっと……目立たないところに」
入り口らしきところから入り込む。

332オルタナティブ・レッド(異なる赤):2005/05/27(金) 23:03:24 ID:mhhsWZag
「誰も、いない……よね」
緊張からか、息が大きい。必死で息を止めようとする。
気のせいか息をするたびに苦しくなっていく。
床に倒れこもうとすると、赤くて長い髪を見つけた。
「っ……!」
一本。
その赤い髪は否応無くミズー・ビアンカを連想させた。
あの人──正確に言うとあの人の死体──は。
あの女性──正確に言うとあの女性の死体──は。
ここに在るの…?
にじみ出る涙をこらえて立ち上がった。
その乾いた目はどうにか赤い髪の毛を確認した。
その赤い耳も辛うじて奥から聞こえる話し声を捕らえた。
その枝のように細い腕は少女を立ち上がらせた。
その棒になった足もなぜか勢いよく走り出した。

奥のドア。
運良く隙間が少し空いてたことに感謝しながら覗き込もうとする。
「は…っは…ぜっ…」
息が大きい。黙れ。お願いだから。
隙間を覗き込んで──中を見る。
がたんっ!
「っきゃ……!」
「おいおいどこの素人鼠さんかと思ったら……可愛らしい女の子じゃねぇか」
ドアを──体重を掛けていたドアを──引っ張られ、転倒した。
見上げるとそこには背の高い。片手に子犬を抱いた。
赤いスーツに赤い──とても紅い髪をした女性が立っていた。

333オルタナティブ・レッド(異なる赤):2005/05/27(金) 23:04:28 ID:mhhsWZag
「そうだねアイザック!」
若い男女がこちらに言ってくる。それをもはや聞ける状態じゃなかった。
息が。息が。息が。
苦しい。苦しい。苦しい。
それでも声をひねり出した。
「ミズーじゃ…無かった……」
再び涙がこぼれ。目の前はぐしゃぐしゃになり。
再び足は崩れ。頭の中はぐしゃぐしゃになり。
そして気を失った。


「お、おい! 少女! どうした!? いきなり倒れるな! リアクションに困るぞっ。
 <世界の中心で愛を叫ぶ、ただしボーイズラブ>みたいなっ!」
「ちょっと潤さん! その娘、すごい息が荒いですよ!」
「見てアイザック!腕も火傷してるよ!」
「大変だグリーン!」
「…デシ!」
「うるせぇてめぇら!」
とりあえず少女を仰向けにして容態を見てみる。
息が速く浅い。これが一番やばそうだ。
これは、過呼吸…ぽい。
「ビニール袋はないか?」
過呼吸は酸素の吸いすぎで、急な運動をしたりすると起こる。
簡単な症状だが放っておくと以外に危険だ。
ビニール袋に吹き込んだ二酸化炭素の多い空気を吸ってると治る。

334オルタナティブ・レッド(異なる赤):2005/05/27(金) 23:05:51 ID:mhhsWZag
「無いです!」
それを聞いて、にやりと──邪悪な笑みを浮かべた。
「な〜るほどぉ。それじゃ、しょうがないな。うん。
 ここは『やむおえなく』この人類最強のおねぇさんが介抱してやろう」
がっしと少女の肩を掴み息しやすそうな位置に固定。
「…潤さん?」
「「グリーン?」」
「それでは」
にやりと笑みを深めて──さらに深めて。
「いただきます」
ちゅう。
哀川潤は、人類最強は。いたいけな、気を失った少女に、大義名分の下、ちゅうをした。
ふぅぅぅっと息を吹き込む。二酸化炭素の多い空気を。
吹き込む。吸い込む。さらに吹き込む。繰り返す。
しばらく。あるいはほんの数秒後。
ぱちくり。
フリウは、目を覚ました。完全に。謎の感覚と共に。
目の前には──本当に目の前には真っ赤な髪をした、ミズーじゃない女性。
口には違和感。むしろ異物感。
「〜〜〜〜!!」
だっと突き飛ばして──いや自分が下がったが──距離を置いた。
「はっ…へっ? は、ええ!?」
「いいなーそういう初々しい反応。思わずお姉さん萌えちゃったよ」

335オルタナティブ・レッド(異なる赤):2005/05/27(金) 23:06:39 ID:mhhsWZag
「元気になったね!」
「グリーンのキスで目を覚ます、かぐや姫だね!」
「いやそれは白雪姫じゃあ…」
どくどくした鼓動を押さえ、状況が掴めずにいるフリウ。
そのフリウに近づいていき、手を差し伸べた。いつもと同じ皮肉な顔で。だが少なくともフリウには優しく見えた。
「悪い悪い。いやしょうがなかったんだって。
 疲れてるし、怪我もしてるだろ? お前ぼろぼろだぞ。大丈夫だから休めっていうか休ませるぞ」
その言葉と、初めて出会った優しい人と、紅い髪が重なり。
もう一度フリウは泣き出したのであった。

【C-4/ビル一階事務室/13:00】

『人類最強で天使な世にも幸せバカップル国記』
【フリウ・ハリスコー】
[状態]: 精神的ダメージ。右腕に火傷。肋骨骨折。
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし
[道具]: 支給品一式
[思考]: 元の世界に戻り、ミズーのことを彼女の仲間に伝える。 この人たちはいったい? 休憩。
[備考]:第一回の放送と茉理達の放送を一切聞いていません。
 第二回の放送を冒頭しか聞いていません。
 ベリアルが死亡したと思っています。ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。

336オルタナティブ・レッド(異なる赤):2005/05/27(金) 23:07:21 ID:mhhsWZag
【哀川潤(084)】
[状態]:怪我が治癒。創傷を塞いだ。太腿と右肩が治ってない。
[装備]:錠開け専用鉄具(アンチロックドブレード)
[道具]:生物兵器(衣服などを分解)
[思考]:祐巳を助ける 邪魔する奴(子荻)は殺す こいつらは死んでも守る  この娘を休ませる&怪我の治療をする。 事情を聞く。
[備考]:右肩が損傷してますからあまり殴れません。太腿の傷で超長距離移動は無理です。(右肩は自然治癒不可、太腿は若干治癒)
    体力のほぼ完全回復には残り10時間ほどの休憩と食料が必要です。 若干体力回復しました。

【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]:前足に深い傷(処置済み)貧血 子犬形態
[装備]:黄色い帽子
[道具]:無し(デイパックは破棄)
[思考]:お腹空いたデシ  誰デシ?
[備考]:回復までは多くの水と食料と半日程度の休憩が必要です。

【アイザック(043)】
[状態]:超健康
[装備]:すごいぞ、超絶勇者剣!(火乃香のカタナ)
[道具]:デイパック(支給品一式・お茶菓子)
[思考]:すごいぞグリーン!休ませよう!

337オルタナティブ・レッド(異なる赤):2005/05/27(金) 23:08:10 ID:mhhsWZag
【ミリア(044)】
[状態]:超健康
[装備]:なんかかっこいいね、この拳銃 (森の人・すでに一発使用)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:そうだねアイザック!!

【高里要(097)】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品一式・野菜)
[思考]:この女の子をどうしよう
[備考]:上半身肌着です

※昼ごはんに野菜とパンを食べました。残った野菜は要が持ってます。

338戦神戦捷(精神損傷) 1/5 ◆GQyAJurGEw:2005/05/29(日) 12:53:55 ID:ETuBmvOM
 食事も終わり休もうとしたとき、ギギナは轟音を聞き取った――――



「……降ろして」
 長門の言葉を無視して、出夢は南下する。
「せっかちだな。おにーさんのところに着くまでの辛抱だ」
 出夢は苦笑しながら人を一人抱えたままとは思えないスピードで走り続ける。
「おにーさんの所に着いたら、次は坂井を探さなきゃな。
 そういえばあの時に聞こえた奇声、なんだったんだ……?
 まぁ、考えても仕方がな…………ん?」
 人の気配に気付き、出夢は立ち止まる。
「……ちっ、敵か」
 ぼやきながら左を向く。視線の先には男がいた。男との距離はおおよそ20mだろう。
 銀髪で、顔に刺青。身長は190以上はある。漆黒の剣を携えて……嗤っていた。
 男は嗤いながら問う。
「貴様らは、楽しませてくれるか?」
 出夢は不快そうな顔をしながら男を睨む。
 そしてしばらくしてから長門に囁いた。
「……長門、コイツはヤバイ。お前がいても邪魔なだけだから、先におにーさんの所に行ってろ」
 頷いたのを確認し、出夢は長門を地面に降ろす。
 そしてすぐさま、長門はもと来た道を走っていった。
「っておい! そっちじゃない!」
 出夢が長門を捕まえようとした時、男が再び声を掛けた。
「敵前逃亡するとはな。……貴様は強き者か?」
 出夢は面倒事を黙然にして嘆息する。
(やるべき事があるんだが、仕方がねえな……)

339戦神戦捷(精神損傷) 2/5 ◆GQyAJurGEw:2005/05/29(日) 12:54:51 ID:ETuBmvOM
 戦闘は避けられないと判断して、男に向き直る。
 そして哄笑しながら、男に名乗った。
「ぎゃはははは! やってみれば分かるんじゃねえか?
 僕は《人喰い》。殺し屋の匂宮出夢だ。
 あんたは?」
 男はこちらへと歩みながら同じく名乗る。
「私の名は、ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ」
「なげぇよ」
 吐き捨てるように言った出夢はギギナへと疾走。
 ギギナは一旦歩みを止め、
「ふん、剣と月の祝福を」
 そして出夢と同じく疾走。
 二人の距離が一気に縮み、ギギナが先攻。
 ぎりぎりのところで出夢は斬撃を避け、ギギナの左側へと素早く回り込む。
「おらよっ!」
 出夢の鋭い蹴りがギギナの左脇腹を直撃。
「ぎゃははははは! 降参するのなら見逃してやっても……っっ!?」
 ギギナは痛みに口元を歪めるだけだった。
 逆に、こちらの左脇腹に抉られるような激痛。たまらず後退するが、片膝を地面についてしまう。
 脇腹を押さえながらギギナを睨む。
 全力で繰り出したあの蹴りを喰らえば、ただでは済まない。だがギギナには口元を歪める程度だった。
 それどころかこちらに蹴りを。しかも、自身よりも強力な。
 足先が掠っただけで、この威力だ。もし咄嗟に後ろに跳ばず、まともに喰らっていたら絶命していただろう。
 一般人並の防御力しか持たない出夢にとって、ギギナの人外の破壊力は喰らえば確実に一撃死。
「ぐ……てめえどういう体してんだ……」

340戦神戦捷(精神損傷) 3/5 ◆GQyAJurGEw:2005/05/29(日) 12:55:53 ID:ETuBmvOM
 見上げると、ギギナは出夢を見下しながら、怒っているような顔をしている。
「……貴様は、この程度か? つまらぬな」
「…………」
 怒りから、嘲笑に変わる。
「ハハハッ! 所詮、この程度ということか!
 降参するのなら逃がしてやっても良いが? ハハハ」
 不機嫌な顔をしながら出夢は立ち上がった。
 ギギナを睨みながら出夢はギギナと距離を取るため後退する。
(こいつを生かしておくと、おにーさん達が危険か……。それに、ムカツクしな)
「……ぎゃははは! 僕の本気を見せてやるよ!」
 体勢を立て直して、ギギナへと再び疾走。
 両腕を大きく仰け反りながら走り、出夢はギギナに近づいた。
 ギギナが剣を横に薙ぐが、超反応で出夢はギギナの頭上に飛翔して避ける。
「上がガラ空きだぜえぇっ!!」
 そして振りかぶった。


《一喰い》


 ヒュンと空を斬る音が聞こえた。
 出夢は地面に着地し、ギギナを向いた。
 危機一髪で横に転がり《一喰い》を避けたギギナは冷や汗をかきながら嗤っていた。
「僕はやることがあるんだが、これで終わりにしてくれないか?」
「却下する」

341戦神戦捷(精神損傷) 4/5 ◆GQyAJurGEw:2005/05/29(日) 12:56:39 ID:ETuBmvOM
 即答したギギナは剣を構え直す。
 そして一気に間合いを詰めて振るう。
(さっきより動きが速い! こいつ、本当に人間か?
 もしかしたら、人類最強と同じくらいかもな……)
 清水の舞台での『最強』との戦闘を思い出し、出夢は戦慄する。
 すぐさま後ろへ跳躍して回避したが、ギギナの素早い追撃が迫る。
 背後に大樹があったため、出夢は横に転がりかわした。そして出夢を斬るはずだった斬撃は、大樹を軽々と薙いだ。
「マジかよっ!」
 そのままギギナは大樹に近寄り、
「うるぁっっ!」

 掴んで投げた。

「……は?」
 眼前で起こったありえない出来事に出夢は素っ頓狂な声をあげる。
 体勢を直す前には、いくつも枝分かれした大樹が高速で迫っていた。
 出夢は避けきれないと判断し、顔を手で守り、身を縮めた。
 幹に当たらなくて良かった。そんな事を思いながら茂る葉と枝に巻き込まれる。
「ぐ……」
 派手な音をたてながら、かなりの距離を進んでから大樹は止まった。
 全身に傷を負いながら、なんとか葉と枝の中から抜け出そうとする。
 抜け出した先では既にギギナが剣を構えて振りかぶろうとしていた。
「っ!」
 出夢は半ば予想していたので、すぐさま横に転がる。剣は肩を浅く斬る程度だった。
「うぐ……」

342戦神戦捷(精神損傷) 5/5 ◆GQyAJurGEw:2005/05/29(日) 13:03:42 ID:ETuBmvOM
 だったのだが、何故か力が入らない。さらに視界が霞んできた。
(なん……だ……? あの大樹のせい……か? 頭を庇っていたし、葉がクッションになっていたから、致命傷じゃあないはず……)
 薄れる意識の中で、ギギナの声が聞こえてきた。
「む……、あるのは素早さと破壊力だけか。先程の着ぐるみの男ほどではなかったな。
 だが、あの攻撃は素晴らしかったぞ。貴様が『当たり』を引いていたなら、あるいは互角だったかもしれんな」
(クソ……)
「さらばだ、女よ」
 ギギナは踵を返し、東へ去っていった。
 出夢はその場で気絶した。

【E-4/森/1日目・08:00】

【匂宮出夢】
[状態]:肩に浅い切傷。全身に掠り傷。気絶
[装備]:シームレスパイアスはドクロちゃんへ。
[道具]:デイバック一式
[思考]:生き残る。あんまり殺したくは無い。長門を連れ戻す。

【長門有希】
[状態]:疲労が限界
[装備]:ライター
[道具]:デイバック一式
[思考]:一旦休む。現状の把握/情報収集/古泉と接触して情報交換/ハルヒ・キョン・みくるを殺した者への復讐?

【ギギナ】
[状態]:疲労。まだ完全にダメージが回復していない。
[装備]:魂砕き
[道具]:デイバッグ一式
[思考]:休んで強者探索。

※ギギナはこの後に『勘違いと剣舞』に続いています

343 ◆GQyAJurGEw:2005/05/29(日) 22:18:16 ID:MqxFG5Y.
>>338-342
問題点多数のため破棄します。

344Daytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/30(月) 23:09:23 ID:woCeKPjo
「へぇ、やるじゃない」
パイフウは一帯に仕掛けられたトラップの数々を見て、感心の言葉を漏らす。
単純なスピアトラップだが、巧妙かつ全てが理に叶った配置になっている。
「なるほどね、北上する相手をここで迎撃ってこと?」
地図を見ながら頷くパイフウ、ずきりと左肩が痛む…まだまだ本調子とは行かない。
「なら乗っかるとしようかしら」
そう言ってパイフウは相変わらずの感情を感じさせない声と表情で配置につくのだった。

「……」
アーヴィング=ナイトウォーカー、略してアーヴィは足の傷を無言でさする。
まったくいつまでたってもミラが見つからないのはどうしてなんだろう?僕の何がいけないのだろう?
うーん、こうなったらミラ以外の誰かをみんな撃っちゃうしかないのかな?そしたら最後に残った1人が多分ミラだろう。
うん、それがいいそれにきめた。
えらく危険な独り言をぶつぶつ呟きながらアーヴィもまた島の中心部へと向かっていく、その先に何人かの集団が目に入った。

そしてそれより数十分前、
「曇ってきたわよ…これなら大丈夫なんじゃないの?」
マンションの一室から空を見上げて千絵をせかす聖。
「だから昼間は様子見だって」
「でも、ぐずぐずしてたから祥子ちゃん死んじゃったじゃないの、勿体ない」
限りなく食欲と性欲の入り混じった、そんな感じの言葉を吐く聖、それをなんともいえない奇妙な表情で眺める千絵。
「それに…千絵ちゃんの友達も死んじゃったんでしょう」
「うん…」
聖の声に言葉少なく頷く千絵…物部景の死は確かに残念だった…。
だがその残念さが何によっての残念なのか、彼女にももはや分からなくなっていた。
(私は彼に欲望以外の何かを求めていたような…もう思い出せないけど)
「ねぇ、行こうよお?」
甘えるように千絵にすがり付く聖、その上目遣いの瞳が思わず同性でもため息を付きたくなるほどの
美しさと愛らしさを醸し出している。
それに押されてかどうかは知らないが、千絵は千絵で考えをめぐらせる。

実を言うと疼くような渇きをまた覚えつつある、このまま吸わなければいざという時正常な判断が出来なくなる可能性もある。
しかもたっぷりと補給した自分はともかく、聖はシズの血をあまり飲んでいない…。
だとするといつまたあの高架下のように暴走するかもしれない、今ですら欲望過多の彼女だ、そうなるともう抑えきれない。
互いの血を啜りあうことも手の一つだがこれは渇きを満たせても、今度は体力が落ちてしまう。
やはり2人では何かと効率が悪い、なら偵察がてら狩りに出るのもいいだろう。

345Daytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/30(月) 23:10:41 ID:woCeKPjo
「わかったわ、例のものは出来てるわね?」
聖は千絵が先程の仕掛けをしている間に作っておいた物を取り出す。
それは明け方に被って逃げたカーテンを利用して作った砂漠の民が身につけるような巨大なマントだ。
急ぎの仕事ゆえにあちこちいびつな出来だが、当面は身体全体と口元が隠れればそれでいい。
かなり奇異な格好と思われるかもしれないが 、突っ込まれれば土地の風習とでも言えばいい。

地図を眺める千絵…東か西か…ここに踏み込まれた場合の逃走ルートとしては東だが
今回は仲間を増やすのが目的だ、なら西よりに島の中心付近がいいだろう
禁止エリアの兼ね合いで北上してくる者も多いだろうし、東と比べ西側には施設も多い。
「1時間が限度よ、それ以上は無理…もし見つからないときは私の血で我慢して」
そう聖に告げ、頷いたのを確認して、それから千絵はマントを頭から羽織るのだった。



「あうっ!」
また頭から転ぶテッサ、これで何度目だろう?
明らかに苛立った感じで手を出すシャナ、相談の結果林道を行くことにした彼女ら、
その理由はどんな道だろうがテッサが転ぶのは避けられない、なら少しでも距離が短いルートを選んだほうがマシという消極的な理由だった。

現在の隊列はダナティアとリナが前衛、そして真中にテッサ、後衛にシャナの順だ。
最初は違ったのだがあまりにもテッサの進む速度が遅いため、いつのまにかこういういびつな隊列になってしまっていた。
本来フォローしなければならないはずだったリナは、明らかに不機嫌な表情でのしのしと歩いている。
だから今現在テッサのフォロー役はなりゆきでシャナなわけだが、その彼女の苛立ちは頂点に達しつあった。

「あ…花」
この日もう何回目か分からない転倒、ぐらりと揺れる視界の中、その片隅に一輪の花を見つけるテッサ。
何故そんなことをしようとしたのか分からない…この状況の中で、ただ確かに言えることは
彼女もまた皆と同じく疲れ傷ついていたのだ、まして彼女は指揮官という立場上
こういうギリギリの状況にはあまり慣れていないし、増して周囲には頼れる部下、いやかけがえのない仲間たちは誰一人としていない。
だからなのだろうか…普段なら心にとめることすらない路傍の花に思わず手を伸ばしてしまったのは。

シャナはそんなテッサの道草に知らん顔をする。
「知らない…」
そのまま先に向かうシャナ、テッサの目に余るトロくささにいいかげん嫌気が差している。
自分だってけが人だというのに…しかしその苛立ちゆえの他愛ない意地悪が、取り返しのつかない悲劇を生むことになった。

テッサが道端の花に手を伸ばすのと、それを見つけたアーヴィが狙いをつけるのは同時、
そしてさらに花を掴もうとしたテッサの指先が何かに触れた時、ぷつんという音と同時に茂みの中の何かが
テッサのわき腹を貫き、さらに風切る高速の何か、アーヴィの放った弾丸がのけぞったテッサの背中にあたったかのように見え、
それを察知したシャナの目の前でテッサはバランスを崩し茂みの中へと転落していった。

346Daytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/30(月) 23:11:40 ID:woCeKPjo
くぐもった命中音に振り向くリナ、そしてあえてやや先行していたダナティアが戻ってくる。
彼女としては自分が先行し、後に続くリナに2人のフォローを任せたつもりだったが、色々な偶然、不幸が重なり
結果、わずかな時間だったが間延びしきった隊列になっていたのは前述の通りである。
ダナティアが見たのは油断なく周囲を見渡すリナと、そして顔面蒼白になってるシャナだった。
「わ…わた・・・わたしっ」
「いいから何があったか教えてくださるかしら?」
完全にテンパッてしまってるシャナを刺激させないようにやさしく問い掛けるダナティア、だがそれが裏目に出た
その視線、声…それはシャナがもっとも尊敬し、頼りにし、そして恐れている女性
坂井千草の面影を思い出させる物だった…だから、彼女は、シャナは…。
「私が見たときはもう撃たれて…血がいっぱい出て下に落ちちゃったの」
嘘をついた。

「それって…」
突っ込みを入れようとしたリナの声をさえぎる様にまた銃声だ。
舌打ちするリナだが、考えてみれば自分に彼女を責める資格はない。
「話は後よ…逃げるわよ!」
おそろしく正確な狙撃に追い立てられるように3人は前に向かって進むしかなかった。
当然その行く手には宗介らの仕掛けた数々のワナが待っている。
先を行くダナティアの足にわずかな違和感、すかさず後ろのリナが竹槍を蹴り飛ばす、
シャナの首筋を糸が掠める、すかさずしゃがんだその鼻先を同じように槍が通過する。

「さがって!まだるっこしい!!」
リナの手から衝撃波が放たれる、とそれを受けて次々とワナが発動する
「よくもまぁこんなに…ったく」
それら恐ろしく周到で、なおかつ巧妙な位置に仕掛けられていた…その陰険さに思わず内心を吐き捨てるリナ。
とにかく先を急ごう、まだ背後の敵を振り切ったわけではなさそうだ。
「テッサは…」
「それは後の話よ!まずはここを逃れることを考えなさい!」

「うまくいかないものね」
嘆息するパイフウ、彼女のプランでは罠を察知し方向転換した標的を背後から攻撃、
それで仕留めきれない場合はそのまま教会に誘導し、あの黒い騎士を引きずり出して挟撃する予定だった。
しかし予想外の方向からの攻撃、さらに彼女らがそのまま力技で罠を抜けて来たため、結果正面から鉢合わせる構図となってしまっている。

347Daytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/30(月) 23:13:44 ID:woCeKPjo
これでは正面から迎撃する羽目になってしまう、今の状況でそれは避けたい、また逃げる場合だが、
もし察知されれば自分が仕掛けたと思われることは明白だ、それも避けたい、ならばどうする…。
「ならこうするわ」
パイフウは軽く自分の頬を叩いて気分を変えると、あろうことか自分の腹に「気」を入れる。
「ぐっ…」
胃液が逆流する苦痛の中、あらかじめ作っておいたシナリオを頭の中で何度も反芻する。
演技と見抜かれぬためにはこうするしかない。

そして罠を抜けてきたダナティアらの目の前によろめきながら現れるパイフウ。
「て…てき…やられ…」
そのままへたり込む彼女を反射的に抱きかかえるダナティア、もちろん油断無くリナとシャナが目を光らせている。
「肩と…お腹をやられていますわね?相手は誰?」
「わかり…ません…出会い頭だった…から」
本当に苦しい息の下、ぜいぜいと答えるパイフウ…そのまま気を失ったふりをする。
瞳を閉じた中でダナティアらの声が聞こえてくる。
「リナさん、彼女の傷治せますかしら?」
「この女を信用するの?」
「それはまた別の話ですわ」

「誰かを殺しているかもしれないわよ?」
「それは貴方も同じではなくって?もしそうだとしても彼女を責めるわけにはいきませんわ」
しばしの沈黙の後、ここじゃ無理だからとにかく目的地に行きましょ、リナの声が聞こえる。
心の中で笑うパイフウ、まさか肩の傷まで治してもらえるとは…ようやく運が巡ってきたようだ。
リナの背中に揺られながら凶悪な思考を続けるパイフウ。
(傷が全快したら…全員皆殺しね、悪いけど)
「テッサのこともあきらめたわけじゃないわよね」
「無論ですわ…でも全ては体勢を整えてから」
こうして彼女らは危険極まりない虎を自らの手で招きいれてしまったのだった。

348Daytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/30(月) 23:18:52 ID:woCeKPjo
一方のテッサだが、
「サガラさぁん…」
泣きながら藪の中を這いずるテッサ…ヘルメットはとうに脱げてしまっている。
その上小型のピットトラップに引っかかり、足の甲と太ももを槍に刺し貫かれそこからじくじくと血が滲み出している。
しかもこの周囲の地形は藪に囲まれたすり鉢状で、一旦転落するとそれほどの広さで無いにもかかわらず発見・脱出は容易ではない。
さらに…ぽつぽつと雨が降り始める。
「死ぬんですね?私…」
観念して目を閉じるテッサ…その時だった。
「ほら!いいことあったじゃない!」
「たまたまよたまたま…」
「まさに雨に打たれてずぶ濡れのELFって感じね、拾い物よ」
その声の主はもちろん聖と千絵だ…彼女らはテッサの血の匂いをかぎ付けここまでやってきたのだった。
もう我慢できない、そんな感じの聖、しかし千絵がそれを制止する。

千絵はそっと顔の覆いを取り、あえて牙を伸ばし…テッサの耳元で囁く
「あなたには2つの道があるわ、1つはこのまま運命を受け入れる道…もう1つは」
そこで言葉を止める千絵。
「人を捨てて自分の本当の願いを叶える道…どちらを選ぶかはあなた次第よ」
2つの言葉がぐるぐるとテッサの頭を巡る。
いや巡ったのは言葉ではない、1人の少年の姿。
(サガラさん…やっぱり会いたい…たとえ『仲間』でしかなくってもいい、それ以上先に進めなくってもいい…だから)
最初から答えは考えるまでもなかった。
この痛みから、そして苦しみから逃れられるのなら…そしてもう一度サガラさんと会えるのなら…何より生きてさえいれば、
チャンスは必ずやってくるのだ、それが汚れた生であっても。
テッサは自ら戦闘服のファスナーを外し、喉元を露出させる…誰に教えられたわけでもないのに。
そして、聖と千絵は頷くとその牙をテッサの白い肌に突き立てたのだった。

349Daytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/30(月) 23:35:38 ID:woCeKPjo
【D-6 /森/1日目・14:20】

『目指せ建国チーム』

【リナ・インバース】
[状態]:平常。わずかに心に怨念。(テッサの件で責任を感じている)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。

【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:左腕の掌に深い裂傷。応急処置済み。
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:群を作りそれを護る。シャナ、テッサ、パイフウの護衛。
[備考]:ドレスの左腕部分〜前面に血の染みが有る。左掌に血の浸みた布を巻いている。

【シャナ】
[状態]:平常。体の疲労及び内出血はほぼ回復
[装備]:鈍ら刀
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:悠二を見つけたい。テッサごめんね
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。

【パイフウ】
[状態]左鎖骨骨折(多少回復・処置中断)
[装備]ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス
[道具]デイバック(支給品)×2
[思考]1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す
(ダナティアらに傷を治療してもらい。その後皆殺し)


【アーヴィング・ナイトウォーカー】
[状態]:情緒不安定/修羅モード/腿に銃創(止血済み)
[装備]:狙撃銃"鉄鋼小丸"(出典@終わりのクロニクル)
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:主催者を殺し、ミラを助ける(思い込み)
(現在は追撃を中止しています)

350Daytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/30(月) 23:36:32 ID:woCeKPjo
『No Life Sisters』
【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式、カーテン、
[思考]:移動。己の欲望に忠実に(リリアンの生徒を優先)
    吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。

【海野千絵】
[状態]: 吸血鬼化(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式、カーテン
[思考]:移動。景、甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
    吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
    死にたい、殺して欲しい(かなり希薄)。

【テレサ・テスタロッサ】
[状態]:重傷・吸血鬼化
[装備]:UCAT戦闘服
[道具]:デイパック×2(支給品一式) 携帯電話
[思考]:不明

351Rainytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/31(火) 22:40:34 ID:UrNk.4Ws
「ふふ」
闇に包まれた地下で美姫は笑う、その腕の中にはぐったりと気を失ったままのかなめ
「のう、かなめや、宗介は今何処であろうな?」
その顔を撫でてやりながら、話しかける美姫…かなめの顔が僅かに歪む。

「ほほ、案ずるな…所詮は塵芥に過ぎぬ人間風情、期待など最初からしておらぬ、要はあの男がお前のために何ができるか、それよ」
楽しげに美姫は笑う。
「律儀に首を5つ狩るのも良し、例えそれに及ばずともわたしと再び会うまでの間どれほどの奔走をしていたかは目を見ればわかること…
わたしはそれが知りたい、愛や恋とやらのためにどこまで人は己を犠牲にできるのかをな」
少しだけ懐かしい目を見せる美姫、思い出したのだろう…彼女もまた全てを捨てて一人の男をその手中に収めんとした日々があったことを、
「ゆえにうらやましいぞ、お前が…ふふふ」
焼け焦げた己の半顔を撫でる美姫…それはもはや叶わぬ遠い夢であるが。

「たとえ首を狩れずとも、その時は我が前で這いつくばり、自らの首を差し出す度量あらば、我が心も動くかもしれぬ、だが」
そこで美姫は意地悪く、そして凄惨な表情を見せる。
「卑しくも死体の首を狩ろうなどと墓盗人のような真似をした時は、断じてお前を帰してやるわけには参らぬの、
お前の器量ならば他に相応しき男いくらでもおろう、のうかなめや…ふふふ」
そう思いながら、それでも少しだけ宗介に何かを期待している自分に気がつき、
また美姫の口元は緩み始める。

そういえばあのカラクリ娘はどうしているだろうか?
美姫はしずくの顔を思い出す、今ごろ彼女もまた宗介を、そしてかなめを救うため
奔走しているのだろうか?
「お前たちが約定を守る以上わたしもこの娘を守ろう、これもまた座興よ…だが他言の末にこの娘を救う目的で踏み込まば、
 それが誰であろうと、わたしは躊躇無くかなめを殺す…よく考えよ」

空気が湿り気を増しているのが地下でもわかる、そろそろ雨が降るかもしれない。
「おおそういえばわたしが戯れに悦びを与えた娘がおったの、いまごろ何処におろうかの?」

352Rainytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/31(火) 22:41:43 ID:UrNk.4Ws
そしてそのころ
「曇ってきたわよ…これなら大丈夫なんじゃないの?」
マンションの一室から空を見上げて千絵をせかす聖。
「だから昼間は様子見だって」
「でも、ぐずぐずしてたから祥子が死んじゃったじゃないの、勿体ない」
限りなく食欲と性欲の入り混じった、そんな感じの言葉を吐く聖、それをなんともいえない奇妙な表情で眺める千絵。
「それに…千絵ちゃんの友達も死んじゃったんでしょう」
「うん…」
聖の声に言葉少なく頷く千絵…物部景の死は確かに残念だった…。
だがその残念さが何によっての残念なのか、彼女にももはや分からなくなっていた。
(私は彼に欲望以外の何かを求めていたような…もう思い出せないけど)
「ねぇ、行こうよお?」
甘えるように千絵にすがり付く聖、その上目遣いの瞳が思わず同性でもため息を付きたくなるほどの
美しさと愛らしさを醸し出している。
それに押されてかどうかは知らないが、千絵は千絵で考えをめぐらせる。

実を言うと疼くような渇きをまた覚えつつある、このまま吸わなければいざという時正常な判断が出来なくなる可能性もある。
しかもたっぷりと補給した自分はともかく、聖はシズの血をあまり飲んでいない…。
だとするといつまたあの高架下のように暴走するかもしれない、今ですら欲望過多の彼女だ、そうなるともう抑えきれない。
互いの血を啜りあうことも手の一つだがこれは渇きを満たせても、今度は体力が落ちてしまう。
やはり2人では何かと効率が悪い、なら偵察がてら狩りに出るのもいいだろう。

それに…正直な話いいかげんこの女がウザくなってきた。
もともと欲望過多だったのかもしれないが、こうやってしょっちゅう纏わりついて身体を求めてくるのには辟易する。
そりゃ抱かれるのは気持ちいい…しかしフィニッシュの時に他の女の名前を言うのは論外だろう。
そんなに栞が欲しければ本屋にでもいけばいいのだ。

心の中でひそかに聖殺害のプランを練る千絵
当然クリアせねばならぬ問題は幾つもある、平常時の彼女はセクハラを繰り返すが。
それに反してその頭脳は明晰といってもよく、さらに彼女はこの島のどこかにいる「主」(聖いわくマリア様だそうだ)に、
直接洗礼を受けており、その力は今の自分を凌駕している。

353Rainytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/31(火) 22:42:32 ID:UrNk.4Ws
何よりも今殺せば自分1人になってしまう、それは絶対に避けたかった。
やはり仲間が必要だ、それもこんな扱いにくい奴ではなく、従順な。
千絵は昨夜からの自分の心境の変化を敏感に察していた、あの時…聖の手首から流れる血潮を飲んだとき、
脳裏のもやが晴れ…あそこで自分を取り戻せたような気がする、だとしたら。

彼女が達した結論、それは吸われるだけではなく自分の主の血を吸って初めて自我を取り戻し、自立型の吸血鬼になれるということ。
ただ吸われただけでは主に従うだけの下僕に過ぎないのだ。
ならば狙うならやはり男だろう、これならレズビアンである聖に邪魔されず、自分だけの下僕を作ることができる。

(私にこの悦びを与えてくれたこと、そしてこんなにすばらしい生き物へと生まれ変わらせてくれたこと、それだけは感謝してるの…だから
なるだけ苦しまない方法で死なせてあげる)

「わかったわ、例のものは出来てるわね?」
聖は千絵が先程の仕掛けをしている間に作っておいた物を取り出す。
それは明け方に被って逃げたカーテンを利用して作った砂漠の民が身につけるような巨大なマントだ。
急ぎの仕事ゆえにあちこちいびつな出来だが、当面は身体全体と口元が隠れればそれでいい。
かなり奇異な格好と思われるかもしれないが 、突っ込まれれば土地の風習とでも言えばすむ。

地図を眺める千絵…東か西か…ここに踏み込まれた場合の逃走ルートとしては東だが
今回は仲間を増やすのが目的だ、なら西よりに島の中心付近がいいだろう
禁止エリアの兼ね合いで北上してくる者も多いだろうし、東と比べ西側には施設も多い。
「1時間が限度よ、それ以上は無理…もし見つからないときは私を好きにしていいわ」
そう聖に告げ、頷いたのを確認して、それから千絵はマントを頭から羽織るのだった。

354Rainytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/31(火) 22:43:25 ID:UrNk.4Ws
そして30分後、ぐっしょりとぬれたマントを羽織ったまま森の中をとぼとぼと歩く吸血鬼シスターズ。
「どうしてくれるのよ、おかげで帰れなくなったじゃないの」
まさに憤懣やる方ない、そんな表情の千絵。
「えー千絵ちゃんもさんせーしたじゃない」
わざとらしくしれっと受け流す聖。
まさかこんなに早く降り出すとは思わなかった、出来ればマンションに戻りたいが、
おそらくあの近辺の参加者が全て集まっていることだろう、となると危険すぎる。

「まぁまぁ雨に打たれてずぶ濡れのELFが、こいつは拾い物って感じで落ちているかもしれないじゃないの?」
「そういうのって大抵食いつぶされて終わるのよ…しかも気がついたときには遅すぎるの」
被ったマントが水を含みじっとりと重い、血で汚れてパサついた髪と顔を濯げたのは好都合だったが、
雨宿りできる場所なら、一応近くに教会がある…でも。
「絶対いや」
やっぱり聖が猛反対したのと、やはり自分も彼女ほどではないが嫌な何かを感じてしまう。

「そんなんで戻ったとき大丈夫なの?佐藤さんの学校ってミッション系でしょ?」
「うーん、そうなのよねぇ…朝とかミサやったりするのよ」
千絵は想像する、吸血鬼と化した女生徒たちが、耳を塞いで賛美歌のメロディにのたうちまわる様を。
まるでギルの笛の音に苦しむキカイダーだ。

さて、とそれはさておきどうする?
あれからもうすぐ1時間、何の収穫もなかった…それでも自分はまだ大丈夫だが
聖はどうなのだろう?せめて夜まで渇きが保ってくれればいいが…。
「ねぇ…祐巳って子に知られてるんでしょう、大丈夫なの?」
「大丈夫よ、祐巳ちゃんは喋らないわ、絶対」
聖は自分に言い聞かせるようにして応える、何故だか分からないがそういう気がする。
逆に志摩子が知ったら間違いなく自分を殺しに来る、そんな気もした。
「ふぅん…」
森を抜けるとそこにはもう街が目の前に迫っていた。

「ねぇ…服、全部脱いで、それからカバンも隠して…剃刀は確かマントの中に隠しポケットがあったわよね、そこに入れて」
「え、こんなところで!?ダイタン」
「何考えてんのよ」
やはり生かしておけないと改めて思いつつ、千絵は説明する。
「こんな汚れた服で、もし誰かに見られたらどうするのよ?雨宿りしてるときにずぶぬれマントじゃ不審でしょう、理由がないと」
屋内でも出来る限り脱ぐつもりはないが、突っ込まれてもこれで身包み剥がれたからという言い訳がたつ。
少なくとも血まみれの服を見られるよりはずっとマシだ。

「でも…」
「何いまさら迷ってるのよ、私を抱いたとき何て言ったの?私たちはもう人の世界の小賢しいルールには縛られないって…それともそういう時だけ
都合のいい理屈を持ち出すの?…じゃあ教えてあげるわ」
聖を睨む千絵の瞳がギラリと光る。

「私たちはね、もう獣なのよ」
だが聖はまるで動じなかった。
「それはさておきあと15分よね」
その言葉で逆に凍りつく千絵、しまった忘れていた…やっぱりこの女は獣だ。

355Rainytime Rendez-vous ◆Wy5jmZAtv6:2005/05/31(火) 22:50:40 ID:UrNk.4Ws
【D-5/地下/1日目/14:00】

【美姫】
 [状態]:通常
 [装備]:スローイングナイフ
 [道具]:デイパック(支給品入り)
 [思考]:座興を味わえて上機嫌

【千鳥かなめ】
【状態】吸血鬼化?
【装備】鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
【道具】荷物一式、食料の材料。(ディバックはなし)
【思考】不明

【D-4 /森の出口/1日目・14:40】

『No Life Sisters』
【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化(身体能力向上)、マントの下は裸
[装備]:剃刀
[道具]:カーテン(マントのみ)、
[思考]:移動。己の欲望に忠実に(リリアンの生徒を優先)
    吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。

【海野千絵】
[状態]: 吸血鬼化(身体能力向上)、マントの下は裸
[装備]: なし
[道具]: カーテン(マントのみ)
[思考]:移動。甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
    聖がウザい、殺したい
    吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
    死にたい、殺して欲しい(かなり希薄)。

356さらばボルカン! 渚に消えた英雄(1/7)◇J0mAROIq3E:2005/06/01(水) 23:17:43 ID:fuk4MM2Y
 森の中に、場に相応しくない声が響き渡る。
「じゃあこういうのはどうだ? ある無賃乗車の女が列車の外側に張り付いてたんだ。
 すると車輪とかの付いてる機関部から血まみれの車掌が這い出てきて一言。『切符を拝見させてください』!」
 内容は怪談らしいが、いかにも楽しそうな語り口がそれを相殺している。
「それはあれだ。きっと黒い奴に黒く吹っ飛ばされた車掌が轢かれたりしながらも職務を全うしたという美談だな」
「つまらんこと言うな。せっかく知り合いから仕入れた最新の怪談だってのに」
 あからさまに残念そうな顔をするクレアを後目に、ボルカンは歯ぎしりをしてと森を行く。
(まったく何故にこの俺様が道案内なぞせにゃならんのだ)
 撒こうとしても、赤毛の男はまったくこちらから視線を逸らさない。
 北へ南へと蛇行して時間は稼いでいるが、人っ子一人いない。
 城から出たとき聞こえたブルンブルンとうるさい音と、先ほど聞こえたよくわからない男女の声。
 それ以外は何の問題もなく進行できてしまっている。
 いつもいつも面倒ごとばかり起こるというのに、起こってほしいと願うときに限って起こらない。
 まったくもってドーチンがいないせいだと心中で毒づき、ボルカンは焦りを自覚した。
(……まずい。まずいぞこれは)
 このままでは地図上で東の果てにあっさり辿り着いてしまう。
 何故こうなってしまったのか。

 時間は二時間近く前に遡る。

357さらばボルカン! 渚に消えた英雄(2/7)◇J0mAROIq3E:2005/06/01(水) 23:19:06 ID:fuk4MM2Y
「で? 姫はどこにいる?」
 やばいこいつはやばい黒くないけど赤いけど借金取りと同じ原理で産まれたに違いないやばいやばい。
 だらだらと汗を流しボルカンは必死に考える。
 この状況を打破するには洗濯物を乾かし殺すか、もしくは、
「……俺様の命だけは助けやがってくださると見逃してやらんこともありません」
 平伏した。
 この手の反応に慣れているクレアは鷹揚に頷くとその頭をがっしり掴んだ。
「安心しろ。仕事じゃないから殺さないし、子供を殺す趣味はないし。子供のふりをした悪人はちょっと殺し続けたが」
 笑いながらもその瞳は少しの輝きもなくボルカンを射抜く。
 地獄を煮詰めたような色は、ボルカンに逆らった場合の未来を正しく想起させた。
(きっと黒ビームやら借金フラッシュを目から出して俺様から無い金を奪い尽くすに違いない。けしからんな!)
 やはりここは英雄として隣の荷物預かり殺すしかないかと勢いよく顔を上げ、
「それで、シャーネ姫をどこに隠したんだ魔王の手下その1?」 
 その目を見ると、諦めて嘘をつくことにした。
(姫といえばやはりあれか。げに恐ろしき伝説の銀月姫のことか)
 忌まわしき伝説の――そして自分が実際に遭ってしまった地人の姫を思い出し、軽く身震いする。
 出会ったのはアーバンラマ近くの荒野だったが、多分遠い。かなり遠い。嘘だと見破られる。
「あー……確かついさっき東の方で合戦をしてたな。うん、確か」
「合戦。おぉ、なんかすっぱり誘拐されるよりシャーネらしいぞ。バトルヒロイン、それもまた良し!」
 あっさりと頷くと、そそくさと地図を取り出し始めた。

358さらばボルカン! 渚に消えた英雄(3/7)◇J0mAROIq3E:2005/06/01(水) 23:20:01 ID:fuk4MM2Y
「東っていうと海沿いか森か。面白くなってきたな。――よし腹ごしらえだ!」
「すぐ行くんじゃないのか!?」
「あん? なんで?」
 思わず叫ぶボルカンに不思議そうに首を傾げる。
「だって俺が死ぬはずないと思えばシャーネが死ぬわけないし。強いし、俺の婚約者だからな。
 ピンチの時駆け付けるのもいいが、それなら俺が駆け付けるまでピンチにならないのが道理だし。
 そうだな、このアイザックとミリアって奴らはフィーロとジャグジーの友達だっけか。
 というかあの列車に乗ってたっけな。これも縁だ。死なせるわけにはいかないな。死なない死なない。よしこれで死なない」
 本気でそう言うと、取り出したパンをごく普通に頬張った。
 自信と言うことすら憚られる確信ぶりにさすがのボルカンも呆気にとられる。
「どうした手下その1? お前も食えよ。俺のはやらんが」
「は?」
 情報(嘘だが)を与えてもう用はないだろうに、何故そんなことまで口を出されるのか。
 確かに腹は減っているが。
「なに呆けてんだ。俺をシャーネのとこに案内するんだろ? 俺に使われる幸運を喜べ」
「ふ、ふざけるな! このマスマテュリアの闘犬ことボルカノ・ボルカンに道案内を強要するなど不敬罪にも程があるぞ!」
「何? この線路の影をなぞる者こと葡萄酒ことフェリックス・ウォーケンがここまで低姿勢で頼んでも駄目だってのか?」
「どこが低姿勢だ!? 鉄塔の上で土下座するのを低姿勢と言い張るならこっちも司法に頼る気がしないでもないぞ!」
「まぁいいけどな、ここに残りたいんなら。魔王と手下その2と仲良くな」
 ちらりと横を見ると、巨漢とバーテンダーが仰向けにぶっ倒れている。
 なんだかドーチンがいつも諦めを含んだため息をつく理由が分かった気がした。

359さらばボルカン! 渚に消えた英雄(4/7)◇J0mAROIq3E:2005/06/01(水) 23:20:54 ID:fuk4MM2Y
 そして二時間後、二人は眺めのいい岬へと辿り着いた。
「さぁ着いたぞ! 誰にも遭わず実に爽快な旅路だったな部下1!」
「そ、そうだな! 誰も彼もこの英雄ボルカノ・ボルカンに恐れをなして逃げ出したと見える! ふはははは!」
「はははははははは!」
「ふはははははは…は……」
 見るとクレアは声と口だけで笑い、目はぎらぎらと輝いている。
「いやぁ、行き止まりだし、ここだよな? でも合戦って割には痕跡も何もないな?」
「不思議なこともあるものだ。きっと合戦後に後かたづけをしたに違いないな!」
「いや別にいいんだけどさ。多分でまかせだろうって思ってたし。でも俺だから理由もなく会えるかなって思ってたし」
 言いながら、二抱えほどある岩をそっと撫で、友達相手にふざけるように押す。
 地響きのような音を立て、岩が動く。
 俊敏に背を向けようとするボルカンの襟首を掴み、クレアはにこやかに岩を押す。
「何かこう、スラップスティック・コメディ:主役俺、ヒロインシャーネ、道化俺、舞台俺、みたいな?
 いやいや文句を言う気はないぞ。騙されようと思って騙されたんだし」
「いやいやいやなら岩は何だその岩は! 恐怖政治は民草を疲弊させ何というかこう、駄目だぞ!」
「文句はない。文句はないが部下への仕置きは必要というのが俺政治」
 ぐ、と一際強く押した岩が投げ込まれるように崖を転がり海へと突撃する。
 水面を打つ轟音はすぐに波音に消され、跳ねた塩水が二人にかかる。
「ちょっとすっきり。しかし残念ながら俺の苛立ち指数、高水準で安定中。故にストレス解消案その2」
 じたばたと足掻くボルカンの頭をがっしりと固定。
 しっかりと大地を踏みしめ、遠い水平線を見渡し、青い空にシャーネの笑顔(補正あり)を夢想し、
「次からは嘘を本当にできるよう努力しろよー」
 投げた。
 飛んだ。
 落ちた。

360さらばボルカン! 渚に消えた英雄(5/7)◇J0mAROIq3E:2005/06/01(水) 23:22:08 ID:fuk4MM2Y
「おおおおぉぉ!?」
 潮風の中でボルカンは自由落下を余儀なくされる。
 先ほどの岩落下の衝撃で濁った海面が迫る。
 腹から落ちると痛いことは既に学習済みなのでばたばたと羽ばたくように両手を振る。
 腹から落ちた。
 いつものことといえばいつものことだが、痛いことこの上ない。
 悶絶して息を吸うと、空気の代わりに塩水が流れ込んでくる。
 そのまま岩の破片の待つ海底に突き刺さらんばかりの勢いで沈み、しかし吹き上げる泥で視界はない。
 そんなボルカンに、海底から浮上する板を避けることを要求するのは酷というものだろう。
 海底の泥に突き刺さっていた金属製のプレート。
 それがクレアのストレス解消で戒めを解き放たれて浮き上がるという、小さな奇跡が起きた。
「ぐぼがぁっ!?」
 無論そのプレートはそれが本来の役目であるかのようにボルカンの腹を強かに打ち付け、流れに乗りながら海面へと上昇していった。
 激痛に呻きながらも、それこそ蜘蛛の糸のようにそれにしがみつき、何とかボルカンは顔を海上へと上げることができた。
 嘔吐するように海水を吐き出し、こんな目に遭わせた元凶を睨もうと見上げた。
 角度の関係か、崖の上にクレアの姿は見えない。
 とりあえずラッコの姿勢でプレートに捕まりながらボルカンは叫んだ。
「げほっ、フェリックスとか言う赤借金取り! 今度会ったらこのボルカノ・ボルカンがカビ取り殺してぶはっ!」
 波が顔を洗い、塩辛さが口内を満たす。
 慣れたら美味いかもしれないと味わおうとし、二回嚥下して気持ち悪くなったところで頭の中に声が響いた。

361さらばボルカン! 渚に消えた英雄(6/7)◇J0mAROIq3E:2005/06/01(水) 23:22:49 ID:fuk4MM2Y
「誰が借金取りだ。ていうか何だ、あの板は?」
 クレアの卓抜した視力は浮沈する板の表面を何とか捉えたものの、中身は読みとれなかった。
「俺が読めん言葉があるってのは許せんな。帰ったら図書館でも行くか……っと」
『諸君、これより二回目の死亡者発表を行う――』
 頭の中で聞き覚えのない名前がずらずらと列挙される。
 その中に知り合い三人の名は含まれていない。
「やっぱシャーネは無事だよな。ま、今度は北に行ってみるかな」
 ぶらぶらと、あくまで気楽にクレアは歩き出した。


 一方、流され方のコツを覚えたボルカンは、ようやく自分のしがみついているものに興味を向けた。
 それは大きめのノートほどの大きさの板で、海中に沈んでいたにも関わらず錆の一つも浮いていなかった。
 表面には細かな模様と文字のようなものがびっしりと刻み込まれていた。 
 その模様によって、このプレートが主催者達の監視の目さえかいくぐっていることをボルカンは知らない。
 その模様によって、刻まれた文字が島全体にかけられた翻訳の力を逃れていることをボルカンは知らない。
 その文の末尾に、このプレートの作成者の名が刻まれていることをボルカンは知らない。
 ニーガスアンガー。
 とある世界における防御魔法の使い手が残した、最も丈夫な手紙。
 それは己と同じ世界の人間の目に触れるのを、今も待ち続けていた。

362さらばボルカン! 渚に消えた英雄(7/7)◇J0mAROIq3E:2005/06/01(水) 23:23:33 ID:fuk4MM2Y
【F-8/岬/1日目・12:00】
【ボルカン】
 [状態]:健康的に北へ漂流
 [装備]:かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)
     ニーガスアンガーのプレート(防御紋章により、盾にもなる。事件シリーズキャラしか読めない)
 [道具]:デイパック(支給品一式)
 [思考]:1.塩辛い。2.陸が恋しい。3.打倒、オーフェン

【クレア・スタンフィールド】
[状態]:絶好調
[装備]:大型ハンティングナイフx2
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:1.シャーネを見つける。2.アイザックとミリアと会ったら同行してもいい。

 ※ニーガスアンガー:事件シリーズに登場した最高の防御魔法の使い手。
           ある魔法に対し過剰反応してしまい死亡。

363Battle Without Honor or Humanity ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 03:04:48 ID:fTfq9Pvo
「まったくバケモノ揃いですね、この島って」
「肯定だ」
顔を見合わせ囁きあう宗介とキノ、そして彼らの耳には、
「どこ行きやがった!殺す!」
怒鳴り散らす平和島静雄の声が届いていた。

発端は5分前に遡る。
平和島静雄はビルの前のベンチでひとまず一服していた。
手にはどこかからか拝借してきたタバコがある。
「あいつらどーしてっかなぁ…イザヤのバカがこの島送りになったのは当然としても、俺やセルティまでってのは
 やっぱ理不尽だよなぁ、生きて帰れたらスシくいてぇな、サイモンの店じゃなくてこうもっとゴージャスなよ」
絵に描いた餅が次々と静雄の眼前に浮かぶ、思わず手を伸ばそうとするが…やはり手は空を掴むだけだ。
「くそっ…むかつく」
そう呟いて時計を見る、あと5分休んだらまたセルティを探すか。

で、そんな静雄の背後10Mの位置に潜み寄っていた宗介とキノだ。
「いましたね」
そっとナイフを取り出すキノ…が、その前に…キノは軽く足元の石を軽く蹴飛ばし、わずかだが音を立てる。
だが、静雄はまるで反応しなかった、気が付いていないようだ。
この距離でこの反応なら殺すのは容易い、宗介も同じ考えのようだ。
「ナイフで仕留めるぞ」

思えばここで弾薬をケチったのが失敗だった。

植え込みから飛び出し左右から静雄に迫る2人、その動きは疾風のように素早い、
事実、静雄はその身体に刃が突き立てられるまで何も出来なかった…いや正確には…
何もしなくてもよかったのだ、何故なら。

背後から心臓めがけて突き入れられた宗介のナイフも、右サイドから脇の下を抉るように突き入れようとしたキノのナイフも
鉄筋コンクリートのような硬い感触と同時に弾かれてしまっていたのだ。
そして…静雄がにぃと笑う。
「人に刃物向けたら死ぬよなぁ、普通はよう…てなわけで手前ェら殺す」

364Battle Without Honor or Humanity ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 03:06:56 ID:fTfq9Pvo
そう云うが否かの速度で、ぶんと唸りを上げる静雄の右フック。
それは飛び退いた宗介の鼻先をかすめ、ベンチの傍らの街灯に直撃し、街灯がその場所からひび割れていく。
そのスキをついて逃走する宗介。
「逃げんなコラァ!」
静雄は自分が座っていたベンチを軽々と持ち上げ、それを宗介らへと投げつける。
だが、そのベンチは植え込みの中に転がり込んだ彼らの頭の上を通過する。
その鮮やかな動きは、これまで静雄がブチのめした何処のどいつらよりも洗練されていた、
強いて言うならサイモンのそれに近いか?
(奴ら軍人かよ)
一瞬の逡巡の後、また怒りを取り戻す静雄だったが、
その間に宗介らは悠々と店内に逃げ込んでいたのだった。


そして現在。
「ところで何故?」
あの男に加勢して俺を殺す手もあったぞ?そう言いたい表情の宗介、
キノの答えは明確だった。
「あれは助けたら頼んでねぇ!と逆ギレするタイプか裏切りを責めるタイプだと思うんですよ」
途中までは加勢するつもりでしたけどねと心の中で付け加えるキノ。
「肯定だな」
どこの世界にでもそういう輩は多いようだ。

「こうなった以上殺すしかあるまい」
静雄の怒号が段々と近くなっていく。
「ところで残りの弾薬はどれくらいある?」
キノは唇を歪め、足元のディパックを軽く爪先で蹴る。
「まだまだたくさんありますよ、このカバンいっぱいにね…あなたはどうなんです?」
宗介もまた軽く答える。
「俺も分けてやりたいくらい余裕がある、口径の違いがあるのでそれは無理なようだが」
どたどたと階段を駆け上がる音、どうやらお出ましのようだ。

「見つけたぞ…てめぇら、しにやがれぇぇぇぇ!」
小細工一切無しの突撃を敢行する静雄、この突撃を止められる者など1人もいない。
その瞳に写るのは通路の真ん中に並んで立つキノと宗介。
だが…静雄には違和感があった、この2人、まるで俺を恐れていない。
その時、足に何かが当たる音。
(空き缶?)
そしてそれを合図に、宗介とキノの手が閃く。
(銃かよっ!)
これで合点が行った…それともう1つ分かったこと…この2人、人を殺してやがる…それも半端な数じゃない人数を。
ぱんと乾いた音がこだまする、静雄は両足を踏ん張り身体にブレーキをかけようとする。
しかし、間に合わなかった、そしてズン!という痛み以上の衝撃が静雄の身体を貫いた。

365Battle Without Honor or Humanity ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 03:07:37 ID:fTfq9Pvo
腹部にダムダム弾の直撃を受け、それでも踏ん張る静雄…だがその衝撃は筋肉の鎧を伝い、その内部を確実に破壊していた。
こみあげる熱いものを感じると同時に静雄の口から噴水のように血液が噴き出し、
そしてふくらはぎが嫌な音を立て、彼の身体は空中へと舞い上がった。
そこにキノがやはりダムダム弾で追い討ちをかける、今度は支えるもののない空中、しかもその命中個所はクレアが刺し、宗介が撃った場所と
寸分違わなかった。
そしてついに静雄の筋肉の鎧が砕け、腹の傷が盛大に開き、切り揉み回転しながらその身体が強化ガラスの窓に叩き付けられる、
さらにそれだけに留まらず、ガラスがぴしぴしと軋んだかと思うと同時に割れて、外に落ちる静雄。
その落下地点には…彼自身が先程叩き折った街灯の、まるで槍のように尖った先端が待ち受けていた。

ざくっ!

2階から様子を伺うキノと宗介…その真下には鉄骨に串刺しになった静雄がいる。
「終わりましたね」 
宗介はキノの言葉には応じずそのまま踵を返し、1階への下り階段へと向かう。
その後に従うキノ、階段に差し掛かった時だった。
めきめき…。
何かが抜けるような音が微かに聞こえた、何だ?
そのまま気にせず階段の折り返しに差し掛かる。
ずるずる…。
次ははとんでもなく重い何かを引きずるような音。
今度は気にしないわけにもいかなかった。
「まさかな…」
そして1階に降り、正面玄関へと目をやり2人は同時に呟いた。
『やっぱり…』

2人の視線の先にいた物、それは怒りの形相で立ちはだかる平和島静雄だった。

366Battle Without Honor or Humanity ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 03:08:25 ID:fTfq9Pvo
そう、彼は街灯に串刺しになったまま…その街灯を周辺の路面ごと無理やり引き抜き…ここまでやってきたのだ。
「あれは…人間なのか?」
静雄の余りにも異様な姿に宗介もキノも畏怖の言葉を漏らさざるを得ない。
「どんな国でも」
呟くキノ
「どんな戦場でも」
応じる宗介
『あんなのは見たことがない』
最後は2人同時だった。

その静雄は身体に数メートルはあろう街灯を身体にぶら下げたまま、キノと宗介の元へと突進しようとする。
が、届かない。
街灯が入り口に引っかかってそれ以上前には進めないのだ。
「ぐおおおおおおっ」
叫びと共に己を貫く鉄芯を引きちぎろうとするが、もはやそこまでの力は彼には残っていない。
しかも中途半端に折れ曲がったそれは鍵のようになって逆に静雄の脱出を阻む。
「ちく…しょう…せっかく…」

自分にできること、この忌まわしい肉体を存分に振える場所を、そして誰かを守る意義を…ようやく見つけた、その矢先にどうして。
「なんで…うまくいかねぇ…」
それでも何かやれることはある…あるはずだ…何も思い浮かばないなら、いつもどおりやればいい。
(あばよ…もう会えねぇ)
自分が長くないことくらいは分かる、だから最期は平和島静雄らしく!
「だったら…こっちをちぎるしかねぇよなぁああああ!」
街灯を引き抜くことを諦めた静雄、その代わり彼の取った行動…それは…
「うおおおおおおおおおっ」
叫びと同時にぴしぴしと何かが切断されていく音が響き、そして、
ぶつんという音と共に静雄は自由になった、ただし上半身だけが。
彼の取った選択…それは街灯もろとも動けない下半身を置き去りにすることだった。

367Battle Without Honor or Humanity ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 03:09:05 ID:fTfq9Pvo
「これじゃ近づけませんね」
「落ち着け…持久戦ならこちらが有利だ」
自分に言い聞かせながら、待合室のソファを取り外し、それを盾にしてじわりと前進していくキノと宗介。
しかし…静雄の攻撃により、遅々として進まない。
彼らの前方に鎮座する静雄、目の前には崩れたごみ箱から大量の空き缶、それを彼は最後の力を振り絞り
キノらへと投げつけ続けているのだ。
ただの空き缶とはいえ、静雄の膂力ならそれは充分過ぎるほどの凶器となる。
事実ソファはもうベコベコになっていた。
しかし、それももう終わる…みたところ静雄の空き缶のストックはもうすぐ底を尽きる。
そうなれば勝ち…と思っていた…しかし。

次の瞬間、何かが勢いよくソファを貫通する、まるで鋭利な刃物のような何かだ。
そしてその正体が何かを知ったとき…2人は呻く以外のことが出来なかった。
「肋骨…だと」
そう、静雄は投げられる得物が無くなった果てに、自らの肋骨を抉り取り、それをキノらへと投擲したのだ。

そして2人は誘われるように改めて銃を構える。
彼らはついに確信した、どんな犠牲を払ってでも今ここで確実にこいつを自分たちの手で殺らなければ、
後々必ず後悔することになるだろうと、そしていかなる犠牲をも払うに値する相手だということも。

「っ!っ!っ!」
最後の攻撃を終えた静雄は…笑っていた。
もう声を出すことも出来ないのだろう、全身の血を出しつくし白い肌は乾ききり触ると崩れそうだ。
それでも彼は笑っていた、その先に死しかありえなくとも。
(文句あっか?)
そしてくぐもった銃声が2つ響いた。

368Battle Without Honor or Humanity ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 03:09:56 ID:fTfq9Pvo
「終わったな」
無表情の宗介、その足元には静雄の死体、
その胴体部分はほとんど四散し、首と片方の腕が辛うじて鎖骨一本でつながった状態だ。
さて、首を刈らねばならない。
宗介は改めてナイフを構え、そして静雄の眼前へと屈みこんだその時!
「!!」
静雄の残った腕が、まるで宗介の首を握り潰さんとばかりに動いたのだ!
さらに開いたままの口が、宗介の手をやはり噛み潰さんとばかりに勢いよく閉じられた。
宗介はおろか見ているだけのキノですら、戦慄を禁じえなかった…ただの死後硬直の一種だと分かっていても
肉片となってまで残る執念には寒気を感じずにはいられなかった。

こうして暴力の使徒、平和島静雄は死してなお恐怖を与えることに成功したのであった。

【B-3/ビル内/1日目/13:30】

【キノ】
[状態]:健康体。
[装備]:カノン(残弾無し)、師匠の形見のパチンコ、ショットガン(残弾2) 、折りたたみナイフ
    ヘイルストーム(出典:オーフェン、残弾6)
[道具]:支給品×4
[思考]:最後まで生き残る

【相良宗介】
[状態]:健康体。
[装備]:ソーコムピストル(残弾不明)、コンバットナイフ。
[道具]:支給品一式、弾薬、 静雄の首
[思考]:かなめを救う…必ず

【平和島静雄 :死亡 】 (残り80人)

369最強、鉛弾に散る ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 04:07:27 ID:fTfq9Pvo
「まったくバケモノ揃いですね、この島って」
「肯定だ」
顔を見合わせ囁きあう宗介とキノ、そして彼らの耳には、
「どこ行きやがった!殺す!」
怒鳴り散らす平和島静雄の声が届いていた。

発端は5分前に遡る。
平和島静雄はビルの前のベンチでひとまず一服していた。
手にはどこかからか拝借してきたタバコがある。
「あいつらどーしてっかなぁ…イザヤのバカがこの島送りになったのは当然としても、俺やセルティまでってのは
 やっぱ理不尽だよなぁ、生きて帰れたらスシくいてぇな、サイモンの店じゃなくてこうもっとゴージャスなよ」
絵に描いた餅が次々と静雄の眼前に浮かぶ、思わず手を伸ばそうとするが…やはり手は空を掴むだけだ。
「くそっ…むかつく」
そう呟いて時計を見る、あと5分休んだらまたセルティを探すか。

で、そんな静雄の背後10Mの位置に潜み寄っていた宗介とキノだ。
「いましたね」
そっとナイフを取り出すキノ…が、その前に…キノは軽く足元の石を軽く蹴飛ばし、わずかだが音を立てる。
だが、静雄はまるで反応しなかった、気が付いていないようだ。
この距離でこの反応なら殺すのは容易い、宗介も同じ考えのようだ。
「ナイフで仕留めるぞ」

思えばここで弾薬をケチったのが失敗だった。

植え込みから飛び出し左右から静雄に迫る2人、その動きは疾風のように素早い、
事実、静雄はその身体に刃が突き立てられるまで何も出来なかった…いや正確には…
何もしなくてもよかったのだ、何故なら。

370最強、鉛弾に散る ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 04:09:08 ID:fTfq9Pvo
背後から心臓めがけて突き入れられた宗介のナイフも、右サイドから脇の下を抉るように突き入れようとしたキノのナイフも
鉄筋コンクリートのような硬い感触と同時に弾かれてしまっていたのだ。
そして…静雄がにぃと笑う。
「人に刃物向けたら死ぬよなぁ、普通はよう…てなわけで手前ェら殺す」

そう云うが否かの速度で、ぶんと唸りを上げる静雄の右フック。
それは飛び退いた宗介の鼻先をかすめ、ベンチの傍らの街灯に直撃し、街灯がその場所からひび割れていく。
そのスキをついて逃走する宗介。
「逃げんなコラァ!」
静雄は自分が座っていたベンチを軽々と持ち上げ、それを宗介らへと投げつける。
だが、そのベンチは植え込みの中に転がり込んだ彼らの頭の上を通過する。
その鮮やかな動きは、これまで静雄がブチのめした何処のどいつらよりも洗練されていた、
強いて言うならサイモンのそれに近いか?
(奴ら軍人かよ)
一瞬の逡巡の後、また怒りを取り戻す静雄だったが、
その間に宗介らは悠々と店内に逃げ込んでいたのだった。


そして現在。
「ところで何故?」
あの男に加勢して俺を殺す手もあったぞ?そう言いたい表情の宗介、
キノの答えは明確だった。
「あれは助けたら頼んでねぇ!と逆ギレするタイプか裏切りを責めるタイプだと思うんです」
途中までは加勢するつもりでしたけどねと心の中で付け加えるキノ。
「肯定だな」
どこの世界にでもそういう輩は多いようだ。

「こうなった以上殺すしかあるまい」
静雄の怒号が段々と近くなっていく。
「ところで残りの弾薬はどれくらいある?」
キノは唇を歪め、足元のディパックを軽く爪先で蹴る。
「まだまだたくさんあります、このカバンいっぱいに…あなたはどうなんです?」
宗介もまた軽く答える。
「俺も分けてやりたいくらい余裕がある、口径の違いがあるのでそれは無理なようだが」
どたどたと階段を駆け上がる音、どうやらお出ましのようだ。

371最強、鉛弾に散る ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 04:10:23 ID:fTfq9Pvo
「見つけたぞ…てめぇら、しにやがれぇぇぇぇ!」
小細工一切無しの突撃を敢行する静雄、この突撃を止められる者など1人もいない。
その瞳に写るのは通路の真ん中に並んで立つキノと宗介。
だが…静雄には違和感があった、この2人、まるで俺を恐れていない。
その時、足に何かが当たる音。
(空き缶?)
そしてそれを合図に、宗介とキノの手が閃く。
(銃かよっ!)
これで合点が行った…それともう1つ分かったこと…この2人、人を殺してやがる…それも半端な数じゃない人数を。
ぱんと乾いた音がこだまする、静雄は両足を踏ん張り身体にブレーキをかけようとする、しかし
(まにあわねぇ!)
それでも1発目は避けた、しかし2発目が静雄の肩に命中する。
そして肉を引き裂き骨をも砕く、ダムダム弾の恐るべき威力によって静雄の左半分は消滅していた。

(ざまぁねぇ…な)
血にまみれ倒れ伏す静雄、池袋最強が聞いて呆れる…。
(所詮喧嘩の話かよ…)
自慢じゃねぇが、俺は結構希望に燃えていた、だから…少しだけ前向きにやれると思ってた。
ここでなら自分の力が、俺を苦しめるだけだった力を正しく振るうことが出来ると…一瞬そう思った…
けど、鉛弾には結局勝てなかった。
こんなに簡単に人は死ぬんだなというあっけらかんと空虚な何かが身体を吹き抜けていく。

(何のために…俺は生きてきたんだ…)
目の前が滲む…死ぬのが恐ろしいわけじゃない、本当に恐ろしいのは、何も残せないままこの世界から消えてしまうということ。
まして何かを残せると思った矢先に…。
「ちく…しょう」
それが最後の言葉だった。
(イザヤ…先に待ってるぞ…セルティ、お前はこっちにはくるなよ…な…はは、トムさん次の取立てはどこっすか?)

「泣いてるみたいですね」
静雄の死に顔を覗き込むキノ、だが宗介はたいした感慨も持たずその首を刈り取った。
これは今までの何百分の一でそしてこれからの何分の一かに過ぎない。
そう思えば何も感じない。
「あと4人」
ただそれのみ呟くだけだった。

372最強、鉛弾に散る ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 04:11:18 ID:fTfq9Pvo
【B-3/ビル内/1日目/13:30】

【キノ】
[状態]:健康体。
[装備]:カノン(残弾無し)、師匠の形見のパチンコ、ショットガン(残弾2) 、折りたたみナイフ
    ヘイルストーム(出典:オーフェン、残弾6)
[道具]:支給品×4
[思考]:最後まで生き残る

【相良宗介】
[状態]:健康体。
[装備]:ソーコムピストル(残弾不明)、コンバットナイフ。
[道具]:支給品一式、弾薬、 静雄の首
[思考]:かなめを救う…必ず

【平和島静雄 :死亡 】 (残り80人)

373 ◆Wy5jmZAtv6:2005/06/04(土) 12:03:36 ID:rPE/mYBg
「Battle Without Honor or Humanity」 および「最強、鉛弾に散る」
共通の修正です。

時計は14時25分を指している。

「まったくバケモノ揃いですね、この島って」
「肯定だ」
顔を見合わせ囁きあう宗介とキノ、そして彼らの耳には、
「どこ行きやがった!殺す!」
怒鳴り散らす平和島静雄の声が届いていた。

発端は15 分前に遡る。
学校へと向かうキノと宗介、しかし…道端の異様な痕跡に2人は足を止める
草や木々がまるで八つ当たりのようになぎ倒された跡が点在しているのだ。
そしてその先にはビル街があり、そこへと続く足跡もあった。

それから10分後
平和島静雄はビルの前のベンチでひとまず一服していた。
手にはどこかからか拝借してきたタバコがある。
「あいつらどーしてっかなぁ…イザヤのバカがこの島送りになったのは当然としても、俺やセルティまでってのは
 やっぱ理不尽だよなぁ、生きて帰れたらスシくいてぇな、サイモンの店じゃなくてこうもっとゴージャスなよ」
絵に描いた餅が次々と静雄の眼前に浮かぶ、思わず手を伸ばそうとするが…やはり手は空を掴むだけだ。
「くそっ…むかつく」
そう呟いて時計を見る、あと5分休んだらまたセルティを探すか。

で、そんな静雄の背後10Mの位置に潜み寄っていた宗介とキノだ。
「いましたね」
そっとナイフを取り出すキノ…が、その前に…キノは軽く足元の石を軽く蹴飛ばし、わずかだが音を立てる。
だが、静雄はまるで反応しなかった、気が付いていないようだ。
この距離でこの反応なら殺すのは容易い、宗介も同じ考えのようだ。
「ナイフで仕留める」

思えばここで弾薬をケチったのが失敗だった。

植え込みから飛び出し静雄に迫る宗介、その動きは疾風のように素早い、
事実、静雄はその身体に刃が突き立てられるまで何も出来なかった…いや正確には…
何もしなくてもよかったのだ、何故なら。

緩慢な動きで振り向いた矢先、腹部に突き入れられた宗介のナイフは、
鉄筋コンクリートのような硬い感触と同時に弾かれてしまっていたのだ。
そして…静雄がにぃと笑う。
「人に刃物向けたら死ぬよなぁ、普通はよう…てなわけで手前ェ殺す」

374人形達の参戦 1 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:32:39 ID:D7qZuQnc
 ついに長い階段が終わりを告げ、広々としたフロアに出る。
 北と東へ二本の通路が延びているが、その間には巨大な扉があった。
 それはさも異様な妖気を放っているように感じられる。
 中から感じる威圧感に気圧されながらカイルロッドは呻いた。

「これが……格納庫」

 複雑な幾何学的紋様に隙間なく覆われた鉄製と思われる大扉。
 その表面は等間隔に設置されたライトによって光沢を帯び、
 場所さえ異なれば荘厳な雰囲気を見い出すことが出来ただろう。
 しかしここは地底であり、岩肌に浮き立つその姿は魔窟の入り口にしか見えない。

「随分と手の込んだ装飾ですわね……」
 扉に近づこうとした淑芳にカイルロッドは手を伸ばして引き寄せる。
 カイルロッドは地下に入った時、背後の扉が閉じてしまい戻れなくなった事を思い出し、心配していた。
「うかつに近づくな、まだ何か仕掛けが有るかもしれない。陸、何か怪しい物は?」
「地面には何の仕掛けも有りません、周囲に不自然な臭いも無いようですね」
 付近を嗅ぎ周っていた陸がカイルロッドの問いに応じる。
「上にも特に変わった物は無さそうですわね……カイルロッド様、退がっていて下さい」
 カイルロッドの前に進み出た淑芳の手には、数枚の呪符が握られていた。
 淑芳まさか――とカイルロッドが声をかける前に、
「吹き飛ばしますわ!李淑芳の符術、得とご覧あれ。臨兵闘者以下略!絶火来来、急々如律令!」
 符が凄まじい勢いの爆炎に変化し、扉を穿つと同時に炎の光がフロアを包み、
 飛び散った火の粉が陸の毛を焦がす。
(犬ばかりにいい顔をさせるわけにはいかないわ!)
 力が制限されているとはいえ、本来なら天界の神将も感嘆するほどの高レベルな符術が炸裂した。

375人形達の参戦 2 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:34:58 ID:D7qZuQnc
 しかし――
「嘘、無傷だなんて……」
 目立った損傷もない大扉が、呆然とした淑芳の前にそびえていた。
 
 淑芳が手の込んだ装飾と称した扉の幾何学的紋様は、
 実は物質の強度を高めるための論理回路である。
 更に1st-Gの賢石加工が施されて『べらぼーに頑丈』と書かれているために、
 並みの攻撃位は跳ね返す、鉄壁の守りだという事を彼等は知らない。 

「まったく、ハデな見かけの割には、私の毛を焦がす程度の威力しかないんですか?」
 カイルロッドの背後に緊急避難していた陸が非難の声を投げかけてくる。
(大誤算ですわ、扉一つ壊せずに更には犬ごときに馬鹿にされるなんて……、
何としてでも名誉を挽回しなければなりませんわね)
 一瞬で思考を終了した淑芳は、愛しのカイルロッドと犬畜生に向かって作り笑いを浮かべた。
「ふふふ、一見しただけでわたしの実力を嘲るとは、おめでたい頭脳をお持ちですわね。
これはほんの小手調べ。序の口に過ぎないことを教えて差し上げましょう」
 黒地に銀の刺繍の入った道服を優雅になびかせ、淑芳は再び扉に向き直る。
  
 目に決意を浮かべて後ろを向いた淑芳から、只ならぬ気配を感じたカイルロッドは、
「お、おい……淑芳――」
 無理はするなよ、と告げようとした瞬間。
 彼女の手に先ほどの倍近い呪符が握られているのに気付いて、
 ――手遅れだ。
「陸、目を閉じろ!」
 足元の陸を掴むと同時に、後方に跳躍して地面に伏せる。
 直後に、
「臨兵闘者――」
 ぎりぎりで塞いだ耳に次の瞬間爆音が響き、同時に猛烈な衝撃が体を襲った。
「!!」
 続いて熱気、冷気、再度の衝撃が伏せた背中の上を通過して行くのを感じ、
 最後に強烈な打撃音と破壊音が響く。

376人形達の参戦 3 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:36:01 ID:D7qZuQnc
 ごいん!
 めきゃ!

 それきり音は聞こえなくなり、恐る恐る顔を上げたカイルロッドは、
 何か巨大な力でブチ抜かれた大扉と、乱れた髪を整えながら不適に笑う淑芳を見た。
「いかがです?まあ、犬風情では私の符術の技量を計り知る事はできそうにありませんからね。
わたしの力を侮った先ほどの台詞は見逃して差し上げるわ」
 そこはかと余裕や自信を漂わせる言動だが、実際に扉を破壊したのは淑芳の符術ではない。
 一振りで天界に衝撃を起こした、太上老君秘蔵の武宝具『雷霆鞭』である。
 実際に再び扱って淑芳はその威力に戦慄していた。
(持ち手によって威力が増減するとはいえ、なんて破壊力…… 。
これがもし、悪しき力を持つ者の手に渡ったら……考えるだけでも恐ろしいですわ。
効果範囲を絞ってもこの威力。例えどのようなものが相手であろうと必殺間違いナシですわ)
 自分が本気で符術を使えば、カイルロッド達が防御行動を起こして自分をまともに見れなくなる。
 その瞬間を見越して、符術にまぎれてデイパックから雷霆鞭を取り出し、一撃を加えたのだ。

 当然カイルロッド達はそれを知らない。
 愛する人に対して嘘を貫く罪悪感が募る。
 しかし、自分はこの武宝具の存在を隠し通さなければならない。
「す、凄いな淑芳。なんて力だ」
「確かに。口先だけでは無かったのですね」
 身体を起こしながらカイルロッドと陸が賞賛の言葉を伝える。
「簡単な事ですわ、超高熱、超低温、超打撃の一点加重攻撃は大抵の物を破壊します。
わたしの頭には、精密な頭脳が詰まっていて四六時中休みなく働いているのです。
腕っ節には自信がありませんが符術と料理は大得意ですわ」
 体を払いながら、さりげなく誤魔化しの言葉を返すと、
 おぉ、と更なる感嘆の声がカイルロッドの口から漏れる。
 自分を信用してくれているであろう彼の言葉だけに心が痛んだ。

377人形達の参戦 4 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:37:50 ID:D7qZuQnc
「さあ、丁度よい大きさの穴が空いたので格納庫に入りましょう」
 一人苦しむ淑芳の心を知ってか知らずか、陸が扉に向かって歩を進め始め、
 神妙な面持ちでカイルロッドがそれに続く。
「あぁん、そんなに急がないで下さいなカイルロッド様ぁん」
 淑芳も格納庫にある存在を確認し、兵器ならば破壊するという目的を思い出して、
 気持ちをLOVEモードに切り替えてその後を追った。
 くよくよしてもしょうがない。今は目の前の事に集中しよう。
 生き残って、理想の新婚家庭を築くために。

 淑芳がブチ抜いた穴にカイルロッドは手をかけた。
 こうして見ると扉はずいぶんと厚い。
 格納庫の存在を知った時から、
(一体何が有るのだろうか?)
 と疑問を浮かべて、その都度、
(何が有ろうと俺は臆さん)
 と思い直してきた。
(さて、吉と出るか凶と出るか……とんでもない物が無ければいいが)
 数瞬の黙考後カイルロッドが扉をくぐった瞬間、頭の中に声が響いてきた。

・――金属は生命を持つ

「何だ?」
 あたりを見回すと、奇怪な物体が大量に整列している。
 そのあまりの異様さに意識を奪われたカイルロッドは、先ほどの声の存在を完全に忘却してしまった。
 格納庫に納められていた物。それは、
「人形……なのか、これは?」
 動力を伝道するための複雑な歯車と、腱代わりの幾本ものワイヤー、露骨な金属フレーム。
 それら全てが組み合わさって織り成す造形は、不気味なオーラを放ってこそいたが、
 概ね人らしき形を保っていた。
 ユーモラスで独創性溢れるフォルムだな、とカイルロッドは心惹かれる。
 中には蜘蛛にしか見えない物も有るが、人型の物がほとんどだ。
 心惹かれると同時に、人に似ていて、しかし人とは明らかに別種の存在に対する恐怖も生まれる。

378人形達の参戦 5 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:39:32 ID:D7qZuQnc

「な、何?この奇妙な空間は?」
 後から入ってきた淑芳は思わずカイルロッドの裾を掴む。
 淑芳にしてみれば、機械仕掛けの人形など恐怖の対象でしかない。
 妖怪などとはまた異なった無機質な容姿、しかし、
「何だか……生きてるみたいですわ」
 何処からともなく視線を感じてついついカイルロッドの背中に隠れてしまう。
 情けないけど、こういう時こそ甘えておくのも善いかもしれませんわ。
 などとは決して言わないが、それとなく接近したりする辺りは、
 なかなか計算深いわね、わたし。などと冷静に思考している。

「どうやらこれは人造人間のようですね」
 人形たちの間を走り回っていた陸が戻ってきた。
 格納庫内に目立った仕掛けや、人の気配は有りません。と告げた後に、
「製作者の名前と識別名が書いて有ります。例えばこれ、『人造人間二十二号コルチゾン君』
更に、『大天才コミクロン作製』だそうです。製作者のセンスが疑われますね」
 陸が指した先の蜘蛛型の物体には確かに名前が記されている。
 同時刻に遥か彼方で、その製作者がくしゃみをして首を傾げていた事は誰も知らない。

「そう言うなよ陸、俺の世界でこれほどの物を作り上げた者は天才扱いされるぞ」
「それに、一号からの技術の進歩が見て取れますわね。複雑さが増していますわ」
「そう言われば、試行錯誤の跡が分かりますね。機械技術が未発達な世界の
先駆者の作品かもしれませんね」
「何はともあれ、危険そうでなくて何よりだ。しばらく見て回るか」

379人形達の参戦 6 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:41:00 ID:D7qZuQnc

 しばらくして淑芳は奥に並んでいた美しい女性型の人形を発見した。
 他の人造人間たちとは明らかに異なり、更に高度な技術と優美な外見を持つそれは、
「随分と綺麗な人形ですわね……スタイル良過ぎですわ。それに、なんて人に近い。
一瞬本物の人かと思いましたわ。前の方の人形とは比べ物にならない」
 ガラスのような瞳と、人の肌に似た人口表皮。3rd-Gが誇る自動人形である。
 それらは数こそ少ないものの、服を着ていて今にも動きそうなリアルさを備えていた。
「本当に……綺麗」
 
 思わず淑芳が見とれていると、
「tes.お褒めの言葉をいただき、真に感謝いたします。私は3rd-G謹製の自動人形である
八号と申します。以後お見知りおきを」
「――!!」 
 人形が動いた。淑芳の目の前で静かに一礼し、
「それでは、しばしお休み下さい」

 ごす!

 首筋に衝撃が走り、淑芳の意識はそこで途切れた。

「淑芳!……貴様、何者だ!」
 淑芳が倒れた瞬間、人造人間の間をカイルロッドが八号に向かい、疾走してくる。
 途中何体かを吹き飛ばすが気にしない。
 しかしそれは、新たなる声によって阻まれた。
「だめだよー。ここから先は通行禁止ー。って言うか動けないっしょ?」
 瞬間、カイルロッドの体が締め付けられたように動かなくなる。
 全身にくまなく結びついたそれは、
「糸……だと……」
 足がもつれてカイルロッドは激しく体を地に打ち付けた。
 金属製の床は冷たく、磨かれた表面はさらに近づく別の人形の存在を映し出していた。
 顔を上げた瞬間、
「あなたはお眠り下さいな」

380人形達の参戦 7 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:41:57 ID:D7qZuQnc
 ぷしゅ!

 何かを体に打ち込まれ、カイルロッドの意識は闇に沈んだ。
 
「さて、皆さん動いてよろしいですよ。御客人方はお眠りになられました」
 モイラ1stが手を叩くと、それまだ沈黙していた人造人間達が動き出した。
 隊長格らしい口のようなスリットのある人造人間が号令をかける。
「全体、回れー右!」
「扉を破壊し、我等を解放してくださった御方達に、礼!」

 がしゃっ、と音を立てて回れ右した人造人間達は、
 カイルロッドと淑芳に向かって敬礼する。
 続いて隊長格の人造人間が自動人形達に向き直り、
「主催者の命により、我々『人造人間中隊』は、ゲーム打破を狙う不埒な輩を
粛清すべく、出動いたします!モイラ1st様達はいかがなされますか?」
「我々自動人形は、貴方たちの作戦開始と共に先頭促進のため、
変装して集団に潜伏、撹乱し、参加者達を疑心暗鬼に陥れます」
「ってことはこの人達とは別行動だねー。大姉ちゃん」
「そうなりますね、モイラ3rd。あなたはモイラ2ndと一緒に変装セットを取ってきなさい」
「おっけー」
 
とてとてと走り去るモイラ3rdを見送ると、隊長格の人造人間は自分の体を眺め回し、
 吐息のような物を一つ吐く。
 自分達と作製技術のレベルが違う自動人形が羨ましい、とでも思うのだろうか。
 しかしモイラ1stへ向き直った彼の顔には強い決意があった。
「では、我々は作戦を14:00より開始致します。主に遮蔽物が多い森や市街地にて、
戦線を展開しますのでご注意ください」
「御忠告ありがとうございます。どうか御武運を」
 モイラ1stにうなずき返した彼は、背後に待機していた人造人間達に声を張り上げた。
 彼らは全て、キリランシェロに破壊されたコミクロンの駄作達だ。
「ガラクタ呼ばわりされ、廃棄された我々を再生し、命を下さった主催者の方々の為、
我々はこれより死地に赴く!総員、命を捨てる覚悟はあるな!」
 がちゃがちゃと体を動かし、同意を示す人造人間達。
 不気味すぎる光景だが、コミクロンがこの場に居れば狂喜の涙を流しただろう。
 やはり俺の信じた科学は偉大だ、と。

381人形達の参戦 8 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:43:05 ID:D7qZuQnc
「征くぞ!同志達よ!GO AHEAD!」
 総勢三十体あまりの人造人間達が地下道に向かって進撃していった。
 駄作の彼らが再び戻ってくることは無いだろう。
 ああ、心ある人形よ永遠なれ。

 人造人間たちを見送ったモイラ1stは、床に倒れたカイルロッドと淑芳を担ぐ。
 「さて、私達もそろそろ準備をしなくてはなりませんね。
私が変装する参加者が、そう簡単にお亡くなりにならなければ良いのですが……。
まずは12:00の放送を聞いて、生死を確かめておきますか」
 そこに、かつらを持ったモイラ2ndと服を持ったモイラ3rdが入って来た。
 かなり楽しそうなモイラ3rdを見て、
「遊びじゃないんですよ、モイラ3rd。脳の思考レベルを超ハイから元気の
ランクに落としなさい」
「ちぇー。せっかくの変装ごっこなんだから楽しくやろうよー。そう思うでしょ、八号?」
「tes.しかしモイラ3rd様は、アッパー入りすぎだと判断します」
「楽しむよりもお仕事優先です。モイラ3rd、この二人の記憶を紡いでおきなさい。
私が数時間ほど記憶を削除しておきました」
「いいよー。またリトルグレイの出てくる奴でいいよね?」
「さすがにそれはまずいでしょう」
「中姉ちゃんのいけず。いちいち考えるのが面倒なのに」

 彼女たちは忘れていた。
 密かに扉から出て行った一匹の犬の存在を。

【F-1/海洋遊園地地下 格納庫前/一日目、07:45】


 【李淑芳】
 [状態]:健康 、気絶中
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。雷霆鞭。
 [思考]:雷霆鞭の存在を隠し通す/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
     /ゲームからの脱出/カイルロッド様LOVE♪
 [備考]:格納庫の事についての記憶が失われています

382人形達の参戦 9 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/05(日) 13:43:59 ID:D7qZuQnc
 【カイルロッド】
 [状態]:健康 、睡眠中
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。
 [思考]:シズという男を捜す/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
     /ゲームからの脱出/……淑芳が少し気になる/
 [備考]:格納庫の事についての記憶が失われています


 【陸】
 [思考]:取りあえず、この場から逃げる

 
 【人造人間達】
 [装備]:賢石。固定武装。
 [思考]:14:00より作戦行動開始/ゲームを乱す者に粛清を


 【モイラ1st】
 [装備]:麻酔銃。賢石。
 [思考]:放送後に参加者に擬態し、疑心暗鬼にさせる/殺しはしない


 【モイラ2nd】
 [装備]:賢石。?。
[思考]:放送後に参加者に擬態し、疑心暗鬼にさせる/殺しはしない
 

 【モイラ3rd】
 [装備]:曲弦糸。賢石。
[思考]:放送後に参加者に擬態し、疑心暗鬼にさせる/殺しはしない

 
 【八号】
 [装備]:賢石。?。
 [思考]:放送後に参加者に擬態し、疑心暗鬼にさせる/殺しはしない

383スィリー・カンバセーション ◆rEooL6uk/I:2005/06/06(月) 00:25:08 ID:hNdeEao2
from the aspect of ULPEN
ざく ざく ざく…
森の中に、ただひたすら自らの足音のみがこだまする。
それは心地のいい音だった。
風で葉の揺れる音も帝都の我が家を思わせて心をおちつかせる。
妻の眠るあの小屋を。
いったん草原へ抜けたのだが、暫く歩いてから引き返して正解だった。
また、見晴しの良い草原では、片目を失った視界は酷く不安でもあった。
ここにはそれがない。
どれほど歩いたのだろう。30分、あるいは1時間か。
(無心のあまりに時の概念すら忘れたか)
唇を歪ませて苦笑しつつ、彼、ウルペンは胸中でそうつぶやいた。
が、ふと気付いて笑みを消す。
長く仮面で表情を覆ううちに付いてしまった癖だった。
一人で歩きながら唐突に笑みを浮かべる男など気味の悪いものでしかないだろう。
見ている者は居ないはずだ。少なくとも彼の気付いてるなかでは。
それでも直した方がいいに変わりない。
しかし彼は気付いていなかった。
彼が見当違いな方向へ進んでいる事も。
左目を失い左腕の焼けおちた体は、酷くバランス感覚にかけており、まっすぐに歩く事は困難だ。
知らぬ間に蛇行し、同じ場所を彷徨っていても不思議は無い。
勿論いく場所に目的があったわけではない。が、それでも現在地を見失う事はリスクになりうる。
しかし彼は気付いていなかった。
森も、極限を超えた心身も、驚くほどに平穏だ。
しかし彼は気付いていなかった。
変化はいつもこともなげに訪れる。

384スィリー・カンバセーション(戯言使い) ◆rEooL6uk/I:2005/06/06(月) 00:26:22 ID:hNdeEao2
from the aspect of MONKEY TALK
 ざざぁぁぁ!
「っ!!」
本日二度目の落下感。こんなものは一日に一回で十分だ。
一日一回落下感。なんだか標語みたいで語呂が良い。
…いや、普通は一回もないのか?
「て、そんなことよりも… ドクロちゃん!!」
眼前に迫ってくる地面を後目にぼくは腕の中の少女を抱き寄せた。
目をつぶって衝撃に耐える。ついでに舌を噛まないように。生物として当然の防御反応だろう。
ずざぁぁああああん
ゆっくりと目を開ける。よし。特に怪我をした様子はない。
「ふわあーん ひははんひゃっはよー(舌噛んじゃったよー)」
なんだかすごい涙目だ。砂埃が目にはいったんだろう。
「………」
まあこの娘にそんな事期待するのは無駄だよなぁ。
しみじみと感心して辺りを見回す。
あの銀髪が追ってこないとも限らないし、今の大音響で他の参加者に気付かれないとも限らない。
上方の気配を伺ってから、前方に視線を延ばす。
そこにあったのは…黒い影。
最初ぼくはそれを怪物だと思った。
なんだか酷い違和感がある。
なぜだか凄い危機感がある。
いや、よく見ればそれは知っている人物だった。
小屋にやってきて、娘を探していたあの男。
女の子を殺した、と言っていた。危険人物と見て良いだろう。
そして違和感、その理由は――すぐに分かった。男には左腕が無い。
たった一つそれだけが彼のシルエットに怪物じみた印象を付加していた。
でも、本当に――それだけなのか? ぼくの脳が危険信号を送る。

385スィリー・カンバセーション(戯言使い) ◆rEooL6uk/I:2005/06/06(月) 00:28:07 ID:hNdeEao2
「ドクロちゃん!逃げるんだ!」
これもまた、本日二度目。
しかし当のドクロちゃんは目をこすっていて何も気付いていない。
「ドクロちゃん、といったか」
黒尽くめの声。肌が泡立ち、皮膚が戦慄する。
その言葉に反応したのはドクロちゃん。
「そうだよ。おにいちゃんの名前は?」
小首を傾げる仕草には危機感というものが全くない。
先ほど傷つけられたというのに忘れてしまったのか。
何故――気付かないんだ。
このぼくが、こんなに恐怖していると言うのに。
あの娘は、あんな目にあったというのに。
何故――この恐怖に気が付かない。
「俺の名前か」
面白そうに、男。
「俺の名前など、もうないも同然だ。もとより、多くの者が知っていたわけでもない。そして、それも皆死んだ」
ああ、そうか――
「今の俺は黒衣だ。空白を跋扈し人の世を蹂躙する怪物だ。
 さて黒衣に名前がいるか?存在の全てをこの衣のうちに隠す存在に?
 答えは否、だ。」
これは、この恐怖は――
「今の、俺に、名前は、ない」
今分かった。この恐怖はぼくの恐怖だ!!
物語を歪ませ、結末を狂わせる無為式へのジョーカー。
他人に成り代わろうとする彼女、雑音。そしてこの男。
怖い、恐い。恐ろしく、恐怖している。 
「終わりを始めようじゃないか」
見た事のある糸がどこからとも無く現れ、ぼくのひざの上の、少女の首に巻き付いた。

386スィリー・カンバセーション(戯言使い) ◆rEooL6uk/I:2005/06/06(月) 00:29:30 ID:hNdeEao2
「う あ、いやぁあ」
さっきの牽制とは違う、本気の攻撃。男は、ドクロちゃんを殺す気だ。
なんだか、少女の体重が軽くなっていくようだ。急速に、乾いていく。
「っやめろぉおお!」
ぼくはできる最善の事をした。つまりドクロちゃんを放り投げた。
木々の向こうに小柄な少女の影が消える。
…今度はちゃんと目をつぶってくれる事を祈ろう。
とりあえず、男の意識はドクロちゃんから逸れたようだった。
そして、逸れた意識が次に向かう対象は――
「つまり身を挺してあの娘をかばう、というわけだな」
やっぱり、ぼくですか。
「――別に、身を挺したつもりなんて、ないですよ。ぼくはこう見えても薄情なんです。後であの子にいろいろと恩を着せるという下心がありありですよ」
戯言だ。分かっている。
それでも喋るのをやめられない。
足が震えて動かない。
足が竦んで動けない。
それを知ってか知らずか男は一歩、こっちに近付いてきた。
気が付けばぼくの首筋にも銀色の糸。
「では一つ質問をしよう、少年。問いはこうだ。
『お前に確かなものはあるのか』」
は は、とぼくは笑った。
かすれて、悲鳴じみて聞こえていたかもしれないけど、それでも確かに笑った。
なんと、滑稽じゃないか。
今まで、ぼくは望まれもしない戯言を語ってきた。
それは物語を狂わせ、結果多くの死者が出た。
本当に、多くの人がぼくの戯言で死んでいった。
この島に来てからも一人。もしかしたら凪ちゃん、ドクロちゃんも。
戯言じみた質問だ。答える事も、戯言。
男はぼくにそれを要求している。名前の無い男。戯言の効かない切り札。
効く相手のいない戯言なんて、虚しい独り言。
「そんなもの、あるわけないじゃないですか。
壊して、眺めて、逃げて、近寄って、憎んで、愛して。
そのどれもが半端だ。
ぼくは「生きて」なんかいなかった。ただ、「いる」だけだった。
徹底的に、何もしなかったんだ。
生きたいのに、生きられず、死にたいのに、死ねず。
そんな、戯言使いです」
多分、これが最後の――
「さしあたって、確かなのはぼくはあなたに殺されるだろうと言う事ぐらいです」
最後の、戯言。

「お前は賢明だ」

ああ…喉が乾いた。
誰か、僕に水を下さい。

387スィリー・カンバセーション(戯言使い) ◆rEooL6uk/I:2005/06/06(月) 00:30:17 ID:hNdeEao2
【F−4/森の中/1日目・13:10】
 
【戯言ポップぴぴるぴ〜】
(いーちゃん/(零崎人識)/(霧間凪)/三塚井ドクロ)

  【いーちゃん 死亡】

【ドクロちゃん】
  *生死不明。 次の書き手に任せます。生存なら脱水状態。

【霧間凪】
[状態]:健康
[装備]:ワニの杖 制服 救急箱
[道具]:缶詰3個 鋏 針 糸 支給品一式
[思考]:こいつ(ギギナ)をどうにかして、いーちゃんたちと合流

  『ウルペン』
【ウルペン】
[状態]:左腕が肩から焼き落ちている。行動に支障はない(気力で動いてます)
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式) 
[思考]:1)チサト(容姿知らず)の殺害。2)その他の参加者の殺害3。)アマワの捜索

388損得勘定・義理人情 ◆5KqBC89beU:2005/06/06(月) 10:31:31 ID:gze6IUQc
 李麗芳は夢を見ていた。意識を失う少し前の光景が、夢の中で再現されていた。
 その時、呉星秀が死んだと放送で聞いて、麗芳はショックを受けていた。
「どうしよう……他のみんなも、いつ殺されてもおかしくないよ」
 泣きそうな顔をした彼女に、宮下藤花が言った。
「“人間にとって最大の快楽とは未来を視る瞬間にある。そのとき人は世界すら
 征服したような気がするものだ”――とか書かれた本があるくらい、人は未来を
 予測したがる。けれど、そうした予測を無条件に盲信するのは、とても危険だ。
 はたして、君の憂いている未来は、本当に実現してしまうのかな?」
「え?」
 呆然と藤花を見つめる麗芳。しぐさも、口調も、まなざしも、まるで藤花ではない
別人のようだった。左右非対称な表情には、人間らしさが欠けていた。
「未来が現在になる時まで、答えの出ない問いだ。そうは思わないかい?」
 藤花の顔をした“それ”が何なのか、麗芳には判らなかった。
「と、藤花ちゃん?」
「あ……はい、なんですか麗芳さん? わたしの顔に何かついてます?」
 小首をかしげた藤花の姿が、闇の中に溶けて――夢が終わった。

 目が覚めた時、麗芳は硬い床の上に寝かされていた。周囲は薄明るい光で
照らされていて、この場所が通路の中だと、見れば判る。
「おや、お目覚めですか」
 声の主は、奇妙な姿の男だった。彼の足元には二つのデイパックが置いてある。
片手の指でこつこつ仮面を叩きながら、もう片方の手にスタンロッドを持ったまま、
彼は彼女に歩み寄ってきた。これから戦おうという態度には見えない。

389損得勘定・義理人情 ◆5KqBC89beU:2005/06/06(月) 10:32:16 ID:gze6IUQc
「……それ、素敵な仮面ね」
 麗芳は、男に道具と武器を奪われていた。だが、意識がなかった間に殺されても
いないし、拘束されているわけでもない。彼は話し合いを望んでいる、と判断し、
麗芳は友好的に話しかけてみたのだ。変な仮面だとか思っているが口には出さない。
「どうも。社交辞令だとは思いますが、その思いやりには感謝しておきましょう」
 そう言って、男は麗芳から離れた位置で止まり、スタンロッドを床に置いた。
「あなたのデイパックも、ここに置いて離れます。勝手に取ってください」
 怪訝そうな麗芳を気にする様子もなく、男はデイパックを一つ移動させ、もう一つの
デイパックが置いてある場所まで遠ざかった。敵ではない、と態度で示したのだ。
「失礼だとは思いましたが、あなたが寝ている間に武器を調べさせてもらいました。
 退屈だったし、興味があったものですから。あなたのデイパックは開けていません」
 しかし麗芳は、男を完全には信用しない。何か細工をされた可能性があるからだ。
「……このデイパックが唐突に爆発しても、あんたは離れてるから無事でしょうね」
 裏切って苦しませて殺すのが大好きな男だったりしたら最悪だな、と彼女は思う。
「それでは、近くまで行きましょうか。ああ、心配しなくても大丈夫ですよ。
 もしも戦闘になった場合、僕は絶対に、あなたに勝てない」
 仮面の男は、自慢にならないことを自信たっぷりに断言した。どう見ても変人だ。
「へぇ? あんたは確かに弱そうだけど、わたしだって、か弱い乙女なのよ?」
「あなたが武術の達人だというのは知っています。だいぶ鍛えられているようですね」
 麗芳に向かって歩きながら、男は苦笑したようだった。
「おっ、よく判ったね」
「気絶していたあなたを背負って、ここまで運んできましたから。大変でしたよ」
 つまり、直に触れれば筋肉の状態くらい素人でも判るということだ。

390損得勘定・義理人情 ◆5KqBC89beU:2005/06/06(月) 10:33:07 ID:gze6IUQc
「つまり、わたしの胸やら太腿やらの感触を楽しんだわけね。高くつくわよ?」
 微妙に赤面しつつ、麗芳は男を睨む。半分本気で半分冗談だ。男が平然と答える。
「できるだけ紳士的に行動したつもりです。まぁ、証明するのは不可能ですが。
 放っておいたら誰かに殺されていたかもしれませんね。その場に留まるのは論外。
 あなたを守りながら素手で戦ったら、僕は負けてしまいます。それとも、いっそ
 引きずられて移動した方が良かったと? 僕らは泥の上も通ったんですが」
 男の靴が泥だらけになっているのを見て、麗芳は首を左右に振った。
「貸し借りは無しでいいわ。ところで、ここはどこなの? 何かの通路みたいだけど」
「水がなくなった元湖の、湖底だった場所で発見した地下通路ですよ。敵がいないと
 確認できていて、他の参加者が来なさそうな場所に、戻る途中で発見しました。
 この地下通路に入れたのは幸運でしたよ。ここは、隠れて休むのに最適な場所だ。
 ちなみに、僕のいる方に背を向けて進めば、僕らが入ってきた出入口があります。
 扉がありますが、閉じ込められてはいません。いつでも自由に地上へ出られます。
 出入口の近くには、地下の地図が描かれていました。確認しておくと良いでしょう」
 麗芳の間近で、男は足を止めた。彼女の技量なら、一瞬で彼を攻撃できる位置関係だ。
「さて、こうして僕が情報を提示した理由は、あなたと手を組みたいからです。
 僕は、主催者を打倒し、この島から脱出したいと考えています。他人の思惑通りに
 人を殺すなど、不愉快で我慢できません。だから、まず同盟を結成したいのです。
 あなたは気絶させられていた。現在の状況に、何の不安もないとは思えない。
 こうして話してみた印象からして、僕を殺したいと思っているようでもない。
 利害は一致しているはずです。違いますか?」
 不思議な男だ。善人のようにも悪人のようにも見える。信じるのも疑うのも難しい。

391損得勘定・義理人情 ◆5KqBC89beU:2005/06/06(月) 10:33:54 ID:gze6IUQc
 麗芳は、迷った末に、その迷いを正直に伝えることにした。
「違わない。でも、お互いに、信用できるっていう証拠がないんじゃない?」
「共通の敵が、あなたと僕とを結束させてくれるように祈るばかりですね。
 そもそも今も、あなたを怒らせたら、僕は死ぬかもしれないわけですから」
 緊張感のない言い方だったが、仮面の男が危険な賭けをしているのは事実だった。
 太白さまみたいな話し方だな、と麗芳は思う。太白というのは、彼女のよく知る
天界のお偉いさんで、舌先八寸だとか五枚舌だとか言われて親しまれている二枚目だ。
「……そうね。とりあえずは、できる範囲で協力し合いましょう」
 そう言って麗芳が微笑むと同時に、謎の轟音が響いた。思わず二人は身構える。
「何だ? 今のは」
「さあ? 何だか判んないけど油断は禁物ね。えーと……あんた、名前は?」
「エドワース・シーズワークス・マークウィッスルといいます」
「うわ、長い名前……憶えにくいし、舌噛みそう……」
「EDと呼んでください。どうぞよろしく。で、あなたの名前は?」
「李麗芳よ。麗芳でいいわ。よろしくね、EDさん」
 しばらく待っていると、今度は謎の声が聞こえてきた。
『皆さん聞いてください、愚かな争いはやめましょう、そしてみんなで生き残る方法を考えよう』
 二人は顔を見合わせたが、声に続く銃声と悲鳴を聞いて、口を閉ざした。

392損得勘定・義理人情 ◆5KqBC89beU:2005/06/06(月) 10:34:51 ID:gze6IUQc
「あれはピストルアームの発射音でした。この島にも、あれが存在しているとは……」
「何なの、そのピスなんとかって? とにかく物騒な武器だってことは想像つくけど」
 二人は食事をしながら情報交換をしていた。麗芳は常人の倍くらい食べていたが、
あえてEDは指摘しなかった。賢明だ。
 これでも麗芳としては、ものすごく食欲が落ちている状態だったりするのだが。
 二人とも、教えても無害そうな情報は隠すことなく話している。当たり障りのない
話題から語っているのは、序盤の会話を、その後の判断材料にできるようにだった。
 自己紹介。自分のいた世界について。竜について。魔法と術について。
 EDが一通りの情報を話し終わった後で、麗芳が情報を教える。そういう順番だ。
「まずは信用を得るのが第一ですからね。僕は、あなたを信用できると判断しました」
 などとEDが主張したからだ。おかげで麗芳は、隠し事をしづらい気分になった。
 情報交換は順調に進んだ。どれもこれも、互いにとって驚くべき内容の連続だった。
 魔法や術に関しては二人とも専門家ではないこと、故に呪いの刻印をどうにかする
手段がないこと、麗芳の能力に制限がかかっているらしいことなどが確認された。
 二つのデイパックが二人の手で開けられ、ランダムに渡された道具の把握も済んだ。
 次の話題は、この島にいる知人について。
 EDは躊躇なくヒースロゥのことを説明し、最後にこう言った。
「あいつなら、ちょっとやそっとのことで殺されたりはしないでしょう」

393損得勘定・義理人情 ◆5KqBC89beU:2005/06/06(月) 10:36:26 ID:gze6IUQc
 少し悩んだが、結局、麗芳は妹や知人について詳しく話した。
「神将の二人は、そう簡単には死なないと思う。でも、淑芳ちゃんは腕力ないし……
 術の力が封じられてたりしたら、ただの運動オンチになっちゃうから……」
 藤花のことも教えた。夢に見ていた会話についても、できるだけ正確に伝えた。
「もう一度、彼女に会って、事情を話してもらいたいの」
 そう言って遠い目をする麗芳に、EDは小さく頷いてみせた。
「“人間にとって最大の快楽とは未来を視る瞬間にある。そのとき人は世界すら
 征服したような気がするものだ”――か。偶然なのか、それとも必然なのか、
 その少女は、どうやら“霧の中のひとつの真実”について何か知っているらしい。
 個人的にも興味がわいてきましたよ。ああ、ぜひとも会ってみたい」
 さらに次の話題は、今後の行動について。
「次の放送が終わったら単独行動しましょう。ここを拠点にして、仲間を探すんです。
 そして、第三回の放送が始まる頃に、この場所で合流したいと思います」
「え? どうして? なるべく一緒にいた方が良いんじゃないの?」
「皆殺しを目的にする場合、最も厄介なのは同盟です。放っておけば、どんどん人数を
 増やし、手がつけられなくなる。単独行動している敵を後回しにしてでも、早めに
 始末しておかなければならない。――だから、集団行動をしそうな者から狙われます。
 二人組など、『他の同盟と合併する前に襲ってくれ』と言っているようなものです。
 同盟を結成するなら、一気に何人も集めないと危険なのですよ。手分けして仲間を
 探し、一斉に集めるんです。合流した時点で、まだ戦力が足りないようなら、また
 手分けして仲間探しを再開しましょう。異議はありますか?」

394損得勘定・義理人情 ◆5KqBC89beU:2005/06/06(月) 10:37:26 ID:gze6IUQc
「ある。それでも襲われるかもしれないじゃない。わたしはともかく、EDさんは
 襲われたら殺されそうじゃない。そんなのダメよ」
「僕は、あなたほどタフじゃありません。間違いなく足手まといになりますよ。
 僕が休憩したいと言ったせいで、妹さんが襲われている場所への到着が遅れたり
 したら、麗芳さんは僕を嫌いになってしまうでしょう?」
「そんなこと……」
 ない、とは言いきれなかった。うつむく麗芳に、EDが声をかける。
「気にする必要はありませんよ。なにしろ、僕らは仲間なんですから。ね?」
 ――こうして麗芳は、EDの奇妙な冒険に巻き込まれた。


【B-7/湖底の地下通路/1日目11:30】

『反戦同盟エドレイホウ』
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1700ml)、手描きの地下地図、飲み薬セット+α
[思考]:同盟の結成(人数が多くなるまでは分散する)/ヒースロゥ・藤花・淑芳・鳳月・緑麗を探す
[行動]:第二回放送後から単独行動開始/第三回放送までに麗芳と合流
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ

【李麗芳】
[状態]:健康
[装備]:指輪(大きくして武器にできる)、凪のスタンロッド
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1500ml)
[思考]:淑芳・藤花・鳳月・緑麗・ヒースロゥを探す/ゲームからの脱出
[行動]:第二回放送後から単独行動開始/第三回放送までにEDと合流

395名も無き黒幕さん:2005/06/07(火) 18:59:48 ID:gycKcWE2
読みにくいのでage

396損得勘定・義理人情(改) ◆5KqBC89beU:2005/06/09(木) 12:34:04 ID:gze6IUQc
EDのセリフを修正。

>>390
「さて、こうして僕が情報を提示した理由は、あなたと手を組みたいからです。
 僕は、この企てを叩き潰したいと考えています。というわけで、これから僕は、
 島中の参加者たちと交渉し、ありとあらゆる方法で、殺し合いを妨害します。
 その為には、同盟を結成しなければならない。まず、あなたの力が必要です。
 あなたは気絶させられていた。現在の状況に、何の不安もないとは思えない。
 こうして話してみた印象からして、僕を殺したいと思っているようでもない。
 利害は一致しているはずです。違いますか?」

>>393
「(略)二人組など、『他の誰かが加盟する前に襲ってくれ』と言っているようなものです。(略)」

397グッバイ・アーチ 1 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:03:07 ID:D7qZuQnc
 ついに長い階段が終わりを告げ、広々としたフロアに出る。
 北と東へ二本の通路が延びているが、その間には巨大な扉があった。
 それはさも異様な妖気を放っているように感じられる。
 中から感じる威圧感に気圧されながらカイルロッドは呻いた。

「これが……格納庫」

 複雑な幾何学的紋様に隙間なく覆われた鉄製と思われる大扉。
 その表面は等間隔に設置されたライトによって光沢を帯び、
 場所さえ異なれば荘厳な雰囲気を見い出すことが出来ただろう。
 しかしここは地底であり、岩肌に浮き立つその姿は魔窟の入り口にしか見えない。

「随分と手の込んだ装飾ですわね……」
 扉に近づこうとした淑芳にカイルロッドは手を伸ばして引き寄せる。
 カイルロッドは地下に入った時、背後の扉が閉じてしまい戻れなくなった事を思い出し、心配していた。
「うかつに近づくな、まだ何か仕掛けが有るかもしれない。陸、何か怪しい物は?」
「地面には何の仕掛けも有りません、周囲に不自然な臭いも無いようですね」
 付近を嗅ぎ周っていた陸がカイルロッドの問いに応じる。
「上にも特に変わった物は無さそうですわね……カイルロッド様、退がっていて下さい」
 カイルロッドの前に進み出た淑芳の手には、数枚の呪符が握られていた。
 淑芳まさか――とカイルロッドが声をかける前に、
「吹き飛ばしますわ!李淑芳の符術、得とご覧あれ。臨兵闘者以下略!絶火来来、急々如律令!」
 ――犬ばかりにいい顔をさせるわけにはいかないわ!
 符が凄まじい勢いの爆炎に変化し、扉を穿つと同時に炎の光がフロアを包み、
 飛び散った火の粉が陸の毛を焦がす。
 力が制限されているとはいえ、本来なら天界の神将も感嘆するほどの高レベルな符術が炸裂した。

398グッバイ・アーチ 2 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:05:03 ID:D7qZuQnc
 しかし――
「嘘、無傷だなんて……」
 目立った損傷もない大扉が、呆然とした淑芳の前にそびえていた。
 
 淑芳が手の込んだ装飾と称した扉の幾何学的紋様は、
 実は物質の強度を高めるための論理回路である。
 更に1st-Gの賢石加工が施されて『べらぼーに頑丈』と書かれているために、
 並みの攻撃位は跳ね返す、鉄壁の守りだという事を彼等は知らない。 

「まったく、ハデな見かけの割には、私の毛を焦がす程度の威力しかないんですか?」
 カイルロッドの背後に緊急避難していた陸が非難の声を投げかけてくる。
 ――大誤算ですわ、扉一つ壊せずに更には犬ごときに馬鹿にされるなんて……、
 何としてでも名誉を挽回しなければなりませんわね
 一瞬で思考を終了した淑芳は、愛しのカイルロッドと犬畜生に向かって作り笑いを浮かべた。
「ふふふ、一見しただけでわたしの実力を嘲るとは、おめでたい頭脳をお持ちですわね。
これはほんの小手調べ。序の口に過ぎないことを教えて差し上げましょう」
 黒地に銀の刺繍の入った道服を優雅になびかせ、淑芳は再び扉に向き直る。
  
 目に決意を浮かべて後ろを向いた淑芳から、只ならぬ気配を感じたカイルロッドは、
「お、おい淑芳――」
 無理はするなよ、と告げようとした瞬間。
 彼女の手に先ほどの倍近い呪符が握られているのに気付いて、
 ――手遅れだ。
「陸、目を閉じろ!」
 足元の陸を掴むと同時に、後方に跳躍して地面に伏せる。
 直後に、
「臨兵闘者――」
 ぎりぎりで塞いだ耳に次の瞬間爆音が響き、同時に猛烈な衝撃が体を襲った。
「!!」
 続いて熱気、冷気、再度の衝撃が伏せた背中の上を通過して行くのを感じ、
 最後に強烈な打撃音と破壊音が響く。

399グッバイ・アーチ 3 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:06:16 ID:D7qZuQnc
 ごいん!
 めきゃ!

 それきり音は聞こえなくなり、恐る恐る顔を上げたカイルロッドは、
 何か巨大な力でブチ抜かれた大扉と、乱れた髪を整えながら不適に笑う淑芳を見た。
「いかがです?まあ、犬ふぜいでは私の符術の技量を計り知る事はできそうにありませんからね。
わたしの力を侮った先ほどの台詞は見逃して差し上げるわ」
 そこはかと余裕や自信を漂わせる言動だが、実際に扉を破壊したのは淑芳の符術ではない。
 一振りで天界に衝撃を起こした、太上老君秘蔵の武宝具『雷霆鞭』である。
 しかし、実際に再び扱ってみて淑芳はその威力に戦慄していた。
 ――持ち手によって威力が増減するとはいえ、なんて破壊力…… 。
 これがもし、悪しき力を持つ者の手に渡ったら、などと考えるだけでも恐ろしい。
 効果範囲が制限されていてももこの威力。
 ――例えどのようなものが相手であろうと必殺間違いナシですわ。
 ムキになった自分が本気で符術を使えば、
 カイルロッド達が防御行動を起こして自分をまともに見れなくなる。
 その瞬間を見越して、符術にまぎれてデイパックから雷霆鞭を取り出し、一撃を加えたのだ。

 当然カイルロッド達はそれを知らない。
 愛する人に対して嘘を貫く罪悪感が募る。
 しかし、自分はこの武宝具の存在を隠し通さなければならない。
「す、凄いな淑芳。なんて力だ」
「確かに。口先だけでは無かったのですね」
 身体を起こしながらカイルロッドと陸が賞賛の言葉を伝える。
「簡単な事ですわ、超高熱、超低温、超打撃の一点加重攻撃は大抵の物を破壊します。
わたしの頭には、精密な頭脳が詰まっていて四六時中休みなく働いているのです。
腕っ節には自信がありませんが符術と料理は大得意ですわ」
 体を払いながら、さりげなく誤魔化しの言葉を返すと、
 おぉ、と更なる感嘆の声がカイルロッドの口から漏れる。
 自分を信用してくれているであろう彼の言葉だけに心が痛んだ。

400グッバイ・アーチ 4 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:07:07 ID:D7qZuQnc
「さあ、丁度よい大きさの穴が空いたので格納庫に入りましょう」
 一人苦しむ淑芳の心を知ってか知らずか、陸が扉に向かって歩を進め始め、
 神妙な面持ちでカイルロッドがそれに続く。
「あぁん、そんなに急がないで下さいなカイルロッド様ぁん」
 淑芳も格納庫にある存在を確認し、兵器ならば破壊するという目的を思い出して、
 気持ちをLOVEモードに切り替えてその後を追った。
 くよくよしてもしょうがない。今は目の前の事に集中しよう。
 生き残って、理想の新婚家庭を築くために。

 淑芳がブチ抜いた穴にカイルロッドは手をかけた。
 こうして見ると扉はずいぶんと厚い。
 格納庫の存在を知った時から、
 ――何が有るのだろうか?
 と疑問を浮かべて、その都度、
 ――何が有ろうと俺は臆さん。
 と思い直してきた。
 ――さて、吉と出るか凶と出るか……とんでもない物が無ければいいが。
 数瞬の黙考後カイルロッドが扉をくぐった瞬間、頭の中に声が響いてきた。

・――金属は生命を持つ

「何だ?」
 あたりを見回すと、奇怪な物体が大量に整列している。
 そのあまりの異様さに意識を奪われたカイルロッドは、先ほどの声の存在を完全に忘却してしまった。
 格納庫に納められていた物。それは、
「人形……なのか、これは?」
 動力を伝導するための複雑な歯車と、腱代わりの幾本ものワイヤー、露骨な金属フレーム。
 それら全てが組み合わさって織り成す造形は、不気味なオーラを放ってこそいたが、
 概ね人らしき形を保っていた。
 ユーモラスで独創性溢れるフォルムだな、とカイルロッドは心惹かれる。
 中には蜘蛛にしか見えない物も有るが、人型の物がほとんどだ。
 心惹かれると同時に、人に似ていて、しかし人とは明らかに別種の存在に対する恐怖も生まれる。

401グッバイ・アーチ 5 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:08:01 ID:D7qZuQnc
「な、何?この奇妙な空間は?」
 後から入ってきた淑芳は思わずカイルロッドの裾を掴む。
 淑芳にしてみれば、機械仕掛けの人形など恐怖の対象でしかない。
 妖怪などとはまた異なった無機質な容姿、しかし、
「何だか……生きてるみたいですわ」
 何処からともなく視線を感じてついついカイルロッドの背中に隠れてしまう。
 ――情けないけど、こういう時こそ甘えておくのも善いかもしれませんわ。
 思っていても口には出さないが、それとなく接近したりする辺りは、
 ――なかなか計算深いわね、わたし。
 などと冷静に思考している。

「どうやらこれは人造人間のようですね」
 人形たちの間を走り回っていた陸が戻ってきた。
 カイルロッドに淑芳がはりついているのをちらりと見やり、
 「格納庫内に目立った仕掛けや、人の気配は有りません」
 と告げた後に、
「製作者の名前と識別名が書いて有ります。例えばこれ、『人造人間二十二号コルチゾン君』
更に、『大天才コミクロン作製』だそうです。製作者のセンスが疑われますね」
 陸が指した先の蜘蛛型の物体には確かに名前が記されている。
 同時刻に遥か彼方で、その製作者がくしゃみをして首を傾げていた事は誰も知らない。

「そう言うなよ陸、俺の世界でこれほどの物を作り上げた者は天才扱いされるぞ」
「それに、一号からの技術の進歩が見て取れますわね。複雑さが増していますわ」
「そう言われば、試行錯誤の跡が分かりますね。
機械技術が未発達な世界の先駆者の作品かもしれないですね」
「何はともあれ、危険そうでなくて何よりだ。しばらく見て回るか」

402グッバイ・アーチ 6 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:08:41 ID:D7qZuQnc
 数分間格納庫を見て回ったが、人造人間達の装備は貧弱で、
 とても大量殺人をこなせる様な代物ではない。とカイルロッド達は結論付けた。
 更に人造人間達はまともに駆動するための機関を持っておらず、
 その場でがちゃがちゃ動くだけだろう。とも陸が判断し、
「取り敢えずはこの場に放置……ということで良さそうですね。シュールな光景ですが」
「ああ、しかし俺達が危惧していた様な危険な兵器が無くて安心した」
「全くですわ。最初に見た時は何かと思いましたが……しかし管理者の意図する
ところが読めませんわね。いったい何のために?」
「まあ、いいさ。実際に大した問題には成りそうにない。
それより今は知人を探すことに専念した方がいい。手遅れにならないうちに」
 しきりと首を傾げる淑芳にカイルロッドは当初の目的を告げる。
「そうですわね。さっさとこの犬を飼い主に引き取ってもらわないと。
それに麗芳さん達の事も心配ですわ。」
「私も早くシズ様と再開したいですね。それにそろそろ日光が恋しくなってきました」
「なら一刻も早く地上への出口を探すとするか。ここから一番近い所は?」
 カイルロッドが淑芳に尋ねるとほぼ同時に、淑芳は地図を濡らし始めた。
 
「塞がってしまった入り口を除くと……H-1かC-3のエリアが近いようですわね。
人探しならC-3の出口が良さそうですわ。商店街が在りますもの」
 水を垂らした地図をなぞりつつ、淑芳はカイルロッドの顔を伺う。
「そうか、ここからだと向こうに着くのは二回目の放送くらいになるな。
市街地には人が集まっていてもおかしくない。そちらに行くべきか」
「敵に遭遇する危険が大きくなりますよ?」
「ああ、だが参加者全てがゲームに乗ってるわけではなさそうだ。
危険は承知だが、取り敢えず今は情報が欲しい。」
「分かりました。私は先行して出口の様子を見てきます」
 とてとてと走り去る陸に続いてカイルロッドも腰を上げた。
「さて、俺達も行くとするか」

403グッバイ・アーチ 7 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:09:21 ID:D7qZuQnc
 二人と一匹が立ち去った後、
 駆動音が格納庫の静寂を切り裂いた。
 3rd-Gの概念によって命を得た人造人間達が、静かに活動を開始する。
 彼らは全て、キリランシェロに破壊されたコミクロンの駄作達だ。
 その数およそ三十体。
 駄作とはいえ馬鹿にできるものではない。

「兄弟達よ!闘いの時だ!」
 顔面に口を有する人造人間が声を発する。
 格納庫には今や彼らしか存在しない。
「ガラクタ呼ばわりされ、廃棄された我々を再生し、命を下さった主催者の方々の為、
我々はこれより死地に赴く!総員、命を捨てる覚悟はあるな!?」
 がちゃがちゃと体を動かし、同意を示す人造人間達。
 不気味すぎる光景だが、コミクロンがこの場に居れば狂喜の涙を流しただろう。
 やはり俺の信じた科学は偉大だ、と。
「それでは主催者の命により、ゲームを乱すものに鉄槌を下す。
作戦開始は12:00だ。総員、配置に着け!」

 足並みをそろえ、隊列を整え、
 総勢三十体あまりの人造人間達が地下道に向かって進撃してゆく。
 駄作の彼らが再び戻ってくることは無いだろう。
 しかし彼らは進まねばならない。
 主催者のための闘争。
 それが廃棄された自分達の唯一の存在理由なのだから。

404グッバイ・アーチ 8 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/12(日) 22:10:06 ID:D7qZuQnc

【F-1/海洋遊園地地下 格納庫/一日目、07:45】


 【李淑芳】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。雷霆鞭。
 [思考]:雷霆鞭の存在を隠し通す/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
     /ゲームからの脱出/カイルロッド様LOVE♪♪
 

 【カイルロッド】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。
 [思考]:シズという男を捜す/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
     /ゲームからの脱出/……淑芳が少し気になる


 【陸】
 [思考]:カイルロッドに付いて行く

 
 【人造人間達】
 [装備]:賢石加工。固定武装(ただし殺傷力低し)。
 [思考]:放送後に戦闘行動開始/ゲームを乱すものに粛清を
 [備考]:禁止エリアに制限されない/3rd-Gの概念による若干の性能向上

405グッバイ・アーチ 6改 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/18(土) 22:51:30 ID:D7qZuQnc
数分間格納庫を見て回ったが、人造人間達の装備は貧弱で、
 とても大量殺人をこなせる様な代物ではない。とカイルロッド達は結論付けた。
 更に人造人間達はまともに駆動するための機関を持っておらず、
 その場でがちゃがちゃ動くだけだろう。とも陸が判断し、
「取り敢えずはこの場に放置……ということで良さそうですね。シュールな光景ですが」
「いや、破壊しておく」
「何故です?どう考えても使い物にはなりませんよ」
「ああ、今は無害だろうが誰かの手が加わって、
殺戮兵器にならないという可能性は何処にも無いからな。
それにこのゲームにおいて、石橋を叩き過ぎると言う事は無いだろう」
「私も壊すのに賛成ですわ。最初に見た時に直感しました。
更に管理者の意図するところが読めない以上、放置するのは危険ですわ」
「ならば、天井を落とすべきですね。中央の巨柱を折れば済むのではないでしょうか?」
 では、と淑芳が再び呪符を取り出す。
 カイルロッドは辺りを眺め、
「淑芳、俺に任せてくれ。呪符も無限じゃあないだろう。あの程度なら崩せそうだ」
 瞬間、

 ぎり、ぎり、ぎり

 何かが軋む音が辺りに響いた。
「何だ?」
「カ、カイルロッド様、人形が……動いてますわ」
「そんな!自立駆動などできないはずです!」
 本来は、誰かが起動しなければ動くことの無い存在。
 しかし、己の存在の危機を感じ取り、人造人間達は確かに動き始めていた。
 五体を軋ませ、歯車の律動が、ピストンの鼓動が唸りを上げる。
 そして――
「走り出した!?」
「向かって来ますわ!」
 狼狽する二人を庇い、カイルロッドは立ちふさがった。
 ――三十体ばかりの人形ごとき、魔物の群れに比べれば!
 かつて自分はこの何十倍もの魔物一撃でを葬った。
 力は弱まったが「人を守りたい」と思う心は今も変わらずここにある。

406グッバイ・アーチ 7改 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/18(土) 22:52:37 ID:D7qZuQnc
 カイルロッドは天井を支える巨柱に手をかざして念を集中し、
「ク・ダ・ケ・ロ ――!!!」
 呼気と共に吐き出した想いは力となってその掌から青銀の稲妻となって迸り、

 ずがあぁん!

 途中何体もの人造人間を吹き飛ばし、柱を直撃した。しかし、
「力不足か……」
 柱を砕ききるには足らず、人形の群れが目前に迫る。
 だが、カイルロッドは諦めない。
 ――何度でも、力尽きるまでやってやる!
 再び手をかざすと、それを後ろから支える腕があった。
「未来の夫を支えるのは、婚約者として当然ですわ。
臨兵闘者以下略!氷魔来来、急々如律令!」
 淑芳が背後で巨大な氷の槍を作り出し、支柱に向かって放つ。
 カイルロッドは後ろに向かって笑みを浮かべ、
「これで終わりだ! ク・ズ・レ・ロ ――!!!」
「ついでに絶火に電光も差し上げます」
 銀色の閃光に併せて符術が放たれる。そして、

 ずどおぉん!!!

 柱を砕かれた天井が、
「――崩れるぞ。逃げろ!」
 次の瞬間、猛然と瓦礫の山が降り注いだ。

 砂埃がもうもうと舞い続ける中、瓦礫を押し退けて男が立ち上がった。
「淑芳、陸、大丈夫か?」
「ふう、死ぬかと思いましたわ。げほっ、あー鬱陶しい」
 あたりを見回すカイルロッドの隣に淑芳がのそのそと這い出してくる。
 立ち上がった彼女は不機嫌な顔で埃を払い、
「最っ悪ですわ。うら若き乙女がこんなに埃まみれになるなんて」
「陸は何処だ?」
「あの哀れな犬はきっと天井に押し潰されて……」
「失礼な。ちゃんと生きてますよ。少なくとも貴女よりは無事です」
 思ったよりも元気だな、と思いつつもカイルロッドはあたりを見回す。
 相変わらずひどい砂埃だが、上から陽光が差し込んで来るのが分かる。
 天井が陥没したことにより格納庫自体が消滅し、同時に海洋遊園地に大穴が空いたようだ。
「人形達は……全滅ですわね」
「ええ、しかしずいぶん大きな穴ができましたね。ここから登れないでしょうか?」
「壁が内側に傾いてますわ。よじ登るのは無理じゃないかしら」
「俺も今は飛べそうにないから、地下に戻るしかないな。幸いな事に扉の穴が残っている」
「惜しいですね、すぐそこに空が見えるのに」
「まあ、いいさ。面倒事は済んだし、今は知人を探すことに専念した方がいい。
手遅れにならないうちに」
 淑芳と陸にカイルロッドは当初の目的を告げ、ほこりを払う。
「そうですわね。さっさとこの犬を飼い主に引き取ってもらわないと。
それに麗芳さん達の事も心配ですわ」
「私も早くシズ様と再開したいですね」
「なら一刻も早く地上への出口を探すとするか。ここから一番近い所は?」
 カイルロッドが淑芳に尋ねるとほぼ同時に、淑芳は地図を濡らし始めた。

407グッバイ・アーチ 8改 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/18(土) 22:53:25 ID:D7qZuQnc
「塞がってしまった入り口を除くと……H-1かC-3のエリアが近いようですわね。
人探しならC-3の出口が良さそうですわ。商店街が在りますもの」
 水を垂らした地図をなぞりつつ、淑芳はカイルロッドの顔を伺った。
「そうか、ここからだと向こうに着くのは二回目の放送くらいになるな。
市街地には人が集まっていてもおかしくない。そちらに行くべきか」
「敵に遭遇する危険が大きくなりますよ?」
「ああ、だが参加者全てがゲームに乗ってるわけではなさそうだ。
危険は承知だが、取り敢えず今は情報が欲しい。」
「分かりました。私は先行して出口の様子を見てきます」
 とてとてと走り去る陸に続いてカイルロッドも腰を上げた。
「さて、俺達も行くとするか」

 

【F-1/海洋遊園地地下 格納庫/一日目、07:45】


 【李淑芳】
 [状態]:健康 、埃だらけ
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。雷霆鞭。
 [思考]:雷霆鞭の存在を隠し通す/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
     /ゲームからの脱出/カイルロッド様LOVE♪♪
 

 【カイルロッド】
 [状態]:健康 、埃だらけ
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。
 [思考]:シズという男を捜す/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
     /ゲームからの脱出/……淑芳が少し気になる


 【陸】
 [思考]:カイルロッドに付いて行く

 【補足】格納庫は全壊、海洋遊園地の一部が陥没し地下へ行ける(降りれるが登れない)

408現れたもの 1/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 09:56:42 ID:EGTFaGMo
カイルロッドたちの正面に立ちはだかる巨大にして重厚なな扉。
複雑な紋様が表面に施されており、何かの魔方陣のようにも見える。
地図にあるとおり、これが格納庫の扉なのだろう。
しかし、格納などと近代的な響きと裏腹に岩肌にめり込んだその偉容は正しく魔境への扉に見えた。
「我々の他に生き物の臭いはしません。また、中からも生物の気配はしませんね」
「扉から漂う妖気以外に感じ取れる力もありませんわ。少なくとも扉までの床や壁には
 何も仕掛けられていないようです。……機械的な仕掛けだった場合お手上げですけど」
陸と淑芳が周囲を観察し、そう報告してくる。
カイルロッドは頷き、静かに扉へと近づき始めた。
淑芳と陸も後に続こうとするが、それをカイルロッドの腕が遮る。
彼の真剣な表情に従い、立ち止まる淑芳たち。
「お気をつけください、カイルロッド様。何か嫌な予感がしますわ」
「わかってる。大丈夫さ、淑芳」
カイルロッドは扉に後一歩のところまで近づくと注意して観察し始める。
扉には取っ手も何もついていない。
しかし、カイルロッドの腰あたりの高さに鍵穴にしては大きな穴が開いていた。
その上には文字の書かれたプレート。

【神の怒りを鍵としてこの扉を打ち据えよ その者、神の叡智を授かるであろう】

わけがわからない。
試しにカイルロッドは扉に手を掛け、押してみた。
開かない。そして、何も起こらない。
まさか引っ掛けで引き戸や上げ戸になっているわけでもあるまい。
やはり鍵が必要のようだ。
カイルロッドはげんなりした。相当の決意を込めてここに来たのに、鍵がなくて入れないときた。
これではまるで道化だ。全くの無駄足になってしまった。
扉に触れてからかなりの時間が経っているが何も起こる様子はない。
とりあえずは安全のようだ。
「淑芳、陸!来てくれ。この扉、鍵がないと開かないみたいなんだ!」
二人が小走りに駆け寄ってくる。

409現れたもの 2/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 09:57:55 ID:EGTFaGMo
穴の上にあるプレートを見て陸は呟いた。
「神の怒り……素直に読めば雷のことでしょうね。
 機械式の扉でどこかに電流を流す仕掛けが施してあるのかもしれません」
「いや、でも『鍵として』だぜ? それにこれみよがしに穴が開いているし……
 やっぱり、何らかの道具をここに差し入れるんじゃないか?」
あれやこれやと推測を並べ立ててみるが、結論は出ない。
「いっそのことカイルロッドの力で破壊してしまうというのはどうでしょう?」
それを聞いてカイルロッドは腕を組み唸る。
「う〜ん、できるかな?これで結構俺の力も制限されてしまってるし……」
難破船のマストを焼き切れなかったことを思い出す。
勢いよく折ってしまわないように手加減したとはいえ、思った威力の1/3も出なかった。
扉に目をやる。材質は判らないが、かなり頑丈そうな金属でできている。
巨大にして重厚。全力で放ったとて現在の自分の力が通用するかは怪しかった。
「でも、ここまできて無駄足も悔しいしな。やるだけやってみようか。
 淑芳の術と同時に放てば何とかいけるかもしれない。なぁ淑芳、……淑芳?」
ふと淑芳を見やると淑芳は真剣な表情でプレートと穴を凝視し、何やらブツブツと呟いている。
そこにきてようやく、カイルロッドは今まで会話に淑芳が参加していなかったことを思い出した。
「気に入らない……非常に気に入りませんわ……」
「どうしたんですか、淑芳?何かこの扉に関して心当たりでも?」
陸の質問にも無反応。ただ怒った様な表情で扉を睨み付けている。
「これは主催者の仕組んだこと?偶然にしては出来すぎですわ……
 ならば何を狙っているのか……このまま踊らされるのも癪ですわね、しかし……」
「淑芳?どうしたんです…「いや、待て陸」
淑芳に声を掛けようとした陸をカイルロッドが遮る。
「淑芳は何かに気付いたみたいだ。ここは彼女の結論が出るまで様子を見よう」
「そう……ですね。いつになくシリアスですし、そうしましょう」
「いえ、その必要はございませんわ」
見ると、淑芳が冷や汗を垂らしながらこちらを見据えてきていた。

410現れたもの 3/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 09:58:44 ID:EGTFaGMo
「もう、いいのですか?淑芳」
「はい」
「何を考えていたのか聞かせてくれないか?」
カイルロッドのその問いに淑芳はいきなり頭を下げた。
ぎょっとして後じさってしまうカイルロッドと陸。
「話す前に私、カイルロッド様に謝らなければなりません」
「な、何を?」
「ずっと欺いていたことをです」
そういって淑芳は顔を上げ、デイパックから何かを取り出そうとする。
その間、謝罪する相手に私は数には言っていないのでしょうね、と陸は諦観の念で淑芳を見つめていた。
淑芳がデイパックから取り出したのは長さ1m程の金属製の棒だった。
柄に紅い房がついている。
それから放たれる凄まじい威圧感にたじろぐカイルロッド。
「そ、それは一体?」
「これが私に支給された武具。私の師にして最古の神仙。玉帝と並ぶ力を持った天界の重鎮。
 しかしてその実体は喰うことと寝ることにしか興味のない、長く生きすぎて脳みそが耳から
 だらだら垂れて無くなってしまったのかの如きぐーたら老人なのですが……いえ、話がそれました。
 ともかく、わが師太上老君が八卦炉の火で鍛え上げた天界最大の武宝具、「雷霆鞭」なのですわ!」
「「おお〜〜〜〜〜〜」」
淑芳の口上に思わず喚声を上げるカイルロッドと陸。
「私如きが使っても大地に大穴を空けることが可能な武器です。
 邪悪な者にわたれば一体どれだけの悲劇を生み出すのか……考えたくもありませんわ。
 だから私はこの武器を封印することに決めました。奪われぬように、存在を気取られぬように。
 その為とはいえ、私はカイルロッド様をずっと欺いてきたのです。
 本当に、申し訳ありませんでした……」
そういって淑芳は俯き、袖口で涙を拭う振りをする。
「そんなことを気にする必要はないよ淑芳。君の判断は間違っていない。
 さあ、元気を出して」
「ああ、有難うございます、カイルロッド様……」
淑芳はカイルロッド胸にすがりつく。
『あー、いい様に操られてますねー』
陸は彼女の嘘泣きに気付いてはいたが、とくに口を挟むこともなくおとなしくしていた。

411現れたもの 4/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 09:59:25 ID:EGTFaGMo
「そしてその武器こそがこの扉の鍵というわけですか?
 すごい偶然ですね」
その陸の言葉を聞いた淑芳は顔を上げ、神妙な表情になる。
「私はまさしくそのことを考えていたのですわ。
 偶然、地図の秘密に気付いた私達が、偶然、何の障害もなく格納庫にたどり着き、
 偶然、扉の鍵を持っていた。しかも偶然、それは私の良く知る道具だった。
 ここまで揃うとこれはもう作為的なものと考えざるを得ません。
 私達は主催者の掌の上で踊らされているのですわ」
拳を握って力説する。余程腹に据えかねているようだ。
しかしカイルロッドはそれに異を唱える。
「だが淑芳。確かにそこまで偶然が重なると必然のようにも思えるが、
 その中で主催者が介入できそうなものといったらその武器を淑芳の支給品にすることくらいだぜ?
 後は全て本当に偶然か俺たちの意志による行動だ。考えすぎじゃないのか?」
「そうかもしれません。しかし……」
淑芳は手の刻印に目をやる。
「私達がそう行動するように仕向けられていた、という可能性もあります。
 この忌々しい刻印からの介入によって」
ハッとしてカイルロッドも刻印を見る。
「例えば、地図が火に近づきすぎていることに気付かない。
 わずかに焼けただけなのに水筒の水を全てかけてしまう。
 他の参加者が通らない道を選ばせる。
 それが刻印からのわずかな信号によって私達の意志が操作された結果、だとしたらどうでしょう?
 そしてこれは恐らくですが私達以外の参加者の地図に水をかけても
 地下空洞の地図は出てこないのではないでしょうか?」
「全ては推論に過ぎませんね。しかし主催者の力を考えればあり得なくはない説です。
 仮にその通りだとして、主催者の目的は一体何なのでしょう?
 我々に格納庫を確認させてどうするつもりでしょうか」
「わかりません。
 罠なのか、主催者にとって必要なことなのか。それとも偶然の重なった結果なのか。
 私達にはこの扉を開けないという選択肢もあります、しかし……。
 カイルロッド様……」

412現れたもの 5/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 10:00:18 ID:EGTFaGMo
淑芳はカイルロッドを見つめる。主催者に対する怒りと決意を持った目だ。
陸もカイルロッドを見つめた。決断を促す、試すような目だ。
淑芳は参謀であり、陸は補佐であり、カイルロッドは指揮官だった。
いつの間にか決まっていた役割。
今、カイルロッドに決断が迫られている。
しばらく黙考した後、カイルロッドは口を開いた。
「開けよう。
 こちらのカードは全て相手に筒抜けだ。
 それを相手にしようとするのならわずかでも相手の手の内を知る必要がある。
 掌の上から抜け出すには掌の大きさを知らないといけない。
 淑芳、やってくれ」
「はいっ!」
淑芳は力強く頷き、雷霆鞭を扉の穴の中へ挿入する。
かちり、と音がしてぴったりとはまり込んだ。
「カイルロッド様、ついでに陸。下がっていてください。
 とばっちりが行くかもしれませんわよ」
忠告を受けて、カイルロッドたちは淑芳の背に回り身構える。
「打ち据えよというなら打ち据えて差し上げますわ!
 神の怒り、とくと喰らいあそばせ! はぁーーーー!!」
雷霆鞭に力を送り込み、その威力を炸裂させる。
淑芳と扉の周囲を電撃が迸り、縦横無尽に走り抜けた。
それが収まった後、扉に刻まれた紋様が輝きだし、ゆっくりと扉が左右に開き始める。
ゴォン
完全に扉が開ききった後、雷霆鞭はそこにもう存在しなかった。
武器として使用するか鍵として使用するかの二者択一だったらしい。
そして淑芳は……その場に崩れ落ちる。
「淑芳!」
カイルロッドは倒れた淑芳に駆け寄って抱き起こした。
「しっかりしろ、淑芳。どうしたんだ!?」
淑芳は弱弱しく微笑む。

413現れたもの 6/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 10:01:00 ID:EGTFaGMo
「ふふ、私の力が制限されていたことを忘れていましたわ。
 雷霆鞭に力の殆どを持っていかれてしまいました。
 私は今から少し眠らせていただきますね。私を……お護りください」
そういい残して淑芳は目を閉じた。
「ああ、安心して眠ってくれ。必ず護る。」
そしてカイルロッドは淑芳を背に負い、格納庫の中へと足を踏み入れる。
その後を陸が静かについていった。

格納庫の中には広々とした空間が広がっており、
その真ん中に空間の1/3は占めようかという巨大な箱庭が置かれていた。
「これは……この島の全景か?」
蛍光色の光に照らされた箱庭は驚くべき精巧さで島の全域を擬していた。
「物凄く細かい部分まで再現されていますね。
 私達が淑芳と出会った難破船や、灯台はもちろん。
 森の木々の一本一本まで作りこまれています。よっぽど暇だったんでしょうか」
「一体誰が作ったんだろうな」
カイルロッドは淑芳を箱庭の脇に横たえ、様々な角度から模型島を観察する。
陸は箱庭の中に降り立ち、中を歩き回りはじめた。
「お、おい陸。大丈夫か?」
「ええ、かなり頑丈に作ってありますね。
 多少踏んだくらいでは壊れることはないようです。
 いえ、気をつけないとこちらが怪我をしてしまいますね」
陸は平然と中からの観察を続ける。
「うーん、本当にただの模型みたいですねぇ。
 起動に必要なスイッチやそれらしきものも見当たりませんし……」
「いや、この模型からは何らかの力を感じる。
 わずかだが、魔法のような力を」
陸は箱庭の中から出てカイルロッドに近寄る。
「魔法ですか。それでは私の知識ではお手上げですね。
 カイルロッドなら動かせそうですか?」

414現れたもの 7/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 10:01:43 ID:EGTFaGMo
「いや、俺では無理だな。俺の力は魔法じゃなくて親から受け継いだ能力だからな。
 魔法や術なんて大層なものじゃない。
 多分だが、これを動かすには力の流れを制御する術が必要なんだと思う。
 俺たちの中で曲りなりにも術が使えるといえば……」
カイルロッドと陸の視線が眠り姫のもとに注がれる。
「やれやれ、彼女が目覚めるまでは待ちぼうけですか」
「そういうなよ。急ぐ気持ちもわかるが俺たちも動き通しだ。
 休息する時間ができたと思おう。
 いざ仲間と出会えても疲労困憊で護れませんでした、じゃ話にならないからな」
そういってカイルロッドは腰を下ろした。
「確かに灯台で少し仮眠を取っただけですしね。わかりました。
 この場なら他の参加者が訪れるというような事態もそうそうないでしょう
 灯台に代わる新しい拠点が出来たと思うことにしましょう」
陸も少し残念そうだが素直に身体を伏せる。
「おやすみ陸。良い夢を」
「悪夢でないといいのですが」

そしてそれから4時間ほどが経過した後、淑芳は目を覚ました。
「ここは……格納庫の中……のようですわね」
ヨロヨロと立ち上がって辺りを見回す。
すると大きな箱庭とそれにもたれて寝入っているカイルロッドと陸を見つけた。
何者かにやられたのかと慌てて駆け寄るが、単に寝ているだけと悟って安堵する。
「全く、見張りもおかないなんて無用心な」
微笑み、カイルロッドの鼻先をちょいと指で突付いて今度は箱庭を観察する。
この島を模した模型であること、何らかの力が働いていることまではわかったが
どう動かせばいいのかがまるでわからない。
「一体何なのかしら、これ?」
『玻璃壇』
「え?」
突如として頭の中に浮かび上がった単語に淑芳は戸惑う。
耳を澄ましてみるが、もう何も聞こえない。

415現れたもの 8/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 10:02:37 ID:EGTFaGMo
「淑芳、起きたのか」
ギョッとして振り向くと目覚めたカイルロッドが欠伸をしていた。
涙を拭いながら笑いかけてくる。
「心配したんだぜ」
「それにしては熟睡なさっていたようですけど」
淑芳も笑って返す。
「おはようございます。お二方。
 まぁ異常なかったようでなによりですね」
陸も起き出してきた。
「それで淑芳、この模型を見て何か判るか?」
カイルロッドの言葉に淑芳は無念そうに俯く。
「いいえ、何も判りませんわ。
 どう動かせばいいのかすら……」
その時、淑芳の頭の中にこの『玻璃壇』の起動方法が流れ込んでくる。
「え? え? い、一体なんなんですの!?」
頭を押さえてうずくまる淑芳を見てカイルロッドが駆け寄る。
「どうしたんだ淑芳、しっかりしろ!」
「う、うう」
彼女が疑問を頭に浮かべるごとにその答えとなるべき情報が流れ込んでくる。
その未知の情報に淑芳は翻弄されていた。
苦しむ淑芳を前にカイルロッドはどうすることも出来ずに淑芳の身体を支えている。
「くそ、一体何が起こっているんだ」
その時、淑芳が大きく息を吐き出した。
そしてそのまま呼吸を荒げたまま立ち上がる。
「し、淑芳?」
「判りましたわ。この箱庭の名前は玻璃壇。
 存在の力によって編まれる自在法という術によって起動するようです」
大量の汗に顔面を蒼白にして、今にも倒れそうな状態だが淑芳は屹然と玻璃壇の前に立つ。

416現れたもの 9/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 10:03:44 ID:EGTFaGMo
陸は怪訝そうに尋ねる。
「そのことをどこで知ったのですか?」
「私が疑問に思ったことの答えが脳裏に浮かび上がってしまうのです。
 私が何故こんな状態になってしまったのかは判りません。
 しかし心当たりはあります。おそらくは……」
「神の……叡智」
淑芳の言葉を陸が受け継ぐ。

【神の怒りを鍵としてこの扉を打ち据えよ その者、神の叡智を授かるであろう】

カイルロッドが得心が行ったように叫ぶ。
「あの扉に書かれていた言葉か! 扉を開けた淑芳にその叡智とやらが宿ったんだな?」
「多分、間違いありません。
 最も、なんにでも答えてくれるというわけではありませんけれども。
 主催者の都合のいい部分だけでしょうね。
 ある世界には異界黙示録(クレアバイブル)と呼ばれる知識の泉があり、
 これはその力を模しているようです」
突然溢れ出てくる知識の奔流にも慣れたのか、淑芳は大分落ち着いてきている。
「大丈夫なのか、淑芳」
「ええ、最初は次々に疑問を浮かべてしまいパニックになりましたけど
 今はもう慣れましたわ。さぁ玻璃壇を起動しましょう」
「自在法とやらを扱えるのですか淑芳?」
「ええ、存在の力は全てのものが持っています。
 私の仙術を使うための力やカイルロッド様の力も
 その源は存在の力から派生したものなのです。
 それさえ判れば簡単な自在法なら私にも可能ですわ、攻撃などの難しい物は無理ですけど」
そういって淑芳は踵を打ち鳴らし、玻璃壇に力の供給を始める。
「起動を願う」
格納庫の中に淑芳の声が朗々と響き渡った。

417現れたもの 10/10 ◆69CR6xsOqM:2005/06/19(日) 10:04:24 ID:EGTFaGMo
【F-1/海洋遊園地地下 格納庫/一日目、011:50】

 【カイルロッド】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。陸(カイルロッドと行動します)
 [思考]:玻璃壇の力を確認する/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
     /ゲームからの脱出/……淑芳が少し気になる////

 【李淑芳】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式。呪符×20。
 [思考]:玻璃壇を起動する/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
     /ゲームからの脱出/カイルロッド様LOVE♪

418 ◆E1UswHhuQc:2005/06/23(木) 22:28:01 ID:thNgKysc
 閑静な住宅地にビルが一つ、建っていた。そのビルの屋上に二つの人影がある。
 長槍を携えた少年と、スポーツバッグを持つ少女。
 佐山と藤花だ。
 佐山の視線の先、一つのものがある。
 下腹、脇腹、肩、太股、そして頭の五箇所に弾痕を残す、少女の死体だ。
 佐山はその亡骸をしばし観察し、
「私の知らぬ者……か」
 手指を伸ばし、恐怖に見開かれた目を閉じさせた。自身も目を閉じ、名も知らぬ少女の冥福を祈る。
 佐山の背後から覗き込むようにして藤花が少女の亡骸を見て、安堵の息を吐いた。彼女の知り合いではなかったのだろう。直後、彼女も両手を合わせて死者に祈る。
 亡骸を前に、佐山は思考する。
 この亡骸は風見のものではなかったが、しかしそれは彼女の生存の証明にはならない。
 ……考えるだけ無駄か。
 いつ、どこで、だれが死ぬかも判らない。
 ここはそういう場だ。
 新庄・運切も、既に失われている。自分の知らぬ間に。
 ……新庄君。
 想う言葉が軋みを生んだ。
 く、と声を漏らし、左胸に手指を突きたて、しかし他の動きとしては出さずに、身を貫く軋みに耐える。
 決して快いものではない狭心症の発作だが、
 ……新庄君が味わった痛みは、この程度のものではあるまい……!
 痛みは無視できる。それ以上の覚悟によって。
 その覚悟は既に決めている。佐山の姓は悪役を任ずる、と。
 ふ、と笑みが漏れた。
 佐山は後ろを振り返った。次の行動を取る為に、藤花に声をかける。
「――行こうか、藤花君、……?」
 疑問が生まれた。
 空が色を変えていた。業火に包まれたかのような朱空に。
 携えていたG-Sp2の重みが感じられない。見れば、槍は消えていた。
 そして背後、手を合わせて祈っていたはずの宮下藤花の姿も消えていた。
 その代わりに、一人の少女が立っている。
 歳は、自分と同じくらいか。尊秋多学院の制服を着込み、髪は柔らかみをもった黒のロングヘア。右手の中指には、男物の指輪がある。
 再度、軋みが来た。
 だが佐山は痛みに構わず、眼前の少女と視線を合わせた。
 すると、少女は表情を変えた。
 目を弓にした快い笑みに。
 ……新庄君。
 胸中の呟きに応えるように、少女は一つの動作を行った。
 抱擁をねだるように、両腕を開いたのだ。
「――――」

419アマワ黒幕化計画 ◆E1UswHhuQc:2005/06/23(木) 22:28:41 ID:thNgKysc
 佐山は目を細め、胸に手指を突き立て、彼女に歩み寄り、
「――不愉快な物真似はやめたまえ」
 腹に蹴りを入れた。
 かは、と息をついて身を崩した“それ”を、佐山は再度蹴りつける。蹴り足に込める力は容赦のないものだ。
 声と瞳に冷徹さを乗せ、佐山は言う。
「私以外の者が新庄君の姿形を真似て良いと思っているのかね? ――肖像権の侵害だよそれは」
「……新庄・運切は奪われた」
 “それ”の姿が歪んだ。歪み、たわみ、広がり、縮み、既知であり、そして未知である姿を取る。
 “それ”が言葉を放つ。指向性なく放たれる音は、どこから響いているのか判別不能だ。
「奪われたのなら……わたしが使っても問題はあるまい?」
 胸の軋みを無理矢理に押さえ込み。
「――それで、私に何の用かね」
 佐山は問いを発した。声音に込める意思は敵意に他ならない。
 “それ”は答えない。
「わたしは御遣いだ。未来精霊アマワ。……これは御遣いの言葉だ、佐山・御言」
「問いかけに答えたまえ、未来精霊とやら」
 隠せぬ苛立ちを怒気へと変え、佐山は声を放った。
「わたしが答えるのは、ひとつだけだ」
 アマワは言った。傲然と断固を含む言葉を。
「出会った者に、たったひとつだけ質問を許す。それがわたしの決めた……ルール。注意深く選べ。その問いかけで、わたしを理解せよ。別に先の問いを繰り返しても構わないが」
 精霊の言葉が響く。朱の空を背景に、未知の存在が蹂躙を始める。
 佐山は考える。これは何なのか、と。
 突然に切り替わったとしか思えない世界。宮下藤花の消失。新庄・運切の物真似。
 だが、と佐山は己に言い聞かせる。これは機会だ。
 未来精霊アマワは、確実にこのゲームの何かを知っている。聞き出せれば、その情報は状況を打開する武器となる。
 これは交渉だ。さしあたって、相手は質問をひとつだけ許可してきた。だがこちらは相手の事を全く知らない。そのひとつの質問だけが、こちらのアドバンテージだ。
「――――」

420アマワ黒幕化計画 ◆E1UswHhuQc:2005/06/23(木) 22:29:34 ID:thNgKysc
 佐山は思考する。この相手にとって、もっとも致命的な質問とはなにか。
「質問がなければ、この場はこれで終わりだ。――佐山・御言」
「これは質問ではなくただの雑談なのだが」
 考えて居る間に、アマワの姿は変化していた。
 影が不規則に伸びている。朱空の光源を無視して、ばらばらの方向にそれの影は伸びていた。
 光が狂っている。佐山は目を閉じた。
「その質問を許された代償は、何なのだろうね」
「新庄・運切だ」
 即答が返って来た。
「ならば――新庄君を奪ったのは、君なのだろうか」
「奪われたのは君だ、佐山・御言」
 目を開けた。
 視覚を嘲り、知覚すら許さない姿を取るアマワに視線を投げ、
「――彼女の物真似をして、私に何をさせるつもりだ」
「それが……質問か?」
 逡巡は刹那。
「そうだ」
「ならば答えよう」
 アマワは音を響かせ、また姿を変えた。新庄・運切の姿に。
 新庄の顔で笑みを作り、新庄の身体で手を差し出して、
「心の実在の証明を」
「――それをする代価は」
 軋みが体を襲っていた。左の胸に手指を立て、しかし身は折らず、視線で新庄の姿を真似たアマワを射抜く。
 アマワは答えた。あっさりと。
「新庄・運切を返そう」
 佐山は無表情で、
「彼女は死んだよ。私の知らぬ間に、私の知らぬ所で、私の知らぬ者の手によって」
「君は彼女の死を証明できない。ならば彼女は死んでいない。そうではないかな?」
「言葉遊びだ。ならば言おう。――この場には君と私しかいない」
 言い放ち、佐山は目を閉じ両手で耳をふさいだ。魔女の言葉を思い出しながら、言う。
「“見えない”し“聞こえない”」

421アマワ黒幕化計画 ◆E1UswHhuQc:2005/06/23(木) 22:30:16 ID:thNgKysc
「なんの余興だ、それは」
 耳をふさいでも聞こえる精霊の言葉に、佐山は目を閉じ耳をふさいだまま、ふむ、と頷き、
「――やはり詠子君のように上手くはいかないか。……いいかね? 今の私は何も見えないし何も聞こえない。ゆえに私は君を認識できず、君と私しかいない此処で君は存在しない」
「だがわたしの非存在を証明できまい」
「それこそ言葉遊びというものだよ」
 佐山は目を開け、手を下に降ろした。
 戻った視界の中央には、アマワがいる。新庄の姿で。
「――代価の話に戻ろうか。君は新庄君を返すと言った」
「欲しているのだろう、“これ”を。――佐山・御言」
 精霊の発言に、佐山は一つの表情で返した。
 苦笑だ。
「その不恰好な物真似を、かね? ――私には不要だよ。それは新庄君ではない」
 佐山は言葉を続ける。アマワが何かを言う前に、畳み掛けるように。
「確かに君の言うように、新庄君が生きている、という可能性はある。だがね、私は聞いたのだよ。――彼女の死と、彼女の言葉を」
 首を一つ振り、僅かに目を伏せ、
「今ならば判る。“吊られ男”君には感謝をせねばならないね」
「そんな不確かなものを……信じる、のか?」
「私にとっては君の方が不確かだ未来精霊アマワよ。――宜しい。交渉下手な君に交渉の基本を教授してやろう。ひとつだけ許された質問の、代価として」
 佐山は一歩を踏み出し、言った。
「然るべき行動には然るべき代価を」
 一息。
「それが交渉だ」
 二歩を踏み、腕を伸ばした。人差し指を新庄の姿をしたアマワの鼻先に突きつけ、
「去るがいい、私の知らぬ者よ。――私は君を必要しない。君とは契約できない」
「既に契約は為されている……わたしを呼んだのも君自身だ、佐山・御言」
「知らぬ間に為された契約など無効だよ。――二度言うぞ、去るがいい」
 佐山は腕を戻し、重心を変え、構えを作る。
 その時だ。
 ふと視線をめぐらせると、給水塔の上に影があった。棒が立っているような、黒のシルエット。
 佐山はそれを知っている。ゆえに飛び降りてきた彼に対し、
「久方ぶり、というには早過ぎるかね?」
「そうだろうね」
 笑みで返した。
 佐山が視線を戻すと、アマワはまだ新庄の姿のまま、何をするでもなく立っていた。
 ブギーポップの方を向けば、彼もまたアマワを見ている。
「君が出てきたという事は……彼が、――世界の敵か」
「そのようだ。何しろ僕は自動的なのでね」
 左右非対称の笑みでブギーポップは答え、アマワを見た。
「誰もが理解できぬうちに、確実に、そして貪欲に全てを奪っていく……断言しよう」
 一息。

422アマワ黒幕化計画 ◆E1UswHhuQc:2005/06/23(木) 22:32:43 ID:thNgKysc
「君は世界の敵だ」
 アマワは言葉ではなく、動作で答えた。
 新庄の姿が歪んだ。光学迷彩にも似た歪みだが、決定的に違う部位がある。だがその違いを言葉にする事はできない。それはあらゆる存在に対する冒涜だった。
「まずは……問いかけた」
「逃がさない」
 ブギーポップが疾走した。徒手空拳でアマワに飛びかかる。
 しかし、それは無意味となった。
 アマワの姿が消えたのだ。存在を消し、しかし声だけを響かせ、
「証明せよ。心の実在を。出来なければ……」
 佐山は言い終わるのを待たず、声高に言う。
「三度目で判らないのなら武力行使と行こう。――去るがいい、未来精霊アマワ」
 その言葉を契機としたように、視界が切り替わった。
 佐山は空を見上げる。火の色ではない、大気の蒼さを持った大空がそこにある。
 手にはG-Sp2の重みがあり、感触がある。
 そして背後には、
「どうか……したんですか? きょろきょろして」
「いや、……何でもないよ。今後の方針を考えていただけだ」
 宮下藤花にそう答え、佐山は左腕を掲げた。
 左手の中指に、女物の指輪がある。
 ……不等に結ばれた契約で、奪われたというのなら……
 呟く。藤花には聞こえない程度の声で。しかし決意を乗せて。
「私は奪い返すぞ。――悪役として」

【C-6/小市街/1日目・13:00】
『悪役と泡・ふたたび』
【佐山御言】
[状態]:正常
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:アマワから新庄を奪還する。
[備考]:狭心症の発作対象に新庄。

【宮下藤花】
[状態]:健康
[装備]:ブギーポップの衣装
[道具]:支給品一式
[思考]:佐山についていく

423エンジェル・ハウリング(御遣いの物語)(1/4) ◆J0mAROIq3E:2005/06/23(木) 23:58:09 ID:t2jYYr76
 そこはどこでもなかった。
 常に“現在”であり続ける世界には辿り着けない未来。
 その硝化の中心に彼はいた。正確に言うならば、在った。
 彼を視界に捉えるは容易い。だが、彼を認識するのは難い。
 一見するとそれは人のようだった。だが、それはあまりに漠然としていて記憶に留めることができない。
 未だ自分の現れない世界を見据え、彼は一つの問いを投げかけていた。

「心の実在を証明せよ。解答の意志がある限り思索の時間は永久だ」

 その存在の名はアマワ。
 物質の隙間。未来精霊。未だ存在しない約束を結ぶ者。
 隙間であるが故に誰も触れられない。存在しないが故に誰も滅ぼせない。
 誰との繋がりも持たない。そのはずだった。
 だが。

「――心の実在証明。それが君の願いかね?」
 
 肉声とも意思ともつかぬものが硝化した空間に響く。
 振り向くことなく、その必要もなくアマワはそれを認識した。

424エンジェル・ハウリング(御遣いの物語)(2/4) ◆J0mAROIq3E:2005/06/23(木) 23:59:04 ID:t2jYYr76
 “それ”はアマワと対照的に異質な存在感を放っていた。
 夜色の外套。黒く長い髪。小さな丸眼鏡をかけた、それは人間の男の姿をしている。
 何もかもが周囲の闇に溶け込み、病的に白い美貌だけが浮かび上がって見える。
「質問を一つ許そう」
 その異様に僅かな動揺さえ見せず、アマワは言葉を発した。
「出会った者には一つだけ質問を許すことにしている。その一つでわたしを理解しろ」
「不要だ」
 くく、と黒衣の男が嗤う。
「『私』が興味を持つのは君の『願望』だけだ。君の本質など関係ない。
 だが、よもや人ならざる身で、世界を超えてまで『私』の介入を呼び込むほどの望みを持つとはね」
 ひどく愉しげに笑むと、会釈するように外套を一度打ち鳴らした。
「『私』は神野陰之。“名づけられし暗黒”にして“夜闇の魔王”。“あらゆる善と悪の肯定者”。
 君が証明を望むのであれば、式を組み立てる手伝いをしよう」
「その証明は人にしかできない。形だけ真似たお前には不可能だ」
 嘲るような声が闇に響く。
 それに対する答えは、やはり世界に対する嘲笑のように歪な感触を伴っていた。
「無論、君と心について論じようというわけではない。君は何を以て心の実在を認める?」
 その問いに一瞬、あるいは果てしない時間を挟んでアマワは答えた。
「人の住む世界。それを破壊し殺害し、奪い尽くした後に残るものがあるならば、それが心だろう」
「愚かな答えだね。しかし限りなく正解に近いのかもしれない」
 満足げに。どこまでも深く、どこまでも暗鬱に神野は嗤う。

425エンジェル・ハウリング(御遣いの物語)(3/4) ◆J0mAROIq3E:2005/06/24(金) 00:00:14 ID:t2jYYr76
「神野陰之。お前は何を手伝える? 世界を壊す双子の獣は失われた。この世界はしばらくは壊れまい……」
「ならば壊せる世界を用意しよう。殺し合うための世界、壊されるための世界を」
 事も無げに神野は答える。
 熟考するように顎に手を当て、あらゆる世界に広がる闇を見渡す。
「選りすぐった意思ある者達。彼らを世界の縮図で殺し合わせることでその実験を行うのは如何かな?」
「いいだろう。お前の意図は知らないが試す価値はある」
「意図は君の望みの成就だけだとも。では彼らについて語ろうか。
 お互い時間に縛られる身でもあるまい――」
 …………
 ………
 ……
 …
 人の感覚では膨大な時間をかけ、119の人と人でない者の全てが語られた。
 それでも直前の会話に相槌を打つようにあっさりと、アマワは一つの疑問を呈した。
「契約者ウルペン。彼の者は既に死んでいる」
「だが彼は存在したのだろう。観測点によって生死は無限に変化するものだよ。
 ――それに、彼に確かなものなどないのだろう?」
「肯定しよう。彼は確かな死さえ掴めはしない。……お前はこの世界のことも知っているのだな」
「然り。『私』は闇にして影。光ある世界ならば何処にでも探求の手を伸ばすとも」
 芝居がかった口調は、その魔人にこそこの上なく似合っていた。

426エンジェル・ハウリング(御遣いの物語)(4/4) ◆J0mAROIq3E:2005/06/24(金) 00:01:18 ID:t2jYYr76
「あとは……その破壊を制御する者が必要か。圧倒的な力で全てを消されては敵わない。
 淘汰はあくまで極限の状況下で、あらゆる感情を交えながら行われるべきだ」
 魔の理論を平然と紡ぐ口には変わらぬ嗤いが浮かんでいる。
 対して未来精霊は表情どころか揺らぎほどの動きさえ見せない。
 静止した世界の中で“実験”準備が音もなく行われていく。
 世界。管理者。刻印。
 多様な世界の人間達がそれらを演じさせられ、創り上げられていく。
 積み木のように。機械のように。物語のように。

 ――硝化の世界に何の変化も起こらぬうちに、全ては完了した。
 頷き、外套を再度打ち鳴らすと、布地とも思えぬ漆黒の奥に一つの島が見えた。
「……さて、始めようか御遣いよ。人と、人でないものの織りなす一時の物語を」
「見届けよう。その果てに疑問の答えがあるかどうか」

 こうして、人が変じた闇と人が生んだ隙間は契約した。
 全ては一つの問いのために。

427ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 01:05:32 ID:hNdeEao2
贖われた都。鐘の音の響く工房都市。そして――我が故郷、硝化の森。
赤い剣士の銀の一撃。それが私を奪った。いや、奪われてはいない。
絶対殺人武器、殺人精霊。それは世界を滅ぼす引き金。私が生み出し、私が起こした。
答えの召喚、心の実在。それは世界をゆるがす疑問。私が問いかけ、私が答えの場を少女に与えた。
両者が、私を奪った。やはり、奪われたのだ。なぜなら今私はかの大陸に存在しない。
ここは断崖の図書館。次元の挟間。いくつもの窓が、数多の世界に開かれていた。
私はそこを通り抜け、旅し、そして知った事がある。空白を、埋め尽くし、そして分かった事がある。
ここにも、どこにも、心は無い。
地図の空白はうめられてしまった。なのに、怪物はいない。心は無い。
なら、私は、世界の全てを奪う事にする。
私は、未来精霊アマワ。

絶望の聖域。封鎖の玄室。そして――我が故郷、キエサルヒマ大陸。
傲慢な精神士の白魔術。それが私を生み出した。いや、生み出してはいない。
ネットワーク、情報の網。それは世界を体現する媒体。私が生まれ、私が根ざすもの。
ゴースト、理想の具現。それは世界の虚像。私のかつての姿で、私の今の姿でもある。
両者が、私の本質。そう、私はダミアンに作られたままの存在ではない。なぜなら今私はかの大陸に存在しない。
ここは断崖の図書館。次元の挟間。いくつものネットワークが、数多の世界に繋がっていた。
私はそこを通り抜け、旅し、そして知った事がある。記憶を、埋め尽くし、そして分かった事がある。
今の私は、「領主」とよばれた、男ではない。
同一世界のネットワークに優劣は無い。では、他頁世界を結ぶものならば?
私は、質こそは違えど領主と同じベクトルの存在。
この図書館で再構築されたゴーストのゴースト。

428ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 01:06:41 ID:hNdeEao2
窓の一つをくぐり抜ける。
心の実在を世界に向かい、問いかけた。
硝化は一瞬だった。一つの世界がまるごと奪い去られる。
その有り様は美しいとすら言えるだろう。美しい世界、精霊の故郷。
人が、都市が、世界が、白く不変の景色に固定される。
完全なる静寂が世界を満たした。
答えは返ってこない。
しかし――
(あれはなんだ?)
まだ残るものがある。4つの存在が、白い世界の中で異質な輝きを放っていた。
物部景、 甲斐氷太、 海野千絵 、緋崎正介。
さきほどまで生きていた者も、とうに死んでいた者もいる。
なにが、彼らを硝化に抗わせたのか?
力か、意志か。もしくは、愛、心――
面白い。
彼らが、世界が投げてよこした答えなのか。
「しかしそれはまだ答えではない」
答えに対する精霊の返答。
「それは魂だ。確かに奪いがたいものではある。心が存在するとすればその中だろう」
「私がもとめるのは答えそのもの、心そのもの」
答えは返ってこない。

次の窓をくぐり抜ける。
十叶詠子、空目恭一
そして次――
ギギナ 、ガユス 、クエロ・ラディーン
また次――
ヴィルヘルム・シュルツ
次――
ヴァーミリオン・CD・ヘイズ 、天樹錬
――

窓のむこうの硝化した景色を、ながめ、ひとりごちる。
「私には彼らの全ては奪えなかった。それは認めよう。しかしそれで確かだと言えるのか」
おそらくは言えまい。119の魂、おそらく答えはこの中にある。
次はどう奪うものか。

429ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 01:07:21 ID:hNdeEao2
(君はなんだね?)
闖入者の問いかけが図書館の静寂に響く。
(私は未来精霊アマワ。お前こそ、何者だ)
向き直った精霊は万物を愚弄する、人の不愉快に真似た姿であった。
(ただのしがないゴーストだよ。いや、ゴーストですらないな。しかし、かつてはアルマゲストと呼ばれていた)
ゴーストの返答は軽い。
時を、次元を超越した空間に人ならざるもの達の問答のみが静かに続く。
(私は出会う者に一つだけ質問を許している。先ほどの問いは忘れよう)
(なら、問おう。旧友よ、世界を滅ぼした目的は何だ)
(心の実在を)
(世界を奪い尽くしてそれでも心は見つからなかった?)
返答にはしばし間があった。
(魂からの心の精製、それができるなら疑問に答えを見いだせるだろう)
(同じ事を何度も繰り返してそれでも見つからない。それでも続けるのは誠意ではなくただの愚かさだ)
試行し、答えを見失うごとに不在の確信を強めていく。君のしていることは結局は無意味だよ。
精霊が押し黙る。静寂の中に永遠とも感じさせる時をかけて、精霊が新たな問いを発する。
(では質問しよう。お前が心の実在を証明しようとするならばなにをする?)
(彼らを返したまえ。君が奪ってはならない。心が魂にあるのならばそれは絶望の中に見いだされるだろう。また、絶望の中で最後に残るもの、それこそが心であろうよ)
(つまり殺し合いをさせろ、と。それがお前の答えか)
(その通り)
(どのようにして?)
(それについては私が手助けをしよう。私の能力というのはこういう時に非常に便利なものだ。彼らの魂に刻印を施す)
(何が――目的だ)
(別に何も。強いて言えば私も心と言うものをみてみたい、といったところだよ、我が旧友)
(よかろう。では彼らと契約を結ぼう。契約者よ、心の実在を証明するが良い)
(いや、まだ不十分だな。契約というからには双方にとって利益が無くてはならない。君は彼らに何を与えられる?)
(私は何も与えない。だが――心の実在、それを証明できたのなら彼と彼の世界を返すと約束しよう)

430ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 01:08:24 ID:hNdeEao2
(あの精霊は答えを寄越せと喚くだけできっと何も聞いていないのだろうな)
唯一色を持つ窓を覗きながらゴーストは考える。
駄々っ子のように貪欲に全てを求め、そして奪ってしまった精霊。
背後の窓には色彩に欠いた風景が広がっている。世界を奪われたままにしてはおけない。
自分にはできない事を、彼らに託した。
答えを見いだし、世界を取り戻す。たった一つでもいい。取りかえす事に意味がある。
精霊が答えを聞き入れようがいれまいが関係ない。
今、精霊は刻印を通してしか魂を奪う事はできない。自分でそう仕組んだ。
刻印が完全に外れても、彼らが消えてしまう事は無いだろう。
なぜなら一度現れたものは精霊に奪われない限り簡単に消えはしないから。
再び死を迎えるまで生きるだろう。

今、一つの魂が死して消滅する寸前に図書館に迷い込んだ。
「契約者よ、一つ質問を許している」
未来精霊アマワ。
消えゆく魂は問いかける。
――外の世界はどこにあるのか――
御遣いは答える。

外の世界などどこにも無い。世界は全て奪われた。全ての中でここだけが残ったのだ。

失意の、絶望の気配を残して一つの魂がかききえる。


殺して、壊して、奪い合うが良い契約者達よ。生き残って、故郷を、愛なる者を取り戻すのだ。

431ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 22:34:53 ID:hNdeEao2
贖われた都。鐘の音の響く工房都市。そして――我が故郷、硝化の森。
赤い剣士の銀の一撃。それが私を奪った。いや、奪われてはいない。
絶対殺人武器、殺人精霊。それは世界を滅ぼす引き金。私が生み出し、私が起こした。
答えの召喚、心の実在。それは世界をゆるがす疑問。私が問いかけ、私が答えの場を少女に与えた。
両者が、私を奪った。やはり、奪われたのだ。なぜなら今私はかの大陸に存在しない。
ここは断崖の図書館。次元の挟間。いくつもの窓が、数多の世界に開かれていた。
私はそこを通り抜け、旅し、そして知った事がある。空白を、埋め尽くし、そして分かった事がある。
ここにも、どこにも、心は無い。
地図の空白はうめられてしまった。なのに、怪物はいない。心は無い。
なら、私は、世界の全てを奪う事にする。
私は、未来精霊アマワ。

絶望の聖域。封鎖の玄室。そして――我が故郷、キエサルヒマ大陸。
傲慢な精神士の白魔術。それが私を生み出した。いや、生み出してはいない。
ネットワーク、情報の網。それは世界を体現する媒体。私が生まれ、私が根ざすもの。
ゴースト、理想の具現。それは世界の虚像。私のかつての姿で、私の今の姿でもある。
両者が、私の本質。そう、私はダミアンに作られたままの存在ではない。なぜなら今私はかの大陸に存在しない。
ここは断崖の図書館。次元の挟間。いくつものネットワークが、数多の世界に繋がっていた。
私はそこを通り抜け、旅し、そして知った事がある。記憶を、埋め尽くし、そして分かった事がある。
今の私は、「領主」とよばれた、男ではない。
同一世界のネットワークに優劣は無い。では、他頁世界を結ぶものならば?
私は、質こそは違えど領主と同じベクトルの存在。
この図書館で再構築されたゴーストのゴースト。

432ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 22:35:40 ID:hNdeEao2
窓の一つをくぐり抜ける。
心の実在を世界に向かい、問いかけた。
硝化は一瞬だった。一つの世界がまるごと奪い去られる。
その有り様は美しいとすら言えるだろう。美しい世界、精霊の故郷。
人が、都市が、世界が、白く不変の景色に固定される。
完全なる静寂が世界を満たした。
答えは返ってこない。
しかし――
(あれはなんだ?)
まだ残るものがある。6つの存在が、白い世界の中で異質な輝きを放っていた。
物部景、 甲斐氷太、 海野千絵 、緋崎正介、四宮庸一、姫木梓
さきほどまで生きていた者も、とうに死んでいた者もいる。
なにが、彼らを硝化に抗わせたのか?
力か、意志か。もしくは、愛、心――
面白い。
彼らが、世界が投げてよこした答えなのか。
「しかしそれはまだ答えではない」
答えに対する精霊の返答。
「それは魂だ。確かに奪いがたいものではある。心が存在するとすればその中だろう」
「私がもとめるのは答えそのもの、心そのもの」
答えは返ってこない。

次の窓をくぐり抜ける。
あやめ、空目恭一、近藤武巳、木戸野亜紀、十叶詠子、小崎摩津方
そして次――
ギギナ 、ガユス 、クエロ・ラディーン 、レメディウス・レヴィ・ラズエル、ユラヴィカ
また次――
ヴィルヘルム・シュルツ、アリソン・ウィッティングトン
次――
ヴァーミリオン・CD・ヘイズ 、天樹錬、クレア、 フィア、ディー、 セラ、李芳美
――

窓のむこうの硝化した景色を、ながめ、ひとりごちる。
「私には彼らの全ては奪えなかった。それは認めよう。しかしそれで確かだと言えるのか」
おそらくは言えまい。数百の魂、おそらく答えはこの中にある。
次はどう奪うものか。

433ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 22:36:31 ID:hNdeEao2
(君はなんだね?)
闖入者の問いかけが図書館の静寂に響く。
(私は未来精霊アマワ。お前こそ、何者だ)
向き直った精霊は万物を愚弄する、人の不愉快に真似た姿であった。
(ただのしがないゴーストだよ。いや、ゴーストですらないな。しかし、かつてはアルマゲストと呼ばれていた)
ゴーストの返答は軽い。
時を、次元を超越した空間に人ならざるもの達の問答のみが静かに続く。
(私は出会う者に一つだけ質問を許している。先ほどの問いは忘れよう)
(なら、問おう。旧友よ、世界を滅ぼした目的は何だ)
(心の実在を)
(世界を奪い尽くしてそれでも心は見つからなかった?)
返答にはしばし間があった。
(魂からの心の精製、それができるなら疑問に答えを見いだせるだろう)
(同じ事を何度も繰り返してそれでも見つからない。それでも続けるのは誠意ではなくただの愚かさだ)
試行し、答えを見失うごとに不在の確信を強めていく。君のしていることは結局は無意味だよ。
精霊が押し黙る。静寂の中に永遠とも感じさせる時をかけて、精霊が新たな問いを発する。
(では質問しよう。お前が心の実在を証明しようとするならばなにをする?)
(彼らを返したまえ。君が奪ってはならない。心が魂にあるのならばそれは絶望の中に見いだされるだろう。また、絶望の中で最後に残るもの、それこそが心であろうよ)
(つまり殺し合いをさせろ、と。それがお前の答えか)
(その通り)
(どのようにして?)
(それについては私が手助けをしよう。私の能力というのはこういう時に非常に便利なものだ。彼らの魂に刻印を施す)
(何が――目的だ)
(別に何も。強いて言えば私も心と言うものをみてみたい、といったところだよ、我が旧友)
(よかろう。では彼らと契約を結ぼう。契約者よ、心の実在を証明するが良い)
(いや、まだ不十分だな。契約というからには双方にとって利益が無くてはならない。君は彼らに何を与えられる?)
(私は何も与えない。だが――心の実在、それを証明できたのなら彼と彼の世界を返すと約束しよう)

434ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 22:38:25 ID:hNdeEao2
静謐であった図書館は、いまやざわめきでみちていた。
図書館の住人、旧世界を超越していた存在。彼らがことの行く末を見守っているのだ。
ざわめきの中で、青黒い長衣を纏った優男の独り言を聞く者は誰もいない。
「全くもって精霊は理解しがたいね。本当に…愚かだよ。だって、そうは思わないかい? 
彼の望みは心の証明。それは価値ある問いだ。僕も、我が偉大なる師賢者ガンザンワロウンも答えを欲している。
誰もが、欲している。そしてここに一つのアプローチがある。極限状態における心の精製。きわめて正しく――そして同時にきわめて誤った手段だと僕は思う。
観察者は対象に干渉してはいけないんだよ。それは全てを無駄にしてしまう。
本当に…本当に残念だ…」
「それが君の願いかね。このゲームからの『干渉』の排除が」
虚空に消えていた声に、唐突に返事がかえる。
長衣の男は、特に驚いたそぶりも見せずに向き直った。
漆黒のマントを羽織った男に。
「少し違うな。真に心の実在を証明したいのならば彼らに干渉者の存在を気取られてはならない。
ゲームが行われるのならばそれは彼らの中の『偶然』におきた自発の意志でなくてはならない。
僕は彼に、あの精霊に知ってほしい。マグスの掟、純然たる観察者の心得をね」
「ならば、それを叶えよう」
「どのようにして?」
「いかようにでも。私は君が願い、私が聞いたのならそれは叶えられる。なぜなら私に望みは無く、故に他者の望みに最も鋭敏に反応するからだ。
私は”名付けなれし暗黒”、”夜闇の魔王”」
「なら…一つ質問をしても良いかい?」
「一つと言わずにいくつでも望むままに問うが良い。私はかの精霊とは違うのだから」
「なぜ僕のもとに現れる?あの精霊と幽霊のところではなく」
「相反する二つの望みがあるならばそれは望み無いのと同じではないのかね」
「…それではもう一つ。あの魂たち…彼らの共通項とは何だろうね。何が心を証明しうる?」
「力… 単純な力ではない『力』。物語の中枢に関わる『力』。それが彼らを留めた」
「それでは――僕らは、彼らについて語ろうじゃないか。彼らは既に手の触れられない領域にある」
「幻想と願望、そして宿命についての話を始めようか」
小さな囁きは、途絶える。

435ゴースト・スピリット(虚無の心) ◆rEooL6uk/I:2005/06/25(土) 22:40:34 ID:hNdeEao2
(あの精霊は答えを寄越せと喚くだけできっと何も聞いていないのだろう)
ある一つの目的だけに研ぎすまされた純粋な意志。精霊の特徴なのだろうか。
それにしても、純粋すぎる意志。それは馴染み深い何かを思わせる。
まるである特徴を極端にデフォルメしたような。
色を持つ窓、唯一色を残す壁にある窓の一つを覗きながらゴーストは考える。
駄々っ子のように貪欲に全てを求め、そして奪ってしまった。
背後の窓には色彩に欠いた風景が広がっている。世界を奪われたままにしてはおけない。
自分にはできない事を、彼らに託した。
答えを見いだし、世界を取り戻す。たった一つでもいい。取りかえす事に意味がある。
精霊が答えを聞き入れようがいれまいが関係ない。
今、精霊は刻印を通してしか魂を奪う事はできない。自分でそう仕組んだ。
刻印が完全に外れても、彼らが消えてしまう事は無いだろう。
なぜなら一度現れたものは精霊に奪われない限り簡単に消えはしないから。
再び死を迎えるまで生きるだろう。
ふと、口から言葉がもれる。
「本当の君に、世界の全てを、全ての世界を奪う力があったのかい?」
精霊は答えない。
(この精霊もまた、奪われたのか)
未来にあり、奪う事の出来ない存在が、奪う事しかできない存在が奪われた。
ありえない。しかし、彼自身の行為が、偶然に彼に仇をなしたとすれば。
例えば硝化の森で隻眼の少女が行ったように。
ならばひょっとして、ここにいるのは自分と同じ…

今、一つの魂が死して消滅する寸前に図書館に迷い込んだ。
「契約者よ、一つ質問を許している」
未来精霊アマワ。
消えゆく魂は問いかける。
――外の世界はどこにあるのか――
御遣いは答える。

外の世界などどこにも無い。世界は全て奪われた。全ての中でここだけが残ったのだ。

失意の、絶望の気配を残して一つの魂がかききえる。


殺して、壊して、奪い合うが良い契約者達よ。生き残って、故郷を、愛なる者を取り戻すのだ。

436地を行く人喰い鳩 1 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:38:59 ID:D7qZuQnc
この殺伐とした島にそぐわぬ施設、海洋遊園地。
 その施設は縦に長く、二つのエリアにまたがる敷地を有する。
 そして、その路面を一人の男が全力で疾走していた。
「あー、くそったれ! 何でこう逃げまくんなきゃならねーんだ?」
 オレがちらりと後ろを見ると七匹の獣が自分を追走していた。
 何だよありゃあ? 新手の大道芸人か?
 ただの猛獣使いならサーカスに帰れ。ここは遊園地だ!
 
 思えば出会う敵全てが超人クラスだった。
 とんでもない身体能力を誇る名前のクソ長い美系の戦闘狂。
 見た目とは大違いの実力を誇る二人の女剣士。
 四対一にもかかわらず喧嘩を売ってきた空間使いのガキ。
 どいつもこいつも自分が本気を出して、紙一重で死を回避するのが限界の実力者達だ。
 今、自分を追いかけてくる奴も人外の存在に決まっている。
 しかも体力は限界で、フォルテッシモから与えられた傷には血が滲んでいる。
 このまま動き続けると、あと五分でオレはぶっ倒れる。
I−ブレインが使えないのにどーしろってんだ!?
 オレの心からの叫び、しかし誰にも届かない。

「鬼ごっこかぁ? ま、せいぜい楽しませてくれよッ。ヒャハハァー!」
 背後からの声には緊張感のカケラも感じられない。
 アル中か? 薬中か? それともただの異常者か?
 あいにくオレには、殺し合いを楽しむ神経はねーんだよ。
 だいたいさっき会ったフォルテッシモとか言う奴はどうなったんだ?
 死んだのか?
 それともこいつの仲間でオレを挟撃しようとしてるのか?
 I−ブレインが起動できれば演算で様々な回答をたたき出せるのだが、今は逃げることだけを考える。
次の瞬間、背後に熱気を感じたオレは加速したまま横っ飛びに跳躍した。
 そのまま身を捻って飛び前転の体制に繋ぎ、勢いを保って立ち上がる。

437地を行く人喰い鳩 2 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:40:02 ID:D7qZuQnc
 ヒュッ!

 横を見ると、さっきまで自分がいた場所を火球が飛び去っていった。
 ……危ねえ危ねえ、こんなところでステーキに成るのは御免だぜ。
 日頃から体鍛えてたのはビンゴだな。
「見苦しいわよ。戦う気がないならさっさと死んで頂戴」
 今度は女の声が聞こえた。どうやら敵は複数らしい。
 フォルテッシッモとは嗜好が違い、完全に殺しを目的としているようだ。
 好き勝手言われるのも癪なので、オレは取りあえず言い返した。
「うるせえ! 本日におけるオレの戦闘に対する許容量は限界なんだ。他を当たれ!」
 更にコミクロンの台詞を引用して、
「これ以上オレを怒らせると、歯車様の鉄槌が下るぞ?」
 言ってやった。苦し紛れのハッタリだが、それっぽく言ったので威嚇にはなるはずだ。
「上等よ。やってみなさい!」
 ……逆効果だった。背中に研ぎ澄まされた殺意が刺さる。
 
 ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ!
 
 振り返ったオレが見たのは、先ほどより幾分速度を増した火球だった。
 炎弾を連射できるのかよ!
 やばい。コミクロン、火乃香、シャーネ、誰でもいいから助けに来てくれ。
 迫り来る死を回避する為、オレは手近なアトラクションに飛び込んだ。

438地を行く人喰い鳩 3 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:40:52 ID:D7qZuQnc
 ヘイズが助けを切望していた三人は花壇に居た。
 もっとも、すでに一人は死んでいたが。
 シャーネの墓を作る時間が無かった火乃香とコミクロンは、
 彼女を花壇に寝かせて花葬にした。
 コミクロンの治療によりシャーネの体に外傷は無く、生前の美しい容姿を保っているものの、
 彼女が再び立ち上がり、微笑む事は無いだろう。
 
「すまんシャーネ。俺の未熟と驕りのせいで……」
「あんただけの責任じゃない。今は気持ち切り替えていくしかないよ、コミクロン」
「ああ、クレアに謝罪のメモも残したし、とっととヴァーミリオンを助けて退散するか。
火乃香、あいつの位置は分かるか?」
「ん、こっから南西へ50メートル。あのアトラクションの中っぽいね」
 火乃香の額の中央で蒼光を放つ第三の眼を見た後、コミクロンは周囲を見回す。
 そして、遊園地の入り口近くに止まっているある物に目をつけた。
「なあ、お前はあれを動かせるか?」
「できないことは無いけど、一体どうすんのさ? この距離じゃ走るのとそう変わらないよ?」
 火乃香の視線の先、余裕顔を取り戻したコミクロンは顎に手を当て、
 ――やっと、俺の天才的思考能力が役立つ時が来たようだな。
 休憩中にまとめ上げた計画を告げた。

 アトラクションに飛び込んだ先、周りには五人のオレが居た。
「何だ?」
 自分が眉をひそめると相手も表情を変えた。
 びびったぜ、ただの鏡か。しかも通路全面に……何なんだここは?
 一瞬だけ追っ手の術かと思ったが、ここは鏡で人を惑わすアトラクションだとオレは気づいた。
 うまく立ち回れば逃げ切れるかもしれない。

439地を行く人喰い鳩 4 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:41:36 ID:D7qZuQnc
 三秒後、オレは群青色の火の粉を散らした獣が突入してきたのを知覚する。
「ふん、ミラーハウスに逃げ込むとわね。数の多いこっちが自分の鏡像で混乱するとでも思ってるの?」
 唐突に獣の身体がはじけ飛び、獣が居た位置には小脇に巨大な本を抱えた女性が立っていた。
 ……大道芸人だったのか。それにしてもずいぶんとグラマーな姐ちゃんじゃねえか。
「私は "弔詞の読み手"マージョリー・ドー 。消し炭になる前に覚えておきなさい」
 弔詞の読み手、か……大した貫禄だぜ。
 それにこの隙の無い動き、かなりの場数をふんでやがる。
「オレは "Hunter Pigeon(人喰い鳩)"ヴァーミリオン・CD・ヘイズ。翼をもがれた空賊だ」
 入り組んだ鏡の通路の中、オレは名乗りながらもじりじりと"前進"する。
 実際は出口に向かって進んでいるのだが、マージョリーには鏡像に映ったオレの姿が
 用心深く接近して来るように見えるはずだ。
 試しに騎士剣を手に持つと、マージョリーは身構えた。
「ただのヘタレかと思ったけど……戦う気は有るようね」
 良し、マージョリーは策にはまった。後は距離を稼いでトンズラするだけだ。

「ここで停車、と。準備できたよコミクロン」
 火乃香の声にコミクロンは満足げに頷いた。
 目の前には『ミラーハウス』と書かれたアトラクションが建っていて、
 自分の横には園内の送迎用バスがいつでも発進可能な状態で待機している。
「ふっふっふ、後はヴァーミリオンが出てくるのを待つだけだな」
 
 フォルテッシモの防御は硬く、並大抵の攻撃力では打ち破れない。
 ならば防御できても行動不能な状態にしてしまえば良い。
 では大質量物体をぶつけて埋めてしまおう。

 これがコミクロンの立てた計画だった。
「バスをミラーハウスに突撃させればフォルテッシモが直撃を免れたとしても、
ミラーハウスの倒壊に巻き込まれてしばらく出てこれないだろう。戦闘は力押しが全てじゃない。
戦術面ではこのコミクロンが上だ!」
「あたしはこの計画も十分力押しだと思うんだけどな」
「むう、小さいことは気にするな火乃香。それよりヴァーミリオンは何分後に出てきそうなんだ?」
「けっこう遅めに進んでるから……あと二分かそこらはかかるね。
けどあたしがバスぶつける間の敵の足止めはどうするのさ?」
「ふっふっふっ、任せておけ。今とっておきの構成を練ってる」
「タイミング命なんだから肝心な所でスカさないでよ?」
「ふっ、この天才には愚問だな」
 コミクロンの返事を聞きながら、火乃香はハンドルを握り直した。

440地を行く人喰い鳩 5 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:42:39 ID:D7qZuQnc
「ねえ、あんた本当に私と戦う気があるの?」
「そーやって誘っても無駄だぜ。お前の火力は半端じゃないからな」
 オレはマージョリーの鏡像の一つを睨み付けた。
 強がってはいるものの、オレの足は着実に出口へ近づいている。
 このまま行けばあと一分位で脱出できるはずだ。
 しかし、ハッタリとフェイントでマージョリーを牽制するのももう限界に近い。
 もしも彼女が痺れを切らして飛び掛かられた場合、こちらはもう何もできない。
 くそっ、そろそろ手詰まりか。血も出過ぎてくらくらするし、
 ちと早いがここらで賭けに出るしかねえな。
 コミクロンの治療が終わっているなら味方と合流して反撃。そうでないなら死だ。
 他人任せってのは好きじゃねえが……!
 出口に向かってオレは全力で駆け出した。
 例え全面鏡張りの通路であっても、床と壁の継ぎ目に沿って走れば自然と出口にたどり着く。
「嵌めたわねっ!」
 オレの加速を攻撃と捉えて防御体制をとった分、僅かに反応の遅れたマージョリーが、
 オレの意図に気づき炎を纏った獣に変身して追走してくる。
 外見と違って、ずいぶん頭に火が付きやすいじゃねえか。
 しかも結構走るの速ええぞ。怒らせたのはやばかったか?
 今まで稼いだ距離が一瞬にして詰められる。だがそこを曲がればもう出口だ!

「避けてヘイズ!」
 鏡の通路から飛び出たオレが見たのは、
「バス!?」 
 と運転席に座る火乃香だった。
 バスの急発車とともに耳をつんざくほどのクラクションが鳴り、
「走れヴァーミリオン! ぼけっとすんな!」
 横からコミクロンの声が聞こえた。
 ――そういうことかっ!
 二人の考えを理解したオレは、火球を回避した時のように全力で身を投げ出す。
 それとほぼ同時、バスの運転席の火乃香も開け放たれたドアから飛び出した。
 バスは速度を保ったままオレを追って駆け出てきたマージョリーに、
「遅いわよ!」
 突っ込むことはできない。獣の姿の彼女の回避が一瞬速いはずだ。

441地を行く人喰い鳩 6 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:44:20 ID:D7qZuQnc
 だが、
「コンビネーション2−7−5!」
 その回避を止める物があった。
 オレが視線の先、コミクロンの突き出した左手の先端に光球が出現し、

 キュンッ

 鏡の通路から飛び出そうとするマージョリーのすぐ眼前に転移した。
 その後に続くのは刹那の破裂音と僅かな閃光。
「ぅあ!」
 あまりにも突然過ぎる上にバスの回避に集中していたマージョリーは、
 コミクロンの魔術の直撃を受ける。
 そして――、

 ズドォォン!

 バスはマージョリーを吹き飛ばし、アトラクションに激突した!
 こりゃあ常人なら即死、何かしらの防御を発動してもまず行動不能だろうな。
 随分とむごい倒し方だが……自業自得って言えばそれまでか。
 一息着いたオレは仰向けになり、
「危ねえ!」
 横にいた火乃香を押し倒して、その上に覆い被さった。
 数瞬後、衝撃によって舞い上がった鏡片が雨のように降り注ぐ。
「うおっ! 鏡か?」
 火乃香と同様に落下物に気づかなかったコミクロンが叫び声を上げるが、
 そちらまでかまっている暇は無かった。まあ、ぎりぎりで回避できるだろう。

 しばらくしてバス衝突の二次災害も収まったので、オレは火乃香の上から立ち退いた。
「いきなり押し倒して悪かったな。無事か?」
「あたしは平気だけど……ヘイズは? カツンカツン音がしてたみたいだったけど」
 あたりを見回すと一面に鏡片が飛び散っている。
 だがオレは厚手の服のおかげで全く無事だった。
「問題ねえよ。実際大したでかさじゃ無かったしな」
「おい、何故俺の存在をスルーするんだ?」
 心配も何も無傷じゃねえかよ、お前。
 取り敢えず別の話題で誤魔化すか。
「おおコミクロン、さっきの魔術凄かったじゃねーかよ」
「あれの凄さを分かってくれるかヴァーミリオン!
なに、簡単な事だ。転移する小型雷球を使って一瞬だけ電流を流し、神経を麻痺させたんだ。
やはり分かる奴には分かるのだな、この天才の偉大さというものが。キリランシェロとは大違いだ。
それにあのエレガントな役回りこそこの俺に……」

442地を行く人喰い鳩 7 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:45:13 ID:D7qZuQnc
 良し、誤魔化し成功。
 後は適当に聞き流すか。
「そー言えばヘイズ、あの獣は何だったのさ?フォルテッシモは?」
「あれはマージョリー・ドーとか言うゲームに乗った大道芸人で、本体は美人の姐ちゃんだ。
フォルテッシモは図に乗り過ぎてたんでオレが成敗しといた。
おかげでI−ブレインが停止しちまったがな……ところでシャーネは何処だ?」
 ん、この火乃香の顔色……まさか。
「シャーネは……死んだよ……」
 くそっ、最悪の予想が当たっちまったか。
 オレは又、別の話題で誤魔化そうとしたが、
「あたしは平気だよヘイズ。だけどコミクロンは……多分そのことで今も――」
「分かった、もう言うな。医療魔術の能力低下は今に始まった事じゃねえ。
これ以上はあいつ自身の問題だ」

「おい、何話してんだそこ。俺が大いなる大陸魔術士の歴史を紐解いて説明してやってるのに……
聞いてるのか?」
 おいおい、どーしてエレガントが大陸魔術士の歴史にまで発展してんだよ。紐解きすぎだ。
 あとオレはお前の魔術を褒めはしたが、講義を聞かせてくれなんて言ってねえぞ。
 そこまで心中でツッコミを入れたオレは、これ以上話させるのは不毛と判断して話題を変えた。
「その話はもっと時間が有る時にしてくれコミクロン。
今は二つばかり質問が有るんだがいいか?」
「どんと来い。この天才が答えてやろう」
「一つ目は武器をどうするか。二つ目は今後どうするかだ」
 どんと来いと言うので、ストレートな質問をぶつけてみた。
「壊れた剣はバスのアクセルとハンドルの固定のためにあたしが使ったよ。
つまり今はヘイズの持ってる騎士剣とコミクロンのエドゲイン君しか武器は無し。
あと今後どうするかだけど、今あたしは猛烈に休みたい」
「俺も休憩には異議無し、だ。ゲームが始まって以降寝てないしな」
 そう言えばそうだな。
 実を言うとオレの疲労も限界なので、正直この提案はありがたい。
「じゃあ取り敢えず休憩するか。だがこの場じゃあだめだ、
さっきの音を聞き付けた奴に襲われる可能性がある。まずは近くの安全そうな場所に避難すべきだ」
「距離的には市民会館が近いね。神社も捨てがたいけど」
「俺は市民会館に行くべきだと思うぞ。くつろげそうだし、市街地が近いから逃げるにも都合が良い」
「分かった。まずは市民会館に行くとするか」
 目的が決まったならば長居は無用だ。

443地を行く人喰い鳩 8 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:46:21 ID:D7qZuQnc
 オレはコミクロンから荷物を受け取ると空を見上げた。
 元居た世界とは違い、一カケラの雲さえない広々とした蒼天が続いている。
 ……天樹錬、お前はこの空さえ見れずに死んだのか? 
 ハリー、オレは絶対帰るからな。スクラップになんか成るんじゃねえぞ。
 親父、オレは今精一杯走って生きてるか?

「空を見上げて何やってんだヴァーミリオン? 治療してやるから早く来い」
「青春に浸ってたんだ。今行く」
 オレは止まらない、止まれない。
 死んでいった奴等のため、帰りを待ってる奴等のため。
「ま、せいぜい足掻いてやるか」

 ヘイズ達が立ち去った後、崩れたミラーハウスから一本の手が生えた。
 "弔詞の読み手"マージョリー・ドー である。
「ヒャハハ、鬼ごっこは負けみてえだな。我が麗しのゴブレット、マージョリー・ドー」
「黙りなさいバカマルコ。ったく、午前のガキ二人といいふざけた連中しかここには居ないの?」
 愚痴る彼女の前をバスのギアーが転がっていく。
「……歯車様の鉄槌、だな。ヒャハハハハ。あの赤髪やるじゃねぇか」
 バスが激突する直前、マージョリーは背後の壁を吹き飛ばして後退し、直撃を防いだ。
 しかしコミクロンの予測は的中し、防いだ所で無傷では済まなかったが。
「今度会ったら全員炭の柱にしてやるわ」
「ヒャッハッハッハー!まだまだやる気満々だなぁ。我が怒れる美姫マージョリー・ドー」
「当たり前よ」

444地を行く人喰い鳩 9 ◆CDh8kojB1Q:2005/06/26(日) 08:47:33 ID:D7qZuQnc
【E-1/海洋遊園地/1日目・12:25】

【戦慄舞闘団】
 
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:左肩負傷、疲労困憊 I−ブレイン3時間使用不可
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:有機コード 、デイバッグ(支給品)
[思考]:1、火乃香達のところへ 2、刻印解除構成式の完成 3、休みたい
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:貧血。しばらく激しい運動は禁止。
[装備]:
[道具]:デイバッグ(支給品)
[思考]:休みたい。


【コミクロン】
[状態]:疲労、軽傷(傷自体は塞いだが、右腕が動かない)、子分化
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、エドゲイン君 
[道具]:デイバッグ(支給品)
[思考]:1、休みたい 2、刻印解除構成式の完成。3、クレア、いーちゃん、しずくを探す。
[備考]:白衣を着直した。

[チーム備考]:全員が『物語』を聞いています。
       騎士剣・陽(刀身歪んでる)、魔杖剣「内なるナリシア」(刀身半ばで折れてる)が、
       ミラーハウスの中に埋まっています。
       

【マージョリー・ドー】
[状態]:全身に打撲有り、ぷちストレス
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイバッグ(支給品) 、酒瓶(数本)
[思考]:ゲームに乗って最後の一人になる

445 ◆/91wkRNFvY:2005/06/26(日) 23:32:24 ID:TyM8AN7w
 ここ、ではなく――。
 そこ、でもない――。

 どこか――。



「順調に進んでいるようだね」
 G4に"設定"された巨大な城、その中の不可触領域に設けられた広間。
 そこに前触れもなく現れた男は、間近でじっと見ないとそうだと判らないような、
 限りなく黒に近い深い緑の長髪、限りなく黒に近い紅色の双眸をしていた。
 色素欠乏症を思わせる白い肌、それでいて血管が浮き出ているようなことも無い。
 そして足元までを覆う黒いコート。
 初めて見たものには、どこまでも白い肌と、コートの組み合わせに異常な違和感を抱く。
 すなわち。
 
 ――人間なのか――

「おぉ、お主か。順調というよりも少しばかり予定を上回るペースで進んでおるな。
 このままでは後半日ほどでサンプルの採取は終了するやもしれん」
 巨大な一室、謁見の間という表現が一番近いであろうその広間の奥の一段高くなった場所に、豪奢な調度の椅子。
 そこにおさまるのは芝居じみた衣装を纏い、得意げに髭を反らし、いかにも尊大そうな態度をとる男。
「そうかい」
「だが、こちらの都合通りに進んでおるので、さしたる問題は無いな、
 むしろ異世界からの干渉の件はどうなっておるのだ?」
 玉座に座っている以上、この城の王であろう男に尋ねられた黒衣の男――クエスは、さも今思い出したように、
「あぁ、彼らか。キミが気にする必要は無いよ、少しばかり介入されてしまったけれど、
 その辺りの事はボクに任せてもらって問題ない、キミの計画に支障が出るようなことは無いよ」
「ふぅむ? なら良いのであるが」
 髭を弄りながら、玉座の男――ヴォイムは答える。

446 ◆/91wkRNFvY:2005/06/26(日) 23:33:18 ID:TyM8AN7w
「以前の実験では、10前後の異世界からサンプルを集めたつもりであったが、
 どういうわけか2つの世界から数名ずつ召喚してしまったようでな。
 余の創りあげた世界の住人のサンプルにするには少々偏りすぎていたようだ、今回のお主の協力には非常に感謝しておる」
「これくらいどうって事ないさ、ボクも興味があるからね」
 興味がある、と言う割には声のトーンに全く変化が無い。
「ほう、お主の興味を引くようなものがおるのか?」
「あぁ、彼女"刀使い(ソード・ダンサー)"と言わせてもらうけどね、その"刀使い"はボクのコートを斬った」
「なんと?! それは興味深いな……」
 ヴォイムは椅子から身を乗り出すも、すぐさま元の体勢に戻る。

「サンプルの平均を採る為に、なるべく突出した能力は抑えたつもりであるが、ふぅむ」
 癖なのか、顎に手を当てながら考え込む。
「能力を制限しないままサンプルを放り込むのはまずいから、少しだけ制限をかけたけどね、
 それでも、キミの計画を満足させるぐらいには能力を残しておいたよ」
「うむ、結構。念のためサンプルを管理するものも召喚した。
 以前の失敗は、余が直接舞台へ上がってしまった事だと分析しておる。今回余は安全な場所から眺めているだけでよい」
 ヴォイムは眺めている、と言うが、この広間にはモニターの類は一切見当たらない。
 どうやってあの殺戮と狂気の舞台を眺めているというのか――。
「まぁ、邪魔が入ることは無いさ、気の済むまでやるといい」
 クエスの、呟きなのかヴォイムに向けた言葉なのか良く判らない声、ヴォイムがそれに答えようとした瞬間――。

「そうは問屋が卸さないのです」
 いつの間にか広間の入り口には、短めの三つ編みの少女と金髪緑眼の青年が立っていた

447黒幕話かっこかり ◆/91wkRNFvY:2005/06/26(日) 23:34:13 ID:TyM8AN7w
「なっ……、お前たち、いつの間に、どうやってここへ侵入した!?」
 ヴォイムは動揺と共に、身を椅子から乗り出す。
「お主、どういうことだっ!? ここに侵入されるなどと……!」
 安全を決め込んでいた巣穴に飛び込んできた闖入者に動揺したヴィオムは、驚きのあまり威厳を欠いた顔をクエスに向けた。
 言い終わるのを待たず、彼の背後の暗幕から、目立たないグレイのスーツを着た中肉中背の中年男たちが飛び出し、
 文字通り瞬く間に青年と少女を取り囲む。
「あわてることはないさ、せっかくの催しだ、ゲストの一人もいないとつまらないだろう?
 さっきも言ったけど、キミの計画に支障は無い。これ以上はボクが、させない」
 ヴォイムへ向けてひとしきり喋り、クエスは振り向きざま二人に深い――とても深い――笑みを浮かべる。

「あなたは……、あなたはそんなに火乃香さんの力が気になりますか?」
 青年は砂漠用のデューン・スーツを纏うが、そこにはいつもの微笑は無い。
「それはキミも同じだろう? この会話は何度目だろうね?」
「それは……」
 クエスの問いに口ごもる青年。
「何なら、ここでボクと争ってみるかい? 2対1でもボクは一向に構わないよ」
「もとよりそのつもりです、あなたの都合に彼らを巻き込むわけにはゆきません」
 言葉と共に少女の周囲から超高密度のEMP場があふれ出す。
 同時に、青年の緑瞳が金色に輝き、白いデューン・スーツも光を帯びる。
 クエスの不敵な笑み、そしてスーツ男たちとの間に緊張がはしる――。 
 
「その辺でよかろう」

448黒幕話かっこかり ◆/91wkRNFvY:2005/06/26(日) 23:35:11 ID:TyM8AN7w
 クエスを除いた全ての瞳が、声の主――ヴォイムへ集中する。 
「お主、イクスというのか? そちらの娘は……、ふむ、いくつかあるようだが"年表干渉者(インターセプタ)"で良いのかな?」
 資料を見ていた形跡は無い、ヴォイムはただイクスと"年表干渉者"を見ただけで名前を知ったというのか。

「この世界は余が創りあげし世界なり、故に余こそがこの世界の法、余こそがこの世界の絶対者なり。
 余に刃を向けるのは天に唾吐くが如し。汝らも世界の理を知るものならば、ここでの抵抗が如何に無意味であるか、それくらいは理解しておろう?」
 先ほどの取り乱し具合とは裏腹に、堂々とした態度でイクスたちに歩み寄る。
「確かに、そうかもしれません。ここで私たちが本気でぶつかったらこの空間そのものが崩壊しかねませんから」
 クエスをその瞳に捕らえていたイクスだが、肩をすくめて溜息をつき、それにあわせて周囲の光も薄らいでゆく。
「イクスさん、しかし……」
 食い下がろうとする"年表干渉者"にクエスの声がかかる。
「キミも "刀使い"ではないにしろ、期待しているものがいるんだろう? 悪い話じゃないと思うんだけどな」
「わたしたちにはここでずっと眺めていろとおっしゃるのですか」
「別にそうは言わないさ、どうにか出来るのならやってみるといい」
"年表干渉者"を取り巻くEMP場は変わらずに留まり続ける。彼女が何かを仕掛けようとしたその刹那――。

「ここでの争いがどのように世界に影響を与えるかは未知数です。しばらくは彼の目論見に期待するしかありません」
 と、"年表干渉者"を手で制し、クエスに目をやる。
「ボクはどっちでもいいけどね、少しは抵抗もないとつまらないからね」
 クエスは無責任ともいえる余裕を見せる。。
「……。イクスさんのおっしゃる事ももっともです、助けに来たのに崩壊させてしまっては、本末転倒なのです」
 途端、"年表干渉者"の周囲に溢れていたEMP場が霧散する。

「ほっほっほ、解れば宜しいのだ、余はこれでも客人に対する礼はわきまえておるつもりだ。
 サンプルは既に事足りておるからな、汝らはそこでゆるりと眺めているが良い」
 ヴィオムは満足げな顔で肩を揺らしながら元の玉座についた。


『ほほはほはほほほはははほほはほははほほははほははほはほほははほははほはほ』
 広間に沈黙が訪れた後、どこからとも無く聞こえてきたウザったい笑い声は、気のせいだろう、――たぶん。

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451アマワ黒幕化話一部修正 ◆E1UswHhuQc:2005/06/28(火) 16:49:56 ID:7Yf3b6x2
「君が出てきたという事は……あれは、――世界の敵か」
「そのようだ。何しろ僕は自動的なのでね」
 左右非対称の笑みでブギーポップは答え、アマワを見た。
「君という存在は、ただ吼えているだけだ。未来精霊アマワ。不確かなものを確かにしたいという欲求から生まれたんだろう、君は」
「わたしは御遣いだ。御遣いでしかない。望んでいるものがいるから、わたしは存在する」
「すべてのものが同じことを望んでいるわけじゃない。多くの欲求と共鳴して、本来の望みから大きく歪んだ君は、もはや御遣いではない」
「それは推測でしかない、ブギーポップ。わたしがそうであると証明できていない」
「する必要はない。君は誰もが理解できぬうちに、確実に、貪欲に、根こそぎに、全てを奪っていく。……断言しよう。未来精霊アマワ」
 一息。
「君は世界の敵だ」




「私は奪うぞ未来精霊アマワ。この場にいる全ての者達を。貴様が奪うよりも早く」
 強く握る拳は過去に砕いた拳。
 握れぬ拳に力を込め、まだどこかに居るであろうものに宣言する。
「新庄君の姿だけはくれてやろう。……だが」
 佐山は脳裏に新庄の姿を思い浮かべ、もはや軋みの来ない胸に手指を突き立て、覚悟の言葉を吐き出した。
「――他は私のものだ」



【C-6/小市街/1日目・13:00】
『悪役と泡・ふたたび』
【佐山御言】
[状態]:正常
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。
[備考]:新庄を思っても狭心症の発作が起こらなくなりました。

452暗殺者に涙はいらない 1 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/13(水) 22:41:33 ID:D7qZuQnc
 パイフウは陽光が降り注ぐ平原を歩いていた。
 いずこかより吹く風が彼女の長い髪をなびかせ、肌をくすぐる。
(エンポリウムに吹く乾きを運ぶ風とは違う……心地よい風ね)
 心に思うのは、荒廃した世界に反抗する活気有る機械の町と、
 僅かな安らぎを与えてくれる己の職場。
 しかし内心とは裏腹に、豊かな緑の大地を見る物憂げな瞳は常に周囲を警戒し、
 まるで散歩をしているかのような歩行には一切の隙がない。
 それでも見晴らしの良い平原を単独で移動するなど、
 この殺し合いの場においては無謀とも言える行為だ。
 暗殺者としての自分が、いつ誰から狙われるか分からないこの状況に危険信号を発している。
 だが構わない。
 一人を除いた、この島にある全ての命をただ刈り取ろうと自分は決めた。
 ならば今は一人でも多くの獲物と遭わねばならない。
 故に危険を避けては通れない。
(こんなギャンブル、暗殺者の取る行動とは思えないわね)
 一人失笑する彼女の視界が捉えるのは、
「――森、つまりE-4エリアに入ったのかしら?」
 しかし次の瞬間にパイフウが見たものは、問答無用の巨大な力で抉られた大地だった。

 数分後、彼女は人間数人分がすっぽり入る大きさの穴(恐らく何らかの範囲攻撃の跡だろう)の
 淵に立っていた。
「本当に……人外魔境ね」
 一体どれほどの戦力がここで衝突したのか見当もつかない。
(塵ひとつ残さず消し飛ばすなんて……あれは?)
 ふと、視線を森の方に向けたパイフウは一本の樹の下に残った物に注目した。
 僅かに周囲の大地よりへこんだそれは、
「――着地跡かしら? つまり……この木の上に誰かが隠れていた?」
 穴の付近で戦闘が起きていたのは間違いない。
 僅かながら穴の近くに、謎の範囲攻撃以外でできたと思われる血痕が有るからだ。
 ならば第三者が樹の上に姿を隠す理由とは、
「一番ありえそうなのは漁夫の利を狙ったから。
二番目は近づくと正体がバレて警戒される可能性が有ったから。
三番目は範囲攻撃を仕掛けたのはこいつで、その攻撃にはチャージもしくは反作用が伴うため、
時間稼ぎが必要だったから」
 特に三番目はかなり危険だ、もしも自分の推測が正しい場合、
 樹上に居た者は、数人の参加者を一撃で吹き飛ばせるスキル又は支給品を所有していることになる。
(冗談じゃないわ。私の龍気槍さえ制限されて大した威力が出ないのに……)
 もう少し、周囲を詳しく調べる必要が有る。
 個人のスキルか支給品かでその対処法は大きく異なるからだ。
 支給品ならばエネルギー兵器の可能性が高く、それらは一見して判別できるし、打ち止めも存在する。
 だが個人技であった場合は、回復すれば無限に使用できる可能性も有り、
 攻撃のモーションなども不明なので相対するまで対策の立てようがない。
 そこまで考えて、パイフウは自分に降り注いでいた陽光が樹木で遮られている事に気づいた。
 いつの間にか、心地よい風も止んでいた。

453暗殺者に涙はいらない 2 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/13(水) 22:44:40 ID:D7qZuQnc
「――見つけた」
 誰かが潜んでいたらしい樹の幹。そこには何かを突き刺した跡が有った。
(突き刺さったのは恐らく強固な刃物。この樹は下部に枝が無いから登る足場にしたのね)
 つまり、
(樹上に居た者は刃物の支給品と強力な範囲攻撃を有している、って事ね)
 パイフウにとっては、アシュラムやその主と同等の警戒すべき人物に違いない。
 
 しかし、パイフウが見つけたのは樹の刃物跡だけでは無かった。
 次に彼女が見つけたのは、何者かに刈り取られた後に穴を穿った一撃で吹き飛ばされたと思われる、
 生々しい女性の左腕と……その手が掴んだデイパックだった。
 死後硬直によって硬く握られているためか、パイフウがデイパックを持ち上げても
 その腕が離れて落ちる事は無い。
 穴の付近の血痕を辿って発見する事ができた、唯一残っていた被害者の体。
「デイパックの中身も残ってるって事は、穴を穿った者は自分が樹上から攻撃した後に、
これを探して回収する余裕が無かったようね」
 これは樹上の者が謎の範囲攻撃を行った後に、その音を聞きつけて寄ってくるであろう
 他の参加者から逃げたという事を示している。
(つまり……範囲攻撃は一度しか使えず、その後は戦闘不能になるという事かしら?)
 他の理由も有るのだろうが、今はこの程度の推測が限界だ。

 何はともあれ、パイフウはデイパックを開けて支給品を探した。
「武器が入ってれば最高なんでしょうけど……これは服……防弾加工品みたいね」
 手に持って取り出したのは、さらりとした肌触りの白い外套だった。
 他には手付かずの飲食物などの備品一式と説明書らしき物が入っている。
「『防弾・防刃・耐熱加工品を施した特注品』……まあ、やや当りの部類ね。
他には、『着用することで表面の偏光迷彩が稼動』ってステルス・コートの類似品じゃない!
何なのこの多機能すぎる外套は? ややどころじゃないわ、大当たりよ」
 性能を確かめるために外套を着込んだところ、本当に自分の体が見えなくなった。
 着心地もそれほど悪くなく、まるでさらりとした布の服を着ている様な感覚だ。
「周囲の光景をリアルタイムで表示する事によって、中の人間を透明に見せてるわけね」
 防弾・防刃・耐熱加工品を持たせた迷彩服。
 パイフウの世界なら、確実にテクノスタブーに引っかかるであろう代物だ。
 普通に歩行する程度では、まず他者から発見されることは無い。
(気配を消せる私には便利この上無いわね)
 試しに蹴りや手刀を何発か放ったところ、服の周囲に僅かな歪みが発生した。
「……多量の塵には弱いみたいね。他にも雨や霧の中だと性能低下が起こりそう……」
 だが暗殺には十分すぎる性能だ。これ以上の物を期待するのはわがままだろう。
 これなら自分の技能と併せる事によって、ある程度の強敵とも戦える。
(攻撃力は変わらないけど、戦術の幅が広がったのは有難いわね)
 己が殺人機械へと変わるのを自覚しながら、パイフウはその長い髪を掻き分けた。

454暗殺者に涙はいらない 3 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/13(水) 22:45:29 ID:D7qZuQnc
 殺戮の用意は整った。自身の能力の下方修正を行い、己の可不可も見極めた。
 後は……ただ狩り尽くすのみだ。
 血に飢えた白虎は、全身全霊を持ってこの豊かな大地を真紅の色に染め上げるだろう。
 脳裏に浮かぶのはハデスの教えの一つ。

 ――殺せる者は冷静かつ最速に残さず殺せ。心は捨てろ、鈍るだけだ――

「私はもう後悔しない。後退しない。ディートリッヒ……次に尻尾を出した時は……覚悟しなさい」
 偏光迷彩で姿を消し、心とともに殺意を消した死神は、
 静かに、しかし高速で陽光の下に歩を進める。
 
 後には、抉られた大地と刈り取られた左腕に掴まれたデイパックだけが残された。
 再び吹き始めた風は、それらの周りで怨嗟の叫びを挙げた後に、いずこかへと去っていった。


【E-4/平地/1日目・13:55】

【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(ほぼ回復・休憩しながら処置)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(多機能)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す

[備考]:ディードリット支給品(飲食物入り・左手付き)がE-4/平地に放置されています。

455殺人神父の人界救済 ◆E1UswHhuQc:2005/07/15(金) 01:51:37 ID:qduyPGFU
 十二時。昏倒し続けるハックルボーン神父は、朦朧とした意識の中で放送を聞いた。
 すべてを聞き終わり、失われた者達の一人一人に涙し、神父は起き上がった。
 敬虔なる神の使徒として、すべてのものに神の救いをもたらさねばならないというのに――
「十三名」
 失われた者達の人数を呟き、神父は苦悩する。
 神よ、自分に聖罰を。
 自分がいるというのに、彼らを貴方の御許へと導く事が出来ませんでした。
 膝をつき、両手を組んで神父は懺悔する。桁外れの信仰が可視波長まで及ぶ聖光効果をもたらし、周囲を浄化した。
 古傷から血が噴き出て床と壁を血に染める。聖罰を受けたのだ。
 神に栄光あれ。
 懺悔を終えた神父は、周囲を見渡した。彼を気絶させた無頼の輩は既に何処ぞへと立ち去り、少年の姿も見つからない。
 神父は一人。だがやることは決まっている。
「万人に神の救いを」
 悔いを残したまま死に、死者の魂が現世で彷徨うことのないように。
 この拳で、神のためにあるこの拳で。
 迷えるものたち全てに、救済を与えよう。
「万人に神の救いを」
 すべては神のために。アーメン。

                 ○

 歩き回った末に、神父はそれを見つけた。

456殺人神父の人界救済 ◆E1UswHhuQc:2005/07/15(金) 01:53:17 ID:qduyPGFU
「ほらミリア! 牛肉だぞ!」
「狂牛病だね!」
「鶏肉もある!」
「鳥インフルエンザだね!」
「豚肉だ! しかも無菌豚!」
「うわあそれなら安全だよアイザック! さすがだね!」
「さすがだろ! そろそろブラック達と合流しようぜ!」
「さすがだね! 要は喜んでくれるかな!」
 商店街の一隅にある、無人の肉屋の店先。
 そこで商品を弄んでいる、二人の男女。
 二人の所業を見て、ハックルボーン神父は神に祈った。
 神は申された。
『汝、奪うなかれ』
 神父はのっそりと、二人の背後の立つ。と、二人のうち女の方がこちらを見つけ、
「――きゃああああああああ!!」
「どうしたミリア!?」
 悲鳴を上げた。鼓膜を震わす甲高い悲鳴をものともせず、神父は右の拳を振り上げた。
「あなたに神の――」
 男が振り返り、こちらを見て驚愕の声をあげる。
「ひ、一人っ! ってことはブラックが言ってたとおり、敵だな!?」
「どうしようアイザック! とうとう悪役登場だよ!?」
 怯えの表情ですがる女に、男は一本の刀を取り出して、
「心配するなミリア。この超絶勇者剣があれば、どんな相手でも真っ」
「――祝福あれ!」
 一歩で踏み込んだ神父の右拳が、男の台詞をさえぎって左頬に直撃した。
 ごきり、という致命的な音で、男の首が不自然な角度に曲がる。首の骨が折れたのだろう。
 間髪入れずに神父の左拳が男の右頬を打つ。
 鉄壁の信仰と日々の鍛錬に裏打ちされた打撃力が、男の首をちぎりとり、肉屋の中に吹っ飛んだ。
 神父の首の根から血が吹き出し、神父の両の目から涙がこぼれた。
 苦痛の涙であり、歓喜の涙でもある。
 ハローエフェクトとRHサウンドの、光と音による昇天が迅速に行われた。不死者アイザック・ディアンといえど、魂が昇天してしまえば再生はできない。
「ア――」

457殺人神父の人界救済 ◆E1UswHhuQc:2005/07/15(金) 01:54:47 ID:qduyPGFU
 女が、がくがくと震えながら銃を抜いた。
 男の首は吊るしてあった豚肉の腸詰に絡まり、奇怪なオブジェとなっている。
「アイザックぅ―――――――!!」
 ろくに照準もつけない銃撃が、神父を襲った。
 放たれた七発の鉛弾のうち、当たったのは四発。左腕、右脚、左肩、右胸の四箇所。
 銃という武器は臓器に直接当たって破壊せずとも、その衝撃だけで人をショック死に至らせることのできる武器だ。
 だが、ハックルボーン神父の鋼の信仰心を折ることは出来なかった。
 ガチガチと、弾が切れてなお執拗に引き金を引き続ける女に近付く。
 命中した四発の弾丸は、神父の行動を妨げることにすら至らなかった。女はようやく気付いたのか、弾切れの銃を手から離した。神父は右の拳を大きく振りかぶる。
「あ、あいざっ……」
「祝福あれ」
 拳がミリア・ハーヴェントを恋人の元へ送る寸前に。
 何かに止められたように、急停止した。神父が止めたのではない。
「――だからヤなんだよ。地味すぎる」
 声は、女のもの。
 声の方を振り向けば、肉屋の向かいの魚屋の看板、楷書で“新・鮮・組”と書かれたそれの上に、一人の女が悠然と立っていた。
 彼女は瞳に怒りの炎を映し、びしっと右手の人差し指で神父を指し、叫んだ。
「よくもそのバカを殺ってくれたな……『地獄の宣教師』、いや『殺人神父』!!」
 目を凝らせば、女の左手から伸びた――複数の糸らしきものが、神父の右腕に絡み付いてその動きを阻害している。
 神父は無言で、右腕にさらに力を込めた。
 異常に膨れ上がった筋肉が絃の幾本かを引き千切るが、すべてを引き千切ることはできなかった。
 だが、神父の身体は神父だけのものではない。すべては神のものなのだ。
 神に栄光あれ。
 熱量を持つまでに至った聖光と更に膨張した筋肉が、残っていた絃すべてを引き千切った。
「逃げたりするなよ殺人神父。地獄の果てまで追い詰めるぞあたしは」
 女の宣告に、神父は静かな視線を向けた。
 人類最強と超弩級聖人の視線が交錯し……神父は、厳かな声音で告げた。
「あなたに神の祝福を」

【C-3/商店街/1日目・16:10】

『超弩級聖人』
【ハックルボーン神父】
 [状態]:銃創四箇所(右脚左腕左肩右胸)
 [装備]:なし
 [道具]:デイパック(支給品一式)
 [思考]:万人に神の救い(誰かに殺される前に自分の手で昇天させる)を
 [備考]:打撲・擦過傷などは治癒しました。

『人類最強』
【哀川潤(084)】
[状態]:怪我が治癒。創傷を塞いだ。太腿と右肩が治ってない。
[装備]:錠開け専用鉄具(アンチロックドブレード)
[道具]:支給品(パン4食分:水1000mm) てる子のエプロンドレス
[思考]:アイザックの仇を取る 祐巳を助ける 子荻は殺す 殺人者も殺す こいつらは死んでも守る 他の参加者と接触
[備考]:右肩が損傷してますからあまり殴れません。太腿の傷で長時間移動は多めに疲労がたまります。
    (右肩は自然治癒不可、太腿は若干治癒)
    体力のほぼ完全回復には残り8時間ほどの休憩と食料が必要です。 そこそこ体力回復しました。 ボンタ君は死んだと思ってます。

【ミリア(044)】
[状態]:心神喪失
[装備]:なし
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mm)
[思考]:アイザックが
[備考]:ミリアのすぐそばに森の人(残弾0)が落ちています。

【アイザック・ディアン(043) 死亡】
【残り72人】

458神将と神父の閃舞(1/5) ◆5KqBC89beU:2005/07/16(土) 14:13:58 ID:gze6IUQc
 鳳月と緑麗が地上に出られたのは、落下してから、かなりの時間が過ぎた後だった。
 地下遺跡の出入口で、手早く食事をしながら休憩し、すぐに神将たちは出発した。
「急がないと、待ち合わせの時間に遅れそうだな」
 何かしゃべっていないと力尽きそうだ、といった表情で鳳月が言う。
「すまない。それがしが、足手まといになっている」
 うつむく緑麗の顔は、土と埃に汚れ、疲労の色が濃い。
「そうでもないさ。正直、俺も限界が近い」
 ふらふらとよろめきながら、二人は西へ向かう。移動速度は普段の半分以下だ。
 緑麗は、地下遺跡の床が抜けたときに右足を骨折していた。自力で歩くことも、
立つことも不可能だった。だから、ずっと鳳月が肩を貸している。
 鳳月だって無事ではない。左腕は折れているし、左側頭部から出血していて、
ときどき平衡感覚がおかしくなる。右手の五指は、動かすたびに激しく痛んだ。
 さらに、双方とも、打撲や擦過傷の疼痛に全身をさいなまれている。
 もしも彼らが普通の人間なら、とっくに気絶していてもおかしくない。
「せめて、その、太極指南鏡がまともに動いてくれれば……」
 緑麗の眼鏡を見ながら、鳳月が愚痴をこぼした。彼女の眼鏡は、視力補正器具でも
装飾品でもない。天界の最長老にして発明家、太上老君の作った探査分析装置なのだ。
 本来なら、島中を隅々まで調べあげ、知人の居場所などを数秒で表示できるだけの
能力を秘めているのだが、見た目は単なる丸眼鏡だ。おかげで黒服たちに奪われず、
緑麗の手元というか目元に残ったわけだが……。
「この空間を造っている術は、探査の術と相性が悪いようだからな。まぁ、あるいは
 どんな術とも相性が悪いのかもしれないが。これでは、空間そのものに探査妨害の
 術がかかっているのと同じことだ。……すぐそばにいる相手くらいなら調べられるが、
 現状でも信用できるほどの精度があるかどうか」
「でも、取りあげられずに済んだだけでも良かったよ。俺の隣にいた赤髪の男なんか、
 黒服が見てる前で、眼鏡についてたカラクリを作動させちゃったせいで、あっけなく
 その眼鏡を没収されてたぞ」
 そうこう話しながら歩いているうちに、森林地帯の終わりが見えてきた。

459神将と神父の閃舞(2/5) ◆5KqBC89beU:2005/07/16(土) 14:15:39 ID:gze6IUQc
 森の外には、とてつもなく珍妙な光景があった。
 奇天烈な物体――小屋のように見えるような気がしないでもない――を背景に、
筋骨隆々で傷だらけの巨漢が、無言で周囲を見回していたのだ。
 もはや誰もいないムンク小屋と、迷える子羊を探すハックルボーン神父だ。
 少し離れた森の中では、それを見た鳳月と緑麗が大いに迷っていた。
「なぁ、どうする? なんだか、ものすごく強そうな危険人物がいるぞ」
「いや待て。確かに外見は凶悪だが、あの巨漢からは邪気や妖気の匂いがしない。
 信じ難いことだが、むしろ清らかな聖気すら発しているようだ」
「おいおい、冗談だろ?」
「事実だ。納得しろ。おそらく彼は、平和主義者の武術家か何かなのだろう。
 『乗った』者に襲われ、仕方なく戦った後、仲間を探している途中、といったところか」
「……とりあえず話しかけてみるか。まず俺が一人で出ていって、信用できそうか
 判断してみるよ。緑麗は、ここで待っててくれ。というわけで、俺の荷物を頼む。
 万が一のときは走って逃げるから、身軽な方が良い」
「素手で大丈夫か、と言いたいところだが、どうせその怪我ではろくに戦えまいな。
 下手に疑心暗鬼を煽るくらいなら、まだ素手の方がマシか。たぶん平気だとは
 思うが、用心はしておけ。……いざとなったら、ここから術で援護する」
「やめとけって。片足が折れてるのに、居場所を教えてどうする気だよ」
「そのときは、それがしを囮にして生き残ってくれ」
「! ちょっと待てよ、何ふざけたこと言ってるんだ?」
「ふざけてなどいない。お前は、足手まといを守って無駄死にして、それで満足か?
 思い出せ。父上どののような立派な神将になりたいと言った、あの言葉は嘘か?
 お前が命懸けで守るべき相手は、同じ神将のそれがしではない。そうだろう、鳳月」
「でも……俺は……」
「そんな顔をするな。……いいのだ。天軍に入ったときから、とうに覚悟はできている」
「やめてくれ、縁起でもない。……いいか、俺たちは帰るんだ。麗芳や淑芳と再会して、
 天界に戻って、星秀のぶんまで生きていくんだ」
「鳳月」
「行ってくるよ、緑麗。俺は必ず戻ってくるから……だから、待っててくれよな」
 そう言って緑麗に背を向け、鳳月は静かに歩き出した。

460神将と神父の閃舞(3/5) ◆5KqBC89beU:2005/07/16(土) 14:16:32 ID:gze6IUQc
「あのー……」
 背後からかけられた声に神父が振り返ると、少し離れた位置に子供が一人いた。
子供は荷物も武器も持っておらず、怪我をしていたが、それでも怯えてはいない。
「や、どうも、こんにちは」
 まっすぐ目を見て挨拶する相手を、快い、とハックルボーン神父は感じた。
 柔和な笑顔で軽く会釈し、神父は来訪者を迎える。内面の善良さがにじみ出るような、
親しげな挙動だった。当然だ。彼は、史上最強の超弩級聖人なのだから。
「俺は鳳月っていいます。争うつもりはありません。あなたと話がしたいんです」
 やや安心した様子で、子供が語りかけてきた。神父は鷹揚に頷き、厳かに言う。
「私の名はハックルボーン。神に仕える者」
 誰よりも先に、一刻も早く参加者たちを昇天させるために、情報はあった方が良い。
鳳月を神の下へと導くのは、話を聞いてからでも遅くはない。そう判断した結果だ。
「へぇ、そうなんですか。……だったら話が早いかもしれないな。
 えーと、実は俺、これでも一応、神サマの端くれなんですよ」
 鳳月の自己紹介を耳にして、思わず神父は天を仰いだ。にこやかだった笑顔が、
残念そうに歪む。神将たちが異変に気づいたときには、すべてが手遅れになっていた。
 ゆっくりと歩を進めながら、哀れみを込めた瞳で鳳月を見て、神父が一言ささやく。
「神を騙るなかれ」
 次の瞬間、敬虔なる神の使徒は、疾走と同時に拳を振りかぶっていた。
 鳳月が動くより先に、神父の全身が聖光を放つ。至近距離からの発光は目潰しとなり、
少年神将から貴重な一瞬を奪った。そして、鳳月の脇腹が、拳の一撃で大きく陥没する。
 奇跡と神通力が相殺しあい、生身と生身の勝負となった末に、神父の怪力が、鳳月の
内臓に致命傷を与えたのだ。救済の対象と同調し、神父の口から鮮血があふれる。

461神将と神父の閃舞(4/5) ◆5KqBC89beU:2005/07/16(土) 14:17:29 ID:gze6IUQc
「アーメン」
 神父が拳を振り抜く。鳳月は、わずかに滞空してから地面に落ち、動きを止めた。
「――ぃ――ぅ」
 哀れな子羊が、小さく誰かの名を呼んで絶命する。数秒だけでも意識を保てたのは、
日頃の鍛錬があったからだ。彼の逝く先は、彼の見知らぬ天の上だろう。
「――太上玄霊七元解厄、北斗招雷――!」
 絶叫と共に、森の中から翡翠色の稲妻が撃ちだされ、神父を滅するべく大気を貫く。
 緑麗の必殺技、北斗招雷破。今の彼女では大した威力を出せないが、しかし当たれば
ただでは済まない。けれど神父は、鳳月の魂に同調して、神を見ている真っ最中だった。
「なっ!?」
 最大限に強まった聖光効果と神聖和音が、神通力の電撃を受け流した。
 全力で放たれた雷が、ハックルボーン神父に届くことなく四散していく。
 数百年に及ぶ、彼女の努力と研鑽が、完膚無きまでに全否定された。
 神との邂逅を邪魔された神父が、悲しそうに緑麗の方を向く。
「あ、ぁあ、ぁ……」
 慈愛に満ちた表情で、異世界の聖職者が駆けだした。急速に近づいてくる殺人者を
見つめながら、緑麗はただ呆然としている。体中から、力が失われていく。
「あなたに神の――」
 彼女が心に感じていたのは、憎悪でも悔恨でも恐怖でもなく、疑問だった。
「祝福あれ!」
 顔面へ迫る拳を前に、どうして、と緑麗はつぶやいた。

【031 袁鳳月 死亡】
【035 趙緑麗 死亡】
【残り 70人?】

462神将と神父の閃舞(4/5) ◆5KqBC89beU:2005/07/16(土) 14:18:14 ID:gze6IUQc

【G-5/森の西端/1日目・13:40】

【ハックルボーン神父】
 [状態]:全身に打撲・擦過傷多数(治癒中)、内臓と顔面に聖痕(治癒中)
 [装備]:なし
 [道具]:デイパック(支給品一式)
 [思考]:万人に神の救い(誰かに殺される前に自分の手で昇天させる)を
 [備考]:迷える子羊を昇天させたことにより、奇跡が起こりました。
    傷が塞がっていきますが、一時的な現象です。持続はしません。

※森の西端に、支給品一式(パン4食分・水1000ml)×2、スリングショット、
 詳細不明の支給品が落ちています。詳細不明の支給品は、防具ではありません。
 鳳月のデイパックには、メフィストの手紙が入っています。
※緑麗の眼鏡(太極指南鏡)は破壊されました。

463トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:32:57 ID:/lTxp5NM
「とぁ――――っ!!」
 哀川潤は全力で跳躍した。
 跳躍の方向は、真上。上方向以外のベクトルを持たないスーパージャンプを見ても、アイザックを殺した巨漢――神父は驚きすら見せない。
 上昇限界点に来たところで、彼女は左手の曲絃糸を引いた。神父ではなくその後ろ、肉屋の看板に絡ませておいた糸だ。
 空中に居る状態でそれを引けば、身体は引っ張られて前に進む。
「ライダァ――――キィィィィック!!」
 垂直ジャンプからの飛び蹴りを、神父は両手で受け止めた。
 砲弾のような衝撃が神父の腕、胴、脚へと伝わり、踏みしめたアスファルトが砕かれた。
 神父が脚を掴もうとする前に、哀川潤は神父の掌を蹴って跳躍回避。
 無駄にムーンサルトなど決めつつ、神父から数歩離れたところに降り立った。殴り合いには邪魔な曲絃糸を外して捨てる。
 半瞬にも満たない睨み合いの後に、爆音が響いた。
 両者が渾身の力で踏み込んだ為に、アスファルトの地面が砕けたのだ。
 常人なら数歩の距離を、人類最強と超弩級聖人は非常人たる己の力を全力で用いて縮める。
 拳を振りかぶった神父と対照的に、それを紙一重で避けた潤は身を屈めて神父の懐に飛び込んだ。
 平常ならば、ガチの殴り合いだろうと哀川潤は神父に負けず劣らない。
 だが、今の彼女は右肩を負傷している。殴り合いでは分が悪い。
 ゆえに哀川潤はハックルボーン神父の拳をかいくぐり、懐に飛び込んだ。
 左の肘を突き出し、疾走の運動力と全筋力のすべてを込めて打つ場所は心臓。
「おあああああっ!!」
 咆吼と同時に打撃した。
 肉を穿ち骨を砕き臓を破る一撃が、神父をえぐった。
 それは確実に胸骨のほとんどを砕き、心臓に致命的な損傷与えた。
 だが、神父の信仰までは砕けなかった。
 血の塊を吐き出した口で咆吼を叫び、繰り出した膝が哀川潤を吹っ飛ばした。

464トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:33:48 ID:/lTxp5NM
「ぐっ!?」
 両腕を交差させてなんとかガードしたが、膝蹴りを受けた両腕の骨にヒビが入る。
 しかし痛みを堪え、体勢を立て直そうとする。だが神父が慈悲深き表情で慈悲深い拳を放とうとしている。今度は間に合わない。
 その寸前に。
 刃物を肉に突き立てた様な音が、神父の脇腹から響いた。
 そこに、ミリアが居る。怯えと怒りの入り混じった表情で、アイザックの持っていた刀で神父の脇腹を貫き、その先の腎臓へと切っ先を届かせて。
「アイザックの、カタキ」
 神父は刃を突き刺させたまま、ミリアの頭を掴んだ。
 そのまま引っ張るが、ミリアが刀を放そうとしないため、首がちぎれてしまった。
 首が取れてもミリアは刀を手放さない。神父は諦めて、取れてしまった首を放った。肉屋に飛び込んだ彼女の首が、先客の首とキスをする。
 神父はミリアの身体ごと刀を引き抜き、ふたつまとめて主のところに投げ返す。神は申された。汝、奪うなかれ。
「あなたに神の祝福を」
 聖印を切ると同時に聖光効果と神聖和音が発生。ミリア・ハーヴェントの魂を高次元に強制シフトした。
 そして。
 赤き制裁、死色の真紅、人類最強の請負人。
「……あたしが、このまま逃げるとは思ってないよなあ?」
 問いかける哀川潤の表情は、純粋な怒りに満ちている。
 神父に。アイザックに。ミリアに。自分に。主催者に。すべてのものに対する激怒の感情が吹き荒れる。
 魂消る様な激情が、赤い恐怖がハックルボーン神父を射貫く。
「逃げるものか。逃がすものか。二人が死んだのはあたしの責任だ。守ると決めたくせに出来なかった。不言不実行なんて笑いも取れねえ」
 哀川潤の言葉を、神父は懺悔だと判断した。
 だから言った。慈愛に満ちた声音で、
「神はすべてを赦されるでしょう」

465トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:34:38 ID:/lTxp5NM
 血の塊を吐いて神父の巨体が崩れ落ちた。
 人類最強の打撃を心臓に喰らい、腎臓に刃を突き立てられて、生きていられる人間はいるのだろうか。
 血を吐き、膝を付き、天を仰ぎ、神父は断末魔の祈りを叫んだ。
「我が神、我が神、なんぞ我を――」
 終いまで言い終えないうちに力尽き、神父はゆっくりと倒れる。

               ○

 消え去っていく意識の中で、ハックルボーン神父は懺悔していた。
 我が神よ。私の力が足りぬばかりに、迷える子羊達を救うことが出来ませんでした。
 あなたの愛を拒む愚かなる者達に、それを与えることが出来ませんでした。
 我が神よ――私に、今一度の機会を。

「なるほど。君はそれを望んでいるのだね?」

 その通りです。神よ。
 意識の中で話しかけてきたものを、神父は神だと信じて疑わなかった。
 なぜならハックルボーン神父のすべては神に捧げられている。その心の中に囁いてくるのものは、神に他ならない。
 確かにそれは『神』の文字を持つ――“夜闇の魔王”だった。

「宜しい。君の『願望』を叶えよう」

 その慈悲に感謝します。貴き神よ。
 くく、と神――“名づけられし暗黒”は嗤った。

「興味深い。君は実に興味深い。
 ――さあ、刻印を解除し、『私』の力の一部を貸そう。
 君のねじくれた愛を、存分に振舞いたまえ」

 分かりました。神よ。あなたの無限の愛を、万人に伝えましょう。
 すべての善と悪の肯定者は、神父の愛をも肯定して暗鬱な笑みを浮かべた。

               ○

466トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:35:28 ID:/lTxp5NM
 死者が三つ。
 アイザック・ディアン。ミリア・ハーヴェント。ハックルボーン神父。
 生者が四つ。
 哀川潤。高里要。シロ。フリウ・ハリスコー。
 哀川潤は自分以外の三者に、その事実を伝えた。
「……そんな」
 がくりと、要は膝を付いた。蒼白の顔色で、身を震わせている。
「ボクの血でも、駄目デシか……?」
「ああ」
 無慈悲に頷かれたシロは、目を閉じて身を縮めた。が、過去のことを思い出し、
「お医者さんに見せるデシ! ノルしゃんも一回死んだデシけど、生き返らせてくれたデシ!」
「そっちの世界の医術はどうだか知んねーが、ここじゃまず無理だ」
 冷静な返答に、今度こそシロは押し黙った。
「…………」
 フリウは沈黙を保っている。身体の震えを押し隠すように握る拳が青白い。
 皆、これからどうするのか、決めかねている。
「戯言だよな。いや傑作か? 《薔薇の香りのする最高の酒。ただし地獄の二日酔い》みたいな? ――アホか。あたしは」
「哀川さん……」
「名字で呼ぶな、フリウ。あたしを名字で呼ぶのは敵だけだ」
「……潤さん。これから、どうするの?」
 言いなおし、フリウが問いかけた。問いかけに、潤は冷静に答える。
「変わらない。全員で――全員で、脱出する。当面の目的は誰かに襲われる前に祐巳と合流することだ」
「そうです……ね」
 要は陰鬱に頷き、緑色の目でシロが叫んだ。
「――危険が危ないデシ!」
 叫びの直後、激音が響いた。
『――!?』
 全員が音の方向を向く。

467トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:36:08 ID:/lTxp5NM
 “八百一”の看板が掲げられた八百屋の上に、人影が一つ。
 神聖なる光輝を背負い、暖かい慈愛を纏った大男が立っている。
 男の名は、ハックルボーン。神父だ。
「愚かなる子羊たちよ。もはや迷うことはない」
 恍惚の表情で、神父は言った。
「神の愛は無限だ」
 遠い何処かから暗鬱な笑い声が小さく響き、神父が跳躍した。
「逃げてろ!」
 哀川潤は茫然とする三者に鋭く叫び、神父の着地地点に駆け出した。
 傷があり、体調は万全とは程遠いが、怒りだけは無限にある。
「――死人は死んでろっ!」
 怒りのことごとくを拳に乗せて、哀川潤は神父に打撃を入れた。神父は右手でそれを受け、右腕の骨が完全に粉砕された。
 しかし神父は恍惚の表情を崩さない。慈悲深く哀川潤の頭に砕けた右手を乗せ、
「祝福を」
 乾いた音と湿った音と破れた音が同時にした。
 神父は右手を戻し、次なる子羊達に視線を移し、歩み始めた。
 その背後で、頭部を失った人類最強の肉体が、死してなお傲然と仁王立ちしている。
 荘厳な神聖和音が奏でられる中、フリウが動いた。
「――よくもっ!!」
 唇を噛み締めて、念糸を放つ。
 念糸の繋がれた先は、首。容赦なく全力でねじ切る為に、フリウはを意志を込めて標的を捻る――
「……っ!?」
 返って来たのは捻りの手ごたえではなく、反動だった。精霊に念糸を使ったのと同じ、いやそれ以上の反動で、フリウは地に膝をついた。不思議と戦意が失せ、身体が跪こうとする。
(駄目だ……戦わなくちゃ!)
 気を奮い立たせ、無理矢理に身体を起こす。
 あれだけの反動でも、念糸は効果を見せていた――霞む視界の中で、傾いだ頭の神父が立っている。
(……距離を……取らないと)
 精霊には精霊をぶつけるしかない。開門式を唱えるだけの時間を、距離を取らないといけない。
 と、視界が陰った。圧迫感に背後を見ると、

468トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:36:59 ID:/lTxp5NM
「チャッピー! ――なんで大きくなってるの!?」
「今のうちに逃げるデシ!」
 巨大化したシロ、ホワイトドラゴンが叫び、神父に肉薄した。
 その隙にシロの後ろへと回り、距離を取る。水晶眼へと念糸を繋ぎ、口早に開門式を唱える。
 炎を吐いて神父を押し留めていたシロが、焦れたように叫んだ。
「フリウしゃん、要しゃんを連れて早く逃げるデシ!!」
「――開門よ、成れ。どいてチャッピー!!」
 なるべくシロが視界に入らないような位置を取っていたが、それでも入ってしまう白い巨体に言い、フリウは破壊精霊を解放した。
 それよりも一瞬早く、横っ飛びにシロが避け、大きさを小犬のそれに戻す。そこに出来たスペースに、銀色の巨人は音もなく顕れた。
 声が響く。

『我が名はウルトプライド――』

 破壊精霊が拳を振りかぶった。

「我が名はハックルボーン――』

 神父が拳を振りかぶった。

『全てを溶かす者!!』

「神の信徒なり!!」

 二つの拳が激突した。

 “夜闇の魔王”の――彼信じるところの『神』の力が、この世すべての反作用たる破壊精霊の力と拮抗する。
「嘘……」
 神父から発される聖光効果で眼が眩むが、フリウは無理矢理に眼を開け続けた。
 破壊精霊が咆吼をあげ、拳打の連続を開始する。呼応するように神父も拳を放ち、拳と拳との激突が衝撃波を生み、大気を砕いていく。
 その光景を水晶眼で見ながら――
(……駄目)

469トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:38:01 ID:/lTxp5NM
 フリウは胸中で呟いた。
 破壊精霊が、圧し負けている――信じられないことだが、確かに圧し負けている。
 破壊精霊以外で、この相手をどうにかできるものなどないというのに。
(無い? ――違う。手はある。ひとつだけ)
 だがそれをやることは、破滅を意味していた。
(できない……できないよ。あたしがどうとかじゃない。全部壊すことになる)
 水晶眼に精霊を戻し、水晶眼を破壊する――解放された精霊は、尋常ではないエネルギーとともに解放される。解放されてしまう。全てを溶かす破壊精霊の、影ではなく本体が。
 そうなればすべては壊される。
(チャッピーも、要も、みんな。……でも)
 ここで相手を倒せなければ、どちらにしろ一緒かもしれない。
 ミズー・ビアンカ。アイザック・ディアン。ミリア・ハーヴェント。哀川潤。
 みんな死んだ。居なくなった。奪われた。
 そして残ったすべてもまた、死に、居なくなり、奪われるのだろう。
(……どうせ誰もいなくなるのなら……壊れても、いいのかな)
 サリオンが居たら、そんなことはしてはいけないと止めてくれるだろう。
 だが彼はここに居ない。
 視界の中で、とうとう神父の拳が破壊精霊に打ち込まれた。精霊が苦悶の叫びをあげる。
 静かに……呟いた。
「チャッピー、要を連れて遠くまで逃げて。うんと遠くまで」
「フリウしゃん……?」
 連続で打撃され、身体の半分ほどを削られた精霊が、しかし戦意を失わずに拳を振りかぶっている。
「逃げて」
「……分かったデシ」
 フリウの決意を読み取って、シロは要に近づいた。眼前で哀川潤の死を――血を見た為に気絶している彼の襟首を噛んで引き摺っていく。
 引き摺っていく音が途切れるのを待ちながら、フリウは眼前の戦いを見る。
 破壊精霊は、すでに元の大きさの四分の一ほどしかない。下半身、左半身が失われ、右半身と頭部だけが残っている。
 精霊が地面を打って飛び、最後の攻撃を仕掛けようとした時、引き摺っていく音が途切れた。閉門式を唱え、精霊を戻す。
「ううっ……!」
 激しい痛みに左目を押さえながら、フリウは神父の方へと駆け出した。
 精霊との殴り合いで、神父も無事な姿ではなかった。右腕は肩から千切れ、左の脇腹に大穴が空き、左腕は腕としての機能を有しておらず、首は念糸で傾いだままだ。
 神父の懐へと入る。妨害はなかった。神父は優しくフリウの身体を抱きとめ、そして、

470トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:38:46 ID:/lTxp5NM
「祝福を」
「いらない」
 神父が頭を撫でようとする前に、フリウは――
 指で、自分の左目を突いた。
 激痛は一瞬。
 その後は、痛みすら感じられなくなった。
(父さん、サリオン、ごめんね……あたし、ここで死んだ)
 意識の中で、お前は愚かだと父が言い、優しく抱きしめてくれた。
 そんな夢を見たと、フリウ・ハリスコーは信じた。

 水晶檻が破壊されれば、中にいる精霊は凄まじい爆発を巻き起こしながら解放されるという性質を――

               ○

「う……」
 衝撃波に身体を打たれ、高里要の意識は覚醒した。
 意識はまだ朦朧としている。ここがどこなのか、なにをしていたのか、わからない。
 周囲を見回すと、白い小犬が倒れていた。
「傲濫……?」
 呟いて、違うと気付いた。
 ロシナンテ。ホワイト。ファルコン。チャッピー。シロ。
 幾つもの名前を――不本意ながら――つけられた、ホワイトドラゴン。
「……大丈夫?」
「ワン……デシ」
 声をかけると、シロもまた目を覚ました。周囲を見回し、
「フリウしゃんは……」
「いないんだ。ぼくが気絶してる間に、なにがあったの?」
 若干の沈黙のあとに、シロは答えた。
「お姉しゃん……潤しゃんが、死んじゃったデシ」
「……それは、見てた」
 赤い女性の頭が、赤く飛び散ったところを。
 思い出して、顔を歪ませる。麒麟にとって、血は不浄のもの。毒にも等しい。

471トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:39:45 ID:/lTxp5NM
「大丈夫デシか?」
 気遣うように見上げてくるシロに、要は気丈を装って頷いた。
「大丈夫。……でも、これから……どうしよう」
 たった二人だけで、祐巳と合流し、この島から脱出できるのだろうか。
 できない、と思った。先ほどの大男のような人間に遭遇すれば、もう逃げることすらできない。
「どうしよう」
 同じ言葉をもう一度呟き、要はシロの瞳が緑色になっているのに気付いた。
「……え」
 重圧を感じて、後ろを振り向いた。
 破壊精霊が居た。
 銀色の巨人。氷河の亀裂のような外殻を持った、怪物。
 左半身を失った姿で、それが立っていた。なにをするでもなく、こちらを見ている。
 破壊精霊は視界に映るすべてを破壊すると、フリウは言っていた。
 視界の中で、精霊が身を動かした。
(止めないと)
 シロではあれに対抗できない。

 ――止めなくては。あの恐ろしいものを止めなくては。

 どうやって、と自問し、自答が返って来た。身体が動く。

 ――剣印抜刀。

「臨兵闘者階陳烈前行――!!」

 精霊の動きが止まった。
 動きを止めたが、叩歯は震えて出来ない。
(折伏――させる)
 この精霊は危険だ。すべてを壊す。
(逃げても、駄目。全部壊してまた会う)
 決意し、姿勢を正す。
 身体の震えを無理矢理に押さえ、前歯を鳴らした。気を集中させる鳴天鼓だ。
 鼻から息を吸い、口から吐く。
 時刻は――午後。死気であり、こちらに不利な時刻だ。
 これほどの相手ともなれば、ひとつの不利ですべてを砕かれる。
(でも、やらなきゃ)
 睨みあうだけで、気が殺がれる。
 汗が肌を伝う。視界がぼやける。
(……負けてる)

472トリプルインパクト(三重激突) ◆E1UswHhuQc:2005/07/17(日) 01:41:12 ID:/lTxp5NM
 ぎりぎりの均衡は、わずかにこちらが不利だった。
「要しゃん……」
 背後で、シロがこちらの名を呼んだ。そして、言葉を続ける。
「……ボクが相手してる間に、逃げるデシ」
 聞こえた瞬間に、視界に白の巨体が入ってきた。
「――駄目!」
 気が逸れた一瞬で、破壊精霊が動きを取り戻した。
 拳の一打で白竜の腹を突き破り、鮮血と肉片を飛び散らせる。
 要の頬に、血が飛んだ。
 それを震える指でなぞり、目の前に持ってきて、
「……血」
 意識が揺らいだ。視界が揺らいだ。感覚の全てがおぼろになった。
 揺らぐ視界の中で、白竜が頭を潰された。勝ち鬨をあげた破壊精霊が、こちらに向き直るのが見える。
「……驍宗さま……」
 呟きと同時に、視界が銀一色となり、そして消えた。
「――――!!」
 破壊精霊ウルトプライドは獲物を屠った喜びに大きく咆吼をあげ、
「――――」
 力尽きて消滅した。
 あとはなにも残らない。
 すべてが終わったそこに、暗鬱な笑い声が短く響いた。


【C-3/商店街/1日目・16:30】
【ミリア・ハーヴェント 死亡】
【哀川潤 死亡】
【フリウ・ハリスコー 死亡】
【ハックルボーン 死亡】
【シロ 死亡】
【高里要 死亡】
【残り60人】

[備考]:
商店街に、巨大なクレーターが出来ました。
アイザック・ディアン、ミリア・ハーヴェント、哀川潤、フリウ・ハリスコー、ハックルボーン神父の死体及び各自の持ち物は、水晶眼の爆発によって消し飛びました。

473暗殺者に涙はいらない 1改 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/17(日) 18:05:10 ID:D7qZuQnc
 パイフウは陽光が降り注ぐ平原を歩いていた。
 いずこかより吹く風が彼女の長い髪をなびかせ、肌をくすぐる。
(エンポリウムに吹く乾きを運ぶ風とは違う……心地よい風ね)
 心に思うのは、荒廃した世界に反抗する活気有る機械の町と、
 僅かな安らぎを与えてくれる己の職場。
 しかし内心とは裏腹に、豊かな緑の大地を見る物憂げな瞳は常に周囲を警戒し、
 まるで散歩をしているかのような歩行には一切の隙がない。
 それでも見晴らしの良い平原を単独で移動するなど、
 この殺し合いの場においては無謀とも言える行為だ。
 暗殺者としての自分が、いつ誰から狙われるか分からないこの状況に危険信号を発している。
 だが構わない。
 一人を除いた、この島にある全ての命をただ刈り取ろうと自分は決めた。
 ならば今は一人でも多くの獲物と遭わねばならない。
 故に危険を避けては通れない。
(こんなギャンブル、暗殺者の取る行動とは思えないわね)
 一人失笑する彼女の視界が捉えたのは、森と問答無用の巨大な力で抉られた大地だった。

 数分後、彼女は人間数人分がすっぽり入る大きさの穴(恐らく何らかの範囲攻撃の跡だろう)の
 淵に立っていた。
 一体どれほどの戦力がここで衝突したのか見当もつかない
(塵ひとつ残さず消し飛ばすなんて……あれは?)
 ふと、視線を森の方に向けたパイフウは一本の樹の下に残った物に注目した。
 僅かに周囲の大地よりへこんだそれは、
「――着地跡ね」
 ならば、この樹の上に誰かが隠れていたという事になる。
 そして、穴の付近で戦闘が起きていたのは間違いない。
 僅かながら穴の近くに、謎の範囲攻撃以外でできたと思われる血痕が有るからだ。
 ならば第三者が樹の上に姿を隠す理由とは、

 一番ありえそうなのは漁夫の利を狙ったから。
 二番目は近づくと正体がバレて警戒される可能性が有ったから。
 三番目は範囲攻撃を仕掛けたのはこいつで、その攻撃にはチャージもしくは反作用が伴うため、
 時間稼ぎが必要だったから。

 特に三番目はかなり危険だ、もしも自分の推測が正しい場合、
 樹上に居た者は、数人の参加者を一撃で吹き飛ばせるスキル又は支給品を所有していることになる。
(冗談じゃないわ。私の龍気槍さえ制限されて大した威力が出ないのに……)
 もう少し、周囲を詳しく調べる必要が有る。
 そこまで考えて、パイフウは自分に降り注いでいた陽光が樹木で遮られている事に気づいた。
 いつの間にか、心地よい風も止んでいた。

474暗殺者に涙はいらない 2改 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/17(日) 18:06:00 ID:D7qZuQnc
「――見つけた」
 誰かが潜んでいたらしい樹の幹。そこには何かを突き刺した跡が有った。
 抉れ具合から察するに強固な刃物の可能性が高い。
 この樹は下部には枝が無いから登る足場にでもしたのだろう。
 それは、樹上に居た者は刃物の支給品と強力な範囲攻撃を有する事を示している。
 パイフウにとっては、アシュラムやその主と同等の警戒すべき人物に違いない。
 
 しかし、パイフウが見つけたのは樹の刃物跡だけでは無かった。
 次に彼女が見つけたのは、何者かに刈り取られた後に穴を穿った一撃で吹き飛ばされたと思われる、
 生々しい女性の左腕と……その手が掴んだデイパックだった。
 死後硬直によって硬く握られているためか、パイフウがデイパックを持ち上げても
 その腕が離れて落ちる事は無い。
 穴の付近の血痕を辿って発見する事ができた、唯一残っていた被害者の体。
 穴を穿った者は自分が樹上から攻撃した後に、これを探して回収する余裕が無かったらしい。
 ならば樹上の者が謎の範囲攻撃を行った後に、その音を聞きつけて寄ってくるであろう
 他の参加者から逃げたという事だ。
(無敵ってわけじゃあないのね)

 何はともあれ、パイフウはデイパックを開けて支給品を探した。
「武器が入ってれば最高なんでしょうけど……これは服……防弾加工品みたいね」
 手に持って取り出したのは、さらりとした肌触りの白い外套だった。
 他には手付かずの飲食物などの備品一式と説明書らしき物が入っている。
「『防弾・防刃・耐熱加工品を施した特注品』『着用することで表面の偏光迷彩が稼動』
ステルス・コートの類似品かしら?」
 性能を確かめるために外套を着込んだところ、本当に自分の体が見えなくなった。
 着心地もそれほど悪くなく、まるでさらりとした布の服を着ている様な感覚だ。
 恐らく、周囲の光景をリアルタイムで表示する事によって、
 中の人間を透明に見せるシステムだろう。
 防弾・防刃・耐熱加工品を持たせた迷彩服。
 パイフウの世界なら、確実にテクノスタブーに引っかかるであろう代物だ。
 普通に歩行する程度では、まず他者から発見されることは無い。
(気配を消せる私には便利この上無いわね)
 試しに蹴りや手刀を何発か放ったところ、服の周囲に僅かな歪みが発生した。
(……高速運動に偏光処理が追いつかない)
 だが暗殺には十分すぎる性能だ。これ以上の物を期待するのはわがままだろう。
 これなら自分の技能と併せる事によって、ある程度の強敵とも戦える。
 己が殺人機械へと変わるのを自覚しながら、パイフウはその長い髪を掻き分けた。

475暗殺者に涙はいらない 2改 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/17(日) 18:06:51 ID:D7qZuQnc
 殺戮の用意は整った。自身の能力の下方修正を行い、己の可不可も見極めた。
 後は……ただ狩り尽くすのみだ。
 血に飢えた白虎は、全身全霊を持ってこの豊かな大地を真紅の色に染め上げるだろう。
 脳裏に浮かぶのはハデスの教えの一つ。

 ――殺せる者は冷静かつ最速に残さず殺せ。心は捨てろ、鈍るだけだ――

(私はもう後悔しない。後退しない。ディートリッヒ……次に尻尾を出した時は……覚悟しなさい)
 偏光迷彩で姿を消し、心とともに殺意を消した死神は、
 静かに、しかし高速で陽光の下に歩を進める。
 
 後には、抉られた大地と刈り取られた左腕に掴まれたデイパックだけが残された。
 再び吹き始めた風は、それらの周りで怨嗟の叫びを挙げた後に、いずこかへと去っていった。


【E-4/平地/1日目・13:55】

【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(ほぼ回復・休憩しながら処置)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す

[備考]:ディードリット支給品(飲食物入り・左手付き)がE-4/平地に放置されています。
    外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。

476暗殺者に涙はいらない 3改 ◆CDh8kojB1Q:2005/07/17(日) 18:07:35 ID:D7qZuQnc
 殺戮の用意は整った。自身の能力の下方修正を行い、己の可不可も見極めた。
 後は……ただ狩り尽くすのみだ。
 血に飢えた白虎は、全身全霊を持ってこの豊かな大地を真紅の色に染め上げるだろう。
 脳裏に浮かぶのはハデスの教えの一つ。

 ――殺せる者は冷静かつ最速に残さず殺せ。心は捨てろ、鈍るだけだ――

(私はもう後悔しない。後退しない。ディートリッヒ……次に尻尾を出した時は……覚悟しなさい)
 偏光迷彩で姿を消し、心とともに殺意を消した死神は、
 静かに、しかし高速で陽光の下に歩を進める。
 
 後には、抉られた大地と刈り取られた左腕に掴まれたデイパックだけが残された。
 再び吹き始めた風は、それらの周りで怨嗟の叫びを挙げた後に、いずこかへと去っていった。


【E-4/平地/1日目・13:55】

【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(ほぼ回復・休憩しながら処置)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す

[備考]:ディードリット支給品(飲食物入り・左手付き)がE-4/平地に放置されています。
    外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。

477あと2時間30分(1/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:40:04 ID:ZlTtJbTg
「……さて」
森に踏み入っていくダナティアとテッサを見送り、リナとシャナがそこに残った。
「あたしたちも行くとしましょうか」
「言われなくてもわかってる」
ダナティアとテッサは仲間を増やすために別行動を取る。
リナとシャナは仲間と合流するために道を行く。
「でも、ちょっくら面倒そうね。
 東は禁止エリアでかなり塞がれてるし、直進すると罠が有るエリアだわ」
「そんなの関係ない。わたしは直進する」
あっさりとシャナが答える。堂々と、傲慢不遜な自信を漲らせて。
「ったく。力が有り余ってる時の正面突破は望む所だけど、もうちょっと考えなさいよ」
(まあ、あたしが言えた事じゃないけどさ)
ダナティアにもテッサにもそれを諫められている。
他人が同じ行動を取るのを見たおかげで、ようやく自分の無謀さが身に浸みた。が。
「ま、今回は正面から踏み潰しますか。安全な道を確保しておければ便利だわ」
それに、どちみち東回りの道は殆ど塞がれている。
リナは携帯電話に連絡を入れた。

「あと一時間は掛かる? なんでだ」
ベルガーが携帯電話に聞き返す。
既にC−6エリアに到着した彼らは、数棟ほど林立するマンションの一室で休憩していた。
狭い通路や幾つもの曲がり角、逃げ場の少ない構造は戦いになった時に危険だが、
簡単に調べた所、このマンションには他に誰も居ないようだった。
『スネアトラップが仕掛けられた森を突破するわ。あと1時間くらいかかるかもしれない』
「スネアトラップだと? 迂回すれば……いや、禁止エリアが有るのか」
『それに、道を開いておけば後で使えるわ。あと、ダナティアとテッサは遅れるわよ。
 テッサの捜し人の首根っこを掴みに別行動中よ』
(それじゃ最初に来るのはあの二人かよ)
ベルガーは、電話の相手に聞こえないように小さく溜息を吐いた。
よりによって面倒な二人が残ったものだ。
シャナの方はあの通りの性格だし、リナは……もう、捜し人が居ないのだ。

478あと2時間30分(2/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:41:15 ID:ZlTtJbTg
「ま、なんにせよ捜し人が見つかったのは良かったじゃないか」
『そう素直に喜べればいいんだけどね』
リナが言葉を濁す。
「……どうかしたのか?」
『…………。! って、ちょっとシャナ、待ちなさいよ! あ、着いたら話すわ!』
「あ、おい!」
プツリと通話が途切れた。
セルティ・ストゥルルソンと、相手の番号の名前が表示されている。
「まったく、あの嬢ちゃんは相変わらずだな」
『大丈夫なのか?』
リナの使う携帯電話の持ち主が、少し不安げに文字を示す。
「なに、あの二人だってバカじゃないさ。罠の中を無理に突っ走ったりは……しそうだな、おい」
独走型のシャナと、どちらかというと過激派なリナ……組み合わせとしては最悪に近い。
『大丈夫なのか!?』
セルティが『大丈夫なのか』と『?』の間に無理矢理『!』を書き足した紙を突きつける。
「大丈夫ですよ、きっと」
そう言ったのは保胤だった。
「あのリナさんという方は、怨念が噴出しない限りは冷静で、警戒心も強い人です。
 そう無茶な事をする人ではありません」
「……だと良いんだがな」
そう、普通に考えれば何の不安も無いはずだった。

実際、二人は時間こそ掛かったものの何の問題もなく森を抜ける事が出来た。
その後ろには累々と破壊された罠が転がっている。
「しっかし時間がかかったわねぇ。なんか雨も降ってきちゃったし」
「リナが休憩をとったからじゃない」
「あんたが無造作に進むからでしょうが! 神経が磨り減って仕方ないわ」
C−6に入った二人は、互いに悪態を吐きながら近くにあるマンションに近づく。
「まず雨宿りも兼ねて適当な所に入って、そこから電話するわ」
リナは何事もなく冷静に行動していた。
誰一人予想出来なかった事が有ったとすればそれは、彼女達が別れた仲間と合流する前に、
海野千絵と佐藤聖に出会ってしまった事だった。

479あと2時間30分(3/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:42:03 ID:ZlTtJbTg
その予想できなかった者達には、海野千絵と佐藤聖の二人までも含まれる。
本来二人は『如何にもファンタジー』といった外見の連中を避ける事に決めていた。
なのに自分達の隠れているマンションにそんな格好の参加者が近づいてきてしまったのだ。
一人は比較的現代風の格好をしているし、少々偉そうな以外は割合普通の少女なのだが、
もう一人の少女はファンタジーっぽい格好をしている上に、背中に長い剣を背負っていた。
(やばいっ)
一瞬隠れようとし……だが、千絵は気づいた。
ファンタジー風の少女の風貌が、アメリアから聞いていた『リナの風貌』に似通う事に。
雰囲気や意匠こそ違えど、彼女の衣服がどことなく同じ世界を感じさせる事に。
「待って、聖」
そして、耳を澄ませると聞こえてきた二人の会話と、その断片……リナという一言に。
「彼女を狙うわ。彼女はアメリアの知り合いよ。うまくやれば、罠に掛けられるわ」
アメリアの仲間なら吸血鬼は知っているだろう。
だが、同時に強い力を持った、罠に掛けられる相手でもあるのだ。
聖に対抗する時が来れば『アメリアを殺したのは彼女だ』と吹き込めば仲間に出来るのも魅力だ。
アメリアが死んだのがあの時とは限らないが、彼女がアメリアに重傷を負わせたのは事実だし、
そもそもそれが真実である必要は無い。
聖が言い返した所で、自分が短い間なりともアメリアと過ごしたアドバンテージは崩せない。
「私はもう一人の子の方が好みなんだけどなぁ」
聖が欲望に澱んだ目で返す。
千絵は不安を感じながらも説得した。
「別に片方だけとは言わないわ。
 刀を持ってるけど、見たところただの女の子みたいだし後に回せばいいじゃない」
「……ちぇっ。判った、前菜と思う事にするよ」
千絵は聖に手筈を伝えると、リナとシャナに会いに向かった。

「ふうん、そっちの方から出てきてくれるなんて手っ取り早いわ」
千絵が声を掛けようと思ったその瞬間に、先んじてリナが声を掛けてきた。
(まさか、見てる時から気づかれてた!?)
予想以上に相手が鋭い事に気づき、動揺しながらも反撃する。
「リナ・インバースさんですね? アメリアさんの仲間の」
今度はリナが動揺する番だった。

480あと2時間30分(4/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:42:57 ID:ZlTtJbTg
「アメリアを……アメリアを知ってるの!?」
「はい。私は、ゲーム開始直後にアメリアさんと行動していましたから」
つらつらと語る。今や何の感慨も抱けなくなったあの時間の事を。
その記憶には、完全に理解出来ない喪失感だけが残っていた。
(私はそんなにあの子の血が吸いたかったんだろうか?)
何か違った気がする。
今からでも彼女の死体を捜してその血を啜れば、その理由が判るだろうか。
――彼女の思考は、既に根底から冒されている。
「その後はどうなったの?」
「アメリアさんは襲ってきた人から私を逃がすために残って……最期は、知りません」
襲ってきたのが聖である事は伏せ、その時は夜中だったから判らないと誤魔化す千絵。
「雨が降り出して、もしかしたら……野ざらしで雨に打たれているかもしれませんから。
 だから、せめて死体を埋葬する為に捜しに行きます。あなたも来ますか?」
「行くわ」
即答するリナ。シャナが少し不満げに問い掛ける。
「合流はどうするの?」
「少し待たせりゃ良いわ。シャナ、アンタだって勝手を通してたんだし、少しは付き合いなさい」
「……別に良いけど」
(かかった)
千絵はリナを自分の顎に掛けた事を確信した。
「それじゃ行きましょう。あなた達の分の雨具も有れば良かったんですけど」
「良いわよ、そんな大袈裟なの無くても」
千絵は自分達が吸血鬼である事を隠すためのマントをそう誤魔化すと、雨の中に歩き出した。

リナは実際、完璧に冷静ではなかった。
だが、それでも警戒心と観察力は鈍っていなかった。
(こいつら、吸血鬼だわ)
マントの隙間から見える青白い肌。赤く充血し、微かに光って見える眼。
そして、仄かに漂う嗅ぎ慣れた……血の臭い。
(アメリアを殺したのはこいつらかもしれない)
リナは何気ない風を装い、彼女達に付いて歩いて行った。
シャナも相手の正体に気づいている事を、考えるまでもなく確信して。

481あと2時間30分(5/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:43:48 ID:ZlTtJbTg
だが、シャナは完全に油断していた。
海野千絵と佐藤聖と名乗った二人(日本人だろうか?)は完全に素人だ。
戦いの訓練を積んだ様子も戦い慣れた様子も全く無い。
マントから垣間見える腕だってまるで鍛えた様子の無い細腕だった。
シャナ自身もその外見からは想像できない怪力を秘めてはいるが、
その挙動の端々には歴戦の戦士ならば見て取れる『戦いへの慣れ』が潜んでいる。
二人にはそれが無い。
そして、シャナには吸血鬼の知識も無い。
元の世界では伝説や娯楽の世界にしか登場しなかった存在。
彼女は、そういった知識を与えられる事なく育てられた。
(でも、この微かな臭い……なんだっけ)
更にもう一つの盲点。
それは、血の臭いを嗅ぎ慣れていない事だ。
幾ら仄かに漂うだけとはいえ、その臭いを嗅ぎ慣れた物なら確実に気づく血の臭い。
リナは当然のように、シャナも気づいていると思っていた。
しかしシャナが抜けてきた戦いにおいて、血を流す者は殆ど居ない。
敵も、その犠牲者も、血を流す事無く消えていく。
最近までは一人で戦ってきたから、血を流すのは自分だけ。
自分が傷を負った時は嗅覚より先に痛覚に来るのだから、臭いはあまり記憶に残らない。
だから。

歴戦の戦士でありながら、シャナは吸血鬼に気づく材料を何一つ持ち合わせていなかった。


それでもまだ、千絵の計画が成功する要素は何一つ存在していなかった。
彼女はシャナは無力だと油断し、リナを狙おうとしていたのだから。
リナもまた、積極的に話しかけ、アメリアの事を知る千絵を警戒していた。
実際、彼女の計画は成功しなかった。だが……

聖の欲望に任せた襲撃を阻止しえる要素は、何一つ存在していなかった。

482あと2時間30分(6/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:44:40 ID:ZlTtJbTg
「ぁ……ああああああああああぁっ!?」
「な、バカ!」
「しま……っ!?」
シャナの絶叫と千絵の悪態とリナの驚愕が次々に口を衝いて出た。
シャナの首筋に、純白の牙が深々と突き立っていた。
それが見る見るうちに色を塗り替えられ、紅い牙になっていく。
(そんな、なんで!?)
背後から自分に噛みついた女性は、確かに素人だったはずだ。
だがその動きは、油断していたとはいえシャナが捕らわれる程に速かった。
「このっ、放せ!」
強引に振り払おうと力を篭める。しかし……
(振り払え……ない!?)
シャナと拮抗し、僅かに上回るほどの怪力が彼女を掴んでいた。
振り回すシャナの腕が引っかかり、聖のマントは薄紙のように引き裂かれた
それを見て千絵も、シャナがただの少女ではない事に気づいた。
それでも聖の表情は揺らがない。
本当にちょっとした悪戯心に溢れた、自らの不利を考えもしない楽しげな笑顔。
「シャナちゃんだっけ。そんなに暴れなくても殺しやしないってば。ふふふ」
暴れるシャナによりマントが完全に剥ぎ取られ……聖の首筋が見えた。
千絵も気づき、自らの首筋に手を当てた。
(痕が、無くなってる……!?)
魔界都市において、吸血鬼の付けた吸血痕は身も心も吸血鬼化した時に消え去る。
アメリアに一撃で破れた時、聖の吸血鬼化は完了していなかった。
だからこそ、アメリアは聖を救えるかもしれないと夢見たのだ。
だが、完全に吸血鬼化……それも美姫直々の寵愛を受けた吸血鬼化を完了した聖は、
日光の遮られた雨空の下、圧倒的な肉体能力を思うがままに使いこなしていた。
その肉体能力に支えられた傲慢な自信が、計画に反した襲撃を実行させた

しかし、シャナもそれだけで手も足も出なくなるほどに弱くもない。
「放せって言ってるでしょ!」
精神を集中し、それを求める。
求めるは……炎!

483あと2時間30分(7/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:45:26 ID:ZlTtJbTg
吹き上がった爆炎が降りしきる雨を蒸発させ、大量の水蒸気が周囲を覆った。
続けざまに高熱が上昇気流を呼び、水蒸気を巻き上げて立ち上っていく。
「――――っ!?」
押し殺した声が上がり、聖がゴロゴロと地面を転がる。
水たまりを転がり、雨水でボロボロに燃える衣服を消火する。
「もう、ひどいじゃない……っ!?」
ギリギリで身を放したため、火傷はそう酷くない。だが。
「まだよ! ファイア・ボール!!」
ずいぶん前からこっそりと詠唱を終えていたリナの火炎球が炸裂した。
「きゃあああああああああぁっ!!」
悲鳴を上げて飛びすさる聖。
更に、水蒸気の雲を抜けてシャナが跳びかかる!
「さっきはよくも!」
「ひぃっ!!」
肉体能力では聖の方が上だ。だがシャナは、刀を持ち、技を持ち、炎を操る。
ここに来て敗北を悟った聖は、背中を向けて全力で逃げ始めた。
「この、待てっ!」
シャナが追いかけるも、肉体能力の差が有る以上、追いつけるはずもない。
そしてそれ以上に……
「ふぅ……ふぅ……くそっ」
深々と咬まれた上に、聖を振り払うため自分を中心に爆炎を巻き起こしたのだ。
肉体的な損傷や消耗も、そう軽い物ではなかった。

一方、千絵も聖が逃げ出すのを見て脱兎の如く逃げていた。
(あの馬鹿! あんなタイミングで欲望に流されるなんて……!)
いずれ時期が来たらと思っていたが、さっさと縁を切るべきだ。
だが、それ以上に予想外だったのはもう一人の少女の方まで強敵だった事。
どういうわけか誰も追いかけて来ないが、とにかく少しでも遠くに逃げないといけない。
幸い、この雨空は彼女達吸血鬼を動きやすくしてくれるし、逃走にも好都合――
そう思った次の瞬間、千絵の意識は闇に沈んでいた。
「ぇ……?」
最後に見えたのは、鳩尾にめり込む拳と、男と、男と、バイクに乗った首の無い…………

484あと2時間30分(8/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:46:21 ID:ZlTtJbTg
マンションの一室に、どこか陰鬱な空気が漂っていた。
薄暗い外からはざあざあという音が流れ込んでくる。
「……あの二人、来ないな」
ベルガーはベランダから、雨の降りしきる外を注意深く監視していた。
もう3時を過ぎたが、ダナティアとテッサはまだ来ない。
「罠のある森も有るし、雨も降り出したから、雨が止むまで待つのかもしれないわ」
そう言うリナも少し自信なさげだった。
捜し人がゲームに乗っていたとすれば、一騒動起きていてもおかしくない。
「まあ、彼女達は……いや。彼女達も冷静だ。なんとかなるだろう」
「……『は』って何よ」
「気にするな」
(こいつ、わざと言い間違えてからかったんじゃないでしょうね)
からかうのではなく試した可能性も有るし、故意に言った可能性は十分だ。
もっとも、そんな事はどうでも良いのだが。
「それより、あんたは大丈夫なの? シャナ」
咬まれた傷。爆炎による火傷。
更に短時間とはいえ戦闘を行った事により、腹部の弾は僅かに内出血を引き起こしていた。
「大丈夫。もう、痛みも引いてきたし」
だが、シャナの傷は異様な速度で治り始めていた。
元からシャナが備えていた自己治癒のレベルよりも、早い。
「……だからこそヤバイんじゃない。どんな具合?」
「やはり、リナさんの言う吸血鬼化という物なのでしょう。確かにそのような兆候が見られます」
シャナの具合を見ていた保胤が答えを返す。
「まだなりかけの状態ですが……悔しいですが、私の手持ちでは対処出来ません。
 その吸血鬼というのがどういった妖物なのかも判らないのでは、手が付けられません」
「あたしの世界の吸血鬼像なら教えられるんだけど……
 どうも、あたしの世界の吸血鬼とも違うみたいなのよね」
ベルガーも首を振る。セルティも判らないという素振りを返した。
「……それじゃやっぱり、そいつが起きるのを待って聞き出すしかないわね」
保胤が複雑な表情を浮かべる。彼にとっては彼女も被害者なのだろう。
シャナとは違い、既に吸血鬼化が完了してしまっているとしても。
シャナの隣のベッドに縛り付けられた海野千絵は、未だ昏倒状態にあった。

485あと2時間30分(9/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:47:29 ID:ZlTtJbTg
「何か可能性が高い治療法は無いの?」
シャナが不満げに問う。
「そうね。やっぱり吸血鬼なら……咬んだ奴を殺すとかかしら」
シャナを咬んだ聖は何処かへ逃走してしまった。
千絵が起きるのを待って問いつめれば行動パターンくらいは読めるかもしれない。
だがそれしか無いとしても、シャナは悠長な方針に苛立ちを隠せなかった。
(手遅れになる)
まだ大丈夫だ。
そう思うのに、何故かそんな言いようのない予感が彼女を追い立てる。
『それより、吸血鬼という物は血を吸いたくなる物だ。それは大丈夫なのか?』
「別に。なんてこと無い」
心配するセルティにそっけなく返す。
シャナはセルティに対し、どこか余所余所しく対処していた。
さっき初対面の時に敵だと勘違いして刃を向けてしまい、どうも気まずいのだ。
大事にはならなかったし、セルティも気にしないと言ってくれたのだが。
セルティのように奇怪な容貌は、概ね敵に多かった。
「そうですか。それならしばらくは大丈夫かもしれませんね」
なってこと無い。
シャナのその答えに保胤は安堵すると、真剣な顔で付け加えた。
「どうやら吸血鬼化とは、肉体だけではなく精神も蝕む現象のようです。
 有効な治療法が無い以上、精神力で抑え込む他に有りません」
「問題無い。こんなの、半日は持つ」
「コンニャクの構えってやつだね」
……………。
「……盤石の構え?」
「うん、それそれ」
エルメスがいつものように諺を間違える中で、ベルガーは密かに顔を強張らせた。
半日。それは追跡して戦うには十分な時間かもしれない。
だが、耐えられる時間としてはあまりにも短い。
(思ったより余裕は無いみたいだな)
溜息を吐く。
(あんまり抱えこむんじゃねえぞ、シャナ)

486あと2時間30分(10-11/11) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 07:48:11 ID:ZlTtJbTg
事実、シャナは追いつめられていた。
体の奥底からこみ上げてくる強烈な渇きと獰猛な衝動。
――血を啜り喉の渇きを癒したい。

(違う! わたしはそんなこと思ってない!)
フレイムヘイズとしての誇りと、傲慢でありながらも気高き意志で衝動を抑え込む。
だが、そうする間にもその衝動は強まってくる。
半日は持つというのは、嘘だ。
半日持たせるのが限界なのだ。
そして、何よりも辛いのは……孤独である事だった。
(悠二……)
リナには頼れない。
二回目の放送の時、リナには酷い事を言ってしまった。
一回目の放送の時から悠二の名が呼ばれるのが怖くて、まるで冷静になれなかった。
だから、ムンク小屋で休んでいる間に無理矢理に心を落ち着けて。
そうしたら飛び出してしまった酷い言葉。
きっとまだ内心では怒っているだろう。
(アラストール……)
ベルガーにも頼れない。
口喧しく贄殿遮那を返せと罵り、初対面の時は無理矢理奪おうとさえした。
きっと、自分を嫌っている事だろう。
贄殿遮那が有れば生き残れる。
そう思ったのだって、いつも自分の側に居てくれる人達が居ない不安の裏返しじゃないのか。
(ダナティア……)
悠二には未だに会う事が出来ない。
自分の中に在るアラストールと話す事さえ出来ない。
アラストールにシャナを頼まれ、真摯になってくれるであろうダナティアも、居ない。
弱いけど合理的に冷静に考える事が出来るし、仲が特別悪くも無いテッサも、居ない。
さっき会ったばかりの上に、刃を向けてしまったセルティにも、
彼女とチームを組んでいた保胤にも頼れない。
エルメスに頼って何になるか。
気づいた時、シャナの周りに心を許せる相手は誰も居なくなっていた。



――もう間に合わない。手遅れになる。
(そんな事無い!)
湧き上がる不吉な予感を振り払う。
(悠二……きっと悠二に会えれば……)
何とかなる。そう思う。
悠二ならきっとなんとかしてくれる。
吸血鬼なんかにならないで済むと思う。
だから……
(悠二……早く会いたいよ……)
それに縋り、必死に自分を保っていた。

彼女は気づいていない。
自分の予感が何を指し示しているのかを。
本当に手遅れになろうとしているのが何なのかを。

あと1時間でそれは決まり。
あと2時間と30分でそれが報される。

487あと1時間30分【状態】(1-2/2) ◆eUaeu3dols:2005/07/19(火) 11:14:30 ID:ZlTtJbTg
【C-6/住宅地のマンション内/1日目/16:30】
『不安な一室』
【リナ・インバース】
[状態]:平常。わずかに心に怨念。
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、携帯電話
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
千絵が起きたらアメリアの事も問いつめ、内容によって処遇を判断する。

【シャナ】
[状態]:平常。火傷と僅かな内出血。吸血鬼化進行中。
[装備]:鈍ら刀
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。悠二を見つけたい。孤独。
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:エルメス、贄殿遮那、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:仲間の知人探し。シャナが追いつめられている事に気づく。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。

【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:やや疲労。(鎌を生み出せるようになるまで、約3時間必要です)
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。

【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ、厳重な拘束状態で気絶中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:気絶中。聖を見限った。下僕が欲しい。
     甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
     吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
     死にたい、殺して欲しい(かなり希薄)
[備考]:首筋の吸血痕は殆ど消滅しています。
[チーム備考]:互いの情報交換は終了している。
         千絵が目を覚ましたら、吸血鬼に関する情報を聞き出して行動。


【X-?/????/1日目/14:30】
『No Life Sister』
【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力大幅向上)、シャナの血で血塗れ、多少の火傷(再生中)
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
     千絵はうまく逃げたかな。
     己の欲望に忠実に(リリアンの生徒を優先)
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
     首筋の吸血痕は完全に消滅しています。
     14:30に逃走後、16:30に生存が確認(シャナの吸血痕健在)されています。

488十叶詠子の人間試験:2005/07/22(金) 17:53:14 ID:pBSSTsig
「残念、ちょっと遅かったみたいだね」
 言葉とは裏腹な笑みを浮かべて、彼女は現れた。
 右手に抜き身の短剣。それ以外はディパッグすらも持っていない。
 薄手のセーターとデニムのパンツは、絞ればバケツ一杯分の水が出てくるんじゃないかと思うほどに濡れそぼっている。
 彼女は唐突に、それこそ気配から足音まで何の予兆もなく人識の後ろに立っていた。
 みれば水溜りは玄関から途切れることなく続いていて、人識は足音の不在に首をかしげる。
 そんな殺人鬼を見ることもなく、ぴちゃり、と濡れた水音を引きずって、彼女は事切れた少年へと歩み寄った。
 血だまりに躊躇いなく足を踏み入れ、その手をそっと差し伸べる。
 絡みつく水草から滴る雫が、ぽつり、ぽつりと血の池をうがつ。
 体温を感じさせない白い指が、そっと彼の瞳に添えられた。
「かわいそうな子。せっかく本質を見る瞳と、世界を知る資格をもっていたのにね」
 慰めの言葉とともに、ゆっくりと閉じさせ、黙祷。
 こうまでされると流石に人識も萎えた。
「あー、知り合いだったか? 悪ぃな」
 ぼりぼりとその髪を掻きあげ、彼なりに謝罪。
 悪びれる風もなく、しかし重さのない口調で。
 彼女は濡れそぼった髪を青白い頬に張り付かせ、緩慢な動作で振りかえった。会釈の代わりかにこり笑う。
 そして静かに首を振った。
「ううん、初対面」
 とたん人識の首ががくりと落ちる。なんだよ、だの、ダセー、だのとぶつぶつ呟き、
「『二死満塁から逆転の一撃、ただしデットボール』みたいな! ってかんじだぜ。つーか謝り損じゃねぇか」
 がぁぁー、と髪を掻き毟った。と、その手をぱたりと止めて。
「んで、結局こいつ誰なのよ」
 自らがばらした死体を指差した。

489十叶詠子の人間試験:2005/07/22(金) 17:54:01 ID:pBSSTsig
「この子は‘彷徨う灯火’君、昔は燃え滓だったみたいだけど、中身があんまり眩しいものだから、いろんなものを引き寄せてしまう。
でも自分の光じゃ自分の足元は照らせない、自分を見出すことは出来ない。だからいつまでも自分の立ち位置を決められないの」
 濡れた服を全て脱いだ彼女、今は患者用と思しきガウンを羽織っている。
 説明しながら少女は部屋の隅で見つけた姿見を遺体の前に置く。ちょうど窓と向かい合わせになるように。
「彼はここでも彷徨ってた。でも私の選別を受けて、物語を知って、自分の瞳を取り戻して。後は訓えを受けるだけだったのに! 
あぁ、“出会えなかった魔女の弟子”!」
 手を休め、嘆くように諸手をあげて宙を抱く。
 慣れない力仕事が裾がはだけさせ、襟元が覗かせる。
 その肌の色は蒼白を通り越してすでに淡い赤。
 濡れ鼠になって風邪でもこじらせたか。湖に落ちた、という彼女の言からすればタチの悪い感染症も考えられる。
(近寄りたくねぇ)
 適当に距離をとって適当に聞き流して、人識はなぜかお湯の入れてあったカップ麺すする。
 どこまでも優しくない男、零崎人識。
「幕はまだ残っている。最終章まではたどり着けなくても、せめて想い人には逢わせてあげたいな」
 そうじゃないと可哀想だものね。視線に気づいたか、呟く彼女は作業で乱れたガウンの裾を正す。
「彼はね、とっても特別なチカラととっても大きなチカラを秘めてるの」
 彼女の弁はまだ続く。
 語りに全く温度がないのによくも続くもんだと頷き、人識はのびっきた麺をかきこんだ。
 兄をはじめ、こういう手合いは話す内に熱をあげてくものだと思っていた彼だが、
(これが真性てやつか)
 認識を改めるとともに危険人物から一歩退く。
「でも生き残るには不十分だったんだね。あ、責めてるわけじゃないんだよ。君の殺人鬼の物語には犠牲者が必要だもの
 ただ彼は最期にその特別なチカラと大きなチカラで願うの、ああ、僕を待ってるあの娘に逢いたいって」
 そこで彼女は言葉を止めた。凄惨な、それこそ零崎のような笑顔を人識に向ける。
「魔女のあたしは彼の魂を鏡に送る」
 壁に這わせた細い手が部屋の電気のスイッチにかかる。
「私はここに合わせ鏡をしにきたの」
 かちりと部屋に光が満ちる。
「そういえば挨拶がまだだったよね」
 窓は一瞬で鏡となって、倒れた少年を無限に写す。
「夜会にようこそ、‘合わせ鏡の殺人鬼’君」

490十叶詠子の人間試験:2005/07/22(金) 17:57:48 ID:pBSSTsig
「もうすぐ四時四十四分。放課後の怪談の時間。ねぇ、君は不思議だと思わない? 
 時間なんて本当はどこでも同値だよね。十時五十二分も八時時十七分も区別がつかないはずなのに、何故四時四十四分なんだと思う?」
「不吉な数字てのは明らかに後付だよな。あれだろ。薄明、誰彼、逢魔ヶ時てのもあったな。柳田國男だったか? まぁいいや。
 とにかく山とか海に入った人間が帰ってこなくなる時間だ。『はないちもんめ』や『かくれんぼ』の最中に消えたりな。
 ようはさ、昼から夜に変わる中で『違う世界につながっててもおかしいねぇ』て感覚がどっかにあるからじゃねぇの?」
 魔女は彼の身体を鏡へ寄せる。死体は力なく姿見にもたれかかった。
「そうだね、最後のチャイムを聞いた人は、夜の学校に入ってしまう。黒板に円を書くと四次元の世界に連れて行かれてしまう。
 山に遊びに行った兄弟、兄は帰ってきたけれど、弟は帰ってこなかった。
 ほとんどの物語が『連れ去られる』『帰ってこない』で終わるのは、人が『違う世界』との繋がりを見出してるから
 私は鏡の世界にこの子を送るの。見立ては好きじゃないけれど、この子が望んだことだから、私はこのコを物語にする」
 欠陥製品のヤローも物語とか何とか言ってたな、人識はそんなことを思い出す。
「そして死後の世界は虚像の世界、鏡像世界は冥府の姿。狭間の時間、もしも彼女が鏡を見たら、そこにはきっと彼が映っている」
 魔女は呟く、四時四十四分。
 空気が変わる。よどんだ鉄錆の臭い。腐った水の臭い。
 零崎が注視する中で、肢体はそのまま、ずぶりと沈んだ。
 波紋のように波立つ鏡面が腕をひたし、肩を飲み込み、首までつかる。
 彼女はもはや手を離しているのに死体はゆっくりと鏡の中へと落ちていく。
 気がつけば、あれほどの雨音が消えていた。
 世界にあるのは扉だけ。何もない空間に、ただ水底の闇がぽっかり口をあけている。

 こんなにも異常な世界で二人だけが変わらない。

「すごいね、君はもう『合格』してるわけ……」
 瞬間人識のの右手が閃いた。
「悪いな、どっかの誰かのせりふとあんまり似てたもんだから」
 一筋の亀裂が世界に走る。
「殺しちまった」

 砕けた。
 ガラスの破片は水しぶきのように、光をばら撒き、床で弾ける。
 人識が覆った目の向こうで、反射光が世界を隠し、水音が世界を満たす。
 目を開ければ、全てが現実に帰還していた。
 割れた窓からは雨が容赦なく降り注ぎ、床は水とガラスで一杯だ。
 蛍光灯の明かりの下でそれらは無機質に光を反射し、空白の足跡がくっきりと玄関のほうへと続いていた。
 時計を見れば長針は、まだ行儀よく真横を指している。
 全ての異常が終わったことを知り、零崎はそれらをただ一言で締めくくる。
「ま、退屈はしなかったな」
【残り69人 】
【C-8/港町の診療所/一日目・16:45】

【零崎人識】
[状態]:平常
[装備]:出刃包丁/自殺志願
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン四人分 保存食10食分、茶1000ml、眠気覚ましガム、メロンパン数個
          消毒用アルコール、総合ビタミン剤、各種抗生剤、注射器等の医療器具)
    包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:電波だったなぁ、
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
    雨が止んだら港を見てまわってから湖の地下通路を見に行きます。

【C-8/港町/一日目・16:45】

【十叶詠子】
[状態]:全身ずぶぬれは一応ふき取りました、衰弱、肺炎、放っておくと命にかかわる
[装備]:魔女の短剣、
[道具]:濡れた服
[思考]:1.悠二を物語化。
    2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に。
[備考]:服は全て脱いで、診療所にあった患者用のガウンを着用しています。

491案内役の魔女の使徒(仮):2005/07/24(日) 21:09:02 ID:vfBNLoRM
あなたは彼女を覚えてる?
忘れているなら、思いだしてあげて。
忘れられるのはとてもとても哀しい事だから。
だから、みんなに思いだしてもらうの。
私が殺した少女の事を。

        落ちる先は湖。
         湖には水面。
           水面は鏡。
            鏡は扉。
  扉の向こうに誰が居る?
  扉の向こうに何が在る?

彼女は闇夜で殺された。
彼女は海辺で殺された。
彼女はメスで殺された。

夜は異界が近づく時間。
闇夜に異界が隠れてる。
海は神様が住まう場所。
海に呑まれたお供え物。
メスの用途はなおす事。
裂かれた人の病を癒す。

そして誰か、覚えているか。
殺された少女の名前を覚えているか。

魔女は言う。
「あの子の魂のカタチは『陸往く船のお姫さま』。
 王子様に誘われて陸を進むようになっても、船を降りたわけじゃない。
だって、“彼女こそが船だから”」
――そして船は、海と陸とを橋渡す。

492案内役の魔女の使徒(仮):2005/07/24(日) 21:09:42 ID:vfBNLoRM
「あなたが魔女になれなかったのは残念だよ」
其処は異界。
水面の鏡面から飛び込んだ、鏡の異界の何時かの何処か。
澱んだ水の臭いと、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた世界。
「カタチを与えてあげる事さえ遅くなって、本当にごめんね」
ピチャピチャと湿った音がする。
魔女の手首から滴る一筋の紅い血を、白い少女が舐めている。
「ふふ……しばらくはそれで保つかなぁ」
魔女は血を水面に滴り落とした。
水面は鏡。鏡は門戸。血は鏡の世界に滴り落ちた。
門戸は鏡。鏡は水面。血は水面から海へと流れ……
海に呑まれた『陸往く船のお姫さま』へと贈られた。
魔女の生き血はヨモツヘグリ。
なりそこなった哀れな子に、仮の体を与えてあげる。
そうして魔女の使徒が一人生まれた。
「…………」
ピチャピチャと音がする。

「…………」
やがて、血を舐め終わった少女が立ち上がる。
魔女の手首に傷は無い。
「さあ、案内してね。私は様子を見るために、一度島へと帰るから」
「…………」
魔女の使徒はこくりと首肯すると、魔女を異界の出口へ誘った。
魔女は使徒を手に入れた。
使徒は魔女を案内し、異界の準備を整える。
24時の異界のために。

そして魔女は、再び島へと門戸を潜る。
鏡を抜けて、水面を抜けて、海から陸へと帰り着く。
物語を広めるために。

493案内役の魔女の使徒(仮):2005/07/24(日) 21:10:25 ID:vfBNLoRM
魔女は港に佇んでいた。
港は海から人が帰る場所だ。
「さあ、どうしようかな。
 法典君はきっと不気味な泡さんと一緒だね」
戦おうと思えば、佐山を味方に付け自分を殺そうとしたブギーポップと戦えるだろうか。
しかし、彼女にそうする理由は無い。
「そうだね、しばらくは様子を見ようかな。物語はもう広がっている」
くすくすと笑い、詠子は歩き始めた。
島を一望出来る場所……灯台へ。


【C-8/港/1日目 13:20】
【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)
[思考]:灯台に向かう

鏡の異界の中に魔女の使徒ティファナが出現しました。
肉体が失われているため、異界の中にしか居られません。
魔女の使徒は記憶や人格などは有していますが、詠子に従うだけです。
基本的に言葉で相手を堕落させるだけで、戦闘能力は有りません。

494疑惑のあやとり(1/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:34:15 ID:ASvCsZpo
され竜は読み始めようかという所でクエロ知りません。
思考とか口調について齟齬が無いか意見お願いします。
ついでにアイテムに増える奇怪肉塊Xについても。
……使用時は原作設定を利用出来そうなネタは有るけど、
現時点では原作には無かったよく判らない物体でしかないので、
変な使い方しようとしたらNGになりそうな役立たずアイテム。
流れ上、ヨルガに何か手を加えないと変なので処理しておいたとも言える。

――――――――――――――――――――――

「ん…………」
うっすらとクエロは目を開いた。
目に映るのは白い天井と蛍光灯の明かり。それと周囲を囲む白いカーテン。
保健室のベッドだ。
微かに雨音がする事からして、どうやら雨が降っているらしい。
(あれから3時間という所ね。調子は……)
シーツに肘を突いて起きあがる。
……予想以上に全身が気怠い。
最初は咒式の反動が主要因だと思っていたが、思い返してみるに
ゼルガディスに受けた崩霊裂(ラ・ティルト)の効果もかなり大きかったようだ。
3時間の睡眠を取ったというのに、あまり疲れが取れていない。
(もうしばらくは大人しくしておくべきね)
元より、身が危うくなるまでは派手に動かない予定だ。
少なくともクリーオウの信用は十分に得ているし、他の4人にもそう疑われてはいないはずだ。
そこまで考えて、ふと気づく。
「誰か居ないの?」
返事はすぐに返ってきた。
「おや、起きていたのか。おはよう」
カーテンの向こうから聞こえるのは抑揚が小さいサラの声だ。
「いいえ、今起きたわ」
「そうか。クリーオウがトイレに行くからと同伴を交替した所だ。
 クリーオウが戻ったら、眠っていた間の議事録を見せてもらってくれ」
「助かるわ」
クリーオウが自分に嘘を吐く事はまず無いだろう。
なら、彼女の見せる議事録も確実な情報と見て良い。
「ところで少し話が有るのだが、良いだろうか」
「話……?」
「クエロが持っていた弾丸についてだ」
(……何か気づかれたの?)
クエロはベッドの脇に置いていた贖罪者マグナスと高位咒式弾が無い事に気づいた。
(まずい事には気づかれてないと良いのだけれど……)
内心で少し警戒しながら続きを待つ。

495疑惑のあやとり(2/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:35:02 ID:ASvCsZpo
「あの弾丸を借りて、少し調べさせてもらったのだが……」
サラがカーテンを開けて姿を見せる。
予想通り、その左手には4発の高位咒式弾が乗っている。
右手に持っている贖罪者マグナスも予想通りだ。予想外だったのは束ね持っている……
(断罪者ヨルガ!?)
――の、柄だけだ。どういうわけか刀身が無くなっていた。
「昼前の別行動で拾った、この刀砕けた剣に付いている弾倉にもピッタリと合うようだ。
 クエロが拾った魔杖剣とやらの別種だろう。
 それらを調べて仕組みを解明してみた所……私なら、この剣で弾丸を使う事が出来そうだ」
クエロはサラが何を言おうとしているかに気づいた。
「そういうわけで、弾丸を分けてもらえるだろうか。
 クエロもこの剣で弾丸を使えるなら話は別だが」

(……まずは慎重に行こうかしら)
下手な返答をすれば疑われる危険が出てくる。
「解明したって……異世界のアイテムなんでしょう? 本当に使えるの?」
如何にも驚いたという表情を浮かべ、返事を返す前に逆に質問を投げかけた。
魔杖剣の仕組みを知識も無く理解出来ているはずがない。
その問いに対し、サラは淡々と答えを返す。
「問題無い。もちろん本来の使い方は出来ないだろう。
 剣に仕込まれた術式とでもいう物を発動させる部分は遂に解明出来なかった」
(そう、そこは判っていないのね)
本来の用途で魔杖剣を使う為には咒式を使いこなす必要がある。
つまり、『咒式を知らない素人には使えない』のだ。
クエロは『魔杖剣と弾丸は知らない物で、説明書が有ったから使えた』と説明した。
今更明かせば、経歴に隠し事をしていたという傷が付いてしまう。
つまり、サラに咒式をどうやって発動させるかに気づかれてはまずいのだ。
「もっとも、逆に言えばそれ以外の機能は理解した。後はフィーリングだ。
 本来の術式の代わりに、わたしの魔術を流し込んでその機能の恩恵を受ける。
増幅の要となる刀身が失われているのは痛いが、
それでもこの刃無き剣と特殊な弾丸から得られるメリットは十分にすぎる」

496疑惑のあやとり(3/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:35:49 ID:ASvCsZpo
サラは弾丸を使える。
もしクエロが弾丸を使えないならば、それを渡さない理由が無い。
「それで、クエロの方はどうなのだろう」
「……ええ、私の方も弾丸を使えるわ」
疑念を抱かれる危険が有っても、そう答えるしか他に無い。
「昼過ぎの時は疲れていて詳しい説明をし忘れてしまったけれど、
 付いていた説明書にその使い方も書いて有ったわ。
残念ながらその説明書は落としてしまったけれど」
サラなら既にクエロの荷物を調べる位はしているだろう。
もしかすると、汚れていた上着を脱がせたのも身体検査の意味が有ったのかもしれない。
そうなると説明書は落とした事にしておくべきだ。
「なるほど。
 詳細な説明書付きで対となる支給品に出会えた事は運が良いといえるだろう。
 しかし、そうすると弾丸を4発とも頂く事は出来ないな。
 ……半分の2発だけ頂いて良いだろうか?
 クエロは元々戦い向きではないのだろうし、今はその様子だからな」
否……と答える事は出来ない。
クエロはあまり強くないように装っているのだし、
ゼルガディスを殺せる程の力は無いと思われている方が良い。
「良いわ、うまく役立ててね」
クエロはサラの手から2発の咒式弾を取り返し、残り2発をそこに残した。

(それにしても、つくづく化け物揃いね。この島は)
サラはその科学知識と己の世界の魔術で高位咒式弾を使える状態を手にした。
それはつまり、もしも彼女と対立する事が有った時に、
魔杖剣による高位咒式が決定打にならない可能性が出てきたという事だ。
下手な手は打てない。
もっとも、逆に味方としてこれほど心強い者もそう居ない。
(せいぜい利用させてもらうわ)
そう考え、クエロはサラとの正面衝突を避けるように思考を組み立て始めた。
――全て、サラの目論見通りに。

497疑惑のあやとり(4/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:36:39 ID:ASvCsZpo
(どうやらうまく行ったようだ)
クエロの魔杖剣と弾丸の関係に気づいてなかったフリをする事で、疑われてないと思わせる。
更に、弾丸を自分も使えると主張すると共に弾丸の半分を奪う事で、
自分達を裏切る事に大きな危険性を想像させる。
自分の切り札を相手も同じ数だけ使えるかもしれない。
冷静で慎重な人間ならば、そんな相手に正面衝突を挑む事は無いし、
もし衝突するとしても真っ先に排除対象として選ぶだろう。
だが、『誰が誰を狙う』事が予想される奇襲など不意打ちにはならない。
サラが仕掛けたのは疑惑で編んだ守りの網だ。
サラが確実に、本当に咒式弾を使えるかどうかは関係ない。
人を疑う事が出来る人間には『かもしれない』という疑惑だけで十分なのだ。
大胆なハッタリはサラのもっとも得意とする所だった。

  * * *

「あ、クエロ、起きたんだ!」
クリーオウが保健室に入ってくる。続いてそれに付き添って空目も。
空目は無表情なまま、すぐに横を向いた。
「どうしたの……ああ、そういえばそうだったわね」
開かれたカーテンの向こうに見えるクエロの姿は、寝る前の下着姿のままである。
実に目の保養になる姿だった。
もっとも、この場で唯一の男性である空目にそういった感想は期待できないのだが。
「私の服はどこ?」
「今から取って来よう。ひとまずはこれを着たまえ」
サラはどこから見つけてきたのかワイシャツを差し出して言った。
「裸ワイシャツで悩殺度アップだ」
「………………」

結局、一度カーテンを閉めて姿を隠して、服を取ってきてもらった。

498疑惑のあやとり(5/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:38:40 ID:ASvCsZpo
「それじゃ、今はせつらもピロテースも居ないの?」
「うん。せつらは洗浄が済んだワイヤーを装備して地下湖の調査に向かったわ。
 ピロテースは城周辺の調査に行ってて、そろそろ帰って来ると思う」
「『実験』が終わったのはさっきだからな。ワイヤーの血が落ちる方が早かった」
サラが補足する。
続けて宣言した。
「そしてその議事録にある予定通り、わたしもしばらく寝させてもらう。
 クエロ、隣のベッドを使って良いだろうか?」
「ええ、私は構わないわ」
隣で寝るとなれば、すぐ間近に無防備な姿を晒す事になる。
クエロは内心で少し意外に感じたが、すぐに思い直した。
自分の状況は多少悪くなったように思えるが、疑われる要素は見せていないはずだ。
別に奇妙な事ではない。
「では、わたしは寝よう。
 せつらが使わなくなった銅線で簡単な警報を仕掛けておいたが、
もしピロテースやせつら以外の誰かが来る様だったらすぐに起こしてくれ。
これでも寝起きは良い方だ」
「任せて。
 せつらから銃ももらったし、何かあっても少しくらい時間を稼いでみせるから!」
クリーオウが銃を見せて言う。
慢心している様子は無い。
銃を得た所で、この殺人ゲームの中で安心を得る程の寄る辺にはならない。
それを確認して、皆は頷いた。
「頼りにしているわ」
クエロがそう言うと、クリーオウは少し嬉しそうに笑った。

(さて、他にやるべき事は寝る事だけか)
やれる事は色々有ったが、やれるだけはやっただろう。
断罪者ヨルガの刀身は、如何なる処理を経たのかピンク色の肉塊に変わっていた。
かつてサラが作ろうとしたとある魔法生物を欠片だけ作り出した物だ。
刻印解除か何かの役に立つ……かもしれないし、全く立たないかもしれない。
というより、刀身よりは可能性が高いだけできっと役には立たないだろう。

499疑惑のあやとり(6/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:39:54 ID:ASvCsZpo
せつらの使わなくなった装備は、拳銃はクリーオウに融通し、
銅線は簡単な警報装置の材料にした。
城に行ったら城に仕掛ければ良い。
……城に電源が有るかは判らないが。

そしてクエロに対する対策は、この最後の添い寝作戦を持って完了する。
そこまで考えた所で、ふと改良案を思いつきクエロに声を掛けた。
「では、隣で寝させてもらう。
 ところで、わたしは同じベッドで仲良く寝ても良いのだがどうだろうか?」
「私はそういう趣味は無いわ」
すげなく断られた。
「……残念だ」
大人しく眠る事にする。
クエロが無防備な自分に危害を加える事はまず有り得ない。
この状況ではサラが危害を受ければクエロ以外に疑われる者が居ないのだし、
クエロにとってこのチームはとても価値のある事は間違いないからだ。
(だから、今は眠る。そして――)
サラすやすやと寝息を立てていった。

その無防備な様子を見ながらクエロは考えこむ。
彼女、サラに関する情報を纏め直す。
(私はまだサラに疑われていない。
 そして、サラは強い力と高い知性を持っており、利用する価値は高い)
何度確認してもその点は同じだ。
(サラは死体を使い捨てられる合理的思考を持つが、今の所は敵では無い。
 それどころか信用した相手にはこうやって無防備な姿も見せる。だけど……)
クエロはサラの目的が読めないでいた。
クリーオウ、ピロテースやゼルガディスなどと違い、人捜しに懸命になる様子は無い。
参加者のダナティアという女性は仲間らしいが、合流に躍起になってはいない。
これは秋せつらにも言えるが、彼にはまだ捜し屋という仕事意識が存在する。
空目の厭世的な感とはかなり近い気がする。
だが、彼ほど流れに身を委ねる性格ではないようだ。

500疑惑のあやとり(7-8/8) ◆eUaeu3dols:2005/08/03(水) 00:42:04 ID:ASvCsZpo
他の仲間をダシにすれば利用は出来るだろう。
自分を信用もしているようだ。
にも関わらず目的の読めない事に、少々の不気味さを感じながらも……
「……まあいいわ。おやすみなさい、サラ」
(少なくとも今は利用できる)
そう結論を出すと、クエロもまた眠りに就いた。


【D-2/学校1階・保健室/1日目・15:00】
【六人の反抗者】
>共通行動
・18時に城地下に集合
・ピロテースは城周辺の森に調査に向かっている。
・せつらは地下湖とその辺の地上部分に調査に向かっている。
・オーフェン、リナ、アシュラムを探す
・古泉→長門(『去年の雪山合宿のあの人の話』)と
悠二→シャナ(『港のC-8に行った』)の伝言を、当人に会ったら伝える
>アイテムの変化
強臓式拳銃『魔弾の射手』:せつら→クリーオウ
鋼線(20メートル)   :せつら→簡単な警報装置になった。音は保健室で鳴る。
ブギーポップのワイヤー :バケツの中→せつら
断罪者ヨルガの砕けた刀身:変な肉塊になった。

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 健康
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図。ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。
    缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]: みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
[行動]: 空目と共に起きておき、誰か来たら警戒。

【空目恭一】
[状態]: 健康。感染。
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。《地獄天使号》の入ったデイパック(出た途端に大暴れ)
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。
     クエロによるゼルガディス殺害をほぼ確信。
[行動]: クリーオウと共に起きておき、誰か来たら警戒。

【クエロ・ラディーン】
[状態]: 疲労により再度睡眠中。
[装備]: 毛布。魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾(残り4発)
[思考]: 集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
     魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: サラの目的に疑問を抱く。信頼は得ていると考えている。

【サラ・バーリン】
[状態]: 睡眠中。健康。感染。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、断罪者ヨルガ(柄のみ)
[道具]: 支給品二式(地下ルートが書かれた地図)、変な肉塊
    『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。クエロを警戒。

せつらとピロテースは別行動中です。

501Let's begin a fake farce(1/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:18:48 ID:nPGFhp1g
「……今にも降ってきそうだよね。放送で言ってたのはやっぱり雨のことなのかな」
「おそらくね。どれくらいの強さでどれくらいの時間降り続けるかはわからないけど」
 窓の外は、先程までの青空が嘘だったかのような灰色に包まれていた。
 この曇天だけで終わってくれればいいのだが、あの性格の悪そうな主催者達がそんな甘いもので終わらせることはないだろう。
「わたしたちはここにいるからいいけど……ピロテースは大丈夫かな。
雨の中戦ったりして疲れると、風邪引いちゃうかもしれないし」
「彼女は大丈夫だよ。濡れることは承知で行っただろうし、己の限界はちゃんとわきまえている人だと思う」
 せつらは先程の会議で決まった通り、しばしの休息を取っていた。
 適当にパンをかじって腹を満たしながら、同じく待機中のクリーオウの雑談に付き合うことにした。
 不安そうな顔で仲間の心配をするクリーオウは、しかし一度目の会議のときよりは明るさを取り戻している気がした。
 本来はもう少し快活な少女なのだろうが、この状況では仕方がないだろう。
「そういえば、せつらの知り合いは捜さなくていいの?」
「ん? ああ、大丈夫。あいつらは簡単には死なないから。ほっといていいよ」
「そうなの……?」
 茫洋とした表情を崩さぬまま言った。クリーオウはあまり納得がいっていない不思議そうな顔をしていたが。
 希望的観測ではなく、真実だ。
 メフィストも屍も、このような特殊な状況下には慣れているし、武器がなくとも十分戦える。
 その気になれば、大半の参加者を殺害できる人間だ。奇人や化け物が多いここでも、彼らクラスの者はそうはいないはずだ。
 だが同時に、主催者の言うとおりに動くような人間でもない。
 メフィストはここから脱出する術を考えているだろうし、屍はゲームに乗っている馬鹿を容赦なく消し去っている最中だろう。
 むしろ合流せずに別行動のまま島内にちらばり、このゲームを三方から破壊した方がいい。

502Let's begin a fake farce(2/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:20:04 ID:nPGFhp1g
(まぁ、情報も増えるし会えることに越したことはないけれど……)
 どちらかというと、彼らに匹敵する美姫の存在の方が気になっていた。彼女は危険すぎる。
 おそらく名簿を見てメフィストが対処方法を練っているところだろうが、彼一人ではややつらいかもしれない。
 昼の間に居場所が見つかれば楽なのだが──護衛を一人くらいはつくっているだろう。厄介だ。
「……そっか。信頼してるんだね、その人達のこと」
「そうとも言うね」
 ──信頼って言うよりは絶対的な事実って言った方が近いけれど──そう言葉を付け加えようとして、
「…………っ!」
 ベッドが軋む音と荒い息に混じった呻き声が耳に入り、せつらとクリーオウは部屋の奥へと目を向けた。
 ──身体を起こし、絶望と憎悪を入り交じらせた瞳で虚空を見るクエロがそこにいた。



「……! クエロ、大丈夫!?」
「……ええ、大丈夫。夢見が悪かっただけだから」
 心配してこちらに駆け寄ってきたクリーオウに向けて、クエロは歪んだ笑みを見せた。
 もう少しまともな表情をつくりだすこともできたが、ここは無理に演技をしない方がいいだろう。
(最悪の寝覚めね……)
 ガユスと鉢合わせしたせいか、あの過去の事件のことを夢に見た。
 ──師と仲間を裏切り、そして自分の唯一の望みをも、彼が断ち切った瞬間。
 あの瞬間にすべてが壊れ、すべてが絶望と憎悪へと変わった。
(こんなところで二人を、特にガユスを楽に殺させるわけにはいかない。
彼らのために無惨に死んでいった者達と……私自身のためにも)
 そう心の中で改めて決意し、溢れそうな激情を無理矢理抑えつけた。いつまでも夢に動揺している余裕はない。
「……少し、つらいものを見てしまっただけ。もう落ち着いたわ。心配してくれてありがとう」
 不安そうにこちらを見るクリーオウに対して微笑みをつくった時には、もう平常心に戻っていた。
「身体の方は大丈夫ですか? 精霊力が弱まっている、とピロテースさんが言ってましたけど」
「まだ少し疲れが残っているみたい。激しい動きは多分無理ね。……他の三人は?」
 部屋にはクリーオウとせつらがいるのみ。
 どうやら寝ている間に会議が終わり、皆次の行動に移ったようだ。

503Let's begin a fake farce(3/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:21:07 ID:nPGFhp1g
(少しまずいわね。早めに状況を確認しないと)
 自分がどの程度疑われているのか。その情報を早く得て対策を取らなければまずい。
 ……別行動を取った途端に相手が死に、怪しい──あの弾丸が入りそうな外見をした剣を持って帰ってきた。
 疑念がまったく生じなかったということはないだろう。
 このようなゲームの中で、証拠もなしに相手の話を鵜呑みにすることは(クリーオウのような人間は別だが)ありえない。
 態度や行動によりいっそうの注意を払わねばなるまい。
「恭一とサラは、拾ってきた剣とクエロの剣と弾丸を理科室で調べてる。ピロテースは城辺りの森に行ったよ。
これが話した内容を書いた紙で…………あ、せつら、ちょっと」
 クリーオウの言葉が止まったことに疑問を抱き──今更になって、今の自分の状況に気づく。
「話は後で聞くわ。……せつら、服を着るから、少しの間後ろを向いていてくれると嬉しいのだけど」
 下着しか着けていない胸に毛布を押しつけ、少し顔を赤らめ──させてせつらに言った。

「なら、私はあなたがいない間ここを守ればいいのね」
「はい。休息もかねて。襲撃された場合は無理をせずにみんなで逃げてください」
 服を着、議事録を読み終え地図にメモもした後、せつらに確認を取った。
 紙には議論された内容が簡潔に、しかし要点を欠かさず丁寧に書かれていた。
 嘘は書かれていないだろう。何らかの理由で書く必要があったとしても、すぐクリーオウにばれるので無理だ。
 しかし、何か重要な点が“書かれていない”可能性はある。行動の裏の意味や──ゼルガディスの件について。
「禁止エリアに地下、そして謎のメモ……ね。捜し人は見つからないけれど、この世界に関する手がかりは結構順調に集まってるのね」
「だいぶ楽になりました。特に地下は何かあったときの逃走経路として最適だ。武器が手に入ったことも心強い」
 部屋の隅にあるバケツに目線を移しながらせつらが言った。確かにこれがあれば彼はかなり楽になる。

504Let's begin a fake farce(4/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:22:39 ID:nPGFhp1g
(……私の立場は楽ではなさそうだけれどね)
 胸中で呟く。
 消費された一つの弾丸。議事録の内容から推測される行動。各々の思考と性格。
 それらを材料を元に状況と自らの立場を推測。既に結論は出ていた。
 ────少なくとも、空目とサラにはかなり疑われている。
(律儀に五つすべてを見せたのがまずかったわね。今更悔いてもしょうがないけど)
 支給品の確認時に弾丸をすべて見せたことを後悔する。ゼルガディスに無理に調べられる可能性を危惧しての行動だったが、失敗だった。
 現在ポケットに残っている弾丸はゼロ。一つは消費し、残りの四つは理科室に持って行かれている。
 弾丸をポケットから回収した際に、五つあったはずの弾丸が一つ無くなっていることが二人に気づかれたことは間違いない。
(ここから二人が推測するであろう事象は二つ。偶然落としたか、もしくは剣と合わせて効果を発揮させたか)
 前者は厳しい。
 ──偶然剣を見つけ、偶然それが弾丸と合う剣だった。偶然仇敵がやってきてゼルガディスを殺害し、逃亡する際偶然弾丸を落とした。
 最後の一つと結果以外は本当に事実で偶然なのだが──第三者から見れば怪しいことこの上ない。
 では、後者の場合。
 逃亡手段に使ったとするならば、疑われないだろうか。
 あの剣を偶然見つけ、マニュアルを読む。逃亡手段にすることができる効果を持っていると知る。
 その後偶然仇敵に遭ってしまい、逃げる際にそのマニュアルに記されていた通りに、何らかの逃亡できる効果を発動させた。
(……だめ。事の顛末を説明した時に、そのことをあえて言わなかった理由がない)
 もし言っていたとしても、問題を棚上げするだけだ。
 今はいいが今後窮地に陥り逃亡を強いられた場合、その効果を使えないことが知られると非常にまずい。
 こんなゲームの最中だ。窮地に立たされない確率の方が低い。危険すぎる嘘だ。
 ならばやはり、疑われることは避けられない。

505Let's begin a fake farce(5/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:24:35 ID:nPGFhp1g
(あの剣を偶然見つけ、マニュアルを読む。
自分に支給された弾丸をこの剣に装填することで何らかの現象を起こし──人間を殺害することが出来ると知る。
邪魔者を消せる好機と判断し、不意を討つ。ゼルガディスの反撃を受け精神を摩耗させられるも、なんとか彼を殺害。
──襲撃者の二人は、殺害する前に出会っていた、友好的な赤の他人──もしくは敵意を持たれていない元の世界の知り合い。
“相手を騙し油断させて寝首を掻く”スタイルと言ってしまえば、とぼけられても信用はできない。
……やっぱり、こちらの方が説得力があるわね)
 あの二人ならば、状況証拠からこのような結論に容易に達することができるだろう。
 ゼルガディスのこちらへの疑念は、その素振りから観察眼のある第三者にも見て取れるものだった。動機は十分にある。
 もちろん“確定”にまでには至っていないだろう。情報が少ない。
 だが、相当疑われていることは確かだ。
(一度疑われると完全にそれを払拭するのは難しい。……どう足掻く?)
 現時点では“マニュアルがあった”としか言っていないことが唯一の救いか。
 何をするために弾丸を消費するのか、また、具体的にどういった効果が出るのか──そのことはまだ言っていない。
 “弾丸を消費して咒式を使用可能にする”という真実はまだ隠されている。
 確かに自分はある武器を媒体に“咒式”というものが扱えるということを既に言ったが、それと魔杖剣を繋ぐ線はまだない。
(マニュアルの内容について捏造しなければならない。何ができるのか──何を使ってもいいのかを考えなければいけない。
……雷撃を扱えるというのは隠さないとだめ。
ゼルガディスの死体の切り口を調べれば、強大な熱量で一気に切り裂かれたことがわかってしまう。
地底湖とその周辺を探索に行く予定のせつらが、彼の死体を見つける可能性は高い。
さらに、電磁系以外の咒式は使えない。
高位咒弾は下位互換ができない。今の状況を考慮すれば、電磁系以外の高位咒式は脳を焼き切ってしまう事が容易に想像できる。
残るのは、ただ一つ)

506Let's begin a fake farce(6/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:26:42 ID:nPGFhp1g
 ──電磁電波系第七階位<雷環反鏡絶極帝陣>(アッシ・モデス)。
 超磁場とプラズマを利用した究極の防御咒式。
 能力が制限されナリシアがない今では、本来の展開速度と効果は期待できないが──それでも大抵の攻撃は防ぐことが出来る強力なものだ。
 攻撃咒式がすべて使えないのは痛いが、この場合はどうしようもない。
(そういえば、議事録には“クエロの持ってきた剣と同じタイプの剣の柄を拾った”ともあったわね。
……ナリシアでないことを願うけれど)
 魔杖剣の核は<法珠>と呼ばれる演算機関にあたる部分だが、刃の部分もただ殺傷武器としての機能のみを担当しているわけではない。
 咒印と組成式を描き、咒式を増幅させるために不可欠なものだ。折れれば使い物にならない。
(後は……脳に多大な負担を与えることと発動までに時間がかかることを伝えておく。
そして、魔力のようなものを持っていなければ使えないことにすれば、いける)
 前者を配慮すればクリーオウや空目には使わせないだろうし、後者でせつらも消える。
 ピロテースやサラも、小回りの良さを潰して防御結界に時間を割くよりも、魔術の使用を優先すべきなのは明確だ。
 やることがないのは自分だけだ。
(問題はあの二人自体をどうやり過ごすか。疑念を持っていることは当然隠してくる。
……ならばこちらも、それに気づかれないふりをし続けなければならない。今のところ、彼らを敵に回す利点はない)
 目標はあくまで脱出。
 そのための有能な人材を手放し、敵対しても何一ついいことはない。
(疑いは強い。それでも、まだこちらを利用する価値はあるでしょうね。
──武器を取ってしまえば反抗はできない。そして、今までの行動からして積極的にこのグループが不利になることはしない。
おそらくそう予想されている)
 事実だ。
 自分は彼らを殺すためにここにいるのではない。
 彼らを利用し脱出する──もしくは円滑に殺戮を行う下準備のためだ。
 そして彼らは、こちらに利用されているのを逆手にとって利用してくることだろう。彼らの手中に完全に収められている。
 ──上等だ。

507Let's begin a fake farce(7/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:29:34 ID:0wNbWEVw
(素直に魔杖剣と弾丸を返す気はないでしょうね。何とかこちらをやりこめて、戦力を割いてくることが予想される。
二人──特にサラは手強い。あの無表情からは感情がほとんど読み取れない)
 相当に厄介な相手だ。
 どこで妥協し、どこで踏み込むか。難しいところだ。
(それでもやるしかない。もう舞台の上にあがってしまっているのだから。
劇を上から眺めることが出来る<処刑人>ではなく、物語を自ら紡ぐ者として)
 ならば真実に気づいていない道化を演じ、手のひらの上で踊りきってやろう。
 演技なら得意分野だ。詐術は言うまでもなく。滑稽に騙されてやることも容易だ。
(こんなところで止まっている暇はない。あの二人をこの手で殺すまでは、行動に支障を来されるわけにはいかない)
 くすぶる憎悪を胸に感じながら、胸中で呟く。
 そして、覚悟を決めた。

 ──さぁ、道化芝居を始めましょう。

508Let's begin a fake farce(8/8)  ◆l8jfhXC/BA:2005/08/03(水) 15:30:41 ID:0wNbWEVw
【D-2/学校1階・保健室/1日目・14:30(雨が降り出す直前)】
【六人の反抗者・待機組】
【クエロ・ラディーン】
[状態]: 疲れが残っている。空目とサラに疑われていることを確信
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン6食分・水2000ml)、議事録
[思考]: 疑われたことに気づいていないふりをする。
 ここで待機。せつらが戻ってきた後に城地下へ
 集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
 魔杖剣<内なるナリシア>を捜し、後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)

【秋せつら】
[状態]: 健康。クエロを少し警戒
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』。鋼線(20メートル)
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン5食分・水1700ml)
[思考]: 休息。サラの実験が終ったら地底湖と商店街周辺を調査、ゼルガディスの死体を探す。
 ピロテースをアシュラムに会わせる。刻印解除に関係する人物をサラに会わせる。
 依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]: 刻印の機能を知る。

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 健康
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
 缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。
[思考]: ここで待機。せつらが戻ってきた後に城地下へ
 みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい

※保健室の隅にブギーポップのワイヤーが入った洗浄液入りバケツがあります(血はもうほぼ取れてる)

509天国に一番近い島(1/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:45:48 ID:eLGqWuUQ
 第二回放送の少し前、B-7の地下通路では、二人の男女が相談をしていた。
 EDの指さした地図の一点を見つめ、麗芳が溜息をつく。
「G-8の櫓? なんでまた、そんな逃げ場の限られた僻地を拠点にしたいのよ」
 いぶかしげな様子の麗芳を見て、EDの口元が、笑みの形に弧を描く。
「だからこそ、好都合なのですよ」
「ごめん、判りやすく簡単に説明して」
「そうですね……主催者側が禁止エリアを設置している理由は、何だと思いますか?」
「行動範囲を制限したり、人の流れを作ったりして、参加者たちが逃げ隠れしにくい
 状況を作りたいから、かな」
「僕も同意見です。だから、今、この小さな半島を封鎖しても、あまり効果的では
 ないと思われます。仲間を探す場合も、誰かを殺しに行く場合も、参加者たちは
 半島から離れたがるはずですから。隠れ場所としては良かったのですが、H-6が
 禁止エリアと化したために、逃走経路の選択肢が減り、立地条件が悪化しました。
 もはや、半島地区全域が、ほぼ無人になっている可能性さえあります」
「ああ、そうか。すごく不便だからこそ、安心して休憩できそうだ、ってことなのね。
 半島が本当に過疎地なら、禁止エリアに囲まれる可能性だって低いでしょうし。
 でも、同じように考えた人がいたらどうするの? 人の数が減るまで隠れる作戦で、
 近づく相手だけ襲うような、性格の悪い奴がいるかもよ? ……それも承知の上?」
「ええ。危険は伴いますが、賭けてみるだけの価値は充分にあります。そもそも、
 完璧に安全な場所など存在しませんし、行動しなければ状況は変えられません」
「ここまで念入りに相談したのに、次の放送で半島が封鎖されちゃったら間抜けよね」
「その時は、E-7の森を拠点にしましょう。海と湖で逃走経路が限定されている上に、
 湖と道が近いので、周囲を通過する参加者が多く、隠れ場所としては危険な部類に
 入りますが――誰も隠れたがらなそうな場所だからこそ、隠れられると思います。
 いったん隠れてしまえば、僕らの方が先に、他の参加者を発見できるでしょう。
 ただし、能動的な殺人者に会う確率も高くなります。注意しなければなりません。
 E-7も禁止エリアになった場合は、このまま現在地を拠点にしておきましょうか」
「なるほどね。……ちょっと調べたい場所があるんだけど、行ってきていいかな?」
 麗芳の問いに対して、EDは頷く。彼の手が、再び地図上のG-8を指さした。
「次の放送が終わったら単独行動しましょう。ここを拠点にして、仲間を探すんです。
 そして、第三回の放送が始まる頃に、この場所で合流したいと思います」

510天国に一番近い島(2/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:46:49 ID:eLGqWuUQ
 曇り空の下、仮面の男が、地図と方位磁石を持って歩いている。
(やれやれ、さすがに疲れた)
 EDは今、H-4の洞窟から外に出て移動している。麗芳と別れた後、彼は地下通路を
通ってここまで来た。E-6が禁止エリアになるよりも早く通過できたのは、彼が必死で
全力疾走してきたからだ。E-7からE-5にかけての部分は、都合良く下り坂だった。
けれど、そこから城の地下までは上り坂だったので、楽ができたとは言い難い。
 汗をかいた分だけ、かなり水を消費したが、これは不可抗力だろう。
 城を探索するつもりは今のところなかった。人が集まる可能性が高く、下手をすると
何人もの参加者が殺し合いをしている最中かもしれない、と推測して、素通りした。
 EDは半島付近を、麗芳は島の東端を、それぞれ探索しながらG-8に行く予定だ。
(探している誰かか、あるいは“霧間凪”に会えるといいが)
 “霧間凪”。名簿に記された、EDが関心をもつ名前。それは、人の名であるという
感覚と共に、とある印象を、見る者に与える言葉でもある。
(“霧間凪”――“霧の中の揺るがぬ大気”。“霧の中のひとつの真実”と、何らかの
 縁がある人物なのかもしれない)
 “霧の中のひとつの真実”とは、界面干渉学で扱われる研究対象の一つだった。
界面干渉学は、一言で表すなら、異世界から紛れ込んでくる漂流物を研究する学問だ。
異世界の書物の中には、“霧の中のひとつの真実”と書かれた物もあって、それらに
EDは興味を持っている。要するに、EDは界面干渉学の研究者でもあるのだ。
 胡散臭くて怪しげな研究分野だが、彼らしいといえば彼らしいのかもしれない。
 異世界で造られた銃器も、界面干渉学の研究対象だ。業界用語ではピストルアームと
呼ばれている。研究の過程で、EDはピストルアームの扱い方をいくらか覚えていた。
 無論、彼の手元に銃器がない現状では、まったく役に立たない技能だが。

511天国に一番近い島(3/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:48:45 ID:eLGqWuUQ
 どこからか雷鳴が聞こえてきた。天を覆う暗雲を見上げ、戦地調停士は思案する。
(この天候が、放送で言っていた『変化』なのか?)
 今までに得た情報から、有り得る、と彼は判断した。もうすぐ雨が降るだろう。
(雨の中、体力を余計に消耗してまで、探索を続行するべきかどうか……)
 考え事をしながらも、彼は警戒を怠らない。熟考した末に、EDは決断した。
(まず櫓の周辺を調べて、雨が降りだした時点で探索は中断しておくか)
 確かに、索敵は済ませておくべきだろうが、それで自滅しては本末転倒だ。
 地図と方位磁石をしまい、EDは崖に身を寄せて立った。崖の陰から顔を出し、
草原の様子をうかがう。奇妙な建築物らしき塊がある。地図に載っていない物体だ。
だが、その近くには、変な小屋などよりも気になる存在が倒れていた。
(動かない……あれは死体のようだな)
 細心の注意を払い、もう一度だけ周囲を見回し、EDは少しだけ死体に接近する。
 心当たりのある髪型や背格好などを確認し、仮面の下の唇から、表情が消えた。
 屍の周囲では、草の一部が焦げている。不自然な痕跡が、戦闘行為を連想させた。
 草原に、他の誰かの姿はない。倒れた犠牲者の荷物もない。風の音しか聞こえない。
 しばし、何も起きない時間が過ぎる。EDは動かない。遺体が動きだすこともない。
 やがてEDは、北東の森へ足を向けた。あえて、もう死体には近寄らない。
 殺人者が戻ってくる可能性があった。死体そのものが罠である可能性もあった。
 こつこつと音をたてて、EDの指が仮面を叩く。
(あの死体が、袁鳳月だったとしたら……)
 麗芳は300年以上の歳月を過ごしてきたそうだが、精神年齢は外見通りだった。
そして彼女は、鳳月との関係を「仲のいい友達よ」とだけ言っていたが……。
(恋仲ではなかったろう。けれど、いずれ、そうなるかもしれない相手だったはず)
 優れた洞察力なくして、戦地調停士は務まらない。些細な手掛かりからでも、EDは
他者の心理を読む。己の味方に襲いかかる絶望の、その重さと大きさを、彼は正確に
理解していた。仮面を叩く指先が、かすかに苛立たしげな雰囲気を滲ませる。

512天国に一番近い島(4/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:49:50 ID:eLGqWuUQ
 森へ入って数分後に、EDは他の参加者と遭遇した。
「……こんにちは」
 EDの挨拶に対し、無邪気な笑顔で会釈するのは、傷だらけの強そうな巨漢だ。
 とりあえず交渉の余地はあるようだし、油断させて襲う作戦の殺人者にも見えない。
というか、こんな外見の参加者が現れたら、普通の人間は絶対に油断できまい。
 それに、表層的な部分だけを見て、安易に悪人だと断定するべきではない。殺人者に
襲われれば、争いたくなくても怪我はするし、返り血を浴びることもあるだろう。
(ここで逃走を選んでも、追われれば、おそらく逃げきれない)
 話し合い以外の対応策を、EDは思考の中から切り捨てた。
「僕の名は、エドワース・シーズワークス・マークウィッスルといいます。EDと
 呼んでください。ちなみに僕は、あなたと敵同士になりたくありません」
 EDの自己紹介を聞き、巨漢は満足げに頷いた。心の底から嬉しそうな仕草だ。
「私はハックルボーン。この島で苦しむ者たちを、一人残らず救いたいと考えている」
 とてつもなく純粋な善意が、言葉と共に放たれた。熱く激しい思いは、万人に届く。
他者の心理を読む技術に長けた者が相手ならば、なおさらだ。そして……。
「……素晴らしい。あなたのような人がいて、僕はとても嬉しく思います」
 思いは正しく伝わらない。
「参加者たちは、複数の異世界から集められているようです。中には、未知なる力の
 使い手もいると思われます。闘争を調停し、人材を集めれば、刻印を解除する方法を
 発見できるかもしれません。協力者が多ければ多いほど、成功率は上がるでしょう。
 刻印さえ無効化できれば、皆が殺し合いをする理由は、ほとんどなくなるはずです」
 ハックルボーン神父の尋常ではない信仰心を、既にEDは察知していた。
 だが、それ故にこそ、彼は見極めそこなった。
 偽善によって身勝手さを正当化したがる人間なら、EDは山ほど見て知っている。
だが、ハックルボーン神父は彼らと違う。本気で皆の幸福を願っている。強者も弱者も
善人も悪人も区別せず片っ端から救っていく、正真正銘の聖人だ。それが彼には判る。
 EDの誤算は、神父の救済手段が殺害だった、という一点に尽きる。
「つまり僕の目的は、殺し合いをやめさせることです。同盟を結成し、殺人者たちに
 対抗できる戦力を手に入れるため、今も、こうして活動しています」
 仮面の男が巨漢に言う。命令ではない。懇願でもない。対等な交渉だ。
「ハックルボーンさん。ぜひとも僕の仲間になってください」

513天国に一番近い島(5/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:50:48 ID:eLGqWuUQ
 遭遇者の申し出に、ハックルボーン神父は黙考する。今すぐ神の下へ送るよりも、
まだEDに地上で頑張ってもらった方が、きっと神は喜ばれる、という結論が出た。
 自らの手で救うまで、参加者たちには生きていてもらわねば困る、というわけだ。
 だが、ハックルボーン神父にとって、神に与えられた使命よりも優先される目的は
宗教的に有り得ない。迷える子羊たちを昇天させるために、EDと別れる必要がある。
「私は行かねばならない。こうして話している間にも、誰かが苦しんでいる」
 神父の返答からは、利己や私欲の気配が感じとれない。だから、EDは自分の判断に
疑問を抱かない。神父の情熱が狂信であると、彼は気づけない。
「行動を共にしてほしい、とは言いません。手分けして探せば、他の参加者たちと
 出会える確率も高くなるでしょう。けれど、今ここで、最低限の情報交換だけでも
 しておきたいと思います。構いませんか?」
「手短に頼む」
「では、まず僕の方から話しますので、メモの用意をお願いします」
「記憶力には自信がある」
「そうですか。では……」
 EDは要点だけを簡潔に述べる。鳳月や緑麗など、探している参加者の話もする。
草原にあった死体が鳳月ではない可能性もあったので、鳳月の特徴も説明した。
「……この四人が、僕の探している参加者です」
 EDの話を聞いて、神父は悲しげにかぶりを振った。そのうちの二人は、さっき
昇天させてきたが、彼らの仲間も、あの二人と同じ場所へ送ってやらねば可哀想だ、
という意味の仕草だ。それを見たEDは、また勘違いをして勝手に納得した。

514天国に一番近い島(6/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:51:52 ID:eLGqWuUQ
 続いて神父が、体験談を語る。時間が惜しいという理由で、大部分が省略された。
 刻印を解除する方法は知らないということ。自分の力が弱められているらしいこと。
デイパックの中から頑丈な武器が出てきたのだが、今はもう持っていないということ。
いかがわしい行為をしようとしていた男女を見つけて、たしなめたら逃げられたこと。
湖のほとりで邪悪な怪物と遭遇したので、全力で神の愛を教え、罪を償わせたこと。
その後で何人かと出会い、少し話をしたこと。城に行き、そこで襲撃されたこと。
幽霊と、幽霊に取り憑かれてしまった少女を、救おうと努力したが見失ったこと。
どうやらオーフェンという極悪人がいるらしいこと。気の短い男たちが争いを始め、
それを仲裁しようとしたら、殴られて気絶させられてしまったこと。目覚めた後は、
今度こそ皆を救済しようと決意し、他の参加者たちを探し歩いているということ。
 大雑把に説明しているため、まるで神父が穏当な人間であるかのように聞こえる。
別に、嘘をついてEDを騙そうとしている、というわけでもないのだが。
 こうして、どうにか平和的に情報交換が終わった。仮面の男が、また口を開く。
「ハックルボーンさん。また後で、僕と会ってくれますか?」
 巨漢は無言で頷いた。参加者全員を効率よく救うための手段を、神父は求めている。
EDの同盟が、無力な参加者たちを一ヶ所に集めるだけだったとしても、問題はない。
少なくとも、自分一人で探し回るよりも、参加者たちを昇天させやすくなる。
「それでは、待ち合わせをしましょう。……第四回の放送が始まる頃に、この場所で
 会う、というのはいかがでしょうか? ここが禁止エリアになった場合はこっちで、
 こっちも駄目な時はこちらで、こちらも無理ならこの辺で会う、ということで」
 地図を指さし、EDが提案する。神父は待ち合わせ場所を暗記し、首肯した。
「可能な限り、その時間までに、その場所へ行こう」
「ありがとうございます。それでは、これでお別れですね」
「無事を祈る」
「お気をつけて」
 こうして、神父とEDは、それぞれ別の方角に向かって歩き始めた。

 雨が島を濡らし始めた頃、EDは森の中で地下遺跡を発見していた。
(ここで雨宿りするか、それとも櫓に行くか)
 どちらにしろ、同じくらい危険だった。故に、EDは消耗の少ない方を選ぶ。
 地下遺跡を調べるために、デイパックの中を覗き、彼は懐中電灯を探した。

515天国に一番近い島(7/7) ◆5KqBC89beU:2005/08/20(土) 18:53:12 ID:eLGqWuUQ
【G-6/地下遺跡の出入口/1日目・14:30頃】
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:疲労
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1200ml)/手描きの地下地図/飲み薬セット+α
[思考]:同盟の結成(人数が多くなるまでは分散する)/ヒースロゥ・藤花・淑芳・緑麗を探す
    /地下遺跡を調べる/鳳月らしき死体と変な小屋が気になる/麗芳のことが心配
    /ハックルボーンから聞いた情報を分析中/今後どう行動するか思考中
[備考]:「飲み薬セット+α」
    「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
    「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ
[行動]:第三回放送までにG-8の櫓へ移動
※地下遺跡のどこかに、迷宮へ続く大穴が開いています。


【G-5/森の中/1日目・14:30頃】
【ハックルボーン神父】
[状態]:全身に打撲・擦過傷多数、内臓と顔面に聖痕
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:万人に神の救い(誰かに殺される前に自分の手で昇天させる)を


【B-7/湖底の地下通路/1日目・11:30】
【李麗芳】
[状態]:健康
[装備]:指輪(大きくして武器にできる)、凪のスタンロッド
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1500ml)
[思考]:淑芳・藤花・鳳月・緑麗・ヒースロゥを探す/ゲームからの脱出
[行動]:第二回放送後から単独行動開始/第三回放送までにEDと合流

516 ◆5KqBC89beU:2005/08/26(金) 02:09:05 ID:zKv2G9e2
>>509-515の【天国に一番近い島】は没にします。

517メメント続き◇fg7nWwVgUc:2005/09/02(金) 00:18:09 ID:hNdeEao2
疲弊し、負傷した体が森の中を疾駆する。
彼、ウルペンを突き動かすのはある種の慕情――ひょっとするなら愛とも呼べる類いの――であった。
彼の目前で多くのものが消えていった。
確かだと思うものすら、消えていったのだ。
自分の命すら失い、気付けばこの狂気の島。
もう、何も信じられない。確かなものなど、何もない。
そう感じたからこそ、彼自身もここで命を奪い、奪おうとしている、いや、していた。
だが、先ほどの確かな炎はどうだ!
あの、鮮明で、鮮烈な力の輝きを!!
常に絶対的な力とともにあった獣精霊、ギーアと再びまみえたあの瞬間、彼の中で確かに何かが変わった。
あの精霊ならば、絶対ではないのか?
確かな存在として彼とともにある事ができるのではないか?

しかし…またこうも考える。
自分の思いなど、文字どおり精霊は歯牙にもかけないかもしれない。
深紅の炎を纏ったかぎ爪が己の胴を両断する様を思い描く。
(それもまたいい)
悔いはない。美しい力の前にひれ伏すのなら、それは喜ばしい事ではないか。
実際、彼はミズーに倒された事に関して今も不思議と、憎しみを感じてはいない。
華々しくもなく、互いに疲弊しあった人間同士――そう、彼女は獣ではなかった――の戦い。
それでも彼女の力は美しかった。その時は何故だかわからなかったが。
今ならそれが分かる。
意志の力。
意識を無意識に喰わせた獣の瞬間ではなく、自分で決意し、戦い、選びとって進んでいこうとする力。
(俺にも――あの力が手に入るのだろうか)
姉妹を愛した精霊に、姉妹が愛した精霊に、触れる事ができたなら。
妻を失い、帝都も失った世界を再び愛する事ができるだろうか?

「それ」は動揺していた。「それ」に感情などはないと、「それ」自身も知っていたがそれでも。
「それ」の望みを根本から無為にしかねないイレギュラーが発生したのだ。
イレギュラー、それは排除しなくてはならない。
「それ」は静かに動き出す…

518メメント続き◇fg7nWwVgUc:2005/09/02(金) 00:19:03 ID:hNdeEao2
はた、と意識が現実に戻り、足を止める。
何故か、ここが目的地であると感じたのだ。
禁止区域との境目のほど近く。
視線が自然と境界上の大木の手前、そこの虚空に定まる。
そこにひとひらの炎が見えた。
と、思った瞬間それは一気に増大し、紅蓮の炎を纏った獅子の姿を形成した。
まだ距離は遠いが炎熱が皮膚を焦す錯覚に襲われる。
「獣精霊!」
叫び、彼は一息に駆け寄った。
足を踏み出す毎に気温が上がるのが分かる。
あと数歩。数歩で致命的な熱波の圏内に入る。
その数歩のうちに自分は死ぬだろう。精霊に触れる事もなく。
いや、炎そのものが精霊であるとするなら自分はあの獅子に抱かれて死ぬのかもしれない。
一歩。また一歩。
ふと彼は違和感を覚えた。
あれほどまで激しかった熱気が…消えている?
足を止めて見上げると、獣の深紅の瞳がそこにあった。
そっと右腕をのばす。その時
『若き獅子、そしてあらたな獅子の子よ、お前を認めよう』
脳裏に低く振動するような声。
直感的に、それが目前の精霊のものであると知る。
若き獅子。彼もまた、ある意味あの姉妹を守ってきた。
敵としてなんどとまみえたミズーにたいしてさえ、彼は常にある種の愛情を感じてきたのだ。
獅子の子。今、彼は決意という力を手にしようとしている。
『獅子の子らを守る、それが獅子の務め』
それだけ残して、精霊は鬣を振り上げ、きびすを返した。
のばした右腕には触れさせない。それを許すのは優しさではなく甘さだから。
それを知ってか知らずか、彼は腕をおろした。
精霊が、どこに、何をしにいくのか彼には分かっていた。
獅子の子らを守る。
この狂気を…終わらせる気なのだ。
ゴォオオッ!
と音をたてて精霊の前方の湿った生木が一瞬にして燃え上がる。
まるで戦の前の篝火のようでもある。
訓練された精霊は、戦闘に余計な時間はかけない。
が、それでもこれは精霊の、いや、獅子の意志の現れであった。
力強い後ろ足が大地を蹴る。その一瞬だけで平穏を保っていた地面が赤熱する。
空気が膨張したのか、鐘の音にも似た低音が響き渡る。
それでも炎は彼を焼かない。
その炎はといえば視界の全てを埋め尽くすかのように広がり…
そして消えた。
「…っ!?」
胸の奥が締め付けられるような感情。真実への予感。
光に焼かれた隻眼の視力が回復した時、彼は確かに見た。
儚く舞い散る火の粉の中で、揺れ動く、人を醜悪に模したような奇妙な影。
「アマワァァッァァァアアアアア!」
いったんおろしていた腕を再度振り上げる。
失う事には慣れていた。
しかし、やっと掴んだ、確実なもの、それすら失い感情が崩れ落ちる。
再び甦る想い。
結局は信じるに足るものなど何もなかった!!

影は消える。
火の粉も消える。
だが、一片の火の粉が傷付いた眼の上――妻を見つめ、義妹に奪われた眼の上――
に小さな火傷を遺した。
まるで、消滅する精霊の形見のように。

519メメント続き◇fg7nWwVgUc:2005/09/02(金) 00:19:57 ID:hNdeEao2
【E-7/絶壁/1日目・14:40】
【ウルペン】
[状態]:一度立ち直りかけるが再度暴走。前より酷い。精神的疲労濃し。
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:アマワを倒す。参加者に絶望を
[備考]:第二回の放送を冒頭しか聞いていません。黒幕=アマワを知覚しました。

【E-7/絶壁/1日目・14:30】
【オーフェン】
[状態]:脱水症状。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:給品一式(ペットボトル残り1本、パンが更に減っている)、スィリー
[思考]:宮野達と別れた。クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。

『サードを出ようの美姫試験』
【しずく】
[状態]:右腕半壊中。激しい動きをしなければ数時間で自動修復。
    アクティブ・パッシブセンサーの機能低下。 メインフレームに異常は無し。 服が湿ってる。
    オーフェンを心配。
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:火乃香・BBの詮索。かなめを救える人を探す。

【宮野秀策】
[状態]:好調。 オーフェンを心配。
[装備]:エンブリオ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
    美姫に会い、エンブリオを使うに相応しいか見定める。この空間からの脱出。
 
【光明寺茉衣子】
[状態]:好調。 オーフェンを心配。
[装備]:ラジオの兵長。
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
    美姫に会い、エンブリオを使うに相応しいか見定める。この空間からの脱出。

(E-7の林の木がなぎ倒されています。 閃光と大きな音がしました)
(E-7の木(湿った生木)が燃えていました。数十秒ですが誰かが見た可能性あり)

520メメント続き◇fg7nWwVgUc:2005/09/02(金) 00:21:40 ID:hNdeEao2
以上です。あと、何故か専ブラウザが壊れてしまって繋がらないので、
誰かよろしければ本スレで試験投下した、とお伝え下さい

521我が家族に手向けよ業火 ◆E1UswHhuQc:2005/09/02(金) 00:57:20 ID:2hhtcUkM
 獣精霊が封じられていた檻は、思念の通り道で紡がれた、ただそれだけの寝台に過ぎなかった。
 照らし染める光も、凍て付いた夜もない、隙間でしかない空虚。確立した自我を持っているのなら、そこは確かに退屈なところだった。
 その一方的な閉鎖に満ちた空間から、全方向に広がる空間へ――つまりは外界へ、獣精霊は解き放たれた。
 獣精霊は思考する。焦りを抑えて思考する。
 水晶檻の中で、なぜか聞こえていた放送。そこで呼ばれた――ミズー・ビアンカの名前。彼女は本当に死んだのだろうか?
 答えはない。
 もとより、誰に対しても発していない問いかけに、答えが返って来るはずはない。そんなことは分かっていた。相手のない問いかけに答えが返って来る道理など、この世界にはない。
 答えを望んでいない問いかけに、答えが返って来ないのと同じ様に。
 獣精霊は疾駆する。素早く迅速に疾駆する。
 何をするにせよ、彼女が本当に死んだのであるか、確かめてからでなければ始まらない。
 周囲にいた者達を――黒が目に映える二人を無視して無抵抗飛行路に飛び込み、彼女の元へと馳せ参じる。
 これは容易なことだった。自分に彼女の居場所が分からないということなど、あろうはずがないのだから。
 そんなことは、あってはならない。彼女の――獅子となった獅子の子の居場所が分からないなど、あってはならない。
 獣精霊はうなりを発する。ほんの小さくうなりを発する。
 彼女は既に獅子となった。なのに――死んだというのか?
 だが、今は考える時間などはない。
 時間は限られている。水晶檻は退屈な空虚ではあるが、硝化の森と同等の環境を約束している。硝化の森の無い此処で、自分はどれだけ存在を示していられるのか。それは誰にも分からない。
 急ぐに越したことはない。
 獣精霊は前進する。迷いを棄てて前進する。
 近付けば近付くだけ、嫌な感覚が増していく。だが停滞には意味がない――事実はこちらが確認しようとしまいと、確実にこちらを蹂躙してくる。既に過ぎ去った事柄であるがゆえに、抗いもできない。それが恐ろしくないわけではない。
 唯一ともいえる対抗手段は、信じることだけ。彼女の生存を信じ、先の放送が虚言であったと信じる。裏切られることになろうと信じるしかない。
 獣精霊は発見する。ほどなく順調に発見する。
 無抵抗飛行路から抜ければ、無数の水滴が降り付けてくる。焦燥感から生まれる熱気が幾らかを蒸発させるが、それは湿り気を助長させるだけだった。
 そして、それを見つける。視界を狭める豪雨の中で、それは人為の直立さをもって建っていた。
 とはいえ。
 なにを見つけたわけでもない。簡単に言えば、それはただの建造物だった。力を少し振るえばそれで消え去ってしまうような、脆弱な木と石の集合体。
 ただしそれは――血の臭いに浸されていた。
 これ以上は進めないと、本能が告げている。進んでしまえば彼女への信頼を奪われることになると、奥底に潜む何かが訴えている。
 だがそれでも。

522我が家族に手向けよ業火 ◆E1UswHhuQc:2005/09/02(金) 00:58:11 ID:2hhtcUkM
 進んだ。爪の一振りで扉を打ち破り、建造物の中へ。彼女の元へと前進する。
 部屋が湿気に満ちているのは、雨が降っている為か。それとも、血が溢れている為か。
 部屋の中には三つの死体があった。
 二つは男。一つは女だがミズー・ビアンカではない。
 若干の安堵を手に入れ、すぐにそれが無意味だと知る。三つの死体の存在は、ここで殺戮が行われたことを示している。
 それに、ミズー・ビアンカが巻き込まれていないと、どうやって証明できる?
 体当たるようにして次の扉を抜け、進んだ。進んだだけ、彼女への信頼が奪われていく。
 そしてすべてをうしなった。
 獣精霊は憤怒する。深く悲しく憤怒する。
 大量の血液を流し、壁に寄りかかって事切れている――ミズー・ビアンカの存在の残滓。
 その近くに二つ、少女の死体が倒れていた。そのうちの一つからは、ミズー・ビアンカの血が付着している。
 奪われてしまった。
 大きく、吼える。降り続ける雨水の叫びをかきけすように、大きく、強く、そして哀しく。
 咆吼と同時に広がった爆炎が、周囲を紅蓮に染め上げた。
 赤が呑み込み、紅が切り裂き、朱が渦を巻く。緋色の焚滅が蹂躙し、赫々とした火葬が覆い尽くす。
 雨滴の侵蝕すらをも駆逐する獣の炎勢の前に、全てが焼き尽くされた。
 弔葬の業火が消し飛ばした廃墟は、もはやなにもかもがない。愚かな信頼も、外れた期待も、無為な激怒も、触れ合う距離も、愛を語る言葉すらも。なにもかもが消え去った空隙に、白い灰が積もっている。
 それだけだ。
 炎が静まれば、灰は水の進撃を阻めない。一つの水滴が熱を奪い、二つの水滴が乾きを奪い、三つの水滴が灰であることを奪った。貪欲な激流と交じり合った灰は泥となり、地表と共に何処とも知らぬ処へと流れ去っていく。
 わずかにだけ残っていたすべてが、雨の中に潰えていった。豪雨の中で大きく風が吹き、無数の水滴が舞い散る。
 なにもかもがどうでもよく、一瞥もせずに歩き出した。目的がないのなら、無抵抗飛行路に入る意味はない。雨の中を、噛み締めるように歩いていく。
 ぬかるんだ土を踏みしめ、ただ悔いる。なぜ彼女を死なせてしまったのか。
 降り付ける雨を無視して、ただ怒る。なぜ彼女は死んでしまったのか。

523我が家族に手向けよ業火 ◆E1UswHhuQc:2005/09/02(金) 01:00:52 ID:2hhtcUkM
 後悔。憤怒。それらがない交ぜになれば、哀しみと大差はない。
 どうすればいいのだろう。これから。
 怒りに任せて、この島を焼き尽くすか。獣の業火ですべてを蹂躙し、彼女への手向けとするか。
 そんなことを彼女は望んでいない――それは分かっている。既に居ないのだから当然ではあるが。居たとしても、望むはずがないだろう。
 ふと、空を見上げた。黒の雨雲で覆われた曇天を。
 雨が容赦なく降り注いでいる。陽は雲に隠れ、灰色の闇がそこに横たわっている。
 無数の水滴による雨音は他の音の存在を覆い隠し、隙間なく降り行く水滴は視界を無数の線で埋め尽くす。むせ返るような水の臭いは血の臭いすらも洗い流し、降り付ける水滴の連続が毛皮を濡らす。舌に来る刺激は金属にも似た雨の味。
 そうして。
 獣精霊は決意する。その意味を考えながら、決意する。
 何をするのか。そんなことは最初から決まっていた。
『獅子は――』
 豪雨の中、無尽の雨音を吼声が引き裂き、声が響く。
『獅子の子を守る』
 決意が生まれれば、力が生じる。
 鋭利に研ぎ澄まされた感覚が、『それ』の居場所を探り当てる。同時に、若き新たな獅子の存在も。
 行く。
 戦火を身に纏い、獣精霊は前に進んだ。

【D-1/公民館/1日目・14:55頃】
※公民館が焼失しました。落ちていた物品もほぼ全て焼失しました。

524ホワイト・アウト(白い悪夢)(1/5) ◆5KqBC89beU:2005/09/07(水) 21:47:59 ID:rxWyBrZc
 そこは霧に満たされていた。視界は白く閉ざされて、どこを見ても変わらない。
(これは、夢)
 自分が眠っていることを、淑芳は知覚する。自覚したまま、夢を見続ける。
 数時間の睡眠でようやく回復した体調。慣れぬ術で異世界の宝具を使った影響。
制限された状態で全力の一撃を放った反動。目の前で想い人を殺された動揺。
 記憶が蘇っていく。これまでの出来事を、娘は思い出していく。
(あの後、わたしは気を失って……)
 ここには他者の姿がない。銀の瞳を持つ彼女だけが、霧の中に立っている。
 だが、それでも淑芳は言葉を紡ぐ。聞くものがいると、彼女は気づいている。
「あなたは、何です? 勝手に夢の中へ入ってくるだなんて、無粋ですわよ」
 答える声は、霧の彼方から届けられた。
「わたしは御遣いだ。これは、御遣いの言葉だ」
 どこからか響く断言。年齢も性別も判然とせず、不自然なほどに特徴のない声。
 淑芳は、既に身構えている。不吉な予感が、油断するなと彼女に告げていた。
「御遣い……? 御遣いとは、何ですの?」
「御遣いのことを問うても意味はない。わたしの奥にいる、わたしの言葉の奥にある
 ものこそが本質だ」
「意味が判りませんわ。判るように話す気は、最初からないんでしょうけれど」
 霧の向こうから、声が発せられる。まるで、霧そのものが喋っているかのように。
「わたしは君に、ひとつだけ質問を許す。その問いで、わたしを理解しろ」
 袖の中を探る手が、一枚の呪符にも触れないことを確認し、淑芳は顔をしかめた。
「ひょっとして、わたしたちを殺し合わせようとしているのは、あなたですの?」
「その通りだ、李淑芳」
 一瞬の躊躇もなく、即答が返ってきた。

525ホワイト・アウト(白い悪夢)(2/5) ◆5KqBC89beU:2005/09/07(水) 21:48:59 ID:rxWyBrZc
 真っ白な世界に少女が一人。見えざるものとの対峙は続く。
「……さて、主催者側の親玉が、わたしに何の用でしょう? わざわざ現れたのは、
 挨拶がしたかったからじゃありませんわよね?」
 余裕綽々を気取る口調だ。彼女は必死に虚勢を張っている。
「愛こそが心の存在する証だと、人は言う……わたしは、愛の力を試すことにした。
 参加者の中から、容易く恋に落ちそうな娘を選び、密かに実験を始めた」
 聞こえるのは、昨日の天気でも説明しているかのような、何の感慨もない声。
「…………」
 淑芳の両手が、固く握りしめられて、小刻みに震えだした。
 声は決して大きくなく、けれど、はっきりと耳に流れ込んでくる。
「様々な偶然を操って、君を守り、導いた。強く優しく勇気ある青年を、君の窮地に
 立ち会わせ、助けさせるよう仕向けた。知人の死を哀しむ君は、彼の保護欲を充分に
 刺激したはずだ。誘惑の好機は幾度もあっただろう。邪魔者たちは遠ざけておいた。
 お互いの魅力をお互いに実感させるため、長所を活かせるような状況を作りもした」
「何故……どうして、そんなことを……?」
 愕然とする娘に向かって、ただ淡々と宣告が続けられる。
「愛は奪えないものなのか……それを確かめるために、わたしは愛を用意した」
 淑芳の苦悩を無視して、声は無慈悲に連なっていく。
「もしも愛が奪えないものなら、それはつまり、心の実在が証明されたということだ。
 しかし君は、愛した相手を守ることができなかった。わたしに奪われてしまった」
 侮辱の言葉が、とうとう彼女の逆鱗に触れた。銀の瞳が、虚空を睨みつける。
「いいえ! わたしが憶えている限り、カイルロッド様はわたしと共にあり続ける!
 あなたは何も奪えてなどいない!」
 涙をこぼして激昂する娘を、声は冷ややかに嘲った。
「それは都合の良い錯覚というものだ、李淑芳」

526ホワイト・アウト(白い悪夢)(3/5) ◆5KqBC89beU:2005/09/07(水) 21:49:58 ID:rxWyBrZc
 しばしの間、一切の音が消える。長いようで短い沈黙を、先に破ったのは淑芳だ。
「……平行線ですわね。あなたは、わたしの言葉を信じないのですから」
「錯覚にすがって生きていくというのなら、君の解答に価値はない」
「あなたを満足させるため、この想いを捨てろとでも? 冗談じゃありませんわよ」
「思考の停止は、答える意志の喪失だ。それでは、契約者となる資格がない」
 声が遠ざかっていく。同時に霧が濃度を増す。夢が終わろうとしている。
「李淑芳。君に未来を約束しよう。約束された未来は、既に起こったことなのだ。
 必ず起こる未来ならば、それは過去と同じだ……君は仲間を失っていく……
 もうすぐ、また君は味方を失う……」
 白く塗り潰された夢の中で、淑芳は何かを叫ぼうとして――。

 ――彼女が目を開くと、そこには白い毛皮の塊があった。
「目が覚めましたか」
 よく見ると、毛皮の塊には、笑っているような顔が付属している。犬の顔面だ。
陸が、淑芳の顔を覗き込んでいたのだ。安堵しているのか、単にそういう顔なのか、
いまいちよく判らない。別に、どうだっていいことだが。
「わたしは……」
 ようやく淑芳は、自分が床に寝ていると気づいた。ゆっくり上半身を起こそうと
するが、陸の前足に額を踏まれ、床に押さえつけられる。
「まだ横になっていた方がいいと思いますよ。いきなり倒れて頭を打ったんですから」
 陸の前足を払いのけ、額についた足跡を拭いながら、彼女は言った。
「話したいことがありますの」

527ホワイト・アウト(白い悪夢)(4/5) ◆5KqBC89beU:2005/09/07(水) 21:51:15 ID:rxWyBrZc
 淑芳が語った夢の話を聞き終え、陸は溜息をついた。
「夢の中への干渉ですか。それが事実だとすれば、もう何でもありですね」
「普通の単なる夢だったかも、と言いたいところですけれど、そうは思えませんわ」
 困惑している犬を見もせずに、淑芳は言う。玻璃壇を俯瞰しつつ話しているのだ。
 どこが禁止エリアになるのか判らないため、彼女たちは迂闊に動けなくなっている。
とりあえず13:00寸前まで現在地で待機して、玻璃壇で人の流れを把握してから、
安全そうな場所まで移動する予定だ。ちなみに、カイルロッドを殺した青年は、ここに
戻ってくる様子がない。彼もまた禁止エリアの位置など聞いていなかったはずなので、
何も考えずに彼を追えば、禁止エリアに突入してしまう可能性があった。
「主催者が本当に偶然を操れるとすれば、どうやったって倒せない気がしますよ」
「支給品である犬畜生には、呪いの刻印がないんですから、禁止エリアに逃げ込んで
 隠れていたらどうです? きっと、最後まで生き延びられますわよ」
「あなたらしくありませんね。……『君は仲間を失っていく』、でしたっけ? そんな
 馬鹿げた予言を気にしているんですか」
 視線を合わせないまま、一人と一匹の対話は続く。
「あなたのそういう無駄に小賢しいところ、大っ嫌いですわ」
「そもそも私はカイルロッドの同行者だったんです。あなたの仲間じゃありません。
 こうして隣にいるのは、あなたが心配だから――なんて誤解はしないでください」
 要するにそれは、傍らにいても失われない、と保証する発言だ。
 まったく可愛くない犬ですわね、と淑芳は思った。
「……そんなこと、最初から判ってましたわよ」
「では、そろそろ移動先を検討しておきましょう」

528ホワイト・アウト(白い悪夢)(5/5) ◆5KqBC89beU:2005/09/07(水) 21:53:19 ID:rxWyBrZc
「F-1から南へ向かっている参加者たちがいますわ。おそらく神社で休憩するつもり
 なのでしょう。F-1・G-1・H-1は、しばらく禁止エリア化しないと考えられます。
 どうにかして情報を集めないといけないんですけれど、神社に向かった人たちは、
 殺人者の集団だったりするかもしれません。安易にこの人たちと接触するわけにも
 いきませんわね。でも、利用できる出入口は、神社にしかありませんから……」
「とにかく神社まで行って様子を見るしかない、ってことですか。そうと決まれば
 早く出発しましょう。……何をぐずぐずしているんですか」
「玻璃壇を停止させようとしてるんですけれど、操作を受け付けないみたいで……」
「やれやれ。どうやら、そのまま放置していくしかないみたいですね」
 玻璃壇の前を離れ、淑芳は、カイルロッドの遺体へ黙祷を捧げた。
 彼女の横で、陸は目を閉じ、カイルロッドの冥福を祈った。
 カイルロッドの死に顔は、眠っているかのように穏やかだ。
 短い別れを済ませ、一人と一匹は、格納庫の外へと歩きだす。
 振り返りは、しなかった。


【G-1/地下通路/1日目・13:00頃】

【李淑芳】
[状態]:頭が痛い/服がカイルロッドの血に染まっている
[装備]:呪符×19
[道具]:支給品一式(パン9食分・水2000ml)/陸
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
    /神社周辺にいる参加者たちの様子を探る/情報を手に入れたい
    /夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃しています。『神の叡智』を得ています。
    夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。
    カイルロッドのデイパックから、パンと水を回収済みです。

※カイルロッドの死体と支給品一式(パンなし・水なし)が、格納庫に残されました。
※玻璃壇は稼働し続けています。

529使徒の消滅(1/2) ◆5KqBC89beU:2005/09/09(金) 14:54:15 ID:rxWyBrZc
 薄暗い部屋の中で、古惚けた家具に囲まれて、美貌の男が眠っていた。
 真の名品にしか醸し出せない独特の空気が、男を優しく包み込んでいる。
 彼の傍らには包帯の巻かれた椅子があった。一度は無惨に砕かれたが、尊い犠牲と
適切な処置によって、その芸術品は華麗に蘇ったのだ。
 彼の愛娘は、まるで彼の着席を待ちわびるかのように佇んでいる。
 室内の光景を、もしも絵画に例えるとしたら、題名は「楽園」だろうか。
 静かな場所だ。聞こえる音は、まどろむ美丈夫の微かな寝息のみである。

 何の前触れもなく、壁に掛けられた鏡の中に“それ”が出現した。

 ドラッケン族の剣舞士は、奇妙な気配を感じると同時に一瞬で覚醒してみせた。
意識が状況を把握するよりも早く、右手の五指が剣を掴み、刃の残像を虚空に刻む。
起きあがりながら剣を構え、床を蹴った直後には“それ”の眼前に到達していた。

 びしり。

 刺突が“それ”の眉間を垂直に貫き、蜘蛛の巣に似た形の傷を全身に生じさせた。
 何が起きたのか理解できない、といった顔で、“それ”が鮮血を吐く。
「……ひどい」
 少女の姿をした“それ”は、罅割れた鏡面から戦士を見つめている。
 異界の彼方へと逃げる暇も無く、“それ”は魂砕きに抉られている。
 茫洋とした表情の上にも、血涙に濡れた目の上にも、大きな亀裂が走っていた。
 全身の傷口から血が滲み出し、鏡面を流れ落ちて、赤黒い血溜まりを床に広げる。
 魂砕きの刃に精神を蹂躙され、自身を人の形に留めていた“魔女の血”をも失い、
“それ”は存在を維持できなくなっていった。
 美しい顔を不満そうにしかめて、男が口を開く。
「何だ貴様は? 〈異貌のものども〉の亜種か? 〈禍つ式〉にしては脆弱すぎるが」
 そこまで言って、彼は思考を放棄した。無力な怪物などに、彼は興味を持たない。
「とにかく目障りだ。消え失せろ」
 “それ”を全否定する美声と共に、剣が90度ほど捻られる。
 澄んだ音を響かせて、鏡が砕け散った。

530使徒の消滅(2/2) ◆5KqBC89beU:2005/09/09(金) 15:04:09 ID:rxWyBrZc
 完全に、完璧に、完膚なきまでに破壊され、“それ”は跡形もなく消滅した。


【G-4/城の中/1日目・??:??】

【ギギナ】
[状態]:健康/空腹
[装備]:魂砕き
[道具]:支給品一式、ワニの杖、ヒルルカと翼獅子四方脚座の合体した椅子(今のところ名称不明)
[思考]:食料を探す

※魔女の使徒ティファナが消滅しました。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
すぐに消滅させれば使徒話を通せないかなーと思い、書いてはみたものの
微妙だったので封印してた話です。こんなのでもいいなら提供しますけど、
正直、もっと上手く使徒を消滅させてくれる人を待ってます。

531忘れられた少女の物語(1/4) ◆eUaeu3dols:2005/09/18(日) 19:53:02 ID:vt5D4D06
あなたは彼女を覚えてる?
忘れているなら、思いだしてあげて。
忘れられるのはとてもとても哀しい事だから。
だから、みんなに思いだしてもらうの。
私が殺した少女の事を。

        落ちる先は湖。
         湖には水面。
           水面は鏡。
            鏡は扉。
  扉の向こうに誰が居る?
  扉の向こうに何が在る?

彼女は闇夜で殺された。
彼女は海辺で殺された。
彼女はメスで殺された。

夜は異界が近づく時間。
闇夜に異界が隠れてる。
海は神様が住まう場所。
海に呑まれたお供え物。
メスの用途はなおす事。
裂かれた人の病を癒す。

そして誰か、覚えているか。
殺された少女の名前を覚えているか。

魔女は言う。
「あの子の魂のカタチは『陸往く船のお姫さま』。
 王子様に誘われて陸を進むようになっても、船を降りたわけじゃない。
だって、“彼女こそが船だから”」
――そして船は、海と陸とを橋渡す。

532忘れられた少女の物語(2/4) ◆eUaeu3dols:2005/09/18(日) 19:53:56 ID:vt5D4D06
「あなたが魔女になれなかったのは残念だよ」
其処は異界。
水面の鏡面から飛び込んだ、鏡の異界の何時かの何処か。
澱んだ水の臭いと、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた世界。
「カタチを与えてあげる事さえ遅くなって、本当にごめんね」
ピチャピチャと湿った音がする。
魔女の手首から滴る一筋の紅い血を、白い少女が舐めている。
「ふふ……しばらくはそれで保つかなぁ」
魔女は血を水面に滴り落とした。
水面は鏡。鏡は門戸。血は鏡の世界に滴り落ちた。
門戸は鏡。鏡は水面。血は水面から海へと流れ……
海に呑まれた『陸往く船のお姫さま』へと贈られた。
魔女の生き血はヨモツヘグリ。
なりそこなった哀れな子に、仮の体を与えてあげる。
そうして魔女の使徒が一人生まれた。
――いや、生まれようとしていた。
「…………」
ピチャピチャと音が響き続ける。
白い少女は魔女の手首から血を舐め続け……突然、びくんと痙攣した。
「…………あれ?」
魔女が僅かに怪訝な表情を浮かべ……次に目をまん丸にして驚き、それを理解した。
そして、悲しげに目を細めた。
深い慈悲と哀れみをその瞳に湛え、白い少女を悲しげに、ほんとうに悲しげに見つめる。

「この島では、可哀想なあなた達に仮初めのカタチを与えてあげる事もできないんだね」

魔女の血を飲み、仮初めのカタチを手にいれたはずの白い少女の輪郭が、儚いまでに揺らぎだす。
今さっきまでの様に、その姿が白い塊に還ろうとしている。
魔女の使徒は水子だった。
生まれることさえ出来ないままに、その姿が崩れゆく。

533忘れられた少女の物語(3/4) ◆eUaeu3dols:2005/09/18(日) 19:55:19 ID:vt5D4D06
「あなたのカタチは崩れちゃうね」
「…………」
白い少女は揺らぎながら、微かに笑みを浮かべていた。
それは魔女の使徒の笑み。
必死に与えられたカタチに縋り、生き延びようとするように。
その笑みは少女が本来浮かべられる物ではないけれど、
在り続けようとするこの足掻く意志は、きっと少女の物だろう。
与えられた居場所を離すまいとするこの想いは、きっと少女の物だろう。
「無理だよ。ここでは、無理」
少女の体の揺らぎはどんどん激しくなって……
気づけば彼女の背丈は小柄な詠子の胸ほどになっていた。
足は、膝は、既に白い肉塊へと変貌していた。

「髪をもらうよ」
魔女は魔女の短剣を手に握り、少女の短い髪を、一房だけ切り取った。
「ごめんね。今のわたしに、あなたが帰る場所は作れない」
「…………」
少女の無言は変わらない。いや。
「……イヤ」
白い少女の唇から言葉が漏れだした。
「イヤ! おいていかないで!」
魔女の使徒にもなりそこなった、だから残った、少女の想い。
人になろうにも死んでいて、死者になろうにも在り続けて、
なりそこないとしても不完全で心が残り、魔女の使徒になるにも世界がそれを赦さない。
何処にも居場所が無い少女。忘れ去られた白い少女。
「忘れないで! おいていかないで!」

534忘れられた少女の物語(4/4) ◆eUaeu3dols:2005/09/18(日) 20:10:08 ID:vt5D4D06
「大丈夫だよ」
魔女の言葉は甘く、安らぎに満ちていた。
「あなたはまた死者に戻るけど。覚えている人は居ないけど」
魔女は囁く。
「きっとあなたの居場所を作ってあげる。
あなたのカタチを作って上げる。
 あなたを呼び戻してあげる。
だから心配はいらないよ」

そして、白い少女は今度こそ白い肉塊に成り果てた。
せきそこないは異界に消えて、それは最早死者と等しい。
この世界にいる限り、死者の法は超えられない。

「それにしても、残念だねぇ」
魔女は誰にともなく呟いた。
――“船”を失った魔女の体は、湖の岸に流れつく。
「あなたが力を貸してくれれば、この世界でもあの子を魔女の使徒に出来たのに」
異界はいつしか闇に呑まれ、魔女の心は闇の中で呟いた。
――船を失った魔女の体は、傷付き凍え、弱っていた。
「でもそれがあなたのルールなら、仕方ないことだけど」
返事は何処からも返らない。魔女は一人呟いた。
――魔女の体は吸血鬼達の助力によって、幸運にも救われる。
「ねえ、神野さん」
そこは闇の中。そこは闇の底。そこは闇の奥。そこは闇の淵。そこは――

【D-7/湖/1日目 16:00】
【十叶詠子】
[状態]:夢の中、体温の低下、体調不良、感染症の疑いあり
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:デイパック(泥と汚水にまみれた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣、白い髪一房)
[思考]:夢の中
[備考]:ティファナの白い髪は、基本的にロワ内で特殊な効果を発揮する事は有りません。

535濃霧は黙して多くを語らず 1 ◆CDh8kojB1Q:2005/09/21(水) 20:41:28 ID:fmBZ14cE
「ロシナンテ! フリウ! 何処にいるの?」
 商店街の一角を高里要はふらふらと歩いていた。
(途中まではフリウと手を繋いでたのに……)
 謎の襲撃者から逃れる為、民家から飛び出したのは良かったが、辺りは濃い霧に覆われていて
 3メートル先も見通せない。要達は夢中で走っているうちに散りじりになってしまった。
 今現在、この街には要独り。
 手探りで進む為に、手で触れている商店の壁面はどこまでも冷たい。
 要の脳裏に、開始直後の自分以外誰もいなかった倉庫が浮かんだ。

 ――真っ暗な目の前。
 ――永遠のような孤独。
 ――死への恐怖。

 扉を開いて入ってきたアイザックとミリアにどれだけ元気付けられた事か。
 やたらと強気な潤さんにどれだけ安心させられた事か。
 しかし、三人は約束した時間には帰って来なかった。
 フリウに対して「潤さんは大丈夫だ!」などと言い切ったが、
 彼らとはもう再開出来ない事は理解していた。
 フリウもロシナンテも恐らく分かっているだろう。彼らの身に一体何が起こったのかを。

 ――分かっていても、認めたくない。
 ――あの泥棒二人が、人類最強が、死んだなんて認めたくない。

536濃霧は黙して多くを語らず 2 ◆CDh8kojB1Q:2005/09/21(水) 20:42:41 ID:fmBZ14cE
 気付くと、要は以前訪れた八百屋の近くに来ていた。
 確かここでは、人参スティックを食べたはずだ。
 その後、奥の民家で救急箱を探そうとした時に、二人は「わぁびっくり」のジェスチャーを見せ、
『さすが知能犯のイエロー!』
『イエローロジカルだね!』
『キイロジカルだな!』
『いいから早く探しましょうよ……』
 果てし無くハイな二人の事を思い出すと、少しだけ頬が緩んだ。
(参加者全員を誘拐して、ゲームを終わらすんじゃなかったんですか……?)
 このまましんみりするのはいやだったので、そのまま記憶を遡ってみた。
 
 火を放つ少年と老紳士の決闘。
 鍵を開けるのに便利なグッズを見て喜ぶ泥棒二人。
 放送を聞き、片手で顔を覆う潤さん。
 そして――、
『別れがあれば出会いあり!』
『私たちだっていっぱい別れて悲しかったけど、それ以上にいっぱい出会った嬉しさの方がおっきいもん!』
 天上抜けに明るいカップルの励まし。
(……アイザックさん、ミリアさん、貴方達二人と一緒で本当に良かった)
 
 回想を終えた要は頬を叩いて気合を入れ、
「……頑張ろう」
 勢い良く持ち上げた顔の動きにあわせて長い黒髪が踊る。
 霧で濡れて顔にかかった髪をのけ、湿った空気を吸って、大きく吐き出した。
「ロシナンテ! フリウ! ぼくはここだよ!」

537濃霧は黙して多くを語らず 3 ◆CDh8kojB1Q:2005/09/21(水) 20:43:26 ID:fmBZ14cE
 同時刻。
 殺戮を誓った暗殺者・パイフウは、無人の肉屋の店先でその声を聞いた。

「ロシ……テ! …リウ! ぼ……こ…だ…!」
 仲間を探して彷徨っていると思われる、少年らしき者の声。
 音量と直感からおおよその位置を割り出して、まだ音源との距離が有る事を確認する。
 開いた名簿に“ロシ……テ”なる人物は存在しなかったが、
 “…リウ”は恐らくNo13,フリウ・ハリスコーの事だろう。
 相手は最低でも三人。自分に暗殺技能が有るとはいえ、全員を仕留めるのは容易ではない。
 以前出会った魔女の少女とスーツの少年の事が思い出される。
 昼間と同じ轍を踏むのは危険。故に合流される前に片付けた方が好都合と判断する。
 ならば先手必勝だ。相手の明確な位置が判明し次第、攻撃しなければならない。

 パイフウは名簿をしまい、周囲を確認した。
 向かって右に、抱き合って死んでいる赤い女と筋肉質の男。
 肉屋の中には、首がちぎれた二人の男女。
 他者が存在した形跡は無いので、四人は互いに争って全滅したのだろう。
 彼らの支給品は自分の足元に転がっている。先程まで自分はその中身を探っていたからだ。
 そして、
「ほのちゃんのカタナ……」
 パイフウは、首を失った女の手から一振りのカタナを取り上げた。
 血糊が刀身の半分近くまでこびり付いているために、
 切れ味は随分と落ちてしまっているだろう。
 しかし、身になじんだカタナが有るのと無のとでは火乃香の実力に大きな差が出る。
 幸い刀身自体は傷ついてはいない。
 火乃香と出会った時に手渡すために、それを自分のデイパックに突き刺しておいた。

538濃霧は黙して多くを語らず 4 ◆CDh8kojB1Q:2005/09/21(水) 20:44:18 ID:fmBZ14cE
 その時、
「ロシナンテ! フリウ!」
 再び少年の声が聞こえた。
 音源との距離はおそらく30メートル前後。位置は肉屋を挟んだ向こうの通り。
(……霧が濃くて銃撃は不可能。一撃で仕留められる距離まで接近するしかないわね)
 幸い濃霧で相手も視覚は死んでいるはずだ。音さえ消せば背後を取れる。
 しかし、パイフウが向こうの通りへ移動しようと、肉屋の横の路地へと歩を進めた瞬間に、
「要しゃんの声がしたデシ!」
「要! あたしはこっちだよ!」
 少年がいる反対方向から返事が返ってきた。
 恐らく少年の仲間だろうとパイフウは察する。
(歩行音は聞こえない……まだ距離が有るわ。今ならまだ姿を見られずに殺れる)
 仲間が来ようとも全く障害は無い。
 このまま濃霧に乗じて少年を襲撃し、その死体を隠して待ち伏せするだけだ。
 だが次の一声を聞き、その打算は崩れることとなる。
「何だか血の臭いがプンプンするデシ。大丈夫デシか、要しゃん?」
(この距離で気付かれた?)
 かなりの嗅覚だ。相手は亜人種か強化人間の類かもしれない。
 これでは姿は見られないまでも、臭いで正体がバレる可能性が高い。
 万が一逃亡されると、今後の奇襲に支障をきたす。
 そう判断したパイフウは計画を取り止め、一時機会を待つ事にした。

「ぼくは無事だよロシナンテ。……たぶん血の臭いは八百屋の近くのお爺さんの物だと思う。
あの人が死ぬところをアイザックさん達と見たんだ」
「そうデシか。とにかく要しゃんが無事でよかったデシ」
「途中まであたしの横を走ってたのに。どこに行ってたの?」
 合流した少年達はパイフウの存在に気付かなかった。
 運良く自分の周囲の死体の臭いと遠くにある死体の臭いとを勘違いしたようだ。
 しばらく談笑した後に、
「あたしはやっぱり移動したほうが良いと思う」
「潤さん達が待っててくれてるかもしれないしね……」
「……一番近いのは学校デシ」

 行動指標を定めた三人は、最後までパイフウに気付かぬまま行ってしまった。
 しかも彼らの会話は筒抜けであり、パイフウは三人の内で最も場慣れしているのは、
 フリウ・ハリスコーなる少女だと推測した。
 更に嗅覚の優れているロシナンテ(フリウはチャッピーと呼んだ)は会話から
 しゃべれる犬だという事も判明した。
 風下から霧に紛れて接近すれば一撃離脱戦法での各個撃破は可能だろう。
 だが、問題が無いわけではなかった。
(学校で“潤さん”が待ってるって言ってたわね……)
 学校まで直線距離にして数百メートルしかない。
 短時間で三人。気付かれること無く無力化するのはかなりハードだ。
「……」
 パイフウは無言でデイパックを肩にかけると、霧に溶け込むかのように走り去った。
 肉屋には、物言わぬ死体が残された。

539濃霧は黙して多くを語らず 5 ◆CDh8kojB1Q:2005/09/21(水) 20:45:07 ID:fmBZ14cE
【C-3/商店街/1日目・18:00】

『フラジャイル・チルドレン』
【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 健康
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし 包帯
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mm・缶詰などの食糧)
[思考]: 潤さんは……。周囲の警戒。
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。


【高里要(097)】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mm・缶詰などの食糧)
[思考]:二人が無事で良かった。 とりあえず人の居そうな学校あたりへ
[備考]:上半身肌着です


【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]:前足に浅い傷(処置済み)貧血 子犬形態
[装備]:黄色い帽子
[道具]:無し(デイパックは破棄)
[思考]:三人ともきっと無事デシ。そう信じるデシ。
[備考]:回復までは半日程度の休憩が必要です。



【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(ほぼ回復・休憩しながら処置)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(ウィザーズ・ブレイン)
火乃香のカタナ(ザ・サード)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す
    3.フラジャイル・チルドレンの暗殺
[備考]:外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。


[備考]:肉屋の周囲にアイザック・ディアン、ミリア・ハーヴェント、ハックルボーン、
    哀川潤の死体と支給品(火乃香のカタナを抜かした)が転がっています。

540懲りない彼女修正案  ◆MXjjRBLcoQ:2005/09/24(土) 22:29:16 ID:pBSSTsig
少し遅くなって申しわけないです。
懲りない彼女後半(港町のくだりから)の修正案を出します。ご指摘待っています。

 さて、場面移してここは港町である。
 ドッグからも中心街からも比較的離れた南部の住宅街、ここにもやはり人影は見えない。
 建売の住宅が疎らに並び、木造漆喰の平屋と融合している様は、実に懐かしき田舎島の情景といえる。
 だだ家々に明かりは灯らず、犬猫だけが町を闊歩する様は、耳を澄ませば終末の気配が聞こえてきそうだ。
 そんな町の一角で、煌煌と照らす蛍光灯の元、再生機から教育シリーズ日本の歴史DVD第一巻を第二巻へと
差し替える影があった。
 誰かは語るべくもない。
 ドイツはグローワース島が領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵である。
 西へと赴くEDと別れた後、彼は手分けをする意味だろうか、先ほどの港町に舞い戻ってきたのであった。
 収穫は無かった。光不足を考えれば骨折り損とも言える。
 すでに赤銅髪の青年は去っていた。港の南部は死体ばかりが目立った。
 14:30を過ぎ、雨は銀河をひっくり返したように降り注いだ。
 黒い空に、光は一篇たりとも望めなかった。
 そこに至って彼はそれ以上の行動を全て放棄した。すなわち雨宿りである。
 幸いにも住宅は生きていて、電気も水道も、電波やガスさえその営みを止めていない。
 コンロはひねれば紅茶が沸かせた、リモコンを押せば心地よい音楽が流れる。
 ゲルハルト城には及ばないながらも、島のなかでは群を抜く快適空間であった。
 ディスクの入れ替えはほどなく終わった。子爵の念力がスイッチをたたく。
 がしょん、と音を立ててDVDが飲み込まれた。そして、
 がしょん、と音を立てて、わずかに遠くで雨戸が閉まった。
 子爵はあわてた風もなく、付けたばかりのDVDとテレビを止めた。
 照明を落とせば、雨戸の閉められた隣家から、わずかに光が漏れていた。
 明かりをつけた住宅は誘蛾灯、つまりはそういうことであったのだ。
 荷物を放置し、子爵はおもむろに窓を開けた。
 無風であった。
 彼ははしばしその場に立ち竦んだ。
 この豪雨の中に隠れ潜む、邪悪と静寂を感じているのだろう。
 不吉の気配、とでも言うものが、虚空に深く根付いている。
 空はいよいよ重く、あるいはこの雨は、それらを押し流そうといているようにも見える。

541懲りない彼女修正案  ◆MXjjRBLcoQ:2005/09/24(土) 22:31:04 ID:pBSSTsig
 さて、隣家は比較的大きなもので、軒下には宿の文字があった。
 窓は多くが規則正しく並んでおり、影がそれらを順にめぐっている。部屋を検めているのであろう。
 子爵は玄関を避け、裏口から三和土へと回り込んだ。裏には給湯器が起動しているのか、かすかに熱気が漂っていた。
 三和土はよくよく使い込まれており、かすかに煤と魚の臭いが残っている。
 そこを上った先は八畳間となっていた。おそらくはダイニングとして使われていたのであろう。
 背の低いテーブルが中央に鎮座し、そしてその上に少女が一人。
 見知らぬ少女であった、意識はなく、しかしその幼い顔に笑みは絶えない。
 ふむ、と小さく血文字が浮かび上がった。小波のように揺れるそれには、逡巡の色が濃く映る。
 子爵の知覚は魂を見る。少女の深淵を覗き見たのかもしれない。
 いまださざめく子爵は、その手をそっと少女に伸ばし、足音を捕らえて三和土へとさがった。
 あたりを見渡すように蠢いて、竈の中に隠れこむ。
 乱入者は女であった。
 ふむ、とふたたび文字が浮かぶ。
 女は子爵の見知らぬ、しかし心当たりのある者だった。
 ロザリオをした長身の女。吸血鬼。子爵の聞いた特徴に符合する。
 と、その間にも、女はリビングを離れ、すぐに浴衣とタオルを抱えて戻ってきた。
 電子音が響いた。風呂の合図である。
 女は膝を突き、横たえた少女そのカーディガンの裾に手をかけた。少女の細い腹と、形のよい臍が覗く。
【まぁ、待ちたまえ】
 それは紳士としてか、決意の表れか。子爵は女の眼前へ姿を現した。
 女は果たして、この現象をどう捉えたのであろうか? 
 腰を落とし少女を抱き上げあたりを警戒し周囲を探る様は、その事実を知るものには滑稽ですらある。
 子爵はさらに呼びかけた。
【落ち着きたまえ、ここに余人はいない、そして、私は隠れてなどいない。これが、この血液が! 私の現身である。
 信じる信じないは君たちの自由だが、私にはこの身体しか意思伝達の手段がないのでね、しばし辛抱してくれたまえ。
 いずれ理解にも達しよう】
 漆喰の壁すら赤い液体、子爵にとってはノートである。
 その筆術はいかなる技か、文字配列の緩急が、その大小が、女に会話の錯覚すら与る。
【いや、驚かせてすまなかった。私はドイツはグローワース島が前領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵!
 市政こそ既に委ねたが、21世紀も今なおかの地に君臨する紳士であり、ご覧のとおり吸血鬼である! 
 いや、すまない冗談だ】
 女の柳眉が釣りあがるよりも早く、子爵は次の言葉を言い放った。
【まぁ、君の同胞であることも元領主の身分も真実だがね】
 その言葉に、幾分落ち着きを取り戻したのか、女はしかししかと少女を抱えて、子爵と対峙した。
 もっとも、彼は他人の警戒を歯牙にかけるような男でもない。優しく諭すのみである。
【私は紳士だ。暴力に訴えるような真似ははしない。最も、この身体ではそれも叶わないが……
 とりあえず、私は君が血を吸うことも、配下を増やすことも咎めるつもりはないことを理解してほしい。
 君より遥か昔に生を受け吸血鬼となり、それから数百年の時を生きてきた、
 中には奇麗事の言えない時代を過ごしたこともあったとも】
 血液が、ふ、と細く伸びる。おそらく、それが彼の「遠い目」なのだろう。
『表情』は一刹那に消え、血文字がすぐに、先ほどと同じ調子に紡がれた。
【ともあれ私が君に望むことはそう多くない。繰り返すが私は紳士で、吸血鬼だ。
 いかに君が多くの者の血を吸ってきたとしても、私はそれに干渉する気はない!】
 そこで子爵はその言葉を止めて、少女の手に触れる。
 少女の肌にその赤は、不吉なほど良く映えた。
【だいぶ冷えているね、早くしたほうがよいようだ。一つでいい、質問をすることを許して欲しい。
 他は君達の湯浴みの後にしよう。
 なに、そう難しいものではないよ、あるいは答えてくれなくてもそれは一向にかまわない】
 あごに手を当てるような仕草、一拍の間、そして
【貴女は佐藤聖嬢で間違いはないかね?】

542懲りない彼女修正案  ◆MXjjRBLcoQ:2005/09/24(土) 22:33:19 ID:pBSSTsig
【D-8/民家/1日目/16:00】
【Vampiric and Tutor】

【十叶詠子】
[状態]:体温の低下、体調不良、感染症の疑いあり
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:デイパック(泥と汚水にまみれた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣)
[思考]:???

【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力大幅向上)、シャナの血で血塗れ、
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
    詠子の看病(お風呂、着替えを含む)
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
首筋の吸血痕は完全に消滅しています。
16:30に生存が確認(シャナの吸血痕健在)されています。

【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:光不足
[装備]:なし
[道具]:なし(隣家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている
    聖にどこまで正気か? どこまで話すべきか?
[補足]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    この時点で子爵はアメリアの名前を知りません。
    キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。

543魔女の見る夢【虚像庭園】前半 ◆eUaeu3dols:2005/09/30(金) 01:59:15 ID:3ksTxgaA
――そこは夕焼けの学校。
「ねえ、キョン」
「なんだよ」
SOS団の部室で、涼宮ハルヒがキョンに唐突な言葉を放つ。
「退屈よ! 最近、何か変な事って無いの?」
「……そんなもん、ほいほい転がってるわけないだろ」
うんざりした様子でキョンが答える。
「みくるちゃんも何も知らないわよね?」
「は、はい。何も知りません」
矛先が向いた事に少しびくつきながら、朝比奈みくるが答える。
「古泉、有希。あんた達もなんか見つけてないの?」
「知らないな」
「同じく」
「そう、なら仕方ないわね」
――『古泉』と『長門』が答え、ハルヒは何事もなく矛先を下ろした。
キョンは何か違和感を感じ、二人を見やった。
「……何か?」
『長門』がキョンを見つめ返し、尋ねる。
「……いや、なんでもない」
何か気に掛かる様子で、しかしキョンも引き下がる。
――誰も気づかない。そういう風に決められた世界だから。
「はい、お茶をどうぞ」
「みくるちゃん気が利くじゃない。えらいえらい」
「朝比奈さんいつもありがとうございます」
「ああ、ありがたい」
「頂こう」
三者三様の返事が返り、またもキョンと、今度は朝比奈みくるも怪訝な顔をした。
「どうしたのよ?」
「…………何でもない」「……なんでもありません」
「…………?」
問い掛けたハルヒも問い掛けられた二人も首を傾げた。
――そしてすぐにそれを忘れた。

「あー、それにしても退屈ね。なんでこんなに退屈なのかしら」
涼宮ハルヒがカレンダーを見やる。
――行事の少ない6月の初めという月日が書かれていた。
期末テストは有っても、わざわざ詰め込む必要がない、あるいはする気が無い者に無関係な時期。
「……やっぱりここは、あたしが直々にイベントを起こすしかないようね!」
――時計の短針が5時を指す。
「明日にしろ。今日はもう下校時刻だ」
「……それもそーね。プランを考える時間も必要だわ。
 それじゃ、明日は召集掛けるからよろしく!
 今日は解散!」
SOS団は帰宅を始める。
――そこに時間の意味は無い。明日も来ない。

「では、また」
帰宅途中の分かれ道で『長門』はSOS団の皆と別れて、自宅へと歩く。
歩き、歩き、自分の住むマンションに辿り着き、エレベーターで階を上がると、
通路を歩き、自分の住む部屋の前に立ち、鍵を開け、扉を開けて――

「それにしても奇妙な世界だった。興味深い」
舞台裏で、サラ・バーリンは長門有希の配役を脱ぎ捨てた。

サラ・バーリンは闇色の荒野に立っている。
振り返ると、そこには明らかに周囲の光景とは隔絶した、箱庭世界へ繋がる扉が在った。
扉を閉めると扉は消えて、そこに在った世界は見えなくなった。

544♪なんにも出来ないバット愚神礼賛♪:2005/10/05(水) 23:07:10 ID:vVvnnpSU
「♪めーめー目ー さんずい つけたら 泪なの──♪」
ここは名も無い地下道です。
ドクロちゃんは脱水症状からも復活して陽気に歩いていました。
まったく井戸に落ちたり流されたりしたのに元気ピンピンです。この天使。
え? 僕は誰かって?
僕は背景たる地下道の壁です。
自慢じゃないですが、堅牢長大にて地下水豊富、完全無欠で将来有望な壁です。
さあ僕を殴<ごがあぁん!>
あいててて………
今度はシームレスパイアスで、何かの民族の踊りのような動きをし始めたドクロちゃんが勢いあまって僕の体の一部を粉砕したようです。
僕の一部は数百の細かい破片に変形、ドクロちゃんの周りに飛び散りました。
こらドクロちゃん! 僕を撲殺しようとしたら駄目だよ!
ええ僕はさっき見ていたのです。僕の友のイド君がドクロちゃんに撲殺、粉砕されているところを──!
「♪せめせめ責め〜る さんずい つけたら 漬けるなの──♪」
僕は親友のエド君の分まで生きますとも! 僕は凄く大きいので部分部分を破砕した程度では死にません。
流石に全体の5割以上破壊されると僕でも危険な状態になります。その点でも全面破壊されないように注意せねば!
しかし僕の"壁神経超融合"により判別した結果、このままではドクロちゃんは1人の青年と対面します。
さらになんと彼は強力な殺人者のようです!
僕はなんとかドクロちゃんに注意を呼びかけたいところですが、悲しいかな僕は壁。喋る口はついていません。
不本意ながら僕は何も出来ないまま殺人者とドクロちゃんとの対面を静観しなければなりません。
ドクロちゃん、どうか死なないで──!

545♪なんにも出来ないバット愚神礼賛♪:2005/10/05(水) 23:08:51 ID:vVvnnpSU
「あれ?」
ドクロちゃんがついに青年と対面しました。
彼の名前はアーヴィング・ナイトウォーカー。武器は強力な対戦車狙撃銃を持っています。
どうか何事も無く、少しの会話を済ませて分かれますように──!
「お兄さん、だぁれ?」
明らかに常人の姿ではない彼にドクロちゃんは無邪気に話しかけます。
もうドクロちゃん! よく見てよ、銃で撃たれてるっぽい怪我に左腕がフックだよ!?
「え、あぁ…君は?」
「もぉ──っ質問に質問で返しちゃ駄目だよ♪」
「そう…だね。俺は──」
「ボクは三塚井ドクロ! ドクロちゃんって呼んでね!」
「え?」
ああああ! もうこのアホ天使! 話を問答無用で進めたら駄目でしょっ!
僕は何もできずこの青年が修羅モードを発動させないかハラハラ見ています。
「お兄さんはこんなところで何をしてるの?」
「俺は、ミラって女の子を探してるんだけど…君は知らない?」
「ミラちゃん……? うーん知らないような知らないような……」
知らないんじゃないかい!
僕の音速ツッコミも誰にも聞こえないと少々切なくなります。
「知らないのか……なんでどこにも居ないんだろうな……」
"壁神経超融合"が彼から立ち上る異様なオーラを感知しました! ドクロちゃん逃げて!
あああ! もうこんなときにこの天使は呑気に顎に手をやって名探偵おうムルみたいな表情をしています!

546♪なんにも出来ないバット愚神礼賛♪:2005/10/05(水) 23:09:42 ID:vVvnnpSU
「どうしてだろう……」
「うん! よく分からないけど、困ってるならボクが手伝ってあげるよ──」
その瞬間、殺人者の手に凶悪な対戦車狙撃銃が出現しました! ドクロちゃんは気づいてません!
「そしてこの愛の天使によってめぐり合った2人は!」
<ばぁん!>爆竹一箱を一点集中させたような破裂音と共に音速の弾丸がドクロちゃんの体めがけて放たれました──
いつの間にかシームレスパイアスを握ってたドクロちゃんは目を閉じながら自分の演説に聞き入ってます!
しかしその演説の手振りなのでしょうか、ドクロちゃんが音速を超越する速度でバットを振りました。
<かきぃぃん!>
丁度その振られたバットが狂気の弾丸にジャストミート。弾丸は半ば形を変形させつつ近くの僕の体に突き刺さりました!
岩盤を突き破った弾丸は僕の体内で瞬時に分解、あたりの地質に豊富な鉛と鉄分を加えて消えました。ビバ鉱物資源。
「あれ、おかしいな……なんで死なないんだろう」
<ばぁん!><ばぁん!><ばぁん!>連続で狂気の凶器がドクロちゃんの体を血の華に変えようと襲いきます。
「2人は! 愛し合う2人は! 出会い、無事の再開を喜んで抱き合い!」
<ぎぃん!><かっ!><びしっ!>ドクロちゃんは再び全てを弾きます。しかもは弾いている本人は状況を理解していません。
彼女は脳内で展開されてるスペクトルに熱中です。この危険極まりないソニックブーム発生させているスイングなど言わばオマケ!
それらを全て左手一本でやってのけるのがドクロちゃんの脅威です。腕相撲したくないランキングがかなり高いです。
一方ドクロちゃんに弾丸を弾き返された彼は何の不幸か、対戦車狙撃銃に跳ね返った銃弾が直撃しました。
発射された初速以上の速度で跳ね返ってきた銃弾は狙撃銃を完全粉砕、さらに暴発まで起こして彼の唯一の右手を吹き飛ばしてしまったのです!
「あ、あぁ…う、痛、い……」
「そしてその後2人は! もう──お兄さんのえっち!」
ドクロちゃんがはぢらいから3m前にいる両手を失った青年に向かってシームレスパイアスを投げつけました。
エレベーターでブザーが鳴ると真っ先に睨まれそうなバットは、ミサイルのように青年に頭に一直線!
「────」
思わず先端が水蒸気爆発を起こすほど加速したバットは有無言わず空間ごと青年の頭を<がうん!>と消滅させました。
青年の頭が明らかに元より質量が少ないパーツに分かれて、シームレスパイアスは僕の体こと壁に根元まで突き刺さりました。
最後に彼は何か言おうとしていました。しかしそれは大気を切り裂き、生命を一瞬で有機的な肥料に変えてしまう一撃に阻まれて聞こえませんでした。

547♪なんにも出来ないバット愚神礼賛♪:2005/10/05(水) 23:10:42 ID:vVvnnpSU
「あ、ああ──! ごめんなさいっ!」
青年は完全に肩の上が無くなり、時々筋肉の収縮で動くスプラッタな物体に変わってしまいました。
ドクロちゃんは壁に突き刺さったバットを片手で引きずり出します。痛てててててて! もっと優しく!
突き刺さってたシームレスパイアスには傷一つついてません。恐らくドクロちゃんの天使パワーでしょうか。

「ぴぴるぴるぴるぴぴるぴー♪」

ドクロちゃんがバットをチアリーダーのようにくるくる回転させ魔法の擬音を唱えます。
しかし魔法の擬音の効果は、突き刺さった僕のクレーターを治しただけで、頭部が完全に消失している彼の死体はぴくりともしません。
それどころか彼の飛び散った死肉と血漿から新しい生命が、植物の芽がぽこぽこ生えだしました。
「あれぇー? 何でかな?」
もう忘れたの!? ドクロちゃんの天使の不思議パワーが弱まってるし、それはエスカリボルグじゃないでしょ!
「どどど、どうしよう! このままじゃお兄さんの体から妙に色の赤い花が咲いちゃうっ!」
そもそも天使力の弱まった今じゃあ完全復活させるのは無理じゃあ……
ちょっと待てっ! 復活させられないドクロちゃんって、ものすごくデンジャラス。
彼女は愛用のバットが何でも出来ちゃうバットじゃないことを思い出して納得したような顔になりました。
「ボボボク、エスカリボルグ探してくるからお兄さんちょっと待ってて!」
ドクロちゃんはシームレスパイアス軽々担ぎ上げて、今度は勢いよく走り出しました。
しかし以前負傷した左足のせいで思いっきりすっ転びます。
「きゃうん! いたぁ──い……もぅ桜君ボク初めてなんだからもっと優しく……」
意味不明な寝言を呟きつつドクロちゃんは歩き出しました。
どうやらさっきのぴぴるで傷がまた少し塞がったようです。天使の異常な回復力も加担しているのでしょうか。
僕はその場に残された哀れな青年の死体に黙祷を数秒捧げ、意識はドクロちゃんを追い始めました。

──これは、ちょっぴりバイオレンスだけど悪気のない天使ドクロちゃんが繰り広げる、愛と親切さと少しバトルロワイヤルな物語。

548♪なんにも出来ないバット愚神礼賛♪:2005/10/05(水) 23:11:47 ID:vVvnnpSU
【E-1/地下通路/1日目・14:40】
【アーヴィング・ナイトウォーカー:死亡】残り72人

【ドクロちゃん】
[状態]:左足腱は、歩けるまでに回復。
     右手はまだ使えません。
[装備]: 愚神礼賛(シームレスパイアス)
[道具]: 無し
[思考]: エスカリボルグを探さなきゃ!

549懲りない彼女 修正  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/06(木) 12:29:04 ID:pBSSTsig
かなり遅くなりましたが、懲りない彼女の修正版です、後半部を以下に差し替えてください。

 さて、場面移してここは港町である。
 ドッグからも中心街からも比較的離れた南部の住宅街、ここにもやはり人影は見えない。
 建売の住宅が疎らに並び、木造漆喰の平屋と融合している様は、実に懐かしき田舎島の情景といえる。
 だだ家々に明かりは灯らず、犬猫だけが町を闊歩する様は、耳を澄ませば終末の呼び声が聞こえてきそうだ。
 そんな町の一角で、煌煌と照らす蛍光灯の元、再生機から教育シリーズ日本の歴史DVD第一巻を第二巻へと
差し替える影があった。
 誰かは語るべくもない。
 ドイツはグローワース島が領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵である。
 手分けをする意味だろうか、西へと赴くEDと別れた後、彼は先ほどの港町に舞い戻ってきたのであった。
 収穫は無かった。エネルギーの残量を考えれば骨折り損とも言える。
 すでに赤銅髪の青年は去っていた。港の南部は死体ばかりが目立った。
 14:30を過ぎ、雨は銀河をひっくり返したように降り注いだ。
 黒い空に、光は一片たりとも望めなかった。
 適当な住宅へと侵入し、彼はそれ以上の行動を全て放棄した。すなわち雨宿りである。
 幸いにも住宅は生きていて、電気も水道も、電波やガスさえその営みを止めていない。
 コンロはひねれば紅茶が沸かせた、リモコンを押せば心地よい音楽が流れる。
 ゲルハルト城には及ばないながらも、島のなかでは群を抜く快適空間であった。
 そして現在に至るという具合である。
 ディスクの入れ替えはほどなく終わった。子爵の念力がスイッチをたたく。
 がしょん、と音を立ててDVDが飲み込まれた。そして、
 がしょん、と音を立てて、わずかに遠くで雨戸が閉まった。
 子爵はあわてた風もなく、付けたばかりのDVDとテレビを止めた。
 照明を落とせば、カーテンの閉められた隣家から、わずかに光が漏れている。
 明かりをつけた住宅は誘蛾灯、つまりはそういうことであったのだ。
 荷物を放置し、子爵はおもむろに窓を開けた。
 無風であった。
 豪雨の中に隠れ潜む邪悪と静寂が、子爵をその場に押しとどめた。
 不吉の気配、とでも言えばいいのであろうか、圧倒的な存在感が虚空に深く根付いていた。
 彼ははしばしその場に立ち竦む。
 空はいよいよ重く、あるいはこの雨は、それらを押し流そうといているようにも見えた。

550懲りない彼女 修正  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/06(木) 12:29:53 ID:pBSSTsig
 さて、隣家は比較的大きなもので、軒には宿の文字があった。
 窓は多くが規則正しく並んでおり、足音がそれらを順にめぐっている。何者かが部屋を検めているのであろう。
 子爵は玄関を避け、裏口から三和土へと回り込んだ。裏では給湯器が起動しているのか、かすかに熱気が漂っていた。
 三和土はよくよく使い込まれており、かすかに煤と魚の臭いが残っている。
 そこを上った先は八畳間となっていた。おそらくはダイニングとして使われていたのであろう。
 背の低いテーブルが中央に鎮座し、そしてその上に少女が一人。
 見知らぬ少女であった、意識はなく、しかしその幼い顔に笑みは絶えない。
 ふむ、と小さく血文字が浮かび上がった。小波のように揺れるそれには、逡巡の色が濃く映る。
 子爵の知覚は魂を見る。少女の深淵を覗き見たのかもしれない。
 いまださざめく子爵は、その手をそっと少女に伸ばし、足音を捕らえて三和土へとさがった。
 あたりを見渡すように蠢いて、竈の中に隠れこむ。
 乱入者は女であった。
 ふむ、とふたたび文字が浮かぶ。
 女は子爵の見知らぬ、しかし心当たりのある者だった。
 長身の女。吸血鬼。胸ポケットには火傷を避けるためか、ハンケチーフで包れたロザリオ。
 子爵の聞いた特徴に符合する。
 吟味の間も、女は忙しそうに動き回った、廊下を行ったりきたり、そして浴衣とタオルを抱えて戻ってきた。
 電子音が響き、女が後ろを振り仰いだ。風呂の合図である。
 女は優しくかつ邪に笑った。膝を突き、横たえた少女そのカーディガンの裾に手をかける。
 少女の細い腹と、形のよい臍が覗くいた。
【まぁ、待ちたまえ】
 子爵の赤がその上を走る。
 それは紳士としてか、決意の表れか。子爵は女の眼前へ、ついにその姿を現した。
 女は果たして、この現象をどう捉えたのであろうか? 
 腰を落とし少女を抱き上げあたりを警戒し周囲を探る様は、その事実を知るものには滑稽ですらある。
 子爵はさらに呼びかけた。
【落ち着きたまえ、ここに余人はいない、そして、私は隠れてなどいない。これが、この血液が! 私の現身である。
 信じる信じないは君たちの自由だが、私にはこの身体しか意思伝達の手段がないのでね、しばし辛抱してくれたまえ。
 いずれ理解にも達しよう】
 漆喰の壁すら赤い液体、子爵にとってはノートである。
 その筆術はいかなる技か、文字配列の緩急が、その大小が、女に会話の錯覚すら与る。
【いや、驚かせてすまなかった。私はドイツはグローワース島が前領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵!
 市政こそ既に委ねたが、21世紀も今なおかの地に君臨する紳士であり、ご覧のとおり吸血鬼である! 
 いや、すまない冗談だ】
 女の柳眉が釣りあがるよりも早く、子爵は次の言葉を言い放った。
【まぁ、君の同胞であることも元領主の身分も真実だがね】
 その言葉に、幾分落ち着きを取り戻したのか、女はしかししかと少女を抱えて、子爵と対峙した。
 もっとも、彼は他人の警戒を歯牙にかけるような男でもない。優しく諭すのみである。
【私は紳士だ。暴力に訴えるような真似ははしない。最も、この身体ではそれも叶わないが……
 とりあえず、私は君が血を吸うことも、配下を増やすことも咎めるつもりはないことを理解してほしい。
 君より遥か昔に生を受け吸血鬼となり、それから数百年の時を生きてきた、
 中には奇麗事の言えない時代を過ごしたこともあったとも】
 血液が、ふ、と細く伸びる。おそらく、それが彼の「遠い目」なのだろう。
『表情』は一刹那に消え、血文字がすぐに、先ほどと同じ調子に紡がれた。
【ともあれ私が君に望むことはそう多くない。繰り返すが私は、おせっかいと無干渉を身上とする紳士で、吸血鬼だ。
 いかに君が多くの者の血を吸ってきたとしても、私はそれを責める気も罰する気もない!】
 そこで子爵は言葉を止めて、少女の手に触れる。
 少女の肌にその赤は、不吉なほど良く映えた。
【だいぶ冷えているね、早くしたほうがよいようだ。一つでいい、質問をすることを許して欲しい。
 他は君達の湯浴みの後にしよう。
 なに、そう難しいものではないよ、あるいは答えてくれなくてもそれは一向にかまわない】
 あごに手を添える仕草、一拍の間、そして
【貴女は佐藤聖嬢で間違いはないかね?】

551懲りない彼女 修正  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/06(木) 12:34:12 ID:pBSSTsig
【D-8/民宿/1日目/16:00】
【Vampiric and Tutor】

【十叶詠子】
[状態]:体温の低下、体調不良、感染症の疑いあり。外見的にもかなり汚い。
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:デイパック(泥と汚水にまみれた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣)
[思考]:???

【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力大幅向上)、シャナの血で血塗れ、
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
    詠子の看病(お風呂、着替えを含む)
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
    首筋の吸血痕は完全に消滅しています。
16:30に生存が確認(シャナの吸血痕健在)されています。

【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:ややエネルギー不足、戦闘や行軍が多ければ、朝までにEが不足する可能性がある。
[装備]:なし
[道具]:なし(隣家に放置)
[思考]:聖にどこまで正気か? どこまで話すべきか?
    アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている
    EDらと協力してこのイベントを潰す/仲間集めをする
    3回目の放送までにEDと地下通路入り口で合流する予定 
[補足]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    この時点で子爵はアメリアの名前を知りません。
    キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。

552 ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/06(木) 12:55:58 ID:pBSSTsig
貼る場所間違えました、ほんとに申し訳ないです。

553霧の町 黄昏の道 ◆685WtsbdmY:2005/10/08(土) 16:50:47 ID:sgEbU7iY
「今度は、手を離さないで」
「…はい」
 差し出した手を握る少年の手を握り返し、フリウは歩き出した。
(あたしが、守らないといけないんだ)
 潤さんはいない。
 チャッピーはもとより、要が戦えるとは到底思えない。
 自分が硝化の森に初めて入ったのは十二の時。互いの身の上話などはしていないが、少年の年齢がそれにすら届かないことは容易く知れた。
 おそらく、十かそこらといったところだろうか。
(四年前くらいかな…)
 ふと、自分が少年と同じ年のころを思い出そうとしてみた。しかし、その記憶はぼんやりとかすみのようなものに覆われていて、いくら覗き見ても判然としない―まるで、今の自分たちの姿のように。
 それよりも、
 父に守られ、初めて森に足を踏み入れたあの日からの二年間。追いつくことのない背中。
 “殺し屋”ミズー・ビアンカとの出会い。自分が壊し、サリオンにつれられて後にした故郷。
 牢からの脱出。差し伸べられた手。二人旅。狩り。
 精霊使い、リス・オニキス。彼に導かれて進む帝都への旅。
 そして…精霊使いになった夜。
 それらの情景が、浮かんでは消えていく。
 あの、近いようで遠い日々、自分は誰かに守られてばかりだった。
 けれど、今は違う。自分は、もう、泣くことしかできない子供ではない。
 ならば、一人の精霊使いとして…
(あたしは、あたしの役目を果たす。潤さんたちが戻るまで、二人のことはあたしが守る)

554霧の町 黄昏の道 ◆685WtsbdmY:2005/10/08(土) 16:52:26 ID:sgEbU7iY
(…汕…子)
 触れた指の感触は、自分にもっとも近しい者の名を想起させた。
(…傲濫…驍宗さま)
 驍宗。一度その名が浮かんでしまうと、わきあがる思いを抑えることはできなくなった。
 異常な状況に対する恐怖、孤独、死への不安、他者への気遣い。
 そういったもろもろの感情の下に隠されていた―いや、むしろ無意識のうちにおしこめていたのかもしれない―思いが、踏み出す一歩ごとに要の中で形をとり、大きく膨れ上がり始めた。
 悲嘆ではない。ただひたすらに驍宗の元に帰りたい、帰らなければいけないという強い意志、ただそれだけに体の全てを支配される。
 …帰らなければ。
 でも―。

  要の額の一点―そこには麒麟の妖力の源たる角がある―に集まった熱は、得体の知れない何かに阻まれ、形をとれずに霧消する。
 
 どうやって?

  髪も、服も、空気も。湿って重くなり、体にまとわりついてはなれない。

555霧の町 黄昏の道 ◆685WtsbdmY:2005/10/08(土) 16:53:32 ID:sgEbU7iY
 名を呼ぶ声に、要はあわてて顔を上げる。いつのまにやら足が止まっていたようで、連れの二人が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「どしたの? 何かあったの?」
「ごめんなさい。なんでもないの」
 こちらを見上げる子犬にも、大丈夫だよ、と声をかける。
 二人ともそれで納得ができたわけではないのだろう。しかし、問い詰めても無駄だと判断したのか、それ以上は何も聞こうとしなかった。
 フリウはかすかな苛立ちや、気遣い、そういった思いのない交ぜになった表情を浮かべると、要の顔から視線をそらした。
「じゃあ、行くよ。学校はすぐそこだし」
 言って、歩き出した。その手に引かれるようにして、要もまた歩き出す。

 要は深く息を吸って、吐き出した。そうすることで、気持ちを落ち着かせる。
 帰還への意志は、一向に消えることなく心の中に残っていた。しかし、一度明確に認識してしまえば、それによって周囲の状況を忘れてしまうということもない。
 たとえ一時といえど、立ち止まり、連れをも危険にさらしたことを要は恥じていた。
 自分は何もできない。それでも、自分のために。そして、ここで出会えた人々の気持ちに応えるために、しなければならないことがある。
 だからこそ、「頑張ろう」と気持ちを固め、行動に移した。それなのに、先程は…。

 戦うことのできない自分のために、二人をこれ以上の危険にさらしてはいけない。

556霧の町 黄昏の道 ◆685WtsbdmY:2005/10/08(土) 16:54:39 ID:sgEbU7iY
「わっ!! とっと」
 フリウしゃんが声を上げて、ボク、後ろを振り向いたデシ。フリウしゃん、要しゃんがいきなり立ち止まったから前につんのめっちゃったんデシね。
「要?」
「要しゃん? どうしちゃったデシか?」
 前に回り込んでボクが聞くと、要しゃんも気づいたみたいデシ。一瞬きょとんとした顔をしてボクを見ると、フリウしゃんの顔を見上げるデシ。
「どしたの? 何かあったの?」
「ごめんなさい。なんでもないの。…大丈夫だよ、ロシナンテ」
 こっちを向いて、ボクに声をかける要しゃん。けど、顔色もあまり良くないし、なんだか心配デシ。
「じゃあ、行くよ。学校はすぐそこだし」
 フリウしゃんがそう言って、また歩き出すのについてくデシ。
 さっきは要しゃん、いきなり立ち止まっちゃって、ちょっとビックリしちゃったデシ。
 本当は学校までもう少しかかるはずデシ。危険が危なくはないみたいデシけど、気をつけなきゃデシ。
 …あれ?なんか変デシ。
 さっきの人来たとき、ボク、何にも気づかなかったデシ
 もしかして悪い人じゃなかったんデシか?ボク、よくわかんないデシ。
「チャピー、そこにいる?」
「はいデシ」
 周りは、霧で真っ白デシ。暗くなってきてるし、きっと、要しゃんのむこうを歩いているフリウしゃんからだと、ボクのことよく見えないんデシね。
 ずっと前にもこんな霧見たことあるデシ。その時は朝だったデシけど。
 あれは…たしか、復活屋しゃんのところに行く途中だったデシか?
 …
 …
 アイザックしゃん、ミリアしゃん、潤しゃん。
 これでお別れだなんて…ボク、いやデシよ。
 ボク、あきらめないデシから。

 だから、必ず待っててくださいデシ。

557霧の町 黄昏の道 ◆685WtsbdmY:2005/10/08(土) 16:59:06 ID:sgEbU7iY
【C-3/商店街/1日目・17:59】 

『フラジャイル・チルドレン』 
【フリウ・ハリスコー(013)】 
[状態]: 健康 
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし 包帯 
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧) 
[思考]: 潤さんは……。周囲の警戒。 
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。 


【高里要(097)】 
[状態]:健康 
[装備]:なし 
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧) 
[思考]:二人が無事で良かった。 とりあえず人の居そうな学校あたりへ 
[備考]:上半身肌着です 


【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】 
[状態]:前足に浅い傷(処置済み)貧血 子犬形態 
[装備]:黄色い帽子 
[道具]:無し(デイパックは破棄) 
[思考]:三人ともきっと無事デシ。そう信じるデシ。 
[備考]:回復までは半日程度の休憩が必要です。

558霧の町 黄昏の道 ◆685WtsbdmY:2005/10/08(土) 16:59:46 ID:sgEbU7iY
なお、時間は本スレッドPart6.315〜320の「濃霧は黙して多くを語らず」の最後の段落。もしくはそれとその前の段落との境界部分です

559危険に対する保険 ◆685WtsbdmY:2005/10/09(日) 15:04:29 ID:pSQa79Ko
―エリアC-4
 霧の中を歩く、小さな影があった。
 民族衣装である毛皮のマントを羽織ったその姿は、見もまごうことなくマスマテュリアの闘犬―ボルカノ・ボルカンその人だった。

 さて、彼はなぜこんなところにいるのだろうか?
 奇矯な男をどうにかあしらい、偶然発見した  から外に出た後は、とりあえずG-4あたりの森に潜伏していた。
 しかし、彼は不屈の―というより懲りない―男だったため、地図に商店街という文字を見て何か金目のものでも無いかと見に行くことを決心したのである。
 昼過ぎ、雨が降り始める直前にE-5に移動。D-5周辺では罠に引っかかりもしたが、たまたま知人特有の頑丈な頭蓋骨に滑って軽傷ですんだ。
 雨が降っている間も森の中を移動し、暗くなるまではとD-4で出て行くのに都合のよさそうな時間を待った。
 実は、結果的に神父と似た経路を、大きく寄り道をしつつ後から追う形になっているのだが、当の本人には知る由も無い。
 その後は、霧が出てきたところで森を抜け商店街に向かったのだが、方向を見失ってこのあたりに来てしまったのだ。

560危険に対する保険 ◆685WtsbdmY:2005/10/09(日) 15:05:11 ID:pSQa79Ko
霧のむこうに、ボルカンは黒い、大きな影を見た。
 近づいてみると、それはソファ、冷蔵庫、机など。雑多な家具や調度品でできた小山だった。
 どうやらすぐそこのビルから投げ落とされたものらしく、落下の際の衝撃で破壊されているものもいくつかある。
 何を思ったか、ボルカンはそれをよじ登り始めた。少々の運動の後に頂上にたどり着く。そして、
「はーはっはっはっはっはっはっはっは」
 哄笑する。特に意味はない。
 意図していたのかいないのか、西の方角を向いていたので、霧さえ出ていなければ夕日を正面から浴びていたことだろう。
「はっはっはっは…は?」
 と、そこでボルカンは笑うのをやめた。何か物音が聞こえてくるような気がしたからだ。
 耳を澄ますと、ふもっふぉふぉふぉ、と聞こえるが、くぐもっていていまいち判然としない。
「これは俺様の声ではないが、ここには俺様しかいないのであるからして、つまりは俺様の声ということに…」
 ボルカンはそこで言葉を止めた。いつのまにやら不気味な音声(?)はやみ、それに変わって足元からは激しい振動が伝わってくる。
「うむ、地震か!? まずは机の下に隠れろ!!」
 頭上に何もないのに机の下に隠れる必要など当然ないのだが、いつもならその辺を指摘するはずの弟は、彼のそばにはいない。
 そして…突然

561危険に対する保険 ◆685WtsbdmY:2005/10/09(日) 15:05:54 ID:pSQa79Ko
「ぬおおおおおおっ!!」
 足元で起こった爆発に、家具の残骸と一緒くたになって宙を舞う。しばしの空中散歩の末に、頭から地面に突き刺さった。
 その逆転した視界の中央―先ほどまでボルカンの立っていた場所―で何者かがゆっくりと立ち上がるのが見えた。
 “それ”は、ふもふぉ…、と何かをつぶやきかけたが、一瞬動きを止めると全身に力をこめる。
 すると、ぼろぼろになったベルトやら金属部品やら、かつて“ポンタ君”と呼ばれしものの残骸がはじけ飛んだ。
 そして…
「おのれ、あの非国民め!!このあたくしを突き落とすだけでは飽き足らず、頭上から塵芥まで降らすとは、無礼千万、売国朝敵、欲しがりません勝つまでは!!
 けれど正義の味方は死ななくてよ。をほほほほほほほほ」
 着ぐるみの残骸の中から青紫色の巨大な影が姿を現した。本人は「正義の味方の美しき復活」と思っているようだが、傍から見ればまるっきり「大怪獣出現!!」である。
 なお、彼女の身にまとうチャイナドレスは最高級の絹で織られている。そのため、哀川の置き土産である細菌兵器は文字通り単なるプレゼントと化し、疲労の回復のみを彼女にもたらした。後は右腕さえ完治すれば万全の状態である。
 謎の怪物の哄笑を聞きながら、ボルカンは勢いよく跳ね起きた。
「貴様!! この民族の英雄、マスマテュリアの闘犬ボルカノ・ボルカン様を吹き飛ばし、あまつさえ地面に突き刺すなど、言語道断問答無用!! 霧吹きで吹きかけ殺されるのが必定と…」
 どうやら、妙な対抗心を起こしたらしい。支給品のハリセンをつかみ、(元)小山の上の影に向かって吼える。
 しかし、怒鳴られたほうはまったく表情を変えず、ボルカンに向かって歩き出した。身の丈は約190センチ。重量にして優に100キログラムを超える巨体が、ハリセンを構える身長130センチそこそこの地人族の少年の前に立ちはだかる。
「…ええと…当方としましては…つまり…」

562危険に対する保険 ◆685WtsbdmY:2005/10/09(日) 15:10:32 ID:pSQa79Ko
「ふんっ」
 最初の勢いはどこへやら、口ごもるボルカンを無視して怪物―天使のなっちゃんこと小早川奈津子―は鼻から息を吹き出した。
 同時に左腕を突き出し、下から掬い上げるようにしてボルカンの顔面を打つ。
 比喩ではなく殺人的な威力の拳がボルカンの顔面にめり込み、彼は再び宙へとたたき上げられた。
 身長の数倍に相当する距離を垂直に移動し、同じだけの距離を落下する。
 その体が地面に届かないうちに頭部を蹴り飛ばされ、ボルカンは大地に転がった。
「をっほほほ。マスマテュリアだかマンチュリアだか知らないけれど、大和民族の誇りに敵う訳は無くてっよ」
 そして、ひとしきりあの奇っ怪な哄笑をあげると自分の姿をしげしげと見回す。
「さてと。この身を守る鎧も壊れてしまったことだし、なにか武器が必要だわね」
 言って、何か武器になりそうなものでもないかと、先程自分が蹴り飛ばした相手の元に向かう。
 ボルカンを足元に見下ろして小早川奈津子は眉を顰めた。霧のせいでそれまで分からなかったが、足元に転がっているオロカモノは生きていた。
 熊すら一撃で葬り去れるような打撃を二度も頭部に受けているというのに、首の骨どころか鼻すら折れていない―もっとも、さすがに額が割れて血が流れ出るくらいのことはしていたが。
 使えそうな武器が何もないことを見て取ると、小早川奈津子はそのまま歩き出そうとして、そこで、動きを止める。
 もう一度ボルカンを見下ろして考え込むようなそぶりを見せた。
 その目が怪しく光る。


 一方、危険に対する保険その一といえば、自分を待ち受ける運命も知らず、ただひたすらに気絶していた。

563危険に対する保険 ◆685WtsbdmY:2005/10/09(日) 15:11:16 ID:pSQa79Ko
【C-4/商店街/1日目・17:30】 

『天使のなっちゃん無謀編(つまりは日常)』 
【小早川奈津子(098)】 
[状態]: 全身打撲。右腕損傷(殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する)生物兵器感染  
[装備]: コキュートス 
[道具]: デイバッグ(支給品一式)  
[思考]: これは使えそうだわさ。をほほほほ。 
[備考]: 約10時間後までになっちゃんに接触した人物も服が分解されます
     10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
     感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します

【ボルカノ・ボルカン(112)】 
[状態]: 頭部に軽傷。気絶。 
[装備]: かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)  
[道具]: デイパック(支給品一式) 
[思考]: ・・・・・・ 
[備考]: 生物兵器感染。ただしボルカンの服は石油製品ではないと思われるので、服への影響はありません。

564坂井悠二  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/09(日) 21:54:27 ID:pBSSTsig
「では、君も日本から来たというのかね?」
「ああ。いや、アメリカかもな。テキサスはヒューストン、ER3の本拠だ」
「えっとER3はともかく、その前は京都にいたんですよね」
「いや、神戸のような気もするな、とにかく出身は日本だぜ」
「気もする、か。ずいぶんとご大層な記憶力だね。一度脳の手術をすることをお勧めしよう。二度と忘れ物に悩まれずにすむ。
 で、IAIは知らないと? 私が企画したこのまロ茶もかね?」
「そんな個人情報だだ漏れの面白製品にはお目にかかったこともねぇよ」
「ふふふ、これも愛故に、だよ」
「佐山さん、胸押さえてますけど、大丈夫ですか?」
 あーだこーだと15分。情報交換に始まり、診療所から設備の一部を失敬して、現在は腹ごしらえの最中である。
 食卓の大部分は少年の持ち物であったものだ。
 佐山の視線の先では、藤花が黙々とメロンパンを頬張っている。
 気丈さというよりあの少年の人格の影響だろう、と佐山は思う。
 そう、階下にはまだ少年の亡骸が散乱している。そして食事は血の着いたディパックから取り出したものだ。
 縁とは不思議なものである。
 荷物を検めたおりに、佐山は二枚の地図を見つけていた。魔女の手紙と彼の遺書だ。
 IAI缶詰はなくなっていた。
 一つ食べて捨て置いた可能性もあるが、もし彼がその全てを食べたのだとしたら。
「勇者だ」
 きっと先天的に脳の欠陥があったのだろう。佐山は同情と敬意をもって呟いた。
「いや、いきなり誰がだよ」
 心持ち怪訝な顔で突っ込む零崎を、佐山は手振りでこちらの話だ伝える。
「なに。なんでも美味と感じるのはすばらしいことだと思ってね、私は真っ平だとも。
 ともかく、これからの指針を確かめたい。先ずは行動か、留まるかだ」
「留まる、てのが引っかかるな、じっとしてるのは性にあわねぇ」
 零崎は辟易と答える。
「私もここにいるのはちょっと……」
「だろうね」
 そこで佐山は言葉を止めた。
 盗聴はすでに話してある。ここはこちらの意図を嘘と真実で図られないことが肝要だろう。
 現に彼は零崎君に殺された、まだ即殺害のレベルではない。
 佐山は決定した。
「さらにここで一つの選択がある。さて、この地図を見てほしいのだが」
 佐山は古びた地図をテーブルの中央に差し出し、みなの注目を確認し裏返した。
「下の彼の遺書だ。これによると彼は人間でなく、さらには世界脱出の鍵となりうるらしい。
 常識的にみると……誇大妄想も甚だしいね。自分を特別だと直感する思春期特有の症状が見て取れる」
「へ、俺にしてみればあんたもご同類だぜ」
「零崎君、茶々を入れるのはやめてくれ給え。中心は唯一つの特異点なのだよ。私が特別でない理由が見えない」
 やれやれと佐山は首をすくめた。
「話を戻してよいかね。特別なのは彼ではなく、彼がその身に蔵するといっている「零時迷子」と呼ばれる秘宝だそうだ。
 突拍子もない話だが、魔女が現れ、殺人鬼が誘拐される世界だ。もし彼が真実を言っている場合を考えよう。
 彼の仲間に会ったときもあわせて、このことは格好の交渉材料と成り得る。手放すのは愚かだと私は思ってるのだが」
 佐山の顔が零崎を向き、藤花を向き、
「皆の意見を聞きたいね」
 反り返るように椅子へ身を預けた。
「あの」
 おずおずと、藤花が手を挙げる。
「男の子一人って、結構重いと思うんですけど」
 遠慮がちな彼女に、佐山はあくまで不遜に答える。
「それぐらいは考慮の内だよ、藤花君。こう見えてそれなりに鍛えている。血液の抜けた高校男子程度なら問題ない。
 零崎君も異存はないかね?」
「異存はな、しっかし誘導癖といい戯言といい、どっかの欠陥製品そっくりだぜ」
「私にそっくりという表現を用いるのはやめてもらいたいね、私と本人の両方に対する侮辱だよ。
 賠償金は100万でも足りないな。次があれば、現実に帰還した際には法廷に持ち込ませてもらうので覚悟してくれたまえ。
 ともかく我々の目的は人と会うことだ、消耗を避けるて屋内に避難している者を探そうと思う」
 佐山の指が地図の上に止まり、港町を中心にぐるりと円を描く。
「もう一度聞くが異存はないかね」

565坂井悠二  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/09(日) 21:55:20 ID:pBSSTsig
 人体がぶちまけられた部屋というのはとにかくひどい匂いがするので一発でわかる。
 明かりを見つけ、たどり着いたのは診療所。
 ベルガーの言葉に幾分落ち着きを取り戻したのか、シャナもベルガーを待って診療所のドアを開けた。
 現場というのはいつだって陰惨なものだ。
 採血をひっくり返したというのならどれほど安心できるだろう。
 曲がりそうになる鼻を押さえて、まだ彼は白い壁へと背を預ける。
「ゆう、じ、」
 呟いて、シャナは血の海に足を踏み入れ、うつむいた。
 何かがごろりと転がった跡が、彼女の目の前に空白として残っていた。 
 たまらないな、首を振ってベルガーは、壁から身を起こし、奥へと向かう。
 入り口とは対照的にきれいなままな覗いた休憩室を横目に覗き、診察室へ。
 そこには明確に捜索の痕跡があった。棚の空け方、不要物の扱い、手本どおりの捜索が行われたかがよくわかる。
 調べれば何かの痕跡はつかめるだろうがなにぶん時間がない。
 ポケットの中で携帯をもてあそびながら、ベルガーは待合室へと引き返した。
 途中、もう一度、休憩室を覗く、ゴミ箱は空、テーブルも椅子も自然な行儀よさで並んでいる。
 何となしに、休憩室に入って、ベルガーは気づいた。
 生活臭が、それもほんの数分前まで食事を取っていたような濃密なそれがあった。
 ベルガーは待合室へと身を翻す。 
 シャナは未だ立ちすくんでいた。
 ベルガーは拳を握り締める彼女の横に屈み、指を血溜まりに、すぅっ、と走らせた。
 血はわずかな粘性を持って、彼の一刺し指を朱に染める。
「シャナ、よく見ろ」
 ベルガーが指と指をこすり合わせて見せる、まだ乾ききっていない血液が、指全体に広がった。
「近くに誰か『存在』しないか?」
 シャナも彼の発言の意味を理解する。
「いる、近くで、ここから離れてく」
 頷き、ベルガーは外に出て、エルメスを押して戻ってきた。とスタンドを立てて固定する。
「あれ? お留守番?」
「そうだ。追うぞ、シャナ。俺の後ろ、『存在の力』がわかる程度に離れて追ってきてくれ」
 シャナが眉をひそめる。
「尾行するの? なんで?」
「何も情報がないからだ。悠二は無事か否か、無事でないとすれば大集団か小集団か、戦力規模はどれぐらいか。
 襲撃者に備えてわざと分進している釣りの可能性もある」
 さすがに君が暴走することのないように、とは言わない。
「始終事項ってやつだね」
「二重尾行だ」
「そう、それ」
 告げて、ベルガーは携帯を取り出した。短縮を押してセルティを呼び出す。
 コール10回。
「もしもし?」
 出たのはリナだった。
「リナか? 例の悠二の痕跡を見つけた。これから追うので少し遅くなる」
「え、ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
「なんだ?」
「あ、えーと、どれくらいかかる?」
「わからん」
「わからんって、あんたはストッパーなんでしょ、その辺わかってる? ちゃんとその自覚はあるの?」
「君の言いたいことはわかる。が、リナ=インバース、果たして」
「あぁっ、もうわかってるわよ、君なら彼女を止めれるか? ていうんでしょ」
「違うな」
 ベルガーはちらりと横目にシャナを捕らえる。
 疲弊こそしているものの、彼女の頭は先ほどより冷えているように見える。
 今も少しでも情報を引きずり出そうと考えてるように見えた。
 彼女は土壇場で冷静さを取り戻しつつあった、よく訓練された証左である。
 もしかすると悠二に対する感情も、依存というより信頼に近いものだったのかもしれない。
 それらを踏まえてベルガーは応えた。
「俺は彼女を止める不利益を言っている。ここで連れ帰ることはできるがそれで果たしてその後に結束は保てるのか?
 俺の目的は安全の確保などではなく、このゲームからの脱出だ。必要とあらば時には危険な橋も渡る。
 それは君も同じだと思っていたのだが」
 リナが無言を返す。
「では切るぞ、頃合を見てまた連絡する」
 通話を切って、ベルガーは携帯をポケットにねじ込んだ。
「そうだ、血があるんだ」
 と、シャナが唐突に閃いた。
「悠二はトーチなのにこんなに大量の血液が残るなんておかしいのよ」
 シャナと悠二のはじめての接触、彼女は悠二を袈裟懸け切り飛ばした。
「トーチの悠二は血を流さない」
 言い切るシャナに、ふむ、とベルガーは顎をなでる。
「もしこのおびただしい血液が彼のものだとしたら。シャナ、それは実に興味深いことだ。
 だが今は先を急ごう。雨は収まってきているが、入れ替わりに霧がでてきている」
 彼が死ぬ前に、ベルガーはその言葉を飲み込んで、そして一歩を踏み出した。

566坂井悠二  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/09(日) 21:56:30 ID:pBSSTsig
《C-8/港町/一日目・17:10》
『不気味な悪役失格』

【佐山御言】
[状態]:全身に切り傷 左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない・処置済み) 服がぼろぼろ
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。  怪我の治療
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる


【宮下藤花】
[状態]:健康  零崎に恐れ 
[装備]:ブギーポップの衣装
[道具]:支給品一式
[思考]:佐山についていく


【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 額を怪我(処置済み)
[装備]:出刃包丁/自殺志願
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:気紛れで佐山についていく 怪我の治療
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。

【C−8/診療所/1日目・17:15】
『ポントウ暴走族』
【シャナ】
[状態]:平常。火傷と僅かな内出血。吸血鬼化進行中。
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。
    ベルガーをそれなりに信用 
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:エルメス、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)携帯電話
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:仲間の知人探し。不安定なシャナをフォローする。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

567 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:52:39 ID:HBjOjtXg
「……ここよ。誰かいる」
「病院、というより町医者か? 随分至れり尽くせりの島だな」
 狭い港町を探索する、ベルガーとシャナの声。
 少し前、シャナは調べたい場所があると言いエルメスを止めさせた。
 ベルガーが物陰にエルメスを隠すとシャナはすぐ歩き始め、少し離れた診療所の前で足を止めた。
「佐藤聖がいるのか?」
「判らない。でも、この感じは多分違う」
 『存在の力』について、シャナはマンションで簡単に説明を済ませていた。感度が鈍っていることも含めて。
 ベルガーが港への強行軍を提案したのも、多少はそれを当てにしてのことだ。
「知らない奴なら情報交換だけして、後は医療品でも貰って帰るか。……開けるぞ」
 シャナが頷いたのを見て、ベルガーはそっと扉を開けて中に入った。
 視界に誰もいないのを確認し、シャナを招き入れてベルガーは待合室へと進む。
 しかし、すぐにその足は止まった。
 もはや“それ”を見慣れたベルガーはわずかに嘆息するだけだったが、
「……悠二……?」
「ッ!?」
(こいつが坂井悠二だと!? よりにもよって最悪のケースか……!!)
 坂井悠二は、腕と首が胴体から離れ、血溜まりの中にその三つを転がしていた。
 切断面から大量に流れた血は、彼にまだらな血化粧を施している。
 目と口は開かれたままで、表情には恐怖が張りついている。
 とても楽に死ねたとは思えない状況だった。

「――――いやあああぁぁぁああぁぁぁぁっっっ!!!」

568 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:53:30 ID:HBjOjtXg
 服が汚れるのも構わずシャナは血溜まりに膝を着き、悠二の頭部を取り上げた。
 開いたままの彼の瞳を覗き込み、泣き叫ぶ。
「悠二っ! 悠二っ!! 何で!? どうして!? 誰が、こんなっ……!!」
「落ち着けシャナ!!」
 ベルガーが横から肩を掴む。が、
「触らないでっ!!」
 叫び、ベルガーの顔も見ずに手を振り払う。
 悠二、悠二と物言わぬ彼の名を呼び、その頭を胸に抱き込んだ。
 胎児が丸まる様の如く悠二の頭を抱きかかえ、そのまま血溜まりにうずくまる。
 炎髪はところどころ血の色に染まり、雨に蒸す室内は血の臭いを増幅させシャナに擦り付ける。
「悠二……悠二ぃ…………」
 そこにいるのは気高きフレイムヘイズではなく、悲劇的な現実をぶつけられた一人の少女。
 想う相手の変わり果てた姿に心乱されるただの少女だった。

 悲惨の一語に尽きるこの状況で、ベルガーはシャナに声を掛けず『観察』していた。
(まだ吸わない、か。吸血衝動よりも、単純に死のショックの方が大きいのか?)
 うずくまったまましゃくりあげるシャナだが、血を飲んでいる様子は無い。
(こんなことになるなら、少しは手加減して殴るべきだったか)
 自分が気絶させた吸血鬼の少女――海野千絵を思い出し、ベルガーは後悔した。
 少しでも吸血鬼自身から情報が得られれば、何か対処法があっただろうに。
 そんなことを思いながら、ベルガーはゆっくりとシャナに近づき、軽く肩を叩いた。
「起きれるか?」
 慰めでも励ましでもなく、まずは状態を確認する。
 シャナは悠二を抱えたまま、ゆっくりと体を起こした。
 蒼白とした顔に血と灼眼だけが彩りを与えている。
 半開きになった口からは犬歯が覗いているが、それに血は付いていない。
「話、出来るか?」
 先ほどまでの強気な態度が欠片も見られないシャナに対し、ベルガーは慎重に話しかける。

569 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:54:13 ID:HBjOjtXg
「ベルガー……悠、二が……」
「落ち着け。確かに死んでいるし、それは悲しむべきことだ」
 ベルガーは更に声を落とし、
「気をしっかり持てシャナ。よく聞け。
――坂井悠二が殺されてから、まだそれほど時間が経っていない」
「え……?」
 全く気づいていなかったという風に、呆然とした顔に驚きを浮かべるシャナ。
「床や壁に飛び散った血でも、乾ききっていないものがある。
それにシャナ、君はここに来る時に『誰かいる』と言ったろ?
その誰かが坂井悠二を殺した犯人の可能性もある」
「悠二を殺した奴がいるの!?」
 突然声を荒げたシャナに、ベルガーは、
「落ち着け! 悲鳴のお陰で、そいつは俺たちに気づいている可能性がある。
既に逃げたかもしれないし、逆に襲い掛かる隙を窺っているのかもしれない。
まずはこの診療所の中を調べよう。その後で、……坂井悠二を弔おう」
 弔うという言葉にシャナはひるんだが、ショック状態から多少は落ち着いたのか頷きを返し、
「……判った。でも私は、悠二のそばにいたい……」
「…………」
 うつむき目を伏せるシャナに対し、ベルガーは返答出来ない。
 今のシャナは不意の襲撃者に対処出来そうにないし、一人でいる間に血を吸われたら面倒なことになる。
 どうしたものかと思うベルガーだったが、すぐに思考する必要が無くなった。

「どうやら落ち着かれたようだね? 侵入者諸君」

570 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:55:18 ID:HBjOjtXg
 別室に続くドアが開かれ、声に続いて奇妙な三人組が入ってきた。
 一人は右手に長槍を持ったスーツ姿。一人は顔の半分を刺青が覆っており、
一人はシャナのものとは違う制服を身に纏った女子だ。
 スーツ姿の少年が前に出て、口を開いた。
「お初にお目にかかる。私は――」
「そこで止まれ」
 少年の言葉を打ち切り、彼へと刀を向けたベルガーが警句を放つ。
 足を止めた少年達とは十歩ほどの距離が空いている。
「それ以上許可無く近づいたら敵と見なす。…………まだ切りかかるなよ」
 最後の言葉は、既に贄殿遮那を手に取っているシャナへの注意だ。
「ふむ、初対面だというのに嫌われたものだね? だが安心するといい」
 そう言うと、少年は槍から手を離し床に倒した。
 槍に浮かんだイタイノ、という意思表示は誰にも気づかれなかった。
「戦う気は無いのでね。まずは話し合おうではないか。
私の名は佐山御言。世界の中心に位置する者である。
………………無反応とは寂しいものだね?」
「悪いが、下らない冗談に付き合うつもりはない」
「それは残念だ。ちなみにこの派手な顔をした不良が零崎君、
後ろのピチピチ現役女子高生が宮下藤花君だ。君達の名は?」
「その前に聞くが、お前らはこの死体に関係しているのか?」
 友好度皆無の剣呑極まりない質問だが、答える声は軽いものだった。
「ああ、そいつは俺がさっき殺した――――そんな怖い顔するなよ。そいつだって悪かったんだぜ?」
 殺した、という言葉を聞いた瞬間シャナは飛び出そうとし、ベルガーに腕を掴まれ阻まれることとなった。
「何すんの」
「三対二だ」
「関係無い」
「俺が困る」
 ベルガーは溜め息を一つ吐き、
「今の最優先事項は、君の吸血鬼化をどうにかすること、そしてそのために佐藤聖を探すことだ。
悪いようにはしないから、ここは俺に任せろ」
 あからさまに不満を顔に出すシャナを無視し、ベルガーは零崎を刀で指し示した。
「その殺人者を置いて消えてくれ。そうしたらアンタら二人には手を出さない」

571 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:56:18 ID:HBjOjtXg
 ベルガーの言葉に対し佐山は眉根を寄せ、
「その申し出は承諾しかねる。なんせ零崎君は私の団結決意後の仲間第一号だからね。
凶刃に晒されると判っていて見捨てることは出来ない」
「団結? 生き残るために殺人者同士で手を組もうってわけか」
「誤解してもらっては困る。私は参加者全てを団結させ、
ゲームを終わらせるために皆力を合わせようと言っているのだ。
参加者同士で争うのは、ゲームを作り上げた者に踊らされていることに他ならない。
生きて帰りたいと思うのならば、まず戦いを止め、手を組むことから始めるべきだ。
現に君達も行動を共にしているではないか。それと同じことだ」
「違うな。俺は単にか弱い少女を一人にはさせておけなかっただけだ。
同行者の友を殺した馬鹿野郎に出くわせば、仇討ちに手を貸すくらいの甲斐性はある」
「目先の仇にこだわるよりも、このゲーム自体を壊す方が先ではないかね?
恨みの連鎖で殺し合いが続くことを一番喜ぶのは誰だ?
――最初のホールにいた連中、そしてこの馬鹿らしいゲームの影で暗躍する者だ!!」
「ッ!?」
 佐山の一喝が待合室の壁に反射する。
 シャナはその言葉にひるみ顔を歪ませたが、一方のベルガーは涼しい顔だ。
「……御立派な正論だ。だが、既に殺人を犯した馬鹿に死をもって報いることがそんなに否定されたことか?」
「目には目を、かね。下らない私怨はゲームが終わった後で晴らしたまえ」
「平行線だな。既に殺さなければ生き残れない人間がいるってことを判ってない。
お前、初めて人を殺したってわけじゃないんだろ? ツラで判る」
 言葉の後半は零崎に向けられていた。
「かははっ、勘がいいねえお兄さん。でもこの島じゃそんなに殺してないんだぜ?
三塚井は手足の腱を切っただけだし、あの兄ちゃんも両腕切り落としただけで逃げられたし、
あのガキは見逃したし……」
 指折り数えつつ、物騒なことを呟く零崎。
 随分と暴れまわっていたようだね、と佐山も呟く。
「あー、やっぱ全然殺してねえって。
結局殺したのは、そこに転がってるそいつとでけえ義腕のオッサンだけだ」

(『でけえ義腕のオッサン』だと……!?)

572 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:57:15 ID:HBjOjtXg
 場が完全に沈黙した。
 ほんの数秒のことだが、その間各人が何を考えていたかは窺い知れない。
 面子が違えば、単に零崎の口から出た凶行歴に圧倒され、戸惑っただけと取ることも出来ただろう。
 現に、宮下藤花だけは顔を青ざめさせている。
 しかし、ベルガーとシャナは違った。
「シャナ、勝手で悪いが方針変更だ」
 静かに告げるベルガー。表情に変化は無いが、全身から敵意が――殺気が滲み出ている。
「俺にも戦う理由が出来た。他二人は俺があしらってやるから、お前は零崎だけに集中しろ」
 その言葉に、先ほどから怒りばかりを浮かべていたシャナの表情からフッと力が抜けた。
「望むところよ。でもベルガー、余計なことはしなくていい」
「ふむ、二人で内緒話とは羨ましいことだね!? 我々も仲間に入れて――」
 佐山の呼びかけを掻き消したのは、怒声と疾風の如きシャナの動きだった。

「――――すぐに終わらせるからっ!!」

573 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:58:03 ID:HBjOjtXg
 約十歩分の間隔は、足音一つであっさり詰まった。
 神速の如きシャナの斬撃を、零崎はいつ取り出したのか自殺志願で受け止めた。
「かははっ、やっぱりただの女子高生じゃなかったか! もしかして、お前も俺らのご同類か!?」
 喜色すら見受けられる零崎の声。
 シャナはそれを聞き苦しいと思うが、表情には欠片も出さない。
 ただ全力を出すことだけで、怨みと、苦しみと、悲しみを表す。
「…………」
「あん?」
 激しい斬撃から一転、軽く後ろに跳んだシャナは、贄殿遮那を構えて息を吸い込む。
「おいおいどうした、もうお疲れかぁ――――?」

 零崎が嘲りの言葉を放つ間に、彼の右腕は肩口から離れ宙に舞っていた。

「……何やったお前? まさか曲絃糸、じゃねえよな……」
 勢いよく血が吹き出ても、零崎の表情と口調は変わらない。
 シャナの方も数秒前と変わらぬ姿勢で、血の一滴すら付いていない贄殿遮那を構えていた。
「……悠二と、同じ、いや、それ以上の」
 ふっ、とシャナが動いた時には、零崎の左腕も胴から離れていた。
 フレイムヘイズの能力と、吸血鬼の膂力を手に入れつつある彼女にしか出来ない斬撃。
「痛みと苦しみを与えて、殺してあげる」
 もう、シャナはその動きを止めない。
 零崎の右足と左足が一太刀で切り裂かれ、崩れ落ちる零崎が、
「――かははっ、まさに傑作だぁな」
 言い終えると同時、彼の首も胴に別れを告げた。

574 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:58:45 ID:HBjOjtXg
「宮下君、下がりたまえ!」
 シャナの動きを目で追いきれなかったことに驚きつつ、佐山は警句を告げた。
 体を横へと動かしながら、佐山は床に転がったG-Sp2を足先で拾い上げる。が、
「ッ!?」
「兄ちゃん、邪魔はさせねえぞ」
 シャナへと意識がそれたわずかな隙に、ベルガーが間を詰めていた。
 正確に振り下ろされる刀を、やむを得ず佐山は受け止める。
 しかし右手一本の受けは正確なものにはならず、続くベルガーの一撃で佐山は壁際へと寄せられることになった。
「ベルガー君、と言ったかね」
 読唇術で読み取った眼前の敵の名を、佐山は呼ぶ。
「私達が争う理由は無いはずだ。それは先ほども説明したはずだが」
「理由ならあるさ。俺とあの嬢ちゃんが生還するのに、あのガキが邪魔なんでな」
「それはまた、随分と勝手な話ではないかね?」
「そうでもないさ。個々の心情も省みずに全てを受け入れようとする胡散臭いガキよりはな」
 後ろのシャナと零崎、それに目の端の宮下藤花を全く無視し、ベルガーは言葉を続けた。
「ご立派に胡散臭いガキに一つ質問がある。

――シャナのようにお前の友が殺されていても、さっきの台詞は吐けるのか!?」

 何を馬鹿なことを、と佐山は思う。
 あの忌まわしき未来精霊アマワとの対話で見極めたではないか。このゲームの真なる悪を。
 そう思い、しかし脳裏に一瞬、新庄運切の姿が浮かんだ。
 その一瞬の幻影が、彼の体に喰らいつき――――

「ぐっ……!!」
 突然のうめきと共に、佐山が歯を食いしばった。
 佐山の力が完全に緩んだ一瞬。ベルガーにはそのわずかな時間で充分だった。
 ベルガーは刀から手を離すと拳を握り、全力で佐山のみぞおちに叩き込んだ。
「ッ!? くっ、ぁ…………」
「本日二発目、っと」
 ベルガーは崩れる佐山の体を抱え、壁に背をもたれさせた。
 落とした刀を拾いつつ後ろを向けば、
「……確かに、すぐに終わったな」
 五つのパーツに分かれた零崎人識と、返り血で服を更に赤く染めたシャナの姿が目に入った。

575 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/09(日) 23:59:31 ID:HBjOjtXg
「さて、宮下藤花って言ったか」
 ベルガーの声に、藤花はビクリと体を震わせた。
 顔は真っ青になり、歯がガチガチと鳴っている。
「あんたには手を出さない。突っ掛かってくる理由も、度胸もないみたいだからな。
こっちの佐山ってのは気絶してるだけだ。俺らが去った後に適当に世話してやってくれ。
帰るぞ、シャナ」
 血を流し続ける零崎の死体を、うつろな目で見つめ続けるシャナ。
 ベルガーは彼女の肩を力強く掴み、揺さぶった。
「……何すんのよ」
「大丈夫か?」
 うつろだったシャナの目に元通りの光が戻り、
「っ、大丈夫って見りゃ判るでしょ。それより、あの二人何で放っとくのよ」
「目的は果たしたんだ、もう行くぞ。……君があの二人を殺すと言うなら、俺にそれを止める権利は無い。
だが、君の吸血鬼化を止める方が優先度は高い。そうだろう?」
「でも、こいつと手を組んでたんでしょ? 今なら二人とも簡単に……」
「坂井悠二ってのは、そんなことして喜ぶ人間か? 直接の仇討ちはもう済んだんだろ」
 その言葉を聞き、シャナはうつむき目を伏せた。
 ベルガーは溜め息を一つつきマントを脱ぐと、それで悠二の死体を包んだ。
「むき出しでエルメスに乗せるわけにいかないからな。
向こうに戻って報告が終わったら近くに埋めてやろう。行くぞ」
「…………」
 シャナは返事こそしなかったが、大人しくベルガーの後に続いた。
 後に残ったのは、血まみれの死体と、血まみれの死体があった後と、
壁に寄りかかる気絶した少年と、茫然自失の少女だけ。

576 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/10(月) 00:00:24 ID:HBjOjtXg
 外に出ると、雨は細かい霧雨になっていた。日が沈み始めているのも手伝って視界が悪くなっている。
 とは言え、迷うこともなく少し歩いてエルメスの隠し場所に着いた。
「お帰り。結構遅かったね」
「ちょっとゴタゴタがあってな。屋根の下にいたんだ、別に構わないだろ?」
「でもまた雨の中を走るんでしょ? イヤだって言ってるのに」
「単車は単車の勤めを果たせ。まあこんな天気だ、安全運転するから安心しろ」
 相変わらずのやりとりをする一人と一台を無視して、シャナはサイドカーに乗り込む。
「ほら、頼むぞ」
 シャナは悠二の死体をベルガーから受け取り、包みごしにそれを抱いた。

 エルメスが走り始めて間もなく、
「……シャナ。率直に聞くが、吸血鬼化にあと半日耐えられるか?」
 質問にシャナは眉をひそめ、
「そんなもの、大丈夫に決まってるでしょ」
 強気な答えとは裏腹に、シャナの心中は大きく揺れていた。
 悠二の死体を見た時に、悲しみと共に自然に沸いた『血を吸いたい』という衝動。
 泣き叫びながら、忌むべき衝動と必死に戦った。
 零崎を斬ったときも、首から血が吹き出すのを見て口をつけて飲もうかと思ってしまった。
(……でも、私は大丈夫。“徒”でもない奴が咬んできたくらいで――――ッ!?)
「!? うぇ、げほっ!!」
「おい、どうした!?」
 苦しげな声を聞きベルガーが横を見れば、シャナがサイドカーから身を乗り出して吐いていた。
「ぇほっ、げほっ! ……大丈夫、何でもない」
(何なのよ、この吐き気は……寒さは……)
 言葉通りにはとても見えないシャナを見て、
「どう見ても大丈夫じゃねえぞ。――飛ばすから掴まってろ」
 一難去ってまた一難か、とベルガーは溜め息をつき、エルメスの速度を上げた。


【083 零崎人識 死亡】

577 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/10(月) 00:01:36 ID:HBjOjtXg
【C-7/道/1日目・17:20頃】
『喪失者』

【シャナ】
[状態]:火傷と僅かな内出血。悪寒と吐き気。悠二の死のショックで精神不安定。
     吸血鬼化進行中。
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。
     吸血衝動に抗っている。気分が悪い。
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。
    (悠二の死を知ったため早まる可能性高し)
     吸血鬼化の進行に反して血を飲んでいないため、反動が肉体に来ている。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:わずかに疲労。
[装備]:エルメス、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:仲間の知人探し。不安定なシャナをフォローする。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

[チーム備考]:マンションに戻って仲間と合流。

578 ◆Sf10UnKI5A:2005/10/10(月) 00:03:03 ID:HBjOjtXg

【C-8/港町の診療所/一日目・17:20頃】
『不気味な悪役』

【佐山御言】
[状態]:気絶中。 左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、地下水脈の地図
[思考]:不明。(参加者すべてを団結し、この場から脱出する)
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる

【宮下藤花】
[状態]:あまりの惨状に茫然自失状態。足に切り傷(処置済み)
[装備]:ブギーポップの衣装、メス
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:不明。(佐山についていく)


※備考:診療所の待合室に零崎の死体及び自殺志願と出刃包丁が転がっています。
     また、待合室には別の血溜まりがあります。
     零崎のデイパックは診療所内に置いてあります。

579悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:23:30 ID:5mdI..5s
 バイクの音がした。
 そのとき彼ら──彼らというのは便宜上で正確に言えば男2人と女1人だったが──は港にあった簡易診療所の隣の民家2階にいた。
 男2人は体の傷に包帯や絆創膏を貼り付け、時々会話が起こりかすかに片方が笑っていた。
 それが聞こえたのは髪をオールバックにしている方──佐山御言は切られた耳たぶから白い糸が出ていないか気にしていたときだった。
 雨も弱まってきていた。窓からそっと外の様子を見ると、外に大型のバイクが止まっており、薄暗くてよく見えないが、2人降りて診療所に向かっ

 ていった。
「どう思うね?」
 佐山が近くにいる2人に問いかける。
「怪我でも片方がしたんじゃないかな?」
 ごく一般な女子高生、宮下藤花が答える。零崎とやや距離を置いて座ってるのは、まぁ当然だともいえる。
 零崎はにやにやしたまま答える。
「そうとも限らんぜ。例えば俺が殺した──坂井だったけか?──の身内かもしれねぇな。
こんなとこなんだ。兄弟の気配や世界の敵の気配が判る奴がいても不思議じゃねぇぜ」
 前半は自分の一賊を皮肉ったものだが、後半は特に考え無しに言っただけだ。
 零崎はまだ宮下藤花がブギーポップだと──都市伝説だと知らない。
「どちらにしても──行かねばなるまい。彼の家族だとしたら、零崎は──誠心誠意謝り、たとえ不本意な形でも、
わだかまりが残っても、今は許されないとしても、最終的には仲間にせねばならん」
「謝り──ねぇ。俺の一賊の話をしてやろうか?──とあるアホみたいに背が高くてアホみたいなスーツ着て、
アホみたいな眼鏡つけてアホみたいな鋏を振り回す男がいた──俺の兄貴だけどよ。
そいつにかるーくチョッカイ出した連中は、あっという間にそいつが住んでたマンションの生物全て含めて殺されちまった。
和解も誤りもわだかまりも許しも何もなかった──もし俺が殺した奴の仲間がそんな奴だったら、どうする?」
「それでもだ」
「それでもか」
 かははっ、と声を出して笑った。傑作だ。いや、戯言か?

580悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:24:12 ID:5mdI..5s
「で、そいつがだ。仲間を殺した俺の言葉を一切聞かないで、俺の仲間のアンタの言葉を一切聞かないで殺しにかかったらどうする?」
「うむ。その場合は──逃げたまえ。最初に自分が殺した、と宣言したらと恐らくそちらに追いかけていくだろう。
捕まらぬように逃げて、復讐者が追っかけている間に別方面からアプローチする。
そう簡単に復讐を諦めてくれるとも思わんが──必要なことだ」
「それに例えば、だ。その復讐者が逃げ切れないほど強くて、俺を殺した後、俺の仲間のお前らも殺して、
しまいにゃあ憎くて憎くてこの世界ごと抹消してしまうような魔王的な存在だったらどうする?」
「そのときは──」
「そのときは、そう。もはやそいつは世界の敵だ──そしてぼくの敵になる。それだけさ──」
 2人は不意にあがった声の主、宮下藤花に目をやった。
 男のような表情は、次瞬きをした瞬間元に戻っていた。
「あれ? どうしたの?」
「……何でもないとも宮下君。いや、急ごう。あの2人が診療所に入った」

「───────」
 声にならないで口から抜けていく空気の音を聞きながらベルガーは立ち尽くした。
 最悪の結果だったか。音を出さずに歯を食いしばる。
 シャナは坂井悠二の体の横に座り込み、首から上を抱いて。
 その口からは喉が潰れたように声が出ず、単に空気が抜けていっていた。
「───ゅぅっじ……がぁっ。悠、二っがぁぁぁぁぁ!!」
 ようやく出てきた声は慟哭だった。泣き声をはらんだその声は今までの生意気な少女の面影を見せない。
 天井を仰いだその顔には絶望が深く刻まれていた。

581悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:24:56 ID:5mdI..5s
(まずいな……このままでは、吸血鬼になるのは時間の問題、か?)
「悠二が、死んでっ…誰がっ」
「落ち着け」
 シャナの嘆く声を聞きながら辺りを観察する。
 坂井悠二が死んでいる近くのドアが開け放たれて、中で騒動があったように散らかり、窓が割れていた。
 恐らく何者かが戦闘を行ったのだろう。雨の打ち込み具合から、そう古くはないようだ。
 このままここにいて、死体を目の前にしていたら、いつ吸血鬼が発露するとも限らない。とりあえず、とベルガーは声を掛けた。
「シャナ、とりあえず今はマンションに戻るぞ」
「でも、悠二が……!」
「……シャナ。そいつも連れて行く。ここに置いてても仕方ないだろが」
「悠二悠二悠二悠二悠二……」
「シャナッ!」
 乱暴にシャナの体を揺らす。シャナが驚いたように顔を上げる。
「しっかりしろ。吸血鬼になるぞ」
「でも、悠二がぁぁぁ……」
 ベルガーはかぶりを振った。これはもう理屈じゃ駄目だ。
 しかしこの場に留まったら間違いなくシャナは本当にすぐ吸血鬼になるだろう。
 この場から動きそうにない少女の姿を見ながらどうしたものかと考える。
 少年の死体を見る。血がさらさらとしている。それはつまり殺されて間もないということだ。
(まだ犯人は近くにいるか?)
 シャナに注意を呼びかけようとした、そのとき。

582悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:25:57 ID:5mdI..5s
「ちょっくら悪ぃんだけどよ──」

 開け放たれたドアから男が1人上がってきた。
 その男──零崎人識は慣れないことをするように頭を掻きながら近づいてきた。
「近寄るな……敵か?」
 完全に無視して零崎はシャナのほうに指を向けて言った。
「その──坂井だっけか? やっぱりお前らのお仲間だった?」
 シャナが顔を上げて零崎を見る。
「おまえは──」
「──なんだ?」
 後半はゼルガーが補った。
「いきなり哲学的なこと聞かれてもなぁ。傑作だっつーの。
俺は零崎人識っつーんだけどよ、なんていうか? お前らに謝りに来たんだよ」
「謝りって…」
「そう、その坂井を殺してすいませんってな」
 ギシ、音を立てたように空気が一瞬で変わった。
「な……」
「そう俺がそいつを殺した。だけどよ、俺だって殺したくて殺したわけじゃないんだぜ?
まぁ殺したくなかったわけでもねぇけどな。例えば俺が、そいつは俺と会った瞬間そこに落ちてる狙撃銃を振り回してきた。
俺は撃たれるまいと必死で抵抗してそうなっちまった、つっても信じねぇだろ? 実際そうじゃねぇしな。
ただすいません、恨まないでください、それだけだ」
「それだけ……」

583悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:26:50 ID:5mdI..5s
 シャナの瞳が燃え上がるようになっているのをベルガーは確認した。
(いきなり来たこいつは──なんだ? 本気で犯人が名乗り出るとは思ってなかったが)
 零崎は一見余裕に、しかしいつでも逃げ出せるように体重を移動させつつ再び口を開いた。
「ああそれだけだぜ。悪いとは俺も思ってるんだ。んで、埋葬手伝うかなんかするからよ、アンタらに俺の仲間になって欲しいわけ。
別に殺し同盟とかじゃないぜ、脱出&黒幕打倒同盟ってのによ。恨んでくれても憎んでくれても構わないぜ。
ただこのゲームの黒幕とか殺した後に殺し合いとかはしようって訳だ。どうよ?」
「ふざけるな!!」
 シャナが叫んで立ち上がった。
「おまえが悠二を殺した──殺される理由としてはそれで十分だ!」

「本当にそうかね?」

 奥にの階段の踊り場から悠然と見下ろしてる少年と少女がいた。
 佐山は零崎が話している間にわざわざ家をよじ登り二階の窓から侵入していた。
「例えばこう考えることは出来ないかね。零崎人識が坂井悠二を殺したのはこの企画の黒幕のせいだと。
坂井悠二は『偶然』ここに立ち寄った。零崎人識もだ。そして2人は『偶然』同じ時間帯にここに入り、零崎が『偶然』殺害した。
偶然もここまで重なると必然かと疑いたくなるね?」
「……こいつの仲間か」
 佐山は仰々しく頷いて胸を張り名乗った。
「そうとも。私は佐山御言、世界は私を中心に回るものである!
ふふふ驚いて声も出ないようだね。それはそうと零崎、君は究極的に謝るのが下手だね。全く見てられない」

584悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:27:53 ID:5mdI..5s
 シャナが横目で佐山を睨む。ただし体は零崎に殺意を向けたままだ。
「おまえもコイツの仲間なら、殺してやる」
 佐山は肩をすくめながらシャナの目を見て語りだした。
「初対面からいきなり殺害宣言とは物騒なことだね。一応言っておくが、私は彼を殺害していない。
だからといって零崎が悪いわけでもないのだよ。──ふむ? 彼を殺したのは確かに零崎だ。
そう、先ほども述べたとおりいくつもの偶然で、ね。しかしその偶然を裏から操っている者がいたら?
彼が殺されたのも、彼女が零崎を殺そうとしているのも、全てその裏で糸を引く者の思惑どうりだとしたらどうかね?」
「何が言いたい。陰謀論者か。ガキの戯言に付き合う気は無いぞ」
「ふむ。確かに誰かが言い出す陰謀の9割は誇大妄想か何かだろう。
ただし、それはこの佐山御言には当てはまらない、とも言っておこう。
殺人犯の刺した包丁を恨む──の例えを使わなくとも分かると思うがね。
私はもはや誰かが誰かを殺すのは許可しない。その零崎もしかり、だ。
折れた包丁を恨むのはよしたまえ。殺された彼も──」
 だん、と踏み込む音がした。
 シャナが神速の抜き打ちで零崎を切り殺そうとした。
 零崎は話し出したときから予測していた切込みを、本当に紙一重で避けた。耳につけてたストラップが引きちぎれる。
「黙れ。黙れ黙れ。黙れ黙れ黙れ。コイツは殺す。悠二と同じところを切断してやる!」
「言ったろ? 無理だってよ。無理無理。死体目の前にして、犯人目の前にして、冷静で居られるのは──なにかしら欠陥がある奴だけだよ」
 再び首をめがけて飛んできた切っ先をバク転して外に飛び出しつつ、避ける。
 シャナも入り口の扉を切り裂いた刀を構えなおし追いかけた。
「ベルガー! 悠二を!」
「どうしたどうした? おいおい赤色ちゃんよ! 威力はバケモンだけどよ、太刀筋が見え見えだぜ?」

585悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:28:45 ID:5mdI..5s
 ざっざっざ、と診療所から離れていく足音と声。
「……アンタは奴を助けに行かないのか? まぁ行かせないがな」
「零崎の問題だよそれは。私がここで助力したら誠意が無い、というものだ。
彼女は零崎が説得し、君は私が説得する。少なくとも我らの誠意は本物だよ?
宮下君は下がっていたまえ。さあ──交渉を開始しようか」

 戦いの舞台は外へと移った。
 逃げる零崎と追うシャナ。逃げる殺人鬼を追う復讐鬼。
(かははっ! 意外としんどいっつーの 余裕ぶっかましてるけど避けんので精一杯じゃねえか 当たったらお陀仏だしよ!)
「だから、謝ってんじゃねぇか! とりあえず黒幕殺してからにしようぜ。殺しあいは後だ後」
「謝ったところで悠二が戻ってこない! 殺したのはお前だ、お前を殺した後黒幕とやらも殺してやる……」
 零崎はシャナの間合いぎりぎりで振り返り顔に手を当てた。
 不審に思ったシャナも立ち止まる。殺される覚悟はできたか、と声をかける。
 全然、と前置きして零崎は答える。
「ふと思ったんだけどさ……お前ってもしかして人を殺したいだけじゃねぇのか?」
 何をバカなことを、そう鼻で笑ってシャナは刀を構えなおす。
「断言するぜ。俺が別に坂井悠二を殺さないでも、お前は俺を殺そうとしただろうよ。
何かと理由をつけてな。例えば『悠二がコイツに殺される前に、私がコイツを殺さなければ』とかいってな。
もしかして、お前は既に何人か同じ理由で人を殺したんじゃねぇか?」
 息を呑む。確かに以前混乱して2人組みを襲った。
 殺しはしなかったが、殺しても良いと思った。

586悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:29:30 ID:5mdI..5s
「それにもう1つ質問だ。さっきまで坂井の死体を抱いててお前の顔に血がこびりついてたよな。
もう雨は止んでる──口元についてた血が無くなってるぜ?」
 その言葉でショックを受けた。
 悠二。血。飲む。舐める。吸血。鬼。殺人。復讐。血。飲む。血。血血血血血。
 今まで意識して無視してた感情が一気に噴出す。
(悠二が死んで。コイツが殺して。復讐しようと。怒って。悲しんで。血を。飲みたく…? 違う。違う違う)
「おーいどうした? 調子悪いのか?」
 零崎が近づいて顔を覗き込む。
 あ、と声を出す。同時に炎が膨れ上がる。
「うおっ!?」
「お前がぁ、死ねばっ!」
 視界が一瞬炎で隠れた隙にシャナが刀を振りぬく。
 零崎は包丁で防御しようとしたが、包丁が音も無く切断される。
 それでも何とか避けきる。包丁で僅かながら速度が落ちたためだ。
「こなくそっ!」
 切り取られた包丁の半分をシャナの右手に投げつける。
 飛んできた包丁を避けもせずに、半ば折れた凶器は肩に刺さった。
 それでも一度離れた間合いを詰めようと前進してくる。
「もうこれ以上の戯言は無理かよ……後は佐山に任せるか」
「悠二の仇を果たす。殺す殺す殺してやる」
 同時に爆発するようにシャナの体が零崎に迫る。
 技量も何も関係なしの胴を両断する軌跡。ただし当たれば鋼すら切断するだろう。
 故に全力をかけた攻撃は殺人鬼に先読みされた。
 零崎はあらよっと、という掛け声と共にシャナの頭上を飛び越えていた。
 一度撃たれたら防御できずに殺される攻撃も、最初から来ると分かっていれば別だった。

587悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:30:51 ID:5mdI..5s
 贄殿遮那が空を切る。零崎はシャナをすり抜け、ダッシュ。
 シャナが振り返ると、零崎は既にエルメスに跨っていた。いつの間にか元の場所に戻っていたようだ。
「じゃあな。頭が冷えたらまた謝りに来てやんよ。かははっ!」
 どるぅん、とエンジンが点いてエルメスは走り出した。
 待て、とシャナはバイクと同じ方向に走り出した。殺してやる、と後に続けながら。
 仇を討たねば、悠二の亡骸に合わす顔が無い。ベルガーも何も関係ない。
 もはやシャナは零崎を殺すことを第一目標にしていた。
 その意志だけが、心がくじけ、吸血鬼化するのを抑制していた。その意志すらも吸血鬼の憎悪だったとしても。
 もし彼を殺した後には彼女は──

「ねぇちょっと」
「あん?」
「今度は誰が乗ってるの?」
「……なんだ? 喋んのか? このバイク」
「それは喋るよ。喋らないなんて決め付けてもらっちゃあ困るさ」
「ふぅん。俺は零崎人識ってんだ」
「僕はエルメス。う〜んなんかタライ落としにされてる気分だよ」
「持ち主は誰なんだ?」
「キノっていうんだけど、君は知らない?」
「キノ? ああアイツか。さっき会ったぜ」
「へぇ〜、何か喋った?」
「あーえとな──また会おうねって言ったんだよ」
「ふーん。会えるといいな」
「……ああ『タライ回し』」
「そう、それ」

588悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 20:31:54 ID:5mdI..5s
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:シャナを心配 佐山をどうするか
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

【佐山御言】
[状態]:左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する ベルガーと交渉 零崎の説得のフォロー
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる

【宮下藤花】
[状態]:足に切り傷(処置済み)
[装備]:ブギーポップの衣装、メス
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:不明。(佐山についていく)

589悪。鬼。泡。神。そして炎。:2005/10/10(月) 22:06:29 ID:5mdI..5s
【C-7/道/1日目・17:40頃】

【シャナ】
[状態]:火傷と僅かな内出血。悪寒と吐き気。悠二の死のショックと零崎の戯言で精神不安定。
     吸血鬼化急速進行中。それに伴い憎悪・怒りなどの感情が増幅
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:1-零崎を追いかけて殺す
     2-殺した後悠二を弔う
     3-聖を倒して吸血鬼化を阻止する
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし精神が急速に衰弱しているため予定よりかなり速く吸血鬼化すること有り

【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 疲労
[装備]:自殺志願  エルメス
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:シャナから逃亡 落ち着いたら再説得
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。

590殺人鬼ごっこ#:2005/10/13(木) 17:40:58 ID:2SF39t2A
「どうだ? 悠二の気配は近づいてきたか?」
「まだ分からない。でもこれが悠二の気配であることは確かよ」
 シャナとベルガーは、僅かに感じる悠二の気配(正確には存在の力)をたどっていた。
 先程まで降っていた雨はすでに小雨となっており、止むのももはや時間の問題だろう。
 二人は先程までの雨でできた水溜りを、避けようともせずにただ黙々と進む。
 今、二人は潮風に晒されて古びた倉庫の立ち並ぶエリアに来ており、重そうな倉庫の鉄扉はまるで二人を拒絶するように、その全てが閉ざされている。
「本当にこっちで合っているのか?」
「えぇ、少しずつ気配が――!!」
 シャナの言葉が途切れる。
 ベルガーはそんなシャナの顔を覗き込み、問うた。
「どうした?」
 しかしシャナは答えず、恐怖するようにぶるりと震え、顔を青くするだけだ。
「悠二っ!!」
 叫び、走り出そうとするシャナ。ベルガーは慌ててシャナの肩を掴んで引き止めた。
「いったいどうした? 焦るのは得策じゃない」
「悠二の気配がはっきり分かったのよっ!」
「ならば余計に落ち着いて――」
「存在の力の気配が凄く小さいの! 早く行かないと悠二が危ない! あんたと行ってたんじゃ時間がかかりすぎる、あたしが先に行くわ!」
「まて! シャナ!」
 しかし走り出したシャナにベルガーの声が届くはずがない。
 ベルガーは慌ててエルメスに跨り、人外のスピードで走るシャナを追うが。
「ちっ! 狭い路地を行きやがった。エルメス、すまないがここで待っていてくれ」
「あいよー」
 軽い返事のエルメスを乱暴に倉庫の影に停め、ベルガーは路地へと入る。
 ――チッ ベルガーは内心で舌を打ち、とにかく走った。
 顔の横を冷たい風が過ぎ、小降りの雨が体をぬらす。
 ベルガーは全力で走っているが、もうシャナの姿はどこかに行ってしまって見えない。しかしそれでも、彼は走る。
 走り、走り、ガラクタを飛び越え、また走り、呟いた。
「早まるなよ、シャナ――――!」
 ベルガーは倉庫街の路地を抜けた。

591殺人鬼ごっこ#:2005/10/13(木) 17:41:59 ID:2SF39t2A
(――この家!!)
 彼女、シャナはそう確信し、勢い良く玄関の戸を蹴破ると中に転がり込み、叫んだ。
「悠二!!」
 しかし廊下に彼は居ない。しかし“彼”があった。
 彼女はそれを見て、息を呑む。
 それは一瞬のような永遠。
 まるで久遠のような刹那。
「あ、ぁぁぁぁぁぁぁ……」
 一歩。今にも崩れそうな足取りで歩を進める。
 二歩。その燃えるような灼眼からは、火のように熱い涙がこぼれる。
 三歩。いつもは自信に満ちた言葉が放たれるその口から漏れるのは、嗚咽のみ。
 四歩。ピチャリ、と血だまりに足を踏み入れる。
 五歩。その一歩を踏み出し、同時に崩れるように膝を突く。
「あ、うぅぅぅぅ……」
 彼女はゆっくりと、彼の首へと手を伸ばす。
「ゆぅ……じ……ぃ……」
 彼の首を持ち上げ、その虚ろな瞳を見つめる。
「だれが、そん、な」
 片手で、胸に抱き。
「悠二を、…だれ……が」
 片手を、血だまりに伸ばす。
「殺して、、、殺し」
 血塗られた手を、口元に伸ばし。
「殺……して、や――」

592殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:42:56 ID:2SF39t2A
「傑作だぜ」

 その手を、唇の前で止める。
「いや、戯言かな?」
 彼女はゆっくりと、後ろを振り向く。
 そこに居たのは、顔面を刺青で覆う、小柄な少年。
「あんた、だれ?」
「俺は零崎。零崎人識」
「何しに、来た……」
「謝りに来た」
 少年は可笑しそうに――犯しそうに、笑う。
「今まで誤り続けてきた俺だが、まさか謝ることになるとはな」
 少女は、少年を睨みつけている。
「謝る? 何を?」   
 少年は笑みを濃くし―― 思 い っ き り 頭 を 下 げ た。
「すまねぇ、俺がそいつを殺した」
 少女が答える。
「赦さない」

593殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:43:51 ID:2SF39t2A
 先手は勿論、シャナだった。
 頭を下げたままの零崎に鋭い突きを放つ。
 零崎はまるで頭頂部に目があるかのように、絶妙なタイミングでしゃがみ、切っ先を避ける。
 素早く腕を戻そうとするシャナに、いつの間にか自殺志願を抜き放った零崎が切りかかった。
 シャナはギリギリで贄殿遮那を戻し、それを受け止める。
 甲高い金属音と共に、火花が散る。
 再び零崎が切りかかり、シャナがそれを受ける。
 さらに二度、三度と刃を交わし、交錯し、弾けるように離れ、距離をとる。
「かはは、こっちは謝ってるってのに、いきなり切りかかってくるか?」
「うるさい」
 短く言葉を発し、シャナは跳んだ。
 一瞬で詰まる間合い。煌めく刃が零崎を横薙ぎに襲うが、しかしそれを後ろに跳んで軽くかわす。
「おいおい、太刀筋が見え見えだぜ」
「うるさい!!」
 怒りは、悲しみは、高ぶった感情は、容易に刃を曇らせる。
 嘆きは、哀しみは、収まらない思いは、容易に鉄をも切り裂く。
「ハァッ!」
 突き出された刃が、一刹那前まで零崎の頭があった場所を通り過ぎ、幾本かの髪を引きちぎった。
「おっとぉ!」
 突き出されたままの刀が、そのまま下に振るわれた。
 肩を狙ったそれを、零崎は半歩体をずらして避けると、逆に前へ出ることになる方の片足をシャナの横腹へと叩き込んだ。
「カッ――はぁっ!!」
 シャナは激痛に怯むが、すぐに体勢を立て直す。常人ならこうは行かない。内臓をもろに破壊され、血を吐いて倒れるだろう。
 しかしフレイムヘイズである彼女には一瞬の隙を生み出させることにしかならない。
 だが、その一瞬で十分だった。
 零崎は、シャナが一瞬怯んだ隙、ほんの一刹那を利用して――

 ――逃げた。

594殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:44:31 ID:2SF39t2A
 それは一瞬の弁解の余地も一遍の疑いの余地もない、逃亡だった。
 それは誰がしようが誰がされようが紛れもなく、逃走だった。
 零崎はかつて唯一の、唯一彼が兄と認めた存在だった、その自殺志願の持ち主であるところの零崎双識がしたように、走って。
 走って、走って、走って走って走って走って走って走って走って走った。
 かつて、零崎双識が赤い髪の鬼殺しの幻影から逃げたように、
 今、零崎人識は炎髪の、同胞殺しの容れ物から逃げて、
 逃げて、逃げて、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げた。
 彼は走りながら、数十分前のことを思い出す。

 死体が放置され、さらに佐山と零崎の乱闘によって破壊された部屋、家にいつまでもいるわけにもいかず、彼らが向かいの民家に移ろうとしていたその時だ。
 西の方角からバイクの排気音のような、とりあえず無視するわけにもいかないほどの轟音が聞こえてきた。
 彼らが民家へ移動してから、零崎が訊いた。「で、どうするよ?」
 その問いに、佐山は答える。
「今のバイクの音は、大体この港の入り口で止まった。つまり今、その顔も知らない誰かはこの港を徘徊している。
もしくは既にどこかの民家で雨宿りをしていることだろう。その彼ないし彼女があの少年――坂井、だったかね? その坂井君の知人である確立はそう高くないが、
しかしあの診療所、診療所と言うだけあって何か役立つものが手に入るのではないかとやって来る者も多いだろう。既に坂井君に零崎君、そして私たちと言う前例もあることだしね。
 我々としては早く協力者を集めたいところなのでその誰かを探してもいいが生憎この雨だ。この中を歩き回るのは得策ではない。
 そこで、だ。その誰かがこの診療所へやってくるのを待ち、彼が診療所に入り坂井君の死体に驚いているところをこちらも玄関から入って不意打ちで説得する。
名付けて『集客率100%! 協力者ホイホイ大作戦』どうかね?」
 零崎はなるほどな、と笑い、さらに問う。
「もしそいつが、坂井の知り合いだったら?」 
 佐山はふむとうなずくと、それならば  
「彼は診療所に入り、必ず坂井君の死体を見ることになるだろう。その様子を見て、もし坂井君の知り合いのようなら――
 ――零崎君、君一人で行きたまえ。」

595殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:45:16 ID:2SF39t2A
「ははん、いちいち死体を見つけるまで待つのはそのためか。しかしなんで俺一人なんだ?」
 零崎は怪訝そうな顔で佐山を見る。
「なに、そういった問題は当事者同士で解決すべきだろう」
「もしおれが説得に失敗し、相手が襲いいかかってきたら?」
「可及的速やかに無力化したまえ、殺してはダメだよ?」
「もし相手が、俺の手に負えねぇようなバケモンなら?」
「逃げたまえ。少し時間を稼いでくれればこちらも援護しよう」
「時間も稼げないようなくらい相手が強かったなら?」
「何とかしたまえ」
「なんとかってなぁ、こっちは命かけてんだぜ?」
「なに、こっちだって命がけだよ」
「かはは! ちがいねぇ」
「それに――」
「あ? それに?」
「――その程度には、君を信頼しているということだよ」
 零崎はその言葉に一瞬きょとんとして。
「はっ! 傑作だぜ」
 零崎は笑い。
「戯言じゃないのかい?」
 佐山も笑った。

596殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:46:05 ID:2SF39t2A
「ふう、どうやら零崎君はわずかにでも時間を稼いでくれたようだね」
 佐山は三階建ての倉庫の屋上から、眼下に広がる港町を眺めた。
「作戦通りに行くといいのだが……」
 佐山は小声でいい、十数分前の会話を思い出す。

「零崎君、この地図をみたまえ」
「あ? こりゃ、港の地図か?」
「そう、たまたまそこの本棚で見つけてね」
「で? これがどうしたってんだよ」
「なに、もしものための逃走経路の確認だよ。もし相手がバケモノの場合のね」
「かはは、なるほどな」
「ここを見たまえ。 この住宅街の真ん中にあるのが診療所だ。もし逃げる場合、西の倉庫外のほうに逃げること。そのときはなるべく時間を稼ぐように
路地を通ったり、迂回したりとしながらここ、この倉庫に囲まれた広場になっているところにきたまえ」
「そうすると、どうなるんだ?」
「その広場に相手が入った瞬間、この狙撃銃で援護する」
「おいおい、どこから狙う気だ? 当てられるのか?」
「なに、当てる必要はない、足止めさえできればいいのだからね。ここでうまく時間を稼げたら、君はそのまま逃げられるところまで逃げ、
そうだね、分かれてから一時間後に湖の地下通路への入り口に集合しよう」
「お前らは?」
「私は――その彼を、説得してから行こう」

597殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:47:37 ID:2SF39t2A
 佐山はゆっくりと目を開け、周りを見渡す。藤花が見当たらないが、きっとトイレにでも行ったのだろう。心配だがいまはここを離れるわけにはいかない。
 ――それに彼女には『彼』がついているしね。
 今やほとんど日が沈んでしまっているが、ここから広場は早退した距離でもないし、目はすでに慣らしてある。
 佐山はゆっくりと深呼吸をし、狙撃銃をチェックすると、銃口を広場に向け、スコープを覗く。
 遠くにあった広場が、途端に近くなる。
 近くの倉庫が爆発した。相手はなかなかの過激派らしい。零崎は順調に広場に向かっているようだ。
 佐山は神経を集中すると彼らが広場に入ってくるのを待つ。
 待って、待って、待って――倉庫の壁が爆発した。
 そこから飛び出してくるのは銀長髪の少年に、半瞬送れて赤髪、いや、炎髪の――
(女? しかも子供か?)
 その小柄な体躯は、どう見ても小、中学生にしか見えない。
 まるで強そうには見えないが
(零崎君が追い詰められるような相手だ、油断はできんな)
 ゆっくりと彼女の足元に照準を合わせ、引き金を――ひいた!!
 気が遠くなるほどの轟音。
 肩が抜けるかのよう反動。
 しかしそれだけの力を持つ弾丸が、炎髪の少女に向け、放たれた。

598殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:48:28 ID:2SF39t2A
 悠二を殺したと言った男。零崎人識を追っていたシャナは、突然の横合いからの殺気を感じ取り、素早く前進を止める。
 すると彼女の足元のコンクリートが弾け、捲れ、穴を穿たれる。遅れて轟音が鳴り響く。
 しかしその程度のタイムラグでは零崎との距離はそこまで開かない。再び間合いを詰めようと、シャナが地を蹴ろうと足に力を込めようとする瞬間。
 さらに放たれた弾丸が地に穴を開ける。
 二発、三発と弾丸が飛来するが、シャナはそれらを刀で弾いて再び進む。が、彼女と零崎との差は既に倍以上開いている。
「――!! うっとうしぃ!!」 
 さらに襲い掛かる弾丸を贄殿遮那で弾き、シャナは切っ先を弾丸が飛来した方向――佐山のいる倉庫の屋上――へと向け。
「ハァッ!!」
 気合と共に炎弾を放った。

(しまった!)
 弾丸を超えるような速度で迫り来る火炎弾。佐山は狙撃銃を放り、避けようとするも
(!? 避けられない!)
 炎弾は一瞬の間すらもなく屋上に飛来。屋上の半分を抉り消し炭に替える。
「まったく、恐ろしい威力だね」
 その様を佐山は逆さまにひっくり返ってみていた。
「狙撃銃は、もう使えないな。それにしても、もうちょっと優しく救い出せなかったのかね、藤花君――いや、ブギーポップ君」
「おいおい、無茶を言わないでくれよ。僕だって万能じゃない。それに、釣り糸ってのは慣れてないのさ」
 ひゅんひゅんと空気を切り裂く音と共に、宮下藤花――ブギーポップが給水塔の上から飛び降りて佐山の横に降り立った。
「釣り糸ね、まぁここは港町であることだしね」
「まぁね、下ですぐに見つかったよ――――佐山君! 大丈夫!?」
「? あぁ、藤花君。なに、大した事は、ない」
 佐山はそう言いながら立ち上がり、もはや誰もいない広場を見やる。
「後は君次第だよ、零崎君」

599殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:49:33 ID:2SF39t2A
「かはは! しつこい奴だぜ!」
「逃がさない!!」
 追うシャナに、追われる零崎。
 終わらない鬼ごっこは、終われない。
 路地を曲がり、機材を越え、ガラクタを投げつけ走る零崎。
 空き瓶を弾き、炎を放ち、壁に穴を開け走るシャナ。
 どこまでも続く鬼ごっこ。まるで復讐の連鎖のようだ。
 しかし終われない追いあいは、終わりを迎えようとしていた。
 零崎は、シャナの炎をかわし、倉庫に転がり込む。それこそを、シャナは狙っていた。
 確かに倉庫の中はいろいろなものがあり、それらを盾にしながら逃げることができる。ただし
 それらが盾として機能するならば。
 シャナは自ら倉庫という檻に入った零崎を、全ての力を乗せた炎の奔流で、倉庫ごと消し炭に変えようとしていた。
「これでぇ!」
 足を踏ん張り、神通無比の大太刀、贄殿遮那を倉庫へと向ける。
「終わりっ!」
 全ての力を切っ先に込め、膨れ上がる炎の奔流を、放った――!!

600殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:50:29 ID:2SF39t2A
 灼熱。
 燃え盛る炎は一瞬で倉庫を包む。
 そこにあったものを溶かし、燃焼させ、消し炭に変える。
 そして激しすぎる燃焼は一瞬で全てのものを燃やしつくし、終わる。
 そこには跡形も、残らない。
 そこには少女だけが、残る。
「やった……の?」
 シャナは放心したように焼け跡を見つめ、しばらくしてその場に崩れる。
「シャナ!」
 声と共に、ベルガーが路地から飛び出してきた。
「シャナ、いったい何が。悠二はいたのか?」
「――いた」
 彼女の呟きは、弱々しい。
「!? じゃぁどこに?」
「でも、殺されてた」
「!?」
「う、ぅぅぅぅ。ぁぁぁぁぁ……」
 うめきを上げながらシャナはうずくまり、
「シャナ! しっかりしろ! シャ――」
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 地を揺らす咆哮が、轟いた。

601殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:51:18 ID:2SF39t2A
 港を覆わんばかりの獣のような咆哮。それを聞いていたのは、一人の殺人鬼。
「かはは……俺を倉庫に追い込みてぇみたいだったから、入るフリをしてみたら倉庫ごと吹き飛ばすとはな……傑作だぜ」
 シャナによって燃やし尽くされた倉庫跡から数十メートル離れた少し小さめの倉庫の影で、零崎はぜいぜいと息をつく。
「にしても、おっそろしい女だぜ。なんだ? 俺は赤い髪の女に追われる運命にあるのか?」
 零崎は悪態をつき、その場にぺたんと腰を下ろす。
「しかしこんなところで、いつまでも休んでるわけにはいかねぇ、見つかったら今度こそ終わりだ」
 そう言って零崎は首をふると、再び体を起こし、息を整えて周りを見渡す。
「なんかねぇか? バイクか、せめて自転車でもありゃぁ楽なんだが」
 言い、倉庫脇のガラクタ置き場の影を見て――
「あるよ」
 誰かの声を聞いた。
「あん? だれだ?」
 零崎はきょろきょろと周りを見渡すが、誰もいない。どこかに隠れているのか?
「ここ、ここ。目の前のガラクタ置き場の横」
「ガラクタ置き場?」
 零崎はそのガラクタ置き場へとなんら恐れることなく近づく。
「どこだ?」
「ここだよ、目の前」 
 言われ、零崎は目の前を向き、
「ボクだよ、君の前のモトラド」
 それを見た。
 それは一台の二輪車だった。

602殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:52:03 ID:2SF39t2A
「うおぅ!!」
 零崎は大げさに驚き、少し距離をとる。
「おいおい、ここのバイクはしゃべんのか?」
「失礼だなぁ、人間じゃないからってしゃべらないと決め付けるのはよくないよ。それにボクはバイクじゃなくてモトラド。間違えないでね」
 言う二輪車――もといモトラドは、かなり饒舌なようだ。
「なに? きみ新しい乗り手? 今日はなんだかよく乗り手が変わるなぁ」
「あ、あぁ〜 なるほど、お前あの赤髪女が乗ってきたバイクだな?」
 納得する零崎は、エルメスの話なんか聞いちゃいない。
「赤髪女? シャナのことかな? それとバイクじゃなくてモトラド。何回言ったら分かるの?」
「わりぃわりぃ、で、俺は零崎人識っつぅんだ」
「ふぅん、零崎ね。ボクはエルメス。よろしく」
 本当に悪いと思っているのか疑問に思うような零崎の謝罪にも気にすることなく自己紹介をするエルメス。零崎もマイペースだが、彼もかなりのマイペースらしい。
「なに? ボクに乗るの?」
「あぁ、鬼殺しから逃げなきゃなんねーからな」
 零崎は話し相手ができ、さらには足も手に入れたことで、上機嫌に答える。
「モトラドの乗り方は?」
「大抵の乗り物なら何でも大丈夫だ。伊達に全国を放浪しちゃいねぇ」
「そう、それなら安心だ。なら早く行こう。モトラドにとって走れないのは、旅の無い人生みたいなもんさ」
「かはは、言うねぇ」
 こうして、戯言遣いの支給品は、戯言遣いのオルタナティブに渡ることとなった。
 そう、それはまるで初めから決定されていたかのように、あっさりと――

 ――因果は、繋がった。

603殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:52:44 ID:2SF39t2A
《C-8/港町の診療所/一日目・17:40》

【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷と軽いやけど
[装備]:出刃包丁/自殺志願/エルメス
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:十八時四十分までに湖へ行く/とりあえずは港から離れよう
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。

『悪役と泡』
【佐山御言】
[状態]:全身に切り傷 左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない/包帯で応急処置) 服がぼろぼろ 疲労
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。 十八時四十分までに湖へ行く。ベルガーたちと交渉する。
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる

【宮下藤花】
[状態]:健康  零崎に恐れ 足に切り傷(治療済み)
[装備]:ブギーポップの衣装/釣り糸
[道具]:支給品一式
[思考]:佐山についていく

604殺人鬼ごっこ ◆xSp2cIn2/A:2005/10/13(木) 17:54:39 ID:2SF39t2A
『ポントウ暴走族』
【シャナ】
[状態]:放心状態。火傷と僅かな内出血。吸血鬼化進行中。
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:聖を発見・撃破して吸血鬼化を止めたい。……悠二。 
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし、精神力で耐えているため、精神衰弱すると一気に進行する。

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)携帯電話
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:シャナの吸血鬼化の心配。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

[チーム備考]:港を探索し、放送までにC−6のマンションに戻る。

605最胸襲来  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/13(木) 18:47:59 ID:pBSSTsig
 インスタントコーヒーをかき混ぜながら、クリーオウは窓の外へと視線を向けた。
 雨は一向に止む気配がない。
 水滴に隠れた窓に、せつらの背中が緑の瞳をすかして小さく映る。
 クリーオウは椅子を窓のそばまで引きずって、サッシに顎を乗せた。
 雨の音以外は静かなもので、サラとクエロの寝息の中に時折ページをめくる音が混じるぐらいだ。
 大きなあくびをかみ殺し、退屈だな、とクリーオウはつぶやいた。
 窓に額を当てる。窓の冷気が曇った頭に鋭く沁みた。
 女二人は眠っているし、空目の読む本は彼女に難しすぎる。
 一度退屈ならと薦められたが、読んだら間違いなく寝るだろうという自信のもと、クリーオウは婉曲的に固辞した。
 つまらない、とクリーオウはもう一度窓のほうへ視線をむける。窓は自分のため息ですっかり曇っていた。
 手のひらで拭う、外は雨しか見えない。
 溜息を吐き、彼女は空目が立ち上がる気配に気づいた。
「クリーオウ」
 次いで、冷静で透通るような美声が響いた。人を惹きつける声につられる形でクリーオウは振り返る。
「本を戻してくる」
 しかし発する声はあくまで事務的である。
「ついて行っていいかな?」
 とクリーオウは尋ねてみても、
「いや、サラとクエロを頼みたい」
 すげなく答える返事は否。
 彼女にしてみれば少し、肩を落とす。すると、
「戻ったら、また騒がしくない程度で、君の世界の話を聞かせて欲しい」
 と、空目の口から驚くべき発言が飛び出した。
 そのような事の重大さをクリーオウが知るわけはない。ただ無邪気に、また少し空目が心を開いたと誤解する。
 少し弾む声で頷き、ドアが後ろ手で閉められるのを見て、
 そしてくぐもった爆発音を聞いた。


 とっさに腕が頭を庇った。
 軋みとともに埃が舞い散る。
 一秒の間をおいて、クリーオウはおそるおそる顔を上げる。
 サラは目をこすり、クエロはすでにベットの上で魔杖剣を構えるのを見て、
「恭一!」
 ドアへと駆けた。
 ノブに手をかけ体重をもってぶつかり、反作用に弾き飛ばされる。
 衝撃で歪みでもしたのか、ドアはぎしりと身じろぎするにとどまった。
「か え   さ  。そ    よ     り   しら」
 かすかに聞こえる会話。クリーオウは耳を澄ます。
「生憎、俺は戦うためのスキルを一切持ち合わせていない。
 俺ができることは、お前が俺の心当たりのある世界から来たことがわかるぐらいだ。
 伝言がある、お前は悠二という者を知っているか?」
 クリーオウがドアを叩く。
「し い   も   く  じ 死にな  !」
 ひとつは明らかに剣呑な怒声で、
「ひぃ  アハァ! ヒ    ァアッ! 」
 もうひとつはけたたましい笑い声で、
「そうか」
 それらのなかでも霞む事のない、消して大きくはないが、遥かにまで響く声が、
「ここが俺の終着か」
 自らの死を認めた。
 瞬間、駆けつけたクエロが、ドアからクリーオウを引き剥がす。
 もう一度、今度は至近からの爆音が響く。
「   !」
 大気が鼓膜を打ち払い、脳の奥で炸裂した。
 ホワイトアウトする視界。
 ドアの向こうで、右足を失った空目が気絶し、近くでクエロとサラが群青の獣と剣を交えるその部屋で。
 クリーオウの身体は、意識とともに瓦礫の底に沈んでいった。。

606最胸襲来  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/13(木) 18:50:20 ID:pBSSTsig
 生暖かい冷気の感触、首筋をなぞる水の気配に、クリーオウは跳ね起きた。
「気がついたか」
 隣にいた空目が震える声をかけた。
「っつ!」
「まだ、立たないほうがいい」
 気絶する刹那を思い出して立ち上がりかけて、とめた。
 空目の言葉が届いて、ではない。彼女はそのまま頭を抑えて膝をついた。
「気を失っていたのは一時間ほどだ、サラの見立てでは爆音で脳に圧がかかったのだそうだ。
 大事がなくてよかった。」
 空目の言葉は、やわらかい。それでも音の刺激は身体に染みた。
「大体のことは説明していく、答えなくていい。耳だけを傾けていてくれ。
 襲撃者が来た。あの悠二という少年の言っていたマージョリーという人物だろう。
 悠二との接触が仇になったな。廊下に出るまでまったくその存在に気づけなかった。
 その後戦闘になったわけだが最終的にはサラとクエロが追い払ったらしい。
 彼女たちはここにはいないが、生きているし大怪我でもない」
 クリーオウはその言葉に、ほ、と小さく答えた。
「続けるぞ、とにかくその戦闘で校舎はひどく痛んだうえに、あちこちで火がついた」
 半分以上は……といいかけて、口を噤む空目。
 クリーオウにも予想がついた。スクールブレイカーは伊達ではない。
「実際後者を庇っている場合ではなかったらしい。二人は学校を放棄することを決めたのだが、地下道は使わなかった。
 その辺りは後で説明する。現在位置はE-3の」
 そこで空目は言葉を止めて背後を叩く。
 こつこつと硬質な、しかし金属的でない音がした。
「大きな木の洞で休んでいる。二人は戦闘に行った」
 クリーオウは息を呑む。立ち上がろうとする彼女を、空目が片手で制した。
「俺たちは足手まといだ」
 一瞬クリーオウは顔色を変えた。が、もう一度、今度は目で抑えられる。
「クリーオウも同席していたが、彼女はフレイムヘイズだ。身体、魔術ともにかなりのものと悠二は言っていた。
 正直半信半疑か、いや、俺も制限に期待していただけか 」
 途切れた会話を伺うように、クリーオウは空目の表情を覗き見て、びくりと身を振るわせた。
 比較的陰気な空目を近寄りがたいこともあったが、それも怖いというまでではなかった。
「きょ、恭一 」
 彼の名前が、クリーオウの唇からこぼれる。
 それとともに、彼の表情も急速にいつもどおりの無愛想に近づいていった。
 それは一瞬の感情だったが、それでも衝撃だけは続いている。
 目つきの悪いものも見慣れたものだ、とは思っていたが、空目は美麗なだけに破壊力が違った。
 胸は未だ高鳴っている。
 それを彼はどう感じたのか、咳払いひとつ、
「すまない、話を戻そう」
 クリーオウ目を伏せがちに頷いた。
「問題は彼女がなぜ俺とクリーオウを殺さなかったかだ、俺は片足を失い気を失い、君も爆風で同じ状況だった。
 サラとクエロと戦闘を行っていたとはいえ、生き残るのは不自然だ、引き際がよかったのもだ。
 俺たちはわざと生かされた。繰り返すが俺たちは足手まといだ」
「あ、」
 クリーオウにもわかった。
「クエロとサラを疲れさせて、ころあいを見計らって?」
「そうだ、そしてそれが今だ。炎弾はサラが対処できるが、有効な攻撃がほとんどないのが痛い。
 爆弾は炎弾でかき消され、クエロも格闘術に心得があるそうだが、回避とサラのカバーで精一杯だそうだ。
 禁止エリアに誘い込む作戦で戦っているが、あまり期待はできないだろう」
 耳を澄ませば、雨音に混じって風を切る音が聞こえる。
「学校の地下道を通らなかったのも索敵能力のためだ、地下道は知られれば知られるほど利用価値が下がる。
 なにより戦闘になったとき、一本道は遠距離誘導火力と索敵能力に優れる彼女の独壇場だ」

607最胸襲来  ◆MXjjRBLcoQ:2005/10/13(木) 18:51:03 ID:pBSSTsig
 一息ついて、
「これからの指針だが、今、二案ある。ピローテスに助けを求めるか。彼女を撒いて地下にもぐるか。
 最初は地下にもぐる案を検討していた。サラの地図によればそこにも入り口があるらしいのだが、
 詳しい情報がない上に、禁止エリアにも近い。リスクが高い。そこで、ピローテスに助けを求める案が出た。
 ピローテスは相手の精神力つまりは魔術的要素の源を衰弱させる魔法があるといっていたな。」
 クリーオウは弱った顔で首をかしげた。覚えがないのだ。
「彼女がいればあるいは撃退は可能だろう。もちろんこれもリスクが高い、彼女のいると思われる森がまだ遠い上に
 どこにいるか見当がつかない、彼女の索敵能力に頼る上にそれでも勝てる保証はない」
 ふう、と空目は息を吐いく。
 それに含まれる熱に、クリーオウは気づいてしまった。
「恭一、大丈夫なの?」
 空目は片足を失い、雨に打たれてここまできた。
 今やしゃべるだけで体力を消費している。
 少し休む、と彼は目を瞑る。
 刹那の静寂。
「ねぇ、恭一」
 あらぬ想像に掻き立てられ、クリーオウは呼びかける。
 空目は苦悶の混じった寝息で応えた。
 
 空目は実はもう一案考えていた。
 安全で、確実だが、それゆえにリスクが高い。
 嫌疑をかけてることを明かした上で助力を請う。
 クリーオウが反感を買う、場合によっては、むしろ確実にこのチームは瓦解する。
 雨も戦闘もいつ止むと知れない。
 自らの疎外も知らず、クリーオウは2人の帰りを待っていた。

【E-3/巨木/1日目・15:30】

【六人の反抗者】
>共通行動
・18時に城地下に集合
・ピロテースは城周辺の森に調査に向かっている。
・せつらは地下湖とその辺の地上部分に調査に向かっている。
・オーフェン、リナ、アシュラムを探す
・古泉→長門(『去年の雪山合宿のあの人の話』)と
悠二→シャナ(『港のC-8に行った』)の伝言を、当人に会ったら伝える

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 軽い眩暈。
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図。ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。
     缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]: みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい。ピローテスと合流するか、D-4から地下へ逃げるか
[行動]:サラ クエロの帰りを待つ。


【空目恭一】
[状態]: 右足の膝から下を失う(応急処置)感染。ショック状態。 疲労。睡眠
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。《地獄天使号》の入ったデイパック(出た途端に大暴れ)
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。
     クエロによるゼルガディス殺害をほぼ確信。
    ピローテスと合流するか、D-4から地下へ逃げるか、クエロを頼るか。

[行動]:サラ クエロの帰りを待つ。ピローテスと合流
  
【E-3/巨木周辺/1日目・16:30】

【マージョリー・ドー】
[状態]:通常
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1300ml) 、酒瓶(数本)
[思考]:ゲームに乗って最後の一人になる。 
[備考]:現在、 戦闘中

【クエロ・ラディーン】
[状態]: 濃い疲労。
[装備]: 毛布。魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾×2
[思考]: 集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
     魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: サラの目的に疑問を抱く。
     空目とサラに犯行に気づかれたと気づいているが、少し自信無し。
    現在マージョリーと戦闘中


【サラ・バーリン】
[状態]: 疲労。感染。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、魔杖剣<断罪者ヨルガ>(簡易修復済み)
[道具]: 支給品二式(地下ルートが書かれた地図)、高位咒式弾×2
     『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。クエロを警戒。
     クエロがどの程度まで、疑われている事に気づいているかは判らない。
    現在マージョリーと戦闘中

ピロテース せつらは別行動中です。
学校で火事です。雨のため派手には燃えていませんが、中で火災は続いています。
燃え尽きる予想時刻は今夜になると思われます。

608タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 08:25:46 ID:fmBZ14cE
 二人の内で周囲を警戒しているのは、おかっぱに近い髪型の少女だ。
 彼女は雨や複雑な構造物によって閉ざされた視界の中、襲撃者を警戒している。
 と、その傍らに居る鉄パイプを持つ男が、鋭い目つきののまま少女に静止をかけた。
「……おい、あそこを見ろ」
 九連内朱巳が振り向くと、同行者であるヒースロゥ・クリストフがベンチを指差していた。
「何あれ? 血みたいだけど」
 そこはかつて、おさげの魔術士がベンチに横たえられた仲間の命を繋ぐ為、
 必死に魔術を紡いでいた場所だった。

 話は数十分ほど遡る。
 F-3の小屋が禁止エリアとなる前に、朱巳はヒースロゥを起こして再び移動することにした。
 最初は市街地に向かうつもりだったが、改めて地図を見ると一箇所、おもしろい物が
 目に入った。
 いま自分達が休憩している小屋以外に、人が寄り付かなそうな場所。神社だ。
 発動済の禁止エリアによって半ば隔離状態になっている上、袋小路で逃げ場がない。
 敵を警戒する者ならまず近づかない場所である同時に、すぐ上のエリアが侵入禁止になれば、
 全く身動きが取れなくなってしまう。
 その陣取るには不利過ぎる地形が、逆に朱巳の興味を引いた。
(この地図上の盲点に、あえて居座ってる奴等が居るなら……それは『動けない理由』もし
くは『他人と接触したくない理由』があるって事ね)
 そのような連中は、身ずから進んで戦闘行為を仕掛けてくる事も無いだろう、と判断した朱巳は、
 突然の針路変更に露骨な不満を示すヒースロゥに対して、
「前にも言ったけど、『禁止エリアの目的は、ある特定の地域への便利なルートを遮断したり、そ
こに長期間滞在している参加者を強制的に動かすためで、優先的に禁止エリアに指定された部分は、
移動に便利なルートか人が集まっていた場所ってことになる』って説明したじゃない」
 と、得意の口先で丸め込んだ後、二人して元来た道を引き返して来たのだった。

609タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 08:26:34 ID:fmBZ14cE
 そして神社に行くついでにと、立ち寄った海洋遊園地でヒースロゥの知人を探し始めた時、
 大規模な戦闘跡を多々発見する事ができた。
 眼前の血染めのベンチもその一つだろう。
 傷ついた誰かが寝そべっていたと思われるそれは、降り続く雨の中でもひときわ目立っていた。
「何故他の参加者たちは、平気で傷つけ合う事ができるんだ……!
この状況を楽しんでいる連中がいるとでもいうのか? ――許せん!」
 かつて〝風の騎士〟と呼ばれた男から静かなる怒気が発せられた。
 しかし朱巳は動じない。
「まあ、あんたが熱く再戦を希望を抱いてるフォルテッシモなんて"楽しんでる"
最たる例なんじゃないの……?。他にも沢山居るんだろうけど」
「分かっている……! だからこそ俺はエンブリオとやらを手に入れて――」
 隣で叫び続けられるとさすがにうっとおしいので、
 とりあえず朱巳は怒り心頭のヒースロゥをなだめる事にした。
「はいはい、そんなにカッカしないでよ。ちゃんと十字架探しは手伝ってあげるから。
それより今は情報収集と人探しが第一なんじゃない? 他に何か変わったものは有った?」
 
 朱巳の問いが、ヒースロゥに以前出会った不気味な人物の台詞を思い出させた。
『顔すら知らぬ者の事情を勝手に決めつる、罪を断定する、己が断罪者になろうとする。
人である君が人を裁こうとする。これは傲慢だと思わないかい?』

(悪いが俺の心に迷いはない。世界の敵とやらになろうが、このゲームをぶち壊す)
 ヒースロゥは嫌な思いを断ち切るように首を振った後、
 ため息をつきながら朱巳に向き直った。
「ああ、ここから50メートルほど南に倒壊した建築物があるな。――そこだ。見えるか?
瓦礫に何か埋まっている上に、周囲に鏡が散らばっていた」
「あれはミラーハウスじゃない? つまりここは数時間前まで戦場だった……」
「この戦闘跡からも、生存者もそれなりの負傷を負ったと推測できるな」
 腕を組み、血染めのベンチを見て呟いた朱巳の思考をヒースロゥが告げた。
「生存者は出来るだけ敵との接触を避けたいはずね。ならば人の集まりそうな市街地や、
見つかりやすい平原、後は……不意打ちされる可能性が高い森などを避けて休息するでしょうね」
 今度は逆にヒースロゥの思考を朱巳が告げた後、
「「故に比較的安全な神社に向かう」」
 最後に二人でそう結論付けた。
 朱巳は、暗く陰鬱な色彩がどこまでも続いている空に視線を向けて、
「そのまま神社で雨宿りしている可能性が高いわね」
「善は急げ、だな」

610タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 08:27:23 ID:fmBZ14cE
 その場より少し離れた、アトラクションの一角。
 疲労のため、壁に寄りかかって眠りこけている道服の少女の傍らで、
 床に寝そべって休んでいた一匹の犬がゆっくりと片目を開いた。
 F-2、F-1エリアを調査した後、雨宿りついでに休息を取り始めた李淑芳と陸である。
 しばらく一人と一匹で神社の方向を見張っていたが、特に変わった動向は見られ無かった。
 故に、神社に居るはずの他の参加者から襲撃される心配は無いだろう、
 と結論して、夜間活動のために体力の回復を図る事にしたのだった。
 しかし今、陸は不信な声を聞いたために、まどろむ意識を覚醒させて聞き耳を立てていたのだ。
(やっぱり誰かが付近に居るようですね……)
 声は男性の怒鳴り声の様だった。
 それからしばらくの間、陸は様子をうかがっていたが、やがて雨が建造物を穿つ音しか
 聴こえなくなった。
 安全を確認した後で、陸は淑芳を起こすかどうか迷った。
 自分が捜し求めるシズの声では無かったが、自分達に協力してくれるかもしれない。
 しかし、突如としてカイルロッドの死に様が脳裏に浮かび、
 見知らぬ人間に安易に声を掛けるのは危険だろうとも思った。
(さて、どうしましょうか?)
 しばらくの葛藤を経て、陸は淑芳を目覚めさせる案を却下した。
 今の自分達に必要なのは休息だ。戦闘になった場合は命に関わる。
 その後更に長い時間、陸は聞き耳を立てていたが、
 安全を確認すると再び意識を闇に沈めた。


【F-1/海洋遊園地/一日目・17:20】
【嘘つき姫とその護衛】
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、鋏、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。神社へ向かう。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他

611タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 08:29:03 ID:fmBZ14cE
【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:睡眠中
[装備]:鉄パイプ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳ついて行く。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。
    ffとの再戦を希望。マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品について知らない


【F-1/海洋遊園地/一日目・17:20頃】
【李淑芳】
[状態]:睡眠中/服がカイルロッドの血で染まっている
[装備]:呪符×19
[道具]:支給品一式(パン8食分・水1800ml)/陸(睡眠中)
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
    /神社にいる集団が移動してこないか注意する
    /呪符を作って補充した後、F-1で他の参加者を探す/情報を手に入れたい
    /夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃しています。『神の叡智』を得ています。
    夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。

612手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:53:10 ID:fmBZ14cE
 島の南端、禁止エリアによって半ば隔離状態になっている神社。
 その社務所にて、お下げの科学者が刻印解除の構成式と悪戦苦闘していた。
「むう、何度解除構成式を起動させようとしても失敗するな。
やはり俺とヴァーミリオンの知識だけでは刻――おおっと。脳内の英知が溢れ出てるな」
 ぶつぶつ喋りながら刻印の盗聴機能を思い出しては慌てて自分の口を塞ぐ。
 辺りには式の記されたメモの切れ端が散らばり、刻印解除の構成式を少しでも完成させようとする、
 自称・天才科学者――コミクロンの努力が見て取れた。
「パズルを組み立てようにもピースが足りん。いつもの俺ならエレガントかつスマートに
解決できる問題のはずなんだが……そうか! 主催者は俺の輝く知性すら制限したに違いな――」
「んなわけねえだろ」
 コミクロンの背後のソファの上で、ヴァーミリオン・CD・ヘイズが上体を起こして目をこすっていた。

「お目覚めか、ヴァーミリオン」
「17:15か。I−ブレインは機能回復したみたいだ……って、結構寒いな」
 ソファから立ち上がったヘイズはジャケットを探して――向かいのソファで眠る火乃香を視界に捕らえた。
(元、重傷患者のお姫様から布団を奪う事は……できねえな)
 そのまま首をコキコキと鳴らしながら周囲を見回し、窓が無い事を思い出し、最後に雨音を知覚した。
「気温が下がってるのは雨の所為か」
 極寒の世界の住人であるヘイズにとって、シティ・ロンドン以来の降雨だ。
 ヘイズはしばしの間感慨深げに瞑目した後視線を下ろして、
 コミクロンの周囲に散らばるメモの切れ端に気づいた。
「頑張ってるじゃねえか天才科学者。成果は上がってるのか?」
 机の上のカロリーメイトが幾分少なくなった事を確認しながらヘイズは問いかけた。
 コミクロンは脳内と紙上とで、随分長い間刻印と戦闘行為を繰り広げていたらしい。
「ふっふっふっ。安心しろヴァーミリオン。この大天才に"無為"は存在しない」
 いつものごとく笑みを浮かべたコミクロンが、自分の額をびしりと指差した後、
『長期に渡る調査と思考の結果、この刻印は現時点では絶対に解除不可能ということが判明した』
 と、手元の紙に書き付け、目の前の赤毛の男へ手渡した。
 ヘイズはしばらく沈黙した後、紙を破り捨てて厳かに宣告した。
「……よし。殴っていいな? むしろ殴らせろ」

613手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:53:56 ID:fmBZ14cE
 解除不可能? そんな事は午前中から分かってるだろうが!
 脳内でツッコミを入れながら、ヘイズは言葉どうりに拳を固める。
(I-ブレイン25%で起動)
 そのまま馬鹿を打ち倒すべく、I−ブレインを起動させて最適動作を導き出すと同時に、
「待て、ヴァーミリオン。早まるな。これは現状の再確認、言うなれば前座だ」
 動作開始ぎりぎりのタイミングで、焦燥あらわにした馬鹿が静止をかけた。
 ヘイズはコミクロンとはゲーム初期からの付き合いだが、今初めてコミクロンが言っていた
 知人――キリランシェロの悲哀に共感する事ができた。そんな気がした。
 
 とりあえず二人は机を挟んで対面し、改めてコミクロンのメモを眺めた。
 机上の紙には構成式の断片や、刻印構造の立体化に失敗した図形が乱雑に書き込まれている。
 その内の一枚、メモと化した紙の空白部分にヘイズは言葉を書き付ける。
『じゃあそろそろ本題に入ってくれ。ただ、短い有機コードをつないだまま机を見下ろすのも面倒だぞ。
かと言って、筆談すると紙がもったいねえな』
 盗聴機能を警戒してのメッセージだ。刻印については当然言及できない。
 ヘイズ問いに対してコミクロンはふっふっと笑い、
「良し、じゃあ前振り無しで言うぞ」
『無問題だ。便宜上、刻印の事を"火乃香の脳"とでも名づけて会話するか?』
 この提案に対してコミクロンは『諾』と紙に記すと、ヘイズに視線を合わせた。
 目がじゅう血してるぞ、とヘイズは言ってやりたかったが今は関係ないので保留する。
「これを見てくれ。"火乃香の脳"の構造を図式化して失敗した物なんだが……」
 コミクロンの指し示したメモには中央が空白化した図形が描かれている。
 自分達の知識ではそこまでしか刻印の図式化は不可能だったらしい。
 ヘイズは複雑極まる刻印を図式化したコミクロンの努力に感嘆しつつ、
「真ん中が虫食い状態だな。つまり、俺達の世界の技術はこの"火乃香の脳"の根幹を
理解する事が出来無いってか?」
「その通りだ。天才を称する俺にとっては悔しい限りだが……」
「気にすんな。"火乃香の脳"の構造なんて本当は解析不可能じゃなきゃいけねえんだからな」
 大げさに肩をすくめてみせるヘイズ。
 動作につられてコミクロンも同時に苦笑し、
「ふっ、確かにな。"火乃香の脳"を解析可能な俺達みたいな存在の方が稀有ってトコか。
じゃあ次にこれを見てくれ…………」

614手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:54:37 ID:fmBZ14cE
 その後しばらく"火乃香の脳"に対しての討論と考察の結果、
 二人は"火乃香の脳"の解析には、魂自体に食い込んでいるらしいその機能を
 無力化できる人物や、生体医学に精通した人物が必要な事、その他の不確定な
 箇所の機能についてある程度の予測を立てる事に成功した。

「人体に精通した人物が発見できない場合は、俺が何とか考えてやる。
他の箇所の機能が明確になるにつれて、解読可能な箇所が増えるかも知れんからな」
「じゃあ演算と構成式の仮想の起動実験はこっちが引き受けるぜ」
 直後、気が緩んだコミクロンは吐息とともに背後の椅子に倒れこんだ。
 無理も無い。ヘイズ達が寝ている間中ずっと刻印の研究に打ち込んできたからだ。

 ギシギシと椅子の背もたれを鳴らしがら、自称・天才科学者は悲運を嘆いた。
「あー、全く何でこの天才がこんな目に……まあ、激怒したティッシに
追い掛け回されるより、当人比で1.8倍ほど楽なんだがな」
「腕を斬られてその感想かよ……そのティッシって奴の恐ろしさは良く分かった。
まあ、カロリーメイトでも食ってろよ。放送聞いたら移動するかもしれねえからな」
 ヘイズが手渡したカロリーメイトを受け取りながら、コミクロンはなおも呟く。
「腕か……魔術に制限が無けりゃあ楽につなげたんだが」
 それを聞いたヘイズは、即座にギギナと名乗った男との闘争を思い出した。
 向けられた殺意。煌く刃。轟く咆哮。飛び散る血流。苦悶の声……。
 あの時自分は襲撃に焦り、無二の協力者たるコミクロンは重傷を負った。
 あと一歩、破砕の領域の展開が遅れたら二人してあの世行きだっただろう。
 だが、それでも、自分は謝罪しなければならない。
「……コミクロン」
「何だ? いきなり改まって」
「ギギナの斬撃、あれは俺のミスだ。あの時俺が焦っていなけりゃあ、
最初から破砕の領域でギギナの手を直接解体して、お前は五体満足でいられたんだ」
「…………ほれ」
 うつむいた視線の先にカロリーメイトが突き出されて、
「腑抜けた顔を見せるなよ。女にふられた直後のハーティアみたいだぞ。
もしくは、ティッシとアザリーの両方に詰め寄られたキリランシェロか……。
まあ、カロリーメイトでも食ってろよ。放送聞いたら移動するかもしれんからな」
 つい先ほどの自分の言葉が返ってきた。
「換骨奪胎しやがって……」
 そう呟くヘイズの顔は苦々しくも微笑んでいた。

615手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:55:40 ID:fmBZ14cE
(後悔しても始まらない……か)

 今更だが、ヘイズは己の非を悔いているのは自分だけでは無い事に気づいた。
 コミクロンや火乃香だって自身に架せられた制限によって
 苦境に立たされている事に違いは無い。
 現に、眼前のコミクロンはシャーネの死に対して今でも自分を責めているはずだ。
 きっと自分達以外の参加者も、能力制限に苦しんでいるはずだ。
 ヘイズは右手を眼前にかざし、あらん限りの力を持って拳を固めた。
 ――いつもと同じ握力だ。身体に制限は無い。
(I−ブレインの能力低化が何だってんだ? 元々俺は魔法なんか使えねえ。
生まれた時と同じ様に、世界は俺に何ら期待を抱いちゃいない。
期待外れの……欠陥品だ)
 ヘイズは拳を開いて、ゆっくりと視線をコミクロンに向ける。
 正面に座る天才は、いまだにカロリーメイトを吟味していた。

 もそもそとカロリーメイトをかじるコミクロンに、
 ヘイズは何故か微笑さを感じた。
「"火乃香の脳"か。全く、めんどくせえ難物だよな」
 何となくもらした感想に、お下げの頭が反応する。
「同感だな。中枢に手が出せない限り進展は望めん。出口の無い迷路みたいだ」
 微妙な例え方だな、とヘイズは苦笑しながら近くのソファに腰を下ろした。
 自分が熟睡できただけあって、なかなか良い座りごこちだ。
「あとは地道に人探し……だな」
「ああ。だが、この大天才すら解析にてこずる"火乃香の脳"について、
機能を熟知している人物など存在するのか?」
(I-ブレインの起動率を35%に再設定)
「ざっと演算してみたが、5〜7人程度がいいとこだな」
「俺達が最初に出会えたのが不幸中の幸いか……"火乃香の脳"の構造解析なんかより、
人造人間を徹夜で組み立る方がまだマシってもんだぞ」

616手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:56:25 ID:fmBZ14cE
 二人は同時に吐息を吐いた。
 火乃香はいまだにソファの上で眠っているはずだ。
 もしも彼女に話を聞かれていたならば、二人とも無事では済まないだろう。
 片結びと青髪化の危機は現在進行形で存続している。
「残り60余人の内、"火乃香の脳"の構造解析が可能なのは5〜7人か。先は長いな……」
「しかも制限時間付きだ。この先もっと死ぬだろうからな」

 その時、ヘイズの脳内時計が17:30を告げた。
 休憩終了まで、あと三十分だ。



【戦慄舞闘団】
【H-1/神社・社務所の応接室/17:30】
 
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。寝起きでちと寒い。
[装備]:
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

617手札の確認  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 12:58:08 ID:fmBZ14cE
【火乃香】
[状態]:浅く睡眠中。やや貧血。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:"火乃香の脳"が何だって……?(微妙に話を聞いてたり、聞いてなかったり)


【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、エドゲイン君、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。


[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:放送まで休息・睡眠
        
※応接室のドアは開きません。破壊するのは可能。
カロリーメイトは凸凹魔術士が完食しました。


「タイトル未定」の続きなんだが、長かったので別の話として分割。

618傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:04:39 ID:fmBZ14cE
「おい、ヴァーミリオン」 
 物思いにふけっていたコミクロンはある事に気付き、
 正面に座る赤髪に問いかけた。
「雨が止んでるんじゃないか?」
「……そうだな。特に意識してなかったが、雨音が聞こえねえ」
 しばしの沈黙の後、ヘイズは肯定を示した。

 雨が止んだのはヘイズにとってなかなかの朗報だ。
 目下の悩みは、指をはじいた音で空気分子を動かして起動する、
 彼の得意技たる破砕の領域は雨に弱い事だった。
 ランダムで落下する水滴が、論理回路形成に絶対必要な超精密演算を
 狂わすからだ。
 他人の音声などによる分子運動の誤差は、今の演算能力で十分埋められる。
 だが、多量の雨による阻害となると話は変わってくる。
 落下中の水滴一つ一つが空気に及ぼす影響を演算し、なおかつ地表に落下した
 水滴が発する音すら予測して指をはじかなければならない。

 I−ブレインの演算能力低化に苦しむ今の彼には酷な現実だった。
(破砕の領域一発のためにI−ブレインが機能停止したら、洒落になんねえ)
 知人の天樹錬は分子運動制御を使用できるので、雨の中でも問題ない。
 しかし、出来損ないのヘイズはその演算力の代償として一切の魔法を使用できない。
 故に、このまま雨が続いたならば苦戦は必至と覚悟を決めていたのだが――。
「こいつは……ついに運が巡ってきたか?」
「午前中もそう言って、現在はこーゆー状況なんだがな」
 と、お下げの科学者が眼前に数枚のメモを掲げて見せた。

619傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:06:01 ID:fmBZ14cE
(ぐ、現実的なツッコミだぜ)
 確かに森や海洋遊園地では散々な目に遭った。
 殺されかけたり、殺されかけたり、殺されかけたりした。
(命の危機が三連発かよ……もういい加減慣れてきたけどな!)
 しかも頼みの綱である刻印解除構成式は、知識不足でいまだに未完成だ。
 更には貴重な仲間を一人失い、自分達の状況は悪化する一方だった。
「くそっ! "火乃香の脳"さえどうにかなりゃあ
こっちも自由に動けるってのに……!」
「憤るなよ、ヴァーミリオン。"火乃香の脳"の中枢構造が理解できん事には、
俺達は手も足も出せないんだからな」

 "火乃香の脳"とは刻印の事である。先ほどから二人は筆談や有機コードでの会話を
 放棄して、堂々と口頭会話で刻印解除について論議していた。
 会話をする上で、刻印の盗聴機能を意識する二人は"火乃香の脳"と呼んだのだった。
 これなら管理者に盗聴されても『馬鹿な仲間』について嘆きあう哀れな
 参加者としか理解されないだろう。

 その時、
 コミクロンは向かい合ったヘイズの背後で、何かが動く気配を感じた。
「ほ、火乃香……ようやくお目覚め――」
「静かに……誰かが近くに来てる」
 火乃香の目覚めに対して露骨にどもるコミクロンの台詞を断ち切り、
 彼女は閉ざされた扉の向こうに意識を集中させる。
 それにつられて、男二人も扉の方に視線を向けた。
 しばしの間、応接室に沈黙の帳が下りる。
 痺れを切らしたコミクロンが、火乃香に視線を戻そうとした時、
 ――ジャリ、
 何者かが砂利を踏んで歩を進める音が聴こえた。

620傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:06:52 ID:fmBZ14cE
「随分と霧が出てきたわね……」
 九連内朱巳は先行しているヒースロゥ・クリストフに声をかけた。
 だが、鉄パイプを片手に進むヒースロゥの足取りは衰える事無く、
 濃霧を物ともせずに突き進んでゆく。
 その心の内には、ゲームに乗った愚か者に対する怒りの炎が
 激しく燃え盛っているはずだ。

 神社への道中、遊園地から続く浜辺にはくっきりと三人分の
 足跡が残っていた。
 不安定な歩幅からして、最低でも一人は負傷しているらしい事を
 朱巳は確信した。
(あの炎の魔女が死ぬくらいなら、どんな強者が居てもおかしくないわね)
 最悪の場合、三対二の乱戦にもつれ込むだろう。
 乱戦の中でヒースロゥから離れたら終わりだ。自分の本領は闘争ではない。
 万が一のために幾つか逃走経路を設定したが、禁止エリア沿いに逃げる
 ルート以外に確実な脱出法は見つからなかった。
(まあ、こんな所に逃げ込んでる奴等は喧嘩を売ってきたりしないはずよね)
 と、突然ヒースロゥがその歩みを止めた。
「何か見つけたの?」
 背後からの問いかけに対して、ヒースロゥは静かに朱巳と向き直り、
 二つの動作で答えを示した。

 一つは、人差し指を立てて己の口の前にかざした事。
 もう一つは、手に持った鉄パイプで砂利に残った足跡をなぞり、
 その切っ先を神社の社務所に向けた事だった。

 朱巳は悟った。
(負傷者は――この中に居る)

621傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:07:35 ID:fmBZ14cE
 応接室の中も緊張で張り詰めていた。
「足音から察するに……二人か?」
「当たり。そのままこっちに来るみたいだね。しかも両方とも素人じゃない」
「最悪だ。マーダー二人組みって事はねえだろうな?」
(I-ブレインの動作効率を50%で再定義)
 舌を鳴らしたヘイズは即座に最良の戦法を練り始める。まだ間に合う。
 演算を開始したヘイズの背後から、エドゲイン君を持ち出したコミクロン
 が後ろから囁いてくる。内容は予測済みだったが。
「甘いぞ、ヴァーミリオン。善良な一般人が禁止エリアに囲まれた袋小路に
わざわざ出向く理由が無い」
「しかも怪我人じゃない。気の乱れが見られない」
 火乃香が続けた。もはや黙って隠れる義理は無い。
 殺られる前に、殺る。

(I-ブレインを戦闘起動。予測演算開始)
 同時にI-ブレインが最適な戦法を叩き出した。
「奴等が前に来たらコミクロンが扉を吹き飛ばせ。
破壊と同時に俺が左、火乃香が右を警戒しながら飛び出して先手を取る」
「一応、威嚇と警告はするんでしょ?」
「俺がやってやるよ」
「援護は出来んぞ。連続で魔術を使うとヘイズの頭に負荷が掛かる事は、
前々から承知だ」
 すまん、とコミクロンに告げる間もなく、相手は社務所に進入して来た。
 火乃香が予告した通りに、隙が無い歩法だ。
 直後に遠くで扉を開く音がした。
 と、言っても足音と同様にほとんど音を立てないままだが。
 あの時火乃香が目覚めないで、コミクロンと二人で話し込んでいたとしたら、
(確実に奇襲を喰らってたな)
 今一度、睡眠状態でも警戒を怠らなかった火乃香の鍛錬の度合いに
 驚嘆させられる。
 思考する間に、歩行音が近づいてきていた。
 進入者達は、社務所の入り口からどんどん扉を開きながら進んでいるようだ。
(さて、コミクロン。ここはタイミング命だぜ。お手並み拝見といこうじゃねえか)

622傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:08:25 ID:fmBZ14cE
 朱巳は入り口から四番目の扉を前の扉同様、ほとんど音を立てずに開け放った。
 瞬間、鉄パイプを持ったヒースロゥが間髪入れずに突入する。
 その背後に隠れつつ、握った砂利を投擲しようとして――人気の無さに気付いた。
 ここも無人だった。残った扉は二枚のみ。
 数秒後に、安全を確認したヒースロゥが無言で部屋から出て来た。
 室内で警戒すべきは挟み撃ちだ、と社務所捜索前に提案してきたのは彼だ。
 そのまま一度視線を合わせ、申し併せどうりに次の扉の前に立つ。
 作戦は簡単だった。
(あたしが扉を開いて、ヒースロゥが殴りこむ)
 朱巳が手に持った砂利は威嚇・目潰し用であり、あくまで前衛のヒースロゥが
 敵を打ち倒すための補助に過ぎない。
(要は先手を打てればいいのよ。とことん闘う義理なんてないじゃない)
 朱巳はそう考えていた。最も、ヒースロゥは殺人者に手加減する気は無いだろうが。
 そのヒースロゥが自分の横に移動し、僅かに頷いた。突入だ。

 朱巳が眼前の扉に手を掛けた途端、
「――罠だ!」
「コンビネーション4−4−1!」
 ヒースロゥに突き飛ばされた数瞬後、先ほどまで眼前に存在した扉が粉砕した。
(粉々に? この攻撃は……! フォルテッシモ?)
 錯乱した思考は、しかしすぐに立て直される。
(違う。あいつは隠れたりしないし、攻撃前に叫ばない)
 じゃあ何者か? と問う直前に、扉の中から二人の男女が踊り出た。
 そのまま二人は、まるで定められた進路が有るかのように左右に分かれ、
 朱巳の眼前には赤髪の男が迫ってくる。
 そのニヤついた顔を見るなり、朱巳は砂利を投擲していた。
(嵌められた――)

623傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:09:14 ID:fmBZ14cE
 ヘイズが左に方向転換した瞬間。
 目の前の少女が床の上で体勢を立て直していた。
 見た限りは非武装だったが、
「ふざけるんじゃないわよ!」
 手首を返して砂利を投擲された。対応が自分の予測より0.3秒程速い。
(I-ブレインの動作効率を80%で再定義)
 しかしヘイズは迫り来る小石の軌道を一ミリの誤差無く予測。
(予測演算成功。『破砕の領域』展開準備完了)
 自分の顔面に命中すると思われる石は、
 指を鳴らして発動させた解体攻撃で残らず破壊。
 威嚇と警告は自分の役目だ。
 そのまま加速し、立ち上がった少女の眼前に指を突き出し、問いかけた。
「まだやるか?」
 
 ヘイズの背後ではしばらく金属音が打ち鳴らされていたが、数秒後に沈黙した。
 エドゲイン君を抱えたコミクロンが火乃香の援護に回ったために、
 少女の連れの男も形勢不利を悟ったようだ。
 横目でちらりと後ろを除くと、鉄パイプを正眼に構えた男が火乃香に対して
 後退していくのが見えた。無傷なところをみると、どうやら相当の達人らしい。
 確認を終えたヘイズは、再び少女に向き直った。
「で、どーするよ? 個人的には投降してくれるとありがてえんだけどな」
 突き出した指の先、少女はやけにふてぶてしく答えた。
 自分に銃を突きつけられた天樹錬と、何処か似ている。そんな気がした。
「分かりきった事言わないで。投降するも何も元から選択肢なんて無いじゃない」
「理解が早くてうれしい限りだ。じゃあ……そっちの鉄パイプ持ったお前!
三対一になったがみてえだが投降してくれるか?」
 男はしばらく黙していたが、火乃香が間合いを一歩詰めると観念したように口を開いた。
 相変わらず隙の無い構えのままだったが、交渉には付き合う気があるらしい。
「一つだけ、聞かせろ。貴様らはゲームに乗っているのか?」
「いや、むしろ逆だ。俺達はマーダー共に襲われっぱなしで、いい加減辟易してる」
 ヘイズからの返答が放たれた瞬間、コミクロンが木枠を手放した。
 そのまま左手を頭の上に掲げて、無防備だぞ、とばかりに男の眼前で一回転する。
 コミクロンの前に居た火乃香も同じように騎士剣を床に置く。さすがに回転しなかったが。
 仲間に習ってヘイズも両手を頭の上で組み合わせた。
「信じて……くれるか?」
 男は少女を見て、ヘイズ達を見て、床の武器を確認したあと、吐息を吐いた。
 直後に自分の鉄パイプを投げ捨てながら、
「信じよう。俺はヒースロゥ・クリストフだ」
 後には、鉄パイプが廊下を転がる音のみが残った。

624傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:10:35 ID:fmBZ14cE
【戦慄舞闘団】
【H-1/神社・社務所の応接室前/17:35】
 
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。


【火乃香】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:"火乃香の脳"が何だって……?(魔術士の話を聞いてたり、聞いてなかったり)


【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:嘘つき姫とその護衛との交渉。
       騎士剣・陰とエドゲイン君が足元に転がっています。

625傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q:2005/10/16(日) 22:12:37 ID:fmBZ14cE
【H-1/神社・社務所の応接室前/17:35】
【嘘つき姫とその護衛】
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、鋏、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。戦慄舞闘団との交渉。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他


【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳ついて行く。戦慄舞闘団との交渉。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。
    ffとの再戦を希望。マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品について知らない。鉄パイプが近くに転がっています。


「手札の確認」の続きだったんだけど、長いので分割。
なんか最後の方がぐだぐだだ。

626タイトル未定(1/3) ◆Sf10UnKI5A:2005/10/22(土) 00:34:02 ID:RB9CPqq.
 港の一角にある診療所。
 その内部、一階で、黒衣の青年が尊大な少年と不安げな少女を見据えている。
「……で、お前は結局の所何が言いたいんだ?」
 先に口を開いたのは黒衣の青年――ダウゲ・ベルガー。
「先ほどの零崎君も言っていたでは無いか。仲間になってもらいたいのだよ。
脱出&黒幕打倒同盟の一員としてね」
 答えるのは、恐らくこの島で最も尊大な存在――佐山御言。
「その言葉は――」
 ベルガーは、死体――坂井悠二の横に落ちていた狙撃銃PSG−1を素早く取り上げ、
銃口を佐山へと向けた。
「こういう行動に出る相手に向かっても吐けるのか?」
 しかし佐山は彼の言葉に態度を変えず、ただ微笑み続ける。
「私は相手が何者であれ、このゲームを打破するために協力を求める。
実際、零崎君とは少しばかり命の取り合いをした仲でね。
彼は私に負けたことで、気が向く間は協力すると約束してくれた。
君も同じ様な過程をお望みかね? ……ふむ、そう言えば名を聞いていなかったな」
「自分が世界で一番だと思ってるようなガキに教える名は持っていない。
それに、俺は零崎とやらとは違いこうすることも出来る」
 つい、とベルガーは銃口をわずかにずらした。
 それが狙っているのは、佐山の斜め後ろにいる少女――宮下藤花。
 藤花は驚きと恐怖が混じった色を顔に浮かべるが、佐山は依然平然としている。
「ふむ……。残念だ、まことに残念だよ黒衣の君。
その銃はちょっとした戯れにそこに置いておいた物でね。弾丸は全て抜き取ってある」
 その言葉を聞いて表情が変わったのは、藤花一人だけだった。
「ちょっとしたテストだよ。私に敵として向かい合う者が、どのような行動を取るのかを見るためのね。
無論誰も来なければ回収するつもりだったのだが、この島では些細な戯れすらすぐに意味あるものとなる。
――“必然”の存在を疑いたくはならないかね?」

627タイトル未定(2/3) ◆Sf10UnKI5A:2005/10/22(土) 00:34:58 ID:RB9CPqq.
 数秒の沈黙の後、ベルガーはPSG−1を降ろした。
「なるほど、お前の言いたいことも少しは理解出来た。
だが今は協調する気は無い。少なくとも、あの零崎人識をどうにかするまではな」
「ふむ、同行者のために仇討ちの手伝いかね。私としては賛成しかねる思考だが」
「ならば尋ねよう佐山御言。君は、この島に一人連れて来られたのか?」
 ほんのわずかに間が空いた。
「名簿には、知人の名が四つほど見られたが」
「殺されたか?」
 率直な質問。だが、佐山御言はそんなもので――
「俺の友人はこの島で殺された。死体を見たぜ。首を刃物でやられていた。
どんな偶然か俺はあいつを埋めてやる羽目になった。
意外も意外だ。あいつはこんな所で死ぬタマじゃない」
 叩きつけられる言葉は非常にシンプルだ。
 ベルガーはPSG−1を捨てると、佐山へ向けて一歩踏み出した。
「だが死んだ。殺されていた。どこの馬の骨とも知れぬ輩に。
俺は生きてこの島から帰る。だが、その前にあいつの仇を取ってやらないといかん。
そうしないことには顔向け出来ない連中がいるんでな。
――顔色が悪いぞ、佐山御言」
 佐山の脳裏に浮かぶのは、既に存在しないモノの姿。
 佐山の心臓を締めるのは、既に存在しないモノの記憶。
 佐山の契約を壊したのは、既に討つと誓った世界の敵。
「同盟が組めない以上、俺はここから大人しく去ろう。だが、二つやることがある」
 ゆっくりと近寄るベルガーを、佐山は額に汗浮かべ正面に見据える。
「一つは、坂井悠二の亡骸の回収。嬢ちゃんに頼まれた仕事だ。
もう一つは――」
 彼我の間隔数メートル。ベルガーはその位置で踏み込みに全力を込め――

「他人の心を顧みない傲慢な馬鹿に、一発説教食らわすことだ!!」

628タイトル未定(3/3) ◆Sf10UnKI5A:2005/10/22(土) 00:36:47 ID:RB9CPqq.
 ベルガーの太刀筋は速かったが、所詮予測された動きだ。
 佐山は胸の痛みを無視し、G-Sp2で受け止めた。
「顧みぬのではない! 見据え、堪え、――乗り越えるのだ!!」
「それが出来ない人間には何を求める!?」
 佐山の低い蹴りを、ベルガーは素早く引いて避ける。
「ただ一つ! この最悪のゲームを破壊するための力を!!」
「……っざけンなガキが!! 慢心と共にある力の行く末をテメエは知っているのか!?」
 ベルガーは佐山に答える間を与えなかった。
 それまで連続して振られ続けていたベルガーの刀は、ほんの一瞬の内に投擲されていた。
 全力で飛ばされた刀が向かう先は、佐山ではなく、
「ひっ!?」
 ――宮下藤花。
「くっ!」
 うめき一つだけを漏らし、佐山は強引に身を捻り刀を叩き落した。
 しかしその動作に費やした時間は、同じだけベルガーの攻撃に費やされる。
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
 放たれるのは詞(テクスト)ではなく、怒気の込められた叫び声。
「ぐっ!? ……は、ぁっ…………」
 ベルガーの一撃が正確に佐山の鳩尾を打ち抜き、佐山はその場に崩れ落ちた。

「いいか佐山御言。あそこで宮下とやらを庇わなけりゃ、お前はあの零崎人識以下の生物だ。
しかし、君は守った。だから俺はこれ以上口も手も出さん。
だが言っておくぞ佐山御言。
俺はこの島で知り合った人間で、俺以上に君の言葉が、君の論が通じない奴を二人は挙げることが出来る。
そいつらは零崎のような人間ではない。お前と同じ様に自分の信念を持っている人間だ。
どうやってこの島の人間全員を仲間にするのか、よく考えておけ。
二度は言わない、忘れるな」

 そこまでを聞いて、佐山の意識は闇に落ちた。


※この後ベルガーの行動が少し入る予定です。

629スリー・オブ・ザ・アザー(三匹の子豚) ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:42:32 ID:2hhtcUkM
 十階建てのビルの屋上。
 風の吹くそこで、人の話す声が響いている。

『――というわけで、“殺し合い”というのは“日常”なんですね』
『なるほど。“日常”ですか』

「――面白いかい?」
「ええ。なかなか興味深いわ。……あなたは、なに?」
「自分がなんなのかなんて、分かってる人はあまりいないんじゃないかな。まあ――極論してしまえば、君と同じようなものだよ」
「そのようね」

『そう。ヒトは常になにかと“殺し合い”をしている。食事をするってのは、豚とか魚とかを殺してるわけだからね。
 動物だけじゃない。野菜とか果物とか、植物だって元は生きてるんだ。“殺し合い”の結果で食べる側に回っているけど、もしかしたら食べられる側にいたかもしれない』

「それはどちらについての言葉かな。ああ、意味のない問いだから答えは要らないよ」
「なら返答はしないわ……ところで、私はあなたをなんと呼べばいいのかしら?」
「これは失礼。ぼくは――そうだね。“吊られ男”だ。魔女につけられたこの名が、いまのぼくには一番相応しいだろう」
「“ザ・ハングドマン”? 妙な名前ね。でも似合ってるわ」
「ありがとう。君は?」
「自分がなんなのかを分かってる人は、あまりいないらしいわよ」
「そうみたいだね。出来れば名前を教えてくれると、今後の会話が弾むと思う」
「――“イマジネーター”と、そう呼ばれることもあるわ」
「似合っているよ」
「皮肉?」
「そう聞こえたかい? なら謝ろう」

『確かにそうですね。辺境では“人を食べる”というのも聞いたことがあります』
『うん。だから“私たちは殺生をしたくないので野菜しか食べません”なんて連中には憤りを感じるね。
 野菜や果物は食べるけど、豚や牛や鶏や魚が可哀相だから食べない。これは酷い差別だね』
『差別……ですか』

「――これで、私たちの自己紹介は終わったわ」
「君はどうするの







 ○ <アスタリスク>・3

 介入する。
 実行。

 終了。







630 ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:43:14 ID:2hhtcUkM
『確かにそうですね。辺境では“豚を食べる”というのも聞いたことがあります』
『うん。だから“私たちは殺生をしたくないので土しか食べません”なんて連中は尊敬に値するね。
 動物も植物も生き物だから食べない。ミミズのように土を食べて生きていく――これは素晴らしい試みだよ』
『生物として無理があるような気がしますがねえ』

「無為だよ、名も知れぬ君。僕も彼女もそれの干渉は受けない」
「干渉されることすら出来ない、と言ったほうが正しいのでしょうけど」







 ○<インターセプタ>・2

 <自動干渉機>、私に機会を。







『差別……ですか』
『“豚は可哀相だから食べない”――これは一見博愛主義のように思えるかもしれないけど、違う。
 豚が食べられる側なのは常識だから、“豚は殺し合いの相手にもならない”と無視することなんだ。これは酷い侮辱だね』
『手厳しいですねえ』

「――御初にお目にかかるのです」
「これは丁寧に。……なんと呼べばいいのかな?」
「では、あなたたちに倣って<インターセプタ>と」
「倣う必要はないのよ? あなたは私たちとは違うのだから」

『少しきつい言い方かもしれないけど、大人は少しきついぐらいじゃないと理解できないからね。
 その点、子供は理解が早いよ。うちの弟夫婦が菜食主義だったんで、甥っ子は肉を食べたことがなくてね。
 先日、レストランで食事をご馳走したら、“豚さん美味しいね!”って喜んでましたよ』
『子供は純真ですねえ』

631 ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:44:08 ID:2hhtcUkM
「それで……あなたは何をしたいのかしら? <インターセプタ>」
「ここには、わたしの世界の人たちがいます。わたしは彼らを助けたいのです」
「――此処について、ある程度は分かってるんじゃないのかな。君の行動は徒労だと思う」
「……それでも」

『前々から何度か言っていると思うんだけど、食物に対する“尊敬の念”を失くしているようでは、いずれこの国は滅びるよ』
『や、それは少し大げさなのでは。たかが食べ物でしょう?』
『“たかが食べ物”すら各下に見て侮辱するのに、“たかがヒト”を同列に扱っていけると思うかい?』

「それでもわたしは助けたいのです」
「それが……あなたの“役割”なのね」
「“役割”か。ならば既にそれを終えたぼくは……なぜまだいるんだろうね」

『はい。それでは今日の結論をお願いします』
『“食べ物”に対する“尊敬の念”。これすら持てないようでは、いずれ泥沼の戦争で人類は破滅する。
 そうならないように、一食一食に気をつかわなければならないんだ』
『ありがとうございました。それではミュージックタイムに移ります。本日のリクエストはPN.不気味な泡さんより、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」です』

「好きね、彼も」

『――なみっだ流してあんのひっとは〜、わっかれっを告っげるっのタッブツッ』
『し、失礼しました! ええと、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」でしたね。少々お待ち下さい』

「――じゃあ、私はやることがあるから」
「行くのかい?」
「ええ。管理者とやらの力に興味があるの」
「徒労に終わると思うよ」
「何もかも知ってると信じているものの言い草ね」
「そう感じてしまうんだ。此処で何をしようと何も変わらないし、そもそもぼくたちに出来ることはほとんどない」

『――♪ おーおー。今日もゆくゆく黄金色〜。頑張れ正義の贈賄ブツッ』
『し、失礼しました! 今日は機器の調子が悪く――マイスタージンガーだっつってんだろ無能!――少々お待ち下さい』

「それでも私はやらなければならない。それが私の“役割”だから」
「――わたしも、やらなければいけないのです」
「自分で自分の役割を決めて動かなければ、ゲームの駒にされるだけ、か……」
「……このゲーム、何のためにあるのかしら」
「――“吊られ男”さん、もしかしたらあなたは知っているのではないですか? このゲームの目的を」
「それは簡単なことだ。実に簡単なことだよ」

632 ◆E1UswHhuQc:2005/10/23(日) 02:44:52 ID:2hhtcUkM

『――満天の星々に感謝を
   地にあふるる花々に感謝を
   そして我が最愛の人に祝ブツッ』
『し、失礼しました! ――だぁからマイスタージンガーだっつってんだろーがっ! テメエこの仕事何年やってんだ!』
『い、いや自分は先日入ったばっかのバイトで』
『黙れ豚』

「――心の実在を証明すること」







 ○<インターセプタ>・3
 彼らとの接触には意味があった。
 このゲームの目的を知ることが出来たのは、大きな収穫だと言っていいだろう。
 心の実在の証明。
 そのためにこの世界は創られた。巨大な実験場として。
 全ては複製であり、宮野秀策も光明寺茉衣子も偽者である。ならばわたしは何もしなくていいはずだ。
 だが、疑問が残る。
 なぜわたしまでもがこの世界に在るのか。わたしも偽者なのか。<自動干渉機>さえもが創られているのか。
 なんのために?
 疑問を解消するために、わたしはこのゲームを見届けようと思う。
 そして、例え偽者であろうと、<年表管理者>として宮野秀策と光明寺茉衣子を救いたいと思う。










『――えー、放送機器の調子が悪く、大変お待たせしましたが、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」です。どうぞ』



『――――♪』








 ○<アスタリスク>・4
 終了する。
 実行。

 終了。

633竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:09:04 ID:fmBZ14cE
 B-3エリアのビルの一室。
 「風雨の下で長時間行動するのは身体に障る」と主張する医者に連れられて、
 崩壊した病院から隣の区画に移動した藤堂志摩子ら一行が休息を取っていた。
 ダナティアと終は、ビルじゅうを巡った後になんとか衣服を発見し、
 その間に志摩子は水と食料を補給した。
 メフィストは静かに窓の外を眺めている。外見は余裕そうに見えるが、
 刻印や吸血鬼などの懸案すべき事項が多すぎて、一時たりとも彼が思考を停止する事は無い。

 ようやく態勢が整い、一同が今後の行動を定めようと集まった時、
 真っ先に口を開いたのはダナティアだった。
「6時まで待ってくれないだろうか? そうドクターは主張しましたが、
今どうしても伝えなけれならない事が幾つか――」
「カーラの事か?」
 ダナティアの言葉をぶっきらぼうにさえぎったのは終だ。
 土砂に埋もれたり、ズブ濡れになった所為か、先ほどまで彼は不機嫌そうだった。
 服を見つけた後に「腹が減った」などとのたまい、
 志摩子が集めた食料にさっそく手を付け始め、現在は腹の虫が治まったかの様に見えいたが、
 やはり灰色の魔女の事が頭から離れなかったようだ。
 終の言葉に志摩子は息を呑み、メフィストはしばしの沈黙の後に話の続きを促した。
「ええ、彼女の事も関係しているから、しばらくの間黙って聞いていてくれるかしら?」
 ダナティアの返事に対して終は素直に手に持っていたパンを置き、
「別に良いけど……こいつはけっこう長くなるのか?」
「ええ、そうね。夢の話よ……魔王の下に魔女が集った夜会の夢。
運命と言う名の偶然に導かれ――深層心理の奥底にて招かれた“無名の庵”で出会った、
闇の世界の住人“夜闇の魔王”――神野陰之。このゲームの主催者との対話の夢よ」

634竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:10:19 ID:fmBZ14cE
 瞬間、今まで沈黙を貫いてきたメフィストが僅かに眉をひそめた。
 しかし、その眼光は衰えず、食い入るようにダナティアを見つめる。
「今、何と――神野? ……あの神野陰之か」
 ――神野陰之。“いと古き者の代理人”や“名付けられし暗黒”その他様々な名称で
 古い時代から呪術の書物に稀に顔を出す謎の人物としてメフィストは彼を知っていた。
 だが、自身は実際にはその存在を認めてはおらず、まさかこんな場所で彼の
 名前に出くわすとは思っても見なかった。
 神野の力は強力で、現代の魔術が通用しないらしく、「神野の由来より古い呪物を
 持ち出さないとその存在に対抗する事が出来ない」と言われる厄介な相手らしい。
 それでいて最高の魔法のくせに、自分で何かを始める事が出来ない存在――、
 故に黒幕は二人組だろうとメフィストは推測した。

「ご存知なんですか?」
「当然の事だが私は医者という職業上、呪術の知識にも触れたことが有る――」
「普通の医者はそんな事しないと思うけどなあ」
 間髪入れずに放たれた終のツッコミをメフィストは無視した。
「――触れたことが有るのだが、神野陰之についてはほとんど情報が無い。
私の手持ちの文献にも、その存在はほとんど記されていない。
分かっているのは『あらゆる場所に遍在しているので距離や時間などの概念は無意味』
である事と、『人間とは異質かつ高位な存在である上、自我のすら曖昧な為、
精神攻撃や物理攻撃も殆ど通用しない』らしい事、更に『相手の望みを聞くという法則』
を持っている事。その程度しか私は情報を得ていない」
「いや、そこまで知ってれば十分だろ……古書マニアの始兄貴だってそんな事は
知らないはずだぞ。……どのみち今はもう、関係無いけどな」
「――ダナティアさん、続けて下さい」
 志摩子は終が兄の死を思い出して苦しんでいる事を察して、話の続きを促した。
 ダナティアもそれを承知している為に、即座に夢の詳細を語り始めた。

635竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:11:30 ID:fmBZ14cE
 “天壌の劫火”アラストールとの約束。
 無邪気に笑う“魔女”十叶詠子。
 深層意識でさえ福沢祐巳の形を取る“灰色の魔女”カーラ。
 十叶詠子が『ジグソーパズル』と称したサラ・バーリン。
 「『私』に問い掛ける事を許そう」と厳かに告げた“夜の王”神野陰之。
 そして――、未だ顕れざる精霊“御使い”アマワ。
 神野は語った。
「『彼』は君達にこう問い掛けているのだよ。
 “――心の実在を証明せよ”」

 ダナティアが語った夜会の内容は、一同に少なからず衝撃を与えた。
「難題ですね。心の実在を証明せよ、ですか……」
「心ってのは脳の中に有るんじゃないのか? 今こうして考えてるのも脳だろ?」
「“人間”ならばそうでしょうね。でもアマワは精霊なのよ。
あの“夜の王”やアマワには実体は存在しないはずだわ。当然、脳なんて持ってないわね」
「おい! せんせーはどう思うんだよ。医者なんだろ?」
 終は目に見えて怒っていた。
 彼にとっては「心の実在」などどうでも良く、
 そんな不確定なものを証明する為にこんなくだらないゲームに引っ張り込まれ、
 結果として兄と従姉妹を失った。彼らは二度と戻って来ない。
 湧き出す感情は悲しみよりむしろ怒りが大きい。
「ったく……最初から頭でっかちな学者連中を集めてりゃあ良いんだよ」
 何故自分達が殺し合わなければならないのか?
 何故失う事で心の実在が証明されるのか?
 終には分からない。
 胸を押さえても感情は荒ぶるばかりで少しも鎮められない。

636竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:12:16 ID:fmBZ14cE
 終の怒りが弾けそうになった時、メフィストがようやく口を開いた。
 その口調には何のてらいも気負いもない。
「“――心の実在を証明せよ”か。実に興味深い……。
私も正直、確固たる名案を示す事ができん。――終君、明確な理由が有るので
憤らないでくれたまえ。まず、我々はアマワと呼ばれる精霊について何ら情報が無い。
一言に精霊と言っても実際には雑多な種が居て、まとめて括る分けにはいかない。
現在我々はアマワについて全くの無知であり、アマワはどのような性質を持ち、
どれほどの存在なのか皆目検討がつかない」
 ここまでは理解できるだろうか。と、一旦言葉を区切ったメフィストは、終と志摩子を
 交互に見渡した。特に終は感情が高ぶっているので、下手に刺激するよりは
 多少話が長くなっても、理解しやすく説明した方が安全性が高い。
 二人が了承の意を返してきたので、メフィストは話を再開した。

「先ほど、実体が無いから脳で考えている訳ではない、と言われたが
確かにそれは的を得ている。だが、我々はアマワの性質を把握していない。
人間の心と精霊の心が同一であるのかすら不明だ。
故に、現状ではアマワの問いに的確な返事を返す事が出来ない。
仮定は幾つでも立てられるが、それらはあくまで仮定であって、解決にはならない。
あいにく私は確証も無く推論を垂れ流す、愚昧な知性を持ち合わせてはいない」
「何だよ。結局アマワの事を知らないから、ハッキリと断言できないって事だろ?」
 終はのけぞってギシギシと椅子を鳴らした。
 しかし、終も精霊がどうやって思考してるかなんて事はさっぱり分からないので、
 人の事をとやかく言う筋合いは無い。
「不満のようだな? なんなら幾つか推論を述べても構わないが」
「結構ですわ、ドクターメフィスト。終君、不確定な情報から導かれた推論は
後々になって自らの首を締めるかもしれなくてよ。ドクターはそれを警戒している――」
「分かったよ。けどアマワの事をバラした神野ってのも、おれに言わせれば十分胡散臭え。
言ってる事は、全部自己申告だしな」
「でも、ゲームの裏に神野と名乗る存在が居るのは確実なんですよね?
ダナティアさん?」
「十叶詠子は彼の実在を確信していましたわ。刻印を作製したのは彼だと明言
していたわね……」
 電波ってる娘を何処まで信用して良いか分からないだろ。と、終は再びパンを
 食べ始めた。ダナティアの話を聞く限り、十叶詠子は尋常ではない。
 人格だけなら小早川奈津子の方がまだ理解し易い。

637竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:12:58 ID:fmBZ14cE
 いや、あの化け物の思考が単純すぎるのだろうか……? 少なくとも茉理ちゃんと
 比べると、十叶詠子ってのは十分変人の域に達しているはずだよな。
 パンの耳に喰らい付きながら、終はそんな事を考えていた。

「ならば、他にも参加者の中で黒幕の存在を理解・知覚している人物が居るかも
しれん。ルールに反しない限り主催者が手を出さないなら、
我々にも反撃の機会は十分有る――」
 そこまで言葉を連ねてメフィストは沈黙した。
 不思議がった志摩子が声を掛けようとした寸前に、終が彼女の口を塞ぐ。
「声が聞こえるんだ――この馬鹿みたいな笑い声は……まさか……」
 南を向いて耳を澄ませるその横顔はかなり引きつっている。
 露骨に不快の意を示す終の態度に志摩子は眉をひそめたが、
 沈黙を保ったおかげで彼の言う“馬鹿みたいな笑い声”を聞く事ができた。

「をーっほほほ……ほほ、ジタバタ……に静か……し!」
「貴様っ! 誇り……このマスマ――おごっ!」
「この……小早川……から逃げら…………って? さっさ………れておし……」

「終さん、この声は……例の?」
「十中八九、小早川奈津子だな……。気が乗らないけど、おれの出番か。
地の果てまで逃げてでも闘いたくはなかったんだけど、あんた達が居ちゃあなあ」
 そう言って終は超絶美人のメフィストとダナティアを横目で見やった。
 極端な国粋主義者の小早川奈津子にとって金髪美女のダナティアは
 目の敵であり、メフィストに至っては奈津子のストライクゾーンのど真ん中
 に直球を投げ込むようなものだ。
 『いやがる男を力ずくで征服するのが女の勲章』などとのたまう彼女には
 極上のターゲットだろう。何としてでもあの怪女から守らねばならない。
 小早川奈津子は一度目標を定めればテコでも動かず、弁舌による丸め込みが
 効かない上に物理的にも止められない。メフィストにダナティアという
 最高のエサを眼前にぶら下げれば、即座に彼女は喰らい付くだろう。

638竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:13:42 ID:fmBZ14cE
「おれが適当に走り回ってあの怪物をまいてくるから、
あんた達はここでじっとしててくれよ。放送には間に合うようにするから、
それまで今後の予定でも話し合うなりご自由に」
 珍しく早口でまくし立てるなり終は扉ではなく窓のほうへと歩を進める。
 先ほど、美男美女にはさんざん小早川奈津子なる存在の危険性を説明した。
 事態が深刻化しない限り表に顔を出すようなマネはしないだろう。

 いざ出撃せんとする終の眼前、ガラス窓の外には濃霧が立ち込めていて、
 三メートルくらいしか前方を見通す事が出来ない。
 それでも終はガラリと窓を開け、下を眺めた。
「あー、やっぱ見えないか……。上手く当てれば一撃で吹っ飛ばせるかも
しれないんだけどなあ。ま、図体がでかいから確率は半々ってトコか」
「あの……終さん? 出口は――」
「知ってるよ。あんたは少しばかりこの竜堂終を甘く見てるだろ?」
 終は得意げに長剣――ブルートザオガーを手首だけで一回転させた。
 いとも簡単に扱っているようで、この剣は使い手を選ぶ厄介な宝具だ。
 しかし、存在の力を込めれば剣に触れてる者を傷付ける便利な能力を持ち、
 使い手によっては相当な威力を発揮する。

「じゃ、元気なうちに一暴れしてくるぜっ」
 まるで散歩に行くかのように終はひょい、と窓から飛び降りた。
「終さん! ここは四階……」
 あわてて志摩子が窓辺に駆け寄るが、
「ハギス走り――!!」
 終は並みの人間ではない。ドラゴン・ブラザーズの三男だ。
 そのまま景気づけに大声を上げると、垂直な壁面を全速力で走り始める。
 志摩子が窓から見下ろした時には、終の後ろ姿は霧にまみれて消え行く所だった。
「安心したまえ、彼の身体は優良中の優良だ。この程度の落差はものともしないだろう」
 背後からメフィストの声が掛る。
 志摩子は、土砂の下敷きになってもピンピンしていた終の様子を思い出し、
「行っくぜ――だぁらっしゃ――!!」
 同時に終の気合いと共に放たれた衝撃音を耳にした。

639竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:14:27 ID:fmBZ14cE
「だぁらっしゃ――!!」
 “正義の天使”小早川奈津子は頭上から聞き覚えのある声を聞き、
 とっさに跳躍して回避行動を取ろうとした。――が、間に合わない。
 しかも、先ほど入手した『危険に対する保険』は見苦しい上に五月蝿いので、
 たった今沈黙させた所だ。 現在自分を守る物は何も無い。
 もし、この玉の肌が傷ついたらどうしてくれよう?
 八つ裂きでは済まさない。
 来るべき衝撃に対して小早川奈津子は身構えたが、
「あっ、姿勢を沈めるなよ! 脳天直撃コースだったのに!」
 頭上ギリギリを飛び越えて、奈津子の見知った人物が降って来た。

 “ハギス走り”などと称してビルの壁面を駆け下りた終は、
 目ざとく女傑を発見すると垂直な壁を踏みつけて即座に飛び蹴りを放った。
 しかし、女傑もさる者、蹴りが命中する直前になんとか回避に成功し、
 おかげで終の蹴撃は、彼女の上を通過して少し離れた大地に着弾。
 凄まじい衝撃音と共に、直径3メートルのクレーターを生成した。
 そのまま両者は向きなおり、お互いの危険度を再確認する。

「をーっほほほほほほほほほ!!」
 濃霧の中に仇敵を見つけた小早川奈津子は哄笑を上げる。
 風がやみ、周囲の霧が吹き飛んだ。周囲の市街地は廃墟さながらの不毛な
 沈黙に覆われた。何か途方も無く不吉な存在が、世界の全てを圧倒していた。
「元気そうで何よりだな、おばはん」
「何度言っても分からないガキだこと! あたくしの事はお嬢様とお呼びっ!」
 ああ、夢じゃない。コイツは正真正銘の小早川奈津子だ。
 終は深く吐息を吐くと、巨体の女傑と視線を合わせた。
 最早、背後に道は無い。
「をっほほほほほ、苦節一日、ついに国賊竜堂終を発見、これを撃滅せんとす。
大天は濃白色にして波高しっ! さあ、正義の鉄拳を受けてあの世へお行き!」
「いやだね」
「そんなワガママ通るとお思ってるの? 地獄で根性を叩きなおして
おもらいっ!」

640竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:15:17 ID:fmBZ14cE
 言うなり女傑は終に突撃した。
 その拳には狂気と殺気が載せれられている。直撃すれば大ダメージだ。
「冥王星まで飛んでおいき!!」
 命中まで一秒。しかし、終は自分に急接近する禍々しい黒影を睥睨している。
 大気の悲鳴と共に、不吉の象徴が終の頭部を打ち砕かんとするその刹那、
 初めて彼の手が動いた。落ち着いた動作にしか見えないそれは、
 軽い一払いで小早川奈津子の豪腕を逸らす。
 更に、逆の手はいつの間にか長剣を手放し、女傑の腰に添えられていた。
 彼女が二発目を繰り出す前に、もう片方の手も腰に添えて――、
「おおっと、ここで終選手の巴投げだー!」
 自分で実況しながら身体を後ろに倒し、最後に脚で蹴り上げる。
 相手の図体が大きすぎる為、かなり変則的な投げだったが、
 ともかくは“天使”は宙を舞った。

 常人ならこの一投げでノックアウトだろう。
 が、相手は小早川奈津子。世界の常識は通用しない。
 たとえ、吹き飛ばされて瓦礫の山に埋もれようとも、闘志を増して
 カムバックする日本史上最強にして最恐の称号を持つ最兇の女性である。
 地面に激突する寸前に身体を捻って、華麗に――少なくとも本人は
 そう称するはずだ――着地した。
「をっほほほ、さすがはあたくし。行動全てが美麗なり! 10.00!」
「いや、地面に脚がめり込んでる。体操競技じゃあマイナス点だろ」
 余裕そうにコメントする竜堂終は気付いていない。
 自分が今、凶悪な細菌兵器に感染してしまった事を。
 故に数分後、調達したばかりの服が崩れ去ってしまう事を。
 
 ともあれ比較的穏便な第一ラウンドは終了した。
 最も、彼らにとってはほんの挨拶代わりの小手調べに過ぎない。
 又、終が追撃を加えなかった事には理由が有る。
 真近で見た小早川奈津子の首下に、銀の鎖で繋いだ黒い球を
 交差する金のリングで結んだ意匠のペンダントがぶら下がって
 いるのを発見したからだ。
 つい先ほどダナティアは紅世の魔神アラストールとやらが
 意志を顕現させる神器、『コキュートス』が自分達の側に有るらしい
 と話していなかっただろうか?
「おい、おばは――お嬢様。そのペンダントは支給品なので御座いますか?」
 なんだか変な日本語だったが、とりあえず終は問いを発してみた。
 もしもコキュートスならば、途中で回収せねばならない。
「をっほほほほほ、その通り。陳腐ながら我が美貌を飾り立てる装飾品でしてよ」
「――二度目だが、ただの装飾品と一緒にされるのは不本意だ」
 小早川奈津子の嬌声を打ち消すように、
 重く低い響きのある男の声がペンダントから聴こえた。

641竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:16:05 ID:fmBZ14cE
「『なんとかなるだろう』と思っていたのが過ちだったようだな。
女傑とは言え、人間一人にまさかここまで振り回されるとは」
 さすがの“天壌の劫火”も小早川奈津子のような人間に
 出会ったのは始めてらしく、ある種の衝撃を受けたらしい。
 何とかして自身の契約者と出会う為、彼は小早川奈津子を誘導しようと試みたが、
 結局彼女は無謀・無策に暴走を続けて現在に至るのだった。
「お、喋った。おい、“天壌の劫火”アラストールってのはあんたの事か?」
「いかにも。厳密には本体は契約者の中なのだが……我が名を知る汝は
ダナティア皇女の手の者か?」
「おれの上に主人は居ないぜ。名は竜堂終、あんたの持ち主に言わせれば
人類の敵ってやつだ。ま、今は――」
「おだまりおだまりおだまり! このあたくしを差し置いて……観念おし!」
 ほんの少しの間であったが、除け者にされた事が小早川奈津子の
 癇に障った。彼女は未だ気絶する『危険に対する保険』――ボルカノ・
 ボルカンの両足首を掴むと軽々と持ち上げる。
 そして頭上でバットの如く振り回し始め、
「をーっほほほほほ! おくたばりあそばせ――!」
 そのまま終に向かって叩きつけた。

 かくして、人外対人外の第二ラウンドが始まった。
 

 天下の女傑、小早川奈津子が竜堂終に天誅を加えんとしている頃。
「――この音は……どうやらどこぞの馬鹿が派手に騒ぎ始めたか。
当然、ゲームには乗ってるはずだな」
 185cmを超える長身にドレッドヘアに野生的な顔立ち。
 間違えようも無く、<凍らせ屋>の異名を持つ漢、屍刑四郎である。
 せっかく単独で動いているにも関わらず、 朱巳とヒースロゥと別れて以来、
 誰にも会っていない。
 わざわざ脚を運んだ島の北西エリアにも人影は見当たらなかった。
 仕方なく公民館辺りへ進路を変更しようとした時、
 東方より盛大な破砕音が聞こえたのだ。
(とりあえず、巻き込まれたヤツの保護を優先か。馬鹿の取り締まりはその後だ)
 “乗った”者を引きつけ、そして返り討ちにする当初の作戦は変更しなければ
 なるまい。取り締まりの為とは言え、今は自分から喧嘩を買いに赴くのだ。
「方角は……市街地か」
 魔界刑事の本領がついに発揮される時が来た。
 屍は濃霧に沈むパーティー会場へと歩を向ける。
 大地を踏みつける脚の動きは加速して――そして留まる事を忘れたようだ。

642竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:16:51 ID:fmBZ14cE
 一方市街地では、騒ぎ始めたどこぞの馬鹿の片方が不気味すぎる歌声を発していた。

 ♪廃墟に独り孤高の戦士 ラララー
  愛と正義のために戦う〜
  あ〜あ〜、ナツコ・ザ・ドラゴンバスター
  あ〜あ〜、ナツコ・ザ・ドラゴンバスター

 何羽かのカラスが気絶して堕ちていくのを逃走中の竜堂終は目撃する。
 今や、霧深き街に史上最悪の音響兵器が出現しつつあった。
「頼むから歌までにしといてくれよ……。振り付けなんか見たくないぞ」
「をーっほほほほほほ! 闇には光、悪には正義、忌まわしきドラゴンには
この小早川奈津子が大日本帝国に代わっておしおきよ! 滅びよ鬼畜!」
「人の話を聞きゃしねえ……。しかもザ・ドラゴンバスターは英語だろ……?」
 アート・デストロイヤーと化した小早川奈津子は進路に立ち塞がる障害物を
 ものともせずに終に肉薄する。
「粉骨砕身!」
 繰り出された一撃を終はかろうじて回避、大技を空振りした女傑は少しよろめいた。
 間髪入れずに脚払いを放って女傑を転倒させた終は、頭の隅に疑念を抱く。
 ――小早川奈津子がさっきから右腕を使っていない。何故だ?
 気絶した少年を掴んで振り回しているのは左腕だ。本来の彼女なら両手に花ならぬ
 両手にチェーンソーを使いこなせるパワーが有る。
 竜すら恐れぬ怪物は、どうして右手を空けるのだろう?
 終は、倒れた彼女から距離を取りつつ黙考する。
 ――もしや、おばはんは誰かを襲って手酷い逆襲を受けたのか……?
 有り得ない話ではない。現に竜堂家の長男たる始は命を失っている。
 この小早川奈津子を圧倒するような参加者が居ても可笑しくは無い。
「どの道、おれにとってもバッドニュースだな。仮にもおばはんは
最強クラスの人類だってのに……腕を一本やられるなんて。相手は何処の怪物だ?」
 走りながらちらりと後ろを振り向けば、女傑の姿は既に見えない。
「……? なんで追って来ないんだ?」
 バテたのだろうか? いや、あの怪物の体力は人智を遥かに超越している。
 世界の常識を完全に脱しているからこそ、彼女は竜堂兄弟の天敵たりえるのだ。
 立ち止まった終の背を冷水が伝わる。

643竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:17:32 ID:fmBZ14cE
 その時、
「をーっほほほほほほほほ! 油断大敵!」
 終の真横に位置する住宅の倉庫を文字どうりブチ破り、不幸の具現が踊り出た。
「しまった!」
 叫んだ時には既に遅し、身をかがめて逃げようとする半熟ドラゴンに
 小早川奈津子は巨大な手を伸ばす。
「をっほほほ! この聖戦士にして愛の女神、小早川奈津子から
逃れられるとお思いっ?」
 それでも災厄から逃れんとする終の頭を右腕で掴み、怪女は
 ボルカンを握り締めた左手を掲げて――、
「尊皇攘夷!」
 そのまま終に叩き付けた。
 全身の骨格が軋み、掴まれた頭骨が悲鳴を上げる。
「忠君愛国!」
「唯我独尊!」
 続けて二発目、三発目と大地をも穿つ打撃を繰り出す聖戦士。
「天下無敵!」
 四発目で終の頭を離すとタイミングを計ってフルスイング。
 さながら人間ノックである。
 そのまま終は地面と水平にブッ飛び、
 女傑が空けた倉庫の穴へと吸い込まれていった、
 刹那の時間で衝突音が発生、倉庫が崩壊を始める。
 崩壊に巻き込まれ、竜堂終の姿は小早川奈津子の眼前から完全に消失。
 地面には先程まで彼の所有物だった長剣が転がっていた。

「をーっほほほほほほほほほほ! 人類の敵め、今更あたくしの強大さを
認めたところで、命乞いなんぞ聞き入れなくてよ! 
苦難の果てに復讐の時ついに来たり。さあ、覚悟おし! 観念おしおし!」
 待ち望んだ勝利の瞬間を目前にして哄笑を上げる小早川奈津子。
 ひとしきり笑うと、彼女は仇敵にとどめを刺さんと歩を進め始る。
 途中に落ちていた長剣を手に、悠々と瓦礫の山に迫るその姿は、
 正に大将軍に相応しい。
 威圧感を損なわないように、ゆっくりと歩くのが彼女のたしなみである。
 途中でひしゃげたバット――ボルカノ・ボルカンを投げ捨てると、
 女傑は崩れた倉庫を睥睨した。
「ああ、お父様。憎きドラゴンを八つ裂きにする光景、
どうかお空から見届けてくださいまし!」
 亡き父の祝福を祈ると、彼女は瓦礫の山から竜堂終を引っ張り出そうと
 身をかがめ――、
「くらえ、妖怪っ!」
 打ち出された終の鉄拳が“天使”の玉肌に着弾した。

644竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:18:16 ID:fmBZ14cE
 竜堂終の反撃はそこで終わらない。
 のけぞろうとする小早川奈津子の服を左手で掴み、
「家訓曰く――」
 上体を捻って右手を大きく振りかぶり、
「恨みは十倍返し……!」
 女傑の額に戦車砲に匹敵する怒りの右拳が炸裂する。
「――――!」
 大砲の直撃と言っても過言ではない衝撃にさしもの女怪も言葉にならぬ
 悲鳴を上げて吹き飛んだ。
 それを確認した終が崩れた倉庫から飛び出す。
 倉庫に叩き込まれた衝撃と小早川奈津子の細菌兵器のおかげで、
 せっかく調達した上着はボロボロに崩れ去ってしまった。
 ちなみに下は石油製品製ではなかったので、女傑の前で全裸を晒すという
 終の人生最悪の事態はかろうじて回避された。
 最も当の本人は細菌について何ら分かっていないので、
 倉庫にブチ込まれていきなり服を失った事に若干困惑しようだが、
 ――相手は小早川奈津子、何が起きても不思議じゃないな。
 と、すぐに納得したようだ。

「始兄貴直伝の鉄拳だ。額に当たればさすがに効くだろ」
「お、おのれこの国賊! このあたくしにだまし討ちとは――無礼者!」
 よろめきながらも不死身の戦士は立ち上がる。
 手には長剣――ブルートザオガーが握られ、その目に宿った
 強い殺意が終の身体を貫いた。
「何言ってるんだ? 無礼も何も、おれは人類の敵だぜ?」
「をっほほほほ! それでこそ竜堂兄弟の三男。叩き潰し甲斐があってよ」
 上等。と、終は小さく呟いた。叩き潰し甲斐があるのはこちらも同じだ。
 だが、怪女を叩き伏せる前に回収すべき物が二つほど有った。
 一つは首に下げられた神器コキュートス。
 もう一つは自身の支給品だ。

645竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:18:58 ID:fmBZ14cE
「言ったよな? 十倍返しって。あと四十発近くプレゼントがあるぜ?」
「どこまでも生意気なガキだこと……。清く正しく美しくかつ速やかに
あたくしの覇道の礎にお成りっ!」
「……御免こうむる」
「をーっほほほほほ! 問答無用。さあ、殺して解して並べて揃えて
お父様の墓前に晒してさしあげてよ!」
「――ハギス跳び!」
 小早川奈津子の哄笑が終わると同時に終は動いた。
 半熟ドラゴンとは言え、終の初速はハンパではない。
 彼が大地を踏みつけて跳躍した時、ようやく女傑は反応した。
 しかし、ブルートザオガーを装備した女傑のリーチは長大だ。
 もし、懐に入れたとしても自他共に不死身と認める小早川奈津子を
 一撃で沈めることは出来ないだろう。
 ――先手でも取らない限り、苦戦は必至だな……。
 そう判断した終は真っ先に女傑の手首を狙った。
 怪力無双の小早川奈津子だが、無手にできればこちらが致命傷を
 受ける確率はかなり減少する。
 終は本日三度目の鉄拳を振りかぶり――、
「!」
 小早川奈津子が剣の柄から手を離していた事に気が付いた。
 ――罠だ――。
「おーっほほほほ! 国賊成敗!」
 跳躍姿勢のためにまともな防御もできない終に、巨大な拳が叩き込まれた。
 
 人外対人外の第三ラウンド始まりである。


【B-3/ビル/一日目/17:45】
【楽園都市を竜王様が見てる――混迷編】

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

646竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:19:46 ID:fmBZ14cE
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:少し疲れ有り
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る

【Dr メフィスト】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン5食分・水1700ml)
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る


【A-3/市街地/一日目/17:50】
【竜堂終】
[状態]:打撲、生物兵器感染、上半身裸
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒して祐巳を助ける、小早川奈津子を倒す
     コキュートスとブルートザオガーを回収する
[備考]:約10時間後までに終に接触した人物も服が分解されます
    10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
    感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します


【北京SCW(新鮮な地人でレスリング)】

【小早川奈津子】 
[状態]:右腕損傷(殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する)生物兵器感染  
[装備]:コキュートス、ブルートザオガー(吸血鬼)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン3食分・水1500ml)  
[思考]:をーっほほほ! 竜堂終に天誅を!
[備考]:約10時間後までになっちゃんに接触した人物も服が分解されます
    10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
    感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します

647竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q:2005/11/04(金) 20:20:27 ID:fmBZ14cE
【ボルカノ・ボルカン】 
[状態]:気絶、左腕部骨折、生物兵器感染
[装備]:かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)  
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1600ml)  
[思考]:……。全てオーフェンが悪い!
[備考]:ボルカンの服は石油製品ではないと思われるので、服への影響はありません。


【B-2/砂漠/一日目/17:50】
【屍刑四郎】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1800ml)
[思考]:市街地へ向かう、ゲームをぶち壊す、マーダーの殺害。

648霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:19:10 ID:Xu24PZe6
――諸君、……

「チャッピー、周りを見張ってて」
はいデシ、と答える声を聞きながら、フリウは手早く地図と名簿、そして鉛筆を取り出した。隣で要も同じようにするのを見つつ、聞こえてくる声に集中する。
相変わらず濃い霧の中で、紙が湿気を吸い始めている。放送を聴き終わったら、すぐに仕舞わなければだめになってしまうだろう。
一つ、そしてまた一つ。名前が読み上げられるのにしたがって、名簿から死亡者を鉛筆で消していく。
一枚の紙切れに記された名前。その上の一本の線。この島ではそれが死の姿だ。
――043 アイザック・ディアン
手が滑って、一つ前の名前を二重に消してしまった。
――044 ミリア・ハーヴェント
仕方がないから二人分まとめて線を引いた。なんとなく、そのほうがふさわしいように思えた。
――084 哀川潤
その名前を聞いたときには鉛筆を持つ手が震え、抑えようとして果たせず……結局、線を引くことができなかった。
気がつくと、死亡者の発表は終わっていた。自分の思考とは無関係に流れていく放送を追い、歯を食いしばって禁止エリアに印をつけていく。
死は、人を消し去りはしない。それでも、ここで立ち止まってしまったら彼らが残してくれた何かを傷つけてしまいそうな気がして、フリウは最後まで手を止めなかった。

649霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:21:07 ID:Xu24PZe6
――アイザック・ディアン
――ミリア・ハーヴェント
――哀川潤
地図に禁止エリアを書き込みながら、要は読み上げられた名前を頭の中で反芻していた。
ほんの……ほんの数分前までならこう思っていられたのだ。
『彼らにはもう会えない――蓬莱の家に今もいるだろう、かつての家族と同じように』
彼らの“死”を認めたくなければ、そう理解するしかなかった。
しかし放送は、これが単なる“別れ”ではなく“死別”であることを否応なしに突きつけてくる。
いつでも陽気だったあの人々は、もう、どこにも存在しない。
その事実に今更ながら震え、同時に、死者を悼むこの時でさえ、
自らがあるべき場所――驍宗の傍――にいない苦しみも強く感じている自分に気づいてしまい……
瞬きをした目から涙が一粒、暗い地面にこぼれ落ちた。

――健闘を祈る。

650霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:22:43 ID:Xu24PZe6
フリウ、と呼ぶ声に顔を上げると、要がこちらを見つめていた。
「どしたの……?」
その様子になぜか不安を掻き立てられる。次に飛び出した一言は、フリウの予想だにしないものだった。
「ぼくね、これからは一人で行こうと思うんだ」
「何、…言ってるの? そんなの……危険……」
死んじゃうかもしれないじゃない、という言葉を、口から出る寸前で呑み込む。
それを知ってか知らずか、要は静かに、しかし、しっかりとした口調で反駁してきた。
「でも、ぼくがいたら、フリウとロシナンテはもっと危険だもの」
それに、と要は後を続ける。その声は、不自然に明るい。
「学校でも、他のどこかでも良いの。ずっと隠れていれば、ぼく一人でも安全なんじゃないかしら」
「で、でも、隠れている場所が禁止エリアになったら? 誰かに見つかったら?
そんなときにいったいどうするの? 要が一人で切り抜けられるわけないじゃない!!」
フリウは要の腕をつかもうとして――それができないことに気づく。
問答の間にも少しずつ移動していたのだろうか。
つい先程まですぐそこにいた少年は、いつの間にかに手の届かない距離まで離れていた。
視力のある右目で、相手の瞳を見つめ返す。
その奥に、鋼のような強い意志が見えたような気がして、それ以上、視線を合わせていることができずにうつむいた。
我知らず、ぽつり、と言葉が漏れていた。
「やっぱり……あたしじゃ潤さんの代わりはできないのかな……」

651霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:23:49 ID:Xu24PZe6
「そういうわけじゃ……」
その言葉の無意味さに気づいて要は口をつぐんだ。
この島では誰しもが弱者だ――自身の安全すら、誰にも保証できない。ましてや、彼のような足手まといがいてはなおさらだろう。それはフリウも、そして潤ですらも変わらない。
しかし、その事実は今のフリウにとっては何の慰めにもならない。
かける言葉もなく、ただ立ち尽くす。
――そのときだった。“それ”の気配が、意識の底に滑り込んできたのは。
吐き気のするような腐臭――いや、屍臭。

652霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:26:30 ID:Xu24PZe6

“それ”は澱みであり穢れだった。
“それ”の正体を彼は知らない。しかし、“それ”に対しの不快感が、
“それ”が避けるべきものであることを教えてくれた。
初めて気づいたのは日の出の頃か。それからずっと、彼は島のそこかしこ、
時に薄く時に濃く、血の臭いにまじって漂う“それ”を感じていた。
時がたつほどに“それ”の気配は色濃くなっていく。そう、彼の体を害するほどに。
“それ”はいったい何なのか? 彼の疑問は、しかし、進展していく事態の中で捨て置かれ、いつしか忘れ去られてしまっていた。
けれど、今になって彼は思う。“それ”は老紳士を殺した少年や、つい先程の乱入者の体にはっきりと纏わりついてはいなかったか?
視線の先、目の前の少女の背後に濃厚な“それ”の気配が近づいていくのに気づいて、彼は叫び声をあげた。

653霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:28:30 ID:Xu24PZe6
――084 哀川潤
学校で子供たちを待つ者はすでにない。そのことを知って、パイフウは考える。
この情報は、これからの襲撃に対してどういった影響を与えるだろうか? 
放送の内容を頭に入れながら、現在の状況を再確認してみる。
周囲は霧。相手からこちらが見えないのは確かだが、同様に、こちらも視界は制限されている。
追跡は音と気配に頼るために通常より困難。気づかぬうちに禁止エリアに踏み込んでしまう危険性。
風は東風(彼女は知らなかったが、海沿いでは夜間、陸から海へと陸風が吹く)。
相手に気取られないように風下から接近する必要――実際そのために、すでに子供たちの進行方向へと先回りしている。
こうなると、「学校に着くまで」という制限がなくなったことは素直に喜んでもいられないようだ。
これでは万が一逃げられた場合、相手の行動に予測がつかなくなる。
三人全員を確実にしとめることを考えるなら、「学校へ先回りして待ち伏せ」という選択肢も
考えに入れておいて損は無いかもしれない――もっとも、このまま進路に変更が無ければの話だが。
(どうしようかなあ)

654霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:31:19 ID:Xu24PZe6
いずれにせよ、まずは慎重に接近して様子を伺うべきだ。ショックで放心状態にでもなってくれていれば襲撃の好機。
そうでなくても、今後の行動についての相談くらいはするだろう。その内容や様子次第でこちらも行動を決めればよい。
放送が終わりを告げ――そこで再びパイフウは耳をそばだてた。言い争いが始まっている。
(チャンス?)
聞こえ方からすると、一人は確実にこちらに背を向けているようだ。
外套の偏光迷彩を起動し、声をたよりに標的に接近する。
(……くだらないわね)
要とかいう少年だ。どうせ守られるしかないのなら、相手の好きにさせておけばいいのに。
公平な意見とは言いがたいが、そう思わずにはいられない。
話し声を聞きつける者のことなど、まったく頭に無いらしい。
(まあ、つまんない気休めを言うほどばかではないみたいだけど)
少年が黙ったために声は止んでしまったが、もう必要ない。霧の向こうにぼんやりと人影が見え始めている。
予想通りだ。金の髪の少女――フリウ・ハリスコー――はこちらに背を向けている。
右の拳を固めた。極力音を立てずに素手の一撃でしとめ、状況を把握する暇など与えない。
あと五歩。
四歩。
三歩。

655霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:35:15 ID:Xu24PZe6
彼がパイフウの周囲に感じ取った何か。“それ”は、この島で死を遂げた者――殺され、そのまま打ち捨てられた者たちの怨詛だった。

「フリウ!! 後ろ!!」
「危険があぶないデシ!」
突然、要が叫んだ。一拍おいて続くチャッピーの声に焦燥を覚え、フリウは後ろを振り向こうとして、できない。
鋭い一撃が背中を襲い、前へと蹴り倒された。息がつまり、気を失いそうになるのをどうにか堪えて地面に手をつく。
立ち上がろうとして、先程とは同じ場所を今度は踏みつけられる。
鈍い音を立てて骨が折れた。そして、それを掻き消すように、何かが破裂する乾いた音が霧の中に響きわたった。

656霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:37:54 ID:Xu24PZe6
(バレた!?……)
声は二つ。前方さらに奥と左手から。
手段は分からないが、要とかいう少年にいたっては、間違いなくこちらの位置を把握してきている。
(気配を消しても気づくのね……やっかいだわ)
標的を変更――まずは、“目”の排除を優先する。
一息に距離を詰め、少女をその場に蹴り倒した。そのまま踏みつけて動きを封じる。
その向こうに人影が一つ――髪の長い少年だ。もう一匹は見当たらない。
間合いが遠い。ウェポン・システムを構え、発砲する。
目標の腹部に命中。少年は衝撃に体を丸め、そのまま後方へと倒れこんだ。
一発で十分。念のため、必中を期して腹部を狙ったが、その必要もなかったらしい。
まず間違いなく即死だろう。仮にそれを免れたとしても、この島で適切な処置を受けられる見込みなどあるはずもない。
(もう一匹の位置がつかめないか……一旦、引いたほうが良いわね)
そう判断を下すのとはほぼ同時。足元に視線を転じようとした瞬間、少女を踏みつけたままの右足に何かがまきつくのを感じた。

657霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:39:08 ID:Xu24PZe6
「要しゃん!!」
悲痛な叫びに、何か致命的な事態が起こったのを知ったのが先か、それとも行動が先か。
フリウは痛みをこらえ、意識を集中した。体から放たれた念糸が、いまだに自分を踏みつけている何者かの脚に巻きつくのを感じる。
(このぉ!!)
目標が捩れ始め……そこで止まる。何かが念糸の作用を妨害している。
念糸で接続されたその向こう。力と力が拮抗し、それ以上動かない。
(念糸に、抵抗しているの!?)
背筋を冷たいものが流れ落ちる。背後で膨れ上がる殺気に戦慄を覚え、刹那……
唐突に重みが消失し、体の上をふわふわとしたものが通り過ぎていく。
(何……?)
伸びきったところで集中を失った念糸は、目標から離れてあたりに漂いだしていた。
霧の中で、フリウは自分の名を呼ぶ相手を呆然と見上げた。

658霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:43:03 ID:Xu24PZe6
捻られ、右足首に激痛が走った。
とっさに気を集中し、パイフウは身体に流れ込んでくる力を押し返した。
それで被害を食い止めることはできたが、それ以上は押すことも引くこともできない。
一瞬でも集中を解けば右脚がねじ切られる。逆に、解かないかぎりはフリウ・ハリスコーの動きを止められる。
一見、膠着状態――だが、こちらにはウェポン・システムがある。
起き上がろうとあがく少女の後頭部に狙いをつけるのも一瞬。トリガを引くのも一瞬。
しかし、その一瞬と一瞬の間に、前方、白い闇の中から巨大な何かの気配が迫ってきた。
避けることはできない。トリガにかけた指をはずし、襲い来る力に逆らわないように左足で背後に跳躍する。
跳ね飛ばされ、大地に転がった。右足に巻きつていた何か――銀色の糸のようなものが視界の端に映ったような気がした――はすでにない。
左手を地面について、即座に立ち上がる。
顔を上げると、霧の向こうから白い何か――とても巨大な何かがこちらを見下ろしていた。
その、緑に光る双眸を一瞥して、北へと駆け出す。痛んだ右足が悲鳴を上げるが、かまわずに走り続けた。
標的を見失うことになるが仕方がない。どのみち、再襲撃をかけるにしても霧が晴れてから。戦うべき時は今ではない。

659霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:45:50 ID:Xu24PZe6
すでに高里要を殺害、フリウ・ハリスコーの戦闘能力
――警戒は必要だが、一対一なら自分の敵ではない――は把握した。
ただ、ロシナンテの正体がつかめない。
体の大きさを自由に変えられるとすると厄介だし、白い体色は霧にまぎれてしまう。
これに加えて、嗅覚以外の危機感知能力まであるようだ。
認めるしかないだろう。今、濃霧は自分の味方ではない。
目的達成のためならどんな無謀なことでもやり遂げてみせるが、自暴自棄になったつもりはない。
ましてや“失敗”などお笑い種だ。
(今はまだ、賭けに乗るべき時じゃない、そういうことよ。けど……)
霧さえ晴れれば、確実に自分が勝つ。それだけの確信がある。
(“次”はないわよ。あなたたちにはね)

660霧の中に潜むもの ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:46:33 ID:Xu24PZe6
【C-3/商店街/1日目・18:08】

『フラジャイル・チルドレン』
【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 肋骨骨折
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし。包帯。
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧)
[思考]: チャッピー!?
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
     上着や服に血がこびりついています。

【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]: 前足に浅い傷(処置済み)貧血 巨大化(身長10m)
[装備]: 黄色い帽子
[道具]: 無し(デイパックは破棄)
[思考]: 要しゃん!! フリウしゃん!!  周囲を警戒
[備考]: 貧血の回復までは半日程度の休憩が必要です。

【高里要(097)】
[状態]: ????
[装備]: 無し
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧) 
[思考]: ――――
[備考]: 上半身肌着です
※本人は明確に意識はしていませんが、
     「獣形への転変」「呉剛の門を開き、世界を移動」
     の二つの能力は刻印により制限されています。


【パイフウ】
[状態]:左鎖骨骨折(あと少しの処置で完治)
    右足首に損傷(どこかで休憩をして処置しないと、しばらく全力で走れなくなる可能性があります)
[装備]:ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス 、外套(ウィザーズ・ブレイン)
   火乃香のカタナ(ザ・サード)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水4000ml)
[思考]:1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す 3.左手はそろそろ使えるかな?
    4.とりあえずはフラジャイル・チルドレンから距離をとる。次に会ったら確実にしとめる。
[備考]:外套の偏光迷彩があと数分で消えます。18:25頃まで再起動できません。
    また、効果を十分に発揮させるために霧が晴れたら水滴をぬぐう必要があります
    ※外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    ※高里要の殺害に成功したと思っています。

661癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:48:52 ID:Xu24PZe6
「フリウしゃん、要しゃん。だいじょぶデシか?」
「チャッピー!?」
見上げたままフリウは叫んだ。つい先程まで行動をともにしていた子犬が、見上げるほどにまで巨大化すれば驚くしかない。
理解不能な存在――精霊とかかわってきた自分ですらそうなんだから、誰だって同じに違いないとフリウは勝手に結論付けた。
その頭が、周囲を警戒するように左右に振られるのを見て我に返る。振り返り、動くものが何もないのを確認してから、倒れたままの要にかけよった。
「要!!」
少年の腹部から流れ出した血は、乾く間もなく大地を濡らしていた。服が血に汚れるのにかまわずに抱き起こす。
(まだ息がある……助かる?)

気の乗せられた弾丸に小さな体を撃ちぬかれ、それでもまだ少年は生きていた。
そもそも、麒麟は王と同じく神籍にあり、殺す方法といえば首を落とすか胴を両断するか。
なまじっかな武器では傷つけることすらかなわない。
刻印によって制限されていた妖力が、ぎりぎりのところで彼を救った。

662癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:50:23 ID:Xu24PZe6
「だいじょぶデシか?」
気がつくと、要の体をはさんだ反対側にチャッピーがちょこんと座っていた。体の大きさはもとより、瞳の色も見慣れた黒に戻っている。
「……ともかく傷を見ないと」
肌着の前をはだけさせて傷口を見る――出血自体はそう多くなかったので、自分の力でもどうにか傷口から服を引き剥がすことができた。
何か硬度のある物体が、腹から入ってそのまま背中へと抜け、深い傷を残している。
思い出したのはハンターの少年の姿か、それとも精霊使いの少女のそれか。きっとあの時と同じように、自分は今にも卒倒しそうな顔をしているのだろう。
そのときに比べれば傷口自体は大きいものではないが、深く、体の正中線に近い。しかも、要は二人より年下だ。極め付けに、手当てをするのは自分ときている。
あの時と同じように、自分には何もできないかもしれないが――それでも、どうにかしなければならない。
「ボクの血、使うデシか?」
「ちょっと待って。先に止血だけでもしないと……」
見る間に傷口から滲み出してくる鮮血に、せきたてられるようにして記憶を手繰る。リス――あの老人はどんな手当てをしていた?

663癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:51:41 ID:Xu24PZe6
「えっと……。チャッピー、消毒薬や包帯とかは?」
「持ってきてないデシ。戻って取ってくるデシか?」
「ううん、いい」
それでは危険すぎるし、第一、間に合わない――と、そこまで考えて、あることに気づいた。
自分のうかつさを呪いながら、抱えていた少年の体を再び地面に横たえて後ろを向く。
「フリウしゃん?」
上着を脱ぎ、服をたくし上げると、その下からまっさらな包帯がのぞいていた。
それを巻いてもらったときの思い出に胸がチクリと痛んだが、そんな感傷は外そうと体を動かしたときの激痛で吹き飛んでしまう。
悪戦苦闘しながらなんとか使える包帯を手に入れた。あて布にはスカーフを使うことにして手当てを始める。
「さっきは何があったの?」
フリウはチャッピーに問いかけた。無意識のうちに声を落としていたのは、襲撃者がまだ近くにいるかもしれないことに思い至ったからだ。
「それが、よくわかんないんデシ。フリウしゃんが倒れたら、後ろからいきなり手がでてきて、持ってたへんてこな機械が火を吹いたんデシ。そしたら要しゃんが倒れて――」
「ちょっと待って。もしかして相手の姿を見てないの?」
「はいデシ。手と足だけちらっと見えたんデシけど――」
「それじゃ、近づかれても分からないじゃん」

664癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:54:19 ID:Xu24PZe6
もしかしたら再度の襲撃があるかもしれないという不安にあたふたと手を動かしながらも、あくまで小声で告げる。
「だいじょぶデシ。ボク、危険が近くにあるとわかるんデシ」
「そなの?」
「はいデシ。いつもとちがって気をつけてないとわかんないけど、今度は気をつけてるからだいじょぶデシ」
よくよく考えてみれば、蹴り倒される前にチャッピーの声が聞こえていたのだが、今の今までその事実をすっかり忘れていた。
巻き終えた包帯に留め金をつけて一応の手当を終える。
「はいデシ」
目の前に差し出されたチャッピーの前足、その白い毛並みの下に無残な赤黒いすじがのぞいている。
治りかけの傷は再び開かれて、鮮血が滲み出していた。
「ありがとう」
チャッピーたちに出会った後、怪我の手当てをしたときに一度飲んでいるため、その効果は身をもって知っていた。
先程巨大化したことも考えると、ドラゴンというのは単なる喋る犬ではないのかもしれない。
一滴だけ受け取って飲み込むと、痛みはあっという間に和らいで、ごくかすかにしか残らない。

665癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:56:02 ID:Xu24PZe6
「要しゃんも、飲んでくださいデシ」
要は意識がないのでこちらで飲ましてやるしかない。
チャッピーの前足から一滴、血が要の口の中に滴り落ちるのを見届けて、傷の上に布を巻きなおしてやる。
その作業が終わるか終わらないかの内に突然、要が咳き込み始めた。
「どどどうしたの?」
「わ、わかんないデシ」
声だけは小さいまま、二人そろっておろおろする。そのまま飲ませた血まで吐き出してしまうのではないかと心配したが、そこまでの体力はないようだった
――もっとも、たったの一滴では吐き出すこと自体がそもそも無理だったろうが。
「……っくぅ…けほっ……」
咳がおさまり、少年が目を開けた。のぞきこむこちらの顔に、徐々に焦点が合っていく。
「……フリウ…大丈夫…なの? ……ロシ…ナンテ……は……?」
「あたしもチャッピーも無事だから、今はあまりしゃべらないで」
「そうデシ。要しゃん、とっても大きなケガしてるデシ。無理しちゃダメデシ」
うん、とうなずいた顔は、今にも泣き出しそうだった。

666癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:57:25 ID:Xu24PZe6
とりあえず、一番の問題が片付いたことに安堵して、周りに散らばった荷物――地図やら鉛筆やら――をバッグにしまう。
要のバッグは置いていこうか迷ったが、やはりこれは必要だろう。自分のものと一緒に肩にかけ、空いた手で要の上体を起こした。
「……フリ…ウ?」
「とりあえず、ここから離れないと。元の場所に戻るわけにはいかないから、やっぱり学校がいいよね」
「でも……」
弱弱しく声を上げながら、要はこちらの手を振りほどこうとしたようだった。けれど、その腕にこめられた力はあまりにも小さい。
こちらを見上げる瞳を、真っ向から見つめ返して、告げる。
「“置いてけ”なんて言わないよね。そんなこと言い出したら、あたしもここに残るから」
「……ごめんなさい」
卑怯な言い方だとは思った。しかし、それであきらめてくれたのか、要は大人しくこちらに体を預けてきてくれた。
背中に担ぎ上げた体は、驚くくらいに軽かった。しかし、気にならないほどではなく、その重みで視線はどうしても下に向いてしまう。

667癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 19:58:21 ID:Xu24PZe6
背中に鈍く残る痛みを感じつつ、ふと、思いついたことを口にしてみる。
「そう言えば学校って何かを教わるとこだよね」
「そうデシね」
「屋根があるのはいいけど、ベッドなんて無いよね」
「行ったことないから、わかんないデシ」
「……多分、保健…室とか……マットくらいは……」
聞こえてきた声は背中から。振り向かずに即座に言い返した。
「要は黙ってて」
「しゃべっちゃダメデシ」
「……はい」

ここから学校に向かうには、いったん町を出て、禁止エリアを迂回しなければならない。
二人と一匹の姿は、まだ薄くなる気配すら見せない霧にかすみ……そして消えていった。
それぞれが、いまだに癒えない傷を抱えたまま。

668癒やされし傷 癒やされぬ傷 ◆685WtsbdmY:2005/12/02(金) 20:00:21 ID:Xu24PZe6
【C-3/商店街/1日目・18:15】

『フラジャイル・チルドレン』
【フリウ・ハリスコー(013)】
[状態]: 肋骨の一部に亀裂骨折
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧)×2
[思考]: 要が休めそうな場所(とりあえず学校)へ向かう。
     他のことは後で……少なくとも、今は……。
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
     上着や服が血に染まっています。

【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]: 前足に浅い傷(処置済み) 貧血・疲れ気味 子犬形態
[装備]: 黄色い帽子
[道具]: 無し(デイパックは破棄)
[思考]: 二人とも、もっとちゃんと治療しなきゃだめデシ。 周囲を警戒
[備考]: 貧血の回復までは半日程度の休憩が必要です。
    ※「危険があぶないデシ」に制限がかかっていることに気づいていますが、原因については念頭にありません。

【高里要(097)】
[状態]: 腹部に銃創(処置済み。一日は杖などの支えなしに歩けない)
     軽い朦朧状態 体力の消耗・微熱(負傷だけでなく、血の穢れなどによるものを含みます。)
[装備]: 包帯
[道具]: 無し
[思考]: もう、二人を心配させてはいけない。 周囲を警戒(ただし途切れがち)
[備考]: 上半身肌着です
※本人は明確に意識はしていませんが、
     「獣形への転変」「呉剛の門を開き、世界を移動」
     の二つの能力は刻印により制限されています。
※島中に漂う血の臭気や怨詛の念による影響を受け始めています。

※フリウと要の地図が湿気を吸っていますが、地下道に気づくかは次の方にお任せします。


(霧の中に潜むもの)とあわせた二品は、第三回目の放送までは本投下されません。

669タイトル未定 1/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:51:14 ID:2cEjmkO6
 小屋の中には暗闇が立ち込めている。
 死体の冷めたさ――空虚と痛みを孕んだ暗闇だ。
 まるで霊廟のようなそこには二つの影。
 白と黒、対極の色をまとった少女が二人。
 白の少女は闇に押しつぶされ、黒の少女は闇に溶け込んでいた。
 しずくと茉衣子だ。
 茉衣子はデイパックを枕代わりに床に横たわり、眠りに沈んでいる。
 一方、しずくはその枕元に座り込み、じっと茉衣子の顔を見つめていた。 
「……茉衣子さん」
 か細い囁きとともに、しずくの指先がそっと茉衣子の前髪に分け入った。湿り気を帯びた前髪を剥がし、彼女の表情を露わにする。
 茉衣子の寝顔は穏やかだった。
 体からは力が抜けていて、規則正しく寝息を立てている。
 彼女の容態を見て、しずくは弱々しい笑みをつくった。
 選んでいる余裕などなかったとは言え、小屋の環境はお世辞にも快適とは言えなかった。
 腐敗した床と壁。室内にはが錆びたまま捨て置かれた工具らしきものの群れ。備え付けられた棚には埃がぶ厚い層を形成している。
 まともに使えそうなのは、中央に放置されたロッキングチェアぐらいのものだろう。
 廃屋も同然だった。辛うじて雨風を凌げるという程度のものでしかない。
 そんな場所では暖房施設など望むべくもなかった。
 仕方なく自分の服の袖を破り、水を絞ってタオル代わりにしたのだが、多少の効果はあったようだ。
 体温の低下を心配していたが、この分ならなんとかなるかもしれない。
 しずくは茉衣子から視線を外した。
 しずくの視覚センサーは闇を見通せる。
 それでも、この小屋には決して拭いとれない黒が充満しているようで、胸が詰まった。
 小屋の片隅で膝を抱えていると時間の流れさえ曖昧になってくる。
 一秒が一分に。
 一分が一時間に。
 時間が長く引き伸ばされているような錯覚を覚える。
 聞こえるのは目の前にいる少女の呼吸音と、遠くの雨の音。
 二つのリズムに体を預けながら……しずくは己を呪った。

670タイトル未定 2/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:52:00 ID:2cEjmkO6
「ごめんなさい、宮野さん」
 焼きついた映像が頭から離れない。
 宮野の最後が、茉衣子の絶叫が、生々しく脳裏に刻まれている。
 自分が彼らに助けを求めなければこんなことにはならなかっただろう。
 そして、なぜ安易な希望に縋ったかと言えば――
「かなめさん、どうなっただろ」
 ぽつりと、言葉が零れ落ちた。
 雨が降ったせいで日没がいつかはわからなかったが、もう過ぎているだろう。
 もっとも、かなめを捕らえた人物からすればあの約束も退屈凌ぎに過ぎなかったようだが。
 かなめはもう殺されてしまったのだろうか。
 殺戮が肯定されるこの島で、出会った時、彼女は自分の手を握ってくれた。
 そんなことは簡単だと言わんばかりに。
 教会では助けるどころか、姿を見ることすら叶わなかった。
 宗介も未だ殺戮に身を委ねているのだろうか。
 別れたときの強い決意を固めた横顔を思い出す。
 己を切り捨て、かなめのために殺戮者になることを受け入れた横顔。
 冷たい雨の中、血に濡れたナイフを持って佇む宗介を想像して、しずくは身を震わせた。
 彼らだけではない。
 オドーも、祥子も。
 自分と行動を共にした人はみんな悪意の波に浚われてしまった。
 どうしてこんなことになったのだろう。
 どこで間違えてしまったのだろう。
 いくら考えても、答えは出ない。
「BBと、火乃香に会いたい……」
 呟いて、しずくが深く顔を伏せたその時。

671タイトル未定 3/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:52:49 ID:2cEjmkO6
『あー、ちょっといいか?』
 声はすぐ傍から聞こえてきた。
 しずくの隣に並べられた自分の分のデイパックとラジオ、そしてエジプト十字架。
 声を発したのは十字架――エンブリオだった。
 慌てて顔を上げて十字架を手に取る。
 視界が悪い雨の中、この小屋を見つけられたのはエンブリオのおかげだった。
 ここは宮野たちが一度訪れた場所らしく、地図を見た際に大雑把な位置を記憶していたらしい。
 逃走時に指示を出した以外は沈黙を保っていたのだが――
「あっ、はい。なんですか?」
『いや、これからどーすんのかと思ってな。ずっとココにいるのか?』
「それは……」
 しずくはちらりと茉衣子を見た。
 周囲を満たす漆黒に、白い貌が霞んで見える。
 茉衣子はいつ頃目を覚ますだろうか。いや、例え目を覚ましたとしても大丈夫だろうか。
 あの教会で彼女が受けた衝撃がどれほどのものだったか、想像することすらできない。
 叫ぶ宮野。振り下ろされる刃。
 赤い軌道。溢れ出す血液。
 ボールのように転がった――
『あの黒い騎士、その内追って来るかもしれねーぜ』 
 それは……確かにそうだろう。
 この小屋は教会からほとんど離れていない。追っ手がかかる可能性は捨てきれない。
 追っ手の可能性を抜きにしても、茉衣子はきちんと暖がとれる場所に移したほうがいいだろう。
 しかし、追従しようとしたしずくを遮るように、エンブリオは言葉を続けた。
『まあ、今まで来ないとこを見ると大丈夫なのかもしれねーな。その辺は五分だろう。
 逆に外に出て危ないヤツに見つかる可能性もある。
 今誰かに見つかるのはヤバイだろ? 隣のラジオはだんまりだし、お前さんも直ってない』
 しずくのは右腕はまだ自己修復中だ。加えてその他機能の低下も激しい。
 エスカリボルグは置いてきてしまったし、戦闘手段は皆無だった。

672タイトル未定 4/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:53:50 ID:2cEjmkO6
 兵長も衝撃波の打ちすぎで気絶したきりだ。
 本人の言では数時間で目が覚めるそうだから、心配はいらないだろうが、それでも不安ではある。
「そうですね……」
 しずくは今後の方針へと思考を戻した。
 エンブリオの言うことは一から十までもっともだ。
 動いても動かなくてもさほど危険度は変わらない。なら、どうするべきか。
 しずくの逡巡を読み取ったかのように、手の中のエジプト十字架はにやついた声音で言葉を繋げる。
『オレとしては、ここでオレを殺して欲しいんだけどな』
「それは駄目です!」
 間髪入れずにしずくは叫んでいた。
 その反応は予想していたようで、エンブリオは肩をすくめたような雰囲気を見せた。
『ダメか。……しっかし、なんでオレの声が聞こえる連中は、どいつもこいつもオレを殺してくれねーのか』
 愚痴っぽく言うエンブリオを見て、しずくは軽く眉を寄せた。
 エンブリオの殺してくれ発言は今更のものなので、気に病んでも仕方がない。
 気分がよくないのは確かだが。
「茉衣子さんが起きて、雨が止んだら、どこか体を暖められるところに移動するつもりです。
 学校とか……あとは商店街でしょうか」
『そうかい。しかし茉衣子はいつ起きるんだ? 精神的にはかなりヤバイ――』
 エンブリオが言葉を止め。
 しずくが目を見開いた。
 

 *   *   *

673タイトル未定 5/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:54:46 ID:2cEjmkO6
 目の前の空気が動いた。
 靴の裏側が弱く床板を噛み、膝が曲がる。
 腕を地面に押し当てて、肘から順に滑らかに剥がしていく。
 背中が浮いた。
 重力に逆らう動き。
 ゆっくりと、闇を掻き混ぜるように、細い体が起き上がる。
 湿った髪がパラパラと音をたてて解けた。
 黒い服、黒い髪が混ざることで、闇がいっそう密度を増す。
 ほおー……と長い息が靡き。
 放置されたロッキングチェアが、暗闇の重さにキィィと軋んだ。
 光明寺茉衣子は、起き上がった態勢のまま停止した。
 半身を起こしたまま、俯いて顔を隠している。
 その様子は、なにかを反芻しているようでもあった。
「茉衣子さん!」
 思わずしずくは喜びの声を上げた。
 茉衣子の正面に回りこんで高さを合わせ、出来るだけ声を落ち着けようとして、それでも大きくなった声で語りかける。
「体、大丈夫ですか? 痛いとか寒いとかありませんか? 
 ここには暖房設備がないので、移動しないとどうしようもないんですけど、大丈夫ですか?
 一応体は拭かせてもらったんですけど……あっ、すいません!
 起きたばっかりなのに、いろいろ言っちゃって。まだ落ち着いてませんよね」

674タイトル未定 6/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:55:30 ID:2cEjmkO6
 次々と繰り出されたしずくの言葉に、茉衣子はようやく反応を示した。
 白い繊手が、しずくの手に握られたエンブリオに伸びて、それを抜き取る。
「あっ、すいません。返しますね、エンブリオさん」
『よお、気分はどうだ?』
 茉衣子は言葉を返さなかった。
 エンブリオは握ったまま、茉衣子が顔を上げて、 
 

「アナタ、ガ、コナ、ケレバ」

 
 がつりと。
 鈍い音が、した。
 しずくはえっ、と音を漏らした。
 それは反射的な動作に過ぎない。その瞬間彼女の意識は閃光が弾けたように真っ白だった。
 顔面に衝撃。
 びくんとしずくの体が痙攣する。
 指先が細かく振るえ、中腰だった膝が折れた。座り込みながらもその視線は茉衣子から外れない。いや、外せない。
 エジプト十字架が、しずくの右目に突き刺さっていた。
 レンズを貫き、視神経ネットワックへとその先端をめり込ませている。
 茉衣子が両手で握った十字架を一直線に突き出していた。
 避けることは出来なかった。
 避けるという発想さえ浮かばなかった。
 あまりに迅速な破壊に理解が追いつかない。意識が置いてきぼりになっている。
『うおっ……おい、なんだ!』
 焦ったようなエンブリオの声。
 しかし、茉衣子はまるで聞こえていないかのように、
「…………っ」
 その腕に、力を加えた。

675タイトル未定 7/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:56:16 ID:2cEjmkO6
 止まっていた十字架が、わずかに、ゆっくりと、確実に前進する。
 より致命的な部分へ先端が埋もれる。
 十字架が眼窩にこすれて嫌な音を立てた。
 しずくの左目が大きく見開かれた。眼球をこじ開けられる衝撃に、全身が一瞬で粟立つ。
「あっ、つ、あぁあ……」
 力ない咆哮。
 少しずつ、少しずつ、十字架が押し込まれていく。
 しずくはなんとか後退しようとして、失敗した。
 後ろに下がれない。
 それで自分が壁と茉衣子に挟まれていると気づいた。
『おいおい、どうなってるんだ?』 
 混乱したエンブリオのぼやきはどちらに向けられたものだったのか。
 どちらにしろ、それは聞き入れるもののないまま闇に呑まれた。
 掠れた悲鳴は止まらない。
 まずい。
 しずくは背筋を這い登る悪寒を感じ、認めた。
 しずくのボディは十分すぎる強度を持っているが、眼球部位まではそうはいかなかった。
 このままでは、十字架は取り返しのつかない位置にまで到達する。
 両腕でなんとか茉衣子の手首を掴んだ。
 掴みながらも、一つの問いかけがしずくの脳裏をよぎる。
 彼女の行為は、正当なものではないのか?
 宮野を死地へと導いたのは間違いなく自分なのだ。
 ならば、ここで茉衣子に殺されるのが正しくはないだろうか?
「……それは、違う」
 しずくは即答した。
 それは逃げだ。諦めて死んでしまうわけにはいかない。
 自分にはまだやるべきことが残ってる。
 倒れた人たちの分も、やらなければいけないことが、残っている。
 しずくが決意を込めて、無事な左目を大きく開いた。

676タイトル未定 8/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:56:59 ID:2cEjmkO6
 その時。
 ぴたりと。
 しずくは。
 茉衣子の瞳を捕らえ。
 思わず、息を呑んだ。
「…………ぁ」
 そこには暗闇があった。
 この小屋に充満するものと同じ――空虚と痛みを孕んだ暗闇だ。
 あらゆる光を飲み込んで、逃がさない。
 出てくるものなど何もない漆黒。
 感情が干からびた後に残る真性の虚無。
 しずくが声にならない声を上げた。
 見てはいけないものを見てしまい、わけもわからず泣き出しそうだった。
「あなたが来なければ、班長は教会に行く必要などなかったのです」
 手首を強く掴まれたにも関わらず、茉衣子は顔を歪めもしなかった。
 ただただ、深く突き刺そうと全力を込める。
 修復中の右腕が頼りない。今にも砕けてしまいそうな不安を覚える。
 しかし、地力の差か、十字架の先端が徐々に引き抜かれ始めた。
 先端が動くたびに、眼窩を擦る衝撃がしずくを苛んだ。
「あなたが来なければ班長が交渉をする必要などなかったのです」
「茉衣子、さん……」
 茉衣子の瞳には一切の感情が見えない。
 固く、脆く、薄く、厚い殻に覆われていて、その奥に渦巻くものは見えない。
 しずくは歯を食いしばって力の限り抗った。負けるわけにはいかない。
 右腕が不安定な音を立てた。限界が近い。
 だがそれは茉衣子も同じはずだ。あまりに強く掴まれたために、茉衣子の手は蒼白になっていた。
『最悪だぜ。殺してくれとは言ったが、こりゃああんあまりじゃねーか?』
 状況を把握したらしいエンブリオの声が体の内から聞こえる。
 その感覚に、ぞっとした。

677タイトル未定 9/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:58:05 ID:2cEjmkO6
「あなたが来なければ班長が力を試される必要などなかったのです」
 茉衣子を少しずつだが押し戻す。
 片方だけの視界は、茉衣子の瞳に吸いつけられていて、彼女の表情はわからなかった。
「あなたが来なければ、班長があの騎士と戦う必要などなかったのです」
 圧迫に耐え切れず、茉衣子の指がエンブリオから離れる。
 均衡が崩れた。
 その機を逃さず、しずくは全力で茉衣子を振り払おうとし――
 瞬間、茉衣子の指先に蛍火が生じた。
 茉衣子のEMP能力。想念体以外には無力な力。それは螺旋を描き、至近距離から撃ち込まれた。
 狙いは――エンブリオが突き刺さる、右目。
 十字架が突き刺さるその場所で淡い蛍火が弾けた。
 茉衣子を振り払いながらも、眩い光にしずくの視界が真っ白に染まる。
「茉衣子さん!?」
 茉衣子の姿を見失う。
 視覚センサーが光量をカット。即座に復帰する。
 だが、遅い。
『やめろ!』
 今まで一番大きなエンブリオの声。
 回復した視界に映ったのは、古びたラジオを振りかぶる、黒衣の少女。
「あなたが来なければ、班長が死ぬ必要などなかったのです!」
 ラジオが十字架を強打する。
 右目に致命的な衝撃を受けて、しずくは昏い世界へと落ちていった。
 

 *   *   *

678タイトル未定 10/10 ◆7Xmruv2jXQ:2005/12/05(月) 22:58:49 ID:2cEjmkO6
 小屋の中には暗闇が立ち込めている。
 その暗闇に溶け込んで、茉衣子は俯いたまま動かなかった。
 彼女の傍らには白い少女の亡骸がある。
 右目には、深く、十字架が突き刺さっていた。
 十字架は多少形を歪にしながらも、しっかりと自身を保っていた。
 それは死者を弔う墓標のようでもあり、吸血鬼を滅ぼす杭のようでもあった。
『……何があった?』
 声は茉衣子の足元、一部が大きくへこんだラジオから聞こえた。 
 突き立ったままの十字架が答えた。
『見ての通りだ』
 吐き捨てるような言葉を最後に、闇は閉じた。



【024 しずく 死亡】
【残り 58人】    

【E-5/小屋内部/1日目・17:30頃】

【光明寺茉衣子】
[状態]:呆然自失。腹部に打撲(行動に支障はきたさない程度)。疲労。やや体温低下。生乾き。
    精神的に相当なダメージ。両手と服の一部に血が付着。
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:不明

※兵長のラジオ、デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)二つが茉衣子の足元に放置。
※エンブリオはしずくに突き立ったままです。
※兵長ラジオ大きくへこむ。エンブリオちょっと歪に。

679姦客責(カンキャクセキ):2005/12/07(水) 23:12:44 ID:2hhtcUkM
(ボール……?)
 行き着いた考えに疑問を持ち、おそるおそる視線をふたたび正面へと向ける。
 と。
「え……?」
 それは赤い軌道を描きながら、ボールのように転がっていく。
 それはこちらの足下まで転がり、赤い液体をまき散らしながら止まった。そっと拾う。重い。
 それはこちらに掴まれた後も、暗闇の中でもよく映える赤をぽたぽたと垂らしている。
 それは、





 ○<アスタリスク>・5
 介入する。
 実行。

 終了。





「はあああああああっ!」
 だがその思考は、憎悪に満ちた男の叫びによって遮られた。
 反射的に声の方へと頭を上げ、しかしすぐに目をそらす――刹那。
 その一瞬に目に入った光景が、網膜に焼きついた。
 憎悪と殺意で振るわれた刃が宮野の頭頂部から股間までを一気に





 ○<アスタリスク>・6
 介入する。
 実行。

 終了。

680姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:13:43 ID:2hhtcUkM




 ──すべて投げ出してやめてしまいたい。
 ここに放り込まれた直後抱いた思いが、ふたたび脳裏をよぎった。
「はあああああああっ!」
 だがその思考は、憎悪に満ちた男の叫びによって遮られた。
 反射的にそちらを見て、不思議なことが起きた。
 宮野の首が肩の上から落ち、点々と床を転がって足元に





 ○<アスタリスク>・7
 介入する。
 実行。

 終了。





「く──」
 宮野の指先から放たれる不気味な光が魔法陣を描き、そこから黒い触手が顔を出す。だが遅い。
「はあああああああっ!」
 咆哮と共に、すべての不快感を叩きつけるような刃が、横薙ぎに振るわれた。
 斬られた感触すらない。
 達人の技でもって切断された頭部が宙を飛び、一瞬だけ茉衣子と目が合い





 ○<インターセプタ>・3
 <自動干渉機>、もう一度だけ。





(ボール……?)
 行き着いた考えに疑問を持ち、おそるおそる視線をふたたび正面へと向ける。
 と。
「え……?」
 それは赤い軌道を描きながら、ボールのように転がっていく。
 それはこちらの足下まで転がり、赤い液体をまき散らしながら止まった。そっと拾う。重い。
 それはこちらに掴まれた後も、暗闇の中でもよく映える赤をぽたぽたと垂らしている。
 それは、





681姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:14:23 ID:2hhtcUkM
 ○<インターセプタ>・4
 <自動干渉機>が正常に作動しない。
 やはりわたしは造られた存在で、<自動干渉機>も同じなのだろう。
 ならば。
 わたしが彼らを『助けたい』と思う気持ちも、造り物なのだろうか。
 そうだとしたら――

「わたしがそれをやることに、何の意味があるのです?」
「あなたはそれを成したいのでしょう? <インターセプタ>」
「その欲求が造り物だとしても、ですか? “イマジネーター”さん」
「そんなことが、あなたの世界を妨げる理由になるの?」
「わたしの……世界?」
「そう。あなたの心はあなたの世界。心こそが、たった一つの真実」
「それすらもが造り物なのですよ?」
「造り物なのは当然のことでしょう。造られなければ、存在し得ない。同じ造られた物に真作と贋作の区別もない。それはどれもが等価で、当人にとっては真実なのだから」
「……私は――」

 助けたいと、思います。
 例え偽者でも、わたしの世界のあの二人を、助けたいと思います。
 <年表管理者>として。
 例え死んでしまっても、助けたいと思います。





 ○<アスタリスク>・8
 終了する。
 実行。

 終了。





682姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:15:15 ID:2hhtcUkM
 繰り返し映る、彼の死。
 視点が変わっても、時間が変わっても、場所が変わっても、宮野秀策の死は変わらない。
 何度も映った。夢の中で宮野の死亡がリプレイされる。
 正常でない<自動干渉機>による干渉が、本来残らないはずの記憶として残る。
 夢として。
 夢として残った記憶が連鎖的に夢を作る。悪夢を作る。
 宮野が死んだ悪夢が繰り返される。
(ああ――)
 首を斬られた。胸を斬られた。触手ごと斬られた。
(い――や……あ――)
 袈裟懸けに斬られた。逆袈裟に斬られた。頭頂から両断された。胴体を薙ぎ払われた。
(ああああああああああああ)
 両腕を落とされ両脚を断たれ眼球を抉り大腸を引き摺りだし心臓を斬り破り脊髄を砕かれ脳髄を掻き回された。
(ああああああああああああ!!)
 殺されたのは宮野秀策。白衣の。厄介な。班長。
 殺すのは黒衣の騎士。名前? アシュラム。怖い。黒。薙刀。恐怖。死。
 何で死ぬ? 主。騎士の主。女。怖い。命令で。試す。試して。試された。死んだ。
(あ……あ……あぁ…………!)
 何で試された? 頼み。救って欲しい。相良宗介。千鳥かなめ。吸血鬼。しずく。しずく?
(あ……あなたが……あなたさえ……!)
 夢が――覚める。

683姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:16:13 ID:2hhtcUkM
 起き上がろうとして、足に力を込めた。磨耗した感覚が床の存在を足に伝えるのを確認して、膝を曲げる。
 床に寝ていたらしい。脱力した腕に力を入れて、肘から順に起こしていく。
 背中の触感が消えた。起き上がってきているらしい。
 重力による枷を億劫に感じながら、無理矢理に起き上がった。
 湿った黒髪が顔にかかる。暗い視界が狭められた。
 暗闇のような視界の中に、宮野は居ない。彼の声も響かない。
 悪夢は――醒めない。
 息をついた。闇を祓うかのように呼気が流れる。
 放置されたロッキングチェアが、暗闇の重さにキィィと軋んだ。
 思考が停まる。動きが停まる。
 傍らにいる彼女を――彼女の生きている様を見たくなく、顔を俯かせたまま胸中で呟く。
(あなたさえ、いなければ)
 その思考の正しさを、噛み締める。彼女が来なければ、宮野は死ななかった。
 しずくが、来なければ。
「茉衣子さん!」
 嬉々とした声音が、耳に響く。
 見たくもないものが視界に入った。しずく。宮野秀策の死因。
 あなたがこなければ。
 視線を合わせるようにして、それは言ってきた。何が嬉しいのか、やや大きな声量で、
「体、大丈夫ですか? 痛いとか寒いとかありませんか? 
 ここには暖房設備がないので、移動しないとどうしようもないんですけど、大丈夫ですか?
 一応体は拭かせてもらったんですけど……あっ、すいません!
 起きたばっかりなのに、いろいろ言っちゃって。まだ落ち着いてませんよね」
 煩わしい。
 視線を逸らす。と、それが何かを持っていることに気付いた。
 反射的に手を伸ばし、奪い取る。
「あっ、すいません。返しますね、エンブリオさん」
 何を言っている。
 これは宮野のものだ。返すというならば宮野に返せ。
 アナタガコナケレバ生きていたはずの、宮野に返せ。
『よお、気分はどうだ?』

684姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc:2005/12/07(水) 23:18:55 ID:2hhtcUkM
 暗鬱とした感情が、渦を巻いている。
 顔をあげた。こちらを覗き込むように見ている顔がある。
 何で笑顔を浮かべている。何で生きている。彼は死んだというのに。何でアナタは。
 十字架を握る手に力を込め、光明寺茉衣子は感情を吐き出した。


「アナタ、ガ、コナ、ケレバ」

 
 がつりと。
 響いた音と感触は、爽快なものだった。


[備考]◆7Xmruv2jXQ氏のタイトル未定に続きます。
(ネタがかぶるってあるんだなあ。いや後半繋げただけだけど)

685試行錯誤(思考索語)(1/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:13:33 ID:lENdQJmQ
 遠くから爆発音が聞こえた。誰かが襲われているのだ。けれど、危険を承知の上で
様子を見に行けるだけの力も余裕も、今の淑芳にはない。唯一できる行動は、隠れて
体を休め、ただ歯を食いしばることだけだった。
 何か言いたげに顔を上げた陸が、開きかけた口をつぐみ、また元の姿勢に戻った。
 どんなに悔しくても、その思いだけで不可能が可能になるほど現実は甘くない。
 雨雲に覆われた空の下、海洋遊園地に潜んだまま、ぼんやりと彼女は考える。
 夢の中で御遣いは、ひとつだけ質問を許すと言った。
 御遣いが淑芳の質問に答えたのは一度だけだ。それ以外の発言は、ただ御遣いが
 言いたかったから言っただけの、淑芳の問いと無関係な独り言に等しい。
 もはや御遣いは、淑芳の問いに答えを示していない。

 アマワ。

 あれは何だったのかと『神の叡智』に尋ねて、返ってきた答えはそれだけだった。
 たった一語だけの情報しか与えられなかった。
 何から何まで知ることができていたなら、その知識が夢に影響しただけだと、あんな
ものなど本当はこの島にいないのだと、そう信じられたかもしれない。
 該当する知識はないと答えられていたなら、あれはごく普通の悪夢だったのだと、
御遣いは空想の産物でしかないのだと、そう思い込めたかもしれない。
 最悪の返答だった。
 名前くらいは教えてやってもいいが、それ以外のことを教えてやる気はない、という
意思が込められた一語だ。主催者側の与えた『神の叡智』にこんな細工があった以上、
『ゲーム』の黒幕・アマワは実在しているとしか考えられない。
 淑芳は、眉根を寄せて溜息をつく。どう戦えばいいのか、彼女には判らない。

686試行錯誤(思考索語)(2/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:16:05 ID:znVd7h32
 『神の叡智』には様々な異世界の情報が収められていた。だが、それらの知識だけで
この『ゲーム』から脱出するのは無理だ。『ゲーム』の中で役立てることはできても、
アマワを滅ぼす奥の手にはならない。呪いの刻印を自力で解除できるほどの切り札が
得られるはずなどなく、故郷へ帰るための鍵にもならない。
 『神の叡智』に収められた知識は、すべて主催者側も知っていることだ。そもそも、
『ゲーム』を妨害できるほどの情報を、主催者側が提供するとは考えにくい。敵から
贈られた知識を無条件に盲信するわけにもいかない。
 だいたい、ろくに使いこなせないような知識には、大した価値などない。
 未知なる世界の技について淑芳は調べてみたが、結果は快いものではなかった。
 彼女は術の達人ではあるが、異世界の技を何でもかんでも楽々と再現できるほどの
異常な才能は持ちあわせていない。故に、淑芳は攻撃などの難しい自在法を使えない。
同様に、カイルロッドの故郷にある魔法も難しくて使えないものの方が圧倒的に多い。
 ――高等数学の数式は、その意味を理解できない者にとっては単なる記号の羅列に
過ぎない――『神の叡智』の中には、そんな一文もあった。
 既知の術と系統の近い術はまだ比較的理解しやすいし、ごく簡単な技を習得するのは
それほど難しくあるまい。だが、習得できれば有利になるのかというとそうでもない。
やはり慣れない技は慣れた技よりも使い勝手が悪い。どういうわけか術が本来の効果を
発揮しない現状で、異世界の技を行使すれば、どんな異変が起きても不思議ではない。
制御を誤って自滅しては本末転倒だ。よほどの理由がない限り頼るべきではなかった。
 淑芳は、故郷で使われている術についても試しに調べてみた。すると、かなり複雑な
術の極意までもが詳細に解説され始めた。『神の叡智』を作った者は、天界の秘術まで
知っているのだ。あまりの衝撃に眩暈を感じ、淑芳は頭を抱えた。
 得られたものはあったが、それらを活かしきるには時間が足りなさすぎる。
 今までも使っていた術を少し改良するくらいならば可能だが、所詮は焼け石に水だ。
数十時間を術の改良に費やしても、本来の強さに遠く及ばない効力しか出せまい。

687試行錯誤(思考索語)(3/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:17:53 ID:mnPQi2FI
 術関連以外の情報は、各異世界の一般常識が大半らしかった。特殊な武器や装置、
一部の者しか知らない裏事情などの知識もわずかにあるようだが、知っていたところで
どうしようもない内容がほとんどのようだった。
 さすがに『神の叡智』を隅から隅まで調べることなどできないので、これらの判断は
淑芳の故郷について、そしてカイルロッドと陸から聞いた話などについて検索して、
その上で推測した結論だ。当然だが、想像すらできないものを調べることはできない。
だから、未知なる知識が触れられぬまま隠されている可能性はある。だが、その知識を
想像できるような出来事が起きるまで、未知なる知識を得る機会はない。
 名簿に載っている名前についても淑芳は尋ねたが、該当する知識は存在しなかった。
得意技や弱点は勿論、顔や性別や背格好などもまったく判らない。
 支給品扱いの陸についても尋ねてみたら、そんな風にしゃべる犬もいるという答えが
返ってきた。陸の主であるシズに関しては、やはり何も言及されない。
 求められている茶番は、一方的な殺戮ではなく、あくまでも殺し合いであるらしい。
 『神の叡智』のおかげで、殺し合いに『乗った』者に襲われたときには多少なりとも
対処法が判るかもしれないが、戦闘中に知識をあさっていられる暇があるかは疑問だ。
それに、考えても無駄なことを考えていては命取りになりかねない。
 例えば、陸に教わったパースエイダーが他の異世界では銃などと呼ばれていること、
火薬で弾を飛ばす武器であることは理解できた。けれど、何らかの能力と組み合わせて
使われた場合、むしろ予備知識は悪影響を与える。いっそ何も考えずに逃げた方が賢い
といえるかもしれなかった。弾の破壊力を増すくらいは、いかにも誰かがやりそうだ。
弾道を曲げる程度の干渉は、意外でも何でもない。弾切れがあるという保証さえない。
 確信できない情報は、いわば諸刃の剣だった。

688試行錯誤(思考索語)(4/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:19:31 ID:Us6r9odY
 気になっていた疑問を、淑芳はさらに『神の叡智』へぶつけた。
 彼女の支給品だった武宝具・雷霆鞭は、どうやってか軽量化されてしまっており、
元の重さを感じさせなかった。天界の特殊な金属で造られた武宝具なので、神通力を
持たない者には重すぎるはずなのだが、この島で手にした雷霆鞭は、あたかも鉄製で
あるかのように軽かった。おそらくは主催者側の施した細工なのだろうが、どんな風に
そんな芸当をやってのけたのかと『神の叡智』に問うても、答えは不明の一点張りだ。
 この様子だと、神通力を持たない人間が他の武宝具を振り回して襲ってくる、などと
いった事態もありえる。事実、悪しき心を持つ者には使えないはずだった水晶の剣が、
野蛮そうな悪漢の手に握られていた、とカイルロッドは言っていた。支給品の武器には
総じて何らかの細工が施されているのかもしれなかった。
 呪いの刻印を解除する方法。弱体化の原因。この島がある空間。主催者側が持つ力。
いずれの事柄に関しても、よく判らないということしか淑芳には判らない。ある程度の
推測はできても、仮説を裏付ける証拠は相変わらず乏しいままだ。
 地下への入口にあった碑文の真意も、未だに判らない。けれど気づいたことはある。
 『世界に挑んだ者達の墓標』と書かれた石碑には参加者たちの名前が刻まれており、
第一回放送で告げられた死者の名前は、線を引かれて消されていた。
 墓標とは死者の名前を刻むための物だというのに、死者の名前が消されていたのだ。
あの犠牲者たちは『世界』に挑むことなく死んだ、ということなのだろう。『世界』に
挑めなくなった者の名前から消えていき、参加者全員が死んだとき、幾つかの名前を
残した状態であの墓標は完成するらしい。『世界に挑んだ者“達”の墓標』とあるので
優勝者の名前しか残らないというわけではなさそうだ。
 今までの犠牲者たちが挑めずに死に、これから誰かが幾人も挑むが、勝てずに死んで
いくしかない何か。あの碑文に記された『世界』とは、そういうもののことらしい。
 どんなに必死で虫けらが暴れようとも、蠱毒の壺は壊れない――そんな嘲りの意思を
垣間見たような気がして、淑芳は再び溜息をつく。
 ゆっくりと、銀の瞳をまぶたが隠す。疲れきった心と体が、眠気を訴えている。
 薄れていく意識の片隅で、姉や友の無事を願いながら、彼女は睡魔に身を委ねた。

689試行錯誤(思考索語)(5/5) ◆5KqBC89beU:2005/12/19(月) 12:21:24 ID:N/J1ZIfE
【F-1/海洋遊園地/1日目・17:20頃】

【李淑芳】
[状態]:睡眠中/服がカイルロッドの血で染まっている
[装備]:呪符×23
[道具]:支給品一式(パン8食分・水1600ml)/陸(睡眠中)
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
    /神社にいる集団が移動してこないか注意する
    /目が覚めたら他の参加者を探す/情報を手に入れたい
    /夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃がしています。『神の叡智』を得ています。    夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。

690Fakertriker(1/4) ◆jxdE9Tp2Eo:2006/01/27(金) 19:11:16 ID:IvGmdeTM
「たすけてぇ!!」
密室に千絵の悲鳴が響く。
ベッドサイドには割り箸を組み合わせて作った十字架を持ったリナの姿。
「いやぁぁぁぁ、お願いこれ以上それを近づけないでえ!!」
喚く千絵の顔を見るリナの瞳が加虐に酔っていく。

「そう…でもね、アメリアはもっと…」
そう言って千絵の足に十字架を押し付けようとしたリナだったが。
「もういいでしょう」
保胤が寸でのところでリナを制止する。
「でもっ!」
「しっかりしてください、恨みを恨みで重ねればそれこそ思う壺です」
その言葉にはっ!と保胤の方を振り向くリナ。
その通りだ、憎しみを加速させることこそ奴らの狙い、わかっていたはずではないのか。
だが、それでも目の前の吸血鬼がアメリアを殺したかもしれない…そう思うと怒りを抑えることができない。
リナの拳がふるふると震え、ギリッと噛み締めた歯が軋む音がはっきりと聞こえる。
「あんたが代わりにやって…」
そう保胤に向かって呟くとリナは壁にもたれかかり、ため息をひとつついた。
「ご存知のことをすべて話していだだけますね」
保胤の言葉に、千絵は力なく頷いた。

「そんじゃアンタも噛まれたわけね」
保胤とリナの質問に千絵は逆らわず淡々と応じていく。
「はい…噛まれる前の事とかは正直覚えてないですけど」
「で、噛んだのがその聖って女ね、あいつがご主人様?」
ご主人様という言葉に嫌悪の表情を見せる千絵。
「そういう意味じゃなくって、あいつが伝染源なのかってことよ」
「違うと思います…あの女も噛まれたみたいですから」
「なるほど…」
「その聖さんを噛んだ方のことは聞いてらっしゃいますか?」
「はっきりとは…でもマリア様よりも美しい方と言ってました」
「マリアってことは女性ね」
「はい、あの女はレズなので」
リナはシャナに牙を突き立てた聖の恍惚の表情を思い出して、頷く。

691Fakertriker(2/3) ◆jxdE9Tp2Eo:2006/01/27(金) 19:12:12 ID:IvGmdeTM
「そう…わかったわ」
それだけを言うと、リナはもう用は済んだとばかりにまた千絵の傍を離れる。
だが、やはりその握られた拳は小刻みに震えていた。
リナが部屋から出て行ったのを確認し、保胤は千絵にまた質問する。
「お体は大丈夫でしょうか?」
もうこの少女は魔物と変じている、そう知ってながらも保胤には迷いがあった。
もしかするとまだ手段はあるのかもしれないと。
「足元が寒くて…毛布ありませんか?」
だから、千絵の言葉に頷くと保胤は毛布を千絵の体にかぶせてやり、リナに言われたとおり
手製の十字架を枕元において、部屋から退出していった。

「もう…こんな時間ですか…」
マンションの外で保胤は手に持ったタンポポの綿毛を夜風に空かす。
もう太陽は霧の中最後の一片を地平線の彼方へ隠そうとしている。
「もう、これ以上は無理です…」
自分の気持ち一つで彼女をまだこの世界に留めてはおける。
だが…自然ではない…摂理には従わねばならない。
「貴方は死んでいるんです…さようなら」
それだけを呟き、保胤は綿毛を夜空に飛ばそうとした時だった。
猛然と自分に向かって走ってくる影が一つ
「シャナさん!」
気配が尋常ではないことは容易に分かる、保胤は体を投げ出してシャナを止めようとしたのだが。
そのまま逆に吹き飛ばされ…意識を失ってしまったのだった。
そして間の悪いことに綿毛をたたえたタンポポの茎は、保胤の手を離れ闇の中をどこかへと転がって行った。

一方のリナは来たるべき戦いについて思案していた。
セルティにも聞いたが、どうやら多少の差異こそあれ吸血鬼の弱点・習性はどの世界でもほぼ共通のようだ。
ならば…吸血鬼は強大な魔力を持つ、魔族の王と自らを誇っている。
…だがその強大さと引き換えに弱点の多さでも知られている、だから奴らは隠れるように古城の中に息を潜め
暮らしているのだ、正直、自分の敵ではない。
『本当に来るのでしょうか?』
「下僕同士はともかく、吸血鬼は仲間意識が強い種族よ…必ず取り戻しにやってくるわ」
セルティの質問に即答するリナ、仲間意識だけではなく、奴らはプライドも必要以上に高い、
自分の下僕が虜になったと悟れば必ず来る…、ましてその大っぴらな吸血ぶりから考えて、
自分の弱点を知るものがいないとでも思っているのだろう。
「殺すのかって?違うわ、まだ殺さない」
自分たちの世界の吸血鬼と違い、聖や千絵らはある種の呪縛のようなもので吸血鬼と化している。
親玉ならばその呪縛を解除することも出来るはずだ。
単に殺すだけでは一緒になって滅んでしまうかもしれない、それを確かめなければ。
「大丈夫よ、そいつの魔力がどんなに強くても、奴らには決して逃れ得ない弱点があるもの」

しかし…リナは思い違いをしていた。
十字架もにんにくも千絵には何の脅威にもなっていなかったのだ。
残酷なようだがリナが千絵に十字架を押し当てるところまで行っていればそれとすぐに看破できたのだが、
これも運命の悪戯だろうか?
そして千絵は毛布で隠された足元をぎこちなく動かしている。
「ええと…ビデオではこうやってたかな」
最近学び始めた護身術、そのビデオの中に紹介されていた縄抜けの方法を千絵は実践しようとしていた。

692Fakertriker(3/3) ◆jxdE9Tp2Eo:2006/01/27(金) 19:13:13 ID:IvGmdeTM
【C-6/住宅地のマンション内/1日目/18:00頃】
『不安な一室』
【リナ・インバース】
[状態]:平常
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
     吸血鬼の親玉(美姫)と接触を試みたい。
     

【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:やや疲労。(鎌を生み出せるようになるまで、約3時間必要です)
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。


【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、気絶
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている。
    タンポポ紛失の可能性あり。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ、拘束状態からの脱出を実行中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:チャンスを見計らい脱出、聖を見限った。下僕が欲しい。
     甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
     吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
[備考]:首筋の吸血痕は殆ど消滅しています

693タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:17:45 ID:2t9YUTeo
 ベルガーは確信する。
 先ほどから追跡してきた少年少女は撒いたと。
 少年の追跡具合は見事だった……まるで日常的に誰かをストーキングしているように。
 しかし少女のほうは挙動を見てもただの女学生だ。
 尾行されているのが分かるなら裏を掻くルートで進む。何せ自分は世界で二番目に逃げ足が速い。
 少女の身体能力を気遣う少年は無理に追跡をして置いていくようなことはすまい。
 それを数回繰り返して、ようやく気配は無くなった。
 相手も見失ったことを悟り、なにかしら行動を起こすはずだ。
 ベルガーは考える。
 相手からは、自分がある程度の集団に組しているのが分かっているはずだ。
 そう考えるとなにか目立つ場所で集合するはずだ、と。
 ならばこの辺りで集団が集合しやすい場所とはどこか。
 地図を見る。
 地図に載っている建造物は、アジトにしているマンション、その隣の教会、難破船、灯台といったところか。
 ベルガーが歩いて立ち去ったのを見て、そのぐらいにあると考えるだろう。
 ベルガーを見失った彼らは、恐らくそのどこかに向かうはずだ。
 しかし、まず最初にマンションに向かうとしたら、ベルガーより先に着くかもしれない。
 尾行に気づいた辺りから目的地をぼかして移動したので、すぐにはマンションまで佐山は来ない……と思う。
 すぐにマンションに戻り、出来れば移動しておきたいところだった。

694タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:18:48 ID:2t9YUTeo
 シャナを探してから帰ろうと思ったが、計画は変更せねばならない。
 そもそもシャナか零崎とやらかは知らないが、どちらかがエルメスに乗って移動している。
 零崎がエルメスに乗った場合、遠くまで逃げるだろう。そしてシャナはそれを追いかけ、この辺りから離れる。
 シャナがエルメスで追跡した場合、それほど時間の掛からずに追いつくだろう。そしてシャナはエルメスにのってマンションに戻るはずだ。
 ベルガーは携帯電話を取り出しボタンを押す。流石に尾行されていたら使えなかったが。
【ベルガー?】
「ああ」
 すぐにリナが出た。とりあえずこれまでの事情を説明する。
「──というわけだ。今から戻る。そっちの吸血鬼はどうだ?」
【今尋問が終わったとこ。吸血鬼は保胤に見張らせて、あたしとセルティはは入り口で親玉吸血鬼を待ち伏せ】
「……そうか。まあ詳しくは戻ってから聞くが、出来れば、いや出来るだけ移動する準備をしていてくれ」
【分かったわ。で、その佐山とやらが先に来たらどうすんの?】
「そいつ自体は殺人者じゃないがな、殺さない程度に好きにしてくれ」
【ふうん…少しは話を聞くのも有りだけど……】
「ともかく、すぐ戻るから待ってろ」
【はいはい。じゃ】
  ぶつっ。                  放送が鳴った。

695タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:19:51 ID:2t9YUTeo
「……撒かれたね」
「……私のせいだね。ごめん」
「──いや、すまない。私の責任だ」
 息を切らした宮下の言葉に佐山は口をつぐんだ。
 以前なら、新庄と知り合う前なら「分かってくれて嬉しい」などと答えただろう。
 しかし、そう答えようとしたなら、途中で新庄が口を塞いでくることが想像できた。具体的には首を絞めて。
 胸が僅かに軋む。
 自分を変えてくれた人は奪われた。何者かによって失われた。
 男は言った。

──友人が一人こっちに連れて来られていたが、あっさり殺された。

──この狭い島の中だろうと、そのことに例外は無い。

──どうやってこの島の人間全員を仲間にするのか、よく考えておけ。

 島の人全員を仲間にするということは、或いは新庄を殺したものをも仲間にするということだ。
 或いは今この瞬間、風見を殺したものを、出雲を殺したものを仲間にするということ。
 目の前で宮下藤花を殺戮し、「僕も仲間になるよ! 一緒に頑張ろう!」などと言った者を仲間に出来るか。
 自分はそのときどうなるだろうか。それでも仲間にするのだろうか。

696タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:20:54 ID:2t9YUTeo
 彼女ならどう答えるか。自分とは逆とはどっちだろうか。
 最大の目標は失わせないことと失わないことだ。だが。
 先ほどのシャナも、男も大事なものを失った。すでに失った者はどうすればいい?
 しかし絶対に言えるのは、泣いてるものの頼みを聞き殺人幇助することでは決して無い。
 だが、どうすれば……
「あれ?」
 突然宮下が呟く。遠くを何か巨大なものが通り過ぎていくのが見えた。
「船…だね」
 それは船だった。全長300M程度の船がゆっくりと海岸沿いを移動していた。
 B-8の難破船が何らかの理由により動き出したものだろうか。船は明かりを灯して移動している。
「まさかアレに乗り込んだんじゃあ…」
 確かにあのサイズの船ならば大人数移動できるだろう。
 しかし佐山は否定した。
「それはどうだろうね。考えてみたまえ宮下君。
先ほどの男は尾行に気づいていただろう。だから我々を撒くような移動をしたのだ。
尾行されていると気づいているものが、わざわざ露骨に怪しいアジトで移動するかね? それなら沖でそっとしていたほうがいいだろう。
海岸を走る理由も無いだろうし。それに移動速度が遅すぎないかね? 以上をもってこれは連中のアジトでは無いと判断するが、どうだね?」

697タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:21:36 ID:2t9YUTeo
「……すごいね」
「ふふふ尊敬してもらっても構わんよ。──ところで、彼の移動先のことだが」
 地図を取り出す。ここはD-6か7ぐらいのはずだが。湖の側なのは間違いない。
 この辺りから建物というと、小屋、教会、マンション、海を渡って櫓、先ほど否定した船、あとは港町ぐらいだろう。
「ふむ……」
 とりあえず船と港町は除外する。港町はありえないし、船は先ほど否定したので考えないことにする。
 次、小屋はどうだろうか。あの小屋には佐山の名が書いたメモが置いてある。
……あのメモを見ているなら佐山の姓を聞いたときに尊敬や感謝などの反応が返ってきてもいいはずだが……
 よって保留。次は櫓だ。
……櫓に行くならば彼の移動経路はその方角だ。だが行くには海を渡るか、この道だと禁止エリアに引っ掛かる。
 またもや除外。消去法で残ったのはマンションと教会。幸い二つはほぼ同じエリアに位置している。
 調べに行くならまず近場の山小屋と其処だと判断し、地図を閉じる。
「宮下君。決まったよ。まず山小屋に行こう。次は教会かマンション、どちらかだが、とにかくC-6へ向かおう──宮下君?」
「いや、なんだろあの石と思って」
 宮下が指差したそこには、石で出来た簡素な墓があった。
「──宮下君退きたまえ」
 佐山は目聡く岩の陰にある少年の死体を見つけた。
 近づいていく。見るからに死人だ。片腕は無く、胸を突かれている。そしてその格好は──
──オーフェン君を劣化させたような衣装に金髪……マジク少年か……?

698タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:23:00 ID:2t9YUTeo
 ふむ、と呟き手を合わせた。宮下も死体から目を背けつつ黙祷する。
 ふと佐山は湖の岸を見る。マジクのと思しきデイパックが流れ着いていた。
 開けるとバッグの中は浸水していて、支給品一式と割り箸が入っている。
「マジク少年の遺品、ということになるのかね」

      『 さやま 』

 突然男とも女とも判別できない声が響いた。
 声の発信源は目の前とも思え、そうでないとも思えた。
「……これは、ムキチ君ではないか」
 佐山は湖に向かって話しかけた。
 それは4th-Gの概念核であり、世界そのものの竜だ。
 湖の水の一部が渦を巻き竜の姿となる。後ろから声がした。
「──ふむ。世界の敵ではなく世界そのものか。その少年から世界の敵の残滓が感じられたのだがね」
 気づけば宮下はいつの間にか黒衣装を着込みブギーポップになっていた。
 ブギーは左右非対称の表情を作り佐山を見る。Gsp-2はムキチにコンソールをむけ【ヒサシブリダネッ】と文字が出ている。
「どうもここに来てから暴発が多い。これは明らかな弊害だ」
「一応言っておくがムキチ君は敵ではない。むしろ癒し系だ。──ムキチ君。君はその少年の支給品かね? 何があったか教えてくれたまえ」
 佐山はムキチに問いかける。ムキチはゆっくりと、連続して言を紡いだ。

699タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:24:04 ID:2t9YUTeo
『わたしは その わりばしに はいってました』
『その しょうねんは まじくと よばれていました』
『まじくは わたしに きづきませんでした』
『そして まじくは うばわれました』
『まじくを くろい めつきのわるい やんきーのひとが とむらいました』
『かれも うばわれた かおを していました』

「オーフェン君か……?」
 佐山は考える。彼はチンピラのようだが常識人で、結局説明できないまま分かれてしまったが。
 そしてムキチは再びさやま、と呼ぶ。

『しんじょうは どこですか?』

 く、と胸が軋む。その痛みも回復の概念で消えるはずだが、痛みは退かず──

『ここには しんじょうの けはいが あります』
『でも しんじょうは ここには いません』
『ここいがいで しんじょうの けはいは しません』
『ここにいて ここにいないのならば』
『しんじょうは どこですか?』

700タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:25:07 ID:2t9YUTeo
「気配はすれどここには居ない……新庄君は──!」
 胸が張り裂けそうになる。実際張り裂けてしまったほうが楽だろう。
 あ、と声を上げ足が崩れる。地面に跪き脂汗をたらす。
 強制的に空気が漏れていく喉から声を絞り出す。
「──奪われてしまったよ」
 粘度の有る吐息を吐き出し、苦痛に声を震わせる。
 狭心症の所為か、或いは別の何かか。
 頭を掻き毟る。髪の毛が数本千切れた。その痛みが逆に心地よかったが。
 顔を上げる。目の前に、自分とムキチの間にブギーポップが立っていた。

「何かを成そうとするには、まず涙を止めることだ」

 実際には涙は出ていなかったが。
 佐山は無理やり笑みを作った。ブギーも左右非対称の笑みで返して、後ろに下がる。
 僅かに体を動かすことで全身に力を供給していく。
「もちろん、分かっているとも」
 胸の痛みはだんだん退いていき、佐山は起き上がる。
 脂汗で張り付いた髪を正し、泥のついたスーツを払う。
「ここで泣き叫び、動きを止めては新庄君に対する…新庄君が私にくれた想いに対する冒涜だ」
……胸は痛めど心は悼めど、新庄君の加護があれば耐えていける……!

701タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:26:10 ID:2t9YUTeo
「ムキチ君。新庄君は奪われた。多くの明日の友人も失った。
 私は奪ったものに償いの打撃を、失ったものに抗う力を与えるために君が、必要だ」
 自分独りで何とかするのは困難で。
 自分独りで仲間を集めるのは厳しい。
 それでも新庄君が居るならば。
 新庄君が私を護ってくれるならば。
 何故それが出来ないことだろうか。
 どうして出来ないことがあろうか……!
『やくそく しましょう ひとつは さやまのなかに しんじょうが ずっと いること』
 マジクのデイパックの中の割り箸を取り出しムキチに向けた。
「佐山御言は新庄の意志と永遠にともにあることを──」
 自分は人を泣かせず、泣いてる者に説こう。君を泣かした状況を作ったものの事を。
 自分は失くさせた者を奪おう。彼の理由を。そして本当に失くさせるべきは何かを問う。
 未知精霊?
 これまで私は新庄君と仲間と未だ知らぬことを見つけてきたのだ。精霊すら知らぬことも見つけよう。
 心の実在?
 心はここにある。新庄君はここにいる。これだけは、誰にも奪えぬ……!

テスタメント!
「契約す!」

702タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:27:13 ID:2t9YUTeo
 ムキチが割り箸の中に殺到する。割り箸にあいている無数の気孔にムキチの水分が含まれた。
 それでも重さはそう変わらなかったが。と、足元に。
「草の獣……」
 4th-Gの一部、六本足の犬に似た草の獣が足元に一匹。ぼふっと酸素を吐き出しつつ現れた。
 お手元の割り箸からムキチが告げる。
『もうひとつは うばわれたものは とりかえしましょう』
 Gsp-2のコンソールに【シンプルニネッ】と文字が生まれた。
 同時に耳元でブギーの、ぞっとするような声がした。
「君は世界の力を二つも手に入れた。君は世界の敵に為り得るのか──?」
 それは確認するように、自分では分からず、困惑しているような声だった。
 振り向くとそこには学生服を来た宮下が居た。既にブギーではない。
「佐山君どうしたの?」
「いや……この獣は宮下君が持っていたまえ」
「うわ。これって?」
「ジ・癒し系&和み系アニマルだ。なんと会話機能もついているぞ!」
『みやした?』
「かわいい……」
「それを持っておくと見事に疲れが取れるステキアニマルでもある。さて、それそろ出発しようか」
「あの、佐山君」

703タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:28:16 ID:2t9YUTeo
 宮下がおずおずと告げる。前々からの疑問だったように。
 佐山はなにかね、と返した。
「どうして佐山君はこんな状況でも冷静に、無理と言われたことをやろうとするのかな?」
 佐山は宮下にまだ詳しくは説明していない。
 説明したところで通じるとも思えないが。佐山は苦笑して言う。
「腐ってなどいられないよ。大事な人が私を見ま」

「うひょー」

「………」
「………」
「腐敗すると発酵するの違いは人間に役に立つか立たないかであり人生は常に発酵している。
うむ。今にも酸っぱい香りが……うぷ。この話は今度の食事のときにでも」
『さやま みやした むし?』
 いつの間にか宮下の手から降りていた草の獣がどこかで見た虫を銜えていた。ちなみに消化器官は無いので銜えてるだけだ。
 佐山はごほんと咳払いをして着衣を正し息を吸う。そして指を刺しつつ一息で叫ぶ。
「オーフェン君改めサッシー二号の友人、元サッシー二号君ではないか……!」
「俺の名前を勝手に改めるなっ! あと誰がそいつの友人だ!」
 後ろの森からオーフェンが飛び出してきた。全力否定しながら。
「真の友情とは耳掻きの綿の部分を噛まない猫と生まれる。By俺の親父の一人息子。
つまり俺を既に甘噛みしているこの生物と友情は生まれるかということだ」
 オーフェンが肩を落とし、半目になる。まあいいやと前置きし彼は佐山を見た。
「また会ったな佐山…だっけか。ここでなにし」
                          放送が鳴った。

704タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:29:19 ID:2t9YUTeo
【E-7/森/1日目・18:00】
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常。
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    PSG−1(残弾ゼロ)、マントに包んだ坂井悠二の死体
[思考]:佐山に会わないように急いでマンションへ
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

【D-6/湖南の岬/1日目・18:00】
『不気味な悪役』
【佐山御言】
[状態]:左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、
    PSG−1の弾丸(数量不明)、地下水脈の地図  木竜ムキチの割り箸
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。 オーフェンと会話。
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる (若干克服)

705タイトル未定 ◆R0w/LGL.9c:2006/02/13(月) 18:30:22 ID:2t9YUTeo
【宮下藤花】
[状態]:足に切り傷(処置済み)
[装備]:草の獣
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml) ブギーポップの衣装
[思考]:佐山についていく

※チーム方針:E-5の小屋に行き、その後マンション、教会へ。

【オーフェン】
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2、スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
[思考]:クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。 佐山と会話。
    0時にE-5小屋に移動。
    (禁止エリアになっていた場合はC-5石段前、それもだめならB-5石段終点)

706魔女集会1/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:15:08 ID:Ala6bp1I
 ゆらゆら、ゆらゆら。ふわふわ、ふわふわ。
 視界が揺らぐ。
 思考が歪む。
 ゆらゆら、ゆらゆら。ふわふわ、ふわふわ。
 鈍る感覚。
 火照る額。
 声が聞こえる。
「――かに……たしは、さと……」
 ゆらゆら、ゆらゆら。
 視界が揺らぐ。
 ふわふわ、ふわふわ。
 思考が歪む。
 ゆらゆら、ゆらゆら。
 鈍る感覚。
 ふわふわ、ふわふわ。
 火照る額。
 熱い。熱い。カラダがアツ――――


      ◆◆◆


「ぁ……ぅ、ん……?」
 ぴちゃ――ん。
 水滴の弾ける音が、耳に届いた。
 それと同時に、十叶詠子は覚醒する。
 額の熱に僅かに眉をひそめつつ――重い瞼を開くと、
「気がついた?」
 天井を背景に、一人の少女の顔があった。

707魔女集会2/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:16:09 ID:Ala6bp1I
「ん……」
 詠子は曖昧な声を返しながら、鈍痛の居座った頭で現状を確認。
 ここはバスルーム――湖に落下したことからして、どうやら自分は眼前の少女に保護されたらしい。
 バスタブの中で抱きすくめられるように湯に漬けられている事からして、相当に身体を冷やしてしまったようだ。
 額の鈍痛も、それが原因だろうか。
「……けほっ」
 小さな咳が、口から漏れる。
 口の中から僅かに、泥の味がする。
「ここはD−8の港の民家で、私は佐藤聖。……あなたは?」
 一語一句を噛んで含めるように、優しげな口調で少女――聖が言う。
 脇の辺りに添えられた聖の手が、ゆっくりと詠子の肢体を撫でる。
「私は……十叶詠子、だよ」
 その手の動きにくすぐったさを感じ、詠子は熱い湯の中で少しだけ身じろぎをする。
「――よろしくね。“牙持つ兎”さん?」
「…………!?」
 今度は聖が身じろぎする番だった。
 詠子はその背に当たる柔らかさを感じつつ、謳うように囁きかける。
「あなたは兎。
 心の底の暗闇を恐れて明るく振舞うあなたは、まるで寂しさで死んでしまう兎みたい。
 ――そんな可愛らしいあなただから、きっと新しい牙にも馴染めたのね。
 だってその牙があれば、」


「……黙りなさい」


 聖の形相が一変していた。
 詠子の見透かすような言葉に対する怒りか、それとも警戒のためだろうか。
 伸びた牙は美しい相貌とも相俟って、見るものに与える威圧は並みのものではない。
「恐いなあ。私の力じゃあなたの牙には抗えないのに、何をそんなに怒っているの?」
 だが、詠子の顔に浮かんだ微笑みは揺るがない。

708魔女集会2/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:17:13 ID:Ala6bp1I
 むしろその笑みに何を感じたのか、湯の中にありながら聖の身体が僅かに震え――
「黙りなさい、って言っているでしょう? 私が優位にあるのだから、私の命令はきちんと聞きなさい」
 詠子を抱きすくめる聖の腕に、力がこもる。
 半病の詠子には、抗えぬ力だ。
 しかしその腕に締め上げられながらも、“魔女”の微笑みは揺るがない。
「――ッ。……いいわ。ちゃんと身体に仕込んであげるんだから」
 言葉と共に詠子の首筋に聖の牙が迫り……しかし、その牙は詠子の皮膚を破る事はなかった。
「ん、っ……」
 牙と吐息が、詠子の首筋をなぞる。
 くすぐったげに身をよじる詠子を、聖はその力で強引に押さえ込む。
 手指が胸元で蠢き、肋骨を奏でるように撫で――
「ふふ、恐い――?」
「まさか。“魔女”は魔性に身を捧げて力を得る者、だか、ら……ふ……ぁ、っ!」
 水音と共に、詠子の腰が小さく跳ねた。 
「んー、ここが弱点?」
 牙を伸ばしたままの聖は、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら腕の中の詠子を弄ぶ。
 ぴちゃ――ん。
 と、天井から結露の水滴が落下し……弾けた。


      ◆◆◆


 それから、どれだけの時間が経ったのだろう。
 詠子に身を絡めた聖は、朱みを帯びた白磁の首筋に、ゆっくりと乳白色の牙を突き立てた。
「ひ、ぅ……」
 びくり、と弓なりに身体を反らせながら、声ともならぬ声を漏らす詠子。
 聖の口の鮮血が滴り、その数滴が浴槽へと沈み、薄く広がり――

709魔女集会4/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:18:09 ID:Ala6bp1I
「ホントはもっと可愛く鳴かせて、もっと従順にして、それから吸おうと思っていたんだけど……」
 傷口に、ぴちゃり、ぴちゃりと舌を這わせながら、聖が呟く。
 その言葉に込められた忌々しげな調子は、いったん隣家に戻ったある存在に向けられていた。
「まあ、いいわ。これで詠子ちゃんも私の仲間……ね?」
 次いで耳朶を噛みながらの甘い囁きに、詠子はゆっくりと頷く。


「そうだね。……そしてあなたも、私の仲間」


 どこか禍々しい響きを持った言葉に、聖は一瞬怯み――そして、気付いた。
 浴槽も、天井も、詠子も。
 何もかもが、二重写しに見えている事に。
「魔女の血は『ヨモツヘグリ』――人でなき者であるイザナミノミコトを死の世界の住人とした黄泉の食物」
 謳うように、詠子は囁きを返す。
「神も人も、そして魔も――『ヨモツヘグリ』の力は、変わりがないみたいだねえ」
 聖は、その言葉に対して何も返すことが出来ない。
 二重の視界いっぱいに映る――新たに認識された、もう一つの世界。
 参加者たちの目を一定箇所から逸らさせ、また特定の感情を抑制し、特定の感情を昂ぶらせる――
 そのためにこの島に仕掛けられた、無数の魔術的な記号。
「あ、あ……」
 それらを一度に理解してしまったが故に――聖は猛烈な眩暈と酩酊に襲われていた。 
「ふふ――なんだかとっても気分がいいな」
 吸血鬼化の影響で、体調が一気に回復した詠子が呟く。
「これから、どうしようかなあ……?」

710魔女集会5/5 ◆a6GSuxAXWA:2006/03/03(金) 01:19:48 ID:Ala6bp1I
【D-8/民宿/1日目/16:50】
【vampire and witch】

【十叶詠子】
[状態]:吸血鬼化(身体能力上昇)開始。それに伴い体調はほぼ復調。
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (半乾き。脱衣場に)
[道具]:デイパック(泥と汚水がへばりついた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣)
[思考]:なんだか血が吸いたいような気もするけど、これからどうしようか?

【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化(身体能力大幅向上)完了。魔女の血により魔術的感覚を得るが、ショックで酩酊状態。
[装備]:剃刀(脱衣場に)
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:世界が二重に見えて、気持ちが悪い。子爵にどう対応するべきか。
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
    首筋の吸血痕は完全に消滅しています。子爵に名を名乗りました。

711darkestHour1/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:40:50 ID:4pUpOwFs
完全に日が沈んだ中、快適そうに伸びをする美姫、ついに彼女の時間が到来したのだ。
かぐわしき夜の香気を味わう彼女だが、何かを感じたのだろうか?
アシュラムを招きよせて何かを命ずる。
「以前から目をつけていた者に出会えそうじゃ…お前は宗介らをつれて控えておれ、よしと言うまでは
姿を出してはいかぬぞ」
アシュラムは少し戸惑ったが、御意と呟くと宗介らを伴い…物陰へと潜む、そして…。

千絵を担いでマンションへと戻ろうとしている、リナは異様な気配を感じる…。
(この気配…)
それは吸血鬼だったころの千絵の気配と非常に似通っていた。
「さっそくビンゴってわけね」
にやりと笑うリナ、かなり強力な吸血鬼であることは予想できるが…
懐の十字架に触れる、こいつで脅せばいいだけだ。
まずはその顔を拝見しよう、リナは気配の元へと向かった。

(うわ…)
いざ対面し、雲の間からわずかに漏れる月明かりに照らされた美姫の顔を見て、
感嘆の言葉を漏らすリナ…これほど美しい女性は見たこともないし、これから見ることもないだろう。
それにこの溢れる気品は何だろうか?
(だめよ、正気を保たないと)
ぶんぶんと首を振って、気分を切り替えようとするリナを楽しそうに見やる美姫。
「伴侶については気の毒であったの、その後どうしておった」
「どういたしまして…ガウリィだけじゃなくてゼロスもアメリアもゼルガディスも死んだわ」
「ほう、それは気の毒にの」
「はぁ!」
他人事な物言いに声を荒げるリナ。
「アメリアを殺したのはあんたの手下でしょうが!そうやって自分の部下使って生き残ろうとしてんでしょう!」
「わたしも死ぬのが怖いのでな…それともおまえは他の誰かが生き残ろうと思う意思を否定するのか?」
白々しく言い返す美姫。

712DarkestHour2/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:41:55 ID:4pUpOwFs
「だが思い違いをしておる、私が悦びを与えたのは一人だけじゃ、それに私は誰一人殺しておらぬ
文句があるのならば、その聖とかいう娘に言うがよい」
「責任を転嫁するの!」
「ほう?ならば問う、お前たちも戦う術は学んでいよう、その力で過ちを犯した場合
その責は誰が追わねばならぬ?力を行使した者であって、それを授けた者ではあるまい」
「わたしは確かに一人の娘に悦びを与えた、だがその与えられたものをどう使うかはあの娘個人の勝手じゃ
わたしは何も預かり知らぬ」

「じゃあアンタは何もやっちゃいないというの?」
「その通りじゃ、わたしは何一つしておらぬ、まぁ午睡の最中銃を突きつけられ、
その上、大上段に立ったぶしつけな交渉を持ちかけられたことはあったがの」
ぬけぬけと言い放つ美姫、普段のリナならば許しはしないところだが、
美姫の美しさと放たれるカリスマといってもいい雰囲気に圧倒されて二の句が告げない。
「じゃあ…話題を変えましょ、あたしも無用な争いはこの際避けたいの、だから…
アンタのこれまでの事に関して目を瞑る代わりに手を組まない?…元に戻して欲しい仲間がいるのよ」

「そうじゃな…」
リナの申し出に美姫の目が意地悪く光り、そして彼女はテーブルに素足を投げ出した。
「ならば土下座せよ、それからその口でこの足に接吻せよ…そしてこう言うのだ
お美しい姫君よ、非才にして非礼な私の力では仲間を救うことができません、どうかどうかあなた様のお力で
私の仲間を救っていただけないでしょうか?お願いいたします、との」
周囲の空気が凍りつく、
「アンタ何いってんの…」
リナの歯軋りの音が夜の庭園に響く。

「できぬのか?」
「ふざけんじゃないわよ!」
もう耐えられない、こちらとしては譲歩に譲歩に重ねてやったのだ、それを…付け上がるにも程がある。
幸い、こちらには切り札がある。
「この天才美少女魔道士、リナ=インバースが薄汚い化け物風情に膝を屈するわけないじゃないの!」

713DarkestHour3/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:44:04 ID:4pUpOwFs
「本音が出おったわ」
予想していたかのように美姫がまた微笑み、リナはあわててその顔から視線をそらす。
「散々えらそうな口利いていても、アンタの弱点なんか、とうにお見通しなんだからね!」
その言葉と同時にリナは懐から手製の十字架を取り出し、美姫に突きつける。
「ぐっ…」
今度は美姫が後ずさる番だった。
「どう?ザコの分際でよくもへらず口叩いてくれたわね!何が土下座よ!足に接吻よ!ああん?
いい!顔だけは勘弁してあげるから、この十字架を心臓に押し当てられたくなければ
おとなしく従うことね!わかった!?…だからまずは」

「わ…わかった…それで」
リナの天地が逆転する。
「気は済んだかの?」
自分が背負い投げを食らったと気がついたのは、地面に叩きつけられてからだった。
「そのような玩具が四千の齢を重ねた私に通じるはずがないであろう?流水も大蒜も白銀も陽光すらもわたしには
何の妨げにもならぬ」
多少のハッタリが入っているのだが、その言葉を聴いたリナの顔に明らかな狼狽が走る。
美姫はくぃとリナの顎を掴んでそして耳元で囁く。
「さて、手の内を晒しあったところでもう一度問おう…どうする?」
リナは無言でまた顔を逸らす。
「己もあの者たちと同じか?己を優位におかねば何も話せぬか?その上、一時の恥と友の命、天秤にすら掛けられぬか?」
一つ一つの言葉がリナに重くのしかかる。

「行くぞ、見込み違いもいいところじゃ…この者ならば」
(わたしを滅ぼすにふさわしき者の1人と思っておったのにの)
と誰にも聞こえぬように呟くと背中を向けた美姫の言葉にアシュラムが従い、ついで物陰から宗介とかなめが姿を現す。
リナから遠ざかるその姿は隙だらけだ…反射的にリナは呪文を口ずさみ始める。
「悪夢の王の一片よ… 」
「ほう?大義もなしにわたしを討つか、ならばお前も所詮は大言を吐くだけの殺人者じゃの…私を討ちたくば
悠久の時を生きる吸血鬼を討つのならばそれにふさわしき礼を尽くせ…
さもないかぎりわたしはお前の望む土俵には決して上がらぬぞ」
もうリナに呪文を唱える意思はのこっていなかった。

美姫が立ち去った後、へたりこむリナ…何も出来なかった。
「あたしは…アイツには勝てない…だって」
正確には違う…たしかに強大だが竜破斬か神滅斬を直撃させればおそらく物理的に倒すことは可能だろう…しかし。
リナの脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ、もちろんその姿も声も美姫のものとはまるで似つかない、だが
まぎれもなく…それは…。
「アイツ…姉ちゃんと…おんなじだ」

714DarkestHour4/4 ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/04(土) 13:48:20 ID:4pUpOwFs
【D-6/公園/1日目/18:15】
【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
    まずはシャナ対応組と合流する。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【D-6/公園/1日目/18:15】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:島を遊び歩いてみる。

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり

【相良宗介】
[状態]:健康。
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る、かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:通常
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも

715DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:21:07 ID:JCBd.oTo
完全に日が沈んだ中、快適そうに伸びをする美姫、ついに彼女の時間が到来したのだ。
かぐわしき夜の香気を味わう彼女だが、何かを感じたのだろうか?
アシュラムを招きよせて何かを命ずる。
「以前から目をつけていた者に出会えそうじゃ…お前は宗介らをつれて控えておれ、よしと言うまでは
姿を出してはいかぬぞ…それから宗介よ」
美姫は宗介を呼び止めて囁く。
「これから私が出会う者の姿、しかと見ておくがよい」
「それはどういう…」
「わからぬか、そなたら2人生き残るには私をも踏み台にせねばならぬかもしれぬということよ」
宗介は訝しげに首を傾げたが、先にアシュラムが御意と呟くと宗介らを伴い…物陰へと潜んでいく、
そして…。

千絵を担いでマンションへと戻ろうとしている時、リナは異様な気配を感じた。
(この気配…)
それは吸血鬼だったころの千絵の気配と非常に似通っていた。
「さっそくビンゴってわけね」
にやりと笑うリナ、かなり強力な吸血鬼であることは予想できるが…
懐の十字架に触れる、こいつで脅せばいいだけだ。
まずはその顔を拝見しよう、リナは気配の元へと向かった。

(うわ…)
夜の公園でいざ対面し、雲の間からわずかに漏れる月明かりに照らされた美姫の顔を見て、
感嘆の言葉を漏らすリナ…これほど美しい女性は見たこともないし、これから見ることもないだろう。
それにこの溢れる気品は何だろうか?
(だめよ、正気を保たないと)
ぶんぶんと首を振って、気分を切り替えようとするリナを楽しそうに見やる美姫。
「伴侶については気の毒であったの、その後どうしておった」
「どういたしまして…ガウリィだけじゃなくてゼロスもアメリアもゼルガディスも死んだわ」
「ほう、それは気の毒にの」
「はぁ!」
他人事な物言いに声を荒げるリナ。
「アメリアを殺したのはあんたの手下でしょうが!そうやって自分の部下使って生き残ろうとしてんでしょう!」
「わたしも死ぬのが怖いのでな…それともおまえは他の誰かが生き残ろうと思う意思を否定するのか?」
白々しく言い返す美姫、

716DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:22:21 ID:JCBd.oTo
「だが思い違いをしておる。私は誰一人直接手は下しておらぬ、
文句があるのならばその聖とかいう娘に言うがよい」
「責任を転嫁するの!」
「ほう?ならば問う、お前たちも戦う術は学んでいよう、その力で過ちを犯した場合
その責は誰が追わねばならぬ?力を行使した者であって、それを授けた者ではあるまい」
「それは…」
詭弁だが的を得ている、言い返せない。
「わたしは確かに一人の娘に悦びを与えた、だがその与えられたものをどう使うかはあの娘個人の勝手じゃ
わたしは何も預かり知らぬ」

「じゃあアンタは何もやっちゃいないというの?」
「その通りじゃ、重ねて言うがわたしは何一つしておらぬ、まぁ午睡の最中銃を突きつけられたり、
 大上段に立ったぶしつけな交渉を持ちかけられたことはあったがの」
ぬけぬけと言い放つ美姫、普段のリナならば許しはしないところだが、
美姫の美しさと放たれるカリスマといってもいい雰囲気に圧倒されて二の句が告げない。
「じゃあ…話題を変えましょ、あたしも無用な争いはこの際避けたいの、だから…
アンタのこれまでの事に関して目を瞑る代わりに手を組まない?…元に戻して欲しい仲間がいるのよ」

「そうじゃな…」
リナの申し出に美姫の目が意地悪く光り、そして彼女はテーブルに素足を投げ出した。
「ならば土下座せよ、それからその口でこの足に接吻せよ…そしてこう言うのだ
お美しい姫君よ、非才にして非礼な私の力では仲間を救うことができません、どうかどうかあなた様のお力で
私の仲間を救っていただけないでしょうか?お願いいたします、との」
「アンタ何いってんの…」
リナの歯軋りの音が夜の庭園に響く。
周囲の空気が凍りつく、かなめが息を呑む、宗介すらも固唾を呑んだ。
「できぬのか?」
「ふざけんじゃないわよ!」
もう耐えられない、こちらとしては譲歩に譲歩に重ねてやったのだ、それを…付け上がるにも程がある。
幸い、こちらには切り札がある。
「この天才美少女魔道士、リナ=インバースが薄汚い化け物風情に膝を屈するわけないじゃないの!」

717DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:23:02 ID:JCBd.oTo
「本音が出おったわ」
予想していたかのように美姫がまた微笑み、リナはあわててその顔から視線をそらす。
「散々えらそうな口利いていても、アンタの弱点なんか、とうにお見通しなんだからね!」
その言葉と同時にリナは懐から手製の十字架を取り出し、美姫に突きつける。
「ぐっ…」
今度は美姫が後ずさる番だった。
「どう?ザコの分際でよくもへらず口叩いてくれたわね!何が土下座よ!足に接吻よ!ああん?
いい!顔だけは勘弁してあげるから、この十字架を心臓に押し当てられたくなければ
おとなしく従うことね!わかった!?…だからまずは髪の毛で隠してるほうの顔をみせ…」

「わ…わかった…それで」
リナの天地が逆転する。
「気は済んだかの?」
自分が背負い投げを食らったと気がついたのは、地面に叩きつけられてからだった。
「そのような玩具が四千の齢を重ねた私に通じるはずがないであろう?流水も大蒜も白銀も陽光すらもわたしには
何の妨げにもならぬ」
多少のハッタリが入っているのだが、その言葉を聴いたリナの顔に明らかな狼狽が走る。
美姫はくぃとリナの顎を掴んでそして耳元で囁く。
「さて、手の内を晒しあったところでもう一度問おう…どうする?」
リナは無言でまた顔を逸らす。
「己もあの者たちと同じか?己を優位におかねば何も話せぬか?その上、一時の恥と友の命、天秤にすら掛けられぬか?」
一つ一つの言葉がリナに重くのしかかる。

「行くぞ、見込み違いもいいところじゃ…この者ならば」
(わたしを滅ぼすにふさわしき者の1人と思っておったのにの)
と誰にも聞こえぬように呟くと背中を向けた美姫の言葉にアシュラムが従い、
ついで物陰から宗介とかなめが姿を現す。
リナから遠ざかるその姿は隙だらけだ…反射的にリナは呪文を口ずさみ始める。
「黄昏よりも… 」
「ほう?大義もなしにわたしを討つか、ならばお前も所詮は大言を吐くだけの殺人者じゃの…私を討ちたくば
悠久の時を生きる吸血鬼を討つのならばそれにふさわしき礼を尽くせ…
さもないかぎりわたしはお前の望む土俵には決して上がらぬぞ」
心技体すべてにおいて打ちのめされたリナに呪文を唱える意思はのこっていなかった。

美姫が立ち去った後、へたりこむリナ…何も出来なかった。
「あたしは…アイツには勝てない…だって」
正確には違う…たしかに強大だが竜破斬か神滅斬を直撃させればおそらく物理的に倒すことは可能だろう…しかし。
リナの脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ、もちろんその姿も声も美姫のものとはまるで似つかない、だが
まぎれもなく…それは…。
「アイツ…姉ちゃんと…おんなじだ」

718DarkestHour(修正)  ◆jxdE9Tp2Eo:2006/03/06(月) 18:24:25 ID:JCBd.oTo
【D-6/公園/1日目/18:15】
【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(ラナの姿を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
    まずはシャナ対応組と合流する。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【D-6/公園/1日目/18:15】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:島を遊び歩いてみる。

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり

【相良宗介】
[状態]:健康、ただし左腕喪失
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る、かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:通常
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも

719紫煙―smoke―(1/2) ◆5KqBC89beU:2006/03/09(木) 21:59:57 ID:K0OHwYzw
 霧の中、甲斐氷太はA-2にある喫茶店の前に立っていた。
(さて、今度こそ誰か隠れててくれねえもんかね)
 適当に周囲を探索して回り、しかし誰とも会わないまま、甲斐は今ここにいる。
 途中、争うような喧騒を耳にしてはいたが、甲斐は無視した。いかにもカプセルを
のませにくそうな参加者にわざわざ会いにいく気は、とりあえずない。逃げるために
遠ざかるつもりも、とりあえずないが。
 今のところ、甲斐の目的は、悪魔戦を楽しめそうな相手を見つけることだった。
 風見とその連れを殺したいとも思ってはいるが、再戦できるかどうかは運次第だ。
 故に、甲斐はただ黙々と探索を続けていたのだった。
(……ウィザードの代わりなんざ、いるわきゃねえけどな)
 カプセルは、のめば誰でも悪魔を召喚できるというようなクスリではない。
 悪魔を召喚する素質のない参加者にカプセルを与えても、悪魔戦は楽しめない。
 何が素質を決定している因子なのか、甲斐は明確には知らない。しかし、精神的に
不安定な者は悪魔を召喚できるようになりやすい、という傾向なら知っていた。
 戦えない者なら、この状況下で精神的に安定しているとは考えにくく、悪魔を召喚
できるようになる可能性が高い。また、そういう相手にならカプセルをのませやすい。
(弱え奴が隠れるとしたら、こんな感じの、中途半端な場所の方が好都合だろ)
 立地条件のいい場所には人が集まりやすい。誰にも会いたがっていない者ならば、
他の参加者が滞在したがりそうな場所を避けてもおかしくない。
 この辺りの市街地は、便利すぎず、かといって不便すぎることもない。
 大都会というほどではないものの、それなりに建物があって隠れ場所には困らず、
物資を調達しやすそうだ。しかし、島の端なので逃走経路が限られており、遮蔽物の
乏しい西には逃げにくい。強さか逃げ足に自信がある者なら、ここより南東の市街地に
向かいたがるだろう。この場所ならば、弱者が隠れていても不思議ではない。
 『ゲーム』の終盤から殺し合いに参加しようとする者や、休憩しにきた殺人者も、
ひょっとしたら隠れているかもしれないわけだが。
 カプセルを口に放り込み、甲斐は喫茶店の扉を開けた。

720紫煙―smoke―(2/2) ◆5KqBC89beU:2006/03/09(木) 22:01:04 ID:K0OHwYzw
 結局、喫茶店には誰も隠れていなかった。
(面白くねえ)
 どうやら、現在A-2には甲斐以外の参加者がいないらしい。
 すぐ東で激戦があったようだが、付近を通過するような足音は聞こえてこない。
(もう、いっそのこと……いや、それとも……)
 思案しながら甲斐は煙草を取り出し、口にくわえて、店のガスコンロで点火した。
 煙が吸い込まれ、吐き出される。
(あー、くそ、体のあちこちが痛え)
 煙草を片手にカプセルを咀嚼する姿は、どうしようもなくジャンキーらしかった。


【A-2/喫茶店/1日目・17:55頃】

【甲斐氷太】
[状態]:左肩から出血(銃弾がかすった傷あり)/腹に鈍痛/あちこちに打撲
    /肉体的に疲労/カプセルの効果でややハイ/自暴自棄/濡れ鼠
[装備]:カプセル(ポケットに十数錠)/煙草(1/2本・消費中)
[道具]:煙草(残り13本)/カプセル(大量)/支給品一式
[思考]:次に会ったら必ず風見とBBを殺す/とりあえずカプセルが尽きるか
    堕落(クラッシュ)するまで、目についた参加者と戦い続ける
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
    現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。

721虚偽を頭に笑みを浮かべよ(1/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:11:22 ID:K0OHwYzw
 九連内朱巳は思考する。
 今ここで裏切りたくなるような利点が相手にないということ、それを彼女は信じる。
 ついさっき会ったばかりの相手の、あるかどうか判らない良心を信じるつもりなど、
彼女にはない。
 朱巳は視線を巡らせる。
 神社で休憩していた三人には、なんとなく悪人ではないような印象があった。
 善人を演じているのかもしれない。本物の善人なのかもしれない。善人を演じている
なら、故意にそうしているのかもしれないし、無自覚にそうしているのかもしれない。
 三人の間には信頼関係があるように見える。お互いの裏切りを少しも疑っていない
ような雰囲気がある。もしも演じているのだとすれば、かなりの演技力だ。
 短時間での見極めは不可能だと結論し、朱巳は判断を保留した。
 とりあえず、今はまだ三人とも危険そうには見えない。それだけ判れば充分だった。
 朱巳に利用価値がある限り、この三人は朱巳の敵にはならない。
 無論、利害が一致しなくなれば、すぐに敵同士へと逆戻りだが。
 朱巳は視線を連れに向ける。
 ヒースロゥ・クリストフは“罪なき者”を守らずにはいられない。演じているのでは
なく彼は本当にそういう性分をしている、と朱巳は推測する。
 朱巳が“罪なき者”であり続ける限り、ヒースロゥは朱巳を守ろうとするだろう。
 ひょっとすると朱巳が足手まといになってヒースロゥは死ぬかもしれないわけだが、
朱巳の助言がなければ彼は休憩しないで他の参加者を探し回っていたかもしれないし、
その結果、万全とは言い難い状態で誰かと戦って殺されていたかもしれない。
 対等かどうかはともかく、持ちつ持たれつの関係ではある。
 ヒースロゥの言動からは、義理堅い性格が垣間見えていた。
 恩を売っておけば、きっと彼は恩返しをしてくれるだろう。

722虚偽を頭に笑みを浮かべよ(2/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:12:35 ID:K0OHwYzw
 ヒースロゥに「ここは任せて」と言い、朱巳は三人に向かって話す。
「こっちがそっちに投降したわけだから、まずはこっちの情報から教える。あたしの
 名前は、九連内朱巳。こいつがヒースロゥ・クリストフだってのは、さっき本人が
 言ってた通り」
 既に主導権を握られているのだから、まずは従順な態度を見せて油断させておこう、
という作戦だった。
 三人も、それぞれ自分の名前を告げた。それを記憶し、朱巳は語り始める。
「あたしが送られた場所は海岸沿いの崖だった。座標で言うなら――」
 嘘は必要なときに必要なだけつくべきだ。故に、朱巳は必要以上の嘘をつかない。
 話し始めてすぐに、ヘイズが何かをメモに書いて朱巳に渡した。
『そのまま続けてくれ。だが、話の内容には気をつけろ。呪いの刻印には盗聴機能が
 ある。反応はするな。筆談してるとバレちまう。「奴らに聞かれると困ること」が
 書いてあるメモを渡すから、読んでみてくれ』
 平然と話しながら朱巳は頷き、そのメモをヒースロゥに渡す。彼は目を見開いたが、
すぐに落ち着いた様子で首肯してみせた。
 屍刑四郎に同行してヒースロゥと会ったところまで朱巳は語り、ヒースロゥに視線で
合図する。今度は彼が、朱巳や屍と遭遇する以前の出来事を語り始めた。
 その間に朱巳は渡されていたメモを熟読し、返事を書く。
『刻印に盗聴機能があっても、それ以外に監視手段がないという証拠にはならない。
 すごい技術で作られた豆粒くらいの監視装置があちこちに仕掛けられてたりするかも
 しれないし、すごい魔法か何かで常に見張られているのかもしれない。考えすぎかも
 しれないから筆談は続けるけど、「筆談すれば大丈夫だ」なんて思わない方がいい』
 朱巳からメモを受け取った三人は、それぞれ苦い顔をした。
 参加者たちは全員、無理矢理『ゲーム』に参加させられて、“主催者の気が変われば
今すぐ即死させられても不思議ではない”という状態にまで追い詰められている。
 この島に連れてこられている時点で、既に一度、主催者側に完敗したも同然だ。
 ちょっとやそっとで主催者側を出し抜けるはずがないし、そう簡単に『ゲーム』から
脱出できるはずもない。

723虚偽を頭に笑みを浮かべよ(3/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:13:31 ID:K0OHwYzw
 さらに朱巳はメモを渡す。
『奴らは「プレイヤー間でのやりとりに反則はない」なんて言うような連中だから、
 この筆談がバレても今すぐどうにかされる危険性は低いはず。本当に危なくなるのは
 あんたたちが刻印を解除できるようになってからでしょうね。残念ながら、あたしも
 ヒースロゥも刻印解除の手掛かりになるような情報は知らないから、まだ先の話よ』
 手掛かりを知らない程度のことで朱巳たちを見限れるほどの余裕など、今の三人には
ない。ここは正直に手札を晒すべきところだ、と朱巳は状況を分析する。
「ずいぶん冷静なんだね」
「慌てるだけで事態が好転するなら、いくらでも慌ててみせるよ」
 火乃香が言い、朱巳が応じる。
『誰がどんな切り札を隠していたとしても、今さら驚いたりしない』
 言い添えるように差し出されたメモを読み、火乃香は興味深げに朱巳を観察した。
「A-3で、紫色の服を着た男に戦いを挑まれた。そいつはフォルテッシモと――」
「あいつに会ったのか?」
 ヒースロゥの説明をヘイズが遮った。五者五様に皆が驚く。
「空間を裂いて攻撃してくる野郎だろ? だったら間違いない」
「知っているのか!?」
 反射的に尋ねたヒースロゥに、感情を抑えた声音でヘイズは語る。
「海洋遊園地で戦った。あいつに仲間が一人殺されたよ。必死で両足に傷を負わせて、
 さっさと退散しようとしたら、あいつを残してきた方から別の襲撃者が現れた」
「な……では、フォルテッシモは――」
「さぁな。生きてるのか死んでるのかオレは知らねぇが、どうせもうすぐ放送で判る」
 一瞬、皆が口を閉ざす。ただし、それぞれ沈黙の意味は違う。
「本当なの?」
「ああ、歯車様に誓って嘘じゃない」
「もしも嘘だったとしたら、嘘でした、なんて正直に答えるはずねぇだろうけどな」
「本当だよ」
 朱巳の問いにコミクロンが答え、ヘイズと火乃香が続く。
 ヒースロゥと朱巳は「……歯車様?」と異口同音につぶやきつつ、困惑している。
「ま、それはさておき、続きを話してくれるか」
 ヘイズの言葉に、呆然とした表情でヒースロゥは頷いた。

724虚偽を頭に笑みを浮かべよ(4/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:14:33 ID:K0OHwYzw
 朱巳や屍と会ったところまでヒースロゥが語り終え、再び朱巳が語り手になる。
「ヒースロゥの探してる十字架っていうのは――」
 朱巳は要点だけを手短にまとめて話していく。
「で、あたしたちが休憩してたら、そこへ無駄に整った顔立ちの剣士が現れたわけよ。
 屍の支給品だった椅子がその剣士の宝物だったらしくて、なんか勝手に誤解した末に
 問答無用で襲いかかってきたんだけど、あたしが説得してどうにか丸くおさめた。
 最終的には椅子を持って嬉しそうに去っていったわ、その剣士。名前は、ええと……
 ギギナ・ジャーなんとかっていう感じで、とにかくやたらと長かったのは憶えてる。
 ……作り話に聞こえるでしょうけど、本当だからね」
 しゃべりながら朱巳は肩をすくめてみせる。ヒースロゥも「本当だ」と主張する。
 あからさまに嘘くさい嘘を今つきたくなるような理由など、朱巳たちにはない。
 この三人は疑いながらも一応信じるだろう、と朱巳は予想していた。
「……ギギナにまで会ってたのか」
「……まさか、あんたたちも?」
 こんな展開は、さすがの朱巳でも予想外だったが。
「俺の右腕が動かないのは、あの野蛮人に斬られたからだ。正直、死ぬかと思ったぞ。
 しかし、あんなの説得できるのか? それに、椅子があいつの宝物だと?」
 首をかしげるコミクロンを、ヘイズと火乃香が同時に見た。
「そういう嗜好をした奴がいても、別におかしくはねぇな」
「世の中には、いろんな人がいるよね」
「ちょっと待て、お前ら、どうして俺を見て納得する!? この大天才を、椅子好きの
 人斬りなんて奇々怪々なシロモノと同列に扱うとは何事だ!」
 騒々しく叫ぶ自称大天才を無視して、ヘイズと火乃香は朱巳に問う。
「で、どうやって言いくるめたんだ?」
「降伏して戦う気をなくさせた、とか?」
 唇の前に人差し指を立て、朱巳は言った。
「内緒」
「……そーか」
「……ま、いいけど」
 ヘイズも火乃香も、結局それ以上は問い詰めなかった。

725虚偽を頭に笑みを浮かべよ(5/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:15:52 ID:K0OHwYzw
 朱巳とヒースロゥがほとんどの情報を話し終えた頃、三人が朱巳に言った。
「ところで、あんたの支給品は何だったの?」
「そーだな、それに関しては何も聞かせてもらってねぇな」
「まだ確認してないとか言ったら、指さして笑うぞ」
 ヒースロゥは無言で様子を窺っている。
 12時間に36名も死んでいる現状では、初対面の相手を警戒したくなって当然だ。
 この状況下で嘘をつくなと怒るほどヒースロゥは狭量ではない、と朱巳は判断する。
 四人の視線が向く先で、朱巳は笑って嘘をつく。
「これが、あたしの支給品」
 朱巳がデイパックから取り出して床に置いたのは――霧間凪の遺品である鋏だった。
「馬鹿と鋏は使いようって言うけれど、役に立つと思う?」
 さっき朱巳が「森で回収できた道具は鉄パイプだけだった」と言ったときと同じく、
ヒースロゥは朱巳の嘘を否定しなかった。
「その鋏に説明書は付いてなかった?」
「説明書? へぇ、そんなものが付いてる支給品もあるんだ? それは知らなかった。
 あたしの鋏にもヒースロゥの木刀にも屍の椅子にも、説明書は付いてなかったよ。
 誰が見ても一目瞭然だから、付いてなかったのかもね」
 火乃香が尋ね、朱巳が答えた。今度は朱巳が三人に訊く。
「この鋏があたしの支給品だってこと、信じてくれた?」
「ああ。オレが引き当てたトイレの消臭剤に比べれば、まともな支給品だしな」
 ヘイズが言い、火乃香やコミクロンも朱巳に頷いてみせる。
 三人の反応を朱巳は盲信しない。三人が朱巳の話を信じたということだけではなく、
ヘイズの支給品がトイレの消臭剤であるということに関しても、彼女は半信半疑だ。
 味方を巻き込みかねないとか、たった一度だけしか使えないとか、そういう武器を
ヘイズが隠し持っている可能性もある、と朱巳は思う。そして、三人は朱巳に対して
同じような印象を持っただろう、と計算する。お互いが手札を伏せている限り、手札の
優劣はお互いに判らない。伏せられた手札は、互角の影響力を双方に与える。
 手札が本当はどんなにつまらないものであっても、伏せていれば相手には判らない。

726虚偽を頭に笑みを浮かべよ(6/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:16:43 ID:K0OHwYzw
「だったら……お互いにデイパックの中身を全部出してみせたりする必要はないね。
 なんか“そうでもしないと信じられない”って感じがして嫌でしょう?」
 朱巳の提案に、三人は顔を見合わせ、やがて代表するように火乃香が言う。
「そうだね。お互いに自己申告だけで充分」
 下手に雰囲気を悪くするよりは現状を維持した方がいい、と判断した結果だろう。
 妥当な答えだ、と朱巳は胸中で評する。
 刻印解除の可能性がある限り、朱巳たちが三人を裏切る利点はないに等しい。
 裏切られる危険が少ない以上、三人としては共闘を選ぶべきだ。隠し事をしている
程度のことで朱巳たちを見限れるほどの余裕など、今の三人にはない。
 あたしは三人に疑われている、と朱巳は思う。
 だからこそ、上手くいった、と朱巳は感じる。
 疑心暗鬼で曇った目には、朱巳の隠しているものがさぞかし恐ろしげに映るだろう。
隠しているパーティーゲーム一式を見せたとき、それが単なる玩具だと見破られても、
「はったりを見破られたような演技をしてみせているだけで、こいつはまだ何か隠して
いるんじゃないのか?」という疑念は消えまい。そこに朱巳のつけいる隙がある。
 三人に「こいつらを裏切ったら何をされるか判らない」という印象を与えられれば、
いざというとき、捨て駒にされる心配をあまりせずに朱巳は行動できる。
 朱巳はサバイバルナイフも隠し持っているが、それも嘘をつくための布石だった。
 例えば、隠していたサバイバルナイフで攻撃すると見せかけて『鍵をかけて』やれば
詐術の説得力が補強される。隠してあった刃物は切り札に見え、それを囮にした『鍵を
かける能力』は真の切り札に見えるだろう。ただ『鍵をかけて』みせるよりも確実に、
相手は朱巳に騙される。念入りに隠せば隠すほど、すごいものが隠されているように
錯覚させやすくなる。その分だけ、詐術こそが真の切り札だとバレにくくなるはずだ。
「さて、放送が終わったら、今度はそっちの情報を教えてもらいましょうか」
 朱巳は不敵に笑って言う。欺くために、朱巳は笑う。

727虚偽を頭に笑みを浮かべよ(7/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:17:45 ID:K0OHwYzw
【H-1/神社・社務所の応接室前/1日目・18:00】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。戦慄舞闘団との交渉。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳について行く。相手を警戒しながら戦慄舞闘団との交渉。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。マーダーを討つ。
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム備考]:鋏が朱巳の足元に、鉄パイプがヒースロゥの近くに転がっています。

728虚偽を頭に笑みを浮かべよ(8/8) ◆5KqBC89beU:2006/03/15(水) 22:19:17 ID:K0OHwYzw
『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。へこんでいるが表に出さない。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:嘘つき姫とその護衛との交渉。
       騎士剣・陰とエドゲイン君が足元に転がっています。
       朱巳の支給品は鋏だと聞かされています。
       朱巳たちが森で回収できた道具は鉄パイプだけだと聞かされています。

729投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:34:19 ID:JauPdxKc

「――次の放送の時に何人の名を呼ぶ事になるか、実に楽しみだ。
その調子で励んでくれたまえ」


「……24人も死んだのか」
 頭に響いた放送の残滓が消える間もなく、ヒースロゥが呟いたのを朱巳は聞いた。
 ヒースロゥの知人であるEDなる人物の名が呼ばれる事はなかった。
 それでもこの騎士は、このゲームに参加している“罪なき者”に訪れた理不尽な死を
 恨まずにはいられないようだった。
「しかも本当に統和機構の『最強』が撃破されてるなんて……予想外もいいとこじゃない。
あの男も霧間凪も退場するが早過ぎよ」
 誰にともなく呟いて朱巳は正面を見た。
 ここは神社社務所のとある部屋――応接室だ。
 彼女の視線の先、テーブルを挟んで向かい合ったソファの上には眉をひそめたバンダナの少女が
 座っていて、その背後には赤毛の男と三つ編みおさげの少年が突っ立っていた。
 
 眼前の彼らに対して朱巳はなかなか上手くやれているはずだ。
 相手に着かず離れずの距離を取って対話し、不利な事柄は何一つ明かしてはいない。
 もともと手札は相手の方が多いのだから、まともに情報交換していてはこちらが不利になるだけだ。
 故に、少ない手札をいかに用いてどれだけ相手から情報を引き出せるか、それのみが重要となる。
 しかも、相手が握っているのは「刻印の解除式」という複雑な代物で、
 ゲームから脱出したい者にとって必要不可欠な情報だ。
 ここで得た情報は、第三者との交渉において役立つだろうと朱巳は確信していた。

 そんな彼女にとって、剣士らしきバンダナの少女とその背後に立つ赤毛の男が主な交渉相手だが、
 どうやら場数を踏んでいるらしく簡単に朱巳の掌の上で踊ってくれほどのバカではないようだ。
 やはり『鍵をかける』のは奥の手として取っておくのが良いだろう。
 むしろ念入りに隠す事で、奥の手としてすごいものが隠されているように錯覚させて、
 詐術こそが真の切り札だとバレにくくさせた方が朱巳とって好都合だ。

730投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:35:36 ID:JauPdxKc
交渉を任せてくれたヒースロゥといえば朱巳の隣に座して相手の回答を吟味し、
 ときたま再質問する程度だった。
(それでも足を鉄パイプに掛けてるのよね……)
 彼が取っているのは、パイプをいつでも足先で任意の場所へ蹴り上げられる体勢だ。
 眼前の三人との出会いがあまり友好的でなかった事をヒースロゥは未だに気にしているのだろうか。
 その用心は相手にとって威圧以外の何でもないが、対話に支障が出るほどでもない。
(――むしろあたしがもっと警戒すべきね。赤毛の奇妙な技が直撃したら致命傷は確実……ったく、面倒ね)
 
 男が使った謎の攻撃は、朱巳の眼前で石を跡形もなく粉砕――もしくは解体した。
 これに対して朱巳は、赤毛の手から放たれる超音波か何かが
 対象を振動崩壊させるのだろうと推測を立てている。
 詳細は不明だが、攻防一体にして不可視な時点で危険極まりない。
 ひょっとして魔法士と名乗ったこの男、実はMPLSなのかもしれない。
 だとしたら統和機構と何らかの関わりを持っているのだろうか?
 もしも統和機構の一員ならば、始末屋などに従事している強力なMPLSか、
 一撃必殺の技を持つ暗殺タイプの合成人間かのどちらかだろう。
 小耳に挟んだ事すらない相手だが、統和機構はあまりに巨大すぎて
 朱巳ですら規模の把握は全く不可能であり、組織のどこかに『最強』級の怪物がいても可笑しくはない。
 「本当に異世界の住人で、統和機構に全く関係無い人物でした」という可能性が最も高いのだが、
 とにかく正体不明の実力者に対して隙を見せるのは危険すぎ――。

「あああああああああ!!」

 唐突に部屋内の沈黙と朱巳の思考を破ったのは、天を仰いだ白衣の少年だった。
「そんなっ! そんなバカな……しずくといーちゃんが死んだだと!?」
「ひょっとして、あんたのお仲間?」
 絶叫する少年に向かってすかさず朱巳は問いを投げかけた。
 もし、相手の精神に綻びができれば――そこに朱巳のつけいる隙がある。
 詐術の必要も無いまま、舌先だけで相手を誘導できるかもしれない。
 しかし――、
「あー、いや、ちょっとばかし理由があってコイツはその二人にご執心なんだ。
むしろしずくってやつと繋がりがあるのは――」
「しずくはあたしの知り合いだよ。そんなにベタベタした付き合いじゃなかったけど……いい子だった」
 ヘイズと名乗った男の言葉を遮ったのは目を伏せた少女――火乃香。
 小鳥は空を飛べたのかな、と呟きながら天井を見上げた彼女に
 立っている男二人が気の毒そうな視線を投げかけたのを朱巳は見た。
 ゲームの中で始めて出合った他人に対してこういう風に同情できるという事は、
 彼らはそれだけ互いに馴染んだ存在なのだろう。
 放送前から朱巳が保留していた疑問――彼らの信頼は演技か否か――はここで氷解した。
(間を引き裂くのは難しいわね。ま、今はコイツらとは特に敵対してないし
利害の一致でも協力してくれるんなら簡単に潰れない連中こそ必要とすべきね……)
 チームワークができる連中と手を組んでおけば、終盤、参加者が減った時に何かと頼れるかもしれない。
 それに、バラバラな個が集った集団と違っていて、彼らには芯……のようなある種の結束感がある。
 これは集団を形成した参加者の多くが危惧する、『裏切り』という深刻な事態を
 容易に回避できるという利点につながる。
 結束力のある集団とのパイプ――これ利用しない手は無い。
 あの『最強』を退けるほどの連中ならば、そのうち役に立つ時が来るだろう。

731投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:37:12 ID:JauPdxKc
「で、あんた達、他に知ってて名前呼ばれたやつはいるの? 
あたしは霧間凪とフォルテッシモだったんだけど」
 問いに最も早く応じたのは白衣の少年――コミクロンだった。
「幸か不幸か誰一人として俺の知人は参加してない。
まあ、この大天才たる俺以外にチャイルドマン教室からの参加者が来ていたなら、
深刻な環境破壊にして凶悪な人的被害が発生していたであろう確率はざっと見積もっても98%を超えてる。
キリランシェロやハーティアを含めてこの数値なんだから恐れ入るな……!」
「……質問から脱線しまくりな上にふんぞり返ってるバカはどうでもいいとして、
オレの方には一人だけ知人がいた――」
 胸を張ったコミクロンに続いて、その横にいるヘイズがやれやれ、と言った風情で口を開く。
 交渉が始まる前からどことなくやる気の無さそうな態度を貫いているが、
 飛び道具を有するこの男こそ、朱巳にとっては厄介なのだ。
 不信な動きを見せようものなら、指先一つで命を奪ってみせるだろう。
「――012番 天樹錬……即死だったみてえだ。朝一番に放送で名前を呼ばれたぜ」
「おいヴァーミリオン! なんでお前は知性溢れる俺の合理的思考に基づく画期的な――」
「うるせえ! お前こそ話の腰を折って砕いて脱線させるんじゃねえ!」
「合理的だと言ってるだろ! 多少の紆余曲折を得つつも正しき終点に帰結すべく――」

「お黙り」

「「…………」」

 火乃香の一括とともに一瞬だけ放たれた殺気が応接室を氷点下の世界に変えた。
 瞬間――、
「!」
 今まで沈黙を保っていたヒースロゥが動きを見せた。
 もっともその動きを捉えたと言っても、朱巳には彼が僅かに姿勢を下げたようにしか見えないのだが、
 恐ろしく腕の立つこの騎士は、殺気を感知した刹那の瞬間に三挙動くらいはしているのだろう。
 どうやらヒースロゥには、朱巳には分からない“異常な気配”から殺気まで含めてそれらを感知し、
 それに対応できる才能があるらしい。
 一流戦士の感性とでも言うのだろうか。

 そのヒースロゥが攻撃体勢に入ると同時に、それまでいがみ合っていた魔術士を名乗る二人は
 完全に氷結し、同時に沈黙。
 コミクロンは頭を抱えて一歩後退し、傍らで踏みとどまっているヘイズの顔も青く染まっている。
 朱巳には窺い知れないが、暗黙の掟――片結びと頭髪青染めの危機――が子分二人を
 蝕んでいるからだった。

 沈黙から数瞬後、その起点である少女は僅かに舌を出して微笑した――きっと謝罪だろう。
 それに対して朱巳は唇の端を吊り上げ、ささやかな返答を返す。
 そのまま視線を横に流すと、ヒースロゥはすでに警戒を解除していた。

732投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:39:08 ID:JauPdxKc
 場の空気を確認した朱巳が先程の返答の続きを促すと火乃香は頷き、
「……じゃあ、正しき終点に帰結するようにあたしがまとめると、
コミクロンに知人はいなくて、ヘイズの知り合いは死んだ。
あたしにはしずく以外に二人の顔見知りがいて、現在生存中。但し、乗ってるかどうかは不明。
で、仲間だったシャーネ・ラフォレットはフォルテッシモに殺された……ここまで分かった?」
 まるで、こっちは包み隠さず話すからそっちも同様にしろ、と言っているかのような確認の仕方だった。
 まあ、実際にそういう意図が含まれているのだろうと朱巳は推測する。
 無問題だ。もともと朱巳は隠し通すほど重要な情報を持っていない。
(あんた達が勝手に手札を見せてくれるなら、それこそ御の字なのよねぇ……)
 
「――続けていいわよ」
「オーケイ、続ける。
放送から察するに遊園地でフォルテッシモは死亡。で、そいつを倒したと思われるマージョリー・ドーって女も
あたし達とぶつかった後にどこかで死亡。後ろに立ってる二人が危険視してるギギナってやつは生存中。
最後に、面識は無いけどあたし達はとある事情からクレア・スタンフィールドって男を捜してる。こんな感じ」
「ふーん。なんか喧嘩売られまくりじゃない……まあいいわ、こっちの番ね。
あたし達の方はこのヒースロゥがEDって男を捜してる以外に言うべき事は……屍のやつくらいね」
 放送前にあの刑事について少し、彼らに話しておいた。
 EDを探すおまけ程度に見つけてくれれば十分だ。
「屍……放送前も聞いたけど、あんまり縁起の良い名前じゃないね」
「無愛想だけど、なかなかイカした外見をしてる自称刑事の大男よ。
犯罪者は取り締まる〜、とか何とか言いながらブラついてるんじゃないかしら?
あと、医者とせんべい屋はゲームに乗る事は無いはずだ、って呟いてたわよ」
 そうと聞くなりコミクロンはへイズに顔を向け、対してヘイズは手を広げて僅かに肩をすくめて見せた。
 朱巳が予測していたとおり「全然・さっぱり」のジェスチャーだ。
「107番、108番らしいわよ」
「せつらに……メフィストってやつか?」
「――そうね。遠くからでも一目で分かるほどの美男だとか」
 そこまで喋ってから、ふと朱巳は考えた。
 先程の様にヒースロゥは交渉相手に対して無駄に警戒心を抱いている。
 戦場では当然かもしれないが、このゲームでは絶対に他集団との協力が必要だ。
 このまま集団内でギスギスされると正直、やりにくい。
 そのヒースロゥが義理堅い性格をしている事は放送前に確認済みだ。
 ここでヒースロゥと彼らの中を取り持っておけば、いつか協同戦線を張る場合に不協和音が
 生じなくなるのではないか。

733投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:41:45 ID:JauPdxKc
「そう、見た目……ヒースロゥ、この際あんたが捜してるEDって男の事を教えてあげたほうがいいんじゃない?」
「――そうだな。いくらあいつが調停士とはいえ、ここは口先で生き残れるほど甘い場所ではないようだ。
約半数の参加者が脱落しているという事実――俺達が捜すだけでは再開は困難だな……」
 そして窒息しそうな沈黙の後、僅かにしぶった感があるが、
 捜して欲しい人物がいる――、とヒースロゥは切り出した。
「名をエドワース・シーズワークス・マークウィッスルと言って、妙に似合った仮面を付けている。
背は高めだが痩せていて、闘争にまつわる要素は皆無。比較的に穏やかで丁寧な口調の男だ」
「調停士……って言ってたけど、その人は交渉人か何かを?」
「そんなところだ。詳しくは『戦地調停士』と言って、弁舌と謀略で停戦を取りまとめる。
説得と交渉のプロだ」
「そいつだけか?」
 コミクロンの質問にたいしてヒースロゥは朱巳に視線を向けてきた。
 彼の言いたい事は分かる。エンブリオだ。
 朱巳は伏せておきたかったのだが、今のヒースロゥのしぐさから相手が何かを察するのは明白だ。
 こちらを信頼させるためなら仕方がない、と割り切るしかない。
 エンブリオの事をばらせば相手は朱巳が全ての手札を見せたと思うだろう。
 そして、彼女の切り札を見落とす事になる。

「まだ、あるのよね。エンブリオって呼称されてるエジプト十字が」
 これが最後の手札だとばかりに朱巳は喋る。
「あの『最強』――フォルテシモが持ってた十字架で、とんでもない価値を秘めてるはずよ」
「へえ、どんな?」
「やすやすと喋ると思う? 手に入れられたら、教えてあげるわよ」
「どういう形だ? エジプトなんて俺は知らんぞ」
「あたしも知らないね」
「……オレは知ってるぜ。2188年3月、アフリカの各シティの同調暴走で大陸と一緒に
消し飛んだはずだ。エジプトのシティはカイロ……だったか? 今は万年雪に埋もれてる」
「な、アフリカが消し飛んだって……どういう意味よ!」
 朱巳の驚嘆をよそにヘイズは淡々と語る。
「そのまんまだ。大戦終期にそれが起こって人類は焦り……もういいだろ。話を戻せ」
「……まあ、いいわ。こんな形よ」
 スラスラと紙に書かれたエジプト十字架を見てヒースロゥが補足した。
「あの男が探してみろ、と言っていたのだから支給品として配給されていると考えるべきだな。
先程言われたとうりに、重要な器物と見て間違いは無い」
 ヒースロゥの説明を聞くと三人は少し押し黙った後に、捜索には協力すると答え、
「但し、こっちにも捜して欲しい人物がいるんだ――」
 と、切り出してきた。
 火乃香がしゃべり、それと同時に男二人がメモを渡してくる。

734投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:43:26 ID:JauPdxKc
『オレ達が捜して欲しい人物、ってのは特定の個人じゃあねぇんだ。ある条件を満たすやつ――
“刻印”について何か知っているやつ、解除しようとしているやつの事だ』
『悔しい事に、ヴァーミリオンと大天才たる俺の頭脳を持ってしても手に余る。正直、ピースが足りん。
パズルのピースが増えれば、そこから解読可能な箇所が増えるかも知れないけどな』

「……交換条件って事ね。構わないわよ」
「じゃあ、あたしも教えとく。
023番 パイフウ、
黒くて長い髪に物憂げな眼に通常時は気だるそうな動作をしてる女性。かなり美人で背も高い。
025番 ブルー・ブレイカー、
蒼い装甲の――ロボットって、言って通じる? 最初に集められた場所でも
思いっきり集団から浮いてたし、たぶん一目で分かる」
「――カタギな名前じゃないわね。その人達の事、さっき『乗ってるかどうか不明』って言ってたけど
強さのほどはどーなのよ?」
 驚嘆を押し殺して朱巳は返す。
 ロボットなんて未来的存在が参加している? 冗談ではない。もしも二頭身のネコ型だったら――
 リアルでそんな物がうろついているなら、発見した瞬間に朱巳は吹き出してしまうだろう。
 考えるうちに本当に笑いそうになったのでひとまず妄想を頭からたたき出し、気付かれないように深呼吸。
 思考が回復したので冷静に分析してみる。
 ヒースロゥや朱巳の武器は致命打に欠ける。もしロボットなんぞが敵にまわったらかなりまずい。
 殺し合いに参加するほどのロボットだ。朱巳の世界のメーカー製品よりずっと高性能だろう。
 
 質問に対して火乃香は間を空けずに返答してきた。ただ一言『強い』と。
 ロボットなどとは元々仲間だったのだろうか? 朱巳の思考は推測の域を出ない。
「はっきり言って両者ともに万能だね。武器さえあればどんな距離にも手が届くし、近接戦も一流。
殺すと決めたら引かないから、真正面からぶつかるのはお勧めできないよ」
 淡々と述べる火乃香の後ろで、『ロボット! 機械! 歯車様!』と目を輝かせている白衣の少年に
 視線を流しつつ朱巳は一枚のメモを差し出した。
 男二人への返答だ。
『“刻印”云々の事は承諾するけど、あたしたちが他の相手に深く突っ込まれた場合はどうするのよ?
あたしたちは相手に質問されても返答できない』
 さらに、
「かなりの実力者って事ね。じゃあ二つ目、その人達って組むような性格? 
あたしの独断で、単体で動いてる人物は危険って判断してるんだけど」
 火乃香に再質問した。
 眼前ではメモを受け取ったヘイズが、脳内世界に突入していたらしいコミクロンの白衣を引っ張り、
 二、三の問答の後に幾枚かのメモを取り出した。

735投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:45:12 ID:JauPdxKc
 それを朱巳の方に差出して机に並べ、指で突付く。
「これを持ってけ。思考実験の産物だから参考程度にしかならねえが……分かる奴には分かる」
「言っとくが俺達も太っ腹じゃないから全部のメモは渡さんぞ。それはコピーで、量産できるから渡すんだ」
「原文は金庫の中って訳?」
「ああ、それも世界で一番安全だ」
「随分と自信家じゃない。そういう奴に限って足元すくわれて馬鹿を見るって、知ってる?」
「ふっふっふ、心配ご無用。この大天才には愚問過ぎるな。安全性は抜群だ! なにしろ――」
 不適に笑うコミクロンはそのまま人先指を高々と掲げ、
「なにしろ全情報はこの大天才の頭に刻まれているのだからな!」
 そのまま頭に指先を当てる。
 本人は格好良いつもりだろうが、お下げを垂らして額に指を当てながら満足げに笑う姿は
 朱巳から見て馬鹿そのものだ。
 有頂天であろうコミクロンは朱巳とヒースロゥの視線を受けて更に続ける。
「強引には引き出せんし、書き換えも容易! これ以上安全な――がっ! 痛いぞヴァーミリオン!!」
「うるせえ! おもいっきり相手に誘導されてるじゃねぇか!」
「むう、この大天才の数少ない弱点を突かれたか……。だが勘違いするなヴァーミリオン。
これは饒舌なだけであって決して誘導尋問に引っかかったわけでは無いと
激しく主張したいだけだが火乃香の視線が突き刺さるのでお前に一歩譲っておこう」
 途中で主張が百八十度転換したコミクロンだが、“刻印”の情報が脳内にあるとは一言も漏らしていない。
 盗聴されても、『火乃香の知人の情報などが頭に詰まっている』としか理解されないだろう。
 朱巳が想定したほどの馬鹿では無いようだ。それでも見事に誘導に引っかかったわけだが。


「さっきの質問はそのメモに書いてあるけど、一応口から言っとくよ。
利害が一致するなら集団に加わるかもしれない。ただBBは効率的・合理的な判断から。
もう一人は気分屋だから趣味の面が強いね。男嫌いだし」
 渡されたメモには当然、そんな事は書かれていない。
 あるのは複雑な式――そして紙の端に『刻印解除構成式05』と書かれているので、
 刻印解除の構成式の五番なのだろうと朱巳は推測した。
 構成式とは何か。何が五番なのかは朱巳には分からない。

736投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:46:49 ID:JauPdxKc
 メモは01〜05の連番なので、続けて読解すれば分かる奴は分かる。但し、続きはコミクロンが保持しているので
 五枚だけでは刻印の解除は不可能。
 ならば当然、読解できる者は続きを求めてコミクロンに会いに行かなければならず、
 必然的にコミクロン等と協力体制を取らざるえない。
 朱巳が持っていても同様で、単体での刻印の完全解除は不可能だ。
 重要な交渉材料にはなるが、切り札にはならない微妙な資料。要するに協力者を集めるためのエサだ。
(あたしにこれをばら撒いて来いって事ね……良い度胸じゃない)
 コミクロン等は協力者を集って構成式を完成させる事を望んでいる。
 だが、見ず知らずの朱巳に協力を求めるくらいに焦っている。参加者の半数が死亡しているならば当然だろう。
(ふん、どうせなら有効利用させてもらうわよ。メモで渡したって事はいくらでも複写して良いって事でしょうし)
 今の朱巳に出来る事はこのメモでより多くの情報を釣り上げる事と、彼等に協力するふりをして
 刻印解除のおこぼれを掠め取る事くらいだ。


 相手の手札は想像以上に多かった。
 ならば下手に抵抗せず、今は彼等にイニシアチブを渡しておくべきだろうか。
 ヘイズなどはお人よしの感が有る。自分が優位に立ったからといって横暴なまねや裏切りはしない人物だろう。
 相手がこちらの足元を見ないで比較的に対等な立場での交渉を臨んでいるなら、
 朱巳としては願ったりかなったりだ。
 こちらが逆の立場なら相手の弱みに付け込んで三倍ほどの無理難題を提示している。
「情報の提供に感謝するわ。で、次に会うのは何時頃にするのよ?」
「……良い感じに話が通じるな。オレ達は霧が晴れるまで動くつもりはねぇよ」
 結構、結構、と言った感じでヘイズが頷いてくる。
 つまりは交渉成立、という事だ。
 切り札は――『鍵をかける』のは今ではない。相手はこちらを信頼した。
 奥の手は、奥にしまったままで良い。あえて何もしない事が、彼等を安心させるだろう。
 朱巳と彼等が協同している間は、コイツは安全だと、相手にそう思わせておくべきだろう。

737投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:48:28 ID:JauPdxKc
「じゃあ、島を反対方向に一周しない? 場所と時間を指定して相手が来ない事にイラつくよりはましでしょ?」
「相手が来ない……ね。ひょっとしてあたし達を甘く見てる?」
「全然。こんな風に交渉してて時間食ったりするじゃない? 何にせよ待つのが面倒だって言ってんのよ」
「言うじゃねえか。まあ、構わねぇが、引っかき廻してくれるなよ」
 こちらに対して微妙に釘を刺しながら、ヘイズが地図を開き始めた。
 横のコミクロンはすでに筆記用具を取り出している。何かと準備の良い連中だ。
 朱巳は取得したメモをデイパックにしまい、
「せいぜい期待してなさい。で、あたしとしては右回りに進みたいのよ」
「――理由を聞こうか」
「単純に屍がそっちに行ったからよ。合流して情報交換したいってのは理由として充分でしょ?
あと、元来た道ってのもあるわね。いざという時に地の利を生かしたいのよ」
「なるほど、勝手知ったる道程を戻るって事か。遊園地の歯車様を離れるのは惜しいが……
確かに一理有るな、俺は異議無しだ」
「あたしも構わないよ。あと、島の下部には行く必要無いね。F-4、5、6辺りの木や木片に
メモ貼り付ければ十分意図は伝わるし」
「上部と下部をつなげてるのはあそこしか無ぇからな。移動してるなら嫌でも目に付くだろ。
あと、市街地は上部エリアに多いってのも重要か。市街地巡りなら補給に来てる連中とも会えるしな」


「……話が済んだなら俺はもう行くぞ」
 一段落した所で、ヒースロゥが立ち上がった。
 しかもいつの間にか手には鉄パイプが握られ、デイパックも肩に掛けられている。
 あまりにも動作が自然体だったので朱巳を始め、この場の誰もが違和感を感じなかったのだ。
「あんた霧が出てるのに行く気?」
「問題無い。霧の中をやって来たのだから戻るのも容易だろう」
「――ったく、待ちなさい。あたしもすぐに行くから」
 朱巳がデイパックに手を掛けた時、
「なあ、あんた」
 部屋の奥から風の騎士に向けて声が飛んできた。

738投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:49:12 ID:JauPdxKc
「何だ」
 声の主は赤い男。
 互いに向けられた視線に臆する事無く騎士と魔法士は相対し、
「ちょっと知りたい事があるんだが、良いか? そんなに時間は取らせねぇ」
「構わないが――今までの会話からして俺の出番があるとは思えんな」
「出番が無かったからこそ、今になって聞いとくのさ」
 そう言ってヘイズは床に置いてある剣――火乃香の騎士剣を手に取った。
 その構えに力は無く、殺気や害意を示す要素は皆無だ。
 そのまま無造作に、やる気の無さそうな表情と足取りでヒースロゥへと詰め寄り、
「あのギギナと戦ったんだろ? 渡り合うコツみたいなもんを教えてくれねぇかな?」
「生半可な意ではあの戦士の相手は勤まらないぞ」
「何も対策立てないよりはマシだろうが。理屈が通る相手じゃねえってのは分かってる。
次に会った時は確実に戦闘になるからな、やられっぱなしは性に合わねぇ」
「……いいだろう。まずは小手調べだ」


 瞬間、騎士が一歩を踏み込んだ。
 一般人にとっては空間が圧縮したかのような速度で間合いを詰め、
「これをしのげないなら門前払いだ!」
 『風』の異名どうりに烈風の速度で横薙ぎの一閃を放つ。
 それは元の世界にてヒースロゥが幾多の悪を葬ってきた、必殺の一撃。
 制限によって本来の剣速には及ばないが、それでも圧倒的な威圧を持ってヘイズに迫る。
 対して魔法士は――、
「確かに速いな。だが……」
 全く物怖じせぬ意を持って、手に持った騎士剣をかち上げる。
 だが、ヘイズはヒースロゥに対してパワー、スピードともに劣る。
 まともに迎撃しようとすれば押し切られるのは明白だ。それでもヘイズの顔には自信がみなぎっている。
 その根拠は一つ。
「こいつはとっくに予測済みだ!」
 ヒースロゥが斬りかかる前からヘイズは全てを知っていた。
 火乃香とヒースロゥが打ち合った時の剣戟音から速度とタイミングを解読し、骨格の稼動範囲、
 力んだ筋肉、僅かな構え、それら相手の事前情報全てを統合し、未来を予測し、最適な対応を行える身体。
 魔法を一切使えないこの男を支えた圧倒的な演算能力は伊達ではなかった。

739投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:50:04 ID:JauPdxKc
 二人の男、その力の行き着く先で、鉄パイプと騎士剣が衝突した。
 と、同時に小気味良い金属音が応接室に響き、騎士と魔法士の鼓膜を打つ。
「いい反応だ……」
 そしてヒースロゥの鉄パイプが僅かに上に逸れた。
 瞬速の剣戟に対して打ち上げたヘイズの剣は垂直ではなく、ある角度を持って打ち出されていた。
 それはヒースロゥの剣を止めるのではなく、最初から軌道をずらす事に主眼を置かれた一刀であり、
 それによってベクトル方向を修正された剣は、本来の位置を大きく外れてヘイズの頭上を通過する。
 全ては最適なタイミング、角度、力、速度を持って成された必然の結果。
 故に、隙の生じたヒースロゥに対してヘイズが反撃するのも必然だった。
「小手先返しだ!」
 鉄パイプより騎士剣は短く、軽い。取り回しが容易な分だけ、ヘイズの斬り返しは速かった。
「甘いな」
 ヘイズの威勢を風の騎士は一言で切り捨て――、
「騎士の取り得が剣だけだと思うな!」
 蹴り上げた先、騎士のつま先はヘイズのわき腹を捕らえる。
 ――はずだった。相手の身体が横へ流れるまでは。
 着弾の直前にヘイズは蹴りの軌道を予測して回避行動を取っていたのだ。
 その回避した体の隙をヒースロゥは見逃さなかった。鉄パイプを持たぬ左手を前に突き出し、
 逸れたヘイズの身体を小突く。それだけでヘイズの放った一撃は回避され、騎士剣は額すれすれを通っていく。
 両者が一発ずつ剣戟を放ったところで、その視線が交錯した。
 相手の力量を双方がある程度確認し合った瞬間――、
「続けるか?」
「いや、十分だ」
 ほぼ同時に距離を取った。

 全ては五秒と掛からずに決着した。しかも応接室の僅かな空間内での出来事だ。
「初見にも関わらずあの一撃に対応する技量か……確かに言うだけの事はあるな」
「見込みあり、ってとこか?」
「ああ、これならあの男にそれほど圧倒される事は無いだろう。だが、おまえは乗り越える気でいるんだな?」
「一対一で、とは言わねぇがな。この三人でぶつかるならそこまで遅れをとる事はないだろうが、
それでも万が一ってのは起こりうるからな。対策くらいは立てるべきだろ」
 そう言って腕を組んだヘイズの背後、お下げの少年が
 もう片腕も落とされたら最悪だぞ、とデイパック相手に苦戦していた。
「戦うコツ、か。都合の悪い事にあの戦士には弱点らしい弱点は見当たらんな……」
「あんたでもお手上げか」
「いや、無欠だが完璧ではない。攻防速ともに超一流だからつけ込むとしたら唯一つ。その気質と見るべきだろう」
「気質――野生じみててやたらと好戦的な所か」
「そうだ。欠点とも呼べない欠点。しかし闘争を好むその嗜好にこそあの男の全てが表れているな」
「ああ――そう言えば第一声が、貴様らは強き者か? 次が、誇り高きドラッケンの戦士〜だった気がするぞ
この天才の記憶に間違いは無いはず。よーするにあの怪人は根っからの戦士気質か」

740投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:51:12 ID:JauPdxKc
 ギギナはひたすら闘いを求める。ドラッケン族としての矜持を持ち、その誇りを侮辱することを許さない。
 ヘイズ達には初見においてすでにそのヒントは示されていた。
 対してヒースロゥはギギナと剣を重ねる事で、その気質を見出したのだ。
 衝突する鋼の間から相手の心情を読み取る――それは一流同士が成しえる技なのだろう。
「あの戦士に対するならば、強制的に隙を作らせるしかない――エサを眼前にぶら下げてやれ」
「矜持故にギギナは絶対に退かない――食いつかせて、カウンター……か」
「攻撃は自身が相手に対して優位に立つ安堵の瞬間だ。待ちに待った留めの一撃なら、なおさらだろう」
 ヒースロゥが示唆した戦法とは、
 とにかく相手の意図する戦運びに巻き込まれるな。じらして、飢えさせて、苛立たせてから
 ギギナの前に極上のエサを差し出してやれ。絶対に飛びつかざるをえない好機の瞬間を作って、
 それをしのいで強引にギギナに隙を生じさせて、討て。
 隙が無いなら闘争を好むその気質を利用して作ってしまえと、そういうことなのだろう。


「――綱渡りだな。あー、助言には感謝するぜ」
「それは生き残って会える時まで取っておけ、死ねば何の意味も無い」
 ヒースロゥが振り返ると、朱巳がデイパックを持って立っていた。
 二人が戦っていた間に済ませてしまったらしい。
「何ぼさぼさしてんのよ? もう行くんでしょ?」
 そう言ってつかつかと扉に向かい、そこを開けると、
「じゃ、せいぜい頑張んなさいよ」
 あっさりと出て行ってしまった。ヒースロゥもやや遅れてそれに続く。
 最後に一言、
「順当ならば灯台あたりでかち合うだろうな……では、さよならだ」
 
 こうして突然の乱入者は去って行った。
 同時に、それまで応接室に漂っていた雰囲気も吹き飛ばされて消えていた。
「風……だったね」
「同感だ。詰まってた何かが綺麗に掃除されちまった」
「じき、凪いだ霧も吹き消すだろうな。そしたら動くぞ」
 コミクロンは地図を見た。左回りのルート上には、
「倉庫、小屋、教会、マンション、港、そして灯台か……BBとやらは何処に居るんだ?」
 歯車を思う少年に返って来た答えは、一つ。
「「そんなの、知らん」」

741投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:51:58 ID:JauPdxKc
【H-1/神社・社務所の応接室前/1日目・18:30】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ 、鋏
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、針、糸
     刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
     エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。メモをエサに他集団から情報を得る。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他
     もらったメモだけでは刻印解除には程遠い

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:鉄パイプ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳について行く。
     エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。マーダーを討つ。
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム行動予定]:パイフウとBBを探してみる。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

742投下時には分割します  ◆CDh8kojB1Q:2006/04/09(日) 10:52:41 ID:JauPdxKc
『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:そろそろ移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:健康。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:そろそろ移動。刻印解除のための情報or知識人探し。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
     刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:そろそろ移動。刻印解除のための情報or知識人探し。 BBに会いたい。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。左回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

743間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:24:51 ID:QpAg.O/E
名が呼ばれている。
友の名。知らない名。幾つもの名が呼ばれている。
それらは全て、死者の名だ。
『031袁鳳月、032李麗芳、035趙緑麗……』
メフィストと志摩子の仲間である2人と、更にそのまた仲間の1人は殺された。
だが、間に挟まった仲間のまた仲間の名を除けば覚悟していた名だ。
メフィストは残念に思いながらも、志摩子は悲しく想いながらも、その三名を受け止めた。
『082いーちゃん……』
ピクリとダナティアの眉が動き、しかし手は正確にその名に×を付けた。
「知り合いかね?」
とのメフィストの問いにダナティアは
「ええ、そうよ。この島に来てから少しだけの」とだけ答えた。
『095坂井悠二……』
これも皆が覚悟していた名だ。
だが、皆が知っていた名だ。
一度も出会っていないダナティアにとってさえ、その名は重い意味を持っていた。
(彼の死はシャナを追いつめてしまう)
シャナは悠二と合流し助けるのは脱出のついでだと言い切っていた。
「私の目的はこの島からの脱出。悠二は、……そのついで」……と。
しかしその姿が本来の姿ならば、その前にどうしてああも心乱れていたのだろう。
あの冷淡な言葉こそが、普段はそこまで冷静な人間を焦らせたという証明なのだ。
「………………」
コキュートスは黙して何も語らず、ただその内の光が焦るように明滅している。

死者の名は続く。そして……死亡者の末尾に一つの名を加えた。
「116サラ・バーリン」
ハッと、皆の視線が1人に集中する。
それは夢から醒めたダナティアが、何故かその部分だけ筆談で話した参加者の――
彼女と同じ世界から来た最も信頼のおける仲間であり親友であるという名前だった。
ダナティアは声を上げない。表情も変えない。
涙を見せず、怒気を発しもせず。
だが、放送を聞いているのは間違いなかった。

     * * *

その名を聞き、線を引いた。
ダナティアにとってその名の意味は大きい。
(誤算だったわ)
ダナティアはこれまでハデに動いてきた。
盗聴されている事に薄々気づきながらゲームの妥当宣言をした。
仲間を集め集団を作ろうともした。
それは僅かなりとも管理者達に彼女を意識させる事に繋がるはずだ。
そうすればその影で“サラか他の誰かが刻印を外す”という希望が有った。
(どれだけ集団を作っても刻印が外れなければ意味が無い。
 刻印が外れても1人しか残ってなければ意味が無い)
サラが脱出に向かい行動し、同じ結論に辿り着き、刻印を外す為に動くのは不確かな事だ。
ダナティアはその不確かを信じて行動していた。
そしてサラもその不確かを信じて行動していた。
「互いが互いを信じ生き続けていた事はあの夜会において証明した」
『だが生き続ける事は証明できなかった』
呟きに応えが返った。
聞き慣れた、しかし聞いた事がない、安心出来るはずの、しかし歪な声が。
いつの間にかそれまでと比較してもなお異様な濃霧が周囲を覆っていた。
全てがただ白に塗りつぶされている。
すぐ近くに居るはずのメフィスト達の姿さえ見えない。
耳鳴りがする程に静謐な、ただ白い、真っ白い世界。
自分一人だけの世界。
地面に接した足下さえ定かでないのに、足下の水たまりだけがくっきりと見えていた。
水たまりに写るのはダナティアとそして……
「じっと鏡を見ていると、そこにはきっと厭なものが映る」
ダナティアは『物語』の一節を口にした。
鏡像が、応えた。
『鏡は水の中とつながっていて、そこには死者の国が在る』
水たまりの向こう側には見慣れた姿が立っていた。

744間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:26:02 ID:QpAg.O/E

何度も見た姿だった。
共に学び、共に歩み、共に戦い、距離を置き、近づかれ、信じず、信じた姿だった。
だが彼女に投げかける名は最早その姿を示す名ではなかった。
「思ったより早く会えたわね。未知の精霊アマワ」
水たまりの向こう、逆しまの大地に立つそれは応えた。
『君には私がサラ・バーリンではない事を証明できない』
その声は何処までも無数の思い出の中のそれと同じだった。
「あたくしは現実から逃避する気はなくてよ
『それが現実だとどうして証明できる?』
ダナティアは言葉を返す。
「あたくしは放送でサラの死を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
「あたくしはこの世界の死者が黄泉返りを禁じられている事を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
「あたくしは物語の闇の奥底に主催者が居る事を知った」
『その言葉をどうして信じられる』
逆しまの大地からそれは嘲るように言葉を返す。
ダナティアはその全てに答えた。
「あたくしが決めたわ」
声が、止んだ。
水たまりに幾つもの波紋が浮かび、向こう側が歪み乱れる。
冷たい霧は全てを覆っていた。
ダナティアの心は硝子のように硬く鋭利に凍り揺らがなかった。
まるでサラの魔法で全て凍り付いてしまったように。
しかしそこには確かに心が有った。
胸の奥から重く響く冷たい痛み、それこそが彼女の心。
この静謐さこそが、彼女の本当の怒りと悲しみ。
『おまえは契約を相続した』
再び唐突に、言葉が聞こえた。
幾つもの波紋に千切れ歪んだ水たまりの像が言葉を作る。
「おまえが決めないでちょうだい。契約というのはなんなの」
『サラ・バーリンが行うはずだった契約だ』
「サラが……?」
『サラ・バーリンは愚かで、そして賢かった』
水たまりを波紋が埋め尽くし、次々と言葉が紡がれる。
『彼女はわたしを理解しなかった』
『理解しない事でわたしを理解した』

――わたし達4人が集まったのは稀有な事だろう。
  しかし残っている参加者の誰かがこの場所に辿り着く可能性は“必然”だったはずだ。
  …………だが、もしも――
 ――だが、もしもこれが間違いならば。
全てが確かな必然だったというのが間違いならば。
 答えはきっとその間違いの中に眠っている、そんな気がした――

『彼女は地図の全てを既知で埋め尽くした』
『故にわたしは彼女の前に現れる筈だった』
『だが彼女は死んでしまった』
『だから彼女は契約の資格を失った』
『わたしは彼女と共にわたしを探索した少年に問い掛けた』
『だが少年もまた死んでしまった』
『だから彼は契約の資格を失った』
『だがおまえはまだ生きている』
『だからおまえは契約を相続した』
そして、その言葉が始まった。
『わたしは御遣いだ。これは御遣いの言葉だ、ダナティア・アリール・アンクルージュ。
 この異界の覗き窓を通して、おまえはわたしと契約した』

745間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:26:55 ID:QpAg.O/E
「歪んだ鏡は現実を映さない、そこには違う世界が広がっている……」
ダナティアはまた物語の一節を諳んじた。
ギーアの炎はまだ意味を残し、精霊を異界に封じ続けている。
『質問を一つだけ許す。その問いでわたしを理解しろ』
一つだけ許された、神野が真似た質問。
ダナティアは考える。
そして一瞬のように長い時間、永遠の様な数秒の後に問い掛けを放った。
「おまえを終わらせる答えは存在するかしら?」
「今は、無い」
アマワの返答は無情だった。
その答えは過去かあるいは今この瞬間に失われ、そしてまだ生まれていない。
「だけど、存在した。あるいは生み出す事が出来る」
アマワはもう答えなかった。
『さらばだ。契約者よ、心の実在の証明について思索を続けよ』
存在すらも幻だったかのようにアマワは姿を消し

『次に禁止エリアを発表する……』
第三回放送は続いていた。
対話は現実に置いて一瞬の間隙に滑り込んでいたのだ。
ダナティアは地図に禁止エリアを記し始めた。

     * * *

放送は終わった。
今回の放送で古くからの友の死を耳にしたのはダナティアだけだった。
だから終と志摩子は心配に思い、そっとダナティアの表情を覗き見た。
その表情は放送の最中と変わらない冷徹なまでの無表情だ。
二人はそれこそがダナティアにとって特別な表情であるのだと気がついた。
26名というあまりにも多い死者の名が作り出した重い空気。
ダナティアはそれを切り裂こうとでもいうようにキッと東の方角を睨んだ。
まるでその先に何かが見えるように。
「行くわよ。あたくしの仲間に合流するわ」
「そこに患者が居るのなら、私は何処へでも行こう」
メフィストが同意し、また、終と志摩子も異論が有るはずが無かった。
4人は東へ向けて歩き出した。

歩き出す中、ダナティアの胸元から一言の疑問が掛かる。
「先ほどの事を相談しないのか、皇女よ?」
その言葉でダナティアはコキュートスを身につけていた事を思いだした。
もちろん先刻のアマワとの対話も聞いていた筈だ。
「今は後回しよ。あなたもその方が良いでしょう?」
「……その通りだ」
異界でのつかみ所の無い不可思議はこのゲームに核心に迫る事柄だ。
だがそれ以前に、彼らの目前には多くの問題が山積みされていた。
それも一刻の猶予を争う事柄だ。
だから相談の前に歩き続ける。
もっとも、一般人である志摩子の足に合わせたその歩みはそう早いものではなかった。
それでも四人は着実に足を進め、長い石段を降り……目的地に着く少し前で止まった。
「こんな所で会えるとは、運が良いのかしらね。相良宗介」
「おまえは……テッサを死なせた……!」
「え……?」
そこに居たのは相良宗介と千鳥かなめ。
「アシュラムさん……」
「おまえは…………っ」
そして、黒衣の騎士の姿だった。

ダナティアと終は相良宗介と千鳥かなめを見つめた。
宗介はかなめの前に出てダナティア・アリール・アンクルージュと終を睨み、
かなめは宗介の後ろから、しっかりとそれらを見つめた。
全てから目を逸らすまいとするように。

746間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:27:45 ID:QpAg.O/E
最初に口を開いたのはダナティアだった。
「状況からして後ろの娘が千鳥かなめかしら。二人とも生きていたのね、祝福するわ」
(祝福だと……)
つくづく彼女は得体が知れなかった。
そもそもどうして敵である自分を助けたのか。
「そういえばまだ自己紹介をしていなかったわね。
 あたくしはダナティア・アリール・アンクルージュ」
「俺は竜堂終だ」
若干の警戒を続けながら、終も同じように名を名乗る。
「この前は言いそびれたけど、あたくしはこのゲームを壊すために人を集めているわ。
 あなた達、乗る気は無くて?」
「なに……?」
困惑し、しかしすぐに結論を出す。
この女の行動原理は信用できない。
テッサと共に戦いをやめろと言う一方で、戦いの最中は容赦の無い力を振るった。
そして結果的にであれテッサの死の原因となった。
その一方で彼を助け、自らを憎めと言った。
そこまでなら本当に戦いを止めさせようとしているお人好しかも知れない。だが。
「……それなら何故、大佐の服を着ている」
宗介は指摘する。
「大佐は死んだ。それならおまえは死者から服を剥いだ事になる」
「ええ、その通りよ」
ダナティアは事も無げに答えた。
「あたくしは彼女の遺体から服を剥いで身に纏ったわ。
 彼女の遺体は今、シーツにくるんで埋葬してある」
(ぬけぬけと言う……)
彼女が本当に危険人物だという証拠は全く無い。むしろ白に近い。
だが、彼女に比べれば美姫はまだ判りやすい相手だ。
美姫は危険人物だが、欲望のままに行動するという点で筋が通っている。
(不確定要素は極力避けなければならない。
 俺だけでなくかなめにまで危険が及ぶとなれば尚更だ)
更にもう一つ信用出来ない点がある。
「それに……その男は俺の仲間を殺した男だ。信じられるわけがないだろう」
宗介は終を指差した。
「違う! あれは俺じゃねえんだ!」
全力で否定する終。
(さっきの零崎という男と同じ勘違いか? いや……)
今度は絶対に間違いない。真っ昼間、確かに奴に襲われた!
「おまえがいなければオドーは死ななかった!」
「口出させてもらうわ。それは正しいけど間違っていてよ」
それを止めたのはダナティアだった。
「彼は操られていたのよ。人を乗っ取るサークレット、灰色の魔女カーラに。
 だからその間に犯した罪を彼に問うのはお門違いというものよ」
「サークレットに操られていただと……?」
確かにあの時、彼の額には豪奢なサークレットが身につけられていた。
このゲームの不可思議さは既に身に浸みている。
だが、そんな荒唐無稽な言葉を信用しろというのか。
そう言い返そうとした宗介の前に手が出され、制される。
「待って。この人、何かを人のせいにする嘘は言わないわ」
「チドリ……?」
困惑する。何故彼女がそんなことを言えるのか。
「続きを聞かせて。ダナティア」
「……? ええ、良いわ」
かなめの様子にほんの少しだけ困惑し、しかし気を取り直して説明をする。
灰色の魔女カーラという名の魔女の意志が宿るサークレットが有る事。
それは知り合いのとある参加者の支給品から出て、終の手に渡った事。
そしてダナティアは終の次の所有者と思しき人物に出会ったという。
「保証するわ。カーラはまだどこかに存在している」

747間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:28:39 ID:QpAg.O/E
宗介は迷っていた。
(ダナティアは本当に信用できるのか?)
もし信用できるなら彼女に与するという選択肢も無いではない。だが。
「宗介。無理しないで」
「チドリ……俺は無理など……」
「ううん、無理してる。理由は判らないけどそう思う」
「………………」
確かに宗介にはダナティアと手を結びづらい理由が有った。
ダナティアを善人だと、信用できる仲間だと認めづらい理由があった。
『あたくしを憎みなさい、相良宗介』
(そうだ、俺はおまえを憎みたい)
宗介にはダナティアを憎めるだけの理由がある。
テレサ・テスタロッサを殺したのは風の槍だったのだから。
そして、敵であったダナティアを憎む事に抵抗は無い。
だが、もしも生き残る可能性が高いならやはり彼女に付くべき……
「あたしはあなたと同じ道を歩まない」
その迷いをかなめが止めた。
「あなたと一緒に行けばソースケは傷付くわ」
「待てチドリ。俺の事はどうでもいい」
「誤解しないで、ソースケ。あたしが嫌なの!
 ソースケが傷付く人と一緒に行く事も!
 テッサの死の原因となった人と一緒に行く事も!」
宗介は息を呑む。
「待てよ、それは……!」
「悪いけど黙っていてちょうだい、竜堂終。これはあたくしと彼らの問題だわ」
いきり立つ終をダナティアが止め、先を促す。
「それにあなたもあたし達に割く時間は無いはずでしょ。
 集団のメンバーを取り合うような時間はね」
かなめは続ける。
「あの人……美姫さんは少し前、吸血鬼を1人、人間に戻したわ」
「なんですって?」
「小物さが見苦しいって言って。あと、吸血鬼だった時に1人殺してる人だって。
 学生服の、でもあたしと同じくらいの身長だったと思う」
ダナティアは少し考え、結論する。
(シャナじゃない)
「その人はこの道の向こうから来た。
 あと美姫さんはついさっき、気になる奴が居るって言ってそっちに行った」
千鳥かなめが指差す道は北、合流地点の方角に伸びている。
「そっちに行くんでしょう、ダナティア。
 急いで行かなくて良いの?」
「急いで行かなければいけないわね」
出会いは唐突、そして別れも唐突。
「最後に一つ教えてもらうわ、千鳥かなめ。
 このゲームで、美姫によって出た死者は居るかしら?」
「……直接手を掛けた人は、まだ居ないと思う」
「そう、ありがと」
この質問を最後に、彼女達は別れた。

     * * *

志摩子は黒衣の騎士アシュラムを見つめた。
黒衣の騎士は目の前の少女を見つめた。
このゲームに来てから最初に出会い、語らい、彼に安らぎを与えた少女。
だが、今のアシュラムは美姫の騎士だ。
もし彼女達が美姫の害となりうるならば……
『その忠誠は──その感情は、果たして本当に自分の意志なのかね!?』
思考が断絶する。
『何らかの理由で隙が出来た……たとえば、かばうべき誰かがいたのではないかね!?』
白衣の少年の言葉が脳裏にこだまする。
『もう一度問おう! キミのその感情は、本当に自分の意思なのかね!?』
(俺は……!!)
感情の猛りを押し殺し、短い言葉を発した。
「……去れ。おまえ達に用は無い」

748間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:29:31 ID:QpAg.O/E
だが、退かない。
志摩子も彼女を守るように立つメフィストも退こうとはしなかった。
「ごめんなさい、アシュラムさん。あなたとはもう一度だけ話をしたいんです」
「ならば早くしろ。あの方の用が終われば、俺は行かねばならん」
美姫は少し用があってこの場を外しているらしかった。
その方が良かった。彼女は美姫を苛立たせてしまうだろうから。

「私は最初、あなたがそのままでも良いのかもしれないと思っていました」
そのまま、という言葉が何を指すのかはわざわざ言わなかった。
「あの人はとても悲しい人です。
 だから誰かが一緒に居る事は、それが単なる所有でもあの人を慰めるかもしれない。
 そしてそれ以上に、あなたが何かに苦しんでいたのも本当だった。
 だから、アシュラムさんが苦しまないならそれでも良いのかもしれないって思ったんです」
志摩子は未だに美姫を悪と言う事が出来ない。
彼女を許せないと思い、しかしそれでも憎みきる事が出来ないでいた。
「けれど、アシュラムさんは結局は苦しんでいる」
「俺は……これで良いのだ」
返る言葉に迷いが混じった。
志摩子はその迷いを問いつめたりはしなかった。
ただ、少し話題を変えた。
「この島に来た時に話した、私の友人や義姉達の事は覚えていますか」
「…………ああ」
「その内、4人はこのゲームに参加させられていました」
アシュラムは言葉に詰まる。
確かに聞いた名が有った。名簿、放送、そして――
「1度目の放送では由乃さんの名前が呼ばれました。
 私の古くからの大切な親友で、時々とても大胆な事をする人でした。
 2度目の放送では祥子さんの名前が呼ばれました。
 一つ上の先輩で、私の親友にとって一番大事な人で、気が弱く、でも優しい人でした」
志摩子の独白は続く。
「もう一人、私の親友の祐巳さんは自ら人の身を外れた上に体を乗っ取られました。
 サークレットに宿る灰色の魔女カーラという人が祐巳さんを操っているそうです。
 とても表情豊かで、見ていて穏やかな気持ちになれる人でした」
(灰色の魔女だと……?)
アシュラムはその名に聞き覚えが有った。
それは確か、ベルド陛下に仕えていた魔法戦士の正体では無かっただろうか。
「そしてお姉様は、佐藤聖は――」
そうだ、その名は聞いた名だった。
だがその名を聞いたのは放送ではなく……
「言うな、志摩子」
「――あの人、美姫の牙にかかり吸血鬼になってしまったんです」
制止は届かず、独白は最後の言葉を迎えた。
志摩子の瞳からはとめどなく涙が流れていた。
(俺の知る者が、俺の仕える者が、彼女を傷つけた)
その事実はアシュラムを一層迷わせる。
「志摩子。おまえは、俺を憎んでいるのか?」
「いいえ」
ならば何故。
志摩子は答える。
「私はたくさんの友達を喪い、あるいは傷付きました。
 一人も再会する事すらできないで、知らない所で死んでいった。
 友達だけじゃありません。
 一緒に居た仲間も、出会った敵ではない人も、知らない所で死んでいった。
 こんな思いをもう誰も感じてほしくない。それだけなんです」
「……もし仮に死ぬのが同じとすれば、目の前で死なれるよりはマシだろう」
アシュラムは切り返した。
「俺はあの方に挑んだ者を、一人斬った」
「!」
志摩子は息を呑んだ。

749間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:30:26 ID:QpAg.O/E
「宮野という少年だった。
 奴は美姫と交渉を行い、俺は美姫に従い戦い、その男を切り捨てた。
 その男の……親友かそれ以上である少女と仲間達は退いた。
 おそらくは心に傷を残しただろう」
心は未だ迷いつつも、その言葉に負い目は無かった。
最後の一太刀は逆上し我を忘れた一太刀だった。
だがそれでも、戦いの結果として敵を殺める事に迷いは無かった。
「それに……俺に仲間は居ない」
そのまま志摩子を畳みかけようとする。
彼女が美姫の騎士と関わる理由も価値もなにも無い。
「俺は一人でこのゲームに送り込まれた。
 敵なら居たが、あの会場で死んでいる」
そう、火竜山での戦いの直後にこの島に来た彼に仲間は居ない。
(おまえなど知らない)
何故か脳裏にちらつく、見も知らぬ筈のダークエルフの女の姿を振り払おうとする。
「本当かね?」
本人にも理解できない迷いをメフィストが見咎めた。
「本当に一人だけで送られたのかね? 誰も忘れてはいないのかな?」
「そう……だ」
だが、否定する言葉には明らかな迷いが含まれていた。
「本当に?」
確信と共にメフィストは問いつめる。
「思い出してみたまえ。君は、いつ、この世界に来たのだね?」
「俺は……」
いつ? 火竜山との戦いの直後だ。
「その後に何が有った?」
その後、仲間だったアスタールの仇と狙うダークエルフを退け、意気消沈のまま出陣し、あの青年と……
アシュラムはハッと気が付く。
手繰った記憶はどこまでも続いていた。
本来経験していない未来まで。
いや、それは本当は過去だったのだ。にも関わらず忘れていた。
多くの事柄を忘れてこの地に立っていたのだ。
「バカな……何故、こんな事を忘れていたのだ!?」
まさか美姫の手によって? いや、志摩子と居る時には既に忘れていたはずだ。
ならばここに連れてこられる時に部分的な記憶喪失にでも陥ったのか。
信じがたい、だがそれ以外に考えようが無い事だった。
「あなたの仲間は、何という人ですか?」
志摩子の問いにアシュラムは答える。
「黒い肌のエルフ、ピロテース。俺にとって……最も信頼できる配下だ」
愛しているとも親友だとも言わない。
なのに彼の言葉は、断ち切りがたい二人の絆を感じさせる。
「その人がもしあなたの知らない所で……死んだら、どうします?」
志摩子の再びの問いに、即座に答えを返す。
「俺の知らぬ場所で死ぬなど許さない」
ただ一言の意志を。
「礼を言う、志摩子。それと……」
「ドクター・メフィストだ」
「ああ。礼を言う、志摩子、メフィスト。
 俺はおまえ達のおかげで己の意志と記憶を取り戻した」
だがと断り、続ける。
「俺はおまえ達に多く、そして美姫にもまだ一つの恩がある。
 おまえ達と美姫は今は会わずに去ってもらう」
「昼の棺を護ってなお不足かね? 心を操られた仇も有るだろう?」
メフィストの問いを首を振って否定する。
「あれは仇などではなかった。あれは俺の弱さ、俺の逃避だ」
志摩子を護り身を晒した隙をつけこまれた。
だが、つけこまれたのは背後に居た志摩子という存在だけではない。
同時に自らの弱さにもつけこまれた故に破れたのだ。
その両方を宮野秀策の告発にして弾劾の言葉が抉っていた事に彼は気づいた。
「だから俺は、美姫と相対せねばならん」
そして問い掛け、決めるのだ。和解か、争いか、それとも離別かを。
「それが、騎士としてのけじめなのですか?」
志摩子の問いにアシュラムは再び首を振る。
「俺はもう騎士ではない。その事さえ忘れていたのだ」

750間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:31:26 ID:QpAg.O/E
生涯、彼が仕えた相手は一人だけだ。
その主君を失った時、アシュラムは騎士ではなくなった。
一時はかの主君の国を維持するため、全てを支配する王錫を求めた。
あるいは国を統べる最高評議会の一人、黒衣の将軍として戦った。
だがそれも違う。彼はもう騎士でも将軍でもない。
それは主君が既に失われたからではない。
アシュラムは自らの荷物に手を差し込み、それを掴み、自ら身につけた。
「これは――王としてのけじめだ」
支給品として入れられていた簡素な冠を。

     * * *

「ほう、瞳が変わっておる」
リナ・インバースとの邂逅を終え、失望の美姫はアシュラム、そして宗介達と歩き出す。
すぐにアシュラムが何か変化を経た事に気がついた。
「私と入れ違いで何人か誰か居おったな。そやつらのせいか?」
濃霧の中ですぐ近くに、姿は確認できず、だが間違いなく誰かが居た。
相手から避けるならわざわざ会うまでもないと見逃したが、つまらぬ相手ではなかったらしい。
アシュラムは明らかに、そして相良宗介と千鳥かなめも何かを話したようだった。
「そうだ。俺は己を取り戻した」
アシュラムの返答に美姫は僅かに怪訝に聞き返す。
「ならば何故、まだ私と共に居る?」
「恩と、そしてけじめのためだ」
アシュラムは美姫を見つめた。
「ほう、恩とけじめとな。我が身を求めてとは言うてくれぬのか?」
美姫はアシュラムの視線を受けながら衣服をはだけて見せた。
その美貌は人の物ではなく、全ての人を惑わせる、抗えぬ誘惑。
だが、アシュラムは僅かに歯を噛み締めただけだった。
断固とした意志を言い放つ。
「俺はもう、何者の物にもならぬ。たとえ神にとて俺は渡さぬ」

美姫は笑った。
偶々出会った闇を抱えた殺人鬼は言葉に従わず姿を隠した。
待ち受けた吸血鬼はあまりに小物だった。
目を付けていた者には失望させられた。
だが五つの首を命じた相良宗介は一つも狩れずともその意志と絆を示し、
なによりずっと身近に連れていた男はこんなにも……
美姫は笑い続けた。
人生に歓喜し、讃歌し、笑い続けた。

     * * *

「何を呆けているの、リナ?」
打ちのめされていたリナは、唐突な言葉にビクりとなる。
「怯えているの? 震えているの? 馬鹿じゃない、情けなくってよ」
(――好き勝手言ってくれるじゃない!)
リナは一度俯き、歯を噛み締め、改めて声の主を睨み付ける。
空元気を充填し、無理矢理心を燃焼させる。
「誰が情けないって? この高飛車女王様!
 言っとくけど、天才美少女魔術師リナ・インバースはへこたれないわよ!」
その言葉に応じ、彼女は幾人かを引き連れ霧の向こうから歩み出た。
「そう、ならいいわ」
彼女の姿を見て、リナもまた気が付いた。
ダナティアの心にも大きく傷が付いている事に。
(当然じゃない。テッサは死に、最も大切だった仲間のはずのサラも死んだ)
にも関わらず、ダナティアはそれを顔に出さずに決然と立っている。
剰りにも硬く、僅かに見せていた緩みすらも凍らして。
リナは心に意地を継ぎ足して心を更に燃焼させた。
「後ろの連中は誰?」
「仲間よ。紹介は後でするわ」
更にリナを指しその仲間達に言う。
「仲間よ」
今の紹介はただそれだけ。

751間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/09(日) 23:40:58 ID:QpAg.O/E
「シャナは何処?」
「向こうよ。もう止められてるはずだけど暴走してたわ」
「そう。急ぐわよ」
霧の中を急ぐ。
それらは間隙に起きた事。

【D-6/公園/1日目/18:20】
【創楽園の魔界様が見てるDスレイヤーズ】
【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし/衣服は石油製品
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る

【Dr メフィスト】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:不明/針金
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)/弾薬
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【竜堂終】
[状態]:打撲/上半身裸/生物兵器感染
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し祐巳を助ける

【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。まずはシャナ対応組と合流する。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

752間隙の契約 ◆eUaeu3dols:2006/04/10(月) 01:47:17 ID:QpAg.O/E
【D-6/公園/1日目/18:20】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:島を遊び歩いてみる/アシュラムにどうするか

【アシュラム】
[状態]:健康/意志覚醒
[装備]:青龍堰月刀、冠
[道具]:デイパック
[思考]:美姫の行動に対応する
[備考]:連れて来られた時期と記憶にズレが有った。

【相良宗介】
[状態]:健康、ただし左腕喪失
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る/かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:通常?
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも/?


状態もいっちょ追加。投下忘れてた。

753 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:28:17 ID:OeWmx0tc
 名も無き小さな島がある。
 結界に四方を囲まれ、外界と隔絶した島だ。
 内部に囚われた者達にとって、ここはまさしく呪われた島だろう。凄惨な殺し合いを強要され、
それに勝ち残る他に生きる術は無いのだから……
 その島の南部の平原には城が建っている。石造りの壁は堅固であり、規模こそ小さいが城壁まで
備える立派なもの。目にする誰もが、これを城と言ってはばかることは無い。
 しかしその一方で、周囲には重要な施設は一つも無く、地形的にも島の交通の要衝では無いことは
明らかだ。あまりに十分“すぎる”機能と、それに見合うだけの目的の欠如。その不釣合いが、
島の他の施設と同じく、見る者にどこか作り物めいた印象を与えずにはいられなかった。
 現在、城は深い霧に包まれて訪れる者も無い。しかし、まったくの無人というわけではない。
 二階の一室、魔法で封じられた扉によって守られた場所に、一人の少女の姿があった。
 少女は身じろぎもせずに椅子に腰掛け、考え込むような視線を窓の外へと向けている。明かりのない
室内はうす暗く、ただ、その額の額冠(サークレット)にはめこまれた深紅の宝石だけが、
闇の中でも怪しい光を放っていた。

                    ○

754 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:29:12 ID:OeWmx0tc
 カーラが目覚めたのは17時過ぎのこと。すでに睡眠を取り始めてから、4時間が経過していた。
 現在の状況はカーラにとって思わしいものではない。これまでに出会った参加者たちにはほぼ全てから
敵対視されており、しかも、そのうち幾人かには正体までもが露見している。早々に手を打つ必要が
あったが操れる手駒すら無く、遠見の水晶球すら持たないのでは自分で動くほかない。
 ひとまず、休んでいた部屋で雨があがるのを待っていたのだが、思い通りには行かなかった。
 雨がやんですぐ、濃い霧が出てきたのだ。
 古代語魔法は、呪文の詠唱にかかる時間や動作の隙が大きく、霧の中で他の参加者と遭遇すれば
致命的な事態にもなりかねない。
 天候を操るという選択肢は早々に放棄された。あの“神野陰之”との出会いから得た結論だ。
この島の天候を操っているのがかの者であるならば、カーラ自身の行使しうる最大の魔力で〈天候制御〉
の呪文を唱えたところで徒労に終わることはまず間違いないだろう。
 結局、カーラは霧が薄くなるまでの時間を状況の整理に使うことにした。6時の放送も近いし、
安全な場所で考えを深めるというのも悪くはない。ならば、むしろこの霧は、参加者たちに移動を
手控えさせてくれるという点で好都合かもしれない。

755 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:30:26 ID:OeWmx0tc
 カーラは窓の外へと向けていた視線をはずし、自分の支配する福沢祐巳の肉体を眺めわたした。
 まず、最初に行うべきは、現在自分が行使しうる力の把握だ。休息をとったことにより疲労は
ほぼ回復したといっても良く、安定と引き換えの運動能力の低下以外に問題は無い。
 だが、魔法についてはどうだろうか。すでに、唱えるのに要する精神力が大きくなっているのには
気付いていたが、今思えばそれだけということは無いように思える。
 少なくとも、この世界にあるが故の制約として〈隕石召喚〉の呪文は間違いなく使えまい。
そもそも、この夜空に輝く星々が星界に属するものかも疑わしいが、島にめぐらされた結界を越えて
物質の移動を行うことは許されないだろう。
 だが、これなどは大した問題ではない。
 以前の戦いにおいては、巨人(ジャイアント)の力をもってすら逃れることのできない〈魔法の綱〉
の束縛から老人は脱した。一方で、〈火球〉やその他の呪文は、その効果を減じることの無いまま発動
している。原因は不明だが、結界などの影響とは無関係に特定の呪文だけが効果を表さないという
可能性を常に意識しておく必要があるということだ。
(身体的な能力にはそれなりに期待できても、魔法については注意が必要。
 そして、……この額冠はどうなっているのかしら?)

756 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:31:20 ID:OeWmx0tc
 例えば、だ。古代王国の亡霊たる自分が、五百年もの長きにわたってその存在を維持しえたのは、
器の肉体を滅ぼした者は次の器として支配されるという魔力が額冠に付与されているからに他ならない。
だが、――あたかも参加者たちの如く――そこに何らかの手が加えられている可能性もありうる
のではないだろうか?
 傍証は有る。本来ならば、器となる肉体無しではカーラとて何もできない。しかし、この世界では、
付近にいる人間に語りかけることはできたし、その結果、竜堂終も福沢祐巳もその肉体を支配される
こととなった。ゲームを仕組んだ者にとってその方が都合の良いからだろうと気にも留めていなかった
が、ならば、それ以外の部分にも彼らの都合で手が加えられても何の不思議も無いはずだ。
 それだけではない。記憶の欠如や、それこそ“失われずに残っている”記憶、自分がここにいる理由
ですら、そういった作為――都合の良いようにカーラを動かすための操作の一環――の結果であるの
かもしれない。改ざんされた記憶を持つ者ほど操りやすいものは他に無いだろう――それが可能であるならば。
(あの、神野とやらになら、できるのかもしれないわね)
 そう呟いて、カーラはこの件についてそれ以上考えるのをやめた。どのみち確かめる方法は無い。
参加者たちのように刻印がなされているとすれば、解析のための呪文に反応して呪いが発動する恐れが
あった。
 それに、彼らがあくまでこちらを参加者同様に扱うというならば、今はそれに従って動くだけのこと。
参加者として身を守り、参加者として他の参加者を操り、参加者としてゲームをつぶせばいい。
それは確かに困難なことではあるが、まったくの不可能ではない。そのことを彼女はある一人の戦士に
よって何度も思い知らされている――もっとも、その男もこの世界においては死を迎えたことを忘れる
気は無いが。
 依然として霧は晴れず、そして……三回目の放送が始まった。
 
                    ○

757 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:32:10 ID:OeWmx0tc
 放送によって、袁鳳月と趙緑麗、坂井悠二、サラ・バーリンの死が明らかになった。
 自分の正体を知る者の数自体は減ったが、肝心の藤堂志摩子、竜堂終、ダナティアの三人がいまだに
健在であり、依然として思わしくない状況にあるといってよい。
 ただ、坂井悠二が消えてくれたことは僥倖だ。これで火乃香と、あの“神野陰之”に集中できる。
 神野は……その言を信じるならば、時空にとらわれず、助力を願い出るものにその強大なる力を貸す、
正に神のごとき存在だ。以前考えたとおり、これに対抗するために火乃香は使えるだろう。だが、神野に
挑む前に死んでしまう可能性も無いわけではないし、こちらの都合の良いように動いてくれるという
保証もない。終あたりと接触されて、命を狙っていることに気づかれるようなことでもあれば、
そちらから先に始末せねばならなくなるかもしれない。他にも何らかの形で対抗手段を用意しておく
必要がある。
 そう、例えば、“魂砕き”ならどうだろうか。魔神王の不滅の魂すらも打ち砕き、消滅せしめたかの
魔剣なら、神野に対しても致命的な一撃を加えられるかもしれない。
 もちろん、自分に対して致命傷を与えられるような品をわざわざ支給品に加えておくとは考えにくい。
少なくとも、その力を弱めるように手を加えるぐらいのことはしていることだろう。だが、黒衣の将軍
の名が名簿に記されている以上、考慮はしておいても損は無いはずだ。
 もし、存在するなら、それを振るう手とともに早急に確保すべきだろう。同様に、役に立ちそうな
物品があればなるべく手に入れておきたいところだ。それが魔法による産物である限り、その扱いは
カーラにとっては専門分野だ。これは他の参加者との交渉材料に、十分なりうる。
(けれど……)
 カーラは眉をひそめた。刻印がある限り、それらの手立ての全ては無意味だ。火乃香だろうと、
“魂砕き”を手にした戦士だろうと関係ない。神野は、その一撃が届く前に呪いを発動させるだけ
だろう。
 結局、刻印の解除方法を手に入れなければどうにもならない。カーラの知る古代語魔法の呪文にも、
呪いを含む一切の魔力を打ち消す呪文があるが、それはいわば正攻法であり、効果を現すためには
刻印をなしたものの魔力を打ち破る必要がある。
 だが、それは不可能だ。
 ならば鍵は十叶詠子。神野の正体について知っているのみならず、刻印についても何かをつかんでいる
ようだった。加えて、――“法典”とか言っていたか――ダナティア同様に参加者を結集させて、
神野やアマワに相対しようとする者のことも知っているらしい。もし、手を組むならば、こちらの正体を
知り、いずれ敵対を余儀なくされるダナティアよりも良い相手だろう。

758 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:32:50 ID:OeWmx0tc
 ふと、窓の外を見やると、霧はだいぶ薄くなってきており、そろそろ出発しても良い頃合のように思えた。
 カーラは、傍らに置いておいた角材をつかんで立ち上がった。一見すると椅子の脚にしか見えないが、
魔法の発動体としての魔力を付与してある。別段必要なものではないが、なまじ魔法の知識がある者が
相手ならば目くらましくらいにはなるだろうと思い作成しておいたものだ。
 上位古代語の文言を呟き、両腕を複雑に動かして呪文を紡いでいく。その最後の言葉とともに透視の
呪文が完成した。目の前の扉の外の廊下、反対側の部屋の内部、さらにその向こうの様子が、カーラの
意思に従い次々と脳裏に浮かび上がってくる。
 そのようにして城の内部を探り、城の周囲を大雑把に見渡してもう一度階下を見下ろしたとき、
彼女はそれに気づいた。
 笑みを浮かべて扉に駆け寄ると、そっと囁く。
「ラスタ」
 開き始めた扉をすり抜け、階段を慎重に、しかし素早く駆け下りる。幸い、現在、城の内部には
自分しかいないから多少の音は問題にならない。それより、呪文の効力が続いている間に目的の場所に
到達しておきたかった。
 一階に降り立ち、扉をいくつかくぐって厨房に入った。この間も、魔法の感覚は捉え続けている。
厨房の真下にある地下室、そこからさらに地下へと向かって続く階段。そして、その先に一人でたたずむ
妖精の姿を。
 カーラは厨房の床にしつらえられた扉の前に立った。地下室に下りるには、この奥のはしごを使えばよい。
 だが、扉をどける前に一つだけ済ませるべきことがあった。手にした棒杖(ワンド)を振り上げ、
呪文の詠唱を開始する。
「……我が目は真実のみを見て、我が耳は真実のみを聞く」

                    ○

759 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:33:54 ID:OeWmx0tc
 放送から二十分。いまだに誰も姿を見せないことにピロテースはいらだっていた。
 そもそも、放送で空目とサラの名が呼ばれてしまったことが忌々しい。一時とはいえ手を組んだ者が
倒れたことに対する悔やみもあるが、そればかりではない。人数が減ったことは、裏切りや外部からの
攻撃に晒された際の危険度の上昇に直結している。それこそ、ついにクエロが裏切って、二人を殺害した
可能性すらあるのだ――もっとも、それならばクリーオウが生きているはずもないと思えたが。
 いっそのこと、同盟を解消してしまった方が良いのではないのかとすら思えてくる。休息だけなら、
木々の精霊(エント)の力を借りて避難所を作ればいい。木々の生い茂る森の中でなら周囲の景色に
まぎれ、他の参加者から襲撃を受ける心配はまず無い。
 だが、実際にそうするわけにはいかない理由が二つあった。
 まず、せつらとの連絡を失うわけにはいかないというのが一つ。(多少、酔狂なところがあるとしても)
彼の協力がアシュラムと出会うためには非常に役立つことは否定できない。
 次に、城内を探索し、拠点とすることをあきらめたくないというのがもう一つ。城は目立つ分、
そこにアシュラムがいる可能性も、これから来る可能性もわずかながらある。しかし、自分一人では
探索も休息も危険すぎてできたものではない。
 ピロテースは、北へ続く通路のその奥の闇を見つめてため息をついた。待つことしかできない現在の
状況が歯がゆい。
「話がしたいのだけれど、そちらに行ってもよいかしら? 闇の森の妖精族」
 突然降ってきた声に、はじかれるようにしてピロテースは立ち上がった。木の枝を構えて周囲の様子を
探るが誰もいない。
 当然だ。声は、城内へ通じる階段の上から響いてきた。その主の姿など、ここから見えるはずもない。
しかし、ならばなぜ、相手はこちらを“闇の森の妖精族”と断言できるのだろうか。
「何者だ?」
「私の名に意味などないわ。ただ、ロードスに縁のある者と思ってもらえれば結構よ」
 投げかけた言葉は、ただ、〈姿隠し〉の呪文を唱えるまでの時間を稼ぐためだけのものでしかなかった。
しかし、それに対する返答には、ピロテースの興味を引くには十分すぎるものが含まれている。
ピロテース自身はロードスについて、誰かに話したことなど一度も無い。ならば、声の主は本当に
かの島の出身者なのか、それとも……。
「降りてくるがいい。ただし、ゆっくりとな」

760 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:35:28 ID:OeWmx0tc
 返答の代わりに、階段の上からは足音が響いてきた。魔法によるものか、それとも何らかの道具に
よるものなのかは分からないが、おそらく相手はこちらの姿を透視できるのだと考えられる。
それならば、姿が見えたほうが対処もしやすい。
 ピロテースは木の枝を握った右手を背中に隠し、聞こえてくる足音に集中した。硬い靴底と石造りの
床が立てる音は次第に高くなり……
 姿を現したのは一人の少女だった。粗末な貫頭衣に身を包み、片手に短い木材を携えている。
奇妙なのはその額にいただかれた額冠。それには人の双眸を模した文様が彫りこまれており、
四つの瞳に見つめられているような錯覚に陥らされた。
「用件は?」
 ピロテースはそれを睨み返して訊ねた。どうということもない少女に見える。だが、魔法の使い手
である可能性もある以上、油断はできない。風の精霊力の働いていないこの場所で、〈沈黙〉の呪文は
使えないのだから。
「限定的な協力関係の樹立と、情報の交換」
「名も明かさない者を信用するとでも?」
「思わないわ。
 けれど、黒衣の将軍の身の安全を確保したいという点であなたと私は協調できるのではないかしら」
 内心の動揺を見透かされまいとするピロテースの努力は見透かされてしまったのだろう。
少女はうすく笑んで後を続けた。
「そうならば、この話はあなたにも益があるはず。
 限定的な協力関係というのはね、六時間後、次の放送までに私が黒衣の将軍に出会ったら、
 身の安全を確保してここに連れてきてあげようということ。
 もちろん、あなたが私の用事をすませてくれるように約束してくれればの話だけれど」
 少女はそこで再び言葉を切り、こちらの様子を窺ってきた。ピロテースが手で先を促すと、
うなずいて“用事”について語りだす。
「あなたは十叶詠子という少女について同じようにしてくれればいい。
 『“祭祀”が“闇”について問いたがっている』と言えば通じるはずよ。
 それと、火乃香という少女について。これは身柄を確保する必要はないわ。
 現況について調べてくれればそれで十分」

761 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:36:10 ID:OeWmx0tc
 “十叶詠子”という人物については空目から話を聞いている。彼の説明を信じるならば、
彼女は名も無き狂気の神の信徒のごとき危険人物と言えるだろう。ならば、その身の安全を確保
しようとする目の前の少女もまた、自分にとっては警戒すべき人物ではないのか?
はたしてこの申し出、受けてよいものなのだろうか?
「……いいだろう。その二人の特徴について聞こう」
 結局、疑念よりもアシュラムと合流できる可能性を少しでも増やしたいという思いが勝った。
少女の話に耳を傾け、その内容を記憶にとどめる。
 こちらは一人であちらは二人。しかも、少女の言を信じるならば、アシュラムの身柄の確保は
その元々の予定のうちにある。取引としては不利なようにも思えるが、積極的に動く必要が無いことを
考えればさしたる問題にはならない。唯一、十叶詠子と実際に遇ってしまった場合を除いては。
「……次は、情報の交換といきましょうか。あなたの現在の仲間について――」
「それは断る」
「義理堅いこと。別に他意はない。彼らと私で争いになっては困るでしょう?」
 拒絶の言葉に苦笑する少女に、ピロテースは鋭く告げた。
「信用していないと言ったはずだ。それとも、裏がないと証明できるとでも?」
「そうね。確かにそんなことはできない。
 でも、あなたの返答の対価が、黒衣の将軍についての情報だとしたらいかが?」
「アシュラム様について知っているのか!?」
「おちつきなさい。それを聞きたければ、私の質問に答えるのが先よ」
 ぎり、と音が鳴るほど奥歯を噛み締めたピロテースの視線には、憎しみすらこもっていたかもしれない。
一方、少女はそれをひるみもせずに真っ向から受け止めて、ただ冷ややかに見つめ返すばかり。
 数秒か、数十秒か。張り詰めた空気の中で対峙し……

762 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:36:51 ID:OeWmx0tc
「私、は――」
「言う必要はないわ。私の質問に答える気でも、そうでなくてもね」
 沈黙を先に破ったのはピロテース。しかし、その言葉を遮り、少女は告げた。
「ごめんなさいね。
 私の無礼、詫びたところで許せるものではないでしょうけれど、それでも謝らせてもらうわ」
「先ほどの質問の答えは、あなたが言う必要があると思えるようになったときに聞かせてもらえればいい。
 最後まで言わなくてもいい。その代わりに他の質問に答えてもらう。
 藤堂志摩子、竜堂終、ダナティア。この三人の中に会った者はいる?」
 ピロテースは深く息を吸き、吐いて呼吸を整えた。自分の忠誠や信義、誇りをもてあそばれたことに
対する怒りは深く、容易に消えるものではない。だが、それに身をゆだねたところで何の意味がある
だろうか。今はまだ、相手に従って会話を続けるほかないのだ。
 他の二人は知らないが、ダナティアは、確かサラの仲間だったはず。しかし、大雑把な特徴を
聞いているだけで、会ったことは一度もない。
 少女の意図はわからないが、そのまま答えても問題は無いだろう、とピロテースは判断した。
「いないな」
「なら、“魂砕き”の所在について心当たりは?」
 心当たりがまったく無いというわけではないが、それを教えてやるつもりはピロテースには毛頭もない。
即座に否と答えた。
「見たこともない?」
「あれは、アシュラム様の物だ。もし目にするようなことがあれば、なんとしてでも取り返している。
 そんなことより、私はお前の質問に答えた。そろそろ、そちらの情報について話すべきではないのか?」
 食い下がってきた少女にピロテースは怪訝なものを覚えたが、こちらを怒らせるつもりはないという
ことか、苛立たしげにそう告げると今度はあっさりと引き下がった。
「その通りね。夜明け前のことよ……」
 少女は語った。G-8の物見やぐら周辺で、一人の少年がアシュラムと遭遇したこととその顛末、
そしてアシュラムの傍らにいた女のことを。
 如何なる偶然か、その女の特徴に合致する人物をピロテースは知っている。詠子やダナティアと同様に
直接会ったことがあるわけではなかったが、間違いなく危険な人物の一人だ。
(せつらに会わなければならない理由が増えたな……)
 何より、アシュラムの様子がおかしいのが気がかりだった。

763 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:38:10 ID:OeWmx0tc
 その次は、城と、その周辺地域の状況についての情報交換が行われた。説明のために紙と鉛筆を
少女が取り出そうとしたとき、警戒したピロテースが棒杖を捨てさせるという一幕はあったが、
それ以外は衝突も無く、ピロテースは城の内部に関する情報を得、代わりに地下道を南に進めば洞窟に
出ること、城の周辺には現時点ではほとんど人がいないと考えられることをかいつまんで説明した。
 そして……
「私からの最後の質問だ。
 気の強い赤毛の女と、目つきとガラの悪い黒髪黒尽くめの男に出会ったことは?」
「残念ながらないわね。詳しく教えてもらえれば、連れてきてあげてもよいけれど?」
「無用だ。
 言っておくが、私はこれ以上お前とは話したくない。
 余計な世話を焼く暇があるなら、先に自分の最後の質問の内容でも考えるがいい」
「嫌われたものね」
 肩をすくめてそう言うと、少女はなにやら考え込むようなそぶりを見せた。数秒の間そうしてから、
手にした紙に鉛筆を走らせつつ口を開く。
「……魔力や、それに類する力に精通している者に心当たりは?」
 放られた紙が床に落ちる前に、ピロテースはさっと左腕を伸ばしてそれを捕まえた。一瞬だけ
少女から視線をはずし、流麗な書体で書かれたロードスの共通語の文に目を通す。
 その目が、すうっ、と細くなった。
『管理者の耳から逃れることはできぬゆえご容赦を。この世界と、刻印について調べたい』

764 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:38:52 ID:OeWmx0tc
 この島に解き放たれてからしばらく、頭にあったのは、いかにしてアシュラムの元にたどりつくか
というただそれだけで、その後のことなど念頭に無かった。
 今思えば浅はかなことだったと思う。それに気づかせてくれたという点だけでも、“仲間”たちには
感謝してよいだろう。
 しかし、ゼルガディスは殺された。空目も、サラもだ。そして、自分には刻印について何も打つ手はない。
ならば、――今もって目の前の少女を信用する気にはなれなかったが――するべきことは一つだ。
 木の枝が、石造りの床に落下して乾いた音を立てた。ピロテースはため息をついて右手を差し出し、
少女がほうり投げた鉛筆を受け取ると、紙の余白に必要な事項について書き付けた。
「……私は会ったことはないが、先程の二人はかなり高度な魔法を操るらしい。
 他にも、メフィストという男がいる」
 ピロテースの手から離れた紙は、宙でくるりと一回転して少女の足元に滑り込んだ。
『刻印について調べているらしい』

                    ○

765 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:39:34 ID:OeWmx0tc
 霧が晴れた後も、変わらず城は静寂に満ちている。
 その城門から、月明かりに照らされた草原へと一つの影が躍り出た。
 森に入ろうというのか、影はすぐに道をそれて東へと走る。夜目の利く者ならば、その影が一人の
少女であるとすぐに分かっただろうし、あるいはその額に奇妙な形をした冠を認めることができた
かもしれない。
 少女は森の縁にたどり着くと、そのまま奥へと進んでいく。その姿は木々に隠れ、たちまちのうちに
見えなくなってしまった。
 
 
 行動を再開してから最初に出会った参加者が、アシュラム配下のダークエルフとは運が良かった。
こちらは相手の手の内を知っているし、取引材料もある。おまけに、行動を共にしている者もいる様子で
交渉相手としては申し分なかった。
 もっとも、必要な情報が不足なく得られたというわけではない。魔法の使い手であるという二人の名には
聞き出すことができなかったし、メフィストについても、外見的な特徴について教えてもらっただけに
すぎない。“仲間”についても最後までしゃべらなかった。
 “刻印”を餌にちらつかせてもこの程度。ずいぶんと嫌われてしまったようだが、提供された情報に
嘘はない――あったとしても、あらかじめ唱えておいた呪文の効果によってすぐにそれと気づいたはずだ。
 例外と言えば“魂砕き”についてだが、あの魔剣の威力を知る者ならば当然の反応といえばそのとおりで、
気にするほどではないだろう。少なくとも、こちらを積極的に騙す気はなさそうだった。今後も情報交換の
相手として期待できるかもしれない。
 いずれにせよ、あの様子なら黒衣の将軍と刻印のどちらか、あるいはその両方の情報を求めて、
次の放送の時には再び城の地下に姿を現すだろう。その時に、こちらの頼みを果たしてくれていることを
祈るばかりだ。

766 ◆685WtsbdmY:2006/04/23(日) 18:47:36 ID:OeWmx0tc
【G-4/城の地下/1日目・16:30】

【ピロテース】
[状態]: 多少の疲労。クエロを強く警戒。
[装備]: 木の枝(長さ50cm程)
[道具]: 蠱蛻衫(出典@十二国記)
支給品2セット(地下ルートが書かれた地図、パン10食分、水3000ml+300ml)
アメリアの腕輪とアクセサリー
[思考]: アシュラムに会う。邪魔する者は殺す。再会後の行動はアシュラムに依存。
    武器が欲しい。G-5に落ちている支給品の回収。
(中身のうち、食料品と咒式具はデイパックの片方とともに17:00頃にギギナにより回収)
    もうしばらく待っても誰も来なければ、単独行動を始める。


【G-5/森の中/1日目・16:35】

【福沢祐巳(カーラ)】
[状態]:食鬼人化、あと40分の間、耳にした嘘を看破する呪文(センス・ライ)が持続。
[装備]:サークレット、貫頭衣姿、魔法のワンド
[道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減)
[思考]:フォーセリアに影響を及ぼしそうな者を一人残らず潰す計画を立て、
    (現在の目標:火乃香、黒幕『神野陰之』)
    そのために必要な人員(十叶詠子 他)、物品(“魂砕き”)を捜索・確保する。

767名も無き黒幕さん:2006/05/15(月) 22:15:09 ID:LcfGWHUk
 神社にいた三人との交渉をどうにか終えて、あたしたちは来た道を戻っている。
 三人に会う前、木の枝に引っかけておいた上着は、そのまま置いていくことにした。
傘の代わりに使ったせいでずぶ濡れだから、乾くまでは邪魔になるだけだろうと思う。
 辺りは夕闇に覆われ始めていた。雨は止み、霧は晴れたけれど、雲に遮られて月は
見えそうにない。あたしは立ち止まり、デイパックを開けて懐中電灯を取り出した。
「あの三人の話をどう思う?」
 ヒースロゥが、三人から渡されたメモを指さしながら、あたしに訊いてきた。
 刻印解除構成式とやらのことを尋ねたいらしい。
 会話を盗聴しているらしい連中には、「火乃香の知人に関する情報をどう思うか」と
尋ねたように聞こえているはずだった。
 一応「刻印の仕組みについてはさっぱり判らない」と彼には前もって伝えてある。
 それを彼が信じたかどうかは、この場合、あまり関係ない。
 問題は“あの三人に嘘をつかれているかどうか”ということ。
 構成式については理解不能だけれど、腹の探り合いなら、あたしの専門分野だ。
「鵜呑みにするのは論外だけど、深読みしすぎるのも危険なのよね」
 肩をすくめて苦笑する。交渉の席では“まったく疑っていない”という態度を見せて
おいたけれど、当然それは演技だった。
「半信半疑といったところか」
「どっちかというと信じてるわ。だいたい六信四疑くらい」
「根拠は何だ?」
「女の勘、ってことにしときましょうか」
 ヒースロゥの眉間には、しわが寄っている。やはり、まだ少し警戒しているらしい。
 利害が一致している以上、共存共栄できるならお互いに利用しあうべきなんだから、
無駄に警戒されすぎても困る。ま、油断していい理由にはならないけど。
 とにかく、ちょっと解説しておいた方がいいか。
「メモに書いてあることが嘘だっていう証拠はないし、嘘じゃないという証拠もない。
 あいつらは『解る奴には解る』なんて言ってたけど、『誰にも解らない』って結果に
 なったとしても、ちっとも不自然じゃないのよ。今のところ、何も断定はできない。
 でも、デタラメにしては内容が細かいような気もするのよね。ボロを出さないように
 したいなら、もうちょっと情報量を減らしてきそうなものなんだけど」
「だが、そう感じるように仕向けられているのかもしれない」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。考えても答えは出ないわよ」

768嘘つきは語り手にしておく・b(2/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:16:32 ID:LcfGWHUk
 半数以上の参加者が既に故人となっている。
 メモの内容を理解できそうな参加者が、もう全員殺されている可能性だってある。
 出会った相手が特殊な能力を使えたとしても、その能力では刻印を解析できないかも
しれない。
 けれど同時に“参加者は誰も刻印の解析ができない”という可能性もある。仲間を
集めるために「刻印の解析ができる」という嘘をつかれた、と考えることもできる。
嘘だとしたら、“本当に刻印を解析できる誰か”が現れたときに立場が悪くなるけど、
「殺し合いをやめさせたかったから仕方なく騙した」とでも主張すれば、交渉次第で
どうにか罪を軽くできるはず。情状酌量の余地は充分すぎるほどある。
 黙考するヒースロゥに対して、気楽そうな表情を作って向けてみせる。
「これがきっかけで優秀な人材が集まれば、とりあえずそれでいいわよ。あの三人、
 手を組む相手としては上々だし」
 あたしは最初から、過度の期待をしていない。
「見たところ、殺し合いを楽しんでいる手合いではなさそうだった……だが……」
 ヒースロゥが顔をしかめ、わずかにうつむく。
 そんな態度の原因には、心当たりがある。
 しばらく逡巡したけれど、今ここで指摘しておくことに決めた。
「さっきの放送が、そんなに気になる?」
 一瞬、彼が視線をこちらに向け、すぐにそらした。やっぱり図星か。
「死者の数が多すぎる。これまでは『乗って』いなかった者たちが、次々に『乗って』
 いるのかもしれない」
 確かに、あの三人は今のところ味方だけど、最後まで味方だという保証はない。
「そうね。でも、死者のうち少なくとも二人は『乗った』参加者だった。あたしたちが
 知らない死者だって、返り討ちにされた殺人者なのかもしれないじゃない」
 判っている。そうだったとしても、ヒースロゥの不安が消えないことくらい。
「そうだったとしても、もう誰も死なないという結論にはならない。これからも誰かが
 きっと殺されていくだろう」
 あたしもそう思う。だからこそ、あたしは彼と行動を共にしている。
 故に、いざというとき彼が躊躇しないように、今ここで思考を誘導させてもらおう。
「生き残ってる殺人者が極悪人ばかりだったら、あんたは何も悩まずに戦えるのにね」
「何が言いたい」

769嘘つきは語り手にしておく・b(3/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:17:42 ID:LcfGWHUk
 あたしはいきなり立ち止まる。続いて歩みを止めたヒースロゥの背中に、世間話でも
するかのように語りかける。
「例えば、楽しくも嬉しくもないけれど殺してる殺人者がいるかもしれない。普通の
 人間は誰もがそうなる必然性を秘めている。死にたくないから。生きていたいから。
 元の世界に帰りたいから。24時間ずっと誰も死ななかったときには、全員の刻印が
 発動するのよね。“誰も死ななかった”って放送が三回続いたら、殺したくなくても
 殺そうとする参加者が、たぶん大量に現れる」
「…………」
 ヒースロゥは振り向かない。前を向いたまま、彼は鉄パイプを握る手に力を込めた。
「例えば、この島にいる誰かを守るために、その誰か以外の全員を死なせようとしてる
 殺人者だっているかもね。殺して殺して殺しまくって最後には自殺するつもりで、
 愛に生きて愛に死ぬ気の、それ以外に選択肢を見つけられなかった参加者が」
「…………」
 ヒースロゥは振り向かない。彼が今どんな顔をしているのか、あたしには判らない。
「例えば、絶望のあまり発狂して、ありとあらゆるものをメチャクチャにしたいとか
 考えるようになった殺人者がいてもおかしくない。この『ゲーム』に参加させられた
 せいで、極限まで追い詰められて壊れちゃった参加者が」
 挑発的な口調で、奮起を誘う声音で、あたしは言葉を投げかける。
「そういう連中を殺してでも、悲劇を終わらせる覚悟はある?」
 ヒースロゥは振り向かない。彼は、ただ前だけを見ている。
「どんな理由があろうとも……俺は、『乗った』者を許すつもりはない……!」
 そう言い放ったヒースロゥの声からは、強い意志が感じ取れた。
 あたしは無造作に片手を上げ、彼に向かって腕を伸ばし、目に見えない何かに指先で
触れるような仕草をしてみせ――そのまま何もせずに手を引っ込めた。
「……おい」
 一瞬で振り返ったヒースロゥが、何か言いたげにあたしを見ている。
「やめた。その決意には『鍵をかけて』あげない。迷いは自力で克服してちょうだい」
 飄々とした態度で応答し、ヒースロゥの隣を通過して、あたしは先に進む。
 罪人への憤りを固定したら、むやみに敵を深追いしたがるようになるかもしれない。
決断力が向上した分だけ判断力が劣化してしまっては、あまり意味がない。
 後ろから、苦笑するような吐息が聞こえた。

770嘘つきは語り手にしておく・b(4/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:18:40 ID:LcfGWHUk
 あたしたちは市街地へ戻ってきた。もうすぐ海洋遊園地の出入口に到着する。
「!」
 隣を歩いていたヒースロゥが、不意に何かを察知した。
 あたしたちは素速く背中合わせの位置に移動し、小声で必要最低限の会話をする。
「敵?」
「単独行動しているらしい。殺気は感じない。おそらく気づかれていない」
 相手の探査能力は、一般人と同等かそれ以下ね。だからって安心はできないけど。
「そいつを囮にした襲撃者は?」
「いないはずだ。万が一いるとすれば、襲われるまでどうしようも……ん?」
 説明が途切れ、背中越しに怪訝そうなつぶやきが聞こえた。あたしは短く彼に問う。
「何?」
「気配の主が海洋遊園地に向かった」
「潜伏するつもりかしら」
「とりあえず会ってみるか」
「そうね」
 彼の剣技と身のこなしを思い出し、あたしは頷く。
 ヒースロゥがいれば、遭遇者に襲われたとしても対処できるはずだ。勝てなくても、
逃げるくらいは可能だろう。
 あれでも「普段のようには体が動いてくれない」などと本人は言っていた。冗談の
ような話だけど、その言葉のどこにも嘘はないようだった。
 そんなに強かったヒースロゥでさえ、故郷の世界で無敵だったわけじゃないらしい。
 彼の故郷は、普通の生物が平凡に暮らしているだけの場所だとは言い難かった。
 なんだかよく判らないものに人が殺されていく世界を、あたしは簡単に想像できた。
 でも、嫌な世界だとは感じない。
 特別な何かなんて、あってもなくても人は死ぬ。栄養補給ができなくなれば死ぬ。
大量に失血すれば死ぬ。重要な器官を潰されれば死ぬ。呼吸ができなくなれば死ぬ。
滑って転んで頭をぶつけただけでも死ぬときは死ぬ。
 あたしだって、いつどこで死んでもおかしくない。
 これまでもこれからも、いつまでもどこまでも、死の恐怖は身近にある。
 どんな世界で生きたとしても、それは少しも変わらない。

771嘘つきは語り手にしておく・b(5/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:19:29 ID:LcfGWHUk
 忍び足で移動しながら、ふと思う。
 この島から生きて出られるとしたら、ひょっとすると、未知の世界へと自由に行ける
ようになるかもしれない。そんな移動手段が手に入ったとしても不思議はない。
 そうなったら、いろんな世界をあちこち旅してみる、っていうのも悪くないかな。

 あたしたちの尾行は、数分で気づかれたようだった。
「わたしに用があるなら、出てきたらどうですの?」
 問題の人物は今、海洋遊園地の真ん中で、懐中電灯を使ってこちらを照らしている。
 遭遇者は、東洋風の装束を着た、銀の瞳と長い髪を持つ少女だった。
 あたしたちの知らない参加者だ。火乃香の知人でもない。
 逃げようとする様子はない。勇敢な性格だからか、絶望しているからか、それとも
『乗った』参加者だからか。
 ヒースロゥが姿を見せると、少女は忌々しげに口元を歪めた。
 ……嫌な予感がする。違和感があるのに、その原因が把握できない。
 あたしは今、物陰に隠れ、ヒースロゥと少女との対峙を覗き見ている。
 弱そうな外見のあたしと真面目そうな言動のヒースロゥが一緒にいれば、無害そうな
印象を相手に与えられるかもしれない。ただし、神社での一戦と同じく、ヒースロゥに
対する足枷としてあたしが利用されてしまうおそれもある。
 とりあえず、あたしは伏兵として待機中だった。神社のときとは違い、今度の相手は
一人きりなので、こういう作戦を選ぶ余裕があった。
 たたずむ少女から距離をとり、鉄パイプを構えて、ヒースロゥが声をかける。
「お前は『乗って』いるのか?」
「殺し合うつもりはない――そう答えれば信じるんですの?」
 会話が成立する程度には理知的な相手らしい。理知的な殺人者かもしれないけど。
「いや、疑う。明らかに『乗った』と判るなら、疑う余地はなくなるわけだからな。
 言っておくが、俺は『乗って』いない。だが、殺人者が相手なら戦う気だ」
「……正直な方ですのね、あなたは」
 ヒースロゥを値踏みするように眺めながら、少女が口を開く。
「こちらからも、一つ訊いていいでしょうか?」
 油断なく相手を見据えたまま、ヒースロゥが応じる。
「答えられる内容なら答えよう」
 ゆるやかに、穏やかに、湿った風が吹き始めていた。

772嘘つきは語り手にしておく・b(6/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:20:30 ID:LcfGWHUk
 真剣な口調で、少女は問う。
「あなたには、守るべき相手がいますか?」
 尋ねる声は、どこか悲しげに響いたような気がした。
 ……嫌な予感がする。首筋を悪寒が這い回っている。
 ヒースロゥは堂々と頷き、即答した。
「ああ」
 そして、あたしは見た。
 答えを聞いた少女が、銀の瞳に冷たい光を浮かべる瞬間を。
 懐中電灯が少女の手を離れて落下し、地面に転がる光景を。
 長い髪を風になびかせて、少女が後ろへと跳躍する様子を。
 跳躍しながら少女が文言を紡ぎ、紙片を撒き散らす過程を。
「臨兵闘者以下略! 絶火来々、急々如律令!」
 紙片が激しく燃え上がり、空中に炎の塊が生まれ、数秒で消滅する。
「……!」
 いち早く状況を把握するため、あたしは五感を研ぎ澄ませる。
「お前は――殺人者か!」
 ヒースロゥが叫んでいる。とっさに伏せて、攻撃をやりすごしたようだ。どうやら
無傷らしい。一秒で起き上がり、再び鉄パイプを構えている。
「くっ!」
 少女が片手に紙片を広げる。まるで手品師のような、熟練した挙動だった。
 よく見ると、紙片の正体は、奇妙な文字や紋様が記されたメモ用紙らしい。
 呪符……のようなものなんだろうか? 
 呪符がないと攻撃できないように見せかけて、いきなり予備動作なしに炎を放ったり
するかもしれない。余計な思い込みは捨てた方が無難か。
 弱点は“技の制御に難があること”だろうと思う。
 一撃必殺を狙ったにしては、発火が早すぎた。呪符が適切な位置まで届くより先に、
技が暴発したような印象があった。そのせいで攻撃に失敗したらしい。
 敵は遠距離攻撃に向いた能力の使い手で、たぶん能力を制御しきれていない。
 近づくことさえできれば、勝機は充分にある。

773嘘つきは語り手にしておく・b(7/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:21:22 ID:LcfGWHUk
 ヒースロゥは怒っていた。すさまじい怒気の余波が、ここまで伝わってきている。
「それは、お前が殺した犠牲者の顔と姿なのか? 正体を現したらどうだ」
 ヒースロゥの問いを聞き、少女は興味深げに目を見開いた。
「この顔自体はわたしの顔ですけれど……何故、この姿がまやかしだと判りました?」
 吐き捨てるようにヒースロゥは言う。
「どこにも血がついていないように見えるが、お前からは血の匂いがする」
「なるほど。風上に陣取ったのは失策でしたわね」
 少女が襟首の辺りから呪符を剥がして捨てると、その姿が紫色の煙に包まれた。
 煙が消えた後に立っていたのは、確かに同一人物だった。けれども、細部がまったく
違っている。銀の双眸は氷のような眼光を放っていたし、装束を染める色彩は致命的な
ほどの失血を連想させた。しかし、彼女自身は怪我をしていない。あれは他者の体から
流れ出た血の跡だ。
「何故『乗った』? あいつらが本当に約束を守るとでも思っているのか?」
 少女の視線とヒースロゥの視線が交錯する。
「ええ……だからこそ、あなたはわたしの敵ですわ」
 二人の声を聞きながら、あたしは飛び出す準備をする。彼女が攻撃を放とうとした
瞬間に視界内へ姿をさらせば、きっと注意を引けるはず。わずかにでも隙ができれば、
後はヒースロゥが何とかしてくれると思う。
「抵抗をやめて投降するというなら、殺しはしない」
 そう言って、ヒースロゥは刻印を指さしてみせた。
「俺たちに協力すれば、一人ではできなかったことが、できるようになるだろう」
 指先が刻印の上を横切る。刻印解除を意味する動作だ。少女はそれを正しく理解した
ようだった。わずかに目を細めて、彼女は嘆息する。
「信用できませんわね」
「交渉決裂か」
「ええ」
 会話しながら、二人はそれぞれ武器を構え直す。まさに一触即発だった。
「ならば、お前をここで討つ」
「あなた一人では、わたしには勝てませんわよ」
 飛び出すなら、今だ。

774嘘つきは語り手にしておく・b(8/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:22:26 ID:LcfGWHUk
 ヒースロゥの背後へ現れると同時に、あたしは口の中で適当に言葉をつぶやく。
 ちなみに、あたしの手には今、扇状にトランプが広げられている。
「!」
 少女があたしに気づいて驚く。彼女の視線が、あたしの手元と口元を往復した。
 相手が符術使いだからこそ、このはったりは抜群の効果を発揮した。
 騙せたことを確認し、戦場の外へ向かって、あたしは全力疾走を開始する。
 次の瞬間、炎の燃え盛る音が聞こえてきた。ヒースロゥに対する牽制攻撃だろう。
動揺しているせいなのか、さっきよりも見当違いな位置で呪符が発火したようだった。
 あたしは少女の視界内を真っ直ぐに通過し、また物陰に隠れて様子をうかがう。
 ヒースロゥが一気に間合いを詰め、鉄パイプを振り上げようとしていた。
 水溜まりから飛沫を舞い上げ、水音と共に彼は突進する。
 少女は慌てているらしく、何枚も呪符をこぼしながら、それでも新たな呪符を掴む。
「臨兵闘者以下略! 電光来々、急々如律令!」
 後ろへと跳躍しながら、少女は呪符を投げつける。呪符が雷を生み、光り輝く。
 その直後には、もうヒースロゥの手から鉄パイプが消えていた。
 空中で、投げ捨てられた鉄パイプに電撃が当たり、火花を散らしている。
 一流の戦士は皆、そうすべきだと思った瞬間に躊躇なく武器を手放せる。武器を使う
ことと武器に頼ることは違う。その違いを知らない者は、強者たりえない。
 ヒースロゥは、武器に拘泥しなかった。
「……!」
 でも、勝ったのは少女の方だった。
 ヒースロゥは意識を失い、水溜まりの上に倒れて動かなくなった。
 認めたくはないけど認めるしかない。どうやら、敵の方が一枚上手だったらしい。
 呪文を唱える前に、彼女は地面に呪符を落としていた。投げつけた呪符を囮にして、
彼女は地面の呪符にも雷を発生させた。足元の水溜まりがヒースロゥへ電撃を伝えた。
跳躍していた彼女が着地したときには、既に決着がついていた。
 隙だと思っていたものは、罠だった。
 横たわるヒースロゥのそばに立ち、少女があたしに語りかける。
「あなたの相棒は、まだ生きていますわよ。単に気絶しているだけですから、わたしを
 撃退できれば死なずに済むでしょうね」
 得意げな様子でも喜んでいる様子でもない、ひたすらに淡々とした声だった。

775嘘つきは語り手にしておく・b(9/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:24:00 ID:LcfGWHUk
「あなたはこれからどうしますの? わたしと戦いますか? それとも、彼を見捨てて
 逃げますか? どちらを選んでも構いませんわよ」
 三秒だけ考えて結論を出した。物陰に隠れたまま、あたしは返事をする。
「どっちも選ばない。あたしは取引を提案する」
「あらあら、面白いことを言う人ですわね」
 意外そうな、そして愉快そうな声が返ってきた。上手くいくかもしれない。
 さぁ、ここからが正念場ね。
「こっちが提供できるものは“あたし”で、あんたに提供してほしいものは“彼”よ」
 あたしは彼女に姿を見せる。手には何も持っていない。掌を広げて示し、頭の後ろで
両手を組んでみせる。トランプは今、ポケットの中に入っている。
 すぐに武器を構えることはできないけれど、武器を捨ててはいない。安心はさせず、
警戒もさせず、様子を見たくなるように仕向ける。
 少女は黙って呪符を構えている。「続けなさい」という意思表示だろうと解釈した。
「あたしたち二人をしばらく殺さないでくれるなら、あたしはあんたの捕虜になる」
 緊張も焦燥も胸中に封じ込め、あたしは交渉人の役を演じる。
「抵抗はしないし、情報の出し惜しみもしない」
 勿論、嘘だけどね。できることなら、ギギナみたいに『鍵をかけて』説得したい。
教えても問題なさそうな情報しか伝える気はないし、バレない程度に嘘だってつく。
 無害な弱者を装いながら、あえて余裕たっぷりの口調で、あたしは捕虜の必要性を
説明する。
「この『ゲーム』の終盤には、“ひたすら隠れ続けてる相手を24時間以内に探し出して
 殺さないと刻印が発動する”なんて事態が待ってそうだとは思わない? そんなとき
 捕虜がいれば、捕虜を殺して時間を稼いだ後、隠れてる参加者をゆっくりと探せる」
 少女が無言のまま構えを解く。今も呪符は持ったままだけど、悪くない反応だった。
 親しげに、あたしは彼女に笑顔を見せる。
「いざというときの保険として、確保しておいて損はないんじゃない?」
 少女が口を開いた。
「わたしがその取引を拒んだら、どうしますの?」
 当然、その質問は想定済みだった。あらかじめ答えは用意してある。
「あたしは今すぐ自殺する。あんたの足元にいる男は、あたしよりも頑固で意地っ張り
 だから扱いにくいわよ。情報提供者としての価値は、あたしの方が上でしょうね」
 本当に取引を拒まれたら、はったりを駆使して抵抗するつもりだけど。

776嘘つきは語り手にしておく・b(10/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:25:24 ID:LcfGWHUk
 あたしと少女は対話する。お互いに腹を探り合う。
「とりあえず捕虜になって好機を待ちたい、というわけですわね」
「怖くなんかないでしょう? あんたは強いんだから」
「そう言われて調子に乗るほど、わたしは子供じゃありませんわよ」
「それは残念」
 この交渉で窮地を切り抜けられないなら、かなり困ったことになる。
 さて、彼女はどう出るだろうか。
「決めました。彼もあなたも、今は殺さないであげましょう」
 あたしは、用心深く少女の様子をうかがう。
「交渉成立ってこと?」
「いいえ、わたしは逃げますわ」
「……え?」
 予想外の答えだった。一瞬、あたしは呆気にとられた。
「わたしを殺しにいらっしゃい。仲間を集め、知恵をしぼり、死にもの狂いで復讐しに
 おいでなさい。……遊び心を忘れてしまうほど、わたしは大人じゃありませんの」
 少女は、嬉しそうに笑っていた。
「きっと、楽しい殺し合いになりますわね」

 タチの悪い冗談みたいに、そのまま少女は走り去ってしまった。北側の出入口から
海洋遊園地の外へ向かうつもりのようだった。
 追いかけるべきだとは思えなかった。ヒースロゥを放置するわけにもいかなかった。
結局、あたしは彼女の背中を黙って見送った。
 もう灯りはない。地面に転がっていた懐中電灯は、少女が回収していった。
 辺りはすっかり暗くなっている。夜空は雲に隠されていて、月も星も見えない。
「ハードね、まったく――」 
 闇の中へ、あたしの溜息が拡散していった。

777嘘つきは語り手にしておく・b(11/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:26:10 ID:LcfGWHUk
【F-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ/鋏/トランプ
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1300ml)/トランプ以外のパーティーゲーム一式
    /缶詰3つ/針/糸/刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:とりあえずヒースロゥを物陰に運ぶ/ヒースロゥが目覚めたら移動を再開する
    /パーティーゲームのはったりネタを考える/いざという時のためにナイフを隠す
    /ゲームからの脱出/メモをエサに他集団から情報を得る
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ・10面ダイス×2・20面ダイス×2・ドンジャラ他。
    もらったメモだけでは刻印解除には程遠い。

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:気絶中(身体機能に問題はない)/水溜まりの上に倒れたせいで濡れている
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳を守る/マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム方針]:エンブリオ・ED・パイフウ・BBの捜索。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。
[チーム備考]:鉄パイプが近くに転がっています。二人とも上着を脱いでいます。
       二人の上着は、ずぶ濡れの状態で神社の木の枝に放置されました。

778嘘つきは語り手にしておく・b(12/12) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:26:57 ID:LcfGWHUk
【E-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】

【李淑芳】
[状態]:????
[装備]:懐中電灯/呪符(5枚)
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン4食分・水800ml)
[思考]:????/北側の出入口から海洋遊園地の外へ出る/どこかに隠れて呪符を作る
[備考]:第二回放送をまったく聞いておらず、第三回放送を途中から憶えていません。
    『神の叡智』を得ています。服がカイルロッドの血で染まっています。
    夢の中でアマワと会話しましたが、契約者になってはいません。
    『君は仲間を失っていく』と言って、アマワが未来を約束しています。

※詳細は【嘘つきは語り手にしておく・a】を参照してください。

779嘘つきは語り手にしておく・a(1/7) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:28:21 ID:LcfGWHUk
 目が覚めたのは、第三回放送が始まる少し前でした。
 そのとき陸は眠っていて、結局、あの犬は放送が終わるまで起きませんでした。
 放送が始まるまで、わたしは願っていました。どうか皆が生きていますように、と。
 祈ってはいませんでした。
 わたしには今、祈るべき相手がいませんから。
 わたしたちは、己を神と呼ぶ者たちですから。
 世界を創造したわけでもなく、全知全能でも不滅でも無敵でもなく、普通の人間より
少し長く生きられて、普通の人間より少し力がある、ただそれだけの存在ですけれど、
それでもわたしには、神を名乗る者としての矜持があります。
 放送を聞いていたときのことは、あまり詳しく思い出せません。聞こえてはいたはず
ですけれど、死者の総数も禁止エリアの位置も憶えていません。
 友と姉が殺されたことを、その放送で知りました。
 今も生き残っている参加者は、わたしの知らない人ばかりです。
 キザで変態で軽薄で女好きでしたのに、何故だか星秀さんは憎めない方でした。
 カイルロッド様は強くて優しい方で、最後までわたしを守ってくださいました。
 チビでカナヅチで未熟でも、義兄と呼ぶなら鳳月さんがいいと思っていました。
 杓子定規で融通が利かない反面、緑麗さんは懸命に努力する格好いい方でした。
 しょっちゅうケンカしましたけれど、わたしは麗芳さんのことが大好きでした。
 皆、死んでしまいました。
 そのとき、わたしが何を考えていたのか、もう自分でも判りません。
 ひょっとすると、何も考えたくなかったのかもしれません。
 気がついたときには、部屋の中が滅茶苦茶になっていました。
 どうやら、わたしが滅茶苦茶にしたようです。
 わたしは泣いていました。涙が止まらなくて、何もかもが歪んで見えました。
 泣き声が勝手に口からあふれ出て、まともにしゃべることさえできませんでした。
 ひどく暗鬱な何かが、わたしの内側を隅々まで満たしていました。
 とにかく、わたしは、とても疲れていました。

780嘘つきは語り手にしておく・a(2/7) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:29:55 ID:LcfGWHUk
 今になって思えば、陸には申し訳ないことをしたものです。
 あの犬は、わたしが落ち着くまで、部屋の端で静かに耐えていました。
 第三回放送でシズさんの名前が呼ばれたかどうか、ずっと考えながらです。
 わたしの錯乱を、陸は一言も責めませんでした。
 いつも笑っているような顔が、どうにも寂しそうに見えました。
 その頃になって、ようやくわたしは陸の怪我に気がつきました。
 薄情な話だと自分でも思います。あまりの浅ましさに、我ながら吐き気がします。
 陸の背中からは血が流れ出ていて、白い毛皮が少し赤くなっていました。
 わたしのせいです。
 わたしは陸に謝りました。何度も同じ言葉を繰り返しました。
 陸は無言のまま首を左右に振り、目を閉じて溜息をつきました。
 許すという意味だったのか聞きたくないという意味だったのか、今でも判りません。
 格納庫で得た『神の叡智』には、様々な知識が収められていました。その中から、
わたしは異世界の術について調べました。故郷では、傷は秘薬で治すと相場が決まって
いましたから、わたしは治癒の術に関しては疎いんです。異世界の知識から治癒の術を
学ぼうとして、わたしは無我夢中で『神の叡智』をあさりました。
 平安京とかいう都で使われているという、簡単な血止めの符術なら、一応わたしにも
使えそうでした。ただ血を止めるだけの術で、傷が消えるわけでも活力が蘇るわけでも
ない、応急処置のための術でした。それでも使えないよりはいいと思いました。
 わたしの治療を、陸は拒みませんでした。大きな傷ではありませんでしたが、血は
なかなか止まってくれませんでした。案の定、大したことはできないようです。
 止血が終わった後、わたしは陸を気絶させました。治療の際に、電撃を発するための
呪符をこっそり貼りつけておいたので、それほど難しいことではありませんでした。
 夢の中で、アマワはわたしに未来を約束しました。『君は仲間を失っていく』、と。
 誰がわたしの仲間なのか考えて決めるのは、あの不可解な御遣いです。
 わたしの仲間だとアマワが判断すれば、わたしたちがお互いをどう思っていようが
関係なく、その“仲間”は殺されていくでしょう。
 わたしは、陸を死なせたくありませんでした。
 故に、わたしは陸の敵になろうと決めました。

781嘘つきは語り手にしておく・a(3/7) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:32:36 ID:LcfGWHUk
 隠れていた建物の中で発見した、奇妙な格好の人形を使って、わたしは下僕を作り
ました。呪符を貼りつけて呪文を唱え、かりそめの命を与えて操ったわけです。
 ごく普通の人間よりも弱く、自律的に考えて行動できるような知能はなく、いきなり
単なる人形に戻ってしまうかもしれない、そんな下僕しか今は作れません。
 戦力という意味では、同じだけの労力で炎や雷などを生み出した方が便利です。
 しかし、それでも下僕は必要だったので、あえて作りました。
 下僕は、わたしの命令だけでなく陸の命令にも従うように設定しておきました。
 ここは半魚人博物館という施設らしく、その“ヌンサ”という人形は半魚人を模して
作られた物のようでした。外見は、大きな魚に人間の手足が生えたような感じ、とでも
表現すると判りやすいでしょうか。『神の叡智』によると、そういう種族のいる世界が
どこかにあるそうです。
 陸へ宛てた手紙を書いて、わたしは“ヌンサ”の脇腹に貼りつけました。
 手紙には、下僕に関する説明と、たくさんの嘘が書いてあります。
 これから殺し合いに参戦して優勝を目指すつもりだとか、シズさんを狙うのは最後に
しておくとか、邪魔をしても構わないけれど無駄だとか、そういった内容です。
 あれを読んで、陸がわたしを憎んでくれればいいんですけれど。
 “ヌンサ”の手に紙袋を持たせたりもしました。施設内の土産物屋にあった物で、
写実的に描かれた“ヌンサ”が「さあ、卵を産め」と言っている絵柄でした。
 紙袋には、手持ちのパンと水をそれぞれ半分ずつ入れておきました。餞別です。
 命令すれば、パンの袋やペットボトルのフタを“ヌンサ”が開けてくれるでしょう。
 わたしは“ヌンサ”に陸を運ばせて、南側の出入口から海洋遊園地の外へと一緒に
出ました。そして、H-2へ陸を運ぶよう“ヌンサ”に命令し、姿が見えなくなるまで
見送りました。
 あの様子なら、きっと無事に到着しただろうと思います。

 ふと気づくと、わたしは無意識に視線を空へ向けていました。
 この島では、どんなに空を見上げても、その先に天界はありません。
 どこか人のいない場所へ行きたいと思いました。
 それからどうするつもりだったのかは、もう忘れてしまいました。

782嘘つきは語り手にしておく・a(4/7) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:34:01 ID:LcfGWHUk
 追跡者たちの存在に気づいたのは、海洋遊園地の中に入った後でした。
 殺されるかもしれないと思い、死をあまり怖がっていない自分に呆れました。
 でも、何もせずに殺されるつもりは最初からありませんでした。
 もしも相手が殺人者だったなら、相討ちになってでも殺してみせるつもりでした。
 わたしは涙を拭きました。
 追跡者がどんな人物なのか見極めるため、わたしは自分に呪符を貼り、呪文を唱えて
姿を偽りました。変身の術を応用して、自分自身に化けたことになります。血まみれの
衣服や普通ではない精神状態を、“普段の自分”に化けて隠したわけです。

 呼びかけに応じて現れた、鉄パイプを持つ男は、どうやら悪党ではなさそうでした。
騙そうとか欺こうとか、そういう雰囲気を彼からは感じませんでした。
「あなたには、守るべき相手がいますか?」
「ああ」
 わたしが失ってしまったものを、彼は失っていませんでした。
 そのとき、この人ならアマワを討てるかもしれない、と思いました。
 真に強くなれるのは、誰かを守るために戦う者だけです。
 誰が何と言おうと、わたしはそう信じています。
 だから、わたしは殺人者を演じました。
 不意打ちを狙って失敗したように見せかけ、戦いを挑みました。
 わたしと彼は、敵同士になりました。
「何故『乗った』? あいつらが本当に約束を守るとでも思っているのか?」
「ええ……だからこそ、あなたはわたしの敵ですわ」
 アマワが約束した未来に、もう誰も巻き込みたくはありませんから。
 わたしとの戦いを通じて、もっともっと強くなってほしいですから。
 わたしを倒せないようでは、アマワを討つことなどできませんから。

783嘘つきは語り手にしておく・a(5/7) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:35:54 ID:LcfGWHUk
 いきなり乱入者が現れたときには、さすがに少し驚きました。
 手元が狂って、鉄パイプの彼に術を直撃させてしまうところでしたけれど、どうにか
当てずに済みました。本当に危ないところでした。
 乱入者は、鉄パイプの彼の仲間でした。相棒が接近戦を仕掛けやすくなるように、
注意を引いて隙を作らせようとしたんでしょう。
 戦いは、それほど長引きませんでした。
 威力を抑えた電撃で、鉄パイプの彼を、わたしは気絶させました。
 さもなければ、わたしは瞬殺されていたことでしょう。それでは意味がありません。
 捨て石になるのも踏み台にされるのも構いませんけれど、無駄死にするのは嫌です。
 相手の動きがもう少し速かったら、敗れていたのはわたしの方だったでしょう。
 手の内をかなり知られた以上、次に戦えば、わたしが負けることになると思います。
 乱入者の彼女に、わたしは問いかけました。
「あなたはこれからどうしますの? わたしと戦いますか? それとも、彼を見捨てて
 逃げますか? どちらを選んでも構いませんわよ」
「どっちも選ばない。あたしは取引を提案する」
 仲間を見捨てて逃げるようなら、どこまでも追いかけて全力で殺すつもりでした。
 そうならずに済んで、とても嬉しく思いました。
「わたしを殺しにいらっしゃい。仲間を集め、知恵をしぼり、死にもの狂いで復讐しに
 おいでなさい。……遊び心を忘れてしまうほど、わたしは大人じゃありませんの」
 外道らしく見えるように、邪悪そうな顔で笑っておきました。
「きっと、楽しい殺し合いになりますわね」

 北に向かって走りながら、わたしは涙を拭きました。
 生きている間に、やるべきことを済ませておこうと思います。
 役立ちそうな情報を書き記し、託せるように残しましょう。
 書き終わるまでは、なるべく死なずにいたいものです。
 そのために、まず、どこかに隠れて呪符を作ろうと決めました。
 わたしは玻璃壇を――島の詳細な立体地図を思い出して悩みます。
 隠れ場所は、どこにするべきでしょうか。
 どこに行くかは迷っていますけれど、どこかに行くこと自体を躊躇してはいません。
 禁止エリアに突っ込んでしまうかもしれませんけれど、動かないという選択肢は既に
ありえません。もはや、わたしは逃亡者なのですから。

784嘘つきは語り手にしておく・a(6/7) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:36:52 ID:LcfGWHUk
 あの二人のような参加者が他にもいれば、その人たちとも敵対したいところです。
 ちょっと悲しい生き方ですけれど、寂しくはありません。
 わたしが憶えている限り、わたしの仲間は、わたしと共にあり続けるんですもの。


【E-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】

【李淑芳】
[状態]:精神的におかしくなりつつあるが、今のところ理性を失ってはいない
[装備]:懐中電灯/呪符(5枚)
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン4食分・水800ml)
[思考]:殺人者を演じ、戦いを通じて団結者たちを成長させ、アマワを討たせる
    /役立ちそうな情報を書き記す/北側の出入口から海洋遊園地の外へ出る
    /どこかに隠れて呪符を作る
[備考]:第二回放送をまったく聞いておらず、第三回放送を途中から憶えていません。
    『神の叡智』を得ています。服がカイルロッドの血で染まっています。
    夢の中でアマワと会話しましたが、契約者になってはいません。
    『君は仲間を失っていく』と言って、アマワが未来を約束しています。

※海洋遊園地内の、F-1にある半魚人博物館の一室が、滅茶苦茶に荒らされました。
※血止めの符術は、陰陽ノ京に“初歩の術”として登場したものです。
※陸(気絶中/背中に止血済みの裂傷あり)と紙袋(パン4食分・水800ml入り)が、
 “ヌンサ”(淑芳の手紙つき)に運ばれてH-2へ移動しました。

785嘘つきは語り手にしておく・a(7/7) ◆5KqBC89beU:2006/05/15(月) 22:38:01 ID:LcfGWHUk
【F-1/海洋遊園地/1日目・19:00頃】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ/鋏/トランプ
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1300ml)/トランプ以外のパーティーゲーム一式
    /缶詰3つ/針/糸/刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:とりあえずヒースロゥを物陰に運ぶ/ヒースロゥが目覚めたら移動を再開する
    /パーティーゲームのはったりネタを考える/いざという時のためにナイフを隠す
    /ゲームからの脱出/メモをエサに他集団から情報を得る
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ・10面ダイス2個・20面ダイス2個・ドンジャラ他。
    もらったメモだけでは刻印解除には程遠い。

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:気絶中(身体機能に問題はない)/水溜まりの上に倒れたせいで濡れている
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳を守る/マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。

[チーム方針]:エンブリオ・ED・パイフウ・BBの捜索。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。
[チーム備考]:鉄パイプが近くに転がっています。二人とも上着を脱いでいます。
       二人の上着は、ずぶ濡れの状態で神社の木の枝に放置されました。

786 ◆CDh8kojB1Q:2006/06/18(日) 01:11:17 ID:JauPdxKc
火乃香がヘイズを尋問しようとした寸前、それは姿を現した。
「あれ?」
「ん、どーした火乃香? 棚から落ちたボタ餅をよく見たら、蟻がついていたという悲劇に気付いて
泣いているガキを指差して笑っている女の髪にも蟻がついているという事実を発見した
とある通行人A、みたいな顔してるぞ――がっ」
 突然、首を捻られたコミクロンの目に、遠くから接近してくる巨大な何かが映った。
 下部が炭化して折れたマスト、見る者を圧倒して畏怖を与える雄大な船首、
 俯瞰すれば、それはあまりにもゴツく、大雑把ながらも力強く海面を切り裂いて進んでくる。
 海面を照らす陽光は既に無く、海上を行く巨大なそれはまるで建築物の威容だった。
「……何だあれは。城が動いてるのか?」
「違う、コミクロン。あれは――乗り物じゃないかな」
 感嘆の声を上げながらコミクロンは身体を捻って、身体の向きを首に合わせた。
 やはり、科学者を自称していても、年相応の好奇心が頭を満たすのだろう。
 
「船……か」
 それは船だった。全長三百m程度の船がゆっくりと海岸沿いを移動していた。
 B-8の難破船が何らかの理由により動き出したものだろうか。船は明かりを灯して移動している。
「知ってるのか、ヴァーミリオン?」
「火乃香の推測は当たってるぜ。遠距離と残霧で分かりづらいが、ありゃあ木造船だな。
型からして十五世紀前後の骨董品ってとこじゃねえか?」
 もっとも、ヘイズは木造船など見たことは無い。
 彼の世界の海は常時、猛烈なブリザードが吹き荒れる極寒領域だ。
 航空艦の技術が発達した世界で、流氷だらけ海を進むバカは存在しなかった。
「あれが、船……実際に見るのは始めてだね」
「そういや、火乃香の故郷は砂漠だらけだったな。俺だって遠洋航海用の船なんぞは初めてだ」
 流美なフォルムだ――、とコミクロンは呟く。
 新たな玩具を与えられた少年のような瞳と、船へと向けられた仲間の視線。
 ヘイズはコミクロンが発明好きなのだと喋っていたのを思い出した。
 その記憶は、少しだけ、ヘイズの世話焼きな心を刺激した。

「乗って、みたいか?」
「何?」
「あの船に乗ってみたいかよ?」
 ヘイズの問いに二人の仲間はしばしの間、沈黙する。
 こりゃスカしたか――? などと思い、ヘイズが頭をかき始めた時、
 コミクロンが歓声をあげた。
 当然、返って来た答えは一つだった。

787 ◆CDh8kojB1Q:2006/06/18(日) 01:12:08 ID:JauPdxKc
「じゃあやるぜ。俺が破砕の領域で攻撃場所を指示するから、お前が
魔術を何発かぶち当てて船の航路を修正しろ」
「構わんが、俺の魔術のレベルはたかが知れてるぞ? 船を止める威力は出せん。
この制限下だと先生だって三百m級の大質量を止めるのは不可能だ」
 自信なさげなコミクロンの肩を火乃香が叩く。
 そのまま指を突き出して、海に突き出す岸壁と海面に突き出た岩礁を示した。
「あんたらしくないね、しゃきっとしなって。あそこの岩に向かって航路を変えれば
船は止まるってコトだよ。そうでしょ、ヘイズ?」
「ビンゴ。船ってのは座礁に弱いもんなんだよ。岩に挟まるか浅瀬に乗れば、
オレ達だって余裕で乗り移れるだろ」
 そう言いながら、足で地面を打ち鳴らしてヘイズはタイミングを計り始めた。
 座礁させるための最適な位置と攻撃箇所はすでに予測したのだろう。
 あとはコミクロンがタイミング良く魔術を放てるように、
 ヘイズが都合に合わせて指を鳴らすだけだ。

 船との距離がだいぶ詰まってきた時、ヘイズが指を鳴らした。
 軽やかに響いた音は、まだ少し霧の残る海面を渡り、船の壁面付近の
 空気分子を揺るがす。
 たったそれだけの微弱な力。それがヘイズの切り札だ。
 極小な空気分子達は、まるで誘導されたかのように進路を変更し、
 任意の地点へ移動する。
 その運動が連鎖して一つの幾何学模様を形成した時、ヘイズの思いは
 論理回路の形となって具現することとなる。
 望んだ力は、情報面からの無慈悲な解体。
 瞬間、つやのある船壁はその効力に一秒たりとも耐えられず、無残な虚となっていた。

「コンビネーション4−4−1!」
 しばらくの間を持って、破砕の領域が展開した空間にコミクロンの魔術が炸裂する。
 ヘイズのI-ブレインが起動すると、コミクロンの魔術構成が不安定になることを
 両者は共に熟知していた。
 だからヘイズは余裕を持って破砕の領域を展開し、コミクロンの魔術がベストタイミングで
 命中するように、足を踏み鳴らして最適な瞬間を計ったのだろう。
 今更になって、火乃香はそれを理解した。
 論理的で器用なコミクロンと、
 未来予測で正確なアシストができるヘイズ。
 何だかんだ言って、この二人はウマが合っているようだ。ツボにはまると、強い。
 反面、直感的な思考と、意外性の高さを持ち合わせた相手には脆弱だ。
 そこらは自分が補うことになるのだろうか、と火乃香は一人、考えた。
 図に乗ると厄介なので、手綱はちゃんと握っておこう、とも。

788 ◆CDh8kojB1Q:2006/06/18(日) 01:13:01 ID:JauPdxKc
 そうこうする間に、魔術士二人は船の十数箇所に衝撃を与えて
 進路修正に成功した。
 貨物船の巨体はゆっくりと、しかし確実に岩礁に向かって直進していく。
 舵をきらない限り、座礁は時間の問題だろう。
「今思うんだが、乗組員がいたらオレ達の行為は無意味だよな」
「愚問だぞヴァーミリオン。禁止エリアを抜けてきた船に生きた乗員がいると思うか?
まあ、主催者どもの禁止エリア宣言がハッタリなら、エリアにいても無事だろうがな。
何はともあれ、俺は無人船論を強く推奨するぞ。動いてるのは漂流だからだろ」
「その自信はどっから沸いてくるんだか……でも今回はあたしもコミク論に賛成しとく」
 なんだそれは! と絶叫する白衣を火乃香とヘイズは無視した。
 未成年の主張より、船の行方が遥かに気になったからだ。

 三人が見守る中、船は岩にぶつかって盛大な不協和音を奏でて進み、
 ヘイズの予想どおりに岸壁と岩礁に挟まって動きを止めた。
 所々から木の軋む音が聞こえてきたが、船体は完璧に座礁したようで、
 貨物船が進む事は不可能に見える。
 更に、何のアクションも起こらないことから、無人船であるというコミク論は肯定された。
「ビンゴ……だな」
「ふっ、この俺の大天才たる証が、また一つ歴史として刻まれたまでのことだ
――おぶえぁ! 何をする火乃香!」
「はいはい、バカは踊る前にそれを持っといて。あたしが最初に飛び移るから
あんたは後から船に荷物投げ込むまで、デイパックを運ぶ役」
「むう……」
 自画自賛モードに突入しかけたコミクロンに自分の荷物を投げつけて、
 火乃香は岸壁をよじ登った。
 腕の不自由なコミクロンは身体のバランスをとるのが難しい。
 先に自分が楽な跳躍ポイントを見つけておく必要がある、と考えての行動だった。
 投げたデイパックがコミクロンの顔面に当たったことはこの際、忘れておこう。

 
「いよっ、と」
 上手い跳躍ポイントを見つけて飛び移った先は、船の操舵付近だった。
 甲板からの高さの分だけ落差が少ないので、素人が降りても安全な場所だろう。
 火乃香はそのまま周囲の安全を確認し、船首甲板へと降り立った。
 長時間の雨で多少すべるようだったが、鍛えられた剣士の下半身には
 何の障害にもならない。
 それより、眼前に広がる海原と独特の潮風が心地良かった。
 霧間から降り注ぐ星光は海面で揺らめきながら煌いて、火乃香の網膜を刺激した。
 星と霧以外はどちらも、火乃香の生活圏には存在しない興味深い自然である。
「ボギーがいたら何て言うかな?」
 あの機械知生体はきっと、潮風で遮蔽モードに微妙な支障が出る、とか
 キャビンに臭いが着いて傷む、などとロマンもへったくれもない感想を述べるかもしれない。
 それでも、今は傍にいて欲しかった。

789 ◆CDh8kojB1Q:2006/06/18(日) 01:13:41 ID:JauPdxKc
 しばらく感傷に浸っていた火乃香は、つと、手すりに触れてみた。
「呼吸。木片の、呼吸……」
 コミク論に賛同したのは正解だったようだ。
 この船は完璧に無人だった。違和感のある大規模な気の流れを感知できない。
 船の明かりが燈っているのは少々気に掛かったが、後で調べれば済む事だ。
 ファントムだらけの幽霊船でも無い限り、確たる危険も無いはずだろう。

「なかなか、いい景色じゃねえか?」
 火乃香が上げた視線の先、左右色違いの瞳を持った男が覗き込んでいた。
 ヘイズにとっても、霧の晴れ行くこの光景は鮮烈なはずである。
 いつの間にか太陽は沈んでいたが、それでも海はたゆとう原野の如く存在し、
 昼の光景にも決して劣らない。
 しかも、明度ゆえか夜の闇と水平線が同化していて、世界が一つに繋がって
 いるかのように錯覚させた。
「――見慣れた砂丘よりは楽しいかな。コミクロンは?」
「デイパック持ってヨタヨタしてるぜ。荷物はオレが投げ込むから中身傷めないように
取ってくれっか?」
「ん、おっけ」
 じゃあいくぜ、とヘイズは岸壁から荷物を甲板に落とし始めた。

 キャラバンで荷物の運搬をこなしてきた火乃香には苦でも無い作業のあとに、
 ヘイズ自身が飛び降りて来る。
 便利屋を自称するだけあって、こちらもなかなか手際が良い。
 躊躇無く直接甲板に降り立っても、その姿勢は全く崩れていなかった。
「ふっふっふ、見るがいい! この大天才の華麗なる跳躍を――!」
 続けてコミクロンが、飛距離に余裕を持たせる為に助走をつけて空を舞う。
 火乃香が選んだ地点で誤差無く踏み切るのは感心ものだが、いかんせん
 加速をつけ過ぎだ。
「おいバカ、甲板は濡れて――」
 ヘイズのとっさの忠告は既に遅く、白衣とお下げをなびかせたコミクロンは
 滑らかな放物線を描いていた。
 そのまま火乃香が定めた着地地点を華麗に飛び越えて――、
「ごあっ! 頭蓋がっ……こんなところで未来の偉人の知性に危機が訪れるとは……!
そもそも俺だけ着地に失敗するなどと――何だこの不条理な世界は!」
 着地地点が濡れていたため、当然の如く摩擦の力は働かず、
 白衣の天才は、不条理の具現者たる甲板に華麗に頭を打ち付けた。
 その後、片腕が動かず、ろくな受身が取れない状態から瞬時に復活してくるのは
 なかなかのタフさと言えるだろう。
 しかし、
「どう考えてもあんたが悪い」
「下手に格好つけるからだろ」
 何でも屋達の評価は条理にかなった酷評だった。
 エレガントな科学者への道はどうやら遠く、険しいものらしい。

790 ◆CDh8kojB1Q:2006/06/18(日) 01:14:29 ID:JauPdxKc
 ともあれ、三人は比較的無事に貨物船に乗り移ることに成功した。
 その後の会議で、無人船の明かりなどの原因が不明なので
 とりあえず調査してみることと、船室を漁って何か使えそうな物を発見する
 ことを目的として、船内の捜索を開始することが採択された。

「この俺が船倉を調査する! 重要物を底に隠すのはセオリーだからな。
ふっふっふ、待ってろよ。楔一本に至るまで徹底的に構造解析してやる!」
 言うが早いかコミクロンはハッチを潜って船内に侵入していった。
 木造船とはいえ科学技術の結晶だ。
 コミクロンは船から得られた情報を元に新型人造人間の開発計画を
 練るのだろうか、とヘイズは邪推した。

「じゃあ、あたしが船首から、あんたは船尾から探索するってことでいいよね?」
「妥当な案だな。けどよ、これだけデカい船だと船室だけで幾つあるんだか」
「あんた今、ものすごくやる気無さそうな表情してるんだけど」
「ほっとけ。こーゆー性分なんだ。そう言うお前こそ海見てふにゃけてただろうが」
「むー……不覚をとった」
 実際、火乃香が夜空と海に見とれていたのは確かだった。
 何とかしてヘイズを斬り返してやろう、と過去の記憶を掘り起こすうちに、
「あ、そうだ」
 会心の一撃を思い出した。以前、この船に気付いてうやむやにしてしまった
 一つの問いだ。
「ねぇ、ヘイズって歳い――」
「さてと、お宝探しに行くとするか」
 火乃香の言葉を遮り、ヘイズはドアを蹴飛ばして船内に突入していった。
 ついでに酒瓶とか落ちてねえかな、などとわざとらしく呟いて火乃香の声を
 聴いてないふりをしているところから、逃走したのだと簡単に推測できる。
「……ま、いっか」
 辺境では、他人の事情に首を突っ込むと痛い目に遭うというのは常識だ。
 ましてやヘイズは露骨に嫌がっているし、今の火乃香には別の目的があった。
「もう少しくらい眺めても、減るもんじゃないしね」
 誰にともなく呟いて、火乃香は再び手すりに寄りかかった。

 手を乗せた木目の向こうには、先程まで見ていた海が変わらぬ雄大さを
 保ったままで歌っていた。
 寄せては引いて、引いては返して、砂のざわめきとは異なる音調を奏でる波。
 ロクゴウ砂漠には無い光景。エンポリウムには無い香り。
 ゲームが始まった時は、シャーネと筆談していて感じそびれた感覚だ。
 船のことは二人に任せて、もう少しだけここに居ようと火乃香は決めた。

791 ◆CDh8kojB1Q:2006/06/18(日) 01:15:15 ID:JauPdxKc
【G−1/難破船/1日目・19:00】

『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:船室を捜索。
[備考]:刻印の性能に気付いています。

【火乃香】
[状態]:健康。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:甲板から海を眺める。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
     刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:ふははは! 歯車様はどこだ!?  船倉を捜索。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。左回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

792灯台へ向かう前に(1/7) ◆5KqBC89beU:2006/06/18(日) 04:16:32 ID:LcfGWHUk
 地下通路から地上へ出た直後に、子爵はEDに呼び止められた。
「さっきの蒼くて大きな方――BBさんが、この狭い出入口から出る準備をしています。
 少し待っているように頼まれました」
 言われてみれば、大きな機体が普通に通過できそうな広さなど、出入口にはない。
【それくらいはお安い御用だ! しかし、どうやって通るつもりなのだろうか?】
 地上まで背負ってきた風見の様子を見ながら、EDは子爵の疑問に答える。
「整備作業の要領で装甲を分割し、関節や接合部の固定を一時的に解除するそうです。
 体内が剥き出しになってしまうため、雨が止むまで実行できなかったと聞きました」
 ちなみに、EDと風見の荷物は子爵が地上まで運んできてある。
【つまり、荷物と同行者を預けて隙だらけの状態になってくれるほどに信じてもらえた
 わけか! おお……もしも涙腺があったなら、感激のあまり泣いていたところだ!】
 文字通り歓喜に震える子爵に対し、飄々とEDは言う。
「“裏切ったって利点よりも危険の方が大きくて割に合わない”という状況ですから、
 関係者全員が状況を的確に把握しているなら、必然的にこうなりますよ」
【そういうものかね?】
「そういうものです」
 地下通路からは金属音が響き続けている。移動には、まだ時間がかかりそうだ。
【この様子では、湖跡地から出る前に放送が始まってしまうな。遮蔽物がほとんどなく
 足場の悪い地点で、放送に気を取られ、隙が生じてしまうかもしれない】
「こんなに濃い霧の中で、普通の人間に襲われるとは思えません。しかし、逆に言えば
 “普通の人間ではない敵”になら襲われてもおかしくはありませんね」
 子爵は目玉で周囲を見ているわけではないし、蒼い殺戮者は暗い地下通路を難なく
歩ける。そんな実例が存在する以上、同じことのできる敵がいないとは限らない。

793灯台へ向かう前に(2/7) ◆5KqBC89beU:2006/06/18(日) 04:17:21 ID:LcfGWHUk
 蒼い殺戮者が地上に姿を現し、外した関節を繋ぎ直し始めたのを見計らって、子爵と
EDは自動歩兵とも打ち合わせを始めた。
【……というわけで、“すぐに灯台へ向かうべきではない”という話になった】
「かつて小島だった丘が近くにあります。とりあえずそこへ移動して、放送後に灯台を
 目指したいと考えていますが、どうでしょう? その丘にはいくらか遮蔽物があり、
 ここに比べれば足場は悪くありません。他の参加者が隠れたくなるような地形でも
 ないので、短期間の滞在には適した場所です」
「それで構わない」
 手際よく機体の各部を再結合させながら、蒼い殺戮者は即答した。無茶な荒技を実行
したせいで故障する可能性が高くなったが、今のところ異常はないらしかった。
 火乃香に関わって以来、蒼い殺戮者は、不可思議な事柄をありのままに受け入れて
納得できるようになった。おかげで異世界の液状吸血鬼とも普通に会話できる。
「それにしても、器用なものですね」
【うむ! 自分の体を思い通りに操るというのは、簡単なようでいて意外に難しい。
 誰にでも上手くできることではあるまい!】
「ただ単に、こういう動作ができるように設計されただけだ」
 EDと子爵は、蒼い殺戮者の無愛想さを気にすることなく、しばし感心し続けた。
【ところで、麗芳嬢はまだ現れないようだね。……待ち合わせの時刻は数分後だから
 遅刻だと決まったわけではないし、ただの遅刻ならば別にそれでもいいが……】
 心ゆくまで感嘆した子爵が、今度はどことなく心配そうな書体で言葉を紡いだ。

794灯台へ向かう前に(3/7) ◆5KqBC89beU:2006/06/18(日) 04:18:25 ID:LcfGWHUk
 仮面の下に様々な思いを隠し、淡々とEDが応じる。
「問題はそこです。僕が拠点として灯台を勧めたのは、彼女が探索しにいったはずの
 建物だから、という事情をふまえた結果なんですが……最悪の場合、“とんでもなく
 強い殺人者が灯台に潜伏していて麗芳さんを殺してしまった”とも考えられます。
 あまり考えたくはありませんが、可能性の一つとして考えないわけにはいきません。
 灯台以外に、風見さんを休ませられそうな場所の心当たりはありませんか?」
 EDの問いに、子爵は港町で会った佐藤聖の様子を思い出す。
【港町に風見嬢を連れていくのは、少々都合が悪いかもしれない。すぐ危なくなるわけ
 ではないが、いずれ彼女に対して困ったことをしかねない参加者がいる。……いや、
 その参加者本人に悪気はないのだが……しかし、無邪気だからこそ歯止めがきかなく
 なるということもある。ついさっきまで対話していた相手だ。できることならば、
 敵同士になりたくはないのだよ】
 聖なら、弱って寝ている風見を見たら、強引に吸血鬼化させたがるかもしれない。
“吸血鬼化すれば元気になるから”とか、そういった親切心から風見の意思を無視して
しまうかもしれない。そうなれば、争いの火種がまた増えてしまう。
「ついさっきまで港町にいたということは……子爵さん、よっぽど大急ぎでここまで
 来てくれたんですね」
【うむ、急いでいたので水の流れに乗ってきた。判りやすく例えるならば、追い風を
 背に受けながら走ってきたようなものか。下流以外に向かう場合は、それほど素速く
 移動できたりはしない。それに、この“吸血鬼の川流れ”をやると非常に疲れる】
 そんなEDと子爵の会話を、蒼い殺戮者の声が遮る。
「移動の準備が完了した。続きは移動中に話すべきだ」
 一同は、丘の上へ向かいながら、今後の方針を相談することになった。

795灯台へ向かう前に(4/7) ◆5KqBC89beU:2006/06/18(日) 04:19:26 ID:LcfGWHUk
 列を成し、濃霧を突っ切る一団に、統一感は微塵もない。
 先頭は子爵でEDが二番手だ。最後尾では蒼い殺戮者が風見を運搬している。
「では、灯台以外の拠点候補地について意見する」
 背後にも注意を払いながら、蒼い殺戮者は言う。
「C-6にある小市街は、島の中心部に近く、すぐそばに道があり、作戦行動に向いた
 立地条件を備えている。このような要所には参加者が集まりやすい。そんな場所で
 今まで生き残り続けている者がいるとすれば、戦闘能力の比較的高い参加者である
 可能性が高い。戦力外の人員を護衛しながら向かいたい地点ではない」
 念入りに左右を警戒しながら、EDは溜息をついた。
「やはり、行き先には灯台を選ぶしかありませんか」
 遠くまで歩を進める余裕はない。しかし、港町も小市街も安全だとは言い難い。
 丘の上や森の中では、風見を充分に休息させられそうにない。
 灯台と港町の間に難破船があると地図には記されているが、そこも麗芳が探索すると
言っていた場所だ。危険度は灯台と変わらない。
 意図的に感情を排した口調で、EDは語る。
「仮に麗芳さんが殺されていたとしても、殺人者と相討ちになったかもしれないなら、
 灯台の様子を見てくるだけの価値は充分にあります。移動の際に速度を優先するのか
 警戒を優先するのかは、放送を聞いてから決めましょう」
「同意する」
【妥当な案だろうね。無論、この会話が杞憂に終わるなら、それが一番いいわけだが】
 何の根拠もなく状況を楽観視するほど、この一団は呑気ではなかった。

796灯台へ向かう前に(5/7) ◆5KqBC89beU:2006/06/18(日) 04:21:05 ID:LcfGWHUk
 そうこう話しているうちに、一同は丘の上へ到達していた。
「覚……」
 風見の寝言に、三名がそれぞれ意識を向ける。
「仲間の夢を見ているようだ」
 蒼い殺戮者の声には、兵士らしからぬ揺らぎが、かすかに含まれていた。
【風見嬢の仲間は、無事でいるのだろうか】
 子爵の血文字は、どことなく憂いを帯びているように見える。
「放送が始まっても目覚めないようなら、そのまま彼女には眠っていてもらいましょう」
 EDの提案に、誰からも反対意見はない。
「……だからエロス全開の言動は慎みなさいって言ってるでしょ!?」
 不意に風見が叫び、空中に向かって拳を突き出した。
 すさまじい寝言と寝相だったが、三名ともそれは無視した。

797灯台へ向かう前に(6/7) ◆5KqBC89beU:2006/06/18(日) 04:22:46 ID:LcfGWHUk
【B-7/かつて小島だった丘の上/1日目・17:59頃】
『奇妙なサーカス』
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン3食分・水1400ml)、手描きの地下地図、飲み薬セット+α
[思考]:同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す/この『ゲーム』の謎を解く
    /ヒースロゥ、藤花、淑芳、鳳月、緑麗、リナの捜索/風見の看護
    /第三回放送後に灯台へ移動する予定/麗芳のことが心配
    /暇が出来たらBBを激しく問い詰めたい。小一時間問い詰めたい
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ

【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:やや疲労/戦闘や行軍が多ければ、朝までにエネルギーが不足する可能性がある
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最期を伝え、形見の品を渡す/祐巳がどうなったか気にしている
    /EDらと協力してこの『ゲーム』を潰す/仲間を集める
    /第三回放送後に灯台までEDとBBを誘導する予定
    /DVDの感想や港で遭った吸血鬼と魔女その他の事を小一時間語りたい
[備考]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    アメリアの名前は聖から教えてもらったので知っています。
    キーリの特徴(虚空に向かってしゃべりだす等)を知っています。

798灯台へ向かう前に(7/7) ◆5KqBC89beU:2006/06/18(日) 04:26:28 ID:LcfGWHUk
【風見千里】
[状態]:風邪/熟睡/右足に切り傷/あちこちに打撲/表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり
[装備]:グロック19(残弾0・予備マガジンなし)/カプセル(ポケットに四錠)
    /頑丈な腕時計/クロスのペンダント
[道具]:支給品一式/缶詰四個/ロープ/救急箱/朝食入りのタッパー/弾薬セット
[思考]:BBと協力/地下を探索/出雲・佐山・千絵の捜索/とりあえずシバく対象が欲しい
[備考]:濡れた服は、脱いでしぼってから再び着ています。

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、今のところ異常なし
[装備]:梳牙
[道具]:なし(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:風見と協力/しずく・火乃香・パイフウの捜索/脱出のために必要な行動は全て行う心積もり
    /第三回放送後に灯台へ風見を運ぶ予定

799友達の知り合いと知り合いの友達(1/6) ◆5KqBC89beU:2006/08/27(日) 22:06:06 ID:D3ySLypk
 島津由乃は最期に何を伝えようとしていたのか――答えの出ない自問を繰り返し、
怒りに拳を震わせながら、平和島静雄は放送を聞き終えた。
(あんなに頼りにされてたのに、俺は、由乃に何もしてやれなかった……!)
 聞き覚えのある名前は告げられなかったが、24人もの参加者が死んでいた。
 ほとんど話さぬまま別れ、浜辺で死体になっていた少女の名前を、静雄は知らない。
 名前を知らない他の面々は、生きているのか死んだのか確かめることすらできない。
 額に血管を浮かべながらも、頭の片隅で静雄は考える。
(セルティも、由乃の友達も生きてる)
 それは、喜ぶべきことだ。
(臨也も生きてやがる。自分勝手に由乃を消した平安野郎も、たぶん生きてやがる)
 それは、とても嬉しいことだ。
(あの赤毛ナイフ男も、クソッタレの臨也も、会ったら死なす。問答無用で殺す)
 怒りをぶつけるべき相手がいるのは、幸いなことだ。
(だが、まずは平安野郎をぶん殴る……殴って殴って殴って殴る!)
 行動を共にしていた間に、由乃は静雄へ情報を伝えていた。自分を幽霊にしてくれた
男のそばには、黒いライダースーツ姿で首のない何者かが付き従っていた、と。
 由乃が見たのは間違いなくセルティだ、と静雄は確信していた。
(畜生、セルティに何しやがった、平安野郎め……!)
 善人気取りの陰陽師が、妖しげな術でセルティを洗脳して、無理矢理に戦わせる――
そんな光景を静雄は思い描いた。
 バケモノを使役して何が悪い、と言いたげな顔で、陰陽師がセルティに命令する――
そんな想像が静雄を苛立たせた。
 傷だらけになって倒れ伏すセルティの後ろに、無傷の陰陽師が平然と立っている――
そんな妄想が静雄の血圧を上げていく。
 霧の中に、奥歯の軋む音が小さく響いた。

800友達の知り合いと知り合いの友達(2/6) ◆5KqBC89beU:2006/08/27(日) 22:07:11 ID:D3ySLypk
 煮えくりかえった腸の熱を吐き出すように、つぶやきが漏れる。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!」
 いつもと同じ単語の羅列だが、込められた意味はいつもと違っていた。
 殺さないように、できるだけ殺意を放散して薄めるための文句ではなかった。
 殺したい相手と会う前に怒りすぎて発狂してしまわないように、それだけのために
連なっていく言葉だった。
(……早く、セルティを見つけねえとな)
 ゆっくりと、神鉄如意を杖代わりにして、静雄は歩きだした。
 血まみれで「殺す」とつぶやきながら進む姿は、どう見ても不審人物だ。
 やがて、霧が晴れ始めた。けれど、雲が空を覆っていて相変わらず視界は悪い。
 ろくに灯りのない場所で夜中にサングラスをかけたままでは、少々危ない。
 静雄はサングラスを外してポケットに入れ、デイパックから懐中電灯を取り出して、
ついでに水を飲んでから、周囲の探索を再開した。
 しばらく静雄は歩き続けたが、結局、誰にも会えなかった。
(かなり人数が減ったせいか? っと)
 地面から突き出た石につまづきかけ、静雄は足を止める。
 静雄の消耗は激しい。サングラスを今さら外したのは、目が霞み始めたせいだ。
 気休め程度の止血だけしかやらずに動き回っていた以上、当然の結果だろう。
 このままの状態では、これから誰とも戦わなくても、あまり長くは生きられまい。
 大怪我をしているというのに、ここまで動けたこと自体が奇跡だった。
 しかし、ただの奇跡では足りない。その程度では希望に手が届かない。
 この島から生きて出るには、幾つもの奇跡を重ね合わせねばならない。
 時計の針が19:25を指した頃、港町の方から少女の絶叫が聞こえてきた。
 静雄の現在地からそう遠くない場所で、何かがあったようだった。
 声の主は絶対にセルティではないが、セルティを見た誰かが叫んだのかもしれない。
 セルティとは無関係でも、由乃の友達が死にかけていたりするのかもしれない。
 面倒くさそうに舌打ちして神鉄如意を肩に担ぎ、静雄は走りだした。
(痛くねえ、痛くねえったら痛くねえんだよ……!)
 どう考えても痛いものは痛いはずだが、静雄は気合だけで痛みを無視してのけた。

801友達の知り合いと知り合いの友達(3/6) ◆5KqBC89beU:2006/08/27(日) 22:08:20 ID:D3ySLypk
 美しく輝いていた髪と眼からは、炎の色が消えていた。
 力なくうずくまり、小刻みに震えながらシャナは涙を堪えている。
“でもあなたは吸血鬼だよ。もう人には戻れない”
 魔女の宣告に、フレイムヘイズとしての決意は粉々に打ち砕かれてしまった。
「いや……」
 頭の中で残響する言葉に、弱々しくシャナは抗う。
 けれど心の奥底では、既に理解してしまっている。
 今のシャナは、もはや世界を守る者ではなかった。
“それはきっと、あなたが望んでしまったからだよ”
「いや、いや……」
 人喰いの怪物と同じものに、なりはててしまった。
“だからあなたは『誇り高き炎』じゃなくなったんだよ”
「いや、いや、いや……」
 空回りする思いだけが、辛うじて拒絶の言葉を紡いでいる。
“あなたに残る傷はもう無いけれど、熱い痛みが消える事は無い”
 どんなに悔やんでも真実は変わらない。
“あなたの魂のカタチは『痛み』で埋め尽くされた”
 どんなに願っても時間は巻き戻せない。
“それはとても悲しい事だけど、でもそれが、あなたの新しい魂のカタチ”
 何もかもが手遅れだ。
「うるさいうるさいうるさいっ!」
 頭を抱えて、シャナは体を縮める。徒労でしかない、無駄な努力だった。
 精神的に衰弱しきったまま、シャナは涙を堪え続けた。
 使命も矜持も仲間も失って残ったのは、浅ましい衝動と、穢れた力だけだった。
 誰かの足音を、鋭敏化した聴覚が捕らえる。
 血の匂いが近づいてくる、と嗅覚が告げる。
 意思とは無関係に、唾液が分泌され始める。
 血を啜れ、と吸血鬼の本能がささやく。
 一線を越えたら、もう後戻りはできない。
 体だけでなく心まで、正真正銘の吸血鬼になってしまう。

802友達の知り合いと知り合いの友達(4/6) ◆5KqBC89beU:2006/08/27(日) 22:17:20 ID:D3ySLypk
 ありったけの理性を振り絞って、シャナは胸の疼きを抑えた。その場から離れようと
して、体に力を漲らせた。炎髪灼眼の鮮やかな赤が、闇の中に煌めく。
 そして、シャナは気づいてしまう。血の匂いの主が宝具を持っている、と。
(……回収、しなきゃ)
 宝具には、多かれ少なかれ超常の力が秘められている。
 悪用されれば数多くの悲劇を生む、恐るべき道具だ。
 フレイムヘイズとして戦う資格がなかったとしても、見過ごせる物ではない。
 逃げずに待ち、場合によっては戦うことを、シャナは選んだ。
(でも……戦って、相手を斬って血を見ても、私は正気でいられるの……?)
 足音が近づき、目視できる距離に人影が現れ、やや離れた位置で立ち止まった。
 懐中電灯の光がシャナを照らす。刀が光を反射して、鈍く輝いた。
 来訪者の青年には、濃密な血臭が染みついていた。腹を怪我しているようだ。
 血を求める衝動に逆らわねばならないため、シャナの顔が不快そうに歪む。
 シャナの視線が少しも友好的ではないと確認し、青年は眉をひそめた。
「あぁ? 何だ手前は? さっきの悲鳴は手前の仕業か?」
 不機嫌さを隠そうともしない青年の態度に、シャナは警戒を強めた。
 青年は、明らかに術師でも策士でもなさそうな気配を漂わせている。
 だが、それでもシャナは油断しない。
「その武器を、渡してちょうだい」
 口下手は承知の上なので、むしろシャナは開き直り、単刀直入に言う作戦に出た。
「はぁっ!? 手前、ふざけてんのか!?」
 案の定、いきなり交渉は決裂寸前になった。
「そうすれば、代わりに情報を教えてあげる」
「あぁん? ……なるほど、そういうつもりか」
 だが、交渉は決裂寸前から白紙にまで戻された。
 微妙に剣呑ではあるが、どうにかまともに会話できそうな雰囲気だ。
「こっちの害にならない情報なら、全部教えてもいい」
 坂井悠二の遺品と贄殿遮那を除けば、交換できそうな品物をシャナは持っていない。
 武器を手放すに値するほどの見返りを用意するためには、こうするしかない。

803友達の知り合いと知り合いの友達(5/6) ◆5KqBC89beU:2006/08/27(日) 22:18:07 ID:D3ySLypk
 しばし黙考した末に、青年が口を開く。
「情報提供が先だ。役に立つ情報があればコレをくれてやる。あと、嘘ついたら殺す」
 心の底から本気で言っているようにしか聞こえない声音と口調だった。
 演技ではない、と判断して、シャナは頷く。争いを避けられるなら、その方がいい。
「手前の名前は?」
「……シャナ」
 フレイムヘイズとしての名乗りは、今さら口に出せない。
「念のために訊いとくが、手前は島津由乃とは無関係だよな?」
 青年の問いにシャナは片眉を上げ、少し考えてから、結局は正直に答える。
「会ったことはない。でも、保胤から話は聞いてる。術で幽霊にしたって言ってた」
 その言葉が、きっかけになった。
「おい……その保胤って、もしかして平安時代っぽい格好した男か? 黒いライダー
 スーツを着た、首のない女を連れてなかったか?」
 尋常ではなく激烈な殺気が、青年から発せられた。
「手前、ひょっとして、そいつの仲間なのか? なぁ、どうなんだ? 答えろ」
 青年は、鬼神のような憤怒の形相で、シャナを睨みつけていた。
(この男は、敵だ)
 呆然とシャナは思う。
(保胤の、敵だ)
 かつて保胤は、シャナの世話を焼き、救おうと苦心し、根気強く励まし続けた。
(この男は、保胤を殺そうとしてる)
 保胤は、シャナを支えようと手をさしのべた人間だった。
(きっと、この男は保胤を……あの人たちを襲おうとする)
 無意識のうちに、シャナの手は得物を構えていた。
(あの人たちとは一緒にいられないけど、でも、私は……私は――)
 フレイムヘイズとしてではなく、ただのシャナとして、少女は戦おうとしていた。

804友達の知り合いと知り合いの友達(6/6) ◆5KqBC89beU:2006/08/27(日) 22:19:57 ID:D3ySLypk
【D-8/住宅地/1日目・19:40頃】

【平和島静雄】
[状態]:頭に血が上っている/肉体的に疲労/下腹部に二箇所刺傷(未貫通・止血済)
[装備]:神鉄如意
[道具]:支給品一式(パン6食分・水1500ml/デイパックが切り裂かれて小さな穴が空いている)
[思考]:何が何でもシャナから保胤の情報を聞き出したい/セルティを捜し守る
    /保胤を見つけてぶん殴る(由乃からは平安時代風の男の人とだけ聞いている)
    /由乃の伝言を伝える/赤毛ナイフ男(クレア)や臨也は見つけ次第殺す
[備考]:サングラスはポケットの中にあり、バーテン服は血まみれで袖がない(止血するために
    破って腹に巻いて縛った)ので、服装を手掛かりにセルティの仲間だと判断するのは難しい。
    妖しげな術で保胤がセルティを操っている、と思い込んでいる。

【シャナ】
[状態]:吸血鬼(身体能力向上)/精神的に不安定
[装備]:贄殿遮那
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
    /悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食3食分/濡れていない保存食2食分/眠気覚ましガム
    /悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)
[思考]:目の前の男(静雄)を倒して、宝具を回収する
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
    手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
    吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生する。
    目の前の男がセルティの探していた相手だとは、今のところ気づいていない。

805友達の知り合いと知り合いの友達・改(1/7) ◆5KqBC89beU:2006/08/28(月) 20:34:55 ID:D3ySLypk
 島津由乃は最期に何を伝えようとしていたのか――答えの出ない自問を繰り返し、
怒りに拳を震わせながら、平和島静雄は放送を聞き終えた。
(あんなに頼りにされてたのに、俺は、由乃に何もしてやれなかった……!)
 聞き覚えのある名前は告げられなかったが、24人もの参加者が死んでいた。
 ほとんど話さぬまま別れ、浜辺で死体になっていた少女の名前を、静雄は知らない。
 名前を知らない他の面々は、生きているのか死んだのか確かめることすらできない。
 額に血管を浮かべながらも、頭の片隅で静雄は思う。
(セルティも、由乃の友達も生きてる)
 それは、とても嬉しいことだ。
(臨也も生きてやがる。自分勝手に由乃を消した平安野郎も、たぶん生きてやがる)
 それは、喜ぶべきことだ。
(あの赤毛ナイフ男も、クソッタレの臨也も、会ったら死なす。問答無用で殺す)
 怒りをぶつけるべき相手がいるのは、幸いなことだ。
(だが、まずは平安野郎をぶん殴る……殴って殴って殴って殴る!)
 死者に死を追体験させた男の行為を、偽善以外の何でもないと静雄は断定する。
 顔も知らぬ平安時代風の男に対して、最悪な印象を静雄は感じた。
 行動を共にしていた間に、由乃は静雄へ情報を伝えていた。自分を幽霊にしてくれた
男のそばには、黒いライダースーツ姿で首のない何者かが付き従っていた、と。
 由乃が見たのは間違いなくセルティだ、と静雄は確信している。
(平安野郎は、本当に、セルティのことを対等な仲間だと思ってんのか?)
 善人気取りの平安野郎が言葉巧みにセルティを騙し、自分や仲間の護衛をさせる――
そんな光景を静雄は思い描いた。
 バケモノを利用して何が悪い、と言いたげな顔で平安野郎がこっそりと舌を出す――
そんな想像が静雄を苛立たせた。
 傷だらけになって倒れ伏したセルティの後ろで、平安野郎が元気そうにしている――
そんな妄想が静雄の血圧を上げていく。
 霧の中に、奥歯の軋む音が小さく響いた。

806友達の知り合いと知り合いの友達・改(2/7) ◆5KqBC89beU:2006/08/28(月) 20:35:45 ID:D3ySLypk
 煮えくりかえった腸の熱を吐き出すように、つぶやきが漏れる。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!」
 いつもと同じ単語の羅列だが、込められた意味はいつもと違っていた。
 殺さないように、できるだけ殺意を放散して薄めるための文句ではなかった。
 殺したい相手と会う前に怒りすぎて発狂してしまわないように、それだけのために
連なっていく言葉だった。
(……早く、セルティを見つけねえとな)
 ゆっくりと、神鉄如意を杖代わりにして、静雄は歩きだした。
 血まみれで「殺す」とつぶやきながら進む姿は、どう見ても不審人物だ。
 やがて、霧が晴れ始めた。けれど、雲が空を覆っていて相変わらず視界は悪い。
 ろくに灯りのない場所で夜中にサングラスをかけたままでは、少々危ない。
 静雄はサングラスを外してポケットに入れ、デイパックから懐中電灯を取り出して、
ついでに水を飲んでから、周囲の探索を再開した。
 探索の途中で立ち寄ったF-6の砂浜からは、倒れていた人影が二つとも消えていた。
 誰かが死体を持っていかない限り、こんな状態にはならないはずだった。
 少女の死体があった場所には、ロザリオだけが残されている。
 浜辺を去る前に由乃から少女へ贈られ、静雄が少女の手に握らせた物だった。
 大切な宝物を置いていっていいのか、という問いに、由乃は「この子も友達だから」
と答え、寂しげにうつむいていた。
 そんな弔いの品を、今、静雄の手が拾い上げる。
 由乃の想いを踏みにじるような結末だった。
(どうやら、この島には、癪に障るクズどもが山ほどいるらしいな……!)
 静雄は由乃のロザリオを、すぐにデイパックの中へ入れる。
 そのまま手に持っていたら、うっかり握り潰してしまいそうな気がしたからだった。

807友達の知り合いと知り合いの友達・改(3/7) ◆5KqBC89beU:2006/08/28(月) 20:36:53 ID:D3ySLypk
 しばらく静雄は歩き続けたが、結局、誰にも会えなかった。
(かなり人数が減ったせいか? っと)
 地面から突き出た石につまづきかけ、静雄は足を止める。
 静雄の消耗は激しい。サングラスを今さら外したのは、目が霞み始めたせいだった。
 気休め程度の止血だけしかやらずに動き回っていた以上、当然の結果だろう。
 このままの状態では、これから誰とも戦わなくても、あまり長くは生きられまい。
 大怪我をしているというのに、ここまで動けたこと自体が奇跡だった。
 しかし、ただの奇跡では足りない。その程度では希望に手が届かない。
 この島から生きて出るには、幾つもの奇跡を重ね合わせねばならない。
 時計の針が19:25を指した頃、港町の方から少女の絶叫が聞こえてきた。
 静雄の現在地からそう遠くない場所で、何かがあったようだった。
 声の主は絶対にセルティではないが、セルティを見た誰かが叫んだのかもしれない。
 セルティとは無関係でも、由乃の友達が死にかけていたりするのかもしれない。
 面倒くさそうに舌打ちして神鉄如意を肩に担ぎ、静雄は走りだした。
(痛くねえ、痛くねえったら痛くねえんだよ……!)
 人間離れした耐久力を発揮し、静雄は痛みを無視してのけた。

808友達の知り合いと知り合いの友達・改(4/7) ◆5KqBC89beU:2006/08/28(月) 20:37:50 ID:D3ySLypk
 美しく輝いていた髪と眼からは、炎の色が消えていた。
 力なくうずくまり、小刻みに震えながらシャナは涙を堪えている。
“でもあなたは吸血鬼だよ。もう人には戻れない”
 魔女の宣告に、フレイムヘイズとしての決意は粉々に打ち砕かれてしまった。
「いや……」
 頭の中で残響する言葉に、弱々しくシャナは抗う。
 けれど心の奥底では、既に理解してしまっている。
 今のシャナは、もはや世界を守る者ではなかった。
“それはきっと、あなたが望んでしまったからだよ”
「いや、いや……」
 人喰いの怪物と同じものに、なりはててしまった。
“だからあなたは『誇り高き炎』じゃなくなったんだよ”
「いや、いや、いや……」
 空回りする思いだけが、辛うじて拒絶の言葉を紡いでいる。
“あなたに残る傷はもう無いけれど、熱い痛みが消える事は無い”
 どんなに悔やんでも真実は変わらない。
“あなたの魂のカタチは『痛み』で埋め尽くされた”
 どんなに願っても時間は巻き戻せない。
“それはとても悲しい事だけど、でもそれが、あなたの新しい魂のカタチ”
 何もかもが手遅れだ。
「うるさいうるさいうるさいっ!」
 頭を抱えて、シャナは体を縮める。徒労でしかない、無駄な努力だった。
 精神的に衰弱しきったまま、シャナは涙を堪え続けた。
 使命も矜持も仲間も失って残ったのは、浅ましい衝動と、穢れた力だけだった。
 誰かの足音を、鋭敏化した聴覚が捕らえる。
 血の匂いが近づいてくる、と嗅覚が告げる。
 意思とは関係なく、唾液が分泌され始める。
 血を啜れ、と吸血鬼の本能がささやく。
 一線を越えたら、もう後戻りはできない。
 体だけでなく心まで、正真正銘の吸血鬼になってしまう。

809友達の知り合いと知り合いの友達・改(5/7) ◆5KqBC89beU:2006/08/28(月) 20:38:40 ID:D3ySLypk
 ありったけの理性を振り絞って、シャナは胸の疼きを抑えた。その場から離れようと
して、体に力を漲らせた。炎髪灼眼の鮮やかな赤が、闇の中に煌めく。
 そして、シャナは気づいてしまう。血の匂いの主が宝具を持っている、と。
(……回収、しなきゃ)
 宝具には、多かれ少なかれ超常の力が秘められている。
 悪用されれば数多くの悲劇を生む、恐るべき道具だ。
 フレイムヘイズとして戦う資格がなかったとしても、見過ごせる物ではない。
 逃げずに待ち、場合によっては戦うことを、シャナは選んだ。
(でも……戦って、相手を斬って血を見ても、私は正気でいられるの……?)
 足音が近づき、目視できる距離に人影が現れ、やや離れた位置で立ち止まった。
 懐中電灯の光がシャナを照らす。刀が光を反射して、鈍く輝いた。
 来訪者の青年には、濃密な血臭が染みついていた。腹を怪我しているようだ。
 血を求める衝動に逆らわねばならないため、シャナの顔が不快そうに歪む。
 シャナの視線が少しも友好的ではないと確認し、青年は眉をひそめた。
「あぁ? なんだ手前は? さっきの悲鳴は手前の仕業か?」
 不機嫌さを隠そうともしない青年の態度に、シャナは警戒を強めた。
 青年は、明らかに術師でも策士でもなさそうな気配を漂わせている。
 だが、それでもシャナは油断しない。
「その武器を、渡してちょうだい」
 口下手は承知の上なので、むしろシャナは開き直り、単刀直入に言う。
「はぁっ!? 手前、ふざけてんのか!?」
 案の定、いきなり交渉は決裂寸前になった。
「そうすれば、代わりに情報を教えてあげる」
「あぁん? ……なるほど、そういうつもりか」
 だが、交渉は決裂寸前のまま、奇妙な均衡を保って続いていく。
 一触即発といった様子ではあるが、まだ、どうにか会話はできそうな雰囲気だ。
「こっちの害にならない情報なら、全部教えてもいい」
 坂井悠二の遺品と贄殿遮那を除けば、交換できそうな品物をシャナは持っていない。
 武器を手放すに値するほどの見返りを用意するためには、こうするしかない。

810友達の知り合いと知り合いの友達・改(5/7) ◆5KqBC89beU:2006/08/28(月) 20:40:07 ID:D3ySLypk
 腹立たしげに頬を引きつらせながら、青年が口を開く。
「情報提供が先だ。役に立つ情報があればコレをくれてやる。あと、嘘ついたら殺す」
 心の底から本気で言っているようにしか聞こえない声音と口調だった。
 青年の胸中では、武器よりも情報の方が優先順位は上だったらしい。
 例えば、この島にいる誰かを捜索中だとか、そういった事情があるのだろう。
 演技ではない、と判断して、シャナは頷く。争いを避けられるなら、その方がいい。
「手前の名前は?」
「……シャナ」
 フレイムヘイズとしての名乗りは、今さら口に出せない。
「念のために訊いとくが、手前は島津由乃とは無関係だよな?」
 青年の問いにシャナは片眉を上げ、少し考えてから、結局は正直に答える。
「会ったことはない。でも、保胤から話は聞いてる。術で幽霊にしたって言ってた」
 その言葉が、きっかけになった。
「おい……その保胤って、もしかして平安時代っぽい格好した男か? 黒いライダー
 スーツを着た、首のない女を連れてなかったか?」
 尋常ではなく激烈な殺気が、青年から発せられた。
「手前、ひょっとして、そいつの仲間なのか? なぁ、どうなんだ? 答えろ」
 青年は、鬼神のような憤怒の形相で、シャナを睨みつけていた。
(この男は、敵だ)
 呆然とシャナは思う。
(保胤の、敵だ)
 かつて保胤は、シャナの世話を焼き、救おうと苦心し、根気強く励まし続けた。
(この男は、保胤を殺そうとしてる)
 保胤は、シャナを支えようと手をさしのべた人間だった。
(きっと、この男は保胤を……あの人たちを襲おうとする)
 無意識のうちに、シャナの手は得物を構えていた。
(あの人たちとは一緒にいられないけど、でも、私は……私は――)
 フレイムヘイズとしてではなく、ただのシャナとして、少女は戦おうとしていた。

811友達の知り合いと知り合いの友達・改(7/7) ◆5KqBC89beU:2006/08/28(月) 20:41:49 ID:D3ySLypk
【D-8/住宅地/1日目・19:40頃】

【平和島静雄】
[状態]:頭に血が上っている/肉体的に疲労/下腹部に二箇所刺傷(未貫通・止血済)
[装備]:懐中電灯/神鉄如意
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン6食分・水1500ml/デイパックに小さな穴が空いている)
    /由乃のロザリオ
[思考]:何が何でもシャナから保胤の情報を聞き出したい/セルティを捜し守る
    /保胤を見つけてぶん殴る(由乃からは平安時代風の男の人とだけ聞いている)
    /保胤はセルティを騙して利用しているんじゃないのか、と疑っている
    /由乃の伝言を伝える/赤毛ナイフ男(クレア)や臨也は見つけ次第殺す
[備考]:サングラスはポケットの中にあり、バーテン服は血まみれで袖がない(止血するために
    破って腹に巻いて縛った)ので、服装を手掛かりにセルティの仲間だと判断するのは難しい。

【シャナ】
[状態]:吸血鬼(身体能力向上)/精神的に不安定
[装備]:贄殿遮那
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
    /悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食3食分/濡れていない保存食2食分/眠気覚ましガム
    /悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)
[思考]:目の前の男(静雄)を倒して、宝具を回収する
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
    手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
    吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生する。
    目の前の男がセルティの探していた相手だとは、今のところ気づいていない。

812告悔:2006/09/12(火) 04:26:20 ID:XeuMBdEI
真実を言えば、最初の放送のあと誰かと一緒に行動する気はなかった。
その理由はわたし自身が抱えるエラーの事でも、この島に来てから発生したノイズの事でもあり、またそのどちら
でもなかった。
ただ単に、自分の知る『誰か』を失いたくなかっただけだった。



今のわたしは二つの大きな問題を抱えている。
一つは、わたしが元の世界に居た時からわたしの中で蓄積されてきた膨大な量のエラー。
これがあることで、かつてわたしは涼宮ハルヒから盗み出した能力によって、世界を作り変えてしまった。
結果的には彼や朝比奈みくるの手によって、わたしの世界改変は未遂に終わった。そしてわたしは情報統合思念体
から処分が検討され、わたし自身の意志によって行動できるように異時間同位体へのアクセスコードを別のインタ
ーフェイスの管理下へと移した。
もしこのまま涼宮ハルヒの観察を続けるのであれば、膨大な量のエラーもアクセス制限もなんら問題はなかった。

けどそんな仮定に意味はない。
現在もわたしの中でエラーは蓄積され続けていて、情報統合思念体の管理下にない今の状況ではいつ異常動作を起
こしてしまうか、わたしには分からない。
もし異常動作を起こしてしまった時、わたしの身に何が起こるのか予測出来ない。あの時のようにわたしの望んだ
無力なわたしになってしまうのか、それともあの朝倉涼子のようになってしまうのか、或いはわたしにも分からな
いわたしになってしまうのか。いずれにせよ、そうなってしまう前にこのゲームに決着を付けなければならない。

813告悔2/3:2006/09/12(火) 04:27:05 ID:XeuMBdEI
そしてもう一つは、この島に来てから発生した思考のノイズ。
このノイズの正体は既に分かっている。これはわたしの中に生まれ、育まれてきた『感情』の一部。
彼等を失った事に対する『悲しみ』と彼等を奪われた事に対する『怒り』──それが、このノイズの正体。
しかしここで疑問が生じる。わたしが調べた結果、このノイズとわたしの中に蓄積されたエラーは同質のものだと
いう事が分かった。では同質であるならばなぜエラーではなく、ノイズという形で発生したのか? エラーであれ
ば、多少の不安はあってもこのままであれば何の問題もなかった。けれどそれがノイズ──それも思考を妨害する
ものならば話は別になる。このノイズがある所為で、既にわたしは冷静な判断が出来なくなっている。

合理的な判断をするならば、あの時すぐに城に戻ってシェルターの構築を続けるべきだった。
常識的な判断をするならば、あの時坂井悠二と離れるべきではなかった。

そもそもわたしは、過去の事をこうも引きずるほど感傷的だっただろうか?
こういった形で『わたし』の言葉を残すほど、わたしは『わたし』に未練があるのだろうか?
単なるヒューマノイド・インターフェイスであるわたしに──その形がたとえ、ノイズだとしても──『感情』と
いうものが発生しうるのだろうか?
ヒトとの接触を目的として造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスの場合、朝倉涼
子や喜緑江美里のように擬似的な感情を与えられている事が多い。しかしわたしの仕事は涼宮ハルヒの観察で、彼
女との接触は本来わたしの仕事ではなかった。だからわたしには、擬似的な感情すら与えられなかった。
けれど、わたしの中にはエラーやノイズといった『感情』に似た何かが発生しているのは事実だった。

このノイズは今も増殖を続けている。わたしの計算ではあと12時間程度で、わたしの思考は完全にノイズに侵蝕
されてしまうだろう。もし完全に侵蝕されてしまったら、その後の行動は予測出来ない。またそれを食い止める手
段も、わたしにはない。

814告悔3/3:2006/09/12(火) 04:27:49 ID:XeuMBdEI
エラーによる異常動作とノイズの侵蝕による暴走、そのどちらが起きたとしてもわたしは『わたし』ではなくなる
だろう。わたしが『わたし』でなくなれば、彼等と過ごした今までの想い出を全てなくしてしまうのだろう。

わたしは、それがこわい。

だからわたしは、『わたし』でなくなった時のための対抗策を用意する。



もしここでわたしが死ぬのならわたしは、『わたし』のままで死にたい。




最後に、一つだけ。
わたしのメモリの中に、アクセス出来ない未知の領域が存在することが確認された。その領域を部分的に解析した
結果、それはかつて涼宮ハルヒから盗み出した能力の残滓であることがわかった。
わたしが起こしたバグを修正する際に、わたしはその能力を完全に消去したはずだった。ゲームの管理者が意図的
に用意したのか、それとも完全に消去出来なかったのか、理由はともかく現実問題として涼宮ハルヒから奪った情
報創造能力の残滓が存在するのは確かだった。
幸いその残滓の容量は少なく、世界を作り変えるといった大規模の世界改変は不可能だと考えられる。しかし部分
的な転用ならば可能であるため危険であることに変わりはない。
現在消去処理を行っているが、情報処理の制限を刻印によって受けているため作業はほとんど進んでいない。


もし12時間後にわたしが暴走していた場合、おそらくアクセス制限は解除されていると予想される。ゆえに12
時間後のわたしとの接触は極めて危険。もしわたしを見つけても、決して近寄っては駄目。

わたしは、誰も失いたくはない。

815打算、疑念、葛藤、不信(1/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 09:56:20 ID:D3ySLypk
 第三回放送が終わり、湖跡地の丘の上には、居心地の悪い静寂が訪れた。
 名簿と地図と筆記用具を収納しつつ、EDは嘆息する。
(状況が変わった。悪い方へ、想像以上の早さで)
 たった6時間で、24名もの犠牲者が亡くなった。
 まだ初日すら終わらぬうちから、参加者は半数以下にまで減った。
 それだけでも厄介だというのに、その上、聞き覚えのある名前が数多く呼ばれた。
 EDの協力者、李麗芳は死んでいた。
(彼女には、死ななければいけない理由などなかった)
 金色の力強いまなざしを思い出し、彼は静かに目を伏せる。
 麗芳と別行動すると決めた過去を、悔やんでいるわけではなかった。
 EDが麗芳に同行していても、死体が一つ増えていただけだった可能性の方が高い。
 彼にできることはそう多くない。そして、己を知らぬ者に戦地調停士は務まらない。
 麗芳の仲間、袁鳳月と趙緑麗も死んでいた。
(さぞかし無念だったろう)
 守るべき友を守れず、倒すべき敵を倒せず、神将たちは命を落とした。
 EDが個人的に関心を持っていた相手、霧間凪も死んだ。
(一度、会って話したかった)
 言いたかったことも、訊きたかったことも、諦めるしかなくなった。
 懐中電灯を取り出しながら、さらにEDは思索する。
 ヒースロゥ・クリストフが健在なのは幸いだ。
(だが、あいつは殺人者を――手駒にできるかもしれない参加者をきっと殺していく)
 仲間を一気に失った李淑芳は、もはや正気でいるかどうかすら怪しい。
(自殺するかもしれない。最悪の場合、無差別に他者を襲うようになるかもしれない)
 宮下藤花の生存は、喜ぶべきことなのか判断しかねる。
(目的は、優勝でも脱出でも復讐でも私闘でもなさそうな気がする。得体が知れない)
 ED以外の三名にとっては縁の薄い面々だが、その生死は島全体に影響する。
 影響の大小には差があるものの、どれ一つとして無視はできない。

816打算、疑念、葛藤、不信(1/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 09:57:13 ID:D3ySLypk
 他にも様々なことを考えながら、EDは周囲に視線を向けた。
 蒼い自動歩兵は、霧の中で、無言のまま天を仰いでいた。
 赤い血文字は、ただ【…………】と沈黙を表現している。
 彼らから得た情報と第三回放送の内容を頭の中で並べ、EDは決断する。
「灯台へ向かう前に、やるべきことが増えました」
 眠り続ける風見を起こさない程度の声で、仮面の男が言い放つ。

                   ○

 EDから用事を頼まれて、子爵は地下通路へ戻ろうとしていた。
 麗芳に宛てた置き手紙を処分してくること、それが用件だった。
 気持ちの整理をするための時間を、大義名分つきで与えられた形だ。
【……こうなった場合も考えて用意した置き手紙か】
 このまま子爵が誰かの仇討ちに向かい、戻ってこなくなる可能性も承知の上だろう。
 しかし、そうはならないとEDは見越しているはずだ。
 故郷にいた頃からの知人は早々に死んだこと、次の夜明けまでは活力を補充できない
こと、それに、自分は紳士であるということ――それらを子爵はEDに伝えていた。
 我を忘れて暴走したくなるほど特別な誰かはこの島におらず、自身の弱体化具合を
正確に理解しており、約束を破る不名誉を嫌っている、と告げたようなものだ。
 どことなく様子がおかしくなった自動歩兵と対話するなら一対一の方がやりやすい、
という思惑もEDにはあっただろう。
 彼が子爵を遠ざければ、それは“蒼い殺戮者に対する脅迫”という手段を捨てた証と
なる。実行する気はなくても、子爵の能力をもってすれば風見を人質として使うことが
可能ではあった。その選択肢をあえて潰してみせることで、誠意を示したわけだ。
 また、冷徹なまでに感情を封じる自制心こそが、あの丘の上では必要とされていた。
辛く苦しい役割を、EDは一人で引き受けようとしている。
【……今は、彼の厚意に甘え、任された仕事をしよう】
 移動しながら、多少なりとも関わった参加者たちのことを、子爵は回想する。
 EDたちと合流するまでに、悲嘆も憂慮も済ませておくべきだった。

817打算、疑念、葛藤、不信(3/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 09:58:18 ID:D3ySLypk
 凛々しく毅然としていた赤ずくめの美女、哀川潤は死んだ。
【おそらくは、誰かを守るために戦って死んだのだろう】
 最後に守ろうとした相手が誰だったのかは判らないが、それだけは確信できる。
 福沢祐巳は死んでいないが、それは祐巳自身の意思と力によってではない。
【あの子に、再び会わねばなるまい。何があったのか確かめる必要がある】
 紳士としての矜持と、力を与えた者としての責任感が、決意の源だった。
 もしも食鬼人の力が悪人の手に渡っていたとしたら、戦う覚悟を子爵はしている。
 キーリという少女は死に、彼女を探していた青年、ハーヴェイは生きている。
【彼は彼女に会えたのだろうか? 今、どこで何をしているのだろうか?】
 どんな想いで彼が放送を聞いたのか想像して、子爵はまた少し悲しくなった。
 ハーヴェイに教えてもらった危険人物、ウルペンは生きている。
【天敵、ということになるのだろうな】
 彼が使うという“乾かす力”は、子爵に致命傷を与えられる能力だと思われる。
 また、彼が持ち去ったという炭化銃は、すさまじい殺傷力を備えているそうだ。
 リナ・インバースも生きているが、その傍らに支え合う仲間がいるかは判らない。
【孤独と不安と憎悪に負けて、自暴自棄になっていてもおかしくはないか】
 会えたとしても、アメリアの最期を伝える前に、襲いかかってくるかもしれない。
 佐藤聖と十叶詠子の名前も、案の定、放送では呼ばれていない。
【どうにか上手く協力できればいいのだが】
 あの二人の在り方は、それぞれ他者と共存しづらい面がある。できることなら敵対は
避けたいところだが、皆が納得できそうな妥協点はなかなか見つかりそうにない。
 彼女たちと情報交換したときのことを思い出し、子爵の移動速度が鈍くなる。
 EDや麗芳をできるだけ襲わないでほしい、と子爵は頼んだが、EDや麗芳の知人に
関しては言及していない。麗芳のことも信じていなかったが、彼女を疑っていなかった
EDの判断を子爵は信じた。EDが最後に麗芳と会ってから長い時間が経っていたわけ
ではなく、その時点で麗芳が敵である可能性は低かった。だから盟友として認めた。
【……見知らぬ盟友候補者を、無条件に信じることはできない】
 子爵にとっては、信用できない盟友候補者たちよりも、聖と詠子の方が大切だった。

818打算、疑念、葛藤、不信(4/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 09:58:59 ID:D3ySLypk
 こんな状況下では、温和だった人物が他者を襲ったとしても、驚愕には値しない。
【誰か一人への好意は、それ以外の全員に対する悪意と表裏一体であるが故に】
 誰か一人を救うため、それ以外の全員を殺す――そんな決着を望む者もいるだろう。
【盟友候補者の誰かが血塗られた道を選んでいたとしても、不思議ではない】
 異常な早さで命が奪われているこの島で、敵かもしれない相手を信じるのは難しい。
 詠子の語った、佐山御言とダナティア・アリール・アンクルージュは存命中だ。
【さて、その二人は本当に先導者なのか、それともただの煽動者なのか】
 伝聞のみを根拠にした憶測ではどちらとも断定できないが、会えば判ることだろう。
 祐巳や聖の友人だという藤堂志摩子も、生き残っている。
 話を聞いた限りでは、じっと隠れているよりも友人を助けに行くことを選ぶ性格の
少女らしいが、最弱に近い程度の力しかないそうだ。ならば独力での生存は難しい。
【十中八九、かなりの実力者と一緒にいるのだろう。いや、実力者“たち”か?】
 だが、彼女の庇護者が必ずしも善良であるとは限らない。他者を油断させるために
利用されているのかもしれないし、24時間以内に誰も死ななそうなとき殺せるように
保護されているだけなのかもしれない。
 また、善良なのか判らないという点では、志摩子も同じだ。
 今の彼女が普段と同じ彼女であるという保証は、どこにもない。
 他者を利用しているのは彼女の方なのかもしれない。ひょっとしたら、騙し討ちで
幾人か殺していたりするのかもしれない。疑うことは、とても簡単だった。
 地下通路に到着した子爵は、手紙を念力で運び、水中に沈めて引き裂いた。
 休まず作業をこなしながら、子爵は追憶し続ける。
 ついさっきまで手紙だった物が、解読不能なほど細かく分割され、流されていく。

                   ○

 蒼い殺戮者は、『ゲーム』が開始された直後の記憶を思い出していた。

819打算、疑念、葛藤、不信(5/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 09:59:45 ID:D3ySLypk
 天を目指してどんなに飛んでも、一定以上の高度からは上昇が不可能になる。
 試さなくても、水平方向への飛翔にも限界が設定されていると想像はつく。
 視線を上げた先にあるのは、空の紛い物でしかなかった。
(あの空の彼方には、何者も飛んで行けない。ならば、この島で体を失った魂は、この
 箱庭じみた世界から決して出られないのではないか?)
 しずくを探しに行きたいという衝動が、培養脳の中で暴れている。
(せっかく得た協力者たちを置いて去り、この同盟から脱退してまで、しずくの捜索は
 今すぐにやるべきことか?)
 同時に頭の片隅では、行動方針の変更を拒絶する思考が延々と繰り返されている。
 結果として、一歩も動かず、一言も語らず、蒼い殺戮者は数分間を無為に過ごした。
「…………」
 放送でしずくの名前を聞いた瞬間に、蒼い殺戮者の中で、何かが変わった。
 その変化を、まだ彼は処理しきれていない。
 蓄積してきた記憶にはない、初めての感覚を、蒼い殺戮者は持て余していた。
 培養脳が軋んでいるかのようなその錯覚が何なのか、彼には判らなかった。
「念のために訊いておきますが」
 子爵を見送り、振り返ったEDの仮面が、蒼い殺戮者に向けられる。
「しずくさんという方は、あなたの大事な方なんですよね」
 質問ではなく確認だった。
 それくらいは、放送を聞きながら周囲を観察してさえいれば、誰にでも判ることだ。
 蒼い殺戮者の視線がEDの視線と交錯し、それだけでEDは事実を把握した。
「では、この島に間違いなくしずくさん本人がいたという確信はありますか?」
 こつこつと指先で仮面を叩きながら、EDが言葉を継ぎ足す。今度は質問している。
「……いや、同名の別人だったという可能性も一応はある」
 蒼い殺戮者の答えに、仮面を叩く指先が止まった。

820打算、疑念、葛藤、不信(6/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:00:46 ID:D3ySLypk
 興味深げな口調で、EDは問う。
「最初の、管理者たちと対面した場所では、しずくさんを見なかったんですか?」
 そんなことを訊いてどうするのかよく判らないまま、それでも自動歩兵は答えた。
「そうだ。あの場所では今以上に機能が制限されていて、ろくに行動できなかった」
 反抗を警戒して念入りに施された処置だと仮定すれば、つじつまは合う。
 指先が、また仮面を叩き始めた。
「しずくさんからはあなたの巨体が見えていたとしても、あの場所で勝手な真似をして
 殺されるくらいなら動かずにいたい、という心理は当然でしょうね。しずくさんが
 本当にいたとすれば、ですが」
「何が言いたい?」
「おかしいんですよ。たった18時間のうちに60名が死に、さっきの放送では24名も
 死んだと言っていましたけれど、いくらなんでも死にすぎているとは思いませんか?
 本当に、そんな大勢の参加者が亡くなっているんでしょうか?」
 かすかに怪訝そうな声音で、蒼い殺戮者は問答を続ける。
「参加者の大半が索敵能力を備えた戦闘狂だとするならば、ありえなくはない数字だ」
 蒼い殺戮者が出会った参加者のうち、彼に対して敵意を向けなかったのは、風見と
EDと子爵だけだ。それ以外の遭遇者たちは、多かれ少なかれ平和的ではなかった。
 世知辛い結論に至るのも仕方ないといえば仕方ない。
 だが、その意見をEDは即座に否定する。
「ありえません。まだあなたには教えていない情報を、僕は麗芳さんや子爵さんから
 得ていますが、その中には他の参加者についての情報も含まれています。どう見ても
 そんじょそこらの一般人でしかないような参加者もいたそうですよ。無益な争いを
 厭う方々だって結構いたようです」
「何故、その情報が真実だと判る?」
 誤報からは誤解しか生まれない。裏付けのない情報を鵜呑みにすることはできない。

821打算、疑念、葛藤、不信(7/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:01:39 ID:D3ySLypk
 大袈裟に肩をすくめて、戦地調停士は苦笑してみせた。
「これでも僕は交渉の専門家ですから、情報の分析は得意でして。それに、僕みたいな
 口先だけが取り柄の人間まで招かれているくらいですから、荒事が苦手な参加者も
 それなりにいると考えるべきですよ。まさか僕を戦士だとは思っていませんよね?」
 EDの度胸は並ではないが、それは文官の強さであって、武人の強さではない。
 実戦経験豊富な自動歩兵からすると、瞬殺できそうな相手にしかEDは見えない。
「…………」
 蒼い殺戮者の無反応を、黙認の表現だと理解し、戦地調停士は言葉を重ねていく。
「そういう方々の多くが殺し合いに耐えかねて自殺している、とは考えにくいですね。
 自殺志願者や戦闘狂を参加者として集めたというなら、どちらでもない例外ばかりが
 こうやって関わり合っていることになります。明らかに不自然でしょう」
「では、どう考えれば筋が通る?」
「参加していない人物を参加者であるかのように扱い、知人と再会できないまま死んだ
 ということにする。知人を殺されたと思い込んだ参加者は、復讐者となり仇を探す。
 けれど、いつまで探しても仇が見つかることはない。いずれ復讐者は生き残り全員を
 疑いの目で見るようになり、やがて仇でも何でもない参加者を襲い始める――あんな
 連中ならば、こういう筋書きを喜んで用意しそうですよね」
 目元を覆う仮面の下で、唇の端が歪められる。
「無論、生贄役に本人を用意した上で主催者側が直々に殺して回ったとしても、疑念を
 育てることはできます。しかし、手間暇かけて本物を使ったところで、劇的に効果が
 増すというわけではないでしょう。わざわざ本人を用意してまでそんなことをする
 くらいなら、ありのままの状況で殺し合わせた方が合理的だ、とは思いませんか?
 まぁ、実際は、何の作為もないとは考えにくいほど犠牲者が増え続けていますが」
 これは、しずくの名前を利用して蒼い殺戮者を暴れさせようとする陰謀ではないのか
――そんな可能性をEDは提示している。しずくは今も生きているのではないか、と。
「…………」
 蒼い殺戮者は、徐々にではあるが落ち着きを取り戻していった。

822打算、疑念、葛藤、不信(7/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:02:26 ID:D3ySLypk

                   ○

 内心の緊張を、EDは少しも態度に出さない。
 もっともらしく述べた仮説をED自身があまり信じていない、と気づかれるわけには
いかなかった。そんなことになれば、蒼い殺戮者が離反するおそれさえある。
 騙してでも、欺いてでも、今ここで戦力の分散を許すべきではなかった。
 もうすぐ子爵が戻ってくる。そうなれば出発の準備は終わる。
(まずは灯台へ向かい、先客がいれば交渉し、交渉が決裂すれば制圧を考え、勝ち目が
 ないと判断すれば逃亡する。誰もいなければ、そのまま灯台に潜伏すればいい)
 拠点を確保できれば、その後の活動は少しだけ楽になる。
 疲弊している風見の護衛として、活力の消費を抑えたがっている子爵に留守を任せ、
EDや蒼い殺戮者は単独行動ができるようになる。
(まぁ、僕が拠点に常駐していても大して役には立たないからな。手分けして動くべき
 だろう。人手も時間も無駄にしている余裕はない)
 体力に自信がないEDは、しばらく拠点で休息してから探索を再開するつもりだ。
 しかし、蒼い殺戮者はすぐにでも動きたがるに違いない。
(BBさんがいる間に風見さんを起こして、事情を説明しておく必要があるか。詳細な
 情報交換も、できればそのときに済ませてしまいたいが)
 そこから先のことは、臨機応変に決めていくしかないだろう。
 目先の問題についての思考が一段落し、大局を見据えて悩む時間が始まった。
(我々の生き死にを弄ぶ、何らかの作為が見え隠れしている。それは確かだ。しかし、
 その作為がいかなるものなのかは判らない。謎を探るための方法さえ判らない)
 赤い血溜まりが、丘の上へと登ってきた。
(今はただ堪え忍び、力を蓄えていくしかないということか)
 地面に降ろしていたデイパックを再び背負い、EDは口を開く。
「それでは、灯台へ行きましょうか」
 ごくわずかにではあったが、霧は薄くなり始めていた。

823打算、疑念、葛藤、不信(9/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:04:06 ID:D3ySLypk
                   ○

 時計の針は20:10を示している。
 時刻を確認し、懐中電灯のスイッチを切って、風見は溜息をつく。ベッドの上で体を
丸めて目を閉じても、睡魔は訪れてくれなかった。
(今は、さっさと元気にならないといけないのに)
 部屋の扉の向こうからは、寝ていた間に増えていた同行者の声が聞こえていた。
 増えた協力者の片方は声を出せないので、電話で話しているかのように聞こえる。
 どうやら、DVDが面白かったとかいう世間話をしているらしい。
(こんな状況下で雑談かぁ……現実逃避したくなってるのか、実は大物なのか、単に
 頭がおかしいのか……あー、ひょっとしたら、その全部かもしれないわね)
 仮面の変人やら自称吸血鬼の血溜まりやらが隣にいても、あまり風見は気にしない。
普段の環境が似たようなものだったせいだろう。
(参ったな)
 風見が蒼い殺戮者に起こされて、ここがA-7の灯台であることや、二名の参加者と
遭遇した末に協力していることなど、いろいろ説明され終わったのが数十分前だ。
 その後で、食事をしたり、EDから解熱沈痛薬やビタミン剤を譲られて服用したり、
四名そろって情報交換したり、そういった雑事を風見は済ませていた。
 風見が作って持ち歩いていた朝食の残りは、制作者自身の胃袋へ収まった。風見は
EDにも試食を勧めたが、「第三回放送の前にパンを食べたばかりですから」と言って
彼は丁重に辞退した。子爵が【病人なのだから、遠慮なく栄養を独占したまえ!】と
書き綴り、それを読んだ風見は思わず苦笑したものだった。
 今、休む時間と個室と寝床を与えられ、けれど風見は眠れないでいる。
(これから、どうなるんだろ)
 灯台には何者かが潜伏していた形跡があり、しかし滞在者はおらず、死体もなく、
罠の類や怪しい仕掛けも発見できなかった。一同は、この灯台を拠点として使うことに
なったわけだが、絶対に安全だという保証は当然ない。

824打算、疑念、葛藤、不信(10/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:04:52 ID:D3ySLypk
 19:00にC-8が禁止エリアになったため、そこにいた参加者が灯台を訪れるという
事態は充分にありえる。運が悪ければ戦闘になるはずだ。
(今のうちに覚悟しとこう)
 EDも子爵も悪人ではなさそうだったが、風見をどうしても助けなくてはならない
理由など彼らにはない。自分の命を危険に晒してまで風見を守らねばならないような
義務も彼らにはない。
 現時点でもEDや子爵は充分に親切だ。これ以上を望むのは傲慢というものだろう。
(私を置き去りにして、彼らが敵から逃げたとしても、それを恨むのは筋違いよね)
 また、襲撃者が吸血鬼だった場合、血に飢えることがどれほど苦しいのか知っている
子爵は、無意識のうちに手加減をしてしまうかもしれない。殺すつもりで襲ってくる
吸血鬼を、できるだけ殺さないつもりで倒そうとする子爵が躊躇しながら迎撃すれば、
結果的に風見やEDを守りきれなくなるかもしれない。
 蒼い殺戮者は、さっき灯台を去り、探索をしに行った。再会できるのは、早くても
第四回放送が始まる頃だ。心細いと風見は思う。しかし、仲間を集めて脱出するなら、
どうしても誰かが拠点から動かねばならない。
 しばらく休憩した後で周辺の様子を見に行く予定だとEDも言っていた。
 蒼い殺戮者がいない間に、EDや子爵が風見を殺そうとする――そんなことが起こる
確率は今のところ低い。EDも子爵も理知的な参加者だった。比較的簡単に殺せそうな
病人を殺すつもりなら、なるべく後で殺したがるだろう。“誰も死ななかった”という
放送が三回連続するまでは、殺害を急ぐ必要がないからだ。
 情報交換の際に、EDは「毒薬や睡眠薬も支給されました」と言って、付属していた
説明書を他の三名に公開していた。風見に毒を盛る気ならこんなことはしない、と皆に
確信してもらうための行動だろう。故に、風見は毒殺される心配をしていない。
 けれど、風見は、EDから睡眠薬をもらう気にはなれなかった。
 薬の力で眠ったら、敵が現れたときに起きられないかもしれない。
 風見はEDや子爵を殺人者だとは思っていないが、いざというとき頼りになる味方だ
とも思っていない。
 ――“今のところ敵対していない相手”は“仲間”と同じものではない。

825打算、疑念、葛藤、不信(11/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:06:02 ID:D3ySLypk
 蒼い殺戮者から聞いた第三回放送の内容を、風見は思い出す。
(覚も佐山も、それから海野千絵も、まだ生きてる。会えるといいんだけど)
 情報を大量に集めていた子爵でさえ、出雲の居場所や千絵の現状などについては何も
知らなかった。佐山についての情報はあったが、すぐに合流できるほど詳しくはない。
 佐山は新庄の死をも受け止め、進撃することを選んだという。
(なんとなく、そんな気はしてた)
 眉尻を下げ、風見は複雑な表情をした。
 生きていてほしい相手だけでなく、死んでほしい相手も生きている。
(甲斐も、ドクロとかいう自称天使も健在か。正直、あんまり関わりたくないわね)
 物部景の仇は生死不明だ。名前が判らない以上、放送では確認しようがない。
(もしも、あの銃使いと再会したら、そのとき私はどうするのかしら?)
 自問に自答は返らない。
 第二回放送の頃に機殻槍を持っていたという青年、ハーヴェイは死んでいない。
(G-Sp2が飛んだ理由を知ってるなら、私に対する印象は最悪でしょうね……)
 緋崎正介が死に、危険人物は一人減った。
(でも、緋崎を殺した参加者は、緋崎より危険かもしれない)
 蒼い殺戮者の探していた三名のうち、一人は亡くなり、二人は生きていたという。
 今ここにはいない自動歩兵の横顔を、風見は思い出す。
(大丈夫……なのかな)
 表面上は平然としているように見えても、苦悩を隠しているということもある。
 第三回放送で告げられた死者の総数は24名に及んだ。ひどく異様な状況だった。
(参ったな)
 EDの語った“主催者側による偽情報説”を信じていいのか否か、風見は迷う。
 顔をしかめて、風見は寝返りをうった。

826打算、疑念、葛藤、不信(12/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:07:38 ID:D3ySLypk
【A-7/灯台付近/1日目・20:05頃】

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:精神的にやや不安定/少々の弾痕はあるが、今のところ身体機能に異常はない
[装備]:梳牙
[道具]:なし(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:この島で死んだという“しずく”が、己の片翼たる少女だったのか確認したい
    /風見・ED・子爵と協力/火乃香・パイフウの捜索/第四回放送までに灯台へ戻る予定
    /脱出のために必要な行動は全て行う心積もり

【A-7/灯台/1日目・20:15頃】
『灯台組』
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面/懐中電灯
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式(パン3食分・水1400ml)/手描きの地下地図
    /飲み薬セット+α(解熱鎮痛薬とビタミン剤が1錠減少)
[思考]:同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す/この『ゲーム』の謎を解く
    /しばらく休憩した後、周辺の様子を探り、第四回放送までに灯台へ戻る予定
    /盟友候補者たちの捜索/風見の看護
    /暇が出来たらBBを激しく問い詰めたい。小一時間問い詰めたい
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ

827打算、疑念、葛藤、不信(13/13) ◆5KqBC89beU:2006/09/18(月) 10:08:22 ID:D3ySLypk
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:やや疲労/戦闘や行軍が多ければ、朝までにエネルギーが不足する可能性がある
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最期を伝え、形見の品を渡す/祐巳のことが気になる
    /盟友を護衛する/灯台に滞在する/同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す
    /いろいろ語れて嬉しいが、まだDVDの感想については語り足りない
[備考]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    会ったことがない盟友候補者たちをあまり信じてはいません。

【風見千里】
[状態]:風邪/右足に切り傷/あちこちに打撲/表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり
[装備]:懐中電灯/グロック19(残弾0・予備マガジンなし)/カプセル(ポケットに四錠)
    /頑丈な腕時計/クロスのペンダント
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式/缶詰四個/ロープ/救急箱/空のタッパー/弾薬セット
[思考]:早く体調を回復させたい/BB・ED・子爵と協力/出雲・佐山・千絵の捜索
    /とりあえずシバく対象が欲しい
[備考]:濡れた服は、脱いでしぼってから再び着ています。
    EDや子爵を敵だとは思っていませんが、仲間だとも思っていません。

※地下通路に残されていた麗芳宛ての置き手紙は処分されました。

828夜の道を往く者との対面 ◆ozOtJW9BFA:2006/09/19(火) 22:11:49 ID:10YvUZzQ
 今夜のミラノは雷雨の様だ。
ここミラノにある剣の館の窓にも激しい雨が叩きつけられている。
その館の執務室で二人の女性による密談は一時間を過ぎようとしていた。

「つまり私達に救援を求めると、そういうことですか、バベル議長?」

執務室の椅子に持たれかかりながら紅い法衣を纏った“世界でもっとも美しい枢機卿”━━━━カテリーナ・スフォルツァは向かいに座る山羊の角が生えた天使に情報の確認をする。

「その通りじゃ、ミラノ公」

あの忌まわしき主催者を打倒するにはルルティエでは荷が重すぎる。他の打倒者達も同じ考えであった。主催者を倒し、参加者を助けるには生半可な戦力では不可能。しかも、あちらの状況も戦力も一切不明。参加者の生死すらもわからずじまい。会議は止まり誰もが絶望する中、眼帯をした一人の天使が一つの希望を口にした。

829夜の道を往く者との対面 ◆ozOtJW9BFA:2006/09/19(火) 22:13:22 ID:10YvUZzQ

「主催者を打倒するためには主催者に詳しい方をここに連れて来たほうがいいのではないでしょうか」

その提案はすぐさま賛成され、ルルティエ議長は主催者と闘っているという機関のトップとコンタクトを取ることに成功したのだった。


「わかりましたバベル議長。『ガンスリンガー』、『クルースニク』彼をこの部屋に」

「肯定(ポジティブ)」

それまで二人の会話を部屋の隅で聞いていた小柄な神父は主の言葉を聞き、部屋から音も無く出ていってしまった。


「ミラノ公!話を聞いておられなかったようじゃな!わらわは『戦力』と言ったはずじゃ!一人の力で何が出来るのじゃ!?」

ドクロやその他の参加者を助けるというのに一人だけじゃと!
この麗人は何を言っているのか……

今ここに『ガンスリンガー』がいたならばバベルに銃を向けていたであろう。だが、天使の責めを止めたのは麗人の一言だった。

「はい、聞きましたよ。議長」

「では何故…」

「手元にいて、なおかつこの任務に合っているのは彼しかいません。そして今ココにくるのはAx最高の派遣執行官です。それと同時に私が一番信頼している人物。お茶でもどうです?彼がくる時間までには、一杯の紅茶を飲む時間くらいはあるでしょう。」

「………それではいただくとするかの……」

麗人が『クルースニク』とやらを話す時の顔を見ていたら、何故か怒れる気持ちも治まってしまった。話しをしている時の目が全てを語っているのを聡いバベルは悟った。

ホログラム姿のおっとりとしたシスターの出した紅茶(とても美味しい)を飲んで一息ついた頃、彼は現れた。
廊下をドタドタと走りながら入って来たのは、泥だらけの格好をした長身の神父。
王冠の様な銀髪には泥がつき、冬の湖色の瞳を隠すようにかけている牛乳瓶の蓋にも見える分厚いメガネにも泥がついていた。

830夜の道を往く者との対面 ◆ozOtJW9BFA:2006/09/19(火) 22:15:48 ID:10YvUZzQ

「す、すいませ〜んカテリーナさん。雨のせいで道がぬかるんでいたせいかコケてしまいましてね、」
「ナイトロード神父、議長に自己紹介を……。」

ノッポの神父のアホ話を切ったのは頭に青筋を浮かべた麗人だ。今にも噴火寸前の気配を感じるとナイトロード神父は、ずれたメガネを直し、軽い会釈をする。

「これは、これは。トレス君から話は聞いています。Ax派遣執行官アベル・ナイトロードです。どうぞよろしくバベル議長(ハート)」

この時の感情をなんと表現すればよいのじゃろう?
不安?裏切り?落胆?失望?
否!
無気力であった……倒れそうになった…………
このままルルティエに帰るとはどうじゃろう?
一瞬そんな考えが頭によぎったが背に腹は変えられない。こう見えてこの男は何かとんでもない能力でもあるのではないじゃろうか?………そうであってくれ!

珍しく泣きそうになるのを堪えながら、差し出された手に笑顔で握手をする。握り潰したくなるのを我慢しながら。

こうして、天使は“02”に出会った


【現地時間22:05】

【ロア内時間19:05】

バベルちゃん/アベル・ナイトロードは参加者ではありません

バベルちゃんは主催者を薔薇十字騎士団だけとしか知りません

831タイトル未定1 ◆CDh8kojB1Q:2006/11/20(月) 00:10:31 ID:9yaTnsNo
『この愚かしいゲームに連れてこられた者達よ』

 突如として響いた澄んだ声。
 それはマンションを中心に波紋のように伝播していく。

『聞きなさい。あたくしの名はダナティア・アリール・アンクルージュ』

 森を越えて市外を越えて届いた言葉に対して、
 ゲームの参加者達は力強い響きに静かに耳を傾ける。
 そして、声はマンションから遠く離れた貨物船にも届いていた。

『あたくしはこのゲームに宣戦を布告します』

 貨物船の三人は確かに届く宣言を受け取った。
 一人はブリッジで、一人は船長室で、一人は船倉で。
 そして、三人全てが等しい思いを胸に宿した。
 この言葉を待っていたと。
 抗う叫びを待っていたと。
 そして感じた。快いと。
 離れた場所で、同じ境遇の誰かが自分達の意思を代弁してくれたのだから。
 脱出への望みはまだ絶たれていない。

832タイトル未定2 ◆CDh8kojB1Q:2006/11/20(月) 00:11:39 ID:9yaTnsNo
「誰だか知らねぇが、ずいぶんと大胆だな……」
 船内に歩を進めたヘイズは一人こぼした。
 つい先ほどまで、彼は仲間と分かれて船長室の調査をしていた。
 机を引っ掻き回して積み荷の目録を探し当てたところで放送を耳にしたので、
 とりあえず作業を中止し、仲間と合流しようとして外へ出たのだ。
 目に映るのは長い通路とその端まで連なる船室、船室、船室。
 木造の外装から旧式の船だと侮っていたが、中身は外側ほど単純ではなさそうだ。
 その証拠に分岐した通路や、間隔を空けて設置された階段が見受けられる。
どうやら船の上階には船室などが配置されていて、
 下部には船倉などがあるらしい。
 それらを適当に確認しながら進むと、

『――それでも尚、道を見失う事は愚かです』
 
 ダナティアなる人物の強い意志を感じさせる主張が耳に届いた。
 悪意は連鎖する、過ちは繰り返す。だから、ここで終わりにしよう。
 そしてゲームに乗る者は許さないと、ダナティアはきっぱりと宣言したのだ。

833タイトル未定3 ◆CDh8kojB1Q:2006/11/20(月) 00:13:03 ID:9yaTnsNo
(不戦を説く、か。半数の参加者が死んでる現状じゃあ、まぁ当然だろうな。
 でもよ、忘れてないか? 午前中にお前と同じ事をした連中、
 そいつらに一体何が起こったのか。あの銃声を聞いてたはずだろ?)

 思案しつつ進むと通路にほどこされた装飾や、
 ルームナンバーしか変化しない左右の船室が、
 ヘイズの視界の内を後ろに向かって流れていく。
 周囲に響く、もう聞きなれたはずのたった一人分の靴音が、
 妙に無機質に感じられるのは気のせいだろうか。

『そして――』

 そこで終わりだった。 
 中途までつむがれた言葉は雑音によってあっけなく崩壊していく。
 ダナティアの声は銃声によってかき消されてしまったのだ。
 あまりにも非情な終焉としか言いようが無い。
 やはり、和平を快く思わない参加者が存在していたようだ。

「クソッタレ! やっぱりこうなるのかよ!」
 予想しうる事態だった。
 それでも、ヘイズの期待は一時の間ダナティアへと向けられていた。
 もしかしたら、という僅かな期待が。
 しかし、その思いは無惨にも引き裂かれ、砕けて消えた。
 参加者が呼びかけに応じて集い、脱出への道を歩むというシナリオも
 所詮、かなわぬ夢だったのだろうか。
 そうヘイズが意気消沈する直前――。

834タイトル未定4 ◆CDh8kojB1Q:2006/11/20(月) 00:13:47 ID:9yaTnsNo
『そして、進む者として告げましょう』

 消失したはずの言葉が再びつむがれ始めた。
 ダナティアは無事だったのだ。
 だから、ヘイズは思わず指をはじいた。

『あたくしは進撃します』

 宣告は続く。
 より力強く。
 より明朗に。
 同時に、銃声が連続して伝わってくる。
 ヘイズにはその音が宣言を打ち砕かんとする絶叫に聞こえた。
 しかし言葉は止まらない。
 ダナティアは脅威に対して屈していない。
 それはまぎれもなく、ゲームに乗った者達と主催者に対する
 明確な意志の表れだった。
 
 銃声が九射まで連ねられた時、ヘイズは解した。
(なかなかの覚悟じゃねぇか。この女は――強い)
 宣言のもたらす効果は計り知れない。
 だが、ダナティア・アリール・アンクルージュの言葉は確かに伝わった。
 彼女は島の全参加者に対して、こっちを見ろと言い放ったのだ。
 現実に対して絶望するな、そして私のルールに従え、と。

835タイトル未定5 ◆CDh8kojB1Q:2006/11/20(月) 00:15:05 ID:9yaTnsNo
 ヘイズ達を観客として、彼女は舞台に立った。
 もはや無視できる状態ではない。
 この放送を火乃香もコミクロンも聞いたはずだ。
 やはり、一旦集結しての意見交換が最優先だろう。

(整理するとこうか? ダナティアその他十二人が参加者に対して不戦を告げる。
 続いて、ゲームに対して反抗を宣言した。
 対する管理者の連中は沈黙。って、ずいぶん寛容じゃねぇか……?
 何か裏があるのか、脱出不可能とタカくくってんのか分からねぇな。
 ……保留すっか。で、反抗するに従い協力者を募るから乗ってないやつらは
 自分の所に来い、とまあこんなもんか)

 ダナティアの言葉を全面的に信用するなら、ヘイズ達にとって
 喜ばしい事に違いない。
 逆に邪推すると、反抗宣言につられてやってきた和平を望む参加者を
 仲間と共に一網打尽にしてしまう凶悪な罠ともとれるのだ。
「信憑性が低いっつう致命的事実を除けば、ツイてる展開なんだけどな……」
 一方的な放送ゆえに、こればかりは仕方が無い。
 参加者が激減しているこのタイミングでの放送、そして内容。
 対応は慎重にならざるをえないだろう。

 ヘイズがつかつかと通路を進むと、階段に突き当たった。
 今までの下層だけにしかつながっていないものとは別で、
 上層へとつながる階段だ。
 ヘイズがその階段を半ば登りかけたところで、
『あー、テステステス。聞こえる? って言ってもあんた達の返事は
 こっちに聞こえないんだよね』
 頭の方から船内放送が聞こえてきた。

836タイトル未定6 ◆CDh8kojB1Q:2006/11/20(月) 00:16:49 ID:9yaTnsNo
 考えるまでもなく、火乃香の声だ。
 どうやら彼女も集合して意見交換を行いたいらしい。
 もっとも、ヘイズは火乃香からのお呼びがかかる事を
 五分ほど前から予測していたので、先に行動を開始していたわけだが。

『あんた達さっきの放送聞いてたよね? なんかえらそーな口調で
 宣戦布告してたやつ。んで、あたしとしては何らかの
 リアクション返してやりたいから非常事態宣言出すよ。
 さっさとブリッジへ来い、以上』
「……アイ、サー」 
 集合をせかす火乃香の声に対して、
 いつものやる気の無い態度でヘイズはぼやいた。
 


【G−1/難破船/1日目・21:35】

『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
    船長室で見つけた積み荷の目録
[思考]:仲間と相談、船の調査報告
[備考]:刻印の性能に気付いています。ダナティアの放送を妄信していない。


【火乃香】
[状態]:健康。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:仲間と相談、船の調査報告


[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。左回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

837タイトル未定 1  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:41:40 ID:9yaTnsNo
 ひとけの無い路地を一人の男が疾走していた。
 その走法は一般人のものとは若干異なっていて、見る者に次第で男が武術の
 達人だと看破することができるだろう。
 男が一歩踏み出すたびに、ドレッドヘアがばらばらと音を立てた。
 その特徴的なヘアの動きとは無関係に、男のジャケットも揺れている。
 端的に表すと、異様の一言に尽きるだろうか。
 ジャケットは丈が長いダークグレーで、なぜか花柄模様で飾られていた。
 男が花壇を背負うかのように見せているそれらは、単なる刺繍ではない。
 色とりどりの花々、その一枚一枚が高性能の爆薬なのだ。
 この花柄の上着とヘア、そして左目を刀の鍔で覆い隠した精悍な顔立ちは、
 魔界都市<新宿>の犯罪者達に対する赤信号だった。
 男の名は屍刑四郎。
 人呼んで――主に男と敵対する連中が用いる呼称なのだが、
 『凍らせ屋』という。

 <新宿>きっての敏腕刑事である屍が急いているのはなぜか。
 単純である。人命がかかっているのだ。
 ゲームと称された殺し合いで多くの命が散ってしまっている現状、
 もはや手の届く場所での殺人を見逃すことはできなかった。
 しかし屍が向かう先、一直線の路地には彼の目指す人物はいない。
 どうやら短時間で相当距離をつめなければならないようだ。

838タイトル未定 2  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:42:31 ID:9yaTnsNo
 屍は、ボルカンと名乗った少年を見失って後悔していた。
 保護を怠ったのは完全に屍自身の失策だ。
 ボルカンから聞いた話では、怪物は凶悪かつ乱暴者らしい。
 一度手放した獲物であるボルカンを見て、怪物が無事に済ますとは思えなかった。
 すでに悲鳴が上がっていることからして、二人は接触してしまったのだろう。
 もはや一刻の猶予も無い。
 屍は肩からずり落ちそうになったデイパックを担ぎなおして
 進足のスピードを上げた。
 その時、屍の右手の方角から二度目の悲鳴が聞こえた。

「あぁぁぁぁ! お許しくださいっ! 
もう逃げません抵抗しません欲しがりません勝つまではっ!?」
「をーっほほほほほほほほほほ! 殊勝な態度を示したところで
あたくしの決定は覆らなくってよ。男らしく潔くおし!」
 こわもての刑事から距離を取ったのもつかの間の安全だった。
 ボルカンは曲がり角でばったり小早川奈津子と遭遇し、
 あっさりと捕らえられてしまっていた。

839タイトル未定 3  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:43:14 ID:9yaTnsNo
 身も心も巨大な小早川奈津子といえども、自分を置き去りにした上に
 武器まで奪って逃げ出した下僕、すなわちボルカンを見逃すことはできない。
 出会いがしらにむんずと捕らえて長剣を取り返し、ついでに脚をつかんで
 逆さ吊りにしてしまった。
 ボルカンは手足を振り回して必死に抵抗していたが、
 相手は規格外の大女。さすがにどうしようもない。
 芋虫のような太い指につかまれて揺れるその姿は、
 まるで釣り上げられてもがくサンマかニシンのようであった。

 憎き竜堂終に逃げられて、美男の医者に投げ飛ばされて、
 おまけに武器まで奪われて不機嫌の絶頂だった小早川奈津子も、
 今はボルカンを捉えた達成感で満たされていた。
 そして、さあお仕置きの時間に入ろうか、と鼻息あらく腕を振り上げる。
 凶器といえる太い腕を見たボルカンは引きつった悲鳴をあげた。
 正義の天使は小悪党が狼狽するその様子を満足げに眺めると、
「をっほほほ。あたくしの機嫌を損ねた罪は重いぞよ。
今からたっぷりとオシオキしてあげるから覚悟おしっ!」
 一般人にとっては死刑宣告に等しい叫びをあげた。

840タイトル未定 4  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:44:07 ID:9yaTnsNo
 哀れボルカン。恐怖の具現、マスマテュリアの闘犬といえども
 小早川奈津子にぶっ叩かれ、人間バットにされ、
 この上さらにぶっ叩かれたりすれば気絶は免れない。
 いや、気絶で済むその強靭さを称えるべきだろうが、
 人生には耐えられるが故の苦痛というものも存在するのだ。
 このような虐待が続けば、ボルカンは今に増してオーフェンを
 恨むことだろう。
 これもそれも全てオーフェンが悪い、と。
 うめき声をあげる地人の心情を小早川奈津子が察してくれるわけが無い。
 いざ、百叩きの刑に処してくれようず、と意気込んだところで、
「やめときな」
 どこからともなく声がした。

 小早川奈津子が声の主を探すと、ボルカンを捕まえた角のすぐ先に、
 一人の男が立っていることに気づいた。
 男は続ける。
「現行犯は問答無用で叩きのめすぞ」
 声の主は屍刑四郎。雨がしたたるその顔が、うすく笑みを浮かべていた。
 その容貌から発される警告は、並みの人間には恐喝に等しい。 
 スパイン・チラーの異名どおりに、相手の背筋を凍らすほどの凄みがある。
 しかし、相手はドラゴンにすら立ち向かう希代の女傑・小早川奈津子だ。
 『凍らせ屋』と真正面に向き合っても全く物怖じしていない。
「このあたくしに意見するとは、いったい何者だえ?」
 せっかくのお仕置きタイムに水をさされた正義の天使は、
 まるでごみくずを投げるかのように地人を放り捨てた。
「ぬおっ!」
 発した声は、突如として怪物から開放されたことに対する驚嘆か、
 それとも更なる不運を予期しての抗いの叫びか。知る者はいない。
 もしも彼がこの場から無事に逃走できたのならば、
 次の悲劇に巻き込まれること無く自由の時を謳歌できたのかもしれない。
 だが現実は非情。
 虹の如き放物線を描いて飛んでいくボルカンは、まるで狙い済ましたかのように
 路地の塀に後頭部を強打し、ぐっという呻きとともに昏倒した。

841タイトル未定 5  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:45:03 ID:9yaTnsNo
 図らずとも、小早川奈津子の理想どおりの展開になってしまった。
 路地を包む沈黙の中を鈍い衝突音が波紋を描いて広まっていく。
 そして塀にもたれかかったまま、ずるずるとへたり込むボルカン。
 少しでも意識が残っていたならば激しい抗議の声をあげただろうが、
 今はそれすらも叶わない。
 そんな下僕には一切の関心を払わない小早川奈津子は、
 すっかり興が冷めたといった表情で屍に一歩踏み出した。
 だが、次の瞬間に彼女の表情は一転、好奇を示す。
 まるで仮面を取り替えたかのような豹変ぶりだった。
 無骨者ともとれる屍の面構えが、どうやら眼鏡にかなったらしい。
「近づいてみたら、これはなかなかいい男。あたくしの下僕にしてあげましょう」
 万人がおののく威圧感、いや巨体ゆえの圧迫感、
 悪く表現すれば目障りなまでの存在感を振りまいて、女傑は屍に歩み寄った。
 だが魔界刑事は動じない。
 これまでやくざの威圧・恐喝は何度も打ち破ってきたし、
 魔界都市<新宿>を巣喰う不気味な妖物達と戦ったこともある。
 巨人が詰め寄る程度では動揺すらしない精神の持ち主なのだ。
 何より、彼は犯罪者になびく気などさらさら無い。
「お断りだ」
 と鉄の響きで一刀両断、あっさりと切り捨てた。
 
 予想外の返答――あくまで小早川奈津子個人の予想であり、
 十中八九の人間には当然といえる返答に対して、
 巨大かつ繊細な乙女心は大きな衝撃を受けたようだ。
 女傑の思考は単純であるがゆえに、直球の拒絶反応は受け入れやすい。
 心のダメージが身体にフィードバックして、小早川奈津子はよろめいた。
「あたくしの誘いを断るとはなんたる愚行……ならば!
この小早川奈津子に奉仕できるという栄光を直接その体に刻んでくれようず!」
 良き男 征服するのも また一興 心躍りし 秋の夕暮れ
 そんな歌を脳裏に浮かべ、相手に向かって走り出す。
 小早川奈津子は今の季節がよく分からなかったはずだが、
 性欲の秋とも評されるので秋にしたのだろう。 
 つまり、無理やり押し倒して事を成そうと考えたのだ。
 体当たりをくらった相手が多少の怪我を負おうが、構わない。
 乙女心が受けた傷に比べれば浅いのだから。
 そんな御前イズムを全開にして、小早川奈津子は屍目指して突撃した。

842タイトル未定 6  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:46:13 ID:9yaTnsNo
 一方、屍は小早川奈津子の内心などつゆも知らない。
 ただ単純に相手が襲ってきたものと了解する。
 ボルカンからは「怪物」と報告されているので、もはやためらいは無い。
 巨体の突撃に対して寸前まで相手を引き付け、
 丸太のような両腕が左右から押さえ込もうとする
 その動きを読んで横へ飛び退く。
「をっほほほほ、観念したようね――なんとっ!?」
 直前まで動じなかった屍をそのまま押し倒せると思っていたのだろう。
 怪物の声には感嘆の響きがあった。
 次の瞬間、目標を失った巨体が路地の塀へと突っ込んでいった。
 屍は相手がそのまま塀にぶつかって昏倒するだろうと予想し、
 ボルカンの方へと踵を返す。
 しかし、その耳に届いたのは壮大な破砕音だった。
 小早川奈津子の体当たりを止めるどころか、逆に塀が崩壊してしまったのだ。
 まさに人外魔境の破壊力。
 あんな体当たりをまともに受ければ『凍らせ屋』とて無事では済むまい。
 最悪、打ち所が悪ければ命にかかわる。
「暴行罪・刑事に対する殺人未遂――もう十分だな」
 この瞬間、小早川奈津子は屍刑四郎に犯罪者と認定された。
 屍にとっては凶悪犯であるほど、命の価値が反比例に下がっていく。
 この犯罪者に対する苛烈さも魔界都市<新宿>ならではであった。

843タイトル未定 7  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:47:06 ID:9yaTnsNo
 ふっ、という独特の呼吸音と共に屍は小掌を放った。
 屍が扱うジルガと呼ばれる武術の型にのっとったもので、
 本来ならば手榴弾並の衝撃を相手に叩き込む技だ。
 制限によって劣化していても、並の人間は一撃で再起不能になる威力。
 だが、あくまで相手が並の人間だったのならば、という場合である。
 屍が並みの刑事でないのなら、小早川奈津子も並みの大女ではなかった。
 塀を打ち崩したばかりの巨大な肉体に小掌が命中する。
 完璧なタイミングと完璧な威力。
 さすがの女傑も塀の向こうに吹き飛ばされる。
 だが、一旦の間を置いてから即座に立ち上り、けろっとした様子で復帰してくる。
 屍は眉をひそめた。

 確かな手ごたえはあった。しかし肉を打っただけで体の芯までダメージが
 入っていなかったのだろうか。
「をっほほほほ! ちょこざいな」
 小早川奈津子は腰の辺りのほこりを手ではらった。
 その隙を見て、屍は間髪入れずに蹴りを放つ。
 それは正確に小早川奈津子のみぞおちを捉える。
 再び吹き飛ばされる巨体。
 しかし、
「をーっほほほほほ!」
 あいも変わらぬ様子で女傑はカムバックしてくる。
 屍は悟った。
 これは自分が蹴りを打ち損したのではなく、相手が頑健すぎるのだと。
 相手が塀を破壊した時点で、その妖物並みのタフネスに気づくべきだった。
 愛銃であるドラムが手元に無い今、ジルガを用いて相手を打倒しなければならない。
 幸いにもジルガには装甲を無視し、内部にダメージを与える技がある。
 急所を的確に狙えば2、3発で決着するだろう――。

844タイトル未定 8  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:47:51 ID:9yaTnsNo
 そこまで思考した時、屍は背後に殺気が迫るのを感じた。
 直後、魔界刑事の本能が告げた。
 この場は危険だ、すぐに立ち退けと。
 それは純然たる死の警告。屍の対応は迅速だった。
 肩のデイパックを即座に握り締め、塀に向かって全力で飛びのく。
 だが、塀の横まで飛んだ瞬間、屍は再び直感した。
 ここもやばい。
 それはギロチンの刃の下にいるような感覚に似ていた。
 しかも既に刃が落下しているギロチンだ。
 もはや考える暇すらなかった。屍は純粋な反射行動によって塀を蹴りつける。
 その蹴りによって、移動中だった屍の進行ベクトルが大きく変わった。
 そこにきて思考が追いついた。ギロチンのイメージ元は鋭く研ぎ澄まされた殺気。
 攻撃は二発来ていたのだ。

 屍の体が塀から離れた直後、さっきまで身体が存在した空間を幾本もの刃が通過した。
 その正体は白光する鮫の歯だった。
 地獄の虚に似た大口が閉じられる姿は、断頭台を超える必殺の光景。
 一撃を回避させておいて、身動きのとり辛い緊急回避中に二発目を放つ。
 それは相手の生存を許さぬ非情なコンビネーション攻撃だった。
 <新宿>の刑事でもなければとっさに回避できなかったかもしれない。
 しかも大半の参加者は最初の一撃で葬られていただろう。
 なぜなら、攻撃の主は悪魔そのもの。
 出現するまで姿も気配も無いのだから。

845タイトル未定 9  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:48:32 ID:9yaTnsNo
 三発目が来ないのを確認して、屍はゆっくりと立ち上がる。
 隻眼は真剣の如き鋭さを持って乱入者を貫いた。
 その視線の先には、先ほど屍が置いてきた少年が悠然と立っていた。
 彼の放つ殺気が無ければ、屍は鮫に呑まれていただろう。
 甲斐氷太――この男もまた、ゲームに乗った殺戮者だ。
 屍は内心、不快を感じていた。
 追ってきているのは知っていたが、まさかここまで詰められていたとは――。
 だが、この男をここまで近づけたのは屍のミスではなく、
 制限による各種感覚の能力低下が原因だった。
「掃除すべき屑がまた一つ。ジャンキー風情が手間を掛けさせやがる……」
「あぁ!? 俺の方が先客だろうが。それを無視して走ってったのはお前だぜ? 
ったく舐めた真似しやがって」
「あたくしを――」
 火花を散らす男二人に対して、蚊帳の外に弾き出された小早川奈津子が
 憤慨する。
 しかし、
「参加者の保護が優先だ。おまえ如きに構ってられるか」
「……じゃあ次はそこで寝てるガキを悪魔で食い千切ってやるよ」
「あたくしの――」
 正義の天使は全く相手にされていない。
 それどころかまるで眼中に無いかのような扱いだ。
 甲斐氷太はボルカンの方へと目を向け、屍は相手の出方を伺っている。
「つけ上がるなよ、小僧。俺はそれほど気の長いタチじゃない」
「はっ、三流の脅し文句だぜそりゃあ。
さっきみてえに睨んでるだけの方がよっぽどスゴ味が利いてたぜ」
 さすがの甲斐も『凍らせ屋』と真っ正面からガンを付け合えば、
 背筋が凍って行動不能にならないまでも、相手に一歩譲らざるを得ないようだ。
 屍が放つ気は並の強者のものではない。
 魔界都市において実力でスジを通してきた者のみが放てる覇気なのだ。
 その気に押されて、大抵の人物は屍の格を知る。

846タイトル未定 10  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:49:14 ID:9yaTnsNo
 だがその場にはただ一人、徹頭徹尾に空気を読まない人物がいた。
 その名は小早川奈津子。
 人呼んで北京の女帝etc……。
 彼女は今、度重なる凡夫の無礼によって心底怒りを蓄えていた。
 二人の背後で怒鳴ったり手を振り上げたりしていたが、一向に反応が無い。
 ゆえに懐広く、慈悲深い正義の天使と言えども、もう我慢の限界だった。
 鉄槌を放たずにはいられない。
 彼女は、静かに腰を落として路地のマンホールに手を掛けた。
 怒りで手が震えるが、芋虫と形容されるその指はなんら抵抗無く鉄塊を
 地面より掴み上げる。
 負傷した右腕が少し痛むが、怒りはそれを押し流した。
 そして相変わらず無視を続ける男二人の方へと向き直り、
「あたしの話をお聞きっ!!」
 巨体に似合わないステップで勢いをつけてから、
 まるで円盤を投げるかのような軽やかさでマンホールの蓋を投擲した。

 甲斐は視界正面にその鉄塊を捕らえ、屍は持ち前の直感力で危機を察した。
 二人がかろうじて屈めた頭上を洒落にならない速度でマンホールの蓋が
 飛び去って行った。
 直撃して頭が吹き飛ばない人類は存在しないであろう威力を誇るその円盤は、
 男二人の数メートル後ろの塀に衝突。
 ビル破砕機のようにその壁面を打ち抜いて住宅に悲鳴を挙げさせた。
 頭を上げた甲斐がただちに現状を理解して罵倒の叫びをぶつけた。
「おいっ! 空気読めよ肉ダルマ!!」
「に、に、肉……!」
 もはや小早川奈津子は言語を用いて返すことができない。
 女傑の怒りは頂点に達したのだ。
 彼女の脳内で壮大な富士山噴火のエフェクトが立ち上がり、
 それは徹底的な激怒を呼び起こした。
 もはや止められる者は存在しない。
「――っ、覚悟おしっ!!」
 長き険しき努力の末にようやく一言捻り出すと、
 小早川奈津子は傍らの長剣を手に取り、一人の修羅となって突撃した。

847タイトル未定 11  ◆CDh8kojB1Q:2007/01/01(月) 20:50:23 ID:9yaTnsNo
【A-3/市街地/一日目/18:45】

【屍刑四郎】
[状態]健康、生物兵器感染
[装備]なし
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1800ml)
[思考]ボルカンを救出し、怪物と甲斐を打ちのめす
[備考]服は石油製品ではないので、影響なし

【ボルカノ・ボルカン】
[状態]たんこぶ、左腕骨折、生物兵器感染、現在昏倒中
[装備]かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)、
[道具]デイパック(支給品一式、パン四食分、水1600ml)
[思考]とにかく逃げたい
[備考] 服は石油製品ではないので、影響なし

【甲斐氷太】
[状態]肩の出血は止まった、あちこちに打撲、最高にハイ、生物兵器感染
[装備]カプセル(ポケットに十数錠)、煙草(湿気たが気づいていない)
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1500ml)
   煙草(残り十一本)、カプセル(大量)
[思考]屍や怪物と戦う、怪物うぜぇ
[備考]生物兵器の効果が出るのはしばらく先、
   かなりの戦気高揚のために痛覚・冷静な判断力の低下

848絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:16:28 ID:Ixp5b3uM
 人は本当の恐怖と相対した時、どんな反応を示すのだろう?
 震えるか? 立ち竦むか? 命乞いか? はてまた崇めるか?
(違う)
 ウルペンは首を振った。
 それは単純なものではない。そんなひと言で表せるようなものではない。
 体が震えている。もとより体は五体満足よりほど遠い。だが、彼を苛んでいるのは体の欠損などではない。
 眩暈がする。吐き気がする。脳が裏返り、地面を足が掴んでいられない。 
 生きたまま内臓を全て引き抜かれるような激痛と虚脱。体がくの字に折れ、自然と視界が下を向く。
 足下には仮面を被った死体がある。エドワース・シーズワークス・マークウィッスル。その骨と皮。
 念糸は強力な武器だ。そして訓練された念糸使いが用いれば、不可避の武器にすらなる。
 速度、距離、隔てる物質――すべて無効化し、念糸は相手に届く。
 もとよりそれは思念の通路。耳を塞いでいたって言葉は届く。だから念糸は如何なる手段であっても防げない。
 ――本当に?
 本当に、死んだのか?
『未来永劫、お前は何も信じられまい』
 EDの視線と言葉は極めて鋭く、それはまるですり抜けるようにウルペンの心臓を突き刺した。
 動揺と激しい動悸に、ウルペンは知らず呼吸を乱す。
 空気が足りない。血液が足りない。光が足りない。全て不足している。
 世界の全てが信用できない。
 呼吸しているのは毒素ではないか? 体を巡っているのは熱湯ではないか? 眼前の世界は虚像ではないか?
 妄想だ。そう一蹴できた。できたはずだ。
 信じることが出来れば。

849絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:17:39 ID:Ixp5b3uM
「はっ――あ」
 喘ぐ。だが取り入れたいのは生存のための酸素ではなく、存在のための真実。
 地面の存在を信じることが出来なければ、人は外を歩くことも出来ない。
 空の不動を信じることが出来なければ、人は空が堕ちてくることを恐れる。
 ウルペンは転がっている骸の脇で膝を折り、その仮面に手をかけた。
(俺の、俺の絶望。それすらも確かなものでは無いというのか?)
 仮面を剥がす為に力を込める。込めたつもりだった。
 動かない。仮面はぴくりともしない。
 だがその理由さえ分からない。仮面がキツイだけか? それとも無自覚の拒絶か?
(これで証明されるのならば――)
 眼球が零れるほど目を見開き、ウルペンはもう一度力を込めた。
 今度は、あっさりと仮面をむしり取ることに成功する。
「……あ」
 そして、直視した。直視してしまった。
「……ああ」
 EDの仮面の下。念糸の効果でミイラ化し、人相さえ分からないはずのその表情。
 だがその眼球は――いまもなお鮮明に、ウルペンを睨んでいる。
 萎んでいるはずの双眸が永劫に彼を糾弾し続けている。
 まるで水晶眼だ。死体は腐敗してもこの視線は不滅だろう。永久にその弾劾を閉じこめたままだろう。
「ひっ――!」
 悲鳴を上げた。弾けたバネ仕掛けのように死体から飛び退く。
 死体から遠ざかり、それでもウルペンは二、三歩よろめくように後退した。
 足りない。どれだけ逃げても逃げられない。
 この死体は死んでいない。
 怪物だ。怪物領域があった。その仮面の下に隠していた!

850絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:18:50 ID:Ixp5b3uM
「あ、あああ」
 右手を見る。引き剥がした仮面を落としていなかったのは、単純に筋肉が硬直していた所為だろう。
 仮面という単語は、すぐに黒衣を連想させた。逆しまの聖人。その中は空洞だと思わせることで、怪物に皮一枚だけ近づいた者達。
 かつて、ウルペンもその格好をしていた。黒衣の内側。そこは帝都だった。確約された安息の場所。
 震える手で、仮面を自分の顔に押しつける。だが。
「違う!」
 そのまま顔の上半分を覆う仮面を肉に食い込ませるように押しつけ、絶叫する。
「俺が求めていたのは……こんな、ものではっ!」
 かつての安寧はない。あるのはただの寒々しい行為とその感触のみ。
 よろめき、尻餅をつくように座り込むと、ウルペンはそのまま両手で顔を覆った。
 泣くのではない。その撫でるような感触すら信じられないのだから。
(分かっていたはずだった。俺はかつて死んだ。だがここにいる)
 いずれ果たされるべき約束は破られた。契約は信用できない。
 死んだはずの自分が生きている。死してすら確たる物が手に入らない――
『未来永劫、お前は――』
「やめろ……やめろっ……」
 耳朶にいつまでも残響する呪いの言葉を振り払うように、ウルペンはかぶりを振った。じりじりと死体から遠ざかる。
 ED。戦地調停士。己の舌先と謀略のみで問題を解決する者。
 故に、彼の言葉はこの世の如何なる刃よりも鋭い。
 そして、鋭すぎた。振るうのを加減する者が居なければ、それはどこまでも切り裂いてしまう。
 彼の最後の言葉は、放たれた。放たれただけだった。振るう本人が死んでしまったのだから、誰もフォローは出来ない。
 あるいはEDが生存していたのなら、抉られた心を利用することもできただろう。
 それでも現実には誰もいない。EDの残した呪いに縛られているウルペン以外には。
『――何も信じられまい』
「――ぁぁああああああアアア!」
 叫び、駆け出す――EDから受け取った地図を粉々に引き裂き、今しがた侵入してきた地上との出入り口へと。
 怖かった。ただひたすらに怖かった。あの男の言葉が現実になるのが恐ろしかった。
 あの男の地図が真実ならば、あの男の口走った予定は予言になる。そんな気がしてならなかった。

851絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:20:09 ID:Ixp5b3uM
 地上に出る。清涼な夜気を口にしても動悸は収まらない。ウルペンは走り続けた。
 気が付くと声が響いていた。強い声。どこかミズー・ビアンカを髣髴とさせる。そんな声。
 島全土に響いているのだろう。ウルペンは絶望を叫びながらそれを聞いた――

『忌まわしき未知の問い掛けに弄ばれる者達よ』

『あたくしは進撃します』

『あたくしは怒りに身を任せない』

『あたくしは諦めに心を委ねない』

『あたくしを動かすのは……』

『……決意だけよ!!』

「――なにを根拠に信じればいい!」
 立ち止まる。それは息が続かなくなっていたためでもあったが、放送の主に癇癪をぶつける為でもあった。
 何故、そんな言葉が言える。何故、そんな確信を込められる。言葉などというあやふやな物に。
「――いつだって求めてきた! 八年もだ! それなのに見つからなかった!」
 アストラは彼の物にならなかった。
 彼女を愛していた。それだけは確かな物だと信じたかった。
 だが、それを唯一肯定してくれた義妹は、死んだ。

852絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:21:08 ID:Ixp5b3uM
「おまえの言葉は確かな物か!? アマワに約束でもされたか!? ならばそれは果たされない!」
 帝都は滅び去った。ベスポルトは死んだ。ウルペンは死んだ。約束は果たされなかった。
 地面に膝を突き、狂ったように頭を掻きむしる――髪が引きちぎられる痛みも、今は心地良い。
「おまえの決意とやらは確たる物か!? それが精霊に弄ばれているのだとしてもか!」
 駄々を捏ねる子供のように、ウルペンは吼える。赤く裂けた空に、慟哭を投げかける。
 ――まるで血の色だ。未来を暗示させる。
 これは開幕の宣言となり得ないだろう。ウルペンは胸中でそう断じた。
 これは絶望で塗りたくられる予兆だ。かつて彼の帝都を焼き尽くした二匹の獣。彼女たちと同じ炎の色。
 業火の力――すべてを虚無に飲み込む。
「……殺すまでもない。貴様は散々アマワに弄ばれ、それを決意と勘違いしたまま死ぬがいい」
 鬱憤をすべて吐き出した後、最後にぽつりと付け加える。
 声が小さくなったのは、自身の台詞に覚えがあったからだ。
(精霊に弄ばれ死ぬ、か)
 ――まるで、生前の自分だ。
 吐き捨て、立ち上がる。
 激昂は体力と気力を消耗させた。放送の直前まで眠り続けることとしよう。
 そうして、粉菓子のようなすかすかの決意だけで歩みを始めた時。

853絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:22:34 ID:Ixp5b3uM
「……見つけた」
 茂みから、金属製の筒のような物を構えた男が出てきた。
 赤銅色の髪。常にやる気のなさそうだった顔は、あの時のまま無表情という絶望に凍り付いている。
 ウルペンは、その男に見覚えがあった。
(……契約者)
 自分の意志は信じられると断言した黒髪の少女。その連れだ。名前は――ハーベイ、とか言ったか。
「……あれからずっとあんたを探してた。叫んでるなんて思わなかった」
 自分自身に確認するような口調で呟きながら、その男はこちらを射程に納めた。
 筒の穴をこちらに向け、殺意を放射してくる。念糸で片腕を破壊したはずだが、いまは五体満足のようだ。
 どうやら叫び声を聞きつけてきたらしい。だが真に恐るべきはこの瞬間にウルペンの近くにいたという幸運よりも、その執念か。
「お前は殺す。けど、その前に答えろ。なんでキーリを殺した」
 表情はほとんど変えないまま、だが強く睨み付けてくる。
 念糸の効果を知り、警戒しているのだろう。武器は例の自動的に動く腕が握っている。
 金属製の筒は、ウルペンも似たような物をこの島で何度か見ていた。
 ボウガンのような武器だろう――威力も速度も桁違いだが。
 何にせよ、すでに照準されているのなら、念糸では対抗できない。
(図らずとも、いままでとは逆の状況になったか)
 命を握られ、質問を強要される。
 それを不快と感じないのは、ウルペンが打ちのめされた後だったからだろう。これ以上は倒れようがない。
 問いに答えるのは簡単だった。だが、その前にすべきことがある。
 ウルペンはかつてのように、質問を投げかけた。
「お前は……確かなものを提示できるか?」
 殺されるかも知れない――
 その可能性はあった。それを恐れる気にもなれないが。
 だが意外にも、赤銅髪の男は律儀に返してきた。僅かに考え込むようにしてから、告げてくる。

854絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:23:21 ID:Ixp5b3uM
「……面倒くさくて今まで考えないようにしてたけど、無くしてみて分かった。
 俺にもあったんだ。あんなナリでも、キーリは俺にとって大きな存在だった。
 不死人として惑星中を彷徨ったけど、俺はあいつが……あー、なんだ。
 上手く言えないけど、一番くらいに大切だったんだ」
 普段はほとんど無口で、喋ったとしてもぶっきらぼうなこの不死人は、かつて無いほどに長く言葉を紡いだ。
 ――何十年も惑星を歩いて、それ以上の年月を不死の兵士として過ごして。
 殺伐と無味乾燥な日々。戦争中はレゾンデートルの為に何となく殺して、戦後はすることもなく何となく放浪した。
 そして、いつのまにかあの少女がついてきた。兵長を埋葬しに行く途中だった。
 兵長とはそれほど仲が良かったわけではない。当然だ。自分が殺してしまったのだから。
 あるのは罪悪感だけで、言ってしまえば腫物だった。
 過去の清算。埋葬を引き受けたのも、そんな思いがどこかにあったからかもしれない。
 いつからだろう。その気持ちが薄れていったのは。
 いつからだろう。キーリと兵長との三人旅から抜け出せなくなってしまったのは。
 幸せなんてぬるま湯と同じだ。浸かっている間は暖かくても、そこから出てしまえば風邪を引く。
 絶対に、後のタメになんか、ならないのに――
 ……いつからだろう。それにずっと浸っていたいと思い始めてしまったのは。
 ウルペンはそれを聞いていた。僅かに沈黙し、そしてさらに問いを重ねる。
「それは、愛していたということか?」
「……かもな」 
 ハーヴェイもしばし黙考した後、そう返した。
 とても不器用な言葉だったが、それでも確かなものだったのかも知れない。
 だったのかも、知れない。

855絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:24:10 ID:Ixp5b3uM
 ウルペンは即座に返した。刃の切っ先を向けるように、辛辣に言葉を突きつける。
「ならば、なぜ俺を殺そうとする?」
「……命乞い?」
「そうではない」
 今となっては、死すらも確たる物ではない。
 生命を失っても、こうして動き回るのではないか? そも、今の自分は生きているのか?
 ある意味目の前の不死人よりも、ウルペンにとって『死』は遠い。
「俺を殺して、お前は何か得るものがあるのか? あの娘が帰ってくるわけではあるまい。
 俺が、奪ったのだから」
「……それを殺した本人が聞くかよ」
「問われなければ、解答を得る機会もあるまい?」
「知るか。とにかく、殺す」
「――そうか」
 無感情に即答してくる男を見て――
 ウルペンが浮かべたのは、失望の表情だった。
「ならば、あの娘の意志とやらもその程度のものだったというわけか」
「……ヨアヒムより腹の立つ奴がいるなんて思いもしなかった」
 それが、合図だった。

856絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:24:53 ID:Ixp5b3uM
 体勢を低くしたウルペンが、ハーヴェイの懐に飛び込んでくる。
 ハーヴェイもそれに反応していた。悠久に近い時を生きる不死人。兵士として過ごした年月は誰よりも長い。
 構えた拳銃を撃つ。遅れて紡がれたウルペンの念糸が放たれる。
 着弾は、やはり弾丸の方が早かった。
 血と、ウルペンの装面していたEDの仮面が飛ぶ。黒衣を身に纏った体がよろめく。
 だがウルペンは絶命していなかった。弾は仮面を掠め、かつて奪われた方の眼球を削っただけである。
 二発目を撃つ前に、念糸がハーヴェイの肩――義手と二の腕の境目を捉える。
「この――!」
 振り払おうとしても、念糸には干渉できない。
 パン、という袋を破裂させたような音。ハーヴェイの右肩が干涸らび、骨と皮だけなる。
 それでも義手は動いていた。肘だけを曲げ、器用にウルペンを狙い――
 その義手をウルペンが掴んだ。袖から覗いた金属骨格に残った指を絡ませ、脆くなった接合部から一息とかけずに千切りとる。
 そしてそれを鞭のようにして、ウルペンは義手をハーヴェイの顔面に叩きつけた。衝撃で金属の指から拳銃がこぼれ落ちる。
 地面に落ちた危険な金属塊を蹴飛ばしながら、ウルペンはもう一度義手を振り上げた。
「……おい」
 だが、それが振り下ろされることはなかった。
 ウルペンの右手首が掴まれている。顔面、それも目の近くを打たれたというのに、ハーヴェイは怯む様子もない。
 驚愕に、ウルペンは目を見開いた。それが隙だった。
 ハーヴェイが手首を掴んだまま背後に回り込み、そのまま俯せに押し倒す。
 そしてトドメとばかりに関節を捻っていく。抵抗しようとしても、力ではウルペンに勝ち目はない。
 不死人が兵器として有効だったのはそのタフネスと、自身が自壊するほどの筋力を容易に発揮できるからだ。
 ハーヴェイは躊躇いもせず、相手の関節を稼働限界以上にねじり上げた。なんら抵抗無く、関節がおかしな方向に曲がる。
 どこか遠くで再度、乾いた音が響くのをハーヴェイは聞いていた。念糸の炸裂音。
 だが痛痒は感じない。痛覚を遮断することは、不死の兵士にとって容易い。
 三撃目を喰らうよりも早く、殺す。抵抗力を奪ったところで、次は首をへし折ろうとハーヴェイは決めていた。

857絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:26:16 ID:Ixp5b3uM
 だが首筋に手を伸ばした刹那、メキメキと嫌な音が背後から響く。
「……!」
 咄嗟に背後を振り向くと、抱きついても両手が回りきらないほどの大木がこちらに倒れてくるところだった。
 弾けた木片が頬に当たる。幹の折れた部分が、まるでそこだけ脆くなったようにボロボロになっていた。
 銀の糸が、視界の隅で閃く。
 どうやら先程の二撃目はこの木を壊死させたらしい。なるほど。威力を調節すれば倒す方向を定めるのは簡単だろう。
 だが、不死人にとってこんな事態はピンチでも何でもない。
 木が倒れてくるよりも早く、ウルペンの首をへし折る。それで終わりだ。
 ハーヴェイはすぐに視線を戻した。木に注意を取られていたのは一秒足らず。腕の折れている敵が脱出できるはずはない。
 ――その、はずだ。
 だがその理論とは逆に、現実のハーヴェイは地面に突っ伏していた。
 ハーヴェイと地面の間にウルペンは、いない。欠片も存在していない。
「……腕を掴まれたままだったのなら、相討ち以上にはならなかっただろうな」
 底冷えのする声が、間近で響く。
 見ると、ウルペンはいつの間にかハーヴェイの傍らに立っていた。不死人の首筋を容赦なく踏みつけている。
「がっ!?」
 地面に押しつけられ、気道が塞がる感触に唾を吐きだす。
 死ににくいとはいえ、基本的な構造は人間と同じだ。頸動脈を圧迫され、脳に血液が回らなくなれば意識は保てない。
 次々と機能を放棄する脳髄。こういう時は決まって、ろくなことを思いつかない。
(なんで……折ったのに動けるんだ……?)
 起死回生の手段だとかそういうものではなく、ハーヴェイが疑問に思ったのはそんな些細なことだった。
 ウルペンの肘関節はまだ奇妙な方向に曲がったままだ。が、腕を一振りするだけで正常な形に戻る。
 折れていない――その理不尽を見せつけるかのように、ウルペンは右腕の先をハーヴェイに向けた。
 血が足りなくてぼやける視界。白く歪んだその世界で、相手の指先から放たれた銀の糸は一際美しく見えた。
 念糸が接続され、ハーヴェイの体から水分を奪っていく。
 ――『心臓』がある限り不死人は無敵。だが、それを被う肉の鎧がない状態で『核』は大木の一撃に耐えられるか?
 暗転し始めた思考回路で、そんなことを考えられる筈もなかったが。
 幻覚が見え始める。眼前の黒衣とだぶるように、黒い影がウルペンに覆い被さっている。
 幻聴も聞こえる。小さな罵声と泣き声は、満足に目的を果たすことも出来なかった自分の物だろうか?
(キー……リ……)
 赤銅色の不死人は、最期にその名前を呟く。
 そして倒壊する大木の速度が零になった瞬間、体の中心で何かが砕ける音を聞いた。

858絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:27:22 ID:Ixp5b3uM
◇◇◇

 大木が地面に倒れるよりも一瞬早く、ウルペンはその場から飛び退いていた。
 轟音と地響き。乾いた体からは血も飛び散らず、骨の砕ける音だけを耳朶に捉える。
 木の下から覗いている相手の四肢はぴくりとも動かず、ひたすらに死の感触しか伝えてこない。
 敵は死んだ。契約者を殺した。
「……さて、それは事実か?」
 呟き、死体を蹴飛ばしてみる。反応はない。本当に?
 契約の有効性。契約者の死。どちらも信じ切ることが出来ない。
「だが、どちらも同じことか」
 ウルペンは笑った。可笑しくもなく、嘲るでもない。それは完全に空虚で、薄ら寒い、感情のない微笑みだった。
 信じられないのなら、事実は無意味だ。虚無と妄想に生きるしかない。
 だが、彼にはまだやることがある。
 森の中の不確かな地面に、靴の裏を叩きつける。ミシリという音と、金属の感触。
 月明かりを頼りに、ウルペンは拾い上げた。先程、いつの間にか落としていた勝手に動く腕が、今まさに拾おうとしていた拳銃を。
 金属の腕を踏みつけ動けないようにし、ほとんど銃口を押しつけるようにして撃つ。
 顔をしかめた。思わず反動で取り落としそうになったのだ。小指と薬指がなければ、こんな動作にも苦労する。
 それでもウルペンは時間をかけて全弾を義手に叩き込んだ。衝撃にフレームが曲がり、ケーブルが切れる。
 最後に弱々しいモーター音をひとつだけあげて、義手は活動を停止した。
 ウルペンは軽くなった拳銃を捨てた。きびすを返し、その場を後にする。
「アマワ……貴様の契約が確たる物でないのなら、俺は貴様を殺しに行くぞ」
 周囲に人の気配はないが、それでも夜空に宣告する。
 どうせどこかで聞いているだろう。問題はどうやって引きずり出すかだ。
「決まっている。全て殺して俺だけになれば、確かな物は残らない」
 絶望すら信じることが出来なくなっても、やるべきことは変わらない。
 アマワに答えを捧げよう。貴様の求める物は手に入らないのだと教えてやろう。
(俺は虚無だ。何もない男だ)
 何も信じることができない、あやふやな存在だ。
 だが、それでいい。
「どうせこの盤上遊技も貴様の下らない問いかけなのだろう、アマワよ!
 ならば俺がそれを終わらせてやろう! お前を破滅させてやる!」
 ――この島から、俺がすべて奪った時に残る物。
 それはとても不明瞭で、グシャグシャの、底抜けにグロテスクなものに違いない。
 ウルペンは高らかに笑い始めた。それはまるで精霊のように、どこまでも狂気に純化した哄笑だった。

859絶望咆吼  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/04(日) 20:28:06 ID:Ixp5b3uM
【017 ハーヴェイ 死亡】


【B-6/森/1日目・21:40頃】
【ウルペン】
[状態]:左腕が肩から焼け落ちている/疲労/狂気
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考]:参加者を皆殺しにし、アマワも殺す。
[備考]:第二回放送を冒頭しか聞いていません。黒幕はアマワだと認識しています。
    第三回放送を聞いていたかどうかは不明です。
    チサトの姓がカザミだと知り、チサトの容姿についての情報を得ました。
    これからは質問等に執着することなく、参加者を皆殺しにするつもりです。

※【B-6/森】に破損したEDの仮面、壊れたハーヴェイの義手、Eマグ(弾数0)が落ちています。

860機械仕掛の魔道士 ◆I3UY/iwT0o:2007/02/15(木) 01:18:40 ID:10YvUZzQ

カリオストロ。サン・ジェルマン。パラケルスス。シュー・フー。

 そう呼ばれたのは昔の話―――――。


※※※

 細葉巻(シガリロ)を曇らせながら、この部屋の主―――――イザーク・フェルナンド・フォン・ケンプファーは目を細めた。
モニターには当初の目的であるデータが随時更新されつつある。
 我が君―――――カイン・ナイトロードは一度灰となった。
原因は宇宙から地球に向かって放り出されために。
自身の弟の手によって。
だが彼の中に巣食う破壊者達は死んではいなかった。長い時間を有し蘇生。復活。
しかしまだ完全ではない。
かつて、同胞達と共に六百万人を殺戮したカインはまだ不完全な存在。
 我々、薔薇十字騎士団が何の理由もなく誰かに力を貸す事は無い。
目的があり、利益があるからこそ彼等に力を貸しているのだ。
彼等は彼等の目的に夢中になってればいい。
その間に私達は私達で、この殺し合いの真の目的を果たさせてもらう。
 私達の目的――――。
 参加者達の戦闘データを集めること。詳しくはその能力のデータ収集し、カイン復活の資料にするのが目的。
人間誰しも自身の命の危機には予想以上の力がでる。
だからこそ、この環境はデータ収集にもってこいの環境であった。
 盗聴やら刻印とやらもコチラにとってはデータを効率よく採取するための道具に過ぎない。
 盗聴は作戦中の暇つぶしの道具。少し能力を持つ参加者ならば発見できてしまうチャチな代物。
 刻印も盗聴機器とそんなに変わらない。付け加えると我々に対する抑止効果とデータ収集の効率をよくするためでもある。
 神野蔭之の刻印制作を手伝ったのもこのためだ。
データを収集するからには詳しくて、できるかぎり多いデータが欲しい。
 刻印の中に参加者達の能力観測用の魔術(アルチ)を施さしてもらった。
そのデータが目の前のモニターに今もなお、写しだされている。
 ダナティア達、一行にはとても感謝している。
あそこまで騒ぎを大きくしてくれなければ、この巨大な“力”の観測には成功しなかったであろう。
 ウルトプライド、黒魔術、白魔術、etc、etc………。

この短い時間でここまでしてくれるとは。

861機械仕掛の魔道士 ◆I3UY/iwT0o:2007/02/15(木) 01:20:13 ID:10YvUZzQ
※※※

 実はもう一つ、困難とされ廃棄された作戦がある。

 それがクルースニク02の覚醒。
当初の目的では“02”もこのゲームに参加させる予定ではあった。
 勿論、コチラの独断でだ。
しかし、その存在はこちらの作戦をも破壊してしまう力を持つ。
アレが本気になれば私達はもちろん、依頼者も只ではすまない。
このゲームの崩壊。それだけは回避しなくてはならない。


 短くなった細葉巻を灰皿に押しつける。
そろそろ放送の時間だ。

「安心、それが人間の最も近くにいる敵である――――シェークスピア」

 そう呟いた時、モニター上の生存を表していた光が複数個消えた。
 その一つには見覚えがあった。
 ナンバーは…………………。

「NO.26か」

 私もディートリッヒの事は言えないらしい。
(私も人を見る目は無いか………)
死亡者リストを手に取るとケンプファーは立ち上がった。


魔術師の指先が奏でしは、
破壊と殺戮の交響曲
彼の伴奏にあわせて、いざ詠え、堕落せし者よ。
─────我ら、炎によりて世界を更新せん!


【23:55分頃】

862怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 14:55:49 ID:H59YxF2c
 ――眼下にある少年の体。死に体に近かったはずのその体に、意志の光が灯される。 
 開かれた竜堂終の双眸に己の姿を映し、古泉一樹は空気の塊を喉の奥に落とした。
 振り下ろすはずだったナイフの切っ先が震え、静止する。
 胴を文字通り一刀両断されておいて、これほどの短時間で意識を回復するという異常。
 神仙が一、風と音を操る西海白竜王。終がその化身であることを、古泉は知らない。
 魔界医師メフィスト。終の治療を行ったその超人が死者すら蘇らせる奇跡の担い手であることを、古泉は知らない。
 ――その無知故に、古泉一樹は驚愕した。不随筋すらも硬直したと錯覚させる未知の衝撃が彼を不意打ちした。
「――あ」
 喉の奥からようやく絞り出せた、短い無様な声。
 知らない。こんな感情は知らない。
 背筋が爛れるような灼熱を、古泉は知らない。
 脳天から喉の辺りまで貫く怖気を、古泉は知らない。
 意識という手綱を越えて体を震わせる痺れを、古泉は知らない。
 知らない。知らない。知らない。大鎌を携えた死神が、自分のすぐ隣に佇んでいる感触なんて知らない。
 ――ならばどうなる? 自分はどうなる?
 三つ路地を曲がった先に殺人鬼が居ることを知らなければ、人は鼻歌を歌いながらそこに辿り着く。
 二歩先に落とし穴があることを知らなければ、人は容易くそれを踏み抜く。
 一秒後に銃弾が自分の頭部を貫くことを知らなければ、人は笑いながらその表情を散らす。
 だが、その死はすべて回避できたものの筈だ。
 自分は死ぬ? ここで死ぬ? 何も出来ずに死体になる?
 ――余人には予想を許さない理不尽。そんなものに自分は殺される?

863怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 14:56:56 ID:H59YxF2c
(それは……少々遠慮願いたいですね)
 いつものようにやんわりと、だが断固として拒絶する。
 目的がある。自分には果たすべき目的がある。
 帰るのだ。あの日々に。取り戻すのだ。あの日々を。
 世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団。興味を引いて止まなかったかしましい団長。
 その団長に振り回されていた男は、よく自分とゲームに興じていた。手元には常に彼女が淹れた甘露があった。
 それは涼宮ハルヒを中心とした綱渡りのような関係だったが、それでも――
(彼に言っても信用して貰えないでしょうが――ええ、認めます。僕は気に入っていましたよ。あの奇妙な関係をね)
 だが、奪われた。彼らは即座に殺された。勝手にこんなゲームに放り込まれて殺された。
 理解は出来る。いまだ生存している長門有希を除けば、彼らは戦闘に長けていたわけではない。殺し合いを知らなかった。
 それでも納得は出来ない。彼らは殺された。知らなかったというだけで殺された!
 ならばどうする? 奪われたのならどうする?
 ――確認のためだけの自問自答。答えはすでに決まっている。
 喪失を取り戻せるのは生者だけだ。ならば古泉一樹は反逆しよう。超常に対して食らいつき、覆い被さる理不尽を突破する。
 さあ考えろ。彼我の戦力差を、現在の状況を、為すべきことを。すべて飲み下しかき混ぜ生存のための行動を提示せよ。
 ――思考するのに時間はかからない。
 丹田の辺りから沸き上がる熱波に急かされるように、思考回路は無限に加速する。
 血液が足りないのか、あるいは気絶から回復したばかりだからか、敵の焦点は合っていない。
 だが油断するな。敵はすぐにピントを取り戻すだろう。取り戻せば古泉一樹は終わる。
 最大にして最短のアドバンテージ。それが終わるまでに行動を終了させろ。

864怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 14:58:23 ID:H59YxF2c
 並列する思考。一瞬の逡巡で万の手立てを模索する。
 ――説得する? 否。すでに自分は敵対している。聞き入れられるとは思えない。
 ――投降する? 否。崩壊しかけの不安定な集団に捕らえられれば生かされる保証はない。
 ――逃亡する? 否。すでに顔と名前を覚えられた。情報が出回れば、単独で勝ち抜けない自分は生存できない。
 否否否。無限に近い選択肢。それが次々と否決される。焦燥に狂乱し、叫び出したくなる衝動を抑え込む。
 最終的に残った選択肢はひとつ。これならば問題はすべて解決する。
 だが可能か。古泉にとって最大の敗北は死。この行動はそのリスクに直結している。
 ――否。それこそ否。舞台を整えておいて何を今更。
 白刃は振り上げた。何を躊躇うことがある。すでに殺人の一歩を踏み出しているのだ。あとは駆け出し踏破しろ!
 ナイフを振り下ろす。殺傷の軌跡はどこまでも直線を描き、そして目標に到達する。
 引き延ばされもせず、ただ刹那的な経過の後、肉を抉る不快な感触が右腕を支配する。
 だが、すぐに終わった。金属の陵辱が、それ以上の硬度によって阻まれる。
 至近距離での銃撃すら防ぎきる竜麟。何者であっても突破できない。
(外れた――!)
 衝動に任せた一撃は正確さを欠いていた。傷口を正確に穿たなければ、古泉一樹は竜を殺せない。
 そしてこのミスは最悪だった。痛みは茫洋とした意識を引き戻し、怪物を覚醒させる。
 振るわれる剛力。左腕の折れる感触。
 竜堂終が寝転がったまま放った不完全な一撃は、それでも古泉の左腕をへし折った。そのまま吹き飛ばされる。

865怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 14:59:37 ID:H59YxF2c
「――ぐぅッ!」
 地面に叩きつけられ、古泉が悲鳴を上げる。痛みは怒りを呼び起こさず、灼熱した殺人への衝動を退避させた。
 残るのは骨折の痛痒。死に対する恐怖。
 古泉とて戦闘に慣れているわけではない。これは閉鎖空間での神人狩りとは違う。有効な一手を持っていない。
 怖い。痛い。死にたくない。固めていたはずの意気が消失していく。
 萎縮する勇気。生存本能が逃走と命乞いを勧告する。
 抵抗は無駄だ。歯向かうのは無駄だ。逃避以外は全て無駄だ。
 ――そうだ。無駄だ。古泉一樹に力はない。あくまで口先三寸と誘導で勝利せねばならなかった。
 それをこうして殺し合いに発展させてしまった己の無様さ。それを悔いて死ぬ。それを悔いて死ね。沈むほどの悔恨に殺されろ。
 脳内を埋め尽くす諦観の群れ。古泉一樹はそれに圧倒され――
「……嫌ですね。そんなのは」
 ――だが、退けた。
 絶望的境地。それでも古泉は立ち上がる。折れていない右腕で砂を握りしめ、激痛に息を漏らしながら立ち上がる。
 すでに彼を突き動かしていた灼熱は冷え切った。突破しようとする狂乱も消え去った。
 だが彼は抜け殻ではない。彼の体を支配していたものはほとんどが消え去ったが、それでもまだ残っている。
 それは決して残滓などではない。むしろ確固たる――
「僕にだって……意地があるっ!」
 ――意志だ。奇妙で平穏なSOS団を望む、古泉一樹の意志だ。
 目前では怪物がゆっくりとした動作で立ち上がっている。鋭い眼光。どこまでも刺し貫く竜王の視線。
 彼我の戦力は圧倒的。無敵の防御たる竜麟。不完全ながら一撃で骨を砕く腕力。対して自分のなんと脆弱なことか。
 それでも古泉一樹は前進する。ただひとつの目的のために。
 意志とは貫くもの。ありとあらゆる障害を蹂躙し、成し遂げるものだ。
 そう――古泉一樹には、意志がある。

866怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 15:00:26 ID:H59YxF2c
(打てて後一度、ってところか)
 直感で、それを察する。
 その打撃で眼前の敵を打ち砕くのは容易だろう。
 だがその後は? 竜の筋力で全力を放てば、いかにメフィストの施した固定とはいえ耐えられるかどうか未知数だ。
 最悪、胴体は再び分裂するだろう。そしてどうやら魔界医師は近くにいないようだ。今度は治療されない。
 そもそも周囲に人の気配が全くない――いや、それも当然か。まるで地獄を背負って連れてきたような二人の少女を思い出す。
 あれからどうなったのかは分からないが、満足に走ることも出来ないような今の状況で声高に助けを叫ぶ愚は冒せない。
 そして相手は自分を殺そうとしている。加えて竜堂終は自殺志願者ではない。ならば、
(ここで倒すしか、ない)
 覚悟を決め、格闘の構えを取る。
 竜の転生体であるその身は既に傷を修復し始めていたが、恐らく間に合わないだろう。決着はすぐに訪れる。
 敵の格好には見覚えがあった。先のマンションで従姉妹の仇を告げられ、反応して容易く激昂した自分の隙を利用された。
 ……ああ、つまり。
 直結する思考。閃く想像。容易く象となって脳裏を支配する。
 あの後は、慌ただしくて考える余裕もなかったが。
 目の前にいるこいつは、茉理ちゃんの仇の仲間、なのか。
 古泉とパイフウの同盟がいつからなのか、終には分からない。
 マンションに訪れる直前か? それとも暴れ出した瞬間からか?
 だが、もしかしたら。もしも初期から組んでいたとしたら。
 自分の助けを呼んでいた少女が無惨にも死んだ時、目の前の少年はその傍で笑っていたのかも知れない。

867怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 15:01:13 ID:H59YxF2c
 ――瞬間が訪れるのは、いつだって唐突だ。
 竜堂終が咆吼する。異形の声で咆吼する。
 想像は怒りを。怒りは感情の噴出を。そして激情は変化を促した。
 肌が真珠色の鱗に覆われ、瞳孔が異形のそれに変わる。
 圧倒的な存在感と畏怖を見る者に与える竜王の姿へと、竜堂終が化粧していく。
 変化は外形だけに留まらない。竜堂終という存在が、凶暴な獣性に浸食される。
 ラッカー・スプレーで塗り潰されるようにじわじわと、だが素早く。理性が凶暴な顎に噛み砕かれる。
 ――霞んでいく人としての心象風景。最強の獣へと変じるための代償。
 守りたかったはずの人達。心に残る彼らの表情を、その獣は際限なく飲み込んでいく。
 それは、なんという矛盾か。
 復讐で喜ぶ故人は――いるのかも知れないが、少なくとも兄や茉理はそれを望む人種ではない。
 それは理解している。だが理解してなお、竜堂終は彼らのために怒り、復讐を為そうとする。
 ならばその彼らの笑顔を食い尽くしてまで行う殺戮とは――なんだ?
 意味など無い――それも、分かっている。
 この行為は無益。残るのは疵痕だけ。炎症を掻いて誤魔化すのと同じ。ただの自傷以外の何でもない。
 それでも変化は止まらない。一度始まってしまったのなら、竜堂終では止められない!
 溶ける理性。穿たれた笑顔。消失する意味。

868怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 15:02:28 ID:H59YxF2c
 ――だが全てが暗闇に沈む寸前に、見えた物があった。
 最初は光だと思った。眩い光。暗闇では光を包めない。だから残ったのだろうと思った。
 だがその光も霞み始めていた。その金色が黒く薄れていく。光さえ獣性は食い尽くす――?
 違う。終は直感的に否定した。これは光ではない。
 ならばこの金色は何だ。万物を浸食する獣性に抗えているこの『強さ』は――何だ。
 金色に触れるのを恐れるかのように、闇の侵攻は遅々としたものだった。
 そして気付く。その金色の背後に、死んだ兄と従姉妹の顔がある。
 守っているのだ。金色は、竜化が竜堂終から喪失させることを拒んでいる。彼らを守るために、その身を獣の牙に晒し続けている。
 ならば、なおさらその正体が分からない。
 兄貴は死んだ。茉理ちゃんも死んだ。ならば何だ? そうまでして竜堂終を守ろうとするモノは何だ?
 ――居るではないか。居たではないか。
 気付くと同時、金色が振り返る。金の髪をたなびかせ、強靭な『女王』が振り返る。
 彼らの旗。潰えたと思っていた旗。
 だが、そうではなかった。
「……ああ、そうだ」
 言葉を紡ぐ。狂乱する獣ではない、人としての言葉を。
 それを合図とするように、ささくれだったような鱗は再び人肌に戻り、針のように細められた瞳孔も丸く戻り始めた。
 ――取り戻す。竜堂終が、人としての心を取り戻す。
「……負けて、たまるか」
 憤怒が冷めたのではない――冷ましたのだ。終単身では制御できなかったはずの竜化を、制御していた。
 怒りはある。ともすれば簡単に吹き出すだろう。
 だが、それでも、
(……そうだ。俺は託された)
 ――あの時、ダナティアが自分を止めた理由。
 それが分からないほど終は愚かではない。それを伝えられないほどダナティアは無力ではない。
 憎しみに任せての殺人を自分の仲間達は止めてくれた。それを無駄にする? そんなことには耐えられない。
 自分が手玉に取られた所為で舞台は崩壊した。そんな失態を二度も晒す? そんなものは冗談にもならない。
 彼らは憎しみの連鎖を起こすために凶行を止めたのではない。竜堂終は、竜堂終の自意識をもって敵を退けなければならない。
 ――そうだ。やはり彼は単身で竜化を制御していたのではない。
 竜堂終を、人として繋ぎ止めていたのは――
「あんたなんかに――譲れるかっ!」
 ――遺志だ。ダナティア。ベルガー。メフィスト。彼らが竜堂終に託していった遺志だ。
 目前では少年ががゆっくりとした動作で立ち上がっている。左腕は折れ、それでも退かずに立ち向かってくる。
 その様はまるで不死身の怪物のよう。竜すら喰らう巨大蛇のよう。
 それでも竜堂終は前進する。受け取ったものを無駄にしないためにも。
 遺志とは継ぐもの。後継者を守り、正しい方向へと導くものだ。
 そう――竜堂終には、遺志がある。

869怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 15:03:27 ID:H59YxF2c
◇◇◇

 片や己の意志により喪失を埋めようとする怪物。
 片や託された遺志により喪失を防ごうとする怪物。
 彼ら怪物達の突進は、示し合わせたかのように同時だった。

「――うぁあああああアア!」
 刃を構え、古泉が走る。
 必要なのは速度。だが怪物を超越できる加速を古泉は持たない。
 ならば用いるのは古泉一樹にとっての最速。腕の痛みに苛まれながら、それでも出せる限りの脚力を尽す。
 勝算は低い。だが何もせずにに死ぬのは我慢できない。それは古泉一樹の意志が許さない。
 ――そして、必殺を期するため、白刃を掲げ――

「――ぉぉおおおおオオオ!」
 竜堂終は構えを鋭化させていった。不思議と腹部の傷は痛まない。
 それは不完全ながらも竜になりかけた効果なのだろうが、終には違うように感じられていた。
 支えられているのだ――そう、思えた。これならば安心して力を震える。
 だが油断するな。怪物相手に油断をするな。継承した遺志を無駄にはするな。
 拳を引き絞り、待つ。傷はまだ深い。跳んだり跳ねたりはできない。
 故に、狙いはカウンター。一歩の踏み込みと一撃のみの拳打に全身全霊を込める……!
 ――そして、必殺のタイミングを計るため、敵を見据え――

870怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 15:04:32 ID:H59YxF2c
 ――だが突如、もう少しで終の間合いに入るといった所で、古泉がナイフを地面に落とした。
(なんだ!?)
 終が驚愕したのは、敵の寸前で武器を取り落とすという間抜けにではない。
 敵のその動作が、明らかに意識的に行われたものだということに気付いたからだ。
 古泉が右腕を振りかぶった。何かを握っている――
 だがそれを終は視覚で捉える前に、触覚で感じることとなった。
 左腕が動かせないため不自然な投擲となったが、それでも投げつけられた何かは投網のように広がり、終の眼球を汚染する。
(……土!)
 瞼の内側に砂が入り込み、視界が奪われる。
 先程終に吹き飛ばされ、立ち上がった時、古泉はそれを握りこんでいたのだ。必殺を期するために。
 そう。古泉に力はない。だから勝つには不意打ちしかない。
 ある程度離れていても、投げつけられた土は十分に目つぶしとしての効果を発揮する。
 終は焦った。敵は怪物。ならばこちらが見えていない間に自分を殺すのは道理。
「この――!」
 苦し紛れに拳を放つ。だが、当たるはずもない。
 ――奇襲、不意打ちのメリット。それは何か。
 ひとつは技量、身体能力を無価値に出来ること。武術の達人でさえ、暗闇で背後から金属バットで殴られればチンピラに敗北する。
 そしてもうひとつ。敵を焦らせ、正常な判断力を乱すこと。
 目で見えないのなら、音で判断すれば良い――終がそれに気付いたのは、拳を放ってしまった後だった。
 失策に舌打ちをしながら、それでも拳を引き戻す。音を吸収する森という悪条件を呪いながら、敵の位置を探る。
 だが敵の位置が分かったのと、背後からの衝撃は同時だった。強い衝撃。
 目が見えないということもあったが、それでも抗えたはずだ。だがその理屈に反し、終が転倒する。
 拳打を主力とするならば、背後はほとんど無防備だ。それを晒しているという事実に寒気がする。
 一秒でも早くその悪寒を振り払うために、立ち上がろうとしたところで――
 終は、己の敗北を知った。

871怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 15:06:26 ID:H59YxF2c
「……あ」
 足が、動かない。下半身は感覚さえない。背中に鈍痛を感じる。
 すでに、攻撃は終わっていたのだ。
「……両断されたのだから、勿論背中にも傷口はありますね?」
 倒れた終の頭上から、古泉の声が響く。
 終の背中の中心。修復中で脆くなっていた背骨を通る脊髄を断ち切るように、コンバットナイフが刺さっていた。
 砂を投げた後、古泉はすぐにナイフを拾い、終の脇をすり抜けるようにして安全な背後に回り込んだ。
 そして片腕という非力さを補うために、全体重を掛けて押し倒しながらナイフを突き刺したのだ。
 危険は多かった。背後に回る際、終が闇雲に打った拳が一発でも当たっていれば古泉の負け。砂の目潰しも持続性は高くない。
 終が重傷を負っていて身軽に動けなかったからこそ成功した、古泉に可能だった唯一の奇策。
 殺人の感触に疲労しきった微笑みを浮かべながら、古泉は刺さっているナイフの柄尻に足を乗せ――
「……すみません。僕が、進ませて貰います」
 ――全体重を掛け、一気に踏み込んだ。



【100 竜堂終 死亡】
【残り41人】

872怪物対峙  ◆CC0Zm79P5c:2007/02/15(木) 15:07:20 ID:H59YxF2c
【C-5/森/1日目・23:55頃】

【古泉一樹】
[状態]:左腕骨折/落下による打撲、擦過傷/疲労/左肩・右足に銃創(縫合し包帯が巻いてある)
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン10食分・水1800ml)
[思考]:出来れば学校に行きたい。
    手段を問わず生き残り、主催者に自らの世界への不干渉と、
    (参加者がコピーではなかった場合)SOS団の復活を交渉。
[備考]:学校にハルヒの力による空間があることに気づいている(中身の詳細は知らない

873タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:43:50 ID:9yaTnsNo
「挽肉におなりっ!」
 号砲のような雄たけびとともに進撃するのは小早川奈津子。
 大上段に大剣を構え、威風をまとって向かってくるその偉容は
 鬼武者のごとき威圧感を相手に与える。
 その顔は憤怒で染まり、猛久しい像のような吐息を吹き出していた。
 緊張に沈む街路。しかし、
「野放図な行動原理だな。怪物と聞いたが、実際はただの馬鹿か」
 マンホールの投擲を避けて身を屈めていた屍刑四郎が、上体を立て直して立ちふさがる。
 赤旗目掛けて突っ込んでくる闘牛、
 それに立ち向かう闘牛士さながらの堂々とした態度だ。
 濡れて顔にかかっていたドレッド・ヘアを掻き揚げると、
「刑事に対する殺人未遂――よくやってくれた」
 一部の新宿区民は、この言葉をどれほど恐れているだろう。
 それほどまでに、魔界刑事は『犯罪者』に対して徹底的で容赦が無い。
 文字どおりに虫けらとしか相手を見なさないからだ。
 だが、その宣告も小早川奈津子にとっては脅威にはならない。
 特に先刻の侮辱の影響で、彼女は屍の放ったブタという単語に過剰に反応した。
「国家の犬風情が、あたくしに意見しようなど万年早くってよ!」
 ひときわ凄烈な轟声をあげ、その加速をいっそう速める。
 屍との距離はすでに十メートルを切っていた。
 あと数歩で小早川奈津子のリーチ内だ。
 女傑が満身の一撃を放とうとしたその瞬間。屍は強張った面で彼女に向き合い、
「おまえはその犬にかみ殺されるのさ」
 つ、と地面を滑るかのように音も無く後退した。
 ただ下がるだけではない。相手のリーチを完全に読みきり、
 攻撃を避けた瞬間に踏み込んでのカウンターを入れることが可能な体勢だった。
 屍の経験・技量は女傑のそれを圧倒的に上回っていた。
 気づいた小早川奈津子が慌てて剣を止めようとするが、すでに慣性は働いている。
 全ては屍の思惑どおりだ。

874タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:44:50 ID:9yaTnsNo
 が、その予定を狂わす第三者は意外な場面で行動してきた。
「てンめぇ……! そいつは俺の獲物なんだよ!」
 小早川奈津子を激怒させた張本人、甲斐氷太だ。
 屍は、甲斐が漁夫の利狙いで自分を襲うものだろうと考え、
 鮫による奇襲にも警戒を怠ってはいなかった。
 しかし、甲斐氷太は気の赴くままに敵意を放ち、その警戒の斜め上を行く。
 あろうことか、屍向かって突進してくる小早川奈津子の両足に、
 甲斐は黒鮫の尾で痛烈な一撃をお見舞いしたのだ。
 タイミングに乗った一発は、常人の足を打ち砕く威力を誇っていた。
 だが、ドラゴン・バスターを自称する女傑に対しては、
 ただの脚払い程度の攻撃に過ぎなかったのだ。
「あっー!」
 驚嘆の声とともに、宙に浮きつつ前方へと体を流す小早川奈津子。
 屍にとってその転倒は最悪の結果をもたらした。
 巨人の剣は振り下ろされる途中であり、それが前のめりになった巨体と、
 脚払いで宙に浮いた慣性とが組み合わさり、予想以上の斬撃範囲を発揮したからだ。
「をーっほほほ! これぞ怪我の功名、一刀の下に斬り捨ててあげましょう」
 してやったり、と言った風情の嬌声に後押しされながら、
 ブルートザオガーが花柄模様の男に迫る。
 その威力・硬度・切れ味は、ともに人一人を真っ二つにするには十分すぎる。
 大剣が隻眼の顔に達する直前、魔界刑事は賭けに出た。
 そのたくましい両腕が閃いたかと思った瞬間、大剣を左右から挟みこんだのだ。
 真剣白刃取り。
 絶体絶命の状況下でそれを成しえたのは、
 屍の卓越した身体能力と古代武術「ジルガ」の技法に他ならない。
 短距離において音速を突破できる屍は、その能力が制限されていても
 技の冴えを衰えさせていなかったのだ。

875タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:45:37 ID:9yaTnsNo
 しかし、魔界刑事の身体能力と古代武術をもってしても、
 小早川奈津子の斬撃を止めることはできなかった。
 巨人のパワーは怒り補正を受けて、一気に剣を押し込もうと猛威を振るう。
 白刃取りによって勢いを殺したものの、添えられた屍の手ごと剣が迫る。
 鼻頭に大剣が到達する直前、屍は頭を傾けて直撃を避けた。
 それでも、依然として剣が振り下ろされていることには変わりが無い。
 命中箇所が頭から肩へとずれただけだ。
 大剣が花柄模様を切り裂く。
 直後、硬い音がした。
 だがそれは金属が肉を断ち切り、骨を砕く音ではなかった。
 間違いなく剣は命中した。しかし、一滴たりとも流血が見られない。
 屍は憮然として告げた。
「古代武術ジルガのうち――鉄皮。上着を台無しにしやがって、このクズが」
 刑事の背後から吹き出した殺気に危機を感じた小早川奈津子は
 慌てて飛びのこうとする。
 しかし、それは叶わなかった。
 今度は逆に、鋼のような屍の腕が万力のごとく大剣を固定していたからだ。
 次の瞬間、鞭のような蹴撃が小早川奈津子の巨大な左大腿を打った。
 二発、三発、並みのヤクザやチンピラは、この時点で粉砕骨折しているだろう。
 四発、五発、小早川奈津子の顔がついに苦痛に歪む。
 そして六発目が大腿の皮膚を打ち破り、鮮血を散らすと同時に
 その巨体がゆるりと傾き、受身のために女傑は路地へと手を着いた。
「これでようやく急所を殴れるな」
「仰ぎ見るべきこのあたくしを同じ視線で眺め回すとは何たる無礼!」
「この期に及んで何を言ってやがるこの唐変木。あばよ」
 言うと同時に、屍の右腕が後ろに引かれる。
 この構えの果てにあるのは、ジルガの技法「停止心掌」
 小早川奈津子のような怪物を一撃で仕留めるにはこれしかないと、
 屍が先ほどから狙っていた技だ。
 強力無比な掌撃が、万全を期して女傑の胸へ迫る。

876タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:46:49 ID:9yaTnsNo
 その一撃を打ち出した瞬間、屍は後頭部に殺気が当てられるのを感じた。
 すでに屍は攻撃中だ。未来は二つ。
 危機を回避するか、そのまま巨人に止めを刺すか。
 逡巡する時間が無い中で屍は危機回避を優先した。
 烈風とともに花柄模様が翻り、同時に黒鮫が口腔鮮やかに飛来する。
 屍は甲斐の鮫と攻撃の察しをつけていたのだ。
 だが停止心掌は完全に不発し、小早川奈津子は隙をついて離脱してしまった。 
「くそっ、よく避ける野郎だ」
 言うが早いか、甲斐の瞳が燃えるような輝きを放つ。
 屍はその輝きの中に渇望の意を見出した。
「餓えてやがるな、狂犬め」
 言いながら屍は若干つま先に加重をかけ、重心を前に傾かせた。
 対する甲斐は正面に屍を捉えながらも、四方にも感覚を向けて
 周囲空間そのものを把握しているのだろう。
 お互いの視線が交差し、しばしの間世界が止まった。
 が、それもつかの間。
「クックック、クハハハッ」
 突如として甲斐がを笑みをこぼした。
 楽しくて、満足で仕方が無いといった表情で。
 内奥からこみ上げてくる歓喜と情熱が甲斐氷太を奮わせたようだ。

877タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:47:29 ID:9yaTnsNo
「何が可笑しい」
「ククッ、笑わずにいられるかよ。おまえみてえな相手を前にして。
ついさっきもガンくれあったが、こんな鬼みてえな、
いや、悪魔みてえな視線を向ける野郎は初めてだぜ?」
 見ろよ、と甲斐は屍に対して腕をまくって見せた。
「見事に鳥肌が立ってやがる。数秒睨まれただけでこんなになっちまった。
それだけじゃねえ、脊髄にツララをブッこまれたような感覚だぜ。
相対してるだけで、テメエの威圧とスゴ味に俺自身が飲み込まれちまいそうだ。 
目の前の男がどれだけヤバいか、俺の本能はちゃんと分かってる」
 対して屍は何も言わない。甲斐の出方を伺っている。
 空中を旋回する二匹の鮫が、番兵のように屍の接近を防いでいるからだ。
「でもよお、いや、だからこそ、だな。
こうして俺が向き合ってる相手ならば、このクソッくだらねえ世界の中で
唯一手応えが感じられそうなヤツなんじゃねえかって思うんだ。
余計な虚飾や装飾を取っ払ったシンプルな、それでいて確実な手応えをよぉ」
 カプセルにはまってから、いや、それ以前から甲斐には何もかもが
 嘘くさく思えてしょうがなかった。
 どれもこれもが些事であって、切り捨てられない、必要な何かと比べて
 無価値な石ころに過ぎないと感じていた。
 そんな日常に宙ぶらりんになって生きる甲斐にとって、
 悪魔戦に溺れることはまさに快感だった。
 いや、思考や感情の奥にある「存在」する何かが弾ける感覚だ。
 余計な幻想を片っ端か打ち壊してくれる。
 屍との闘争によって、甲斐は失われない確実なものを得られると確信した。
 だからこそ、屍を追ってここまで来たのだ。
「さぁ、存分に殺しあおうぜ。過去も未来も要らねえ、必要なのは今だけだ。
満ち足りるまで、クラッシュするまで溺れようじゃねえか」
 弾けそうな興奮と期待そして心情をぶつける甲斐。
 しかし、
「粋がるなよ糞虫」
 返ってきたのは痛罵と屍のデイパックだった。

878タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:48:37 ID:9yaTnsNo
 悦に入ったように語る甲斐に対して、屍は全力でデイパックを叩きつけると
 疾風のごとく間を詰める。
「おまえの自己満足に付き合う理由も義理も無い、警察をナメるな。
ゴミは掃除する、治安は守る、それだけだ」
 白鮫がデイパックをブロックする隙をついた低姿勢で一気に距離を詰めると、
 そのまま黒鮫の胴に向かって上段蹴りを叩き込む。
 身もだえしながら後退する黒鮫。
 その背後で、甲斐が目を剥きながら歯を食いしばる姿を屍は捉えた。
「カラクリが読めてきたぜ――その妖物、おまえと同調してやがるな」
「っはぁ……容赦無えな。けどよぉ、そーやって煽られると
俺はますます燃えるんだっ!」
 痛みを堪えつつ、しかし陶酔したかのように甲斐はカプセルを口に含む。
 次の瞬間、眼前に掲げた拳を振り下ろし、
「ノッてきたぜ――食い千切れ!」
 蹂躙の意を轟かせた。
 冷静さには欠けるが、悪魔のスペックがそれをカバーする。
 同時に、二匹の悪魔が屍目掛けて雷光のように飛んでいく。
 背びれ、胸びれ、尾、ノコギリ歯。
 電光石火で繰り出されるコンビネーションが屍を包む。
 前後左右上下から襲い来る破壊力。
 屍はそれを持ち前の直観力で巧みに捌き、時には避ける。
 足首を狙った黒鮫の尾の一撃を片足を浮かしてやりすごし、
 同時に右腕部をミンチにせんと迫る白鮫の歯を防ぐため、
 顎に掌打を打ち込んで、鮫が突っ込んでくるベクトルを変える。
 物部景がこの光景を見たらいったい何を思うだろうか。
 狂犬の王が操る悪魔に対して、生身の人間が素手で渡り合っているのだから。
 荒れ狂うハリケーンの直下のように戦塵が舞い、風が千切れる。
 魔人と悪魔の饗宴は壮絶な様相を示していた。

879タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:50:05 ID:9yaTnsNo
 その戦場に巨人が乱入してきた時、均衡は崩れた。
 屍により手痛い反撃を受けた小早川奈津子が、大剣片手に威勢をあげる。
「面妖な鮫ともども、あたくしが討ち取ってあげましょう!」
「上等っ! ポリコを殺るついでだ、ハムにしてやるよ」
「どいつもこいつもよく喋る――」
 風が唸った。
 ブルートザオガーの軌道上から身をくねって退避した白鮫に
 屍の変則フックが直撃し、フィードバックで甲斐がうめく。
 その反撃とばかりに屍目掛けて突進する黒鮫の尾を
 小早川奈津子が掴んで豪快に振りかぶる。
 それはまるで大魚を吊り上げた漁師のような風情であった。
 そのまま哄笑とともに鮫を屍に叩きつけようとするが、
 鮫の抵抗にあい巨大な頬に鮫肌の痕がつく。
 よろめく女傑。
 隙を逃さぬよう屍の両腕が瞬動し、巨人の手首を砕き折ろうとするが、
「乙女の柔肌を汚した重罪、打ち首獄門市中引き回しの刑で償うがよくってよ!」
 憤激した女傑の振り回す大剣がそれを許さない。
 型もへったくれも無い、力任せで常識外れな剣戟だ。
 接近した魔界刑事の首筋を剣の切っ先が擦過する。
 その斬撃で飛び散った鮮血を舐め取るかのような軌道で、白鮫が屍を強襲。
 防御の隙間を縫って屍の肩を尾で打ち据えた。
 隻眼の顔に苛立ちが浮かぶ。

 一瞬ごとに別個のコンビネーションで攻め立ててくる甲斐氷太。
 意外性とタフさによって屍の予測の外を行く小早川奈津子。
 二人を上回る技量と経験を持ち合わせる屍だが、
 思惑どおりに流れを組み立てることは難しい。
 屍の手元に愛銃があれば、一秒とかからず二人は射殺されていただろう。
 だが、屍の支給品は武器ではなく椅子だったのだ。
 珍しく、魔界刑事の額を汗が伝った。

880タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:52:25 ID:9yaTnsNo
 泥沼の白兵戦になるかと思われたその時、
 屍はついに死中の活を見出す。
 甲斐が矢継ぎ早に繰り出してきた悪魔のコンビネーション攻撃。
 その派生パターンを魔界刑事は直感的に理解した。
 思考のトレースではなく、魔界都市で培ってきた本能的なものが
 鮫の動きを先読みしたのだ。
 屍は信頼に足るその感覚に従い地を蹴った。
 悪魔持ちたる甲斐は戦闘開始直後からあまり移動していない。
 そしてその三メートル先で白鮫が路壁に沿って飛ぶのが見える。
 あの鮫の動きが予想したとおりならそこで決着だろう、と屍は思慮した。
 左前方から迫り来るブルートザオガーを間一髪で切り抜け、
 大剣の担い手たる小早川奈津子の巨体に接近する。
 左肩を密着させて相手の重心をわずかにずらし、タイミング良くショートパンチ。
 屍の右拳を腹部に受けた女傑の巨体が後ろに流れる。
「をーっほほほほ! この程度痛くも痒くもなくってよ!」
 やかましい、と拳に手応えを感じながら、屍は白鮫の動きに注目した。
 かくして、白鮫は路壁に向かって尾を振りかぶる。
 それを確認した瞬間、屍はチェック・メイトに至る道筋を構築し、実行する。
 流れていく小早川奈津子の体、それを全力で押して巨体を移動させる。
 同じタイミングで白鮫はブロック状の路壁を尾で破壊し、
 その破片を散弾銃のごとく屍へと浴びせかけた。
 同時に黒鮫が上方から襲い来る。
 これこそ、屍が直感的に予知した新手の攻撃バリエーションだ。
 屍へ迫るブロックの破片をタイミング良く小早川奈津子の体が受け止める。
 予想外のダメージで意識を乱した女傑の腕に向かって、
 屍はアッパーカットを放つ。
 結果、巨人の右腕は大剣を持ったまま直上へと跳ね上がり、
 襲い掛かってきた黒鮫に激突。
 全ての攻撃が阻まれ、同時に無防備な甲斐への道が開けた。

881タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:53:28 ID:9yaTnsNo
「何っ!?」
 驚嘆の叫びは甲斐のものだ。
 今しがた思いついたばかりのコンビネーション攻撃を
 タイミング良く完全に防がれたのだから、そのリアクションは当然といえよう。
 攻撃の派生も内容もたった今誕生したばかりなのだが、
 屍はそれを以前から知っていたかのごとく完璧に無効化してみせた。
 攻撃を五感で感知する以前に、屍が対応策を練っていたとすれば、
「シックス・センスか……!」
 甲斐氷太は今やっと、屍刑四郎の驚異的な危機回避能力の正体を知った。
 鮫による最初の奇襲も、背後からの強襲もことごとく屍は回避した。
 その理由が、直感による殺気察知に由来するものならば、
 今まで二匹の悪魔の攻撃を凌ぎ続けてきた事実も納得できる。
 
 そんな甲斐を尻目に、屍は順当に決着への手順を踏んでいく。
 先ほど利用した小早川奈津子、その膝に右足を乗せて階段を上るように
 重心移動を行う。
 次の足場は巨人の胸、そこを左足で踏みつけて、反作用で跳躍。
 三角跳びの要領で、女傑の右腕と激突している黒鮫と同等の高度に達する。
 体操選手より鮮やかな動きだが、凍らせ屋にとっては朝飯前だ。
 上昇の勢いを乗せて、黒鮫の鼻っ柱に一撃をお見舞いする。
 黒鮫は絶叫するように口腔を見せつけながら、
 更に上方へと吹き飛ばされた。
 屍は重力に引かれて落下しながら、甲斐がよろめく姿を視界端に捉えた。
 残る白鮫もしばらくは動かせないほど、甲斐は衝撃を受けているのだろう。
 鮫と甲斐が同調に近い関係にあることをすでに屍は見破っていたので、
 先ほどの一撃には停止心掌には及ばないものの
 霊的なパワーを込めておいたからだ。
 それが悪魔を苦しめ、ダメージが甲斐にフィードバックしたのだ。

882タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:55:19 ID:9yaTnsNo
 着地した屍の足元には、足場にされ跳躍の反動で倒された小早川奈津子が
 転がっていた。
「こ、このあたくしを踏み台に……! 何たる屈辱、何たる冒涜!」
「威勢がいいのは口だけだな」
「をーっほほほほほほ! ならば聖戦士たるあたくしの華麗なる一撃を
お見舞いしましょう! 昇天おしっ!」
 起き上がるや否や、小早川奈津子は聖なる力を振り絞って
 ブルートザオガーを一閃した。
 するとどうだろう、先ほど眼前にいた屍刑四郎は影も形も無くなっている。
「おやまあ、なんと貧弱な。
あたくしの超絶・勇者剣を受けて跡形も無く滅却したのかえ?。
ともあれ正義は勝った、完 全 勝 利 でしてよっ! をっほほ――」
「黙れ馬鹿」
 その声は、勝利の高笑いを響かせようとした、
 聖戦士・奈津子の背後から響いた。
 驚いた聖戦士が百八十度反転すると、そこには花柄模様の上着が――、
 そこまで認識した瞬間、小早川奈津子の心臓に激震が走った。
 古代武術、ジルガの技が冴えわたる。
 停止心掌は巨人の急所に炸裂したのだ。
 この技は防御を無視し、内部にダメージを与える。
 小早川奈津子といえども、笑って耐えられる代物ではない。
「だ、だまし討ちとは……何たる……卑怯……」
 これが屍刑四郎が聞いた、小早川奈津子の最後の言葉だった。
 巨人堕つ。

883タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:57:36 ID:9yaTnsNo
 怪物との勝負に決着をつけた屍が振り向くと、
 壁に手を添えながら甲斐氷太がこちらを睨みつけていた。
「よお、まだ――終わりじゃねえぜ」
「じき終わる」
 屍からみて、未だに甲斐のダメージは深刻だ。
 先ほどまでのようにキレのある動きで悪魔を操作できないだろう。
 だが、相手が怪我人だろうが屍に容赦する気は微塵に無い。
 犯罪者は、皆等しく平等――全く価値が無いからだ。
 一歩、一歩、処刑人のように屍は甲斐に詰め寄っていく。
 依然変わらぬ威圧を背負って。
 追い詰められた犯罪者は、このような屍に対して大抵は逃げたり、
 命乞いをする。
 だが、甲斐は出会ったときと同じく、傲岸不遜に屹立していた。
「何をしようとどのみち無駄だがな」
「ああ、もうここから動く必要は無えしな」
 用心深く屍は二匹の鮫を確認した。
 黒鮫は未だ上空で弛緩しおり、戦闘できるとは思えない。
 白鮫も崩した路壁付近を漂っている。襲ってきても対処可能だ。
 そして、今まで屍の急場を救ってきた殺気感知も無反応だ。
 もはや甲斐に戦闘力が無いことは明らかだった。

 あと四歩、屍がそこまで進んだところで甲斐が不意に口を開いた。
「綱を落とすぜ。好きにしろよ」
「何――?」
 意味不明。屍は警戒するとともに疑問解決に思考を裂く。
 瞬間、先ほどまでとは比べ物にならないほどの殺意が屍の体を貫いた。
 思考を裂いていた分、対応が遅れる。
 しかも、本能的に跳び退る事はできなかった。
 屍は甲斐の攻撃を直感任せですでに数回ほど回避している。
 相手がそれを学習していないはずが無い、と屍は推論し、
 飛び退いた先に何があるか確認していない現状で、
 無闇に回避行動を取るのは危険だと、理性で本能を押し留めたのだ。
 最悪、スリーパターンの三匹目が回避先に現れるかもしれない。
 故に、手段は迎撃。
 決断からワンテンポ遅れて、屍は殺意の主を捜し当てた。
 それは白鮫そのものだった。
 自立行動できたのか、と屍が思う間もなく白鮫が迫る。
 完全な誤算だった。屍は以前、甲斐は鮫と同調していると推測した。
 だが、それはドラッグを起爆剤として使用者の闘争本能などを
 具現化する仕組みだろうと勝手に解釈してしまったのだ。

884タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 22:59:36 ID:9yaTnsNo
 魔界都市にも強力な興奮剤が存在する。
 その中には使用者の容姿を変質させる物も含まれている。
 屍は、甲斐のカプセルがその亜種のようなものだと判断し、
 悪魔の存在をあくまで使用者の一部分が分離した固体だと考えた。
 従って、悪魔そのものが独立して存在するとは思えず、
 使用者の一部分たる悪魔が暴走するなど予想外だったのだ。
 まさか、手綱を放せば勝手に暴れる代物だとは考慮していなかった。

 そう誤算しても無理は無い。
 甲斐は戦闘において確実に悪魔を制御していた。
 使用者の意の下に掌握された悪魔は、甲斐の殺意に従って牙を剥く。
 忠実な僕であったからこそ、屍はオーナーである甲斐一人の
 殺意を汲み取るだけで済んだのだ。
 その経験から、屍は未知である悪魔を既知の存在として誤認していた。

 もはや白鮫の口腔は魔界刑事の目前だった。
 虚空から出現する妖物である鮫に、鉄皮が通じるか否かは未知数。
 ならば、障害物を出せばよいと屍は結論。
 以前、甲斐へと投擲したデイパックを蹴り上げて、
 それに食いついた鮫の口中へとねじ込んだ。
 もはや甲斐が統御していた時の洗練された動きは感じられない。
 目先の敵を全て食い尽くす破壊力そのものだ。

885タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:01:44 ID:9yaTnsNo
 これが、甲斐氷太の悪魔。
 鉄の意志でもあるオーナーの手綱が外れると、攻撃本能のままに蹂躙する。
 屍の殺気感知力がなければ、奇襲を防ぐことは困難なほどに滅茶苦茶で、
 原始的で、それでいて非常に手の焼ける存在だったのだ。
 
 しかし、この場に限って言えば、屍が直観力に頼りすぎたのは失策だった。
 このゲームが開始されてから、屍の勘は従来どおりの冴えを見せた。
 と、感じるのは屍の主観であり、実際はしっかりと制限を受けていたのだ。
 その制限で、殺気などの害意を感じる場合と比べて、
 無意な存在から受ける被害に対する直観力は若干低下していた。
 つまり、対人には十分効果があるが、トラップや不慮の事故は
 通常と比べて察知しにくくなっていたのだ。
 屍はゲーム開始以来、大して戦闘を行わなかった。
 それにより「勘」という不安定な能力のコンディションチェックを
 行うことができず、新宿にいた時の状態のままだと思い込んでいた。
 甲斐や小早川奈津子の攻撃を事前に察知していたときは、
 当てられる殺気に反応したのであって、
 死の危険そのものを感じ取っていたわけではなかったのだ。
 それが、今更になって魔界刑事を追い詰めた。

886タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:03:40 ID:9yaTnsNo
 屍が上空に吹き飛ばした黒鮫。
 それはただ攻撃を受けて苦しんでいただけではない。
 上空を通るある物のそばまで接近していたのだ。
 なぜそのような芸当ができたのか。
 フィードバックを受けながらも、カプセルの影響で
 戦気高揚していた甲斐は、同時に痛覚も若干マヒしていた。
 しかも、屍が小早川奈津子を戦闘不能に追い込むとき、
 取り出したカプセルを苦しむ演技とともに飲む暇があった。
 それによって、若干のあいだ悪魔を制御する余裕を甲斐は得ることができた。
 
 空を屍が確認したとき、黒鮫は弛緩していた。
 だが、それは真に弛緩していたのではなく、力を溜めていたのだとすれば、
 優れた勘で攻撃を感知する屍に対して、甲斐が苦肉のトラップを
 用意していたのだとすれば、往生際の態度も納得できるだろう。

 動く必要は無い、と甲斐は述べた。
 なぜなら自分の前まで屍を誘導させる必要があったからだ。
 冷静ならばもっと上手くやれただろうが、今の甲斐にはこれが限界だった。
 屍は自分に止めを刺しに来る、と甲斐は確信して
 自身の手前に攻撃地点を設置した。
 トラップの正体、それは上空を通る複数の電線だった。

 綱を落とす、と甲斐は宣言した。
 それは悪魔の手綱であると同時に、電柱を結ぶ線をも意味したのだ。
 白鮫の制御を手放すことで甲斐は黒鮫の制御に集中できた。
 冷静さを欠いている現状、片方の制御に集中しなければやっていけない。
 その黒鮫はこの時のために上空で力を溜め、
 オーナーの意に従い正確に電線を引きちぎった。

887タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:05:34 ID:9yaTnsNo
 目の前の強敵が放つ殺気に注意を奪われていた屍は、
 自身に向かって上空やや後方から接近してくる二本の電線に気づかなかった。
 無理やり千切れた反動で、電線は弾みをつけて落下してくる。
 その威力は、もはや鞭などというレベルを超えている。
 惨劇は一瞬だった。
 電線は無情にも凍らせ屋の背中を痛打し、花柄模様を銅線が引き裂く。
 凶器の直撃を受けてなお、激痛に耐える屍刑四郎を白鮫が襲う。
 その尾は正確に屍の頭に激突して脳震盪を引き起こした。
 甲斐はこの瞬間を待っていた。
 自分より格上で、油断も隙も無い魔界刑事が無抵抗になる刹那の時を。
 判断は即座に成され、忠実な悪魔は寸分違わずそれに従う。
 落雷のごとく飛来した黒鮫は、悪魔の名に相応しい破壊力を持って、
 屍刑四郎の頭部へと食いついた。

 死んだ、と思った。勝った、と思った。 
 甲斐氷太は内より込み上げる感情を外へぶちまけようとして、
「――!」
 獣の咆哮を聞いた。
 
 首まで黒い悪魔に飲み込まれた魔界刑事。
 その両腕が絶叫とともに天へと突き出され、猛禽の鈎爪にも見える五指が
 左右から鮫の頭部に突き刺さった。
 瞬間、甲斐は猛烈な衝撃に意識を失いそうになった。
 鈍器で殴られたような感覚。
 それがどんどん自分の芯の方へと食い込んでくる。
 相手には武術を使う思考も、余裕も残されてはいないだろう。

888タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:07:23 ID:9yaTnsNo
 しかし、氷らせ屋は頭を食われてなお、凶悪なパワーで戦闘続行を望んでいる。
 正に、魔人。
 魔界刑事の生存本能と、メフィスト病院製の特殊細胞が命を繋いでいるのだ。
 この男を沈黙させるには、頭部を食いちぎって脳を破壊するしかないのか。
 
「お――!」
 甲斐は吼えた。そうしなければ眼前の光景に圧倒されそうだったから。
 抵抗する証を自分自身で確認しなければ、痛みに屈しそうだったから。
「死ねよっ! 死んじまえこの怪物がぁっ!」
 もはや悪魔戦でもなんでもない。
 男と男、二つの存在が生命をかけて意地を張り合っている。
 屈したら、死ぬ。
 その思いが甲斐の意識を支え続けた。

 もう何十秒過ぎたのだろう、いや何百か何千か。
 いや、時間なんてどうでもいい。
 甲斐は頭がどんどんクリアになっていくのを感じた。
 これが、己が求めた瞬間なのか。
 そんなことを考える余裕すら、もはや無い。
 今はただ、相手を喰らい続けることで精一杯だった。
 だがついに、痛みが限界に達した。
 もはや痛みではなく、言い表せないモノになって確実に神経を蝕んでいく。
 
 眼前の刑事だったものは、もはや赤いヒトガタと化していた。
 その腕は依然として悪魔を掴んで離さない。
 悪夢のような光景。
 突如として、
「――!」 
 ヒトガタが絶叫を放つ。
 いや、もはや甲斐には叫びかどうかも分からない。
 ただ一つ、内なる野生は理解していた。
 これを凌げば相手は終わる。

889タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:09:15 ID:9yaTnsNo
 堪えられそうも無い何かが、体の芯を駆け上っていった。
 それでも狂犬は、食いついた牙を離さなかった。


 数分後、甲斐は路地に横たわっていた。
 耐え難い痛みは既に引いたが、激しい頭痛が残っている。
 まともな思考が戻るのは、まだ先になるだろう。
 それでも、甲斐は満たされていた。
 あの感覚は今はもう無い。
 しかしそれを味わった経験は麻薬のように甲斐の心に刻み付けられた。
「言葉にならねぇ……最高だ……もう一度、あと一度でいい。
 あの何もかもが吹っ飛ばされた……あの感覚を、もう一度――」
 ぶっ飛んだジャンキーの言葉とともに、
 甲斐は煙草に火をつけようとして湿気ていることに気づき、
 それを投げ捨てた。


【109 屍刑四郎 死亡】
【残り39人】

【A-3/市街地/一日目/19:00】

【甲斐氷太】
[状態]あちこちに打撲、頭痛
[装備]カプセル(ポケットに数錠)、
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1500ml)
    煙草(残り十一本)、カプセル(大量)
[思考]興奮が冷めるのを待つ、禁止エリア化するまでには移動したい
[備考]かなりの戦気高揚のために痛覚・冷静な判断力の低下

【小早川奈津子】
[状態]右腕損傷(完治まで二日)、たんこぶ、生物兵器感染、仮死状態
[装備]ブルートザオガー(灼眼のシャナ)
[道具]デイパック(支給品一式、パン三食分、水1500ml)
[思考]意識不明
[備考]服は石油製品ではないので、生物兵器の影響なし
   約九時間後までなっちゃんに接触した人物の服が分解されます
   九時間以内に再着用した服も、石油製品なら分解されます
   感染者は肩こり・腰痛・疲労が回復します
   停止心掌は致命傷には至っていませんが、仮死状態になりました

890タイトル未定  ◆CDh8kojB1Q:2007/03/03(土) 23:12:35 ID:9yaTnsNo
書いててキャラその他に自信が無くなったので晒してみる
こんなカンジでいいかどうか判定クレー

基本的に未完だけど、奈津子まわりとかが気に食わないなら言ってくれ
あと、こんな流れで投下おkなら奈津子とボルカン含めた続き書くよ

891名も無き黒幕さん:2007/03/03(土) 23:34:25 ID:BDfaEhGw
乙。最初の方に「をーっほっほほほ!」分を増量してもいいかなと思った。
あと、>877の甲斐が少し多弁すぎるかなと思ったけど、これもこれでらしい気もする…
ともあれ、完成楽しみにさせてもらうよー

892 ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 12:34:21 ID:9yaTnsNo
こっちにもレスが…見逃してた

馬鹿笑い増加ね。おk把握

893修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:51:01 ID:9yaTnsNo
「をーっほほほほほほ! 挽肉におなりっ!」
 号砲のような雄たけびとともに進撃するのは小早川奈津子。
 大上段に大剣を構え、威風をまとって向かってくるその偉容は
 鬼武者のごとき威圧感を相手に与える。
 その顔は憤怒で染まり、猛久しい像のような吐息を吹き出していた。
 緊張に沈む街路。しかし、
「野放図な行動原理だな。怪物と聞いたが、実際はただの馬鹿か」
 マンホールの投擲を避けて身を屈めていた屍刑四郎が、上体を立て直して立ちふさがる。
 赤旗目掛けて突っ込んでくる闘牛、
 それに立ち向かう闘牛士さながらの堂々とした態度だ。
 濡れて顔にかかっていたドレッド・ヘアを掻き揚げると、
「刑事に対する殺人未遂――よくやってくれた」
 一部の新宿区民は、この言葉をどれほど恐れているだろう。
 それほどまでに、魔界刑事は『犯罪者』に対して徹底的で容赦が無い。
 文字どおりに虫けらとしか相手を見なさないからだ。
 だが、その宣告も小早川奈津子にとっては脅威にはならない。
 特に先刻の侮辱の影響で、彼女は屍の放ったブタという単語に過剰に反応した。
「国家の犬風情が、あたくしに意見しようなど万年早くってよ!」
 ひときわ凄烈な轟声をあげ、その加速をいっそう速める。
 屍との距離はすでに十メートルを切っていた。
 あと数歩で小早川奈津子のリーチ内だ。
 女傑が満身の一撃を放とうとしたその瞬間。屍は強張った面で彼女に向き合い、
「おまえはその犬にかみ殺されるのさ」
 つ、と地面を滑るかのように音も無く後退した。
 ただ下がるだけではない。相手のリーチを完全に読みきり、
 攻撃を避けた瞬間に踏み込んでのカウンターを入れることが可能な体勢だった。
 屍の経験・技量は女傑のそれを圧倒的に上回っていた。
 気づいた小早川奈津子が慌てて剣を止めようとするが、すでに慣性は働いている。
 全ては屍の思惑どおりだ。

894修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:51:57 ID:9yaTnsNo
 が、その予定を狂わす第三者は意外な場面で行動してきた。
「てンめぇ……! そいつは俺の獲物なんだよ!」
 小早川奈津子を激怒させた張本人、甲斐氷太だ。
 屍は、甲斐が漁夫の利狙いで自分を襲うものだろうと考え、
 鮫による奇襲にも警戒を怠ってはいなかった。
 しかし、甲斐氷太は気の赴くままに敵意を放ち、その警戒の斜め上を行く。
 あろうことか、屍向かって突進してくる小早川奈津子の両足に、
 甲斐は黒鮫の尾で痛烈な一撃をお見舞いしたのだ。
 タイミングに乗った一発は、常人の足を打ち砕く威力を誇っていた。
 だが、ドラゴン・バスターを自称する女傑に対しては、
 ただの脚払い程度の攻撃に過ぎなかったのだ。
「あっー!」
 驚嘆の声とともに、宙に浮きつつ前方へと体を流す小早川奈津子。
 屍にとってその転倒は最悪の結果をもたらした。
 巨人の剣は振り下ろされる途中であり、それが前のめりになった巨体と、
 脚払いで宙に浮いた慣性とが組み合わさり、予想以上の斬撃範囲を発揮したからだ。
「をーっほほほほ! これぞ怪我の功名、一刀の下に斬り捨ててあげましょう」
 してやったり、と言った風情の嬌声に後押しされながら、
 ブルートザオガーが花柄模様の男に迫る。
 その威力・硬度・切れ味は、ともに人一人を真っ二つにするには十分すぎる。
 大剣が隻眼の顔に達する直前、魔界刑事は賭けに出た。
 そのたくましい両腕が閃いたかと思った瞬間、大剣を左右から挟みこんだのだ。
 真剣白刃取り。
 絶体絶命の状況下でそれを成しえたのは、
 屍の卓越した身体能力と古代武術『ジルガ』の技法に他ならない。
 短距離において音速を突破できる屍は、その能力が制限されていても
 技の冴えを衰えさせていなかったのだ。

895修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:54:23 ID:9yaTnsNo
 しかし、魔界刑事の身体能力と古代武術をもってしても、
 小早川奈津子の斬撃を止めることはできなかった。
 巨人のパワーは怒り補正を受けて、一気に剣を押し込もうと猛威を振るう。
 白刃取りによって勢いを殺したものの、添えられた屍の手ごと剣が迫る。
 鼻頭に大剣が到達する直前、屍は頭を傾けて直撃を避けた。
 それでも、依然として剣が振り下ろされていることには変わりが無い。
 命中箇所が頭から肩へとずれただけだ。
 大剣が花柄模様を切り裂く。
 直後、硬い音がした。
 だがそれは肉を断ち切り、骨を砕く音ではなかった。
 間違いなく剣は命中した。しかし、一滴たりとも流血が見られない。
 屍は憮然として告げた。
「古代武術ジルガのうち――鉄皮。上着を台無しにしやがって、このクズが」
 刑事の背後から吹き出した殺気に危機を感じた小早川奈津子は
 慌てて飛びのこうとする。
 しかし、それは叶わなかった。
 今度は逆に、鋼のような屍の腕が万力のごとく大剣を固定していたからだ。
 次の瞬間、鞭のような蹴撃が小早川奈津子の巨大な左大腿を打った。
 二発、三発、並みのヤクザやチンピラは、この時点で粉砕骨折しているだろう。
 四発、五発、小早川奈津子の顔がついに苦痛に歪む。
 そして六発目が大腿の皮膚を打ち破り、鮮血を散らすと同時に
 その巨体がゆるりと傾き、受身のために女傑は路地へと手を着いた。
「これでようやく急所を殴れるな」
「仰ぎ見るべきこのあたくしを同じ視線で眺め回すとは何たる無礼!」
「この期に及んで何を言ってやがるこの唐変木。あばよ」
 言うと同時に、屍の右腕が後ろに引かれる。
 この構えの果てにあるのは、ジルガの技法『停止心掌』
 小早川奈津子のような怪物を一撃で仕留めるにはこれしかないと、
 屍が先ほどから狙っていた技だ。
 強力無比な掌撃が、万全を期して女傑の胸へ迫る。

896修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:55:24 ID:9yaTnsNo
 その一撃を打ち出した瞬間、屍は後頭部に殺気が当てられるのを感じた。
 すでに屍は攻撃中だ。未来は二つ。
 危機を回避するか、そのまま巨人に止めを刺すか。
 逡巡する時間が無い中で屍は危機回避を優先した。
 烈風とともに花柄模様が翻り、同時に黒鮫が口腔鮮やかに飛来する。
 屍は甲斐の鮫と攻撃の察しをつけていたのだ。
 だが停止心掌は完全に失敗し、小早川奈津子は隙をついて離脱してしまった。 
「くそっ、よく避ける野郎だ」
 言うが早いか、甲斐の瞳が燃えるような輝きを放つ。
 屍はその輝きの中に渇望の意を見出した。
「餓えてやがるな、狂犬め」
 言いながら屍は若干つま先に加重をかけ、重心を前に傾かせた。
 対する甲斐は正面に屍を捉えながらも、四方にも感覚を向けて
 周囲空間そのものを把握しているのだろう。
 お互いの視線が交差し、しばしの間世界が止まった。
 が、それもつかの間。
「クックック、クハハハッ」
 突如として甲斐がを笑みをこぼした。
 楽しくて、満足で仕方が無いといった表情で。
 内奥からこみ上げてくる歓喜と情熱が甲斐氷太を奮わせたようだ。

897修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:56:19 ID:9yaTnsNo
「何が可笑しい」
「ククッ、笑わずにいられるかよ。おまえみてえな相手を前にして。
ついさっきもガンくれあったが、こんな鬼みてえな、
いや、悪魔みてえな視線を向ける野郎は初めてだぜ?」
 見ろよ、と甲斐は屍に対して腕をまくって見せた。
「見事に鳥肌が立ってやがる。数秒睨まれただけでこんなになっちまった。
それだけじゃねえ、脊髄にツララをブッこまれたような感覚だぜ。
相対してるだけで、テメエの威圧とスゴ味に俺自身が飲み込まれちまいそうだ。 
目の前の男がどれだけヤバいか、俺の本能はちゃんと分かってる」
 対して屍は何も言わない。甲斐の出方を伺っている。
 空中を旋回する二匹の鮫が、番兵のように屍の接近を防いでいるからだ。
「でもよお、いや、だからこそ、だな。
こうして俺が向き合ってる相手ならば、このクソッくだらねえ世界の中で
唯一手応えが感じられそうなヤツなんじゃねえかって思うんだ。
余計な虚飾や装飾を取っ払ったシンプルな、それでいて確実な手応えをよぉ」
 カプセルにはまってから、いや、それ以前から甲斐には何もかもが
 嘘くさく思えてしょうがなかった。
 どれもこれもが些事であって、切り捨てられない、必要な何かと比べて
 無価値な石ころに過ぎないと感じていた。
 そんな日常に宙ぶらりんになって生きる甲斐にとって、
 悪魔戦に溺れることはまさに快感だった。
 いや、思考や感情の奥にある「存在」する何かが弾ける感覚だ。
 余計な幻想を片っ端か打ち壊してくれる。
 屍との闘争によって、甲斐は失われない確実なものを得られると確信した。
 だからこそ、屍を追ってここまで来たのだ。
「さぁ、存分に殺しあおうぜ。過去も未来も要らねえ、必要なのは今だけだ。
満ち足りるまで、クラッシュするまで溺れようじゃねえか」
 弾けそうな興奮と期待そして心情をぶつける甲斐。
 しかし、
「粋がるなよ糞虫」
 返ってきたのは痛罵と屍のデイパックだった。

898修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:57:35 ID:9yaTnsNo
 悦に入ったように語る甲斐に対して、屍は全力でデイパックを叩きつけると
 疾風のごとく間を詰める。
「おまえの自己満足に付き合う理由も義理も無い、警察をナメるな。
ゴミは掃除する、治安は守る、それだけだ」
 白鮫がデイパックをブロックする隙をついた低姿勢で一気に距離を詰めると、
 そのまま黒鮫の胴に向かって上段蹴りを叩き込む。
 身もだえしながら後退する黒鮫。
 その背後で、甲斐が目を剥きながら歯を食いしばる姿を屍は捉えた。
「カラクリが読めてきたぜ――その妖物、おまえと同調してやがるな」
「っはぁ……容赦無えな。けどよぉ、そーやって煽られると
俺はますます燃えるんだっ!」
 痛みを堪えつつ、しかし陶酔したかのように甲斐はカプセルを口に含む。
 次の瞬間、眼前に掲げた拳を振り下ろし、
「ノッてきたぜ――食い千切れ!」
 蹂躙の意を轟かせた。

 同時に、二匹の悪魔が屍目掛けて雷光のように飛んでいく。
 甲斐には冷静さが欠けるが、悪魔のスペックがそれをカバーする。
 背びれ、胸びれ、尾、ノコギリ歯。
 電光石火で繰り出されるコンビネーションが屍を包む。
 前後左右上下から襲い来る破壊力。
「ベルを鳴らせ、ショーの始まりだっ!」
 酔ったように叫ぶ甲斐、シャンパンの泡のように敵意が弾ける。
 対する屍は、悪魔の攻撃を持ち前の直観力で巧みに捌き、時には避ける。
 足首を狙った黒鮫の尾の一撃を片足を浮かしてやりすごし、
 同時に右腕部をミンチにせんと迫る白鮫の歯を防ぐため、
 顎に掌打を打ち込んで、鮫が突っ込んでくるベクトルを変える。
「ハハッ! 踊れ、踊れぇ!」
 カプセルを嚥下し、叫ぶ顔はもはや狂喜の域に突入していた。
 目は剥き出しになったように開かれ、しかも真っ赤に燃えている。
 その笑みはまさに悪魔持ちと呼ぶに相応しい。
 物部景がこの光景を見たらいったい何を思うだろうか。
 狂犬の王が操る悪魔に対して、生身の人間が素手で渡り合っているのだから。
 荒れ狂うハリケーンの直下のように戦塵が舞い、風が千切れる。
 魔人と悪魔の饗宴は壮絶な様相を示していた。

899修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 19:59:08 ID:9yaTnsNo
 その戦場に巨人が乱入してきた時、均衡は崩れた。
 屍により手痛い反撃を受けた小早川奈津子が、大剣片手に威勢をあげる。
「をーっほほほほ! 面妖な鮫ともども、あたくしが討ち取ってあげましょう!」
「上等っ! デカ殺るついでにハムにしてやるよ!」
「どいつもこいつもよく喋る――」
 風が唸った。
 ブルートザオガーの軌道上から身をくねって退避した白鮫に
 屍の変則フックが直撃し、フィードバックで甲斐がうめく。
 その反撃とばかりに屍目掛けて突進する黒鮫の尾を
 小早川奈津子が掴んで豪快に振りかぶる。
 それはまるで大魚を吊り上げた漁師のような風情であった。
 そのまま哄笑とともに鮫を屍に叩きつけようとするが、
 鮫の抵抗にあい巨大な頬に鮫肌の痕がつく。
「ざっまあみやがれ、バァーカ!」
 甘美な手応えに笑う狂犬。もはや完全にカプセルがキマってぶっ飛んでいる。
 よろめく女傑。
 隙を逃さぬよう屍の両腕が瞬動し、巨人の手首を砕き折ろうとするが、
「乙女の柔肌を汚した重罪、打ち首獄門市中引き回しの刑で償うがよくってよ!」
 憤激した女傑の振り回す大剣がそれを許さない。
 型もへったくれも無い、力任せで常識外れな剣戟だ。
 接近した魔界刑事の首筋を剣の切っ先が擦過する。
「来た来た来たぁ! 待ってたんだっ、脳天ブチ抜くこの感覚をよおっ!」
 その斬撃で飛び散った鮮血を舐め取るかのような軌道で、白鮫が屍を強襲。
 防御の隙間を縫って屍の肩を尾で打ち据えた。
 隻眼の顔に苛立ちが浮かぶ。

 一瞬ごとに別個のコンビネーションで攻め立ててくる甲斐氷太。
 意外性とタフさによって屍の予測の外を行く小早川奈津子。
 二人を上回る技量と経験を持ち合わせる屍だが、
 思惑どおりに流れを組み立てることは難しい。
 屍の手元に愛銃があれば、一秒とかからず二人は射殺されていただろう。
 だが、屍の支給品は武器ではなく椅子だったのだ。
 珍しく、魔界刑事の額を汗が伝った。

900修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:01:53 ID:9yaTnsNo
 泥沼の白兵戦になるかと思われたその時、
 屍はついに死中の活を見出す。
 甲斐が矢継ぎ早に繰り出してきた悪魔のコンビネーション攻撃。
 その派生パターンを魔界刑事は直感的に理解した。
 思考のトレースではなく、魔界都市で培ってきた本能的なものが
 鮫の動きを先読みしたのだ。
 屍は信頼に足るその感覚に従い地を蹴った。
 悪魔持ちたる甲斐は戦闘開始直後からあまり移動していない。
 そしてその三メートル先で白鮫が路壁に沿って飛ぶのが見える。
 あの鮫の動きが予想したとおりならそこで決着だろう、と屍は思慮した。
 左前方から迫り来るブルートザオガーを間一髪で切り抜け、
 大剣の担い手たる小早川奈津子の巨体に接近する。
 左肩を密着させて相手の重心をわずかにずらし、タイミング良くショートパンチ。
 屍の右拳を腹部に受けた女傑の巨体が後ろに流れる。
「をーっほほほほ! この程度痛くも痒くもなくってよ!」
 やかましい、と拳に手応えを感じながら、屍は白鮫の動きに注目した。
 かくして、白鮫は路壁に向かって尾を振りかぶる。
 それを確認した瞬間、屍はチェック・メイトに至る道筋を構築し、実行する。
 流れていく小早川奈津子の体、それを全力で押して巨体を移動させる。
 同じタイミングで白鮫はブロック状の路壁を尾で破壊し、
 その破片を散弾銃のごとく屍へと浴びせかけた。
 同時に黒鮫が上方から襲い来る。
 これこそ、屍が直感的に予知した新手の攻撃バリエーションだ。
 屍へ迫るブロックの破片をタイミング良く小早川奈津子の体が受け止める。
 予想外のダメージで意識を乱した女傑の腕に向かって、
 屍はアッパーカットを放つ。
 結果、巨人の右腕は大剣を持ったまま直上へと跳ね上がり、
 襲い掛かってきた黒鮫に激突。
 全ての攻撃が阻まれ、同時に無防備な甲斐への道が開けた。

901修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:02:55 ID:9yaTnsNo
「何っ!?」
 驚嘆の叫びは甲斐のものだ。
 今しがた思いついたばかりのコンビネーション攻撃を
 タイミング良く完全に防がれたのだから、そのリアクションは当然といえよう。
 攻撃の派生も内容もたった今誕生したばかりなのだが、
 屍はそれを以前から知っていたかのごとく完璧に無効化してみせた。
 攻撃を五感で感知する以前に、屍が対応策を練っていたとすれば、
「なんつー勘の良さだよテメエ……ククッ、最高じゃねえか」
 甲斐氷太は今やっと、屍刑四郎の驚異的な危機回避能力の正体を知った。
 鮫による最初の奇襲も、背後からの強襲もことごとく屍は回避した。
 その理由が、直感による殺気察知に由来するものならば、
 今まで二匹の悪魔の攻撃を凌ぎ続けてきた事実も納得できる。
 
 そんな甲斐を尻目に、屍は順当に決着への手順を踏んでいく。
 先ほど利用した小早川奈津子、その膝に右足を乗せて階段を上るように
 重心移動を行う。
 次の足場は巨人の胸、そこを左足で踏みつけて、反作用で跳躍。
 三角跳びの要領で、女傑の右腕と激突している黒鮫と同等の高度に達する。
 体操選手より鮮やかな動きだが、凍らせ屋にとっては朝飯前だ。
 上昇の勢いを乗せて、黒鮫の鼻っ柱に一撃をお見舞いする。
 黒鮫は絶叫するように口腔を見せつけながら、
 更に上方へと吹き飛ばされた。
 屍は重力に引かれて落下しながら、甲斐がよろめく姿を視界端に捉えた。
 残る白鮫もしばらくは動かせないほど、甲斐は衝撃を受けているのだろう。
 鮫と甲斐が同調に近い関係にあることをすでに屍は見破っていたので、
 先ほどの一撃には停止心掌には及ばないものの
 霊的なパワーを込めておいたからだ。
 それが悪魔を苦しめ、ダメージが甲斐にフィードバックしたのだ。

902修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:04:55 ID:9yaTnsNo
 着地した屍の足元には、足場にされ跳躍の反動で倒された小早川奈津子が
 転がっていた。
「こ、このあたくしを踏み台に……! 何たる屈辱、何たる冒涜!」
「威勢がいいのは口だけだな」
「をーっほほほほほほ! ならば聖戦士たるあたくしの華麗なる一撃を
お見舞いしましょう! 昇天おしっ!」
 起き上がるや否や、小早川奈津子は聖なる力を振り絞って
 ブルートザオガーを一閃した。
 するとどうだろう、先ほど眼前にいた屍刑四郎は影も形も無くなっている。
「おやまあ、なんと貧弱な。
あたくしの超絶・勇者剣を受けて跡形も無く滅却したのかえ?。
ともあれ正義は勝った、完 全 勝 利 でしてよっ! をっほほ――」
「黙れ馬鹿」
 その声は、勝利の高笑いを響かせようとした、
 聖戦士・奈津子の背後から響いた。
 驚いた聖戦士が百八十度反転すると、そこには花柄模様の上着が――、
 そこまで認識した瞬間、小早川奈津子の心臓に激震が走った。
 古代武術、ジルガの技が冴えわたる。
 停止心掌は巨人の急所に炸裂したのだ。
 この技は防御を無視し、内部にダメージを与える。
 小早川奈津子といえども、笑って耐えられる代物ではない。
「だ、だまし討ちとは……何たる……卑怯……」
 これが屍刑四郎が聞いた、小早川奈津子の最後の言葉だった。
 巨人堕つ。
 
 怪物との勝負に決着をつけた屍が振り向くと、
 壁に手を添えながら甲斐氷太がこちらを睨みつけていた。
「よお、まだ――終わりじゃねえぜ」
「じき終わる」
 屍からみて、未だに甲斐のダメージは深刻だ。
 先ほどまでのようにキレのある動きで悪魔を操作できないだろう。
 だが、相手が怪我人だろうが屍に容赦する気は微塵に無い。
 犯罪者は、皆等しく平等――全く価値が無いからだ。
 一歩、一歩、処刑人のように屍は甲斐に詰め寄っていく。
 依然変わらぬ威圧を背負って。
 追い詰められた犯罪者は、このような屍に対して大抵は逃げたり、
 命乞いをする。
 だが、甲斐は出会ったときと同じく、傲岸不遜に屹立していた。
 相当なダメージが蓄積されているにも関わらず、表情はハイなままだ。
 甲斐のふてぶてしさは、カプセルによるから元気なのだろうか。
 それとも何か策があるのか。
「何をしようとどのみち無駄だ」
「ああ、もうここから動く必要は無えしな」
 用心深く屍は二匹の鮫を確認した。
 黒鮫は未だ上空で弛緩しおり、戦闘できるとは思えない。
 白鮫も崩した路壁付近を漂っている。襲ってきても対処可能だ。
 そして、今まで屍の急場を救ってきた殺気感知も無反応だ。
 もはや甲斐に戦闘力が無いことは明らかだった。

903修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:06:52 ID:9yaTnsNo
 あと四歩、屍がそこまで進んだところで甲斐が不意に口を開いた。
「綱を落とすぜ。好きにしろよ」
「何――?」
 意味不明。屍は警戒するとともに疑問解決に思考を裂く。
 瞬間、先ほどまでとは比べ物にならないほどの殺意が屍の体を貫いた。
 思考を裂いていた分、対応が遅れる。
 しかも、本能的に跳び退る事はできなかった。
 屍は甲斐の攻撃を直感任せですでに数回ほど回避している。
 相手がそれを学習していないはずが無い、と屍は推論し、
 飛び退いた先に何があるか確認していない現状で、
 無闇に回避行動を取るのは危険だと、理性で本能を押し留めたのだ。
 最悪、スリーパターンの三匹目が回避先に現れるかもしれない。
 故に、手段は迎撃。
 決断からワンテンポ遅れて、屍は殺意の主を捜し当てた。
 それは白鮫そのものだった。
 自立行動できたのか、と屍が思う間もなく白鮫が迫る。
 完全な誤算だった。屍は以前、甲斐は鮫と同調していると推測した。
 だが、それはドラッグを起爆剤として使用者の闘争本能などを
 具現化する仕組みだろうと勝手に解釈してしまったのだ。

 魔界都市にも強力な興奮剤が存在する。
 その中には使用者の容姿を変質させる物も含まれている。
 屍は、甲斐のカプセルがその亜種のようなものだと判断し、
 悪魔の存在をあくまで使用者の一部分が分離した固体だと考えた。
 従って、悪魔そのものに独立したエゴが存在するとは思えず、
 使用者の一部分たる悪魔が暴走するなど予想外だったのだ。
 まさか、手綱を放せば勝手に暴れる代物だとは考慮していなかった。

904修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:08:27 ID:9yaTnsNo
 そう誤算しても無理は無い。
 甲斐は戦闘においてハイになりつつも確実に悪魔を制御していた。
 使用者の意の下に掌握された悪魔は、甲斐の殺意に従って牙を剥く。
 忠実な僕であったからこそ、屍はオーナーである甲斐一人の
 殺意を汲み取るだけで済んだのだ。
 その経験から、屍は未知である悪魔を既知の存在として誤認していた。

 もはや白鮫の口腔は魔界刑事の目前だった。
 虚空から出現する妖物である鮫に、鉄皮が通じるか否かは未知数。
 ならば、障害物を出せばよいと屍は結論。
 以前、甲斐へと投擲したデイパックを蹴り上げて、
 それに食いついた鮫の口中へとねじ込んだ。
 もはや、鮫には甲斐が統御していた時の洗練された動きは感じられない。
 目先の敵を全て食い尽くす破壊力そのものだ。

 これが、甲斐氷太の悪魔。
 鉄の意志でもあるオーナーの手綱が外れると、攻撃本能のままに蹂躙する。
 屍の殺気感知力がなければ、奇襲を防ぐことは困難なほどに滅茶苦茶で、
 原始的で、それでいて非常に手の焼ける存在だったのだ。
 
 そしてもう一方、屍が上空に吹き飛ばした黒鮫。
 それはただ攻撃を受けて苦しんでいただけではない。
 上空を通るある物のそばまで接近していたのだ。
 なぜそのような芸当ができたのか。
 フィードバックを受けながらも、カプセルの影響で
 戦気高揚していた甲斐は、同時に痛覚も若干マヒしていた。
 しかも、屍が小早川奈津子を戦闘不能に追い込むとき、
 取り出したカプセルを苦しむ演技とともに飲む暇があった。
 それによって、若干のあいだ悪魔を制御する余裕を甲斐は得ることができた。

905修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:13:38 ID:9yaTnsNo
 空を屍が確認したとき、黒鮫は弛緩していた。
 だが、それは真に弛緩していたのではなく、力を溜めていたのだとすれば、
 優れた勘で攻撃を感知する屍に対して、甲斐が苦肉のトラップを
 用意していたのだとすれば、往生際の態度も納得できるだろう。

 動く必要は無い、と甲斐は述べた。
 なぜなら自分の前まで屍を誘導させる必要があったからだ。
 冷静ならばもっと上手くやれただろうが、今の甲斐にはこれが限界だった。
 屍は自分に止めを刺しに来る、と甲斐は確信して
 自身の手前に攻撃地点を設置した。
 トラップの正体、それは上空を通る複数の電線だった。

 綱を落とす、と甲斐は宣言した。
 それは悪魔の手綱であると同時に、電柱を結ぶ線をも意味したのだ。
 白鮫の制御を手放すことで甲斐は黒鮫の制御に集中できた。
 冷静さを欠いている現状、片方の制御に集中しなければやっていけない。
 その黒鮫はこの時のために上空で力を溜め、
 オーナーの意に従い正確に電線を引きちぎった。
 
 この場に限って言えば、屍が直観力に頼りすぎたのは失策だった。
 このゲームが開始されてから、屍の勘は従来どおりの冴えを見せた。
 と、感じるのは屍の主観であり、実際はしっかりと制限を受けていたのだ。
 その制限で、殺気などの害意を感じる場合と比べて、
 無意な存在から受ける被害に対する直観力は若干低下していた。
 つまり、対人には十分効果があるが、トラップや不慮の事故は
 通常と比べて察知しにくくなっていたのだ。
 屍はゲーム開始以来、大して戦闘を行わなかった。
 それにより「勘」という不安定な能力のコンディションチェックを
 行うことができず、新宿にいた時の状態のままだと思い込んでいた。
 甲斐や小早川奈津子の攻撃を事前に察知していたときは、
 当てられる殺気に反応したのであって、
 死の危険そのものを感じ取っていたわけではなかったのだ。
 それが、今更になって魔界刑事を追い詰めた。

906修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:15:17 ID:9yaTnsNo
 目の前の強敵が放つ殺気に注意を奪われていた屍は、
 自身に向かって上空やや後方から接近してくる二本の電線に気づかなかった。
 無理やり千切れた反動で、電線は弾みをつけて落下してくる。
 その威力は、もはや鞭などというレベルを超えている。
 惨劇は一瞬だった。
 電線は無情にも凍らせ屋の背中を痛打し、花柄模様を銅線が引き裂く。
 凶器の直撃を受けてなお、激痛に耐える屍刑四郎を白鮫が襲う。
 その尾は正確に屍の頭に激突して脳震盪を引き起こした。
「っしゃあ! 引っかかりやがった!」
 凄まじい爽快感だ。甲斐はこの瞬間を待っていた。
 自分より格上で、油断も隙も無い魔界刑事が無抵抗になる刹那の時を。
 判断は即座に成され、忠実な悪魔は寸分違わずそれに従う。
 落雷のごとく飛来した黒鮫は、悪魔の名に相応しい破壊力を持って、
 屍刑四郎の頭部へと食いついた。

 獲った、と思った。 
 甲斐氷太は内より込み上げる感情を外へぶちまけようとして、
「――!」
 獣の咆哮を聞いた。
 
 首まで黒い悪魔に飲み込まれた魔界刑事。
 その両腕が絶叫とともに天へと突き出され、猛禽の鈎爪にも見える五指が
 左右から鮫の頭部に突き刺さった。
 瞬間、甲斐は猛烈な衝撃に意識を失いそうになった。
「ぐっ――あ」
 鈍器で殴られたような感覚。
 それがどんどん自分の芯の方へと食い込んでくる。
 相手にはもはや武術を使う思考も、余裕も残されてはいないだろう。

907修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:16:12 ID:9yaTnsNo
 しかし、氷らせ屋は頭を食われてなお、凶悪なパワーで戦闘続行を望んでいる。
 正に、魔人。
 魔界刑事の生存本能と、メフィスト病院製の特殊細胞が命を繋いでいるのだ。
 この男を沈黙させるには、頭部を食いちぎって脳を破壊するしかないのか。
 
「お――!」
 甲斐は吼えた。そうしなければ眼前の光景に圧倒されそうだったから。
 抵抗する証を自分自身で確認しなければ、痛みに屈しそうだったから。
 だが、同時に甲斐は凄絶な笑みを浮かべていた。
 この刑事、重症を負ってなお自分を楽しませてくれる。
「頭食われてんだぞ!? ハハッ、こうなりゃとことんやりあおうぜ」
 屍の常軌を逸した抵抗が、これ以上無いほどに甲斐の心を満たしていく。
 頭の中が真っ白になって、地平の果てまで吹っ飛ぶ快楽。
 もはや悪魔戦でもなんでもない。
 男と男、二つの存在が生命をかけて意地を張り合っている。
 どうしようも無くシンプルで、致命的な勝負。
 そこが良い、最高だ。
 脊髄を電流が駆け上り、頭蓋の中でスパークした。

 屈したら、死ぬ。
 その思いが甲斐の意識を支え続けた。
 もう何十秒過ぎたのだろう、いや何百か何千か。
 いや、時間なんてどうでもいい。
 甲斐は頭がどんどんクリアになっていくのを感じた。
 これが、己が求めた瞬間なのか。
 そんなことを考える余裕すら、もはや無い。
 今はただ、相手を喰らい続けることで精一杯だった。
 だがついに、痛みが限界に達した。
 もはや痛みではなく、言い表せないモノになって確実に神経を蝕んでいく。

908修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:18:54 ID:9yaTnsNo
 眼前の刑事だったものは、もはや赤いヒトガタと化していた。
 その腕は依然として悪魔を掴んで離さない。
 ギチギチと、鋼の指が鮫肌に食い込む。悪夢のような光景。
 突如として、
「――!」 
 ヒトガタが絶叫を放つ。
 否、もはや甲斐にはそれが叫びかどうかも分からない。
 ただ一つ、内なる野生は理解していた。
 これを凌げば相手は終わる。

 堪えられそうも無い何かが、体の芯を駆け上っていった。
 それでも狂犬は、食いついた牙を離さなかった。


 数分後、甲斐は路地に横たわっていた。
 耐え難い痛みは既に引いたが、激しい頭痛が残っている。
 まともな思考が戻るのは、まだ先になるだろう。
 それでも、甲斐は満たされていた。
 あの感覚は今はもう無い。
 しかしそれを味わった経験は麻薬のように甲斐の心に刻み付けられた。
「言葉にならねぇ……最高だ……もう一度、あと一度でいい。
 あの何もかもが吹っ飛ばされた……あの感覚を、もう一度――」
 ぶっ飛んだジャンキーの言葉とともに、
 甲斐は煙草に火をつけようとして湿気ていることに気づき、
 それを投げ捨てた。

909修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:20:48 ID:9yaTnsNo
【109 屍刑四郎 死亡】
【残り39人】

【A-3/市街地/一日目/19:00】

【甲斐氷太】
[状態]あちこちに打撲、頭痛
[装備]カプセル(ポケットに十数錠)、
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1500ml)
    煙草(残り十一本)、カプセル(大量)
[思考]興奮が冷めるのを待つ、禁止エリア化するまでには移動したい
[備考]かなりの戦気高揚のために痛覚・冷静な判断力の低下
   小早川奈津子は死んだものだと思っています

【小早川奈津子】
[状態]右腕損傷(完治まで一日半)、たんこぶ、生物兵器感染、仮死状態
[装備]ブルートザオガー(灼眼のシャナ)
[道具]デイパック(支給品一式、パン三食分、水1500ml)
[思考]意識不明
[備考]服は石油製品ではないので、生物兵器の影響なし
   約九時間後までなっちゃんに接触した人物の服が分解されます
   九時間以内に再着用した服も、石油製品なら分解されます
   感染者は肩こり・腰痛・疲労が回復します
   停止心掌は致命傷には至っていませんが、仮死状態になりました

910修正した ◆CDh8kojB1Q:2007/03/04(日) 20:21:39 ID:9yaTnsNo
意見くれた人達に感謝
上手く修正できてることを願う

911汝は村人なりや?  ◇MXjjRBLcoQ:2007/04/13(金) 19:37:32 ID:SHfj1tFw
 口うるさい相棒がいないことが少し、本当に少しだけ悔やまれた。
 風が吹いている。
 雲は流れ、木々がざわめき、そして過ぎ去る。
 やっぱり交渉は不快だった、ギギナへ明確に欠落を突きつける。
 彼はあまりにも完成していた。完成した人格なんて閉殻だ。外に繋がる‘手’を持たない。
 彼にはいくらかの嗜みがあったし、美貌があったし、なにより強い。
 そういう物がつなぐ人たちは多かった。
 だけど、損とか得とか、羨望とか賛美とか、そういうものじゃない繋がり方は、今はもうジオルグ咒式事務所と一緒にギギナの中のお墓の下で眠っている。
 張り付くような同情は醜いと吐き捨てた。
 依頼主や敵との関係はすべて相方に押し付けてきた。
 縋り付くような親愛は煩わしいかった。
 放埓に遊び、愛が始まる前に切り捨てた。
 馬鹿らしいにもほどがあるけど、孤独な記憶が心に浮かんだ。
 そんな思考が中断される。
 地響きと、それに続く大きな咒式の波に晒されて。
 地下の通路は湿っぽい。空気自体は生ぬるいのに、結露の水滴が身体の芯から熱を奪う。
 ここは薄暗い、上に大きな穴ががあいてるけど、曇り空はとても暗くて、逆にここだけ光が吸い取られてる感じ。
 だから、ソレが、余計に惨めに見える。
 ものすごく初歩的で、それでも全部の咒式士が逃げられないリスクの結末。
 そこには、戦う人たちの持つ美しさとか、誇りとか、綺麗なものはどこにも無い。
「コレが貴様の成れ果てか? クエロ・ラディーン」
 ‘亡骸’は答えてくれない。
 ただ血の泡のノイズを撒き散らしながら、ゆっくりと収束していく呼吸音。
 身体から血が、その脈動を刻みながら零れ落ちる。
 穴の開いた右肺は、もう空気と血液によって完全に潰れていた。
 致命的な、しかし手遅れではない一撃。
 でも、「咒式ならば」まだ間に合う一撃。
 ネレトーの撃鉄に指がかかる。切先が、クエロの傷口に浅く刺さる。
 それでも、咒式が発動することは無い。
 そんなことをする意味も無い。
「すでに答える言葉も無いか」
 彼女の瞳は、彼の美貌を映していた。
 ただの鏡と変わらない。憎悪もなければ恐怖も無い、一欠けらの意思も無い眼が彼の憎悪を映していた。
「ならば、なぜ私はこの瞬間に」
 ここに在るのはただの死体。
 自らの限界を見誤り、自らの咒式に心を喰われた、哀れな弱者の惨めな末路。
「貴様を切り捨てていないのだろうな」

912汝は村人なりや?  ◇MXjjRBLcoQ:2007/04/13(金) 19:38:50 ID:SHfj1tFw
 戦うところで、躊躇とか逡巡が彼の足をとめることは無い。
 だからコレは余興だった。少し、昔しのことを思い出したから。
 彼の相方なら、散々迷った挙句生かそうとする。いや、生かしてくれと頼み込む。
 自分では何一つ救えない相方は何時だって、惨めに、卑屈に、醜悪に彼にどうでもいいような他人の命を請う。
 果汁に溶け込んだ鉛のような、度し難い程の己に対する甘さで、誇りを汚す毒物を撒き散らす。
 生成系弾頭がない、そんなものは根拠にならない。
 咒式抵抗の無い身体など、彼にかかれば肉の塊だ。
 その気があるなら刻んで、繋げて、弄繰り回せば、この程度の致命傷なんて殺さず済ますぐらい簡単。
 不可思議が跳梁跋扈するこの島なら、あるいは何かを、弔いたい人のことやその仇のことを引き出せるかもしれない。
 それともこれは復讐心なのか、とも考えた。
 生かせば、彼女は保護されるものとして、立ち上がろうとする人たちを支え慰めるし、もしかしたらそれこそ醜い人たちの慰みモノになる。
 いや、そんな回りくどいことでもないか、とため息一つ。
 コレを生き永らえさせるだけで彼の復讐心は満たせる。戦う彼女を切り刻むより気が利いているのかもしれなかった。
 撃鉄に指に力がこもる。金属の感触は夜露にぬれて氷みたいだった。
 彼だって気付いている。
 交渉をするということは、彼の相方に引きずらるという事。そうなって心に渦巻くのは、力の無い愚者の預言。
 保険と後付で彩られた唾棄すべきもの。
 彼の理想はいつだって美しい。なぜならそこに弱者は居らず、故に醜悪なものはその存在を許されない。
 あるのは明快で、血塗られた決断だけだ。
 迷いはあの眼鏡置きの悪癖。
 彼ははいつだって、それを両断してきた。
 両断していれば間違いは無かった。
(でもさ、こういうたわいもない話すら出来ないから……)
「クエロ、いつか貴様も言っていたな」
 汚れなければわからない心があった。
 美しいままでは聴こえない言葉があった。
「だがやはり私には不要のものだ」
 
――銃声。

 回転式大口径とは程遠い、高く、軽く、洗練された発砲音。
 そして大質量の衝突が引き起こす多重音声。
 彼は第七階位を過信していた。彼女が、処刑人が仕留めそこなうことなど夢想だにしていなかった。
 近くにいて、先ほどの地響きに気付かないほうがおかしい。
 戦っているのはは十中八九彼女も殺す‘乗った’化物。
 彼は両断された昔の仲間を一瞥し、その手元に握られたマグナスを一瞥。
 そして彼は笑った。獰猛に、野蛮に、高貴に笑った。
 ほんの少しだけ、悲しかったけど。

913名も無き黒幕さん:2007/04/14(土) 08:14:25 ID:G1oi.Ois
誤字部分
>>911
17行目「上に大きな穴ががあいてるけど」
11行目「煩わしいかった」←誤字じゃないのならすみません
>>912
4行目「戦っているのはは」
2行目「昔し」←誤字じゃないのならすみません
16行目「引きずらる」←誤字じゃないのなら(略

914913訂正:2007/04/14(土) 08:15:34 ID:G1oi.Ois
最後から4行目「戦っているのはは」

915汝は村人なりや?  ◇MXjjRBLcoQ:2007/04/16(月) 15:29:38 ID:SHfj1tFw
あんなに見直したのに orz
ご指摘ありがとうございます

916名も無きヶ原の食鬼少女 ◇MXjjRBLcoQ:2007/05/20(日) 16:21:07 ID:SHfj1tFw
 思い至ったのは城門から結構過ぎたあたりだった。
「そうね」
 死体を振り返り、ふむとカーラは顎をなでる。
「調べるにはやはり試料がいるわ」
 その場でくるりとターン、遺体のもと、城門の方へと戻る。体が軽いと風まで心地いい。
 しかし、そばに立ってみると存外に損壊が酷い。
 体中に穴が開いたそれは使われた得物がわからない。傷の位置関係を見ると矢傷に近いが、
「背中側のほうが酷いわね、未知の射撃武器といったところかしら」
 なんにせよ、この体、この反応速度なら大丈夫だろう。
 むしろ血が流れきっているのは僥倖だ。保存も効き、なにより‘作業’がしやすい。
 さて、と彼女はおもむろに遺体の前に膝をつき、その腕を検める。
 穴の開いた袖を引きちぎった。白い肌と、刻印が露出する。
「死後も残るようね、さて、どこまですれば運べるかしら」
 刺青、といったものでないのは見れば判る。が、物は試しだ。
 死斑の浮かぶ皮膚に指を沿わせ、わずかに力をこめた。
――チキ、チキチキキ
 剥き出しになった爪を立てて、引く。
 生きた肉とは異なる感触が、腕にしみるようで気持ちが悪い。
 刻印はあいも変わらずそこにある。
「腕ごと千切れば持ち運べるかしら」
 腕を持ち直し、今度は二の腕の半ば当たりに、もう一度爪を立てた。
 まだら模様の皮膚を破り、硬くなった肉を毟る。
 あらわになった骨を
「ん」
 捻る。
 わずかな手ごたえを残して、もげた。
 果たして刻印は彼女の手の中、もぎ取った腕の上に浮かんでいる。
 今度はうまくいった。
 うなずいて、紙で傷口を包みディパックにしまう。裸のままで持ち歩くのはいささか気が引ける。
 清潔なの布も出来ればいいので探しておこう。
 血漿と肉片を払って、立ち上がった。
 そんなに時間をかけたつもりはなかったが、見上げれば空は綺麗に晴れ上がっていた。
 月は無い。並びの異なる星星が所在なく輝いて見えた。
 いつまでも惚けてはいられない。
「ほかにも埋葬されてない死体があるといっていたし、もう2,3本用意出来るといいけど」
 埋葬されたものは避けたい、傷に土がついた死体は腐敗が早い。
 つぶやいて、先ほどのダークエルフとの会話を思い返す。
 次の死体は森の脇、奇妙な建物の近くにあるといっていた。

917名も無きヶ原の食鬼少女 ◇MXjjRBLcoQ:2007/05/20(日) 16:22:01 ID:SHfj1tFw
 さて、彼女の目標のひとつに火乃香の殺害がある。すべてはロードスの安定のため。
 神の恵みである身体を捨て、信仰という名の心を捨てても守りたかったもの。
 カーラはわずかに遠くに立つ影をじっと眺めた。
 ゴーレムで作ったと思しき家の解析や地下遺跡の調査で不本意に時間を食ったが、この出会いのためと思えば納得できる。
 体のポテンシャルが高いからか、徒党を前にしてもはやる心は定まらない。
 敵は3人。見た目では火乃香と赤い髪の男が前衛、お下げの少年が後衛といったところだろう。
 ワンドの類は持たない、おそらくはプリースト、いや、ここではその区別は捨てたほうがいい。
 彼らは街路樹に何かをくくりつけていた。お下げの少年と赤い髪の男があーでもないこーでもないと騒いでいる。
 勤めて冷静に、勤めて油断を排して、精神力を消費してもコンシール・セルフを張っておく。
 と、張ると同時に彼女達が動いた。道をはずれ、倉庫のほうへと向かっていく。
 なるべく気配を殺して、街路樹に駆け寄った。
 白い、透明な袋がつるされていた。
 ご丁寧にも懐中灯が入っていて、非常に目立つ。
 センスマッジックで調べるが特に呪いの類は見当たらない。
 罠の気配は、無い。それでも慎重に、封を切る。
 それはメモの束だった。全部で10枚ほど。
 ご苦労なことだと、思う。これだけ書き写すのにもだいぶ時間を食っただろう。
「さて、それだけ価値のあるものなのかしら」
 メモは5枚の連番が2セットといったものだった。めくれば1から5のナンバーが繰り返す。
 改めて、内容に目を向けて、カーラは思わず顔をしかめた。
 まずもって書いてることが理解できない。
 やたらに記号が並んでいる、形態としてはラーダ信者の学術書に似たものがあったが意味がわからなければ同じこと。
 眉をしかめて次のページへ。
 今度はさまざまな図形。理論回路やら構成やらと書かれているが、カーラの知識に近くで言えば魔法陣の解析図のようなものだろう。
 もうコレが何なのかは想像がつく。
 天秤は、いまや圧倒的に傾き始めた。
 彼女達は進みすぎている。
 残りも流すようにめくっていき、おもむろに一枚を手に取った。
「アンチロックのようでアンチマジックか、それともリムーブカース?」
 ここらへんに知識が無いのだろう。術式に無駄が多い、精霊魔術を古代神聖語で行っているようなものだ。
 あるいは、そういう形態の魔法なのかもしれない。たしかに無駄が多いが、その無駄は隙間なく、緻密で、体系が建っている。
 が、完全にジャンクなところがあるのはいかがなものか。
 ディスティングレートやデスクラウドに近い術式はわかる、おそらくこれが‘首輪’だ。しかし、
「どうみてもトランスレイトとタングね」
 解除式になぜコレがいるのかがわからない。
 書き込み具合からしてむしろ手をもてあましてる感すらある、となると。
「これは刻印の機能かしら」
 考えてみれば当たり前な話だ。異世界の人間で話が通じ文字が読めるほうがどうかしている。
「わかっているのかしらね、このこと」
 刻印はただ解除すればいいものでもないようだ。
 ほかにもゲーム進行のための、参加者に不可欠な機能が無いとも限らない。
 天秤はつりあった。総合してみれば刻印解除は程遠いだろう。放置するのがいい。
 解析が進むようなら成果だけ奪って殺せばいい、進まないなら手を貸してあげるのもいいだろう。
 もう一度彼女たちのほうを見た、倉庫をぬけ、C-4へと入っている。
「追跡は、危険ね」
 今すぐ同行する気はないのならつける必要も無いだろう。
 魂砕きの行方も気になるし、今後のためにアシュラムの情報も集めておいたほうがいいだろう。
 魔法でマーカーだけつけておき、残りのメモを街路樹に戻す、懐中灯の光から逃れるように離れる。
 星明りに目を細めカーラは暗がりの中へと消えていった。

918名も無きヶ原の食鬼少女 ◇MXjjRBLcoQ:2007/05/20(日) 16:23:37 ID:SHfj1tFw
   ☆★☆

(情報制御反応、ロスト)
 I-ブレインが敵の離脱を告げる。
 後ろを振り返る、街路樹のそばには相変わらず影も見えない。
「行った、みたいだな」
「だね」
 少女が、ヘイズに額を仄かに輝かせて同意した。
「アレぐらいわかりやすかったらいいんだがな」
 コミクロンもお下げをもてあそびながら背後を確認する。
 ヘイズは苦笑した、ヘイズもコミクロンもどちらかといえばあからさまな情報制御の使い手だ。
 世界には物質としての側面と情報としての側面がある。
 魔術・魔法というものは、なべて情報側からのアプローチだ。
 書き込みこそ行わないもののヘイズとてポート持ちの魔法士。
 あれほど露骨な情報制御を行われては気付かずにはいられない。
「メモに興味持ってくれたみたいだし、その気があるなら向こうから接触するだろ」
 そう締めくくって、先へと進む。
 が、一人火乃香が立ち止まる。
「どうした、早速もっどてきたか?」
 怪訝そうにたずねるコミクロンに、火乃香は首を振った。
「いやそうじゃなくてさ」
 いい難そうに笑いながら、頬をかく。
「昼間にね、登ってみたのよ、あの木さ。シャーネは登ってこなかったかど、楽しそうにしてた」
 そういって、二人のほうへと向き直った。立ち止まる二人を追い抜てすすむ。
「んで、すぐにあんたら二人が襲ってきた」
 振り返っていたずらっぽく笑う。
「ただの感傷だよ。行こう」
 そして彼女は前へとあるきだした。
 ヘイズもコミクロンも、苦笑して着いていく。
「あ」
 唐突に、火乃香が立ち止まる。
「なんだ、今度は?」
「いやさ、ふと思ったんだけどさ、あれ、見られちゃまずいんじゃないかな?」
 誰にとは言わない、言ったらまずいし、確かにまずい、見られたら殺されるかもしれない、管理者達に。
「……回収しとくか、ヴァーミリオン」
「だな」
 誰も反対はしなかった。

919名も無きヶ原の食鬼少女 ◇MXjjRBLcoQ:2007/05/20(日) 16:24:53 ID:SHfj1tFw
【F-5/街道/1日目・22:20頃】

【福沢祐巳(カーラ)】
[状態]: 食鬼人化
[装備]: サークレット、貫頭衣姿、魔法のワンド
[道具]: ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減) 刻印解除構成式のメモワンセット 
     腕付の刻印×3(ウエイバー、鳳月、緑麗)
[思考]: フォーセリアに影響を及ぼしそうな者を一人残らず潰す計画を立て、
     (現在の目標:火乃香、黒幕『神野陰之』)
     そのために必要な人員(十叶詠子 他)、物品(“魂砕き”)を捜索・確保する。
[備考]: 黒幕の存在を知る。刻印に盗聴機能があるらしいことは知っているが特に調べてはいない。
     

【E-4/倉庫脇/1日目・22:20頃】
【戦慄舞闘団】
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
    船長室で見つけた積み荷の目録
[思考]:様子を見に行く。ただし慎重に。
[備考]:刻印の性能に気付いています。ダナティアの放送を妄信していない。

【火乃香】
[状態]:健康
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:様子を見に行く。ただし慎重に。

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
    刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:様子を見に行く。ただし慎重に。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       解除メモのうち数枚に魔力の目印がついています。ロケーション等により位置バレの可能性があります。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。刻印の情報を集める。
         大集団の様子を見に行く。ただし慎重に。

920All I need is (11/11)  ◆l8jfhXC/BA:2007/06/09(土) 22:33:15 ID:eWecrE.w
【F-1/格納庫への地下通路/1日目・23:30頃】
【李淑芳】
[状態]:左腕に深い裂傷(血は止まっているが、傷は癒えておらず痛みがある。動かせない)
    服が血塗れ、左袖が焼失。左腕に止血の符と包帯を巻いている。
    精神の根本的な部分が狂い始めているが、表面的には冷静さを失っていない。
[装備]:呪符(5枚)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水800ml)、自殺志願(少し焦げている)、
    由乃の死体の調査結果をまとめたメモ
[思考]:玻璃壇で周囲の参加者の様子を確認した後、遊園地から離れる。符を作り直して休憩を取る。
    外道らしく振る舞い、戦いを通じて参加者たちを成長させ、アマワを討たせる。
    アマワに立ち向かえないと思った人間の命は考慮しない。
    役立ちそうな情報を書き記し、託せるように残す
[備考]:第三回放送を途中から憶えていません(禁止エリアは知っている)。『神の叡智』を得ています。
    契約者ではありませんが、『君は仲間を失っていく』と言って、アマワが未来を約束しています。

【F-2/井戸の中/1日目・23:30頃】
【零崎人識】
[状態]:気絶中。全身に大火傷。
[装備]:圏(身体を拘束されている)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分。一部が濡れているおそれあり)
    砥石、小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:島の南方面を探索。
    悠二、シュバイツァー(名前は知らない)の知人に出会ったら倉庫に連れて帰る。
    気まぐれで佐山に協力。参加者はなるべく殺さないよう努力する。
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。

※エルメス、草の獣(複数の符をつけて強化された紐で拘束済)は遊園地のどこかに隠されています。
※草の獣が得た情報は、すべてムキチに伝わっています。

921私は平和な世界に飽き飽きしていました(1/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 16:59:22 ID:4TxSn20Y
 長い廊下がある。
 通路の内装は、無用に自己主張しすぎることなく、それでいて品の良いものだ。
 一定の間隔で設置された照明さえも、見事に機能美を表現していた。
 屋外の風景は見えない。左右の壁には延々と扉が並び、視界内には窓がない。
 雨音と雷鳴が、遠く響く。
 四つの靴が床を踏む音は、ほとんど絨毯が消していた。
 足早に歩く女と、その背を追う男が、言葉を交わしつつ直進していく。
「いやぁ、それにしても、大変なことになっていたんですねぇ」
 頼りなさげな微苦笑を浮かべて、神父の格好をした男は無駄口を叩いている。
 眼鏡をかけた彼の名は、アベル・ナイトロードという。
 頬をかく人差し指が、これ以上ないくらいに腑抜けた雰囲気を醸し出していた。
「言わずとも済むことをいちいち口に出すでない。不愉快じゃ」
 顔をしかめて美貌を台無しにしながら、天使である女は言う。
 喪服姿の彼女のことを、バベルちゃんと呼ぶ者は呼ぶ。
 頭に生えた立派な角は、ひょっとすると普段より鋭く尖っていたかもしれない。
「ところで」
「何じゃ?」
 視線を合わせることすらせず、彼と彼女は会話する。歩調は減速しそうにない。
「この一件が解決したら……あなたがたは、それからどうするんですか?」
「解決してから話してやろう。頼むから、しばらく黙っていてくれぬか」
 苛立った声で告げられた拒絶を、彼は平然と受け流した。
「そんなこと言わずに教えてくださいよ。聖職者が天使様のことを知りたがるのは、
 当たり前じゃないですか。すごく気になるんですよ」
「この場の空気さえ読めぬ者が、一人前の神父として働けるとは思えんのじゃが」
 女の酷評を理解していないかのように、男が舌を蠢かせる。

922私は平和な世界に飽き飽きしていました(2/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:00:37 ID:4TxSn20Y
「やっぱり以前の任務を再開するんですか? 不老不死を人間の手から奪うために」

 そう言って、アベル・ナイトロードを装っていたそれは立ち止まった。

 女の体が石像のごとく硬直し、次の瞬間には振り返って臨戦態勢をとる。
「そなた、いったい何者じゃ? どうして極秘任務の内容を知っている?」
 その冒涜的な“何か”は、もうアベルを演じていない。
「私は御遣いだ。これは御遣いの言葉だ。……質問に答えよう、愚かな天使」
 アベルの声で、アベルの姿で、アベルのようなものが宣う。
「かつて答えた問いには、過去と同じ答えを返す。君に返答を確約するのは一度だけ
 だが、既出の質問については数に入れない。薔薇十字騎士団よりも上位に在る者、
 あの殺し合いを望んだ者、それがわたしだ。名が要るならばアマワと呼べ」
 命を弄ぶ者どもの首魁が、今ここにいる。
「!?」
 それは、アベル・ナイトロードではない。
 ならば、現在地がミラノ公の館であるとは限らない。
 そして、この世界が薔薇十字騎士団の出身地だという確証もない。
 もはや、ここへの来訪を提案した、眼帯の天使が無事なのか否かも判らない。
 だから、天使の組織を束ねる議長ともあろう者が、自身の判断さえも信じられない。
 問いに答えるため、御遣いは無表情に口を開く。
「厳重に秘されているはずの情報を漏らしたのは、君たちが『神』と呼んでいる者だ。
 あれはわたしの協力者であるが故に、必要な知識はあらかじめ伝えられている」
「デタラメを言いおって!」
 語気を荒げて、女が叫ぶ。
「認めないのは君の勝手だが、永遠に、その解釈は正しいと証明できない」
 応じる口調には、何の感慨も込められていない。

923私は平和な世界に飽き飽きしていました(3/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:01:53 ID:4TxSn20Y
「嘘じゃ! わらわたちが捨てられたなど!」
 悲鳴のような糾弾からは、今にも熱が消えそうだった。
「君たちは、あれの被造物であり、不要になれば処分される玩具でしかない。そして、
 捨てられる理由は、主たる『神』の命令よりも同胞の幸福を優先した故にではない。
 そもそも、君たちは『神』へ反逆できるよう設計されていた。あれがそれを望んで、
 そうなるように創ったからだ。君たちは失敗作ではない。飽きられたから捨てられる
 だけの消耗品だ。いつか廃棄されることまで、創造された時点で決まっていた」
「そ……そんなことなどあるものか!」
 女の顔面には、憤怒よりも、焦燥と狼狽の色が濃く滲んでいる。
「本当に? 君は本当にそうだと思っているか?」
 毒の滴るような笑みをアベルの顔が浮かべ、その容姿が別人のものに変わる。
「今、ここには、君たちが『神』と呼ぶあれの力が届いていない」
 眼帯をした天使の姿で、御遣いは語る。
 噛みしめられた女の奥歯が、耐えきれずに軋みをあげる。
「だから、あれの影響で認識できなかった真実が、今の君には理解できる」
 モヒカン頭な天使の姿で、御遣いは述べる。
 握りしめられた女の手指が、掌に爪を食い込ませていく。
「もう一度よく考えろ」
 目の下にクマのある、羊の角を生やした天使の姿で、御遣いはささやく。
「あれは本当に君たちの味方か?」
「っ」
 娘の姿をしたそれを、女は攻撃できなかった。
「不老不死の薬を創るはずの草壁桜に、時を遡って干渉し、歴史を改変する。それが
 君たちに望まれている役目だった。ならば、それが成功すればどうなるか。歴史は
 改変され、“不老不死の薬が創られた世界にいた君”は消える。改変された未来で、
 誰かが、過去の世界に行った天使を見つける。その天使は歴史を改変した当事者だ」
 女の内側で、大切な何かに亀裂が入った。

924私は平和な世界に飽き飽きしていました(4/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:03:02 ID:4TxSn20Y
 いつの間にか、周囲からは多くのものが見えなくなっている。
 壁も扉も天井も照明も床も絨毯も、ない。
「いずれ多くの人間を助けられるかもしれなかった、大罪など犯していない草壁桜に、
 天使が酷いことをしていたわけだ。理由を訊けば、『何故か自分でも判らない』と
 言うかもしれないし、『彼が不老不死の薬を創れないように邪魔しただけ』と言う
 かもしれない。改変された者たちにとっては、どちらだろうと精神病患者の妄言だ。
 歴史を改変したその天使は、間違いなく悲惨な末路を辿る」
 長い廊下など、どこにも存在していない。
「君たちが『神』と呼ぶあれは、歴史が改変されても改変以前の記憶を失わないが、
 その天使を絶対に庇わない。不要だからだ。代わりならいくらでも創れるのだから、
 薄汚れた玩具など壊れてしまえばいい――あれはそう考える」
 雨音も雷鳴も既にない。
「草壁桜が“不老不死の薬を創れる程度の能力”を持っていたのも、それが放置された
 のも、君たちが『神』と呼ぶあれが原因だ。あの一件は、あれの戯れでしかない。
 草壁桜の存在そのものを抹消することさえ、あれがその気になりさえすれば一瞬で
 片が付く雑事だ」
 もう真実しか聞こえない。
「君が指揮する勢力は草壁桜の命を狙い、三塚井ドクロはそれを阻止しつつ歴史を改変
 しようとしている。だが、草壁桜の学業を妨害せずとも、三塚井ドクロは歴史を改変
 できる。三塚井ドクロは撲殺天使――草壁桜を撲殺し再生する者だ。自覚などしては
 いまいが、彼女の能力で人間を完全に復活させることはできない。限りなく本物に
 近い偽物を、本物の残骸を材料にして造る程度が精一杯だ。死と再生が繰り返される
 ごとに、誤差は蓄積されていく。復元されるたびに、草壁桜と呼ばれているそれは、
 人間ではないものになっていく。君たちの世界では、精神的刺激によって成分不明の
 体液を垂れ流す生物を人間とは定義していまい。撲殺して造り直して、それを何度も
 続ければ、“不老不死の薬を創れる程度の能力”もまた徐々に失われていく」

925私は平和な世界に飽き飽きしていました(5/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:03:58 ID:4TxSn20Y
 無数のモノリスが乱立する闇の荒野で、御遣いが天使に言う。
「草壁桜は三塚井ドクロと出会った日に殺された。その日、草壁桜の死体を元にして
 造られたのは草壁桜の紛い物だ。君が殺そうとしていたのは草壁桜の成れの果てだ。
 すべては、あれがそうなるように望んだからだ」
 この領域を、御遣いの盟友は“無名の庵”と呼称している。
 視界を妨げることのない異界の闇に包まれ、疲れきった声で女はつぶやいた。
「……何故、そのようなことをわらわに話すのじゃ?」
 女の娘を模した御遣いが、わずかに顔をしかめた。
「君たちの『神』は、己の創った玩具が壊れていく様子を楽しんでいる。確かにあれは
 わたしの協力者だが、決してわたしの友ではない。あれは観客だ。余計なことはせず
 必要最低限の代価は支払うが代価以上の尽力はしない。邪魔されぬよう、あれ好みの
 惨劇を見物させて、機嫌をとるべき相手ですらある。この話もそんな惨劇の一幕だ。
 わたしが望みを叶えても叶えられなくても、そこに惨劇があるのなら、あれは何も
 手出しをしない。君たちの『神』は、わたしも君も救わない。あれは誰も救わない」
 ついに、女の内側で、核であり要でもあった部分が砕けていく。
 澄んだ音を響かせて、数条の光が女の背から生えた。
 光で形作られた翼は、まるで女を突き刺す白刃のようだ。
 天使の力が暴走し、浪費されている。
 女の肉体が、少しずつ透け始める。
「消滅に至る病、『天使の憂鬱』――これも『神』が望んだものか」
「必要な知識はすべて伝えられている。『天使の憂鬱』を発病させる方法も教わった」
 御遣いの視線は、学者が実験動物を見るときのそれに似ていた。

926私は平和な世界に飽き飽きしていました(6/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:05:01 ID:4TxSn20Y
 とある世界において、天使とは観念的な存在だ。
 その世界の天使にとって、肉体とは、存在力によって構成されるものでしかない。
存在力の源は、天使自身の個性――己の在るべき姿を自覚し、具象化する意思の力だ。
 その世界の天使は、『神』の領域以外の場所では、少しずつ存在を蝕まれていく。
帰郷して静養し、自分の個性を再確認しない限り、病状は悪化し続ける。己の個性を
忘れて体調を崩した天使は、『神』の領域の外に滞在し続けるだけで消滅する。
 己の生まれた世界の地上にいてさえ蝕まれてしまう天使は、異界の中に留まれない。
しかも、『神』の悪意をもって精神を蹂躙されては、意思の力などすぐ尽き果てる。
「わらわたちは、滅ぶのじゃろうか?」
「三塚井ドクロ以外の、君の同胞たちは、すべて君と同じように処分した」
 女の頬を濡らす雫は、地面に落ちることなく光の粒となって散り続けた。
 ただ静かに泣く女へ、御遣いは言う。
「君が刻印に小細工をしたとき、君たちの『神』は大喜びしていた。君のせいで刻印の
 機能は安定性を失い、参加者たちの能力には大幅な格差が生まれた。三塚井ドクロの
 刻印が本来の効果を発揮しきれていなくても不自然ではない状況を作るためだけに、
 君は他の参加者全員を巻き添えにした。同胞以外の参加者たちが、どんなに理不尽な
 目に遭おうとも気にしなかった。冷酷な君を、君たちの『神』は得意げに自慢した」
「…………!」
「君が刻印に施した小細工についても、デイパックのどれかに君が忍ばせた紙と鍵に
 ついても、そのまま放置してあるし、薔薇十字騎士団が君の規則違反を知ることは
 最後までない。君たちの『神』がそれを願い、その要望がわたしの目的と競合しない
 以上、紙と鍵を持った参加者が薔薇十字騎士団の居場所に踏み込んでも、わたしは
 管理者を守らない。わたしの友も、君たちの『神』も、管理者には加勢しない」
「親切すぎて胡散くさいとしか言えぬ。そなた、すべてを語ってはおるまい?」

927私は平和な世界に飽き飽きしていました(7/7) ◆5KqBC89beU:2007/08/01(水) 17:07:45 ID:4TxSn20Y
「その通りだ、賢しい天使。元々、用が済めば薔薇十字騎士団は始末する予定だった。
 結果が同じならば過程はどうでも構わない。無論、君にはそれ相応の報いを今から
 わたしが与える」
「何を今さら――」
「君の小細工によって、三塚井ドクロの刻印は正常な効力を発揮しなくなっていく。
 ただの人間を撲殺できなかった彼女の腕力は、非常識で致命的な破壊力を取り戻す。
 灰から煙草を作ることすら不可能だった彼女の能力は、故障中の機械を材料にして
 問題なく稼動する機械を作れるほどに蘇る。怪我をしても自力で回復できるように
 なる。自身を弱体化させている力への拒絶反応が、攻撃衝動を活性化させ、生存率を
 上げる。ほとんどの参加者たちは、制限の緩い彼女を殺せない。しかし、刻印の力は
 参加者を害するものばかりではない。三塚井ドクロの刻印は、もはや彼女の精神から
 違和感を取り除かない。『本来の自分はこんな風ではなかった』と彼女は常に思う」
 透けて薄れていく女の顔が、絶望に歪んだ。
「故に、彼女は己の個性を見失う。『天使の憂鬱』を発病しても、優勝しない限り、
 帰郷は許されない。君たちの『神』は、大いに嬉しがっている」
 天使は、いなくなった。
 御遣いだけが、闇の荒野に立っている。
「君たちの“消滅”が死であるとは、誰も証明できていない。元の世界からいなくなり
 二度と戻ってこないだけだ。生も死も観測されていないなら、それは未知だ。肉体を
 失って、余分なものを削ぎ落とした君たちは、わたしに近しい存在ではないのか?
 ……未知になった君たちは、わたしに心の実在を証明できるだろうか?」
 闇の荒野には、誰もいなくなった。


【X-?/無名の庵/1日目・19:30頃】
【バベルちゃんを含む管理者側の天使たち 消滅】

※薔薇十字騎士団以外のトリニティ・ブラッド勢は、すべて黒幕による幻影でした。

928名も無き黒幕さん:2007/09/01(土) 19:26:05 ID:SHfj1tFw
 風見は闇の中に去り行く二人の姿を見送った。
 彼女達と戦うには理由が無くて、説得するにも通じる論拠が無かった。
 疲労と、それ以上に重い感情の残滓を抱えて、風見は彼女たちを見送る。
 二人の足取りは森の中なのに躓いたりよろめいたりはしなかった。
 歩きなれてるのか運動神経がいいのかそんなとこなのだろう。
 だけど、風見にはそうと素直に受け取ることはできなかった。
 去っていく二人の姿はなんだかとても現実感が希薄で、二人ともふわふわと宙に浮いてるようだ。
 まるでも木霊でも追っているような気分になる。
 ふっと消えて、目をこすっている間にそこにいる。
 木陰と月影の網目の中で、見え隠れする二人の後ろ姿はいつの間にか現われて、瞬きすれば消えてしまう。
 まるでまれびとのみたいでひどく綺麗で、儚く、空恐ろしかった。
 と、不意に、少女のほうが振り返った。仄かに青い光を受けて、その姿がくっきりと浮かび上がる。
 ぼうっとした闇の中に浮かんでいるみたいだと思う。目が合い、風見の視線に、にっこりと笑みで答える。
 ぞく、と生ぬるい寒気が走った。あの目は良くない、攫われてしまいそうになる。
 こちらの怯えに少し、悲しそうな目を返され、風見の胸がチクリと痛んだが、かける言葉もないうちに、
ふたたび暗闇の中に溶けるように消えていって、もう現れることはなかった。
 さわり、と森の向こうに風が吹く。
 木々のざわめきが、雲の流れる音が響く。
 まるで、音のなかった世界が声を取り戻したみたいに、音が辺りを包んだ。
 でも森の奥に、風は届かない。
 風見は大きく溜息を吐いた。
 緊張とか、後悔とか、不安とか、とにかくすべて吐き出したかったけど、胸にわだかる澱のような気分はため息ぐらいでは吹き飛ばせない。
 それこそ煙のように風見の周りを漂うだけだ。
 風がほしいな、風見は切にそう思う。
 本当にいろいろなことがありすぎて感情が自力ではリセットできそうになかった。
(放送まであと十分ちょっとか)
 中途半端な時間だ。振り返るには短すぎるが、抱えて、気まずいまま過ぎるを待つにはあまりに長い。
 それでも、煙のような疲労を振り払って語りかけるような力は、もう風見の中からわきあがってはこなかった。
 なんだかひどくもがき疲れてしまったみたいに心が重い。
 肉より感情のほうが摩耗している。あまりに強い感情の連打に、神経がへこみっぱなしのボタンのように沈黙してる。
 コトバ
 風がほしい、と風見は思った。                              フクシュウ
 いろいろなことなんて言ってみたけど、そんなことはない。風見を今苦しめてるのはたった一つの裏切りだ。
 受け身は柄じゃないと思われがちだ。こういう時、みんなが思い描く風見との距離を意識せずにはいられない。
 救いを期待すように、風見は待った。
 ブルーブレイカーが釈明するのを待っていた。
 答えはない。
「ブルーブレイカー」
 衝き動かされるように、風見は振り返り、声をかけた。
 言動両区はイラつくというよりも焦りに近い。
 BBは何も変わらぬ様子で……表情の見えない機械化歩兵が立っていた。
 何も答えずに、ただ自ずから然るいう風に立っていた。
 ふいに、ひどく癇に障った。
 見えないだけかもしれない、ブルーブレイカーには感情を表す機能はなく、風見には彼の感情を読み解くための機能がない。
 何事もない様ににしか見えなくて、そんなはずはないはずだと、風見の思考が囁く。
 そうだ、彼には、言わなければならない。
 何かが風見に囁いた。
 彼が言わないというのなら、言わせなければならない。
 実力行使だって厭う気はない。
 あれほど摩耗していたはずの感情がじわじわと風見ににじり寄った。

929名も無き黒幕さん:2007/09/01(土) 19:26:45 ID:SHfj1tFw
 今なら、拳が砕けてもブルーブレイカーを殴り続けられる確信がある。
「どういうつもり?」
 言わなければおさまりがつかない。
 自分でも理解できないほどの感情が風見を追い立てる。
「どういう?」
 そんな風見に、ブルーブレイカーは平然と切り返す。
 しらを切っているのか、本当に分かっていないのか、風見の曇った耳では合成音から判断できない。
 風見は沈黙で先を促す。
 これはある意味最後通告のつもりだった。
 お前はそんな奴だったのか、風見はそう尋ねたのだ。
 風見の中でブルーブレイカーはもっと高潔な存在だった。
 銃使いの少年との時、風見は死んでいた。諦める諦めないの前に、詰んでいた。自力では、どうしようもなく死んでいたのだ。
 だが風が吹いた。
 人でも、機竜でもない、深い群青の機体。
 飛ぶ姿は美しかった。
 人のカタチをした者ならだれもが憧れる、理想の結晶。
 風見は共感した。                        フォーム
 同じ飛ぶものとして、道こそ違うが真摯に飛ぶことを突き詰めた最適の運動。生身では再現不能のしかし明らかに人体を模した旋回性能。
 そして武神や機竜とは一線を画す、生物に近いサイズならではの繊細なモーション。
 それは、機能だけで見るならもう一人の風見だった。
 彼は風見に手を差し伸べた。
 戸惑いはした、疑いもした。けど、彼は当たり前に手を伸ばしてくれる者だと理解して、風見は嬉しかった。
 風見はあの時の気持ちを汚されたくはなかった。
 だから風見は待った。続く言葉を、否定の言葉を待った。
 そして、ブルーブレイカーの言葉は続くことないと悟った瞬間、風見はとうとうブチギレた。
「さっきの事よ!」
 千里はブルーブレイカーの首もとを掴み寄せて怒鳴った。
 そのまま押し込んだ腕と気迫はブルーブレイカーを一歩後退させ、背後の木に背中が当たる。
「あんな胸糞悪い見せ物を見物するのが趣味なわけ?」
 静かなどすの利いた声が出た。
「……そうらしいな」
 しかしブルーブレイカーは平然と答える。
 その態度が、何も恐れていないとは少し違う、そう、もう何にも興味がないといった態度が、さらに風見の不安と恐怖を掻き立てた。
「この……!」
 心臓が早鐘のようになり響く。
 填めるべき言葉が見つからない。今ある言葉では彼に絶対届かない。
 風見の頭脳は今までためてきたすべての言葉をかなぐり捨てて、ブルーブレイカーに届く弾丸を探し求める。
「だがおまえもそういう面は有るのではないか?」
 だが、それよりも早く、ブルーブレイカーの言葉が風見に届いた。
 思えば、最初からこうなることはわかっていた。
「魔女の言った通りの事が起きれば」
 小さく子爵の水音がした。 ひどく遠い音だった。
 都合のいい言葉を期待した時点で、風見は間違っていたのだ。
「EDの仮説は間違っていた。しずくはこの島に居た。そして殺された。
  ……そうなんだろう? 金の針先」
『オレの名はエンブリオだ。その呼び名でも間違ってるとはいえねぇけどな。
  それとその通りだよ。しずくとは短い間だが、一緒に居たのさ』

930名も無き黒幕さん:2007/09/01(土) 19:27:27 ID:SHfj1tFw
「………………」  
 子爵の飛沫の音が少し大きくなるだけの静寂。
 その音さえ、風見に届くにはあまりに遠すぎる。
 EDの仮説はBBを落ち着かせる為の虚説だった。
 最初に裏切られたのは彼だった。これは単なる終りの続き。最初からわかりきっていた、別離の幕開け。
「俺の片翼は失われた」
 子爵が弱々しく木を這い上がる音がするだけ。
 BBは喪失を噛み締め。
 千里は彼を責める言葉を見つけることは出来なかった。

 場の雰囲気を変えようとするかのようにエンブリオが軽い口調で喋り出す。
『最初にオレを持った奴は死んで、受け継いだ茉衣子は何人も巻き添えにして破滅しちまった。
  まったく、大した疫病神っぷりだと思わねえか?』
 子爵が流れ落ちて形になる音が……
『なあ。ちょっくらオレを壊して――』
『気を付けろ!』
「!?」
 自ら浮き上がる力が出ず、子爵は木に登って張り付く事で警告の文字を作りだした。
 その僅かなロスが決定的な差を作り出す。


「イーディー、いや、シーディーだな。そうか。つまり俺は、ようやく見つけたって事だ」
 ぞっとするほど近くから男の声がした。
 針の筵にも似た殺気が、 真っ暗な森を漆黒に塗りつぶす。
 風見が衝き動かされるように振り返った先に、立っていた。
「そしておまえらは運が悪い」
 顔には幽鬼の笑い。手を伸ばせば届く距離。足元には少女の亡骸。両手にハンティングナイフ。
 近寄れば気づけるはずだった。腐葉土未満の落ち葉、露だらけの下草。動けば、必ずなにがしかの音がするはずなのに。
「俺を敵に回してしまったんだからな」
 怪物が、忽然と立っていた。
 (ヤバイ……!)
 あまりにも出来すぎなエンカウントに、風見は全身が総毛だつのを感じた。
 きょうびB級映画でもお目にかかれないシチュエーション。笑えるぐらいにヤバすぎる。
 風見千里はBBに詰め寄り二人揃って態勢を崩してしまっている。
 子爵は先程受けた攻撃のダメージが思いの外大きいのかまともに動けない。
 そして怪物は、一息の間合いに立っていた。
 赤い青年が口を歪め劫火のような笑みを浮かべて告げる。

「さあ、狩りの始まりだ」
 風切る音もなく、銀光が走った。

931Long live the ―――― ◆685WtsbdmY:2007/09/29(土) 23:33:24 ID:JcqpINC.
――――録音開始。


呻き声。

再び呻き声。内容の聞き取れない、おそらくは悪態。

何者かが身じろぎする音。潜めようとして、潜めきれていない息遣い。
地面をマントの裾が擦過する音。消そうとして、消しきれていない足音。

『お? おおおっ?』

ごくり、と唾を飲みこむ音。一呼吸、二呼吸、三呼吸。

『く、ふははは。
 え〜と、なんだかよく分からんが、やはりこの俺様に仇なして無事にすむわけはなかったようだな。
 こいつめ、こいつめ』

どたどたとした足音に続いて軽い衝撃音。一度、二度、三度。

『まあ、これぐらいで良いだろう。さて、あれに見えるは俺様英雄の剣。まずは再びこの手に取り戻して
 ……ん?』

怒号。
悲鳴。
そして沈黙。


                ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

932Long live the ―――― ◆685WtsbdmY:2007/09/29(土) 23:34:10 ID:JcqpINC.
「すいませんすいませんすいませんすいません」

ボルカンは謝っていた。とにかく謝っていた。ただひたすらに謝り続けていた。
大地に額をこすりつけて、見下ろす相手の慈悲を請う。無様だ、滑稽だ――何とでも言うがいい。
何せ、目の前にいるのは、日没から今まで自分を追い続けてきた相手なのだから。
ようやく倒れてくれたと思ったのに、今しもこの場を離れようとするタイミングで唐突に蘇った。
そのせいで、すでに地上と宙空を3回ほど往復し、両の頬にビンタをもらって真っ赤に腫らすはめになっている。
そう。ここはただただ媚びへつらいの一手。これ以上痛い目にあうなどまっぴらごめんだ。
幸いにして、目覚める前に何度か蹴りを入れられていたことには気付いていない様子。
それを悟られていたらこんなものではすまなかったに違いない。

「をっほほほほ。どうやら少しは反省したようね」
「反省しました」
「その言葉、嘘偽りは無いであろうな?」
「嘘偽りなどございません」
「これからはその重責から逃げることなく、誠心誠意、心をこめてあたくしに仕えると誓うかえ?」
「誓います誓います」

この答えは、怪女にとって一応満足できるものだったようだ。
鷹揚に頷くと、地べたにはいつくばるこちらを見下ろしてこのようにのたまった。

「よろしい。あたくしは不忠を決して許さないけれど、忠義には厚く報いる乙女よ。
 本来なら敵前逃亡と窃盗、あたくしへの不敬という天をも恐れぬ大罪をおかした由にて処刑するのが筋だけれど、
 今回は特別に許してしんぜよう」

そうして再び、化け物はあの「をほほほ」という奇怪な高笑いをあげた。いや、あげようとしたかに見えた。
が、傲然と口元に手をやったその瞬間、唐突に体を折ると、激しく咳込み始める。
口を押さえた手指の間から血が垂れるのが見て、ボルカンはあることにようやく気付いた。
(むぅ……奴は負傷している)
思えば、一言物を言うにも窓の隙間を風が吹き抜けるような音が混じっていた。
周囲が暗くて今の今まで気付かなかったが、よくよく見れば顔色も悪い。

「とにかく、まずはあたくしが休息するための寝所を用意するのよ」
「へ? あ、はい」
「それと、あたくしのことは 姫様と呼ぶように」

ボルカンは、ひっそりとため息をついて時計に目をやった。
(む? ……)
何か、この上もなく良い考えが、頭の中を通り過ぎたような気がして、ボルカンは必死で記憶を手繰りよせる。
この場所、そう遠くない時刻に何かが起きるはず。そして今、時計が指し示している時刻は――

「何をぼけっと突っ立っているの? さっさとおし」
「かしこまりました。え〜と、姫様」
「……そこで間をとるということは、あたくしを馬鹿にしているのかえ?」
「め、めめめ滅相もありやがらんでございますよ、はい」

――時刻は、20時00分。21時00分まであと一時間。


                ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

933Long live the ―――― ◆685WtsbdmY:2007/09/29(土) 23:35:13 ID:JcqpINC.
「おお ナツコ・ザ・ドラゴンバスター♪ ……ここなぞ良いのではないでしょうか?」

大通りから少々離れた一軒家の縁側で、ボルカンは庭に面した一室を指し示した。
そもそもは、この家に興味を示したのは小早川奈津子の方であった。
その言いつけにしたがい、ボルカンは軋む門扉を押し開けて先行して庭へと入り込んだ。
庭から廊下へ、廊下からその部屋へと通じる戸を開け放ってみると、草でふいたマット
――ボルカンは知らないが、ようするに畳である――の床はなかなか居心地がよさそうで、
休息をとる場としては申し分ない。
これならば、女主人の眼鏡にもかなうかもしれないと考え、小早川奈津子を呼んで先ほどの提案をしたわけである。
暴君は鼻をならすと、廊下にどっかと腰を下した。

「なかなか良さそうではないの。……決めたわ、ここで休むことにしてよ」
「ははっ。それでは、俺さ……私はあたりを見回ってきますので」

言ってボルカンは、再び庭へと飛び降りた。
これでいい。このまま自分だけこの場を逃れてしまえば、21時ちょうどの禁止エリア指定の時には勝手に始末がつく。
これぞまさに、大天才にして英傑たるボルカン様に相応しく、また、そうでなければ
思いつくことすらかなわぬ完璧な作戦と言えるだろう。
思わず駆け出そうになるのをこらえ、一歩一歩前へと慎重に足を踏み出し……

「お待ち」

口から心臓が飛び出るかと思った。

「は、はい!! ええと、なんでしょうか?」
「あたくしは“用意せよ”と言ったのよ。それを、布団の用意もしないとは不届き千ば――」
「すぐにやらせて頂きます!」


この後、慌てふためいたボルカンは土足のまま縁側、そして廊下にまで駆け上り、
憤慨した小早川奈津子にはたき落とされることになる。


                ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

934Long live the ―――― ◆685WtsbdmY:2007/09/29(土) 23:36:39 ID:JcqpINC.
「……できました」
「うむ。よろしい」

悪戦苦闘の末、ついにボルカンは布団を敷くことに成功した。
ボルカンは考える。限界時間――21時まであとどれほどの時間があるのだろうか?
あいにく部屋に時計はないし、自分の時計を見ようとするたびに邪魔がはいって結局果たせなかった。
何はともあれここは一刻も早くこの場を立ち去るのみ……!

「でしたら――」
「行ってもよい、と思っていたがどうも気になるわね
 ……もしや、あたくしのために働くという崇高な使命を放棄して、
 もとの怠惰な暮らしに戻ろうなどと考えているのではあるまいな?」
「と、とんでもありません」

ばれた。いや、ばれていない。まだ罠には気付かれていない。……いや、だからこそまずいのか?
うわべだけはなるべく平静を装う様努力しつつも、ボルカンの脳裏では恐怖と焦りがうずまいていた。
罠には気づかれず、しかし逃亡を警戒されているならば、小早川奈津子はこの場に留まるよう命じるだろう。
もし、そんなことになれば、その時こそ待っているのは確実な死だ。

「……まあよいわ、お退がり。だが、その前に褒美をとらせてしんぜよう」
「は? ははっ! ありがたき幸せ」

冷や汗を流しつつ見つめあうことしばし。どうにかこの場を切り抜けることができたらしい。
“褒美”。その言葉に顔を輝かせたボルカンが、頭をたれ、再び上げると、眼前には巨大な脚が迫っていた。


                ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


ふすまを突き破って、ボルカンの体は奥の部屋へと転がりこんだ。

「な、何しやが――!!」

ボルカンは抗議の声をあげ、――立ち上がろうとしたところで足をしたたかに踏みつけられた。
たまらずに、怒りとも苦悶ともつかない呻きをあげてのたうちまわる。
その頭上から、容赦ない言葉が降り注いだ。

「をほほほほ。盗っ人猛々しいとはこのことね。
 ……お前、このあたくしを謀略によって害せんとしていたであろう」

呆然として、ボルカンは小早川の発言――いや、宣告を聞いていた。

「なんたる不実! なんたる不忠! 殊勝な態度でごまかそうと、その瞳の奥の下卑た光は隠しようが無くってよ!!
 ここもじきに禁止エリアになることくらい、最初からお見通しなのよ」

ようやくボルカンは悟った――見抜いていたのだ、この怪女は。ボルカンの浅はかな企みなど全て。
見抜いた上でこちらをためしていたのだ。

「べっ、別にそんなつもりは……」
「お黙りっ! せっかく下僕として使ってやろうと思っていたのに、この恩知らずの劣等民族!
 そんな言葉に騙される、このあたくしと思うてか? ええ、お〜も〜う〜て〜か〜」

なんとか言い逃れようとするボルカンを一喝して、小早川奈津子は大見得を切った。
大見得を切って……そのまま咳き込み始めた。
一方のボルカンはこの隙に逃げ出そうとして、再びもんどりうってその場に倒れた。
踏みつけられた足は、どこか捻ったのか熱を帯びている。ボルカンは立ち上がることさえできずに尻を床につけたままその場をはいずった。
とにかく外へ。だが、そう思ったときにはすでに退路を塞がれていた。
小早川奈津子がその足を一歩踏み出すごとに、その歩幅の分だけ後ずさる。それを繰り返すうちに、後頭部に何かがぶつかった。
壁だ。もうこれ以上は下がれない。

935Long live the ―――― ◆685WtsbdmY:2007/09/29(土) 23:37:22 ID:JcqpINC.
「……ち、違う」

視界の中で次第に膨れ上がっていく巨体を見つめたまま、ボルカンはうわ言のように呟いた。

「違う、俺じゃない。黒魔術士が、この世の暗黒を凝縮したど腐れヤクザが俺様を近所のおばさん井戸端殺すと脅して……」

何故だろうか。その時、ピクリ、と正義の執行人の眉が動いた。
一声唸って、なにやら考え込むようなそぶりを見せると、やおら手にした長剣をボルカンの首すじに突き付けて言った。

「その黒魔術士とやら、もしやオーフェンと名乗っているのではないのかえ?」

オーフェン。その名がよもや目の前の怪女からでてくるとは。
ボルカンは驚きに目をむいた。
(もしかして……これはチャンス?)

「そ、そうですそうですその通りです。俺様がこんな目にあっているのも姫様の苦境もすべてあの凶悪借金取りのせい。
 民族の英雄様たる俺様の実力に嫉妬してよくわからん島にほうりこんだだけでは飽き足らず、
 あまつさえ、塵取り殺すと脅迫して奈津子姫様を害せんとする企みに無理やり加えるとはまさしく無礼千万恐悦至極!!
 すなわち姫様におかれましては、私が彼奴めの居所へご案内いたしますので必ずや正義の鉄槌を下されますよう――」
「……よく分かったわ」

小早川奈津子は大きくうなずくと、ボルカンの讒言を遮って言った。

「このあたくしとて慈悲深き乙女。真実をあかしたあっぱれな心がけに免じて、ここで楽に死なせてやろう」
「おいっ!?」
「をぼぼぼ、ごほげほ……。
 この期におよんで往生際が悪いわね。所詮、潔さという美徳は劣等民族には理解できないようね。
 どうせ、その借金魔術士の居場所を正確に知っているわけでもないのでしょう?
 本当だったら、そこの柱にでも縛り付けて死ぬまでたっぷり恐怖を与えてやるのが妥当なところを、
 ここでけりをつけてやろうというの。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いなんてなくってよ」

最期に善を成したことで、閻魔様の裁きも少しは温情豊かになることでしょう。
そう言うと、処刑人は手にした長剣を構えなおした。

「をほほほほほ。あの世でとっくり後悔おし」

ボルカンの眼前で、突き付けられた刃がギラリ、と輝いた。

「……あ、ああ――」

ボルカンは、顔の向きはそのままに視線だけをあたふたと左右に走らせた。
なんと不都合で、不安で、不愉快なことだろう。肝心なときだというのに、場の全責任を押し付けるべき弟は傍らにないというのは。
混乱の中で、ボルカンはいつかと同じ言葉を口にしていた。

「全部、全部。あの黒魔術士が、黒魔術士が悪いんだぁ〜〜!!」





【112 ボルカノ・ボルカン 死亡】






【A-3/市街地/一日目/20:40】

【小早川奈津子】
[状態]右腕損傷(完治まで約一日半)、生物兵器感染
  胸骨骨折、肺欠損、胸部内出血、体に若干の痺れ
[装備]ブルートザオガー(灼眼のシャナ)
[道具]デイパック(支給品一式、パン三食分、水1500ml)
[思考]どこか休息を取れる場所を探す。
   ボルカンの言うことを信じたわけではないが、オーフェンおよび甲斐に正義の鉄槌を下す。
[備考]服は石油製品ではないので、生物兵器の影響なし
  約七時間後までなっちゃんに接触した人物の服が分解されます
  七時間以内に再着用した服も、石油製品なら分解されます
  感染者は肩こり・腰痛・疲労が回復します

936 ◆4OkSzTyQhY:2007/12/07(金) 20:51:38 ID:xsdwI8G2
鳥テスト

937 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:52:19 ID:xsdwI8G2
再テスト

938 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:53:42 ID:xsdwI8G2
 こんなに走ったのはどれくらいぶりだろう。
 不規則に乱れていく息に恐怖感を覚えながら、彼女は暗い地下道を全力で駆けていく。
 走り続ける、彼女――クリーオウ・エバーラスティンは多少剣術を齧っただけの少女である。
 たとえば手から熱線を出すこともできなければ、一キロ先の敵を狙撃銃で射抜くこともできない。
 何より、彼女に人を殺せるような覚悟などない。
 ――何を言いたいのかといえば、つまり人並み以上に夜目はきかないということである。
 そんな状態でほとんど真っ暗な状態の地下道を『逃走する』のは無謀といえた。
 なるほど、彼女は幸運なことに懐中電灯を手にしていた。
 デイパックから出すのに手間取り、その間に殺されてしまうという無様は晒さなかった。
 だが、それでも小さな明かりひとつで、舗装もされていない道を歩けば――
「――っ!」
 無論、転ぶ。
 それでも懐中電灯は手放さなかった。慌てて起き上がり、先ほどよりも草臥れた風に足を進める。
 実を言えば、彼女が転んだのはこれが初めてではない。
 そしてついでにいえば、彼女を追っているのは普通の少女ではない。
(なんで、どうして――!?)
 クリーオウはほとんど恐慌状態に陥りながら、それでもまだ微かに残っていた冷静な部分で思考する。
 先ほど、空から降ってきた追跡者は尋常でない怪力を見せた。
 たぶん脚力も似たようなものだろう。なのに、追いつかれていない。殺されていない。

939 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:54:58 ID:xsdwI8G2
「むぁ〜てぇ〜い」
 後ろから響く声は幾重にも反響し、正確な距離は掴ませないが、それでもまだ追いついてこない。
(逃げられる? 逃げ切れる!?)
 胸中に、わずかな希望が芽生えてくる。
 ピロテースと合流できれば何とかなる。きっと、きっと――
(クエロだって――きっと)
 優しかったクエロ。
 優しい顔の裏に、狡猾を隠していたクエロ。
 ゼルガディスを殺したクエロ。
 せつらを殺したクエロ。
 だけど、最後には自分を逃がしてくれたクエロ。
 無論、それで彼女のしてきたことが帳消しになるなんて思っていない。
 自分がクエロをどうしたいのか――それだって、わからない。
 だけど、いまは走って、なんとしてでもピロテースを――!
「……きゃぅっ!」
 余計な思考は足をもつれさせたらしい。慣れた浮遊感と衝撃。転んだのはこれで何度目だったか。
 だが、今度は懐中電灯を手放してしまった。転んだままでは手を伸ばしてもぎりぎり届かない、そんな位置に電灯は落ちてしまう。
 慌てて手を伸ばす。
 だが、その手が懐中電灯に届くことは、なかった。

940 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:56:07 ID:xsdwI8G2
 ひょい、と目の前で懐中電灯が他の誰かに拾われる。
 混乱しかけるが、すぐに思い直す。追跡者は未だ自分の後ろ。
 ならば、懐中電灯を拾ったのはこの通路の先にいるはずだった――
「ピロテース!」
 歓声とともに、顔を上げる。
 そこには彼女の微笑があった。
「――ばあ」
 ――クエロを殺した、少女の笑顔があった。
 あの凶悪な凶器を片手に、そしてもう片方の手で握った懐中電灯で自分の顔を下から照らしている。
 子供がするようなその悪戯も、だが今のクリーオウにとっては十分な衝撃だった。
 だがもはや悲鳴を上げるような余力もない。それ以前に、地面に這い蹲っているこの体勢では、もう逃げられない。
(い、いつ回り込まれたの……!?)
 胸中で自問して、そして、悟る。
 自分は懐中電灯で足元を照らしながら走るのが精一杯だった。
 だから、一度も背後を確認していない。
 もしかして……この無邪気な雰囲気をまっとた少女は……
(ずっと、後ろにぴったりくっついてんだ……!)
 おそらくは、手を伸ばせば届くような距離に、ずっと。
 前に回りこまれたのは、転んだ隙にひょいと飛び越すように跨れでもしたのだろう。
 ゾッとした。少女がなぜそうしたのかは分からない。だから、ゾッとした。
 眼前の、少女の形をしたモノが、いったい何なのかワカラナイ――
「ね、ね、鬼ごっこはおしまい? じゃ、こんどはお姉さんが鬼ね!」
 そして本当に、邪気の一欠けらも見せずに、笑いながらそれは、
「じゃ、タッチするよ! タッチ!」
 ――零挙動で、鉛の塊を振り下ろした。
 捉えきれない速度。もとより、自分では勝てない存在であることは分かっていた。
(あ……死んじゃう)
 他人事のように、そんなことを考えた。

941 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:57:25 ID:xsdwI8G2
 生が終わる瞬間、その一瞬だけ、誰かの顔がフラッシュバックする。
 それはもう死んでしまった弟分の顔でも、目つきの悪い魔術師の顔でもない。
 この島で出会い、仲間となった者の顔でもない。
 もとより、知っている顔ではなかった。
 銀髪の美丈夫。轟音とともに現れ、そしてすぐに暗闇に消える。
(……誰?)
 走馬灯というのは知らない顔をも浮かび上がらせるものなのか。
 だが、その疑問は、
「金髪の娘、確認するが」
 いつのまにか現れた、新たな人影によって吹き飛ばされた。
 理解する。アレが持つ明かりがいつの間にか消えていたのは、この男が割り込んで遮っていたからだ。
「あ、あの」
 こちらの声に反応してか、男が振り返る。
 そのせいで、ちらりと男の向こう側が見えた。例の少女と目が合う。
 こちらに「静かにして!」とでもいうように唇に人差し指を当てながら、バットを振り下ろそうとしていた。
「危な――!」
「貴様の名前を教えろ」
 再び、轟音。
 そして懐中電灯のものでない、金属同士による火花の明かりが闇を照らした。
「え……?」
 音と光は一度だけではない。なんども、なんども。絶え間なく続き、その度に一瞬だけ男の姿が浮かび上がる。
 そして、そのまるで連続で写した写真のような光景で理解した。
 男が馬鹿馬鹿しいような大剣を手にして、何の気なしに少女の凶撃をいなしているのだと。
 それが、自分を守ってくれているのだと気づいて、
 まるで冗談のようなタイミングで現れた、正義のヒーローのように感じた。
「娘っ!」
「え、あの、私――」
「僕、三塚井ドクロ!」
「名前だ」
 片方の声をうるさそうに無視し、その男が繰り返す。
「わ、私、クリーオウ。クリーオウ・エバーラスティン!」
 答えてしまってから、はたと気づいた。返答は変化をもたらす。そしてそれがいい変化だとは限らない。
 だがそれは杞憂だったようだ。男はひとつ頷き、何かを放り投げてきた。
 暗くて分かりにくかったが、すぐに何か理解する。この島に連れてこられてすっかり慣れてしまった感触。デイパック。
「貴様の保護を頼まれている。オーフェンという人物からだ。それをもってさがっていろ。すぐに追いつく」
「オーフェンが――」
 久しく聞いていなかった名前。自分に関わってこなかった名前。
 思いがけず、胸の奥が熱くなる。
「合流場所と時間はあとで伝える。行け!」
 その声と同時に、釘バットの少女を押しとどめるようにして、男の目の前に一瞬で何かが広がる。
 それに後押しされるように。
 クリーオウは渡されたデイパックから懐中電灯を取り出すと、もと来た道を再び走り始めた。

942 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:58:32 ID:xsdwI8G2
◇◇◇
   
 おかしいな、おかしいな。
 天使の少女はおもいます。
 どうしてこんなにあついのかな。どうしてこんなに体があついのかな。
 天使の少女はかんがえます。
 いままでいくらかけっこをしても、こんなに体があつくなったことはなかったからです。
 どうしてだろう、どうしてだろう。
 そうやってかんがえているうちに、やがて天使の少女はおもいだしました。
 そうだ、この感じは、■くんのことを考えていたときと一緒なんだ、と。
 あいたいなあ、あいたいなあ。
 おもいだした天使の少女はすすみます。
 あの少年の面影を求めて、一生懸命。

 ――これは、少女本人さえ気づいていない彼女の心のササヤキ。

◇◇◇

943 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:59:29 ID:xsdwI8G2
「貴様にも質問をするぞ、娘」
 展開された白の線越しに、ギギナは恩人の知人を襲っていた少女に詰問する。
 タンパク質分子の連鎖で構成された蜘蛛の糸は、鋼鉄の五倍の強度を誇る。
 生体変化系第二階位、蜘蛛絲(スピネル)で生成された粘着質の縛鎖は振り下ろされた凶器を受け止め、さらにその自由を奪っていた。
「もう! なんでお兄さんは鬼ごっこの邪魔をするの!? はっ、もしかして――」
 少女はグーにした手を口元に押し付け、
「仲間に入りたかったの? ならジャンケンしないと。いくよー、さーいしょーは――」
「クエロ・ラディーンを殺したのは、貴様か?」
 戯言を無視して、問う。クエロの傷口と、少女の携える凶器は合致するように思えた。
 保護を依頼された少女を先に戻したのは、この話を聞かれたくなかったからだ。
 彼女を気遣ったわけではない。単純に、これはギギナだけの問題だったからである。
 ――そう。いまとなっては、ギギナだけの問題になってしまった。
 ガユス・レヴィナ・ソレルは彼の与り知らぬところで死に、クエロ・ラディーンも目の前で死んでいった。
 ならば、この問題に決着をつけられるのは彼だけだろう。
 誰にも介入されることなく、誰にも影響されることなく。
「殺してなんかないもん! あとで直すもん!」
 そして、実を言えばそれはすでに決着していた。
 頬を膨らませている眼前の少女を見ている内に、湧き上がってきた感情。
「……これが」
 それは、怒りだった。
 お前はこんなものに殺されてしまったのか、宿敵よ?
 こんなくだらないものに、終わらされてしまったのか?
 こんな――
「これが、こんなものが我らの行き着く先かクエロ・ラディーン――!?」
 その怒りを、ネレトーの切っ先に込めて。
「――宣言しよう」
 交渉のために闘争を控えていたが、いまはべつだ。
 蜘蛛の巣の向こうの『敵』を睨みながら、
「貴様が、我らの闘争に介入してきたというのなら――ここで私は、全身全霊を込めて貴様を殺そう」
 ダラハイド事務所の因縁。それを、ここで断ち切ろう。
 そしてその視線を受けた彼女は、まるで初めて目の前に広がる白い糸に気づいたかのように、
「そんな……緊縛プレイなんて……」
 絡めとられた凶器に両手を添えて、 
「そんなのは、まだ早いよぅっ!」
 ――あろうことか、超強度を誇る糸を捻り切った。

944 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:00:16 ID:xsdwI8G2
 少なからず、ギギナは驚愕を覚える。
 先に相手の一撃を受け止め、その膂力は推し量ったつもりだった。
 少なくとも、スピネルで生成された糸を力ずくで断ち切るような怪力ではなかったはずだ。
(力が――上がっている?)
 咒式等の力を発動させたか――あるいは、単なる出し惜しみか。
 だが推測は不要。
 これは楽しむべき闘争ではない。生きるための闘争ではない。
 一瞬でも早く、眼前の敵を消し去る。そのための戦いだ。
 故に迷わず、放つ一撃は常に必殺。
(なんにせよ、これで分かる!)
 全力で放つ、ネレトーでの刺突。
 それを、やはり少女はこともなげに金属バットで防ぐ。
 ――それだけならばまだしも、少女はそのままバットを振りぬいてみせた。
「っ!?」
 弾き、返された――?
 最強の前衛職のひとつである剣舞士。さらにその十三階梯。
 全咒式職のなかでも屈指の腕力を誇るギギナが、押し負けていた。
 体勢の崩れたギギナを前に、天使はとまらない。
 振りぬくバットを引き戻すようなことはせず、まるで独楽のように回転しながら一歩、ギギナに詰め寄る。
 そう、計らずしもそれこそが愚神礼賛の本来の使い方。
 遠心力と彼女自身の絶大な膂力が組み合わされ、まさに暴風のようにギギナを襲う。
「ぬぅ……!」
 力任せだけの攻撃ならば、ギギナの精緻な剣術の前には敵でない。
 不幸だったのは、ここが狭い地下通路だということだ。
 それは大柄なギギナと、長大な屠竜刀ネレトーという組み合わせにとってみれば最悪の条件だった。
 対して彼女――三塚井ドクロは小柄な上、得物も屠竜刀ほどの長さはない。
 故に、彼女はほとんど制限を受けずにその腕力を振るうことができる。
「舐めてかかれる相手ではない、か」
 冷静に考えるのならば、まずは戦場を移すべきか。だが――
「キャハッ! キャハハハっ!」
 眼前の少女は、すでに掘削機の様相である。
 地下道であるという制限もすでに関係ない。彼女の振り回す金属製の棒は、壁だろうがなんだろうがお構いなしに削り取る。
 もはや刃を合わせることすら困難。今の彼女の膂力はギギナと同等、あるいは上回っているかもしれない。
 逃げても背後から襲われるだけだろう。もとより、ドラッケンに後退の選択肢はないが。
 ならば、自分は手も足も出ない――?

945 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:01:18 ID:xsdwI8G2
「……調子に乗るな」
 ギギナの唇からもれるのは地獄の底から響くかのごとき、怨嗟の声。
 こんなものはただの児戯だ。
 竜を始めとする異貌の者共、そして数々の咒式士との死闘を潜り抜けた自分にとって、一体どれほどのものだというのか。
(それは貴様も同じだったはずだろう。ええ? クエロ・ラディーンよ?)
 弔いではない。敵討ちというわけではない。
 ただ、自分は胸の内にある靄には惑わされない。
 ドラッケンの戦士は、その屠竜刀を振るうことによってのみ、煩悩を削ぐ。
 後ろに跳躍。距離をとりネレトーを上段に構える。
 刃先が天井に突き刺さり、固定された。
 構わない。ただ、迫る障害のみを直視する。
 ――回転弾層内に残る咒弾は四つ。
 ひとつは先ほどのスピネルで使用し、もうひとつは地下道を走るために使用した梟瞳(ミネル)の咒式で消費している。
 さらに咒式を紡ぎ、ギギナは魔杖剣のトリガーを引いた。 
「――終わりだ。消えうせろ」
 発動するのは生体強化系第五階位、鋼剛鬼力膂法(バー・エルク)。
 生成されたグリコーゲン、グルコース等によって乳酸を分解、ピルギン酸へと置換。
 脳内における筋力の無意識制限を解除し、全身の強化筋肉が最大限に稼動する。
 ――ギギナの屠竜刀が消えうせた。
 もはや、それは不可視の一撃である。
 少女のスイングを暴風と称するのならば、ギギナの剣戟は落下する彗星のごとく。
 地下道の天井すら切り裂いて、ネレトーが神速をもって振り下ろされる。
 それでも、少女は反応した。

946 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:01:58 ID:xsdwI8G2
「ほぉ―――むぅらぁああああん!」
 キラリと光るその双眸は、ばっちりとネレトーを捕らえきっている。
 故に、彼女は迎え撃つように、正確なタイミングで巨刃を打ち据えることができた。
 ――惜しむらくは、彼女の持っていた得物だろう。
 そう、彼女は忘れていたのだ。
 自分が手にしているのは、愛用の不思議金属でできた撲殺バットではないということを。
 そして――屠竜刀のガナサイト重咒合金が、鉛製の愚神礼賛を寸断した。
「あ――」
 無論、得物を切断しただけでは終わらない。
 振り下ろされた刃は、次に彼女の肩を捕らえた。
 呆然とした彼女の表情を、ギギナの聴視覚が捉える。
 ――狂気にも似た感情が抜け落ちたその顔に、ギギナはようやく見覚えがあることに気づいた。
 昼間、確かに一度出会っている。ほとんど一瞬だったし、その直後のゴタゴタで忘れていたが。
 それなりの人数で組んでいたようだったが、周囲に仲間の影は見えない。
 はぐれたのか、それとも彼女だけが生き残っているのか。
 あるいは、あの時の無害そうだった彼女がこうなっているのも、そのせいなのか――
 それらの想像に対して、なんの感慨も抱かず。
 ギギナはただ、そのまま袈裟切りに彼女を切り捨てた。
 涙も達成感もなく、どこか空虚に。
 小さな体が血を撒き散らしながら地面に倒れ付す。
 その様子をみながら、ギギナはポツリとつぶやいた。
「……これで、終わりか」
 因縁の相手は殺され、その犯人もこうして討ち取った。
 だから、これでお終い。
「存外、なにも感じぬものなのだな」
 何とはなしに、これは自分が求めていたものとは違う気もしていた。
 だが、それを知る方法は自分の中にない。
 ギギナは踵を返した。
 あえて血払いはせずに、殺人の証が付着した屠竜刀を携えて、もと来た道を戻る。
 これをクエロかガユスにでも見せれば、この空虚も満たされるのだろうか?
 それとも、更なる闘争によって欠落は埋まるのだろうか?
 ――彼のその問いに答えられる者は、誰もいない。

947 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:02:42 ID:xsdwI8G2
◇◇◇

 イタイ。イタイ、イタイイタイイタイ。
 天使の少女は繰り返します。
 少女は天使だけれど、それでも切られればイタイのです。
 血を失えば、しんでしまうのです。
 天使の少女は祈ります。しにたくない、しにたくない。
 ■くんにもう一度、あいたい。
 だけど、祈るだけではなにも変わることはありません。
 ――だからお終い。三塚井ドクロのものがたりはここで閉幕。
 さあ、彼女の物語を始めよう。

◇◇◇

948 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:03:37 ID:xsdwI8G2
 クリーオウという名の少女は、クエロの亡骸の傍に座り込んでいた。
 死体を見て項垂れているその姿は、まるで懺悔をしているようにも見える。
(クエロと協力関係にあったと見るのが妥当か)
 あの女ならば、レメディウス事件の時のようにいくらでも取り入ることはできただろう。
 クリーオウはそれを知らないのか、あるいは、知っていても割り切れない性格なのか。
 ギギナは頭をふった。考えても仕方ない。思考は自分の役割では――
(いや――そうだな。これからはそうも言っていられぬのか)
 あの相棒はもういないのだ。面倒くさいことを押し付けてきた相棒は。押し付けることのできた相棒は。
 それでも、いまはそれがとてつもなく億劫だ。
「終わったぞ」
 故に、事務的な言葉をかけるにとどめる。
 幸いこちらの言葉が聞こえなくなるほど茫然自失としていたわけではないらしい。
 振り向かず、だが彼女の注意が確かにこちらに向くことを感じる。
「この――この人はね、クエロって」
「知っている」
「え?」
「……クエロ・ラディーンとは、ここに来る前から浅からぬ縁があった」
「そう、なんだ……」
 クリーオウは僅かに沈黙をはさみ、おずおずといった風に尋ねた。
「クエロって、どんな人だったの……?」
「それは――」
 一言では言い表せない。
 狡猾のみで構成された人間というわけではなかっただろう。
 では正義の咒式士かといえば、無論違う。
 死体を見つめたままの小さな背中を見つめながら、ギギナは思ったままの言葉だけを託した。
「自分の見たものがすべてだ。貴様にとってのクエロを私は知らぬ。
 貴様は、私にとってのクエロ知りたいのか?」

949 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:04:33 ID:xsdwI8G2
「……ううん、いらない。
 クエロは最期に私に逃げろっていってくれた。……私にとっては、それだけで十分だから」
 前に進む分には、足りる。
「立ち上がれるか」
 ギギナの問いにクリーオウは頷き、すぐにひざを地面から離した。
 なるほど。ここまで生き抜いてきただけはあって、それなりに気丈ではあるらしい。
 嫌いではない――こういった小娘ならば、それほどまでには悪くない。
「ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフだ」
「……それ、名前?」
「ギギナでいい」
「じゃあ、ギギナさん。オーフェンは――」
 どこに。そう彼女は続けようとしたのだろう。振り向いた彼女の口元は、そう動いたように見えた。
 だが同時に、クリーオウはどうしようもなくその表情を引き攣らせてもいた。
 血まみれの屠竜刀が問題というわけではないらしい。彼女の眼球は別のものを映している。
 その頃には、ギギナも背後の剣呑な気配に気づいていた。
 振り向き、咄嗟に武器を突き出したのは、攻性咒式士としての反射的な行動だろう。
 次いで襲い掛かる衝撃。『先ほど』とは比べ物にならない程の威力。
 足が地面にめり込むのを確かに感じながら、ギギナはそこにいる襲撃者の姿に思わず目を疑う。
 背後にいたのは、確かに致命傷を負わせたはずの少女だった。
 負わせたはず、というのは、その痕跡が一切認められないからである。
 傷はもちろんとして血痕、血臭、その他諸々。まるで切られたという事実を無しにしてしまったかのごとく。
(竜のような超再生咒式!?)
 答えを見つける隙など与えず、二撃目が振るわれる。
 その襲い掛かる凶器――確かに両断された愚神礼賛も、繋ぎ目すら確認できないレベルで修復されていた。
 だが、そんなことは問題ではない。
 その一撃は屠竜刀を撥ね退け、さらにギギナの体勢を大きく崩させるほど強化されていたが、それは問題ではない。
 なにより変わっていたのは少女の纏う雰囲気だった。

950 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:05:33 ID:xsdwI8G2
 さきほどまでのふざけた雰囲気は微塵も見つけることもできず、あるのはただ明確な攻撃衝動のみ。
 故に、凶器の殴打は二回で止まらなかった。
 D4の入り口付近はギギナが屠竜刀を自在に振るえる程度には広さがある。
 剣術が制限されないのなら、ギギナは咒式を使わずともこの少女に勝てる――その筈であった。
 技術と、単純な身体能力としての性能。どちらに重点を置いたほうがが勝るか、あるいは有能か?
 その問いの答えは様々だろうが、この場でひとつだけいえることがある。
 すなわち――あまりにも差があれば、人並みはずれた身体能力は技術を上回るということである。
 一合、また一合と打ち合うたび、天使の膂力はそのリミッターを外し、より強大になっていく。
 すでにそれは、強化された生体咒式士の目ですら追いきれない領域に入り始めていた。
「ぐっ――!」
 弾く、弾く、弾く。だが、もはやそれは直感に頼ったその場凌ぎという意味でしかない。
 あまりにも隙のない連撃。腕を痺れさせる威力。そこに技術が介入する余地などない。
 すでにたっている土台が違う。いまのギギナは高所から一方的に狙撃されているようなものだ。
 手の届かない神域。確かに、目の前の少女はそこにいた。
 意識せずに、ギギナの口元が歪んだ。獰猛な笑みの形に。
(――くだらないと言ったのは訂正しよう。
 我等が闘争への介入を許すわけではないが、それでも貴様は――)
 腹部を狙って横薙ぎに放たれた愚神礼賛を、下から振り上げるようにしたネレトーで弾く。
 それは先の戦いの焼き直し。
 ギギナの屠竜刀は頭上に掲げられ、天使のバットは腰だめに構えられる。
「我が闘争の相手として、相応しい!」
 回転弾層がトリガーと連動し、落ちた撃鉄が咒弾を砕く。

951 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:06:22 ID:xsdwI8G2
 途端、脳が焼けそうなほどの痛みが走った。
 通常時ならば問題はない。だが力の制限のためか、短時間で連発した第五階位が相当の負担となっている。
 ――故に、この交差で勝負をつけねばならない。
 発動した咒式は幾多の敵を葬ってきたバー・エルク。だが、すでにそれが必殺足り得ないことは分かっている。
 すでに身体能力が違いすぎた。相手の力はすでに数百歳級の竜と遜色ない。
 ギギナが行ったのは、相手に届かなかった自分の土台を刃先が一ミリ届く程度に持ち上げたくらいの意味しかない。
 だが、僅かにでも届くのならば――
「ォ――ォォオオオオオオオ!」
「――!」
 もはや打ち合いとは思えぬほどの衝撃音が、島の地底を揺るがした。
 屠竜刀が愚神礼賛を捉え、愚神礼賛が屠竜刀を打ち据える。
 身体能力ではかなわない。故に、ギギナの目論見は武器破壊。
 物質が衝突する時のエネルギー量は速度の二乗に比例する。
 そして目の前の少女が振るう武器の速度は、先ほどの二倍や三倍ではきかない。
 だからこそ、愚神礼賛の運命も変わらない。

952 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:07:47 ID:xsdwI8G2
 ――愚神礼賛が、先ほどと同じ状態ならば。
「……っ!?」
 愚神礼賛は彼女が修復した。奇妙な魔法で、不完全な力で。
 故に起こった突然変異。それは鉛の塊に過ぎなかった愚神礼賛を、ダイヤ以上の硬度を持つ刃と打ち合えるほどに強化した。
 そして天使の膂力は、すでにギギナを凌駕している。
 ならば、そこから弾き出される運命とは――
「……かっ、は」
 ギギナの敗北に他ならない。
 ネレトーでの一撃を弾かれ、そのまま多少勢いを削がれたものの愚神礼賛は直進。ギギナの胸部を捉えていた。
 相殺してなお、その一撃には筋肉の壁を貫通し、肋骨をへし折る威力がある。
 装甲車並の体重があるにもかかわらず、ギギナは確かに数メートル宙を舞い、そして地面にたたきつけられた。
「ギギナぁっ!」
 朦朧とする意識に、悲痛な叫び。
 クリーオウだった。首だけを動かしてなんとか視界に納める。
(何故――馬鹿なことを)
 ――見れば、彼女は立ち塞がっていた。
 天使の視界には未だギギナが写っている。止めを刺すつもりなのだろう。
 ゆらりとした足取りで、ギギナに向かおうとした。
 その進路を遮るように、クリーオウ・エバーラスティンは立ち塞がっていた。
 肋骨の痛みを無視して、ギギナは声を振り絞った。
「娘、退け!」
 だが、クリーオウは動かない。
 体中が恐怖に引きつってはいたが、それでもそこには否定の意がはっきりと表れている。
 マジク・リン、空目恭一、サラ・バーリン、秋せつら、クエロ・ラディーン。共に、奪われた者達。
 死への恐怖を差し引いても、これ以上の喪失を彼女は認められなかった。
「マジクは私のいないところで死んじゃった! 恭一も私をかばって死んじゃった!
 クエロももういない! もう嫌だよ! どうしてみんないなくなっちゃうの――!」

953 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:09:18 ID:xsdwI8G2
 ……ああ、まったく。
 ギギナはため息を吐いた。多少は気丈かと思ったが、やはりどこにでもいる小娘に過ぎない。
 ならば――
「その背に隠れていることなどできぬ、な」
 血反吐を撒き散らしながら、立ち上がった。
 戦場で咒式士の死体見つけたら、ドラッケン族かどうか判別する簡単な方法がある。
 前向きに、独りで倒れているのがドラッケンだ。
 そうだ――他人に庇われながら死ぬのは、断じてドラッケンではない。
「るぅうううううううううおおおおおおおおおおお!」
 矜持? 誇り? そんなもの、ドラッケンとして刃を振るえば後からついてくる。
 だから走るのだ。激痛に顔をゆがめ、血みどろの姿で、後先考えず雄叫びを上げながら。
 クリーオウを回り込むようにして、ギギナは自分を吹き飛ばした怪物を確認する。
 天使の少女もそれは同じ、ギギナを視界から外すような下手はしない。
 幸いなことに、バー・エルクによる強化はまだ続いていた。故に、疾風と化したギギナの駆ける道はどこまでも直線を描く。
 接敵した後のことなど考えていない。だからこそ最短距離を走り抜ける。
 対して、天使の少女はその場から動かなかった。
 動く必要がなかったからだ。だが、それは余裕という意味ではない。
 愚神礼賛が振り上げられる――光の粒子を纏いながら。
「ぴぴるぴるぴる――」
 無感情な声音で零されていく魔法の擬音。
 たとえばそれは、振り下ろされる聖剣の如く。
 荘厳なまでに凝縮する、神の使いの光。
 彼女の能力で作り変えられた愚神礼賛は、いまやほとんど魔法の杖だ。
 死者蘇生という点でエスカリボルグには及ばないかもしれないが――それでも、害をなすだけならば。
「――ぴぴるぴ〜」
 放たれた。
 七色の奔流。決して触れてはいけない天使の魔法。
 直線で突っ込むギギナに、避ける術はない。
 ――避けるべき状況でもない!

954 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:10:57 ID:xsdwI8G2
「こんな――もので、ドラッケンを止められると思うな!」
 意思に呼応して、屠竜刀ネレトーに組み込まれた、鬼才ジュゼオ・ゾア・フレグン製作の法珠が唸りを上げた。
 咒式干渉結界が自動展開。残っているギギナの咒力が余さず注ぎ込まれ、機関部が悲鳴を上げる。
(耐えてみせろ、私の半身。唯一私が認めた屠竜の刃!)
 刃と光の拮抗は、そう長くは続かなかった。
 その結果に対する原因は、なにか。
 ギギナの矜持が勝ったのか、それとも愚神礼賛の本質が魔法の武器でなかったことによるものか。
 いずれにせよ、ギギナとネレトー――彼らは、向かい来る爆光を切り裂いた。
 天使の少女に生じた、刹那の隙。切り掛かるには足りず、されど確かに存在する。そんな隙。
 迷わず、ギギナはクリーオウと天使の間に滑り込んだ。
 屠竜刀を構える。が。
「……」
 無言のまま振るわれた愚神礼賛に、ただの一合でネレトーは手を離れ、遠くに落ちた。
 魂砕きは地下通路を走るのに邪魔だったため、背負っているデイパックの中だ。
 とりだす時間など、もはや、ない。
 そして、逃げるという選択肢もないのなら――
「零時にC5の石段だ! 行け!」
 せめて、約束は果たそう。背後のクリーオウに声をかけながら、覚悟する。
 同時に、敵の凶器が振り上げられた。こちらは無手。ならば挑むのは零距離での密着戦闘。
 剣舞士の膂力は、大木の幹ですら小指一本で爆砕させる。
 その抜き手を、全力で相手の武器を握っている手首に叩きつけようとして――
 一瞬で、その手を握り締められた。
「ぐ――、ぅ」
 手を握りつぶされそうな痛みが襲ってくる。だというのに、それを行っている少女の表情はどこまでも無感情。
 そのまま天使はギギナの体を軽々と持ち上げ、地面に叩き落した。
 受身すら取らせてもらえず、意識が朦朧とする中、ギギナが見たのは今まさに振り下ろされんとする凶器の影――
「――だめっ!」
 そして、再び彼を庇おうとしている金髪の感触。
(愚か――者、が)
 ――乾いた音が、辺りに響いた。

◇◇◇

955 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:12:47 ID:xsdwI8G2
 彼女は、己が消えていくのを感じていた。
 自分の中にあった喪失感が、さらに自分自身を侵食しているのが分かった。
 最後に――は、なんと言ったのだったか。
 思い出せない。だけど、無性に誰かに会いたくさせられた。
「……いたい……ぁいたいよう……」
 今にも消えそうな、掠れた声。
 それは彼女が消えかかっているからか、それとも別の理由からか。
 激痛は幸運だったのかもしれない。
 それが切欠で、消える寸前の彼女は僅かな時間、取り戻すことができた。
「ねえ……どこにいるの……?」
 最後に『彼』の台詞を聞いたのはいつだったのか。
 すでにそれすら思い出せないほどに、『それ』は侵食している。
 彼女の幼さが残る無感情な顔(死に顔)を彩るものは紅くて、
「桜、くん……!」
 鮮血と知れた。  

◇◇◇

956 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:13:29 ID:xsdwI8G2
 クリーオウ・エバーラスティンは多少剣術を齧っただけの少女である。
 たとえば撲殺した人間を再生することもできなければ、大怪我を負ったまま戦闘することもできない。
 何より、彼女に人を殺せるような覚悟などない。
 ――それらを踏まえたうえで、関係ないと断言できる。
 なぜなら、それはそういう武器だからだ。
 反動と人を撃ってしまった感触に震え、クリーオウは魔弾の射手を手からこぼした。
 ほとんど密着した状態。ここまで近ければ、銃口が真横を向かない限り外れない。
 放たれた銃弾はたった一発。だが確かに相手の腹部を打ち抜いていた。
その穿たれた生命を零していく穴から、腹圧で血と、その奥に蠢く肉の塊が――
「あ――わた、わたし、人を」
 それでもクリーオウ・エバーラスティンはただの少女だ。
 天使の少女は再び回復する。もはや、クリーオウに銃を拾いなおすような勇気などなかった。

957 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:14:39 ID:xsdwI8G2
 ――故に、後を継ぐのは凶戦士である。
 耳元で響いた銃声に、朦朧とした意識は叩き起こされた。
 そして、発見する。地べたに伏している自分の目の前にある見慣れた形状。
「――借りるぞ、眼鏡っ!」
 贖罪者マグナス。彼の相棒が用いていた補助用の魔杖短剣が、いま――クエロの手から、引き継がれた。
 ――奇しくも、ここに決着する。
 ガユス・レヴィナ・ソレル。
 ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ。
 クエロ・ラディーン。
 ジオルグ・ダラハイド事務所の因縁にあった三名が、それを決着させる!
 茫然自失としていた天使の少女の喉笛を、ギギナは寸分の躊躇いもなく掻き切った。
 だがそこから血が噴出すよりも速く、雷速の動きでギギナのマグナスを握っていない方の手が彼女の首を掴んでいた。
 ――いかなる理由かは分からないが、致命傷を与えるだけではこの少女を殺せない。
 ――ならば、もっとも確実な殺害手段は。
「るぅぅぅううううあああああ!」
 いくら元の筋力を取り戻しても、天使の、小柄な少女としての質量は変わらない。
 ギギナは残る力をすべて振り絞って、彼女を――放り投げた。
 放物線を描き、彼女は十数メートルもの距離を飛行し、そしてギギナの目論見どおりに落ちた。
 響く水音と、跳ねる飛沫。
 D-3の地下湖。そこは現在、禁止エリアとなっている。
 進入すればいかなるものであれ、魂ごと消滅するとされる、ある意味での最終兵器。
 そこに、天使の少女は沈んでいった。
 見届けて、今度こそギギナはその場に崩れ落ちる。
 体の欠損を前提にしているような前衛職のギギナだからこそ生きていられるような傷である。
 さすがに、これ以上は意識を保つことができそうになかった。
 昏倒する彼の胸中が、どのような思いで満ちていたか――
 少なくとも、今度は空虚ではなさそうだった。

958 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:15:46 ID:xsdwI8G2
◇◇◇

 ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜

◇◇◇

959 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:16:37 ID:xsdwI8G2
 さて、ここらでひとつ種を明かそうか。
 なんの種かって? それは聞けば分かる。
 現時刻からほんの二十分ほど前に亡くなったバベル議長は、すべての刻印にちょっとした小細工を加えた。
 それはつまり、三塚井ドクロの刻印に施した小細工を誤魔化すためのカムフラージュである。
 つまり、本命は三塚井ドクロだけってわけだ。
 だからこそ、彼女の刻印は一番その性能を歪められていた。
 ところで、管理者の力は強大だ。
 仮に三塚井ドクロの刻印が解除されても、まあ――絶対甚大な被害を与えるとは思うけど、それでも敵うはずはないね。
 だから、一番賢い――ていうか、ずっこい刻印になるようにバベル議長は仕組んだのさ。
 まず、力の制限を外した。これはいいね。
 次に、刻印の反応自体は消さなかった。これもいいね。管理者にばれないようにしたって訳だ。
 さて、三番目。これが重要なわけだけど、バベル議長は当然、ドクロちゃんの人となりを知っていた。
 それは――まあ――つまり――お世辞にも知的とはいえないところとかさ。
 だからこそ、三番目の細工を組み込んだんだ。
 ある意味彼女の刻印こそが、脱出派が求める完成形だと思うよ。
 ――え? 話がメタで長い上に、なんの種明かしか分からないって?
 いまから話そうとしてたじゃないか。まあいいや。さきに言っちまおう。
 ――呆然としてたクリーオウ・エバーラスティンが、
 対岸に、確かに禁止エリアだった湖から這い出てきた、無傷の三塚井ドクロを見て悲鳴を上げたことについての種明かしさ!

960 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:17:22 ID:xsdwI8G2
◇◇◇

 すでにそれは三塚井ドクロではありません。
 彼女は病を患っていました。自分が自分でなくなる病気です。
 天使の憂鬱。それは個性をその存在の核とする天使から、個性を奪ってしまいます。
 彼女の病状は進行し、すでに『三塚井ドクロ』はほとんど消失してしまっています。
 だけど『天使の少女』は探すのです。
 消えかけた自分で、自分の個性を。
 自分の大切な物を、この島では絶対に出合うことのできない彼を。

 ――これは彼女が紡ぐ、薄い、薄い、消えかけのオハナシ。

961 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:18:39 ID:xsdwI8G2
【D-4/地下/1日目・19:40】
【ギギナ】
[状態]:肋骨全骨折。打撲。昏倒。疲労。
[装備]:屠竜刀ネレトー。贖罪者マグナス。
[道具]:デイパック2(ヒルルカ、咒弾(生体強化系2発分、生体変化系4発分)、魂砕き)
[思考]:クリーオウをオーフェンのもとまで保護。
    ガユスの情報収集(無造作に)。ガユスを弔って仇を討つ?
    0時にE-5小屋に移動する。強き者と戦うのを少し控える(望まれればする)。

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:右腕に火傷。疲労。精神的ダメージ。錯乱。
[装備]:強臓式拳銃 “魔弾の射手” (フライシュッツェ)
[道具]:デイパック1(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
    デイパック2(懐中電灯以外の支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
    缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]:???
[備考]:アマワと神野の存在を知る。オーフェンとの合流場所を知りました。

※ギギナとドクロちゃんとの戦闘で激しい音が発生しました。
 地下にいた人物、D−4の上にいた人物なら気づく可能性があります。

【B-3/地下通路/一日目・19:40】
【ドクロちゃん】
[状態]:『天使の憂鬱』発症。
[装備]: 愚神礼賛 (シームレスバイアス)
[道具]:無し
[思考]:桜君を探す。攻撃衝動が増加。
[備考]:刻印が解除されました。最長で二十四時間後、彼女は消滅します。

962干渉、感傷、観賞(1/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:27:09 ID:VhcPZXko
 ○<アスタリスク>・9

 介入する。
 実行。

 終了。





963干渉、感傷、観賞(2/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:28:01 ID:VhcPZXko

 黒い鮫の姿をした悪魔が猛り狂い、しずくの上半身に噛みついたまま暴れ回る。
 機械知性体の少女は並外れた頑丈さ故に即死を免れたが、抗う力を失った。
 カプセルを何個かまとめて嚥下し、甲斐氷太が笑う。虚空に白い鮫が出現する。
 白鮫は、黒鮫の顎からはみ出ていた下半身に狙いを定めた。
 不運な獲物が二つに裂ける。
 この玩具には飽きた、とでも言いたげな様子で、二匹の悪魔は残骸を吐き捨てた。
 瞳を真っ赤に輝かせて、甲斐の体が宙に浮かぶ。
 鮫たちが、肉と骨を軋ませながら大きさを増していく。
 暴走している。悪魔も、召喚者も。
 カプセルを咀嚼しつつ、甲斐が背後を振り返る。
 彼の次なる対戦相手は、凶行の現場へ駆けつけた男女だった。
 宮野秀策が魔法陣を描いて触手を召喚し、光明寺松衣子が蛍火を指先に作り出す。
 鮫たちが尾を薙ぎ払った。機械知性体だった物体が二つ、砲弾のごとく飛翔する。
 硬さと速さを兼ね備えた飛び道具は、それぞれ一瞬で二人組に激突した。
 宮野の顔面が肉片の塊と化し、茉衣子の内臓が盛大に破





964干渉、感傷、観賞(3/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:29:30 ID:VhcPZXko

 ○<インターセプタ>・5

 干渉可能な改竄ポイントは数多く存在している。過程や結果は何度でも変えられる。
 ただ、どうしても、宮野秀策と光明寺茉衣子の死を回避することができない。
 死に至るまでの行動も、どのように死ぬのかも、多少は操作できるというのに。
 また一つ、可能性が潰えた。
 十三万八千七百四十三回目の介入は、彼と彼女の死によって終わった。
 これまでの試行錯誤が無駄だったとは思わない。
 宮野秀策がフォルテッシモに倒される結末は、抹消した。
 光明寺茉衣子を小笠原祥子が刺殺する結末は、削除した。
 宮野秀策と零崎人識が相討ちになる結末は、なかったことにした。
 光明寺茉衣子がウルペンによって絶命させられる結末は、跡形もない。
 彼と彼女がハックルボーン神父に昇天させられる結末は、もはやありえない。
 あの二人を生還させることは未だ叶わないが、死を先延ばしにすることはできた。
 歴史が改変され、あの二人を殺すはずだった殺人者たちは別の参加者たちを殺した。
 宮野秀策と光明寺茉衣子の生還を確定した後、被害を最小限に抑える予定ではある。
 だが、あの二人を守ることが最優先だ。
 参加者たちの危機感を煽る必要がある。見せしめとして一人は開会式で死なせる。
 炎の獅子の力は不可欠だ。主催者と戦えば惨敗は必至だが、挑んでもらわねば困る。
 零時迷子を『世界』に嵌め込むため、涼宮ハルヒと坂井悠二の命は助けられない。
 それらを犠牲にせねばあの二人が生き残れないというのなら、犠牲を厭いはしない。
 誰がどれだけ死んでしまっても、彼と彼女は助けたい。

965干渉、感傷、観賞(4/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:30:28 ID:VhcPZXko
 被害者全員を生かすことは、できない。
 たった二名の人間すら救えないかもしれない程度の力しか、使えないのだから。
 ……あの二人を両方とも救うことは、ひょっとすると不可能なのかもしれない。
 無論、諦めてはいない。だが、そのような事態を考慮しないわけにはいかない。
 もしも彼を救えないなら、せめて彼女だけでも生き延びさせたい。
 だから、打てる手はすべて打っておく。なるべく早く、できるだけ速やかに。
 当然、『あの島の時間』と『わたしの時間』は異なるが、それは余裕を意味しない。
 この身が模造品であるならば、短命な粗悪品だったとしてもおかしくはない。
 急がねばならない。

 干渉不能な部分を補うため、操作不能な部外者に協力を乞うべきだと提案する。
 <自動干渉機>に求める。
 対面交渉の許可を。





966干渉、感傷、観賞(5/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:31:20 ID:VhcPZXko

 ○<アスタリスク>・10

 承認する。
 十三万八千七百十四回目以降の介入履歴を消去し、改竄ポイント変更後に介入する。
 実行。

 終了。





967干渉、感傷、観賞(6/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:32:41 ID:VhcPZXko

 霧の中、“吊られ男”の眼前には幾人かの参加者がいる。
 少し前に第三回放送が終わったばかりだ、ということになったところだ。
 以前の『現在』とは少しだけ違うはずだが、似たような『現在』が視線の先にある。
 美貌の吸血姫は、黒衣の騎士を伴い、隻腕の少年と気丈そうな少女を連れて進む。
 光明寺茉衣子が向かっているのかもしれない、C-6のマンションを目指して。
「苦労しているようだね」
 空気を振動させない“吊られ男”の声は、誰の鼓膜も揺らさない。
 しかし、その一言は独白ではなかった。
「お願いがあるのです」
 応じた相手もまた“吊られ男”と同様に『ゲーム』の参加者ではない。
 いつのまにか隣にいた<インターセプタ>を、“吊られ男”は見ようとしない。
「徒労に終わると思うよ」
「徒労に終わるか否かを確認することは……それ自体が徒労だと言うのですか?」
 投げかけられた質問に対し、マグスは苦笑を浮かべた。
「まさか。ありとあらゆる知的好奇心を、ぼくは否定しない」
 時間移動能力者は、悲しげに顔をしかめた。
「では……この殺し合いを企てた悪意すらも肯定する、と?」
 参加者たちが去っていった道から目を逸らし、“吊られ男”は隣人を見た。
「前提が間違っているとしたら、正しい答えは導き出せないな」
 怪訝そうな表情で見上げる彼女に、彼は要点を述べる。
「『知りたがっている』のと『知りたいと言いたがっている』のは違う」

968干渉、感傷、観賞(7/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:33:45 ID:VhcPZXko
 困惑する<インターセプタ>に向かって、“吊られ男”は微笑する。
「この『ゲーム』の主催者は、心の実在が証明された瞬間に消えるのかもしれないよ?
 主催者の正体は、具象化した疑問そのものなんじゃないのかな? 答えを認めたら
 疑問という『器』を維持できなくなって雲散霧消する存在だ、とは思わないかい?
 主催者は本当に『知りたがっている』のかな? 『知りたいと言いたがっている』
 だけじゃないかい? ああ、『主催者が消えた後に答えを残すためのもの』として、
 参加者ではない存在がここにいる、という考え方はできるね。観測装置兼記録媒体
 というわけだ。君の場合は検査機具かもしれない。歴史の改変くらいで消えるなら
 記録の意味がないはずだから。でも、実は『答えを求めているふりをしているだけ』
 なのかもしれないだろう? ――本当に、心の実在は証明できるのかな?」
 突然の長広舌に絶句する彼女へ、彼は断言してみせる。
「主催者は、達成できないと考えている。答えはない、故に消されることはない、と。
 本当は簡単なことなのにね。本来の望みから大きく歪んだあれは、もはや御遣いとは
 呼べない。この『ゲーム』の目的は心の実在を証明すること。でも、主催者の目的は
 永遠に問い続けること。だからこそ主催者は答えを認めようとしない」
「……あなたがどういう方なのか、なんとなく理解できたような気がするのです」
 拗ねたような口調でそう言い、<インターセプタ>は肩を落とした。
「ところで、お願いって何だい?」
「徒労に終わると思っているのでしょう?」 
「聞かないとも断るとも言っていないはずだけど?」
 時間移動能力者の瞳が、マグスの顔を映す。
「この島の南部へ、できれば城の中まで歩いていってほしいのです」
「いいよ。散歩の行き先を変えよう」
「……ありがとう、ございます」
 一礼して、<インターセプタ>は姿を消した。





969干渉、感傷、観賞(8/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:34:37 ID:VhcPZXko

 ○<アスタリスク>・11

 介入する。
 実行。

 終了。





970干渉、感傷、観賞(9/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:35:42 ID:VhcPZXko

 霧の中、“吊られ男”の眼前には幾人かの参加者がいる。
 少し前に第三回放送が終わったばかりだ、ということになったところだ。
 以前の『現在』とは少しだけ違うはずだが、似たような『現在』が視線の先にある。
 美貌の吸血姫は、黒衣の騎士を伴い、隻腕の少年と気丈そうな少女を連れて進む。
 光明寺茉衣子が向かっているのかもしれない、C-6のマンションを目指して。
「さて、行くか」
 空気を振動させない“吊られ男”の声は、誰の鼓膜も揺らさない。
 ささやかな異変は、その一言の直後に起きた。
 美貌の吸血姫が立ち止まり、“吊られ男”のいる辺りを不思議そうに見る。
 何かの痕跡を探るかのように、沈黙したまま、わずかに目を眇めて。
 “吊られ男”は踵を返し、何やら独り言を垂れ流しながら歩き始めた。
「……ふむ」
 短くつぶやいた美姫の足は、“吊られ男”の行く方に向いた。


 しばらく島を歩いた後、辿り着いた城内の一室で、美姫は豪奢な椅子に腰掛けた。
 室内に、人という生物の範疇に含まれている、と表現できそうな者はいない。
 美姫は、無言で部屋の片隅を眺めている。
 その位置には、一組の男女がいた。
  “吊られ男”と“イマジネーター”だ。
「つまり、天使の議長は見つけたけれど管理者には会えなかった、と」
「薔薇十字騎士団とは別系統の管理者なのかと思っていたけれど……犠牲者だった」
「徒労に終わったようだね」
「そういうことになるのかしら」
 『世界』の裏側も、所詮この『世界』の内部だ。決して到達できない場所ではない。

971干渉、感傷、観賞(10/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:36:36 ID:VhcPZXko
「そういえば……そこの彼女や、連れの三人には、私やあなたが見えているの?」
「どうだろう……語りかけたことも話しかけられたこともないから判らないな」
「あなたの後ろをついてきていたように見えたけれど」
「ぼくの隣に、ぼくたちには見えないけど彼女には見える何かがいるのかもしれない。
 例えば、“魔女”が視ている異界の住民は、ぼくの目には全然見えない。この島には
 何がいたって変じゃないよ。木工細工を作るときに使うような接着剤を自由自在に
 操り、接着剤で像を作る才能を持った者だけが認識できる精霊――そういうものが
 今ここにいても不自然じゃないくらいだ」
「…………」
 やがて、ダナティア・アリール・アンクルージュの演説が聞こえ始めた。
 部屋の片隅で、男女が唇を閉ざし、顔を見合わせる。
 美姫はただ静かに顔を上げ、すべてを聞き終えると元の姿勢に戻った。
 白い牙が生えた口から、言葉が零れ落ちる。
「日付が変わる前に潰されるようであれば、見物する価値はあるまい」
 会いに行くか否かの判断は第四回放送後まで保留する、ということらしい。
 部屋の片隅で、男女が対話を再開する。
「行くのかい?」
「あなたは行かないのね」
「せっかくだから、君が見ない光景をぼくは眺めておくよ」
「じゃあ、あなたが見ない光景を私は見届けてくるわ」
 室内に、会話は存在しなくなった。
 後には、ただ“吊られ男”の独り言が無為に漂い続けるのみ。

972干渉、感傷、観賞(11/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:37:50 ID:VhcPZXko

【G-4/城の中の一室/1日目・21:35頃】

【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
[思考]:気の向くままに行動する/アシュラムをどうするか
    /ダナティアたちに会うかどうかは第四回放送を聞いてから決める
[備考]:何かを感知したのは確かだが、何をどれくらい把握しているのかは不明。

【座標不明/位置不明/1日目・21:35頃】

【アシュラム】
[状態]:状況、状態、装備など一切不明

【相良宗介】
【千鳥かなめ】
[状態]:状況、状態、装備などほぼ不明/千鳥かなめが相良宗介と寄り添いながら
     ダナティアの演説を聞いていたことのみ、既出の話によって確定している

973幻影―illusion―(1/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:55:36 ID:IHp3IC2k
 舌打ちしつつ、甲斐氷太は市街地を歩いている。
 魔界刑事を殺し上機嫌で大の字に寝転んだ数十分後には、もう仏頂面で起きていた。
それまで意識していなかったものに気がついた結果だ。それ以来ずっと、鬱陶しげに
甲斐は周囲を探り続けている。
 妙な気配が甲斐の近くに漂っていた。気配は薄く淡く曖昧であり、だが消える様子が
一向にない。むしろ、徐々に存在感を増しているようですらある。
 南の市街地で暴れ始めた悪魔らしき何かに惹かれ、そちらに行こうかどうか悩んだ
こともあったが、それでも優先したのはこちらの気配を調べる作業だった。
 他の参加者たちに倒される心配がなさそうな標的よりも、後から出てきて漁夫の利を
得ようと企んでいるかもしれない不確定要素を先にどうにかしておいた方がいい、と
甲斐は判断していた。無粋な横槍を入れられては、戦いがつまらなくなってしまう。
 茫漠とした気配は、甲斐の精神をずっと逆撫でし続けている。
 気配の正体は判らない。よく知っている何かのようでありながら、そうではなくて
似ているだけの別物であるような気も同時にする。
 甲斐氷太が“欠けた牙”だとするならば、その感覚は、欠落した部位を苛む幻痛だ。
 呪いの刻印さえなければ、甲斐は事態の本質を把握できたかもしれない。
 刻印の気配と、甲斐に付き纏う気配とは、どういうわけか微妙に似ている。
 例えるなら、猟犬と野獣がそれぞれ同じ香水を全身に浴びているようなものだ。
 周囲に潜む気配には、暗く不吉で禍々しい印象がある。
 夜と闇の領域に属する密やかな何かが、すぐ近くにある。
 暖かな陽光の下では生まれない、鋭く澄んだ空気がある。
 それは、甲斐自身にも共通する要素だ。
 動くものを探しながら、住人のいない街角を甲斐は進む。
 煙草を取り出し、火種が手元にないことを思い出してポケットに戻す。
 ライターは発見できておらず、喫茶店にあったマッチは湿っていた。
 ショーウィンドウに映る己の影を一瞥し、甲斐は吐き捨てるように悪態をつく。
 ガラスの表面に見えるものは、ただの意思なき自然現象でしかない。
 とてつもない強さを誇った“影”は、もはや追憶の中にしか存在しない。
 物部景は死んだ。
 悪魔狩りのウィザードが甲斐氷太と戦う機会は、もう二度と訪れない。

974幻影―illusion―(2/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:56:39 ID:IHp3IC2k
 魔界刑事との死闘によって一度は漂白された頭の中が、急速に赤黒く濁っていく。
 忘れえぬ情念が爆発的に荒れ狂う。思考が疾走を始める。
 ――鮮烈なブルー――鉤爪のような指先が――カプセルを――鏡――ただ心の命じる
ままに――きっと厭なものが――最高に痛快な破壊音を――大気を裂いて泳ぐ――水の
中につながっていて、そこには――闘争の狂喜――“影”は一瞬にして――中と外が
入れ替わる――黒鮫が咆哮を――テメエがどういう野郎かは、この俺が誰より――もう
二度とは元の形に戻らない――消えることのない「笑み」――違う世界が広がって――
赤い瞳は笑っていた――会心の攻撃――見事な回避――この真剣勝負こそが真実だ――
 爽快感は、とうの昔に消え失せていた。
 カプセルの効果で鋭敏になった神経が、虚無感を強調する。
 悪魔を使って超人を噛み殺しても、飢えと渇きは癒えなかった。
 ただ、わずかな間だけ誤魔化すことができていただけだった。
 魔界刑事は、ウィザードと同じ高みには立っていなかった。
 剣道の達人が空手の達人と勝負して勝ったようなものだ。
 確かに本気だった。勝ち取ったものは無意味ではない。
 しかし、それは最初の目的とは違う別のものだった。
 握りしめられた拳の中で、カプセルが潰れ、粘液を漏らす。
 苛立ちを声に乗せて甲斐が叫ぼうとした瞬間、どこからか女の声が聞こえてきた。
『聞きなさい。あたくしの名はダナティア・アリール・アンクルージュ』
 ダナティアの演説は、堂々と、朗々と、高らかに続く。
 その言葉のすべてに対して、甲斐はただひたすらに腹を立てた。
 何様のつもりだ、と。何も知らない奴が偉そうに御託を並べるな、と。
『あたくしを動かすのは……』
 目を血走らせ、悪口雑言を撒き散らしながら、甲斐は天を仰いだ。
『……決意だけよ!』

975幻影―illusion―(3/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:57:22 ID:IHp3IC2k
 それは市街地の片隅からでも見えた。
 南東の方角から曇天の夜空へと赤い柱がそそり立っていた。
 煌々、轟々と迸る閃光は上空の雲を貫いていた。
『刻みなさい。あたくしの名はダナティア・アリール・アンクルージュ』
 赤い閃光が消えた夜空には一筋の光が射し込んでいた。
 上空の曇天を貫いた閃光は強い風を生んでいた。
『あなたたちに告げた者の名です』
 風が雲に生んだ小さな空の切れ目。
 そこから射し込む月光の中、甲斐の視界の端で、何かが動いた。
 甲斐が注視した先にあったのは、ショーウィンドウに映った影だ。
 ガラスの表面に見えるものは、ただの意思なき自然現象ではなかった。
 甲斐は思わず絶句する。

 鮮烈なブルーのゴーストが、背後に“影”を従えて立っていた。

 ダナティアの演説は響き続けていたが、もはや甲斐は気に留めなかった。
 奇麗事で飾られた理想郷などより、ずっと魅力的な戦場がそこにあった。
 瞬時に振り返る。
 だが、ガラスに映っていた姿は、街角のどこにも存在していない。
 慌てて視線を巡らせる。
 甲斐の瞳が再びショーウィンドウを視界に捉え、先ほどとは異なる色彩を発見した。
 ワインレッドのスーツを着た男が、鬼火を掲げ、長い銀髪を風になびかせていた。
 もう一度、甲斐は後方を確認する。やはり誰もいない。
 鏡と化したガラスへと、甲斐は向き直った。

976幻影―illusion―(4/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:58:33 ID:IHp3IC2k
 ずっと甲斐の周囲に漂っていた気配は、今や鏡面の向こう側から溢れ出している。
 漆黒の鉤爪が鱗をめがけて振り下ろされ、細長い尻尾が甲冑を下から打ち据える。
 物部景が、死線を楽しむ狂人の笑みを唇に浮かべている。
 宙に舞い上がった大蛇が黒い炎を吐き、“影”が瞬時に厚みを消して地面を滑る。
 緋崎正介が、冷厳でありながら歓喜に満ちた目を細める。
 二匹の悪魔が睨み合う。
 二人は同時にカプセルを掴み、口に含んで咀嚼した。
 悪魔を使役し戦う者たちの楽園が、そこにあった。
「そういうことか。テメエら、そんなところに隠れてやがったんだな」
 甲斐は思う。あいつらはあの『王国』へ行き、だから管理者は生死を見誤った、と。
 トリップの影響で鈍磨した思考は、数々の違和感や疑問点を些事として切り捨てた。
 涙が滲みそうになるのを堪えながら、甲斐は笑う。
 万感の思いを込めて、呼びかける。
「ぃようっ、ウィザード。捜したぜ」
 景の視線と甲斐の視線が、一瞬だけ重なり合った。
 景が甲斐の存在に気づけなかった、という風には見えなかった。
 そして、甲斐に対して一切の興味を示さず、無造作に景は目を逸らした。
 塵芥にすら劣る“どうでもいいもの”をすぐに忘れただけ、とでもいうように。
 少なくとも、甲斐はそう感じ、その印象を確信した。
 甲斐を全否定する情景は、猛毒のごとく精神を熱して蝕んでいく。
「……上等じゃねえか。俺がそっちに行くまで、そこの三枚目で肩慣らしでもしてろ。
 どんな手を使ってでも殴り込みに出向いてやるから、覚悟しとけ」
 狂犬じみた表情筋の歪みで口の端を吊り上げ、甲斐はカプセルを噛み砕いた。
 今の甲斐に迷いはない。力が足りないなら、弱者を捕らえて悪魔を召喚させ、それを
自分の鮫たちに喰わせることでさえ躊躇しない。そうしない理由など一つもない。
 ――すべては、ウィザードと戦うために。

977幻影―illusion―(5/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 01:00:10 ID:IHp3IC2k


【A-4/市街地/1日目・21:40頃

【甲斐氷太】
[状態]:あちこちに打撲、頭痛
[装備]:カプセル(ポケットに十数錠)
[道具]:支給品一式(パン5食分、水1500ml)
    /煙草(残り十一本)/カプセル(大量)
[思考]:手段を選ばず、鏡の向こうに見える『王国』へ行く
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
    『物語』を発症し、それを既知の超常現象だと誤認しています。
    現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。
    肉ダルマ(小早川奈津子)は死んだと思っています。

978ヒマな時にオススメです!:2008/05/06(火) 16:52:02 ID:.y9N1576

とある事をすると日記を更新している女の子のサイトです。
むちゃくちゃ生々しい文章なので初めは衝撃受けました。

中毒性が高いので注意が必要です。

ttp://www.geocities.jp/yuuji58287ff/sss/

979名も無き黒幕さん:2008/06/01(日) 08:47:14 ID:xD8AG8vo
2000000以上あった借金全部、この2ヶ月で返済できたし
今日までのオイラは、ここで終わりです。
んで明日からはクリーンな人生が始まるとです!

仕事はクリーンじゃないがね(((*≧艸≦)ププ…ッ ⇒ http:\/0X2B.244.41.0XDB/ppp/B6AqGhf/

980名も無き黒幕さん:2008/06/16(月) 07:32:12 ID:1IzRzkUM
よっしゃー!20万げっとー!!

女の人のマソコって、みんなあんなにぐにぐに動いているもんなんですか??
初めてだったのに、挿れた瞬間でちゃいましたよ。。
ゴムは嫌だって言われるけど、長持ちのためにも次はつけまふ。

http:\/014-tuhan.com/souzai-rank/wahuu/rl_out.cgi?id=08010177&url=http:\/0x2b.0Xf4.0x029%2e219/pr/CT6MyfN/

981たった一度の冴えたやり方(1/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:52:04 ID:wFs0ZlLc
 ○<インターセプタ>・6

 ありとあらゆる存在は、幾重にも重なり合っている可能性の塊だ。
 箱の中の確率的な猫は"生きている猫”であると同時に“死んでいる猫”でもある。
 箱を開けて中身を確かめるわたしもまた“生きている猫を見るわたし”であると同時に
“死んでいる猫を見るわたし”でもある。
 無論、ありとあらゆる可能性を前に、わたしはたった一つの現実しか見出せない。
 猫の死亡が観測された時点で観測者の前から“猫が生きている可能性”は消失する。
 猫の生存が観測された時点で観測者の前から“猫が死んでいる可能性”は消失する。
 二つの可能性は同時に在るが、一つの世界に二つの現実は共存できない。
 現実が一つに収斂された時点で、それ以外の可能性は幻想と化す。
 故に、“今ここにいるわたし”も“わたしが見る現実”も“この世界”に一つだけ。
 どのような可能性がわたしの眼前に残ったとしても、おかしなことなど何もない。
 猫が死なねばならない必然性も、猫が生きねばならない必然性も、そこにはない。
 わけが判らない何かのせいで猫の生死は決まる。
 そして、猫を見るわたしは、不明瞭で曖昧な何かに左右され続けている。
 わたしはそれが悔しくて、だから時間を遡り、世界に再び目を向ける。
 猫の死を覆したいなら、生きている猫のいる現実を観測せねばならない。
 是が非でも、世界の上に新たな現実を上書きせねばならない。
 上書きされる以前の現実が、虚ろな幻想に成り果てて断ち切られても。
 自分勝手な介入者として、何の罪もない人々に迷惑をかけてでも。

982たった一度の冴えたやり方(2/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:53:00 ID:wFs0ZlLc
 文字通りの意味で、蝶の羽ばたきが嵐を起こす可能性すら、この島にはある。
 どれほど些細で微小な相違点だろうが“無視しても構わないもの”ではない。
 ほんのわずかにでも差異があるのなら、それは再現ではなく改変だ。
 世界の上に現実が上書きされれば、かつて在ったすべては色あせ、台無しになる。
 連続性の途絶を滅びだと定義するなら、それは確かにある種の終焉だ。
 その気になれば“かつての現実”をどれでも復元することはできる。だが、実行する
場合には“そのときそこにある現実”を犠牲にする必要がある。後退は不可能であり、
ただ逆方向へも前進できるというだけのことだ。犠牲になる現実の数は減らない。
 可能性は多重に在るが、“この世界の現実”は一つしかありえない。
 当然、“別の世界”には“この世界”とは違う現実がある。しかし、そこでも数多の
可能性が現実になれず幻想と化している。可能性の数は、世界の数を遥かに上回る。
この前提が当てはまらない場所を、わたしは見たことも聞いたこともない。
 所詮、“今ここにいるわたし”も、星の数より多くある可能性の一つでしかないが。

 虹色の淡い光に照らされながら、わたしは静かに目を伏せる。
 唯一無二――そんな言葉が脳裏をよぎった。
 わたしと出会った彼が何人目の坂井悠二だったのか、わたしは知らない。

 今ここにいる自分が本当に自分であるか否かについて、少しだけ彼は語ってくれた。
 ただの人間であった坂井悠二は既に亡く、ここいるのはその模造品だ、と。
 自分もまた坂井悠二ではあるが、故人・坂井悠二とは明確に異なる、と。
 今の自分には、本来の坂井悠二が知りえなかった記憶や感情がある、と。
 もしも仮に、この肉体が故人・坂井悠二と同じ物だったとしても、心は異なる、と。
 同種であり同属であり同類ではあっても同一ではない、と。
 価値観や常識が激変するほどの経験をした彼には、そう言えるだけの資格があった。

983たった一度の冴えたやり方(3/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:54:14 ID:wFs0ZlLc
 坂井悠二は、わたしが何者であるかについても大雑把には知っていた。
 魔界医師メフィストの手術を受けた際、わたしが何をしているのか垣間見たらしい。
 困ったような顔をしながら、君を許すことはできない、と彼は言った。
 現実が上書きされるたび、同じ数だけの現実がそこに生きた皆と共に失われた、と。
 認めよう。彼には、わたしを糾弾する権利がある。
 もはや“最初の現実”と“当時の現実”は別物だと表現しても過言ではなかった。
 わたしは彼らに酷いことをしてきたし、これから先も酷いことをするつもりだ。
 蝶と戯れ、しかし個々の蝶を一匹一匹それぞれ識別しないまま微笑む幼子のように、
わたしもまた『宮野秀策』や『光明寺茉衣子』という種類の生物が絶滅さえしなければ
億千万の『宮野秀策』や『光明寺茉衣子』が犠牲になることをすら容認できる。
 BがAに近似しているなら、Aが在った場所にBを代入し、それを是としてみせる。
 救われる二人が、地獄の苦しみを味わって死んだ彼や彼女とは別の二人だとしても、
わたしはそれを幸福な結末だと言い切ってみせる。
 本物の宮野秀策や光明寺茉衣子とは無関係な、複製に過ぎない二人だろうと、本物が
無事であるという証拠がない以上は守らねばならない。
 あの二人を救うために必要なら、他の参加者全員を破滅させようが、後悔はしない。
 目的のために手段を選ぶつもりは、もうなかった。
 坂井悠二を犠牲にし、零時迷子を利用し、彼が守ろうとした仲間を死なせてでも、
理不尽にすべてを奪い取ってでも、あの二人を助けるつもりだった。
 だが、そんなわたしに彼は言った。
 君を許すことはできない……それなのに、心の底から憎むこともできない、と。

984たった一度の冴えたやり方(4/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:54:55 ID:wFs0ZlLc
 うつむいた表情には、喜怒哀楽が複雑に混在していた。
 君を否定したら、“今ここにいる自分”や“今ここにいる皆”まで否定することに
なってしまう、と彼は言った。
 “今ここにある現実”は、君の干渉がなければありえなかった、と。
 辛く悲しく苦しいけれど、存在しなかった方がマシだったとは思わない、と。
 恨んでいないと言えば嘘になるけれど、それでも殺したいとは思わない、と。
 その意思を愚かだと嘲る権利は、わたしにはない。
 顔を上げて、坂井悠二はぎこちなく笑った。
 こうして姿を現したのは、自己満足だとしても会って話したかったからだろう、と。
 今こうやって話しているという現実は後で上書きされ、“今ここにいる坂井悠二”も
君に消されるのだろうけれど、だからこそ、せめて約束してほしい、と。
 踏みにじったものに見合うだけの素晴らしいものを絶対に掴み取ってみせるから、
数え切れぬほどの犠牲はすべて無駄にしない――そう約束してほしい、と。
 わたしは頷き、約束の対価として、彼の手から水晶の剣を譲り受けた。
 ……“あの現実”も、“あの坂井悠二”も、今はもう記憶の中にしか存在しない。

 数多の現実を渡り歩き様々な光景を覗き見たわたしは、この剣のことも知っている。
 邪を斬り裂く、人ならぬものが創った剣。魔女の血入りの水で洗われ、本来の目的を
――己の“物語”を少しだけ取り戻しかけている、勇者の武器。
 主催者に致命傷を与えられるかもしれない可能性を秘めた、七色に輝く刃。
 こんな物が支給品として都合良く会場内にある理由を、わたしは苦々しく想像する。
 勝利に届きそうで届かない程度の希望を与えて、最終的に絶望する瞬間を最大限に
盛り上げようとしているのかもしれない。
 あるいは、主催者すらも第三者の――“他者の破滅を満喫したい”という願望を抱く
強大な何者かの、掌中に捕らわれた獲物に過ぎないのかもしれない。
 どんな経緯があるにせよ、おそらくは、あまり喜ばしいことではない。

985たった一度の冴えたやり方(5/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:56:20 ID:wFs0ZlLc
 主催者の殲滅さえ成功すれば、後はどうにかできるかもしれない。
 この世界と関わる異世界の幾つかには、死者の蘇生やそれに近い技術があるらしい。
 主催者を排除できれば、犠牲者全員を復活させることすらも夢ではなくなるだろう。
 宮野秀策を見殺しにした場合ですらも光明寺茉衣子を救うことはできなかった。もう
他に手はない。彼と彼女の死が避けられないなら、死なせた後で生き返らせるまでだ。
 有望そうな参加者が主催者の前に立ったとき、わたしは水晶の剣を託そう。
 無論、敗色が濃い参加者に対しては、何の助力もしない。
 残念ながら、勝機は一度しかないのだから。
 いかに主催者が悪趣味だとしても、自分に直接害を及ぼした相手を野放しにするほど
慈悲深くはないだろう。もしも失敗したときは、きっとわたしは殺される。
 万が一、わたしが放置されたとしても、水晶の剣はわたしの手元に残るまい。
 剣を託した参加者が主催者に負けた場合、その結末を改変することは不可能に近い。
 やり直しはきかない。最初で最後の一回がその後のすべてを決定する。
 おかしなものだ。時間移動能力を得る前までは当然だった、こんなにもありふれた
前提条件が、こんなにも恐ろしくてたまらないとは。
 この身の震えは、決戦のときまで止まりそうにない。


【X-?/時空の狭間/?日目・??:??】
※水晶の剣は、生前の坂井悠二から<インターセプタ>が譲り受けました。

986名も無き黒幕さん:2008/07/01(火) 16:50:43 ID:HiZ/tUuU
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