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変身ロワイアルその6

1名無しさん:2014/08/07(木) 11:23:31 ID:V1L9C12Q0
この企画は、変身能力を持ったキャラ達を集めてバトルロワイアルを行おうというものです
企画の性質上、キャラの死亡や残酷な描写といった過激な要素も多く含まれます
また、原作のエピソードに関するネタバレが発生することもあります
あらかじめご了承ください

書き手はいつでも大歓迎です
基本的なルールはまとめwikiのほうに載せてありますが、わからないことがあった場合は遠慮せずしたらばの雑談スレまでおこしください
いつでもお待ちしております


したらば
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/15067/

まとめwiki
ttp://www10.atwiki.jp/henroy/

762変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:22:55 ID:GU7jrFVA0

 ──ここは、ウルトラマンノアが彼らの肉体を運んでいる精神空間だ。
 しかし、それでもそれぞれを元の世界に向けて運んでいる。これを「ノアの箱舟」などと名付けるのは、少々センスの枯れた発想であるかもしれない。

「そうか……ありがとう、ノア」

 それを口にしたのは、ウルトラマンと同じ世界からやって来た孤門一輝であった。
 長い間、デュナミストとウルトラマンを見守り、そして、僅かな間だけウルトラマンと同化して来た孤門──。
 この時、どうやら自分が既にウルトラマンノアとは分離しているらしい事に、孤門は気づいていた。──そう、もう、それぞれがただの人間として独立しているのだ。

 だが、人間だけの力でどこまでやれるのかは、良牙が教えてくれた。
 ここにいる人間たちの多くは、既に変身エネルギーを使い果たしてしまった故に、変身する事が出来なくなっている──が。
 それでも、まだ、自分たちは、ウルトラマンとして、仮面ライダーとして、プリキュアとして……それぞれの意志だけは捨てずに、戦っていける。
 そんな感慨を抱いていた孤門だが、大事な事を言い忘れていたのを思い出して、視線を少し上げてから、言った。

「……長い戦いは終わりを告げたんだ。──僕達の勝利だよ」

 それは、孤門が隊長として真っ先に言わねばならない言葉であると同時に、歓声を上げるには少しばかり空気が盛り上がらない一言だった。
 他ならぬ良牙が、ベリアルと相打ちし、ただ一人の犠牲者となった事実を、夢だと思っている人間はこの場にはいまい。

「──」

 そう。──良牙は、もうこの場にはいない。
 勝利はしたが、それと同時に、大事な仲間が一人失われたのである……。

「──……勝利、か」

 それは、隊長としての冷徹にも聞こえる「報告」であったが、実のところ、孤門らしい感情も籠っていた。
 だから、誰もがそれを察して、素直に喜ぶムードになれなかったとも言える。
 特に──ここにいる、花咲つぼみはそうだった。

「……良牙さん」

 まだ少し暗い表情で、つぼみはそう呟いた。
 名前を呼んでも、ここには響良牙は現れない。──そう、彼だけは、まだ生還者が集うこの場所に辿り着かないのである。
 彼は、あのアースラの中でもそうだった。
 ミーティングに集まろうとすると、彼一人だけはどうしても迷子になってしまうので、つぼみが付き添わなければ、良牙が欠けた状態でミーティングをする事になるのだ。

「良牙……あいつは……クソッ……なんであんな事……!」

 翔太郎や、ここにいる者たち全員が、良牙がもういないという事実に、打ちひしがれていた。
 折角、こうして出撃前とほぼ同じメンバーが揃っているというのに、この場にはただ一人、彼だけが揃わない。──全員で帰る、とそう思っていたのに。
 だが、彼がいなければ、ここにいる誰も帰る事が出来なかったのもまた事実だろう。
 それでも、自分の命を犠牲に散った彼の事をどこかで責めずにはいられない。そんな感情の矛盾から、どうすれば逃れる事が出来るのか──その術を彼らは探した。

「……」

 そんな静寂の時、つぼみは、それを断ち切るように、おもむろに口を開いた。

「……大丈夫、ですよ」

 顔を上げないまま、彼女が一番、「大丈夫ではない」様子で、それでも、言葉を振り絞るようにして、ただ一言言った。

「……良牙さんは、きっと生きてると思います」

 それは、何かの根拠があっての物ではない。
 ただ、言ってみるならば、「信じたい」とそれだけの想いで口にした……そんな言葉であった。

763変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:23:56 ID:GU7jrFVA0
 だからか、震えた唇はそこから先、彼女が告げたい事を告げさせてはくれなかった。
 きっと、どこかで生きていると──信じたいのだが。

「きっと……きっと……」
「つぼみ……無理しないで」

 そんなつぼみの背を、美希が撫ぜた。
 同じプリキュアであり、変身ロワイアル以前にも、共に戦った事もある。そして、同じ年頃だった美希だから真っ先にこうして彼女を支える事が出来たのだろう。

「泣きたい時は、泣けばいいのよ。
 私だって、これまでの事……簡単に割り切れないんだから……」

 そんな美希の言葉を聞いた時、つぼみの脳裏には、いつか良牙と二人で涙を流した時の事が浮かんでいた。
 だから、──自分が良牙に言った事と、全く同じ事を美希の口から告げられ、そして、その言葉を良牙がどう感じたのか悟り……泣いた。
 ただ、今、涙を流すのは、あの時と違ってつぼみだけだった。

「……」

 つぼみ以外は、この場にいる者は泣いてはならない気がした。──つぼみ以上に良牙の死を悲しんでいる者はいないのだから。
 それでも……良牙という、クールなようでただのバカだった男はもういないと思うと、誰もが涙が溢れそうになった。
 きっと、先に、友や、かつて愛しく思った人たちの所へ行ってしまったのだろう。
 不幸にも、生きている仲間たちや想い人を、この世に残しながら……。

「……」

 翔太郎が、自らの顔を隠すように帽子を直して、それから少しして、つぼみに向けて言った。

「──……なあ、つぼみ。俺にも、さっき、加頭に言われた事の答えが出たんだ。
 誰かを愛する事ってのは、絶対に罪じゃない……きっと、あいつの歪んだ愛も。
 そして、ずっと……自分を守ってくれた人を想う、純粋な気持ちも」

 愛。──最後にベリアルに完全な王手をかけたのは、その見えない概念だった。
 確かに、その直前、加頭順との戦いで、彼の愛情を打ち破って勝利した彼らであったが、しかし、最後にはそれと同じ感情に助けられたわけだ。

「……なんかさ、愛っていいじゃねえか」

 加頭の罪は、誰かを愛した事ではない。
 それだけならば、何と素晴らしい事か──翔太郎は、この戦いの最後に、それを深く実感し……もし、加頭でさえも救えたなら、と僅かな後悔を芽吹かせた。
 彼女たちなら、確かに、それが出来たかもしれない。

「良牙くんがベリアルを救えたのも、きっと、きみの純粋な愛情があったお陰だよ。
 誰かを愛するって事は、……やっぱり、何より、素晴らしい事だと思う」
「今は、その強い力でこれからあいつの為に何が出来るのか、考える事にしようぜ。
 ……何せ、きみならそれも出来そうだしさ」

 かつて、愛した者を喪った孤門と零は、そう付け加えた。
 この戦いの幕を閉ざした良牙の一撃には、確かに、つぼみの力が必要だった。
 あれは、彼女の想いが勝ち取った終幕なのだ。

「みなさん……」

 つぼみは、涙を拭き、そして、この時に、ある決意を胸に抱く事になる。
 それは、後に、花咲つぼみが大人になった時にまで、在りつづける想いと夢だ。──そこに向かって、彼女はいつまでも惜しまぬ努力を続けるだろう。

「……私、やっぱり、あれだけの事で良牙さんが死んでしまったなんて思っていません。
 あの人は、誰より強いし、約束を破る人じゃないから……だから……」

 そう、彼女もまた、この殺し合いを通じて変わっていった。

「いつか、また、あの世界に行く方法を探して──良牙さんを、きっと見つけます。
 それで……あかりさんのもとに、必ず届けます」

 だから、泣いてもいいのだ。また笑顔に変える事ができるのなら……。

764変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:26:06 ID:GU7jrFVA0
 彼女は、自らの涙さえも、笑顔へと変えながら、言葉を噤んだ。

「それに……ああして、悲惨な殺し合いが起こった場所にも、たくさんの花が咲いてほしいから、私は──きっと、戦いがあったあの場所に、いつかまた……」

 ──彼女には、夢が出来た。
 良牙があの世界に、本当にまだ生き続けているのかはわからない。
 それでも、まだあの世界にやり残した事は、たくさんあるのだ……。

「そう。だから……私、決めました。────私、幾つもの世界を渡る植物学者になります!!
 暗い世界が幾つあるとしても、そこに悲しみのない未来を築いて……そして、世界中に笑顔の花が咲くように!!」

「出来るわよ。……だって、私たち──こんなに完璧に、世界を救ったんだから!!」







【その後】

 ……そして、花咲つぼみは、これより後、本当に有名な植物学者になったと言われる。
 元の世界に帰った後、「変身ロワイアルの世界」と外世界を繋ぐゲートは完全に閉ざし、その座標を見つける研究は困難を極めた。まるで全ては幻だったかのように、あの島に辿り着く術は消えてしまったのである。
 だが、つぼみもその後は粘り強く研究を続け、後には元の世界で男性と結婚している。それにより、花咲という名前は改姓し、その後は別の名前になっているが、やはり花咲の名前の方が多くの人の心に残っているようだ。
 そして、彼女の祖母、薫子と並び、長らく植物学の第一人者として有名になった彼女は、幾つかの惑星や、植物の無かった世界にも、新しい命を授けた功績で、ノーベル賞を受賞している。







「……──そうだね。僕も、みんなには、そうして笑っていてほしい」

 ふと、光の中から現れたのは、フィリップであった。
 先ほど、ノアがここに運んでくれた事を彼らに説明したのもまた、変身解除と共に消えたはずの──フィリップである。
 だが、誰も今、その姿を見て驚きはしなかった。
 変身解除とともに消えてしまった彼の事は、ふとどこかへ姿を眩ましたような……ただそれだけのような気がしていたからだ。
 しかし、今、ようやく実感としてここに現れるのだ。

「やっぱり、ここにいるみんなには、笑顔の方が似合っているね」
「フィリップ……」
「僕達……ガイアセイバーズは、カイザーベリアルに勝利した。だから──」

 そう──。

「──だから、僕とは、ここで、お別れだ」

 彼が、こうして現れたのは、また、言えなかったお別れを言いに来ただけに過ぎない事なのだという、実感として。
 フィリップと共に戦えるのは、最終決戦の間のみだった。それが終わり、かつてのように変身が解除されれば、フィリップとは本当の別れの時が来る。
 こうしてフィリップがここにいるのは、ここが、フィリップが同化して戦ったノアの中だからだ。──闇の欠片に再現された彼の思念が、辛うじてこの場に少し残っていたという事なのだろう。

「ウルトラマンの中に残っていた僕の思念も、もう消えてしまう。
 この戦いで散った者は、遂に本当の死者になるんだ……」

 フィリップ、そして、涼村暁……この戦いの終わりと共に、消えねばならない者たちが、良牙だけではなく、まだこの場にいる──そんな悲しい事実があった。

765変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:27:47 ID:GU7jrFVA0

 彼らは、最後まで世界を救った。
 その代償は、その身の消滅だ。自ら消滅に向けてアクセルを踏み、命を燃やし尽くした彼らの最後を、誰も止める事は出来ない。
 フィリップもまた、その宿命を受け入れていた。

「フィリップ……」

 翔太郎が、暗い面持ちを帽子の中に隠し、フィリップの方を見ないようにそう告げた。
 翔太郎とフィリップとの間には、何人かの仲間が遮ってしまっている。──彼らは、ゆっくりと二人の間を開けようとした。

「……君とは、何度か別れた事があるけど……やっぱり、君はいつも泣いているね」

 だが、フィリップは、今決して、目の前にいるわけでもない左翔太郎の表情をぴたりと言い当てる。──それは、彼が探偵だからというわけではない。誰でもわかる事だった。
 かつて、ユートピア・ドーパントとの決戦に際して、もう会えなくなったはずのフィリップ──今は、肉体もなくなり、精神だけが残っていたが、それも遂に消えてしまう。
 データとの同化ではなく、本当の死。
 翔太郎は、クールに振る舞うのをやめ、帽子の中に隠していた崩れた表情をフィリップに向けた。

「ああ、そうだよ!! 泣かねえわけねえだろ……! 
 何度だって……お前との別れになんて、慣れるはずがないだろ……クソッ……!!」

 ──だが、フィリップはそんな翔太郎の姿を見ない。
 このままいつまでも二人では、いられない。
 それが、翔太郎の目指す物──「ハードボイルド」とは、全く裏腹な物なのだから。

 もう二度と、戦う翔太郎の前にフィリップが現れる事はないだろう。──フィリップ自身が、それをもう望まないのかもしれない。
 しかし、彼が一人で戦い続ける姿を──たいせつな「相棒」の活躍を、フィリップはこれからも見守っていくに違いない。

「……そんなんじゃ……いつまでも、ハーフボイルドのままだよ……翔太郎」

 ──そう言うフィリップは、「ハードボイルド」だった。
 その名前も、高名なハードボイルド作家レイモンド・チャンドラーの傑作が生みだした名探偵フィリップ・マーロウに由来する。
 だから、涙を流す翔太郎を少し笑いながら、彼より少し、大人に、ハードボイルドに去ろうとするのだ……。

「……じゃあ、杏子ちゃん、みんな。」

 彼が成長し続ける為に……。
 少しは、冷たく見えてしまうかもしれないが……。
 フィリップが、翔太郎の泣き顔を振り返る事はなかった。

「……こんな奴だけど、これからも翔太郎をよろしく」

 そして、フィリップの後ろ姿から告げられるそんな願い。
 彼は、ただゆっくりと光の向こうへと、歩み進んでいく。
 彼はもう、有るべき場所に帰ってしまうのだろうか。

「──なあ。よろしくされるのは良いけどさ」

 ──だが、ふと、その前に。

「フィリップの兄ちゃん……一つだけ、いいか?」

 杏子が、フィリップの背中に向けて、一言だけ告げようとした。
 このまま返す訳にはいかない、と思ったからではない。彼女には、フィリップに対する大事な用事があったからである。
 一言、どうしてもフィリップに……そして、翔太郎にも言わなければならない事がある。
 去ってしまうのは仕方ないかもしれないが、その前に一つだけ、フィリップに言ってやりたい言葉があったのだ。
 杏子は、右手の人差し指と親指だけ伸ばし、ピストルのようなポーズを取り、ウインクしながら──フィリップに言った。



「────泣いている奴をからかっていいのは、泣いていない奴だけだぜ?」

766変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:29:40 ID:GU7jrFVA0



 杏子は、今決して、こちらを見ているわけでもないフィリップの表情をぴたりと言い当てた。
 そんな杏子の言葉は、どこか、ハードボイルド探偵に似ている。
 それを聞いたフィリップも、思わず、少し振り返って、赤い顔を見せ、そんな杏子の言葉に笑ってしまう。

「ふっ……。そうだね、結局──」

 フィリップは、身体データの残留から洩れた涙を、手で拭った。
 ハードボイルド探偵の名前を受け継いでいるとはいえ、フィリップも同じか。
 翔太郎も、フィリップも、ハーフボイルドだった。──お互い、どれだけ恰好をつけようとも。

「僕達よりも、君が一番ハードボイルドかもね……──はは」

 少しだけ、去り際の空気が湧いた。
 誰かが、フィリップを優しく笑った。そして、半泣きの翔太郎とフィリップも含め、全員が、この杏子の尤もな指摘に笑顔を見せた。

「はははははははははははっ!!!」
「はははははははははははっ!!!」

 悲しい筈だというのに、笑いがこみあげた。
 余裕があるように見えて、実のところ、そうでもないフィリップの姿が、少しおかしかったのだ。
 人が消えるというよりも、まるで卒業式で涙を見せる同級生をからかうような、笑みと涙の混ざり合った雰囲気が流れた。
 翔太郎も、つられて笑い、先ほどまでの涙が嘘のように笑って、フィリップに言った。

「──……ああ。……またな、相棒!」

 フィリップも微笑み返した。
 それが、フィリップの最後に聞いた、相棒の声だった。
 また会えるかはわからない。翔太郎がいつ、死んでしまうのかも、今のフィリップにはまだわからない。
 しかし、きっと彼はあの街の風の中で──。



「……うん。もう行くよ。翔太郎ならきっと、しばらくは大丈夫さ」

 フィリップの行く先には、ウルトラマンノアの巨体と、彼らの多くが初めて見る事になった“円環の理”の姿があった。
 ここは、もう変身ロワイアルの世界から遠く離れた、異世界の扉なのだろう。

「次に会う時も、翔太郎は、まだまだ全然……ハードボイルドにはなってないかもしれないけど──」

 二つの神。
 消えゆく二人を、ノアと円環の理が導き、連れて行こうとしているらしい。



「──きっと、誰よりも仮面ライダーだと思う」



 ……そこに、ゆっくりとフィリップはただゆっくりと、向かっていった。



【フィリップ@仮面ライダーW 再消滅】





767変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:32:20 ID:GU7jrFVA0



【その後】

 ……左翔太郎は、この数年後、誰よりも早く、若くして亡くなった。
 理由は、風都市で少年を庇い、トラックに轢かれた為の事故死であったという。
 凄惨な殺し合いを生き残った生還者が、その後まもなくして、殺し合いと無関係に死亡したという事件は、多くの人に衝撃を与え、風都を愛した男の痛ましい死として、涙を誘った。
 しかし、風都で流れる涙を一つ拭い、そして、愛した街・風都で死ぬという結末を迎えた彼の死に顔は、満足げな笑顔が浮かんでいたという。
 また、誰も知る由もないが、この出来事は、このトラックに轢かれ死んでしまう筈だった少年──“葵終”とその家族の運命を変える事になった。

 そして、鳴海探偵事務所は、その後の時代も、所長の鳴海亜樹子や、ライセンスを取得して風見野市から移住した佐倉杏子らの尽力によって存続し、その後も風都に流れる涙を、新たな探偵たちが拭っている。
 そう、風都の風を愛する者たちが……。







『──あなたも時間よ。行きましょう、暁』

 フィリップの消滅後、そう告げられたのは涼村暁に他ならなかったが、それを告げたのが何者なのか、すぐには誰もわからなかった。
 空を飛ぶ天使のように、長い黒髪の少女が暁に寄って来たのである。

「……?」

 暁は、瞼を擦った後、頬をつねってその少女を何度か見直した。
 周囲の仲間たちを見ても、何やらその少女の方を見てキョトンとしている様子ばかり浮かんでいる。

「……ほむら? ん、夢じゃないよな?」

 それは、死亡したはずの暁美ほむらに違いなかった。
 これまで、夢で出てくる事はあったが、こんな、誰にでも見える形ではっきりとほむらが現れたのは初めてである。

『私たちは、円環の理の鞄持ち。
 どこの時空にも救われないあなたの魂をどこかに持って行かなきゃならないのよ。
 それまでは、私たちのもとで預かる事になるわね』
「ちょっと待て。どこかってどこだよ」
『“どこか”よ』
「あ、ああ……それはあんまり考えちゃいけないんだな……。
 でも……送るにしても、あとちょっと、ほんのちょっとだけ、待ってくれよ」

 何やら、このほむらも、円環の理と共に暁を迎えに来た形になるらしい。別に激励をしに来てくれたわけでもない。
 言ってしまえば、『フランダースの犬』でネロとパトラッシュを運んでいく天使が、ちょっと凶悪になった感じの物だと思っていいらしい。
 とりあえず、理屈で言うと、滅びゆく世界の中で分離した夢世界の暁の因果と、滅びゆく世界の中で概念と化したまどかの因果とが、なんか色々あって結びついたとかそんな感じである。
 そんなこんなで、暁も消滅の時が来たらしい。

「あーあ……やっぱり、俺、消えちまうらしいな」

 ……結局のところ、こうなる運命が抗えない事はどこかでわかっていた。
 あの世界は、やはりダークザイドによって滅ぼされてしまうのかもしれない。
 いや、そうでなくてもあの涼村暁という男は、あのままダークザイドと戦うとしても、きっと自らが見続けた甘い夢を捨て去ってしまうような予感がした。
 しかし、イレギュラーな存在である暁は、しばらくこうして誰かのもとに残り続ける事が出来た。
 最後に、自分もフィリップのように別れを告げようと、そうしているに違いない。

「……なあ、みんな」

 暁がそうして切りだす。

「あのさ、俺の事……忘れないでくれよ? なあ、頼むぞ?」

768変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:34:12 ID:GU7jrFVA0

 と、暁の口から出て来たのは、やや切実な悩み。
 このまま忘れ去られてしまうんだろうか、というちょっとした心細さが、下がった語尾から感じ取れた。
 死ぬだけならまだ良い。太く短く生きるという事で。
 だが、忘れ去られるのは、今になってみると少しいやな物だと思った。

暁にそう言われた仲間たちは、少し呆れた顔でお互いの顔を見合った。

「──そう簡単に忘れられるようなタイプかよ……まったく。
 忘れたくても忘れられるような奴じゃないぜ、お前」

 代表してそう口にしたのは、同じ「スズムラ」の零である。
 そんなニヒルな口調の中にも、どこか友情めいた意識が残っているようで、もうおそらく会えないであろう事に一抹の切なさを感じているような気分でもあった。
 郷愁感を噛みしめるような不思議な表情のまま暁を見つめる零は、それでも消えるまでの間、彼を思いっきり安心させてやろうと思った。

 それくらいはしてやってもいい。
 いや、それでも足りないくらいだ。
 ここにいた仲間は──ここに連れてこられた参加者たちは、誰が欠けてもベリアルを倒して、世界を救う事なんて出来なかったのだから……。

「お前は……涼村暁は、確かにここにいた。────ほら、聞こえるだろ? 暁」

 零は、そう言った。
 誰もが、そんな零の言葉を聞いて、耳を澄ませた。

「──!」

 ……何故、誰も気づかなかったのか不思議になるくらいの大歓声が、ずっと鳴り響いていた。ただ、それに零だけは、ずっと気づいていたのだ。

「これは……」

 今、外の世界はどうなっているのか──。
 それは、自分たちが支配はら解放された喜びと、それを助けてくれた人間たちへの感謝の言葉と喜びだけが響いている。
 こうして今、外の世界に向かおうとしている彼らは、大群衆に囲まれたパレードの道に運ばれているような物なのである。

『凄かったぞ、シャンゼリオン……!!』
『ありがとう、シャンゼリオン……!!』
『──忘れないぞ、お前の事は……!!』

 人々がシャンゼリオンに──涼村暁という、一人のどうしようもない男に向けた歓声が、その時、誰にも聞こえた。
 それは、暁の幻と生まれ、幻として消えゆく一生に光を灯してくれるような……今までで一番、嬉しい他人たちからの感謝の言葉だった。
 空を見上げ、シャンゼリオンへの人々の感謝の声に浸り、その人たちの笑顔を頭の中で想像する。──不思議と、実像に近いものが浮かんできた。

「これが、俺たちの戦いを見ていた、みんなの声さ……。
 誰も、絶対にお前を忘れる事なんかない。
 お前がいた時間は、誰にとっても、夢なんかじゃないんだ──!!!」

 ああ、それは今、誰もが実感していた。
 涼村暁は幻ではない。
 涼村暁は夢ではない。
 ここにいた、一人の人間であり、世界のヒーローであり、ここにいる全員の大切な仲間なのだ。

「──零。……全く気づかなかったけど、お前、意外と良い奴だな……!」
「お互い様だろ? 俺も、全く気づかなかったけど、良いザルバを持ってた」
「……ザルバ? ザルバってその──」
「旧魔界語で、『友』って意味さ」

 かつて無二の友に言った言葉──友(ザルバ)。
 ここにいる魔導輪の名前の由来であり、零にとって、旧魔戒語で好きな言葉の一つでもある。
 そして、それを聞いたレイジングハートが付け加えた。

769変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:36:17 ID:GU7jrFVA0

「……つまり、暁は、私たち全員の『ザルバ』というわけですね」
『おいおい、こんな奴と一緒にするなよ』

 本物のザルバが付け加えると、その場がまた少し笑いに溢れた。
 最後くらい暁に華を持たせてそういう口は控えろよ、と。
 しかし、それもまた、暁らしい最後のようにも思えた。
 それが少しまた自然と静かになってから、ヴィヴィオが口を開いた。

「……暁さん。私、暁さんといる時間……結構楽しかったんです。
 みんな、あんな状況だったけど、暁さんには、たくさん笑顔を貰えた。
 そういう意味では、暁さんも誰より輝いていたヒーローなのかもしれません。
 ……ゴハットさんが言っていたように」

 輝くヒーロー──超光戦士シャンゼリオン。
 勇気を心と瞳に散りばめ、駆け抜けていく光。
 風が円を描いて現れる光のヒーロー。
 選ばれた戦士。──MY FRIED。
 それが、この、涼村暁という男だった。

「ふっ……やっぱり、俺、意外と『みんなに慕われる無敵のヒーロー』じゃんか……」

 暁は自嘲気味に笑った。
 まさか、自分が本当にヒーローになるなんて、暁も全く思っていなかったのだろう。
 しかし、気づけば、暁は誰よりも「ヒーロー」だった。

「当り前さ。お前も、俺たちと一緒に世界を救ったんだからな」

 翔太郎が付け加えた。
 探偵という同職のよしみといったところだろう。あまり仲がよろしくはなかったかもしれないが、お互い案外楽しい時間ではあった。

『ねえ、暁。そろそろ……』

 と、そんな時、遂にほむらがせかした。もう時間がないという事だろう。
 しかし、お別れは充分に済ませた後だった。
 悔いはない。
 この世界には、もう、思いっきり自分がいた証を残したのだから。

「──おう、待たせただな……!」

 だが、たった一つだけ忘れた事を成し遂げる必要があった。

「じゃ、最後に一つだけ……」

 そう、まだアレをやっていない。
 ベリアルを倒したら、思い切り言ってやるつもりだったのだ。



 そして、彼は、大歓声の中心で、それに負けじと大きな声で叫んだ。







「────俺たちって、やっぱり……決まりすぎだぜ!!!!!!!!!!!」








【涼村暁@超光戦士シャンゼリオン ────OVER THE TIME】





770変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:38:13 ID:GU7jrFVA0



【その後?】

 ……涼村暁の夢を見る、本当の涼村暁は、ダークザイドとの決戦の瞬間、自分と同じ「もうひとりのシャンゼリオン」と出会い、パワーストーンと呼ばれるシャンゼリオンのパワーアップアイテムを受け取る事になった。
 だからといって、彼がダークザイド軍の圧倒的な戦力に勝ちえたのかはわからない。
 あの世界は滅び、やはりシャンゼリオンは消えてしまったかもしれない。
 だが、後の時代にも、あらゆる世界では、超光戦士シャンゼリオンと暗黒騎士ガウザーの決戦は世界に刻まれた名勝負として記され、「涼村暁」の名前は、多くの人間たちの胸に残ったと言われている。







「みんな……いなくなっちゃいましたね……」
「ええ。……でも、二人は、きっと向こうでも楽しくやっている事でしょう」
「そりゃあ……あのまま円環の理に導かれたら、ハーレムだもんな……」
「むしろ、あいつも今より楽しんでそうだな……」

 二人が去り、円環の理も消えた。
 この場所に残ったのは、孤門一輝、花咲つぼみ、左翔太郎、佐倉杏子、涼邑零、高町ヴィヴィオ、蒼乃美希の七名とレイジングハート──そして、二人のウルトラマンだけであった。
 その人数と存在感にも関わらず、既にこの場所はがらんとしたような雰囲気がした。

 どこか物悲しく、どこか寂しいが、それでも、ここにいる者たちは、残る時間をちょっとした雑談で埋めようとしていた。
 もう悲しむ時間など必要ない。

「あいつらは、きっと、どこかに存在し続けてるさ」

 そんな、前向きな一言が出てくる。
 彼らを縛っていた何週間もの苦痛は終わりを告げ、そして、またその後の彼らの新たなる人生が始まろうとしている。
 それぞれが別の道を行く事になるだろう。

「──そうだ……私も一つだけ、言っておく事がありました」

 ふと、レイジングハートが口を開いた。

 これからの生活を考えた時、ダークザギとの決戦前の零の言葉を思い出したのだ。
 あの時は、零もレイジングハートも、ヴィヴィオが死んだと勘違いしていた為、零は、「レイジングハートと共に旅する事」を提案していた筈である。
 零も元々孤独だったのに加え、シルヴァが破損し、相棒を喪い……二人は、お互いに孤独な身になるはずだったのだ。

 しかし、結果的に、二人とも、そうではなくなった。
 一応、約束だったのだ。返事をしておかなければならない。

「零……あなたに一つだけ伝えなければならない事があります。
 私は、あなたと一緒に行く事が出来ません」
「……」
「ヴィヴィオと一緒にいてあげたいのです。
 それに、アリシアも──親がいない二人についていてあげたい……それが、私の願いです」

 そう──レイジングハートはこれから、ヴィヴィオとアリシアのもとで二人の面倒を見ておきたいと思っていた。
 ヴィヴィオもアリシアもまだ幼い。
 二人とも、一人では生活できないが、レイジングハートがその身元を引き受ける形でどうにかする事はできないだろうか?
 彼女は、そう考えていたのだ。

「……何言ってんだよ、レイジングハート。俺だって、もう孤独じゃないんだ。
 それぞれの道を行けば良い。……また会えるさ」

 零も、とうに自分の道を進む決意を決めていたようだった。
 彼はこれから、修復されたシルヴァや、死んだはずだった父や婚約者とともに、魔戒騎士として戦い続けて行く事になるだろう。

771変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:40:33 ID:GU7jrFVA0
 しかし、零がそんな事を言うと、横からザルバが、

『とか言って、少し別れが惜しいんじゃないか? 零』

 などと茶化した。

「うるさいな……。
 でも、お前だって、帰ったら、次の黄金騎士が現れるまで眠るつもりなんだろ?
 お前こそ、本当にしばらく会えないじゃないか」
『ああ……鋼牙が死んでしまった以上は、そうなるな』

 ザルバも、これからしばらくは、零とは別の道にある事になる。
 同じ世界にいる零でさえ、その後ザルバと会う事は出来なくなってしまうだろう。
 それは、他の仲間たちにとっては、初めて聞く事になった事実である。

「そうだったんですか。……寂しくなりますね」

 ヴィヴィオが、それを聞いて、驚きつつも、視線を下げた。

『大丈夫さ、零が次の後継者を探してくれるらしい。俺もすぐにまた、どこかで会うさ』
「ああ。その時が来たら、いつか会わせてやるよ、お前たちにも」

 零は、そういう意味でも既に覚悟を持っている。
 ザルバと黄金騎士の鎧を継承する、新たなる魔戒騎士の誕生を支援し、見守る為に……。
 元々弟子を持つつもりのない零も、きっとその少年の師となる事になるだろう。

「──……そうですね。皆さん、また、会いましょう」

 ふと、つぼみが言った。

「毎年……ううん、もっと時間はかかるかもしれないけど……また、みんなで会いましょう! 一緒に約束したんですから……!」

 そんなつぼみの提案は、誰もが笑顔で返した。
 実際のところ、つぼみと美希は度々会う事になるだろうが、他の世界で生きる者たちはその機会は少ないかもしれない。
 しかし、出来るのなら、会える限り、みんなでまた会いたい。
 それこそ、「同窓会」というのもいいかもしれない。

「そうだな……」

 翔太郎も、それに乗った。
 出来るのなら、十年後、二十年後もみんなで揃って楽しくやりたいと、この時の翔太郎は思っていた。
 ヴィヴィオが再び口を開いた。

「じゃあ、今度は、誰が一番長く生きられるか──……そういう競争を始めましょう」
「なんだよそれ、ヴィヴィオが一番有利じゃねえか」
「あはは……考えてみたら、そうですね」

 そんな仲間たちの姿を、孤門はじっと見つめていた。



「そうだね。笑ってお別れが出来るように、死んだ仲間の分まで生きていこう──」







【その後】

 ……高町ヴィヴィオは、この後、ストライクアーツでの成績においては、概ね優秀ではあったものの、結局その選手生命の中においては、大きな大会で優勝を手にする事はなかった。
 その要因に、アインハルト・ストラトスに匹敵する良き友、良きライバルが現れなかったという事実がある。
 私生活では、ヴィヴィオはレイジングハート・エクセリオン、アリシア・テスタロッサの二名と共に、奇妙な共同生活を続け、それぞれ自立していった。
 ストライクアーツを引退した後は、そのトレーナーとして活躍。
 ヴィヴィオやアインハルト以上の選手を多数輩出している。





772変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:41:53 ID:GU7jrFVA0



【その後】

 ……涼邑零は、その後、黄金騎士を追悼するサバックで見事優勝を果たし、その優勝賞品として一日だけ冴島鋼牙を現世に呼んだ。
 そして、そこで呼ばれた死者・冴島鋼牙と御月カオルの間には、冴島雷牙という子供が生まれた。
 ザルバも、雷牙の成長と共に再び始まった黄金騎士の系譜の中で、多くの魔戒騎士の生き様を見届けている。
 零は、別の管轄へと移り、「銀牙」という名を取り戻し、家族とともに暮らした。彼の仕事は、相変わらずホラー狩りだ。

 ……とはいえ、ベリアルを倒した英雄譚の中に、彼に関する記録は、もう殆ど残っていない。
 魔戒騎士やホラーの記録は、一部の人間以外の世間一般には、やはり抹消され、銀牙やそれを継ぐ魔戒騎士たちは、再び誰にも知られる事なく仕事を続けているのである。
 だが、ガイアセイバーズとして共に戦った仲間の内では、彼らに関する記憶は、消されなかった。







 ふと、ウルトラマンゼロとウルトラマンノアが作り出していた空間が、進行のスピードを緩めた。
 彼らにとっては、移動している実感が薄かったためか、ウルトラ戦士である二人以外は誰も気づていなかったようだが、ゼロが口を開いた事でその事実がわかる事になった。

「──おっと、俺たちが付き添えるのはここまでみたいだ」
「え?」

 美希が、ゼロの言葉に疑問符を浮かべる。
 このまましばらくは、こうして仲間たちと一緒にいられると思っていたが、ゼロももう何処かに行ってしまうのだという。

「俺たちも力を結構使っちまったからな。
 お前たちを纏めてミッドチルダまで送る事しかできないんだ。
 後は、各自、向こうで元の世界に帰ってくれ……本当なら、最後まで面倒見てやりたいんだが──」

 彼らウルトラマンが生還者を運べるのは、ミッドチルダまでらしい。
 しかし、そこにはアースラで共に戦った仲間たちが待っている。──そこにさえ辿りつけば、時空移動も出来るはずだ。
 ゼロはそれぞれの故郷の世界にまで生還者を帰してやれない事をどこか申し訳なさそうにしていたが、結局のところ、その準備がある場所に連れて行ってくれるというのなら、ゼロが気に病む必要はない。
 それよか、彼らにとって悲しいのは──。

「ウルトラマン……きみたちとも、また会えるかい?」

 そう……ウルトラマンという、最後に共に戦った仲間との別れであった。
 ウルトラマンゼロ、そして、ウルトラマンノア。
 最後の戦いを共に乗り越えた、絆を結んだ相手。
 二人のウルトラマンは、黙って、その巨大な頭を頷かせた。

 美希が、ゼロへと訊く。

「ゼロ……あなたは、これからどうするの?」
「ヘッ……俺はまた、助けを呼ぶ声に耳をすませながら宇宙を旅するつもりさ。
 宇宙にはまだ、ベリアルの遺した影響や、それ以外の脅威も残ってるからな」

 どうやら、彼はこれまでと同じように旅を続けるらしい。
 それは、広い宇宙と次元の旅で──寿命が地球人より遥かに長い彼らの旅だと思えば、本当にゼロがまた現れた時に、そこに美希たちが健在であるかはわからなかった。

773変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:43:25 ID:GU7jrFVA0

「それに、あのベリアルの事だ。また、いつ蘇って悪さするかわからない。
 まっ、その時は、今度こそ俺の手で引導を渡してやるぜ──!!」

 黒幕の再誕……という、悪夢をゼロは再度考えて言ったが、それは笑えなかった。
 またベリアルが現れ、これだけ大変な事を仕出かしてくれるなどあまり考えたくはない話である。
 とはいえ、不思議な安心感があるのは、何故だろう。
 ゼロの言うように、ベリアルがもしまた現れたとしても、今度はウルトラマンたちがきっと何とかしてくれるような……そんな力強さを感じた。

「……とにかく、その辺の後始末は、俺たちウルトラマンに任せとけよ!
 もし困った事があった時は、いつだって呼んでくれ。マッハで駆けつけてやるぜ!」

 ゼロは本当に、もうどこかの世界へ行ってしまうらしかった。
 それならば、美希も、この戦いで最後に自分を支えてくれたゼロにお礼を言っておかなければならない。

「……ゼロ、最後にあなたと戦えてよかった。……ありがとう。
 最後に孤門さんやシフォンを助けられたのは、あなたが信じてくれたからよ」
「きゅあー♪」

 ゼロは恥ずかしそうにそっぽを向いた。そんな姿を、美希とシフォンは顔を見合わせて笑う。
 孤門は、そんな様子を見た後で、今度はノアに訊いた。

「……ノア、君も次のデュナミストを探してどこかへ旅するのか……?」

 ノアは、一言も喋る事なく、その巨大な顔を頷かせた。
 孤門は、これまで多くのデュナミストとともに戦ってきた巨大な戦士を見上げ、不思議な嬉しさに目を潤ませた。
 彼はまた、どこかで新たなデュナミストに繋がっていくだろう。
 今回の戦いで再び力を使ってしまったノアは、もしかすると、今後再び、ザ・ネクストやネクサスの姿に戻ってしまうかもしれない。
 しかし、たとえその姿でも、そこに現れた新しいデュナミストと支え合い、共に戦うだろう。

「そうか……」

 寂しそうに俯いたように見えて、それでも、また新しい決意に満ちた表情で、再び顔を上げて、孤門は告げた。
 彼らの言葉を、信じよう。

「どこかの次元で、また必ず会おう……ノア、ゼロ!」
「おう! じゃあ、みんな、元気でな!」

 そして、それから、間もなくだった。
 ゼロが、最後の言葉を告げ、飛び去ったのは──。



「────さあ、もう着いたぜ。
 またいつか会おう、ガイアセイバーズのみんな……!
 さあ、行こうぜ……ノア!」



【ウルトラマンゼロ@ウルトラシリーズ 生還】
【ウルトラマンノア@ウルトラシリーズ 生還】







【その後】

 ……蒼乃美希は、当人の希望通り、モデル業を続けた。
 桃園家、山吹家の遺族には、孤門たち仲間の手を借りず、自らの口で再度事情を話し、遺品を手渡したという。
 モデルを引退した後は、自らのブランドを持つまでに成長した。
 彼女はこっそり自らが手掛けるファッションのモチーフに、友人へのメッセージを込めているらしい。
 そして、そうした遊び心も、概ね好評であったという。





774変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:44:26 ID:GU7jrFVA0



【その後】

 ……孤門一輝は、西条凪と石堀光彦の死、和倉英輔と平木詩織の引退に伴い、この数年後にナイトレイダーの隊長となり、彼らの世界に残るスペースビーストと戦い続け、人々を守る事になった。
 魔戒騎士の世界がこの戦いの後に記憶や記録の改竄を行ったのに対し、ウルトラマンたちの世界は、メモリーポリスによる介入は行わず、人々はスペースビーストの脅威と戦いながら生きている。
 ちなみに、斎田リコもこの世界では健在であり、後に二人は結ばれ、「タケル」という息子を授かる事になった。
 そして、彼らの世界にはこの後に、ウルトラマンゼロや、多くのウルトラマンたちが訪れ、人々とウルトラマンは、「絆」を繋ぎ続けた。

「──諦めるな」

 ……そう、この言葉も伝えながら。







「──……おっと。さて。あと一つだけ、仕事が残ってるな」

「仕事? ……ああ、そうか!」

「こんな話、している場合じゃないですね」

「ああ、行こう」

「変身はできなくても……」

「そんな事は関係ありませんからね!」

「ザギやベリアルも救う事が出来たんだ……きっと、出来る」

「もし戦うなら、そん時は思いっきりやるけどな」





「────シンケンジャーの世界へ!!」





 これから、血祭ドウコクのもとへ向かう事になる彼ら。
 まだ、戦いは終わらないかもしれない。
 変身する事が出来ないヒーローたちに、これから何が出来るのかはわからない。
 しかし、バトルロワイアルは全て終わり──そして、助け合いの時が来ようとしている。



 ────ガイアセイバーズとカイザーベリアルの戦いの物語は、まずはこれまで。






【高町ヴィヴィオ@魔法少女リリカルなのはVivid 生還】
【左翔太郎@仮面ライダーW 生還】
【花咲つぼみ@ハートキャッチプリキュア! 生還】
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ 生還】
【蒼乃美希@フレッシュプリキュア! 生還】
【孤門一輝@ウルトラマンネクサス 生還】
【涼邑零@牙狼─GARO─ 生還】


【以上に加え、血祭ドウコクが先に生還】
【生還者 8/66名】



【変身ロワイアル MISSION COMPLETE】





775変身─ファイナルミッション─(9) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:45:54 ID:GU7jrFVA0




〜〜〜エンディングテーマ〜〜〜


(参戦作品から何か選んで十分割目まで聞いててください)






.

776変身─ファイナルミッション─(10) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:51:18 ID:GU7jrFVA0



 ……ここは、所も変わって、シンケンジャーの世界。
 はてさて、最終決戦に参加しなかった血祭ドウコクと、その友人の骨のシタリは、どうしているのだろうか。



 ゆらゆらと浮かんでいる六門の船の上──この「余談」は、始まる。



「しかし……アンタの言う事も、今回ばっかりは外れると思ってたよ、アタシは」

 六門船の上で、血祭ドウコクと骨のシタリはまたのんびりと語らっていた。
 それはさながら、外道衆にとっても、一つの祭が終わったような寂しさと虚無感を思わせる静かな落ち着きだった。
 先ほどまでの興奮は消え去り、静寂の中で二人はただ揺れる船に身を任せている。

「……結局、奪われた三途の川もさっきの戦闘で希望をまき散らされたせいで水かさが減って、結局プラスマイナスゼロだがね。商売あがったりなしだねこりゃ」

 とはいえ、結局、外道衆にあるのは完全な厭世のムードであった。
 何とも世知辛いもので、折角取り戻せそうだった三途の川の水は、ヒーローたちの尽力で根こそぎ消えてしまった。

 先ほど、インキュベーターにも言われたが、希望が絶望に打ち勝ってしまった事と、ドウコクがミラクルライトを三途の川に落としたのは、この三途の川にとって最悪の事らしい。
 希望の具現であるミラクルライトは、この外道衆のいる三途の川を滅ぼしかねないという。ドウコクもとんでもない事を仕出かしてくれた物で、人間がまた、希望を取り戻せば外道衆の命運にも相当な危機が起こりうるだろう。

「どうするよ、ドウコク。八方塞がりだよ」

 こうなったらもう、あれだ。
 生きる術はただ一つ──人間と、共存の手段を探すという事しかない。

「──シタリ」

 そして、その先の外道衆の命運を決めるのは、ここにいるドウコクの一言だった。
 これからの外道衆の方針をどうすべきかは、いつも総大将である彼の言葉にかかっているのだ。
 仮に逆らったとしても、誰も彼に力では敵うまい。
 まあ、シタリならば、友人のよしみで何とかしてくれるかもしれないが、どっちにしろ、右にも左にも希望のない今の外道衆でどうにかなるとも思えず、最後はドウコクの判断にゆだねるしかなかった。

「……」

 ──それから、ドウコクが口にしたのは、勿論、共存などではなかったが、これまでと同じ方針でもなかった。

「俺はしばらく、人間を襲うのは辞めにする。……後の連中は好きにしろ」
「えッ、そりゃまたどうしてサ」
「おめえも命は惜しいだろう」

 ──要するに、「戦わない」というのが彼の決めた方針だった。
 しかし、「共存」もする気はない。

 しばらくはまだ、この三途の川を消し去るほどの希望を人間が取り戻す事もないだろう。
 それまでの余裕を、ドウコクは全て、眠って考えるという事にしたのだ。
 外道衆にとって、暴れられないというのは少々、身体が窮屈になる状況かもしれない。
 それは、これまで、人間界に出る事が出来ずに六門船の中で荒れていたドウコクの事を思い出せば痛い程にわかるだろう。
 だが──こうなってしまった以上、案と言うものも浮かばない。

「……まあ、そうか。あんなもん見せられちゃね」
「ああ。……俺が再び目を覚ますのは、奴らがいなくなってから……あるいは、気が変わったらってとこだな」

777変身─ファイナルミッション─(10) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:52:29 ID:GU7jrFVA0

 ドウコクもこれから長い間眠る事にしたらしかった。
 その時下す判断がいかなる物であるかはわからない。

 ……と、そんな事を話していたが、シタリは一つだけ気になる事があった。

「……で、それはそうと奴らとの約束はどうすんだい?」

 そう、あのガイアセイバーズなる連中とドウコクは、「ここで戦う」などと約束したではないか。
 左翔太郎なり佐倉杏子なりには、因縁があったのではないか。
 お互いに、何かしらすり減らして殺し合いでもする義務があるのではないか。
 だが──そんな事をする気力が根こそぎ奪われた気分だった。
 最後に殴り合うのも一向だろうが、ここまで、萎えてしまってはわざわざやる意味もないかもしれない。

「フン。……俺たちは、『外道』だ。今更そんなもん守る必要はないだろ」

 ドウコクが彼らと再戦する事で知りたかったもの。
 彼らがああまでして戦う理由。──それは、既に何となくわかっている。

 確かに、約束、はしたかもしれない。
 しかし、それを逐一守る良識がないのが、『外道』という連中だった。

「……そうかい、それがアンタの奴らへの、最後の『外道』ってワケかい」

 外道衆も、『外道』として、選んだのである──『戦わない』という選択肢を。
 戦うという約束をしたが故に、それを反故にする。
 それはまさに、一時仲間として戦ったガイアセイバーズという連中への、最後の『外道』であった。

「……」

 この先、ドウコクがあの生還者たちの前に姿を現す事は二度と無いだろう。
 それこそ──人々があの戦いを忘れ去るまで、ドウコクは現れないかもしれない。
 そして、もし彼が現れるならば、それは次代のシンケンジャーが現れる時……彼らの戦いが全て忘れ去られた時だろう。

「──おい、シンケンレッド」

 ふと、ドウコクは、六門船の脇に居た自らの『家臣』を呼びかけた。
 置物のようにそこに佇んでいた外道シンケンレッド、である。
 シタリなどはすっかり、そいつの存在を忘れていたくらいに無口だが──しかし、一度気づくとやはりそこには存在感を見出してしまう。
 鎧武者の甲冑が置いてあるような物である。

「……行って来い。てめえのいる場所はここじゃねえ」

 はぁ、と、シタリはため息をつく。
 やはり、ドウコクも気づいていない訳がなかったか。
 ……あの外道シンケンレッドなる置物、ああ見えて実は──もう。

「さっきの戦いを見て、てめえからも外道の匂いが消えている」

 ──外道、でなくなっている。
 志葉丈瑠ではないが、それは既に、志葉丈瑠のような物に変わっていた。
 外道としての魂を忘れ、はぐれ外道としての人間らしさを取り戻してしまっているのである。
 ──そう、あの薄皮太夫のように。

「お前が奴らに教えて来い……てめえらの勝ちだ、ってな」

 それだけを外道シンケンレッドに吐き捨てるように告げると、ドウコクはシタリを呼びかけた。

「行くぞ、シタリ」

 シタリもそれに従うようにドウコクの背中を追って、どこかへと沈んでいく。
 最後の一度だけ、外道シンケンレッドと成り果てた男の方を見返りながら。

「ドウコク……」

 外道シンケンレッドは、その変身を解除し、一人の男──志葉丈瑠の姿を取り戻した。
 そして、彼もまた、この六門船から消えた。



 ──六門船は、無人のまま、ただがらんと、三途の川の上に浮かべられて揺れていた。





778変身─ファイナルミッション─(10) ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 22:52:50 ID:GU7jrFVA0



【その後】

 ……血祭ドウコク及び外道衆のその後の消息は殆ど知られていない。
 だが、ベリアルの支配が終了すると共に、ドウコクに代わって地上に現れたのは、脂目マンプクだった。
 そして、その結果は、散々なものであったと言われる。

 今のところ、わかっているのは、マンプクはヒーローたちだけではなく、人間たちにさえ敗れたという事である。
 互いを助け合う、人間の「絆」に……。












































 ────そして、殺し合いは、助け合いへと、変わっていく。




Fin.

779 ◆gry038wOvE:2015/12/31(木) 23:02:34 ID:GU7jrFVA0
以上、最終回投下終了です。

wikiによれば2011年7月18日に「変身ロワイアル」の企画が挙がり、2011年10月10日に正式に始まったという事で、今作も4年以上の歴史を重ねて、ようやく幕を下ろすという事になりました。
当初は、「シャンゼリオンとかネクサスとか好きだし宣伝の為に投下したろー」くらいの軽〜い認識で参加していただけに、こうして100話以上も書き連ね、気づけば最終回を投下しているという事実には驚いております。
しかし、2015年の最後にこうして、自分でも満足の行く最終回を投下出来たのは、多くの書き手、読み手の皆さんの支えがあったお陰もあったのだなーと実感しております。
ロワとはまさに、今作品で登場人物が掲げた『助け合い』に似ていたのでしょう。

今作品の参戦作品などで度々引用した素晴らしい作品群にも興味を持っていただけたら、そして、多くの人が築き上げた「変身ロワイアル」というロワを好きになっていただけたら幸いです。

後は、エピローグですが、これを2016年にいつか投下する予定です。
私の方から予定があるのは、一作のみ。良くて二作。
実は、これが最終回の中の幾つかの伏線を回収する真最終回だったり……ゲフンゲフン……。

ともあれ、書き手、読み手、その他関係者の皆さま、ありがとうございました!!
2016年、良いお年を!!

780名無しさん:2016/01/01(金) 00:51:17 ID:ALkpozFc0
読み終わったああ、投下乙!
その後までやっといて真最終回だと!?やはりあの辺りか!?
前座から本番までどこも変身もののロワらしくて、何よりこれまでの集大成だったけど。
やっぱりヒーローでも何でもないでも変身勢ならんまの良牙がギャグもシリアスも決めてくれたのが印象的だった
つぼみと良牙のコンビ、好きだったなあ
消えてしまったのだと暁も歌詞をもじった最後のパートがやばくて泣いた
ザギやベリアルさえどこか救われたり、ドウコクがミラクルライトでギャグしつつも渋くしめてったり
善も悪も吹き抜ける風なエピだった、まさに
今までお疲れ様でした。エピも楽しみにしています

781名無しさん:2016/01/01(金) 13:39:49 ID:U7O92BhsO
投下乙です

変身ロワイアル2の参戦作品はどうしようか?

782名無しさん:2016/01/01(金) 13:55:26 ID:OiwyQpwE0
投下乙です!
壮大な変身ロワに相応しいほどに、壮大な最終回でしたね!
終始ハラハラしましたし、時折混じるギャグには笑わされ、ラストには感動いたしました!
最後にそれぞれのエピローグが描かれたのを見て、ほんの少しだけ切なさを感じながら、真最終回の方にもワクワクしてしまいます。

783名無しさん:2016/01/01(金) 15:49:52 ID:UVmi1LoQ0
投下乙です!
ついに最終回キター!
本当に最後の最後まで夢のスーパーヒーロー大戦だったなあ
復活したウルトラマンノア改めガイアセイバーズ・ノアに全員の力が合わさって次々といろんなヒーローに姿を変えていっ時はもう負ける気がしない安心感があったけど
まさか、最後の最後であんなことになるとは…良牙
仮面ライダーになっても、やっぱり彼の本質は人間で、己自信の拳だったって事なのね
暁のその後エピローグは、黒岩の最期を彷彿とさせてウルっときますね
例え夢の住人っていう虚構の存在だろうと、涼村暁っていうスーパーヒーローは人々の記憶の中に残り続けたんですね…
後、プリキュアの妖精のごとくミラクルライト布教するキュウベエに和んだw
ドウコクのとこまで行くとか命知らず…
でも煽った結果外道衆が苦境に立たされた辺り、やっぱり真の外道は彼だったんですね

他にも色々言い足りないことはありますが、真最終回楽しみにしてます

784名無しさん:2016/01/01(金) 17:18:14 ID:vxkw4JnM0
正義の系譜に終わりはないんだ
乙、ただひたすら乙

785名無しさん:2016/01/15(金) 20:41:16 ID:M7T5LfygO

誰がなんと言おうとシャンゼリオンはヒーローだぜ

786名無しさん:2016/02/17(水) 11:45:45 ID:BxvMn3N20
遅れながらお疲れさまでした
やりきった暁ヒーローだぜ

787 ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:18:04 ID:jwxL9LHA0
お久しぶりです。
2016年に投下予定だったエピローグ、何のアナウンスもないまま放置してすみませんでした。
なんやかんやのトラブルがあったり、なんやかんやの忙しさがあったりであまり進んでなかったのが実情です。
結果的に完成はしていないのですが、またなんやかんやのトラブルが来て延期してしまうよりは、少しずつでも投下しようと思い立ったので、
これだけ時間をかけながら未完状態でこれまた大変申し訳ないですが、何回かに分けて投下する形を取りたいと思います。

ただいまより、エピローグの最初の章を投下いたします。

78880 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:19:27 ID:jwxL9LHA0



 ――どれだけ時間が過ぎれば、事のすべてを冷静に話せるだろう。



 変身ロワイアル。
 かつて、六十余名を中心にいくつもの人々と世界を巻き込んだバトル・ロワイアルは、既に遠い過去の時代の物語となっていた。
 今や、その殺し合いの事を感情を交えて語るのも少々恥ずかしいほどである。時が経てば、それは教科書の一文になり、それはただ「そういう事があった」という事実に変わっていく。詳しい感情を掘り下げるのは、なんだか嘘くさくなってしまっていた。
 八十年もの時間が経ったのだ。この歴史の中では他にもセンセーショナルな出来事はいくつもあった。そしてすべてその次代を席巻し、一つ前の大事件を遠くに追いやっていた。
 そんな事の繰り返しである。

 だから、八十年過ぎたからといって、その後の世界の変容について語る必要はないと思っている。せいぜい、あの事件が影響を残した事といえば、世界と世界がつながりを持ち、一部の人は自由に行き来できるようになった事。それによる技術革新や対立はあっても、それもまた問題の一つとして定着してしまった。
 あとは、八十年という歳月を隔て、人は次の世代へ、また次の世代へとバトンタッチを繰り返していくだけだ。
 結果的に、生き残った戦士も、あるいは殺し合いに巻き込まれる事すらなかったその友人・父母も、多くはもうこの世にいない。血祭ドウコクら外道は八十年の間に、ある戦乱の末に居場所を亡くして滅び、彼らに相対した戦士たちもまた時の流れの中で順番に終わりを迎えていったのである。
 子を残したものもいれば、残さなかったものもいる。

 すべてが入れ替わろうとしていた。
 脱皮した皮がはがれるように彼らの物語は忘れ去られ、今度は彼らの戦いを本の上でしか知らない人々が新しい歴史を作り出していく。
 変身ロワイアルは歴史の中で遠ざかっていき、そこで戦った人々の姿もまた古ぼけた写真の中にだけ残されていく。

 あの大きな殺し合いイベントも、世界の危機も、過ぎて見れば何ら特別な事ではなかった。
 異世界同士がつながった事、多くの人々が支配の下に屈しかけた事、凄惨な殺し合いが平和な暮らしをしていた人々の前に突き付けられた事……それらの影響力は、確かにその当時は大きかったのだろう。
 しかし、その後も世界にはまた多くの血が流れ、多くの悪意が渦巻き、そして、多くの侵略者が地球を狙い続けた。そんな中で多くの人々はまた逃げまどい、ヒーローを待った。
 ヒーローが現れる事もあれば、現れぬ事もあった。
 あるいは、待ち続けた者こそがヒーローになる事もあった。
 あるいは、ヒーローが現れたとして、敗北する事もあった。


 実感として、世界は、変わらなかった。


 彼らの長い長い戦いをすべて見つめてきた者には特別な物語に見えたかもしれないが、彼らの青春もまた、世界の歴史の一部に過ぎないのだろう。
 彼らの築き上げた、彼らの中で特別な物語も……歴史の端っこで、誰かにそっと伝えられるだけに留まっていく。

 八十年、という月日の中で、現代にその言葉を残せているのは二人だけだった。
 そして、二人ともまた近いうちに死ぬ事が確定している。
 一人は病でベッドに伏し、あとは今日死ぬか明日死ぬか……もってあと数日というところまできていた。
 あとの一人は……どこで何をしているのかわからない。



 この八十年後の物語は、変身ロワイアルの参加者が、残り二人となり、一人の死とともに残り一人となり、そして最後に誰もいなくなるまでの、本当の終わりの時間を記したものである。



【残り 2名】





78980 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:20:00 ID:jwxL9LHA0



 ――鳴海探偵事務所。

 風都に知らぬ者はおるまい。鳴海壮吉より築かれた、今や老舗の探偵事務所だ。
 かつて変身ロワイアルで生還した名探偵・左翔太郎、又の名を仮面ライダーダブル。あの男が、殺し合いから帰ってきた場所だった。
 あれから先、何名かの探偵がここに憧れ弟子入りをもくろみ、あるいは何名かの経営者が鳴海探偵事務所のネームバリューをビジネスに誘った。しかし、それらすべてが断られた結果、ここはいまだ小規模なまま、かつてのようなアンダーグラウンドな風都を支えている。
 翔太郎然り、その次代、その次代然り、弟子を取るなどという方向には特別な事情がない限りほとんど行き着かず、またこの事務所には人件費を払う余地もなかった。
 何せ、百歳目前までこの事務所の財布の紐を握り続けた鳴海亜樹子は、あまりにケチな性質だったのであるから、それはまた仕方のない話だ。やれ拘りやら、やれリスクがあるやらと、良くも悪くも旧態依然とした事務所経営を続けた結果、潰れもせず大きくもならず、今に至るのである。
 そうこうしているうち流れた八十年という歳月で、遂にここを頼る者も減っていき、依頼は元のような犬探し、猫探し、亀探しに偏りはじめ、時に(当時で云う)ガイアメモリ犯罪のような特殊な高額依頼が舞い込むといった具合だ。
 尤も、このくらい元の鞘に収まってくれていた方が、故・翔太郎らもあちらで安息できる事だろう。

 ……八十年後、という時間。

 ここで、この鳴海探偵事務所に弟子入りした『ハードボイルド体質』な探偵。
 それが、これからこの物語の語り部となる。
 彼のパーソナリティを予め話しておこう。

 特徴、百八十メートルを超える長身にして、華奢な体格。
 趣向、コーヒーはブラック、タバコはマルボロ。
 性格、『ハードボイルド体質』。
 憧れ、『ハーフボイルド』。
 嫌いな物、子供、女の涙。
 左翔太郎が築き上げた『ハーフボイルド』に憧れながら、しかし、意固地であまりに恰好が付いてしまう、様になってしまう『ハードボイルド』な運命にあった。
 それが、この『探偵』であった。

 これから彼が語るのは、八十年前のバトル・ロワイアルと、この時代とを結ぶ一つの奇妙な事件。
 その出来事は、この『探偵』自身の言葉を借り、その通称は、彼がタイプライターに綴ったこの名前を借りるとしよう。



 ――『死神の花』事件――



 さあ、変身ロワイアルの最終章を始めよう。







【『探偵』/風都】



 ……その日、軽い暇をしていたおれのもとに小さな天使から舞い込んだ依頼は、おれの五年間の探偵人生で最大に奇怪なものだった。
 まさかおれも、この小さな天使――かわいらしい十数歳の少女――の依頼が、あの『死神の花』などと名付ける事になるおどろおどろしい事件に結び付く事など、夢にも思っていなかったのである。
 それも、あまりにもその結びつきが突飛なもので、おれは八十年前にこの街にばらまかれた『ガイアメモリ』なんていう化石が、おれの精神に干渉しちまっているのかと疑った。しかし、どうやらそれはおれの思い違いだったらしい。
 昔よりか、ずっと平和になったはずのこの街だ。

79080 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:20:33 ID:jwxL9LHA0
 ガイアメモリなんてどんな悪人だって手に取れるわけがない。何億という金を積んだってあんなものはもう手に入らないし、そうまでして使うメリットはあるまい。余程の物好きか、拘り屋か、骨董屋か、あるいはミイラ人間か――いずれにせよ、この街の売れない探偵に白昼夢を見させる理由はない。

 と、後に繋がるような話を今のうちからしていても仕方がない。この時点でおれは、まだこの依頼が死神を呼ぶ事になるなど想像もしていなかったのだから。
 話は、おれがその依頼を受けるハメになったところまで戻そう。

「……つまるところ、きみはおれに骨董品探しを手伝ってもらいたいわけだ」
「はい」

 おれと向かい合っている依頼主は、角度によって薄っすらと赤色に光る綺麗な髪の少女だった――これがおれの先述した「小さな天使」だ。顔の作りも良く見ると端正で、十年後が楽しみだが、今の彼女とは仕事以上の関わりは避けたいものである。
 おれにとって、年頃の少女は天敵だ。扱いがわからないのである。下手に穢れがないだけに、何が機嫌を損ねるかのバランスがとても難しく、すっかり理解できない。
 更に、この娘は気弱で口下手なタイプな事だけは明確にわかってしまうので、こちらとしても話しづらい。保護者同伴で来てくれた方が、おれにとって都合が良かったように思う。
 ただ、今のところは、どこにでもいる普通の少女、というのがおれの受けた印象だ。この年頃の少女がこんな廃れた探偵事務所に一人で来て快活でいられるわけもない。おれの代から社会に言われてきた事だが、面と向かってのコミュニケーションが得意な人間なんてすっかり減ってしまったような気がする。正直、おれもそのクチだ。

 それから特殊なのは、彼女のパスケースだった。
 その住所を見るに、この風都どころか、仮面ライダーなる伝説が各地に残る「この世界」の住民ではないのだ。――この事務所を頼ってはるばる異世界旅行にやって来たようである。
 道理で、というか、少し風体が風都民らしくなかった。こう言っては何だが、品があるが少し幼く、クライム・シティには慣れていない顔つきは直感的にわかる。人種が違うわけでもないのだが、どうしてなのか、出身世界も区別できる人には区別できるものだ。
 ……そんな彼女の依頼である。

「私のおばあちゃん……厳密には、ひいおばあちゃんなんですが、そのおばあちゃんが今おかれている状況をお話します――」

 と、まず語られたのは、彼女の曾祖母が、今現在、闘病中で病床に伏しているという話だった。順調に九十歳を超えて俄然元気だった曾祖母は、この数年で何度も病気に罹り、治療と再発を繰り返し、遂には本当に余命僅かと宣言されたのだと云う。
 人間誰しもに訪れる永久のお別れが近い、というわけだ。

 そんな曾祖母の病院を訪ねると、毎回ベッドの上で、遺言の如く、生きているうちのいくつかの後悔を口にしている。この少女は、それをひとつひとつ丁寧にメモを取って聞いたらしい。それをおれに見せた。
 だが、残念ながらその殆どは、この依頼主にとって叶えられるものではなく、彼女は既にその多くにバツ印をつけている。確かに、誰に頼んでもどうしようもない物や過去に誰かを傷つけた出来事などを話していて、彼女の後悔を叶える事はできそうもない。
 亡くなる曾祖母にせめてもの恩返しがしたいのに、それが出来ない無力で彼女も相当落ち込んだ……らしい。



 ――――だが、そのメモの中に大きなマル印で囲まれた願いがあった。

 彼女の曾祖母が失くした、「ある骨董品の回収」だった。
 彼女はどうやら、この願いに関しては叶えられる希望があると感じているらしい。
 なんでも、彼女の曾祖母のそのまた祖母から預かった品を、彼女の曾祖母が失くしたぎり、生涯返せなくなってしまったのだと云う。
 無論、百歳近くの老婆のそのまた祖母など、とっくに冥土にいるに決まっている。あくまで、彼女の曾祖母がそれを祖母に返す事はできないのは彼女らも承知だろう。だが、確かにそれを見つけ出せれば、せめて一つの後悔に決着を付ける事が出来ると踏んだのだ。
 この少女は、そんな曾祖母の最期の願いの一つを必ず叶えてやろうと意気込んで、「骨董品探し」をおれに依頼したのである。

「お願いします、この願いだけ……依頼できませんか?」

 ……まったく、家族想いで健気な美少女である。
 佇まいから何から古風で丁寧。今時珍しいくらい健気で純粋である。
 彼女に対し、おれの出せる答えは一つだ。


「――悪いが、その依頼は断る」

79180 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:21:19 ID:jwxL9LHA0


 そう、拒否である。
 おれの返答に、少女は目を丸くした。

「えっ」
「きみの祖母がきみと同じ年頃に失くしたと云うのなら、残念だが、紛失というよりは既に処分されている可能性が高い」

 単純な話だが、当然だ。
 彼女の曾祖母の年齢から逆算すると、それは今から遡って八十年ほど前に失くしたという事になる。彼女が家探ししても見つからなかったというのだから、ほとんど間違いなく、それはもうこの世にない代物だろう。
 まして、古物的価値があるものではなく、それはあくまで彼女の曾祖母にとって大事なモノだったに過ぎず、誰かの手に渡って保管されている可能性も薄い(勿論、ないとは言い切れないがそう上手く探り出せるはずもない)。
 可能性が高いのは、家族の誰かが間違えて処分してしまったとか、引っ越しの際に置き去りにしてしまったとか、そんなところだ。
 彼女ら一家の家や敷地がどんな場所なのかはわからないが、それ以外の場所がまったく手つかずのままで八十年眠っているとは思えない。
 そのうえ、誰かの手に渡って存在するとしても世界は広すぎる。何の手がかりもなしにそれを見つけるのはあまりに困難だった。

 そうでなくても、彼女の依頼の場合、ただの物探しというには、あまりに特殊なケースなのである。
 おれの見込みでは、その探し物が偶然見つかる確率も極めて低い――というわけだった。

「おれは、叶えられない依頼は受けられない」

 下手に希望を与えて何も見つからず、そのうえで依頼料だけ受け取るなどという所業はおれのポリシーに反するものだ。感情に流されて安請け合いした方が恰好はよろしいかもしれないが、むしろそちらの方が失敗した時に冷酷だ。
 何も見つからず、何も成果を出せず、ただ美しい言葉だけ並べて、良い人の面をして、許されながら、誰も傷つけず、金だけ受け取って自分だけ得をする世界で一番せこいやり方である。――このまま依頼を受けるのは、おれ自身がそうなる可能性が極めて高い事だと思った。

 では、金を受け取らなければ良いか?

 残念ながら、それも出来ない。すべての依頼主は平等である。これが商売である以上、いくら温和な十代の少女でも、安くする事は出来ないのである。他の依頼主もいる手前、おれは相手が子供でも、余命僅かな老人でも、必ず報酬を受け取る。うちにはそういう割引システムやサービスは設けられていない。
 おれは、あくまで話を聞いて自分が達成できると踏んだ依頼のみを見定めて、それだけを受領し、それをすべて叶える形で探偵をやってきたのだ。言い訳をするつもりはないが、これでも大方の依頼は受けてきたつもりだ。そこらの探偵がしっぽを巻いて逃げるような危険な依頼だってこなしてきた。
 それに比べれば、探し物は比較的安全な依頼だろう。
 だが、何度も言うが、リスクの有無を問わず、おれは達成できる依頼のみを受ける。だからこそ報酬を得られるし、だからこそ信頼されると思っている。
 世の中は未だ資本主義だ。おれは、気に入っている。

 こういう娘にも、はっきりと現実を見せてやった方が良いのだ。



 バシッ――!!



 ――と、そんなおれの額に、突如として何かが叩きつけられた。
 額を駆け巡る鋭い痛み。おれは、それがまた、うちの所長が投げつけたスリッパの一撃だとすぐに悟った。こんな事をする人間は一人しかいない。

「痛ェな! 何すんだよクソババア!」
「そのくらいの依頼叶えてやりなさいよ、男でしょうが」

 鳴海亜樹子――それは、この事務所の所長である百歳の老婆であった。てっきり、奥でつまらないネット動画でも見ながら猫と戯れているのかと思いきや、依頼内容を全部聞いていたらしい。
 淑女亜樹子の動きと喋りは随分とスローモーだが、叩きつけられるスリッパの痛みは本物だ。すっかりスリッパの効果的な投げ方を覚えている。

79280 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:22:23 ID:jwxL9LHA0
 いつものように、「さっさとくたばれババア」と悪態をつきたいところだが、この少女の手前、口が滑ってもそんな事は言えない。
 とにかく、額を抑えながらおれは仕切り直す。

「……嬢ちゃん。残念だが、おれには所長にああ言われても、依頼を受けるのは難しいんだ。何しろ、見つけられると断言できない。『見つかるかもしれない』なんて嘘もつけない。タイム・マシンがない以上、おれはきみの依頼を達成できないと思っている。力不足で申し訳ないが、それがこのへぼ探偵の実力だ」

 ババアに言われずとも、おれはおれなりに男という性に向き合っているのだ。
 無為な理想を求めるファンタジックな男性像ではなく、大局を見る理性的なリアリストとしての男性像に。
 と、依頼主の少女は項垂れて、口を開いた。

「――わかりました。無理を言ってごめんなさい」

 物分かりが早くてありがたい。理解を示してくれたらしい。
 ……と、思ったが。

「……えっく……諦めるしか、ないですよね……えっく……。そうです……わかってました……」

 ……最悪だ。泣きやがった。
 女の涙は苦手だ。放っておくのも苦手だし、拭うのも苦手なのだ。
 この場合は、「放っておけないうえに、依頼を受けて甘やかせない」という厄介な状況だ。クレーマーやヤクザの方がまだ対処しやすい。
 おれは、クレーマーを上手くいなす交渉術についてはすぐに覚えられた。ヤクザは法律を上手く盾にすれば良いし、殴りかかってきたならばそれこそ拳を叩き込めば良い。
 だが、女は交渉術も法律も聞かない。自分の感情を直球でぶつけて、奇妙な理屈を当たり前に通そうとしてくる。そのうえ、殴れない。
 横から、その場にいたもう一人の「女」――所長が口をはさんだ。

「おい、ハードボイルド探偵」
「は?」
「ハーフボイルド、目指してるんじゃないのか」

 ……これも女の特徴だ。奇妙な理屈ばかりのくせに、痛いところを突いてくる。
 実を云うと、おれがこの事務所をわざわざ選んで、何代か前の左翔太郎の「ハーフボイルド」と呼ばれた探偵作法に興味とあこがれを示したからである。
 何せ、生まれながらのハードボイルド思考と、甘さと肩ゆで卵を嫌うハードボイルド嗜好が、板についてしまい、すっかり自分が嫌になったのである。人は自分に無い物を求めるというが、程よい甘さが欲しいという程度にはおれも人に嫌われてきた。
 一時の感情を切り捨てて、最良の決断をしようとするほど顰蹙を買ってしまうのも、この世の理だ。その割り切った性格が原因で、何人の女にビンタを受けたかは聞かないで頂きたい。
 おかげで行く先々で逢う人に冷血漢と呼ばれてしまい、前の探偵事務所(事務所というよりは大きな会社のようだった)は、それが原因でスタッフと話が拗れてクビである。

 つまるところ、ハードボイルドは、時代遅れだ。
 と、なると正真正銘合理的に生きるには、何もかもにラインを引いて平等のルールを押し付けるよりか、強いものには強くあたり、弱いものには施すような程よい甘さ――「ハーフボイルド」こそが仕事に必要だと考えているが、性格上踏み切れないのである。

 ……今回は、まさしくハードボイルドが拗れた時に近い状況だ。「依頼主の女が感情的になる」というシチュエーション――これはこちらの事務所では珍しいケースだが。
 まあ、ほんの少しだけ、踏み切ってみるのも悪くあるまい。
 おれは、すぐに口を開いてある提案をした。

「――わかったよ。そこまで言うなら、所長。悪いが一度、有給休暇を取らせてくれないか」
「は?」
「制度的にはあったが、今日まで一度も取ってないだろう。……おれとアンタだけじゃ臨時休業しなきゃ仕方がないから我慢はしていたが、ここらで一度労働者の権利を証明しておきたい」

 長らく自営業のような気分でいたが、一応おれは鳴海探偵事務所に契約社員として就職している。ここでは、就業規則のうえで契約社員に対しても権利が認められている有給休暇を取得する事が出来るわけだ。
 元々、いつが出勤でいつが休みかもよくわからない職業柄ゆえ(世間的にはブラックだがおれはむしろ気に入っている)、すっかり気にしてはいなかったシステムではある。しかし、雇用者である鳴海所長はこの権利を無視できないだろう。

79380 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:22:55 ID:jwxL9LHA0

「なんでこの話の流れで有給休暇を取るんだい」
「おれは、その有給を使い、探偵業ではなく、プライベートでこの娘の話を手伝わせてもらう。ただし、これはあくまで依頼じゃない。私的活動、いわば趣味だ。達成する義務はなく、達成しても報酬は頂かない」

 少しの間、鳴海探偵事務所は臨時休業となるが、ほとんどの人間にとってこんな探偵事務所は開店中だかもよくわからない状態だ。
 実は猫探しの依頼が一件だけ入っている。だが、これも、初めての依頼主ゆえに保留扱いだし、これも大概の猫は帰路を覚えて飼い主のもとに帰ってくるだろうから、放っておいても大丈夫だと見ている。

 残念ながら、他の予定は真っ白。一応この状況では好都合だ。
 これを所長に説明すると、納得はしがたいようだが、ちょっとだけ頭を悩ます様子を見せた後で、回答と質問が戻ってきた。

「……構わないが、あんたがそんな事言うなんて珍しいわね……主義を変えたのか?」
「――いや。そのつもりはない。ただ、彼女は少し特殊なケースだからな。タダで依頼を受けるのでなく、彼女にはおれとの繋がりを利用して貰う」

 言いながら、おれは、少女の方を向いた。
 いまだ泣き止まない彼女に真剣なまなざしを向けながら、

「一つ訊きたいんだが、何故きみはこの探偵事務所を選んだ? きみはこの街どころか、この世界の住人ですらないだろう?」

 と、おれは訊いた。
 彼女が風都の住人ではないのは勿論の事、別の世界の住民であるのは間違いない。鞄にぶら下げた定期券から判別できる「元の住所」が、それを告げている――そこに記されているのは、当然この世界のものではない。それは来た時点でも気づいていたし、どことなくこの古風な街並みに馴染めていない素振りも感じていた。もっと未来的な街並みばかりが並ぶ世界から来たという事である。

「は、はい……そうですけど」

 彼女は不思議そうに、答える。
 ビンゴだ。この小さな天使は、おれの推理した通り、別世界の日本から来たエトランゼなのだ。だとすると、いくつか疑問がある。
 そんなエトランゼの少女が、この事務所をわざわざ訪問した時点で、疑問は始まっていたし――その答えをおれは思考を巡らせて導こうとしていた。いくつかの仮説を立てて、その結果として出た推理、その裏付けがおれは欲しかった。

「この事務所を選んだ理由ですか?」
「ああ」
「曾祖母が信頼していた探偵事務所だと聞いていたからですけど――」
「そう。きみは曾祖母からこちらの探偵事務所を推薦されたわけだ。だが、ただ理由もなく選んだとすればきみの曾祖母はよほどの変わり者になってしまう」
「え?」
「こんな辺鄙な地方都市の探偵事務所、まして異世界の事務所を選ぶ理由がないだろう。探偵だって世界を跨ぐようになれば時間がかかる。なのに、何故ここを選んだのか? ――今度は、それが、おれにとって大きな謎になる」
「それは……えっと」

 言葉に詰まったようだ。彼女の性格上、隠し事をしているわけではないが、上手く説明ができないのだろうと思えた。
 おれは、フォローの意味で、まくし立てるように続けた。

「君に代えて答えよう。きみの曾祖母は、八十年前の人間だ。――と、なるとこの探偵事務所の最盛期にあたる。その頃は、ここもおれが想像できないほどたくさんの人だかりが出来たらしい。……尤も、来たのは依頼人ではなかったという話だがね」

 当時、押し寄せてきたのは、依頼人ではなく野次馬や、あくどい営業マンたちである。その時の事なら、隣の老婆から耳にタコができるほど聞いている。
 彼らは、探偵としての技量ではなく、その探偵の知名度と偉業に群がったのである。幸いにも、その探偵はお調子者だったので、しばらくはその状況に酔ってもいたとの事だが、何しろ、探偵には探偵の拘りがあったのだろうと推測できる。
 滅多な事では、「異世界の人間」の依頼など受けないのだ。――そう、俺の知るデータ上のその人物ならば。

「――そのうえ、この探偵事務所の探偵であった左翔太郎探偵は変な拘りを持って、この街以外の人間からの依頼は、よほど放っておけない事情でなければ、ほとんど受けていなかった。そうだよな? 所長」
「え? ああ。翔太郎くんは、なにより、この街が好きだったからねぇ……」

79480 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:23:17 ID:jwxL9LHA0

 所長が、感慨深そうに答える。――当時のこの事務所の探偵・左翔太郎がこの街以外の依頼をほとんど受けなかったと説明したのは、あくまで推理推測に過ぎなかったが、こうして当時の立ち合い者に裏付けられたので間違いない。
 左翔太郎なる人物のパーソナリティや、残っている事件のデータからも察する事が出来る話だ。

「――だとすると、ここでの一番の謎は、君の曾祖母は『依頼人』として、ここの探偵を信頼していた事だよ。可能性と考えられるのは、きみの曾祖母がこの街から向こうに越したとか、きみの曾祖母が特例的に依頼を受けてもらえたレアケースだったとか。――尤も、そこから消去法を使わなくても、答えはすぐそばにあったよ」
「……」
「おれはね、きみの曾祖母と、左翔太郎と――それから先々代の佐倉杏子とは、ある繋がりがあった筈と睨んでいる」

 おれは、ソファから立ち上がり、デスクの引き出しから一冊の本を取り出した。
 つい最近、ひまつぶしに読んだ一冊の本だった。手垢だらけで、日焼けまみれ。古びていて読みづらい状態だったが、おれが示したのはその本の内容ではない。

「この写真の中に、きみの曾祖母がいるんじゃないか?」

 おれは、左翔太郎探偵――および、佐倉杏子探偵の遺した古びた本に挟まれた数葉の写真を、彼女に見せた。
 異世界交遊時代を呼び寄せた決定的な出来事を記した、貴重な資料。それが、この『変身ロワイアル』と題された書物であり、この写真はその殺し合いの途上で撮られた写真であった。
 一応言っておくが、別に記念撮影というわけではない。参加者――高町ヴィヴィオが連れていたハイブリッド・インテリジェント・デバイスことセイクリッド・ハートが日常録画機能を用いて残した貴重な資料である。
 それでも、そこには楽しそうな笑顔もきっちり映っている。悲惨な殺し合いの渦中にあるとは思えず、おれはやらせなんじゃないかと疑ってしまったが、当時世界放送されたデータの一部には、参加者が団結する過程でほどほどにリラックスしていた事も確認できている。
 職業柄、あまり感じなかったが、人間というのは存外素敵なものなのかもしれない。
 それに、やらせというにはあまりにも――良い笑顔だ。

 おれが見せたかったのは、この写真群の方である。数枚だけ残されているのは、左翔太郎と佐倉杏子にとって思い入れの深かった場面。
 ある時点までの生存者のうち、チームを組んでいた人間が――左翔太郎、フィリップ、佐倉杏子、蒼乃美希、沖一也、孤門一輝、冴島鋼牙、高町ヴィヴィオ、花咲つぼみ、響良牙がそこに映っており、その中に一人だけ、この少女と瓜二つの人間がいた。

 八十年前の時点で、彼女と同じ年頃の少女――。



「花咲つぼみ、だね」



 写真の中で眼鏡をかけている少女は、彼女によく似ていた。
 キュアブロッサムとして戦い、生還後は植物学の研究者として従事し、何度とない病に侵されている――今では九十四歳の老婆。

「……はい。これが、私のひいおばあちゃんです」

 所長が、思わず驚いて口を大きく開け間抜け面を晒していた。
 依頼主は、花咲つぼみの娘の娘の娘――『桜井花華』(さくらいはな)であった。
 現在、十四歳。まさしく、当時の花咲つぼみと同年齢であった。







「……別に隠していたわけじゃないんです。ただ、私は来た事がなかったし、曾祖母の名前を出しても気づいてくれるかわからなくて」
「いや。本当に。すっかり……。うん。言われてみればつぼみちゃんとそっくりだわ」

 鳴海亜樹子にとって、花咲つぼみは遠い昔に出会った一人の少女に過ぎない。
 しかし、何か少しの会話を交わしたり、特別な思い入れこそなくてもお互いを覚えたりする程度の関係ではあるのではないかと思えた。
 と、何かふと思い出したかのように所長はまた慌てておれを見た。

79580 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:27:10 ID:jwxL9LHA0

「――もしかして、今回の依頼って……」

 何かに気づいたらしい。年老いてはいるが、勘は鋭い女である。彼女も、この八十年それなりに頭を使って、感覚を磨き生きたのだろう。
 あるいは、彼女にとっても「それ」は「気がかり」だったのか。
 おれは頷いた。

「ああ。この事務所の未解決ファイルの事件だ」

 ――未解決ファイル。
 鳴海探偵事務所は、法律による保管期限を超過した資料は破棄してしまうが、それとは別に未解決・未達成の事件の書類がファイリングされていた。ある意味、この事務所においても戒めとして残しているのだ。
 おれは、そのファイルを参考程度に何度か目にしているが、八十年分の未解決事件がすべて閲覧できる代物で、おれから見るとかなりくだらない依頼まで残されていた。
 今回おれが開いたページも、わざわざ八十年残す内容ではないと思うが、今回はこれが役に立ったと言わざるを得ない。残してみるものだ。

「実は、ちょうど八十年前、きみの曾祖母は左翔太郎探偵に、まったく同じ依頼を残しているんだ。だが、左探偵は依頼を途中で何らかの事情で終了。その数年後、たいへん惜しい事に事故死している」
「え?」
「更に彼の死後に未解決事件をすべて引き継いだ佐倉杏子探偵が再調査している。まあ、花咲つぼみ氏の知り合いだったからかな。しかし、佐倉探偵は、そこで再び、『依頼主に事情を説明』して調査終了しているんだ。それからしばらく後になるが、佐倉探偵も亡くなった」
「……」
「次の探偵は、佐倉探偵と同時期に所属していて事情でも説明されたのか、この事件については引き継いでいないようだな」

 次の探偵、というのはおれの師匠――おやっさんに他ならない。
 名は伏せる。
 だが、厳かで、ハードボイルドで、しかし優しくもあり、妙にバランスの取れた人間であった。飄々としていると言い換えても良い。
 そのおやっさんも既にこの世にいない。この世にこそいないが、おれにとってはいまだ尊敬する人間の一人である。
 そんなおやっさんは、佐倉杏子や左翔太郎を深く尊敬していたようだが、おれはいずれとも面識がないので、彼らについてはなんとも言えない。
 花華が、ふとおびえながら口を開いた。

「えっと……それじゃあ、これってまさか関係者が亡くなる、触れちゃいけない呪いの依頼とか……?」
「そう焦るな。依頼を受けてから終了するまで、そして終了してから担当者が死亡するまでに数年のブランクがある。左探偵はともかく、彼らと一緒にこの依頼を受けていたはずの雇い主・鳴海亜樹子がそこにいるだろう」
「ああ……そうですね」

 呪いの類は、ほとんどこじつけに違いない。都合の良い部分だけ抜き出せば、いかようにでも呪いを作り出せる。逆に、その呪いを成立させるには都合の悪い部分だって、少なくないのである。

 ただ、オカルト以外にも背筋を凍らせるものがある。
 それは、人間の意思の謎だ。――きわめて不可解な、しかし、何かしらの理論で動いている人間が遺したメッセージ。それは、おれの目にも不気味に映った。論理を持つ人間が得体の知れない行動を取った時、どうしてもおれはそこに闇を感じてしまう。
 謎、という闇だ。
 そんなものが無作為に世の中に散らばっているのが気持ち悪い――というのが、おれが探偵という職を選ぶ理由の一つである。
 おれは、花華に言う。

「ただ、オカルトじゃないが、奇妙な点はいくつかある」
「というと?」
「……まず、この未解決依頼に関してだが、そのほとんどは『終了』ではなく『中断』しているんだ。このファイルでは、今後再び事務所が解決できるかもしれないという希望を残して、ほとんどの事件を『中断』と表記しているんだろう。しかし――これは親族にも守秘義務の都合、詳しくは見せられないが、この依頼についてだけは、左探偵も佐倉探偵も『終了』と表記して保留している」
「『中断』と、『終了』で、何か違うんですか?」
「ああ。左探偵は、『中断』としたところをわざわざ書き直して『終了』として纏めているんだ。これを見るに、単に表現が違う同じ意味の言葉というわけではないらしい。それぞれ何か意味がある。そして、この『終了』もすべて解決に至らずに未解決ファイルに仕舞われている」
「――どういう事ですか?」
「わからない。――わからないから、おれには依頼としては受けられない。非常に高い確率で、おれはこの左探偵と佐倉探偵が解決できなかった依頼を達成できないと踏んだんだ。申し訳ないがね」

79680 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:27:51 ID:jwxL9LHA0

 深い知り合いであった彼らにさえ解決できなかったのがこの依頼だ。
 八十年後、曾孫や他人が手を付けたところで、このファイルから該当依頼を捨て去る事は難しいと云える。
 ましてや、左翔太郎も佐倉杏子もその探し物について、深いところまで掴んだうえで、おそらく不可能とみて『終了』を選択した。ただの骨董品探しだというのに、あまりにも不可解な結末だ。
 そんな依頼を安易に引き受けるのは無責任でさえある。

「きみの曾祖母は、佐倉探偵から事情を説明されたにも関わらず、今になって再びそれを見つけられなかった後悔を挙げている。――その意味からして、おれは、他の願い同様に今更叶えられないモノの一つとして挙げたのではないかと思った。たとえば、処分されていた事が確定したとか」
「……」
「――だが、それにしては、おれにはどうも引っかかるんだ。なぜ、依頼は『終了』されなければならなかったのか。……何しろ、左探偵の調査段階で、既に佐倉探偵は助手として行動を共にしている。その時点で、結果が『処分されて依頼達成不可能』であったのなら、左探偵はふつう、佐倉探偵にも花咲つぼみにもそれを報告するのではないかと思う」
「でも、友達だったから言えなかったとか……」
「……いや。確かにその可能性もないわけではないが、おれは違うと思う。依頼人にとってはね、保留されるのが一番怖いのさ。それは左探偵だってわかっているはずだ」

 保留――その恐ろしさは探偵や警察という職業の者が最もよく知っているはずだ。
 それは、永久に依頼人がそれを探し続ける結果を齎す。この事務所の未解決ファイルだって、保留したくて保留しているわけではないだろう。あのいくつもの事件は、探偵の敗北を意味する悔しさに満ちていた。
 おれたちの仕事は、相手が誰でも、見つけた真実を伝える事に他ならない。

「第一、そうならなかったから後に佐倉探偵が再調査をしている。依頼人本人に伝えなくとも、佐倉探偵や鳴海所長には伝えるのがふつうだろう。そうすると、そこから二度手間の調査までする必要はないと思える。……だから、おれには、どうも即座に言えない事情があったとしか思えないんだ」
「確かにそうですね」
「――それに、ここでは、『人探しを依頼されて捜索対象が死亡していた』という結末は、未解決に該当しないものと扱っている。同様に、『探し物が処分されていた』という結末を下した事件は、未解決には該当しないものと扱うのが自然だろう。少なくとも、この世のどこかにあると判断したうえで、それは決して見つけられないと判断したから――このファイルに綴じられているものだと思う」
「なるほど」

 そんなおれを、横から茶化す声が聞こえた。

「……さすが。腐っても探偵」

 所長である。
 他人事のようだが、彼女こそ当時の生き証人ではないか。――尤も、期待はしないが。
 念のため、おれは彼女に訊いた。

「所長はこの当時の事件について何か記憶があるか?」
「うんにゃ。依頼を受けた記憶はあるけど、何しろ特別な事件でもなかったからなぁ……未解決ファイルを読み返してそんな事があったと思ったくらいで……」

 やはりだ。
 八十年も探偵事務所を経営し、その依頼内容をすべて把握できるような人間はそういない。――ガイアメモリ犯罪などという殊勝な事件に巻き込まれるところに始まった彼女の所長人生は、そういった些末な事件を覚えられる具合ではないのである。
 それは無理もない話であるが、そう都合よく話が進むものでもないと思っていた。

「解決は、厳しそうですね……」
「おれもそう思ってはいる。出来るとすれば、きみの曾祖母が一体、佐倉探偵から何を訊いたのか知るくらいだ。曾祖母はいま、話せる状態にあるかい?」
「可能ですけど、親族以外はほとんど会えない状態です」
「きみの曾祖母は、有名人だからな……無理もない」

 いっぱしの探偵では、病院の意向を説得するのも難しい。
 彼女の方からまずは聞いてもらわなければならないわけだが、そうであるにせよ、彼女は曾祖母の後悔として話を聞いた時点で、それについて詳しく掘り下げようとはした筈である。
 ――そうでないとしても、曾祖母がそうして探し物を見つけられなかった事を後悔に挙げている時点で、左探偵や佐倉探偵による『終了』報告に納得はしていないと考えられる。

79780 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:28:18 ID:jwxL9LHA0

「……おそらくきみの様子では、曾祖母がその件を覚えていたり、探し物のありかに心当たりがあったりという感じではなかったみたいだな。佐倉探偵から受けた報告について、きみの曾祖母に聞いたところで、何かの手がかりにならないと感じているんじゃないか?」
「……」

 図星らしい。
 花咲つぼみが現在どういう状態かは知らないが、こうした反応を見れば察しが付く。少なくとも健康的な状態ではないし、探し物についてはもはや心当たりもないといった状況なのだろう。
 ぼけている、とまでは云わないが、少なくとも佐倉探偵から当時訊いた事情を忘れたのか承服しないのか、いまだにそれを本気で探したがっていると考えた方が自然だろう。
 続けて、おれは云った。

「そして、解決すると断言できない依頼は、おれは受けられないというのは先に云った通りだ」
「……じゃあ、やっぱり依頼は受けてもらえないんですか?」
「そう言いたいところだが――――と、ちょっとタバコを吸わせてくれ」

 おれは胸ポケットから取り出したマルボロを咥え、火力を最大にしたジッポライターで火をつけた。女性二名には露骨に不快がられたが、これは衝動だ。
 ヘビースモーカーにしかわからないだろうが、どうしても吸いたくなるタイミングというものが存在する。小さなストレスや頭の中のもやを晴らすのに、その穢れた煙を吸う衝動が必要になるのだ。
 おれは、タバコの香りを吸い込み、大きく吐き出す。

「――しかしだが、個人的にすごく気になる内容なのは確かだ。ここまでのデータを踏まえると、動けば何かの手がかりが入る話に違いない」
「それじゃあ、依頼を受けてくれるんですか?」
「いや、それはできない。――とはいえ、だ。これまで話した通り、かつては変身ロワイアルという営みがあったわけだ。すると、この事務所が存続しているのは、きみのご先祖が左翔太郎や佐倉杏子を生きて帰すのを手伝った事に由来がある。そうなれば彼らの孫弟子であるおれは、きみの家に恩を感じずにはいられない立場だ」
「はぁ」
「ここは、探偵ではなく、私人として無償で手伝うのも悪くはないだろう、と思っている。――きみとしては、どうだろうか」

 そういうと、花華は「そういう事なら」と、戸惑いつつも首肯した。すっかり泣き止み、おれとしては一つ事件解決というところである。
 おれは、笑みを浮かべて灰皿にタバコを押し付けた。華奢なマルボロがL字に曲がって吸い殻の山に重なる。
 ともあれ、おれはこの時点で最大のストレスが消えてくれた気分であった。思春期の少女の涙なるものはなるべく早々に視界から外したい。

「――さて、それじゃあ早速探しに向かおうか」



 おれは、その後、すぐに「今日から有給取得日」として所長に申請している。
 時系列が逆だが、今日の出勤を事後的に有給扱いとしたのである。以後三日に渡っておれは「休暇」を取り、この事務所は臨時休業となる。
 尤も、その間に依頼が来る可能性など僅かだ。この事務所にそう何人も続けて依頼人が来る事など、ポーカーでフルハウスを連続させる程度の可能性しかありえない。

 おれは、さっそく帽子を深くかぶり、出かける準備を整えた。
 と、出かけようとするおれに、所長が口をはさんだ。

「これは主義を崩すのとは違うのかい」
「……おれのルールは崩せない。だが、どんなルールにもこうした抜け穴があるものだ。そこを突いてもらえば、おれは主義を崩さず動ける事になる」
「動きたいように動く、じゃダメなのかね……」
「おれの作法だ。気にするな」

 滑稽で面倒に見えるかもしれないが、それがおれの性格だ。





79880 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:28:47 ID:jwxL9LHA0



 ――これまでが、おれのもとに舞い込んだ事件の発端である。



 これまでに出たキーワードは次の通りだ。

・八十年前に消えた骨董品
・左探偵、佐倉探偵が見つけた事実
・花咲つぼみ
・桜井花華
・風都
・鳴海探偵事務所
・未解決ファイル

 ……考えてみれば、この時点で八十年前と今とは繋がっていた。いくつものキーワードがそれを証明している。
 しかし、まさか、事件を追うにつれて、更に八十年前と今とをつなぐ言葉が増えていくなど……八十年前の怨念と、その時代の人間たちが遂にたどり着く事がなかった真実にまで足を突っ込むなど、誰が想像しただろうか。
 そう、少なくとも、おれのような弱小事務所の独り身探偵がぶちあたる問題ではない。
 神様がいるとして、花咲つぼみの子孫である彼女になら特別な課題を与えるかもしれないが、おれに人並以上の課題を与えた事など一度もないからだ。

 おれには、犬探しや猫探しでちょうど良い。
 ……と思ったが、この事件を経た今になると、そのポピュラーな依頼も一瞬躊躇させてしまうだろうか。







【『死神』/いつかの時代、廃墟と化した風都】



 ――おれは、無人の街を歩いていた。


 どれだけ探しても、誰もいなかった。
 そこかしこの店には客も店員もおらず、時に荒らされたように物が散乱していた。何かのオフィスもまた無人だったし、公園にも子供はいなかった。住宅街を探ってもやはり誰もおらず、どこを歩いても、その歩みは孤独だけを踏みしめさせた。
 しかし、この感覚にはどこか、なじみ深いものがあるのだった。

 ……そうだ。
 この街――歩いた事があった。

 そうだ。そうなのだ。遠い昔、ここを訪れた覚えがある。
 その時の事は――思い出せないが、他に誰かが居た。多くの人がいた。

 つまり、おれじゃない誰かがこの街に、住んでいた……?

 それならば、この街は何故、誰もいなくなったのだろう。
 災害か、争いか、それとも時代が街を死なせたのか?
 ふと頭痛がして、何か巨大な影が空に浮かんだ。――あれは、怪物?
 いや、思い出せない。

 頭痛を抑えながら、おれはひたすら足を進めた。
 どれだけ歩いても、どこも同じように寂れていて景色は変わり映えしなかった。

 そして、しばらくそのまま町をさまようと、おれは遂に他の人間を見かける事になった。



 そう――――誰か、死体となった男を。





79980 YEARS AFTER ◆gry038wOvE:2018/02/06(火) 12:33:03 ID:jwxL9LHA0
今回はここで投下終了です。
一応、タイトルは「80 YEARS AFTER」としましたが、副題で「世界はそれでも変わりはしない」が付きます。

ここから先の続きはほぼ文章としてはできてないですが、だいたいここまでで50KBくらいになったので収録時はここで分割する形になるかと。
毎回そのくらいの文章で投下していく形になると思います。
よろしくお願いします。

800名無しさん:2018/02/06(火) 12:48:59 ID:tfH5K9.c0
投下乙です!
80年後とは、また凄まじいですね……生き残り二人のうちもう一人は誰なのか、ハーフボイルドに憧れるハードボイルド探偵の活躍にも期待ですね!

801名無しさん:2018/02/06(火) 17:50:30 ID:ZDmRYhys0
投下乙です!
あの殺し合いから既に80年もの月日が経って、かつての参加者達の意志を受け継ぐ者達が物語を紡ぐとは!
そして変身ロワイアルの世界に残った二人とは、果たして何者なのか……?

802名無しさん:2018/02/06(火) 21:15:52 ID:vINOufIo0
投下乙です!

80年の月日を経て舞い込んできた依頼…いったい何が待ってるというのか
杏子は翔太郎の死後に探偵事務所にやってきたものと勝手に思ってたけど、助手として一緒に活動してた時期もあったのね
二人の探偵生活がどんなものだったのか気になるなあ

803 ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:01:31 ID:r7bKsKRs0
感想ありがとうございます。
不定期ですが、今後もちょっとずつ書いて投下して完結させていきたいと思いますので、
見守っていただけると幸いです。

投下します。

80480 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:02:44 ID:r7bKsKRs0
【『探偵』/希望ヶ花市】



 希望ヶ花市――というと、それはプリキュアなる伝説の戦士が活躍した世界の有名な街である。おれは初めて訪れるが、近未来的な――というよりは西洋的な街並みがおれの前に広がる。あまりの清潔さに、おれは少々頭が痛くなった。
 多量の風車を設置して風力発電事業を強化し自然共生を謳ったつもりの風都だが、所詮は人工物の詰め合わせである。対して、希望ヶ花はどうも建物や人工物の占める割合は少なく、街の半分は木々や花や植物にまみれていた。それでいて、何故か田舎臭さとは程遠い。田畑だらけで見渡す限り山、というわけでもないからだろう。
 かれこれ百年、人類が必死に云い続けている「自然との共生」やら「エコロジー都市」やらに、見た限り最も近づいている都市に見えた。大概、どちらかに偏るものである。
 皮肉抜きに素敵な事だ。色んなしがらみを突破しなければ実現できない理想が、ほとんど目の前に来ている。結局のところ、それが一番良い。
 だが、その強いしがらみがあるから、おれのようなやさぐれ者が世に生まれるのだ。

 尤も、だ。
 最初から犯罪都市に生まれたおれである。自ずとそこに馴染むような顔つきになっていったおれは、もっと汚い路地裏のようなところでなければ、サマにならない――ような気がする。おれの無精ひげが世間にどう映るかは、とうに承知しているつもりだ。
 世間が想像する「立派な社会人像」、「清潔感のあるさわやかな男性像」には、ここ十年ほど全く歓迎されていなかった。元の風都でもそれは同じ事かもしれないが――あちらにはまだ、おれとウマの合うタイプの奇人は多かった気がする。

 おれは、ふだん通り薄汚い黒のテーラードジャケットを着て、褪せた中折れ帽子を被っていた。どうもシャツも皺だらけに見えた――ふだんからアイロンをかけるのが下手だから当たり前か。指で圧をかけて少し伸ばしてみせるが、指で少し挟んだ程度で皺などなくなるわけがない。すぐにあきらめた。
 ……これでもおしゃれに決めたつもりだったんだが、どうやらおれのセンスはこの街では通用しないらしい。
 道行く人は大昔――1980年代――の2D映画を見せられているようだ。心なしか、そいつらがおれを笑っているような気がした。

「……」

 おれは、辺りを見まわして喫煙所を探したが、それもどうやらハードルが高いようだった。この都市にあまり馴染めないおれの心を、穢れが癒してくれる事はなかった。先ほどまでの花華と、立場がすっかり逆になっている。
 カプセルホテルも見当たらず、おれは一体どこで寝泊まりすれば良いのかさえも不安に駆られていた。
 が、そんな後の事を考えても憂うつになるのは目に見えていた。――おれは、色々な感情を押し込め、ひとまずは花華お嬢の探し物の話に集中する事にしよう。

「――心当たりのある場所を手あたり次第、というやり方では三日の期限に間に合わない。だからといって、それ以上の日数を休んでしまえば、流石にあの事務所も依頼人も現れてしまう。今までの探し方や、既にないと言い切れる場所を教えてもらえると助かるんだが、どうか」

 花華に言った。
 現場に来たなら、まずは彼女の指示・報告通りに動かなければ意味がない。おれと彼女、どちらが情報を多く持っているかと言われれば当然、彼女だ。
 おれのやり方よりも、まずは彼女の直感や心当たりに頼らせてもらう。

「あ、ちょっと待っててください」

 すると、花華は、そういって、ポケットの中の自前の携帯端末を取り出した。鮮やかな手つきでそれを少し弄ると、彼女は空中に立体映像を浮かべてみせた。
 映されたのは、この街の地図と経路を四次元化した図面だった。
 彼女が端末で設定を弄ると、立体映像はこの付近の街並みと同様のARを表示し始めた。おれが中学生の時にはもう少し出来の悪いARを流す地図アプリが流行った覚えがあるが、どうやらそれよりも技術は進化しているらしい。
 映像が、極めて鮮明で本物そっくりだった。

「こいつは……」

 そう、こいつは、アップルが開発した電子立体地図アプリ――『Ryoga(リョーガ)』とかいう代物だった。
 目的地までの経路や状況がリアルタイムで立体表示され、こちらの位置情報をもとに道案内をしてくれるアプリである。
 仕組みは簡単だ。過去のマップデータや街頭監視カメラの映像等から、その瞬間の街や目的地の現状をサーチし、リアルタイムでARとして立体映像に映すだけ。

80580 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:03:06 ID:r7bKsKRs0
 その中から人工知能が、人間視点で目印になりそうな看板などを立体映像上で光らせて注目させ、どこを曲がればいいのかをわかりやすく案内してくれる。
 地図が使用者の目に映っている光景を想像・理解し、次に見るべき光景や次に取るべき行動をすべて適格に案内してくれるのである。
 少なくとも、おれの頃に流行ったアプリは利用者にはわかりづらい目印で案内してきたし、数か月前の道路情報を前提に案内してくる事がやたら多く使いづらかったが、あれからどう進化したのかは使ってみてのお楽しみだ。

 ちなみに、このシステムは、人間が決して立ち入らないような山中や海上さえもカバーしている。遭難した際には現実世界側の海中や山中に設置された信号を光らせる事で、現実のマップそのものに目印を作ってくれるのである。そこが地球の表面である限り、ほとんどの場面で使用可能というアプリで、海産業務や探検家にも重宝されるようになった。
 そして、世界的に有名な男性から名を取って、『Ryoga』という名がつけられ、「どんな方向音痴でも確実に目的地にたどり着く」を広告に売り出した。

 無論、それは変身ロワイアル会場における最後の死亡者、響良牙の事だった。
 直接的に親玉を葬った英雄でもあるが、それと同時に「生きて帰ってくる事がなかった男」である。功績上、その当時活躍した人物の中でも人気は高いため定期的に特集はされるが、徐々にその名はアプリの知名度に乗っ取られつつある。
 かく言うおれも、最近あの本をめくるまではすっかり彼の動向を忘れてしまっており、今ではこのRyogaの由来という印象しか持っていない。
 そのせいか、「方向音痴」という負の側面ばかりが記憶に残ってしまった。当人にとっては偉く迷惑な話だろう。
 ……しかし、だ。そのRyogaが花咲つぼみの曾孫と、左翔太郎の曾孫弟子を案内するとは、なんという奇縁だ。

 そんな花華のRyogaには、二か所の行き先登録があった。

「この街なら、ひいおばあちゃんの実家か植物園が残っています。あるとすれば……もしかすると、そこかと」

 立体映像で点滅している二つの地点。これがその実家と植物園らしい。実家経由での植物園という形で、現在地からの歩行距離は2.4km。大した距離でもない。

「もう探したのか?」
「いえ。他に探した場所は結構ありますけど……」
「それなら、何故ここは訪れなかった?」
「単純に心当たりがある場所は多くて、私なりに優先順位を決めて探しました。……とは行っても、手近なところから探したんです」
「それで、後回しになったと?」
「……はい」

 彼女が頷いた。無理もない。
 考えてみれば、交通費も少なくないし、思い切って一人で来るには、彼女の住まいからだと遠い場所だと考えられる。そこに来て見つからないというのはあまりにも徒労だ。そのリスクが見えないわけでもあるまい。

 ……しかしながら、一応の最有力候補は間違いなくこの場所である。何しろ、ちょうど失くした頃の花咲つぼみが住み、紛失物を保管していた場所なのだから。
 実際、左探偵の未解決ファイル上でも調査を行った場所の一覧はすべて記載されていたが、そこには既に希望ヶ花市内の花咲家や植物園内は記されている。とりわけ、男性である左探偵は花咲つぼみの私物をかき乱さぬよう植物園を優先して捜索、その後に佐倉探偵が花咲家の方もかなりくまなく探したようだ。
 ほかにも中学校内を捜索、友人宅も聞き込みをしているが情報なしだったらしい。
 もっと言えば、彼らは、その交遊関係から花咲つぼみの実家(希望ヶ花市は転居によって中学二年生の時に移住している)まで電車を走らせて聞き込みまでしており、さすがは友人同士なだけあって入念な捜索がされたと見えた。
 そんな事を思い出していると、花華は付け加えた。

「――それに、もしここにあったらもう見つかっているはずだとも、思いました」

 これもまた同感だった。
 今になっておれが見つけられる可能性は極めて薄いとも思う。何せ、八十年前に左探偵と佐倉探偵が探しているし、そうでなくとも花咲つぼみは何度も家中を探してみせただろう。
 そこにあるのなら、誰よりもその骨董品を探していて、誰よりもこの家で生活していたはずの花咲つぼみが見つけられないはずがない。

「……どうする? そう思うのなら、他を探るのも良いし、てっきり複数の心当たりが残っているからこそ、わざわざおれを雇おうとしたものだとばかり考えていたんだが――」
「いえ、曾祖母の住んでいた家は探偵さんと一緒に確実に探したいと思っています。……それに、私もこれ以上多くの心当たりなんて、正直浮かんでないんです。だから、探偵さんに手伝ってもらおうと考えているというのも正直なところです」
「それはどういう事だ?」

80680 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:05:15 ID:r7bKsKRs0

 さすがに、おれも首を傾げた。
 この少女の云いたい事が、即座にはわからなかった。

「……私にとって心当たりのある場所とは言っても、寝たきりのおばあちゃんから聞いたものばかりで、その話だってごく一部の事だと思います。心当たりなんて、本当に少ないんです。私が知っているのはすべて八十歳、九十歳のおばあちゃんとしての曾祖母で、中学生だった頃の曾祖母の事を知ろうとしても、あまり実感がなくて。――だから、探偵さんならそこからヒントを得られるかもしれないと思って聞いたんです」

 ……なるほど。
 おれは、今ようやく依頼時の彼女の心情を察する事が出来たのだった。
 考えてみれば、親族とはいえ、本人でなければ中学時代の事などそんなに詳細に知る筈もない。――彼女ならば聞き出せているかとも思ったが、それは流石に女子中学生以上のキャパシティを求めすぎというものだ。
 彼女は、おれにこれから「必ず見つけてほしい」とまでは望んでいないし、「家のものをひっくり返して物を探す力仕事を手伝ってほしい」とも考えていない。彼女は見つかりそうな場所をより多く知りたい――つまり「曾祖母の訪れた場所から、曾祖母が行きそうな場所の手がかりをより多く見つけてほしい」のだ。
 おれの役目は、彼女と一緒に花咲つぼみの情報の集積地を調査し、その場で見つけた情報をもとに更なる推理に繋げてくれる事なのだ。
 おれは彼女の情報を頼りたかったが、彼女はおれが情報を広げてくれるのを待っている事になる。

「だが、花咲家にはどの程度、花咲つぼみの当時の所有物が残っているんだ?」
「……たぶん、曾祖母の当時の生活の跡は、花咲家に結構残っているはずです。家具は、確かそのまま。研究資料になる物や大事な物は持って行ったかもしれませんけど、中学時代や高校時代の勉強道具や本、小物は残ったままだって、母も言っていました」
「なるほど。内容次第だが、それなら良い。――まあ、昔の貴族のように日記でもつけていたのなら、手がかりも見つかるかもしれないが、流石にそう上手くも行かないだろうな……」

 冗談で口にしてみたが、ある筈がない。
 花咲つぼみが生きた2010年代ごろといえば、インターネットでウェブログやフェイスブックなるネット日記文化が始まった頃合いである。ソーシャルネットワーキングシステム、だったか。サーバーにもデータは残っていないだろう。
 おれのように、タイプライターで紙媒体に文字を起こす決まりの残る奇妙な探偵事務所の探偵が仕事で資料を残すのならともかく、私的な日記を紙に書く人間など八十年前でもいるはずがない。

「あ、それなら大丈夫です」
「何がだ?」
「曾祖母は、毎日日記をつけていました。私も今日帰ったら日記を書く予定ですし、うちは母も祖母も日記を毎日つけていますよ」
「冗談だろ」
「……ちょっと古めかしいかもしれないですね。だけど、私はノートとペンで書いた方が楽しいんです。書いている時も一日に何があったか頭がまとまるし、ちゃんと残って読み返せますし。……あ、だから、たぶん、曾祖母の日記帳も捨てられていなければ花咲家に残っていると思います」

 なんという古風な娘だ。昭和時代からやって来たのかもしれない。
 しかし、この話については随分と都合が良い事だった。本当に良い習慣を持つ一家である。日記をつけるのがノーベル賞の秘訣だとでも言っておけば、日記帳で一儲けできるかもしれない。
 ……無論だが、おれはそんなロジックで人を踊らせるつもりはない。単に日記を継続できるマメな性格の人間が、その性格を活かして成功しただけである。日記を買っただけの人間が成功したのじゃない。

「だが、仮にそれが捨てられていないとして、他の場所には移してないのか?」
「ええ。以前、今の家で興味があって読もうとした事はあったんですが、その時に曾祖母の日記は、二十歳より以前のものはほとんど残っていなかったので」
「読んだのか?」
「一応、途中までは読みました。大学での生活なんかも書いてあって、結構不思議な気持ちになりましたね。特に、曾祖父との出会いに関する――」
「で、手がかりは?」
「――あ、えっと、そちらには手がかりになりそうな物はないと思います。その時は、単純に興味があって読んだだけだったので」

 ふと、おれの胸に何か思うところが湧いた。

「――そうか。他人の日記を読んでみせるというのも、なかなか、何とも言えないな……」
「え?」
「いや、その件について、ふと思ったんだ。きみならまだ構わないかもしれないが、プライバシーの観点からすると、赤の他人であるおれがきみの曾祖母の思い出の品をあさってしまうのもどうかとは思うところがある」

80780 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:06:34 ID:r7bKsKRs0

 考えてみれば、あまり他人に日記を漁られるのは、当人として気持ちが良い事とは限らない。少なくとも、おれがそんな私的な日記を書いたなら、他人に見られるのは勘弁だと思ってしまう。
 これまでの探偵人生でも、紙の日記を手がかりにした事など一度もなかったので、あまり想像が及ばなかったが、ネットで大勢に公開しているわけではないデータという事は、内容を秘匿したうえで記録したい心理があるかもしれない。
 他人に知られたくない胸中までも書ける――いわば、プライベートの機密情報だ。

 おれには、果たして紙文化の日記とネット文化の日記がどう違うものなのか、いまいちわからず、本当にそれを見ていいのかさえよくわからなかった。
 少なくとも、自分の意思で外部に公開しているわけではないのなら、あまり見るものでもないと思えてしまう。
 果たして、八十年前を生きた人間の感覚はどういうものなのだろうか。
 探偵という職業柄、誰かの秘密を見てこなかったワケではないが、依頼ですらない私的活動でそれを行うのも、この内容で花咲つぼみの許可なく行うのも、気が引けるところがあった。

「……それは、そうですけど。でも、おばあちゃんが生きているうちに、このお願いは叶えてあげたいですから――絶対に」

 彼女としては、なりふり構わないつもりのようだった。
 考えてみればそれも合理的であるといえば合理的だ。彼女の曾祖母が亡くなった時、遺品は整理される宿命にある。結果的に、おれが忌避した手段を多くの遺族や関係者が行うだろうし、そこで手がかりが見つかったとして手遅れだ。
 少し強硬的、かつ、非道徳的だが、今更モラリストを気取れる立場でもあるまい。
 彼女がこういう以上、彼女に従うのが得策だ。

「オーケー、わかった。きみの曾祖母には本当に申し訳ないが、きみの云う通りにしよう」

 頷いた。
 先に反対はしたが、その日記に対して、おれ自身の中に湧いている興味は極めて強い方だった。
 今回の探し物や変身ロワイアルについての手がかりは勿論、左探偵や佐倉探偵について知れるものもあるだろう。未解決ファイルに残された謎の中に、八十年前の変身ロワイアル参加者にしか知りえない情報が関わってくるのはほとんど間違いない話だと思っているから、それが記載されているかもしれない日記は興味の対象の一つである。
 花咲家にはそれを示すヒントがあるかもしれない。

 同時に、おれは、ごく、個人的な、封印すべき好奇心も伴っている。
 八十年前の記録を、その時代のひとりの女性のプライバシーを覗きたいという、くだらない情が全くないわけでもない。
 おれの中にはそんな葛藤があったが、これは仮に日記を見てしまった後も心の底に閉じ込めておこう。――それは当然の流儀だ。

「いま現在は、その家は空き家なんだったな」

 おれは余計な事を考えるよりも、もっと別の事を聞く事にした。
 これから尋ねる場所がどういう状態にあるのか、だ。
 行けばわかる事だが、行く前に色々計画したい事もある。

「ええ。もともとは花屋を営んでいて、二階に部屋を借りていました。そこも曾祖母が継いでいたので、祖父母が住んでもいたのですけど、結局街を越してしまって、いまは――実際、持ち主はいても空き家です。鍵も祖母から預かったものです」
「なるほど」

 そんな場所、風都ならすぐに悪党どものたまり場にされそうだ。
 あの街では、すべての空き家と廃墟に、悪意と欲望が棲みついている。

「植物園の方はどうだ?」
「植物園の方は、はっきり言ってどうかわかりません。理事としてうちの名義が残っているので、ある程度の権限はありますけど、実際ほとんど営業や管理を外部に委託している形ですから。他のお客さんもいるかもしれませんし、改装はしていないにしろ、おばあちゃんの私物が残っているかどうかは……なんとも」
「わかった。だが、折角来たんだ。一応、行ってみよう。――ただ、その場合、そこの従業員の方が詳しいだろうから、そちらは聞き込みで十分と思えるな。スタッフがほとんど触れない場所、あるいは、関係者に心当たりを訊けば良い話だ。そうだな、やはり、調査は花咲家を優先しよう」

80880 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:08:47 ID:r7bKsKRs0

 後の方針が簡単に決まり、わずかばかりの安堵とともに、おれは花華と町を歩いた。
 花咲家の住所を選択すると、Ryogaは極めて正確におれたちの視界とほぼ同一の立体映像を表示した。それが曲がるべき場所の目印になる看板や標識を教えてくれるし、曲がった先の状況もワイプで表示してくれる。

 迷子の名前がつけられているわりには、正確性は極めて高いアプリだった。
 折角だ。おれも後で端末からダウンロードして喫煙所探しとカプセルホテル探しに使わせてもらおう。







 ……花咲家には、それからすぐに着く事になった。
 そこは、シャッターで閉じられていて、廃墟のような風体だった。シャッターの裏はおそらくガラス張りになっている。明らかに個店を営んでいた建物だったし、その上の階を住まいにしていたのは間違いなかった。
 建物としては古い。八十年、おそらくこのままの形で残っている建物だろう。
 その間、ちょっとしたリフォームはしたかもしれないが、部屋の中身を全部退いて改築するような大仕事はしていないと見えた。

 考えてみれば、風都にもよくあるようなタイプの家屋だった。
 我が鳴海探偵事務所も、八十年前から、ある建物の二階をずっと借りている。かつては一階がビリヤード場だったのが、パチンコ屋に変わり、リサイクル屋に変わり、いまは中小IT企業のオフィスだ。
 何度か多忙で事務所に寝泊まりした感覚だと、これらの経営者がうちの事務所を買って住まいにするのも案外居心地が良いだろうと想像させる。
 おれとしても、出勤が楽なのは最高である。所長の後継者が決まり、あの所長が召された暁には、ぜひともおれの住まいをあの探偵事務所にして頂きたいくらいだ。

 ただ、正直、おれは当初、花咲家がこういう家だとは思っていなかったのだ。
 花咲つぼみが研究者として有名になった後の事や八十年前の建物である事を考えると、やたらに広い豪邸だとか、あるいは別に倉庫や物置があるとか、そういった想像をしていたのだが――あまりにもふつうである。
 ここから始まった、と言い換えて見れば、情の厚い連中には感慨深いのかもしれない。

「ここがひいおばあちゃんの昔の家です」
「ああ」

 漏れたのは、間抜けな生返事だった。
 確かにここならば、「家の中を探すだけ」なら探偵が必要ない。
 むしろ、既に個人が家中のものをひっくり返して探しているのがふつうである。見たところ彼女も賢い部類の少女だ。本当にこの中から探し物を見つけたいなら、自力でやった方が効率は良いと気づくだろう。
 尤も、おれとしては、賢くない依頼人にそういうなんでも屋のような雑用係を依頼される事も――そして引き受けざるを得ない事も、珍しくはない話だが。

「開けるのでちょっと待っててください」

 彼女が、祖母から預かったという鍵を取り出した。旧式の施錠だ。
 この程度のセキュリティで何年も空き家にしたなら――風都なら、開けた瞬間に間違いなく愛する我が家のぐちゃぐちゃに荒らされた後の光景を目にする事だろう。

「……はい、どうぞ」

 しかし、数年分の埃をかぶりつつも、案外綺麗な玄関がおれを迎えた。
 暗い玄関に正面の小さな窓から注ぐ夕焼け。それは廊下に反射して、家の中をきわめてノスタルジックに映した。まるでおれもどこかへ帰ってきたような気持ちにさせられる。
 家族が住んでいたような一軒家に入るのは、何年ぶりだろうか。
 昔の恋人に誘われた家に、よく似ていた。

「ん?」

 ――ふと、奇妙な胸騒ぎがした。
 何年か人間に置き去りにされたこの家は――事件の香りがした。
 それはおれが何度か関わるハメになった血、暴力、欲望、狂気の事件とはまた違う類の、もっと得体の知れない何かがこの先にあるような気がした。
 おれの背筋を最も凍らせるもの……そう、謎という闇。
 おれの想像できる他人と、実際の他人の心の神秘を結びつける、ある種の精霊的なエネルギー。――それがこの先に、ある。
 数メートルの距離を無限に見せる不気味な光りと伴った廊下の、この先に。

80980 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:11:29 ID:r7bKsKRs0

「花華」
「え? どうかしましたか?」
「いや……。過去にこの家に来た事は?」
「え、一度か二度だけありますけど、ほとんど来た事はなくて――」
「そうか。いや、それなら、良い」

 花華の痕跡は、おそらくこの家にはない。曾孫であるとはいえ、それは必ずしもこの家を訪れなければならない理由にはあたらないだろう。
 しかし、それにしては、彼女がここに立つのは不気味なほどに似合ってもいた。いまになってみると、彼女もまた不気味に思えるほど、精霊的な存在にさえ思えた。

「別にいいんだ」

 八十年前――下手したら、百年前の人間が想像するような、奥ゆかしさという伝説を秘めた美少女。
 この時代には、決していないような、古風の魅力を体現した、そんな日本らしい娘。
 彼女もまた、何かおれの知らぬ闇を抱え、おれの知らぬ秘密をどこかに隠している。――そんな一抹の予感を覚えさせた。







「――曾祖母の部屋は上です。色んなものが保管されている場所があると思うんですが……」
「あ、ああ」

 それにしても、警戒心の薄い少女だと、思わされた。
 この家の無防備さも心配だが、花華もどうしてここまで無防備に男と二人きりになってしまうのか、おれには理解不能だった。今日会ったばかりの他人、それも間違いなく力でねじ伏せられるだけの体躯を持ったこのおれに、背中を平然と向けて振り向きもせずに階段を歩いていく。
 おれは少女性愛者ではないからまだ良いと云えるが、いくら児童ポルノが規制されていった世の中でも、少女性愛者や性犯罪者――あるいはそうなるだけの不甲斐ない男が存在してしまう事実ばかりは、どうにもならない。
 そんな事実がある以上、世の中が消し去らなければならない最大の問題は、こうして犯罪が起こりうる場所や状況が完成されてしまっている事なのだ。

 嫌な喩えではあるが、いま現在、おれがこの少女を力ずくで犯す事件が発生した、と仮定するのなら、そこには複数の直接的要因がある事になる。

 まず、この場合の「おれ」がそういう欲情を持ち、犯罪しうる危ういメンタリティの人間である事が事件の最大の要因になるはずだ。
 尤も、少女性愛のニュアンスで語るのは、おれとしては少々疑問が残るかもしれない。彼女はそれなりの背丈や体つきに成長した美少女である。
 角度によって赤く美しく光る髪、無垢で整った顔立ち、スレンダーだが肉のつきつつある体。まっすぐストレートに伸ばしつつ、毛先にウェーブのかかった髪は、写真の中の曾祖母と違い、ヘアゴムでは結ばれていない――それだけがかつての生還美少女との違いだった。そんな彼女は、間近で見るとさながら、出来のいい人形のようだ。
 もし少女性愛が日本の法律や現代の価値観のうえで禁止されていなかったのなら、男はこのくらい綺麗な少女を愛する事がないとは言い切れないし、このくらいの年の少女が相手なら一概に異常とまでは言い切れない。いまだ合法的に十代の少女と結婚する文化の国はあるし、日本も大昔はそれが当たり前だったわけだ。さすがにそれ以下となると特殊であると思わざるを得ないが、おれの感覚では法律や文化の規制がなければ、すでに多くの男に求婚されていてもおかしくはないのではと思えてしまう。
 そうすると、「おれが法律や世代の価値観といった抑止力が働かない、あるいはそれを無視できるほど、欲情が強いか図太い人間であった事」とするのが、本来正しいのかもしれない。
 そこに「おれ」の持つ先天的な知能・精神の疾患や、少女幻想を刺激するコミック、錯綜した家庭や教育環境が影響しうるかもしれないが、それはあくまで間接的な原因だ。

 次に、このように人気がない場所があるという事だ。家屋の中だから仕方ないというのもあるが、犯罪の最大のトリガーはそれが起きてもおかしくない「管理されていない場所」が存在している事だと思っている。上の犯罪者がむらっと来たなら、それはもう抑えられる事がないだろう。それが出来ると感じさせた瞬間が訪れる、その原因は場所だ。
 このネットワーク社会の中でも、いまだ盲点は膨大に存在する。犯行が行われた後には、防犯カメラや衛星写真をきっかけに事件は解決に導かれるとしても、犯行を未然に防ぐには、まだ足りないのだ。

81080 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:14:03 ID:r7bKsKRs0
 理想は、犯行が行われる直前、あるいは、その瞬間には被害者は守られなければならない。しかし、その壁を取り払う決定的な発展はないまま、時間はいたずらに過ぎていく。犯罪抑止の歴史は、おそらくこの壁を前に、しばらく止まり続けるに違いない。
 たとえば、プライバシーエリアであるこうした家屋の中では、結局彼女が被害者となった後でしか事件は発覚しないし、強姦魔になるまでにおれを逮捕する事もできないのだ。

 三に、彼女の無警戒さだ。すべての事件において、最も悪いのは当然ながら加害者だが、たとえば今この瞬間のように、被害者が行動に気を付ければ防げるケースにあたる。二人きりにならない、家にあげないといった警戒をすれば、間違いなく襲える状況ではなくなる。
 当然、それが出来ない精神状態になる被害者も多いのは実感として知っているが、彼女の場合そうではなく、本当の天然のようだ。
 だからこそ、怖い。
 おれからすれば、却って隙がない少女に思えるが――それがわからないほど感覚の鈍い男は、あるいはそれを察しながらも欲望を抑えきれない男は、おそろしいほどに多いのだ。

「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。ちょっとした事をきっかけに考えてこんでしまう、発作のような癖が出ただけさ」
「……?」
「だが、きみも、今日はまだ運が良いが――明日からは、人気につかない場所で男と二人きりになるのは避けた方が良いな。夜を前に、こんな男と二人きりで無人の民家にあがりこむのでは、きみの家族も心配するだろう」
「確かにそうかもしれません。ただ、これでも一応空手や護身術は習っていますし……」
「――そういう問題じゃないな」

 語調を強めたおれに、彼女は少し驚いて振り返った。
 こういう態度を取るのなら、彼女の今後の為にも、ある程度の教育はしなければならないと思ったのだ。
 本来それは、今日出会った男ではなく、彼女をふだん取り巻いている環境でもっと身近にいる大人がしなければならない事だが、それがされていないのならば、おれは彼女の親や教師を軽蔑しながらお説教をしておかなければならない。

「おれは、空手やら何やらのきみの実力はまったく知らないがね――きみにいかに相手をねじ伏せられる自信があるとしても、たとえば相手が道具を持っていたら? 複数だったら? 同じく拳法の素養があったら? 仮にきみが全世界一強い女性だったとしても、それを崩す力や手段は、いくらでもあるとおもう」
「……それは……えっと」
「忘れちゃいけない事だ。危険を防止する力と、犯罪や災害を可能とする力とは、いまも同時に進化し続けている。おれたちの前では『昔の犯罪』は起こらなくなっていったかもしれないが、常に『いまの犯罪』が起こる。――この稼業をやっているおれの前に、何人それに巻き込まれたやつが現れたのかは記憶にないほどだ」

 ましてや、いまだ稀代の犯罪都市として欲望の渦巻く風都では、珍しい事ではない。おれのいた以前の事務所よりもはるかに凶悪な犯罪に巡り合う事だってあるのだ。
 そんな心がけがありうる世界と、その心がけが薄い世界とが、今そっとまじりあった。

「もっと言えば、異世界の人間同士、それもその世界では特殊な能力を持った超人同士が戦ったバトルロワイアルがあった事も、きみにはなじみ深いだろう。……あの中で、当時のその世界の『最強』たちが殺されたのも、生きるなかでは忘れちゃいけない。いまは、ああいう力を持った人間たちが――ああいう力に影響を受けた人間たちが、あれから八十年、世界中でずっと共存している。おれも、そうだったなら?」
「……」

 彼女はすっかり黙ってしまった。
 これも、おれの悪い癖だ。おれにとって正しいと思っての行動は、常に他人が引いてしまう原因を作り出す。こうして、ぐうの音も出ないほど一方的に話をさせるという事は、みごとに恨まれる結末に至るという事だ。
 まったくといっていいほど、彼女に対する申し訳なさというのは出てこないし、自分の行動に対する悲観もほとんどない。

 しかし、心ない正論で相手を無自覚にねじ伏せてしまう――この嫌な体質から逃げるのが、将来的な目的だ。
 前のように泣かれたら困るので、まずはフォローでもしておこう。

「……悪いな、花華。べつに説教が好きなわけじゃないが――いや、少し言い過ぎた。ただおれは、きみの曾祖母にとって――もっと言えば、きみに関わるひとにとって、最も喜ばしいのは、きみが危ない目に遭う事もなく、安全に生きられる事だろうと思う。おれが言ったのは、その為の手段の一例だ。守ってくれとは言わないが、参考にしてもらえると嬉しいな」
「そ、そうですよね……」

 花華の顔がはっきりと歪んだ。
 嫌な予感がした。

81180 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:15:11 ID:r7bKsKRs0

「ひっく……ひっく……いえ……ありがとうございます……全部、探偵さんの、云う通りです……私が、間違っていました……」

 ……冗談だろ。
 いまのお説教で本気で感動して泣かれるなんて。







 花華が泣き止むまで、十分もかかりやがった。
 いまは、その次の一時間半が経過して、おれは必死に作業していた。

 おれの胸ポケットには、早く火をつけてほしいと泣いているはずのマルボロがいる。さっさと吸い込んでやりたいが、残念ながら肝心の作業の方がまったくできていない。この部屋でタバコを一服するのも常識がないし、はたしておれはいつこいつにありつけるのだと思いながら――六畳ほどの物置部屋で資料探しをしている。
 他の部屋がやたらと整理されていて花咲家の性格を感じさせるにも関わらず、この部屋はすっかりガタガタだった。侵入されて荒らされたのかと思ったが、他の部屋の様子がしっかりしているのを見ると、単にここ数年に発生した地震等の振動で書物の山が崩れたのだろうと思う。
 どっちにしろ、ゴミ部屋だ。

「これは……なんだよ、理科の宿題か」
「こっちは、ただのノートみたいですね」
「じゃあこの日記は――『花咲ふたば』、またご家族の日記だ」
「なかなか見つかりませんね……」
「これじゃあ確かにな」

 確かに、花咲つぼみの所持品が残っている。それは先ほどから確認している。
 段ボールに入れられていたり、ヒモで縛ってあったり、保管の方法は様々だ。段ボールの多くはすっかり壊れて、持ち上げるだけで中身が底から落ちてきたりする。お陰でおれにかなりのストレスをぶつけてくれている。
 中には、彼女の母のつけたらしい家計簿、彼女の妹の日記、彼女の娘のノートと、この家のものが様々ある。もっと後になると、花華の母の所持品もあるらしい。ここだけで四代の所持品が残っているというわけだ。
 個人事業主として保管していた花屋の営業資料もこの部屋にだいぶ残っていた。……おれも、この意味のない資料を残し続けさせられる気持ちはわかる。

 だが、肝心の日記がどこにあるのかわからなかった。
 探せば探すだけ、絶望がある。
 おれと花華は、掘り起こしたうち、花咲つぼみと関係のあるものだけ花咲つぼみの部屋(のちには彼女の孫が使ったのでいまは彼女の部屋ではないが)へ、それ以外をまた別の部屋へと仕分けて、一度この部屋のものを全部空にしようと計画していたが、思いのほか量が多い。
 それが今日の夜までにまったく終わりそうにないから、おれは絶望に瀕しているのだ。

「これなら、途中でジュースでも買ってくるべきでしたね」

 花華が汗だくで言った。電気も通っておらず、クーラーもない部屋で必死の力仕事だ。夏も近づいている今、彼女ひとりなら、おそらく途中で折れていただろう。
 挙句に、さきほどは隙間から現れたゴキブリに驚いて悲鳴を挙げて逃走している。いまも物置部屋に入るのを明らかに嫌がりながら、ドアの近くにあるものだけを取っては別の部屋に置いているような有様だ。
 彼女ひとりだったらどうなっていたかと思わされる。

 ……とにかく、だ。水の準備がないのはまずい。
 電気はまだ携帯端末のLEDライト機能を光源にしてなんとかなるとしても、冷房設備がないいま、水分補給ができないのは、案外危険な状態だ。

「……そうだな。おれが何か買って来よう。このまま探し続けるのは、体力的にも非常に危ない。それに、もうすぐ二十時だ。きみも夕飯を食べていないだろう。用意がないなら、それもおれが買って来るが――何が良い?」

 花華にそう言ってみせると、彼女は渋い顔をした。
 このままおれだけが去ると、ゴキブリのいる部屋に一人で閉じ込められる……とでも言いたげな不安を見せている。
 おれよりもゴキブリが怖かったらしい。

81280 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:16:46 ID:r7bKsKRs0

「それとも、一緒に行くか?」

 こう言うと、それはそれで渋っているようだった。
 2.4kmを歩いた後、一時間半もの遭難者捜索活動だ。しかも、涼しくもない部屋で、重いものを持って移動を繰り返しながら、すっかり汗をかいてフラフラである。水分補給がなかったのも痛手だろう。
 加えて、この後でまた近くの店まで水や食べ物を買いに行くのは、ちょっとハードだ。
 さすが空手に自信のある花華も、さぼり時というのが正直なところだろう。

「――いいか。じゃあ、少し休んでろ。おれ一人で行ってくる」
「……すみません」
「構わないさ。ただ、戸締りだけはしてくれよ。鍵はおれが持っていくから、ちょっと貸してくれ」

 そう言って、おれは花華と、少しだけ会話をしてからそっと外に出た。

 外の空気は極めて冷ややかだった。
 近くのコンビニでも行って、飲み物と紙コップと適当な弁当やおにぎりでも買って来よう。おれの好みで選んでしまうが、訊いても特に食べたいものを指定されなかった以上、おれが悩む必要はどこにもない。
 さて、ここまで来る途中にどんなコンビニがあったか――などと考えた。
 思わず、マルボロの箱を取り出して考えそうになったが、いけない。路上喫煙は厳禁だ。おれはタバコを胸ポケットに戻し、歩いて行った。



「――ちょっと」

 ……と、数歩も歩かぬうちに、おれの前に、年を食った警官が胸を張って構えて立っていた。まさか、先ほどからここにいたのだろうか。
 おれの、背筋に嫌な予感がした。

 おれはいままでも探偵として、どういうわけか毎度怪しまれて、警察に何度とない事情聴取を受け、ひどい時はいわれのない冤罪で逮捕されかけている。今回もその時と同じパターンであるような気がした。
 疑われるような心当たりは、有り余る。
 そして、これまでのパターン通り、彼はおれに向けて口を開いた。

「近隣住民から通報があったんだよ。空き家のはずのあの家から、女の子の鳴き声や悲鳴が聞こえると――」
「おい、ちょっと待ってくれ、話を聞いてくれよ、おれは何も……」
「ダメダメ。とにかく話は、向こうで伺うから。ね、だからこっち来いこっち。――――あー、こちら、××、応援、頼む」

 そう言って、警官はマイク越しの誰かに応援を要請し、おれは交番に連れていかれる事になった。
 思いのほか、この世界も公僕はしっかり動いているようだ。







「冗談だろう」

 紆余曲折あって帰ると、花華がすっかり笑っていた。
 笑い事ではないが、とりあえず容疑が落ち着いたという事で、なんとか釈放されている。もうすっかり二十二時を回り、探し物は全くはかどっていない状態にある。

 彼女も喉の渇きを感じながらこれだけ待って、相当イラついてもいただろうし、警察に突入されて何の事だかわからないまま事情を説明したのも相当手間のかかる事だったろうと思う。
 結局、おれの身分をすべて警察に提示させられ、嫌な気分のままカツ丼を食っている。おれをひっとらえた警官が、最後に爆笑しながら、小遣いでコンビニ弁当のカツ丼を奢ったのである。極めてみじめである。
 いかれている。警官でなければ殴っている。

81380 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:19:04 ID:r7bKsKRs0

「――まったく、職務でおれを連行したまではわからないでもないが、やつにおれの話を聞くだけの理解力がなかったのは厄介だった。その挙句に、おれの名前を聞けば笑い、職業を聞けば笑い、所持金を見ては笑い、最後には服の皺で笑い、言葉を発しただけでさえ笑いやがる」
「災難でしたね」
「ああ、極めてな。だが、それでもきみには、本当に悪かった、遅くなって。喉も乾いていただろうに、なかなか長引いちまった。うまく説得できなかったおれの不手際だ」
「いえ、仕方ない事です。……それより、いま気になったんですけど、探偵さんの名前って、何ていうんですか?」

 藪から棒に花華が訊いてきた。
 ずっと、「探偵」と呼んでいた彼女だが、それを気にはしていたらしい。ふつう、探偵業でも名刺でも渡して名乗るものだが、おれはそれをしなかった。それは、探偵である以上の事を問われたくないおれの拘りであり――同時に、触れられたくない話であった。
 だから、下手に名前の話題など出さない方が良かったのかもしれない。迂闊だった。
 とはいえ、彼女にとっては、名前のない相手と過ごすのは少々不安な事だったのかもしれない。その気持ちもわからないでもない。



「不破だ。不破夕二(ふわ・ゆうじ)」



 おれは、咄嗟にいつもの名前を答えた。

「そんな名前だったんですね……。でも、笑うほどの名前じゃないような……」
「ああ、まあな」

 当然ながら、これは偽名だ。
 本名は、出来るのなら伝えたくはない。彼女を騙したい気持ちはないが、出来ればすべての人間に伏せたいと思っている。

 人には、そうしなければならない事情があるのだ。
 ついて回る名前さえ語れない事情――というのもある。それは珍しい事じゃなかった。おれの依頼人の多くも、名前を名乗れないほどの訳あり者は少なくない。
 おれだって、ちょっとした事情を抱えている。

「……だが、花華。おれを呼ぶときは、これまで通り、『探偵』で良い。おれはそっちの方がおれの好みだ」
「え?」
「おれには、名前なんてどうでもいいんだ。おれには、役職だけあればいい。おれは、その役職に誠実である事で、初めて自分自身に誇りを持つ事ができるんだ。今回は私的手伝いとはいえ、その時でもおれは『探偵』と呼ばれた方がずっと気持ちが良い」
「それって、なんだか、かっこいいですね……」
「よせ。照れる」

 おれは、まんざらでもなく、薄くはにかんで見せた。
 だが、役職に誠実であるという事は――その役職で呼ばれるという事は、決して良い事ばかりではない。『探偵』という一見恰好のよろしい役職でない時も、おれは自分の役職を手放せないという事だった。
 おれは殺人鬼になったのなら、『殺人鬼』と呼ばれるしかない。
 悪魔になったのなら『悪魔』と、死神になったのなら『死神』と、そういう風に呼ばれるべきだ。気に入らない役職になっても、その呼び名から逃げる事は許されない。
 それが、おれの決めたルールなのだから、最後までそのルールを守り通さなければ、おれは極めて狡くて都合の良い人間になってしまう。
 これからどんなカードが配られたとしても、おれはその役割に誠実でなければならない――それが、名前を捨てた男の宿命なのだ。

「とにかく、だ。おれの事は、『探偵』と呼んでくれ」

 それが、おれの拘りでもあり、――そして、不破などという偽名で呼ばせ続けたくはないという、おれの良心だった。







 さて、作業に戻りたいところだが、あの警官のせいですっかり夜になった。
 おれたちは、ひとまずはここから1.1km離れた大型のスパ施設に向かって――風呂だけ浴びて帰ってきている。
 少なくともどこかで寝泊まりするつもりではいたから、何枚かのシャツやパンツを持ってきていた。これまでの白いシャツから紅いシャツに着替えて、おれの様相は余計にやくざ者っぽくなった。
 おれは、そこからカプセルホテルを探そうとしたが――そう行かなかった。

81480 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:20:54 ID:r7bKsKRs0

「本当にここに泊まっていいのか?」
「ええ。行く宛がないなら――」

 Ryogaを使って調べてみたが、喫煙所はまだしも、カプセルホテルは全くなかったのだ。おれのような根無し草には絶望的な立地だ。
 ネットカフェも相当に遠く、原付なしには行ける場所ではない。
 風都に閉じこもりすぎて、世間の不便さをまったく甘く見ていたというところである。地方都市と呼ばれるからには、もう少し住宅街と繁華街とかが近いと思っていたのだが、地方都市の正体は、結局、半分田舎まがいな都市であった。
 ……いや、考えてみれば、風都も同じか。
 あそこも結局は、本当の都会から見れば、「都会」を自称すれば笑われる。そんなダウン・タウンなのだ。――だからといって、「田舎」と言ってしまえば、今度は本当のクソ田舎から顰蹙を買うが。

「……」

 しかし、それはそれとして、先ほど同様、彼女が安易におれを泊めるのには、大きな問題ばかりがあった。
 あれほど説明し、彼女は泣いたくらいだというのに――何ゆえにここまで、平然と危険な状況に在れるのだろう。
 おれは我慢できず、また余計な口を開いてしまった。

「一応、訊いておきたいんだが、きみはべつに家出をしているわけじゃないよな?」
「えっ」

 こうした反応はすっかり慣れてしまった。
 おれの咄嗟の一言は、相手にとって即座に理解し得るものではない。
 おれは続けた。

「――いや、おれは、きみが親に探し物の旅について、どういう風に話しているのかさっぱりわかっていないんだが――ふつうの親は、電気も通らない空き家に年頃の少女を一人泊まらせる状況なんて作らないと思うんだ。付き添えとは言わないまでも、ここに泊まらせる事なんてあるか?」
「――」
「まして、きみの場合、ここに来たのは一度か二度ほどだと言っていただろう。それで祖父母が中学生の孫に快く貸すとは思えない。この近辺に泊まれる場所がないのは、祖父母だってわかりきっているだろうし、嘘を言って泊まったとしても無警戒が過ぎる。……勿論、放任主義の家もあるだろうが、きみの様子を見るにそうは思えない」

 何しろ、だ。
 彼女はこれまで非常に淑やかに敬語を使いこなし、年不相応なまでに立派な大和なでしこをやってのけている。その挙句に、毎日日記をつけているだとか、空手や護身術を習っているだとか、あまり放任されるような家の習慣ではない。
 おれとは対照的な、ハイソサエティーな空間で生きてきた香りがする。当たり前だ、花咲つぼみというあらゆる意味で著名な人物の家柄に生まれたくらいなのだから。
 そのうえ、その環境に対して息苦しさだとか苦痛だとか倦怠感だとかを覚えている様子もなく、今日一日彼女はぼろを出す事もなく、良い娘で居続けている。
 だが、無警戒で世間知らずなお嬢様、と呼ぶには――あまりにも聞き分けはなく、大胆でさえあった。
 彼女は、何なのだ。

「おれには、理由があるように見える」

 そうストレートに告げた。
 それは、彼女の、言葉を抑え込むような表情を見て、それが図星なのを悟っていた。
 惚けようという様子ではないし――それが出来る性格ではないのはとうにわかっている。

「――……」

 彼女は、そんな不安定な表情を一変させ、ふと意を決したような顔立ちへと変わった。――その瞬間を、おれは見た。

「……仕方がありません。そこまでわかっているのなら、あまり誤解の生まれないように、こちらも身分を明かしておきます」

 何かある――その想いは、間違っていなかったようだ。

 次の瞬間、意を決した彼女はおれの予想を超えた言葉を発した。

81580 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:23:00 ID:r7bKsKRs0



「私、これでも――時空管理局所属の、プリキュアなんです」



 それが、彼女の答えだった。
 そう、まったく予想はしていなかった。つまりは、彼女もまた変身者――あの花咲つぼみと同じようにプリキュアとしての姿を持ち、人並以上の能力を発揮できる、超人的な戦士。
 特別えらばれた人間の、一人だったのだ。

「なる、ほど……な」
「……実は、何の因果か、私も曾祖母と同様にココロパフュームを得る事になりました。それは、ずっと以前にこの街に訪れた時の事です。――それから先は、時空管理局と共同して時空犯罪者の制圧のため、時に協力を仰ぐ事になっています」

 時空管理局。あらゆる時空の秩序を安定させる為の、いわば国際警察のような組織――彼女はその一員だというのだろうか。
 入局の経緯が様々ある事を踏まえると、必ずしもその所属はエリート中のエリート、とは言えないが、いやはや、曾祖母の経歴を考えれば納得もできる話であった。そちらの人間とのコネクションは既にあるわけだし、彼女の場合、奇しくも曾祖母と同様のプリキュアの力を得たというのだから、更に入りやすくもある。

「そのせいか、この頃は家族にもあまりこの程度の事で心配されるようにはならなくなりまして……」
「そうは言うが、……いや、まあ良い。おれには実際どうなのかわからん」

 特殊な家系なのだろう、としか言いようがない。これ以上止める言葉もないくらいである。
 おれには娘はいないが、もしいるのなら中学生活と並行してそんな危険な副業をやらせるのはあんまりにも危険だと止めるだろう。
 ある意味、彼女が信頼されているという証かもしれないが、それでも――彼女への放任は、違和感のあるレベルに思えた。
 そんな疑問を知ってか知らずか、彼女はすぐに答えた。

「ただ、探偵さんの言ったように、私が安全でいてくれる事が家族の願いだというのも――、ずっと前、何度も言われた事です」
「言われた事があるのか?」
「ええ、父にも、母にも、祖父にも、祖母にも、特に――曾祖母にも……何度も言われました。でも、それでも、当たり前に変身して、当たり前に戦って、私はやめなかった」

 そうか、曾祖母――花咲つぼみは、自分の曾孫がプリキュアとなる事を誰より止めたのだろう。
 それは当たり前の事だ。
 花咲つぼみにとって、プリキュアとしての生き方が悪い事ばかり運んだわけではないのは、おそらく間違いない。プリキュアは、彼女にとっての青春であり、彼女にとっての誇りであり、彼女がいまの彼女であるためにとってなくてはならない成長の通過儀礼だったのだ。

「特に曾祖母は、一番心配していました。今も心配しているかもしれません。ずっと、ずっと……申し訳ないって思ってるんです。――だから、そんなおばあちゃんの願いは……私がきっと叶えなくちゃいけないんです」

 ……しかしながら、彼女はそんな力を持ったゆえに、変身ロワイアルという殺し合いに巻き込まれるハメになり、彼女と同じ力を持った友人たちが次々と亡くなった。
 力を持ち続けたがゆえに誰かに目をつけられ、そこでまた、これまでの戦い以上につらい想いを何度もした。
 親友・来海えりか、明堂院いつきの死と――それから、いまでは名前も伏せられている、闇に堕ちたプリキュア『少女A』の事(おれはその名前を知っているが)。他にも何人も、それまでの友人や、殺し合いの中で出逢った友人との別れを経験している。
 そんな凄惨な事実に直面したせいで、彼女の場合は帰ってから、何度とないPTSDやメンヘルに罹ったなどと、噂で聞いているし、おそらく事実だろう。
 それを思えば――愛する曾孫には、何があってもそんなリスクを負ってほしくないというのが、正直なところだ。

 ……だが、結局その反対を押し切って、彼女は今、プリキュアをやっている。
 だからこそ――彼女は、曾祖母の願いをひとつひとつメモに残して、わざわざ世界を移動してまで、おれに依頼をした。
 彼女の事情が、徐々に浮かんできたようだった。

「だが、そうであるとしても……いくらきみが返り討ちにできるとしても、おれのような素性の知れない男を泊めるのは、やはり良くないな」

 無論、おれはきっぱりと言った。

81680 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:23:33 ID:r7bKsKRs0
 彼女がプリキュアである事と、その無防備さは別の問題にあたる。おれは彼女の無防備さの恩恵で宿にありつけるわけだが、それでも彼女を預かる身として――それから、おれの主義として、必ずそれは教えておかなければならない話だ。
 そう言うと、そこで彼女は反論した。

「いいえ。それは、また違います」
「何?」
「探偵さんが、悪い人ではないのをわかったうえでの判断です」
「――」
「――それは、今日一日、一緒に話していて、それがとてもよくわかりましたから」

 花華は、そう言って、おれににこりと微笑みかけた。
 外では、野良猫の鳴き声が、うるさく響いていた。

「ったく……」

 そう。
 だから、子供は好きになれないのだ。
 ちょっとした一面ばかりして、御世辞を言いやがる。







 ――さて、一日が終わった。

 おれは結局、夜までまったくタバコを吸えないままに、もやもやしたものを頭に抱えながら床に就く事になっている。猫の鳴き声もうるさく、間近にある手がかりの山も気になって、眠ろうにも眠れなかった。
 もともと、夜は遅くまで起きて、翌日の昼まで眠ってしまう事の多い生活だ。
 あんまりにも、無駄な夜だった。

 しかし、今日一日を通し、桜井花華という少女には、思いのほか好意的に接されているようだった。
 彼女のような年頃の少女におれの言葉や態度が通じるケースは珍しい。大概は、わけのわからない不都合な事を言って来るおっさんとしか見ず、一方的な嫌悪を見せておれの言葉に理解を示さないからだ。
 ……まあ、世の中そんなもんだろう。
 人の話を聞かない奴は徹底的に聞かない。おれをひっ捕らえたあの老害警官も、おれの説明を一切聞かず、話をするだけで相当な体力を削られた。
 それに比べると、彼女との話はスムーズで、会話の相手としてはひどく肌に合う。

 尤も、おれは別に彼女と親しくなろうとは考えていない。この手伝いが終わったなら、お互い別々の世界でまったく干渉する事なく過ごすだろう。人間関係など、そのくらいがちょうどよいのだ。
 だが、彼女のようなやさしい少女と知り合えてよかった。それは本心だ。

 さて、ちょうど頃合いのところで情報をもう一度整理しようと思う。



今回出たキーワードは次の通りだ。
・Ryoga
・花咲家
・花咲つぼみの日記
・植物園
・不破夕二の本名
・桜井花華というプリキュア

 実をいえば、今回は――ヒントこそあるが、この事件にとって、大した話ではない。
 本当に事が進展を見せていくのは、明日の朝の話だ。

 ……そう。
 明日の朝、おれたちは遂に花咲つぼみの日記と、二人の探偵が残した奇妙なメッセージを見つける事になる。八十年前の生還者の肉筆にして、彼らがおれの代まで残した本当の、殺し合いのエピローグだ。
 そして、その後、おれたちは、植物園に向かい、そこで――――……と、残念だが、この先は言えない。



 あまりしゃべりすぎると、楽しみが減ってしまうだろう?





81780 YEARS AFTER(2) ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:25:45 ID:r7bKsKRs0



【『死神』/深い森の中】



 おれは、ふらふらと歩いていた。
 あの死体から逃れようと必死に走り、気づけば何が潜んでいるか知れない森の中を歩き続け、更に深いところへ迷い込んでいった。そのうちに、体中が痛んだ。
 単に疲れたのではない。見れば、おれの身体はひどく血まみれだった。ぼろぼろの身体を癒すものがなかったのだ。

 何かがあって、それからずっと気を失って――そして、おそらくそれまでの記憶も、その時になくなった。



 ――ここは、どこだ……? 俺は、誰なんだ……?



 ――それに、どうして、あんなところに死体が……?



 さきほど見た建物の中に……死体があった。
 おれは、それが眠っている人間なのではなく、死んだ――それも殺された人間のものなのだと、即座に知る事が出来た。
 もしかすると、おれはかつて死体を見慣れるほど見た男だったのかもしれない。
 逃げながらも――それは決して、別に、珍しい物だとは思わなかった。勿論、恐ろしいものだとおもったから逃げてきたのだ。

 殺された人間がいるという事は、殺した人間がいる。

 だが、どこに……?

 おれは、ここまで誰にも会っていない。
 誰にも会っていないどころか、人の気配さえ見かけていないのだ。
 それはつまり……ここには、この世界には――もうおれ一人しかいないという事なのかもしれない。



 ――――……そうか。



 おれの頭を、ある答えがよぎった。



 ……そう。そういう事なのだ。



 ……………おれなのだ。



 ここまで、死体以外の何を見た? この街、この森、道が続くどこにも人がいないではないか。
 まるで、この世界からすべての人間が消えてしまったかのようだ。
 この森の中には、動物さえいない。
 おれとあの男だけが、世界に残されていたのだとしたら――あの男を殺したのは、おれだったという事になる。


 血まみれのおれ。
 殺された男。
 記憶の無いおれ。



 ――――そう、おれこそが、『死神』なのだ。





818 ◆gry038wOvE:2018/02/09(金) 14:26:07 ID:r7bKsKRs0
投下終了です。

819名無しさん:2018/02/09(金) 17:52:48 ID:xrcrx5LM0
投下乙です!
良牙は後世に名を残す程の英雄になっていたとは! エターナルは街の新しい希望となる……かつての克己の信念は叶ったような気がして、感激します。
一方で、変身ロワイヤル最後の謎を探す探偵と花華の二人はどんどん信頼関係を積み重ねていきますね。とても微笑ましい……

820名無しさん:2018/02/12(月) 19:55:50 ID:SFpTLpeg0
投下乙!
地図アプリにRyoga(リョーガ)www
なんつー不安な名前をつけやがる

そして花華の正体がまさか時空管理局所属のプリキュアとは
探偵さんとのやりとりは微笑ましいが、並行して展開されてる『死神』はいったい…

82180 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:15:12 ID:wTASm/Rk0
投下します。

82280 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:16:34 ID:wTASm/Rk0
【『探偵』/希望ヶ花市】



 おれのもとに穏やかな眠りをささげてくれないままに、朝はやって来た。
 結局、床の上に座ったり寝転んだりしながら惚けて考え込んでいたばかりで一睡もしていない。かといって、花華の邪魔をしては仕方がないので、物音を立てぬようにしていたから、作業を続ける事もなかった。
 花華の静かな寝息は、誰もいないこの家にそっと響き続けていたし、彼女は眠りにありつけたのだろうと思う。尤も、その日の夜の蒸し暑さからすれば、クーラーのない部屋では「穏やかな眠り」とは行き難かった事は容易に想像できた。
 外で一晩中うるさく鳴いていた猫どもは、いまだ喧嘩を繰り返しているらしい。

 おれは、眠れなかった事を口惜しく感じる事もなく、鳴り響いた六時半のアラームに合わせて動き出した。少なくとも、おれは眠らずに三日は動ける。もともと眠りの浅いほうだ。だから飽きもせず探偵をやっていられるのだ。
 どしどしと音を立てて動き出したおれの近く――花咲つぼみの部屋があったらしい場所で、ドアの向こうからうなり声が聞こえた。花華が目を覚ましたらしい。おれとは違い、即座に動き出すわけでもなかったようだ。
 女が朝起きてから男の前に顔を出すまで、無数の準備がある事はよく知っている。おれは黙ってそのドアの前を去った。

 おれはその部屋に背を向けて、物置部屋に立ち寄った。
 カーテンが閉じられたその部屋は、朝にも関わらず真っ暗で締め切られている。おれは、その部屋のカーテンを豪快に開けてみせた。部屋はすっかり明るくなったが、西向きの窓は、瞼に悪い朝日の光を見せなかった。
 元々花屋である手前、陽の向く場所に花を、陽の当たらない場所に資料を、という構造になっているらしかった。

「よし」

 おれは早速日記探しに取り掛かった。膨大な本や資料の山から、欲している日記を探すのはなかなか時間のかかる作業だ。纏まりのない小さな図書館と言っていい。
 どうにか掘り起こす為に時間がかかりそうだった。
 小さなため息が出そうになった。

「お、おはようございます! ……早いですねっ!」

 おれの背中に挨拶が向けられた。
 それは花華の声に違いなかった。が、おれは一瞥もせずに、探し物を続けて、「ああ、おはよう」と答えた。感じは悪いかもしれないが、それはおれなりの配慮だった。
 何せ、彼女が下階の洗面所まで降りた気配がない。どうせ水道も止まっているので、台所や洗面所に行って蛇口をひねったところで何も出ないが、そのためにペットボトルに水を入れて用意してある。トイレだって流せるくらいの量だ。
 髪を手で梳かして歯を磨き口をゆすいで顔を洗っただけのおれに比べ、彼女にはその数倍の労力でパーフェクトの自分を作り出すのだ。さすがに中学生なので化粧まではしないと思うが、それでも髪形を決めるだけでも異様な時間をかける。それを待つくらいの時間、わけはない。
 彼女はそのまま「ちょっと顔を洗って来るので失礼します」と声をかけて、すぐに階段を降りて行った。少々急いでいるようだったが、そんな性格なのだろう。朝くらいマイペースに準備しようが責めはしないというのに。

「さて」

 おれは、もう一度部屋全体を見た。
 おれには進度がいまいち実感できなかった。確かに進んではいるのだろうが、元の量が多いぶんだけ嫌に時間がかかる。
 しかし、案外今日中には終わるだろうという確信もあった。午前中に起きてから先は、時間が妙に短く、それでいて捗るのだ。
 このまま調子よくいけば気づかぬうちに正午を迎えるだろうし、その頃には部屋の半分はすっかり片付いているだろうと思った。

「……おや?」

 と、脇に目をやり、おれはその瓦礫のような本の山の隅に――「×××ぼみ」の文字列を見つける事になった。
 その上には結構な本の束が重なってタワーになっているので、これをどかす労力を想像すれば目をそらしたくなるが、手書きの筆跡がおそらく花咲つぼみと同じ物なのは間違いない。そこに花咲つぼみの名前があるからには、おれはそいつを探らなければならないのだ。
 ……こいつもスカだろうか、とあまり期待せずにそれを掘り起こして見せた。これまでも何度も花咲つぼみという名前にぬか喜びして、関係ない数式の羅列や漢字の練習が載っていたのを見流してきたのだ。
 今度は何だろう。教科書か、ノートか、それともただのポエム帳か。おれは、そんな想像をしながらそちらに一歩だけ足を動かし、手を伸ばした。

82380 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:17:39 ID:wTASm/Rk0

「ったく」

 上に乗っかっている本の山を、おれは順に片づけ始めていた。本の束を降ろしながら、そちらもチェックしていた。どれかがまたつぼみのものかもしれなかっただ。
 しかし、園芸誌のバックナンバーや、大昔の陸上競技誌なんかがビニールの紐で束ねられているだけで、どうやら手がかりではないらしい。これこそもう読まないと決められたうえで、捨て損なったもののようだった。
 そうして乗っかっているものを降ろしていくと、そいつはバランスを崩しておれの方に寄りかかってきた。結構な重みのある本の山がおれのつま先の上に雪崩れのように落ちてきた。

「痛てっ!」

 鈍い痛みのする左足を抑え、おれは無様にぴょんぴょんと跳ねる。あんまりな事に、思い切り跳ねようにも周りもすっかり足の踏み場がなく、これ以上余計な動きをしようものなら、そのまま倒れてしまいそうだった。
 無感情におれの足を攻撃した本の山に、おれは一瞬、怒りさえ感じ、本の山を一瞥した。
 すると、――そんな痛みとやり場のない怒りが襲い掛かってはいたものの――そんな苦難に見合うだけの報酬がおれの目に映ったようだった。
 腹立たしい量の零れ落ちた古雑誌の向こう、「花咲つぼみ」の名前が書かれたそれは、まぎれもなくおれがさっき目にした「×××ぼみ」のノートだ。
 どうやら、そこに花咲つぼみのノートが、そこにまとまって置いてあったようだ。

「――これは……日記帳、か?」

 手に取り、めくってみると、日付は2010年ごろだ。
 おれは、ちょうどそれは彼女が殺し合いに参加させられた前後のものであるという事を悟る。少なくとも、プリキュアとしての活動を行っている時期の日記であるのは間違いのない事実である。
 左から右へと、ざっと流し込むように読んでいき、次々とページをめくる。彼女の人生の起点となる頃の物語が生々しく、彼女自身の筆で書かれていた。想像した通り、読める字で書いてくれてはいるが、それは丁寧な達筆というより、普通に女の子らしい字であったのが少々意外であったかもしれない。

「こいつは……どうやら、お待ちかねの品だ」

 しかし、やはりその年頃にしては非常に読みやすく、字が判別できないだとか、文章の意味が伝わらないだとか、そういった事態は発生しないだろうと安心できた。うちの三代前と二代前が書いたらしい報告書よりは出来がよさそうだ。
 おれはそいつを純粋に興味深く読んでしまっていた。

「――」

 そこにはまず、プリキュアとしての戦いについて、書いてあった。
 それから、数日が飛んで、殺し合いからの生還。脂目マンプクの逆襲。
 ここまでは、鳴海探偵事務所の一員たるおれも教養として把握している範囲の事だった。いわくのある探偵事務所にいるのだから、そのいわくも人並より詳しくは把握しているつもりである。

 だが、それから先は、おれの知らない様々な花咲つぼみの姿が――全世界に中継された殺し合いのなかで生き残った少女が暮らした一日一日と、その心のうちが嘘偽りも誇張もなく記されていく。



 響良牙の恋人・雲竜あかりとのファースト・コンタクト。
 時空管理局側で保護される事となったオリヴィエに再会した事。
 なにやら同級生たちから結構な数のラブレターが届いたらしいという事と、その返答への悩み。
 佐倉杏子と再会し、意見の食い違いから些細なトラブルが生じたらしいが、すぐに和解したなどという私事。
 孤門一輝が恋人を連れて訪問した事や、すぐあとに開かれる彼らの集まりへの誘いがあった事。
 殺し合い終了から一ヶ月が経ち、生還者全員と再会するも一人だけが特別の仕事で来られなかったという事。
 当時の志葉家当主――志葉薫より、血祭ドウコクおよび志葉丈瑠(外道としての彼の事だろう)のその後の動向に関する調査について話を聞いたという事。
 都内の大学で開かれた異世界移動技術に関する一般向けの学会に密かに参加したが、現段階の彼女ではまるで何もわからなかった事。
 来海家の三名が別の街へと引っ越す決意を固め、自分の中の来海えりかとの思い出が遠ざかるのが心の底から寂しかった事。

82480 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:18:08 ID:wTASm/Rk0



 ……日記は殺し合いから生還してからも、毎日とは言わないながら結構な頻度で書かれており、ほとんどはそういった極私的な事や周囲の観察から始まっていた。
 詳しくは伏せるが、必ずしもポジティヴな事ばかりではなかった。
 戦いによりプリキュアとしての力を失った彼女は只の人間となったが、完全な一般人と違うのは、「世界に名の知れた有名人になった」という点であった。
 それは称えられるという事と同時に、誰かに利用されるという事であり、嫉妬されるという事であり、彼女を無自覚に傷つける言葉を人は想像しえないという事である――鳴海探偵事務所の左翔太郎が辿った運命と同様だった。しかし、彼女の場合は彼よりも、もっとずっと若い少女だったのだ。
 その分、とりまく社会は違うし、心はナイーヴでもある。
 悪意のない人間が時に彼女を傷つける言葉を放ったらしく、それを憎み切れない孤独なども赤裸々に書かれていた。蒼乃美希や高町ヴィヴィオとはメールのやり取りを頻繁に行い、そこで双方で――傷のなめ合い、と言っては流石に失礼だが、同じ立場ゆえの悩みを吐き出し合ってもいたらしい。他に理解者はいなかった。

 おれは、それらに目を通しながら、少し息をついた。
 おれもこうして彼女のプライベートを勝手に覗いてしまっている。好奇心や善意で彼女に妙な事を言った連中責められる立場にはない。――「生きて帰れてよかったね」という一言にさえ悩んだ彼女の心境はおれにだって理解できないのだ。
 だから、日記を読むのをやめてしまおうかと、少し悩みかけた。
 ……尤も、おれはそんな干渉は、即座に殺した。

 そいつは、紛れもないおれの探していたものだった。
 おれの目的は興味を貪る事でもなければ、花咲つぼみのプライベートを尊重する事でもない。
 花咲つぼみがあったからこそ、鳴海探偵事務所は存続し、その場所でおれは働かせてもらっている。その恩義を、彼女の曾孫が求める形で返還する事なのだ。
 そのために、おれはこうして有給を使ってまでもゴミ山と格闘し、見つけた資料から手がかりを探っているわけだ。上記の日記だけでも、雲竜あかり、他の生還者、志葉薫などと遭遇しており、このうち孤門一輝と志葉薫はこの家に上げたらしい事だって書いてある。万が一にでも、彼らの荷物に紛れたのなら――という可能性だって否めはしまい。
 それを詳しく考えるのが、おれの役目だ。

「――数年分は纏まってるな」

 日記は何年分もそこに重なっていた。おれはそれを花咲つぼみの部屋に移動させる事もなく、ぺらぺらとめくり始めていく。
 なにやら、この世界の西暦で云う2016年ごろまで、この場所にすべて纏まっていた。
 日記は続いていく。



 異世界同士がつながって以来初めて起きた「異世界間戦争」のニュースへの、怒り。
 相羽兄弟らが生きたテッカマンブレード世界を始めとする他世界の超技術がこの世界に本格的に転用され始め、相互補完的に技術革新が認められた事実への、歓喜。
 高校入試と、その結果。
 卒業式にて、卒業生代表としての挨拶を求められ、来海えりかや明堂院いつきがここに立てなかった事実を受け止めた事。
 佐倉杏子も中学生としてきっちり卒業した事。それと同時に鳴海探偵事務所でアルバイトを始めたのを聞き驚いた事。
 かつて信じた「響良牙が生きている」という事実への自信が、自分の中から毎日少しずつ失われていく事への恐怖……。



 おれは、佐倉杏子が鳴海探偵事務所で助手として働く事になった経緯や詳しい時期も、この日記を通して初めて知る事となった。彼女の中でも、同じ年頃の杏子が通信制高校に通いながら殆ど探偵業メインで活躍している事実は刺激的だったらしく、結構な文量がそこに費やされていた。
 おれは、それが間もなく「左翔太郎に依頼を行った日」に近づきつつあるのを、日付から逆算していた。
 少し期待は高まったが、一つ気になった情報があった。
 おれはそちらの事をもう一度少し考えた。

 響良牙――という名前が、この日記にはよく出てきていた事だ。あのRyogaの名前の元ネタの男だ。出来事としてはまったく絡まないのに、唐突に彼女は響良牙の名前を出す事もあったくらいだった。

82580 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:18:28 ID:wTASm/Rk0
 それこそ、この世界での友人以外では、生還してコンタクトを取っているはずの左翔太郎や佐倉杏子よりも、その名前が頻出しているようにさえ思えた。蒼乃美希や高町ヴィヴィオはメールで度々話す調子のようなので、そのメールデータが残っていないと比較はできないが、彼女を動かしている強い影響力の一つなのだろう。
 無理もなかった。
 殺し合いのさなかで行動を共にし、あらゆる場面で双方助け合った名コンビと謳われた響良牙と花咲つぼみ。あらゆる場面で花咲つぼみは響良牙に助けられ、響良牙は花咲つぼみに助けられていた。
 あるいは、ふたりの間には――良牙に恋人がいた事から考えるに花咲つぼみが一方的に、想いを寄せていたとも邪推できた。実際にはわからない。探偵特有の下卑た考えなのかもしれない。

 だが、どうあれ――この日記の八十年後という時間を生きるおれは、彼女が信じ続けている明日が来ないのを知っている。
 何故、彼女は「響良牙が生きている」と仮定しているのかさえ、おれにはわからない。論理的に動いたうえでの事なのか、感情的に動いての事なのかさえわからないが、端から見れば明らかに後者を疑う状況だった。

 いずれにせよ、それはラスボスを倒せるほどの純粋な想いだった。しかし、彼女がその想いをどれだけ叶えようとしても、彼女にとってのゴールはなかった。
 彼女の生きた八十年――その過程で名誉ある賞を受けたとしても、その原動力となった響良牙への何かしらの想いが叶う事が決してないというのなら、それはあまりに残酷な結末であると思える。

 ……いや、それを除いても、だ。既に彼女を取り巻く環境は、見る限り成功者の幸福と呼べるものには見えなかった。
 彼女に付きまとったプリキュア、生還者、ノーベル賞受賞者といった肩書は――こういう生き方を選ばされた事が、はたして彼女の人生にとって歓迎される事象だったのか、おれは当人でないからわからなかった。
 しかし、どうしても靄がかかる。

 本当に、それは「青春」なのか。
 いまベッドの中で病魔と闘う彼女が振り返る人生は、まさしく茨の道――不幸の連続でしかないのではないか。

 おれには、あの殺し合いは、彼女の中でいまも続いているように思えた。
 彼女の周囲が――確実に、変わってしまった事実。これを見て、おれは、あの殺し合いがない彼女の人生というのを考え、友と笑い合って成長する一人の少女を浮かべた。
 そこにある苦難や戦いの数と、殺し合いから生き残って、その先を生きる少女に強いられたそれの数とは、秤にかけるまでもないだろうと思えた。そして、その世界の彼女の方がよっぽど、幸せに生きているような予感があった。そこに名誉の賞はないかもしれないが。
 世界は、殺し合いに参加させられた彼女の人生は、あの時定められた運命から変わっていない。





 ――もし、彼女が殺し合いに巻き込まれなかったとするなら、その方が、ずっと幸せだっただろうと、おれは確信できてしまった。





「――改めて、おはようございます。探偵さん」

 ふと、おれは、背後からかかった声に不覚を取られた。
 それは、咄嗟にそちらを振り向いた。花咲つぼみの事を考えていたおれは、何だか花咲つぼみの亡霊にでも呼びかけられた気分でいたのだが、そこにいたのは、すっかりパーフェクトな自分を作り出した桜井花華であった。
 用件は、単なる朝の挨拶だった。

 今日は、頭に花飾りをして、白いワンピースを着ていた。はっきり言って、こんなところよりも森のなかが似合いそうな恰好だった。
 おれは、その恰好が全くもって、この埃だらけのゴミ部屋で探し物する恰好ではないのに呆れつつも、再度挨拶を交わした。

「ああ。ほんとうに改める必要があるのなら、おはよう」
「それは――挨拶は、相手の目を向いてするものですから」
「悪かったな。おれとしては、『レディの寝起きの顔を見ないように』という配慮のつもりだったんだが。……いや、すまない。こちらも探し物に気を取られていたんだ」
「いえ、私を待ってくれているのも、何となく察してはいました。……ですから、それを責めてるわけじゃなく――とにかく、個人的にはそれではすまなかったので、もう一度正式な挨拶という事で」
「ああ、わかった、わかった」

82680 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:20:34 ID:wTASm/Rk0

 彼女は面倒になるほど生真面目だ。おそらくそこが曾祖母との決定的な違いだろう。
 控えめなタイプに見えたが、その反面で芯があるというか、むしろ、厄介なほどに自分の在り方を曲げない。それとも、世間の情操教育に忠実すぎるのか。
 そのうえ、花咲つぼみが運動神経に自信を持たなかったのに対し、彼女はそれと対極的に「家族に心配されない」ほど、男でさえ撃退する自信があるほど、強い。
 いずれにせよ、おれに言わせてもらえば、ハードボイルドに近い存在だ。

 いや――そうだな、ハードボイルドと云っては失礼かもしれないので、ここは「委員長タイプ」とでも呼ぶのがいいか。
 おれは委員長少女に言った。

「――それよりか、聞いてくれよ、花華。きみの曾祖母の日記が見つかったんだ」
「えっ!?」

 彼女は、大きく口を開けて驚いていた。
 おれが手に持っている日記に目をやり、横に重ねられたおれの日記と、ものが雪崩れ落ちた形跡のある床を軽く見やった。何があったのかは察してくれたらしい。
 そんな彼女がおれの顔を向いた時、おれはしゃべり始めた。

「時期もちょうど、プリキュアになった頃のもの、殺し合いに巻き込まれた頃のもの、あとは以後数年のものだ。手がかりがあるとすれば、この辺りで間違いないだろうと思う」
「ああ、良かったです。私ももっと早く見つけて読みたかったのですが……」
「……花華。これだけの事を一人で勝手に見てしまって、済まないな」
「――それは、別に構いませんし、その為に来てくれたのだから全部読んだって全然良いんですけど」
「いや、きみが先に読んでくれた方が良かったのかもしれないな。もし機会があるのなら、きみもぜひ詳しく読んでみてほしい。曾祖母が、どんな風に生きたのかがわかってくるよ」
「えっ」
「……勿論、おれの方は、あまり詳しくきみの家族のプライベートは詮索しないつもりだがね。少なくともきみには、彼女の心境も含め、これを熟読できる資格があるだろう」

 こうは云うが、おれはむしろ、彼女はしっかりと読むべきだろう、それは資格というより義務なのだろうと思っていた。
 彼女が自分の行きたい道を――プリキュアとして活動する道を選んだうえで、花咲つぼみというひとがそれを阻もうとしたのなら、そのひとが花華を止めた理由をきっちり見つめておかなければならない。

 それが、間違いなくこの日記には書いてあった。
 生きるうえで不必要なまでの苦難、暴力的なまでの精神的負担、ともすれば自分で命を絶ちかねないほどの絶対の孤独やトラウマ、帰ってきた場所に友のいない寂しさと後悔。あらゆる物が襲ってきたであろう事は、言うまでもない。
 それを次代に継がせようとする者がいるだろうか。

「……」

 おれにもまた、かつて探偵という道を選ぶにあたっては、周囲からの反対も無数にあったし、それを振り切って、探偵になる覚悟を決めて、一人になった。
 それ以来、両親や家族とは、普通の家庭からすると驚かれるほどに、すっかり会ってもいないし、他の手段で近況を話す事さえない。家族も同じ風都という箱庭に住んでいるのだが、すっかり疎遠になっており、お互いの情報も交わされないまま、冷戦が続いているような状態だ。
 べつにそんな関係になった事には未練はないのだが、一つだけ言っておくと、おれはかつて、探偵の道を阻まれた時に家族の心情と向き合う覚悟だけは、全くした覚えがなかった。
 家族は、おれがおれの意思で決めた生き方を阻もうとするノイズとして、まったく無視していたのだ。――それを思えば、こうして機会が訪れた彼女は、おれとは違う選択肢を持てる状況だと云える。
 ただ、それを促すのも年寄り臭いし、おれは説教好きな年寄りは昔からきらいだった。どうあれ、どうするのが正解とも一概には言えないので、おれはただ彼女に「資格がある」と云うだけだった。

「……わかりました。後でちゃんと持ち帰って目を通します。興味も、ありますから。――それより、肝心の内容ですが、左翔太郎さんに依頼を行った際の事とかは書いてありますか?」
「いや、悪いが、そこはまだ読めていないんだ。しかし、逆算すると、間もなくというところに来ている。彼女はその時点で、どう受け止めたのか――それは気にしておきたいところだな」

82780 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:21:01 ID:wTASm/Rk0

 そういいながら、おれはページを捲った。
 一ページ一ページが、花咲つぼみの中の苦難の一日を経過させていく。それは、文の量に比べてあまりに重々しく感じられた。

 花華が、傍らの、おれがもう読み終えた日記の方に手をやった。
 まだおれの読んでいないものを読んでくれたところで、話の筋が見えないだろうから、こうして既読のものを読んでもらった方が効率は良い。ここから先、別々の立場から共通の情報を議論できる。
 彼女がそこまで考えているとはさすがに思えないが、とにかく都合が良かった。

 しかし、だ。
 そんな折、花華の腹がぐぅ〜〜〜と長い音を立て、朝飯を欲しがる合図を送った。
 彼女が恥ずかしそうに腹を撫でるのを、おれは思わず笑った。尤も、先に笑ったのは、花華だったが。

「……まだ、朝飯を食べていなかったな」
「ええ、そうでしたね」
「まずは、そちらを食べてしまおう。最大の手がかりももう見つかった事だし、一日に習慣を優先した方がいい」

 おれはそんな提案を口にした。

「……でも、良いんですか? これを読む為にわざわざ来ていただいたのに」
「資料として、続きが気になるのは確かだ。だがな、こうして作業をすると、時間を忘れる。良いところだ良いところだと言って、永久に読み進めてしまうのが人情だ。キリがなくなるより前に食事にありつこう」
「――そうですね。後からでも読めますし」
「ああ。それに、おれも朝飯はともかく――コーヒーが、まだだった」

 おれは、苦いブラックコーヒーを飲みたくて仕方がなかった。
 それがおれの朝の文化で、休める日の寝起きの時には欠かせない習慣だった。
 うまいかはわからないが、朝飯の食える気の利いたカフェが、この辺りにある。おれは、一度この日記を持って、そこへ向かおうとしていた。
 ……こんなものを読みながら朝飯を食おうものなら、この少女は「ご飯を食べながら読書は行儀が悪いですよ」と言ってきそうだが。







 ――ここは希望ヶ花市内のカフェだ。
 創業百年という当時からのアンティーク・カフェ。コミュニケーションを嫌ってそうな店員と、木彫りの奇妙な人形が並べられたそこらの戸棚のレイアウト。ファンシーとは対極な店だが、一押しはパンケーキらしい。勿論、俺は頼まないが、向かいの中学生はそれを言われるがまま頼んだ。
 おれは、ベーコンエッグサンドイッチとコーヒーだけを頼んだ。花華はパンケーキにハーブティーだ。大した量ではないがほどほどに高い。
 肝心のコーヒーの味はそこそこだった。おれは、差し出された砂糖とミルクも入れない。こんな不純物を入れてしまえば、“そこそこ”ですらなくなるからだ。どちらかといえば、このベーコンエッグサンドイッチはうまかった。パン生地や焼き加減に拘りがあるのだろう。来た時点でもうまい匂いがした。
 流れる音楽も良い。心を癒すクラシック・ミュージックだ。
 だが、少なくとも、おれは、この店が嫌いだった。理由は単純だ。あそこに書いてある――『全席禁煙』。

「――失礼を承知で云いますけど。ご飯を食べながら本を読むのは行儀が悪いですよ、探偵さん」

 おれがベーコンエッグサンドイッチを租借しながら日記を読んでいると、案の定、想像した通りの言葉を言われた。当然ナイフとフォークは皿に置いている。おれは次の一口までのわずかな隙間の時間を有効活用しようと資料に再度目を通しただけなのだ。
 しかし、言い返す言葉もなく、おれは日記を置いた。

「悪いな、思わず先が気になって」

 ともかく、飯を食う時は飯に集中するのが礼儀、との事だろう。おれの中で通すルールの中には、その発想はない。情報を得られるだけの時間は利用しておきたいし、人生の空いている時間はすべて無駄にはしたくないのだ。意見は食い違う。
 尤も、ここで話が拗れるほうが人生の無駄な時間が繰り広げられるだろうと汲んで、おれは我慢をする事にした。

82880 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:22:47 ID:wTASm/Rk0

「いえ、こちらこそ……。それにしても、良いお店ですね」

 そう恐縮しながらおれと合わない意見を告げたのを横目に、おれはさっさと食べ終えた。
 食事に時間をかけすぎてしまうのも良くはない。健康や美容の為にどうかは知らない。おれが朝飯にありつきたかったのは、缶以外の温かいコーヒーを飲むくらいの余裕が欲しかったのと、一応の朝飯が食べたかったためだ。
 それが案外、コーヒーが美味くもなくまずくもなく、むしろパンの方が美味かったので、どこか調子の外れた気分になる。そんな日もある。
 花華はまだパンケーキを食べているが、食事については急かされる事もなくマイペースに食っている。何にでも時間をかけるのは女の性だ。
 おれは、その待合時間ならば見事に利用してみせようと思った。

 ……おれは、再び日記を手に取る。
 ページをぱらぱらとめくり、まだ目にしていないページへ。そこには、遂に左翔太郎に依頼を行った日の事が記されていた。
 ……未解決ファイルに記された公的な記録とともに、こうした個人での記録が残っているのは見事な事だ。日付は7月の終わりごろ。高校生となった彼女の夏休みであった。
 前後には、高校で出来た友人の事も書いてあるが、必然的に量が多くなるのは長期休暇を利用した『かつての友人』とのふれあいだ。
 おれは、それを花華に見せてやろうかと思ったが、それより先に自分で一度目を通して見せた。



『7月30日
 今日は、風都にお邪魔しています。翔太郎さんや杏子、それから亜樹子さんのいる鳴海探偵事務所へ、ある依頼に伺いました。本当は美希も連れて行きたかったのですが、今月も忙しいようで、私だけで向かう事になりました。
 (中略)
 久々に会った杏子は、すっかり風都に詳しくなっていて、いくつかの名所を案内してくれました。――ところで、依頼の方はどうなんでしょう……?
 それでも風都の人たちは温かく、びっくりするほど巨大なナルトの風麺のラーメンはおいしく、相変わらずとても良い街でした。
 希望ヶ花市も良い街なのですが、私は翔太郎さんほど自分の街に詳しくはありません。街を愛する事もとても素晴らしい事なんですよね。(後略)』



 ……まあ、外から見て、事件に遭わなけりゃ、あの街も良い街に見える事だろう。人口も多く活気はあって明るい。だが、当時から犯罪都市には違いなく、ガイアメモリなんていう恐ろしい実験が繰り広げられていたような場所だ。
 住めばわかる。便利な街だが、必ずしも「良い」だけの街とは言い切れない。おれが個人的に気に入っているだけだ。少なくとも、少女には向いていない。

 とにかく、最初はほとんど観光同然の内容だった。
 当然だ。今のように、探偵がその日すぐにでも依頼に向かえるほど暇ではあるまい。この探し物の依頼も、風都を出なければ調査する事はできないし、左探偵はアクティヴな性格だったようだが、街から出るのは嫌う。調査はしばらく後になるだろう。
 おれは、そんな想いを抱えながら、花咲家に二人が訪問する記述を待った。



『8月3日
 杏子と翔太郎さんが私の家にいらっしゃいました。用件は、以前依頼した件についての調査です』



 ……数日後だった。
 案外、当時からこの事務所は暇だったのだろうか。
 その日の日記は当然、そこから先も続いている。



『様々な事を聞かれ、室内も多少探したようですが、結局見つからなかったとの事でした。それから、10日には私が生まれた実家の方を調査してくれるとの話でした。
 確かにあの件の後も私の手元にあったはずなんですが……。
 しかし、そこまでしてくれるのは本当にありがたく、二人とも二歳になったふたばとを楽しそうにあやしていました。
 ただ、翔太郎さんが抱えた時には突然大泣きしてしまい、翔太郎さんのスーツに粗相をしてしまったので……(後略)』

82980 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:23:28 ID:wTASm/Rk0



 先々々代の恥は読まなかった事にしておこう。
 万が一、佐倉探偵がこのくらい頻繁に日記を書く性格であったなら、おれは相当数の左探偵の恥を目の当たりにする事になったかもしれない。
 おれは、続けて、依頼に関する記述を探してまたページを捲っていく。
 その間も、花華は食事を続けており、おれが一足先に重要な事実に触れている事など気づいてもいないようだった。



『8月15日
 鳴海探偵事務所の方から、調査報告書が届きました。未解決にせざるを得ないとの事で、非常に残念な結果でした。
 翔太郎さんからの直筆で、「但し、未来、君が必ず果たせる」とだけ書いてありましたが……私が果たしてどうするんでしょう。
 それとも、翔太郎さんの事だから、回りくどい言い方をしただけで、何か意味があるんでしょうか?
 試しに杏子にもメールで聞いてみましたが、何の事だかさっぱりとの事。ただ、翔太郎さんは無念の様子ではなく、やはり何か知っているみたいだそうです。
 ……それならそれで言ってくれればいいのに。
 とにかく、この件については、おばあちゃんがかけてくれた言葉を思い出して、前向きに捉えようと考えています。
 依頼の方は残念だったかもしれませんが、私の依頼に協力してくれた鳴海探偵事務所や風都の皆さんには感謝でいっぱいです。久々に会えた事も嬉しかったし、またいずれ会えたらと思います。
 何より、私はこの件を未来で果たさなければならない、と励まされています。そこにもし意味があるのなら、まずは私自身が今取り組もうとしている事をがんばらないと!』



 そうか……。――やはり、左探偵は何かを掴んでいたと見えた。
 しかし、日記上でここまではっきりとその事を書かれてしまうと、近づいたようで遠ざかったような気分にならざるを得なかった。
 たかがこれだけの依頼の真実を、どうして勿体ぶったのか。
 おれにはそれがわからない。裏組織の闇に繋がる事実や、国や大企業が抱えている癒着や不正の記録に辿り着くような内容でもなければ、そこに辿り着くようなプロセスをたどっていたわけでもなかったはずだ。
 それを、何故彼は意味深に放り出してしまったのか。
 その理由を知るには、おれはまだ早すぎるようだった。

 おれはそのページに指を挟みながら、更に日記をぱらぱらと捲っていった。
 そこからしばらく、左翔太郎や佐倉杏子と直接のコンタクトを取る事はなく、具体的にこの件について触れる記述はないまま――そして、再び彼らの名前が挙がったのは、この記述だった。



『3月29日
 とてもショックな事がありました。私も、まだ気持ちの整理がつけられていません……。
 この日の日記はもう読み返す事がないかもしれませんが、今の私が落ち着くために書く事にします。
 今日、風都×丁目の道路脇で、翔太郎さんが亡くなったそうです。男の子をかばって車にひかれてしまったとの事で、病院に搬送されて間もなく息を引き取ったと聞いています。
 詳しい事はわかりません。
 ただ、それを教えてくれた杏子に返す言葉も浮かびません』







 ――この後、おれは日記の続きと、それから花咲家に保管されていた調査報告書を見る事によって、すぐにすべての意味を知った。
 そして、それは極めて美しくもあり、時が過ぎた後となっては残酷で、桜井花華という少女にとっては縋りたいはずの奇跡を潰してしまうような結論だと云えた。
 尤も、「結論」の意味をおれはこの時、全くはき違えていたのかもしれないが――それは、まあいい。
 ……さて、そんな御託よりも、肝心の手がかりの方を振り返る事にしよう。





83080 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:24:43 ID:wTASm/Rk0



 左翔太郎の死、という記述より後は、彼女は思い出に耽るようにして殺し合いに巻き込まれた時の事を回想している。そこでまた、響良牙に関する記述は頻出し、この頃にはすっかりノスタルジックにその話を思い出すようになっていた。
 おれにとって、それが幸せな事なのかはやはりわからなかった。
 再び花咲家に戻ったおれと花華は、二人で調査報告書を探したのち、日記の先まですべて確認していた。調査報告書の方は、すぐに見つかった。

 とにかく、まずは、順を追って振り返ろう。

「――調査報告書は、鳴海探偵事務所に未解決ファイルとして保管されているものと同一の内容だ。ただ、二点を除く」

 おれは、こう花華に告げた。
 結論から言えば、この事件の調査報告書は、思わぬ収穫だった。
 内容は事務所で目の当たりにしたデータとまったく同じながら、そこには日記に書かれていた通りの「但し、未来、君が必ず果たせる」という左翔太郎の肉筆が残されていた。何度か見た彼の肉筆だが、それが強い意味の言葉に感じられたのは初めてだった。
 大概は、おれからすればどうでもいい格言やメモ書きだったのだが、その一言には妙に強い感慨が込められていたのである。



 ――但し、未来、君が必ず果たせる。 左翔太郎より



 そして、その下にもう一つある。
 佐倉杏子が再調査した際に刻まれた言葉だ。



 ――この件の調査は、本日再び終了する。
 ――しかし、私も待っている。花咲つぼみの友達として。
 ――2017.8.7 佐倉杏子



 そんな遠い昔の日付の記録とともに、この依頼は『終了』していた。
 妙な納得感を筆に乗せていた佐倉探偵の言葉とともに、探偵たちは自分たちの職務を放棄していったのである。それは敗北や妥協というには、あまりにも小気味の良い言葉であった。
 おれは未解決ファイルにこの事件を見た時、この意図のわからない『終了』に、不気味な、そしてネガティヴな意味合いを感じ取っていたが、むしろ事実はその反対なのである。

「この記述は、いずれも花咲つぼみへの個人的なメッセージだ。それも、探偵としてでなく、左翔太郎として、佐倉杏子として書かれたもので――事務所に保管すべき資料には、残っていない」
「こんな言葉を残してたんですね……一体、どういう意味なんでしょう?」
「――つまり、このメッセージは、彼女への『信頼』の意味だよ。彼女こそが最もそれを見つけるに値する人物だと、彼らは結論づけた。そして、佐倉探偵がそれを告げた時に、彼女はそれに納得したんだ」
「……」

 何しろ、おれに言わせてもらえば、これは明らかに報告書ではない。――友人二名から宛てられた私信であり、三人だけが理解した暗号かポエムだ。
 いまだ鳴海探偵事務所に残されていたあの報告書も同様だ。当人たちしかわからない意味合いが乗っかっている。その時点で――先代やおれがまともに引き継げない時点で、あれはプロの報告書ではないのだ。
 しかし、彼らは「プロ」としてでなく、青い感情を伴ったまま、「友人」としてあれをファイルに綴じた。
 あの戒めと無念の羅列が綴じ込められたファイルの中で、この一つの報告書だけは、きっと彼らにとっても――読み返す事で、花咲つぼみと繋がれる感傷的な手紙としてしまい込まれていたのである。

「それなら、素敵ですね」
「――いや。信頼というのは、その信頼に応えられなかった時が残酷なんだ」

83180 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:25:10 ID:wTASm/Rk0

 だから、おれは、答えられない依頼は受けたくないのだった。依頼人たちが希望を受けてしまうのは、おれを信頼しているからに違いない。悪戯な信頼を受けても、それに応える事ができないのなら、受けないに越した事はない。
 今回の場合、私的手伝い、と言い換えて金を受け取らないとしても、おれは桜井花華という少女から信頼されつつあるのが少々嫌ではあった。
 おれならば見つけてくれるのでは、と思われているかもしれない。だが、残念ながらその信頼には答えられない事がわかりつつあった。
 そう、この時――結論まで悟ってしまっていたのだから、なおさらだ。

「信頼は、祝福と呪いの両方を兼ね持っている。信頼される事で人とつながり、心は満たされるが、その代わりにそれを果たさなければならない呪いがかけられ、死ぬまで心を縛る。きみくらいの年頃だ、いくらでも心当たりがある事だろう」
「……」
「勿論悪い事ではないし、それがもし、信頼に応えられるのなら、あるいは応えられなくとも許されて報われるのなら良かったんだが――今回の場合は、ちょっと、な」

 そういうと、彼女はおれの方を向いた。
 驚いているようだった。今回の話の結末を既に読んで、それを踏まえておれが信頼を論じた事を、彼女はすぐに悟ったのだった。

「何かわかったんですか?」

 おれは、答えもせず、ただ花咲つぼみの日記を見やった。
 花咲つぼみの日記には、佐倉杏子がメッセージを送った同日、こんな記述がされてあった。



『2017年8月7日
 以前の依頼の件で、杏子から調査報告書が届きました。あの件について杏子から聞いた推理は、思いがけないものでしたが、報告書の杏子の言葉は励みになりました。
 私は、二人の探偵さんの言葉を信じます。だから、自分を信じて進む事にします。
 それより、杏子も仕事がすっかり板について、以前とは見違えるほどしっかりしたカッコいい探偵さんになっていました。
 美希だって今はモデル業と並行してデザインの勉強に必死です。
 ヴィヴィオはいま、大きな大会を目指して特訓中。
 孤門さんもすっかり威厳のある隊長さんで、それと同時に良いパパみたいです。
 零さんについては詳しく書けませんけど、相変わらず凄い活躍しているようです。今はどこにいるんでしょう。
 みんな良いところはそのまま、それでも立派に変わりました。
 ……でも、私も皆さんに負けられません!
 だって、お二人が私に託したように、私が未来、必ず果たさなければならない事があるんだから!』



 おれの中で、もう謎は謎ではなくなっていった。







 ――そう、彼らだけがわかる共通言語があった。誰かがそれを、他人が読めるような言葉として書き記す事はなかったのだった。
 特に、彼女の日記の中にある――「探偵の言葉を信じ、だから自分を信じて進む」なんていう一行だって、彼らの共通言語の中でしか意味を成しえない。
 だが、因果関係の不明慮なこの文が、彼女たちには強い説得力を伴っているのだ。その行間を見なければ、事実は見えない。

 彼らが何を思っていたのか。
 この意味を解きたいものは――彼らの共通言語から推理しなければならないのだった。
 そして、それは、この時のおれにはある程度推測が立てられていた。


キーワードは次の通りだ。
・響良牙
・左翔太郎と佐倉杏子のメッセージ
・8月15日の日記
・8月7日の日記
・左翔太郎の事故死
・『信頼』

83280 YEARS AFTER(3) ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:25:34 ID:wTASm/Rk0


 そして、おれが推理した結論と、それをまるっきり裏返すかのような、植物園での出来事は、この後の事だった。
 人生は本当に何が起こるのかわからないゲームだ。



 これから先、おれがどうなるのかだってわからない――以前、花華にそう頼んだように、彼女に『死神』と呼ばれる事にもなった、いまのおれとしてはだ。







【『死神』/花畑】



 おれはあれから先――少しばかり長い時間をかけて、遂に記憶のすべてを思い出す事になった。

 すべてを思い出したのは、奇妙な怪物に襲われ、頭を打った時の事だった。

 かつての事、そして、いまの事、何もかもが頭に浮かんだ。

 そして、すべてを思い出すとともに、自分があまりに長い地獄の中に閉じ込められている事に気づいてしまった。

 ここは、まさしく真っ当な人間には住まう事のできない地獄だったのだ。

 人間も動物もいないが、時折、怪物だけが這って現れた。

 おれはなんとかそれを潰していったので、今ではすっかりそいつらが現れる事もなくなっていた。

 それから、食えるものを探すのにもかなり時間がかかった。……尤も、おれに本当に必要なのは、食い物などではなかったが。



 ――あれからまた相当な時間が経っている。

 今のおれを癒すのは、傍らで鳴り響いてくれる音色だけだった。

 しかし、おれと違ってこの音色ばかりはいつまでも響かない。

 昨日まで傍にいてくれたあいつのように、これもいつか壊れ音を発しなくなるだろう。

 本当の孤独はそれから先にある。

 それでも、おれはこれからも永久にこの煉獄の中で生き続けるのだろう。



 いつかの事を思い出した。

 いつかの少女を思い出した。

 いつかの――――いつか……いつか…………。

 気づけば、おれの両目は、涙であふれていた。





833 ◆gry038wOvE:2018/02/16(金) 18:26:07 ID:wTASm/Rk0
投下終了です。

834名無しさん:2018/02/16(金) 19:25:53 ID:sYjI.nV60
投下乙です!
変身ロワが終わっても、生き残った人たちは決して幸せを取り戻したわけではないという真実が切ないです。
確かにつぼみは嫌でも名前が知れ渡ってしまい、また不幸なことが繰り返されてしまう……
だけど、かつての仲間たちがいてくれたからこそ、悩みを和らげることだけがせめてもの救いでしょうか。
一方で『死神』は記憶を取り戻したようですが、彼にも救いの手が差し伸べられてほしいです。

835名無しさん:2018/02/18(日) 22:13:40 ID:oFc4oFmI0
失礼します
ttp://or2.mobi/data/img/194719.jpg
私の想像ですが、変身ロワエピローグに登場する探偵さんの姿を絵にしてみました。
もしもイメージと違っていたらすみませんが……

836 ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:39:21 ID:gooP8PFs0
感想、イメージ絵ありがとうございます。
一人称視点で進むゆえ、あまり『探偵』のビジュアルは描写できないのですが、代わりに様々なビジュアルイメージを持って読んでいただけたらと思います。
180cm、テーラードジャケット、無精ひげ……それくらいしか書いてなかったかなと。
ただ、もうそういう書いてあるイメージも全部忘れて、好きな外見で考えちゃっていいんじゃないかなって。

ただいまより、投下致します。

83780 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:41:11 ID:gooP8PFs0
【『探偵』/希望ヶ花市】



 花咲家で、おれは花華の視線を一身に浴びていた。
 この時には、おれはもうある程度、事の意図はつかめていたのだった。
 これまで、左翔太郎の余計な気障と、佐倉杏子と花咲つぼみの間に流れた友人同士のコミュニケーションがかなりのノイズになったが、おそらく、肝心の真相がどうかはともかく、左探偵や佐倉探偵がどういう結論に至ったのかは読み込めていた。
 それは極めて単純な答えだったが、決して安々と口にしたいものとは云えなかった。

 しかし、これまでも言った通り、おれはその真実がどんな物であれ、花華に正確にそれを伝えるべきだった。
 永久に探し物をさせ続けるよりは、ここで決着をつけさせておいた方が良い――それがおれたち探偵の信念なのだ。

 経験上、これより苦い結末の依頼をおれは何度も目の当たりにしている。
 彼女がいかに傷つくとして、それを告げる事は大したハードルではなかったし、少なくとも言いたくないなどと駄々をこねるような人生を送ってはいない。

「花華……もう、探し物はやめよう。それは、あまりにも意味のない事だ。既にこの件は、おれたちの手に負えない事――いや、既に叶える事が出来ない物なのだろう。おそらく、いつか見つかる希望があるとして、今のおれたちではそれを見つけ出す事はできないし、曾祖母を満足させる事もできない」
「何故ですか?」

 こう言った時、花華は少々不愉快そうに眉をしかめた。
 はっきりと言いすぎてしまったきらいがあるが、だからといってソフトに伝える事などできはしなかった。彼女にとって不快感が薄まるように言っても仕方のない事だし、結局のところおれに向けられる印象が少しばかり良くなるという事は、卑怯な事でもあった。
 はぐらかさずに、おれが行き着いた結論は、彼女が不快がるように言ってやった方が良いのかもしれない。
 本来、それは、不快にならざるを得ない本質を持つ結論だからだ。――言い方ひとつで愉快になれるものでもあるまい。
 それを伝える義務をわざわざ無償で負ってしまった以上、そこから逃れる事は出来ない。

 ……ただ、せめて全くの絶望の淵には立たせたくなかった。
 おれは、ちょっとばかり言葉を選ぼうと頭の中を回転させていたが――そんな折、花華の方が続けた。

「――何かわかったなら、私にもわかるように事情を説明してください」

 素敵に感じるほどに、彼女の声色は怒りのニュアンスも含まれていた。
 しかし、彼女自身はまだそれを表さないよう、少しばかりソフトに返していて、まだヒステリックにはなりようもない様子だった。
 本格的にマルボロを咥えたくなった。
 それを取り出すような間だけはあったが、おれは結局取り出せずに、再び口を開いた。

「……わかった。すぐにこの件の真実を話そう」
「お願いします――」
「ただ、勿論だが、おれが推理したのは、あくまで左翔太郎と佐倉杏子がどんな結論に至ったか、という事だ。だからつまり、真実とは言い切れないかもしれない。こうなっては、明確な証拠も証言も残ってないからね。……ただし、やはりおれとしては、それは99.9パーセント確実な事だと思う。彼らも有能な名探偵であったから、おれは彼らの下した結論を全面的に信頼する。だから、きみもおれを少しでも信頼する気があるのなら、それはもう確実な真実だと思って、ひとまずは諦めてくれ」

 そうでない理由がない。
 それが最も合理的で、最も納得しうる結論だったからだ。ふたりの探偵は、調査能力に関してはけちのつけようはないレベルだと云える。彼らは、通常応えないような難しい依頼さえもこなし、ガイアメモリ犯罪を根絶に近づけた名探偵なのだ。
 だから、この時、おれはそれを「真実」として告げる事に決めていた。

「……」

 彼女は、返事はしなかったし、どうとでも取れるような表情でおれの方を見続けた。
 応えるには勇気が要る。生返事は出来ない。それがわかっているから、無言なのだ。だが、安易な返事をしないのなら、おれはそれで良いと思う。聞いてからでも、諦めるか続けるか選ぶ事はできる。
 問題は、こうして提示した問いかけの意味を理解しない事だった。彼女は、理解はしてくれた。だからこうして悩んだ。
 おれは続けた。

83880 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:42:04 ID:gooP8PFs0

「まず、おれから言っておきたいのは――きみの曾祖母がいくつかの後悔を口にしたと言っているが、彼女が本当に後悔しているのは、おそらく“探し物”の件じゃないのがわかった、という事だ」
「えっ……」
「おそらく、さっき告げたように、もっと、おれたちの手に負えない事こそが、きみに告げられた彼女の後悔の、ほんとうの正体なんだ」

 ――いきなり、花華は絶句しているようだった。無理もなかった。
 こう言われては、彼女の信じようとした「探し物を見つける」という行為は、曾祖母にとって何の意味もない話になってしまうかもしれない。ここまでの彼女の努力を無に帰す結果に終わるかもしれない、という事なのだった。
 それに、ただ彼女の行いが無意味になるのではなく、この推理を以て、事件の未解決は確定する。

 余命僅かな――そして迷惑や心配をかけてしまった曾祖母への恩返し、という純粋な想いと焦燥に対して、それはあまりに後味の悪い結果に違いなかった。
 それならば、余命僅かな曾祖母の傍に何度も見舞いに行った方が良かったのかも、と悔いる事となってしまうだろう。

「続けるよ」

 だが、おれにはそんな彼女への配慮はできない。この後の方が問題かもしれない。
 それでも、おれは彼女にすべての推理を展開し続けなければならなかった。

「……ただ、勘違いしないでほしいが、きみの曾祖母にとっては、それを探す事は確かに重要な事だったはずだ。しかし、彼女には“それ以前に”、“大前提として”、“もっとやらなければならない事があった”んだ」

 おれは、彼女の耳に入っているのか確かめながら、続けた。

「――たとえばだ。この依頼では、最終的にこのように二人に励まされ、逆に“託されている”だろう? それが、どういう事なのか、わかるか?」
「『信頼』されている、という意味ですよね……?」
「誰が?」
「えっ……おばあちゃんが……ですけど」
「――そうだ。そうとしか言いようがない。しかし、同じ探偵であるおれからすると、それはありえない事だと思う」
「どういう事ですか?」

 この件の未解決は、「この件は諦めろ」「継続する」という意味ではなかったのだ。書かれているように、依頼人に対して「君がやれ」という意味であった。
 探偵に限らず、まともな大人は依頼された案件に対してこうは切り返さないに決まっている。

「たとえば、これは、警察が市民に、『きみたちが犯罪者を逮捕しろ』と、医者が患者に『自分で治せ』とそう言っているに等しい事なんだ。……先に『信頼』を受けて仕事しているのは、我々探偵の方なんだから、本来は我々がそれを返さなければならない。達成できなかった時にはそれを伝える責務があるし、このように依頼人に丸投げして終わるわけはないだろう?」

 確かに、確実にありえない話とは云えない。少なくとも、税金泥棒の警察官も、やぶ医者も現実にいる。
 ……しかし、左探偵と佐倉探偵は、先に言った通り、「ハーフボイルド」ではあるが、おれも認める「名探偵」だ。プロとしての矜持は備わっている。難事件も解決しているし、過去の読める限りの記録を見ても、こうした不適当な行動を取った実績はない。

「でも、探しやすい場所に住んでいるのはおばあちゃんだったから……その状況なら、そう言われるのもありえなくはないんじゃないですか?」
「ああ、そうだな。確かに任せただけなら、そうも言えるかもしれない。しかし、その場合、『未来、きみが必ず果たせる』なんていう言い方はされない。彼はもう、明らかに何かわかっている。『必ず』と言い切っているし、その前に『きみが』としている。この気取って恰好をつけた言い方が、彼女や周囲には厄介だったんだがね」

 実際、花咲つぼみも珍しく左探偵の返しには不満げな日記を書いているし、それは依頼人として当然の反応である。

「……そう――その気取り屋な性格はどうかと思うが、彼はプロだった。過去の事件を見ても、それは間違いない。では、それでいて、彼らは何故こんな結末にしてしまったのか。その理由を、おれは、この伝言を見て最初に疑問に思ったんだ」
「――」

83980 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:42:32 ID:gooP8PFs0

 何故、二人のプロの探偵が同じようにプロらしからぬ結論に至ったのか。そして、何故依頼人は事情を説明されてそれを納得し、励みとしたのか。
 それがおれにはわからなかったのだが、紐解くうちにおれは事情を察する事になった。

 ――そう、言った通りの『信頼』を向けたとしか考えられなかった。そして、何故『信頼』したのか、が問題だった。

「おそらく、そこで左探偵は、この問題はまず花咲つぼみにしか解決しえない、あるいは彼女が解決すべき問題と確信し、彼女なら果たせると信じたんだろう」
「おばあちゃんが解決すべき問題……?」
「――ああ。だから、左探偵と、それからあとで再調査した佐倉探偵は“自分が関わる問題”としてのその依頼を『終了』し、それでいて“花咲つぼみが解決できていない状況”を『未解決』として、ファイルに綴じたんだよ」
「それが、『中断』ではなく『終了』としていた意味……」
「その通り」

 いつの日か、花咲つぼみがそれを達成したのを知って、ファイルから外して処分するつもりだったのかもしれない。しかし、その日は来る事なく、二人が先に世の中に処分され、謎だけが後の時代に残されてしまったのだ。
 これが、依頼が『中断』されずに『終了』した理由だった。
 何かしらの闇に触れたわけではない。――むしろ、探偵にあるまじき感傷だ。彼らのハーフボイルドが、事件を後から見て不可解な物に見せていたのである。

「おれは、そこまで推理した後で――そういう彼らの感傷から逆算して、探し物のありかもわかってしまった」

 花華は不思議がっているようだった。
 まだ答えは見えていない。いや、現段階で彼女がどれくらい日記に目を通したのかわからないが、たぶんこういえばわかるのだろう。
 おれの答えは、これ以外に考えられなかった。

「きみの曾祖母が生涯かけて……病床につくまでずっと研究していた、管理外の異世界への渡り方と、ある世界の捜索。彼女はきっと、この時には既に、左翔太郎や佐倉杏子に約束していたんだ。そして、二人は花咲つぼみを『信頼』して見守っていた」
「まさか……」

 曾孫である花華には、この言葉でわかったようだった。
 曾祖母の事を愛している彼女にとっては、何度も聞かされた話だろうし、もしかしたら、異世界移動の技術についても必死で学んでいた姿は、何度も目にしていたかもしれない。植物学者としてだけではなく、ある一人の男の友人として。
 それはついに報われなかったのかもしれないが、未解決事件を一つ作り出してしまったのかもしれないが――しかし、彼女の仲間たちも信じるに値するほどまっすぐな努力を積み重ねた、純粋な願いだった。
 響良牙を探しに行く、と書かれた日記。
 おれは、それを目にしてしまった。

「――結論を言う」

 それは、美しく、残酷な答えだった。










「そう――――きみの曾祖母が生涯かけて探した、『変身ロワイアルの世界』こそがその探し物――――きみの曾祖母が失くした骨董品、“オルゴール箱”のありかなんだよ」










 そう――そこからのシナリオは、単純だった。

84080 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:43:35 ID:gooP8PFs0


 これより、様々な事を一方的に花華に話した。
 この八十年、果たして何があったのか。


 左探偵は、おそらく、紛失時期を考えたり、花咲つぼみの具体的な話を聞いたりしたうえで、変身ロワイアルの「支給品」としてそれが異世界に置き去りにされていると結論づけたのだと思う。
 左探偵の場合も、同様に「大事な所持品が向こうの世界に置き去りだった事」「変身ロワイアルの戦いの前後、事務所や私物から紛失した物があった事」に思い当たる節があるのなら、余計に推理の材料が整っていた可能性が高いだろう。
 これがわかった時点で花咲つぼみにきっちり説明すればよかったのだが、彼は気取り屋な性格を見事に発揮し、「未来の君が果たせる」などと持って回った言い回しだけを残して依頼を終えた。

 おそらく、この時は彼女が「変身ロワイアルの世界」を見つけ、そこで共にオルゴールを発見し、「おれの言っていた通りだろう?」とでも声をかける算段が彼の中ではついていたのではないかと思う。気取り屋のやりたい事は見当がついている。
 しかし、そのシナリオ通りに行けばよかったが、彼は事故によって旅立ってしまった。
 風都の大人として、そして仮面ライダーとして戦った男として、恥じない誇りある最期だが――ひとつだけ、置き土産を残してしまったのだった。

 ――それから数年後。
 結果的に、「謎」に変わっていったこの案件を引き継いで再度推理したのが、佐倉杏子だった。
 しかし、もしかしたら左翔太郎と長らくバディでもあった彼女は、左探偵のそういった性格ごと読んでいたのかもしれない。当初は探し物案件として必死で探していた彼女も、ある時――同様の結論に辿り着いた。
 それはおそらくだが、あの左翔太郎の自筆のメッセージについて思い出したか、前回の調査報告書の最後の一文に着目した時の事だろうと思う。
 そして、彼女の場合は、きっとくだらない謎を残して向こうに逝った相棒に呆れつつ――しかし励ますように、花咲つぼみにすべて事情を説明した。

 ――そう、変身ロワイアルの世界に行かなければ、大事なオルゴール箱は見つからない、と。

 ――だとするのなら、探偵である自分たちの仕事はここまでだ。
 その研究をしている花咲つぼみこそがその世界を探し、そのオルゴール箱を見つけなければならない。
 そう思い、佐倉探偵は――、響良牙の生存を信じ、あの世界に彼が取り残されていると信じ、そして、その世界に辿り着きたいと思いながら日々を重ねる花咲つぼみに、事件の解決を託した。
 花咲つぼみの、友達として。

 変身ロワイアルから八十年が経過した今。
 おれは未解決ファイルとして残されたデータを読み、花華は曾祖母から「後悔」としてそのオルゴール箱の依頼を聞いた。
 そして、おれたちは出会い、彼らが辿った結論に、遂にたどり着く事になった。
 ……つまりは、そういうわけだ。



 ――――おれはこのすべてを花華に説明し終えた。



 ……実に、人々を翻弄してくれるオルゴール箱である。八十年前と今とをつなげるオルゴール箱だったというのである。
 おめでたいロマンチストからすれば、それはロマンのある話に聞こえるかもしれないが、おれからすると、この結論には問題がある。
 八十年という今にもまだ、続いてしまっているという事だった。

「しかし……きみの曾祖母は、彼らから託された約束事を果たせないまま――自分の余命が永くないという段階に来てしまった。だから、『オルゴール』ではなく、『あの世界に行けなかった事』こそが――『響良牙に会えなかった事』こそが、彼女の後悔の一つなんだ。そう――『変身ロワイアルの世界に行く事』『響良牙に会う事』『オルゴールを見つける事』すべては、彼女の中で同じ意味を持つ言葉だったんだろうな」

 その世界に行く方法が見つからないいま、彼女の後悔はすべて後悔のままなのだ。
 当然、花華が花咲つぼみの後悔を果たす事もできなければ、花咲つぼみが最期の時までに響良牙と再会する事もない。

84180 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:44:00 ID:gooP8PFs0

「彼女は、左翔太郎が死んだ事で、何よりその『信頼』を重く背負いながら生きる事になってしまったのだろう。彼が信じた未来を実現させなければならなかった……それから先、『涼邑零』が、『孤門一輝』が、『蒼乃美希』が、『佐倉杏子』が、『高町ヴィヴィオ』が…………彼女の中で背負われていったんだ。そして、彼女だけが残り、いまも病床で後悔としてそれを告げた……それは、今生、果たせない約束への謝罪として……きっと、胸が張り裂けそうな想いで…………」

 花咲つぼみが既に九十四歳。何度となく医療の恩恵にすがりながらも、遂にその生命は果てようという段階にきている。
 それに対し、響良牙はもう、生きていればの話だが、九十六歳。――何もない場所で、何もない世界で、生きているとは思えない。

 もっと言えば、だ。
 彼女が見つけ出そうとした世界――それさえも消滅していると言い切れない。殺し合いの為にベリアルが用意したステージであるのなら、そこはその役目を終えるとともに消えているだろうし、彼女たちが「送還」されたのもそんな意味があるように思えてならなかった。

 頭の良い彼女は、とうにその結論にだって辿り着いていたはずだ。
 しかし、信頼という呪いにかけられ、研究をやめる事もできず、一人で……ただ一人で……彼らが信じる自分を信じながら、彼女は生きた。孤独になっても、彼女は未来を信じ続け……そして、未来を生きる若い曾孫に言葉を託した。





 彼女の生きる未来なら――オルゴールは、見つかるかもしれない、と。





 ……残念ながら、おれが有給休暇を使ってたどり着いた結末は、この通りだ。
 はじめに察した通りだ。解決はできなかった。
 それは、確かにおれにとっても――とても後味の悪い結末だった。







 ……ここで話が終わるわけではない。
 ここで終えたいならば、読むのをやめてしまっても構わないが、まだ触れていない『死神の花』という事件について気になるならば、これより先の物語に入ってもらいたいし、おれもすっかり忘れていた前提を告げよう。

 そう、おれはこの時点で、あまりにも未熟だった。
 人生というのは、本当に何が起こるのかわからないゲームだという事――そんな立派な前提がある。だからこそ、「結論」というのは変わってしまう場合がある。

 何しろ、終わり、結末、というのはどの段階を以ての話とも言えない。死んだり、世界が滅びたりしても、生き返れば、世界が元に戻れば、ついにそれはバッドエンドではなくなってしまう。継続した「その後」が問題なのだ。
 例えば、敗北していたはずの試合が、相手の不正が発覚して勝利となるとか。
 例えば、有罪が確定した判決が、再審によって何年越しに無罪だと明かされるとか。
 そういう話も聞かないものではないし、つまり、「結末」「結論」というのは、その時点でそう思っているだけに過ぎない事でもあると云えるのだ。
 それが、おれたちの生きている世界のルールだ。

 ……いや、こう言ってしまえば誤解を招くかもしれない。
 これは、悪い方にも話が行くと云える。上のふたつの例だって、見つからなかったはずの不正が発覚して敗北になった奴にとってはバッドエンドだし、犯人が逮捕されていたと思って安堵していた被害者(あるいは遺族の場合もある)にとっては事件が迷宮入りなのだ。

 八十年前に、終わった筈の事がひっくり返される事だってある。
 あの時の事がハッピーエンドなのかどうか、それをどう認識しているかはわからないが――ハッピーエンドだと思っていたとしても、あの後、左翔太郎は不幸な事故に遭ったし、おれは花咲つぼみが一概に幸せになれたと云えない状況だったと感じている。
 だから、話を見届けるにはいつも……覚悟が必要だ。





84280 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:44:23 ID:gooP8PFs0



 ――ここは、希望ヶ花市植物園だ。
 半民営化した植物園で、花咲薫子を理事とする。これが、花咲つぼみの祖母の名前らしく、おれからすればもうずいぶんと古めかしい名前だった。
 ……と、おれが言ってしまうのも何だが。

「……」
「……」

 そこを取り巻く空気は、最悪だった。
 謎は解決したが当初行く予定だったのだからせめて最後に花華と立ち寄ってやるか、とここに来てみたは良いのだが、何しろおれには見たいものもない。気分転換のつもりだった。彼女にとってはかなり落ち着く場所らしく、大好きな植物に囲まれる場所でもある。
 おれにとっては、園内が静かなのは実に良かった。良いのはそれだけだ。草なんてどれも同じに違いない。

 ……あのあと花華が泣きだしたのは言うまでもないが、この空気の中で再び泣き出そうとしている。
 おれは、流石にその涙ばかりは受け止めるしかなかった。彼女が確実に涙するのを予期したうえでの言葉だった。不思議と、それまでほどの居心地の悪さはなかった。おれもすっかりこの少女の涙に関しては慣れてしまったのかもしれない。
 しかし、やはり……対処には、困る。

「……なあ、花華。きみの曾祖母は幸せだったと思うか?」

 おれはそれでも、ふと訊いてしまった。
 オルゴール箱の所在よりも、おれにとってはそちらの方が大きな疑問であり、心残りにさえなっているのだ。
 この依頼の結論を踏まえると、なお納得はできないのだった。

「……え?」
「彼女は――変な力を得て、他人の為に戦って、報われないどころかその力に目を付けられて殺し合いに参加させられて、友人をたくさん失って、挙句に帰ってからもそこでの友人の響良牙の為に研究していた。世の中に認められたは良いが、その響良牙を救うといういちばんの目的は……願いは、果たせなかった事になる」

 彼女の方を見つめるが、花華の感情は図れなかった。
 どういう感情が返ってきたところで、おれは、覚悟はできている。過度に彼女に干渉するつもりはないし、この話が終わった以上は、最後にどういう心情を抱かれて終わっても構わない。
 しかし、謎が残って終わってしまうのは許しがたい。
 おれは遂に、花咲つぼみ本人に会う事もなかったのだから。

「勿論、殴られるのを承知で言っているが――それを悪いがおれには良い人生には見えなかった。きみは、あの日記を見てどう思った?」

 ここにいる桜井花華が――彼女がプリキュアとしてどう戦っているのかは知らない。
 しかし、それが戦うという事だ。あらゆる覚悟と、報われない事への諦めが必要なのかもしれない。

 そして、奇跡的に花咲つぼみという人間は、八十年前それが出来ていた。
 それでも、それが出来ていたところで幸せとは云えない。
 彼女は人間なのだ。規律や人々の生命を守り、おれたちの身を無償で守ってくれる素敵なロボットではない。
 その性格は、べつに嫌いじゃない。変だとも思わない。しかし、いつもそういう人間が報われない世の中だ。世の中は、常に間違いを正せないまま回る。そういう風に回り続ける。世界は、変わりはしない。
 そんな世界に生きていて、彼女は幸せなのか。
 ただ、そこで返ってくる返答次第で、おれは非常に後味の悪い気持ちで花咲家との関わりを絶つ事になるのだろうと思った。

「……それは」

 花華が何某かの感情を載せて口を開いた、その時だった。
 事件が更に続く事になり――――『死神の花』の事件へと進展する事になるのは。
 結果的に、この問いかけの答えは、直後の出来事によって保留されたのだ。





84380 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:44:49 ID:gooP8PFs0





『――なら、あなたたちが彼女の願いを叶えてあげればいいじゃない』









 おれたちは、その瞬間、あまりにも唐突に、奇妙な声を訊いたのだ。
 若い少女の声だった。頭の中に響いてくるような、エコーのかかったような声。

「えっ……?」

 ふと、会話を中断して、おれと花華がそちらを見ると――深紅のドレスの少女がそこに立っていた。

『――』

 長い黒髪をなびかせて、見た事もないほど白い肌で無表情にこちらを見ている少女。
 それは、極めて心霊的で、この世のものとは思えないオーラを発して、花々の中に溶けていた。

「きみは――?」

 花華とは、違う。もっと、透けているような何か。
 おれは、オカルトは信じないが、その瞬間に背筋が凍った。
 花華を見ても、彼女を知らないように見えた。
 それどころか、おそらく誰が見ても――その少女に生気を感じる事はないだろうと思えた。
 彼女に父や母がいて、平然と団欒している姿がまったく想像ができない。どこかの病院で白いベッドに横たわって外を見ているような、あるいは本当に森の奥深くに住んでいるかのような――そんな生活をしている想像しかできない、ありえないほどの、美人。
 それはあまりに不気味で、見ている側の精神に支障を来すような膨大な不安をもたらしていた。

『……やっと見つけた、桜井花華――“もうひとりの私”。それに……そっちの名前は知らないけど、ついでにあなたも』
「きみは……一体、誰だ?」
『訊かれなくても後で全部説明するから。――とにかく、時間がないの。桜井花華には、全ての世界の因果律を守ってもらう使命がある』
「どういう事だ……?」

 おれはさっぱりわけがわからなかった。
 希望ヶ花市植物園に突如現れた少女――名も知らぬ少女。
 しかし、それでいておれたちの事情をよく知っていると見える。そんな相手におれは警戒を解かない筈がない。

『だから、ついてくれば、後で全部説明するから。――とにかく。今は、私についてきてもらうわ』

 次の瞬間、彼女の姿は小さな黒猫の姿へと変身し、突如その猫の前に現れたオーロラの中へと消えていった。
 きわめて不可解な状況に違いなかった。特に、おれにとっては彼女以上に慣れていない事象である。

 おれと花華は目を見合わせた。
 さっきの質問は、一度は保留だ。それよりか、いま一度訊きたいのは、この後どうするか――彼女の変身した黒猫についていくか否かだ。

「探偵さん、とにかく行ってみましょう……! この反応は、管理されていない異世界です――」

 それが、彼女の答えだった。
 おれはそのまま、彼女の背中を追っていた。





84480 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:45:16 ID:gooP8PFs0



【『探偵』/異世界移動】



 花華が躊躇なくそのオーロラの向こうに突き進んだ時、おれはまったく躊躇せずにその後を追っていた。
 一応、一番傍にいた保護者としての責任だと思ったのだ。知り合いでもあるし、元々依頼ではなく「私的手伝い」とした理由も「鳴海探偵事務所の存続にとって不可欠な家系の人間だったから」だとするのなら、彼女がおれの視界で危うい目に遭っているのを見過ごさないのも筋だろう。

 自分の力でオーロラを出せる人間は珍しく、あまりに怪しい物であったが、それが異世界を渡る際の化学反応のひとつなのは中学校の理科の授業で習っている。あまり詳しく勉強する事などなかったが、今や異世界移動の際には一瞬のオーロラを目にするのは珍しい事ではない。
 しかし、よく言われるように綺麗な反応には思わなかった。
 おれはむしろ、その狭間に見える世界が谷底のように恐ろしく見えた。誰も知らない場所にいざなわれるような気がしてならなかったからだ。

 今回の場合も、オーロラの中に来てしまっていた事を既に後悔している。
 この先に何があるのか、おれはわからないままに異世界に来てしまった。
 少女の正体もわからない。
 そのうえ、黒猫に変身しているときた。

「もう一度訊くが……きみの名は? どこに行くつもりなんだ」

 黒猫に聞いてしまった。
 猫に話しかけるのは、ちょっとばかり異常だ。……と思ったが、振り返れば、おれは普段からよくやっていた。
 尤も、返事を期待するのは初めてだが。

 すっかり謎の少女は、黒猫の姿としてオーロラの中を歩いている。彼女は、まったくこちらを見ようともしない。
 こんな奴についていくのは不安だが、花華は妙に肝の据わった様子で前を歩いていく。
 猫と話していても仕方がない。おれは、人間である彼女の方に意識を向ける事にした。

「なあ、花華、きみは気にならないのか? 人間が猫になったんだぞ」
「……そういえば、探偵さんはあまりその辺りの文化が入ってきてない世界の人でしたね。別世界だとこういった変身魔法はそんなに珍しくないですよ」
「――ああ、そうだったな、それはわかってる、確かに人間から猫になれる奴はいるな。だが、猫に変身できる人間がいるとして、きみの名前を知って植物園に追いかけてくる事もなければ、オーロラを出す事もないし、正体を明かさずに因果律の話をして異世界に誘いに来る事もない。もっと言えば、管理反応のない異世界に行く事もできないだろうな。きみならどうする、この状況でついていくか?」

 もはや彼女の性格は常識がないと割り切っている。
 直前まで泣きそうだった彼女は、あまりにも毅然とした顔つきになっており、逆におれの方が泣きそうな気持ちになっていた。まだヤクザとの戦いの方がわかりやすい暴力だから自分の身を守れる確率がある。
 彼女はヤクザどころか、この状況でも物怖じしないというのなら、それはおれよりはるかに心が強い事と云えるだろう。
 今、万が一、少女が何かのおれたちに不利益な目的を持っていたなら、このままどこかの世界で神隠しだ。

「……確かに怪しいですけど、こういう事象を解決するのが、私たちの仕事です」
「中学生のアルバイトだろう」
「でも、今の世界を支えるうえでは、私みたいに超常的な力を持つ人間の行動が必要なんです。今の状況下、彼女が時空犯罪者ならば撃退に踏み切るべきです」
「それなら、時空管理局に所属する組織人として、向こうにきっちり許可をもらってから行動しろ。許可されないだろうがな」
「だから、今こうして勝手に進んだんです」

84580 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:46:13 ID:gooP8PFs0

 などと、噛み合わない会話を続けていると、一番先頭の猫がこちらを向いた。

『――騒がしいわね。私からあなたたちに危害を加えるつもりはないから。……ただ、危害を加えるかもしれない相手と会わせに行くだけ』

 彼女はさらっと云う。
 なるほど、特別な手当が出て然るべき危険な話におれたちを乗せようというわけである。
 花華もどうかと思うが、この少女の方がおかしいと云える。
 彼女が危害を加えないとしても、おれたちには関係ないのだ。「お前が危険人物かどうか」ではなく、「おれたちが危険な目に遭うかどうか」――それが問題である。
 さて、おれは再び花華に振る。

「――と、この子猫ちゃんは言っているが、花華。引き返す準備は?」
「ありません。事情を聞きましょう」
「なるほど……。だとするなら、悪いがおれひとりで、引き返す事にする」

 おれは、もはや花華を放る事にして反対を向いた。義理の追いつく相手ではなかった。ここから先は自己責任だ。
 おれは、広がるオーロラの向こうをたどれば、きっと元の希望ヶ花市植物園に戻れるだろうと思った。
 しかし、そういう風に甘い考えを浮かべた矢先、背中に声がかかった。

『……戻れないわよ。ここに来たからには、私の望む行先にしか行けない』
「――じゃあ、行先を変えてくれ。さっきの希望ヶ花市、もしくは、おれの世界の風都へ」
『残念だけど、変えるつもりがないもの。ここに来た時点で、あなたはもうこの話に乗ったものとしてもらうわ。電車の車掌が一人の乗客の意見で行先を変える事なんてないでしょう。――それに、あなたも探偵なんでしょう?』
「悪いが鳴海探偵事務所は臨時休業中だ。それに、きみから依頼を受けた覚えがない」
『それなら依頼として受けてもらう形にするわ。依頼料は弾む。ただし成功報酬よ』
「……いくらだ?」

 金の事をいわれると、つい聞いてしまうおれだった。
 成功できる見込みがあるのなら、おれはその依頼に乗ってしまう。達成するだけ給料が弾むのだから、おれに乗らない理由はない。
 黒猫が口を開ける。

『――「あなたがこれから生きる未来」、そして「世界の命運」でどうかしら?』

 ……冗談だろ。







『――そう。あなたたちに今から頼みたいのは、「世界の命運」に関わる事よ。あなたにとっても悪い話ばかりではないわ。というか、もう乗らざるを得なくなる』

 彼女は、おもむろに切り出した。
 やはり、花華を追うべきではなかった。彼女の場合は、世界の命運を託されてもおかしくない出生だが、おれは違う。ただの探偵だ。
 唯一、鳴海探偵事務所という特別な探偵事務所と雇用契約を結んだ件だけが、こうした超常的事象とおれとを結び付けてくれるかもしれないが、少なくともおれはヒーローではないし、特別な力を持たない。
 多少、普通の人より喧嘩が強いだけ。……そう、それはあくまで、“普通の人”より、だ。

 しかしだが、ひとつ残念な事がある。今回は別に巻き込まれたのではない。
 花華の背中を追ったとはいえ、それは自分の意志で追ってしまった。そして、引き返せないらしい。文句を言わず、潔く諦めるしかなかった。
 あとは、もう彼女の話を聞いて、どういう形であれ生きて元の場所に帰ってみせるだけだった。それしかない。
 彼女は続けた。

『申し遅れたけど、私の名前は魔法少女、HARUNA<ハルナ>。インキュベーターとの契約により、魔法少女となり――今はとある勢力によって与えられた任務を果たす為に、あらゆる時代、あらゆる世界を渡り歩いている』
「とある勢力とは?」
『――ただ、私には、契約する前から長らく「実体」がない。あるのはHARUNAとしての情報だけ。だから、こうしたアバターを使っているけど、別にさっきの姿もこの姿も本当の姿というわけではないわ』

84680 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:46:42 ID:gooP8PFs0

 いきなり、質問を無視されている。まあいい。
 情報のみを抽出して実体から分離する、一つの技術――実に怪しいというか、この時代から見ても先進的な技術の話をしている。……いや、技術としては可能かもしれないが、おそらく倫理的問題・安全面での問題をクリアーできていないというのが正確なところか。
 彼女が本当に魔法少女であるというのなら、「ソウルジェムに意志を転移する」という技術を太古の昔から可能としているのだ。
 それに、言い換えれば「情報体」――つまりデータ人間は、おれたちの世界の八十年前の技術だって可能だ。おれの探偵事務所にだって、まさしくそんな探偵がいたのだから、まあ、ありえない話ではないとは云える。

 ……それから、彼女の名前はHARUNAというらしい。まったくもって、おれの言える事じゃないかもしれないが、呼び名があるというのは便利だ。いつまでも「少女」「黒猫」では仕方ない。
 なんだか、奇妙なほどに花華(ハナ)とよく似た名前であった。HARUNAは、そんな自分と似た名前の少女の名前を呼んだ。

『――桜井花華』
「何でしょうか?」
『……あなたをこうして呼んだのは、他でもない。この八十年を耐えきった世界たちが、ある理由によってその形を崩すのを防ぐ為よ。――つまり、「この世界を壊させない事」が、あなたの使命。そっちのオマケは、残念ながら本当にオマケね。来る必要はないけど、とりあえず役には立ってもらうわ』

 彼女にとっての役割は、『オマケ』か。
 まあいい。花華にとって『探偵』であるとしても、彼女にとって『オマケ』であったというだけの事。これから何の役にも立てないのなら、おれは『オマケ』として見届けよう。
 尤も、役に立つとか役に立たないとか以前に、彼女の云っている事がよくわからないのが正直なところだが。

「……HARUNAさん。ある理由によって形を崩す、と云いましたけど、それはつまりどういう事ですか? 管理局には一切聞いていませんが――」
『そういうのも後で全部言うから、とにかく質問を挟まず黙って聞いててもらえる? まあ、ひとつだけ答えておくと、あなたが管理局から一切聞いていないのは、単に無能な管理局が事態を把握していないからよ。……尤も、それを感知できる力がないから当たり前だけど。それに、あなたは確かにその組織の一員ではあるとしても、決して全情報を開示される権利がある立場ではないでしょう――?』

 そう言われ、花華は少しばかりたじろいだ。
 こうまで強く、敵意や不快感を向けられて言われれば、彼女が泣き出すか、あるいはさすがに怒り出すのではないかと心配になった。
 おれが言うのも何だが、HARUNAももう少し不愉快にならない言い方を探せないのだろうか。……何にせよ、この「情報」は、よほど性格が悪いと見えた。
 この性格の悪い「情報」は、そのまま続けた。

『――で、当面の伝えたい事情は簡単よ。いま、花華の曾祖母、花咲つぼみ――えっと、今は違う名前だっけ? ……まあいいわ。とにかく、花咲つぼみが変身ロワイアルというゲームの最後の生存者という事になっているかもしれないけど、実はもう一人だけ、あのゲームには生き残りがいるの』
「花咲つぼみ以外の生き残り? そいつは誰だ……? って、訊いても無駄か……」
『そして、世界を守る為の私たちの急務は――――』

 案の定、質問は無駄だった。彼女は勝手に話を進める。
 この黒猫は、その先の言葉を冷静に告げた。





『――――その、もうひとりの生き残りを、“殺す”事』





 おれの質問を無視して、HARUNAから告げられた指示と目的。
 それは、探偵に依頼して良い仕事でもなければ、当然彼女の思惑通りにプリキュアに任せて良い任務でもない。そもそも、人に頼む時点でどうかしている――何者かを殺害しろ、というのが彼女のおれたちへのメッセージだった。

 こういう風に言われ、おれたちは言葉を失った。
 彼女が続ける言葉を、おれたちはただ聞くしかなかった。

84780 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:47:12 ID:gooP8PFs0

『……あの変身ロワイアルというゲームの勝利条件によって得られるのは、「どんな願いも叶える権限」だった。その事は知っているわよね』

 おれはふと思い出す――何人かの参加者が、その条件を信じて「願いを叶える為」に戦いに臨み、そしてそれを果たす事がないまま散った事を。
 そう、花咲つぼみの友人の中にも、ただ一人だけそんな願いを伴ったまま戦った少女がいた。家族の蘇生という、極めて年頃の少女らしい純粋な願い。

 しかし、結局、願いを叶えた参加者はどこにもいない。最後の一人が決する事なくゲームは終わったし、あの言葉を投げかけた主催者の方が敗北した為にその権限が本当なのか偽りなのかもわからないままに物語は幕を閉ざしたからだ。
 もっと言えば、その願いを叶えようとした人間が「主催側」にもいたが、その願いはほとんど本人が望む形で叶いはしなかった。

 ある者の蘇生を望み、それを叶えはしたものの正しい形で蘇らなかった加頭順やプレシア・テスタロッサ。
 世界を取り戻す事を望み、それが叶った後に世界は元の形に矯正されたイラストレーターや魔法少女。
 そして――世界の支配を望み、一度は世界を支配したが、そのすぐ後に敗れ、世界の支配を叶えきれなかったベリアル。
 願いとは常に皮肉であるともいえた。

「ああ、だが、それがどうかしたのか? ――いや、こちらから訊いても仕方ないんだったな。……続きを頼む」
『……つまり、その願いは今、あの殺し合いの生存者が一人になろうとしている時に――その優勝者に託されようとしている』
「――優勝者、だと……?」
『そう。あの殺し合いは、一度収束したように見えたでしょう。でも、本当の意味で最後の一人になるまでは――決して終わりはしないみたいなのよ。たとえ加頭順やカイザーベリアルがいないとしても、もっと大きなシステムが動き続けている。つまり、あれから八十年間、「変身ロワイアル」はずっと続いていたの。参加者たちが互いに危害を加える事はなかったかもしれないけど』

 殺し合いはまだ終わっていないだろう、という想い。――それは、少し前におれが考えた事とまったく同じだった。
 ある意味で、それは現実だったと、彼女は云うのだ。

 しかし、その意味合いが――おれの思った形と、彼女の云う形で明らかに違う。
 おれは、生還者がまだ縛られるという意味で告げていた。しかし、彼女の言い分によると、あの殺し合いのシステムそのものが残存しているという。
 その事は、おれには関係のない話だが、驚かざるを得なかった。
 信頼の置ける情報ソースではないが、作り話にしては妙に詳しくもある。少なくともいま話している内容は正確な情報も多いし、おれは彼女のいざなうままにオーロラを辿っている。妄言発表会のやり方ではない。
 彼女は続ける。

『――そして、その生存者が、このまま花咲つぼみの死とともに願いを叶える権限を得たとするのなら、“彼”が望む願いはひとつしかない』
「それは――」
『――それは、この世界が歩んだ歴史、この八十年をリセットする事で、世界がそれぞれ独立し歩む「本来の形」にする事』
「本来の形……?」
『そう。実感がないかもしれないけど、あなたたちが生きている世界は、決して本来の歴史の通りには進んではいない。あの殺し合いがなければまた別の未来を――もしかしたらもっと幸福な未来を歩む事になったでしょうね』
「――」

 おれが、花咲つぼみを通して考えた事に違いなかった。
 あの殺し合いに巻き込まれた事による彼女への不幸は計り知れない。
 日記をめくって書いてあった事――そのすべては、端から見れば不幸と戦う健気な少女の書いた悲しみ。
 そして、おれが追って結論したのは――仲間に強く託された願いを叶えられないまま旅立つ事に未練を持った、無力な老婆になったという事。

「なるほど……」

 生還した事がハッピーエンドにはならない。生還した人間がその先を生きる事は、常に戦いだった。
 ふと、彼女の友人の死なども……彼女の友人が殺し合いに乗った事なども、頭をよぎる。
 明確な犠牲者がいた。そうなるべきでない事があった。
 あるべき事象か、あるべきでない事象かと言われれば、後者だった。

84880 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:47:35 ID:gooP8PFs0

『そして、本来はそれこそが個々の世界の「正史」であり、「オリジナル」と呼ばれる歴史なの。いまあなたたちが生きている世界は、変身ロワイアルの介入ですべて変わった二次的世界「セカンド」と呼ばれる別の作られた偽の歴史よ……。でも、こういう形になったから、辛うじて一つの世界として成立し、持続しているし致命的な不安定はない。だけれど、万が一、それが優勝者の願いで「オリジナル」の形にもどれば――』

 おれは、この説明を聞いて即座に理解はできなかったが、咄嗟に花華の方を向いた。
 タイム・パラドックスという言葉が思い出された。彼女が言っているのは、それだ。
 この世界は既に、変身ロワイアルが発生させた「タイム・パラドックス」によって生まれ、そして育った歴史――おれたちにとっては正しくとも、決してあるべきでない形の世界。
 だが、そのタイム・パラドックスを優勝者が正してしまったとするなら、この世界からあらゆるものが消えるに違いない。
 それがその言葉の示す意味だ。

『――たとえば、わかりやすく言うと、桜井花華。あなたの存在は、消える。花咲つぼみが別の男性と出会い、別の子供が生まれ、きっとあなたの存在しない世界として再び世界は歩んでしまう。他にも多くの存在は消滅し、この時間は消える。八十年もあらゆる因果律が集った以上、今からすべて壊される事による被害は計り知れないわ。たぶん、そっちのあなたも消える。八十年が残した影響の中で、あらゆるものが消えるわ。――それから、たとえば、折角技術の相互補完により安定していた魔法少女の宇宙なんかは、再度、崩壊の危機を迎えて悲劇の世界に戻ってしまう』
「だからきみは――もう一人の生き残りを殺しに行くのか? あ……いや、殺しに行くというんだな」
『ええ、この歴史は、「オリジナル」からすれば間違ってはいる。本来殺されるべきでない人たちが殺し合いをしたけれど――その反面、殺し合いや殺し合いの後の歴史で多くの命や想いが残り、ある人たち、ある世界にとってはむしろ幸せなカタチを残している。そんなこの偽の歴史を守るのが、私の使命よ』

 おれは傍らの花華を凝視し続けた。HARUNAの言う事が本当ならば。彼女もまた、彼女やその勢力の恩恵を受けて守られる事となる――もっと言えば、あるいはおれもそうかもしれない。
 バトルロワイアルによって別の歴史を歩んだ世界において、その後の歴史で生まれた子供はすべて、消滅のリスクが極めて高い状態だと云える。あれだけ大規模な出来事が発生した中で死んだり、影響を受けたりした人間は膨大であるし――この八十年で生まれたものはおそらく、すべて消えるだろう。
 作り話にしては、設定が凝っていた。

『これから私たちの行く先――そこに、もう一人の生存者が生きているわ。言い忘れていたけど、彼は、不老不死の「死神」となっている』
「不老不死の死神……? きみは、不老不死の人間を殺せと――?」
『そして、これからあなたたちに行ってもらうのは、花咲つぼみの遺伝子情報を持つ花華や、先にあの世界に移動した“彼”。あとは、私のような“特異点”の情報端末だけが潜れる場所、――――「変身ロワイアルの世界」よ』
「……冗談だろ」

 彼女は、今、さらっと何を言ったか。
 今からあの凄惨な殺し合いの現場へ――花咲つぼみが探し求めた、変身ロワイアルの世界に連れて行くと、よりによって今日、このタイミングで、そう言ったのだ。
 いくらなんでも、あまりにもタイミングが良すぎると言わざるを得ない。おれたちの話を聞いていて、それで騙す為に話をしているとも言えない。
 八十年、それから、これから先の歴史において、そんな日はいくらでもあったはずだ。それが、よりによって今日重なるというのか。

 ……いや、だが、待て。
 先入観を捨てて考えるのなら、タイミングの良し悪しは関係ない。問題は、そんな主観よりも、確固たる事実の方だ。
 本当に、これからこのオーロラで変身ロワイアルの世界に行けるのなら――おれは、こいつを信用してもいいかもしれない。
 そこはいまだ誰も到達できない場所であるし、その不可能を可能とするのなら、彼女がそれだけ大きな力や影響力を持つ少女だと考える要因になる。
 本当にそれだけ世界の話を知っているのなら、彼女もあるいは、変身ロワイアルの世界への行き方さえ知っている、と云えなくもない。

 それにしても、何よりそこにもう一人参加者がいる――不老不死となった参加者がいるとするのなら、それは、まさか。
 おれは、変身ロワイアルの世界に残っている参加者を思い浮かべた。
 二人だけ、候補が浮かんだ。最終決戦でベリアルが倒されるまでの瞬間に生きていたが、生還はしなかった人物が二人いる。
 一人は、消滅した。
 一人は、ベリアルと相打ちになり、生死不明となった。
 だが、「死亡」は観測されていない。

84980 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:48:02 ID:gooP8PFs0

『――そして、そこであなたたちが殺すべき死神は、かつて――ベリアルにトドメを刺して爆発する時、エターナルメモリの過剰適合によって「永遠」の身体を得てしまった少年――』

 おれの導き出した結論を裏付けるように、彼女はそう告げた。
 そして、その名前を出すよりも前に、おれは呟いていた。

「響、良牙……!」

 それが本当ならば――おれは、八十年間島に残り続けていた迷子と、ガイアメモリという化石に同時に出会う事になる。
 花咲つぼみの確信通りに響良牙は生きており、そして、おそらく確信を超えたところでずっと――八十年も、生きていた。
 恐ろしいほど、タフな男でもないと生きられない歴史を背負いながら。

 しかし、それを殺せとは、あまりに残酷だ。
 おれが殺し屋だったとして、受ける気にならないような依頼だった。
 ましてや、二人の人間が八十年願い続けた再会を無粋な介入で消し去ろうとしている。何より――花咲つぼみの曾孫の手で。

「――本当に、響良牙さんは生きているんですか!?」
『……とにかく、そちらのオマケは、参加者の遺伝子情報を持たないから、変身ロワイアルの世界に入る時には私が憑依する事で一時的に特異点の力を授けるわ。かつてもその方法で非参加者が入った事例があるようだけれど』
「――――本当に、その人は世界のリセットを望んでいるんですか?」
『それからもう一つ。死神はいま、エターナルの力を強めて、かつてより手ごわくなっているわ。それでも、花咲つぼみと瓜二つの顔をしている桜井花華が前に出れば、確実に油断する――その時にもう一人の“彼”に戦わせて、メモリブレイク。生身になったところで息の根を止めてもらう。憑依すれば私もあなたという実体を動かせるから、しくじっても私が何とかするわ』
「――――――本当に、そんな事に協力しろって言うんですか!? あんまりじゃないですか!? これがもし……もし、おばあちゃんも同じ願いを持っていたなら? 八十年間の歴史を戻すことを、おばあちゃんが望んだなら、今度はおばあちゃんを殺すつもりだったんですよね!?」
『いざという時は、あなたもプリキュアの力をぶつけてメモリを排出してくれれば良い。そうすれば、生身になるし、もう少し彼の殺害が現実的になる』
「――私、堪忍袋の緒が切れました!!!!!! 質問に答えてください!!!!!!!」

 花華も、この時ついに、曾祖母同様に堪忍袋の緒を切らしたのだった。







 ……ここから、おれは、あの『死神の花』事件に関わっていく事になる。
 オルゴール箱を探すという依頼の答えが提示された直後に、不可能と結論づけたはずのその答えの先におれたちは辿り着いてしまった。
 だが、それはこういう話へと続いていく。

 この変身ロワイアルの参加者は――残り二人だ。
 花咲つぼみと、響良牙。
 二人は、「つながった世界」と「孤立した世界」で、それぞれ最後の一人として分かたれ、孤独に生きてきたのだろう。……そして、お互い出会う事を望みながら、しかし出会う事がないまま、盤面に残った最後の駒となってしまった。
 確かにお互いが殺し合う事はないが、どちらかが生きている限り、殺し合いは続いてしまう。花咲つぼみがもし、この後で息を引き取れば、その時に響良牙に願いを叶える権利が与えられるだろう。
 HARUNAの勢力が求めるのは、響良牙が叶える願いの阻止だ。
 それは、おれたちの世界を守るためだと言われている。



とにかく、これまでのキーワードを纏めよう。
・オルゴール
・変身ロワイアルの世界
・エターナルメモリ
・優勝者の願い
・HARUNA<ハルナ>
・“彼”



 生きていた響良牙が、本当にこの世界を破壊してしまう……というのなら、おれは……。






85080 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:48:40 ID:gooP8PFs0



【『死神』――響良牙/変身ロワイアルの世界】



 ……おれは、空を見つめた。
 今日が、その時だ。
 ――遂に、奴らが来る。



 ――ここに連れ去られ殺し合いをさせられてから今日までの長い出来事を、おれはずっと思い出していた。



 かつて、おれは、ベリアルを倒した爆炎の中からこの地に落ちた時、すべての記憶を失った。
 そのままわけもわからず、ふらふらと彷徨い、歩いた先の街で――おれは、男の死体を見つけた。

 早乙女乱馬……というよく知った男の死体だったが、その時に思い出す事はなかった。
 おれはその時は、ひたすら逃げて……森に辿り着いた。
 そこで、おれは冷静に考え――自分こそがその死体を作り上げた殺人犯だという結論に至った。
 おれは、気が狂いそうになっていた。

 やがて、おれは怪物たちと出会う事になった。
 怪物たちの名前はニア・スペースビースト――ダークザギの情報や遺伝子を受けて異常進化し、スペースビーストのように巨大化した微生物たちだったらしい。ただ、おれはずっとわけもわからないままそいつらから逃げ、自分自身の持つ馬鹿力で戦い続けた。
 ほとんどの怪物を、おれはなんとか倒す事ができた。ちょっとの損傷ではおれは死なない。必ずしも簡単な戦いばかりではなかったが、なんとか戦い抜いた。
 そして、ある日――そんな怪物と戦うさなか、おれは頭を打ち、偶然にも、記憶を取り戻す事になった。

 やがて、おれはいくつかの亡骸を見つけて、それを次々と埋葬していった。
 最初に埋葬したのは、乱馬の遺体だった。すっかり朽ち果てていたが、おれはあいつを運び、あかねさんのいる傍に、埋めた。

 いくつもの墓が出来た後、おれは、この世界で守るべきものも何もなく――強いて言えば、ただ墓守りとして、ただ明日が来るのを信じて、その怪物たちと戦った。
 おれには簡単だった。
 ロストドライバーを使わなくてもエターナルの力を発揮できるようになったおれは、死ぬ事もなければ、老ける事もない。元々、頑丈な体だ。ただ毎日、相手もいないのに強くなっていくだけだった。

 島の中を彷徨い、誰かが落とした支給品や残した支給品なんかも手に入れた。
 暇つぶしにはなった。

 そんな風に、地獄のような――しかしまだこれより後の地獄を考えれば短いほどの三十日が経った時、あるものがおれの近くで囁いた。
 インテリジェントデバイス――クロスミラージュだ。アクマロたちとの戦いで破壊されかけたデバイスだったらしい。
 クロスミラージュも、砂に埋もれながら、孤独な状況を嘆き続け、そんな折におれが現れて声をかけたらしい。
 それから、しばらくはクロスミラージュとともに二人で、おれは彷徨い続けた。
 会話の相手がいるのは信じがたいほどに嬉しい事だった。

 それから、時間をかけてイカダを作って外に出て、いくつかの島を見つけた。
 そこもまた、無人だった。かつてそこでも殺し合いが行われたように、あらゆる建物や武器の残骸、骨となった人間の跡が残っていた。
 果実の実る島を見つけたが、永遠の力を得たおれには、もはや必要がなかった。

85180 YEARS AFTER(4) ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:49:05 ID:gooP8PFs0
 それからどれだけ彷徨っても、おれは仲間を見つける事はできず、孤独のままだった。
 気づけば、また元の島に戻っていた。手ごたえのない旅を徒労に感じ始めたおれは、別の島に行くのをやめた。

 またそれから、毎日、島から出る事もなくつまらない日々を暮らし、戦う相手もしないのに頭の中だけで修行し、おれは、誰かが来るのを待つ事にした。

 毎日毎日、ずっと同じ事を考えていた。
 彼らもここにいないという事は――左翔太郎や、涼邑零や、高町ヴィヴィオや、蒼乃美希や、佐倉杏子や、孤門一輝や、花咲つぼみは――元の世界に帰れたのだろうか。涼村暁はどうなったのだろう。
 彼らは、帰れたとして、その先が救えたのか、そこから先のあの管理世界は終わり、今度こそベリアルとの決着がついていたのか――そんな不安を持ちながら、きっと勝てたと信じ、彼らが助けてくれるのを待った。

 だが、来ることはなかった。
 もしかしたら、おれは死んだのかと思われているのかもしれない。

 おれたちだけが、ふたりで、迷子でここにいた。
 そして――クロスミラージュも、ある時に動かなくなった。どれだけ言葉をかけても返ってこなくなり、おれはクロスミラージュも埋めた。
 おれだけが、ひとり、迷子になった。

 それから、またずっと、長い孤独だった。時間はいつしか数えていない。ある時から、どう流れても一緒だった。いま何十年なのか――百年は経っていないと思う。
 その間中、ずっと、誰かの支給品だったらしい、このオルゴール箱はおれの心を癒してくれた……。
 悲しみに潰れそうな夜に聞くと、おれは壊れ行く心をなんとか維持できるようになった。
 それだけはなんとか、今日まで壊れる事なくおれの傍にあり続けてくれた。

 ……そうだ。おれは、あいつらと一緒にその先の未来で過ごす事はできなかった。

 ただ、ある時、ある予知の力と、いくつかの情報がおれの頭に過った。
 それはダークザギが得た情報と能力だった。一度だけ仲間とともにウルトラマンノアと融合して戦った事や、ニア・スペースビーストを倒し続けた事によっておれも潜在的にその力が覚醒していたのだった。
 バカなおれが、ニア・スペースビーストなんていう言葉を作り出せたのも、ノアやザギの情報によるものだ。
 そして、ちょっとした予知の能力を得られたおれは、それから十年間、今日だけを待った。

 誰かが来る。おれを殺しに来る。
 だが、おれはそいつらを撃退する。

 ――そして、おれは願いを叶える。



 おれはその願いを叶える時の事を、ずっと考えていた……。
 この永遠の中で――ずっと、何度思い描いた事か……。

 たとえば、あの殺し合いがなかった事にしたい……。
 おれはずっと、何度も、そう思い続けていた。
 願えば、きっと、おれのこの苦難の時間も忘れ去れさせるだろう。

 だが、ひとつどうしても考えてしまう事がある。
 最後の一人が願いを叶えるという事は――おれしかいなくなるという事だった。

「――――つぼみ。おまえはまだ、生きているんだよな……。どういう風に……どこで、どういう未来を生きたんだ……? なあ……おれが終わるとしても、世界が終わるとしても、どっちだとしても、せめて……おまえが生きているっていうのなら、おれはおまえと会いたい。おれにとっては、ここで出会った一番の友達だって、おれは――――」

 言葉を忘れない為に、おれは時折こうして空に言葉を投げかける。言葉が形を保っている自信は、あまりない。それでも、おれはかつての言葉を思い出した。
 おれは、つぼみがかつておれにくれた、花の形のヘアゴムを眺めていた。
 あの時身に着けていたこいつも、エターナルメモリの力でおれ同様に、朽ち果てる事なく長い時間を寄り添ってくれている。
 つぼみ以外の全員が死んだ事を、おれは悟っている。
 そして……。



【残り2名】





852 ◆gry038wOvE:2018/02/20(火) 02:52:02 ID:gooP8PFs0
投下終了です。
今回はちょっとギリギリまで書いていたので、誤字やミスがあるかもしれず、
その辺はwikiで修正するつもりですが、大筋はこんな感じです。

このスレ内で終わるのかちょっと心配ですが、万が一終わらなかったらwikiに直接投下になるかも……。
そうなったらすみません。

853名無しさん:2018/02/20(火) 06:10:22 ID:6cTEM61I0
投下乙です!
つぼみが残した最後の謎と共に、まさかとんでもない真相が明かされるとは……!
これは花華ちゃんにとって辛いですし、怒って当然ですよね。
変身ロワの世界に取り残された良牙も切ないです。一歩間違えたら、かつての克己みたいになってもおかしくなさそう……

854名無しさん:2018/02/21(水) 19:20:24 ID:yf5PLn9s0
投下乙です
残酷な真実と衝撃的な展開…
残り生存者2名、つぼみと良牙はどういう結末を迎えるんだろう

855 ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:42:32 ID:H/vzgqzw0
投下します。

85680 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:43:47 ID:H/vzgqzw0
【『探偵』/変身ロワイアルの世界】



『――ここが変身ロワイアルの世界よ』

 おれの中で、HARUNAがそう告げた。
 いわゆる肉体無きデータ人間、HARUNAを自分の身体に憑依させてみた感想だが――実に、変化がなかった。手足も意のままだし、感覚も変わらない。体のどこかに異物感があるとか、頭の中がぼんやりするとか、そんな事もなかった。おれの中をすり抜けるようにしてHARUNAのアバターが結合したかと思えば、そのままおれの身体にテレパシーのような形で指示を出しただけである。
 おれとしては、それは「HARUNAがアバターを使わず、声だけになった」ような感じだった。
 つまるところ、初体験にしては、あまり味わいのない感覚だった。

 唯一違うとすれば、そう、おれの身体が異世界移動を一切拒絶せず、この花咲つぼみがついぞ見つける事のなかった「変身ロワイアルの世界」の座標を見つけ、そこに飛び込めるようになったという事だけだった。本来、この先は参加者の遺伝子情報を持つ人間以外は立ち寄れないらしい場所だ。
 だから、花華が何なく入れるとしても、おれは本来なら条件から外される存在であるはずだった。おれには、どうやっても一生入る事ができない場所なのだ。
 このHARUNA嬢のたいへん素敵なお力のお陰で、おれはここにいると思うと、頭が上がらなくなってもおかしくはないだろう。勿論、まったく嬉しくはないし、今まで一度たりとも旅行に来たいと思った事もないし、実際目の前にあるのは景色も悪い場所なのだが、……まあ、貴重な経験ではあると云える。

 ……しかし、八十年の隔たりがあったわりには、来てみれば、実にあっけないものだ。
 こんなところを八十年、一生涯をかけて探した花咲つぼみが――この上なく失礼だが――少し哀れに思ってしまうほどだ。
 おれは、呟くように言った。

「……で、おれたちが辿り着いたのは、一体、変身ロワイアルの世界のどこなんだ? こんな光景を、おれは見た覚えがない。少なくとも、異常な場所である事くらいは把握できるんだが――」

 ――おれたちの前にあったのは、おそらく何かの実験が行われたように、奇妙な機材が並んだ研究室だ。
 一応、廃墟の中の一部屋のようだった。外からの光は差さない。窓がないのだ。電気はついているようだが、それもかなり薄暗かった。
 そして――そこにある機材は、古びて埃を被ったり、錆びたりしているが、人類が直近でようやく手に入れたようなハイテクノロジーや、あるいはそれすら超えるようないまだ見知らぬテクノロジーによって生み出されたものばかりであった。複数世界が結集して数多の技術が確立されていったにも関わらず、それで追いつかないような超技術が、八十年も置き去りにされていたのだ。
 いうなれば、「今」が廃れた後の、ずっと未来の世界にさえ見えた。
 この八十年、似たような事象が――誰かが同じように支配や殺し合いをもくろむ事象が――発生しないのは、おそらくこのシステムに人類が追いつく事がないからだと言えよう。

 HARUNAは、ここは、おれたちの求めた変身ロワイアルの世界だと言う。――おれの想定していたイメージと、何となく合致していた。この、精神病院に来たような、鬱屈とした不安の絶えない場所。それは、確かにかつて殺し合いの起こった場所らしい感慨を覚えさせていた。
 変身ロワイアルの世界だという確証こそなくとも、ここが普通の場所じゃないのは誰でも直感的に察する事が出来るに違いない。

『――その質問の答えを今から言おうと思っていたところよ』

 おれの中でHARUNAは言った。
 彼女は質問されるのを極端に嫌う。だからコミュニケーションの相手としては最悪だ。毎度不愉快な気持ちを提供してくれるし、彼女は露骨に不機嫌な言い方をする。他人にはコミュ障といわれるおれだが、別段コミュニケーションが嫌いな性質ではない。ただ、こういうやつと話すのが大嫌いなのだ。

「悪いな、せっかちな性格で。続きをどうぞ」
『せっかちよりも、その皮肉な言い様が気に入らないけど。まあいいわ。――ここはカイザーベリアルらが本拠地とした地下秘密基地、マレブランデス。現在は地上へと出ているけど、ゲームの開催中は常に地下に沈黙していたわ。つまり、この基地から外に出ればあなたたちは見覚えのある光景の八十年後を観光する事が出来る』

 それはたいへん面白いだろう、などと皮肉りたいところだが、やはり実際には釈然としない思いが過っており、ふと皮肉を取りやめた。

85780 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:44:17 ID:H/vzgqzw0

「……」

 おれの方を睨む花華の視線は耐え難いものがあったのだ。――それは、厳密にはおれの肉体を借りて好き勝手に念話を公開スピーチしてくれているHARUNAに向けられたものだが――彼女の心中はおれとしても察するものであった。
 確定性のない動機による響良牙の暗殺計画。拒む機会こそ与えられたが、入り込んだらもはや問答無用で承諾をさせるやり口。更には、その動機から推察できる花咲つぼみの身に起こりうる危険――つまり、響良牙の殺害で花咲つぼみが優勝者となった時に願いを叶えさせる権利を行使するのを同様の形で止めるのではないかという危惧――。
 あらゆる事を考えてみれば、HARUNAという少女に向けられる感情は決してやさしくは在れない。おれも同様だ。

 綴られた日記を目の当たりにした以上、おれだって心が動くのは止められない。
 しかし、彼女の持つ権限がなければ、おれは世界と世界を行き来できない。つまり、職場に帰れない。どうあれHARUNAとの関係の構築は重要な急務だ。

「……そこに、まだ響良牙が残っているんだな」

 おれは、そう訊いた。
 しかし、質問に答えないのがこのHARUNAである事は承知している。ただのつぶやきだった。案の定、明確な答えが返ってくる事もなく、おれの言葉は拾われる事もなく投げ出された。
 続けて、おれはもう一度口を開いた。

「――そうだ、ところでもう一人、ここに先客がいるんだろう。早くそいつを呼んでもらおうじゃないか」

 今度は質問ではなく、提案を呼びかけたのだ。
 良牙については、改めて確認せずとも、彼女が一度断定した以上、「良牙はここにいる」としか言いようがない。仮に彼女が答えてくれたとしても、それ以上の答えは返ってこないだろう。
 対して、彼女が散々言っていた“彼”なる人物についてはまだ詳しく聞けていないし、どこにいるのかもまったくわかっていなかった。
 ここにいないとすればどこにいるのか、率直に気になった。

『――“彼”ならこの基地のどこかにいるはずよ。出ないようにとは言ってある。外に出たところで何もないから』
「そんなんで大丈夫なのか」
『彼も人間よ。無理に鎖で繋がなくても、単なる指示で十分。……だって、世界の外を行き来できるのは私だけなんだから。彼が元の世界に帰るための力は私にしかない』
「……そうだな、きみの許可なく好き勝手に動き回るのは、誰にとっても損ばかり。おれたち同様、その“彼”とやらも、とっくに弱みを握られているという事だな」
『その通り』

 嫌な状況である。まるで騙されて入ったブラック企業から抜け出せなくなったような気分だ。尤も、今回は安易に知らない美女についていったおれにも、自業自得のきらいはある。彼女に憎しみを向けても仕方がない。
 何にせよ、本来おれと花華はオーロラに飛び込んだ事をもっと深く後悔すべきであるし、後悔しても事態が解決するまではどうしようもない状況であるという事だった。
 気がかりな事はいくつもあるが――そのうちボロを出してくれればおれたちにもわかってくるはずだ。無論、彼女が敵でなければの話に違いなく、常時不安しか伴わない会話だった。
 そんな折で、彼女の方もべらべらと話し出した。

『――ゲームオーバーの後の閉じたこの世界とのゲートをつなげられるのは、今は私だけよ。花咲つぼみだけじゃなく、時空管理局も、おそらくウルトラマンたちも……あらゆる人々がここに再び足を踏み入れようとしたけど、叶わなかった。それはわかっているでしょう?』

 ここにもやはり、疑問があった。
 彼女がどうして、こういう風に特殊であるのかという事だ。八十年間誰も見つけられなかった砂漠の中の一握の砂を、何故彼女は見つけ出せたのか。そして、何故彼女だけがそこに向かえるのか。
 時空を移動する能力を有し、それ以外のあらゆる知識を持った彼女は、一体どこから現れた何者なのだろう。それはもはや、確信的なまでに怪しい存在であった。
 それを疑問に思わないわけではないが――あまり迂闊に聞けなかった。

「なるほど……」

85880 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:44:46 ID:H/vzgqzw0

 おそらく、おれが考えるに、彼女は少なくともかつての主催――ベリアルの内情に詳しかった人物だろうという事だ。
 ここを知っているという事は、この世界に立ち寄ったのもきっと初めてではないのだろうし、響良牙が本当に八十年生きている前提があるならば、彼女も八十年生きていたとしてまったくおかしくはない。
 たとえば、財団Xなる組織がかつて存在し、民間企業にも関わらずこの超世界規模の支配行為に加担をしていたというが、そこに所属していた人間やその実験によって生まれた存在である可能性も否めない。まともな人間でもなさそうだ。

 まったくのホラ吹きではないのは確かだった。おれたちをただ驚かせて楽しむだけのトリックに仕掛けているとするのなら、彼女はあまりにも力を持ちすぎであったし、おれの中に侵入するまでしなかっただろう。
 彼女の云っている事は真実だろうが、彼女の素性は隠し通されている。彼女に従ってうまく帰還の手段を探るしかあるまい。

「ずっと気になっていた事があります。HARUNAさん……あなたは、何故そのゲートを通れるんですか?」

 おれが頭の中で、口にしてしまおうか悩んでひっこめた言葉を、花華は直情的に差し出した。
 詮索して機嫌を損ねても仕方がないというのに。いくら合理的であれ、人に聞き出しすぎてヒステリックを起こされるパターンが最も厄介なのは、前の職場での教訓だ。そこでトラブルを作り出したのもこういう女だった。
 そのうえ、この女は質問されるのを極度に嫌う偏屈屋だ。事情は訊けないうえ、無理に訊こうとしても話は拗れる。

『質問に答える気はないわ。何度も言った通りよ』
「しかし、あなたを信じられるか、あなたの指示に従えるか……それを決めるには、やっぱりあなたの素性がわからないとどうしようもないです。言っている事だって信じられません。……だって、あまりにも一方的じゃないですか!」
『じゃあ私がこれから素性を告げたとして、そもそもそれは真実だと思う? それだって自在に嘘を告げられるでしょう? 何を言ったって嘘じゃないなんて言いきれない。単に説得力のある言葉を並べるだけに終わるわ。つまり時間の無駄よ。ここでは、目の前で起きる真実だけを信じればいい』
「……!」
『わかってもらえた?』

 まくし立てるような言い逃れの屁理屈だが、それは反論させない圧があった。

「……」

 花華は口惜しそうな顔をして、彼女と話すのを無駄だと悟ったようだった。両者の仲は先ほどから極めて険悪なままであった。
 おれは、花華がどんな瞳をしているのかと視線を下げたが、彼女はすぐに目をそらした。
 HARUNAと話す時、おれの方を見てはいるが、あまりおれの目を見ないようにしていたのだろう。

『――ただ、そうね。ちなみにひとつ言っておくけれど、私はかつての主催陣営とは何の関係もない。彼らの勢力に属していたわけでもなければ、過去の主催者や財団Xの残党でも何でもない。むしろ、彼らと敵対する存在といえるわ。変な邪推だけはされないように言っておくけど』

 彼女はそう言って、おれの推理を見事につぶしてくれた。







【響良牙/E-5 友の眠る地】



 今、やつらが来た。
 そう、おれが今日迎える事になる敵がまさしく――全員、この場所にたどり着いたらしい。この時、おれにはその事がわかりつつあった。
 どこに来たのかはわかっている。あそこに見えるでかい城の中だ。あと少し経てば、おれを見つけて狙って来る。

 そして、その後、おれはあいつらと戦い、勝ち、ずっと前に言われたように――「願いを叶える」という権利を得る事になる。
 あの時の参加者で生きているのは、おれと、つぼみだ。……それから……そう、あいつが来る。だから戦わなければならない。
 何となく、直感的に、ぼんやりとだけ……それが確信できる力が、おれには芽生えていた。これは今日の為に与えられた力なのかもしれなかった。
 それ以上の事はわからなかった。

85980 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:45:09 ID:H/vzgqzw0

「……」

 おれは、城を見るのをやめて、足元の立て札の方を見た。
 そんなおれの目の前には、ある立て札が地面に突き刺さっていて、名前も知らない真っ白な花が添えられている。



『らんまとあかねさんのはか』



 目の前の立て札には、そう書いてあった。つまり、おれは、今、乱馬とあかねさんが眠っている墓の前にいるようだ。
 方向音痴なおれがここに辿り着けたのは、間違いなく天がおれに味方しているという事だった。
 永遠の時間と予知能力まであるというのに、方向音痴ばかりはまったく改善されないのだ。……これは呪われた宿命と言ってもいい。

 これまでも何度もこの場所に向かおうとして、何度も迷った。ひどい時はこの場所に来ようと決めてから辿り着くまで、一ヶ月や二か月かかる事があったくらいだ。
 どうせ、今日もここに辿り着く事はないだろうと、おれは内心で少し思っていたのだが――おれは今日という日には、迷う事なくここに辿り着いていた。

 この狭い島でも、いつも一人で遭難してばかりだったこのおれが……。
 かつて乱馬やつぼみに誘導されながら動いていて、ようやく行きたい場所にいけたこのおれが……。

「――どれだけ前だったかな。ここで、おれはあかねさんと戦い、救えなかった事がある。そして、つぼみとここで二人、泣いた日だ……」

 いまの俺は泣かない。何度流したかしれないが、とうに乾いた。
 ……それに、こうして運命の日に迷う事なくここに辿り着けた。運が良い。涙を流すには向かない日だ。

 おれは戦う――そして、間違いなく勝つ。
 そこまでがおれの予知した未来であり、これは確実な話なんだ。

「乱馬……あかねさん……今日でお別れだ。悪いが、もう二度と、こうして墓に花をやる事もできない。おれは、この後、最後の戦いをしに行く……」

 乱馬。おれはお前より強いが、今日は少しお前の力を少し貸してくれ。かなり久しぶりの戦いなんだ。腕が鈍っているつもりはないが、うまく動かす自信が少しない。倒さなきゃならない敵は簡単にはいかない相手だ。

 ……そうだ。それから、もう一つ。

「――待っていろ、乱馬。次に会った時、今度は間違いなく、おれはこの手でお前に勝つ。次にこの墓が作られるとしたら、その時おまえの息の根を止める事になるのは、このおれだ」

 そこでおまえがあかねさんと眠っている間中、おれは毎日……とても長い間、一人で“永遠”と戦い続けてきた。
 このおれが二度とお前に負ける事があるはずがない――久しぶりに戦う事になった時、おまえは間違いなくおれの強さに怖気づく。
 必ずおまえともう一度会い、今度こそぶちのめしてやる。

「――それより……まずはお前だ!」

 おれは空を見上げた。
 乱馬よりも先にぶちのめす相手がいる。
 おれたちをかつて戦いに巻き込んだあの化け物――そう、あのカイザーベリアルをもう一度倒さなければならないのだ。

 おれたちの周りに音楽が鳴る。
 オルゴールから流れる温かいメロディが、かつて競い合ったおれたち三人を取り囲んで、少しの間だけ癒した。
 今日ですべてが終わる……。





86080 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:45:50 ID:H/vzgqzw0



【『探偵』/プチ・マレブランデス内】



 おれたちは、気まずい空気のままでマレブランデスの中身を歩いていた。
 部屋はいくつもあり、とにかく中身には不気味な空気ばかりが染みついていた。何しろ、八十年も無人なのにいまだシステムの生きている管制室に加え、妙な趣向の要人の部屋やら化け物向けの異文化的な部屋やらがあって、そこには時折、骸骨と化した死体が放置されているのである。誰か獣にでも荒らされた痕跡も残っていた。

 廃墟の方がまだずっと、恐怖は薄い。
 そこにまだ誰かが残っていそうな雰囲気さえあり、少し震える花華の隣でおれも息を飲みながら歩いていた。もしかするとおれも震えていたかもしれない。
 そんな折、花華が震えた声で言った。

「探偵さん、ここ少し……怖くないですか……?」
「……少しで済むなら立派だ。おれからすれば、ヤクザの事務所に話をつけに行って素っ裸にされた時よりか、ずっと怖いな」
「それを聞くと、探偵さんの経緯も怖いですが……」
「きみはその手の輩を相手取る仕事が怖いらしいが、おれにとってみれば超常的な戦いを強いられるきみの仕事の方が怖いね。きみは慣れていて、今も少し怖い程度で済むかもしれないが、おれの場合は、この状況は超怖いわけだ」
「まったくそうは見えませんけど」
「怖さを押し殺さなきゃ探偵なんてやっていられないさ。怖さをどう超えるか、どう対策して怖さを最低限に抑えるか、それも仕事のうちだよ。ましてや、あの街の駆け込み寺のおれにとっては、頼りのあるところを見せないと顧客も安心してくれまい」

 おれの場合、少女ふたりの手前でビクつくのは嫌なのもあるが、元々顔に出ない性質なのだろう。十分に情けない顔をしているつもりだったが、周囲からみれば全くそんな事はないだころか、厳めしいとさえ思えるらしい。
 そんな状況の中で宝さがしでもさせられているような気分だが、少しすると、目立つ大きなドアがあった。

「なんだこりゃ。HARUNA、この部屋は――?」
『開けてみるといいわよ』

 言われるだけで、教えてくれなかった。
 舌打ちしたいような気持ちでふてくされながらそこを開けると、今度は奇妙なほど暗くて広い場所に辿り着く事になった。

 数十人が並んで寝転べる、学校の体育館のような場所――それは、何か、嫌な予感を醸している。
 見覚えはないが、何となく近い場所を想起できる。

「――ここは、まさか」

 唖然としているおれだった。
 そこの空気だけ異様に冷えていて、これから何か始まってしまいそうな悪寒を募らせた。オカルトではないが、そういう風な心理的衝動を煽る作りが成されているのかもしれなかった。
 ここは、そう、おそらくかつて……すべてを始める暗闇だった場所なのだ。
 加頭順という男が、八十年前にここに立っていた。





 ――――本日、皆様にお集まり頂いたのは他でもありません。我々の提示するルールに従い、最後の一人になるまで殺し合いをして頂く為です。





 かつて六十九名に告げられたその言葉は、まぎれもなくこの空間に響いたのだ。
 おれたちは思わず、自分の首の周りを爆弾が囲んでないか触りたくなってしまった。
 楽観的な気分ではいられない、入り込んだだけでも背筋が薄ら寒い場所だったからだ。誘われるようにここに来たおれにとっては、おれの中の女がだまして再び殺し合いをさせようとしているんじゃないかという考えさえ過った。
 だが、ここには誰も寝転んでいないし、おれたちの首に首輪が巻かれる事もなかった。
 八十年経った今となっては、この殺し合いの舞台のどこもかしこもが立派に安全圏である。同じ宿命を負った仲間に狙われる心配はどこにもない。

86180 YEARS AFTER(5) ◆gry038wOvE:2018/03/09(金) 18:46:24 ID:H/vzgqzw0

『――ここは、おそらくかつて殺し合いのオープニングが告げられた場所よ。七十名近くが一気に収容できるような広い場所は、マレブランデスの内部にはここしかなかったわ』
「つまり、数十名の運命を一斉に変えた場所か……」
『ロマンのある言い方をするわね』
「よせ。血なまぐさいロマンは好めない」

 ロマンなどというのは――あまり言いたくはない言葉だが――不謹慎に聞こえた。
 いくら八十年前の出来事であれ、いまはその出来事の渦中にあった少女の曾孫が隣にいる。おれ自身、ロマンチストのつもりはない。現実にここで数十名の運命が纏めて打ち砕かれたのだから、それを言っただけだ。
 とうの花華の顔色は、おれには暗闇で見えなかった。電気のひとつでもあれば良いが、ほとんど暗闇だ。まあ、辛うじてうっすらと何かが見える程度には光があり、真の闇ではないようだった。彼女がただ淡々としているようなのを見ておれは安心した。

 ――ふと、そんな花華がおれに声をかけた。

「探偵さん、あそこ……誰かいます……」

 片腕をゆっくりと上げたのがぼんやりとわかった。花華が指をさしたらしい方を、おれは目を細めて見つめた。
 その先には、気配だけがあった。おれは即座に構えた。
 そこにあるのが――あるいはいるのが、何なのかはわからなかった。
 しかし、前方から物音が立ったのが聞こえた。

「――」

 ……そう、誰かが闇の中で動いている。
 花華が先にそれに気が付いたのは意外だったが、人か獣か、とにかくその闇の中には何か見えない物が声を動いていた。
 こちらに気づいてさえいないのか、敵意も害意も感じる事はない。ただ、その存在が不透明すぎておれは警戒するしかなかった。
 可能性が高いのは、もう一人の“彼”であるか、あるいは、響良牙であるかという事であった。
 そして、そのいずれであっても、おれにとって敵であるのか否かが、即座にはわからなかった。

「――花華、おれの後ろへ」

 おれは、花華を誘導した。
 敵であるのかわからないという事は、敵である事を前提に行動して損はないという事だった。臆病に見えるほどに警戒を怠らない事が、おれにとっては生き方の定石だった。

 それは時に周囲にとって滑稽に見えるだろうが、間違いなく何度もおれの命を救ってきた。
 問答無用で殺されるくらいなら、笑われるくらいの方が良い。
 誘導しても後ろに立ってはくれない花華を退けるように前に立って、彼女の肩を抑えると、おれはちょっとずつ足を後ろへやった。上手い具合に相手の居所を見つめつつ、再び外へのドアを探していく。

「――探偵さん」
「この闇の中だ。光があるなら良いが、闇の中は初対面と挨拶するには向かない」
「……ええ。ただ、ここにいるのは私たちの他に、あとはHARUNAさんが呼んだもう一名と、響良牙さんの二人だけのはずですから……」
「だとするなら前者だが、きみの疑う通りHARUNAがまったくの嘘つきで、この世界の悪魔や魔獣に餌をやりに来たのなら、おれたちに襲ってくるかもしれないな」

 おれは、皮肉めいた言葉を返してしまった。
 すべての情報をHARUNAに依存している以上、そうとも言える。ここが怪物の檻で、おれたちはそこに餌として放り込まれているかもしれない。
 それはわからないし、だとするのなら逃げなければならないだろう。

『失礼ね。――あそこにいるのは、間違いなく“彼”よ』

 すると、HARUNAの声が響いた。彼女は淡々と、ただ少し呆れたように言った。目の前でこう言われて不機嫌にはなったかもしれない。
 おれは不意の言葉に少し心臓を高鳴らせる。

『ねえ、この中を彷徨って迷子にでもなったのかしら。それとも、別世界での父親がいた場所を探索しているの――?』

 今度の言葉は、おれたちではなく、そこに立っている“彼”とやらに向けられた言葉だったようだ。
 ただ、おれたち全員に聞こえるように念話をかけているのは間違いなかった。
 そこにいる者の正体を、彼女は直後に告げてくれた。





『かつての殺し合いの主催者、カイザーベリアルの息子――――朝倉リク』








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