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('、`*川魔女の指先のようです

2名無しさん:2017/12/15(金) 21:32:48 ID:oTITfu5c0





序章 【魔法】

3名無しさん:2017/12/15(金) 21:34:48 ID:oTITfu5c0
(,,´Д`)

ギコ・コメットは眉間に刻まれた深い皺が特徴的な老紳士で、毎朝五時に起きて地元の公園に杖を突いて散歩に出かけ、一時間ほどベンチで陽に当たるのが日課だった。
彼がオータムフィールドに越してきたのは三〇年ほど昔になるが、
まるで生まれた時からこの田舎町に住んでいるかのように近所の住民と付き合い、町の行事にも積極的に手を貸すなど近所では評判の人物だった。
険しげな表情とは裏腹に非常に穏やかな性格をしており、公園で子供達と遊ぶ姿もよく見かけられていた。

夏になると洒落た帽子を被って散歩に出かけ、冬になると厚手のコートを着て散歩に出かけた。

(,,´Д`)「やぁ、ドーラさん。 おはようございます」

J( 'ー`)し「あらあら、ギコさん、おはようございます。
     今日もお散歩ですか? 元気ですねえ」

散歩のたび近所に住むドーラ・カー・チャンに決まりきった言葉で決まりきった挨拶をする。
これもまた、彼の日課だった。

(,,´Д`)「ははっ、こういう日はコーヒーが美味いのでね。
    それでは」

肌寒い季節の散歩には熱いコーヒーの入った魔法瓶を欠かすことはなく、散歩の終わりに彼は白い息を吐きながらベンチに腰を下ろし、濛々と湯気の立ち上るコーヒーを美味しそうに飲むのであった。
冬の匂いが強くなり始めた十一月のその日、ギコの姿はいつもと同じようにして公園にあった。
ポットから立ち上るコーヒーの香りと湯気で顔を洗い清め、その熱い液体を啜って満足げに息を吐いた。
薄らと明るくなってきた灰色の空に昇っていく白い息を見送り、夜明けまでもう間もなくであることを悟る。

4名無しさん:2017/12/15(金) 21:35:55 ID:oTITfu5c0
(,,´Д`)「あぁ、良い香りだ」

この瞬間が、この上なく幸せな瞬間だ。
一日の始まりは夜明けであり、一日の始まりは自らが生きていることをこの上なく確かに自覚させてくれる。
冷たい風に目を細め、ギコはコートの襟を立てた。
風にあおられた木々がざわめく音は潮騒に似ており、彼の生まれ故郷であるジュスティアの海辺を連想させた。

コーヒーを一口飲み、魔法瓶を傍らに置く。

(,,´Д`)「ふぅ…… 美味い……」

朝日に照らされた美しい水面、ウミネコの鳴き声、遠くに見える漁船、鼻孔に残る潮の香。
全てが懐かしい故郷。
サーフィンに命を懸け、バイクでアウトバーンを爆走し、
毎日のように友人達と酒を飲んで夜遅くまで楽しんだ若かりし日々に思いを馳せる。
狩猟用のライフルを担いで山に入り、鹿狩りをしたあの日。

クラブで一夜限りの関係を持った名も知らぬ若い娘。
輝いていた青春時代は、潮騒と共にあった。
潮の香こそないが、幻の潮騒は彼の耳に残されたまま。
静かに目を閉じ、思う。

思い出すのは故郷の香りではなく、一〇代の頃に戦場で散った仲間の事だ。
上陸艇に乗り込み、波に揺られた悪天候の初日。
船内に入り込む冷たい海水と船酔いのために嘔吐した仲間の吐しゃ物の酸っぱい臭いは、今でも鮮明に思い出すことが出来る。
最悪の船内だった。

5名無しさん:2017/12/15(金) 21:37:30 ID:oTITfu5c0
そして鋼鉄の船体が速度を落とし、いざ上陸となった時の緊張感。
心臓が張り裂けそうになり、鼓動で体が揺れた。
固い椅子に腰をおろしていながらも、少しも休んでいる気にならなかった。
隊長の号令で腰を持ち上げると、全員がそう訓練されていないにもかかわらず腰を屈めていた。

雷の音に似た砲声と銃声が、彼らの体に原初的な防衛反応を強いたのだ。
上官の罵る声に気圧され、船から飛び出す兵士達。
海岸の向かい側に聳え立つ崖に設置された機銃が火を噴くたびに悲鳴が上がり、自分達は敵の側面から接近しているのではなく正面から突撃する形になっているのだと、その時初めて知った。
後は皆、同じ気持ちと同じ思考によって体が動いていた。

安全な場所を目指して走る、ただそれだけだ。
目の前にいた友人が電動鋸で切り裂かれた様に、体の一部を失って浜に倒れる。
その体を踏み越え、塹壕を目指してただ走る。
迫撃砲が砂浜に直撃し、砂と死体と臓物を上空に舞い上げる。

曳光弾の軌跡が流れ星のように味方に降り注ぐ。
必死の思いで辿り着いた塹壕には勇猛果敢な兵士は一人もおらず、皆同じように体を丸め、銃弾と砲弾から身を守ろうとしていた。
一緒に上陸したはずの上官は手首だけとなり、その後に作戦指揮を担当するはずだった人間は海に沈んでいた。
戦場は混沌を極め、上陸してから敵軍を叩くという作戦は最初から破たんし、どれだけ味方兵士を助けられるかという戦争が始まった。

瞼を上げると、そこには死体も敵もいない。
長閑な景色が広がり、戦争は遠い過去だという事を思い出させてくれる。
もう、戦争は終わった。
これ以上友人を鉛弾で失うこともなく、自分に鉛弾が飛んでくることもない。

平和の尊さが身に沁みてよく分かる。
安全の中に感じる平穏こそが平和なのだと、八六歳になった今ようやく悟ることが出来た。
生きているだけで幸せなのだ。
立派な家も豪華な車も美しい妻がいなくても、幸せを感じ取ることは出来る。

6名無しさん:2017/12/15(金) 21:38:17 ID:oTITfu5c0





(,,´Д`)「……いい日だ」





今、この瞬間こそが人生で最も幸せだと断言出来る。
地平線の彼方から昇る太陽が燃えるような眩い輝きを放ち、黄金の夜明けに目を細める。
そして突如として視界が暗転し、音も痛みも後悔も疑問もなく、ギコの人生は幸せの絶頂で終わりを告げた。





(,, Д )




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7名無しさん:2017/12/15(金) 21:39:25 ID:oTITfu5c0






______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄





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8名無しさん:2017/12/15(金) 21:42:56 ID:oTITfu5c0
ランニングをしていた夫婦が事切れた彼を発見したのは、死亡から三時間が経ってからの事だった。
警察の捜査で分かったのは一発の銃弾が彼の心臓を破裂させたという事と、使用された銃がドラグノフ狙撃銃(SVD)という事、そして少なくとも一キロ以上先から撃たれたという曖昧な情報だけ。
手がかりとなるはずの線条痕は犯人特定の決定的な材料とならず、犯人が相当腕の立つ狙撃手である事は間違いなかった。
ドラグノフの有効射程距離は約八〇〇メートルと中距離であり、尚且つ精度を考えると今回のような長距離の精密狙撃には不向きだ。

また、被害者の周囲には木々が密集しており、被害者の姿を視認することは勿論、銃弾を当てる事など不可能の領域だ。
それでも急所を一撃で撃ち抜くという事は、その銃が狙撃精度を高める改造が施されていて、世界一の狙撃手も裸足で逃げだすような腕を持ち合わせた人間が犯人というのは、疑う余地もない。
警察内で最も腕の立つ狙撃手はこの狙撃について短く『魔法のような技術を持った人間の犯行』とコメントを残した。

何より捜査を難航させたのが、ギコという人物が誰からも恨まれるような人間ではなく、諜報員だった経験もない、善良な一般市民という点だった。
怨恨や陰謀で殺されたのでなければ、殺害された動機が分からないままになる。
面白半分で事件が起こったとは考えにくく、彼は紛れもなく標的として選ばれ、殺された。
犯人の目星をつけるには被害者が持つ繋がりだが、彼の知人や周囲には狙撃に長けた人間はいなかった。

つまるところ、外部から雇われた何者かによって殺されたのだとしか断定はできなかった。
しかし、興味深い証言があった。
彼を昔から知る知人、友人、上官達は口を揃えて彼に勝る狙撃手などいないと証言したのだ。
ギコの正体は元軍人で優れた狙撃手として軍務に従事し、多くの功績と勲章を得た英雄だったのである。

9名無しさん:2017/12/15(金) 21:45:55 ID:oTITfu5c0
だがそれだけだった。
仮に戦争に参加した際に恨みを買ったとしても、誰が該当者なのか調べるのは不可能なのだ。
当事者の全員が殺人に加担してしまう戦場では、自分が何の気なしに撃った一発の銃弾が何を引き起こすのか、誰にも分らない。
海に投げ入れた石が魚に当たったのか気にする人間がいないように、本人ですら分からないのだ。

結局この事件の真相が明かされることはなく、遂には迷宮入りすることになる。
事件が起こったその日、一人の老女がオータムフィールドから姿を消したことを知る者は、誰もいなかった。

序章 了

10名無しさん:2017/12/15(金) 21:46:24 ID:oTITfu5c0
続きは明日
VIPで

11名無しさん:2017/12/16(土) 02:07:17 ID:wkwgiSR.0
面白そう期待

12名無しさん:2017/12/16(土) 15:52:44 ID:2kOtA.Q.O
アモーレの外伝か。期待

13名無しさん:2017/12/16(土) 19:05:57 ID:PIyqX5p20
序章から投下します
よろしければ是非

('、`*川魔女の指先のようです
http://hebi.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1513418714/

14名無しさん:2017/12/16(土) 22:17:33 ID:a.IVvQ0s0
絶倫

15名無しさん:2017/12/16(土) 23:09:56 ID:PIyqX5p20
明日は第二章をVIPに投下します

それまでにこちらに第一章を投下しておきますので、是非VIPにお越しください

16名無しさん:2017/12/17(日) 07:50:10 ID:YAAXsb060
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第一章 【小さな謎、小さな旅】
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  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄
――気の遠くなるほど昔、世界の歴史を変える大きな戦争があった。
第三次世界大戦と呼ばれるその世界大戦は地上の生物を滅ぼし、都市を消し飛ばし、生命の在り方を長年に渡って変えることになった。
戦争が破滅に向かって激化する過程で多くの兵器、多くの武器が生まれた。
平和を求める人間達が作り出した強すぎるその力はやがて国だけでなく、世界そのものを滅ぼすことになったのは、何とも皮肉な話だ。

だが発明とはそういう物であり、人間の望みとは大半が己の願いとは別の方向に進むものだ。
やがて文明と呼べる物の名残が全て朽ち果て、人の生活の跡地は汚染された危険地帯と化し、人の手が介入しない空白の時代が生まれた。
時は流れ、新たに誕生した人類は新たな文明を手にした。
それは国がなくなり、代わりに数多の街が存在する文明だった。

人類の滅亡から悠久とも言える長い時間が流れ、新人類は二〇世紀半ばまでの文明を回復することに成功した。
長い時間は地球と月の距離を縮め、夜空は世界大戦以前の黒ずんだものから様変わりし、銀河と星々が作り出す見事な輝きで満たされ、さながら宝石箱の様だった。

絢爛豪華な文明を象徴した建物は軒並み風化し、崩れ落ち、そして土へと還ったその上に新たな建物が聳え立っている。
人類発展の一役を担っていた娯楽は収縮し、テレビは金持ちだけの娯楽へと移り、価格の暴落を続けていた携帯電話は豪邸を買えるほどの高級品と化した。
一般人に残された娯楽は音楽、そして少々値の張るラジオから流れる陽気な番組ぐらいだった。
デジタル製品も一部が復活をしているが、未だに民間人の手の届く値段ではない。

いつの時代、どの文明も大きく発展したと言われる時期には必ず大きな発明が伴う。
例えば、石器に代表される道具の発明や、火の発見とその活用が動物と人間を隔て、核兵器の登場によって貧困国でも大国に侵略をされずに済むようになった。
やがて道具とエネルギーという二つの発明が共に歩調を合わせ、人はより大きな力を手に入れていく事になった。
蒸気機関や電気は新たな移動手段や効率の良いエネルギーの生産を可能にし、安価で大量生産された質の良い武器や道具は戦争や生活そのものを塗り替えた。
それは、今も昔も変わっていない。

道具が進化する過程で、腕力を必要としていた弓矢は銃爪を引く力だけを要求する銃になり、従順な友であった犬は無機質な道具であるロボットへと変化した。
だが、人間が取り扱う乗り物の進化に於いて、特異な性質を持つ物があった。
それは、バイクである。
古より人の移動手段として共に在った馬の形が色濃く残され、その取扱い方なども馬にかなり近い。
時代が変わっても双方を乗りこなす者を騎手(ライダー)と呼び、バイクを鉄馬と呼ぶ名残があるのはこのためである。

鋼鉄の心臓が放つ心地よい振動が腰の下から伝わり、乗り手がそれを感じ取ることでバイクの状態を把握する。
鉄と歯車で作られた心臓は言葉ではなく音で己の状態と要求を伝え、最適なギアを要求する。
太古より人間と共に暮らしてきた馬は今ではほとんどが鉄製の機械に置き換わっているが、
それでも人間は長距離ないし短距離を駆け抜けるこの乗り物に、本来あるはずのない命の存在を少なからず感じ取っていた。
四本あった脚は二本のタイヤになり、鬣は消え失せ、空気力学の結晶とも言える鎧を纏い、餌や水の代わりに求めるのは燃料として使う少量の水と電気。

乗り手の世話に応じてその状態を生物のように変化させ、風を切り裂く爽快感を己の主に与えもするし、地獄に叩き落としもする。
人間が生み出した機械の中でも、これほどまでに心があると信じられている物はそうないだろう。
バイクは今も昔も、旅人の想いを乗せてその鋼鉄の心臓を震わせ、より遠くに、より速く駆けていく。

八月五日。
豊かな自然に囲まれた島に、バイクを自分の愛馬のように扱う人間が上陸した。

17名無しさん:2017/12/17(日) 07:52:41 ID:YAAXsb060
手練の技術者が一台一台全て手作業で整備、組み立てを行う事で有名な会社が手掛けた電動大型自動二輪車が残す低音のエンジン音は心地よく、潮騒と調和して不快なそれにならずにいた。
黄金の羽を持つ隼のように素早く、しかしカモシカの俊敏性と忍者の静音性を損なわないというコンセプトの元に開発されたそのバイクは、
太古に残された設計図を基に現在の技術者達が復元した物で、現存するのは僅かに三〇台だけだった。

トラスフレームを覆い隠すようにしてエンジン全体を包むカウルは深い輝きを秘めた蒼に塗装され、リアシートにはカーボンカラーのサイドパニアが二つと、リアパニアが一つ装備されている。
大口径左右二本出しのマフラーは後輪タイヤを挟む低い位置にあり、非常に安定感のある設計をしていた。
優秀なサスペンションや長距離走行に適した高めのハンドル位置、耐久性を重視した極太の後輪タイヤ、スポーツカー並の馬力と排気量を実現した水冷式のエンジン。
これら全ての装備は優雅な長旅を満喫出来るよう熟考して選び抜かれ、設計された物だ。

大型のバッテリータンクには地図や小物の入ったタンクバッグが取り付けられ、旅慣れた人間がバイクを運転しているのと同時に、
黒色の輝きを放つエンジンガードと蒼いカウルに傷一つないことから、慎重に運転をする人間であることも分かる。

夏の日差しは強く、熱されて鉄板のように熱くなったアスファルトの道路は地獄の釜底を思わせる。
しかしながら空気が乾燥しているため、バイクで疾走する人間はあまり暑さを感じることはない。
むしろ、風が運んでくる海上で冷やされた空気と日差しが程よい涼しさを生み出し、夏らしさを肌で堪能出来る環境を作り出している。
四方を海に囲まれたこのティンカーベルという街は大小数無数の島々で構成され、
最も大きなグルーバー島にある観光名所としても有名な鐘楼〝グレート・ベル(偉大なる鐘)〟が奏でる美しい音色から〝鐘の音街〟、と呼ばれていた。

その環境の穏やかさと豊かな自然が長距離ツーリングを目的とするバイク乗り達に絶大な人気を得ており、毎年夏のこの時期ともなればキャンプ道具一式を載せて走るバイクを多く見ることになる。
避暑地としても優秀だが、何よりもバイク乗り達を魅了しているのがティンカーベルにある三つの島の間を移動するのに船を使わなくていい点だった。

離島を訪れるにはフェリーを使うのが普通だが、ティンカーベルは長い一本の橋が海上を通って陸と繋がっているため、容易に訪れることが出来るのだ。
大陸からティンカーベルに通じる一本の橋は〝正義の都〟と呼ばれるジュスティアと繋がっており、それ以外の街からこの島に来るためにはフェリー以外の手段がない。
ジュスティアはいわばティンカーベルにとってのお隣さんなのである。
その女性は長い船旅を終えたばかりだったが、疲労の色はどこにもなかった。

緩やかに続く海沿いの山道には、崖の向こうから絶え間なく海風が吹いている。
潮の香りを含んだ風は夏の香りを伴い、穏やかな空気を作り上げていた。
吹き付ける向かい風は車体を駆け巡ってエンジンの熱を冷やし、大型のウィンドスクリーンによって乗り手の顔を優しく撫でる微風へと変化させられていた。
心地のいい振動とエンジン音の中、グレーのジェットヘルメットを被ったその人物は左手に広がる大海原に目を向け、その青さと煌く水面を堪能していた。
精巧なステンドグラスと純度の高い宝石の美しさを併せ持った風景は、人間の心を容易に揺さぶり、穏やかな気持ちにさせてくれる。
風に乗って潮の仄かな香りが鼻孔に届く。

車の往来は皆無と言っていい。
山登りを目的とする人間は街に近い登山口に集中するため、場違いな歩行者もいない。
極まれに競技用の自転車に乗った人間か、ツーリングを目的として軽快な走りをするバイクとすれ違う。
すれ違う際に左手で挨拶をすると、半数以上のバイク乗りがそれぞれのやり方で挨拶を返してくれた。

手を振る者、ピースサインをする者、拳を突き上げる者、猛者ともなると立ち上がって両手を高々と構える者までいた。
挨拶は一瞬の内に終わるが、その後味の良さは一日以上残る。
後続車すらも今はいないため、妙な威圧感を感じることもなく、自分のペースで走行出来るし気兼ねなく挨拶も出来る。
ソロツーリングには最適な状況だった。

('、`*川

バイクのハンドルを握るのは〝武人の都〟イルトリア出身のペニサス・ノースフェイスで、穏やかな物腰と美しい容姿から柔和な印象を与える女性だった。
鳶色の瞳と垂れた目尻と眉、長く伸ばした艶やかな黒髪は幻想的な中にも危険な香りを漂わせ、二〇歳にしてすでに多くの物事を悟ったような雰囲気を放つ。
色白の肌に刻まれた傷は彼女の歴史そのものだ。
拳の皮が固くなっているのも、体に刻まれた銃創の一つ一つにも歴史がある。

18名無しさん:2017/12/17(日) 07:55:28 ID:YAAXsb060
彼女の出身地であるイルトリアはヨルロッパ地方の西に位置し、比類のない軍事力を有する街として世界に知られている。
住民の銃保有率は八割――小学生以上のほぼ全員が持っている計算――を超え、何より軍への就職率は世界一である事から武人の都の名で呼ばれ、恐れられている。
彼女もまた軍人の一人として海兵隊に所属しており、今日は久しぶりの休暇を使って遠く離れたこの避暑地を訪れていたのであった。

穏やかな昼下がりの空気は、山頂に近づくにつれて冷えたものになり、肌寒さすら覚える。
ペニーの駆るバイクは滑らかにカーブを曲がり、山の奥へと進んでいた。
カモメが風に乗って並走し、やがて別れを惜しむ様子も見せずに旋回してどこかへと去る。
それを見送ると、水平線の先に浮かぶ小さな雲の群れに心が動いた。

人間とは不思議な生き物で、あり得ないと分かっていながらも多くの可能性を一瞬で連想し、それに胸を痛める事がある。
例えば、空の青に溶けて消えそうな雲の向こうの世界を勝手に創り上げ、雲の流れ行く先、雲の下の世界、そして雲がこれから作り上げる形を想像するのだ。
雲の輪郭が鮮明であればあるだけ、その思いは強くなってしまう。
雲の中に街があるのではないだろうか。

雲の下には見たことのない美しい世界があるのではないだろうか。
雲が成長し、巨大な積乱雲となって更に心躍らせてくれるのではないだろうかなど、実にささやかな想像が働く。
それはまるで意味のない行為だ。
何の生産性もなく、これといった理由もなく起こる不思議な現象だ。

しかし、その想いは空を飛ぶ発明を生み出し、空を越えた宇宙へと到達する発明まで作り出してしまった。
今ではその両方の発明が失われているが、文献に残された人類の空への執着心は称賛に値する。
空を見上げて心和ませ、そこに思いを馳せる不完全な生物であるが故に、
群青色からスカイブルーへと至る空の見事なグラデーションを見せつけられてしまえば、訓練された軍人といえども心を動かさざるを得ないのだ。

並木道に差し掛かり、ペニーの視線は正面に戻った。
木々が作り出した自然のトンネルには、木漏れ日が降り注いで緑に輝く天井を生み出している。
山肌から湧水が漏れ出ているそばを通り過ぎると、ひやりとした空気に思わず頬が緩む。
緩やかに続く勾配を上り、徐々に影が濃くなっていく。

ギアを一つ落とし、より傾斜の大きな坂道に備える。
連続した急なカーブをバイクと共に体を傾けながら丁寧に曲がり抜け、景色を楽しみながら山道を駆ける。
視線は常に自分の進行方向の先に向けられ、両脚はタンクをしっかりと挟みつつも、状況に応じて片側から押すようにして、車体を傾けた。
カーブに気を取られて速度が落ちないよう、エンジンの回転音を基に速度の維持を行う。

ほどなくして山頂に設けられた休憩施設〝ロード・ステーション(道の駅)〟が見えてきたため、立ち寄ることにした。
運転の間の小休憩、もしくはこの施設で腹ごなしをする目的で大勢の人間で賑わいを見せるロード・ステーションの駐輪場は非常に広く、優に一〇〇台近くのバイクが駐車出来る敷地があった。
ペニーはバイクを出しやすい端の方に駐車し、ヘルメットを抱えてフードコートに足を向けた。
ファーストフードから地元の名産品まで幅広く取り扱うフードコートには、たっぷりと香辛料を使った東洋の食事も並んでいた。

車やバイクで訪れる観光客の多い地域では、利用客の数と頻度を考えて休憩施設に力を入れることが多い。
飲食店は勿論の事、シャワー室や仮眠室が施設の一つとして設計されている事まである。
ペニーは喫茶店に立ち寄って具が沢山詰まったサンドイッチを注文することにした。

('、`*川「これをお願いします」

( '-')「かしこまりました」

間もなく、ペニーの注文した品がトレイに載せて渡された。

('、`*川「どうも」

19名無しさん:2017/12/17(日) 07:58:14 ID:YAAXsb060
席に移動してトレーを置き、紙袋からサンドイッチを出して早速かぶりつく。
一本のバゲットに挟まったレタスとピクルス、そしてみじん切りにされた玉ねぎが心地のいい歯ごたえを演出し、
トマトとハムは独特の甘みを生み出し、チーズがそれらを束ねる風味を提供した一品は実に食べ応えがある。
マヨネーズの酸味も然ることながら、シーザードレッシングが全体の味を調えている。

実に単純な味付けだが、これがいいのだ。
野菜はティンカーベルで作られた野菜だが、他は全て輸入された安物だ。
だが、素材の良し悪しが料理の味を左右するのはよほどの時でなければあり得ない。
風に疲れ、広い世界を知りたいと願う人間には食材よりも味が何よりも優先して評価される。

食べ応え、味、値段の全てが平均以上の物だった。
ペニーにとって食事は食べ過ぎるという事はない。
食べられる時に食べ、緊急事態に備えるのだ。
ましてやそれが、味について一切の言及を許されない携行軍用食でないのならばなおさらだ。

一般的な女性――モデルのような細身の体形に憧れる女性――が食べる量よりも多いが、ペニーは他人の視線を気にすることなく食事に集中し、完食するに至った。
もっとも、彼女からしたらこの程度の量はなんてことないのだが。
時間を惜しむことなく食事を済ませてから、食後のコーヒーを静かに飲んで休憩することにした。

バイクの旅にはいくつかの楽しみがある。
美しい風景や立ち寄った土地での出会い、郷土料理や未知との遭遇などあるが、食後に味わう非日常感は特に格別だ。
特に、日常的に喧騒の中で生きている人間ほど、その感動は増す。
軍人であるペニーが平和そのものの空気を味わえるツーリングを楽しんでいるのも、こうして非日常を味わうことによって日々のストレスを軽減させる目的がある。

冷房の効いた喫茶店内には一目で同じグループのバイク乗りだと分かる男達がたむろしており、全員が膝に赤色のバンダナを巻いていた。
彼らは食事を終え、次の目的地の話に花を咲かせている。
他にも、狩猟に来ているのかサングラスをかけた厳めしい男がライフルケースを傍らに置き、どこかに視線を向けている。
客の中でも異質な存在感を放っていたのは、フードの付いたローブかマントを羽織る美しい女性だった。

ζ(゚ー゚*ζ

('、`*川

宝石のような碧眼と瑞々しささえ感じられるウェーブのかかった上品な黄金色の髪は、まるで絵画や芸術品を思わせた。
不思議な印象を与える女性はペニーの視線に気づいたのか、軽く微笑みかけた。
ペニーも微笑み、会釈をした。

ティンカーベルには大きく分けて三つの島がある。
西に位置するバンブー島、東に位置するオバドラ島、そして二つの島の中心にある、ここ、グルーバー島である。
バンブー島はウィスキーの蒸留所がいくつもあり、昔から上質なシングルモルト・ウィスキーを生産することで知られている。
その秘訣は大量の泥炭と天然水にある。

泥炭はウィスキー作りに於いて欠かせない存在であり、独特の風味を作り出す要だ。
また、その泥炭を通じて地下に沁み込んだ天然水は必然的に泥炭の香りを内包しており、他に類を見ない最高の相性として世界に知られている。
オバドラ島は自然豊かな島であり、建物もその景観を壊さないよう配置されている。
どの島も橋を使って行き来をすることが可能なため、バイクでも難なく島を探索、堪能することが可能だ。

大きなマグカップに注がれたコーヒーを飲み終えたペニーは、新たな静寂と風を求め、店を後にした。
再び強い日差しに照らされたペニーはヘルメットを被り、バイクに跨る。
キーを差し込んでエンジンをかけた、その時である。

20名無しさん:2017/12/17(日) 08:00:07 ID:YAAXsb060
( ・∀・)「ねぇ、ちょっと待ってよ」

馴れ馴れしい声だった。
獲物を前にした動物の吐息のように、詐欺師が使う甘言に似た響きがある。

( ・∀・)「俺達と一緒にツーリングしない?」

視線だけを男の声の方向に向ける。
先ほど喫茶店にいたバイクグループの一人だ。
いや、彼の周囲にすでに数人が集まり、値踏みするようにしてこちらを見ている。
これは別に特別な光景ではない。

バイク乗りの多くは男性で、女性の比率は非常に低い。
故に、バイク乗りの中には女性を見つけたら声をかけるのが礼儀だと思っている輩がいる。
それに喜ぶ人間も中にはいるが、ペニーは逆だ。

('、`*川「遠慮しておきます」

( ・∀・)「まぁそう言わずにさ。 どこに行くの?俺達は――」

('、`*川「言い方を変えますね。 興味ないんです、貴方達に」

こういった状況の場合、相手にしないのが得策だ。
下手に相手にするような素振りを見せればつけあがり、やがて面倒な事態に発展する。
バイクに乗り、早々にこの場を去るのが賢い選択だった。

(;・∀・)「待ってくれよ」

語気の変化は、彼らが純粋にツーリングを楽しむ輩ではないことの証だった。
ペニーは頭痛を覚えずにはいられなかった。
ツーリングには二種類ある。
ソロツーリングとマスツーリングだ。

単独か、それとも多人数か。
些細なことにも思えるが、その実、心理学的に考えればそうではない。
一人の行動と複数で行う行動では心理的な余裕、すなわち大胆さが圧倒的に違うのだ。
旅の恥など一時の恥と開き直った輩の行動は時に大胆不敵を通り越し、無礼の領域にまで踏み込んでしまうことがある。

( ・∀・)「折角の〝一期一会(フォレストガンプ)〟なんだ、お互いにバイク乗りだから分かるだろ?」

('、`*川「それはそうですが、興味がないと言いましたよね?」

別に、ペニーはマスツーリングが嫌いなわけではない。
単独でも複数でも、それぞれの楽しみがある。
しかし、相手に下心があるのが明白な場合はツーリングの目的が変わるため、断ることにしている。
無論、話しかけてくる全てのライダーが下心を持った人間なわけではないが、ペニーはこれまでの経験から人の本質を見抜くことにかけては自信があった。

21名無しさん:2017/12/17(日) 08:02:35 ID:YAAXsb060
臆病者、勇敢な者、姦計を企てる者、利害によって動く者など、戦場では人間の本質に触れることが非常に多かったため、
どれだけ豪胆を称する者でもひとたび鉛弾がヘルメットを掠めれば、たちどころに臆病な本性が露わになる瞬間を嫌と言うほど見てきた。
特に恐れを知らない新兵は必死に感情を隠し、戦場で一気にその感情を爆発させ、早死にした。
その姿を幾度も目撃し、幾度も彼らを宥めてきた経験があるからこそ、ペニーはこれを特技として身につけることが出来たのである。

今こうして話しかけている男は自分を大きく見せることで、異性に対してアピールする類の人間なのはまず間違いない。
戦場で勇者を気取る人間に多い人種である。

('、`*川「だから悪いですけど、遠慮しておきます」

これ以上の会話を望まないという意向を声に込めつつ、ペニーは半月刀のように細めた目で男を見た。
人が人を見るという行為には、いくつもの意味がある。
しかし、今回ペニーが男を見た意味は、彼に対しての警告と不快感の表れであった。
一瞥された男は鳶色の瞳の奥に殺意の色を見つけ、本能的に後退した。

彼の中に動物的な本能が残っていた事に、ペニーは安心した。
力づくで押し退けずに済んだ。

('、`*川「失礼するわ」

ペニーは臆した男達の間を悠々とすり抜け、ツーリングを再開することにした。
男達の姿が小さくなり、バックミラーの点となっても誰も彼女の後を追ってくる者はいなかった。

山頂から少し島の北側に下ると、そこにはキャンプサイトがある。
ハイキング客もツーリング客も幅広く利用出来る場所だが、特別な施設があるわけではなく、炊事場とトイレぐらいがあるだけだ。
逆にその不便さが客には好評だった。
折角文明から離れるためにキャンプをするのに、文明が生んだ便利な施設に囲まれていては元も子もない。

よく言えば自然のまま、悪く言えば貧相なキャンプサイトに到着したペニーは、さっそくテントを張ることにした。
利用客は彼女を含めてせいぜい一〇人程度しかいなかった。
夕方になれば更に人が増えるだろう。
人が増えてからでは設営は面倒になるので、まずは芝生の上に停めたバイクからパニアを分離させ、そこから二人用の小さなドームテントを取り出した。

軽量のフレームと防水布のテントは非常に小さいものの、一人で使う分には不自由しない。
テントの中で立ち上がることがなければ何も問題はないのだ。
続いてクッションの役割も果たす銀色のマットを床に敷き、薄手のシュラフをその上に放る。
マットがなければ朝露でシュラフが濡れ、乾燥させる時に時間がかかってしまう。

調理器具など他のキャンプ用具一式をテント内に残し、ペニーは再びバイクに跨った。
キャンプサイトでの窃盗被害にあうのは車が主であり、テント内に侵入しての犯行はまず起こりえない。
民家と異なり、テントには誰がいつ戻って来るのか、誰の目があるのか全く分からないのだ。
それに、盗まれたところでペニーはあまり困らないように訓練を受けているため、全く気にすることもない。

一泊分の食料を買い求めるため、バイクは来た道を戻って街へと向かう。
ツーリングに於いて過積載は禁物だ。
バイクが持つ機動性を損なうだけでなく、食糧そのものの鮮度に重大な被害をもたらす可能性がある。
一方で、ペニーは買い物が好きだった。
新たな食品、異なる価格、圧倒的な費用対効果をじかに味わい、その中からその日の献立を組み立てるのは料理をする者の特権であり、醍醐味でもある。

22名無しさん:2017/12/17(日) 08:03:32 ID:YAAXsb060
街に戻ったペニーは大型スーパーの駐車場にバイクを停め、店内を見て周り始めた。
まずは品揃えだ。
入ってすぐに広がる野菜の鮮度と値段を見て、手のかからない献立を脳内で決める。
ツーリング用の調理器具は全て小さく、軽い。
最も簡単なのは野菜炒めと白米の献立だ。

もやしとキャベツは基本だが、場合によっては季節の野菜を入れるのが彼女のこだわりである。
この時期ならば茄子やニガウリを混ぜても美味い。
何かめぼしいものはないか店内を見て周り、最終的にはパックに詰まった野菜炒めセットを一袋、
今朝収穫したばかりという茄子を一本、ブロックベーコンと調味料一式、そしてコンビーフの缶詰とビール一缶、カップ酒をかごに入れて会計を済ませた。

折角野外で食事をするなら、酒があった方がいい。
店を出ると、陽が傾き始めていた。
キャンプ場に戻る頃にはいい時間帯になっているだろう。

再び山道を登ってキャンプ場へと戻ると、ちらほらと人が増え始めていた。
巨大なドームテントの設営に四苦八苦する若者達もいれば、竹を使って立ち竈を作るボーイスカウトの集団もいた。
この賑わいもまた、野営場の楽しみでもある。

テント内に投げ入れておいた調理器具一式を取り出し、手際よく準備を整える。
コンロが一つ、正方形のコッヘルが二つと切れ味のいいナイフ、そして万能ナイフがあるだけだが、これで十分なのだ。
ビニール製の給水タンクと野菜を手に、炊事場に水汲みと野菜を洗いに行く。
ここの水はそのまま飲むことが出来るほど綺麗だが、希に腹を下す場合がある。

こればかりは運による要素が強く、飲料水として使うためには一度煮沸消毒してからの方が望ましい。
すでにそこで野外調理を始めていた一行に軽く挨拶をして、水をタンクに汲む。
そして、野菜の表面を軽く洗ってテントに戻ろうと踵を返す。

⌒*リ´・-・リ「それ、便利そうですねー」

タンクに興味を持ったのか、先ほど挨拶を交わした団体にいた女性がペニーに声をかけてきた。
化粧が少し落ちていることから昼間からここにいたという事、その化粧の下に見えた肌の年齢はまだ若いことから、おそらくはペニーと同年代であると想像が出来た。
敬語は不要だろうが、初対面の人間に対して礼節を欠かすような人間にはなれなかった。

('、`*川「えぇ、持ち運びに便利なんです。
     とても小さくて軽いけど、穴が開くのが難点ですね」

⌒*リ´・-・リ「穴、ですか?」

('、`*川「木の枝や尖った石、火の粉でも空いちゃうんですよ」

名も知らぬ者同士、こういった交流は開けた場所だからこそ起こる事態だ。
これが都会のただなかであれば会話は生まれなかっただろう。

('、`*川「ご友人とキャンプに来たんですか?」

今度はペニーが質問をする。

⌒*リ´・-・リ「えぇ、そうなの。
       家族で来たんだけど、上手に火が起こせなくって」

23名無しさん:2017/12/17(日) 08:07:38 ID:YAAXsb060
そう言って女性は視線を炊事場の屋根の下にあるコンクリート製の竈の方に向ける。
男達が必死に火を起こそうと躍起になり、息を吹きかけたり団扇で扇いだりしているが、竈から立ち上るのは白煙だけだ。
どうやら生木を入れてしまっているようだ。

('、`*川「乾いた木じゃないと火は起きませんよ」

⌒*リ´・-・リ「……やっぱりそうよねぇ」

呆れた様な口調の声に、ペニーは薄く笑った。

('、`*川「でも、ああやっている内に乾きますけど、どれだけのマッチが犠牲になるか分かりませんね」

こうして話をしている間にもマッチが消費されていく。
手を貸した方がいいだろうか。
いや、女に手を出されると男は機嫌を損ねるものだ。
機嫌を損ねた男は性質が悪い。
それこそ、生木から立ち上る白煙と同じように不貞腐れた言葉を口から吐き出すのである。

('、`*川「何かあれば私はそこにいますから。
     乾いた薪と入れ替えて新聞紙を使うのが手っ取り早いですよ」

⌒*リ´・-・リ「すみません、きっと頼ることになると思います……」

テントに戻り、陽が落ちる前に道具を準備する。
まずは明かりだ。
これがないと夜は非常に不便になる。
山奥には街灯はなく、星と月明りだけが唯一の光源となる。

その中で探し物や細かい作業をするのは面倒である。
無論、不可能ではない。
夜間訓練によって一分もあれば目は暗闇に慣れ、ステッチワークも出来るぐらいだ。
しかし面倒な物は面倒なのだ。

何より、ランタンの明かりは人の心を和ませる。
ランタンに限らず、火を使った明かりは総じてそうだ。
ランタンに火を灯すと、そこに小さな夕日が生まれた。

折り畳み式の椅子を広げ、まずは腰を落ち着ける。
ガスボンベを使用する小型コンロをセットし、その上に正方形のコッヘルを乗せて着火する。
フルタングのナイフを鞘から抜いて、野菜とブロックベーコンを刻んでいく。
極力無駄に切らないのがポイントだ。

不要な部分は全て土に還すことが出来る。
手際よく刻んだ野菜を炒め、塩コショウを使って最小限にして最低限の味付けを済ませる。
野菜炒めの味の要は塩コショウの分量と野菜の質だ。
必要分の野菜と量が入った野菜炒めパックはあくまでも添え物であり、主要な食材は歯応えを残した茄子である。

香ばしく食欲をそそる香りがすぐに立ち上る。
買った缶ビールを開け、静かに晩酌を始めた。

24名無しさん:2017/12/17(日) 08:12:03 ID:YAAXsb060
出来上がったばかりの野菜炒めの中でも存在感を放つ肉厚の茄子を噛みしめると、甘い汁が溢れ出す。
ベーコンから抜け出した塩分がもやしとキャベツに染みつき、ニガウリの仄かな苦みがまた一層酒を進ませる。
ビールの苦みが野菜炒めの単調な味と相まって豊かな味へと変貌する。
軍務に就いている時には酒はご法度であるため、これは実に一か月ぶりの酒という事になる。

久々に飲む酒の美味さと言ったら、どんな高級料理もかすむほどの魔力がある。
染み渡るアルコール。
胃を刺激する炭酸。
吐き出さずにはいられない満悦の溜息。

夕日が森の向こうに沈む様子を眺めながら、晩酌を楽しむ。
黄昏時の空に浮かぶ巨大な月は妙に白く見えた。
冷たい夜風が雲を運び、ほどなく夜が訪れた。
ランタンの明かりが頼もしく感じられる間に、すでにペニーは次の料理に取り掛かっていた。

と言っても、コンビーフを焼くだけなので料理とは言い難い。
片面を焼いたらひっくり返し、そこにマヨネーズをかけて食べ、片面が焼けたら再び逆さにするだけだ。
しかしこれが実に美味いもので、酒にぴったりなのだ。
単純な味だけに酒の味と喧嘩をすることもなく、油を含んでいるから悪酔いを避けられる。

何の気なしに炊事場の方に目をやると、炎の明かりが揺らめくのが見えた。
どうやら火を起こすことが出来たようだ。
満月を眺めながら酒を飲み、筋肉が緊張から解き放たれていく感覚に身を任せる。
草を踏み倒す音が近付いてきたため、視線をそちらに向ける。

⌒*リ´・-・リ「あのー、もしよろしければ一緒にお食事でもいかがですか?」

先ほど炊事場で話をした女性だ。

('、`*川「料理は上手に出来ましたか?」

⌒*リ´・-・リ「えぇ、あの人達が見ていない隙に入れ替えたらあっという間に火が点いたの。
       そのお礼をしたくって」

('、`*川「それはよかった。
    手土産が何もないのだけれど、ご一緒させていただいてもいいかしら?」

女性は笑顔で頷く。

⌒*リ´・-・リ「私、リリー。
       お名前を訊いてもいい?」

('、`*川「ペニーでいいです。
     よろしくお願いしますね、リリー」

コンロの火を消してから、ペニーは立ち上がった。
楽しげな笑い声と肉の焼ける香ばしい香りのする炊事場では、割と大きな規模の食事会が行われていた。
リリー一行だけでなく、どうやら炊事場を利用していた他のキャンパーが参加しているようだ。

('、`*川「あら、すごい混み具合ですね」

25名無しさん:2017/12/17(日) 08:14:10 ID:YAAXsb060
⌒*リ´・-・リ「……ごめんなさいね、夫達が他の方を誘ったみたい」

('、`*川「気にしませんよ。
     大勢で食事をするのは楽しいことですから」

にぎやかな宴は歓迎だ。
しかしよく見ると、大人達に交じってバーベキューを楽しんでいるのは一〇代半ばのあどけない顔つきの少年少女達だ。
高校生ぐらいの体つきをしているが、少なくとも地元の高校生ではないだろう。
となると、隣のジュスティアから林間学校の一環として来た学生だろう。

人数も一〇人ほどと少なく、部活動の集まりと考えられる。
近くにいた指導者と思わしき男性に声をかける。

('、`*川「こんばんは。
     高校生さんですか?」

( ´∀`)「どうも。
     えぇ、夏期講習がてらキャンプに来ましたモナ」

余計な情報を漏らさないのは彼が教師である証だ。
生徒に関係する情報は徹底的に秘匿し、例え親しくなった人間であれ生徒の事を他人に漏らしはしない。
例えば学校名。
例えば宿泊場所。

この教師は規律を守る人間だ。
だが規則に忠実であっても優秀な人間である証ではない。
この指導者がどのような意図で生徒をこの場に参加させたのか、それが気になるところである。

('、`*川「短い間ですけど、よろしくお願いしますね」

( ´∀`)「こちらこそ、ご迷惑にならなければいいのですがモナ」

そう言いつつ、男性の視線は生徒の一挙手一投足を観察している。
となると、子供達は最高学年ではない。
注意と観察が必要な一学年だ。
一応、ペニーも注意をしておくことにした。

それからすぐに、ささやかな宴が始まった。
次々と肉と野菜が網の上で焼かれていく。
大人達は酒を飲み、自分達の昔話や武勇伝を語り、束の間の非日常を楽しんでいる。
一方、子供達は肉を食べつつ、残された今日と明日の時間について話に花を咲かせていた。

それらを一歩引いた場所から眺めるのは、同じ考えを持つペニーと引率の教師だけだ。
空気を壊さず、しかし空気の流れを読める立ち回り。
すぐに同業者の空気を嗅ぎつけたのか、教師が先に動いた。

( ´∀`)「失礼ですが、貴女も教員なのですかモナ?」

('、`*川「似ているけど少し違います。
    でも、一応指導者ですよ」

26名無しさん:2017/12/17(日) 08:16:43 ID:YAAXsb060
( ´∀`)「随分とお若いようですが、お仕事は一体何を?」

('、`*川「軍人です」

軍人という言葉を聞いた途端、男性の目に驚きの色が浮かんだ。
女の軍人はそれこそ女性のバイク乗り以上に珍しい存在だ。
過酷な環境、圧倒的な男性優位の中で待ち受ける差別を考えれば、軍人になる女性は稀有どころか異様と捉えられる。
だがその実、それらは男女間に生じる些細な問題に過ぎない。

体力と筋力が生み出す力の差については最早議論の余地もないが、それだけなのだ。
実際問題、男性よりも女性の方が精神力と集中力、そして何より忍耐強さを身につけやすい。
訓練を無事に終わらせることの出来た女性兵士は、戦場に於いて冷酷とも言える判断を下せる存在にも、慈母のような指揮官にもなる。
男女の違いは表面上の力か、それとも内面的な力かの差でしかないのだ。

特に、ペニーには特筆して優れた才能があったため、若くして一等軍曹の階級にある。

( ´∀`)「それは、また……」

詳しく聞きたいこともあるが、あえてそれに触れない方がいいだろうという常識と好奇心がせめぎ合ったような声をしている。
いい機会だ。
少しばかり、その偏見を取り払っておこう。

('、`*川「先生、女性が兵士をしているなんて意外に思いました?」

( ´∀`)「……すみません、正直意外ですモナ」

('、`*川「まぁ、それが普通の反応ですよ。
    でも、血に対する耐性とかを考えると女性の方が向いている職業でもあるんですよ」

( ´∀`)「私は……どちらかと言えば戦争には賛成しかねるので、特に女性が戦場になんて……」

('、`*川「私も戦争は好きじゃありません。
     むしろ、戦争が好きな軍人の方が稀です」

( ´∀`)「それは勿論、全員が全員そうだとは思いませんモナ、それでも……」

争いは避けるべきであるという考えは、ペニーも同感である。
それで救える命があるのならば、そうするべきだ。
しかし争いと言う手段を用いなければ解決出来ない事も世の中にはある。
そうなった際の最大の問題は、争いになった際に命の数と質を天秤に乗せて、的確な決断が下せるかどうかである。

例えば子供一人の命と老人一〇人の命であれば、迷わず前者を救わなければならない。
老人一〇人分の未来よりも、子供の方が意味のある未来になる可能性があるからだ。
そしてその天秤が下す決断は人によって異なるからこそ、争いは回避するに越したことはない。
軍人が殺し合いをするのは結局のところ、彼らの上にいる人間がそう決断したからであり、現場で銃を持つ人間が決定することではない。

場合によっては、軍人は独自の裁量で人を殺さなければならない時もある。
仲間が傷つけられたり、争いとは関係のない人間が傷つけられそうな場合には、自己判断で銃爪を引くしかない。
正直、よほどの理由がない限りやるべき仕事ではない。
逆に言えば、理由があれば職業軍人として働くことは意味のあることなのだ。

27名無しさん:2017/12/17(日) 08:18:19 ID:YAAXsb060
争いを好むと好まざるとも、教育者である人間には知っておいてもらいたい事がある。

('、`*川「だから、生徒さんが軍人になりたいと言った時は、その覚悟を必ず確認してくださいね」

ペニーに言えるのはこれだけだ。
そして、彼と話す言葉はこれ以上持ち合わせがない。
後は彼がペニーの言葉をどう解釈し、生徒達に伝えるかだ。
それは彼も分かってくれると信じ、ペニーは何も言い残すことなくバーベキューの輪に足を運んだ。

紙の取り皿とフォークを手に取り、鉄網の上で音を立てて焼かれる肉と野菜をトングで皿に盛った。
肉は脂肪が少なくほぼ赤身の食べ応えのあるもので、かなりよく火が通っている。
これでいい。
野外調理では火の通り具合、そして自生の植物に注意をしなければならない。

肉は言わずもがなだが、植物の中には毒を持っている種類があり、素人目では判別が非常に難しい。
香草として使用した葉が毒草だったために死亡したという実例は、毎年多くはないが確実にある。
だが山菜は栽培された野菜とは全く異なった味を持つため、危険を冒してでも食べたい気持ちも分からなくはない。
山の訓練で一通りの山菜についての知識を身につけるために実食を幾度となく重ねてきたとはいえ、その独特の味に飽きを感じることはまだない。

特に、春先の山菜は絶品ぞろいだ。
天ぷらにして塩で味わえば、若い命を感じる仄かな苦みの虜になる。
だが、それと今目の前にあるバーベキューを比べるのは無粋である。
育てられた野菜にはその良さがある。

料理に舌鼓を打ち、酒を飲んで気分をほぐす。
明日はまた、別の島に向けてツーリングをする予定だ。
ツーリングは見かけよりも遥かに体力を使うため、休める時に休んだ方がいい。
特に下半身と腰にかかる負担は距離が長引くほどに大きくなり、無理は禁物だ。

食後は近くにある天然の混浴温泉に足を運んで、全身の疲れを落とそうと決めた。

宴も終わりに近づくにつれて、人々は自ずと火を囲むようにしてそれぞれの話に花を咲かせ始めた。
火のもたらす効果か、それとも大自然の中にいる解放感からか、それともその両方なのかは分からないが、親しい友人にさえしたことの無い相談をする者もいた。
会話の内容は聞き取れるが、聞き耳を立てるのは趣味ではないし、それこそマナー違反という物だ。
ペニーは静かに酒を飲み、火が絶えないよう太めの薪をくべた。

火の粉がぱっと舞い、空に向かって昇っていく。
それは気が付けば消え、夜空の星と同化する。
気が付けば満天の星空が頭上に広がり、月が白く輝いていた。
明日は晴れるだろう。

高校生と教師は一言礼を言ってから自分達のキャンプサイトに戻っていく。
残されたのはペニーと、彼女を誘ったグループ、そして炊事場にいた数人のキャンパーだけだ。
ふと、昼にフードコートで笑みを交わした女性もいることに気付いた。
向こうもこちらに気付いたらしく、魅力的な笑みを浮かべて反応した。

ζ(^ー^*ζ

28名無しさん:2017/12/17(日) 08:19:38 ID:YAAXsb060
酒がまわってきているのか、皆適当な椅子に腰かけ、リラックスした様子で炎を眺めている。
火を囲みながら沈黙し、魅入られるようにゆらゆらと揺れる炎を見つめる姿は、多言よりも無言の方が尊い空間であると感じ取っている証だった。
どれくらい無言の時間が過ぎた頃だったかは定かではないが、沈黙を破ったのは一人の青年だった。
歳は一〇代後半だろうか、落ち着きなく両手を握りながら、意を決したように口を開く。

('A`)「……俺、劇団員やってるんすよ」

周囲が無言で続きを促す。
それから青年は、少しずつ自分のことについて話し始めた。

('A`)「だけどどうしても芽が出なくて……監督には怒られっぱなしで、でもどうしたらいいのかも分からなくて……」

('、`*川「貴方はどうなりたいんですか?」

ペニーは十分な間を置いてから、そう質問した。
まずは彼が何を求めているのか、その答えを知らなければ相談には乗ってやれない。

('A`)「何でもいいんす。
   舞台に立って、お客さんを喜ばせたいだけなんっす」

実に立派な言葉だ。

( ´W`)「いいじゃないか、そのまま君の演技を続けるといい」

( ´ー`)「そうだよ、君にしか出来ない演技があるんだ、今のまま頑張ればいいよ」

他の人間は、彼に対して励ましの言葉をかける。
しかし、ペニーはそれが逆効果な上に彼のためにならないことを知っている。
本当に頑張っている人間は悩みを口にしない。
彼がそれを口にするのは、別の視点からのアドバイスを求めているからだ。

傷物を扱うようでは、彼が勇気を出して言葉を口にした行為そのものを無意味にしてしまう。
慰めなど必要ない。
正面からその言葉を受け止め、正面から返すのが一番だ。

('、`*川「……目標が曖昧だから駄目なんじゃないですか?」

空気が凍り付くのが分かった。
薪が爆ぜる音だけが、静かに続く。
見ず知らずの人の相談に対して返す答えとしてはかなりギリギリだが、今のままでは彼は一生悩み続けて芽吹くことのない芽に水をやり続けてしまう。

('A`)「どういう……意味っすか?」

('、`*川「そのままの意味です。
     役者としてお客さんを喜ばせるのは当然として、貴方は他の役者とどういった違いがあるんですか?」

('A`)「そりゃあ、誰よりも台本を読み込むし、勉強だってして――」

やはり、この青年は自分なりに努力をしているが形にならないことで悩み、その努力の方向性に疑問を持っている。
ならば、ここは話を途中で区切るという荒業に出るべきだ。

29名無しさん:2017/12/17(日) 08:21:28 ID:YAAXsb060
('、`*川「――それも、役者として当然の事でしょう。
     なら、その先を行かないと他の役者には勝てませんよ」

('A`)「その先?」

('、`*川「台本を理解して、勉強して、実践したらいい役者なんですか?世の中で評価されている役者っていうのは、その先にいるからこそ評価されているんですよ」

くべられていた薪が崩れ、一際大きな火の粉が舞う。

(#'A`)「その先って……何なんすか?監督も同じこと言ってましたけど、それが分からないんすよ!」

ようやく本音が出てきた。
彼が知りたいのは答えだ。
だが、答えは他人から聞くものではない。
だからペニーに出来るのは彼が答えに辿り着けるよう、アドバイスをしてやることだけだ。

('、`*川「それに気づけたら、貴方も立派な役者になっているはずですよ」

その言葉から先、青年がペニーに返答することはなかったが、彼の目は何かと葛藤するように炎に向けられたまま揺らがなかった。
答えは、彼自身が出すだろう。
そっと立ち上がり、ペニーはテントに戻ることにした。
金髪の女性は、気が付けば姿を消していた。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

トラギコ・カスケードレンジにとって、これは一世一代の大イベントになるはずだった。

有志だけが参加するサマーキャンプにクラスメイトのミセリ・グリーンウッドが参加するとあっては、彼女に惹かれている男として参加しない手はない。
興味のない勉強やレクリエーションが主な活動内容のサマーキャンプに参加したのは、彼女との距離を縮め、あわよくば恋人にならんとするためだった。
とはいえ、レクリエーションは全てが充実した物で、未知の体験ばかりが彼を待っていた。
正直、当初の目的を忘れるぐらいに楽しみ、そしてミセリの魅力を再発見することが出来た。

森の持つ意味、木々の役割、そして川と動物の絶妙な連携を説明する担任のモナー・ポールの話力は流石だった。
どれ一つとして欠かしてはならないのだと強く意識させられるのと同時に、それを行動に移させる力があった。
テントを設営する時もモナーは口出しをあまりせず、手出しは絶対にしなかった。

(*゚ー゚)「せんせー、手伝ってくださいよー」

女子生徒が甘えた声で助力を求めても、モナーは軽く笑って返すだけだった。

( ´∀`)「俺が手伝ったら意味ないだろモナ」

幸いにしてトラギコとミセリは同じテントを設営することになり、何度か話す機会があったが発展はなかった。
トラギコは普段自分が発揮している会話力が異性に対して無力なことを知り、絶望していた。

どれだけ気になる異性がいても、その想いを伝えられなければ意味がないのだ。

そんな彼を運命の女神が見捨てなかったのだと悟ったのは、夕食後のレクリエーションの時間でパートナーを決めるためのくじ引きをした時の事だった。
彼が引いた紙に書かれた数字は紛れもなくミセリのそれと合致しており、彼に一世一代のチャンスが与えられた瞬間だった。

30名無しさん:2017/12/17(日) 08:23:17 ID:YAAXsb060
指示された通り長袖長ズボン、そして登山靴をはいて集合場所でミセリの傍にさりげなく立った。
ズボンはとっておきのダメージ・ジーンズを選んだ。
見る人が見ればそれが一〇〇ドルはする高級な品だと気付いてくれることだろう。
靴については父親から借りた物でそのブランド力は分からないが、靴底に黄色いゴムで刻印がされた物で、安物でない事だけは分かった。

蝋燭を手に肝試しが始まると、彼の意識は如何にみじめな姿を見せないかに注がれた。
ミセリはトラギコの腕にしがみつき、か細い声で尋ねる。

ミセ*゚ー゚)リ「結構暗くて怖いね……」

(=゚д゚)「大丈夫だって、俺がいるラギ」

崖側を自分が歩き、さり気のない気遣いをすることで己の精神的な余裕をアピールする。
理想的な展開だ。
何かが起こってもトラギコの優位性は揺るがず、吊り橋効果で彼女の気持ちを引き寄せることが出来る。
腕に当たる温もりが彼の優越感を更に確かなものにさせる。

ミセ;゚-゚)リ「ねぇ、何か音が聞こえない?」

(=゚д゚)「音?」

ミセ;゚-゚)リ「跫音みたいな、なんか、そんな音」

(=゚д゚)「俺達のか、それとも前の奴らのだろ」

大方先頭のペアが遅れているのだろう。
少し歩くペースを落とさなければこちらのムードだけでなく相手のムードも破壊することになり、誰も幸せにはならない。
何としても距離を稼がなければならないが、後続のペアにも気を遣わなければならない。
前の人間が遅れればそれだけ他の人間に迷惑をかけることになる負の連鎖を避けるためには、気付いた人間が行動を起こす他ない。

トラギコは彼女の言葉に耳を傾けるため、意図的に立ち止まった。
そうすれば彼女も自然に立ち止まるからだ。

ミセ;゚-゚)リ「ううん、違う。
      葉っぱを踏んでる音っていうか……」

(=゚д゚)「俺には何も聞こえないラギ……」

嘘ではない。
実際、トラギコの耳に届くのは木々が風に揺れ、葉が触れ合って奏でる潮騒のような音だけだ。
しいて言うのならば鳥の声、虫の声ぐらいだろう。

(=゚д゚)「でも、ミセリが言うんなら本当ラギか……」

彼女は耳がいい。
それこそ、クラスの隅で彼女の名前を囁いても耳に届くほどだ。
ミセリは吹奏楽部でも稀有な絶対音感と他を圧倒する耳の良さがある。
それが認められ、早くも次期部長の座が決まっているほどだ。

ミセ;゚д゚)リ「やだ……走ってくる!」

31名無しさん:2017/12/17(日) 08:24:06 ID:YAAXsb060
(;=゚д゚)「ちょ、えっ」

そして、気が付いた時にはもう遅かった。
虚を突かれたトラギコは体重をかけてきたミセリを支えきれず、二人は揃って崖から落ちていた。
咄嗟の事に体は反応し切れず、とにかく正しい姿勢を取り戻そうともがくばかりで四肢を無駄にばたつかせるだけだった。
何度も転がり、そして固い岩肌に足をぶつけ、木に肩を叩き付け、立ち上がったかと思えば落ち葉に足を取られて背中から転倒し、また転がり落ちた。

ようやく止まった時には、痛みよりも動揺で体が動かせなかった。
体の傷はどの程度なのか。
命はあるのか。
そしてミセリは無事なのか。

様々な考えが同時に去来し、体の動かし方が分からない程だった。
鈍痛に耐えながら立ち上がると、すぐに左足首に激痛が走った。
如何に足首を保護する形の登山靴でも捻挫は免れられなかった。
逆を言えば、捻挫程度で済んだとも捉えられる。

(;=゚д゚)「ミセリ!どこラギ!」

ミセ;゚-゚)リ「こ、ここ」

彼よりもずっと上にある木の根元にうずくまるミセリを見つけ、すぐに駆け寄ろうと試みるが、足首の痛みがそれを阻む。
足を引きずりながら坂を上り、彼女の元へと辿り着いた。

ミセ;゚д゚)リ「ごめんなさい……私のせいで!」

今にも泣きだしそうなミセリの肩に手を置き、それを止めさせる。

(;=゚д゚)「誰のせいでもないラギ、それよりも」

滑落してしまったことが最大の問題だ。
来た道は勿論、他の道すら知らない。
キャンプ場に到着するまで、ただの一度も舗装路以外は使っていないのだ。
帰り道など知らない。

つまるところ、遭難をしたのである。

(;=゚д゚)「どうするラギ……」

ミセ;゚-゚)リ「ね、ねぇ。
     このまま山を下りれば街に降りられるんじゃない?」

それもそうだ。
山を下りた先にあるのは街だ。
それは覚えている。
なら、一直線に下ればいい。

(=゚д゚)「そうしよ……っ?!」

32名無しさん:2017/12/17(日) 08:25:27 ID:YAAXsb060
下り道が足に負担をかけることは、所属しているサッカー部の練習で身に沁みついている。
上り坂と比較して速度の速い下り坂は普段使わない筋肉を総動員する分、後日の疲労感に大きな影響を及ぼす。
特に足首への負担は桁違いで、今しがたトラギコの左足に走った激痛はナイフを間接に差し込まれたような痛みだった。

ミセ;゚-゚)リ「だ、大丈夫?」

(=゚д゚)「ちょっと捻っただけだから、大丈夫ラギ。
    部活で慣れてるし、なんてことないラギ」

部活で慣れているからこそ分かる。
捻挫はちょっとやそっとでは治らない。
少なくとも即日、数分で完治するような物ではない。
捻り方一つで一週間以上痛みが続く場合さえもあるのだ。

(=゚д゚)「ちょっと待って、杖になりそうな枝を」

正直、松葉杖となりそうなものがなければ歩けなさそうだ。
普段の捻挫とは次元が違う。
これほどの痛みは初めてだった。
どうにか手ごろな木の枝を見つけ、それを杖代わりに下山を始めた。
ミセリがさりげなく体を支えてくれるおかげで、どうにか下りきれそうだ。

落ち葉に足を取られないように体重を移動させ、杖を使って歩を進める。
それは自分でも信じられない程の牛歩で、激痛と引き換えに踏み出した一歩は、一歩というよりも半歩ほどの距離しか稼げていない。
加えて数十分おきに休憩をはさみ、どうにか進めている。

浮かんだ汗が夜風によって冷やされ、足首以外から熱を奪う。

ミセ;゚-゚)リ「ねぇ、本当に大丈夫?」

(=゚д゚)「大丈夫ラギ」

仮に歩けなくなったとしても、トラギコは同じ言葉をつぶやき続けるだろう。

ミセ;゚-゚)リ「水の音が聞こえる……たぶん川よ」

(;=゚д゚)「そしたら、そこで少し休もうラギ。
    川を辿れば絶対に海に着くはずラギ」

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

虫の声が森には真の静寂などないことを証明するように鳴り響き、その声は夜空へと昇っていく。
月明りに照らされた森と草の放つ雰囲気は不気味だがどこか優しげな印象があり、嫌いにはなれない景色の一つだった。
草を踏み鳴らす跫音さえも、この場では尊く感じる。
自らのテントに戻ったペニーは、ただならぬ予感に振り返った。

跫音はそれよりも僅かに遅れてペニーの耳に届き、懐中電灯を片手に息を切らせて走る男の姿が見えたのはそれよりもしばらく後の事だった。
現れたのは先ほど炊事場で出会った高校教師の男性で、ペニーの姿を見咎めても走るのを止めず、結局ペニーの前で膝に手をついて一分ほどかけて息を整え、用件を口にした。

33名無しさん:2017/12/17(日) 08:27:38 ID:YAAXsb060
(;´∀`)「軍人の方と聞いて……お願いが……ありますモナ……っ」

息も絶え絶えに、教師は続ける。

(;´∀`)「手を、貸してはっ……いただけませんかモナ?」

('、`*川「迷子ですか?」

教師が慌てる時というのは限られる。
それは、生徒の生死に関わる問題が起きた時だ。
この状況下で軍人を頼るという事は、怪我ではなく、もっと別の事だ。
怪我ならば病院に電話なり通報なりすればいいが、そうではなく軍人にしか出来ない事が必要な状況となると、森の中で人が消えた可能性が最も濃厚である。

用件を聞く前に答えを口にしたペニーを見て、教師は少し驚いた風な顔を見せたが、すぐに元の焦った表情に戻って頷いた。

(;´∀`)「その……通りですモナ」

('、`*川「状況を詳しく教えて下さい」

それから聞いたのは、レクリエーション中に起きた事件だった。
食後の運動がてら催された肝試しは二人一組でチームを作り、使用するのは蝋燭が一本と軍手が二組というごくありふれた物。
登山道をひたすら登り、ゴール地点にある紙を回収して別の登山道から戻るという、非常に簡単な物のはずだった。
事件が起きたのは七組中四組目のチームだった。

七組目がゴールしてもまだ到着せず、全員でルートをくまなく探したが、一向に見当たらない。
代わりに見つかったのは、林道に落ちている蝋燭だった。
林道は非常に狭く、人が二人並んでいては余裕があまり感じられない程だという。
そして、蝋燭の落ちていた傍の草が折れていたのを見て、事態の深刻さに気付いたという次第だった。

('、`*川「落ちたと考えるのが自然ですね」

端的にかつ的確な言葉でペニーは彼女の推測を伝えた。

('、`*川「消防に連絡は?」

(;´∀`)「そ、それが……街工場の消火活動で忙しくて、落ちたかもしれない、では出動できないと……」

ティンカーベルの消防署は小さく、広域で活動出来るようにはなっていない。
この島ではそもそも火災や問題を起こすのは他所から来た人間であり、元から島に住んでいる人間はトラブルとはほぼ無縁だ。
島ならではの生活様式として、外部の人間には手厚くするか冷たくするかの二極化する。
命に係わる問題が同時に起きた場合、残念だが優先されるのは身内の方だ。
たとえその消火活動が小規模な物だとしても、島民が最優先なのだ。

('、`*川「分かりました。 案内してください」

必要な装備を大量のモール(装備の増設・変更が容易に出来る規格の一つ)が付いた軍用バックパックに詰め、キャンプサイトから移動する。
時間を節約するため駆け足で移動し、その途中に生徒の状況を聞き出した。
必要なのは性別、性格、そして服装と装備だ。

34名無しさん:2017/12/17(日) 08:29:21 ID:YAAXsb060
教師からの情報では滑落した可能性があるのは男女一組で、男子生徒の性格は若干自意識過剰な部分があるが、不慣れな状況には臆してしまう性格をしており、女子生徒は内気でリーダーとは無縁の大人しい性格である事が分かった。
共通した服装は薄手の長袖のシャツとジーンズ、靴はトレッキングシューズ、もしくはスニーカー。
明かりになるような物は持っておらず、装備として加算出来るのは軍手だけだった。

しかし、服装が肌の露出が少ないことは不幸中の幸いだった。
毒虫にやられることも木の枝や草で擦過傷を負わずに済むだけでなく、体温の低下を防ぐことが出来る。
明日の朝まで時間がかかったとしても死んでいる確率は下がる。
問題は二人が落ちた場所から動いていないか、ということだ。

彼らに遭難時の知識があればいいが、恐らくはないというのが教師の見解だった。
つまり、足跡や移動した痕跡を追跡し、追いつかねばならない。
昼間ではなく夜間の追跡任務は非常に難しいが、仕方がない。

二人はほどなく島の北側にある現場となった林道に到着し、ペニーは踏み折られた草を見つけた。
小型のライトでその近くを照らし、草の茎に水気が残っていることからまだ真新しいものだと判別する。
次に、その下にライトの光を向ける。
崖のような急勾配を持つ林となっており、水分の含まれた地面の一部が削れていた。
木々の間隔はかなり開いていて、足元は落ち葉で滑ることから、道具なしに這い上がるのは難しい地形をしている。

('、`*川「生徒さん達を不安がらせないよう、そちらの対応をお願いします」

(;´∀`)「すみません、無理なお願いを……」

('、`*川「いいんです、子供達のためですから。
     生徒を見つけ次第笛で合図をします」

木々に手を伸ばしてバランスを保ちつつ、滑り落ちないように勾配を下った。
背の高い木々は枝葉を伸ばし、屋根のように空の光を遮断している。
月明り、星明りは気休めにもならず、星を見て位置を確認することもままならないだろう。
下りきると、そこには落ち葉と泥が塊となった物があり、誰かが滑り落ちたことを物語る跡が残されていた。

その痕跡を頼りに、足跡を探す。
泥の上にある足跡を探すのは簡単だ。
だが、ライトで照らして浮かび上がる地面には湿った落ち葉が積み重なっており、足跡を見つけるのは難しかった。
そこで、人が歩いた後に残される痕跡を探ることにした。

視線を低いところに固定して落ち葉の変化を見ると、二人が歩いた痕跡はすぐに見つけられた。
最悪なことに、二人は下山を試みているようで、どちらかは杖代わりに木の枝を使っていた。

山で遭難した際、人は山から一刻も早く抜け出そうと下山してしまう事が多いが、それは誤りだ。
山から抜け出せたとしても森が待ち受けていることがほとんどで、何より無傷で山から抜け出すのが如何に困難なことなのか、
軍人や登山経験が豊富な人間ならまだしも、学生ではあまりにも知識と体力が不足しすぎている。
恐ろしいのは体力の低下に気付かない事と、僅かな傷から入った雑菌や毒を持った虫や動植物によって命を落とすことだ。

また、夜行性の肉食動物もこの山には住み着いており、最悪の場合は食い殺される可能性さえあった。
それを教師に伝えなかったのは、彼がパニックに陥って他の生徒にいらぬ恐怖心を与えないためだった。
彼も分かっているとは思うが、万一生徒が察した場合が厄介だ。
子供は大きな問題が起きた時、何か行動を起こしたがる。

35名無しさん:2017/12/17(日) 08:30:34 ID:YAAXsb060
何かをしていないと不安だからだ。
その気持ちは分かるが、それが余計な問題の銃爪になりかねない。
ここは大人しく待ってもらう他ない。

更に山を下る途中、狼の遠吠えが聞こえた。
反響して正確な位置は分からないが、おそらくは麓の方からしたのだろう。
群れを成す肉食動物に追われると厄介だ。
子供が二人いたところで、武器――子供の腕力では木の枝は武器とは呼べない――も知識もなしに切り抜けることは絶対に出来ない。

急いで見つけ出さなければ、彼らが朝を迎えることはないかもしれない。

ライトの光を消し、ペニーは己の目を闇に適応させた。
例え月明りが満足に届かないとしても、彼女の目には森に潜む動植物の影がよく見えている。
苔の生えた岩。
積み重なり、絨毯のような柔らかさと養分を蓄えた落ち葉。
背の低い茂み、夜行性の動物がうごめく姿までよく見えた。

('、`*川「さて、と」

まずペニーがしたのは一定のリズムで笛を吹く事だった。
光を見つけ出すことが難しい中、頼りになるのは音だ。
反響するのを承知で笛を鳴らすのは、二人が救援の存在に気づきやすくするためだ。
続いてライトをモールに上向きにはさみ、明かりがペニーの視界に入らないよう、だが周囲に見えるようにした。

これで音と光が連動して認識される。
背中から夜空に向けて光の柱が立つ。
これで、遠くからでも彼女の位置が分かるはずだった。

一〇分刻みに笛を吹き、彼らの反応を待ちつつ捜索を続行する。
三〇分ほど経過した頃、大小さまざまな石の転がる河川に足跡が続き、そこで足跡が途絶えたために正確な追跡は不可能となった。
心理的には川を下ったのかもしれないと思い、今度は五分間隔で笛を吹きながら歩き始める。
ようやく森から抜けたペニーを待っていてくれたのは、開けた空から降り注ぐ月と星の明かりだった。

輪郭が鮮明に浮かび上がる様は圧巻だ。
このまま川沿いで座り込んでくれていれば手間が省けると思った時、岩陰で動く影を見つけた。
それは人影に相違なかった。

(;=゚д゚)「た、助かったラギ……」

おずおずと出てきたのは、バーベキューの会場で見た男子生徒だった。
少し伸ばした茶髪とブラウンの瞳、そして運動をしていることが分かる肉付き。
快活そうな外見から判断するとサッカー部だろうか。
これからの事を考えると、運動が出来るのならば助かる。

幸いにこの少年は登山靴を穿いていた。
安全が確認されると、女子生徒がその隣から顔をだし、仔犬のように駆け寄ってきた。
それを受け止め、外傷の有無を確認する。

ミセ;゚-゚)リ「あ、ありがとうございます」

36名無しさん:2017/12/17(日) 08:36:04 ID:YAAXsb060
男子生徒の傍にいたのはやはりバーベキューの場で見た女子生徒だった。
セミロングの黒髪と優しげな目、年の割には濃い化粧はまだそれに不慣れなことを示すのと同時に、彼女が外交的で周囲よりも少し背伸びをしたがる歳頃であることを示している。
ペニーは彼女の足元を飾るのがグリップ力の少ないスニーカーなのを見て、内心で眉を顰めた。
スニーカーの靴底は平らであり、山道を歩くのには不向きだからだ。

一先ず二人の上半身には転がり落ちた際に出来た打撲や泥が伺えるが、特に目立った外傷もなさそうだった。
だが、男子生徒が不自然なまでに動かないことに違和感を覚え、一つの仮説がペニーの頭に浮かんだ。

('、`*川「君、怪我したの?」

(;=゚д゚)「実は、左足を捻ってしまって」

この歳の少年ならば多少の我慢が出来れば黙っているのだろうが、それも出来ないぐらいの痛みらしい。
触れてみると熱は発していないため、折れている可能性は低そうだ。

('、`*川「なのにここまで歩いたの?」

(;=゚д゚)「森の中より安全だと思って……」

杖を使っていたのは間違いなくこの少年で、更に女子生徒が手を貸してここまで歩いたのだろう。
この後の計画では山頂を目指して登山し、キャンプ場に向けて下山する予定に変更はないが、少年の脚にあまり無理はさせられない。
背負うしかなかった。

('、`*川「いい判断よ。
    下ったところで悪いけど、もう一度山を登りましょう」

ミセ;゚д゚)リ「なんで?! せっかく降りて来たのに!」

半ば叫ぶようにヒステリックな声で反応したのは女子生徒の方だった。
よほど怖かったのだろう。
精神的な面で追い詰められれば、誰だって冷静な判断は下せない。
女子生徒の肩に手を置き、宥めるようにしてゆっくりと事情を説明する。

('、`*川「山頂には道があるのよ。
     その道を辿れば、確実に人のいる場所に到着出来るでしょう?」

ペニー単体であればそうせずとも人里に着くことは可能だったが、この二人がいる限り、危険な道を使う事は出来ない。
それに、自分達の迂闊さが招いた事態を容易に終わらせては、何の経験にもならない。
多少は痛い目を見てもらう事こそが教育につながり、ひいては二人の経験となるのだ。
人生で遭難する経験は貴重だ。

人間の本質と自分の力を知るいい機会であり、それが二人の人間性を豊かにするのであればこれ以上ない契機だ。
もちろん、山頂に到達する前に山道に合流できれば御の字だ。

('、`*川「歩けるかしら?」

念のため、そう声をかけつつ少年に手を差し伸べると、少年は僅かに眉を顰めてその手を断った。

(;=゚д゚)「何とか……歩けそうですラギ」

37名無しさん:2017/12/17(日) 08:39:22 ID:YAAXsb060
自分でそう言うのであれば途中までは歩いてもらいたいが、どれだけ進んだところで最終的には担ぐことになる。
加えて怪我が悪化する恐れもあるため、本人が何と言おうと担いだ方がいい。
分かっていたことだが、一度ぐらいは少年が男である以上、その意地を張る機会を与えたというわけだ。

('、`*川「駄目ね、そんな調子じゃ山を登れないわよ」

(;=゚д゚)「大丈夫ラギ、俺こう見えても丈夫で――」

そう言いかけた少年の心理的な隙を狙って、無造作に足払いを放つ。
当然だがバランスを保てない少年は倒れ込むが、ペニーは彼の体が地面に落ちる前に抱きかかえ、肩の上に担いだ。
軍隊で負傷者を運ぶ際にとるこの形は、体の中でも比較的筋力のある部分を使って担ぎ上げるため、疲労感が少なく済むという大きな利点がある。
圧倒的な力の差を見せつけられて察したのか、少年は抵抗することもなく、黙ってペニーに体を預けた。

('、`*川「それでいいわ。
     さ、行くわよ」

予め決めておいた通り、生徒発見を伝える笛を吹く。
これでキャンプ場にいる教師にこちらの状況が伝わる。
ライトを消し、目を暗闇に慣れさせる。
ここから先は広い範囲を見なければならず、ライトを使って光に慣れすぎると思わぬ見落としがある。

細かな部分はペニーが先導すれば問題はない。
もう間もなく真夜中になる。
虫達さえも音を潜め、静寂と静謐な空気が支配する時間。
沈黙の夜に試されるのは己の心に潜む弱さ、そして、陰に隠れ潜む獣達の剣呑な息吹。

臆すればあらゆる影が襲い掛かり、窮すればその足から力が失われる。
真に暗き時間とはよく言ったものだ。
深夜の行進に恐怖はつきものだが、その代わりに自分自身と向き合う貴重な時間にもなる。

('、`*川「私が歩いた後をそのまま付いてきて。
     何かあったら声を出して教えてね」

ミセ;゚-゚)リ「わ……分かりました」

再度森の中に足を踏み入れ、ペニーは素人にも歩きやすく、光の多く差し込む道を選んで登山を開始した。
枝葉を踏み折る音はやがて積み重なった落ち葉を踏みしめる湿った音に変わり、空気は夏とは思えない程冷え込み始める。
月光が降り注ぐ森の中、息をのむような幻想的な淡い光の柱の中、三人は静かに森を進んだ。
長い沈黙の後、最初に口を開いたのは少女だった。

ミセ;゚-゚)リ「あの、私ミセリって言います。
      さっきはお礼も言わないで……その……すみませんでした」

('、`*川「気にしなくていいわよ。
     私はペニーでいいわ」

話をしていなければ間が持たないのだろう。
夜の森が持つ本質を知っていれば、これほど穏やかで厳かな時間はないのだと尊ぶものだが、残念なことにその領域にこの幼い二人は足を踏み入れてもいない。
沈黙は何よりも貴い肩の上の少年も流れを察し、この会話に入ってきた。

38名無しさん:2017/12/17(日) 08:41:22 ID:YAAXsb060
(;=゚д゚)「俺はトラギコです。
    すみません、背負っていただいて……」

('、`*川「よろしく、トラギコ、ミセリ。
     高校生だって聞いたけど、学年は?」

ミセ;゚-゚)リ「二年です。
      ところでどうして、ペニーさんが私達を助けに来てくれたんですか?」

('、`*川「あなた達の先生から頼まれたの」

夜のしじまに浮かんだミセリの質問に、そう手短に答える。
話すのは大いに構わないが、出来れば体力面でペニーに劣るトラギコとミセリの二人が話していた方が登山の効率が上がるため、ペニー自身の事を話すよりも二人に話をさせたかった。

('、`*川「ジュスティアの高校生がどうしてここに?キャンプをするなら別の島も選択肢にあったでしょうに」

ミセ;゚-゚)リ「どうして私達がジュスティアの高校生だって分かったんですか?」

('、`*川「喋り方と雰囲気よ。
    二人とも真面目そうな生徒だもの」

ティンカーベルの西に位置するジュスティアは世界で最も治安維持に力を入れ、内紛や紛争に介入することで世界の秩序を保とうとする大きな都市である。
高層ビルや優れた交通機関が充実する中、街が最も力を入れているのが教育だ。
幼少期からの人格形成に関係する各種教科の充実は勿論のこと、独自の道徳観を養うためのカリキュラムは世界でも比肩するものはない程の種類を擁している。
そうして養われた豊かな人間性が自ずと一つの方向――絶対正義――に向くことから、ジュスティアは〝正義の都〟と呼ばれている。

ペニーの出身地であるイルトリアとは犬猿の仲で、昔からよく対立することがあったが、今は表立った争いは起きていない。
今は、まだ。

('、`*川「それにしても災難だったわね、肝試し中に落ちちゃうなんて」

ミセ;゚-゚)リ「私が音に驚いて……それで、一緒に落ちちゃって……」

('、`*川「音?」

ミセ;゚-゚)リ「跫音っていうか、何かが歩いてくるような音がしたんです。
トラギコは聞いてないって言うんですけど、私確かに聞いたんです」

となると、獣の跫音だろうか。
相手が熊や狼だったら逆に転落しなければ大事になっていただろう。
この森に住む獣は大型のものが多く、駆除に出かけたハンターが返り討ちにあったり逃げ出すこともしばしばあるぐらいだ。
人を全く恐れない獣は厄介だ。

('、`*川「姿は見えなかったの?」

ミセ;゚-゚)リ「音に驚いてそれどころじゃなくて……」

('、`*川「でも、トラギコに聞こえていなかったっていうのは気になるわね」

39名無しさん:2017/12/17(日) 08:43:46 ID:YAAXsb060
(=゚д゚)「ミセリは合唱部なんです。
    だから音には人一倍敏感で、授業中もしょっちゅううるさいって怒鳴ってるんですよ」

合点がいった。
優れた聴力を持つミセリは木々のざわめきに紛れた獣の跫音を聞きわけ、本能的に動いたのだ。

('、`*川「音に敏感って言うのは大変だけど、とても重宝する力よ。
     二人は部活が違うの?」

(=゚д゚)「はい。
    俺はサッカー部で、今日はモナー先生が企画してくれたサマーキャンプに参加した有志なんですラギ」

ここにきてようやくあの教師の名前、そして彼らがここにいる理由が分かった。
これで少しは話が続けられそうだ。
今ペニー達が登っている山は標高約一八〇〇メートルと非常に高く、山頂までにどこかの道に辿り着ければいいが、そうでなければ非常に長い道のりとなる。
また、この地点が山のどの方角に位置するかによってその登山の難易度が変化するため、油断は全くできない。

ペニーの問題ではなく、この生徒二人の精神力の問題だ。
途中で精神が折れたらそこで立ち止まらなければならず、最悪の場合は二人担いでの登攀が待っている。
気になるのはミセリが聞いた跫音の正体だ。
群れを成す獣や執念深い獣が相手の場合、ミセリ達の動向を今も遠くから見ているかもしれない。

('、`*川「いい先生でしょ、モナー先生は」

獣の可能性を二人から忘れさせるため、ペニーは話題を少しずつ広げ始めた。

ミセ*゚ー゚)リ「時々融通が利かないんですけどね」

(=゚д゚)「でも、俺達の事を考えてくれてるんだってのは分かるラギ」

('、`*川「ふふっ。
     戻ったらちゃんと謝るのよ」

倒木を避け、木の根を階段の代わりにして少し急な坂を越える。
木々の間隔が広い道を選んで通り、出来る限り視界の確保に努める。

ミセ*゚ー゚)リ「それは勿論です。
      あの、ペニーさん。
      私、質問してもいいですか?」

('、`*川「えぇ、どうぞ」

ミセ*゚ー゚)リ「ペニーさんはお仕事は何をされているんですか?力も強いし、サバイバルの知識もすごそうだし……」

('、`*川「軍人よ。 イルトリアのね」

予期していた反応は二種類。
嫌悪感を取り繕った対応か、露骨なまでの嫌悪を表にするか。
イルトリアとジュスティアとの確執は時折教育現場にも反映され、多くのジュスティア人がイルトリア人を毛嫌いしている。
だが、二人は予想したどちらとも異なった反応を見せた。

40名無しさん:2017/12/17(日) 08:47:09 ID:YAAXsb060
ミセ*゚ー゚)リ「どうして軍人になったんですか?」

(=゚д゚)「陸軍(アーミー)ですか? それとも海軍(ネイビー)?」

興味から来る質問というのは予想外だったため、若干の戸惑いを覚えながらも両方の質問に対して適切な言葉を選び、丁寧に対応する。

('、`*川「まず、私は海兵隊(マリーン)よ。
    ジュスティアと同じで、海兵隊として独立しているから海軍でも陸軍でもないわ。
    そして最初の質問にはちょっと答えられないわね」

世界は広いが、どの街も所有しているのは海軍と陸軍の二種類で海兵隊は特性の似通っている海軍に所属している。
もっと言えば、海に隣接している街でなければ海軍は所有しておらず、海兵隊を持つ意味もない。
仮に海が近くにあっても、上陸艇を別管理するという手間を考えて海軍の中に海兵隊を持っておいた方が、効率の面で見ると理に適っているのだ。
しかし、あえて独立させることで作戦を展開しやすくするなど、いくつか利点もある。

(=゚д゚)「あ、すみませんラギ……」

('、`*川「気にしなくていいわよ。
    ただ、説明するのはちょっと複雑だから」

軍人以外の道がなかったわけではない。
無論、人殺しが好きなわけでもない。
命のやり取りが好きなわけでもない。
ただ、知りたかったのだ。

生まれた意味、争いの中にある人の本質、即ち命の灯が見せる輝き。
ありとあらゆる事象を知り、体験し、そして我が物としたいと願い、軍人の道を選んだのである。
医者の道もあっただろうが、それでは命の本質は見えてこない。
物心ついた時から命について徹底的に学ばされるイルトリアの習慣が、今のペニーを作り上げた。

それはジュスティアと同じく、街としての取り組みの一つの成果だった。
この選択が正解だったのか、今も分からない。

命の本質に興味を持ったのは、八歳の時だ。
祖母が老衰で逝去し、祖父が初めて涙を見せた葬儀の場で幼いながらに考えた物だ。
今までただの一度も泣いたことのない祖父が涙を流し、祖母の遺体に口付けをして送り出した時、一体祖父は何を考えていたのだろうか。
祖母は死ぬ間際に何を見て、何を思ったのか。

命とは何なのか。
尊ばれ、惜しまれる命の正体とは何なのか。
動物と人間の命の差異は何かと考え、そして今日に至る。
いまだに答えにつながるような物は見ていないが、最初からそう容易に出るものだとは思っていない。

もう一つ、ペニーに軍人になることを決定づけさせた出来事があるが、それはあまり気持ちのいい話ではなかった。
逆に、その出来事がなければ他の仕事に就いていただろう。

断言出来ることは一つ。
命には限りがあるという事だ。
その限りある命をどう使うのか、それこそが命に意味を与えるのだという事。
戦場で命を散らした仲間達がそれをペニーの心に深く刻み、そして確信させた。

41名無しさん:2017/12/17(日) 08:49:36 ID:YAAXsb060
('、`*川「珍しいわね、軍人を毛嫌いしないなんて」

ミセ*゚ー゚)リ「私達の親も軍人ですから、どういう仕事でどういう人達がいるのかは聞いていますから」

なるほど。
担任の影響ではないことは分かっていたが、親族に軍人がいればこの耐性にも説明がつく。
ジュスティア軍とイルトリア軍は互いの政治家以上に仲が悪く、そして互いを高く評価しあっている奇妙な関係がある。
ジュスティア軍はイルトリア軍を〝世界で最もよく訓練された獣の軍隊〟と比喩し、
イルトリア軍はジュスティア軍を〝世界で最も機械に近い軍隊〟と称していることから、ある種の信頼関係にあると言ってもいいだろう。

(=゚д゚)「イルトリアについて訊きたいことがあるんですけど、いいですラギ?」

('、`*川「答えられる範囲でならね」

それからいくつかの質問に答える中、ペニーは森の中から奇妙な視線を感じ取っていた。
背筋を刃で撫でるような嫌な、それでいて遠目にこちらの動きを見られている気持ちの悪い感覚だ。
獣とは少し違う。
その性質故に闇に完全に溶け込むことのない、訓練された人間の視線だ。

この視線を送る人種を限るとしたら、それは軍人と言わざるを得ない。
だが軍人がこの森にいる意味が分からない。
気のせいであればいいが、万が一の事態があれば応戦するが、人数と武装の種類によっては太刀打ちできかねる。

視線を感じてから二時間近く歩き続け、途中に休憩を挟んだがその視線の主が姿を現すことはなかった。
一定の距離を保ち、監視しているのは疑いようのないことだが、彼女達の動向を探る理由が気になる。

('、`*川「……あら」

ミセ*゚ー゚)リ「どうしたんですか?」

('、`*川「よかった、山道よ」

それはかなりの幸運に恵まれた証拠だった。
明らかに人の足によって踏み慣らされ、人の手によって切り開かれた道が斜面に沿って出現したのだ。
道が見つかれば、山頂まで登る時間と労力が省ける。

('、`*川「これで簡単に帰れるわ。
     さ、行きましょう」

整った林道は下り坂になっており、先ほどよりもずっと速いペースで進むことが出来た。
明らかにミセリから苛立ちや焦りの感情が消え、もう少しでこの状況が終わることに安堵し、安心しきった様子が伝わってくる。
担がれたトラギコも、夜の時間が終わりに近づいたことに対して喜びを隠せないでいた。

しかしペニーだけは安堵という感情から最も離れた場所にいた。

この自然の中で、夜の森という環境の中で訓練された人間の視線を感じた。
こちらに接触するわけでもないのに、観察をされたその意図。
何か、見られたくない事がこの森で起こっている可能性がある。
軍事的な何か。

42名無しさん:2017/12/17(日) 08:51:58 ID:YAAXsb060
否が応でも興味をそそられる。
この二人を無事に送り届けたら装備を整え、視線を感じた地点に戻ろうと彼女は密かに決意した。

('、`*川「今度は私から二人に訊いてもいいかしら?」

油断は新たな問題を生じさせる最適な要因だ。
安心した瞬間に絶命する兵士を幾人も見てきたからこそ、それは自信を持って言える。
最後まで油断する気持ちを押さえさせるため、ペニーは二人に質問をすることにした。

('、`*川「学校は楽しい?」

(=゚д゚)「えっと……どうでしょうかね……俺、その辺りがいまいち分からなくて。
    何をしたら楽しいのか、何をしなかったら楽しくないのか、その基準が分からないんですラギ」

('、`*川「物事はね、誰かが決めたから楽しい、じゃないのよ。
     貴方が楽しいと思えば楽しいのよ」

それは幸せの定義と非常に似た疑問の一つだ。
あらゆるものを手に入れた大富豪が満たされないように、一獲千金を夢見る金鉱労働者のように。

('、`*川「ミセリはどう?」

ミセ*゚-゚)リ「楽しいです。
      ただ、勉強がなぁ……」

少し気恥かしそうに答えるミセリ。
年相応の反応だった。

('、`*川「覚えておいても損はないわよ。
     何に役立つかなんて、その時にならないと分からないものだからね」

途中、分かれ道が複数あったが記憶した方角に向かって足を進め、遂には舗装路に辿り着いた。
その舗装路はペニーがバイクで通った道であり、それを辿ればキャンプ場に確実に到着出来る。
木々の作り出したトンネルには月光が差し込み、まるで木漏れ日のように地面に光を落としていた。

('、`*川「いい夜ね」

夜空に散らばった幾千万の星々は宝石箱のように輝き、その眩さは今にも空から落ちてきそうなほど近くに感じる。
銀色とも黄金色とも思える月はその表面に笑窪のようなクレーターを見せながらも、その神聖さを損なうことなく、かと言って自己主張をするわけでもなく静かに世界を照らしていた。
静かな夜だった。
鳥の歌、虫の声、木々のざわめき、風のささやき、潮騒の轟き、自然が生み出す全ての音が混然一体となった静寂。
空に漂う一片の雲の輪郭が白く照らされ、孤独な旅人を彷彿とさせる光景は、深夜にこそ映える物だ。

日付はとうに代わり、月の傾き具合から早朝の三時ぐらいだろうと推測した。
想像以上に早く二人を発見してここまで連れてくることが出来たのは幸運以外の何物でもない。
獣に襲われて死んでいても不思議ではない状況の中、負った怪我は軽い擦過傷と捻挫。
サマーキャンプは引き続き参加可能だろう。
この経験も時が経てばいい思い出になるだろう。

43名無しさん:2017/12/17(日) 08:54:05 ID:YAAXsb060
終ぞ観察者や獣達はペニー達に襲い掛かる様子を見せないまま、三人はキャンプ場へと戻ることに成功した。
生徒を待っていた教師は涙を浮かべながら二人を抱き寄せ、その無事を喜んだ。

(;´∀`)「本当に何とお礼を言ったらいいのか……」

('、`*川「いいんですよ、お礼なんて。
     では、これで」

後は彼らがどうするかを判断するのであって、これ以上の介入をする義理はない。
教師と生徒の関係に他者が介入することは決して好まれない。
自分はあくまでも偶然この場に居合わせただけであり、彼らの間を取り持つような人間ではないのだから。
それよりも今は、別の事に興味の対象が移っている。

森の中で感じた視線の正体を調べ、見極めたいという気持ちが非常に強かった。
特に疲労感もなく、この程度なら睡眠と休息は不要だと判断出来た。

気配を消して一目散にテントへと戻り、すぐに荷物を広げる。
パニアケースのコンビネーションロックを解除し、隠し底の中からカール・ツァイスの赤外線暗視装置付光学式照準器とグロック18自動拳銃の予備弾倉、そしてナイフを取り出す。
拳銃とナイフを腰の位置に装備し、ペニーは誰にも気づかれることなく森の中へと再び戻った。

目印を残しつつ静かに森の中を移動し、登りやすそうで背の高い木を探す。
高さ一五メートルはあろうかという大きな樫の木を伝い、突起した樹皮や枝を足掛かりにして森を見下ろせる位置まで登った。
三倍から二〇倍の可変倍率を持つスコープを覗いて探したのは、人工の明かりだ。
訓練された人間が森に潜んでいるのだとしたら、その拠点がどこかにあると考えられる。

拠点には何かしらの明かりがある。
恐らくは渓谷か平地にそれはあるだろうと考えて目を向けていると、木々の間から自然には発し得ない色の光を見つけた。

('、`*川「……赤外線灯、ねぇ」

市街地とは真逆の方向の山腹に見つけたのは、肉眼では決して見ることの適わない赤外線灯を使用した明かりだった。
熱赤外線を可視化する暗視装置を通じて見ることの適う明かりは、紛れもなく人間に気付かれたくない意志の表示だった。
動物愛護団体が何かの観察でもしているのだとしても、あれだけの訓練を積む必要も、ましてやこちらを監視する必要もなかった。
その作業灯が見えたのは、生徒二人を見つけた河原から約二キロ離れた場所にあった。

あの場所に近づいた二人の動きを監視し、最終的には合流した三人の動きを見ていたのだろう。
照準器の目盛りから算出した距離は約五キロ。
走破するには余裕のある距離だ。

一度時計を見て時刻を確認する。
午前三時五三分。
夜明けまでもう間もなくだ。

木を降り、跫音を消して森を疾駆する。
傭兵が密猟者として働いている可能性も考えられるが、彼女の勘はそうは思っていない。
軍隊、もしくはテロリストの可能性の方が圧倒的に高い。
このティンカーベルにある資源はたかが知れている。

44名無しさん:2017/12/17(日) 08:55:31 ID:YAAXsb060
豊かな自然、ただそれだけだ。
では、要人暗殺の可能性は?即座に脳が否定の答えを出す。
この島にいる人間の持つ影響力、そして政治力は無価値と言っていい。
森の中にわざわざ拠点を設けるという事は、この森にこそ何かがある。

希少金属の採掘にしては規模が大げさだし、何よりこの森からそのような物を採掘するとなればそれなりの重機が必要になる。
そんなものの持ち込みをティンカーベルは認めないだろうし、何より人目に付きすぎる。
考えれば考えるほど興味深い発見だ。

生い茂る草木の間を難なく通り抜け、ペニーは風下から赤外線灯の明かりを見た場所に近づき始める。
夜明け前の暗い時間帯は、あらゆる生命がその音を潜ませる凪の時間となる。
だが夜明けが目前となると、生命は活気づいて様々な音を伴って活動を始める。
そこにこそ、彼女が偵察を行う隙がある。

次第に白んできた空には墨を流し込んだような雲が漂っている。
月は相変わらず輝きを失っていないが、それもそう長くは続かない。
鳥達が目覚め、各々声を高々と上げる。
体を冷やしていた風は今や夏の空気を含んで熱を帯び、足元には頼りない木漏れ日が散らばり始める。
視界の端で捉えた夜明けを目前とした時にのみ見ることの叶う群青とも瑠璃色とも言える空の色は、何度見ても飽きることのないものだった。

明かりを見つけた場所まで残り一キロほどの場所で立ち止まり、茂みに隠れつつ照準器を取り出した。
覗き込んだ先には明らかな動きがあった。
まず見えたのは、人の足だった。
それも、軍用ブーツを履いた足だ。

スエードを活かした乾燥した色合い、そしてその歩き方は軍人のそれだ。
倍率を変更し、より高角を視野に収める。
今度は人の全身像が浮かんできた。
服装は森林に紛れ込むためのウッドランド迷彩、肩に下げているのはレーザーサイトとダットサイトを装着したコルトM4アサルトライフル。

軍用塗料で顔を緑と黒に塗った厳めしい顔の男は周囲を警戒しつつ、いつでも発砲出来るようにライフルの銃把を握りしめ、油断なく目を光らせている。
そしてもう一つ、目を引いた物がある。
男が背負うドライオリーブ色に塗装された、二メートルほどのコンテナだ。
〝あれ〟があるという事は、彼らが軍属であることはまず間違いない。

だがティンカーベルにあれほど装備の整った軍隊は勿論、まともに機能する軍隊すらない。
だからこそ、イルトリアはティンカーベルの海域に於ける定期的な巡回を代行し、その漁業権を守ってきた。
彼女の知る限り、イルトリアは島に上陸しての作戦を展開する予定はなかったはずだし、コルトを採用している部隊は一つもない。
つまり外部の街からやってきた軍隊ということだ。

また、装備の種類から判断するとジュスティアの陸軍の様でもあった。
四方を海に囲まれた場所を拠点に活動するのなら、海兵隊が来ていなければ不自然だ。
陸軍が得意とするのは陸上に於ける拠点の確保と侵略である。
島にある何かを探しているのか、それとも統治を目的としているのかは不明だ。

また、人数も一人だけしか見当たらず、動きは観測できない。
耳を澄ませても重機らしきものや、それに相当する何かを運転している音は聞こえない。
やはり、何かの作戦行動中なのだろう。
正体の次に知りたいのは相手の目的だが、現状の装備ではこれ以上の介入は不可能と判断し、来た道を引き返すことにした。

45名無しさん:2017/12/17(日) 08:57:54 ID:YAAXsb060
追手を警戒して少しずつ道を変えながら戻ったが、追跡者は確認できなかった。

すっかり朝日が空をスカイブルーに染め上げた頃にキャンプ場に戻ると、件の学生達がテントを干す作業の傍ら、寝袋を陽に当てて乾かしていた。
炊事場にはトラギコとミセリが笑顔で朝食づくりに精を出し、昨夜の出来事を忘れてサマーキャンプを楽しんでいる様子だった。
それでいい。
嫌な思い出の中から経験値を絞り出し、次に活かせばいい。
反省するべき点は反省し、それ以降は行動に反映しないのが一番だ。

ペニーもテントをたたみ、バイクの上にグランドシートを被せて陽の光で乾かすことにした。
簡易台座を広げ、ガスコンロとコッヘルで湯を沸かし、インスタントコーヒーを淹れる。
湯気の立ち上るコーヒーと簡易食糧のブロックで軽い朝食を済ませ、その後の予定に頭を働かせる。
彼女の休暇は残り三日。

その三日で何をするのか、何が出来るのか。
むしろ介入するべきなのかを判断し、行動した方がいい。
仮に彼女の推測が正しく、彼らがジュスティア陸軍だとしたら、下手に手出しは出来ない。
イルトリアとジュスティアは常に緊張状態にあり、一つの手出しが大きな争いに発展する可能性は大いにある。

何より、〝あれ〟の存在は彼らが本気である証拠だ。
まずはイルトリアに戻り、それから情報をふるいにかけるべきである。
しかし、焦らなくてもいいのかもしれない。
往々にして、他の街が行うことに介入はするべきではなく、見届けた方が事態を複雑にしないで済む場合がある。
せいぜいこの事を胸に留める程度にしておく方が、彼女にとっても利益が大きい。

折角の休日だ。
仕事を忘れ、楽しまなければ損だ。
これ以上謎の軍人について考えるのを止め、ウィスキーの生産で有名なバンブー島に向かうことにした。
あの島で作られるウィスキーは非常に個性的で、独特の泥炭と潮の香りは比類のない魅力を生み出している。

鼻から抜け出る香りは泥炭に咲く花を想起させ、飲み下してからの余韻は三〇分近く続くほどだという。
決して輸出を認めず、島の中だけでのみ販売が許されているウィスキーは、ウィスキー好きとしては是非とも経験したいものだ。
イルトリアのバーで数回飲んだことがあるが、その味の複雑さと華やかさは比肩し得るものが一切見当たらず、一口で病みつきになるほどだった。
バンブー島で適当な民宿を借り、醸造所に足を運んで原酒を堪能するのも悪くはない。

残り少ない休暇を意味のあるものにするため、ペニーは乾かしていたテントをバイクから降ろして荷物をまとめ、パニアをバイクに取り付ける。
改めて自分が使った場所を見て、忘れた物や落とした物がないかを確認する。
何も問題はなかった。

ヘルメットを被り、昨日の生徒達に見つからないよう、そして仮に見つかったとしても呼び止められることのないよう、いそいそとエンジンを始動した。
跨り、ギアをローに入れて走り出し、すぐにセカンドギアに入れて速度を上げる。
そして、来た時と同じようにキャンプサイトから静かに立ち去った。
少し水気を含んだ空気と木々の香りを孕んだ風が肺を満たす。

ただ山を下り、視線は前に固定させる。
振り返ることはしない。
視線を意識することもない。
出会いがあれば別れがある。

それが旅だ。
あの生徒達が体験を経験として己の人生に生かすことを期待し、グルーバー島を後に西に向かうことにした。

46名無しさん:2017/12/17(日) 09:00:12 ID:YAAXsb060
______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

八月七日の朝は、濃霧の立ち込める朝だった。

午前三時。
陽の光は勿論、月光さえ届かない静かな時間。
波が船体にぶつかって立てる音以外、何も聞こえない。
島の漁師達が港を出発するまで、残り一時間。

その一時間でどれだけ多くの魚を手に入れるか、それが勝負のカギだ。
特に漁獲量に制限のある魚は高額で売れるため、大量に釣り上げたいところだった。
ティンカーベルの周囲に生息する魚はどの個体も味がよく、大きさもいい。
海を泳ぐ金を手に入れるために多少の危険を冒さなければならないのが、ベリス・フェンダーが密漁家業に対して抱いている唯一の不満だった。

幼少期、彼は密漁という行為を知らなかった。
物心ついた時から父親と共に船に乗り、漁を覚え、そしてそれが違法に行われる行為だと知ったのは一三歳の時だった。
良心が痛むことはなかった。
むしろ、どうしてこれほど効率よく金を稼げる行為を誰も真似しないのかと疑問に思ったほどだ。

漁獲に制限をかけて満足するのは環境保護が趣味の人間だけで、別にベリスが困ることは一つもない。
誰も獲らないからベリスが獲る。
ただそれだけだ。

それに、ベリスが獲った魚を食べる人間は誰がどのように獲ったのかなど気にすることはない。
それが真実だ。
いくら違法を咎めようとも、所詮は人間が勝手に決めた自己満足のルールに過ぎない。

バンブー島から北西に約二キロ進んだこの場所は、ジュスティアの海域との境目であり、漁師はあまり近寄らない穴場になっている。
この場所を利用しないのは、魚に失礼という物だ。

「……おっ、来たキタ」

魚群レーダーに映る大きな影は、船の下に魚の群れがいることを示している。

「仕事の時間だ、しっかり働いてくれよ」

操舵室から外に出て、仲間と共に船尾から網を落としていく。
最近は漁が好調で、こうして五人の仲間を雇い入れるほどの余裕が生まれていた。
この漁が終われば船を新調出来る。
そうすれば、今よりもずっと多くの稼ぎが期待出来た。

網を全て落とし終え、再び操舵室に戻る。
羅針盤と地図を見比べながら舵輪を回し、予定の海域に戻る。
このままジュスティア方面に向けて走らせれば大量の魚と共に、彼の船が偶然ティンカーベルの海域に入ってしまったと説明が付けられる。
慎重に船を進め、ティンカーベルから遠ざかろうとした、まさにその時。

47名無しさん:2017/12/17(日) 09:03:07 ID:YAAXsb060
船体を震わせる警笛が轟き、陽光に匹敵する光がベリスと船を照らし出した。
腕で目を庇いながら、警笛を鳴らし、光を放つ物の正体を見上げる。
グレーの船体。
重厚な鉄の輝き。

聳え立つ砲塔。

「し、哨戒艇?! 待ち伏せされてたのかっ!」

巨大な船体に浮かぶのはイルトリア海軍の文字。
今この瞬間、最も出会いたくない集団が船の進路を塞ぐようにして出現していた。
エンジン音が一切聞こえなかったことから、彼らが密漁船を待ち伏せていたのだと理解し、そして自分達がその罠にかかったのだと自覚した。

「やばい、やばいぞ!」

漁船を改造したとはいえ、この船の出力と哨戒艇の出力は雲泥の差がある。
逃げ切るのは物理的に不可能だ。
相手がエンジンを始動する前に動いたとしても、小型の艦砲が火を噴き、船を木っ端みじんにしてしまうだろう。

『密漁船に告ぐ。
船のエンジンを切り、両手を頭の後ろで組んで甲板に這いつくばれ』

高圧的かつ絶対的な口調で告げられた言葉に対し、ベリス達は従うしかない。
反抗は死を意味する。
遂に家業が終わる時が来たのだと悟り、ベリスはエンジンキーに手を伸ばした。

だが。

だがしかし。

一発の銃声がベリスの船から響き、ベリスの手を止めさせた。
それは哨戒艇の側面に当たり、乾いた音を立てた。
気のせい、何かの間違いだと思う間もなく、堰を切ったように次々と銃が火を噴いてイルトリアの船に銃弾が撃ち込まれた。
誰が最初の一発を撃ったのかベリスには分からなかったが、すぐにこの場から逃げた方がいいことは疑いようがなかった。
軍隊に反抗して生き延びるには、逃げるしかない。

「誰だ、誰が撃った!」

誰も答えない。
確かに銃は船に積んであるが、その場所はまだ誰にも教えていない。
つまり、乗り合わせた仲間の誰かが持ち込んだ銃で、こともあろうにイルトリア軍に発砲したことになる。
殺しても足りない程の怒りがベリスを襲った。
愚か者をこの船に乗せてしまった自分も腹立たしいが、一人の愚行で全員が命の危険に晒されるという事態を引き起こした人間に対し、兎にも角にもこの怒りをぶつけたくて仕方がない。

沖で羅針盤を失くしたとしても、ここまでは怒らない。
カジノで財布を失くしたとしても、ここまでは失望しない。
銃を暴発させて己の手足を吹き飛ばそうとも、ここまでは絶望しない。
だがイルトリア軍に対して銃を向けるという行為は、自らの口にピンを抜いた手榴弾を咥えるよりも更に危険だ。
彼らに銃向けるという行為は、自殺行為そのものなのだ。

48名無しさん:2017/12/17(日) 09:03:28 ID:YAAXsb060
「おい!誰が撃ったんだ!おい――」

沈黙したままの船尾を振り返ったベリスが最期に見たのは、哨戒艇から放たれたオレンジ色の輝きだった。
直後、艦砲の直撃を受けた密漁船もろとも彼の体は爆散し、海に沈んで消えた。







――これが後に〝デイジー紛争〟と呼ばれる戦争の発端だった。







第一章 了

49名無しさん:2017/12/17(日) 18:18:59 ID:kzO5gVmk0

Ammoreでもちょろっと語られてたなデイジー紛争

50名無しさん:2017/12/17(日) 19:07:55 ID:YAAXsb060
('、`*川魔女の指先のようです
http://hebi.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1513504559/

現在投下中でございます

51名無しさん:2017/12/18(月) 20:01:59 ID:/.UYpKWU0
第二章 【茨の道】

?
八月七日早朝にティンカーベル沖で起こった密漁船撃沈のニュースは、関係している街に大きな波紋を産んでいた。
ティンカーベルは言わずもがなだが、船を沈めたイルトリア、そして船の乗組員の出身地であるジュスティアの三つの街だ。

開け放たれた窓から入り込む空気は生ぬるかったが、イルトリアの市長室に漂う空気は真冬のそれよりも冷え切っていた。
マホガニーの机を囲むようにして座るのはフレームレスの眼鏡をかけたクルーカットの偉丈夫、海軍大将アサピー・クリーク。
その隣に並ぶ巌のような体と険しい顔をしたコーヒー色の肌を持つ男は、陸軍大将セント・ウィリアムス。
セントの向かい側には彼とは対照的に、色白の肌に軽くウェーブのかかったビターショートの髪型をした海兵隊大将ヒート・ブル・リッジ。
そして彼女の隣に座る傷だらけの大男が、イルトリア市長のロマネスク・アードベッグだ。
最初に口を開いたのはこの部屋の主にしてイルトリアを統括する市長、ロマネスクだった。

( ФωФ)「で、向こうの言い分は?」

(-@∀@)「当初と同じく、領海侵犯はしていない、の一点張りです」

バインダーに挟んだ手元の資料を見ながら淡々とした口調で答えたのは、今回の事件の責任者であるアサピーだ。
海軍が処理した事案についての報告は仔細漏らさず彼の耳に入っており、事が大げさに騒がれ始めてからマスコミへの対応も彼が一貫して行っているため、新たな情報は全て彼の元へと集約されている。

(-@∀@)「また、今回の攻撃はジュスティア市民の命を奪った卑劣な行為であり、世界的に見ても異常な行動である。 と」

確かにジュスティア市民の命は奪っただろうが、それが問題なのではない。
問題となる点は、別にある。
ロマネスクは深く溜息を吐くようにして、市長としての意見を述べた。

( ФωФ)「奴らがそう言ってくるという事は、本気でそう信じているんだろうよ。
       だがな、奴らは確かにティンカーベルの海域で攻撃を仕掛けてきた。
       沈没した場所がぎりぎりジュスティア沖だろうとな」

問題なのは船が沈んだ場所だった。
不意の発砲に怯んだ隙に密漁船はジュスティア領に入り、そこで撃沈された。
ジュスティアが問題としているのは正にその部分で、密漁船の船員達はジュスティアとティンカーベルの海域の狭間で漁をしていただけで、密漁には一切関わっていないという主張だった。
海の藻屑と化した船の残骸はジュスティアによって引き上げているが、あまりにも損傷が酷く確たる証拠となるような物は見つけられそうにもない。
肉片と化した船員の素性はあくまでも漁師としての肩書であり、密漁者としての報告は一切ないというのがジュスティア側の報告だった。

しかし、イルトリアの軍艦が攻撃を受けたのは間違いなくティンカーベル領であり、彼らが領海侵犯をしたのは紛れもない事実だ。
ジュスティアの気質を知っているロマネスク達からすれば、彼らが一貫して主張を曲げないという事はそう信じ切っていて、それは決して曲がらない事を理解していた。

ノパ⊿゚)「なら、やるべきことは明白だろうよ、市長殿」

顔の大部分に酷いケロイドの跡を残すこの場に同席する唯一の女性にして海兵隊の頂点に君臨する女傑、ヒートが溜息交じりに発言した。

ノパ⊿゚)「幸いなことに、英雄狂共(ジュスティア)はこちらを糾弾している段階。
    ならば先手を打てる。
    この好機を逃す手はあるまい?」

52名無しさん:2017/12/18(月) 20:03:33 ID:/.UYpKWU0
彼女の言わんとすることは、誰も口にはしていないが分かっていた。
即ち、ジュスティアがティンカーベルに何らかの口実を作って軍隊を送り、駐屯する部隊を襲う前にこちらが更に兵を送り出して警備を強固にするということ。
戦場化するとしたら、間違いなくティンカーベルが舞台となる。
イルトリアとジュスティアの直接的な戦争は現実的とは言い難く、ジュスティアから最も近いティンカーベルにいる海兵が最も危険な状態となる。

これまでの長い付き合いから平和的な解決は不可能だというのは、この場にいる全員が理解している共通認識だ。

(’e’)「が、大規模な部隊を送るわけにはいかないな」

ヒートの提案に対して患者にカルテの内容を伝える医師のような反応を示したのは、陸軍のセントだ。

(’e’)「ここからティンカーベルに船を送るとなれば、否が応でもジュスティアの前を通らなければならない。
   目立つような大船団は送れないだろう?」

地理的な問題として、イルトリアからティンカーベルへの派兵は容易とは言えない。
その最大の理由が、ティンカーベルに最も近い街がジュスティアであるという点だ。
グルーバー島にある港には現在、一五人の海兵が駐屯している程度だが、あくまでもそれは漁業権を守ることを目的としており、必要以上の派兵は最寄りのジュスティアが常に目を光らせている。
過度の増員は彼らを刺激し、武力を用いた抗議をしてくることが十分に予想される。
気付かれないようにするには、少数でなければならない。

同意を促すようなセントの言葉に、アサピーは眉一つ動かすことなく、鉄を想起させる冷たい口調で淡々と答えた。

(-@∀@)「当然、高速艇による少数の派兵を検討している。
      海上での交戦も織り込み済みだ」

海軍が所有する高速艇を使えば、ティンカーベルまでは半日もあれば到着出来る。
本来であれば海兵隊を送りたいところだが、現地にすでにいる海軍とは行動基準や気質が異なる。
共同作戦をしなければならない時を除けば、同じ戦場で出会う事はまずない。
ましてや今回は、海軍に属する全員が誰にも邪魔されたくない理由があった。

(-@∀@)「士気を考え、死んだスペイサー伍長の所属していた分隊を派兵する」

密漁船から放たれた一発の銃弾が、不運にも甲板で機銃を構えていたスペイサー・エメリッヒの防弾ベストごと胸を貫き、絶命させた。
本来であればイルトリアがジュスティアに対して徹底抗戦の構えをするべきなのだが、こちらがそうする前に相手側が行動を起こしてきたため、今さら声を大にする必要性は失われた。
大声に対して大声で対応するのは二流のすることで、一流は行動で対応する。

ジュスティア政府は嘘を吐くことを悪徳とし、例え騙し合いが常識の政治の場に於いてもそれは健在で、特に相手の非を指摘する時には絶対と言い換えてもいいほどの確信をもって非難してくる。

腕を胸の前で組んで話を聞いていたヒートが机の上で手を組み直し、アサピーを見た。
その瞳はこれからアサピーが何を言おうが一向に構わないという意志が光となって宿り、異見を求めていないことを明確かつ端的に彼に伝えていた。

ノパ⊿゚)「どの分隊を送り込もうといいが、一つ補足させてもらおう。
    全くの偶然だが、今あの島には休暇中のうち(マリーン)の狙撃手がいる。
    有事に備え、彼女にも作戦を伝えさせてもらう」

有無を言わせぬ冷徹な口調だったが、アサピーはさして気にした様子も見せずに頷き、その提案を受け入れた。
特に異論はないが、と続ける。

(-@∀@)「狙撃手の名前は?」

53名無しさん:2017/12/18(月) 20:05:17 ID:/.UYpKWU0
ノパ⊿゚)「ペニサス・ノースフェイス一等軍曹、我が軍始まって以来の天才だ。
     いても足手まといにはならんし、万一の際には切り札にもなる有能な奴だよ」

淡々の己の部下を紹介した彼女の口元には、どこか誇らしげな笑みが浮かんでさえいた。
その笑みを口元から消し、目元に絶対の自信を湛えてロマネスクを見る。

ノパ⊿゚)「彼女なら市長殿も異論はあるまいて」

( ФωФ)「お前達の決定に異論はない。
       アサピー、マスコミへの対応を引き続き行え」

世論がどうであれ、イルトリアはイルトリアの流儀を貫くだけだ。
己の正しさは武を持って示す。
例えジュスティアと争いになろうとも、それは揺るがない。
この部屋の全員が持つ共通認識と方針は、常に統一されている。

即ち、犠牲を厭わず最良の結果を導き出すこと、その一点だけ。

( ФωФ)「それとヒート、ペニサスにも連絡をしておけ。
       休暇はまた今度だとな」

ノパ⊿゚)「無論。 あぁ、そうだ。
    アサピー大将、派兵ついでに彼女のライフルを持って行ってはもらえないか?」

頷き、アサピーは確認をする。

(-@∀@)「海兵隊のライフル(レミントンM40)ならばこちらにもストックがある。
      こちらで用意した銃でも問題ないか?」

大げさな溜息が部屋に響いた。
勿体ぶるように、そして強調するようにしてヒートはアサピーに言葉を送った。

ノパ⊿゚)「問題ありだ。
     彼女のライフル、と言っただろう。
     あの女は変わり者でな、ボルトアクションよりもSVD(ドラグノフ)を好むんだ」

アサピーが意外そうな顔をしたのも無理もない。
狙撃には精密な射撃を行える銃が必要だ。
ボルトアクション式とセミオート式のライフルの精度の差は歴然としている。
状況によって両者を使い分ける事が必要だが、大抵の狙撃手は精度を優先してボルトアクションの方を選ぶ。

逆に、激しい戦闘が予想される地域に於いては精度よりも命中させることが主になってくるため、セミオートの方が好まれる場合がある。
今回のように少人数で動く場合、一撃必中を狙う事がほとんどであるため、精度を優先する。
更にアサピーが不思議に思うのが、ドラグノフの精度だ。
ドラグノフはその頑丈さと軽さこそが利点だが、大量生産モデルであるが故に肝心の射撃精度に関しては他の狙撃銃に劣っていると言わざるを得ない。

狙って体のどこかに当たればいい、とまで言われる銃なのだ。

54名無しさん:2017/12/18(月) 20:06:57 ID:/.UYpKWU0
ノパ⊿゚)「心配するな。
     あの女は必ず当てる。
     それこそ魔法のように、な」

(-@∀@)「それならばいいが。
      もし特定の観測手がいるなら、そいつへの連絡はそちらで頼むぞ」

狙撃手には観測手が同伴するのは現代狙撃に於ける常識である。
旧来の狙撃手は単独で行動し、観測や報告、自己防衛や風速、湿度、三角関数、地球の自転速度などを含めた計算を一人で行わなければならなかった。
それは果てしなく狙撃手に負担をかけ、狙撃の効率にも影響を及ぼした。

だが、現代は第二次世界大戦を期にその役割が持つ重要性が強く認識され、
狙撃手の負担を軽減すると同時に作戦の成功率を高めるために狙撃手と観測手でチームを組んで作戦に当たるのが常識と化した。

ノパ⊿゚)「あぁ、それだがな」

用意されていた水を一口飲み、一拍の間を空けてからヒートは説明書に付け加えられている一文を読むような口調で部下の特徴を一つ述べた。

ノパ⊿゚)「あの女は、観測手が嫌いなんだ」

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時を同じくして、ジュスティアの軍上層部――大将から少将まで――と市長は地下に作られた会議室で緊急会議を行っていた。
各軍から集まった人数は合計九名。
大人数で行われた会議は終始激論が交わされ、たびたび市長がそれを宥める一場面が見られるほどだった。

議論が白熱した原因は当然、イルトリアに対する報復の度合いとその手段だった。
事件後、早急に派遣された捜索艇が現場を検証したところ、沈没した船に積まれていたウージー・サブマシンガンでは防弾ベストは貫通できず、
イルトリアの主張する発砲はあったにしても、死亡についてはあり得ないという結論が出された。
発砲はイルトリア側の高圧的な態度に驚いた民間人が自衛のために発砲したのだと結論付けられ、無実の罪で爆殺された漁師の遺族は徹底抗戦を要求している。

しかし政治が絡むと、事は複雑だ。
常に互いを牽制し合っている中、これが戦争の銃爪となるのは何としても避けたかった。
が、争いは避けきれないだろう。
世論は野火のように広がる。

後ろに撫でつけたブロンドの髪を指で軽く触りつつ、鶯色の瞳で会議室全体を見据える現市長フォックス・クレイドウィッチはそれをよく知っていた。

爪'ー`)「ふぅむ」

(・∀ ・#)「……第一、イルトリアはティンカーベルの漁業の保護が目的だと言っているが、それは詭弁だと私は前から常々言ってきましたぞ。
      奴らはこれを機に、更に数を増やして島を占拠するに決まっています!」

議論の中で最も熱を入れているのは陸軍中将、マタンキ・グラスホッパーだ。
丸縁眼鏡の奥で鋭く輝く眼光は紛れもなく軍人のそれでありながら、戦場での手柄ではなく作戦立案などの功績により今の階級を手に入れた筋金入りの頭脳派だ。
陸軍きっての指揮官は会議室に轟く声で、会議の始まりから繰り返している意見をもう一度口にした。

(・∀ ・#)「一刻も早く派兵し、ティンカーベルを解放するべきです!」

55名無しさん:2017/12/18(月) 20:09:23 ID:/.UYpKWU0
(´・_ゝ・`)「だから、それをどの軍がやるんだと訊いているだろうが。
      陸軍でも動かすつもりか?」

(´・_・`)「解放と連呼しているが、今のところイルトリアは今日まで問題を起こしてこなかった。
    何から解放するというのだ?」

そして彼の意見が口にされるたびに呆れ顔で質問するのは、小柄ながらも高圧的な雰囲気を放つ海軍大将デミタス・ステイコヴィッチと、
ドレッドヘアーが特徴的な海兵隊大将ショーン・ブルーノだった。
この二人は軍内部でもイルトリアを高く評価する変わり者として知られており、今回の事件については慎重に行動するべきだとの意見を示している。
しかし、会議の場を占める意見の大部分がイルトリアへの非難だった。

(´・_ゝ・`)「何度も言うが、慎重に進めても損はないだろ」

諭すようにして、これ以上マタンキが熱くなりすぎないような声でデミタスが窘める。
いくら会議の場とはいえ、このまま彼が話を続ければ上官に対して無礼な発言をしかねない。
また、こうして話を続けていても、収束を見せることはないだろう。
一度落ち着かせて話をする必要があった。

(・∀ ・#)「そんな日和った事を言っているから、いつまでも奴らが我が物顔をしているんですよ!
     我々にこれ以上海域の捜査をさせないと言ってきたのは、間違いなく我々を見くびっているからです!」

(´・_ゝ・`)「そこまでして戦争をしたい理由は何だ、マタンキ中将?少し頭を冷やせ」

(・∀ ・#)「島の平和が乱されているというのに、それに目をつぶり続けてきたことに私は我慢ならんのですよ、デミタス大将!
      今こそ正義を執行する時です!」

正義。
この言葉ほどジュスティアの行動理念を端的に、かつ正確に言い表すものはない。
〝正義の都〟として名高いジュスティアは世界屈指の犯罪率の低さ、そして高い検挙率を誇る街。
警察や軍隊など、人の平穏な生活を維持する職業には、自ずと強い責任感が持った人間が就く。

マタンキもまた、人一倍正義感の強い男だけに、彼の言葉に水を差すような人間はこの場にはいなかった。
これ以上軍人同士が言い争う前に、フォックスは手にしたボールペンの先で机を軽く打ち、沈黙を求めた。
それまでの声が嘘のように静まり返り、全員の視線が彼に向けられる。

爪'ー`)y‐「両者の言い分は分かった。
      だがな、我々が争うのは愚か極まりない行為だ。
      今決めるべきは手段ありきの方針ではなく、手段以前に我々の方針を統一することにある」

( ゚д゚ )「一つご提案が」

その若さと容姿から広報担当も兼ねる陸軍少将ミルナ・バレスティは勿体ぶるようにして起立し、全体を見ながら軽く咳払いをした。

( ゚д゚ )「大部隊を送ればそれこそ問題ですが、少数を小分けにして現地で合流させればなんら問題はないかと」

(´・_・`)「結局は派兵ではないか。
    イルトリアと事を構えるのならば、もっと慎重にするべきだぞ」

56名無しさん:2017/12/18(月) 20:11:07 ID:/.UYpKWU0
( ゚д゚ )「ショーン大将、この提案の目的はまさにそこなのです。
     密かに少数を送り、彼らに事件の真実を調べさせるのです。
     真相が分かってから方針を定めて彼らが動けば、なんら問題はありません。
     むしろ、イルトリアに先手を打てる絶好の機会にも転じ得るのです」

若き少将の口から出た提案に再びざわつき始めた会議室の中、ショーンは腕を組み、彼の言葉を反芻するようにして瞼を降ろした。

ミルナの意見がどちら寄りなのか、今の段階では分からない。
彼は会議が始まってから今に至るまで、双方の意見をノートに取りまとめ、いわば傍観者としての立場で会議に参加していた。
つまり、彼は一度も己の意見を口にしてはいない。
抜け目のない男なのは、同じ軍人として彼の噂と実績を知るショーンはよく分かっていた。
この意見が最終的に彼の指示する方に傾くのは間違いないが、それがどちらなのか、問題は正にそこだった。

かつてショーンはイルトリア軍との戦闘に二度参加し、二度敗走した経験がある。
こちらの街を騎士に例えるなら、相手は訓練された獣だった。
銃撃の精度、決断力の速さ、個々の経験値はジュスティアを遥かに凌ぐものだった。
甚大な被害をこうむり、骨の髄まで理解した。

彼らに対抗するには、今のジュスティアでは力不足であると。
かつて経験した砲兵隊の練度を比較すれば一目瞭然だった。
ジュスティアが射弾観測を四度行うのに対し、イルトリアは射弾観測を二度で済ませる。
撤退のタイミングについても潔く、必要以上の損害を受けることはない。

一度目の敗走で上官と友人を、そして二度目の敗走で部下と友人を失った経験から、イルトリアとの戦闘は避ける必要があると常々考えてきたが、誰にもそのことを話したことはない。
無論、復讐の機会があれば彼らに殺された全てのジュスティア人のためにそれを果たすのだが、まだジュスティアは熟していないというのが、ショーンの見解だった。
戦争を避けなければ、また無駄な死人が出るだけだ。

(´・_・`)「送るのならば、精鋭でなければ対応は不可能だろうな」

戦闘経験が豊富な人間ですら苦戦する相手に出し惜しみは自殺行為になる。
せめてもの助言としてショーンが送った言葉に、ミルナはにこやかな笑みで応じた。

( ゚д゚ )「えぇ、勿論です。
     ですので、それぞれの軍から少しずつ出し合ってはいかがかと。
     そうすれば、偏りのない真実が得られるはずです」

(・∀ ・)「つまり、真実の探求を優先するべきだと?」

神経質そうに眼鏡を押し上げ、鋭い視線を向けてマタンキは尋ねる。
彼が危惧しているのは果たしてミルナの本心はどこにあり、彼の目的が何なのか。

( ゚д゚ )「その通りです。
     正義の執行はその後でも十分間に合います」

会議室が再び静寂に包まれる。
静かに、そして堂々と一本の手が上がる。
それは、筋骨隆々とした体を持つ海軍中将クックル・フェルナンドの巨腕だった。

( ゚∋゚)「一度休憩をはさみ、各軍の意見を出し合うべきであると提案します」

57名無しさん:2017/12/18(月) 20:14:07 ID:/.UYpKWU0
隣に座るデミタスは頷き、その意見に賛同を示す。
熱した場で得た答えにさほどの価値はない。
必要なのは冷静な状況下で下された決定だ。
同意を求めるようにしてデミタスが着席する全員に目を向け、全員が同意する仕草を見せた。
そして、フォックスへと視線を移す。

爪'ー`)「今から一時間後に、改めて会議を行う。
    それまでに各軍で方針を定めておくように」

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  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

その日に起こった事件について、ペニサス・ノースフェイスは人並みならぬ関心を寄せていた。
早朝、発砲音を耳にしてから、彼女はすぐにスコープを片手にテントを飛び出し、霧の向こうを見ようとした。
その直後に砲声と爆音、そして閃光が訪れ、オレンジ色の光が濃霧の中に浮かんだ。
ティンカーベルの周辺で攻撃的なことを行う人間は限られているため、真っ先に浮かぶ可能性として、イルトリアとジュスティアの二つの街が浮かんだ。

この二つの街が争いを起こすことになれば大ごとだ。
両軍が積極的に争いを起こすことはない。
ならば、ティンカーベルが間に入っていると考えられる。
そうであれば、ペニーは今最前線にいることになり、真っ先に戦闘要員として作戦行動を開始するよう要請されることは、可能性の一つとして視野に入っていた。
だから後に彼女の予想が的中し、可能性の一つとして考えていた事が現実のものとなった時、彼女は動揺することはなかった。

銃声に対して機敏に反応し、この事件自体について関心を抱いた理由は、森の中で目撃したジュスティア軍と思わしき人間が原因だった。
この二つの存在は、どうにも偶然とは思えない。
バンブー島の山中に設営したペニーのテントからは、昨夜軍人らしき人間を目撃したグルーバー島の山腹がしっかりと見て取れる。
照準器で時折眺めたが、何か物珍しい動きはなかった。
それが逆に怪しかった。

恐らくは島中の話題が銃声と爆音に集中する中、ペニーもまた、その原因について気にしていた。
地面に敷いたシートの上に腹ばいになってスコープを覗く視界の端では、朝日が雑草に付着した朝露に反射し、大地が輝いて見えた。
空が明るくなる中、ペニーは支給された緊急用の携帯電話を耳に当てながら、その視線を海に向けている。
視線の先には数隻の船が浮かび、沈没現場で作業をしていた。

ノパ⊿゚)『すまないな、一年ぶりの休暇中に』

('、`*川「仕方のない話ですから」

携帯電話を通じて聞こえてくるヒート・ブル・リッジの声には、微塵の同情心も感じ取れなかった。
謝罪は形式上の物でしかない。
それも当然だ。
ペニーの職業は軍人であり、軍人の仕事は有事の際に動く事なのだから。

例え休暇中であろうとも、その本質は変わりがない。
武器と同じように、必要な時に必要な働きをする。
それこそが、イルトリアの軍人だ。

('、`*川「それで、私はどのように動けば?」

58名無しさん:2017/12/18(月) 20:15:28 ID:/.UYpKWU0
ノパ⊿゚)『傍観者でいてもらいたい。
    海軍から一〇名、現地の海兵と合流して合計二四名になる。
    彼らに万が一の事がありそうな際に、手を貸してほしい』

('、`*川「最初から加わらない理由を教えていただいても?」

ノパ⊿゚)『切り札は最後まで残しておく。
    鉄則だ』

自覚がなかったわけではない。
これまでの経験から考えて、ペニーは軍に多大なる貢献をしてきた人間だ。
遠距離の精密狙撃、市街地での狙撃、どのような状況下でも決して狙撃の精度が落ちたことはない。
これまで証明してきた成果が示す通り、狙撃の腕で今の彼女に並ぶ人間はいない。

しかし、今回ペニーが駐屯している部隊と行動を共にしない理由は別にある事を、彼女自身がよく知っていた。
狙撃手は敵軍からしたら最大の邪魔者だ。
一度その存在が敵に知られれば、狙撃手は真っ先に排除の対象となる上に、狙撃の成功率を大きく下げることに繋がってしまう。
ぎりぎりまでその存在を隠しきるためには、軍と行動を分けるに限る。
狙撃手が独自に行動するのはよくある事で、別に不自然なことでもない。

('、`*川「そうおっしゃるのであれば。
     作戦内容はどのような手筈でしょうか」

ノパ⊿゚)『予定では今日の夜に、お前のライフルと一緒に増援が到着することになっている。
    後は彼らがジュスティアに備えるだけだ。
    何もなければ何もないが、穏便に終わるとは思えないのでな』

全くその通りである。
死者が出た以上、穏便に解決することは出来ない。
ジュスティアが何らかの行動を起こすのは確実に予想出来る反応であり、先んじて備えをすることが最善の手だ。

('、`*川「では、基地でライフルを受け取り、後は単独行動という事で」

ノパ⊿゚)『分かっているとは思うが、下手に目立つなよ。
    お前が動く必要が生じるまでは、ティンカーベルでゆっくりとしていてくれ。
    代わりと言っては何だが、コーヒー一杯だって軍の経費で落としてやる』

休暇を失うせめてもの詫びなのだろう。
金に困ってはいないが、せっかく払ってくれるというのだからその言葉に甘えない手はない。
運が良ければ休暇の延長となるのだが、事態はそう簡単に解決しないだろう。
常に緊張状態の中では、観光すらままならない。

('、`*川「了解いたしました」

短い電子音の後、電話が切れた。
完全に通話が終了したのを確認してから、ゆっくりと溜息を吐いた。

59名無しさん:2017/12/18(月) 20:19:35 ID:/.UYpKWU0
正直なところ、この事件がどう終結するのか想像できない。
事は政治が絡んでいる。
互いに大規模な戦争は避けたいだろうが、ジュスティアは面子を重んじる文化がある。
イルトリアが一方的な悪と断じれば、彼らはすぐにでも戦争を始める口実を得る。

彼らは愚かではないが、愚直ではある。
彼らの胸三寸で戦争は十分に起こり得る状態だった。
無論、イルトリアは相手に戦争を挑まれれば確実にそれに応じ、全力で叩き潰しに行く。
それこそ、街の一つや二つが灰燼と化そうが、決してその手を緩めることはしない。

ヒートは状況と指示を最低限の量しか伝えてこなかったが、ペニーが真実を証明する何かを見つけることを期待しているのは明白だった。
何もせずにコーヒー代を軍が支払うはずがない。
軍服を着た人間が嗅ぎまわるより、一般人に紛れた人間が探す方が細かな情報を入手しやすい。
つまりコーヒー代も経費で落とせるという事は、市街地に繰り出してそこで情報収集をしろという事を暗に意味しているのだ。

彼女は自分が目撃したことを部分的に報告したが、銃声の後に砲声が続いたのは間違いないと強調した。
つまり、どちらかが発砲を行い、最後に艦砲射撃が行われたのは事実なのだ。

死んだスペイサー・エメリッヒとは知り合いだった。
彼とは訓練を共にし、その実直さやユーモアのセンスをよく覚えている。
その彼が殺されたことに対してペニーが抱いたのは、激しい怒りだった。
あまりにも呆気のない最期。

銃弾が彼の防弾着を貫通したというが、ジュスティア側はそのことも含め、全てはイルトリアのでっち上げと断じ、糾弾しているという。
現場に居合わせた人間の内、生き残っているのは全てイルトリアの人間だという事から、第三の立場からの証言が得られないのをいいことに、正義を気取っている街が気に入らなかった。
また、霧の濃い早朝、それも漁の始まる前となれば目撃者はほぼ皆無だろう。
爆散した船はジュスティアが引き上げて調査を済ませたことから、遺留品の回収と調査は難しい。

つまり今の状態では、どちらも互いの主張を譲るつもりがなく、必要とあれば激突する可能性が非常に濃厚だという事だ。
火薬庫で煙草を吸うような危険な状況を打破するのは、新たな証言しかない。

まずは街に向かう所から始めるしかない。
可能性の高い低いに関わらず、とにかくやるしかないのだ。
携帯電話をパニアケースにしまい、ペニーは深い溜息を今一度吐いて気持ちを切り替えた。
ライフルの到着まではまだ一〇時間以上ある。
まずは情報収集のために未舗装の山道をバイクで駆け抜け、漁港へと向かうことにした。

バンブー島の漁港は非常に小さく、漁に出る人間も少ない。
知りたいのは今日の情報ではなく、これまでの情報だ。
密漁の事実があったか否か。
それが分かれば、まずは足掛かりとなる。

密漁が常習的に行われていた証言を得られれば、今回殺されたジュスティア人達が密猟者だった可能性を高めることが出来る。
その証拠を使うのはペニーではないが、あっても損はない。
問題なのは誰が最初の問題を作ったのか、だ。
死んだジュスティア人が密猟者であることを確定させれば、戦争が起こることを止められるかもしれない。

60名無しさん:2017/12/18(月) 20:21:15 ID:/.UYpKWU0
山を下り終え、港に到着した後にペニーはバイクを適当な場所に停めた。
潮の濃い香りが漂う港には、漁師同士で交わされる活きのいい声が響いている。
店先に並ぶ魚を見る風を装い、市場の奥へと歩いていく。
色とりどりの魚が氷を敷いた木箱の上に積まれ、その横に値段を書いた札が置かれている。

一匹当たりの金額は非常に安く、鮮度もいい。
だが店員はあまり観光客に対して商魂を見せることはなく、同じ島民に対してだけ愛敬を振りまいている。
それがティンカーベルの気質だ。

今朝漁に出た人間は今頃、食堂で朝食をとっている頃だろう。
低価格で高品質な定食を出す地元民の憩いの場所を、初めて見る観光客に教えてもらえるとは思えない。
地理的な環境から食堂の位置を推測する。
船着き場の近くが妥当だろう。
潮と魚の血の香りで鼻はあまり頼りに出来ない。

人の流れに逆らい、ペニーは市場から埠頭へと移動し、周囲の人の動きを確認する。
流れを読み、その流れに沿って再び移動を開始する。
大きな倉庫の二階に流れていく人の層を観察すると、彼らが漁師であり尚且つ扉から出てきた人間が皆一様に満足そうな表情を浮かべているのが分かる。
その先に食堂があるのだと考えても不自然ではない。

足を食堂と思わしき場所へと向け、他者の視線を完全に無視して扉を押し開ける。

その先に待っていたのは、一般家庭の食卓を想起させる喧騒とも団欒とも言える心地のいい話し声の洪水だった。
漂う空気に含まれる香りは形容しがたく、複数の調味料や食材の生み出す得も言われぬ香りを発していた。
何とも心地の良い空気だったが、ペニーの来訪によってそれは脆くも崩れ去った。

誰が吐いたのかも分からないが、店内の喧騒に紛れて溜息が聞こえてきた。
非友好的な視線を感じる。
それは単体かもしれないが、複数、もしくは全員の視線なのかもしれない。
部外者の来訪が彼らにとって望ましくないのは知っているが、それに対する対処法も彼女は知っている。

最初から歓迎されるとは思っていない。

('、`*川「カジキの竜田揚げを一つ。
     久しぶりに食べたくなっちゃって」

「あいよ」

明らかに警戒が一段階下がったのが分かる。
彼らが地元の人間にだけ心を開くのであれば、それを利用すればいい。
ペニー自身がこの島の出身者であるかのように偽れば、自ずと彼らはこちらへの敵意を薄れさせてくれる。

ほどなくして運ばれてきたのは、平皿に盛られた山盛りの竜田揚げだ。
付け合わせのキャベツの千切りの横には、タルタルソースが添えられている。
カジキマグロの身を使って調理された品だが、これはティンカーベルの漁師の間でよく知られた料理で、一般家庭でも頻繁に食される。
他の地域でも食べることが出来るが、この島のカジキマグロはまた別格な味がするのだ。

だが、これを注文するだけでは彼らを騙し切ることは出来ない。
島ならではの食べ方があるのだ。

61名無しさん:2017/12/18(月) 20:25:11 ID:/.UYpKWU0
('、`*川「おろしポン酢とスダチはあります?」

これが決め手となった。

「へぇ、あんた、この島の人間なのかい?」

島民はこの料理を、スダチを一絞り入れたおろしポン酢で食べる。
酸味のあるポン酢と甘みのある大根おろし、そして漂うスダチの香りは竜田揚げによく合うのだ。

('、`*川「少し離れていたけど、グルーバー島の出身なんです」

全体の空気が軽くなり、少しずつ彼女に対する警戒を解く人間が増えてきた。
隣に座る男性、そして向かいに座る男性は風体からして漁師で、若い異性であるペニーに興味を持ったのか、次々と質問をしてくる。
話を合わせ、次第にこちらのペースに巻き込んでいく。

('、`*川「今朝、何か騒ぎがあったって聞いたんだけど、何があったのか知りませんか?」

「あぁ、密漁船がイルトリアの船に沈められたって噂だ。
いい気味だよ。
あいつら小さい魚も遠慮なしに根こそぎ盗っていきやがったからな」

 「じゃあ、前から密漁があったんですか?」

「そうだよ。
何年も前からずーっとな。
これまでは巡回だけだったんだが、やっと沈めてくれたんだ」

イルトリアはあくまでも海域の警備が担当であって、漁業権というよりも侵略行為からティンカーベルを守るのが主な任務だ。
これはかなり昔にティンカーベルから依頼があったため、イルトリアが今もなおその仕事を継続しているという背景がある。
イルトリアはティンカーベルに大きな利用価値を見出しており、この島に眠る鉱物などの天然資源の一部を手に入れる権利と引き換えにそれを受諾し、今日に至っている。

密漁と言う行為を現行犯で捕まえるためには数が必要なのだが、ティンカーベルとの決め事の中に必要以上の軍隊を駐屯させないというものがあり、どうしても待ち伏せなどの手段を使わざるを得なかったが、それでも長い間に渡って密漁者は警戒網を巧みにすり抜け、密漁を行ってきた。
密漁は以前からあったという言質が得られたのは収穫だが、今欲しいのは早朝の目撃情報だった。
どうにか情報を引き出せないかどうか、ペニーは慎重に言葉を選ぶ。

('、`*川「……ふぅん、何だか大変なことになりそうですね」

「そうかぁ? 密漁者が死んだってだけだから、特に何もないだろ」

彼の言葉で新たに分かったのは、一般人に対して公開された情報は完全ではなく、本当に断片的なものだということだ。
事実を聞いたのであれば、これから戦争が起こりかねないという事を危惧し、恐怖しているはずだ。
恐らくは二つの街の思惑が偶然一致し、沈められた密漁者がジュスティア人であることやイルトリア軍人が射殺されたことを伏せたのだろう。

それから幾つか他愛のない世間話を済ませ、会話の目的を有耶無耶にする。
あまり何度もこの話をすれば不審がられ、ペニーにとって不利な状況になるのは明白だ。
竜田揚げを平らげ、店を出た。
これで、今後はこの店が情報収集の拠点の一つになる。

62名無しさん:2017/12/18(月) 20:27:15 ID:/.UYpKWU0
情報は戦局を左右する重要な要因の一つだ。
いざとなった時、この店はイルトリア軍の貴重な情報源となってくれるだろう。

あまり役にも立たない情報を得た今のペニーに出来る事はバイクに跨り、島内へと戻ることぐらいだった。

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  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

軽食だけの休憩を二度挟んでからも、その会議は七時間以上続いた。
参加者全員が最善と考える意見を出し合い、そして一つの結論を導いたのは、その日の夜六時の事だった。
最後の休憩を終え、ジュスティアの会議室に集った九人の軍人達は外していた首元のボタンを留め直し、姿勢を整えて着席している。
この場を束ねるフォックス・クレイドウィッチは深い溜息を胸の奥深くで押し殺し、改めて全員に決定した内容を確認した。

爪'ー`)「では、各軍から三名ずつ派遣し、事件の真相究明を行った後にイルトリアへの処遇を決める。
    異論は?」

疲弊しきった軍人達の間からは言葉一つ出てこないが、その目には疲労の色は浮かんでおらず、軍人らしい、研ぎ澄ました刃のような鋭い輝きが宿っていた。
誰もが覚悟を決めていた。
生きる覚悟、戦う覚悟、そして守る覚悟。
覚悟を決めた軍人の行動は素早く、無駄がない。

全員の目から意志をくみ取ったフォックスは頷き、その一言を放った。

爪'ー`)「それでは、作戦の総指揮は陸軍に一任する。
    以上、解散」

全員一斉に立ち上がり、各々の持ち場へと急いだ。
彼らがこれから行うのは、軍内部から優秀な三名の選出と作戦の説明。
ティンカーベルとジュスティアは橋一本で繋がっており、移動は四輪駆動の一般車を用意すればいい。
重要なのは、選抜する兵士だ。

今回は隠密作戦に近いが、一瞬で制圧作戦に切り替わる。
臨機応変な判断能力と、真実を判別する冷静さを備えた人間が求められる。

市長の想いを全ての軍人が理解し、そして見事に体現したのは午後七時。
出発前の最終打ち合わせで陸軍基地の営倉に集められた面々は、この任務に最も適した人材だった。
まるで示し合わせたかのように全軍が偵察兵を一人、そして観測手と狙撃手が一人ずつという組み合わせの人選だった。
偵察兵に選ばれたのは戦闘経験豊富な者達で、海軍からは女性の偵察兵が選ばれた。

狙撃手と観測手はパートナーとして五年以上の経験を保有する者達で、その絆は非常に硬い。
それだけに彼らの狙撃技術は狙撃手の中でも秀でており、潜入経験、観察経験、極限状態での判断能力はずば抜けている。
正に適任と言えるだろう。

民間人に紛れ込むため、彼らは会議後に作戦室で開かれたブリーフィングに集まった時にはすでに私服だった。
装備は分解したライフルと拳銃だけだが、いざ戦争が始まれば、援軍が適切な武器を補給してくれる手筈になっている。
そうならないのが一番だが、海軍と海兵隊の大将以外は戦争によるイルトリアとの決着を望んでいた。

63名無しさん:2017/12/18(月) 20:28:37 ID:/.UYpKWU0
軍の代表とも言える三人の狙撃手には、それぞれ渾名があった。
陸軍のヒッキー・キンドルは〝オールレンジ・ヒッキー〟。
海軍のジョルジュ・ロングディスタンスは〝ジョルジュ・ビー・グッド〟。
そして海兵隊のギコ・コメットは〝サンダーボルト・ギコ〟の名で知られ、ギコの狙撃の腕は三人の中でも最も若く、最も優れている。
彼は実戦で一キロ以上の狙撃を三度にわたって成功させた実力者で、海兵隊の切り札的な存在だ。

彼らに作戦概要を説明するのは、作戦責任者を名乗り出たマタンキ・グラスホッパーとミルナ・バレスティである。
ティンカーベル周辺の海域を含めた大きな地図を白板に貼り付け、その前に腕を組んで立つマタンキは良く通る声で彼らの中心に向け、声を発した。

(・∀ ・)「よし、作戦概要を説明する。
     それぞれ民間人を装い、一時間間隔でティンカーベルを訪れてもらう。
     その後は各チームで連絡を取り合いながら事件の証拠となる物を探し、必要があればイルトリアへの先制攻撃を優勢にしてもらうのが主な任務だ。
     場合によってはイルトリアへ強襲をしてもらうことになるため、常に本隊からの連絡が取れるようにしておけ。

    〝アルファ〟陸軍は野鳥の研究家。
    〝ブラボー〟海軍は海洋生物の研究家。
     そして〝チャーリー〟海兵隊は水質調査の環境保護団体として動いてもらう。
     出発は今から三〇分後。
     何か質問は?」

(*゚∀゚)「万一我々の存在にイルトリアが気付いた場合は?」

陸軍の観測手、ツー・トップバリュの質問に対して答えたのはミルナだった。

( ゚д゚ )「気付かれる可能性はほぼないだろうが、もし気付かれたら攻撃があるまでは手を出すな。
     手を出されたら、その時に応戦しろ」

イルトリア軍相手に排撃するのは容易ではないことは、この場の全員が知っている。
彼らは単体でも優秀な軍人で、それが複数人集まれば厄介な相手と化す。
対処をするならば先制攻撃に限るが、それはジュスティア軍人の名誉に傷がつく。
出来る限りこちらが有利な時以外には戦いたくないのが本音だ。

( ゚д゚ )「くれぐれも、こちらから発砲するな」

念押しされ、それに異論を唱える者はいなかった。

从 ゚∀从「証拠と言いましたが、具体的には何を探せばいいので?」

メモ帳とペンを手にするこの場唯一の女性の兵士、ハインリッヒ・サブミットはマタンキの方を見ながら質問した。
彼らはすでにジュスティアが漁船を回収していることを知っている。
今さら何を探せばいいのか、それは当然の疑問と言える。

( ゚д゚ )「知っての通り沈んだ漁船はすでに回収し、検査が行われている。
     だから諸君等には、主に目撃証言や密漁がこれまでに行われたことはなかったという言質を集めてもらいたい」

密漁という事実を否定する証拠と言われても、正直なところ軍人である彼らには皆目見当もつかない。
それは警察の仕事で、彼らの仕事ではないからだ。
だが不満は一切漏らさない。
命令に対する異見もまた、彼らの仕事ではないのだ。

64名無しさん:2017/12/18(月) 20:31:37 ID:/.UYpKWU0
( ゚д゚ )「作戦を始めよう」

『フーア!』

陸軍式の返答が一斉に九人の口から放たれ、作戦が厳かに始まった。

営倉からそれぞれの班ごとに散らばり、装備などの最終点検に移る。
足首に小型自動拳銃を巻き付け、軽量で薄く、高性能なケブラー繊維のベストを服の下に着こむ。
これだけで、市街戦に対応出来る最低限の装備が揃ったことになる。
分解したカービンライフルはデイパックに巧みに収納され、予備を含めて弾倉は一人三つ。

観測手は測量機能付きスコープを持ち、偵察兵は詳細に書かれた地図とコンパスをデイパックの一番外にしまった。
靴は登山も易々と行える軍用のブーツで、ジーンズの下に履けばそれとは分からない。

( ,,^Д^)「なぁギコ、お前ティンカーベルに行ったことあるか?」

海兵隊の観測手として今回参加することになったタカラ・ブルックリンは計測器の具合を確かめつつ、後ろで装備の点検を行う相棒のギコに声をかけた。

(,,゚Д゚)「一回だけなら。
    でも俺が子供の時の話だから、今はどうなってるか分からないよ」

( ,,^Д^)「何だよ、観光出来ると思ったのによ」

タカラはジュスティア軍人にしては珍しく、仕事の中に楽しみを捻じ込む人間だった。
観測手としての計算能力や状況把握能力は非常に優れており、狙撃手の気を和らげることも得意としているが、
仕事への姿勢や上官への態度から目をつけられていて、昇進の話は一向に来る気配はない。
彼は昇進にあまり興味がなく、着実に成果だけを残していた。

( ・3・)「おい!タカラ一等軍曹、これは遊びじゃないんだぞ!もっと緊張感を持て!」

激怒したのは偵察兵として選ばれたボルジョア・オーバーシーズだ。
三人の中で最も階級が高く、経験も豊富な彼は仕事熱心な男であり、任務に対する姿勢と忠誠心は軍犬のようだ。

( ・3・)「ようやくイルトリアに一矢報えるかもしれないんだ、気を抜くなよ」

今回の任務中、ギコとタカラはダイバーとして、そして彼はカメラマンに扮して様々な証拠を探す役割を担っている。
つまり、ボルジョアは彼らと行動を共にする時間があまりない。
彼らの行動に対して予め釘を刺しておかなければ、彼の目の届かないところで何をされるか分かった物ではないと危惧しているのだ。

(,,゚Д゚)「大丈夫ですよ、少尉。
    タカラは根が真面目な奴なんです。
    それに、ふざけるようなら俺がぶっ飛ばします」

( ・3・)「ならいいんだがな、ギコ一等軍曹」

ギコの言葉にあまり納得した様子を見せないボルジョアは、カメラケースに入った交換用の望遠レンズを手に取った。
偵察に際してカメラは非常に役立つ。
見た物を報告するよりも、写真として見せた方が遥かに味方に伝えやすい。
何より、全体の地形までもが把握出来るのが強みだ。

65名無しさん:2017/12/18(月) 20:33:05 ID:/.UYpKWU0
そのためにはレンズは重要な要素の一つとなる。
実際の戦地でもカメラを使う事があるため、ジュスティアでは軍用に強化レンズを発注するぐらいだ。
ボルジョアが今持っているレンズも、そのうちの一つで太陽光の反射を最小限に抑えるための処理が施されている。
一眼レフカメラ自体には特に目立った追加装備はないが、バッテリー容量が通常のそれよりも多くなっており、電子部品の部分には金属製のカバーが取り付けられている。

これにより、長時間の使用と耐久性を両立させ、戦場での需要に答えているのだ。
防塵ケースにしまったフィルムをケースに収め、ボルジョアはベンチに腰掛ける。

( ・3・)「ギコ一等軍曹、射撃の腕に自信があるのは聞いているが、実戦経験はどれぐらいある?」

(,,゚Д゚)「一六の時にネルマンディの上陸作戦に参加して、それから五回ほど参加したので……六回ぐらいですね」

ネルマンディ上陸作戦は、ジュスティア軍が五年前に経験した戦争の一つだ。
無法者達の城塞と化したネルマンディ島を解放する作戦で出た犠牲者は、これまでのどの上陸作戦をも上回り、史上最悪の上陸作戦として知られている。
その作戦を生き残ったのが一六の頃だというのだから、知識のある軍人であればギコの実力が本物であることは疑いようもない物で、であるからして、ボルジョアはギコを認めざるを得なかった。

( ・3・)「ふん、足だけは引っ張るなよ」

鼻の穴を膨らませて警告じみた言葉を発したボルジョアの声には、悔しさを押し殺したような雰囲気があったが、
ギコはそれを嘲るわけでも気に掛けるわけでもなく、上官からの警告として素直に受け止めた反応を見せた。

(,,゚Д゚)「了解です、少尉」

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

街に戻ったところで大した情報は得られるはずもなく、ペニーは中流ホテルの一室でコーヒーを飲んでいた。
机の上に広げたティンカーベルの地図の上には赤いペンで通った道に線が引かれ、漁船の沈没地点には赤丸が描かれている。
事件発生時に目撃していた人間は一人もいなかったが、音に関する情報は得られた。
疎らな銃声の後に巨大な砲声、この情報は少なくとも一〇件以上手に入った。
つまり、先に発砲があったことは間違いなく、これだけの証言があれば真実の情報という事として記録することが出来る。

では、問題となる部分は何か。

それは、誰が最初に発砲したのか、だ。
発砲音を作るのであればイルトリア側からも作ることは十分に可能だ。
それが密漁者側だったという事実は、証明しようのない話だ。

別の問題については、まだ手を付けていない。
即ち、森の中で見つけた件の武装した男の存在である。
事件との関連性を知るためにも森の中に戻って捜索を行いたいのだが、とうの昔に移動をしてしまっている事だろう。
初めて遭遇した際に写真に収めておけば証拠としての力は十分だったが、機材と状況の問題でそれが適わなかったために、ペニーは武装した人間の事をあえて報告しなかった。

森に潜んでいるただの狂人かもしれないし、ティンカーベルの特殊部隊員かもしれない。
イルトリアではこういった存在の報告は義務化されているが、ペニーはこの時どうしてか報告しない方が賢明だと考えていた。
男が所有していたのは一般人や変人がそう簡単に手に入れられるような代物ではなく、むしろ一つの大きな街が自衛や軍事力の強化のために導入するような兵器だったのだ。
刺激したら薄れて消える霧のような存在を味方に知らせるよりも、単独で捜査をした方が得られるものが大きい場合がある。
単独行動の多い狙撃手であるペニーは、そのことをよく知っていた。

66名無しさん:2017/12/18(月) 20:35:03 ID:/.UYpKWU0
おそらく、森の中に証拠となるような物は残されていないだろう。
すでに島から去った可能性もある。
探し出すのは困難を極めるのは間違いない。
時間が経てば痕跡すら消えてしまう。

だが街での情報収集を優先したのは、人間の記憶力が痕跡以上に曖昧であり、時間の経過と共に変化してしまう事を彼女が知っていたからである。
コーヒーを一気に飲み干し、タンクバックを持って駐輪場に向かう。

ペニーの乗るバイクは広義に於いてはアドベンチャーツアラーと呼ばれる車種で、初めから車高が比較的高めに設定されている。
足回りの全てが電子制御によって調節可能であり、例えば、ペニーが今まさにハンドルにあるスイッチを操作して車高を更に高くし、オフロードでの走行に特化させることも難なく出来る。
加えて、電子制御のサスペンションが悪路走破を補助してくれる。
オフロード仕様に車高を変えた彼女はバイクに跨り、山へと向かう。

太陽が直上で輝き、森全体にまんべんなく光を落とすが、これからペニーが向かう場所にはその恵みはおろか道と呼べるものは一つも通っていない。
道路からごく当たり前のように道を外れ、森の中へと入っていく。
悪路の下り道が延々と続くが、木々の間を縫うようにして走るバイクの速度は時速四〇キロを下回ることはない。
倒木を易々と乗り越え、段差となっている場所も難なく飛び降りる。
時折落ち葉にタイヤが取られることもあったが、両足でバランスを取りながら走るので転倒はしなかった。

やがてペニーが初めて来た時に付けた目印――折れた枝――の傍を走り抜け、男が何かをしていたと思わしき場所に到着した。
何かが設営された跡も、人のいた痕跡もない。
やはり無駄骨だったか、と思った時である。
ペニーは何者かの視線を感じ、周囲を見渡した。

生い茂る木々と鳥のさえずり、降り注ぐ木漏れ日。
光景は平和だが、向けられる視線は凶悪そのものだ。
以前に感じたのとはまるで別だ。
これは警戒する視線であり、敵意を持った者の視線だ。

どこかの茂みに隠れているのだろう。
これが夜なら絶望的だが、昼間ならば見つけられるかもしれない。
さりげなくタンクバックの中にあるグロックに手を伸ばす。
このグロックはイルトリアで正式採用されている自動拳銃で、通常のものとは違ってパーツの大部分が金属で作られていた。
銃把をしっかりと握り、視線の出所を探る。

ギリースーツを着られていたら発見は困難だ。
また、銃腔がこちらに向けられている可能性もゼロではない。
確実に相手の位置を把握し、先手を打たなければこちらがやられる。
そして距離も重要だ。

ライフルの射程と拳銃のそれとでは雲泥の差があり、命中精度にも差がある。
ならば、この状態での撃ち合いは避けるべきだ。
位置を移動しつつ相手を探す方がいいだろう。

バックから手を離し、ペニーは立ち上がってアクセルを捻った。
落ち葉を吹き飛ばしながらバイクが疾走を再開し、山道を登り始める。
位置の有利不利を考えると、相手は確実にペニーを見下ろす位置にいる。
そこで、バイクによってまずは位置の優位性を勝ち取ることを選んだ。

67名無しさん:2017/12/18(月) 20:36:22 ID:/.UYpKWU0
これで相手が条件反射的に動いてくれれば御の字だが、プロが相手ならばそう簡単には動かないだろう。
だがもうひと手間かけてやれば、反応をするかもしれない。
例えプロであろうとも、危険を前にすれば動かざるを得なくなる。
先ほどの位置から二〇〇メートルほど登ったところで、素早く拳銃をバックから抜き、目の前にある茂みに向けて二、三発連続で発砲した。

反応はない。
続けて、狙いを別の場所に向けて銃爪を引く。
そして、反応があった。
眼前五〇メートルほど離れた茂みが動き、ギリースーツを身に纏い顔にペイントを施した男が勢いよく起き上がってライフル――コルトM4――で撃ち返してきたのである。

鈍い銃声はサプレッサーを装着している証だ。
発砲よりも数瞬疾くペニーはバイクを横に走らせ、木々を楯にして弾丸を防ぎつつ、男に向かって徐々に接近していく。
男は弾倉を一つ使い切ったところで背を向けて逃亡を開始した――かに思われた。

('、`;川「っ……!」

その時、ペニーは男の背中を見て近づきすぎてしまったことを理解したが、もう遅かった。

(:::::::::::)『そして願わくは、朽ち果て潰えたこの名も無き躰が、国家の礎とならん事を』

初めて男を見つけた時、確かにペニーはその存在を目視していた。
第三次世界大戦中に活躍した、太古の兵器。
軍用第七世代強化外骨格、〝棺桶(カスケット)〟である。
大容量小型バッテリー駆動による各種補助装置で使用者を戦車と立ち向かえるほどに仕立て上げる兵器界の革命的存在であり、
種類によっては単騎で一個大隊を壊滅させ得る力を持った大いなる遺産。

装着の際には人による特別な調節を必要とせず、起動用の音声コードを入力した使用者を運搬用コンテナに収容して自動で使用者に適合させる特性から、
歩兵がそれを運搬して作戦に従事することが可能となった。
AからCのクラスで大きさが分類され、男が背負っているのは人の身の丈ほどの大きさであることから、Bクラスの強化外骨格であることが分かる。

対戦車砲の直撃にも耐え得る装甲を持つ物や車より素早く移動出来る種類の物など様々な強化外骨格が開発されたが、
男が口にした音声コードの文言はバランスの取れた汎用型の傑作とも言える機体、ジョン・ドゥ(名無しの男)のそれだった。
軽量化と小型化、そして大量生産と強度を両立させたモノボーン・フレームは人骨と同じようにして配置され、その上に防爆、防弾、防刃に優れた合成繊維の鎧を纏っている。
背中には取り外し可能な防弾仕様のバッテリーボックス。

頭部全体を保護するのは、軽量かつ強靭な素材で作られたフルフェイス・ヘルメット。
ヘルメットの下で不気味な輝きを放つ機械仕掛けの両眼は、どんな環境であっても獲物を見逃すことはない。
森林用の迷彩が施されたそれがコンテナから出現するのに要した時間は、僅かに一〇秒だけ。
つまり、人間が兵器と化すのに必要なのはほんの一〇秒だけなのだ。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕

約二メートルの巨体が出現するよりも前にコンテナを見咎め、中身が何であれ今の装備で対抗するのが不可能と即断したペニーは、素早くハンドルを切ってその場から離れた。
だが、今度はペニーが追い立てられる番だった。
バイクよりも小回りの利くジョン・ドゥは、木々をさしたる障害物とさえ思わずに進めるだろう。

('、`;川「ちぃっ……!」

68名無しさん:2017/12/18(月) 20:37:44 ID:/.UYpKWU0
掴まれればその膂力だけでペニーは殺される。
追いつかれることは死を意味するため、ペニーは絶対に捕まるわけにはいかなかった。
追跡を妨害しようにも、火力が不足しすぎている。
通常の拳銃弾ではジョン・ドゥの装甲を貫けないため、相手は全く怯むことなく突き進んでくる。

両眼のレンズを狙えばダメージを与えられるが、今は逃げることに全力を注いでおり、
高速で動くバイクのハンドル操作をしつつそれよりも高速で接近してくる相手を拳銃で狙うのは不可能だった。
撃退が無理ならばせめて所属の情報だけでもと思うが、揺れるミラーの中で体のどこにあるのかも分からない識別マークを判別することは限りなく不可能で、
用意周到な人間ならばそもそも所属が分かるような装備や身につけていたり、マークを残していたりするはずがない。
迷い犬を探して狼に見つけられた気分だ。

登り道では分が悪い。
下り道を使い、どうにか道路に合流できればまだ勝機はある。
障害物がある場所ではなく舗装路ならば、二足よりも二輪の方が有利だ。
記憶の中の地図と方位磁針を参照しながら、ジョン・ドゥとの距離をこれ以上縮めさせないようにアクセルを捻り、速度を上げる。

発砲してこないという事は、向こうの考えとしてもこちらの所属などを知りたいのだろう。
そのためには生け捕りにしなければならず、銃の使用はご法度だ。
紛れもなく場慣れしたプロの考えである。
だがこちらもプロの端くれとして、ここで負けるつもりはない。

相手の思考の裏を読み、出し抜く。
そのためにも、理想的な地形に誘い込む必要がある。
二足歩行の欠点は速度と旋回性能の両立が難しい点にある。
対して二輪の強みは、ある条件下に於いて旋回性能と速度の両立が出来る点にある。

条件が整った場所を眼前に見つけた瞬間、ペニーは躊躇せずそれを実行した。
クラッチとブレーキを使い、前輪を軸に後輪を滑らせるパワースライドを行った。
強烈な横Gがペニーの体を襲う。
バイクは大木を中心にして円を描き、速やかに進路を真逆に変更する。

速度は殆ど衰えず、そのまま走り去る。
だがジョン・ドゥはそうはいかない。
加速していた状態からの急な進路変更に伴い、その速度は急激に落ちる。
また、新方向を定めてからの再加速には時間がかかる。
これがジョン・ドゥに対してバイクが勝っている点だった。

大きく距離と時間を稼いで林道から道路へと抜け出したペニーは、そのまま街に向かって猛加速させる。

これで勝負は決したかに思われたが、それは瞬く間に否定された。
木々の間を抜け、砲弾のようにジョン・ドゥが森の中から飛び出してきたのだ。
一〇〇メートル後方に現れたジョン・ドゥは、怒り狂った猪のように向かってくる。

('、`*川「しつこいわね」

よほど見られたくなかったのだろう。
捕まれば間違いなく口封じのために消される。

69名無しさん:2017/12/18(月) 20:40:53 ID:/.UYpKWU0
だがしかし、この場に持ち込めたならば勝機は十分にある。
周囲の障害物を気にすることも上下の揺れもなくなった以上、銃弾を当てられる。
左手でグロックを構え、鏡越しに狙いを定める。
まさかこちらが、この状況で狙っているとは思ってもいないだろう。

せいぜい牽制、それも役に立たない物だと考えるに違いない。
それでいい。
油断して近づいてくる獲物に対して、こちらは正確無比に当てるだけだ。
銃爪を絞るようにして引き、一発放つ。

それは吸い込まれるようにしてジョン・ドゥの膝関節の結合部に命中した。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『うおっ?!』

遂に声を出して、ジョン・ドゥの使用者は大きくバランスを崩した。
そこに二発目が襲い掛かり、完全にバランスを奪い取った。
転がるようにして転倒したジョン・ドゥは、もはや脅威ではない。
追いつかれる心配はない。

こちらの顔もヘルメットのおかげで完全には見られていないので、これから警戒しなければならないのはバイクの形状から持ち主を調べ上げられる事だ。
非常に惜しいが今後、このバイクを使うのは避けなければならない。
軍と合流したら、倉庫に隠してもらうのが一番安全かつ確実な保管方法だ。
銃をバックにしまい、視線を前に固定する。

疑う余地もなく、あの男はペニーの敵だ。
これは軍に報告しなければなるまい。
予定よりも早く基地に向かうことに決め、ペニーは安堵感を覚える間もなく山を下りた。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

街中は聞き込みをした時とまるで変わりがなく、行き交う人の動きにも変化らしきものはない。
銃声の件はここまで届いていないようだ。
もしも情報が流れていれば、どこかで警察による捜査や検問が設けられているだろう。
確かに、今の時代に拳銃を使った事件は日常と成り果てているが、それでも今も昔もその驚異の度合いは同じである。

ただ、それがどれだけ日常に近づいているのか、というだけの話だ。
島の人間は危険と部外者をすぐに結び付けたがる。
山での撃ち合いが誰かに聞かれていて、それが通報されれば五分とかからずに島中に情報が流れ出る。
そうなれば、銃声と共に走り去ったバイクの目撃情報が広まるのも、時間の問題だ。

だが、それもすぐに収まる。
所詮、自分達に害がないと分かればすぐに興味は失せ、記憶もなくなる。
目立たないように速度に気をつけながら郊外を走り抜け、島の南側にある港の傍に広がるイルトリア軍駐屯基地の入り口へと到着した。
正面入り口には巨大な鉄柵が聳え立ち、ライフルを構えた警備兵がその前で目を光らせている。

バイクが守衛所の前に停まった時、兵士はライフルの安全装置を解除した。
守衛所で門の開閉を担当する兵士は体を外に出さず、防弾ガラスの向こうからペニーの様子を窺っている。

「何か御用ですか?」

70名無しさん:2017/12/18(月) 20:41:47 ID:/.UYpKWU0
ライフルの銃腔を下げながらペニーに近づいてきたのは、まだ若い兵士だった。
階級は兵長。
頬に走る一本の傷は、銃弾によるものだろう。

('、`*川「えぇ、ちょっと」

「ここは観光案内所じゃないんです」

ユーモアのセンスはいまいちだが、それは警備兵に必要な技術ではない。
警備を担当する者として忘れてはならないのは、どんな相手に対してでも警戒心を持つという事だ。
必要とあらば己の上官であったとしても、それは忘れてはならないのだ。
ヘルメットのシールドを上げ、出来の悪い生徒にヒントを出す教師のような微笑を浮かべ、ペニーはこの若く優秀な兵士の警戒状態を解かせることにした。

('、`*川「知っています。
    予定より早いけど、ペニサス・ノースフェイス一等軍曹です」

その名前と彼女の素顔が彼の頭の中で合致した瞬間、兵長は目を丸くして驚き、直立不動の敬礼で応じた。

「し、失礼しました!お会いできて光栄です!」

('、`*川「ちょっと、そんなに形式ばらないで下さい。
     私のバイクを倉庫にしまってもいいですか?」

「勿論です。
もしよろしければ、自分がしまってもよろしいでしょうか?」

('、`*川「いいの? えっと……」

若者は少し頬を緩め、自分の名前をペニーに伝えた。

「ユリアン・レオニード伍長であります。
伝説の狙撃手とお話しできて光栄です」

('、`*川「……光栄に値するような人間じゃないですよ。
     それじゃあ、バイクをお願いしますね」

ペニーの存在は軍内部のプロパガンダとして用いられる。
軍の戦闘意欲向上、狙撃手の育成が主な目的だが、ペニー自身はそれを好いてはいなかった。
どこまで行っても所詮は人殺しなのだ。
仕事と割り切って人を撃つが、それは彼女の仲間を守るために必要な行為として実行している。

狙撃には無駄がない。
明らかな敵勢力に対して攻撃を仕掛け、無関係の人間は一切巻き込まないで済むのだ。
だから人殺しを英雄として崇める行為に、ペニーは嫌悪感を抱かざるを得なかった。

バイクをユリアンに預け、ペニーは開かれた門から基地の中へと歩いていく。
地面をコンクリートで塗り固められた敷地内には、かまぼこ型の倉庫と船の乾ドック、そして三階建ての兵舎が一つずつあり、二人組の兵士がパトロールをしていた。
ペニーに気付いた兵士の一人が敬礼をしてきたので、ペニーは無言でそれに返して、更に奥にある兵舎に向かう。
基地全体はフェンスで囲まれ、その上には高圧電流の通った蛇腹状の有刺鉄線が設置されている。

71名無しさん:2017/12/18(月) 20:44:43 ID:/.UYpKWU0
フェンスを切り裂いて侵入を試みれば警報が鳴り響き、乗り越えようとすれば高圧電流の餌食になる。
この基地が侵入者を許したことは記録にないが、侵入者がいた記録もなかった。
兵舎の前にはペニーの見知っている兵士が一人立っていた。
三年前にブートキャンプで射撃訓練の指導を担当した際に直接指導をした、バルト・ペドフスキー上等兵である。

('、`*川「バルト上等兵、お久しぶりですね」

「ぺ、ペニサス一等軍曹!お久しぶりです!お待ちしておりました、二階の指令室に向かってください」

どうやらこちらの事を覚えてくれていたようだ。
口元に笑みをたたえ、ペニーは兵舎内へと足を進めるが、その前に振り返って彼に言葉を送ることにした。

('、`*川「相変わらず元気そうでなによりです。
     ブルックとは仲良くやっていますか?」

「光栄です、一等軍曹!ブルックとはあれからも仲良くやっています」

彼の同期であるブルック・スノーデンは、訓練中に事あるごとに彼と口論になっていた。
馬が合わないのではなく、逆に合い過ぎるが故に衝突しているのだと分かってからは、周囲は彼らの口論を温かな目で見るのと同時に面倒の種として定着していた。
訓練期間が終わった時に彼らが抱き合って泣いているのを見た他の同期も誘われて泣いていたのは、とても印象深い光景だった。

元々この駐屯基地はティンカーベルの漁業の保護や暴動の鎮圧などを目的に設置されており、駐屯する兵士は全部で一五人しかいない。
最小限に収めなければジュスティアはこれを侵略目的と捉えてしまうため、最低限必要な人数しか配備できなかったのだ。
だが今は、一四人に減ってしまった。

誰もいない兵舎内を進み、指令室の扉をノックして中に入った。

('、`*川「ペテロ少佐。 ペニサス・ノースフェイス一等軍曹、ただいま到着しました」

「やぁ、待っていたよ、一等軍曹」

ペテロ・アンデルセン少佐は海軍の中でもとりわけ防衛任務に長けた人間で、盤上で駒を動かすようにして兵を動かし、無駄なく統率のとれた作戦を行う事で知られている。
彼の指揮する作戦で四回、狙撃を行ったことがある。
彼は狙撃手を正当に評価し、それ故に彼の指揮下にある兵士達は狙撃手に対して絶大な信頼を置いていた。

「随分早いな。
夜に来ると思ったんだが」

('、`*川「道中、気になることがありましたので、その報告をと」

「君が気になる事というと、よほどの事だろうな」

('、`*川「所属や正体は不明ですが、〝棺桶〟に襲われました。
     よく訓練された男です。
     今朝の事件と関連性があると思われます」

軍用第七世代強化外骨格は人間を兵器に仕立て上げる程の力を秘めているが、その本質は人間には不可能なことを可能に変えることにある。
近距離に於ける絶大な膂力、更に強力な火力を持った兵器の運用などによって戦局を根底からひっくり返し得るもの、それが棺桶だ。
一般人には無用の長物である。

72名無しさん:2017/12/18(月) 20:47:19 ID:/.UYpKWU0
使用用途は分からないにしても、事件と無関係とは思えない。

「棺桶持ち(注:強化外骨格を使用する人間の事)がこの島にいるなんてのは初耳だな。
本部に報告は?」

('、`*川「まだです。
     この後、長距離無線をお借りしてもいいですか?」

「勿論だ。
それで、棺桶の種類は?」

('、`*川「ジョン・ドゥです。
     カスタム機ではありませんでしたが、使い慣れている人間の動きでした」

種類によっては所有者を特定出来るのだが、ジョン・ドゥは最も世界で使われている強化外骨格であるため、所有者などの判別は不可能である。
軍に属する機体ならマーキングや所属を表すエンブレムが貼ってあるが、ペニーが見た限りでは手がかりになりそう物は一つもなかった。
特徴的な改造もなく、まさに名無しの男に相応しい姿だった。

「知っていると思うが、この基地には棺桶がないんだ。
もしまた戦闘になるようなことがあれば、徹甲弾を使うしかないな」

ジョン・ドゥの装甲は、頭部を除けば爆風にも耐えられるよう設計されている。
銃弾でその装甲を貫くためには、徹甲弾や対物ライフルのような大口径の物を使わなければならない。
頭部に限って言えば、執拗に鉛弾を当て続ければいずれは貫通出来るが、その前に決着をつけるのが棺桶なのだ。
手持ちのグロックだけでは正直なところ、もう一度ジョン・ドゥに襲われたら対応できない。

('、`*川「SVDの徹甲弾はありますか?」

「いや、ここには置いていない。
レミントンのならあるんだが……」

('、`*川「では、その弾薬についても本部に伝えておきます」

レミントンは海兵隊で正式採用されている狙撃銃であり、当然その弾薬の種類は豊富に在庫がある。
装備の共通化はそうした点で見ても非常に優れており、軍全体の質を向上させる要因の一つでもあるが、ペニーはボルトアクションの銃を全く使う気になれなかった。
ボルトアクションは装填と排莢を手動で行う代わりに精度が高いが、軍務に於いてそこまで非常に精密な狙撃を要求されることはない。
要は当てて殺せればいいのだ。

無論、精密狙撃が求められることはあるが二発目の発射にかかる時間と手間を考えると、セミオートマチックの銃の方が実戦的である。
特に、戦場ではどれだけ速く次弾を相手に撃ち込めるかで生死が分かれる。

その他の情報についても連絡を済ませたペニーは指令室を後にし、もう一つ上の階にある通信室に向かった。
通信室のある三階は建物の中でも取り分け頑丈に設計されており、四方を強化コンクリートの壁に囲われた空間で、
日中は壁の上に付いた強化防弾ガラスから差し込む淡い光がまるまる一フロアを通信室と化した部屋を照らし出すため、
電気が点いていない時間帯には通信機器の発する人工的な光が室内を賑やかに彩った。

この規模の基地に対してこれだけ巨大な通信室を設けているのは、遥か離れた地にあるイルトリアへの傍受不可能な無線通信を可能にするための設備がそれだけの大きさを必要としているためだ。
広々とした通信室には誰もいなかったが、無線機の使い方は分かっているので問題はない。
巨大な無線機のスイッチを入れ、ジュスティアなどの街に傍受されることなくイルトリアとの通信を行うために周波数を合わせて、ヒートに通信を繋いだ。
砂嵐のようなノイズが続き、しばらくしてノイズ交じりのヒートの声が聞こえてきた。

73名無しさん:2017/12/18(月) 20:49:19 ID:/.UYpKWU0
ノパ⊿゚)『何かあったのか?』

この周波数はペニーしか知らないため、いちいち誰が連絡をしているのか確認する必要はない。
名前を呼ばれたペニーは驚くこともなく、報告を行う。

('、`*川「問題が発生しました」

ノパ⊿゚)『ほぅ、お前が問題と言うならよほどの事態だろう』

('、`*川「所属不明のジョン・ドゥと交戦しました。
     昨夜にも目撃したため、今朝の事件とも関連があると思われます」

ノパ⊿゚)『そいつは大問題だ。
     お前のSVDは今晩の便で運ぶが、それと一緒に対強化外骨格用の徹甲弾が必要だな。
     手配しておくか?』

通常の徹甲弾よりも火薬の量と種類、弾芯、弾頭に大きな違いがある。
より分厚い装甲でも貫けるように貫通力に特化したその弾丸は、現存する七割近くの強化外骨格の装甲を貫通出来る。
無論、弾速と貫通力に特化しているために柔らかい物体に使うのにはあまり向いておらず、マンストッピングパワーは弱い。
だが一つ変わった特性があり、それは一度固い装甲を貫通した後に弾頭が暴れるように回転し、強力なストッピングパワーを発揮する点だ。

装甲の下にある人間を仕留めるための工夫で、万が一生身の人間に対して使うとしたら頭部を狙うのが最も有効的な方法である。
その場合、周囲に脳と骨片が飛び散るのは避けられない。

('、`*川「通常弾も多めに送ってもらえると助かります」

ノパ⊿゚)『分かった。
    他に何か必要な物はあるか?』

('、`*川「いいえ、特には」

ノパ⊿゚)『お前に手を貸してもらう確率が上がってしまって済まないが、よろしく頼む』

通信を終え、ペニーは軽く溜息を吐いた。
これ以上、この事件が複雑化しないことを切に願うばかりだ。
ヒートも分かっているだろうが、棺桶が出てくるという事は、どこか大きな勢力との戦闘は避けられないという事なのだ。
それに、彼女が特に言及しなかった援軍の事もそうだ。

話が上がらないという事は、当初の予定通り一個分隊しか派遣されない。
それに、どれだけイルトリアの訓練が過酷で兵士達の練度が高いとは言っても、
棺桶を持たない一〇名程度の兵士で構成される分隊では、大きな成果どころか戦闘を生き延びられるかも分からないのである。
せめて援軍が到着するまで、何も起こらないことを願うばかりだ。

通信室から次に向かったのは、灰色の塗装が剥げかけた倉庫だった。
預けたバイク以外の移動手段を手に入れないと、この島の中で活動することが困難になる。
出来ればバイク、それもオフロードタイプの物が望ましい。
だが、倉庫には装輪装甲車すらなく、4WDのハンヴィー(高機動多用途装輪車両)が二台と大型の輸送トラック、そしてペニーのバイクがあるだけだった。

後は武器と弾薬の山であり、ペニーが今必要としている物は置いていそうになかった。
情報収集のために島中を移動するのは諦め、宿泊しているホテルを拠点として行動するのが安全だろう。

74名無しさん:2017/12/18(月) 20:52:13 ID:/.UYpKWU0
この事件が最も厄介なのは、イルトリアとジュスティアの立ち位置にあった。
両者とも大規模な戦争をここで起こす気はないが、必要とあれば戦争を始められるだけの備えがあり、かつ事件の発端についての意見が大きく食い違っていることから、スムーズに解決することは困難。
薄氷の上で踊るような危険な状況でカギとなるのが、やはりペニーが探している事件の証拠だ。
ジュスティアに回収された船に何かあるかもしれないが、それをイルトリアが調べることは出来ない。

ならば、現場に残されている何かを見つけ出さなければ、この緊張状態は途切れることはない。
ただし、見つけた証拠がイルトリアにとって不利な物である可能性も捨てきれない。
イルトリア側としては、一刻も早くこの盛大な誤解を払拭し、主張することが事実であることを公表したいところだ。
面子を重んじるジュスティアの事だからティンカーベルに大々的な派兵はしてこないだろうが、現地調査のために少数の兵士を送り込んでいる可能性がある。

その調査の結果次第で、イルトリアを批判し島から追い出すための部隊がやって来るのかもしれない。
彼らのやり口はいつだって遠回りで、そして隙が無いのだ。
今日は増援と合流し、作戦内容の確認を行うまでは基地にいた方がよさそうだ。
昼食をまだ食べていない事を思い出し、兵舎内にある食堂へと足を向ける。

食堂は基本的に炊事係の兵士が一人で担当しており、週ごとの交代制となっている。
無論、人数が足りないためペテロもその役割から逃れることは出来ない。
今は食堂の稼働時間外で、もし食事をしたいのであれば自分で厨房に入り、調理をするしかない。
照明が落とされ、薄暗い食堂内には人気はない。

しかし、大きな窓から降り注ぐ陽の光が程よい明かりを食堂にもたらしているため、明かりをつける必要はなかった。
むしろ、木陰のような安心感のある暗さだった。

消毒と着替えを素早く済ませ、冷蔵庫の中にある食材を使って適当な料理をすることした。
レタスやトマト、チーズやハムがあったので、ホットサンドが真っ先に浮かんだ。
食パンに好みの具を乗せ、マヨネーズで軽く味を調える。
専用のフライパンでそれを挟んでコンロにかけてじっくりと焼いていくのが本来の作り方だが、
軍の食堂にそのようなフライパンがあるはずもなく、あるのは焦げ付き防止の加工がされたものだけだ。

それでも、やりようはある。
二枚の食パンを焼き、その上に具を乗せる。
そして程よく温まったところでそれを重ね、皿で上から思い切り押し潰していく。
最初ははちきれんばかりに膨らんでいたホットサンドだったが、熱によって水分が抜け、縮んでいく。
表面に軽く塗ったバターが溶けて甘く香ばしい香りが漂う。

作り終えたホットサンドを皿に乗せ、さっそくかぶりつく。
蕩けたチーズとマヨネーズが合わさり、その酸味と苦み、僅かな甘みが鼻孔をくすぐる。
染み出すトマトの水分は熱いマグマを連想させ、熱されてもなお失われないレタスのみずみずしさが口内をリフレッシュさせた。
どの食材も安物だが、それでも美味い物は美味い。

口の周りが汚れるのも構わず、ペニーは黙々とホットサンドを頬張り、胃に収める。
一つだけではまだ足りず、結局ペニーはホットサンドを三つ作って食べることになった。
食器類を全て洗い終えたペニーはインスタントコーヒーを淹れ、食堂の隅にある安楽椅子に腰かけて外を眺めた。
空に浮かぶ雲は自由そのもので、青々とした蒼穹はその果てに何があるのかと夢想させて止まない。

('、`*川「ふぅ……」

75名無しさん:2017/12/18(月) 20:54:29 ID:/.UYpKWU0
戦争はいつだってペニーを憂鬱にさせた。
戦争が好きな軍人はあまりいない。
軍人になった経緯は人それぞれだが、人殺しを本気で楽しむ人間はマフィアか傭兵になる。
イルトリアでは物心ついた時から戦争について、そして戦闘についての授業を受ける。

それは平和の本質を知るための教育活動だったが、それが結果的にイルトリア全体の職業軍人の率を上げることになった。
イルトリア軍として働く者もいれば、傭兵として他の街に雇われる者もいるし、それを斡旋する会社もある。
時にはイルトリア人同士で殺し合う事もある。
それは仕方がない。
それが戦争だからだ。

だがペニーを憂鬱にさせるのは、戦争に関係ない人間がいつだって被害者になるからだ。
爆発物や地雷による被害者は軍人よりも民間人の方が多い時もあるぐらいで、それは決して起きてはならない事態だ。
観測の甘さから迫撃砲が民家を直撃したり、不発弾を玩具と勘違いした子供が触り、爆死したりと言う例は未だに絶えることを知らない。
今回戦争になれば、ティンカーベルの人間もその被害者に入るだろう。

ただ、砲弾を使うような作戦にまでは発展しないだろうというのがペニーの見解だ。
今回の事件を穏便に済ませるには、爆発物はご法度。
おまけに、ティンカーベルがほとんど関係していないこともあり、ここを大々的な戦場にするのは政治的にも避けなければならない。
ペニーの危惧する事態にはならないだろうが、双方ともに決定的な証拠を掴み次第、それぞれの部隊を展開させることだろう。

出来る事ならば、戦争も戦闘も避けたい。
民間人に犠牲者が出るのも嫌だが、何よりも仲間が傷つくのが嫌だった。
恐らく、戦争に参加する兵士の大半が同じことを考えているだろう。
自分と自分の仲間、そしてその後ろに控えている家族達を守るために戦う彼らにとって、思想や理念、正義や宗教や政治的な問題は関係がない。

そんなものは犬にでも食わせればいいのだと、イルトリア軍では教えられる。
そもそも戦争に正義を求めることが間違っているのだと教えられたうえで、彼らは銃を手に戦う事を選んでいるのだ。

初めて人を殺したのは、一五歳の時。
海兵隊の訓練生として初めて戦場に行き、狙撃銃のスコープ越しに捉えた敵軍の指導者の心臓を撃ち抜いた時だ。
人を殺して初めに感じたのは発砲の反動と、銃声だけだった。
弾丸が小さな村を占拠して、略奪と凌辱に酔いしれる男を殺したのだと認識したのは、その後の事である。

それからはただひたすらに銃爪を引き、棹桿操作をし、弾倉を交換し、狙いを定めて人を殺した。
一人でも生かせば、その人間の放つ銃弾で仲間が傷つくかもしれないため、絶対に情けはかけなかった。
初めは躊躇しかけた時もあったが、血みどろの敵兵が死に物狂いでライフルを構えているのを見て、その思いは消え去った。

意図的に敵兵を生かし、隠れた別の兵士を誘い出すこともした。
そうすると、一が二になり、二が五にもなったのだ。

町が村を吸収し、より大きな街になろうとする紛争は時折起こる。
特に、資源の乏しい地域になればそれは日常と化し、力のない町や村は他の街に助力を求めざるを得ない。
イルトリアは定期的な報酬と引き換えにその助力を受諾し、外圧に対して武力による行使を代行するのだ。

これがイルトリア軍の行う主な戦争である。
そしてティンカーベルもまた、そのようにしてイルトリアの力を借りている街の一つなのである。

ティンカーベルが最寄りのジュスティアに武力的な助力を頼むのが地理的にも理に適っているが、戦争を商売の道具として商っていないため、
世界規模で展開するイルトリアに頼まざるを得なかったという次第である。

76名無しさん:2017/12/18(月) 20:57:21 ID:/.UYpKWU0
軍事力の貸し出し。
力が全てを変える時代にこそ、このビジネスは必要とされた。
力を持たない者が力を得るのはそう容易なことではない。
最も簡単なのが道具を使う事だが、いかに優れた兵器を手に入れても使う人間が未熟であれば、その兵器は本来の能力を発揮することはない。
逆に、時代遅れの武器であってもその道に精通する人間が手にすれば、本来の能力を十二分に発揮することが出来る。
使い方を知らない力など、持つべきではないし、振るうべき物でもないのだ。

少し精神的な疲れを感じ、ペニーは瞼をおろして仮眠を取ることにした。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

陽が傾き、黄昏時の空がペニーの顔を照らす。
オレンジ色の陽光が地平線を赤に染め、空を黄金色に輝かせる。
小さな星が次々と輝きを得て、それまでパステルブルーの空に溶け込んでいた月が姿を現す。
ほどなくして空は星々が独占し、競うようにして煌きを放ち夜空を賑やかに彩る。
空気が冷えたのを肌で感じたペニーは、ゆっくりと瞼を開いた。

懐かしい夢を見た。
学生時代の思い出だ。
軍務とは関係のない、平和な日々。
その日々の中で学び、知り、感じたたくさんの記憶は今でも色褪せることなく思い出せた。

二度と戻らないその日の事を、人は青春と呼ぶのかもしれない。
一四歳で終わったペニーの青春だが、軍人になったことに対して後悔はない。

暗くなった食堂を出て、外の新鮮な空気を胸いっぱいに取り込む。
森と海の香りを孕んだ夜の風が肺を満たし、気持ちに余裕を持たせる。
結局どちらの言い分が正しいのか、それはまだ分からない。
今悩んだところで、答えが変わるわけでもない。

今は、待つしかない。
雲に隠れた月が姿を現すように、その時を待つのだ。
スコープ越しに捉えた敵兵が頭を上げるのを待つように、静かに、辛抱強く。

基地に設置されたライトが次々と点灯し始め、日中に太陽光と風力で蓄えた電力によって発電された明かりは、一か月間悪天候が続いても途絶えない程の蓄電量がある。
その明かりに照らされて、任務を終えた兵士達が次々と食堂を目指してやってくる。
水平線に沈んだ夕日の名残を背に、沿岸で調査と警備を行っていた哨戒艇と小型艇が乾ドックに戻ってくる。

食堂の前にいたペニーを見て、兵士の一人が声を上げた。

「ペニサス一等軍曹!バルトの言った通り、本当に来てる!」

新兵訓練キャンプで上官に反抗し、散々可愛がられていたビル・ダイナック。
クルーカットにしたブロンドの髪のビルは、発育途上のハイティーンらしいあどけなさを残した笑顔で、ペニーに手を振った。
上官としては相応しい態度ではないが、ペニーはそれに手を振って応じることにした。

('、`*川「お久しぶりですね、ビル・ダイナック上等兵。
     それと、レド・レプラス上等兵も」

77名無しさん:2017/12/18(月) 20:58:25 ID:/.UYpKWU0
「覚えていただいて光栄です、一等軍曹!」

レドは訓練兵時代に優秀な兵士として一目置かれていたが、彼が最もその才能を発揮したのは救護の能力だった。
訓練中に起きた暴発事故の際には、冷静な判断に基づいた適切な処置によって多くの命を救ってきた。
衛生兵としての訓練を徹底して仕込まれた彼は、戦場に於いて非常に重要視される存在となる。

対してビルはと言うと、射撃の成績や格闘技のセンスは並み程度で、救護の才能についても同様であるが、一つだけ彼が天性の才能を持っている分野があった。
それは、料理である。
彼が作る料理は非常に大雑把な見た目ではあるが、味付けは天才的な物があり、不人気の軍用携行食でさえも人気にしてしまうほどだった。
問題なのは、彼が料理に対して興味を持っていない事であり、その才能を発揮するのは彼の気が向いて料理をすることになった時の事だ。
無論、彼が料理担当になれば間違いなく美味い料理が振る舞われることになる。

('、`*川「貴方達も大変ですね、ここに来たばかりなのにあんなことになって」

「全くですよ。
レーダーで見ても明らかに密漁者だったのに、俺達が悪者扱いされるなんて。
ジュスティアの連中は頭がおかしいですよ」

「ビル、口の効き方に気をつけろよ。
すみません一等軍曹。
こいつあの時船に乗っていて、それで少し頭に血が上ってるんです」

('、`*川「怒りたくなる気持ちも分かります。
     でも、兵士である以上はその感情を抑制しないと」

「分かってますよ、一等軍曹。
スペイサー伍長には婚約者がいたんです、その人の事を考えると……」

その話は初耳だった。
恐らく、ビルと死んだスペイサーは個人的に仲が良かったのだろう。
感情的になるな、と言われてもまだ若い彼には難しい話なのかもしれない。
戦場では、いつ誰が死ぬかは分からない。

悲しい話だが、慣れるしかないのだ。

「……おいおい、懐かしい顔があると思ったら、ペニーじゃないか」

('、`*川「久しぶりですね、ニクス・テスタロッサ」

「フルネームで呼ぶとは、相変わらずつれないなぁ」

乾ドックの方からやってきたのは、ペニーの同級生であるニクス・テスタロッサ二等軍曹だ。
ブラウンの髪をオールバックにした垂れ目気味のこの伊達男は、あらゆる戦闘のテクニックに精通しており、海軍からも一目置かれた存在だ。
若さからくる自信がその身から溢れ、無精ひげを蓄えた顔はどことなく闘犬を彷彿とさせた。

彼とは幼稚園の時からの付き合いで、同じ時間を共有し合った貴重な仲間である。
この仕事をしている同級生の中には、既に戦場で死んだ者もいれば、両足を失った者もいる。
葬儀に参列した際、ペニー達は改めて自分達の仕事の現状を実感する。
この仕事は常に死と隣り合わせであり、他者に死をもたらすものであり、死ぬという事は他者を傷つける行為の一つなのだと。

78名無しさん:2017/12/18(月) 21:05:36 ID:/.UYpKWU0
「それで、ペニー一等軍曹殿が来てくれたってことは、上はこの事件をよっぽど重要視してるんだな」

('、`*川「それは私にも分からないわ。
     ただ、ジュスティアとの関係もあるから」

「確かに、今この段階で攻め込まれたら真っ先に終わるのは俺達だからな」

仮に戦争が始まった場合、イルトリアからの援軍が到着する前にジュスティアはこの基地を地図上から消し飛ばすことが出来る。
そうなれば、戦争ですらなくなる。
地理的に圧倒的に不利なのはイルトリアの方なのだ。
刺激をするのは厳禁だが、何もしないのは論外である。

「まぁ立ち話も面倒だし飯にしようぜ、ペニー。
喜べ、今週はビルが担当だ」

('、`*川「あら、それは良かった。
    貴方の料理は塩とビネガーの味しかしないから嫌なのよね」

そう。
一見して完璧な男に見えるニクスだが、彼には壊滅的なまでの料理の才能の欠落と、天才的な味音痴と言う致命的な弱点があった。
味付けは塩、そして酢を基本とし、複雑な味付けではなく単調そのものの味付けになる。
魚のフライならば酢漬けにするほどのビネガーをかけ、ハンバーグならば肉の味を消す程の塩を入れる。

塩分補給は十分すぎる程出来る料理だが、戦場に於いて料理は指揮を左右する重要な要素の一つだ。
料理が不味いことに我慢できずに敵に降伏したという実例は、過去に幾つもある。
誘われるままに、再び食堂へと入る。
蛍光灯に照らされ、小ぢんまりとした空間が浮かび上がる。
そこで最初に反応を示したのは、ビルだった。

「あれ……ホットサンドの匂いがしませんか?」

('、`*川「あら、分かりますか?私が作ったんです」

流石は天性の料理人である。
窓を開けて風を取り入れた上に換気扇で吸い出したはずの匂いにまで気付くとは、彼の将来が楽しみである。
出来れば早い段階で除隊し、料理人としての道を選んでほしいところだ。

「相変わらずマイペースな奴だな、お前は」

('、`*川「仕方ないじゃない。
     お昼食べ損ねたんだもの」

ぞろぞろと食堂に人が入り、すぐに席が埋まる。
この場に居合わせていないのは、正門の警備兵であるユリアンとバルトぐらいだろう。
ビルは席に座ることなく調理場へ向かい、食事の準備を手伝おうと数人の兵士がその後に続く。

約一時間後、漂ってきたのは香辛料をたっぷりと使ったカレーの香りだった。
その香りに兵士達がどよめく。
恐らく、イルトリアの海軍の中で最も伝統がある食事は、このカレーだろう。
カレールーさえ手に入れば、具材は何を入れてもそれなりの味になり、有事の際にはルーを溶いた物だけでもどうにかなる。

79名無しさん:2017/12/18(月) 21:08:04 ID:/.UYpKWU0
それだけ身近な料理ではあるが、海軍式のカレーにはいくつものパターンがある。
独自の隠し味を入れることによって、単純に思われるカレーの味に一口で分かる奥深さを与える。
そのレシピは秘中の秘とされ、代々海軍の料理係の中でも一定水準を超えた物にだけ受け継がれる物だ。
ビルもまた、その内の一人だった。

配膳された銀色の平皿には銅色のルーが白米の上にたっぷりとかけられ、小皿にはラッキョウと福神漬けが乗っていた。
付け合わせのサラダにはレタスの上にミニトマトがふんだんに盛られ、彩もいい。
カレーの具は人参、玉ねぎ、ジャガイモ、豚肉、そして季節の野菜であるえんどう豆だった。
あまり具を入れすぎると味が乱雑になるため、イルトリア海軍式のカレーには五種類までと定められている。

各々が食事を始め、食堂はにわかに賑わいを見せ始めた。

ペニーもカレーを口に運び、その奥深い味に舌鼓を打った。
程よく煮込まれた野菜。
歯応えを残したえんどう豆。
間に挟むラッキョウの程よい浸かり具合と固さに、たまらず笑顔がこぼれる。

甘く、しょっぱく、そして辛いカレーには抗いがたい魅力がある。
それを加速させるのが、このラッキョウと福神漬けだ。
カレーに欠けている要素を補うこの二つは、ペニーにとってはカレーに欠かせない重要な食材だった。
口の中がカレーの味一色になった頃、サラダが登場する。

ペニーはビネガードレッシングをかけ、酸味のある野菜を口にした。
ミニトマトが口の中で弾け、甘酸っぱい果汁をまき散らす。

「どうですか、一等軍曹?」

自分の分をトレーに乗せたビルがペニーの隣に立ち、感想を求めてきた。

('、`*川「美味しいわ、お世辞抜きにね」

「へへっ、ありがとうございます」

ビルは嬉しそうに笑い、離れた席に座って食事を始めた。
いっそのこと、これを彼の職にしてしまえばと強く思うが、本人がそれを望まない限りこちらがそれを提案するのは避けた方がよさそうだ。
人には人の事情がある。
使命感よりも、軍人として得られる大きな収入に目的を見出す者もいるのだ。

交代して入ってきた警備兵の二人も食事を済ませた頃には、時計は夜の八時を指していた。
そして、ノイズ交じりの放送が状況の変化を告げた。

『乾ドックに部隊が到着した。
警備兵以外は全員乾ドックに集合するように。
これよりブリーフィングを始める。
繰り返す、これより乾ドックにてブリーフィングを始める』

空気が一変し、食事を終えた兵士も途中の者も全員が作業を一時中断し、慌ただしく乾ドックに向かう。
悠長に身なりを整える者は一人もおらず、全員がそれまでの空気を忘れさせるほどの緊張感を漂わせ、駆け足で同じ目的地に向かう。

80名無しさん:2017/12/18(月) 21:09:37 ID:/.UYpKWU0
乾ドックは船着き場を兼ねた場所で、波の音と潮の香りが絶えない空間だった。
高い位置から降り注ぐ蛍光灯の明かりは地面に到着する頃にはすでに弱まり、全体的に薄暗い。
哨戒艇の向かい側に停泊しているのは、イルトリア海軍が所有する黒塗りの高速艇だった。
レーダーに捕捉されにくい形状を意識して設計されているため、さながら水中を飛び回るペンギンの様にも見えた。

その船の前に並んで立つのは、ネイビーブルー(海軍の紺色)の軍服に身を包む一〇人の軍人だった。
いずれも険しい顔立ちをしており、笑顔とは無縁の軍人の表情をしている。
一目で彼らが歴戦の猛者であることは見抜ける。

ペニーが見たことがあるのは三人。
若く経験豊かなチャーチル・アンダーソン中佐、瞼の上に負った傷と垂れ目が特徴のトーマス・バクスター少佐、
そして老犬を彷彿とさせる落ち着きと威圧感を放つ分隊の指揮官であるフランシス・ベケット准将である。
フランシス准将は非常に意識の高い指揮官で、彼の指揮する海軍の兵士達は常に最前線で戦い、大きな戦果を残すことで知られている。
死んだスペイサー・エメリッヒ伍長がかつて所属していた分隊は、イルトリア海軍でも五指に入る優秀な隊だったのである。

ペニーは彼の正面に立ち、敬礼をした。

('、`*川「お久しぶりです、フランシス准将」

「おぉ、ペニサス一等軍曹か。
君が手を貸してくれるのなら一安心だ」

軽く挨拶を終え、増援部隊も交えた作戦会議がドックの隅で始まった。
用意されたパイプ椅子に腰かけるのは、作戦説明を務めるペテロ少佐と総指揮を務めるフランシス准将を除いた全員である。
ホワイトボードに張り付けられた水色の海図には深度が記入されていて、その前に立つペテロが説明を始めた。

「では作戦説明を行う。
諸君らはすでに知っているだろうが、今朝方、ジュスティアの密漁船がティンカーベル海域に於いて密漁を行い、哨戒艇に撃沈された。
その際、スペイサー伍長が被弾し、死亡した。
だがジュスティア側はこの事件に対して、非があるのは我々イルトリア側だとしているうえに、スペイサー伍長が殺されたことさえ否定している。

今我々が早急に対応しなければならないのは、事件に関する証拠と証言を集め、ジュスティア側の主張に対抗することだ。
また、ジュスティア側からの武力工作も想定される。
諸君らの任務を簡潔に伝えると、ジュスティア側の非を発見することにある。
また、ペニサス一等軍曹からの情報によると、この島に棺桶持ちが潜伏しているとのことだ。

ジュスティア軍とのつながりについては不明だが、これについても警戒を怠るな」

海図に記された赤い点は、交戦して船を沈めた場所を示しているのだろう。

「だが、一つ気になることがある。
ニクス二等軍曹、説明を」

指名されたニクスが立ち上がり、周囲に視線を向けながら話を始めた。

81名無しさん:2017/12/18(月) 21:12:09 ID:/.UYpKWU0
「はい。
海底に沈んでいた残骸――木っ端程度の――を探索していたところ、密漁船から発砲されたと思わしき薬莢が複数発見されました。
ですが、どれも九ミリ口径の薬莢で、防弾着を貫通するには威力が足りないものです。
無論、あくまでも海底で発見された証拠品に限って言えばの話です。

分析官によると、使用されたのは口径の大きいライフル弾の可能性が濃厚とのことです」

肝心の証拠の固まりとも言える沈没船は、すでにジュスティアが回収している。
その船の中にはこちらが欲する多くの証拠が眠っているが、それはジュスティアとしては表に出したくない証拠でもある。
証拠の重みを天秤にかけた際、優位にあるのはジュスティア側だ。
不正を良しとしないジュスティア人の気質に対して信頼してはいるが、それでも人間は窮地に追いやられた際に何をしでかすか分かった物ではない。

いざとなれば偽り、欺き、劣勢を優勢にする。
ジュスティア人という一括りで考えない方が、今回の事件はいいだろう。

「そしてこれは海中で六時間以上調査をしてきた私の意見ですが、おそらく海底には他の証拠品は見つからないかと。
事件後、ジュスティアによってあの一帯は大掃除がされました。
彼らにとって不利益になるような物が残されているとは考えにくいです」

「……恐らく、ないだろうな」

ニクスの意見を支持したのはフランシスだった。
腕を組み直し、全体に視線を向け、傾聴を促す。
物音一つしない静寂の中、フランシスはペニーを一瞬だけ見た。

「証言についてはどうだ?」

('、`*川「それについては私から。
     漁師の話では、昔から密漁は頻繁に行われていたとの事ですが、どこの人間なのかについては分からないままです。
     今朝の事件についての目撃者は、ほぼ絶望的かと」

漁師が沖に出ない程の早朝に船に乗って沖合に行くのは、密漁者だけだ。
証拠物品だけでなく証言さえも集まらなければ、イルトリアは己の無実と真実を公にすることは出来ない。
世界を揺るがす力を持った二つの街が衝突することは、双方ともに望んでいない事だ。
だがこのままでは、イルトリアは一方的に武力を振るったと世間に嘘の情報を広められ、最悪の場合はイルトリアに恨みを持つ街が結託して攻め入られるかもしれない。

「だろうな。
なら、次に連中が打ってきそうな手は分かり切っている。
こちらを糾弾し、この島から排除することだ」

フランシスはさも当然であるかのようにそう語ったが、この場にいる全員がそれは憶測ではなく必ず実現する予言だと考えていた。
ジュスティア軍の行動理念には常に正義という大義名分があり、彼らはその名のもとに武力を行使する。
つまり、彼らからしたらイルトリア軍は不当にこの島を占拠している存在であり、罪のない漁師を殺した憎むべき存在なのである。
そんな存在が目の前にいたら、彼らは嬉々として戦いを挑んでくるだろう。

「期を見て襲撃してくるだろうが、奴らは我々が対応出来るとは思ってないだろう。
慢心した状態で襲ってきた連中は、サプライズパーティーでも開いて歓迎してやるといい。
この基地を防衛しつつ、証拠を探すのが我々の任務だ」

82名無しさん:2017/12/18(月) 21:13:49 ID:/.UYpKWU0
早い話が、証拠が見つかるまでの防衛戦である。
不利なのは言わずもがなイルトリアだ。
こちらは証拠が見つからなければ、人海戦術で押し潰されてしまう。
そしてジュスティアは、証拠が見つからなければイルトリアを邪悪な存在として糾弾する口実を得るのだ。

「ペニサス一等軍曹は本作戦に於ける唯一のバックアップだ。
基地内にある武器弾薬を再度点検し、二四時間体制で警備を強化しろ。
残骸の調査については従来通り行うように。
相手に気取られると、歓迎会の意味がなくなる」

作戦の説明が終わり、フランシスからペテロへと主導権が移る。

「分かっているとは思うが、相手はジュスティアだ。
決して油断は出来ない。
恐らくこの世界で我々と正面から戦おうと考える唯一の軍隊だ。
有力な筋からの情報だと、奴らは大規模な展開こそしないが、三つの軍から選りすぐりの狙撃チームを送り汲んできたらしい。

すでに島に上陸し、合図があれば作戦を展開するそうだ」

狙撃兵は厄介な存在だ。
姿を見せない狙撃兵を迎え撃とうにも、距離が問題となってしまう。
正確な位置が特定できなければ、絶対に対抗は出来ないのだ。
同じ狙撃手だからこそ、その恐ろしさがよく分かる。

特に、籠城した相手を弱らせるのは狙撃手の得意分野だ。
狙撃に使われそうなのは、基地を見下ろす位置にある山中だ。
森の中に潜り込まれた場合、狙撃手は絶対的な力を得る。
地の利は相手にある。

逆を言えば、狙撃地点のおおまかな特定は出来るのだ。
遊撃手的な行動が出来るペニーがそれを請け負えばいいだろう。
森から基地までは最短でも三キロは離れているため、市街地からの狙撃が予想される。

「棺桶を持ち出されることはないだろうが、万一のために徹甲弾を装填した弾倉を携行するように。
それと、防弾ベストにはプレートを入れておけ。
以上、解散」

短い返事をして、三々五々に席を立ってドックを出て行く。
ペニーはその場に残るようペテロが視線で指示したため、席から立ちはしたものの出て行くことはしなかった。
ペテロは顎に出来た傷を指で撫でながら、ペニーに言葉を送った。

「一等軍曹、聞いている通り君には有事の際に動いてもらう。
相手が狙撃チームという事で、早い段階で頼ることになりそうだが、必要な物があれば今の内に言ってくれ」

('、`*川「はい、バイクがあればいいのですが……
     私が乗ってきたものは棺桶持ちに見られているので、市街で乗り回すにはリスクが高くなります」

「バイクなら偵察用のオフローダーが一台だけあったはずだ。
塗装を変えれば問題はないだろう」

83名無しさん:2017/12/18(月) 21:15:30 ID:/.UYpKWU0
('、`*川「助かります。
     ですが、塗装を変えると乾くまでの時間がありますので、そのままで構いません。
     パニアを移せばすぐにでも使えます」

イルトリア軍が正式採用している大型オフロードバイクは馬力があり、オンロードでも問題なく走行出来る。
ペニーの愛車のように電子制御されたサスペンションなどはないが、スイッチを切り替えると両輪駆動で走ることが出来るという強みがある。
山道のみならず、起伏の多い岩肌でもそのバイクは走破出来るはずだ。
軍ではどの装備も乗り物も定期的に整備がされているため、いつでも動かせるという利点がある。

「一等軍曹。
お話し中済まないが、君のライフルと弾を預かってきたんだ。
今の内に渡しておこう」

その声は高速艇から聞こえてきた。
ソフトタイプのオリーブドライ色のライフルケースを持ったフランシスが船を降り、それをペニーに手渡した。
止水ファスナーを開けて中身を改め、愛銃であるドラグノフを確認した。

このライフルはネジ一本に至るまで全てが特注品で作られ、銃床と銃把、そしてハンドガードに使われているクルミ材は深い黒色をしており、
その頑強さは銃床で人を殴りつけたとしても射撃精度に影響を及ぼさない程である。
当然のことだが火薬量の多い弾種でも耐え得るようバレルも交換されており、有効殺傷距離は使用する弾にもよるが、
通常の弾であれば一キロ、長距離狙撃用にあしらえた弾であれば三キロまでの狙撃が可能である。
そういった改造があるにも関わらず、ドラグノフ本来の持ち味である耐久性は健在であり、最前線に立つ人間が信頼するに足る銃としての威厳は決して損なわれていない。

('、`*川「ありがとうございます」

「あぁそれと、観測手の経験のあるウィル・ゴドルフィン上等兵を連れてきている。
面識はあるか?」

('、`*川「いえ、ありません。
    お言葉ですが、観測手としての知識を持っているのなら相手の狙撃チームに対する策を講じてもらった方がより効果的かと」

観測手は総じて狙撃手としても活躍することが出来る。
そのため、襲撃されたとしても狙撃手の心理を読み取り、対処出来るはずだ。

「聞いてはいたが、どうやら観測手が嫌いらしいな」

否定の言葉を口にする代わりに、ペニーは謝罪の言葉を選んだ。

('、`*川「……すみません」

現代の狙撃手は必ず観測手を引き連れて狙撃を行う。
観測手は標的までの距離や風向き、湿度や地形的な事を考慮した上で最適な狙撃を支持する役割を担っており、高い計算能力と状況把握能力が求められる。
狙撃手は観測手の指示に従い、照準を合わせればいいため、狙撃に集中出来る。
また、万が一戦闘が起きたとしても二人組の方が心強い。

無論、ペニーは観測手の必要性をよく分かっている。
彼らがいれば計算をせずに済むし、周囲に気を遣わずに済むので狙撃に専念出来ることは特に大きな効果を生む。
だが、狙撃手は疫病神に近い存在でもあるため、報復の最優先対象になる事が多い。
一人の狙撃手が一〇〇人規模の部隊を足止めすることも出来るし、状況が許せばその全員を殺すことも出来る。

84名無しさん:2017/12/18(月) 21:16:06 ID:/.UYpKWU0
人を殺さない狙撃手はいない。
だからこそ、狙撃手が捕まれば待っているのは悲惨な結末だけなのだ。
特にペニーは一度の戦闘で何十人でも殺す。
彼女と共に行動する人間がいれば、間違いなく巻き込まれてしまう。

それを避けたいのだ。
だが、それはあくまでも個人の考えである。
軍は単独主義ではなくチームワークと連携力が強みであるため、身勝手な行動はご法度だ。
助け舟を出したのは意外にも、軍規に厳しい立場であるはずのペテロだった。

「それで成果を出しているのだから文句はない。
バイクの場所についてはニクス二等軍曹に訊くといい」

('、`*川「分かりました。
    お気遣いありがとうございます」

敬礼をし、ペニーは乾ドックを後にした。

月が高い位置で白く輝き、ペニーの足元に濃い影を落としている。
耳を澄ませば星が輝く音さえ聞こえてきそうな、静かな夜だった。
千切れた雲の欠片は水平線の彼方に浮かび、黒い霞のように見える。
潮騒が優しく夜の静寂を強調し、緊張状態である事を一瞬とはいえ忘れさせてくれる良い夜だ。

だが、ペニーの心には一つの大きな疑問が常に巣食っていた。
強化外骨格を持ち出す手合いと、その目的。
そして事件との関連性。
この二つがどうしても奇妙な形で惹かれあい、繋がろうとしているが、どうしても繋げることが出来ない。

その理由は証拠の欠如と相手の目的にあった。
目的が想像できれば概ねの繋げ方は想像出来るが、それがないとなると、手も足も出ない。
こうした状況がペニーは好きだった。
そう簡単に正解が分かるようでは駄目なのだ。

それでは楽しみようがない。
もう少し楽しませてもらった上で、哀れな伍長を殺した人間に同じ報いを与えればいい。
今は想像し得る限り最悪のシナリオを考え、準備をしておく必要があると感じたペニーはその足で倉庫に向かい、
バイクの調整と少しの準備を行ってから、基地の正門から誰にも気づかれることなく出て行った。

軍人として、そして狙撃手としての仕事が舞い込まないことが最善だが、そう上手くはいかないだろう。
軍人という茨の道を選んだのは他ならぬ自分自身なのだ。
降りかかる災厄と背負うべき罪状の一切合切を受け入れると決めたのも、自分なのである。



彼女の予想が正しかったと証明されたのは、翌日の事だった。




第二章 了

85名無しさん:2017/12/18(月) 21:17:03 ID:/.UYpKWU0
これにて第二章はお終いです

今週の土曜日にまたVIPに投下する予定ですので、時間が決まり次第こちらに書き込みます

質問や感想などあれば何よりです

86名無しさん:2017/12/19(火) 20:41:39 ID:5AwWPSUo0
乙 この飯テロの質と量よ

87名無しさん:2017/12/22(金) 21:38:46 ID:g1P9LFoY0
明日の夜七時ごろにVIPにて投下いたします

88名無しさん:2017/12/22(金) 22:19:10 ID:ZTSU/ovQ0
数ヶ月ぶりにVIP行くか

89名無しさん:2017/12/23(土) 19:04:46 ID:OfG5/ozE0
('、`*川魔女の指先のようです
http://hebi.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1514023273/

第三章投下中でございます

90名無しさん:2017/12/24(日) 20:11:00 ID:.4NVpg3E0
('、`*川魔女の指先のようです
http://hebi.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1514113831/

第四章の投下はこちらになります

91名無しさん:2017/12/25(月) 16:17:10 ID:cD0YF7Yc0
相変わらずいい文、いい小説 乙
過去のようでパラレルなのかな、と気になった
どっかに記述があったら申し訳ないが

92名無しさん:2017/12/25(月) 21:51:40 ID:ZLy5QeVs0
>>91
ありがとうございます!
これはあくまでも独立した作品としての扱いなので、
他作品との繋がりはないと思っていただければ幸いです……

93名無しさん:2017/12/25(月) 21:52:36 ID:ZLy5QeVs0
第三章 【雛菊】


八月八日。
陽も高くなり始めた朝十一時頃、ティンカーベル上空には雲一つない青空が広がっていた。
夏らしく澄み切った群青色の空は、その遥か向こうにある星々さえ見えそうなほどの透明度だ。
工場が立ち並ぶ街と比べると、雲泥の差がある空だった。

生まれ故郷のジュスティアの空も確かに綺麗だが、この島の空には敵わないと海軍所属のハインリッヒ・サブミット曹長は空を見上げながら思った。
任務開始から半日近くが経過したが、めぼしい証言や証拠は集まっていない。
偵察兵として他の二人とは別行動をする彼女は、本来の任務を忘れないようにと気を引き締めながらも、グルーバー島の市場の活気と長閑な空気を楽しんでいた。

彼女が作戦に選ばれたのは、女性兵士と言う存在は情報収集をするうえで男に勝っているという観点から、海軍大将のデミタス・ステイコヴィッチが直々に任命したためである。
彼の考えは作戦開始前にすでに直接伝えられている通り、この事件について先入観なしで真実を見極めてほしい、という物だった。

だが、漁港で集まってきた情報はジュスティアにとって不利益なものばかりだった。
密漁は以前から行われており、その犯人については様々な憶測があったが、上層部が望む情報とは真逆のものだった。
真実を見極めるという任務を考えると、この事件はイルトリアに非がないように思われてならない。
しかしそれを報告したところで、調査が足りないと一蹴されるのは目に見えていた。

足を止め、市場に並ぶ鮮魚の質の良さに目を丸くする。
肥えた魚は餌が豊富な証であり、並んだ試食用の刺身は味に対しての自信の表れである。
ジュスティアも海沿いにあるため、魚の種類と味には定評があるが、ティンカーベルの魚には敵わない。
恐らくは漁業に費やしてきた年月が桁違いなのだ。
釣り上げた魚を活〆にする手法についてもそうだし、保存方法、調理方法もジュスティアの一歩先を行っている。

ただし、武力についてはジュスティアの方が遥かに優っている。
この平和な島には武力は不要な物であり、持つ意味がないのだ。
だがしかし、それではこの世界を生き残り続けることは出来ない。
大小多くの島で構成されたこの街は、たまたまジュスティアが侵攻していないだけで、他の街が隣接していたら間違いなく攻め落とされている。
立地に恵まれた島、それがこのティンカーベルなのだ。

もちろん、ハインリッヒも平和的な環境が最も望ましいと考えている。
争いは最小限、もしくは根絶されるのが最善だ。
それを実行するためにはどうしても力が必要なのである。
力こそがこの世界の根幹にある変革の鍵であり、人類が滅亡しない限りそれは変わることはない。
もしもこの島が武力を持ち、自力で漁業権を守ることが出来ていれば、今回のような事件は起こらなかったに違いない。
少なくとも、ジュスティアとイルトリアの対立という構図は避けられた。

単純な軍事力で言えば世界最強と言っても過言ではないイルトリアと世界の正義を司るジュスティアは、長年の間互いに牽制し合い、直接的な争いを避けてきた。
互いに本気になればどういう結果が待っているのか分かっているからだ。

これ以上の聞き込みによる情報収集は意味があまりない物だと判断し、市場から少し離れた場所に見つけた喫茶店に足を運んだ。
世界的にも有名なド・ゴールという喫茶店は料金が安く、料理の質もいいことからジュスティア支店にもよく通っている。

喫茶店は単純な休憩のためではなく、ある待ち合わせ場所にもなっていた。
偵察兵同士が集まり、情報交換をするための場所だ。
これは偵察兵の三人が出発前に話し合って決めたことで、手間を最小限に抑えるための工夫でもあった。
彼女以外の偵察兵は二人とも階級では上の存在であり、ハインリッヒは少しばかり自分の存在が場違いに思えてしまう。
それでもこの喫茶店に向かったのは、早い段階で情報を共有し、作戦の方針を一刻も早く決めてしまいたいという彼女の願いと、息抜きをしたいという単純な欲求からだった。

94名無しさん:2017/12/25(月) 21:54:07 ID:ZLy5QeVs0
市場から五分ほどで到着したド・ゴールの前にはオープンテラス形式の席が並び、観光客や地元の老人達がそこで優雅な一時を過ごしていた。
コーヒーの香りが辺りに漂い、何とも言えない気持ちになる。
店内の席を利用する人はあまりおらず、やはり青空の下の解放感を求める人間が多いことを意識してしまう。
誰もがこの平和な一時を楽しんでいる中、ハインリッヒだけはいたたまれない気持ちになっていた。
自分達はこの一時を壊してしまうかもしれないと考えると、罪悪感が鎌首をもたげて心の裏側を刺激してくるのだ。

从 ゚∀从「アイスコーヒーを一番大きなサイズで、砂糖は大目にしてください」

普段、ジュスティアの支店で注文しているのと同じ物をレジの女性店員に伝える。
本来であればコーヒーはカフェインを含んでいるため、その作用を考えて作戦中は飲まない方がいいと推奨されているが、今回はそれを無視した。

「かしこまりました。
席はいかがされますか?」

从 ゚∀从「外の席にします」

金を払い、番号札を受け取って店の外に行く。
しかし、先ほどまで空いていた席には別の人間が座っており、空席はどこにもなかった。
テラス席でコーヒーを飲むには、相席しかない。
札を片手に店内に戻るかどうか思案していると、すぐそばの席から声がかけられた。

('、`*川「よろしければ、こちらに座りますか?」

それは若い女性の声だった。
驚いて振り向くと、長く美しい黒髪と鳶色の瞳を持った女性が微笑を浮かべて椅子に腰かけていた。
垂れ気味の目は安心感を与えるのと同時に、妖艶な雰囲気を醸し出している。
歳はハインリッヒよりも一回り程年下だろうか、正確なところは分からない。
湯気の立ち上るコーヒーを飲みつつ、読書をしている姿は一枚の絵画を思わせた。

从 ゚∀从「……すみません、ありがとうございます」

せっかくの申し出を断るよりも、彼女から何かの情報が聞ければ御の字だと思い、それを甘んじて受けることにした。
椅子を引いて彼女の向かい側に座る。

从 ゚∀从「この島に来たばかりで不安だったので助かります。
      私はハインリッヒです」

自己紹介を兼ねて、ハインリッヒから話を始めた。
年下とは思えないほどの落ち着きぶりを見せる目の前の女性は、僅かに驚いた風に眉を上げた。
読んでいた本に栞を差して閉じ、魅力的な笑みを浮かべた。

('、`*川「あら奇遇ですね、実は私もなんです。
     私はペニサス、ペニーで結構です」

从 ゚∀从「よろしく、ペニーさん」

('、`*川「こちらこそ、ハインリッヒさん」

どちらともなく手を差し出し、軽く握手を交わす。
理由は分からないが、ハインリッヒはペニーとどこか似ている部分があると感じ取り、親近感を覚えた。

95名無しさん:2017/12/25(月) 21:56:48 ID:ZLy5QeVs0
从 ゚∀从「ペニーさんはどうしてこの街に?」

('、`*川「ツーリングです。
     バイクに乗っているんですが、この島を一度走ってみたくって」

从 ゚∀从「お一人で?それとも仲間で?」

島に到着してから結構な頻度で、ツーリングの集団を見てきたため、ペニーもその所属なのかと思ったのだ。
そうであれば何か有益な情報を知っているかもしれない。
こんな時でも仕事の事を考えてしまう自分に嫌気がさしつつも、ハインリッヒはペニーの回答を待った。

('、`*川「一人ですよ。
     その方が何かと楽ですので。
     ハインリッヒさんは?」

从 ゚∀从「海洋生物の調査で来たんです。
     今は仲間が海に出て調査していて、私は書類仕事が一旦終わったのでこうして抜け駆けしているんですよ」

少し茶目っ気を混ぜ、話に現実味を帯びさせる。
初対面という事もあり、深く追及されることはないだろうが、余裕を持った態度は相手の気持ちをほぐして新たな情報を引き出す秘訣だ。

('、`*川「昨日の事件の影響は大丈夫なんですか?」

从 ゚∀从「それで漏れ出た物質などの調査も兼ねているので、大丈夫だと聞いています。
     事件の事を何かご存知ですか?」

用意された完璧な理由を提示し、そして情報収集を忘れない。

('、`*川「密漁船がイルトリア軍に沈められた、としか分かりませんね」

从 ゚∀从「領海侵犯でもしたのかしら……」

やはり、こちらで集めた情報と同じ内容が出てきた。
そこでハインリッヒは更に詳細な情報が得られないかどうか、独り言のようにさりげなく事件の核心部分を口にした。
領海侵犯をしたか否かが分かれば、事件そのものの姿が形を変える。

('、`*川「さぁ、それは分かりません。
     ジュスティアが船を回収したらしいので、その内分かると思いますよ」

残念だが、その気持ちを顔に出さないように努め、ハインリッヒは平静そのものを装った。
店員がコーヒーをハインリッヒの前に置きに来たので、クッキーを追加で二枚頼んだ。

从 ゚∀从「バイクには昔から乗っているんですか?」

('、`*川「えぇ、かれこれ六年目ですね。
     ハインリッヒさんはバイクに乗りますか?」

从 ゚∀从「一応、職業柄乗らないといけないことがあるので乗っていますが、風を切る感覚が楽しいですね」

('、`*川「海洋生物なのに、バイクに乗るんですか?」

96名無しさん:2017/12/25(月) 21:58:56 ID:ZLy5QeVs0
軽いミスにハインリッヒは思わず答えに詰まりかけたが、ペニーは気にした風もない顔をしている。
話に一貫性と信憑性を持たせなければならない。

从 ゚∀从「実は山の生物も調べているんです、うちの研究所。
     だから仕事が大変で」

('、`*川「それは大変ですね。
     海も山も生物だらけなのに、両方やるなんて」

从 ゚∀从「仕方ないですよ、仕事ですから。
     失礼ですが、ペニーさんは今どのようなお仕事をされているんですか?」

これ以上こちらの話を続けるわけにはいかないと判断し、話題を強引に逸らす。

('、`*川「教師をしています、見習いですけどね」

从 ゚∀从「見習いの教師?」

('、`*川「えぇ、非常勤で高校生達に教えているんです」

はにかむ様な笑顔が彼女の顔に現れた時、不覚にもハインリッヒは同性なのに胸を掴まれるような錯覚に陥ってしまった。
この女性の笑顔を見れば、生徒達は喜んでペニーの言う事を聞くだろう。

気分を落ち着けるためにコーヒーを飲む。
冷たく、甘く、そして仄かに苦い液体がリラックスさせてくれる。
染み渡る液体が体温を下げ、火照った体を潤わせる。

任務の事を忘れて、個人的に友人になりたいと思った人間は初めてだ。
普段の潜入任務と言えば情報を集めるだけの淡白な物で、時には新たな情報を収集するために売る事さえあった。
運よくその任務を遂行してきたからこそ今の地位があるのだが、このような気持ちは抱いたことがない。

('、`*川「大変そうですね」

从 ゚∀从「でも、やりがいはありますよ。
     私からしたら、ペニーさんのお仕事も大変そうに見えますもの」

('、`*川「そうですね、確かに大変だからこそやりがいはありますね」

短い静寂が二人の間に流れる。
まるで長年の旧友のように、その静寂さえ心地よく思えた。
長く続くようにも思えた短い沈黙を破ったのは、ペニーだった。

('、`*川「折角休んでいるのですから、お仕事は忘れて楽しみませんか?」

从 ゚∀从「全く、その通りですね」

97名無しさん:2017/12/25(月) 22:01:18 ID:ZLy5QeVs0
二人で小さく笑い合う。
彼女とはどうにも他人のようには思えない。
持っている価値観が非常に似ているのか、それとも境遇が似ているのか、はたまたその両方なのか。
いずれにしても、ここで縁を断ち切るには惜しい人物だ。
連絡先を尋ねようとも一瞬思ったが、それは流石に踏み込みすぎだと自制した。

店員が焼きたてのクッキーを小さなカゴに入れてやってきた。

从 ゚∀从「もしよければ、一枚どうぞ。
     席を譲って下さったお礼に」

('、`*川「ありがとうございます、ではせっかくなので」

分厚く大きなクッキーにはチョコチップとサイコロ状のドライフルーツが練り込まれ、よく焼かれている。
固いがその分噛み応えがあり、空腹を埋めるのにはちょうどいい。
コーヒーとクッキーで束の間の休息を楽しみながら、ハインリッヒは周囲の会話に耳を傾けていた。
耳に入ってくる話題は統一性がなく、有益そうな物もない。

「おう、ハインリッヒ……知り合いか?」

人ごみの中から現れたのは、野鳥の研究科に扮する陸軍少尉パレンティ・シーカーヘッドだった。
禿頭の厳めしい顔つきの彼は半袖のシャツに汗を滲ませ、樹皮の様な手で額の汗を拭いながら、ペニーに目を向けている。
伸ばした髭やシャツの下には、浅黒い肌に刻まれた無数の傷が隠れている。

从 ゚∀从「ペニーさん、こちら野鳥研究家のパレンティさんです。
     私の会社の上司に当たる方で顔は怖いんですが、とてもいい方なんです」

「おいおいハインリッヒ、そんな言い方はないだろう」

彼はすぐにこちらの話に合わせてきた。
確かに顔つきは軍人そのものだが、性格は非常に温厚で、特に女子供には人一倍の優しさを見せる一面がある。

「今紹介された通り、パレンティだ。
パティでいい」

('、`*川「初めまして、ペニサスといいます。
     ペニーとお呼びください」

二人は握手を交わす。
幸いなことに、ペニーは彼の顔を見ても特に怯えた様子を見せなかった。

「俺もここで一緒に飲んでもいいかな?」

从 ゚∀从「ペニーさんさえよければ」

('、`*川「えぇ、勿論」

こうして、奇妙な茶会が始まる事となった。

98名無しさん:2017/12/25(月) 22:03:45 ID:ZLy5QeVs0
自分の食事を店に買いに行ったパティは、トレーの上に包みに入ったハンバーガー三つと山盛りのポテト、そして大きなコーラを乗せて戻ってきた。
呆気にとられるハインリッヒの表情を見たパティは悪戯っぽく笑みを浮かべ、机の上にそれを置いた。

「俺は人一倍働くから人一倍食べるのさ」

大きく口を広げ、袋に入ったハンバーガーにかぶりつく。
口の端に付いたケチャップを指で拭い取り、それを舐めとった。
それから三口ほどで一つ目のハンバーガーを口の中に収め、コーラで腹の中に流し込んだ。
上品とは言えないが、気持ちがいいまでの食べっぷりである。

从 ゚∀从「何か発見はありましたか?」

チーズバーガーに手を伸ばしかけていたパティはその手を止め、少し考えるような仕草を見せた。

「いいや、何にも。
だけど他の連中はまだやってるよ。
水質調査のリーダーが張り切って、今日も早朝から船を出してる」

二人の間で交わされる水質調査の担当者と言う言葉は、海兵隊を意味する隠語だ。
この場合はつまり、彼らは沖に出て調査を続行していると意味している。
ハインリッヒの調査が正しければ、イルトリアも船を出して沈没した付近を調査しているはずだった。
二つの船が遭遇する確率は非常に高く、そうなった際は上手く切り抜けなければ一巻の終わりである。

当初の予定を大きく変更したのは、海兵隊のボルジョア・オーバーシーズだ。
本来であれば偵察兵三人が街で情報を集めるはずだったのを、海兵隊独自で行動することを上陸直前に決定してしまったのである。

「野鳥の方は相変わらずってところさ」

会話を早々に打ち切り、パティはチーズバーガーを食べ始めた。
よほど空腹だったのだろうか、食べるペースは一向に衰えることなく、次々と彼の胃袋に落ちていく。
ポテトを五本まとめて食べ、ペニーには対して関心を示していない。
むしろ部外者と接さないのが正しい在り方なので、彼の行動は決して間違っていない。

('、`*川「この季節だと、どんな野鳥が見られるんですか?」

こちらの事情を知らないペニーの質問に対して、パティは少しも表情を変えなかった。

「そうだな……極楽鳥の一種がオバドラ島で見ることが出来るが、見たことはあるか?」

('、`*川「何度か見たことはありますけど、この島の極楽鳥は見たことがありませんね」

「黒い鳥なんだが、一部が鮮やかなスカイブルーなんだ。
その羽を広げると顔みたいに見える模様があって、求愛のダンスをするんだ。
人が近くにいると見ることは出来ないが、双眼鏡を使って遠距離からなら見られる。
その写真を撮ろうとする観光客が他の動物の卵を踏むもんだから、俺達が来たって訳なんだ」

事前に偽るのは職業だけでなく、知識も同様だ。
最低限必要な知識を短時間で頭に入れ、それを実際に披露することが出来なければ、現地に潜入する大役には選ばれない。

99名無しさん:2017/12/25(月) 22:06:02 ID:ZLy5QeVs0
パティの説明と体験談を興味深そうに聞き入るペニーは何度も頷き、相槌を入れた。
こちらが話していることが嘘だとは、想像すら出来ていないだろう。
純粋な彼女を騙すのは気が引けるが、これも仕事だ。

ポテトを食べながら淀みなく話すパティは、時折視線をハインリッヒに向け、この場から引き上げるように催促をしてきた。
過干渉は命取りになる。
そろそろ引き上げ時だと諦め、ハインリッヒは手首に巻いた腕時計に目をやり、今気づいた風を装って申し訳なさそうな目でペニーを見た。

从 ゚∀从「ペニーさん、本当にごめんなさい。
     これから調査データをまとめないといけないので、私達はこの辺りで」

('、`*川「お気になさらないでください。
     楽しい話をありがとうございました」

二人揃って席を立ち、ペニーに一礼する。
彼女も軽く会釈し、二人を見送った。

人の流れに乗って山へと続く石畳の坂道を歩きながら、最初に口を開いたのはパティだった。

「どう思う?」

从 ゚∀从「何をですか?」

突然の問いにハインリッヒは反射的に訊き返していた。
するとパティは軽い溜息を鼻から漏らし、周囲に気取られない程の声で問いに対する答えを返した。

「あの女だ、ペニサスとかいう」

それは予想だにしない質問だった。
どう見ても民間人の彼女に対して、パティが感想を求めてくるという事は、何か感じることがあったのかもしれない。

从 ゚∀从「え?普通の女性だと思いますが……」

「そうか」

从 ゚∀从「何かあったんですか?」

少し考える様子を見せ、ややあってパティは首を横に振った。

「いや気にするな、俺の考えすぎだ。
とりあえず、どこか別の場所で情報を共有しよう」

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

ペニサス・ノースフェイスは遠ざかっていく二人の背中を見ながら、己の手に残った感触を確かめるようにして開閉させた。
あの二人がただの研究者や環境保護団体ではないのは、指の皮の固さと服の下に隠されたよく鍛え上げられた体から容易に理解出来た。
また、パレンティという男はこちらの正体を疑うような視線を向けており、感づかれた可能性も否定はできない。
最も気になったのは二人が話をした際に浮かべた目つきの種類が、軍人のそれに酷似していたことだ。
同業者の可能性があるとしたら、このタイミングと狙撃チームが送り込まれているという事前情報と併せて考えると、ジュスティア軍の関係者だろう。

100名無しさん:2017/12/25(月) 22:08:05 ID:ZLy5QeVs0
先ほどの出会いは完全に偶然だろうが、問題はこちらの正体に気付いたかどうかだ。
もしも気付かれてしまったのであれば、今後の憂いを失くすために消えてもらう必要に迫られる。
読みかけていた小説を開き、栞を差した場所から読み直す。
しかし、いくら目で文章を追っても内容は少しも頭の中に入らず、一ページも読み進められない。

陸上で動く部隊があるのなら、海上で動いている部隊もあると考えるのが自然だ。
彼らが水質調査と言っていたのは、船で沈没現場の調査をするという隠語なのかもしれない。
僅かに不安を覚えたペニーだが、身分を隠すこともあって相手の戦力がイルトリア軍を上回るとは考えにくい。
カップに残っていたコーヒーを一口で飲み干し、本を閉じた。

ライフルケースとバイクが置いてあるホテルまで尾行を警戒しながら歩く道中、ペニーは妙な胸騒ぎに襲われていた。
周囲に漂う平穏な空気の中に混じる争いの気配がペニーの鼻孔を刺激する。
戦場になる前の嫌な匂いがする。

ホテルに到着してからペニーはすぐにライフルケースの中のドラグノフを組み立て、動作確認を行った。
棹桿も問題なく動く。
特殊加工された木と金属で作られたライフルは、ペニーのために設計された特注品で、従来の強度を上回りつつ、精度を向上させた物になっている。
もともと大量生産が容易な銃だけに精度は落ちるが、戦場では銃弾は当たりさえすればいいのだ。
精密狙撃を好むのは警察ぐらいだ。

弾倉の中に弾を込め、それをドラグノフに取り付けた。
棹桿を引いて初弾を薬室に送り込み、安全装置をかける。
予備の弾倉を二つ用意し、一つには通常弾、もう一つには対強化外骨格用の徹甲弾を込めた。
グロックも同様に予備弾倉と動作確認を済ませ、ショルダーホルスターに入れた。
上着を着てホルスターと弾倉を隠し、オリーブドライ色のライフルケースを背負う。

これでいつでも戦いに備えられる。
己の感覚だけでここまで準備するのもどうかと思うが、これまでにその感覚は何度もペニーの命を救ってきた。
単に思い過ごしの類で済ませていいのであればそれが一番幸いな展開だが、どうしてもこの時だけは、そう思う事が出来なかった。

______________________∧,、___
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V`´ ̄ ̄

澄んだ海中には色とりどりの魚が群れを成し、白い砂が海流に合わせてその都度模様を変えていく。
森のように密集したサンゴの上には、イソギンチャクやそこを寝床にする魚で賑わいを見せている。
ニクス・テスタロッサは棒の先端に輪の付いた金属探知機を片手に、部下のアレッサンドロ・ピルゲーネフ、チャック・ゾーリンゲン両上等兵の三人でジュスティア軍が見落とした証拠品を探していた。
シュノーケリング道具を持ち出して始めた調査も、今日で二日目となる。
二日目の調査で見つかった物と言えば、折れ曲がったフォークや瓶の蓋程度で、彼らが欲する物は影も形も見当たらなかった。

ジュスティア人が最も得意とするのが、細かく、そして忍耐力のいる作業を続けることだ。
あらゆる環境下でもその集中力を途切れさせることの無いよう、厳しい訓練を経て磨き上げられた彼らの能力はイルトリア軍も一目置いている。
彼らが血眼で探せば、証拠品の見落としはまず有り得ない。

無駄骨になりかねない探索だが、やらなければならない事だと自分に根気強く言い聞かせ、ニクスは聞こえてくる電子音に意識を集中させた。
ノイズの中に紛れた高音の電子音は金属に近づくとより大きな音になり、金属が間近になると更に一層大きな音を上げる。
視覚ではなく音を頼りに海底であるかどうかも分からない物を探す作業は、かなりのストレスがかかる。
それを少しでも和らげるために周囲の景色に目を向け、緊張の糸を適度にほぐした。

部下に手信号で指示を出し、海面へと浮上する。
憎いほどの青空と刺すような日差しが彼らを歓迎した。

101名無しさん:2017/12/25(月) 22:09:47 ID:ZLy5QeVs0
「収穫はあったか?」

錨で固定された高速艇から声をかけてきたのは、サングラスをかけたテーロス・シャープネス少佐だ。
半袖の軍服さえなければ、バカンスを満喫する筋肉質の健康的な中年男性そのものである。

口に咥えたマウスピースを取り外して首を横に振る。

「駄目です、沈没船のネジ一本も見つかりません」

テーロスは腕時計に目を向け、頷いた。

「少し休憩を挟んでから、場所を変えて探してみよう。
もう十一時だ」

「同感です。
恐らく海流で流された可能性もあります」

今一番欲しいのは、スペイサー・エメリッヒ伍長を死に至らしめたライフルが存在した証拠だった。
彼の防弾ベストは拳銃弾ならば防げるよう設計されており、ジュスティアが船内にあったとする武器ではそれは実現不可能な話だった。
それは彼らの言い分が正しい。
だが銃創の大きさを調べたところ、ライフル弾並の銃弾が使用されたことが分かっている。
つまり、その点に於いてはジュスティアの言い分は誤っている。

それも、致命的な過ちである。
犯人達が爆殺された際にライフルが砕けたのか、それとも海に投棄したのか、はたまたジュスティアがその存在を隠しているのか。
有力な証拠として見つけたいのが、実際に使用されたライフル本体だ。
いくら死体の銃創を発表したところで、凶器そのものが見つからなければ意味はない。

船に上がり、背負った装備を船尾に降ろす。
続けて浮上したアレッサンドロとチャックが金属を入れたネットを掲げ、海水を口から吐き出しながら首を横に振った。

「駄目です、めぼしい物は見つかりません」

「よし、休憩にしよう。
二人とも上がってこい」

二人に手を貸し、一気に引き上げる。

「当時の海流を計算して、もう一度探そう。
ニクス、やれるな?」

海軍として海図を読むのは地図を読むのと同じぐらい簡単な話だが、ニクスはそこから更に海流の動きなどを想像することに長けており、それを自分の武器として戦地で活かしてきた。
小型上陸艇で敵地に侵入する際には、その能力を生かし、エンジンを使うことなく海流に乗って陸づけすることを得意とした。
沈没当時から現在に至るまでの海流データさえあれば、十分もあれば残骸が流れた可能性のある範囲を調べなおすことが出来る。

「沈没した地点から計算してみます」

「頼んだぞ。
礼と言っちゃなんだが、コーヒーを淹れてある。
体を温めておけ」


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