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2004年参院選スレ

1デモクラット:2003/11/21(金) 18:39
民主党スレで挙がっていたので、立ててみました。
自民、民主の候補者一覧にリンクしておきます。
自民 http://www.jimin.jp/jimin/jimin/sen_san20/index.html
民主 http://www.dpj.or.jp/news/200308/candidates2.html

1126名無しさん:2004/07/15(木) 08:36
岡山二区の津村啓介の秘書日記(7/12)によると
http://www.tsumura.org/
>翌日の朝刊を見ると出口調査で自民党の約30パーセント、公明党の約40パーセントが江田五月へ投票していた。

公明幹部は自民に傾倒していても、やはり江田の個人的人気で
F票があまり動かなかったってとこでしょうか

1127とはずがたり:2004/07/15(木) 19:01
次回岡山で取るのは難しそうですねぇ。。
>自民党の約30パーセント、公明党の約40パーセントが江田五月へ投票していた。

1128とはずがたり(1/3):2004/07/16(金) 03:02
2004参院選ふくおか:
担当記者が振り返る−−座談会 /福岡
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/saninsen/fukuoka/news/20040713ddlk40010355000c.html

 11日投開票された第20回参院選福岡選挙区(改選数2)は、年金問題などに対する自民への厳しい批判の中、民主新人の大久保勉氏(43)が選挙区史上最多の約84万票でトップ当選し、自民現職の吉村剛太郎氏(65)も自己最多の約63万票で3選を果たした。選挙戦の舞台裏を担当記者が振り返った。

 ◇無名新人が驚異の84万表−−民主の大量得票

 −−民主の大久保氏は報道各社の予想を大幅に上回る大量得票だった。なぜこんなに取れたのか。

 A 昨年の衆院選小選挙区で民主候補9人の得票計は82万、比例の県内得票は79万。今回の民主比例は74万で無名の新人だった大久保氏の84万票は驚異的。年金やイラク問題などに対する小泉首相の姿勢や自民党への批判の表れだろう。

 B 批判は自民支持者にも広がっていた。保守系の古川氏と選挙協力した公明党関係者が「自民支持者にも『比例は公明、選挙区は古川で』とお願いすると、『選挙区は今度ばかりは民主にする』という声が多かった」と言っていた。この関係者は「大久保氏は70万票を上回る」と予想していた。

 A 県連の1区の松本龍氏は建設業界、3区の藤田一枝氏は自治労、9区の北橋健治氏は新日鉄と個人的な支持団体を持つ人が多く、個人的な後援会組織が皆無だった大久保氏はこれらにもかなり助けられた。

 C 最初はぎこちなかった演説も、内容や表情をスタッフで批評し合い、中盤から改善された。投票率アップがカギとみるや、最終盤には深夜まで福岡市の繁華街で歩行者に「投票に行こう」と握手作戦。一人一人ていねいに手を握る姿は好感が持てた。

 E 何かをやってくれるという期待感が大久保氏にあったのではないか。エリート会社員の職をなげうち、県内180キロの遊説マラソンを敢行。石井一・民主党前副代表も「経歴を見るとエリートで、どんな青びょうたんかと思っとったらごっつい男やないか」と意外な様子だった。

 D 気になるのは「負け組」の気持ちが理解できるかだ。規制緩和による自由競争を容認する立場だけに「ささやかながらも今まで通りの安定した生活を」という庶民の声にどう対応するか。選対幹部も「その辺が課題だ」と話していた。

 ◇逆風バネにした吉村氏−−自民の内紛

 −−大久保氏の大量得票にも驚いたが、吉村氏も自己最多の得票。ただ、陣営幹部は「2位ならば負けと同じ」と言っていた。公明・学会の一部離反以外では古川氏との「保守分裂」をマイナス要因に挙げる声もあったけど、どう思う。

 B 92年は約37万、98年は57万、今回はこれだけの逆風だったので陣営は終盤55万票を目標値にした。それで63万票だから悪くないのでは。選対本部長がポスト小泉候補の麻生太郎・総務相だけに、中盤の世論調査の報道を見て引き締めを図ったようだ。

 C 自民党県連や支持団体の農政連、医師連盟などが分裂したわけでないので、保守分裂とはちょっと違う。古川氏を支援した山崎拓・前副総裁の系列議員の動きを指しているのだろうが、山崎氏だって次の選挙が掛かっているので露骨な支援はできなかった。

 A でも、古川氏の演説会ではいたるところに山崎氏の秘書がいたし、系列議員も自分の後援会などに古川氏支援を頼んでいた。古川氏に近いある自民県議は「自分が動くとまずいが、後援会が動くのは勝手」と集会に参加させていた。

 B しかし、山崎氏派の行動はけっこう吉村氏陣営に漏れていた。情報は筒抜けで「党規違反者は処分すべきだ」などの声がひんぱんに出ていた。「違反者」を見つけると陣営は「今度のあなたの選挙はどうなるか知りませんよ」との忠告さえしていた。

 D 山崎氏は要職にあった時でさえ党内基盤がぜい弱。系列県議の中にも「こんなことを続けていたら、もう山崎さんに次の目はない」と指摘する声も出ている。

1129とはずがたり(2/3):2004/07/16(金) 03:02

 ◇スタンスに有権者戸惑い−−古川氏、票伸びず

 −−古川氏が思ったほど伸びなかったね。2位に大差を付けられ、得票も前回の約32万票を下回った。

 E 頼みの公明票が福岡地区ではけっこう古川氏に流れたようだが、既に吉村氏との選挙協力で動いていた地域もあり、壁は崩せなかった。当初は県内全域で「6対4で古川氏へ」との見方もあったが、ある公明関係者は「最終的には半々」と話していた。世論調査で古川氏の劣勢が伝えられ「選挙協力すると死に票になる」との考えも働いたのだろうか。

 D でも、神崎武法・公明党代表の親族は以前から古川家と親しいそうで「公明は自主投票だから自分は勝手連で応援する」とかなり一生懸命に古川氏を宣伝していた。支持母体の創価学会幹部も「支援の手が止まることはない」と言っていたのだが。

 C 古川氏のスタンスに有権者が戸惑ったのは事実。自民に公認申請していた当初は「県内で保守系2議席を」と吉村氏に配慮した言い回しだったが、中盤以降は古川氏の発言に自民批判色が強まった。それでも当選後の自民会派入りは容易に推察でき、反自民・非民主の受け皿にはなりきれなかった。

 ◇2大政党の争いに埋没−−共産、社民は厳しい戦い

 −−2大政党の波にのまれ、全国的に共産、社民は退潮傾向にあるが、県内はどうか。

 B 投票率が前回並みなので単純に前回と比較すると、津野氏は約3万票伸びた。ただ、前々回は投票率55・82%で同じ津野氏が約30万票を取った。県委員会は「手応えは6年前以上だったのに2大政党の争いの中に埋没した」と分析している。

 C 社民は今回公認はなく、前回比例で約18万票取ったが、今回は約14万票。そんな中で渕上貞雄・副党首を当選させ、かろうじて県内で「旧社会の牙城」を死守したという感じだが、衰退に歯止めは掛かっていない。

………………………………………………………………………………………………………

 ◇民主が前回比2倍以上の伸び−−比例代表得票率

 県内の比例代表の党派別得票率をみると、民主が34・80%と01年参院選の14・27%から2倍以上の大幅な伸びを示し、比例でも自民を上回った。自民は26・60%で、「小泉旋風」が吹いた01年参院選の35・95%から10ポイント近くも票を減らした。

 民主は大躍進した03年衆院選でも県内の比例得票率は34・81%。今回も年金改革やイラク問題をめぐる批判票が民主党に集中したとみられ、勢いが持続した形となった。

 公明は20・76%で、01年参院選の20・10%からわずかながら伸ばした。

 一方、共産は7・48%で01年参院選の7・11%から微増。社民は6・46%と01年参院選の8・73%から2ポイント以上減り、退潮傾向が強まった。

………………………………………………………………………………………………………

1130とはずがたり(3/3):2004/07/16(金) 03:02

 ■選対責任者に聞く

 福岡選挙区(改選数2)で激しく競い合った大久保勉氏(民主)▽吉村剛太郎氏(自民)▽古川忠氏(無所属)と、県内を主地盤として立候補、当選した比例代表の弘友和夫氏(公明)▽仁比聡平氏(共産)▽渕上貞雄氏(社民)の選対責任者に勝因、敗因などを聞いた。

 ◇自民の暴走阻止、世論の存在大−−大久保氏陣営の古賀一成・選対本部長代行

 重要問題山積の中、パフォーマンスの小泉首相と、まじめな大久保氏の違いが際だった。自民の暴走を止めようとした世論の存在も大きかった。

 ◇危機感バネに結束の勝利−−吉村氏陣営の中村明彦・選対事務局長

 年金問題の強行採決に対する厳しい批判があったが、国会議員や県議、市議、それに支持団体などが危機感を持ってまとまった。結束の勝利だ。

 ◇年金問題など批判票が民主に−−古川氏陣営の小田展生・選対事務局長

 年金・イラク問題などへの批判が2大政党の意識の中で民主に流れた。手応えは前回より良かっただけに負けてもここまで差がつくとは予想しなかった。

 ◇イラク問題など説明し理解得た−−弘友氏陣営の大石司・公明党県本部代表代行

 県以外では知名度が極めて不足し新人のような戦いだったが、イラク問題などをていねいに説明して理解を得られた。その辺で結束できたと思う。

 ◇2大政党への流れ止められず−−仁比氏陣営の岡野隆・共産党県委員会書記長

 地元としては素直にうれしいが、与党批判票の多くが結果的に民主にいってしまったのは残念。大きな2大政党の流れを止められなかった。

 ◇労組の皆さん尽力のおかげ−−渕上氏陣営の浦俊治・選対委員長(全国一般労組中央執行委員長)

 一番最後に当選できてうれしい。胃の痛む思いだったが、労組の皆さんが全国に名前を必死で広げてくれたおかげだ。
毎日新聞 2004年7月13日

1131名無しさん:2004/07/17(土) 19:08
「なぜ私の選挙予測がハズれたか?」−参院選挙 選挙プランナー・三浦博史  サンデー毎日(8/1)

1132とはずがたり:2004/07/17(土) 19:56
定食屋で読んだ朝日新聞の朝刊に自公の最重点区は10議席の内更に滋賀・奈良・長崎とあと1箇所(忘)の4箇所で全部落選だったそうな。

1133とはずがたり:2004/07/17(土) 20:39
http://members.at.infoseek.co.jp/tohazugatali/seiji/000.html
参院選結果分析うpしました。

自公の比例の得票と選挙区の得票を1人区で見て
●青森・秋田・山梨・富山・岡山・徳島・香川・高知・長崎・佐賀・大分・熊本・宮崎…自公の比例得票>自民系候補者得票
●岩手・山形・石川・福井・島根・三重・滋賀・奈良・和歌山・鳥取・山口・愛媛・鹿児島・沖縄…自公の比例得票≒自民系候補者得票
でした。

自公が協力して勝利(9)→山形・山口以外は既定路線
山形・石川・福井・島根・和歌山・鳥取・山口・愛媛・鹿児島

自公が協力しても敗北(5)
岩手・三重・滋賀・奈良・沖縄

自公が協力せず勝利(5)
富山・徳島・香川・佐賀・熊本
→いずれも接戦となる

自公が協力せず敗北(8)
青森・秋田・山梨・岡山・高知・長崎・大分・宮崎
→民主系が魅力有る候補者を立てた選挙区

尚,意外にも1人区の共産党の選挙区の候補は比例区よりも沢山の票を得ていた。
共産党支持者がよりマシで民主党候補者を選ぶことはないと云える。若しくは社民系から集票していると思われ。
供託金を国に納めながら黙々と革新票の政治上自己表現の場を提供する共産党には敬意の念を表さねばならないのかも知れぬ。

1134とはずがたり:2004/07/18(日) 00:13
こいつも小泉ばりの口先男だなぁ。。

石原都知事 参院選で中曽根元首相擁立構想あったことを明らかに
7/17 19:24更新
http://www.nnn24.com/20425.html

 東京都の石原知事は、日本テレビの番組収録で、先の参議院選挙で中曽根元首相を自民党の比例代表から立てる「幻の中曽根擁立構想」があったことを初めて明らかにし、「実現していたら自民党は勝利していたはずだ」と強調した。

 石原知事は「中曽根さんが出てたら(自民と民主の)議席がひっくり返ったと思う。51議席取ったと思う」と述べた。一方、中曽根元首相は「衆議院でも参議院でも、与党が安定多数をまだ持っている。政権を投げ出すほどのことではない」と語った。

 また、中曽根元首相は、9月に予定される内閣改造で「挙党体制を組むのか、組まないのか。それによって郵政民営化の行方も決まる」との見方を明らかにした。

1136名無しさん:2004/07/18(日) 13:09
>>1132
最重点区は、確か宮崎でしたよ

1137とはずがたり:2004/07/18(日) 13:12
>>1136
情報感謝ですm(__)m

1138名無しさん:2004/07/18(日) 14:01
自公最重点区

岩手・山形・滋賀・奈良・山口・長崎・佐賀・宮崎
群馬・静岡

1139とはずがたり:2004/07/18(日) 19:37
こんな感じでしょうか?

【自公協力の深度】

①最重点区>>1132>>1136
滋賀・奈良・長崎・宮崎…自民全敗

②終盤の公明重点区>>902
岩手、山形、(滋賀)、(奈良)、山口、佐賀、(長崎)、(宮崎),群馬、静岡…()は最重点区。岩手及び2人区は諦め,山形・山口・佐賀は勝ったと読んだ?

③終盤の自民党の要請には入っていたが断った選挙区>>926
秋田、三重、高知、熊本…三重は岡田への保険?それ以外は民主系候補が公明党に滲透?

④公明党推薦
山梨・埼玉・東京・大阪・福岡・熊本を除く全自民系候補…埼玉・東京・大阪は公明党候補者が居る。福岡・熊本・山梨ともいずれも自民が比例の候補者を抱え公明党に協力しにくいと判断した模様。推薦を得ても県連毎に濃淡は有った模様。

1140名無しさん:2004/07/18(日) 20:18
公明てこ入れ10選挙区は、公明が完全に勝てると思ってた選挙区
しかし、思った以上に高投票率+差が大きく開いたので思惑が外れた

1141名無しさん:2004/07/18(日) 22:46
熊本は県連が反発しているのに、党本部が頭越しに自民候補を推薦だったような

1142とはずがたり:2004/07/19(月) 20:11

>>251
善戦した川崎氏だが陣営は早い段階から強気だったんですねぇ
>「絶対に勝てるエースを選んだ」。
>1月、川崎氏の擁立を発表する民主県連代表の原口一博衆院議員(佐賀1区)は、晴れがましかった。
>自ら口説き落とした佐賀西高の後輩は日本銀行出身。後援会長に佐賀銀行元常務を据える陣容を整えた時、
>同県連の原康彦幹事長は「無党派層にも保守層にも受け入れられやすい。
>経済通だから、佐賀商工共済協同組合破産問題の攻撃にも説得力がある」と胸を張った。

民主新顔・川崎稔氏(クニのゆくえ 始動!参院選:中)
http://www2.asahi.com/2004senkyo/localnews/TKY200406130146.html

 ホームページ(HP)を開くと、菅直人氏と小沢一郎氏に挟まれてほほ笑む姿が現れる。「写真をはり替えなくては」と陣営幹部は苦笑する。民主新顔の川崎稔氏(43)は「年金未納政局」の直撃を受け、本番前の陣営には、有権者の失笑を買った民主代表選びを巡る騒動の余韻が残る。

 「代表がどなたになろうとも、参院選に向けた体制・戦略を早急に確立してほしい」。菅氏が辞意を表明した10日、川崎氏は自身のHPに、そう書き込んだ。その8日後、ようやく岡田克也氏が代表に。川崎氏は上京し、新代表との写真撮影をこなした。陣営幹部も「気分を一新して乗り切りたい」と安堵(あんど)した。

   ◇

 「絶対に勝てるエースを選んだ」。1月、川崎氏の擁立を発表する民主県連代表の原口一博衆院議員(佐賀1区)は、晴れがましかった。自ら口説き落とした佐賀西高の後輩は日本銀行出身。後援会長に佐賀銀行元常務を据える陣容を整えた時、同県連の原康彦幹事長は「無党派層にも保守層にも受け入れられやすい。経済通だから、佐賀商工共済協同組合破産問題の攻撃にも説得力がある」と胸を張った。

 昨秋の衆院選で原口氏が自民候補に雪辱した後、民主県連幹部は「参院選では自民の20連勝を止める」と勢いづいた。

 その後、民主公認で当選した古賀潤一郎衆院議員(福岡2区)=除名=の学歴詐称、年金未納問題で菅氏の代表辞任と、民主陣営は失策続き。「気がつけば逆風になっていた」と園田泰郎・県連代表代行は悔しがる。

   ◇

 逆風が深刻な懸念材料となるのは、民主県連の組織力が弱いからだ。県内には、原口氏の地盤の佐賀市と党県連幹部2人が市議の鳥栖市の他に、県連支部も川崎氏の後援会事務所もない。地方議員もいない。昨秋の衆院選で佐賀3区は惨敗、同2区では候補者すら立てられなかった。

 陣営幹部は「拠点がなくてもゲリラで回る」と強気だ。だが、全49市町村に後援会を置く自民現職、岩永浩美氏(61)の陣営関係者は「ゲリラとは、回る所がないという意味では」と皮肉る。

 そんな川崎陣営の「頼みの綱」が、県内に組合員3万7千人を擁する連合佐賀だ。パートや家族を加えれば、2〜3倍の組織票になるという。推薦決定後、県内組織に川崎氏を連れ回した連合佐賀幹部によると「反応は上々」。だが、傘下の最大労組・自治労は、比例区で民主を推す中央本部の意向に反し、県内では社民を支援している。

 社民県連合は今回、独自候補擁立を見送ったため川崎氏の推薦願を受けたが、18日に出した結論は01年参院選と同じ「支持」。行政改革を断行する木下敏之・佐賀市長の政治姿勢に理解を示す民主と、自治労を背景に反発する社民との違いも微妙に影響した。

 参院選での両者の協力態勢も不透明だ。ある社民県連合幹部は「社民系の地方議員は大勢いるのに、民主が苦手とする郡部での支援要請が全くない。どう動くつもりなのか」といぶかる。

    ◇

 民主県連の園田代表代行は「組織力の差は歴然」と認める一方で「県内の投票行動は大きく変わっている」と見る。昨秋の衆院選で、民主は県内で過去最高の比例票約14万票を獲得。自民に約3万票差まで迫った。

 無党派層が多い都市部の有権者が非自民に流れる「1区現象」に望みをかけ、2、3区も掘り起こしを図る。川崎氏は、諌早湾干拓の中長期開門調査断念で自民不信を強める漁民を訪ねるなど、県内を地道に回る。  (05/26)

1143とはずがたり:2004/07/19(月) 20:15
>>1140
そこなんですよねぇ。
断った選挙区があったと言う事は,教義上負けは許されない常勝創価が重点区を受け入れたという時点で本気で勝つ気があって負けたのか(それなら自公ともに打撃が大きい),一応お付き合い程度だったのか?(公明も手抜き?)
青木が秋葉詣でしたときは自民党も本気だと思えましたしねぇ。
むしろそこから山形,山口,佐賀巻き返しての49議席なんでしょうか?

>>1141
そうでしたっけ?ご指摘感謝です。

1144とはずがたり:2004/07/19(月) 22:37
激変 
2004参院選みやざき
http://www.the-miyanichi.co.jp/special/sangiin/gekihen01.html

 参院選宮崎選挙区で、前県議の松下新平が初当選した。“保守王国”の本県政界を激変させた選挙戦を振り返り、松下当選の背景と今後の政界を探る。(敬称略)
 
 ■(上)風 “改革派松下”を徹底
2004年7月14日
 
 無所属新人の松下新平(37)は保守王国・宮崎で自民現職、しかも閣僚経験者の上杉光弘(62)をわずかな準備期間で打ち破るという「離れ業」をやってのけた。
 
 「風に立つ」をキャッチフレーズにした選挙戦。年金、自衛隊のイラク多国籍軍参加への逆風は、“守旧派”上杉の印象を際立たせ、松下を“改革派”の旗手へ押し上げた。
 
     ◇    ◇
     
 「投票率が上がれば、浮動票が動く。浮動票は多くの場合、変化を求める」。陣営はまず、有権者の目を選挙に向けることから始めた。事務所開きでは地元タレントが司会を務め、決起大会では若い女性ダンサーがステージで躍動した。
 
 徹底したイメージ選挙でもあった。松下は選挙戦ではほとんど政策に触れず、暴走政治の阻止と利権政治の打破に訴えを特化。ノーネクタイとスニーカーで選挙カーから飛び出し、「松下は若くクリーンな政治家」であることを有権者の意識に刷り込んだ。
 
 「有権者に正義の味方のように迎えてもらえるんですよ」。選挙戦前半、松下は自民批判の受け皿としての手応えを既に感じ取っていた。
 
     ◇    ◇ 
     
 自民批判を展開することで、連合宮崎や民主、社民でつくるCNP(クリエート・ニュー・ポリティクス)会議の支援も引き出せた。
 
 民主党県連代表の井上紀代子は六月初旬、党本部で独自候補を立てない理由を詰問された。「(独自候補を立て)美しく散れと言われるならそうする。しかし、県連代表は降りる」とたんかを切る井上に、民主党本部選対委員長の玄葉光一郎も折れた。
 
 公示後は、岡田克也代表が二度も応援演説に訪れるなど公認並みの扱いで、松下は民主躍進のムードに乗った。
 
 社民党県連代表の鳥飼謙二は、「社民が積極的に推せば、保守票が逃げる」と判断。あえて「支援ではなく、自主投票」と冷めた態度をみせた。選挙後、「何もしなくても、社民票は松下に流れた。事実そうなった」とうなずいた。
 
     ◇    ◇
     
 しかし、浮動票の取り込みや反自民勢力の支援だけでは勝てなかったというのが大方の見方。上杉陣営は「裏選対がうごめいていたじゃないか」と冷ややかに語る。
 
 裏選対とは、自民内の反上杉勢力や、昨夏の知事選で上杉に辛酸をなめさせられた元出納長牧野俊雄の勢力が宮崎市内のホテルに集結していたことを指す。
 
 そうした勢力は、建設業など上杉の組織力を機能不全に陥らせることに力を発揮した。
 
 いずれにせよ、松下当選の土台になったのは斬新な選挙手法でも、裏選対でもなく、民意であったことは確か。知事選に続き、有権者は自らの一票の重さを感じ始めており、松下の明快な訴えが共感を呼んだと言える。
 

1145とはずがたり:2004/07/19(月) 22:37
 ■(中)弱体化 自民県連に制度疲労
2004年7月15日

 上杉光弘(62)の落選が決まった十一日夜、上杉の陣営幹部は悔しさをかみしめるように「あちらが強くなるのか…」とつぶやいた。
 
 「あちら」とは言うまでもなく“反上杉”勢力。今参院選も自民党内の主導権争いが繰り広げられ、党県連が微妙なバランスの上に成り立っていることをあらためて浮き彫りにした。
 
     ◇    ◇
     
 「上杉はあまりにも人の選挙に首を突っ込み過ぎた。必要以上に敵をつくり、自分の選挙を落とした」と上杉後援会の一人。三年前の参院選、昨年の統一地方選と知事選…。選挙を重ねるごとに反上杉勢力は結束力を増していった。
 
 「小異を捨てて大同に」―。会長の堀之内久男らが結集を呼び掛けた自民党県連は、松下新平(37)支援の態度を崩さない元参院議員長峯基を公示直後に除名した。が、水面下で後援会を動かすなど松下浸透を図った県議らの存在には“ほおかむり”したままだった。
 
 県議レベルで半数以上といわれる反上杉勢力を刺激すれば、三年前のように県議会の自民会派が真っ二つに割れる―。あるいは、上杉が昨夏の知事選を断念し、国政にとどまる理由となった「県議の一本化」が水泡に帰す―という意識が働いたのか。
 
     ◇    ◇
     
 「大同に付くのは不可能だった」。自民最大の支援団体の県農民連盟委員長で、選挙事務長も務めた中村真澄は「自民票の十万は松下に流れた。三年前の(参院選の)しこりが一番大きい」と分析する。
 
 元衆院議員江藤隆美の影響力が強い畜産組織などを挙げ、支持固めが不完全だったことを認める。「(自民から)あまりにも頼られ過ぎた。われわれは選挙の下請け機関でなく、脇を固めるのが役割」と選挙態勢へ不満もにじませる。
 
 その一方、中村は就農者の減少で組織力低下も認める。「準組合員の割合が増え続けている。自民は『おじさん政党』と言う若い組合員が、松下に流れた可能性はある」とも言う。
 
 結束力の低下は「県連にも波及している」と県北地区の党員。「支持を徹底しようとしても、無理に入党してもらった党員が動くわけがない」とあきらめ顔。
 
 県連の体制に「決定事項を上から下ろすだけ。現場から改革の必要性を上げても検討されない。これでは第一線も力が入らない」と“制度疲労”を指摘する。
 
     ◇    ◇
     
 県連は十四日、八役会で敗因などを分析した。年金関連法案の強行採決を主要因ととらえ、党本部の一部で決める政策に地方の意見を反映させるよう求める声もあったという。県連もまた、上意下達の現状に疑問を持ち始めている。
 
 長峯は「除名は党規律規則に違反する」と県連の対応を批判。「県連には旧態依然とした閉塞(へいそく)感がある。選挙も農民連盟や建設業協会に頼る時代は終わった。松下の勝利は宮崎の民主主義が変わってきた証し」と声を弾ませる。
 
 体制強化を模索する県連の姿勢とは別に、上杉系の県議は「敗戦は大きな火種になる」と新たな主導権争いの可能性を示唆した。(敬称略)
 

1146とはずがたり:2004/07/19(月) 22:38
 ■(下)改革 利益誘導型から決別
2004年7月16日

 松下新平(37)が訴え、多くの県民が支持した「しがらみのない政治」。これまで“主流”だった企業・団体献金を背景にした利益誘導や、予算分配型の政治への決別を宣言している。
 
 それでは何をもたらすのか。県民は未知数の「政治力」にかたずをのむ。
 
     ◇    ◇
     
 「ベテラン衆院議員四人が引退し若返った。これまでのように選挙民を意識し『おれが(やる)おれが』と実績を強調するのではなく、衆参五議員が力を結集し宮崎を発展させる好機だった」。
 
 上杉光弘(62)の落選に自民党県連幹部たちは「国との最も太いパイプを失った」と口をそろえる。
 
 宮崎市長津村重光は「三位一体改革など重要な局面で、地方自治に詳しい有力議員を失ったことは、市町村にとっていささか打撃になる」と懸念を示す。松下には「国政の仕組み、政策決定プロセスを早急に勉強してもらい、地方自治を代弁してくれる国会議員になってほしい」と求める。
 
 国の補助金に多くを頼り、本県基幹産業の農林業への影響を懸念する農民連盟幹部は「これから誰を頼ればいいんだ。中山(成彬)さんは農業に詳しくない。ほかの国会議員はまだ影響力が小さい」と不安視する。

     ◇    ◇
     
 自民最年長議員となる衆院議員中山成彬(61)は「ほかは一年生議員で私の責任も増す。私もいろいろな分野で勉強してきており、経験や、築いてきた人脈で政治力が低下しないよう皆で努力する」と責任を口にする。
 
 しかし、そんな利益誘導型政治に多くの県民がノーを突きつけ松下を選んだ。県の中枢で働く中堅職員は「本県選出の国会議員は若返った。彼らには経験はないが将来を見据え、希望を持ち取り組む特権がある。十年、二十年先の宮崎、日本を考え先見性のある政策を打ち出してほしい」と長期的視点でとらえる。
 
 変化への期待は、苦境が続き公共工事を増やしたいはずの建設業者にも多い。
 
 県央地区の業者は「力を持つ国会議員ほどしがらみがあり、特定業者とのつながりが指摘される。そんな現状を変え、若い政治家を育てたい」と希望を見いだす。
 
     ◇    ◇

 松下は「これまでは予算を分捕ってくる『ばらまき型』政治だった。今はもうそんな(財政的)余裕はない」と断言。「私たちに身近な年金とか安心、安定のための『政策』を打ち出す。それが本来の政治で県民から支持を得るはずだ」と自信を深める。
 
 当選後、参院会派「民主党・新緑風会」に所属し議員活動を始めることを決めた。「それなら民主に入党し、堂々と自民と渡り合えばいい」という指摘もある。
 
 それでも松下は特定政党に属さず「来るべき政界再編に身を委ねる」という。「私が勝ったことで、自民以外の新しい人が出てくる風穴を開けた。衆院選でも出てきてほしい。私が活動することで県民の意識は変わってくる」と信じている。
 
 松下の当選で県政界の構図、意識は激変した。松下が目指す「政策本位」の政治の成否を県民は注視する。(敬称略)

    =参院選取材班=

1147とはずがたり:2004/07/19(月) 22:42
激突
2004参院選宮崎
http://www.the-miyanichi.co.jp/special/sangiin/gekitotsu01.html

 ■1 県北 「組織対個人」の様相
2004年6月26日

参院選二日目の二十五日午前八時二十分、延岡市での出陣式でマイクを握った上杉光弘は、かすれた声を張り上げた。
 
 「宮崎市に続く二回目の出陣式に延岡市を選んだ。県全体の中で、延岡を重点に考えていることを伝えたかったからだ」
 
   ◇     ◆

 四選を目指す上杉陣営が、延岡地区で抱く危機感は強い。国政、県政、市政を通じ、上杉に反目し続ける勢力の力が殊のほか大きいためだ。
 
 その勢力に支えられ、松下新平が支持を拡大。「五分五分に持ち込みたい」と、上杉陣営が目標設定せざるをえない情勢が続く。
 
 反上杉色の鮮明な無所属候補を自民党や農民連盟支部が独自推薦した二〇〇一年参院選と、今回は状況が異なる。自民党や主な保守系組織・団体は上杉の支援に回り、推薦団体数は七百を超えた。
 
 しかし、上杉は地区内の有力支援者・企業を自らの足で小まめに回って支持を訴えた。決起集会が台風の影響などで二回中止され、「農業者や自民党若手も松下に流れるなど、本人が一番危機感を持っている」と陣営幹部はみる。
 
 一方の松下新平は、公示前に開いた二回の集会にいずれも三百人規模の場所を選定するなど、あえて表立った動きを控えた。
水面下での運動の根を張り巡らせ、反上杉票を掘り起こす作戦だ。

公示後、延岡市中心部の事務所には自民党員が活発に出入りし、反上杉勢力が集結しつつある。

 保守系組織幹部は「組織決定は上杉だが、最後は個人だから」と不敵に言い放ち、ある議員は「(二倍の票を取る)ダブルスコアだ」と予測した。

 延岡地区で五千―六千票を持つといわれる民主党は松下支援を打ち出している。現段階では比例に全力を傾注する構えだ。
 
 激しい保守分裂の戦いだった前回参院選で、同地区の最高票を獲得したのは民主推薦候補。受け皿のない非自民票の流れる先の磁力は増すばかりだ。
 
   ◇     ◆

 昨年四月の統一地方選から今年三月の市長選まで、選挙続きだった日向市。組織戦を展開する上杉陣営の懸念は「市民の選挙疲れ」。
 
 「松下の知名度が低く盛り上がりはいまひとつ。投票率低下は避けられそうにない」と語る。
 
 同市内に事務所もなく目立った動きのない松下だが、前衆院議員の江藤隆美(79)の支持者らが選挙戦終盤に松下の応援に回る|との一部情報も流れ、上杉陣営は警戒感を強める。
 
 西臼杵郡では、上杉陣営が県議の緒嶋雅晃を選対本部長に据え、郡内の主立った団体が支援するなど万全の態勢。松下を組織的に支持する動きはなく、自治労西臼杵支部も自主投票の方針を示した。
 
 前回参院選に立候補し、県北地区で約五千票を獲得した馬場洋光は比例と連動し、支持拡大に努める。(敬称略)

1148とはずがたり:2004/07/19(月) 22:43

 ■2 児湯・西都 新人の食い込み注目
2004年6月27日

 西都市で公示日に開かれた上杉光弘の出陣式。激励のあいさつに続々と立った首長や地元選出県議らは「西都で勝たなくてどこで勝つのか」と語気を強めた。
 
 児湯郡で「公示前としては初めて」という決起集会(十八日、高鍋町)でも現職国会議員が「地元で大勝を」とアピール。上杉のおひざ元である児湯・西都地区は“圧勝”を期して並々ならぬ決意がみなぎった。
 
   ◇     ◆
   
 「地元」「第二のふるさと」と関係者が口をそろえる児湯・西都地区では、今回も上杉のもとに農民連盟、建設業協会、商工会議所など主要団体が結集、強固な地盤を生かして万全な組織づくりに余念がない。
 
 しかし、後援会は「地元だからといって決して安泰ではない。厳しい選挙戦になることは間違いない」と危機感を吐露し、「楽観ムード」の打ち消しに躍起になっている。
 
 過去の選挙では優位に戦いを進めてきた上杉本人も「背水の陣」の構え。二十五日に高鍋町で開かれた児湯ブロックの出陣式でも「命懸けで選挙を戦う」と力強く支持者に訴えた。
 
 背景にあるのは「なかなか見えてこない」という松下新平の動き。支援の輪が水面下でどこまで広がっているのか、上杉陣営にはつかみ切れておらず、松下陣営の動向に神経をとがらす。
 
 また、児湯ブロックの後援会幹部は「(上杉は)参院議員で自民公認。特に地元に近いここでは、既に勝負が分かっているのか関心が低い」と盛り上がりに欠ける選挙に懸念を示す余裕も。
 
 三選を果たした六年前、上杉は児湯・西都地区で四万一千六百七十三票、得票率75%という高い支持を得て金城湯池ぶりを見せつけた。
 
 今回、選対幹部は「ただ単に勝つだけではだめだ。問題は勝ち方だ」と強調。「平凡な票数では地元として格好がつかない」と、組織票の引き締めを図っている。
 
   ◇     ◆
   
 一方、児湯・西都地区に事務所もなく表立った組織もない松下陣営は「個々の支持者が草の根的に動いている」と、上杉のおひざ元を意識してか、水面下で票の掘り起こしに懸命。
 
 同地区では知名度不足は否めないが、ある支持者は「若さがあり、清新なイメージを打ち出す松下に新鮮味を感じている有権者も少なくない」と指摘し、浮動票獲得に期待する。
 
 上杉に反発する若手が松下支持に動いているといううわさも。「徐々に食い込んでいきたい」とする松下陣営の動きは、上杉陣営に「目に見えない脅威」と言わせ始め、圧勝ムードにくさびを打ち込もうとしている。
 
 馬場洋光陣営は「年金制度改革への有権者の反発は相当強い」と手応えをつかんでおり、前回以上の上積みを目指している。(敬称略)

1149とはずがたり:2004/07/19(月) 22:43
 ■3 県西 都城市長選占う戦い
2004年6月28日

 県西地区最大で有権者十万人を数える大票田・都城市。今回の参院選は十一月にも予想される市長選の前哨戦や縮図ととらえる関係者は少なくない。

 現職の岩橋辰也は昨年十二月、県議の長峯誠は今年二月に都城市長選へ出馬表明。JA都城組合長横山勉は岩橋後援会会長を務める一方、上杉の都北地区選対本部長を兼ねる。片や誠は、今や上杉の政敵となった長峯基の長男で、親子の支援団体が松下を全面的に支持。参院選の結果が、市長選の試金石となるのは必至の情勢だ。

 「参院選の票の出方次第で、後援会を再構築しなければならない」(岩橋後援会幹部)、「松下で少なくとも互角の戦いができれば、誠の知名度からいえば市長選へ勢いがつく」(長峯後援会幹部)との本音が両陣営から漏れる。

   ◇     ◆

 都城・北諸県での上杉陣営は、県農民連盟都城支部、都城地区建設業協会を中心に組織選挙を展開。同協会会長の清水安次は「三年前の参院選ではたもとを分かつ二団体が、今回は一枚岩。安藤知事の都城地区後援会からの推薦も得ている。都城で負けることはない」と語気を強める。

 だが、陣営幹部は「松下の票が読めない。組織の締め付けを急がなければ」と危機感をあらわにする。その根拠には、長峯親子に加え、昨年の衆院選で引退した持永和見の支持者の一部も松下を推す動きがあるからだ。

 公示前の十七日、都城市の地場産業振興センターで開かれた松下新平の都北地区決起大会に千人を超える支持者が詰め掛けた。長峯基はその様子に目を細めながら「組織のない松下が、組織うごめく宮崎を変える」とつぶやいた。
三年前は自民党公認漏れ、今回は党県連から除名された長峯基。その言葉には、組織と上杉に対峙(たいじ)する執念がにじみ出る。

   ◇     ◆

 小林市はJAこばやし、建設業、医師会、商工団体など主だった組織が上杉支持でまとまっている。同市出身の参院議員小斉平敏文に加えて、自民県議も後援会に名を連ね、組織力では松下に圧倒的な差をつけている。

 知名度で劣る松下は、反上杉を掲げる保守系の一部が支持し、若手を中心とする個人的な支援に頼らざるを得ない状況。労組系も組織的な広がりは見えてこない。

 西諸三町村も組織力で上杉が優位で、表だった松下支援は、地盤の高岡町に近い野尻町の紙屋地区を中心に反上杉の町議らが活動している。

 えびの市では、JAえびの市の組合長中村優を選対本部長に据えて、市長宮崎道公、県議中野一則らが上杉支持を表明し、盤石の態勢を築きつつある。選対幹部は「前回(約八千五百票)より大幅上積みし、一万票以上の圧勝を目指す」と豪語する。

 馬場洋光は、県西地区でも年金制度改正、自衛隊イラク派遣問題などを引き合いに出し、保守系候補との主義、主張の違いを鮮明にした戦いを続けている。

1150とはずがたり:2004/07/19(月) 22:43
 ■4 県南 動き見えない草の根
2004年6月29日

 「第二のふるさと・串間に参りました」。二十六日、公示後初めて串間市に入り、市街地に立った松下新平は、こう第一声を上げた。

 松下にとって、同市区選出の自民県議野辺修光は義理の父に当たる。野辺が平静を保つ一方、熱心な支援者の一部が水面下で松下の浸透に動く。ある支援者は「野辺とは関係なく、個人個人の意思。全県で広がる草の根運動の流れの一つ」と強調した。

 六月初めに同市を回った松下は街頭演説終了後、「(野辺は)自民党員の立場がある。私は自分の力で切り開いていくだけ」と語った。

 昨年知事選、安藤忠恕に対抗した牧野俊雄が同市で最多得票を集めたのは、記憶に新しい。牧野を支えたのは、野辺の後援会だった。

 組織だった動きはないものの、串間にゆかりのある候補に「脅威は感じる」と上杉同市後援会。「金のかからない選挙をする」と宣言、県南エリアに事務所すら構えない型破りな戦い方に「浸透具合、動きが見えない」とこぼす。

    ◇    ◆

 「日南市内に二百以上ある掲示板のポスター張りが終わったのがほぼ同時刻だった。少人数ではできない」。公示日の二十四日、上杉の南那珂地区後援会幹部は松下側の動きに驚いた。その力量を上方修正せざるを得なかった。

 松下が県南を回った翌日の二十七日。上杉が県南の海岸、農村でよりきめ細かに声をからした。日南事務所の出陣式には、地元の農民連盟など、実動部隊となる団体幹部が顔をそろえた。主だった組織・団体の推薦を手堅くまとめ上げ、強固な選対を築く。

 日南、串間の事務所には連日、「前回衆院選と同レベルの協力態勢」を約束する古川禎久後援会や、建設業協会などの若手が頻繁に出入りする。上杉陣営は「若返った県選出国会議員のリーダー、国会でも重鎮となった上杉にふさわしい票で送り出すだけ」と引き締めに力を注ぐ。

    ◇    ◆

 「組織」対「草の根」。両陣営が対照的な手法で激突する県南だが、市民の関心は低調。市長選(七月四日告示)とダブル選挙となる日南市では、ある市長候補の支援者が「参院選の盛り上がりのなさが響かなければいいが」とつぶやくほど。

 投票率の一つの鍵を握る自治労は、単組によってはまとまりを見せていない。ある自治労の幹部は「比例で本県出身の福島瑞穂社民党党首を通すのに全力投球したい。正直言って宮崎選挙区のことまで気が回らない」と、盛り上がらない事情を説明する。

 連合宮崎系で、県南で影響力を持つ王子製紙新労組日南支部は「本部のスタンス通り松下を支援する。ただ、知名度が低く、組合員への浸透は時間的に厳しい。目下の焦点は市長選への対応」と、本部の方針決定の遅さからそんな見通しを示す。

 馬場洋光陣営は、街頭演説から「今の政治に不満を持つ住民が増えている」と手応えを感じている。

1151とはずがたり:2004/07/19(月) 22:44
 ■5 県央 浮動票の取り込み鍵
2004年6月30日

 三十三万七千七百人余りの有権者を有する宮崎市郡、東諸県郡。「ここで大勢が決まる」と各陣営の認識は一致している。各政党や有力組織、団体が中枢を置き、色分けできない浮動票がうごめく大票田。候補者も積極的に姿を露出させ、支持拡大の動きが加速してきた。

    ◇   ◆

 松下新平の地元、高岡町を擁する東諸県郡。松下は県議選同様、若者や女性などボランティア中心の草の根型組織で戦う。上杉光弘陣営は郡内の首長や各団体の推薦を取り付けているが、「東諸のありようが宮崎市にも影響を及ぼす」と気を引き締める。

 六年前、上杉は同郡内で七割にあたる一万五千三百票で圧勝した。今年に入り公示までに十回ほど足を運び、支援団体の総会などに出席。国富町での事務所開きには三町の三役や議長らが姿を見せ、今回も幅広い支持を得ていることをうかがわせた。

 二度の県議選では一九九九年に一万一千票、昨年は九千六百票を集め松下はそれぞれトップ当選した。昨年は松下以外の立候補者二人が約一万二千票を獲得しており、上杉の決起集会に出席した二人の票を上杉が引き寄せられるかが郡内のすう勢を左右する。

 松下は立候補表明後、郡外を中心に活動し、郡内では親族や知人らが票の掘り起こしに努めている。陣営では「票は読めない。有権者の反応が判断材料になる」と必死に支持を訴えている。

 馬場洋光の陣営は各市町議や党支部、後援会で総力を挙げて活動を展開。最低保障年金やイラク撤退などの政策を訴え、与党に対する批判票の取り込みを狙う。

    ◇   ◆

 東諸を含む県中心部について、上杉選対本部長の植野守は「農民連盟をはじめ建設業協会など支援団体の本拠はこの地域。選挙戦に入り本格的に動き始めた」と徐々に手応えを感じている。末端への浸透を急ぎ、高齢者を中心に保守層を固める。さらに後援会青年部員らも松下陣営が重点を置く若年層へ侵食を狙う。

 自民党県連選対は、県議や各市町議の造反にも神経をとがらせながら内部から支える。選対顧問の衆院議員中山成彬は二十九日、選挙事務所で開いた自らの後援会会合で「上杉氏を圧勝させていただきたい」と連携をアピールした。参院選で初めて自民候補を推薦した公明党県本部は「きっちり結果を出す」(同本部幹部)と“読める”票を約束する。

 これに対し松下陣営幹部は「建設業者ら保守層には上杉への『面従腹背』が少なくない」と、反上杉票に期待するが、支持の広がり具合はつかみきれていない。女性や若者も加わり口コミや携帯電話のメールなどで未知数の支持を確実にする手法をとる。

 松下「支援」を打ち出した連合宮崎は、産別に松下のリーフレットを下ろし浸透を急ぐ。民主は昨秋の衆院選比例代表で四万三千三百票、社民は一万一千六百票を同市で獲得。両党の支援には温度差はあるが、自民、共産公認に回ることは考えにくく、多くが松下に流れると予想される。前回涙をのんだ東治男の支援も追い風にしている。(敬称略)=おわり=

1152とはずがたり:2004/07/19(月) 22:57
激突2004参院選宮崎>>1147-1151

●反上杉色の鮮明な無所属候補を自民党や農民連盟支部が独自推薦した二〇〇一年参院選と、今回は状況が異なる。自民党や主な保守系組織・団体は上杉の支援に回り、推薦団体数は七百を超えた。

●四選を目指す上杉陣営が、延岡地区で抱く危機感は強い。国政、県政、市政を通じ、上杉に反目し続ける勢力の力が殊のほか大きいためだ。

●松下新平は、延岡で公示前に開いた二回の集会にいずれも三百人規模の場所を選定するなど、あえて表立った動きを控えた。水面下での運動の根を張り巡らせ、反上杉票を掘り起こす作戦だ。

●延岡地区で五千―六千票を持つといわれる民主党は松下支援を打ち出している。現段階では比例に全力を傾注する構えだ。
 
●激しい保守分裂の戦いだった前回参院選で、同地区の最高票を獲得したのは民主推薦候補。

●三選を果たした六年前、上杉は児湯・西都地区で四万一千六百七十三票、得票率75%という高い支持を得て金城湯池ぶりを見せつけた。

●県西地区最大で有権者十万人を数える大票田・都城市。今回の参院選は十一月にも予想される市長選の前哨戦や縮図ととらえる関係者は少なくない。 現職の岩橋辰也は昨年十二月、県議の長峯誠は今年二月に都城市長選へ出馬表明。JA都城組合長横山勉は岩橋後援会会長を務める一方、上杉の都北地区選対本部長を兼ねる。片や誠は、今や上杉の政敵となった長峯基の長男で、親子の支援団体が松下を全面的に支持。

●都城・北諸県での上杉陣営は、県農民連盟都城支部、都城地区建設業協会を中心に組織選挙を展開。同協会会長の清水安次は「三年前の参院選ではたもとを分かつ二団体が、今回は一枚岩。安藤知事の都城地区後援会からの推薦も得ている。

●小林市はJAこばやし、建設業、医師会、商工団体など主だった組織が上杉支持でまとまっている。同市出身の参院議員小斉平敏文に加えて、自民県議も後援会に名を連ね、組織力では松下に圧倒的な差をつけている

●松下にとって、串間市区選出の自民県議野辺修光は義理の父に当たる。野辺が平静を保つ一方、熱心な支援者の一部が水面下で松下の浸透に動く。

●昨年知事選、安藤忠恕に対抗した牧野俊雄が串間市で最多得票を集めたのは、記憶に新しい。牧野を支えたのは、野辺の後援会だった。

●「日南市内に二百以上ある掲示板のポスター張りが終わったのがほぼ同時刻だった。少人数ではできない」。公示日の二十四日、上杉の南那珂地区後援会幹部は松下側の動きに驚いた。

●日南、串間の事務所には連日、「前回衆院選と同レベルの協力態勢」を約束する古川禎久後援会や、建設業協会などの若手が頻繁に出入りする。

● 県南だが、市民の関心は低調。市長選(七月四日告示)とダブル選挙となる日南市では、ある市長候補の支援者が「参院選の盛り上がりのなさが響かなければいいが」とつぶやくほど。

● 自治労は、単組によってはまとまりを見せていない。ある自治労の幹部は「比例で本県出身の福島瑞穂社民党党首を通すのに全力投球したい。正直言って宮崎選挙区のことまで気が回らない」と、盛り上がらない事情を説明する。

● 連合宮崎系で、県南で影響力を持つ王子製紙新労組日南支部は「本部のスタンス通り松下を支援する。ただ、知名度が低く、組合員への浸透は時間的に厳しい。目下の焦点は市長選への対応」と、本部の方針決定の遅さからそんな見通しを示す。

● 松下新平の地元、高岡町を擁する東諸県郡。松下は県議選同様、若者や女性などボランティア中心の草の根型組織で戦う。上杉光弘陣営は郡内の首長や各団体の推薦を取り付けている。

●六年前、上杉は東諸県郡内で七割にあたる一万五千三百票で圧勝した。

●二度の県議選では一九九九年に一万一千票、昨年は九千六百票を集め松下はそれぞれトップ当選した。昨年は松下以外の立候補者二人が約一万二千票を獲得しており、上杉の決起集会に出席した二人の票を上杉が引き寄せられるかが郡内のすう勢を左右する。

●松下は立候補表明後、郡外を中心に活動し、郡内では親族や知人らが票の掘り起こしに努めている。

1153とはずがたり:2004/07/19(月) 23:07
激変2004参院選宮崎>>1144-1146

● 無所属新人の松下新平(37)は保守王国・宮崎で自民現職、しかも閣僚経験者の上杉光弘(62)をわずかな準備期間で打ち破るという「離れ業」をやってのけた。

● 自民批判を展開することで、連合宮崎や民主、社民でつくるCNP(クリエート・ニュー・ポリティクス)会議の支援も引き出せた。
 
● 民主党県連代表の井上紀代子は六月初旬、党本部で独自候補を立てない理由を詰問された。「(独自候補を立て)美しく散れと言われるならそうする。しかし、県連代表は降りる」とたんかを切る井上に、民主党本部選対委員長の玄葉光一郎も折れた。
 
● 公示後は、岡田克也代表が二度も応援演説に訪れるなど公認並みの扱いで、松下は民主躍進のムードに乗った。
 
● 社民党県連代表の鳥飼謙二は、「社民が積極的に推せば、保守票が逃げる」と判断。あえて「支援ではなく、自主投票」と冷めた態度をみせた。選挙後、「何もしなくても、社民票は松下に流れた。事実そうなった」とうなずいた。

● 裏選対とは、自民内の反上杉勢力や、昨夏の知事選で上杉に辛酸をなめさせられた元出納長牧野俊雄の勢力が宮崎市内のホテルに集結していたことを指す。

●三年前の参院選、昨年の統一地方選と知事選…。選挙を重ねるごとに反上杉勢力は結束力を増していった。

●会長の堀之内久男らが結集を呼び掛けた自民党県連は、松下新平(37)支援の態度を崩さない元参院議員長峯基を公示直後に除名した。が、水面下で後援会を動かすなど松下浸透を図った県議らの存在には“ほおかむり”したままだった。

●県議レベルで半数以上といわれる反上杉勢力を刺激すれば、三年前のように県議会の自民会派が真っ二つに割れる―。

●「大同に付くのは不可能だった」。自民最大の支援団体の県農民連盟委員長で、選挙事務長も務めた中村真澄は「自民票の十万は松下に流れた。三年前の(参院選の)しこりが一番大きい」と分析する。
 
● 元衆院議員江藤隆美の影響力が強い畜産組織などを挙げ、支持固めが不完全だったことを認める。

● 当選後、参院会派「民主党・新緑風会」に所属し議員活動を始めることを決めた。それでも松下は特定政党に属さず「来るべき政界再編に身を委ねる」という。「私が勝ったことで、自民以外の新しい人が出てくる風穴を開けた。衆院選でも出てきてほしい。私が活動することで県民の意識は変わってくる」と信じている。

1154とはずがたり:2004/07/20(火) 04:03
ううぅ。。
最低の惜敗率。
比例得票率も45番目(宮崎が23%,鹿児島が島根と同率で29.6%。やはり民主党候補の擁立は大事なのか)
今回は年金が争点だから未だ戦えた

民主躍進の参院選で、島根だけが取り残された
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/2004/07/18/01.html

 民主党が大躍進した今回の参院選で、島根県だけが取り残された。選挙区は、自民党参院幹事長という大物相手とはいえ、「ダブルスコア」以上の大差をつけられ、公認・推薦候補を出した46選挙区で惜敗率は最低。比例の得票率も45番目に終わった。県内では2大政党の一角として認知された兆しはない。(本社報道部・万代剛)
 「実感がない」。全国的に民主の勢いを示す新聞各社の世論調査が出そろった五日。党県連や最大の支援団体の連合島根の関係者は、一様に戸惑いの表情を見せた。
 同日夜、陣営が「天王山」と位置付けた松江市での決起集会。神門至候補や陣営は、世論調査を受けて「自民との距離は縮まっている」と喧伝(けんでん)したが、選挙運動の中から裏付けられたものは乏しかった。
 舞台裏では、連合島根を核とした選対幹部が、選挙運動の端緒になる支持者カードの収集に苦しんでいた。大票田の松江・八束でも公示に入ってからでさえ、組織で決めた目標の半分にも及ばない上、「ゼロ」という組合が少なくなかった。
 真夏日の中での戦いとは対照的な薄ら寒い内情に、選対幹部の一人は「くしの歯が削げ落ちるようだ」と述べ、じくじたる思いで戦況を見つめていた。
 ■
 松江市での結果は、陣営が狙った五分の勝負にははるかに届かず、得票率38%。同じ「自・民・共」の構図だった昨秋衆院選からわずか4ポイントのアップにとどまり、年金問題での追い風に乗れなかったことを裏付けた。
 連合の集票力の低下は比例得票から見て取れる。個人名で投票できる非拘束名簿方式が導入された三年前の参院選で、連合島根が推した候補の得票のトータルは約二万五千票。それが今回は一万九千票に落ち込んだ。
 「今回はサラリーマンに身近な年金が争点だったから、まだ政治運動ができた」。松江市内の民間労組の委員長は戦いを振り返ると、こうも暗示した。「組織内候補がいない衆院選ではさらに運動量が落ちるだろう」
 「連合との信頼関係は、これからも変わらない」。投開票日の十一日、内田敬民主党県連代表は強調した。県内の党員は六百五十人。三万六千人の連合島根がエンジン役を担う構図は今後も続くだろう。
 ただ、疲弊するばかりの労働界の集票力に頼る以外に選挙運動のすべがなければ、支持の広がらないし、候補者の選択肢も限られる。擁立に手間取り、労組にあいさつ回りをしているうちに公示を迎えた参院選の過程に弱点が集約されている。
 ■
 民主にとって次期衆院選は政権交代を狙う一大決戦。二〇〇七年までの三年間は衆院が解散されない限り国政選挙はなく、「蚊帳の外」に置かれた党県連に、幸い時間だけはある。
 石橋富二雄党県連幹事長は「市町村合併に伴う新自治体の選挙で巻き返す」と次の照準を定めるが、現職以外に肝心な候補者のめどは各地でまだ立っていない。
 新自治体の選挙は秋からめじろ押しで、地方の政界地図が塗り変わる可能性を秘める。民主が、厚い保守地盤の「引き立て役」から脱し切れるのか。国政選挙の前哨戦の足元を固める戦いは、既に始まっている。

1155とはずがたり:2004/07/22(木) 22:43
来た。民主党・新緑風会これで今回53。
近藤が社民党会派への入会を知事選後に遅らせるのは何故だ?
民主と社民の統一会派模索と勘ぐっちゃったりして…

鈴木陽悦氏、民主系会派へ 入党はせず−−参院 /秋田
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040722-00000005-mai-l05

 参院選秋田選挙区で、自民現職を破り初当選を果たした無所属新人の元アナウンサー、鈴木陽悦氏(55)が21日、民主党本部を訪れ、参議院の会派「民主党・新緑風会」に入る意向を示した。同党幹部が明らかにした。入党手続きは取らない。22日に本人と、推薦した民主、社民両党、連合秋田の4者が会談を行った後、30日召集の臨時国会までに会派入りの正式な手続きを取る。
 鈴木氏は秋田テレビを1月末に退社、3者の統一推薦候補として出馬した。この日は推薦を受けた両党本部で当選のあいさつをしたほか、民主党では会派入りの手続きについて問い合わせた。
 同党県連関係者は「(民主党系の会派入りは)あうんの呼吸。言葉には出さないが、何人もいない社民会派や、自ら活動しやすい環境を考えれば、当初から自ずと決まっていた」と話している。(毎日新聞)
[7月22日18時50分更新]

1156名無しさん:2004/07/23(金) 00:10
近藤の件は、単に知事選で民社共闘をスムーズに進めるために
党派色を出さないように配慮してるんだと思ってますが…

1157とはずがたり:2004/07/23(金) 00:13
新潟県知事選の状況,実は良く知らないんですがつまり民主・社民共闘で自公の出してくる候補者に対抗馬をぶつけようと鋭意画策中ということでしょうか?
そうならば確かに早めに社民系会派に入らないと云うことの理由が判ります。なるほどです。

1158名無しさん:2004/07/23(金) 00:31
(新発売)
蒲島郁夫ゼミ 「参議院の研究」 第1巻 選挙編
http://www.bokutakusha.com/announcement/announce.html#link8

1159とはずがたり:2004/07/23(金) 01:13
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!
合併に消極的な木津町長などタイーホで十分だ!!

三桝・木津町長を逮捕
公選法違反の疑いで京都府警
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2004072200246&genre=C1&area=K00

 今月11日の参院選の比例代表で落選した自民党候補者の後援会入会を部下の町職員に依頼したとして、京都府警捜査2課と木津署は22日、公選法違反(公務員の地位利用など)の疑いで、京都府木津町長の三桝武男容疑者(72)=同町大字木津町=を逮捕した。府警は同日夜、木津町役場や自宅など数カ所の捜索に着手し、全容解明を進めている。

 調べでは、三桝容疑者は今年3月から6月中旬にかけて、勤務時間中に町長室などで、自民党比例代表の入沢肇候補(63)の後援会入会申込書を町幹部ら十数人に手渡し、町長の地位を利用して投票や票のとりまとめを依頼するなどした疑い。

 調べに対し、三桝容疑者はおおむね容疑を認めている、という。

 府警によると、三桝容疑者は職員1人につき1枚から10枚程度の入会申込書を渡し、「書いたら返してくれ」などと告げて選挙運動をしていた、という。さらに幹部職員から部下に入会申込書が渡ったケースもあったといい、こうした経緯を追及していく。
 三桝容疑者は、同町議を連続7期務めた後、昨年の統一地方選で町長選に立候補し初当選した。入沢候補は6年前に参院議員に当選したが、今月の選挙で落選した。入沢候補の実弟が木津町の隣町で暮らしており、三桝容疑者とは遠縁にあたるという。

1160とはずがたり:2004/07/23(金) 01:20
>>1158
出版おめ。
今回の選挙の分析は勿論入ってないでしょうけど,分析してみて欲しかったですなぁ

1161とはずがたり:2004/07/23(金) 01:25
おい,千葉!

佐原市議2人を逮捕 参院選で買収容疑−−「金権千葉」返上できず /千葉
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040721-00000006-mai-l12

 “金権千葉”の汚名返上ならず――。11日投開票の参院選で、県警捜査2課と佐原署は20日、現職の佐原市議2人を逮捕、自宅など数カ所を家宅捜索した。県内では、01年に行われた前回参院選でも買収行為で運動員2人が逮捕されている。
 今回の事件で逮捕されたのは、いずれも佐原市議の木内豊(76)=佐原市大戸=と伊藤太雄(57)=同市返田=の両容疑者。自民党から千葉県選挙区に立候補した椎名一保候補への投票などを依頼する報酬として有権者数人に1万円ずつ渡した疑い。
 同日午後、市役所には逮捕の一報を聞きつけ、市議数人が姿を見せた。しかし、いずれも「詳細が分からない」「私は関係ない」などと話し、足早に立ち去るなど困惑した様子だった。
 平松大建明議長は「市議が選挙違反をしているなどという事実は知らなかった。驚くばかりだ」と話し、今後の対応については「まだ決められない」と述べるにとどまった。
 木内容疑者は自民県連佐原市支部長でもある。県連の金子和夫幹事長は「逮捕が事実であれば遺憾だ」と話した。(毎日新聞)
[7月21日19時11分更新]

1162名無しさん:2004/07/23(金) 01:35
>>1157
そういうことです
このあたりが参考になるかと…
http://www.niigata-nippo.co.jp/rensai/n14/n14_h1_k1.html
http://www.niigata-nippo.co.jp/news/index.asp?id=2004051620930
http://www.niigata-nippo.co.jp/news/index.asp?id=2004060221193

>筒井信隆「国政では自民と対立、地方では相乗りというのは分かりにくい」
そのとおり!
他のダメ県連の連中に聞かせてやりたいところ

1163とはずがたり:2004/07/23(金) 01:51
>>1162
>>1162
情報感謝です。平山知事も揺れたようですね。
新潟県は民主系も社民系も一定数の会派を有していますし,03総選挙・04参院選と関係を深めてきただけに県知事選での共闘・反自民で候補者を擁立するのはいわば当然過ぎる流れですね。
自民は今回落選の塚田氏でも出して来るんですかねぇ?
民・社は出来れば真紀子が支援できる候補者だと勝利出来ましょうが,誰か居ますかね?白川とかは違法カジノ疑惑とかあったし清新さに欠けますな。
民主党がプールしている衆院用の候補者の中に新潟出身で首長もできそうなのいるかな?

1164とはずがたり:2004/07/23(金) 03:31
落選した服部は落選の弁で「」後援会活動に熱心でない政治家で,自民党関係者,特に公明党におわびしたい」と述べたそうな。また苦戦が伝えられると今までしたこともない土下座を個人後援会の壇上でして見せたり,急に駅前で朝立ちを始めるなど節操のない人間だったようだ。(ソース:朝日新聞朝刊奈良版04.07.12)
有権者はきちんと見ているねぇ。

329 無党派さん 04/06/01 16:12 ID:Rxn6+Srq
 どうも奈良の服部と言うとこれが引っかかる。未納は前川も部分的にそうなので責められないが、
これは罪重いんじゃないの?
ttp://www.nara-shimbun.com/n_all/040405/all040405a.shtml
服部氏、国会欠席66日-6年で発言実質1回
 7月に予定されている参院選に向けて、県選挙区(改選数1)の立候補予定者は、活発な運動を
続けている。6年前に再選を果たした自民党現職の服部三男雄議員(59)も三選に向けて県内を歩
いているが、奈良新聞社は4日、本紙の毎週月曜日付「国会議員の週間報告」への掲載拒否を続
けてきた服部議員の過去6年間の議員活動を調べた。それによると議事進行係役の委員長として
発言したものを除くと、6年間で本会議1回、委員会でわずか7回のみで、ほとんど発言してこなかっ
た。6年の間に、どのような議員活動を続けてきたのかが問われそうだ。
 調査は3月12日現在で、参議院事務局議事課および同事務局が開設しているホームページで明
らかになった。
 服部議員が再選された平成10年7月以降、本会議は第143国会から、現在開かれている第159通
常国会までの6年間で、述べ310回開かれている。このうち欠席は66日で、実に欠席率は21,3%となっ
ている。本会議で発言したのは、同12年9月からほぼ1年間努めていた外交防衛委員長として、委員
会での審査の経過と結果の報告を七回している。これは委員長の職務として当然の報告だった。実
質的な発言の機会は、同11年8月12日に、自民党などを代表して組織的犯罪対策三法案に対して賛
成討論を行ったもので、この一回のみだった。


330 無党派さん 04/06/01 16:14 ID:Rxn6+Srq
>329の続き。
 一方、委員会については、再選後の6年間に常任委員会は財政金融、法務、外交防衛、法務、農林
水産の各委員会に順次所属してきた。このうち外交防衛委員会では、ほぼ1年間、委員長を務めてお
り、これは当然皆出席だった。この6年間での委員会開催日は163日で、こちらは欠席は18日だった。
このほか予算委員会などの委員に数日の異動もあった。
 委員会での発言回数となると外交防衛委員長(12年9月〜13年9月)としての司会、調整役としての
発言や、理事を努めた法務委員会でのものを除けば、ほとんど発言していない。同11年3月から同年
7月の法務委員会で、成年後見制度の改正や外国人登録法一部改正案などについて質問したのと、
同14年1月30日の予算委員会での外交・防衛問題での質問の計7回(7日間)のみ。このため各委員
会とも委員としての発言はほとんどされていない。(2004.4.5 奈良新聞)

1165とはずがたり:2004/07/23(金) 03:40
服部参院議員「年金未加入18年」
「お粗末、弁解の余地ない」
http://mytown.asahi.com/nara/news02.asp?kiji=3193
  7月の参院選に立候補を予定している県関係の4人のうち、自民現職の服部三男雄参院議員(59)が18年間、国民年金に未加入であることが9日、明らかになった。服部議員は「お粗末で弁解の余地はない。早急に加入する」と話している。

  服部議員によると、未加入期間は86年から04年5月まで。現在、加入手続きをしている。法務省を退職した84年までは同省の共済に加入していた。しかし、86年に全国民が国民年金に加入するように制度が変更されたことを知らず、未加入のままだったという。

  服部議員は元検事で現在は弁護士。92年の参院選に初当選し2期目。参議院外交・防衛委員長などを務めた。「18年間、未加入だったことは無知で不勉強だった」と説明している。

  共産党公認で党県書記長の豆田至功氏(51)は「未納はない」と話す。

  民主新顔の前川清成氏(41)は事務所が「本人に確認中」と話している。

  比例区で民主党公認の元衆院議員・前田武志氏(66)は「未納は無いと思うが10日にも確認する」という。
(5/10)

1166無党派さん </b><font color=#FF0000>(/3J5SzQQ)</font><b>:2004/07/23(金) 23:38
>>1165
こんなに無碍なことして、次期はやる気がないのかな? それよりも社民は6年後消えてるのか?
http://www.sakigake.co.jp/servlet/SKNEWS.News.kiji?InputKIJICODE=20040722r
国会での所属会派は「週明けにも明らかに」/鈴木陽悦氏

 11日に投開票が行われた参院選本県選挙区で初当選した無所属の鈴木陽悦氏(55)は22
日、国会で所属する会派について、「週明けにも明らかにしたい」との意向を示した。

 民主党、社民党、連合秋田の統一候補として参院選を戦った鈴木氏はこの日、両党県連や連
合秋田の関係者と話し合った上で結論を出す予定だったが、一部報道で民主党会派入りが伝え
られたことから社民党県連が「話し合いで決めるはずだった」などと反発、会談は中止になった。

 鈴木氏は「両党と連合関係者と話し合った上で、最終的に結論を出したい」と話している。

 鈴木氏は21日、東京都内の両党本部を当選あいさつに訪れ、民主党本部で「民主党・新緑風会」
から、会派入りの要請を受けていた。

1167とはずがたり:2004/07/23(金) 23:45
>>1166
>>1155はマスコミのフライング気味の記事だったんすかねぇ?
それにしても折角の民主・社民の共闘がぎくしゃくした物になるのは残念。
鈴木氏は平身低頭すべし。

1168とはずがたり:2004/07/24(土) 00:17
へぇ。西武系は荻原だけじゃなかったのね
>大石氏は西武系企業の社員として働いた経歴があり「西武グループの支援があったようだ」という。
[’04参院選・宮城]制度が有利に働く−−大石正光氏の高順位当選 /宮城
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040714-00000002-mai-l04

 ◇「うれしい誤算」−−比例・非拘束名簿方式
 11日に投開票された参院選の比例代表では、県内に地盤のある民主党新人、大石正光氏(59)が、26人いた同党の比例候補中7位の高順位で当選した。選挙中は「全国の有権者に呼びかける手段がない」と戸惑いを見せていた大石氏が、なぜ20万票を超える大量得票をできたのか。
 大石氏は衆院議員を5期務めたベテラン。固い地盤を県北部に持ち、県内だけで約7万5000票を獲得した。一方、6年前、自民党の比例候補となり初当選した日出英輔氏(62)=今回は落選=は、農水関連団体の後押しを受けたが、県内で得た票は1万5165票と、大石氏と明暗を分けた。
 両氏の差について、自民党県連幹部は「名前で投票されたことがない日出氏は衆院選で名前を書いてもらった経験のある大石氏より不利だった」と分析する。
 6年前の比例代表は政党名のみで投票し、あらかじめ決められた名簿順位に従って当選者が決まる仕組みだったが、今回は個人名でも投票でき、書かれた名前の多い順に当選する方式(非拘束名簿)に変わった。制度の特性を生かし、まず地盤を固めたことが大石氏が当選した第一の要因だったようだ。
 しかし、県内の得票だけでは、民主党の当選ライン(約10万票)には届かない。残りの約13万票を他の都道府県からどうのように集めたのか。党関係者によると、大石氏は西武系企業の社員として働いた経歴があり「西武グループの支援があったようだ」という。
 さらに、環境問題に尽力し環境庁長官も務めた父武一氏(故人)の人脈を活用し、全国約30の環境団体から推薦を得たのも大きかったようだ。これらがうまくかみ合い、全都道府県から幅広い集票を可能にした、というのが実態らしい。
 大石氏の事例は、“残酷区の復活”とも言われる現行制度で当選するには、核になる地盤と緩やかでも全国に広がる支援が必要なことを示している。同氏の陣営は当選を「うれしい誤算だ」と表現した。

1169名無しさん:2004/07/24(土) 01:45
>>1165-1166
なんとか円満合流してくれればいいが…
社民二人目は渕上と菅野哲雄のどっちがよかったんでしょうねぇ

参議院:無所属議員3人めぐり、民主と社民が争奪戦
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20040724k0000m010020000c.html

 参院選で民主、社民両党の推薦で当選した無所属議員3人をめぐり、両党が自党の参院会派入りを働きかけ、争奪戦を繰り広げている。躍進した民主党は、会派議員を増やし、「2大政党化」をさらに印象付けたい思いがある。一方、社民党は改選2議席を確保して「踏みとどまった」(幹部)ものの、参院議員はわずか5人。「独自路線」にいっそう傾斜しており、民主党の攻勢に反発を強めている。

 両党は、秋田、新潟、沖縄の3選挙区で無所属候補者を共同で推薦し、当選させた。

 民主党の藤井裕久幹事長は開票作業中の11日深夜、当選した候補者に電話で早々と会派入りを要請した。同党では参院選後、「国政選挙で『共倒れ』を防ぐ」(幹部)ために社民党との合流を目指す構想が再浮上している。会派入り工作にはこうした流れを加速させる狙いも見え隠れする。

 社民党は、合流に否定的な福島瑞穂党首が大量得票して当選し、独自路線を強めている。参院選直後に民主党の岡田克也代表が「社民党が候補を立てなければ勝てた選挙区もある」と発言し、社民党側は「うちが協力したから(民主党が)勝てた選挙区もある」(幹部)と激怒。元党県連代表が当選した新潟を中心に巻き返しを図っている。

1170とはずがたり:2004/07/24(土) 03:00
社民と民主が選挙が終わって苛烈な権力闘争してる感じですねぇ。。

1171無党派さん </b><font color=#FF0000>(/3J5SzQQ)</font><b>:2004/07/24(土) 22:04
http://www.sakigake.co.jp/servlet/SKNEWS.News.kiji?InputKIJICODE=20040724h
鈴木氏本人の意向尊重/会派問題で社民党県連

 社民党県連(佐々木長秀代表)は24日、秋田市中通の県連事務所で四役会議を開き、同党
と民主党の推薦を受けて参院選で初当選を果たした鈴木陽悦氏(55)=無所属=の所属会派
問題について、鈴木氏本人の意向を尊重する方針を確認した。

 会議では「反自民の立場でともに選挙運動の一翼を担った立場から言えば、純粋な無所属を
貫いてもらいたい」とする意見が出たが、「鈴木氏には、県民の負託に応えなくてはならない責
務があり、党としては本人が活動しやすい環境づくりに協力していきたい」との考えで一致した。

 比例代表を含めた参院選の結果を総括。比例代表が改選前と同じ2議席の確保にとどまった
結果を踏まえ、「がけっぷちで踏みとどまった。2大政党という大きな流れの中で生き残るために、
国民に受け入れられる活動を展開することが喫緊の課題」とした。

1172とはずがたり:2004/07/25(日) 14:34
>>1169
衆院選で同じ選挙区だった民主の大石が比例で当選してしまったので,宮城県内の民主・社民の選挙協力が出来るのではないでしょうかね?

1173とはずがたり:2004/07/25(日) 14:35
>>1171
社民も事実上鈴木氏の新緑風会加入を認めると云うことですかね?

1174水泡 まつ太朗:2004/07/25(日) 18:23
>>1163
やはり「パパ」田中直紀氏ではないでしょうか。真紀子氏との関係上これ以上
国会にいるのは辛いでしょうし、直紀氏なら自社公民で相乗り出来ますし。

1175無党派さん </b><font color=#FF0000>(/3J5SzQQ)</font><b>:2004/07/25(日) 20:09
>>1174
彼は単に真紀子の夫ってだけだし、自民(公明)は当面乗らないし・・・。

11761158:2004/07/25(日) 20:10
>>1160
ありがとうございます。

1177とはずがたり:2004/07/26(月) 01:07
>>1174-1175
自公は誰を出して来ますかね?今回落選の塚田とか?

自民系から民主議員の政策秘書となった風間とかではまだ政治経験に欠けますかねぇ。。

1178とはずがたり:2004/07/26(月) 20:39
>河合氏を推薦していた公明支持層は58%と半分強にとどまった
これは低めに思えるが,公明党はちゃんと答えないと云う傾向もあるしなぁ。

参院選を振り返って・上
http://mytown.asahi.com/toyama/news02.asp?c=25&amp;kiji=14

◇支持政党別の票は誰に?

 自民支持層は、74%が当選した河合氏に投票したが、19%が次点の谷林氏に流れた。河合氏を推薦していた公明支持層は58%と半分強にとどまった。

 民主支持層の83%を谷林氏が固め、他候補への票の分散を防いだ。社民支持層は64%が小川晃氏(社民)、22%が谷林氏に入れた。谷林氏は共産支持層の17%に食い込むなど、幅広い層の票を得た。

 支持政党を「なし」「わからない」と答えた無党派層をみると、谷林氏に投票したのは52%で、河合氏の27%の約2倍となった。小川氏は11%、上田俊彦氏(共産)は8%。無党派層の投票が谷林氏の得票数を押し上げた格好だ。

◇比例区はどの政党に?

 選挙区と比例区の投票行動を比べると、小川、上田両氏に投票した人のそれぞれ半分近くは、比例区は両氏とは異なる党へ投票した。いずれも自民や民主に入れたケースが多かった。

 選挙区と比例区で投票行動が一致した人は、河合氏・自民が77%、谷林氏・民主は68%。河合氏に投票した8%が民主、6%が公明。谷林氏に入れた12%が自民、5%が社民という形で使い分けがみられた。

 また、無党派層は比例区で民主43%、自民21%、社民11%、共産、公明各6%の順で、比例区でも無党派層が民主を押し上げた。

◇年金問題への関心、評価は?

 参院選の争点とされた年金問題。投票の際「最も重視した」が44%に対し、「最も重視したわけではない」と「あまり考えなかった」を合わせると47%で、県内でははっきりとした争点になったとは言い難い。

 年金問題に対する政府の取り組みを聞いたところ、「大いに評価する」「ある程度評価する」と答えた人は、河合氏に投票した人の59%。野党側では、谷林氏に入れた人の28%、小川氏の34%、上田氏の20%だった。

 逆に「全く評価しない」は河合氏の8%に対し、谷林氏31%、小川氏26%、上田氏34%と多かった。「あまり評価しない」と合わせると、野党の3氏に入れた人の約6割は政府の対応を否定的にとらえていた。

(7/13)

1179とはずがたり:2004/07/27(火) 21:55

結局新緑風会加入は松下氏だけかい。何があったのん?

参院新会派確定、「みどりの会議」「無所属の会」は消滅
http://www.asahi.com/politics/update/0726/008.html

 参院選の結果を受けた新しい参院の会派構成が26日、決まった。民主党など野党の推薦や支援を受けて当選した無所属のうち、松下新平氏(宮崎)は民主党の会派に入ったが、鈴木陽悦(秋田)、近藤正道(新潟)、広田一(高知)、糸数慶子(沖縄)の各氏は無所属にとどまった。

 共産党は9人で、会派単独で法案を提出できる11人を下回ったうえに、各委員会に理事を出せる「交渉会派」(10人以上)の資格も失った。代表委員の中村敦夫氏が落選し、10月末の解散を決めた「みどりの会議」と、椎名素夫氏ら所属議員が引退した「無所属の会」は消滅した。

 新しい勢力分野は次の通り。

 自民党114▽民主党・新緑風会84▽公明党24▽共産党9▽社民党・護憲連合5▽無所属6

(07/26 23:43)

1180とはずがたり:2004/07/28(水) 21:07
衆院選,3区も行けそうですねぇ。
2区のみ社民に譲って,高木・山田・宮島で3選挙区制覇だ!

 勝 因    2大政党制 県内でも認識
http://www.nagasaki-np.co.jp/press/senkyo/date/2004/sannin/kikaku/kikaku4/01.html

 「幽霊じゃないのか。『風』と言うが、自分には見えない。どうしても見えんのだから」。投票前日、十日の松谷選挙事務所。選対本部長の衆院議員、谷川弥一はソファで頭を抱えていた。

 年金問題の逆風を自民党はもろに食らった。だが、谷川はそれを実感できる支持団体の動きや街の反応がつかめないでいた。

 当の犬塚陣営も、四万票差で圧勝する図式までは見えていなかった。

 十一日夜。「犬塚氏当確」を待ちわびる支持者の熱気であふれた長崎市御船蔵町の選挙事務所。「年金への怒りを感じた」と民主党県連幹事長の川越孝洋。だが、衆院議員の山田正彦は「ちょっと信じられない。本当に勝てるんですか」となお首をひねった。

 昨秋の衆院選長崎3区で谷川に敗れた山田は、郡部での自民党の強烈な締め付けを身をもって知っている。だからこそ、山田は「風」を疑っていた。

 「犬塚です。よろしくお願いします」―。選挙戦の最終日、犬塚は妻エブリーヌとともに、長崎市の中心商店街を歩いた。一軒一軒を訪ね、店主や従業員と言葉を交わし、握手を求めた。外まで見送ってくれる店もある。店と店の間は走った。同行の川越らは「どこ行った、どこ行った」と言いながら、姿を消す犬塚を捜し回った。

 犬塚はこの半年、投票日に引っ掛け「711時間街頭演説」と名付けた長丁場のつじ立ちを、県内各地で連日行い、住民に語り掛けてきた。

 「本人の頑張りには頭が下がる」(県平和運動センター議長の中崎幸夫)との評価は、陣営内で一致する。犬塚は初対面でも対話の能力が高い。犬塚はその能力を最後まで発揮し続けた。

 当確を告げるテレビ速報が流れた。事務所に現れた犬塚は、山田や参院議員の西岡武夫、衆院議員の高木義明とがっちり握手。支持者にもみくちゃにされ祝福を受けた。

 「二大政党制が県内でも認識された。自民に少しでも不満があれば、票は民主に流れる」。総合選対事務局長の高石哲夫は、そう分析する。本県でそれを決定付けたのは昨秋の衆院選。比例代表で民主党は、その二年前の参院選と比べ得票を二・七倍も増やした。

 「旧自由党との合併が分岐点だった」と高石は語る。旧自由党から合流した西岡や山田は郡部でも力を持つ。今回は、山田の地盤である衆院長崎3区内の得票で犬塚が松谷を上回った。川越は「合併効果でウイングが広がった」と言う。本県の民主党が、自民批判の受け皿になる態勢が整ったタイミングで、風は吹いた。(敬称略)

2004年7月13日長崎新聞掲載

1181とはずがたり:2004/07/28(水) 21:17
 限 界    自民 主要市部で「完敗」
http://www.nagasaki-np.co.jp/press/senkyo/date/2004/sannin/kikaku/kikaku4/02.html

 「この私が年に見えますか。三十、四十には負けないんですよ」。六月二十八日の長崎市内。応援の首相小泉純一郎の横で、自民党の松谷蒼一郎は聴衆に迫るように大声を張り上げた。

 昭和三年生まれの七十六歳。対立陣営は松谷の高齢批判をほとんどしなかった。だが、松谷陣営はあえて年齢問題に触れ「元気さ」を強調した。「高齢批判が身内にある。自民党支持者に強い抵抗感がある」(党県連幹部)との事情から「逃げずに説明せざるを得なかった」。

 一方、当選した民主党の犬塚直史(49)は、徹底的に「若さ」をアピールした。自民党は形勢が危ぶまれた隣県の佐賀、熊本で逆風をはね返し議席を守ったが、長崎は大差をつけられた。「『年金』に加える敗因を挙げれば年齢以外にない」。陣営内にこの声は強い。

 逆風に自民党が抗するには、保守地盤を締め付ける選挙に向かわざるを得なかった。

 「何かあると自民党に頼み、選挙のときは知らん顔は困る。特にここの市長」。小泉純一郎が来た同じ日、大村市内のホテルでは、松谷陣営の集会で選対本部長の谷川弥一が怒鳴っていた。

 陣営は党の議員を動員し、市町村長や企業、団体に働き掛け「与党の議席死守」を目指した。

 名指しされた大村市長、松本崇は数日後、松谷の演説会に出席。国政選挙では「中立」を掲げてきた松本だが、「自民から応援してもらったことはほとんどないが、今回は松谷さんを上げるのが市民のため」と述べた。


 ただ、谷川は「自民党型の選挙は限界にきている」と選挙前から認めていた。自民党が“絶対の擁護者”でなくなった以上、農業団体にも建設業界にも締め付けが利きにくくなったのだ。自民党幹事長代理の久間章生は、農業の苦境を挙げ「私たち農村部出身の議員は、よほど力を入れないと(地盤として)弱くなる一方だ」と話した。

 その久間の地元南高来郡で、松谷の得票は犬塚を上回ったが、投票率は前回より0・66ポイント下がった。逆に松谷が弱い長崎市など都市部では上がり、松谷にとって有権者の投票行動がマイナスに働いた形だ。

 郡部や長崎市以外の市部の優位で逃げ切るはずだった松谷。だが、本土地区の市部はほぼ“完敗”。郡部でも東彼、南松で犬塚に負けた。戦略は大きく崩れ、結局、犬塚が長崎市で松谷を圧倒した分が、そのまま票差(約四万票)になった。

 松谷は敗戦の弁で「選対本部長によくやってもらった」と谷川をねぎらった。谷川は頭を下げ、絞り出した。「皆さんに強気にし過ぎたかと悔いがある。申し訳ない。私はこれを最後に自民党の選挙を旗振りする資格はない」(敬称略)


2004年7月14日長崎新聞掲載

1182とはずがたり:2004/07/28(水) 21:21
公明党はギブアンドギブは望まないし,そもそも教義上負けは許されないので,負けそうな自民党にわざわざ入れたりしないのか?
>比例で公明は昨秋の衆院選から約六千票減らし約十万九千票にとどまった。
>出口調査では、公明支持者の約五割が松谷に投票した。「八割以上が入れる」と自信を見せていた公明側。
>…連立を組む両党だが、「堅い」と言われた公明票が、候補者や状況次第では揺らぐことを露呈した。

 選挙協力    揺らいだ公明票
http://www.nagasaki-np.co.jp/press/senkyo/date/2004/sannin/kikaku/kikaku4/03.html

 全国的な「自民苦戦」を伝える各報道機関の世論調査が出そろった七日午前。公明党常任顧問の藤井富雄は長崎市内の創価学会長崎平和会館で、自民党現職松谷蒼一郎(76)の選対本部長を務めた谷川弥一、同党県連幹事長の末永美喜と向き合っていた。

 藤井は東京都議でありながら、中央政界では「自民とのパイプ役」ともいわれる実力者。突然の来崎は「自民参院幹事長、青木氏の要請」(選対関係者)だった。公明と、その支持母体の学会が本気で力を入れる意思表示にほかならなかった。

 公明は公示前、長崎選挙区で松谷を「推薦」する見返りに、比例票を回すよう自民に要請。しかし、自民の支持団体は自前の比例候補を抱え、公明に回せる票は簡単には見当たらない。このため公明側の松谷支援の動きも鈍かった。

 ところが藤井の来崎で空気は一変する。学会は県内各地で集会を開き、「選挙区は松谷」を徹底させた。既に不在者、期日前投票を済ませた学会員も少なくなかったが、自民側は「友人らに呼び掛ける『F(=フレンド)作戦』で横に広がる」と期待した。

 自民側も協力姿勢を必死にアピール。谷川は自分の企業関係者の集会に公明幹部や比例候補の家族を招き、末永は自民県議団に公明への協力を説得して回った。

 そして結果は―。松谷は民主党新人の犬塚直史(49)に約四万票の大差をつけられて完敗。比例で公明は昨秋の衆院選から約六千票減らし約十万九千票にとどまった。

 長崎新聞社が投票日に実施した出口調査では、公明支持者の約五割が松谷に投票した。「八割以上が入れる」と自信を見せていた公明側。だが、内部には松谷への高齢批判があり、末永は「公明支持者にも年金批判があったのかもしれない」とみる。連立を組む両党だが、「堅い」と言われた公明票が、候補者や状況次第では揺らぐことを露呈した。

 「選挙区で勝って初めてこちらの協力も評価される。自民はもっとしっかりしてくれないと、支援しても仕方がないとの声も出てくる」。公明県本部幹事長、江口健の弁だ。勝てば評価、負けても自らの痛みは少ない―。公明の戦略はしたたかだ。

 全県区の戦いで自公協力の厚い壁を破った民主。これで、本県関係の国会議員数は自民と民主が「四対四」の互角となった。谷川は敗北が確実となった後、「衆院選や首長選にいろいろと影響が出るんじゃないか」と報道陣に語った。県内政界では早くも知事選をはじめ「次の選挙」をにらんだ憶測が飛び交っている。谷川はこう付け加えた。「どちらが県民、国民のためになるか、これから本当の戦いが始まる」。本県も「二大政党」の時代を迎えようとしている。(敬称略)
(参院選取材班)

2004年7月15日長崎新聞掲載

1183とはずがたり:2004/07/28(水) 21:21
 松谷陣営・上    県都攻防 市長を口説く
http://www.nagasaki-np.co.jp/press/senkyo/date/2004/sannin/kikaku/kikaku3/01.html

 十七日夜、長崎市公会堂であった自民現職の松谷蒼一郎(76)の決起大会。壇上で最も注目を集めたのは長崎市長の伊藤一長。伊藤は松谷を「即戦力」と持ち上げながら五分以上弁舌を振るったが、その表情は終始硬いままだった。

 有権者数三十三万人の大票田長崎市で、自民はこれまで苦戦続きだ。

 前々回(一九九八年)の参院選で松谷は再選されたが、同市に限れば民主推薦の候補が松谷を約二万五千票上回った。「小泉旋風」が吹き荒れた前回(二〇〇一年)こそ自民が上回ったが、昨年の衆院選長崎1区では再び民主前職が自民元職を下した。

 今回、課題の県都対策で自民が頼った先は、〇三年の市長選で十一万四千票をさらった伊藤だった。

 「自民党も伊藤市長も地域の発展を目指す共通の土俵にいるじゃないですか」。今月一日の対馬市。同市発足の記念式典で伊藤と顔を合わせた自民衆院議員、谷川弥一(長崎3区)が松谷支援を要請した。

 市長選での伊藤の大量得票は、保守票を取り込む一方、連合長崎の支持も取り付けた“全方位”のたまもの。このため伊藤の国政選挙への対応は慎重となる。民主と自民が激突した衆院選長崎1区では「両陣営に電報さえ打たなかった」(自民関係者)ほどだ。

 松谷の選対本部長を務める谷川は「あなたの立場は分かるが、負けられない戦いだ」と畳み掛けた。五月二十六日には、長崎市議会で二会派に分裂している自民議員が、合同で伊藤に面会し協力を要請。自民は徹底して伊藤を口説いた。

 その伊藤の答えが、松谷の決起大会での弁士受諾だった。壇上で伊藤は「ここに立つのも立たないのも針のむしろで、苦しい立場」と釈明にも似た言葉を繰り返した。

 民主サイドは、伊藤が松谷の集会に出ることを事前に察知したが、静観を守った。連合長崎などでつくる六団体選挙対策懇話会を軸に戦う民主新人、犬塚直史(49)も十八日夜、長崎市内で決起集会を開いたが、伊藤の姿はなかった。

 陣営幹部は「出席要請をしていない」とした上で「(伊藤が)あちらの集会に出ても、本気で動くかどうかは別問題」とけん制も忘れない。一方で、自民県連幹事長の末永美喜は「長崎市での戦いは苦しいだけに、市長が来た意味は大きい」と強調する。県都での力比べは公示後、さらに白熱化する。(敬称略)

2004年6月19日長崎新聞掲載

1184とはずがたり:2004/07/28(水) 21:22
松谷陣営・下    選挙協力 公明に不満
http://www.nagasaki-np.co.jp/press/senkyo/date/2004/sannin/kikaku/kikaku3/02.html

 「衆院選の小選挙区では自民に全力で協力した。だが、自民が比例は公明にと呼び掛けたことへの批判が自民の中にある。これをどう受け止めるのか」

 五日午後、長崎市幸町であった公明党県本部の幹事会。自民党県連から出された長崎選挙区に立候補予定の現職、松谷蒼一郎(76)の推薦願をめぐって議論は紛糾。結局この日、結論は出なかった。

 公明は昨秋の衆院選で県内四小選挙区の自民候補をすべて推薦。それと引き換えに、自民に比例代表での協力を求めた。民主候補との大接戦の末に議席を確保した長崎3区では「公明のおかげ」との声が聞かれたほどだ。だが、それに見合うだけの比例票を自民から得られたのか―。公明側にはそんな不満もくすぶった。

 そして参院選。「支持団体には自前の比例候補を抱えているところが多い。それ以外の団体を紹介はするが、交渉は公明でしてもらうしかない」。自民県連幹事長の末永美喜は、公明との選挙協力の難しさを打ち明ける。それでも松谷陣営は公明側の空気を感じ取り、支援企業の名簿を公明に提出した。

 これに対し、公明側の反応は冷ややかだ。「半分ぐらいは既にこちらと関係のある企業。残りもどれだけ票になるのか分からない」(幹部)。

 松谷は一九九八年の参院選で約二万七千票差で民主、社民両党推薦の無所属新人の猛追を交わした。今回も民主新人が出馬を予定している。「公明の推薦があれば十分に戦える。近いうちに推薦をもらえると自民党本部から聞いているが…」と秋波を送る松谷。だが公明は、公示を目前にした今も結論を出していない。(とは註:結局公明党は松谷を推薦)

 自民公認で比例代表に立候補予定の県議、田口一信(55)も、自民支持者からの支援をめぐり公明と同じ構図を抱えている。

 十八日に長崎市内であった田口の事務所開き。あいさつに立った自民県連会長の参院議員、田浦直は「それぞれの比例候補にはそれぞれの団体が付いている。県連挙げて総力でというわけにはいかない」と述べた。県連として田口の支援を訴えれば、別の比例候補を抱える支持団体の反発を買い、選挙区の松谷の票に影響する―。そんな意図が読み取れる。

 事務所開きに顔を出した自民県議は八人にとどまった。「県連の姿勢はそれでいい。ただ地元出身ということを訴えれば有権者は支持してくれるだろう」。田口はそう期待する。(敬称略)

2004年6月20日長崎新聞掲載

1185とはずがたり:2004/07/28(水) 21:22
 犬塚陣営・上    民・由合併効果に期待
http://www.nagasaki-np.co.jp/press/senkyo/date/2004/sannin/kikaku/kikaku3/03.html

 参院選の公示が迫った五月末。民主党県連代表で衆院議員の高木義明は、多忙の合間を縫って、県農協中央会長の上野廣志をひそかに訪ねた。

 「あいさつして、ただ農業の話をしただけ」。衆院農水委員長を務める高木は言葉を濁すが、実際はこの席で長崎選挙区に立候補予定の党公認、犬塚直史(49)への支援を求めていた。

 民主の犬塚、自民現職の松谷蒼一郎(76)の推薦願に対し、農協系の政治組織、県農政連は現段階で態度を決めていない。自民にとって県農政連は長年の有力支援組織。「公示直前のこの時期まで農政連が推薦を決めていない。それだけでも大きな収穫」。犬塚の選対幹部はそう語る。(とは註:結局自民候補を推薦より1段階低い支持。)

 高木は衆院選長崎1区の民主公認として前回、前々回と連続して自民候補を下した。犬塚の支持母体は、連合長崎を仲介役に民主、社民などでつくる六団体選挙対策懇話会。都市部の選挙で強さを見せつける。

 集会では、犬塚の生い立ちなどを映像で紹介。ハワイでホテルなどを経営する実業家の側面と国際感覚をアピールする。「候補者のイメージは良い。後はそれをどう票に結び付けるかだ」と選対幹部。「若さ、情熱、行動力」を前面に打ち出し、無党派層獲得を狙う。

 民主は、全県1区の広い選挙区で争う参院選で過去、郡部に強い自民の壁に阻まれ続けてきた。今回もその課題が重くのしかかる。

 犬塚は二〇〇〇年に衆院選長崎3区に立候補した経験はあるものの、県内全域で戦うのは初めて。知名度不足は否めない。投票日の七月十一日をもじって「711時間街頭運動」と銘打ち、県内全域で精力的に語り続けるが「まだ有権者のムードは盛り上がっていない」のが現状だ。

 一方、昨年の自由党との合併で支援態勢は厚みを増した。農村部にも支持者が多い参院議員西岡武夫、離島など保守地盤の衆院長崎3区で昨年、敗れはしたが自民とほぼ互角の戦いを演じた衆院議員山田正彦が加わったからだ。

 さらに、県農政連にも足を延ばす高木。民主党県連幹部は「今回は、これまでのように郡部で自民一辺倒にはさせない」ともくろみ、郡部で自民に迫って、長崎市など都市部で大きく引き離す戦略を描く。

 鍵を握る長崎地区の選対長、山下金守は十八日の犬塚の総決起集会でこう力を込めた。「まだ出遅れているが、必ず追いつくことができる。火の玉となり戦おう」(敬称略)

2004年6月21日長崎新聞掲載

1186とはずがたり:2004/07/28(水) 21:23

民主の支援が受かられなくば法定得票も難しいからねぇ>社民
六者懇(民主・社民・連合・友愛?あと何処?)を中心に二区社民に今川氏回って貰うとか?

 犬塚陣営・下    打倒自民へ6者懇団結
http://www.nagasaki-np.co.jp/press/senkyo/date/2004/sannin/kikaku/kikaku3/04.html

 「社民は本当にやってくれるかと不安があるかもしれないが、安心してほしい。自分自身の戦いのつもりで、この選挙を戦う」

 五月三十一日、長崎市内であった参院選長崎選挙区に立候補予定の民主新人、犬塚直史(49)の総合後援会結成総会。壇上の社民県連代表、今川正美はこう切り出し、出席者の注目を集めた。

 社民は、犬塚陣営を支える六団体選挙対策懇話会(六者懇)の一角を占める。前回参院選は六者懇を軸に民主、社民が無所属候補を共に推薦したが、今回の犬塚は民主公認。枠組みが異なる。

 さらに今年二月、民主が設立した県第4区総支部に元自民衆院議員の宮島大典が参加。民主候補として次期衆院選で長崎4区からの出馬を示唆した。これには、同区に出馬予定の今川が「民主の出方次第では(参院選の)選挙協力に影響が出る」と不満をぶつけた。

 民主と社民の間にすき間風が吹いた。だが、その後、六者懇は「互いの信頼関係を確認」し共闘を維持。今川は犬塚後援会の結成総会で支援を約束する一方、「社民は県内に県議や市議など十九人の議員が根付いている」と存在感を強調することも忘れなかった。

 民主県連幹部は「宮島さんは一党員」と社民側に配慮する。連合長崎会長で犬塚の県総合選対長、上谷繁之は「政権交代を目指し、今の政治を変えるという目標で一致している」と語り、六者懇の団結を強調する。打倒自民に向け、参院選は試練の戦いとなる。

1187とはずがたり:2004/07/28(水) 21:26
中立の伊藤長崎市長を一区に担ぎ出されないように注意しないとねぇ…
四区出身の金子知事だから地域対抗に持ってけば勝てるかな?

 政局への影響    上げ潮民主、自民も全力
http://www.nagasaki-np.co.jp/press/senkyo/date/2004/sannin/kikaku/kikaku4/04.html

 選挙区で”自民王国”の牙城が崩れ、比例代表の得票でも民主党が自民党を抑えた本県の参院選。この結末に、自民は衝撃を受け、逆に民主は勢いづいている。今後の知事選や国政選挙などに、どう影響するのか。各政党の候補選びは「誰が勝てるのか」をめぐって動きだしつつある。

 現時点で最初に行われそうなのは二〇〇六年二月ごろの知事選。現職の金子は続投を目指すとみられる。上げ潮の民主や同党を支援する連合長崎はどう対応するのか。

 〇二年の知事選で金子を推薦した民主は昨年、旧自由党と合併。一九九八年の知事選で金子に敗れた参院議員の西岡武夫や衆院議員の山田正彦が合流し力を増した。県連代表を務める衆院議員の高木義明は、党の対応について「まだ、そういう話は…」とかわす。だが、動向は確実に注目される。

 また、二年以上先とみられる次期衆院選。今回の参院選の政党別比例代表得票から衆院の小選挙区を見ると、長崎1区は都市部で自民が苦戦する「1区現象」そのままに、民主が自民に大勝する。前々回(二〇〇〇年)は、自民の元衆院議員、倉成正和と高木、西岡が事実上の三つどもえを戦った。前回(〇三年)も倉成が挑んだが、いずれも軍配は高木に上がった。県都長崎市を抱える同区の議席奪還は、自民にとって悲願だ。

 それを知る連合長崎関係者は「自民は次こそ相当、力を入れるはず」と警戒。自民では倉成が意欲を隠さない。さらに「長崎市で大量得票する実力がある」と長崎市長の伊藤一長を候補になぞらえる自民関係者もいる。

 長崎2―4区は、参院選の得票でいずれも自民が民主を上回ったが「前回出さなかった2、4区にも擁立を―との声が出るだろう」(民主関係者)。4区では、自民から民主に移った元衆院議員の宮島大典が意欲を見せる。前回、民主が推薦した社民の元衆院議員、今川正美も再挑戦の意向。両党の間でデリケートな問題になりつつある。

 参院選の得票では、3区だけが比例は自民、選挙区は犬塚と食い違った。前回衆院選は自民の谷川弥一が山田に競り勝った。次回も激戦を予感させる。

 衆院長崎1区に取りざたされる伊藤は「知事選、参院選にも可能性がある」(自民県議)存在だ。〇七年で終わる市長三期目を「総仕上げ」と位置付けているだけに、何かと話題が付きまとう。

 次の参院選は〇七年。自民県連会長の田浦直が改選を迎えるが、今回の民主勝利を受け、自民内部では「現職にこだわらず、負けない人を真剣に考えるべき」「県議で手を挙げる人が出てほしい」とのささやきも。

 民主は明るい展望の一方、「地力はまだ自民が上。今回の勝ちは年金不信が高じた末の“最大瞬間風速”だ。今後は逆に苦しくなる」(労組幹部)と強気をいさめる声も。次の選挙で、真の実力が問われることになる。(敬称略)

2004年7月16日長崎新聞掲載

1188とはずがたり:2004/07/28(水) 22:21
【04参院選長崎新聞特集】
http://www.nagasaki-np.co.jp/press/senkyo/date/2004/sannin/index.html

検証参院選 長崎の「風」
>>1180-1182 >>1187
検証 長崎の「風」
  <上>勝因
  <中>限界
  <下>選挙協力
  <番外>政局への影響
(2004年7月13日〜16日)
>>1183-1186
あすを読む 直前情勢
  <1>松谷陣営・上
  <2>松谷陣営・下
  <3>犬塚陣営・上
  <4>犬塚陣営・下
  <〃>原口陣営<略>
(2004年6月19日〜22日)

1189無党派さん </b><font color=#FF0000>(/3J5SzQQ)</font><b>:2004/07/29(木) 00:19
まぁ好判断かと思います。広田氏は県政との兼ね合いでしょうか?
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040727-00000086-mailo-l05
鈴木陽悦氏、当面は無所属「広く県民の声届けたい」−−参院会派 /秋田

 参院選秋田選挙区で、自民現職を破り初当選した無所属新人の元アナウンサー、鈴木陽悦氏(55)が26日、秋田市内で記者会見し、当面は会派に入らず無所属で活動を続けると発表した。一時は民主党系会派「民主・新緑風会」入りする意向を示していたが、「広く県民の声を国政に届けたい」と話した。
 鈴木氏は民主、社民両党と連合秋田の統一推薦候補として立候補。21日には民主党本部を訪れ、会派入りの手続きについて問い合わせたが、連合秋田の長谷川秀夫会長と相談して会派入りしないことを決めた。長谷川会長は「3団体の信頼関係に配慮した結果」などと語った。今後の会派入りに関して鈴木氏は「可能性はある。政治情勢の変化を見据えていきたい」と語った。【

1190無党派さん </b><font color=#FF0000>(/3J5SzQQ)</font><b>:2004/07/29(木) 00:25
若手中堅層においては、「民主党」が「自民党」よりも口に出すことが憚られない政党になってるようですね。
本当に30代で自民党に倍の差をつけたかはともかく。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040727-00000112-yom-pol
年金が自民直撃、無党派層など離反…参院選の読売調査

 読売新聞社が17、18の両日に実施した先の参院選での投票行動に関する全国世論調査(面接方式)によると、年金問題が自民党への強い「逆風」となり、30―50歳代の中堅層や、無党派層の離反が同党の改選議席割れをもたらしたことが改めて浮き彫りとなった。

 その一方で、民主党の躍進を62%の人が「好ましい」としたものの、同党への投票理由では、小泉首相に対する不満などが目立ち、いわば“敵失”が同党の議席増につながったようだ。

 参院選でどのような問題を重視したか(複数回答)――では、「年金制度改革」が最多の61%で、「景気対策」55%、「雇用対策」26%、「北朝鮮問題」22%などに大きく差をつけた。

 「年金」を重視した人が、選挙区選でどの政党の候補に投票したか――を見ると、「民主党」45%、「自民党」34%で、民主党に多くの票が流れたことがわかる。比例選でも「民主党」43%、「自民党」30%だった。年金、イラク問題が二大争点とされたが、有権者の多くは暮らしに身近な年金問題を重視しただけでなく、小泉首相の「人生いろいろ」発言などに反発し、民主支持に傾いたことがうかがえる。

 「投票に行った」という人に選挙区で投票した候補の政党を聞いたところ、「民主党」41%で、「自民党」を2ポイント上回り、比例選でも「民主党」39%で「自民党」より5ポイント多かった。

 これを年代別に見ると、「民主党」が「自民党」を上回ったのは30―50歳代。特に30歳代は、「民主党」が選挙区選55%、比例選49%にのぼり、「自民党」に各25ポイント以上の差をつけている。2001年の前回参院選直後の追跡調査では、各年代で「自民党」の方が多かったが、今回は中堅層のくら替えが目立った。

 また、「無党派層」の投票先を見ると、「民主党」が選挙区41%、比例選37%で、ともに「自民党」(各25%、23%)を上回った。前回参院選の調査では、自民党が選挙区47%、比例選40%にのぼっており、今回はかなりの票が自民党を離れたことがうかがえる。(読売新聞)

1191とはずがたり:2004/07/29(木) 02:56

>>1189
広田氏は後援会から待ったが掛かったのかな?無党派でやってきた橋本氏の意向でしょうか?(今回は3年前程の全面支援ではなかったようですが)…自民党へ入りたがってるんちゃうやろねぇ。
鈴木氏はまぁ社民との軋轢を考えたのでしょうが,国会での活躍を考えたら新緑風会へ入った方がいいのではと思うところですが,まぁあと6年もあるのだしじっくり時期を見ればいいか。。

>>1190
>「民主党」が「自民党」よりも口に出すことが憚られない政党になってる
森政権末期も自民党支持を口にするのは恥ずかしい様な雰囲気が有りましたね。
3年経ってやっと自民党に取り込まれた小泉の姿に国民が気付いて安心すべきなのか,小泉のせいで3年政治が遅れたと嘆息すべきなのか・・。

1192名無しさん:2004/07/29(木) 09:38
鈴木氏の場合は、4者会談の前に民主会派入り報道があったのが不味かったですね
筋を通すためには、しばらく無所属も止むを得ないかと。
広田氏は…どうするんでしょうね。もしかして無所属系会派でも作るつもり?

1193水泡 まつ太朗:2004/07/30(金) 21:28
>>1192
 広田氏は元々橋本知事の意向で自民系候補として出る予定だったので、地元が
民主系会派加入を嫌ったのかもしれませんね。
 こうなれば黒岩、鈴木、近藤、広田、糸数五氏で5人会派「無所属倶楽部」
でも作って欲しい気分で御座んす。

1194とはずがたり:2004/07/31(土) 18:32
一旦は民主入りが報じられた高知や秋田は兎も角,新潟や沖縄まで民主は手ぇ出してるのかね?
沖縄は社民党の沖縄系(照屋・東門・大田)と一緒でないと入らないやろうし,新潟は横光や阿部ら親民主の連中と一緒でないと入らないであろうけど。

「ぜひ、うちの会派に」 民主、社民が綱引き
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040731-00000120-kyodo-pol

 参院選初当選組の秋田、新潟、沖縄各選挙区の無所属新人をめぐり、相乗り推薦した民主、社民両党が自分の参院会派に引き入れようと水面下で綱引きを続けている。
 所属議員80人超に躍進した民主党が、さらに3選挙区を「手中」に収め、2大政党の地位を強化しようと狙うのに対し、社民党は現在5人の小所帯を何としても拡大し、国会での存在感を高めようと躍起。3人は30日召集の臨時国会には、会派に所属しないまま臨んだが、激化が予想される両党の勧誘をどうさばくのか注目を集めそう。
 当選した無所属新人5人のうち、宮崎の松下新平氏は民主会派に入り、高知で社民推薦候補とも争った民主推薦の広田一氏も「地元支持者の理解が得られ次第、民主会派に入る」(民主党幹部)とみられている。一方、秋田の鈴木陽悦氏は「連合、民主、社民の推薦という枠組みは大切にしたい」と態度を留保。支持者の意向などを見極めて判断する構えだ。(共同通信)
[7月31日16時58分更新]

1195名無しさん:2004/07/31(土) 23:19
せいぜい高知秋田まででしょうね
沖縄糸数を民主入りさせたりすれば野党共闘崩壊しそうだし、
新潟の近藤は社民党員…
もしかして新潟は新潟でも、黒岩を取り合い?

1196とはずがたり:2004/08/01(日) 00:35
その可能性もあったか(゚∀゚)>黒岩の取り合い

何でも当選後3年は無所属という約束だったようですがそろそろ解禁ですかな。補選いつでしたっけ?

1197名無しさん:2004/08/01(日) 02:00
>>1196
黒岩宇洋の当選した補選は、2002年4月です。ですから、来年の4月末で丸3年ですね。因みに、新潟選挙区の次回の改選者は、かの有名な森裕子と黒岩です。森が保守票を相当獲得しない限り、野党系2議席は、さすがに厳しいかもしれませんね。

1198とはずがたり:2004/08/01(日) 02:14
>>1197
情報感謝っす。もう二年も前か…。

今回の
真紀子→直紀(自民県連の支援は無し)
民主・社民→近藤
の民主系独占wが参考になるのでは?

現実的には黒岩氏には無所属で行って貰って
森←田中真紀子・旧自由系後援会
黒岩←非自由系民主・社民・連合
で票割りでしょうかね?森は何かと目立ちますが地元での知名度どのくらいなんでしょうか。

1199とはずがたり:2004/08/06(金) 00:53
[激闘終えて]
前編 小沢王国 横綱相撲程遠く
http://mytown.asahi.com/iwate/news01.asp?c=3&amp;kiji=911

「岩手で負けるようなら、私は政治家として活動していけなくなる」

  選挙戦最終日の10日、水沢、盛岡など5カ所で遊説した民主新顔の主浜了氏(54)の応援に駆けつけた小沢一郎氏は、こう言い切った。

  この発言に、達増拓也県連代表は「心がざわついた」と語る。「陣営の雰囲気ががらりと変わった」と。

  選挙戦終盤に県内入りしてテコ入れするのは、前回と同じ。だが、今回は無党派対策を意識して、田中康夫長野県知事を伴っての登場。公示前から県内入りを繰り返したことも含め、陣営や本人の危機感は、これまでにないものだった。

     ■  □

  小沢氏が自自公政権から離脱して4年が過ぎた。「野党暮らし」の悲哀は、地元にも広がっていた。20年間秘書を務めた高橋嘉信前衆院議員の離反をきっかけに、小沢氏を支えてきた業界団体にも「与党志向」が広がっていた。

  相手候補の高橋洋介氏(62)は、北上出身で副知事まで務めた実力者。実績と人脈を生かし、現職首長の支援を次々と得ていく強敵だった。「小沢王国」の根城、衆院4区で切り崩しを始めた。

     ■   □

  公示後、参院選3連敗中の自民党は、安倍幹事長や麻生総務相ら党幹部、閣僚クラスを投入。公認候補並みに高橋陣営をテコ入れした。達増氏はこの状況を「自民による岩手の改革つぶし」と見た。行方の見えない戦いに「跳ね返すのは容易ではない」とも思った。

  6月30日、県議会棟で開かれた民主党県議の議員総会。各県議から「情勢は厳しい」との報告が続いた。「やはり小沢先生に来てもらわないと」との弱音も漏れた。

  そこで千葉康一郎県議が「小沢先生に頼らなくても、勝ち抜かなければならない」と言った。複数の県議が、「そうだ」と同調した。

  なお残る「小沢首相」への期待。「岩手で負けたら終わりだと、みんなわかっていた」と、藤原良信議長はいう。

     ■   □

  終わってみれば、6万票の大差をつけての勝利。陣営が「予想以上の結果」というように、年金問題で吹いた全国的な追い風が、最終盤で主浜氏を押し上げた。岩手は、自民と公明の政党支持率を足しても、民主を上回れない全国随一の地盤だが、「横綱相撲」にはほど遠い、あまりに苦しい戦いだった。

  主浜選対事務局長の佐々木博県議は「主浜氏と、比例区の工藤堅太郎氏と、衆院2区が地盤の2人の参院議員が誕生した。次の衆院選では、全区で勝たないと負け戦と評される」と、王国維持のハードルが高くなることを、覚悟している。

     ◇

  参院選で「小沢王国」は死守された。その「激闘」の跡を振り返る。
(7/15)

1200とはずがたり:2004/08/06(金) 00:53

後編 高橋氏、軸足定まらず
http://mytown.asahi.com/iwate/news01.asp?c=3&amp;kiji=912

  「どぶろく特区ってのは岩手。今までどぶろくを造っちゃいけなかったんだ民家は。特区という名前で民宿は夏、予約でいっぱいだそうです」

  選挙戦も終盤に入った5日。ワイシャツ姿の小泉首相が自信たっぷりに構造改革特区について語りながら、無所属高橋洋介氏の手をとり、大きく掲げた。立候補表明以来、演説会で「どぶろく一本造るにも特区が必要」と政府を皮肉っていた高橋氏はぎこちない笑顔でこたえた。県庁前に約5千人が詰めかけ、盛況に終わった街頭演説だったが、選挙戦を通じて高橋氏の置かれた微妙な立場を象徴していた。

    ■   □

  投票前日の10日午後8時前。盛岡市の事務所前に戻ってきた高橋氏は、待っていた支援者や国会議員に頭を下げた後、前衆院議員高橋嘉信氏のもとに近づき、握手した。

  秘書、側近議員として小沢一郎氏に仕えた嘉信氏。小沢氏の「名代」として20年近く、地元の選挙を仕切り、幾度も劣勢を跳ね返して「王国」の基盤を築いた嘉信氏は、小沢氏から離反。逆に高橋事務所の陣頭指揮をとる立場になっていた。高橋氏の演説原稿や選挙カーから呼びかける言葉の内容まですべてチェック。高橋氏は嘉信氏の指示通り動いていた。

  「年金法の強行採決は反対」「高橋さんは自民党なんでしょ。入れません」

  閣僚や自民党幹部が続々と高橋氏の応援に立った公示日以降、高橋陣営の電話での投票の呼びかけに対し、有権者からこんな反応が返ってきた。

  選対会議で嘉信氏は、椎名素夫氏の後継者として参議院改革の主張を訴えの中心に据える戦術への転換を主張。その日から選挙カーは「良識の府と言われる参院の改革を主張している選挙区は、この岩手だけです」と強調しはじめた。

  皮肉にも、首相の県内入りが決まったのは、その直後。嘉信氏は首相と高橋氏が一緒に街頭に立つことに反対したが、自民党本部の意向が最優先された。首相遊説の2日後、高橋氏は盛岡市内で50カ所近くも街頭演説に立ち、再び「無所属の高橋」を強調した。

  ところが、その2日後には、自民、公明両党の幹事長が来県する……。かつて小沢氏の県内入りのタイミングを計り、その段取りまで決めて選挙を仕切った嘉信氏だが、自公両党幹部の日程にまで口をはさむ余地がない。小沢氏名代だった立場との違いを痛感していた。

    ■   □

  副知事まで上り詰めた人脈から、谷藤裕明盛岡市長のほか県下33人の市町村長を選対に置き、参院選3連敗中の自民党から「最強の候補」と称賛された高橋氏。結果は3年前、自民公認で敗れた玉沢徳一郎氏が獲得した票さえ下回った。同党関係者も「やっぱり無所属じゃ燃えないんだよ」と振り返る。

  与党か無所属か。最後まで軸足が定まらなかった高橋陣営の戦術は、結果として「小沢王国」の維持に手を貸した。

  「無所属で出て、与党の推薦をもらったのは間違いではない。出馬表明した昨年末の時点では、与党への逆風はなかったのだから……」

  高橋陣営の幹部に加わった椎名派の関係者は、そう言って唇をかんだ。

 =おわり

 (この連載は松田京平、田中陽子、福田直之が担当しました)



(7/15)

1201計政会:2004/08/06(金) 18:41
第20回参院選各党得票率
ーーー自、ー民、ー公、ー共、ー社、ー
北海ー26ー42ー14ー08ー04ー

青森ー33ー39ー11ー05ー06ー
岩手ー26ー49ー08ー05ー07ー
宮城ー29ー39ー13ー06ー07ー
秋田ー37ー33ー11ー06ー07ー
山形ー37ー35ー11ー05ー07ー
福島ー36ー35ー11ー07ー05ー

茨城ー33ー35ー17ー05ー04ー
栃木ー34ー38ー13ー04ー04ー
群馬ー39ー33ー13ー05ー04ー
埼玉ー27ー40ー15ー08ー05ー

東京ー26ー38ー14ー09ー05ー

1202計政会:2004/08/06(金) 18:42
第20回参院選各党得票率
ーーー自、ー民、ー公、ー共、ー社、ー
千葉ー29ー38ー15ー07ー04ー
神奈ー27ー39ー14ー07ー06ー
山梨ー39ー34ー13ー06ー03ー

新潟ー32ー40ー09ー06ー07ー
富山ー42ー31ー09ー04ー09ー
石川ー41ー34ー11ー05ー03ー
福井ー43ー33ー11ー04ー03ー
長野ー25ー41ー12ー09ー07ー

岐阜ー32ー36ー14ー07ー04ー
静岡ー31ー39ー14ー06ー04ー
愛知ー25ー44ー14ー07ー04ー
三重ー28ー45ー15ー05ー03ー

1203計政会:2004/08/06(金) 18:43
第20回参院選各党得票率
ーーー自、ー民、ー公、ー共、ー社、ー
滋賀ー31ー40ー11ー09ー03ー
京都ー26ー36ー14ー16ー04ー
大阪ー24ー35ー20ー12ー03ー
兵庫ー24ー39ー18ー09ー04ー
奈良ー27ー43ー15ー07ー03ー
和歌ー34ー32ー20ー08ー02ー

鳥取ー33ー32ー20ー06ー05ー
島根ー42ー29ー15ー05ー04ー
岡山ー30ー36ー20ー06ー04ー
広島ー31ー35ー18ー05ー05ー
山口ー35ー35ー16ー06ー03ー

1204計政会:2004/08/06(金) 18:43
第20回参院選各党得票率
ーーー自、ー民、ー公、ー共、ー社、ー
徳島ー37ー30ー14ー06ー02ー
香川ー37ー31ー15ー05ー06ー
愛媛ー33ー34ー17ー05ー04ー
高知ー30ー30ー17ー12ー04ー

福岡ー26ー34ー20ー07ー06ー
佐賀ー39ー32ー14ー04ー06ー
長崎ー35ー35ー15ー04ー05ー
大分ー31ー33ー15ー04ー12ー
熊本ー41ー32ー15ー04ー03ー
宮崎ー36ー23ー18ー04ー14ー
鹿児ー42ー29ー14ー04ー06ー
沖縄ー28ー34ー15ー08ー10ー

1205計政会:2004/08/06(金) 18:45
第20回参院選各党得票率
ーーー自、ー民、ー公、ー共、ー社、ー
全国ー30ー37ー15ー07ー05ー

*小数点は切り下げで表示
いろいろ参考に使ってください

1206とはずがたり:2004/08/09(月) 03:55
>>1201-1205
初めまして,計政会さん。
利用させていただきます。また情報提供お願いします。

1207計政会:2004/08/12(木) 06:44
第20回参院選<自公対民社>得票率比較
ーーー与、ー野、ーーーー与、ー野、ー
北海ー41ー47ー千葉ー45ー43ー
ーーーー、ーー、ー神奈ー42ー45ー
青森ー45ー46ー山梨ー53ー37ー
岩手ー34ー56ーーーーー、ーー、ー
宮城ー42ー47ー新潟ー42ー47ー
秋田ー49ー41ー富山ー51ー40ー
山形ー48ー42ー石川ー52ー37ー
福島ー48ー40ー福井ー55ー36ー
ーーーー、ーー、ー長野ー38ー48ー
茨城ー50ー40ーーーーー、ーー、ー
栃木ー48ー43ー岐阜ー47ー41ー
群馬ー52ー38ー静岡ー46ー43ー
埼玉ー42ー45ー愛知ー39ー48ー
ーーーー、ーー、ー三重ー43ー48ー
東京ー41ー44ーーーーー、ーー、ー
ーーーー、ーー、ーーーーー、ーー、ー
<与>は自民、公明の合計得票率
<野>は民主、社民の合計得票率

1208計政会:2004/08/12(木) 06:45
第20回参院選<自公対民社>得票率比較
ーーー与、ー野、ーーーー与、ー野、ー
滋賀ー43ー43ー徳島ー52ー33ー
京都ー40ー40ー香川ー53ー38ー
大阪ー45ー39ー愛媛ー51ー39ー
兵庫ー43ー43ー高知ー48ー35ー
奈良ー42ー47ーーーーー、ーー、ー
和歌ー54ー34ー福岡ー47ー41ー
ーーーー、ーー、ー佐賀ー53ー38ー
鳥取ー53ー37ー長崎ー51ー41ー
島根ー57ー34ー大分ー46ー45ー
岡山ー51ー40ー熊本ー57ー36ー
広島ー49ー41ー宮崎ー54ー38ー
山口ー51ー39ー鹿児ー56ー35ー
ーーーー、ーー、ー沖縄ー44ー44ー
ーーーー、ーー、ーーーーー、ーー、ー
<与>は自民、公明の合計得票率
<野>は民主、社民の合計得票率

1209計政会:2004/08/12(木) 06:47
第20回参院選<自公対民社>得票率比較
全国ー<与>45.4ー<野>43.1ー

大接戦の滋賀、京都、兵庫、沖縄では小数点の差で民社が競り勝っている

全国47都道府県で
自公が多いのは31県、民社が多いのは次の16県
北海道、青森、岩手、宮城、埼玉、東京、神奈川、新潟、
長野、愛知、三重、滋賀、京都、兵庫、奈良、沖縄

*各都道府県の得票率の算出の経緯
自、公、民、社の得票率の小数点第1位までを自公、民社と足して、
小数点を切り下げたため上の表の数字は実際よりも1p
少なく表示されている場合もあるかもしれません

1210とはずがたり(1/2):2004/08/17(火) 20:24
参院選・敗北の理由:
保守王国で何が起きたのか/2 農協造反、見逃さぬ民主
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20040811ddm005070149000c.html

 ◇「野党が陳情したことはなかけんが、近いうち恥を忍んでお願いにいく」

 長崎県農協会館は、江戸時代のオランダ人居留地として有名な出島の近くにある。参院選公示を翌日に控えた6月23日、この建物で、自民党現職、松谷蒼一郎氏(76)の落選を決定づけるかのような会議が始まった。

 最上階の7階にある会議室に集まったのは、農協の政治団体である県農政連盟の本部役員、支部長ら18人。県内14万といわれる農協票の行方を決める会議だった。県農政連が、公示前日まで選挙に臨む態度を決めていないのは異例だった。

 「自民党に推薦を出すなんてとんでもない」

 「むしろ、民主党を推薦すべきじゃないのか」

 減反、補助金カット、食糧自給率の低迷−−。自民党農政に対する農家の不信は限界を超えており、会議室は「松谷批判」一色に染まった。県農政連委員長を兼ねるJA県中央会の上野広志会長が「(県農政連)三役に、ご一任願いたい」と引き取り、副委員長2人を伴って6階の会長室に下りた。

 「これまでは『県農政連イコール自民党』でやってきた。私の立場上、自民党が政権政党である限り、推薦は無理でも支持は出さなければ困る」

 上野氏の悲痛な説得を受けた両副委員長は、こもごも「気持ちはよく分かる」とうなずき合い、ようやく農政連の「自民党支持」が決まった。

 農政連の場合、「推薦」候補なら農協会館に選挙事務所を置き、この事務所が県内9支部を束ねて電話作戦に乗り出す。これにより、投票すべき候補者の名前が一軒一軒の農家に浸透していく。これが「支持」候補となると、選挙事務所は置かず、末端への働きかけは各支部の自主判断にゆだねられる。

 「松谷選対」本部長の谷川弥一衆院議員(自民)は、農政連の決定を伝え聞くなり農協会館に乗り込み、「推薦と同じように運動するよう、各支部に要請願いたい」と上野氏に頭を下げた。上野氏は各農協に抜き打ち的に電話を入れてチェックしたが、投票前々日の段階で職員が「候補者の名前を知らない」と答えた農協さえあった。

 「農協票の半分も松谷氏には行かなかっただろう。こんなことは初めてですよ」

 上野氏の苦い回想だ。

1211とはずがたり(2/2):2004/08/17(火) 20:24

   ■  ■  ■

 農協票の造反は、みちのく秋田にもあった。今回の参院選で秋田県農政連盟は、県内16支部に諮った上で自民党現職・斉藤滋宣氏(51)の推薦を決めた。だが、斉藤氏の得票は26万5419票にとどまり、31万657票を取った無所属(民主、社民推薦)新人・鈴木陽悦氏(55)に負けた。

 「組織がそう決めたから、しかたなく応援したんです」

 県内最大級の農協「JA秋田ふるさと」の大沼崇・副組合長が率直に内幕を語った。

 選挙期間中、県内の農協の前で斉藤候補が「年金」と「イラク」について熱弁をふるうのを聞きながら、大沼氏は「ここでそんな話をしたって意味がない」と思った。「おれが話せば斉藤批判になってしまう」ので応援演説も断った。「自民党の農政は、ずーっと場当たり的だった。農家はもう何も期待しませんよ」と大沼氏は言い切る。

   ■ ■ ■

 民主党は農家の自民党離れを見逃さなかった。公示直前、衆院農水委員長でもある民主党の高木義明衆院議員(長崎1区)が「JA島原雲仙本店」(長崎県国見町)を訪ねた。

 初対面の前田方隆組合長が応対すると、高木氏は「皆さんと対話しながら教えていただきたい」と切り出した。地元農家の現況について説明を聞き、しばし歓談した同氏は、立ち去り際に「今度の選挙はよろしく」とささやくことを忘れなかった。

 選挙後の7月下旬、「JA島原雲仙本店」を訪れた記者に、前田組合長は、こう語った。

 「もう、政党がどうのこうのとか言っとられん。野党の先生に陳情したことはなかけんが、近いうち恥を忍んで高木さんとこへお願いにいく」=つづく
毎日新聞 2004年8月11日 東京朝刊

1212とはずがたり(1/2):2004/08/17(火) 20:26

参院選・敗北の理由:保守王国で何が起きたのか/1 建設業の集票組織、崩壊
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/news/20040810ddm005070165000c.html

 ◇「見返りもなかとに、なんで応援せんばいかんとか。金の切れ目が縁のの切れ目」

 「なぜ、選挙事務所に誰も来ない? なぜ、会社の朝礼に私を呼ばない?」

 参院選に長崎選挙区から自民党公認で出馬する松谷蒼一郎氏(76)の怒声が響いたのは、投票まで38日と迫った6月3日のことだった。長崎県庁に近い長崎グランドホテルの会議室に、県内の建設業者の幹部30人が集まっていた。松谷氏のけんまくに押されて一座は静まり返ったが、出席者の一人は「なんて傲慢(ごうまん)なんだって思いましたよ」と振り返る。

 長崎に限らず、建設業界は自民党の集票マシンだ。選挙のたびに全国の建設業協会は自民党と一体化する。企業は社員を動員して電話作戦、ポスター張り、演説会場設営に力を注いできた。松谷氏は元建設省住宅局長。県内の建設業界に支えられ、過去2回の参院選を乗り切ったが、今回ばかりは勝手が違った。

 6月13日、県北の佐世保市で行われた松谷氏の選挙事務所開き。約250人集まったが、作業服姿の建設会社社員がズラリと並ぶいつもの風景はない。「えらい少なかネ」。駆けつけた大石保県議は、隣り合わせた同僚県議と顔を見合わせた。

 系列の佐世保市議は、県建設業協会佐世保支部から「頼む時だけ頼みに来て……。業界の実情が分かっているのか」と反発を買っていた。各企業に勝手に動員要請をかけないよう、クギをさされていた。

 小泉改革に伴う公共事業費削減で建設業界は仕事を確保できず、倒産が相次いでいる。帝国データバンクの担当者は「都市部の大手ゼネコン(総合建設会社)はしだいに順調になってきたが、中小は依然、厳しい。地方にいくほどゴロゴロ倒産している」と話す。

 建設業界の自民党離れの兆しはあった。今年2月26、27の両日、松谷氏が、全国建設業協会の推薦を受けた参院比例代表立候補予定者(自民党現職=当選)・脇雅史氏とともに、長崎、諫早など県内4市を回った時のこと。建設会社の役員たちは「仕事がない」「社会資本整備を軽視するのはおかしい」と異口同音に不満をぶつけてきた。

 首相官邸の「小泉内閣メールマガジン」に1通の「造反宣言」メールが届いたのもこのころだ。差出人は島原市に住む建設下請け業の男性。住所・氏名を明らかにした上で「今回は自民党に入れません。『2年間だけ我慢してくれ』という(首相就任時の)約束が守られていない。もう3年たった」と書いた。

1213とはずがたり:2004/08/17(火) 20:27

 取材に応じてくれた男性によれば、従来は自民党候補のために、カステラを手に知人を訪ねては投票を頼み込む買収まがいのこともやってきた。だが、今回はまったく動かなかった。

 「公共事業が削られ、議員も『口利き』できんようになった。前は自民党公認のハンコがあれば業界は自動的に動きよったが、見返りもなかとに(ないのに)なんで応援せんばいかんとか。金の切れ目が縁の切れ目」

 男性はそう言った。

    ■ ■ ■

 選挙後、松谷氏は毎日新聞の取材に応じた。同氏は全国の自民党公認候補の最高齢。「イメージ戦に負けた。私に責任がある」と率直に認めた上で、こう語った。

 「熱心だった支持組織の、選挙に対する熱が冷めた。強かった郡部の投票率が軒並み下がったのがその表れですよ。小泉総理は『自民党をぶっ壊す』と言ったが、本当に党を支える組織は壊れてしまった……」

 松谷氏が保守地盤に広がる異変を初めて肌で感じたのは5月19日、玄界灘に臨む離島・壱岐を訪問した時だった。島内4町が合併し、全島が壱岐市となって2カ月。臨時市議会の昼食時、松谷氏は仮議場の控室に集まった約50人の新市議に向かって「離島振興、漁業振興のために尽くしてまいります。よろしく」と声を張り上げたが、市議たちは「まるで、うわの空だった」(松谷氏)。

    ■ ■ ■

 選挙結果は民主党新人の犬塚直史氏(49)が34万4606票、松谷氏は30万3723票。自民党のベテランは4万票差で落選した。参院選全体を見ると、自民党の獲得議席は49で、勝敗ラインの51を割り込んだ。圧勝のはずだった合計27の1人区も、14勝13敗と民主党に押し込まれている。有権者の気まぐれか、選挙地盤の構造的変化か。注目の激戦区を再訪し、自民党敗北の理由を探る。=つづく<コラージュ・土屋幸男>
毎日新聞 2004年8月10日 東京朝刊

1214とはずがたり(1/2):2004/08/17(火) 20:30
参院選・敗北の理由:保守王国で何が起きたのか/3 垣根払った小沢氏行脚
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/news/20040812ddm005070134000c.html

 ◇「どちらでもいい。勝ち馬に乗らなければ食っていけなくなる。勢いのある方につく」

 「民主党は岡田(克也)も小沢(一郎)も、田中(角栄)派の系譜。小泉(純一郎)は福田(赳夫)派だ。今の政治状況は自民党単独政権時代の『角福対決』の再来だと思えばいい。市民運動出身の菅(直人)の退場でそれが鮮明になった」

 こう語るのは自民党堀内派の幹部だ。今日の与野党攻防は往年の自民党の派閥抗争と変わらず、つまりは自民党と民主党の垣根など無いに等しい。幹部はそう言いたいようだ。

 今回の参院選で小沢氏が演じた最大の役割は、民主党が引きずる「革新勢力」のイメージを払しょくし、政権交代に不安がないことを自民党支持層に納得してもらうことだったに違いない。昨年9月の民主、自由両党合流から11月の衆院選を経て今日まで、小沢氏はそこにエネルギーを注ぎ込んできた。

 参院選公示日の6月24日、小沢氏は奈良県橿原(かしはら)市で第一声をあげ、その後も大分県千歳村、挟間町▽福井県今立町、丸岡町▽滋賀県水口町▽大分県国東(くにさき)町▽高知県芸西村−−など、保守地盤の強い1人区を中心に、民主党候補の応援に歩いた。公民館などでの小集会が多く、必ず一人一人と握手した。

 長崎に入ったのは同28日。佐世保市、東彼杵(ひがしそのぎ)町と大村市を回り、7月10日には改めて諫早市を訪れている。

 6月26日、佐世保市の高級料亭で、地元自民党関係者が「秘密会合」と呼ぶ宴席が設けられた。民主党の山田正彦衆院議員(比例九州ブロック)とテーブルをはさみ、県内有力企業2社の社長が並んで座った。ともに長崎、佐世保両市の商工会議所の幹部を務める「本来なら自民党支持者の中心になる人たち」(地元自民党関係者)だ。

 山田氏は単刀直入に「犬塚をやってもらえませんか」と切り出した。民主党新人・犬塚直史氏(49)への支援要請だ。

 社長のうちの一人は後に、自民党現職の松谷蒼一郎氏(76)に対し、「山田さんから『犬塚を』と頼まれたが、それはできませんと申し上げた」と釈明している。だが、宴席は盛り上がり、料亭近くのスナックへ繰り出して2次会が続いた。うわさは広まり、商工業者の間に「自民党一辺倒でなくても……」という空気ができた。小沢氏が同市に入ったのは2日後。中心部の四(よん)ケ町(ちょう)アーケードで「小泉政治批判」をぶつと、聴衆から大きな拍手がわいた。

 佐世保市は今年2月まで、民主党が支部さえ持てず、自民党に歯が立たない土地だった。犬塚氏の同市での得票は5万2092票。松谷氏の4万7408票を上回り、犬塚氏当選のポイントとなった。犬塚選対幹部も「松谷さんを推薦した企業に『犬塚の演説会にも来てくれ』と頼んだら、来てくれたケースが、少なくなかった」と明かす。

 松谷氏の有力支持者の一人はこう語っている。

 「2大政党化の流れの中で、どっちにもいい顔をする人間が出てきた。民主党でも自民党でもどちらでもいい。勝ち馬に乗らなければ自分が食っていけなくなると思っているから、勢いのある方につく……」

1215とはずがたり(2/2):2004/08/17(火) 20:32

佐世保重工労組の支援も得て4区は宮島を民主公認での流れかね。
農協ともパイプがあったのでは?兄貴かなんかの不祥事もあったようだが…。
>「うちはもともと民社党だったが、基地問題を抱える中、企業の先を考えて会社に協力し、
>自民党に便乗しながらやってきた。しかし、昨年の衆院選で民主党が躍進し、今年2月に
>佐世保市に民主党長崎4区総支部が発足したことで、民主党をやるべきだとハラを固めた」

   ■ ■ ■

 造船業界準大手、佐世保重工業(SSK)の労使間では、公示の数日前、「会社は松谷、労組は犬塚」というすみ分けで合意が成立した。従来は労使あげて自民党を支援してきた。

 「うちはもともと民社党だったが、基地問題を抱える中、企業の先を考えて会社に協力し、自民党に便乗しながらやってきた。しかし、昨年の衆院選で民主党が躍進し、今年2月に佐世保市に民主党長崎4区総支部が発足したことで、民主党をやるべきだとハラを固めた」

 こう語るのはSSK労組の久野哲委員長である。これまでは自民党しか頼れる先がなかったが、今後は民主党に期待するという割り切りだ。それは、労使で与野党双方に保険をかけるという、2大政党時代の企業の生き残り戦略でもあった。

 保守層の民主党に対するアレルギーがなくなれば、自民、民主両党の政策がいよいよ厳しく吟味される時代が来る。連合長崎の高石哲夫事務局長は「これからは地方議会で、もっと民主党議員をつくっていかなければならない」と課題を語った。次の衆院選では、地方組織を整え始めた民主党が、政権をかけて自民党と勝負することになる。=つづく
毎日新聞 2004年8月12日 東京朝刊

1216とはずがたり(1/2):2004/08/17(火) 20:33
参院選・敗北の理由:
保守王国で何が起きたのか/4 限界に来たトップダウン
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/news/20040813ddm005070143000c.html

 ◇「号令がかかって、集まって終わり。そこから先に運動の広がりがない」

 参院選に秋田選挙区から出馬して落選した自民党公認、斉藤滋宣氏(51)の陣営が、「反省事項」をA4判のペーパー1枚にまとめた。

 「新しい票の掘り起こし作戦がなかった。既存の県議・市議票を頼りにした」

 「国政報告会を全市町村で行ったが、その中から『働き手』を探せなかった」−−。

 ペーパーは、自民党の県議や市議が自分の系列団体や支持者を通じて投票を依頼するトップダウン方式に対する反省というトーンで貫かれている。

 公示前の6月12日、秋田市の「キャッスルホテル」で、斉藤陣営の「秋田地区総決起大会」が開かれ、斉藤氏が籍を置く旧橋本派の青木幹雄参院自民党幹事長(当時)や小渕優子衆院議員も応援に駆けつけた。約1000人が詰めかける盛況だったが、よく見ると、地方議員と建設業者、高齢者ばかり。「まれに若い女性がいるかと思うと、公明党関係者だった」(自民党市議)

 こんな証言もある。選挙戦さなかの6月28日正午、斉藤氏は県南の中心・横手市の市役所前で街頭演説に立ったが、聴衆わずかに50人。あらかじめ動員をかけなかったとはいえ、かつてない低調さであり、居合わせた萱森(かやもり)真雄・横手市議は「これは危ないかな」と感じた。

 太田町の高貝久遠町長も、こう語っている。

 「旧態依然の自民党には意識改革ができなかった。今はトップダウンじゃない、ボトムアップの時代だ。そのことに気づいていない……」

 斉藤陣営は県内を12ブロックに分け、春先にはブロック別に選対事務所を設けた。地元選出県議が事務所ごとに張りつく。県央のあるブロックの選対事務所では、毎週月曜の朝、地区の責任者15人前後が集まり、1時間の作戦会議を開いた。

 会議は、いつも同じ調子だった。コの字形に並んだテーブルに沿って各地区の責任者がすわり、通り一遍の報告が続く。県議から「あんたの所は動きが鈍い。徹底して」と注意された責任者は、その場では何も言わないが、会議が終わると「ウチだけ悪いのか」とこぼす……。

 「下から意見をくみ上げるっていうことがない。まあ、意見なんて出もしないけど」

 ある県議は自嘲(じちょう)気味に振り返った。

1217とはずがたり(2/2):2004/08/17(火) 20:34

 この点で、斉藤氏を破った無所属(民主、社民推薦)新人、鈴木陽悦氏(55)の陣営は対照的だった。選対会議では地位や立場にこだわらない意見交換が続き、「どうすれば若い層の支持が得られるか」という共通の宿題を持ち帰る。次回はそれぞれが答えを持ち寄り、再び活発な議論が始まる……。

 「おしつけがましくなく、末端まで参加意識があり、自然発生的にアイデアが生まれる」

 鈴木陣営の内情を知った自民党関係者がうらやんだ。

 県南地区選出のある自民党県議は、こう言っている。

 「自民党の支持者は『いつものかたち』に疲れてるんだと思う。上からドーンときて、人を集めて『ガンバロー』。それだけだ。日常の草の根活動が連携してまとまるんじゃない。号令がかかって、集まって、それで終わり。そこから先に運動の広がりがない……」

 斉藤選対の仕切り役の一人、大関衛県議の証言も聞こう。

 「今や『○○事務所ですが』なんて電話したって何の効果もないですよ。知ってる人がお願いするんでないと。電話のかけ方は向こう(鈴木陣営)が上手だった。『友人の友人』といった形でかけまくり、水面下でずいぶん離されてしまった」

   ■  ■  ■

 「もとより、大きな団体のトップの言う通りにみんなが投票するような時代じゃない。企業だって、労組だってそうだ。そんなことを考えている自民党議員は一人もいませんよ」

 東京・永田町の自民党本部で選挙を統括する町村信孝総務局長は苦笑するが、参院選は、トップダウン型に安住した自民党の実態を浮き彫りにした。

 これに対し、強固な地方組織を持たず、系列地方議員も少ない民主党は、トップダウン方式を取りたくても取れなかった。草の根に分け入り、耳を澄まして新しい票を掘り起こさざるをえず、結果的に時流に乗ったと言える。=つづく
毎日新聞 2004年8月13日 東京朝刊

1218とはずがたり(1/2):2004/08/17(火) 20:37
自民党に入れて貰うために色々やったみたいだけど支持者は醒めたたみたいですねぇ。次はオチロ(゚∀゚)

参院選・敗北の理由:保守王国で何が起きたのか/5 神経逆なで「いろいろ」発言
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/news/20040814ddm005070144000c.html

 ◇「小泉さんに愛想が尽きた。演説聴き、やっぱり自民党に入れまいと確信した」

 「自民党最大の敗因は首相の『人生いろいろ』発言」という評が多いが、こうなると、かえってムキになるのが小泉純一郎首相である。今月3日、自民党若手議員グループのパーティーで「批判もいろいろ」とおどけてみせ、10日には、野党議員の発言撤回要求を拒否する政府答弁書の閣議決定に及んだ。

 参院選も後半戦に入った7月6日夕、首相は秋田県大曲市で街頭演説に立った。自民党現職・斉藤滋宣氏(51)と無所属新人(民主、社会推薦)・鈴木陽悦氏(55)の対決。首相の秋田入りは、6月20日に続いて2度目だった。

 「国会に行くとね、ダメだダメだ、やめろやめろって、もうそういう声ばっかり。ここに来ると、雰囲気が温かくて、いいなあ……」

 大曲市は01年4月、首相が自民党総裁選出馬を初めて表明した因縁の地。おのずと演説には熱がこもった。だが、聴衆約3200人(主催者発表)の相当部分は御法川(みのりかわ)信英衆院議員の後援会による動員だった。御法川氏は昨秋の衆院選に無所属で出馬して当選、近く自民党入りする。はた目には大盛況と見えたが、3年前とは異なり、明らかに熱気が欠けていた。

 この時、聴衆に交じって首相演説を聴いたという数人に選挙後、感想を聞いてみた。

 「総理大臣の演説聴いたからって自民党に票を入れるわけじゃないさ」(60代男性)

 「もう小泉さんには愛想が尽きた。演説を見に行って確信した。やっぱり自民党には入れまいと思った」(50代女性)

 「イラクと年金の話だけバーッと一方的にしゃべって、最後に付け足しで『斉藤さんもよろしく』。一体、何のために来たのか」(50代男性)……

 結局、斉藤氏が大曲市で獲得した票は8100票余にとどまり、鈴木氏に約2700票も水をあけられた。

1219とはずがたり(2/2):2004/08/17(火) 20:37

 「1勝8敗」−−。今回の参院選で、小泉首相が2回応援に入った「1人区(改選数1の選挙区)」の戦績だ。自民党は世論調査などで苦戦と判断した9選挙区にテコ入れするため、これらの地域では首相遊説日程を2回組んだ。が、小泉効果が実を結んだのは熊本だけ。秋田、長崎、三重、岡山、高知などでは自民党候補が負けた。

 自民党は「小泉ブーム」に乗って前回01年参院選で圧勝したが、今回は、そうはいかなかった。自民党本部選挙対策本部の関係者は「今回も『総理が来る』と言えば人は集まった。しかし、それが票に結びつかなかった」と振り返る。

 7月24日、秋田県南部の本荘市で全市一斉の消防訓練が実施された。同市選出の小田美恵子県議(自民党)が、ある地区の公民館で開かれた消防団の反省会に顔を見せると、話題はおのずから、終わったばかりの選挙に向かった。40人ほどの寄り合いだったが、小田県議の近くにいた30歳代の男性が、きっぱりとした口調で言った。

 「いつも自民党だったけど、こっちの方を向いてくれなかったから、先生には悪いけど、あっち(鈴木氏)をやったよ」

 小田県議は「あ、『人生いろいろ、会社もいろいろ』のことだなと思った」という。小泉首相は6月2日の衆院決算行政監視委員会で、勤務実態のない不動産会社から給料をもらい、厚生年金に加入していた過去を追及され、「人生いろいろ、会社もいろいろ……」という人を食った答弁でかわした。

 「自民党を愛してくれていた人たちが、あれで離れてしまった。零細企業は死ぬ思いで税金や年金保険料を払っている。あの発言は明らかに、そういう人たちの神経を逆なでした」

 小田県議はそう見ている。

 前回参院選が実施された01年は、年初の時点では森政権だった。人気低迷と支援組織の衰弱で民主党勝利と見る予測が多かったが、4月の政権交代を契機に小泉人気が沸騰、結果は自民党の大勝で終わった。

 以来3年間、支援組織の立て直しという課題は手つかずのまま放置された。「小泉さんは決してカリスマではない。何でも首相のせいというのはどんなものか」。公明党秋田県本部の工藤任国代表は、首相の人気低落を恨む自民党に首をひねってみせた。=つづく
毎日新聞 2004年8月14日 東京朝刊

1220とはずがたり(1/2):2004/08/17(火) 20:42
植松女史には今後も是非頑張って頂きたい>>1220-1221

>2区では高松市に隣接した4町で植松氏が山内氏に競り勝ち、県庁所在地で民主党が得票率を伸ばす「1区現象」の周辺への拡大を裏付ける結果となった。 

>昨年の衆院選では自民党候補が民主党候補の3倍の票を獲得したが、今回は山内氏5027票、植松氏4887票の大接戦となった多度津町を訪ねた。瀬戸内海に面した同町に、民主党は町議はおろか、支部すらない。

参院選・敗北の理由:保守王国で何が起きたのか/6 都市周辺部でも民主浸透
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/news/20040817ddm005070130000c.html

 ◇「表向きは自民党でも実際は離れている。だから票の動きが幽霊みたいで分からない」

 「幽霊と戦ってるみたいや」

 参院選中盤の7月4日、香川選挙区の自民党現職、山内俊夫氏(57)陣営は途方に暮れていた。マスコミは中盤情勢として山内氏の苦戦を伝え、原因が分からない陣営幹部は、その状況を「幽霊」に例えた。

 香川県は島根、愛媛両県とともに、比例代表を含めて衆参で野党議員が一人もいない「自民独占県」。山内氏は勝ったものの得票は20万4392票どまり。民主党新人で、高松市内の温浴施設を経営する植松恵美子氏(36)に7022票と「髪の毛1本の差」(平井卓也自民党県連会長)まで詰め寄られた。山内氏自身、「投開票日の夕方は『敗戦の弁』が頭をよぎった」と打ち明ける。

 山内氏の得票は昨年の衆院選の自民党候補に比べ、1区で17%、2区で18%、3区で19%それぞれ減少。一方、植松氏は衆院選時の民主党候補と比較し1区で2%、2区で15%、3区で21%とそれぞれ得票を伸ばした(1、3区は民主、社民の合計得票との比較)。この結果、2区では高松市に隣接した4町で植松氏が山内氏に競り勝ち、県庁所在地で民主党が得票率を伸ばす「1区現象」の周辺への拡大を裏付ける結果となった。 

 高松市の東隣の三木町。山内氏を支援した自民系町議は「100人ぐらいに支持を頼んだ。いつもなら『よっしゃ』という感じだが、今回は3分の1ぐらいに断られた。『民主党に入れるわ』と言い切る人もいて当惑した」と当時を振り返る。

 山内氏の出身地、丸亀市のある3区も例外ではなかった。区内17市町のうち、10市町で自民候補の得票が20%以上減り、かつ民主候補の得票が20%以上増える「自民→民主シフト」が起こった。

1221とはずがたり(2/2):2004/08/17(火) 20:43
>選対幹部から「アホや、アホや」と言われながら、植松氏はカラオケ大会や工事現場、地域の祭りに頻繁に顔を出し、有権者個人に直接接触する戦術に固執した。

>ボランティアの「特殊部隊」もつくり、軽トラックの荷台に自転車4、5台を積み込み、地盤のない2、3区で自転車に乗ったボランティアがパンフレットを各戸に配った。

 保守王国でこの現象を引き起こしたのは、何だったのか。

 昨年の衆院選では自民党候補が民主党候補の3倍の票を獲得したが、今回は山内氏5027票、植松氏4887票の大接戦となった多度津町を訪ねた。瀬戸内海に面した同町に、民主党は町議はおろか、支部すらない。

 「いろいろ縁があって、今まで自民党をやったが、今回は民主党にした。自民党から働きかけがなかった。民主党? チラシをポストで見たなァ」(初老の男性)

 「この辺はみな自民党。でも『人生いろいろ』とかあったし、初めて、あの女の人(植松氏)に入れました」(中年女性)

 記者は100軒を訪ねたが、自民党から民主党へ投票行動を替えたことを認めたのは2人。「自民党に投票」は13人で、あとは明らかにしてくれなかった。山内陣営の幹部は「みんな、まだまだ自民党の影響力が怖くて表向きには民主党候補に入れたとは言わないが、実際には自民党から離れている。だから、全体の票の動向が幽霊みたいで分からない」と言う。

 香川で起こった現象について、蒲島郁夫東大教授(政治学)は(1)野党が民主党に一本化され、対抗図式が明確になった(2)小泉改革で地方都市の荒廃が進み、自民党に頼ってもどうしようもないと有権者が認識した(3)農協や企業などの社会的組織の構成員への拘束力が弱まり、組織自体も自民党とつながるメリットを見失った−−の3点を指摘した。さらにこうした流れは一過性でなく、「町村合併が進んで自民党が手足にしていた地方議員が減れば『2区現象』は全国化する」と予想する。

 選対幹部から「アホや、アホや」と言われながら、植松氏はカラオケ大会や工事現場、地域の祭りに頻繁に顔を出し、有権者個人に直接接触する戦術に固執した。ボランティアの「特殊部隊」もつくり、軽トラックの荷台に自転車4、5台を積み込み、地盤のない2、3区で自転車に乗ったボランティアがパンフレットを各戸に配った。

 党本部→県連→市町支部という上意下達のツリー構造が揺らぎ、地縁血縁を介した集票網のほころびも指摘される。その中で、香川県に応援に入った松本剛明民主党衆院議員は「植松さんの『有権者個人』に焦点を当てた戦術が奏功した」と言う。

 山内陣営の選対本部長だった自民県連の重鎮・木村嘉己幹事長(75)はこう振り返った。

 「最近の選挙は我々の予測を超えたところで動くが、何が変わったのかすらつかめない。僕らが旗を振る時代じゃないことだけは痛感するな」=つづく
毎日新聞 2004年8月17日 東京朝刊

1222とはずがたり:2004/08/18(水) 21:32
返す返すも惜しいねぇ。

参院選・敗北の理由:保守王国で何が起きたのか/7 多彩な人材に門開く民主
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/saninsen/news/20040818ddm005070170000c.html

 ◇「役人は、以前は自民党から出たが今は違う。候補の差が響いている」

 「ただ今、36歳です。会社員の夫と小学6年生の娘の3人家族です」

 7月2日夜、高松市で行われた演説会。民主党新人の植松恵美子氏のあいさつは、若さのアピールから始まった。植松氏は高松市の温浴施設「天然温泉きらら」の経営者。「香川の自民党は大した発想もないのに自分たちが社会を動かしてると勘違いしている。よどんだ空気を入れ替えたい」と、立候補に踏み切った。

 植松氏の父・木村博徳氏(63)は大手のクレーン会社「北四国クレーン」の創業者。建設会社の娘が野党から立候補したこと自体が異変だった。植松氏は90年に松下電器産業を退社。父親の会社で県内初の女性クレーン運転手として働き、「元ミス神戸大」と重機のミスマッチで注目された。

 選挙戦は経歴を生かした「新型の土建屋選挙」。ヘルメットを積み込んだ選挙カーで全県を巡回し、工事現場を見つけては立ち止まる。

 「こんにちはー。北四国クレーンの娘です」。作業員らはけげんな表情で振り返るが、「おう、選挙出とったやなァ」。握手を交わすと「現場の手だな」とほほ笑まれる。そんな光景が繰り返された。

 「(元々、自民支持の)建設会社に行って追い返されるんやったら、直接現場に行ったほうが早い」。植松氏は発想を変えた。

 参院選出馬は、昨年秋の衆院選香川1区で民主公認候補で落選した小川淳也氏(33)が持ちかけた。植松氏の実弟が小川氏の同級生として選対本部長を務め、植松氏自身も選挙を手伝った縁があった。小川氏は東大卒の自治官僚。94年に沖縄県庁に出向し、本土よりも高い国の補助率で「公共事業づけ状態」となった沖縄経済を見て「社会の新陳代謝には政権交代が必要」と痛感。01年秋、菅直人幹事長(当時)に面会し、政治家になる意思を固めた。

 民主党は自民党に比べ空白区が多く、立候補を希望すれば比較的容易に選挙区を割り当てられるゆとりがある。これが、滋賀選挙区で当選した林久美子氏(31)や植松氏など子育て中の母親を含む、多彩な人材の確保を可能にさせている。党組織が未熟という短所が、候補の擁立においては自由度が高いという長所に変わるからだ。

 一方、自民党には世襲議員や県議が議席に群がる。部外者は入り込みにくく、新鮮な選択肢を有権者に提示しにくい欠点が指摘されている。香川の衆院選挙区の自民現職は全員世襲議員。参院も今回、植松氏の猛追をかろうじてかわした県議出身の山内俊夫氏(57)と、議員秘書出身の真鍋賢二氏(69)の2人。新人が割り込む余地はない。

 今回の参院選で民主党候補の平均年齢は51・1歳、40歳代以下の比率は43・2%に上る。一方、自民党候補は平均56・9歳、40歳代以下の比率は22・2%に過ぎない。従来は、自民党からの立候補が主流だった中央官僚も、最近は民主党志向が目立つ。

 「役人は、以前は自民から出たものだが、今は違う。経済産業省などは民主党から多く出るし、それが他の省庁にも広がってきた。香川に限らず、タマ(候補)の差がじわじわと響いてきている」。自民党選対幹部は、しがらみから抜け出せない現状を嘆く。

 「田舎ではまだ共産党や社民党に抵抗感がある。でも、民主党やったらいいんじゃないかと感じ始めている。私自身も民主党は自民党に近い存在だと思っている」(自民系さぬき市議)

 2大政党化が強まった昨年の衆院選を境に、香川でも民主党の知名度は高まった。安全保障など国家の基本政策で、自民、民主の違いもあいまいになり、それが民主党への抵抗感を薄くさせたのだ。

 民主党選対は「能力に差のない政党同士なら、若い候補者が選ばれる。市場原理でいう『後発有利』が当てはまる」と今後の選挙に期待を膨らませる。

 「おきゅうをすえようといったん野党に投票した支持者が、向こう(民主党)に行ったきりになってしまうんじゃないか」。平井卓也・自民党香川県連会長の危機感は募る一方だ。=つづく
毎日新聞 2004年8月18日 東京朝刊

1223無党派さん </b><font color=#FF0000>(/3J5SzQQ)</font><b>:2004/08/27(金) 14:26
http://www.iwate-np.co.jp/news/y2004/m08/d27/NippoNews_8.html
高橋前副知事 政治活動継続へ


 7月の参院選岩手選挙区に無所属で出馬し、落選した前副知事高橋洋介氏(62)は28日、政策などの調査研究機関を発足させ、今後をにらんだ政治活動を再開する。将来の方向性は時間をかけて決めていく方針だが、高橋氏は「今回挙げた手を下ろすわけにはいかない」と“再挑戦”に意欲を見せている。

 高橋氏は参院選岩手選挙区に副知事を辞職して立候補。自民党、公明党、無所属の会の推薦を受けて戦ったが民主党公認の元県農林水産部次長主浜了氏(54)に6万票余りの差で敗れた。

 国政への進出はならなかったが、28日は選挙前から予定していた時局講演会を盛岡市内で開く。後援会関係者らに、選挙戦を総括しながら今後の身の振り方を説明するとみられる。

 同日は高橋氏が今後の活動の拠点とする「産業経済政策調査会」を設立する。同会設立委員会の委員長は、参院選で同氏の総括責任者を務めた小野繁前岩手医大学長。設立委員には、県内各界の支持者24人が名を連ねる。

 会の設立趣意書には「来るべき時に備えて高橋氏の調査研究活動と政治活動を支援したい」とあり、選挙を念頭に置いた組織であることが明確に書かれている。

 今後の政治日程を見ると、次回参院選が行われる2007年までは衆院選もないとの見方がある。知事選や高橋氏の出身地である北上市の市長選が行われるのも、07年の統一地方選だ。

 参院選で高橋氏を「公認候補並み」に支援した自民党県連は選挙後、県内各市町村に構築した同氏後援会との連携を継続することを確認。藤原泰次郎幹事長も「一緒に戦ったスタンスを大事にしたい。ただし、今後のことは腰を落ち着けて考えることになるだろう」とする。

 高橋氏は、事務所も盛岡市内丸の県庁裏に移転し、心機一転の構え。「(選挙について)今から具体的にどうこうという話はない」としながらも「せっかく後援会もできた。挙げた手を下ろすわけにはいかない」と捲土(けんど)重来を期している。

1224無党派さん </b><font color=#FF0000>(/3J5SzQQ)</font><b>:2004/08/27(金) 14:35
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&amp;d=20040827&amp;j=0023&amp;k=200408271826
連合北海道、民主「2人擁立」を評価 参院選総括 候補養成塾を提言  2004/08/27 07:23
 連合北海道は二十六日までに、七月の参院選の総括案をまとめた。民主党北海道が道選挙区(改選数二)に二人の候補を擁立したことを評価する一方、二○○七年の知事選、道議選をにらみ、同党に対し、候補者を養成する「民主塾(仮称)」の開設を求めている。九月二十二日の地方委員会で正式承認される見通し。

 総括案は当選した現職と落選した新人の得票計が、昨年の衆院選を上回る約百十六万票に達した民主党の道選挙区の結果について「衆院選を引き継ぐ結果を生み出したことは複数候補擁立の効果」と評価し、今後の教訓にすべきだとしている。

 また、民主党に対し、次期衆院選に向けた体制づくりや、○七年の知事選、道議選の戦略を策定する「政治目標の確立」、その政治目標達成のための「北海道政権戦略会議(仮称)の発足」も提言している。

1225おりーぶの木@合併反対:2004/08/28(土) 02:45
>山内氏の得票は昨年の衆院選の自民党候補に比べ、1区で17%、2区で18%、3区で19%それぞれ減少。一方、植松氏は衆院選時の民主党候補と比較し1区で2%、2区で15%、3区で21%とそれぞれ得票を伸ばした(1、3区は民主、社民の合計得票との比較)。この結果、2区では高松市に隣接した4町で植松氏が山内氏に競り勝ち、県庁所在地で民主党が得票率を伸ばす「1区現象」の周辺への拡大を裏付ける結果となった。 

組織の拘束力が少ない参院選と衆院選は単純比較できないがこの流れはさらに加速することはあっても戻ることはないでしょうね。これはもう「時代の要請」なのです。
民主党が最も注意すべき点はこれまでの躍進の後に必ず起きたようなスキャンダルで足元をすくわれないようしっかり危機管理の体制を整えること。無論、注文は多々あれどこれをしっかり心がければ政権奪取は射程圏内。それにしても香川を取れば民主51で自民党の目標議席に肩を並べたのになぁ。


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