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( ^ω^)冒険者たちのようです
101
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:23:36 ID:9tBcNMXI0
洞窟内の暗さが幸いしてか、山賊と思しき連中たちには
奥の方で身を縮こめる自分達の存在には、まだ気づいていない。
だが、少し目を凝らせば違和感に気づくだろう。
ましてや、自分が纏う白の衣服ならば、余計に目立ちやすい。
早く出て行ってくれる事を願うも、一人は寝転がってしまった。
うだうだと話をしながら、当分出ていく雰囲気はなさそうだった。
このままでは、気づかれるのも時間の問題だろう。
それならば、とツンは覚悟を決めた。
ξ;゚⊿゚)ξ(いい……? 合図をしたら、外まで走るの)
(ノoヽ)(うん、あう)
ξ;゚⊿゚)ξ(お姉さんの手を離したら駄目だからね)
(ノoヽ)(……うう?)
ξ;-⊿-)ξ(でも、もし手が離れたら、絶対に振り返らないで走りなさい)
ξ;゚⊿゚)ξ(人のたくさんいる場所まで、走り続けるのよ)
(ノoヽ)(うあ、うぁん……)
ツンの瞳には、少年の不安げな表情が映った。
だがツンの唇の動きと表情から強い感情を読み取ったか、彼はゆっくりと頷く。
102
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:24:18 ID:9tBcNMXI0
何とか大丈夫、いや、きっと上手くいく。
そう思った矢先だった。
足元で、枯れ枝を踏みしだいた音が響いた。
ξ;゚⊿゚)ξ(――焚き、木?)
その一瞬で、思考は白く塗りつぶされていく。
火を起こした後の燃えかすか何かを踏んでしまったようだった。
それは、自分が願うよりもずっと大きな音を立てて、
しつこいほどにに洞窟の壁から壁へと跳ね返り、響く。
正しく、痛恨の極みだった。
「んぁあ?」
山賊たちは、音に気付いた。
完全には視認されていないが、この純白の修道服は憎いほどに目立つ。
山賊の一人は、目を凝らしながら闇の中の違和感に首を傾げている様子だった。
身を潜める二人の元に、影はゆっくりと近づいてくる。
今となっては、先ほどの企みを実行しても、格段に成功の見込みは薄い。
それでもせめて、この少年だけでも逃げてくれれば、それでいい。
虚を突くなら、今しかない。
103
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:25:12 ID:9tBcNMXI0
ξ;゚⊿゚)ξ「――今よッ!!」
繋いだ手を固く結んで、修道服の裾をたくし上げながら、全力で駆け出した。
突然聞こえた声と走り来る人影の姿に、近づいてきた山賊の一人は低く呻いて驚き、
ツン達の進路を飛びのいて尻もちをついたようだった。
「うぉッ!?」
ξ;゚⊿゚)ξ「走って!」
無我夢中、この手だけは離さぬようにと全力で走った。
今まで生きてきた中でも、これほどの緊張感に苛まれた事はあっただろうか。
体中から冷や汗が吹き出し、血は冷たく凍りついたかのように感じられる。
ほんのわずかの距離だが、その一歩一歩がとても遠かった。
「おっ……女ァッ?!」
素っ頓狂な声を上げたその山賊は、通り過ぎる間際に腕を伸ばしてきた。
ツンは走りながら、自由な方の腕でそれを振り払った。
ξ;゚⊿゚)ξ(……外に! どこかの草木で身を隠せば……!)
あともう少し、あと数歩でたどり着く距離に、
洞窟の出口がぽっかりと口を覗かせている。
104
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:26:23 ID:9tBcNMXI0
ξ゚⊿゚)ξ(もう、これでー―)
そこで、ツンの足は止められた。
女という言葉に敏感に反応したのか、洞窟の出口前で待ち構えていた
一番の大男に、ツンは脇から腕をがっしりと掴まれる。
力は強く、振り払う事もできそうにないと判断すると、
ツンは即座に掴んでいた少年の小さな手を離した。
一瞬少年がこちらを振り返った時、力の限りを振り絞ってツンは叫ぶ。
ξ#゚⊿゚)ξ「何してんの、行きなさい! 早くッ、走るのッ!」
(;ノoヽ)「……う、うぅ……うあぁぁぁぁーっ!!」
鬼面の如き表情を浮かべて、怒声混じりのツンの叫び。
子供はびくっと驚きながらも、ツンの身を案じてか一度だけ振り返り、
やがて洞窟を抜けて、いずこかへと、走り去っていった。
「おいおい、なんだってこんなシケた場所に尼さんがいるんだぁ?」
「うほほぉぉっ! それよか、極上の上玉だぜ、こいつはよぉッ!」
「さぁさ、中に戻ってさ……一緒に楽しもうじゃねえか、嬢ちゃん」
腕を掴まれたまま、ツンはその場に両膝から地面に崩れ落ちた。
ξ;゚⊿゚)ξ(無事に彼が、人里に辿り着けますように……)
105
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:27:17 ID:9tBcNMXI0
* * *
(;ノoヽ)「うぁっ、うぁっ、ふぐぅ……!」
言いつけ通りに駆け出した少年は、洞窟に置いてきたツンの事が気がかりだった。
何度もそちらの方へと振り返ったが、彼女が後を付いてくる様子はない。
頭は混乱するまま、ツンの言いつけを守って、ただひた走った。
だから、目の前から誰か人の姿があった事に、気づく事が出来なかったのだろう。
勢いのままに少年は目の前の人物とぶつかり、跳ね返された勢いで地面に倒れ伏せる。
その相手に叩かれるのではないかと思って、思わず少年は頭を手で覆った。
だが息を切らせていた少年に、その旅人は手を差し伸べている。
(´・ω・`)「何か、あったのかい?」
一人の旅人は、たまたまそこへ通りがかった。
外套の下、僅かにはだけた胸元の下には、それを覆い隠すようにして、布が巻かれている。
”ショボン=アーリータイムズ”
大陸全土の魔術師がその場所に籍を置く者を羨望の眼差しで見るという
かの魔術研究機関”賢者の塔”にその名を連ねるという栄誉。
その彼が脚光を浴びていたのも、つい最近までの話だった。
106
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:28:04 ID:9tBcNMXI0
(;ノoヽ)「あ――あぅう、おぉう!」
(´・ω・`)「一度、落ち着いてくれるかい?
何を焦っているのか、教えてくれれば……」
ショボンは立ち上がった少年の背丈にまで身を屈めると、再度手を差し出した。
そんな二人の前に、どこか遠くから女性の叫び声が響いた。
(――その汚い手を離しなさいよ! 小悪党どもッ!――)
少年は声の聞こえた先を指差しながら、ショボンの外套を引っ張った。
引き寄せられるまま、急ぐ少年に歩調を合わせて少しの距離を歩くと、
やがてショボンの目には、一人の女性が三人組の男たちに腕を引かれている光景があった。
はた、とその歩みを止めると、すぐに少年と共に近場の木陰に身を隠す。
明らかにただならぬ雰囲気を感じ取り、彼らが助けを必要としているのを理解した。
(´・ω・`)「あの人が、囚われているのか」
(ノoヽ)「あ、あうぅ、あうぅあ」
ショボンは少年の口元を手で覆い、彼が大声を上げる事を制した。
洞穴の前でもみ合っている様子を伺える場所にまで移動し、向こうからの死角を位置取る。
107
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:29:32 ID:9tBcNMXI0
女性が襲われていて、この少年はそこから逃げてきたのだという事実を整理し、
助けを求められている現状での立ち回り方を模索していた。
(´・ω・`)(野盗だな……数は、3人)
胸の前で作った握りこぶしを眺めて、歯噛みする。
武器と言えるような一切を所持しておらず、数の頼みもない。
だが彼は本体、凶暴極まりない人鬼ですらをも叩き伏せる、魔術の遣い手である。
その分野では冴え渡っているはずのショボンが、この時ばかりは思案にあぐねていた。
(;ノoヽ)「おぉあ、あうええっ」
(´・ω・`)(……彼らを助け出そうというのか、この、非力な身で)
聾唖の少年は、哀願するかのような眼差しをショボンに向けている。
こんな状況では、助けを求められれば応じるしかないという腹づもりではある。
だが芽生えた正義感とは裏腹に、野盗と渡り合えるだけの力がないという事実。
最悪、身包みを剥がされて亡骸を野に晒されて終わりだ。
本来、魔術を操るはずの彼ならば、その限りではないはずなのだが。
「いやっ……離してッ!」
幸いにして、けたたましく喚く彼女の様子から、まだ時間の猶予はあると思えた。
108
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:30:10 ID:9tBcNMXI0
先ほど覗かせた修道服を見る限り、教会の人間だろう。
穢れを知らぬ彼女らが、このままでは卑劣漢どもの慰みものとして、
いずれ抵抗する気力すらも根こそぎ奪われる程の憂き目に遭うのは必然。
苦々しくも、想像に易かった。
(´・ω・`)(だが、見過ごせるはずもない)
周囲を見渡して、状況を打開出来るような道具を探してみるものの、
手近な場所にあったのは、両手に収まる程度の大きさの石ころくらいだった。
その石を拾って手に取ると、不安げな少年の方へ頷いた。
(´・ω・`)(使えるな)
「いいの……!? アンタそれ、食いちぎってやるんだから!」
(´・ω・`)「やれやれ、威勢の良い事だ)
「やッ、やめなさい、アンタ達! 死んだら絶対地獄に落ちるんだからね!」
(´・ω・`)(なら、それに甘えて、もう少しだけ機を待たせてもらうとしよう)
女が浴びせる罵倒の数々に、ショボンは思わず苦笑した。
いずれ訪れるであろう好機を狙い済まして、
ショボンは奥へと連れ去られていった女性を助けるべく、潜みながら近づいていった。
109
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:31:06 ID:9tBcNMXI0
* * *
どうにか少年だけでも逃す事が出来た。、
だが、この野山をぼろの布切れ一枚羽織って駆け回るというのは、
年端もいかぬ幼子にとっては、酷な思いをさせることになるだろう。
だがツンを取り巻く状況は、それ以上に厳しかった。
必死の抵抗も空しく、一番の体格を誇る大男にかかっては、
軽々と洞窟の中へと押し込められてしまっていた。
すぐに地面へと組み伏されると、子分格らしき二人が腕を伸ばして、
じたばたと抵抗し続けるツンの四肢を拘束する。
ξ#゚⊿゚)ξ「やめなさい! こんな事して、ただじゃおかないんだからね!」
「えひゃひゃひゃ、随分と元気が有り余ってるじゃねぇか」
「こんなヒラヒラした服着てよう、俺らを誘ってんだろ?」
「ひゃひゃ……こいつぁいい。しかもこの女、どうやら尼さんだぜ?」
庶民と比べては、ツンの身なりはかなり特異で目立つだろう。
男たちは物珍しそうに唸りながら、気丈に抗うツンの表情からそのつま先までをも、
じっとりと舐めるようにして眺めている。
男たちの視線に激しい嫌悪感を露にして、ツンはそれでも毅然と睨み返す。
「いやぁ……たまんねぇ、まさかこんなべっぴんとやれるなんてな」
110
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:32:13 ID:9tBcNMXI0
「おう、こいつは神様からの贈り物だぜ。」
「ってこたぁ勿論、初物なんだろうなぁ……うひゃひゃ!」
ξ;゚⊿゚)ξ「――下劣な!」
若さというそれ自体が光沢を放っているかのように、
瑞々しさの溢れるツンの柔肌を、欲望のままに貪ろうとする山賊達。
他者を踏みにじってでも欲を満たさんとする彼らの姿は、
ツンの目には妖魔の類とそれほどの差はなかった。
下卑た卑劣な笑顔に、救われるべき人間ばかりではないのか、という考えが過ぎた。
ついに薄汚い手が、ツンの衣服を捲り上げようと伸びた。
必死に手で押さえながら、足で何度も蹴り上げ、全力で抵抗する。
だが、自分の力ない攻撃では、怯ませる事も出来ない。
「そら、祈ってみなよ! 案外助けてくれるかも知れねえぜ?」
「そりゃあいい、ひゃっひゃひゃッ!」
ξ;゚⊿゚)ξ「い、いやッ……」
神に助けを乞うたが、心は既に挫けつつあった。
その願いが聞き届けられる事はないのだろう。
111
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:33:06 ID:9tBcNMXI0
いよいよ気色の悪い感触が、ツンの白い太腿へとのたうちながら入り込んでくる。
身体全体をびくっと硬直させ、そうして抗う事も忘れてしまい、
何も考えられず、身体を這いずりまわる、恐怖だけが──
ξ ⊿ )ξ「い……」
ξ;⊿;)ξ「……いやぁッ……!」
自身の身体が蹂躙され、穢されていく事への恐怖に震える。
短い悲鳴と共に、自然と瞳からは涙がこぼれていた。
「がぁっ」
ξ;⊿;)ξ「……?」
突如、自分の太腿へ手を這わせていた一人の男が、突然素っ頓狂な声を上げた。
間をおいて、白目を向いて倒れ込んだ男から、怯えて身をかわす。
自分の元にごろごろと転がってきたのは、両の手ほどの大きさの石だった。
「な、なんでぇ!?」
どこからからか飛んできた石が見事に男の頭部を直撃し、
そのまま一人は気を失ったようだった。
山賊たちは一瞬、落石を疑って洞窟の天井を眺めて動きを止めた。
ツンの衣服を捲くりあげていた山賊の一人は大男の一瞥で促されると、
後方の様子を確認する為、恐る恐る入り口まで歩いていった。
その男が外の様子を覗き込んだ時、男が声を上げる。
112
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:34:09 ID:9tBcNMXI0
「な、なんでぇ! おまッ……!」
言いかけた時には、ごつんという鈍い音が響いた。
どうやら、岩陰から手が振り下ろされていた。
こちらまで響くほどの鈍い音の直後、そこで男の意識は途絶えた。
頭を抑えながら地面へと力なく倒れこむと、すぐに気を失ったようだ。
「チッ……なんだぁ、テメェ?」
残された一人の山賊、大男は思い切り顔をしかめながら舌打ちした。
同時に腰元にぶら下げた剣を、すらりと抜き出す。
やがて睨みつける視線の先に、外套を纏う一人の男が姿を現す。
(´・ω・`)「もっと他愛無いと思ったけど、案外難しいものだ」
洞穴内に差し込む逆光を背に立っていたのは、外套に身を包む一人の旅人風の男。
両手に大きな石を抱えて、その場に佇んでいた。
先ほどの男は、脳天にそれを振り下ろされたのだろう。
こんな人気の無い場所で助けが来るなど、そうある話ではない。
諦めかけていた折のこの事態に、ツン自身も驚きを隠せなかった。
「何のつもりだッ! てめぇ……!」
(´・ω・`)「まぁ、立場上は君達以上の悪党なんだが」
(´・ω・`)「卑劣な真似を見過ごすことが出来ない、損な性分とだけ」
そう言って石を顔の近くで構えると、重心を少し落とした。
113
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:35:18 ID:9tBcNMXI0
彼は戦うつもりのようだった。
そんな、武器と呼ぶにはあまりに頼りない、石くれ一つで。
一方の大男はろくに手入れもしていないであろうが、剣を持っている。
体格でも武器でも劣るその男がやられてしまうのは、火を見るより明らかだ。
ξ;゚⊿゚)ξ「……無謀よ!……逃げてっ!」
「御託並べてんじゃねぇッ!」
ツンの叫び声と同時に、山賊は剣を手に突っ込んで行った。
上半身に向けて振るわれたそれから、旅人は辛くも身を逸らした。
(;´・ω・`)「ふッ」
「オラァッ、ぶち殺してやらぁ!」
続けざまに一振り、二振り。
もみ合うようになりながら、懐に潜り込んでそれらも避けた。
だが、その直後に膝で腹を蹴り上げられる。
(;´・ω-`)「ぐぉッ」
低く呻き怯んだそこで、間髪入れず山賊の拳が顔面に振り下ろされた。
勢い良く吹き飛ばされると、そのまま地面に引きずられる。
ξ;゚⊿゚)ξ「危ないッ!」
旅人はまだ立ち上がれない。
だが、山賊はその頭に容赦の無い剣の一撃を、一直線に振り下ろす。
眼前で血の飛沫が舞うのを想像し、ツンは思わず目を背けた。
直後に、金属が叩かれる破裂音が甲高く轟く。
ややあって、恐る恐る瞼を開けると、旅人はまだその場に立っていた。
114
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:36:22 ID:9tBcNMXI0
「……おぉ。しぶてぇなぁ」
(;´・ω・`)「ふぅ、ふぅ」
肩を大きく上下させながら、荒い息遣いがこちらにまで聞こえた。
顔の中心で石を構え、剣の打ち込みを辛うじて弾いていた。
だが、たった一度凌げた所で、そこから状況を変えるには至らない。
かと思えば、顔の前で掲げていた石を地面に転がした彼は、両の手を力なく放り出した。
もはや防ぎきれないと思って、諦めてしまったのだろうか。
だが、詮無き事ではある。
たった一人で二人の山賊までをも石ころだけで倒してのけた。
その事実だけで、十分な感謝と賞賛に値する。
「さてと……喉か、心臓か、目か。どこをえぐられてぇ?」
そう言って山賊は旅人の肩を強い力で鷲掴みにして、
彼に向けた剣の切っ先で、ぺたぺたとその頬を叩いた。
(;´-ω-`)「参ったね」
ξ;゚⊿゚)ξ「だ……駄目……!」
自分を助けようとしてくれた旅人が、目の前で殺されてしまう。
光景を目の当たりにしたツンは立ち上がり、山賊の大男に叫んだ。
115
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:37:17 ID:9tBcNMXI0
ξ#゚⊿゚)ξ「私なら、どうなってもいい……」
ξ#゚⊿゚)ξ「だから、その人をすぐに離しなさい!」
力一杯に怒気を孕んだツンの叫びも、山賊からしてみれば
まるで空気のようなものとしか感じていないだろう。
肩越しに冷たくツンを一瞥する、濁った瞳。
「駄目だな」
ξ;゚⊿゚)ξ「じゃあ、どうすればッ──!」
「こいつを殺すまで大人しく待ってな、すぐに可愛がってやるからよ」
ツンの柔腕では、何一つ力になれる事など無い。
自分を助けてくれようとした人間が殺されようとしているのに、
そんな場面にあっても、ツンにはただ指を加えて成り行きを見守ることしかできない。
その後には自分は辱めを受けて、身も心も汚されるだろう。
無力さに、俯いて肩を落としてツンは呟いた。
ξ;゚⊿゚)ξ「……何も出来ないじゃない……私なんて……」
そんな無力感が、旅の出立を決意した自身への自責の刃として容赦なく心を抉る。
顔を両手で覆うと、感情が昂ぶり、こみ上げてくる。
指の隙間からは、またも涙の雫が地面へと伝い落ちた。
116
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:38:10 ID:9tBcNMXI0
ξ ⊿ )ξ(結局自分なんか……誰の役にも立てないんだ)
(´・ω・`)「………」
視界の端に、その場に膝を折ったツンを、気にかける旅人。
剣を突きつける山賊の頭を通り越し、どこを見るでもなく天を仰ぎながら
淡々とした口調で、ツンにゆっくりと語りかけた。
(´・ω・`)「……どうやら、君は優しい女性のようだね」
ξ゚⊿゚)ξ「――え?」
(´・ω・`)「普通の人間ならば、まず自分が助かる事を願うはずだ」
「うるせぇぞ」
剣の切っ先を彼の喉へと向けて睨みつける山賊を目の前にして、
彼は極めて平静を保ったまま、なおも言葉を紡いだ。
(´・ω・`)「それを、自分が助かるなどどうでもいい、とばかりに君は言う」
(´・ω・`)「なればこそ命を投げ打つ……その覚悟を決める、価値もある」
ξ゚⊿゚)ξ「何を……」
「最後の言葉はそれでいいのか? じゃあ、そろそろおっ死んじまいな」
117
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:40:27 ID:9tBcNMXI0
山賊が、いよいよ剣を振り上げた。
だが、命を投げ打つ覚悟を、と口にした今の旅人の顔は、
これから死にゆく人間のそれには、思えなかった。
(´・ω・`)【我が身に漲る 魔力の奔流よ】
そう唱えて、垂れていた手を胸の前でかざした。
(´・ω・`)【光を紡ぎて 闇を穿たん】
指差しを形作ると、自分に剣を突きつける山賊の方へとそれを向けた。
(´・ω・`)「――【魔法の矢】」
ξ゚⊿゚)ξ「ッ!?」
一筋の閃光が、眩く闇を照らした。
束ねられた帯状の光が、意思を持ったかのように収束し、解き放たれた。
瞬きの間の出来事であり、それはまるで、光で模られた一本の矢のようであった。
「ぐ、ぎゃあっ!」
その矢は、男の太腿あたりを文字通り貫いた。
質量を持たぬはずの光がもたらした外傷に、たまらず山賊はその場に崩れ落ちた。
賢者の塔が授け伝える、”魔術”によるものだった。
ξ;゚⊿゚)ξ(――この人、魔術師だ)
118
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:41:15 ID:9tBcNMXI0
下肢を撃ち貫かれた痛みに喘ぎ、苦痛に顔を歪める大男は剣を取り落としていた。
転がっていたそれを、旅人は即座に後ろへと蹴り飛ばした。
「ぐぅッ……て、てめぇ……魔法か!?」
(´・ω・`)「やれやれ……」
地面に片膝をつき、傷口を手で押さえながら、山賊は顔を歪める。
事もなげに、旅人は外套の土ぼこりを手で払いのけると、立ち上がった。
(´・ω・`)「時間がない。
さっき自分でも言ったが、僕は君らのような賊なんぞよりも、
よほどたちの悪い悪党なんだ――それこそ、手配書が出回る程にね」
(´・ω・`)「次はこの心の臓を、今のように射抜いても構わないんだが」
「な……や、やめろ!」
その手から放った光の矢によって瞬く間に形勢を逆転させた男は、
途端に饒舌になって喋りだすと、それまでとは違って威圧的な口調だ。
(´・ω・`)「だが、今は君達なんかに興味は無い」
そう言って、ちらりとツンの方へと視線を送る旅人。
片目をぱち、と一度だけ深く閉じこみ、合図を送っているようだった。
垂れ眉の旅人が話す言葉こそ物騒なものではあるが、
ツンの目からはそれほどの悪漢には到底見えなかった。
(´・ω・`)「それよりも、そこにいる綺麗なお嬢さんが、
僕の実験の、実に良い素体になってくれそうなんでね」
119
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:42:56 ID:9tBcNMXI0
(´・ω・`)「だが、どうしてもこの場を退けないというのなら、仕方ない」
(´・ω・`)「代わりに君達の身体の器官一つ一つを取り出して、
実験材料にさせてもらうとするよ」
ξ゚⊿゚)ξ「………」
呆気に取られて、ツンはその光景をただ眺めていた。
魔術師は、どこか台詞めいたように言葉を語っている。
命の危険を冒してこの場に現れた彼が、そのような悪人だとは感じられなかった
一応は自分も怯える素振りなどをして、山賊たちに見せておいたほうが
彼の助けになるのかと思ったが、どうやらそれは杞憂だった。
「ひぃっ、頼む! やめてくれッ!」
身体に風穴を開けられた大男は、予想以上に怯えを見せている。
先ほどの魔術がよほど堪えたのだろう。
山賊の反応を見て、愉しむかのようになおも魔術師は続けた。
(´・ω・`)「……それなら、早くお仲間を連れてここから立ち去ることだ。
その出血量だと、下手をしたら一刻もすれば命に関わるよ。
すぐに、どこかで手当てをお勧めするなぁ」
その顔を見上げる山賊には、自分の目の前に立って不敵な笑みを浮かべる魔術師が、
よほどの大悪党に見えているのかも知れなかった。
山賊の大男は片足を引きずりながら、急いで仲間を叩き起こして回る。
120
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:44:38 ID:9tBcNMXI0
「お、おい! お前らッ、起きねぇか!」
頭に石を叩きつけられて気を失っていた山賊達は、意識も朦朧とする中、
苦痛に顔を歪めながら自分たちの頬を何度も叩く大男の異様な様子を察したようだ。
(´・ω・`)「一人もこの場に残さないように頼むよ」
魔術師は手に指差しを象り、なおも山賊に向けている。
リーダー格のただならぬ慌てふためきように、
一人、二人と叩き起こされると、混乱している様子だったが、
首根っこを掴まれ引きずるようにして洞窟から連れ出されて行く。
振り返る事も無く脱兎の如く洞窟を飛び出すと、そのまま山中へと消えていった。
その背中を見送った後、魔術師はその手を下ろした。
後に残されたのは、ツンと魔術師の彼だけだった。
ふぅ、と嘆息した後に、魔術師はツンの様子を気遣い言葉をかける。
(´・ω・`)「大丈夫かい?」
その問いかけに、ツンは現実へと意識を引き戻された。
先ほどまではもはや山賊どもの慰みものとされてしまう恐怖に怯えていた。
だが、突如現れたこの一人の旅の魔術師によって、自分は救われたのだ。
121
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:45:24 ID:9tBcNMXI0
ξ゚⊿゚)ξ「……は、はい!」
危ない所を助けて頂いて、本当にありが──」
ぺこりと頭を垂れるツンの仕草は、手で遮られた。
人助けをした直後だというのに、見ればその表情は晴れやかなものではなかった。
(´・ω・`)「いいのさ、自分が好きでやったことだ。
それよりさっきも言ったが、時間がないからよく聞いて欲しい。
(´・ω・`)「これから、僕は死ぬかも知れない」
ξ゚⊿゚)ξ「……はい?」
(´・ω・`)「正確には”死ぬ程の苦痛にのた打ち回る”だろう。
あるいは――本当に死ぬかも知れない」
(´・ω・`)「だが、あいにくと君ではどうする事も出来ない。
だから、僕の事は気にせず下山するといい、助けはいらない」
ξ;゚⊿゚)ξ「ど、どうして?」
(´・ω・`)「……発症するまでの感覚がこれまでに無く長い。
これは、いよいよ覚悟が必要そうだ」
ξ;゚⊿゚)ξ「あ、あのそれはどういう……」
まるで事態の飲み込めていないツンを置き去りにしたまま、
魔術師は一人語る。胸元に手を置て、身体の節々を眺めては、
何かを確かめるように、厳しい表情だった。
122
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:46:09 ID:9tBcNMXI0
完全に置き去りにされ、状況の理解が出来ぬツンを傍目に、
魔術師が再び口を開きかけた、その時だった。
彼の身に、異変が起きた。
(´・ω・`)「さっき僕が、命を賭ける価値があると言ったのは、こういう……」
(;´ ω `)「ッ!? ……ぐぅッ、ごほぉッ!!」
ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっと!?」
突如として胸を押さえ、彼の四つん這いになって、地面へと崩れ落ちた。
手足はぶるぶると痙攣し、手の平を一心に見つめて、正気を保とうとしているようだ。
(;´ ω `)「がはッ!ぐぶぅッ」
だが、すぐに地面へと横ばいになると、口からは夥しい量の血を吐き出した。
声にならない声を上げて、大きく背中を反らせてのたうち回り始めたのだ。
先ほど、彼自身が言っていた現象が、現実として起きている。
病の一種だとしても、、医学の知識を持たぬツンには理解が及ばない。
だが、彼の命が危機的状況にあるという事だけは、すぐに分かった。
ξ;゚⊿゚)ξ「大丈夫ですか!? しっかり……しっかりしてッ!」
苦しそうに押さえている胸元の手を握り、ツンは膝に彼の頭を寝かせる。
吐血がツンの純白の衣服を染め上げていくが、身体をさするので精一杯で、
それどころではなかった。
口からはやがて血泡を吹き、胸を掻き毟るようにして苦痛に喘いでいる。
異常な状態だというのは解るが、解決すべき策は見当たらない。
123
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:47:28 ID:9tBcNMXI0
薬もなく、医者も居ない。
今ここに居るのは、自分の身一つだけ。
人里へ降りて助けを呼ぶにも、そんな時間が残されているとも思えない。
この旅人を救える人間は、今この場に、ツンしかいなかった。
祈りを捧ぐことしか出来ない、非力なこの身しか。
(;´ ω `)「ぅ……うぅッうぅ……ッ!」
獣のようにうなり声を上げ、もはや白目を剥いている。
意識が途絶えるのも時間の問題だろう。
意識してのものかはわからなかったが、その魔術師の手は、
ツンの白く小さな手を、ぎゅっと握り返した。
ξ;゚⊿゚)ξ「……苦しい、んだよね……死にたく、ないよね……」
強くツンの柔指を握り締めるその手からは、体温とともに、
徐々にそれを握る力も失われていく。
彼は死の淵で、必死にもがいているようだった。
ツンの手がまるで生死の境目であるかのように、離すことはなかった。
ξ-⊿-)ξ「私に、出来ることは……」
彼の苦痛を和らげるように努めることで精いっぱいだったが、
その中で、ツンは一つの可能性に託す事を考えていた。
何かに秀でたわけでもなく、命を救う術に長けたわけでもない。
だが、たった一つの事にこれまでの人生の多くを捧げてきた。
自分は聖ラウンジの信徒であり、名高き司教、アルト=デ=レインの娘――
ξ-⊿-)ξ「……そうよ」
124
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:48:46 ID:9tBcNMXI0
ξ゚⊿゚)ξ「祈る事しか出来ない私だからこそ、たった一つ可能性はあるじゃない」
もはや力ない手を握り締めながら俯くツン。
そう呟いた彼女が再び顔を上げた時、彼女の瞳には、まだ諦めの色はなかった。
ξ-⊿-)ξ「来る日も来る日も一心に祈りを捧げて……
神に見初められた信徒だけが賜る、”聖ラウンジの奇跡”ですって……?」
ξ#゚⊿゚)ξ「……舐めんじゃないわよッ!」
ξ#゚⊿゚)ξ「私はこの人に助けられたんだから……だから、絶対助ける」
ξ#゚⊿゚)ξ「普段から崇められて、祀られて、沢山の人たちに祈らせてるんだから。
……たまにはこっちのお願いを聞いてくれたって、罰は当たらないわよね!」
この大陸で儚く消えていく命たちに対して、何か出来る事はないだろうか。
そんな力が自分にもしあれば、どういう風に使っていくのだろうか。
――教会の窓から、物憂げに外を眺めて浸っていた、夢のような話ではない。
幼い子供とツン自身を救ってくれた人間が、まさに目の前で命を落としかけている。
ここにいるのは、自らの力不足にうなだれていた、さっきまでの自分ではない。
ただ、この命を救う事だけを願った。
”奇跡を起こす”という事を、己に課した祈りを捧げる。
ξ-⊿-)ξ(どうか、何も取り柄のないこの娘の言葉をお聞き入れ下さい。
聖ラウンジの神、”ヤルオ=ダパト”よ。
この地に住まい、救いをもたらす我らが主よ)
125
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:49:57 ID:9tBcNMXI0
ξ-⊿-)ξ(どうか……どうかこの人の命を、助けてあげて下さい)
それは、聖教都市で学んだような、形式ばった言葉ではなかった。
いつしか日々の勤めとして枠に囚われていた、聖職者として恰好のつく言葉ではない。
ただ、命のぬくもりをつなぎ留めたいがための、偽りなき彼女自身の願い。
心の叫びを、ただ一つの願いを託して、祈りに込めた。
心の中で唱えながら、ツンの柔腕に力なく身体を預ける魔術師の顔を見る。
呼吸も困難になってきたようだった。
唇は震えて顔は青ざめ、その瞳はもはや空ろで、意識も失っている。
(;´ ω `)「……」
神への懇願は、やがて自然と口に出ていた。
今、救いが必要なのは誰とも知らぬ多くの民草ではない。
危険を顧みずに必死に自分を救い出してくれた、ここにいる一人の男性。
ξ-⊿-)ξ「一生の……お願いです」
数十年に渡って従順な聖ラウンジの信徒であり続けた父ですら、
実際に主、ヤルオ=ダパトの声を聞けた事は一度きりだったという。
今、ツンは真に神の信徒として見初められた存在でなければ賜れぬという、
聖ラウンジの奇跡に全ての想いを託して、ただ祈った。
呟いた後、空虚な沈黙が支配する。
126
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:50:38 ID:9tBcNMXI0
ξ-⊿-)ξ「………(すぅぅぅぅぅ)………」
大きく息を吸い込んだあと、諦めず一心に強く、強く祈った。
体温が冷たく引いていく彼の手を両の手で握りながら、その手ごと、額に当てて願う。
ξ ⊿ )ξ「奇跡を、起こして───」
願いのを言葉にしたその瞬間、ツンの意識は───空を飛んだ。
* * *
気がつけば、全てが白き光に染め上げられていた。
その中にあって、身体の感覚がないのか。
あるいは、この場に自分という実体自体がないようにも感じられた。
ただただ真っ白に、うすぼんやりと光がを差す場所。
まるで白昼夢見ているかのようだったが、その境界すらも認識できない程に、
現実か虚構かがあやふやな、不可思議な暖かさに包まれた場所だった。
ややあって、頭の中に直接語りかける声が、近づいて来るように感じた。
耳を澄ますように意識してみれば、確かに声が聞こえるのだ。
127
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:54:38 ID:9tBcNMXI0
____
/ \
/ ─ ─ \
/ (●) (● \
| (__人__) | ──我こそはヤルオ=ダパト──
\ ` ⌒´ /
それは、煌びやかな白い光たちに引き連れられるようにして、
ぼんやりとその大きな顔を浮かび上がらせた。
この場に自分の身があるのであれば、驚きのあまり大声を上げていた。
限りなく非現実的なこの状況だが、一つだけ確信があった。
今自分は、父アルトが聞いたとの同じように。
聖ラウンジが崇める神、”ヤルオ=ダパト”の声を聞いているのだと。
____
/ \
/ ─ ─ \
/ (●) (● \
| (__人__) | ──そなたの、一点の曇りなき願いは届いた──
\ ` ⌒´ /
128
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:58:49 ID:9tBcNMXI0
____
/ \
/ ─ ─ \
/ (●) (●) \
| (__人__) | ──自分を省みず 他者を助けたいと真摯に願うそなたにならば 託そう──
\ ` ⌒´ /
語りかける声は心地よく、優しく包むような、
暖かい安堵感がもたらされていた。
この時ばかりは、逼迫していた現実の状況というものを忘れていた。
心に焦燥はなく、ただ、主の温もりに触れていた。
____
/ \
/ ─ ─ \
/ (●) (●) \
| (__人__) | ──聖ラウンジの秘術 奇跡の御業を そなたは望むか──
\ ` ⌒´ /
____
/ \
/ ─ ─ \
/ (●) (●) \
| (__人__) | ──そなたが願うのならば 切なる祈りは 確かな力となる──
\ ` ⌒´ /
129
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 02:59:46 ID:9tBcNMXI0
AA崩れてました
130
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:01:48 ID:9tBcNMXI0
聖ラウンジの秘術、聖術の奇跡。
ヤルオ=ダパト神を信仰するものばかりでもなく、
それが得られるのならば、きっと誰もが欲する”力”となり得るだろう。
それを何と言ったか、この自分に授けると聞こえた。
自分は”力”などいらない、だが、それで誰かを救えるというのならば──
誰かに”救い”をもたらせる”力”ならば欲すると、ツンは今一度願った。
____
/ \
/ ─ ─ \
/ (●) (●) \
| (__人__) |──そうか 確かに授けた 我が名はヤルオ=ダパト──
\ `⌒´ ,/
131
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:03:55 ID:9tBcNMXI0
____
/ \
/ ─ ─ \
/ (●) (●) \
| (__人__) |──かつてニュソクの地で生まれ 多くの人の想いが造りし神──
\ `⌒´ ,/
____
/⌒ ⌒\
/( ●) (●)\
/::::::⌒(__人__)⌒:::::\ ──いずれまた会おうお? 心きれいな娘さん?──
| |r┬-| |
\ `ー'´ /
どうやら、主はツンの心象世界での願いを聞き入れたようだった。
最後に、その屈託ない笑みと、少しどころでなくくだけた神の言葉を耳にした。
意識全体が、今度は真っ黒な渦に吸い込まれていく。
来た時と同じように、意識は再び別の場所へと飛ばされた。
* * *
132
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:04:36 ID:9tBcNMXI0
ξ ⊿ )ξ「………ん!」
ツンが意識を再び取り戻した時、そこはなんら変わらぬ景色だった。
(;´ ω `)
腕の中には、まだ旅人が辛うじて息をしている。
意識を失ってはいるが、なんとか呼吸だけはしている。
今、自分は、一瞬だけまどろんでいたのか。
今しがたの夢現の出来事と現状とが混ざり合い、記憶に混乱が生じていた。
記憶を遡ろうとしたところで、自分の身に起きた異変に気付いた。
ξ゚⊿゚)ξ「これって……」
自身の手や身体を、うっすらと覆う、翠色の光。
それらは自分の内側に宿るようであり、身体の周囲を巡っては、霧消していく。
だがそれでも、次々と泉のように湧き出てくるようだ。
ξ゚⊿゚)ξ「まさか、本当に……」
これならば、いける。
ツンはその事への、確信を得た。
抱きかかえていた彼の身体を地面へとそっと横たえると、
迷いのない動作で、彼の胸元を覆っていた包帯を取り払った。
ξ゚⊿゚)ξ「!」
133
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:05:17 ID:9tBcNMXI0
ツンがの瞳に映ったのは、まるで自らを閉じ込める胸板を突き破ろうとするように、
薄皮のすぐ下で縦横無尽に黒い発光体が暴れ回っている光景。
だが、実際の生物か何かが入っている訳では無さそうで、
実体があるかもあやふやなそれは、まるで何らかの呪いを受けたかのようだった。
ξ;゚⊿゚)ξ「生き物、なの? それとも……」
(;´ ω `)「………ッ……!」
あれこれと詮索を入れている時間は、もうほとんど無さそうだった。
胸の中で何かが暴れるたび、彼の身体は大きく仰け反っている。
たとえ精通した名医であっても、こんな症状を快癒させる事は不可能に思える。
だがもし仮に、”奇跡”が起こり得るのならば───
ξ゚⊿゚)ξ「……どうみたって悪性の物よね、これは」
ξ゚⊿゚)ξ「見てなさい」
ξ-⊿-)ξ「今の私になら……出来ると、そう信じてる」
発光体が怪しく蠢くその胸部へ、そっと両の手をかざした。
目を瞑ると、心の中で祈りを捧げながら、言葉を唱える。
134
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:06:14 ID:9tBcNMXI0
ξ-⊿-)ξ「……【聖ラウンジの偉大な主の名の下に】」
ξ-⊿-)ξ「【消え去れ 生者の命を脅かす 悪しき存在よ】」
ξ゚⊿゚)ξ「【そして儚い命の灯に 再び光があらん事を】ッ!」
一点の曇りなき願いの塊を、心の中で一息に爆発させた。
────そして、辺りは光に包まれる。
とても眩く、暖かく、そして優しい光が、満ちる。
手をかざしていたツン自身が驚いてしまうほどのものだった。
それでも、怯む事なく、蠢くものを消し去る事だけを念じた。
ξ゚⊿゚)ξ「――苦しんで、いるの?」
ツンが創造した奇跡の前に、今まで以上に暴力的に這い回る胸の影。
もう、すぐにでも胸を突き破って飛び出てきそうなほどだった。
(;´ ω `)「………かはっ!」
魔術師は、そこで呼吸を取り戻した。
深く息を吐き出しながら、大きく一度咳き込んだ。
それが、きっかけになったかのようだった。
ついにその影は、眩い光に吸い上げられるようにして、
ゆっくりとツンの目の前にまで姿を現した。
135
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:07:07 ID:9tBcNMXI0
ξ;゚⊿゚)ξ「こんなものが……身体の中に……」
ピギョォッ ギョォーッ
浮かび上がった不定形が、蠢く。
この気色の悪い影は、意思を持っているようであった。
小さな声ともつかぬ奇怪な音色は、不快で耳障りなものだ。
聞いているだけで、肌に怖気が走ってしまう程に。
(;´ ω `)「……ハァ……ゴホッ、フゥ……」
ξ ⊿ )ξ(良かった……本当に)
彼の様子を気に掛けると、胸から異物が取り除かれたことで、
徐々に肌は赤みを取り戻しつつあり、呼吸も先ほどよりか落ち着きつつある。
後は、”これ”を完全に消し去るだけだ。
ピギョォッ ピギャァッ
ξ゚⊿゚)ξ「さて……なんだか可哀想な気もするけど」
ξ゚⊿゚)ξ「あなたは、きっと育っちゃいけない存在なの」
136
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:07:42 ID:9tBcNMXI0
ξ-⊿-)ξ「だから───さよなら」
眼前に浮かび上がったそれに向けて、両手を突き出す。
たったそれだけの事で、光の中で影は一層もがき苦しんだ。
光の粒に溶け込んでいくようにして、やがて───それは完全に消え失せた。
* * *
(;´・ω・`)「こいつは驚いたな」
それから程なくして、意識を完全に取り戻した魔術師は、
意識を失っていた間の事の顛末をツンから聞き及ぶと、
驚きのあまり自分の身体と、ツンのその表情とを幾度も見比べていた。
ξ゚⊿゚)ξ「私もよく分かってはいないんだけど……
信じられません、よね?」
にわかには自分でも信じがたいと、ツンは思う。
父がそうであったように、幾年、幾歳月を信仰に使い果たした
名のある信徒であっても、かの聖ラウンジの秘術を用いる術を
得られる者など、ほんの一握りの人間だけであった。
それを、まだ齢にしてたった十八の自分が、その一人に選ばれた。
実際に主の声を聞きながら、聖術の奇跡を賜ったのだ。
奇跡以外に言いようのない事実に対して、未だ実感は沸かなかった。
137
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:08:21 ID:9tBcNMXI0
(´・ω・`)「いや、勿論信じているさ。
この胸にあったはずの、あの厄介な烙印が、嘘のように癒えている。
それこそが、何よりの証拠だ」
(´・ω・`)「───本当にありがとう」
ξ゚ー゚)ξ「こちらこそ……!」
そこで、二人に初めて笑みがこぼれた。
お互いがお互いを助け合い、誰も死なずに済んだことに、安堵が沸き起こる。
笑みが浮かぶと共に、聖ラウンジの秘術を賜ったという事への実感。
誰かを救える力を手にした事への喜びを、少しずつ噛みしめていた。
(´・ω・`)(それにしても、”封魔の法”───そういう事だったか)
(´・ω・`)(人の身に、魔力を食い物にする魔法生物の類を封じ込める)
(´・ω・`)(魔術を使う者の精神力を糧にそれを成長させ、
やがては対象の術者を死に至らしめる、という訳か……)
(´・ω・`)「……やはり恐るべき才能か、モララー・マクベイン」
ξ゚⊿゚)ξ「え?」
考え事をしていたかと思えば、ぼそりと何事かを呟いた彼の様子に、
ツンが一瞬怪訝な表情を浮かべる。
(´・ω・`)「いや失礼、ただの独り言さ。それより──」
そう言って、すっくと立ち上がり外套の砂埃を払うと、
魔術師はツンの正面へとしっかり向き直り、礼を示した。
138
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:09:01 ID:9tBcNMXI0
(´・ω・`)「自己紹介がまだだったね。
名を、”ショボン=アーリータイムズ”。
ご周知かとは思うが、これでも魔術師の端くれさ」
ξ゚ー゚)ξ「”ツン=デ=レイン”、聖ラウンジの信仰者です。
大陸の各地を旅して、少しでも自分が力になれればな、って」
(´・ω・`)「そうか、それは……きっとなれるさ。
その力は、何物にも代え難い。
自分がそれに助けられたことで、実感したよ」
ξ゚⊿゚)ξ「あなたも……旅を?」
(´・ω・`)「まぁ、今の所はね。
信頼していた人物に裏切られて、貴重な研究の機会を逃してしまって」
ξ゚⊿゚)ξ「ふぅん……よくわからないけど、大変ですね」
(´・ω・`)「君も、ね」
頷き、ショボン=アーリータイムズは洞窟の外を眺めた。
天候が既に落ち着いているのを見て、出立をと考えたのだろう。
投げ出してきた自らの手荷物を取りに行こうとした所で、出口で立ち止まった。
(;ノoヽ)「お、あう……?」
(´・ω・`)「……おっと」
おずおずと洞窟の入り口から覗き込んできた子供の目が、ショボンのものと合った。
少しうろたえた様子で、背後のツンの表情を伺う。
139
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:10:16 ID:9tBcNMXI0
ξ゚ー゚)ξ「もしかして……この人を呼びに戻ってきてくれたの!?」
(´・ω・`)「その通り。
ありがとう――君のおかげで、彼女を救うことが出来たよ」
そう言って少年の頭に手を置こうとしたショボンの脇を素早く通り抜けると、
その奥に立つツンの傍へと駆け寄って、彼女の背後に隠れてしまった。
ξ゚ー゚)ξノoヽ)「おあう〜!」
ξ゚ー゚)ξ「大丈夫、怖い人はもう居ないからね」
(´・ω・`)「ふふ、懐かれているようだね。
……どうやら、耳が聞こえないようだが」
ξ゚⊿゚)ξ「──私、この子を連れて街を目指したいと思います。
聖ラウンジ教会なら、きっとこの子を預かってくれると思うから」
強い眼差しは、その言葉を曲げることはないだろうと感じさせた。
それにショボンは、一度だけ大きく頷いた。
恐らくはやり遂げるだろうという、彼女の決意を確認して。
(´・ω・`)「承知した。それなら、ここからだとヴィップの街が近い。
早ければ一日、遅くとも、まぁそれに加えて数刻だろう」
ξ゚⊿゚)ξ「交易都市ヴィップ……一度、行ってみたかったんです。
多くの人で賑わっている街だとか」
140
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:11:05 ID:9tBcNMXI0
(´・ω・`)「うん。少し休みたい所だろうが、山の天候は崩れやすいと聞く。
この先、途中で山小屋の一つくらいはあるだろうから、そこで休もう」
(´・ω・`)「もしさっきの野盗共と出くわしたら、本来の力を取り戻したこの僕が、
今度はより華麗に撃退してお目にかけるとしよう」
ξ゚⊿゚)ξ「……えっと、ショボンさんは……?」
(´・ω・`)「僕の胸の烙印、”封魔の法”を打ち消してくれたお礼とでも
考えてくれればいい。女性と子供の二人では、危険過ぎる」
ξ゚⊿゚)ξ「……ありがとうございます!」
(´・ω・`)「さて、出立しよう」
ショボンが支度を整え終わるのを待って、ツンの後ろで
隠れていた子供は、一瞬だけショボンの前に立って、一言。
(ノoヽ)「あ……”あうがおっ”」
(´・ω・`)「………?」
ξ゚ー゚)ξ「………!」
耳が聞こえないために、正しく声を発音する事ができない子供の
その一言は、どうやらツンの方にだけは伝わったらしかった。
141
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:11:53 ID:9tBcNMXI0
――その後、洞窟の中で横たえられていた一人の死者を埋葬した――
聾唖の少年の親だったであろう遺体の事をツンが話すと、ショボンはこれも引き受けた。
かくして、ショボン、少年、そしてツンの三人で力を合わせて、近くの野原を掘り起こした。
彼を埋葬する際、少年は一度姿を消すと、近くの野草や草花を取ってきて、遺体に握らせた。
これが永遠の別れになることと、餞の気持ちを理解出来たのだろうか。
ツンが膝を付き手を合わせる所作を、少年もまた、見よう見まねで行っていたようだ。
* * *
こうして、奇妙な取り合わせの三人は山を降りる。
”交易都市ヴィップ”を目指すために、ゆっくりと歩き始めた。
疲労感が、なぜだか心地よかった。
充足感が、澄んだ風と共に頬を撫ぜる。
(´・ω・`)「あまり走り回って、滑落するなよ?」
ツンの純白だったはずの修道服は見る影もなく砂ぼこりにまみれ、
黄色みがかってしまった部分を払うと、裾をぎゅっと結んだ。
そして、靴ずれした足で、彼女は再び歩き始めた。
あちこちへと興味津々に駆け回り、ショボンとツンの後を
あとからついて来る聾唖の子供の姿を目で追いながら、想う。
ξ゚ー゚)ξ(そうよ……救いを求めるばかりが信仰じゃない)
ξ゚ー゚)ξ(私は救われるよりも……こうやって、誰かを救いたいんだ)
少年の背中を見て思い返すのは、愛情深く育ててくれた父との日々。
彼女の胸の中を今、鮮やかに彩られた清風が駆け抜けていた。
142
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:12:41 ID:9tBcNMXI0
( ^ω^)冒険者たちのようです
第3話
「誰が為の祈り」
─了─
143
:
名無しさん
:2024/09/01(日) 03:15:24 ID:9tBcNMXI0
>>74-142
が3話です
途中、AAが大幅に崩れていますのでお見苦しいかと思います
144
:
名無しさん
:2024/09/02(月) 12:28:05 ID:XV0YxuRU0
乙
ツンとショボンの出会い…いいね!
二人とも善人だったからこその出会いだね
145
:
名無しさん
:2024/09/03(火) 23:51:29 ID:7NA/cZ8o0
乙です!
芽の出なかった子が事件をきっかけに力に覚醒する展開!こーゆーのがいいんですよね!
剣士、魔術師、僧侶ときたら、次は盗賊かなぁ?
146
:
名無しさん
:2024/09/05(木) 22:54:02 ID:Eo72dpzQ0
>>144-145
焼き直しの話ではありますが、ご感想ありがとうございます
整合性を見直す必要があり、今は特に前半を書き直して投稿しておりますが、
ヴィップワースからの続きを早く書きたいなとは思っております
幸いこの板は流れがとてもゆっくりそうなので、それに合わせてやっていきます
147
:
名無しさん
:2024/09/07(土) 09:53:23 ID:sf0mk.MU0
ヴィップワースの方は読んだことないけど
正統派JRPGのようでこれは期待
148
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:21:23 ID:A6V2HoW60
( ^ω^)冒険者たちのようです
第4話
「力無き故に」
149
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:21:50 ID:A6V2HoW60
―大陸東側 リュメの街―
交易都市ヴィップの街から東へ二日程度の距離に、リュメの街はある。
この岩山に囲まれた荒れ果てた土壌の為、作物もあまり育たない。
必需品は行商などで賄うが、生産的な職に就くのはごく一部の人々だ。
各地に大きな影響力を持つ聖ラウンジの信仰も、この地に根付く事は無かった。
今ではがらんどうの教会は月に一度、各地から持ち回りで宣教師が滞在する程度。
ほとんどは子供の遊び場か、そうでない時は浮浪者の寝床と化していた。
自分の農地や商業の販路を持つ人々は裕福な暮らしを築いている一方で、
路銀を稼ぐのが難しい者たちは、日ごろから貧しい生活を強いられていた。
それを見て育つ子供達は、物心つく前より人から盗みを働いたり、日がな物乞いや話術で
小銭を稼ぎながら逞しくも、浅ましく日々を暮らす。
あまつさえ、それを斡旋しているのは時に大人という事もある。
この街では仲介や情報の売買を交わす、情報屋ギルドが大きく幅を利かせている。
ただそれは表向きの姿であり、彼らには盗品の買取や金の洗浄などの裏稼業とされる
盗賊ギルドとしての側面もあった。
大きな都市から見れば治安は悪いとされる街だが、その分人々の結びつきは強い。
貧困層も中流層も、困った時には助け合って生活している事が多い街だ。
そんな日々の貧しさを必死に生きる人々にとっては、ある種の拠り所もあった。
この街には、”義賊”として名の知れた一人の男がいるということだ。
150
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:22:15 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)y-「おーう。お前ら、今日も辛気臭い顔してんなぁ」
「あ、フォックス!」
「あとでカードしようぜ〜」
爪'ー`)「ああ、見回り終わったらな」
遅めの起床に身体を伸ばし、気だるげな様子で宿の二階から降りてくる男。
気安く彼に声をかけているのは、この場所をたまり場としている悪童たちだ。
適当に返事を返しながら、”グレイ=フォックス”は大きなあくびを一つした。
リュメを根城とする情報屋ギルドの頭目の彼の元には、多くの人が集まる。
彼らの活動は特定の組織や権力者が統括しているということはなく、組合に属する
ギルドとして正式な共同体の体裁を為しているというわけではなかった。
彼らが立ち寄る酒場に自然と人が集まるようになったというのが事の始まりで、
やがてスリで生計を立てる子供や、脛に傷を持つ食いつめ者たちも集うようになった。
時に御法に触れる事も行うのだが、個人の結びつきはあれど、彼ら自身は権力者に依存しない。
いつからか、通称を”情報屋ギルド”と呼ばれるようになった。
151
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:22:40 ID:A6V2HoW60
「フォックスじゃん! 今晩遊んでいく?」
爪'ー`)「おー、気が向いたら行くわ」
親しみやすい雰囲気を持つフォックスには街を歩く道すがら、
娼婦から老人や子供に至るまで、誰もが気軽に声をかけてくる。
”金はある所から盗む”
”殺しはやらない”
”困った時は助け合い”
そんな無頼の思想のもとに行動する彼は、食い詰めた人々に口利きや援助も行う。
時に法を犯すような行いはすれども、それを人のために施すフォックスに対しては、
それでもなお頼りになる”義賊”として、街民からは感謝される事が多い。
今日もふらふらと街の様子を見渡し、このまま酒場へと行こうとしていた。
その後を追って来たのは、フォックスが長い付き合いをしている男だった。
( "ゞ)「お頭、飲みに行くんで?」
爪'ー`)y-「ん……デルタか。丁度いいや、お前も付き合う?」
( "ゞ)「勿論、お目付け役としてお供しますぜ」
この街では、フォックス同様に彼を知らぬものは多くない。
”デルタ=スカーリー”は彼の兄弟分であり、その補佐を行う右腕だ。
情報の売買や収集を中心的に行い、多くの部下を実質的にまとめ上げている。
こうしてよく仕事を抜け出しさぼる頭目に付き合う、目付け役でもあった。
152
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:23:01 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)y-「所でよ、皆いつになく元気無くないか?
花売りのティコんとこの婆さんも寝込んでるみたいじゃん」
( "ゞ)「へぇ、何でもゴードンとこの酒や食料品がまた値上がりしたって話ですぜ」
爪'ー`)y-「またか……あいつんとこの薄めた葡萄酒に、他所の何倍の値があるってんだ?」
( "ゞ)「また今夜あたり息巻いた若い衆があいつの倉庫を狙うって話ですけどね」
<ニダー商会>は、リュメで最も富める者として名高い”ゴードン=ニダーラン”が営む商会だ。
リュメの食料品や飲食店などの流通をひとしきりまとめあげ、娼館などにも手を伸ばす
ゴードンに睨まれた商売人は、この街で商品を仕入れる事も出来なくなり、商売もままならない。
最も発言力を持っており、流通価格も彼の一存で決められる範囲では自由自在。
金と権力を欲しいままに、豪商として名を馳せている男である。
あくまでこの街では、という話ではあるが、住民にとってニダー商会の存在はとても大きい。
爪'ー`)y-「ふぅん。あの業つく狸は溜め込んでるからなぁ……
けど、子分どもにはこれ以上やり過ぎるなって伝えといてくれ」
( "ゞ)「勿論伝えましたぜ、先月の事もありやすし」
そのニダー商会の倉庫には、フォックスら盗賊が仕事に入る事がある。
実入りが大きい分、それに味を占めて派手な動きをしないようにとは言い聞かせているが、
先月、鼻も高々に金や高価なワインなどの戦利品を持って帰った少年がいた。
名前はナッシュと言ったが、ザルのような警備をいいことにその時の彼は盗み過ぎた。
二人の前で、ヘマを踏んだかも知れないと話した事を、二人は思い返していた。
153
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:23:28 ID:A6V2HoW60
( "ゞ)「それと、一つ気になる事がありましてね」
爪'ー`)y-「やっこさんとこの守衛がまた賄賂でも吹っ掛けてきたか?」
( "ゞ)「いや。何でも素性の知れねぇよそ者が今この街にいるみてぇで」
そこまで話した所で、行く手の酒場から一人で出てきた男の姿にデルタは合図を送る。
前から来る男の様子を観察しながら、フォックスも同調して歩調を合わせた。
( ▲ )
うつむきがちにフードを目深に被った男の表情は窺い知る事が出来ない。
だが、入念に準備を整えたかのような斥候<スカウト>の軽装によく似ていた。
深い濃紺の装束に身を包む細身の男のしなやかな身振りから、衣服の下には鍛えた肉体を想像させる。
煙草を地面に捨てて、足でにじり消すフォックス達を男は横切った。
すれ違う間際にその男の横顔を一瞥したが、こちらを見る事もない。
そのまま、お互いに何事も無く通り過ぎていった。
爪'ー`)(……ふぅん)
154
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:24:01 ID:A6V2HoW60
すれ違い、互いの背中が遠のいていく中で振り返る事はなかった。
フォックスはその背中に何かを感じた様子であり、デルタが小声で囁く。
( "ゞ)「あいつです、お頭」
爪'ー`)y-「ああ、そうだろうな」
( "ゞ)「同業者、ってとこですかね?」
爪'ー`)y-「さぁな……」
フォックスの眼には、先ほどの男とすれ違う一瞬で確かに見えていた。
男が胸元の内側に、刃物らしき大きさのものを忍ばせていたのを。
血の気が多い情報屋ギルドの面々のことだ
よそ者が自分達の領域に入り込む事を良しとせず、知れば問題が起こり得る。
それを避けるためにも、こちらからは干渉したくはない。
爪'ー`)y-「だけど、ありゃあ堅気じゃねぇな」
( "ゞ)「危うきに近寄らず……ですかね」
爪'ー`)y-「ん。さぁ、物騒な話はさておきだ。まずは一杯やろうぜ」
( "ゞ)「またこんな陽の高いうちから飲んじまうんだから」
爪'ー`)y-「飲み比べだ、負けた方が今日の酒代持ちってのはどうだ?」
( "ゞ)「お頭にゃあ負けませんってば」
フォックスとデルタは、勇み足で馴染みの酒場へと入っていった。
155
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:24:26 ID:A6V2HoW60
――烏合の酒徒亭――
庶民の歓楽などほとんど無いこの街では、安いエールを出す酒場こそ人気だ。
それがこの店が多くの人が利用する理由であり、またフォックス達の行き付けでもあった。
カウンターから、馴染みのマスターの顔がフォックスらを迎える。
(# `ハ´)「いらっしゃ……アイヤァー! お前さん方、よくもまぁ店に顔出せたもんアル!」
爪'ー`)y-「いきなり怒鳴るなよ、親父」
( "ゞ)(……シナーの親父がこの調子だと、またうちの奴らがツケてやがるみたいですね)
爪'ー`)y-(あぁ、それもこの勢いだと5〜6人で飲み明かしでもしたかね……ツケで)
(# `ハ´)「怒鳴って何が悪いネ!?お前んとこの馬鹿共、
ウチのお得意さんに出す”緋桜”を3本も開けやがったアルよ!?」
( "ゞ)「そのお得意さんが……俺らだろ?」
(#`ハ´)「どうせツケだと思って、毎回毎回毎回毎回……
底無しに飲むお前らなんか、お客な訳ナイよッ!」
せっせと皿洗いやグラス磨きを終えた端から、今度は手練の動作で炒め物をまとめて人数分仕上げる。
異国で二十年修行をして来たという<烏合の酒徒亭>のマスターの料理は絶品だった。
酒以外の目的にも多くの客が押し寄せ、さほど広くない店の中はいつも活気に満ち溢れている。
血眼で鍋を振るいながら怒気を荒げるシナーとは対照的に、フォックス達は淡々としたものだ。
店内に入るとシナーの怒声を右から左へ受け流しつつ、ゆっくりと空いてる席に着く。
156
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:24:46 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)y-「そう言うなって。勿論溜まってるツケは面倒見てる俺らが払うさ。
でも今日はあいにくとそこまで持ち合わせがねぇからさ……また今度ってことで」
(#`ハ´)「あぁ、もう! こっちはこの押し問答してる時間も惜しいアルヨ!」
( "ゞ)「お頭の言う通りだ。今日のところはよろしく頼むぜ、シナーの旦那」
───「マスター、注文まだかい?」───
───「おせーぞシナー。さっさと酒だ!」───
(# `ハ´)「もう……こちとら仕事が溜まってるアル!
お前ら、その内毒入りの酒飲ませてやるから覚悟しとけアルヨッ!!」
そう言って、カウンターからずんずんと歩み出てくると、フォックス達の卓上に
でん、と大きな音を立ててエールの酒樽を叩きつけ、肩をいからせながらカウンターへと戻っていった。
爪'ー`)y-(扱いやすい親父………)
( "ゞ)(いや、全く)
必死に注文をこなしていく宿のマスター、シナーを傍目に、
そうしてまだ日も高い内から、二人は飲み比べを始める。
* * *
157
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:25:06 ID:A6V2HoW60
会話の合間に一献、またニ献と杯を飲み干していく。
決して調子を乱す事なく、樽から注がれる端からすぐに底を尽いていく。
そうして夜の帳が下りる頃には、既にお互い、12杯目のエールを飲み干していた。
グラスを置き、赤ら顔の互いの視線が卓上で交わされると、またエールを注ぐ。
爪'ー`)「プハァ……そういや、何年になるかな」
( "ゞ)「ゲフッ……あの”貧民窟”から、俺らが街に出てきてからですか?」
爪'ー`)「あぁ。もう十五年にはなるか?」
( "ゞ)「俺もお頭もあん時はまだ五つぐらいのガキだったから……それぐらいかねぇ」
さすがに酒が回ってきたのか、樽から注がれたエールが目減りする事はない。
二人ともペースを落として、昔の事を思い出しながら語らい始めていた。
爪'ー`)「やっぱり、今でも思うんだよな」
( "ゞ)「あいつらを置いてけぼりにした事、ですかい?」
爪'ー`)y-「……そうさ」
────話は遡る。
* * *
158
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:25:31 ID:A6V2HoW60
――15年前――
大陸各所には、俗に、”貧民窟”と言われる場所がある。
フォックスとデルタは、険しい山間の中腹地点に位置するこの洞窟で生まれ育った。
大きな都市部からほど近い場所などに点々と存在する、仮住まいの竪穴だ。
そこには行き場のない浮浪者や孤児、あるいは過去に罪を犯したもの。
世間ではつまはじかれ、まともに暮らしていかれなくなった者たちが、
この場所で身を寄せ合い、寒さと飢えに苦しみながらも、共に暮らしていた。
食事も衛生も、まともに行き届いた生活を送れるわけもない。
人としての最下層の暮らしを送る人々が寄せ集まった、吹き溜まりのような場所だ。
だが、どのような場所にあっても、人と人は誰しも平等とはなり得ない。
暴力で他者を従えるものもいれば、病を得て弱りながら死んでいくものもいる。
貧民窟では食料を調達したり年寄りの世話をさせられているのは、力の弱い子供ばかりだった。
同じ境遇の狭い共同体の中にあっても、いつの世も弱きは強きに搾取され、支配される。
それはこのような狭い場所に住み暮らす彼らにも同じことだった。
「この馬鹿ガキ、こんなもんで足りるかよッ!」
爪; o )「うわっ」
周りの居住者よりやや身なりの良い髭面の強面が、少年に怒声を浴びせて突き飛ばす。
他の者たちにとっては慣れた光景なのか、老人ばかりが多いこの場所では、強面を止める者もない。
一人駆け寄ったのは同じような年ごろの両目に大きな火傷痕を持つ少年、デルタだけだった。
(;"ゞ)「あんちゃん!」
159
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:26:08 ID:A6V2HoW60
「てめぇら二人で明日もう一回行ってこい!今度はこんなもんじゃねぇからな」
爪; -;)「いてて……」
野山などから調達してきた食料が、男の要求に満たないというのが暴力の理由だった。
こうして地面に転がされては、身体を煤や灰まみれにするのが、この少年の日常であり、
誰からともなく、"灰かぶりのフォックス"と呼ばれるようになっていた。
(;"ゞ)「ちぇっ、なんだよ……自分ばっかりいっぱい食ってるくせにさ」
フォックスとデルタはいつも二人で行動しており、生まれは違うが兄弟のように暮らしていた。
だが、貧しい家庭が口減らしの為に赤子や老人を捨てて行く事の多いこの場所においては、
フォックス達が本当にここで生まれたかどうかも、定かではなかった。
彼らは物心ついた時から、この貧しく弱った大人達と生活を共にしていた。
「……すまねぇなぁ、お前さんたちにこんな役目させちまってばかりでよう……」
それを良しとしない考えの者もいたが、この集落では他の大半は老人ばかり。
まだ若く力の強い髭面の強面は体格もよく、皆が彼の言いなりのようになっていた。
爪'-`)「いいよ。それより、これあげる」
「お前さん、これは……」
爪'-`)「じいちゃんも食ってないだろ。あとでこっそり食べて」
( "ゞ)「兄ちゃん、俺のは?」
爪'-`)「あるある。あいつが寝るまで我慢だぜ」
(*"ゞ)「やった、腹ペコだったんだ」
「ありがとうよ……フォックス、デルタ……」
住む家も無く、野山の野草や果実を摘んでそれを糧として生きる。
そんな彼らに衛生などは行き届く訳が無く、住み暮らす洞窟内では絶えず病死や餓死した者達の
糞尿などの悪臭が染み付き、それを嫌って、決して近隣の住民達も近づこうとはしない。
そして、フォックスとデルタもそれらを見て育ってきた。
彼らが貧民窟を抜けたのは、洞窟に刻まれた暦の上で、彼らが五歳を迎えた時である。
それは、冷たい風雨が吹き荒れる日だった。
160
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:26:29 ID:A6V2HoW60
ある日を境に、フォックス達の住む貧民窟には疫病が蔓延する。
不潔な身なりをしている抵抗力の弱い老人などから、たちどころに病魔に侵されていった。
ほとんどが高熱で動くことも出来ず、寒さにがちがちと歯を鳴らし、ただ命尽きるまでを耐えるばかり。
互いの顔も薄ぼんやりとしか見えない暗い洞窟の中には、苦しむ育ての親達の呻き声が木霊していた。
――「苦しい……助けてくれ、デルタや……」――
――「み、水を汲んできてくれ………フォックス」――
「お、おいお前ら……このジジイどもを、叩き、出せ……!」
救いを求めるしゃがれた声に、獣のような眼差しを向けて悪寒に悶える怖い大人。
糞尿の悪臭や獣臭さに死臭とが入り混じり、呼吸するのも憚られるほどだった。
まだ幼い少年二人に、そんな状況を変える力などなかった。
生き地獄の様な光景に怯える気弱な少年デルタは、目に涙を溜めて震えた。
悔しさに握りこぶしを震わす聡明な少年フォックスは、親達の死期を悟っていた。
やがて、フォックスがデルタに呟く。
爪 - )「もう……いやだ」
( "ゞ)「……うん」
それに相槌を打つデルタが、頷くとともに涙を零した。
食料も金も持たず、ましてや薄布一枚ほどの軽装の幼子。
それがこの場を離れたとて、人里まで辿り着ける保証など何一つなかった。
それでもフォックスは、この時決意していた。
「デルタ、逃げよう――ここから」
涙を拭ってフォックスの横顔を覗き込み、デルタはその意を汲んだ。
かくして、二人の幼子の逃避行が始まった。
「………うん」
161
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:27:13 ID:A6V2HoW60
フォックスとデルタはほの暗い山間部の森を三日三晩歩いて、人里を目指した。
やがて辿り着いたリュメへの街道で力尽き、衰弱していた所を情報屋ギルドの人間に拾われる。
盗みやナイフの技術をギルドの人間から教わると、幼少から暗い野山で育ったフォックスは
めきめきとその才能を開花させ、人を惹き付ける天性で多数の人間からも好かれていった。
飄々とした雰囲気は親しみやすさを醸し、懐に入り込んだり、卓越したナイフ捌きや開錠など、
小器用で多彩な技術に長けた彼は、盗賊や斥候としての高い資質を持ち合わせていた。
一方で、情に厚いというだけでなく、努力家という一面を発揮するようになったデルタもまた、
山間部で培った身体能力をフォックス同様に如何なく発揮し、少しずつ技術を身につけていった。
貧民窟にいた頃から目を患っていた彼だが、暗闇では常人以上に夜目が利き、それが助けとなった。
自分達を可愛がってくれたギルドの人間は今でこそ次々と現役を退いていったが、
次代の情報屋ギルドの二大巨頭として、フォックスとデルタは二人でその地盤を固めていく。
貧民窟での呼び名から、”グレイ=フォックス”を名乗ったのは、初仕事の後からだった。
* * *
爪'ー`)y-「あの時……まだ何かしてやれる事はあったんじゃないか、ってな」
( "ゞ)「お頭。酔っ払ってまであいつらを偲ぶのは、無しにしましょうや」
爪'ー`)y-「後悔してる、って訳でもないのさ。ただな……」
( "ゞ)「俺とお頭はあん時はまだガキで、どうする事もできなかった。
――それで、いいじゃあねぇですか」
162
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:27:44 ID:A6V2HoW60
酒が悪い方に入った時のフォックスの事を、デルタはよく知っていた。
少し遠い所を眺めるように視線を外して、デルタの言葉に無言で頷いている。
それは自らを納得させるように、しかしどこかで飲み込めてはいないかのように。
かつて手からすり抜けていった育ての親たちの命を、偲ぶ気持ちが燻っているのだ。
( "ゞ)「俺だって、あん時お頭について行ってなきゃあ……。
今こうしてられるのは、お頭のおかげなんですから」
爪'ー`)y-「まぁ、今さらの話、だったな」
( "ゞ)「……へい」
卓上に置いたグラスを握ったまま、じっとフォックスは押し黙った。
昔の話になると、時たまフォックスはこうしてナーバスになる事がある。
場の雰囲気を変えようと、デルタが話の種を頭の中で模索するのはいつもの事だった。
( "ゞ)「そうそう。そういやお頭、この噂知ってます?」
爪'ー`)y-「どんな噂だ?」
( "ゞ)「大陸のどこかは知りやせんが、昔々に魔法を使って国を治めてた、
お偉い王様の墓があるって話でね」
爪'ー`)y-「知ってるさ。確か、オサム王とかって奴だろ」
( "ゞ)「そうそう。確かその時に治めてた領地の名前もそのジジイの名前で、
そいつの墓があるオッサムっていう村は、今でもあるそうです」
爪'ー`)y-「ふーん」
( "ゞ)「で、そこにはどうやらまだお宝もたんまり眠ってるみたいですぜ?
金銀財宝か、抜けば玉散る鋭い魔剣か……はたまた――」
163
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:28:09 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)y-「………デルタなぁ、俺を焚き付けるのはいいけど、
どうせ、そいつぁどっかの冒険者が先に見つけるだろうさ」
爪'ー`)y-「俺らは、ほら。この街離れらんないしな」
( "ゞ)「……まぁ、そうなんですけど」
フォックスの言う通り、彼らはこのリュメの街を離れる事など出来ない。
それというのも、この街の商店の大半を金で牛耳り、強欲な市場操作によって
街民の経済に圧制を強いているゴードンから、貧しい人々を庇護するためだ。
彼ら自身は、決して安っぽい正義感に浸るわけでもなく、ただやりたい事をしている。
今までも幾度か一部の富裕層の倉庫や邸宅に侵入し、金品や食物を盗んできた。
一部を自分達の酒代に換えると、残りの多くを困窮者や身内に富の再分配をするのだ。
偽善と言われる行為であろうと、事実としてそんな助けがなければ生きられぬ家族もある。
かつて、貧民窟で寒さに震える夜を、肩を寄せ合い過ごしてきた経験。
それが、フォックスとデルタをそのような行動に突き動かしている。
持たざる者を見殺しにできないというのが、この街で育った彼らの性分だった。
爪'ー`)y-「冒険者ねぇ。憧れた事もあったな」
( "ゞ)「あっしもです」
164
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:28:40 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)y-「未開の大陸各地を転々と旅してさー、その内最高の女と恋に落ちちゃったりして。
一晩の邂逅の後、冒険への情熱が再燃する俺は、再び旅に出ようとしてな……」
( "ゞ)「”どうしても行くというのなら、あたしも連れてって!”」
爪'ー`)y-「そうそう……で、そこで俺は涙を呑んでこういうのさ」
爪'ー`)y-「”俺の恋人は冒険だけさ――女子供は邪魔なだけだ”」
( "ゞ)「”そんな……あたしのお腹の中には……あなたの、あなたの子供が──!”」
(# `ハ´)「───うるせぇアル、この馬鹿供ッ!!」
その力の限りの大声に後ろを振り返った二人の目線の先には、鉄鍋で肩をとんとんと叩いて
厳しい顔でこちらを睨みつける、店主の姿があった。
ゆっくりと周りを見渡すと、烏合の酒徒亭の店内に、すでに二人以外の客は誰もいない。
爪'ー`)y-「………ありゃ」
165
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:29:14 ID:A6V2HoW60
( "ゞ)「もう、随分と夜も更けてやしたか」
(# `ハ´)「とっくに看板アルヨ……お前達が帰らないと、店が閉めれないアルッ!!」
( "ゞ)「わざわざ待っててくれたのかい、シナーの旦那」
爪'ー`)y-「いつも感謝してるぜ親父」
(# `ハ´)「さっきから厨房で何度も怒鳴ってたアルヨ!
お代はツケといてやるから、今日はさっさと帰りやがれヨロシなッ!!」
( "ゞ)「わーったわーった。んじゃ退散しますか、お頭」
爪'ー`)y-「そうだな……ごっそさん。ツケは近々払いに来るからなー」
(# `ハ´)「こっちとしては二度と来なくてもいいアルがナ……!」
緩慢な動作で席を立つと、シナーに後ろ手を振りながら二人を店を出た。
無駄酒飲み達が去った後、閉められた木扉にシナーは一掴みの塩を全力で投げつけた。
自分達の去った後に、シナーが清めの塩を投げつけていた事など露知らず、
デルタから切り出した冒険話に花が咲き、フォックスは上機嫌を取り戻していた。
酒場を出てから、あとは夜の街をふらふらと帰路につくだけ。
いつもならそうだ。
だが、普段ならば人っ子一人出歩かないはずの時刻に、
建物の屋根から屋根へと飛び移っている人影に二人は気づいた。
166
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:29:41 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)y-「……ウチの若い衆、だな」
鋭い観察眼が重要視される盗賊という職業柄、夜目の利く二人はすぐに気づいた。
自分達の部下である3人が、今夜”仕事をする”という話を、昼間に聞いたばかりだ。
( "ゞ)「えぇ、ゴードンとこに行くつもりなんでしょうな」
街の離れ、小高い丘へとそびえるゴードン邸の方角へと向かう人影が3人。
こちらの様子には気づかず、そのまま行ってしまった
爪'ー`)y-「どれ、たまには俺らも見に行くとするかね」
( "ゞ)「へ……?今日の俺らは、酒入ってますぜ?」
爪'ー`)y-「ま、親心ってやつさ。邸宅の外から様子だけでも、な」
( "ゞ)「そりゃまぁ、構いやせんが…」
遠ざかっていった3人の影の後を尾けて、二人は小走りに走り出す。
盗賊ギルドの部下達であろう人影との差が、再び目視で追える距離にまで縮まった。
その辿り着いた先には、予想通りゴードン=ニダーランの邸宅があった。
邸宅の隣に佇むのは、食物や酒などを保存している備蓄倉庫。
敷地内に進入するや、そのまま影たちは倉庫の煙突から内部へと侵入していったようだった。
その一部始終を、フォックスとデルタの二人は外壁の縁に登り、遠巻きから眺める。
3人が入っていった煙突を注視しながら、フォックスが三本目の葉巻を消した頃、デルタが不安を口にした。
( "ゞ)「遅いな……」
爪'ー`)y-「あぁ」
167
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:30:13 ID:A6V2HoW60
この街で盗賊をやるのなら、丁度良い具合にやれ、と部下達には伝えている。
路地裏を根城にする歳の離れた弟分達は、威厳など微塵も無いフォックスに対しては、
必要最低限の礼儀すら払おうとはしないし、フォックスもそんな彼らに多くは求めない。
だが、仕事に関しては話は別だ。
自分達は人様の食い扶持を奪ったり、情報を冒険者に売ったりして食いつないでいく。
決して声を大にして触れ回る事の出来ない職業だからこそ、日陰者なりに適度に仕事をするべきだ。
丁度良く、というのは重要で、標的が破滅に至るほどの被害を与えてはならない。
自分達が足跡さえ残さなければ、上手く行けば標的さえ気づかぬまま世は事も無く巡るだろう。
だが、一度やり過ぎてしまえば多くを失い、やがては日の当たる場所にいられなくなる。
色気を出したばかりに、身に余る戦果を持ち去ろうとして足が着く。
そんな愚鈍な盗人は、フォックスの周辺には一人もいないはずだと思っていた。
仮に、多少のヘマをしてもとっさの悪知恵で乗り切れるようには育てているつもりなのだ。
それが三人がかりで仕事に掛かり、一向に離脱してこないという事は、何かがあったとしか思えない。
爪'ー`)「なぁ、デルタ」
( "ゞ)「何ですかい?」
爪'ー`)「ゴードンとこ、前回は先月だったか」
( "ゞ)「えぇ。確かナッシュの奴が一人でたんまり掻っ攫って来た時ですね」
爪'ー`)「ゴードンの親父も、伊達に街で一番でかい家に住んでない。
心底呆れるほどの馬鹿じゃないだろうさ」
( "ゞ)「………と、言いやすと?」
168
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:30:50 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「あん時、ナッシュは仕事を気取られかけたって話してたよな」
( "ゞ)「ま……言いつけを守れないお子様には、自分からきつくお灸を据えときやしたが」
爪'ー`)「以前からちょくちょく拝借してた事ぐらい、帳簿なんかを遡ればさすがに解るだろうぜ」
( "ゞ)「あー、奴が生活用品の値上げをする度に倉庫の商品がかっぱらわれてるのに
気づく節も無く”ウチの葡萄酒は今日から40spニダ!”とかほざくもんだから、
てっきり本当の馬鹿だとばかり思ってましたよ」
爪'ー`)「まぁ、俺も今までそう思ってたんだけどな、そろそろ様子を見にいくか」
( "ゞ)「お供します」
フォックスのその言葉に頷くデルタの表情も、やや険しさを帯びていた。
これまでこの街でフォックスらが盗みに入ったという事実が露見した事はない。
ヘマを踏んで治安隊に突き出された半端者達もいたが、それでも決して口を割る事はなかった。
しかし、ギルドの頭目としてフォックスの名前と顔は多数の人間に知れ渡っている。
仮に自分たちがゴードンの家に忍び込んでいた過去の事実が明るみになれば、
今まで通りこの街に住み暮らす事は難しくなるだろう。
だが、ただ自分がやりたいがための事をしてちっぽけな自尊心を満たす、
そんなうわべだけの偽善を汲んで、その元に動いてくれている子分たちが
みすみす治安隊に突き出されるのを、指を咥えて見送るというのもご免だった。
二人は外壁を伝って、手練の動作で素早く倉庫の屋根へと登り切る。
爪'ー`)「合図するまで、お前は外で待っててくれ」
万が一の事を考えて、デルタは外に残しておいた。
自分や部下達に何かがあった場合、デルタに助けを呼ばせる為だ。
三人の部下達が消えて行った暗闇が覗く煙突。その縁に手をかけると、
フォックスはそのまま垂直に飛び降りて内部へと侵入した。
* * *
169
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:31:16 ID:A6V2HoW60
降りた先の場所の暖炉はもう使われておらず、拓けたただの空間だった。
足音を殺しながらそろそろと壁沿いに隣の部屋へと伝うと、広大な備蓄庫があった。
封のなされた食料品などには子分たちの仕業か、いくつか物色した痕跡が見て取れる。
爪'ー`)(そっちの部屋か)
耳をそばだてると、隣の部屋から物音があった。
音も無く速やかに物陰へ身を寄せると、僅かに身を乗り出し目を凝らす。
携帯用の松明の小さな明かりが、地面に落ちて燃え尽きようとしている。
その明かりに照らされるのは、数人の人影。
先に邸宅に盗みに入った三人ともが地べたへと倒れ伏せている光景だった。
その中心で、周囲の闇に溶け込むようにして、佇む男の姿があった。
程なくしてフォックスの気配に気づいたか、影が振り返る。
( (∴) 「………」
目深に黒いフードを被り、小さな穴が開いた仮面を着けている男。
その脱力したような佇まいからは、何の感情も読み取る事が出来ない。
驚く様子でもなく、機先を伺うフォックスの姿を、仮面の奥の瞳に捉え続ける。
ただ、無機質な殺気だけを身に纏っていた。
爪'ー`)「ウチの奴らが世話になったかい」
( (∴) 「……」
その問いに答える事はなく、仮面の男は悠然と歩を進める。
見れば、三人の部下達は一様に床に転がされてのびている。
全員死んではいないようだが、大量の出血が見て取れた。
鼻を折られて、そのまま昏倒させられたのだろう。
力自慢の冒険者ほどではないにしろ、喧嘩などに慣れているならず者三人だ。
それを争いの形跡も残さず一方的に叩きのめしたであろう力量を、推して測る事ができる。
呑まれる事のないよう決して顔に動揺は出さないが、フォックスは内心に焦燥があった。
170
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:31:37 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「まぁ、こいつは話半分に聞いてくれりゃいいんだが……
そこの馬鹿三人、今回は見逃してやっちゃくれないか?」
( (∴) 「………」
爪'ー`)「代わりといってはなんだが、アンタ個人には一人につき150sp。
いや……キリのいいところで500spの礼は約束する」
やがて数歩の距離のところで立ち止まった仮面の男に、交渉を持ちかけた。
出来うる限り後腐れなく、波風を立てずに穏便に収められれば最上だった。
しかしこの場に仲間が盗みに押し入っているという事実は揺るがず、大儀は向こうにある。
この男をどうにかしなければ、全員治安隊に突き出される羽目になる。
やはり子分の無茶な動きから、ゴードンは倉庫の品が抜かれている事に気づいた。
そこへ来て、その対処のためにあてがわれたのがこの男なのだろう。
問題は、この男が命までを求めるかどうかというところだ。
爪'ー`)「手付けとして、まずはここに200spある。
そいつらの無事を無事渡してくれれば、残りはこの後すぐにでも払うさ」
( (∴)「……こちらさんの依頼も、侵入者一人につき150spの報酬でね」
爪'ー`)「そうかい、それならこっちはー―」
( (∴)「いいや。たった今仕事内容が変わった。交渉決裂だ」
仮面の男は覇気の無い声色でそう言った。
男が手を入れた胸元から、鈍色の光が松明を照り返し煌めく。
それは、一振りの短剣だった。
171
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:31:59 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「……俺も頭数に入れば、600spってことか?」
言い終わるか終わらないかの内に、仮面の男は一息に彼我の距離を詰める。
その速さはフォックスの動体視力をして、尋常のものではなかった。
瞬時に、それが殺しに精通している者の動きだという事を理解する。
大きく体を反らしたフォックスの顎の先を、白刃が残影を残した。
空を斬り裂く音が遅れて届いたかと思えば、次には胸を狙った刺突が襲い来る。
その手を払いつつ横に身体を流すと、男は逆の手にいつの間にか短刀を移していた。
( (∴) 「違うな」
爪;'ー`)「うおっ……!」
仮面の男が独楽のように大きく身を翻すと、鋭い斬撃がフォックスの頬を掠めた。
遅れて紅く細い線が浮かび、血を滲ませる。
一撃ごとに、確実に急所を狙っている。
紙一重で躱しているが、その業前はお目にかかった事はない程のものだ。
恐らくは暗殺者。それも達人級の。
爪;'ー`)「狙いは、俺の首だったか?」
( (∴) 「……」
その沈黙こそが答えだった。
172
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:32:34 ID:A6V2HoW60
実質的に情報屋ギルドを仕切っているフォックスを亡き者にする。
ゴードンはそのためにこの暗殺者を雇ったのだと、そこで思い至った。
情報屋ギルドは主に貧困層を中心に民意の支持がある。
衛兵や各所への賄賂などでもこれまで上手く立ち回ってきたつもりだったが、
ゴードンら富裕層からすればその貧困層に施しをする自分たちが、商いに邪魔なのだ。
活かさず殺さず、自分たちのさじ加減一つで庶民の暮らしを逼迫させ、食うに困った
家庭の若い娘などは系列の娼館などへと召し上げて、そこからさらに分け前を跳ねる。
そんな具合に、情報屋ギルドが無くなれば貧富の差は歴然となるだろう。
富める者は更に富み、今よりも強権を行使する事ができる。
だが表立って自分を葬れば、ゴードンは強く反感を買うはずだとフォックスは考える。
それどころか、嬉しくもないが周りの子分たちも黙ってはいまい。
今回の三人の仕事は、ゴードンの指示で泳がされていた撒き餌なのだ。
仲間を餌にギルドの頭目であるフォックスをおびき寄せ、人知れず亡き者にする。
大義名分を掲げ、堂々と目の上のたんこぶである情報屋ギルドを一網打尽にするために。
それがかなわぬとも、仲間を引き連れて盗みを繰り返していた首魁として治安隊に突き出せば、同じことだ。
爪'ー`)「……ゴードンは俺の首にいくらの値を付けた?
俺を殺すと、後々面倒な事が起こるぜ」
173
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:33:15 ID:A6V2HoW60
そんな言葉も、暗殺者にとっては何の意味もないだろうと知っている。
自分も腰元からナイフを取り出し、それを片手で前方へ構える。
腰を落とし、体勢を低く保つ。相手の攻撃がどこから来るか、つぶさに観察する。
仮面の男は緩慢な動作で、逆手に掴んでいる短刀の刃先をフォックスへと突き向ける。
鈍色に輝く先端が大きく湾曲した刃の造形は、見る者を威圧する凶暴な威容を放っていた。
( (∴) 「首一つ、1500sp―ー不足はないな」
爪'ー`)(随分な嫌われようだったのな、俺ってば)
地に落ちて燃え尽きようとしている松明の明かりの残滓が、
間もなく完全な闇に落ちるであろう室内を、ほのかに照らしていた。
互いの持つナイフの刃先はその光量を受け、闇に一筋の光を放つ。
フォックスらが得手とする投擲の為の投げナイフとは、大きく形状が異なる。
重厚で骨すらも断ち切る事が可能なほどに、叩き斬る事、切り裂く事に特化した大振りの凶器。
だが、異質なほどに対照的なのは仮面の男自身の存在感だ。
まるで幽霊が立つかのように、黒の装束を纏い、無機質に待ち構えている。
( (∴) 「ちんけな得物だな」
フォックスの手元にすっぽりと収まるほどの心もとないナイフを見て、
表情が変わる事も無い幽霊がひどく冷淡な声色で口にした。
爪'ー`)「いやぁ、大きければいいってもんでもないさ」
内心に抱いている焦燥を、まだ悟られている様子はない。
フォックスもまた、表面上の冷静さを崩さぬまま取り繕い、身体の動きを確認する。
174
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:33:40 ID:A6V2HoW60
禍々しいとさえ思えるナイフを相手取りながらも、フォックスは虚勢を張った。
事も無げな顔をしながら、しかし眼ではしっかりと相手の出方を伺いながら。
所持していたナイフは刃渡りが手のひらにも満たぬ、投擲用の小さなナイフ。
殺傷力は歴然だが、ことナイフさばきに関しては手足を動かす事と同じぐらいの自信がある。
倒れ付している部下達を介抱し、いち早くここから離脱しなくてはいけない。
倉庫に侵入している事が、家主であるゴードンにまで伝わっているのかまでは解らない。
今すべき事は、ゴードンに雇われたであろうこの男を、どうにかして撃退する事だけだった。
爪'ー`)(どうでるか、ね)
( (∴) 「――シィッ」
先手を繰り出したのは、仮面の暗殺者。
身を包む黒い外套により素人目であれば闇に溶け込んだその刃が、
どんな軌道を描いて襲い掛かってくるのか、首元を抉られるまで解らないだろう。
爪'ー`)「――ふッ」
だが、陽の差さぬ場所で生まれ育ち、盗賊を生業に培ったフォックスの夜目には
急激な軌道の変化をも見抜いていた。大きく首を切り裂こうとしたかに見えた一刀は、
その実ナイフを握る手首を、返しの小さな振りで狙う為の攻撃だ。
刃物を用いた喧嘩を経験した事があるからこそ、致命傷となり得る手首に対し
狙いを付けてくる事も読めていた。瞬時に上へと腕の構えを上げ、振りを躱す。
再びフォックスが構えるよりも早く、男が大きく一歩を踏み込んできていた。
続けざまに初撃とは比べ物にならぬ速度で襲ってきた下方からの激しい一撃が、
フォックスの顔あたりを突き上げる様にして振るわれた。
顎ごと身体を目一杯仰け反らせ、辛くも意識外から来た攻撃を避ける。
白刃が顎の先端に僅かな裂傷を負わせた。
毒を使われていたら、もう終わっていただろう。
175
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:34:09 ID:A6V2HoW60
爪#'ー`)「……らぁッ!」
体勢を崩しかけた所を突きが狙っていたが、即座にナイフを横に薙ぐ。
多少無茶な反撃だったが、怯ませるぐらいの効果は発揮したようだ。
( (∴) 「躱すか」
爪;'ー`)(……こちとら必死だっての)
すぐに飛びのいて距離を取り、一度だけ大きく呼吸を整えた後に
再びしっかりと相手を正面に捉えて、視線をぶつけ合う。
この短い立会いの中で既にフォックスの額には、じっとりと冷たい汗が伝っていた。
( (∴) 「……こないのか?」
爪'ー`)「その気になれば、いつでも殺れるんじゃないのかい」
駆け引きからでの言葉ではなく、こればかりは本心だった。
一方の男は鼻を鳴らして、一度手元でナイフを遊ばせた。
会話で気を逸らせながらも、この状況を看破するために自分ができる行動を、
必死に頭の中で張り巡らしていた。このままいくと、勝機は限りなく薄い。
この男のナイフ術は、暗殺の業として相当に磨き抜かれている。
より効率的に、より不可視に、人の命を奪う事を生業としている者のそれだ。
この状況からでは出し抜きようがなく、こちらの技量で無力化は難しい。
殺しは元来やらないが、不殺にて無力化するにはそれ以上の実力差が必要となる。
方法があるとすれば、命を一度捨てる事。
結局、最後の選択肢であるそれにしか至らなかった。
( (∴) 「なら、行くぞ」
176
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:34:39 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「……やっぱり、さっきの交渉の続きをしねぇか?」
( (∴) 「はっ」
こちらの声に耳を傾ける素振りは見せているものの、決して隙を許はしない。
それどころか、一秒ごとに虎視眈々と機先を伺っているようだった。
言う通り、これは機を見計らう為の時間稼ぎに過ぎない。
だが、ほんの僅かでも気を散らせる事が出来れば上等だ。
爪'ー`)「ここで俺が死ねば、盗人の征伐を口実に俺らは解散。
仲間同士取り分で揉めたように演出して、死体を転がしときゃあいい具合だ。
あんたみたいな本職まで雇うなんてな……参ったぜ」
( (∴)「……お前の命になんぞ興味ない。
問題は、金になるかならないかだけだ」
爪'ー`)「あんた、命よりも金の方が大事ってタチか。
それなら俺たち四人の命、一人頭300spまでなら出すけど、どうだい?」
仮面の男は口元を手で覆い、視線を外してあざける様にほくそ笑んだ。
フォックスが予想していた通り、持ちかけに応じるような様子はない。
殺しを専門にやっている人間もまた、依頼者との信頼関係で成り立っている。
易々と契約を反故にすることは出来ないだろう。
仕事の出来には、自分の命も直結するからだ。
( (∴)「時間稼ぎなんだろうが、さっきは気まぐれで聞いてやっただけだ。
仕事は自分の事しか信じないんでね……気を持たせたなら謝ろう」
爪'ー`)「いやぁ、気にするなよ」
きっかけを作るとするならば、ここしかない。
177
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:35:03 ID:A6V2HoW60
少しばかりわざとらしいが、ナイフを手にした方の手で頭を掻く仕草に見せかける。
頭の後ろでナイフの刃先を指で摘んで持ち替えておいた。後は脇を伸ばして、出来る限り溜めを作る。
爪#'ー`)「わかっちゃあ……いたけどねぇッ!」
( (∴)「俺もさ」
男の言葉と同時、全身を弓の弦のようにしならせると、全力でナイフを投げ放った。
狙いはつける余裕もなかったが、それでも外しはしない。
次の瞬間には、キン、と甲高い破裂音が響いた。
( (∴)「この程度――」
投擲したナイフは呆気なく弾き落される。
だが、すでにフォックスの両足は一直線に全力で男の元へと駆け出していた。
思ったよりも低い位置から、目の前を横一文字に斬撃が弧を描いた。
直前に大きく前傾すると、ほぼ同時に後頭部すれすれをナイフが通過した。
長い銀髪を後ろで結わえていた紐が、数本の毛髪とともに背後の宙へ舞う。
勢いづいてしまった状態で、振りを見てから避けられるかどうかは博打だった。
だが決して止まらず走り抜けながらも、辛うじて身体を伏してかわす事が出来た。
爪'ー`)「―ーへッ」
勝利を確信している相手ほど、虚を突かれれば脆いものだ。
確実にこちらを上回れる技量を持ちながら、たとえ一瞬だろうと侮ったのが運のツキだ。
( (∴)「この……ッ」
178
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:35:25 ID:A6V2HoW60
爪#'ー`)「このフォックス様を――なめんじゃ……ねぇぞッ!」
短刀を手にした右手首をがっしりと掴むことで、追撃のナイフが振るわれる事はなかった。
仮面の男の胸の下へ潜り込むと、走りこんだ勢いをそのままに、
肩から肘にかけてをぶちかましてそのまま地面へと吹き飛ばした。
( (∴)「う、ぐッ」
転がされた衝撃を受けてもナイフを手放す事は無かったが、即座に手首を右膝で押さえつける。
流れるように男の上体へと腰掛けて位置取りし、もう片方の手へは腕を伸ばして封じた。
これで、もはや身じろぎする程度しか出来ない程に完璧に有利な体勢を作り出した。
吹き飛ばされた衝撃で男の仮面の留め紐は外れ、床へと転がっていた。
その素顔にはやはり見覚えがあった。
昼間に酒場の前で見かけた、よそ者の男だ。
爪'ー`)「やっぱり、あんただったか」
('A`)「……」
見紛おうはずもない、背格好から細身の体格、身にまとう雰囲気の全てに覚えがある。
どう見ても堅気ではない男がこんな街にいるのは、大抵の場合潜入や暗殺などの仕事を
抱えている事情があるからだ。
爪'ー`)「知ってる? 殴り合いで馬乗りになっちまえばよ、
もうその時点でほとんど勝負は着いてるんだぜ」
言って、にやりとフォックスは笑った。
一方の暗殺者は苦虫を噛み潰しながらも、腰を浮かして脱出しようとはするが動けない。
だが、こちらは男の四肢を封じた上で、自由に使える右手で顔面を殴りつける事が出来るのだ。
179
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:35:49 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「そういやアンタ、さっき命より金がどうとか……」
('A`)「だったらどうだってん―ー」
( #)'A)「―ーぐぅッ」
言い終えるより先に、頬を拳で殴りつけていた。
顔を庇う事も出来ず、固い猫目石の床を介した衝撃は相当に大きいはずだ。
爪'ー`)「俺さぁ、そういう事言う奴はいけ好かねぇんだ」
爪'ー`)「だから本当は二十発も殴ってやりたいところだけど、優しい俺はさ。
まぁ、なんとか十発ぐらいで気絶してくれりゃあいいなって思うワケよ」
(#'A`)「……」
ここに来て初めて表情に怒りの感情を滲ませた暗殺者の男は、
口の端に血を伝わせながらも、フォックスをするどい目つきで睨めつける。
だが意に介する事もなく、フォックスは後ろを振り向いて声を投げかける。
つい先ほどこの男にのされてしまった、三人の部下たちに向けてだ。
爪'ー`)「おいおい、お前らー、そろそろ起き上がれよ」
その声に、やがて一人が反応し、ゆっくりと上体を起こした。
目が合うと、すぐに大きく見開かれる。仰天していたようだった。
続く二人も身を起こすと、同様の反応を示す。
180
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:36:12 ID:A6V2HoW60
「あ、あれ………」
「な、なんで、お頭」
「……フォ、フォックスのあに──」
鼻血をぼたぼたと垂らしながらも、それを衣服の袖で拭い取っている。
倒されていた三人の子分たちはどうにかふらつきながら、立ち上がった。
爪'ー`)「しー。そんなとこで寝てたら風邪引くぞ。とっとと帰るこったな」
男には見えない位置から、指で口をふさぐ真似をした。
”何も言うな”と促すようにして、立ち上がった三人を手で追っ払う。
爪'ー`)「この通り、この場は俺が何とかしとくからさ。邪魔だよ、帰った帰った」
目の前で起きている状況が即座には理解出来なかった様子で、全員が動揺している。
何か言いたげな様子をしながらも、侵入してきた部屋へすごすごと退散していった。
そうして部屋には、二人だけが残された。
地面で微かに燻っていた松明も、今はもう完全に燃え尽き、窓辺から差す月明かりだけが二人の影を照らす。
互いの呼吸が聞き取れる程の静寂の中で、フォックスは落としどころを探っていた。
('A`)「ガキの子守りとは、随分とお優しい事で……」
爪'ー`)「だろ? 面倒見が良いばかりに気苦労が多いのが悩みの種だけどな」
('A`)「あぁ。全く麗しい師弟愛で、吐き気がするよ」
( #)'A)「うッぐッ」
再び拳を振り下ろす。今度は、鼻っ柱を叩いた。
久しく人を殴った事などなかった拳には、鈍い痛みが走っている。
だが、殴られたこの男はそれ以上に痛みと屈辱を抱いているはずだ。
181
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:36:43 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「あんたみたいに、殺しが仕事みたいな奴に理解してもらおうとも思わねぇよ。
だがあいつらを殺してたら、俺もあんたをやっちまってたかも……な」
('A`)「はん、そこらのコソ泥の命が尊いものだとでも?」
爪'ー`)「あぁ……尊いね。一生懸命に生きてる奴の命を奪う権利なんてもんは、誰にも無い。
この街の皆だってそうさ、貧しくても生きていこうと、毎日が死に物狂いだ」
('A`)「盗賊風情がいっぱしに聖人気取りか、欺瞞だな」
爪'ー`)「少なくとも、あんたみたいな人殺しよりはずっとマシさ」
もう一発お見舞いしようとしたフォックスだったが、これまでで初めて
真剣な口調で話し始めた男の様子に、対話を試みようと思った。
何がこの男の琴線に触れたかは判らないが、感情を暴露させている風である。
握った拳を振り上げたまま、少しだけ熱を帯びているその瞳を射貫き返す。
(#'A`)「殺さなければ、殺す。
鼻を垂らしたガキが、それを命じられて殺すのは悪か?」
爪'ー`)「………」
(#'A`)「殺しを省みたところで、罪が消える事などあるのか?」
(#'A`)「そんな虫の良い話なんぞある訳がない」
爪'ー`)「そりゃあ、そうだな」
('A`)「──度殺せば、二度と戻れないんだよ。
泣こうが喚こうが、悔やむだけ時間の無駄だ」
憎悪に満ちたその瞳を、冷淡な表情でただ見下ろしていた。
憐憫という訳ではなかった。フォックス自身でも共感できるところはある。
フォックスはしばしの沈黙をおいて語り掛ける。
182
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:37:06 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「殺した罪はもう消えないから、悔いようとも思わない……ってか?」
('A`)「下らんな」
爪'ー`)「”ツイてなかった”……そう思うしかないと思うぜ? 多分さ」
('A`)「ふざけやがって……」
爪'ー`)「あんたみたいに腕の立つ男なら、きっと途中で足を洗えたはずだ。
自分の力で道を切り拓いて、な」
( A )「………」
爪'ー`)「けど、省みる事をしなかったのは、あんたの落ち度だろうが。
も一度日向に戻ろうと努力しなかったのは、あんたが世を拗ねて、諦めたからさ」
(#'A`)「もう、黙れ」
爪'ー`)「ガキの頃から人殺しを強いられていたなら、中には同情してくれる奴もいるだろうよ。
けどあんた……結局、悔いようと思わなかったんじゃない。悔いるのが、怖かったんだろ」
(# A ) ブチッ
その瞬間、男の顔が歪んだ。
かと思えば、次の瞬間には跨るフォックスの顔を目掛けて何かが吹きかけられた。
血の飛沫だ。
自ら歯で口の中を切り、貯めた血を目潰しのために噴き出した。
爪;ー)「うぉッ……!」
183
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:37:35 ID:A6V2HoW60
(#'A`)「フッ――」
左手で顔を庇った一瞬、フォックスによる男への四肢の拘束が緩んだ隙を突き、
上体を起こしながらすぐさま左の拳で顎を上方へと打ち抜かれた。
衝撃に後方へと倒れこんだフォックスを、男は流れるような動作で地面へとそのまま組み伏せる。
脚を使い、足裏と膝で両腕の自由を封じられたフォックス。先ほどまでとはまるで逆の体勢だ。
気づいた時には、頬に冷たい金属が押し当てられていた。
爪;ー)「あー……ちょっと待った、説教臭かったなら謝るぜ」
('A`)「もう喋らなくていいぞ、お前」
無機質で冷たいナイフの刃先が、つん、と首元の皮膚に触れた。
このままあと少し刃を押し込み、少し横に動かされただけで自分は死ぬだろう。
諦念が心に影を落とし、覚悟を決めなければいけなかった。
爪; ー)「ったく……しくじった」
('A`)「──じゃあな」
呼吸が上ずり、手足の血の巡りがさぁっと引いていくのを感じた。
いよいよ覚悟を決める時がきたかと、フォックスは身を強張らせる。
血糊で塞がれた瞼を、ぎゅっと強く閉じこむ。
最後の瞬間が訪れるのは、次の瞬間か、はたまた数十秒後か。
どちらにしても長時間苦しみたくはない、一瞬で終わらせてくれよ、と願った。
やがて、どっ、と体を揺らす音が響く。
首元をナイフが貫く衝撃か――そう思った。
184
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:38:11 ID:A6V2HoW60
しかし、そうではない。
極限の恐怖が、刃で刺し貫かれる感覚を錯覚させたに過ぎなかった。
「水臭ぇですぜ」
爪;ー )「お、おぉ?」
その声だけですぐに理解した。
旧友の慣れ親しんだ顔がぱっと頭に浮かび、死の淵にあった意識を引き戻す。
( "ゞ)「危なかったら合図してくれりゃあいいのに……。
けど、あいつらが話してた状況とはまるっきり真逆じゃねぇですか」
暗殺者の腹部を蹴り込んだ体勢のままそこに立っていたのは、デルタだった。
仲間を救出後も、長時間姿を見せないフォックスの窮地を察して助けに来たのだ。
絶対絶命を経て目にした慣れ親しんだ男の背中は、この上無く頼もしかった。
爪;'ー`)「いやはや……死んだと思った。助かったぜ、デルタ」
( "ゞ)「いいって事よ」
目を覆っていた血糊を袖で擦り落としながら、ゆっくりと立ち上がる。
ごほごほと咳払いをする音の方へ向き直ると、微かに確保できた視界では、
男が片腹を押さえて片膝を付いている光景があった。
喉をさすって身体の具合を確かめるフォックスの前に、ナイフを構えデルタは立つ。
( "ゞ)「やっぱり昼間の奴か……うさんくせぇと思ってたんだよ、お前さん」
('A`)「新手か……次々と湧いて出てきやがって」
再度ナイフを構え、暗殺者はゆらりと立ちあがる。
フォックスも先ほど弾き落とされたナイフを拾うと、デルタと共に並び立った。
的を絞らせないようにする事が出来る二対一という状況ならば、十分に渡り合える。
185
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:38:50 ID:A6V2HoW60
だが、先ほどまでの怒りの色が一瞬で失せると、暗殺者の表情は既に平静だった。
その佇まいからには、焦りを浮かべた様子もない。殺意は未だ健在のようだ。
( "ゞ)「おっかねぇナイフだな……けど、俺達に勝てるつもりか?」
('A`)「ここまで嘗められたら、引き下がれるか」
爪'ー`)「お前さん、暗殺ギルドか何かだろ?」
( "ゞ)「確かにそんな感じだな。でも俺たち二人、喧嘩だったら負けねぇぜ?」
('A`)「ハッ……」
デルタが参じたことで形勢は覆り、気持ちに余裕が生まれた。
向こうも容易には踏み込めず、一定の距離を保つのに傾注している様子が伺える。
互いに、長い膠着状態に入ろうかという所だった。
それは正しい判断だ。フォックス以上に夜目の利くデルタがいる以上、
暗闇の中でナイフの軌道を見切れるだけのアドバンテージは、向こうだけのものではない。
片方が仕掛けて生まれた隙を、もう片方が突く事も出来る。
だからこそ、ここで出来る限り相手の戦意を削いでおきたかった。
相打ち覚悟の無謀な博打に出られると、悪くすればどちらかが死ぬ恐れもあるからだ。
186
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:39:21 ID:A6V2HoW60
実質、仕事の依頼などの運営を中心に立って切り盛りしているのはデルタなのだが、
それでもデルタとフォックス、二人のどちらかでも欠けるような事が出てしまえば、
今後のリュメの街での盗賊ギルド全体に、大きな影響が出てしまうだろう。
何より、どんな状況であれ人を殺すのは自分自身の信条に反する。
爪'ー`)「ここで俺達のどっちかを殺しても、最終的にあんた、死ぬぜ」
('A`)「知ったことか。どうあろうと、両方道連れだ」
( "ゞ)「そりゃ勇ましいこって」
睨みあいの最中、先に痺れを切らしたか、男は床に口の中の血を吐き捨てると、
ナイフを片手に携えたまま、ゆっくりと二人の前に歩み出る
ろくに構えもしていないが、その不用意さが逆に恐ろしい程だ。
小さいが手傷を負っているフォックスを庇い立て、デルタが前衛を請け負った。
爪'ー`)「油断すんなよ、デルタ」
( "ゞ)「解ってやす」
('A`)「俺が無様を晒して増長させちまったか。
二対一ねぇ……正直、何の頼みにもならんぞ」
強気な発言は動揺を誘っているのか、不気味な無表情はなお崩れない。
暗殺者はなおも無造作に距離を詰める。
( "ゞ)「………シィッ!」
これ以上間合いを詰められては、刃渡りで劣ると判断したデルタが動く。
男の動きを牽制するために、首元すれすれを目掛けてナイフを振るった。
腕を狙われないよう、あくまで小さく返しの早い振りでだ。
187
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:40:03 ID:A6V2HoW60
だが、殺意の篭もらないその一撃は、男に見透かされていたようだった。
牽制に動じる事も無く、首皮を裂く程の近距離で振るわれたナイフの軌道を見切っている。
( "ゞ)(ちゃちな脅しは通用しねぇ、か)
('A`)「見本を見せてやろうか」
やがてデルタの前で、暗殺者は奇抜な動きを始めた。
右から左、左から右へとナイフを投げて持ち手を入れ替えながら、弄んでいる。
同時に、とんとんと軽い身のこなしで拍を刻みながら、小刻みに飛び跳ねる。
まるで舞踏のような足運びを交わしながら、攻撃のタイミングを掴ませない。
('A`)「本気で殺すなら、こうやるんだよ」
( "ゞ)「あぁん?」
呟き、暗殺者は、背後の闇に音もなく紛れる。
黒装束が溶け込み、夜目の効く二人でも所在の視認を困難にさせた。
ステップを刻む足音を頼りに位置を把握しようとするが、不規則な動きに勘を乱される。
そうかと思えば、闇の中から風切り音がした。
瞬いたと思った光は、シュルシュルと風を裂き、デルタの眼前に迫っていた。
辛うじて首を傾けたデルタの頬を、回転力を伴った刃物のようなものが斬り裂く。
爪;'ー`)「軌道に気を付けろ!」
188
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:40:35 ID:A6V2HoW60
( "ゞ)「!?」
それは、遠く西方の国で使われる投擲武器、”飛輪<チャクラム>”だった。
平たく丸い金属の刃は単純な構造なれど、しかし遣い手の技量次第で如何ようにも曲げられる。
現に、デルタの頬を裂いた飛輪は背後で切り返し、飛び出してきた方向へと帰っていく。
刹那、気を取られたデルタの腹下に、極めて低い位置取りから再び暗殺の一撃が飛び出す。
突き出した刃は胸を狙い振るわれたが、デルタはそれに反応出来ていなかった。
引いて全体を見ていたフォックスが代わりに対処し、デルタの肩を突き飛ばして刺突から逃す。
('A`)「―ーそら」
次いで、右手の棚が揺れる音がしたと思えば、三角に飛び上がると共にナイフが振り下ろされる。
フォックスはそれに手持ちのナイフを合わせ撃ち鈍い衝撃を受け止めると、凶刃の主は再び闇に紛れた。
攻撃はより苛烈に、加えて緩急が付けられていた。
それでいて、自身の防御を無視した刺突は大胆であり、速く、鋭く、不可視。
暗所を利用したその闘法は、視覚や聴覚を攪乱する技術を織り交ぜながら行われる、
致死の一撃を繰り出すための”悪意の姿勢”<ヴィシャス・スタンス>。
気を抜けばチャクラムが顔面に突き刺さり、誘われれば思いもよらぬ所から致命打をもらう。
窓辺から差す月明かりだけが、次の一撃を見切るための心もとない灯りだった。
やがて、微かな足音はフォックスの背後に回り込む。
爪;'ー`)「背中、任せたぜ」
(;"ゞ)「分かってやす」
月光の中心に、二人は背中を合わせ周囲の気配に集中していた。
小石か何かが時折飛んでくるが、それに反応した時、あらぬ場所から攻撃が来るだろう。
じりじりと追い詰められながら、二人は背中合わせにゆっくりと円を描く。
189
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:41:00 ID:A6V2HoW60
そのさなか、空を裂き飛輪が眼前に迫る気配を探知したフォックスが、咄嗟にナイフを突き出す。
がちん、と金属が擦れたかと思えば、手を持っていかれるような衝撃が手元を揺らした。
見れば、フォックスのナイフに飛輪が巻きつき、空回っていた。
爪#'ー`)「―ー来るぞ!」
影の中から男が再び姿を見せた時、右の上段からナイフでデルタに撫でつける構えだった。
このまま無造作に斬りつけようとしているのか、だが、そんな大振りならば容易に避けられる。
そう考えてしまったデルタは、既に体を半身に保ち、避ける構えを見せていた。
だが次の瞬間、咄嗟に声を荒げたフォックスの一声に体が固まる。
爪;'ー`)「違うデルタ! 左が本命だ!」
(;"ゞ)「んなッ!?」
('A`)「―ーご名答」
デルタの視線は、完全に上へと誘導されていた。
見れば、右手に握られていたと思ったナイフは、いつの間にか空を掴んでいる。
左手では既にデルタの胸部に向けて、踏み込みと同時にナイフが突き立てられようとしていた。
右から左へまるで魔法のように持ち手を入れ替えつつ、得物が姿を消す。
フォックスの言葉で、辛うじてそれに気づくことが出来たデルタだったが、
回避の猶予など与えてくれない、あまりに絶妙なタイミングの一撃。
もはや運任せとばかりに、がむしゃらに振り回して致命打を防ぐ他なかった。
(;"ゞ)「―ーく、うおぉッ!」
190
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:41:31 ID:A6V2HoW60
目の前で火花が散るような衝撃と、遅れてやって来た恐怖。
しかし、手に伝わってきた確かな感触がデルタに生を実感させた。
間隙なく穿たれた凶刃は、デルタの持つナイフの持ち手を避け、
辛うじて、柄の部分で受け止められていた。
('A`)「死ぬのを、想像出来たか?」
(;"ゞ)「───野郎ッ!!」
刃とナイフの柄を重ねた状態から強引に弾いて飛び退くと、デルタは再び距離を取る。
身に着けるベストから露出した腕をさすり、肌が粟立つのを抑え込む。
爪;'ー`)(今ので分かったろ、デルタ)
(;"ゞ)(えぇ………かなり使いやがる)
気を抜いたらすぐにでも肩で息をしてしまいそうな程の疲労感。
それがたった一合の立会いで、デルタの身に一瞬で押し寄せていた。
('A`)「コソ泥と本職との技量の隔たりが理解出来たかい」
(;"ゞ)「へっ、褒められたもんじゃあねぇけどな」
('A`)「どうでもいいさ。
さてお二人さん、無残に死骸を晒すとしようか」
爪'ー`)「………」
やはり、どうあっても引き下がるつもりは無いらしい。
たかだか数ヶ月で消える酒代の為か。
それとも、暗殺者としての矜持か。
そんなものの為に、自分や相手が死ぬのも馬鹿らしいと、フォックスは考えていた。
191
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:42:02 ID:A6V2HoW60
( "ゞ)(兄貴……!)
この場を納めるためには、最大限にリスクを軽減し、誰もが損をしなければいい。
目配せを送ってきたデルタを手で制し、ナイフを持つその手を下ろさせた。
今度は下手な駆け引きからではない。
お互いの命が卓の上に乗った交渉を、フォックスは最後の機会として暗殺者に語り掛けた。
爪'ー`)「……最後に、もう一度だけ交渉いいか?」
('A`)「さっきの今で聞き入れると思うのか?
お前の拳骨、相応に高いものについたぞ」
爪'ー`)「正直思わねぇけどな……俺ってば、殺しができねぇ主義なのよ。
だけど、あんたにとってもきっと悪い話じゃないはずさ」
('A`)「ほう?」
二対一を歯牙にもかけていないという態度は、案外と虚勢なのかも知れないと思った。
そこらの喧嘩自慢とは一線を画す、フォックスとデルタの二人を相手取るということ。
それは、いかに手練れの暗殺者と言えども少なからず手を焼くはずだった。
まだ多少は、話し合う余地が残されているのではないかと考えた。
爪'ー`)「交渉の前に、一度だけ言っておくぜ?」
爪'ー`)「この最後の交渉が決裂して殺し合いになっても、そりゃ確かに俺達は素人だ。
あんたの言う通り、どっちかは道連れにされて死ぬかも知れねぇ」
('A`)「……」
爪'ー`)「だがな……例えどちらかがあんたに刺されても、そいつはあんたの動きを止めて、
もう一人が確実にあんたの喉首を掻っ切る。断言するぜ──これだけは」
192
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:42:48 ID:A6V2HoW60
('A`)「はっ」
強い意志が込められたフォックスの瞳と、言葉。
しばしその言葉にじっと耳を傾けていた様子の男だったが、
最後にはおどけたように、肩をすくめて見せた。
( "ゞ)「お頭、何を……?」
爪'ー`)「いい、デルタ。お前今いくら持ってる?」
この期に及んで交渉を持ちかけたフォックスに戸惑うデルタをよそに、
デルタの腰元に付けられた銀貨入りの麻袋をひったくると、その中身を確認していた。
爪'ー`)「ひぃ、ふぅ……ま、ざっと800spってとこか」
(;"ゞ)「ちょ、お頭?」
さらに、自分の腰元に結び付けられていた銀貨入り袋を取り出すと、
それら二つを束ねて男の方へと投げ渡した。空いた方の手でそれをはし、と掴む。
('A`)「何のつもりだ?」
男の様子を気に掛ける事もせず、フォックスは続けた。
爪'ー`)「しめて1300sp、俺の首代にゃあ足りねぇが。
……そいつを受け取って、ゴードンの所に帰ってくれ。
そんで、今日ここで見た事は全て忘れるこった」
(;"ゞ)「ちょ、それじゃあ俺の今月の生活が……!」
('A`)「ハッ……臆したか」
193
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:43:31 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)「いーや、違うな。仮に俺らと刺し違えたところで、どう上手く事が
運んでも、安いプライドだけを抱えたまま、あんたもあの世行きだ」
爪'ー`)「それなら何事も無くその金と、上手くすりゃあコソ泥を始末した
追加報酬を持って立ち去った方が利口ってもんだろ?」
('A`)「追加報酬だと?」
爪'ー`)「あぁ、ゴードン=ニダーランの奴にはこう報告すればいい」
爪'ー`)「”アンタの家に忍び込んでいたのは、盗賊ギルドのグレイ=フォックスだ。
抵抗したから殺した。発覚を避けるため死体はもう処分した”……ってな」
そう言って、胸元にぶら下げていたペンダントを取り外す。
付近の床に広がっていた部下たちの血痕にそれを擦り付けると、
フォックスは暗殺者の方へと放って血の付いたペンダントを投げ渡した。
('A`)「……何だこれは?」
爪'ー`)「俺の首代わりにでも。手土産は、必要だろ?」
フォックス達の手持ちだった1300sp、そして暗殺者が言う通りの報酬額ならば、
上手くすれば2800spもの金を手にすることになる。
それには、フォックスがこの暗殺者の手にかかり死ぬことが条件なのだが。
爪'ー`)「ゴードンは態度はでかいが小心者だ、俺を殺した事に進んで関与はしたがらないだろう。
死体の確認までも求めないとは思うぜ、あんたみたいに肝が据わっちゃいねぇからな」
('A`)「現にお前がここに生きているだろうが」
爪'ー`)「なぁに、そこはアンタが一芝居打ってくれりゃあ丸く収まるさ。
俺は、今日を限りにこの街から消える―ーそれなら、あんたの仕事にも傷がつかねぇ。
俺一人が盗みを働いていたのを見かけて、殺した事にでもしといてくれ」
194
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:44:03 ID:A6V2HoW60
フォックスの言葉に唖然とするデルタを置いて、話はとんとんと進んでいった。
暗殺者の男も毒気を抜かれた様子で、先ほどと違って顎をさすりながら、思案にあぐねている。
だがデルタからしてみれば他人事として聞き捨てられる話の内容ではない。
慌ててフォックスに問い詰め、説明を求める。
(;"ゞ)「―ーな、何言ってんです! そんな事したらお頭だけじゃなくウチの
奴らも全員治安隊の奴らにしょっぴかれるんじゃないですかい!」
爪'ー`)「大丈夫だ。幸い床には血の痕もあるし、ゴードンの奴は馬鹿だから騙せるさ。
盗みを働いていたからって、俺を殺した事を役人にまで公表はしねぇはずだ。
あいつも俺らや、路地裏の奴らに恨みを持たれるのが怖ぇだろうからな」
('A`)「……ふぅん……それで2800sp、か」
爪'ー`)「了承してくれれば勿論俺はすぐにでもこの町から消えるし、
あんたの信用に傷を付けるような事を吹聴しねぇつもりだ。
二度とこの町に顔は出さねぇよ」
(;"ゞ)「消えるって……なーに言ってやがんですかいッ!」
つらっとして、淡々と自らが即席で考えた筋書きを語るフォックス。
自分が置き去りにされたまま話は進んでいき、デルタは狼狽するしかない。
二人を傍目に、手元の銀貨入りの袋を眺めながら、男は考えこんでいた。
一対一で渡り合っていた先ほどならば、そんな要求を呑む事は有り得なかっただろう。
だが状況は変わり、侵入者を三人とも取り逃がした上に、二対一という劣勢。
仮にフォックスら二人を斃したところで、1500spの報酬しか手に入らない。
195
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:44:46 ID:A6V2HoW60
デルタと一緒の今ならば、決して勝てない状況ではないだろう。
たとえどちらかが死んでも、文字通り命を賭ければこの暗殺者を討ち果たせると思っていた。
だが、数の有利にも臆することなく戦闘をも辞さないこの男は、荒事に長けた凄腕だ。
だからこそ、二人どちらかの命が脅かされる大きなリスクは、回避できるに越したことはない。
現在の盗賊ギルドの支柱として欠いてはならない存在は自分ではないのだと、フォックスは一人想う。
男が、やがて長らくつぐんでいた口を開いた。
('A`)「まぁ……悪くないか」
フォックスにとっては、願ってもない。
聞きたかったのはその言葉だ。
長考の後、男はそう言って暴威を振るうナイフを懐に収めた。
リスクとプライド、そして金を天秤に掛けて、納得がいくだけの交渉内容だったようだ。
爪'ー`)「いいのかい?」
('A`)「ま、いいだろう……交渉成立だ」
爪'ー`)「―ーなら確認だ、俺たちはこれから無事に逃がしてもらうが、
ここで起きた俺たちのやり取りの他言は無用だ。
俺はあんたに殺された。それで、後は好きにしてくれ」
(;"ゞ)「………!」
デルタがフォックスの肩をぐっと手で掴み、強い視線を投げかける。
だが、フォックスはそれを意図して無視し続けていた。
('A`)「ま……いいだろう。こっちもさっきの獲物を取り逃がした損失を埋められる」
196
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:45:31 ID:A6V2HoW60
('A`)「だが、こちらにも条件がある」
('A`)「俺はあと二日間この街で滞在するつもりだ。
その間に一度でもお前の姿を見かけたなら、確実に殺す。
……寝込みだろうが、酒場でもな」
爪'ー`)「解ってる、さっきも言っただろ? 今夜の内に行方を眩ますさ」
('A`)「それでいい。依頼人への報告に矛盾が生じては、信用も失墜するからな」
爪'ー`)「それを聞いて安心したぜ、正直、もうあんたとやり合いたくはねぇ」
('A`)「はんっ、地元を捨ててまでかよ、生き汚ねぇな」
殺意を向けてきた相手が、一時的に敵では無くなる事への安堵。
張り詰めていた部分を逃がすかのように、フォックスは大きくため息を漏らした。
爪'ー`)「そりゃあ死にたくはねぇ。誰だって、死んでるより生きてるほうが嬉しいだろう?
けどな、一番はこの街のガキ共のためさ」
('A`)「コソ泥にしては聞こえのいい言い訳だな」
爪'ー`)「あんたも見たとこ、生まれ育ちは悪そうだから解んだろ。
……路地裏で石投げられたり、他人の残飯漁って生き抜く辛さをよ。
仮住まいだとしても、俺はこの街の奴らに恩がある」
( "ゞ)「兄貴、あんたが居なくなったらー―」
爪'ー`)「いいんだデルタ―ーお前がいる。お前が、ガキどもを育ててやってくれ。
あいつらが、俺らみたいな思いをしないで済むようにな」
('A`)「……ふん」
197
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:46:05 ID:A6V2HoW60
フォックスやデルタにとって、もはやリュメは故郷と言ってもいい。
今は貧しさに身を寄せ合う皆が、いつか笑って暮らせるようにしたかった。
だからこれからも情報屋ギルドの共同体はより成長し、力を付けていかなければならない。
だが情報屋ギルドの頭を失えば、そんな日々が訪れる機会はもう失われるだろう。
自分の中では忘れ去りたくもあった、故郷を想うという気持ち。
それは、フォックスが貧民窟で置き去りにしてしまった親達の姿を、
圧制に苦しむ困窮した街の人々の姿に投影していたからなのかも知れない。
爪'ー`)「これで話はついたな……さて、どっか行ってもらえるか?」
やれやれ、と暗殺者はため息をつくと、床に落ちてひび割れた仮面を拾った。
部屋の入り口の脇へと逸れて、腕を組みながら壁に背をもたれると、顎を引いて合図で促す。
('A`)「背中にナイフを突き立てられたらかなわんからな……先に行け」
爪'ー`)「気遣いどうも。まぁ、さすがにそんな卑劣なマネはしないけどな」
('A`)「盗人がよく言うぜ……」
何事もなかったように、フォックスは前だけを見て出口へと歩く。
かたやデルタは警戒を完全に取り払う事なく、男の動向に警戒を払いながら、フォックスに続いた。
男とすれ違う瞬間、ぼそりと一言だけ呟いた。
('A`)「ドクオ」
爪'ー`)「ん?」
198
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:46:30 ID:A6V2HoW60
('A`)「俺の名前だ。いつかどこかで会う事があれば、殴られた礼はする」
爪'ー`)「──あんた、根に持つタイプだろ」
互いに一言だけ交わすと、視線を合わせる事も無く
正面のドアを押し開け、堂々と外へ出た。
* * *
地面を踏みしめて久々の外気に触れると、火照った生傷に痛みを取り戻す。
倉庫の中で繰り広げられた戦闘が嘘のように、外の世界はただ日常だった。
デルタが再度、フォックスへと詰め寄った。
(;"ゞ)「お頭……本気ですかい!?どうするつもりなんです、これから」
爪'ー`)y-「どーするもこーするも、あいつ絶対どっかの暗殺ギルドの奴だぜ?」
爪'ー`)y-「約束守らなきゃ、俺が暗殺されちゃうよ」
(;"ゞ)「って、無茶苦茶言い出したのはお頭じゃないですか!」
( "ゞ)「またなんだって、こんなこと……」
ぶつぶつと文句を垂れるデルタの様子から、やはり相当な不満が見て取れる。
”お前を失えないからさ”。
そう思ってはいても、おどけて適当にはぐらかした。
これから、デルタにはより重圧を掛けてしまう事になるのかも知れない。
199
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:47:05 ID:A6V2HoW60
爪'ー`)y-「まぁ、マイナス1300spの思わぬ赤字になっちまったけど……」
(# "ゞ)「お頭……? 大半はあっしの金ですからね」
爪'ー`)y-「いやぁ、まぁ……お互いに転機じゃない?」
爪'ー`)y-「とりあえず俺はしばらく旅に出るさ……。
その道すがらで、昼間の酒呑み話みたいな事があったら面白ぇなぁとか思いつつ」
( "ゞ)「まだ腑に落ちやせんが、当て所ない旅はいいですねぇ。是非あっしも──」
言いかけて、デルタは肩をすくめた。
納得は出来ないが、フォックスの命やギルドの存続には代えられない事を、飲み込んだ。
( "ゞ)「………と、言いたいのはやまやまなんすが、今回みたいな事が無いように、
ウチの奴らをまだまだしっかり面倒見ないといけねぇ」
爪'ー`)y-「解ってんじゃんか、デルタ。自分がギルドにとって必要な人材だって事をさ」
( "ゞ)「………留守の間、街の皆の事はあっしに任せて下さい」
爪'ー`)y-「おう、頼もしいな。ま、ほとぼりの冷めた頃に帰って来るよ」
爪'ー`)y-「ゴードンの親父の土地を店ごと買い上げられるぐらいの金を持って、さ」
爪'ー`)y-「じゃあ、ここでお別れだ」
街の西口で、交易都市ヴィップへと続く道と、ギルドのアジトへと続く道。
枝分かれした岐路で、二人はやがて立ち止まった。
200
:
名無しさん
:2024/09/14(土) 02:47:47 ID:A6V2HoW60
( "ゞ)「ひとまずはどちらへ?」
爪'ー`)y-「まずはヴィップでも目指すさ」
( "ゞ)「二日の道のりですぜ……文無しでですかい?」
デルタの心配ももっともだ。
街へ着いても、野垂れ死んでは元も子も無い。
だが、その心配をよそに、フォックスは胸元からそっと何かを取り出した。
月光を受けて光輝く宝石、それは大粒の翡翠だ。
持っていく所へ持って行けば、200spは下らぬであろう。
爪'ー`)y-「道中で行商人とでも出くわしたら、こいつを安値で捌くさ」
( "ゞ)「ヘヘッ、抜け目ねぇなあ…」
翡翠を懐へしまい、くるりと背を向けたフォックスは、
ニ、三度後ろ手に手を振ると、深い暗闇が包む森の奥へと消えていく。
その背中が見えなくなるまで、デルタはその場所で見送っていた。
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