"What do YOU care what other people think?" というのは、
ノーベル賞受賞物理学者 Richard P. Feynman の本のタイトルですが、
病死した最初の奥さん Arlene が彼によく言っていた言葉だそうです。
このタイトルを、学校英文法、大西--McVay 英文法、他の英文法、などで解釈すると、
どうなるでしょうか?特に二番目の what 以下をどうとらえるか簡単ではなさそうです。
生きた英語として、発言するときのネイティブの感覚を知るのも面白そうです。
私の文法的解釈はいくつかありますが、なかなかピタッとひとつに決まりません。
みなさんの解釈や感覚を聞かせてください。直観的(テキトー)なご意見も歓迎します。
What do YOU care
あなた!!何気にしてんのよぅ。(気にすることないでしょっ!)←まず、第一声は、奥さんの、愛と励ましの 喝!
で、気にしぃのだんなさんが、常に気にしている内容が、
other people think . 他の人が考えていること
だから、what でつないで、
"What do YOU care what other people think?"
ニャンコヴィッチさんの、ちょっと上から目線な(笑)奥さんの、
"なぜ、人の考えを気にするのかね?"
になるのでは。。とすごく簡単に考えちゃいましたが。
感覚的には、最初のWhat do YOU care は「喝!」→ 2番目のwhat 以下「つぶやき。。」
うーん、 かえってややこしぃかも。。すみません。。
>生ハムMELON さん 美味しそうですね〜!
>ニャンコヴィッチさん
of を使うと what other people think が間接的になってしまうと思うんですよね。
でも、意味の上では care が what other people think に直接的に働きかけています。
そういう違和感から of が「余計」に感じられるんです。そうは思われませんか?
学習掲示板を開ける事が久しぶりだったりする、にゃんこです・・・・
私も、ニャンコヴィッチさん、ミミロップさん、と同じく
What do you care? What other people think? と考えたんですが、同じ意見ばっかりでもつまらないので、こんなのどうでしょ?
What? Do you care what other people think?
「なぁに?他の人の考えてる事なんて気にしてるの?」
文法的には、うまく説明できないんですが、生ハムMELONさんのあげてくれた
What do I care what he says?彼が言うことなんか全く気にしませんも
What?do I care what he says?→何ぃ?私が彼の言った事を気にしてる?→冗談じゃないわ。彼の言う事なんて全然気にしてないわよっ。
みたいな感情の動き、って考えると感覚的にはつかみやすいと思うのですが。
普通に考えると「What?」は「ふぁぁ〜と?」と攻撃的なイメージがあるのですが、ここはtone of voiceしだいで、可愛く首かしげて「what?」と言えば、「なぁ〜に、そんな事ぐらい。」という、でーんと肝のすわった奥様の励ましのニュアンスになるのではないかと。
do YOU care What of what other people think?
↓
What do YOU care what other people think?
>of を使うと what other people think が間接的になってしまうと思うんですよね。
>でも、意味の上では care が what other people think に直接的に働きかけています。
>そういう違和感から of が「余計」に感じられるんです。そうは思われませんか?
算数Kさんは、care が、"What"と"what other people think"の両方に「直接的に働きかけて」いるようにみえるのがひっかかってるんですよね?
私は、「what other people think が間接的になって」ると思います。
つまり「意味の上では care が what other people think に直接的に働きかけて」いるとは思いません。
care が直接的に働きかけているのは、"What"の方だと思います。
父親が娘に…「あんな男のどこがいいんだ?」
件の"What"は、この台詞の"どこ"にあたるものだと思います。("what other people think"は"あんな男"にあたります)
"どこ"="あんな男"ではありませんよね。
"どこ"というのは"あんな男"の属性であって、父親のいいたいことは「容姿は悪い、態度は悪い、しかも無職、どこもいいとこなし」ってことです。
ですから、私は
"なぜ、貴方は人の考えを気にするの?"
で"なぜ"を"What"にあてているつもりです。
ところで、
私、仕事中にコソコソ読んだり書いたりしてたので、
What do YOU care what other people think?
って
Feynmanさんが言ってたのかと間違ってました…。
ミミロップさん!なに笑ってんのよぅ!(青木さやか風)
バイエルの例文にもありますけど、
I don't know where it is.
でしたか?これと同じようにしか自分には見えなかったので。
What do YOU care?(あなたは何を心配しているの?)
ですけど、何をって、なんていうか・・説明したいから
後ろにWh文の固まりを並べて説明すると
What do YOU care [what other people think]?
他の人が何を考えているか、なんてあ・な・たは何を心配してるんです?
と少し夫婦間でありがちな嫌みの効いた一言だと思いますけども。
算数Kさん
What do you care?と一応何を心配しているのかたずねる体裁をとってはいますが、
何を気にしているのか聞くまでもなくわかっているからそれを先に言っちゃったような感じとか…
どこ行くつもり?まさかパチンコじゃないでしょうね?みたいな。
先に言ってしまうことで、その行動をとらせにくくするような。
何を気にしてるの?まさか他人がどう考えてるかなんてことじゃないよね?という風に…
すいません。どうやってくっついてるのかはよくわかりません…
110さん
careのあとにもともとあったのがWhatとして文頭に出てるわけですから
I don't know where it is.
と同じように見ると、careの後の1つのスロットにwhatとwhat other people thinkという二つのものが一緒に入ってしまっているので気持ち悪く感じるんでは?
>ニャンコヴィッチさん
おっしゃりたいことは私なりによくわかっているつもりですよ、
私も「間接的」解釈を考えたことがありますから。しかし、「間接的」だとしても、
care (what) of what other people think というよりは
care (what) about what other people think の方がより自然に思われ、しかも、
about を省略すると不自然に思われるのです。「間接的」なら、せめて譲歩的に、
うしろの what を (no matter) what か what(-ever) と解釈したいのですが、
名詞節ならともかく副詞節でそういう省略が自然かどうか自信がないのです。
>生ハムMELONさん
前半 What do YOU care ...? は「何を気にしてるの?」というよりも強く、
YOU が大文字で強調されていることから察せられるように、意味的には、
「ア・ナ・タともあろう人が何気にしてるのよ?(気にするような人じゃないくせに)」
という感じの反語だと思います。そういう文脈から、何かご意見ありませんか?
>算数Kさん
やっぱり、変化球はダメかぁ。
同じじゃつまらないと思ってひねってみたのですが。って言うか、ひねる必要ないですよね。ははっ(^_^;)。
明日も朝から仕事なので、改めて<What do you care> <What other people think?>の塊りで、感覚を理論的に説明できるよう顔洗って出直して参ります。
>ミミロップさん
そうです!「同格」というのも私の中では有力な文法的解釈候補のひとつです。
「それよ、それ」と同様に「何を気にしてるの、何を他人が考えるかって」という感じ。
うしろの what =コトという訳に引っぱられすぎると見えなくなる what の本質ですね。
Arlene、素敵ですね。この章、ぜひ読んでみてください。あったかほろり、ですから。
(岩波現代文庫に邦訳『困ります、ファインマンさん』もあります。)
>にゃんこさん
いやいや、面白いひねりでしたよ。まえの What を Why とひねっても面白そうです。
>にやりさん
そうなんです、省略というより、入れるなら about だと思うんですよね。
言い出しっぺの Feynman が国語嫌いだったからといって勢いでは抜かさないでしょう。
about なしの似たような直接的口語表現は有名雑誌でも見かけたことがありますからね。
みなさん。今までに出た有力そうな仮説をまとめると次のようになるでしょうか。
(a) about (/of) 省略説、(b) (no matter) what 説、(c) 同格説。
他に何かありませんか?答はひとつとは限りません。気楽に仮説を考えてみてください。
例えば、110さん>>17のバイエル感覚も捨て難いと思うのですが、いかがですか?
まずは、WHと言えば“穴を埋める”。(久しぶりに絶対基礎力を広げました。)You like □「あなたが好きなのは、、、」の□の穴を埋める情報としてWhatが使われ、さらに気持の動きが倒置で表わされているのが、What do you like? でした。と、考えていくと最初のWhatはYou care □ → What do you care のWhat。「あなたが気にしてるのは、、、」の穴を埋める。
次に後ろWhatですが、これをWH装飾として考えるには無理があるので(*と思ったのですが、これも気になるので後ろで説明します。)やはり、穴をうめるWH、そして倒置がないので疑問文ではないと考えると、Other people think □→ what other people think (他人が何を考えるのか)。あえてaboutがないのは他動詞が前置詞を伴わない場合の力のおよび具合の強さを表していると思います。でもぉ、この倒置しないWH文は単独として文を作らないで、いつも大きな文の部品なんですよ。そうすると、やっぱりDo you care what other people think? が自然で、頭のWhat が余分なんですよね。
って、"what…"が目的語だと思ってたんだけど、
プログレッシブ英和中辞典、よく読んだら…
----------------------------------------
care [動](自)
2 [I[副]] [II wh-節/if-節/that節] ((通例否定文・疑問文・条件文))(…かどうか)気にする, かまう. ▼しばしばa bit, a damnなどを伴う
・ I don't care a straw what other people say.
ほかの人がなんと言おうとかまわない
-----------------------------------------
…あれれ?(あくまで辞書に従うとすれば)"care"って自動詞だ。
ってことは、
"a straw what other people say"は副詞句ってことかぁ。
ってことは
・ What do I care?
知ったことじゃないよ
の"What"も副詞ってこと?
ってことは、件の…
What do YOU care what other people think?
は、頭の"What"も、"what other…"も副詞(句)なのかなぁ。
who 'cares? | What do I, you, etc. care?
(informal) used to say, often rudely,
that you do not think that sth is important or interesting:
Who cares what she thinks?
とありますね。。
What do YOU care what other people think?
他の人が何を考えているか、なんてあ・な・たは興味がないのねぇー。
という日本語訳になるんでしょう。
What do YOU care?
何をあ・な・たが気にするの?
つまりは重要じゃない興味がないって事でしょうか。。
『困ります、ファインマンさん』ものすごく面白かったです。
私はこういう本に出会いたかったようです。久々に、夢中になって読みました。
原書も、Arleneさんの章までは、読み終わりました。 ほろり どころか、号泣です。
当初の自分の考えを変えたくなりました。
"What do YOU care what other people think?"は、文全体通して強い感情(ということは「同格」になるのかな。。)が感じられました。
1つ目What do YOU care? は、倒置も起こってるし、YOUが大文字だし、強い感情。
2つ目what other people thinkも、倒置は起こってないけど、whatが前に出ているから、感情は弱まっていない気がします。
ではなぜ2つ目に倒置が起きてないのかな?と、考えてみました。
Feynmanさんも、Arleneさんも、もともと他の人を気にしてない(過去に気にしないでいこうと決めた)から、2つ目の、他の人が何を考えているか の「何」を尋ねる気持ちがないから、倒置は起きてないのではないかなと。思ってみました。
>ニャンコヴィッチさん
I don't care a straw what other people say. は、他の辞書では、
care 他動詞、a straw 程度副詞、what 以下目的語、という説明が普通だと思います。
What do I care? の what も副詞っぽいですね。
what other people think の what は意味から代名詞という解釈が自然でしょう;
ただし、about this とか of him がつくと what は程度や評価の副詞になると思います。
(d) The former (what) is an adverb that means something like "how much";
the latter (what) is the object of care.
in that the use of the former what is an adverb,
that means in what respect does he care
or as you say how much does he care about what other people think.
It would make sense and, by substituting, would be grammatically correct
i.e. How much do you care what other people think? "
にやり。さん、はい、そういうことでしょうね。
that much (a straw や a bit に相当) → what (much) [how much]
のように「名詞の副詞化」と考えるとわかりやすいのではないかと思います。
(日本語でも「一切」「瞬間」などの「名詞の副詞化」がありますよね。)
また、[there → where] も語源的には名詞 [that → what] の副詞化だそうです;
それで That is where you are making a mistake. のような副詞の名詞化もあるわけですね。
という感じで、私もニャンコヴィッチさんの説に傾きつつ咀嚼しているところです。
" I think the idea is that caring about what other people think is not the basis on which to decide whether to do something or not. So this is in sharp contrast to Japanese-style thinking. ... You can almost hear the wife's voice encouraging her husband to do what he thinks is right (trusting him and his judgment) and not to care about how other people will react. This doesn't mean that you should be insensitive to others feelings --- so I don't think it means 'why should you care', which would be rather cold --- but a softer 'you don't have to care' about what other people think. "
彼女のコメントで私は Feynman 自身の考え方を思い出しました。
" We should listen to other people's opinions and take them into account. Then, if they don't make sense and we think they're wrong, then that's that! "
うた友先生のコメント、ほぅ、ほぅ、なるほど〜。でした。
私は、思いっきり Japanese-style thinking で、捉えてました。
本の中の、Arleneさんのいたずらで、Feynmanさん宛のお手紙にすべて大文字で書かれていた WHAT DO YOU CARE WHAT OTHER PEOPLE THINK ? の言葉には、結構有無を言わさぬ迫力を感じましたが。。(笑)
私の印象より、ややゆるい感じのようですね。
>「What do YOU care」 という表現ですが、これは、日常でもよく使われる表現で、
>「You shouldn't care(mind)!」とか、「Don't care!」のような意味で、「何を気にしてるの?(気にするな)」
>といういわゆる反語的な表現ですよね。これは、本当によく使う表現なので、話者の中では、
>「きにするなよ」という意識が強く働いているように思います。
>なので、what other people thinkは、「Don't care」の目的語として意識してその隣に置かれている。
>ただ、そういうことではないでしょうか。
なるほろ。そう考えると、確かに納得。
「What do YOU care?」という一つの文で完結していた言葉が、進化の中で、反語的な意味が強くなり 「What do YOU care?」=「You shouldn't care(mind)!」「Don't care!」にも変化していき、今ではネイティブの中では日常語になってしまった、と考えると、文法的にうまく説明できなくても、無意識にその後ろに目的語を置いてしまう、っていうのが納得いきますね。なんてったって、英語は語順の言葉。この進化の方向は当然かも。
そうして、そう考えると、K先生の歌友の英国人女性のコメントも納得です!
「You shouldn't care(mind)!」「Don't care!」より「What do YOU care?」の方が柔らかい物言いで、「What do YOU care?」=「何を気にしてるの?→気にする必要ないんじゃない?='you don't have to care'」につながるなぁ、と思いました。
そうすると、この文章って、無理やり1文で考えて文法的に説明するというよりも、「What do YOU care?What the other people think? YOU don’t have to care about that.」「あ・な・たは何を気にしてるの?他の人の考える事?あ・な・たは、そんな事気にする必要ないのよ。」という優しい、ぽんと背中を押すような感情の言葉と感情の流れが、会話の中ではひとつになった、っていう感じでしょうか。
でも、これを、「I care something. I can't tell what it is, though」とか抜かしてる秘密主義者に対して、「Hey, spit it out! What do you care?」とか言うときって、やたらと、Whatとcareのギャップを聞くんだ!という意識がすごく強まりませんか?ここは、完全に開けとかないとダメなんです。だって、聞きたいのは、そこだから。
What do you care?の反語的表現は、形は「疑問文」ではあるが、全く「疑問」ではないんです。
で、なんか、aboutとかofがいやだと書きましたけど、これって、入れて言うと、なんか、疑問のギャップが目立つんですよね。だから、You don't have to care about what---は許せても、What do you care about what---が許せない理由なんだと思います。googleで、「What do you care about what」と、「What do you care what」で検索しても、あきらかに前者が反語的にはしっくりしないかを表していると思います。これは、aboutやofとかは、「他人が考えることについて何を気にしているのですか?」と言う文で、ほんとに「何を」を聞きたいときには特に違和感はないんですけど。
やっとD先生@T山大(米国出身の英語の先生)からご回答をいただきました。お答えは、説 (a) The former is the object of care; the latter is the omission of "about what". と説 (e) The former is the object of care only literally, but in the questioner's mind "What do you care" means almost the same as "You don't have to care"; thus the latter also is the object of care psychologically. に賛成、でした。文法的には (a) だが心理的には (e) ということでしょうか。ケンピピさんと私の説 (e) にネイティブの1票が入りましたね!みなさんは、どう思われますか?
D先生の奥さま(たぶんネイティブ、ご出身は?)からもコメントをいただきました:"What do YOU care what other people think?" というのは "You should not let the opinion of another person influence your course of action." のような感じではないかしら、とのことです。うーむ、さすが思い出深い本とおっしゃる方のコメントで文脈にピッタリの解釈ですね。ミミロップさん、いかがでしょう?
K先生、有り難うございます。はい。とても心に染みる解釈だと思います。
ファインマンさんとアーリーンさんにとって、この言葉は、自分たちを支える、大きな、なんというか、約束というか、うーん、もっと、誓いのような、とても意味のある言葉だったのだろうな。。としみじみしてしまいます。。
ファインマンさんが、周囲の猛反対と動揺に、自分の信念をまげざるを得なくなり、
アーリーンさんの病名を、意に反して本人に伏せてしまった事が、後にバレて白状した時、
彼女はまず、“ They must have put you through hell ! ” って、彼を気遣うんですよね。
自分の病名知って大ショックだったはずなのに。。 そして、その後、
“ You should have stuck by it. We know what we’re doing; we are right!”
って言って、それから、「もう二度と嘘はつかないでね。」ってお願いして。。
そこからは、二人で勇敢に、彼女の病気に立ち向かい、彼女の残りの人生すべてを、彼が受け入れ、看届ける。・・・はぁ。すごいです。二人ともつよい。つよすぎる。
そこもまた、私には、悲しく感じられます。。
ミミロップさんとKさんのお話を拝見していたら、ファインマンさんのお話をとっても読みたくなってしまって、注文しちゃいました。あっ、もちろん翻訳本です。『1Q84』を片づけてからかなぁ。
読後は、きっと“What do you care what other people think?”についても、もっと考えさせられるのでしょうね。言葉は、やっぱり気持ちを乗せる物だから、ただ字で見るのと、言葉の後ろにある状況がわかるのとでは、感じる物も違いますものね。それが、言葉の魅力。
読むのが楽しみです♪