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ドラゴンレポート「西方白龍録」

1パイロン:2022/02/27(日) 00:38:41 ID:DXs3p4Po0
始祖である西を守護する龍、西方白龍の血を9割以上受け継ぐ男、パイロンの語られなかったストーリー。

2パイロン:2022/02/27(日) 02:12:40 ID:DXs3p4Po0
ある日の夜の話。


「ええ、それでは。また来ますね、おやすみなさい。」

「…ふぅ、あの人に改めてこの想い、頑張って伝えなきゃな。この想いは誰にも負けないんだ。今は叶わなくても、いつか、必ず……」


想いを寄せるキャストである金髪のサキュバスと別れ、サロンの外へと出て帰路へとついたパイロン。

外はすっかり夜の帳が降りていた。

急いで、寝泊まりしている場所へと走って帰る。

パイロンは冒険者のギルドに所属しているため、そこにある冒険者用に貸し出されている宿泊施設に部屋を借り、生活していた。


「…来来、我一直想念你、来来、我一直在想著你…」


その道中、思わず呟く、愛しい人への気持ちを綴った歌詞の歌。

それもそのはず。最近、愛する人の隣に自身よりも先にいた霊鳥の男の存在を知ったからだ。

この男には今の自分では勝てないだろう。もしかしたら、ずっと……なのかもしれない。

しかし、改めて自身の本当の気持ちに気づけた夜でもある。胸を締め付けられるような気持ちを抱えながら歩みを進めた。


「っ、通り雨か。参ったな。とりあえず雨宿りしよう。……そういえば、思い出すな。あの時を。」


その途中、突然雨が降ってきた。傘を持っていなかったため、慌てて近くのお店の軒先に避難し、雨宿りをする。

そして、それがきっかけで思い出す過去の記憶があった。まだパイロンが小学生くらいの時の記憶である。


「……あ、雨……。」

放課後、学校が終わって帰ろうとした矢先、突然の雨が降ってきた。

朝から晴れていたので、傘なんか持ってきているわけはなく、パイロンはただ呆然と学校の玄関で立ち尽くしていた。

思わず両方の目から一筋の涙。傘がないから、ではない。

また別の理由があったからだ。


「僕……僕……これからどうしたらいい……の……?」


パイロンには前からずっとずっと好きだった女の子がいた。

だが、この想いを伝えるかどうか悩むうち、その女の子にはすでに付き合っている男子がいることを、クラスの他の女子の会話から知ることになったのだった。

これでは自身の想いは届かない。

パイロンはその想いをこのまま伝えることなく胸にしまい込むことにしたが、やはり踏ん切りがつかない所があった。そんな中の出来事である。

重なる辛い出来事に、幼い心は押し潰されそうだった。


「…パイロン?…パイロン!」


そんな中、突如聞こえた呼び声。

そちらに慌てて視線を向けると、いつの間にか、パイロンに似た女性が傘を二本持ってパイロンの前に立っていた。


「あっ…ロンファ、様…。」

「よかった、間に合ったのね。

急な雨だったから、パイロンが傘持ってないだろうって思って心配で。だから私、居ても立っても居られなくて飛び出して来たのよ。」

「…そんな、ロンファ様…すみません。」

「いいのよ、パイロン。私が自ら進んで持ってきたんだから。

…ほら、パイロンの傘。さあ、私と一緒に帰りましょう。」

「…はい。ありがとうございます、ロンファ様。」

パイロンは傘をロンファから受け取ると、二人は並んで雨の中、家に向けて歩き始めたのだった。

3パイロン:2022/02/27(日) 02:17:51 ID:DXs3p4Po0
ロンファと呼ばれた、端正な顔立ちの若い女性。その姿はパイロンと良く似ていた。

…実は初代パイロンにして、皇帝であるパイロンの家系、柳(リュウ)家の始祖である純血の白い龍であり、西の方角を守護する白龍、西方白龍である。

柳家の人間で、夫である人間の男性とは、柳家の敷地の中でロンファが何処からかやってきて力尽き、傷ついて倒れている所を彼に保護された。

そして、傷を治療するために共に過ごしていく中でお互いに徐々に距離を縮めていき、想いを伝え合って後に結婚したという。

そして、すでに夫が遠くへと行ってしまった今も、変わらず柳家を支えてくれている現役の始祖である。


そしてパイロンが産まれた時に、左の胸に現れた、白い龍を象った紋章を見つけた。

これはロンファにもあり、純血の龍の証でもあった。

これにより自身と同じ龍の力がパイロンに宿っていることに気づき、自身が最初に名乗っていたパイロンの名前をくれたのも彼女だった。

パイロンがロンファによく似ているのも、純血の龍であるロンファの龍の血を9割以上パイロンが受け継いでいるため、パイロンもほぼ龍だからだそうだ。




そして、二人並んで歩く最中、ふとロンファは口を開いた。


「…パイロン、何か今日学校であったでしょう。辛い事が。」

「…えっ、ロンファ様、どうして。」


パイロンは驚いた。今日起きた辛い出来事はまさしくそうだったから。そして思わずビックリしてロンファのほうを見つめた。


「フフッ、ビックリした?パイロン?実はわかっちゃうんだなぁ、これが。可愛い私の子孫君だもんね。

…そうね、でもデリケートな事だろうから、はっきりとは言わないでおくわ。でもね…。

たとえ、叶わないとわかっていても、好きな相手に自分の気持ちを伝えることが大切なのよ。

相手は魔術師や占い師なんかじゃないんだから、伝えないとわかりっこないわ。

そして伝えたとしても、未来は何も変わらないかもしれない。でも、伝えずに後悔するよりは断然いいのよ。」

「……そう、なんですかね。」

「…そう、そうよパイロン。

いずれパイロンにも私の言ったことがわかる日がくるわ。自分の本当の気持ちが。

パイロンはきっとわかってくれる、私はそう信じているから。

パイロンが本当に愛する人。私はパイロンがその人と一緒に帰ってきてくれること、楽しみにしているわ。」


「…………………………。」

「ロンファ様、わかりましたよ。ロンファ様が言いたかったことの意味が。」


雨宿りの最中、思い出に浸っているうちに雨は止んだ。

また通り雨が降ると困る。慌てて早く家に帰ることにした。


そして再び、前へと歩き出すパイロン。

その瞳は真っ直ぐ前を向いていた。

未来はどうなるかはわからない。自身が願う結末にはならないのかもしれない。

だけど、ずっと一緒に歩いていきたい。そう思うくらい大好きな人へ、自分の素直な気持ちと想いを伝えて、そして想い人との想いが通じ合うこと。

それを強く願い、自分の気持ちを心に閉まって諦めるようなことは、もう二度としない。

そう心に決めたからだった。

4パイロン:2022/03/07(月) 19:12:07 ID:xwfFvBVs0
零:「恋音と雨空」

5パイロン:2022/03/07(月) 19:13:10 ID:xwfFvBVs0
一:「SCREAM」






「……パイ……君、パイ、君……」

「……あ、アイ……し……」


突如、耳元で聴こえた想い人の声。

思わず、俺は声のしたほうを向きながらその愛する女性の名前を呼ぼうとしたが…そこには誰も居なかった。


「フッ……空耳、か……」


思わず苦笑いをした。これで本当に隣に彼女が居てくれたら、どれだけよかっただろう。

霊鳥の男でもなく、盾の男でもなく、俺の隣に。

本当にそうなるなら、俺は命と力以外の全てを捧げるのに。

だけどそれは叶わぬ願いだった。どれだけ想っても、ここにはいない。いるわけもない。届くわけもない。


「……来来(来て)、我一直想念你(あなたが居なくて寂しいです)、来来、我一直想念你……」

「ダメだな、俺……。愛する人がこんな所にいるわけないだろう。むしろ、俺はこんな危険な所にあの人を連れてなんか来ない。あの人を護りたいんだから……」

「パイ君……パイ君……」

「まだ聴こえるのか……ここにいるわけじゃないのに……」

「……見て、パイ君。こっちを……私のほうを。私の声の聴こえるほうを……」

「声が聴こえるほう?……後ろ、か……?」














……ある日、とあるかつて鉱山だった山の山奥。


「アハハハハッ、他愛ない。」

「人間なんて所詮は雑魚だな。」

「弱いし脆いしすぐしぬし、つまんなーい。」

「単純でチョロいねえ。」

「ハハッ、そうだな。どうしてこんなヤツらに兄者が負けたのか、理解に苦しむよ。」


助けなんか来ない、僻地の山の山奥に、恐ろしい会話が響いていた。

それと同時に、何か硬いものを噛み砕くような、鈍い嫌な音も続けて聞こえてきている。

そして、そこには複数の人影があった。

短刀のような刃物を持つ女。

その女に押さえ付けられ、喉に刃物を突きつけられている男。

影に隠れて見えないが、声だけ聴こえる男と女らしき人物の声…


「ひ、ひいぃっ…、やめてくれっ…助けてくれぇ…嫌だ、喰われたくない……喰われたくない……っ」

「あーコイツ、マジ五月蝿い。」

「黙らせるためにさっきの人間に続いてぶっころしてもいい?」

「別にいいさ。どうせコイツもさっきの人間に続いて、遅かれ早かれ俺たちで喰ってやる所だからなぁ。」

「標的はお前だ、覚悟しておけ。」

「じゃあ、決ーまり。……必ず息の根を止めてやる。」

「い、嫌だああぁあぁああ!!」


次の瞬間、刃物がヒュッと風を切る音と共に、水のような何かが、勢いよく吹き出す音が聴こえたのを最後に…もう、何も聴こえなくなった……

6パイロン:2022/03/07(月) 20:18:08 ID:xwfFvBVs0
ニ:「MONSTER DANCE」






……とある日のとある冒険者ギルド。


「…ええ、というわけで。ええ、これで…この内容での報告をお願いします。」

「かしこまりました。それではこれで任務完了ですね。また早急に報酬をお送りさせていただきます。」

「ええ、お願いします。それではまたよろしくおねがいしますね。」

「ええ。パイロンさん、お疲れ様です。またお待ちしてますね。」


ギルドの受付で任務の完了報告をしている異国の男。パイロンの姿がそこにあった。

今日もいくつかの任務を並行して進め、丁度先程帰ってきた所だった。

そして無事、任務の報告は完了して、あとは報酬が来るのを待つのみだった。


「……さて、今日の任務は終了したし、愛しい人に会いに行くかな。……あの鵙の人にも簡単には負けられないし。」


そう言うとパイロンは一度ギルドを離れ、パイロンが住処にしている近くにある冒険者用の宿泊施設の一室に戻り、服を着替えてからまた出てきた。

普段は祖国である東の大国、華国(かこく)の中華服を着ているが、最近はこの世界によくあるタイプの服装にしている。

今日はシャツ、細めの長いパンツ、靴など、全てを黒で纏め、白いジャケットと銀のプレートタイプのネックレスをアクセントにした服装だった。

さて、想い人の居るサロンに向かおうか、と考えながら宿泊施設の外に出た所、冒険者ギルドに黒山の人だかりが出来ているのに気づいた。


「なんなんだ、あれ……?」


ギルドに集結した野次馬達の声がこちらまで響いてくるほどの騒ぎだった。


「…まただ、また、やられてしまった…」

「あれだけの腕自慢の傭兵の兄弟が二人とも…」

「これでもう12人目だろう?どうなってる…」

「オイ、この案件、マジでヤバいんじゃないのか?」

「もう、無理だよ。この案件に向かった奴ら、みんな生きて帰ってこないじゃないか…」

「もう、俺たちオシマイだよ、こんなのがこの国にいるなんてっ…」


この日の冒険者ギルドは悪い意味で騒々しくなっていた。

話を聞く限り、ここで請け負えるとある任務へと向かった者は、皆二度と生きて帰ってくることはなく、ついに犠牲者は2桁を越えてしまったようだ。

皆は口々にもうこの依頼を取り下げて、この依頼の目的地のエリアを封鎖して立入禁止にしたほうがいいのではないか?と、口々に騒ぎ立てた。

ギルド側は、この任務は直接ここへと持ち込まれた依頼であり、このターゲットの怪物の存在にいち早く気づき、どうにかしてほしい、と直接ここに直談判しにきた女性がいた、という経緯があるため、無下に取り下げられないと反論している。

だとしても、これは本当にヤバい。このままだと本当に取り返しのつかないことになる。

ギルドの関係者や責任者を取り囲んでまくし立てている野次馬が遠目からでもかなり目立っていた。

7パイロン:2022/03/07(月) 20:57:11 ID:xwfFvBVs0
あることないことをまくし立てる野次馬、対応が追いつかずに少しずつ押され気味になる関係者と責任者。

そんな状況を一変させたのは、一人の異国の男性が間に割って入り、その任務を新たに請け負うと言ったためだった。


「……その任務、俺が新たに請け負います。なので、該当エリアの封鎖はもう少し待ってください。」
 
「ん…?誰だ、アンタ…」

「その声は…、ぱ、パイロン…さん?」

「あれ?いつもと服装が違う…」

「パイロン?」

「東の人か?」

「あんたが…請け負うのか?こんな危険な任務を?」


名乗りを上げた男。それはこの騒ぎを聞きつけてやってきたパイロンだった。

服装はいつもとは違っていたため、パイロンを知っているギルドの人物も、すぐにはパイロンだとはわからなかった人もいた。


「で?どんな依頼内容なんです?」

「ええ、それはこちらに…」

「なになに、辺境都市ルブルのある聖王国パルナの外れにある旧鉱山跡……」


関係者から依頼書を受け取り、目を通したパイロン。

そこに書かれていたターゲットを確認した途端に、思わず目つきが険しくなった。


「これ……、巨大な赤い節足動物みたいな見た目の怪物?」

「ええ、そうなんですよ、パイロンさん。この国には居ない異国の怪物に思えました。なので前例がなくて…」

「…なあ、パイロンさんよ、この依頼、やっぱりキャンセルしたほうがいいんじゃないのか?」

「ああ、アンタまで危険とわかってる任務に赴くことはないと思うよ…」

「…いえ、決意は変わりません。やはり受けることにします。この敵、俺の知っている敵かもしれません。少なからず、俺の家系にも遠縁ながら、因縁があるかもしれませんから…」

「家系…?アンタの家系、どんな家系なんだ?」

「まあ、色々とね、ありまして。純粋な人間ではない、とだけ言っておきましょうか。」

「聞きたいなら話しますが、眉唾ものと思われるでしょうね。」

8パイロン:2022/03/07(月) 21:31:11 ID:xwfFvBVs0
三:「DRAGON BOY」






東の大国、華国(中国)の西方白龍の血を引く家系の当代の後継者。パイロンが幼い時、始祖であるロンファと一緒に東の国、本国(ほんこく)(日本)へと向かった時があった。

遠い親類である龍の一族から久々に合おうと呼ばれたのである。

本来はロンファだけが向かうことになっていたが、私の血を最も色濃く引く後継者を見せたいと言うロンファに連れられてパイロンも一緒に向かうことになった。

連れられて向かったのは、本国で最も大きい湖である琵琶湖だった。

まるで海と錯覚するその大きさにパイロンも驚いていたのを覚えている。


そして、そこに住んでいる一族の姫であるオリョウと他の親戚一同から聞いたのは、この琵琶湖の南にある山、三上山を支配していた「三上山の大百足」の伝承だった。

伝承によっては、大蛇や龍と敵対する相手に巨大な百足の妖怪がいるが、この大百足も例に漏れず、この琵琶湖に住んでいる龍の一族をつけ狙っていたのである。

ロンファや親戚の話によると、今、龍及び蛇と百足はそれぞれの長が闘いを望まず、利害も一致したことからかなり昔から休戦中とのことだが、この百足だけは違った。

争いを好み、三上山を根城…もとい台座にでもしたような形で堂々と龍の住処の近くへとやってきていた。

その百足は巨大で、三上山を七巻き半する、およそ数十kmの体長に2000本の脚、凝固で真っ赤な外骨格も持っていた。

そのため、オリョウや親類達もどうにか最後の砦、琵琶湖を護るための防御をするのが精一杯で、やむを得ず怪物を恐れない勇敢な人間を探して頼ることになったという。

その方法は、一族の姫であるオリョウが代表となって大蛇の姿に化け、交通の要所である橋に横たわって、この橋を恐れずに渡る人間を探したのだそうだ。

そして、そこに通りかかった俵藤太という武将が物怖じすることなく大蛇の腹の上を跨いで渡り切ったため、選ばれたのだそうだ。


「それで…オリョウ様、その百足は?」

「…ええ、退治してくれましたよ。その人間の方、トウタ殿が。」

「そうだったんですね。じゃあ、もうこれで安心…」

「と、思うでしょう?パイロン。でも実は、そうでもないのよね…」


その後聞いた話の続きは、予想だにしないことだった。

その後、三上山をトウタとその部下と共に一族が揃って山狩りをしたそうだが…そこで新たに恐ろしい事実がわかった。


「百足はね……もう一匹いたのよ。」

「……え?一匹だけじゃなかったんですか?」


三上山には、トウタが倒した百足以外に、もう一匹大百足がいた痕跡を山の中で見つけたのだという。

すでに逃げていたのか、その百足自身はいなかったものの、倒された百足に比べるととても小さいが、それでもかなりの大きさを誇っていたのがはっきりと確認できた。

一体何処へと消えたのかは未だにわからないという。


「三上山にいた大百足は、その凶暴さから百足の長も手を焼いていたらしくてね。この百足に限り、蛇や龍が命を奪っても構わない、と言われていたほどの厄介者だったのよ。」

「もう一匹いた痕跡があったことを、姫である私が百足の長に伝えたんだけど…長もどうやら知らなかったみたい。とても驚いていた…」

「きっと、あの大百足の仲間や家族で、何処か別の国へと逃げたのよ。……龍、蛇、そして人間に復讐するために。」

「オリョウ、きっと、華国の私がかつていた龍のいた世界を襲撃したのも、その百足だと思う…」

「そんな、ロンファ様…」

「そうなの?ロンファ…」

「ええ、きっとそう。ある日、突然とても巨大な百足の妖怪が空を飛んで襲撃してきたの。私を含めてそこにいた仲間の龍たちは逃げるので精一杯だった。後から皆と再開できたから、皆なんとか逃げられたみたいだけど…」


まさか、本国だけではなく、華国にも来ていたとは。パイロンは驚きを隠せなかった。

ロンファはかつて、傷を負って倒れている所を後に夫となる人間の男性、フェイフーに助けられたことがきっかけで、大切な伴侶と出会うことになったと聞いたが…まさしくこの襲撃事件がそのきっかけだったことを知る。


「そんな…許せない…その百足…」

「僕が…倒す。…必ず……」


パイロンは思わず呟いていた。

9パイロン:2022/03/07(月) 21:31:52 ID:xwfFvBVs0
「パイロン……」

「…そうね。まさか、ロンファの所にまで、あの百足が来るなんて思わなかったから…」

「私達も、逃げた百足の行方を追うわ。一緒に探して、今度こそは必ず百足を倒しましょう。」

「ええ、僕が必ず倒します……」

「気持ちは嬉しいよ。……でも無理だけはしないでね、パイロン。」

「そうね、ロンファの言う通りよ、パイロン。敵討ちにとらわれて無理に突っ走らないで、ね。」

「パイロンは、私の血をほぼ全て受け継いで、一部とはいえ両親から受け継いだ人間の血も受け継いでいる。……だからきっと貴方なら大百足を倒せる。だから、冷静さを失わないで、ね。」

「わかりました、ロンファ様、オリョウ様。」


こういうことがあり、逃げた百足を討伐するために、パイロン、ロンファ、オリョウをはじめとした龍の一族は力を合わせることになったのだった。

しかし、中々大百足らしき妖怪の情報は集まらず、調査は難航を極めていた。

パイロンも各国を旅しながら、大百足の情報を集めていた。しかし、中々しっかりとした足取りは掴めなかった。

そんな中、始めて目にした大百足らしき敵の存在。

すでに犠牲者も出てしまっているようだ。

これは何としても自分が必ず倒さなければいけない。パイロンはそう確信していた。




「……という、わけなんです。」

「な、なんか凄い話だな。」

「本当…なのかよ…」

「その伝承、私も聞いたことがあります。」

「それに「パイロン」って、華国ではたしか「白龍(はくりゅう)」って意味だっただろ?」

「あっ!だとしたら、本当に龍なのかも!」

「もしかしたらこの鉱山跡に現れる怪物も、その大百足なのかもしれない!」

「パイロンさん、こちらギルドからもこの依頼をパイロンさんに託します。」

「……今まで数々の任務をこなしてきた貴方なら、この怪物と充分戦えるでしょう。……いえ、きっと倒せるはずです。散っていってしまった人達の無念を晴らしてください。それが、我々ギルドからのお願いでもあります。」

「……わかりました。では、言ってきます。」


パイロンは、こうして目的地の鉱山跡へと向かうことになった。

少なからず因縁を持つ敵が居るであろう、その場所へと。

10パイロン:2022/03/13(日) 22:23:42 ID:YGR8s8FM0
四:「The Devil whispers」






鉱山跡へと向かう前に、パイロンはサロンへとやってきていた。

任務に行く前に想い人の顔を見たかったからだ。

しかし、サロンの始まる時間にはまだ早い。

彼女がたまに気分でやっている、店内のバーカウンターを利用したカフェでもやっていない限りは恐らく彼女は居ないだろう。


「まあ、駄目元で来ているんだ、とりあえず入店するか。」


そんな中、ふと思い出す言葉。

…俺は彼女の公認の恋人だから「一番手」だ。…まぁ、せいぜい争ってくれ。「二番手」を、な。

つい先日、サロンで邂逅した霊鳥の男に言われた一言。それはパイロンの闘志に少なからず火を付けた。


「…悔しいが、たしかに今の「一番手」はアンタだよ。だけど、俺だって一番手を諦めるつもりはない。

…でも、愛する人が少なからず想ってくれるのなら、俺は「二番手」でもいい、かな。……せっかく出会えた今のこの縁を壊したくないから。

こういう相反する真逆の思いもある。…でも、この想いには一つだけ共通する所がある。

…だからすぐに会いたくて、今日もこうやって会いにきたんだよ。」


少しだけ物思いにふけった後、パイロンはそっとサロンの入口に近づこうとした…その時だった。

突如、目の前に黒い霧か靄のようなものが現れた。

そして、その霧の中から出てきたのは……


「……うおっ!……あ、あれ?…ココ、さん…?」

「あら?その声は……パイロンさんね?」


驚いたパイロン。霧の中から現れたのは、ミステリアスな雰囲気を持つゴスロリ系のメイド服の女性。その女性はやっぱりココだった。

パイロンがこのサロンへとよく来るようになった時とほぼ同じ時期にここへとやって来ていたため、パイロンは結構ココとも仲良くなっていた。


ココは愛称で、本名はマラコーダ。

地獄の悪魔であり、「マレブランケ」という悪魔のチームのリーダーでもある。

本来、想い人をはじめとしたサキュバスを召喚するための召喚の魔法陣が何故か地獄へと通じてしまったのが事の発端。

ココも前々から現し世に興味があったため、自らその召喚陣を潜り、ここへとやって来たらしい。そのままここに居着き、地獄と現し世を行き来して此処で働くことになったとの事である。


「…それにしても…ココさん、また何処から出てくるんですか。驚きましたよ。」

「あらあら、それはごめんなさい。ここ、現し世に召喚された際に発現した私の力でね。黒い霧や靄のような闇を纏った直通の移動ゲートなの。」


話を聞くと、現在はこのゲートを使って地獄からこのサロンへと直通でやってきているようで、今も丁度出勤してきた所だった。

そして、サロンの時間にはまだ早いわよ?というココに、今から向かう任務の内容と任務へと向かう前に想い人のサキュバスの顔が見たかったんです、と来た理由を説明するパイロン。

じゃあ、それなら一緒に入りましょうか、と言ったココがサロンの入口のドアをそっと開ける。

……やはり、誰も居ない。電気はついて居るものの、人の気配は全くなかった。バーカウンターにも誰も居ない。


「あら…残念ね。まだ出勤してないみたいね。」

「いいんです。駄目元で来てますから。」

「…そう。それなら代わりと言ってはなんだけど、パイロンさんにはこれをあげるわ。」

11パイロン:2022/03/13(日) 22:24:13 ID:YGR8s8FM0
そう言ってココがパイロンに手渡したのは、プレートタイプのネックレスだった。

ネックレスの鎖も金属製のプレートも光の全く無い漆黒に染まっている。プレートに刻まれた、長柄の手鉤がモチーフらしきマークのみが銀色となっている。


「…これは…なんですか?」

「先程パイロンさんも見た、私のゲートの能力を私以外の許可した人に貸し与えるキーとなるネックレスよ。

先程聞いた任務で向かう鉱山跡…どれだけ急いでも時間がかかるでしょう。これをつかえばすぐに向かえるわ。」


このネックレスを身に着けて、ゲートが現れるよう念じるとゲートは本当に現れるという。このゲートは願えば色んな所へと直通で連れて行ってくれるそうだ。


「西洋の黒い悪魔の女、東洋の白い龍の男……あたしとパイロンさんは真逆の鏡写しのような存在だけど……なんでだろう、「魂」は近いような気がするのよね。

きっとこれを持っていれば、私のこのゲートの能力もパイロンさん自身の能力として受け継ぐことが出来ると思う。大事にしてね。」

「ええ、ありがとうございます、ココさん。たしかに俺達、なんだか「波長が合う」ような気がします。

…それでは、行ってきます。」

「ええ、いってらっしゃい…パイロンさん。」


パイロンはゲートを召喚し、そこを潜ると黒い闇に包まれて消えていった。

12パイロン:2022/03/13(日) 22:30:11 ID:YGR8s8FM0
五:「crossing field」






「……ついたな。ここが、問題の大百足かもしれない怪物が潜む、ティー鉱山跡……。」


黒い闇をまとってゲートから現れたパイロン。本当にすぐにやって来る事が出来た。流石はココさんだな、と少し驚いている。

やってきた所は依頼のあった問題の鉱山跡で、この一帯の中でも特に大きな鉱山、T鉱山である。

かつての最盛期の時代は、金や胴が大量に採れたため、沢山の人たちがここへと移り住み、住み込みで掘り出していたそうで、今でも当時使っていたとおぼしき家屋の成れの果てが廃墟となって沢山朽ちて残っていた。さながらゴーストタウンのよう。

漂うのは廃れた重々しい雰囲気と重い空気。そして、風に乗って少なからず漂ってくる鉄の臭い。


「っく……、臭うな…血の臭いが…。」


今までにどれだけの人が大百足の餌食になったのだろう。

麓でも少し漂ってくるのだから、山頂は地獄絵図のはずである。

大百足は銅や酸化鉄の色を彷彿とさせる赤い色である上、東の大国には、百足には鉱脈を探す能力があると言われて、竹筒に入れて探知機として持ち運ばれていたという話もある。

そう考えると、大百足が鉱山に住み着くのはある意味必然なのかもしれない。

そして、真っ直ぐ敵が居るであろう山頂へと向かいたい所だが、敵に気づかれるかもしれないし、もしかしたら生存者が生き残っているかもしれないので慎重に行くことにした。


「よし、こうしよう……………………」


集中して感覚を研ぎ澄まし、周囲の広範囲に聞き耳を立てる。

流石に廃屋を全て調べるのは骨が折れるため、これで誰か生存者が居ないかどうかを探ることにしたが……


「……駄目だ、何も聴こえない。みんなやられちまったのか?」


人間らしき鼓動や気配などは何も聴こえなかった。

つまり、生存者がいる可能性はとても低いということになる。




そんな中、少しずつ山を登りながらしばらく探索を続けていると、不意に人らしき気配を感じた。

それは、今歩いている道を山頂付近からまっすぐこちらに向かってやってきていた。


「……生存者、か?」


思わずそちらを見ると、遠くに四人の人影が見えた。男女二人ずつのようで、無理をして必死に逃げているのが見て取れた。


「……あっ!人がいる!」

「……た、助けてください!」

「私達、大百足から必死に逃げてきて……」

「もう、駄目かと……」


この全員が東の国の出身なのだろう。お揃いの赤い着物に身を包んでいた。家族なのだろうか?


「……だ、大丈夫ですか?」

「俺達兄妹は、なんとか…スキをついて逃げて来ましたが…道中で妹が脚に怪我を。」

「い、痛い……痛いよ……」

「……わかりました、俺が肩を貸します。他の皆さんは大丈夫ですか?」

「ええ、私はなんとか大丈夫です。」

「俺もなんとか。」

「僕もなんとか大丈夫です、僕達はなんとか歩けますよ。」

「……了解、この先にある廃屋にしばらく隠れていてください。危険なので、俺が呼びに行くまで外に出ないでくださいね。……さあ、行きましょう。」


怪我をして痛そうにしている兄妹の妹らしき女性に肩を貸して、そっと歩き始めるパイロン。

……しかし、そのまま肩を貸して数歩ほど歩いた瞬間、突如力尽きてしまったように、パイロンはそのまま地面へと倒れ込んでしまった……。

13パイロン:2022/03/14(月) 21:53:26 ID:bsRV45xU0
六:「君の声が聴こえる」






「……パイ……君、パイ、君……」

「……あ、アイ……し……」


突如、耳元で聴こえた想い人の声。

思わず、俺は声のしたほうを向きながらその愛する女性の名前を呼ぼうとしたが…そこには誰も居なかった。

ただ、真っ黒いな靄の中にいることがわかるだけだった。


「フッ……空耳で、気の所為、か……どんだけ惚れてるんだろうな。俺……。」


思わず苦笑いをした。これで本当に隣に彼女が居てくれたら、どれだけよかっただろう。

霊鳥の男でもなく、盾の男でもなく、俺の隣に居てくれたら。

本当にそうなるのなら、俺は命と力以外の全てを捧げるのに。

だけどそれは叶わぬ願いだった。

どれだけ想っても、ここにはいない。いるわけもない。届くわけもない。


「……来来(来て)、我一直想念你(あなたが居なくて寂しいです)、来来、我一直想念你……」

「ダメだな、俺……。愛する人がこんな所にいるわけないだろう。

むしろ、俺はこんな危険な所にあの人を連れてなんか来ない。

愛する人を護りたいんだから……

…まあ、どうしても一緒に行きたいって言うのなら…話は別だけどな。」

「パイ君……パイ君……」

「まだ聴こえるのか……ここにいるわけじゃないのに……」

「……見て、パイ君。こっちを……私のほうを。私の声の聴こえるほうを……」

「声が聴こえるほう?……後ろ、か……?」

「そう……こっちを。私の声のほうを……」


辺りを取り巻いていた靄が薄くなってきた。

そんな中、愛する人の声が聴こえた後ろのほうを見た俺は驚いた。

その方向に見えたのは……


「なっ…なんだ…こいつら…どうして……」


そこに見えたのは驚愕の光景だった。

俺は四人兄妹の一番下の妹に肩を貸して歩いている状態だった。

その背後から、後ろを歩いていた兄妹のうち、姉がこちらに向かって短刀のような刃物を振りかぶってこちら目掛けて突き刺そうとしていた瞬間だったのだ。

その目は大きく見開かれ、頭には虫のような触覚、開いた口からは虫らしき牙が覗いていた。

俺の周りにいた四人の兄妹は、皆この顔をして、俺を嘲笑っていた。


「このままだったら刺されていた…。もしかしてこいつらも、百足…?」


この姿は人間のものではない、虫なのは一目瞭然だ。

まさか、あの大百足の仲間か何かで、生存者のフリをして、助けようとした人の隙をついてこうやって命を奪おうとしていたのか?


「なんて奴らだ、人の気持ちを踏みにじるような真似を…それにしても、こいつらさっきから微動だにしない…」

今までに、感覚を研ぎ澄まして、広範囲の音を拾ったり、周りの時間がゆっくりに感じられるようになる、という能力は使ったことが何度かあった。

しかし、黒い靄がうっすらかかっている今は、まるで時間の流れが止まっているようだった。


「もしかして…時が止まっているのか…?」


しかし、流れる時間をそのまま止めるような力ではないだろう。

俺達白い龍は、龍の中では最高のスピードを誇る龍だ。

恐らく、俺が素早いスピードで動いて居るために、それに付いて来れない周りの動きが止まる、という特殊相対性理論によって時間が止まっているのだろう。

14パイロン:2022/03/14(月) 21:54:17 ID:bsRV45xU0







「アハハハ、間抜けな人間がまた引っ掛かった。」

「ヘッ、勝手にヒーローを気取るからこうなるんだよ。」

「怪我をした生存者のフリをして自然に肩貸しをする流れにする。…そして肩を貸してすぐには動けない所を後ろから心臓を刺す…」

「流石お父様の考えた方法ね、これでいくらでも間抜けが狩り放題よ。」


地面に倒れたパイロンを見て、今回も作戦成功だと嘲笑う四人の兄妹。

人間なんて本当に簡単に潰せる、そう言いたげな顔だった。


「それにしても、流石ウメだな。背後から一撃だ。ムカゴも流石だな、まさに怪我人みたいだ。」

「ありがとう、ユウタロウ兄ぃー」

「ユウタロウ兄ぃもルイもしっかり妹を心配する兄妹を演じてるよねー」

「ありがとう、ウメ姉ぇ。…さて、そろそろお父様を呼ぼうか。今回のエモノを連れて行かなきゃ。」


そのまま、四人が山頂にむけて、お父様!と叫ぶと、山の上に大きな赤い影が現れた。


「ユウタロウ、ウメ、ルイ、ムカゴ。よくやった。流石だな。」

「はいっ、ありがとうございます、お父様。」

「…だが、今日の獲物の姿が見えないのだが…」

「獲物?今仕留めて足元にいますよ?…えっ!?居ない…!いつの間に!」

「…何処に逃げた!探せ!」


山の上に現れた怪物がそう叫んだ瞬間……声が聴こえた。


「……逃げてなんか、居ないぜ?」

15パイロン:2022/03/21(月) 12:31:27 ID:JCo0YYdU0
七:「ANSER」






……ふと思い出す記憶。

それはいつだったか。この前のとある任務の帰りのことだった。

俺は今晩も愛するサキュバスに会いに、彼女のいるサロンへと向かおうと思っていた。

だが、今まで俺はほぼ手ぶらで向かってしまっていたため、今晩からは度々何かプレゼントを持っていくことに決め、早速それを買いに向かっていた。


「今まで入ったことはなかったけど、こういうのとかがいいのかな?」


一番先に目に付いたのはジュエリーショップだった。

とりあえず入店し、店内のショーケースの中を見て回るが、色々良さそうなのが沢山あって目移りしてしまう。

どれがいいのだろうか。そんな風に悩んでいると、一人の店員さんが俺に話しかけてきた。


「いらっしゃいませ。恋人へのプレゼントですか?それならこれなんかどうでしょう?当店の新作なんですよ。」

「ペアリング……ですか?……すみません、恋人っていうわけじゃ。まあ、ずっと気になっている女性って感じですかね?」

「そうでしたか。なら、いずれこの指輪をその人に渡せたらいいですね。頑張ってください。なので先行投資ということで…」

「いえ、その…それは、そうですけど…渡せるくらい親密になりたいですけど……」


店員さんに見せられたのは二人でつけるお揃いの銀色の指輪だった。

つける人の指のサイズに合わせて自在に指輪のサイズが変わるため、誰でもすぐにつけられる、特殊な術の使われた優れ物とのこと。

だが恐らく、これを俺が買う事はないのだろう。

買ったとしても、きっと渡す事はないのだろう。

何故なら、すでにこれと同じものを渡すであろう人物が、既にあの人の隣に居たからだ。


…だが結局、ゴリ押ししてくる店員さんに抗えず、俺はその指輪を買って店を出た。


その後で花屋に立ち寄り、髪色と同じ金色の花を見つけたため、それを花束にしてもらってからサロンへと向かったっけな。


「指輪、か。…俺が渡したとしても受け取ってくれるだろうか。…俺の想い、頑張ったら受け取ってくれるのかな…」


サロンからの帰りに、取り出した濃い紫色の指輪ケースを見つめる俺。

今日は鵙の男も続けてサロンへと来たために、結局渡せたのは花束だけだった。

この指輪、渡す日はくるのだろうか。…もし、もし来ることがあるのだとしたら、それまでは大事にしまっておこう。





……思い返せば、まさに一目惚れだった。

あの女性に出会ってから、俺の今までの人生の全てが本当に変わったと思う。

今はまだお店での限られた時間だけではあるが、好きな人と一緒に居られる。それだけで本当に幸せだ。

この時間がずっと続いてほしい。ずっと一緒に居たい。

ずっと隣で笑っていてほしい。いつまでも。

素直にそう思える。

かなり勝手な話だが、彼女の存在は俺の生きる糧になっていた。


……だからこそ、出会うのが遅かったのは本当に残念だった。幼い頃の記憶と胸の傷が蘇る。あの時以来の胸の痛みだ。

16パイロン:2022/03/21(月) 12:44:45 ID:JCo0YYdU0
…この前もそうだ。

サロンで想い人のショーがあった。

俺は先にココさんに代わりにプレゼントと花束を想い人へと渡してもらい、俺も任務の帰りに慌てて向かった。

そしてなんとか間に合って、霊鳥の男に次いでベストなポジションについていた。

そんな中、ショーが始まった。愛する人に大勢の男の観客が邪な感情を向ける。

愛した人が夜の蝶である上に、彼女の貴重な収入源の一つでもある。それに俺も楽しませてもらっている。

わかってはいるが、割り切れない気持ちも勿論ある。俺がそうなんだから、あの霊鳥の男もそうなんだろう。


そしてショーも盛り上がってきた最中、他の観客のヒソヒソ声が聞こえてきた。まずは平静を装っている霊鳥の男へと向けられた。


「…なんだ?アイツは?」

「…ほら、アイツだよアイツ。今、ここでショーをやってるサキュバスの彼氏さんだよ。」

「はあ、あいつが?流石というか、なんというか。堂々と構えてるよな。」


続いてその声は俺にも向けられた。


「そういえば、アイツの少しだけ離れた隣にいる男は、東洋人だよな?あの東洋人は知ってるか?」

「ああ、あの東洋人か?たしか、パイロンっていったな。最近ここによく来るようになった新参だが、アイツが惚れたサキュバスに、あの東洋人も惚れて最近よく言い寄ってるらしいぜ?」

「へえ、そうだったのか。最近よく見かけると思ったけど、そういう事なんだな。…そういえばアイツもたまにボヤいていたな。また恋敵が増えたって。」

「ま、これからどうなるか見ものってやつか。恋敵は手強いぞ?まあ、惚れたオンナの一番手になるために頑張りな、新参君。」


俺は一瞬顔が引きつったが、今は愛する女性のショーの時間だ。その後存分にショーを楽しむために、俺はその声に気づかないフリをした。

今の所の俺の立ち位置は、彼女の「熱烈なファン」から少し進んだくらいの所だろうか。

改めて、周りからも「恋人」として認知されている一番手とは簡単には縮められない差を痛感させられたように思う。


「ウォーシーファンニー。

(貴女の事が好きです)

ウォーフェイチャンアイニー。

(大好きです)

ウォーシィァンニー。

(貴女を想っています)

ウォーアイニー。

(私は貴女を愛しています)

ウォーアイニーイーシォンイーシー。

(貴女を一生愛します)」


彼女に一番最初にこの言葉を伝えるのが俺だったのなら、どれだけよかっただろうか。そう思うと本当に胸が張り裂けそうになる。

だけど、愛してしまったんだ。心を奪われてしまったんだ。ずっと隣に居てほしいと思ってしまったんだ。

それに…男には、たとえ勝てないとわかっていても立ち向かう必要が人生にはあると言っていた人がいた。

…それなら俺にとって、そのうちの闘いの一つはまさに今のこの感情を諦めないことなのだろう。


「……駄目だな、感傷に浸っていても仕方ない。大事なのはこれからなんだ。今はこの出会いをずっとずっと大事にしていかないと。その中で、俺の想いをしっかりと伝えていこう。」


心の中で叫ぶ。壊れそうな心が叫んでる。

……あの女性は俺の愛する大切な人、それは変わらない俺の気持ちだ。

だから、俺も自分の想いを少しずつでも愛する人に伝えていかなきゃいけない。

そのためにも、ここで諦めるわけにはいかない。

だから、今日も生きて帰らなければいけない。

そして、この百足との因縁はここで断ち切っておかないといけない。

また、会えたらいいな……

そしたらいつか、俺のこの素直な気持ちを……

17パイロン:2022/03/21(月) 21:19:17 ID:JCo0YYdU0
八:「Double Down」






「……逃げてなんか、いないぜ?……俺は、ここだよ。」

「……なんだと!?」

「あの人間の声!?」


先程まで地面に倒れていたはずが、兄妹達が目を離した一瞬のうちに、そこから居なくなっていたパイロン。

怪物に急かされて、兄妹はパイロンが何処へ行ったか探そうとした矢先に声が後ろから聴こえたのだった。

兄妹が慌てて後ろを向こうとした瞬間……


「……げうっ!!」

「……ぅぐぇっ!!」

「ウメ!!」

「ムカゴ!!」


爆発のような音がしたと同時に、ふっ飛ばされたウメ。

その先にいたムカゴに正面から衝突し、二人揃ってそのまま後ろに投げ出されて倒れた。

そして、先程までウメがいた場所には代わりにパイロンが立っていた。一瞬、赤いオーラを纏っているのが見える。

そして、残ったユウタロウとルイの二人とパイロンは対峙する。


「……惚れてる人がいる、愛する人がいるんだ。こんな所で負けれるか、命なんか落とせるか、ってんだ。……なあ、ムカデ野郎よぉ?」

「なっ……、テメェ!心臓をぶっ刺してやったのに、なんでしんでないんだよ!」

「人間のくせに……!」

「ああ、なんでかって?そりゃそうだよ。刺されてないからな。お前らだって、要救助者のフリをして俺をさっき出し抜いてくれたじゃねえか。そのお返しだよ。」


そっと服を捲り上げるパイロン。その服の下には銀色に光る鎖帷子が覗いていた。


「小癪な!人間風情がふざけやがって!」

「同じ東の人間だろうが関係ねえ!やっちまえ!」


ユウタロウとルイはそれぞれ短刀を取り出し、怒りに任せて左右から挟み撃ちにする形でパイロンへと襲いかかってきた。


「来やがったな。…まだだ…まだ、よし、今だ!」

「なっ……!」

「んだと!?」


一瞬、青いオーラを纏ったパイロンは、二人を近距離まで引き付け、そのまま上に飛び上がって二人からの斬撃攻撃を回避。

そのまま攻撃を空振りしたルイとユウタロウ目掛けて、そのまま空中で身体を捻る。

二人を巻き込むようにする横向きの体制に変えたまま、上空から落下する体当たり。勢いの乗せて二人を押し潰した。


「ぐぇっ!!」

「ぼぐっ!!」

「ルイとユウタロウつったか?悪く思うなよ。」


ウメとムカゴと同じように地面に倒れた、ユウタロウとルイの二人。

パイロンは起き上がり、クッションにした二人からそっと離れる。


「く、くそ……ふざけんな!!」


そんな中、先程吹き飛ばしたムカゴが起き上がってきた。

叫んだムカゴは怒りの形相で短刀を取り出し、こちらに突進してきた。


「ムカゴか。オンナに手を上げる事はしないんだが……ま、ウメもそうだが、ころされそうになったっていう状況的にやむを得ない、正当防衛ってことで。」

18パイロン:2022/03/21(月) 21:20:21 ID:JCo0YYdU0


再び一瞬赤いオーラを纏い、そのままムカゴに向かって突進するパイロン。

お互いの距離が近くなった瞬間、ムカゴの攻撃よりも一瞬早く腕を突き出し、そのまま掌底を数発身体に目掛けて叩き込む。

そのままとどめとばかりに、右手でより重い掌底の一発を叩き込み、体内で練り上げた「気」 を掌底から放ち爆発する攻撃を重ね、ダメージを与えながら吹き飛ばす。


「ぐっ……が……ぁ……」

「さっき、ウメの野郎にも食らわせてやった「発勁(はっけい)」だよ…吹っ飛べ…」

「なっ……!ムカゴ!……ぐぁっ!!」


ウメが再び起き上がりそうになったものの、吹き飛んできたムカゴがウメに激突、二人ともそのまま動かなくなった。


「ウメ!ムカゴ!ルイ!……テメェ、良くも俺の大切な弟と妹を…!」


その刹那、聴こえた声。

先程まで伸びていたユウタロウが、いつの間にか怒りの形相で起き上がっていた。


「あ?んだとテメェ。先にころしにかかってきたのはテメェらムカデじゃねえか!」

「五月蝿え!人間風情が俺達ムカデにこんな事をしやがって…テメェなんか俺が生きたまま膾切りにしてやる!」


そう言うが早いか、ユウタロウは再び短刀を構えてこちらに突進してきた。


「チッ…棚に上げてんじゃねえよ…なら、もう少し痛い目にあってもらうしかねえな。」


今度は緑のオーラを一瞬纏うと、そのまま突進してきたユウタロウをギリギリまで引き付け、腕を交差させた防御の構えを取るパイロン。

攻撃が当たりそうなその刹那、そのままユウタロウの攻撃を捌いて後ろへと受け流す。

一瞬の隙をつきユウタロウをの攻撃をいなし、後ろへと突き飛ばすように二人の位置取りを変え、無傷で攻撃を躱した形だ。


「……え?な、なんだ……と?」


何が起きたかわからずに困惑するユウタロウ。

そんなユウタロウを後ろから掴むとそのまま背負い投げの要領で投げ飛ばし、間髪入れずに地面に落ちる寸前で、パイロンは体制を低くして頭目掛けて思いきり蹴りを放つ。


「…げうっ…ぐ……」


再びふっ飛ばされ、地面に叩き付けられたユウタロウ。流石に今度は起き上がって来れそうにはない。


「…しばらくじっとしてろ…」

「ぐっ……ぐおおおお……っ!!」


ユウタロウも動かなくなり、兄妹全員が戦闘不能になった瞬間、山の上から顔を覗かせる大百足の慟哭が山に響いた。

19パイロン:2022/03/26(土) 21:32:42 ID:Z/zXaKkQ0
九:「白銀」






「いよいよお出ましってやつか。大百足さんよ。あいつ等兄妹が言ってたお父様ってのがテメェだな?」


山頂から顔を覗かせる真っ赤な大百足がそこにいた。

大きく裂けた人間のような口の中には牙が並び、口の端からは一際目立つ大きな牙が左右に一つずつ覗いていた。

更にその顔には、左右に三つずつ、合計六つの目を持つのが見えた。

だが、左右それぞれの端の目以外の四つの目は閉じられていて、その閉じられた目からはそれぞれ一筋の血が滴っている。


「き、貴様ぁ…よくも、ワシの大事な息子と娘達を…!それに、男の風上にも置けない奴め!!か弱い女…ワシの娘に手を上げるとは何事だ!!」

「何が息子だ、何が娘だ。…先に俺をころしにかかって来たのはそっちだろうが。…それに、息子と娘って言うが、本当は違う……。お前のその四つの目玉から産み出した、それぞれ別の自我を持つお前の分身だろう?そうだろうが。」

「なっ…何故それを…?」

「その目玉、なんで出血してるんだ?俺がお前の四人の分身にダメージを与えたから、お前の身体にもダメージがはね返ってるんだろう。

目玉はむき出しの臓器だもんな、より痛いだろうよ。その閉じた目から流れる血が何よりの証拠だ。」

「こ、小癪なぁ……っ!」


どうやら図星だったようで、まるで人間のように歯ぎしりをしている。


「貴様ぁ…!この山から生きて出られると思うなよ…!

すまなかったな…お前達。この人間はワシが葬り去ってやるからな…!うおおおお!!」


大百足は山全体に響く雄叫びを上げた。その刹那。

地響きと共に、ドスッドスッという音を立てながら地面から巨大な赤い棘のようなものが突き出してきた。慌ててそれを躱すパイロン。

さらに、躱した先にも棘が突き出してくる。だが、思うよりも速度は遅い。パイロンはそれを次々に躱していく。


「この赤い棘、大百足……お前の脚か!」

「ハッハッハッ!御名答。中々やるな。だが、この鉱山は全てワシのテリトリーだ。ワシも腹ペコなんでな。お遊びはそろそろお終いだな。」


ドスドスドスドスドスドス!!!!

そう言うが早いか、棘のような脚が突き出してくる範囲が大幅に増えた。

かなり広い山の大地。躱す所は沢山あった。それを次々躱して行くものの、少しずつ攻撃範囲は拡がり、逃げれる範囲は狭まっていく。


「どうしたどうしたぁ?さっきから逃げてばっかりだぞ?何にもして来ないのかぁ?それなら、そろそろこんなつまらない狩りは終わりだな。」

「っく……!」


ついに、逃げ場のない端のほうにまで追い詰められてしまった。次には、この広い空き地の全てを貫く攻撃が繰るだろう。


「さあ、串刺しにしてやろう、人間野郎が!」


山全体が地響きで震えた。攻撃が来る。

このままだと、確実にやられてしまう。

それなら、躱す方法は……


「……はぁっ!!」


そのまま空高く飛び上がったパイロン。間一髪、まるで剣山のような大百足の攻撃を躱した。


「なっ…、まさかこの高さを跳び越えるとは…。」

「へっ。床から槍が突き出る忍者屋敷のトラップみたいなお遊びはこれまでだな。」

「…ふっ、……フハハハハッ…なんて言うと思ったか。ワシの予想通りだよ。間抜けめが。

人間は跳ぶだけ、飛べはしない。そんな状態で、ワシからの攻撃は空中では避けられまい。」


そう言うが早いか、空中のパイロン目掛けて大百足は口から炎を噴き出した。凄まじい赤い炎がパイロンを襲った。

20パイロン:2022/03/26(土) 21:40:49 ID:Z/zXaKkQ0
「ハッハッハッ、これで流石の貴様も終わりだな!」

「……自惚れて勝手に終わらせるなよ。

それに…俺はオメェみたいなムカデオヤジに行動を読まれても嬉しくないね。…行動を読まれるんだとしたら、俺の愛する女性のほうがいいんだがな。

それに、予想通りって言うのはこっちの台詞でもあるんだよ。」


その刹那、風を斬り裂く音と共に斬り裂かれる炎。その中から上へと飛び出してきた人影。

全身を白銀の鎧のようなもので包んでいる、その人物はパイロンだった。その両手には、五本の長い鋭い爪が見えている。


「なっ…き、貴様生きていたのか…!人間の癖に、炎を斬り裂くとは。そして、いつの間にそんなものを……!」

「いつ俺が人間だっつった。…残念ながら、俺は純粋な人間じゃないんでね。…炎って、空気に溝を作ったら切れるんだぜ?それに、金属を操るのは俺の十八番って奴さ。」


そういうが早いか、パイロンはニヤッと不敵に笑うと軽く深呼吸をした。

次の瞬間、パイロンが口から放ったのは青い炎。

先程のお返しとばかりに炎を吐いたパイロンは、炎でダメージを与えつつ、大百足を怯ませた。

間髪入れず、そのまま炎を吐きながら空中で身体を回転させて、鎧を無数の短刀の刃のように変化させて広範囲に放ち、鎧の形態を解除。

的は相手のほうが比べ物にならないほど大きい。青い炎を纏った無数の白銀の刃が大百足を襲う。


「ぐおおおおおおおお!!!!」

「どうだ?今度は自分が串刺しにされそうになる気分は?特製の俺の炎付きの鱗の刃だ。……大百足の装甲でもそう簡単には防げまい。」


空を飛んでいるのだろう。そのまま空に浮かび、一瞬白いオーラを纏うパイロン。

その姿が少し変化した。

その眼は、黒目の部分はいつもの銀色だが、白目の部分が青色に、髪の色は銀色に染まり、頭には白い角が二本、両目の下には白い鱗、腰からは白い尻尾が現れていた。


「あ、あの姿は…もしかして、龍…?」

「そんな……!」

「だから俺達、やられたのか……?」

「どちらかというと…細いから蛇?そう、蛇先輩みたいな姿の見た目のくせに…!」


地上でまだ動けない兄妹達も垣間見せたパイロンの正体に驚いている。

そして、自身の身体の赤さよりももっと赤い血を流しながら、大百足が起き上がってきた。


「うぐっ……ぐえ……き、貴様、龍だったのか。

東の国の三上山で、ワシの兄者は琵琶湖の龍を喰えずに龍が仲間にした人間にころされた。

だから弟であるワシは、慌てて人間と龍の追手が来る前に別の国へと逃げた。

そして東の大国で、龍の命を狙って、龍の住む世界を襲撃したが…龍を全員取り逃がしてしまった。

そして各国を渡り歩きながら人間を喰らい続けて力を蓄え、必ず兄者の仇を取り、人間と龍に復讐するべく今までワシは生きてきた。

…だが、ここでようやく龍に出会えるとはな。待ち望んでいたぞ。必ずお前を鯛焼きみたいに頭から丸ごと食ってやる。」

「ヘッ、勝手な話だな。…そもそもお前ら兄弟は、すでにムカデの長から見切りをつけられている。お前ら兄弟に限り、龍や人間が命を奪ってしまっても構わないという直々のお達しがあったんだよ。

…それに、お前が襲った龍の世界に住む龍の一体。その親戚は琵琶湖の龍の一族。そして、その龍の直系の来孫が俺だ。」

「それに、お前みたいなムカデのオッサンに物理的に喰われるなんてごめんだよ。愛するオンナに別の意味で喰われるのなら大歓迎なんだがな。

お前に物理的に喰われるくらいなら、いっそここでこのまま舌を切ってしんでやるほうがマシだね。」


何処からか取り出した柳葉刀の刀身部分で自分の舌をなぞるパイロン。

赤い舌にさらに赤い一筋の線が走り、そこから一筋の鮮血が流れる。

刀身を舌でなぞり終え、一旦口を閉じるとその舌の傷は消えていた。

21パイロン:2022/04/12(火) 00:21:02 ID:r.kW3dVw0
十:「蝸旋」






「あ!アイツ舌切ってしぬってさ!」

「バカなんじゃねえの?舌切ったってスゲー痛いだけでしねないぜ?」

「って言うかアイツ、ここに花も恥らう乙女が二人居るのにも関わらず、さっきサラッと下ネタ言ってなかった?」

「言ってた言ってた!キャー!エッチ!スケベ!サイテー!女の敵!」

「お前ら!!いつまでも寝そべってないで、喋る元気があるんなら早よワシに加勢せんかボケが!!」

「へいへーい…」

「ちぇっ…」


先程、ムカデに向けて啖呵を切ったパイロンに向けて、先程の攻撃を同じく受けつつも外野となっていた兄妹からのヤジが飛ぶ。

そんな最中にムカデのオヤジが激昂、半強制的に兄妹四人を呼びつけた。

兄妹達は先程の攻撃によるダメージが未だに癒えていなかったため、今まで伸びてはいたが…オヤジに怒鳴られて無理矢理身体を起こしてこちらへとやって来た。

四人は分身だが、本体である百足妖怪と同様に飛行能力があるようで、すぐにパイロンの元に飛んでやってきた。

改めて、ムカデの兄妹とパイロンは対峙する事になる。


「…アンタ、龍だったんだな。

人間をこの鉱山跡に呼び寄せるため、ウメとムカゴが人間の依頼者のフリをしてギルドに依頼を出して助けを求めたわけなんだが…まさかアンタみたいなのが来るとはな。」

「そんな中、俺が来たって事か。…お前らが依頼を出してたんだな。人間を任務と称して自らここへと赴かせるために。」

「そういうこった。正義感振りかざしてやってくる人間が追い詰められて命乞いする様は見ていて笑いが止まらなかったぜ。

…まさか、アンタみたいなヤツが来るとは思いもしなかったけどな。」

「…ああ、そうだよ、龍だ。まあ、人との混血だから1割弱の人間の血が流れている。

だから完全な龍ではないけどな。でも限りなく完全な純血の龍と言っていい。

龍の証である紋章も身体に刻まれているから、始祖の龍からも、「私と同じかそれ以上の強大な力を持っている」、ってお墨付きを貰っているぜ。

俺が来たのはある意味、お前らの因果応報ゆえ、か?お前らのせいだ。」

「へえ、言うねえアンタ。気に入ったわ。名前、なんて言うの?冥土の土産に私達に教えなさいよ。」

「俺は……白龍(パイロン)だ。」

「へえ、パイロンって言うのか。という事は、同じ東の人間であっても俺たちのいた東の国とは違う、隣の東の大国出身ってやつか?」

「ああ、そうだよ。」


父親に加勢しにやってきたムカデの兄妹。

ユウタロウ、ウメ、ルイの話によると、やはりギルドへ出されていた依頼は罠だったようで、ウメとムカゴの二人が依頼人を装ってギルドに相談しに行き、冒険者を募ることで獲物である人間を自らこの鉱山跡に赴かせる目的があったようだ。

さらに続けて、ムカゴがニヤニヤしながら手にした短刀をちらつかせる。


「ねえ、パイロンさん。刃物をあんな舐め方したら舌を切るのは当然じゃん。

刃物の刃ってさ、こうやって舐めるんだよ?…私が実演してあげる。

まずはこうやって刃物の峰を下、刃を上にして、下から上に向かって刃を舐める。…これなら舌を切らないでしょ?」

「なるほどな、たしかにそうだ。覚えておくよ。」

「えー、別に覚えなくてもいいよー。だって、パイロンさんはここでしぬんだもん。」

「そうね、ここでしぬ。」

「オヤジが出るまでもないな。」

「今度は俺達、正々堂々と戦えるもんな。」

「あっはっはっは……」


覚えておくと答えたパイロンに兄妹揃ってそう捲し立てると、四人揃って短刀の刃を舐めて不敵な笑みを浮かべる兄妹。

その顔はムカデの正体を現した顔になっていた。不意打ちをしてきた先程と同様、こちらをころしにかかってくるという事なのだろう。

22パイロン:2022/04/12(火) 00:24:48 ID:r.kW3dVw0
「俺がここでしぬ、だと?ふざけるな、俺がお前ら全員を先程一人ずつぶっ飛ばしてやったのをもう忘れたのか?」

「へっ、言うねえパイロンさんよ。「家族」が俺たちだけだと思うなよ?」

「……なんだと?」

「なあ、そうだろ母さん!」


ユウタロウがそう叫んだ瞬間だった。

その刹那、パイロンは後ろから何者かに物凄い力で羽交い締めにされた。

全く動けないくらいの凄い力。不意打ちにやられてしまった形だった。

大百足の顔は、先程まで開いていた右端の目が閉じられていた。恐らく、母さんと呼ばれた人物は、この目玉から産み出した分身なのだろう。


「ハッハッハッハ…私の妻、キョウカだ。こいつら達の母親なのだよ。」

「なっ……!母親だと?……テメェ、離せ!」

「アンタね?ウチのダンナに楯突いて、ウチの可愛い子供達を虐めたのは。許さないわ。……アンタ達、今よ!!」

「了解!母さん!」

「くっ……離せ!!」

「残念だったな、パイロンさんよ。……お前はここまでだな。」

「今度こそころす……」

「駄目押しにお母さんもコイツの心臓に刺してやるわ。」

「あっ、でもコイツ、たしか鎖帷子着てたよ?」

「なら、鎖帷子を貫通するくらいの力で突き刺せば大丈夫だよー」

「ナイスアイディアね。そのくらいの力でこうやって……刺す!」

「うっ……ぐあぁあぁ……!!」


短刀を構えた母親と兄妹。刃を舐めながらおぞましい笑みを浮かべた5人は、その5つの刃をパイロンの身体に突き立てた。

ムカデ達の笑い声とパイロンの叫び声が旧鉱山跡に響く。


「ぐ……ぁ……ぁ……」

「はい、さよならパイロンさん。このまま地面へと落ちちゃいなさい。」


そのまま動かなくなったパイロンを羽交い締めから解いた母親。

ムカデの母親の拘束から解かれたパイロンは、身体に刃物を突き立てられた姿のまま、力無く地面へと吸い込まれるように落下していく。そんな様子を見てあざ笑うムカデの親子がそこに居た。


「よくやったぞ、キョウカ、お前達。」

「フフッ、ありがとうございます。」

「やったー、やっとあの龍を倒せたぜ。」

「さて、そろそろあの蛇、地面に叩きつけられて派手に潰れてるんじゃない?」

「よし、見に行こうぜ。」

「行こう行こうー!」

「ハッハッハッハ!!やはり龍なんかが我々百足に勝てるはずがない。これはこの世の理として決められた、覆す事など出来ない、絶対的な事柄、定めと言うわけだな。ハッハッハッハ!!」


勝利を確信し、大きな声を出して笑う大百足。

まるで三上山の如く、大百足が巻き付いてテリトリーとしている、この鉱山跡の山の隅々まで響き渡るくらいの大声だった。


「ねぇアナタ、早くあの龍の亡骸を見に行きましょう?それに百足の毒にやられた龍の脳と目玉は絶品らしいじゃない。早く食べたいわ。」

「ハッハッハッハ、確かにそうだがそう焦るな、キョウカ。食べ物は逃げはしないだろう。」

「父さん、母さん、早く早くー!」

「……って、オヤジ、後ろ!」

「……な、ん、だ、って……」


その刹那だった。

大百足の言葉が終わるか終わらないか、という瞬間。

その時に聴こえたのは、風を斬る音と何かが噴き出すような水の音。


「あ、ああ……アナタ……そんな……」


その瞬間に百足の家族が目の当たりにしたのは、身体の色よりも赤い鮮血を撒き散らし、弱点である眉間ごと頭を縦一文字に真っ二つにされた大百足の姿だった。

23パイロン:2022/04/30(土) 22:06:06 ID:iEfLuyXU0
十一:「Trail of Tears」






とある日の夜、いつものサロン。この日の夜は、改めて俺自身の変わらない気持ちを再確認した夜だった。


「ふぁ……あ……」

「ん……?」

「…ごめんお兄ちゃん、ちょっとだけうたた寝しちゃってたかな…。」

「……ありゃりゃ、眠くなっちゃったのかな?」

「うん、ごめんねパイ兄ちゃん。私、ここまでにして寝てもいいかな?」

「ええ、大丈夫ですよ。おやすみなさい。」

「おやすみ、お兄ちゃん。」

「ええ、おやすみなさい。ではまた。」

「じゃあね、ふぁー……」

「ええ、また来ますね。

……ふぁー、なんだか俺も眠くなって来ちゃったな。動くの怠いし、このままこの椅子の上で俺も少しだけ休ませてもらおうかな。

代金は、追加料金プラス宿泊料兼迷惑料と、気持ち色をいくらかつけて、うん、これくらいで足りるかな?

まあ、足りなくても黒服にはハイロンが居るし、メイド長にはココさんがいるし、後で二人のどちらか経由で支払えば問題はないだろう。

…ふぁ…たしかテキーラサンライズだったっけ?

このカクテルのアルコールが効いて、俺も眠くなっちゃったな。俺も寝よう、おやすみ。」


いつものサロンの一階奥にある大きな椅子のあるスペース。

其処で俺と二人で飲みながら話しているうちに、いつの間にか眠くなってきてしまった想い人。

今日は普段の姿とは違う幼い姿で応対してくれ、飲んでいた流れで俺は愛する人に膝枕を貸す形となった。

前にも愛する人には膝枕をした事があり、これで二回目となる。

どの姿の彼女も魅力的で俺は大好きだ。

許されるのならこのまま永遠にそばに居たい。

だが、流石に眠くなった彼女を無理に起こすようなことはしたくない。

今日はここでお別れとなり、解散の流れになった。

背中に羽を出現させてパタパタと飛んでいった彼女。

じゃあ、また。と言いながら彼女を見送った俺にも唐突に眠気が押し寄せて来る。

さて、帰るとしても、このまま動きたくなくなってしまうくらい、酔いと任務での疲れが突然一気に俺にも押し寄せてきてしまった。

なので、起きるのはもう少し後にして、俺もこのまま椅子に腰掛けて休んでいく事に決め、テーブルの上に色もつけて多くお金を置くと、そのまま眠りにつく事にした。


「……改めて決めました。俺、絶対に諦めませんから。

そして貴女の事を忘れませんから。想い合えなくても絶対に。

それぐらい、貴女の事を…ずっと愛しています…」


俺の空っぽになった心は涙で満たせるのだろうか?

もし、今とは違う運命の空の下で俺と貴女が出会えていたなら、想いは通じて幸せになれていたのだろうか?


心の中に雨は降る。

ほんの少しのきっかけで、心は痛み、長く降り続く雨が降る。

この心の中の雨が上がれば、また歩けるのだろうか。

振り返らずに前を向いて歩き出せるのだろうか。

この雨は、もしかしたらずっと降り続けるのかもしれない。

前に進めずにずっと、俺はこの場所に留まり続けるのかもしれない。

それでも構わない。


願わくば、想いが届いた未来がいい。

…だけど、俺に待ち受ける未来が、俺の望まない涙の道、涙の旅路のほうだとしても。

24パイロン:2022/04/30(土) 22:06:40 ID:iEfLuyXU0
…今は、たとえ一方通行の気持ちだとしても、たとえ束の間の時間だとしても、彼女が俺を少なからず見ていてくれるのなら、この幸せと縁をずっと大事にしていきたい。

それが今の俺の望みなのだから。


どんなに苦しくても頑張れたのは、貴女が居たから。

だから、貴女と想い合えなくても、ずっと貴女を忘れない。

そして俺は歩いていく。涙の道を、涙の旅路を。







「……パイ君!」

「……ロン!」


再び聴こえた想い人の声。

新たに聴こえた気になる人の声。

その二つの声が聴こえた瞬間、視界には黒い靄がすぐにかかり、世界の動きが止まる。


「これは…また時間が止まっているのか…」

「そうよ、パイ君。厳密には、パイ君はこの力が発現したばかりで、まだ自分では上手く使いこなせてないからね。」

「だから、ロンの記憶の中にある俺達の声と性格、姿を借りて、ロンの持つ第六感が一緒にサポートしてるって感じだな。」

「それはそうと、後ろを見てみて。さっきに続いてパイ君は危ない所だったんだから。」


そう言われて後ろを振り返ると、そこに見えたのは大百足の尻尾。

そして、そこを足場にして、今まさに後ろから俺のほうに飛びかかってこようとしている女の姿がそこにあった。


「な、なんだ、こいつ……この女、今まで居なかったぞ?」

「パイ君、あれを見て…あの大百足の目を……」

「あのムカデ、また一個、新たに目を閉じているだろ?」

そう言われて大百足のほうを見る。たしかに…先程まで見開かれていたはずの右側の一番端の目が今は閉じられていた。

恐らく、この目玉を変化させた新たな分身なのだろう。


「また不意打ちか…やる事が全くおんなじだな。」

「それよりも、この敵にどうやって対応するの?」

「そうだぜ、今のこの状況、どうやって回避するんだよ!」

「それなら、いい考えがある。アイツらの目論見通りに、一度やられてやるんだよ、油断させるためにな……」

「わかったよ、パイ君。でも、気をつけてね。」

「ああ、そうだぞロン。必ず俺達が助けてやれるとは限らないんだからな?」

「わかったよ、気をつける事にする。じゃあ、早速戻ることにするさ。」

「わかったよ、気をつけてね…パイ君。」

「頑張れ…ロン。」

「ああ、じゃあ二人とも、言ってくるよ。」

25パイロン:2022/04/30(土) 22:09:17 ID:iEfLuyXU0
十ニ:「Unravel」






頭を縦に斬られた大百足。その断末魔が鉱山跡に轟く。

その後ろに見えたのはいつの間にか大百足の背後に居たパイロンだった。

その手に持っていたのは東の大国の刀である柳葉刀で、その刃には銀色の霧や靄のようなものが纏わり付いていた。


「ぐがああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁ!!!!!!」


大百足は激痛と苦痛のあまりに頭や尻尾を激しく振り、脚を滅茶苦茶に動かして苦しむ。

そのたびに、鉱山跡は激しい揺れに襲われ、崩壊をはじめていった。

しばらく暴れながら苦しんだ大百足は、そのまま大音響を響かせながら地面へと倒れ込み、そのまま動かなくなった。

これにより、鉱山跡の大半が崩落、崩壊してしまったことになる。もう誰もここへはしばらくの間は近寄りたくても近寄れないだろう。


「……どうだ?勝ち誇った瞬間に地に落ちる気分は?

タワラノトウタはお前の兄貴を、弱点である唾をつけた弓の矢で眉間を射抜いてやっつけたよな。

だからそれに習って、俺は唾をつけた「柳葉刀(りゅうようとう)」……お前ら東の国の奴には、「青龍刀(せいりゅうとう)」って言ったほうが伝わるか?

この青龍刀の刃でお前らのオヤジの頭を眉間ごと真っ二つにぶった斬ってやったぜ。」

「……ま、まさかお前、さっきの舌を切ったのって…!」

「ああ、そうだよ。御名答。俺が舌切ってしぬわけないだろう。

あれは柳葉刀の刃にさり気なくツバをつけるためのお芝居ってやつさ。本気にしてるお前らを見てると、笑いを堪えるのが大変だったよ。」


そう言いながら、右手に持った柳葉刀を見せびらかしつつ、怪しい笑みを浮かべるパイロン。

その身体には、先程まで刺さっていたはずの短刀は一本たりとも刺さっていなかった。


「ってかお前!さっき滅多刺しにしてやったのに!何で生きてるんだよ!」

「あー、なんでかって?だから言ってるだろ?刺さってないってさ。

お前らがこの短刀を俺の身体に刺そうとした瞬間に「固定」して、刺さらないよう防御しつつ、お前らを騙したんだよ。……これを見てみな。」


そう言ってパイロンが取り出したのは、5本の短刀。

先程までパイロンの身体に刺さっていた、ように見えたものだった。そして、その刃には全く血がついていなかった。そして、パイロンはその短刀を何処かに仕舞い込む。


「とまあ、こんな感じ。お前らの得物を奪う事が出来たし、これでお前らはとても大きな戦法を潰されたわけだよな。」

「貴様ぁ……!龍の分際で!よくも、よくも私達をコケにしおって!

そして、そして……私の大切な旦那、アカザを!許すものか!脳と目玉だけでは足りぬ、お前は私が全身貪り食ってやる!」

「何度来たって同じだよ!お前らは完全に勝てると思って見下していた、俺……龍にやられるんだよ!」


怒り狂う百足に向かってそう啖呵を切るパイロン。

そして、パイロンが手にした武器を改めて敵に向けて突きつけるように構えた瞬間だった。


「残念ね、ここに居る敵が百足だけだと思っていたら大間違いよ。」

「……なんだと?

……え?……嘘だろ、そんな……こんな事を……俺が……」

「僕が居なくても、世界は回る……生きる意味さえ見えなくなりそうで……」


何処からともなく、誰かはわからないが女性の声が聞こえたと思うと、パイロンの動きが止まった。

そして、そのまま全く動かないパイロンを後ろから抱きしめた女性が居た。

東の国の出身と思われる、緑の着物姿の長い緑の髪の女性だった。


「……さあ、パイロン。私と一緒に行きましょうか。私の姉様の復活には、貴方が必要なの。」


パイロンの耳元でそっと囁く女性。

その瞬間、パイロンは身体の力が抜け、気を失ってしまった。

26パイロン:2022/04/30(土) 22:10:06 ID:iEfLuyXU0
そして、改めて百足の家族のほうに向き直り、対峙する女性。

キョウカはこの女性に見覚えがあるらしく、一番先に沈黙を破ったのだった。


「…貴女、見覚えがある。…もしかして、清姫?」

「ええ、そうよ。清姫よ。

でもその妹ね、私は。堕ちる姫と書いてダキ、とでも呼んでもらいましょうか。」

「……ダキ?」

「……清姫?の妹?」

「清姫……。ふとしたきっかけで出会った安珍って名前の僧侶に恋をするのだけど、清姫の余りにも重い愛情がエスカレートしたために、相手に避けられたのよね。

その怨念から蛇に変身し、その相手が逃げ込んだ寺まで追いかけた。そして、そこにある鐘の中に隠れていた安珍を鐘に巻き付いて鐘の外から焔で焼きころした。

…そういう人だったわね。貴女のお姉さんは。」


キョウカは簡単にダキの姉についての伝承を口にした。それを聞いたダキは怪しげな笑みを浮かべる。


「……御名答。そうね、姉様はそうだったわ。まあ、私も似たようなものかしら?姉様が蛇として覚醒した影響で私も蛇になったんだから。

そういう貴女達は……三上山に居た大百足。その弟の家族のようね。」

「まあ、そんな感じよ。それはそうと、アンタ、どうしてここに?」

「あら、調べさせて貰ったのよ。貴女達のことも、この龍の男のこともね。ギルドには少ない東洋人だから、見つけるのはとても簡単だったわ。

それに、この旧鉱山跡で暴れまくっている貴女達大百足が目立たないわけないでしょう?私だって蛇だから、対立する敵……百足の事くらいちゃんと調べているわよ。

貴女達、今の龍と百足の休戦状態、納得いかないし暴れたいんでしょう?私もなの。姉様と共に私も暴れ回りたい。利害は一致していると思うけどね。」

「ま、まあ……それはそうだけど。」

「そして、そんな貴女達を倒すべくここへやってきたギルド所属の冒険者達。その中に、この龍の男を見つけたの。

そして、姉様の復活のための依り代に、この龍が使えると思ってね。貴女達を利用しようと思ったの。そして、上手く行った。

貴女達と対峙しているこの男の隙をついて捕える事が出来たわ。

……東の国と東の大国、蛇と龍という違いはあるけど、姉様と同じ「嫉妬深い蛇」と言える、依り代として使える男を、よ。」


気絶したパイロンを抱きしめたまま、そう捲し立てるダキ。時折、不敵な笑みを浮かべている。


「その龍が居れば、アンタの姉さんは復活できるんだな。」

「そう、その通り。この男には、しっかりと幻覚と呪縛の呪いを植え付けてやったわ。

精神を強く蝕む種類よ。どんな屈強な男でも、精神を粉々に砕かれたらもう赤子以下。

さらに、この呪いの力を超えるほどの心の支えが無ければ、たとえ呪いをかけた私がしんだとしても、一生しぬまでこの呪いは解けない。

この男も、白龍と言えどまだまだ坊や。簡単に呪いをかけてやれたわ。」

「なるほど、すげえや。」

「……って、ダキさん!そいつ、意識を取り戻してる!」

「…なに?……って、うぐぇぁ……っ!!」

「くそっ……あの龍め……!」

「勝手に話を進めやがって……、テメェの姉の復活の触媒にされるのなんかごめんなんだよ。」


いつの間にか目を覚ましていたパイロン。慌ててムカゴがダキにその事を伝えるものの、パイロンの裏拳による攻撃がダキの顔面に命中した。

そのスキをついたパイロン。ダキの拘束から逃れて、黒い靄と共に姿を消した。

27パイロン:2022/07/13(水) 22:55:19 ID:o6omr5WY0
十三:「悪女トリッキー」






「あっ…あのクソ龍野郎消えやがった!!」

「何処行った!?」

「逃げやがって!!探せ!!」

「ふざけやがって!!」


裏拳でダキの顔面を殴り、拘束から解かれた瞬間に黒い靄をまとって消えたパイロン。顔面を殴られて激怒したダキやキョウカ達ムカデの一家が辺りを探そうとした時だった。


「逃げてなんかいないぜ……?」

「なんだ…と…っ?」


その瞬間、ダキの後ろから聞こえたパイロンの声。すかさず、ダキの背中に何かの衝撃が当たる感覚があった瞬間には、爆音と共にダキは吹き飛ばされていた。


「うぐえぇっ……!!」

「ダキさん!!」

「あっ、あのクソ蛇!!いつの間にダキさんの後ろに!!」

「あの技…!私も食らわされたやつだ!」


ダキが先程までいた場所には、いつの間にかパイロンが立っていた。纏っているのは赤いオーラ。今しがたダキを吹き飛ばしたのは先程ムカゴもくらった発勁(はっけい)だ。

そしてパイロンは間髪入れず、腕を交差する構えを取ると、そのまま円を描くように腕を動かし、そこに青い水の球を出現させた。 


「よくもダキさんを!!って…ぎゃっ!!」

「ぎゃあああ!!」

「ぐああああ!!」


その水の球から高圧の水流をレーザーのように放ち、他のムカデ達を薙ぎ払ったのだ。高圧水流をまともにくらい、すでに墜落していたダキに続いて地面へと落ちていく、キョウカをはじめとしたムカデ達。

そして、ムカデ達全員が落下した事を確認した後にパイロンは地上へと降りてきた。今はなんとか抑えているが、いつまたダキによる呪いが心を蝕むかはわからないからだった。


「くっ……なんとか抑えているが、限界は近い…。クソ、この蛇女、なんて事をしやがるっ!

…サロンに居るココさんなら、この呪いに何か対策が取れるかもしれない。そのためには、コイツらをこの鉱山跡に閉じ込めないと……!!」


ココさんからもらったゲートで入り浸っているサロンへ直通で立て直しに向かえるが、それには一旦この場を離れる必要がある。この鉱山跡からムカデやヘビが出れないよう、動けなくしてから、大人しく倒れているうちに結界を貼って封印しておく必要があった。

そう考えながら、そっと結界と封印の呪文を唱えるパイロン。

一通り全員を見渡したが、ムカデ達一家はピクリとも動かない。先程、大百足のアカザが暴れたために倒壊している地面に勢いよく落下したダメージは凄まじいがゆえだろう。流石にこれでは例えムカデやヘビでもしばらくは起き上がれまい。
しかし、その近くに倒れているダキのほうを見て驚いた。同じくピクリとも動かないダキの隣に、いつの間にかもうひとり、女性が倒れて伸びていたからだった。

見た目はダキにそっくりな東の国の女性だ。赤い長い髪と目に青緑色の着物が特徴だった。二人ともお揃いの帯を巻いていた。ダキの帯には「ダキ」と刺繍されていて、もうひとりの女の帯には「ユウキ」と刺繍されていた。


「なんだ、こいつ…。この帯の名前がそうなら、コイツはユウキって女か?

…このダキとユウキの二人組、見覚えがある。まさか…」










とある日の夜、辺境都市ルブルの郊外の某所。

ここの街と隣の街との境目には大きな河が流れていて、大きな頑丈な橋が架けられていて街を繋いでいた。

そこに一人の男がやってきていた。

金色でツンツンした髪型、夜でも外さないサングラスに似た黒い色のレンズの眼鏡。
日に焼けた肌、わざとらしいほどの白い歯、長身かつゴツい体型、派手な柄で露出度も高い服。
服の間から見える身体にはタトゥー、首や手には無骨な指輪やネックレスといったアクセサリーがいくつもつけられている。

見た目からして、所謂遊び人の男である事は明白だった。


「いやあ、残念だねーえ。あのいいオンナを逃したのは。
明日の用事があったあのオンナが帰りさえしなけりゃ、オレはお持ち帰り出来てオンナと朝までいっぱいお楽しみ出来たのによー悔しくて仕方ないぜえ。オーノー、オレのこの気分と下半身の高ぶりをどーしてくれんだってんだよお。」


お持ち帰りが出来なかった事がとても悔しいのか、そんな独り言をぼやきながら一人帰路についていた。その道中、ここの橋の近くへとやってきていたのである。

28パイロン:2022/07/13(水) 22:56:14 ID:o6omr5WY0
「おんやー?あそこにいるのは誰かなあ?オー、オンナじゃん、ラッキーだぜえ。もしかしてえ、こんなカワイソーなオレにゴッドがプレゼントをくれたのかー?コレはラッキーじゃんかよお。」


少し離れた所に見えるその橋に、一人の人影が見えた。

人影は女性だった。黒い目と黒い長い髪、濃い紫色の着物と袴、そして頭には薄い紫色の布を被っていた。

その姿から、東の国の東洋人女性である事が見て取れた。

こんな危険な時間に女性が一人で出歩く事はまずありえない事である。

しかし、どうやらこの男にはそこまでの考えは全くなかったようで、早速ターゲットに選んだようだった。

その女性は少しだけ困ったような表情をしていて、寂しそうな目をしているように見えた。

顔立ちは整っている美しい女性だ。その物悲しい雰囲気も相まって、より男には魅力的に映っただろう。


「ヘーイ、そこのアジアンビューティー。こんばんはあ。こんな時間に一人でどうしたのー?何やら困った事が起きてるようだねーえ。」

「あっ…これは、どうも。ええ…そうなんです。私はここの隣町に住んでいる友人を訪ねて来たのですが…いくら待っても友人が迎えに来なくてこの時間まで待ちぼうけで…どうにもできずに困っていたのです。」

「オーノー、それはタイヘンだったねえ。残酷な事をいう事になるけどお、多分そのお友達はもう来ないよー。これだけ待ってるんだからねえ。でもダイジョウブ。ここで出会ったのも何かの縁ね。変わりにオレが隣町までアンナイしてあげようじゃなーいの。」

「ほ、本当ですか?案内して頂けるのですか?嬉しいです!」


物悲しげな表情をしていた女性の表情が明るくなっていくのがわかる。男にとってはうまく行ったラッキーな展開だと捉えられただろう。このままもうひと押しすれば案内する名目でお持ち帰りが出来るからだ。


「イエス、モチロンね。でも、世の中ギブアンドテイクね。そうでしょう?オレは貴女を隣町までアンナイしてあげましょう。その代わり、案内のガイド料として、貴女はオレとともにベッドへゴーして一夜を共にしてもらいマース。いいでーすか?」

「ふふ…そういうことですか。欲に忠実な方なんですね。

…いいでしょう、私は貴方の事が気に入りました。それで取引成立ということで決まりですね。…まだまだ夜は長いです。その間のうちに、私と交わりましょう……」


そう言うと女性は怪しく微笑み、頭に被っていた布をそっと取ると男性の頬を撫でた。

そして、そっと男のかけていた眼鏡を取るとそれを投げ捨てて、肩にそっと両方の手をかけて、自身の方へと引き寄せながらそっと唇を重ねようとした。


「うっひょー、話が早いねえ。コレは本当にラッキーだぜえ。このオンナ、清楚そうに見えて意外と情熱的なんだねぇー、フゥ〜!」


能天気にそんな事を考えながら流れに身を任せた男は知るよしもなかった。

次に感じる感覚はここにいる女性の唇の柔らかさなんかではない事を。

女性の唇があともう少しの距離で触れる、それくらいすぐ近くまで近づいた、その瞬間だった。


『ふははっ……引っかかったな間抜けめ。もう離さんし逃さんぞ。

お前のような色んな意味で危険な男が沢山現れるであろう、こんな夜更けに女が一人で居るわけがないだろう。

まあ恨むのなら、脳味噌と下半身が直結している自分自身の事を心底恨むんだな。』

「えっ……?どういう、こ、と…だ…?」


女の口から野太い男のような恐ろしい声が聞こえた瞬間だった。

その瞬間、女は大きく口を開いた。耳まで裂けた大きな口の中には鋭い牙が何本も生えていた。

逃げようとしても、女性のものとは思えない強い力によって男は身動きが全く取れなかった。

そして、全く動けない男の喉に女は噛み付いた。

牙が肉に食い込む音と噴き出す血の音を辺りに響かせながら、女はそのまま男の喉を食い千切った。

喉を食い千切られた男はそのまま絶命した。そして、その肉を女が喰らい咀嚼する恐ろしい音が聞こえてくる。


『命が終わる瞬間にこんないい女と交われて幸せになれてよかったではないか、小僧。……まあ、交わると言っても腹の中でだけどな、ふははははっ……』


そのまま肉を喰らった女の恐ろしい声が辺りに聞こえた。


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