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☆近畿百科☆ニュース その8

1nakano-shima★:2012/05/18(金) 12:50:28 ID:???0
近畿のニュースはこちらへ。

その1 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/travel/6501/1163244543/
その2 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/travel/6501/1210510928/
その3 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/travel/6501/1228003967/
その4 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/travel/6501/1273385609/
その5 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/travel/6501/1282663040/l50
その6 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/travel/6501/1300539164/l50
その7 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/travel/6501/1309589276/l50

215よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 02:01:18 ID:JgPIc0qo0
まだ50歳!京大・山中教授の略歴
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20121008-1029827.html

 スウェーデンのカロリンスカ研究所は8日、2012年のノーベル医学生理学賞を、「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を開発した山中伸弥京都大教授(50)ら2氏に授与すると発表した。日本人の受賞は19人目。

 ◆山中伸弥(やまなか・しんや)1962年9月4日、大阪府東大阪市出身。神戸大医学部卒業後、国立大阪病院で臨床研修医。93年に大阪市立大大学院博士課程を修了。米グラッドストーン研究所へ留学後、奈良先端科学技術大学院大教授を経て04年、京都大再生医科学研究所教授。10年から京大iPS細胞研究所所長。ロベルト・コッホ賞、ラスカー賞、ウルフ賞、ガードナー国際賞など著名な国際賞を多数受賞。大阪市在住、50歳。(共同)

216よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 02:02:43 ID:JgPIc0qo0
「大変おめでたい」物理学賞の小柴氏
2012.10.8 19:35
http://sankei.jp.msn.com/science/news/121008/scn12100819360010-n1.htm

 平成14年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏は、山中伸弥教授の受賞について、「大変おめでたいこと。研究分野は違っても同じ日本人として、私も素直にうれしい。『おめでとう』とお伝えしたい」と喜んだ。

217よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 02:08:00 ID:JgPIc0qo0
切り開く人がいて、それを更に広げていく人がいる。
これの繰り返しが、人類の絶え間ない技術の発展、人類の進歩と調和、を生み出していると私は考えています。

ジョン・B・ガードン教授と山中教授の関係、しびれるほどかっこいい。


山中教授と同時受賞のガードン氏、喜び語る
< 2012年10月9日 0:43 >
http://www.news24.jp/articles/2012/10/09/10215453.html

 iPS細胞(=人工多能性幹細胞)を開発した京都大学「iPS細胞研究所」所長・山中伸弥教授(50)と今年のノーベル生理学・医学賞を同時受賞することになったイギリス・ケンブリッジ大学のジョン・B・ガードン教授が8日、ロンドンで喜びを語った。

 ガードン教授は「受賞はけさ聞いた。7時半にイタリアの新聞から電話があって知らされた。驚いた」「山中さんの仕事は大きな突破口となりました」と話した。

 ガードン教授と旧知の仲だという山中教授は、日本時間8日夜に行った会見で、「今回、ジョン・ガードン先生と受賞させていただくというのは、それが一番うれしいと言っても過言ではありません」と話した。

218よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 02:14:34 ID:JgPIc0qo0
山中教授、ノーベル賞「学生らの励みに」 大阪市大の西沢学長
2012.10.9 02:00
http://sankei.jp.msn.com/region/news/121009/osk12100902010002-n1.htm

 京都大の山中伸弥教授(50)のノーベル医学・生理学賞の受賞が発表された8日、府内でも喜びの声がわき、大阪ゆかりの知人や、関係者らが偉業をたたえた。

 大阪市生まれで、大阪市立大大学院博士課程修了、国立大阪病院研修医、大阪市立大助手などの経歴を持つ山中さん。山中さんが大学院生時代を過ごした大阪市立大の西沢良記学長は「長年にわたる優れた研究の成果が世界的に評価されたことを心からお祝い申し上げる。学生や若い研究者の励みになるとうれしく思う」と喜びを語った。

 中学・高校時代の同級生という世耕弘成・近畿大理事長は「中学生のころから正義感が強く、真理を探究するタイプだった。患者を救いたいという彼の正義感が原点にあるのではないか」とかみしめた。

 一方、阪急梅田駅(大阪市北区)のBIGMAN前では、大型スクリーンに受賞のニュース映像が流れ、待ち合わせの市民らが足を止めて見入っていた。

219よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 02:20:32 ID:JgPIc0qo0
「再生医療の扉を開けた」研究者からも喜びの声
2012.10.9 00:48
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121009/art12100900500001-n1.htm

 山中伸弥さんの受賞が決まると、再生医療や新薬開発などへの応用が期待されるiPS細胞の研究に携わる研究者からも喜びの声が上がった。人間の皮膚の細胞から作ったiPS細胞を培養し、精子や卵子の元になる細胞に成長させることに成功した慶応大の岡野栄之教授は「人と違った発想をする人という印象が強い」と山中さんの研究姿勢を振り返り、「iPS細胞の研究手法でも、独特の着想がブレークスルーにつながった。逆転の発想の勝利」と語った。

 iPS細胞を使った世界初の再生医療を来年度から計画している理化学研究所のプロジェクトリーダー、高橋政代氏は「初めて会ったときから研究を応援してくれた。1人でも多くの患者を救いたいという願いをかなえるためにも、ますます頑張らなくては」。

 「山中先生は責任感が強く、使命を帯びて研究に没頭してきた」と語るのは、細胞の分化を誘導するタンパク質アクチビンを発見した東京大の浅島誠名誉教授。「実用化前の早い受賞だったが、それだけ非常に重要な発見だったということだ。再生医療の扉を開けた大きな一歩だ」と創薬分野の発展に期待を寄せた。

220よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 02:23:10 ID:JgPIc0qo0
同時受賞の英博士 山中さんたたえる
10月9日 1時41分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121009/t10015599171000.html

ことしのノーベル医学・生理学賞の受賞者に、京都大学教授の山中伸弥さんとともに選ばれたイギリス・ケンブリッジ大学のジョン・ガードン博士は、ロンドン市内で記者会見し「山中さんの発見のおかげで私の研究への関心も高まった」と述べ、山中さんの功績をたたえました。

イギリス・ケンブリッジ大学のジョン・ガードン博士は、8日、ロンドン市内で記者会見を行い、「朝の8時半に研究室にノーベル財団から受賞の連絡があった。自分が受賞するとは思っていなかったので、間違って電話してきたのではないかと思った」と連絡が来たときの驚きを語りました。
そのうえでガードン博士は「私の研究は実用性に乏しいのではないかとみられて休眠状態だったが、2006年の山中さんの発見が私の研究への関心を再び高めてくれた。人の受精卵を使わずに細胞を初期化させてさまざまな細胞に変化させる新たな技術を生み出したことが彼の大きな業績だ」と述べ、山中さんの功績をたたえました。そして、ガードン博士は「けさは忙しすぎて、まだできていないが、山中さんには祝福のメッセージを送るつもりだ」と話していました。
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221よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 02:32:37 ID:JgPIc0qo0
ノーベル賞 山中氏への支援体制を手厚く(10月9日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20121008-OYT1T00990.htm?from=ylist

 山中伸弥・京都大教授に、今年のノーベル生理学・医学賞が贈られることになった。

 その栄誉を称(たた)え、心から喜びたい。

 日本人が生理学・医学賞を受賞するのは、1987年の利根川進博士以来、25年ぶりである。

 山中教授の授賞理由は、皮膚などの体細胞を、生命の始まりである受精直後の真っさらな状態に戻す「体細胞初期化」技術を開発したことだ。同じ分野の先達である英国のジョン・ガードン博士との共同受賞となる。

 受精した細胞は、成長するにつれ、様々な組織や臓器の細胞に分化し、次第に老いてゆく。一方向にしか進まないこの過程を逆戻りさせたのが山中教授の研究だ。

 画期的な業績である。山中教授は、2006年に成果を発表した後、毎年、ノーベル賞受賞者予想で筆頭に挙げられてきた。

 6年でのスピード受賞となったのは、医療への応用に高い期待があるからだろう。

 山中教授の技術で初期化された細胞は「iPS細胞(新型万能細胞)」と呼ばれる。病気やケガで傷んだ臓器や組織を、iPS細胞で作った細胞で置き換える「再生医療」も、もはや夢ではない。

 例えば、脊髄が損傷し下半身マヒとなった患者の治療だ。本人の皮膚細胞から作製したiPS細胞由来の神経細胞を注入すれば、拒絶反応なしに神経を再生でき、歩行が可能になるかもしれない。

 まだ基礎研究ながら、将来的には医療を一新する可能性を秘めていると言えよう。

 山中教授の所属する京大は、iPS細胞の作製法で国際特許も取得し、研究開発でトップを維持しようと努めている。

 しかし、実用化を目指す研究は欧米の方が先行している。山中教授は、「欧米は研究資金も人材もはるかに潤沢」と、繰り返し警鐘を鳴らしている。

 欧米では、大手製薬企業が巨費を投じて研究を進めている。研究者の層も厚い。

 これに対し日本では、iPS細胞に限らず、新薬、新治療法の研究体制で後れを取っている。

 今回の受賞決定を契機に、国を挙げて、研究現場を活性化する取り組みを強化せねばならない。

 山中教授の技術は、新たな問題も生んでいる。精子や卵子を作って受精させる研究では、通常の生殖を経ない生命誕生になる、との懸念が指摘されている。

 生命倫理面での検討も、なおざりにはできない問題である。

(2012年10月9日01時27分 読売新聞)

222名無しさん:2012/10/09(火) 02:45:17 ID:CPI4X1dA0
>>211
おお、韓国でも報じられているんですね。

私は逆にPSYが全世界的に(つまり米ビルボード・チャートも含めてです)が大ヒットを
飛ばしているのが羨ましいです。
東アジア人でここまで大きなグローバルヒットはここ数十年ありませんでした。

223名無しさん:2012/10/09(火) 04:41:26 ID:BZoGW1xw0
iPS細胞って産まれつき障害とか病気の人も治せるのかな?
産まれつきっだからやっぱり無理かな?

224よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 05:46:49 ID:JgPIc0qo0
バイオ産業の発展にはずみ 日本の理論・技術の優秀さ示す
2012.10.9 01:08
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121009/art12100901100002-n1.htm

 iPS細胞(人工多能性幹細胞)を開発した京都大の山中伸弥教授が8日、日本人では2人目となるノーベル医学・生理学賞を受賞したことを受け、経済界からは祝福の声が相次いだ。再生医療だけでなく、新薬開発のスピード化への応用も可能で、バイオ産業の発展に弾みがつきそうだ。

 「山中教授は天才肌の方なので、いつかは(受賞する)と思っていたが、こんなに早くノーベル賞を受賞されるとは思わなかった。医学や生理学など日本の自然科学分野の理論や技術がいかに優れているかを示すものだ」。経団連の米倉弘昌会長は受賞について、こう語った。

 山中教授の研究は、バイオ・医薬や機器メーカーとも関わりが深い。

 iPS細胞を使って、慶応大学の研究者と共同でアルツハイマー病発症のメカニズム解明に取り組んでいるのは武田薬品工業。長谷川閑史社長は「近い将来、iPS細胞の技術を使った革新的医薬品が一日も早く患者のもとに届くことを期待している」との談話を発表した。

 大日本住友製薬は山中教授の京都大学iPS細胞研究所と、患者数が少なく治療法も確立されていない「希少疾患」の共同研究をしている。同社の多田正世社長は「日本の研究力の高さが世界に認められ誇らしく思う」と強調。iPS細胞を自動培養する装置の実用化を目指す川崎重工業の河野行伸執行役員は「受賞を機に研究が一層加速され、創薬や医療で幅広く使われるようになることを期待したい」と歓迎した。

225よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 05:47:32 ID:JgPIc0qo0
山中さん 米研究所の会見で感謝と喜び
10月9日 5時24分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121009/t10015600331000.html

ノーベル医学・生理学賞の受賞者に山中伸弥さんが選ばれたことを受けて、山中さんが所属するアメリカ・サンフランシスコのグラッドストーン研究所が、8日、記者会見を開き、山中さんも日本からテレビ電話で参加して「この研究所がなければ、今回の受賞はなかったでしょう」と感謝と喜びを語りました。

山中さんは1993年から3年間、グラッドストーン研究所で、研究員として遺伝子の役割を調べる研究を行いました。
山中さんは上席研究員として、現在も毎月、1週間程度、この研究所で8人の若手研究員を指導しているということで、研究所には「山中研究室」と英語で書かれた紙が掲げられた専用のブースが設けられているほか、山中さん専用の個室もあります。
会見で、ウィリアムス所長は山中さんを祝福するとともに「シンヤが開発したiPS細胞は世界中の研究者によって研究が進められ、心臓や脳などの病気の分野でそれぞれの患者にあわせた治療ができる可能性を広げた」と述べ、功績を称えました。
このあと、日本にいる山中さんもテレビ電話で記者会見に参加し、山中さんの姿が会場のスクリーンに映し出されると、研究所の関係者から大きな拍手が沸き起こりました。
山中さんはこのなかで「何の実績もなかった私を研究所は雇ってくれ、自分は本当に幸運だったと思う。研究所の仲間がいなければノーベル賞受賞はなかったでしょう」と感謝と喜びを語りました。
山中さんは、今回、ノーベル賞を共同受賞したイギリスのケンブリッジ大学名誉教授、ジョン・ガードンさんとともに、今月24日と25日にグラッドストーン研究所で講演することになっています。
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226よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 05:50:21 ID:JgPIc0qo0
岸本阪大教授「もらって当然」
http://www.nhk.or.jp/lnews/osaka/2005593152.html?t=1349729315125

山中伸弥教授がまだ無名でだったころ、その研究の意義を認め研究費を出すなど支援した大阪大学の岸本忠三特任教授は「画期的な原理原則を見つけたのでもらって当然だと思う。突拍子もない考え方だがうまくいけば偉いことやなと研究の支援をした。研究は研究自身とやる人のインパクト。そのインパクトがやはり強かった。この研究はいいなあと一番最初に思った一人ですので受賞は非常に嬉しいと思います」と話しています。

10月08日 19時16分

227よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 05:56:07 ID:JgPIc0qo0
ノーベル賞・山中教授、難病治療へ熱い思い
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shiga/news/20121008-OYT8T00940.htm

.◇昨年1月、大津の「つどい」で講演

 8日、ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥・京都大教授(50)は昨年1月、NPO法人・県難病連絡協議会が大津市内で開いた「難病のつどい」にゲスト出演し、自身が作製したiPS細胞(新型万能細胞)を将来の難病治療につなげたい、との熱い思いを語っていた。この時の講演を聞いた人からは「受賞を契機に一層、研究を加速させてほしい」と、期待と祝福の声が寄せられた。

 同協議会は、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)など13の患者団体で構成する。講演で山中教授は「皆さん、あと10年待ってください。もっと研究を進めるので希望を失わないで」と真剣な表情で語りかけたという。

 当時、同協議会の常務理事を務め、山中教授に講演を依頼した葛城貞三さん(73)(大津市坂本)は「『難病の皆さんに話を聞いてもらいたい』と忙しい中、引き受けて下さった。親しみやすい先生で、受賞は我が事のようにうれしい」と喜んだ。

(2012年10月9日 読売新聞)

228よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 05:56:52 ID:JgPIc0qo0
山中教授ノーベル賞 「世界が認めた」府内沸く
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kyoto/news/20121008-OYT8T01103.htm
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おめでとう、山中さん――。京都大教授の山中伸弥さん(50)のノーベル生理学・医学賞受賞が決まった。8日の記者会見で、支えてくれた人たちへの「感謝」の言葉を繰り返した山中さん。府内でも、祝福や喜びの声が上がった。

■京大■

 京大関係者のノーベル賞受賞は8人目。ほかに、1973年に物理学賞を受けた江崎玲於奈さんも旧制三高の出身で、日本人受賞者の中では京大とゆかりのある人が多い。生理学・医学賞では、京大卒の87年の利根川進さん以来の快挙だ。

 待ちに待った「本命」の山中さんの受賞に、左京区の京大のキャンパスは喜びに包まれた。受賞決定直後に本部棟に駆けつけた松本紘学長は「よかった、よかった」と満面の笑みを浮かべた。松本学長によると、受賞の知らせは山中さんからの電話で知った。興奮した声で「ついに取りました」と話したという。京大での記者会見前には、自ら山中さんのネクタイの結び目を整えた。「若い山中教授は息子のような存在。謙虚さとユーモアがあり、仲間を引きつける才能がある。涙が出るほどうれしかった」と目を細めた。

 吉川潔・研究担当副学長は「iPS細胞ができた時は『生物の時間軸を変えた』と衝撃を受け、これはノーベル賞を受賞すると確信していた。誰も考えつかなかった発想で、iPS細胞の研究成果のすごさを改めて認識した。これからの研究も期待したい」と喜んだ。知人からのメールで受賞を知った医学部1年の森脇菜々さん(19)は「京大の誇りで、『ありがとうございます』という気持ち。一日も早くiPS細胞の技術が医療の現場で活用されるよう期待します」と興奮気味に語った。

 一般教養で山中教授の講義を受けたことがあるという法学部4年の村田隆裕さん(22)は「いつかノーベル賞を受賞すると思っていたが、自分の在学中にその知らせを聞くことができて本当にうれしい」、大学院1年の清水康平さん(23)は「日本の医療界を背負っている山中教授が世界に認められたということ。ますます活躍の場を広げていってほしい」と期待していた。

■街の声■

 JR京都駅前の家電量販店では、受賞会見の模様を放映するニュースに見入る人たちも。会社員の北本裕二さん(39)(下京区)は「暗い話題が多い中、日本の力が認められてうれしい」と歓迎。同、米田憲司さん(49)(長岡京市)は「おめでたい話。国民も勇気が持て、前向きになれる気がする」と喜んでいた。

◆知事「京都の誇り」

 山田知事は「府民を代表して心からお祝い申し上げます。iPS細胞は、医療の未来に無限の可能性を与え、多くの人びとの命を救うことに必ずなる。偉大な方が京都から出たことを誇りに思う」とコメント。門川大作・京都市長は「大学のまち・京都から受賞者を輩出できたことは、市民、国民の誇り」とたたえた。

 立石義雄・京都商工会議所会頭も「今回の受賞を励みに、再生医療や関連産業が一層発展し、わが国経済の成長につながることを期待したい。今後も、オール京都で若手研究者を育成する施策が重要だ」との談話を発表した。

◆難病家族の会「うれしい受賞」

 「SMA(脊髄性筋萎縮症)家族の会」の東良(ひがしら)弘人会長(43)は「難病患者にとって、とてもうれしい受賞」と声を弾ませた。

 3年前に、家族の会で山中さんにiPS細胞について講演をしてもらった。講演会の最後に、SMA患者で東良さんの長男航太君(12)が花束と手紙を手渡すと、山中さんはとても喜んでいたという。

 東良会長は「山中さんには『早く結果が出せるように頑張る』と話してもらい、患者のために何ができるかを考えているということが伝わってきて、とても心強かった。今回の受賞で研究に弾みがつくことを祈りたい」と期待していた。

(2012年10月9日 読売新聞)

229よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 05:57:39 ID:JgPIc0qo0
山中教授ノーベル賞 先端大での研究結実
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nara/news/20121008-OYT8T01132.htm?from=popin
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ノーベル生理学・医学賞に京都大教授の山中伸弥さんが選ばれた8日、山中さんが小学生時代を過ごし、奈良先端科学技術大学院大(奈良先端大、生駒市)の助教授として受賞につながる研究をスタートさせた県内も、お祝いムードに包まれた。

 山中さんが1999年から5年間勤務した奈良先端大では、この日、磯貝彰学長と、同僚だった河野憲二・バイオサイエンス研究科教授が記者会見した。

 磯貝学長は「山中さんは、真に日本の科学界の宝になりました。山中さんの研究を使って、世界中で再生医療の基礎研究や応用研究が始まっていることを考えると、人類への貢献のためにも京都大へ送り出してよかったと思います。今後も活躍することを心から期待しています」と力を込めた。

 河野教授も、「受賞は時間の問題だと思っていました。山中さんの研究を間近で見られたことは、研究者冥利に尽きます」と笑顔で語った。

 奈良先端大にいた頃、構内を毎朝ジョギング、体調を管理しながら、万能細胞としてiPS細胞(新型万能細胞)より先に作製されたES細胞(胚性幹細胞)の遺伝子を研究したという山中さん。磯貝学長は「彼はきちょうめんで、電話やメールに必ず返事をするタイプ」と述べ、しばらく連絡は取らないとして、「山中さんが研究の時間を確保できるよう、配慮したいと思います」と気遣った。

 山中さんを支えた安田國雄前学長(70)も「研究実績だけでなく、人柄もよかった。彼の探求心と、学生をその気にさせるリーダーシップがかみ合い、受賞につながったのでは」と祝福する。

 奈良先端大の学生も朗報を喜んだ。植物分子遺伝学前期課程1年の渡辺雄人さん(23)は「研究分野は違うけれど、山中さんが有名になったおかげでこの学校の存在を知り、進学するきっかけになった。ぜひ講演に来てほしい」と話した。

 山中さんの母校・奈良市立青和小学校は9日、山中さんの研究を通して学びの大切さを伝える特別授業を行う。

 三谷博之校長は「出身校の校長として誇りに思います。子供たちにとっても、遠い存在だったノーベル賞が身近なものになり、科学する心や学ぶ心が養われていくのでは」と語った。

 同市の仲川元庸市長は「今回の受賞は、奈良で学ぶ全ての子供たちに夢と誇りを与えるものだと思います」とするコメントを発表した。

 山中さんは京都府精華町で昨年10月にあった奈良先端大の創立20周年記念式典で講演した際、勤務していた頃のエピソードをユーモアを交えて話していた。

 医学畑を進み、研究生活や将来の見通しが立たずに整形外科医に戻ることを考えていた時、科学雑誌で奈良先端大の募集広告を見つけ、「どうせだめだろうから、研究職を辞めるきっかけのために応募した」と告白した。ところが、採用され、「1999年の12月、緊張で泣きそうになりながら、正門のアーチをくぐった」と振り返った。

 「現在の私の研究室の主要メンバーの多くが、奈良先端大で育った。その意味でも、iPS細胞は奈良がなければできなかった」と、原点・奈良を強調した。

(2012年10月9日 読売新聞)

230よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 05:58:55 ID:JgPIc0qo0
山中先生 神大の誇り
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hyogo/news/20121008-OYT8T01063.htm?from=popin

◇ノーベル賞…関係者 偉業に喜び

 「山中先輩は母校の誇り」「さらに先端医療発展に頑張ってほしい」――。

 神戸大医学部出身の京都大教授・山中伸弥さん(50)がノーベル生理学・医学賞を受賞した8日、母校・神戸大関係者や神戸市民から祝福と称賛の声が相次いだ。

 神戸大出身者として初めてのノーベル賞受賞者の誕生に、福田秀樹学長は「山中教授が医学の道を歩み始めた神戸大にとっても大きな名誉。教員、職員の誰もが深い喜びに浸っている」とのコメントを出した。

 大学時代の同窓生らは神戸市中央区の同大医学部の関連施設で記者会見。同市立医療センター中央市民病院部長の長野徹さん(47)は「後輩思いで真摯(しんし)な先輩。受賞を本当に心待ちにしていた」と笑顔で祝福。同級生の神戸薬科大教授の江本憲昭さん(51)によると、2日前から仲間内のメーリングリストで「今度こそ受賞してくれるだろう」とのエールが飛び交っていたといい、江本さんは「しばらくは想像できない忙しさだろうが、落ち着いたらみんなで祝ってやりたい」と思いやった。

 在学生も先輩の偉業に喜びをはじけさせた。

 医学研究科博士課程1年國政啓さん(30)は「世界に認められる成果を上げた先輩の後に続きたいと鼓舞された」と感激した様子。同3年瀧野恭子さん(29)は「先生の受賞に粘り強く研究に打ち込む大切さを教わった」と話し、同科研究員の大澤志津江さん(33)も「地道な努力を重ねた先生を見習い、自分もやってきたことを信じて社会に貢献できる研究をしたい」と力強く語った。医学部5年の合田建さん(23)は「神戸大の誇り。今後も医学の世界で頑張ろうと励みになった」と声を弾ませた。

 神戸にゆかりのある人物の快挙に、市民から喜びの声が寄せられた。

 神戸市中央区の会社員小笠原健太さん(34)は「受賞を弾みに、大勢の人に役立つ研究をさらに推し進めてほしい。神戸からも応援したい」と期待していた。

 17日には同区のポートピアホールで開かれる全国大学保健管理研究集会で、山中さんが特別講演を行う。

(2012年10月9日 読売新聞)

231よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 06:00:06 ID:JgPIc0qo0
山中教授にノーベル賞 東北大も祝福
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/miyagi/news/20121008-OYT8T00941.htm?from=popin

. 山中伸弥・京都大教授のノーベル生理学・医学賞受賞について、山中教授とゆかりのある東北大の研究者からも喜びの声が上がった。

 研究仲間で、仙台で一緒に飲むこともあるという大隅典子・東北大教授(神経発生学)は「日本人が日本国内で行った研究成果が認められ、大変喜ばしい」と話す。

 細胞を受精卵に近い状態まで戻すという山中教授の研究成果は、生化学や細胞生物学の教科書を書き換えたといい、「これを機に、生命科学全般の研究が進み、この分野に入る若い人が増えるといい」と期待を込める。

 山中教授は、人に丁寧な受け答えをする実直な人柄で知られる。昨年9月に横浜市で開かれた日本神経科学学会では、地元の高校生からの質問に一つ一つ丁寧に答えていたという。

 当時、広報担当を務めた長神風二・東北大准教授(科学コミュニケーション)は「ノーベル賞候補として知られていたが、そんなことを少しも感じさせなかった。高校生と同じ目線で話をする姿勢には、頭の下がる思いだ」と話した。

(2012年10月9日 読売新聞)

232よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 06:01:01 ID:JgPIc0qo0
山中さんの受賞 米主要紙も速報
10月9日 5時54分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121009/t10015600121000.html

ことしのノーベル医学・生理学賞の受賞者に、京都大学教授の山中伸弥さんが選ばれたことについて、アメリカの主な新聞も電子版で速報しています。

このうち、ウォール・ストリート・ジャーナルやワシントン・ポストは、山中さんの写真を大きく掲載し、山中さんと共同受賞者のガードンさんの研究は「クローンをつくることから、病気の治療の可能性まで、ありとあらゆる分野に進歩の波を作り出した」などと賞賛しています。
また、ニューヨーク・タイムズは、山中さんと共同受賞者のジョン・ガードンさんが成し遂げた発見を「歴史上画期的」と称えるとともに、山中さんが作った「iPS細胞」は、「医療の発展に恩恵をもたらす潜在力がある」と評価しています。
また、ロサンゼルス・タイムズは「iPS細胞」がどのように作られたのか、図などをつかって解説したうえで、山中さんの発見が世界の生命科学の研究の飛躍的な進歩につながったとしています。


ロシア国営テレビも高い関心
ことしのノーベル医学・生理学賞の受賞者に、京都大学教授の山中伸弥さんが選ばれたことについて、国営のロシアテレビもニュースで大きく扱い、高い関心を示しています。
国営ロシアテレビは、8日、山中さんと共同受賞者のジョン・ガードンさんの研究について、これまでの研究の経緯や成果を詳しく紹介しながら「2人の発見は移植医療における革命と呼ばれている」と評価しました。
さらに、がんの治療などで応用が期待できるとして「将来、再生医療の分野で理論上、不可能なことがなくなる」とも指摘し、今後も大きな可能性を持つ研究結果だとして、山中さんたちの業績をたたえました。

233名無しさん:2012/10/09(火) 12:44:56 ID:xp4FX1.c0
>>199
>>226
NHKのサイトでもその内容を見ようとしたらもうありませんでした
残念です

234名無しさん:2012/10/09(火) 17:10:21 ID:h1xyjspg0
ノーベル賞:医学生理学賞に山中伸弥教授 京ゆかりの偉業「誇り」 待望の吉報、祝福続々 /京都
http://mainichi.jp/area/kyoto/news/20121009ddlk26040316000c.html

やったぞ、ノーベル賞受賞だ−−。待ちに待った山中伸弥・京都大iPS細胞研究所長のノーベル医学生理学賞受賞決定の吉報が8日夜、飛び込んだ。府内の各界からも続々と喜びの声が寄せられた。

 山田啓二知事は「iPS細胞は多くの人の命を救うことに必ずなると思うので、偉大な方が京都から出たことを誇りに思う。4年前の益川敏英氏らに引き続き、京都ゆかりの方の受賞で、大学のまち、京都の素晴らしさを世界に示すことができた」とのコメントを発表した。

 また、門川大作・京都市長は、「世界で初めてiPS細胞の樹立という偉業を成し遂げ、現在の医療技術で治療が困難な病気で苦しんでいる方々に大きな希望の光を与えられた永年の研究成果が結実したものと敬意を表します」と偉業をたたえた。

 京都商工会議所の立石義雄会頭は「京都経済界にとっても新たな自信と誇りを与えていただき大変うれしい」とコメント。「京都には大学・研究機関が集積し自由な雰囲気の中、斬新な発想で落ち着いて研究に取り組める」として「山中教授の不断の努力もさることながら、京都の都市要素が今回の受賞に寄与した」とした。

 京大iPS細胞研究所の職員らも喜びにわいた。知財契約管理室特定研究員の小野寺淳史さん(38)=京都市左京区=は、ノーベル財団のホームページで山中教授の受賞決定を知ると、「何かやるべきことがあるかも」と自宅から研究所に駆けつけた。「(山中教授は)知財関係の知識も深く、研究所員の一人一人にも目配りをされる魅力的な人。いつか受賞されると思っていた。世界的に認められ本当にうれしい」と笑顔。

 技術員の喜多山秀一さん(25)=同=は、所内で同僚3人とノーベル財団のホームページで受賞を知ると、「やったな」と喜び合った。「山中先生は『誰よりも早くiPSを臨床に結びつけたい』と熱意を語ってくれる。将来性がある分野に携われることに改めて幸せを感じる」と興奮した様子で話した。

235名無しさん:2012/10/09(火) 18:48:21 ID:h1xyjspg0
ノーベル賞の山中さんに府特別栄誉賞 京都、名誉市民も
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/10/09/kiji/K20121009004295560.html

京都府は9日、ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった京都大の山中伸弥教授(50)に府特別栄誉賞を贈った。

 山田啓二知事が同日午後に京都市左京区の京大を訪れ「素晴らしい話題を京都から日本中に届けてもらった」と山中教授に賞状などを手渡した。

 ノーベル賞が決まった翌日の特別栄誉賞授与に、山中教授は「私たちもこのスピードに負けないように、頑張っていきます」と応じた。

 山田知事は会談後、記者団に「山中先生は、目線の低い謙虚な方。先生の研究成果がこれからどれだけ多くの人の命を救うのかと思うと、本当にうれしい」と話した。

 同賞は2002年に創設され、特筆すべき業績を挙げた京都ゆかりの人物が対象。これまでには02年にノーベル化学賞を受賞した島津製作所の田中耕一氏、08年にノーベル物理学賞を受賞した小林誠氏と益川敏英氏に贈られている。

 一方、京都市の門川大作市長も9日午前、京大で山中教授と会談し、名誉市民の称号を与える方針を伝えた。山中教授は「身に余る光栄です。ありがとうございます」と応えた。

236よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 20:19:24 ID:akdQ8B5o0
iPS 目の難病研究を実施へ
10月9日 19時53分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121009/t10015620961000.html

iPS細胞を使って、目の難病の患者の治療する世界初の臨床研究を来年にも実施する理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーは、「世界の宝となっているiPS細胞を、できるだけ安全性を確保したうえで、正しく応用していきたい」と今後の研究への意気込みを述べました。

神戸市にある理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの高橋政代プロジェクトリーダーは、iPS細胞から目の網膜の組織を作り出し、視界がゆがんだり視力が低下したりする難病「加齢黄斑変性」の患者に移植して視力を回復させる、世界初となる臨床研究を来年にも始めることにしていて、準備を進めています。
高橋さんは、山中さんのノーベル医学・生理学賞の受賞決定について、「当事者ではない自分までこんなに幸せな気分にしていただき、驚きとともに感謝しています」と述べました。
そのうえで高橋さんは「私たちにもiPS細胞を早く患者に応用したいという山中先生の熱意が伝わるので、早くその希望をかなえたいという気持ちを持っています。世界の宝となっているiPS細胞を、できるだけ安全性を確保したうえで正しく応用しなければ申し訳ない、そういった責任感があります」と、今後の研究への意気込みを述べました。
.患者も研究進展に期待
京都市伏見区の富永昇さん(86)は「加齢黄斑変性」を患い、両目がほとんど見えません。
富永さんは、山中さんの受賞について、「山中さんは難病患者の期待を背負って頑張ってくれているのだと思います。それだけに今回の受賞は私たちにとっても、とてもうれしいことです」と喜びを述べました。
そのうえで、「私は高齢ではありますが、それでも少しでも見えるようになりたいと感じています。可能ならば治療に挑戦してみたいと思うし、近いうちにできるのであれば、もっと希望が持てる。早く治療してもらえることを期待しています」と話しています。
また娘の美枝子さんも、「ノーベル賞を受賞したことでiPS細胞の研究がもっと進み、早く治療が受けられるようになることを望んでいます」と期待を膨らませていました。


脊椎損傷患者“研究に期待”
10月9日 20時15分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121009/t10015620661000.html

脊髄損傷の患者からは、山中さんのノーベル賞の受賞をきっかけに、iPS細胞を使った治療の研究が加速することを期待する声が上がっています。

脊髄損傷の患者と家族で作る日本せきずい基金の理事長を務める大濱眞さんは29歳のとき、ラグビーの試合中のけがで脊髄を損傷しました。
事故から33年たった今もリハビリを続けていますが、肩から下はほとんど動きません。
電動式の車いすは、あごでレバーを操作し、パソコンは専用のマウスピースを付けた棒でキーボードの入力などを行います。
大濱さんは、「脊髄損傷の患者の中には自分で呼吸できない人も多くいます。私もせめて片腕を少しでも動かすことができれば、ほんとうにたくさんのことができるようになります。ノーベル賞をきっかけに、治療法の研究が進むことを期待しています」と話していました。
日本せきずい基金は、3年前、山中さんを招いて、脊髄損傷や難病の治療法をテーマにした研究シンポジウムを開きました。
そのときに作ったTシャツには、山中さんら研究者のサインの寄せ書きに加え、「未来のための幹細胞」と英語で書かれています。
大濱さんは、「患者のために一刻も早く実用化を急ぎたいんだと繰り返し話していました。山中さんは電話をすれば、私たち患者とも、きちんと時間を取って話をしてくれる、誠実な人だと思います。細胞を提供するなど、われわれ患者も治療法の開発のためにできることは協力したいです」と話していました。
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237よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 20:21:19 ID:akdQ8B5o0
妻の知佳さん“家では普通”
10月9日 19時53分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121009/t10015619721000.html

山中伸弥さんの妻の知佳さんは、山中さんとは大阪教育大学附属中学と高校の同級生で、現役の医師です。
9日午前、山中さんと一緒に記者会見した知佳さんは、「20、30年先のことだったらいいな、という気持ちはありました。今回は全く予期していませんでした」と述べました。

受賞の連絡があったときの様子について知佳さんは、「夫は洗濯機の修理をしていて、私は冬用の布団にカバーをかけていました。電話がかかってきて、夫が英語で話しをして『サンキュー、サンキュー』と言っているので、これは大変なことになったと娘と顔を見合わせ、ことばが出ませんでした。しばらくたってから、『よかったね』と声をかけました」とそのときの様子を振り返りました。
そのうえで、「今回は全く予期しておらず、和やかな秋の夕方を過ごしておりまして、ただびっくりしています」と話しました。
ふだんの山中さんについては、「家ではごく普通の父親で主人です。ふだんはとても忙しいのですが、休日は家族のために、いろいろと手伝ってくれます。あまり愚痴は言わず、走りに行って体を動かしリフレッシュしていると思います」と話しました。
そんな山中さんに、もし注文をつければという質問に対し、知佳さんは、「注文をつけるとすれば、疲れているのに、あえて走っているので、街で見かけたらほどほどにするように声をかけてほしい」と笑顔で話していました。
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山中教授 関連本の注文相次ぐ
10月9日 20時15分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121009/t10015619241000.html

山中伸弥さんに関連する本を出版している東京の出版社には、全国の書店から注文が相次いでいます。

このうち東京・千代田区に本社がある出版社は、埼玉県の倉庫から在庫をかき集め、大急ぎで都内の大型店に届けました。
この出版社は山中さんに関連する書籍として新書と単行本を出版しています。
合わせて2万冊を超える注文が全国から寄せられていますが、在庫は1000冊ほどしかないということで、いずれも9日、増刷をしたということです。
文藝春秋営業局の濱宏行局長は、「予想以上の反響で朝から電話が鳴りっぱなしです。ノーベル賞を取っただけに、幅広い年齢層の需要があると思います」と話していました。
本が運ばれた有楽町の書店では、iPS細胞の研究を紹介する雑誌や文庫などと共に、特設のコーナーが設けられました。
三省堂書店有楽町店の理工書担当の堀滝登さんは、「山中さんに関する書籍は、ほとんど出版されておらず、なかなか店頭に並べられない状況です。これから過去の出版物も集めてお客様の手に届けられるようにしたいです」と話していました。
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238よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 20:22:33 ID:akdQ8B5o0
中学時代から仮説を立てて検証
10月9日 20時15分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121009/t10015619681000.html

山中伸弥さんの母校の中学校に残されている自由研究からは、仮説を立てて検証するという科学者の基本姿勢がうかがえます。

山中さんが卒業した大阪教育大学附属天王寺中学校の生徒たちは、毎年夏休みの期間中、それぞれ関心のあるテーマで自由研究を行います。
優秀な研究に選ばれたものは、冊子にまとめられることになっていて、山中さんが中学2年生のときに行った「記憶能力について」という自由研究も保存されています。山中さんは、この中で記憶と復習の効果を調べるために意味のない3文字からなる単語を10個覚え、どれくらいの時間、覚えていられるか調べました。
山中さんは、覚えている単語の数は時間の経過に応じて直線的に減っていくと予想しましたが、実際には異なることが分かり、「復習は最も忘れ方の激しい、暗記後2時間後に行うのが効果的」と記しています。
また、ことばの印象と記憶力の関係についても調べていて、33人の生徒に3文字の単語を10個覚えてもらい、30秒後にどれだけ覚えているか尋ねています。
実験では予想したとおり、印象が強い最初と最後の方に覚えた単語と、意味のある単語は覚えている人が多いという結果になり、「印象が強いほど、記憶能力も高くなる」と結論づけています。
そして、まとめとして、研究は成功したとしたうえで、「必ずしも成功=完成ではない。さらに研究を発展させていきたい」と結んでいます。
この自由研究からは仮説を立てて検証するという科学者の基本姿勢や研究に対する謙虚な態度など、現在の山中さんに通じる点がうかがえます。
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239よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 20:28:32 ID:akdQ8B5o0
>審査担当だった岸本忠三・元大阪大学長は「イラストを使った説明には(説得する)迫力があった。
>(iPS細胞は)できるわけがないとは思ったが、『百に一つも当たればいい。
>こういう人から何か出てくるかもしれん。よし、応援したれ』という気になった」と高く評価した。

 『やってみなはれ』の大阪精神が一つの大きな転機になったようです。


教授の「下手な」イラスト、研究進める決め手に
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20121009-OYT1T00771.htm?from=main5

 ノーベル生理学・医学賞の受賞決定から一夜明けた9日朝、山中伸弥・京都大教授(50)はいつも通り研究室に顔を出した後、夫妻で記者会見に臨んだ。

 研究者として最高の栄誉に浴する喜びを語りつつ、世界の期待に応える重責への決意もにじませた。授賞理由となったiPS細胞(新型万能細胞)の研究を飛躍させた原動力は、研究の重要性を粘り強くアピールする山中教授自身の「プレゼンテーションの力」。自分で作成した個性的なイラストが、約3億円(5年分)という巨額の研究費を獲得するきっかけとなった。

 山中教授は2003年8月、iPS細胞の基礎研究に手応えを感じ、国の大型研究費を申請した。しかし、当時は本人の強い自負とは裏腹に、iPS細胞研究はまだ模索の段階だった。そこで、研究費配分の審査では、世界的に研究が先行していたES細胞(胚性幹細胞)の問題点をイラストにまとめ、「ES細胞に代わる新たな細胞を作る必要がある」と訴えた。

 イラストの図柄は、人の胚(受精卵が成長したもの)や腫瘍のできたマウスが涙を流す様子を描いていた。ES細胞の研究では、人間への応用を考えた場合、母胎で赤ちゃんに育つ胚を壊し、作らなければならないという倫理的な難問が立ちはだかっていた。移植した時に腫瘍ができやすい弱点もあり、それらが分かりやすく伝わった。

 山中教授は「今考えたら、よくこんな下手なイラストをお見せしたものだと冷や汗が出ます」と苦笑するが、審査担当だった岸本忠三・元大阪大学長は「イラストを使った説明には(説得する)迫力があった。(iPS細胞は)できるわけがないとは思ったが、『百に一つも当たればいい。こういう人から何か出てくるかもしれん。よし、応援したれ』という気になった」と高く評価した。

(2012年10月9日14時42分 読売新聞)

240よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 20:30:44 ID:akdQ8B5o0
京都市長「名誉市民称号を」
http://www3.nhk.or.jp/lnews/kyoto/2015596431.html

ノーベル医学・生理学賞の受賞者に選ばれた京都大学の山中伸弥教授は一夜明けた9日午前、京都市の門川大作市長から祝福を受けました。
京都大学の山中教授は、ノーベル医学・生理学賞の受賞が発表された昨夜から、分刻みのスケジュールをこなしています。
9日は午前中、京都大学で妻の知佳さんとともに記者会見にのぞむのを前に、大学内の一室で京都市の門川市長と面会しました。
門川市長は「市民の誇りです。おめでとうございます」と述べ花束を手渡した後、ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹さんなどが受けてきた「京都市名誉市民」の称号を市議会にはかった上で、贈りたいと述べました。
これに対し山中教授は「ありがたいことです」と話しました。
門川市長は「市議会と相談し、すみやかに京都市名誉市民を贈りたい。研究者としての成果だけでなく人柄もすばらしく、奥様も含めて懇意にさせて頂いているので、今回の受賞は非常にうれしい」と話していました。

10月09日 12時19分


「分刻み」予定こなし研究所へ
http://www3.nhk.or.jp/lnews/kyoto/2015615541.html

9日朝から京都大学に出勤し、お祝いの来客や取材で過密なスケジュールをこなした山中伸弥教授は、午後3時すぎに9日それまでいた京都大学の本部の建物からiPS細胞研究所に向けて移動し、報道陣の取材に応じました。
山中教授は、「9日朝から数え切れないほどのお祝いのメールをいだだき、改めて多くの人に支えられてきたことを実感しました」と喜ぶ一方、共同で研究を進めてきた高橋講師からは「早く論文を見てください」と連絡があったことを明かし、「さっそく研究も頑張っていくのでこれからもよろしくお願いします」と話していました。

10月09日 18時09分

241よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 20:31:59 ID:akdQ8B5o0
スウェーデン大使も祝福
http://www3.nhk.or.jp/lnews/kyoto/2015607491.html

ノーベル医学・生理学賞の受賞が決まったことを受けてスウェーデンの駐日大使が9日、京都大学を訪れて山中伸弥教授に花束やプレゼントを贈呈しました。
日本に駐在するスウェーデンのラーシュ・ヴァリエ大使は大きな花束とノーベル賞のメダルをかたどったチョコレートを山中さんに手渡し、「素晴らしい研究で今回の受賞は私たちにとっても非常に喜ばしいことです。スウェーデンも誇りに思っています」とお祝いの言葉をかけました。
山中さんは「尊敬するジョン・ガ−ドンさんとの共同受賞をこの上ない誇りに思います。これが新たなスタートだと思って研究を進めていきたい」と応え、時おり冗談を交えながら笑顔を見せていました。大使は「山中さんはとてもおだやかで頭もいい方と思いました。これからはノーベル賞の受賞者として世界で活躍することを期待しています」と話していました。

10月09日 18時07分

242よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 20:44:33 ID:akdQ8B5o0
iPS研究所に倫理部門…京大、専門家迎え
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20121009-OYO1T00750.htm?from=newslist

 山中伸弥さん(50)は8日夜の記者会見で、自身が所長を務める京都大学iPS細胞研究所(京都市左京区)に、研究倫理を担当する部門を新たに設ける考えを示した。

 生命の萌芽(ほうが)である受精卵を壊して作るES細胞(胚性幹細胞)とは違い、iPS細胞は皮膚細胞から作製できる。山中さんは会見で「倫理的な課題を解決するために作ったiPS細胞が、皮膚から卵子や精子ができて新しい命につながるという、新しい倫理的課題を作り出してしまった」と語った。

 その上で、「倫理的な理論を社会全体で準備しておかないと、科学技術の方が先に進んでしまう。知的財産や許認可の問題など全てが同時に進んでいかないと、本当の意味での実用化はない。倫理の専門家を教員に迎える」と強調した。

 京都大の松本紘学長は読売新聞の取材に「山中教授は、必要なすべてをやろうとしている。研究に専念してもらうため、大学として全面的にサポートする」と話した。

(2012年10月9日 読売新聞)

243よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 20:49:35 ID:akdQ8B5o0
山中さん、2度の挫折 挑戦生んだ
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20121009-OYO1T00214.htm?from=newslist

 山中伸弥さん(50)は、臨床医を志しながら挫折するなど、順風満帆な研究者生活を送ってきたわけではなかった。そうした苦労の末にノーベル賞の受賞が決まった山中さんに、生まれ育った大阪や学生時代を過ごした神戸、京都などの同級生や薫陶を受けた弟子の若手研究者から祝福や称賛の声が上がった。

 山中さんは、中学、高校で柔道、大学でもラグビーをし、骨折を10回以上経験している。けがが絶えなかったことから神戸大医学部に在学中に「スポーツ外傷の専門医になると決心した」という。

 1987年に同大学を卒業した山中さんは、大阪市大の医局を経て、国立大阪病院整形外科(現国立病院機構大阪医療センター)で研修医となった。しかし、不器用な上、点滴に失敗するなど指導医から「お前は邪魔、ジャマナカや」と呼ばれ、毎日、毎日怒鳴られていたという。

 講演会などで当時の話をする山中さんは、ユーモアを挟みながらも苦しい胸の内を明かしている。「手術が下手で、他の人なら20〜30分でやれる手術に2時間もかかった。研修も修行という感じで、地獄だった」と振り返る。

 理想と現実の大きな隔たりにも悩んだ。「整形外科は、手術をして元気になって帰っていくという明るいイメージがあった」が、脊髄損傷など深刻な患者を治せない現実を目の当たりにした。重症患者を救うには「基礎研究をするしかない」と思うようになり、臨床医を諦め、大阪市大大学院の薬理学教室の門をたたいた。これが1度目の挫折だった。

 薬理学教室で研究を進め、その後、93年に米国の研究所へ留学した。帰国後、大阪市大で、当時米国で盛んだったマウスのES細胞(胚性幹細胞)の研究を続けようとしたが、研究環境の違いや周囲の無理解から思ったように成果が上がらなかった。気持ちも沈み、2度目の挫折の日々だった。

 一時は臨床医に戻ることも考えたが、最後にもう一度、研究に挑戦してみようと、公募中だった奈良先端科学技術大学院大(奈良先端大)の助教授に応募。99年に採用され、iPS細胞研究の礎を築いた。

(2012年10月9日 読売新聞)

244よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 20:51:54 ID:akdQ8B5o0
「ビール1ケース、唐揚げ全部!」酒豪、ユーモアあふれる一面も
2012.10.9 17:53
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121009/art12100917570008-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121009/art12100917570008-n2.htm

 普段は真理を追い求める研究者としてストイックに没頭する日々。酒豪としても知られ、人が集まる場所では必ず笑いを誘う。ノーベル医学・生理学賞の受賞が決まった京都大教授、山中伸弥さん(50)は、再生医療への道を切り開くパイオニアとしてだけではなく、ユーモアあふれる「素顔」の持ち主でもある。

 「本当は僕はもっと面白い人間だと思うが、これだけの方を目の前にすると、なかなか言えない」。8日夜、受賞決定後に開かれた記者会見で、山中さんは100人を超える報道陣らをどっとわかせた。

 講演のたびに「手術下手だった」という研修医時代を振り返る。周囲に「じゃまなか」と呼ばれた当時のことを自虐的に語り、会場では必ず笑いが起こる。

 「大阪生まれの大阪育ちですので、ある程度は自然と身についたのかも。(留学先の)米国でプレゼンテーションの大切さ、いかに人の心をつかむか、そのためには笑いの一つもとらないとだめだと学びました」

 人情味が厚く、酒好きのエピソードもある。「壱(いっ)發(ぱつ)野(や)郎(ろう)の会」。大阪教育大附属高天王寺校舎昭和56年卒の同級生十数人が卒業後に「大きなことをやろう」と始めた年2回の飲み会に、山中さんも仕事の都合を付けてほぼ毎回顔を出す。

 「この会から本当に大きくなったやつが2人も出た」とメンバーの芳(よし)武(たけ)努さん(50)。もう一人は世耕弘(ひろ)成(しげ)参院議員を指す。

 山中さんと芳武さんは高校時代からの大親友。「誠実でお人よし。そして、飛び抜けて優秀だった」と振り返る。医者になるという言葉通り、神戸大医学部に進学した。

 大学に入ってからも2人は毎月のように酒を飲んだ。飲み方は豪快で、ビール1ケースを空け、行きつけの店では「空揚げ、全部持ってきて」と注文したことも。

 最近はランニングに熱中している山中さん。今年8月の飲み会では、チャリティーランナーとして参加する11月の大阪マラソンを楽しみにしていたという。

 あまり仕事の話はしないが、iPS細胞(人工多能性幹細胞)について尋ねたことがある。「臨床応用されて、患者さんを救って初めて『成果』だよ」。常に医師の立場を忘れないのが印象的だった。

 「意志が固く、愚直に一つのことを突き詰め、とことんやる。けれど謙虚で決して偉ぶらない。そういうところを慕って人が集まるんとちゃうかな」。多忙な山中さんの体調を気遣いながらも、次の壱發野郎の会を心待ちにしている。

245よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 21:01:15 ID:akdQ8B5o0
塵も積もればなんとやら。たとえ一人一人が小額でも大人数が集まれば大きな力に。


受賞決定後に寄付急増 京都大iPS細胞研
2012.10.9 19:40
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/121009/wlf12100919410028-n1.htm

 ノーベル医学・生理学賞の受賞が決まった京都大の山中伸弥教授(50)が所長を務める「京都大iPS細胞研究所」に対する寄付が急増している。インターネットの寄付サイトを通じ、8日の受賞決定から9日午後3時までに計237件、226万1800円が集まった。

 山中さんは研究費用を集めるため、寄付サイト「ジャスト・ギビング・ジャパン」(http://justgiving.jp/c/7882)を通じ、ことし3月に京都市で開かれたマラソンで完走を宣言した上で寄付を呼び掛けた。山中さんは無事に完走、2月中旬から約1カ月で目標の1千万円を超える寄付が既に集まっていた。

 サイトの運営団体によると、受賞決定後、研究所に対する寄付がさらに集まり始めた。

 寄付は500円以上、100円単位でできる。

246よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 21:16:30 ID:akdQ8B5o0
母校・神戸大の後輩も喜びの声
http://www3.nhk.or.jp/lnews/kobe/2025595111.html?t=1349784798859

ノーベル医学・生理学賞に選ばれた山中伸弥さんの母校、神戸大学医学部では、大学からは初めてとなる受賞に後輩の医師や学生からは「誇りに思う」などと喜びの声が出ていました。
山中さんが昭和62年に卒業した神戸市中央区の神戸大学医学部では、受賞決定から一夜明けた9日、後輩の医師や学生から、大学
からは初めてとなる受賞に喜びの声が出ていました。
このうち、整形外科の33歳の男性医師は、「神戸大学からもノーベル賞受賞者が出てうれしいです。後輩の私たちにも可能性があるのではと、勇気づけられました」と話していました。

また、小児科医を目指しているという医学部の女子学生は、「とても誇りに思います。山中先生は入学式で講演をしてくれた親しみのある先生です。自分の研究に対する意欲が高まったので頑張りたい」と話していました。
外科医を目指しているという男子学生は、「山中先生のように偉業を成し遂げられる医師になりたいです」と話していました。

10月09日 19時25分


網膜再生の研究者 決意新たに
http://www3.nhk.or.jp/lnews/kobe/2025594931.html?t=1349784930421

iPS細胞から作った目の網膜の組織を難病患者に移植する、世界初となる臨床研究の準備を進める神戸市の理化学研究所の高橋政代さんは、「世界の宝となっているiPS細胞を、できるだけ安全性を確保したうえで、正しく応用していきたい」と今後の研究への意気込みを述べました。
神戸市にある理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの高橋政代プロジェクトリーダーは、iPS細胞から目の網膜の組織を作り出し、視界がゆがんだり視力が低下したりする難病、「加齢黄斑変性」の患者に移植して視力の回復を目指す世界初となる臨床研究を来年にも始めることにしていて、準備を進めています。
高橋さんは、山中さんのノーベル医学・生理学賞の受賞決定について、「当事者ではない自分までこんなに幸せな気分にしていただき、驚きとともに感謝しています」と述べました。

その上で、高橋さんは、「私たちにも、iPS細胞を早く患者に応用したいという山中先生の熱意が伝わるので、早くその希望をかなえたいという気持ちを持っています。世界の宝となっているiPS細胞を、できるだけ安全性を確保した上で正しく応用しなければ申し訳ない、そういった責任感があります」と今後の研究への意気込みを述べました。

10月09日 19時25分

247よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 21:17:59 ID:akdQ8B5o0
細胞提供した難病の生徒も祝福
http://www3.nhk.or.jp/lnews/kobe/2025594921.html?t=1349784990343

ノーベル医学・生理学賞に選ばれた山中さんに、難病治療に役立ててもらおうと研究用の細胞を提供した兵庫県明石市の中学3年生、山本育海さん(14)は、9日、登校した中学校で、同級生から祝福を受けました。
山本さんは、遺伝子の異常で筋肉が次第に骨に変わる200万人に1人という難病、FOPの患者で、治療法の解明に役立ててもらおうと、おととし2月、皮膚の細胞を山中さんに提供しました。

山本さんが通う明石市立魚住中学校では、受賞決定から一夜明けた9日、教室の黒板に「山中さんノーベル賞おめでとういっくんよかったね」というメッセージが書かれ、山本さんの同級生がノーベル賞の受賞決定を喜びました。

山本さんは、「山中さんに『おめでとうございます』と言いたいです。これからもさらに研究を頑張って欲しいです」と話していました。
同級生の千葉優之祐さん(14)は、「山本さんは学校では痛くてもいつも明るく振る舞う強い精神力を持っていて、ふつうの人ではまねできないと思います。難病の治療薬が早く作られて、山本さんがこれ以上、つらい思いをしないようにしてあげて欲しい」と話していました。

10月09日 19時25分


井戸知事 受賞の快挙たたえる
http://www3.nhk.or.jp/lnews/kobe/2025034591.html?t=1349785040890

神戸大学を卒業した山中さんがノーベル医学・生理学賞に選ばれたことについて、兵庫県の井戸知事は、記者会見で、「兵庫の子どもたちに大きな夢と希望を与えてくれた」と述べ、快挙をたたえました。
この中で、井戸知事は、神戸大学医学部を卒業した山中さんのノーベル医学・生理学賞の受賞決定について、「神戸大学の現役の学生や研究者だけでなく、兵庫の子どもたちに大変、大きな夢と希望を与えてくれたのではないか。『山中先生に続け』という大きなメッセージを発信していただけたと思う」と述べ、快挙をたたえました。一方、井戸知事は、山中さんに対し、兵庫県としても何らかの表彰を行うことを検討しているか質問されたのに対し、「ノーベル賞をもらった人を表彰するのは、少しせん越だと思う。別のお祝いを検討したい」と述べました。

10月09日 19時25分

248よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 21:19:30 ID:akdQ8B5o0
奈良先端大では
http://www3.nhk.or.jp/lnews/nara/2055528961.html?t=1349785130562

山中伸弥さんがiPS細胞の作成に向けた本格的な研究を始めた奈良県生駒市の大学では、山中さんたちが使った実験道具やゆかりのものが残されています。
山中さんは、平成11年から京都大学に移るまでの5年間、奈良先端科学技術大学院大学に在籍し、ここで初めて独立した研究室を持ち、iPS細胞の作成に向けた本格的な研究を始めました。
山中さんが使っていた研究室は、今は「植物の細胞分裂」というまったく違う研究テーマのグループが使っています。

しかし、机と机の間を仕切る板には、山中さんのほか3人の研究仲間が写る写真のシールが今も貼られています。
4人が顔を並べる写真には、「みんななかよし」の文字が添えられています。

平成11年12月、山中さんが37歳のときに助教授として着任してから、よくとし4月に学生を迎え入れるまでの間に撮影されたものだということです。
山中さんは、これまでの研究は奈良先端大で出会った仲間に支えられてきたと繰り返し述べています。今、この研究室を使う梅田正明教授は、「写真が残っていることに気づいた時はびっくりしました。研究仲間とのいい関係を示すもので、このチームワークが研究成果に結びついたと思います」と話していました。
また、別の建物にある実験室には、山中さんたちが使っていた細胞を培養するための設備や、顕微鏡が今も利用されています。

山中さんは論文の執筆などに追われる中でも頻繁に実験室へと足を運び、この顕微鏡で、培養した細胞を観察していたということです。そして、実験方法などについて細かく指示する一方で、研究仲間や学生たちと自由に意見を交わし、冗談まじりの話で盛り上がるなど、温かい雰囲気で研究室をリードしていったと言います。
当時、山中さんの研究室で実験にあたり、今も奈良先端大で研究技術員を務める飯田純子さんは、「山中さんは時間や場所を問わず、仲間の意見をよく聞いて議論していました。いったん研究を離れると、中学・高校で柔道をしていた山中さんらしく、『田村亮子選手と試合をしてみたい』と笑顔で話すなど、明るく活発な雰囲気の研究室でした」と振り返っていました。
また、大学では、研究の励みになるという声が聞かれました。

男性の大学院生は、「受賞を聞いた時は拍手をして喜びました。同じ大学で研究していた人の受賞が決まり、自分もさらに力を入れて研究に取り組みたい」と話していました。
また、女性の大学院生は、「自分のことのようにうれしいです。研究分野は違いますが、とても刺激になります」と話していました。

10月09日 19時29分

249よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 21:21:21 ID:akdQ8B5o0
ノーベル賞 奈良でも祝福の声
http://www3.nhk.or.jp/lnews/nara/2055594151.html?t=1349785174734

ノーベル医学・生理学賞の受賞が決まった山中伸弥さんは奈良市の小学校を卒業し、生駒市にある大学でiPS細胞の作成に向けた本格的な研究を始めるなど、奈良ともゆかりがあります。

奈良市では祝福とともに功績をたたえる声が聞かれました。
60代の男性は、「受賞は奈良にとっても誇りです。テレビで見る山中さんは優しい人柄がにじみ出ていて、とても好感がもてます」と話していました。
また、20代の女子大学生は、「研究の詳しい内容は分かりませんが、奈良にゆかりのある方と聞いて親しみが持てます。さらに世界で活躍してほしいです」と話していました。
30代の会社員の男性は、「山中さんの研究が、今後、病気で苦しんでいる人たちのために生かされていくことを期待しています」と話していました。

10月09日 19時29分


山中さんの母校で特別授業
http://www3.nhk.or.jp/lnews/nara/2055529031.html?t=1349785226765

ノーベル医学・生理学賞の受賞が決まった京都大学教授の山中伸弥さんが卒業した奈良市の小学校では、子どもたちが山中さんの功績を学ぶ特別授業が行われました。山中さんは小学生のころ奈良市に住み、昭和50年に市立青和小学校を卒業しました。

小学校では9日、25あるそれぞれの教室で特別授業が行われ、山中さんの受賞が子どもたちに報告されました。
このうち6年生の教室では、担任の教師が、山中さんは失敗や挫折を繰り返しながらも研究を続け、今回の受賞につながったと説明しました。

子どもからは、「あきらめずに努力を続けることがすごいと思った」などの意見が出されました。
また、去年の卒業式の際、山中さんが卒業生に贈ったメッセージが読み上げられ、「小学校のときは勉強より友だちと野球などをして遊ぶことに夢中でした」という思い出や、「あきらめずに何度も挑戦し続けてください」という応援のことばを、真剣な表情で聞いていました。
授業を受けた6年生の男の子は、「同じ校舎で勉強できていることがとてもうれしいし、誇りに思います。山中さんのように、人の役に立てる科学者になりたいです」と話していました。
三谷博之校長は、「山中さんの素晴らしい功績とあきらめない姿勢が伝わったと思う。子どもたちには目標を持って取り組んでほしい」と話していました。

10月09日 19時29分

250よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 21:42:26 ID:akdQ8B5o0
山中さんノーベル賞 母校の神戸大も沸く
2012年10月09日
http://mytown.asahi.com/hyogo/news.php?k_id=29000001210090001

 ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった山中伸弥教授の母校・神戸大医学部も朗報に沸いた。8日夜には同級生やラグビー部の後輩らが会見。臨床医から基礎医学へという回り道を経て研究者の頂点に立った山中さんを祝し、そのひたむきで誠実な人柄をたたえた。
 入学当初は柔道部、大学3年からはラグビー部で活躍した山中さん。体育会系学生の例に漏れず、講義にはほとんど出ずに練習ばかりしていたが、試験はいつも楽勝。「見た目も頭もスマート」だったと同級生は口をそろえる。
 競技でけがや骨折を繰り返した経験から、当時はスポーツ医を志していた。同級生の江本憲昭・神戸薬科大教授(51)は「整形外科医になるものだと思っていたので、卒業後に基礎医学の学会で再会したときは驚いた」という。「今度は基礎でいく」と次の目標を熱く語り、固い握手を交わした。「研究に迷っていた時期だと後で知ったが、そんな様子はまったく見せない。あの情熱が受賞に結びついたのだと思う」
 同級生の伊藤光宏・神戸大大学院教授(49)は、「彼が変化球を投げたのを見たことがない」と山中さんの裏表がない人柄を表現する。「あるシンポジウムでは、ふつうの科学者なら隠すようなことまで彼がさらけ出すので『そんなことまで言って大丈夫か』と思ったことがある。でも、それが彼なんです」
 08年4月、山中教授は神戸大の入学式で記念講演した。「研究はマラソンです。ビジョンを持ち、一喜一憂しないで続けるもの。調子悪い時ほど気を楽にし、どんないいことが訪れるかを楽しみにして下さい」。「塞翁(さい・おう)が馬」の故事をひき、研究生活での挫折や失敗を率直に語った。
 「親しみやすい語り口は、ノーベル賞候補という遠い遠い存在を身近に感じさせた。『山中さんだって頑張った』と学生が自分を鼓舞する効果があった」と杉村和朗・同大付属病院長(59)は語る。
 山中さんは、今月17日に神戸大が幹事として神戸市内で開く研究集会で特別講演する予定。(深津純子、堀田浩一)

251よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 21:44:39 ID:akdQ8B5o0
先端大学長も喜び 山中教授ノーベル賞
2012年10月09日
http://mytown.asahi.com/nara/news.php?k_id=30000001210090002

 
ノーベル医学生理学賞を受賞した京都大の山中伸弥教授(50)が一時在籍した生駒市高山町の奈良先端科学技術大学院大では磯貝彰学長(70)らが会見し、喜んだ。


 山中教授は整形外科医からの転身をめざし、米国留学から帰国したが、研究の場所がなく、1999年、同大の助教授の公募枠で採用された。遺伝子教育研究センターの助教授や教授として勤務し、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の本格的な研究を始めた。


 磯貝学長は「研究の成果からみて、受賞の可能性は100%」とみて、2年前から記者会見用のあいさつを考えていたという。「びっくりと言うよりは、当然のこと。あとは今年か、来年かという時期の問題だけだった」と話した。


 山中教授が2004年、京都大の再生医科学研究所に移る際はかなり引き留めたという。「本人が『研究の成果をマウスではなく、人への臨床という形で生かしたい』という強い意志を示した」と振り返り、「京都へ行ったのは、患者や医学界だけでなく、人類への貢献を考えれば正解だった」「本学が山中先生のような若い研究者の先端的な研究をはぐくんできたことが示された。本学の誇りであり、日本の宝」と喜んだ。


 山中教授が在籍当時、遺伝子教育研究センターの同僚だった河野憲二教授(61)は「最初に山中先生のプロジェクトの内容を聞いた時は、夢みたいな話で、何年かかるかわからないと思ったのが第一印象。それが、信じられないようなものすごいスピードで進んでいった。あの研究を間近で見られたのは、自分としても研究者冥利(みょうり)に尽きるし、一歩でも近づきたいと思わされた」と話した。


 今後、大学としての祝賀行事などは未定。磯貝学長は「山中教授はまだ若い。世間の期待は大きいと思うので、研究したいことをできる環境と時間が確保されることを期待している」と気遣った。

252よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 21:49:06 ID:akdQ8B5o0
山中教授ノーベル賞 先輩、元上司から祝福
2012年10月09日
http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000001210090007

 ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった山中伸弥・京大教授は東大阪市生まれ。大阪教育大付属天王寺中学・高校、大阪市立大院で学んだ“なにわっ子”だ。会見では笑いを誘い、同級生らからは喜びの声が広がった。

253名無しさん:2012/10/09(火) 22:16:32 ID:h1xyjspg0
山中教授ノーベル賞 「世界が認めた」府内沸く
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kyoto/news/20121008-OYT8T01103.htm

おめでとう、山中さん――。京都大教授の山中伸弥さん(50)のノーベル生理学・医学賞受賞が決まった。8日の記者会見で、支えてくれた人たちへの「感謝」の言葉を繰り返した山中さん。府内でも、祝福や喜びの声が上がった。

■京大■

 京大関係者のノーベル賞受賞は8人目。ほかに、1973年に物理学賞を受けた江崎玲於奈さんも旧制三高の出身で、日本人受賞者の中では京大とゆかりのある人が多い。生理学・医学賞では、京大卒の87年の利根川進さん以来の快挙だ。

 待ちに待った「本命」の山中さんの受賞に、左京区の京大のキャンパスは喜びに包まれた。受賞決定直後に本部棟に駆けつけた松本紘学長は「よかった、よかった」と満面の笑みを浮かべた。松本学長によると、受賞の知らせは山中さんからの電話で知った。興奮した声で「ついに取りました」と話したという。京大での記者会見前には、自ら山中さんのネクタイの結び目を整えた。「若い山中教授は息子のような存在。謙虚さとユーモアがあり、仲間を引きつける才能がある。涙が出るほどうれしかった」と目を細めた。

 吉川潔・研究担当副学長は「iPS細胞ができた時は『生物の時間軸を変えた』と衝撃を受け、これはノーベル賞を受賞すると確信していた。誰も考えつかなかった発想で、iPS細胞の研究成果のすごさを改めて認識した。これからの研究も期待したい」と喜んだ。知人からのメールで受賞を知った医学部1年の森脇菜々さん(19)は「京大の誇りで、『ありがとうございます』という気持ち。一日も早くiPS細胞の技術が医療の現場で活用されるよう期待します」と興奮気味に語った。

 一般教養で山中教授の講義を受けたことがあるという法学部4年の村田隆裕さん(22)は「いつかノーベル賞を受賞すると思っていたが、自分の在学中にその知らせを聞くことができて本当にうれしい」、大学院1年の清水康平さん(23)は「日本の医療界を背負っている山中教授が世界に認められたということ。ますます活躍の場を広げていってほしい」と期待していた。

■街の声■

 JR京都駅前の家電量販店では、受賞会見の模様を放映するニュースに見入る人たちも。会社員の北本裕二さん(39)(下京区)は「暗い話題が多い中、日本の力が認められてうれしい」と歓迎。同、米田憲司さん(49)(長岡京市)は「おめでたい話。国民も勇気が持て、前向きになれる気がする」と喜んでいた。

◆知事「京都の誇り」

 山田知事は「府民を代表して心からお祝い申し上げます。iPS細胞は、医療の未来に無限の可能性を与え、多くの人びとの命を救うことに必ずなる。偉大な方が京都から出たことを誇りに思う」とコメント。門川大作・京都市長は「大学のまち・京都から受賞者を輩出できたことは、市民、国民の誇り」とたたえた。

 立石義雄・京都商工会議所会頭も「今回の受賞を励みに、再生医療や関連産業が一層発展し、わが国経済の成長につながることを期待したい。今後も、オール京都で若手研究者を育成する施策が重要だ」との談話を発表した。

◆難病家族の会「うれしい受賞」

 「SMA(脊髄性筋萎縮症)家族の会」の東良(ひがしら)弘人会長(43)は「難病患者にとって、とてもうれしい受賞」と声を弾ませた。

 3年前に、家族の会で山中さんにiPS細胞について講演をしてもらった。講演会の最後に、SMA患者で東良さんの長男航太君(12)が花束と手紙を手渡すと、山中さんはとても喜んでいたという。

 東良会長は「山中さんには『早く結果が出せるように頑張る』と話してもらい、患者のために何ができるかを考えているということが伝わってきて、とても心強かった。今回の受賞で研究に弾みがつくことを祈りたい」と期待していた。

(2012年10月9日 読売新聞)

254名無しさん:2012/10/09(火) 22:19:14 ID:h1xyjspg0
山中さん「次は文学賞を」 スウェーデン大使にジョーク
http://www.asahi.com/science/update/1009/OSK201210090062.html

スウェーデンのラーシュ・バリエ駐日大使(65)が9日昼ごろ、京都大に山中伸弥教授を訪問し、ノーベル賞のメダルをかたどったチョコレートと花束を贈った。

 iPS細胞の臨床応用を目指して研究を進めている山中さんについて、京大の松本紘総長が「2回目の受賞もあるかも」と水を向けると、山中さんは「次は文学賞を目指します」と冗談を飛ばした。大使は「平和賞もありますよ」と切り返した。

 訪問後、大使は記者団に「山中さんは頭が良く、すばらしい方だと思った」と述べた。

255名無しさん:2012/10/09(火) 22:24:12 ID:h1xyjspg0
山中教授の関連書籍、関心集める 大垣書店に専門コーナー
http://www.kyoto-np.co.jp/economy/article/20121009000058

京都市南区の大垣書店イオンモールKYOTO店ではさっそく、山中伸弥京都大教授やiPS細胞関連の専門コーナーが設けられた。来店者が立ち止まって書籍を手に取るなど、関心を集めた。

 受賞決定の発表があった8日夜から山中教授の書籍の問い合わせが店頭や電話であり、9月中旬に設けたノーベル賞関連のコーナーを拡充した。ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英京都産業大教授との対談を掲載した新書や、iPS細胞を解説する科学専門雑誌、子ども用に書かれた書籍などを置いている。

 同店は「お客さまの関心の高さがうかがえます。年内はコーナーを続けたい」と話していた。

256名無しさん:2012/10/09(火) 22:27:21 ID:h1xyjspg0
山中教授夫妻、京大で会見 「学生、仲間に恵まれた」
http://www.47news.jp/CN/201210/CN2012100901001421.html

ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった京都大の山中伸弥教授(50)は、一夜明けた9日午前、妻で医師の知佳さん(50)とともに京大(京都市左京区)で記者会見し、「学生や仲間に恵まれたことが受賞につながった」と感謝の言葉を繰り返し「これからが勝負。できるだけ早く研究現場に戻りたい」と決意を新たにした。

 知佳さんは「こんなにたくさんの方に喜んでいただけることがうれしい。連絡を受けてから、ずっとぼうぜんとしている。ありがとうございます」と話した。

 山中教授は会見冒頭で「昨日も感謝と責任と申し上げたが、二つの気持ちを強く持っている」と強調した。

257よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 23:32:36 ID:akdQ8B5o0
「山中教授と一緒に研究したい」 受賞にわく出身校の生徒ら 
2012.10.9 12:49
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/121009/wlf12100912520014-n1.htm

 ノーベル賞の受賞決定に山中伸弥さんの母校も喜びに沸いた。

 山中さんが小学校時代を過ごした奈良市立青和小学校(同市百楽園)。6年2組の教室では、新聞やテレビの録画映像を使い、受賞のニュースを紹介。一昨年の同校創立40周年にあわせ、山中さんから送られたメッセージも配付され、児童たちが読み上げた。

 メッセージは、山中さんが何度も失敗を繰り返して研究を続けたことに触れ「あきらめずに何度も挑戦し続けてください。いつか必ず道は拓けます」と呼びかける内容。

 算数や理科が得意という山中陽花さん(12)は「同じ学校、同じ名字で誇りに思う。私も人の役に立つような研究を山中教授と一緒にやってみたい」。

 車の開発に興味があるという磯本迅汰君(12)も「誰にでも挫折があると知った。今まではすぐに諦めてしまう癖があったけれど、努力して夢を叶えたい」と声を弾ませた。

 一方、大阪教育大学附属高校天王寺校舎(大阪市天王寺区)。高校1年の加藤洋樹さん(16)は「中学の時から憧れの人。生物部で生き物の遺伝子の研究をしているので、部活の励みになった。いつかは山中先輩と同じように研究者になりたい」と興奮ぎみ。

 高校3年の後藤雅子さん(17)は「自分の先輩が世界で一番権威ある賞をとるなんて、とても誇らしい。受験生なので、山中先生に負けないようにしっかりと勉強を頑張らきゃと思った」と話した。

258よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 23:33:41 ID:akdQ8B5o0
山中氏ノーベル賞:有言実行とちゃめっ気 舌を巻く同級生
毎日新聞 2012年10月09日 12時01分(最終更新 10月09日 12時14分)
http://mainichi.jp/select/news/20121009k0000e040145000c.html

 「有言実行」「親しみやすい」−−。ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった京都大iPS細胞研究所長の山中伸弥教授(50)を知る同級生や難病患者たちが語るエピソードからは、多面的な人柄が浮かび上がる。【畠山哲郎、斎藤有香、鳥井真平】

 中学・高校時代の同級生で会社経営、芳武努さん(50)は、「柔道部員として活躍しながら生徒会副会長も務め、文武両道だった」と振り返る。高校3年のころ、柔道部員だった山中さんは「二段をとれなかったら部活をやめる」と言ってすぐに実現した。「有言実行タイプで、しかも偉ぶったところが無く、ちゃめっ気もある」と舌を巻く。

 妻知佳さん(50)も中高時代の同級生の医師だ。同じく同級生だった会社経営、平田修一さん(50)によると、高校の修学旅行で北海道を訪れた時、自由時間に2人でサイクリングに行って集合時間に遅れ、交際が発覚したという。平田さんは「周りもうらやむベストカップルだった」と話す。

 山中さん夫妻と芳武さん、平田さんは今月3日、大阪市内で会食した。芳武さんが「月曜(8日)楽しみにしているぞ」と握手すると、「うん」と答えたという。年に5、6回は酒を酌み交わす芳武さんは、「昔『賞をとったら賞金の1%でおごって』と頼んだ。ぜひ実現してほしい」。

 患者たちは研究成果への期待だけでなく、人柄に親しみを感じている。

 脊髄(せきずい)損傷の患者らでつくるNPO法人「日本せきずい基金」の大浜真理事長は09年に初めて山中さんに会った。依頼した講演は必ず受けてくれたといい、「患者との会話を大事にしていた。臨床医の時の思いがあったのではないか。『自分も治るかもしれない』と希望が持てた」と語る。

 原因不明の難病、1型糖尿病患者を支援するNPO法人「日本IDDMネットワーク」の井上龍夫理事長は09年、患者向けガイドブック作製のため山中さんに会った。iPS細胞について丁寧に分かりやすく説明してくれたうえ、糖尿病を患いながら活躍する阪神タイガースの岩田稔投手を話題にしたという。井上さんは「糖尿病の患者が皆応援している選手の話で、場を和ませてくれた。誠実で謙虚、それでいて親しみやすい。今後も難病患者の希望となってほしい」と期待した。

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259よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 23:35:28 ID:akdQ8B5o0
山中氏ノーベル賞:文集につづられた「原型」
毎日新聞 2012年10月09日 13時58分
http://mainichi.jp/select/news/20121009k0000e040183000c.html

 今年のノーベル医学生理学賞受賞が決まった京都大iPS細胞研究所長の山中伸弥教授(50)は、大阪教育大付属天王寺中学、高校時代、夢や目標を持つことの大切さを文章に繰り返し書いていた。「自分の純粋な夢を大切にしていきたいものだ」「目標を持つことの意義を知った」。ビジョンとワークハードをモットーとし、目標を定めてひたすら努力を重ねてきた山中さんの「原型」が、少年時代の文章から浮かび上がってくる。

 『わが中一時代』という文集の「初心忘れるべからず」では、中学合格時には勉強もスポーツも頑張ろうと決心したのに、夏休みになると「だらだらと毎日をすごしてしまった」と自省した。そして「だらけた一年間でした。決心してはそれを破る。こんなことをくりかえしたのは、ぼくの自制力が弱かったからだ」。そして「これではいけない」「合格した時の決心を頭に置いて毎日を有意義にすごそう」と決意する。

 中学3年の「柔道を通して考えたこと」という文章では、「初段を取得」と「団体で市大会に優勝」という二つの目標を持ち、柔道に打ち込んだ3年間を振り返った。しかし初段を取り、団体では3位入賞を果たしたことで、「目標がなくなり、気がぬけてしまった」と自らを分析する。そして「初めて目標を持つことの意義を知った。『目標を持って生きる』。このことを常に頭においてこれからの人生を歩んでいきたい」と再び決意を示した。

 そして高校卒業時。「3年間をふりかえって」という文章では、「友」と「夢」の大切さに触れた。「クラブでは自分の弱さをいやというほど思い知った」と自らに厳しい姿勢を示す一方、友人に目を向ける「付高には夢を持った友が多くいた。尊敬できるし、一緒にいるだけで楽しい」と書いた。そしてこう結んだ。

 「僕にも夢がある。10年後、20年後も同じ夢を、できれば実現されたかたちで語り合えたらどれほどすばらしいことであろう。そうなることを心から願っている」【江口一、吉田卓矢、畠山哲郎】

 ◇中学時代の修学旅行文集「私達と自然」
 今自然保護といって行われているのは自然を保護するためでなく、人間を保護するために行われていると思う(自然保護と人間保護)

 ◇中学時代の卒業文集「巣立ち」
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260名無しさん:2012/10/09(火) 23:36:16 ID:h1xyjspg0
山中教授に特別栄誉賞=「世界の人に希望」−京都知事
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&amp;k=2012100900794

京都府の山田啓二知事は9日午後、ノーベル医学・生理学賞の受賞が決まった山中伸弥教授を京都大に訪ね、府特別栄誉賞を授与した。山田知事は「全世界の医療に革新をもたらす。世界の人に希望を与えた受賞だ」と祝福し、山中さんは「ありがとうございます。さらに頑張っていきます」と応じた。
 知事は「待ちに待ったノーベル賞。なかなか良い話題がない時に、京都から日本中に素晴らしい話題を届けていただいた」と述べた。
 一方、京都市の門川大作市長も同日、山中教授を訪ね、花束で祝福。名誉市民賞を贈る考えを伝えた。山中さんは「身に余る光栄です」と答えた。

261よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 23:37:09 ID:akdQ8B5o0
>>259

http://mainichi.jp/select/news/20121009k0000e040183000c2.html

 3年間打ち込んだといえるのは柔道だけではないか。初段を取り、団体では市大会3位入賞を果たした。その時はうれしかったが、突然、虚脱感というかむなしさというかそんな物が襲ってきた。目標がなくなったからで、このとき初めて目標を持つことの意義を知った(柔道を通して考えたこと)

 ◇中学時代の生徒会冊子「みんなの生徒会」
 付中の生徒会活動は不活発そのもの。ほとんどの人が生徒会活動に対して無関心だ。ぼくは生徒会活動、とくに委員会活動がおもしろくないからだと思う(生徒会活動)

 ◇中学時代の自由研究
 復習をしたとき、その効果はすぐにあらわれず、12時間ぐらいたってからあらわれる。また復習までの時間は、約2時間が最も効果的である(記憶能力について)

 ◇高校時代の卒業文集
 柔道は相手との戦いである以上に自分との戦いであると思う。僕はその戦いにほとんど敗れてしまった。自分との戦いに勝たない限り夢や社会についてあれこれ言っているのが愚かで無意味なことにさえ思える時がある。今度こそ己に勝たなければならない。

 僕にも夢がある。みんなで自分の純粋な夢をいつまでも大事にしていきたいものだ。10年後、20年後も同じ夢を、できれば実現されたかたちで語り合えたらどれほどすばらしいことであろう。そうなることを心から願っている(3年間をふりかえって)

※かっこ内は山中さんの文章のタイトル

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262よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 23:40:09 ID:akdQ8B5o0
「偉大な兄貴」「大阪のおっちゃん」… 同僚、部下が見た山中像
2012.10.9 11:38
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/121009/wlf12100911390012-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/121009/wlf12100911390012-n2.htm

 山中伸弥さんが所長を務める京都大のiPS細胞研究所。同僚や部下の言葉からは、妥協のない仕事の半面、気さくな兄貴分のようなボスの素顔が浮かぶ。

 「みんなで(8日夜のノーベル医学・生理学賞発表の)中継の画面を見ていて、名前が呼ばれた瞬間に『おぉ−っ』と歓声が上がった」。戸口田淳也副所長(55)が受賞者発表の瞬間を振り返る。「先生も毎年プレッシャーを感じていたと思うので、解放されてよかったのでは。早く騒ぎが収まって『一緒に酒飲みましょう』と言いたい」

 山中さんがiPS細胞の研究を本格化させた奈良先端科学技術大学院大時代から二人三脚で研究を続け、iPS細胞誕生の瞬間にも立ち会った高橋和利講師(34)にとって、山中さんは父のような存在だ。

 誘い文句は「うまくいくまで30年以上かかるかもしれない。けれど、それまでは僕が雇ってやる」だった。「あの言葉があったからこそ、今の僕がある」。山中さんは「他人がごみだと思って捨てたものが宝になる」という言葉を大切にし、研究でも予想と違う結果が出たときにこそ燃え上がるという。

 吉田善紀講師(39)は“走る科学者”である山中さんとともに、昨秋の第1回大阪マラソンに出場。ベスト記録を更新した所長に「研究同様、成績をどんどん挙げている」と感心した。「学生や研究員とのディスカッションや研究の時間を確保している。本当にすごい」

 中川誠人(まさと)講師(37)によると、山中さんは「上司っぽくない兄貴分のような存在で、裏表がない」。一方で「飲み会では、冗談もたくさん言う“大阪のおっちゃん”。身内をいじるネタが多く、すべっても自分でフォローする」という。酒席では自ら学生にお酒を注いで回る気さくな素顔の半面、仕事では「シビアで妥協を許さない芯が通った人」だという。

 平成16(2004)年に山中教授の研究室に入った沖田圭介講師(37)も「叱るときは関西弁。心構えから注意してくださるので勉強になる」と打ち明けた。

263よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 23:45:27 ID:akdQ8B5o0
「ベンチャー精神奮い立たせる」立石義雄・京都商工会議所会頭
2012.10.9 19:24 [iPS細胞]
http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/news/121009/wec12100919270003-n1.htm

 京都商工会議所は9日、京都市内のホテルで創立130周年記念式典を開催した。あいさつした立石義雄会頭(オムロン名誉会長)は、ノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大の山中伸弥教授の偉業を踏まえ、「京都にベンチャー精神を奮い立たせるものになった。プライドをもって進んでいきたい」と述べ、京商が掲げる「知恵産業のまち・京都」の実現に向け飛躍を誓った。

 式典後、立石会頭は「(山中教授の受賞は)この上ないタイミング。皆さんと喜びあいたい」と話した。

264名無しさん:2012/10/09(火) 23:45:34 ID:h1xyjspg0
iPS研究所に寄付続々 ノーベル賞 山中教授
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121009-00000033-kyt-l26

京都大の山中伸弥教授(50)のノーベル医学生理学賞の受賞決定後、所長を務めるiPS細胞研究所にインターネットを通じた寄付が相次いでいる。9日午後3時までに237人から226万円が集まり、「生きる希望」などのメッセージも寄せられている。
 「チャレンジ」項目を宣言しインターネットを通じて寄付を募る「ジャスト・ギビング・ジャパン」を通じて行われている。山中教授は研究支援を広げようと、同サイトで今年3月の京都マラソンの完走を表明、1カ月間で約850人から1千万円以上を集めた。
 サイトの運営会社(東京)によると、受賞決定後、寄付とともに多くのメッセージが寄せられている。脳に損傷がある4歳女児の親は「元に戻るのは難しいと思います。ただ、山中先生の研究は生きる希望」と添えた。ほかにも「わずかな金額ですが京大近隣の住民よりお祝いです」「日進月歩の競争はまさにチーム戦。人々の健やかな人生のためにこれからも頑張ってください」など山中教授への激励が続いている。
 京大関係者からは、科学界最高の栄誉を得たことで、研究環境の充実を期待する声が上がっている。iPS細胞研究所スタッフの小松馨さん(21)は「再生医療分野の予算は外国に比べてまだまだ少ない。受賞で流れが変わってほしい」と話していた。

265よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 23:49:10 ID:akdQ8B5o0
山中氏ノーベル賞:「命救うため前へ」愛弟子、冷静に喜び
毎日新聞 2012年10月09日 11時14分(最終更新 10月09日 11時49分)
http://mainichi.jp/select/news/20121009k0000e040122000c.html

 ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった京都大iPS細胞研究所長の山中伸弥教授(50)は8日夜の記者会見で、一人の若手研究者の名を挙げて謝意を伝えた。同研究所講師の高橋和利さん(34)。無名時代から山中さんを支え続ける愛弟子であり、人工多能性幹細胞(iPS細胞)の発見に導いた同志だ。

 「大変光栄です。ただ、僕だけでなく、同僚たちの誰一人が欠けてもできなかった成果です」。9日未明、出張先の千葉県成田市のホテルで、高橋さんは冷静に喜びを語った。

 山中さんは99年、奈良先端科学技術大学院大で初めて自分の研究室を持った。高橋さんはその翌年に同大に入学。畑違いの工学部出身だったが、「知識のない人を分かった気にさせるような研究紹介」にひかれて、山中研究室の門をたたいた。

 「成績は一番悪く、経験も実績もない落ちこぼれ」。一から生物学に取り組んだ高橋さんは、当時の自分を振り返る。それでも恩師は、器具の握り方から実験のやり方を手取り足取り指導してくれた。それから5年後の夏、山中さんを追って移った京都大の研究室でiPS細胞の作成に初めて成功した。

 世紀の発見だったが、論文発表までの約1年は、山中さんと2人で同僚にも秘密を貫いた。この分野の国際競争は激しく、数週間程度でまねをされて作れるほど簡単な方法だったからだ。高橋さんは「山中先生の下で研究を始めて残した実験ノートは1000ページ以上。その中で、あの時はたった1ページの出来事なんです」。

 今は最新のデータのことで頭がいっぱいだ。「まだ、iPS細胞で誰の命も救っていない。昔にひたるよりも、僕たちは前に向かっている。先生もきっとそうだと思います」。移動中に朗報が届いた高橋さんは、山中さんと話す間もなく、学会出席のため9日午前にニューヨークに飛び立った。恩師に会ったらまず伝えたい。「この前渡した論文の原稿に早く目を通してください」【八田浩輔】

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266よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 23:51:23 ID:akdQ8B5o0
発見、半世紀経て結実 共同受賞のガードン教授「幸せ」
http://www.asahi.com/science/update/1009/TKY201210090141.html

 今年のノーベル医学生理学賞を京都大の山中伸弥(しんや)教授(50)と共同受賞することが決まった英ケンブリッジ大のジョン・ガードン教授(79)が、クローンカエルを作った年に山中さんは生まれた。2人は「ものすごい偶然」と喜び合った。

 ガードンさんは1962年、オタマジャクシの細胞の核を初期化して、クローンカエルの作製に成功した。山中さんは9日未明、米グラッドストーン研究所の同僚らとの電話会見で「ガードン教授のクローンカエルの発表があった年に私が生まれた。同時受賞をたいへん誇りに思うし、幸せだ」と喜んだ。

 一方、ガードンさんは8日のノーベル賞サイトによるインタビューで「ものすごい偶然」と笑い、「彼(山中教授)はとても思いやりのある人。彼に感謝している」と話した。また、クローンカエル作りから、ちょうど50年後の受賞について「幸運なことに生き延びて、このような光栄な結果になった。治療に役立つ成果を期待してきた」と語った。 山中さんは8日の会見で、ガードンさんの功績について「まちがいなくガードン先生の仕事がなければ私たちの仕事もありえない」と述べた。さらに「02、03年ごろ日本で初めてお会いした。とても美しい髪をされていて、うらやましいなあというのが、第一印象。最新の論文を読んでおられて、常にいろんな議論をするが、やはり科学者はこうだということを教えられた」と述べた。

267よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/09(火) 23:58:08 ID:akdQ8B5o0
山中氏ノーベル賞:受賞決定電話はマラソン練習後だった
毎日新聞 2012年10月09日 20時44分(最終更新 10月09日 21時03分)
http://mainichi.jp/feature/news/20121010k0000m040066000c.html

 ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった山中伸弥教授(50)は9日午後も、取材や表彰などへの対応に追われた。

 山中教授は、京都府特別栄誉賞の表彰のため京都大(京都市左京区)を訪れた山田啓二・京都府知事と面談。受賞が決定した8日の昼間、マラソンの練習をしていたことを明かし、「25キロ走ってビールを飲もうと思っていたのに、(受賞決定の)電話がかかってきました」と笑顔を見せた。山田知事が「(今年11月の)大阪マラソンを走られるんですか」と問うと、「そのつもりですが、(この忙しさで)練習できるかなと心配です」と笑みを浮かべた。

 その後、報道陣の取材に応じ、妻知佳(ちか)さん(50)とそろって臨んだ記者会見について「家内は『大阪のおばちゃん』で、もっと肝っ玉がすわっているのかと思っていたが、驚くほど動揺していた。そんな一面もあるんだな、と改めて思った」と冗談交じりに述べた。

 また、9日朝に米国に出張した共同研究者の高橋和利・京都大講師(34)から出発間際に「早く論文を見てください」とのメールが届いたと話し、「この後は論文を頑張りたい」と研究活動への意欲を示した。

【五十嵐和大】

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268名無しさん:2012/10/09(火) 23:58:20 ID:h1xyjspg0
こういう悪辣なことをやるのは京都嫌いな奴だな。

山中教授はツイッターしません! 偽つぶやき、京大が注意呼びかけ
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121009/art12100921560010-n1.htm

インターネット上の短文交流サイト「ツイッター」で、ノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大の山中伸弥教授をかたるニセアカウントが出現、「キター」などとノーベル賞受賞時の感想などをつぶやいていることが9日、分かった。

 京都大iPS細胞研究所によると、ノーベル賞受賞翌日の9日の朝になって、同研究所の教授から「山中教授のツイッターがある」と連絡が入り発覚。山中教授はインターネット上の交流サイトによる情報発信を一切していないといい、同研究所が「ニセモノ」として注意を呼びかけている。

 同研究所はツイッターの運営主体に対し、ニセアカウントの削除などを要請しているが、複数のニセアカウントがあるとの情報もあるといい、「本物の山中教授がやっているとは信じられないと思うが、誤解が広がらなければ」と困惑している。

269よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 00:01:04 ID:akdQ8B5o0
「東大阪のおっちゃんと呼んでいる」 研究員、喜びと戸惑い
2012.10.9 12:38
http://sankei.jp.msn.com/region/news/121009/kyt12100913040005-n1.htm

 京都大は9日、山中伸弥教授が所長を務めるiPS細胞研究所(京都市左京区)を報道陣に公開した。日々研究を共にする研究員からは喜びと同時に戸惑いの声も出た。

 山中さんの研究室では9日も黙々と研究に打ち込む10人ほどの研究員の姿が。研究員の田辺剛士さん(29)は「いつも東大阪のおっちゃんと呼んでいる。周りを沸かせる気さくな人」と語り、今後忙しさを増すであろう山中さんについて「少し遠くへ行ってしまいそう。先生、ディスカッションしましょうと言いたい」と複雑な思いをのぞかせた。

 研究員の大貫茉里さん(28)は「厳しいところもあるというより、厳しいところしかない。もちろん尊敬する先生です」と笑顔で話し、8日の記者会見後に山中さんに声を掛けると「少し疲れた」と口にしたと明らかにした。

270よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 00:02:33 ID:akdQ8B5o0
山中氏と食事したことも…橋下市長「日本の誇り。すごい人」
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/10/09/kiji/K20121009004294200.html

 大阪市の橋下徹市長は9日、山中伸弥京都大教授のノーベル医学生理学賞の受賞決定について「うれしいし、すごい。日本の誇りだ」と祝意を送った。記者団に語った。

 橋下氏は大阪府知事時代に山中さんと食事を共にしたことを明らかにし、「どこに欠点があるのか知りたいくらいすごい人だ」と人間性についても高く評価した。

 また松井一郎大阪府知事も9日、同府東大阪市出身の山中さんの偉業に「素晴らしい。これからも医療の最先端の担い手として頑張っていただきたい」とエールを送った。

 山中さんが開発した「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」は、京都、大阪、兵庫の3府県と京都、大阪、神戸の3政令指定都市が共同申請した「関西イノベーション国際戦略総合特区」で産業化を目指している。
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271よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 00:06:27 ID:akdQ8B5o0
賞状を配る暇があったら迅速に問題の解決に動く。
これが橋下流のようです。


山中氏ノーベル賞:橋下市長「環境整備したい」
毎日新聞 2012年10月09日 12時41分(最終更新 10月09日 13時11分)
http://mainichi.jp/select/news/20121009k0000e010158000c.html

 橋下徹大阪市長は9日、山中伸弥京都大教授のノーベル賞受賞決定を受け、「山中教授が研究する環境を整えていくのが行政の役割だ」と述べ、規制緩和や税優遇などを国に働き掛ける意向を示した。

 京大iPS細胞研究所(京都市左京区)を含む9地域は11年12月、医療・バイオ産業などを発展させる目的で、国の「関西イノベーション国際戦略総合特区」に指定された。しかし、大阪、京都、兵庫の3府県・3政令市が規制緩和を提案した23項目のうち、国が認めたのは4項目にとどまり、臨床研究の手続き緩和も「継続協議」となっている。

 橋下市長は市役所で記者団に対し、「国は規制緩和とか税優遇に腰が重い。(研究を)特区で生かしていただけるよう環境を作っていきたい」と話した。【原田啓之】

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272名無しさん:2012/10/10(水) 00:15:03 ID:h1xyjspg0
表彰は当然京都がするものだということをわかっている橋下氏は立派だな。

273よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 00:17:54 ID:akdQ8B5o0
山中教授は大阪での挫折が今日の栄光につながった。
ジョン・ガードン教授も少年時代、苦しみがあったようです。


科学者の道「ばかげてる」 受賞決定者、通知表で酷評
2012.10.9 20:48
http://sankei.jp.msn.com/world/news/121009/erp12100920550004-n1.htm

 科学者を目指すのはばかげた考え−。英メディアは9日、山中伸弥京都大教授(50)と共に2012年ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった英ケンブリッジ大のジョン・ガードン名誉教授(79)が、15歳当時通っていた英名門のイートン校の通知表で酷評されていたと伝えた。

 「破滅的な学期だった」のひと言で始まる1949年夏学期の通知表で担当教師は、ガードン氏の学業について「満足するには程遠く、リポートの中には50点中2点というものもあった」と指摘。「(教師の)言うことを聞かず、自分のやり方に固執する」とした。

 将来の道も「科学者を目指すと承知しているが、ばかげた考えだ。本人にとっても教える側にとっても完全な時間の無駄」と書き、通知表を締めくくった。

 この年のガードン氏の生物学の成績は250人中、最下位。(共同)

274よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 00:19:27 ID:akdQ8B5o0
中国各紙、「受賞決定」の見出し1面掲載 異例の扱い 
2012.10.9 14:05
http://sankei.jp.msn.com/world/news/121009/chn12100914060001-n1.htm

 9日付の中国各紙は、山中伸弥京都大教授らのノーベル医学生理学賞受賞決定について見出しを第1面に掲載するなど大きく報じた。日本政府の沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)国有化以外は日本関連の報道は抑制されており、異例の扱いといえる。

 北京青年報は詳細な解説記事を図入りで掲載。山中氏の研究成果を「糖尿病や脊髄損傷、失明などの治療に至るまで巨大な潜在力がある」と評価した。

 新京報は「臓器移植や遺伝子治療の分野への貢献はとても大きい」とする専門家の談話を掲載。野田佳彦首相が山中氏にお祝いの電話をかけたことも報じた。(共同)

275よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 00:25:45 ID:akdQ8B5o0
薄給時代乗り越え、妻と二人三脚 友人ら「最高のベストカップル」
2012.10.9 22:43
http://sankei.jp.msn.com/science/news/121009/scn12100922440008-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/science/news/121009/scn12100922440008-n2.htm

 「家族がいなければ続けられなかった」。再生医療の切り札とされるiPS細胞(人工多能性幹細胞)を開発し、ノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大教授の山中伸弥さん(50)は9日、妻の知佳さん(50)とともに記者会見、支え続けた家族に感謝の言葉を贈った。休むことなく走り続ける夫を、薄給の助手時代から見守ってきた知佳さんとの“二人三脚”の受賞に祝福の声が相次ぐなか、「これからが勝負」と山中さん。医療にかける夢と希望が広がった。

 「どうでもええやないか」。山中伸弥さんは妻で医師の知佳さんとのなれそめを友人たちから聞かれるたび、照れ笑いを浮かべて言葉を濁すという。

 2人は中学・高校の同級生。友人らによると、大阪教育大付属天王寺中時代に出会い、高校1年から交際が始まった。柔道やラグビーに汗を流す文武両道の秀才だった山中さんに劣らず、知佳さんも英語クラブの部長を務め、英語弁論大会で優勝するほどの才媛。関西医大へ進学して皮膚科医となり、現在も医師として活躍している。

 周囲が交際を知ったのは、高校3年の修学旅行先の北海道。自由時間に2人でサイクリングに繰り出したが、集合時間に遅刻。山中さんの親友で会社経営、平田修一さん(50)は「2人が一緒に照れくさそうに戻ってきた。さんざん冷やかされていたが、当時も今も最高のベストカップル」と振り返る。2人は大学卒業後の昭和62年に結婚、2人の娘を授かった。

 平田さんは、20代後半の研修医だった山中さんが初めて手術した患者でもある。

 局部麻酔をかけられた平田さんに手術中に「すまん」と連呼し、10分ほどで終わる手術に1時間かかった。平田さんは「彼がもし器用で外科医になっていたら、ノーベル賞もなかったかもしれない」と話す。

 中学・高校の友人で卒業後も同級生十数人で「壱發(いっぱつ)野郎の会」と呼ぶ集まりをつくっている。参院議員の世耕弘成さん(49)はそのメンバー。「知佳さんは山中さんが薄給の助手時代から支え続けてきた。その存在は彼にとって、とても大きなものだ」と、受賞は“二人三脚”のたまものと喜んだ。

276よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 00:51:11 ID:akdQ8B5o0
ノーベル賞:医学生理学賞に山中氏 「ようやく祝勝会」 大阪生まれ、知人ら称賛 /大阪
毎日新聞 2012年10月09日 地方版
http://mainichi.jp/area/osaka/news/20121009ddlk27040226000c.html

 8日、「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」作成で、ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった京都大の山中伸弥教授(50)は大阪市生まれで、大阪市立大大学院などで学んだ。山中教授を知る人たちも待望の受賞を喜んだ。

 山中教授の中学・高校の同級生、芳武努さん(50)は「ようやく祝勝会ができる。大阪の誇りだ。ユーモアのある人間で、講演ではいつもギャグを言う。授賞式でも大阪人らしく世界を笑わせるスピーチをしてほしい」。

 山中教授が大阪教育大付属天王寺中学3年の時の担任だった冨田健治さん(67)=奈良県上牧町=は「同級生もみんな『今度こそ取ってほしい』と話していた。本当にうれしい。一層忙しくなるだろうが、京大も研究を支えてあげるような体制を作ってほしい」と話した。同中柔道部顧問として指導した西浜士朗さん(71)も「若くしての受賞も不思議ではない」と称賛。「柔道の基本である『自然体』を体現した人間で、柔道も勉強も無理なく楽しんでいた。温かく人間味がある」と人柄もたたえた。

 高校時代の担任で元堺女子短大教授の河野文男さん(72)は「おめでとうよりも、ご苦労さまと言いたい。今まで誰もやったことのないことをやる仕事。さらに頑張ってほしい」とエールを送った。

 大阪市立大の西沢良記学長は「市立大の学生や若い研究者にとっても励みになる。さらなる活躍を心から祈念しています」とコメントした。

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277名無しさん:2012/10/10(水) 01:46:04 ID:CPI4X1dA0
Gurdon, Yamanaka win Nobel Prize in medicine
http://www.usatoday.com/story/news/world/2012/10/08/gurdon-yamanak-nobel-prize/1619637/

STORY HIGHLIGHTS
Britain's Gurdon and Japan's Yamanaka won Nobel Prize in medicine
Their work has "provided new tools for scientists around the world"
Some cells can be reprogrammed into blank slates that can become any kind of cell
9:50AM EST October 8. 2012 -

STOCKHOLM (AP) ? A British researcher and a Japanese scientist won the Nobel Prize in physiology or medicine on Monday for discovering that ordinary cells of the body can be reprogrammed into stem cells, which then can turn into any kind of tissue ? a discovery that may led to new treatments.

Scientists want to build on the work by John Gurdon and Shinya Yamanaka to create replacement tissues for treating diseases like Parkinson's and diabetes, and for studying the roots of diseases in the laboratory ? without the ethical dilemma posed by embryonic stem cells.

In announcing the $1.2 million award, the Nobel committee at Stockholm's Karolinska Institute said the discovery has "revolutionized our understanding of how cells and organisms develop."

Gurdon showed in 1962 ? the year Yamanaka was born ? that the DNA from specialized cells of frogs, like skin or intestinal cells, could be used to generate new tadpoles. That showed the DNA still had its ability to drive the formation of all cells of the body.

278名無しさん:2012/10/10(水) 01:47:02 ID:CPI4X1dA0
Interview with Shinya Yamanaka
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/2012/yamanaka-telephone.html

"My goal, all my life, is to bring this stem cell technology to the bedside, to patients, to clinics ..."

Telephone interview with Shinya Yamanaka following the announcement of the 2012 Nobel Prize in Physiology or Medicine, 8 October 2012. The interviewer is Adam Smith, Editorial Director of Nobel Media.

[Shinya Yamanaka] Hello

[Adam Smith] Hello, may I speak to Professor Yamanaka please?

[SY] Yes, speaking.

[AS] Oh hello, this is Adam Smith calling from the Nobel Prize website in Stockholm. We have a traditional of recording very short interviews with new Nobel Laureates. Would you be able to speak for just a very few minutes?

[SY] Okay.

[AS] Thank you. First of all, our sincere congratulations on the award of the Nobel Prize.

[SY] Oh, thank you very much. It is a tremendous honour to me. Especially I heard that I am going to share the prize with Dr. John Gurdon, so I feel more honoured, because I respect him a lot.

[AS] He established the principle of gene conservation in differentiated cells, half a century ago. And so there was this very long run up then very rapidly you have transformed the field by creating induced pluripotent stem (iPS) cells.

[SY] Yes, well I was able to initiate my project because of his experiments fifty years ago. Actually, he published his work in 1962. And that was the year when I was born. So I really feel just great, feel honoured.

[AS] There's a lovely symmetry about that. And it shows the progress of science, and one can't be too rushed in expecting things to happen.

[SY] Indeed.

[AS] And indeed, it's the fiftieth anniversary of your birth and of his publications.

[SY] Oh yes exactly. Yes. I just turned out to be fifty.

[AS] Congratulations on that also, then.

[SY] Thank you very much.

[AS] May I ask, what were you doing when the call from Stockholm came?

[SY] Well actually I was at home. I was doing some housework. So I was very surprised.

[AS] So you were actually doing some housework, you were cleaning the house or something?

[SY] Yes, exactly. So I didn't expect at all.

(続きます)

279名無しさん:2012/10/10(水) 01:47:33 ID:CPI4X1dA0
(続きです)

[AS] Can you recall your initial reaction to the call?

[SY] Well, so I was kind of alarmed by my secretary, who is still at my office. So she got a call from Stockholm, and asked about my phone number. So she kind of gave me an alert. But still, you know, I was not sure at all. So when I received the call, I was surprised. Almost, you know, I just thought wow, it's very ... a phonecall from Stockholm. I just couldn't believe it.

[AS] That's lovely. That's very nice. Indeed it hasn't been long. It was only in 2006 that you created the first iPS cells, so it hasn't been long.

[SY] So I strongly feel that this is, that I am able to receive this award because of John Gurdon and also many other researchers in the field. This field has a long history, starting with John Gurdon. So I feel very lucky. I may have played some important role in this long history, but it was not myself who initiated this field. So that's my feeling right now.

[AS] I understand and it's so nice that the two of you are tied together by the award and will be in Stockholm together in December to accept it.

[SY] Yes, that's great, yes.

[AS] When you come to Stockholm we have a longer chance, happily, to interview you and so talk more.

[SY] Okay

[AS] But I just wanted ask you one final question, which was what your greatest hopes for stem cells technologies are at the moment? What do you hope will be the first benefit?

[SY] Well, I will bring this technology to clinics. I really want to help as many patients as possible. As you may know, I started my career as a surgeon 25 years ago. But it turned out that I am not talented as a surgeon. So I decided to change my career, from clinics to laboratories. But I still feel that I am a doctor, I am a physician, so I really want to help patients. So my goal, all my life, is to bring this technology, stem cell technology to the bedside, to patients, to clinics.

[AS] Thank you. And I understand that iPS cells will, in fact, be going into the clinic for trials next year for the first time.

[SY] Yes, indeed. Yes.

[AS] Okay. Well, thank you very much indeed. And I wish a lovely evening of celebration.

[SY] Okay, thank you so much

[AS] It was a pleasure to talk to you. Thank you. Congratulations again.

[SY] Thank you very much. Bye bye.

[AS] Bye.

280名無しさん:2012/10/10(水) 01:48:38 ID:CPI4X1dA0
The Healer
How Shinya Yamanaka transformed the stem-cell war and made everyone a winner.
http://www.slate.com/articles/health_and_science/human_nature/2012/10/shinya_yamanaka_s_nobel_prize_he_saved_embryos_not_just_stem_cell_research_.html

The Healer
How Shinya Yamanaka transformed the stem-cell war and made everyone a winner.
By William Saletan|Posted Tuesday, Oct. 9, 2012, at 12:05 AM ET

Shinya Yamanaka, co-winner of a 2012 Nobel Prize.
Shinya Yamanaka, a scientist at Kyoto University, loved stem-cell research. But he didn’t want to destroy embryos. So he figured out a way around the problem. In a paper published five years ago in Cell, Yamanaka and six colleagues showed how “induced pluripotent stem cells” could be derived from adult cells and potentially substituted, in research and therapy, for embryonic stem cells. Today, that discovery earned him a Nobel Prize, shared with British scientist John Gurdon. But the prize announcement and much of the media coverage missed half the story. Yamanaka’s venture wasn’t just an experiment. It was a moral project.
In the introduction to their Cell paper, Yamanaka and his colleagues outlined their reasons for seeking an alternative to conventional embryonic stem-cell research. “Ethical controversies” came first in their analysis. Technical reasons?the difficulty of making patient-specific embryonic stem cells?came second. After the paper’s publication, Yamanaka told a personal story, related by the New York Times:
Inspiration can appear in unexpected places. Dr. Shinya Yamanaka found it while looking through a microscope at a friend’s fertility clinic. … [H]e looked down the microscope at one of the human embryos stored at the clinic. The glimpse changed his scientific career. “When I saw the embryo, I suddenly realized there was such a small difference between it and my daughters,” said Dr. Yamanaka. … “I thought, we can’t keep destroying embryos for our research. There must be another way.”

(続きます)

281名無しさん:2012/10/10(水) 01:49:19 ID:CPI4X1dA0
(続きです)
Yamanaka’s misgivings weren’t absolute. In 2009, when President Obama lifted the U.S. ban on federal funding of embryo-destructive stem-cell research, Yamanaka attended the ceremony to show his support. Yamanaka explained his ambivalence to New Scientist in December 2007. “Patients' lives are more important than embryos,” he said. But “I do want to avoid the use of embryos if possible.”
From September 2009 to June 2012, Yamanaka won three major international science prizes. Each citation recognized the moral significance of his work. In 2009, the Lasker Foundation selected him for its prestigious medical research award, noting that his technique overcame “the controversy that accompanies methods based on embryonic stem cells.” In 2010, the Inamori Foundation awarded him the Kyoto Prize, again citing “ethical concerns” that had burdened previous embryonic stem-cell research. In 2012, the Technology Academy of Finland gave him its Millennium Technology Prize, explicitly for “Ethical Stem Cells Research.” The academy praised Yamanaka for making possible “stem cell research into drugs, treatments and transplants without having to use human embryos.”
The Nobel committee, however, made no mention of Yamanaka’s moral achievement. Not in its presentation, not in its press release, not in its interview with the laureate. It credited him only with developing “new tools” to study disease and develop therapies. Many reporters took the same approach. In its 600-word story, CNN ignored the ethics of Yamanaka’s work. The Los Angeles Times called restrictions on embryo destruction mere “headaches” for scientists. The New York Times said Yamanaka’s work, like other stem-cell technologies, had “generated objections from people who fear, on ethical or religious grounds, that scientists are pressing too far into nature’s mysteries and the ability to create life artificially.”
That’s completely wrong. Even before Yamanaka’s landmark paper, pro-lifers were all over his work. They loved it. The Vatican had followed his research with interest for years. When Cell published his paper, a pro-life coalition immediately declared his method “superior to cloning as a means of obtaining patient-specific pluripotent stem cells.” In a homily distributed by the U.S. Conference of Catholic Bishops, Cardinal Rigali declared that Yamanaka’s story about looking into a fertility-clinic microscope showed how “God can use a helpless embryo to change a human heart.” People at the National Right to Life Committee were openly rooting for Yamanaka to win a Nobel.
Now he’s won it. And we shouldn’t turn away from the moral aspect of this achievement just because it gratifies the conservative side of the old stem-cell debate. Yamanaka transformed that debate forever. He tore down the wall between preserving embryos and saving lives. He did what only a scientist could have done: He made it possible for both sides to win. In the words of Julian Savulescu, an ethicist and supporter of embryonic stem-cell research, Yamanaka “deserves not only a Nobel Prize for Medicine, but a Nobel Prize for Ethics.”
Congratulations, Dr. Yamanaka. And thank you. From all of us.

282名無しさん:2012/10/10(水) 01:50:45 ID:CPI4X1dA0
昨年の記事です。
予想通りのノーベル賞受賞は嬉しいですね。

ノーベル賞の本命、山中伸弥京大教授が成し遂げたこと
2011/9/24 7:00
http://www.nikkei.com/article/DGXBZO35006700S1A920C1I00000/

「数カ月前には皮膚の細胞だったものから、ドクドクと拍動する心臓の細胞を作り出すことができます。これがiPSの技術であります」。7月、神戸市での京都大学教授(iPS細胞研究所長)、山中伸弥の講演。スクリーンには培養皿に入った細胞の塊が動く様子が映し出される。ホールを埋めた聴衆は山中の話に熱心に耳を傾け画面に見入った。ノーベル生理学・医学賞の発表は10月3日。ストックホルムで山中の名前が読み上げられる可能性は十分ある。(文中敬称略)

 山中らがマウスのiPS細胞の開発を発表したのは2006年。心臓だけでなく骨、神経、肝臓、血液など、およそ動物の体を構成するどんな細胞にも分化できる能力を持つことから人工多能性幹細胞と名付けた。iPSは、その英語表記に由来する。その翌年にはヒトのiPS細胞を作り、医療応用に道を開いた。

 それまで万能性を備えた細胞がなかったわけではない。受精卵をもとにした胚性幹細胞(ES細胞)がある。受精卵が育ち、胚盤胞と呼ばれる状態になったところで、その内部の細胞を取り出して培養する。すると万能性を維持したまま、体外で長期間培養できるようになる。1981年に英チームがマウスのES細胞を作製、後にノーベル生理学・医学賞を受賞。98年には米チームがヒトのES細胞を作ったと発表した。

 受精卵にはもともと、全身の細胞や組織に成長する能力が備わっている。そこから作ったES細胞が万能性を持つことは特に意外ではない。一方、山中らが作ったiPS細胞は、もとはマウスや成人の皮膚細胞だ。いったん完全に分化した細胞が、わずか4つの遺伝子を導入するだけで、受精卵と同様の万能性を獲得した。

 1個の受精卵が多様な細胞に分化して手足や骨、皮膚、神経など様々な臓器や組織を作り、個体を形成する。それが発生のシナリオだ。山中はこのシナリオを逆転させ、皮膚の細胞から万能細胞を作り出した。わずかな遺伝子を組み込むことで生命のプログラムを巻き戻せることを示し、生物学の常識を覆した。

 医療へのインパクトは計り知れない。患者の皮膚などからiPS細胞を作り、そこから必要な臓器を育て、機能不全に陥った臓器の代わりに移植する、いわゆる再生医療への応用に熱い視線が注がれている。山中は6月、iPS細胞を再生医療に応用する際の最大の懸念となっていた発がんリスクを大幅に下げる手法を開発したと発表した。研究は着実に進んでいる

283名無しさん:2012/10/10(水) 01:54:30 ID:CPI4X1dA0
UK, Japan scientists win Nobel for adult stem cell discovery
http://news.yahoo.com/gurdon-yamanaka-win-nobel-prize-medicine-093830408.html

STOCKHOLM (Reuters) - Scientists from Britain and Japan shared a Nobel Prize on Monday for the discovery that adult cells can be transformed back into embryo-like stem cells that may one day regrow tissue in damaged brains, hearts or other organs.
John Gurdon, 79, of the Gurdon Institute in Cambridge, Britain and Shinya Yamanaka, 50, of Kyoto University in Japan, discovered ways to create tissue that would act like embryonic cells, without the need to collect the cells from embryos.
They share the $1.2 million Nobel Prize for Medicine, for work Gurdon began 50 years ago and Yamanaka capped with a 2006 experiment that transformed the field of "regenerative medicine" - the search for ways to cure disease by growing healthy tissue.
"These groundbreaking discoveries have completely changed our view of the development and specialization of cells," the Nobel Assembly at Stockholm's Karolinska Institute said.
All of the body starts as stem cells, before developing into tissue like skin, blood, nerves, muscle and bone. The big hope is that stem cells can grow to replace damaged tissue in cases from spinal cord injuries to Parkinson's disease.
Scientists once thought it was impossible to turn adult tissue back into stem cells. That meant new stem cells could only be created by taking them from embryos, which raised ethical objections that led to research bans in some countries.
As far back as 1962 Gurdon became the first scientist to clone an animal, making a healthy tadpole from the egg of a frog with DNA from another tadpole's intestinal cell. That showed that developed cells carry the information to make every cell in the body - decades before other scientists made world headlines by cloning the first mammal from adult DNA, Dolly the sheep.
More than 40 years later, Yamanaka produced mouse stem cells from adult mouse skin cells by inserting a small number of genes. His breakthrough effectively showed that the development that takes place in adult tissue could be reversed, turning adult tissue back into cells that behave like embryos.
Stem cells created from adult tissue are known as "induced pluripotency stem cells", or iPS cells. Because patients may one day be treated with stem cells from their own tissue, their bodies might be less likely to reject them.
"The eventual aim is to provide replacement cells of all kinds," Gurdon's institute explains on its website.
"We would like to be able to find a way of obtaining spare heart or brain cells from skin or blood cells. The important point is that the replacement cells need to be from the same individual, to avoid problems of rejection and hence of the need for immunosuppression."
In just six years, Yamanaka's paper has already been cited more than 4,000 times in other scientists' work.
In a news conference in Japan, he thanked his team of young researchers: "My joy is very great. But I feel a grave sense of responsibility as well."
Gurdon spoke of his own unlikely career as a young man who loved science but was steered away from it at school, only to take it up again at university.
He still keeps an old school report in a frame on his desk: "I believe he has ideas about becoming a scientist... This is quite ridiculous," his teacher wrote. "It would be a sheer waste of time, both on his part and of those who have to teach him."

(続きます)

284名無しさん:2012/10/10(水) 01:55:45 ID:CPI4X1dA0
(続きです)

EARLY STAGES
The science of iPS cells is still in early stages. Among concerns is the fear that implanted cells could grow out of control and develop into tumors.
Some scientists say stem cells from embryos may prove more useful against disease than iPS cells, and the ethics of working with embryos should be defended.
Nevertheless, since Yamanaka published his findings the discoveries have already produced advances. The techniques are being used to grow cells in laboratories to study disease, the chairman of the awards committee, Urban Lendahl, told Reuters.
"You can't take out a large part of the heart or the brain or so to study this, but now you can take a cell from, for example, the skin of the patient, reprogramme it, return it to a pluripotent state, and then grow it in a laboratory," he said.
"The second thing is for further ahead. If you can grow different cell types from a cell from a human, you might - in theory for now but in future hopefully - be able to return cells where cells have been lost."
Thomas Perlmann, Nobel Committee member and professor of Molecular Development Biology at the Karolinska Institute said: "Thanks to these two scientists, we know now that development is not strictly a one-way street."
"There is lot of promise and excitement, and difficult disorders such as neurodegenerative disorders, like perhaps Alzheimer's and, more likely, Parkinson's disease, are very interesting targets."
For now, both men said their scientific work continues.
Asked why he still keeps his schoolteacher's discouraging report, Gurdon said: "When you're having problems, like when an experiment doesn't work - which often happens - it's nice to remind yourself that perhaps after all you're not so good at this job and the schoolmaster may have been right."
(Reporting by Patrick Lannin, Alistair Scrutton, Ben Hirschler, Kate Kelland, Kiyoshi Takenaka, Chris Wickham and Peter Graff; writing by Peter Graff; editing by Philippa Fletcher)

285名無しさん:2012/10/10(水) 02:00:12 ID:CPI4X1dA0
年初に公演を行なっていたインドでも今度のノーベル賞を報じています。
http://www.tnq.co.in/yamanaka.html

Shinya Yamanaka wins the
Nobel Prize for medicine, 2012.
For the second time in a row, first Dr. Elizabeth Blackburn in 2010, and Dr. Shinya Yamanaka in 2012, a featured speaker of the Cell Press-TNQ India Distinguished Lectureship Series wins the Nobel Prize for Medicine. Congratulations Prof. Yamanaka, from all of us at TNQ. It was a great moment when you visited us earlier this year. And it is a proud moment now.

Shinya Yamanaka, the Japanese physician and celebrated adult stem cell researcher, delivered the Third Edition of The Cell Press-TNQ India Distinguished Lectureship Series in Bengaluru, Chennai, and New Delhi in January-February 2012. His Lecture is titled “New Era of Medicine with iPS Cells”. The schedule of the Lectures is given below.

Professor Yamanaka’s scientific breakthrough was the creation of embryonic-like stem cells from adult skin cells. Robert Lanza, Chief Scientific Officer of Advanced Cell Technology and Adjunct Professor at the Institute for Regenerative Medicine at Wake Forest University, has said that Yamanaka's work "is likely to be the most important stem-cell breakthrough of all time. The ability to generate an unlimited supply of patient-specific stem cells will revolutionize the future of medicine."

Professor Yamanaka divides his time between Kyoto and San Francisco. He serves as the Director of the Center for iPS Cell Research and Application and as Professor at the Institute for Frontier Medical Sciences at Kyoto University. He is also a Senior Investigator at the UCSF-affiliated J. David Gladstone Institutes and a Professor of Anatomy at the University of California, San Francisco (UCSF).

Shinya Yamanaka’s career in science has been a distinguished one. He was awarded the Albert Lasker Prize in 2009 and The Wolf Prize in 2011. These cap a long list of awards that are detailed below.

(続きます)

286名無しさん:2012/10/10(水) 02:02:41 ID:CPI4X1dA0
(続きです)

More about Professor Yamanaka’s Research
The stated goal of Professor Yamanaka’s laboratory has been to generate pluripotent stem cells from human somatic cells.

The ability to "reprogram" adult cells back into an earlier, undifferentiated state has helped to reshape the ethical debate over stem-cell research by providing an approach for obtaining pluripotent stem cells that does not require that they be taken from an embryo.

Earlier observations that somatic cells could be reprogrammed either by nuclear transfer into oocytes or by fusion with embryonic stem (ES) cells suggested that oocytes and ES cells contain factors that induce reprogramming. By identifying these factors, Yamanaka reasoned that it should be possible to induce pluripotency in somatic cells without using embryos or oocytes.

The significance of this is that ES cells, derived from the inner cell mass of mammalian blastocysts, can grow indefinitely while maintaining pluripotency. These properties have led to expectations that ES cells might be useful to treat a host of degenerative diseases, such as Parkinson’s and Diabetes, as well as injuries including spinal cord injury. However, clinical application of human ES cells raises issues about the ethical use of human embryos and problems with tissue rejection after implantation. By generating pluripotent cells directly from somatic cells, it may be possible to circumvent these issues. Once established, these cells may be used in regenerative medicine and also to elucidate disease mechanisms and to screen drugs.

Awards
2007 Osaka Science Prize
2007 Inoue Prize for Science
2007 Asahi Prize
2007 Meyenburg Cancer Research Award
2008 Yamazaki-Teiichi Prize in Biological Science & Technology
2008 Robert Koch Prize
2008 Medals of Honor (Japan) (Medal with Purple Ribbon)
2008 Shaw Prize in Life Science & Medicine
2008 Sankyo Takamine Memorial Award
2009 Lewis S. Rosenstiel Award for Distinguished Work in Basic Medical Research
2009 Gairdner Foundation International Award
2009 Albert Lasker Award for Basic Medical Research
2010 March of Dimes Prize in Developmental Biology
2010 Kyoto Prize in Biotechnology and Medical Technology
2010 Balzan Prize in Biology
2010 Person of Cultural Merit
2010 BBVA Foundation Frontiers of Knowledge Award in the Biomedicine Category
2011 Albany Medical Center Prize in Biomedicine
2011 Wolf Prize in Medicine
2011 King Faisal International Prize

287名無しさん:2012/10/10(水) 02:03:47 ID:CPI4X1dA0
山中伸弥教授の自伝を“緊急”出版
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20121009-1030248.html

 講談社は9日、ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった京都大の山中伸弥教授(50)の自伝「山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた」を10日に出版すると発表した。

 聞き書きのスタイルで、聞き手はフリーの科学記者、緑慎也さん(36)。山中教授は自伝の中で、父親が町工場の経営者だった生い立ちから、研修医時代に「ジャマナカ」とさげすまれた経験、米国留学後にうつ状態になったことなど、山あり谷ありの研究者人生を語っている。(共同)

 [2012年10月9日17時58分]

288名無しさん:2012/10/10(水) 02:07:24 ID:CPI4X1dA0
ノーベル生理学・医学賞山中伸弥教授京都大学東大阪市出身祝!
http://www.youtube.com/watch?v=CUA2nzcoVk0

289名無しさん:2012/10/10(水) 03:07:24 ID:CPI4X1dA0
山中教授ノーベル賞受賞 80.6%が「日本人として誇らしく思う」
投稿日: 2012年10月9日 18:17
http://shunkan-news.com/archives/1315

突然ですがあなたは、「iPS細胞」の正式名称が言えますか!? 
日本中が山中伸弥・京大教授のノーベル賞受賞に沸く中、その受賞の理由となったコレ、
何の略か英語で言えたらカッコイイですよね! 

答えは「induced pluripotent stem cell」で、意味は、「人為的に多能性を持たせた幹細胞」。
その頭文字を取って「iPS細胞」と呼んでいるというわけです。
ちなみにこの英語の名称は、山中教授が名付けたもの。
まさにこの分野の研究の立役者といえる活躍で、50歳という若さでのノーベル賞受賞も納得。
現在この「iPS細胞」は、新薬開発、再生医療などの分野で、大きな注目を集めています。

さてその山中教授、日本人として19人目となるノーベル賞受賞にあたって
「日本という国が受賞した」とコメントし、世間を大いに盛り上げましたが、
この発言を受けて、リサーチパネルはアンケートを行い、2万21人の回答を集めました。

結果は以下の通り。

・誇らしく思う:80.6%
・国籍は関係ない:11.1%
・どちらでもない:6.7%
・ノーベル賞の受賞を知らない:1.6%

(続きます)

290名無しさん:2012/10/10(水) 03:08:54 ID:CPI4X1dA0
(続きです)

最も多かった反応は「誇らしく思う」。

「そりゃ自分の国の人がすごい研究してて、それが評価されたらめっちゃ嬉しい」
といった素直に喜びを表現するコメントが目立ちました。
隣国との領土問題などで揺れる中、日本人のプライドを刺激したことは事実のようです。

また、国籍についての回答以外に、「山中教授の容姿にも、謙虚な受け答えにも好感がもてます」、
「研修医時代は劣等生扱いだったと新聞で知りました。大逆転人生ですね」など、
山中教授の人柄、容姿などへの評価も高いことが分かりました。
あのオシャレメガネはどこのブランドのものなのでしょう? 私、気になります!

さらに、「おめでとう!!国でもこういった優秀な研究者に対しては更に手厚く支援して欲しいですね」
といった意見も多く見られました。国の科学技術振興費は近年拡大しており、
こういった結果につながったことが好意的に受け止められているようです。

少数派ではありますが、11.1%は「国籍は関係ない」との反応。

「学問に国籍なんて関係無いよ」、
「もっと国の壁を取り除けばいい研究ができるはず!まあ、競争社会だから無理ですかね」などのコメントが挙がりました。

たしかに共同受賞したジョン・ガードン氏はイギリス人ですし、
iPS細胞の研究成果は全世界的に研究されているので、国籍を越えた受賞であることも事実ですね。

内訳を見てみると、年齢を重ねるにつれ、「誇らしく思う」率がアップしていたほか、
20〜60代の回答に、性別による差が見られました。

「誇らしく思う」と答えた男性は、20代69.8%、30代72.1%、40代76%、50代82.5%、60代87.6%。
一方の女性は、20代76.4%、30代81.1%、40代83.9%、50代89.1%、60代91.7%と、男性より高めとなっています。

今回のニュースにより、日本女性たちが「日本人としての誇り」を取り戻しつつある傾向があることは伺えるようです。

291よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 06:08:39 ID:akdQ8B5o0
[ノーベル賞]すごい先輩目標に頑張る 奈良・青和小特別授業
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nara/news/20121009-OYT8T01472.htm

◆挑戦続ける姿に感動

京都大教授山中伸弥さんのノーベル生理学・医学賞受賞を祝福する声は、9日も県内で広がった。特別授業があった母校の奈良市立青和小学校では、約620人の児童が「山中さんを目標に頑張りたい」と夢を膨らませた。

 6年2組の授業では、児童に担任の西浦克博教諭が受賞を知らせるニュースを見せながら、「日本中が大騒ぎしている素晴らしい発見」と説明した。

 子供たちは、「これからも何度も失敗を重ねると思いますが、私はそれに負けずに努力し、挑戦し続けていきたいと思っています」「あきらめずに何度も挑戦し続けてください」と交代で読み上げた山中さんのメッセージに聞き入り、最後に全員で拍手を送った。

 黒田空冶(くうや)君(11)は「ニュースで知り、家族で喜んでいました。先輩に、こんなすごい人がいるなんて」と笑顔を見せ、有元優果さん(11)は「挑戦し続けると最後には大きな夢がかなうんだと感じました。勉強がわからなくなっても、あきらめずに頑張ります」と力を込めた。

                          ◇

 荒井知事は「県民に希望と感動を与えてくださいました。青和小を卒業し、奈良先端科学技術大学院大で研究されたゆかりある先生の大発見を大変うれしく思います。今後も世界をリードする研究に励まれることを期待しています」とするコメントを発表した。

292よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 06:09:42 ID:akdQ8B5o0
>>291

◆偉業 奈良から始まった

 それは奈良から始まった、といったら言い過ぎだろうか。今年のノーベル生理学・医学賞で山中さんの受賞が決まった。山中さんは、1999年から5年間、生駒市にある奈良先端科学技術大学院大で助教授、教授を務めた。様々な細胞に変化できるiPS細胞(新型万能細胞)の開発など、今回の受賞につながった研究は、奈良での業績が大きい。

 研究に疲れ、半ばあきらめ気分で応募した奈良先端大の研究ポスト。「不思議なことに採用」され、そこから研究者としての人生が切りひらかれていく。山中さんは「せっかくのチャンスだから誰もやらないことをやろう」と思ったという。

 受精卵が分裂し、成熟しきった細胞はもう元には戻らない。生物学の常識だ。山中さんはそれを覆し、いろんな細胞に育つ受精卵のような細胞を作ろうとした。そのカギを握る遺伝子の絞り込みが奈良で進められ、やがてはiPS細胞を生み出すことになるのだ。

 今年6月に着任するまで科学記者として再生医療を10年以上取材してきた。山中さんも話しているように、奈良での研究生活がなければ、この偉業もなかった。そう言っていいだろう。

(奈良支局長 行成靖司)

(2012年10月10日 読売新聞)

293<削除>:<削除>
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294名無しさん:2012/10/10(水) 12:35:52 ID:lPR8PgT60
なにを必死にID:HOb95c9s0

295名無しさん:2012/10/10(水) 16:35:38 ID:9/iOb5lY0
素直に栄光を称えられないID:HOb95c9s0氏は人間性を疑いますね。
日本という国、関西という地方から素晴らしい学者が現れた。
それで済むはずなのに、関西というエリアの中でやれ大阪だやれ京都だ・・・

はっきり言って目ざわりでしかないです。

296よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 22:12:18 ID:jw3jTqbs0
NHK大河ドラマ 岡田准一さんで黒田官兵衛、兵庫など舞台に
2012.10.10 18:16
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/121010/wlf12101018160022-n1.htm

 NHKは10日、平成26年放送の大河ドラマを、戦国時代に活躍した武将・黒田官兵衛の生涯を描く「軍師官兵衛」に決めたと発表した。官兵衛役は、人気グループ「V6」メンバーで俳優の岡田准一さんが演じる。

 兵庫県や大分県、福岡県などが舞台。脚本は前川洋一さんのオリジナルとなる。岡田さんは記者会見で「歴史が大好きなので、身が震えるような思いです。光栄です」と話した。

 希代の軍師として知られる官兵衛は1546年に播磨国(兵庫)で生まれ、織田信長や豊臣秀吉に才能を見いだされた。秀吉の天下統一を助け、豊前中津(大分)の領主となり、如水と名乗って晩年は福岡で過ごした。キリスト教を信仰していたという一面も持つ。

 13年の大河ドラマは福島県を舞台とした綾瀬はるか主演の「八重の桜」で、既に撮影が始まっている。

297名無しさん:2012/10/10(水) 22:13:07 ID:hSbdYT8Q0
>>295
なぜ関西、関西の連呼。
おたくに悪意はなくても、悪意を持った連中にすり込まれてしまっている。

関西ではなく近畿です。

298よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 22:22:54 ID:jw3jTqbs0
奈良先端大 学長などが会見
http://www.nhk.or.jp/lnews/nara/2055189273.html?t=1349875074031

ことしのノーベル医学・生理学賞の受賞者に、山中伸弥さんが選ばれたことを受けて、山中さんが以前、所属し、iPS細胞を作り出す基礎となる研究を行った奈良先端科学技術大学院大学の学長などが会見し、祝福のことばを述べました。
ノーベル賞の受賞が決まった山中伸弥さんは、平成11年、37歳の時に奈良県生駒市にある奈良先端科学技術大学院大学の助教授となりました。
ここで初めて独立した自分の研究室を持ち、生物の体を形づくる細胞からさまざまな組織や臓器になる細胞を作り出す「細胞の初期化」をテーマに研究を進め、のちにiPS細胞を作り出す土台を築きました。
平成15年には教授に就任し、よくとし(16年)京都大学に移るまで、この研究機関を拠点に研究活動を進めました。
会見の中で奈良先端科学技術大学院大学の磯貝彰学長は、「山中先生がiPS細胞の研究を進めた大学の学長として、大変うれしく、めでたく思います。山中先生をはじめ、一緒に研究にあたった人に心からお祝い申し上げます。山中先生は本学の誇りです」と祝いのことばを述べました。
その上で、「山中先生は着任当初から何がやりたいのか目的がはっきりしていて、それに向けて最先端の手法を取り入れながら研究を進めていった。臨床への応用を実現し、医学界や社会の期待に応えてほしい」と、さらなる活躍に期待を寄せました。
また、山中さんが所属した「遺伝子教育研究センター」のセンター長を務めていた河野憲二教授は、「山中先生がこの大学にいたときのことはつい先日のように思い出されます。ノーベル賞の受賞は自分のことのようにうれしいです」と喜びを述べました。
その上で、「成果が出るのにもっと時間がかかる研究だと思っていた。これだけ早いスピードで研究が進むのを見たのは初めてだった。この大学のように助教授が独立してリーダーシップをとる研究室は当時は珍しく、これまでの発想にとらわれない山中先生にはふさわしい場所だったと思う。当初から学生と一緒に研究をしたいと言っていたが、それを実践してここまでの成果をあげた手腕はすばらしい」とたたえました。

奈良先端科学技術大学院大学は、iPS細胞を作り出した功績から、おととし(22年)山中さんに「栄誉教授」という称号を授与しています。

10月10日 11時24分

299<削除>:<削除>
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300よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 22:35:17 ID:jw3jTqbs0
研究室にはゆかりの品が…
http://www.nhk.or.jp/lnews/nara/2055528962.html?t=1349875375218

山中伸弥さんがiPS細胞の作成に向けた本格的な研究を始めた奈良県生駒市の大学では、山中さんたちが使った実験道具やゆかりのものが残されています。
山中さんは、平成11年から京都大学に移るまでの5年間、奈良先端科学技術大学院大学に在籍し、ここで初めて独立した研究室を持ち、iPS細胞の作成に向けた本格的な研究を始めました。
山中さんが使っていた研究室は、今は「植物の細胞分裂」というまったく違う研究テーマのグループが使っています。

しかし、机と机の間を仕切る板には、山中さんのほか3人の研究仲間が写る写真のシールが今も貼られています。
4人が顔を並べる写真には、「みんななかよし」の文字が添えられています。

平成11年12月、山中さんが37歳のときに助教授として着任してから、よくとし4月に学生を迎え入れるまでの間に撮影されたものだということです。
山中さんは、これまでの研究は奈良先端大で出会った仲間に支えられてきたと繰り返し述べています。今、この研究室を使う梅田正明教授は、「写真が残っていることに気づいた時はびっくりしました。研究仲間とのいい関係を示すもので、このチームワークが研究成果に結びついたと思います」と話していました。
また、別の建物にある実験室には、山中さんたちが使っていた細胞を培養するための設備や、顕微鏡が今も利用されています。

山中さんは論文の執筆などに追われる中でも頻繁に実験室へと足を運び、この顕微鏡で、培養した細胞を観察していたということです。そして、実験方法などについて細かく指示する一方で、研究仲間や学生たちと自由に意見を交わし、冗談まじりの話で盛り上がるなど、温かい雰囲気で研究室をリードしていったと言います。
当時、山中さんの研究室で実験にあたり、今も奈良先端大で研究技術員を務める飯田純子さんは、「山中さんは時間や場所を問わず、仲間の意見をよく聞いて議論していました。いったん研究を離れると、中学・高校で柔道をしていた山中さんらしく、『田村亮子選手と試合をしてみたい』と笑顔で話すなど、明るく活発な雰囲気の研究室でした」と振り返っていました。
また、大学では、研究の励みになるという声が聞かれました。

男性の大学院生は、「受賞を聞いた時は拍手をして喜びました。同じ大学で研究していた人の受賞が決まり、自分もさらに力を入れて研究に取り組みたい」と話していました。
また、女性の大学院生は、「自分のことのようにうれしいです。研究分野は違いますが、とても刺激になります」と話していました。

10月10日 09時53分

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302よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 22:38:31 ID:jw3jTqbs0
iPS関連企業に期待広がる
http://www.nhk.or.jp/lnews/osaka/2005617461.html?t=1349876249531

ことしのノーベル医学・生理学賞に京都大学教授の山中伸弥さんが選ばれたことを受け、iPS細胞の作成に関わる企業では業界全体の活性化につながると期待が広がっています。
このうち、大津市に本社があるバイオ関連企業の「タカラバイオ」は山中さんが所長を務める京都大学iPS細胞研究所と共同研究を行っていて、細胞に遺伝子を導入してiPS細胞を作るのに欠かせない「ベクター」と呼ばれる材料を製造しています。
今後、山中さんのチームでは、この「ベクター」を使って作成したiPS細胞を用いて、パーキンソン病や糖尿病の患者の臨床試験を行う予定だということです。
タカラバイオでは、細胞に遺伝子を導入する「ベクター」の生産能力を上げるため、再来年までに滋賀県草津市に新たな工場を完成させる予定です。
こうした関連企業の中には、ノーベル医学・生理学賞が発表された後に株価が大きく上がった企業もあり、ノーベル賞の効果が波及したものと見られています。
タカラバイオ事業開発部の林義弘課長は「業界が盛り上がっていくことは非常に大事で喜ばしく、ビジネスチャンスも広がります。受賞を機会に国がiPS細胞の研究の支援を拡大して、再生医療の業界が大きくなっていけばと思う」と話しています。

10月10日 19時25分




山中教授 研究所の職員に感謝
http://www.nhk.or.jp/lnews/osaka/2005618171.html?t=1349876192484

ノーベル医学・生理学賞の受賞が決まった京都大学教授の山中伸弥さんが、iPS細胞研究所のシンポジウムに出席し「みなさんの尽力と協力があっておきた予想外の出来事だ」と話し、職員などのこれまでの協力に感謝しました。
京都大学教授の山中伸弥さんは10日午後、所長を務めるiPS細胞研究所のシンポジウムに出席しました。
山中さんは「iPS細胞研究がこの5年間で大きく進展したことが大きな要因だった。みなさんの尽力と協力があっておきた予想外の出来事で改めて心より感謝したい」と話しました。
また、今後の研究課題として、iPS細胞を使った再生医療の臨床試験の開始や患者由来のiPS細胞を使った治療薬の開発など、4つの目標をあげました。
そのうえで「iPS細胞研究所ができたときに約束した10年間の達成目標です。あと7年でこの目標を必ず達成させなければならい」と話し、今後の研究に意欲を見せていました。

10月10日 19時25分

303よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 22:43:02 ID:jw3jTqbs0
再来年の大河は“軍師官兵衛”
http://www.nhk.or.jp/lnews/kobe/2025643071.html?t=1349876331281

再来年、平成26年のNHKの大河ドラマは、姫路ゆかりの戦国武将で、豊臣秀吉の天下統一を支えた、黒田官兵衛の生涯を描く「軍師官兵衛」に決まりました。

ドラマの主役は人気グループV6のメンバーで俳優としても活躍している岡田准一さんが演じることになりました。
10日、東京・渋谷のNHK放送センターで、制作発表の記者会見がありました。

主人公の黒田官兵衛は、戦国時代の末期に、巧みな弁舌と軍略で豊臣秀吉の天下統一を支えた天才軍師として知られ、秀吉から「次の天下人」と恐れられた人物と言われています。
ドラマは、裏切りが相次ぐ戦国の世に、持ち前の知力を発揮し、信義を重んじて生き抜いた官兵衛の姿を描くもので、脚本を、NHK土曜ドラマの「氷壁」などで知られる前川洋一さんが手がけます。官兵衛の役を演じることになったV6のメンバー岡田准一さんは、大阪出身の31歳で、映画やドラマ、バラエティー番組など幅広い分野で活躍しています。
会見で岡田さんは「学校の歴史の先生になりたかったくらい歴史好きで、中でも戦国時代が大好きなので、身が震えるような思いで、光栄です。キャストやスタッフの皆さんとともにこの時代を生き抜いていきたいです」と抱負を語りました。
大河ドラマ「軍師官兵衛」は、来年の秋ごろから撮影が始まり、再来年、平成26年の1月から1年間放送されます。

10月10日 19時32分

304よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 23:23:56 ID:jw3jTqbs0
山中教授の「右腕」、京大講師・高橋氏に国際賞
http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20121010-OYO1T00872.htm?from=newslist

 「ニューヨーク幹細胞財団」は9日、今年のノーベル生理学・医学賞の受賞が決まった京都大iPS細胞研究所長の山中伸弥教授(50)のもとで研究をしている高橋和利・同研究所講師(34)に「同財団・ロバートソン賞」を贈ると発表した。日本人の受賞は初めて。

 同財団のウェブサイトと同研究所によると、高橋講師は、山中教授がiPS細胞(新型万能細胞)を作製した際、実験の中心となったことなどが評価された。

 同賞は、幹細胞研究で優れた業績を挙げた若手研究者に贈られ、今年で2回目。賞金は20万ドル(約1560万円)。高橋講師は10日夕、現地で記念講演を行う。

 同財団は「高橋さんの仕事は、幹細胞研究の全く新たな領域を切り開いた。iPS細胞作製に加え、技術の向上にも日々貢献している」とのコメントを出した。

(2012年10月10日 読売新聞)

305よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/10(水) 23:28:28 ID:jw3jTqbs0
「ノーベル賞の京大」脚光 でも最近少ない「一筋型」
http://www.asahi.com/science/update2/1010/OSK201210100069.html

 【桜井林太郎、鍛治信太郎】山中伸弥教授(50)のノーベル医学生理学賞受賞決定で注目を浴びる京都大。「自由な学風」が伝統だが、山中さんはもともとは神戸大の卒業。実は「京大一筋」のノーベル賞受賞者は長く出ていない。受賞者を生み続けるには学生の確保と育成が鍵を握ると、京大もアピールに躍起だ。

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310よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/11(木) 06:13:18 ID:2sJePcJY0
兵庫医大の中西・岡村氏に野口英世医学賞
2012.10.10 21:20
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/121010/wlf12101020220024-n1.htm

 財団法人野口英世記念会(福島県猪苗代町)は10日、「野口英世記念医学賞」の今年の受賞者に、兵庫医大学長の中西憲司教授(免疫学・医動物学)と、同大学の岡村春樹特任教授(免疫学)を選んだと発表した。

 岡村氏は免疫力を高める物質を強める因子となるタンパク質の一種「インターロイキン18」(IL18)を見つけた。中西氏はこのタンパク質がアトピー性皮膚炎やぜんそくなどを引き起こす一方、腸に感染した寄生虫の排除に役立つと解明した。

 授賞式は11月10日、猪苗代町で開かれる。

311よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/11(木) 06:14:25 ID:2sJePcJY0
コラボで「香る豚足」 生野の居酒屋・奈良の作業所
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/osaka/news/20121011-OYT8T00148.htm

大阪市生野区中川の居酒屋「みそじ」が、奈良県三宅町の障害者作業所「ひまわりの家」と共同で、豚足を薫製にした新商品を生み出した。豚足は独特の形などから食わず嫌いの人が多い食材だが、スモーク処理による香ばしい味わいが好評で、同店は「事業を軌道に乗せ、障害者支援にもつながれば」と期待を込める。(増田尚浩)

 今年2月、アウトドア好きの常連客が、薫製を作って店で振る舞ったところ評判に。店主の松下君子さんや常連客で商品化の話が持ち上がり、専門的な設備を探したところ、新聞記事でハムなど食肉加工品の工房を持つ同作業所を知った。

 3月に店から依頼を受けた同作業所は「作業に当たる知的、身体障害者たちが、外部の人と商品開発を手がけるのは励みになる」と快諾。店で味付けをした豚足を工房に持ち込み、桜のチップでいぶす試作を繰り返し、コリコリとした食感の薫製を完成させた。

 商品名は人気の韓国人俳優にあやかって「豚燻足(トンクンソク)」。8月に本格的に製造を始め、真空パックにして同店で販売している。取り扱いを始めた近くのバーでは「ほどよい塩味で、ワインやウイスキーのつまみにぴったり」と評判という。

 現在はまだ利益が見込めるほど売れていないが、松下さんは「生野の新名物として幅広い世代の人に味わってほしい」と話している。

 600グラム、1050円。店で食べられるほか、通信販売も行う。問い合わせは営業時間内(午後4時〜同11時)に、同店(06・6754・6363)へ。

(2012年10月11日 読売新聞)

312よっさん ◆XxkTNAUYOc:2012/10/11(木) 06:22:06 ID:2sJePcJY0
第59回日本伝統工芸展が京都で開幕 15日まで
http://www.asahi.com/kansai/entertainment/news/OSK201210100043.html

 第59回日本伝統工芸展(朝日新聞社など主催)が10日、京都高島屋7階グランドホール(075・221・8811)で始まった。陶芸、染織、漆芸、金工、木竹工、人形、諸工芸の7部門の入賞16点を含む入選作約320点を展示。入場無料、15日まで。17日からは大阪展がJR大阪三越伊勢丹で開かれる。

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