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ID再考 & 科学と疑似科学とを判別する
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仕切り直します。
新しいスレッドも、基本的な課題設定から始めます。
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>科学的認識も含めてあらゆる認識は不可知論に逢着します。
あなたの言う、この世界は神様が創造したんだから原因は不可知だ、という意味での不可知論には、科学は関わりようがないんですよ。
ダーウィンも含め、この世界は神様が創造したかどうかは分かりようがない、という意味での不可知論が、科学の手法と共存するわけです。
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科学の意味すら分からん白痴
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科学って何? ちょっと聞きたくなりました。答えてくださいね。
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字すら読めない笑
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>大陸移動説とか陸橋とか浮島で説明ができたりするので逸脱ですか?
>万有引力みたく説明自体を放棄しているものはどうなのですか?
大陸移動説も万有引力も、それと両立できない物理法則がありません。
大陸が地球上にどのように存在するかというメカニズムが解明され、絶対に動き得ない構造でしか大陸は存在しえず、もしも動いたらその構造と矛盾するという条件があること。一方、浮島理論にはそういう条件がないこと。それが満たされるのなら、大陸移動は逸脱でしょうね。
万有引力も同じです。重力が働くと仮定すると、それとは両立できない、観測に裏付けられた法則があり、かつ重力を仮定せずとも観測事象を説明できるのなら、逸脱になると思います。
そうでなければ、大陸移動も万有引力も、それまでにない新しい知見が加わっただけです。
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科学史上の評価と実態の乖離の最も激しい人物は恐らくダーウィンでしょう。
ダーウィンはニュートン等と共にウエストミンスター寺院に埋葬されています。
何らかの毀誉褒貶はあるにせよ、大勢としてはダーウィンは科学史を塗り替えた偉大な科学者である、というのが通り相場です。
では、実態はどうでしょう?
ダーウィンはソモソモ科学者とは呼べません。
まして科学史を塗り替えるどころか、進化論を大きく迂回させた重大な戦犯です。
余り悪くは言いたくありませんが、残念ながらそれが真実です。
自然選択論を批判する人たちでも、ダーウィンは誠実な科学者であったと評価する人がいます。
実は私も最初はその様にダーウィンを見做していました。
自説の弱点を包み隠さず語る。
それに反する事実があれば何時でも受け入れる準備がある。
彼は著書の中でその様に述べます。
一見するととても誠実な態度ですね。
これに多くの人たちが騙されます。
しかし注意深く読み進めるとそれは見せかけだけに過ぎないことに気付きます。
ダーウィンは結論において1ミリも譲りません。
そもそも全く譲歩するつもりが無いんですね。
自説の難点をあからさまに示して見せながら、「しかしこのように考えれば」「説明は十分可能である」この様に必ず反論に転じて議論を逆転させます。
これは彼のロジックの常套手段です。
そしてこれも驚くべき事ですが多くの人々がそのロジックを易々と受け容れてしまいます。
それは科学的手法とは程遠いものです。
実際ダーウィン自身科学と言う言葉を殆ど使っていません。
科学的な検証と言うこと自体に関心が無いように見受けられます。
それを後の追随者たちは、ダーウィンは優れた科学者だ、更には自然選択論は厳密に検証された科学だなどと極めて的外れな主張を展開します。
ダーウィン自身、実験もしくは観察事実による仮説の証明と言うプロセスには無関心です。
「種の起源」でも勿論その様な証明は一切なされていません。
全ては、こう考えれば説明できると言う彼の想像の世界の中で完結しています。
ダーウィンは正確に言えば少なくとも進化論に関しては科学者ですらないのです。
彼の功績は、新たに進化論を提唱した科学者である点にある、と言うのが一般の評価です。
そもそもダーウィンは最初は進化と言う言葉を使いませんでした。
彼より50年以上前にラマルクは進化論を提唱しています。
この驚くべき評価の齟齬は、進化論を科学から遠ざけ続けています。
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>>700
>大陸移動説も万有引力も、それと両立できない物理法則がありません。
当時は大陸を動かす物理法則はあったでしょうか?
いや、力をかけたら動くみたいなことは認めますけど、法則さえ許せば力の大きさとかの単純な物理的矛盾はOKと言うことですか?
重力も遠隔作用すると言う矛盾をはらむ謎エネルギーの仮定ですが、エーテルの仮定とどれほど違うのでしょうか?
観測に裏付けられた云々はエーテルもそうですし、万有引力の法則で説明ができない観測もあったようですが、なぜ一方は逸脱となるのでしょう?
>そうでなければ、大陸移動も万有引力も、それまでにない新しい知見が加わっただけです。
エーテルの不思議な性質も新しい知見と見なしてはダメなんでしょうか?
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あぁ、やっぱり答えなくて良いです。後回しにでもしておいて下さい。
早く進めて欲しいのに、私のせいでむしろ止まってますね。
とりあえず、当時の逸脱が今のお話にどう関わるのか?をまず進めて下さい。
失礼しました。
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進めろと言われるならそうしますが、問われたことには答えます。あなたの今の関心事ではないのなら回答は不要ですが、同様の物理考察は今後も現れますし、その都度理解を求めますよ。
>法則さえ許せば力の大きさとかの単純な物理的矛盾はOKと言うことですか?
大陸を動かすほどの力は観測例がないが、あったからとて既存の法則との矛盾は起こしません。地球の内部構造など分からない時代の話です。光の正体論争の中で、粒子説も波動説も、観測事例のない想定をしていますが、鉄より硬いエーテル以外は、それを否定する物理法則はありませんでした。
>重力も遠隔作用すると言う矛盾をはらむ謎エネルギーの仮定ですが、
重力は、原理は未解明でも、再現性のある観測事例があります。
>エーテルの不思議な性質も新しい知見と見なしてはダメなんでしょうか?
私が説明してきたことが、分かりませんか?
巨大速度の波動を伝えるには、巨大な弾性が必要なのです。そして弾性の定義は変位に対する抵抗力です。抵抗そのものが定義なのだから、透過しようとする物体と、どうしても干渉してしまいます。
「エーテルの不思議な性質」と言葉でいうのではなく、どういう物性があれば、波動を伝えかつ物体をすり抜けることができるかを、考えてください。
「物体をすり抜ける」とか「波を伝える」というのは、物理的物性ではありませんよ。質量、弾性、電荷、温度、粒子サイズ等のような、物質自体の物性を組み合わせて、巨大速度の波を伝え、かつ物体をすり抜ける媒質を、想定するのです。その場合、物性値は未観測でもかまいません。しかし、どういう値を組み合わせてもそれは不可能で、v²を数式で表すことを繰り返し求めたのは、不可能を明らかにするためです。巨大な力を想定すればよい大陸移動とは、そこが異なります。
歴史的には、2重スリット実験で、光波動説は今の重力理論と同じ状況になりました。原理は分からなくても、観測事例ができたのですから。
では、次に進みましょう。
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>質量、弾性、電荷、温度、粒子サイズ等のような、物質自体の物性を組み合わせて、巨大速度の波を伝え、かつ物体をすり抜ける媒質を、想定するのです。その場合、物性値は未観測でもかまいません。しかし、どういう値を組み合わせてもそれは不可能で、v²を数式で表すことを繰り返し求めたのは、不可能を明らかにするためです。
へぇ、ですから粘性がなく十分に小さく、磁性のようにそれ同士で相互作用すると想定するなら問題ないですよ。
それにv²は速さであって必ずしも質量やらとかを必要としないのは散々言っている通りですので。
このレスに反応するもしないも、どちらでも良いので「次に進めましょう」と言うのを優先的にお願いします。
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日本は均一性国家ですが、アメリカは分断国家です。
大統領選でも見事に分断されますね。
そもそもがプロテスタントの国ですからその影響力が強く、それが進化論にも反映します。
進化論に宗教がなだれ込み、ただでさえ整合性の採れない議論が更に混乱します。
未だに若い地球説を唱え、それが信じられたり、一方で勿論それを排撃する人たちもいます。
イギリスはダーウィンの国ですからアメリカに比べて実際の所宗教的な意識は低く、英国国教会は世俗的ですね。
それぞれの立場から様々な主張がなされますが、未だにアカデミズムの中心で唱えらているダーウィン進化論自体が科学に立脚していないので、進化論自体がカオス的な状態にあります。
その辺りの整理が付けられないでいる人たちが専門家も含めて極めて多い。
科学と宗教が入り乱れ、更に空想と現実が混同される。
現在日本の教科書は進化論の説明にやや及び腰です。
ある意味それは妥当な態度と言えなくもないですね。
ID論に踏み込む勇気はとてもないでしょうから。
そこが正面衝突しているアメリカとの大きな違いです。
創造論、ID論に関しても行きつ戻りつしています。
アメリカでそれが決着できない理由は科学信仰と宗教信仰が共に信仰である事です。
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>大陸が地球上にどのように存在するかというメカニズムが解明され、絶対に動き得ない構造でしか大陸は存在しえず、もしも動いたらその構造と矛盾するという条件があること。一方、浮島理論にはそういう条件がないこと。それが満たされるのなら、大陸移動は逸脱でしょうね。
当初、大陸移動説が受け入れられなかったのは「大陸が移動するなんて想像もできない。メカニズム? 絵空事語ってどうなる。証拠? 他にいろいろ解釈があり得るに決まってるだろ、馬鹿じゃないか」てなところだったでしょう。これ、よくわかります。
太陽じゃなくて地球が動いている? 生物が自ら形質を変えて多様化していく? などと同様に、人間が日常から感得する自然についての自然な受け止め方から大きく隔たっていますから。
大陸移動説も地動説も進化論も、「物理法則を基準に」当否を判断されたわけじゃありません。
物理法則という発想自体、科学がある程度発展するまでは存在し得なかったわけですし、
本質的には、人が日常的に思い込みやすい、思い込んで当たり前なことを、科学が発見した新たな証拠によって理解を深め、世界観・価値観を変化(深化)させてきた、という作業だったという理解が大事だと思います。
余談ですが、うちのチビスケたちがいま地動説、進化論を「理解する」のは無理です。素朴な感覚で生きてる動物ですからw
うちには犬猫4匹、長寿のカメや(一緒に採ってきた)魚たち、よくわからんけど多数の植物などの生物とささやかに共存しているので、
客観性に基づく論理的理解という説明が可能な年齢になったら、生物進化のメカニズムを身近な例をもとに説明すること、楽しみです。
大陸移動も地動説も光の性質についても進化論も、それまでにない新しい知見が加わって科学の理論として発展したというだけでしょう。
物理法則からの逸脱といった恣意的な切り取り方とも、デザイナー論という宗教思想とも、何の関係もないと思います。
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ソレがオマエの歪んだ宗教思想だろ笑
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大陸の移動も神様の意思?それとも人に至る生物進化だけ、なんでしょうか。
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量子論における観測問題は様々な問題を提起します。
黙って計算しろ、と言う言葉は量子論の実用性を示すと同時に解釈問題に解決がない事を示しています。
解釈問題は量子論が発見されて1世紀以上が経過した今も全く解決されていません。
それは重ね合わせや量子もつれと言った現象としては事実として確認されている事象が一体何によってもたらされるのか、その先にどんなメカニズムが潜んでいるのか、それが全く知ることが出来ない事によります。
アインシュタインはそれらを事実として認めることを最後まで拒み、何か見落としている因果律があると考え続けました。
結果としてアインシュタインは敗れる訳ですが、かれの苦悩はそのまま解釈論の混迷を表しています。
観測問題が提起するものは複雑です。
シュレディンガーの猫は量子論に対するアンチテーゼとして提案されたものですが、波動関数が観測によって収縮するタイミングが機器の検知時点と考えればそこで猫の状態は確定する訳であり、何も悩む必要はありません。
それにも拘らず、収縮のタイミングをめぐる議論は一向に収束しません。
2重スリット実験とその様々なバリエーションによって提起される観測問題は意識の意味と深くかかわります。
波動関数は観測された時点で収束しますが、そこで言う測定とは観測して量子の動きが特定可能な状態がセッティングされた状態に置かれる事です。
そのタイミングで必ずしも人間が見ている必要はありません。
ただ人間が観測可能な状態である事が必要です。
観測用のカメラのスイッチを切った状態では波動関数は収縮しません。
それはあたかも量子がその観測可能な状態を何らかの手段により認識しているように見えます。
それはつまり量子が何らかの意識を持っていると言う可能性すら示唆します。
また、観測された時点で時間を遡って波動関数が収縮している、という状態も観察されます。
観測されなかったら波動関数のまま、観測された時点で過去の波動関数状態が書き換えられている、と言う訳です。
しかし収縮のタイミングに関しては解釈に混乱があります。
また、人間の意識により量子の動きに偏りが生じることも観測されています。
これは量子もつれが関係している可能性がありますが、そもそも意識の正体が不明なのでそれ以上解明の仕様がありません。
解釈問題が決着しない背景にはこの様なそれ以上の検出不能性、つまり量子を測定し観測する以上の事が現時点では全くなしえないと言う状況があります。
従ってそれは言ってればレトリックの世界になるので、あらゆる憶測が成り立ってしまいます。
そしてロジックの厳密性はないがしろにされがちです。
レベルは全く異なりますが、どこか進化論を想起させるものがありますね。
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>そもそも意識の正体が不明なのでそれ以上解明の仕様がありません。
不明なものを元に人間がどれだけ解釈をこねくり回そうと、「科学の理論ではない」ということはご理解ください。
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>へぇ、ですから粘性がなく十分に小さく、磁性のようにそれ同士で相互作用すると想定するなら問題ないですよ。
>それにv²は速さであって必ずしも質量やらとかを必要としないのは散々言っている通りですので。
私の回答は同じです。
ご自身の主張を、v²を具体的な数式で表すことで示してください。質量が入らず磁性が入るのなら、それでもよいですから。制約条件は、19世紀以降の知識体系を入れないことだけです。
必ずやってください。
>「次に進めましょう」と言うのを優先的にお願いします。
だめです。これほどまでこの問題に拘るのなら、先へは進めません。
16世紀の地動説と18世紀の光波動説に、物理的な矛盾があることに合意がなければ、ここからの話に意味がないからです。>>676でそういう合意ができたと思いましたが、ちがうのですね。
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というより、意識の正体って神なので、量子論における観測問題もその表れ、といいたいんでしょうね。
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>19世紀以の知識体系を入れないことだけです。
>16世紀の地動説と18世紀の光波動説に、物理的な矛盾があることに合意がなければ
すでに科学の方法に則って訂正されている経緯を踏まえて、インテリジェントデザイナー論を主張する、ということでしょうから、
ほんと楽しみです。a
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>とりあえずさん
何の意味があるのかすら説明されないやり取りを続けるのは不毛ではないですか
まずKenさんに「その意味するところは、議論が進めば明らかになる」ところまで書いてもらい
それが終わるまで待ってから、とりあえずさんがおかしいと思った部分を指摘する形にしてはいかがでしょう
このままでは(とりあえずさんの根気が続いたとして)何年経っても本題に至ることはないと思います
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唯一分別のある意見、
後は全て無意味。
まーどー進めて見たところで書き手が書き手だから意味のある話しにはなり様もないけとね笑
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自然選択論を振りかざす人たちは例外なくその自然選択によって進化がもたらされる工程を正確に理解していません。
これは本当に驚くべき事です。
変異⇒選択⇒集団中に固定と言う各工程全ての理解が全く不十分です。
それだけいい加減に考えていながら尚科学であると主張しているその神経は理解を超えます。
極めて安易にそれが成し遂げられると考えているんですね。
それを初めから前提と考える、つまり宗教です。
そしてそれが宗教的な態度であることに全く気付きません。
特に安易に考えているのが変異が選択される過程です。
それはある特定の変異だけが選択される必要があります。
この選択される工程が成立する為にどんな条件が必要とされるか、そこに全く考えが及んでいません。
致命的な想像力の欠如です。
その工程が具体的な事実と照応して確認されなければ、科学としては成立しません。
そこが理解できないんですね。
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つまりアドバイスが通用する相手じゃ無いって事
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ID論が理解出来ない、進化論も理解出来ない連中が寄ってたかって議論もどきをいくら展開してみたところで、意味のある結論が出る訳もない
それが自覚できないんで、堂々巡りを延々続けるんだよね
あ、自覚できない振りか笑
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>>712
>ご自身の主張を、v²を具体的な数式で表すことで示してください。質量が入らず磁性が入るのなら、それでもよいですから。制約条件は、19世紀以降の知識体系を入れないことだけです。
>必ずやってください。
だからぁ、vは単なる波動の伝播速度でしかないの。波動の様式によって色々と変わります。光ならV=Cってなるだけ。
だから電磁波とかメキシカンウェーブとか質量もクソも無い波動の伝播も表せられるの。
19世紀の知識体系云々言うなら「18世紀に波動方程式の速度には必ず質量が要ると考えられていた」ことを貴方がまず示して下さい。
貴方の思い込みだと私は思っています。
あと「19世紀以降の知識体系を入れるな」とのことですが、でしたら何度も言っているように
エーテルが鋼のように硬いと言う19世紀の知識を入れないで下さい。
当時の実験観測や理論から求められたにしても、当時ない考えですので持ち出すのはおかしいです。
それが許されるなら慣性の法則も16世紀に導き出せます。
>これほどまでこの問題に拘るのなら、先へは進めません。
拘ってるのはそちらだと思いますけどねぇ。
私は当時科学的逸脱だったと思ってはいませんが、逸脱してようとしていまいとどちらでも良いと言っています。
エーテルの質量もあろうが無かろうがどうでもいい、と言っています。
そもそも私は仮説に現行の物理的矛盾があっても一向に構わないという立場です。
時間を逆行しようが、ワープしようが、宇宙人が出てこようが、サムシンググレートがしゃしゃり出ようが好きにすれば良いと思います。
科学の肝はそこじゃないんです。そこからどうするか?なんです。
仮説の根拠を専門家集団によりコンセンサスを得る。つまり根拠を土台としたその理論の監視、評価検討、是正が科学の肝だと考えます。
>>715のLurkerさんが仰るようにひとまず進めて下さい。
何度か言っていますが、当時の学説が科学を逸脱してたとして現在の疑似科学とかにどう関係するのか皆目見当が付かず、このスレで何をやらされてるのか意味が分らないのでね。
せめて「物理的な矛盾があることに合意がなければ、ここからの話に意味がないからです」の理由は語って下さい。
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>せめて「物理的な矛盾があることに合意がなければ、ここからの話に意味がないからです」の理由は語って下さい。
正当な科学から逸脱したはずの理論が、実は科学史の中でどのような影響を与えたかを、考察します。それにはまず、なにが逸脱の実例だったかを明らかにせねばなりません。
>そもそも私は仮説に現行の物理的矛盾があっても一向に構わないという立場です。
仮説Aと仮説Bの両方が観測事象を説明し、かつAは既存の物理法則を覆すがBは覆さない、という条件がある場合に、BよりもAが正しいと主張するのは、あなたが考える「逸脱」ではないのですか? 16世紀の地動説と18世紀の光波動説がAに該当し、同時期の天動説と光粒子説がBに該当します。
>拘ってるのはそちらだと思いますけどねぇ。
むろん私は、上の理由により、拘りますよ。問題は、あなたが頑として認めないことです。いや、認めないのならそれでも結構ですから、質量も弾性も入らない形で、v²を具体的な数式で表してください。
>19世紀の知識体系云々言うなら「18世紀に波動方程式の速度には必ず質量が要ると考えられていた」ことを貴方がまず示して下さい。
だってダランベールは、質量と弾性をもつばねが連なるモデルで、波動方程式を導いたではありませんか。質量と弾性が必要かどうかは、質量と弾性が入らない形で波動方程式を導けるかで決まります。むろん津波などではなく、光を表せる方程式です。それができないのなら、質量と弾性は必要でしょう。
>あと「19世紀以降の知識体系を入れるな」とのことですが、でしたら何度も言っているように
エーテルが鋼のように硬いと言う19世紀の知識を入れないで下さい。
エーテルが硬いことは「v² = KL²/M」の理論式と、17世紀以来観測されてきた光速値から、導かれます。どちらも18世紀の知見ですよ。
私からも質問があります。
18世紀の人がエーテルの硬さを想定しなかったとして、では光の巨大な速度を、当時の波動理論はどう説明しましたか? これに答えることイコール質量も弾性も使わずにv²を表すことなのだから、避けて通れません。
必ずやってください。これを拒み続けるあなたの態度こそ、ルイセンコ以上の逸脱だと思います。
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片やそれに耐えうる知見もないが何とか本論に引き込みたい。
片や本論への突入を何としても回避したい。
その不毛なせめぎ合い笑
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ダカラヒタスラクローズドサーキットを周回し続ける笑
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>>721
>正当な科学から逸脱したはずの理論が、実は科学史の中でどのような影響を与えたかを、考察します。それにはまず、なにが逸脱の実例だったかを明らかにせねばなりません。
ではお願いします。
私は仮説を立てるのは自由だと思ってる立場です。
>仮説Aと仮説Bの両方が観測事象を説明し、かつAは既存の物理法則を覆すがBは覆さない、という条件がある場合に、BよりもAが正しいと主張するのは、あなたが考える「逸脱」ではないのですか?
その他の根拠によります。
既存の物理法則を覆す根拠‘しか”ないなら限り無く疑似科学、非科学よりだとは思いますが、普通はそんなもん議論にもなりません。
地動説にしろ波動説にしろ他に信じるに足る根拠があったから完全排除できなかったのです。
いいですか?根拠バトルは理論の持つ個々の根拠の総合値をもっての殴り合いです。大きな一発があろうとそれで勝負が決するほど単純じゃありませんよ。
>だってダランベールは、質量と弾性をもつばねが連なるモデルで、波動方程式を導いたではありませんか。
波動性を持つ事象から波動性を表す方程式を導き出しただけです。
これはあくまで一つのモデルであり、必ずしもすべての波動現象において媒質が質量を持つ必要があるわけではありません。
実際、光の波動や電磁波の伝播に関するマクスウェルの方程式は、媒質が質量を持つことを必要としません。
したがって、ダランベールのモデルは弾性体の波動を説明するためのものであり、その場合には媒質の質量が重要ですが、光や電磁波などの他の波動現象では、媒質の質量が必須であるとは限らないことを示しています。
ですので、そう言うのじゃ無くて質量が必須ってのを当時の誰かが言ってるのを示して下さい。
>私からも質問があります。
>18世紀の人がエーテルの硬さを想定しなかったとして、では光の巨大な速度を、当時の波動理論はどう説明しましたか?
>これに答えることイコール質量も弾性も使わずにv²を表すことなのだから、避けて通れません。
エーテルの観測もなく特性も理解出来てない状況で当時の人が想定しようがありません。
できるのは実際の光速の観測結果からv=cとするところまでです。
なぜ光速になるか説明できる必要はありません。波動性があるから波動方程式が成り立つ、それで充分です。
因みに貴方の言う理論式v² = KL²/Mに光速を代入すると単純にKLがでかいから硬い(弾性係数Kが凄く大きい)と言う理屈でしょうが、
この式ってKがそうでも無いとすれば質量は凄まじく小さいものにできます。逆に言えば限り無く小さい質量を想定すれば硬くなくっても成り立つだろうと言うことですね。
ですのでその式からエーテルは硬いと単純に導けません。残念ながら。
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ID論は一種の認識論と見做すことが出来ます。
つまりこの世界をどのように認識するか、という事です。
世界観ですね。
この世界を何者も介在することのない完全な自然状態にある、その自然状態の結果がこの様な宇宙と生物が存在している、と考えるか或いはこの世界は設計されている、それは何らかの知性による設計だ、と考えるのかその何れか、2択の話です。
そのどちらの世界観を選ぶか、という事です。
2者択一ですから、それ以外の選択肢はありません。
どちらの世界観を選ぶかによって、この世界の認識は全く異なるものになります。
認識論ですから、それが直ちに科学体系をもたらすことはありません。
ID論は勿論設計されていると言う立場です。
設計されているという事はその設計を行った主体が存在するという事ですから、それをIDと称する訳です。
設計とはそもそも知的な作業ですが、敢えてそれを強調してIDを呼ぶわけですね。
ID論はその様な認識論ですから、それを体系的な科学として成立させようと本格的に取り組むとあらゆる科学分野を網羅するトンデモナイ体系を構築する必要がります。
それは全く現実的ではありませんから、ID論を科学的な体系として示せと言うのは直ちには到底無理な話です。
だからと言ってID論が非科学的であると言うのは極めて不当な極め付けです。
ID論、つまりこの世界は設計されていると言う世界認識はあらゆる科学的知見によってロジカルに導かれるものですから、それは少なくとも科学的な推論である訳です。
それを科学では無い、宗教に過ぎない、言って非難するのは、偏見、無理解、或いは特定の立場からその様に規定しないと都合が悪い、そういう話になります。
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擬態はデザインのあからさまな例証です。
多様で驚くべき擬態の数々が設計以外の理由で存在すると考えることは極めて困難です。
また例によって自然選択論者たちはそれでも無理繰り理由をこじ付けてハイ説明出来ましたと胸を張って見せるかもしれませんが、勿論デタラメです。
精巧で完璧な擬態の数々がどの様な過程を経て自然選択によって形成し得たか、その想像力も完全に欠落している訳です。
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>そのどちらの世界観を選ぶか、という事です。
世界観を選ぶというのは価値の領域ですね。
サイエンスは事実をもとに自然理解の確かさを求めているので、確認できない神様は
埒外です。
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それがオマエの歪んだ宗教観と世界観
人格も歪んでるね笑
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知能も低すぎ笑
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何度指摘されても同じことしか言えない
ソシテまた指摘される
ツマリ学習能力ゼロ笑
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まず、これから、
>限り無く小さい質量を想定すれば硬くなくっても成り立つだろうと言うことですね。
こういう具体論が出てくるのは前進です。続けましょう。
ですが、鉄より硬いエーテルと同様、そんな軽いエーテルも、物理に矛盾します。よろしいですか。
「v² = KL²/M」を変換した「v² = E/ρ」(ヤング率/密度)で考えると分かりやすい。Eが大きいのではなく、ρが小さければよいとおっしゃるわけですね。でも光の巨大な速度を説明するには、エーテルの密度は水どころか大気よりもはるかに小さくなければなりません。そういうエーテルが宇宙空間で光を伝えるのならよいでしょう。
ですが光は大気中も水中も伝わりますから、エーテルは私たちが呼吸する大気とも、船を浮かべる水とも、混在せねばなりません。それは不可能です。水より密度が低い油は水に浮くし、熱して軽くなった空気は上昇します。そのような浮力の原理は18世紀には知られていました。熱気球が発明されたのは18世紀です。
エーテルの密度が光の速度を説明できるほど小さいのなら、浮力で大気圏外に押し出されます。まさしく古代ギリシャで想像された、宇宙にのみ存在するエーテルになってしまいます。私たちの生活圏内で光が伝わることはありません。
だいいち、よく考えてください。すでに水や空気があるところに、それより密度が小さいエーテルがよしんば混在できたとして(できないけど)、波が伝わる空間の密度が、水や空気より小さくはなりませんよ。
結局、空気より軽いエーテルも、鉄より硬いエーテルと、同じです。物理法則と矛盾し、観測事象と整合しないのですよ。
>地動説にしろ波動説にしろ他に信じるに足る根拠があったから完全排除できなかったのです。
どうも私が言ったことと表現を変えますね。私は「完全排除」なんて言ってませんよ。
16世紀に天動説よりも地動説を、18世紀に粒子説よりも波動説を、優位に置くのが、正当な科学からの逸脱ではないのですか、と尋ねました。その切り口で答えてください。
それと、お尋ねしますが、当時の地動説と波動説に信じるに足る根拠があったとして、では、信じるに足る根拠がない仮説の例は、どういうものですか? それがID論だとおっしゃりたいのでしょうか?
>実際、光の波動や電磁波の伝播に関するマクスウェルの方程式は、媒質が質量を持つことを必要としません。
ほら、またやった。光が電磁波であることも、電磁波自体の存在も、19世紀以降の知見で、18世紀には概念すらありません。結局、質量と弾性が入らない波動方程式を出せないではありませんか。いくらなんでも、それだけは認められては、いかがですか?
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ダーウィン自身科学と言う言葉を殆ど使っていません。
科学的な検証と言うこと自体に関心が無いように見受けられます。
それを後の追随者たちは、ダーウィンは優れた科学者だ、更には自然選択論は厳密に検証された科学だなどと極めて的外れな主張を展開します。
ダーウィン自身、実験もしくは観察事実による仮説の証明と言うプロセスには無関心です。
「種の起源」でも勿論その様な証明は一切なされていません。
全ては、こう考えれば説明できると言う彼の想像の世界の中で完結しています。
ダーウィンは正確に言えば少なくとも進化論に関しては科学者ですらないのです。
彼の功績は、新たに進化論を提唱した科学者である点にある、と言うのが一般の評価です。
そもそもダーウィンは最初は進化と言う言葉を使いませんでした。
彼より50年以上前にラマルクは進化論を提唱しています。
この驚くべき評価の齟齬は、進化論を科学から遠ざけ続けています。
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ID論名は理神論とニアイコールです。
つまりIDとはこの世界全体の設計者です。
生物を設計し得るという事はひいてはこの世界を設計したことになります。
この辺りの概念が整理できないとID論の基本が理解できません。
理神論は初期設定にすべてを委ねますが、そこは異論のあるところですね。
敢えて中間関与の可能性を否定する理由は見当たりません。
その方法に関しては、初期設定と同様不明と言う他ありません。
自己組織化が大きな役割を果たしているのは容易に想像できますが、自己組織化も初期設定が必要です。
初期設定に依らない中間関与があり得るとしたら、それはどの様な形で行使されるのか。
進化における有り得ない奇跡群にそれは適用されたのか。
生命誕生、真核生物誕生、多細胞生物誕生、有性生殖、カンブリア爆発、それ以降の有り得ない奇跡が中間関与なしに可能なのか。
可能であればそこには驚くべき初期設定が存在したことになります。
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その初期設定にしても中間関与にしても、その具体的な手法を確認するすべはありません。
少なくとも今の科学レベルにおいては。
勿論具体的な手法が確認できない事と不存在は全く別の話です。
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ビッグバンを起点とするこの宇宙の生成、生命の誕生、生命の進化、これらの過程に関しては、現在その概要はかなり明らかになっています。
宇宙誕生時の極小時間単位のモデルも示されています。
しかしその根本原因に関しては全く未解明、謎のまま残されています。
宇宙誕生前が完全に無であったのかどうかも全く不明、何故極小空間が突然膨張を始めたのかも不明です。
更にその後原子とそれによる物質が生成され、星が誕生しこの宇宙が出来上がったメカニズムに関しても、解明されているのはごく一部に過ぎません。
更に生物に関して言えば、その誕生の過程は全く謎に包まれいます。
提唱されているRNAワールド仮説にしても、とてもその全体像を説明し得るものではありません。
進化の過程も全く同様、何故個々の種が誕生したのか、その正確なメカニズムは全く未知です。
つまり、この宇宙の生成原因、生物誕生と進化、それらの根本原因は現在科学においては全くお手上げの状況にある訳です。
誤った科学主義とは、それをそうではない、現代科学は既に十分な事象を解明しておりそれで説明出来ない事象は殆ど存在しない、こんな思い上がりによって生み出されます。
従ってその様な誤った科学主義者たちは現代科学で説明のつかない事象を何とか既成の科学で説明を付けようとする、更にはその様な事象は事実として存在しないとまで主張するトンデモナイ暴論に走る訳です。
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>更に生物に関して言えば、その誕生の過程は全く謎に包まれいます。
>提唱されているRNAワールド仮説にしても、とてもその全体像を説明し得るものではありません。
>進化の過程も全く同様、何故個々の種が誕生したのか、その正確なメカニズムは全く未知です。
そうですね。生命現象って実に複雑ですから、一つ分かると分からないことがより増えるってかんじですね。
エボデボが個体発生にまつわる新規性の創出力を見出しても、生物史の説明につなげるにはまだまだ課題山積みですしね。
でも科学的理解って、どんな分野でもそういうもんなんですよ。一つひとつ、客観的に確認できたことをもとに論理を組み立て、修正を繰り返しながら確かさを増していくという作業なんで、手間と時間がかかります。
神様による設計という考えを持ち出せば、それはいとも簡単に自然の「説明」は可能でしょうが、
それは、本当に人間を含む自然を説明したことになるでしょうか。
たとえば新型コロナウィルスに苦しめられた数年間について、神様はどうお考えなんでしょうね。
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>それは、本当に人間を含む自然を説明したことになるでしょうか。
↓
それは、本当に人間を含む自然を理解したことになるでしょうか。
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>>731
>ですが光は大気中も水中も伝わりますから、エーテルは私たちが呼吸する大気とも、船を浮かべる水とも、混在せねばなりません。それは不可能です。
>水より密度が低い油は水に浮くし、熱して軽くなった空気は上昇します。そのような浮力の原理は18世紀には知られていました。熱気球が発明されたのは18世紀です。
浮力とは何か?を理解して下さい。
物体が水などに浮く場合、物体に周りの水による支える力が作用します。つまり相互作用があって始めて起こる現象です。
物質を透過するエーテルのような物体にそんな力は働きません。
エーテルの密度が光の速度を説明できるほど小さいのなら、浮力で大気圏外に押し出される?
ニュートリノとか大気圏外に押し出されてますか?非常に小さな質量と相互作用が無ければ地球の大気や物質による影響をほとんど受けません。
そもそも密度ρは質量を体積で割った値です。質量が限り無く小さいなら分母が多少大きかろうが小さかろうがどっちでも問題ありません。
空間にミッチミチに詰まってようが質量が極端に小さければ密度もすこぶる小さく定義できます。
当時の人間もエーテルは普通の物質ではない、物質の要素であっても物質それ自体では無いとか特殊な物体と捉えられてるのはご存じの通りです。
それを水や空気とかわらない普通の物質として考えようとするから貴方はドツボにはまっていると思います。
>どうも私が言ったことと表現を変えますね。私は「完全排除」なんて言ってませんよ。
>16世紀に天動説よりも地動説を、18世紀に粒子説よりも波動説を、優位に置くのが、正当な科学からの逸脱ではないのですか、と尋ねました。その切り口で答えてください。
え〜っと、何を言ってるのですか?
いつ誰が優位に置きました?当時の波動説とかは根拠バトルで後れをとった、つまり優位に立てなかったから主流になれなかったと
本当に何度も何度も散々言ってきましたよ?
なんでそんな話が出てくるの?
波動説の支持が科学的手法に逸脱していないよ、と言う主張を、だから粒子説より波動説が優位と言う主張と思い違いしてやせんか?
>それと、お尋ねしますが、当時の地動説と波動説に信じるに足る根拠があったとして、では、信じるに足る根拠がない仮説の例は、どういうものですか?
>それがID論だとおっしゃりたいのでしょうか?
IDも姿勢によっては充分科学たり得ると最初から言ってるでしょ?
信じるに足る根拠がない仮説の例?色々例に出したやつです。ムー大陸でもホメオパシ-でも武器軟膏でもお好きにどうぞ。
つまり根拠としていたものが否定されちまったやつですね。新たな根拠が出てくれば返り咲けますが、無ければ無根拠の珍説です。
>ほら、またやった。光が電磁波であることも、電磁波自体の存在も、19世紀以降の知見で、18世紀には概念すらありません。結局、質量と弾性が入らない波動方程式を出せないではありませんか。いくらなんでも、それだけは認められては、いかがですか?
何のために例として挙げたかもっとよく考えて下さい。
18世紀に電磁波が理解されてたとか、そう言うことを言っているんじゃ無いの。
波動方程式に質量なんざ持ち出さなくても波動の伝播速度はしっかり記述できるという絶対的事実を示す目的で挙げたものです。
質 量 は 波 動 方 程 式 に 必 須 じ ゃ 無 い ん で す 。
当時は必須と思われていたと主張なさりたいなら別に否定しないので、それを示して下さい。
もう一度言いますが貴方のやるべき事は18世紀に波動の伝播速度は質量が無いと表せないとされていた、と言う具体的証拠の提示です。
さて、この辺のやりとりは本当正直どうでも良いのでいいかげん本題も進めて下さい。
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どうもロジックが混乱してるなあ。
>物質を透過するエーテルのような物体にそんな力は働きません。
エーテルが透過するのは、質量も弾性もない、熱、電気、磁気のような「不思議物質」が前提ですよね。今回は、あなたが「v² = KL²/M」という質量と弾性が入った方程式から、Mが小さければvは大きくなるとおっしゃったことを受けた話です。つまり不思議物質ではないから浮力は働きます。なにより、質量と弾性の波動方程式なら、大気や水があるところでは、大気や水の質量と弾性を含めたものが物性です。つまりエーテルだけを考えてもだめということです。
それと、なにかといえば、透過、透過とおっしゃいますが、それほど物質と干渉しないのなら、
光が目に見える
光が反射する
光が屈折する
光が遮光される
光が物を温める(発火させることもある)
という観測事象と矛盾するとは思われませんか? 光がエーテルの振動で、そのエーテルが物質をすり抜けたら、どうやって物質に影響を与えますか? とりわけ反射と遮光は、透過しないという事象そのものではありませんか。
>いつ誰が優位に置きました?当時の波動説とかは根拠バトルで後れをとった、つまり優位に立てなかったから主流になれなかったと
コペルニクスは天動説より地動説が正しいと主張し、フックやホイヘンスは粒子説より波動説が正しいと主張しました。かれらに続いた者もそうです。なにも私は、世の中全体で優位になったとは言ってません。ただ、かれらのような考えをもつことは正当な科学から逸脱するということでよろしいですか、と尋ねております?
>IDも姿勢によっては充分科学たり得ると最初から言ってるでしょ?
問題にしたのは、地動説と光波動説とID論の相対比較です。姿勢というなら、3つのそれぞれが根拠を挙げています。
地動説:惑星が逆行する
波動説:光が交差・屈折する
ID論:特定の進化が起こった
これに対して、それらの事象は、天動説、粒子説、自然選択でも説明可能という反論があります。今のID論と比べて、当時の地動説と波動説が、科学理論としての正当性が高いわけではない、という合意が得られたのでしょうか?
>波動方程式に質量なんざ持ち出さなくても波動の伝播速度はしっかり記述できる
>質 量 は 波 動 方 程 式 に 必 須 じ ゃ 無 い ん で す 。
質量が無く、物体を透過する物質として熱、電気、磁気を挙げられましたが、それで波動方程式を記述した例はないはずです。それともありますか?
結局、おっしゃっているのは、
質量が入らない波動方程式の実例は出せないが、さりとて、質量が入らない波動方程式は絶対にありえないという証明もできない
ということでしょうか?
-
アプローチの方向性が間違っている為に徒労を重ねている良い例が有性生殖の誕生です。
生存に有利になるように進化した、進化とは生存の優位性の追求の結果である。
生物が獲得した形質は何らかの生存における優位性によってもたらされたものだ。
これは自然選択の原理が進化のエンジンとして刷り込まれた思考によって生じたものです。
つまり何らかの生存における優位性が存在しないと進化する筈がないと言う思い込みです。
その思い込みにより、有性生殖の誕生も必ず何らかの生存における優位性が存在した筈だと考える訳です。
有性生殖は最も単純に考えても雌雄同数存在するとして繁殖における効率は1/2になります。
雌しか出産できないですからね。
更に雌雄の出会いの機会の問題や減数分裂における効率の問題があります。
それでも進化における生存における優位性を信じ込んでいる研究者たちはその優位性を探し求めて四苦八苦します。
これが長年研究者たちを悩ませるパラドクスと呼ばれています。
しかし、進化における多様化も複雑化も明らかに繁殖効率に反しているんですよ。
それに気付かない。
進化は繁殖効率を追い求めた結果ではありません。
そう信じ込むのは自然選択と言うダーウィン進化論の刷り込みがあるからです。
唯一の解は設計の結果と考える事です。
極めて単純明快な解です。
それが受け容れられないのは、既成概念に捕らわれた排他的思考です。
そしてそれが科学とは対極にあることに何時まで経っても気付けず言いる訳です。
結果として無駄な研究労力を費やし続けることになります。
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そしてそれ等が全て徒労であることも自覚できないでいる訳です。
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創造論にとって最も大事な、生物の頂点を極めた人間も有性生殖してますね。
被造物である人間には知りようもない、神様なりの理由があるんじゃないですかね。
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生存に有利な者が選択され進化した。
この誤った思い込みが無駄な研究努力を払わせ進化の真実の探求の道筋から遠ざけます。
設計を事実として受け止めれば、その様な徒労は排除できますが、それが受け容れられなければ延々無駄な労力を払い続けることになります。
進化の態様である複雑化も多様化も、生存における優位性では説明が付きません。
有性生殖も同様です。
その場面場面における優位性で進化の方向性が決まるという誤った思い込みが如何に無意味であるか、それは有性生殖における進化のパラドクスでよく示されます。
つまり考え方の根本に誤りがある訳です。
進化は設計によって予め準備されたものであり、その場面における場当たり的な優位性でもたらされるものではありません。
人間の進化も全く同様です。
人類誕生当時、その知性、体毛の無さ、四肢を自由に操れる身体特性は直ちにはそれ程の生存における優位性を担保できるものではありません。
人類が生態系の頂点に立つのは長い時間かけて文明の発達が成し遂げられた結果です。
その長期的な見通しの上に立って人類は設計されています。
つまり設計が進化の根本原理です。
それが承認できないと、進化の真実の解明は進みません。
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それを拒絶しているのが誤った科学主義な訳です。
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>人類が生態系の頂点に立つのは長い時間かけて文明の発達が成し遂げられた結果です。
その長期的な見通しの上に立って人類は設計されています。
長期的な見通しを行った神様を具体的に示せなければ科学では扱えませんよ。わかりますよね。
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1億年前の品種改良とも通底しますが、現象についての因果関係です。
原因が、人間がそう思うというだけじゃ、科学の方法の埒外、人の想念というだけです。
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ソレがオマエの歪んだ想念だろ
何度指摘されても治らない笑
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オマエの終生癒える事のないの疾患だよ笑
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不治の病笑
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歪んだ信仰と歪んだ思い込み
自分の中ですら科学と宗教の区別が付けられない笑
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生物の持っている様々な形質は生存に有利になる様な何らかの理由がある。
これはだれしも考えがちな事です。
それらは進化の過程で生物が獲得してきたものだ。
こう考えるのも自然ではあります。
この漠然とした思い込みが自然選択論が容易く受け入れられてしまう理由でもあります。
しかしそこには厳密な考証は存在しません。
そこにダーウィンは競争原理を導入します。
競争原理は必ず敗者を生みますが、その着想をダーウィンはラマルクから得ます。
有限な資源を奪い合うという発想です。
何度も繰り返し説明してきた通り、彼の構想した敗者の存在を示す化石証拠はありません。
つまり事実に依る証明が無い訳です。
それにも拘らず、多くの人たちはそれを科学と称します。
科学である根拠がないにも拘らず科学と称する。
これがまさに疑似科学です。
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ラマルクはマルサスの間違い
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ID論は一種の認識論と見做すことが出来ます。
つまりこの世界をどのように認識するか、という事です。
世界観ですね。
この世界を何者も介在することのない完全な自然状態にある、その自然状態の結果がこの様な宇宙と生物が存在している、と考えるか或いはこの世界は設計されている、それは何らかの知性による設計だ、と考えるのかその何れか、2択の話です。
そのどちらの世界観を選ぶか、という事です。
2者択一ですから、それ以外の選択肢はありません。
どちらの世界観を選ぶかによって、この世界の認識は全く異なるものになります。
認識論ですから、それが直ちに科学体系をもたらすことはありません。
ID論は勿論設計されていると言う立場です。
設計されているという事はその設計を行った主体が存在するという事ですから、それをIDと称する訳です。
設計とはそもそも知的な作業ですが、敢えてそれを強調してIDを呼ぶわけですね。
ID論はその様な認識論ですから、それを体系的な科学として成立させようと本格的に取り組むとあらゆる科学分野を網羅するトンデモナイ体系を構築する必要がります。
それは全く現実的ではありませんから、ID論を科学的な体系として示せと言うのは直ちには到底無理な話です。
だからと言ってID論が非科学的であると言うのは極めて不当な極め付けです。
ID論、つまりこの世界は設計されていると言う世界認識はあらゆる科学的知見によってロジカルに導かれるものですから、それは少なくとも科学的な推論である訳です。
それを科学では無い、宗教に過ぎない、言って非難するのは、偏見、無理解、或いは特定の立場からその様に規定しないと都合が悪い、そういう話になります。
ID論自体は科学の方法論ではありませんが、どちらの世界観を選ぶかによって科学に対するアプローチの方法論は全く異なるものになります。
設計を前提とするかしないかです。
それは科学の方法論の効率化の問題でもあります。
-
>>739
>エーテルが透過するのは、質量も弾性もない、熱、電気、磁気のような「不思議物質」が前提ですよね。
違います。質量や弾性の有無なんてわからない不思議物質です。
質量があろうが無かろうがどうでもイイと私は言っています。貴方が質量が0と言う概念に食いついているだけです。
当時確実に言えるのは物質が無いとされる真空中にも存在するものと言うことぐらいです。
>光が目に見える
>光が反射する
>光が屈折する
>光が遮光される
>光が物を温める(発火させることもある)
>
>という観測事象と矛盾するとは思われませんか? 光がエーテルの振動で、そのエーテルが物質をすり抜けたら、どうやって物質に影響を与えますか?
>とりわけ反射と遮光は、透過しないという事象そのものではありませんか。
貴方が光の粒子説で粒同士がぶつからないほど小さく希薄なのに同様の現象が起こるのとほぼ同じ理屈です。
>コペルニクスは天動説より地動説が正しいと主張し、フックやホイヘンスは粒子説より波動説が正しいと主張しました。かれらに続いた者もそうです。なにも私は、世の中全体で優位になったとは言ってません。
>ただ、かれらのような考えをもつことは正当な科学から逸脱するということでよろしいですか、と尋ねております?
言え全く。と散々言っています。
特定の理論を支持するのに逸脱もクソもありません。
何度も言っているのでもう勘弁して欲しいのですが、どんなトンチキな仮説だろうと仮説を立てるのは正しい姿勢です。
それが科学となるか否かはその後の態度、姿勢、行動で決まります。
間違いだと分ろうが、却下されようが、支持されなかろうが、それだけで科学で無いとはならないのです。
>地動説:惑星が逆行する
>波動説:光が交差・屈折する
>ID論:特定の進化が起こった
>
>これに対して、それらの事象は、天動説、粒子説、自然選択でも説明可能という反論があります。
>今のID論と比べて、当時の地動説と波動説が、科学理論としての正当性が高いわけではない、という合意が得られたのでしょうか?
残念ながら現状私はID論に関しては遙かに蓋然性に劣ると思っています。
前者2つはそちらの方が説明で優れている部分が存在するのですが、IDに関してはそれが無いからです。
一見IDの方が説明が容易に見えても結局はIDの成り立ちが謎なわけで、疑問の棚上げにしかなっていないからです。
別に貴方がそれらと比べてID論を支持するに足ると考えるのは別に間違いじゃありませんし、好きにすれば良いです。
科学として成り立つかどうかはその後の行動如何で決まります。
どこかの誰かみたいに終わったことを何度も書き反論からも逃げるようなのは科学的態度ではないと考えます。
>質量が入らない波動方程式の実例は出せないが、さりとて、質量が入らない波動方程式は絶対にありえないという証明もできない
そもそも基本形が質量入ってないだろ、と最初から言っています。
大体、エーテルなんてその性質もあやふやなのに数式にしようが無いでしょ?
エーテルの波動方程式だとv=cってなるだけ。実際19世紀には電磁波と同じ方程式でエーテルの伝播速度は示されています。
貴方の要求は、なんで光速はcになるのか数式で示せって言ってるようなモン。
そう観測されたんだからそう、としか言えないよ。
貴方は鋼のヤング率とか観測なしに求められますか?
別に当時、質量が必須と考えられていたならそれはそれでどうでも良いです。
こっちは限り無く0に近い質量を想定するだけですから。ただ無根拠には受け入れられないと言うだけです。
当時の誰かの発言なりあれば良いのですが、やっぱりないんですね?
まぁ、もう良いんじゃないですか?
これだけやって分るんじゃ無いですか。それなりに根拠を持った対立する理論は完全に相手を黙らせるのは難しいってことです。
当時の科学界の巨人達のそれはもっと凄まじいものだったでしょうよ。
貴方は私の反論をしょうもない屁理屈だと思っていることでしょう。私の貴方の反論に対する評価も同様です。そんなもんです。
もう過ぎ去った過去の問題ですから新しい知見も無く、おそらくずっと平行線です。無意味です。
何度も言っていますが私が当時の波動説支持者が科学を逸脱していたとは考えませんし、どれだけ言われても決して認めないと断言します。
ですので、ここら辺は置いておいて進めて下さい。
逸脱してた体で話をさっさか進めて下さい。
-
学術分野にも色々ありますが、進化論に関して最も大きな問題は科学では無いものが科学だと信じられている事です。
現在主流とされる総合説もダーウィン進化論がベースになっています。
それを科学だと主張している訳ですから、それはつまりダーウィン進化論を科学だと信じている訳ですね。
この空想と科学の区別が付けられない致命的な誤謬を長年にわたって犯し続けています。
かれらはID論を非科学的だ、宗教だと言って排撃する訳ですが、では彼らの信じているダーウィン進化論の一体どこが科学なのか。
自然選択が観察されたとする数少ない実例であるダーウィンフィンチにしても工業暗化にしても、全く厳密に自然選択を説明できるものではありあません。
繰り返し説明してきた通り、それは単に都合の良い変異が起こりさえすればそれを自然選択と極め付ける、自然選択の工程に対する完全な無理解が生むものです。
自分達が科学でなく癖に相手を非科学と論難する。
それが彼ら進化論者の採っている態度です。
科学の方法論に対する無知、無自覚。
長くアカデミズムで科学的と主張されてきたからと言って、それが科学である根拠にはなりません。
科学であるためには、どうしても科学と主張したいなら、科学の方法論に則って、事実に依る証明を行ってもらいましょう。
-
>質量があろうが無かろうがどうでもイイと私は言っています。
どうでもよくありません。質量のある波動方程式は導けるが、質量のない波動方程式は導けないなら、波動方程式に質量は必要です。
>貴方が光の粒子説で粒同士がぶつからないほど小さく希薄なのに同様の現象が起こるのとほぼ同じ理屈です。
ひどく混乱しておられますね。電気や磁気と同じく、エーテル粒子同士は相互作用するが、エーテルと物質は透過すると、上と正反対のことを言われたのはご自身ですよ。
>磁気なんか鉄の中を自由に透過して他の物質に影響しないのにその粒子同士は作用する不思議物質と考えられていました。(>>589)
その自由に透過するはずの物質が、反射や遮光を起こすではありませんか。
>それが科学となるか否かはその後の態度、姿勢、行動で決まります。
では、どうぞ態度、姿勢、行動を問題にしてください。光波動説はエーテルの正体を提示できず、物理的な矛盾を解消できないままで、主張されました。地動説も同様。態度、姿勢、行動がおかしいとは思われませんか?
>貴方の要求は、なんで光速はcになるのか数式で示せって言ってるようなモン。
>そう観測されたんだからそう、としか言えないよ。
変なことをおっしゃいますね。なぜcになるかを示すのが物理ではありませんか。光が波動であるかを検証するために、波動の数式から得られる理論値が、cの観測値と一致するかを調べるのです。理論値と観測値が一致しなければ、波動ではないという結論になります。18世紀の光波動説は一致しないのですよ。
>何度も言っていますが私が当時の波動説支持者が科学を逸脱していたとは考えませんし、どれだけ言われても決して認めないと断言します。
それでは、問答無用と同じです。16世紀の地動説と18世紀の光波動説が、今のID論より蓋然性が高い理由が具体的に語られてません。なによりも、地動説と波動説の矛盾が解決しておりません。
>逸脱してた体で話をさっさか進めて下さい。
だめです。逸脱したと決して認めない人と、逸脱した体で進めることはできません。納得できない仮定に立って得られる結論になど、価値がありません。
今は、地動説と光波動説に物理的矛盾があるかが論点ですから、物理の話をすればよいので、水掛け論にはなりません。とことん突き詰めましょう。
-
「種の起源」の体裁は神学書のものだと言う指摘があります。
種の起源は有害無益ですが、同様に神学も科学にとって有害無益です。
宗教は科学を妨害することすらあれ、科学に利することは何一つありません。
ID論もソレを神学の流れで捉えている限り宗教のドグマから逃れることが出来ません。
宗教は人間の無知と弱さによって紡ぎ出されます。
逆に言えば人間が全知であり強靭な理性を持つ存在であれば宗教が誕生する余地はありません。
つまりダーウィンの居場所はそこだという事です。
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生物の進化には極めて高く聳え立つ到底超えられそうもない壁がいくつも存在します。
そもそもの生物の誕生、真核生物の誕生、有性生殖、多細胞生物、それらカンブリア大爆発に至る過程だけ見ても到底説明可能と思われないイベントが数多く存在します。
生物の意識の獲得も更に説明の仕様がありません。
それらは全て現在の科学レベルでは説明不能です。
ダーウィンはほんの一部の事象だけ見ながら、微細な変異が蓄積すれば全ての事が可能だと言って見せます。
それが進化論の中心に位置する前提として何の疑いも持たない総合説をこれまた無検証に信じ込む、これを惨状と言わずに何と言えばいいのか。
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自然選択論者に共通している特徴は決定的な想像力の欠如です。
彼らの自然選択論に対する思い込みは正に宗教者の態度ですから、そもそもそもそう言った事柄に対して想像を巡らそうとする意志が存在しないんでしょうね。
その点において完全に科学者失格と言われても彼らは何も抗弁できない筈です。
ゲノムだけに限定して観察してもその驚くべき周到さ、計算され尽くした複雑さ、精密さはそれ自体人智を遥かに超えるものです。
現在急速にゲノムのメカニズムは解明されつつありますが、それはまだゲノムの持つ巨大なシステムのほんの一部にしか過ぎません。
そんなものが自然選択の結果で説明できる訳もありあせません。
そんなことにすら、彼らは想像が及ばない訳です。
彼らのそんな存在自体、想像を絶するものですね。
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>>756
>どうでもよくありません。質量のある波動方程式は導けるが、質量のない波動方程式は導けないなら、波動方程式に質量は必要です。
もう一度書きますが基本形に質量は入っていません。
電磁波や津波等の表面波みたいに質量の無い波動方程式は普通にあります。
波動方程式に質量は必須の項目じゃ無いのは揺るがしようのない事実です。
18世紀当時は質量の記述が必須だったと言うならそれはそれで構いませんが、その証拠を示して頂きたい。
示して頂ければ普通に考えを改めますよ。
単純に0に限り無く近いほど小さな質量を想定する方向に変えるだけですから、こちらはどっちでも良いんでね。
18世紀のどこの誰が質量は必須とかぬかしてましたか?
>ひどく混乱しておられますね。電気や磁気と同じく、エーテル粒子同士は相互作用するが、エーテルと物質は透過すると、上と正反対のことを言われたのはご自身ですよ。
?
透過するのは全く持って干渉しないと言ってるわけじゃ無いよ。ニュートリノみたいなもん。
何度も物質に対しては(ほぼ)干渉しないっていってるでしょ。
貴方は以前、
>ガラスや水の粒子は、目や鏡の粒子よりは隙間が大きいので、ただちに光粒子を止めることはないが、すべて透過するのではなく反射も起こります。
>接触しないとはいってないし、むろん光粒子説でもエネルギーは伝わりますよ。ただし、光粒子同士が衝突することは非常にまれで、そういうことが起こっても、観測は不可能です。
ってなことを言っています。
それが許されるのなら同様の論法でいけるでしょ?
>では、どうぞ態度、姿勢、行動を問題にしてください。光波動説はエーテルの正体を提示できず、物理的な矛盾を解消できないままで、主張されました。地動説も同様。態度、姿勢、行動がおかしいとは思われませんか?
当時の人はエーテルの存在を仮定した場合、どう言うことが観察されるか?を考え証明しようとしました。
これが科学の肝であり要です。
詰まるところ検証です。
そしてこれが現状、IDが蓋然性で劣る一番の要因です。検証と言うか、それをしようとする気概も感じられません。
だから科学界からほぼ相手にされないのです。
>変なことをおっしゃいますね。なぜcになるかを示すのが物理ではありませんか。光が波動であるかを検証するために、波動の数式から得られる理論値が、cの観測値と一致するかを調べるのです。
>理論値と観測値が一致しなければ、波動ではないという結論になります。18世紀の光波動説は一致しないのですよ。
ほほぅ。面白いことを仰いますね。
では光速がなぜ秒速10万kmでも100万kmでもなくおよそ30万kmになるのか説明してご覧なさいな。
私は物理の基礎定数とかって基本的に観測値から求めたものと言う理解ですが観測以外から求めれるんですね。非常に興味深い。
あと18世紀の光波動説とどう一致しないか詳細に説明願います。
>問答無用と同じです。16世紀の地動説と18世紀の光波動説が、今のID論より蓋然性が高い理由が具体的に語られてません。
はい。問答無用です。
蓋然性が高い理由は直前のレスで述べています。
>今は、地動説と光波動説に物理的矛盾があるかが論点ですから、物理の話をすればよいので、水掛け論にはなりません。とことん突き詰めましょう。
当時の物理的常識に対し矛盾があったことは否定してないでしょ?
私は仮説に物理的矛盾があっても問題ないという立場だとず〜っと言っています。ですからそこは論点じゃありません。
その根本が違うんだから水掛け論にしかなりません。
ですのでとりあえず矛盾は逸脱の体でIDをどうしたいかいいかげん語って下さい。
-
IDで語るべきものが何も無いから無意味な物理解釈論を延々繰り返してる。
それに気付かないのもID論が何も分かってないから笑
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他に取り合ってくれる人がいないからね笑
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>地動説と光波動説に物理的矛盾があるかが論点ですから、物理の話をすればよいので
常識的に考えて、当時は物理的矛盾があると「考えた」けれども、後に続く事実によって矛盾はないことがわかった、という話ですよね。
そもそも、インテリジェントデザイナー論が科学理論である(疑似科学ではない)ことを示すために挙げた例が
鳥の進化は物理的に不可能で、なおかつ鳥が進化したことを理解するためには「飼育者」が必要だということでしたよね。
優先すべきは物理法則に基づく力学の知識体系であり、現状確認されてはいないけれども論理的に要請されると言ってるとは思うんですが、
「当時の」地動説と光波動説の物理的矛盾が、どのように「飼育者」と結びつくのか、分かりやすく説明していただければと思います。
-
>波動方程式に質量は必須の項目じゃ無いのは揺るがしようのない事実です。
波動方程式ならなんでもよいのではありません。要求される条件は2つ。
1.光の動作を説明できること → ゆえに津波は対象外
2.18世紀の知識で想定できること → ゆえに電磁波は対象外
この2つの条件を満たす波動方程式には、質量と弾性が必要です。
>透過するのは全く持って干渉しないと言ってるわけじゃ無いよ。ニュートリノみたいなもん。
>何度も物質に対しては(ほぼ)干渉しないっていってるでしょ。
いっこうに混乱がおさまりませんね。
私は、光の反射と遮光を挙げたではありませんか。鏡を考えてください。暗幕を考えてください。
(ほぼ)干渉しないのではなく、完全に干渉され、光はまったく透過しないでしょうが。ニュートリノが鏡で反射しますか。暗幕で遮られますか。
>では光速がなぜ秒速10万kmでも100万kmでもなくおよそ30万kmになるのか説明してご覧なさいな。
>私は物理の基礎定数とかって基本的に観測値から求めたものと言う理解ですが観測以外から求めれるんですね。非常に興味深い。
・・・なるほど。そこの基礎知識がないから、理解ができませんでしたか。
観測値としての光速は、ただの観測値にすぎません。だから17世紀から観測されていても、光が波である証拠になりませんでした。19世紀に電磁波理論が立てられ、空間の透磁率と誘電率から、電磁波の速度が秒速30万キロと算出されました。それが光速の観測値と一致したから、光は電磁波と分かりました。
これが物理的考察というものです。音速の場合は、媒質の弾性と密度から計算された理論値が、観測値と一致します。光速の場合は、空間の透磁率と誘電率から計算された理論値が、観測値と一致します。つまり、観測値とは独立に理論値を求め、観測値と比較することで、音や光が波動である証拠になります。
おっしゃるように光速の観測値を波動方程式に入れて済ませるなら、ただ、それだけのことです。光の正体を解明する考察にならないし、光が波である証拠にもなりません。
>あと18世紀の光波動説とどう一致しないか詳細に説明願います。
18世紀には、3次元を伝わる波の速度の理論式は「v² = E/ρ(弾性率/密度)」しかなかったからです。ゆえに、光の巨大な速度を説明できる弾性と密度がなければ、理論値と観測値が一致しません。
光速を説明できる弾性や密度は、もしかしたら、観測できない宇宙空間には存在するかもしれませんよ。でも、大気中にも水中にも、そんなものは存在しません。そこでは、大気と水の弾性と密度が観測されるので、巨大な弾性も極小の密度もありません。
さらにいえば、波動速度の理論式が「v² = E/ρ」しかないのだから、同じ空間では、波の速度はすべて同じになります。ゆえに、光速と音速の値が違う時点で、光波動説はおかしいのです。
>当時の物理的常識に対し矛盾があったことは否定してないでしょ?
「物理的常識」ではなく「物理理論」です。科学は常識に反してもよいが、理論に反するのは科学ではありません。
>私は仮説に物理的矛盾があっても問題ないという立場だとず〜っと言っています。ですからそこは論点じゃありません。
まず、物理矛盾があったことに合意しましょう。物理矛盾がある理論の評価は、その次です。
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飼育者とか言ってる様じゃ論外
時代錯誤の物理解釈論を延々やりたいんだから先に進む訳もない笑
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つまりソモソモID論が全く理解出来ないんで関係ない所を突っつき回してる笑
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飼育者というのは、ある具体的な条件に基づいた、神様について具体性を持たせた表現ですから、言ってることは同じですよ。
内実はゲノムのデザイナーと同じだと捉えれば、あなたにも理解できると思います。
-
神様について具体性を持たせた表現、というより、神様に具体的な名称を与えたという方がよかったな。
なにしろ品種改良が現実に行われていることと、それが物理法則に反しないということだけから主張される「飼育者」って、
常識的に考えて神様以外考えられませんからね。
宇宙人? うん、それもアリですが、神様同様、現状客観的な確認ができない人の想像としか捉えようがないので同じことですね。
-
科学的方法論を踏まえずに、中世に品種改良を行った生物がいた、デザイナーなしに鳥の飛翔はあり得ないといった議論を、まともだとは思っていません。
オマエは前にこう書いてるんだよ。
どうだ、自分のデタラメさ加減
デザイナーは全てのシステムの設計者であり飼育する主体であるなんてトンデモナイ
オマエの場合で言えば無知と嘘の極致だよ笑
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ウソに嘘を重ねる
前言を翻してそれにスラ気付かない
ID論を何一つ理解しない
そして神様神様と譫言のように呟き続ける
どれだけ指摘され無知とデタラメを暴かれてもまた同じことを繰り返す
それを終生続けるんだろ?
-
>デザイナーは全てのシステムの設計者であり飼育する主体であるなんてトンデモナイ
神様の意思に基づく、というところで同じことです。
-
自分が何と言ってるのかスラ理解しない
追い詰められるとこの同じ言葉ををヒタスラ譫言のように呟き続ける
馬鹿の一つ覚え
それをどれだけ指摘されても止めることが出来ない
オマエが精神疾患と呼ばれる所以
-
科学的方法論を踏まえずに、中世に品種改良を行った生物がいた、デザイナーなしに鳥の飛翔はあり得ないといった議論を、まともだとは思っていません。
これは嘘だったのか?
だったら嘘を吐いて申し訳ございませんと謝れ
-
創造論は科学理論ではないと、繰り返しています。
創造論という人々の信念を否定する目的ではありません。
科学の理論ではないという、それだけです。
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誤魔化して話題を逸らすんじゃナイヨ
科学的方法論を踏まえずに、中世に品種改良を行った生物がいた、デザイナーなしに鳥の飛翔はあり得ないといった議論を、まともだとは思っていません。
これは嘘だったのか?
だったら嘘を吐いて申し訳ございませんと謝れ
謝れないか?
また逃げるか?
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だから「飼育者」はまともではない、と言っているのがわかりませんか。
あなた、馬鹿ですか?
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科学的方法論を踏まえずに、中世に品種改良を行った生物がいた、デザイナーなしに鳥の飛翔はあり得ないといった議論を、まともだとは思っていません。
と言ってきながら
「当時の」地動説と光波動説の物理的矛盾が、どのように「飼育者」と結びつくのか、分かりやすく説明していただければと思います。
更に
なにしろ品種改良が現実に行われていることと、それが物理法則に反しないということだけから主張される「飼育者」って、
常識的に考えて神様以外考えられませんからね。
神様の意思に基づく、というところで同じことです。
追い詰められてまたトンデモナイ出鱈目を言い出したな
馬鹿なのはオマエだよ
更に嘘とデタラメを晒せよ
気の済むまでやるんだよ笑
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品種改良を行った生物
生物が神様か?笑
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優先すべきは物理法則に基づく力学の知識体系であり、現状確認されてはいないけれども論理的に要請されると言ってるとは思うんですが、
オマエ自分で何言ってるか分かって言ってるのか?笑
-
>778
生物は被造物だから、神様と同一視されたら不快でしょうね。
>779
はい、あなたも。神様に基づく自然の説明があるに決まってるって言ってるでしょ。、
言われたら
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>>優先すべきは物理法則に基づく力学の知識体系であり、現状確認されてはいないけれども論理的に要請されると言ってるとは思うんですが、
>オマエ自分で何言ってるか分かって言ってるのか?笑
神様を証明する新しい物理学があり得ると信念、でしょう。
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生物は被造物だから、神様と同一視されたら不快でしょうね。
オマエは神様に不快な思いをさせたという事だな笑
はい、あなたも。神様に基づく自然の説明があるに決まってるって言ってるでしょ。、
言われたら
オマエホントに自分で何言ってるか分からないで書いてるな
錯乱状態で更に藻掻いてハマった泥沼から抜け出せないね笑
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神様を証明する新しい物理学があり得ると信念、でしょう。
は?何処が???
錯乱しすぎ笑
-
1億年前に品種改良が行われたという主張からは、そう考えるしかないですから。
ゲノムは神様による設計以外にあり得ないという主張と同じですね。
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生物は被造物だから、神様と同一視されたら不快でしょうね。
オマエは神様に不快な思いをさせたという事だな笑
はい、あなたも。神様に基づく自然の説明があるに決まってるって言ってるでしょ。、
言われたら
オマエホントに自分で何言ってるか分からないで書いてるな
錯乱状態で更に藻掻いてハマった泥沼から抜け出せないね笑
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神様を証明する新しい物理学があり得ると信念、でしょう。
は?何処が???
錯乱しすぎ笑
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1億年前に品種改良が行われたという主張からは、そう考えるしかないですから。
ゲノムは神様による設計以外にあり得ないという主張と同じですね。
品種改良は神様である生物が行った!笑
-
また神様に不快な思いをさせたな笑
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>はい、あなたも。神様に基づく自然の説明があるに決まってるって言ってるでしょ。
科学の方法に基づく自然の説明・理解と、宗教的信念に基づく自然の説明との違いに気づいてくださいな。
反証可能性という角度から一度話してみましょうか? 科学とはどういう方法論なのか、というのが分かると思いますから。
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>>764
>波動方程式ならなんでもよいのではありません。要求される条件は2つ。
>
>1.光の動作を説明できること → ゆえに津波は対象外
>2.18世紀の知識で想定できること → ゆえに電磁波は対象外
>
>この2つの条件を満たす波動方程式には、質量と弾性が必要です。
波動方程式は波動性を示すものなら基本的になんでもいけます。
波動性があるなら津波でもメキシカンウェーブでも重力波でもいけます。
もう一度言いますが、電磁波は質量も弾性も関係なく波動方程式で表すことが可能であるという絶対的事実の例であり
18世紀に提唱されていたとかではありません。
言わんとしていることを理解する努力をして下さい。
繰り返しますが当時質量が必須と信じられていたなら、さっさとそれを示して下さい。それで終わるんです。
こっちはどっちでも別に構わないことなんですから。
>私は、光の反射と遮光を挙げたではありませんか。鏡を考えてください。暗幕を考えてください。
>(ほぼ)干渉しないのではなく、完全に干渉され、光はまったく透過しないでしょうが。ニュートリノが鏡で反射しますか。暗幕で遮られますか。
何度か指摘していますが、やっぱり貴方は波動の伝播を媒質が移動していくことと混同していませんか?
媒質はエネルギーを伝播するものでエーテルが物質を透過するのとエーテルが波を伝えるのは別個のものです。
例えば摩擦や粘性の無い流体中に物体があった場合、流体の抵抗は全くありませんが流体自体の挙動は物体を中心に広がるような動きになります。
例え物体に全く干渉しない媒質でもそれ自体の挙動は変わるので媒質に伝わるエネルギーも挙動に影響を受けますよ。
>観測値としての光速は、ただの観測値にすぎません。だから17世紀から観測されていても、光が波である証拠になりませんでした。
>19世紀に電磁波理論が立てられ、空間の透磁率と誘電率から、電磁波の速度が秒速30万キロと算出されました。それが光速の観測値と一致したから、光は電磁波と分かりました。
>
>これが物理的考察というものです。音速の場合は、媒質の弾性と密度から計算された理論値が、観測値と一致します。光速の場合は、空間の透磁率と誘電率から計算された理論値が、観測値と一致します。
>つまり、観測値とは独立に理論値を求め、観測値と比較することで、音や光が波動である証拠になります。
はい残念。答えになっていません。やるんじゃ無いかとは思っていましたが予想通りの返答がきました。
その説明は、電磁波が光速に近似した速度であることを示しただけで(そこから電磁波と光が同じようなものと言う仮説が生まれたわけです)
なぜ光が秒速30万kmかの説明になっていません。
基礎物理定数は、基本的に観測や実験によって決定されるものであり、現状では純粋な理論だけでこれらの値を導き出すことはできません。
現在の理論物理学の枠組みでは物理定数は実験データに基づいて入力されるパラメータです。理論はこれらの定数を用いて自然現象を記述し予測を行います。
これらの定数がなぜその特定の値を持つのかについては、現時点では根源的な理論的説明はありませんよ。これらの定数の値は、自然界がそのように設定されているという事実として今のところは受け入れられています。
将来的には物理定数の値を説明する根源的な理論が見つかる可能性もありますが、現状は観測を元にしたものでしかありません。
ちなみに空間の透磁率と誘電率も観測値、測定値です。
観測値から計算された理論値が観測値と一致します?ね?説明になってないでしょ?
>おっしゃるように光速の観測値を波動方程式に入れて済ませるなら、ただ、それだけのことです。光の正体を解明する考察にならないし、光が波である証拠にもなりません。
当たり前。波である証拠は別に示されてるでしょ?
波動方程式から波動性が示された訳じゃ無いよ。波動性があるなら波動方程式でも表せられるね、って言うお話です。何言ってんの?
-
>18世紀には、3次元を伝わる波の速度の理論式は「v² = E/ρ(弾性率/密度)」しかなかったからです。ゆえに、光の巨大な速度を説明できる弾性と密度がなければ、理論値と観測値が一致しません。
仮にそれしか無くても、弾性も密度も未知なので好き勝手定義できるので何とでも出来ます。
>さらにいえば、波動速度の理論式が「v² = E/ρ」しかないのだから、同じ空間では、波の速度はすべて同じになります。ゆえに、光速と音速の値が違う時点で、光波動説はおかしいのです。
音はエーテル伝わらないじゃん。真空中で音が聞こえないんだから。
伝わる媒質が違うんだから値が違って当たり前。何言ってんの?
>「物理的常識」ではなく「物理理論」です。科学は常識に反してもよいが、理論に反するのは科学ではありません。
別に理論でも良いよ。どうでもいい。
理論に反しようが科学たり得ます。既存の理論に不備があるかも知れませんし、全く取って代わられる可能性もあります。
そうして理論はブラッシュアップされてきたんです。
既存の理論を盲目的に後生大事にすることが正しいとは全く思いませんネ。
>まず、物理矛盾があったことに合意しましょう。物理矛盾がある理論の評価は、その次です。
だから同意してるって。
ただ、矛盾があった→間違い と短絡に考えないってだけです。私も当時の科学者もね。
と言うわけで、同意してるんだから進めて下さいね。
-
反証可能性という角度から一度話してみましょうか?
無知の嘘吐きとか?
いよいよ神様の鉄槌が下るぞ笑
-
生命体が如何に周到に設計されて創り上げられたものなのか、その最も身近な観察例の一つが生命の発生の過程です。
生命はゲノムによって設計されていますから、発生の過程もゲノムによって駆動されます。
一卵性双生児を見れば明らかな通り、その結果は設計と寸分違わぬ成体が完成します。
たった一つの細胞から細胞分裂を重ね成体に至るその過程は極めて精妙、驚異としか言い様がありません。
そしてその驚くべき精妙なメカニズムの大部分は未だに全く未解明です。
それは現代科学がまだいかに自然に対して無力であるかを如実に物語るものです。
つまりまだ人類は自然の膨大なメカニズムのほんのごく一部しか解明できていないのです。
それをあたかも人類はほぼ自然のメカニズムを解明しえたなんてトンデモナイ思い違いをしては駄目ですね。
何もわかっていないのに分かったつもりになる、全て科学で解明出来ると思い込む、これが悪しき科学主義です。
現代進化論はこの悪しき科学主義と宗教的な思い込みの上に成立しています。
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>波動方程式は波動性を示すものなら基本的になんでもいけます。
なぜ波動方程式を持ち出したと思いますか? 光が波動であるかを検証するためです。ゆえに、光の動作を表す波動方程式でなければ、意味がありません。
>媒質はエネルギーを伝播するものでエーテルが物質を透過するのとエーテルが波を伝えるのは別個のものです。
ですから・・・反射も遮光も、光という波が干渉される事象ではありませんか。媒質が伝わらずとも波動が伝わることはあります。でも、媒質が干渉を受けないのに、その媒質の動きである波動が、なぜ干渉を受けますか。
忘れないでください。エーテルに摩擦や粘性はなくてもよいが、弾性がなくては波が伝わりません。押したら押し返す。引いたら引き返す。その抵抗こそが弾性ですよ。媒質の振動が物体を押したり引いたりして力を加え、その反作用で媒質に物体からの振動が伝わります。それが波の反射です。波が反射するには、媒質と物体はすり抜けてはいけません。
この説明でもだめなら、子供にも分かる例を出しましょう。風が金網をほぼ無抵抗で通り抜けるとします。その時、音だけが反対側へ抜けずに、跳ね返ると思いますか???
>なぜ光が秒速30万kmかの説明になっていません。
>ちなみに空間の透磁率と誘電率も観測値、測定値です。
それなら問題の尋ね方がおかしいので、光速度の理由ではなく、誘電率と透磁率の値の理由を尋ねるべきです。光速が秒速30万キロである理由の説明なら、誘電率と透磁率の観測値から出発すればよいので、教科書の説明もそうなっています。そして、光の正体論争で大切なのは、光が電磁波と示す光速度の説明で、誘電率と透磁率の値の説明ではありません。
>音はエーテル伝わらないじゃん。真空中で音が聞こえないんだから。
>伝わる媒質が違うんだから値が違って当たり前。何言ってんの?
いいえ。同じ場所を伝わるあらゆる波動の媒質は、その場所の物質です。大気中を伝わる波の媒質は、空気もしくは空気とエーテルの混合になります。音だろうが光だろうが。
もし、音は空気を、光はエーテルを媒質にして伝わり、互いに影響を与えないのなら、まさしくエーテルは物質を無抵抗ですり抜けることになる。でも、それなら反射も遮光も起こりません。
鏡や暗幕だけでなく、エーテルと空気、エーテルと水でも、同じこと。分かりやすい例は屈折でしょうね。空気や水がエーテルと干渉しないのなら、なぜ空気と水の境界面ではエーテルが干渉され、光が曲がりますか。屈折だけでなく、水面では反射も起こります。
波動速度は空間の性質だけで決まるのだから、音だろうが光だろうが、同じ空間での速度は同じになります。要するに、18世紀に知られていた3次元空間の波動は1種類しかなく、光波動説とは光と音が同じものという理論なのです。
空気が無いところで音が聞こえないのは、エーテルが空気よりはるかに密度が小さければ、説明可能です。エーテルの振動が、鼓膜を動かすほどの圧力を出せなければ、音は聞こえません。その説明でも納得できないのなら、エーテルの存在自体を、つまり光波動説を否定するしかありません。
>だから同意してるって。
理解に基づく同意なら、上記のような発言はなされません。この程度の物理を納得できずに進んでも、混乱が待つだけです。
-
手っ取り早いので、ウィキペディアから引用しましょう。(ウィキ読んでみてくださいね)
「科学と異なり、疑似科学・宗教・神話・伝統等は反証可能性を認めず、そのため
自らが誤る可能性を認めない
自らが誤っているか否かを確認するテストを考案できない
検証不可能な説明(アドホックな仮説)で言い逃れようとする
といった特徴がある」(ウィキ;反証可能性)
インテリジェントデザイン論は、ズバリ、そのものですね。
デザイナーの意思は自然の複雑さそのものが証明している※と言うばかりで、自論の正誤を確認するテストを考案するなんて想像もできないことだし、
※自然神学の根幹です
物理法則という言葉でくるむことで客観性をうやむやにしようとする「飼育者」なんてのは、アドホックな言い逃れでしかないですね。
飼育者そのものの確認を最初から放棄してる、するつもりもないんだから。
これをひっくり返して、「絶対的な真を求めず、漸近的な真を求め続ける」のが科学ってもんです。
とりあえずさんの言う根拠バトルは、ずっと続きます。科学にとって真とは、その時点で正しいと確認されたことなので、
光の性質についての理解のように、新たな事実が認められればどんどん変わっていくからです。
前にもちょっと書いたんですが、科学理論というのは、反証しやすいものほど良い理論なんだということを付け加えておきます。
たとえば、この病気は微生物によるものだという言明より、コロナウィルスによるものだという言明の方が反証しやすいという意味合いですが、
いろいろなレベルの理論や知識の体系についても、同じことが言えます。
ダーウィンが、ダーウィン自身が思い付く自説の欠点を挙げたのは、上の意味で科学を踏まえた態度だ理解されていることが了解できると思います。
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