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誹謗中傷って、何?

1緑装薬4 </b><font color=#800000>(aL5K3vps)</font><b>:2004/05/29(土) 19:11
最近、よくインターネットでの誹謗中傷ちうことがクローズアップ
されておるが・・・

誹謗中傷って、何?(笑)

211吉岡:2004/10/04(月) 00:08
>>209
読みましたよ。
しかし今は「あなたが」提示された「きょうこさん問題」を
モチーフに、討議をしています。
錯綜させないでおきましょう。

212イカフライ:2004/10/04(月) 00:12
>>211

 全く錯綜していなんですけれどねえ。

 いい加減、頭を冷やして頂けませんか?
「差別されている可哀想な障害者」というイメ−ジを外してくださいよ。

213吉岡:2004/10/04(月) 00:22
別に、障害者でなくても、健常者であるイカフライさんでも
「生きる気力を失うほどの」ダメージを受ける事象に対しては
怒ってもいいのです。

差別は、障害者や弱者にだけ与えられるものではありません。
あるとき突然、差別の被害者に、誰でもなりえます。
ある健康な女性が痴漢に遭ったとき「あんな軽率な服装をしているからだ」
「イカみたいなおばさんに痴漢がボランティアをしたんだ、ありがたいと思え」
こういうのも、立派に差別ですよ。

214イカフライ:2004/10/04(月) 00:31
>>213

多分,吉岡さんには理解されないであろうでしょうが、今夜最後のレスを書きます。

 よくマンガ,特に少年向きのコメディである図式でブスなオンナノコに言い寄られて,迷惑する主人公の図式ってありますね。
 例えば,「どらえもん」ののび太とジャイ子みたいな。
 これって、傷つきますよ,少女時代の私は。

215イカフライ:2004/10/04(月) 00:34
 平凡な少年であるのび太も、ブスでデブな漫画家志望のジャイ子より、美人で可愛いしすかちゃんのほうがよいのです。

 実際,迷惑がられたんだろうな、と思う事もありますよ。
 まあ、今となっては笑えますが。

 けれど、私はこれを「容姿でオンナノコを差別している,女性差別だ」とは言いたくありません。

 被害者の位置に立つことによって,それを絶対化はしたくないのです。

216吉岡:2004/10/04(月) 00:40
傷はつくが、漫画家の生計を守ることは、何にもまして優先すべきだから、抗議はしない。
それがあなたの生き方なら、あなたの生き方の自由は守られるでしょう。

217板尾:2004/10/04(月) 01:38
無料の着メロサイト知りませんか?http://k.fc2.com/hp.cgi/chakumelo2/
これは携帯専用サイトですがかなり良いです。どんなマイナーな曲でもあるサイトですが、これ以外にもあったら誰か教えてください。

218吉岡:2004/10/04(月) 08:21
イカフライさんの主張を、ヤスツさん式にまとめますと、
差別などの被害者は、その表現者に対して、被害を訴えることをしてはならない。
それは表現の自由を犯すことであり、本人がそのハンドルネームの持つ差別性に気づいて変更するようなことがあったり、
漫画家が書く(差別し続ける)権利が奪われることがあったりすることは、許せないことである。
「知らないで侵す差別や、差別発言」は、知らなかったのだから仕方がないが
「表現者に差別意図がない」ことを「知らずに抗議すること」に関しては、
知った段階で、「差別意図をもって同じ事をする人が居るのだが、あなたにその意図がなかったことを理解しました。一地方にでもそういう差別があるのだと知った上での、あなたの行動はあなたにお任せします」といって
自分の抗議の仕方について謝罪しても、「知らないで」抗議したと言う罪は
金輪際許されるものではない。
ある板で収まってしまったら、他の板に持ってきてでも、執拗に「知らずに抗議した罪」を
追求し続ける必要があり、新たな板で、抗議者の言い分に理解を示すようなことがあれば
その言い分は間違っているのであるから、その間違いを正さねばならない。

と、こういう風にまとめられます。
うろちいさんの「僕こんなこと言ったのですねえ」
の気持ちはおわかりになりましたか?

前の板でも
本田徹さんなどは、きょうこさんを攻撃する姿勢に、「いじめの構図」を見ていますね。

219チャレビンスク70:2004/10/04(月) 09:29
それは違うな。
特定の用語を使う≠差別行為じゃない。何としても相手を差別容認者、差別主義者にしたいようだが、論旨を踏まえないレッテル貼りは、失笑を買うだけだぞ。武蔵やちひろのようにな。

220吉岡:2004/10/04(月) 10:03
チャレビンスク70さん はじめまして。
あなたは今日はじめていらっしゃったのに、武蔵さんやちひろさんと言う方をよくご存知のようですが、
私は、あなたより古いとはいえ、その人たちと語り合った経験がありません。
過去ログを見るのも、面倒なので、その例えは新参者に対してはあまりふさわしくはありません。
「特定の用語を使うこと」が差別行為ではありません。
それをきょうこさんも認めています。
名古屋における味噌煮込みの意味をはじめて知ったきょうこさんは、ハンドルネームには差別意識がなかったことを認めています。
つまり「ハンドル味噌煮込みコアラ」さんが差別者ではないことは、きょうこさんも私も、すべての参加者も、認めていることです。
これは理解されていますか?

しかし、きょうこさんの周りで、知的障害者に向かって「味噌煮込み○○」と呼ぶ奴は明らかに差別行為を行っています。
それはお認めになれますか?

この二つが理解されれば、後は、自分はどういう行動をとるかの選択があるのです。

221吉岡:2004/10/04(月) 10:27
なお、
なんとしてでも相手を、レッテル貼りにしたいようですが
趣旨を踏まえず「レッテル貼り」とのレッテル貼りは、失笑を買うだけであると思います。

きちんと内容を踏まえて、根拠と論理性をもって、具体的に批判するように心がけてください。

222吉岡:2004/10/04(月) 11:04
追加します。  面倒だとはいいましたが、
武蔵氏やちひろさんの、どのレスの、どの部分が、どういう意味で
「趣旨を踏まえないレッテル貼り」であるのかを、示していただければ
過去ログを点検するにやぶさかではありません。
それをしないで、武蔵ハンドルレッテル、ちひろハンドルレッテルを作り出して
他の人に貼り付ける行為は、あなたが批判している行為そのものであるということを
ご理解いただけるでしょうか?

223イカフライ:2004/10/04(月) 11:28
>>218のような行為をレッテルを貼る,というのでは?

>うろちいさんの「僕こんなこと言ったのですねえ」
の気持ちはおわかりになりましたか?

 その後,うろちいさんからはそれについてのレスは来ていません。
(私は、違うのですか?と聞きましたが、それについてですね)。

 で、発信者が己に全く差別意図がない場合に発した言葉や表現が一部の人に非差別感、不快感を与えた場合,それを使い続ける事に関して,どう思われるのか?ということですが。
 それについて吉岡さんは見事にスル−していますね。

 私は別にきょうこさんとか言う人を執拗に攻撃なんかしていませんよ?
 それとも、吉岡さんがきょうこさんだったのですか?

 少し冷静になってきちんと読解してください。

224イカフライ:2004/10/04(月) 11:33
 同じ言葉がある場所では差別意図を持って使われているらしい、ある場所では全くその意図がなく使われている。

 この場合,差別意図のない側がその言葉の使用を止めない場合,これを差別主義者としてレッテルを貼る。
 私が危惧しているのはこの危険性なのです。

 ましてや、受信者がいわゆる「弱者」の立場である場合,これを一方的に受け入れねばならない、という論理はむしろ弱者優先をとっているようで却ってえこひいきてきな差別を招くのではないか?と思えるのです。

225吉岡:2004/10/04(月) 13:28
イカフライさん
>>218のような行為をレッテルを貼る,というのでは?

つまり、私がイカフライさんの意見をヤツスさん的手法でまとめましたが、
それは本人にとっては、「そんなこと言っていないぞとはいえないけれど、そんなことを言っていたのですねえ」としか言えないものになっているのではないかと思ったのですが、
そうではなかったということなのでしょうか?
あなたの発言をあなたの意図通りに上手くまとめていると判断なさったのでしたら、
1.私のまとめがヤスツさんのまとめ方と違って、意外にも的確であったのか、
2.ヤスツさんのまとめ方も的確なのに、私がレッテル貼りをした
かのどちらかでしょう。

> で、発信者が己に全く差別意図がない場合に発した言葉や表現が一部の人に非差別感、不快感を与えた場合,それを使い続ける事に関して,どう思われるのか?ということですが。
 それについて吉岡さんは見事にスル−していますね。

何度も答えているのですよ。
「味噌煮込みコアラ」さんが差別者であるとは、誰も言っていない。
知った後も使い続けることすら、自由ですときょうこさんは言っている。(それを私も支持しています)
しかし知った上でも使い続けたときに、私は心無い人だなと思いますが、人それぞれの感想を持つのではないでしょうか? 使い続けるのも自由なら、どんな感想を持つのも自由だと思います。
「心無い人だとは思うな」と、人の心を強要することは出来ないのではないでしょうか?

この場合は内容を点検した結果がそうですが、他の場合は他の場合です。点検もせず一律の法則は作れません。
ケースバイケースではなく、全てに当てはまる規範を設けるべきであると思われますか?

> 私は別にきょうこさんとか言う人を執拗に攻撃なんかしていませんよ?
> それとも、吉岡さんがきょうこさんだったのですか?

はあ?今度はきょうこ冠をかぶされましたね。たくさんの冠、重くって(笑)
このスレッドに、きようこさんがハンドルへの抗議をしたことに対する批判を提出された。
そのあなたの意見に反対すると、ヒステリックな反応をされたので、私はそういう印象を受けています。
他の人の他の印象も、あるとは思いますが・・・・

226イカフライ:2004/10/04(月) 14:30
レッテル貼りについて。
吉岡さんは、218で、過去私が上げた71の例についてだと思うのですが
>漫画家が書く(差別し続ける)→ちなみに漫画の場合,書くではなく描くですが、
 といわれています。
 しかし、>>71のログをきちんと読めばおわかりだと思うのですが,この場合,漫画家側には全く差別意図がないわけです。

あなたに代わってマトメさせて頂きますが。

227イカフライ:2004/10/04(月) 14:35
 ・ある表現について、たまたま差別感を感じた側が抗議をした。
 ・その表現者が全く差別的意図がない。

 この状態についていっているにも関らず、何故「(差別し続ける」ということにならなくてはいけないのでしょうか?

 この場合,両者の気分は対等にならないのでしょうか?

 一方で受信者の一部は被差別感を感じて不快になる。
 一方で発信者(表現者)はテ−マや内容の大筋に関係なく,また本人の全く意図しない部分で「差別表現だ」と認定されて不快になる。

 どっちが重いかは、この際問題ではありません。
 この場合,どっちも精神的不利益があるのです。

228イカフライ:2004/10/04(月) 14:50
吉岡さんは、漫画はお読みにならない様ですが、小説は読まれないのですか?
 映画やドラマはご覧になりませんか?
 そんなことないでしょう。
 その中で,不快に感じる表現やキャラクタ−って今まで一度もありませんでしたか?

 何100回でも言います。
 100人いれば100通りの感性があり,受け取り方があるのです。
 (今,本宮ひろしの「国が燃える」って作品についても、2ちゃんのあちこちで言われてるようですね,余談ですが)
 それについて、たまたま一部の人間が被差別感を感じた,というだけで、どうして、それを描きつづけることがいけないのか?
 発信者側になんら差別意図がないのにも関らず,なぜ、差別し続ける,というレッテルを貼ろうとするのか?
  私が,納得できないのは、そこなんですよ。

229イカフライ:2004/10/04(月) 14:54
 人間って,自己中だし、自分が一番かわいいものです。
 けれど、自分の都合だけを押しとおしてはいられないものでしょう。
 お互いに少しずつ我慢しあって,みんながなるべく傷ついたり,苦しんだりしないようにすることが大切ではないのですか?
 ここで、ずっと論じている平和造り、もそうだと思うのです。

 身体障害者の不快感「だけ」を押しとおすことによって、健常者の権利を侵害することは、やっぱり不公平だと思うのですが、違うのでしょうか?

230吉岡:2004/10/04(月) 15:32
だ か ら ね 。
ケースバイケース ダッチューの。

>>漫画家が書く(差別し続ける)→ちなみに漫画の場合,書くではなく描くですが、
 といわれています。

私のまとめ方に違和感があったのでしょう?
だったら、ヤスツさんのまとめ方に違和感があるとすることは、レッテル貼りにはならないでしょ?

どんな差別かを具体的に検証せずに書いていますからね。
ひどい差別内容であった場合には、描き続けることは差別し続けるになると思うし、
単に不愉快になった程度のことなら、無視して書き続ければいいでしょう。
「点検もせずに」どちらかの行動を選択することを、私は否定しています。

何度も言ったはずです。
「味噌煮込みコアラさん」の態度を支持しますって。
「理解が出来たら、長年使ったこの愛着あるハンドルを廃棄します。理解できなければ、使い続けます」という。
その方が今も使い続けているかどうか私は知りませんが、
「あの例の場合なら」、「私は」心無いことだと感じますし、そう感じる自由を主張します。

231うろちい:2004/10/04(月) 15:46
>>201 イカフライさん
> >>198
> >おお、僕はそんなことを言っていたのか。

>違うのですか?

違いますよ。
>>154 >>156
をもう一度読んでもらえば解ると思います。

>>223
>発信者が己に全く差別意図がない場合に発した言葉や表現が一部の人に非差別感、
>不快感を与えた場合,それを使い続ける事に関して,どう思われるのか?

非差別感、不快感を与えることを知ったうえでなお使い続けるなら
「きょうこさんが「味噌煮込み」が広くは差別語ではない事実を知ったうえでもなお、
味噌煮込みコアラさんを従前通り糾弾し続ける」
と同じ程度に批判される行為です。

232イカフライ:2004/10/04(月) 16:50
>>231

つまり、この場合,きょうこさんの無知だけが非難されていて,このサイト参加者が「味噌煮こみ」が差別語である事を知らなかった、ということについては不問に付されている,ということでしょうか?
 まあ、この場合,この掲示板のあったサイトがどういうサイトであるか、とか、それまでの経過は知らないので,それについては、この会話だけで判断するしかないとは思いますが。
 これはあくまで私の推測ですが,インドネシア掲示板、とありますから、インドネシア好きな人が集まって話していたのかも知れませんね。
 その時に,差別だ,知的障害だ,という話を持ち出されたということに関しても参加者の方には不満があったのかも知れません。
 
>非差別感、不快感を与えることを知ったうえでなお使い続けるなら
>「きょうこさんが「味噌煮込み」が広くは差別語ではない事実を知ったうえでもなお、
>味噌煮込みコアラさんを従前通り糾弾し続ける」
>と同じ程度に批判される行為です。

 これは、どうしてなのですか?
 受信者が不快感を感じたら,その発信者は全て受け入れねばならないのでしょうか?

233イカフライ:2004/10/04(月) 16:58
 例えばうろちいさんの発言に関しても,解釈はこんな狭い範囲の掲示板でもヤスツさん、吉岡さん、私,3人三様に異なっています。

 人の解釈,受け取り方というのは、かように感性(主観)による違いがあって、一様には決められないのではないでしょうか?
 ひどい差別内容を含む,と言いますが,それは本当にひどい差別内容なのか?
 同じ言葉を言われても同じカテゴリ-に属しながら、ひどい差別だ,と感じる人もいれば,全く考えもしなかったと感じる人もいるでしょう。

 そういう点では,例えば薬害や大気汚染のように客観的な数値、デ−タを出して証明する事は難しい,というより不可能に近いです。
 いわゆる差別語辞典的なアンチョコが出来るのは,それがとりあえずのガイドラインになる、というより、せざるを得ないから、というのはこういうところから出ていると思います。

234イカフライ:2004/10/04(月) 17:15
>何度も言ったはずです。
>「味噌煮込みコアラさん」の態度を支持しますって。

>「理解が出来たら、長年使ったこの愛着あるハンドルを廃棄します。理解できなければ、使い続けます」という。
>その方が今も使い続けているかどうか私は知りませんが、
>「あの例の場合なら」、「私は」心無いことだと感じますし、そう感じる自由を主張します。

味噌煮こみコアラさんという方がいっているのは,「ハンドルを廃棄するに足るだけの理由が理解できたら」というですよね。

 吉岡さんが支持しているのは,ハンドルを廃棄せよ,ということであるのではないですか?

 この場合,味噌煮こみコアラさんはどのように理解したか? また、その語,どうされたかは解りません。

 ただ、あくまでこの掲示板の経過だけならば、ある知的障害者施設の周辺で、自分と同じハンドルの単語の一部が差別語的に使用されている。
 その施設職員が視野狭窄による誤解で,自分のハンドルを同じような差別視だと思いこんだ。
 
 だけのことでしょう?

 味噌煮こみコアラというハンドルは,知的障害者差別とは全く関係なんですよ。

 私は,味噌煮こみコアラというハンドルを廃棄するにあたるだけの理由はない,とこの場合理解しますし,ですから、廃棄する必要など全くないと思うのです。

 なんで、それを「心ない行為」の非難するのでしょうか?

 それならば、味噌煮こみという単語は今後一切廃棄すべき、と思われますか?

235イカフライ:2004/10/04(月) 17:22
 少なくともあの掲示板を読んだ人は,味噌煮こみがどこかの障害者施設の周辺で差別語として使用されている、ということは知りましたね?
 ここ談話室にカキコやロムをしている人は少なくとも知りました。

 では、今後,味噌煮こみと言ったり書いたりするのは、心ない行為、なのですか?

 うろちいさんは、味噌煮こみをご自身の差別語リストにいれて,今後一切使用しない,のですか?

 言葉狩り、というのは、そういう事です。傷ついた人間が一人でもいるなら、その言葉は今後一切発するな、これは、発信者と受信者の間があまりにも不公平な様に思えます。

236イカフライ:2004/10/04(月) 17:31
ま、単純に言えば,「味噌煮こみコアラ」というハンドルを使い続ける事が差別にあたるか、どうか?
 ですよね。

237うろちい:2004/10/04(月) 18:49
>>232 イカフライさん
>つまり、この場合,きょうこさんの無知だけが非難されていて,このサイト参加者が「味噌煮こみ」が
>差別語である事を知らなかった、ということについては不問に付されている,ということでしょうか?

えーっと、何についての「つまり」か、ちと判りませんが、それに関しては僕は批判したことがないし、
するつもりもありません。
無知をきょうこさんだけが批判されているのは、
きょうこさんは少し注意深くしていれば知っているはずの事を知らなくて、
味噌煮込みコアラさんは知りようのなかったことを知らなかった。
だからでしょう。

僕は「ある程度のことを知る義務」というのは存在すると思うし、
僕の「ある程度」の基準はきょうこさんの批判者たちとさほど変わらないでしょう。

僕がダブルスタンダードだと指摘する点はそこではありません。
時間切れなのでとりあえずここまで。
すみません。

238吉岡:2004/10/04(月) 18:51
イカフライさん
>吉岡さんが支持しているのは,ハンドルを廃棄せよ,ということであるのではないですか?
> 私は,味噌煮こみコアラというハンドルを廃棄するにあたるだけの理由はない,とこの場合理解しますし,ですから、廃棄する必要など全くないと思うのです。
>なんで、それを「心ない行為」の非難するのでしょうか?

あなたがそう考えるのが自由なように、私がこう考えるのも自由です。
まさか、あなたの考えで私の考えを規制する? ガクガク(((( ;゚Д゚))))ブルブル
「なんで、それを心ない行為」だと思うのかは、もう繰り返しません。
いくら言ってもヒステリー女には通じない(←これボクちゃんのかる〜いチャベチュ、ね)

私は、もし名古屋へいけば、何のためらいもなく大声で、「味噌煮込みうど〜ん」と注文し、初体験うどんを楽しみます。
しかし、料理と関係のない場面で「味噌煮込み花子」などという言葉を発することは、絶対にしません。私の使用言語の中では、料理とかかわりのない味噌煮込みは、禁じ語リストの中にすでに入っています。
そういう意味では、イカフライさんが、ご紹介してくださり(前のほうのレスなので、クリックさえしなかったが)、うろちいさんが問題点を示唆してくださったことを感謝しています。
自分が、「知らないで犯す罪」を未然に防げたのですから。

239ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/04(月) 19:01
休みのウチにまたずいぶん進んでしまったようで……。
遅レスですが少しずつ解決していきます。

>>196

>「知らなかった」ことについて、「謝罪程度ではいけない」と憤ったのは、もともとワタクシではありませんが(^^;)
これは他スレの類似テーマとも共通する話なんですがね(^^;)

私個人の意見を言えば「知らなかったんだから仕方がない」は、きょうこさんを救済するだけでなく、味噌煮込みコアラさんをも救済しなければならないのでは?
吉岡さんの主張に沿うと、きょうこさんから「差別をしやがった」というぬれぎぬを着せられた味噌煮込みコアラさんは、「きょうこさんはそれを知らなかったんだから、ということできょうこさんが謝罪だけすれば差別問題云々はすべて済むこと」でOK?

>味噌煮込みが全国区にならなかった理由
それは吉岡さんの思い込みでは?

「脳が足りない」なんて言葉の方が陰湿で陰惨で普通の人は声に出すのも憚られる、という人もいるかもしれない。単に時代の差異の問題では?

>>197
えーと、そうではなくて「指摘するのは勝手だが、指摘が受け入れられないからといって指摘したものが指摘された相手を罵倒するのは許されない」ということを言いたいだけなんですが。
指摘されるまで、その場には差別意識は存在しなかったわけで、差別用語や特定用語への差別というのは、「差別者によって」だけではなく、むしろ「被差別感を感じた者が作り出す」のではないか?「被差別感を感じたことを指摘することによって、差別意図のない言葉を次々に禁止用語にしていく権限が、被差別感を感じたと主張する側に常にあってよいのか?」というのが私の問いの本質です。

>>198
そういう「ニュアンス」に取れることを言ってましたよ(^^;)

>>202
吉岡さん、やはり少々膨大ではありますけれども、ちゃんと細部までよく読んでからこの話題の続きをされたほうがよくないですか?
あの問題できょうこさんが「味噌煮込み」を問題視したのは、確か「精神薄弱」やそれに類する知的障害者の施設で、職員が障害者に対して使う隠語だった云々という話だったと思いますけど……(私は、ほぼ初出(まだBBSが生きていた頃)にウォッチしていたので、さすがに細部はちょっと記憶曖昧ですが)
味噌煮込みババア、味噌煮込み(個人名)のような使われ方はそもそもなかった(きょうこ談)わけで、そこに吉岡さんの類推と拡張を入れるのは行きすぎでは?
きょうこさんも「常時そう言う差別用語に晒されている(きょうこさん自身が知的障害者だ)」という訴えもなかったですし。
それを踏まえると、吉岡さんはきょうこさんを理解しようとせんがあまりに、都合良く話を拡大しすぎていませんか?

240吉岡:2004/10/04(月) 19:05
ビミョーなニュアンスの違和感だけ、訂正しますね。
私は「ハンドルを廃棄せよ」とはどこでも言っていないはずです。
「お任せします」のきょうこさんに同意だと書きました。
(人の言葉って、自分の言葉にするとき、かようにビミョーなニュアンスの違いが出るものです)
「自分は使わない」ということと、「使い続けるなら心無い人だと感じる」とは言いましたよ。
これ、私の心の自由の範囲内です。

241イカフライ:2004/10/04(月) 19:08
>>237

>無知をきょうこさんだけが批判されているのは、
>きょうこさんは少し注意深くしていれば知っているはずの事を知らなくて、
>味噌煮込みコアラさんは知りようのなかったことを知らなかった。
>だからでしょう。

つまり、「無知をきょうこさん側だけが非難されているのはダブスタだ」という事ではないのですね。
(そのあたりが吉岡さん解釈とは違っているのですね)

>僕がダブルスタンダードだと指摘する点はそこではありません。

 では、どこでしょうか?
 >時間切れなのでとりあえずここまで。
 はい、お返事はいつになっても結構ですので,お待ちしています。

242ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/04(月) 19:11
>>206

区別(対等条件で、違いを分類すること)はかまわない。
差別(上下条件で、優劣や順位を分類し、それに伴う侮蔑感を意識して恣意的に与えること)はよくない。

ここまで書いたなら、「差別はよくないね」というのは同意できますが、差別と区別の違いが混同されていることがほとんどなのも問題でしょう。
また、優劣や順位を分類するのがよくない=差別はよくないというだけだと、オリンピックは金メダリストを決めるから、予選落ちの選手を差別しているということになってしまいませんかね。
(そういえば、小学校の運動会で、順位を決めると差別になるから、最近は順位は決めない、なんて話もありましたね)

で、「優劣を分類し、侮蔑感を意識して恣意的に与えるのはよくない」=「差別はよくない」であれば、それは同意します。
要するに、イケナイのは「差別」ではなくて、「相手を侮蔑する」のがイケナイわけであって、「違いを明確にする」「優劣や順位を明確にする」ということそのものは、別にいけないことではない、と。

そうすると、問題になるのは「違い」や「優劣」を明確にすることなのか、それとも「侮蔑すること」なのか? ということ。
所謂言葉狩りなどは、「違い」をわからないようにさせることで、侮蔑がなくなる、と考えて行われるようですが、それは結局「侮蔑の意志」を挫いたことになるわけではないから、別の言葉に別のニュアンスが乗せられてまた使われるだけ。問題の解決になりません。

また、「侮蔑はよくない」という場合に、

1)意識して相手を侮蔑する。相手も侮蔑と受け取る。
2)侮蔑する意志はまったくないが、相手は侮蔑と受け取った。

(1)は完全によくないと理解できますが、(2)の場合はどのように対処すべき?という話をしているんですよね?
例題として出たきょうこさんは、もう謝ったからいい、味噌煮込みコアラさんはわざとじゃなかったからいい。
そういう意味では、個人間の問題はすでに数年前に完了しています。その上でこの例が持ち出されたのは、「わざとじゃないけど使った言葉に傷ついた人がいたら?」という一般論を論じるためのモデルケースとしてだと思います。
モデルケースの中でのやりとりで、謝罪が済んでいるのになおきょうこさんをなじるのは酷い、と吉岡さんが考えるのは、吉岡さんがあまりにも主題を理解できていないことの証左にしかなりえません。

★それと、吉岡さん。「ヤツス」と打ち込んだら「ヤスツ」と変換されるように単語登録してください。★

243ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/04(月) 19:18
ブラウザを変えたせいか、ライブドアのせいか(^^;)、ナンやら文字化けが酷く……。
一部、飛ばし飛ばしのレスになりますことをお許し下さい。
しかし、一日足らずでこんなに進みますか(^^;)

>>210

吉岡さん。
「吉岡というハンドルは、吉岡清十郎(宮本武蔵の登場人物の一人)を思い出させます。それは、その昔いた武蔵というハンドルの無礼な論客を連想させ、非常に不快になります。実に差別的であり、私にとっては屈辱的に腹立たしい思い出を喚起させ、許すことができないので、変えてください」
さっそく変えてください。


それと、「差別問題」という言葉そのものをやめませんか?
「侮蔑問題」にしましょう。「侮蔑がよくない」だったら全面的に賛成できますから。
差別がよくないと言われることの意義として、「違い優劣を比較するから」ではなくて「比較した結果に基づいて侮蔑するから」いけないわけでしょう?

244ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/04(月) 19:39
>>218

私とは全然違うので、「ヤスツ式」と名付けないでください。
それは私への侮蔑であり、吉岡さんを「侮蔑者」として抗議します。

しかも、ぜんぜんまとまっていない(^^;)

うろちい氏の「僕こんなこと言ったのですねえ」は、「当人が望まない解釈を相手がする」ということに対する感想でしょう(w
  「自分の思い通りの主張は、字面に表しても常に自分の思い通りには解釈してもらえない」
これは、
  「そんなつもりで言ったんじゃないけど、相手には【差別された!】と言われた」
というのと同じですね。

>>220
これがまさに味噌煮込み問題とそのままですよね。
●「自分は知らないから、自分の知らない言葉(例え)を自分に当てはめるな」
○「味噌煮込みコアラは知らないから、味噌煮込みが差別用語だというのを味噌煮込みコアラに当てはめるな」

>>222

武蔵氏とちひろ氏は、過去に談話室にいた論客で、同一人物の可能性が高いと囁かれている人です。(そうでなければ魂の双子。吉岡さんは魂の三つ子と思われつつあるということです)同一人物であることそのものは別に問題ではありません(談話室では、うろちい氏の方針で、同一人物による別ハンドルを許容しているためです。それでも、別のハンドルで自分のハンドルを自画自賛するようなことが【露呈】すると恥をかきますが)。
彼/彼女(ら)は、「読解力が低かった(相手の主張を理解する能力が低かった)」「自分の結論を絶対に曲げることをしなかった(始めに結論ありきから入るため、矛盾を追及されるとループに陥った)」といった特徴があったと記憶しています。

詳しくは、↓からお調べ下さい。
http://hunbook.hp.infoseek.co.jp/
自由記入式で、誰でも自由に投稿ができ、また対立する評価でも削除しないという方針で運営(半ば放置)されているデータベースです。
ここに武蔵氏、ちひろ氏についての論評が残っています。また、談話室のその他の方についての論客評もあります。

語彙についての解釈が異なる場合、知らない言葉、事例などが出てきた場合のメモ代わりとして設置されています。
吉岡さんが書き込まれても、趣旨と違うから削除といった狭量なことはしません。うろちい氏は掲示板管理人としては公正な方ですが、このデータベースはそれに倣った方針で管理されています。

245ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/04(月) 20:01
>>225,232
さっきも書きましたが、>>218はまるでまとめになっていません(^^;)

私が言う「まとめ」というのは、

「前提」
「出ている意見(対立するものを含めての【解釈】の羅列)」
「解決策(対立するもの、現実的でないものも含めて【対策の選択肢】の羅列)」
「それぞれへの解説の付託と、未解決の疑問点または意見を出し合うべき【論点】の提示」

をいうわけですが、>>218はそうなっていますか? 大丈夫ですか?

そう言えば、武蔵氏も「まとめ」ができないというか、「要点の把握」や「自分のものではない意見も含めて議論の全体を俯瞰する」ということが非常に不得手な人でした。悪く言えば「近視眼的で枝葉末節にしか目が届かず、それらを含めて構成される全体が見えない」。よく言えば「熱心で、目の前のものだけに集中する」。
そういうところもそっくりなので、「もしかしたら武蔵氏が別の名前で再登場しているのでは?」と疑われるのでしょう。
別に吉岡さんが武蔵氏と同一人物であってはいけないというつもりはありませんが。

>>238

>いくら言ってもヒステリー女には通じない
これは軽い差別ではなくて、「重い侮蔑」になるでしょうねえ。世の中の基準とやらに照らし合わせるか、フェミ団体の人にチクれば。
でも、同じ状態に吉岡さんご自身が身を置いておられるようにも見えますが……。

ですから、吉岡さんが何を考えようと自由ですよ。
ただ、「自分の考えが世の中の標準で基準で、相手がおかしい!」と決めつけるのはよくない。
まずこの点はご理解いただけますか?

その上で、「一つの言葉に対して異なる理解があるのだから、なかなか発信者の意図通りに受信者が理解してもらえるとは限らない」
これもわかりますね?

さらに「発信者の意図しない侮蔑感を、受信者が感じてしまうこともありうる」
これはどうでしょうか? あるかないかで言ったら、ありうる、というのは理解できますよね?

246ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/04(月) 20:01
そこからが問題で、
1)発信者が常に予防的措置を考慮し続けるべきか?
2)侮蔑を感じないように、受信者が予防措置をするべきか?
3)発信者と受信者の解釈が対立する場合、どちらの意見が採用されるべきか?(どちらの意見が勝者となるか)
4)発信者と受信者の対立する解釈に、勝敗を判定するのは誰か?
5)発信者と受信者の間で和解が成立した後も、発信された言葉の取り扱いという問題は残るが、そういった「問題点のある用語」に一度でもなってしまった言葉は、以後「要注意用語(=言葉狩りリスト入り)」に指定すべきか?
n)……

というように、いろいろな「次の論点」を生み出します。
もちろん、すべてが「たったひとつの冴えたやり方」で解決できるとは思っていませんが、「その他のケースにも当てはめていける汎用性の高い対応方法」や、「それぞれのケースごとで使い分けられる、対症方法」について、少しでも論じてみては?というのがこのスレで議論をする意義なわけでしょう?

「自分はそう思う(それは勝手です)。だからあんたも勝手にそう思え(それも勝手です)。だから自分の主張に介入することは許さぬ(じゃあ、なんのためにここで意見を述べてるんですか?演説ですか?)」

ということです。

247イカフライ:2004/10/04(月) 20:11
>>238

>「知らないで犯す罪」を未然に防げたのですから。

罪,とはなんでしょう?
 この場合,なにが罪なのでしょうか?

 どこか非常に狭い範囲で「味噌煮こみボウヤ」という言葉がたまたま知的障害者に対する差別用語として使われているらしい。
 この場合,そういって揶揄する人は,罪,刑法上の罪はないにせよ、倫理的には問題がある、これはいいです。

 で、それを全く知らないで偶然たまたま使っただけで「罪」でしょうか?
 全く罪はありません。

 で、次です。

248イカフライ:2004/10/04(月) 20:16
 ここでは一部の単語が同じ言葉ですが,そのものずばり「味噌煮こみボウヤ」というハンドルを使用していた人がいる,とします。
 前レスにも書いた例ですが,その人の青春時代のバンドのボーヤの思い出かもしれない。
 味噌煮こみ料理が大好きな我が子への愛情を表しているかも知れない。
 その人が、偶然、同じハンドルがそういうことにも使われる,と知った場合。
 そのハンドルを使い続けるのは、罪なんでしょうか?
 全く罪ではありません。
 にも関らず,そのハンドルを使い続ける事を責めるのは,冤罪です。

249イカフライ:2004/10/04(月) 21:01
 ごくごく狭い範囲で少数の人が味噌煮こみを差別の形容詞に使用していることを知った人が,全くそれと異なる意図の味噌煮こみのハンドルを使い続ける事を
「心ない行為」  
 と思うのは勝手です。 
 人の心は縛れないから。
 私をレイプしたいと思おうが,宗教勧誘したいと思おうが勝手ですし、極端な話、殺したい,と思ったとしても,それは縛れません。
 しかし、もし、吉岡さんがどこかで味噌煮こみコアラのハンドルを使いつづけている味噌煮こみコアラさんに対して「それを心ない行為だ」と言ったとしたら。
 それは、非常に失礼であり,根拠のない言いがかりです。
 
 差別と感じて傷ついた側の傷は思いやっても,全く意図のない事で差別者扱いされた側の傷は思いやる必要がないのですか?

250吉岡:2004/10/05(火) 00:15
>>239 ヤスツさん
>私個人の意見を言えば「知らなかったんだから仕方がない」は、きょうこさんを救済するだけでなく、味噌煮込みコアラさんをも救済しなければならないのでは?

ずっとそれを言っているんですが・・・・・

>吉岡さんの主張に沿うと、きょうこさんから「差別をしやがった」というぬれぎぬを着せられた味噌煮込みコアラさんは、「きょうこさんはそれを知らなかったんだから、ということできょうこさんが謝罪だけすれば差別問題云々はすべて済むこと」でOK?

あなたは「差別問題云々はすべて済むこと」でOKですか?違いますか?
私なら、全てOKで流してしまうよりは、差別問題云々については、きょうこさんの周りにいる、味噌煮込み云々という語で嘲笑する人たちの事を、もうちょっと掘り下げて考えてみたいです。そういう行動をとるに至る心理(日常のやり場のないストレスがあるなど)や、彼らがそう言うことでしか気晴らしを出来ない現実など、討論で多角的なご意見をききながら、考える契機に出来たらいいなあと思います。そうすることで、単に力でねじ伏せるような禁止ではなく、何らかの新しい発展が見出せるかもしれないと言う期待があります。
あなたの問いかけに中の「謝罪だけすれば」と言うことの中に、謝罪だけではすまぬという意図が含まれているのでしょうか?

>>味噌煮込みが全国区にならなかった理由
>それは吉岡さんの思い込みでは?

そうです、私の思いです。それが、その通りなのか間違っているのかは、誰にも正解は出せない種類のです。

>「脳が足りない」なんて言葉の方が陰湿で陰惨で普通の人は声に出すのも憚られる、という人もいるかもしれない。単に時代の差異の問題では?

要は感性の問題で、どちらが正しいの問題ではないでしょう。
時代の差異とすれば、いつの時代の人にとって「ノウタリン」と言う言葉の方が、声に出すのも憚られる陰湿で陰惨なイメージなのでしょうか?

>えーと、そうではなくて「指摘するのは勝手だが、指摘が受け入れられないからといって指摘したものが指摘された相手を罵倒するのは許されない」ということを言いたいだけなんですが。

「指摘したものが指摘された相手を罵倒」している事実は、この場合は存在しないですね。

>あの問題できょうこさんが「味噌煮込み」を問題視したのは、確か「精神薄弱」やそれに類する知的障害者の施設で、職員が障害者に対して使う隠語だった云々という話だったと思いますけど……(私は、ほぼ初出(まだBBSが生きていた頃)にウォッチしていたので、さすがに細部はちょっと記憶曖昧ですが)

(2001 年 05 月 06 日 17:27:37)
(2001 年 05 月 07 日 18:44:20)
(2001 年 05 月 09 日19:43:09)
の三つしか、きょうこさんのレスがないと思っていたのですが・・・・他にもこれに関するきょうこさんの発言があるのでしょうか?
ここには、職員が障害者に対して使う隠語だとの表現は、出ておりません。
「実際に「味噌煮込み」という言葉で罵声を掛けられたのは紛れもない事実です。」
「私にとっては一緒に施設で働く仲間の方がより親しい存在です。」
などの表現から見て、外部の人間が、知的障害者施設の人々(もしかすると職員も含めて?)に浴びせる言葉であると解釈していますが、違うのでしょうか? 

>味噌煮込みババア、味噌煮込み(個人名)のような使われ方はそもそもなかった(きょうこ談)わけで、そこに吉岡さんの類推と拡張を入れるのは行きすぎでは?

この、「使われ方はそもそもなかった(きょうこ談)」はどこに載っているのでしょうか?

>きょうこさんも「常時そう言う差別用語に晒されている(きょうこさん自身が知的障害者だ)」という訴えもなかったですし。

その人たちの中で働く人ですから、きょうこさんが「罵声を掛けられた」と表現したのに、無理はないと思うのですが・・・・

251吉岡:2004/10/05(火) 00:19
>>243
>「吉岡というハンドルは、吉岡清十郎(宮本武蔵の登場人物の一人)を思い出させます。それは、その昔いた武蔵というハンドルの無礼な論客を連想させ、非常に不快になります。実に差別的であり、私にとっては屈辱的に腹立たしい思い出を喚起させ、許すことができないので、変えてください」さっそく変えてください。

あなたが受けた差別を実感でき、かつ、吉岡という名前が、武蔵氏のハンドルの責任まで負うべきだということが、納得できたら変えましょう。
納得いくように具体的に受けられた被害をお教えください。
相手もお互い様というような(現在のあなたと私のような)議論だと、納得は出来ません。
武蔵氏の責任を、単に連想する名前だからと言う理由で、吉岡が引き受ける必要があると言う理由も、納得がいくように説得してください。今は全く納得が行きませんので・・・・・

>>224 
>彼/彼女(ら)は、「読解力が低かった(相手の主張を理解する能力が低かった)」「自分の結論を絶対に曲げることをしなかった(始めに結論ありきから入るため、矛盾を追及されるとループに陥った)」といった特徴があったと記憶しています。

この評価が当たっているとするなら、意見内容は逆向きでしょうが、大神さんとそっくりですね(笑)

252吉岡:2004/10/05(火) 00:26
イカフライさん
>>「知らないで犯す罪」を未然に防げたのですから。
>罪,とはなんでしょう?
 この場合,なにが罪なのでしょうか?

警察に捕まるような犯罪だと言っているわけではないんですよ(笑)
きょうこさんの言葉を借ります。
「私も普段の仕事の中で何気ない言葉によって相手を傷付けることがあると思います。言葉の傷は意外と大きなものです。この問題でこれだけの方がなんらかの考えをレスしていただけたのですから障害者に対して考える一つの契機になれば良いと思います。」 と言うような、そんなことです。
考える契機というのは、「皆さんの契機」を言っているようにとって、傲慢だと言う批判ゴウゴウだったようですが、私は、前半の文に続いているのだから、彼女自身を含めての考える契機という表現だと捉えます。
私自身も自分は何気ないとしても、知らぬ間に言葉の刃で人を殺しているかもしれません。
実際の刃物の場合で考えると、殺す目的で意図的に刃を振るうなら、それは犯罪なのですから、犯罪者の目的には、適っているといえます。
しかし、意図的でもなく、思いもかけない人を傷つけることになるなら、私にとっては、それを未然に防ぐことが出来る方がいいに決まっているんです。

 >しかし、もし、吉岡さんがどこかで味噌煮こみコアラのハンドルを使いつづけている味噌煮こみコアラさんに対して「それを心ない行為だ」と言ったとしたら。

言ったとしたらって、私は言いませんよ。「今後のことはご本人である味噌煮込みコアラさんにお任せしたいと思います。」と言われているきょうこさんも多分。
何度も同じようなことを繰り返しても、読み取っては頂けず、気力を失います(笑)

253ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/05(火) 01:45
>>250

侮蔑問題を当人たちの問題で終わらせずに掘り下げて考えるために、今こうして話をしているわけですが、吉岡さんは、ようやくそこにたどり着いたんですね?
お待ちしていましたよ。
「当人達が謝罪をしたのだからいいじゃないか」と言い出したのは、きょうこさんを擁護した吉岡さんの意見でしょう。
で、「それでは当人たちの問題として終わらせないためには」という話に進めようとするたびに、「きょうこさんは謝った!」と言い続けていたのが吉岡さんなわけですが、その主張についてはもう満足されたんですよね?

>感性の問題でどっちがどうという問題ではない
のであれば、なぜ「脳を煮込む」のが陰湿で陰惨なんですか? いつの時代の人にとってのイメージですか?
そしてそれは実証されていますか?

と、このようにループしてしまうのでは?
個人の感性の問題なら、広く実証はできないわけですから。

>「指摘されたものが指摘された相手を罵倒するのは許されない」
きょうこさんは、味噌煮込みコアラを名乗っている人、それに異を唱えない人を「罵倒(=批判)」したわけですが。
そして、もうきょうこさんは謝罪してしまったから無問題でしょうか? 当事者としてはそうだけど、だったら、「そこだけで終わらないために問題を掘り下げるべき」という、>>250冒頭にある吉岡さんの「ずっとそれを言っている」っていうのは、どう繋がるんですか?

>きょうこさんの発言 (以下)
はて? 私が昔見たときには、もう少しあった気がしますが、閉鎖までの間に削除されたんでしょうかね?
発言が現存しないのであれば、そのような解釈でも仕方がないかもしれませんね。

-----------------------------------------
それと、これは事務的な要請ということで。
吉岡さん、引用符(他人の発言を引用するときに使う記号)で、「 > 」(全角の「大なり」)を使っていませんか?
ライブドアの仕様変更によって、行頭で大文字大なりを使っていると、専用ブラウザで表示した場合は文字化けしてその行が読めなくなる場合があるようです。
お手数をおかけしますが、「 > 」(半角の「大なり」、または閉じカギ)でお願いできないでしょうか。
吉岡さんが「 > 」を付けて回答された行のほとんどが文字化けで読めないようです。(IEでは表示されますが、それですと談話室のあるサーバに負担がかかりますので、専用ブラウザの利用をオススメします)

254ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/05(火) 01:56
>>251

それではこれから私が受けた「侮蔑的な思い出」を追体験して頂くことになりますが、それには異存ないでしょうか?

くだんのケースになぞらえる実地的な例として挙げているわけですけれども、「指摘された側が納得いくいかない」は、この場合無関係でしょう?
被差別感を感じた、侮蔑感を感じたと訴えた側が、言われた側の本意であるなしに関わらず「差別的だ!」と言ってしまえば、「差別」は成立するよ、ということを説明するためにこう申し上げているわけです。
そして、吉岡さんは「自分が納得いかないから同意できない」と言いましたね?
つまりは、「自分が差別する側になっていると言われても、同意できないから自分は差別者ではないと言い張る」ということですよね。その反応は。
被差別感情、侮蔑を受けたという感情は、「説明して納得が得られる」ようなものばかりでしょうか?
激しい不快感を感じた、と言葉にするのは簡単ですし、そうされた状況を再現することもできるでしょうけれども、異なる状況に置かれた人にとっては、同じ状況が再現されても同じ感情を喚起することはできないわけです。
それであっても、「差別された!」とする人の心情を考慮しなければいけないのだとすれば、「差別された!」と指摘された側(差別をしている側)が、納得するしないは無関係、ということになりませんか?

しかしながら、吉岡さんは「納得いかないから同意できない」と言います。
まさにそれが、味噌煮込みコアラさんの感情でしょう。
どうでしょう? 概ね私の予想通りの反応をされているようですが、自分に置き換えてみると少しは理解できますか?

>大神さん
大神さんの理解力、資料提示能力などのポテンシャルは相当高かったと思いますが?
少々シニカルなところがある方ですが、まさかその「シニカルなところ」が気に入らなかったのですか?
常々思うところではありますが、「相手の主張を把握すること」が議論の意義の第一では?
「読解力が低い」というのは、「聞く能力がない」か、「聞いた内容を反復して説明する能力が低い」のどちらかではないかと思います。
私も常々それを注意し、よく聞き、よく「確認する」ということをしたいと思っていますが、吉岡さんはいかがですか?

吉岡さんの意見の述べ方と、主張内容の整理をしていくと、どうも「全体を俯瞰するのが苦手な人」「自分の主張を相手に言わせるのが苦手な人」「妥協点や共通点を探して合意を目指すのが苦手な人」という印象がぬぐえません。
我々は他人で別人ですから、相違点があるのが当然ですし、同じ考えを持っていなくても仕方がないことです。
が、それに立った上で、「歩み寄れること」や「似ていること」「妥協、合意できること」を捜せるように意見を交わしあうほうが建設的であるように思います。

あなたは建設的ですか?

255ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/05(火) 02:05
>>252

自分の意図通りに相手が受け取ってくれないのは、

1)相手の理解力が低いから
2)自分の説明が不十分だから
3)相手が理解をする努力が不十分で積極的ではないから
4)自分が説明する努力が不十分で積極的ではないから
5)相手に説明を理解する知識が足りないから
6)相手に説明を理解させる語彙(喩え、かみ砕き方)が足りないから
7)それらを徹底する時間が充分にないから
8) (1〜7)のすべて

ではないかなと。
必ずしも、自分だけの問題でも相手だけの問題でもないのでしょう。
しかしながら、自分だけの問題ではない場合、相手にも問題があり、その逆もしかり、と。
吉岡さんの主張が相手に理解されないのは、吉岡さんの説明が不十分だからでもあり、相手にその説明を理解する意志が不十分であるからかもしれません。
今のところ、吉岡さんの説明を理解しようという積極的意志はあるつもりですが、吉岡さんには同様の姿勢があるのですか?

「自分が気持ちよく説明したら、説明義務は充分果たした。理解しないのは相手が悪い」と言い放った猫がいましたが、「相手に伝わらない説明は、充分に説明したことにならない(=流行の言葉で言えば説明責任の不徹底ですか?)」
同時に、「解決または合意を目指したい議論をしている最中に、充分に理解できないのであれば、理解する努力は双方がしなければいけない」のではないかとも思いますが……。

一応確認ですが、吉岡さんはこの議題を巡ってイカフライ女史なり私なりを、論破・言い負かしたいのですか?
「どうせ答えは出ないのだから、議論のために議論をする」というのが、吉岡さんがたびたび賛意を示している猫の基本主張でしたが、吉岡さんもそういう「議論のための議論」もしくは「相手に対して膝を折るつもりはないが、自分の言いたいことを演説したいだけ」ということでなにがしかの意見を述べておられるのでしょうか?

できることなら、何らかの「合意」や「共通の意見」を得られるような議論をしたいなと思っているわけですが、もしかして、そういう議論は苦手ですか?
もし苦手ならそのように仰ってくだされば吉岡さんに合わせますよ。
私としましては、

・侮蔑はよくない(差別ではありません。侮蔑がよくないのです) ←これは合意できますね?
・意図せずに発した言葉に侮蔑を感じる人がいた場合、どのように解決するか? ←問題はここですね?

という主題に戻れればいいなと思っているわけですが。

256吉岡:2004/10/05(火) 10:34
>>253
>「それでは当人たちの問題として終わらせないためには」 

この言葉を使って問題提起されたことはないと思いますが、私が見落としているのでしょうか?
言葉が違うとすれば
「味噌煮込み差別(侮蔑と置き換えてもいいですが)をモチーフに、差別問題がなぜ起こり、それを言葉狩りのような圧力ではなく、むしろ圧力を取り去ることによって、弱者を甚振ることでしか憂さ晴らしが出来ない、差別者のもつ抑圧を検証すべきではないか」と言うような話題を喚起する、ヤスツさんのレスと、出来ればその文言を抽出していただければ、私の読み取りの不備が分かり、勉強になります。よろしくお願いします m(__)m

>そして、もうきょうこさんは謝罪してしまったから無問題でしょうか? 

前のレスでも、自分に意見とは別に、あなたの意図を推測し、
《あなたの問いかけに中の「謝罪だけすれば」と言うことの中に、謝罪だけではすまぬという意図が含まれているのでしょうか?》と疑問を書きましたが、彼女のやったことは、謝罪だけではすまぬというニュアンスがあるようにも受け取れるのです。
むしろ、あなたの意図はこちらにあるのではすら思いながら、つまり、問題を拡散するなと言われる恐れを持ちながら、味噌煮込み差別をする奴らへの考察を提起したのです。
《やっと気がついたのかと言われるように、そういう問題提起を、あなたが呼びかけておられたのなら、その問題提起へのレスもお待ちします》
「もうきょうこさんは謝罪してしまったから無問題でしょうか?」という設問意図がつかみにくいのです。言葉数が多い人なのに、肝心のところでは、あいまいな表現をなさっています。

>>254
>概ね私の予想通りの反応をされているようですが、自分に置き換えてみると少しは理解できますか?

自分に置き換えながら、同じことを言っているのです。
私は、部落開放同盟が指摘することなら、何の吟味も咀嚼もしないままに、無条件で受け入れると言うような姿勢ではいけないと思っています。このスレでも「〜コアラさん」の姿勢を支持しますと、何度も言ってきました。
頭からいちゃもんつけやがってではなく、指摘する限りは、指摘するだけの差別事象があるのだろうという前提で、真摯に耳を傾ける姿勢は必要であると思います。しかし、差別だと言われたら何も考えず止めてしまうと言う姿勢は解決につながらないと思っています。
スイカ割りを止めると言う話題に、「それはダメ」といってしまったのもそういうことです。(これは止めた理由を、圧力として差別だと言われて、無条件に止めたと思ったからで、そうとは限らないのを後で知りましたが)

>大神さんの理解力、資料提示能力などのポテンシャルは相当高かったと思いますが?

中田さんとの対話を見たら分かると思います。

>>255  について
自分の意志や姿勢と、相手の感じ方は逆なのだなあと言う見本だと思います。
私があなたに対して思っていたちょうど同じことを、自分に向けて言われていますから。
とだけ・・・・

最後の
「意図せずに発した言葉に侮蔑を感じる人がいた場合、どのように解決するか? ←問題はここですね?」
に同意します。

257吉岡:2004/10/05(火) 10:41
タイプミス
前のレスでも、自分に意見とは別に、あなたの意図を推測し、
《あなたの問いかけに中の「謝罪だけすれば」と言うことの中に

自分に→自分の
問いかけに→問いかけの です。 すみませんでした。
これを良くやりますので、注意はしますがやってしまった場合、今後は判読よろしく。

258大神:2004/10/05(火) 17:41
 横レスで済みませんが、

昔はデブとか普通に使っていましたね。本のタイトルで。

「デブの国とノッポの国」とか「燃えよデブゴン」とか。
(私は弟と小一時間、デブの国とノッポの国が戦争したらどっちが強いか
議論したもので、最終的には弟とリアルファイトまでしてしまったの
ですが)話を戻しますが、例えば昔はNHKでノッポさんなんてキャラが
いました。

 ですが当時でもデブもノッポも単体で使う場合は体の均整が取れて
いないことを示すという意味であまりいい意味で使われる言葉とは
認識されていませんでした。

 ですが、前述のタイトルやキャラの場合は子供達に分かりやすくする
ためというので差別意識とは全く関係なく、また差別を助長することに
なるとも思っていなかったと思いますし、受けてのほとんども問題に
しなかった思います。

 言葉は道具で、本質的に問題とすべきは差別をするような心、疎外したり
意図的に心に傷をつけるような心だと思います。ですから言葉狩りを
しても、意味がないなと思いますね。別の道具[言葉]を使えばいいだけ
ですから。

 知らずに使った言葉で相手を傷つけたとしても、それがほとんどでは
普通に通用する言葉なら、ローカルで遠慮するか否かに話が分かれますし、
その場合は差別的言辞というよりもTPOから遠慮する言葉の分類かに
なると思います。
 また、その内容にとっては発言者が問題ではなく受け手が問題になる
場合もあると思います。被害者絶対ではなく、発言者が品性や遠慮を求めら
れるのと同様に、大して問題にならないようなのを騒ぎ立てない当たり前の
配慮も受け手には必要だと思います。そうなると結局発言者、受けて双方
共に同程度のコミュニティーの中で気配りが求められるということに
なるのではないかと思います

259大神:2004/10/05(火) 17:51
>>258 続き

 ですから、前にイカフライさんがSFのキャラの描写も差別的か否かを
配慮しないといけないのかという話がありましたが、

 そもそもSFというのはフィクションでその中にはスターウォーズのような
人間だけが登場しない、醜い姿のものもあれば、ダークマンや悪魔の毒毒
モンスターのような本当に醜いものもあるとおもいます。

 それらはSFの世界と認識されているわけですからほとんどの人もあく
までフィクションとしか認識しないでしょう。

三頭身のキャラで小人病云々言う人はいないでしょう。

 ですから差別と感じた⇒差別発生 と単純に考えずに
差別と感じた⇒ 狂ったノイジーマイノリティーの戯言
の可能性も考えないといけないのでは思います。

以上横レス失礼しました

260ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/06(水) 02:50
>>256

>>「それでは当人たちの問題として終わらせないためには」 
>この言葉を使って問題提起されたことはないと思いますが、私が見落としているのでしょうか?

ああ、見落とされていますね。
そのままずばりの文字列ではありませんけれども、イカフライ女史が何度となく話を引き戻そうとなさっていたと思いますが、その真意がこれでしょう?
イカフライ女史の発言を遡って再チェックして頂ければ済むのでは、と。

ところで、まだ「きょうこさんがどうした」という話は続くのでしょうか?

1)「きょうこさんは謝った」→きょうこさん個人の問題は解決した
2)しかし、「きょうこさんが【誤った】のと同じ誤りはあるかもしれない」「味噌煮込みコアラさんのように、予期せぬ指摘もあるかもしれない」
3)類似のケースの場合はどうする? という話に進むべきでは?

罪を憎んで人を憎まずという言葉がありますけれども、人(個人/当事者)の問題が解決したら、「罪」についても考えなければなりませんが。
あなたは「罪とは何か?」については考えないのですか?

>大神さんのポテンシャル
中田さんて、あの枝葉末節に囚われがちな人ですよね。
ループが酷いのと、議論する姿勢にあまりゆとりというか、ウィットのようなものが
ないので、途中で追うのを止めましたが。

枝葉末節に囚われ、全体を俯瞰できないという意味では、武蔵氏も
ちひろ氏も中田氏も吉岡氏も、似てますね。

>私があなたに対して思っていたちょうど同じことを、自分に向けて言われていますから
あなたがそうであろうから、あなたの意見を汲んでそのように代弁したんですが、
それは「当たっていた」ということでよろしいですか?

>「意図せずに発した言葉に侮蔑を感じる人がいた場合、どのように解決するか? ←問題はここですね?」
>に同意します。

ご同意いただきありがとうございます。その直前の行の
>・侮蔑はよくない(差別ではありません。侮蔑がよくないのです) ←これは合意できますね?
は省略されていますが、ここも合意できていると解釈してよろしいですね?


その上で、「きょうこさんがどうこう」「味噌煮込みコアラさんがどうこう」というところから離れて、

【意図せずに発した言葉に侮蔑を感じる人がいた場合、どのように解決するか?】

に絞って改めて話を進めるということでよろしいですか?

261ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/06(水) 03:16
>>258-259

ご無沙汰していますm(__)m

発信者と受信者が同程度の情報を共有しているかどうか、というのが、「無意識の侮蔑」(→ここでのテーマは、恣意的な侮蔑ではないので、無意識の侮蔑に絞ってみます)が発生するかどうか、ということのトリガーになるのではと思います。

そうすると、「ぼぼ」が女性器であることを知っている地方では、「ぼぼ○○○」は女性に向けて公の場では使われない(まあ、そういう文化であればの話ですが)ことは、発信者も受信者も(その土地の共同体に所属していれば)了解済みということになります。
ここで、「ぼぼ」が女性器を示すことを知らない地方から来た人が、公の場で女性に向けて「ボボ・ブラジル」とか言ってしまうと、その時点で、発信者はまったく無意識であっても、言われた女性に対して侮蔑をしたことになってしまいます。
前述の例でいえば、「ぼぼ」が女性器を指す言葉ではない地方にやってきた人が、「ぼぼ」「ぼぼ」と連呼していても何も不思議に思わない人を見て、「ハレンチだ!」と被侮蔑感を露わにした、という構造だったのだと思います。

そうすると、「無意識の侮蔑」というのは、相互の共同体に対する無知から発生するものなのではないかな、と。
ここで、被害者(被侮蔑者)の言い分を通した場合には、次の二つが考えられます。

1)「ぼぼ」が女性器だと知っている地方に、「ぼぼ」の意味を知らない人が入ってきて、無意識に「ぼぼ」と言って侮蔑感を与えた場合。(「ぼぼ」の意味を知る者が共同体の多数派で、無意識に「ぼぼ」と言った人が少数派の場合)
2)「ぼぼ」が女性器だとは知らない地方に、「ぼぼ」の意味を知っている人が入ってきて、無意識に使われている「ぼぼ」という言葉に侮蔑感を感じた場合。(「ぼぼ」の意味を知らない者が共同体の多数派で、無意識に「ぼぼ」と言われた人が少数派の場合)

これは、【無意識に「ぼぼ」と言われる、言われた人が侮蔑感を感じる】というのは同じですけれども、状況はまるで違います。
ここで、これを等しく「ぼぼという言葉は侮蔑語だから消してしまえ!」「他の共同体にもそれに倣うようにしろ!」というのが「言葉狩り」なわけです。
それを安易に行うのは、「ぼぼ」という言葉が女性器を表すと元々知っていて、公の場では言わないけれども伝統として培われてきた「言葉(方言)」として持っている地方の言語文化を否定することになってしまいます。例えば、「ぼぼ」の語源となった民話などがあった場合、「ぼぼ」が禁止用語になることで、その民話も抹殺されてしまうことになってしまいます。
だから、「安易に禁止用語リストを作って言葉狩りをするのは反対」というのが私の姿勢です。

262ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/06(水) 03:17
で、この説明から、「無意識の侮蔑」というのは、共同体が本来共有している伝統や慣習などの情報を、共有していない異分子/マレビトが共同体に新たに参加することによって起こると説明できるかと思います。
「ヨソモノは、村の礼儀を知らない」と置き換えてもいいですし、「転校生は変な方言を使う」でもいいでしょう。差別/侮蔑というのは、習慣の違いを拒絶することに端を発している、ということが理解できればどんな喩えでもけっこうです。

この、「文化、習慣の違いを容認できず、拒絶してしまう」というのが「差別(これは区別とも見分けが付きにくいほう)」それを、相手を侮る(自分と自分の共同体を高める)ことに転化させたのが、「侮蔑」。
侮蔑の廃絶というものは、「違いを容認する(必ずしも是正しなくてもいいが、拒絶しない)」ということから可能かもしれません。

では、「持ち込まれた新しい習慣」と「元々その地方にあった習慣」の、どちらが優れている、劣っている、どちらを採用しどちらを残す、という話になると、途端に新たな対立の火種になってしまいます。

「砂漠でターバンをする」という文化の土地に背広の人が入り込んだら、「砂漠でターバンが進化した合理性」を考慮して、背広を脱いでターバンを巻くべきです。
逆に腰蓑に裸足の文化の人が摩天楼のそびえ立つ都市に入り込んだら、「都市で靴を履き服を着る習慣が進化した合理性」を考慮して、靴を履き、シャツを着るべきでしょう。

共同体における多数意見(多数派)というのは、その共同体にとって合理的であるからこそ多くの支持を得、伝統・習慣として定着したものであるわけですから、その伝統・習慣が定着している場所にきたなら、その文化を尊重すべきでしょう。
無意識の侮蔑をやらかしてしまった人は、「文化の相違」について無知だったということであり、その土地がどちらの文化(「ぼぼ」を容認するか、「ぼぼ」を知らないか)を見極めて、多数派に付けば「情報の行き違い」からくる差別やそこから発生する侮蔑は避けられるのではないかと思います。
もちろん、100%の方法とは思いませんが、一例として。

その意味で、多数派は少数派を拒絶はしないけれども、「多数派は合理性の元に成立していること」を親切に説明する努力をすべきだし、少数派は「自己流」への固執も重要かもしれませんけれども、新しい共同体/地方に身を置くなら、その共同体/地方の習慣を尊重し、倣っていくほうが「合理的だ」ということを知るべきでしょう。

「誹謗中傷」の広義の中の、「無意識の侮蔑」という狭いテーマについては、私はそのように考えております。

263吉岡:2004/10/06(水) 05:34
ヤスツさん
>そのままずばりの文字列ではありませんけれども、

そのままずばりの文字列を求めました。

>イカフライ女史が何度となく話を引き戻そうとなさっていたと思いますが、その真意がこれでしょう?

「当人たちの問題として終わらせないため」の中身が違っているようです。
私は、差別の存在そのものと、その解決への考察を意図しています。
そういう意味では、あなたの「やっと気づきましたね」は違っています。
イカフライ女史が「引戻そうとする」話は、具体的な事例として出されたきょうこさん問題に対して、きちんとしたイカフライ女史本人の結論を示さないままに、一般論にも同じ対応を求められるから、ケースバイケースとしか言えないのです。
発信者の問題のありようを明確化しないでは、受信者の対応は考えられません。

>1)「きょうこさんは謝った」→きょうこさん個人の問題は解決した

きょうこさん個人のとった態度を肯定するとは、誰が明言しましたか? 

>2)しかし、「きょうこさんが【誤った】のと同じ誤りはあるかもしれない」「味噌煮込みコアラさんのように、予期せぬ指摘もあるかもしれない」
>3)類似のケースの場合はどうする? という話に進むべきでは?

「誤り」と言っても、その中身はケースバイケースであって、予期せぬ指摘の内容が具体化されぬままに、一般法則は作れないと、お答えしています。
1.きょうこさん問題の場合も、悪意のないコアラさんを批判したのは誤りだが、現実に味噌煮込み差別があると言う問題は残されている。(現実に味噌煮込み差別があると言うことは、別の、悪意のあるコアラさんが存在する可能性もある)
2.誤りであると誰がどのように判断するかも問題である。 
類似とはいっても、すっかり同じ問題ではありませんから。

>>261  >>262
に示されたような、文化の違いによって起こる問題の解決は、大まかにはご意見に賛同します。
しかし、「腰蓑に裸足の文化の人が」は極端ですが、民族衣装でマンハッタンを歩くことは、許されてしかるべきだと思います。どこまでが許されるかの境界は、うろちいさんも指摘されているように、非常に難しく、ケースバイケースで考えるしかありませんが。
あなたの言われる、砂漠では「背広を脱いでターバンを巻くべきです」を支持します。
しかし現実的には、めったにそれは守られていません。多くの場合、西欧文化(強者)の法則が支配しています。
そういう現実の前では、「法則」を作ってしまうと、弱者はその法則に縛られるが、強者は縛られないという不平等が生じます。
元来、法とは支配者によるオフレであったのですから。

264吉岡:2004/10/06(水) 05:35
続きです
>あなたは「罪とは何か?」については考えないのですか?

あなたのお考えは、どうなのですか?
哲学的な「罪とは何ぞや」と言う大きなテーマは、一冊の本になるくらいの考察が必要で、そういうことはあなたの場合も披瀝していないと思いますし、ここで求められることではないでしょう。
ごく普通の意味では、私の考えは、処々で述べています。
「考えないのですか?」と言う問いかけには、侮蔑がこもっています。

>>私があなたに対して思っていたちょうど同じことを、自分に向けて言われていますから
>あなたがそうであろうから、あなたの意見を汲んでそのように代弁したんですが、
>それは「当たっていた」ということでよろしいですか?

文字通りに読めば、私の発言をいつものように曲解しているように思いますが・・・・
あなたが私に向かってなさったご批判は、そっくり私があなたにしたい批判と同じであると解釈してくださっているのでしょうか?

例えば
>今のところ、吉岡さんの説明を理解しようという積極的意志はあるつもりですが、吉岡さんには同様の姿勢があるのですか?
>一応確認ですが、吉岡さんはこの議題を巡ってイカフライ女史なり私なりを、論破・言い負かしたいのですか?
>できることなら、何らかの「合意」や「共通の意見」を得られるような議論をしたいなと思っているわけですが、もしかして、そういう議論は苦手ですか?

私はあなたに、そっくり同じ質問をしたかったと言うことです。
対話の最中で何度か指摘しましたが、皮肉った表現、侮蔑的な表現を加える姿勢に、相手をムカッとさせて煽ろうとしていると感じることが往々にあります。私のレスの中に(喧嘩を売ろうというつもりでなければ・・・)などと書きましたが。
また、陰口大会のような「データベース」とやらを、わざわざリンクをはって見せ付ける。ここできちんとテーマに向かっての討論をする気があるのかを疑います。

>・侮蔑はよくない(差別ではありません。侮蔑がよくないのです) ←これは合意できますね?

あなたがその言葉で表現したい内容を、そう表現なさるのは自由と思います。
私は、ある身分や逃れられない境遇の人たちの息の根を止めるような差別事象はやはり差別と表現しないではいられません。
例えばこういう落書きを、↓ 侮蔑落書きと言う気にはなりません。
http://www.asahi-net.or.jp/~mg5s-hsgw/sabetu/katsu040326.html

265ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/06(水) 06:06
>>263

>民族衣装でマンハッタンを歩くことは、許されてしかるべきだと思います

「許さない」と言っているわけではありません。
マンハッタンが、多民族の民族文化を受け入れるから、どんな衣装を着ていてもかまわない、という街なら、好きな格好をすればよい。受け入れられなかったとしても、主義主張としてそういう格好をしたいならすればよいのです。
してはいけない、ということではありません。
ただ、「ニューヨークは寒い。だから腰蓑では冬は過ごせない。ニューヨークの裏道にはガラス片だってある。だから裸足は危険である」「だからシャツと靴がニューヨークでは必要だと考える人が多いので、そういうスタイルが合理的だ」
ということです。

× 多数派と同じ格好をしなければいけない
○ 多数派が同じ格好をしているのには根拠と合理性がある。そのスタイルを受け入れたほうが、その場所では利益の方が多い、と考える人が多数いれば、それが主流の意見になる

だからといって、「そう言う格好をしてはいけない」ということを言っているわけでも、「多数派におもねれ」と言っているわけでもないのです。
アフリカの奥地で暮らす人でも最近はシャツを着ています。
それは、西欧文化の強者の法則に支配されているからというだけではありません。
民族衣装よりも丈夫であったり、日常の着脱が簡単であったりという合理性が認められたから彼らは腰蓑ではなくシャツを着ます。
砂漠の過ごし方にしたって同様です。かつては裸足であったかもしれないし、民族的な靴を履いていたかもしれない。
そこに、西洋的なブーツが入り込み定着したのは、それが「便利で合理的」だからでしょう。
便利なもの合理的なものというのは、別に先着のものを駆逐するためにあるわけではなく、便利で合理的だから選ばれていくということでしょう?

また、「現実の前に法則を作る」とか「弱者は法則に縛られる」とか「法は支配者によるお触れ」だとか、それをもって、
「風土に根ざした合理性が選ばれることは自然であり、異物として新しい風土に入ったものは、その風土で先行している文化の「合理性」を尊重した方が、相互不理解とアイデンティティへの固執による侮蔑感情を喚起しないで済むのでは?」
という意見を、枝葉末節でひっくり返そうという近視眼的な反論にしかなっていないと思います。

だいたい、私は「必ずしもその法則を守れ、多数に跪け」と言っているわけじゃないんですよ。
どうも吉岡さんは枝葉末節にばかり目を囚われて、自ら脱線していくのがお好きなようですが、少しは本題に戻りましょうよ。
そうやって、脱線して、自分の目の届く範囲でのミクロな世界で勝利を収めることに固執して、相手が付き合いきれなくなって議論を放棄すると「自分は正しいから勝ち、相手は途中で逃げたから間違い」という勝利宣言をしてきたのではないでしょうね?
まさかとは思いますが、そうした経験で「自分の正しさ」と「相手への侮蔑」をあなたが強めてきたのだとしたら、それはあまりにも悲しいとしか言えません。

266ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/06(水) 06:12
とりあえず、>>263を総括しておくと、

「郷に入っては郷に従え」はある種の真理である。
文化的交流が、「少数(単一)対多数(普遍)」という不均等な形で進む場合、また「多数」がすでに固定的な文化と習慣を選択している場合、少数はアイデンティティへの固執を和らげ多数が選択している文化を受け入れたほうが、【その土地での生活は支障が少なくなる(利益がある)】」
生活の合理性が共同体の中の「共通の価値観や文化」を生むが、それに対する(生活の合理性から生まれた文化)無知と不理解が衝突を生み、侮蔑/被侮蔑感情を生むのではないか?

ということです。
その他のことは、全部すっとばしてください。あなたの見解は近視眼的に過ぎます。

267吉岡:2004/10/06(水) 06:19
ヤスツさん。
砂漠の国に行く、欧米ビジネスマンがターバン姿になることがまずないと言う現実を言ったのですけどねえ。枝葉末節にこだわってはいけませんよ。

>相手が付き合いきれなくなって議論を放棄すると「自分は正しいから勝ち、相手は途中で逃げたから間違い」という勝利宣言をしてきたのではないでしょうね?

同じことをあなたや大神氏に感じるんですがねえ(笑)
勝利宣言も何も、私の議論相手が途中で逃げ出したと思ったことすらないのですが・・・・
相手も自分と同じだとは考えないほうが(^^ゞ

268吉岡:2004/10/06(水) 06:31
投げてこられるボールをつい投げ返しましたが、
議論には議論の筋で返すことにしましょう、お互いに。
近視眼的には、遠視眼的の言葉も作れましょうし・・・・
そういった非難ではなく、この意見に対しては、こう反論するでやりましょう。

269ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/06(水) 06:38
>>264

「罪とは何か?」というのは、別にそこまで哲学的な全般的なことを聞きたくて言ってるわけではありません。
またしても近視眼的な悪癖が出ているのですね。

ここでの「考えないのですか?」について言えば、「きょうこさんは謝った」だの「コアラさんは謝った」だの、そういった「当事者同士の態度がどうこう」という部分にはこだわらず、「彼らのそれぞれの行為そのものについて考えてみよう」ということの提案なわけです。
吉岡さんの主張は、たびたびその「謝った謝らない」「謝ったのにまだ責める」といった見当違いな方向へ拘り、それの先にある「そうした行為そのものに対する対処」に考えが向かっているように思われません。
吉岡さんご自身が「脳内では考えている」のだとしても、主張からそれを読み取ることができません。
ですから「罪とは何かについては、考えなくてもいいんでしょうか?」という意味で伺っています。

それから、「自分の発言が曲解された」というのは、「相手が常に悪くて自分はまったく悪くない」という前提に立っているから出てくる言葉ですよね。「曲解」というのは意図的に曲げている、という表現ですからね。
私について言えば、吉岡さんが私の主張を理解できないのは、吉岡さんが曲解されているとは思っていません。
私の説明が不十分であり、かつ吉岡さんと違う常識に立っていて、吉岡さんとの間で「共通の常識」が醸成されていないから、同じ言葉、同じ表現をしても違った解釈(受け取り方)がされているのだろう、といった程度です。

私が吉岡さんの「常識」をよく理解できていないように、吉岡さんも私の常識をご理解いただいていません。
毎度同じ説明をするのが大変なので、これまでの私の発言や主義主張については先のデータベースと同じサイトの中にある程度まとめてありますが、それを「読め」と強要するつもりはありませんし、吉岡さんには読まない、【積極的な理解を自ら拒否する権利】があります。

反戦平和議論ガイド(データベース)については、別に陰口ではありません。
あなたが存在をご存じなかっただけのことです。
会員制でも、登録ユーザーしか利用できないわけでもありません。
吉岡さんは、2004年に現れたのに、2002年以前のぼーん氏やうろちい氏の投稿などについても、細かく目を通していらっしゃるそうですね。
その頃の投稿にくまなく目を通しておられたなら、武蔵氏の発言やその矛盾も目に付いていたと思います。
また、その当時の私の投稿も同時に目を通しておられたはずです。まさか、ぼーん氏の投稿のみを選択的に拾い読みしていたのでしょうか? もしそうだとすれば、「人は見たい物しか見ない」を体現されているようでほほえましいなと思いますが。
その当時の投稿には、あのデータベースは頻繁に引用登場していたはずですが、そこは目に付かなかったんですか?

くだんのデータベースは、そうした「異なる常識を持つもの同士」で、ひとつの言葉、用語、人物、事例について、どのような異なる解釈を持っているかを照らし合わせ、データベースとして誰でも引用できるようにしよう、という試みとして設置整備されたものです。
一種の「事典」と言えるかもしれませんね。
それもこれも、きちんとテーマに向かって議論をするつもりがあるからこそ、そうした「常識、情報の共通化」という目的に沿ったものとして作っているわけですが。
その中に、ポジティブ・ネガティブそれぞれの解釈や考察をどう書き込むかは、それぞれの受け取り方のその時点での発露でしかありません。辞書に書かれている=最終決定ではありませんよ。

270ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/06(水) 06:38
あ、それと私の「口調」が「慇懃無礼だ」「皮肉っぽい」という指摘は、うろちい氏、イカフライ女史などにこれまでにも何度となくご注意いただきました。
それが相手の怒りを煽るとも言われました。そういう理解のされかたをする場合もあるということで了解しておりますが、「自分ではない人、よく知らない人と話をするときは、極力敬語で」というのは私のモットーです。
また、相手が「どのくらいわかっている人か、自分にはわからない」という場合、自分が思いつくすべての可能性/選択肢を並べてみて、相手の主張にもっとも近いものを相手に選んで貰う、というやり方も私の習慣になっています。
並べた選択肢の中にひとつでも当たりがあれば、それをさらに膨らますなり研ぎ澄ますなりして話をすることができますし、自分が幾許かでも相手の主張に近付いたことを、相手に知って頂くのにも合理的ですので。
「子供扱いしている」「バカだと思っている」と受け取られる方もいらっしゃるようで、それについては本当に申し訳ないのですが、そんなつもりは毛頭ありません。
私は、立派なご意見を持っている方々の主張を余すところなく吸収したいと常々思っていますし、相手の言っていることが自分なりに理解できなければ、質問をし確認を取ることを自分に課しています。
まとめも箇条書きも例題もその一過程に過ぎません。

ところで、議論というものは、「異なる立場、異なる主張、異なる要素、異なる考察」をそれぞれ持ち寄り、照らし合わせ、議論に参加したもの同士の間で一定の相互理解(≠融和とは限りません。相手の主張を理解する、ということです)、または合意、妥協、持ち寄った情報の共通化などを目指して行うのが、「建設的な姿勢」だと思います。
手持ちの情報は全てオープンにし、衝突する箇所があればその理由や原因を調べ、少しでも共通化できることがあればそれを均していく。そういう建設的な気持ちでお互いの時間を使うのがよいと思います。

私も自由になる時間を無限に持っているわけではなく、仕事の都合で突然ネットから離れざるを得ないこともしばしばあります。
ですから、慌てず、気長に、効率よく、有意義な意見交換ができることを望んでいます。


>侮蔑のこと
その喩えも「侮蔑落書き」で成立すると思いますが。
「差別を受けたことによって、侮辱されたと感じた」からの抗議なわけでしょう。
「差別をされたが侮蔑はされなかった。むしろ尊敬された」という場合は抗議はないでしょう?
人が怒るのは、その行為の中に「相手を侮辱し、侮る意志があるかないか」によると思います。
あなたが私に対してよい感情を抱かないのは、私が吉岡さんを侮蔑/侮辱していると受け取るからでしょう。
そして、被侮蔑感というのは常に「侮蔑を受けたと感じた側」がハンドリングしているわけで、「被害感情が、被害者を生む」ということの実証になっているように思います。
例で引かれた件の場合だって、「落書きを消した」で、それ以上何も言わなければ「被害は発生しない」でしょう。「被害を受けた!」という被害者が現れて初めて「被害が作られる」わけですから。

というと、また吉岡さんの怒りの琴線に触れそうですけれども、もしこの先も私との間で意見交換を続けるおつもりがあるのであれば、あまり感情に走らないほうがいいと思いますよ。それは時間の無駄というか、エネルギーの無駄ですし。

271ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/06(水) 06:48
>>267

ですから、「欧米ビジネスマンがターバン姿になることがまずない」ということにこだわるのが近視眼的だ、と……。
もっと具体例にしてもいいですよ。

「アラビアのロレンスの衣装」は覚えていますか?とか。

ともあれ、どうやら吉岡さんにはあまり喩え話を出さない方がいいようですね。細かいところにばかり目がいってしまうのは、たぶん吉岡さんの「癖」か「習慣」なのでしょう。
以後、極力気をつけ、吉岡さんの習慣に合うように喩え話は避けるつもりでおりますが、私自身の癖・習慣で「よく似た別の類例に喩え、理解を促す」というものがありますので、つい出てしまうかもしれません。そのときはご容赦を。


------------------------------------
きんし-がんてき 0 【近視眼的】 http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=近視眼的&kind=jn&mode=0

(形動)
見方・考えが先の見通しあるいは大局にまでおよばず、目の前の手近なことにしかおよばないさま。
「―な考え方」
------------------------------------
「近視眼的」という言葉はこのように成句として存在していますが、残念ながら「遠心眼的」という言葉は成句として存在していません。
言葉は自由に作ることが可能でしょうが、共通化されていない新語を自説の説明に持ち出す場合には、解説とそれに対する合意が必要でしょう。

議論は、「第三者が検証しても、同じ結論に達する」ような説明、または、「第三者が別の第三者に間接的に説明をしても、最初の発言者の意図が正しく理解される」ような説明を目指しましょう。
それについて完全な自信が常にあるというところには私も到底達していませんが、「なるほど」と言われるよう努力したいと思いますので。
吉岡さんに同様のことを義務として求めるつもりはありませんが、「問題の共有、共通化、打開に向けた協力」という方向で話ができれば有意義だと思いますよ。

272ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/06(水) 06:58
といったところで。

【意図せずに発した言葉に侮蔑を感じる人がいた場合、どのように解決するか?】

・無意識に行われてしまう侮蔑について、発信者はどのように予防するか。
・無意識に行われた侮蔑(当人に恣意的な意図がない侮蔑)について、被侮蔑者はどのように対処するか。
・そうした「無意識の侮蔑」が行われないようにするためには、当事者以外はどのように対処すべきか。

についてそれぞれご意見を賜りたく思います。
私の主張は、すでに>>261-262で語りました通りです。



これに少し雑感を付け加えるなら、こうした侮蔑について「侮蔑認定」をして「侮蔑を怒ってよい」のは、侮蔑された当人であり、当事者以外は怒る資格はないのではないか、ということです。

・自分が侮辱されたら怒っていい。
・友達が侮辱されたことが我がことのように腹立たしいなら、それも怒ればいい。ただ、当事者の友達が怒っていなかったら、それを怒るのは筋違いである。
・自分とまったく関係のない他人に対しての発言が「侮蔑」であったかどうかを、当事者や関係者ではない人間が認定するのは、越権行為である。

「侮蔑を受ける」とは「バカにされた」ということです。
バカにされたかどうかを判断する資格があるのは、「言われた当人」だけです。
それを、当人ではない人間が判断してもいいものなんでしょうか?
しかし、当人が「それは侮蔑だ」と言い張ったら、当人ではない人間は常にその「侮蔑された弱者でありながら優位に立つ者」の主張を支持しなければいけないんでしょうか?

「侮蔑されたものが怒る権利と自由」はあって然るべきですが、「怒ったものは常に弱者で、常に正しい」という方向に安易に流れてしまいがちな(身障者は常に可哀想、みたいな)そういった風潮にはいささか疑問を感じます。

273吉岡:2004/10/06(水) 12:18
ヤツスさん。ちょっとの隙時間で書きますから、269以下のコメントを上から順に取り上げます。

>「彼らのそれぞれの行為そのものについて考えてみよう」ということの提案なわけです。

彼らの行為そのものについて、私はいろんな方向から、考えを述べてきました。私の側からの問題提起に対しては、「考えてみよう」になっていません。
つまり、発信側の行為を「意図のない人に対して発信したのは誤りだが、全的には誤りではない」ということです。
「名古屋の名物を単純に並べただけ」と言う事実を知らなかった人から見て、「味噌煮込みコアラ」つまり、「コアラの味噌煮込み」というのは、かなり不気味なハンドルです。それを「味噌煮込み〜」と言う差別を浴びている人が見れば、体毛を逆立てられる違和感でしょう。
うろちいさんは、知ろうとすれば簡単に知ることのできる・・・と言われましたが、その社会に属する間はその事実だけが見え、違う文化にぶつかって初めて知る質のものでもあります。
このような、発信側の「起こし得べきこと、起こっても当然のこと」を、いくつか話しましたが、それに対して正面から反論するでもなく、まして賛同するではなく、【謝罪すべき誤り】という側面だけで、結論付けられています。
この問題をクリアーせず、「勘違いした発信者の差別指摘を受けた場合に、受信者はどうすべきか」という一般論に持っていくことは出来ないと、繰り返し言っているのです。
もっと考えてみようということは、私がしていることです。

>吉岡さんは、2004年に現れたのに、2002年以前のぼーん氏やうろちい氏の投稿などについても、細かく目を通していらっしゃるそうですね。

こういう下らない解釈を取られて、本論とも関係にないことを、話すもばかばかしいですが、見直していただいたら分かるはずです。
ぼーん氏に関しては指定されたスレの比較的前の部分にありましたから、きちんと読みました。
うろちい氏の過去の投稿というのは、現在から類推して、数も少なく文面も短そうです。
それだけを抽出できるものなら、目を通すのにさほどの時間はかからないでしょう。しかし、他の人の発言との絡みで読むとすればこれも膨大でしょう。
ところで、うろちい発言に細かく目を通しているいう理解に至った、私のレスを指摘してください。
この膨大な掲示板に全部目を通すことができれば、それに越したことはないでしょうが、とてもそんな気力とゆとりはありません。
大体こういうばかばかしいことに、反論するのもばかばかしいことです。
さっき見た、中田さんの1396コメントに「文系であろうと、理系であろうと、芸術系であろうと、高卒であろうと、中卒であろうと、議論には全く関係のないことです。」と書かれていますが、その通りです。
暇な人がいるもんだ。

>一種の「事典」と言えるかもしれませんね。

「ウィキペディアの内容は意図的に偏向させたものが多いので、あまり参考にはなりません。」と言われていますが、私から見れば、ほとんどヤスツさんと似た方向からの発言しか見られません。発言禁止をしていないとはいえ、違う側からの参加者がほとんどない時点で、ヤスツさんが評価している「うろちい板」とは、本質的な違いがあると言うことです。

>「アラビアのロレンスの衣装」は覚えていますか?とか。

現在でも、ターバン姿でボランティアをしている人は居ます。その姿が一般的ではないということです。
枝葉末節にこだわって、内容を汲み取ろうとしないのは誰なのかな?

274吉岡:2004/10/06(水) 12:45
aaあ。また、ヤスツさんのハンドル間違えました。意図的ではないんですけどね
m(__)m

275イカフライ:2004/10/06(水) 14:03
 私も時間ないので、少々。

 どうも解らんのですが、どうして勘違いした発信者の差別指摘を受けた場合に、受信者はどうすべきかと持っていってはいけないのですか?

>「名古屋の名物を単純に並べただけ」と言う事実を知らなかった人から見て、「味噌煮込みコアラ」つまり、「コアラの味噌煮込み」というのは、かなり不気味なハンドルです。
 これは、あくまであなただけの解釈ですよ。名古屋名物を知らなかったとしても、不気味と思うか、かわいいと思うかは、千差万別ではないのでしょうか?
 それを理由に
>この問題をクリアーせず、「勘違いした発信者の差別指摘を受けた場合に、受信者はどうすべきか」という一般論に持っていくことは出来ないと、繰り返し言っているのです。
もっと考えてみようということは、私がしていることです。

 あの、ですね、これは、あなたの主観だけを頼りにあなたは「味噌煮込みなんちゃら」を差別語登録しようとされているのでしょうか?

 吉岡さんは「アラビアのロレンス」もご覧になったことがないし、「どらえもん」も読んだことがないのは解りました。

276イカフライ:2004/10/06(水) 14:14
 途中で送ってしまいました。
 別に映画やマンガに興味がないことはまったく結構ですよ。ただね、たったひとつの単語ですら、解釈がまったく違ってしまう、ということだけはご理解していただけないでしょうか?
 それが、あなたの言う
>その社会に属する間はその事実だけが見え、違う文化にぶつかって初めて知る質のものでもあります。
 ということです。
 
 ヤスツさんが「アラビアのロレンス」の例で多分言われていることは、異なる文化圏に行ったときには、その文化圏を理解することがまず必要だ、ということではないでしょうか?
 私は71で書いた例もそういったことで、「障害者差別の世界」だけではなく、「サブカルチャ-の世界」もあるんだよ、まず、それを理解してから非難してね、ということなんですが。

277ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/06(水) 15:40
>>273-274

どうしても枝葉末節からの脱却ができないようなので、それについてはもう無理しなくていいですよ。
私も気にしませんから。

「一般的かどうか」という話など誰もしていないというのに(^^;)。「一般的かどうか」にこだわっているのは吉岡さんだけです。

1)「風土を根拠に合理性を伴って構築された多数意見=文化」を持つ場所に、その風土とは異なる風土で進化した文化を持ち込むことが許されないわけではない。
2)通常の人は同じ風土に留まって生活するのだから、異質な風土に入ること(1)そのものが希有なことである。
3)異質な風土で発達した(1)のような文化に接した場合、その場所が「どこか?」によっては、どちらの合理性を尊重した方がよいかという判断が可能だ。
4)赤道直下の風土で暮らした人の生活習慣は、イヌイットの風土には合わないし、その逆も同様。生活習慣を継続することは自由だが、郷に入っては郷に従った方が合理的。
5)だから、「習慣の違いに上下を付けたり侮蔑したりというのはよくないこと」だが「文化の合理性を考えれば、個人のアイデンティティに固執するより、その風土に合わせた方が便利なので、多数意見=文化を尊重した方が暮らしやすい」

主題はここであって、上げた事例が「一般的ではない」なんていうのは、どうでもいいことなんです。
むしろ「一般的ではないからこそ、習慣/文化の衝突が起こる」のであって。
吉岡さんが主題を汲み取るのが苦手なのはよくわかりました。無理をさせて本当に申し訳ないと、真剣に思っています。

>「アラビアのロレンスの衣装」について

>>273
>現在でも、ターバン姿でボランティアをしている人は居ます。その姿が一般的ではないということです。

についてですが、

>>276
>ヤスツさんが「アラビアのロレンス」の例で多分言われていることは、異なる文化圏に行ったときには、
>その文化圏を理解することがまず必要だ、ということではないでしょうか?

の通りです。
ロレンスはアラブを理解するためにその衣装を身に纏い、また砂漠という風土にはイギリスの常識は
通用しないことを思い知り、砂漠の民の砂漠での合理性を知り、そうした努力をしたからこそ、
アラブの信用と信頼を得た……というのが、例に引いた理由であって、「ロレンスの格好が一般的
かどうか」は、およそここでは重要な問題ではありません。

278ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/06(水) 15:40
>>274

「無意識であるから許せ」ということですね?

279ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/06(水) 15:52
>>278
これ、粘着しているわけでも揚げ足取りや枝葉末節にこだわってるわけでもなくて、現在の主題を説明する「モデルケース」を、ひとつでも検証してみよう、ということですので。

「無意識に侮蔑をしてしまう」
「無意識にヤスツをヤツスと書いてしまう」

発信者がわざとそうしているわけではないが、その結果として不快感を感じる人がおり、その不快感について受信者はどうすべきか。

>>274は、「わざとじゃないから目くじら立てるな」という意味ですよね。

吉岡さんの主張は「無意識にしてしまった侮蔑については、された側は【わざとじゃないなら怒るべきではない】し、制限や事後対策は不要」でしょうか。
「ヤツス」「ヤスツ」について言えば、「ヤツスと打ったらヤスツと変換されるように単語登録すれば回避できる」という提案を、【被害者】の私から出していますが、発信者が同じ間違いを「無意識に」繰り返すというのは、発信者側が対応策について無理解か被害者の「改善案」を軽視しているということでしょうか。

ここから察するに「無意識の侮蔑」は、一度目については「知らなかったんだから仕方がないね」とすることができるし、改善案もないうちは仕方がないこととして許すのが適当と言えます。
ただし二度目以降の「無意識の侮蔑」は、一度抗議がされ、改善案も示された後であるのだから、発信者が全面的に悪い(迂闊)だということになってしまいます。
まあ、「ヤツス」か「ヤスツ」かにこだわる必要はないといえばないんですが、以前、この談話室には「ヤツス」という方他、類似HNの方が多数いらっしゃいました。
それとの識別を考えれば、「名前を無意識に間違える」のは、相手に対する侮蔑になりますし、一度目はともかく二度目三度目は「無意識ではなく、恣意的な侮蔑」と取られても仕方がないのでは。

と、>>274の行動から類推しました。
吉岡さんの真意はわかりませんが、そのように読み取ることができたということを、中間報告として申し上げておきたいと思います。

280ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/06(水) 15:57
このように解釈することを、吉岡さんは「わざと曲解している」とお考えになるかもしれません。
しかし、自分が発した言葉が自分の意図通りに伝わっているかどうか、またはその逆に「自分の理解が相手の意図通りかどうか」は、お互いに「相手の意見を自分の言葉で並べて、相手の同意を得る」という作業をしてみないことにはわかりません。
その【過程】で自分の意図が伝わっていないことを無分別に怒るのではきりがありませんし、誤解や行き違いは「最初からあって当然」くらいのつもりで事に当たられた方が、かっかしないで済むと思います。

私の場合で言えば、うろちい氏やイカフライ女史との議論は、最初に始まってからもう2年、3年近くにも及びます。
引用の仕方、バックボーンにある考え方、モノの言い方などについても、ある意味「手の内がわかっている」とも言えます。
それでも、いつも必ず同じ側に立って、同じ意見になるわけではありません。(むしろその方が少ないでしょう)

ですが、そのように自分ではない人の意見、主張、そして何より【ものの考え方】を勉強させていただくことで、「他人」を知ることも、また他人の目を介して「自分」を知ることもでき、非常にタメになるなとありがたく思っています。
そのことをまず、心の片隅にでもお留め置き下さい。

281大神:2004/10/06(水) 17:14
>>261-262
ヤスツさん

こちらこそご無沙汰していますm(__)m

女性器をあらわす言葉で理解しやすい解説有り難う御座います。
余談ですが、この言葉を連発したタイトルのアニメもありますね

>差別/侮蔑というのは、習慣の違いを拒絶することに端を発している

私も同じ考えです。そして異文化を理解する姿勢を持つのが平和造り
の第一歩とも思います

>その意味で、多数派は少数派を拒絶はしないけれども、「多数派は合理
>性の元に成立していること」を親切に説明する努力をすべきだし、少数
>派は「自己流」への固執も重要かもしれませんけれども、新しい
>共同体/地方に身を置くなら、その共同体/地方の習慣を尊重し、倣って
>いくほうが「合理的だ」ということを知るべきでしょう。
それが 共存 のために私も必要だと思います。

>>267 吉岡さん
>同じことをあなたや大神氏に感じるんですがねえ(笑)
>勝利宣言も何も、私の議論相手が途中で逃げ出したと思ったことすら
>ないのですが・・・・
>相手も自分と同じだとは考えないほうが(^^ゞ
貴方は2004年の夏に来られたのですが、議論相手が途中で逃げ出した
ことありましたか? 吉岡さん との議論で。
台湾では貴方が自爆していましたが。

282吉岡:2004/10/06(水) 17:15
>>275
> これは、あくまであなただけの解釈ですよ。名古屋名物を知らなかったとしても、不気味と思うか、かわいいと思うかは、千差万別ではないのでしょうか?

コアラの味噌煮込みを美味しそうと思う人は居るのかな? 食生活は千差万別ですからね・・・
可愛いと思う人も居るのでしょう、ね? コアラ愛好家の中には、別の方面から抗議する人も出そうですが・・・

> あの、ですね、これは、あなたの主観だけを頼りにあなたは「味噌煮込みなんちゃら」を差別語登録しようとされているのでしょうか?

発信者の、勘違いではない部分に対する考察をするべきだと申し上げているのですが・・・・
一律の差別語登録などは、全く考えていません。
自分の知らないある社会では、このような侮蔑語として使っていると言う認識と、自分に抗議した発信者から、侮蔑語として使っている人たちの方に、目を向けてもいいのではないかと言うことです。
一般論に持っていくということは、この例を基にして、〈盲人の悪役〉マンガや、その他の例まで、無条件に同じ範疇に入れるという意味です。それぞれはまた、別の問題として考察しなければならないという。

283吉岡:2004/10/06(水) 17:16
>>277
>ロレンスはアラブを理解するためにその衣装を身に纏い、また砂漠という風土にはイギリスの常識は
通用しないことを思い知り、砂漠の民の砂漠での合理性を知り、そうした努力をしたからこそ、
アラブの信用と信頼を得た……というのが、例に引いた理由であって、「ロレンスの格好が一般的
かどうか」は、およそここでは重要な問題ではありません。

ロレンスや他の篤志家を例外として、アラブにおいての欧米人は、「マイルール」を押し通している場合が多いと言う意味なのですが・・・・・

>>279
>発信者が同じ間違いを「無意識に」繰り返すというのは、発信者側が対応策について無理解か被害者の「改善案」を軽視しているということでしょうか。

単語登録はしたのですよ。しかしカタカナ表記のときは、無変換キーのほうが一発転換できるのです。するとヤツスになります。故意にやっているのではなくても、指摘後も同じことが繰り返されると、故意にやっていると認定されるのが普通ですね。何はともあれ謝罪します。

284吉岡:2004/10/06(水) 17:20
>>281
>>勝利宣言も何も、私の議論相手が途中で逃げ出したと思ったことすら
>>ないのですが・・・・
>>相手も自分と同じだとは考えないほうが(^^ゞ
貴方は2004年の夏に来られたのですが、議論相手が途中で逃げ出した
ことありましたか? 吉岡さん との議論で。

中田さんとの議論を拝見していますが、相変わらずですね(笑)
「途中で逃げ出したと思ったことすらないのですが」と申し上げたら、こういう質問になるのですか?

285大神:2004/10/06(水) 17:23
>>282 吉岡さん
>コアラの味噌煮込みを美味しそうと思う人は居るのかな? 食生活は
>千差万別ですからね・・・可愛いと思う人も居るのでしょう、ね?
> コアラ愛好家の中には、別の方面から抗議する人も出そうですが・・・

「コアラのチョコレート包み」ならぬロッテ「コアラのマーチ」を
食べながら吉岡さんの意見を拝聴させて頂きました。三体ほどは頭から
かぶりつきましたが。

 私はロッテがコアラ愛好家の人から非難されるのを聞いたことがない
ですが吉岡さんはありますか?

286大神:2004/10/06(水) 17:29
>>284 吉岡さん
>こういう質問になるのですか?

いや、実際にあるんでしょう?あるから書いているのでしょう?

287吉岡:2004/10/06(水) 17:29
大神さん
あなたとの話を面白がる中田さんの気持ちもちょっと理解できます。
チョコやクッキーでコアラや象の形に出来たお菓子と、コアラの味噌煮込みのイメージは違うだろうと思うのですが、一緒なのですね?

288大神:2004/10/06(水) 17:42
>>287
>チョコやクッキーでコアラや象の形に出来たお菓子と、コアラの味噌煮
>込みのイメージは違うだろうと思うのですが、一緒なのですね?

それは違って当然でしょうね。で、この質問の意味は何なのでしょうか?

289吉岡:2004/10/06(水) 17:52
>>286
に対しては、中田さんの文をお借りします。
「大神さんの個性が色濃く滲み出ている文章ですね。議論は、勝ち負けで判断されるものではありません。」
「逃げ出す」とか「勝ち負け」と言うようなフレーズで、議論を考えてはおりませんと言う趣旨です。

>>288 カタドリのお菓子なら、可愛いものだと私も思います、と言う意味です。
コアラ肉の味噌煮込みはいただきかねますが。

290大神:2004/10/06(水) 18:03
>>289 吉岡さん
>「逃げ出す」とか「勝ち負け」と言うようなフレーズで、議論を考えては
>おりませんと言う趣旨です。
質問の答えになっていないのですが。私の質問はそのような議論を
貴方がされたことがあるのですか?と聞いているのです。宜しかったら
リンクで示してもらえないでしょうか?

>>288 カタドリのお菓子なら、可愛いものだと私も思います、と言う
>意味です。コアラ肉の味噌煮込みはいただきかねますが。

貴方個人の嗜好は分かりました。

291吉岡:2004/10/06(水) 18:17
>>290
「相手が付き合いきれなくなって議論を放棄すると「自分は正しいから勝ち、相手は途中で逃げたから間違い」という勝利宣言をしてきたのではないでしょうね?」
というフレーズは、あなたとの議論に付き合いきれなかった人に対する、あなたの議論姿勢のように感じたと言うことです。
私はそのような議論をしておりませんと言う意味でもあります。

292大神:2004/10/06(水) 18:23
>>291

吉岡さんが議論をしたところをここ以外で見たこと無いのですが
吉岡さんの主張は分かりました。

293三毛猫 </b><font color=#800000>(p3wi1A.I)</font><b>:2004/10/06(水) 21:18
きょうこさんは、最終的にはコアラさん自身にハンドル
使用の可否を委ねています。
彼女を非難する方達は、その様な彼女の『ありのまま』
の姿を見ず、故に彼女を理解できず、彼女の問いかけに
答えられず、彼女に対しての配慮を欠いた態度を取り続
けています。
彼らは、あくまで自分達の心の中のイメージ像に彼女を
当てはめているだけです(心理学的にはナルシズムといい
ます)

思い込みに気づき態度を替えた彼女と、思い込みに気づ
かず、故に態度を替えない彼ら・・・どちらが『差別者』
でしょうか?(『差別』とは、思い込みにより他人に不利
益を与えることですよ)

>>194でも言いましたが『愛は自由の子』です。
ナルシズムにより選択肢の存在にすら気づかない(故に選
択チャンスも、何が良き選択かを判断する能力も欠如)自
由を知らない方達が、愛を知らない事は論理的に見て当然
のことなのです。

だから、きょうこさんの呼びかけに、あの様な愛のない対
応を取るのです。彼女は彼らの自由を脅かす存在だと思い
込んでね。

294吉岡:2004/10/06(水) 22:09
三毛猫さん

>彼女を非難する方達は、その様な彼女の『ありのまま』の姿を見ず、故に彼女を理解できず、彼女の問いかけに答えられず、彼女に対しての配慮を欠いた態度を取り続けています。

そうなんですよね。このスレでも、あの板で彼女を責め続けた人たちを肯定する意見しか出なかった。
そのいじめ体質を肯定する意見しか。
そこに、「味噌煮込み坊や」といった、差別元凶との同質性を感じるのです。

295ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/07(木) 01:52
>>281
最近始まったアニメですよね>ボボボーボ・ボーボボ http://www.tv-asahi.co.jp/bo-bobo/

>>282
「自分は味噌煮込みコアラを、不気味で陰惨と考える」と宣言した時点で、差別用語登録宣言をしていると受け取られるのが普通と思いますが……。

で、
「無意識の侮蔑」がこの場合の主題なわけですが、
・無意識の侮蔑と感じるのが、多数派の場合
・無意識の侮蔑と感じるのが、移入者で少数派の場合
は、それぞれどのように対処すべきだと思われますか? もちろん、違う対処が必要なんですよね?

296ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/07(木) 02:02
>>283

>ロレンスや篤志家を例外として
えーと、ではその例外のロレンスはなぜそうしたのか? という意味で引用しているわけですが。
それから、砂漠のスタイルでターバンとあの衣装以外の衣装を欧米人がしているとしたら、それはそれで「また別の酷暑環境での過ごし方」の文化が持ち込まれた、ということでは?
地球には、赤道直下の地域は360度/約4万キロに及んで存在するわけですから。
まあ、これもきりのない話ですね。吉岡さんが本題から外れていることを自覚できない以上は、これ以上掘り下げても無意味でしょう。

>謝罪
「何はともあれ」謝罪は受け入れますが、対策がなされないのであれば謝罪は「形だけ」のものにしかなりませんよね。
どうしますか?

>>287
また枝葉末節に入ってますけれども、「味噌煮込みコアラ」であれ「コアラの形をしたチョコビスケット」であれ、どちらも「コアラを出しにしたグッズ」以上の連想はされないのが、一般的なリアクションなのかと思いました。
吉岡さんの前では迂闊に「ご当地キティ」の話はできませんね(^^;) <知ってますか? ご当地キティ
ところで、その質問は何か意味があるのでしょうか。と書こうと思ったら、すでに大神さんが>>288で書かれていました。

>>289
「味噌煮込みコアラ」という言葉から、コアラ肉の味噌煮込みを連想するのですか?
同じ質問を何人か、何世代かにしてみましたが、大部分は「味噌煮込みうどんの鉄鍋にコアラが入っていて、木蓋を帽子代わりにしている可愛いマスコット」を連想した、との回答でした。
私もそのようなものを連想しました。(まさにご当地キティ)

もしかして、吉岡さんは「味噌煮込みイルカ」も許容範囲外ですか? そういう料理が私の郷里に実在するんですが。(しかも美味しいの)
イルカを味噌煮込みにして食べるなんて、残忍で陰惨でしょうかね(^^;) 実在する郷土料理ですけど(^^;)

>>291
もちろん吉岡さんは、あなたがどんなに議論を脱線させようと、もしくは本道に引き戻す努力をされようと、それに関わらず最後まで付き合っていく覚悟をお持ちなんですよね。
がんばりましょう。付き合いますから。

297ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/07(木) 02:04
>>294

それを、表面的に「多数が少数を責めているからいじめ体質」と即断してしまうところが、「少数の弱者が正義である」(弱者=障害者は聖なる存在である)という新たな差別を生むのでしょうね。

吉岡さんは、

・無意識の侮蔑と感じるのが、多数派の場合
・無意識の侮蔑と感じるのが、移入者で少数派の場合

という問いかけについては何ら回答がありませんが、そこのところは頭が回らないのですか?

298吉岡:2004/10/07(木) 06:43
>>295
>「自分は味噌煮込みコアラを、不気味で陰惨と考える」と宣言した時点で、差別用語登録宣言をしていると受け取られるのが普通と思いますが……。

あなたは不気味・陰惨・不愉快・不満などを感じる言語を、片っ端から「差別用語登録」なさる方なのですか? 
私はそういうことはしないですが(^^ゞ

>・無意識の侮蔑と感じるのが、多数派の場合
>・無意識の侮蔑と感じるのが、移入者で少数派の場合
>は、それぞれどのように対処すべきだと思われますか? もちろん、違う対処が必要なんですよね?

多数少数にかかわらず、相手が無意識(侮蔑する意志はない)と分かっていれば、ここではそういう表現をするのだと知っていっるのですから、多少の違和感はあっても、侮蔑までは感じないでしょう。(あなたの言うボボの場合など)

299吉岡:2004/10/07(木) 06:44
>>296
>「何はともあれ」謝罪は受け入れますが、対策がなされないのであれば謝罪は「形だけ」のものにしかなりませんよね。

具体的には、どんな場合を想定していますか?
足を踏んでいたことに気づいて、足を除けて謝罪をした、と言うような場合ですか?
対策とは、なぜ足を踏むようなことになったのかを検討して、今後誰も足を踏む状況にならないようにする、とか、慰謝料を払うとか言うことですか?
もちろん対策までいくべきでしょうが、「足を除けて謝罪する」が、対策に向かっての一段階ととらえますが・・・・対策は両者の協議で決めてもいいし。

>大部分は「味噌煮込みうどんの鉄鍋にコアラが入っていて、木蓋を帽子代わりにしている可愛いマスコット」を連想した、との回答でした。

その回答者たちは、全て名古屋名物味噌煮込みうどんを知らない人を対象に調査されましたか?
私は「コアラ肉」と言うよりは「コアラを丸ごと」煮込む姿をイメージしました。

>もちろん吉岡さんは、あなたがどんなに議論を脱線させようと、もしくは本道に引き戻す努力をされようと、それに関わらず最後まで付き合っていく覚悟をお持ちなんですよね。

そんな覚悟どころか、気が向けば議論に参加しますし、飽きたら止めます。私の議論相手が、レスしなくなることがあっても、勝利宣言などする気もありません。
議論に勝敗をかけるのはあなたの方だってことが良く分かりましたよ。

300イカフライ:2004/10/07(木) 15:52
 余談ですが。

 話題に出ている「アラビアのロレンス」というのはこういう映画です。
http://www.actv.ne.jp/~yappi/eiga/ED-02arabia.html
 
 有名な作品ではありますが,古い映画なので,知らない人もいるのかも知れませんね。
 私は高校の時、初めて観まして、「オマ−・シャリフがカッコ良かったなあ」と。
 あの黒ずくめの民族衣裳,ステキでしたね。ロレンスの白い婚礼衣裳とのコントラストが見事でした。
 
 この映画に関しては話したいこといっぱいあるんですが、サイド6向きの話題なのでここでは控えます。
 ただ、どうも、吉岡さんは、この作品をどーも違う様に想像されているような気がしますので一応。

301イカフライ:2004/10/07(木) 16:05
 なんか、カキコしてると途中で接続が消えちゃうのはなんででしょうね。

 ところで、「アラビアのロレンス」の中の婚礼衣裳ですが,「アラブが見たアラビアのロレンス」という本によると,あれは婚礼衣裳といっても,花婿の衣裳ではなくあくまで婚礼の客用の衣裳だそうです。
 ちょっとがっかり。とは言っても,映画的手法でロレンソとアラブの結婚を表現した,と思っていいよね、私はそう観てますが。

 で、本題。

302イカフライ:2004/10/07(木) 16:15
差別語登録に関して。
 吉岡さんは>>238
>しかし、料理と関係のない場面で「味噌煮込み花子」などという言葉を発することは、絶対にしません。私の使用言語の中では、料理とかかわりのない味噌煮込みは、禁じ語リストの中にすでに入っています。
 と、禁止登録されているのですよね。まあ、これは良いです。どんな言葉を使おうと,使うまいと勝手ですから。

 ただ、私が問題にしているのは,「味噌煮こみコアラというHNを使用し続けることが心ない事だ」という感性。
 また、「味噌煮こみコアラ」というそれ自体は,なんら罪の無い言葉に対してもたれるネガティブイメ−ジについてです。

 勿論,ひとつの言葉,ひとつの表現において,どのような印象を持つかは100人100様でしょう。
 コアラの可愛いマスコットを連想されるか,不気味で陰惨なイネ−ジを連想されるか、擬人化したコアラ一家のうどん屋さんを連想されるか,もっともっと違うイメージを連想される方もいるかも知れません。
 あまり奇想天外なイマジネーションを発揮できなくてありきたりなものしか連想できないのが,私のダメな所だったんですが、ま、それはそれとして。

303イカフライ:2004/10/07(木) 16:20
 で、言葉狩り,差別認定の一番の問題点。

 ここで、味噌煮こみコアラを」どう思うかは,人それぞれですから良いのです。
 ただ、世間で問題になる言葉狩り,表現規制の問題は、この個々の感じ方の差,というものをまったく問題にしない事なんですよね。
 
 抗議の対象になるのは、不特定多数の目に触れる媒体です。
 その中で,差別意図が無いにも関らず,偶然それが差別語と同じ単語になってしまった。
 または、一部の人間が、被差別感を感じてしまった。この味噌煮こみコアラなんかはそうですね。

 こういった場合,どのような対処が取られるべきか,ということなんです。
 不特定といいながら、あくまでパーソナルな掲示版のHNレベルではなく、ある程度オフィシャルな部分を持った、それこそテレビアニメとか、商品のキャラクタ-とかいうことに関してまでですよ。

 特に吉岡さん、お解りでしょうか?

304イカフライ:2004/10/07(木) 17:28
>>293

ななさん。
>きょうこさんは、最終的にはコアラさん自身にハンドル
使用の可否を委ねています。

 ですね、で、私の問題にしてるのもこれです。
 可否を委ねよ、と。
 
 まあ、きょうこさんという方があれだけ反論を浴びたのは,ななさんがいわれるような事とは別の理由があるとは読んでいて感じはしましたが。
 それはこの問題とは関係無いと思います。一言いって「空気嫁」だと思うんで。
 
 私が言いたいのはね,現実に発信者側に可否が委ねられていない,という状況に付いてです。
 あるマンガや小説が書き直しを命じられる、あるCMが放送中止になる。差別用語と言う単語がその前後の脈絡を無視して使用禁止のお約束が出来ている。
 その背景にあるのものが何か?

305イカフライ:2004/10/07(木) 17:32
 吉岡さんは多分,その背景には差別があるんだから、それについて考えよ,って言ってるんですよね。
 しかしね、私はその先を話しているのです。
 差別が悪い,なんてのは自明だ,と言いましたね。
 問題なのは,「差別が悪い」という錦の御旗でなんでもかんでも「差別」にしてしまう,という問題なんですよ。
 
 発信者に全く差別意図が無く使用した言葉が,一部の人間にたまたま被差別的に感じた,というあいまいな根拠を持ってそれを「差別」と認定して良いものか?
 それが、社会的弱者である(というよりは弱者の代弁者である)ということが、反論をよせつけぬ一種の独裁体制を招いている様で仕方ないのです。

306吉岡:2004/10/07(木) 17:50
イカフライさん
>その中で,差別意図が無いにも関らず,偶然それが差別語と同じ単語になってしまった。
 または、一部の人間が、被差別感を感じてしまった。この味噌煮こみコアラなんかはそうですね。

あなたが提出された、味噌煮込みコアラ問題に2面の問題があると言うことを、初めから申し上げているのですが、どうしても1面の方向に関するだけ問題視なさいます。

それは「知らずに誰かを傷つけてしまった場合」、傷つけ続けてもいいのか。
逆に、謝罪しても、それでは許せないのか。
と言うことは、同じ基準で語られるべきだと言うことです。


「名古屋名物味噌煮込み」というキーワードを知らなかったと言う意味で、きょうこさんと私は同じです。取り立てて味噌煮込みに関心を持っていないものとしては、ちょっと調べるということすら思い浮かべません。そういう私は「味噌煮込みコアラ」という単語に、グロテスクさは感じますが、抗議することはありません。しかし「味噌煮込み坊や」のようなフレーズで、知的障害者が罵倒される社会にいたきょうこさんは、抗議に至ります。
きょうこさんの抗議には、この2つの意味があります。
その後「名古屋名物味噌煮込み」「名古屋の可愛いコアラ」を単純に並べただけだと言う説明に、自分の無知による抗議であったと理解し、謝罪しました。
つまり、相手に悪意がないことを知った後も、しかし私たちは傷つくのであるから、その言葉は使用禁止だといい続けたのではありません。この態度が、1の態度です。

しかしその後も、延々と彼女への罵倒コメントが続きました。
その罵倒コメントを肯定する意見を出されたあなたは、今もなお肯定する立場を撤回はなさっていません。
つまり、知らずに、誤解して行動したことを、非難し続けるということを肯定したままなのです。これが2の態度です。

逆面から見ましょう。
ある商品名が、ある少数の人たちを傷つけると、どこかからクレームが来たとします。
その傷つく人たちと言うのは、たいていの場合少数者です。ハンセン病元患者にしてもね。
傷つく人がいることなど露知らずつけた商品名であることをいって、謝罪し撤回した。
それでも、そんな商品名をつけたと、あっちこっちからの罵倒が続く・・・・あの掲示板のきょうこバッシングのように。
そして、ある人(あの場合はあなたです)はバッシング側の立場を擁護し、それを撤回はしていないのです。2の態度です。

一面では、バッシングが許されぬと言い、
逆の立場では、(謝罪の中に福祉施設で働く傲慢さがあるから)バッシングされるのは当たり前と言われている。
そのことに気づいて欲しいというのが、私の気持ちです。

307イカフライ:2004/10/07(木) 18:00
>>306

あのね、どこをどう読んだら私が「きょうこさんをバッシングし続けている」と読めるのですか?

あれはあくまで例であって,きょうこさんのバッシングなんてどうでも良い話なんです。だから、枝葉末節にこだわり続けて議論が本道に進まないんだってば。
 きょうこさんの場合は,なんでバッシングを受け続けたか,というのは、彼女個人の態度に問題があった,というだけであって、別に差別問題とは途中からは関係なくなってるんですよ。
 差別意図が無いことが分かっても尚(または、意図の無さを認め様としないままに)バッシングをし続ける人々と,あそこできょうこさんに反論(バッシングという表現も違います、あくまで掲示板での態度,発言に対する反論です)が続いたのは,後半に関しては全く別問題なんですよ。

308吉岡:2004/10/07(木) 18:15
謝罪撤回後に、あそこまできょうこさんに反論を続けた人たちを批判しますか?(どうもいまだに肯定しているように見えるのだが)

商品ネームを撤回する態度の傲慢さがあったとか、さまざまな口実で、その商社を非難し続ける態度と同じだと、私には思えます。

309吉岡:2004/10/07(木) 18:17
態度の→態度に  です。どうもこのPCとの相性が悪くって(笑)

310イカフライ:2004/10/07(木) 18:39
>>308

>謝罪撤回後に、あそこまできょうこさんに反論を続けた人たちを批判しますか?

どうして、批判しなきゃいけなんだろうか?




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