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「α」についてはここで語ってください
136
:
三毛猫ナナ
:2003/08/17(日) 00:24
ぽーんさんが御指摘されている通り問題の大きな原因は分配
システムにあるのではないかと推測できます。
資本主義では問題があるのは明白ですが、共産主義では更に
問題があるのは過去の実例からみても明らかでしょう。
この辺の事を踏まえ今後どの様な社会システムを構築していく
かが大きな課題になるのではないかと私は考えています。
(私の言う第三の道とは社会学者ギテンズやマンハイムの言葉で
すが、これは乱暴に言えば社会民主主義ですが、問題も多く課
題も山積みなのです)
私としては余剰を厳しく搾取するのではなく、資本主義で
見られる様な個人の努力では如何ともできない不公正な状
況を改善する事の方が現実的だと思っております。
(これはあくまで感想です)
137
:
武蔵
:2003/08/17(日) 17:06
>>131
>一瞬、考えられるのは、共産主義ですね。貧しい民衆が革命によって政府を倒し、王侯貴族が独占していた富を再分配する。
全く違うんです。
大きい意味では再分配という範疇に入るかとは思いますが、
富める者から税金的に富を取り上げ、それを貧者に分配すると言うような再分配のことを言っていません。
>>118
をもう一度読んで下さい。
緊急的には、食物援助も必要と思いますが、
本気で取り組むべきは「教育援助」。
農業・牧畜その他、その国にとって一番ヒットした産業を
彼ら自身の手で開発する力をつけていくための支援に先進国が取り組むこと。
そのようにして底上げをすることは、先進国にとってもプラスになるんです。
138
:
イカフライ
:2003/08/19(火) 10:51
>>137
武蔵さんが、共産主義革命を標榜している、といってるわけではないです.誤解なきようお願いします。
>>136
>私としては余剰を厳しく搾取するのではなく、資本主義で
見られる様な個人の努力では如何ともできない不公正な状
況を改善する事の方が現実的だと思っております。
私が言うシステム、というのもこれです。
ここでずっと命題になっているαの思想がありますね。2ちゃんねるでも用いた例えですが(何故か、これだけ頭の良いナナさんの説明でずっと解らなかったヤスツさんが、わしのたとえで解ってくれてたようです)
「毎日3食食べてるイカフライさんのおやつの肉まんと、今まさに飢えて死なんとしてるナナさんへの肉まん、どちらを優先させるべきか?」
この場合、イカフライさんならずとも、足元に飢え死にするナナさんを見下ろしての肉まんは、あまり美味しくないでしょう。
また、それを眺めている人々の殆どは、そのイカフライさんの行為を是認はしないでしょう。
これが、αの原点だと思ってるんですが、ぼ-んさん、これで良いですか?
ところが、長い間食べていなかったイカフライさんがやっとこありついた肉まんだったら、今まさに飢えて死なんとしてるナナさんが目の前にいても、自分で食べてしまうと思います。
それどころか、同じような状況でやっとこ肉まんにありついたぼ-んさんの肉まんを奪って食べてしまうかもしれない。
そこで、ぼ-んさんが餓死しても、ワシが生き残りたい、きりぎりの状況では、弱肉強食の生存本能だけが突出してしまう。
やがて、毎日食べられる生活を手に入れたイカフライさんは、見殺しにしたぼ-んさんのことを、気に病むかもしれません。
けれど、生きる為に仕方なかった、と、それは考えるしかないでしょうし、また、そういう状況でその行為を行った人間は、責めるべきではありません。
そうなると、みんなが、毎日安心して食べられるシステム構築、ということが課題になってきますよね。
これは、平和にも言えていると思うのです。
139
:
ぼーん
:2003/08/19(火) 12:22
>>136
> 私としては余剰を厳しく搾取するのではなく、資本主義で
> 見られる様な個人の努力では如何ともできない不公正な状
> 況を改善する事の方が現実的だと思っております。
> (これはあくまで感想です)
常識的で穏当な提案ですが、この手の議論を見てて思うのですが、「匙加減」以上のものを
あまり感じません。この手の案を言う人はみな「現実的だ」というのですが、他の案に比べて
現状との距離が近い、という以上の根拠を聞いたことはないです。
# 政治において、一定の事実が変更できないとか、ある流れが抗しがたいとかと信じるの
は、普通、その事実を変更したくないとか、その流れに抵抗することに利益をもっていな
いことの反映である。(E.H.カー)
資本主義的分配・市場的分配を出発点にし、「どこまで不平等を緩和できるか」という問いの立て方。
まず共産主義的・平等的分配を出発点にし、「生産のインセンティブをもたらすために、どこまで不平等を
容認するか」という問いの立て方。
どちらの問いの立て方でもいいはずです。
では、どちらの問いの立て方がいいのか。
どちらの問いの立て方が「現実的」か。それは議論すべき論点でしょう。
140
:
武蔵
:2003/08/19(火) 12:22
>>138
>武蔵さんが、共産主義革命を標榜している、といってるわけではないです.誤解なきようお願いします。
そりゃあどうも。
>そうなると、みんなが、毎日安心して食べられるシステム構築、ということが課題になってきますよね。
しかし既に日本の大部分の人間は毎日安心して食べられる状況にあるわけです。
決して肉マンを飢えている人に与えても自分が他の肉まんを食べられない状況ではありません。
そこで我々はどうしているのかどうしなければならないのかという問題です。
私は世界の底辺部分にいる人たちの底上げのために、先進国としてするべきことがある。
その第一は教育ではないかと提案したのですが・・・・
もう既にNGOなどを中心に行なわれてはいますが、民間は何しろ資金が乏しい。
自国政府を動かさねばならない。
メールや手紙を各議員に送ることも大事だし、マニフエストの中に織り込ませていく活動もしなければならない。
どう思いますか?
141
:
武蔵
:2003/08/19(火) 12:34
>>139
書き込みボタンを押しても、えらい時間がかかるなあと思ったら、ぶつかっていたんですね(^^ゞ
>資本主義的分配・市場的分配を出発点にし、「どこまで不平等を緩和できるか」という問いの立て方。
まず共産主義的・平等的分配を出発点にし、「生産のインセンティブをもたらすために、どこまで不平等を
容認するか」という問いの立て方。
どちらの問いの立て方でもいいはずです。
確かにそうなのですが、共産主義アレルギー蔓延する中で、後者を出発点にするのは
あまりにも抵抗がきつすぎる気がします。
私なら前者を取ります。
私は毛語録にも学ぶべきものが多くあると思っています。
紅衛兵のやって来たことは、毛沢東の理想に反することも多いです。
人間社会の生きる姿勢として、取り入れるべきものは取り入れるべきであると思います。
142
:
武蔵
:2003/08/19(火) 13:15
>>138
>そうなると、みんなが、毎日安心して食べられるシステム構築、ということが課題になってきますよね。
それは誰も(懐疑派の方も)異論はないんです、何度も繰り返されています。
具体的には何をなすべきで、何をなさっているかという話に移りましょう。
143
:
ぼーん
:2003/08/19(火) 14:21
>>141
私的所有権は、単なる既得権として主張されているわけではないのです。
その既得権は、正当に守られるべき権利であるとして主張されています。
そして、「正当に守られるべき権利である」という神話が、神話として意識されずに強力に浸透していること。
これが現行の私的所有権の枠組みの強さです。
だから、これを問題化し、そこに論争点を立てる必要があるのです。神話的強さを解体するために。
その際、抵抗の強さはメリットですらあります。
強い抵抗の中で論争が続けば、それこそが人をひきつけるメディアとなります。
論理的にいって、私的所有権思想の無根拠性は明らかです。
これは私的所有権思想の擁護者の間ですら一致した見解と言えるでしょう。
強い抵抗と論争は、私的所有権思想の神話性の解体のための必要条件です。
神話性が剥奪されても、現行の私的所有権制度の下で既得権を持つ人たちに対しては有効ではないでしょう。
彼らは、倫理的に、理性的に考えるよりも、馬鹿になってでも自分たちの既得権を守ることにやっきになりますから。
しかし、私的所有権制度から利益を得ているわけではない人すら、この神話を信じ込んでいる。
そのことが、私的所有権制度の基礎を確固たるものにしているという現状があるわけです。
だから、そうした論争は実際には私的所有権制度から利益を得ていない人たちを、
私的所有権制度に対する反対者として政治的に組織するための論理を提供することになるわけです。
これが最大の利益です。
共産主義革命が一応実現したのは、それがブルジョア階級を理性的に説得したからではありません。
共産主義思想が、ブルジョア的枠組みの中で損をしている人々を政治的勢力として組織化する論理を与えたからです。
最終的な政治的帰結は、組織化されたあとの両勢力の力関係によって決まっていくでしょう。
(共産主義革命が起こらなかった国においてすら、社会保障の拡充がなされていったのは、
潜在的な革命の可能性があったからこそ、とする史観がありますね。それも同じです。)
問題の根っこは分配問題にあり、分配問題の根っこは私的所有権思想を巡る問題に突き当たります。
だから、この論争点を運動からはずすべきではないと考えます。
144
:
武蔵
:2003/08/19(火) 14:36
>>143
>しかし、私的所有権制度から利益を得ているわけではない人すら、この神話を信じ込んでいる。
そのことが、私的所有権制度の基礎を確固たるものにしているという現状があるわけです。
これは痛感するんですがね。
貧乏人の代表ともいうべき「我々」が、なぜか「家賃生活」という既得権すら守りたがる(笑)
神話が実話として世界を闊歩しています。
ただ、共産主義革命の過程で余りにも多くの過ちを犯してしまった。
人民裁判(考え方自体は非常に民主的な方法と思うんだけど)・粛清・・・・・
アレルギーは私にもあります。
>(共産主義革命が起こらなかった国においてすら、社会保障の拡充がなされていったのは、
潜在的な革命の可能性があったからこそ、とする史観がありますね。それも同じです。)
だから資本主義の中に、共産主義が目指したものを「社会保障」「基本的人権の擁護」という形で
形成していきたいと思うのです。
まずは最底辺の底上げという形で・・・・・
145
:
ぼーん
:2003/08/19(火) 15:46
>>144
念のために言っておきますと、僕は共産主義者ではありません。
共産主義の間違いは、安直に言ってしまえば、その未来像の実現方法における失敗です。
マルクスの行った資本主義批判は極めてリアルできちんとした基盤にのった批判であり、
今なお力を持っていると言えるものです。
(カーですらマルクスを、ある段階までは「リアリスト」である、と認め、その議論に賛意を示してる。)
> だから資本主義の中に、共産主義が目指したものを「社会保障」「基本的人権の擁護」という形で
> 形成していきたいと思うのです。
> まずは最底辺の底上げという形で・・・・・
そのような政策を行うことに僕は同意します。
問題は、どのような論理の上に、その政策を正当化するか、です。
たとえば、同じようにある社会保障制度の1つを実現しようとするときに、
私的所有権(既にもっている人たちの既得権)を批判せずに、いったいどこからその社会保障制度の財源を捻出するというのでしょうか?
社会保障制度の財源は、それが所得移転であれ教育投資であれ、既得権の持ち主からそれを(一部であれ)取り上げることなしには不可能です。
そしてそれは、「私的所有権であるから取り上げてはならない」と保護されているのです。
それでも取り上げることに同意するのは、「温情」であり、「してもしなくてもよいこと、あえて言えば恵まれない人を助けるという美徳」とされる場合だけです。
結果、不十分なレベルでしか社会保障は行われないでしょう。今がそうであるように。
私的所有権を批判しない限り、どのような形であれ、武蔵さんの言うような政策を推し進めていくことの正当化はできません。
正当化できないならば、私的所有権という神話のために損をしている人を結集させることはできません。旗がないのです。
結集させることができなければ、「私的所有権は正当な権利である」と主張する人々に対して政治的に対抗することはできず、
武蔵さんの言う社会保障制度も政治的に阻まれるでしょう。
146
:
ぼーん
:2003/08/19(火) 15:56
共産主義アレルギーとは、私的所有権神話の裏返しに過ぎません。
避けて通れるものではないのです。
共産主義は、現実の社会が利害の対立である(資本家と労働者の利害の対立である)ことを喝破
しましたが、その解決方法として「単一階級の実現」を掲げました。これは、問題の解決というより、
問題の回避なわけです。
結果的に、共産主義社会における既得権層が、「我々は単一階級である」という神話によって、
実際には利害対立があるはずの人たちを抑えつけていたわけです。
原始的な資本主義社会における持てる者が、自由競争理論によって「資本家と労働者の利害の調和」
を説き、資本家と労働者の間の実際の利害を覆い隠そうとしました。
(自由競争理論の大前提が、私的所有権です。)
共産主義社会における持てる者が、「すべて労働者階級である」という単一の階級という神話によって、
実際上の利害対立を覆い隠そうとしました。これらは、まったく同じ構造を持っています。
同じように言うならば。
現代の資本主義社会は、自由競争理論+自発的善行によって、持てる者と持たざる者の間の利害を
覆い隠そうとしています。ある種のボランティア賛美論をはじめ、私的所有権論を批判せずに問題を解
決しようとする志向を持った様々なアイデアが出されるのも、無理のない話です。
(資本家が自らボランティアや寄付を実践しながら賞賛したり謙遜したりしますよね。あれも興味深い現象です。)
私的所有権神話の延命を図る人たちは、共産主義アレルギーすらも利用するでしょう。
私たちはそれに対抗できる論理的な言葉を紡いでいく必要があるのです。
# そして、それは可能です。私的所有権の理論の根拠のなさは、既に証明済み、と言っていいでしょう。
様々な政策論を、その上に置いていくことが必要でしょう。
147
:
ぼーん
:2003/08/19(火) 16:09
>>138
あまり趣味ではないけれど、リアリスト的に言うならば。
現行の私的所有権システムにおいて利益を享受している人は、そんな政策をやりたくはないんですよ。
で、そういう社会の中で、いったい誰が、その「みんなが、毎日安心して食べられるシステム構築」をするんですか?
心優しい人たちが、でしょうか?
既得権の享受者は、絶対にそんなことをしたいとは思わないんです。
それは、持てる者から奪うことによってしか実現できないのですから。
# いや、たまにはマルクスみたいにブルジョア生まれのくせにプロレタリアートの立場で思考するもの好きがでてはきますけども。
それが一大政治勢力になるなんてことはありえないわけです。
そして、既得権を支えている神話(私的所有権神話)を共有している人たちは、そんなことをすべきではない、と思うんです。
持てる者から奪うことは私的所有権の侵害であり悪だ、と言われているわけですから。そういう神話の中に生きてますから。
一部の人たちは、そこで犯罪に走るなど、そもそもの善悪の彼岸で自分の生活を立てていこうとするかもしれません。
犯罪に走ることのできない人たちは、それが自分たちに相応の待遇であると信じて、その枠組みの中で生きていくんです。
# 一部の犯罪者の言うことに、社会通念の矛盾を突く鋭い内容が含まれていたりするのも、決して偶然ではありません。
こうした中で、リアルな政治的相互作用の帰結として武蔵さんやイカさんの言うシステムを構築したいならば、
それを政治的に実現しようとする勢力が必要なんです。じゃ、いったい誰なんですか?良心的な市民でしょうか?
それは、運動の当初においては必要な存在ですが、それだけではダメなんです。
その勢力が存在するためには、そのような勢力が存在しえるための理屈が必要なのです。
資本主義勃興期の労働者に共産主義が必要とされたように。
共産主義という思想のその内容面での失敗から学ぶことは必要でしょう。
しかし、その「政治的な成功」からも学ぶべきです。
148
:
武蔵
:2003/08/19(火) 16:15
>>145
共産主義国の中にも「既得権」神話が跋扈しています。
典型的なのは「将軍様」の世襲でしょう。
そういう意味で、全ての「私的所有権」または「既得権」を吐き出せというのは
まさに革命でしょう。
>それでも取り上げることに同意するのは、「温情」であり、「してもしなくてもよいこと、あえて言えば恵まれない人を助けるという美徳」とされる場合だけです。
結果、不十分なレベルでしか社会保障は行われないでしょう。今がそうであるように。
確かにそうです。持てる者は権力を握っています。
選挙方法を握っているし、富の分配権すら握っています。
税制はますます金持ち優遇政策になってゆきます。
>私的所有権を批判しない限り、どのような形であれ、武蔵さんの言うような政策を推し進めていくことの正当化はできません。
私の言っているのも、ゆるやかな私的所有権批判ではあるのですが・・・・
つまり、我々は「私的所有権」から疎外されているものであるということの自覚です。
だからこそ、底辺を底上げすることによって我々もレベルアップする立場であるということに自覚です。
民衆が自分たちの立っている位置を自覚すれば、
税制を改革して、その分配たる社会保障制度や、
国際的には、一体その国に何が必要なのか―ミサイルか医療品か、それらへの姿勢が変わってくると思います。
もちろん「私的所有権ってなんや?」「それは守られるべきものか?」
「守ったらオイラは得なんか損なのか?」という議論も大事だと思います。
少しずつはやっているんですが・・・
149
:
武蔵
:2003/08/19(火) 16:23
>>145
-
>>147
ちょっと早まって146と147を読まずにレスしたようです。
了解しました。
しかし、旗をどうして・・・どのように具体的に・・・
もう少し考えてみます。
可能な限り、具体的な運動指針のような形も示してください。
150
:
ぼーん
:2003/08/19(火) 17:00
共産主義アレルギーの主要な原因は、
「私的所有権の批判」を、「私的所有権の否定」として捉えて、「一切合財の公有化」と同一視する態度だと思います。
運動を進める上で、議論を進める上で、この論点で生じうる誤解に注意深く対処することが重要になってくるでしょう。
「現行の私的所有権の批判」というのは、様々な別様の私的所有権のあり方、可能性を許容します。
たとえば、「市場で決まる分配を出発点とする」現行の私的所有権に対して、
「「市場で決まる分配マイナス一定割合の税金」を出発点とする」オルタナティブな私的所有権を提示することができます。
その「マイナス一定割合の税金」の根拠は?と尋ねられるならば、
私たちは私的所有権よりも生存権を上位におくので、生存権を保障するための最低限の拠出を要求することができます。
私的所有権は、それを達成した後に認められる権利だ、と位置づけます。
と答えることになるでしょう。これは共産主義とは似て非なる方向です。
# いつだかネコさんが、「理屈の上では共産主義とは似て非なる方向ではあっても、現実の経済の物理的実行可能性
の中では、共産主義と同じものになる危険性があるのではないか」という問題提起があったかと思います。
誤解でなければ。
その可能性はあるかとは思いますが、ならない可能性は結構大きいので、それで満足していいんじゃないの?
というのが僕の答えでした。答えになってない、って言われましたけど(笑)
でも、そもそも私たちの持っている者が足りないのであれば、そもそも平和は不可能である。というしかありません。
それは僕の提案する方法が悪いのではなく、どんな方法であれ、物理的実行可能性が足りないなら不可能なんです。
# 平和が可能であるためには、物理的実行可能性は不可欠で、これがなければ問い自体成り立ちません。
逆に言えば、この問いを問いと認める限りは、物理的実行可能性はみたされている、みたされうると仮定するしかないのです。
物理的実行可能性は、少なくとも現状に関して、本当のところどうか証明することはできませんから。
ちょっと余談が過ぎた。。
151
:
武蔵
:2003/08/19(火) 17:10
>>150
あんまり違ったこと言ってないように感じるのですが、
読み取り間違いか知らん?
>「「市場で決まる分配マイナス一定割合の税金」を出発点とする」オルタナティブな私的所有権を提示することができます。
その「マイナス一定割合の税金」の根拠は?と尋ねられるならば、私たちは私的所有権よりも生存権を上位におくので、生存権を保障するための最低限の拠出を要求することができます。
これは現行の消費税を間違いなく福祉税にした場合の話ですね。
こういう税すら、今は持てるものの「私的所有権」を守るために使われていますね。
152
:
武蔵
:2003/08/19(火) 18:27
>>150
もう一つ、
私的所有権の世襲制度を幾ばくか軽減していくこと。
これは世襲しない方がプラスになる人数が圧倒的に多数なのですから
啓蒙活動で何とかなるような気がするんですが・・・・・
153
:
ぼーん
:2003/08/19(火) 22:03
「 ここに、およそ政治の世界の複雑性、その魅力、その悲劇がみられる。政治は、けっして接することのあり得ない二つの異なる面
にそれぞれ属する二つの要素 −−− ユートピアとリアリティ −−− から成っている。明晰な政治思考を最も妨げるものとして、
理想と制度 −−− 前者はユートピアであり、後者はリアリティである −−− とを区別しないことがあげられる。」
「コミュニズムをデモクラシーに対置するコミュニストは、コミュニズムを平等性および同胞性という純粋な理想と考え、他方のデモク
ラシーをイギリス、フランス、アメリカなどに現存する制度 −−− およそ政治的制度に固有な特権階級・不平等性・圧迫などがみ
られるところの制度 −−− として考えるのを常としていた。民主主義者も同じ対比をしたのであって、天上界に建てられたデモク
ラシーの理念型と、階級の区別もあれば異端者狩りも強制収容所もあるソヴィエト・ロシアにおける現存の制度としての共産主義と
を比較していたのが実際であった。いずれの場合にも、理想と制度の間で行われた比較であって、見当ちがいであり意味をなさない
ことである。」
「理想は、それがひとたび制度に具体化されると、理想的なものではなくなって、自己本位の私利の表示となり、やがて新しい理想の
名において打倒されることにならざるをえないのである。この相容れない力と力との不断の相互連関が、政治を織り出してゆくのであ
る。あらゆる政治的事態は、ユートピアとリアリティ、道義と権力という両立しない要素をふくんでいるのである。」
(P.182〜P.183)
154
:
ぼーん
:2003/08/19(火) 22:05
>>153
は誤爆でした。失礼。。。
155
:
<故意に未入力>
:2003/08/19(火) 23:00
反戦・平和アクション議論板は自壊しました Part22
http://society.2ch.net/test/read.cgi/jsdf/1061093230/
「私的所有権の批判」について、ここをヲチしてる↑では非難轟々の模様です。
引き篭もっていたいんだ!と、仰るなら特にお勧めはしませんが。(笑)
骨クソとムサイクソで、細々と身内の話をするよりは、反対論者のいる場所に
出張するのも、一つの手段ではありますがねえ・・・・
おっと、骨クソは自分の見える・影響内「だけで」活動をしてれば、それで満足!
の自慰的(失礼)平和主張者でありました。
156
:
武蔵
:2003/08/20(水) 00:24
>>155
この部屋を読み取るだけでも結構忙しいのでね。
特に「『危機の二十年』を読む」スレを熟読している。
非難するのなら、ここへ出て来て非難すればいい。
傷を舐め合っている所なんぞ見たくもない。
157
:
イカフライ
:2003/08/20(水) 01:12
>>150
えっと、どこまで理解できているか解っていないんですが。
私が言ったシステムの基本的な考え方は
・生存権は保障されるべきである。
・現在の分配の偏在を緩和すべきである。
ということになるんだよね。
>「現行の私的所有権の批判」というのは、様々な別様の私的所有権のあり方、可能性を許容します。
たとえば、「市場で決まる分配を出発点とする」現行の私的所有権に対して、
「「市場で決まる分配マイナス一定割合の税金」を出発点とする」オルタナティブな私的所有権を提示することができます。
>その「マイナス一定割合の税金」の根拠は?と尋ねられるならば、
私たちは私的所有権よりも生存権を上位におくので、生存権を保障するための最低限の拠出を要求することができます。
私的所有権は、それを達成した後に認められる権利だ、と位置づけます。
と答えることになるでしょう。これは共産主義とは似て非なる方向です。
この「私的所有権の批判」というのが、よくわかっていないんだけれど。
このマイナス一定割合の税金というのは今でも取られているよね、で、前に出たホ−ムレスの話でも、それをいったつもりではあったんだけれど。
まあ、現実問題としてね、今の日本では、税金はマトモな使われ方はしてない。
熊しか通らない道路、作ったりとか。
ODAの問題も、同じ質だよね。日本企業が入札して、向こうの人は使いもしないでっかい建物つくって終わり、みたいな。
ただ、これは使われ方の問題で、基本的な考え方としては、基本的生存権を保障した後、私的所有権を認める、というのは、日本国内ではそこそこ満たせている、と思うんだけれど。
158
:
イカフライ
:2003/08/20(水) 01:19
で、よく解らないなりに考えて、まあ、具体的に思い当たる像は、北欧の福祉国家くらいしか、思いつかないんだけれど。
福祉国家と呼ばれる国は、大体、どこの国も、消費税は30パ−セント以上だし、所得税やらなんやらで収入の半分くらいもっていかれる。
でも、国民は、それ払ってるんだ。
というのは、結局それが自分に帰ってくるからなんではないか?
年取っても、安心な老後が送れる、とか、親が寝たきりで痴呆になっても国が面倒見てくれる、とかね。
159
:
イカフライ
:2003/08/20(水) 01:31
>>156
>>157
で、話の途中だけれど、武蔵さんもあまりとんがらないで。
あえて未入力さん、非難轟々ならば、どういう点で何を言いたいのか、こちらで皆さん、お話なさってはいかがでしょうとお誘いしたら?
私自身も、この私的所有権については、なんといってよいのか、よく解りません。
というか、あまり頭が良くないんで、抽象的な専門用語が出てくると、「で?」ってなっちゃうのよ。
ま、これが壱学生ちゃんに嫌われる原因かもしれないけれどさ、それを現実に置き換えてどうなのよ?って思うわけ。
たださ、飢えて死んでいく人がいたり、満足な医療も受けられないで、それこそ正露丸一瓶あれば、治る病気で苦しんでる人がいたり、それってさあ、ひどいなあ、とか思うわけ。
ワシは、日本人の中では、かなり低所得層なんだけれど、それでも、3食食べて、毎日発泡酒と缶チュ-杯くらいは飲めるわけだ。
この分配システムだよね。
国内では、上手くいってるとはいわないまでも、まあ、そこそこではないかな、と思うわけだ。
それは、余剰がある。問題はあるにしても、福祉が行われている。というか、福祉だって、余剰が無いと出来ないよね。
そうなると、ODAがまともに使われる、武蔵さんがいうように、その国の人の手で、その国に合った産業を興せる、とか、
あと、フェアトレ−ド、って今は草の根レベルだけれど、多国間、特に、持つ国と持たざる国の間の、貿易不均衡を無くす、とか、そういったことしか思いつかないんだよね。
160
:
武蔵
:2003/08/20(水) 10:17
>>143
>私的所有権は、単なる既得権として主張されているわけではないのです。
その既得権は、正当に守られるべき権利であるとして主張されています。
そして、「正当に守られるべき権利である」という神話が、神話として意識されずに強力に浸透していること。
これが現行の私的所有権の枠組みの強さです。
だから、これを問題化し、そこに論争点を立てる必要があるのです。神話的強さを解体するために。
私的所有権とその既得権は、人間社会の仕組みが生み出したことですね。
その維持再生産を常に行なっているのも、社会の仕組みです。
組換え可能な仕組みです。
革命のように、仕組みの全てをいったんご破算にするやり方もあれば、
改革のように部分的に少しずつ仕組みを変えて行くやり方もあるでしょう。
いずれにせよ社会の構成員が、この既得権は社会全体にとって有益かどうかの判断力がなければなりません。
>>150
>「現行の私的所有権の批判」というのは、様々な別様の私的所有権のあり方、可能性を許容します。
これはもちろん消費税だけをさすものではありませんね。
売買(大きく言えば貿易)には、既に社会(世界)の政治的仕組み・ルールが発動されています。
ダイアモンドが我々の指にはめられる経過もそんなルールの一つによっていますね。
石油産油国で石油が使えなくなったのも、人為的な出来事です。
まるで自然の法則のように当たり前の事としてしまっている搾取収奪による私的所有権の既得権の問題性を
まず我々自身が知っていくこと、それを知らしていくことがとっても大事だと思います。
さてと。。。。何から手をつけましょうかね?
私的所有がどのような手順で正当化されているかということを明らかにすることですかね?
金が金を生み出す、権力が権力を生み出す仕組み・・・・地主と小作の近代版
リストラが正当化されてきた現在、これが見えやすいでしょうかね?
それとも、既得権の世襲にメスを入れますかね?
最も分かりやすい事例をぼーんさん具体的に提示してみてくれませんか。
161
:
武蔵
:2003/08/20(水) 10:32
サラリーマン(またはその程度の所得者)が生涯働いて手に入れることができたマイホーム。
これを世襲にするか否か。
既得権を守る方向が得かどうか・・・・
自分が手に入れられるくらいのマイホームなら、自分の子供にも同じ程度の能力と努力とで手に入るでしょう。
ところで、既得権が守られないなら、それによって大量のマイホームが市場に出回ります。
そうなると当然価格は暴落します。
5分の1、10分の1になったマイホームを、自分の子供たちは易々と手に入れることが出来ます。
兄弟姉妹の全てがです。
バブルの時の大変さと今の容易さを考えてもそれは歴然と分かる筈です。
私と同様に貧乏な私の身内たちの全てが今年までにマイホームを獲得しました。
世襲制をなくしたら、価格はもっともっと下がり、ほとんど全ての安サラリーマン(またはその程度の所得者)
が、家賃生活から解放されます。
マイホームは資産価値ではなく居住価値が中心になります。
162
:
ぼーん
:2003/08/20(水) 11:44
>>155
私的所有権の根拠が究極的にはない、ってのは論理的には当たり前の事実だし、
(根拠付けは無限にさかのぼるしかないんだから)
私的所有権の擁護者ですらそれは分かってることなんだよ。
日本の代表的な私的所有権擁護者である森村進などは、
「これは直感的に否定できないし、多くの人が受け容れているから、議論の前提としていい」
というような立場を表明している。論理的な根拠がないことは認めてるんだよ。
(文言は違うが。正確になんと言っているか知りたければ『リバタリアニズム入門』でも読めばいい。)
権利概念ってのは、基本的には道具的なものだ。
どんな権利も、その究極根拠、原因となるものはない。
それは単なる人の世の約束事に過ぎない。(約束事ではあり、それが重要である。)
権利を問題にしたいなら、それを権利と認定したときにどんな社会が帰結するか、ってところで問題にするしかない。
どんな社会を帰結させたいかによって「何が権利か」を考えていくしか議論の方法がないんだよ。
でなければ、あるいは「権利は問題にしない」、
つまり、森村みたいに「今権利とされているものが権利だ」と、もっとも安直な保守主義に走るか。そのどちらかしかない。
(これはこれで「なぜ今権利とされているものが権利なんだ?」という問いには答えない。相変わらず根拠がない。)
これだけ見通しのいい議論が理解できないなら、2chの連中はよほどの馬鹿なんだろうな。
この問題について考えたいなら、主要な論争は
森村進『所有権の理論』、『リバタリアニズム入門』
立岩真也『私的所有論』、「自由の平等1〜6」(岩波『思想』に収録)
の両方をあわせながら読めば、欧米の論者の議論も含めて大枠は分かる。
それ以上のことが知りたかったら、それらの参照してる文献に進めばよい。
2chを読む時間があったら、その方が有益だ。経験的にそう推測するのは仕方がない。
2chの連中が文句があるなら、自分で勉強するか、ここにきて議論すればいいよ。
163
:
ぼーん
:2003/08/20(水) 11:59
>>157
> このマイナス一定割合の税金というのは今でも取られているよね、
でも、それは、「俺のものをとられている」という意識ですよね。
とられてますけど、それを元々は俺のものだ、と思ってるわけです。
意識の上では、私的所有権の枠組みの中で、どういうわけかとられているもの、でしかありません。
これが神話です。
> 基本的な考え方としては、基本的生存権を保障した後、私的所有権を認める、というのは、
> 日本国内ではそこそこ満たせている、と思うんだけれど。
1つは意識の上の問題として。
払った税金は、元々はあなたのお金ですか?と聞かれて、
「いいえ違います、たまたま私の手元にあっただけで、私のものではありません」って答える人って、皆無だと思いますよ。
私的所有権の神話(=市場を通じて手元に届いた分配が私の正当な取り分である)の中に生きてます。
あと、イカさんは、「そこそこ満たせていると思うんだけど」とか言いますけど、
それが「全然」なのか、「そこそこ」なのかは、あまり関係がないんじゃないですか?
「そこそこ」だったら、「全然」のときとくらべて、どう議論が変わるんですか?
164
:
ぼーん
:2003/08/20(水) 12:10
>>160
> 改革のように部分的に少しずつ仕組みを変えて行くやり方もあるでしょう。
> いずれにせよ社会の構成員が、この既得権は社会全体にとって有益かどうかの判断力がなければなりません。
そうですね。今は、神話の中に生きている、という自覚すらない状態ですからね。
>>161
その話は、さすがに乱暴か、と(苦笑
細かい話をしだすとキリがないけど。
単純には、税収を一定にすると仮定して、相続税を引き上げると、所得税等々は下がります。
その場合、家屋の価格は暴落はしません。
相続財産はあるが所得を稼ぐ能力のない人から、
相続財産はないが所得を稼ぐ能力のある人へ所得移転するのと同じです。
損をする人もいれば、得をする人もいます。
# みんながハッピーになる、というお話を紡ぐのは魅力的な仕事ですが、
それこそがカーの批判するユートピアニズムに陥るのではよくありません。
165
:
ぼーん
:2003/08/20(水) 12:13
>>161
多くの庶民の場合、家屋は資産価値よりも使用価値の方が高いと考えると、
あまり高率の税金をかけると、使用価値が高いのに、手放さざるを得なくなってしまいます。
これは結構非効率だし、感情的にも受け容れがたいでしょう。
今の相続税では数千万の控除があると思いますが、その程度の控除はあった方が望ましい気はしますね。
おそらく、武蔵氏は反対しないと思うが。
問題は、相続税の最高税率ですね。これは結構引き上げてもそんなにむちゃくちゃにはならんと思いますが。
166
:
武蔵
:2003/08/20(水) 12:20
>>164
>単純には、税収を一定にすると仮定して
一定にすると仮定する必要が分かりません。
所得に不均衡がある限り、私的所有の前に所得税による天引きも当然必要だと思うのですが・・・
所得を稼ぐ能力のない人(例えば障害者など)の生活権は当然保証されるベキですから
親からの財産譲与がなくっても、最適な(バリアーフリーなど)住居が保証されるでしょう。
167
:
武蔵
:2003/08/20(水) 12:32
>多くの庶民の場合、家屋は資産価値よりも使用価値の方が高いと考えると、
あまり高率の税金をかけると、使用価値が高いのに、手放さざるを得なくなってしまいます。
これは結構非効率だし、感情的にも受け容れがたいでしょう。
資産価値より居住価値の方が高い家屋は取り上げる必要はありません。
子供が買い取ればいいのですから。(子供の所得も加味して、優遇措置は取られていいと思います)
兄弟がいれば当然今でもそういう措置が取られています。
もちろん私がいうのは、極論であって
今程度の控除を否定する気持ちまではありませんが・・・・・
>問題は、相続税の最高税率ですね。これは結構引き上げてもそんなにむちゃくちゃにはならんと思いますが。
最高税率の引き上げとは?
円のレートと同じで結構反対に取られやすいのですが・・・
何兆円の遺産でも、70パーセント以上は取らない、というのを90パーセントまでは取るというような意味ですよね?
(数字はあてずっぽうです)
168
:
ぼーん
:2003/08/20(水) 12:58
>>160
後半
それは私的所有権だけの問題ではないです。
私的所有権の問題なのか、資本制的経済関係の問題なのか、ごっちゃになってます。
ちょっと整理します。
自由市場経済至上主義の基本的な考え方はこうです。
私的所有権を設定する。そこで自由な経済取引が行われる。
自由な市場競争の結果、社会全体としては豊かさを最大化することができる。
いっぱい曖昧な言葉がありますが、その点はご容赦。元々曖昧なものですから。
この基本的な考え方を仮に受け容れるとしたとき、そこにいくつかの論点があります。
(1)そもそもの私的所有権の設定の仕方によって、最終的に最大化された富の分配状況は変わります。
その最初の私的所有権の設定を正当化する根拠はない。分けなおしてもいい。
(2)私的所有権を設定しても、その後の市場競争が社会全体としての豊かさを最大化するとは限らない。
現実には市場競争のルールにのっとって行われるわけではなく、様々なルール破るが起こるので、
市場は期待された性能を発揮しない。
ダイヤモンドについては、両方の問題があります。
そのダイヤの原石は誰のものか。そのダイヤの原石が発掘されて流通することの利益をどう分けるか。
次に、そのように「実際に」分けるためには、市場を補完するどのような制度が必要か。
そうした問題がたてられるかとおもいます。
169
:
ぼーん
:2003/08/20(水) 13:02
>>166
> 一定にすると仮定する必要が分かりません。
税収を「増加させる」、あるいは「減らす」とするならば、
それは相続税か、所得税か、という手段の議論とは関係なく、
どれだけの税収が必要か、という問いを別にたてねばならないからです。
170
:
ぼーん
:2003/08/20(水) 13:10
>>166
理念型としては、私的所有権の根拠はなく、そのような家の相続についても
所有権として認めないとする所有権の設定の仕方は可能ですが、その場合、
その帰結について考察すべきです。
で、手放した家は、他人にとってはただの「古家」ですが、
手放す前の元々の持ち主にとっては「住み慣れた家」であることも多いのです。
元の持ち主にとっての価値は高いのであれば、それを無理やり引き剥がすよりも、
元の持ち主の手元においておいた方がいいでしょう。
で、これを考えるときに、
>>167
に書いてあるように、
> 子供が買い取ればいいのですから。
なんですけど、借り入れ制約ってのがありますから。無理な人もいます。
政府が貸し付ける、という方法はありますので、併用すれば最終的には「相続税100%、
控除なし」も不可能じゃないし考える価値はあると思いますが、今はとりあえずおいときま
せんか?どっから「手をつけるか」、って話をしてたわけですから。
171
:
武蔵
:2003/08/20(水) 13:12
>>169
もちろん総合的に考えねばなりません。
ぼーんさんは誤解ないと思いますが、一応言っておきます。
現行の制度のままなら、私は相続税の控除額を下げる方に反対しますよ。
一言で言えば金が金を生む富みの集中化を是正することにあるのですから。
ちょっと出かけますので・・・・後でゆっくり読みます。
172
:
武蔵
:2003/08/20(水) 13:16
>>170
私の主張はマイホームの資産性ではなく居住性を言っているので
分かってもらえると思っていたのですが・・・
ひとつひとつについての細かい是正は必要でしょう。
方向性と具体性・・・・
またゆっくり読んで考えます。でわ。
173
:
武蔵
:2003/08/20(水) 13:39
>>170
>で、手放した家は、他人にとってはただの「古家」ですが、
手放す前の元々の持ち主にとっては「住み慣れた家」であることも多いのです。
元の持ち主にとっての価値は高いのであれば、それを無理やり引き剥がすよりも、
元の持ち主の手元においておいた方がいいでしょう。
私は親の家だから無条件に自分のものだと言う考え方を否定しているのであって
個人の心情的な価値感覚を否定しているわけではありません。(共産主義者ではありません)
現行のままでも、その古家に対する思い入れを、兄弟姉妹の誰が尊重されるかという問題があります。
そういう個々の感情を無視して、長男だから住み続ける権利があると考えるのもおかしな話です。
細かい点についての細かい配慮は当然するべきだと思います。
大きい方針としては、財産権の世襲制を廃するカタチがいいと思っています。
住み慣れた古家を取り上げる事を目的にはしていません。
174
:
ぼーん
:2003/08/20(水) 13:50
>>172
> 私は親の家だから無条件に自分のものだと言う考え方を否定しているのであって
それは僕も否定しています。
が、その考え方を否定するとしても、相続税を100%にする根拠にはならないのです。
その家を親の家だとするならば、その親があげたい人にあげるのは自由です。
という考え方は否定できません。
「何が、その親のものなのか」が問題になっているわけです。
(あるいは、どこまでがその親のものなのか)
175
:
イカフライ
:2003/08/20(水) 17:49
>>163
すいません、私、よく解らなくなってきています。
> 私的所有権の神話(=市場を通じて手元に届いた分配が私の正当な取り分である)の中に生きてます。
この取り分が、正当であるのか、どうか? という話ならば解るのです。
資本の偏在によって、また、理不尽な中間搾取などによって、富が偏在し、一方で、飢えて死ぬ人がいて、一方で、ごちそうが捨てられている。
そのシステムを是正することによって、世界中の人が、基本的生存権を保障されるようなシステムを作りましょう、と。
それにはなにはいいアイデアがあるか、って話なんですが。
いえ、たぶん、その話をしているのだと思うのですけれど、この「私的所有権の神話」といわれると、とたんに解らなくなります。
ようするに、自分の手でかせいだお金は自分のもの、というのが神話、ってことですよね?
それって、どういうことなのでしょうか?
それぞれの稼ぎはみんなで分けるという共産主義ではないのですよね?(ぼ-んさんも武蔵さんもそれは否定されています)
そうなると、どういうことになるのでしょう?
ちっと具体像が思いつきません。
176
:
だよもん星人
:2003/08/20(水) 19:21
とりあえず、ぼーんさん。
あなたが自分に何を課そうとあなたの勝手です。
けど、他人を無理やり巻き込まないでね
177
:
うろちい
:2003/08/20(水) 19:59
>だよもん星人さん
現実はたった一つしかありません。
何かをするつもりが無い人のために、他の人が巻き込まれていることも忘れないでください。
結局「何をすべきか(しなくてもいいか)」を考えるしかありません。
178
:
だよもん星人
:2003/08/20(水) 22:12
無茶苦茶やって事が良くなるとは限らんのですが。
私有財産を否定していったいなんの足しになると?
むしろ事態は悪化するような気がするんですが。
> さらに、現代のような複雑な経済社会においては、「何が私の身体を用いて生み出したものか」は割りと
> はっきり分かるとしても、「そのうちどれくらいが私のものか」ということを決めることは非常に困難なのです。
> たとえば、1つの会社がある製品を生み出して商売しているときに、その営業担当、広報担当、開発担当、
> 生産ラインの労働者、一人一人は、いったいどれだけの取り分を権利として主張できるのか?
どれだけの取り分が主張できるのかは、雇用契約で明示されてますが。
いや、これは正確ではないですね。
労働者に対する労働の対価は会社(雇用主)から支払われるのであって
製品から支払われてるわけではないですから。
> これを考えると、私たちの所得の決まり方というのも、規範的な意味においては、「どんぶり勘定」でしかありません。
明確な契約があり、それに双方が合意してるわけですが。
これのどこがどんぶり勘定だと?
179
:
ぼーん
:2003/08/20(水) 23:19
>>178
> 無茶苦茶やって事が良くなるとは限らんのですが。
> 私有財産を否定していったいなんの足しになると?
> むしろ事態は悪化するような気がするんですが。
「私有財産制を否定」したりしてません。
現行の私有財産制度を否定して、別の権利との関係の中で制限を加えることを考えています。
「現行の私有財産制度の否定」であり、「私有財産制度の批判」です。
> どれだけの取り分が主張できるのかは、雇用契約で明示されてますが。
> いや、これは正確ではないですね。
> 労働者に対する労働の対価は会社(雇用主)から支払われるのであって
> 製品から支払われてるわけではないですから。
その会社が獲得する利益は市場が決めるものです。
規範的な理由とか、そういうものとはまったく関係なしに、事実として決まるものです。
それが全部会社のものである「べき」、という根拠はありません。
# 実はもっとたくさんもらうべきかもしれません。
労働者に対する労働の対価は、その会社の利益を資本家と労働者で分配しているだけです。
その両者の力関係で、市場における希少性によって、その分配率は決まるでしょう。
これも規範的な理由とかとはあまり関係なしに決まることが多いです。
事実として市場が決めているだけで、そこに規範的な根拠なんてないんです。
ここらへん、だよもん星人さんの言っていることは、まさに典型的なユートピアニズムです。
「市場が決めることと、公正さによってそう決まるべきこととは、一致する」って言ってんだから。
そんな根拠なんかないんです。
> > これを考えると、私たちの所得の決まり方というのも、規範的な意味においては、「どんぶり勘定」でしかありません。
> 明確な契約があり、それに双方が合意してるわけですが。
> これのどこがどんぶり勘定だと?
両者の力関係の均衡点が、その分配率になっているだけです。
そこに、「分配はこうあるべき」などという規範の入る余地などないんです(リアリズムの主張)。
だから、そうやって決まるものは、「規範的な意味においては「どんぶり勘定」」でしかありません。
180
:
ぼーん
:2003/08/20(水) 23:25
>>179
補足
実際には、賃金の決まり方についても、まったく規範的要素が入らないわけじゃないけどね。
最低賃金を定めた法律もあるし、両者が合意したとしても、これより低い時給での契約は違法。
労働者は、仮に最低賃金以下の賃金で合意したとしても、最低賃金を要求することができる。
また、恣意的で規準が不明確ながら、まったく収入のない人、あってもごくごくわずかな人には
生活保護が支給される。これも規範的要素に基づいた(広義の)賃金の決まり方、と言える。
181
:
ぼーん
:2003/08/20(水) 23:47
>>175
たとえば原始的な話では、
「誰かが、無主の木から果実をもぎとった。そのとき、その果実は彼のものとなった」
というようなお話で、私的所有権の説明をしています。
「もぎとる」というのが労働ですね。
では、なぜ、「労働を加えた」ならば、それがその人のものになるんでしょうか?
そのことに根拠はないんです。
いうなれば、「そういうことにしとこうや」と言っているだけの話です。
賃金が私のものだ、というお話は、この「私が手を加えた物は私の物だ」
という原理に基づいて正当化されているものです。
じゃ、この原理自体はどのようにして正当化されるのでしょうか?という話です。
イカさんは、その根拠をなんだと思いますか?
182
:
イカフライ
:2003/08/20(水) 23:54
>>181
>イカさんは、その根拠をなんだと思いますか?
う-ん、この場合、もぎとった、という労働をしたわけですから、ただその果実をながめていた人より食べる権利が発生する、ということですかしらねえ?
183
:
イカフライ
:2003/08/21(木) 00:02
>>182
って、全然答えになってませんね。
ええっと、この場合、果実をみんなで食べよう、としても、「もぎとる」という労働は、じゃあ、誰がやるんだ、ってことになって。
で、やってもやらなくても、食べられるのなら、じゃあ、労働しない方が楽だから、と誰もやらないと。
ほんではイツまでも食べられないから、じゃあ、「もぎとり」(労働)してくれた人に、多く上げるよ……って、これは今の社会か?
ゴメン、解りません。回答キボンヌ。
184
:
だよもん星人
:2003/08/21(木) 14:14
お〜お、αと同じ運命をたどりつつあるな。
> 現行の私有財産制度を否定して、別の権利との関係の中で制限を加えることを考えています。
いきなり訳の分らん奴がやってきて「根拠なし」を連呼しながら人様のものを
分捕っていく・・・新手の強盗?
つーのは第一印象を元にした戯言ですが、
上のレス見るとなんと言ってよいやら・・・。
土地は安くなるでしょうな。・・・庶民の収入は途方も無く安くなりますが。
都内で暮らすのも夢じゃなくなりますね。・・・ダンボールハウスですが。
私有財産制度は経済にとって“足場”なんですよ。
あのような認識しかできない人間がそれを弄り回すなんて笑止千番。
> (1)そもそもの私的所有権の設定の仕方によって、最終的に最大化された富の分配状況は変わります。
> その最初の私的所有権の設定を正当化する根拠はない。分けなおしてもいい。
しかし実在はしますね。<所有権
実在してるものに根拠なんていります?
自分の物は自分の物として自分の自由にでき、他人の物は他人の物として他人が自由にする、
これに何か問題でも?
> その会社が獲得する利益は市場が決めるものです。
> 規範的な理由とか、そういうものとはまったく関係なしに、事実として決まるものです。
↑と↓の文に繋がりが見えませんが。特にこことか↓
> それが全部会社のものである「べき」、という根拠はありません。
目の前のラインを流れてる製品は会社のものですが。
他に何か根拠でも必要?
> 「市場が決めることと、公正さによってそう決まるべきこととは、一致する」って言ってんだから。
誰も公正さ云々なんぞ言ってませんが。
お互いが自分の利益を最大限にしようとする、両者の綱引きが存在するだけですが。
さっきから規範規範言うてますが、市場性以外の何で利益や分配率を決めると?
具体的に説明してくださいね。
> だから、そうやって決まるものは、「規範的な意味においては「どんぶり勘定」」でしかありません。
規範は金勘定の道具ではないですから、どんぶり勘定以前の問題ですな。
つまり、お門違い。
αもそうですけど、全然具体性というのが見えません。
実の所αには中身なんて無いんじゃないですか?
185
:
ぼーん
:2003/08/21(木) 18:39
>>184
> > 現行の私有財産制度を否定して、別の権利との関係の中で制限を加えることを考えています。
> 土地は安くなるでしょうな。・・・庶民の収入は途方も無く安くなりますが。
> 都内で暮らすのも夢じゃなくなりますね。・・・ダンボールハウスですが。
なんでそうなるのでしょうか?
> > (1)そもそもの私的所有権の設定の仕方によって、最終的に最大化された富の分配状況は変わります。
> > その最初の私的所有権の設定を正当化する根拠はない。分けなおしてもいい。
> しかし実在はしますね。<所有権
> 実在してるものに根拠なんていります?
水をさすようですが、事実として、税金は取られており、自由にはできてませんね。
僕が言っているのは、その税金は「私のものが勝手に取られている」ことを意味せず、
とられるべきものがとられている、と説明することが可能であるということです。
# ついでに言えば、可能であるだけでなく、その方が合理的でもあると言い得る、
とまで言うことを将来に予定しています。
ですが、あなたの言葉を借りるなら、事実として行われている再分配は、「実在しているので根拠はいりま
せん」で納得するんですね。誰かがどこかで決めた「実在している税制」なら、どんな無茶な税制でも文句
言わずに払うことですね。
# 実在をその正当性の根拠にすえる馬鹿者は、およそどんな社会であれ文句を言わずに受け容れます、
といっているに等しい。実在するアウシュビッツをユダヤ人は根拠なしに受け容れるべき、とまで
言うのと同値であることに、気づいてないのかな。
> > 自分の物は自分の物として自分の自由にでき、他人の物は他人の物として他人が自由にする、
> > これに何か問題でも?
問題が読めていないことの証拠みたいなコメントですね。
自分の物を自分の物として自由にできたり、他人の物は他人の物として他人が自由にする。
これを否定していませんよ。
何が自分の物で、何が他人の物なのかを決めるルールが問題になっているんです。
たとえば、「ある人が生み出したものを100%その人の物にする」というルールがあるとする。
別に、「ある人が生み出した物の50%をその人の物にし、残りは頭割りにする」というルールがあるとする。
どちらの場合でも、自分の物を自分の物として自由にできたり、他人の物は他人の物として他人が自由にすることができます。
186
:
ぼーん
:2003/08/21(木) 18:40
> > その会社が獲得する利益は市場が決めるものです。
> > 規範的な理由とか、そういうものとはまったく関係なしに、事実として決まるものです。
> ↑と↓の文に繋がりが見えませんが。特にこことか↓
> > それが全部会社のものである「べき」、という根拠はありません。
> 目の前のラインを流れてる製品は会社のものですが。
> 他に何か根拠でも必要?
根拠はいりません。それはただの約束事です。
だから、別の根拠のない約束事をすれば、別のようにもできます。
どの約束事がいいのかは、それぞれの約束事がもたらす結果を考えて決めればいいでしょう。
>> 「市場が決めることと、公正さによってそう決まるべきこととは、一致する」って言ってんだから。
> 誰も公正さ云々なんぞ言ってませんが。
> お互いが自分の利益を最大限にしようとする、両者の綱引きが存在するだけですが。
そうなら、あなたのコメントは、僕への批判にはまったくなっていない。
「両者の綱引きが存在するだけであり、結果そうなるだけであり、「そうなるべき」という根拠はない」
というのが僕の述べていることなのですから。
> さっきから規範規範言うてますが、市場性以外の何で利益や分配率を決めると?
> 具体的に説明してくださいね。
どう決めたっていいですよ。
「頭割り」だって立派な決め方です。市場性半分、残りは頭割り、でもいいわけです。
どれがいいかは、とりあえずオープンな問いにしておきます。
具体的な選択肢は、およそ無限に存在します。
>> だから、そうやって決まるものは、「規範的な意味においては「どんぶり勘定」」でしかありません。
> 規範は金勘定の道具ではないですから、どんぶり勘定以前の問題ですな。
> つまり、お門違い。
僕の言うことがお門違いであるためには、「実在をその正当性の根拠にすえる」という、
現代ではおよそまともな論者は誰も相手にしない規範論に立つことが必要ですね。
というより、あなた、規範という言葉の意味が分かってない。
> αもそうですけど、全然具体性というのが見えません。
> 実の所αには中身なんて無いんじゃないですか?
中味がないのはあなたのコメントの方です。
要約すれば、「分配を規範で語るな」といっているだけですから(笑)
187
:
ぼーん
:2003/08/21(木) 18:50
>>182
>>183
おっしゃるとおり、
>>182
は全然答えになっていません。
ですが、元々所有権の根拠を「労働をした」という事実に求めたロックからして、
それと同じようなことしか言ってないです。つまり、根拠はない。
> ええっと、この場合、果実をみんなで食べよう、としても、「もぎとる」という労働は、じゃあ、誰がやるんだ、ってことになって。
> で、やってもやらなくても、食べられるのなら、じゃあ、労働しない方が楽だから、と誰もやらないと。
> ほんではイツまでも食べられないから、じゃあ、「もぎとり」(労働)してくれた人に、多く上げるよ……って、これは今の社会か?
「労働のインセンティブ」になるのは事実ですね。根拠はないから、結果のよさによって正当化する。
「作り出したものは100%その人のもの」
「作り出したものは50%はその人のもので、残りは頭割りにする」
どちらのルールでも、「働けば働いただけ自分の取り分は増える」わけですから、働くインセンティブにはなりますよね。
もちろん、後者の場合、インセンティブは相対的に弱いです。しかし、私たちが生きるのに必要だから働くのであって、
働くために生きているわけではないですから、相対的に弱いインセンティブの元でも生きて暮らせるだけの財が生産で
きるのであれば、これでもかまわないわけです。
労働のインセンティブの問題を考えると、私的所有権の枠組みの完全否定(つまり共産主義)は非現実的です。
しかし、労働のインセンティブ問題だけなら、私的所有権を100%認める必要もない。ある程度でいい。
となるわけです。
188
:
だよもん星人
:2003/08/21(木) 20:49
> > 土地は安くなるでしょうな。・・・庶民の収入は途方も無く安くなりますが。
> > 都内で暮らすのも夢じゃなくなりますね。・・・ダンボールハウスですが。
>
> なんでそうなるのでしょうか?
上のほうで日本経済を消滅させかねないことを言っておられますが。
> 水をさすようですが、事実として、税金は取られており、自由にはできてませんね。
> 僕が言っているのは、その税金は「私のものが勝手に取られている」ことを意味せず、
> とられるべきものがとられている、と説明することが可能であるということです。
もし私有財産云々の論議の正体がいわゆる税金とよばれる物だったら驚きますよ(w
けど、これだと色々説明が付いちゃうんだよなぁ・・・。
> ですが、あなたの言葉を借りるなら、事実として行われている再分配は、「実在しているので根拠はいりま
> せん」で納得するんですね。
言葉足らずだったようですね。
訊きたいのは正当性を否定した根拠ですよ。
相手に確たる根拠がない、ってだけでやられちゃたまりません。
> >> だから、そうやって決まるものは、「規範的な意味においては「どんぶり勘定」」でしかありません。
> > 規範は金勘定の道具ではないですから、どんぶり勘定以前の問題ですな。
> > つまり、お門違い。
>
> 僕の言うことがお門違いであるためには、「実在をその正当性の根拠にすえる」という、
> 現代ではおよそまともな論者は誰も相手にしない規範論に立つことが必要ですね。
規範は会計法方ではないです。なのにそれを根拠にどんぶり勘定と言っている事がおかしい。
ちなみに「規範云々」は既に終わっていて、「どんぶり勘定〜」のコメントには
掛かっていませんので、あしからず。
> というより、あなた、規範という言葉の意味が分かってない。
最大の問題はそこなんですよ。
αもそうですがあなたがどう言う意味合いで「規範」と言う言葉を使っているのか、
さっぱり分りません。
(ちなみに私の言ってる(ここで使った)「規範」は社会通念や道徳と言う意味です。)
この言葉の定義がはっきりしない以上、私は私の解釈で話を進めるほかありません。
或はどこかでそれを解説してて私もそれを読んでるかもしれませんが、
ぼーんさんの文章は遠まわしの上に紛らわしいので理解できません。
とりあえず「規範」と「α」について、遠まわしでもなく、紛らわしくもない文章で
解説してください。
けどこれを訊かれるのって何回目なんだろ。
189
:
うろちい
:2003/08/22(金) 09:12
>155 名前: <故意に未入力> 投稿日: 2003/08/19(火) 23:00
>反戦・平和アクション議論板は自壊しました Part22
>
http://society.2ch.net/test/read.cgi/jsdf/1061093230/
>「私的所有権の批判」について、ここをヲチしてる↑では非難轟々の模様です。
>引き篭もっていたいんだ!と、仰るなら特にお勧めはしませんが。(笑)
>骨クソとムサイクソで、細々と身内の話をするよりは、反対論者のいる場所に
>出張するのも、一つの手段ではありますがねえ・・・・
>おっと、骨クソは自分の見える・影響内「だけで」活動をしてれば、それで満足!
>の自慰的(失礼)平和主張者でありました。
わけわかんねー。
なんでわざわざ遠くで集団オナニー(ウォッチってそういうことじゃん)してる人たちのとこに踏み込むことを勧めるかなあ。
ウォッチがいかんとは言わないし、そこに踏み込むのも悪くないけど、そこに踏み込まないとウォッチされている方がオナニー呼ばわりするってのはどうなんだろうね。
190
:
うろちい
:2003/08/22(金) 09:17
誤)オナニー呼ばわりする
正)オナニー呼ばわりされる
191
:
イカフライ
:2003/08/22(金) 09:25
>>189
つ-か、物好きな私は、向こうに行きましたが、非難轟々というわりには、あまりお話に出ていなかったようで。
「祭にはなりませんでした」とヤスツさんもおっしゃられてましたし。
192
:
イカフライ
:2003/08/22(金) 09:36
つ-ことで本題に戻りますが
>>187
いまだにどこまで理解しているかどうか、疑問なんですが。
>「作り出したものは100%その人のもの」
>「作り出したものは50%はその人のもので、残りは頭割りにする」
これは、つまり「私的所有権の割合」ってことではないのですか?
これを読んで、前のレスでも触れた北欧の福祉国家のケ−スを考えたのですが。
「50%はその人のもので、残りは頭割りにする」
これって、つまりスウエ−デンとかデンマ−クとかのシステムとは違うのでしょうか?
ちょっと各国の細かい税率は忘れたので、ざっとの話になりますが、消費税は30パ−セントを超えるし、所得税も高いし、なんやかんやで半分以上もってかれる。
それでも国民みんなが文句も言わず払っているのは、相互扶助の意識が国民のコンセンサスとしてあるので、日本人のように「取られる」という感覚ではない。
なんて、聞きますね。そういえばアバは世界中であれだけ大ヒットをとばして、一体幾ら税金とられるんだろう、と思うけれど、ビ−トルズみたくアメリカ移住とかしませんでしたね。
こういったことを言われているのでしょうか?相互扶助の意識を加味せよ、と。
全然違うのかな?
193
:
うろちい
:2003/08/22(金) 09:46
>目の前のラインを流れてる製品は会社のものですが。
>他に何か根拠でも必要?
それを決めてるのが「ある規範」でしょう。
「目の前のラインを流れてる製品は会社のもの」と断言してしまえるのは、規範の信者だからでしかないでしょう。
>お互いが自分の利益を最大限にしようとする、両者の綱引きが存在するだけですが。
綱引きが足の引っ張り合いになるなら、そうじゃないやり方にも合意できるはずです。
合意に従った方が利益にかなうとき、合意は規範としての力を持ちます。
実際、現実の世界は綱引きも綱引きの抑制もどっちもあります。
そしてまだ新たに合意できる余地があるかもしれません。
ぼーんさんがしてるのも、武蔵さんがしてるのも、そういう提案でしょう。
しかし提案に反対する人もいるでしょう。
提案に従うのが不利益だと考える人もいるでしょうから。
そのときは、提案への賛成者と反対者は綱引きの両端にいるわけで、まさに仰るとおりの「自分(たち)の利益を最大限にしようとする、両者の綱引き」という構図になるわけです。
少なくともだよもん星人さんは文句は無いでしょう。
もっとも本当に賛成者にとって利益か、反対者にとって不利益か、は議論の余地があるでしょうけど。
利益は全て主観の中ですから難しい議論になると思います。
その難しさから目をそらすために「リアリズム」なんて信仰があるのでしょう。
194
:
ぼーん
:2003/08/22(金) 16:19
>>188
> > > 土地は安くなるでしょうな。・・・庶民の収入は途方も無く安くなりますが。
> > > 都内で暮らすのも夢じゃなくなりますね。・・・ダンボールハウスですが。
> > なんでそうなるのでしょうか?
> 上のほうで日本経済を消滅させかねないことを言っておられますが。
つまり、土地が安くなって収入が安くなって、っていう思考があって日本経済の消滅という結論を述べて
いるのではなく、とにかく「日本経済が消滅するんだ」って結論を(なぜか)持ち出してきて、そのイメ
ージを想像力豊かに描いた、と。こういうわけですね?
何か「大変よくできました」のハンコでも押してあげたくなるような回答です。
> もし私有財産云々の論議の正体がいわゆる税金とよばれる物だったら驚きますよ(w
税金以外の何だと思っているのでしょうか?
税金以外の手段もありえますけど、中心になるのは税金でしょう。
私的所有権の批判と、私有財産制度の否定と、あるいは交換経済の否定とか、
何かそういうものがごちゃまぜになっていて、いったい何を批判しているのか、
あなた自身にも分かってはいないんじゃないですか?
私的所有権の批判というのは、「私が働いて得たものは、すべて、私のもの」という神話の批判です。
これを批判したところで、別のルールで私的所有物を決定し、その上で交換経済を営むことは否定されてません。
もちろん、「私有財産制」という枠組みは否定どころか前提されています。意味わかってんですか?
> > ですが、あなたの言葉を借りるなら、事実として行われている再分配は、「実在しているので根拠はいりま
> > せん」で納得するんですね。
> 言葉足らずだったようですね。
> 訊きたいのは正当性を否定した根拠ですよ。
> 相手に確たる根拠がない、ってだけでやられちゃたまりません。
アホですか?確たる根拠がないなら、「正当性はない」んです。
「そうすべき」「そうしなくてもいい」
「そうしてもよい」「そうしてはならない」
だよもん星人さんは、これら4つの区別ができますか?
> 規範は会計法方ではないです。なのにそれを根拠にどんぶり勘定と言っている事がおかしい。
よほど頭の固い人ですか?
たとえば、裁判の判決において、「大抵どっちも悪いんだから、損害は折半。判決以上」といったら、
これは会計についての話ではないですが、「裁判官の採決はどんぶり勘定」と批判することは、
言葉の常識的な使い方として間違っていません。
> > というより、あなた、規範という言葉の意味が分かってない。
> 最大の問題はそこなんですよ。
> αもそうですがあなたがどう言う意味合いで「規範」と言う言葉を使っているのか、
> さっぱり分りません。
> (ちなみに私の言ってる(ここで使った)「規範」は社会通念や道徳と言う意味です。)
> この言葉の定義がはっきりしない以上、私は私の解釈で話を進めるほかありません。
質問すればいいんですよ。最初から。
つまり今までは、理解できないことに対して噛み付いていた、ってことですよね。
実に奇妙。
195
:
だよもん星人
:2003/08/22(金) 16:54
んで、αってなに?
196
:
だよもん星人
:2003/08/22(金) 17:58
もっと凄い事が論議されてるのかと思ってたんですが、
どうやら俺の勘違いだったようで
>つまり、土地が安くなって収入が安くなって、っていう思考があって日本経済の消滅という結論を述べている
ここまでは大雑把にあってますが、ここからは間違い
>のではなく、とにかく「日本経済が消滅するんだ」って結論を(なぜか)
>持ち出してきて、そのイメージを想像力豊かに描いた、と。こういうわけですね?
>税金以外の何だと思っているのでしょうか?
びっくり
>私的所有権の批判と、私有財産制度の否定と、あるいは交換経済の否定とか、
>何かそういうものがごちゃまぜになっていて、いったい何を批判しているのか、
>あなた自身にも分かってはいないんじゃないですか?
てっきり社会主義革命でも起こそうとしてるのかと思っちゃいましたよ(w
>もちろん、「私有財産制」という枠組みは否定どころか前提されています。
>意味わかってんですか?
つまり、より増税しやすい枠組みを作ろうとしてる、と。
>アホですか?確たる根拠がないなら、「正当性はない」んです。
・・・皆が“正しいとしている”事は正当性の根拠にならないんですか。
>つまり今までは、理解できないことに対して噛み付いていた、ってことですよね。
言葉の定義が違っていただけですよ。
ぼーんさんにとって不毛な遣り取りになってしまったのは謝ります(^^;;
197
:
<故意に未入力>
:2003/08/22(金) 20:54
>>194
>アホですか?確たる根拠がないなら、「正当性はない」んです。
なるほど。で、初歩的な質問で誠に申し訳ありませんが、「α」の「確たる根拠」
ってヤツを漏れのようなアフォな頭脳にも、2chでここをウォッチしてるアフォにも
(それこそ幼稚園児・小学校低学年でも)理解出来るように御教示頂けますか?
御教示頂いて、かつアフォな漏れの頭脳でも理解が可能であれば、漏れと同程度に
アフォと思われる連中(って、2chですな)に薫陶を垂れて来たいと思います。
198
:
ぼーん
:2003/08/23(土) 00:33
>>197
> なるほど。で、初歩的な質問で誠に申し訳ありませんが、「α」の「確たる根拠」
αそれ自体を正当化する根拠なんかないって。君も話の見えていないクチかね?
199
:
ぼーん
:2003/08/23(土) 00:40
>>196
> てっきり社会主義革命でも起こそうとしてるのかと思っちゃいましたよ(w
いまどき何を言ってるんだか。
> >もちろん、「私有財産制」という枠組みは否定どころか前提されています。
> >意味わかってんですか?
> つまり、より増税しやすい枠組みを作ろうとしてる、と。
今なされている支出を一切見直さないなら、増税になりますが、無駄が随分多いから、
ちゃんとやれば減税になるかもしれません。ともかく、そのあたりは分かりません。
> >アホですか?確たる根拠がないなら、「正当性はない」んです。
> ・・・皆が“正しいとしている”事は正当性の根拠にならないんですか。
ならないですね。
でも、全員が正しいとしていたら、そもそも根拠なんか問われなくて、正当性があろうと
なかろうと、あるように扱われますね。
> >つまり今までは、理解できないことに対して噛み付いていた、ってことですよね。
> 言葉の定義が違っていただけですよ。
> ぼーんさんにとって不毛な遣り取りになってしまったのは謝ります(^^;;
失礼。こちらも非礼はわびます。
で、αですけども、別に大した中味はありませんよ。
「他者を自分と同じように尊重せよ」という普遍的命令のことです。
200
:
ぼーん
:2003/08/23(土) 00:46
>>192
> これは、つまり「私的所有権の割合」ってことではないのですか?
> これを読んで、前のレスでも触れた北欧の福祉国家のケ−スを考えたのですが。
税金をどう取るのであれ、
「俺のもの」の一部を税金としてとられている、と考えているのか、
一部を税金としてとられた後のものが本当の「俺のもの」、と考えているのか、
その違いです。重要なのは。
北欧の人たちがどんなつもりで税金納めてるのか知らないので、なんともいえません。
> こういったことを言われているのでしょうか?相互扶助の意識を加味せよ、と。
今の日本だって「相互扶助」ですよ。
「相互」でなかったら「扶助しない」というのが当たり前みたいですから。
相互である必要なんかない「扶助」を社会に組み込みたい、というのが意図ですね。
201
:
武蔵
:2003/08/23(土) 10:19
長らく出かけていて失礼しました。
どうも誤解を受けているようなので質問したいのですが
>>174
>> 私は親の家だから無条件に自分のものだと言う考え方を否定しているのであって
>それは僕も否定しています。
が、その考え方を否定するとしても、相続税を100%にする根拠にはならないのです。
と言われているのですが、相続税100パーセントにするというのは、どこから出てきたのでしょうか?
私へのレスにしては、おかしいのですが・・・・
私は私的所有権の世襲を既得権として認めることを見直してもいいのではないかという提案をしたのです。
具体的な方法の中の一つには、相続税というかたちもあるでしょうが、相続税のあり方については
まだ言及しておりません。
住居について言えば、財産価値の既得権は認めないが、居住権は認めるという方法もあります。
その居住権についても、現行法でも子供が複数いる場合は、居住権から排除されることもあります。
原則としては、親の家であっても買い取るという方法もあってもいいでしょうし、
所得が少ない場合は資産価値は無視して、居住権だけを持つというカタチも取れます。
(あまりな豪邸はまた別に考えましょう)
どっちみちこんなものは、その社会が得て勝手に生み出したルールなのですから
どんな風にでも変えられます。
具体例については、人情の機微に配慮したルールを後でいくらでも考え、練り直せばいいのです。
基本姿勢として、財産の世襲・権力の世襲を認めないことが、8割以上の人間にとって得になる方法だと思っています。
世襲されない財産(この場合は金銭換算です)についても、国内に半分、発展途上国に半分(割合なんぞは後で考えるにして)と言うような配分をすることもできます。
なににしろ具体例はあくまで一つの思案であって、固執するものではありません。
私が今回打ち出したのは「世襲」の廃止、または緩和の方向です。
202
:
武蔵
:2003/08/23(土) 10:34
「α」について
ということですから、所得と配分以外のことを語ることも許されるでしょうから
今回は、世襲の廃止について考えたいと思います。
現在、天皇以外の身分や職業に世襲制度はありません。
しかし実質的な世襲、法的ではない世襲が行われていることは確かなことです。
これにメスをいれて、緩和していくことは多くの一般人にとって利益のあることです。
代議士の地盤看板カバン・・・・これをどうしていくか。
医者の子は医者になりやすい。当然の部分もあるが、不当な部分もあります。
特権的職業や権力の、実質的な世襲を見直すことも、「α」については考えることになると思うのですが。
203
:
だよもん星人
:2003/08/23(土) 14:42
武蔵さん
>代議士の地盤看板カバン・・・・これをどうしていくか。
被選挙権は国民全てに与えられるものですから、親が何者であれ子が
一個の独立した個人である限り制度としてどうこうする事は不可能でしょう。
よもや法の下の平等を引っ込める訳にはいきませんし。
>医者の子は医者になりやすい。当然の部分もあるが、不当な部分もあります。
学費補助を手厚くする事はできますが、これは世襲とは関係ありませんね。
親が子に何を期待するのも子がそれに応えるか否かも、当の親子間の問題にすぎません。
社長の後釜が誰になろうと人事の決定権は会社が決めるべき事ですし、
歌舞伎の世界が世襲制であっても社会的には何の意味も無いです。
二世議員の事にしても、有権者が誰を選んだのかという話にすぎませんし、
患者にとってはヤブか名医かが重要であり、病気が治る事が利益です。
結局、法的でない世襲は、公権力が立ち入る事ができない領域、
又は介入しても殆ど無意味な事でしか行われていないのでは?
204
:
武蔵
:2003/08/23(土) 15:52
>>203
>一個の独立した個人である限り制度としてどうこうする事は不可能でしょう。
被選挙権の剥奪なんてことをしては当然人権侵害です。
しかし「地盤看板カバン」という財産贈与については、何らかの制限を加えることが可能ですし
それをして行かなければ、他の人の被選挙権が事実上制限されてしまっています。
この利害の対立のどこに線引きをするかは、匙加減一つなんですよ。
>学費補助を手厚くする事はできますが、これは世襲とは関係ありませんね。
いや、これも世襲と大いに関係ありますよ。
能力はあるが財産のない子が学ぶチャンスを持つということは。
医者ではないですが、
戦前、学校の先生になる「師範学校」は、学費・寮費が無料の上に
小額ながら小遣いまでもらっていました。
それがいいかどうかは議論の余地がありますが、教育の機会均等については考える必要があります。
205
:
ぼーん
:2003/08/23(土) 16:25
>>201
武蔵さん
確かにへんかもしれません。
へんになっている原因は、僕とだよもん星人さんとのやり取りで少し明らかになってきたかもしれません。
私的所有権、私有財産制度、交換・贈与の自由、自由市場経済、そういったものの何をどう否定しているのかが、
僕においても混乱があったように思います。
世襲制を否定するというとき、いくつか誤解する要素があるんです。
親の私有財産をゆずる、ということ、それ自体を否定するつもりなように僕は受け取ってました。
しかし、そうではないようです。
具体的にはどういう意味ということになるんでしょうか?
206
:
ぼーん
:2003/08/23(土) 16:30
所有権を処分権(破棄したりする権利)と使用権(使用する権利)に分離する、という考え方はありますね。
また、処分権と使用権の譲渡性(譲渡可能にするか、不可能にするか)でも、いろいろ帰結が変わってきます。
それぞれ検討すると面白そうです。
207
:
大神
:2003/08/23(土) 16:33
2世国会議員は少なくとも選挙の洗礼は受けている。
208
:
武蔵
:2003/08/23(土) 18:16
>>205
いや、こだわるようですが、相続税の話はひとこともしていないのに
一つの選択肢に過ぎない相続税と言う単語に置き換え、
「相続税を100%にする根拠にはならないのです。」
と、100パーセントという数字まで発生させて否定なさったのは、
どういうことなのかをお聞きしたかったのです。
*例え結果として同じことになったとしてもです。
相続税100パーセントという単語でしか把握できなかったということでしょうか?
>親の私有財産をゆずる、ということ、それ自体を否定するつもりなように僕は受け取ってました。
親の私有財産が、ぼーんさんの言われるような意味では、根拠のある既得権であるのかどうか
もっと他の根拠によると、半分が私有財産として認められるベキかも知れない。
りんごをもぎ取った労働に与えられる権利は、半分が妥当かも知れない。
親の取得にすら疑義があるのに、
子には何の疑いもなくその財産権が譲られてしかるべきか?
子は親から精神面物質面で多くのものを譲り受けて育ちます。
家庭教師を何人もつけられる親と、幼いときから労働分担を引き受けさせざるを得ない親があります。
「子供に残せる財産は教育だけだ」という言葉もよく聞きました。
そういう無形の財産は、私はいま「世襲」という言葉から外しています。
外す根拠は別に無いのですが・・・・
カタチのある財産、土地家屋や地位、権力・・・ひいては地盤看板カバン・・・
こういうカタチある財産の譲渡の事を勝手に世襲と名づけました。
それは、原則として子供が自分の力で稼ぎ取ってもいいのではないかと言うことです。
二十歳以降分割払いをしていってもよし(徐々に買い取って自分のものにする)
全額払えるまでに親が死亡した場合でも、分割できる制度を作ってもいい。(税金の分納?)
具体方法は、人情実情に合わせてきめ細かなルールが必要で
親が死んだとたんに家を放り出されてホームレスになるなんてことは想定していません。
209
:
武蔵
:2003/08/23(土) 18:22
>>207
>2世国会議員は少なくとも選挙の洗礼は受けている。
そんなことを言えば、北朝鮮の金正日でさえ、
このあいだ100パーセントの信任投票を受けています(笑)
選挙に出て、当選するために地盤看板カバンを譲渡するということに
何らかの制限を加えなくては、二世以外の議員にとって非常に厳しいという現実です。
(ん?同じこともう言ったぞ!)
210
:
武蔵
:2003/08/23(土) 18:39
誤解なきように言っておきますが(ぼーんさんは誤解されていないと分かっています)
私は親から子に譲るものに100パーセントの税金をかけ、
全く遺留分を残すべきではないと言っている分けではありません。
上記の無形の譲渡分(教育環境など)はもちろん、最低の居住権などについても
考えたらいいと思っています。
私的所有権が、
もぎ取ったりんごの全てと無条件で考えないような意味で
親の持つ諸権利についても、譲渡が当然と考える必要がないということです。
211
:
ぼーん
:2003/08/23(土) 21:36
>>208
> いや、こだわるようですが、相続税の話はひとこともしていないのに
> 一つの選択肢に過ぎない相続税と言う単語に置き換え、
> 「相続税を100%にする根拠にはならないのです。」
> と、100パーセントという数字まで発生させて否定なさったのは、
> どういうことなのかをお聞きしたかったのです。
どういうことでもありません。
武蔵さんは一言も言っていませんが、その発言から僕が類推したことです。
で、その類推については僕の勇み足だ、ということでかまいませんので、
「じゃ、どういうつもりだったのか」ということを具体的に聞いているのです。
相続税を念頭に置いてなかったのならば、何か別のことをお考えになってたんですよね?
それをお聞かせください、ということです。
> *例え結果として同じことになったとしてもです。
> 相続税100パーセントという単語でしか把握できなかったということでしょうか?
できなかった、ということです。
親の財産を子に譲渡する、という可能性を、それをいかなる制度によるのであれ否定するのであれば、
相続税は100%というキーワードは出てくると思います。
相続税は100%にした上で、実物資産の使用権は留保するとか、
相続税は100%にした上で、他の何か留保をするとか、
控除枠を一定額(たとえば3000万円とか)設定した上で、残りについては相続税を100%にするとか、
いろいろやり方は考えられますが、「親から子への譲渡」を認めないなら、それは相続税100%しかありえないと思います。
# 限界税率の話をしてるのか、平均税率の話をしてるのか明確にしなかったのは、僕の責任かもしれませんが。
が、違うのであれば、どういうことを想定していたのか教えていただければ、
それで納得できるかもしれませんので、教えてもらえませんか?
212
:
ぼーん
:2003/08/23(土) 21:36
>>親の私有財産をゆずる、ということ、それ自体を否定するつもりなように僕は受け取ってました。
>親の私有財産が、ぼーんさんの言われるような意味では、根拠のある既得権であるのかどうか
>もっと他の根拠によると、半分が私有財産として認められるベキかも知れない。
>りんごをもぎ取った労働に与えられる権利は、半分が妥当かも知れない。
>親の取得にすら疑義があるのに、
>子には何の疑いもなくその財産権が譲られてしかるべきか?
相続を、特別なものとみなしてませんか?
相続は、ある個人の死亡を機にスタートする贈与の特別なケースに過ぎません。
どんなルールであれ、とにかく私的所有権の枠組みを決めてしまえば、いずれ、その人の元に
私有財産が発生します。その私有財産は、当然、好きに譲渡できるし、好きに処分できる。
そういうものです。だから、私有財産制を否定しない限り、かならず好きに処分できる私有財産というものは存在するし、
だとしたら、相続の問題は必ず発生します。
ただし、私有財産を認めない(共産主義)なら、その限りではありませんが。
しかし、武蔵さんは共産主義ではない、って言ってましたよね?
だったら、相続は否定できませんよ。
# やはり、私有財産制の否定と、現行の私的所有権の否定と、そういったものが混乱しているように思います。
> カタチのある財産、土地家屋や地位、権力・・・ひいては地盤看板カバン・・・
> こういうカタチある財産の譲渡の事を勝手に世襲と名づけました。
> それは、原則として子供が自分の力で稼ぎ取ってもいいのではないかと言うことです。
権力が、金や地位に関係しているものについては武蔵さんがおっしゃるように問題にできますが、
様々な人間関係にまつわる力(その人間関係を通じて意見を表明したり飲ませたりする力)は、
相続云々の話と一緒にするのは話が混乱するだけではないかと思います。
平行して話をしてかまいませんけど、区別して話した方がいいのでは?
> 二十歳以降分割払いをしていってもよし(徐々に買い取って自分のものにする)
> 全額払えるまでに親が死亡した場合でも、分割できる制度を作ってもいい。(税金の分納?)
してもいいですが、そのようにすべきとする根拠も、やはりありません。
(現行の私的所有権の枠組みに根拠がないのと同じように)
重ねていいますが、相続は贈与の特別なケースに過ぎません。
だから、武蔵さんがおっしゃる話をまともに適用するならば、相続だけでなく、一切の贈与を制限しなければなりません。
が、それはかなり不合理な話になります。
> 具体方法は、人情実情に合わせてきめ細かなルールが必要で
> 親が死んだとたんに家を放り出されてホームレスになるなんてことは想定していません。
もちろんです。そんなこと言っていません。
213
:
ぼーん
:2003/08/23(土) 21:45
大神氏 & 武蔵氏
2世議員が当選するのは、先代の議員を中心に構築された様々な利害関係の絡み合いの構造を、
ほとんど変更しないで引き継ぐことができるからでしょう。
2世議員じゃない場合でも、地盤・看板・カバンを引き継ぐ人は、先代を支えていた利害関係のネット
ワークを裏切らない限りにおいて支えてもらえるだけです。
この問題については、世襲を制限したところであまり効果はないでしょう。
いずれにせよ、構造化された利害関係のネットワークの中から適材が選ばれて出てくるだけです。
この問題には、別のアプローチが必要です。
# で、その意味で、「選挙の洗礼を受けている」かどうかも、問題の本質ではありませんし、
その選挙の洗礼を北朝鮮における選挙の洗礼と比較することもさすがに無茶ではないか、
と思います。
214
:
ぼーん
:2003/08/23(土) 21:51
>>210
誤解があると思うのでしつこいと思いますが、論点を再度指摘しておきます。
贈与一般を否定しないならば、贈与の1つのケースとしての相続を否定できない、ということです。
私的所有権の制限は、その人が自分の労働から自分の物にできる物の範囲を制限し、
その結果、その範囲内でなされるはずの蓄財の規模が制限されます。
で、結果的に、相続される財産の規模も制限されるでしょう。
しかし、その相対的に制限された中で作られた財産を、その後で誰に譲渡したいか、という問題
については、私的所有権の制限は何も語っていません。
それを好きな人に譲渡する自由を否定できません。
だったら、それをわが子にしても問題はありません。
贈与の制限の話と、私的所有権の制限の話は、無関係ではありませんが、
少し丁寧に腑分けする必要があります。
215
:
武蔵
:2003/08/23(土) 21:55
>>211
>親の財産を子に譲渡する、という可能性を、それをいかなる制度によるのであれ否定するのであれば、
相続税は100%というキーワードは出てくると思います。
世襲という言葉で表した「全譲渡」は考え直すべきではないかということです。
相続税0でない、と言うキーワードも出てきます。
控除額を高い目に、あるいは低い目に決める、という選択肢もあります。
突然、相続税100パーセントという単語を自ら出して、否定なさったから驚いたのです。
否定のための否定に思われましたから。
216
:
武蔵
:2003/08/23(土) 22:10
>>212
>ただし、私有財産を認めない(共産主義)なら、その限りではありませんが。
しかし、武蔵さんは共産主義ではない、って言ってましたよね?
だったら、相続は否定できませんよ。
だから、私有財産も相続も全否定するとは言ってないんですが・・・
りんごは全て、もいだものの権利であるということの「全て」に当るものを否定しています。
もっと言うならば、りんごをもいだという行為に対しては、半分にせよ7割または3割にせよ、
当然の権利を受けるものと思いますが、
土地における財産価値のみの偏重で「転がす」だけで手に入れた収入など(株の売買なども)は
労働収入に比べて、多くの税を科するべきであろうとか、個々については別の考えをもっています。
>> 二十歳以降分割払いをしていってもよし(徐々に買い取って自分のものにする)
>> 全額払えるまでに親が死亡した場合でも、分割できる制度を作ってもいい。(税金の分納?)
>してもいいですが、そのようにすべきとする根拠も、やはりありません。
そのように言っているのですが・・・・・(何で突っかかってこられるんかな?)
いろいろの考え得ることのひとつに過ぎません。
217
:
武蔵
:2003/08/23(土) 22:18
>>213
>2世議員じゃない場合でも、地盤・看板・カバンを引き継ぐ人は、先代を支えていた利害関係のネット
ワークを裏切らない限りにおいて支えてもらえるだけです。
これはそうですね。後継者を子供にする場合が多いだけで、他の後継者も確かにいます。
># で、その意味で、「選挙の洗礼を受けている」かどうかも、問題の本質ではありませんし、
その選挙の洗礼を北朝鮮における選挙の洗礼と比較することもさすがに無茶ではないか、
と思います。
さすがに無茶なことを言ったんですが・・・・・
しかし、国民がマスメデイアの流すプロパガンダによって判断して
多いか少ないかの差こそあれ、洗脳のモトで投票している以上
全く並べることが出来ない無茶話とまでは思っていません。
(汚職議員が選挙で禊をしたというような笑えない話を聞くときには)
218
:
ぼーん
:2003/08/23(土) 22:21
>>215
>>216
> 世襲という言葉で表した「全譲渡」は考え直すべきではないかということです。
> 相続税0でない、と言うキーワードも出てきます。
> 控除額を高い目に、あるいは低い目に決める、という選択肢もあります。
ありますね。だから、
「100%と理解したのは僕の勇み足だ、ということでかまいませんので」
と何度か述べているのですが、まだ足りないんでしょうか?
219
:
ぼーん
:2003/08/23(土) 22:30
>>216
> だから、私有財産も相続も全否定するとは言ってないんですが・・・
> りんごは全て、もいだものの権利であるということの「全て」に当るものを否定しています。
もちろん、そうです。
で、「もいだりんごの何割か」をその人のものとしたとする。
その結果が蓄積されてその人の家になった場合、
その家を相続する(贈与される)のを否定することはできません。
武蔵さんは、「買い取らせればいい」という話をしましたよね。
買い取るということは、ここで贈与がなされない、ということです。
贈与されず、たとえば公共のものになったあとで、それを子が「買い取る」。
これは贈与ではありません。
これは贈与の否定です。
贈与の否定ということは、相続を否定していることになってしまっていると思います。
「買い取らせればいい」という話の位置づけについて、
僕の受け取り方と武蔵さんの意図の間でズレがあるのかもしれませんけど。
# でも、僕の誤解なら誤解でいい、と述べているのですから、
それで納得してもらえません?
220
:
武蔵
:2003/08/23(土) 22:37
>219
># でも、僕の誤解なら誤解でいい、と述べているのですから、
それで納得してもらえません?
そういう言われかたになるのでしたら、仕方がないです。
誤解されたままでおきましょう。
221
:
ぼーん
:2003/08/23(土) 22:42
>>217
> しかし、国民がマスメデイアの流すプロパガンダによって判断して
> 多いか少ないかの差こそあれ、洗脳のモトで投票している以上
> 全く並べることが出来ない無茶話とまでは思っていません。
マスメディアは、多くの場合、議員の過去の汚職についてはきちんと言及します。
反対候補からのネガティブ・キャンペーンもありますし、
選挙民がそうしたことを「判断しないで」投票しているとは考えられません。
汚職をした議員が簡単に再選する場合、
それは「洗脳」というよりは、汚職の事実よりも別の何かを優先した、
ととるべきで、そこに判断があると見ることは当然です。
別の何か、ってのは、多くの場合既得権でしょう。
特に自民党の議員はスキャンダルに強いですけどね。
それだけ、道義以外の支持基盤(利権にまつわる支持基盤)が強いってことでしょう。
これを、北朝鮮のようにほとんど完全な情報統制があり、また、暴力による支配も
相当強いところでの話と並べることができるかどうかは、今考えたい論点によるでしょう。
# 「道義的に許容できない代表が代表として選ばれる」という意味では並べることができるでしょう。
222
:
ぼーん
:2003/08/23(土) 22:44
>>220
あのですね。僕にどうしろといいたいので?
誤解なら、誤解だと認めますので、
誤解でない説明をいただけますか?ってことなんですが。
223
:
武蔵
:2003/08/23(土) 23:24
>>222
私に表現能力というか、学問的な適切な言葉をもたないから
理解していただけないのだとは思っていますが、
否定のために否定にかかられると、
ただでさえ困難な問題がよけいに整理がつかなくなるのです。
まず私有財産を否定しません。
しかし、私有されるべき残余分は、りんごをもぐような労働によってに場合と
株や土地を売買することや、金融利殖によるもの・・・不労所得というのですか
そういうものとは区別されていいと思っています(今でも多少は区別されているでしょう)
労働による所得の手元への残余額による財産は、そう大したものではないと思います。
恐らく資産価値より居住価値のほうが大きいものであるでしょう。
この居住価値と資産価値も、正確に線引きされるというよりある程度の丼勘定だと思いますが、
それでもどこかで線を引かれるでしょう。
親の家だとしても、その資産価値の部分は、子供といえども原則として購入するというカタチにしたいと私は思います。
生まれ育った家という、他人にはない思い入れがあるなどで、優遇措置はつけてもいい
それが分割払いなどの方法(他にもあるかもしれません)などです。
まあ、学問的に上手く表現できないので、
厳密さが足りない点を整理表現してくださったり、補ったりしてくださるならともかく
隙間に杭を突っ込んで否定だけにかかられるとお手上げです。
224
:
大神
:2003/08/23(土) 23:54
>>武蔵君へ
選挙もね、秘密投票が出来て公正な選挙なら2世議員も同じ土俵の上で
戦っているでしょう?
だから二世議員も落選する事もあるでしょう?もし、二世で議員を
出す事が気に食わないなら有権者は反対票を投ずれば落選するよね?
そして北朝鮮の選挙のように選挙の形式を装っているだけと違うでしょう?
それに、党の後ろ盾がある人と無所属の人では明らかに組織力やなんやかの違い
があるよね。だから、貴族院のような世襲じゃないんだから、2世というのも
対等な土俵の上で戦っているのだから、バックボーンが有利な点も不利な点も
あるけどそれは、党所属と無所属との違いと同じように別段許容され得る
範疇ではないかな?特に日本の場合は。
ということで書いたんだよ。それにマスコミはどちらかと言うと自民党嫌いで
2世議員にも非好意的ではないかな?
225
:
大神
:2003/08/24(日) 00:08
>>223
の続き
>>213
でぼーん君も触れているけど、二世議員が当選できるのが先代の背景の
引継ぎによるのなら、それは先代が当選する事の延長に過ぎないのではない
かな?
そして日本においては再選を制限しているわけではないから、身内が出る
ことは別に替玉として出るわけではないよね。有権者が先代の延長を望む
形として2世が出てくるのなら、それは先代が最初に当選した時と同じように
公正な選挙という手段により当選するのと同じではないかな。
つまり、日本では
a)再選を禁止していない
b)立候補者の背景に制限を加えていない(全ての立候補者はまっさらな
状態で立候補しないといけないとかね)
というのがないし、
c)選挙に公正が保たれている
という点から
2世が持つ背景と言うのは許容され得るのではないかな。選挙の洗礼を受けてい
るならね。もし、2世や後継者を禁止するなら党所属と無所属との格差も
当然の事ながら是正すべきになるし、そもそも選挙はくじ引きではないからね。
226
:
ぼーん
:2003/08/24(日) 01:53
>>223
> 否定のために否定にかかられると、
人の気持ちを推測して(勘ぐられて)も困ります。
武蔵さんが主張しているにせよ、していないにせよ、「相続税100%」はまったく荒唐無稽
で論ずるに値しないというわけでもないし、それについて考えてみることで、相続税100%
ではないにしても、別のよりよい方法が見つかるかもしれません。
ということで、武蔵さんの主張も、「相続税100%を含意しているのではないか」と読み間
違えたことについても、別に元々非難の意味はありません。「もう少しゆっくりやろうや」
という程度のつもりです。
で、今回のレスの後半でもう一度書いてますけども、やはり武蔵さんはどういうスタンスで
「世襲」を批判しているのかが、いま一つ明確でないです。親子の間では贈与はダメだ、
ということなのか、そこまで言うつもりはないのか、それが分からんのです。
ちょっと説明します。
> まず私有財産を否定しません。
私有財産は否定しない、と明言されているので、武蔵さんが私有財産を否定しない「つもり」
なのはハッキリ分かります。少なくとも。
ただし、別のところでは、「家は一旦公共のものにしてから(現行なら相続する立場にいる人
が)買えばいいので、相続する必要はない」という意味のことを書いてます。贈与の可能性が
まったくないんです。その書き方では。私有財産があるなら、贈与も相続も可能です。
(買取の必要なんかなく、です。)
どっちが主なんですか?というのが、僕の疑問です。
後でもこんな風に書いてますね。
> 恐らく資産価値より居住価値のほうが大きいものであるでしょう。
> この居住価値と資産価値も、正確に線引きされるというよりある程度の丼勘定だと思いますが、
> それでもどこかで線を引かれるでしょう。
> 親の家だとしても、その資産価値の部分は、子供といえども原則として購入するというカタチにしたいと私は思います。
私有財産権が認められ、その中に譲渡の権利があるなら、親が子供に家を「譲渡」することは日常茶飯でしょう。
その譲渡がたまたま親の死をきっかけに発動するなら、それは「相続」です。
もちろん、これを認めるなら、子が「購入する」という形にはなりません。
この場合に武蔵さんがおっしゃるように「原則として」子が「購入する」、という形にするなら、
これは譲渡の否定になりますけども。このような形の譲渡を否定する、ということですか?
> 労働による所得の手元への残余額による財産は、そう大したものではないと思います。
そうですけど、家1件くらいのものになることは、そう珍しくはないです。
家1件が「原則買取」になるなら、そのレベルの私有財産の相続は認めない、ってことでしょ?違うんですか?
> しかし、私有されるべき残余分は、りんごをもぐような労働によってに場合と
> 株や土地を売買することや、金融利殖によるもの・・・不労所得というのですか
> そういうものとは区別されていいと思っています(今でも多少は区別されているでしょう)
区別されていいのか、悪いのかは、今のところ僕は分からんです。
227
:
ぼーん
:2003/08/24(日) 02:00
>>225
民主主義は、普遍的価値の実現「手段」に過ぎず、民主的手続きを経て実現されるものはなんでもオッケイ、
という話ではないんです。(ナチスを思い出してもらえれば簡単に分かることです。)
世襲議員、というよりも、ある特定の利害を代表し、その利害のためだけに活動する議員は、明らかに普遍
的価値を実現しようとはしてませんから、当然に批判されるべき、です。
# ただ、それを証明するのが困難だから、大変なんだけどね。
民主主義に価値があるのは、そういう批判が自由に行えるための前提条件であるから、なんです。
民主的手続きは、その決定内容が正当であるための十分条件ではありません(必要条件ですらない可能性もある)。
# って、自覚なき法実証主義者のあなたにそういう話をしても無駄かな。
228
:
武蔵
:2003/08/24(日) 05:42
>>226
>どっちが主なんですか?というのが、僕の疑問です。
どっちが主なのかといえば、私は相続に否定的です。――財産としては・・・・・
家一軒にはいろいろあります。普通のサラリーマンがローンをかけて住むために買った
マンション一軒というようなものは、居住価値だけのものですから(現行法でもそうですが)そのまま譲り受けてもいいでしょう。
子供が3人いたとしても、(最近程度に値下がりすれば)ほとんど喧嘩もなくほかの二人が別の家を買って出ていくし、
新しい家族構成にふさわしいサイズに次々買い換えていく場合すらあり、問題ないと思っています。
問題なのは、豪邸といえるもの、また、何軒も持っている場合(別荘的なものや、人に貸して家賃を取るためのもの)
親のものだから当然子供のものという考え方に否定的です。
「相続税を取られた」と自分のものを取られたような話し振りをよく聞きますが
相続税を取られるのが嫌だったら相続しなければいいと思います。
どこまでを居住価値とするかの線引きは難しいけれど(私は現行の控除額程度に異論はないです)
それを越す資産価値のほうは、累進課税でいいし・・・・
現行の所得税は、最高税率が70パーセントですか?(60パーセントに引き下げる案、もう通過しましたっけ?)
私は90パーセントでもいいと思うくらいです。
4億円以下なら50%で、いろんな控除を組み合わせると実効税率はかなり低いですね。
基本的に、安サラリーマンが一生かかってつくった家の相続と言うようなものには反対しません。
先祖代々の資産と言うようなものを認めない===こういう感覚で財産の世襲を認めないと表現しました。
「何々村にはいったら、他人の土地を踏まずに家に着く」――これが自慢になった世の中に戻りたくはないということです。
>区別されていいのか、悪いのかは、今のところ僕は分からんです。
絶対正義がどうなのかということなんか、当然私などにはわかりません。
しかし不労所得が区別されなければ(多少の区別がある現在でも)バブリーなものを招聘する勢力が力を持ちます。
株や土地はもてば必ず儲かる右肩上がりの経済を、私は好みません。
229
:
武蔵
:2003/08/24(日) 07:42
>子供が3人いたとしても、(最近程度に値下がりすれば)ほとんど喧嘩もなくほかの二人が別の家を買って出ていくし、
新しい家族構成にふさわしいサイズに次々買い換えていく場合すらあり、問題ないと思っています。
現在はむしろ、全員が親の家を出て行って、親が一人暮らしをしているというケースの方が多いのではないでしょうか?
「相続=親との同居」を天秤にかければ、別居の方を取る。
私なんぞのそのほうなんで・・・・
つまり、現行相続税非課税程度の家の相続というものを問題にはしていなかったのです。
資産の世襲といえそうなものへの批判です。
230
:
武蔵
:2003/08/24(日) 08:14
訂正
私なんぞのそのほうなんで――→私なんぞ、そのほうなんで
231
:
大神
:2003/08/24(日) 11:05
>>227
これはね、法実証主義でも何でもないんだよ。
日本においては 自由な批判が行える 公正な選挙が出来る であるので
その結果選ばれた者は民意を代表している存在となるでしょう?
そして、民意を代表しているはずの存在がそうでないと有権者に判断されたら
知事や市長などの首長などはリコールされうるし、議員も次の選挙で
落選するでしょう?これを2世議員のところで述べた。
で、君の
>>227
に対する反論としては
>民主的手続きを経て実現されるものはなんでもオッケイ、という話ではない
>んです
民主的手続きが存続している限り(この点がよく引き合いに出されるナチスと
違う点だな)はその選出と存続は有権者の責任であるし、
外のために選挙するのではなくて国内の様々な代表を選ぶのであるから、
民主的手続きを経ているのなら
ノープロブレムでしょう?
と言う前提に立っている
のが民主主義でしょう?
そして、君の論理だと党所属と無所属の間に格差が存在しているし、
政党という存在は利害や理念を共通とするものにとっては益する
存在(共通しない者にはその党の主張とその者には益しない存在である)
であるので、グループ間の受益格差を問題にするのなら
全ての政党を解散しないといけないでしょう?
そして、各立候補者間には様々な差異があり、その各立候補者が掲げる
理念や主張も政党の時と同じように、理念を共有し、利益を国民の各グ
ループが等しく受けるものではないから、当然各立候補者の背景や
主張をも均一にしないといけなくなるから、そうなると選挙はただの
ただのくじ引きと同じになるでしょう?
232
:
ぼーん
:2003/08/24(日) 23:26
>>231
>民主的手続きを経ているのなら
> ノープロブレムでしょう?
>
> と言う前提に立っている
>のが民主主義でしょう?
というほど単純な問題ではないのです。
民主主義というのは、その構成員に対する普遍的な正義を発見するための「道具」であり、
手段でしかなく、その決定内容が普遍的正義に適っているかどうかを討議するための「場」
という前提条件でなんですね。
それは正当性の十分条件ではないし、あるとしてもい必要条件です。
このことは、民主的手続きを経てナチス政権が選ばれたことを思い出せば、そう難しくもな
い話です。
> 日本においては 自由な批判が行える 公正な選挙が出来る であるので
すから、その自由な批判を行える権利を武蔵さんが行使している、というのが今回の状況
でしょう。
二世議員、というよりも、特定の集団の利益だけを代表し、その利益のために行動する議
員は、明らかに普遍的価値に奉仕していませんから、その点で批判することは可能だし、
実際にその批判はある程度あたってもいるわけです。
武蔵さんの批判は、元々はそのレベルでの批判です。
そこにもってきて、「その決定は民主的手続きを経たのだから」という理屈で擁護しようとい
うのは、場違いな見解だと言うべきでしょう。それは、「民主的な手続きを経ていない」から
批判されているのではなく、「その内容において問題がある」から、批判されているのです
から。
# まぁ、このあたりは武蔵さんが反論として北の首領様の話を持ち出したので、武蔵さん
も同じ勘違いをしているようなんですけどね。
> 民主的手続きが存続している限り(この点がよく引き合いに出されるナチスと
> 違う点だな)はその選出と存続は有権者の責任であるし、
> 外のために選挙するのではなくて国内の様々な代表を選ぶのであるから、
違いますね。
仮にナチスが民主的手続きを存続させていたとしても、その場合にはその反ユダヤ的政策
は民主的手続きを経たから正当であった、とはいえないのならば(いえないはずですけども)、
それは民主的手続きが存続していたかどうかは関係ないのです。
民主的手続きを存続させなかったという問題は、問題ですが、それは、それ以前の民主的
手続きを経てなされた決定が正当ではない、という問題とは別の話です。
233
:
三毛猫ナナ
:2003/08/25(月) 01:00
)民主的手続きを経ているなら何も問題はない
)これを前提にするものが民主主義である
民主主義における選挙の様な多数決制は多数派と少数派
の意見の間に妥協点を模索するものであり、結果として
少数派の意見を排除する政策は民主的なものとは言えま
せん。
#(法的な)民主的手続きを取れば何も問題はないとする考
え方はナチズムと同じ法実証主義です。
234
:
うろちい
:2003/08/25(月) 20:02
>>226
名前: ぼーん 投稿日: 2003/08/24(日) 01:53
>武蔵さんが主張しているにせよ、していないにせよ、「相続税100%」はまったく荒唐無稽
で論ずるに値しないというわけでもないし、それについて考えてみることで、相続税100%
ではないにしても、別のよりよい方法が見つかるかもしれません。
提案します。
「相続税率と贈与税率に差を設けない」
死亡に伴う贈与の相手を「デフォルトでは」誰にするか、ってのはそんなに重要じゃないと思います。
235
:
イカフライ
:2003/08/26(火) 09:11
あの、話の腰、折るようで悪いのですが。今だ「私的所有権」つ-のが、良く解りません。
つまり、税金は自分のものを取られる、という意識ではなく、たまたま預り金として持っていた、というように意識を改革せよ、みたいなことなのでしょうか?
だとすれば、これは、払う側よりも使う側に問題がある、少なくとも日本の現状ではそうではないですか?
よくよく言われることですが、天下りの際の多額な退職金であるとか、熊しか通らない高速道路とか。
ODAの問題も、熊の高速道路の延長っすよね。日本の企業が工事を請け負って、役にも立たないダムとか作って、みたいな。
それより、本当に現地の人の役にたつ事をするべきではないの?それこそ、井戸が何個掘れるのか?
ただ、こういうことって、むしろ「もともとは私のお金」という意識があったほうが、却って厳しい批判の目が持てるような気はするのですが。
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