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150
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ぼーん
:2003/08/19(火) 17:00
共産主義アレルギーの主要な原因は、
「私的所有権の批判」を、「私的所有権の否定」として捉えて、「一切合財の公有化」と同一視する態度だと思います。
運動を進める上で、議論を進める上で、この論点で生じうる誤解に注意深く対処することが重要になってくるでしょう。
「現行の私的所有権の批判」というのは、様々な別様の私的所有権のあり方、可能性を許容します。
たとえば、「市場で決まる分配を出発点とする」現行の私的所有権に対して、
「「市場で決まる分配マイナス一定割合の税金」を出発点とする」オルタナティブな私的所有権を提示することができます。
その「マイナス一定割合の税金」の根拠は?と尋ねられるならば、
私たちは私的所有権よりも生存権を上位におくので、生存権を保障するための最低限の拠出を要求することができます。
私的所有権は、それを達成した後に認められる権利だ、と位置づけます。
と答えることになるでしょう。これは共産主義とは似て非なる方向です。
# いつだかネコさんが、「理屈の上では共産主義とは似て非なる方向ではあっても、現実の経済の物理的実行可能性
の中では、共産主義と同じものになる危険性があるのではないか」という問題提起があったかと思います。
誤解でなければ。
その可能性はあるかとは思いますが、ならない可能性は結構大きいので、それで満足していいんじゃないの?
というのが僕の答えでした。答えになってない、って言われましたけど(笑)
でも、そもそも私たちの持っている者が足りないのであれば、そもそも平和は不可能である。というしかありません。
それは僕の提案する方法が悪いのではなく、どんな方法であれ、物理的実行可能性が足りないなら不可能なんです。
# 平和が可能であるためには、物理的実行可能性は不可欠で、これがなければ問い自体成り立ちません。
逆に言えば、この問いを問いと認める限りは、物理的実行可能性はみたされている、みたされうると仮定するしかないのです。
物理的実行可能性は、少なくとも現状に関して、本当のところどうか証明することはできませんから。
ちょっと余談が過ぎた。。
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