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椿姫彩菜とセメンヤで考える、性について

102チバQ:2010/06/17(木) 22:48:42
境界を生きる:子どもの性同一性障害/1(その2止) 悩む現場の専門医(1/3ページ)
 <1面からつづく>

 ◇ホルモン療法、国内指針 18歳未満、対象外
 手首に刻まれた傷跡は深かった。「いつか本当に死んでしまう。先生、どうかこの子を助けてください」

 岡山大学病院の診察室。数年前、中塚幹也医師(生殖医学)はある女子高生の母親に懇願された。子どもは16歳。大人の女性になっていくことへの強い嫌悪感を訴え、月経が来るたびに自殺未遂を繰り返した。登校もままならなくなっていた。

 中塚医師は悩んだ。GID医療には体の性別を心の性別に近づけるホルモン療法が一般的だが、18歳未満に対しては日本精神神経学会の治療ガイドラインで認められていない。もう一つ、女性ホルモンの分泌を抑え第2次性徴を止めてしまう「ブロック」と呼ばれる方法があるものの、ガイドラインには記載自体がなく、GID医療の体制が最も整う同大でさえ、18歳未満への実施の可否は議論したことはなかった。

 精神科医と話し合った結果、中塚医師は「緊急避難でやるしかない」と、注射剤によるブロック治療に踏み切った。生徒は月経が止まり、うつ症状も消えて元気を取り戻していった。遠方から治療に通い続け、18歳を迎えるとホルモン治療に移行。乳房の切除手術も受けた。

   *

 同学会のガイドラインは1997年に策定され、02年の改定でホルモン療法の年齢条件が「20歳以上」から「18歳以上(未成年は親の同意が必要)」に引き下げられた。進学や就職で生活環境が変わるのに合わせて治療を始めた方がいいとの配慮からだった。

 この時、18歳未満にどう対応すべきかも議題となったものの、結論は見送られた。「思春期は誰もが心や体に違和感を覚えがち。自分はGIDに違いないという思い込みだけで受診する子が増えると、医療現場が混乱する」。改定にかかわった埼玉医科大かわごえクリニックの塚田攻医師は、当時はそうした考えが主流だったと振り返る。そもそも子どもの症例自体がまだ少なかった。

 だがその後、GIDが広く知られるにつれて低年齢の受診者が増加。専門医らはいま、先送りを続けてきた課題に直面している。

    *

 今年5月20日、広島で開かれた日本精神神経学会の学術総会。GIDの小委員会では、ブロック治療をガイドラインで認めるかどうかを巡り、専門医らが真っ向から意見を戦わせた。

 賛成派の中塚医師は「特に男性の場合、18歳からホルモン治療を始めても本人が望むレベルまで女性化するのは困難だ。風ぼうにコンプレックスを抱いて対人恐怖を感じたり、偏見にさらされる人生になってもいいのか」と強い口調で訴えた。一方、塚田医師は「人間は第2次性徴を経て精神的にも大人になっていく。ブロック治療はその成長過程を奪うことになり、倫理上の問題が残る」と慎重姿勢を崩さなかった。

 各国の医師らでつくる「トランスジェンダーの健康に関する専門家学会」が策定した国際的指針では、第2次性徴が始まったらブロック治療を実施し、16歳になればホルモン治療も可能としている。日本精神神経学会の性同一性障害委員長を務める斎藤利和・札幌医科大教授は言い切る。「容易に結論が出る問題ではないが、現場には命にかかわる待ったなしの現実がある。これ以上、悠長な議論だけを続けるつもりはない」=つづく

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 連載へのご意見や感想、体験をお待ちしています。〒100−8051(住所不要)毎日新聞生活報道部「境界を生きる」まで。ファクス03・3212・5177、メールkurashi@mainichi.co.jp

103チバQ:2010/06/17(木) 22:49:43
http://mainichi.jp/life/edu/news/20100614ddm013100044000c.html
境界を生きる:子どもの性同一性障害/2 性別変更、戸惑う学校
 ◇国通知、具体策なく/「拒否」「支援」対応ばらばら
 1時間目の授業はもう始まっている。静まり返った校内に入り、他の生徒が誰もいない別室で席に着く。下校は午後の授業中。教師に付き添われ、人目につかぬよう通用門から出る。

 「まるで悪いことをしているような毎日でした。差別の心をなくす教育をすべき学校が、臭いものにふたをするようでいいのでしょうか」。兵庫県の公立中学校をこの春卒業した千春さん(15)=仮名=の母親(52)は今も学校の対応に怒りを禁じ得ない。

 千春さんは幼いころから女の子っぽい男の子で、小学校では同級生にからかわれた。中学に入学して5日目、隣の小学校を卒業した男子に「オカマのくせに偉そうにするな」とからまれた。「陰で言いふらされているんだ」。次の日から学校に行けなくなった。

 2年生の秋、性同一性障害(GID)の専門病院を受診し、カウンセリングを受けるようになった。翌春、母親は不登校生が通う校外の適応指導教室に女子生徒として通わせたいと申し出たが、学校側は「前例がない」と取り合わず、ようやく認められたのが人目を避けた別室登校だった。

 千春さんは言う。「私の記憶から中学の3年間を消したい。同級生たちの記憶からも私を消したい」。4月からは定時制高校に化粧をして通っている。GIDと診断されたことは誰にも打ち明けていない。同級生に「声が低いね」と言われることもあるが、平静を装うようにしている。

 「また差別されるのが怖いのでは」。母親は不安でならない。

     *

 埼玉県の公立小がGIDと診断された児童の訴えで学校生活上の性別変更を認めたことを受け、文部科学省は4月、都道府県教委などに通知を出した。性別への悩みを訴える子どもについて、学校側に「個別の事案に応じたきめ細やかな対応」を求めた。

 だが教委には「具体的にどうすればいいのか」との戸惑いも広がる。GIDの児童・生徒が安心して登校できるかどうかは、どの学校に在籍するかで左右される。そんな現実は通知一つでは変わりそうにない。

 一方で、対応には慎重さが必要との声もある。京都府立高教諭で当事者でもある土肥いつきさん(48)は「社会に出れば学校以上に厳しい現実がある。生徒が生きる力をつけるため、学校はいい意味での壁になるべきだ」と話す。生徒の希望を頭から拒むのでも、すべてあっさり受け入れるのでもなく、何度も話し合い折り合いをつけていくことが重要なのだという。

104チバQ:2010/06/17(木) 22:50:10
    *

 神奈川県に住む望さん(15)=仮名=は公立中2年の秋からGIDの専門クリニックに通い始めた。母親(49)は担任や養護教諭に「診断書が出たら男子生徒として通わせたい」と伝えた。

 養護教諭には以前から「もしかしたら」との思いがあった。他の女子生徒が制服のスカートを短くする中で、望さんは長くして足を隠し、自分を「オレ」と呼んでいた。母親からも「セーラー服を嫌がる」「ブラジャーを着けてと言っても聞かない」などの相談を受けていた。学校も休みがちだった。

 とはいえ学校には前例がない。校長や担任教諭はインターネットなどでGIDについて調べた。養護教諭は当事者の手記を何冊も読み、スクールカウンセラーに知識を求めた。制服やトイレ、更衣室を替えるべきか。授業や学校行事ではどう対応すべきか。話し合いを重ねる中、校長が言った。「男子の制服に替えて、何か困るかい? 生徒にとって最善の援助をしよう」

 診断書が出る見通しとなった12月下旬、望さんと母親、校長、担任教諭らが校長室で顔をそろえた。校長は「ひぼう中傷されるかもしれない」と念を押したが、母子の思いは揺らがない。

 職員会議では「思春期には自分の性を否定することがある。それとは違うのか」との疑問や抵抗感を示す教諭もいた。養護教諭は資料を配り、理解を求めた。

 冬休みが終わった初日、教諭らは生徒たちに望さんのことを説明した。校長は「地域の理解も必要」と、PTA役員や学区内の小学校に事実を伝えた。望さんは体育祭では他の男子と体が触れあう競技に参加しなかったが、合唱コンクールは男子のパートに。修学旅行中は寝る時だけ別室を使った。友達は養護教諭に「やっとあいつらしくなった」と笑った。

 やがて高校受験を迎え、校長は望さんの志望校に事情を伝えた。入学が決まった高校の教諭は中学を訪れ、どんな対応が必要かを引き継いだ。「楽しかった」。望さんは養護教諭にそう言って、卒業した。

 「僕は男ですが、性同一性障害で、体は女です」。高校に入って2日目。望さんはクラスの自己紹介で堂々と語った。真新しいブレザーとズボンで毎日元気に学校へ向かう。

 卒業した中学にはこの春、男子も女子も使えるトイレが新設された。【五味香織、丹野恒一】=つづく

 ◇希望の制服「OK」…中高教諭の3割
 GIDの子どもにとって、心の性別に合わせた制服で通学できるかどうかは極めて重要だ。岡山大が08〜09年、県内の人権担当教諭508人に「希望する性の服装での登校を認めていいと思うか」と尋ねたところ、「構わない」と答えたのは小学校で5割弱。中学、高校は各3割にとどまった。中塚幹也・同大大学院教授は「当事者の立場に立つべき人権担当者がこれでは、現状は予想以上に厳しい」と、教職員への啓発の必要性を訴える。

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105チバQ:2010/06/17(木) 22:50:42
http://mainichi.jp/select/science/news/20100615ddm013100020000c.html
境界を生きる:子どもの性同一性障害/3 孤独、偏見…「消えたい」
 ◇揺れる思春期 悩み抱え自傷、不登校に
 ただでさえ多感な年ごろだ。性同一性障害(GID)の子どもたちは性別への違和感に加え、学校でいじめや偏見にさらされ、孤独に押しつぶされそうになる。やっと振り返れるようになった若者たちが、苦しかったころを語ってくれた。

 「誰かに助けてほしい。でも自分からは言えなくて。心の痛みを傷の痛みで追い出すしかなかった」。東京都内でアルバイトをする和希さん(19)=仮名=は「これからの子どもたちの役に立つなら」と静かに語り始めた。左手首には線状の傷跡が無数に残っている。

 女の子の体で生まれた自分を男の子と意識し始めたのは、幼稚園のころからという。男子とばかり遊んでいた。小学5年生の時、クラスの女子全員にトイレに引きずり込まれた。「おとこおんな。本当に女なのか証拠を見せな」。下着まではぎ取られた。いじめはしばらく続いた。

 親に勧められるまま、中高一貫の私立女子校に進んだ。「そのうち慣れるだろう」とセーラー服を着て登校したが、つらさは増すばかり。胸が膨らみ、風呂に入るたびに他人の体を洗っているような感覚が襲ってくる。涙がこみあげた。「みんなと違う。おれは変なんだ」。自分が壊れていくようだった。

 未明まで期末テストの勉強をしていた時だった。ペン立てに差していたカッターナイフに目がとまった。刃を左手首に当て、そっと引いた。流れ出た真っ赤な血。何かが軽くなった。

 高校に進むと、小学校時代のいじめの記憶が何度もよみがえり、教室に入れない日が増えていった。「この世から消えてしまいたい」とマンションの10階から飛び降りようとしたが、頭に浮かんだのは警察で死因を調べるため裸にされている自分の姿。「女の体は誰にも見せたくない。死ぬことさえできなかった」という。

 思い切って担任の女性教諭に打ち明けた。「おれ、性同一性障害だと思う。変だと思いますか」

 「おかしくなんかない。ため込んできたことが、いっぱいあるよね。一緒に一つ一つ解決していこう」。初めて聞いた優しい言葉だった。

 このままでは単位不足で進級できないかもしれない。2人は話し合い、まずは体操着で授業に出られるよう学校に働きかけることにした。専門医でGIDとの診断書をもらい、「女子の制服では高校生活への適応は困難」との意見を付けてもらった。だが学校側は対応に迷い、時間ばかりが過ぎた。進級はかなわず、通信制に転校せざるを得なかった。

 和希さんが言った。「高校は友達も先生も大好きだった。できるならみんなと一緒に卒業したかった」。セーラー服を我慢できていたら。もっと早く学校を動かせていたら……。今も自分ばかりを責めるという。

106チバQ:2010/06/17(木) 22:51:08
    *

 01年10月から放映されたテレビドラマ「3年B組金八先生」のシリーズ。女優の上戸彩さんが女の子に生まれたことに苦しむGIDの生徒を演じ、大きな反響を呼んだ。この放送で「自分と同じだ」と気付いた子どもは少なくなかった。

 現在は首都圏の大学に通う晶さん(19)=仮名=もそんな一人だ。ドラマを見たのは小学5年生の時。親には言い出せなかった。男らしい体に成長するのを抑えようと1日1食にして給食をほとんど残し、さらしで体を締め付けた。

 和希さん同様、晶さんも一度は「我慢できるかどうかやってみよう」と心を決めた。男子高に進学したが、「男の演技」は半年と持たず、クラスで浮いた存在になってしまった。学ランを着ているのに雰囲気が女性的だからなのか、通学時に電車に乗っていると、好奇の視線を感じ、さらし者にされているようだった。

 そして2年生の秋。体育祭の準備で4階の教室に1人で残っていた時、急に孤独感が襲ってきてパニックになり、ベランダから飛び降りてしまった。命は助かったが、腰椎(ようつい)を骨折。隠してきた悩みを学校側に明かさざるを得なくなった。

 「あの事がなかったら、最後まで『助けて』という信号を出せなかったかもしれない」。その後教諭らは親身に相談に乗ってくれたという。

 大学に入ってからホルモン療法などを受け、自分から打ち明けない限り、もう男性と思われることはなくなった。心のままに生きようとするだけで異質な存在とみられ、孤独になってしまうGID。晶さんはいま、「普通の人でいられる幸せ」をかみしめている。【丹野恒一、五味香織】=つづく

 ◇自殺の危険性高く 「考えた」6割、「未遂」1割
 GIDの当事者を対象にした自殺関連の調査によると、精神的な苦痛は思春期にピークを迎える。

 受診者が多いはりまメンタルクリニック(東京都)で受診者1138人に尋ねたところ、自殺を考えたことがあるという人は62%に上り、自殺未遂経験は10・8%、自傷行為経験は16・1%。

 このうち自殺未遂を起こした年齢が分かった67人を調べると、高校生、中学生、小学生の年ごろの順で多かった。一般的に多い首つりや過量服薬、リストカットだけでなく、体の性別への嫌悪感から胸や睾丸(こうがん)を自分で切ったり、はんだごてを押し当てたというケースもある。

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107チバQ:2010/06/17(木) 22:51:47
http://mainichi.jp/life/edu/news/20100616ddm013100004000c.html
境界を生きる:子どもの性同一性障害/4 自分を責め、悩む親
 ◇我が子と世間の板挟み 覚悟決め、前向きに
 <あなたは仲間がいるけれど、私は誰にも話せない>

 二ノ宮悠生(ゆうき)さん(29)は、母がくれた手紙にあった言葉が忘れられない。届いたのは地方都市から上京し、同じ性同一性障害(GID)の友人が増え始めたころだった。

 女性の体で生まれた自分の心が男性であると打ち明けた時、母は「どうしてもそうだというなら、あなたを殺して私も死ぬ」と苦しんだ。今では当事者グループのスタッフとして活躍する二ノ宮さんだが、ホルモン療法も手術もするつもりはない。これ以上の心配をかけたくないからだ。

 我が子が性別への嫌悪感に苦しんでいると知った時、親も深い悩みを抱え込む。子どもを守りたいがすぐには受け入れられず、周囲の目も怖い。自分を責める日々が始まる。

 首都圏に住む麻沙さん(21)=仮名=の母(64)もそんな一人だ。中学で不登校になった麻沙さんは第2次性徴で低くなった声への嫌悪感で言葉さえ失ったが、専門医の受診を機に7年間の引きこもりから脱出した。我が子がぽつりぽつりと語りだした記憶に、母はショックを受けた。

 「5歳の時に女の子の格好をしたら、お母さんに『体が違うんだからやめてよ』と拒絶された」「男子の制服に耐えられず、ずっと我慢してたけれどやっぱり女だと泣いて訴えても、『また始まった』と相手にしてくれなかった」

 母にはどれも覚えがあった。「私の何気ない言動がそんなにも子どもを苦しめていたなんて」。父(66)は「ずっと仕事優先で、子どもの悩みに正面から向き合ってこなかった」と唇をかんだ。

   *

 鹿児島市内の温水プール。ガラス越しに子どもたちの泳ぎを見ていた直子さん(41)は、小学5年生だったまりあさん(14)が海水パンツ一枚になっているのに気付き、はっとした。一緒に着せていた女児用水着は脱ぎ捨てられていた。

 まりあさんは幼稚園のころからスカートを嫌い、2人の姉と違って女の子向けのアニメにも興味を示さなかった。直子さんは「もしかして」と感じつつも「隠さなければ、ここでは暮らせない」と不安でならなかった。

 中学生になって間もない昨年6月。好きな子ができたというまりあさんが口にしたのは、女の子の名前だった。「セーラー服を着て、自分と同じおっぱいが付いている。気が狂いそう」と訴える我が子と一緒に泣いた。でも「お母さんも女の人を好きになったことがあるんだ」と聞かれると、とっさに「あるわけないじゃない」と返してしまった。

 まりあさんの笑みが消えた。その瞬間、直子さんは我が子が遠くに行ってしまったように感じた。「この子を理解しないと、いつか親子でいられなくなってしまう」

 夫の雄一さん(44)と一緒に、学校にセーラー服から学ランへの変更を願い出た。校長は他の生徒が動揺するのを恐れ、難色を示すばかり。雄一さんが声を荒らげた。「西郷隆盛も大久保利通も、前例がないところで日本を変えた。同じ薩摩なのに、前例がないと何もでけんとか!」

 直子さんはインターネットで他県の中学生が制服を変更したことを知り、学校に伝えた。校長もやっと前向きな姿勢になった。まりあさんは今年2月にGIDの診断が確定し、4月から学ランでの登校が認められた。

 幼なじみの女子は「制服が変わっても、関係は変わらない」と言ってくれる。最近は男子の友達も増えた。

 大人になっても、男性に仲間として認めてもらえるのか。恋愛や結婚はかなうのか。不安は尽きない。

 「この子を独りにはしない」。両親はGIDの子どもや親たちがつながれるよう、グループ作りの準備を始めた。

108チバQ:2010/06/17(木) 22:52:25
  *

 学校での性別変更が昨秋認められた埼玉県の児童の母(47)は、報道後の世間の受け止め方を知りたくてインターネット上のコメントを探した。7割は好意的だが、心ない意見も目にとまる。「周りには不快に思う人もいる。親は何を考えているんだ」。心が折れそうになった。

 子どもはいま小学3年生。毎朝スカートをはき、楽しそうに学校に向かう。「どうして女の子に産んであげられなかったのか」と自分を責め続けたが、ようやく思えるようになった。「生きていてくれれば、それでいい」【丹野恒一、五味香織】=つづく

 ◇各地で家族会や交流会
 GIDへの理解を広める団体が徐々に増えてきた。本人、家族が参加し、悩みや体験を共有できる交流会も開かれている。

▽NPO法人「GIDmedia」(http://gidmedia.org/) 東京・高田馬場を拠点に毎月、10〜20代を中心にした交流会を開催。

▽「ESTO」(http://akita.cool.ne.jp/esto/) 秋田県に事務局を置く。東京都内と仙台市内で年数回ずつ親子交流会を開催。

▽「性同一性障害をかかえる人々が、普通にくらせる社会をめざす会」(http://www.gid.jp/) 全国に支部がある。今年から家族交流会を年3回のペースで開く予定。

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109チバQ:2010/06/17(木) 22:53:02
http://mainichi.jp/life/edu/news/20100617ddm013100020000c.html
境界を生きる:子どもの性同一性障害/5止 「自分らしさ」求め行動
 ◇若者ら交流、支え合い 勇気得て告白や街頭へ
 ゴールデンウイークの昼下がり、東京・高田馬場の小さなバーは10〜20代の若者約20人で埋まっていた。性同一性障害(GID)の若者らでつくるNPO法人「GIDmedia」が月に1度開く交流会。「家族に打ち明けられない」「学校で居場所がない」。悩みを語り、分かち合おうと、全国から参加者が集う。

 中心メンバーの一人で、心の性別に合わせて男性として暮らす園田純さん(29)が目配りをしながら各テーブルを回っていた。「周りの人に知ってもらうと楽になれるよ。どうしたい?」。ためらう参加者の背中を押すこともある。

 関東地方の高校2年、歩さん(16)=仮名=は自宅から2時間がかりでやって来た。体は女性だが心は男性。学校では男性用の教職員トイレを使えるよう配慮してもらっているが、同級生には秘密だ。ここではみんなが自分を男性として扱ってくれる。「自然体でいられる」解放感が好きだという。

 前回の交流会では、学校で公表し男子として通学している高校生と知り合った。この日も隣に座り、体験談に耳を傾けた。

 仲間との出会いを機に、歩さんも「身近な人に知ってほしい」という気持ちが強まってきた。学校の友達と並んで歩きながら「今なら言えるかも。何て言えばいいかな」とドキドキする瞬間がある。あともう少しで勇気を出せそうだ。

   *

 東京での交流会の2週間後、大阪市内の公民館でも別の交流会が開かれ、約25人が集まった。性別に違和感を持つ生徒たちが安心していられる場所を作ろうと、関西の教育関係者らが数年前から実施。回を重ね、支えられる側から卒業してサポートする側に回った若者もいる。

 初参加した兵庫県の高校3年、奈緒さん(17)=仮名=は腰のくびれや走ると揺れる胸が嫌で仕方がない。髪を短く切り、女性に見られぬよう心掛けているが、そうすればするほど「胸と顔を見比べて、まるで人間じゃない生き物を見るような視線を感じる」。

 この日はみんなで水ギョーザを作り、食べながら自己紹介が始まった。おくすることなく悩みを語って交流の輪を広げていく同世代の子たちに圧倒されたが、収穫は大きかった。「自分だけちゃうんや」

 同じ日、東京のJR新宿駅前では高校生を含むGIDや同性愛などセクシュアルマイノリティー(性的少数者)の若者約20人がマイクを握り、インターネットで募った当事者や家族、友達からのメッセージを読み上げていた。「ありのままの私たちを見てほしい」「どんな性でも個性でも生きていける社会に」

 東京と大阪で07年に始めた多都市同時開催街頭アクション。4回目の今年は8都市に広がり、延べ約100人が参加した。リーダー役の大学生、遠藤まめたさん(23)は「街頭はいろんな人にメッセージを伝えられる。声を掛けてくれる通行人も増えてきた」と話す。

   *

 偏見や差別を恐れ、親や友達にさえ思いを明かせなかったGIDの若者たちが、ようやく声を上げ始めた。

 「GIDmedia」は今夏、神奈川・逗子海岸に初めて海の家を開設する。人前で裸や薄着になるのは多くの当事者にとって苦痛だが、「隠さず、自由にやりたいことに挑戦しよう」と企画した。

 海の家の名前は「BORDERLESS(ボーダーレス)」。性別の境界にとらわれず、自分らしく堂々と生きていきたい。そんな思いが込められている。【五味香織、丹野恒一】=おわり

110オキシデンタル島根&オリエンタル鳥取:2010/06/23(水) 14:29:31
オリエンタル鳥取です。スーパーテレビかアンテナ22のたぶんどちらかで性同一性障害者特集を放送していました。椿姫彩菜さんかどうか知りたいです。不確定不確実かもしれませんが女湯だったかと思います。母親と実妹さんが登場していました。そして中央には元男性さんの女性さんが座っていました。ロングバスタオルをさらし巻きしていた感じです。椿姫彩菜さんかどうか知りたいです。また椿姫彩菜さんではなく別だったら謝ります。オキシデンタル島根です。スーパーテレビかアンテナ22で放送してましたよ。平成18年(2006年)3月下旬か4月上旬でしたね。母親さんと妹さん出ていた方知ってます。椿姫彩菜さんと兄弟構成似て過ぎるため区別つきません。どなた様か母親さんと妹さんと温泉入浴した番組の放送をご覧頂いた人および椿姫彩菜さんかどうか調べてくださいますようお願いします。

111オリエンタル鳥取&オキシデンタル島根:2010/06/23(水) 14:35:11
オリエンタル鳥取です。また椿姫彩菜さんは3人姉妹(3人兄弟)だと聞きました。どちらが双子ですか?椿姫さんの方が双子か椿姫(実妹さん)さんが双子か。温泉入浴の性同一性障害者は別ですか?日本テレビ系で放送していました。母親さんと実妹さん見たいです。オキシデンタル島根です。椿姫彩菜さんかどうかは不明ですがお腹ポッコリの椿姫さんはCG映像だと思います。またあれは粘土か人形である事を信じています。また椿姫さんには本物と偽物と両方いると信じます。温泉入浴の椿姫さんは本物?偽物?

112神奈川一区民:2010/07/27(火) 00:17:16
【芸能】香港歌手ヒンズ・チャン、同性愛をカミングアウト 歌手のケニー・クァンと恋愛中

テレビ局の取材を受けた、香港の人気シンガーソングライター・張敬軒(ヒンズ・チャン)が、
同性愛者であることを自ら公表。かねてから熱愛説のあった関智斌(ケニー・クァン)と
「恋愛関係にある」、とカミングアウトした。

2010年1月に、同棲をうわさされた2人。「香港・西貢地区に愛の巣がある」と目撃談が報じられ、
「ヒンズは歌手として表に出て稼ぐ役、ケニーは家事すべてをやっている。2人の仲はとても良い」
と近所住民が暴露した。だが当時の2人は、同性愛疑惑を否定。ヒンズはマネージャーを通して
「なにかの間違い。自宅に友人を呼んで、パーティーを開いていただけ。僕はひとり暮らしです
とコメントしていた。

ケニーのことは「僕は故郷の中国を離れて香港で芸能活動を始めましたが、
ケニーと彼の家族がとても親切にしてくれました。それ以来大親友です」と友人関係を強調し、
「知り合いがいない頃だったので、本当に嬉しくて感激した。ゲイだとうわさされても、気にしませんよ。
冗談だと笑い飛ばせますから。近い将来ケニーの中国での芸能活動をサポートしたいと思っています」
と語っていたヒンズ。「パパラッチに写真を撮られることがイヤで、会う機会が少なくなった」
と説明していた。

だがそんなごまかしを止め、結局は“ケニーは恋人”と告白したヒンズ。イメージを守るためか、
マネージャーは同性愛者だということを認めていないが、勇気を出して告白したヒンズを
支持する人々は多い。

「公表するとは素晴らしい」、「実力のある芸能人は、同性愛者の事実を隠す必要がない」、
「ゲイだと公表したのは、張国栄(レスリー・チャン)と黄耀明(アンソニー・ウォン)に続いて3人目」
などと、応援者からのメッセージが届いている。

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0725&f=entertainment_0725_001.shtml

ヒンズ・チャン
http://news.searchina.ne.jp/2010/0725/entertainment_0725_001.jpg
http://the-sun.on.cc/cnt/entertainment/20100122/photo/0122-00470-088b2.jpg
http://www.big5.huanbohainews.com.cn/pic/0/10/20/34/10203440_852776.jpg
ケニー・クァン
http://i80.photobucket.com/albums/j167/sidneylu86/Celebrities%20showing%20it%20all/ul-36.jpg

113神奈川一区民:2010/07/29(木) 23:50:32
【サッカー】スポーツ界にはまだ反同性愛の風潮が存在…新世代のサッカーファンは同性愛者の選手に寛容?

現地時間27日、イギリス・スタッフォードシャー大学が実施したオンライン調査の結果、
最近のサッカーファンは、プロサッカー選手のなかに同性愛者がいることに対して
より寛容的になっていることが分かった。ロイター通信が報じている。

同大学が2000人のファンに対して行なった調査によると、同性愛者のサッカー選手は
存在してはならないと答えたファンの割合は、わずか7%にとどまったという。
調査をしたエリス・キャッシュモア教授は、「より透明性を求める声が上がった。
多くのファンが、同性愛者であることを公表するサッカー選手が出てくることを望んでいる」とコメント。
サポーターは同性愛者に対して寛容になっているとした。

過去に現役中に同性愛者であることを明らかにしたのは、元イングランド代表の
ジャスティン・ファシャヌ氏のみ。同氏は1998年、37歳の若さで自殺している。

そのほかのスポーツ界では、ウェールズの元ラグビー代表キャプテン、ガレス・トーマス氏が昨年、
「ラグビー代表選手としてのタブーを破る最初の人間となったことは残念なことだ」と語り、
同性愛者であることを明らかにした。また、イギリス人の元NBA選手、ジョン・アマエチ氏も
2007年の引退後に同性愛者であることを告白しており、スポーツ界にはまだ反同性愛の風潮が
存在すると訴えている。

キャッシュモア教授は「サッカーファンも変わった。彼らは実際、個人の性的志向を
あまり気にしていない。もちろん、選手たちの間には偏見が存在し、
偏見はサッカー界にとって重い負担としてのしかかっている」とコメント。

同教授は反同性愛主義は1970年代から80年代にかけてイギリスのサッカー界に
はびこっていた人種差別主義と同じだと主張している。

http://southafrica2010.yahoo.co.jp/news/ndetail/20100728-00000018-ism-socc

114神奈川一区民:2010/08/04(水) 00:48:51
【海外】「ER 緊急救命室」のサラ・ギルバート、レズビアンであることをカミングアウト

 テレビドラマ「ER 緊急救命室」「ビッグバン★セオリー ギークなボクらの恋愛法則」のサラ・ギルバートが、
長年語ろうとしなかった私生活について口を開いた。

 WENNによると、サラはオジー・オズボーンの妻シャロン、
女優のレア・レミニ、ホリー・ロビンソン・ピートなどと一緒に、
トークショー「ザ・トーク」(原題)の共同司会を務めることが決まり、
先日、テレビ批評家協会で記者会見を行ったという。

 サラは、2002年以来、同性のテレビプロデューサーのアリソン・アドラーと交際し、
二人には5歳の息子リーヴァイと2歳の娘ソイヤーがいるが、
サラはこれまで公に自分がレズビアンであることを認めたことはなかった。

 今回のトークショーで、レズビアンであることを前提に参加することについてどう感じているのかを聞かれると、
「わたしにとってはまったく新しい世界。レズビアンの専門家というわけではないし、分析をしたこともない。
わたしはただ、自分の人生を生きているだけ」とエンターテインメント・ウィークリーに語り、
同性愛者であることは大ごとではなく、それが単に自分のライフスタイルであることを強調した。

 これまでレズビアンであることを認めなかったサラは、このトークショーへの出演契約をしたことで、
きちんとカミングアウトする決心をしたとのこと。「わたしは小さいころから女優としていろいろな役を演じてきて、
自分のプライベートについて語ることはなかった。でも、今回の番組はトークショーだから、
自分の人生について語らないとね」とふっ切れた様子だ。

 サラは、テレビドラマ「大草原の小さな家」でローラを演じたメリッサ・ギルバートの妹で、
6歳の時にメリッサがハリウッド・ウォーク・オブ・フェイムに星をもらったのを見て、自分も女優になると決めたと言われている。

ソース:シネマトゥデイ
http://www.cinematoday.jp/page/N0025922

115チバQ:2010/08/10(火) 22:02:19
http://www.asahi.com/international/update/0805/TKY201008050448.html
同性婚禁止は「憲法違反」 米連邦地裁が初判断2010年8月6日16時24分


 【ロサンゼルス=堀内隆】米国で同性間の結婚を禁止することが憲法違反かどうかが争われた訴訟で、サンフランシスコの連邦地裁は4日、禁止は法の下の平等を定めた連邦憲法に違反するとの判断を示した。米国では婚姻をめぐる規定は各州に委ねられているが、「同性婚を禁じてはならない」と州に命じる判決が連邦裁判所レベルで出たのは初めて。

 ただ、同性婚反対派が控訴するのは確実で、最終的には連邦最高裁の判断を待つことになりそうだ。

 訴訟の対象は、米カリフォルニア州で2008年11月に実施された住民投票「提案8号」。同性婚禁止を州憲法に明示するよう求める提案が賛成多数で成立し、州憲法が改正された。今回の訴訟は、2組の同性カップルがこの住民投票が違憲だとして、同州のシュワルツェネッガー知事ら行政側を訴えた。

 同性婚反対派の「結婚は伝統的に男女間の結びつき」との主張に対し、判決は「同性婚を認めないのは、結婚や社会で男女が異なる役割を持つと見られていた時代の遺物」とした。反対派の「父母に育てられる方が、子どもはよく発達する」との主張についても根拠がないと退けた。さらに、州政府にも同性婚を認めないことで得られる利益はないとし、同性婚を禁じる理由はないと結論づけた。

 判決はまた、同性愛者が米社会で様々な差別や偏見にさらされてきたと指摘。米国で黒人差別が激しかった時代に存在した異人種間の結婚を禁じる規定が、1967年の連邦最高裁判決で違憲とされた歴史にも触れた。

 判決を出した連邦地裁のウォーカー裁判官は、自身も同性愛者として知られる。

 カリフォルニア州における同性婚はこれまで、司法判断と民意との間で揺れ続けてきた。00年に「結婚を男女間に限る」と定めた住民投票が成立したが、08年5月に州最高裁が同性婚を認める判決を出し、実際に約1万8千組の同性カップルが婚姻証明書を受け取った。これに対し、同性婚反対派が出したのが「提案8号」。今回は、住民投票の結果を司法判断が再度、覆した結果になった。

 現在、米50州のうち45州が州憲法や州法で同性婚を禁じている。

116チバQ:2010/08/17(火) 19:19:00
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100817-00000003-cnn-int
カリフォルニアの同性婚また差し止めに 米連邦高裁
8月17日12時3分配信 CNN.co.jp

(CNN) 同性婚の禁止を決めたカリフォルニア州の住民投票提案が米国憲法に違反するかどうかをめぐる裁判で、サンフランシスコの第9巡回区連邦高裁は16日、同性婚の再開差し止めを命じる仮処分を言い渡した。

この裁判では、結婚は男女間に限ると定めた同州の「住民投票提案8号」が争点となっている。連邦地裁は4日の判決で同提案を違憲と認定し、12日には判決の執行停止措置を解除して同性婚にゴーサインを出していた。これにより、18日にも同性婚が再開される見通しとなっていた。

しかし連邦高裁の決定により、同高裁で審理を行う間は同州での同性婚再開は差し止められる。審理は日程を早め、口頭弁論を12月6日の週に開くと定めた。判決が出るのは来年になる見通しだが、裁判は連邦最高裁まで持ち越される公算が大きい。

カリフォルニア州では州の裁判所の判断により同性婚が認められていたが、2008年11月の住民投票で、結婚を男女間のものと定めた住民投票提案8号が52%の賛成多数で可決された。これに対し、同性婚を支持する側が同提案は米国憲法に違反するなどと主張して連邦裁判所に提訴している。

117名無しさん:2010/09/12(日) 18:59:00
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2010091001000411.html
米軍の同性愛者排除は違憲 米連邦地裁
2010年9月10日 12時46分

 【ロサンゼルス共同】米ロサンゼルス連邦地裁は9日、同性愛者であることを公言して軍務に就くことを禁じた米軍の規定を違憲とする判決を言い渡した。米軍は入隊審査で同性愛者と公言しない限り容認する「聞かない、言わない」の方針を取っているが、地裁は、この方針が、言論の自由を保障した米憲法修正1条に違反すると判断した。

 ロサンゼルス・タイムズ紙(電子版)などが伝えた。

 オバマ大統領は同性愛者を米軍に正式に受け入れる考えで、国防総省は規定の見直し作業を進めている。米下院本会議も同性愛者の軍務に道を開く法案を可決している。

 AP通信によると、1994年以降、1万3500人以上が、同性愛者であることが発覚して軍務を解かれている。

118名無しさん:2010/09/12(日) 19:02:10
>>109
http://mytown.asahi.com/areanews/kanagawa/TKY201008290276.html
海の家「ボーダレス」 性同一性障害仲間で営業2カ月
2010年8月30日

 性同一性障害(GID)の20代の若者が今夏、逗子市の海水浴場で海の家を開き、29日に2カ月間の営業を終えた。その海の家は「浜辺の食堂 ボーダレス」。スタッフは達成感を抱え、来年も開くことを決めた。

 「いらっしゃい。レモンラーメンが人気ですよ」。海水浴客に気さくに声をかける園田純さん(29)は、戸籍上は女だ。しかし、外見はひげを生やし、筋肉質のからだ。本人から言われなければ、わからない。

 「自分たちにできるか不安はあったが、新しいことをやってみたかった」。参加するGIDの支援団体のホームページで仲間を集め、7月3日に開店した。「理解までは求めない。GIDを知るきっかけにしたかった」と園田さんは言う。店の前には性的少数者のシンボルである虹色の旗をおいた。

 園田さんを含め、スタッフ5人はいずれも性の悩みを抱えて生きてきた。園田さんは高校生の頃、性同一性障害という言葉を知った。両親に打ち明けたのは20歳の頃。両親は受け入れてくれた。母と妹は今夏、浜辺の食堂に来て、「頑張ってね」と励ましてくれたという。

 スタッフの1人、山川悠亮さん(21)もからだは女だったが、心はずっと男だったという。普段は大学に通うほか、都内のバーで働く。海の家の営業期間中は、逗子市内に借りたアパートで、ほかのスタッフと共同生活を送った。仕事は早朝から午後9時まで続いたが、それでも、「この仲間と仕事ができてよかった」と振り返った。園田さんは「『やってよかったね』だけで終わりたくない。来年も再来年も続けます」と笑顔で宣言した。(曽田幹東)

119名無しさん:2010/09/12(日) 19:04:12
http://mainichi.jp/select/world/news/20100819ddm007030079000c.html
スウェーデン:性的少数者が祭典、40万人参加 広がる同性婚、地方では偏見も
 同性同士の結婚がヨーロッパ諸国を中心に次々合法化され、同性愛者など性的少数者が誇りを持って生きていく場が広がりつつある。昨年5月に同性婚が合法化されたスウェーデンでは先月末、ストックホルムで約40万人が参加した性的少数者の祭典「プライド2010」が開かれた。同国政府は各国のジャーナリストを招待。「少数者に寛容な同性婚先進国」をアピールした。【ストックホルムで田嶌徳弘】

 ストックホルムの街では虹色の旗があちこちで目に付いた。旗は、性的少数者である女性同性愛者(レズビアン)、男性同性愛者(ゲイ)、両性愛者(バイセクシュアル)、性同一性障害者(トランスジェンダー)の頭文字を取った「LGBT」のシンボルだ。

 市内ではパレードが行われLGBTの警察官や兵士、医師、教師、政治家、聖職者までもが喜びを爆発させた。人口900万人のスウェーデンで40万人が参加したことを考えれば、国民の関心は高い。

 パレード主催者の一人でストックホルム観光局のクリスチーナ・グッゲンバーガーさんによると、2年前のパレードには海外から5万5000人が参加。同性婚が合法化された昨年から、政府はロシア・東欧を中心に多くのジャーナリストを招待している。「自由でLGBTに寛容なスウェーデンのイメージを海外に伝えることが大切」と話す。

 LGBTのシンボルの大きな旗が、教会の塔にまで掲げられていることに驚く。

 国民の7割が信者であるスウェーデン国教会(福音ルーテル教会)が同性婚を認め、教会で挙式したカップルは60組以上に上る。

 3人しかいない女性主教(ビショップ)の1人であるエバ・ブルンヌさん(56)はレズビアンであることを公にしている。「論争がある中で同性婚を認めた教会の決定は重要だった」と話す。ブルンヌさんは「大切なのは、人を差別してはならないということ。デンマークなど他の国にも影響を与えることになる」と話す。

 自由党の国会議員であるバーブロ・ウェスタホルムさん(77)は「宗教界が同性婚を支えている。これが他の国と違う」と話す。教会で牧師によってきちんと式を挙げることで、その正当性をアピールできるからだ。

 だが、スウェーデンでも地方に行けば、まだ保守的な考えも根強くゲイバーが襲撃される事件も起きている。

 ストックホルムの小中学校の教師、ペーアンダース・ウォルナーさん(63)は9年前、当時高校生だった次男から「今度恋人を連れてくるけど、女の子じゃない」と告げられ、ショックを受けた。

 一番心配したのは、極右からの攻撃だった。「驚いたけど、夫婦でLGBTのことを勉強した。知ることによって恐れることはなくなる」と言う。

 その次男は既に同性と結婚。仲のよいガールフレンドに頼んで人工授精により男児を出産してもらった。4カ月になる男児を次男は同性のパートナーとの間の子供として育てている。「子供は法的に息子たちの子供と認知される。私もおじいさんになった」とウォルナーさんは笑う。

 スウェーデンでは同性のカップルに異性の夫婦に準じた権利を認める「登録パートナーシップ法」が94年に成立した。結婚は認められなくても、同性カップルも法的に保護されていた。昨年の婚姻法の改正で、配偶者が同性か異性であるかにかかわらず婚姻法が適用されることになった。

 同性婚は01年にオランダで合法化され、06年までに5カ国に増えた。08年には国連総会で性的指向に基づく人権侵害の根絶を求める声明が出され、日本を含む66カ国が賛同、LGBT問題が人権問題であるという認識が広がった。今年は一気に3カ国で合法化された。

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 <同性婚を認めた国と時期>

オランダ   01年 4月

ベルギー   03年 6月

スペイン   05年 7月

カナダ    05年 7月

南アフリカ  06年11月

ノルウェー  09年 1月

スウェーデン 09年 5月

ポルトガル  10年 6月

アイスランド 10年 6月

アルゼンチン 10年 7月

 ※米国では5州と首都ワシントンで認められている

毎日新聞 2010年8月19日 東京朝刊

120チバQ:2010/09/19(日) 17:19:46
産経が記事にしていることに驚き

http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100919/trd1009191651004-n1.htm
同性愛者ら「個性として受け入れて」 札幌で700人が行進
2010.9.19 16:50

 性的マイノリティーへの理解を訴え、行進する「レインボーマーチ札幌」の参加者ら=19日午後、札幌市中央区 「僕たちは身近にいます。どうか受け入れて」−。性的マイノリティーへの理解を訴えるイベント「レインボーマーチ札幌」が19日、札幌市であり、ゲイやレズビアン、バイセクシュアルの人たちがススキノなど中心街を行進した。

 多彩な色合いのドレスや肌に密着したランニングシャツ、アニメのキャラクターまで、思い思いの格好をした約700人が参加。音楽に合わせて踊ったり手を振ったりして、沿道を通り掛かった観光客らが拍手や声援で迎えていた。

 牧祐介実行委員長は「性的マイノリティーも個性として受け入れてほしい。普通の人間だとアピールしたい」と話した。

 夫婦で通り掛かった札幌市の近藤静江さん(86)は「今は自由な時代。どんな個性でも認められるべきだ」。参加した札幌市の女性(23)は「勤務先の同僚に見られたが、笑顔で手を振ってくれた」と興奮気味だった。

121チバQ:2010/09/19(日) 17:26:35
>>101-109
http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20100903k0000m070125000c.html
記者の目:性分化疾患と性同一性障害=丹野恒一
 「男の子か女の子か、どちらにしますか」。子が生まれた直後、医師にそんな決断を迫られたら、どう答えることができるのだろう。

 染色体やホルモンの異常が原因で外見からは性別が判断しづらい赤ちゃんが数千人に1人の割合で生まれている。その事実を知ったのは2年余り前だった。我が子3人の出産に立ち会った私は、子どもの性別は出産前から決まっていて、誕生した時には確かめるだけだと思い込んでいた。だが幸せに包まれるはずの瞬間に医師の一言で目の前が真っ暗になり、親族や知人からの祝福の電話にも出られない親たちがいる。しかも医療関係者の知識が不十分だと、適切な検査もなく性別が決められてしまうことさえある。

 ◇自分は男?女?苦しんで自死も
 性別は染色体の型がXXかXYかで決まると考えられがちだが、性器や性腺(卵巣・精巣)が女性か男性かで一致していなかったり、染色体もXだけだったり、XXYといった型で生まれてくる子どもがいる。成長後も、男女どちらにもはっきり属することができない体と感覚に苦しむことが少なくない。

 こうした子どもはずっと前から生まれていたにもかかわらず、社会の偏見の中で本人や親は隠し続け、医療界もメディアもタブー視してきた。日本小児内分泌学会はこれまで使われてきた「半陰陽」や「両性具有」という言葉に蔑視(べっし)するような響きがあるとして「性分化疾患」に統一したが、それもわずか1年前のことだ。

 私は当事者や家族を一人一人訪ね、昨秋からくらしナビ面で連載「境界を生きる」を執筆している。長く声を上げられなかった人の話を聞いていくにつれ、自分の中にあった「性別」というものに対する固定観念は崩れていった。

 性分化疾患を持って生まれてきた子どもたちは、いつ自分の疾患を知るべきなのか。それだけでも難しい問題だ。何も知らず男の子として育ち、ある日突然に初潮が来たり、女の子として育って成長後に卵巣や子宮がないと知ることがある。恋をする年齢になり、事実を知った直後に自ら命を絶った大学生もいた。

 性別の境界にいるのは彼らだけではない。体の性別がはっきりしていても、心と一致せず苦しむ性同一性障害は、1000人に1人の割合ともいわれる。男女別の生活を強いられる学校に通えなくなったり、誰にも打ち明けられず自傷行為を繰り返す子どもたちもいる。

 連載をこう評した家族がいた。「取材に応じられるのは壁を乗り越えられた人たちだけ。声を上げられない人が大勢いる」。取材を申し込んだところ、こう断られたこともある。「あなたのお子さんが同じような状況のとき、知る必要のない人たちにまで知ってほしいと思いますか。世の中には知らなくていいことだってあるんです」。心も体もほぼ女性なのに、ホルモンの異常で外性器が男性化してしまう疾患の子の母親だった。

 ◇自分らしく生きたいだけ
 他にも耳を離れない言葉がある。心は女性なのに体が男性で苦しむ18歳の学生を取材した時のことだ。安全性を無視して個人輸入した女性ホルモン剤を服用しているが、外見の変化は期待ほどでないという。「今の姿のままで女性として生き始めても、性的倒錯者としか思われない」。自分らしく生きたいだけなのに、なぜ自らをそんなふうに表現しなければならないのか。返す言葉が見つからない私に、学生は痛々しい決意を示した。「それでも生き抜けるよう、強くなりたい」

 連載にはこれまでに100通近い反響をいただいた。共感や体験に交じり、55歳の男性会社員から批判的な感想が届いた。「男に生まれた以上は男として生きるよう身に着けさせるべきだ」。理由は「手術で性別を変えても、母親にはなれないから」という。こうした考えもまだ根強いのだろう。

 私自身は取材を通して、性別の境界を生きる人々は決して特別な存在ではないと思うようになった。性には多様な形があり、体の性別があいまいなこともあれば、心の性別が体と逆になることもあり、好きな性が異性であったり同性であったりもする。私を含む多数の人は、その数限りない組み合わせの中から、たまたま典型的な形でそろっただけの存在なのだ。

 「知らなくていいことがある」「性的倒錯者とみられてしまう」。家族や子どもたちにそう思わせているものは何なのだろう。人間は男女に二分される。そんな常識を問い直す先に訪れるのは無秩序か、それとも誰もが生きやすい社会か。私は後者だと信じたい。(生活報道部)

毎日新聞 2010年9月3日 0時07分

122チバQ:2010/09/19(日) 17:27:17
http://mainichi.jp/universalon/clipping/archive/news/2010/07/14/20100714ddm010100010000c.html
境界を生きる:子どもの性同一性障害 読者の反響特集
 心と体の性別が一致せず、時に大人以上の苦しみを抱えながらもさまざまなケアが置き去りにされている性同一性障害(GID)の子どもたち。医療、教育現場などの課題を取り上げた連載「境界を生きる〜子どもの性同一性障害」(6月13〜17日)に、当事者や家族を含め多くの反響をいただきました。記者が訪ねて聞いた思いを紹介しながら、改めて深刻な現実を考えます。【丹野恒一、五味香織】

 ◇生きていてほしかった 自殺の我が子、心追う母
 「親として、あの子を救えなかったことはこれからも悔やむと思います」。福岡県に住む都さん(44)からのメールには、我が子が自ら命を絶った悲しみがつづられていた。「私が話すことで役に立てるなら」と取材に応じてくれた。

 早朝、刑事からの電話があったのは09年11月だった。21歳だったあゆみさんが東京都内で練炭自殺したとの知らせに、頭が真っ白になった。

 あゆみさんは地元の高校を卒業後、夢だった自衛官になった。翌08年春、休暇で帰省中、両親に告白した。自分がGIDだということ。治療を受けようと思っていること。

 子どものころから男の子のように活発で、中学校の入学時は男子生徒の制服を着たがった。でも高校時代には「子どもは2人ほしいな」とも口にした。母として花嫁姿や孫を抱く日を夢見ていた。

 告白から数カ月間はけんかの繰り返し。都さんは「何のために育ててきたのか」と口走ったこともある。女子寮生活が苦しかったのか、あゆみさんは次第に勤務もままならなくなった。電話で「寮の8階にいる。飛び降りてもいい?」と言われ、必死に訴えた。「帰って来なさい」。受け入れるしかないと覚悟した。

 昨春、あゆみさんは依願退職した。専門医の正式な診断を待ちきれず、独自にホルモン治療を始めた。胸の手術を済ませ、9月には東京で暮らすため実家を出た。母が我が子を見る最後になった。

 自殺した車中には「ママへ」と書かれた遺書があった。「こんな体で生まれたけど、ママの子で生まれたこと、誇りです」「心配せんでいいよ。やっと笑顔になれるから」。最後に二人で撮ったプリクラが張られていた。

 都さんは日記やブログから最後の日々をたどった。耐え難い孤独と自分の存在そのものへの葛藤(かっとう)で埋め尽くされていた。<こんな化け物、誰が好き好んで近づくよ/抗(あらが)えない、見えない何か。そんなものにいいように操られて……悔しいよ/なんでおれが死ななきゃいけない!?>。悲鳴のような言葉が続く。

 最後のページには、大きな文字で<我が人生に一片の悔い無し>とあった。「本当はもっと生きたかったんじゃないの? どんな姿でもいい、生きていてほしかった……」

 あゆみさんの足跡を追い続けるうちに、都さんはインターネットで同世代の女性と知り合った。19歳の子がGIDに悩んでいるが親として受け入れられず、治療の同意書へのサインを拒否している。子どもは今年6月末、勤め先を退職したという。

 かつての自分たちと重なった。都さんは女性に伝えた。「(死んでしまったら)帰ってこないんだよ」。同じ悲しみに直面する前に、子どもを支えてほしいと切に思う。

 「男と女しかいないという価値観ではなく、あゆみのような人たちが少しでも生きやすい世の中になってほしい」。自宅にはあゆみさんの笑顔の写真が何枚も飾られている。

123チバQ:2010/09/19(日) 17:27:31
◇偏見に負けない勇気を
 連載では、体が男性であることへの違和感をぬぐえず、女性ホルモン剤を個人輸入して危うい自己流治療を続ける子どもたちの存在も紹介した。「ひとごととは思えなかった」とメールを寄せた四国在住の専門学校生(18)はこう書いていた。「副作用は承知の上で、私も飲んでいます」

 幼稚園のころから「体が自分のものじゃないような感覚」に悩まされてきたという。鏡は極力見ないように、そして思い詰めないようにと心掛けてきたが、高2の夏、強い倦怠(けんたい)感に襲われ、ついに自分の部屋からもほとんど出られなくなった。母親と心療内科に行ったが性別への悩みは打ち明けられず、医師には「思春期にはよくある症状」としか言ってもらえなかった。

 どうにか3年に進級できたが、すっかり男っぽくなった体が我慢できず、ホルモン剤の輸入を決心した。その時頭に浮かんだのは、子どものころから両親に何度も言い聞かされてきた言葉。「あなたは長男なんだから、家を継ぐ孫の顔を拝ませてね」。継続的に服用すると精巣の機能が永遠に失われる恐れがあると知っていたので「申し訳ない気持ちでいっぱいだった」。

 それから約1年。骨格は変わらないが、肌はきめ細かくなり、走ると揺れて痛むほどに胸も膨らんできた。家族も同級生もまだ気付いておらず、男性として暮らしている。「ホルモン剤の服用開始が遅かったので、風ぼうはあまり変わっていません。今のままで女性として生き始めても、性的倒錯者としか思われない。それを覚悟して意志を貫く勇気はまだありません」

 いずれは女性化する手術も受けたいが、それですべてが解決できるとは思っていないという。「社会は私たちのような存在を容易には受け入れないはず。それでも生き抜いていけるよう、精神的にもっと強くなりたい」。そう言って、唇をかんだ。

 ◇身近な存在と知って
 自殺未遂を繰り返しているという首都圏の大学生(21)からも、メールが届いた。

 「どう願っても男の体になれない」との失望感が中学時代から続く。大学の入学式では女性用スーツを着るのがつらく、母親(42)に「女に生まれたくなかった」と訴えた。「そんなことで悩んでどうするの」と突き放され、部屋のドアノブにひもをかけて首をつったが、死にきれなかった。

 「今までの生き方で死にたくなるなら、思うように生きてみよう」と治療を決意し、専門医に通い始めた。昨夏、ホルモン治療を開始する見通しが立った。ところが両親は猛反対した。「何のために男になるのか。我慢できないのか」。当事者の手記を渡しても読んでもらえなかった。

 医師は「治療には親の了解が必要」という。うつ状態で今春からほとんど外出できなくなり、大学も休学している。毎日のように腹や腕をカミソリで傷つけてしまう。「自分の存在という罪への罰」。傷が薄くなると「罪」が消えるようで、またカミソリを手にする。「一日一日を生きることが精いっぱい。苦しみから解き放たれるには、やはり死しかないと思ってしまう」

 アルバイトの仲間たちがGIDのことを話題にしていた。一人が「そんな人、本当にいるのかな」と言った。心の中で答えた。「ここにいるよ」。身近な存在であることを知ってほしいという。

124チバQ:2010/09/19(日) 17:28:07
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 ◆二度と会えない故郷の友

 女子として通った高校までは、苦痛や困難の連続でした。治療で新しい自分になりたかったので、出身地と離れた大学を選びました。高校を卒業する時、地元の友人とは二度と会えないと考え、アドレスをすべて消しました。男性に変わった姿で会うとすれば、GIDを告白することになる。そうなれば、築いてきた多くのものを失う気がしたからです。

 ホルモン療法で、外見上は男性的になってきました。大学では入学前から先生たちと相談を重ね、中性的な通称の使用などが認められました。GIDを公表した上で教師になり、当事者の相談に乗りたいと考えていましたが、名前や声が男性として通用するようになると、そのまま黙って過ごしたくなる弱い自分がいます。ただ男と思われたいのか、それともGIDの男だと思ってほしいのか、分からなくなっています=国立大1年(19)

 ◆我が子の応援団長

 GIDの19歳の子を持つ母親です。悩みを知ったきっかけは高校1年の時にあった泊まりがけの学校行事でした。女子生徒たちとお風呂に一緒に入るのを激しく嫌がったのです。高校は途中から定時制に編入し、今春には法的に男性名への改名手続きを済ませ、専門学校に進みました。初めは「なぜ、私の子が?」と悲しみのどん底に落とされましたが、気持ちを整理していくうちに「一番つらいのはこの子だ。親なのだから理解してあげよう」と切り替えることができました。GIDの方、勇気を出して家族に話してみてください。きっと生きる道が開けます。私は我が子の一番の応援団長です=東京都、自営業手伝い、女性(52)

 ◆相談先見つからず

 1カ月半ほど前に高校生の息子から「体に悩みがある」と言われました。何となく気付いていたのですが、体は男性で心は女性のようです。悩みのせいで頭痛や吐き気がひどく、悪夢も見るといいます。市や県のあらゆる相談センターに電話しましたが「そのような内容は扱えない」との答えばかり。やっと紹介してもらった精神科でも「来年の春まで予約がいっぱい」と言われました。学校も休みがちですが、先生に打ち明けても迷惑だろうと思い、あきらめています。記事を読んで「同じように白でも黒でもない、まさに境界で苦しむ人たちがいるのだ」と知りました。独りで不安を抱えていたので、少し力強く思えましたが、今後どうしたらいいのかは分からないままです=福岡県、40代主婦

 ◆教員に人権感覚を

 GIDに関する教員への啓発や研修は確かに大切ですが、より重要なのは個別の事例や医学的な知識を得ることではなく、人権感覚を磨くことです。性別、国籍、年齢や出身で人にレッテルを張らず、人そのものを見る。そういう姿勢は同和問題、障害者差別などの人権問題をしっかり考えれば身につきます。適切な人権感覚を持つ教員が集まった学校であれば、GIDの子どもへの対応でもおのずと大筋を誤ることはないはずです=元東京都教委統括指導主事、鈴木義昭さん(54)

 ◆当事者の思い知った

 私の通う大学に健康教育論という授業があります。そこで先日、数人の学生が突然、自分がGID当事者やその家族、元恋人であることを次々と告白しました。実は心理劇なのですが、私を含む一部の学生以外は演技であることを知りません。GIDについて真剣に考え、理解を深めることが狙いです。

 事前の準備で情報を集め当事者の思いを想像しましたが、体と心の性が違うとはどういう気持ちなのか分かりませんでした。それがつかめたのは、記事の中で当事者が語っていた「僕は男ですが、性同一性障害で、体は女です」というシンプルな言葉でした。ただ自分らしくありたい。そのために命を危険にさらさなければならないなんて、つらいことだと思いました=岐阜大地域科学部3年、柴山亜美さん(20)

 ◆「金八先生」登場人物モデル、虎井まさ衛さんに聞く

 ◇みんなと同じでなくてもいい
 01年秋から放送されたテレビドラマ「3年B組金八先生」(TBS系)でもテーマになった子どものGID。性別への違和感に苦しむ中学生のモデルとなった虎井まさ衛さん(46)は、GIDと診断された人の戸籍上の性別変更を求める活動などにも取り組んできた。同じ悩みを抱える子どもたちへのメッセージを聞いた。

125チバQ:2010/09/19(日) 17:28:36
     ◇

 「金八先生」ならばまじめに取り上げてもらえるだろうと思い、ドラマ化に協力しました。上戸彩さん演じる生徒が高い声を変えようと自分ののどにくしを刺す場面は、実際に私の知り合いがやったことです。

 現実ではドラマのような形で周囲から受け入れられることは難しいでしょう。ただ、GIDがお茶の間で広く知られたことには大きな意味がありました。放送後、児童・生徒や母親から相談を受けるようになり「こんなに潜在的な当事者がいたのか」と驚きました。

 インターネットの普及で、誰とも顔を合わせず治療方法などの情報を集められるようになりました。でも、ホルモン剤の個人輸入は心配です。自己流の服用で肝機能に影響が出れば、後で手術を受けられなくなるかもしれない。先を考えて待つことも必要です。私は10歳で手術を受けようと決めてから、手術のために渡米するまで13年かかりました。時間はかかるものです。

 孤独で消えてしまいたいと思ったり「周囲が分かってくれない」と悩む人は多いと思いますが、みんなと同じでなくてもいい。自分から行動し、環境を変えていく強さを持ってみませんか。

毎日新聞 2010年7月14日 東京朝刊

126チバQ:2010/09/19(日) 17:29:11
>>118
http://mainichi.jp/universalon/clipping/archive/news/2010/07/25/20100725ddm013100035000c.html
境界を生きる:自然体で海楽しもう 性同一性障害の若者が海の家
 ◇使いやすい更衣室、語りやすい雰囲気…
 心と体の性別が一致せずに苦しむ性同一性障害(GID)の若者たちがこの夏、神奈川県逗子市の逗子海岸で海の家をオープンさせた。名前は「浜辺の食堂 BORDERLESS(ボーダーレス)」。水着になるのをためらいがちな当事者が気兼ねなく海を楽しめると同時に、さまざまな人たちが集い、GIDへの理解を広げる場にしたい。そんなチャレンジが始まった。【五味香織】

 関東甲信地方などが梅雨明けし、夏本番となった17日。色とりどりのパラソルが並ぶ浜辺で、そろいの水色のTシャツを着たスタッフたちが「いらっしゃいませ!」と海水浴客に呼びかける。店の前の立て看板には、セクシュアルマイノリティー(性的少数者)の象徴として使われるレインボーカラーの旗が掲げられている。

 ボーダーレスを運営するのは、GIDの若者たちでつくるNPO法人「GIDmedia」。大学生やフリーター6人で切り盛りしている。うち4人は女性として生まれ、今は心の性に合わせて男性として暮らしている。

 メニューにはビールや焼きそばといった定番がそろうが、目玉は「レモンラーメン」。塩味のスープにレモンの輪切りがさっぱりとした風味を加え、真夏の浜辺にぴったり。

 GIDは自分の体に対する違和感が強く、水着や海水浴を敬遠する人も少なくない。その上、海の家では更衣室が男女別々に設けられていることが多く、着替えづらいという。そこでボーダーレスでは店の奥に性別を問わない個室の更衣室を設け、誰もが気兼ねなく使えるようにした。

 スタッフは男性としては小柄なためか、「男の子? 女の子?」と聞かれることもあるという。店長を務める大学生の山川悠亮(ゆうすけ)さん(21)は「疑問を持つお客さんがいれば、それをきっかけに自分たちのことを話し、GIDについて知ってもらえたら」と期待する。

 運営スタッフの園田純さん(29)は小学校のころから女子として学校に通うつらさを抱えてきた。19歳で家族に打ち明け、今はNPOの中心メンバーとして活動している。「当事者もそうでない人も、自然に溶け込める場所にしたい。来年以降も続けていければ」と話す。

 運営は8月29日まで。同月1日には交流のバーベキューパーティーも予定している。

 ◇東京で30日交流会
 GIDmediaは7月30日午後3時から東京都内で、GIDの子の家族や教員を対象にした交流会を開く。家族は本人以上に仲間や相談先を見つけにくく独りで悩みがちなため、思いを語ったり支え合うきっかけにしたいという。参加費1500円(飲み物、軽食付き)。申し込みはホームページ(http://gidmedia.org/)から。

毎日新聞 2010年7月25日 東京朝刊

127チバQ:2010/09/19(日) 17:29:39
http://mainichi.jp/life/edu/news/20100915ddm013100194000c.html
境界を生きる:学校現場で/上 性同一性障害「私の個性」
 心と体の性別が一致しない性同一性障害(GID)の児童・生徒は、男女別の生活を求められる学校でさまざまな悩みや苦しみを抱えている。一方で、自ら一歩踏みだし、道を切り開く生徒も現れ始めた。思いを受け止め、周囲の教諭や生徒たちも変わろうとしている。【五味香織】

 ◇校内で公表、理解得た経験 市の弁論大会で訴え
 8日夜、川崎市で市内の定時制高校の弁論大会が開かれた。弁士は7校の代表14人。離婚家庭で築いた家族のきずなの話や、デートDV被害の告白。年配の生徒は社会人経験を踏まえてこれからの生き方を語った。

 3番目で演台に立ったのは、県立川崎高1年の小林空雅(たかまさ)さん(15)。「みなさんは、個性をどのように考えていますか」。集まった約700人の生徒たちに問いかけた後、手元の原稿から目を上げて一呼吸置いた。

 「私は男ですが、体の作りは女性として生まれてきました」

 GIDであることを告白し、自分の抱えてきた苦しみを「眠っている間さえも、本当の性別と異なる性の体と生活している違和感から逃れることができません」という言葉で表した。

     □


川崎市内定時制高校の弁論大会で優勝し、賞状を受け取る小林空雅さん=川崎市で2010年9月8日五味香織撮影 小林さんがGIDを公表できたのは、周囲の理解や支援があったことが大きかった。

 小さいころから女の子の体であることに違和感があり、市立中学2年の冬、専門医にGIDと診断された。中学側は小林さんの希望を受け、男子生徒としての通学を認めた。

 今春入学した現在の高校も、小林さんの合格が決まった時点で出身中学にトイレや更衣室などの対応を聞き、入学に備えた。同高の定時制課程にはさまざまな事情のある生徒が通うが、GIDであることを明らかにした生徒が入学したケースは初めてだったという。

 既に戸籍を男性名に改名していた小林さんは入学に際し、校内で同級生たちにも公表したいと学校側に伝えた。専門医に「公表するなら早い方がいいのでは」と助言を受け、「何かがあって困った時に『実は……』と打ち明けるより、初めから知ってもらった方がいい」と考えたという。学校側はクラスの自己紹介や全校集会で、公表する機会を設けた。

 西原秀夫副校長は「生徒にとって何が一番いいのかを考え、対応した」と話す。

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 弁論大会で小林さんが繰り返し語ったのは、学校生活の楽しさだ。「すばらしい友達や先生方に恵まれました。校内でカミングアウトしても、以前と変わりなく接してくれています。自分がコンプレックスだと思うことは、他の人からすれば気に留めることはないのかもしれません。自分(の体)が嫌なことに変わりはありませんが、それがあなたの個性だと言われると、少し気持ちが軽くなります」

 そして「自分に自信を持って、一人一人が一生懸命に輝いていける社会になるといいですね」と締めくくった。

 すべての弁論が終わり、優勝者が発表された。小林さんだった。客席の同級生たちから「やったー!」と歓声が上がった。

 同学年の女子生徒(15)は「私の友達にも同じような子がいる。他人に話すだけでもプレッシャーがあるはずなのに、大勢の前ですごい」。GIDのことを初めて知ったという市立橘高2年、斉藤美穂さん(16)は「重い内容で、話すには勇気がいると思った」と話した。

 大会終了後、会場の外で「おれも(GID)なんだ」と打ち明け、連絡先の交換を求めてきた生徒もいた。トロフィーと賞状を手にした小林さんは「優勝できて、もっと自信を持とうと思えた」と笑顔を見せた。

毎日新聞 2010年9月15日 東京朝刊

128チバQ:2010/09/19(日) 17:30:06
http://mainichi.jp/life/edu/news/20100916ddm013100015000c.html
境界を生きる:学校現場で/下 性別悩む生徒、支えよう
 ◇差別、偏見なくしたい…教諭ら、講習で対応考え
 性同一性障害(GID)や同性愛など性的少数者(セクシュアル・マイノリティー)の子どもたちを理解し、差別や偏見のない学校作りを目指そう。そんな動きがようやく、教育関係者の間で活発になってきた。

 「ひょっとして、この子は性別のことで悩んでいるのではないか。そう感じたら、まず何をすべきですか」

 8月下旬、JR大阪駅近くの大学サテライトキャンパス。日本性教育協会が主催した夏季セミナーの会場は、参加申し込みを事前に打ち切ったにもかかわらず、定員を超す100人以上で埋まった。テーマは「児童・生徒と性同一性障害」。小中高の教職員や各地の教育委員会関係者の姿が目立った。

 埼玉県の小学校がGIDと診断された児童に学校生活上の性別変更を認めたことを受け、文部科学省は4月、「児童・生徒の心情に十分配慮した対応を」と全国に通知した。しかし、現場の教員らには「どうすればいいのか」との戸惑いもある。講師を務めたGID学会理事長の中塚幹也・岡山大大学院教授は「対応に決まりはない。まずは子どもに『親身になって聴いてくれる人だ』と思ってもらうことが大切」と、基本的な心掛けをアドバイスした。


日本性教育協会のセミナー「児童・生徒と性同一性障害」を熱心に受講する教育関係者ら=大阪市北区で8月 また、文科省の通知は学校に医療機関との連携を求めているが、この日のセミナーで専門的なジェンダークリニックがある地域として紹介されたのは10都道府県にも満たず、会場からは「実態に即さない通知だ」との声が漏れた。

 中塚教授が岡山県内の人権担当教諭約500人を対象に実施した調査では、教諭の4人に1人が性別への違和感に苦しむ児童・生徒に接した経験があった。この日受講した50代の女性小学校教諭も「性別のことで悩んでいる児童がいたが、自分からはなかなか明かそうとせず、対応に苦慮した」と話す。「『プールに入りたくない』とだけ言われた場合、わがままとの見極めが難しい。特別扱いはいじめを引き起こしかねないというジレンマもある」

 セミナーを企画した東優子・大阪府立大准教授(ジェンダー研究)は「対応の実例を知りたい教諭が多いようだ。専門家の講演を1時間聴くような形ばかりの知識教育ではなく、子どもたちの現実の悩みに沿って学校環境をどう整えられるか、考え合う取り組みが広がってほしい」と話す。

    □

 性のあり方に関する悩みはいじめや不登校、自殺などの要因とも指摘されている。子どもたちが一人で抱え込まないように、教育関係者の理解促進に積極的に取り組む自治体や民間団体も現れた。

 大分県は今月中にも中学校などの教職員を対象に「セクシュアル・マイノリティの人権」と題した出前講座を始める。性暴力被害者の相談事業などに取り組むNPO法人「えばの会(女性と子どもの性と人権を考える市民ネット)」との連携事業で、同会スタッフが講師を務める。県人権・同和対策課の長尾政昭課長補佐は「正直に言って、行政としては対策が手薄になりがちな分野。専門知識を持つNPOの力を借りて、まずは教職員に正確な情報を行き渡らせ、ゆくゆくは保護者や一般市民にも広げたい」と話す。

 奈良教職員組合は2月、人権意識が高い学校作りに役立ててもらおうと、用語解説や学校での支援、家族への支援の方法などを紹介した「教職員のためのセクシュアル・マイノリティサポートブック」(A4判、19ページ)を作製。基本的な考え方として(1)本人の気持ちを尊重する(2)自分の性のありようが認識できない人、揺れている人、変わる人もいる(3)周囲が勝手に決め付けない(4)周囲との「違い」を否定しない−−を挙げている。柴田俊和書記次長は「全国の学校などから注文が相次ぎ、1000部増刷した。当事者の高校生から『先生たちが自ら考えてくれたことが、泣きたいほどうれしい』という手紙も届いた」と反響の大きさに驚く。サポートブックはホームページ(http://www1.ocn.ne.jp/~jtu‐nara/)からダウンロードできる。

 また、「“共生社会をつくる”セクシュアル・マイノリティ支援全国ネットワーク」(http://kyoseinet.blog25.fc2.com/)も3月、当事者が学校時代に何がつらかったかを振り返るインタビューを中心に構成したDVD「セクシュアル・マイノリティ理解のために〜子どもたちの学校生活とこころを守る」(送料別1500円)を作製。事務局長の杉浦郁子さんは「GID以上に理解が進まない同性愛にも力を入れて作った」と話す。【丹野恒一】

129チバQ:2010/09/19(日) 17:30:25
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 ■セクシュアル・マイノリティーと学校生活に関するQ&A

Q:同性愛と性同一性障害はどう違う?

A:同性愛は性的指向(興味や恋愛の対象)が同性に向かうこと。性同一性障害は自己の性別認識が体の性別と食い違うこと。性的指向が異性と同性のどちらに向かうかは関係ない。

Q:性別のことで生徒が悩んでいるようだ。本人には確かめていないが、どう対応すればよい?

A:まず話しかけてみる。次にそういったテーマの本を教室や図書室や保健室に置いたり、授業中に何気なく話題に挙げ相談しやすいきっかけを作る。大事なのは知識があると見せることではなく、知ろうとする姿勢を見せること。教諭が笑いのネタとして「オカマ」「ホモ」などの言葉を使うと、本人はますます学校での居場所をなくす。

Q:性別に違和感のある子の精神的苦痛を和らげる環境整備の例は?

A:制服を男女で分けず、例えばスカートかズボンか選べるようにする。トイレは男女兼用の場所を設けたり、職員用を使えるようにする。更衣室は別室を使わせたり周囲から遮断されたコーナーを作る。水泳授業はリポート提出などの代替措置を検討。宿泊行事の部屋割りや風呂は本人の意向を確かめる。

 ※大阪府立学校人権教育研究会のリーフレットなどを基に作成

毎日新聞 2010年9月16日 東京朝刊

130チバQ:2010/09/19(日) 17:32:06
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2010091800095
独外相、同性愛パートナーと「結婚」
 【ベルリン時事】ドイツ紙ビルト(電子版)によると、ウェスターウェレ副首相兼外相(48)が17日、同性愛のパートナーである実業家ミヒャエル・ムロンツ氏(43)と事実上の婚姻関係を結んだ。「結婚式」はボンで行われ、親族ら約20人が参列したという。
 ドイツでは2001年施行の「登録パートナー法」で、婚姻登録した同性カップルに対し、異性間結婚に近い権利を認めている。(2010/09/18-07:30)


http://gayjapannews.com/news2010/news23.htm
ドイツ、同性カップルの相続税を異性間夫婦と同等に
2010/09/02 07:31

ドイツ外相ウェスターウェレ氏(写真右)とパートナーのミヒャエル・ムロンツ氏
ドイツ政府は先月19日、同性パートナーに課せられる相続税について、課税条件を異性間夫婦と同等にすることを決めた。

これまで同国の同性カップルは、異性間の婚姻関係に比べて高い相続税が適用されることがあったが、ドイツ連邦憲法裁判所は同日までに「性別で税額が違うのは違憲」との判断を示していた。政府は2010年末までに関連税制を改正する方針。

ロイトホイサーシュナレンベルガー法相は同日、所得税についても同性カップルに不公平とならないよう改正を検討する意向を示した。

ドイツでは、ウェスターウェレ副首相兼外相(=写真右)やヴォーヴェライト・ベルリン市長ら有力政治家も同性愛者であることを公言、外国訪問にパートナーを同伴することもある。(編集・編訳:ゲイジャパンニューススタッフ)

131神奈川一区民:2010/09/19(日) 22:30:27
【社会】同性愛者ら「僕たちは身近にいます。どうか受け入れて」 札幌で700人が行進


 「僕たちは身近にいます。どうか受け入れて」−。性的マイノリティーへの理解を訴える
イベント「レインボーマーチ札幌」が19日、札幌市であり、ゲイやレズビアン、バイセク
シュアルの人たちがススキノなど中心街を行進した。

 多彩な色合いのドレスや肌に密着したランニングシャツ、アニメのキャラクターまで、
思い思いの格好をした約700人が参加。音楽に合わせて踊ったり手を振ったりして、沿道を
通り掛かった観光客らが拍手や声援で迎えていた。

 牧祐介実行委員長は「性的マイノリティーも個性として受け入れてほしい。普通の人間だと
アピールしたい」と話した。

 夫婦で通り掛かった札幌市の近藤静江さん(86)は「今は自由な時代。どんな個性でも
認められるべきだ」。参加した札幌市の女性(23)は「勤務先の同僚に見られたが、笑顔で
手を振ってくれた」と興奮気味だった。

産経msnニュース 2010.9.19 16:50
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100919/trd1009191651004-n1.htm

132とはずがたり:2010/09/20(月) 09:45:18
>>131
最近はお見かけしませんが,さっぽろ・しろいし一区民も参加されたんでしょうかねぇ??

133チバQ:2010/09/20(月) 17:51:34
>参加した札幌市の女性(23)は「勤務先の同僚に見られたが、笑顔で手を振ってくれた」と興奮気味だった。

と あるように地元で参加するのはなかなか大変だと思いますよ。
札幌200万都市の1%がセクシャルマイノリティだとしたら2000人居る計算。その半分以下しか参加していないことになります。
(実際は3〜5%くらいと言われていること。市外からの参加もあると考えれば、かなり少ない割合になる計算では?)

134チバQ:2010/10/12(火) 23:17:16
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20101004-00000301-newsweek-int
教会を悩ますゲイ聖職者の「乱れた性」
ニューズウィーク日本版 10月4日(月)17時6分配信

 ローマ中心部のレストラン「レ・マーニ・イン・パスタ」。若いカップルがテーブルを挟んで見詰め合っている。手を握ったり口づけを交わしたりするわけではないが、明らかに単なる友人同士ではない。ただし、気になる点が1つある。服装は2人とも白いカラーに灰色のシャツ----カトリックの聖職者の証しだ。

 カトリック教会は同性愛を自然に反する罪深い行為としている。とはいえ、男性同士で愛をささやき合うゲイ聖職者の存在はローマでは公然の秘密であり、多くの市民が見て見ぬふりをしてきた。だが先ごろ、イタリアの週刊誌パノラマがショッキングな暴露記事を掲載すると、状況は一変した。

 ジャーナリストのカルメロ・アッバーテは、ゲイ聖職者グループに属するある人物の「パートナー」に成り済まし、ローマの聖職者3人の「秘め事」を20日間にわたりビデオにこっそり録画した。

 ビデオに映っていた司祭たちは秘密パーティーでセクシーなダンスを踊り、教会の敷地内で「男性コンパニオン」と性的行為に及んだ。ミサの時間ぎりぎりに暗いベッドルームから出てくる司祭たちの姿を捉えた動画もあった。「問題は同性愛ではない」と、アッバーテは本誌に語った。「建前の美徳と私生活レベルでの悪徳、そして教会の深刻な偽善だ」

 この暴露記事はローマのカトリック関係者に大きな波紋を巻き起こした。ただし同じ性的スキャンダルでも、世界中で明らかになっている聖職者による児童への性的虐待とは大きく違う。ゲイ聖職者は禁欲、教会法、偽善に関わる問題だし、小児性愛は児童虐待、権力乱用に関わる問題だ。

 ローマでは聖職者の大半がバチカン(ローマ法王庁)と何らかのつながりを持っている。アッバーテによれば、ビデオに映っていた司祭の1人はサンピエトロ大聖堂でミサを執り行っていたという。

問題は教会の秘密主義

 ローマ教区のアゴスティーノ・バリーニ枢機卿は声明でこう述べた。聖職者で同性愛者という「『二重生活』を送る司祭たちは自らの務めを理解していない。彼らは司祭になるべきではなかった」

 今年4月、法王庁のナンバー2に当たるタルチージオ・ベルトーネ枢機卿は訪問先のチリで会見を行い、性的虐待問題と絡めてゲイ聖職者を非難した。「多くの心理学者と精神科医によれば、禁欲と小児性愛は無関係だが、同性愛と小児性愛の関係を示唆する研究は少なくない。だから問題なのだ」

 まるで小児性愛のような「性的逸脱」よりも同性愛などの「性的志向」を問題視しているかのようだ。性的虐待の被害者をサポートする活動家はこうした傾向を批判する。教会は児童への性的虐待の噂があっても事実を隠蔽するのに、ゲイ聖職者に対してはすぐに聖職からの追放を口にする、と。

 レ・マーニ・イン・パスタからそう遠くないトラステベレ地区にある国際神学校には、世界中から入学希望の若者が集まってくる。この学校のある教授によると、彼らの圧倒的多数は性的に活発なゲイたちで、活力あふれるローマのゲイ文化にすぐなじむという。

 世界中にゲイ聖職者が何人いるのか、正確な数は分からない。00年の研究では、アメリカのカトリック司祭の最大60%は同性愛者だとされている。アッバーテによれば、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)でゲイであることを公言している司祭も少なくない。また取材の結果、聖職者は男性コンパニオンやバイセクシュアルの男娼の大切なお得意さまであることも分かったという。

 法王ベネディクト16世は現在、ローマ郊外のカステル・ガンドルフォにある夏季の別荘に滞在中だ。法王庁は当面ゲイ聖職者の件については沈黙を守り、ローマ教区に対応を任せている。

 だが禁欲の誓いを破った司祭を教会から追放しても、おそらく問題は解決しないと、アメリカで人気のカトリック系ブログに執筆している宗教評論家のブライアン・コーンズは指摘する。

「真の問題は教会の秘密主義だ」と、コーンズは言う。「ゲイ聖職者は自ら名乗り出てもらいたいという意見には賛成する。だが今の教会指導部は、そうした正直さを許容するような開放的で安全な環境をつくろうとしていない」

[ニューズウィーク日本版2010年8月11日号掲載]

135チバQ:2010/10/16(土) 00:27:33
http://jp.wsj.com/Life-Style/node_134067
【日本版コラム】同性愛カップルの経済学
三重綾子
2010年 10月 15日 13:37 JST
..
政府があなたの性的指向を理由に1138もの権利を取り上げたら、あなたはどう感じるだろうか。

これが米国に暮らす同性愛カップルが直面する現状だ。

 2004年に同性愛者の結婚を認めたサンフランスコは、同性愛者の人口比率が全米で最も高い都市だ。同市カストロ地区は同性愛者のシンボル的な町で、一糸まとわぬ姿で町を闊歩する同性愛者の姿が普段から見受けられ、08年に日本でも話題となったショーン・ペン主演映画「ミルク」でその半生が描かれたハービー・ミルク氏がカメラショップを構えた場所でもある。ミルク氏は米国の政治家としては、初めて同性愛者であることを公表した人物で、同性愛者の権利向上に尽力した。現在では全米の5つの州で、同性愛結婚が認められている。日本でも放送された「アグリー・ベティ」などといったテレビ番組で、同性愛者がファッション・アイコン的に取り上げられ、彼らの社会的認知は進んでいる。しかし今、同性愛者の数が全米で最も多いカリフォルニア州では、保守派が盛り返し、彼らの法的権利は後退している。

 カリフォルニア州民は08年、米国初の黒人大統領としてオバマ大統領を当選させた選挙と同時に行われた住民投票「プロポジション8」で、同性愛結婚にノーを突きつけた。これ以来、サンフランシスコでは、同性愛者たちが合法的に結婚することができない。そして今年7月、連邦地方裁判所が同性愛者結婚禁止は憲法違反とする初の判断を下したものの、現在裁判は控訴審に進んでおり、執行は最終判断が出されるまで差し止めとなっている。

 しかし、「プロポジション8」が違憲と最終判断されたとしても、連邦法の下では、未だ同性愛カップルは男女の夫婦と同じような権利を得ることはできない。これが前述した1138の権利だ。

 連邦制をとる米国では1996年に成立した「ディフェンス・マリッジ・アクト」という法律で、連邦政府が認める結婚は男女間のもののみと定め、州法によって合法に結婚した同性愛カップルも連邦法の下ではドメスティック・パートナーとしてしか認められない。カリフォルニア州では、ドメスティック・パートナーとして登録すれば、パートナーの医療保険を利用できるなど、男女の夫婦とほぼ同等の権利が与えられている。だが、連邦政府の下では、男女の夫婦が享受する1138もの権利を行使することができない。

 これは同性愛者の社会認知問題という枠を超えて、彼らの財政状況にも大きな影響を与えていると、30年来のパートナーと結婚したアート・デスヨ氏は語る。

 「私が夫のジョンに財産を贈与するとしたら、私たちは同性愛カップルのため、ジョンは税金を払わなければなりません。これはとても不公平です」とサンフランシスコ出身のデスヨ氏は話す。

 例えば、連邦政府が定めるところの妻が死亡し、夫に16万2000ドルほどの401K(日本の確定拠出年金)を遺した場合、相続は非課税だ。しかし、同性愛カップルの同様なケースで同じ金額を遺した場合は、課税の対象となる。夫の年収が3万ドルの場合、納税額は、年に3000ドルから4万9000ドルに膨れあがる(同性愛者の権利向上グループ「ヒューマン・ライツ・キャンペーン」による計算)。

この他にも以下の権利が同性愛カップルには認められていない。

・ 遺族年金

・ 配偶者が亡くなった場合の企業から提供される医療保険の継続

・ 所得税の控除

・ スポーツクラブなどで提供される「家族会員」などの特典

・ 忌引きの扱い

・ 子供の教育ローン

・ 子供の養育権、「離婚」の際の慰謝料

・ カップルに与えられる生活補助

136チバQ:2010/10/16(土) 00:28:01
こうした中、同性愛者が多く働く企業では独自の救済策を取っている。シリコンバレーに拠点を置くグーグルは、今年7月、連邦政府の認める夫婦ならば控除される所得税を会社が負担すると発表。約2万人の従業員を抱えるグーグルでは、「ゲイグラー」という同性愛者の内部組織があり、その正式メンバーは700人に上ると言われている。

 07年に行われた調査によると、所得税の控除が適用されない同性愛カップルは、連邦政府が認める男女の夫婦に比べて、およそ1069ドルも多く所得税を払っているという統計が出ている(ウィリアム・インスティチュート調べ)。

 こうした救済策はグーグルだけが行っているわけではない。カイザー財団によれば、フォーチュン500社の半数以上の企業が、ドメスティック・パートナーに対する医療保険を提供。連邦政府レベルでも、オバマ大統領は7月、連邦政府で働く同性愛カップルの社会保障の拡大を発表。勤務地変更などによる引っ越し費用などは、政府が負担することになった。しかし、所得税まで負担する企業はまれで、ヒューマン・ライツ・キャンペーンによれば、シスコ・システムズやビル・ゲイツ財団など、まだ少数の企業・組織にとどまっている。

 何十万人もの同性愛者が働くと言われているシリコンバレー。ここに拠点を企業では、長引く不況の今も、優秀な人材が競合他社に引き抜かれないよう、様々なインセンティブを提供している。そのため、他のシリコンバレー企業もグーグルの例に続くとの楽観的な見方もある。しかし識者は、同性愛者が異性愛者と同等の権利を得るようになるには、まだほど遠い道のりだと語る。

 「カリフォルニア州では州法によって、同性愛者という理由から、雇用や住宅を借りる際の差別は違法とされている。そうした今でも私の事務所では、給与の面などで差別を受けた同性愛者のクライアントからの相談が絶えない」とサンフランシスコで法律事務所を経営するクリス・ドーラン弁護士は語る。ドーラン氏の法律事務所では持ち込まれるケースの2割以上が同性愛者の権利関連だ。

 07年の米国国税調査によれば、女性の同性愛者の年収は、異性愛者に比べ9000ドルほど高いものの、男性の同性愛者は異性愛者に比べ7000ドル弱年収が少ないという統計が出ている。また、子供がいる同性愛カップルに至っては、同じ条件の男女の夫婦に比べ最大で1万5000ドル所得が少ないという結果になっている。

 「スタート・アップ企業など、若い企業はグーグルと同じ措置をとるかもしれない。けれども、それはシリコンバレーといった革新的文化がある場所だからだ。カリフォルニア州を一歩出れば、法律で定められている枠を超えて同性愛者の権利を保障する企業はほとんどないだろう」とドーラン氏は話す。

137チバQ:2010/10/31(日) 22:39:37
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&rel=j7&k=2010103000278
台北で今年もゲイパレード=3万人参加、アジア最大級
 【台北時事】同性愛者らによるパレードが30日午後、台北市の中心部で行われた。雨が時折ぱらつく中、主催者発表で過去最多の約3万人が参加し、アジアでは最大級のパレードとなった。台湾各地のほか、日本や中国、欧米などからも加わり、同性愛者の権利向上や差別撤廃を思い思いの格好で訴えた。
 8回目となる今回のテーマは「同性愛者のための政策に一票を」。11月27日に台北や高雄など台湾の5大都市で市長選挙や市議会議員選が実施されるのを控え、これまでになく政治色が濃くなった。
 主催者は「特定の政党や候補者への支持を訴えているのではない。同性愛者には、人権向上のため、投票を通じて政治に参与する重要性を知ってもらいたい」と強調している。(2010/10/30-18:01

138チバQ:2010/10/31(日) 22:47:17
http://www.47news.jp/CN/201010/CN2010102101000161.html
ウガンダ大衆紙に同性愛者写真 リスト元に襲撃事件も
 【ナイロビ共同】同性愛行為に対し罰則を設けている東アフリカのウガンダで今月、大衆紙が同性愛者だとして男女100人の顔写真付きリストを掲載し「絞首刑にしろ」と呼び掛けた。リストに載った人が襲撃される事件も起き、人権団体が批判を強めている。

 ウガンダからの報道によると、大衆紙「ローリング・ストーン」は今月9日の紙面で、100人の名前や住所、写真を掲載。同紙編集者は「当局が逮捕できるようにするため」と説明した。

 人権活動家らによると、少なくともリストに載った4人が何者かに襲われ、家に投石されるケースもあった。仕事を変えた人や、引っ越しを余儀なくされた人もいるという。

 アフリカの多くの国では同性愛は「白人の文化」などとして反発が根強く、ウガンダでは昨年10月、同性愛行為に対し死刑や終身刑を科す厳罰化法案が議会に提出された。しかし、欧米諸国から「人権侵害」との批判が相次ぎ、法案は棚上げ状態となっている。

2010/10/21 09:12 【共同通信

http://www.cnn.co.jp/world/30000696.html
ウガンダ議員、同性愛禁止法案の成立に自信
2010.10.28 Thu posted at: 12:35 JST
ウガンダ・カンパラ(CNN) アフリカ東部ウガンダの国会で、同性愛に対して終身刑や死刑などの厳罰を定めた同性愛禁止法案の成立を推進している議員が、法案は間もなく成立するとの見通しを明らかにした。

デービッド・バハティ議員はCNNの取材に対し、同法案について「アフリカの伝統的な家族を守り、子供たちの未来を守るために、この国で必要な法律だ」と述べ、成立に自信を見せた。

同法案が1年前に提出されて以降、ウガンダを支援してきた各国の政府や人権団体は多大な圧力をかけており、法案は棚上げになったと見られていた。これに対してバハティ議員は「今でも日々法案通過に力を入れている」と話す。

これに先立ちウガンダでは大衆紙が「同性愛者トップ100人」と題したリストを顔写真と住所付きで掲載し、各国から非難を浴びていた。

国内の同性愛者団体によると、これ以降少なくとも4人が襲われる事件が起きたという。

被害者の1人はリストが掲載された翌日、周りの人から指さされ、夜には自宅前に大勢の人が押し寄せて石を投げられたり中傷の言葉を浴びせられたりした。翌朝になってパートナーと共に脱出し、現在は身を隠している。

バハティ議員は「神はわれわれにさまざまな自由を与えられ、民主主義も多方面で自由をもたらしている。しかし、犯罪を犯す自由は何者にもなく、わが国では同性愛は犯罪だ」と話している。

139チバQ:2010/10/31(日) 22:50:35
http://npn.co.jp/article/detail/44199072/

同性カップル『誤記』扱い 将来人口に影響しないため−−国勢調査10月7日まで
 国勢調査が1日から全国一斉にはじまった。調査票の回収は7日まで。「まだ書いてないや〜」なんて人、多いのではないだろうか? 回答はお早めに。

 国勢調査は5年に1度、国内に住むすべての人・世帯を対象に実施している「全数調査」。東京都内ではモデル地域として、今回はじめてインターネットによる回答の受付も行われている。また今回から、把握しづらいとされるネットカフェに寝泊りする人たちも対象になっている。

■事実婚は「結婚」扱いでOK

 世帯単位で調査がおこなわれる国勢調査だが、統計局によれば、これは実態を把握するための調査。そのため、婚姻については届けているかどうかにかかわらず「自己申告」による記述でよいとのこと。記入欄にもしっかりと「届出の有無に関係なく記入してください」との文字がある。

 「申告をそのまま真と受け止める」のが国勢調査の基本姿勢だとのこと。事実婚の場合、夫婦が別姓のこともありますが、氏名の欄は集計そのものには使われないのだそう。

■実態をそのまま書いても「誤記扱い」

 しかし、実態をそのまま書いたとしても「誤記」として処理されてしまうケースがあるということが問題になっている。

 それは「同性カップル」。

 性同一性障害であることを公表している区議会議員・上川あやさんが、同居する同性カップルの扱いについて、区の担当課を通して国に問い合わせをおこなったことをツイッターで報告している。

 「し⇒区⇒都⇒国へと問い合わせた結果、同居する同性間で相手を『配偶者』として届け出ることは可能だそうだ。ただ国の集計では同性婚は想定外なので『誤記』として『その他』にソートされるだろうとのこと」

 また、参議院議員の松浦大悟さんも、総務省統計調査部国勢統計課長に問い合わせたところ、返ってきた回答に戸惑いを隠せないという。

 「統計課長に『同性結婚の認められている国で結婚した日本人同性カップルで、現在は日本に住んでいる人の「世帯主との続き柄」は「世帯主の配偶者」となるのか?』と尋ねたところ、『その場合は「世帯主とその他」で集計し、別世帯となります』とのこと」

 「『それでは、母国で正式に同性結婚し、現在は日本に住んでいる外国人の場合は?』と尋ねたところ、『それも別世帯として扱います』という。理由を聞くと、『国勢調査は将来の人口がどうなるかを見るもので、男女の間が大前提。この精神は譲れない』のだとか」

 同性カップルをめぐる環境は年々変化している。

 ネットユーザーからは、「(今は少数かもしれないけれど、)今後増えるかもしれない数字を拾えなくて何が統計調査か。」といった声があがっている。
 また、松浦大悟さんは続けて、ツイッターで意見を表明している。以下はその一部である(http://togetter.com/li/54744)

 「国勢調査は、加藤課長が言うように、子供が産めるカップルだけに注目している調査ではない。HPには『調査の結果は、児童福祉、高齢者の介護・医療、若者の雇用対策など、私たちの暮らしのさまざまな分野で役立てられる大切なデータとなります』とある」

 「いまや10組に1組は不妊カップル。高齢結婚で、子供を持ちたくても持てない人もいる。『この国のかたち』がどうなっているかを正確に知り、将来の施策に生かすのが国勢調査の目的ではないだろうか」

 「現に日本に存在する同性カップルに目をつぶりカウントしなければ、この国において同性カップルはいつまでたっても透明な存在として扱われることとなる」

140チバQ:2010/10/31(日) 22:50:57
■国勢調査はかたちを変えている

 国勢調査のかたちは年々変わっている。アメリカでは今回はじめて同性カップルを配偶者として記入できるようになったという。日本でも今回はじめてインターネット回答が実験的に試みられ、ネットカフェ難民も対象になるなど、国勢調査はかたちを変えて、より時代のかたちにあったかたちで行われるようになってきている。次回の調査は5年後だが、どうなるだろうか。

■様々なPRが行われる 「けいおん!」やオリジナルPRソングも

 今回の国勢調査では、様々なPR活動も同時に展開されている。

 京都府では人気アニメ「けいおん!!」のキャラクターが府のインターネット放送局で国勢調査をPRしている。また、北海道では釧路市の担当職員が一人で作詞作曲を担当したPRソングが作るなど、多種多様なかたちで「プライバシーは守られている」「安心して答えて欲しい」「大切な調査」と国勢調査のPRがおこなわれている。

 繰り返すが、回答は10月7日(木)まで。まだ答えていない方はお早めに。(久家雅博)

*画像は京都府国勢調査お知らせより(http://www.pref.kyoto.jp/broadcast/radio-cm.html)

141チバQ:2010/11/03(水) 00:45:21
http://sankei.jp.msn.com/world/mideast/101102/mds1011022355003-n1.htm
新たな同性愛者リスト掲載 ウガンダの大衆紙
2010.11.2 23:54
 10月に同性愛者として男女100人の顔写真付きリストを掲載した東アフリカ・ウガンダの大衆紙「ローリング・ストーン」は1日、新たに同性愛者として複数の男女の顔写真と名前、住所を紙面に載せた。複数の海外メディアが報じた。

 ウガンダの同性愛者の権利擁護団体幹部によると、同国の裁判所は同紙の発行停止を命令した。

 ウガンダでは同性愛行為に対し罰則が設けられており、昨年10月には最高で死刑を科す厳罰化法案が議会に提出された。同紙がことし10月にリストを掲載した後、リストに載った数人が襲撃された。(共同)

142神奈川一区民:2010/11/03(水) 09:17:33
リッキー・マーティンさんが自伝を出版

プエルトリコ出身の歌手、リッキー・マーティンさん(38=写真)の自伝「Yo」(私)が2日、出版される。自伝で
マーティンさんはプエルトリコの少年時代から国際的なスター歌手になるまで、また、ゲイを告白したことなどを
生々しく書いている。

自伝は英語版とスペイン語版が発売され、1980年代の少年アイドルグループ「メヌード」時代からソロとしての
活動、90年代後半に英語で歌うようになったこと、今年3月のゲイのカミングアウト、代理母出産によって双子の
子供の父親になったこと、国連児童基金(ユニセフ)親善大使としての、また「リッキー・マーティン財団」を
通じての慈善活動などが描かれている。

マーティンさんはソロに転じてからの約20年間で、全世界で6000万枚以上のアルバムを売り上げ、
グラミー賞を5度受賞している。1999年には「リビング・ラ・ビダ・ロカ」が大ヒットした。

ソース
http://www.jiji.com/jc/a?g=afp_cul&k=20101102025918a

143チバQ:2010/11/03(水) 15:00:31
http://mainichi.jp/select/science/news/20101101ddm001040057000c.html
性分化疾患:乏しい支援 「男か女か、自分は何者?」 成人患者が苦悩
 <追跡>

 染色体やホルモンの異常で男性か女性かが明確に区別しにくい「性分化疾患」について、小児医療の分野で初の実態調査や診療の底上げが本格化してきた。日本小児内分泌学会は10月、過去5年間の受診者は未成年だけで少なくとも3000人に上ると公表。長年タブー視されてきた疾患にようやく光が当たり始めたが、成長後の患者への支援はなお乏しく、人知れず苦しむ人は後を絶たない。

 <私の主治医はこの病気を診るのが初めて。心配です><子どもは望めませんか>

 奈良県桜井市で内科クリニックを開業する岡本新悟医師(64)は性分化疾患の一種「クラインフェルター症候群」の患者から10年間で約800件のメール相談を受けた。思春期以降に気付くことの多い染色体異常の疾患で、約1000人に1人の割合で生じる。性器などは基本的に男性だが、人によっては乳房が膨らむ。ホルモンが不足し骨粗しょう症や内臓疾患になることもある。

 性腺の疾患の治療に長く携わってきた岡本医師をインターネットなどで知り、九州から通院する人もいる。「治療を受けたいのに、どこを受診すればいいのか分からないという人が少なくない」と岡本医師は話す。

 性分化疾患は出生後の性別判定を担う小児科でも専門医が少なく、成長後も診察できる医師はさらに限られる。患者を30年以上診てきた菅沼信彦・京都大教授は「時間をかけ患者の心と向き合わなければならない疾患のため、医師が敬遠しがちなのではないか」と指摘する。

    *

 「男でも女でもない。自分は何者なのか」。東京都内のグラフィックデザイナー(35)は男性的な発達が不十分で、小学生のころからいじめられた。20代になると内臓疾患を次々と発症。そのたびに医師らは「治りが悪い」と首をかしげたが「原因不明」「まあ大丈夫」で済まされた。

 自分の体で何が起きているのか。ネットで調べるうちにクラインフェルター症候群を知り、2年前、大病院で染色体検査を受けた。思った通りだった。

 病名は分かったものの、専門医が見つからない。人づてに聞いた薬を個人輸入して飲んだが、心も体も男性と女性の間を揺れ動き、頭痛や倦怠(けんたい)感が増すばかり。ネットで出会った患者仲間の情報で専門の小児科医を訪ねると「ここでは18歳以上は診られない」と経験豊富な泌尿器科を紹介された。今年5月に男性ホルモンの補充を始め、今はやっと自分を男性と感じられる。

 同学会は今後も実態調査を続け、患者が直面している課題を探り支援に反映させる考えだ。しかし調査対象を小児科医に絞っているため、クラインフェルター症候群など成長後の患者は受診者の概数さえ把握できない。

 グラフィックデザイナーが治療を始めて約半年が過ぎた。「随分遠回りしてしまった。何に迷ってきたのだろう」。階段を上るだけで息が切れた体は、富士山に登頂できるほど元気になった。それでも「おかしいと気付きながら、なぜどの医師も原因を探ろうとしてくれなかったのか」との思いは消えない。

 専門医の一人、大阪府立母子保健総合医療センターの島田憲次医師(泌尿器科)は言う。「性分化疾患は男女どちらに決められて育っても不全感を抱いて生きていく。医療者が連携し、患者の人生を見守っていかなければならない」【丹野恒一】

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 ■ことば

 ◇性分化疾患
 通常は男女どちらかで統一されている性器や性腺(卵巣・精巣)、染色体の性別がそれぞれあいまいだったり、一致せずに生まれてくる病気の総称。70種類以上あり、病態はそれぞれ異なる。「半陰陽」「両性具有」などとも呼ばれてきたが、蔑視(べっし)的な響きがあるとして、日本小児内分泌学会が昨年10月、この総称に統一することを決めた。

144チバQ:2010/11/03(水) 15:05:18
http://mainichi.jp/feature/sanko/news/20091115org00m040001000c.html
境界を生きる 性分化疾患/1 診断「100%の正答ない」
 男か女か。人生を左右する重大な決定が新生児医療の現場で揺らいでいる。染色体やホルモンの異常により、約2000人に1人の割合で発生するとされる性分化疾患。医師たちはどのような判断を迫られ、患者や家族はどんな思いを抱えているのか。【丹野恒一】

 ◇染色体、生殖能力…要因複雑/ずさんな性別判定、今も
 「あの子、女らしく育ってくれるだろうか」。東京都世田谷区の国立成育医療センター。性分化疾患の研究・治療で国内をリードする一人、堀川玲子・内分泌代謝科医長は、センターが開所した02年から診察を続けている一人の子の成長がずっと気になっている。

 その子は生後約1年で、地方のある大学病院から「陰茎(ペニス)の発達異常がある男児だが、男性ホルモンをいくら投与しても大きくならない」と紹介されてきた。しかし、詳しく検査してみると染色体は女性型のXXで、子宮や卵巣もちゃんと備わっていた。男性ホルモンの過剰分泌が原因で女性の陰核(クリトリス)が陰茎のように肥大する病気と分かった。いわば、女の子が無理やり男の子にされようとしていたのだ。

 両親と話し合い、性別と名前を女の子に変える法的手続きを取ることを決めた。家族は周囲にその事実を知られぬよう、県内の別の市に転居した。堀川医師は今も定期診察で年に2回その子に会うが、言葉遣いや様子は男っぽく、遊び相手も男の子ばかりという。「不必要で過剰な男性ホルモンを投与したからではないか」と心配でならない。

 こうした事例はのちも続く。今年初め、別の大学病院から紹介されてきた子にも外性器の発達異常があった。判断が容易な症例ではなかったが、基本的な染色体検査さえされぬまま「どちらかというと外性器の形状が女に近い」という理由で女性と決めつけられていた。センターでの検査の結果、染色体は男性型のXY、不完全ながらも性腺は男性ホルモンを作っていた。

 堀川医師は「どちらの例も、慎重に診断していれば、最初に選ぶべき性が逆だったはず」と表情を曇らせる。

    *

 医師の間でもタブー視されてきた性分化疾患が今以上に闇に置かれていた時代、患者はもっと低レベルの医療を受けざるを得なかった。日本小児内分泌学会性分化委員長の大山建司・山梨大教授は「男性器を形成するのが技術上困難だった80年代ごろまでは、医師の間では当然のように『迷ったら女にしろ』と言われていた」と打ち明ける。

 特に、性分化疾患の中でも約2万人に1人と発生頻度が高く、外性器からでは男女の区別がつきにくい先天性副腎皮質過形成の場合は「当時の性別決定のうち、約15%は誤りだったとも言われている」。

 ただし、原因が解明されてきた現在でも、容易には診断がつかないケースがある。染色体の異常の程度やホルモンの働き具合などが複雑に絡み合い、同じ病名がついても症状が全く違ってしまう。「どちらかの性で生殖能力があるか」や「将来、男女どちらだとより充実した性生活が送れるか」など、何を優先するかでも選ばれる性別は変わってくるという。「どうしても判断に迷うと、重圧で押しつぶされそうになる」「判定にはストレスを伴う」。ベテラン医師たちからもそんな本音が漏れる。

 「この疾患ならば男性、これなら女性にするのが正しいという100%の正答がない。それが性分化疾患の難しさ」と大山教授は話す。

145チバQ:2010/11/03(水) 15:05:29
   *

 大阪府和泉市の府立母子保健総合医療センターでは90年代初め、あるトラブルがあった。

 性別の判定が難しい子が生まれた。主治医は親に性別を決めるまでにはまだ時間がかかると説明したが、祖父は「性別がはっきりしないと田舎はうるさいので困る」と迫り、父親は「外に出せないような子だと近所でうわさになっている」と訴えた。

 医師はせかされるように、この子は女性であると決めた。しかし、両親は出産直後、助産師が軽率に「とりあえず男でいきましょう」と言うのを聞いてしまっていたため、診断への不信感を長く引きずることになった。

 同センターではこの問題をきっかけに、性分化疾患の疑いがある子が生まれたときの医療体制を決めた。子どもの症状を一人の医師が判断するのではなく、小児科や泌尿器科、産科、新生児科など複数の医師が集まり、それぞれの分野の経験と知識を出し合って結論を導き出す。

 同時に、親に説明する際の留意点もまとめた。泌尿器科の島田憲次主任部長は「言葉の使い方一つで、親の受け止め方は違ってくる。『だと思う』といったあいまいな言い方はしないよう申し合わせた」と話す。

    *

 こうした取り組みはまだごく一部でしか行われていない。堀川医師は訴える。「顕在化している問題事例は氷山の一角に過ぎない。不適切な診断を受けたまま、つらい人生を歩んでいる人がたくさんいるだろう。医師は子どもたちの一生を決める責任を背負っている。まずはその自覚が必要なのです」=つづく(次回は性分化疾患の当事者の話です)

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 ◇性分化疾患
 人間は一般的に、外性器・内性器や性腺(卵巣、精巣)、染色体のすべてが男女どちらかの性で統一されているが、それぞれの性があいまいだったり、食い違って生まれてくる病気の総称。出生後、男女どちらが望ましいかを決めた後、ホルモン治療や性腺の摘出、外性器の形成手術などで、選んだ性に近づけていくことが多い。不適切な判断を減らすため、日本小児内分泌学会は10月、初の症例調査に乗り出し、性別決定までのガイドラインを策定する。

146チバQ:2010/11/03(水) 15:05:52
http://mainichi.jp/feature/sanko/news/20091115org00m040002000c.html
境界を生きる 性分化疾患/2 揺れ動く心と体
 ◇染色体混在、男性で出生届/20代…やっと女性化治療
 心と体の性が一致せずに悩むのが性同一性障害。混同されやすいが、性分化疾患は体の性を決めるいくつかの要素(遺伝学的性、外・内性器の性、性腺の性など)が一致せず、それぞれが中間的だったりもする。心も体も男性と女性の間を揺れ動き、生きづらさを抱える人もいる。

 「よく隠し通せたね」。関東地方でIT技術者として働く真琴さん(25)=仮名=は時々、高校時代の女友達にそう言われる。当時の真琴さんは男子生徒。本当のことを打ち明けられたのは卒業してからだった。「男女どちらかにはっきり属していたら、友達をだますようなことをしなくても済んだのに」。罪悪感に苦しんだ思い出がよみがえる。

 真琴さんの体には卵巣や子宮があるが、染色体は女性型と男性型が混在する「XX/XYモザイク型」。小さな陰茎(ペニス)があったためか、両親は男性として出生届を出し、男の子用のおもちゃを買い与えた。

 しかし成長するにつれ、男の子の輪に入りづらくなった。中性的な雰囲気があるのか、小学校では「おとこおんな」といじめられた。

 5年生の春、信じられないことが起きた。体育の授業中、足を伝って血が流れているのを女子に指摘された。生まれつきの異常があることは親から少しは聞いていたが、まさかの初潮。「ばれたら、いじめがひどくなる」。男子から「女みたいなにおいがする」と言われ、トイレ用の脱臭剤を下着に入れて登校した。

 その半年後、朝礼で貧血を起こして倒れ、大学病院を受診した。そこでの事は今も深い心の傷になっている。

 大勢の医師や医学生に取り囲まれる中、体中を検査された。男子学生たちが「インターセックス(性分化疾患)ってこんなふうなんだ」と、好奇の目を向ける。「私は見せ物じゃない」と言いたくても言えず、勇気を振り絞って検査の目的を尋ねた。返ってくるのは医学用語ばかり。「黙って従え」という意味と受け止めた。

    *

 中学に入ると、体力が男子についていけなくなり、親と医師の薦めで男性ホルモンの投与を受け始めた。どんどん男っぽくなる体が嫌だったが、喜ぶ両親を見ていると、治療をやめたいとは言い出せなかった。

 心と体が乖離(かいり)し、気持ちをどう保っていいのか分からない。でも生理が来ると落ち着いた。大きくなった胸にさらしを巻いて隠していると「そんなことで悩むひまがあったら、受験勉強しなさい」と親に言われ、手術で胸を小さくされた。「また一つ、大切なものがなくなった」と思うと、病室のベッドで涙があふれてきた。

 同級生たちに恋人ができていく。「異性と付き合うって、どんな感じだろう」。高校で女子から告白され、受け入れてみたこともある。自分が男か女かで揺れていては、長続きするはずがなかった。

 大学に進んでからはホルモンバランスが崩れ、1年半の入院と自宅療養を強いられた。

    *

 随分と遠回りをしたが、真琴さんは最近やっと女性化のための治療を始めることができた。通院していた病院で出会った友達の一言があったからだ。「生きたいように生きなよ」。友達はその後、別の病気で亡くなった。

 10年近くにわたる男性化治療で外見は男性に近づいてしまったが、初対面の人に女性とみられることが増えてきた。ふと気づくと、かつてのように性別のことばかり考えていない自分がいる。そのことがうれしい。【丹野恒一】=つづく(次回は性分化疾患の子を持つ親の話です)

147チバQ:2010/11/03(水) 15:06:38
http://mainichi.jp/feature/sanko/news/20091115org00m040003000c.html
境界を生きる 性分化疾患/3 子の性別、親が選んだ
 ◇食い違う診断、病院を転々/不安、自責…「娘は私を恨むだろうか」
 東日本に住む敏子さん(37)=仮名=が長女美咲ちゃん(4)=同=の異変に気付いたのは生後5カ月の時だった。オムツを替えていると、陰核(クリトリス)がそれまでより少し大きくなっていた。「赤ちゃんって、こんなものかな」。それ以上深くは考えなかった。

 その後、美咲ちゃんが風邪で小児科にかかった時、念のため医師に尋ねた。答えは「一人一人違う。いくらでもあること」。医師が言うのだから大丈夫。そう自分に言い聞かせた。

 だが生後10カ月のある日、平穏な暮らしが揺らぎ始める。朝、かつてかかったことのある総合病院の小児外科を受診すると、医師が少し焦った様子で言った。「(陰核が)以前はこんな大きさじゃなかったはず。午後、小児科を受診してください」。胸がざわついた。

 昼休み、待合ロビーで長椅子に腰掛けていると、先ほどの医師が静かに隣に座ってきて、こう告げた。「娘さんはもしかすると男の子かもしれませんね」

 傍らで、つかまり立ちできるようになったばかりの美咲ちゃんが、窓から差し込む冬の日差しを受けて無邪気に遊んでいる。「この医師はいったい何を言ってるの?」。言葉が出ない敏子さんを残し、医師は立ち去った。

 そして午後。診察室に入ると、小児科の部長が待っていた。思わず身構えたが、部長は自信なさげにパソコンに向かって症例を検索するばかり。そうこうするうちに血液検査の結果が出た。「問題なし。心配しなくていい」。ただし、陰核を小さくする手術だけは必要と言われた。

 食い違う診断。安心できたと思うと突き落とされ、再び安心し、そしてまた……。医療への不信感が芽生えた。

 その小児科部長に紹介された大学病院でも同じだった。初診で「異常ないと思います。念のため染色体の検査をしましょう」と笑顔を見せた内分泌医が、1カ月後に受診すると明らかに動揺している。「こんな子、診たことがありません。染色体検査では女か男か分からない。詳しい医師が関東にいるので……」

 *

 こうして美咲ちゃんの1歳の誕生日を前にたどり着いたのが、現在の主治医だ。太鼓判を押されて紹介された病院だけに、数々の検査の末に告げられた診断結果は重かった。

 美咲ちゃんには子宮や膣(ちつ)はあるが、卵巣ではなく精巣がある。遺伝学的には男女の区別がはっきりせず、どちらかというと男性に近い。ホルモン治療をすれば月経が始まるけれど、妊娠はできない。合併症で低身長や難聴の症状が出る−−。

 楽観主義の夫(34)はそれまで医師に何を言われようと「美咲に限って」と耳を貸さなかった。でもその日は違った。診察室を出てからも、口を開こうともしなかった。

 約1カ月後、病院で今後の治療方針を話し合った。医師は夫婦に「女の子と男の子のどちらで育てたいですか」と尋ねてきた。動揺がおさまらない夫婦には、親が子どもの性別を選ぶということを不自然に思う余裕もない。「今まで通りに女の子として育てられるなら……」。医師はその答えを待っていたのか「既に女の子として養育している状況などを総合的に考えると、それがいいと思います」と言った。

 それから1カ月もたたないうちに、まず精巣を摘出。陰核を小さくして外陰部をより女性らしくする手術も受けた。今後は経過観察を続け、低身長が著しくなれば成長ホルモン、思春期を迎えるころには女性ホルモンの投与を始めるという治療方針が立てられた。

148チバQ:2010/11/03(水) 15:06:49
 *

 いま、美咲ちゃんは多少病気がちながらも女の子として元気に幼稚園に通っている。しかし、友だちと遊ぶ様子を見ていて、敏子さんは気になってきた。かわいらしい服装を好む半面、男言葉を使うことがあり、昆虫が大好きで、人形遊びは嫌い。

 主治医に検査結果を示された時、染色体や性腺の性についての説明は受けたが、心の性がどのように育つのかを聞いた覚えはない。「この子が将来、自分は女性ではないと思うようになり、手術を受けさせた親を恨むことはないのだろうか」。そしてこうも思うようになった。「男でもなく女でもない、生まれてきた体そのものが、この子には最も自然だったのではないか」

 昨秋、インターネット上に性分化疾患の患者や家族が集うサイトを見つけ、悩みを書き込んでみた。「性別を決めるのが早すぎたのではないですか」「子どもの疾患を気遣うばかりに、家族の生活が回らなくなることもあります」。厳しい指摘もあったが、当事者にしか分からない思いや情報に触れ、暗闇から一歩抜け出せた。

 サイトにはその後も社会から孤立した親たちの相談が絶えない。敏子さんは自然と、それに答え、支える立場になった。「あの不安を私は知っているから」【丹野恒一、写真も】=つづく(次回は6日、本人への告知をめぐる課題です)

 ◇性別意識する仕組みは
 人間は自分自身をどのようにして男性(または女性)であると認識するのか。まだ十分ではないが、男性であることを意識するメカニズムは少しずつ解明されてきた。

 受精卵から細胞分裂が進み精巣ができると、そこから男性ホルモンが分泌される。それを脳が浴びることで、成長後に自分を男性と認識したり、男性的な行動を取るようになるという考え方がある。一方、成育環境や体の外見をどう自覚するかも加わり、複合的に決まるという説もある。

 女性と判定された性分化疾患の子から精巣を摘出しても、その前段階で脳が男性ホルモンを多く浴びていれば、意識は男性寄りになることもあるとみられる。性別判定の際にどこまで考慮すべきかが課題となっている。

149チバQ:2010/11/03(水) 15:07:56
http://mainichi.jp/feature/sanko/news/20091115org00m040005000c.html
境界を生きる 性分化疾患/4 告知…娘は命を絶った
 ◇「いつ、どう伝えたら」悩む親、医療現場 重い事実、求められる心のサポート
 一昨年9月、西日本で一人の医学生が自ら命を絶った。自分に性分化疾患があると知って間もなくのことだった。悲しみの中にいる父親が「あの子が生きた証しを残したい」と、一人娘の21年の人生を記者に語った。

 由紀子さん=仮名=は生後6カ月の時、卵巣ヘルニアの疑いで手術を受けた。自分も医師である父正継さん(54)=同=は手術に立ち会い、執刀医の言葉にぼうぜんとした。「卵巣ではなく、精巣のようです」

 検査の結果、染色体や性腺は男性型だが外見や心は女性になる疾患(完全型アンドロゲン不応症)と分かった。夫婦は迷わず女性として育て、本人には「小さい時に卵巣の手術をした。生理はこないかもしれない」とだけ伝えた。

 「出産も結婚も望めない。せめて一人で生きていける力をつけてやりたい」。両親の願いに応え、由紀子さんは医学部に合格。正継さんは「これで体のことを理解できるようになる。医者になるころにすべてを知るのが一番いい」と思った。だが、そうはならなかった。

 大学1年生のクリスマス。由紀子さんは同級生から告白され、交際が始まった。翌春、初めての性交渉がきっかけで生理に似た出血が1週間続き、母親に相談した。正継さんは「昔の診断は間違っていたのではないか」と淡い期待を抱いた。改めて診察を受けようと、娘に初めて病名を伝えた。夏、由紀子さんは「誰にも知られたくない」と、遠くの病院で検査を受けた。

 そこで告げられたのは、親子のわずかな望みをも断ち切る残酷なものだった。

 染色体は男性型の「XY」。子宮や卵巣はなかった。「あの医者、どうしてさらっと『子宮はないね』なんて言えるの?」。そう憤る娘が痛々しかった。

 診断から1カ月後。由紀子さんは下宿の浴室に練炭を持ち込み、自殺した。室内に遺書があった。「体のこと、恋愛のこと、いろんなことがあって……」。携帯電話には自殺直前に彼氏とやりとりしたメールの記録が残っていた。

 由紀子さんは自分の疾患のことを彼氏に打ち明け、距離を置こうと切り出されていたという。まだ若い学生が抱えるには重すぎる事実だったのだろうか。

 娘を失って2年。正継さんは今も「もし過去に戻ってやり直せるなら」と考えてしまう。思春期を迎える前に病気のことを話し、異性との付き合いを制限すべきだった。そのせいで多感な思春期に道を踏み外し、医学生の夢をかなえることも、恋をすることもできなかったかもしれない。「それでも、生きていてほしかった」

150チバQ:2010/11/03(水) 15:08:14
    *

 95年から性分化疾患の自助グループ「日本半陰陽協会」を主宰する橋本秀雄さん(48)は部分型アンドロゲン不応症で、心身が男にも女にもなりきれない。親からは何も聞かされずに育った。

 自分の中の違和感に苦しんできた橋本さんは32歳の時、覚悟を決めて母親を問いただした。母親は一瞬たじろいだ後、言葉を絞り出すように話し始めた。

 3歳になっても外性器が小さいままで、国立大学病院を受診すると「半陰陽」だと言われた。男性ホルモンを投与したが、効き目はなく、治療をやめてしまった−−。

 それを聞いた橋本さんは「半狂乱になって母をののしった」。自分の体がどう診断され、何をされたのか。病院に問い合わせたが、30年も前のカルテは残っていなかった。大切なことが分からないままになった。

 母親への思いが変わったのは、自助グループを作ってからだ。多くの親たちの苦しみに触れ「母も精いっぱいのことをしたのだろう」と思えるようになったという。

     *

 本人への告知をいつ、どのようにすべきなのか。医療現場も揺れている。医師たちは親に「本人には絶対に黙っていて」と口止めされる一方で、成長後に自分の疾患を知った子からは「なぜもっと早く教えてくれなかったのか」と非難されることも多い。

 東京都内のある専門医は、前の主治医から引き継いだ20歳の女性に「中学生になったころ手術を受けた記憶がある。私には睾丸(こうがん)があって、それを取ったのですか?」とストレートに聞かれたことがある。言葉を選んで説明したつもりだが、女性は言葉に詰まり、ぼろぼろと泣き出した。

 「詳しく知らないまま楽しく暮らせている人もいる。すべてを話すことがいいことなのか」。あれから10年近く、医師にはまだ答えが見つからない。

 大阪府立母子保健総合医療センターの島田憲次医師は「思春期にはある程度話さねばならない。でも、どこまで明かすべきかは常に迷う。悩みは深い」と話す。

 立ち遅れてきた性分化疾患の医療。心のサポートも急務となっている。【丹野恒一】=つづく(次回は性分化疾患とスポーツについてです)

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 ■ことば

 ◇アンドロゲン不応症
 精巣などから分泌されたアンドロゲン(男性ホルモン)は受容体と結びついて初めて外見や心を男性化させる。受容体の一部が機能しない「部分型アンドロゲン不応症」は心身ともに性別があいまいになる。全く機能しない「完全型」は外見上女性のため出生時に気づかず、生理が来ないことなどを機に染色体が男性型であると知る人も多い。

151チバQ:2010/11/03(水) 15:10:50
http://mainichi.jp/feature/sanko/news/20091115org00m040006000c.html
境界を生きる 性分化疾患/5 金メダリスト、さらし者に
 ◇陸上の南ア・セメンヤ選手 薬物と偽り性別検査 「染色体、すべてではない」
 8月25日、南アフリカ・ヨハネスブルクのオリバー・タンボ国際空港。到着ロビーはベルリン世界陸上選手権女子八百メートルで優勝したキャスター・セメンヤ選手(18)を励まそうと駆けつけた市民でごった返した。その数、数千人。大歓声に戸惑いながらも、セメンヤ選手はVサインを高く掲げ「ありがとう、ありがとう」と繰り返した。

 セメンヤ選手が優勝後、並外れた競技能力と筋肉質の体格などから性別を疑われた問題は祖国南アを揺さぶった。政府は「彼女が黒人であり、欧州勢をしのぐ活躍をしたためだ」と声明を出し、国連人権委員会に申し立てる意向も示した。アパルトヘイト(人種隔離)政策を克服した国民が人間の尊厳を侵す問題に敏感に反応したのは当然の成り行きだった。地元紙ザ・タイムズは「彼女の外見を創造したのは神様」との祖母マプシさん(80)の言葉を紹介した。

 だが9月に入り、海外メディアが「医学的検査の結果、男性と女性の生殖器を持つ両性具有であることが分かった」と報道、性分化疾患の疑いを指摘した。南ア陸連が禁止薬物使用(ドーピング)検査だとうその説明をして性別検査を実施していたことも発覚。国際陸連は11月までは最終的な決定をしないとの姿勢で、真相はいまだ定かでない。

    *

 「なぜ彼女は世界のさらし者にされなければならなかったのか」。日本陸連医事委員の難波聡・埼玉医科大産婦人科講師(臨床遺伝学)は「スポーツの世界では繰り返されてきた問題。本人の尊厳のためにも情報がオープンにならないよう徹底されていたはず」と憤る。

 難波医師によると、女性選手に一律の性別検査が行われた最後の五輪は96年のアトランタ大会だった。この時、検査した3387人のうち8人に男性型を示すY染色体があったという。それでも、全員が女子競技への参加を許された。なぜか。

 女子競技では主に性別をめぐる二つのケースが問題になる。一つは男性が女性と偽って出場したり、何らかの事情で女性として育てられ紛れ込んでいる場合。もう一つが性分化疾患だ。メダルはく奪などの処分が下されるのは「偽り」がほとんどで、性分化疾患の場合は必ずしも処分されるわけではない。「染色体は判断材料の一つにはなるが、すべてではない。重要なのは男性ホルモンがどれだけ競技能力に有利に働いているかの判断」という。

 世界陸上のように最高レベルの身体能力を持つ選手が集まる大会では、性分化疾患によって男性ホルモンが強く働いている女子選手が一般社会以上の割合で見つかるのは必然だ。難波医師は「世界の目が集まる場で女性選手が精神的に傷つけられることが繰り返されてはいけない」と話す。

    *

 セメンヤ選手の故郷は南アフリカ北東部にある小さな村だ。「プアレスト・プア」(最貧困地区)として知られ、電気、水道などの整備も進んでいない。親族の一人は「女の子として生まれ、育ててきた。私たちの自慢の子なのに、何が問題なのか」と訴える。

 9月上旬に発売された地元の雑誌「YOU」はセメンヤ選手を特集した。表紙には黒いドレスにネックレスをつけた写真を掲載。本人はインタビューにこう語っている。「私は私であることが誇り」

 海外メディアが「両性具有」と報じた翌日、セメンヤ選手は国内レースの出場を取りやめ、その後は公の場に姿を見せていない。【丹野恒一、ヨハネスブルク高尾具成】=つづく(次回は性別をめぐるさまざまな議論についてです)

152チバQ:2010/11/03(水) 15:11:24
http://mainichi.jp/feature/sanko/news/20091115org00m040007000c.html
境界を生きる 性分化疾患/6止 存在、認める社会に
 ◇「男と女」だけなのか 決定にモラトリアム必要 「個性…でも疾患」
 「人間を男と女だけに分けるのは時代遅れ」「真ん中の性を認めれば、丸くおさまる」

 日本小児内分泌学会が性分化疾患のある新生児の性別を判定するためのガイドラインを策定することが明らかになった先月末以降、インターネット上には性別を男女だけに分けるという大前提に疑問を投げかける書き込みが相次いでいる。

 一見、非現実的にも思えるが、かつて同様の考えを論じた文章が医師や法律家の間に波紋を広げたことがある。日本生命倫理学会初代会長の星野一正・京都大名誉教授が00年に法律雑誌に載せた論文「性は『男と女』に分けられるのか」だ。

 星野氏は日米両国で産婦人科医として数多くの分娩(ぶんべん)に携わり、性分化疾患の新生児にあいまいな性別判定をせざるを得なかった過去の反省に立ち「研究の進歩によって、ヒトを男女に二分して性別を正確に決定する基準を設定しようとすること自体が不可能に近いことが分かってきた」と指摘。そのうえで「男か女かのいずれかの性別のみを記録することを義務づけている現行の法律は即刻改正すべきだ」と言い切った。

 星野氏と親交があった日本半陰陽協会主宰の橋本秀雄さんによれば「男にも女にも違和感を覚えてしまう多くの当事者の実態に即した考え方だったが『アメリカかぶれの机上の空論だ』と一笑に付す学者もいたようだ」。

 この「空論」がすぐに受け入れられるほど社会は柔軟ではないが、患者が置かれた状況がこのままでいいとはいえない。

 性分化疾患や性同一性障害がある人の診察経験が豊富な「はりまメンタルクリニック」(東京都)の針間克己院長も、性の男女二元論には懐疑的な立場だ。性分化疾患の患者が自ら感じる性別は、男女半々だったり、7対3だったりする。さらにそれが時々入れ替わる人や、年とともに変わる人もいるという。

 こうした人たちを男性か女性か、明確に分けることはできない。でも社会生活を営むにはどちらかの性別を割り当てる必要がある。そこで針間院長は「性別判定には時間がかかるとの前提に立ち、性別が決まらないモラトリアム(猶予期間)の必要性を社会に訴えることこそが、今医師に求められているのではないか」と提言する。

    *

 こうした議論は当事者自身の目にはどう映っているのか。

 男性ホルモンの不足で第2次性徴が全く来なかった大学3年生、裕司さん(22)=仮名=は女性と間違えられる外見を「ある意味で自分の個性」と感じつつも、もっと男性らしくなりたいと思い、男性ホルモンの投与を受けている。声が低くなり体毛が濃くなると、今度は予期しなかった喪失感を覚えたという。

 そんな複雑さを抱える裕司さんだが「第三の性があってもいい」「そのままの自分に誇りを持って」との意見には違和感がある。「患者を気遣ってくれているのかもしれない。でも社会は男か女かの区別を前提として動いている。男性として生きたい自分にとって、今の状態は『疾患』以外の何物でもない」

 性分化疾患の患者や家族たちは長い間、孤独な状況に置かれてきた。社会はどう向き合うべきなのか。「まずは存在を知ってほしい」。当事者の多くは訴える。【丹野恒一】=おわり

153チバQ:2010/11/03(水) 15:12:22
◆作家・精神科医、帚木蓬生さんに聞く

 ◇「無関心は恥になり、罪になる」
 作家であり、現役の精神科医でもある帚木蓬生(ははきぎほうせい)さん=写真=は昨年、性分化疾患をテーマにした小説「インターセックス」(集英社)を刊行した。このテーマに挑んだ動機や伝えたかったメッセージを聞いた。【聞き手・丹野恒一、写真・渡辺亮一】

 −−なぜこの病気を取り上げたのですか。

 ◆先端医療を手掛ける天才医師の暴走を描いた小説「エンブリオ」の続編テーマとして性転換について調べるうちに、この問題を知りました。資料を集めてみると医師の私でさえ知らないことばかり。これは書かねばならないと思いました。

 −−反響は?

 ◆この疾患を持つ30代と思われる女性からの手紙が衝撃的でした。男性の外性器があり、誰にも知られないように生きてきたけれど、作品を読んで「自分だけではない」と知ったとのこと。母親でさえ気付いていなかったようで、物心がついてからは裸を見せないようにしているそうです。彼女は死ぬまで秘密にしていかねばならないのだろうと思うと、つらくなりました。

 −−医師の立場で思うことは?

 ◆医学の世界で現状を変えていこうという声が大きくなっていかないのは、横のつながりが少ないからでは。そもそも医者というものは薬が効かない病気は初めから存在しないと思いがち。性分化疾患は医療のアキレスけんとも言えます。取り巻く状況は、放っておいたら50年変わらないでしょう。

 −−読者に伝えたかったことは?

 ◆ある登場人物がこう語る場面があります。「無関心はとてつもない恥になり、ついには罪になる」。知らないことはいけないことで、知ろうとしないのは最もいけないことです。

154チバQ:2010/11/03(水) 15:17:34
http://mainichi.jp/select/science/news/20101101ddm013100024000c.html
境界を生きる:続・性分化疾患/1 手術3回、心と離れる体
 ◇本心、母に隠し続け/悩みに応える専門家必要
 深夜、井端美奈子・大阪府立大准教授(母性看護学)の携帯電話に性分化疾患の若者たちからメールが届く。

 <診察室では言えませんでした。今から電話していいですか>

 染色体やホルモンの異常で男女の区別が不明確な性分化疾患は、思春期のメンタルケアが不可欠だ。家族も含めた支援を始めて3年。電話は時に2時間にも及ぶ。

 今年最も心配したのは先天性副腎過形成の10代の少女だった。出生時に外性器が男性化していて手術を受けた。中学生になっても月経がないことなどを悩み、不登校に。その後彼氏ができて体が女性的でないと指摘されたのが心の傷となり、乳児期の手術を隠していた親へのうらみも重なってリストカットを繰り返していた。

 悩みを知った井端さんは泌尿器科医に伝え、不完全な外性器をさらに女性らしくする手術が実施された。少女からその後届いたメールには、こうあった。<やっと普通の女性と同じスタートラインに立てました>

 井端さんは「しっかり悩みを受け止められる専門家をもっと養成しなければ」と話す。親にも言えず悩みを抱えこんでいる若い患者は少なくない。

     *

 中国地方のグループホームで働くあかねさん(21)=仮名=には幼いころから「飲まないと死んでしまう」と言われてきた薬がある。親に隠れて服用をやめたのは高校に入ったころ。「これで死ねると思った。手首を切る勇気はなかったから」

 あかねさんも生後間もなく先天性副腎過形成と診断された。1歳半と6歳で性器を女性化する手術を受け、ホルモンの分泌を調節する薬で男性化を抑えてきた。しかし中学2年のとき、女の子を好きになって悩み始めた。女子トイレに入るたびに、罪を犯しているような感覚に襲われた。

 そのころまだ、母栄子さん(54)=同=はわが子の本心に気づいていなかった。

 不妊治療がうまくいかず、結婚7年目にようやく授かった命。胸に抱いて感謝の気持ちに包まれたのもつかの間、別室に連れて行かれた。「女の子ですか?」と尋ねても「後で分かります」としか言われなかった。

 病気の説明を受けた栄子さんは医師に「早めなら小さな手術で済む」と勧められ、従った。だがあかねさんの心は成長とともに、選んだ治療とは反対の性へ向かった。

 最後の手術は高校3年の夏休み。前回に形成した膣(ちつ)を広げた。あかねさんは「無理やり女にされてしまえばあきらめがつく」とも思ったが、手術後、体と心の痛みで涙が止まらなかった。

 そして昨夏、ささいな親子げんかがきっかけで、泣きながら告白した。「一生言わないつもりだったけど……」。今から男になりたいと言えば、母が苦しむと思ってきた。その思いを知った栄子さんは現実から逃げない覚悟を決めた。

 心と体の性別が一致しない性同一性障害の医療で有名な岡山大を受診した。医師に「(女性化手術を)なぜ嫌だって言わなかったの?」と言われ、あかねさんは返す言葉がなかった。

 男性として生きることを目指し、わが子が新たな治療に踏み出した日。栄子さんはブログに思いをつづった。

 <私は産んだときからずっと幸せ。だから、生まれたときからあなたも幸せになってもらいたくてね。つらいことにも意味がある。あなたのものさしで幸せになってほしい>【丹野恒一】=つづく

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 ◇先天性副腎過形成
 男性ホルモンが過剰に分泌する疾患で、約1万8000人に1人の割合で起きるとされる。女性として生まれた場合、性器が男性化したり、性格が男っぽくなる人もいる。海外では女性として生きている人の約5%が性別への違和感を持っているとの研究報告もある。

155チバQ:2010/11/03(水) 15:18:23
http://mainichi.jp/life/today/news/20101102ddm013100021000c.html
境界を生きる:続・性分化疾患/2 女子校進学後、戸籍「男」に
 ◇性別空欄で出生届/学校側は治療に難色
 この夏、東日本の高校1年、空さん(15)=仮名=は、ずっと気になっていた出生時のことを母に尋ねた。母はこう教えてくれた。

 「あなたが生まれてすぐ、お医者さんに『男の子にするより手術が簡単だから、女の子にしましょう』って勧められたの。でもお父さんとお母さんは悩んで『このまま育てて、本人に決めさせたい』ってお願いしたのよ」

 空さんの体には卵巣と精巣がある。染色体は女性型と男性型が混在する「XX/XYモザイク型」。外見で男か女かを判断できなかったため精密検査を受け判明した。両親は性別欄を空欄にしたまま出生届を出した。医師は顔をしかめたという。

 最初のハードルは幼稚園に入る時だった。制服を男女どちらかに決めなければならなかった。体が弱かったこともあり、両親はひとまず「女」を選んだ。

 空さんは自分が男女どちらかを意識することもなく伸び伸びと育った。周囲にすすめられるまま、親族が卒業した中高一貫の女子校に進学した。

 ところが入学1年目の宿泊行事でいきなり問題が起きた。大浴場で自分の体を見た同級生たちが騒ぎだしたのだ。他の人と一緒に入浴したのはこれが初めてだった。「本当は男なんじゃないの?」。その後もヒソヒソとうわさ話をされているような気がして、楽しかった学校が突然居づらい場所になった。

 「自分はみんなと違う」と気付いてから、次第に「自分を女とは思えない」という気持ちが強まった。中学2年のとき、母親に打ち明けた。突然のことに両親は戸惑ったが、生きづらさを覚悟のうえで性別を保留にしてきたのはこの日のためでもあった。わが子が「男」を選んだ決断に反対はしなかった。

 学校には入学前からこうなる可能性を説明していた。でも、いざとなると簡単ではなかった。「なぜこの学校に入ったのか」「お子さんの思い違いでは」。親子で呼び出されては、校長や理事長に厳しい質問を浴びせられた。

 話し合いを重ね、中学3年の春、通学を続けられることになった。両親は空さんの戸籍を男性と届け出た。

 そこから新たな問題が起きた。主治医に「すぐにでも男性ホルモンの補充を始めないと体に良くない。卵巣の摘出も急いだ方がいい」と言われたのだ。学校側に伝えると「あまり目立ってほしくない」と治療に難色を示された。8月からホルモン治療を始めたが、外見の変化を抑える程度にしているため、将来的に体に影響が出ないか不安だ。

 心の支えになっている言葉がある。中学で退学を考えた時、担任教諭がこう言って踏みとどまらせてくれた。「人にはそれぞれ個性がある。他の人が何と言おうと、ありのままのあなたで、この学校にいてほしい」

   *

 性分化疾患では性的な成長が進む思春期に深刻な苦しみを抱えることが多い。いじめを恐れながら学校に通い続ける精神的な負担は、並大抵ではない。

 「子どもたちの中に当事者がいることを認識してほしい」。奈良教職員組合は2月にセクシュアル・マイノリティーに関する教員向け冊子を作成した際、性分化疾患の説明を盛り込んだ。心と体の性別が一致しない「性同一性障害」は徐々に知られてきたが、性分化疾患は存在すら知らない教職員が多い。東優子・大阪府立大准教授(性科学)は「学校での対応を誤らないよう、教職員が正しい知識を持つことが必要だ。子どもたちにも『体の特徴は人それぞれ』と教えてほしい」と訴える。【丹野恒一】=つづく

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 ◇出生届の性別欄
 男女の見分けが難しい子が生まれた際、医師が拙速に性別判定する例が後を絶たない。法務省によると、届け出期限は原則、出生から14日以内だが、性別と名前は空欄でも出せる。性別は届け出後でも、診断書を提出して家庭裁判所に認められれば変更可能だ。

156チバQ:2010/11/03(水) 15:18:50
http://mainichi.jp/life/today/news/20101103ddm013100195000c.html
境界を生きる:続・性分化疾患/3 成人後、女性化「パパは女?」
 ◇揺れる性別、「どう生きるか」模索
 「お父さん、本当は女なんでしょ?」。小学4年生の一人娘が無邪気に聞いてくる。感覚的に分かるのか。これ以上「パパ役」を演じ続けるのは無理なのだろうか。

 神奈川県に住むエンジニア(44)は6年前、思いがけず自分の疾患を知った。学生時代の持ち物を取りに実家に戻った日のこと。子どもができて自分自身が未熟児だったと思い出し、母に何気なく聞いてみた。「母子手帳、まだある?」

 母はうつむき「小さな体にメスを入れていいのか、すごく悩んだんだけど……」と小声で話し始めた。出産直後、医師に「お子さんには男女両方の特徴がある。どちらにもできますよ」と言われたという。「男がもてはやされる時代だったから、男の子にしてもらったの。女の子のほうが良かった?」。母子手帳は出てこず、母に促され実家を出た。

 暗い帰り道、涙をこらえきれず、川辺に長い間座り込んだ。

 思い当たることはいくつもあった。10代のころは筋肉質のスポーツマンだったのに、20歳過ぎから柔らかな体つきになった。性交渉は嫌いで、職場結婚した妻(39)とは子どもを作ろうとした時だけ。30代半ばからは胸が膨らんできた。「不思議な現象のかけらが一つにつながり、パズルが完成したようだった」が、喜べるはずもなかった。

 その日から周囲が違って見えるようになった。容姿、仕草、心。誰もが「男らしさ」「女らしさ」で輝いている。「こんな中間の人間は自分だけだ」と孤独感に襲われた。

 どんな疾患で、どんな手術を受けたのか。生まれた病院を訪ねても記録は残っていなかった。検査を受け、染色体が男性型であることは分かった。それ以上知るのは怖かった。

 救いは、妻があっさり受け入れてくれたことだった。「大丈夫。結婚前から男半分、女半分の人だと思っていたから」。自分は以前から家事が好きで、家族を引っ張るのは苦手。専業主婦の妻は冗談めかして「私が働こうか」と笑った。

 女性化が進んだためか、腕力が衰え、体が覚え込んでいた力仕事が難しくなってきた。迷惑をかけぬよう同僚には事情を説明し、理解してもらっている。

 女性的と言われるのが嫌だったのに、最近は「これは個性だ」と前向きにとらえている自分に気付く。「今の気持ちは男性と女性が半々。自分でも戸惑うことは多いけれど、本心を押し殺さず堂々と生きることが、いつか同じような人たちの力になると信じたい」

     *

 心の性別もはっきりしないことがある性分化疾患。男女に二分された社会の中で、悩み、迷いながら自分を見つける人たちがいる。

 「自分がえたいの知れないもののような気がした」。東京都の田中彩さん(24)は男の子であることに小学2年生のころから違和感があった。中学に入ると胸が膨らんだ。うれしさの一方、男を演じるつらさが募った。

 大学に入り、初めてメンタルクリニックを受診した。診断は心と体の性別が一致しない性同一性障害。さらに、男性的な発達が不十分で胸が膨らむこともある性分化疾患「クラインフェルター症候群」とも分かった。医師に「あなたは女性的な体なんだよ」と言われ、背負っていたものを下ろした思いがした。

 しかし、当事者の集いに参加しても、同じ診断を受けた人は見つからない。「どう生きていけばいいのか」。女性として暮らす決意をしたが、両親の理解は得られず、仕事のストレスも重なりうつ病になった。

 一度は職を失ったものの、今年9月、服飾関係の企業に障害者雇用枠で再就職を果たした。「男と女、どちらでもない中間から少しずつ女性の体に近づいていけるといい。生まれてきたからには、一生懸命生きる」【丹野恒一、五味香織】=つづく

157チバQ:2010/11/20(土) 20:33:06
ここかな?
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2010/11/post-1808.php
カンボジア「小児性愛天国」の悪名返上か
No Longer a Pedophile's Haven

取り締まり強化で欧米からの小児性愛者の検挙率は上がったが、もっと根深い問題が見えてきた

2010年11月17日(水)18時20分
ブレンダン・ブレイディ


 この数カ月、カンボジアでは小児性愛者のニュースが紙面を賑わせている。少女17人(最年少は6歳だった)を買春したロシア人ビジネスマンは、刑期が17年から8年に短縮された。児童への性的虐待が疑われるスウェーデン人は母国メディアの取材に対し、カンボジアでは裁判官に賄賂を送って刑期を短縮させることがいかに簡単かを自慢げに語った。

 同じく子供への性犯罪で現在、裁判にかけられているイギリス人は、05年に類似の容疑で十分な証拠あったにもかかわらず無罪となった男だ。性懲りもなくカンボジアに舞い戻ってきたということは、入国禁止の処罰もなかったらしい。

 しかし、このような恥ずべき事態はこの数年で改善されつつある。時計の針を10年前に戻してみよう。イギリス人ロック歌手で小児性愛者のゲイリー・グリッターが、母国から逃げ出してカンボジアに移住してきた頃だ。彼以外にも外国人による小児性愛事件が目立っていた。こうしたことから、この東南アジアの貧しい国は「小児性愛者の格好の隠れ家」という悪名がついてまわるようになった。

 当時は首都プノンペンの一画で子供たちが堂々と売られていた。NGOによる児童買春宿の捜査活動も、賄賂を受け取っている汚職警官のせいで失敗に終わるのが常だった。手ぬるい法律と現地の男たちの執拗な需要もあって、東南アジアは長く買春目的の旅行先になっていた。特にカンボジアは、長年にわたる内戦で、児童買春を規制する社会経済的・法的な土壌がまったく育たなかった。

 しかしカンボジアは変わった。この国ではもはやグリッターのような男が何食わぬ顔で法を犯すことはできない。現地の活動家や欧米からの圧力を受けて、カンボジアは03年から取り締まりを強化し、その努力はさまざまな側面で成果を上げている。例えば、最近は欧米人の逮捕が地元の新聞で報じられる機会が多くなった。さらに米政府の人身売買監視国リストからも外され、おかげで国際援助を得られやすくなった。

取り締まりの網から漏れた地元民
「欧米の小児性愛者にとってカンボジアはもう安全な場所ではない」と、反小児性愛団体APLEのサムリーン・セイラ代表は言う。こうした変化は「わいせつ行為」で逮捕される人の増加にも表れている。APLEによれば、03年には8人だったのが昨年は36人に増えた。

 APLEは買春目的の旅行者を追跡し、買春の証拠を集めて地元警察に渡している。だが問題はここで行き詰まりやすいことだ。カンボジアの警察や裁判所は、経験が浅い人材も多く資金も不足しているため、汚職や職務怠慢に走りやすい。

 とはいえ、APLEによれば、こうした状況も改善されつつある。例えば、ある児童わいせつ行為事件を1年半前には「性行為に至らない愛撫」として審議を却下した裁判官が、今ではこの事件の審議に前向きだという。警察や司法に携わる人間が責任感を持ち始めている。

 警察機能の向上で、欧米の小児性愛者の手口は巧妙になった。最近、別々の事件で逮捕された2人のイギリス人は児童保護のNGOを設立して、これを隠れみのに子供たちに悪さをしていたと見られる。プノンペン警察の人身売買撲滅・児童保護課のカオ・テア課長は、このような詐欺行為に警察当局はだまされないと自信を見せる。

「われわれは外国人による性的虐待を止めることができる。以前よりずっと経験をつんでいるからだ」と、テアは言う。それは本当だろう。だが人権団体は、外国人以上に厄介な存在が取り締まりの網から漏れていると指摘する。それは、児童買春市場に群がる地元民、つまりカンボジア人だ。

158チバQ:2010/11/20(土) 20:33:46
被害者に汚名を着せる文化
 APLEによれば、03年以降に「わいせつ行為」などで逮捕された141人のうちカンボジア人は37人、他のアジアの国の出身者は19人しかいなかった。つまり141人のうち大半が欧米人だったということだが、実際はカンボジアで小児性愛犯罪に手を染める人の中で欧米人の割合はごくわずかだ。

 児童保護NGOのECPATが10月に発表した報告書によれば、子供のときに売春していた人たちの多くが、客はカンボジア人だったと証言している。カンボジアにいる欧米人と地元民の割合を考えれば当然の結果にも思えるが、ECPATによればこれは「小児性愛は欧米人が犯す犯罪だという思い込み」を覆した。

「カンボジア人男性は、色白で見た目の若い美しい売春婦、つまり未成年を好む」と、ECPATカンボジア事務所のチン・チャンベアスナ代表は10月の会合で語った。さらに、これまで欧米人だけに目を向けてきたせいで、地元民による犯罪が見落とされてきたと付け加えた。

 人身売買などの調査を行うNGO、SISHAのスティーブ・モリシュ代表は言う。「私が話した多くのカンボジア人男性は、相手は若いほうが良いと言い、それを隠すべきこととも思っていないようだった」

 さらにカンボジアの文化では、事件の加害者よりも被害者のほうが風評で傷つけられやすい。今年発表された国際人権団体アムネスティ・インターナショナルのカンボジアについての報告書によれば、性的に虐待された少女は、地元社会から追放されることが多いという。一方で有罪となった加害者が汚名を着せられることはほとんどない。

 こうした文化はそう簡単には変えられないため、政府はその犯罪が関心を集めやすい欧米人男性を標的にしてきなのだろう。だが人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長代理フィル・ロバートソンはこう語る。「欧米人の小児性愛者は低い枝になった取りやすい果実。そろそろ高い木に登って地元の小児性愛者を捕まえるべきだ」

159チバQ:2010/11/20(土) 20:42:58
http://mainichi.jp/area/kumamoto/news/20101110ddlk43040458000c.html
明日への不安:同性愛カップルの課題/上 将来の安心へ遺言作成 /熊本
 ◇パートナーに財産相続
 「この中に遺言が入っているんです」。東京都郊外に住む50代男性は、地震など緊急時に持ち出すリュックサックを見せた。遺言は、同居する8歳年上の男性パートナーと5年前に作ったものだ。どちらかが死んだ後に遺産を相続するという内容が書かれている。

 2人は同性愛の関係にある。50代男性は中学生のころから同性に好意があることを意識し始めた。25歳の時、親に「女性に興味がないから結婚しない」と話すと「おかしい。病院に行け」と言われた。今のパートナーは初めての「彼氏」で、20代後半から交際を始めた。一緒に住もうと賃貸マンションを探したが、男2人に対する世間の視線は冷たい。ようやく理解がある大家を見つけ住み始めたが、半年後に大家が病死。大家の妻は2人の居住に否定的で転居を余儀なくされた。

 「新たな部屋は見つからず近い距離で別々にマンションを借り、食事などは互いの住居を行き来する生活を約20年続けた」

 02年に相手男性が退職し、計2部屋分の家賃を負担するのが経済的に厳しくなった。03年にマンションを共同名義で購入した。「2人に法的な関係がないままでは、どちらかが亡くなった場合所有権が親族に渡ってしまう」。残された相手はどうなるのか、不透明な将来に思いを巡らす。

 財産を守るには「公正証書遺言」を作成する方法があると知っていた。しかし、やり方がよく分からなかった。マンション購入の半年後にセクシュアルマイノリティー(性的少数派)向けサイトを開設していた熊本市の行政書士法人ウィズネスのホームページを見つけた。メールで相談を始め、同市内のホテルで行政書士と顔を合わせて話し合った。05年12月に公正証書ができた。「将来の安心が買えた」とほっとした。

 ただ、遺言が指定できるのはあくまで死んだ後に限られる。病気や事故などでパートナーが入院した時、病室に入ったり、治療の意思を表明したりできるかは依然不透明だ。

 2人で養子縁組し、正式に「家族」になることを検討している。「制度が変わるのは難しい。いつ病室に運ばれたり死んだりするか分からない。その時どうなるかが自分たちにとっては大事だ」。男性の不安は尽きない。

  ◇  ◇

 通常の結婚なら当たり前に保障される遺産相続や医療方針決定などの権利が、同性パートナーには認められていない。当事者たちは年を重ねるごとに将来への不安を深めている。何を悩みどう生きていくのか。同性愛者や支援者の声を聞いた。【遠山和宏】

160チバQ:2010/11/20(土) 20:43:38
http://mainichi.jp/area/kumamoto/news/20101111ddlk43040608000c.html
明日への不安:同性愛カップルの課題/中 「制度変わる実感ない」 /熊本
 ◇親にも打ち明けられず
 「性同一性障害に対する世間の認識は変わったかもしれないけれど、(レズ)ビアンに対してはほとんど変わっていない」

 佳美さん(36)と清子さん(33)=いずれも仮名=は約3年半前に交際を始め、直後から熊本市内の集合住宅で同居している。「もし制度で認められていれば結婚しているかもしれない」。清子さんは同性愛であることを親に打ち明けているが佳美さんは言っていない。一人っ子のため「子孫が残らないと親にがっかりされるのが怖い」という。

 「彼氏いないの」「合コンに行こうよ」「結婚しないの」−−。周りの友人たちは気軽に声を掛けてくる。「一人が楽しいから」などと答えるが、誘いは煩わしい。「彼女がいる」ときっぱり言えたら楽だと思う。でも変な目で見られるのが怖くて周囲の多くの人には話していない。佳美さんは一時彼女を彼氏に置き換えて周りと話していたが、疲れてやめた。

 佳美さんが印象に残っていることがある。2年前にあった清子さんの父の葬儀。結婚していれば義理の父親にあたり参列するのは当たり前だが、親族からは「来てくれてありがとう」と言われた。「熱心な友達という感じで見られていた。認められていない気がして切なかった」と振り返る。割り切れない気持ちのまま途中で会場を後にした。

 2人が死と向き合う場面となれば事態はさらに深刻だ。日ごろから将来のことを意識しているわけではないが考えると不安になる。例えばパートナーが突然事故や病気で倒れたら−−。事故があれば警察は家族に連絡にする。だが法的に家族でないパートナーには連絡が来るかどうか分からない。特に佳美さんは親に清子さんとの関係を話していないため何かあった場合、清子さんに連絡がくるという確証はない。

 佳美さんは「周囲が同性愛を認知し、理解してくれれば財産相続など将来の不安を取り除いてくれるようなパートナーとしての権利を保障する制度や法律もできるかもしれない」と話す。「ただ、現実にはテレビでも取り上げられないし、どこの政党もマニフェストに書いてない。変わるかもしれないという実感はない」と不安を語る。【遠山和宏】

161チバQ:2010/11/20(土) 20:44:01
http://mainichi.jp/area/kumamoto/news/20101112ddlk43040577000c.html
明日への不安:同性愛カップルの課題/下 「内面サポート機関必要」 /熊本
 ◇法律相談受ける中で実感
 熊本市新大江の行政書士法人ウィズネスは5年前、セクシュアルマイノリティー(性的少数派)を対象にした専門サイトを開設した。城本亜弥行政書士が性同一性障害の友人から「法律的な相談をする所がない」と聞いたのがきっかけだった。

 相談は財産関係が多い。結婚していれば相続は自然にできるが、同性のパートナーには権利がない。特に不動産がある場合「一緒に生活してきた場をパートナーに残したい」と相談してくるケースが多いという。

 財産相続のためには大きく養子縁組と遺言作成という方法がある。養子縁組は戸籍上も家族になれるので法律的な権利を明確にするには最善のやり方といえる。相手が病気や事故で病院に搬送された場合、相手の家族と関係が悪いとそばにいられないこともある。養子縁組すれば「家族」として権利を主張できる。「一方で名字が変わることによる影響が考えられることや、将来的に同性婚が認められた場合、家族同士で結婚ができるのかという問題が生じる可能性がある」と、城本行政書士は指摘する。

 公正証書の遺言作成は早ければ1週間程度でできる。パートナーの死後、実際に手続きをする遺言の執行者を行政書士や弁護士らの第三者に指定することで親族とトラブルが起きた場合も対応してもらえる。「ただ、あくまで死後の話であるためパートナーが病院に搬送された場合、治療方針など自分の主張ができない可能性は残る」という。

 ウィズネスには年間50〜100件、メールを中心に問い合わせがある。20〜50代と幅広いが実際に手続きに結びつくのは40代以降が中心。紛争事案や裁判所手続など弁護士資格が必要な業務は、提携している弁護士事務所などに紹介している。

 城本行政書士は「相談を受ける中で自分が何者であるか分からないなど、内面を悩んでいる人が多いことを実感した。自分たちは法律面でアドバイスをしていくこともできるが、内面をサポートするような機関が行政民間ともに充実していく必要がある」と話す。行政書士法人ウィズネスの連絡先とサイトは096・283・6000、http://www.sexual‐minority.net。【遠山和宏】

162チバQ:2010/11/20(土) 20:45:16
http://www.cnn.co.jp/usa/30000834.html
男女別学校、「男性でも女性でもない」学生に苦慮
2010.11.09 Tue posted at: 13:24 JST
アトランタ(CNN) 米国各地の男子校や女子校が、従来のような男女の区別に当てはまらない学生にどう対処すべきかという問題に直面している。

ケビン・マーフィーさんは2003年、マサチューセッツ州の女子大マウントホリオークカレッジに入学した。入学時は女性だったが、卒業する時は男性になっていた。

ジョージア州の男子校モアハウスカレッジに通っていたフィリップ・ハドソンさんは、自分の性別は男性にも女性にも当てはまらないという。

男性でも女性でもないという学生やトランスジェンダーの学生、性別を変更中の学生などが存在する中で、大学側が学生の性別を見極めるのが難しくなっている。マサチューセッツ州の女子校スミスカレッジに通うロスさんは、最近女性から男性に転換した。男子校のモアハウスでは昨年、生徒数人が女性の衣類やバッグ、ハイヒール姿でキャンパスに現れて問題になった。

ほとんどの学校には入学許可後のこうした生徒の扱いに関する規定がなく、在籍を認めるかどうかが論議になっている。

ホリオークカレッジの広報によれば、同校にトランスジェンダーなどの学生に関する規定はなく、あるのは「女性のみ入学を認める」という規定のみ。「女子を入学生として迎え、卒業生を送り出す。生徒はそれぞれに育っていく」という。

一方、男子校のモアハウスでは昨年、女性の装いを禁じる校則ができ、校内には禁止の掲示が張り出された。

同性愛やバイセクシュアルの学生でつくる団体「キャンパスプライド」会長のシェーン・ウィンドマイアーさんは「男性的男性という概念に当てはまらなくても成功は収められる。女性についても同じだ」と話している。

163神奈川一区民:2010/11/21(日) 23:59:44
【海外芸能】米レズビアン&ゲイ情報誌「OUT」が今年のキーパーソン100人を発表

LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)向けの米情報誌「OUT」が、
今年の各界のキーパーソン100人を選ぶ「OUT 100」を発表した。

なかでも栄えある“エンターテイナー・オブ・ザ・イヤー”に輝いたのは、今年3月に同性愛者であることをカミングアウトした
プエルトリコ出身の人気シンガー、リッキー・マーティン。ゲイであることを隠していることで、
長いあいだ抱えてきた重荷から自己を解放した勇気が評価された。

また、“ディーバ・オブ・ザ・イヤー”にフィギュアスケーターのジョニー・ウィアー、
“アーティスト・オブ・ザ・イヤー”に、トム・フォード監督作「シングルマン」や、
レズビアンの母親を演じた「The Kids Are All Right」に出演したジュリアン・ムーアが選ばれた。

映画&テレビ界からは、12月米公開予定の新作「ラビット・ホール(原題)」が高く評価されているジョン・キャメロン・ミッチェル監督、
2010年カンヌ映画祭パルムドール受賞作のタイ映画「ブンミおじさんの森」のアピチャッポン・ウィーラセタクン監督、
フォックスの大ヒットシリーズ「Glee」のゲイの少年カート役のクリス・コルファー、
「グレイズ・アナトミー」のジョージ役で知られるT・R・ナイト、米ウォルト・ディズニー・スタジオのリッチ・ロス会長らがランクインした。


以下ソース:映画.com
http://eiga.com/news/20101118/6/

164チバQ:2010/11/23(火) 00:47:17
>>156のつづき

http://mainichi.jp/life/health/news/20101104ddm013100012000c.html
境界を生きる:続・性分化疾患/4 職場の無理解「心壊れそう」
 ◇治療認められず退社/環境改善へ続く闘い
 出勤前、鏡の前でネクタイを締める。映っているのは自分であって、自分でない。思わず目を背ける。

 東京都に住むフリーターの圭さん(31)=仮名=はIT系専門学校で学んだ知識を生かし、8年前に都内のコンピューター会社に就職した。男性サラリーマンとして日々を送るうちに「本当の自分に近づきたい」との思いを抑えきれなくなり、入社3年目ごろから女性ホルモン剤を個人輸入して服用するようになった。

 振り返れば「なぜ女でないのか」との疑問は小学校のころから続いていた。体の成長とともに男女両方の特徴が表れ、同級生からひどい言葉のいじめを受けた。以来、人とあまり話さず、集団の中ではなるべく目立たぬようにしてきた。

 そんな気持ちを理解してくれる友人ができ、勧められたメンタルクリニックを受診すると、染色体検査で典型的な男性ではないことが分かった。「やはり完全な男ではなかったんだ」と安堵(あんど)し、医師に女性として生きたいと伝えた。

 9カ月後、病院での女性ホルモン補充治療が始まった。主治医からは「戸籍も変えるなら、女性としての生活実績を積まなければならない」と言われた。しかし職場では男性のまま。治療により「体の中を流れるものが男から女に変わった感覚」が生まれ、現実とのはざまで自分が壊れそうだった。苦しみが少しでも和らげばと、髪を肩まで伸ばした。

 ある日、本社の人事担当者から呼び出され「短髪にして膨らんだ胸もつぶさないと、仕事は与えられない」と注意を受けた。圭さんは診断名も治療内容もすべて明かし、ありのままの自分で働き続けたいと理解を求めた。会社の上層部で対応が協議され、数日後に告げられた結論は「女性の姿で働くことは、戸籍が女性になった時点で認める。それまでは一切、女性的なそぶりを見せず、常識ある一般的な男性でいること」というものだった。

 会社の方針に従えば主治医が求める「女性としての生活実績」は積めない。戸籍変更への道が断たれると、職場にはいられなくなる。相矛盾する要求に答えが見つからない。「辞めろと言っているのと同じじゃないか。我慢して男として働くしかないのか……」。眠れぬ夜を重ねたすえ、自主退職を申し出た。

 それから2年半。「もう一度定職に就きたい。でも、自分のような人間を認めてくれる会社があるとは思えない」。求職活動への一歩が踏み出せずにいる。

   *

 職場の廊下で、女性職員たちが自分のほうを見てうわさ話をしている。「あれが例の人でしょ?」。公務員として働く東京都の純さん(27)=仮名=は、そんな場面に出くわすたびに、いたたまれなくなる。

 純さんは染色体異常による性分化疾患。子宮も卵巣もあるため女性として育てられたが、スカートは一度もはいたことがない。大学生のころ、メンタルクリニックで「心の性別は男性」と診断され、男性ホルモンの補充を続けている。戸籍はまだ変えておらず、仕事上は女性だ。

 疾患のことは研修中に上司に説明したが、支給された制服は女性用。トイレは「制服時は女性用を」と指示され、人のいない時を見計らって使う。それでも外見が男性っぽくなっているので、守衛に通報されることがある。男女別の独身寮はあきらめ、自費でマンションを借りている。

 今春、同じ職場に性同一性障害と診断された同僚が配属された。それまで純さんは資材室の隅で着替えていたが、連名で改善を要望した結果、カーテンが付けられた。

 「職場も社会も、理解するどころか知ってさえくれない。今はまだ、自分の力で生きやすい環境を獲得していくしかない」。悔しさをこらえながらの闘いが続く。【丹野恒一】=つづく

165チバQ:2010/11/23(火) 00:47:44
http://mainichi.jp/life/health/news/20101105ddm013100019000c.html
境界を生きる:続・性分化疾患/5止 「独りじゃないよ」呼び掛け
 ◇当事者ら、ネットで発信/自助グループ設立も
 大学病院のベッドで目覚めると、20人ほどの医学生に囲まれていた。医師が「この人の症状は……」と説明を始め、学生たちはチラチラと自分を見ながらメモを取り、気遣う言葉もなく立ち去った。

 青森県むつ市の角本沙織さん(25)は性分化疾患の一種「先天性膣(ちつ)欠損症」だ。高校3年の夏、初潮が来ないため産婦人科で検査を受けて分かった。

 自宅から離れた大学病院で膣の形成手術を受けた。「珍しい症例なので記録を残したい」と言われ、「他の患者の役に立つなら」と受け入れた。だが、あまり年齢が違わない学生たちの視線は耐え難かった。「自分はモルモットじゃない」。ベッドのカーテンを引き、声を殺して泣いた。

 体外受精で帝王切開すれば出産は可能だが、子宮や卵巣の発達が不十分なためリスクを伴うと説明された。病棟の産科から赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。わが子を抱く母親に自分との違いを見せつけられ、うらやましくて、悔しかった。

 病気のことを親友にも言えずに高校を卒業した。バーテンダーを目指し東京の専門学校に進み、大手町や銀座のバーでシェーカーを振った。男社会に食らいついていくのは心身ともにつらい。彼氏への「子どもを産んであげられない」との負い目も重なり、19歳でうつとパニック障害になった。

 仕事に出られず引きこもる日々。インターネットに明け暮れるうちに、同じ疾患の人が集まるサイトを見つけた。苦しいのは自分だけではなかった。思えばバーテンダー時代に出会った客たちも、それぞれに悩みを抱えていた。「もう無理するのはやめよう。子どもが産めなくてもいい」。現実を受け入れてから、気持ちが楽になった。昨春、しっかり体を治そうと実家に戻った。

 その年の夏、ベルリン世界陸上選手権女子八百メートルで優勝した南アフリカのキャスター・セメンヤ選手が女性であることを疑われ、世界的に報じられた。思いを伝えたくなり、ネット上で自分の病気を公表した。

 <隠す必要も、自分を責めて生きる必要もどこにもない。死にたいくらい悩んで生きてる人もいるって事を、少しでいいからわかってほしい>

 そんな文章に、多くのコメントが寄せられた。角本さんと同じ病気で手術を受けようか迷っている人、子どもを持てないことに悩む人もいた。一人一人に「頑張って」と返事を出した。

 今は機会があれば病気のことを話している。「傷つきはしないか」と心配する両親の気持ちは分かる。それでも「自分が訴えることでみんながこの病気を知ってくれれば、多くの患者が生きやすくなる」と信じている。

   *

 性の問題をタブー視しがちな社会の中で、誰にも言えないコンプレックスにさいなまれ、将来を描けない。そんな現状を変えていこうという当事者たちの動きが少しずつ広がってきた。

 北関東で暮らす起業家の男性(36)は今年2月、性分化疾患などで陰茎が発達しない人とその親でつくる自助グループ「石ころの会」(http://isikoronokai.flxsrv.org/)を設立した。

 ネット上などで他の当事者や家族の話を聞くうちに「性分化疾患の人の多くが性的な発達障害を負っている。性生活への不安や深い孤独感を軽くできれば」と考えたのがきっかけだ。手紙で相談に応じたり、実際に会って胸の内を聞く。本人も親も、言葉にすることが自分と向き合う一歩になる。

 名前の由来は金子みすゞの詩。「道端の石ころにも魂がある」との思いをこめた。まだ知名度は低いが「行き場のない人々の灯台」でありたい。【五味香織、丹野恒一】=おわり

166チバQ:2010/11/23(火) 00:49:34
http://www.sankei-kansai.com/2010/11/21/20101121-046365.php
「なぜ父親になれない」 性同一性障害男性、悲痛な叫び   
 女性として生まれ、性同一性障害のため性別を変えた大阪府東大阪市の男性(28)が、第三者の精子を使った人工授精で妻(28)との間に男児をもうけてから1年。嫡出子(ちゃくしゅつし)としての出生届が認められないため、男児には今も戸籍がないままだ。法整備が進まない中、夫婦は20日、大阪市内で初めて講演会を開き、「医療は進んでいる。法律も変わるべきだ」と訴えた。
 
 男性は平成16年に性同一性障害と診断され、20年に戸籍の性別を変更し結婚。男性の実弟から精子の提供を受けて昨年11月、妻が出産した。夫婦は当時住んでいた兵庫県宍粟(しそう)市に出生届を出したが、宍粟市は「生物学的に親子関係は認められない」として受理を拒否。非嫡出子として届けるよう指示した。

 今年1月には当時の千葉景子法相が「嫡出子で認める方向で検討する」と表明したが、その後、「生殖医療全体にかかわる案件で法改正も含めた検討が必要」と見解を翻した。

 一向に議論が進まない状況に、夫妻は「国が動くのを待つだけではいけない」と自ら講演会を企画。「なぜ僕は父親になれないのか?」と題して、問題提起することにした。

 この日、男性は父親になれないつらさを吐露。男児の出生届の受理を拒否された際には涙が止まらなかったといい、「性同一性障害で悩んでいたときでも泣かなかった。国に(自分たちの存在を)否定された気がした」と話した。

 将来、息子に「父親」についてどう説明するのか―。「ありのままに伝えたい。息子が誰を父親と思うかは、息子が決めること。たとえ息子が(自分から)離れていくことになっても…」と声を詰まらせた。

 男児が嫡出子として認められない根拠となっているのは、明治時代に制定された民法。男性は「医療は進んでいるのに、古い時代の状況に合わせたままなのはおかしい」と批判。全国で相次いだ高齢者の所在不明問題で、死亡後も戸籍上は生存している人が多数いた点に触れながら、「今を懸命に生きる息子には戸籍がない」と無念の思いを語った。

 最後に男性は「父親になりたい。国に認められるまで頑張りたい」と決意を表明。妻も「私たちのような家族もあるのだと受け入れ、理解してほしい」と訴えた。

 性同一性障害 自分が考える心理的な性別と、肉体的な性別が一致しない障害。自分の性に対し不快感を持ち、反対の性で日常生活を送ることを望む。原因は解明されていないが、胎児期のホルモン異常などが指摘されている。平成16年7月施行の性同一性障害特例法は①20歳以上②未婚③子供がいない―などの条件を満たせば、家庭裁判所に性別変更の審判を請求できると規定している。


(2010年11月21日 07:36

167チバQ:2010/12/05(日) 21:10:47
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2010/12/post-1841.php
台湾「売春合法化」とアジアの性産業
Red Light Fight: Sex Work in Taiwan

台湾の合法化は、社会秩序と売春婦の権利保護の間で揺れ動くアジア諸国に大きな影響を及ぼす可能性がある

2010年12月01日(水)18時14分
ジョナサン・アダムズ(台北)

 台北で売春の世界に入ったのは、多額の借金がきっかけだった。初めは何度か失敗もしたが、今ではひと月に3000ドル稼げるときもある。

 金は儲かるが、厄介な問題が1つあると、「ナディア」と名乗るこの女性は言う。警察だ。台湾では売春は違法とされるため、彼女はこれまで3日間の投獄を数回経験した。1000ドルの罰金を科せられたこともある。

 しかし台湾では、1年後に売春の合法化が予定されている。そうなれば「もっと気楽に働けるようになる」とナディアは語る。「今みたいに警察にびくびくしなくて済む。脅迫されるかもしれないと脅える必要もなくなる」

 台湾における売春の合法化は、社会秩序と売春婦の権利保護の間で揺れ動くアジア諸国に大きな影響を及ぼすかもしれない。現在、売春を合法としている国は70カ国以上。逆に違法としている国は100カ国以上に及ぶ。

 アジアの買春ツアーのメッカといえばタイとフィリピンだが、いずれの国でも売春は違法。中国でも違法とされてはいるが、実際は見て見ぬふりをしたり、逆に厳しく取り締まったりと対応はまちまちだ。日本ではセックス以外の風俗は合法とされているため、性産業は活況を呈している。

セックスを買うのは合法
 一方、台湾では8万〜10万人の女性が性産業で働いている(クラブやカラオケパブなどでセックス以外の性的サービスを行うホステスを含む)。売春の合法化をめぐっては、これまで女性の権利擁護派と労働者としての権利を訴える人々が対立してきた。

 前者は風俗というものは女性を搾取し、人身売買や未成年者を巻き込むことにつながると批判する。対する後者は、風俗はすぐになくならないし、売春婦も他の労働者と同じように尊厳を守られるべきだと主張する。「彼女たちは社会に貢献しているのに、最低レベルの地位しか与えられない」と、日日春関懐互助協会(COSWAS)の簡嘉瑩(チエン・チャイン)は言う。他の国々で売春婦の権利擁護を訴える活動家も、この指摘に同調している。

 台湾で問題なのは、売春に関する法律が形骸化していることだ。COSWASによれば、売春はかつて数十年にわたって合法とされていたが、90年代からは社会秩序維持法の下で刑罰化されてきた。売春斡旋業者、仲介人、人身売買業者は刑法に基づき5年以下の禁固刑あるいは3300ドル以下の罰金が課せられる。

 しかし、買春客に対しては1つも罰則がない。つまりセックスを売ることは違法だが、買うことは合法なのだ。台湾の裁判所は09年、この状態に違憲判決を下し、来年11月までに改定するよう命じた。当局は売春の合法化に伴って、台北市内に合法の「セックスゾーン」を設けるか、売春婦5〜6人規模であれば市内のどこでも自営の売春宿を許可する方針をちらつかせてきた。

 女性の権利擁護派はどちらにも難色を示している。むしろ法律は最低でも現状維持、可能なら買春を違法化し、売春婦がその道から抜け出せるよう手を差し伸べるべきだと言う。「彼女たちに他の選択肢を与えなければ。彼女たちが、生計を立てるためには体を売ることもやむをえないと考えないように」と、財団法人励馨社会福利事業基金会の創設者である王ユエ好(ワン・ユエハオ)は言う。

168チバQ:2010/12/05(日) 21:11:05
売春婦を狙うおとり捜査
 一方で、COSWASは売春婦の一般的なイメージを改善しようと努めている。彼らの理想は、合法化で売春が堂々と行えるようになり、売春婦が社会的地位を獲得できるようになること。そうすれば斡旋業者を雇って自分たちの売込みを手伝ってもらったり、取り分を増やすことができる。

 しかしそのためには、当局の対策はまだ不十分だとCOSWASは主張する。売春と買春の仲介業者も合法化されるべきだと言うのだ。「売春婦の安全を守るにはこの性産業を隅々まで合法化する必要がある」と、COSWASの王芳平(ワン・ファンピン)は言う。

 彼らの話によれば、売春が合法だった当時、売春婦は稼いだ金額の70〜80%を受け取っていた(残りは仲介業者に渡っていた)。しかし現在は、彼女たちの取り分は60%だという。
 
 いま売春婦にとって脅威なのは仲介業者だけではない。冒頭のナディアとCOSWASの話によると、台北では警察が友人や第三者にカネを払って売春婦に近付かせ、売春婦が値段の交渉を始めた途端に逮捕するという。「客」は罰金を課されたり拘束されることもなく、「目撃者」として扱われる。

 COSWASは昨年、こうしたおとり捜査に対する抗議運動を行ったが、状況はほとんど変わっていないという。「客が怖いのではない。怖いのは警察」とナディアは語った。

(GlobalPost.com特約)

169チバQ:2011/01/28(金) 22:59:17
>>138>>141
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2783772/6737109?utm_source=afpbb&utm_medium=topics&utm_campaign=txt_topics
ウガンダの同性愛活動家、殺害される 大衆紙の扇動が関係か
2011年01月28日 15:06 発信地:カンパラ/ウガンダ
【1月28日 AFP】ウガンダで同性愛者の人権擁護に取り組んでいた活動家の男性が26日、首都カンパラ(Kampala)の自宅で殺害されたことが、警察などの話で明らかになった。

 デービッド・カト(David Kato)氏(43)は、自宅に侵入した何者かによって頭を数回殴られ、病院に搬送される途中で死亡したという。警察は、同氏が同性愛者であることと殺人とは無関係との見解を示している。

 ただ、カト氏は前年、反同性愛を標ぼうする地元タブロイド紙ローリング・ストーン(Rolling Stone)に顔写真と名前を掲載され、「若者たちを同性愛者に勧誘している」と非難されていた。同紙は前年末にも、同性愛者の権利を求める活動家を「縛り首にしてしまえ」と扇動していた。

 今回の事件を受け、国際社会には大きな衝撃が広がっている。バラク・オバマ(Barack Obama)米大統領は「深い悲しみを覚える」との声明を発表した。また、国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)は、同性愛者差別を無視してきたとしてウガンダ政府を非難した。
 
 ウガンダでは同性愛が違法とされており、同性愛行為に死刑や終身刑を適用することを盛り込んだ厳罰化法案が国会に提出されている。(c)AFP/Ben Simon

http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2768202/6356361
同性愛が違法のウガンダ、過激な反ゲイ紙 議会には死刑法案も
2010年10月22日 17:44 発信地:ワシントンD.C./米国
【10月22日 AFP】同性愛が違法とされ、極刑を含む厳罰化法案が国会に提出されているアフリカのウガンダで、同性愛に反対する論調の新タブロイド紙が「彼らを縛り首に」という見出しや、同性愛者の写真を掲載し、国内外で物議を醸している。
 
 問題となっているのは、タブロイド紙ローリング・ストーン(Rolling Stone、米国の同名誌とは無関係)。10月2日号では目立つ同性愛者100人の身元を割り出すと約束し、さらに以前の号の見出しでは、同性愛者の権利を求める活動家は「縛り首にしてしまえ」と扇動した。

 今週に入り、ウガンダのメディア委員会のポール・ムサカ(Paul Mukasa)委員長は同紙に、政府の認可が下りるまでこれ以上の発行を禁じると通告した。ムサカ氏は、発行を続けるための許可は下りるかもしれないが、発行済みの4号については、発行登録をしていなかったため違法であると述べた。

 米国務省のマーク・トナー(Mark Toner)報道官は21日の会見で、「ゲイやレズビアン、バイセクシュアルの人たちに対する暴力を呼び掛けるウガンダのグループについて深く懸念する」と述べ、特にウガンダのローリング・ストーン紙に関する言及だったことを認めた。

 法律で同性愛を禁じているウガンダでは、同性愛者であることで終身刑にもなりうる。さらに09年には、同性愛に死刑を科す法案までもが国会に提出された。

 性的少数派の人権擁護を求めている活動家のユリウス・カグワ(Julius Kaggwa)氏は、人権団体からの表彰を受けるため訪米したニューヨークで20日、「同性愛嫌悪が人を殺す」と怒りをあらわにした。そして「法案からいくら死刑を除外したとしても、ウガンダでは依然、同性愛は死刑と等しい。同性愛者は社会的から切り離され、医療サービスも断られ、治療もできなければ家も持てない」と語った。(c)AFP

170チバQ:2011/01/28(金) 23:00:18
http://www.cnn.co.jp/world/30001632.html
ウガンダの同性愛活動家、撲殺される 米大統領が追悼
2011.01.28 Fri posted at: 10:23 JST
ウガンダ・カンパラ(CNN) アフリカ東部のウガンダで同性愛者の人権保護を訴えていた活動家、デービッド・カト氏が首都カンパラ近郊の自宅で撲殺された。同氏の弁護士が27日に明らかにした。カト氏は同国の大衆紙が昨年掲載した同性愛者の「手配リスト」で氏名や住所、顔写真を公表されていた。

弁護士によると、近所の住民がカト氏が死亡しているのを見つけ、当局に通報した。自宅からは現金や衣類の一部などがなくなっていたという。

この事件に関連して、カト氏の自宅付近で目撃されたタクシー運転手と、事件前に同氏と一緒にいた人物に対して逮捕状が出された。

カト氏の殺害と、同性愛者の人権擁護活動との関係は不明。反同性愛感情をあおった大衆紙の記事との関係も分かっていない。

オバマ米大統領はカト氏の死を悼み、「公正と自由を強く訴えた人物だった」とする追悼の談話を発表。ウガンダなどの政府に対し、事件を徹底捜査して犯人を検挙してほしいと呼び掛けた。

アフリカでは大半の国が同性愛を禁止しており、ウガンダでは違反した場合、禁錮14年の刑が定められているという。

171チバQ:2011/02/09(水) 00:49:39
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2784422/6768998?utm_source=afpbb&utm_medium=topics&utm_campaign=txt_topics
ウガンダの同性愛活動家殺害、男性使用人が自供
2011年02月04日 09:31 発信地:カンパラ/ウガンダ

【2月4日 AFP】ウガンダで同性愛者の人権擁護に取り組んでいた活動家、デービッド・カト(David Kato)氏が殺害された事件で、警察は3日、22歳の男が殺害を自供したと発表した。

 警察によると、自供したのはエノク・シドニー・ンスブガ(Enoch Sydney Nsubuga)容疑者。カト氏の求めで性交渉に応じたものの、カト氏には事前に合意した報酬を支払う意志がないことがわかり、かっとなって金づちで頭を殴り、さらに金目のものを奪ったという。 

 警察は、2人の間に接点ができたのは前月の保釈査問会だったと見ている。カト氏はこの時、窃盗容疑で再拘留中だったンスブガ容疑者の身元引受人を買って出た。保釈後、容疑者はカト氏宅の使用人として働き始めたという。

 警察は、殺害が「ヘイト・クライム(憎悪犯罪)」だった可能性を排除したわけではないとした上で、国民と国内メディアに、寛容になるよう呼びかけた。さらに、前週行われたカト氏の葬儀で反同性愛発言を行った英国国教会の司祭を非難した。

 カト氏は前年、反同性愛を標ぼうする地元タブロイド紙ローリング・ストーン(Rolling Stone)に顔写真と名前を掲載され、「若者たちを同性愛者に勧誘している」と非難されていた。同紙は前年末にも、同性愛者の権利を求める活動家を「縛り首にしてしまえ」と扇動していた。(c)AFP

172チバQ:2011/02/10(木) 23:33:45
http://mainichi.jp/hokkaido/news/20110203ddlk01040194000c.html
レインボーマーチが聞こえる:性的マイノリティーの日常/1 /北海道
 ◆「プライド」

 ◇共生できる街を目指し 自分たちが動けば変わる
 赤、青、オレンジ、黄色……。色とりどりの4000個の風船が一斉に青空へ舞い上がる。札幌駅前通を埋めた約1000人の性的マイノリティー(LGBT)の人たちとその支援者から、歓声が上がった。14回目を迎えた昨年9月のパレード「レインボーマーチ」。多様性の象徴である虹色の旗の下、LGBTの存在を知ってもらい、一般の人との共生を呼び掛けるイベントだ。

 札幌でのパレードの創設者が、ススキノでゲイバー「Hearty Cafe」を営む桑木昭嗣(あきつぐ)さん(34)。10回目を区切りに実行委員を退いたが、今も生きづらさを抱える同性愛者らの相談に乗る、コミュニティーのリーダー的存在だ。

 「ゲイは自分一人じゃないか」。13歳の時、男性が好きなことに気付いた桑木さんは、孤独感と、同性愛者であることを否定したい思いで苦しんだ。16歳で思い切ってゲイバーを訪れた。出会いが、世界を一変させた。

 親しくなった友人と参加した「北海道セクシャルマイノリティ協会・札幌ミーティング」。そこでは月1回、勉強会が開かれていた。LGBTは生まれつきの性質なのに、法律や制度はそういう人が「いない」前提になっている。否定的な情報にさらされ続け、自己肯定ができず、自殺に至るケースも少なくない。最年少だった桑木さんが行き着いたのは「隠れて生きなきゃいけないのは、おかしい」という結論だった。

 96年、2年前から東京で始まったパレードを参考に、札幌でのレインボーマーチ開催を仲間と企画した。地方都市では初めての試みだったが「自分たちの街でやらないと意味がない」と考えた。

 反発は、コミュニティー内からも出た。ゲイバーに足を運ぶと客に無視された。「周囲にゲイだとばれるじゃないか」と非難してくる人もいた。実行委員会には匿名の中傷文書が届き、パーティーを開くと「参加者がクスリやってますよ」と110番される嫌がらせに遭った。企業の協賛金集めの際は、病院でもらった精神安定剤を飲みながら奔走した。

 第1回のマーチには約200人が参加。7回目の03年には、春に就任した上田文雄市長が参加し「皆さんを歓迎します」とあいさつした。うれし涙を流す仲間たち。自分たちが動けば世の中は変わる−−。桑木さんは、そう実感した。

 引退後も、パレードの関連イベントに店を貸し、後輩の指導などに当たる。前回07年の統一地方選では、代表を務めるNPOで、知事選と市長選の立候補者と各政党にLGBT政策に関するアンケートを実施した。活動を支えているのは、ゲイとしての誇り、「ゲイプライド」だ。

 「自分は子どもを残せないけど、これから出てくるゲイの子たちが自分にとっての子ども。その子たちがあるがまま認められる、住みやすい虹の街を作りたい」。孤独から抜け出したくて、初めて店を訪ねて来る若い子を、桑木さんは勇気をたたえて、こう出迎える。「よく来たね」=つづく

    ◇

 全国で最多のレインボーマーチが開かれている札幌。そこで生きるLGBTの人たちの日常を追った。【中川紗矢子】

==============

 ■ことば

 ◇LGBT
 レズビアン(女性同性愛者)▽ゲイ(男性同性愛者)▽バイセクシュアル(両性愛者)▽トランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)を指す。こうした性的指向は基本的に先天的だというのが学説の主流だ。同性愛に関しては、ポータルサイトのインターネット調査で、日本人の4%が該当し、潜在的な可能性がある人を含めると9・6%に上るとのデータもある。

173チバQ:2011/02/10(木) 23:34:16
http://mainichi.jp/hokkaido/news/20110204ddlk01040156000c.html
レインボーマーチが聞こえる:性的マイノリティーの日常/2 /北海道
 ◆家族

 ◇相互理解へ、壁壊そう 仲間集い協力できる場に
 昨年11月の昼下がり。札幌・ススキノのゲイバー「Hearty Cafe」で、男女の若者と年配の女性たちが、お菓子と飲み物を出して談笑していた。3カ月に1回開かれる「レインボーファミリーカフェ」。若者たちはゲイやレズビアンなどの性的マイノリティー(LGBT)、もてなしているのは彼らの母親たちだ。

 LGBTは基本的に生まれつきの性質だが、同じセクシュアリティー(性的指向)の人が家族にいる場合はほとんどなく、思いを共有することが難しい。そのため最も重要なはずの親子や家族間での相互理解が、高いハードルになっている。レインボーファミリーは、そうした壁を取り払い、家族間の問題を協力して解決していこうと始められた。

 レインボーファミリー代表の伊井義弘さん(36)が、ゲイであることを親にカミングアウトしたのは25歳の時だ。思春期に同性にひかれ、19歳で雑誌に載っていたゲイサークルに恐る恐る電話し、仲間たちに出会えた。しかし家族には言えない。「札幌の恥だから、街から出て行け」と勘当された友人もいた。「親に言うの、どうしよう?」。打ち明けられる家族は、愛犬のシェリーだけだった。

 実は母(61)も、伊井さんが「男友達と住む」と言って実家を出て行ったことから、息子はゲイじゃないかと、ひそかに感じていた。1年以上、1人で悩み続けた末の結論は「世間がどうあれ、親子だから何も変わらない」。だから息子から電話で告白された時も、穏やかな気持ちで言うことができた。「ゲイでもあんたは私の子ども。安心して帰っておいで」

 伊井さんには札幌で毎年秋に開くパレード「レインボーマーチ」の活動をともにする相談相手がいて、母も理解してくれた。自分の場合はうまくいったが、それでもお互いつらかった。「当事者にも、打ち明けられた家族にも、相談し交流できる場が必要だ」と考え、00年にレインボーファミリーの前身組織を発足させた。

 札幌のレインボーマーチで使われる旗は、他の地域と異なり、虹を表す6色に白が加えられている。白に「亡くなった仲間への追悼」と「苦しみと戦う仲間たちとの共存のしるし」の意味を込めたという旗をデザインしたのは、06年に43歳で自殺した西沢裕敬さん。レインボーファミリーのメンバーだった。母和子さん(70)は、一人息子を失った今も活動に参加し、皆に「お母さん」と慕われる。

 パレードの日には、西沢さん親子が発案した、札幌名物となっているおにぎり販売のコーナーができる。裕敬さんがなぜ命を絶ったのか、今となっては分からない。それでも「全国からマーチに来る仲間が集い、楽しめる場所にしたい」という息子の思いは、継いでいきたい。6色そろうと虹色になるエプロンを着けながら、和子さんは息子と仲間が結んだ絆の輪が、より広がることを願っている。

 「何千人ものお母さんが、エプロンを着けて堂々と会場を歩ければいいな」=つづく

174チバQ:2011/02/10(木) 23:34:51
http://mainichi.jp/hokkaido/news/20110205ddlk01040216000c.html
レインボーマーチが聞こえる:性的マイノリティーの日常/3 /北海道
 ◆HIV感染

 ◇正面から向かい合う 仲間とともに啓発活動
 雨が降り続いていた。09年5月、札幌市内の民間検査施設。1週間前、友人と受けたHIV(エイズウイルス)の検査結果について、医師は「これは陽性を意味します」と告知した。平常心を保とうとしたが、玄関を出ると吐き気に襲われた。誰とも話さずに帰宅するとパソコンを開き、ブログを開設してその日の出来事を詳細に書き込んだ。そうしないとこの先、闘えない気がした。

 同性愛への嫌悪感を「ホモフォビア」という。こうした感情は異性愛者だけが持つのではない。同性愛者は外部の目に加え、自身の中にも培われたホモフォビアにも苦しめられるケースが多い。龍太さん(31)=仮名=も、ゲイの自分を肯定できず、自暴自棄になってネットで出会った男性とコンドームを付けないセックスをした時期があった。

 幼い頃に両親が離婚し、道内の農村地帯の祖父母宅で育った。居場所がなくなるのが怖くて「優等生でないといけない」と思っていた。思春期になり彼女もできたが、性的に興奮できず、自分のセクシュアリティー(性的指向)を自覚した。「社会から見られている優等生の自分」と「社会から隠しているゲイである自分」。そのはざまで苦しんだ。

 転機は、札幌に来て数年がたった25歳の時に見たレインボーマーチだった。参加する勇気はなく、見物客に紛れて遠くから眺めた。明るい日差し、色とりどりの風船、笑顔で堂々と歩く人たち……。「楽しそうだな。すげえなあ」。いつ死んでもいい、との凍った心が溶け「一人じゃない。これでいいんだ」と感じた。

 コミュニティーに参加し、仲間もできた。「HIVは人ごとじゃない。身近な問題として考えないと」。そう思うようになった矢先、荒れていた頃の性行為でHIVに感染していたことを知った。

 日本は先進国で数少ないHIV感染者やエイズ患者の増加国だ。09年の新規感染者・患者数は7年ぶりに前年を下回ったものの、10年前の1・7倍の1452人。札幌市内でも累計で173人の感染・発症報告がある。うち約7割は同性間の性的接触が原因で、ゲイコミュニティーでの感染リスクは依然高い。

 日常生活で感染する心配はまずないのに、偏見は今も強く、ゲイの間でもそれは残る。龍太さんは「マイノリティーの中のマイノリティーになってしまった」との思いも抱くが、勉強会の開催など、当事者にしかできない啓発活動を仲間と続けている。人とつながること、そこから生まれる自己肯定感が、何より必要だと思うからだ。

 一生手放せない薬。吐き気や頭痛などの副作用はつらい。家族にも打ち明けられていない。それでも龍太さんには、身近な友人や、ブログを見て応援してくれる全国の仲間がいる。「前を向いて、正面からHIVと向かい合っていきたい」。エイズ予防月間の12月。その手には、患者支援の「レッドリボン」をかたどったリストバンドが巻かれていた。=つづく

175チバQ:2011/02/10(木) 23:35:16
http://mainichi.jp/hokkaido/shakai/news/20110207ddlk01040089000c.html
レインボーマーチが聞こえる:性的マイノリティーの日常/4 /北海道
 ◆性同一性障害

 ◇家族の応援に感謝 仲間のために行動を
 面接官が「えっ?」と驚いた表情で、履歴書の性別欄と自分の格好を見比べた。「またか……」。女性の体で生まれたが、心は男性という性同一性障害の小幡直輝さん(36)は、何度も落胆を味わった。勤めていた保険会社では断トツの営業成績だった。なのに合併を機に退職し、誘いを受けた企業の面接を受けると、すべて不採用。「前例がない」との文書を送ってきた会社もあった。

 「面倒くさいな。自分でやっちゃえ」と、30歳で起業。有限会社「だいち」の社長として、居酒屋や食品販売など幅広い事業を展開する。多忙な仕事の合間には、学校などへ性同一性障害の講演に出向き、所属する経営者団体でも、自分の状況をオープンにして同じ仲間への理解を求めている。

 性同一性障害は、性的マイノリティー(LGBT)の中では理解が進んでいる方だ。04年には戸籍の性別を変更できる特例法が施行され、09年までに約1700人が認められた。だが、性転換手術を受けていることや、子供がいないことなど厳しい要件があり、医療や支援の体制も十分とは言えない。直輝さんも戸籍の名前は変えられたが、手術していないため性別は「女」のままだ。

 直輝さんは物心付いた頃から、自分を男の子だと思っていた。スカートをはかされているのが不思議で「そのうちチンチンが生えてくる」と考えていた。小学校には青やグレーのジャージーで通い、いつも短髪だった。

 小4で迎えた初潮。頭の中が真っ暗になった。女性らしくなっていく自分の体に、どうしてもなじめない。胸が目立つのが嫌で、猫背になった。思春期に入るとけんかに明け暮れ、高校は1年の夏で自主退学。「これからは男として生きよう」と、白糠町の実家を離れ帯広へ出た。髪形をリーゼントにし、土木作業の仕事をした。

 そんなわが子を、母良子さん(64)はなかなか受け入れられなかった。男の格好で帰省した直輝さんから「頭の中は男なんだ」と告白されたが、理解できない。土砂降りの中、「帰ってくるな」と追い出したこともあった。「男の子だと考えると、小さい頃からの行動の理由が分かる」と納得できたのは、それから2年がたっていた。

 直輝さんは現在、隔週で道内唯一の専門外来がある札幌医大病院に通い、ホルモン療法を受けている。健康保険は利かず、生命保険に入るのも難しい。

 積極的に自分を語るのは、親から絶縁される人もいる中で、家族に応援してもらえることへの感謝があるからだ。以前メディアの取材を受け、顔を出すかどうか相談した際、良子さんは「あんたは犯罪者じゃない」としかった。恵まれている分、仲間のために行動したいと思う。

 直輝さんが経営する札幌・ススキノの居酒屋は、良子さんが切り盛りする。気っ風のいい温かい人柄が、客を和ませる。親子にとっても、仲間にとっても、大切な場所だ。=つづく

176チバQ:2011/02/10(木) 23:35:40
http://mainichi.jp/hokkaido/news/20110209ddlk01040159000c.html
レインボーマーチが聞こえる:性的マイノリティーの日常/5 /北海道
 ◆自殺未遂

 ◇「自分は何者」葛藤の末 「生」へつなげた母の支え
 両親と暮らすマンションの自室。手首をT字カミソリでえぐるように刺すと、真っ赤な血が流れた。それを見ながら「心の苦しみより、体の痛みで紛らわしている方がマシだ」と思った。3年前、23歳を迎えたばかりの春。祥平さん(25)の最初の自傷行為だった。

 13年連続で年間3万人を超える国内の自殺者数。動機は「失業」「健康問題」などに分類され、セクシュアリティー(性的指向)との関連は統計に出ない。だが世界保健機関(WHO)が00年に公表したカウンセラー向けの「自殺予防の手引き」は、同性愛などの性的指向を危険因子の一つに挙げている。

 宝塚大看護学部の日高庸晴准教授(医療行動科学)らが01年に大阪の繁華街で約2000人の若者に行った自殺未遂調査では、ゲイやバイセクシュアルの男性の自殺未遂率が異性愛者の男性の約6倍に達し、いじめ被害者や薬物使用経験者よりもリスクが高かった。「マイノリティーであるがゆえに受ける過度なストレスや葛藤が原因と考えられる」と日高准教授は指摘する。

 端正な顔立ち。学業優秀でクラシック音楽にも造詣が深い。16歳の時にはセクシュアリティーを自認し、同性の恋人がいた。しかし半年ほどすると、大きな不安に襲われた。「自分は何者なんだろう。この先どうなるんだろう」。本やネットで調べても、未来像が見えなかった。

 次第に不眠やうつ、パニック障害に苦しむようになった。進学校で知られる高校を中退し、部屋にひきこもった。「どうしてこんなふうに産んだ? もう1回、おなかに引っ込めてくれ」と、母涼子さん(53)を何度も責めた。出口の見えない日々は何年も続き、自傷行為はカッターナイフや包丁にエスカレート。首をつったこともある。

 そんな息子に、涼子さんは寄り添い続けた。夜通し話を聞き、徹夜で出社することもしばしば。暴れて家中の物をひっくり返しても、黙って片付けた。「死んでるんじゃないか」と心配になり、息子の部屋が怖くてのぞけない日もあった。

 どん底から抜け出せたきっかけは、昨夏の祖母(81)の死だった。小さい頃は一緒に暮らしてかわいがってくれ、祥平さんの生き方も理解してくれた。人はいつか死ぬ、ずっと支えてくれている母もいつかはいなくなる、と初めて実感した。「気持ち的にも、経済的にも、自分でやっていけるようにしないと」と思い、初七日を過ぎたころから気力がわいてきた。「もう後悔は嫌だ」

 初めて就いた今の仕事は、ゲイ向けの水商売。職場は家族のようで、理解し合える仲間もできた。好きなピアノは今も続け、月2回は声楽を習い、パソコンで作曲にも取り組む。最近、将来養子を育てるのもいいな、と考えるようになった。

 涼子さんは「まだ不安もいっぱい」と言いながら、息子の自立への一歩を「すごい進歩」と喜ぶ。死のうとしながら生きられた理由を祥平さんに尋ねると、照れくさそうに母に目をやった。「この人がいたから」=つづく

177チバQ:2011/02/10(木) 23:36:10
http://mainichi.jp/hokkaido/news/20110210ddlk01040261000c.html
レインボーマーチが聞こえる:性的マイノリティーの日常/6止 /北海道
 ◆レズビアン

 ◇仲間の孤独、救いたい 自分を偽らず堂々と
 札幌・ススキノにあるレズビアンバー。カフェのようなかわいらしい造りの店内で、20〜30代の女性の笑い声が響く。「バレンタインにチョコ交換しよ。300円以内ね。コンビニはダメだよ」「ええっ? 制限多いなあ」。おしゃべりの輪の中心にいるのが山田陽子さん(26)。毎秋行われる性的マイノリティー(LGBT)によるパレード「レインボーマーチ札幌」で、女性唯一の実行委員を2年間務めた。

 職場でわざわざカミングアウトはしていないが、レズビアンであることを隠してもいない。「私たちの世代は差別されるという感覚はあまりないんです」。だが、そう言える自分は恵まれていることも分かっている。

 出身は福島県。中学生の時、初めて好きな同級生の女の子ができた。一緒に帰ったり、手紙の交換をしたりして1年ほど付き合ったが、周りの目を気にした相手は徐々に離れていった。同性を好きになる自分を「異常者なのかな」と悩み、家族にも秘密にした。

 帯広の大学に進学すると、ネットのオフ会などでレズビアンの友人ができた。博識で、人間としても魅力的な先輩たち。誇りを持てるようになり「自分を偽らずに生きたい」と強く思った。

 3年の冬、母(58)に認知症の症状が出た。「孫が、孫が……」と口にする母。1人で介護する父(58)の姿が切なかった。帰郷して就職しようかと相談すると、父は言ってくれた。「帰ってきたら、田舎だから堅い生き方しかできない。自由な方がいいだろ。好きなことをしろ」

 その1年半前、父はささいなことで口論になった娘から「レズビアンなんだ」と打ち明けられていた。当時は「そうか」としか言えず、LGBTに関する本を何冊も読んで真剣に考えた。彼女の苦しみを、自分に置き換えて考えるのは難しい。ただ「異性を愛するか同性を愛するかは、他人がとやかく言うべきではない」と自然に思えた。

 陽子さんは父に背中を押され、札幌で就職。レインボーマーチの仲間と交流し、LGBT全体の社会的問題を考えるようになった。

 レズビアンは、タレントなどが活躍し一定の「市民権」を持つゲイと比べ、いまだに奇異の目で見られがちだ。その理由の一つを、陽子さんは女性の経済力の弱さだと考える。結婚しない女性は身分が不安定になりがちで、隠さず堂々と生きたり、権利を主張できたりする人は多くない。札幌市内にゲイバーが約40軒あるとされるのに対してレズビアンバーは3〜4軒しかなく、表に出てくる当事者の少なさを物語る。

 両親を残し故郷を離れたことへの罪悪感は今もある。だからこそ、陽子さんは2人が与えてくれた今の居場所を大事にし、仲間の孤独は救いたいと思う。

 「異性を好きだったら楽だったろうな、とは思う。けど、同性を好きになるのは、すごく自然。もう一回生まれ変わってもレズビアンになりたい」。バーの天井で、多様性の象徴である虹の飾りが静かに揺れていた。=おわり

    ◇

 この連載は中川紗矢子が担当しました。

178神奈川一区民:2011/02/20(日) 18:56:07
【芸能】人気モデルのHIROMIが同性愛をカミングアウト 「愛には形も色もルールもない」

 雑誌「Happie nuts」で活躍する人気モデルが、2月17日発売の「Happie nuts」4月号で、
同性愛であることをカミングアウトした。

 女性と交際中であることを告白したのは、人気モデルのHIROMI(ヒロミ)。
ボーイッシュなルックスと中性的な雰囲気がファンから人気を集めている。
彼女の恋人は雑誌モデルとしても活躍中のAURA(アウラ)。
誌面ではHIROMIと上半身裸のAURAが美しい2ショットを披露している。

 過去には、男性との交際経験もあるというHIROMI。
初めは女性と付き合っていることを隠しており、苦しい日々が続いていたそう。

 そんなHIROMIが初めて同性愛をカミングアウトしたのは、元「Happie nuts」モデルの星あや。
HIROMIは当時について「話した瞬間、今までの苦しい気持ちが一気に吹き飛んで、自由になれた気がした」と振り返る。

 さらにHIROMIは自身のブログで誌面について触れており、
「恋人のアウラさんの上半身を脱がせたのは“素”を表現したかったのです」とコメント。

 そして「まだ、日本には同性愛に対してまだ偏見が強く残っているけど、愛には形も色もルールもない」と、
同じ悩みを抱える人々やファンへ向けて強いメッセージを送った。

 ブログには、「ひろみちゃんとアウラちゃんのページめっちゃ綺麗ですよ☆すごく引き付けられました!
ありのままのひろみちゃんが私は大好きです (*´Д`*)」、「2人とも凄い綺麗だね!最高だよ( *`ω´)」、
「同性愛の偏見で苦しんでる人にヒロミンやアウラさんがエールを送ったと思いますよ(^^)」 など、
ファンからの暖かいコメントが殺到している。(モデルプレス)

■HIROMI プロフィール
本名:新畑博美
生年月日:1990年3月21日生まれ(20歳)
身長:163cm
血液型:A型
出身地:フィリピン
趣味:DJの練習、音楽鑑賞
特技:変顔
趣味:絵
好きなブランド:GLAD NEWS、GHOST OF HARLEM、GILFY
好きな音楽:R&B、HIP HOP、ROCK
アーティストLil'B(リルビー)の専属バックDJをつとめる。

ソース:モデルプレス
http://mdpr.jp/021132789

179神奈川一区民:2011/02/20(日) 19:07:12
【音楽】「ゲイの応援歌なんか、絶対に歌わせない! 」猛反対を押し切りヴィレッジ・ピープルの「Y.M.C.A.」をカバーした西城秀樹

 今では考えられないが、'70〜'80年代は歌手本人の希望よりもレコード会社や所属事務所によって、
売り出すイメージや曲目を決められるケースが多かった。中にはジャズ風な歌が歌いたかったのに、
演歌に転向させられた者もいたという。そんな制約の多い時代にトップアイドルだった西城秀樹が、
どうしても歌いたい曲を周囲から大反対されていた。

 1972年にデビューした西城秀樹は“ワイルドで、セクシー”というイメージで、
楽曲や振り付け、衣装も作り上げられた。それは同じ頃に活躍していた“歌の上手い”野口五郎、
“可愛らしい”郷ひろみとの差別化を図るため、レコード会社が考え出した路線だった。
彼ら三人は「新御三家」と呼ばれ、一世を風靡する。

 「絶叫型」と呼ばれた感情を込めた激しい歌い方が定番だった西城に、転機が訪れる。
レコーディングに訪れたアメリカで偶然カーラジオから流れた曲に、西城は心を奪われた。
それはディスコ音楽で世界的ヒットを飛ばしていたヴィレッジ・ピープルの、「Y.M.C.A.」である。
彼は歌詞ではなく、元気が出る明るい曲調に惹かれたのだ。
日本に帰り、試しにコンサートなどで「Y.M.C.A.」を原曲の英語で歌うと、観客の反応も良かった。
なんといってもファンと一体感が味わえることができた。
西城は「この曲をカバーして、シングルを出したい。」と、レコード会社に直訴する。

 ところが「アイドルが、こんな歌を歌えるわけ無いだろう!」と、担当者は全く取り合ってくれない。
なぜなら、ヴィレッジ・ピープルはゲイを象徴するバンドとして有名で、
「Y.M.C.A.」はゲイの応援歌として認識されていた。
ゲイに対する偏見が今よりも大きく、時代を代表するアイドルが、
初めてカバーする曲にはできない―と猛反対されたのだ。

 だが初めて「自分で歌いたい」と思い、主張した曲である。西城は絶対に諦めなかった。
英語が堪能だったマネージャーに“若者に向けた応援歌”として、日本語の詞をつけてもらった。
何度もレコード会社に足を運び、ようやく西城の念願が叶い『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』として発売され、
彼自身の最大のヒット曲となる。

2月15日の『解禁!マル秘ストーリー〜知られざる真実〜』(TBS系)では、西城秀樹がうれしそうに語る。
「自分が選んだ『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』が今も歌い継がれ、いつまでも古臭くならない。この曲を選んで、本当に良かった。」
この番組の司会・堺正章が、「歌いたくない曲を歌うのって、楽しくないんだよね…。」とボソッと言葉にしたのが、歌い手の真実だろう。
(TechinsightJapan編集部 みやび)

ソース:Techinsight Japan
http://japan.techinsight.jp/2011/02/saijyouhideki_yangman1102152222.html

180チバQ:2011/03/06(日) 20:07:19
もう このタイトルの時点で産経はわかってないと思う。
線を越えるんじゃなくて、線なんてないんだって
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110219/trd11021916010012-n1.htm
【ボーダー その線を越える時】
第2部 性(1)(上)上司、同僚…3年かけ「女に」
2011.2.19 15:54 (1/2ページ)

周囲の理解の中、秋本紗戸子は男と女の境界を踏み越えた=埼玉県和光市(大西正純撮影)
 仕事の打ち合わせが終わった深夜、上司に性同一性障害の診断書を見せた。

 「ゆくゆくは女性に性別を変えたいと思います」

 本田技術研究所(埼玉県和光市)の秋本紗戸子(さとこ)(57)は平成12年3月、初めて社内で打ち明けた。上司は受け入れてくれたが、「周りはダメかもしれないぞ」と案じた。

 上司、同僚、部下。約3年かけて1人ずつ説明し、最後は部署を統括する常務だった。食堂前で呼び止めると、常務は「聞いていたよ」とほほ笑んだ。「これで会社で働いていける」。涙があふれた。

 施設の一角には専用ロッカーが設けられ、改名と性別適合(性転換)手術を済ませた。18年9月には性同一性障害特例法に基づいて戸籍の性別も変更。本田技研工業広報部は「ホンダには国籍、性別にかかわりなく社員を平等に扱うフィロソフィー(基本理念)がある。特別なことはしていない」と説明する。

 性同一性障害と診断された時、秋本には結婚して20年の女性(58)がいた。その後に離婚したが、今も同居する。女性は「本人が悪いわけじゃないから怒りや憎しみはない。友達同士の同居人」と話す。

 周囲の理解の中、男と女の境界を踏み越えた秋本は「自分の恵まれた環境を伝えることで社会の偏見が少しでもなくなれば」と実名を出すことに応じた。

 埼玉医科大(埼玉県毛呂山町)が国内で初めて正式な性転換手術を実施した10年以降、性同一性障害に対する認識は広まっていったが、患者が戸籍の性別変更を求めた訴訟では敗訴が相次いでいた。

 患者や支援者の働きかけで、自民、公明など当時の与党3党のプロジェクトチームが、家庭裁判所で性別変更の審判を受けられるようにする性同一性障害特例法案をまとめ、15年に議員立法として国会に提案。衆参とも全会一致で可決・成立し、16年に施行された。

 21年度末までに1711人が同法に基づいて性別を変更した。しかし、社員の性別変更を受け入れた、ある上場企業の関係者は複雑な胸中を漏らす。

 「社員全員に理解があるとはかぎらないし、今後も同様に対応できるか分からない。当事者の職種、職場の状況次第だ」 =敬称略





 医療技術の進歩と法整備で、先天的であったはずの性別は今や、選択すらできる時代になったが、十分な診察もなく安易な手術が行われるなど看過できない事態も起きている。「男」と「女」という概念が溶解する中、両者の境界をめぐる性の現状を報告する。

181チバQ:2011/03/06(日) 20:08:09
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110219/trd11021916310013-n1.htm
第2部 性(1)(下)履歴書の性別欄が怖い
2011.2.19 16:28 (1/2ページ)

周囲の理解の中、秋本紗戸子は男と女の境界を踏み越えた=埼玉県和光市(大西正純撮影)
 本田技術研究所(埼玉県和光市)の秋本紗戸子(さとこ)(57)は平成15年11月、女性への性別変更に向けて会社で改名手続きを行った。名前が入った社内のメールアドレスも変更され、秋本は案内メールを同僚たちに送った。すぐに63人から返信がきた。

 「紗戸子さん、おめでとう」

 秋本はこれらの返信メールを印字して会社の机の引き出しで大切に保管する。

 「私にとって宝物です」

 性同一性障害を周囲に告白するかどうか悩む当事者は多い。必ずしも秋本のように理解が得られるとはかぎらないからだ。


■    □


 「仮にここで認められたとしても、これから先、変な先生を受け入れるところはないよ」

 15年、東日本の山あいにある村の夏祭り。地元小学校に勤務していた男性教諭(40)は肩の下まで髪を伸ばしていた。長髪を見とがめた教育委員会の教育長は教諭が性同一性障害と知り、不快感をあらわにした。「なぜ、採用試験の時に長い髪で受けなかったんだ。今になって伸ばすなんてズルい」

 職員数が10人に満たない小さな学校では同僚から病気への理解を得ていた。教諭はいったん髪を切ったが、性別変更への望みは強くなっていった。

 17年秋、「女性になりたい」と教委の幹部に相談すると、返答は「精神疾患として休職扱いにする。3年ぐらい休んで戸籍の性別も変えてほしい」。休職して見知らぬ土地に移り住んだ。スカートをはいて引っ越しのあいさつに回り、新しい人生が始まった。

 性別適合(性転換)手術と性別変更を終え、20年春に都会の養護学校に復職。一部の同僚には過去を打ち明け、受け入れられた。

 教諭は「学校は保護者と子供ありきだから、どこも私を引き受けたくなかっただろう。教委や学校がリスク覚悟で動いてくれたから、今も子供と向き合える」と感謝している。

 当事者らで作る一般社団法人「gid.jp」(東京)代表の山本蘭(53)はいう。「研究員、IT技術者など技術を生かせる仕事や公務員は受け入れられやすい。一方で就職できなかったり、職場で仕事を与えられなかったりする人も多い」

 大阪市の無職、山中あき(42)は履歴書の性別欄が怖い。名前と顔写真は女だが戸籍上は男。男に印を付けると書類選考で、女に印を付けると面接で落ちる。悩んだ末に「男・女」の「・」に印をつけた。やはり書類選考で落ちた。

 かつて食品メーカーの営業マンだった山中は男として働くことが苦痛で退社した。浴室で下半身に不安と吐き気を覚え、性同一性障害と診断された。貯金を切り崩しながらホルモン治療を進め、17年3月に改名した。

 それ以降、90社以上の求人に応募したが不採用が続いている。昨年2月に物流会社に女性として履歴書を出し、性同一性障害を伏せて採用されたこともあった。しかし−。

 採用から数日後。現場責任者と保険加入の手続きを進める際に性同一性障害を告白した。山中が「女性として生活している」と説明すると、責任者は顔をしかめた。

 「そういう人と分かっていたら採用しなかった。性別詐称なので、これです」。責任者は両手の人さし指で×印を作った。

 山中は生活保護を受けている。性転換手術と性別変更をして働きたいが、カネがない。家族とは疎遠という。「私は暗闇の中で孤独です」    =敬称略

 ■性同一性障害 心と体の性別が一致しない障害で原因は解明されていない。英語の「Gender Identity Disorder」の頭文字を取り、GIDと略される。患者は1万人以上と推定され、岡山大学病院の患者への調査では自殺を考えた人の割合が約6割に達した。性同一性障害特例法に基づき、(1)婚姻していない(2)未成年の子がいない(3)性別適合(性転換)手術を受けている−などの要件を満たせば、家裁で戸籍の性別変更の審判を受けられる。

182チバQ:2011/03/06(日) 20:09:15
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110220/trd11022017430014-n1.htm
【ボーダー その線を越える時】
第2部 性(2)安易な手術 転換後は戻れず
2011.2.20 17:40 (1/3ページ)

女性になるため、中野由佳=仮名=はタイで性別適合手術を受けた(荻窪佳撮影)
 平成22年1月、男性から女性になる性別適合(性転換)手術のためタイに出国した関東地方の飲食店従業員、中野由佳(29)=仮名=に不安はなかった。

 性同一性障害と診断されてから約1年。全身麻酔による手術は約6時間に及んだ。目覚めて傷口の熱を感じたとき、「長い道のりが終わった」と安堵(あんど)した。

 患者の多くがタイに飛んでいる。タイでの手術をコーディネートする会社は複数あり、うち「アクアビューティ」(大阪市)は15年から22年2月まで約750件の手術を実現させた。

 背景にタイの手術件数の多さや技術の高さに加え、日本では手術までに時間がかかることが挙げられる。日本では性別を変える治療を慎重に行うためのガイドラインがあり、基準を満たして手術を行える医療機関は少ない。手術の順番待ちも長く、初診から手術まで平均3〜4年かかる。

 中野は手術までの手順をガイドラインに従った。「手術で幸せになるとはかぎらない。外見や人間関係で不幸になる人もいる。ガイドラインは当事者が後悔しないために作られているから、従うべきだと思う」


■    □


 性同一性障害の治療の中でも、特に生殖機能を失い、性の境界を越える性転換手術の実施は、不可逆であるだけに慎重さが求められる。

 「胸がふくらんできたら違和感があって…。ホルモン剤、やめようと思う」

 数年前、岡山大学病院ジェンダークリニックの医師、中塚幹也(49)を訪ねてきた20代の男性は、困惑していた。男性は診断を待てず、インターネットで購入した女性ホルモン剤を服用していたのだ。

 性同一性障害は、同性愛や女装といった趣味の範疇(はんちゅう)と誤解されがちだ。中塚はいう。「性同一性障害は自分が男か女かという性自認が身体の性別と違うこと。性自認が揺らぐ人もおり、慎重に診断してから治療を始めなくてはいけない」

 ナグモクリニック名古屋院(名古屋市)を訪れた30代の男性は、性同一性障害の診断を得ていないが、「睾丸だけでも取って」と訴えた。同様の患者は毎日のように訪れるという。

 院長の山口悟(40)は「生殖機能が永遠に絶たれるということをよく考えて」と男性を諭した。

 だが、ネット上では「効果的に女性化」などと睾丸摘出手術の広告の文句が躍る。山口は「ガイドラインを無視した手術が横行している」と憂えている。


■    □


 埼玉医科大は10年に、国内で初めてガイドラインを順守した正当な医療として性転換手術を実施。大阪府立大准教授(ジェンダー研究)の東(ひがし)優子(44)はこの時期を転換期と位置づける。「性同一性障害は遠い世界の出来事だったが、医療問題として報道されることにより、『身近な存在で差別をしてはいけない』という認識が広まった」

 13年にはテレビドラマ「3年B組金八先生」で性同一性障害の女子生徒が登場。モデルとなったライターの虎井まさ衛(47)は「ドラマの力は大きい。10年たつのに『金八を見た』といわれる」と驚く。

 15年には戸籍の性別変更を認める性同一性障害特例法が成立。議員の説得に奔走したGID(性同一性障害)学会顧問で弁護士の大島俊之(63)は「国のお墨付きを得た意義は大きい」と振り返る。

 東はこんな見方を示す。「反対の性別を望む主張が、既存の『男らしさ』『女らしさ』の概念と衝突しないと受け止められ拒絶されなかった。性差があいまいになることへの社会の嫌悪は強い」  =敬称略

 ■診断と治療のガイドライン 日本精神神経学会が作った性同一性障害の診断・治療指針。医療機関側に順守の義務はないが、患者の後悔を防ぎ、スムーズな社会適応を促すために従うことが望ましいとされる。(1)2人の精神科医により診断を確定(2)精神科の治療を経ても性別違和感が続いた場合に身体的治療に移行(3)ホルモン治療は18歳以上、性別適合(性転換)手術は20歳以上が対象(4)医療機関は同手術の実施について医師や法曹関係者らで構成する判定会議で慎重に検討すること−などを求めている。

183チバQ:2011/03/06(日) 20:10:08
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110221/trd11022116020018-n1.htm
【ボーダー その線を越える時】
第2部 性(3)生殖機能も“移植”? 倫理的課題も
2011.2.21 15:59 (1/3ページ)

会見で子供の嫡出子認定を求める性同一性障害の当事者ら=昨年12月、東京・永田町
 昨年3月、車内でハンドルを握る妻に「子供がいてもいいかも」と話しかけた。驚いた妻は「いいの?」と聞き返した。8月、妻は第三者の精子を使う非配偶者間人工授精(AID)で妊娠した。

 かつて女性だった神奈川県の自営業の夫(35)は、性別適合(性転換)手術を経て性別を変更。同じ年齢の妻は以前から子供を産んで育てたいと思っていたが、「他人の精子をもらうことは夫を否定することになると思い言い出せなかった」。そんな妻の様子を感じ取った夫が切り出したのだ。

 妻のおなかの中では最近、毎日のように赤ちゃんが動く。妻は喜びをかみしめる。出産予定日は今年5月。夫は赤ちゃんの入浴方法などを学ぶ教室に通い、心の底から「俺の子供だ」と思っている。


■    □


 「戸籍がない状態を目の当たりにして、子供の存在も否定されている感じがする」。昨年12月、東京・永田町で開かれた記者会見。性別変更した関東在住の男性は言葉を詰まらせた。

 男性夫妻には昨年、AIDでもうけた乳児がおり、嫡出子として出生届を出そうとしたが受理されなかった。会見には同じ境遇で子供が無戸籍となっている大阪府の会社員、前田良(28)と、あの神奈川県の夫婦の姿もあった。

 民法772条には「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」と書かれており、夫婦の間に生まれた子供は嫡出子と認定される。法務省によると、772条はAIDによる出産を想定していないが、出生届を受ける窓口ではAIDによる出産か確認できず、嫡出子としての届け出が受理されるのが一般的だ。

 しかし、性別変更した男性が夫の場合は戸籍の記載で性別変更が分かるため、「夫の子でないことが明らかであり、今の法制では非嫡出子として受理する」(法務省担当者)という。

 「改善に取り組む」。平成22年1月、当時の法相、千葉景子は明言した。だが法務省は現在、「厚生労働省がAIDを含む生殖補助医療に関するガイドラインを定めた後、親子関係の法制に関する検討が進められる」との立場だ。

 ゲタを預けられた格好の厚労省は「生殖補助医療に関する法規制は行政機関ではなく、国会で議論されるべきだ」と主張。両省の主張はかみ合わず、無戸籍児への対応は棚上げ状態だ。

 この状況下、神奈川県の夫婦は子供を嫡出子として届け出るつもりだが、受理される見込みは低い。「AIDで生まれたほかの子供と平等に扱ってほしい」


■    □


 精巣や卵巣を摘出する手術は患者から生殖能力を奪う−。この常識を覆そうとしているのが、岡山大病院形成外科の准教授、難波祐三郎(50)だ。

 5年前からラットを使って精巣と卵巣の移植実験を始めた。異性間移植が成功すれば、性同一性障害を抱える患者が定期的に続けるホルモン投与をしなくて済むという発想が出発点だ。

 すでに雄ラット同士の精巣移植は成功しており、移植後の精巣からは新たに男性ホルモンと精子が作られている。

 性転換する女性に、男性から性転換する患者の精巣を移植し、自らの遺伝子を持った男性ホルモンと精子を形成する−。難波はそんな未来像を思い描いてこういう。「生まれてきた以上、自分の遺伝子を残したいのは本能だ」

 本来は不可逆である生殖機能を性転換患者に移植することは、“神の領域”への侵食とならないか。性の境界では今、新たな倫理的課題が人類に突き付けられている。   =敬称略

 ■非配偶者間人工授精 第三者の精子を妻の子宮に注入し、妊娠・出産を試みる生殖補助医療。英語の「Artificial Insemination by Donor」の頭文字を取り、AIDと略される。国内では昭和23年に初めて実施され、1万人以上が生まれたとされる。日本産科婦人科学会のガイドラインでは、(1)対象は法的に婚姻している夫婦(2)精子提供者は匿名とし、医師は提供者の記録を保存する(3)営利目的での精子提供を禁止−などを定めている。

184チバQ:2011/03/06(日) 20:11:28
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110224/trd11022417280011-n1.htm
第2部 性(4)草食 欲望は「ムダ」 セックスに嫌悪も
2011.2.24 17:19 (1/3ページ)

友達から“草食系”と呼ばれる菊池良=東京・新宿(緑川真実撮影)
 女性と付き合ったことも、セックスをしたこともない。肌に触れたいという欲望すら感じない。東京都内の私立大学に通う菊池良(23)は友達から“草食系”と呼ばれる。

 生殖機能を失いながら子供を持つことを望む性同一性障害の患者がいる一方、セックスそのものへの関心を失う若年男性の姿も目立つ。

 菊池は月に1度ぐらい性欲がわき、インターネットのアダルト動画を見る。その度に「ムダなことをした」と後悔する。そんな菊池が今、初めて片思いをしている。年下の女子大学生のことを毎日考える。「一緒にいて、いつでも話せて、向こうも話しかけて、みたいな関係になりたい」。性的な対象として見ることはない。

 平成20年秋。東京都の会社員、沢矢あい(32)=仮名=は、交際中だった大学3年の男性(23)と繁華街を歩いた時、風俗店の看板が目に入った。「社会人になったら行く?」と冗談で聞くと、普段は物静かな男性が必死の形相で叫びだした。

 「ヤダ、ヤダ、ヤダ。男の欲望を抑えられないことは許せない。汚いことだ」

 男性は一緒に泊まっても別々に寝ようとするなどセックスにも消極的だった。1年半の交際でセックスは月1、2回ペース。沢矢は「草食系男子が増えると世の中が無機質になり、子供も減る」と憂う。

 厚生労働省研究班の昨年9月の調査によると、セックスに無関心・嫌悪する男性の割合は2年前と比べ16〜19歳で17・5%から36・1%、20〜24歳で11・8%から21・5%と倍増した。

 調査を担当した日本家族計画協会の北村邦夫(60)は、「セックスに限らず、男女間のコミュニケーションを面倒と考える人が増えている」と懸念する。

 希薄な男女関係を示すデータもある。国立社会保障・人口問題研究所が17年に18〜34歳の未婚男女を対象に行った調査で「異性の友人や恋人がいない」と答えた男性は約52%、女性は約45%。同研究所の佐藤龍三郎(59)は「不安定な経済状況の中で若者がパートナーを見つけて支え合い、カップル内でセックスを含め親密さが高まってくれれば」と期待する。

 一方、動物行動学研究家の竹内久美子(55)はこんな見方を示す。「草食系は子孫を残せず、いずれはいなくなる。どんな時代も子孫を残す者が勝ち残り勢力を拡大する」


■    □


 「今は乾燥して肌がかゆくなるので互いの背中をかく」。1月下旬、千葉県浦安市のあべメンタルクリニックを訪れた30代の夫婦に、院長の阿部輝夫(66)はスキンシップの「宿題」を出した。夫婦は結婚して5年余り。1度もセックスをしていなかった。だが2人は「夫婦仲はいい」と口をそろえたという。

 阿部が受けたセックスレス相談は元年の10件から22年は180件と急増。約7割が男性に起因、多くが性欲低下だ。阿部は「純粋に性欲がない。原因は分からない」と説明する。

 「3年も付き合ったのに一度もセックスがなくて寂しい。結婚したらセックスをしてくれますか」

 ネット上の「恋人・夫婦仲相談所」に数年前、20代の女性が書き込んだ。所長の二松まゆみ(50)は「相手も問題意識を持たないと解消されない」と考えており、女性には「結婚するだけでセックスレスは解消しない」と回答した。女性は結局、結婚した。その2年後、女性から二松にメールが届いた。「希望は裏切られた。まだ1回もセックスをしていない。子供もほしいのに」 =敬称略

185チバQ:2011/03/06(日) 20:12:19
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110225/trd11022516100019-n1.htm
第2部 性(5)胸、声変わり 学校イヤに
2011.2.25 16:05 (1/3ページ)

性別に違和感を覚え続けていた少女(右)は、母親と一緒に岐阜から上京して新しい生活を始めた=東京都内(古厩正樹撮影)
 膨らむ胸と、生理が嫌だった。岐阜の田舎町に生まれた少女は漠然とした心と体の違和感を覚えていた。中学3年の時、友達の家で初めて化粧をした。「心が変わるかも」。こう思ったが気持ち悪いだけだった。

 平成20年3月。卒業式の数日前に、「女の子が好き」と母親(44)に打ち明けた。「否定したらこの子は傷つく」と思った母親は数日後、職場に向かう車の中でひとり泣いた。

 「こいつがあるから…」。高校1年の時には制服のスカートを破った。母親は担任に「性同一性障害だと思う」と相談した。しばらくして女子用の制服のズボンも用意されたが、周囲の目が気になり、引きこもりがちになった。

 学校に行かずソファで寝ころぶ少女に母親は「このままではダメになる」。2人は21年10月、環境を変えるため東京に飛び出し、通信制の高校に編入した。

 18歳になった少女は、勉強の傍ら新聞を配達する。短髪の頭にタオルを巻き、胸の膨らみを押さえつける特殊なシャツを着て自転車のペダルをこぐ。「シャツは毎日着ている。着ないと不安で外に出られない」


■    □


 21年3月、神奈川県内の小学校の卒業式で、少年は学校で初めてはいたスカートのしわをしきりに伸ばした。新しく考えた女の子の名前で先生に呼ばれても返事ができない。見守っていた母親(47)は「緊張している」と思った。でも少年は笑顔だった。

 少年は教科書に、本名ではなく女の子の名前を書くこともあった。小学6年の夏、母親の前で「自分の心にウソはつけない」と泣いた。精神科医からは性同一性障害と診断された。

 相談に乗ってくれた小学校の校長は中学校側に女子生徒として扱うよう掛け合った。「これから助けてあげてほしい」。卒業式直前には同級生たちにこう呼びかけた。中学校に入学した少年は、女子の制服に喜んだ。髪にカールをかけ、おしゃれも楽しんだ。女子トイレに入るときは、同級生が付き添ってくれた。

 順調に進むかに見えた中学生活だったが、2年生の少年は今、学校を休みがちだ。第2次性徴による声変わりに苦しみ、「おはよう」の一言が言えない。母親はこれからの体の男性化を心配している。


■    □


 大阪医科大ジェンダークリニックで1月18日、第2次性徴を止める「抗ホルモン剤」投与の同意書に兵庫県内の小学6年の男児と母親が署名した。同クリニック准教授、康純(こう・じゅん)(48)が「次に来たとき始めよう」と話しかけると、性同一性障害の男児はうれしそうにうなずいた。

 女の子として小学校に入学した男児は5年の時、たまたま口の周辺に毛が1本生えていたのを見つけ、ひげが生え始めたと思い込んで「死んだ方がマシ」と泣きじゃくった。定期的に測っていた血中の男性ホルモンは昨夏、第2次性徴の影響で数値が著しく増えた。康は親子と話し合い、抗ホルモン剤投与を決断した。

 思春期の身体の変化を一時的に止める治療には慎重論があり、治療方法を定める日本精神神経学会のガイドラインには盛り込まれていない。同医科大では倫理委員会で慎重に検討を重ね、実施を決めた。

 康は「この治療は世界的には標準的な治療の一つとなっており、可能性をつぶしてはダメだ」と訴える。

 多くの患者を診察してきた「はりまメンタルクリニック」(東京)院長、針間克己(45)は懸念する。「周囲と発育状況が違うことに苦しむ可能性もあり、十分なケアが必要。今後、治療環境が整わない医療機関で安易に行われないかが心配だ」=敬称略

 ■抗ホルモン剤 精巣や卵巣を刺激する脳下垂体に働き、性ホルモンの生成や分泌を抑える作用がある。大阪医科大が投与を決めた「LH−RHアゴニスト」は、声変わりや月経といった「第2次性徴」が異常に早く現れる思春期早発症の治療にも使用されており、製造元の武田薬品によると、副作用はほぼないという。性同一性障害の治療では、岡山大病院が女子高生に投与した例がある。女子高生は18歳で投与を中止して男性ホルモン剤の投与に切り替え、20歳で乳房切除と性別適合(性転換)手術を受けた。

186チバQ:2011/03/06(日) 20:13:12
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110226/trd11022620350013-n1.htm
第2部 性(6)分化 「男か女か分からず生まれ困ってる」
2011.2.26 20:31 (1/4ページ)

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 「女にしか渡さないはずなのに、なぜおれに?」

 繁華街で手渡された小さな袋。ポケットティッシュだと思って受け取ったものは、生理用ナプキンの試供品だった。

 さいたま市の文筆業、石巻拓海(41)=仮名=は幼い頃からよく女性に間違われてきた。ホルモンや染色体の異常により、男女の特徴をさまざまな組み合わせで持つ性分化疾患の患者だ。

 「半陰陽なら自分で性を選べる」。石巻はある日、同じ疾患を抱える患者の輪を広げるために開設している自身のブログに、こんな書き込みがあるのを目にして思った−。「性を自分で選んで生まれてくる人なんていない。男女どちらか分からない状態で生まれてきたから困っている」

 大阪府の橋本秀雄(49)は「オバハンみたいなオッサンやろ」と大きな声で笑う。ふっくらとした体つき、薄いひげ…。性分化疾患の自助グループ「PESFIS」を主宰する。

 生まれつき小さかった男性器は3歳になっても発達せず、男性ホルモンの投与を受けた。だが効果はなく、その後、治療は行われてこなかった。橋本はそのことを知らずに育った。違和感を覚え続けてきた橋本が32歳で聞き出すまで、母親は疾患の話を一切しなかった。

 「普段は下着で隠しているから関心が遠のいていくのだろう。あるがままを受け入れたなんてきれいなものじゃない。あきらめたということ、親も自分も」

   ■    □

 「性の問題は隠しておきたいこと。子供は親に教えてほしいという場合が多く、親から本人に伝えることが自立に繋がることも研究から分かってきているが親は隠したがる」

 こう話す国立成育医療研究センター(東京)の研究所部長、緒方勤(54)は普段タブー視されている「性」に関する疾患と向き合う難しさを指摘する。

 「性に対する秘匿性、特殊性が正しい知識の普及を困難にしている」

 かつて《半陰陽》《両性具有》などと呼ばれていたこれらの疾患は平成21年、日本小児内分泌学会が性分化疾患と呼称を統一した。

 「男」と「女」が存在する社会の中、子供を性差の境界上に置いて性別をあやふやにしたままの状態で育てていくことは、ほとんど不可能といえる。

 性分化疾患の患者を20年間診察してきた大阪府の男性医師(63)は「(性分化疾患の患者は)珍しいため出生時に診て混乱する医師がほとんど」と指摘して、こう続けた。「少し前まで、男性器が小さいなどの場合は手術が簡単だということで、女性としての道を勧める医師もいた」

187チバQ:2011/03/06(日) 20:13:34
  ■    □

 「社会が性分化疾患を夢物語のように思っている」。都内のモデル、中島静(34)=仮名=は憤る。中島には、子宮や卵巣とともに男性のような外性器もある。

 14歳のころ「こんな体で生きていていいのか」と悩んだが、翌年、夢だったモデルの仕事を始めてから気にならなくなった。

 中島の場合、治療も特に必要なく、望めば子供も持てる。気にかかるのはむしろ、ほかの患者のことだ。高校生のころに会った患者の少女は男性のようになる外見に悩み、自殺未遂を繰り返していた。

 中島は性分化疾患が知られていないことがもどかしい。

 「体の疾患としてホルモンバランスがおかしかったり薬を飲んでないと生きられない人たちが、もっと社会に受け入れられてほしい」

 =敬称略、第2部おわり

 (この連載は高橋裕子、高久清史、田中佐和が担当しました)

 ■性分化疾患 性染色体の構成や精巣、卵巣といった性腺など、男女の性別を決める身体の特徴をさまざまな組み合わせで持ち、性別判定が難しい疾患の総称。疾患数は60種類以上、国内の患者数は約6500人と推計されている。不妊の傾向が強く治療をしなければ生命に関わる場合もある。原因や将来的な発達を踏まえ、出生後早い時期に養育する上での性を決められるよう厚生労働省研究班は昨年12月、国内初となる初期診療の手引きを公表。今後、より科学的根拠の高い指針の作成を目指す。

188チバQ:2011/03/06(日) 20:15:25
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110106/bdy11010610420001-n1.htm
【ボーダー その線を越える時】
(1)生の境界・NICUで救われるミラクルベビー
2011.1.2 22:18 (1/3ページ)
長男が入院していたNICUを訪れた横浜ベイスターズの村田修一。予定日より4カ月早く生まれ体重400グラム台だった乳児と家族を励ました=平成22年12月8日、神奈川県立こども医療センター(篠原那美撮影)
 相模原市の小児科医、小口(おぐち)弘毅(59)のもとには毎年正月、患者だった子供たちから年賀状が届く。

 大学病院内の新生児集中治療室(NICU)で20年間、小さな命と向き合ってきた小口。体重1000グラム未満の超低出生体重児に、特別な愛着を抱いている。

 「この双子の兄弟は今や元気な大学生。心停止した1人に心臓マッサージしたときは、もうダメだと思ったけどなあ」

 年賀状の片隅に記された双子の名前は「生(しょう)」と「命(めい)」。小口は2人のように生死の境界を乗り越えた子供たちを“ミラクルベビー”と呼ぶ。小さな命を救う境界も変わってきている。



 横浜ベイスターズの主砲、村田修一の長男、閏哉(じゅんや)(4)もミラクルベビーの一人だ。

 平成18年2月7日、閏哉は712グラムで生まれた。妊娠23週だった村田の妻、絵美が破水して総合病院に運ばれてから12日目だった。総合病院で、村田は産科医から告げられた。

 「23週で生まれたら9割の子が亡くなる。生き残れた1割のうち9割は大きな障害が残る」

 NICUの保育器が母親の子宮代わりとなった閏哉の様態は、生後7日目に急変した。腸に穴が開き、手術しないと命が危なかった。搬送先の神奈川県立こども医療センターで、村田は大きな選択を迫られた。閏哉は腹の中で大量に出血。輸血しても止まらず、手術に耐えられる見込みは低いといわれたからだ。

 「助けられると思うからこそ、赤ちゃんに痛みを強いる治療もする。でも、赤ちゃんが弱ってくると治療は暴力ではないかと悩むこともある」。同センターの新生児医、豊島勝昭はそう述べて続けた。「救命が困難になったら、治療を差し控えて残された時間を家族で大切に過ごすという選択もあるのではないか」

 村田は閏哉の生命力を信じた。輸血で全身の血液は5回ほど入れ替わった。3日目、ようやく止血が始まり、腸の手術に臨むことができた。「閏哉は生死の瀬戸際で、何度も少ない確率の方へすり抜けてくれた。支えてくれた全ての人に感謝している」。昨夏、村田は閏哉にグローブがほしいとせがまれた。「あのちっちゃな息子と、キャッチボールができるようになるなんて、ね」とはにかんだ。

 豊島はいう。

 「医者は神様にはなれない。よく『先生にお任せします』といわれるが、親として子供にどうしてあげたいのかという願いを聞きながら一緒に決めていきましょうとしかいえない。医学が進歩し続ける今だからこそ、死生観をそれぞれが持つことが必要だと感じる」

189チバQ:2011/03/06(日) 20:15:37


 日本の新生児医療は世界トップレベルといわれる。だが、超低出生体重児の生存率が向上する一方、同じようにNICUで治療を受けながら、重い障害を抱えて生きていく子供もいる。

 小口がNICUで診た新生児の中に、脊髄髄膜瘤(りゅう)と水頭症という先天疾患を抱えた女児がいた。成長しても歩行障害と排尿、排便障害が残る可能性があった。「どんな子供にも生きる権利がある」。小口は手術の必要性を訴えたが、父親は治療を拒否。「こんな身体で、お嫁にもらってもらえますか」。切り替えされ、説き伏せる言葉を失った。

 頭に水がたまってパンパンにはれていたけれど、ニコニコよく笑う子だったという。「手を尽くしても救えない命はある。でも、あの子はどうだったんだろう」。女児は水頭症の手術を受けられないまま、生後8カ月で亡くなった。



 「つらいことばかりなのに、こんなに頑張らせる必要があるのでしょうか」。神奈川県の主婦、田中聡子(39)=仮名=も、NICUの医師に泣きながら訴えたことがある。

 定期検診で「子供のおなかに水がたまる胎児水腫」と診断され、29週目に緊急帝王切開で出産。長男はNICUへと運ばれた。

 むくみのせいで気管が狭く自力で呼吸ができなかった長男は、生後6カ月で気管切開の手術を受け、呼吸は楽になったが、たんの吸引なしには生きられない身体になった。未熟児網膜症で全盲とも言われ、「もうこのまま…」と思ったこともあった。それでも−。

 6歳の長男は今、養護学校に通う。「身体は不自由で目も見えないけど、『学校に行こう』と語りかければ笑顔を見せてくれる。悲しいことばかりじゃない。この子なりに楽しいこと、うれしいことが分かっているみたいです」=敬称略

190チバQ:2011/03/06(日) 20:16:30
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110106/bdy11010610420002-n1.htm
ボーダー その線を越える時】
(2)死の境界…「自分らしく」最期は自然に
2011.1.3 17:59 (1/3ページ)

ALSという難病患者の清水富久雄さん=千葉県習志野市(三尾郁恵撮影)
 不自由を覚悟して「生きる」か、尊厳を保ちながら「死ぬ」か−。

 生死を分ける境界に直面したとき、究極の選択を迫られる瞬間がある。以前ならば自然に死を迎えた状態も、医学の進歩により人工呼吸器や胃ろう(胃に直接栄養を送る装置)を付けることで、生き長らえることが可能となったからだ。

 千葉県習志野市の清水富久雄(49)も10年前、その境界線に立った。自宅6畳間のベッドに横になった清水の体はやせ衰え、のどには人工呼吸器のチューブ。室内にはプシュー、プシューという呼吸器の無機質な音が繰り返し響く。

 平成11年、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病を発症した。全身の筋肉がやせ衰える病気で、治療法はない。2年後には全身不随となり、食事や呼吸もできなくなった。呼吸器を付けて全身不随のまま生きるか、それとも付けずに死んでいくか−。ALS患者の約7割は「死」を選ぶ。

 しかし、清水は「人には生まれてきた意味がある」と生きる決断をした。

 声も出せない体だが、文字盤と目線で一文字ずつ懸命に意思を伝える。わずかに動くほおで器用に障害者用のコンピューターも操作する。2カ月に1回程度、介護系専門学校に出向き、臨時講師として自身を“教材”とした介護の実践授業に一役買うなど、生きがいも見つけた。

 「死にたいと思ったのは病気を告知されたときくらい。私は笑って生きていけると思ったから、生きることを選んだ」

おまけの人生

 肺がんと闘う横浜市の三浦秀昭(54)は昨年6月、医師から余命3カ月と宣告された。幸い今も命はつなぎ止めているが「着実に時間は無くなっている」と感じている。

 それでも生きる希望は捨てない。自身の動画映像と近況を毎日、インターネットで発信。「闘う自分の姿を発信することで他のがん患者に勇気を与えたい」からだ。「死のボーダーはあきらめない気持ち。あきらめたときにボーダーはある。だから僕は悔いのない所まで生き続けたい」

 一方で、「自分らしく生きられないなら…」と、呼吸器などの延命治療を拒否し、自らの意志で死のボーダーを超える決断をした人もいる。

 大阪市西区の島田多壽子(70)は約3年前、卵巣がんが見つかった。2度の再発後、根治は無理と告げられた。

 《呼吸器などの延命治療はせず、痛みだけ取り除いてほしい》

 手紙に書いて、主治医と家族に渡した。家族に苦しんでいる顔を見られたくなかった。葬儀費用も娘に託した。身辺整理をしたら楽になった。

 今では入院や検査の合間を見つけては趣味の旅行に出かける。「これからはおまけの人生。だから何をしても楽しいし、何を見ても感慨深い。病気は嫌だけど事故で急に死ぬのとは違う。ある意味、こんなに良い老後はない」と笑う。

 長年B型肝炎を患ってきた名古屋市南区の斎藤セツ子(71)も、延命治療を拒否する一人だ。「体が悪くなれば、生きていても良いことはないと思ってしまう。最期は自然に死にたい。機械の力を借りて生きるのは自然じゃないもん」

できぬ後戻り

 死をめぐる選択は後戻りできない。それは「生きる」場合も同じだ。呼吸器や胃ろうなど回復して外せることもあるが、回復しなければ途中で外すことができない。治療の中止が死に直結するため、取り外した医師が殺人罪に問われかねないからだ。この現実が、究極の選択をさらに難しいものにさせている。

 東京都府中市の会社員、稲田正俊(59)=仮名=は、脳卒中で倒れて植物状態となった母(91)を6カ月以上、介護した。母は胃ろうを付け、意思表示もできない状態で6カ月以上生き続け、昨年12月29日、永眠した。

 「母を蛇の生殺しのような状態にしてしまった。もう楽にしてあげたい」。介護をしながら何度も思った。しかし、治療を中断できない以上、「看病を喜んでくれているはず」とも言い聞かせた。手を握ると目に涙を浮かべることがあった。苦しみの涙にも、喜びの涙にも映った。

 医療の発展は自然の摂理であった死の境界すら人の手で操れるようになってきた。人工多能性幹細胞(iPS細胞)の台頭など、理論上は死なない体も可能だ。それは生きる希望や喜びを享受できる半面、新たな苦しみを生み出す危険性もはらんでいる。=敬称略

191チバQ:2011/03/06(日) 20:20:12
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110106/trd11010610430015-n1.htm
【ボーダー その線を越える時】
(3)男と女の境界・オカマキャラ、草食系男子の氾濫、その先に… 
2011.1.5 07:49 (1/3ページ)

「オカマキャラ」で脚光を浴びるマツコ・デラックス(大西史朗撮影)
 「話すきっかけがつかめない。どうしたらいいのやろう」

 昨年12月、晴れた日曜の昼下がり。家族連れでにぎわう京都市内の動物園で、会社員の男性(34)は、1人でゾウを見ながら戸惑っていた。

 スーツにダウンジャケット、ピカピカに磨いた靴。京都市などが主催したお見合いイベントにめかし込んで参加した。男女各5人のグループで動物園を散策していたが会話の糸口をつかめないまま、グループから離れてしまった。

 本来、おもしろい話をして人を楽しませるのが好きなはずなのに、どう話しかけて良いか分からない。「なかなか難しい」とつぶやいた。

 イベントの定員は男女各100人。男性は368人が応募し、母親が申し込んだケースもあった。一方、女性は1140人が殺到。抽選で絞り込まれた。

 「話しかけても一問聞いたら一言答えて終わり。“一問一答”みたい。私、落ち込んでいます」

 大きな目に華やかな長い巻髪がよく似合うエステ店経営の女性(33)。自己紹介が書かれた名札を見て、映画鑑賞が趣味の男性に「最近、何見た?」と声をかけた。すると男性は「最近、見ていないんだ」と一言。会話は終わった。

 「友達が申し込んだ」「友達の代理で」と消極的な男性たち。結婚したいという気持ちが前提ではないのか。もどかしさが募る。

 「もっと『肉食系』の男性がいればいいのに…」

〝ナヨナヨ〟

 「肯定的な意味で『草食男子』と言ったのに、悪い形でブレークした」

 「草食男子」の名付け親でコラムニスト、深澤真紀(43)は、言葉が意図しない使われ方をされてきたと感じている。

 深澤の考える草食男子とは「見えを張るための消費や恋愛に血道を上げない若い男性」。お金があってもむやみにブランド品は買わない。女性とも友情が築け、美容や家事にも関心を持つ。

 それがいつの間にか「草食系」は意欲がなく消極的であるなど、“ナヨナヨ”とした男性像として使われるようになった。

 平成21年秋、マガジンハウスの女性向け情報誌「ハナコ」の男性版「ハナコフォーメン」が創刊された。頭皮や髪を手入れする男性向けの「ヘッドスパ」特集の掲載店には、予約が殺到するほどだった。

 13年前まで出版社の編集者だった深澤は、上司に「本の装丁を女性向けにすると男性に売れない」とよく言われた。「もし当時、同じ企画を出したら、『なぜ男性向けがハナコなんだ』と怒られたはずだ」

 競馬、立ち飲み、スイーツ…。男性も女性も楽しんでいる。「『男(女)だから○○する』といった性差のボーダーはもうない。女がおしゃれして女を装うように、今後は男を装う男がさらに増えるだろう」

異形なもの

 「西麻布の店に行かなくてすむし、殴られなくてすむ。(デュエットするなら)海老蔵、海老蔵、海老蔵!」

 昨年12月、家庭用カラオケゲームの新商品発表会に登場した女装のコラムニスト、マツコ・デラックス(38)は、東京・西麻布のカラオケバーで殴打された歌舞伎俳優、市川海老蔵(33)を引き合いに出し、会場の笑いを誘った。

 テレビでは女装した男性の「オカマキャラ」が脚光を浴びている。深澤は、人気の背景に性差が薄れたことがあるとみている。

 だが、当のマツコはオカマキャラ人気について、別の見方をする。「中庸なものが氾濫している中で分かりやすく異形なのよ、オカマは。異形のものを見たい、感じたいという欲望に応えられたのでは」

 「草食系」男子の台頭はひとえに、「戦争がないから」だと言い切る。

 古代から男性は戦い、女性が家庭を守るものだった。「何千年とかけてできたのが、今の男女の差。日本人にとって戦争が遠い存在になり、性差も薄れた。働かない主夫が普通になるとか、男と女が本当の意味で対等になる時が来てもおかしくないという気配を感じる」

 “ゲイの聖地”として知られる東京・新宿2丁目も変わった。男の世界だった界隈に、若い女性グループの甲高い声が響く。

 昭和48年ごろからこの地で働いてきたバー経営、ゲイの洋ちゃん(73)は懐かしむ。「昔は閉じられた世界で、限られた人がくるところだった。それが楽しかったのよ」=敬称略

192チバQ:2011/03/06(日) 20:21:14
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110106/bdy11010610440003-n1.htm
【ボーダー その線を越える時】
(4)性の境界 「なぜ僕は父親になれないのか」
2011.1.5 18:58 (1/3ページ)

性転換手術後、女から男に戸籍を変えた前田良(左)。子供は第3者の精子提供により妻(右)が出産した(奈須稔撮影)
 長年、自分に違和感を与え続けてきた子宮が体内から取り出されたとき、高揚感はなく淡々としていた。

 性別適合(性転換)手術の分野で、世界有数の手術数と技術を誇るタイ・バンコクのヤンヒー病院。平成20年2月、病室のソファに腰掛けていた。手には摘出直後の子宮を撮影した写真があった。「ほんまになくなったんやな」

 その翌月、性同一性障害特例法に基づき、性別を男に変えた大阪府東大阪市の会社員、前田良(28)。女から男への境界を越えた実感は、「ようやく男に戻れた」という安堵感を生んだ。

 「なんで女なんやろ」。幼稚園のころから疑問を抱いていた。中学、高校と進学する中で違和感は増し、制服のスカートがたまらなくイヤだった。髪を少年のように刈り込み、周囲からは「男女(オトコオンナ)」と揶揄された。

 高校卒業後は警備会社に就職したが「制服のスカートを着る女」で居続けることに苦しみ数カ月で退職。「名前を男に変えたい」と両親に相談したが、母は泣き出し、父は「お母さんを泣かすな」と諭した。

 19歳の時から、親に内緒で男性ホルモンの注射を受け始めた。低く変わっていく声、生え出したひげ。体に変化が表れる分、親との距離が広がった。16年、心と体の性別が違う「性同一性障害」と診断された。特例法に基づき性別を変えるためには、性別適合手術を済ませる必要があった。

 タイの病室では前田に寄り添う交際中の女性(29)の姿があった。術後は痛みでうなされる前田の背中をさすり、寝ずに介抱した。性別を男性に変え、この女性を妻にしなければ−。約2カ月後に結婚し、両家の家族が祝福してくれた。「ようやく普通の男として暮らせる」。だが、厳しい現実が待っていた。

 「子供が欲しい」と言い出したのは前田だった。手術を行い、ホルモン投与を続ける自分は長生きできないかもしれない。「僕が死んでも、妻を支えてくれる子供を残したい」

 生殖能力がない前田。夫婦が選んだ道は第三者の精子を使う非配偶者間人工授精(AID)だった。21年11月4日、体重2310グラムの男の子が産声を上げた。前田は病室で、出産を終えたばかりの妻と抱き合い、涙を流した。

 民法772条には「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」と規定。この一文から、不妊治療として行われるAIDで生まれた子は一般的に「嫡出子」として扱われる。

 前田も、当時住んでいた兵庫県宍粟(しそう)市の市役所に嫡出子として出生届を出そうとした。だが「生物学的に親子関係は認められない」と指摘され、父親の欄を空欄にして「非嫡出子」として届けるよう指示された。

 養子縁組の道もあったが、嫡出子扱いを求め続けた。22年1月には当時の法相、千葉景子が「改善に取り組みたい」と表明したが、その後の進展はない。生まれてから1年余りがたつ息子には、いまだに戸籍がない。

 日本精神神経学会などによると、19年末現在で性同一性障害と診断された患者数は約7000人に上り、未受診者を含めると1万人以上と推定される。16年7月の特例法施行後、21年度末までに1711人が戸籍上の性別変更を行った。

 「一番若い患者は2年前に5歳だった男の子。最初は短パンだったがスカートをはくようになり、会うたびに見た目やしぐさ、言葉遣いが女の子になっていった」。性同一性障害の診断を行う埼玉医科大かわごえクリニックの医師、塚田攻(おさむ)(60)は明かす。

 男児は今、小学2年生。経過観察中で性同一性障害の診断は下していないが、小学校側の理解もあり女児として扱われている。塚田が小学生に性同一性障害の疑いがあると診断したケースは十数例に及ぶが、そのうち数人が学校で望んだ性別として通学している。

 全国的にも、鹿児島県内の中学2年の女子生徒や、兵庫県内の小学校6年の男児が同様の扱いを受けている。塚田は「子供が引きこもりや不登校にならずに済んでいる」と歓迎する一方で、懸念も募らせる。

 「ひげが生えたり胸が膨らんだりする第2次性徴が表れたとき、周囲との人間関係に葛藤するかもしれない。その試練を乗り越えてくれればいいが」=敬称略


 「国が男性と認めてくれたのに、なぜ一般の男性と同じに扱ってくれないのか。なぜ父になることを許してくれないのか…」

193チバQ:2011/03/06(日) 20:22:13
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110106/crm11010618050100-n1.htm
【ボーダー その線を越える時】
(5)国籍の境界「私は日本人かそれとも…」
2011.1.6 17:58 (1/3ページ)

「中国帰国者定着促進センター」では、来日したばかりの中国残留孤児二世らが半年間、日本語の基礎や生活習慣を学ぶ=埼玉県所沢市(矢島康弘撮影)
 「船から見える風景を見て『間違って来たな』と後悔しました。これが『地上の楽園』かって…」

 福井県出身の斉藤博子(69)は在日朝鮮人の夫一家と1961年6月、北朝鮮に渡った。

 だが、北朝鮮で目にしたのは日本では見たこともないボロをまとった人々。子供は垢(あか)で真っ黒だった。在日朝鮮人の帰還事業促進のため、朝鮮総連が盛んに喧伝していた「地上の楽園」はどこにもなかった。

 「キム・パクスン」に改名させられ、日本語も話せなくなった。「ほかの日本人妻と日本語で話すと監視役の班長からすぐ警察に通報がいった」。最も困窮したのは主席だった金日成が死亡した94年以降。夫も亡く、盗品の銅線をヤミで売ってしのいだ。北朝鮮で生まれた三女は98年に餓死。長女と次女は銅線のヤミ売買で逮捕され、その後、長女の死亡が伝えられた。

 「日本に行ってみないか。2、3年働いて帰ればいい」。死線と国境を越えた中国で2001年、ブローカーが持ちかけてきた。条件は「妹をあなたの娘に偽装して連れ出してくれ」。同年8月、“偽の娘”と成田空港に立った。

 その後もブローカーから催促され、男女2人を入国させた。偽装入国した3人は風俗店などで荒稼ぎを始めた上、「もっと戸籍を貸せ」と催促され、嫌気がさして警察に出頭。09年、執行猶予付き有罪判決が下された。「戸籍ぐらいは、と思った。北朝鮮では人殺し以外は何でもしたから」

 一方で日本での生活に違和感も覚える。「日本人は冷たくなった。隣の人が何をしているか関心も払わない」。斉藤は北朝鮮に残してきた家族への思いも切れることはない。

父の故郷で

 「お父さん中国人?」。ライターの城戸久枝(34)は小学生のころ、同級生から聞かれた。「絶対違う。日本人だよ」。むきになって否定した。

 父、城戸幹(かん、69)は終戦時の混乱で中国黒竜江省に一人取り残され、中国人養父母に育てられた残留孤児だ。国交正常化前の1970年、残留孤児の存在も知られていない祖国に帰り、地元・愛媛で結婚。次女として久枝が生まれた。

 久枝は大学のとき、「父が中国で過ごしたことを何も知らない」と中国の大学に留学した。

 「日本語も話せず中国人といわれる。私たちは何人なのか」。帰国者は政府関係者に中国語で鬱積した気持ちをぶちまけた。

 首都大学東京准教授で「中国帰国者二世、三世の会」会長の大久保明男(42)はいう。「子供の方が先に日本の生活に慣れる。一世は言葉もできず、家庭内でも威厳が保てずに家族の構造が壊れてしまう」

 大久保自身、残留孤児の父と中国人の母に伴われ、小学6年で来日した際、「自分が中国人だ」ということを突き付けられた。成田空港に着くと、人民服姿の自分たちを珍しげに見る視線を感じた。

 中国人とみられないように、外では中国語を話すのを控えた。1年半しかたたずに両親が「なじめない」といったん中国に戻った。

 中国の中学で今度は「日本人が来た」と周囲から騒がれた。「日本人を演じるしかなかった」

 自分は日本人か、それとも中国人か−。国籍の境界を考える。悩みが完全に解消したわけではない。だが、今はこう思う。

 「日本人か中国人の一方を捨てたり、中途半端な状態には甘んじたくない。双方の国を深く理解している自負はある。限りなく中国人であり、日本人でありたい」     =敬称略


 幹の養母一家は家族の一員としてすんなり迎え入れてくれた。だが、嫌でも「日本人である」現実に直面する。授業中に中国人学生から「戦争で日本が何をしたか知っているのか」と詰問された。幼児からも「日本鬼子(リーペン・グイズ)」と日本人をののしる言葉を浴びせられた。

 「ただの日本人ですね」。帰国後、東京で帰国者二世の集まりに参加した際、「日本生まれだ」と伝えるとこう切り返された。周囲は皆中国生まれで中国語が飛び交っていた。「日本生まれの残留孤児二世」という特殊さを知った。

双方を理解

 「チュウゴクザンリュウコジ、タスケテクダサイ」。帰国者が発するこんな棒読みの日本語を耳にして久枝はがくぜんとしたことがある。2005年、政府に支援を求める訴えに同行したときのことだ。「帰国して10年や20年は過ぎているのに…」

194チバQ:2011/03/06(日) 20:22:59
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110107/crm11010717580110-n1.htm
【ボーダー その線を越える時】
(6)罪の境界 慣れ、保身…「抜け出せない」
2011.1.7 17:49 (1/4ページ)

毎日店に立ち、客に頭を下げ続ける元大嶽親方の鎌苅忠茂=東京都江東区清澄(栗橋隆悦撮影)
 「アリ地獄に入ったらなかなか抜け出せない。ずるずる負けていたから…」。野球賭博に関与したとして昨年7月、日本相撲協会に解雇された元大嶽(おおたけ)親方=元関脇貴闘力=の鎌苅(かまかり)忠茂(43)は賭博にのめり込んでいた現役当時をこう振り返った。「ギャンブル依存症。治すには相当のショック療法が必要だった」

 鎌苅が賭博にはまったのは20年前のことだ。先輩から「ギャンブルをやらなきゃ相撲が強くならない」と言われた。「博打(ばくち)なら何でもやった」。海外のカジノで1回に2千万円賭けたこともあった。野球賭博はマージャンや競馬の延長。

 「悪いという感覚はなかった」。だが、思わぬ事態を招く。「誰が(賭博を)やっていたか証拠はある。1億円払え」と暴力団幹部らが鎌苅の仲介をしていた元大関琴光喜の田宮啓司(34)を脅し、事件が雑誌を通じて漏れた。

 当初は「分からないに越したことはない」と協会にも関与を否定したが、自ら責任を取ろうと決めた。

 「このまま定年の65歳までこっそり生きていくより、辞めようと思ったときは気持ちが楽だった。ほっとしている自分がいる。こういう形で分かってよかったのかもしれない…」

 昨秋、焼き肉店を相次ぎ開店した。「肉一つ売って100円もうけるのがどれだけ大変か分かった」。結果的に「生活そのものだった相撲」を自分から奪ったギャンブルを断った。「ありがとうございました」。鎌苅は毎日、店に立ち客に頭を下げ続けている。


ウソ重ねて


 「世界中の格闘家の夢と思ってきたK−1がなくなるのが堪えられなかった」。格闘技イベント「K−1」創始者で興行会社「ケイ・ワン」元社長の石井和義(57)は、事件当時の心境をこう語る。

 平成5年の最初のイベント以来、K−1はテレビ各局が大みそかの放映を競い合い、絶大な人気を得る。絶好調の最中だった13年、東京国税局がケイ・ワン関係先の一斉捜索に入った。

 親交があった旧イトマン元常務、伊藤寿永光(すえみつ)=イトマンの特別背任事件で懲役10年が確定=に相談すると、伊藤は「このままではK−1がなくなる」と告げ、米元プロボクサー、マイク・タイソンとの違約金で資金を使ったことにするという偽装工作を持ちかける。「一か八か、これしかない」と乗った。

 1年半後に脱税容疑などで東京地検特捜部に逮捕され、18年、最高裁で懲役1年10月の実刑が確定する。

195チバQ:2011/03/06(日) 20:23:29
 「ウソでウソを塗り重ねた。自分を信頼してくれる人の顔をまともに見られなかった。この1年半は孤独な闘い。人生でこんなに苦しいことはなかった」

 事件は石井ら旧経営陣らの罪と認定され、K−1消滅は免れた。「自分だけは大丈夫と思っていた。捜索を受けたときは最悪の入り口でしかなかった。このとき(の判断)から悪い方、悪い方に転がり落ちた」

 

原点戻れず


 北海道の食肉加工販売会社「ミートホープ」元常務取締役の赤羽喜六(75)が異常に気付いたのは、社長の田中稔=詐欺罪などで懲役4年が確定=に招かれ、7年に入社して間もなくのことだった。

 ビーフカレー用の肉として羊肉を出荷、クレームが相次ぐ。「取り違えて出荷した。そういうことにしとこうや」との田中の言葉に偽装を感じ取った。「不思議と罪悪感はわき上がらなかった」

 ある精肉会社幹部は「産地は肉の状態を見て決まる。肉質が良ければ、神戸牛になるんだ」と口にした。「うちだけじゃない。善悪を考える感覚が麻痺(まひ)していた」

 取引先に呼びつけられ、粘ついた肉を突き付けられたこともあった。「温度管理に問題があったんではないですか」。ウソが口をついて出た。偽装を自分で追及することを避けてきたのは「自分が加担していることを認めたくなかったから。自分への評価を失うことへの恐れもあった」。

 赤羽は18年に退社し、告発に踏み切る。だが、この決断も「正義感もひったくれもない」と言い切る。他の従業員の内部告発の動きを察知していた。「このままでは自分も捕まってしまう。積極的に告発する姿を示す必要があった」。家族経営を強める会社への不満もあったともいう。

 「慣れがあり、保身があり、生活のための給料もある。正しい商品を売るという原点に戻れなかった」

 罪に至る境界はどこか、自問自答が続く。=敬称略

196チバQ:2011/03/06(日) 20:24:23
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110108/crm11010822520151-n1.htm
(7)モンスターの境界 他者を思いやる美意識の欠如
2011.1.8 22:38 (1/3ページ)

理不尽なクレームに対応するため、警察OBを採用している東京慈恵医大病院(伴龍二撮影)
 「病気が治らず、仕事を辞めた。医者のせいだ」。平成22年3月上旬、東京慈恵医大病院に元患者を名乗る女が電話をかけてきた。

 「仕事を辞めなければいけなくなった。補償金として100万円支払え」「患者を殺しに行こうと思う」

 電話を受けた女性職員は「次回までに院内で協議する」と伝え、指定した日時に電話をかけるよう依頼。電話を切るとすぐ、「院内交番」と呼ばれる渉外室に報告した。同病院は増加する理不尽なクレームなどに対応するため、16年から警察OBを採用し、現在は4人が対応にあたっている。

 報告を受けた渉外室顧問の横内昭光(66)は即座に警察に通報。指定日時に電話をかけてきた埼玉県内の40代の女が恐喝未遂容疑で逮捕されたが、通院していたのは17年も前のことだった。

 いつでも医者は病気を診てくれる、いつでも病気を治してくれる−。そんな期待が裏切られたと思った瞬間、患者は“モンスター”へと変貌する。

 「待ち時間が長い」「大部屋の隣のベッドの患者がうるさい」。患者からのこうしたクレームに加え、見舞客が酒に酔ってトラブルを起こすこともある。「大きなトラブルにならなければいいが…」。現場に向かうたび、足取りが重くなるという横内は語る。

 「相手を思いやる気持ちが足りず、ちょっとした信頼関係すら築けずにトラブルになるケースが多い。本来なら自分たちが必要とされなくなるのが理想だが」





 22年11月15日、千葉県船橋市内を走行していた船橋新京成バスの車内で、携帯電話の使用を注意された会社員の女(34)が、事件を起こした。

 女はバスが出発した途端に大声で電話を始め、乗務員の警告も無視。複数の乗客が注意して女は通話をやめたが、「何で私ばかり注意するの! あの人も注意しなさいよ」などと“逆ギレ”し、約15分間にわたって怒鳴り散らしたという。

 たまりかねた乗務員が乗車拒否を宣告。女に途中で降りてもらおうとしたが、女は「金を払っているから乗車する権利がある」などと拒絶。男性客の1人が再度「いい加減にしろ」と一喝すると、催涙スプレーをまき散らした。車内が白く煙り、慌てた乗務員が前後のドアを開放すると女は走って逃げた。

 「こんなトラブルの対応まで想定しないといけないのか…」。バス会社の男性社員は頭を抱えた。

 女は傷害容疑で逮捕後、処分保留で釈放されたが、調べに対し「注意した方が悪い」などと供述。逮捕されたことに最後まで納得いかない様子だったという。





 日本学校教育相談学会事務局長で東京都立川市立立川第一中校長、嶋崎政男(59)のもとには毎年、“モンスターペアレント”と呼ばれる保護者についての多くの相談が寄せられる。

 「修学旅行の記念写真で娘の写真写りが悪い」とクレームをつける▽子供の非行のことで呼び出すと「休業補償」として金銭を要求する▽夜中に何時間も電話をして担任教諭を精神的に追いつめる…。

 かつては保護者から信頼され、児童・生徒らの指導を任されていた学校を取り巻く環境は、ここ10年あまりで大きく変化した。

 嶋崎は保護者が“モンスター化”する原因について「自己中心的な親が増え、『言った者勝ち』の風潮が蔓延(まんえん)し、モラルのないクレーム時代が始まっている」と分析する。

 一方で別の見方もある。大阪大で12月4日に開かれた研究会。大学教授など有識者が集まる中で、娘が部活中に倒れ、意識不明となった兵庫県内の公務員の男性(48)が講演した。

 「学校が原因や責任、再発防止策を明らかにしないので尋ねると、モンスターペアレント扱いされた。学校という場所は閉鎖的で、当たり前のことを指摘しただけで白い目で見られる」

 学校の対応に納得できなかった男性は結局、22年4月に事実究明と損害賠償を求めて提訴した。

 研究会の代表も務める大阪大大学院人間科学研究科教授の小野田正利(55)はいう。

 「明らかにおかしい学校の論理を保護者に押しつけているケースもある。学校側の初期対応のまずさが保護者の要望を苦情に、苦情をいちゃもんにアップさせる場合もある」

 相手の立場に立って思いやる−。当たり前と思われるこの美意識の欠如が、モンスター化する境界の底流にある。    =敬称略

197チバQ:2011/03/06(日) 20:25:22
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110109/crm11010918510083-n1.htm
【ボーダー その線を越える時】
(8)情報の境界・ネット上の公開は正義?
2011.1.9 18:47 (1/3ページ)

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約1200件もの“事故物件”を公表しているサイト「大島てる CAVEAT EMPTOR」(松本健吾撮影)
 「また死なない詐欺か」「見ず知らずの人の自殺を本気で止めようとする人なんて滅多(めった)にいませんよ。匿名掲示板なら特に」「こういう構ってちゃんが一番うざい。さっさと死ねよ」。昨年11月4日、ネット掲示板「2ちゃんねる」に《来週自殺します》と題したスレッド(話題)が立てられると、こんな書き込みが相次いだ。

 仙台市の金融機関に勤務する男性(24)が立てたスレッドで、「8割方死ぬ気。2割思いとどまっている。2割をこのスレッドでプレッシャーをかけることではねのける」と理由を書き込んでいた。

 男性は同月7日に動画サイト「ユーストリーム」に登場し、生中継で心境を吐露した。「生きるんだ!」「誰かはやくとめて!」。思いとどまらせようとする書き込みも続いたが、9日午前5時半ごろ、自宅アパートのベランダで、男性が首をつるシーンが流れた。宮城県警は男性が書き込んでいた金融機関に問い合わせて身元を確認。午前8時半ごろ、警察官が死亡した男性を発見した。

 サイトの運営会社によると、中継の視聴者は4700人に上ったが、県警によると、自殺前後に110番を通じた通報は確認されていない。「中継段階で把握しても素性や真偽の確認が先になり、すぐには動けないだろう」。県警幹部は対応の限界をこう指摘した。

     



 「平成20年4月4日、港区六本木6丁目○−○ ○レジデンス14階、首つり自殺」「22年5月2日、港区西新橋1丁目…、転落死」

 「大島てる CAVEAT EMPTOR(ケイビアット・エンプター)」と題したサイトでは、自殺や死亡事故、殺人があったマンションなど首都圏の“事故物件”を公表している。その数は約1200件。

 ラテン語の格言で「買い主をして注意せしめよ」の意味を持つサイトを運営する大島学(32)は公開理由を説明する。「事故物件と知らずに住んでいる人が多い。高額な分譲で買ってから知ったらどうなりますか。情報は全部出さなければいけないはずだ」

 「○○ホテルで自殺がありました。事故防止のためにあえて公表すべきと連絡しました」。当初、大島は裁判を傍聴したりして情報収集していたが、サイトが注目されだすと、こんな情報がツイッターなどを通じて頻繁に寄せられるようになった。一方、自殺のあった物件の持ち主から「事実は確認できない」との削除要請のほか、「価値が下がるから載せないで」「子供が学校でいじめられる」との苦情も相次ぐ。それでもやめるつもりはない。

 「すべての情報にすべての人がアクセスできるようにすべきなんです。それが透明性の高い社会を作ることにつながる」と大島は強調する。告発サイト「ウィキリークス」創始者の「政府を正直にすることに貢献している。個人は誰一人傷つけていない」との主張や、沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突映像を流出させた元海上保安官の「国民の誰もが見る権利がある」との弁明と重なる。大島はいう。「自己責任を貫くには情報が開示されていなければいけない。あくまで自己責任だ」



 「スーパーでCD万引しているとこ目撃」「あいつの家は貧乏だから食料ぱくってる」。東京都内の専門学校に通う滝口達也(19)=仮名=は高校のとき、生徒らが独自に立ち上げた「学校裏サイト」にこんな書き込みがあると友人から告げられた。

 事実無根で、サイト管理者に削除を求めたが、書き込みは次々現れた。あるとき、携帯に1日何百件もの迷惑メールが殺到し、事態の深刻さを知った。「了解です。あなたを買います」というメールも届いた。送信者に問い合わせると、同性愛者のサイトに「僕を自由にしてください」との書き込みと携帯メールアドレスが記されていたという。

 携帯の自己紹介ページ「プロフ」が原因で、勝手に電話番号やアドレスが書き込まれていた。なぜ個人情報が流出したかは分からない。数人しか知らない情報もあり、親しい仲間にも疑いの目を向けた。「腹の底では何を考えているんだろう」と人の目を見て話せなくなった。ネットとも距離を置くようになったが、携帯は手放せない。気付くと携帯をいじっている。

 いまはこう思う。「ネットの世界って人間の底の部分、汚い部分がこれでもかって出ている。だから引き込まれてしまう。沼みたいに…」    =敬称略

198チバQ:2011/03/06(日) 20:27:10
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110303/trd11030301150000-n1.htm
【ボーダー その線を越える時 読者の声】
「転換」すべて解決しない 男女逆転は少子化遠因に
2011.3.3 01:13 (1/3ページ)
 「男」と「女」の境界をめぐる多様な性の現状を報告する連載「ボーダー その線を越える時 第2部 性」(2月20〜22、25〜27日付)に、多くの読者からメールなどで意見をいただいた。

 ●本来の性で産めたら

 連載6回のうち4回は、心と体の性別が一致しない性同一性障害について報告した。

 《病気として診断された以上、治療は必要だと思います。それでも転換(性別適合手術)したからといって本人の問題がすべてクリアになるわけではなく、厳しい人生が待っていることも確かです》

 女性医師はこう指摘して次のように続けた。《私の子供が性同一性障害なら転換手術も拒否できないでしょう。本人がそれで少しでも楽になれるなら、と自分を納得させます。そして、本来の性で産んであげられなかった自分を責め続けるでしょう。ただし、愛した男性がそうだったら、戸惑うと思います》

 体が男性で心が女性という性同一性障害の読者からは《社会の人々はもっと、性というものの多様性や、それ以前に「性とは何か」という根本的な命題に対して考え直さなければならない時期になっていると強く感じます》と訴えた。

 一方、健康管理士一般指導員の男性は《性同一性障害の治療として「体の性に心の性を合わせる治療」が好ましいことは明らかです。性別適合手術は本来の治療の方向性である「体の性に心の性を合わせる」という治療を断念させる「有害な治療法」であると思います》と強調した。

 ●自ら告白したくない

 連載では、セックスに対して無関心だったり、嫌悪感を抱いたりする若年男性が多いことにも触れた。

 高校教諭の男性(51)は《男子がおとなしくなってきたのとは対照的に、女子が活発になってきました。恋愛にもセックスにも前向きな女子が目立つようになりました。かつては男子が優位であった性体験率も、女子に逆転されてしまいました。女子が男子化し男子が女子化しているのです。未婚率の上昇や晩婚化、ひいては少子化の遠因になるのではと懸念しています》と、教育現場で自身が感じてきたことを記した。

 占い師の女性は《セックスどころか恋愛、結婚に対して消極的な人が増えていると感じます。そうした相談がとても多い。恋愛は片思いばかり。相手が好きだけど、告白は自分からしたくない。告白をして今の関係が壊れるのが怖い。関係が変わることを恐れていては、2人の関係も進まないと思うのですが…》

199チバQ:2011/03/07(月) 21:58:12
自分が産経が嫌いという色眼鏡で見てるからかもしれないが、
毎日の連載に比べて否定的という印象を持ってしまうんだが。

200チバQ:2011/06/02(木) 23:15:08
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2803203/7280953?utm_source=afpbb&utm_medium=topics&utm_campaign=txt_topics
全世界で同性愛への許容度高まる、国際比較調査
2011年05月30日 15:20 発信地:ワシントンD.C./米国

【5月30日 AFP】世界の国々の大半で同性愛への許容度が高まっていることを示す調査結果を、米シカゴ大学(University of Chicago)の社会調査機関が発表した。

 同大の全国世論調査センター(National Opinion Research Center、NORC)の報告は、異なる国々で1988〜2008年の10年間に実施された5件の調査をもとに、31か国における同性愛に対する態度の一般的な潮流を分析したもの。

 調査結果によると、同性愛への許容度は4か国を除いて27か国で高まっていた。許容度が高かった国のトップ5は、オランダ、デンマーク、ノルウェー、スイス、ベルギーだった。

 前回の調査時よりも同性愛への許容度が低下していた4か国は、キプロス、チェコ、ラトビア、ロシア。また、許容度リストの下位半数を占めた国々は、旧社会主義国7か国のほか、東アジアや中南米諸国、南アフリカ、トルコなどだった。(c)AFP

201チバQ:2011/06/02(木) 23:15:40
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110524/dms1105241250014-n1.htm
エイズ患者が東海、中国、四国で増加 同性愛者は約半数2011.05.24
Tweet  昨年1年間に新たにエイズを発症した患者は469人で、調査が始まった1984年以来、最多となったことが24日までにわかった。厚生労働省のエイズ動向委員会が明らかにした。

 HIV感染が新たに判明した人は1075人で過去3番目に多かった。また、保健所などで感染の有無を検査した件数は13万930件、保健所が相談を受けた件数は16万4264件で、いずれも2年連続で減少した。

 「感染しても治療すれば発症を抑えることができる。無関係と思わず、早めに検査を受けてほしい」と同委員会。感染経路は同性間の性的接触によるものが49・0%、異性間の性的接触が27・1%。地域別では東海、中国、四国地方で患者の増加が顕著としている。


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