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フェイク『男』のチラシの裏

1フェイク『男』:2005/11/21(月) 00:33:20 ID:Xekm5jMQ
私の鑑定文の中にたまに出てくる前置きのジョジョ考察だとか一口メモなど、
自分自身でも何を書いたか把握してない文章の数々を保存するためのスレ。

その他、私への質問などがあれば受け付ける予定。

176フェイク『男』:2007/02/25(日) 22:16:13 ID:pJ3MOEhM
366 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/02/25(日) 21:47:30 ID:U1+qHf3C
【知らないものの話、1】
例えば「ティナーサックス」の幻覚は、常人相手にはどうにも見破れないほどの精度だったが、
「魔術師の赤」の生命探知機や犬であるイギーの嗅覚を騙すことまでは出来なかった。
また同じく「ホワイトスネイク」の起こした「面会室の幻覚」は、承太郎にエンポリオの姿を見せることは出来なかった。
(「面会室の幻覚」においてエンポリオを目撃したのは徐倫だけで、彼女はそこから「辻褄の合わない」幻覚を見破っている)
これらのことから判るとおり、いかに超常現象を起こすスタンド使いだろうと、
自分の知らないもの、理解できないものを作り出すことは不可能だと考えられる。

373 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/02/25(日) 21:58:07 ID:/GG3IrB4
【知らないものの話、2】
スタンド使いといえど、自分の知らないものは取り扱えない。
ではサウンドマンの「イン・ア・サイレントウェイ」が「見えない音」での攻撃を行えたのは何故か。
それは、このスタンドがそのような音を聴ける「生物」を作り出したからだと説明できる。
「見えない音」による攻撃は、あの「生物」を使って間接的に攻撃を行ったからこその応用技だったのだ。
ではそもそも、音を形にする能力で何故「生物」が作れるのか。
もしかしたら、あれらは大自然に息づく動植物たちの音、「生命の音」を形としたものなのかもしれない。
思い返せば、1stステージからその走り方を「大地を味方にする走法」と形容されていた彼は、
ジャイロやジョニィたちとは別の形で、大自然を味方として戦う者だったのだろう。

177フェイク『男』:2007/04/06(金) 22:56:31 ID:mlmPClJ.
720 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/04/06(金) 22:47:45 ID:nfJt0p94
リンゴォの過去、軍人崩れの男に強姦されかけたという事件は、
敵対者相手に隷属するという、まさしく死ぬよりも最悪な尊厳の破壊を意味する。
(あまりこういう俗っぽい解釈をするのは俺の趣味ではないのだが)
例えるならば、深い理由を考えもせず漫画などの表現を規制する動きは、まさしく文化に対するレイプだと言えるだろう。

719 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/04/06(金) 22:46:30 ID:nfJt0p94
「回復能力」というものはあまりに万能すぎると緊迫感が無くなるとよく言うが、
肉体の破壊を描写するため回復能力を必須とするこの漫画において、その内容はどれも一通り工夫されている。
以下にその代表例を示す。
波紋法:傷を治すには少し時間がかかるため、戦闘中には難しい。
クレイジーダイヤモンド:本体自身は治せない。舞台が「町一つ」なので、本体がいつも傍に居るとは限らない。
黄金体験:傷を治すには少し時間がかかる。波紋よりは素早いが、一秒を争う戦闘中これが枷になる事例は作中にいくつか存在した。
ストーンフリー:縫うだけ。
フーファイターズ:水が必要。舞台が「刑務所」なので、本体がいつも傍に居るとは限らない。
ゾンビ馬:縫うには時間がかかる。
クリームスターター:本体が常に協力を得られるとは限らない立場の人物。

712 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/04/06(金) 22:37:53 ID:nfJt0p94
時間というものを空間三次元に加えて四つ目の方向であると考えるなら、
平面(二つだけの次元)に潜んで接触対象を若返らせる「セト神」の原理は、
通常のスタンドは立体(三次元)であるところをあえて次元を一つ減らし、
その分を四つ目の方向へと伸ばすことで成される、四次元方向への落とし穴であると言い表せる。

178フェイク『男』:2007/04/06(金) 22:57:05 ID:mlmPClJ.
709 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/04/06(金) 22:32:44 ID:nfJt0p94
「何であろうと……必ず癖というものがある」「癖は直らない……宿命のようにな」(Dio)
「あえて厳しい道を行く」「俺とヴァルキリーだけの道を行く」「俺とヴァルキリーだけが『馴染む道』」(ジャイロ・ツェペリ)
「『飢えなきゃ』勝てない。ただしあんなDioなんかより、もっとずっと『気高く』飢えなくては!」(ジョニィ・ジョースター)
「男には地図が必要だ。荒野を渡り切る心の中の『地図』がな」(グレゴリオ・ツェペリ)
「『真の勝利への道』には『男の価値』が必要だ」(リンゴォ・ロードアゲイン)

誰にだって「癖」があるのならば、ある物事を行う際の、最適な「やり方」はそれぞれ異なるはずだ。
それなら、人にはそれぞれ最も馴染む「道」があり、それは誰でも通れる真正面の「無難な道」とは限らない。
そして自分だけの最適な「道」を行くには、時には社会的に認められた誰でも通れる「無難な道」から外れ、
あえて厳しい道を選ぶことで、無法の荒野の中に「自分の道」を開拓する必要があるということになる。
他者によって拓かれた「無難な道」を受け継ぐだけでなく、また飢えのままに他者の道を奪い乗っ取るでもなく、
既存のどの道をも良しとしない「気高い飢え」によって拓かれるその道は、まさしくその者にとって最高の「光輝く道」となる。
そうした「自分の道」によってこそ、荒野を渡り切るに足る「心の中の地図」は描かれるのであろう。
誰もが未知の世界に挑戦できるわけではない。既存の領域を守るために、大多数の人間は危険を避けて生きなければならない。
その中で、極少数の挑戦者が新たな道を切り拓くことこそが、「男の世界」の価値となる。

179フェイク『男』:2007/04/06(金) 22:57:22 ID:mlmPClJ.
707 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/04/06(金) 22:29:16 ID:nfJt0p94
聞いた話では、「ホワイトアルバム」というスタンドが有する「冷却にかなりの指向性がある」「本体は全く冷えない」
「能力を解除すると一瞬で温度が元に戻る」「何故かジェントリー・ウィープスが宙に浮いている」などといった、
通常のエネルギー操作系スタンドと比べても、やたらに物理法則に反しすぎているかのように思える各種の特徴は、
このスタンドの本質が「冷却エネルギーそのもの」であると説明すれば解決できるとされる。
スタンド能力と言えど、生物である本体には全く感知できない不可視のエネルギーとは、
何らかの実体を伴わせなければ活用できない、という点からしても、この説は妥当だと考えられる。
この場合、「ホワイトアルバム」とは不可視の冷却エネルギーに(主に)「氷」という実体を与えて操作する能力というわけだ。
また、このような観点で言うならば、光の「吊られた男」や磁力の「ブンブーン一家のスタンド」も似たタイプと言える。

704 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/04/06(金) 22:25:02 ID:nfJt0p94
誰が言った言葉だったか……「知性を神にしてはいけない。知性は強い筋肉を持っているが、人格は持たない」

180フェイク『男』:2007/04/06(金) 22:57:48 ID:mlmPClJ.
717 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/04/06(金) 22:44:12 ID:nfJt0p94
【一般人の話、1】
現実的に考えれば、スタンド使いに対しても一般人が暗殺などの攻撃手段を取ることは可能なのだし、
一部や二部では吸血鬼に対して一般人が武器で立ち向かう様子もある程度描写されているというのに、
自らの意志でスタンド使いに能動的な攻撃を仕掛ける一般人というものは、(六部までの)原作では全く設定されない。
これはやはり、「スタンドは一般人には見えない」という原則が示す通り、スタンドの不可侵性を重視したためだろう。
一般人に対して肉体という共通点があり、相手を認識することができ、対抗策も生み出せる吸血鬼や柱の男とは異なり、
スタンドとは一般人と根本的に異なる存在であり、理解・許容させることも困難ならば、無理にそれを行う必然性ある状況も少ない。
例えば、スタンド使いに対して自ら攻撃を加えるような一般人は、人間に立ち向かうノミと同様、勇気とは言えない無謀と呼ぶべきだ。
(更に言えば、一般人はスタンドが見えないならば、攻撃はまだしも防御は全く不可能ということにも繋がる)

721 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/04/06(金) 22:49:13 ID:nfJt0p94
【一般人の話、2】
イマイチ存在理由のはっきりしなかった三部の「家出少女」は、
恐らく一、二部のスピードワゴン同様の、一般人代表キャラとして登場したのだと推測できる。
だが波紋や吸血鬼とは異なり一般人からは不可侵となったスタンドバトルの前に、
彼女は一部スピードワゴンのような僅かな活躍をするどころか、ただじっと身を守ることすら出来ず、
ただの足手まといとして物語から退場してしまったのだ。

181フェイク『男』:2007/04/06(金) 22:57:58 ID:mlmPClJ.
723 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/04/06(金) 22:52:30 ID:nfJt0p94
【一般人の話、3】
また、スタンドは一般人に対し不可侵であるという原則を(恐らくは)基礎として、ジョジョには次のような傾向がある。
1、近距離ならば、スタンド使いが暗殺を避けるのはそう難しくなく、ますます一般人に勝ち目は無い。(ポルナレフvsホルホース)
2、己の技術を磨き上げた者は、その技術がスタンドとして昇華される。(露伴、トニオ、辻綾、ケンゾーなど)
3、弱者を虐げる邪悪なスタンド使いに立ち向かう一般人の姿は正義である。(早人、ルーシー)
4、「技術」使いは、超常現象を「見る」ための能力に目覚めることがある。(ジョセフ、ジャイロ)

182フェイク『男』:2007/05/03(木) 23:18:03 ID:E54YIZXQ
735 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/05/03(木) 21:15:08 ID:0oiPKxAw
スタンドとて物を殴れば反動があるのだが、それは本体にもフィードバックすると考えられる。
その反動でスタンド自身が傷つかなければ本体も傷つくことはないため、普段は軽視しがちな要素なのだが、
以下のように、これが問題となる事例もあるので注意が必要だ。
1、本体が車など自分のスタンドより弱いものに乗っていると、反動はそちらに影響を及ぼす。(「運命の車輪」戦)
2、近距離パワー型スタンド使い二者が相互に殴り合えば、その反動は両者を宙に浮かすほど大きい。(「世界」戦)
3、本体が無重力下など反動を吸収できない状態では、スタンドも反動を吸収できない。
  つまり格闘における打撃などが出来なくなる。(「ジャンピンジャックフラッシュ」戦)

733 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/05/03(木) 21:12:31 ID:0oiPKxAw
明らかにジャンプ連載の引き伸ばしによってジョジョに登場したと思われるエジプト九栄神のスタンドであるが、
それら一つ一つを見てみれば、タロットを暗示とするスタンドに比べて幾らか原始的な装いに統一されているようにも感じられる。
具体的には、彼らはスタンドを後押しとして絡め手で戦うことが多く、
またスタンドを用いて直接格闘を行うものも、その攻撃自体は実体であり一般人にも認識できることが多いという具合だ。
そういう意味では、SBRのスタンドに似ているとも言える。

732 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/05/03(木) 21:10:33 ID:0oiPKxAw
ジョジョ本編には強いスタンドの本体がどうにも手を抜いているようにしか見えないこともいくつかあるが、
その理由を作品内に求めるなら、大まかに分けて下記の二つが考えられる。
・異常に油断する性格と倣岸不遜な精神だからこそ強いスタンドを身につけたタイプ。(承太郎に対するDIO)
・過度に慎重だからこそ強いスタンドを身につけたタイプ。(吉良吉影、プッチ神父など)

183フェイク『男』:2007/05/03(木) 23:18:20 ID:E54YIZXQ
730 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/05/03(木) 21:07:29 ID:0oiPKxAw
一見には相反する二つの要素を調和させることも、ジョジョにおける奇妙の醍醐味であるようだ。
例えば冷気使いというクールさを感じさせる能力でありながらキレやすい性格のギアッチョは、
冷却をすなわち分子の振動を留めて静止させる能力と考え、その怒りを雑然として一定しない言葉の文化に憤る気持ちと読み取れば、
彼のこの二つの要素はどちらも「神経質さ」の表現であると理解できる。
あるいは「皇帝」の暗示を持つスタンド使いでありながら、「一番よりもナンバー2」を人生哲学とするホルホースであるが、
そもそも「皇帝」というタロットは「神が世界を支配しやすいよう、人の上に立ち人を治めるもの」を暗示しており、
彼が自らを二番手とする理由になっている。

726 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/05/03(木) 21:01:14 ID:0oiPKxAw
偶然なのかそれとも必然なのか、スタンド使いを増やそうとする者はその行為が自身の死へと繋がることが多いらしい。
考えすぎかもしれないが、その行いは「無知なる者の運命を勝手に動かす」ものであり、その報いてあるとも解釈できる。
・エンヤ婆:自らが矢によってスタンド使いにしたDIOの命令により死亡
・虹村形兆:自らが矢によってスタンド使いにした音石明により死亡
・写真の親父:自らが矢によってスタンド使いにした吉良吉影の手により死亡
・ポルポ:スタンド使いを増やそうとしたことをジョルノに咎められ死亡
・空条承太郎:自らがスタンド使いにした空条徐倫を狙われて死亡
・プッチ神父:自らがDISC化してしまったウェザーのスタンドにより死亡

184フェイク『男』:2007/05/31(木) 20:27:35 ID:IC0Y4RIk
789 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/05/31(木) 20:18:27 ID:K9HEzYG4
「動いているものは相当の高速でも反応できる代わりに、止まっているものは感知できない」という
恐竜の動体視力を手に入れたDioは、偶然にも彼自身が騎手であったために、その弱点をカバーすることが出来ている。
つまり、彼が馬に乗って疾走していれば、周囲のあらゆるものは彼にとって相対的に「高速で移動」しているわけだから、
「止まっているものは見えない」という恐竜の動体視力の弱点は問題にならないということだ。
スタンド能力には何らかの欠点を持つものも多いが、こうした工夫や技術によってそれを補うことも重要だといえる。
ただ上記のDioに関しては一つ、自分の乗馬の速度とほぼ同じ速さでゆっくりと自身に迫り、
そして「回転」の力で、迫るゆっくりさとは裏腹の高い攻撃力を発揮するジャイロの「鉄球」だけは、
「動体視力と乗馬」の組み合わせを超えた、まさに天敵とも言える攻撃であるため、今後の対応が注目される。

791 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/05/31(木) 20:20:31 ID:K9HEzYG4
「空気」
いつくしみ深き神さまが、貧乏人を太らせてやろうとて、お与え下さった栄養豊かな物質。
(アンブローズ・ビアス「悪魔の辞典」より)

185フェイク『男』:2007/06/27(水) 01:17:56 ID:hGaiVlbc
809 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/06/27(水) 01:15:40 ID:2EthnzVJ
今に比べてあまり能力がハッキリ定まっていなかった辺り、三部初期のスタンドは、
以下に列記するように、「特長あるスタンド像」と「破壊エネルギー」の組み合わせで一能力として成立していたと纏められる。

星の白金:パワー・スピード・精密性の全てに優れたスタンド像、破壊エネルギーは「スターフィンガー」
魔術師の赤:炎を扱うための鉤爪や嘴を備えたスタンド像、破壊エネルギーは「炎」
法皇の緑:紐状になって活動できるスタンド像、破壊エネルギーは「エメラルドスプラッシュ」
銀の戦車:スピードと精密性に特化したスタンド像、破壊エネルギーは「剣と鎧」
灰の塔:小型でスピードに特化したスタンド像、破壊エネルギーは「塔針」
暗青の月:水中活動に特化したスタンド像、破壊エネルギーは「フジツボ」「ウロコのカッター」


800 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/06/27(水) 00:35:24 ID:2EthnzVJ
擬音を伴う現象ならば何でも出来そうな万能めいた「エコーズAct2」から進化した「Act3」は、
しかし、殴った相手を重くするというAct2でも再現させられそうな(しかも特に「音」と関係ない)能力となった。
とはいえ、Act2のパワー自体は(「ドジュー」の尻尾文字の熱が不良品の電気コンロにも負ける程度だったことからも判るとおり)
それほど大したものではなく、シアーハートアタックを完全に押さえ込むことも不可能だったことは窺える。
中国拳法には「千招知るを恐れず、一招熟するを恐れよ」という言葉があるが、もしかしたらエコーズもまた、
手広く浅く色々出来るよりも、あえて一つの分野に精神力を集中することで、強力なパワーを獲得したのかもしれない。
そう考えてみれば、Act3が3FREEZEを繰り出すときの構えも中国拳法っぽく見えなくもない、ような気がする。

186フェイク『男』:2007/06/27(水) 01:18:09 ID:hGaiVlbc
795 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/06/27(水) 00:26:39 ID:2EthnzVJ
苦痛に対する恨みや呪いを原動力として発現するという意味で、
「エボニーデビル」と「ノトーリアスBIG」は似た系統のスタンドなのだが、
己をどこまで苦境に追い込むかという点で、この二つのスタンドの精神性は異なっている。
「エボニーデビル」は恨みによって強化されるとはいえ、限度を超えれば呪う暇もなく本体ごと死に至ってしまうため、
本体デーボは自分をどこまで痛めつけていいのか、相手をどこまで挑発していいのかを明確に見極めなければならない。
デーボが裏社会で名を挙げていることからも判るとおり、これはプロの技術だと言える。
一方の「ノトーリアスBIG」は限度を超えなければ発動せず、いったん始まればどうしようもない勢いで暴走するという、
後先を考えない一発限りのヤケクソであるという意味で、アマチュア的な発想の能力であると考えられる。

793 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/06/27(水) 00:22:48 ID:2EthnzVJ
DIOvs承太郎、ナランチャvsホルマジオ、最近ではジョニィvsサウンドマンなど、
双方が工夫と小細工を尽くした果てに、最後に一対一の早撃ち勝負で決着が付くというパターンがたまに見られる。
これは別にそれまでの戦闘が無意味だったというわけではなく、
主人公側の者が技術を駆使したトリックバトルを制することにより、相手方に対し知性面・精神面で勝利し、
それを踏まえて早撃ちに打ち勝つことで、肉体的にも上に立ち完全勝利するという流れになっている。
力だけで相手に勝つばかりならばパワーインフレは避けられず、小手先の技だけで勝つならば爽快感に欠け卑怯にも見えてしまう。
その問題解決のために、二つの戦い両方において勝利するというこの展開は、
三部辺りの「敵の小細工を破る→承太郎がオラオラで締め」の発展形と言えるだろう。

187フェイク『男』:2007/07/18(水) 22:33:08 ID:5r/yFagU
337 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/07/18(水) 22:27:14 ID:BoDHkAU2
格闘をこなす遠隔操作型のスタンドは、次のような条件を満たしている事例が多い。
1…超絶的な耐久力を持っていたり、特定の攻撃を無効化したりする。
2…何かを探知して敵の位置を突き止めたり、条件を満たした相手を攻撃したりする。
3…急所を突くような攻撃を仕掛けたり、自動操縦ならではの高いパワーを備えている。
自動操縦型のスタンドは大半がこれに当てはまるが、普通に本体が操作するスタンドでも、上記の項目を満たすものも多い。
特に「吊られた男」「正義」「ゲブ神」「ビーチボーイ」は全部に該当する。
恐らくこれらの条件を備えることが、作劇上やりやすいのだろうと推測される。

336 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/07/18(水) 21:27:12 ID:BoDHkAU2
六部最後の「天国」については明言されない謎がいくつか残されているが、その内の二つ、
1、「天国」に納得いかず覚悟できない人々が世界中に現れるだろうが、神父は彼らをどうするつもりだったのか?
2、天国成立後には自分の命を捧げるとまで言って命乞いしたのに、そもそも天国成立よりエンポリオ殺害を優先したのは何故か?
これらの疑問に対しては、「プッチ神父は天国成立後、世界中の人々を啓蒙して回る予定だった」と考えれば解決できる。
彼がエンポリオを執拗に殺害しようとしたのは「エンポリオは単独でも刑務所を脱獄し、神父を倒そうとする宿命」だったからだが、
それは神父が単に自分の命を天国より優先したというわけではなく、天国成立後の世界のことも考えての決断だったというわけだ。

188フェイク『男』:2007/07/18(水) 22:33:21 ID:5r/yFagU
335 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/07/18(水) 21:26:06 ID:BoDHkAU2
>>168
ほとんどのスタンド使いが武器を使わないのは純粋な漫画上の問題なのだが、これを作中の理屈で解釈するならば、
スタンドとは闘争本能の現れであり、攻撃の手段が分散すれば意志も散漫になるためだと解釈できる。
この理屈は言い換えれば、「精密動作性に優れ正確な絵を描けるスタンド」は露伴には必要無いし、
「料理を美味しくするための調味料のスタンド」はトニオには必要ない、と表現することも出来る。
またそれとは逆に、元々武術や技術を備えた人物がスタンド使いとなった場合、
その技術を主として戦い、スタンドはそれを補助するに留まることが多い。

331 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/07/18(水) 21:20:27 ID:BoDHkAU2
かつてプッチ神父は、ミラションの盗み癖やグッチョの人をムカつかせる特徴を「才能」と評したが、
これら当人に害となる要素すらも肯定的に捉え利用しようというのは、他者の心を操作し使役する彼の支配者的性格であると共に、
「なるようにしかならない」という力に無理に逆らわず、覚悟を持って不幸を受け止める「天国の思想」に根ざした考え方なのだろう。

327 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/07/18(水) 21:14:47 ID:BoDHkAU2
古代ローマの学者プリニウスが著した「博物誌」には「アンフィスバエナ」という奇妙な生物が記載されている。
これは胴体の両端に頭がある蛇といった姿であり、その双頭は「毒を吐くのに一つの頭では足りない」ほどの獰猛さを意味するという。
後世、この幻想的な生物は「二つの選択肢を同時に選ぶことは出来ない」という「迷い」の象徴として扱われた。

189名無しさん:2007/07/23(月) 03:30:51 ID:nJz9.Kjo
フェイク『男』さんに貰ったスタンドをIDスタンド変換スレ in イタリアで
使いたい場合、質問はここでしてもよろしいでしょうか?
それとも自分で決めるなり、調整スレに持っていったほうがいいでしょうか?

190フェイク『男』:2007/07/26(木) 00:21:43 ID:mWc6hN9c
コピペし忘れ。

330 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/07/18(水) 21:19:15 ID:BoDHkAU2
基本的にスタンドとは精神の才能ではあるのだが、肉体的な資質もまたスタンドに影響している。
それは例えば、本体の深刻な負傷がスタンドにも伝達するように、また「星の白金」と「世界」の性能差を見比べても明らかなように、
恐らくは、肉体の調子と感情・知性・精神に因果関係があることから、肉体の変調がスタンドにも現れているのであろう。


>>189
聞かれれば何でも答えるつもりだ。

191158:2007/07/29(日) 00:31:32 ID:Jw2Stb0o
その節はどうもでした。

>>19で鑑定した数は数えていないとの事でしたが、数えてみたところなんと2829体でした。
(2002年9月26日「本体を美しくするスタンド」から2007年7月18日「グロスマン」まで)
ただし、「クリーム(進化前)」など、オリジナルといえないものを1〜3体ほど除外してあります。

192フェイク『男』:2007/08/03(金) 22:20:32 ID:KkMqwPQY
837 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/08/03(金) 22:12:56 ID:swc0/mc/
私がスタンドを鑑定する際には、そのスタンドの能力とは直接関係無いような理屈を書き添えることが多々ある。
それはそのスタンドを表面だけでなくより深く、根本のところから理解することで、いくつかの問題を解消するためだ。
例えば一つ、似た種類のスタンド能力が同時に発動した場合どうなるのか……原作で例えれば
「時を飛ばしている最中に時を止めたらどうなるのか」みたいな疑問は、その能力をただ単に
「時を止める」「時を飛ばす」と解釈しているだけでは解決できず、ただ場当たり的に答えを出すしかない。
だがそれらの能力の理屈や因果まではっきりしていれば、その答えも自明となるだろう。
またあるいは、本来一人一能力である筈のスタンドなのに、複数の能力をもっているとしか思えないものがいくつも存在する。
これについても、ただ表面だけを見て能力が複数あると考えるより、その様々な表面上の効果が、
全て一つの本質から起こっていると解釈することで、そのスタンドにとって何が可能なのか、及び不可能なのかを突き詰められる。


>>191
オリジナルじゃないもの……三体しか無かったっけか。

193158:2007/08/04(土) 00:07:53 ID:l71.IawI
>>192
まあその辺は曖昧に。
「髑髏のような屈強な人型スタンド。『クリーム』と名づけられた。成長後の能力は君もよく知っているだろう。」
↑非オリジナルと判断
「精神を読み取って水晶玉に映し出す、イバラのスタンド。他人の探知能力を妨害できるぞ。『スリープウォーキング』と名づけられた。」
↑オリジナルと判断
このくらい曖昧。

194フェイク『男』:2007/09/17(月) 08:14:37 ID:rMigoOWU
702 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/09/17(月) 08:04:27 ID:I2IbUECZ
「真の『失敗』とはッ! 開拓の心を忘れ、困難に挑戦することに無縁のところにいる者たちのことを言うのだッ!
 このレースに失敗なんか存在しないッ! 存在するのは冒険者だけだッ!」(スティール)

人類の進化には「未知の分野への挑戦」が必要だが、誰もが無計画に未知の世界へと踏み込むわけにはいかない。
「挑戦」には安定した土台が不可欠であり、誰も彼もが無茶をしていては出来ることも出来なくなるだろうからだ。
一人の挑戦者の裏には無数の後援者が存在し、そこに上下は無い。


698 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/09/17(月) 07:56:25 ID:I2IbUECZ
スタンドの中には「本体の精神の一面だけを反映したもの」がある。多くの場合、反映されるのは本体の精神的「弱点」となる。
「最も恐ろしいのは弱さを攻撃に変えたもの」との作者の言葉通り、この手のスタンドは非常に凶悪であるが、
逆にこのようなスタンドの本体は、自身の能力の問題点を克服しようとすることが、自身の精神的欠点を乗り越えることに繋がる。
ジョジョ本編では、本体フーゴの狂暴な面だけを写し取った「パープルヘイズ」、
本体リンゴォの臆病さや未熟さを象徴する「マンダム」などがこれにあたる。

684 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/09/17(月) 01:11:17 ID:I2IbUECZ
現在時点ではイマイチ活躍の無いポコロコであるが、1stステージを振り返れば、
彼の役割は「あるかどうかの幸運よりも人間の努力の成果である技術の方が強い」ことを示すための噛ませ犬だったと言える。
荒木が運命論に拘っているのは周知の通りだが、恐らくはSBRの連載に当たり、運命というものの強さの復習と、
それ以上に重視すべきものがあるという決定のために、このようなキャラを配置したのであろう。
SBRにおいてもバトルが主軸となった現在、レース展開は「湖を越えろ」や「嵐の丘の短距離レース」が示すように、
ジャイロが「男の世界」を我が物とするための成長描写に使われており、それを踏まえると、
やはりこれからのポコロコは、「男の世界」を体得したジャイロに敗れることで、
運命より「男の世界」(それに類する精神性や信念など)が強いことを表すやられ役になるのではないかと推測する。

195フェイク『男』:2007/09/17(月) 08:15:09 ID:rMigoOWU
683 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/09/17(月) 01:09:26 ID:I2IbUECZ
ジョジョの戦いでは、照準の定まっていない数撃ちゃ当たる式の攻撃を命中させても、
それで決着が付くことはまず無く、相手は生きている事が多い。それどころか見かけ上は重傷者でも元気に戦えてしまう。
これは恐らく、負傷者が生きている可能性があれば生きており、動ける可能性があれば動けるとすることで、
極限まで戦いを追求すると共に、偶然を排し「連続性」を重視する作者の世界観に合わせているのだろう。
具体的事例としては、火に撒かれたホルマジオ、爪弾の乱射を受けたポークパイハット小僧、十一人の男の生き残りなど。

680 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/09/17(月) 01:05:16 ID:I2IbUECZ
ジョジョ四部の成長キャラ・広瀬康一の成長の軌跡は以下の通り。
Act1、精神的に責めてくる敵・玉美との対決に、精神的に(「信じて!」「五十万もってこい」)勝利
Act2、精神だけじゃどうしようもない(「大嫌いだ!」が通じない)物理的な暴力を伴う敵・由佳子との対決に、心身の両面で勝利
Act3、どう足掻こうと勝てないほどの強敵・吉良に屈服することなく、己の精神を証明して誇り高く敗北

679 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/09/17(月) 01:03:33 ID:I2IbUECZ
手は外部に出た脳である。(カント)

196フェイク『男』:2007/09/17(月) 08:15:26 ID:rMigoOWU
677 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/09/17(月) 01:00:05 ID:I2IbUECZ
イタリアンマフィアの抗争を舞台としている筈の五部のスタンド使いが、ほとんど(ミスタ以外誰も!)銃すら持っていないのは、
少なくともブチャラティのチームに関しては、彼らが銃に慣れるよりも早くスタンド使いになったからだと考えられる。
(そして当人の限りある精神力・闘争心を分割してしまわないために、スタンドと武装は原則的に両立しない。
その逆に、七部のスタンドが直接戦闘能力を持たないのは、その本体のほとんどが日常的に銃を所持しているからであり、
また直接戦闘能力を有するスタンドの多くは、以下に列記するとおり、本体にその理由を求めることが出来る。

・ブンブーン一家のスタンドは拳銃では満たせない猟奇殺人趣味や一方的な攻撃という嗜虐趣味を発揮できる
・ジョニィの「タスク」は銃がブンブーン一家に全く通じないという状況の中で発現
・本体の技術と能力が重複する「オエコモバのスタンド」は、本体が脱獄逃亡中という武器の無い中で発現
・「イン・ア・サイレントウェイ」は本体がナイフ程度でしか武装していないインディアン


675 名前: フェイク『男』 [sage] 投稿日: 2007/09/17(月) 00:56:23 ID:???
トト神、シンデレラ、竜の夢、ポコロコのスタンド、(解釈次第では)ローリングストーンズなど、
ジョジョ各部にそれぞれ一体は登場するという、不幸を退け望みの運命をもたらすスタンド能力は、
どれも相応の努力や、そこそこのところで幸運から身を引く謙虚さが求められることから、
これらはいわゆる「願掛け」をモチーフにしていると考えられる。

197フェイク『男』:2007/10/21(日) 01:37:52 ID:c5R33DJE
239 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/10/21(日) 01:33:46 ID:QyRzFY8c
自然界には現在の人間では及びもつかないパワーやシステムが内在している、という事実をエコロジー思想に転用すると、
(フェルディナンド博士がそうだったように)「人間は科学技術なんかに己惚れるな。身の程を知れ」という発想になりがちだ。
だが「敬意を払う」という概念により大自然から黄金長方形を見い出し、
これを用いて人間の「技術」を更に高めるというツェペリ家の回転の技術は、
大自然の偉大さと人間の努力を両立させる、生命賛歌や自然賛歌を踏まえた人間賛歌であると言えよう。

236 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/10/21(日) 01:28:22 ID:QyRzFY8c
「おめーのスタンドは本体の目の届かないところで戦えるスタンドじゃねえだろうがポルナレフッ!」(三部、エボニーデビル)

「銀の戦車」には上記の通り視覚が無いとされているが、しかし銃弾を見切るほどの動体視力はあった。
一方「星の白金」には写真を分析するほどの視覚が有るのに、DIOの承太郎に対する血の目潰しは有効だった。
これらの問題は、例えば「近距離パワー型スタンドの持ち主は、自身の視力が高められている」とか、
「近距離パワー型スタンドは本体の視界内にのみ、そのスピードに準じた鋭い視覚が働く」と考えれば辻褄が合う。
また、遠隔操作型は本体とは別に視覚があり、本体とそれを共有する、
自我所有型や自動操縦型は本体とは別に視覚があっても本体とはそれを共有しない、などの類型に分けられる。

234 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/10/21(日) 01:25:13 ID:QyRzFY8c
努力と継続によって得られる「技術」に対して、何の努力も無く手に入る「超能力」は、
その本質として、人間の後ろ暗さや精神の暗黒面を強く暗示していると考えられる。
だが超能力を様々に活用し、戦闘の中で知恵や工夫を尽くすのも「勝つための努力」であろうし、
己の超能力に己惚れたり苦しんだりすることなく、一般人の中で普通に日常を過ごすのも「継続」の力だと見なせる。
言わばこれもまた「悪の力をもって正義を行う」という、
ゴージャスアイリン、魔少年ビーティー、バオー来訪者と一貫していた概念の一つであるのかもしれない。

198フェイク『男』:2007/10/21(日) 01:38:28 ID:c5R33DJE
233 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/10/21(日) 01:24:02 ID:QyRzFY8c
「奇跡」とは、例えば二部のジョセフ生存、三部のジョセフ復活、四部の億泰復活、
五部のレクイエム発現、六部のエンポリオとアイリンたちの出会いなどであり、
その原因は正義の心、黄金の精神、真実に向かう意志、引力即ち愛などが挙げられてきた。
いずれも物語の最終段階において、原因(正義の心など)と結果(ハッピーエンド)だけを簡略に示したに過ぎないが、
「運命」という大きな問題が六部で解決した今、七部においては「奇跡」の理論をより具体的に描写する段階に来ているのかもしれない。

232 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/10/21(日) 01:22:40 ID:QyRzFY8c
ジョジョにおいて「戦闘中に成長する味方キャラ」には二種類ある。
一つは、既に充分な戦闘力や意志力を持っている者が、感情の爆発などの精神力によって更なる能力を得るというもの。
この事例ではスタンド能力が根本から変化するわけではなく、新たな動かし方や応用的な技術を獲得できるに留まり、
またその戦いにおいては、新たに得た能力だけではなく既存の能力も充分に活用しなくては勝利できない。
ヴァニラアイス戦でのポルナレフ、三部ラストバトルでの承太郎、ベイビィフェイス戦でのジョルノがこれに該当する。
もう一つは、未熟な状態から様々な経験や段階を経て、スタンドそのものが新しい状態へと進化するというもの。
この事例は例えば未熟な者が自分一人で戦いに挑んだり、幾人もの犠牲と継承の上で進化を果たすなど、
成長するまでの「過程」に焦点が当てられるため、戦い自体は進化した能力のお披露目のごとく、そのまま圧勝することが多い。
康一、五部ラストバトルのジョルノ、グーグードールズ戦の徐倫、サウンドマン戦のジョニィなどがこれに当たる。

199フェイク『男』:2007/10/21(日) 01:38:41 ID:c5R33DJE
231 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/10/21(日) 01:20:24 ID:QyRzFY8c
俗にスポーツ選手は一般人より寿命が短いと言われているように、いかに体調に気をつけても肉体を酷使する者は短命であり、
体温の変化で老化させるという「ザ・グレイトフル・デッド」の発動条件はこれを原点としていると考えられる。
これは少々強引な解釈例だが、ともかく条件発動型のスタンドには大抵その条件を必要とする理論や説明があり、
理屈の伴わないようなただの儀式を伴うスタンドはそれほど多くはなく、本体が精神的に未成熟であるもの、
あるいは能力が魂や生死など生ある者全てにとって未知の領域にあるものに少し存在する程度だ、
(この二つは、能力に対して本体の精神が追いついていないという意味で、本質的には同じだと言える)
前者の例は初期の「法皇の緑」(絵や操り人形と同期して行動する)と「マンダム」(腕時計を操作する)、
後者の例は「リンプビズキット」(謎の呪文を唱える)とDIOの「天国に行く方法」が挙げられる。

200フェイク『男』:2007/11/10(土) 21:45:01 ID:PnJGFH5M
625 名前: フェイク『男』 投稿日: 2007/11/10(土) 21:38:12 ID:kRQ3cHHE
『爪』という器官はテコの原理により指先を保護し握力を強める働きがある。またその硬さは様々な用途に利用できる。
人間は手を使うことで脳を発達させ知性を獲得したという説があるが、
ならば爪とは人類の初めての道具であり、進化の発端であると言えよう。

201名無しさん:2007/11/30(金) 21:30:08 ID:0DQfDw4s
質問しつもーん。
フェイク男さんはユリイカ増刊読みました?
特に印象に残った記事とかあります?

202フェイク『男』:2007/12/22(土) 20:59:55 ID:uV59appE
暇が無かったので読んでない。存在を知ることすら出来なかった。
今はどうにか余裕があるが。

203フェイク『男』:2008/01/11(金) 20:12:13 ID:AhSI02ak
969 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/01/11(金) 20:10:49 ID:vUd/VaEE
処女より生まれたとされるイエスとディアボロの共通点は、その善悪を問わず、
彼らが親子の血統という「連続性」、ひいては「運命」を超越していることであると考えられる。
単独で人の域を超え、神や悪魔の世界にまで達している彼らに対して常人が出来ることは、
親から子へ、去る者から残る者へと意志を継承し、「真実」を追求し続けることのみであろう。

968 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/01/11(金) 20:08:38 ID:vUd/VaEE
何かと謎の多いゴールドエクスペリエンスレクイエム(略称GER)であるが、
その一つ「殴られた者は永遠に死に続ける」という経緯不明の能力効果に付いては、
初期の「黄金体験」にのみ描写されていた「感覚暴走」効果の延長で説明できる。
ディアボロの肉体は下水溝で麻薬中毒の男に刺されて死亡した後、女医モニカ・ユルテッロに司法解剖されたわけだが、
ディアボロの「魂」はその後も幽霊のように世界をさまよい続け、周囲の「死にゆく者」、
例えば「犬に吼えられた直後に車に轢かれて死んだ者」や「公園で女の子に話し掛けられた後に何らかの原因で死んだ者」に憑依して、
その「死」を代わりに体験させられ続けているという解釈だ。

967 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/01/11(金) 20:07:39 ID:vUd/VaEE
末期ブチャラティの状態を見抜く、ドッピオを「魂」的にトリッシュへと偽装する、
チャリオッツレクイエムの発動時に自分だけ目当ての肉体へと潜り込む、
チャリオッツレクイエムのわけのわからない原理と倒し方を見破るなど、
五部のラスボス・ディアボロは「魂」や「幽霊」について造詣が深いようだ。
それは彼が二重人格者であり、人格の交代を素早く行う「技術」から得た知識なのかもしれないし、
あるいはもっと別な何かの理由があるのかもしれない。

204フェイク『男』:2008/03/22(土) 22:02:38 ID:lKIcCLbM
307 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/03/22(土) 21:58:15 ID:2Ti0ZRQ1
はたしてDIOとプッチの間に「真の友情」はあったのだろうか? この疑問はどちらとも解釈できる。
まずDIOからプッチへの感情であるが、DIOがまさしく真の邪悪、完全に真っ黒な存在であったのならば、
プッチとの友情も「天国へ行く方法」のための布石の一つ、ただの見せ掛けだっただろうし、
しかしいくら生まれついての邪悪とはいえ、一方で真摯に友情を求める白い心がどこかに残っていたという可能性も否定できないだろう。
またプッチの方は、表面上は「DIOの仇を討ちたいというのは個人的な感傷に過ぎない」と己の感情を切り捨てた独白があるものの、
その後のストーリー展開を見ると、己の感情を否定しきれていない面があるのが事実だ。
とはいえこの疑問はジョジョの本筋とは関係ない話であり(もしも彼らの間に清い友情が本当に存在していたとしても、
彼らが倒すべき邪悪であることに変わりはないのだから)謎は謎のまま置いておき、各人好きに想像するのが良いだろう。
話のスケールは異なるが、ミキタカが本当に宇宙人かどうか、という疑問と同じようなものだ。

306 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/03/22(土) 21:56:04 ID:2Ti0ZRQ1
アヌビス神の「能力」は剣を交えた相手の戦力を「覚え」てそれをどんどん上回っていくことだが、
ならば「斬りたいものだけを斬り、それ以外をすり抜ける」方は何なのだろうか?
恐らくそれは、大概のスタンドが有している「透過」の性能を、「技術」にまで高めたものなのだろう。
何も「覚え」ていない状態のアヌビス神は剣術こそド素人同然だが、
そういったスタンドの運用方法については最初から備えているようだ。

205フェイク『男』:2008/03/22(土) 22:02:58 ID:lKIcCLbM
300 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/03/22(土) 21:44:26 ID:2Ti0ZRQ1
ジョジョ六部のリキエルはアポロ11号の月面着陸を指して「人間の精神は地球を超えて成長した」と解した。
これは即ち、今や宇宙規模のスタンドすらも実現可能だということの伏線だったのだろう。

293 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/03/22(土) 21:34:25 ID:2Ti0ZRQ1
外見を真似る程度でしかない「黄の節制」や接触で化ける「クリームスターター」とは異なり、
相手を写真程度でしか知らなくとも、肉親でも犬の嗅覚でも見破れない変身を行える「クヌム神」は、
その精密な肉体情報をどこから得ているのかという点で疑問がある。
実はオインゴは承太郎の髪の毛か何かをこっそり回収しており、それを材料に変身した、などと解釈することも出来るが、
むしろ上に挙げたスタンドとは異なり「クヌム神」は純粋に変身しか出来ないのだから、
全くの無から変身対象の肉体情報を丸ごと再現できる、という程度の超越性はあって然るべきとも考えられる。
それでこそ、万物を作り上げたという「創造の神」の名にふさわしいと言えよう。

206フェイク『男』:2008/05/12(月) 21:41:32 ID:coMRgn76
695 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/05/12(月) 21:37:08 ID:f8t2UZu0
殺人を犯した自分の心を呪われたものと考え、空条徐倫に恋心をいだき守ることで、その心が清められると信じている。
(六部最終巻、アナスイの紹介文)
プッチ神父を倒すことでエンポリオが到達したのは、DIOの因縁から完全に解放された新世界だった。
アイリンとその父親、エルメェスやウェザーに似た人物が幸せそうに暮らしているのも、因縁から解放されたためだろう。
しかしアナキスだけは事情が異なる。彼の前身であるアナスイは、DIOやプッチの因縁とは無関係な犯罪者だったからだ。
アナキスが少なくとも刑務所に収容されず、ひょっとしたらこれから幸せになれるかもしれないという現状は、
逆説的に、アナスイが己の罪や恋心に対して、真に誠実に生きてきたということを証明するものであり、
たとえ生まれや育ちに問題があったり、罪を犯した者であっても、その心を清めることは可能だということを示している。

693 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/05/12(月) 21:34:42 ID:f8t2UZu0
スタンドは適材適所であり強い弱いの概念は無いが、「世界」は単純な殴り合いという分野では最強のスタンドだったと言える。
だが本体のDIO自身は暴力よりも他者の支配や安心を得ることを重視しており、その面では「世界」はそれほど適してはいないようだ。
「支配して安心する」というDIOの願望は後の「メイド・イン・ヘブン」へと繋がっているのだが、
思えば蜘蛛の巣を破らずにホルホースの背後に回ったり、ポルナレフを階段から降ろしたり、
上院議員を何度も車の中に連れ戻したりといった余興なども、「世界」で他者の支配を行おうという努力だったのかもしれない。

690 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/05/12(月) 21:28:59 ID:f8t2UZu0
そもそも「火炎」というものは物質ではなく発熱や発光を伴う酸化の「現象」であるわけだが、
それをまるで物質のように成形して操るという「魔術師の赤」は、
まさしく超能力の視覚化である「スタンド」を象徴する能力といえるだろう。

207フェイク『男』:2008/05/12(月) 21:41:46 ID:coMRgn76
687 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/05/12(月) 21:24:49 ID:f8t2UZu0
過去の罪、特に被害者も遺族も既に存在しない罪は、どうやって償えばいいのだろう?
法的な罰を受ければ、それで罪悪感は消えてなくなるのだろうか?
そういった取り返しのつかない罪を克服するためのスタンドが「シビル・ウォー」であると考えられる。
自分の心の中だけに存在するために、自分自身にもどうしようもない罪悪感を幻影として「実体化」させることで、
ただ己の罪に怯えるだけでなく、例えばスタンドを使って幻影を操ったり、更には幻影を他人におっかぶせたりといった、
現実的な解決手段を模索できるようになったのだろう。

686 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/05/12(月) 21:23:13 ID:f8t2UZu0
C-MOON戦での徐倫やシビル・ウォー戦でのジャイロの判断を見る限り、
遠隔操作型のスタンドは本来あまり精密に動けるものではなく、格闘などで近距離型のスタンドと戦う場合には、
本体がその光景を(遠くからでも)観察することで、スタンドと本体の二つの視点から状況を判断するのが効果的なようだ。

685 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/05/12(月) 21:21:59 ID:f8t2UZu0
かつて運命を操る象徴として各部のラスボスに存在した時間操作のスタンド能力を、
物語の途中で、敵の親玉の部下として、しかも発動の条件に制限のかかった状態で登場させた七部は、
即ち、運命に対する人間賛歌を六部で完結させた上で、それよりも更に重要なことを描こうとしているのだろう。
時間を操り運命を支配できることすらも、その偉大なものに比べれば前座扱いに過ぎないということだ。
七部の時間操作系スタンド使いであるリンゴォのスタンドは(単行本の記述からして恐らく)
本体の「思想」が原因となって、腕時計の針を動かすという発動条件がかかっていたようだが、
これもまた「思想」の追求のためには運命を支配することなど二の次だということの表れだと考えられる。

208フェイク『男』:2008/05/12(月) 21:41:59 ID:coMRgn76
684 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/05/12(月) 21:21:17 ID:f8t2UZu0
スタンドは同一ながら、扱う本体によって性能の異なる「スケアリーモンスターズ」は興味深い事例だといえる。
フェルディナンド博士を本体とするそれは、人間や猛獣までも次々と恐竜にしたが、本体自身は変身できない。
一方のディエゴを本体とした場合には、自身は恐竜になれるが、今のところ人間などあまり大きな生物を恐竜にはしていない。
上記の二者の差異は本体の性格やスタンドを獲得する経緯によるものだろうが、ディエゴは人間を恐竜に出来ない、と仮定した場合、
それ以外にも、本体にもスタンド能力が効く場合にはあまり他者への影響は大きくならない、というルールを導き出せる。
例えば他には、「グーグードールズ」は他人を素早く小さく出来るが本体は小さくなれず、射程距離も定まっている一方、
「リトルフィート」は他人を小さくするには時間がかかるが、自分をも小さく出来るし射程距離は関係ないという事例だとか、
「クレイジーダイヤモンド」は他人を一瞬で回復できるが自分は治せない一方で、
「黄金体験」は多少時間はかかるが自分でも他人でも自在に治せるといった具合だ。

680 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/05/12(月) 21:16:35 ID:f8t2UZu0
スタンドの中には、効果の発動に何らかの「条件」を有するものも多いが、それらのほとんどは全く荒唐無稽なものではなく、
現実に存在する物事や法則を抽象化したものであって、他のスタンド使いにも見破ったり推理する可能性は残されているものだ。
しかし「魂」のように、現実の科学ではどうにも定義できないものを扱うスタンドの場合、
その条件や原理もまた、現実の知識では対処できないようなものになることも多い。
わけの判らないものを扱う能力だからその原理もわけが判らない、というのも、一つの道理であろう。
とりあえず「チャリオッツレクイエム」と「メイド・イン・ヘブン」はこの区分としておく。

209フェイク『男』:2008/06/29(日) 21:26:37 ID:bn3RDbsg
489 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/06/29(日) 21:21:59 ID:Ot7zZGXf
「黄金体験」の作り出した生物が初期に発現していた「自分へのダメージを跳ね返す」能力は、
ジョルノ本人の台詞から考える限り、創造主であるジョルノ自身がまだ生物を自由に操れないために、
その生物自身が生まれた自分自身を取り合えず守るべく発現させた「能力」のようだ。
ジョルノはそれ以降、産まれた生命を己の「目的」のためにどんどん自在に操れるようになり、
例えば「ワクチンを採られるべく生まれた」ためにダメージ反射能力を持たない蛇を生み出したり、
「他者の肉体に移植されるために生まれた」それ単体では生命の維持すら出来ない「生物の部品」を生み出すに至る。
このような経緯により、ダメージ反射能力は消滅した(あるいは五部の小説を含むならば使い分けが出来るようになった)上に、
「ミスタープレジデント」の亀など、下等な動物のスタンド使いならば
その能力をもコピーしたクローン生物を作り出せるようになった。
ここで最初に話を戻すと、あのダメージ反射能力は、言わば産み出された生命のスタンド能力とでも纏められる。

210フェイク『男』:2008/06/29(日) 21:26:49 ID:bn3RDbsg
484 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/06/29(日) 20:51:01 ID:Ot7zZGXf
SBRにおける「奇跡」とは、今のところ「人事を尽くして天命を待つ」とか「天は自ら助くるものを助く」と言い表せる。
丁度ジャイロ・ジョニィ・ウェカピポの三人とマジェントとの対比が、これを簡潔に表現していると言えるだろう。
まず「氷の世界」の戦いでは、ジャイロ・ジョニィ・ウェカピポの三者は戦闘においてそれぞれが最大限の努力をしたからこそ、
ジャイロとジョニィは勝利して遺体を手にし、ウェカピポは負けたからこそ妹の生存を知ることが出来た。
この時のジャイロの過去回想においては、ジャイロはウェカピポ妹の手術を敢行したからこそ、
父親からウェカピポ妹の真相を知ることになり、後のウェカピポとの和解に繋げることが出来た。
つまり、たとえ失敗したり敗北したりしても、全力を尽くせばその体験を未来に繋げることが出来るのだ。
一方のマジェントは「氷の世界」の戦いにおいては敵に敬意を払いもせず油断して敗北したままとなり、
それでもDioに助けられるという最低限のチャンスは訪れたものの、そのDioの真意を探ることもせず、
相変わらず「恨みを晴らすと決めたら必ず晴らす」だの「きっとDioは俺のことを好きになってくれる」だの、
全力を尽くすよりも感情や惰性で動いたために、天命どころか誰からも見向きもされない終わり方になってしまった。

211フェイク『男』:2008/07/13(日) 16:54:52 ID:TmNraks2
752 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/07/13(日) 16:43:22 ID:2vyf/QZ0
独りで何かを創作することが困難あるいは不可能な以上、ほとんどの創作物は何かを下敷きとしている。
それらはパクリだとかリスペクトだとかオリジナルだとか言われたりするものだが、
ジョニィの「タスク」は以下の通り、そうした創作の段階を踏んだスタンドのようだ。

序盤:爪をグルグル回してるだけ。劣化パクリ
中盤:黄金長方形を理解し、黄金の回転が出来るようになった。フォロワーであり、リスペクトであり、二番煎じ
終盤:黄金の回転を更に推し進め、ツェペリ家も想定しなかった新たな地平を切り拓く。立派なオリジナルと言っていいだろう

212フェイク『男』:2008/08/11(月) 02:44:35 ID:nino4o8I
465 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/08/11(月) 02:39:41 ID:nR+lBR6x
生命や宇宙の始まりにはあまりにも小さな確率や偶然の内に成り立っていることが多いらしいので、
一部ではこれらの始原には「神」のような超常的な存在が関わっているのではないかという考えを抱く科学者などもいるのだが、
それらも大昔の「カミナリは神が鳴らしている」などの伝承と同じ、理解の届かぬ領域を納得するための精神的作用なのだろう。

463 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/08/11(月) 02:35:16 ID:nR+lBR6x
たとえば三部のラストバトルにて、承太郎が死んだ振りをしてDIOの疑心暗鬼を誘うシーンでは、
DIOが「呼吸音は…」「心臓の鼓動音は…」などと誰の得にもならない独り言を呟きながら、
そしてそれを承太郎が聞いて対応しているというマヌケな状況に見えてしまうかもしれないが、
たとえDIOが無言のまま耳を済ませたとしても、勘の良い承太郎がすぐさまにそれに気づき、
呼吸を止めたり更には心臓の鼓動を止めたりするという展開を描くことは充分可能であり、
あれが単純に話のテンポを保つための、読者向けの演出であることが判る。
あるいは六部の徐倫とプッチ神父の手錠デスマッチにて、プッチは徐倫のことを「凄み」で攻撃を避けたと評したが、
別にこれはただ理屈を放棄して精神論に逃げ込んだわけではなく、理屈をつけるだけならば「繋いだ手錠の振動の感覚」で
片付けられたところを、あえてそんな理屈よりもそれを土壇場でやってのける徐倫の精神力を重要視したと考えるべきだろう。

460 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/08/11(月) 02:14:10 ID:nR+lBR6x
スタンドというものは本体の願望を表しているという側面もあるが、その傾向があまりに強いものには、
願望の大きさに反してスタンドパワーが有限であるために、相応の「限界」に突き当たってしまっているものも存在する。
例えばこの世の「運命」をどうこうしたいがために誕生したのであろう「世界」や「キングクリムゾン」は、
その能力の強大さゆえに、持続時間はわずか数秒、十数秒といった短さであり、(それでも充分強力な能力ではあるものの)
「運命」を支配したいという大きすぎる欲望に比べれば、非常にみみっちい運用をせざるを得ない。

213フェイク『男』:2008/08/11(月) 02:45:58 ID:nino4o8I
458 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/08/11(月) 02:11:08 ID:nR+lBR6x
スタンドとは本体の精神力や闘争心を形にしたものであり、本体自身の『心の強さ』であるというのが理想だが、
その正々堂々さに背き、本体にとって不釣合いに強い力を得ているスタンドは数多く、何種類かの典型に分けられる。

1:本体の心の弱さを攻撃に変えるもの。特に四部以降に多いが、代表的なのは「キラークイーン」「キングクリムゾン」など。
2:本体の人生がどうしようもなく追い詰められており他に手立てが無いもの。
  本体が昏睡状態の頃の「ハイウェイスター」、「自由人の狂想曲」、
  そして何といっても「ウェザーリポート」、特に「ヘビーウェザー」の部分。
3:自分以外の力や構造を利用するもの。参照…>>86の三段目。
4:他者の心の隙を突くもの。この手のスタンドは大概は本体自身も無防備であり、己の努力で克服しなければならないものだが、
  その中でも自分の保身だけは能力に織り込まれている「アトゥム神」や「錠前」など。

なお、SBRの中でも取り分け理不尽な強さを持つ「シビル・ウォー」は、上記四つの全てに当て嵌まる。
即ち「シビル・ウォー」こそはまさしく弱者のためのスタンド能力の完全版と言えるだろう。


445 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/08/10(日) 19:41:20 ID:EdiL1cWx
「誕生」
あらゆる災難の中で最初でしかももっともものすごいもの。
この災難の本質については、均一性はないものと見られている。
(アンブローズ・ビアス「悪魔の辞典」より)

214フェイク『男』:2008/08/11(月) 02:46:10 ID:nino4o8I
442 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/08/10(日) 19:35:50 ID:EdiL1cWx
ジョジョは基本的に、どんな強いスタンド使いもその本体は人間であり、容易に殺傷される可能性がある漫画であり、
それに加えて力よりも小細工を重視する作風であるため、超能力にありがちな「物品を透明にする能力」などは、
作中世界観の視点でも、またメタ的な視点においても、反則的な性能となってしまう。
ジョジョの勝利パターンである「既に○○していた」を実に簡単に使えてしまうためだ。
そんな厄介な能力を、本体は無力な赤ん坊で、身を守るために本能的に使ってるという設定に封じ込め、
それを他者が(作中では露伴がジャンケン勝負の際に)利用する場合でも、赤ん坊では出来ることが限られるし、
そもそも何回も赤ん坊をこき使うのも厳しいというように限定したのは、見事な落としどころと言えるだろう。

439 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/08/10(日) 19:32:48 ID:EdiL1cWx
Dioが得たスタンド能力は基本的にフェルディナンド博士からの引き継ぎであり、
彼の「あらゆるものを他者から奪って生きる」という一巡前からの宿命が表れているスタンドであるが、
ただそれだけではなく、更にDio自身の性格も能力の内容に一致していると考えられる。
まず、過去のDioは母の死因について「傷から入った菌が悪い病気を運んできた」と考え、
「どいつもこいつも!」有罪だと断じ、「地面の上にはいつくばらしてやる」と決心するが、
これらの発想は「スケアリーモンスターズ」の元々の特徴に適合している。
また更に、本来の「スケアリーモンスターズ」に無い「本体自身が恐竜になれる」という要素は、
ジョニィが評するところの「気高さの無い飢え」を体現していると言える。
Dioの所業は非常に直接的で強大ではあるが、まさしくフェルディナンド博士の言うところの、
「尊敬という概念を知らないアホ頭の恐竜」そのものであり、
奥義の伝授に際し「敬意を払え」と説くジャイロ、及び「黄金の回転」をただ真似る・奪うだけでなく、
その理念を更に推し進め新たな道を切り拓いたジョニィとの対比となっている。

215フェイク『男』:2008/08/25(月) 21:00:00 ID:BfwOc5pA
724 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/08/25(月) 20:58:23 ID:E0+zHfUE
資源の乏しい深海には、「鯨」の死骸を中心として形成される生態系があるそうだ。
肉の食い荒らされた鯨の骸骨は特殊なバクテリアにゆっくりと分解され、
それを餌とする小さなエビや貝類などが集まり、これらの群集は鯨の死後百年以上も継続するという。
各地の様々な民族が、神や巨大生物の身体を材料に世界が作られたという神話を伝えているが、それを想起させる話だ。


720 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/08/25(月) 20:51:01 ID:E0+zHfUE
「DIOは『黒』! ジョースターさんたちは『白』!
 『黒』と『白』とがはっきり別れて感じられるぜ!」(ポルナレフ)
「おまえに味方する『運命』なんて……おまえが乗れるかどうかの『チャンス』なんて……
 今! ここにある『正義の心』に比べればちっぽけな力なんだッ!」(早人)
「かつてわしらもエジプトに向かう時に見た……『正義』の輝きの中にあるという『黄金の精神』を……
 わしは仗助たちの中に見たよ……」(ジョセフ)
「おまえは『運命』に負けたんだ! 『正義の道』を歩む事こそ『運命』なんだ!」(エンポリオ)

以上の台詞から察する限り、ジョジョにおける「正義」の扱いとは、
少なくとも自分から名乗り出すような類いのものではなく、他者や過去を客観的に見て感じ取るものであるようだ。
ジョースターの中で現在の自分自身を正義と称したのは、精々ヌケサクに対するジョセフの冗談程度。


719 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/08/25(月) 20:48:01 ID:E0+zHfUE
ツェペリ一族の発展させてきた鉄球技術は多岐に渡る応用性があるが、大まかなところを以下に纏める。
1:生物の皮膚・筋肉・神経に刺激を与えて操る。
2:振動波で物体を透視する。
3:鉄球自体を操作する。
4:それらの用法は「死刑」「医療」「戦闘」といった目的のためである。
5:そしてその非常識なほどの強力さや細密さは、「黄金の回転」を根源とすることで発揮されている。

216フェイク『男』:2008/09/28(日) 22:55:25 ID:gOQ2j5PE
516 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/09/28(日) 22:48:36 ID:Qxu+2oP+
ジャンケン小僧がいきなり定義した「ジャンケンは確率ではない、勝ちたいと願う心の力だ」という概念の正体は何だったのだろうか。
明らかに理に適っていないような言い草であり、ただ単にそれも含めて「ボーイ・II・マン」のスタンド能力なのだと解釈したくなるが、
しかし、ジョジョの世界に根源的に存在することが判明した「引力」理論に則れば、実はジャンケン小僧の言い分は筋が通っている。
ジョジョの世界の「引力」とは物理的なものだけではなく、精神の重みによって「運勢」をも引き寄せる「魂の引力」が含まれている。
「引力」とは物理的なものも魂的なものも「弱い」力であり、通常のスタンド戦闘では工夫や小細工などにまぎれてしまうが、
スタンドを奪うという重大事を、小細工の一切存在しない(はずの)ジャンケン勝負に委ねたからこそ、
心の強さが直に勝敗に影響するかのようにまで明確に発現したのであろう。

508 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/09/28(日) 21:52:50 ID:Qxu+2oP+
ジョジョ六部の誇る最大級無差別影響スタンドの一角を担う「自由人の狂想曲」は、
社会全体に被害を撒き散らすことに加え、新たな創作を行うことが出来ない、
即ち次世代を生み出すことが出来ず、人々を今現在存在する快楽にのみ耽溺させるという意味でも、
本体ウンガロがそれまでに嵌っていた「麻薬」のごとき破滅性を備えていると言えるだろう。

504 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/09/28(日) 21:45:26 ID:Qxu+2oP+
私は重大な状況において、ほんのちょっとしたことが、最も大きな出来事をつねに決定するのを見た。(ナポレオン・ボナパルト)

503 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/09/28(日) 21:44:00 ID:Qxu+2oP+
ジョークの意味を解説することを、蛙の解剖に形容するというジョークがある。
蛙の解剖なんて好き好んで見る奴は(専門家ぐらいしか)いないし、そのために蛙は死んでしまうという内容だ。
とはいえ、解説を必要とする時点で既にその蛙は死んでいることだし、次の蛙を殺さないようにするためには解剖も役に立つだろう。

217フェイク『男』:2008/09/28(日) 22:58:44 ID:gOQ2j5PE
497 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/09/28(日) 20:47:05 ID:Qxu+2oP+
スタンドの中には、機能を限定することで中距離でもそこそこのパワーを発揮できるタイプのものがある。
これらのスタンドはしばしば人型像を備えず、構造が簡略化されていたり、小型のスタンド像を形成していて、
人型のような精密な動作は出来ないものの、ある程度パワーと射程距離を両立させており、人体を損傷する程度なら難なくこなせる。
スタンドのパワーはトレードオフ関係によって成立しているが、これもその一種だと言えよう。
「灰の塔」「皇帝」「女教皇」「ゲブ神」「エアロスミス」「クラッシュ」などが該当する。

495 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/09/28(日) 20:43:56 ID:Qxu+2oP+
ジョジョの世界における「運命」とは概ね決定論的なもののようだが、完全に全てが定まっているというわけでもなく、
物事の大筋が先に定まっていても、細かい出来事は後から辻褄を合わせるかのように変わってくることもあるようだ。
また(「自由意志」と呼べるものではなさそうだが)生物の「感情」に幅が出来ることも、いくつかの事例から読み取れる。
最も印象的なのは、「バイツァダスト」の朝、お気に入りの皿が割れてしまったときの川尻しのぶの反応だ。
皿が割れたのは三回の朝全てに対して共通だが、最初の二回が同じような結果に至り、
描写まで似通っているのに対し、早人が能動的に動いた最後の一回は大きく異なっている。
またメタな視点から語れば、「作者」はキャラクターの表情や行動を自在に描き、時には内心を独白させたりもするが、
それでもキャラクターが「真に何を感じているか」まで規定できるわけではない。読者の数だけ読み方があるだろうからだ。

218フェイク『男』:2008/09/28(日) 22:59:03 ID:gOQ2j5PE
494 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/09/28(日) 20:42:05 ID:Qxu+2oP+
超能力物において定番の「瞬間移動」能力について、しばしば問題となる「移動先に既に何かあった場合の処理」については、
既に様々な作品において解釈がなされており、中には破滅的な(いわゆる「石の中にいる」などの)解決方法も存在するのだが、
SBRの「チョコレイト・ディスコ」にて起こった「瞬間移動させた物品が対象のマス目に高速で落下・衝突する」という現象も、
そのような「移動対象と移動先の衝突」を、適度な強さで再現したものと考えられる。
また、上記の問題に関連して、瞬間移動能力には「移動先の座標」の決定方法にも気を遣う必要があるのだが、
(何せ移動先を少し間違えれば「衝突」が起こるのだから、非常に精密な決定が必要になるはずだ)
「チョコレイト・ディスコ」のマス目を展開するという手段も、それに則ったものだと言える。

219フェイク『男』:2008/11/10(月) 21:53:50 ID:pOpalgDw
658 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/11/10(月) 20:23:47 ID:GLOrFZYi
タロットカードは中世に作られた遊戯用の絵札が起源であり、別にそんな大して神秘的な出自ではないという説が有力だそうだ。
だがジョジョの世界ではタロットは本当に神秘性を有しており、それを用いた「占い」は運命を読む技術として実在している。
「タロットの起源」として作られたエジプト九栄神という独自の設定は、そのような歴史の補完にもなっているといえる。

649 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/11/10(月) 19:59:47 ID:GLOrFZYi
ツェペリ一族の鉄球が、死刑にしても医術にしても、単独の対象を取る技術であるのに対し、
ウェカピポを始めとする王族護衛官の鉄球技術は、「護衛」という目的上、対多数との戦闘を想定していると考えられる。
そう見ると、ツェペリ一族の鉄球は非常に強力なパワーや精密性を持つが、一投で仕留められる相手は精々二人までである一方、
王族護衛官の鉄球は多数の刺客でも一気に制圧できるし、「黄金長方形」のような環境による制限も無いという長所があるのが判る。

645 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/11/10(月) 19:54:20 ID:GLOrFZYi
ジョジョのテーマは「人間賛歌」だが、言葉の上では一部で初代ツェペリが言い残したのみとなっている。
言葉で示すだけでは、いかに「勢い」だとか「熱さ」のある、いわゆる「名言」だろうと、一度言い放ってしまえばそれでお終いだ。
重要なのはそれを(論理的な意味でなくとも)証明することであり、またそれを発展させて新たな答えを導き出すことであろう。
「人間賛歌」という基本を確かにしているからこそ、更にそこから「運命」だとか「正義」だとかといった次なる問題に取り掛かれる。

220フェイク『男』:2008/12/13(土) 21:16:05 ID:qjimNv6U
726 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/12/13(土) 21:12:48 ID:hdXUZCp1
【スタンドの次の話、1】
超能力を視覚化した「スタンド」という概念が誕生して十年近くも経ち、
ジョジョ本編でも手を変え品を変え多くのスタンドが登場して現在に至るが、
スタンドは飽きた、マンネリだ、という声もやはり聞かれるようになってきた。
ではスタンドという設定が終わり次のものと置き換わるならば、それはどういうものがありえるだろうか?
まず始めにハッキリさせておくべきことは、何でもいいからとにかく別の設定を作ろうなどという精神では通用しないということだ。
大切なのは真実に向かう意志であるが、自分がどこを目指しているのかも考えないようでは話にならない。

727 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/12/13(土) 21:14:01 ID:hdXUZCp1
【スタンドの次の話、2】
ジョジョでかつて起こった波紋編の終了は、まずテーマ的な理由としては、
波紋を通じた戦闘描写では「肉体賛歌」になってしまうため、精神を重視する「スタンド」に移行したと作者は説明している。
またエンターテイメント的理由として私見を述べると、波紋での戦闘描写には限りがあったと考えられる。
(そもそも二部のジョセフからして、波紋は道具の一つと割り切り、戦闘の主軸はトリックだった。
 力のジョナサン、技のジョセフで完結しており、波紋でこれ以上やってもどちらかの二番煎じにしかならないだろう)
しかしスタンドならばどんな描写でも吸収できるため、娯楽面においても波紋より遥かに応用が利く。
以上のことを踏まえて、テーマ面・娯楽面で「スタンドで表現できないこと」があれば、
それを表現するための新たな設定を作り出す価値が出てくるだろう。

221フェイク『男』:2008/12/13(土) 21:16:42 ID:qjimNv6U
717 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/12/13(土) 20:53:24 ID:hdXUZCp1
ジョジョ六部脱獄後におけるエルメェスのモチベーションは、リキエル戦後の心情吐露を見る限り、
徐倫との友情のためというだけでなく、プッチ神父との遠まわしな因縁に拠る所が大きいと思われる。
つまりプッチ神父がDIOの骨を復活させるために、スポーツマックスが刑務所に収監されるという「引力」が働いたのだが、
あんなヤクザ者が刑務所に入る理由なんていくらでもありそうなものなのに、
その役割に最も適任だと「運命」が選び、「引力」が引き寄せたのがグロリアだったのだ。
プッチ神父の引力理論から考えられるこのような理屈は、ただ単にヤクザに姉を殺されたという以上に侮辱的だと捉えられたのだろう。

712 名前: フェイク『男』 投稿日: 2008/12/13(土) 20:42:56 ID:hdXUZCp1
自動操縦や暴走型ではなくあくまでも本体がスタンドを操作するというのに、
スタンド自身が本体とは異なる「自我」を持つ場合、その理由は総合的に考えて、
「本体の精神だけではスタンド能力を扱い切れないため」と纏められるが、更に以下のような傾向に細分できる。
一つは未熟な本体にスタンド能力を説明し、指導・教育するためのもの。
最初のうちは本体がスタンドに口頭で命令し、それからスタンドが動くという形式だが、
本体が成長すればスタンドを自在に操れるようになり、スタンドの自我は目立たなくなる。
「エコーズAct3」と「スパイスガール」がこれに当たる。
二つめは、スタンド能力自体があまりに複雑な要素を有するため、その情報を本体の思考とは別に処理する必要からのもの。
複数の弾丸を全く別々に動かす「セックスピストルズ」、暗殺風水理論を100%実践する「龍の夢」が該当する。
三つめは、スタンドの自我そのものが何かを担当しているわけではないが、能力自体が人間の精神を超えてしまっているもの。
無差別殺人ウィルスの「パープルヘイズ」、本体すら能力の全容を知ることはない「ゴールドエクスペリエンスレクイエム」、
強力かつ非倫理的な能力を背負う「ホワイトスネイク」、天国へ行く方法の最終過程「C-MOON」がこれであろうと思われる。

222フェイク『男』:2009/01/18(日) 20:15:22 ID:74pGx9.E
764 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/01/18(日) 20:03:55 ID:Bq7l/F6G
スタンドの中には、単なる応用技ではなく、だからといって「レクイエム」のように全く新しい力を授かるというわけでもなく、
そのスタンドの本質のところから新たな発展技を編み出すことで、更なる段階へと到達したものが存在する。
これらは言わばスタンドの「奥儀」であり、そうそうたやすく得られるものではないため、
多くの場合スタンド使い自身の明確な成長によって獲得するものだが、最初から暴走めいた形で備わっているものもあるようだ。
パワーや精密性に加え類稀なるスピードを有し、その究極として時間よりも速くなった「スタープラチナ・ザ・ワールド」、
自らが光速を超え時を支配するだけでなく、世界そのものを加速させ運命を支配するための手順「ザ・ワールドの天国へ行く方法」、
未熟な卵から始まり次々と成長する中で、音の能力という固定観念をも乗り越えて進化した「エコーズAct3」、
犯罪の証拠を消し去る爆弾能力の延長として、時間をも爆破して追跡者を消し去る「キラークイーン・バイツァダスト」、
黄金長方形から見い出される無限の回転を追及し、ツェペリ家も想定しなかった段階を切り拓いた最新型「タスク」、
空間を超え養分を奪う能力の一環として、空間操作や養分操作を応用して罠を作り出す「ハイウェイスターの幻覚の部屋」、
天候を操る能力から、天候レベルのサブリミナル現象にまで至った「ウェザーリポートのヘビーウェザー」などがこれに当たる。

223フェイク『男』:2009/02/15(日) 18:05:45 ID:qIkrPLmY
643 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/02/15(日) 18:02:26 ID:+4BpoRBJ
スタンドはときに成長や進化をするものだが、そのほとんどは本体の土壇場の精神力による本能的なもので、成長後の姿は選べない。
スタンドが成長したら、そのスタンドが新たにどういう能力を得たのか、当の本体自身が解き明かさなければならないくらいだ。
しかしDIOとプッチ神父が目指した「天国へ行く方法」は、明らかにこれからどういう能力を得るかを見据えて行われていた。
そこが最も恐るべきところだ。自分のスタンドを自分の思い通りの姿に進化させられるならば、それこそまさに「万能」であろう。

640 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/02/15(日) 17:58:06 ID:+4BpoRBJ
人間社会を一つの「生物」と見なし、その中に住まう人々の生き死にを細胞の新陳代謝と捉えれば、
不老不死の人間とは丁度、社会に対する癌細胞と言えるだろう。どんな精神を持つ人間でも、
ずっと社会に干渉し続ければ、社会の成長はその人間の程度までで停滞してしまうからだ。
そこでジョジョではそのような永遠の絶頂を追い求めたり、不老不死となった者は、
明確に死亡したり、何も出来ない状況で封印されてしまうのが大筋となっているようだ。
世界を自分だけの思うがままにしようとした究極カーズ、全人類の精神を一意に染める「天国」を目指したDIOとプッチ神父、
まるで全身が癌細胞であるかのように何も出来なくなった億泰の父親、
アンジェロ岩、エニグマの本、考えるのを止めたマジェント・マジェントなど。

224フェイク『男』:2009/04/02(木) 22:25:21 ID:pCmjYpiw
675 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/04/02(木) 22:12:52 ID:PXylHPbY
欧米版ジョジョにおいて、ホリィを呪縛するあの茨のスタンドには「ゴースト・イン・ザ・マシーン」という名前が付いているとか。

673 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/04/02(木) 22:05:18 ID:PXylHPbY
有名な「柔よく剛を制す」という成句は、「剛よく柔を断つ」と続く。
スタンドにおけるこの二点、即ち「破壊力」と「精密動作性」において、
両方とも最高評価Aが与えられている能力は、原作では「星の白金」のみとされている。
最高の性能を持つこのスタンドは、同じく作中のキャラクターでは最強の精神力を持つ「空条承太郎」を本体とすることで、
「正義」戦や「アヌビス神」戦など、力業で小細工を圧倒することが許された唯一のスタンド能力であったと言えるだろう。
(その究極が、光の速さを超えて……つまり力尽くで時を止める「スタープラチナ・ザ・ワールド」の修得というわけだ)
これは漫画上では、スタンドが初出となる三部で戦いをシンプルに描くための手段であると考えられる。
作者いわく「神話のヒーロー」のイメージで描かれた承太郎も、全盛期を過ぎた四部以降はそれほどの無茶はしなくなるし、
承太郎の娘・徐倫を本体とし、柔剛併せ持つスタンドと評された「ストーンフリー」も、よりテクニカルな運用を必要としていた。

669 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/04/02(木) 20:20:07 ID:PXylHPbY
承太郎が離婚した理由、徐倫が不良に育った理由、徐倫が愛の無い彼氏に騙され投獄された理由については、
明確に「DIOの因縁」という原因があり、六部はその因縁から始まり、その因縁が解消された世界で終わる。
それを通じて、四部辺りから描かれた「運命と人間賛歌との相対」の問題に決着をつけることが出来たのだが、
七部で同じような因縁を抱いているかもしれないジョニィについては、「ニコラスの死因は本当にダニーだったのか?」、
「その裏にはDioの陰謀があったのか?」という疑問に「解答」が明示されることは恐らく無いだろう。
過去の因縁を都合よく解決できる状況というのは多分に理想的・漫画的なものであり、その必要があった六部ならば良いが、
今となってまで同じことを繰り返しているだけでは進歩が無いからだ。

225フェイク『男』:2009/04/02(木) 22:25:35 ID:pCmjYpiw
667 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/04/02(木) 20:17:16 ID:PXylHPbY
【スタンドの成り立ちについて、1】
大まかに考えて、スタンド能力は「本体の性格が判りやすいもの」「能力の内容が判りやすいもの」
「本体の目的が判りやすいもの」の三種類に大別することが出来る。(勿論、その複合もあるが)
かつて一人で三種類のスタンドを扱ったプッチ神父で例えれば、
順に「ホワイトスネイク」「C−MOON」「メイド・イン・ヘブン」となるだろう。
この内「能力内容が判りやすいもの」については、本体の精神性の何が能力に影響しているのか判りづらいものも見られるが、
そうしたものは、人類に普遍の共通認識や集合的無意識のようなものが反映されているのではないかと思われる。

668 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/04/02(木) 20:19:03 ID:PXylHPbY
【スタンドの成り立ちについて、2】
そもそも、スタンドの成り立ちを作中に表現された本体の性格や過去話だけで百%解釈できる事例は少ない。
漫画内の描写はあくまでもキャラクターの人生の一部に過ぎないのに対し、
人間の精神というものは人生全てに起こる出来事が複雑細密に絡み合って構成されているものであり、
スタンドはその精神を強く反映して誕生するものなのだから、それも当然の話だ。
ジョジョは物事の因果を重視した作風であるが、因果や因縁が作中で明示されるのはあくまでも物語上、
創作上の必要からであり、現実ではそうしたものが表面化すること自体、稀なことだ。
従って、スタンドの成り立ちなどの脇の出来事に付いては、現実同様関連性を薄っすらと窺わせる程度で丁度良いのだろう。

226フェイク『男』:2009/05/30(土) 23:00:22 ID:ixPl0bpg
734 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/05/30(土) 22:52:09 ID:+0bXXlLM
人間の抱く「感情」には、その人間の今までの経験が無意識の内に影響しているという説がある。
つまり、感情とは人間の理屈では説明できないほどミクロな理屈の塊だということだ。
この観点から見れば、ルーシーに宿る「遺体頭部のスタンド」の「涙で切って奇跡的出来事を起こす」能力は、
まさしく、感情(=細かな理屈の塊)の象徴である「涙」でもって、細かな経緯の塊である「奇跡」を起こす能力であると見なせる。
(余談だが、この能力の使用時に「涙を引きちぎる」のは、感情や運命に流されるだけでなく、
 己の知性や意志によって行動するという決意の表れであると考えられる)
また、ヴァレンタイン大統領の自論「男女が惹かれ合う基準は『吉』かどうか」も、
感情という説明できないミクロな理屈を、この世に存在する最も小さな論理である「引力」及び「幸運」に、
(恐らく大統領の感覚的、あるいは経験則的に)結び付けて考え出されたものと言えるだろう。

731 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/05/30(土) 22:47:37 ID:+0bXXlLM
絶対のルールというわけではないのだが、運命や運勢を扱うスタンド能力は、
自分自身も含めて運命を動かすために、第三者からの「客観性」を必要とする傾向があるようだ。
例えば「バイツァダスト」は(そして恐らく「シンデレラ」も)本体自身は使えず、
「トト神」や「ローリングストーンズ」も本体自身は(その性格上の問題で)動こうとしなかった。
「キングクリムゾン」は本体が二重人格(魂が二つ)であり、「竜の夢」と「ポコロコのスタンド」はスタンド自身に自我がある。
「マンダム」は本体のみならず周囲の者全ての記憶が残ったまま(つまり相互に「客観性」を保持し合う状態)であり、
そして「メイド・イン・ヘブン」はDIO、プッチ神父、多数の罪人の魂から構成されたスタンドだったという具合だ。

227フェイク『男』:2009/05/30(土) 23:00:37 ID:ixPl0bpg
726 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/05/30(土) 20:13:52 ID:+0bXXlLM
今までのジョジョのパラレルワールドを舞台とする七部のラスボスである大統領のスタンド能力は、
パラレルワールドを行き来する能力だった。ここだけ見れば非常にシンプルな発想というか、
ジョジョは案外こういうお約束的な設定が多いのだが、それはさておき、
ジョジョがパラレルワールドに突入する六部終盤から現在において、
本誌掲載時からコミックス収録に当たっての修正・加筆が増えてきたり、
七部においてキャラクターの過去話やら初期設定やらが覆ることが多々見受けられるのは、
大統領のスタンドで説明できる、という与太話を思いついた。
例えば砂男、「わたしの息子は乗馬の天才だ」、スティールの過去話、デブの大統領、
更には女顔のアナスイだとかロベルト・プッチ神父の「天国への階段」に至るまで、
全ては「隣の世界」の出来事だったんだよ! まさにいともたやすく行われるえげつない行為。

228フェイク『男』:2009/07/15(水) 21:41:57 ID:FJjraBys
795 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/07/15(水) 21:37:11 ID:SVpHKIoT
法の抜け穴をくぐろうとする悪党が絶えないように、たとえ非現実的な超能力であっても、
そこに「ルール」があるのなら、その「ルール」の穴を突こうとする者が出てくるのは必然だろう。
パワーと射程距離が反比例するならば、本体の外部からパワーを補い双方を両立させるスタンドだとか、
本体の意思でスタンドを自由に操作できるという要素をパワーの代わりに捨て去った「自動操縦型」のスタンドが出てくるし、
「運命」があるならば運命を操るスタンドが、「引力」があるならばそれを利用する「天国へ行く方法」が、
「平行世界」があるならばそれを利用するスタンドが、(恐らく本能的に)発生する。

786 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/07/15(水) 19:39:25 ID:SVpHKIoT
従来の近距離パワー型のスタンドは大概、弾丸を「見てから摘める」ほどの性能を持っているため、
拳銃での撃ち合いが見所の西部劇的舞台に向かないのは自明のことで、七部ではそのようなスタンドはほとんど出ない。
しかしこれまででいうところの「付かず離れず戦うタイプ」とか「殺られる前に殺る」スタンドばかりでは作劇も苦しいのだろう。
そのためか七部のスタンドには、格闘のためのパワーは無くとも「本体の身を守る」性能には優れるものが多く見受けられる。
具体的には、身体をバラバラにして攻撃をかわす「オー! ロンサム・ミー」「キャッチ・ザ・レインボー」、
時を戻す「マンダム」、仲間の死体を盾にする「タトゥーユー!」、防御専門の「20thセンチュリーボーイ」、
殺されてからが本番の「シビル・ウォー」、穴の中に身を隠す「タスク」、飛道具を瞬間移動させる「チョコレート・ディスコ」。

229フェイク『男』:2009/07/15(水) 21:43:22 ID:FJjraBys
783 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/07/15(水) 19:35:56 ID:SVpHKIoT
矢や拳銃といった「飛道具」は、その操作の僅かな乱れで、目標から大きくブレてしまう。
それは当人の肉体的技術とか精神的修練の問題のみならず、周囲の環境などによっても大きく左右されてしまう。
従って、およそ「風を読む」ほどの超絶的技術を持たないほとんどの者にとって、「射撃」の成否には運不運の要素が絡まざるをえない。
しかし漫画などの創作物内での運不運というものは、やはり作者の胸先三寸で決まるという印象を与えてしまうだろう。
ジョジョでは、そもそも運不運自体に対し「引力」などに原因を求め、作者の都合ではなく作中の要素として取り上げているが、
特に、ジョジョに登場するスタンド使いの「ガンマン」には、それぞれ「飛道具の運不運」を扱いやすくする工夫が見て取れる。
例えば、ホルホースの「皇帝」は弾丸の軌道を自在に操れる、即ち射撃について「運不運」が除外されていることが判る。
また、ミスタは基本的に幸運や運命を信じる楽観主義者にして銃の天才だが、「4」という数字が絡むと途端に駄目になる。
当然、銃を使えば残弾数など「4」という数字が絡むことが常にありえる状況となるので、
調子が良ければ当たり調子が悪ければ外れる、という不確かな「飛道具の運不運」を、「4」の有無という具体的要素で演出できる。
あるいは、リンゴォの「マンダム」は本体が致命傷を負ってさえいなければ、本体の重傷だとか戦いの相討ちだとかを巻き戻せるので、
どれほど自分が強かろうと常に無傷のまま勝利できるとは限らない(「運不運」の絡む)「銃の決闘」において、
本体の不本意なリタイアを(相手にも「公正」に)防ぐという効果があったと考えられる。

230フェイク『男』:2009/07/15(水) 21:43:41 ID:FJjraBys
779 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/07/15(水) 19:30:52 ID:SVpHKIoT
「矢」を取り扱っていたスタンド使いは数多いが、その中で「レクイエム」の存在に気づけたのはポルナレフだけだった。
彼がそれに気づいた直接の原因は「家具の裏に落ちた矢を拾おうとしてスタンドを傷つけた」という全くの偶然だったが、
この偶然が何故起こったかを考えれば、そこには「矢」を所有していた他のスタンド使いには無い、ポルナレフだけの事情がある。
彼がそのような無様な失敗をしたのは、ひとえに彼が肉体に障害を負っていたからであり、
更に言えば、肉体的に再起不能になりつつもディアボロに屈することを良しとせず、潜伏と忍耐を続けていたからだ。
これもまた、再起不能になりながらも真実を追い続けるという意志の継続が、
偶然と合わさり真実に到達したという、一つの「奇跡」と言えるだろう。

231フェイク『男』:2009/07/15(水) 21:44:10 ID:FJjraBys
785 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/07/15(水) 19:38:00 ID:SVpHKIoT
一つのスタンドが何度も進化して新たな能力を身につけ、そして同時に使い分けも可能という点において、
「エコーズ」というスタンドはジョジョ全体を通じて非常に特異な存在であるといえる。
この「エコーズ」の特異性は、恐らく本体の広瀬康一にも共通して存在する「未熟性」の表れであると考えられる。
康一は未熟児として産まれ七日間カプセルの中で育ったという経緯を持つが、(「漫画家の家に遊びに行こう」編参照)
同様に、「エコーズ」も「クレイジー・D」の助力によってようやく誕生し、
更に発現後しばらくの間は「卵」のままで、外に出てくるどころか何も出来ない状態だった。
ついでに言えば、(漫画上のデフォルメもあるとはいえ)康一が極端に小柄な体格として表現されていたり、
「エコーズ」というスタンドの能力がその一つ一つを見てみればそこまで大したことのない能力であることも、
己の誕生そのものに問題を抱え、発育が阻害されざるをえなかった「未熟児」ゆえの特徴と言えるだろう。
しかし一方で、いつまでも成長しきれない「未熟性」は、どこまでも成長の余地を残しているという「成長性」でもあり、
作中では「エコーズ」のみ、追い詰められた本体の精神力だけを由来として「進化」することを可能としていた。

232フェイク『男』:2009/07/15(水) 21:44:20 ID:FJjraBys
792 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/07/15(水) 21:29:03 ID:SVpHKIoT
「人の性格がそんなに簡単に変えられ成長できるなら誰も苦労はしません」(トト神)

ジョジョ作中で、追い詰められた己の精神力のみを理由として進化できたスタンドは「エコーズ」だけだった。
(なお、真っ当なスタンド像を備えない状態からそれを発現させた最初期の「ストーンフリー」「キッス」などや、
 一時的に射程距離が伸びただけの「銀戦車」は、能力面での進化は無いため含めない)
それ以外の、能力面で進化できたスタンドの理由は以下の通り。
「星の白金」:仲間の努力により「時を止める」という概念をあらかじめ理解した上で、「世界」としばらく殴り合う。
「キラークィーン」:本体に「矢」が刺さる。
「黄金体験」:敵との戦いにより人体を「部品」として捉えるという概念を学習する。
「世界」:あえて一度スタンドを捨て去り、新しいものを生み出すという「天国へ行く方法」を実践。
「ホワイトスネイク」:同上。
「タスク」:ジャイロの教えと己の努力により「回転の技術」への理解を深める。

233フェイク『男』:2009/08/23(日) 21:23:43 ID:HZzZ1qyU
743 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/08/23(日) 21:08:07 ID:R3trt1dc
ヴァレンタイン大統領のスタンド能力「D4C」には、複数の世界で同じ状況にあるものは(大統領自身を除き)同じ展開に至ったり、
複数の世界を一つに収束させる際に生物の記憶が混合し時には混乱が起きたりするという特徴がある。
また、物事は全て「遺体のある世界」が基準であり、それ以外の世界に起こる物事は「捨てる」ことが出来る。
これらの要素を用いて、スタンド使いの癖に何だか回りくどい「ジョニィ銃撃」の詳細は、以下のように解釈できる。

まず、基本の大統領は隣の世界Aの大統領にジョニィ銃撃を依頼する。大統領AはジョニィAを銃撃する。
ここでもしも大統領Aが失敗したら、基本大統領は基本の世界に戻り、隣の世界Aや大統領Aを捨てて、次の機会を待つことが出来る。
大統領Aが首尾よく成功したら、基本大統領は基本世界に戻り、基本世界のジョニィの周辺に銃を設置するなどして、
ジョニィに近づくように誘導した者(作中ではウェカピポ)にジョニィを銃撃するように仕向ける。
状況が整えば(世界Aでジョニィを撃った拳銃がある、ジョニィがそこにいる、拳銃を撃てる者がいる)
ウェカピポはジョニィを銃撃せざるをえなくなる。また、Dioが大統領らを追跡しており、
横槍を入れられる危険性があるため、もう一つの隣の世界Bでは、DioがジョニィBを銃撃するように仕向けた。
(このとき、基本の世界ではジョニィを銃撃したウェカピポは、隣の世界BではDioを撃つことになる。
 また、Dioが一連の状況に組み込まれることで、基本の世界のDioも余計な物事を起こすことは出来なくなる)
ここで世界が一つに戻り、記憶の混乱が起きる。
目撃者たちの証言は食い違い、ディエゴとウェカピポは自分がジョニィを撃ったと思い込む。
(続く)

234フェイク『男』:2009/08/23(日) 21:23:58 ID:HZzZ1qyU
(続き)
744 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/08/23(日) 21:13:34 ID:R3trt1dc
この七面倒な襲撃方法の長所は、まず誰にも大統領のスタンド能力の正体がバレないであろうことや、
大統領自身の行いを他者になすり付けられることが挙げられるが、
最大の特徴は、最初の襲撃は基本的に失敗しない(失敗が起こった世界を捨ててやり直せる)ことであろう。
一方の欠点は、まず複数の相手には通用しにくいこと、(最初の襲撃に失敗する可能性が上がるし、
何より状況を再現するための「条件」が多くなるため。作中では、ジョニィがコンビを組むジャイロにはディスコを向かわせたし、
Dioがウェカピポやホットパンツとコンビを組むとこの襲撃方法は使わなくなった)
そして何といっても、大統領自身の判断ミスは防げないことだ。(ジョニィは致命傷だと思ってたのに、実はなんと普通に生きていた)

隣の世界で危うい物事の試行を行い、不利な展開を切り捨て、有利な展開だけを基本の世界に持ち込む。
それが可能なヴァレンタイン大統領は、既にこの世で最も「ナプキンを取れる者」に近い立場にあると言えるだろう。
(あたかも、大天使ルシファーが神に最も近しい存在であるかのように)
しかし、(運命の落とし穴を避け絶頂を目指したディアボロですら、そのスタンドは十数秒の運命を支配する程度だったのと同様)
所詮「D4C」が支配できる物事は己の手の届く範囲内の物事に過ぎないし、それすらも自身の判断ミスで台無しになってしまったりする。
だからこそ、「予期せぬことが起こらぬようにすること」を重視し、真にナプキンを取ることを目指しているのだろう。

235フェイク『男』:2009/08/23(日) 21:24:25 ID:HZzZ1qyU
740 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/08/23(日) 21:00:42 ID:R3trt1dc
現実的に考えればかなり有効な手段となるだろうが、ジョジョには爆発物や毒物などの罠を中心として主人公を倒そうという敵は少ない。
それは漫画的な理由としては当然、盛り上がりのある戦いにならないためなのだが、
作中の理由としては、主人公を始めとするスタンド使いたちは、罠や待ち伏せを見破る程度は軽くこなせる手練であったり、
何より、強い「引力」から発生する「強運」を有しているためだと解釈できる。
そのため(漫画的にも、作中的にも)罠などの現実的な仕掛けを用いてスタンド使いを攻撃するには、
やはり自身もスタンド使いとして、己のスタンドをその仕掛けの運用に活かす必要があるということになる。
(この辺りは、スタンド使いがあまり「武器」を使わない理由にも通じる)
漫画的に盛り上がりにくいとはいえ、だからといって全くこれらの卑怯な要素を取り上げないのでは現実味に欠けるため、
ジョジョでは定期的にこのような現実的な仕掛けを用いる敵が登場するようだ。
具体的には「オインゴ&ボインゴ」「アンジェロ」「スクアーロ&ティッツァーノ」など。

236フェイク『男』:2009/08/23(日) 21:24:36 ID:HZzZ1qyU
738 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/08/23(日) 20:56:11 ID:R3trt1dc
限られた手段の中で工夫や小細工を凝らすことを第一とするジョジョの戦いにおいては、
「複数の技能を併せ持つ」者はあまり推奨されるものではないようで、それぞれ様々な仕組みが見て取れる。
たとえばジョセフは波紋使いかつスタンド使いだが、老いのため波紋のパワーやテクニックは衰え、スタンドも強くないとされる。
DIOとヴァニラアイスは吸血鬼かつスタンド使いになったが、彼らは最も強敵として立ちはだかるべきラスボスとその最側近であるし、
更に、吸血鬼としての能力は再生力や五感、あるいは戦闘とは直接関係ない「肉の芽」など限定されている。
ミスタやジョンガリAなどは銃使いかつスタンド使いだが、彼らは武器とスタンドを併せて一技能として成立しており、
ジャイロは回転使いかつスタンド使いだが、遺体を手放すことでスタンドは使えなくなったとされる。
なお、以前はジャイロの「回転」が技術の域を超えた物事をたびたび起こしていたり、
作中でも「回転」技術がスタンド能力に進化しつつあるなどの言及も成されていたが、
ジャイロが遺体を得てひとたび正式なスタンド使いとなり、また改めて遺体を手放しスタンドを失うことで、
そうした便利すぎる回転の技術からスタンドめいた部分を切り離し、ある程度制限された一技術として成立させている感もある。

237フェイク『男』:2009/10/10(土) 07:21:18 ID:4ykX.WWQ
799 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/10/09(金) 22:26:53 ID:kyEzR9S8
よく話の種にされる「ジョースター家の乗物運の悪さ」について作劇の観点から考察してみると、
恐らく、その原因は戦いにおける状況設定の工夫にあると思われる。
ジョジョにおける戦いとは、自分たち自身の力のみならず、その場にあるあらゆる状況を利用し、全力で小細工を尽くすものだ。
(もしかするとそれは、力業だけでは到底敵わない存在、たとえば作中世界においては吸血鬼・柱の男・強力なスタンド使いなどを、
 現実世界では人間よりも遥かに強い猛獣や災害を、努力と工夫で乗り越えてきた人間の知恵に対する賛歌なのかもしれない)
従って、ジョジョにおいて戦いの舞台とはただの背景ではなく、自分や敵の武器にも弱みにもなりうるものだ。
しかし、この理念に沿って状況を設定するのは意外と難しい。
ある場所に何があって何がないかなどは、基本的にかなりばらつきが大きいだろうし、
偶然、その環境に存在していたものがどちらかにとって一方的に役に立ってしまったりすれば、
どうしても作者の御都合主義を感じさせてしまうだろう。
その点、乗物の中ならば、何が有って何が無いかはある程度周知のことだし、
下手に乗物を降りられないとすれば、他の場所から何か持ってくるといったことはしにくくなり、
限定された舞台におけるサスペンスを演出できるというわけだ。
更に大概の場合、乗物にはスピード感だとか、振り落とされたら危ないという判りやすい恐怖もある。
そして必然的に、物語の主人公であるジョースター一族は、乗物に乗っている最中に戦うことが多くなり、
その場にあるものを利用し尽くす極限の戦いの中で、乗物事故が次々と発生するのである。

238フェイク『男』:2009/12/01(火) 23:43:44 ID:qi7DemIM
760 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/12/01(火) 19:06:16 ID:78UdrZxz
「熊を巴投げした」って事件には理由がある。
熊に限らず、ほとんどの動物は四足歩行が基本。
だから、人間に慣れてない動物は、人間と出あった時、「背の高い四足獣を正面から見ている」と思い込む。
それこそ、ケンタウロスを真正面から見た時のように。
で、熊が人に襲い掛かる時は、その背後に「死角に入っているはずの」
後半身と後ろ足があるという前提で、勢いをつけて飛び掛ってくる。
けれども、実際にはそこには何もないわけで。
勢い余った熊は人間を押し倒し、その勢いのまま人間の「向こう側」に吹き飛んでしまう。
熊としては予想外の出来事に混乱してしまい、訳も分からないままとりあえず逃走する。
この状況を人間の側から見れば、結果として「熊に巴投げをかけた」ように見えるわけで。
実際、ニュースになるこの事件で、「巴投げ」以外の決まり手があった試しがない。
大外刈りや背負い投げで投げたら、本当に熊殺しになれますよ。
(以上コピペ)

757 名前: フェイク『男』 投稿日: 2009/12/01(火) 18:58:07 ID:78UdrZxz
スタンドの能力の中で特に多いのが「スタンドで触れたものに対して何らかの影響を及ぼす」ものだが、
具体的に触れた部位からどこまでが能力の効果範囲なのか、どれほどの大きさのものにまで影響があるのか、
また触れたものといっても気体や液体、あるいは煙などの微粒子の集まりに対してはどうなのか、その辺りが明らかでないものも多い。
そこでそのようなスタンドの中には、接触した対象、能力の効果がある対象を、
どこまでの範囲なのかを明示するようなギミックを持ったものも存在する。
例えば「キッス」は「シール」を貼ったものが対象であり、
シールを貼れないものや、シールを貼った面から不連続なものは対象とならないと言える。
「オエコモバのスタンド」は「部品」を付けたものが爆弾となり、
部品が付くという視覚的表現が出来るならば、水面やタバコの煙なども対象となる、といった具合だ。
また、「キラークイーン」における「爆弾化した対象の状態が固定される」という特性も、
爆弾化の範囲がどこまでなのか、という境界面を視覚化したものと捉えられるだろう。

239フェイク『男』:2010/01/28(木) 01:34:36 ID:HXcjHfE2
779 名前: フェイク『男』 投稿日: 2010/01/28(木) 01:14:10 ID:3QUtphpg
「人間は何かを破壊して生きているといってもいい生物だ。
 その中でお前のスタンドはこの世のどんなことよりもやさしい。
 だが……生命の終わったものはもう戻らない。どんなスタンドだろうと戻せない……」(空条承太郎)

精神の力によって現実を超越するスタンド能力が何故わざわざ死者を生き返らせることだけが出来ないのか、
それは死というものが全ての生命にとって不可避かつ正体不明な物事であるからに他ならない。
その存在だけは誰もが知っていて、誰もが大なり小なり気を揉んでいる、最終的にはどうにもならない物事の筆頭だからだ。
「時を止める」ことも「死者を生き返らせる」ことも現実には共に不可能だろうが、
前者に比べ後者を切望した者の数は、今までの歴史でどれほどに達するだろうか。
「出来て当然」と思う心こそがスタンドの原動力なのに、これほどまでに「やっても無駄」と脳裏に刻まれた物事は他に無いだろう。
とはいえ、死者を生き返らせる「能力」は存在しないものの、限定的にそういう「効果」を現すスタンドは皆無ではない。
例えば絶望の最中に時を戻すことで「早人」の死を無かったことにした「キラークィーン・バイツァダスト」、
あるいは決闘の中で切羽詰って時を戻し、「ジャイロ」の死を無かったことにした「マンダム」、
更に相手の罪の中から「アクセルRO」や「ジョニィ」を蘇らせた「シビル・ウォー」……、
死者復活の効果を持つスタンドの本体が、誰も彼も人死にをものともしない異常者ばかりなのは何とも皮肉な話だが、
人命を超越した意志を持つ彼らだからこそ、死者復活を「ついで」に行うようなスタンドを発現するに至ったのだろう。

240フェイク『男』:2010/01/28(木) 01:35:10 ID:HXcjHfE2
777 名前: フェイク『男』 投稿日: 2010/01/28(木) 01:09:42 ID:3QUtphpg
「ミッキーってなんだその名前は!? どこのミッキーだ!」「ミッキーっていったらミッキーじゃん」
「女性の裸体となりますがボカシはいっさい入れず放映されています! この美しすぎる映像は録画できないからです!」
「作者が創ったストーリーをつぶすことは誰にもできない!」「これを失う日本経済は壊滅的な……」
「『充実感』だ……これが俺の『燃える』目的だ!」「おまえいい画家だな……才能あるぞ……なかなかの絵を描いてくれた」

ざっと台詞を上げるだけでも判るとおり、近年の(といってももう八年も昔だが)創作業界を取り巻く様々な出来事を、
風刺混じり冗談混じりで駆け抜けて見せた「自由人の狂想曲」は、ジョジョ史上二番目に無茶苦茶なスタンド能力だったと言える。
(なお、一番は問答無用で「メイド・イン・ヘブン」)
ここまでの暴走が許されたのも、プッチ神父にとってウンガロが何をしようと「自分を押し上げる」運命であることを、
自分の喉にハサミを突き刺してまで確信していたからであろう。


771 名前: フェイク『男』 投稿日: 2010/01/28(木) 00:52:27 ID:3QUtphpg
「催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」(ポルナレフ)

バトル漫画のインフレは漫画家の技量の限界まで留まることを知らないが、例えばパンチのスピードならばどうだろうか。
0.1秒にパンチを一発放つ、0.01秒にパンチを一発放つ、0.001秒にパンチを一発放つ……言葉で書くだけならいくらでもきりがない。
計算上、光速で動けばおよそ1.5億分の1秒にパンチを一発放つことになる。
そして光速を超えて時を止めるとは、0秒に一発パンチを放つということなのだろう。インフレの限界を超えた新境地といえる。

241フェイク『男』:2010/04/10(土) 22:30:01 ID:.BaEitnU
743 名前: フェイク『男』 投稿日: 2010/04/10(土) 21:18:52 ID:8+BWPPBk
「人に対し何かをしてあげるということは……全て『見返り』を期待しての行為だ。
 人に親切にするのは自分も親切にしてもらうためであり、無償の愛というものはない。
 無償の愛とは……天国へ行くための『見返り』だからだ」(プッチ神父)

現代の心理学では、少なくとも人間の意識的な意味での「無償の愛」というものは存在することが明らかになっている。
例えば赤ん坊には、隣で寝ている別の赤ん坊が泣き出すと一緒になって泣き出す習性がある。
まさか赤ん坊が、自分も一緒になって泣いていた方が都合がいいなどと意識的に考えたりはしないだろう。
人間には、他人が喜んでいれば共に喜び、他人が悲しんでいれば共に悲しむ本能があるのだ。
そもそも、そのような感情は人間のみならず、類人猿などにも観察されるものだという。
かつて類人猿はその凶暴性ばかりが注目され、その残虐さが進化する人間の原動力になったのであり、
愛などは打算が形を変えたものに過ぎないという理論などもあったそうだが、今ではそのような学説も否定されている。
そのような本能は生存目的に根ざした、ある意味打算的なものであるということも言えるのだが、
(隣の赤ん坊が泣いているということは、それだけ何らかの危険が迫っているのであり、
 自分も泣いた方が親に危険を知らせられるというように、他者に感情を合わせるのも本能レベルでは打算である)
だからといって本能的な反応が即刻、現実的な打算に結びつくわけでもないし、
現実的な打算をもって本能的な反応を全く消し去ることが出来るわけでもない。
そこのところを高度に両立させ、打算も本能も共に満足させることこそが人間の知性の見せどころであろう。
(とはいえ、そのような理想が現実にどれだけ実践されているかと考えれば、プッチ神父の言葉も判らないではない)

なお、以上のことはあくまで心理学的な話であり、キリスト教でいうところの無償の愛、
アガペーに当てはめていいものか、そもそもプッチ神父の言葉にそのような宗教的意図はあるのか、
そこら辺は私の知ったことじゃないが、およそ面白半分にそれらの意味も含まれると見なすことにする。

242フェイク『男』:2010/04/10(土) 22:32:18 ID:.BaEitnU
737 名前: フェイク『男』 投稿日: 2010/04/10(土) 20:54:57 ID:8+BWPPBk
デッドマンズ・クエスチョンズに登場する幽霊の暗殺者・吉良は、
ジョジョ四部に登場する吉良から少し変化した考え方をしている。
何故わざわざ、ジョジョではない短編の主人公にジョジョの重要人物を据えたのだろうか。
この設定は、幽霊の主人公が己の今までの「人生」を失っていることを明確に指し示している。
ジョジョ四部を知っている者ならばもちろん、吉良のあまりの変貌振りに驚くだろうし、
それを知らない者でも恐らく、幽霊の吉良の「生前の自分」に対する執着の無さは見て取れるだろう。
恐らく、幽霊の吉良が今後、己の過去の全容を知ったりしても、何ら心を動かすことはないと思われる。
(つまり、今後デッドマン・Qの続編が新たに作られることがあっても、ジョジョ四部を過度に引っ張ったりはしないと推測できる)
幽霊とはただ身体が透けているというだけではなく、「生き甲斐」を無くした存在であるということだ。
そして「生き甲斐」をなくしても、それでも新たな「生き甲斐」を求め、
この世に自分の「居場所」を確保しようとする心は、幽霊であっても人間と同じだ。

243フェイク『男』:2010/04/10(土) 22:32:37 ID:.BaEitnU
731 名前: フェイク『男』 投稿日: 2010/04/10(土) 20:43:05 ID:8+BWPPBk
ジョジョのキャラクターの名前には、その当人に繋がる意味が篭められていることがある。
それは例えば、地面を操る能力だから大地君だとかそういう安直なことではなくて、もっと大局を暗示するようなものだ。
例えば「空条承太郎」の「承」は受け継ぐ、うけたまわるという意味だと作中で明示されているが、
承太郎はまさにその通り、三部までのジョジョのストーリーをうけたまわり、四部以降に受け継ぐキャラクターであるといえる。
(ジョジョは当初、三部で完結する予定だったというのに、まったくよく出来た話だ)
他にも「東方仗助」(「仗」は武器、頼りにする、守るなどの意。東方つまり日本で戦いによって町を守る、頼りになるジョジョ)、
「ジョルノ」(イタリア語で明けた白日。即ち朝一番の太陽光であり、太陽の光は生命活動の根源である)、
「徐倫」(「徐」はゆっくりと、静かに。「倫」は守るべき道、仲間。運命に対し自然体で挑む生き様を示す)など、
取り分け主人公については、わりとストレートなネーミングを行っているようだ。

244フェイク『男』:2010/07/16(金) 22:36:00 ID:Fiba6bYU
860 名前: フェイク『男』 投稿日: 2010/07/16(金) 21:34:01 ID:f5TBApYg
スタンドの中には、まるで本筋の能力とは無関係に見える副作用を持つものがある。
例えば「天国の扉」の「ページを破り取ると体重が軽くなる効果」だとか、
「ホワイトスネイク」の「生物に幻覚を見せてDISCを奪う最中、対象を溶かしていく効果」などだ。
(なお「ホワイトスネイク」の「幻覚」効果については、本来の能力「精神のDISC化」とは無関係ではなく、
 DISC化を通じて対象の記憶に干渉するという応用技術として説明できる)
漫画的に見れば、これはただ単に多忙な週刊連載の中で打ち捨てられた初期設定というだけのことだが、
(特に上記の二つについて)もう少し細かく言えば、これらは生物の精神に対する攻撃を物質的に表現しているものだと言える。
生物の精神と肉体には密接な繋がりがあり、精神がダメージを受ければそれは何らかの形で肉体にも表れるものだ。
しかし、例えば「身体中に裂傷が走る」とか「体力を消耗して立っていられなくなる」などの単純な表現ばかりではつまらない。
更に言えば、精神と肉体の関係というものは非常に複雑であり、この二つの相互作用において何が起こるかなど判ったものではない。
そして上記のスタンドのような非常にユニークな精神攻撃ともなれば、それが肉体に及ぼす影響など何が起こってもおかしくない。
スタンドが超能力の視覚化であるように、これらの副作用は精神ダメージの視覚化であると言えるだろう。
何にせよ、これらは(読者の視点からも、スタンド使いの視点からも)ただの副作用・表現の一環であり、メインに扱われることはない。

245フェイク『男』:2010/10/30(土) 23:39:31 ID:YAucOgo6
820 名前: フェイク『男』 投稿日: 2010/10/30(土) 23:30:38 ID:k4INjHR7
スタンドとは超能力の視覚化であり、たとえ像の無いスタンドでも視覚的効果は存在しているのが基本だ。
そこから敵の能力の推理を行ったりするのが、スタンド戦闘の定番と言えるだろう。
作中に存在するスタンドの中には、どうにも不可視の攻撃などもしばしば存在しているが、
それでも何らかの手がかりはあるものだ。スタンド能力も人間の行いであり、全く痕跡を残さない人為などありえないからだ。
(メタな視点でいえば、手がかりのない謎の攻撃なんて攻略しようがないからだが)
例えば「グレイトフルデッド」の老化ガスや「グリーンデイ」の食人カビ胞子は事実上不可視の攻撃だが、
どちらも攻撃対象の方に発動条件(体温の変化、位置の移動)があるし、
「メタリカ」の不可視の磁力攻撃などは鉄分のみの操作というところから能力内容を推測できる。
更に「パープルヘイズ」の殺人ウィルスや「ヘビーウェザー」の太陽光サブリミナルは不可視の上に回避不可能だが、
ウィルスは本体すらも巻き込む、サブリミナルは本体にも制御できないなど、更なる欠点も付随している。

816 名前: フェイク『男』 投稿日: 2010/10/30(土) 20:24:24 ID:k4INjHR7
ファンタジーな創作物に登場する主要な超能力には、最早お約束といえるシチュエーションがいくつかある。
その中の一つに、「予知能力者が自分の死を予知したらどうすればいいのか?」というものがあるのだが、
「キングクリムゾン」の「不都合な予知の起こる時間帯を消し飛ばす」能力は、その解答の一つであろう。

246フェイク『男』:2010/10/30(土) 23:39:45 ID:YAucOgo6
809 名前: フェイク『男』 投稿日: 2010/10/30(土) 20:12:52 ID:k4INjHR7
情報収集を行えるスタンドというものは、その強さに注意する必要がある。
例えば、敵のスタンド能力の謎を解き明かすというのは、ジョジョの戦いにおける見どころの一つだが、
敵の正体を何のリスクもなく見破れる能力がこちらにあれば、謎も何もあったものではない。
また、ジョジョ作中における戦いはその多くがギリギリのバランスで成立しており、
前提条件が少し違えばどちらかの圧勝・瞬殺に終わる事例も少なくない。
そして敵の詳細が事前に判っていれば、それだけ有利に戦いを開始できるだろう。
(特に、攻撃力はやたら高いが防御力はほぼゼロというスタンド使いは、このような状況に極めて不利である。
 「天国の扉」「ハーヴェスト」「メタリカ」など)
自分自身やその接触対象に関連あるものしか念写できない(と思われる)「隠者の紫」、
リプレイ中は無防備な上、素の格闘能力もそれほど高くなく、未知の敵を追跡するにはあまりに危険な「ムーディーブルース」、
本体がある程度知っていることしか掘り起こせない「アンダーワールド」などがこれに当たる。

247名無しさん:2010/12/17(金) 18:24:24 ID:rQr7OUGQ
いつだったか鑑定してきた数が多すぎて同じようなスタンドもあるかもしれないと言っておられましたが
今まで鑑定してきたスタンドの中で
こいつはまさに主人公だろうだとか、これは自分でも上手くできただとかで
印象に残ってるスタンドってあります?

248フェイク『男』:2010/12/19(日) 21:30:35 ID:vAVHW6Gs
718 名前: フェイク『男』 投稿日: 2010/12/19(日) 21:20:50 ID:MdmAxUj/
世界の運命と個人の意志が一致したときに、人は真実に辿りつく。その体験が「奇跡」である。
(参照:奇跡とは…>>210
それと同様に、世界の法則と個人の意思が合致したときに、人は「スタンド」を発現させるのかもしれない。
例えば「クレイジーダイヤモンド」の「自分だけは治せない」という特徴は、
本体個人の面から考えると、明らかに自分の学ランを犠牲にして幼少の仗助を助けてくれた恩人の姿が反映されているが、
世界法則の面から見ると、「マクスウェルの悪魔」という概念と丁度一致する。
(参照:マクスウェルの悪魔…>>91の最下段)

716 名前: フェイク『男』 投稿日: 2010/12/19(日) 21:15:22 ID:MdmAxUj/
ジョニィのスタンド「タスク」は、ただの模倣からリスペクトを経てオリジナルへと至る創作の段階を踏襲している。
(参照:タスクAct1〜3…>>211
そこで最新形態の「タスクAct4」をこれに当てはめるならば、
差し詰め、馬乗りの家系ジョースター家と回転の家系ツェペリ一族のコラボレーションであり、
更には、この二者の協力によって失われた古代の技術を再生させるルネサンスとでも言えるだろう。
(なお、馬乗りでなければ「騎兵の回転」は行えないとジャイロは説明したが、
 ジャイロは既に「光り輝く道を進む」ほどの乗馬技術を確立しているため、実際には彼も「騎兵の回転」が行えた。
 これは元を辿れば、3rdSTAGEゴール・湖越えでのジョニィからジャイロへの馬乗りとしての忠告が発端なので、
 一応、これもまた二者の協力によって成立しているということに変わりは無い)

249フェイク『男』:2010/12/19(日) 21:31:03 ID:vAVHW6Gs
714 名前: フェイク『男』 投稿日: 2010/12/19(日) 21:11:48 ID:MdmAxUj/
スタンドとは本体の精神性を反映しているものだが、
だからといって全てが本体の精神の根本のところで決まってしまっているというわけではない。
その例として、まるで正反対の精神性を持つ本体でありながら同じタイプのスタンドに至った「星の白金」と「世界」、
本体の精神の一部のみを色濃く反映した「パープルヘイズ」や「マンダム」、
その時の本体が特定の体験に強く影響を受けたためにスタンドの能力が決まった、
(その体験が無ければ全く別の能力となっていたであろう)「タスク」や「スケアリー・モンスターズ」(ディエゴ版)などが挙げられる。
逆に言えば、たとえ異なる人生を歩む別人であろうとも、その精神のどこかに一貫したものがあれば、
例えば十九世紀の競馬騎手でも二十世紀の吸血鬼でも、同じスタンドを発現させるということもありえるようだ。

712 名前: フェイク『男』 投稿日: 2010/12/19(日) 21:05:52 ID:MdmAxUj/
女性スタンド使いの能力には、大別して「柔軟な変形を行う」「対象の心身を支配・制限する」という特徴がある。
(参照:女性のスタンド一覧…>>40の二段目)
これは前者が男性から見た女性の肉体的イメージ、後者が精神的イメージであると想像できる。
この考察は七部、ホット・パンツの登場以前に書いたものだが、彼女の「クリーム・スターター」もこれに含められるだろう。

250フェイク『男』:2010/12/19(日) 21:31:16 ID:vAVHW6Gs
708 名前: フェイク『男』 投稿日: 2010/12/19(日) 20:58:14 ID:MdmAxUj/
かつてジョジョ七部ではスタンドのヴィジョンそのもので格闘を行うスタンドはほとんど存在せず、
舞台が西部劇時代であるため、拳銃の弾丸を素で防御できるような奴ばかりでは興ざめだからだ、とか、
スタンドとはこういうものだという固定観念をいったん解体してもう一度組み立て直そうという意図だ、とか、
その理由を様々に想像したものだったが、大統領の「D4C」、ジョニィの「タスクAct4」、Dioの「The World」と、
物語の最終局面に至って連続でパワー型のスタンドが登場するというこの展開は、
人型スタンドの初出である三部よりも更に百年ほど過去の、人類の技術や思想がまだまだ成長段階にある時代において、
彼ら少数のスタンド使いたちが、遺体の入手や度重なる戦い、宇宙が一巡しようとも不変の精神性などでもって、
その意志の力を遂に現代へと届くほどにまで推し進めたのだということを思わせる。
(参照:周辺環境から見るスタンド能力の変遷…>>166-167

251フェイク『男』:2010/12/19(日) 22:26:31 ID:vAVHW6Gs
>>247
私の鑑定の中には、原作には存在しない独自のスタンドの分類のようなものがいくつかあって、
それぞれのスタンド個々についての思い入れより、そういう概念のようなものの方が、
私の嗜好をよく反映しているような気がして、よく心に残っている。

例えば
「超高速で何回も同じ行動をいくらでも試し続けることで、時間をかければいつかはどんな行動でも成功する」スタンド
「身体の内側に無限の大きさがあるから、どんな傷でも倒れない(でも精神攻撃には弱い)」スタンド
「身体中に全て異なる形状のナイフを無数に装着していて、それぞれのナイフは一種類の行動に完璧な適性がある」スタンド
などを鑑定した覚えがあるが、これらは全て、
「スタンド体が何か一種類の事物を無限に保有する。そのことで技術的に様々な結果を派生させる」スタンドだと言い表せる。

このようなスタンドは様々な状況に独特な手法で対処できるだろうから、出来るだけ色々な戦いを描写するべきだという意味で主人公的だが、
同時に、よほど上手く演出できなければ、強すぎて面白みを失ってしまうとも考えられる。少なくとも、私は出来る気がしない。

あともう一つ、ジョジョ原作のスタンドを描写の曲解によって全く別の能力に読み解いてしまうとか、ああいう遊び心のあるやつ。

252名無しさん:2010/12/19(日) 23:00:19 ID:Egkwjk86
なるほど、わざわざありがとうございました

253フェイク『男』:2011/02/23(水) 21:14:10 ID:Sd8CocRs
791 名前: フェイク『男』 投稿日: 2011/02/23(水) 20:54:09.27 ID:jOzLD3od
重力を支配することであらゆる異次元間を突き抜け、どういう理屈か時の止まった世界にまで入門した「タスクAct4」は、
その攻撃をいったいどこまで貫き通すことが出来るのだろうか。
「鏡の中の世界」では? 「時間の飛んでいる中」では? 「幻覚を見せられている夢の中」では?
それどころか、ひょっとしたら全ての生物の精神を支配する「レクイエム」すらも突破できるだろうか?
少なくとも、いかに「タスクAct4」が重力を支配しようと、それは回転運動から生じるエネルギーに過ぎず、
時が止まれば回転も止まるために、「The World」の前には「タスクAct4」は無力、とはならなかった。
それは恐らく、「タスクAct4」がひとたび重力を支配してしまったら、
それはもう回転の力を超えており、(最低でも「時を止める」原理より)更に上位の力でもって、
敵を追跡する数秒間だけ(そして敵に命中すれば無限に)持続するものだからだろう。
従って、いかに「タスクAct4」が重力を支配しようと、それは人間の精神から生じるエネルギーに過ぎず、
あらゆる精神を超越した「ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム」の前には無力、とはならない可能性がある。
もちろん、誰も断言は出来ない。しかし個人的には、今まで出てきたスタンドの中では一番可能性があるように感じる。

254名無しさん:2011/02/25(金) 02:37:15 ID:fPULAekc
フェイク氏の鑑定は、3レスに及ぶものもあれば、3行で終わるものもあるようですが
何か違うはあるのでしょうか?テーマ的なものがある場合だったり、パッと思いついただけの場合だったり?
それとも全部にテーマがあっても、上手く表現できないものはバッサリカットしてしまうとか?

255名無しさん:2011/02/25(金) 03:00:13 ID:fPULAekc
あ、後安価を変換結果の書いてあるレスにだけ付ける場合と
その前のテストのレスも含めて付ける場合にも何か違いがあるんでしょうか?

256フェイク『男』:2011/03/12(土) 21:56:08 ID:EUAfMXeg
>>254
スタンドの鑑定は文章だけで行われるものなので、
そのスタンドを表現するために書けることは何でも書いておくようにしているのだが、
あまりにシンプル過ぎて説明の余地が無かったり、むしろ説明が邪魔に思えるものは短文で終わる。

>>255
スタンドの鑑定の結果が、テストのレスの内容に関係があるような気がするときは、そこにもアンカを付けている。
積極的に関係性を持たせようと努力しているわけではないが。

257名無しさん:2011/03/14(月) 11:08:42 ID:XekvL9gc
>>256
なるほど
ただの「テスト」等では安価を付けず
何か意味有り気な文章の場合は付けるわけですね
ありがとうございました

258フェイク『男』:2011/04/29(金) 19:42:12 ID:Ef2FjSZM
492 名前: フェイク『男』 投稿日: 2011/04/29(金) 19:38:12 Ef2FjSZM
ジョジョ七部終盤では、ようやくと言うか遂にと言うか、スタンドの格闘攻撃と本体からの銃撃による二面攻撃が登場した。
とはいえ、やはりこのような攻撃はいくつかの問題を抱えるものであり、常用できるものではない奇策の類に見える。
特に敵のスタンドがパワー型の場合、本体とスタンドが同方向から攻撃したのでは、
銃撃など余裕で防御されてしまうだろうし、むしろ自分のスタンドの動きを邪魔する危険性すらある。
だからといって本体とスタンドが別方向から攻撃しようとするなら、本体は大きく隙を晒すことになるのだ。
作中では大統領やDioがジョニィに対してこのような攻撃を行ったが、どちらの場合も、
「ジョニィはスタンドを防御に使いにくいため、本体が行う銃撃でも充分な攻撃となる」
「ジョニィからの攻撃を防御することは出来ない」(撃たれる前に撃つのみ)
この二点があって成立している。

259名無しさん:2011/05/05(木) 23:33:41 ID:dANSSSKE
フェイク氏に質問です
フェイク氏はスタンド鑑定以外の時は、
普通に名無しとしてIDテストしてスタンド変換結果をスレに書きこんだりしてますか?

260フェイク『男』:2011/06/20(月) 23:28:34 ID:YQXTvkJs
508 名前: フェイク『男』 投稿日: 2011/06/20(月) 23:23:27 YQXTvkJs
【スタンドの次の話、3】
(参照:スタンドの次の話、1と2…>>220
ジョジョに登場するスタンド以外のファンタジーが、スタンドでないことの理由として、
例えば「回転の技術」には、一族が担う目的を果たすために、先祖代々、そしてジャイロからジョニィへと「継承」されるという要素がある。
人間の文明や文化の発展、精神の成長において、この「継承」という要素はかなり重要なものだが、基本的に個人の精神である「スタンド」にこの要素を盛り込むことは難しい。
もちろん、DIOからプッチにといったように、スタンドを交えた「継承」もあるにはあるのだが、これを人間の精神というにはあまりに特異すぎるだろう。
ちなみにスタンド以前の話ではあるが、「波紋の技術」についても、吸血鬼や柱の男といった人類の天敵に対抗するため一族が伝えてきた技術として、同じことが言える。

506 名前: フェイク『男』 投稿日: 2011/06/20(月) 23:22:22 YQXTvkJs
全人類が運命を覚悟するという「天国」も、幸福のみが集まるという「千年王国」も、作中で明示されたのは大まかな未来予想図のみであり、
結局のところ、それがいかなるものであるかの完成形が示されることはなく、正誤も善悪も判明することはなかった。
それも当然の話、それらは言ってしまえば漫画の中で描かれただけの、ただの作り話だ。設定次第、解釈次第でどうとでも出来る。
重要なのは、そのような考え方に対しどのように立ち向かうかであろう。

261フェイク『男』:2011/06/20(月) 23:28:55 ID:YQXTvkJs
504 名前: フェイク『男』 投稿日: 2011/06/20(月) 23:21:33 YQXTvkJs
「人の性格がそんなに簡単に変えられ成長できるなら誰も苦労はしません」(トト神)

特に、心の死んだ人間が「再生」するには並々ならぬ犠牲を払わなければならない運命のようだ。
例えば花京院やブチャラティは、「再生」したものの最後まで生き抜くことは出来なかった。
ウェザーやアナスイは新たな世界の新たな彼らが生きてはいるものの、かつての彼らが死んだことに変わりは無い。
そしてジョニィは「再生」した上で生き延びることが出来たが、親友は死亡、レースは失格、聖人の遺体も失ったままと、
およそ良いところは何も無く、当人の望みの通り「マイナスの人間がゼロに戻る」ことだけが成就した状態となっている。

262フェイク『男』:2011/06/20(月) 23:29:59 ID:YQXTvkJs
>>259
まったくしない。

263フェイク『男』:2011/08/18(木) 19:55:51 ID:6388MFX2
515 :フェイク『男』:2011/08/18(木) 19:49:19 ID:6388MFX2
正義をなすことこそが運命だが、何が正義なのかはそう簡単には解らない。
しかし、例えば自分を取り巻く全てのものに敬意を払い、あるいは自分の敵に対してすらも謙虚に振る舞い、
自分が正義であるように、即ち運命に適うように「祈る」ことで、たとえ正義でも邪悪でも、人は「清らか」に生きていけるのだろう。
薄っぺらな邪悪との戦いではなく、そういった清らかに生きる者同士の戦いでこそ、勝者は価値あるものを得られるし、敗者の存在も肯定される。

522 :フェイク『男』:2011/08/18(木) 19:51:56 ID:6388MFX2
ジョジョ四部で「幽霊」の存在が明示されたため、以降のジョジョではただ肉体を殺害するだけでは真に敵を倒したとは言えなくなった。
特に歴代ラスボスについては、肉体のみならずその魂すらも明確に敗北している様子が描写されている。以下に具体例を挙げておく。
四部、吉良吉影:振り返ってはいけない小道に連れ去られる。
五部、ディアボロ:レクイエムの力で永遠に死に続ける。
六部、プッチ神父:アイリンたちの生きる新世界は、明らかにプッチ神父の存在しない世界である。恐らく不完全な宇宙一巡の余波で、存在そのものが消滅したのだろう。
七部、ヴァレンタイン大統領:ジョニィの推測では、Act4の無限の回転は魂すらも残さず消滅させるという。

264フェイク『男』:2011/10/20(木) 22:49:04 ID:i7X36LKs
535 :フェイク『男』:2011/10/20(木) 22:42:24 ID:i7X36LKs
「ブンブーン一家のスタンド」と「TATOO YOU!」は、SBRにて初めて登場した、本体が複数存在するタイプのスタンドと見なすことが出来る。
一応、どちらのスタンドもリーダー一人(ベンジャミン・ブンブーン、11人組のリーダー)だけが「本来の本体」であり、
他の仲間たちは能力を付与されているだけという見方も出来るが、それでも「ブンブーン一家のスタンド」においては、
「本体よりも仲間(アンドレ)の方がスタンドの操作がうまい」「本体を交代できる(ベンジャミン死亡後、LAだけでスタンドを使用)」など、他のスタンド能力には見られない特徴がある。
六部までのスタンドの発現方法といえば、矢やDISC、あるいは生まれつき、果ては修行の賜物、どれも個人的なものだったのに対し、
SBRの「悪魔の手の平」は、一度に複数の人間が巻き込まれることが出来る「場所」であるため、このような複数の本体を有するスタンドが発現できるようになったのかもしれない。
とはいえ、精神力の表れであるスタンド能力を複数の人間で操るというのは、よほど強力な精神的結びつきがなければ不可能だろう。
例えばブンブーン一家には「歪んだ家族愛」があり、11人の男たちには各々の馬の足音をピタリと一致させるほどのチームワークがある。
(参照:ブンブーン一家の家族愛…>>163の一段目)

265フェイク『男』:2011/10/20(木) 22:49:33 ID:i7X36LKs
537 :フェイク『男』:2011/10/20(木) 22:43:15 ID:i7X36LKs
五部小説「恥知らずのパープルヘイズ」の麻薬チームのスタンドは、四体中三体が無形の中〜遠距離攻撃を主体とした能力である。
彼らの能力は、拳で直に殴ったり、弾丸を飛ばしたり、あるいは周囲の全てを巻き込むような無差別攻撃とは異なり、
同士討ちの恐れがかなり少ないため、積極的に複数で一体の敵を攻撃できるという長所がある。
(唯一同士討ちの恐れがあるのも、短剣の刃に写った対象にダメージを返す「ドリー・ダガー」程度で、
 このスタンドの本体は戦闘に際し積極的に敵に向かっていく性格・戦法であるため、やはりこの能力が仲間に誤爆する危険性は低い)
ジョジョ原作における複数人での戦いもほとんどが精々コンビで挑む程度、それも少なくとも片方は遠距離攻撃主体のものばかりであることを考えれば、彼らの能力の強さが解るだろう。
とはいえ、前述の「ドリー・ダガー」以外の二体は防御力ゼロのため、単独で戦うにはうまく立ち回って相手をハメなければこちら側が即死という、
原作でもよくあるトラップ型スタンドの類型であり、そこまで極端に強い能力というわけでもない。
問題があるとするならば、無形の遠距離攻撃などというものは明らかに漫画として見栄えが悪いということくらいで、まさに小説向けのスタンド能力といえる。

266フェイク『男』:2011/10/20(木) 22:49:49 ID:i7X36LKs
539 :フェイク『男』:2011/10/20(木) 22:44:09 ID:i7X36LKs
五部小説「恥知らずのパープルヘイズ」に登場するスタンド能力には、対象の感情や感覚への攻撃など、精神攻撃を行うものが散見される。
ジョジョ原作においては、超能力による精神攻撃をそのまま描くのは漫画演出的に難しいためか、精神攻撃はもっと物理的・可視的な現象を伴って行われることがほとんどだ。
(個々の例は説明しないが、オシリス神、アトゥム神、錠前、天国の扉、ボーイⅡマン、エニグマ、マリリンマンソン、ホワイトスネイク、自由人の狂想曲、シビル・ウォーなどがそれに該当する)
また小説では、スタンド能力の一つ一つに、本体の精神性の何が原因となってそういう能力になったのかが全て明記されているが、
原作ではやはりそこまで詳しい説明をしているものは一握りだ。いちいち全てに説明を付けていては、逆にリアリティが損なわれるという感覚かもしれない。
とはいえ小説のストーリーでは、主人公フーゴのスタンド、パープルヘイズの「本体の精神の一面を反映している」という要素が重要な意味を持つので、
それに関連して、スタンド能力には本体の精神にルーツがある、という設定を強調するのは妥当な演出と言えるだろう。

267名無しさん:2011/10/22(土) 12:23:14 ID:???
>>264
ブンブーン一家はただ『似過ぎている3体のスタンド』ってだけで、
『3人で1体のスタンド』じゃないですよ。
原作を見てみるとわかりますが、3人のスタンドはそれぞれデザインも能力も違います。

アンドレのスタンド:本体が触れた生物に磁力を付与する能力。そのパワーは対象同士が近寄ったり、本体の家族で囲んだりすると増幅される。
ベンジャミンのスタンド:磁力を操り鉄を変形させる能力。また、本体の体内に鉄を取り込める。
L.A.のスタンド:砂鉄と同化しているのが能力の、不定形のスタンド。

268フェイク『男』:2011/10/30(日) 19:14:49 ID:MSzAxaJ2
>>267
もちろん作中で明言されていない以上どんな見方も自由だし、今後公式にどういう設定が成されるかは判らないが、現段階でのその解釈には色々と不可解な点がある。

1、個々の能力について
ジャイロがアンドレに鉄球を投げて攻撃する際の彼及びLAの反応を見ると、ベンジャミンのような「鉄球を空中で削る防御法」はアンドレにも出来るようだが、それは何故か。
また、その解釈ではアンドレの能力はジャイロたちを殺害するための最重要能力に見えるが、それなのに他の二人がアンドレの脱落を放置していたり、
そうでなくとも能力が別々ならばそれぞれに使い道があるはずなのに、上二人のLAに対する対応が酷かったりと、扱いがぞんざいなのは何故か。

2、演出について
三人の持つスタンドが本質的に別物であるにしては、「ワシらのこの『鉄』を操る能力」「ヤツらの鉄の能力」などの台詞が示す通り、
ベンジャミン、ジャイロ共に三人の能力を一纏めに扱っている点、更に能力の内容はまだしも外見まで似過ぎている点など、漫画の演出上好ましくない描写が多いのは何故か。
(続く)

269フェイク『男』:2011/10/30(日) 19:15:04 ID:MSzAxaJ2
(続き)
もちろん、ベンジャミンはともかくジャイロ側はブンブーン一家の能力の詳細など知らないから「同じ能力」だと誤解した、と考えられなくもないが、展開上は無意味な描写だ。
(ジョジョという漫画における作中のキャラクターの「推理」の類は、特に「推理を間違うこと」が戦闘や物語に大きな意味を持つ場合でない限り、基本的には「正しい」ものとして話が進む傾向にある)
また、同じような能力でも本当は異なるスタンドであるならば、その外見は全く別物になるという前例がある。
(「オシリス神とアトゥム神」、「星の白金と世界」など。更に言えば、>>267の言うブンブーン一家のスタンドそれぞれは、
 「ゲブ神とアクアネックレス」「バステト女神とメタリカ」「リトルフィートとグーグードールズ」ぐらい離れているように思える)
外見も能力も全く同じスタンドならば、「『食う』『寝る』『子供を産む』この三つしかしない」とまで言われた鼠二匹の「ラット」、
ココ・ジャンボとジョルノが作ったそのクローン亀による「ミスター・プレジデント」、異なる世界の同位置の人物であるDIOとDioの「世界」など、
本体の方にも何らかの同一性があるのが通例だが、さすがにブンブーン一家は殺人趣味やら「歪んだ家族愛」を共有しつつも、そこまで同一の存在には見えない。
(これの例外として、DIOとジョセフの「隠者の紫」があるが、スタンドの設定そのものが固まっていない時期の話であるため、ブンブーン一家のスタンドと同列には考えない)

3、意味について
そしてそもそも、三人の能力が実は別物であるということに、漫画として何の意味や面白さがあるのか。無駄にややこしくなるだけではないのか。
三人全員が同じ能力ということにしておけば、敵スタンド使いが同時に三人も襲い掛かってくるという状況でありながら、
戦闘の内容をなるべく単純に展開させることが出来るという長所がある。(>>57の最下段参照)

270フェイク『男』:2012/02/05(日) 19:27:48 ID:q2q/vgTs
767 名前: フェイク『男』 投稿日: 2012/02/05(日) 18:47:06.53 ID:BaqvFCmb
スタンド能力の中には、作中で明示されていない存在意義があると思わしきものも存在する。
例えば「天国の扉」の、生原稿を最初に読んだ者にのみ作用するという困難な発動条件は、明らかに本体・岸辺露伴の「担当編集者のありのままの感想を聞きたい」という目的から生じたものだろう。
(参照:スタンド能力の最初の存在意義…>>43の三段目、>>136の上段)
作中でこういう類の裏設定が披露される機会など滅多に無いので、これに関連する話を始めると、多分に妄想とも願望とも付かないものが入り混じってしまうものだが、
それでも果敢に考察をすると、東方大弥の「カリフォルニア・キング・ベッド」が有する各種の特徴──気を遣うと発動、身体に一時的な傷が出来る、相手から記憶を一つだけ抜き出す、
チェスの駒に記憶を封じる、影を踏むと解除される、公正に相手に能力を教える──という、てんでバラバラな要素は、全て本体の「障害者としてのコンプレックス」に関連付けられる。
このスタンド能力は元々、本体が障害者だということで誰かに気を遣ったり遣われたりした「記憶」を抜き取り、健常者相手に「心の負い目」の無い生活を行うことが目的だったのかもしれない。
(続く)

271フェイク『男』:2012/02/05(日) 19:28:13 ID:q2q/vgTs
(続き)
身体に傷が出来るのは(既に各所で考察されている通り)本体の「心の傷」であり、だから相手の「記憶」を奪う段階になると、「負い目」が無くなって傷が癒える。
(後に東方大弥は、単に「気を遣われた記憶」を奪うのではなく、相手と思い出を共有することでの「幸せ」を目指すことで、「心の傷」を癒しつつ、スタンドの更なる有効活用を試みるようになる)
「チェスの駒」は視覚障害者でも手触りで種類が解りやすい、一揃いの品物であり、それでいて点字を使うなどの「気を遣った」品物ではない。
「影を踏むと解除される」のは、影を踏むという行いに相手への失礼がある(自分から相手に気を遣わせる行為である)という意味合いと、
影を踏まないという健常者なら普通に出来ることを障害者である自分が行うことで、健常者と対等であろうとする自負心の表れである。
「公正に能力を相手に教えることが強さに繋がる」のも、もちろん自分と相手が対等であるためだ。
しかし何とも皮肉なことに、このスタンドは発現と共に本体が視力を失っていったという経緯がある。
この経緯、及び「障害者としてのコンプレックス」がスタンドに直結するという現象は、どちらも今までの障害者のスタンド使い──生まれつきスタンド使いで生活に不便の無いンドゥール、
復讐心でそれどころではないジョンガリ・A、回転の力を希望と捉えるジョニィなど──には無い特徴であり、新たな独自性なのかもしれない。

272フェイク『男』:2012/02/05(日) 19:28:48 ID:q2q/vgTs

770 名前: フェイク『男』 投稿日: 2012/02/05(日) 18:52:31.80 ID:BaqvFCmb
スタンド能力の中には、作中で明示されていない存在意義があると思わしきものも存在する。
例えば「エボニーデビル」は、相手の目の前に姿を現し傷を付けられ、更に殺されずに逃げ出してようやく発動できるスタンドであり、
それでいて極端に強いわけでもなければ特殊な能力も無いと、遠隔操作型のスタンドとしては明らかに異色の弱さである。
漫画作品上の理由としては、単にジョジョ三部初期、スタンドという設定の黎明期の能力であるため、強さの調節がまだまだ手探りだったというだけの話なのだが、
作中の理由をあえて考察するならば、このスタンドは本来「本体デーボがその人生で真に呪うべき相手に復讐するため」の能力であると考えることが出来る。
真に復讐すべき相手に対し、「エボニーデビル」はまさに無敵であり、戦闘面でも心理面でも相手に絶望のどん底を見せることが出来るスタンドなのだが、
そのような復讐を全て終わらせ、何もやることがなくなって、しかも今までの人生で復讐だけを目的に生きていたため、このスタンド以外に何の取り得も無いデーボは、
仕方なく「相手にわざと攻撃されてその復讐を行う」という回りくどいスタンドの使い方によって、殺し屋として生計を立ててきたのだろう。
あるいはもしかしたら、「復讐」という行いのカタルシス、恨みを晴らすために相手を殺すという行いの気持ちよさに憑りつかれ、内心嬉々としてそのような道を歩んでいる可能性もある。
これはいわゆるSMプレイに似ている。SMというものはやり過ぎてはただの暴力であり、快感を得られるギリギリのところをわきまえなければならない。
「エボニーデビル」も同様、相手を恨める傷を付けられつつ、殺されてはいけない。ちなみに、その辺の限度を無視して突っ走ってしまうのが「ノトーリアスBIG」だ。カルネはガチだ。
……妄想が激しくなってきたので、この考察はここまで。

273フェイク『男』:2012/02/05(日) 19:29:06 ID:q2q/vgTs
773 名前: フェイク『男』 投稿日: 2012/02/05(日) 18:57:46.35 ID:BaqvFCmb
ジョジョ八部主人公、仮称・東方常助のスタンド「ソフト&ウェット」は、何だかどこまで出来るのかよく判らない能力をしている。解釈次第ではどこまでも強くなりそうな恐れもある。
こういう応用性のやたら広そうな能力を主人公側が持つ場合、擬音の数だけ応用性のある「エコーズAct2」はパワー自体はさほどでもなかったり、
生物の数だけ応用性のある「黄金体験」は小型の生物か単純な樹木しか作れなかったりしたものだが、「ソフト&ウェット」はその辺りがまだ掴めない。
あるいは、この能力の掴めなさを主人公の正体不明さと合わせているのかもしれないし、そもそも八部は単に強い能力だけではどうにもならない敵ばかり出てくるのかもしれない。
例えば、今現在の連載で交戦中の東方大弥は、明らかに敵だからといって殴り倒していい相手ではない。取り敢えず、今後の動向に注目。

774 名前: フェイク『男』 投稿日: 2012/02/05(日) 19:00:26.77 ID:BaqvFCmb
敵が人類の捕食者・天敵である「吸血鬼」だとか、その吸血鬼の更に上、人類などゴミ扱いの「柱の男」だった波紋編とは異なり、
敵の大多数が主人公と同じ「人間」である三部以降においては、各部の最初の敵との戦いで、犠牲となる一般人の姿が必ず描かれている。
それもただ戦いに巻き込まれて傷ついたり死ぬというだけでなく、スタンド使いに操られるとか、利用されるとか、
スタンドという超能力に対して一般人がいかに無力であるか、そんな暴力を振るう悪党がどれほど主人公にブチのめされるべき存在であるかを強調するような表現だ。
その具体例は以下の通り。

三部:花京院に狂暴化させられた女医。あるいは、グレーフライによる大量殺人の犠牲者
四部:アンジェロに操られコンビニ強盗させられた男。及び、殺害された東方良平
五部:ブチャラティが潜伏し、ジョルノが作った蠅の反撃エネルギーで気絶したヤク中の少年。五部はピカレスクであるため、主人公もここに入る
   あるいは、ブラックサバスの犠牲になった掃除夫
六部:グェスに虐待及び殺害された「インコのピーちゃん」の中の人
七部:ブンブーン一家による猟奇殺人の犠牲者三人
八部:笹目桜二郎に利用されたバスルームの女性

274フェイク『男』:2012/02/05(日) 19:29:22 ID:q2q/vgTs
779 名前: フェイク『男』 投稿日: 2012/02/05(日) 19:11:12.13 ID:BaqvFCmb
「公正な振る舞いがスタンドの強さとなる」という主張により、相手にあえてスタンド能力を教える者たちがここ最近のジョジョに散見されるが、
この理屈が全てのスタンド使いに適用できるとは思えないし、それどころか作中に出てきた主張も、全てそのまま鵜呑みには出来ない。
少なくとも、「シビル・ウォー」の本体アクセル・ROは、「水が弱点」であることを教えはしたが、もっと重要な「アクセル自身を殺すと危険」なのは何も伝えていない。
明らかに、自分を殺させるために特定の情報を伏せて相手を誘導しており、公正な態度とは言えないだろう。
あるいは「罪を他人に負わせれば自分は浄められる」などという、かなり歪んだ思想のアクセルが考える、自分勝手な公正さなのかもしれないが、どちらにせよ真っ当なものではない。
(そんなアクセルを所有者として認めかけた「聖人の遺体」も異常だが、あれもジョニィよりディエゴを所有者としてふさわしいとしている節があり、人間の道徳とは異なる価値観があると見える)
「公正な振る舞いがスタンドの強さとなる」という主張を最大限好意的に解釈しても、「公正な振る舞いが強さになるスタンドがある。そうならないスタンドもある。
公正な強さを得られるスタンドと、そうでないスタンドとでは、最終的に公正さのある方が強く成り得る」程度であると、私は解釈する。
正直なところ、この言葉を言い訳にして、敵が自分の能力を主人公にペラペラ喋るような、脳味噌の少なめな展開が増えることを危惧しているのだが、さすがに天下のジョジョに対してそれは考え過ぎか。

275フェイク『男』:2012/04/28(土) 11:45:07 ID:S549QR/I
789 名前: フェイク『男』 投稿日: 2012/04/28(土) 06:30:43.10 ID:UeYANsVR
あんまりこんなことばかり言っていても仕方ないのだが、ジョジョのスタンド表現にはキャラクターの視点からの「見間違い」が含まれていると解釈できるものもある。
例えば、「ノトーリアスBIG」戦でトリッシュが目撃したサッカーボールが、飛行機を追跡してきた「ノトーリアスBIG」そのものであることは割と知られていることだろう。
それと同様に、もしかしたら「ホワイトスネイク」のドロドロに溶かす攻撃は、夢からの目覚めかけで意識の混濁した徐倫や承太郎たちにとって、周囲がああいう風に見えたというだけだったり、
あるいは「カリフォルニア・キング・ベッド」の本体、東方大弥が脚に謎の傷を負ったのは、目からチェスの駒が飛び出しつつある定助の視覚的な異常だったのかもしれない。

790 名前: フェイク『男』 投稿日: 2012/04/28(土) 06:43:16.63 ID:UeYANsVR
「正義をなすことこそが運命」とは言うものの、「力なき正義は無能」という言葉もある。
実に身も蓋も無い話になってしまうのだが、運命を切り拓くには運命に匹敵するだけの力が必要なようだ。
その視点で歴代のジョジョを振り返ってみると、ジョセフがカーズを地球から追放できたのは、エイジャの赤石、カーズ自身の波紋の力、火山の力によるものだったし、
承太郎たちがDIOを倒すためには、承太郎自身も時を止める能力に目覚めなければならなかった。早人がバイツァダストを攻略できたのは仗助たちという戦力が控えていたからこそであり、
ジョルノがディアボロを倒したのは矢によるレクイエムの力であり、エンポリオがプッチを倒した直接の力はウェザーリポートのDISCであり……
そしてディオに肉体を乗っ取られたジョナサンは、自身の子孫という力でもってディオを葬り去ったのだ。


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