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( ФωФ)ロマネスクは誓いを果たすようです

1名無しさん:2020/08/26(水) 15:39:22 ID:jPMJIv5Q0
小石が小刻みに震えるほどの地鳴り。
遥か彼方に巻き上がる砂煙と、蠢く黒い影。
全てを照らす陽光をも遮る黄塵万丈にかすむ大地。
暗雲が垂れ込め、まだ真昼だというのに日が暮れたように薄暗くなる。
まるでかの魔のものたちによる時代の幕開けである、と言わんばかりに。

この世のものとは思えぬ光景に兵士たちの士気が下がりかけた瞬間――


------------=================ニニニニニ三三三三三ニニニニニ=================------------




一陣の風が吹き抜ける。


「――聞けい、皆の者ォ! これは天地開闢以来の大戦であるッッッ!」





.                 ( ФωФ)ロマネスクは誓いを果たすようです



                            The End of an Era
                       01話  一つの時代の終焉






------------=================ニニニニニ三三三三三ニニニニニ=================------------

2名無しさん:2020/08/26(水) 15:40:49 ID:jPMJIv5Q0
空気が震えるほどの勇ましい大喝。
その声の主に兵士たちの視線が注がれる。

( ФωФ)

天を突かんばかりの巨躯は鎧の上からでも、一目でわかるほど鍛え抜かれた肉体に覆われている。
やや潰れ、不格好だが猛々しく太い鼻。
頑強な額の上に、獅子の鬣のような白髪交じりの黒髪が乱れ逆立っている。

短くも威厳を蓄えた髭が、耳の下から顎に沿って走り、うっすらと伸びた口髭とつながっていた。
両目には縦に割られた古傷があり、その黒い瞳は獣のような眼光を放っている。


ロマネスク・スラギ。

ラウンジ、シタラバ、チャネルといった、この場に立つ連合軍の兵士に、"戦獅子"の異名を知らぬ者は一人もいないと言ってよい。
それほど、ロマネスクはその扱き出す大身槍、そしてかの"歯車王"の一番弟子が全てを擲って叩いた大剣の剣閃で、先駆けと殿の功名を重ねていた。
ヴィップ国が誇る精鋭"獅子隊"の長であり、この連合軍においてヴィップ軍の指揮を任されている将の一人である。

兵士たちの注目を集めたのは、それだけではない。
ロマネスクはいかなる時でも常在戦場を体言するが如く、獅子を象った兜を被り続け、肖像画ですら兜を外さず素顔を晒していない。
その素顔を知る者は片手で数えるほどしかいないとも言われている。あれは呪われた兜で外せないのだ、と噂する者もいるほどだ。

そんなロマネスクが、素顔を晒したのだ。それがどれほどの衝撃だったかは、兵士たちの様子を見れば言うべくもない。
大喝の次に続くのは鼓舞の言葉だろうか。

( ФωФ)「諸君らの瞳に、恐れが見える。それは吾輩とて同じだ」

そう期待していた兵士たちは、裏切られることになる。

瞬く間にざわめきが広まる。
無理もない、かの歴戦の戦士であるロマネスクまでもが、恐れを抱いているというのだ。
兵士たちは信じられないものを見るかのように、ロマネスクに目をやり、そして横にいる同胞と顔を合わせる。
その顔には不安に満ちていた。――そこに兵士はいなかった。ただの人間がいた。


( ФωФ)「――――だが、それでいい!」

今にも逃げ出しそうな兵士たちに、ロマネスクは再び一喝する。
先程までのざわめきが嘘のように静まり返るが、困惑、戸惑い、恐怖。
兵士たちにはそれらに支配されていた。

3名無しさん:2020/08/26(水) 15:43:28 ID:jPMJIv5Q0
( ФωФ)「勇者とは恐怖に対し、勇気を以て立ち向かう者である。 だが、かの魔のものはどうだ?」

それを感じ取ってもなお、気に掛けることもなく続けて口する。
その獅子のような瞳は、はるか彼方で蠢くものたちに向けられていた。


( ФωФ)「……我ら貧弱な人間を、地を這う虫けらを踏み潰すが如く、蹂躙せしめようとしておる」


( ФωФ)「それに恐怖という感情などあろうか。――答えは否! 否である!」


( #ФωФ)「恐れを抱かぬものは勇者などではない! 愚者であるッッ!」


( #ФωФ)「諸君らは何がために戦うのだ! 何がために命を賭けるのだッ!」


ロマネスクが手にした大剣で虚空を一閃し、問いの言葉を投げかけるとそれきり口を開かず、兵士たちを見据えていた。
その威圧と眼光に気圧された兵士たちはただ黙するのみで、しんとした静寂に包まれる。


だが、兵士たちは萎びていたはずの気力が、血潮が漲っていき、いつの間にか手を強く握りしめている事に気付く。





         「お、俺は……家族のために!」





どこからもなく、声が裏返り、震えつつも力強い大声が上がる。

4名無しさん:2020/08/26(水) 15:45:31 ID:jPMJIv5Q0
それとほぼ同時に、兵士たちは手にした武器を小さく掲げながら、各々が声を上げる。



        「我らがヴィップのために!」


                         「シタラバの無辜の民のために!」


   「わが矜持のために!」


            「愛しきひとびとを守るために!」


                      「この地を! そしてチャネルの友たちを守るために!」


      「妻を、そしてその腹に宿りし将来のために!」


                  「この命をお救い頂いた祖国ラウンジのために!」



声という声が木霊し、ロマネスクを、そして地をも震えさせる。
それを受けて、ロマネスクは大きく頷いた。

( ФωФ)「そうだ! ――――全てはこの我らの地のために! そして守るべきもののために!」

( ФωФ)「さあ、手にした武器を掲げよ! かけがえのないすべてのものに懸け!
                     その恐れに対して、勇気を以て、踏みとどまって戦うのだ! 」

5名無しさん:2020/08/26(水) 15:47:03 ID:jPMJIv5Q0
ロマネスクが馬上で天をも突かんとする大剣をぶん回しながら、雄叫びを上げる。

( #ФωФ)「かの愚か者どもに我々の底力を見せよ! ――"勇者"たちよ!」

大剣にはめ込まれた宝玉が太陽のような眩い光を放つ。
それを漆黒の空へ目掛けて掲げると、どす黒い雲間から光芒がロマネスクを照らす。
爛々と輝く目には寸分の迷いもなかった。ただ、勝利という二文字のみを見据えていた。

兵士たちは、神々しいその姿に戦の神として崇める神話の英雄を幻視した。



            「おお……ヴィップ万歳! ヴィップに栄光あれ!」


                           「我らが偉大なる国よ! ラウンジに栄光あれ!」


      「シタラバに栄光あれ!」


                                  「チャネルに栄光あれ!」




     「――我らこそが獅子隊! そしてあれこそが我らが大将、勇猛果敢なる"戦獅子"よ!」



戦の神が自分たちに味方している。そしてこの場にいる異なるひとびともまた、同じ敵に立ち向かおうとしている。
そう受け止めた兵士たちは極限に高まった感情を爆発させ、自らの武器も同じく天に高く掲げ、あらん限りの雄叫びで応えた。




.

6名無しさん:2020/08/26(水) 15:48:55 ID:jPMJIv5Q0



剣を右に振るう。



朦朧としていた意識がかすかに覚醒する。
身体が鉛のように重い。

疲れ果てた精神は、眼前にいるであろう魔のものどもの気配しか把握できていない。
長年の相棒だった大身槍はかの翼竜を突き殺すために投擲し、翼竜と共に遥かなる地平へと沈んでいった。



剣を左に振るう。



殿を務めてから日が暮れ、日が昇り、そして再び日が暮れた。
斬った首は千を超えてからは数えていない。

闘争心が枯れる気配はない。
むしろ薪と油をくべたように、なお燃え滾っている。
だが鍛えぬいたはずの肉体が、この業火のような闘争心についていかない。



剣を一周させる。



返り血が体中に付着し、そのわずかな重みが全身を蝕んでいく。
足は棒のように凝り固まっている。
腕の感覚は、慣れ親しんだ大剣のかすかな感覚しか感じ取ることができない。
その腕を振るう度、喉に熱いものが迫り上がり、口から溢れ出す。
それでもなお腕を止める事はない。

地には無数の死体、体液でまみれている。
これを戦場と口にするのも憚られるほどの惨状。
まさしく地獄絵図である。

一息の休息すら許されない阿鼻叫喚の真っ只中で、ただただ剣を振るい続ける。
将として、兵より先に倒れる訳にはいかない。

――そんな事を、何度考えただろうか。

7名無しさん:2020/08/26(水) 15:52:32 ID:jPMJIv5Q0



   『ロマネスクよ、そなたと……最期に、ともに、戦えたの、は…………めい、よ、だった――』



我ら獅子隊以外に殿へ名乗り出た、かつて宿敵だった男の言葉がふと思い出される。
あれから、どれほど経ったかもわからなかった。
気づけば、周囲にはもう誰もいなかった。

「これほど峻烈なものは久しく目にしておらぬ。英雄足るものよ、敵ながら実に天晴」

ただ漆黒に塗り潰された巨大な影以外は。

膨大な重圧に膝がつきそうになるが、つくほどの気力もない。
ただ、あらん限りの力を込めてその影を見据えた。
返り血とも自らの血ともつかぬ真紅に、視界が染まられてゆく。

薄れゆく意識の中で影に対し、剣を――

「この余が認めよう! ロマネスク・スラギとそれに連なる者は紛うことなき、まことの"勇者"であったと!」

己の誇りと共に、王より受け賜られた名剣。
それを振るった両腕から、重みが消える。
横目に遥か彼方まで飛んでゆく剣が見えた。

闇の手が近づいてくる。
それを跳ね除けようとしたが、腕が切り落とされたように動かない。

「勇者よ、せめてもの情けだ。我が手の中で息絶えるがよい」

額に手が触れると同時に、まばゆい光が己たちを包む。
それは待ちに待った救いの光であり、破滅そのものであった。
連合軍の兵たちはとうの昔に撤退しているはず。ここにいるのは死地へと赴いた我ら獅子隊のみ。

それも今や残るのはここに立つ己ただ一人だけ。


ああ、これでいい。


そう、これでいいのだ。
最初からこうなる運命であったことは理解している。己がそう提案したからだ。

「なに……!?」

額から手を離される。
狼狽する声を耳にし、思わず口端が釣り上がるのがわかる。

8名無しさん:2020/08/26(水) 15:57:09 ID:jPMJIv5Q0
(  :::::ω:::::)「――我らがヴィップ国に、久遠の栄光あれ」

そして、何かが砕ける甲高い音が耳に届いたとき、己の御国を護るという誓約が果たされたことと――



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

                                                  _,
                                                ノハ:;:⊿::)
                                                *;゚
          『 誓ってくれ。また会えたらずっと私のそばにいると 』







                   『 ……ええ、必ず 』


(ω:::::  )


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


――――かなわぬ"誓い"が、砕け散った事を悟った。

9名無しさん:2020/08/26(水) 16:00:59 ID:jPMJIv5Q0




◆   ◇   ◆   ◇   ◆



荒くれどもが集まる酒場で、とても古臭い詩を読み上げる吟遊詩人がいる。
幼い頃から聞かされ続けていた詩だ。普段ならば、今更そんな詩を歌うなと罵倒や野次が飛んでいたことだろう。
だが、類に見ない美しい声に荒くれたちは聞き入っていた。

/ ゚、。 /「……以上が、かの《天地開闢以来の大戦》において、闘い抜いた大英雄の詩です。ご清聴いただきありがとうございました」

酒の肴としては十二分だったのだろう。賞賛の言葉ではなく、硬貨がぶつかり合う音が続いていた。
ダイオードと名乗っていた吟遊詩人は、率直な評価に対して優雅に頭を下げた。


(´・ω・`)「いい詩でしょう。古臭いと仰る方もいますが、私は聞く度に思いを馳せてしまいますよ」

「そう、だな」

この酒場、"バーボンハウス"の店長であるショボンがカウンター越しに巨漢へ声をかける。
言葉に詰まりながらも、巨漢は肯定の意を表した。

/ ゚、。 /「店長、本日はありがとうございました」

(´・ω・`)「いえ、こちらこそとてもよいお時間をご提供いただき痛み入ります」

先程まで歌っていた吟遊詩人、ダイオードがショボンの前である巨漢の隣に腰掛ける。

/ ゚、。 /「静かにお聞きになられていましたね。……無礼を承知でお尋ねしますが、この詩は初めてで?」

「……なぜそうだと?」

/ ゚、。 /「この詩を歌うと決まって同じ反応が見られるんですよ。"またか"、"勘弁してくれ"といった方がね」

それでも最後にはご評価いただけているんですけどね、とダイオードは小さく笑いながら続ける。

10名無しさん:2020/08/26(水) 16:05:47 ID:jPMJIv5Q0
/ ゚、。 /「あなたはそのどちらでもなかった。驚き、そして戸惑い……その感情を向けられたのは初めてでした。あれほど大陸で歌われた詩はないでしょうから」

「……かの詩も、貴方の美しい声で歌われれば光栄であろう」

それを聞いたダイオードは目を丸くし、顔をほころばせる。
ダイオードは鳥がさえずるような美しい声に見合う、美貌を持ち合わせていた。背後から「おっ」という見惚れた声が聞こえてくる。

/ ゚、。 /「まあ、ふふふ……光栄だなんて、逆ですよ。この詩を歌わせていただいて、ご評価いただくことは吟遊詩人にとってこれ以上ない栄誉なんです」

(´・ω・`)「何せ四百年前から存在する詩です。題材が題材故に、我こそはと挑戦する吟遊詩人も多い。
      彼女のように、聞き飽きたと言われるほどの詩で賞賛を受けられるのは"一流"の証とされているんですよ」

ショボンが補足しながら、柑橘の果実を絞ったものをダイオードに差し出した。
ダイオードは礼を伝えつつ、喉の乾きを潤した。


/ ゚、。 /「初めてお聞きになられたのであれば、もう一度歌いましょうか?
       私はこの詩が大好きでしてね、もう一度歌いたい気分なんです」

「……ショボン殿がよければ、是非とも」

(´・ω・`)「構いませんよ。ダイオードさんの独占ショーは私としても大歓迎ですよ」

/ ゚、。 /「では――――」

ダイオードはすう、と大きく息を吸う。美しい黄金色の長髪が揺れる。

11名無しさん:2020/08/26(水) 16:06:56 ID:jPMJIv5Q0



                            / ゚、。 /


                   ヴィップ国が誇りし偉大なる将のひとり。


                    神をも恐れぬ所業、魑魅魍魎の大群。


           ――全てはこの我らの地のために! そして守るべきもののために!


          鼓舞の雄叫びをあげるその時に、戦の神による祝福の光が照らしにけり。


              背に掛けるは、"歯車王"一番弟子が全てを擲って打ちし名剣。


    魔のものの群に対し、万の首を斬り捨て、そして役目を終ふるがごとく穢れし地に突き刺さりけり。


          獅子たちの献身により、異なるひとびとは勝利の雄叫びと共に凱旋しけり。


                  されど、その歓喜の渦には獅子たちの姿なし。


               ――――"救国の英雄"、"一騎当万"、"闘将"、"天穿"。


          賞賛の言葉は数あれど、獅子が如き雄姿に人びとは口を揃えてこう呼ぶ。

12名無しさん:2020/08/26(水) 16:09:50 ID:jPMJIv5Q0
( ФωФ)「…………」

古臭いと呼ばれる詩を聞きながら、己はある言葉を反芻していた。――四百年前。
四百年前から存在する詩。嘘をついている様子はない。

永い眠りから目覚めた際、この店主ショボンに様々な事を問うた。
全て、過去の出来事としての回答だった。あの大戦からどうなったかも、己にとっての未来も、全て詳細に。

己のことを語る美しい歌声を聞いて、ようやく理解した。理解してしまった。



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                             / ゚、。 /


                 ――――獅子隊が長、"戦獅子"ロマネスク、と。




一つの時代の終焉が、訪れていたことを。




                 ( ФωФ)ロマネスクは誓いを果たすようです



                            The End of an Era
                       01話  一つの時代の終焉



                               完



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13名無しさん:2020/08/26(水) 16:21:31 ID:jPMJIv5Q0
以上で本日の投下は終了となります。

14年前、ブーン系に出会ってからずっとROM専でしたが、ようやく初めて作品の投下をするに至りました。
この場をお借りしてお礼を申し上げます。今後ともよろしくお願いいたします。

14名無しさん:2020/08/26(水) 17:56:48 ID:odqVmHOQ0
期待乙

15名無しさん:2020/08/26(水) 17:57:11 ID:vy7zVhZ60
    ∧_∧
    (0゚・∀・) ワクワク
  oノ∧つ⊂)
  (0゚(0゚・∀・) テカテカ
  ∪(0゚∪ ∪
    と__)__)

16名無しさん:2020/08/26(水) 22:19:50 ID:EVcUCijE0

大作の予感がする期待

17名無しさん:2020/08/28(金) 12:54:44 ID:jnFoFqhw0
すごい好き


18名無しさん:2020/11/09(月) 13:06:55 ID:gDlnOTMs0


時は少し遡る。


◆   ◇   ◆   ◇   ◆


――だっはっはっは!ンなヘマしやがったのかァ!

     ――うるせえ! 手前もおんなじヘマやらかしただろうが!


(´・ω・`)「やれやれ……」

冒険者たちでごった返す広場を抜ければ、そこには愉快な笑い声、怒号、それらを煽る高い声。そんな喧騒が存在する。
仕方ない奴らだ、と店長たるショボンはその様子を見ながら嬉しげにため息をつく。


冒険者ギルド直営酒場兼宿屋、"バーボンハウス"。
この大陸には冒険者たちをまとめるべく、数々のギルド直営酒場がある。
中でもこのバーボンハウスはラウンジにおいてギルド直営酒場としては最も古い歴史を持つ。

美味い酒や長期滞在者には好みに合わせた味付けの料理。
貴族御用達ほどではないしろ、十二分に良質なベッドで身体を労わることもできる宿屋も備え付けられている。
無論、騒がしい酒場から声が届かないよう、遮音の魔具も付け備えられている。

ルーキーには手厚い援助を。

ベテランには見合うだけの報酬を。

バーボンハウスは集ってきた冒険者に対して、誠実な対応をし続けた。
そうして客層の中核である冒険者たちの質が向上し、それを目当てに割の良い依頼が集うようになり、比例するように高位の冒険者が集うようになった。
こういった好循環を経て、ラウンジ随一の直営酒場として名を馳せた。
今やこのバーボンハウスなくして、ラウンジの冒険者たちは成り立たない。そう言われるほどまでに。

ショボンはそんなバーボンハウスの七代目として、荒くれどもをまとめる日々を送っていた。

19名無しさん:2020/11/09(月) 13:08:21 ID:gDlnOTMs0
(´・ω・`)「……しかし、これで八件目か」

手に持った書類に目を落とし、今度は肩を落とすため息。
ラングリンの森。別名"魔の森"、そう呼ばれている魔物の巣窟周辺において、魔物が一匹たりとも見当たらないという報告。
さすがにあの魔森に入ろうという命知らずはいなかったようだが、何かしら起こっているという事だけは間違いないと言ってよかった。

('、`*川「でも、それだけなんですよね」

受付の主任であるペニサスが書類をまとめ、長い黒髪を耳にかけながらため息をつく。
――そう、それだけだ。実害はなにもない。ただ、いないだけだ。それがかえって不気味に感じた。

(´・ω・`)「そうなんだが……あの魔の森が、だぞ? 定期的な間引きをしなければならないほど、魔物どもが蠢いているはずの――ッ」

ぞわり、とショボンの背筋に悪寒が走る。
唐突にこのバーボンハウスの長として長年培われた勘が警笛を鳴らした。


------------=================ニニニニニ三三三三三ニニニニニ=================------------



ショボンが思わず入り口の方に顔を向けると同時に、勢いよくドアが開かれる。


    _
   (;゚∀゚)(メ+ω+)ミセ;゚ー゚)リ
「はあっ……!」 「誰か手を貸して!」





.                 ( ФωФ)ロマネスクは誓いを果たすようです



                              Lost Years
                       02話    失われた時間






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20名無しさん:2020/11/09(月) 13:13:03 ID:gDlnOTMs0
ミセ;゚ー゚)リ

茶髪のセミショートに魔術師の証である杖を携え、深緑色のローブととんがり帽子を纏った淑女であるミセリ。
求められた事を満点ではないものの、満遍なく及第点以上にこなす。悪く言えば器用貧乏。
だが、弛まぬ努力を日々続けており、調剤の資格まで取得したことでギルド内では銀級から昇格する話も出ている期待株。

  _
(;゚∀゚)

一方で凛々しい眉の上に輝くような短い金髪に筋骨隆々の肉体で、"豪腕"の二つ名として名を馳せているジョルジュ。
冒険者の二つ名は通常、金剛級になって初めて検討されることが通例となっている。
だが、この男に限っては異例の一段下である白金級であり、若き新世代の一人であった。

その二人の声が店内に響くが、この場にいる者の視線はその二人の間に向けられていた。


(メ+ω+)

大柄なはずのジョルジュが一回り小さく見えるほどの黒髪の巨漢。大木のような腕と足に加え、はち切れんばかりの筋肉に覆われた肉体。
身につけていた漆黒の革鎧はどす黒い血や無数の液体でまみれているものの、よくよく見てみれば傷一つない事にショボンは気づいた。
こうした場面で微かな手がかりを掴まねばならない立場であるショボンの長年の経験がなければ、まず鎧に目が向かないほどその肉体はおびただしい裂傷で彩られていた。

向いてはいけない方向に折れ曲がっている腕や足は勿論、肉が削がれ骨が見えている箇所も多々ある。
真紅に染まられた顔は一見ではどれが目や口なのかわからないほどだ。
鎧に覆われていない箇所で傷つけられていないところを探すのが難しいほど、凄惨をきわめる有様だった。

それでも息は短い間隔でかろうじてしているようだった。あれで生きてんのか、という誰かの呟きが聞こえた。

(´・ω・`)「――ワタナベ!」

从;'ー'从「《慈愛の息吹よ》《安らぎを》《癒やしを》!」

ショボンはすぐさまこの場で最高位の癒やし手であるワタナベに声をかけるが、ワタナベは既に唱え始めていた。
澱みない三節の詠唱が終えると同時に、巨漢の傷がじわじわと塞がれてゆく。短かった息の間隔も少し長くなったようだった。

从;'ー'从「そのまま十七号室へ運んで! ミセリちゃん、後は私が!」

ミセ;゚ー゚)リ「お願い! 一応ミレ草の調薬で出血はある程度止めたのと、痛み止めも兼ねた治癒魔術も少しかけてある!」

そのままワタナベはミセリと代わり、奥の一七号室へと向かっていくが、一回り大きい巨体にやや苦戦していた。
酒場で接客していた店員たちがショボンに目配せをして動き出す。ショボンは頷き、それを促した。

(´・ω・`)「ビコーズ、鍛冶師ギルドへ行ってくれるか? 私の名前を伝え、火急の件であることを伝えて腕の立つ者を手配してくれ」

( ∵)「ん」

痩せぎすの男、ビコーズは頷くと棒のような細く長い足ですぐ外へと駆ける。

21名無しさん:2020/11/09(月) 13:17:31 ID:gDlnOTMs0
(´・ω・`)「ペニサス、"緊急依頼"の発令を」

その言葉がショボンから発された瞬間、周囲の空気が張り詰める。
緊急依頼。一握りのギルド直営酒場の長のみが許される緊急事態。
それがショボンの代で発令されたのは片手で数えるほどしかない。それほどの事態なのか、と目線で訴える者もいた。

('、`*川「……! 承ります。内容は?」

(´・ω・`)「ラングリンの森周辺の調査、その内部の調査の二件。内部に関しては条件をワンランク上げておくこと。
      集団による行動を推奨。魔物たちが姿を消した理由を判明させた場合、危険度の高い魔物を発見もしくは討伐した場合は特別報酬。
      手がかりなどを発見した者に対する報酬内容についても、緊急依頼規則に則ったものに……報告次第では追加の発令も検討。なにか質問や確認事項は?」

('、`*川「承知いたしました。大丈夫です」

ペニサスはそう言うなり、駆け足で奥の部屋へと引っ込んでいった。
淀みなく指示を出すショボンに、一度聞いただけで理解するペニサスもまた百戦錬磨のベテランであることが伺えた。

(´・ω・`)「ああ、ミセリ。疲れているところすまないが、事情を聞かせてもらっても?」

ミセ;゚ー゚)リ「あ、うん、最初からそのつもりだけど……どうして緊急依頼を?」

身体に付着した血を拭きながら、ミセリは頷く。
この街の大門から近く、さらに治癒魔術の使い手も多くいるここに、死にかけた冒険者が運ばれてくる事は少なくない。
"冷静沈着"とまで評される人物が、あれだけを見て緊急依頼を発令――この地を揺るがすほどの危険があると判断した理由は何なのか。
ミセリはそれが気になって仕方なかった。

しばしの逡巡の後、ショボンは思考をまとめるようにゆっくり目を閉じる。

(´-ω-`)「……そうだな。あの鎧を見て何か感じるものは?」

ミセ*゚ー゚)リ「ひっかき傷、斬りつけたような傷、そういう色々な傷が無数にあって……無数の魔物に襲われたみたいな感じだったよ」

だから周囲に脅威がないか魔術で確認したんだけど、なーんもいなかったの、とミセリは続けた。
ボタンを付け違えたような違和感。ショボンは目を瞬かせる。

(´・ω・`)「ん……? 傷は見当たらなかったが」

ミセ*゚ー゚)リ「え? まさか。あんな傷は誰だって気づくはずよ、ショボンさんなら尚更」

見えない部分に傷がついていたのだろうか。
いや、この言いぶりはそういった事ではないだろう、とショボンはすぐ自ら否定した。

22名無しさん:2020/11/09(月) 13:26:08 ID:gDlnOTMs0
(´・ω・`)「どうやら認識に齟齬があるらしいな」

ミセ*゚ー゚)リ「……私たちが見つけた時は間違いなく傷はあった。ジョルジュに聞いてくれても構わない」

(´・ω・`)「信頼していないわけではないが、現物を見ればすぐ判明することだ。後程同行を願いたい……それで、発見した時の様子はどうだったんだ?」

ミセ*゚ー゚)リ「ん、わかった。ミレ草の採取でアラーラ谷まで行っててね、そこでミレ草を採ってたんだけど……何もいなかった。
      魔物がいないっていうことは一応話は聞いてたんだけど……本当に、影すら見えなかった。すっごい静かで不気味だった」

(´・ω・`)「アラーラ谷でも、か。これで九件目――分布的にはいずれもラングリンの森付近だな」

アラーラ谷は険しい渓谷であり、ラングリンの森へと繋がる道の一つでもある。
丹念な準備が必要な道程に加え、あの魔森から出現する魔物によって危険度が高いところだ。
一方でミレ草といった採取の対象も多く、ここに関する依頼もあり向かう冒険者も少なくない。

ミセ*゚ー゚)リ「採取し終わった後、ラングリンの森の方に様子を見ようって話になってね。あ、勿論入らないよ? ただ周りがどうなってるのかなって」

ミセリはショボンの視線に気づくと、慌てて付け加える。ショボンは気にしないでくれ、と続きを促した。

ミセ*゚ー゚)リ「うん……ラングリンの森の入り口でね、あの人が倒れてるのを発見して。
      傷だらけだったから、絶対魔物がいるだろうって魔術で調べてみたんだけど……いなかったんだよね」

(´・ω・`)「ふむ……それは間違いないんだな?」

ジョルジュも気配すら感じなかったって言ってた、とミセリは頷く。

ミセ*゚ー゚)リ「あ、これ依頼のミレ草ね。採取した後にあの人を見つけたんだけど、少し使っちゃった」

(´・ω・`)「ああ、止血の効用は最上位のものだからね。申し訳ないが報酬は数に沿ったものになる……が、サービスはしておくよ」

そこからショボンは小一時間ほどミセリや他の冒険者たちと話した。
魔物がいないという報告も続々と集い、やはりラングリンの森を中心とした範囲に限られている事がわかった。
長年謎に包まれていたあの魔森を踏破するチャンスではないか、と声を上げる者もいた。

あの魔森で何らかの異変が起きていることは間違いないとみていい。だからこそ慎重を期すべきだ、とショボンは冒険者たちを諌めた。

23名無しさん:2020/11/09(月) 13:28:27 ID:gDlnOTMs0
('、`*川「店長、手続き終わりました。あとはお任せください」

(´・ω・`)「ありがとう、私は様子を見てくるから後は頼む。ミセリ」

ミセ*゚ー゚)リ「ええ」

ショボンは一礼とともにミセリへ声をかけ、共に一七号室へ向かう。

(´・ω・`)「さて、目撃者および当事者である君だから伝えるが――これはあくまで私の推測であることを念頭においてくれ」

廊下を歩きながら、小さい声で話す。その声にはやや緊張の色が含まれていた。

(´・ω・`)「……あの革鎧の素材はおそらくドラゴンの物だ。私でも目にした事は片手で数えるほどしかないが」

ドラゴン。飛竜、翼竜といった種類こそは存在しているが、いずれも共通しているのは人類の敵であり強大の一言。
各地の"対竜隊"によって討伐が成され、ここ百年は新たな脅威を確認できずにいるが故に伝説と称されている存在。

その革は極めて軽量かつ強靭であり、生半可な刃を一切通さない。
同類たるドラゴンのブレスすら跳ね除けるとも言われる代物で、魔法の力にも強烈な対抗力を持ち合わせている。
しかし、それが故に加工の難易度は極めて高い。何せ刃を通さないのだ。

長年継がれた秘伝の技術を以てして、初めてスタートラインに立てるようなもの。
故に、ドラゴンの素材を扱いきった鍛冶屋は誉れとして語り継がれ、鍛冶屋としての成功もまた約束されるのである。

ミセ*゚ー゚)リ「ドラゴン、ねえ。そもそも見た事ないからわかんなかったけど……だから鍛冶屋を?」

(´・ω・`)「私は門外漢だからね、確証がほしかったんだ……何せ伝説の域に達しているものだ。正直言って、自分の目を初めて疑ったよ」

ミセ*゚ー゚)リ「でもどうしてそれが緊急依頼に――ああ、そういうこと」

紡いだ言葉が途中で途切れ、ミセリは納得したような声を出す。
伝説とまで称されるドラゴンの素材で作られた装備もまた、冒険者の垂涎の的となっている伝説級のものばかり。

そんな素材の鎧を身につける事が許される人物が、あれだけの重傷を負うほどのなにかがある。
その上、あの魔森たるラングリンの森に異変が起きている――ショボンはこれらを重く見て、緊急依頼を発令したのだろう。

24名無しさん:2020/11/09(月) 13:31:55 ID:gDlnOTMs0
ミセリから喉を鳴らす音が聞こえる。その様子を見たショボンは安心させるように首を振りながら、笑みを小さく浮かべる。

(´・ω・`)「ま、何事もなければそれが一番だ。その時は私が責を負うだけさ」

ショボンは一七号室と書かれたドアの前に辿り着くとそう呟きながら、ノックを2回、3回と続ける。

(´・ω・`)「ショボンだ。入っても?」

「はい、大丈夫です」

(´・ω・`)「では失礼。容態は?」

ドアからはやや高く、落ち着いたワタナベの声が聞こえてくる。ショボンは断りを入れながらドアを開けると、まずワタナベの黒いボブカットが目に入る。
次にベッドに横たわっている巨漢と、鎧に付着した体液を拭いているジョルジュの姿が見えた。

从'ー'从「峠は越えました。ご存知の通り、治癒魔術は対象の生命力によるところが大きいのですが……
      とんでもない生命力ですね。骨はもうくっつきましたし、削がれたはずの肉も修復されつつあります。はっきり言って異常です」

ワタナベがそう言うとショボンは巨漢の露わになった上半身に目を向けた。
革鎧の上からでも分かるほどの肉体だと感じていたが、巌のようなそれは予想以上のものだった。
それにつけられていたはずの傷に、薄い皮の膜が張られていた。ほぼ治りかけている状態だ。

(´・ω・`)「そのようだな。顔色も悪くない」

从'ー'从「おそらく三十代前半と思われますが、冒険者タグは見当たりませんでした。
      傷の方はポピュラーな爪による切り傷・噛み傷などから刀傷、棍棒による打痕までありました。
      そのうち爪傷はワーウルフ、打痕に関してはゴブリン、もしくはオーガ等が考えられますが……」

その肉体には先程つけられていたであろう傷だけでなく、おびただしい数の古傷があった。
この男が経験してきたであろう修羅場を否が応でも想像させられる。

(´・ω・`)「匂うな。魔物の間にも縄張りというものがあるが故に、同時に異なる魔物に襲われたとは考えにくいはずだが」

从'ー'从「ええ、他にも複数の特定できない傷もありました。今は治ってしまいましたが……
      特記事項として物理的な傷だけでなく魔力傷も多くみられました。属性はいずれも一致せず。無属性です」

(´・ω・`)「無属性の魔力傷か。そうなると可能性はおのずと限られてくる――的確かつ有意義な情報だ、ありがとう」

从'ー'从「以上で報告事項は完了ですね。今後は治癒魔術を弱めのものにし継続します」

(´・ω・`)「ああ。目覚めたらすぐ声をかけてくれ。駆けつける……もう一人、治癒魔術の使い手も手配しよう」

ありがとうございます、とワタナベはそう言ったきり、治癒魔術の方に集中し始めた。
普段は凡ミスの多い彼女だが、さすが元金剛級なだけあって有事には強い。ショボンは心の中で改めてワタナベに対する評価を上げた。

25名無しさん:2020/11/09(月) 13:37:44 ID:gDlnOTMs0
  _
( ゚∀゚)「こいつただもんじゃねえぞ」

同性ですら見惚れるほど鍛え抜かれた天性の肉体に付着した血や体液をタオルで拭きながら、ジョルジュは呟いた。

(´・ω・`)「ほう?」
  _
( ゚∀゚)「見りゃわかる身体のゴツさもそうだが、手にも無数のタコが出来てやがる。論より証拠だ、触ってみろ」

ジョルジュに促され、巨漢の手を見て触れてみる。その爪は潰れ、その皮は分厚く、その掌は巌より硬かった。
それはただ武器を振るう為の手段として最適化されたもの。
一体どれだけの鍛錬を積めば、どれだけの場数を踏めばこうまでになるのだろうか。
  _
( ゚∀゚)「ざっと見ても両手剣、槍、弓……果てには盾。この関節らへんのタコや手の分厚さからして無手の方も心得がありそうだな」

(´・ω・`)「これほど雄弁な手は見たことがないな」

あの肉体に刻まれた幾多の古傷もまた、幾多の修羅場を潜り抜けてきた証左。
何処かで名を馳せていてもおかしくはない。それだけにこの男の正体が気になった。
  _
( ゚∀゚)「だろ? 身体の方を見ても相当やりやがる。是非とも手合わせを願いてえところだな」

ミセ*゚ー゚)リ「これだからバトルジャンキーは」

血が滾るのか、ポキポキと指を鳴らすジョルジュに呆れの声を投げかけるミセリ。この二人のいつもの日常だ。

謎はまだ多く、少しでも手がかりがほしい。そう考えたショボンは気にかけていた革鎧に目を付けた。

付着した血や体液はある程度拭かれており、全貌が見えるようになっていた。
こうして近くでじっくり見てみると、素人目でも格の違いがわかる。おそらく自衛用のナイフでは傷一つつけられないだろう。
素材はやはりドラゴンで間違いない、と目前にして改めて確信を強めた。
  _
( ゚∀゚)「こいつもとんでもねえモンだな。一見薄汚れた革鎧だが……
     相当使い込まれてやがるし、何より俺の拳ですら有効打を与えられるか怪しいもんだ」

ミセ*゚ー゚)リ「うん、……私の魔術も、多分ダメねこれ」

それはジョルジュたちも同様だったようで、感心の声が漏れていた。

26名無しさん:2020/11/09(月) 13:41:16 ID:gDlnOTMs0

(´・ω・`)「傷は……見当たらないな」
  _
( ゚∀゚)「ああ。俺らが見つけた時はすげえ傷がついてたはずなんだが……今見たら跡形なく消えてやがる」

ミセ;゚ー゚)リ「ね、あったよね!? もしかしたら私の見間違いだったかも?ってちょっと思っちゃったよ」

間違いなくついていた、とジョルジュはミセリの言葉に肯定した。

(´・ω・`)「……自動的に修復するもの、か。修復魔術という言葉を耳にしたことがあるが、そういったものの可能性は?」
  _
( ゚∀゚)「あるっちゃあるが、"魔法"の領域に片足踏み入れている代物だったはずだぞ」

ミセ*゚ー゚)リ「厳密に言えば、修復じゃなくて"時を戻している"からね。金剛級の人たちでもすっごい魔術陣を数ヶ月かけて描かなきゃいけないし……
      必要な魔力もとんでもないし、お貴族様や王様あたりが金に糸目をつけず、古来より伝わる家宝を元に戻すとかぐらいしか使われてないんじゃないかな」

(´・ω・`)「ふむ……それほど大規模なものとなれば、この鎧に仕込まれているとは考えにくいか」

ドラゴン革の鎧だけでもよほどのものなのに、自動で修復するものとなればその価値は膨大なものになる。
何らかの仕掛けがあるのは明らかだが、素人の自分たちではこれ以上分かることはなさそうだ。
ショボンはふう、と大きくため息をつきながら胃のあたりをさすった。この感覚も久々だ。

冒険者にしては心当たりがない上、冒険者の証であるタグがない。
タグが外れた可能性も考慮しなければならないが、ドラゴンの装備を保持している冒険者は稀少が故に全て把握している。
そのいずれの特徴とも一致しないため、冒険者である可能性は低いと言えた。

新たに獲得した者がいたとしても、ドラゴンの革ともなればそういった特ダネは瞬く間に広まる。
そして否が応でも立場上、自らの耳に届くはず。それほどのものなのだ。

(´・ω・`)「どうしたものか……」

まず治癒魔術の使い手を手配せねばならない。教会へ渡りをつけるか、あるいは冒険者たちのツテを頼るか。
教会へ借りを作るのも面倒ではある。確か数人、酒場に待機している使い手がいたはずだ――

从;'ー'从「――え、う、うそっ!?」

そうショボンが考えていた時、ワタナベの高い驚きの声が響き渡る。

27名無しさん:2020/11/09(月) 13:44:56 ID:gDlnOTMs0
从;'ー'从「急激に傷が回復! 意識、取り戻します!」
 _
(;゚∀゚)「早すぎねえか!?」

ミセ;゚ー゚)リ「いや、数日はかかるでしょ普通!?」

あまりにも早すぎる。こちらが備える暇もなく、巨漢の目蓋が開かれ、上体をゆっくりと起こそうとした。
古傷だらけの肉体につけられていたはずの傷が、完全に塞がっている。
ワタナベは慌ててそれを制そうとするが、巨漢は意に介さず起こし切る。

( ФωФ)「連合軍は……連合軍は、無事撤退できたのか? 作戦は……一体どうなった?」

目の焦点が定まらない様子で、うめくような声で巨漢は続けた。

(´・ω・`)「は……?」

連合軍。一体何のことだろうか。この近くで国同士の衝突があったという記憶はない。
ましてや連合軍という大規模なものともなればなおさらだ。
ショボンが答えかねている間に、巨漢の目の焦点がショボンの方に合う。そこで初めて状況を把握したようで、何かを振り払うように首を振った。

( ФωФ)「――すまない」

(´・ω・`)「ご無理なさらずに。ここは冒険者ギルド直営酒場兼宿屋、バーボンハウス。私はその店長のショボンと申します」

すぐ切り替え、冒険者ギルド直営であることを伝えて先手を打つ。
ここで何かを企んでいてもすぐ制圧できるだけの戦力があるという意味も込めて。
この場は自分に任せてほしい、とワタナベやジョルジュたちに目配せをすると、三人はかすかに頷いた。
それでいい、とショボンも小さく頷き返した。

( ФωФ)「……貴殿らがこの身を助けていただいたのだな。深謝する」

(´・ω・`)「こちらとしても助かって何よりです。命あっての物種ですから」

( ФωФ)「帰参でき次第、この恩は必ずや」

巨漢は目を伏せ、再び頭を下げる。獣のように鋭い眼光の中に、思慮深さも伺える。
この短いやりとりだけで、威風堂々――そう表現するしかないほど、立ち振舞に威厳が満ちていることをショボンたちは感じた。

只者ではない。これが全員の第一印象として一致した。

28名無しさん:2020/11/09(月) 13:48:37 ID:gDlnOTMs0
(´・ω・`)「お名前をお伺いしても?」

( ФωФ)「む……」

巨漢の言葉が詰まる。ここまでは予想の範疇だった。

先ほど口にした"連合軍"や"作戦"、そして"帰参"という言葉と、威風堂々たる立ち振舞から国仕えの可能性が大きく浮上した。
ドラゴン革の装備が許される武人となると、おのずと限られてくる。国の誇りたる筆頭騎士、あるいは将軍か。

(´・ω・`)「答えにくいようでしたら結構です」

下手に突っついて第一印象を悪くするのは得策ではない。そう判断し、追及はしなかった。

( ФωФ)「いや。この身を救ってもらった恩があるにも関わらず、僅かでも躊躇った事を詫びよう。己の名はロマネスク」

(´・ω・`)「ロマネスクさん、ですか」

ショボンの予想に反して巨漢は名乗ったが、それは聞き覚えのありすぎる名前だった。
四百年経った現在でも、戦神の下へと導かれた英雄の一人として様々な媒体で語り継がれる名。
名付けるにしては些か重すぎるものだが、不思議と目前の男には相応しく感じられた。

( ФωФ)「ところでそちらは……」

(´・ω・`)「ああ、この二人はジョルジュとミセリ。こちらは癒し手のワタナベです。あなたをこの二人がここまで運び、そして回復させた方ですよ」
  _
( ゚∀゚)「ま、何とかなったようで何よりだ」

ミセ*゚ー゚)リ「ほんとよかったです」

二人は当たり障りのない自己紹介を続ける。

从'ー'从「あの、お体の方は本当に大丈夫なんですか?」

( ФωФ)「左様。万全とは言えぬが……貴殿らがいなければ己はとうの昔に息絶えていただろう。ショボン殿にも、重ねて感謝する」

ロマネスクはベッドから下りると、四人に恭しく片膝をついて頭を下げる。
こうした礼節を弁えている様から、この巨漢が踏んでいる場数は刃と魔術が飛び舞う戦場ばかりではないということが伺えた。
しかし、特に荒くれ者揃いの冒険者に対してすぐさま頭を下げられる騎士や将軍はそういない。

ドラゴン革の鎧、国仕えの可能性、そして異常な回復。判明した事象がいずれもイレギュラー。
あらゆる意味で常識が通用しない、そんな予感をショボンに抱かせた。

29名無しさん:2020/11/09(月) 13:51:43 ID:gDlnOTMs0
( ФωФ)「……ひとつお聞きしたい。人魔戦争――その結末は?」

(´・ω・`)「人魔戦争、ですか……」

人魔戦争。かつて大陸そのものの存亡を賭けた戦。
魔のものの軍勢を食い止めるべく、ヴィップ、ラウンジ、シタラバ、チャネル。
当時の4大国を筆頭とした軍隊が結成されたと記憶している。

そして、この男と同じ名である"戦獅子"ロマネスクが壮絶な最期を遂げた戦でもある。

(´・ω・`)「結末だけで言えば、我ら人間の勝利ですね。魔のものたちの首領たる魔王は"魔法使い"ハインリッヒらの手によって消滅したとされていますが……」

( ФωФ)「そう、か……それなら……何よりだ」

安堵のため息を漏らしながら、ロマネスクは目を閉じる。
それには万感の意が込められていた。まるで念願が叶ったような、そんな表情だった。

( ФωФ)「記憶が合っているか確認したくてな」

言い訳のように、ロマネスクは付け加える。それが真ではないということをショボンは察していた。
だが、それを突っ込むほど野暮な真似はしなかった。

(´・ω・`)「……どのように重傷を? 何があったのですか?」

( ФωФ)「詳しくは話せぬが、無数の魔のものの群れと交戦した結果だ」

(´・ω・`)「……! しかし、魔物たちの姿は見当たらないという報告をいただいておりますが」

( ФωФ)「それはそうであろう、まとめて一掃したはずだ。
        本来ならば己もろとも消し飛ぶはずだが……何かの因果か、こうして生き延びている」

ショボンは違和感に気付いた。"一掃"。"消し飛ぶ"。戦略級の魔術でも行使したような言い方だが、それが行われたという報告もなければ、予兆もなかった。
だが、嘘をついているような目ではない。突飛な事を言うにはあまりにも堂々としすぎている。
精神をやられた可能性も考慮するものの、長年そういった者を見続けてきたショボンの目がそれを否定した。

面倒なことになりそうだ、とショボンは心の中でため息をつきながらそっと胃に手をやる。

30名無しさん:2020/11/09(月) 13:58:08 ID:gDlnOTMs0
そこからいくつかの質問を続けたが、絶妙に噛み合わない。
会話の中に出てきた地名についてもラウンジではないどこかで、聞いた事もない名ばかりだった。
奥歯に何かが引っかかったような感覚。解決の糸口も見えなかった。

( ФωФ)「……ここはどこかお聞きしても? バーボンハウスという名は寡聞にして初耳である故」

きっかけを求めてロマネスクから質問が飛んできたが、それはショボンたちにとって予想から外れたものだった。
  _
( ゚∀゚)「初耳だって?」

(´・ω・`)「ジョルジュ」

思わず聞き返したであろうジョルジュをショボンが制する。すまん、とジョルジュはすぐ身を引く。

ラウンジにおいてこのバーボンハウスを知らぬ者は"世間知らず"のレッテルを貼られる――
そう言われるほど、自国のみならず他国にも名は知られていると自負していた。
なんせ百年以上の歴史があり、ラウンジ国の冒険者を最前線で支え続けてきたのだから。

だからこそ、それが大きな手がかりになるであろうとショボンは考えた。

(´・ω・`)「失礼しました、ここはラウンジ国バーボン領――シャキン・バーボンが治めているところです」

( ФωФ)「ラウンジ? それは真、なのか?」

(´・ω・`)「ええ。……その様子を見るに、あなたがいたであろう所はこのラウンジではなさそうですね」

ロマネスクは狼狽の表情を隠さず、頷く。

ミセ*゚ー゚)リ「"転移"……」

ミセリが思わずつぶやく。
一同の視線がミセリに注目し、ミセリはまずいことを言ってしまったかと慌てて手で口を塞ぐ。

(´・ω・`)「その可能性は私も考えていた。無属性の魔力傷がひどかった理由も、先ほどから話が噛み合わない理由もそれで説明がつく」

从'ー'从「無属性かつ膨大な魔力の渦によって引き起こされるというのが一説ですね。それに伴い大いなる異変が起こるとも」

(´・ω・`)「ああ。かの魔森の異変に関係しているかもしれないな」

転移現象。山を越えた先にあるプラスからこのラウンジに転移してきた例もある。
魔力の流れも大規模に変わることでその周辺の魔物の狂暴化、その逆である沈静化――時として天変地異を伴う場合もあり、魔力災害の一種として数えられている。
先述した事例以外にも引き起こされるものは多岐にわたり、この現象が確認された回数が僅少であることも相まって、未だに謎が多いものとして研究されている。

31名無しさん:2020/11/09(月) 14:02:23 ID:gDlnOTMs0
( ФωФ)「……ここがラウンジ国となれば早急に祖国へと帰らねばならぬが」

ちらり、とショボンの方に目を向ける。
どうやら何かがあるという事は理解しているようだった。

(´・ω・`)「お察しの通り、こちらも立て込んでいましてね。その中であなたは貴重な情報の一つとなっています。事が済めばご協力できることもあるかと思いますが」

( ФωФ)「しからば、貴殿らにはこの命を救っていただいた恩がある。
       この身で出来る事があれば協力させていただこうと考えているが如何か」

(´・ω・`)「ふむ……」

不可解な点は多く、考えうるリスクもいくつかあるが故に信頼はまだできない。
だが、"信用"はしてもいいと自身の勘は告げていた。
一度こちらに引き込んでしまった方がコントロールしやすいであろうし、対応できる札はいくつもある。

それに、先程の会話からしてこの男はおそらく義を重んじる武人だ。最も扱い難く、そして御しやすい。

(´・ω・`)「……そうですね。こちらとしても戦力は少しでもほしい。
    是非ともご協力いただきたい。早速ではありますが、説明のために酒場まで足を運んでいただけますか?」

何よりドラゴン革の装備を保持している猛者である。間違いなく戦力として計算できると言える。
そう判断し、手を差し出した。

( ФωФ)「無論。戦には何より情報が必要だ」

(´・ω・`)「頼もしい限りです」

ショボンの手が小さく感じるほど大きい手に力強く握られる。ショボンはそれに臆することなく、しっかりと握り返した。

32名無しさん:2020/11/09(月) 14:06:25 ID:gDlnOTMs0
  _
( ゚∀゚)「なあアンタ、得物はなんだ?」

酒場へと向かう廊下で、ジョルジュは興味深そうにロマネスクへ声をかけた。

( ФωФ)「両手剣、斧、槍、棒、弓、盾……それから投擲にも心得がある。あらゆる状況を想定せねばならぬ故にな」
  _
( ゚∀゚)「へえ……投擲ときたか。手でぶん投げるのか?」

( ФωФ)「いかにも。石ほど手軽に扱えるものはないし、殺傷力も高い。時として武器を投擲する場合もある。かく言う貴殿は何を?」
  _
( ゚∀゚)「よくぞ聞いてくれた! 俺は見ての通りこの自慢の"腕"だ」(ムキッ

力強くノースリーブで露出した両腕を掲げ、そのまま見せつけるように腕を曲げてアピールする。
"豪腕"の名に相応しく大きく盛り上がった腕の筋肉だけでなく、その過程で現れた逆三角形もまた力強く主張していた。
ロマネスクの口からほう、と感心するような声が漏れた。

( ФωФ)「素晴らしい、よく鍛えられている肉体だ。弛まぬ鍛錬あってこそのものであろう」
  _
( *゚∀゚)「おっわかるか! 最近みんなの反応がなくてよお、ワタナベさんも最初は素敵! って言ってくれたもんだが、今はおざなりになっちまってな」(ムキムキッ

今度は威嚇するように前のめりに腕を曲げるポーズをとる。
そのはちきれんばかりの筋肉に覆われた両腕は丸太より太く、それでいて彫刻のような美しさも持ち合わせていた。

从;'ー'从「だからって毎日のように見せつけられるとさすがに飽きるでしょ……」

( ФωФ)「いや、実に見事。我が国にもこれほどの肉体を持つ者はおらぬだろう」
  _
( *゚∀゚)「いやあ、アンタもなかなかのモンを持ってるぜ。今度肉体美を競う大会があるんだが一緒に……」

ミセ*゚ー゚)リ「こいつのことはあまり気にしなくていいですからね」

女性陣から冷たい言葉を投げかけられつつも、ポージングを絶やさないジョルジュとそれを感心しながら眺めるロマネスクの姿。
正直言って廊下でするような事ではないだろう、と心の中で突っ込みを入れつつショボンは声をかけようとしたところ、ロマネスクの視線がジョルジュから壁に移っていることに気づく。

その視線の先には1つのポスターが貼られていた。

【名高き吟遊詩人ダイオード来店! 太陽も恥じらう眩しい金髪に、小鳥がさえずるような美しい歌声を聞けるチャンスです! その透き通る声で歌う詩はかの亡国ヴィップの英雄、"戦獅子"!】

(´・ω・`)「……ああ、今日はダイオードさんが歌う日ですね」

もともとニューソク国で評判高い吟遊詩人で、その名はこのラウンジまで轟いている。
そんなダイオードがラウンジ国に流れ着いてきた噂を聞きつけ、ショボン直々にこの店で歌ってくれないかと交渉を行い、実現した。
そうして目玉としてこの酒場と近くの広場にポスターを貼っていたことを思い出した。

33名無しさん:2020/11/09(月) 14:10:41 ID:gDlnOTMs0
ミセリはちらり、とロマネスクの方に目を向ける。
その顔色は青白く、この世の終わりを見たかのような表情で固まっていた。

ミセ*゚ー゚)リ「ロマネスクさん?」

( ФωФ)「……一つ、お聞きしたい」

ロマネスクは声を詰まらせながら、微かな身体の震えと共に言葉を紡ぐ。

( ФωФ)「ヴィップは、ヴィップ国は……今……どうなっている?」

(´・ω・`)「は……?」

かつて存在していた国の名。それが今どうなっているとはおかしな事を聞くな、とショボンは思いながら返答する。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「……ヴィップという国は、とうの昔に失われているのですが」




                 ( ФωФ)ロマネスクは誓いを果たすようです




                              Lost Hours
                       02話    失われた時間




                               完



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

34名無しさん:2020/11/09(月) 14:13:37 ID:gDlnOTMs0
間が空いてしまいましたが、以上で本日の投下は終了となります。
作品を書く難しさを改めて思い知りました。作者の皆様へ改めて敬意を表します。

35名無しさん:2020/11/09(月) 15:30:18 ID:grcyJUVU0
乙乙乙

36名無しさん:2020/11/09(月) 19:25:10 ID:XrWXDqA.0
おつー

37名無しさん:2020/11/09(月) 19:51:58 ID:o0rDzhiU0
すっごい好き!
完結させてくりー

38名無しさん:2020/11/09(月) 20:06:47 ID:Wb.FD2l20
乙です!
面白そうなので楽しみにしてます

39名無しさん:2020/11/10(火) 17:01:16 ID:sTbGEjvU0
続き来てた!乙!
楽しみにしてる

40名無しさん:2020/11/24(火) 08:29:57 ID:PdvcD/ps0
これ
さあ

面白いから早めに投下してな

41名無しさん:2021/01/09(土) 23:40:34 ID:DNI5lS0c0
待ってる

42名無しさん:2021/01/12(火) 23:09:03 ID:O6olsE5s0
高名な占術師は若き獅子にこう評した。



周囲の禍を一身に集める殃禍の相の持ち主。



平穏な生からは程遠く、戦場に生き戦場に死す。



闘争の果てに壮絶な最期を遂げる運命にあると。

43名無しさん:2021/01/12(火) 23:09:24 ID:O6olsE5s0
かの者は恐れというものを知らず、その鋭い瞳は勝利のみを見据えて果敢に突き進む。


命を奪い取らんとする矢の雨を、国を焼き尽くす天空の王たる竜たちを目前にしてもなお、その闘志は尽きることはない。


故に、兵士たちは"闘将"と讃えた。


剣を掲げればそれは兵たちに勇気の気吹を芽生えさせるものに。


咆哮すればそれは獅子の雄叫びの如く敵に恐慌の嵐を齎すものに。


馬を走らせればそれは山を越え、谷をも越えて勝利を告げるものとなる。


戦場においては一振りごとに胴が、四肢が、そして幾多の首が飛び、一薙ぎごとにその場の戦況を一変させる。


ただ一人で万の兵に匹敵する勇士。


故に、相対する者は"一騎当万"と恐れた。


運命を共にしたヴィップ随一の精鋭たる獅子隊は、ひとたび出陣すれば無敗を誇った。


だが望むは己の栄光でなく、忠誠を誓う国と剣を捧ぐ王の栄光のために。


故に獅子は兜を被り、素顔を一切見せず、多くは語らずただ黙して戦場を切り開く。


生きとし生けるものたちのために、すべてを懸けて魔の軍勢へと立ち向かい、人類を救った誇るべき英雄。


故に、人は"救国の英雄"と呼んだ。

44名無しさん:2021/01/12(火) 23:10:25 ID:O6olsE5s0
------------=================ニニニニニ三三三三三ニニニニニ=================------------




彼の名は"戦獅子"ロマネスク・スラギ――


『願わくば、その名が悠久に残らんことを』





.                 ( ФωФ)ロマネスクは誓いを果たすようです



                              A Great Step
                       03話    偉大なる一歩






------------=================ニニニニニ三三三三三ニニニニニ=================------------

45名無しさん:2021/01/12(火) 23:13:16 ID:O6olsE5s0
戦獅子ロマネスク・スラギの詩など、四百年の時を経て語り継がれる御伽噺のようなもの。
それも子供が目を輝かせて聞くようなそれで、決して酒場の荒くれどもに二度も聞かせるものではない。
だが、酒場に響き渡るアンコールの演奏が終えると、杯と杯がぶつかり合う音、ぱちぱちと手を打つ音、再び硬貨を投げ入れる者。
各々の反応は違えども、いずれもダイオードの卓越した美技を讃えるものに他ならない。

ダイオードがその美貌を向ける相手であるロマネスクもまた、称賛の意を示していたがその顔は浮かない。

/ ゚、。 /「何やら複雑な思いを抱いておられる様子」

( ФωФ)「む……」

/ ゚、。 /「……度々申し訳有りません、不思議と好奇心が抑えられなくて。よろしければその理由をお聞かせ願っても?」

すらりと整えられた眉を下げ、長い睫毛と共に宝石のように輝く瞳でロマネスクを見つめる。
ダイオードの美貌を眺めるために、わざわざロマネスクの2つ隣に座った男が思わず生唾を飲むほどのものだったが、ロマネスクは一切反応を示さなかった。

( ФωФ)「…………」

如何に著名な吟遊詩人と言えども、語る義理はない。普段ならばそうはねのけただろう。
ましてやヴィップ国の誇りとまで称された"戦獅子"ロマネスク・スラギとあっては尚更だ。

だが、今や仕えていたヴィップは滅び、ロマネスクの忠誠と剣を捧ぐ先たる国王と姫君もまた四百年という年月の彼方へと身罷られた。
故に忠誠を誓う先であり故郷でもあった帰る先はなく、かつて率いていた獅子隊を筆頭にロマネスクと杯を交わしてきた友人たちもいない。

( ФωФ)(己がしてきた事は、一体……)

己を語る歌声で否が応でもそれを痛感させられ、途轍もない孤独感がロマネスクに襲いかかっていた。
口を軽めの酒で潤し、思考をまとめた後に重々しく口を開く。
目の前の吟遊詩人へ己の心中を吐露するために。

( +ω+)「僭越ながら、随分と脚色されたものだと」

/ ゚、。 /「脚色、ですか」

目を伏せながら語り始めたロマネスクに、ダイオードは目を瞬かせながら反芻する。
かつての大国ヴィップは後世のためにと記録に力を入れており、滅亡した今も後継たるニューソク国に当時の兵糧記録から個人の日記まで保管されている。

ニューソク国出身であるダイオードはそれらの蔵書を毎日のように目を通し、歴史の彼方へと埋もれさせないようにと吟遊詩人として語り継いできたのである。
四百年の時を経て多少の誇張は含まれているだろうが、いずれも数々の伝記や書物に共通して記されている事実のことだ。

46名無しさん:2021/01/12(火) 23:15:25 ID:O6olsE5s0
( +ω+)「いかにも。生きとし生けるものたちのためなど大層な事は考えておらぬし、
        恐れを知らぬ、と人は言うがどんな者よりも恐れを抱いていた。竜を前にした時は敵前逃亡の言葉が頭によぎったとも」

( +ω+)「それでも立ち向かえたのは……背後には友が、王が、国がいた。
        逃亡すればその者たちに危機が迫ろう。故に、己がやるしかなかった。ただそれだけの事」

( +ω+)「それに、何もかも一人で成した事ではない。ロマネスクでなくとも、きっと誰かが成し遂げた事だ」

淡々と話しながらも明確に否定する様に、ダイオードは鬼気迫るものを感じた。
ただの逆張りではない、経験と実感が込められている語り口だ。何か事情があるのだろう、とダイオードは推察した。

/ ゚、。 /「それは……手厳しいですね。では、あなたが考える英雄足るものとは?」

( ФωФ)「ハインリッヒ。魔王を打ち倒す事が出来たのはかの魔女がいたからに他ならぬ」

その名を聞いた瞬間、ダイオードだけでなくカウンターにいたショボンまでも苦笑した。

ハインリッヒ。扱えぬ魔法はひとつもないとされ、その膨大な魔力を以て魔王を消滅させた魔女。
本来ならば詠唱が必要なはずのそれを無詠唱で行使することができ、剰えあらゆる属性を司ったという。
天変地異を起こすのは序の口であり、時をも戻す事すら成し遂げ、人類の敵たる竜も従えたといった伝説は枚挙にいとまがない。

また、ごく僅かの人間にしか扱えなかった魔法を理論化すると共に、誰でも扱える魔術へと落とし込んだという偉業を果たした。
その応用として、"歯車王"との共同発明で魔具を生み出した事により、人びとの生活のステージを一段上げる事にまで貢献した偉大な人物。
この二点の偉業は人類の歴史を百年以上早めたとも言われるほどである。

ハインリッヒの教えに則り、魔術の普及に力を入れる魔術師ギルドのシンボルマークもかの魔女の荒々しくも美しい白髪を模した白のネリネであり、今もその影響は色濃い。

人魔戦争の後に突如姿を消し、幾百年経った今もその行方は知れない。
ある者は永遠の眠りにつき、有事の際には目覚めるのだと言い、またある者は天上の世界にて私たちを見守っているのだと言う。

人類に魔術という灯火をもたらし、魔王を討った原初の魔法使い。
故に、人は敬意と畏怖を込めてこう呼ぶ――"魔法使い"ハインリッヒと。

現代では一部で神とまで崇められる存在と比べられてはどんな英雄も霞むというもの。

47名無しさん:2021/01/12(火) 23:19:01 ID:O6olsE5s0
( ФωФ)「それに……剣を、忠義を、そして獅子隊と共に命を賭して……久遠の栄光あれとすべてを擲って護った筈のヴィップ国は今や亡国。
       最も護りたかったものを護れぬまま、誓いを果たせぬまま散った男を、どうして英雄などと言えるのだ。哀れな末路と言わずして何と言うのだ?」

そう言い放つと、ロマネスクは酒を一気に流し込む。飲まずにはいられなかった。
その後に大きく溜息を吐くと、すぐ頭を下げる。

( ФωФ)「すまない、謝罪する。不躾であった」

/ ゚、。 /「いえ。そういった見方をされる方は初めてですので新鮮、と言ってはかの戦獅子に叱責されてしまいますかね」

ロマネスクは思わずそのようなことはない、と口にしようとしたところで、すんで留めた。

/ ゚、。 /「しかし、何やらお詳しい様子。私はかの"魔法使い"が残した戦獅子の英雄譚を元にしていますが、あなたはどんな伝記を?」

( ФωФ)「今、何と? ハインリッヒが……ロマネスクのことを?」

/ ゚、。 /「え、ええ。人魔戦争にてロマネスク・スラギ諸共、魔王を消滅せし後……
      それを悔いるようにロマネスク・スラギの事を記したものが多くありまして。いずれも勇名を讃えるものばかりです」

その言葉にロマネスクは大きく反応し、食い入るように問い返す。
ダイオードは予想外の反応に驚きつつも、鈴のような声で返した。

( ФωФ)「そう、か……」

ロマネスクにとってはにわかに信じがたい言葉だった。
魔術の事以外に興味をほとんど示さなかったあのハインリッヒが、悔いるように己の事を記するなどと。
口を開けば己のことをでかぶつだの、木偶の坊だのと言い続け、ついぞその口から己の名を聞くことはなかった。
故に己の事など忘れ去っていただろうと思っていたが。


――おい、でかぶつ。お前を囮として魔王を誘き寄せる手筈だが、魔王が見えたらすぐその場から離脱しろ。
   オレの計算じゃお前の足なら間に合うはずだ、とち狂ってそのまま足止めしようなどと思うな。……死ぬなよ。

――善処はしましょう。ですが、好機と見れば躊躇わぬよう。


最後に交わされた会話をふと思い出す。
己にとっては前日の事なのに、今や四百年もの前のものとなっていることが、どこか滑稽に感じた。
あの時は、王や姫君とその側近たちもいたはずだった。
もしかするとこの会話も脚色されて書物などに残されているのだろうか、とロマネスクはぼんやりと考えていた。

48名無しさん:2021/01/12(火) 23:22:49 ID:O6olsE5s0
背後からざわめきと共に複数の足音がする。
ロマネスクはその内二人がジョルジュとミセリだと気づいたが、もう一人は見知らぬものだった。

やや右に重心に寄っており、身につけているものは右手に槌、腰にはノミ等の工具類。
足音の間隔からして小柄だが重みは十二分にあり、鍛えられた肉体――おそらく鍛冶に関わるものだろう、と足音のみでロマネスクはそう判断した。
ロマネスクの目の前にいたダイオードとショボンの目が見開かれる。その瞳には敬意がこめられていた。

<_プー゚)フ「よォ、いいモン聴かせてもらったぜ」

/ ゚、。 /「これは……"鉄槌"様からそのようなお言葉をいただくとは。ありがとうございます」

(´・ω・`)「エクストさん、まさか貴方がいらっしゃるとは」

ロマネスクが振り返ると、ジョルジュとミセリの間に立派な揉み上げと顔を覆わんばかりの髭をたくわえたドワーフがいた。
ミセリよりも小柄だが漂う雰囲気は歴戦のもので、その腕は隣にいる豪腕ほどではないせよ、逞しく太い。特に右腕は左腕と比べてより逞しく、火傷跡が多かった。
鉄槌を握りしめているごつごつとした手は幾多の武具を叩き上げていた事を雄弁に証明するもの。

ラウンジ一の鍛冶屋。歯車王の後継者。"鉄槌"エクスト。
この男を呼ぶ名は数あれど、積み上げてきた実績と腕を評価する点においては共通しているものだ。

<_プー゚)フ「あンたの言う火急だ。おれでなきゃ荷が重ェってもンよ」
  _
( ゚∀゚)「んな事言ってどうせサボりだろ、歯車王絡みで忙しいんじゃねえのか」

<_プー゚)フ「ハッハッハッ! 頑固ジジイどもはどうにも伝統だの礼節だのに煩くて仕方ねェ。息抜きだ息抜き」

ジョルジュの腕を肘でごつきながらも豪快に笑うエクスト。
二人は年少より付き合いがあり、所謂幼馴染という関係だった。
ジョルジュの腰にある籠手はエクスト直々打った逸品であり、"豪腕"と呼ばれる一つの理由でもあった。

ミセ*゚ー゚)リ「ジョルジュがあのエクストさんと幼馴染って聞いた時、下手な嘘だと思ったんだけどなあ」
  _
( ゚∀゚)「どっちが先に世界に名を轟かせるヤツになれるか、って俺は冒険の道を、こいつは鍛冶の道を歩んだもんだが……今じゃ歯車王の一歩手前か」

鍛冶師ギルドを筆頭とする数々のギルドの推薦、そして何より当代歯車王から直々出される試練を経て鍛冶の頂点として送られる称号である"歯車王"。
その歴史は深く、初代歯車王であるシブサワの代は四百二十年前にまで遡る。

49名無しさん:2021/01/12(火) 23:27:57 ID:O6olsE5s0
鍛冶という世界は年功序列の考えが実に根深く、最も若くしてその座に就いた十七代目マタンキですら四十二才である。
それでも若すぎるという意見が多数あったほどと言われれば、どれだけ狭く厳しき門であるか分かるだろう。
しかし、その年功序列は有無を言わせぬ実績と質を保証するもの。

如何な年数と場数を踏んだ職人とてかすかな耄碌を見せ、歯車王の名に見合わぬとなれば即座に剥奪される。
たった一つの打ち損ないが命に直結する世界において、鍛冶の頂点たる歯車王は絶対のものでなければいけない。
その考えの下での厳しい年功序列であった。

そんな中で、弱冠二十六才にして歯車王に最も近い者と謳われる特異点。

曰く、あらゆる素材の鍛造に最適の温度を見極めるその瞳は天から授かられたもの。
一晩で数十個の武具を打ちながらも、それらの面積が全く同一と驚異的な精度を誇るその一振りはまるで魔法。あれが打てぬものなど何もないと。
鉱石の扱いに秀でており、鍛冶という世界で幾多の傑物を生み出してきたドワーフの一族の中でも特に天才と称された男。

それがエクストだった。

<_プー゚)フ「ヘヘ、お前も白金級にしちゃ"豪腕"って呼ばれてるじゃねェか。
         よくやってる方だぜ? ま、おれの勝ちだがな。歯車王になった時ァ楽しみにしてるぜ」
  _
( ゚∀゚)「フン、覚えてやがれ」

顔を歪ませるジョルジュに大きな笑い声を上げるエクストだったが、一転鋭い瞳をショボンに向ける。

<_プー゚)フ「で、要件は」

(´・ω・`)「鎧を検分していただきたく。貴方ほどの方ならば、詳細は直接見られた方が早いかと」

<_プー゚)フ「フゥン……わざわざ火急ってンだ、楽しみにしとくぜ」


(´・ω・`)「申し訳ございません、貴方が身に付けられていた物で気になる点がありまして」

ショボンはロマネスクへ頭を下げる。
気を失っていたとはいえ、無断で生命線たる武具を一時的にと言えども他人に明け渡すことになるのだ。

( ФωФ)「う、む……」

しかし、思考に耽っているロマネスクの反応は薄い。

ヴィップ国が滅んだ。
その事実を受け止めきるには戦獅子と言えども――いや、全てを捧げた戦獅子だからこそ、堪えるものがあった。

50名無しさん:2021/01/12(火) 23:33:13 ID:O6olsE5s0
( ФωФ)「失礼した。エクスト殿は相当腕の立つ方とお見受けする。己は門外漢である故、瑕疵等あれば忌憚のない意見を」

だが、小さく首を振るとすぐ切り替えて返す。感情を抑制しきる術は身につけていた。
身に付けねば、気が狂うほどの闘争に明け暮れていたのである。

ロマネスクはこの時代を生きてはいないものの、エクストの佇まい、風格、そして何よりも雄弁に語る肉体からただ者ではないと察していた。
今思えば、あの大戦で随分と酷使したもの。
これほど腕が立つ者に見てもらえるならば安心だろう。ロマネスクはそう考えた。

<_プー゚)フ「堅ェヤツだな。ま、おれに任せておけ」

(´・ω・`)「ダイオードさん。報酬などについてはペニサスに話を通してありますので、硬貨の集計が終え次第ということで」

ちらり、とショボンはペニサスに視線を向ける。
すでに集計作業を始めているペニサスは親指を立てて、頷き返す。

/ ゚、。 /「ありがとうございます。エクストさんとも機会がありましたら是非お話を」

<_プー゚)フ「オウ、こんな別嬪さんなら歓迎よ。用が済んだら酌を頼まァ」

/ ゚、。 /「ふふ、それでは……あなた方は"豪腕"ジョルジュさんと、ミセリさんでしたか。
       お二人の噂はかねがね、お会いできて光栄です。ペニサスさんはまだ時間がかかりそうですし、お話を聞かせても?」
  _
( ゚∀゚)「別に構わねえが、ミセリがな」 ミセ*゚ー゚)リ「ええ、ええ! 実はわたしダイオードさんのファンで……!」

ミセリから上がる高い声を尻目に、三人は革鎧がある部屋へと向かった。

51名無しさん:2021/01/12(火) 23:35:11 ID:O6olsE5s0
<_プー゚)フ「オ、竜革たァ珍しいもン、を……?」

部屋に入るなり、漆黒の革鎧がエクストの目に入る。

<_プー゚)フ「ンン……? やけに古くせェ技だな。いや、ンな事よりも竜革を竜髭で縫い合わせてやがるのか? ……まさか」

歓喜の表情から一転、疑念の表情に変わる。信じられないものを見る目だった。
すぐ手に取り、舐め回すように隅々まで目を巡らせながら触り尽くす。

<_プー゚)フ「ハッ。コイツを作ったヤツァ、ネジが一本どころか全部吹っ飛んでやがるな」

しばしの凝視の後、呆れたような笑い。

<_プー゚)フ「文字通り全部ドラゴンだ。革、鱗、髭、歯、骨、鬣、挙げ句の果てには血まで使うたァ徹底してやがる。それも……最上級のもンだ」

(´・ω・`)「血までも、ですか……」

ショボンが絶句する。ドラゴンの血は魔力そのものであり、一口飲むだけで一時とはいえその身に竜の力が宿るという。
その血に漬ける事で魔力をふんだんに込める事ができ、魔力を消費せず魔術を行使できる上級スクロールの素材の一つだったとショボンは記憶していた。

そしてドラゴンそのものを素材とする――これが二重の意味でどれだけ難しいことか。
ドラゴンの根絶のためにかつて国を越えて結成された対竜隊があった時代ですら、価値の高さから素材の分配で相当揉めたと聞く。

そのドラゴンが絶滅して久しい今、尚更貴重であるものとなっている。その価値は言うまでもない。
それに加え、強靭すぎるが故に加工が最も難しいものとされているはずのそれらが、全部この鎧に使われているという。

どれだけの価値があるのかショボンにはとても検討がつかなかった。
いくつもの国に支店を抱える大商人の下へ持ち込んでも、値段はつけられないと断られるだろう。
少なくとも、国が動かざるを得ないほどのものであることは間違いないと言ってよかった。

(´・ω・`)「百年以上前に絶滅したとされる竜種の素材のみで作られた鎧。にわかには信じがたいですが……あなたが言うのならば事実なのでしょう」

<_プー゚)フ「あァ、おれの名に賭けてもいい、が……」

すべてドラゴンの素材で出来ている時点で異常以外の何ものではないが、これだけなのか、という疑念も生まれていた。
細部まで巡らせた視線を一度外して全体を見据えると、えも言われぬ違和感があった。
エクストの直感はまだ何かがあると告げている。

何か見落としはないかと改めて観察する。"傷はない"が、実に使い込まれている。
幾多の戦場で共にし続けたのだろう――傷がない?

否。

使い込まれ具合と比べて傷がなさすぎるのだ。不自然なまでに。

52名無しさん:2021/01/12(火) 23:39:27 ID:O6olsE5s0

エクストは違和感の正体に気づくと、すぐさまベルトにあるノミを取り出し、革の部分に刃を当て槌を振りかぶる。
鉄と鉄がぶつかったような高い音が響く。

(;´・ω・`)「何を!?」

革にはわずかに傷をつけるに留まったものの、莫大な価値のあるものに傷をつけるとはどういうことなのか、とショボンは問い質そうとした。

<_プー゚)フ「少し待て。あンたもこの傷を見ろ。おれの目がおかしくなってる可能性があるからな」

それを制するようにエクストは掌を向けた。
ショボンは訝しみながらも、エクストと共に傷を凝視するが変化はない。
一体どういう、と声に出そうとしたところで、鼓動するかのように鎧の革がかすかにうねり、傷が癒えるようにじわじわと塞がれる。

(;´・ω・`)「これは……」

目を疑う光景だった。無機物であるはずの鎧が、急に得体のしれない恐ろしいものに感じた。
脂汗がエクストの頬を伝う。首には大粒の汗が滝のように流れていた。
どれほど時が経ったのかわからなかった。エクストは頭を金槌で叩きのめされたような感覚が未だに消えずにいた。
それでもエクストは目を離すことができなかった。瞬きすら許されないと本能が告げていた。

(´・ω・`)「……エクストさん?」

ショボンの困惑した声でエクストは我に返ると、長い潜水を経て水面に上がった後のような大きく荒い息をする。

<_フ;゚ー゚)フ「店長さんよォ、これがなンなのか知った上でおれを呼んだンじゃねェよな」

その音色は興奮と、そして幾ばくかの感謝が込められていた。

(´・ω・`)「ええ、お恥ずかしながら。私の目にはドラゴン革の鎧であることしか……故に、専門家に見極めていただこうかと」

<_プー゚)フ「そうかい。ンじゃ"偉大なる一歩"てェ言葉は?」

(´・ω・`)「偉大なる一歩、ですか……初代"歯車王"と"魔法使い"により、この世で初めて誕生した魔具を指す言葉だと」

今や魔具は庶民の生活から最前線を立つ者たちの命を左右するまでのものになっている。
この一歩がなければ、今の生活は成り立たない。故に、偉大なる一歩と。

<_プー゚)フ「一つ違ェ点がある。その一歩は魔具じゃねェ」

53名無しさん:2021/01/12(火) 23:47:31 ID:O6olsE5s0
<_プー゚)フ「生きている装備――誇張でもなンでもなく、文字通り生きているンだ。
         『魂をモノに込める』……ンな馬鹿げた事を初代歯車王は成し遂げた。その副産物が魔具ってェワケだ」

この生きている装備の実現を歴代の歯車王たちが追い求めてやまず、中には禁呪に手を染めた者もいたという。
しかし、誰もその一歩に追いつく事すらできなかった。精々魔術を込める程度――魔具の再現が限界だったのだ。
それでも魔具の普及は常識を一変させる偉業に値するものであり、革新的なのだが、とエクストは続けると溜息をつく。

<_プー゚)フ「だからよォ、沽券に関わるとして偉大なる一歩の正体を副産物であるはずの魔具としちまった。
         この道に人生を捧げてきた、頑固な偏屈ジジイどもの誇りを真正面からへし折ったシロモンだ」

(´・ω・`)「まさか」

革鎧を見つめるエクストの目には劣等感に染まっていた。
ありとあらゆる武器を、防具を、魔具を叩いてきた。英雄と呼ばれる者たちを見事に守り遂げたものを作り上げてきた。
自分が一番だと信じて疑わなかった。それは師匠を前にしてもなお変わることはなかった。

<_プー゚)フ「……信じたかねェが、コイツは最も遠い、遠い……一歩だ」

だが、目の前にあるこれはどうだ。実に古臭い技術だが、その中で研ぎ澄まされたものは間違いなく"到達点"の一つ。
まるで大海だった。歯車王の後継者と呼ばれる自らが、井の中の蛙と痛感させられるほどのものだった。

<_プー゚)フ「なァ。あンた、ナニモンだ?」

何者か。
平常ならば、ロマネスクはその言葉に対して即座にヴィップ国のロマネスク・スラギと名乗り上げただろう。
獅子隊が長。ヴィップ国王より直々に受け賜わられし名の"戦獅子"として。

だが、その名だけが語り継がれたこの時代において、己は一体何者なのか。
そもそもとうの昔に死んでいるはずの身である。今ここに存在するのも憚られるもの。
この時代から隔絶された存在。ロマネスクに途轍もない孤独感が再び襲い掛かった。

これまでに築き上げてきたものが、砂上の楼閣のようにもろく崩れ去る。
自分自身が雲散霧消するような感覚。自分の存在を確かめるように、ロマネスクの拳に力が入る。

( ФωФ)「…………」

問いに対して、ロマネスクは何も答えを出せずにいた。
四百年の時を越えてここにいる――そう伝えたとて、荒唐無稽な話としか認識されないだろうと。

<_プー゚)フ「……詮索はしねェって暗黙の了解は重々承知しているがなァ、こればかりは吐いてもらうぜ。これはどこで見つけたンだ?」

( ФωФ)「さる御仁に打っていただいた。名はシブサワと」

<_プー゚)フ「はァ? そいつァ――」

エクストが何かを言いかけたところで、密室であるはずの部屋にどこからもなく痩せぎすの男が現れる。

54名無しさん:2021/01/13(水) 00:03:14 ID:rAvOGtzU0
( ∵)「店長、非常事態。 ラングリンの森より"魔人"が。
    街にも魔物が侵入、一部の冒険者と兵士たちが食い止めているが後続が絶えない状態」

(´・ω・`)「……そうか。立て続けですまないが魔術師ギルド、そして教会へ連絡を」

( ∵)「了解」

ショボンの指示を受けると音もなく、部屋からかき消えた。
気配を全く感じさせなかった人物に、ロマネスクは思わず冷や汗をかいた。
影の者であることは間違いないだろうが、あれは相当の手練だ。

<_プー゚)フ「チッ。おいあンた、得物はどうした」

そう言われ、長年付き添ってきた大剣がここにないことに気付き、エクストに対してロマネスクは首を振る。
ロマネスクは血みどろの記憶の中で彼方へと弾き飛ばされたことを思い出し、小さく溜息を吐く。

<_プー゚)フ「そうかい。おい店長さんよ、こないだ調整したばかりのあの弓あンだろ」

(´・ω・`)「あれは大の男が三人がかり、一人だとジョルジュでしか引き絞れぬもの。とても実用的とは言えないのでは」

<_プー゚)フ「おれァ注文通りに作っただけだぜ、扱えねェヤツが悪ィ。ま、コイツの手なら扱えンだろ」

ショボンはロマネスクの手に見やり、頷く。そのまま小走りで部屋から出ると、しばらくして大弓を肩に担いで戻ってきた。
その弓は巨大の一言だった。一八五センチあるショボンどころか、それより一回り大きいロマネスクの身の丈をも上回る長大なもの。
弦は通常のものより太く、生半可な力では引き絞れないことが一目でわかる。

<_プー゚)フ「材は千年樹を一本丸ごと削り出したもンを、弦には魔法陣を"直に"書き入れて魔力をふんだんに込めた竜髭を何本も編んだ。
         製法は遥か東方の国、ソーサクのもンに手を加えた。へなちょこ矢だろうがこの弓で引き絞りゃア、天をも穿つもンになる。おれの最高傑作のひとつだ、どうでい」

ロマネスクは大弓を握りしめる。これほど見事な弓は見たこともなかった。
自らが愛用していた大剣にも比類しうるほどのものだろう。
これほどのものを見知らぬ己に貸し出す理由はわからないが、得物を持たない今、どんなものよりも有り難いものだった。

( ФωФ)「どのような言葉でもこの弓の前では無粋、一矢を以て応えよう。名はなんと?」

<_プー゚)フ「フン、言うじゃねェか。おれァ竜をこの弓で撃ち落とすのが夢なンだ。だからよォ、"竜殺し"としても名が知れてるヤツの名をつけた」

エクストはちらりと革鎧の方に見やる。いかに一つの到達点と言えども、数十年もあれば追い抜けぬほどではない。
むしろ自らが新たな到達点へと辿り着かねばならない。その決意を込めた目をロマネスクの方に向ける。

<_プー゚)フ「天空の王たる竜を穿し者――"天穿"、それがコイツの名だ」

( ФωФ)「……その名に恥じぬよう、肝に銘じよう」

55名無しさん:2021/01/13(水) 00:08:22 ID:rAvOGtzU0
ロマネスクは複雑な面持ちをしながらも、弓を上へ垂直に持ち上げるとぐ、と力を込めて弦をゆっくりと引き絞る。
きしむ音と共に、引き絞る両腕の筋肉が盛り上がる。
果たしてその弦は目いっぱいまで引き絞られ、そのまま手放される。

瞬間、轟音と一陣の風が部屋内に吹き抜けた。ロマネスクは残心の後、ゆっくりと弓を横に倒す。

<_プー゚)フ「へェ――こいつァ予想以上だな」

(´・ω・`)「……なんと」

エクストとショボンの口から感嘆の声が漏れる。
あの弓を、十全に扱える者がいたとは。
豪腕として名が知られているジョルジュですら、引き絞るのが精一杯だというのに。

( ФωФ)「感謝を」

ロマネスクは頭を下げると、屈強な体に漆黒の革鎧と矢筒を身につけていく。
一つのルーティンとして何千回も繰り返してきた動作に一切の淀みはなく、瞬く間に装着が終わる。
次に頭に手をやると、戦獅子としてあるべきのものがない事に気づいた。自らの臆病を隠すために身に着けたものが。

だが、忠誠を誓った国が滅んだこの時代において、"戦獅子"の名はもはや無意味だろう。
ここにいるのはただのロマネスク。生きる理由は無けれども、まずはショボンたちに命を救ってくれた恩義を返す事のみを考えよう。
返しきったその後は――ロマネスクはそれ以上、考えることをやめた。

( ФωФ)「このロマネスク。義によりて助太刀いたす」

(´・ω・`)「……ええ。よろしくお願いします」

ショボンはただならぬ気配にやや気圧されながらも、言葉を返した。
それを見届けたロマネスクは頷くと、外へと力強く一歩を踏み出した。


<_プー゚)フ「…………」

エクストはその名を知っていた。
幼い頃より師匠と仰いだ人物より、耳にタコが出来るほど聞いた名だった。

56名無しさん:2021/01/13(水) 00:10:57 ID:rAvOGtzU0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「……シブサワにロマネスク、ねェ」


――初代"歯車王"と、"戦獅子"。かつて偉大なる一歩を生み出した者と、それを授けた相手の名。



                 ( ФωФ)ロマネスクは誓いを果たすようです




                              A Great Step
                       03話    偉大なる一歩




                               完



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

57名無しさん:2021/01/13(水) 00:16:01 ID:rAvOGtzU0
あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
大変お待たせいたしました。以上で本日の投下は終了となります。

58名無しさん:2021/01/13(水) 00:20:56 ID:cb7xciXk0
乙!!

59名無しさん:2021/01/13(水) 07:24:57 ID:n0xi1MH20
ええやん

60名無しさん:2021/01/13(水) 08:24:50 ID:TKWJUFiE0
エクスト好き 乙

61名無しさん:2021/01/13(水) 09:16:35 ID:.2/o0tS20
続き待ってた乙!
エクストいいキャラしてて好き

62名無しさん:2021/01/13(水) 21:01:30 ID:UEwSqyFQ0
やったぜ!

63名無しさん:2021/01/14(木) 00:17:32 ID:5NrpP5e20
めちゃ面白い!
期待!

64名無しさん:2021/02/13(土) 13:13:33 ID:7.KP3Hao0
クソ面白い
めちゃめちゃいいな

65名無しさん:2021/02/22(月) 07:25:20 ID:/ezOfgpU0
追いついた
世界観にワクワクさせられつつもスタート時点から喪失が根差してるのが悲しくてロマに感情移入してしまう・・・続き待機

66名無しさん:2021/05/01(土) 06:46:25 ID:4cMfibvs0
期待age

67名無しさん:2021/11/03(水) 00:00:48 ID:eMcxfsSQ0
「グルルルルゥ……」

 鉄のように硬い体毛に生半可な刃を通さない肉。
 女性の腰回りほどの大きさで、強靭なバネをつくり出すしなやかで強靭な脚。

 僅かでも隙を見せたが最後。
 その脚で瞬く間に距離を詰められ、凶暴な牙と爪で食い破られる。

 闇の中、森で出くわせば死を覚悟しろ――この言葉で知られる、恐怖の代名詞。
 それがワーウルフだった。

(=゚ω゚)ノ「ちっ、結界があったはずだが……!」

 ブレンデッドの軍団長イヨゥは長剣を振るい、襲いかかってきたワーウルフたちの牙を凌ぎながら舌打ちをする。

 このブレンデッドに限らず、人間の領域には魔物を寄せ付けない結界が貼られている。
 その結界魔術は統治する者に受け継がれ、維持し続ける事が主としての責任の一つであった。

 人知の結晶とも言うべきそれは非常に強力なもので、街の中に魔物が侵入するなどこれまでになかった事態だった。

(=゚ω゚)ノ「おい、危ねえょぅ!」

「た、助かりました! 軍団長殿、こいつら……!」

(=゚ω゚)ノ「言われずとも分かっているょぅ! 固まれ! こいつら孤立した奴から襲いかかってきやがるょぅ!」

 しかも、その魔物たちも統率が取れている。取れすぎているのだ。
 孤立した兵士や冒険者には必ず複数で襲いかかり、そうでなければ力なき民たちに襲いかかる。
 その動きも俊敏な軍隊のようで、僅かでも不利と見ればその健脚を活かして離脱する。

 気が付けば建物にも多大な被害が与えられてしまっている。貯蔵庫や井戸なども荒らされているという報告も耳にしている。
 命を刈り取りながら、的確にこちらの補給線を断ちに来ている。

 熟練の軍隊が行うゲリラ戦術じみた立ち回り。それをワーウルフたちがしている。

(=゚ω゚)ノ「一体何なんだょぅ……!」

 明らかに何かがある。だが、それが何なのかわからない。
 予兆らしきものは今朝から魔物が見かけないという報告のみ。それまではいつも通りの日常だったのだ。

68名無しさん:2021/11/03(水) 00:02:08 ID:eMcxfsSQ0
 幸いにも、あのバーボンハウスのショボンが緊急依頼を発令した事は周知されていた。
 それを受けて兵士たちも警戒を強めていたところだった。
 だからこそ、中級以上の冒険者と共に、侵入してくる魔物たちには対応できていた。

 とにかく民たちに避難指示を出し続け、この前線を守り切るしかない――そう考えていたイヨゥの頭に、忍び寄る殺意があった。

(=゚ω゚)ノ「ッ!」

 その殺意に素早く反応し、身体をひねり長剣を振るう。
 イヨゥは裸一貫で軍団長にまで上り詰めた男である。この殺意に気づかないはずもない。

(;=゚ω゚)ノ「はっ……!?」

 しかし、振り返った先には長剣が素手で掴まれている信じがたい光景だった。
 そしてイヨゥの頭を噛砕さんとしていたワーウルフが、同じく素手の拳で吹き飛ぶ様がイヨゥの瞳に映っていた。
  _
( ゚∀゚)「いい反応してんじゃねえかよ、イヨゥ軍団長?」

 陽に照らされ黄金色に煌めく短髪に、不敵な笑みをたたえる頑健な偉丈夫。
 日焼けた肉体は誰もが振り向くほどの威厳に満ちたもの。
 逞しく隆起した両腕は彫刻のように美しく、それでいて荒々しさを持ち合わせていた。

(=゚ω゚)ノ「ジョルジュ……!」

 太い首の下には等級を証明する白金のタグがぶら下がっている。

 冒険者ギルドに属する冒険者の等級は銅級から始まり、見習いから脱した銀級。一端の冒険者である金級。
 熟練を証明する白金級。冒険者の上澄みであり人外の域でもある金剛級。そして伝説とまで称される翡翠級で終わる。

69名無しさん:2021/11/03(水) 00:03:55 ID:eMcxfsSQ0
.

(=゚ω゚)ノ「……ま、助かった事に変わりはないょぅ。ありがとょぅ!」
  _
( ゚∀゚)「律儀だな。お前の出る幕じゃねえと言われると思ったんだが」

(=゚ω゚)ノ「ここまで侵入された以上、今は猫の手も借りたいんだよぅ。"豪腕"が来てくれりゃ百人力だょぅ」

 "豪腕"といった冒険者における二つ名は築き上げた実績と信頼を証明するもの。
 最低でも金剛級でなければ検討もされないほど、非常に重く価値のあるものであり、幾多の冒険者の憧れでもあった。
 だが、この男に限ってはそうではなかった。

   ネームドモンスター
 特別指定討伐対象――魔物の中でも特に力を持ち、ギルドと国の協議の末に多大な脅威と認めたものに対して特別に名が付けられる存在。
 白金級以上の等級でなければ、挑むことすら許されないものたち。

 一体だけでも打倒すればそれは一つの英雄譚として、生涯の誇りとして語り継がれるほどの脅威。
 金剛級に至るいくつかの条件の一つにこの特別指定討伐対象の討伐経験があり、人外への登竜門といえるもの。



 七。



 この男が屠ってきた特別指定討伐対象の数であり――






.

70名無しさん:2021/11/03(水) 00:04:54 ID:eMcxfsSQ0
.




------------=================ニニニニニ三三三三三ニニニニニ=================------------



  _
( ゚∀゚)「ここは俺に任せとけ」


 ――――白金級として異例である、"豪腕"という二つ名を授けられる最大の理由。





                 ( ФωФ)ロマネスクは誓いを果たすようです



                          Georges, the Stoutarm
                     04話     "豪腕"ジョルジュ






------------=================ニニニニニ三三三三三ニニニニニ=================------------




.

71名無しさん:2021/11/03(水) 00:06:42 ID:eMcxfsSQ0
(=゚ω゚)ノ「ああ、後は頼むょぅ!」

 イヨゥはそう言うや否や、街中へと侵入してきた魔物に対処すべく駆け、兵士たちへ指示を出していく。


 国仕えの兵士たちの手が行き届かない部分はどうしても生じる。
 それこそが冒険者ギルドのターゲットであり、需要である。

 冒険という名通り未開の迷宮――ダンジョンの探索から、民たちの些細な依頼まで何でもこなす傭兵。
 そしてこの緊急事態において、最も柔軟に動ける存在でもある。

「おい婆ちゃん、おぶされ!」

「こっちだ、早くしろ!」

 独力で魔物たちを打倒する力がない、銀級以下の低級冒険者たちが駆ける。

 "身の程を知る"。

 バーボンハウスで真っ先に教えられる言葉であり、鉄則。
 それに従い、低級冒険者たちは兵士たちと連携し、民たちを避難させるべく奔走する。
 金級以上の冒険者たちは臨時的に徒党を組み、迫りくる脅威に対して刃と魔術を以て退けていく。

「おい、そこの! ここは俺たちに任せろ!」

「感謝する、こちらも何人か残していく。では私達は南へ援護に向かう!」

「おっちゃん、こっちは済んだぞ!」

(=゚ω゚)ノ「助かるょぅ! 次は西の方を頼むょぅ!」

 この場での民たちの避難を補助し終えた冒険者の一人が、イヨゥに声を張り上げる。
 イヨゥもまた感謝の意と共に、指示を出す。

72名無しさん:2021/11/03(水) 00:10:00 ID:eMcxfsSQ0
 兵士たちはお互いに目を配ると、走り去らんとする冒険者へ踵を揃え、右手で作ったこぶしを胸に叩いた。
 本来ならば目上の者に対する敬礼である。それを見た冒険者たちは一同に目を丸くした。

「……! へへ、俺ァ初めて敬礼をされたぜ」

「おれもだ。こんな気持ちいいもんを毎日されるたあ、上の奴らは幸せもんだな」

 一般的に国仕えの兵士と冒険者の仲は悪いとされる。
 国に仕え、秩序の下に誇りを尊重する兵士達の中に、荒くれ揃いである冒険者の事を快く思う者は少ない。
 それは自由を好む冒険者たちも同様だった。お互いに譲らず、諍いが絶えることはなかった。

「貴殿らには随分と手を焼かされたが……同じブレンデッドの一員として敬意を。そして幸運を祈る」

 しかしながら、このブレンデッドという街を愛するという点においては一致していた。

「へっ、相変わらずお堅い事で。だが悪くねえ、あんたらにも幸運があらんことを!」

 冒険者たちは拳で自らの胸を数回叩き、その勢いのまま兵士たちに向ける。
 形式もへったくれもないものではあるが、冒険者なりの返礼だった。兵士たちはふ、と口角を上げる。

 それを見た冒険者たちは豪快に笑いながら、そのまま西へと駆けていく。

「失礼しました、軍団長殿! 罰則は後日受けさせていただきたく。ご指示を!」

(=゚ω゚)ノ「ああ。では第一班は冒険者と共に西へ! 第二班は引き続き東で逃げ遅れた者がいないかを確認せよ!」

「「はっ!」」

(=゚ω゚)ノ「第三班は南へ援護! 残りの班はこの北区でさらなる脅威を食い止めるぞ!
     ……最後に、先ほどはよくやった! 罰則については私自らしごいてやる事としよう! 故に――みな、生き延びよ! 以上、散開!」

 応、と勢いよく兵士たちから声が上がり、自らの役割を果たすべく散開する。

73名無しさん:2021/11/03(水) 00:13:22 ID:eMcxfsSQ0
  _
( ゚∀゚)「…………」

 ジョルジュは門の前で誇示するように親指で一本ずつ指を鳴らしていく。
 その音が鳴るたび、群れを成していたワーウルフから怯えの感情が発せられる。
 絶対強者。強き獣であるほど、その気配には敏感であった。
  _
( ゚∀゚)「出てこいよ」

 ひとしきり鳴らした後、腰掛けていた籠手に手を突っ込み、ファイティングポーズをとる。
 そのジョルジュの瞳にワーウルフたちの姿は映っていない。

 見えぬ気配。それに対してジョルジュは気を吐いていた。
 それに応えるように、ワーウルフの群れの奥から空気の歪みが生じる。

( ゚∋゚)

 ゆらりと一つの影が現れる。雄牛のように強靭な筋骨をもつ立派な体格に、巨大な闘鶏の頭。
 そして、何より圧倒的な存在感。それはそばにいるワーウルフ達が仔犬に見えてしまうほどのもの。

 周囲に空気の歪みが生じるほどの魔力。
 人ならざるもの――"魔のもの"であることは明らかだった。

( ゚∋゚)「『行け。食らい尽くせ』」

 人には理解できない言葉で指示を出すと、ワーウルフたちが抱いていた怯えの感情が殺意に変容する。
 ワーウルフの群れはその健脚で俊敏に散ったかと思うと、目前にいる一人の人間を蹂躙すべく多方向から一斉に飛び掛かる。
 それはまさしく複数で行う狩りそのものであり、常人ならば一溜まりもないだろう。
  _
( ゚∀゚)「ナメられたもんだ」

 だがジョルジュは真っ直ぐに駆ける。真正面から突っ込んできたワーウルフの牙をするりとかわし、その勢いのまま拳を叩きこむ。
 血しぶきと共に一匹の命が失われるも、その程度ではワーウルフたちの牙は止まらない。
 そのまま牙がジョルジュに届こうとした瞬間、その牙たちがへし折られる。
  _
( ゚∀゚)「ふっ……!」

 ほんの一息を吐き、拳を数回振るうだけで一匹、二匹、三匹、四匹と幾多の命が失われてゆく。
 同胞たちが命を散らす様に、後詰めのワーウルフ達は吹き荒ぶ暴風を感じ取った。
 まさしく嵐。それに突っ込むなど自殺行為だと野生の勘が警鐘を鳴らしていた。

 しかし、死への恐れよりも同胞が殺された事に対する怒りが上回った。
 その仇を打たんとし、より鋭さを増してジョルジュへ飛び掛かる。

74名無しさん:2021/11/03(水) 00:16:39 ID:eMcxfsSQ0
  _
( ゚∀゚)「その心意気だけは買ってやるよ」

 それでもジョルジュには届かない。
 一分にも満たない時間が経った。周囲には地に伏した十数匹のワーウルフが積まれている。
 ジョルジュの額には一筋の汗すらない。準備運動は済んだと言わんばかりに、太い首を鳴らす。

( ゚∋゚)「やはり相手にならぬか」
  _
( ゚∀゚)「……クックル、誰に唆された?」

 "魔人"クックル。魔のものでありながら、人の技術を貪欲に追い求めるもの。
 強者にしか興味はなく、まさしく求道者。弱きものと形容される人々に対しては振り向きすらしない。

 ある街に突如現れた特別指定討伐対象を強敵と見なし瞬く間に屠り、結果的に人々を助ける事もある。
 時として二つ名を持つある冒険者を「ここで命を散らすには実に惜しい」とし、絶体絶命の危機から救い上げた時もあった。

 強者にのみ興味が向けられるその思考は、弱きものである民達に害をなすことはほぼない。
 故に他の脅威と比べれば危険性は低いとも言える。
 そんなクックルが、特別指定討伐対象として厳戒されている理由はただひとつ。

 ――学び、成長し続ける魔の怪物。この一言に尽きた。
 あの怪物の矛先がいつこちらに向かうか分からないが故の恐れであった。
 そして、その恐れは今日、証明された。

 しかしながら、武人とも言えるほどの拘りを持つこのクックルが、無意味にワーウルフ達をけしかけるとはジョルジュは到底思えなかった。
 何度か拳を交えた仲だからこそ、それがより奇妙に感じた。

( ゚∋゚)「唆された、か。なぜそう考えたか問うても?」
  _
( ゚∀゚)「お前の趣味じゃねえだろうがよ」

 ぶっきらぼうに放れた言葉には信頼と疑念が込められていた。
 それを感じ取ったクックルは小さく笑う。

( ゚∋゚)「ふ、吾にそう言えるのは貴様ぐらいのものだろうな。貴様の夢はなんだ」

 突飛もない問いかけにジョルジュは怪訝そうな顔をするが、クックルの瞳は真剣そのものだった。
 しばしの逡巡の後、ジョルジュはため息をつくと口を開く。

75名無しさん:2021/11/03(水) 00:22:57 ID:eMcxfsSQ0
  _
( ゚∀゚)「相変わらずかってえな、そいつは」

 記憶通りの手応え。後ろへ跳躍し距離を取ったジョルジュが呆れたように口にする。
 人間の結界から着想を得、それを自らの肉体を覆うように這わせた魔力の障壁。
 この障壁すら破れぬものはこのクックルに挑む資格なし。一種の足切りだった。

( ゚∋゚)「弱きものではあるが、人の叡智というのはそう馬鹿にできたものではない」

 先走っちまったかな、とジョルジュは舌打ちをする。
 今この場には比翼の片割れであるミセリはいない。
 独力で目前の魔人を打ち倒すには些か力不足だと冷静に判断した。

 であれば、いかに時間を稼ぐか。
 かつてスラム街の王者として君臨していた男は、目的を瞬時に勝利から時間稼ぎまで思考を切り替える。
  _
( ゚∀゚)「そらよッ」

 懐から何かを取り出し、クックル目掛けて投げる。
 クックルは難なくそれを空中に弾くと、眩い光と共に爆発音が響く。

( ゚∋゚)「何らかの合図か」

 クックルはそう言うと一歩踏み出す。みしり、と空気が歪む。
  _
( ゚∀゚)「ッ!」

 ジョルジュは反射的に横っ飛びという回避行動を取るとほぼ同時に、クックルの足裏と接していた地が抉れる。
 その後、先程までいたジョルジュの位置にクックルの腕が振り下ろされる。
 遅れて聞こえる音と衝撃がジョルジュの身体を震わせた。
  _
( ゚∀゚)「エゲツねえな。どんな鍛え方してんだ? 参考にしてえ」

( ゚∋゚)「つくづく面白い男よ、そうこなくてはな」

 腕が振り下ろされた地面が大きくへこんでいる。掠っただけでもひとたまりもないだろう。
 ジョルジュは不敵な笑みを浮かべながら拳を構え直した。

76名無しさん:2021/11/03(水) 00:27:41 ID:eMcxfsSQ0
 数分ほどの攻防。二人の周囲には瓦礫の山が積まれている。
 人影どころか魔物の影すら見えない。
 吹き荒れる暴風に好き好んで介入するものはいないということだろう。

( ゚∋゚)「ただ一人で吾の障壁を打ち破らんとするとはな。実に見事、人間の身でよくぞここまで練り上げた」
  _
( ゚∀゚)「余裕綽々だな、クックル?」

 クックルは未だにその力の片鱗すら見せていない。それはジョルジュも同じことが言えた。
 それ故に、クックルがあからさまな時間稼ぎに付き合っていることは明らかだった。
 ジョルジュはその目的が未だに掴めないでいた。

( ゚∋゚)「ミセリと言ったか。貴様の"時間稼ぎ"に乗ってやっているのも、一刻も早く貴様の全力を味わいたいものでな」

 その疑念に答えるように、クックルはにやりと口角を上げる。
  _
( ゚∀゚)「……お前のそういうところ、相変わらずでなんか安心したわ」

( ゚∋゚)「む――」

 突如、クックルから闘志が消える。それと同時に視線がジョルジュの背後へと向けられる。
 搦手の可能性もあるが、クックルはそんな姑息な真似はしない。
 そう信じたジョルジュはすぐさま反応し、背後へ拳を振るった。


 最初に視界に入ったのは漆黒の棺桶。
 それと拳がぶつかり合うが、分厚い壁を殴りつけたような感触だった。
 その棺桶の蓋が開かれ、漆黒の炎がジョルジュに襲い掛かる。
  _
(;゚∀゚)「ぐ、っ……!」

 まともにそれを全身に浴びたジョルジュはうめき声と共に、初めて苦悶の表情を浮かべる。
 棺桶から炎と共に現れたのは、漆黒と真紅で彩られた装いと威厳に満ちた漆黒の口ひげを蓄えた紳士。

【+  】ゞ゚)「何をしている、クックル」

 その紳士が冷たい眼差しをクックルに向けながら、無感情のまま口にした。

( ゚∋゚)「オサム。久しく血湧き肉躍る相手だったが」

 クックルはオサムと呼んだ紳士を目にして不愉快な感情を隠さず、口を開いた。

 身一つ、腕一つでクックルと渡り合える人間はそういない。
 ジョルジュはその一人である事を改めて確信し、楽しんでいた部分は大いにあった。
 当初の目的を忘れるほどに。

77名無しさん:2021/11/03(水) 00:31:42 ID:eMcxfsSQ0
【+  】ゞ゚)「我らの目的を思い出せ。我らは何のために動いている?」

( ゚∋゚)「……全てはあの御身のために、心得よう。既に警戒されていたようだが?」

【+  】ゞ゚)「本来ならば夜の帳に紛れて強襲するつもりだったが……
       忌々しい事に、緊急依頼を発令された。気付く手立てはなかったはずだが」

( ゚∋゚)「今朝からしもべたちがやけに怯えていた。支配こそはしたが、そこから感付かれた可能性もある」

【+  】ゞ゚)「ふむ……まあいい、もう過ぎ去った事だ。反省は後でいくらでもできる、今が好機である事に変わりはせぬ」
  _
(;゚∀゚)「…………」

 ジョルジュは動かなかった。動けなかったとも言うべきだろう。

 "棺桶死"。
 その棺桶の中には無数の使い魔と魔術陣が敷き詰められ、それを一度放てば死を振り撒くが故に名付けられた名。
 一夜のうちにある街を呑み込んだ史上最悪の吸血鬼、特別指定討伐対象のひとり。

 その思考は実に悪辣。自らを上位存在と信じて疑わず、それでいて計算高い。
 人間の飽くなき欲望を巧みに操り、眷属を着々と増やし裏の世界を暗躍するもの。
 慎重深く、表舞台には滅多に顔を見せない。少なくとも陽が当たるこの場にはいないはずの大物。

 それが直々このブレンデッドへの襲撃という形で姿を現しているという事実に、ジョルジュは少なからぬ衝撃と共に寒気が走る。

 今朝の魔森の異変、破られた結界、そしてクックルの言う"あの御身"――これらの符号と、目前にいる棺桶死。
 弱者には一切興味を示さないクックルがその思想を曲げてまで弱者たちを狩るとなれば、上位者による指示によるものだろう。それもこのオサムではない。

 だが、クックルが従わざるを得ないほどの存在。そしてオサムが表舞台に姿を現すほどのものとは。
 そこまで考えに至った時点で、目前の二体から殺意が膨れ上がる。

【+  】ゞ゚)「"豪腕"。貴様には死んでもらわねばならん」

( ゚∋゚)「……これも戦場の常、悪く思うな」
  _
(;゚∀゚)「このまま見逃してもらいたかったもんだがな」

 ち、とジョルジュは小さく舌打ちをする。
 万全の状態ならばともかく、先程浴びせられてしまった漆黒の炎がちりちりと身体を蝕んでいる。

 一筋の汗がジョルジュの額から頬に伝う。
 その汗が顎へ、そして地へ落ちるまでの間にかつての記憶が走馬灯のように想起された。

78名無しさん:2021/11/03(水) 00:35:24 ID:eMcxfsSQ0
◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 "豪腕"ジョルジュは港街ミナルのスラム街に住まう孤児であった。


 スラム街の一員として、その日を生き永らえる毎日を過ごしていた。
 学は無けれども腕っぷしだけは自信があったジョルジュは、異常なまでに勝利というものに貪欲だった。
  _
( ゚∀゚)「これで俺の勝ちだ、有り金全部置いてもらうぜ」

 賭け試合という闘いに明け暮れる間は、無心でいられた。
 鼻持ちならない高飛車な騎士でも。表の世界で無類と称えられていた拳闘士でも。
 どんなものでも、闘いの下では残酷なまでに平等だったからだ。
  _
( ゚∀゚)(……足りねえ。もっと勝利を……)

 その平等の下で、勝利という美酒を味わっている間は得体のしれない不安や渇望から無縁でいられた。
 勝つためならば何でもした。生きるためならば靴すら舐める屈辱さえも受け入れた。
 命さえあれば勝てるというその強靭な意志を抱きながら。

 そうして、泥中の王者としてスラム街どころか、ミナルという港街の中でも一目置かれる存在にまで上り詰めた。

<_プー゚)フ「相変わらず無茶しやがるな」

 港街ミナルにおいて、名うての鍛冶屋として知られているドワーフの一族がいる。
 その中で5歳から鉄槌を握り始め、"鉄槌"の名と共に天賦の才を持つ神童でありながらスラム街に入り浸る問題児。
 そんなエクストとは、幼い頃より付き合いのある比翼の友だった。
  _
( ゚∀゚)「へ……くそったれな底辺だが、そのてっぺんまで上り詰めた。
     これで賭けは俺の勝ちだ。見返りになんか打ってくれんだろ?」

<_プー゚)フ「フン、おれァまだひよっこだが……約束してやる。
         このおれの名に懸けて、てめェに最高のもンを打ってやらァ」
  _
( ゚∀゚)「楽しみにしてるぜ、"鉄槌"さんよ」

にやり、と口角を上げるジョルジュを見て、エクストは豪快に笑い返した。

79名無しさん:2021/11/03(水) 00:37:52 ID:eMcxfsSQ0
 頂に立ってもなお、渇望が満たされることはなかった。
 闘いに明け暮れる中である噂を聞きつけた。

 曰く、多数の国からありとあらゆる人物が集うこの港町には一国の王すら跪く、裏の支配者がいると。
 それについて尋ねれば異口同音に「やめておけ」と口にし、それきり口を閉ざした。

 ジョルジュは港街の情報通に手当り次第に接触する毎日を送り、情報をかき集めた。

 "歯車王"。
 それが裏の支配者の名だった。

 鍛冶の頂点として送られる称号であり、幾百年前より続く伝統。
 その称号に相応しい者が現れない場合、決まってある存在がその席に座る。

 意志を持つ無機物。不滅のそれは初代歯車王の最高傑作と呼ばれるもの。
 名は語らず、ただ歯車王とだけ名乗り続けるという。

 その居場所はスラム街の最奥にあり、時としてエクストが姿を消す場所でもあった。
  _
( ゚∀゚)「灯台下暗しってか。エクスト、てめえの師匠が歯車王だったとはな」

<_プー゚)フ「言う義理もねェからな。ンで、知ったところでどうすンだ?」
  _
( ゚∀゚)「決まってらぁ、そいつにも"勝つ"。ただそれだけだ」

<_プー゚)フ「……ま、好きにしろ。師匠には命だけは取らンでくれとは伝えとくぜ」

 エクストは呆れたように溜息をつく。こうなったジョルジュは何を言っても止まらない事を知っていた。
 だが、今度ばかりは相手が悪すぎる。なんせ、相手は幾百年もの歳月を生き続ける文字通りの人外なのだから。


 好奇心は猫を殺すという言葉がある。

 学のないジョルジュはその言葉すら知らず――たとえ知っていたとしても、その好奇心を抑える事はしなかっただろう。

80名無しさん:2021/11/03(水) 00:41:28 ID:eMcxfsSQ0
 ジョルジュは歯車王のいる拠点へと入り込むと、侵入者用に作られたであろう魔具が見えた。
 それが赤い警告光を放ちながら近寄ってくる。

「――警告シマス、五秒以内ニ立チ去……」
  _
( ゚∀゚)「遅ェ」

 一撃を叩き込むと、それきり沈黙した。
 随分と硬い手応えではあったが、物の数ではない。
 エクストが打った籠手の性能の良さを改めて実感した。

|::━◎┥「騒がしいな」

 それは異常な出で立ちをしていた。おどろおどろしい鉄仮面で顔立ちどころか瞳すら見えない。
 目らしき部分からは妖しく赤い光が漏れている。

 その体躯は明らかに人のものではない。
 幾多の歯車や鉄板のようなもので固められている手足や身体。
 それらには何らかの魔具が無数に備え付けられている。
 まさしく"歯車王"という名を体現しているような風貌、巨大なからくり仕掛け。
  _
( ゚∀゚)「すまんな、おもちゃを壊しちまった」

 ジョルジュはがちゃり、と先程の魔具の残骸を放り投げる。

|::━◎┥「構わぬ、そろそろ入れ替える時期と考えていたところだ」

 歯車王はそれに目をくれず、ジョルジュが身につけている籠手へと視線を向けた。

|::━◎┥「その籠手は……貴様がジョルジュか。目的はなんだ」

 無機質な声に対して、ジョルジュは獰猛な笑みを浮かべた。
  _
( ゚∀゚)「目的なんて一つだけだろ、テメェに勝つんだよ」

|::━◎┥「……何かと思えば。無益だな」
  _
( ゚∀゚)「ンな事言っていいのかよ。もう間合い内だぜ?」

 そう言うが早いか、目に止まらぬ速さで懐から取り出したガラスの器を歯車王目掛けて投げる。歯車はそれを躱す素振りすら見せない。
 ガラスの器が割れ、じゅうじゅうという音と煙を立てる青い液体。

 その正体は"武具殺し"と恐れられている強酸のスライムの体液。
 ひとたび放てば金属を溶かし尽くすそれは、武具という生命線を容赦なく切り落とす存在として、冒険者や兵士たちの間で恐れられているもの。

 金属の塊であろう歯車王が、それを直に浴びせかけられてはひとたまりもない。

81名無しさん:2021/11/03(水) 00:45:16 ID:eMcxfsSQ0
 そのはずだった。
  _
( ゚∀゚)「へえ……この程度の小細工は通用しねえってか」

 逆に青い体液が蒸発し、歯車王が纏う金属には錆一つすらつかない。
 歯車王の眼部から発せられる赤い光がジョルジュに向けられる。

|::━◎┥「丁度いい。実験体を探していたところだ」
  _
( ゚∀゚)「は、――?」

 気が付けばジョルジュは地に伏していた。
 何が起きたのかわからなかった。ただ、痙攣する身体から悲鳴があげていることだけは確かだった。
  _
(;゚∀゚)「――――……」

 声すら出ない。ただ、地に這いつくばることしか出来なかった。

|::━◎┥「体温の低下、心拍上昇、発汗、痙攣。筋電位を記録……
      十秒、想定より五秒の遅延。ふむ、思いの外丈夫な身体をしている」

|::━◎┥「エクスト直々の願いだ、命までは取らぬ。貴様はどうやら実験体としては優秀なようだ――」



 ――また来るといい。実験体として活用しよう。



 完膚なきまでの敗北。屈辱だった。
 それからジョルジュは歯車王の下へ通い詰め、敗北を喫する日々を送り続けた。

 最初は十秒にも満たぬ時間であしらわれ続けた。
 ある時は得体の知れぬ魔術や薬の実験体となり、またある時は自らが最も得意とする肉弾戦で叩き潰された。
 それを見かねたエクストがジョルジュに対していくつかの武具を叩き上げると、歯車王も弟子への一つの試練としてそれを認可した。

 ありとあらゆる実験体、弟子の踏み台。あんまりな対応をされてもなお、ジョルジュの闘志が尽きることはなかった。
 百七十四回目の挑戦、歳月にして半年。ようやく一分の壁を超えたジョルジュに、歯車王が問い掛けた。

|::━◎┥「一つ、問うても?」
  _
( ゚∀゚)「……俺ァ今んところは敗者だ。何だって答えてやるよ」

 地に伏しながら、今更だとため息をつく。
 何一つ断り入れずに実験をおっ始める癖に繊細な所があるな、とジョルジュは思った。

82名無しさん:2021/11/03(水) 00:52:25 ID:eMcxfsSQ0
|::━◎┥「なぜそこまでする。億に一つの可能性もないだろうが、私に勝利したとて貴様が得る益などないはずだ」
  _
( ゚∀゚)「益なんて求めてねえよ。ただ、お前に勝ちてえ。この……不安と、渇望から逃れてえ」

|::━◎┥「不安? お前のような男がか?」
  _
( ゚∀゚)「わかんねえ、だから勝ちてえんだ。勝てば、この不安を忘れられる」

|::━◎┥「……やはり、似ている」

 無機質な声に、初めて感情がこもった。それに気づいたであろう歯車王は背を向けた。

 ジョルジュは当初、歯車王のことを人間味のない不気味なやつだと思っていた。
 三ヶ月程度の付き合いを経て、その逆だと直感した。
 人間味をあえて切り捨てているように感じられたのだ。

 魔具の肉体を持つ歯車王の事情を聞いたこともないし、興味もない。
 ただ、そう感じただけだ。
 でなければ、自分の事をとっくに殺しているであろうし、実験も限界ギリギリを見極めた上で後遺症すら残さないようにしないだろう。

 いかに優秀な"実験体"だとしても。毎日のように歯向かってくる奴に律儀に付き合うなど、お人好しでなければ何だというのだ。
  _
( ゚∀゚)「似ている? 誰にだ?」

|::━◎┥「些事だ。忘れよ」
  _
( ゚∀゚)「聞かせろよ、その話」

 何かのきっかけになるかもしれない。何より、弱みを初めて見せたように思えたからだ。

|::━◎┥「今の貴様に語る義理はない。せめて十分は持たせてみせよ」
  _
( ゚∀゚)「……覚えておけよ、その言葉をよ」

 そう吐き捨てると同時に、歯車王の目が怪しく光る。
 それを目にしたジョルジュは悪態をつきながら、意識を手放した。


 それから八百三十回の挑戦、歳月にして二年。
 ありとあらゆる魔術が乱れ飛ぶ場で、初めて十分保った。
 二年前のジョルジュであれば、一秒も保てぬほどのものを。

|::━◎┥「見誤ったか。癪ではあるが、認めねばなるまい」
  _
(;゚∀゚)「ハアッ、ハアッ……覚えてんだろ。聞かせて、もらうぜ」

|::━◎┥「……つまらぬ話だ」

 歯車王から語られたそれは、ジョルジュと同じく天涯孤独の身一つで、艱難辛苦たる運命を切り開いた男の話だった。

83名無しさん:2021/11/03(水) 00:53:47 ID:eMcxfsSQ0
 学はなく、魔術は扱えず、突出した才もない。
 凡才と呼ばれたその男は、ひたすら鍛錬を続けた。

 日が暮れ、花が枯れ、雪が積り、芽が萌え、雨が降り、蕾が付き、日が昇り、蕾が綻ぶ。
 それが何回も繰り返される中、男はただただ武器を振るい、弦を引き絞った。

 振るう剣筋が研ぎ澄まされ、一本の線になり。
 薙ぎ払う槍の柄から揺れが消え失せ、風を切る音が限りなく小さくなり。
 極限まで引き絞られた弦から放たれる矢は、遥か遠くの的に当たるようになった。


 剣を極めた者は地を割り。
 槍を極めた者は山を貫き。
 弓を極めた者は天を穿つ。

 ……男は、これらの奥義を開眼する域にまで至ることはなかった。
 分かった事はこの奥義の開眼者との間に途轍もなく、高い壁が存在すること。
 そして、それは自分では乗り越えられないという残酷な事実だった。


 それでも男はあらゆる武器を手に、幾夜も鍛錬を続けた。
 皮が剥がれ、爪が潰れ、胼胝だらけの手から痛みすら消え失せるほどの厳しい日々を。

 その最中で男は幾多の戦において名を上げ、ただの一兵卒から一隊の長にまで上り詰めた。

 剣聖と呼ばれた同期が壮絶な最期を遂げ、鬼才と呼ばれた副官が策に溺れ、絶望の淵に立たされた。
 それでもなおその凡才は足掻き続け、勝利という栄誉を背負い生き延びた。

 そうして生き延びた命をもって再び戦の最前線へと赴いた。
 死で固められているはずの道を、誰よりも先に切り開き続けていった。

84名無しさん:2021/11/03(水) 00:56:20 ID:eMcxfsSQ0
 戦が終わり、ひと時の平穏ですら武器を振るい続けるその男に問うた。


「なぜそこまでする」


            「不安から無心に、そして忘却の彼方に葬り去れるが故に」



「何が不安なのだ」


            「無情な死に対して、多大な恐れを抱く臆病者であるが故に」



「ならばなぜ武器を手に取る。何故その命を擲つのだ」


            「無情な死よりも、遥かに恐ろしいものがあります。
             それこそがこの臆病者の命を擲つに足る理由であるが故に」



 嗚呼、何たる臆病者だろうか。
 臆病だからこそ、勇気の炎と共に戦う事に意味を見出したのである。
 剰え、壮大にして凄惨な死をもたらすものにすらもその身を擲ち、死という運命を討ち果たした。

 その臆病者は最期まで勇気の炎をごうごうと燃やし尽くし、その身一つで一国の滅びの運命をも切り開いていったのだ。

85名無しさん:2021/11/03(水) 01:02:29 ID:eMcxfsSQ0

 ジョルジュは共感を覚えずにはいられなかった。ジョルジュもまた臆病者だったからだ。
 得体の知れない不安や渇望に対して、勝利という美酒で逃避し続けていたのだ。

 身一つで運命を切り開く――それは憧憬だった。夢だった。
 自らの中で燻っていた渇望をやっと、ようやく理解した。
  _
( ゚∀゚)「俺も……そいつのようになりてえ。俺を鍛えちゃくれねえか」

 ジョルジュは決意した。歯車王の言う男のように、自らの運命を切り開きたいと。
 そして、ジョルジュという存在がいたということを証明したい。その名を世に知らしめたいと。

|::━◎┥「元よりそのつもりだったが」
  _
( ゚∀゚)「いいや、これは俺のけじめだ……アンタを師と仰ぐ。何だってしようじゃねえか」

 歯車王へ跪き、生まれて初めて他人に頭を下げた。迷いはなかった。

|::━◎┥「……許可しよう」

 その歯車王からは、しばらく間を置いて無機質ながらも肯定の言葉が返ってきた。


 かくして、その憧憬と夢は今、美学として。
 そして誇りとして、自らの一部として刻まれている。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆


  _
(  ∀ )「……ち、……」

【+  】ゞ゚)「……我らを相手に、ここまで保った事に関しては称賛せねばなるまい。これだから人間というものは侮れぬ」

( ゚∋゚)「その点においては同意しよう。"豪腕"ジョルジュ、貴様の名は吾の記憶に留めておこう」

 格下たる人間相手に全力は出さない。それでも、容赦なく命を奪わんとしていた。
 いくら手練れであろうとも、この"棺桶死"と"魔人"相手にただ一人で逃げ切るなど夢物語。そのはずだった。

 ただ一人の人間にここまで時間を稼がれたという事実。
 オサムやクックルにはそれに対する自らの不甲斐なさや怒りの情は不思議となかった。

 血にまみれ、ようやく地に伏したジョルジュに対して、オサムとクックルはただ強者に対する敬意を表した。

86名無しさん:2021/11/03(水) 01:07:11 ID:eMcxfsSQ0
 ――死。

 心の臓を鷲掴みされたようなおぞましい悪寒と共に、その一文字を強烈に感じ取る。

 クックルは地に伏しているジョルジュに目をくれず、すぐさま身を翻す。
 オサムも同様に漆黒の棺桶に備え付けられた鎖を振り回し、棺桶を盾にする。

( ゚∋゚)「ッ!」

【+  】ゞ゚)「小癪」

 一矢がクックルの強靭な肉体を削り取る。
 もう一矢がオサムの棺桶を貫く。その棺桶の内部から無数の影が舞い散る。
 いずれも反応せねば寸分の狂いなく頭部を貫いていた。

 クックルは殺意を塵ほどにも感じとることができなかった。
 だが、先ほどの一矢は間違いなく致命のそれであり、得体の知れない恐ろしさがあった。

ミセ;゚ー゚)リ「――《慈愛の息吹よ》《付与せよ》《強靭なる力を》! 間に合ったッ!」

 クックルがその矛盾に僅かな思考を向けた事で生まれた僅かな隙。
 それに付け入るように、駆けつけたミセリが杖を握り締めながらジョルジュへと詠唱を紡ぐ。
  _
(  ∀ )「ッらァ!」

(; ゚∋゚)「グ、ゥ……!」

 直後、瀕死と思われたはずの男の豪腕が障壁を破り、クックルの腹部へ突き刺さる。
 予想以上の衝撃と苦痛に初めてクックルの表情が歪み、膝を地につく。

【+  】ゞ゚)「ぬ……」

 それを見てもなお、五歩ほど離れた位置にいたオサムは動けなかった。

 今すぐにでもあのとんがり帽子の魔術師を屠殺することはできるだろう。
 しかしながら、その代償として豪腕に、そしてあの一矢に貫かれるだろうとも理解していた。

 先ほど棺桶を貫かれた際に舞い散らせた、十を超える使い魔たち。
 それらが瞬時にして射貫かれた事を悟ったが故に。

87名無しさん:2021/11/03(水) 01:11:57 ID:eMcxfsSQ0
【+  】ゞ゚)(……我が使い魔の残滓すらも残さぬとは。何者だ?)

 魔力の残滓さえあれば、いくらかの手掛かりを手に入れることはできた。
 どういう訳か、一矢で使い魔の存在そのものを跡形もなく消し飛ばされている。

 気配どころか底も見えぬ計算外の存在。
 業腹ではあるが、下手に動けばこの身とて危うい。
 建物が遮蔽物となるように、オサムは静かに移動する。


 自らの眷属をこのブレンデッドに潜り込ませた上で、内部からその命を燃やし尽くす禁呪で結界を崩壊させる。
 その隙に乗じて雪崩れ込み、"歯車王"の後継者たるエクストを抹殺――急造ではあるが、前兆すら察せられぬようこの計画を仕組んできた。

【+  】ゞ゚)(鈍重なはずの魔術師ギルドや教会も動き始めている、か)

 しかし、緊急依頼により事前に警戒されていた事で、予想よりも被害を与えられずにいた。
 エクストに差し向けた眷属や使い魔たちも残滓すら残らぬ始末。
 恐らくはあの矢の打ち主によるものだろう。

 その上にこの"豪腕"に大分時間を稼がれた。これ以上は限界と言えた。

 魔物たちに捨て身で街を破壊する事に徹させ、傷口を広げる方針へと既に転換させていた。
 元より成功の確率は低いと見込んでいた計画だ。
 短時間ではあるが、ブレンデッドを消耗させるという第二の目標は達成されたと言ってもいい。

 であれば、この辺りが潮時か。
 そう考えたオサムは棺桶内部の魔術陣へと魔力を込め、撤退の算段を練り始めた。

ミセ;゚ー゚)リ「《ほつれよ》!」

【+  】ゞ゚)「む――」

 魔術師にとって初歩である、魔力をほつれさせるごく短い詠唱。それがミセリの口から発せられる。
 棺桶に込めた魔力がほんのわずかにほつれる。

【+  】ゞ゚)(……人間風情が。殺すか)

ミセ;゚ー゚)リ「っ……!」

 ただ一睨みだけで気が失わかねないほどの殺意に、ミセリは思わず杖を持つ手が震える。

88名無しさん:2021/11/03(水) 01:16:14 ID:eMcxfsSQ0
 それと同時に、横の建物から壁を貫いた矢が飛来する。
 遮蔽物であるはずの建物ごと貫く意識外の一撃。
 オサムにとって、これ以上ない最悪のタイミングだった。

【+  】ゞ゚;)「何ッ……!?」

 それでもオサムは人間を遥かに凌駕する反射神経を持ち合わせていた。
 形振り舞わず体勢を崩し、寸でのところでその矢を躱す。
 その代償として、棺桶に込めた魔力が完全に雲散する。

 生じた大きな隙を見逃すジョルジュではない。
 たった一歩でオサムの目前にまで迫り、握り締めた拳を振りぬく。

 体勢を崩されたままのオサムは棺桶を瞬時に盾にする。棺桶がみしりと軋む音を上げ、諸共吹き飛ばされる。

【+  】ゞ゚)「ぬうッ、なんたる馬鹿力か!」

 先ほどまでのジョルジュとは別人のように、すさまじい力だった。
 それこそ魔人クックルと並ぶほどに。
  _
(  ∀ )「なぁ――」

 如何なる難行も、難所も、一度たりとも挫ける事なく乗り越えてきた。
 故に、 彼は立つ。

 自らの美学のために。
 自らの誇りのために。

 そして、目前の運命を切り開くために。

89名無しさん:2021/11/03(水) 01:18:50 ID:eMcxfsSQ0
.





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「――なに余所見してんだ。俺はここからだぜ」


 ――――あらゆるものを、運命をも打ち砕く。故に、不屈の彼を人は"豪腕"と呼ぶのだ。



                 ( ФωФ)ロマネスクは誓いを果たすようです




                          Georges, the Stoutarm
                     04話    "豪腕"ジョルジュ




                               完



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━





.

90名無しさん:2021/11/03(水) 01:24:55 ID:uNhPRJ260
乙!!!

91名無しさん:2021/11/03(水) 01:25:52 ID:eMcxfsSQ0
以上で本日の投下は終了となります。
牛の歩みではありますが、今後ともよろしくお願いいたします。

92名無しさん:2021/11/03(水) 01:30:59 ID:eMcxfsSQ0
失礼いたしました、抜けがありましたので補足させていただきます。
>>74>>75の間です。

93名無しさん:2021/11/03(水) 01:31:35 ID:eMcxfsSQ0
  _
( ゚∀゚)「誰もが躊躇う道を、自らの運命をこの肉体で切り開く。そしてこのジョルジュという名を残してえ。お前は?」

( ゚∋゚)「貴様らしいな。吾は強者との闘争を望むもの。強さこそが全てが故に」
  _
( ゚∀゚)「今お前がやってることは弱者狩りだろうが。もう一度言う、誰に唆された?」

( ゚∋゚)「……これ以上の問答は無用」

 ジョルジュは再度、小さくため息をつく。
 本心を聞きだすとまで行かなくとも、もう少し時間を稼ぎたかったというのがジョルジュの本音だった。
  _
( ゚∀゚)「んなこと言うなって」

 肩をすくめた瞬間、ジョルジュがクックルの視界から掻き消える。

 否。視界から外れるほど限りなく低く、地を這う蛇のように突進したのだ。
 はち切れんばかりの筋肉の鎧に覆われ、鈍重に見える体躯からは想像も出来ないほどの疾さ。
 クックルはそれにすぐ反応するも、ジョルジュは既に懐に飛び込んでいた。
  _
( ゚∀゚)「しィッ」

 ジョルジュは息を小さく吐きながら、籠手に覆われた右拳を斜めに振り上げる。
 クックルは最小限の動きでそれをかわす。

 それを予見していたように、ジョルジュは振り上げた勢いそのままに身体をひねり、左拳で頭をかち割ろうとする。

( ゚∋゚)「ふむ」

 しかし、クックルはそれを難なく裏拳で食い止める。甲高い音と共に、空気が震えるほどの衝撃が走る。

 クックルの手には傷すらつかない。
 ジョルジュはそれを見てもなお眉一つ動かさず、前胸部。脾腹。首。顎。口。鼻。眼球。
 ありとあらゆる急所へ、微塵のブレもなくその拳を叩きつける。

 研ぎ澄まされた暴力の嵐。それをクックルは真正面からその四肢を駆使して受け止め続ける。
 致命的な急所は防ぎつつも、受け切れない箇所は肉体で受け止めざるを得なかった。
 それでもクックルの肉体には打痕すら残らず、拳を弾く甲高い音が響くばかり。

94名無しさん:2021/11/03(水) 01:37:44 ID:Q6DM59eE0
信じて待ってた!
相変わらず面白かったズェ

95名無しさん:2021/11/05(金) 13:36:41 ID:q/ru7CBA0
乙!
超待ってた!!相変わらず面白かった!!

96名無しさん:2023/09/02(土) 22:42:15 ID:DEIlVJX60
待ってるよ〜


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