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( ФωФ)ロマネスクは誓いを果たすようです

1名無しさん:2020/08/26(水) 15:39:22 ID:jPMJIv5Q0
小石が小刻みに震えるほどの地鳴り。
遥か彼方に巻き上がる砂煙と、蠢く黒い影。
全てを照らす陽光をも遮る黄塵万丈にかすむ大地。
暗雲が垂れ込め、まだ真昼だというのに日が暮れたように薄暗くなる。
まるでかの魔のものたちによる時代の幕開けである、と言わんばかりに。

この世のものとは思えぬ光景に兵士たちの士気が下がりかけた瞬間――


------------=================ニニニニニ三三三三三ニニニニニ=================------------




一陣の風が吹き抜ける。


「――聞けい、皆の者ォ! これは天地開闢以来の大戦であるッッッ!」





.                 ( ФωФ)ロマネスクは誓いを果たすようです



                            The End of an Era
                       01話  一つの時代の終焉






------------=================ニニニニニ三三三三三ニニニニニ=================------------

47名無しさん:2021/01/12(火) 23:19:01 ID:O6olsE5s0
( ФωФ)「それに……剣を、忠義を、そして獅子隊と共に命を賭して……久遠の栄光あれとすべてを擲って護った筈のヴィップ国は今や亡国。
       最も護りたかったものを護れぬまま、誓いを果たせぬまま散った男を、どうして英雄などと言えるのだ。哀れな末路と言わずして何と言うのだ?」

そう言い放つと、ロマネスクは酒を一気に流し込む。飲まずにはいられなかった。
その後に大きく溜息を吐くと、すぐ頭を下げる。

( ФωФ)「すまない、謝罪する。不躾であった」

/ ゚、。 /「いえ。そういった見方をされる方は初めてですので新鮮、と言ってはかの戦獅子に叱責されてしまいますかね」

ロマネスクは思わずそのようなことはない、と口にしようとしたところで、すんで留めた。

/ ゚、。 /「しかし、何やらお詳しい様子。私はかの"魔法使い"が残した戦獅子の英雄譚を元にしていますが、あなたはどんな伝記を?」

( ФωФ)「今、何と? ハインリッヒが……ロマネスクのことを?」

/ ゚、。 /「え、ええ。人魔戦争にてロマネスク・スラギ諸共、魔王を消滅せし後……
      それを悔いるようにロマネスク・スラギの事を記したものが多くありまして。いずれも勇名を讃えるものばかりです」

その言葉にロマネスクは大きく反応し、食い入るように問い返す。
ダイオードは予想外の反応に驚きつつも、鈴のような声で返した。

( ФωФ)「そう、か……」

ロマネスクにとってはにわかに信じがたい言葉だった。
魔術の事以外に興味をほとんど示さなかったあのハインリッヒが、悔いるように己の事を記するなどと。
口を開けば己のことをでかぶつだの、木偶の坊だのと言い続け、ついぞその口から己の名を聞くことはなかった。
故に己の事など忘れ去っていただろうと思っていたが。


――おい、でかぶつ。お前を囮として魔王を誘き寄せる手筈だが、魔王が見えたらすぐその場から離脱しろ。
   オレの計算じゃお前の足なら間に合うはずだ、とち狂ってそのまま足止めしようなどと思うな。……死ぬなよ。

――善処はしましょう。ですが、好機と見れば躊躇わぬよう。


最後に交わされた会話をふと思い出す。
己にとっては前日の事なのに、今や四百年もの前のものとなっていることが、どこか滑稽に感じた。
あの時は、王や姫君とその側近たちもいたはずだった。
もしかするとこの会話も脚色されて書物などに残されているのだろうか、とロマネスクはぼんやりと考えていた。

48名無しさん:2021/01/12(火) 23:22:49 ID:O6olsE5s0
背後からざわめきと共に複数の足音がする。
ロマネスクはその内二人がジョルジュとミセリだと気づいたが、もう一人は見知らぬものだった。

やや右に重心に寄っており、身につけているものは右手に槌、腰にはノミ等の工具類。
足音の間隔からして小柄だが重みは十二分にあり、鍛えられた肉体――おそらく鍛冶に関わるものだろう、と足音のみでロマネスクはそう判断した。
ロマネスクの目の前にいたダイオードとショボンの目が見開かれる。その瞳には敬意がこめられていた。

<_プー゚)フ「よォ、いいモン聴かせてもらったぜ」

/ ゚、。 /「これは……"鉄槌"様からそのようなお言葉をいただくとは。ありがとうございます」

(´・ω・`)「エクストさん、まさか貴方がいらっしゃるとは」

ロマネスクが振り返ると、ジョルジュとミセリの間に立派な揉み上げと顔を覆わんばかりの髭をたくわえたドワーフがいた。
ミセリよりも小柄だが漂う雰囲気は歴戦のもので、その腕は隣にいる豪腕ほどではないせよ、逞しく太い。特に右腕は左腕と比べてより逞しく、火傷跡が多かった。
鉄槌を握りしめているごつごつとした手は幾多の武具を叩き上げていた事を雄弁に証明するもの。

ラウンジ一の鍛冶屋。歯車王の後継者。"鉄槌"エクスト。
この男を呼ぶ名は数あれど、積み上げてきた実績と腕を評価する点においては共通しているものだ。

<_プー゚)フ「あンたの言う火急だ。おれでなきゃ荷が重ェってもンよ」
  _
( ゚∀゚)「んな事言ってどうせサボりだろ、歯車王絡みで忙しいんじゃねえのか」

<_プー゚)フ「ハッハッハッ! 頑固ジジイどもはどうにも伝統だの礼節だのに煩くて仕方ねェ。息抜きだ息抜き」

ジョルジュの腕を肘でごつきながらも豪快に笑うエクスト。
二人は年少より付き合いがあり、所謂幼馴染という関係だった。
ジョルジュの腰にある籠手はエクスト直々打った逸品であり、"豪腕"と呼ばれる一つの理由でもあった。

ミセ*゚ー゚)リ「ジョルジュがあのエクストさんと幼馴染って聞いた時、下手な嘘だと思ったんだけどなあ」
  _
( ゚∀゚)「どっちが先に世界に名を轟かせるヤツになれるか、って俺は冒険の道を、こいつは鍛冶の道を歩んだもんだが……今じゃ歯車王の一歩手前か」

鍛冶師ギルドを筆頭とする数々のギルドの推薦、そして何より当代歯車王から直々出される試練を経て鍛冶の頂点として送られる称号である"歯車王"。
その歴史は深く、初代歯車王であるシブサワの代は四百二十年前にまで遡る。

49名無しさん:2021/01/12(火) 23:27:57 ID:O6olsE5s0
鍛冶という世界は年功序列の考えが実に根深く、最も若くしてその座に就いた十七代目マタンキですら四十二才である。
それでも若すぎるという意見が多数あったほどと言われれば、どれだけ狭く厳しき門であるか分かるだろう。
しかし、その年功序列は有無を言わせぬ実績と質を保証するもの。

如何な年数と場数を踏んだ職人とてかすかな耄碌を見せ、歯車王の名に見合わぬとなれば即座に剥奪される。
たった一つの打ち損ないが命に直結する世界において、鍛冶の頂点たる歯車王は絶対のものでなければいけない。
その考えの下での厳しい年功序列であった。

そんな中で、弱冠二十六才にして歯車王に最も近い者と謳われる特異点。

曰く、あらゆる素材の鍛造に最適の温度を見極めるその瞳は天から授かられたもの。
一晩で数十個の武具を打ちながらも、それらの面積が全く同一と驚異的な精度を誇るその一振りはまるで魔法。あれが打てぬものなど何もないと。
鉱石の扱いに秀でており、鍛冶という世界で幾多の傑物を生み出してきたドワーフの一族の中でも特に天才と称された男。

それがエクストだった。

<_プー゚)フ「ヘヘ、お前も白金級にしちゃ"豪腕"って呼ばれてるじゃねェか。
         よくやってる方だぜ? ま、おれの勝ちだがな。歯車王になった時ァ楽しみにしてるぜ」
  _
( ゚∀゚)「フン、覚えてやがれ」

顔を歪ませるジョルジュに大きな笑い声を上げるエクストだったが、一転鋭い瞳をショボンに向ける。

<_プー゚)フ「で、要件は」

(´・ω・`)「鎧を検分していただきたく。貴方ほどの方ならば、詳細は直接見られた方が早いかと」

<_プー゚)フ「フゥン……わざわざ火急ってンだ、楽しみにしとくぜ」


(´・ω・`)「申し訳ございません、貴方が身に付けられていた物で気になる点がありまして」

ショボンはロマネスクへ頭を下げる。
気を失っていたとはいえ、無断で生命線たる武具を一時的にと言えども他人に明け渡すことになるのだ。

( ФωФ)「う、む……」

しかし、思考に耽っているロマネスクの反応は薄い。

ヴィップ国が滅んだ。
その事実を受け止めきるには戦獅子と言えども――いや、全てを捧げた戦獅子だからこそ、堪えるものがあった。

50名無しさん:2021/01/12(火) 23:33:13 ID:O6olsE5s0
( ФωФ)「失礼した。エクスト殿は相当腕の立つ方とお見受けする。己は門外漢である故、瑕疵等あれば忌憚のない意見を」

だが、小さく首を振るとすぐ切り替えて返す。感情を抑制しきる術は身につけていた。
身に付けねば、気が狂うほどの闘争に明け暮れていたのである。

ロマネスクはこの時代を生きてはいないものの、エクストの佇まい、風格、そして何よりも雄弁に語る肉体からただ者ではないと察していた。
今思えば、あの大戦で随分と酷使したもの。
これほど腕が立つ者に見てもらえるならば安心だろう。ロマネスクはそう考えた。

<_プー゚)フ「堅ェヤツだな。ま、おれに任せておけ」

(´・ω・`)「ダイオードさん。報酬などについてはペニサスに話を通してありますので、硬貨の集計が終え次第ということで」

ちらり、とショボンはペニサスに視線を向ける。
すでに集計作業を始めているペニサスは親指を立てて、頷き返す。

/ ゚、。 /「ありがとうございます。エクストさんとも機会がありましたら是非お話を」

<_プー゚)フ「オウ、こんな別嬪さんなら歓迎よ。用が済んだら酌を頼まァ」

/ ゚、。 /「ふふ、それでは……あなた方は"豪腕"ジョルジュさんと、ミセリさんでしたか。
       お二人の噂はかねがね、お会いできて光栄です。ペニサスさんはまだ時間がかかりそうですし、お話を聞かせても?」
  _
( ゚∀゚)「別に構わねえが、ミセリがな」 ミセ*゚ー゚)リ「ええ、ええ! 実はわたしダイオードさんのファンで……!」

ミセリから上がる高い声を尻目に、三人は革鎧がある部屋へと向かった。

51名無しさん:2021/01/12(火) 23:35:11 ID:O6olsE5s0
<_プー゚)フ「オ、竜革たァ珍しいもン、を……?」

部屋に入るなり、漆黒の革鎧がエクストの目に入る。

<_プー゚)フ「ンン……? やけに古くせェ技だな。いや、ンな事よりも竜革を竜髭で縫い合わせてやがるのか? ……まさか」

歓喜の表情から一転、疑念の表情に変わる。信じられないものを見る目だった。
すぐ手に取り、舐め回すように隅々まで目を巡らせながら触り尽くす。

<_プー゚)フ「ハッ。コイツを作ったヤツァ、ネジが一本どころか全部吹っ飛んでやがるな」

しばしの凝視の後、呆れたような笑い。

<_プー゚)フ「文字通り全部ドラゴンだ。革、鱗、髭、歯、骨、鬣、挙げ句の果てには血まで使うたァ徹底してやがる。それも……最上級のもンだ」

(´・ω・`)「血までも、ですか……」

ショボンが絶句する。ドラゴンの血は魔力そのものであり、一口飲むだけで一時とはいえその身に竜の力が宿るという。
その血に漬ける事で魔力をふんだんに込める事ができ、魔力を消費せず魔術を行使できる上級スクロールの素材の一つだったとショボンは記憶していた。

そしてドラゴンそのものを素材とする――これが二重の意味でどれだけ難しいことか。
ドラゴンの根絶のためにかつて国を越えて結成された対竜隊があった時代ですら、価値の高さから素材の分配で相当揉めたと聞く。

そのドラゴンが絶滅して久しい今、尚更貴重であるものとなっている。その価値は言うまでもない。
それに加え、強靭すぎるが故に加工が最も難しいものとされているはずのそれらが、全部この鎧に使われているという。

どれだけの価値があるのかショボンにはとても検討がつかなかった。
いくつもの国に支店を抱える大商人の下へ持ち込んでも、値段はつけられないと断られるだろう。
少なくとも、国が動かざるを得ないほどのものであることは間違いないと言ってよかった。

(´・ω・`)「百年以上前に絶滅したとされる竜種の素材のみで作られた鎧。にわかには信じがたいですが……あなたが言うのならば事実なのでしょう」

<_プー゚)フ「あァ、おれの名に賭けてもいい、が……」

すべてドラゴンの素材で出来ている時点で異常以外の何ものではないが、これだけなのか、という疑念も生まれていた。
細部まで巡らせた視線を一度外して全体を見据えると、えも言われぬ違和感があった。
エクストの直感はまだ何かがあると告げている。

何か見落としはないかと改めて観察する。"傷はない"が、実に使い込まれている。
幾多の戦場で共にし続けたのだろう――傷がない?

否。

使い込まれ具合と比べて傷がなさすぎるのだ。不自然なまでに。

52名無しさん:2021/01/12(火) 23:39:27 ID:O6olsE5s0

エクストは違和感の正体に気づくと、すぐさまベルトにあるノミを取り出し、革の部分に刃を当て槌を振りかぶる。
鉄と鉄がぶつかったような高い音が響く。

(;´・ω・`)「何を!?」

革にはわずかに傷をつけるに留まったものの、莫大な価値のあるものに傷をつけるとはどういうことなのか、とショボンは問い質そうとした。

<_プー゚)フ「少し待て。あンたもこの傷を見ろ。おれの目がおかしくなってる可能性があるからな」

それを制するようにエクストは掌を向けた。
ショボンは訝しみながらも、エクストと共に傷を凝視するが変化はない。
一体どういう、と声に出そうとしたところで、鼓動するかのように鎧の革がかすかにうねり、傷が癒えるようにじわじわと塞がれる。

(;´・ω・`)「これは……」

目を疑う光景だった。無機物であるはずの鎧が、急に得体のしれない恐ろしいものに感じた。
脂汗がエクストの頬を伝う。首には大粒の汗が滝のように流れていた。
どれほど時が経ったのかわからなかった。エクストは頭を金槌で叩きのめされたような感覚が未だに消えずにいた。
それでもエクストは目を離すことができなかった。瞬きすら許されないと本能が告げていた。

(´・ω・`)「……エクストさん?」

ショボンの困惑した声でエクストは我に返ると、長い潜水を経て水面に上がった後のような大きく荒い息をする。

<_フ;゚ー゚)フ「店長さんよォ、これがなンなのか知った上でおれを呼んだンじゃねェよな」

その音色は興奮と、そして幾ばくかの感謝が込められていた。

(´・ω・`)「ええ、お恥ずかしながら。私の目にはドラゴン革の鎧であることしか……故に、専門家に見極めていただこうかと」

<_プー゚)フ「そうかい。ンじゃ"偉大なる一歩"てェ言葉は?」

(´・ω・`)「偉大なる一歩、ですか……初代"歯車王"と"魔法使い"により、この世で初めて誕生した魔具を指す言葉だと」

今や魔具は庶民の生活から最前線を立つ者たちの命を左右するまでのものになっている。
この一歩がなければ、今の生活は成り立たない。故に、偉大なる一歩と。

<_プー゚)フ「一つ違ェ点がある。その一歩は魔具じゃねェ」

53名無しさん:2021/01/12(火) 23:47:31 ID:O6olsE5s0
<_プー゚)フ「生きている装備――誇張でもなンでもなく、文字通り生きているンだ。
         『魂をモノに込める』……ンな馬鹿げた事を初代歯車王は成し遂げた。その副産物が魔具ってェワケだ」

この生きている装備の実現を歴代の歯車王たちが追い求めてやまず、中には禁呪に手を染めた者もいたという。
しかし、誰もその一歩に追いつく事すらできなかった。精々魔術を込める程度――魔具の再現が限界だったのだ。
それでも魔具の普及は常識を一変させる偉業に値するものであり、革新的なのだが、とエクストは続けると溜息をつく。

<_プー゚)フ「だからよォ、沽券に関わるとして偉大なる一歩の正体を副産物であるはずの魔具としちまった。
         この道に人生を捧げてきた、頑固な偏屈ジジイどもの誇りを真正面からへし折ったシロモンだ」

(´・ω・`)「まさか」

革鎧を見つめるエクストの目には劣等感に染まっていた。
ありとあらゆる武器を、防具を、魔具を叩いてきた。英雄と呼ばれる者たちを見事に守り遂げたものを作り上げてきた。
自分が一番だと信じて疑わなかった。それは師匠を前にしてもなお変わることはなかった。

<_プー゚)フ「……信じたかねェが、コイツは最も遠い、遠い……一歩だ」

だが、目の前にあるこれはどうだ。実に古臭い技術だが、その中で研ぎ澄まされたものは間違いなく"到達点"の一つ。
まるで大海だった。歯車王の後継者と呼ばれる自らが、井の中の蛙と痛感させられるほどのものだった。

<_プー゚)フ「なァ。あンた、ナニモンだ?」

何者か。
平常ならば、ロマネスクはその言葉に対して即座にヴィップ国のロマネスク・スラギと名乗り上げただろう。
獅子隊が長。ヴィップ国王より直々に受け賜わられし名の"戦獅子"として。

だが、その名だけが語り継がれたこの時代において、己は一体何者なのか。
そもそもとうの昔に死んでいるはずの身である。今ここに存在するのも憚られるもの。
この時代から隔絶された存在。ロマネスクに途轍もない孤独感が再び襲い掛かった。

これまでに築き上げてきたものが、砂上の楼閣のようにもろく崩れ去る。
自分自身が雲散霧消するような感覚。自分の存在を確かめるように、ロマネスクの拳に力が入る。

( ФωФ)「…………」

問いに対して、ロマネスクは何も答えを出せずにいた。
四百年の時を越えてここにいる――そう伝えたとて、荒唐無稽な話としか認識されないだろうと。

<_プー゚)フ「……詮索はしねェって暗黙の了解は重々承知しているがなァ、こればかりは吐いてもらうぜ。これはどこで見つけたンだ?」

( ФωФ)「さる御仁に打っていただいた。名はシブサワと」

<_プー゚)フ「はァ? そいつァ――」

エクストが何かを言いかけたところで、密室であるはずの部屋にどこからもなく痩せぎすの男が現れる。

54名無しさん:2021/01/13(水) 00:03:14 ID:rAvOGtzU0
( ∵)「店長、非常事態。 ラングリンの森より"魔人"が。
    街にも魔物が侵入、一部の冒険者と兵士たちが食い止めているが後続が絶えない状態」

(´・ω・`)「……そうか。立て続けですまないが魔術師ギルド、そして教会へ連絡を」

( ∵)「了解」

ショボンの指示を受けると音もなく、部屋からかき消えた。
気配を全く感じさせなかった人物に、ロマネスクは思わず冷や汗をかいた。
影の者であることは間違いないだろうが、あれは相当の手練だ。

<_プー゚)フ「チッ。おいあンた、得物はどうした」

そう言われ、長年付き添ってきた大剣がここにないことに気付き、エクストに対してロマネスクは首を振る。
ロマネスクは血みどろの記憶の中で彼方へと弾き飛ばされたことを思い出し、小さく溜息を吐く。

<_プー゚)フ「そうかい。おい店長さんよ、こないだ調整したばかりのあの弓あンだろ」

(´・ω・`)「あれは大の男が三人がかり、一人だとジョルジュでしか引き絞れぬもの。とても実用的とは言えないのでは」

<_プー゚)フ「おれァ注文通りに作っただけだぜ、扱えねェヤツが悪ィ。ま、コイツの手なら扱えンだろ」

ショボンはロマネスクの手に見やり、頷く。そのまま小走りで部屋から出ると、しばらくして大弓を肩に担いで戻ってきた。
その弓は巨大の一言だった。一八五センチあるショボンどころか、それより一回り大きいロマネスクの身の丈をも上回る長大なもの。
弦は通常のものより太く、生半可な力では引き絞れないことが一目でわかる。

<_プー゚)フ「材は千年樹を一本丸ごと削り出したもンを、弦には魔法陣を"直に"書き入れて魔力をふんだんに込めた竜髭を何本も編んだ。
         製法は遥か東方の国、ソーサクのもンに手を加えた。へなちょこ矢だろうがこの弓で引き絞りゃア、天をも穿つもンになる。おれの最高傑作のひとつだ、どうでい」

ロマネスクは大弓を握りしめる。これほど見事な弓は見たこともなかった。
自らが愛用していた大剣にも比類しうるほどのものだろう。
これほどのものを見知らぬ己に貸し出す理由はわからないが、得物を持たない今、どんなものよりも有り難いものだった。

( ФωФ)「どのような言葉でもこの弓の前では無粋、一矢を以て応えよう。名はなんと?」

<_プー゚)フ「フン、言うじゃねェか。おれァ竜をこの弓で撃ち落とすのが夢なンだ。だからよォ、"竜殺し"としても名が知れてるヤツの名をつけた」

エクストはちらりと革鎧の方に見やる。いかに一つの到達点と言えども、数十年もあれば追い抜けぬほどではない。
むしろ自らが新たな到達点へと辿り着かねばならない。その決意を込めた目をロマネスクの方に向ける。

<_プー゚)フ「天空の王たる竜を穿し者――"天穿"、それがコイツの名だ」

( ФωФ)「……その名に恥じぬよう、肝に銘じよう」

55名無しさん:2021/01/13(水) 00:08:22 ID:rAvOGtzU0
ロマネスクは複雑な面持ちをしながらも、弓を上へ垂直に持ち上げるとぐ、と力を込めて弦をゆっくりと引き絞る。
きしむ音と共に、引き絞る両腕の筋肉が盛り上がる。
果たしてその弦は目いっぱいまで引き絞られ、そのまま手放される。

瞬間、轟音と一陣の風が部屋内に吹き抜けた。ロマネスクは残心の後、ゆっくりと弓を横に倒す。

<_プー゚)フ「へェ――こいつァ予想以上だな」

(´・ω・`)「……なんと」

エクストとショボンの口から感嘆の声が漏れる。
あの弓を、十全に扱える者がいたとは。
豪腕として名が知られているジョルジュですら、引き絞るのが精一杯だというのに。

( ФωФ)「感謝を」

ロマネスクは頭を下げると、屈強な体に漆黒の革鎧と矢筒を身につけていく。
一つのルーティンとして何千回も繰り返してきた動作に一切の淀みはなく、瞬く間に装着が終わる。
次に頭に手をやると、戦獅子としてあるべきのものがない事に気づいた。自らの臆病を隠すために身に着けたものが。

だが、忠誠を誓った国が滅んだこの時代において、"戦獅子"の名はもはや無意味だろう。
ここにいるのはただのロマネスク。生きる理由は無けれども、まずはショボンたちに命を救ってくれた恩義を返す事のみを考えよう。
返しきったその後は――ロマネスクはそれ以上、考えることをやめた。

( ФωФ)「このロマネスク。義によりて助太刀いたす」

(´・ω・`)「……ええ。よろしくお願いします」

ショボンはただならぬ気配にやや気圧されながらも、言葉を返した。
それを見届けたロマネスクは頷くと、外へと力強く一歩を踏み出した。


<_プー゚)フ「…………」

エクストはその名を知っていた。
幼い頃より師匠と仰いだ人物より、耳にタコが出来るほど聞いた名だった。

56名無しさん:2021/01/13(水) 00:10:57 ID:rAvOGtzU0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「……シブサワにロマネスク、ねェ」


――初代"歯車王"と、"戦獅子"。かつて偉大なる一歩を生み出した者と、それを授けた相手の名。



                 ( ФωФ)ロマネスクは誓いを果たすようです




                              A Great Step
                       03話    偉大なる一歩




                               完



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

57名無しさん:2021/01/13(水) 00:16:01 ID:rAvOGtzU0
あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
大変お待たせいたしました。以上で本日の投下は終了となります。

58名無しさん:2021/01/13(水) 00:20:56 ID:cb7xciXk0
乙!!

59名無しさん:2021/01/13(水) 07:24:57 ID:n0xi1MH20
ええやん

60名無しさん:2021/01/13(水) 08:24:50 ID:TKWJUFiE0
エクスト好き 乙

61名無しさん:2021/01/13(水) 09:16:35 ID:.2/o0tS20
続き待ってた乙!
エクストいいキャラしてて好き

62名無しさん:2021/01/13(水) 21:01:30 ID:UEwSqyFQ0
やったぜ!

63名無しさん:2021/01/14(木) 00:17:32 ID:5NrpP5e20
めちゃ面白い!
期待!

64名無しさん:2021/02/13(土) 13:13:33 ID:7.KP3Hao0
クソ面白い
めちゃめちゃいいな

65名無しさん:2021/02/22(月) 07:25:20 ID:/ezOfgpU0
追いついた
世界観にワクワクさせられつつもスタート時点から喪失が根差してるのが悲しくてロマに感情移入してしまう・・・続き待機

66名無しさん:2021/05/01(土) 06:46:25 ID:4cMfibvs0
期待age

67名無しさん:2021/11/03(水) 00:00:48 ID:eMcxfsSQ0
「グルルルルゥ……」

 鉄のように硬い体毛に生半可な刃を通さない肉。
 女性の腰回りほどの大きさで、強靭なバネをつくり出すしなやかで強靭な脚。

 僅かでも隙を見せたが最後。
 その脚で瞬く間に距離を詰められ、凶暴な牙と爪で食い破られる。

 闇の中、森で出くわせば死を覚悟しろ――この言葉で知られる、恐怖の代名詞。
 それがワーウルフだった。

(=゚ω゚)ノ「ちっ、結界があったはずだが……!」

 ブレンデッドの軍団長イヨゥは長剣を振るい、襲いかかってきたワーウルフたちの牙を凌ぎながら舌打ちをする。

 このブレンデッドに限らず、人間の領域には魔物を寄せ付けない結界が貼られている。
 その結界魔術は統治する者に受け継がれ、維持し続ける事が主としての責任の一つであった。

 人知の結晶とも言うべきそれは非常に強力なもので、街の中に魔物が侵入するなどこれまでになかった事態だった。

(=゚ω゚)ノ「おい、危ねえょぅ!」

「た、助かりました! 軍団長殿、こいつら……!」

(=゚ω゚)ノ「言われずとも分かっているょぅ! 固まれ! こいつら孤立した奴から襲いかかってきやがるょぅ!」

 しかも、その魔物たちも統率が取れている。取れすぎているのだ。
 孤立した兵士や冒険者には必ず複数で襲いかかり、そうでなければ力なき民たちに襲いかかる。
 その動きも俊敏な軍隊のようで、僅かでも不利と見ればその健脚を活かして離脱する。

 気が付けば建物にも多大な被害が与えられてしまっている。貯蔵庫や井戸なども荒らされているという報告も耳にしている。
 命を刈り取りながら、的確にこちらの補給線を断ちに来ている。

 熟練の軍隊が行うゲリラ戦術じみた立ち回り。それをワーウルフたちがしている。

(=゚ω゚)ノ「一体何なんだょぅ……!」

 明らかに何かがある。だが、それが何なのかわからない。
 予兆らしきものは今朝から魔物が見かけないという報告のみ。それまではいつも通りの日常だったのだ。

68名無しさん:2021/11/03(水) 00:02:08 ID:eMcxfsSQ0
 幸いにも、あのバーボンハウスのショボンが緊急依頼を発令した事は周知されていた。
 それを受けて兵士たちも警戒を強めていたところだった。
 だからこそ、中級以上の冒険者と共に、侵入してくる魔物たちには対応できていた。

 とにかく民たちに避難指示を出し続け、この前線を守り切るしかない――そう考えていたイヨゥの頭に、忍び寄る殺意があった。

(=゚ω゚)ノ「ッ!」

 その殺意に素早く反応し、身体をひねり長剣を振るう。
 イヨゥは裸一貫で軍団長にまで上り詰めた男である。この殺意に気づかないはずもない。

(;=゚ω゚)ノ「はっ……!?」

 しかし、振り返った先には長剣が素手で掴まれている信じがたい光景だった。
 そしてイヨゥの頭を噛砕さんとしていたワーウルフが、同じく素手の拳で吹き飛ぶ様がイヨゥの瞳に映っていた。
  _
( ゚∀゚)「いい反応してんじゃねえかよ、イヨゥ軍団長?」

 陽に照らされ黄金色に煌めく短髪に、不敵な笑みをたたえる頑健な偉丈夫。
 日焼けた肉体は誰もが振り向くほどの威厳に満ちたもの。
 逞しく隆起した両腕は彫刻のように美しく、それでいて荒々しさを持ち合わせていた。

(=゚ω゚)ノ「ジョルジュ……!」

 太い首の下には等級を証明する白金のタグがぶら下がっている。

 冒険者ギルドに属する冒険者の等級は銅級から始まり、見習いから脱した銀級。一端の冒険者である金級。
 熟練を証明する白金級。冒険者の上澄みであり人外の域でもある金剛級。そして伝説とまで称される翡翠級で終わる。

69名無しさん:2021/11/03(水) 00:03:55 ID:eMcxfsSQ0
.

(=゚ω゚)ノ「……ま、助かった事に変わりはないょぅ。ありがとょぅ!」
  _
( ゚∀゚)「律儀だな。お前の出る幕じゃねえと言われると思ったんだが」

(=゚ω゚)ノ「ここまで侵入された以上、今は猫の手も借りたいんだよぅ。"豪腕"が来てくれりゃ百人力だょぅ」

 "豪腕"といった冒険者における二つ名は築き上げた実績と信頼を証明するもの。
 最低でも金剛級でなければ検討もされないほど、非常に重く価値のあるものであり、幾多の冒険者の憧れでもあった。
 だが、この男に限ってはそうではなかった。

   ネームドモンスター
 特別指定討伐対象――魔物の中でも特に力を持ち、ギルドと国の協議の末に多大な脅威と認めたものに対して特別に名が付けられる存在。
 白金級以上の等級でなければ、挑むことすら許されないものたち。

 一体だけでも打倒すればそれは一つの英雄譚として、生涯の誇りとして語り継がれるほどの脅威。
 金剛級に至るいくつかの条件の一つにこの特別指定討伐対象の討伐経験があり、人外への登竜門といえるもの。



 七。



 この男が屠ってきた特別指定討伐対象の数であり――






.

70名無しさん:2021/11/03(水) 00:04:54 ID:eMcxfsSQ0
.




------------=================ニニニニニ三三三三三ニニニニニ=================------------



  _
( ゚∀゚)「ここは俺に任せとけ」


 ――――白金級として異例である、"豪腕"という二つ名を授けられる最大の理由。





                 ( ФωФ)ロマネスクは誓いを果たすようです



                          Georges, the Stoutarm
                     04話     "豪腕"ジョルジュ






------------=================ニニニニニ三三三三三ニニニニニ=================------------




.

71名無しさん:2021/11/03(水) 00:06:42 ID:eMcxfsSQ0
(=゚ω゚)ノ「ああ、後は頼むょぅ!」

 イヨゥはそう言うや否や、街中へと侵入してきた魔物に対処すべく駆け、兵士たちへ指示を出していく。


 国仕えの兵士たちの手が行き届かない部分はどうしても生じる。
 それこそが冒険者ギルドのターゲットであり、需要である。

 冒険という名通り未開の迷宮――ダンジョンの探索から、民たちの些細な依頼まで何でもこなす傭兵。
 そしてこの緊急事態において、最も柔軟に動ける存在でもある。

「おい婆ちゃん、おぶされ!」

「こっちだ、早くしろ!」

 独力で魔物たちを打倒する力がない、銀級以下の低級冒険者たちが駆ける。

 "身の程を知る"。

 バーボンハウスで真っ先に教えられる言葉であり、鉄則。
 それに従い、低級冒険者たちは兵士たちと連携し、民たちを避難させるべく奔走する。
 金級以上の冒険者たちは臨時的に徒党を組み、迫りくる脅威に対して刃と魔術を以て退けていく。

「おい、そこの! ここは俺たちに任せろ!」

「感謝する、こちらも何人か残していく。では私達は南へ援護に向かう!」

「おっちゃん、こっちは済んだぞ!」

(=゚ω゚)ノ「助かるょぅ! 次は西の方を頼むょぅ!」

 この場での民たちの避難を補助し終えた冒険者の一人が、イヨゥに声を張り上げる。
 イヨゥもまた感謝の意と共に、指示を出す。

72名無しさん:2021/11/03(水) 00:10:00 ID:eMcxfsSQ0
 兵士たちはお互いに目を配ると、走り去らんとする冒険者へ踵を揃え、右手で作ったこぶしを胸に叩いた。
 本来ならば目上の者に対する敬礼である。それを見た冒険者たちは一同に目を丸くした。

「……! へへ、俺ァ初めて敬礼をされたぜ」

「おれもだ。こんな気持ちいいもんを毎日されるたあ、上の奴らは幸せもんだな」

 一般的に国仕えの兵士と冒険者の仲は悪いとされる。
 国に仕え、秩序の下に誇りを尊重する兵士達の中に、荒くれ揃いである冒険者の事を快く思う者は少ない。
 それは自由を好む冒険者たちも同様だった。お互いに譲らず、諍いが絶えることはなかった。

「貴殿らには随分と手を焼かされたが……同じブレンデッドの一員として敬意を。そして幸運を祈る」

 しかしながら、このブレンデッドという街を愛するという点においては一致していた。

「へっ、相変わらずお堅い事で。だが悪くねえ、あんたらにも幸運があらんことを!」

 冒険者たちは拳で自らの胸を数回叩き、その勢いのまま兵士たちに向ける。
 形式もへったくれもないものではあるが、冒険者なりの返礼だった。兵士たちはふ、と口角を上げる。

 それを見た冒険者たちは豪快に笑いながら、そのまま西へと駆けていく。

「失礼しました、軍団長殿! 罰則は後日受けさせていただきたく。ご指示を!」

(=゚ω゚)ノ「ああ。では第一班は冒険者と共に西へ! 第二班は引き続き東で逃げ遅れた者がいないかを確認せよ!」

「「はっ!」」

(=゚ω゚)ノ「第三班は南へ援護! 残りの班はこの北区でさらなる脅威を食い止めるぞ!
     ……最後に、先ほどはよくやった! 罰則については私自らしごいてやる事としよう! 故に――みな、生き延びよ! 以上、散開!」

 応、と勢いよく兵士たちから声が上がり、自らの役割を果たすべく散開する。

73名無しさん:2021/11/03(水) 00:13:22 ID:eMcxfsSQ0
  _
( ゚∀゚)「…………」

 ジョルジュは門の前で誇示するように親指で一本ずつ指を鳴らしていく。
 その音が鳴るたび、群れを成していたワーウルフから怯えの感情が発せられる。
 絶対強者。強き獣であるほど、その気配には敏感であった。
  _
( ゚∀゚)「出てこいよ」

 ひとしきり鳴らした後、腰掛けていた籠手に手を突っ込み、ファイティングポーズをとる。
 そのジョルジュの瞳にワーウルフたちの姿は映っていない。

 見えぬ気配。それに対してジョルジュは気を吐いていた。
 それに応えるように、ワーウルフの群れの奥から空気の歪みが生じる。

( ゚∋゚)

 ゆらりと一つの影が現れる。雄牛のように強靭な筋骨をもつ立派な体格に、巨大な闘鶏の頭。
 そして、何より圧倒的な存在感。それはそばにいるワーウルフ達が仔犬に見えてしまうほどのもの。

 周囲に空気の歪みが生じるほどの魔力。
 人ならざるもの――"魔のもの"であることは明らかだった。

( ゚∋゚)「『行け。食らい尽くせ』」

 人には理解できない言葉で指示を出すと、ワーウルフたちが抱いていた怯えの感情が殺意に変容する。
 ワーウルフの群れはその健脚で俊敏に散ったかと思うと、目前にいる一人の人間を蹂躙すべく多方向から一斉に飛び掛かる。
 それはまさしく複数で行う狩りそのものであり、常人ならば一溜まりもないだろう。
  _
( ゚∀゚)「ナメられたもんだ」

 だがジョルジュは真っ直ぐに駆ける。真正面から突っ込んできたワーウルフの牙をするりとかわし、その勢いのまま拳を叩きこむ。
 血しぶきと共に一匹の命が失われるも、その程度ではワーウルフたちの牙は止まらない。
 そのまま牙がジョルジュに届こうとした瞬間、その牙たちがへし折られる。
  _
( ゚∀゚)「ふっ……!」

 ほんの一息を吐き、拳を数回振るうだけで一匹、二匹、三匹、四匹と幾多の命が失われてゆく。
 同胞たちが命を散らす様に、後詰めのワーウルフ達は吹き荒ぶ暴風を感じ取った。
 まさしく嵐。それに突っ込むなど自殺行為だと野生の勘が警鐘を鳴らしていた。

 しかし、死への恐れよりも同胞が殺された事に対する怒りが上回った。
 その仇を打たんとし、より鋭さを増してジョルジュへ飛び掛かる。

74名無しさん:2021/11/03(水) 00:16:39 ID:eMcxfsSQ0
  _
( ゚∀゚)「その心意気だけは買ってやるよ」

 それでもジョルジュには届かない。
 一分にも満たない時間が経った。周囲には地に伏した十数匹のワーウルフが積まれている。
 ジョルジュの額には一筋の汗すらない。準備運動は済んだと言わんばかりに、太い首を鳴らす。

( ゚∋゚)「やはり相手にならぬか」
  _
( ゚∀゚)「……クックル、誰に唆された?」

 "魔人"クックル。魔のものでありながら、人の技術を貪欲に追い求めるもの。
 強者にしか興味はなく、まさしく求道者。弱きものと形容される人々に対しては振り向きすらしない。

 ある街に突如現れた特別指定討伐対象を強敵と見なし瞬く間に屠り、結果的に人々を助ける事もある。
 時として二つ名を持つある冒険者を「ここで命を散らすには実に惜しい」とし、絶体絶命の危機から救い上げた時もあった。

 強者にのみ興味が向けられるその思考は、弱きものである民達に害をなすことはほぼない。
 故に他の脅威と比べれば危険性は低いとも言える。
 そんなクックルが、特別指定討伐対象として厳戒されている理由はただひとつ。

 ――学び、成長し続ける魔の怪物。この一言に尽きた。
 あの怪物の矛先がいつこちらに向かうか分からないが故の恐れであった。
 そして、その恐れは今日、証明された。

 しかしながら、武人とも言えるほどの拘りを持つこのクックルが、無意味にワーウルフ達をけしかけるとはジョルジュは到底思えなかった。
 何度か拳を交えた仲だからこそ、それがより奇妙に感じた。

( ゚∋゚)「唆された、か。なぜそう考えたか問うても?」
  _
( ゚∀゚)「お前の趣味じゃねえだろうがよ」

 ぶっきらぼうに放れた言葉には信頼と疑念が込められていた。
 それを感じ取ったクックルは小さく笑う。

( ゚∋゚)「ふ、吾にそう言えるのは貴様ぐらいのものだろうな。貴様の夢はなんだ」

 突飛もない問いかけにジョルジュは怪訝そうな顔をするが、クックルの瞳は真剣そのものだった。
 しばしの逡巡の後、ジョルジュはため息をつくと口を開く。

75名無しさん:2021/11/03(水) 00:22:57 ID:eMcxfsSQ0
  _
( ゚∀゚)「相変わらずかってえな、そいつは」

 記憶通りの手応え。後ろへ跳躍し距離を取ったジョルジュが呆れたように口にする。
 人間の結界から着想を得、それを自らの肉体を覆うように這わせた魔力の障壁。
 この障壁すら破れぬものはこのクックルに挑む資格なし。一種の足切りだった。

( ゚∋゚)「弱きものではあるが、人の叡智というのはそう馬鹿にできたものではない」

 先走っちまったかな、とジョルジュは舌打ちをする。
 今この場には比翼の片割れであるミセリはいない。
 独力で目前の魔人を打ち倒すには些か力不足だと冷静に判断した。

 であれば、いかに時間を稼ぐか。
 かつてスラム街の王者として君臨していた男は、目的を瞬時に勝利から時間稼ぎまで思考を切り替える。
  _
( ゚∀゚)「そらよッ」

 懐から何かを取り出し、クックル目掛けて投げる。
 クックルは難なくそれを空中に弾くと、眩い光と共に爆発音が響く。

( ゚∋゚)「何らかの合図か」

 クックルはそう言うと一歩踏み出す。みしり、と空気が歪む。
  _
( ゚∀゚)「ッ!」

 ジョルジュは反射的に横っ飛びという回避行動を取るとほぼ同時に、クックルの足裏と接していた地が抉れる。
 その後、先程までいたジョルジュの位置にクックルの腕が振り下ろされる。
 遅れて聞こえる音と衝撃がジョルジュの身体を震わせた。
  _
( ゚∀゚)「エゲツねえな。どんな鍛え方してんだ? 参考にしてえ」

( ゚∋゚)「つくづく面白い男よ、そうこなくてはな」

 腕が振り下ろされた地面が大きくへこんでいる。掠っただけでもひとたまりもないだろう。
 ジョルジュは不敵な笑みを浮かべながら拳を構え直した。

76名無しさん:2021/11/03(水) 00:27:41 ID:eMcxfsSQ0
 数分ほどの攻防。二人の周囲には瓦礫の山が積まれている。
 人影どころか魔物の影すら見えない。
 吹き荒れる暴風に好き好んで介入するものはいないということだろう。

( ゚∋゚)「ただ一人で吾の障壁を打ち破らんとするとはな。実に見事、人間の身でよくぞここまで練り上げた」
  _
( ゚∀゚)「余裕綽々だな、クックル?」

 クックルは未だにその力の片鱗すら見せていない。それはジョルジュも同じことが言えた。
 それ故に、クックルがあからさまな時間稼ぎに付き合っていることは明らかだった。
 ジョルジュはその目的が未だに掴めないでいた。

( ゚∋゚)「ミセリと言ったか。貴様の"時間稼ぎ"に乗ってやっているのも、一刻も早く貴様の全力を味わいたいものでな」

 その疑念に答えるように、クックルはにやりと口角を上げる。
  _
( ゚∀゚)「……お前のそういうところ、相変わらずでなんか安心したわ」

( ゚∋゚)「む――」

 突如、クックルから闘志が消える。それと同時に視線がジョルジュの背後へと向けられる。
 搦手の可能性もあるが、クックルはそんな姑息な真似はしない。
 そう信じたジョルジュはすぐさま反応し、背後へ拳を振るった。


 最初に視界に入ったのは漆黒の棺桶。
 それと拳がぶつかり合うが、分厚い壁を殴りつけたような感触だった。
 その棺桶の蓋が開かれ、漆黒の炎がジョルジュに襲い掛かる。
  _
(;゚∀゚)「ぐ、っ……!」

 まともにそれを全身に浴びたジョルジュはうめき声と共に、初めて苦悶の表情を浮かべる。
 棺桶から炎と共に現れたのは、漆黒と真紅で彩られた装いと威厳に満ちた漆黒の口ひげを蓄えた紳士。

【+  】ゞ゚)「何をしている、クックル」

 その紳士が冷たい眼差しをクックルに向けながら、無感情のまま口にした。

( ゚∋゚)「オサム。久しく血湧き肉躍る相手だったが」

 クックルはオサムと呼んだ紳士を目にして不愉快な感情を隠さず、口を開いた。

 身一つ、腕一つでクックルと渡り合える人間はそういない。
 ジョルジュはその一人である事を改めて確信し、楽しんでいた部分は大いにあった。
 当初の目的を忘れるほどに。

77名無しさん:2021/11/03(水) 00:31:42 ID:eMcxfsSQ0
【+  】ゞ゚)「我らの目的を思い出せ。我らは何のために動いている?」

( ゚∋゚)「……全てはあの御身のために、心得よう。既に警戒されていたようだが?」

【+  】ゞ゚)「本来ならば夜の帳に紛れて強襲するつもりだったが……
       忌々しい事に、緊急依頼を発令された。気付く手立てはなかったはずだが」

( ゚∋゚)「今朝からしもべたちがやけに怯えていた。支配こそはしたが、そこから感付かれた可能性もある」

【+  】ゞ゚)「ふむ……まあいい、もう過ぎ去った事だ。反省は後でいくらでもできる、今が好機である事に変わりはせぬ」
  _
(;゚∀゚)「…………」

 ジョルジュは動かなかった。動けなかったとも言うべきだろう。

 "棺桶死"。
 その棺桶の中には無数の使い魔と魔術陣が敷き詰められ、それを一度放てば死を振り撒くが故に名付けられた名。
 一夜のうちにある街を呑み込んだ史上最悪の吸血鬼、特別指定討伐対象のひとり。

 その思考は実に悪辣。自らを上位存在と信じて疑わず、それでいて計算高い。
 人間の飽くなき欲望を巧みに操り、眷属を着々と増やし裏の世界を暗躍するもの。
 慎重深く、表舞台には滅多に顔を見せない。少なくとも陽が当たるこの場にはいないはずの大物。

 それが直々このブレンデッドへの襲撃という形で姿を現しているという事実に、ジョルジュは少なからぬ衝撃と共に寒気が走る。

 今朝の魔森の異変、破られた結界、そしてクックルの言う"あの御身"――これらの符号と、目前にいる棺桶死。
 弱者には一切興味を示さないクックルがその思想を曲げてまで弱者たちを狩るとなれば、上位者による指示によるものだろう。それもこのオサムではない。

 だが、クックルが従わざるを得ないほどの存在。そしてオサムが表舞台に姿を現すほどのものとは。
 そこまで考えに至った時点で、目前の二体から殺意が膨れ上がる。

【+  】ゞ゚)「"豪腕"。貴様には死んでもらわねばならん」

( ゚∋゚)「……これも戦場の常、悪く思うな」
  _
(;゚∀゚)「このまま見逃してもらいたかったもんだがな」

 ち、とジョルジュは小さく舌打ちをする。
 万全の状態ならばともかく、先程浴びせられてしまった漆黒の炎がちりちりと身体を蝕んでいる。

 一筋の汗がジョルジュの額から頬に伝う。
 その汗が顎へ、そして地へ落ちるまでの間にかつての記憶が走馬灯のように想起された。

78名無しさん:2021/11/03(水) 00:35:24 ID:eMcxfsSQ0
◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 "豪腕"ジョルジュは港街ミナルのスラム街に住まう孤児であった。


 スラム街の一員として、その日を生き永らえる毎日を過ごしていた。
 学は無けれども腕っぷしだけは自信があったジョルジュは、異常なまでに勝利というものに貪欲だった。
  _
( ゚∀゚)「これで俺の勝ちだ、有り金全部置いてもらうぜ」

 賭け試合という闘いに明け暮れる間は、無心でいられた。
 鼻持ちならない高飛車な騎士でも。表の世界で無類と称えられていた拳闘士でも。
 どんなものでも、闘いの下では残酷なまでに平等だったからだ。
  _
( ゚∀゚)(……足りねえ。もっと勝利を……)

 その平等の下で、勝利という美酒を味わっている間は得体のしれない不安や渇望から無縁でいられた。
 勝つためならば何でもした。生きるためならば靴すら舐める屈辱さえも受け入れた。
 命さえあれば勝てるというその強靭な意志を抱きながら。

 そうして、泥中の王者としてスラム街どころか、ミナルという港街の中でも一目置かれる存在にまで上り詰めた。

<_プー゚)フ「相変わらず無茶しやがるな」

 港街ミナルにおいて、名うての鍛冶屋として知られているドワーフの一族がいる。
 その中で5歳から鉄槌を握り始め、"鉄槌"の名と共に天賦の才を持つ神童でありながらスラム街に入り浸る問題児。
 そんなエクストとは、幼い頃より付き合いのある比翼の友だった。
  _
( ゚∀゚)「へ……くそったれな底辺だが、そのてっぺんまで上り詰めた。
     これで賭けは俺の勝ちだ。見返りになんか打ってくれんだろ?」

<_プー゚)フ「フン、おれァまだひよっこだが……約束してやる。
         このおれの名に懸けて、てめェに最高のもンを打ってやらァ」
  _
( ゚∀゚)「楽しみにしてるぜ、"鉄槌"さんよ」

にやり、と口角を上げるジョルジュを見て、エクストは豪快に笑い返した。

79名無しさん:2021/11/03(水) 00:37:52 ID:eMcxfsSQ0
 頂に立ってもなお、渇望が満たされることはなかった。
 闘いに明け暮れる中である噂を聞きつけた。

 曰く、多数の国からありとあらゆる人物が集うこの港町には一国の王すら跪く、裏の支配者がいると。
 それについて尋ねれば異口同音に「やめておけ」と口にし、それきり口を閉ざした。

 ジョルジュは港街の情報通に手当り次第に接触する毎日を送り、情報をかき集めた。

 "歯車王"。
 それが裏の支配者の名だった。

 鍛冶の頂点として送られる称号であり、幾百年前より続く伝統。
 その称号に相応しい者が現れない場合、決まってある存在がその席に座る。

 意志を持つ無機物。不滅のそれは初代歯車王の最高傑作と呼ばれるもの。
 名は語らず、ただ歯車王とだけ名乗り続けるという。

 その居場所はスラム街の最奥にあり、時としてエクストが姿を消す場所でもあった。
  _
( ゚∀゚)「灯台下暗しってか。エクスト、てめえの師匠が歯車王だったとはな」

<_プー゚)フ「言う義理もねェからな。ンで、知ったところでどうすンだ?」
  _
( ゚∀゚)「決まってらぁ、そいつにも"勝つ"。ただそれだけだ」

<_プー゚)フ「……ま、好きにしろ。師匠には命だけは取らンでくれとは伝えとくぜ」

 エクストは呆れたように溜息をつく。こうなったジョルジュは何を言っても止まらない事を知っていた。
 だが、今度ばかりは相手が悪すぎる。なんせ、相手は幾百年もの歳月を生き続ける文字通りの人外なのだから。


 好奇心は猫を殺すという言葉がある。

 学のないジョルジュはその言葉すら知らず――たとえ知っていたとしても、その好奇心を抑える事はしなかっただろう。

80名無しさん:2021/11/03(水) 00:41:28 ID:eMcxfsSQ0
 ジョルジュは歯車王のいる拠点へと入り込むと、侵入者用に作られたであろう魔具が見えた。
 それが赤い警告光を放ちながら近寄ってくる。

「――警告シマス、五秒以内ニ立チ去……」
  _
( ゚∀゚)「遅ェ」

 一撃を叩き込むと、それきり沈黙した。
 随分と硬い手応えではあったが、物の数ではない。
 エクストが打った籠手の性能の良さを改めて実感した。

|::━◎┥「騒がしいな」

 それは異常な出で立ちをしていた。おどろおどろしい鉄仮面で顔立ちどころか瞳すら見えない。
 目らしき部分からは妖しく赤い光が漏れている。

 その体躯は明らかに人のものではない。
 幾多の歯車や鉄板のようなもので固められている手足や身体。
 それらには何らかの魔具が無数に備え付けられている。
 まさしく"歯車王"という名を体現しているような風貌、巨大なからくり仕掛け。
  _
( ゚∀゚)「すまんな、おもちゃを壊しちまった」

 ジョルジュはがちゃり、と先程の魔具の残骸を放り投げる。

|::━◎┥「構わぬ、そろそろ入れ替える時期と考えていたところだ」

 歯車王はそれに目をくれず、ジョルジュが身につけている籠手へと視線を向けた。

|::━◎┥「その籠手は……貴様がジョルジュか。目的はなんだ」

 無機質な声に対して、ジョルジュは獰猛な笑みを浮かべた。
  _
( ゚∀゚)「目的なんて一つだけだろ、テメェに勝つんだよ」

|::━◎┥「……何かと思えば。無益だな」
  _
( ゚∀゚)「ンな事言っていいのかよ。もう間合い内だぜ?」

 そう言うが早いか、目に止まらぬ速さで懐から取り出したガラスの器を歯車王目掛けて投げる。歯車はそれを躱す素振りすら見せない。
 ガラスの器が割れ、じゅうじゅうという音と煙を立てる青い液体。

 その正体は"武具殺し"と恐れられている強酸のスライムの体液。
 ひとたび放てば金属を溶かし尽くすそれは、武具という生命線を容赦なく切り落とす存在として、冒険者や兵士たちの間で恐れられているもの。

 金属の塊であろう歯車王が、それを直に浴びせかけられてはひとたまりもない。

81名無しさん:2021/11/03(水) 00:45:16 ID:eMcxfsSQ0
 そのはずだった。
  _
( ゚∀゚)「へえ……この程度の小細工は通用しねえってか」

 逆に青い体液が蒸発し、歯車王が纏う金属には錆一つすらつかない。
 歯車王の眼部から発せられる赤い光がジョルジュに向けられる。

|::━◎┥「丁度いい。実験体を探していたところだ」
  _
( ゚∀゚)「は、――?」

 気が付けばジョルジュは地に伏していた。
 何が起きたのかわからなかった。ただ、痙攣する身体から悲鳴があげていることだけは確かだった。
  _
(;゚∀゚)「――――……」

 声すら出ない。ただ、地に這いつくばることしか出来なかった。

|::━◎┥「体温の低下、心拍上昇、発汗、痙攣。筋電位を記録……
      十秒、想定より五秒の遅延。ふむ、思いの外丈夫な身体をしている」

|::━◎┥「エクスト直々の願いだ、命までは取らぬ。貴様はどうやら実験体としては優秀なようだ――」



 ――また来るといい。実験体として活用しよう。



 完膚なきまでの敗北。屈辱だった。
 それからジョルジュは歯車王の下へ通い詰め、敗北を喫する日々を送り続けた。

 最初は十秒にも満たぬ時間であしらわれ続けた。
 ある時は得体の知れぬ魔術や薬の実験体となり、またある時は自らが最も得意とする肉弾戦で叩き潰された。
 それを見かねたエクストがジョルジュに対していくつかの武具を叩き上げると、歯車王も弟子への一つの試練としてそれを認可した。

 ありとあらゆる実験体、弟子の踏み台。あんまりな対応をされてもなお、ジョルジュの闘志が尽きることはなかった。
 百七十四回目の挑戦、歳月にして半年。ようやく一分の壁を超えたジョルジュに、歯車王が問い掛けた。

|::━◎┥「一つ、問うても?」
  _
( ゚∀゚)「……俺ァ今んところは敗者だ。何だって答えてやるよ」

 地に伏しながら、今更だとため息をつく。
 何一つ断り入れずに実験をおっ始める癖に繊細な所があるな、とジョルジュは思った。

82名無しさん:2021/11/03(水) 00:52:25 ID:eMcxfsSQ0
|::━◎┥「なぜそこまでする。億に一つの可能性もないだろうが、私に勝利したとて貴様が得る益などないはずだ」
  _
( ゚∀゚)「益なんて求めてねえよ。ただ、お前に勝ちてえ。この……不安と、渇望から逃れてえ」

|::━◎┥「不安? お前のような男がか?」
  _
( ゚∀゚)「わかんねえ、だから勝ちてえんだ。勝てば、この不安を忘れられる」

|::━◎┥「……やはり、似ている」

 無機質な声に、初めて感情がこもった。それに気づいたであろう歯車王は背を向けた。

 ジョルジュは当初、歯車王のことを人間味のない不気味なやつだと思っていた。
 三ヶ月程度の付き合いを経て、その逆だと直感した。
 人間味をあえて切り捨てているように感じられたのだ。

 魔具の肉体を持つ歯車王の事情を聞いたこともないし、興味もない。
 ただ、そう感じただけだ。
 でなければ、自分の事をとっくに殺しているであろうし、実験も限界ギリギリを見極めた上で後遺症すら残さないようにしないだろう。

 いかに優秀な"実験体"だとしても。毎日のように歯向かってくる奴に律儀に付き合うなど、お人好しでなければ何だというのだ。
  _
( ゚∀゚)「似ている? 誰にだ?」

|::━◎┥「些事だ。忘れよ」
  _
( ゚∀゚)「聞かせろよ、その話」

 何かのきっかけになるかもしれない。何より、弱みを初めて見せたように思えたからだ。

|::━◎┥「今の貴様に語る義理はない。せめて十分は持たせてみせよ」
  _
( ゚∀゚)「……覚えておけよ、その言葉をよ」

 そう吐き捨てると同時に、歯車王の目が怪しく光る。
 それを目にしたジョルジュは悪態をつきながら、意識を手放した。


 それから八百三十回の挑戦、歳月にして二年。
 ありとあらゆる魔術が乱れ飛ぶ場で、初めて十分保った。
 二年前のジョルジュであれば、一秒も保てぬほどのものを。

|::━◎┥「見誤ったか。癪ではあるが、認めねばなるまい」
  _
(;゚∀゚)「ハアッ、ハアッ……覚えてんだろ。聞かせて、もらうぜ」

|::━◎┥「……つまらぬ話だ」

 歯車王から語られたそれは、ジョルジュと同じく天涯孤独の身一つで、艱難辛苦たる運命を切り開いた男の話だった。

83名無しさん:2021/11/03(水) 00:53:47 ID:eMcxfsSQ0
 学はなく、魔術は扱えず、突出した才もない。
 凡才と呼ばれたその男は、ひたすら鍛錬を続けた。

 日が暮れ、花が枯れ、雪が積り、芽が萌え、雨が降り、蕾が付き、日が昇り、蕾が綻ぶ。
 それが何回も繰り返される中、男はただただ武器を振るい、弦を引き絞った。

 振るう剣筋が研ぎ澄まされ、一本の線になり。
 薙ぎ払う槍の柄から揺れが消え失せ、風を切る音が限りなく小さくなり。
 極限まで引き絞られた弦から放たれる矢は、遥か遠くの的に当たるようになった。


 剣を極めた者は地を割り。
 槍を極めた者は山を貫き。
 弓を極めた者は天を穿つ。

 ……男は、これらの奥義を開眼する域にまで至ることはなかった。
 分かった事はこの奥義の開眼者との間に途轍もなく、高い壁が存在すること。
 そして、それは自分では乗り越えられないという残酷な事実だった。


 それでも男はあらゆる武器を手に、幾夜も鍛錬を続けた。
 皮が剥がれ、爪が潰れ、胼胝だらけの手から痛みすら消え失せるほどの厳しい日々を。

 その最中で男は幾多の戦において名を上げ、ただの一兵卒から一隊の長にまで上り詰めた。

 剣聖と呼ばれた同期が壮絶な最期を遂げ、鬼才と呼ばれた副官が策に溺れ、絶望の淵に立たされた。
 それでもなおその凡才は足掻き続け、勝利という栄誉を背負い生き延びた。

 そうして生き延びた命をもって再び戦の最前線へと赴いた。
 死で固められているはずの道を、誰よりも先に切り開き続けていった。

84名無しさん:2021/11/03(水) 00:56:20 ID:eMcxfsSQ0
 戦が終わり、ひと時の平穏ですら武器を振るい続けるその男に問うた。


「なぜそこまでする」


            「不安から無心に、そして忘却の彼方に葬り去れるが故に」



「何が不安なのだ」


            「無情な死に対して、多大な恐れを抱く臆病者であるが故に」



「ならばなぜ武器を手に取る。何故その命を擲つのだ」


            「無情な死よりも、遥かに恐ろしいものがあります。
             それこそがこの臆病者の命を擲つに足る理由であるが故に」



 嗚呼、何たる臆病者だろうか。
 臆病だからこそ、勇気の炎と共に戦う事に意味を見出したのである。
 剰え、壮大にして凄惨な死をもたらすものにすらもその身を擲ち、死という運命を討ち果たした。

 その臆病者は最期まで勇気の炎をごうごうと燃やし尽くし、その身一つで一国の滅びの運命をも切り開いていったのだ。

85名無しさん:2021/11/03(水) 01:02:29 ID:eMcxfsSQ0

 ジョルジュは共感を覚えずにはいられなかった。ジョルジュもまた臆病者だったからだ。
 得体の知れない不安や渇望に対して、勝利という美酒で逃避し続けていたのだ。

 身一つで運命を切り開く――それは憧憬だった。夢だった。
 自らの中で燻っていた渇望をやっと、ようやく理解した。
  _
( ゚∀゚)「俺も……そいつのようになりてえ。俺を鍛えちゃくれねえか」

 ジョルジュは決意した。歯車王の言う男のように、自らの運命を切り開きたいと。
 そして、ジョルジュという存在がいたということを証明したい。その名を世に知らしめたいと。

|::━◎┥「元よりそのつもりだったが」
  _
( ゚∀゚)「いいや、これは俺のけじめだ……アンタを師と仰ぐ。何だってしようじゃねえか」

 歯車王へ跪き、生まれて初めて他人に頭を下げた。迷いはなかった。

|::━◎┥「……許可しよう」

 その歯車王からは、しばらく間を置いて無機質ながらも肯定の言葉が返ってきた。


 かくして、その憧憬と夢は今、美学として。
 そして誇りとして、自らの一部として刻まれている。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆


  _
(  ∀ )「……ち、……」

【+  】ゞ゚)「……我らを相手に、ここまで保った事に関しては称賛せねばなるまい。これだから人間というものは侮れぬ」

( ゚∋゚)「その点においては同意しよう。"豪腕"ジョルジュ、貴様の名は吾の記憶に留めておこう」

 格下たる人間相手に全力は出さない。それでも、容赦なく命を奪わんとしていた。
 いくら手練れであろうとも、この"棺桶死"と"魔人"相手にただ一人で逃げ切るなど夢物語。そのはずだった。

 ただ一人の人間にここまで時間を稼がれたという事実。
 オサムやクックルにはそれに対する自らの不甲斐なさや怒りの情は不思議となかった。

 血にまみれ、ようやく地に伏したジョルジュに対して、オサムとクックルはただ強者に対する敬意を表した。

86名無しさん:2021/11/03(水) 01:07:11 ID:eMcxfsSQ0
 ――死。

 心の臓を鷲掴みされたようなおぞましい悪寒と共に、その一文字を強烈に感じ取る。

 クックルは地に伏しているジョルジュに目をくれず、すぐさま身を翻す。
 オサムも同様に漆黒の棺桶に備え付けられた鎖を振り回し、棺桶を盾にする。

( ゚∋゚)「ッ!」

【+  】ゞ゚)「小癪」

 一矢がクックルの強靭な肉体を削り取る。
 もう一矢がオサムの棺桶を貫く。その棺桶の内部から無数の影が舞い散る。
 いずれも反応せねば寸分の狂いなく頭部を貫いていた。

 クックルは殺意を塵ほどにも感じとることができなかった。
 だが、先ほどの一矢は間違いなく致命のそれであり、得体の知れない恐ろしさがあった。

ミセ;゚ー゚)リ「――《慈愛の息吹よ》《付与せよ》《強靭なる力を》! 間に合ったッ!」

 クックルがその矛盾に僅かな思考を向けた事で生まれた僅かな隙。
 それに付け入るように、駆けつけたミセリが杖を握り締めながらジョルジュへと詠唱を紡ぐ。
  _
(  ∀ )「ッらァ!」

(; ゚∋゚)「グ、ゥ……!」

 直後、瀕死と思われたはずの男の豪腕が障壁を破り、クックルの腹部へ突き刺さる。
 予想以上の衝撃と苦痛に初めてクックルの表情が歪み、膝を地につく。

【+  】ゞ゚)「ぬ……」

 それを見てもなお、五歩ほど離れた位置にいたオサムは動けなかった。

 今すぐにでもあのとんがり帽子の魔術師を屠殺することはできるだろう。
 しかしながら、その代償として豪腕に、そしてあの一矢に貫かれるだろうとも理解していた。

 先ほど棺桶を貫かれた際に舞い散らせた、十を超える使い魔たち。
 それらが瞬時にして射貫かれた事を悟ったが故に。

87名無しさん:2021/11/03(水) 01:11:57 ID:eMcxfsSQ0
【+  】ゞ゚)(……我が使い魔の残滓すらも残さぬとは。何者だ?)

 魔力の残滓さえあれば、いくらかの手掛かりを手に入れることはできた。
 どういう訳か、一矢で使い魔の存在そのものを跡形もなく消し飛ばされている。

 気配どころか底も見えぬ計算外の存在。
 業腹ではあるが、下手に動けばこの身とて危うい。
 建物が遮蔽物となるように、オサムは静かに移動する。


 自らの眷属をこのブレンデッドに潜り込ませた上で、内部からその命を燃やし尽くす禁呪で結界を崩壊させる。
 その隙に乗じて雪崩れ込み、"歯車王"の後継者たるエクストを抹殺――急造ではあるが、前兆すら察せられぬようこの計画を仕組んできた。

【+  】ゞ゚)(鈍重なはずの魔術師ギルドや教会も動き始めている、か)

 しかし、緊急依頼により事前に警戒されていた事で、予想よりも被害を与えられずにいた。
 エクストに差し向けた眷属や使い魔たちも残滓すら残らぬ始末。
 恐らくはあの矢の打ち主によるものだろう。

 その上にこの"豪腕"に大分時間を稼がれた。これ以上は限界と言えた。

 魔物たちに捨て身で街を破壊する事に徹させ、傷口を広げる方針へと既に転換させていた。
 元より成功の確率は低いと見込んでいた計画だ。
 短時間ではあるが、ブレンデッドを消耗させるという第二の目標は達成されたと言ってもいい。

 であれば、この辺りが潮時か。
 そう考えたオサムは棺桶内部の魔術陣へと魔力を込め、撤退の算段を練り始めた。

ミセ;゚ー゚)リ「《ほつれよ》!」

【+  】ゞ゚)「む――」

 魔術師にとって初歩である、魔力をほつれさせるごく短い詠唱。それがミセリの口から発せられる。
 棺桶に込めた魔力がほんのわずかにほつれる。

【+  】ゞ゚)(……人間風情が。殺すか)

ミセ;゚ー゚)リ「っ……!」

 ただ一睨みだけで気が失わかねないほどの殺意に、ミセリは思わず杖を持つ手が震える。

88名無しさん:2021/11/03(水) 01:16:14 ID:eMcxfsSQ0
 それと同時に、横の建物から壁を貫いた矢が飛来する。
 遮蔽物であるはずの建物ごと貫く意識外の一撃。
 オサムにとって、これ以上ない最悪のタイミングだった。

【+  】ゞ゚;)「何ッ……!?」

 それでもオサムは人間を遥かに凌駕する反射神経を持ち合わせていた。
 形振り舞わず体勢を崩し、寸でのところでその矢を躱す。
 その代償として、棺桶に込めた魔力が完全に雲散する。

 生じた大きな隙を見逃すジョルジュではない。
 たった一歩でオサムの目前にまで迫り、握り締めた拳を振りぬく。

 体勢を崩されたままのオサムは棺桶を瞬時に盾にする。棺桶がみしりと軋む音を上げ、諸共吹き飛ばされる。

【+  】ゞ゚)「ぬうッ、なんたる馬鹿力か!」

 先ほどまでのジョルジュとは別人のように、すさまじい力だった。
 それこそ魔人クックルと並ぶほどに。
  _
(  ∀ )「なぁ――」

 如何なる難行も、難所も、一度たりとも挫ける事なく乗り越えてきた。
 故に、 彼は立つ。

 自らの美学のために。
 自らの誇りのために。

 そして、目前の運命を切り開くために。

89名無しさん:2021/11/03(水) 01:18:50 ID:eMcxfsSQ0
.





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「――なに余所見してんだ。俺はここからだぜ」


 ――――あらゆるものを、運命をも打ち砕く。故に、不屈の彼を人は"豪腕"と呼ぶのだ。



                 ( ФωФ)ロマネスクは誓いを果たすようです




                          Georges, the Stoutarm
                     04話    "豪腕"ジョルジュ




                               完



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━





.

90名無しさん:2021/11/03(水) 01:24:55 ID:uNhPRJ260
乙!!!

91名無しさん:2021/11/03(水) 01:25:52 ID:eMcxfsSQ0
以上で本日の投下は終了となります。
牛の歩みではありますが、今後ともよろしくお願いいたします。

92名無しさん:2021/11/03(水) 01:30:59 ID:eMcxfsSQ0
失礼いたしました、抜けがありましたので補足させていただきます。
>>74>>75の間です。

93名無しさん:2021/11/03(水) 01:31:35 ID:eMcxfsSQ0
  _
( ゚∀゚)「誰もが躊躇う道を、自らの運命をこの肉体で切り開く。そしてこのジョルジュという名を残してえ。お前は?」

( ゚∋゚)「貴様らしいな。吾は強者との闘争を望むもの。強さこそが全てが故に」
  _
( ゚∀゚)「今お前がやってることは弱者狩りだろうが。もう一度言う、誰に唆された?」

( ゚∋゚)「……これ以上の問答は無用」

 ジョルジュは再度、小さくため息をつく。
 本心を聞きだすとまで行かなくとも、もう少し時間を稼ぎたかったというのがジョルジュの本音だった。
  _
( ゚∀゚)「んなこと言うなって」

 肩をすくめた瞬間、ジョルジュがクックルの視界から掻き消える。

 否。視界から外れるほど限りなく低く、地を這う蛇のように突進したのだ。
 はち切れんばかりの筋肉の鎧に覆われ、鈍重に見える体躯からは想像も出来ないほどの疾さ。
 クックルはそれにすぐ反応するも、ジョルジュは既に懐に飛び込んでいた。
  _
( ゚∀゚)「しィッ」

 ジョルジュは息を小さく吐きながら、籠手に覆われた右拳を斜めに振り上げる。
 クックルは最小限の動きでそれをかわす。

 それを予見していたように、ジョルジュは振り上げた勢いそのままに身体をひねり、左拳で頭をかち割ろうとする。

( ゚∋゚)「ふむ」

 しかし、クックルはそれを難なく裏拳で食い止める。甲高い音と共に、空気が震えるほどの衝撃が走る。

 クックルの手には傷すらつかない。
 ジョルジュはそれを見てもなお眉一つ動かさず、前胸部。脾腹。首。顎。口。鼻。眼球。
 ありとあらゆる急所へ、微塵のブレもなくその拳を叩きつける。

 研ぎ澄まされた暴力の嵐。それをクックルは真正面からその四肢を駆使して受け止め続ける。
 致命的な急所は防ぎつつも、受け切れない箇所は肉体で受け止めざるを得なかった。
 それでもクックルの肉体には打痕すら残らず、拳を弾く甲高い音が響くばかり。

94名無しさん:2021/11/03(水) 01:37:44 ID:Q6DM59eE0
信じて待ってた!
相変わらず面白かったズェ

95名無しさん:2021/11/05(金) 13:36:41 ID:q/ru7CBA0
乙!
超待ってた!!相変わらず面白かった!!

96名無しさん:2023/09/02(土) 22:42:15 ID:DEIlVJX60
待ってるよ〜


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