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隔離部屋〜眠れぬ夜の姉ちゃんの為に〜

1ななし姉ちゃん:2002/04/09(火) 15:57
地下でヒソーリ。sage厳守でまいりましょう。

490<7>:2003/12/11(木) 21:11
「あー、面白かった!」

映画館の暗がりから、早い午後の明るい陽が差す大通りに抜け出すなり、
ひなたはうーんと伸びをして、快活な声を上げた。

初めてのデートで見る映画に、何をセレクトするべきか……
悶々と考えあぐねていたカズナリは、ほっと胸を撫で下ろした。
もっとも、結局自分では決めかねて、ひなたの希望に合わせたにすぎないのだが、
思いっきり笑えるコメディーを選んだのは正解だった。

「ねえ、これからどこ行く?」
ひなたが、カズナリを振り返る。

「え、ああ、どうしよっか」
「二宮くん、おなか減ってない?あたし、ぺこぺこなんだけど」
「そう、じゃ、なんか食い行こうか」
「どこ行きたい?」
「ん、どこでもいい」
「そう?じゃぁねえ……」
ひなたは道端に立ち止まって考え込み、カズナリはその横顔を見ている。

と、急にカズナリのショルダーバッグが、小刻みに揺れはじめた。
「……!」
カズナリはいきなり挙動不審の人になり、ひなたに背を向けてバッグを覗く。

「ダメでしょ、カズくーん……」
薄く開いたバッグの口から、リスが口を尖らせて囁いた。
「うるせえな、何がダメなんだよ」
「初デートでお食事は、最重要事項だろ!いい店事前にチェックしとかなくて、どうすんだよっ」
「だって、そんなの俺知らないし……」
「最初のデートでちゃんとリード出来なきゃ、使えねえ男で終わっちゃうんだぞ」
「んなこと言ったって……」
「この先300m!ちょっとカジュアルなイタリアン!!」
「はぁ?なんでお前がそんなこと知ってんだよっ!」
「タウン情報誌!つーか、そんぐらい自分で考えとけよっ!!」

「どうしたの?」
ぎくっとして振り返るカズナリに、ひなたが微笑む。
リスは慌てて、もぐら叩きのもぐらよろしく、バッグの中に引っ込んだ。

「いや、別に。あのさ、この先にイ、イタリァ」
「ラーメン!ラーメン食べたい!!」
カズナリの言葉を遮り、ひなたは高らかに宣言した。
カズナリは虚を突かれ、「あ、はぁ」と間抜けな相槌を打つ。
「今思い出したの。この通りのひとつ向こうに、新しくラーメン村が出来たの。
とんこつラーメンが美味しくて、行列出来てるって。食べてみたーい」
「あ、いいよ。そこ行こう」
「やったぁ!行列店のラーメンだぁ」

ひなたは、カズナリの腕を取ると、柔らかな陽の差す通りを、うきうきした足取りで歩き出した。
カズナリは、主導権こそ握れないものの、ひなたと肩を並べて歩けるので、満更でもない気分だ。
「はぁぁ……」
バッグの中から、微かに漏れたため息を、だからカズナリは無視することにした。

491<8>:2003/12/11(木) 21:17
休日の時分どき、30分ほど列に並んで評判のラーメンにありつき、
ひなたに誘われるまま、あちこちの服屋や雑貨屋を見て回って、
2人がようやくカフェの柔らかいシートに落ち着いたとき、

「ぶーーーーーーーーーっ」

バッグの中から、またもや声が漏れるのを聞きつけて、
カズナリは、トイレの個室に鍵をかけて立てこもった。

「なんかもう、見てらんねえよカズくん……」

バッグの口をあけるや否や、リスの不満げな声が響く。

「何なんだよー。『どこ行く?』とか聞かれても、咄嗟に応えられないし、
金魚のフンみたく彼女にくっついて歩くだけで、気の利いた話のひとつも振れないし、
会話、一向に膨らまねーし。
言っちゃ悪いけど、カズくん気ぃ回んなさすぎ!あれじゃあ、駅で別れてそれっきりだよー」
「そ……そかな……そんなに俺、ヤバいかな……」
「ヤバいも何も、あれじゃまずすぎだよっ。だいたい、カズくんはさぁ……」
「リス」

それまで黙って話を聞いていたベソが、静かにリスの袖を引いた。
「……んだよっ」
気が昂ぶるあまり、髪の毛まで逆立つ勢いのリスを、ベソはいつもの暢気な微笑で制する。

「あのね、カズくん」
ベソは、和やかな笑顔を、今度はカズナリのほうに向けた。
「カズくん、もっと自信持っていいよ。
ひなたちゃんの気持ちは、ちゃんとカズくんに向いてると思う。
楽しそうだし、そう退屈してるとも思えない。
あの子は、きみに楽しませてもらおうなんて思ってない。
自分なりの楽しみ方を、知ってるみたいだし」
「そ、そうかな……」
「だからあんまり、いろいろしてあげなくちゃとか、焦んなくていいと思う。……けどね。
気持ちって、伝わってるつもりでも、そうじゃないときってあるから、
どこかでひなたちゃんに、伝えたほうがいいよ。言葉とか、態度とかでね」
「………」

「カズくんは、気持ち伝えるの、こわい?」

ほんの少しだけ間を置いた後、カズナリはこくんと頷く。

「そうだね……相手の気持ちとか、ちゃんとわかってもらえるかとか、
いろいろ考えちゃうと心配、だよね。
けどね、たぶんだいじょぶだと思うよ。ってか、ひなたちゃん、待ってると思う。
カズくんに、『君がだいじ』って言ってもらえるの」
「そっかな……」


「なんかべそくん、かっこいい……」
ピカドンが、目をきらきらさせて言った。
「つーかさ、何一人でおいしいとこ持ってってんだよ……
さっきまで、こんな窮屈なところで酒くらって爆睡してたくせによー」
むくれたリスの肩を、オガミがぽんぽんと叩く。

「さ、もう行こ」
「うん」

カズナリは個室を後にすると、ひなたの待つ席に向かった。
窓際の席だった。ひなたが、通りに面した大きなガラス越しに、外を眺めている。
顎に手を置き、テーブルに肘をついて、綺麗な白い頬の線だけを見せ、遠くを見ている。

どこ、見てるのかな。
一瞬の迷いを、カズナリは振り切る。

「ごめん、待たせちゃって」

ほんの刹那息をのんだ後、カズナリはひなたに声をかけた。

「……トイレ、長ーい」
ひなたはにやにやしながら、カズナリを冷やかす。
「ベンピ?」
「黙りなさい」
うふふ。……ひなたは肩をすくめて笑うと、ホイップクリームがたっぷり乗った、
冷たいカプチーノをストローでかき回した。

窓の外には、秋の陽射しが変わらず降り注いでいて、
通りを歩く人々みんなが幸せそうだと、カズナリは思った。

492<9>:2003/12/11(木) 21:22
街のはずれを、清流が横切っていく。
晴れの日が続き、水量の少ない川の流れは、まったりとのどかだ。
西の空が、濃い茜色に染まっていくにつれ、水面も同じ色の光を遠く近くで放ちだす。

ごつごつと石まみれで、足場の悪い川原を、2人で歩く。
ひなたが足を取られないよう、カズナリは手を取って支えながら、慎重に歩を運んだ。
間もなく、陽はすっかり山影に隠れるだろう。
周囲から人影は消え、誰かが焚いたらしい火の跡から、薄くて細い煙が立ち昇っていた。

ここを訪れるのは、相当に久しぶりのことだ。
高校時代、カズナリはよく、校舎に近いこの岸辺に一人で来ていた。
大抵、胸にもやもやが溜まったときに。
清冽な水の流れや、切り立った崖のあちこちに無造作に生えた木が紅葉するさま、
そして何より、ここから見る夕景は、溜息が漏れそうに美しくて、
ぼんやりとそれを眺めているだけで、カズナリは気が安らいだのだった。

「すごい、夕陽だねえ」
輪郭を滲ませながら、遠い山の稜線に身を潜めようとしている夕陽に手をかざし、
ひなたは目を細めて呟いた。
「ここ、N高の近くだよね?」
「うん。よく来てた」
「授業フケたり?」
「煙草吸ったり、後輩呼び出して殴ったり……ってコラ。俺はどこのヤンキーだって話だよ」
「あははぁ」

川岸の大きな石の上に、2人は腰を下ろした。
話題が途切れ、さらさらと優しげなせせらぎの音だけが、傍らを静かに流れていく。
夕刻の風は頬に冷たく、ひなたは上着の前をかき寄せながら、カズナリの肩にぴったりと寄り添う。
「寒い?」
「ちょっとだけね」

僅かな−−瞬きするほどの僅かな間をおいて、カズナリはひなたの背中に腕を回す。
距離を狭めた分、2人の隙間を吹く風をしのげるように。
ひなたの着衣越しに伝わる体温の暖かさに、カズナリは戸惑いを感じる。
まるで短距離走でもしているかのように、胸が激しく鼓動を打ち出す。

「なんかさ……今日、ごめんね」
「なんで?」
「俺、あんまり話とか上手くないし、店とか知らないし」
「いいよ、すごく楽しかったもん」
「……そっか……」

「あたしさ、一応、医学部志望じゃん」
「ん?」
「何を隠そう、将来は医者になりたいんだよね」
「うん……だろうな」
「ふふっ。……一応は、対人サービス業なわけじゃない?あれも」
「うん」
「だからさ、なるべくいろんな人間を見て、その人のいいところとか、ちゃんと受け入れようって…
勉強もするけど、それも大事かなって思ってるのね」
「ふうん…なんか、すげえな」
「すごくないって。……だからさ、その、何が言いたいかっていうと……
二宮くんが黙ってても、あたし、別にかまわないよ」
「え」
「余計なことしゃべんないけど、ちゃんといろんなこと考えてて、いい人だってわかってるもん」
「あ……」
「一緒にいるだけで楽しいんだ、あたし。だから、気にしないでね」

493<10>:2003/12/11(木) 21:24
水銀計の目盛りが、ぐんぐん下降していくような速さと正確さで、秋の日は急速に闇に沈んでいく。
自分の真横にいるひなたの横顔までもが、闇にかき消されてしまいそうで、カズナリは不意に不安にかられた。
ひなたの背に回した自分の腕に、カズナリは力を込める。
今、一番に大切な存在が、腕の中をすり抜けてしまわないように。

ひなたの腕が、カズナリの背を、強く抱き返す。
川面を見つめていた横顔が、カズナリに向き直る。
切れ長の涼しい目が、カズナリの目をうかがうように覗いた。

唇が触れ合ったとき、あれほどさざめいていたせせらぎの音は、急に遠ざかっていった。
音のない、ひんやりと澄み切った薄暮の中で、2人は遠慮がちに頬を寄せ合っていた。


彼女は、カズナリに風を運んでくる。
暖かで柔らかい、明るい光の色をはらんだ風だ。
風に吹かれ、カズナリの世界は、少しずつその姿を変えていく。
何かに狭められていた視界が、ぱっと明るく開けていって、
そこに開かれた道を迷わず歩けば、カズナリは自分が新しく変われると感じていた。

494<11>:2003/12/11(木) 21:27
カズナリとひなたが、肩を並べて歩くその歩調に合わせ、バッグはリズミカルに揺れる。
辺りはとっぷりと日が暮れ、バッグの中はしんと真っ暗だ。
深夜になっても中途半端に明るい都会の夜よりも、彼らにはむしろ真っ暗な闇が心安い。
生まれ育った山の夜、星だけがぎらぎらと全天に瞬く真っ暗闇を、
わらしたちはそれぞれ胸に思い描いている。

「ぐふ……」
底のほうで、苦しげな呻きが聞こえた。
一日中不安定に揺れ動くバッグの中で、酒をやっていたせいで、
珍しくベソが悪酔いしたのだ。
「べそくん、だいじょうぶ?」
ピカドンが、さっきからしきりに、手のひらを扇いでは風を送ってやっている。

「……やられちまったなあ」
硬いキャンバスの布地に背中を預け、リスが誰にともなく呟く。
「あんなに、上手いこと行くなんてなー」

いっとき肩から降ろされたバッグの隙間から、わらしたちが家主の挙動を一部始終目撃していたことに、
カズナリはまだ、気づいていない。

「結構大胆なんだな、あいつ」
家に着いたら、どんな言葉でからかってやろう……一人考えて、リスはほくそえむ。

「あいつら、このまま上手くやってけるといいな」
リスは、目の前でさっきから黙りこくっているオガミに、何気なく話しかけた。
オガミは、髪も目も黒い。闇の色に融けだしそうな漆黒だ。
リスは目を凝らし、その表情を伺う。
閉ざされた闇の中で、オガミの黒い瞳は、不思議に強く光っていた。

「さあな……どうだろ」

瞳に宿す黒い光を、中空のどこか一点に鋭く放ちながら、オガミは静かに答えた。
「何だよ、気取りやがって」
浮かれた気分に水を差されたようで、リスはふん、と鼻を鳴らす。

今はただ、懐かしい闇に沈む。明日は、誰にも見えない。
リスは黙り、疲れた目をゆっくり伏せた。
少し、落ち着いたのだろう。ベソの寝息が聞こえてきて、更に眠気を誘われる。

カズナリをからかう、どころではなかった。
家主の初デートに1日付き合い、疲れ果てたわらしたちは、
結局、バッグの中で眠り込んだまま、翌朝まで目覚めなかったからだ。

<第4話「君から吹く風」・おしまい>

495ななし姉ちゃん:2003/12/19(金) 04:11
うぉ!すっごい久しぶりに来たら更新されてますがな!
職人姉ちゃんのPCが、大変なことになっていたことも知り二度ビックリです。
ボチボチでいいので更新してくださったら、とても嬉しいです。
ところで、>>476で「空前の塚本ブーム」にシンパシィーを感じてしまいました。
時期的に(11/20)「ここで終わらせてもいいんじゃない」の第7話の
放送日ですね?
個人的には、ジャニや嵐とどこかしら繋がっている(IWGP→キャッツ→磯P→
クドカソ→ツカモト等)ので、楽しく見れるドラマが増えとても楽しかったりします。

496ななし姉ちゃん:2003/12/20(土) 02:14
職人姉ちゃん、降臨してらしたのですね!
う、うれしい。
PCは大変でしたね。南無・・・
職人姉ちゃんはせつない描写が本当にイイ!!ですね。
続編もヒソーリと待ってます。

497ななし姉ちゃん:2003/12/20(土) 18:31
おお!更新が!!
職人姉ちゃん、お疲れ様です。
そしてPC大変でしたね・・・。
なのに更新してくれて嬉しいー。
カズナリくんとひなたちゃんの関係の描写がキレイであったかくて
ため息が出ました。続きも楽しみにしてます!

498ななし姉ちゃん:2003/12/23(火) 22:25
職人姉ちゃんだー!ウレチイ
カズナリくんとひなたちゃん見てる(読んでる)と禿ナゴむ
職人姉ちゃんのペースでいいので、更新お待ちしてます。

499ななし姉ちゃん:2004/01/01(木) 02:56
職人姉ちゃんあけおめー!

500ななし姉ちゃん:2004/01/01(木) 23:51
職人姉ちゃんオメ!今年もよろちくデス。
続編、楽しみにいいコで待ってます。

501ななし姉ちゃん:2004/01/07(水) 01:39
ちと遅くなったが、職人姉ちゃんあけよろ!
続き楽しみに待ってるザ
エロ小僧もチョピーリ恋しいけど(w

502ななし姉ちゃん:2004/01/14(水) 01:12
職人姉ちゃん、こんばんワンコ。小僧も無事成人式を迎えまして・・・
わらしくん達の続編はもちろんのこと、オ・ト・ナな小僧編(エロ込w)もお待ちしております。

503</b><font color=#FF9999>(dTU/9jqY)</font><b>:2004/03/29(月) 23:54
姉ちゃん達、おひさです。
連日のツブヤ祭り、ほんと乙彼です。
長らく放置しちゃって、申し訳ありませんでした。

私も舞台見て、いろんな意味で刺激を受けました。
またぼちぼち書きますので、改めてよろしこです。

>>495-502
姉ちゃん達、あたたかいお言葉、いつも
本当にありがとうございます。
4月中には再開いたしますので、また覗きに
いらしてくださいね。

504</b><font color=#FF9999>(dTU/9jqY)</font><b>:2004/03/29(月) 23:58
それから、こちらのスレ
http://jbbs.shitaraba.com/bbs/read.cgi/game/493/1014225163/l100
にて、AA職人お姉様が、すんごくカバエエ
カズナリ&わらちたちのAAを作ってくださいました。
姉ちゃん達、ぜひご覧になってみてください。

職人お姉様、ご覧下さってますかー?
自分の書いたものが、他の方の手で、
違った形で表現されるのって、すごく嬉しい
ものですね。
とっても励みになりました。ありがとうございます!

505ななし姉ちゃん:2004/04/04(日) 18:28
わーい!職人姉ちゃんだ!いいコで待ってまーす。
AAお姉様もありが?!

506ななし姉ちゃん:2004/04/23(金) 00:37
久々にのぞいてみたら職人姉ちゃん!
ぼちぼち続きも書いてくださるみたいで、禿楽しみです。
ツブヤ、職人姉ちゃんの目にはどう映ったのかも個人的には気になるところです。

それと、見てるかわからないけどAAお姉様もありが㌧

507ななし姉ちゃん:2004/05/25(火) 04:37
「南君の恋人」ケテーイを聞いて、こちらの「カズナリ&わらち」のお話を
思い出したんだな。
ちょっぴり設定が似ていてびっくりしたもんで。
そしてAAお姉様、遅くなりましたけど、ほのぼのとした作品を
ありがとうございま〜す。

508ななし姉ちゃん:2004/09/01(水) 13:25
職人姉ちゃん小僧も21歳になった事ですし
アダルティーな小僧、待ってます!

509</b><font color=#FF9999>(dTU/9jqY)</font><b>:2004/09/17(金) 20:26
えっとその……

姉ちゃん達お久しぶりです(コソ


「書きます」宣言してから、はや半年立つ訳ですがorz


次の輝きまでの間、脳内補完のつもりで、
わらしの続きを始めてもよいでしょうか?


以下、だらだら連投します。
今度はちっと長めです。すみません。

510第5話:2004/09/17(金) 20:49
「冬の虹」(前)


<1>
休日、ピカドンは朝から張り切っていた。
うっすらとほこりが溜まった窓枠や座卓の上を、
雑巾できゅっきゅと音を立て水拭きする。
床には、カズナリが長々と寝そべり、10時を回っても目を覚まさないので、
ピカドンは、床掃除したいところをじっと我慢していたが、
もともと家財道具の少ない部屋の中は、みるみるこざっぱりとしていった。

すっきりと拭き清められ、つやりと光る座卓の上で、ピカドンは朝茶をたてると、
畳の上に毛布1枚で転がっているカズナリに、そっと声をかけた。

「かずくん、おちゃいれたからのみなよ」

「おー、朝茶だー」
煎茶のたてる香気に引き寄せられ、わらしたちも集まってきた。
「んしょ」
ベソが卓の上で、あの風呂敷をばさりと煽ると、小さな茶色の饅頭が、10個ばかり転げ出てきた。
「それ」
もう1度。今度はカズナリの好きな、硬くてしょっぱい煎餅が、
からからと乾いた音を立てて落ちてくる。
「んー……」
カズナリもようやく目覚め、目をしょぼしょぼさせたまま、円座に加わる。

「きょうは、ひなたちゃんあそびにこないの?」
カズナリが、たまり醤油のきいた煎餅をがりっとひと齧りしたとき、
ピカドンがお茶を啜りながらたずねた。
「そういえば、こないだのデート以来顔見てないなぁ」
もごもごと饅頭を頬張ったまま、リスも呟く。
「んぁー?……だって、仕方ないだろ、受験もそろそろ追い込みなんだから」
「そっかぁー……」

秋は深まり、季節は冬との境目にさしかかっている。
今年はどうやら暖冬らしく、東北の街はここ何日か小春日が続いていたが、
それでも夜更けと朝方は冷え込みがきつい。
カズナリは、いつ座卓を炬燵に切り替えようかと、様子をうかがっているところだった。

「お前ら、この時期の浪人生の必死さを知らないだろ。
予備校にでも行ってみな、みんな目の色変えて、休み時間も参考書から目ぇ離さないんだから」
「ふぅん。かずくんも、きのうおそくまでべんきょうしてたもんね」
「まあな。でも、ひなたの志望校は、俺よりはるかにレベル高いから……」

「もっと必死だよ」と言いかけて、カズナリはふと眉をひそめる。

ひなたは、噂どおり、東京の医科大学を志望していた。
もしひなたが合格すれば、カズナリとは離れ離れになる。

511第5話<2>:2004/09/17(金) 21:31
「ねえ、皆さんお聞きになったぁ?」
突然リスが、奥様口調になる。
「『ひなた』ですってよー。いきなり呼び捨てだわー。
やーねー、二宮さんたらもー、隅に置けないわねえ」
「しょうがないじゃん。だって、ちゅーもしちゃったしねえ」
「あらま、ちゅーですって!なんてハレンチなっ」
「うるせーバーカ!!」

カズナリが真っ赤になってリスとピカドンに抗弁するのを見て、
ベソは小声で「……いいなぁ……」と呟いた。

「ま、上手く行ってるんならいいさぁ」
リスは、一人合点するように言うと、湯呑みのお茶をずるずると飲み干した。
「うん、上手く行っとるよ、すべて」
カズナリも頷きながら、熱いお茶をすっかり飲んでしまってから、
「んじゃ、図書館行ってくる」と、腰を浮かせた。
「えー、でかけるのー?」
「お前らといたんじゃ、勉強になんねーよ」
カズナリは笑いながら、わざと悪態をついた。
「ちぇ。……んじゃ、ばんごはんつくってまってるから。なにがいい?」
「うーん、なんかうまいもの」
「それじゃわかんないってー」
「あははぁ」
カズナリは笑い声を上げながら支度をすると、
ものの10分もしないうちに出かけていった。

「俺らといると、勉強にならないってかー……」
カズナリが去っていったドアの向こうを見やりながら、オガミが呟く。
「他人のせいにしやがって」
「んー……かずくん、そんなつもりでいったんじゃないとおもうけど」
ピカドンが、のったりと言い添えた。

512第5話<3>:2004/09/17(金) 21:34
「つかさ、お前ら、カズに甘すぎないか?」
窓の桟に、とんと微かな音を立てて飛び乗りながら、
オガミはみんなの方を向いて言った。
「たかが女一人のことで、告白からデートから、
全部俺らがお膳立てする必要あるのかよ?
カズだってガキじゃあるまいし、ほっときゃいいじゃん、そんなの」
「おめえ、冷たいのな」
リスが口を尖らす。オガミは、低く「ちっ」と舌打ちをした。
「……俺が言いたいのはさ、何から何まで手を貸し続けてると、
あいつ自分じゃ立てなくなるんじゃないのか、ってことだよ」

オガミの言葉を、わらしたちはしんと黙りこくって聞いた。

「俺たちの力はさ、多分それなりに使えるレベルなんだよ。
あいつのためにって、それを使い続けるうち、
あいつ、自分の力でなんとかするとか、
そういうのがばからしくなるんじゃないかって、
……この頃のあいつを見てると、そう思うんだ」

曇りガラスから、やわらかな小春日の陽射しが、畳の上に白く注いでいる。
日の光にぬくもったガラスに背をもたれさせて座り、
オガミはみんなの顔を見回した。

513第5話<4>:2004/09/17(金) 21:36
「んじゃさ、俺たちってなんなんだろうな」
リスが、目の前で湯気を立てる湯呑みを見つめたまま、ぼんやりと問う。
「俺はただ、家主の幸せのために働くのが、俺たちの役目かなって……」
「あいつにとって何が幸せか、なんて。そんなの、誰にもわからないよ」
リスの疑念を断ち切るように、オガミはきっぱりと答えた。
「…………」

「さ、かずくんいっちゃったから、おれそうじするよ」
ピカドンが、弾けるように立ち上がった。
「おがみくんのいうこと、むずかしいからよくわかんないけど……
でも、かずくんにいじわるしてるんじゃない、のは、なんかわかるからさ」

「幸せ、ってものの中身が、リスとオガミじゃ違うんだろうな」
いつの間にか、湯呑みをぐい呑みに替え、ぽっと頬を赤くしたベソが言う。

「オガミはさ、うんと小さいときからよその山で修行してたからな……
俺らの知らない苦労とか、いっぱいしてきたろうし、
俺らには見えないもんが、
オガミには見えてるのかもしれないな。
多分さ、ほんわかしたあったかい幸せを、
偶然手にすることもあれば、苦しんで苦しみぬいて、
自分の力でやっと手にする幸せもあるってことなんじゃないかなあ?
そりゃぁ、確かに人それぞれだわ。
どっちがいいとか、そういうもんじゃないねえ」

「お前さ、賢いんだかばかなんだかわかんねえな」
リスは、まだ何か吹っ切れないように、ベソに向かって毒づいた。
ベソは、にやにや笑いながら、嬉しそうにぐい呑みの酒を啜る。

「ねえ、おがみくん、まどあけていい?ほこりたまるからさ」
ピカドンに促され、オガミは窓からさっと飛び降りた。
がらがらっ−−景気の良い音を立て、窓が開く。
見上げる空は、一点の曇りもなく真っ青だった。
大家さんの広い庭に、赤い小菊がいっぱいに咲きそろっている。
垣根のさざんかも、ちらほらと花をつけ始めていた。

やがて、ピカドンの使うほうきのすがしい音が、部屋の中に響きはじめた。

514第5話<5>:2004/09/17(金) 21:41
昼前に図書館に着き、夕方まで数時間。
カズナリの勉強は、それなりにはかどった。
知識をにわかに詰め込んだ頭が、ほんのり重いように感じながら、
カズナリが外に出たときには、とっぷりと日は暮れていた。

「ひなた、どうしてるかな」

図書館の大机に向かい、参考書を広げながら、
幾度も脳裏を巡っていた問いが、再び蘇ってくる。
もちろん、彼女も貴重な休日を、
受験勉強の追い込みに費やしていることは確実だった。
人一倍頑張り屋のひなたは、努力を妨げられることをひどく嫌う。
そうとわかっているからこそ、
カズナリも勉強に集中しようと努めていたのだ。
なんだかんだと、わらしたちと賑やかに過ごすあの部屋にいては、
どうしても集中力が削がれる。
必死で何かに取り組んでいなければ、
カズナリの思考は、まっすぐひなたに向かってしまう。

自転車置き場に向かう途中、カズナリの視界の隅に、
公園の電話ボックスが捉えられた。

「電話、してみようかな」

カズナリは、携帯電話を持っていない。
高校時代はさして必要を感じなかったし、予備校に通いだしてからは、
親への多大な負担を考えると、持たせてくれとは言いづらかった。
今になり、カズナリは密かに悔やむ。
大学に受かったら、とりあえず携帯を持とう。

今の時間なら、家にいるだろうか。
カズナリは思い切って、車椅子用に大きく設えられたボックスに足を運んだ。

緑色の受話器を取ったとたん、ずきずきと鼓動が騒いだ。
甘苦しさと痛さとで、すくみそうになる心を、目を閉じてカズナリは制する。

515第5話<6>:2004/09/17(金) 21:43
『はい』
流れてきたのは、確かに聞き覚えのある、懐かしい声だった。
桁の大きい携帯の番号が、カズナリは未だに苦手で、
無事ひなたに繋がったことに胸を撫で下ろす。

「ひなた?……ごめんな、邪魔して」
『ううん、今一息ついてたから……どしたの?』
「ん、別に用はないけど……どうしてるかなー、って」
『そっか。それ、なんか嬉しいな……
うん、あたしはぼちぼちがんばっとったよ。カズは?』
「俺も、今まで図書館で」
『あ、そうなの。なんだー、あたしも行けば良かったかなぁ』
「でも、2人だと集中できないだろ」
『だねえ。カズもいよいよ、本気モードだねえ。いいことだ』
「まあな」
『今どこから?公衆電話?』
「うん、西公園の電話ボックス。さみいよ」
『ふーん。…そう言えば、けやき通りのライトアップって今日からだよね』
「あ、そういえば」
『今……5時か。そろそろ始まるね』
「うん」
『あたし、今から行くよ。気分転換したいし』
「え?」
『カズは自転車?あたし地下鉄で行くから。
四番町の駅の出口で待っててくれる?』
「だって……いいのか?」
『そんな、2,3時間さぼったからって揺らぐ実力じゃないでしょ?お互いに』
「はは、そっか……じゃ、待ってる」

受話器を置き、力を込めて電話ボックスのドアを閉めると、
カズナリは走り出した。
ひなたが身支度して家を出るまでには、それなりに時間もかかるはずで、
そんなに急ぐ必要は少しもなかったのだが、
思わず走り出さずにはいられない気分だった。

516ななし姉ちゃん:2004/09/18(土) 00:51
キタキターーーーーーーーーーーーーーー!!
職人姉ちゃんおかえり〜

517ななし姉ちゃん:2004/09/18(土) 01:53
なんとなーく予感がしたのできてみたら…
職人姉ちゃんおかえり!ずっと待ってたよー

518ななし姉ちゃん:2004/09/18(土) 05:59
職人姉ちゃん、キタ━━(゚∀゚) ━━ !!!!!
わらち和むよわらち

519第5話<7>:2004/09/18(土) 19:11
歳末、けやき並木で知られるこの街の大通りは、
数十万もの電球に彩られる。
長い長いけやきのトンネルが、無数の光に埋め尽くされるさまは、
なかなかに壮観だ。
「光の聖誕祭」と呼ばれ、ここ10年ほどで
すっかり市民の間に定着したイベントだった。
翌日は月曜なのに、歩道には大勢の人々が行き交っている。
若い家族連れ、そしてカップルが目に付く。
みんな、笑いながら足早に過ぎていく。
カズナリは、地下鉄の出口に立って、ぼんやりと人の流れを見ていた。
今夜は寒い。ようやく冬らしくなってきた、
と言ったほうがいいかもしれない。
とげとげした寒気を含んだ風がよぎるごとに、
ぞくぞくと冷気が立ち上ってくる。
もとから丸い背中を余計に丸め、
ブルゾンのポケットに手を突っ込みながら、
それでもカズナリは寒さを楽しむ。……寒くなければ、冬ではないのだ。

支柱に預けていたカズナリの背が、不意にとんとん、と叩かれた。
「ごめん、寒かったでしょ」
カズナリが振り返ると、白いコートを着たひなたが、
にこにこと笑って立っていた。
寒気のせいで微かに赤らんだ頬が、白い息で包まれる。
「ん、別に平気だし」
さほど無理してる風でもなく、カズナリはさらりと答えた。
「行こ」カズナリのポケットに手を入れ、
その手のひらをひなたは探り出す。
カズナリは、ポケットから手を出すと、改めてひなたの手を取った。

街を東西に横切る道路の中央、長いけやき並木が連なる遊歩道の光たちは、
冷たい夜空のはるか向こう側まで、またたきさざめきあっていた。

520第5話<8>:2004/09/18(土) 19:12
途中、屋台で焼きたてのたこ焼きを買い、
歩道の中心に立つ裸婦像の側のベンチに、二人で腰を下ろした。
「食べよ。あったかいよ」
座るやいなや、ひなたは弾んだ声で包みを解くと、
湯気の立ったたこ焼きを一つ楊枝に刺して、
「はい」カズナリの口元に突き出した。
「え……」カズナリは、あからさまに照れてみせる。
何しろ、周りは結構な人出なのだ。
「いいから、ほらぁ」
カズナリの困惑をちょっと楽しむように、ひなたは笑う。
「……ん」カズナリは、しぶしぶ目の前のたこ焼きをかじって、
「ふっ、ふはっ!あひっ……」あまりの熱さに身を捩った。
「あははぁ、熱かった?ごめんごめん」
「ふっ、ふがっ……ごめんじゃないよ、俺猫舌なんだからー」
熱い塊をようやく飲み下し、カズナリはペットボトルのお茶をあおった。

「もうすぐ、クリスマスだねえ」
温かい食べ物で人心地ついた頃、ひなたがふっと呟いた。
「うん。クリスマスが終わったら、年が明けて受験本番だねえ」
「そういうことじゃなくてえ……それ、わざと?それともマジボケ?」
「へ?」
質問の意味がわからず、カズナリはぽかんとする。

「あたしたち、一応付き合ってるんだよねえ?」
「うん」
「そりゃあ、受験生だから羽目は外せないけどさ」
「んー?」
「クリスマスとか初詣とか、やっぱ節目のイベントだと思わない?」
「あー……そうだねえ」
「だからぁ!」

カズナリの鈍すぎる反応に、さすがのひなたもしびれを切らしたらしい。
やや、強い調子で言葉を継いだ。

「クリスマス、一緒に過ごしましょうよって言いたいわけよ」
「ああ!」
ようやく得心がいった、というふうに、カズナリは大きく頷く。
「ああ!じゃないよ、ほんとに……」
ひなたはどんよりとうなだれたが、もちろん本心からではない。
察しの悪い、鈍感な彼氏を、半分面白がっているのだ。

521第5話<9>:2004/09/18(土) 19:15
「そうかあ、付き合ってるって、そういうこともするんだぁ」
心底感心したように、カズナリは言った。

「んでは、いかようにいたしましょうか」
「いかようにでも。……そうだねえ、どこかで待ち合わせして、
ちょっとだけ遊ぼうか」
「おお、余裕ですなあ」
「当然、それまでは必死でやることやるんだよ」
「当然だね」
「よしよし。うん、これで当面の目標ができた」
ひなたは満足げに頷くと、「わーい」と腕を上げた。
「んふふ」カズナリも、下を向いて笑う。
ひなたといると、他愛もない些細なことが、なんと嬉しく楽しいのだろう。

裸婦の彫像は、寒風の中にすっくと立っていた。
長い手足をぴんと伸ばし、西の空を見上げている。
「ずるいよ、これ外人でしょ」
ひなたは、その傍らに立つと、わざと口を尖らせ因縁をつけた。
「こんなカッコイイスタイルの人、近場で見たことないもん」
「つか、やっぱ街の顔なわけだから。
あんまりずどんとしてるのも困るんだろ?」
「いいじゃん、胴長短足ずんぐりむっくり万歳だよ」
言いながら、ひなたは身体を反らし、彫像と同じポーズを取る。
「ほら、どうよ?イケてない?」
「ああ、微妙にイケてる、とも言いがたいわけではないねえ」
「どっちだよっ!」

ひなたは、大げさに頭をのけぞらせたまま、
バッグから手探りで携帯を取り出して、
「カズ、撮って!写メ写メ!!」
「バカ……」
「いいのっ、ほらっ」

ひなたのツボは、時折理解しがたい。
あきれ笑いしながら、カズナリはひなたの姿をカメラに収めた。

「カズ、こっち来て。一緒に撮ろう」
誘われるまま、カズナリはひなたの隣に立った。
縦長の画面に、二人が並ぶ。整った顔立ちのひなたの微笑と、
はにかんで引きつりぎみなカズナリの笑顔。
ぽつぽつと、黄色い点々に見える光をバックに、
初めてのツーショットを写し撮るカメラが、
パシャッと陽気なシャッター音を立てる。

522第5話<10>:2004/09/18(土) 19:18
「これ、あとでパソコンのメールに送るね」
ひなたの申し出に、カズナリは思わず、
「え……いいよ……」と返してしまった。
「なんで?」
「だって、なんか恥ずかしい……」
「何でよー。あたしの画像見て、にやにやしなさいよっ」
それは、あまりにもリアルな場面だ。
カズナリは冷や汗でもかきそうだった。
「わかったわかった。柏手打って拝ませてもらうから」
「ごめんねえ、ヌードじゃなくって」
「ゴルァ!!」

とりとめのない話をしながら、二人はけやき並木の外れまで歩いた。
繋いだ手が、じんわりと温かくて、
そのぬくもりだけで、この冬の先まで通り抜けていけそうな気がする。
温かさは、幸せそのものなのだと、カズナリは初めて気づいた。


地下鉄の駅から、自転車で5分。市の南部に位置する閑静な住宅街に、
ひなたの家はあった。
門扉をくぐり、そっと玄関のドアを開け、
「ただいまぁー……」遠慮がちにひなたは言った。
いくら気晴らしとはいえ、
受験生が夜遅くに帰るのは、さすがに気がとがめた。
「あら、お帰り」ひなたの母親が、おっとりした口調で応えながら顔を出す。
「夕飯とっといてるわよ。食べる?」
「うん、ちょっとだけ食べる」
ひなたの両親は、どうものんびり屋らしく、娘の挙動にはあまり頓着しない。
信頼されているのか、それとも放任されているのか。
とはいえ、普段しっかり受験勉強に取り組んでいる姿を見ているせいで、
ひなたに無駄なプレッシャーをかけないよう、
あえて騒ぎ立てないでいるのかもしれず、
その何気ない気遣いを、ひなたは内心ありがたいと感じていた。

「そうそう」
ダイニングテーブルについたひなたに、熱いスープを運びながら、
母親は何かを思い出したように声を上げた。
「何、お母さん」
「ひなたにね、手紙が来てたのよ、昨日」
「何よ、早く言ってよ、そんなの」
「ごめんごめん。すっかり忘れちゃってたわぁ」
ばたばたとリビングにとって返す母を見送りながら、
ああ、やっぱりうちの親はただの暢気ものなんだわ……とひなたは思った。
「ほら、これ」
スープを一口すすり出したひなたの前に、白い封筒が差し出された。
「はい。……誰からだろ」
ひなたは何気なく表書きを見る。


太いペンの、力強い筆跡に見覚えがあった。
ひなたは、あやうくスプーンを取り落としそうになった。
内心のはやりを、母親に悟られないよう、そっと封書を裏返す。
九州の、どことも知れない町の名の下に、
ひなたにとって、忘れえぬ名前が記されていた。


「お母さん、ごめん。やっぱご飯いらないや」
「あら、どしたの?」
「友達と、ちょっと食べてきちゃったんだ。うち着いたら、
もっと食べれるかと思ったんだけど、けっこうお腹ふくれてた」
「そう。……じゃあ、明日の朝までとっとくわね」
「ごめん……部屋、行くわ」


ひなたは階段を駆け上がり、2階の自室のドアを激しい勢いで開けると、
ばたんと大仰な音を立て、閉めた。
ドアに背中をもたれさせたまま、改めて封書に目を落とす。
胸の鼓動が、苦しいほどに波打つ。
そんなつもりは毛頭ないはずなのに、目頭に涙が滲み出す。


「何で、今になって……」
しばらくの間、呆然と突っ立っていたままだったひなたは、
ようやく我に返ったように、独り呟いた。
思わず口にしたその言葉に共鳴するかのように、頬を涙が伝う。
セーターの袖口でそれを拭い、ひなたはデスクの引き出しから、
ペーパーナイフを取り出した。


そのまま崩れて、へたり込んでしまいそうな思いを、
かろうじて奮い立たせながら、
ひなたは丁寧に封を切り始めた。

523</b><font color=#FF9999>(dTU/9jqY)</font><b>:2004/09/18(土) 19:24
姉ちゃん達、お帰りコールありが㌧!
なるべく間を開けないように、貼りに来たい…です…

524ななし姉ちゃん:2004/09/18(土) 23:40
続きが気になる木・・・

525ななし姉ちゃん:2004/09/20(月) 01:27
同じく、続きが禿気になる木!
気長に待ってるよー

526ななし姉ちゃん:2004/09/22(水) 00:40
職人さぁ〜ん!

527</b><font color=#FF9999>(dTU/9jqY)</font><b>:2004/09/23(木) 20:30
姉ちゃん達こんばんは。
続きを貼りに来ました。
いつもありが・です。

どうやら、生小僧に飢えてる状態だと、
むしろ更新に拍車がかかるくさいです自分……

528第5話<11>:2004/09/23(木) 20:33
長い長い、じれったいほどの沈黙ののち、
古ぼけたノートパソコンのデスクトップが、ぱっと表示された。
ディスクドライブも、だいぶガタが来ているのだろう。
まるで、マシンのぜいぜい息切れする音が、起動中に聞こえてくるかのようだ。

こんな化石マシンを、カズナリが買い替えもせずに使い続けているのには訳がある。
自殺した兄が、遺したものなのだ。

兄がこれを買った当時、実家のリビングで得意げにネットを繋ぎ、
カズナリにも覗かせてくれたりしたことを、彼は鮮明に覚えている。
あの頃の憧れを、こんな形で引き取ることになったのはやるせなかったが、
古ぼけたなりにきちんと仕事をしてくれるよき相棒である。
だからこそカズナリは、怠らずに手入れをし、大切に扱っていた。

その夜、さすがに寒さをやりすごせず、ついに炬燵を引っ張り出した。
わらしたちは、大はしゃぎで炬燵掛けに潜り込んでは、
あったかいねえ、と笑いあった。
今は夜更けで、わらしたちは炬燵に潜り込んだまま、ぐっすり眠ってしまっている。
カズナリがうっかり踏んでしまったら危ないので、
床の上では寝ないように言ってあるのに……。

カズナリは、すーすーと寝息を立てるわらしたちを見て、困ったように笑うと、
マウスを動かし、メーラーのアイコンをダブルクリックした。
夕方撮った携帯の写真を、ひなたが送ってくれたかどうか、確認するつもりだった。

529第5話<12>:2004/09/23(木) 20:34
ナローバンド回線のため、メーラーは動作が実に重い。
しかし、カズナリは慣れたもので、インスタントのコーヒーを啜り、
単語帳をぱらぱらめくりながら、立ち上がりを待っていた。
夕方の出来事が、断片的によみがえる。
ひなたの横顔や、無邪気な笑顔を思い浮かべ、自然に笑いがこぼれる。
周りに誰か居たら、さぞかし不気味に思われるだろう。

ようやく立ち上がった画面に向かい、新着メールを呼び出す。
うんざりするほど送られてくるスパムメールに紛れ、
添付ファイルつきの、見慣れたアドレスが見つかった。

「うわ、重っ」
なかなか表示されないメッセージを待ちながら、カズナリは苦笑した。

じれったい思いで、やっとファイルを開くと、
あのとき、小さなディスプレイに浮かび上がったそのままの二人が現われる。
困惑気味の笑顔を浮かべる自分と、ひなたの陽気な眼差しが並ぶ。
幸せそのものを写し撮った画像に、カズナリはまたにやにやと笑う。

「こんなん撮れました。カズ、なかなか男前に撮れてるね。
よかったじゃーん(´∀`)
初めての2ショだね。ちょっと照れるねぇ(ぽ)」

添えられた短文を、カズナリは目で追った。
甘くてあたたかいものが、胸の中を埋め尽くしていく。
やわらかく優しい感情が、カズナリをいっぱいに満たしていく。
……そう、そのときまでは。

続く文章に、カズナリは目を疑った。

「実は私、明日からしばらく予備校をお休みします。
授業はもういいから、自分の弱点を、
自力で徹底的に克服したくなりました。

もちろん、クリスマスまでには復活するつもり。
カズと過ごす、初めてのクリスマスだもんね。

明日から、しばし会えなくなります。
わがままでごめんね。
しばらく、連絡もしないと思う……
次にカズに会えるときまで、必死で頑張ります。

ひなた」

530第5話<13>:2004/09/23(木) 20:36
「うーん……」誰かが、ごろりと寝返りをうった。
カズナリははっとして立ち上がり、炬燵の上に4人分の小さな布団を敷くと、
1人ずつ抱き上げて、そっと転がして毛布をかけてやった。


急に、どっと疲れが押し寄せてきた。
カズナリも、炬燵の中に潜り込むと、ごろりと横になる。
胸の下辺りがずんと重く、やがてちりちりと痛み始めた。


夕方、自分の目の前にいたひなたは、
何らのかげりもない、いつもの明るいひなただった。
今日、突然会いたいと言い出したのは、
明日から会えなくなるからだったのか。
しかし、それなら何故、あのとき何も言わなかったのか。
ひなたの真意がどこにあるのか、
いくら考えてもカズナリには理解できなかった。


少しの間、カズナリは呆然と天井を見つめていたが、
不意に起き上がり、パソコンの画面に再度向き合うと、
開いたままのメールに、返信をしようと試みた。
だが、いくら頭をひねっても、言葉が浮かんでこなかった。


「急な話でびっくりしたけど、
ひなたがそう決めたのなら、応援します。
頑張って。俺も、クリスマスまで必死にやります」


当たり障りのない返信を送ってしまってから、
ひなたにきちんと理由を聞けない自分を、カズナリは責めた。
視界のひらけた、日当たりのよい道を歩いていたはずなのに、
目の前に突然、深い地割れが出来ていたときのような、
暗い地の底を覗き見たような恐怖が、カズナリを支配していた。



自分の中の心の在処を、カズナリは初めて知ったと思った。
今痛み出したあたり、何かの前触れを察知して、
しんしんと痛みの信号を発しているあたり……
多分、そこに、心はあるのだ。
心が痛むというのは、おそらくそういうことなのだ。

531第5話<14>:2004/09/23(木) 20:37
冬の早朝は、まだ闇の底に沈んでいた。
きんと冷え切った部屋の中で、オガミはむっくりと起き、立ち上がる。
暗い森の中に長くいたせいで、オガミの目は暗がりにも素早く慣れる。
炬燵を降りようとして、オガミは床の上のカズナリを見た。

背中を丸め、眉間に皺を寄せて、小さく息をついている。
眠っているはずなのに、なぜか苦しげにも見える。

ふと、予感がオガミの胸をよぎった。
あまり心地のよい感触ではなさげだった。

さらに注意深く、カズナリの表情を窺おうとしたが、
オガミは何かを思い出したように、さっと顔を背けると、
カズナリとは反対側の床に、音も立てず着地した。

台所に立ち、いつものように、小さなボウルに水を張る。
どんなに寒い朝でも、オガミは勤行を欠かさない。


手桶に水を汲む。
苦しげに息をつく、カズナリの横顔が、なぜか目に浮かぶ。


オガミは、頭から切るように冷たい水を被ると、
迷いを断ち切るように、低い声で真言を唱え始めた。

532第5話<15>:2004/09/23(木) 20:41
「ねー、かずくーん、あさごはんたべなよー」
炬燵の上に顎を乗せ、ぼんやりと沈んだ顔をしているカズナリに、
さっきからピカドンが、しきりに声をかけていた。
「なっとうとのりのつくだに、おいしいよ。ごはんたきたてだし」
心配そうにカズナリの顔を覗き込むピカドンの隣りでは、
卓上にあぐらをかいたベソとリスが、競争で白飯をかきこんでいた。

「あー……ん……ごめん、食欲ないや。お茶ちょうだい」
「んもう、しょうがないなあ」
ピカドンは、よいしょ、と台によじのぼる。
ヒト用の大きな急須を傾けやすいように、わらしたちがわざわざ作った台だ。
ポットからお湯を入れるのは、わらしたちでもさすがに危ないので、
そこだけはカズナリの役目だったが、ピカドンは慣れた調子で、
あっという間に、台の下に置かれた湯呑みにお茶を満たしていった。
「そんなことまでしなくても、お茶ぐらい俺が淹れるよ」
以前、カズナリは言ったことがある。
「でも、おちゃはさ、ひとからいれてもらったほうがおいしいんだよね」
ピカドンは笑って言った。……以来、お茶汲みは彼の仕事になっていた。


目の前に置かれた湯呑みからゆらゆらと立ち上る白い湯気を、
カズナリはぼっとしたまま見つめていた。
登校時間は迫っているのに、腰を上げる気にはなれない。

ひなたのいない場所に、わざわざ出かけていく意味なんてない。
心がそう呟くのを、理性の力を総動員させ、無理やりに黙らせる。

いい加減、出かける支度を始めなければならない。
カズナリは身体を起こそうとし、ピカドンと目が合った。
ピカドンは顔を曇らせ、じっとカズナリを見ている。

「わかったよ。ちゃんとお茶もらうから、そんな顔すんなよ」
「……かずくん、だいじょうぶ?おなかいたくない?」
「どこも痛くない、大丈夫だよ。寝不足気味なだけだよ」
カズナリは、湯呑みになみなみと注がれた熱いお茶を啜る。
起きぬけの乾いた喉に、ほのかに渋くて甘い緑茶が爽やかだった。
「あー、お前の淹れるお茶は旨いなあ」
「ほんと?よかったぁ」
ピカドンは、愛くるしい顔をくしゃりとほころばせた。

ようやく、カズナリは立ち上がった。
ほんの少しだが、救われたような気がした。

533第5話<16>:2004/09/23(木) 20:43
「うーーーん……」
カズナリが去ってしまった後を、ピカドンはしかめっつらで見つめる。
「どったの、ピカちゃん」
5杯目の飯を頬張りながら、リスが問う。

「なんかおかしいよ、ぜったい」
「何がだ?」
「かずくん、げんきなさすぎ。ていうか、なんかなやんでるみたい」
「そっか……そうかな、あいつ朝は、いっつも結構テンション低めじゃん」
「そうなんだけどさ。なんかいつもと、ちがうよ」
ピカドンは座り込むと、食べかけの飯にざっと味噌汁をかけ、かきこむ。
「こら。ネコマンマするなって言ってるだろ」
リスが口を尖らせる。
「いいじゃん、おいしいんだから」
ピカドンは頬をぷっと膨らませながら、飯粒でいっぱいの口をもぐもぐさせた。

「なんか、あるのかもなぁ」
食後の冷酒をぐいっとあおりながら、ベソが言った。
「やっぱり、べそくんもそうおもう?」
「ん。カズくんの周りの気、みたいなのがね…どよんってしてる」
「ちぇっ」
リスは、面白くなさそうにそっぽを向いたが、
何かひらめいたように、不意に声を張り上げた。

「ならさぁ、様子見に行こうぜ、予備校まで」

「あ、それいいかんがえ!」
「ふむ、確かに」
ピカドンとベソが、すかさず賛同したので、
リスはすっかり気をよくしたように頷いた。
「よし、決まりだ。オガミ、行くだろ?」

車座の対面で、静かにお茶を啜っていたオガミは、
「俺?行かねえよ」
抑揚のない口調で答える。
「ちょっと元気がないくらいで、過保護過ぎだろ、お前ら」

「そっか」
リスは、ベソに目配せする。
ベソは心得ているというふうににやりと笑うと、
懐から細く編まれたしなやかな縄を取り出した。
オガミは、挙動不審な二人に気づかず、
食事を終えてすっと席を立とうとする。
その、一瞬の間隙を突いて、
リスは、オガミの後ろ襟に縄を放った。

縄の先はきらりと光りながら、オガミの襟に引っかかる。

「よし、釣れた」
そのままリスは、ずるずるとオガミを引きずった。
「バカ、よせ。なんの真似だよ!」
オガミは意外なほどの慌てぶりで声を裏返し、叫ぶ。
「黙れ。集団行動を乱すなって話だよ」
二人のコントを見守っていたピカドンとベソも、
にやにやしながら縄に取り付いた。
「やっぱり、おがみくんだってしんぱいだよねえ」
「オガミはいい奴だなあ。俺大好きだなあ」
「やめろぉぉ〜〜〜〜」

534第5話<17>:2004/09/23(木) 20:46

わらしたちは、朝の町に飛び出した。
大家さんの庭に立ち、ヤツデの茂みの下に潜む。
ピィィィ……
リスが、高く指笛を鳴らす。
やがて、かさこそと落ち葉を踏む足音が近づいてきた。

現われたのは、灰縞の大きな猫だった。
「おはよう、社長」
リスが親しげに声をかけると、「社長」はつまらなさそうに、
大きなあくびを一つした。

「さむくなったから、もうのみはいないよねえ」
ふかふかした猫の背中に飛び乗りながら、ピカドンが嬉しそうに言った。
「まえ、ちんちんのところさされてかゆかったぁ」

「今日も頼むよ、社長」
リスは「社長」の目の前に、
大きな岩魚の干物をうやうやしく差し出した。
「にゃあ」
「社長」は、地元の顔役らしく鷹揚に一声鳴くと、
ふがふがと鼻を鳴らしながら、貢物を綺麗に平らげた。

「よし、社長、ガソリンは満タンだな。
じゃあ、やってくれ。駅の裏まで」

猫は、ゆっくりと歩き出し、さっと塀に飛び移った。
わらしたちは、ふかふかと温かい猫の背中にしっかりとしがみつく。

まるまると太ったその体躯には不釣合いな敏捷さで、
猫は塀の上をゆうゆうと歩いた。
冬の朝のにおいは、薄荷を思わせる冷たい清涼さをたたえ、
わらしたちの鼻をやさしくくすぐっては通り過ぎていった。

535ななし姉ちゃん:2004/09/25(土) 13:45
ひなたとカズナリに一体何が…
生小僧不足はみんな同じ。ガンガローゼ職人姉ちゃん!

536ななし姉ちゃん:2004/09/25(土) 21:47
職人姉ちゃん早く!早く!
ま〜ち〜き〜れ〜なぁ〜いっ!!w

537ななし姉ちゃん:2004/09/25(土) 23:02
続きが気になる木

538ななし姉ちゃん:2004/09/29(水) 22:38
おーい!職人姉ちゃんタクロー祭に行っちゃったの?w
カ●エエわらちも大好きだが、ちょっと大人な小僧もリク!

539ななし姉ちゃん:2004/10/03(日) 02:30
姉ちゃーん、続きが禿気になって眠れないよーw
そして自分も、ちょっと大人な小僧もリク!


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