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隔離部屋〜眠れぬ夜の姉ちゃんの為に〜

522第5話<10>:2004/09/18(土) 19:18
「これ、あとでパソコンのメールに送るね」
ひなたの申し出に、カズナリは思わず、
「え……いいよ……」と返してしまった。
「なんで?」
「だって、なんか恥ずかしい……」
「何でよー。あたしの画像見て、にやにやしなさいよっ」
それは、あまりにもリアルな場面だ。
カズナリは冷や汗でもかきそうだった。
「わかったわかった。柏手打って拝ませてもらうから」
「ごめんねえ、ヌードじゃなくって」
「ゴルァ!!」

とりとめのない話をしながら、二人はけやき並木の外れまで歩いた。
繋いだ手が、じんわりと温かくて、
そのぬくもりだけで、この冬の先まで通り抜けていけそうな気がする。
温かさは、幸せそのものなのだと、カズナリは初めて気づいた。


地下鉄の駅から、自転車で5分。市の南部に位置する閑静な住宅街に、
ひなたの家はあった。
門扉をくぐり、そっと玄関のドアを開け、
「ただいまぁー……」遠慮がちにひなたは言った。
いくら気晴らしとはいえ、
受験生が夜遅くに帰るのは、さすがに気がとがめた。
「あら、お帰り」ひなたの母親が、おっとりした口調で応えながら顔を出す。
「夕飯とっといてるわよ。食べる?」
「うん、ちょっとだけ食べる」
ひなたの両親は、どうものんびり屋らしく、娘の挙動にはあまり頓着しない。
信頼されているのか、それとも放任されているのか。
とはいえ、普段しっかり受験勉強に取り組んでいる姿を見ているせいで、
ひなたに無駄なプレッシャーをかけないよう、
あえて騒ぎ立てないでいるのかもしれず、
その何気ない気遣いを、ひなたは内心ありがたいと感じていた。

「そうそう」
ダイニングテーブルについたひなたに、熱いスープを運びながら、
母親は何かを思い出したように声を上げた。
「何、お母さん」
「ひなたにね、手紙が来てたのよ、昨日」
「何よ、早く言ってよ、そんなの」
「ごめんごめん。すっかり忘れちゃってたわぁ」
ばたばたとリビングにとって返す母を見送りながら、
ああ、やっぱりうちの親はただの暢気ものなんだわ……とひなたは思った。
「ほら、これ」
スープを一口すすり出したひなたの前に、白い封筒が差し出された。
「はい。……誰からだろ」
ひなたは何気なく表書きを見る。


太いペンの、力強い筆跡に見覚えがあった。
ひなたは、あやうくスプーンを取り落としそうになった。
内心のはやりを、母親に悟られないよう、そっと封書を裏返す。
九州の、どことも知れない町の名の下に、
ひなたにとって、忘れえぬ名前が記されていた。


「お母さん、ごめん。やっぱご飯いらないや」
「あら、どしたの?」
「友達と、ちょっと食べてきちゃったんだ。うち着いたら、
もっと食べれるかと思ったんだけど、けっこうお腹ふくれてた」
「そう。……じゃあ、明日の朝までとっとくわね」
「ごめん……部屋、行くわ」


ひなたは階段を駆け上がり、2階の自室のドアを激しい勢いで開けると、
ばたんと大仰な音を立て、閉めた。
ドアに背中をもたれさせたまま、改めて封書に目を落とす。
胸の鼓動が、苦しいほどに波打つ。
そんなつもりは毛頭ないはずなのに、目頭に涙が滲み出す。


「何で、今になって……」
しばらくの間、呆然と突っ立っていたままだったひなたは、
ようやく我に返ったように、独り呟いた。
思わず口にしたその言葉に共鳴するかのように、頬を涙が伝う。
セーターの袖口でそれを拭い、ひなたはデスクの引き出しから、
ペーパーナイフを取り出した。


そのまま崩れて、へたり込んでしまいそうな思いを、
かろうじて奮い立たせながら、
ひなたは丁寧に封を切り始めた。


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