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隔離部屋〜眠れぬ夜の姉ちゃんの為に〜

491<8>:2003/12/11(木) 21:17
休日の時分どき、30分ほど列に並んで評判のラーメンにありつき、
ひなたに誘われるまま、あちこちの服屋や雑貨屋を見て回って、
2人がようやくカフェの柔らかいシートに落ち着いたとき、

「ぶーーーーーーーーーっ」

バッグの中から、またもや声が漏れるのを聞きつけて、
カズナリは、トイレの個室に鍵をかけて立てこもった。

「なんかもう、見てらんねえよカズくん……」

バッグの口をあけるや否や、リスの不満げな声が響く。

「何なんだよー。『どこ行く?』とか聞かれても、咄嗟に応えられないし、
金魚のフンみたく彼女にくっついて歩くだけで、気の利いた話のひとつも振れないし、
会話、一向に膨らまねーし。
言っちゃ悪いけど、カズくん気ぃ回んなさすぎ!あれじゃあ、駅で別れてそれっきりだよー」
「そ……そかな……そんなに俺、ヤバいかな……」
「ヤバいも何も、あれじゃまずすぎだよっ。だいたい、カズくんはさぁ……」
「リス」

それまで黙って話を聞いていたベソが、静かにリスの袖を引いた。
「……んだよっ」
気が昂ぶるあまり、髪の毛まで逆立つ勢いのリスを、ベソはいつもの暢気な微笑で制する。

「あのね、カズくん」
ベソは、和やかな笑顔を、今度はカズナリのほうに向けた。
「カズくん、もっと自信持っていいよ。
ひなたちゃんの気持ちは、ちゃんとカズくんに向いてると思う。
楽しそうだし、そう退屈してるとも思えない。
あの子は、きみに楽しませてもらおうなんて思ってない。
自分なりの楽しみ方を、知ってるみたいだし」
「そ、そうかな……」
「だからあんまり、いろいろしてあげなくちゃとか、焦んなくていいと思う。……けどね。
気持ちって、伝わってるつもりでも、そうじゃないときってあるから、
どこかでひなたちゃんに、伝えたほうがいいよ。言葉とか、態度とかでね」
「………」

「カズくんは、気持ち伝えるの、こわい?」

ほんの少しだけ間を置いた後、カズナリはこくんと頷く。

「そうだね……相手の気持ちとか、ちゃんとわかってもらえるかとか、
いろいろ考えちゃうと心配、だよね。
けどね、たぶんだいじょぶだと思うよ。ってか、ひなたちゃん、待ってると思う。
カズくんに、『君がだいじ』って言ってもらえるの」
「そっかな……」


「なんかべそくん、かっこいい……」
ピカドンが、目をきらきらさせて言った。
「つーかさ、何一人でおいしいとこ持ってってんだよ……
さっきまで、こんな窮屈なところで酒くらって爆睡してたくせによー」
むくれたリスの肩を、オガミがぽんぽんと叩く。

「さ、もう行こ」
「うん」

カズナリは個室を後にすると、ひなたの待つ席に向かった。
窓際の席だった。ひなたが、通りに面した大きなガラス越しに、外を眺めている。
顎に手を置き、テーブルに肘をついて、綺麗な白い頬の線だけを見せ、遠くを見ている。

どこ、見てるのかな。
一瞬の迷いを、カズナリは振り切る。

「ごめん、待たせちゃって」

ほんの刹那息をのんだ後、カズナリはひなたに声をかけた。

「……トイレ、長ーい」
ひなたはにやにやしながら、カズナリを冷やかす。
「ベンピ?」
「黙りなさい」
うふふ。……ひなたは肩をすくめて笑うと、ホイップクリームがたっぷり乗った、
冷たいカプチーノをストローでかき回した。

窓の外には、秋の陽射しが変わらず降り注いでいて、
通りを歩く人々みんなが幸せそうだと、カズナリは思った。


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