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戦争 兵器3

1WS:2020/04/26(日) 07:53:23
主に兵器に関するネタ

前スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/computer/648/1332660070/

2WS:2020/04/26(日) 07:56:20
戊辰戦争の銃
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/computer/648/1332660070/998-1000

戊辰戦争
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%8A%E8%BE%B0%E6%88%A6%E4%BA%89
戊辰戦争の銃はスナイドル銃、Starr carbine、ドライゼ銃

3WS:2020/04/26(日) 07:56:51
シャスポー銃
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E9%8A%83
慶応2年(1866年)12月、ナポレオン3世は2個連隊分(1800丁とも2000丁とも)のシャスポー銃を江戸幕府に無償提供している。
また、幕府もこの銃を10000丁ほど注文している。
しかし1866年にイギリスで採用されたスナイドル銃は、日本での兵器販路開拓においては薩摩・長州をパートナーとしていたイギリス系のグラバー商会(イギリス東インド会社 - 香港のジャーディン・マセソン商会直系)がすでに一歩先んじて大きな市場を得る事に成功していた。
イギリスとの商流が弱い主な佐幕派の諸藩もプロイセン系のスネル兄弟や、長岡藩にガトリング砲を納めた横浜のスイス系ファーブル・ブランド商社、また香港・上海に無数に存在した中国向け兵器商人たちを窓口としていたなど、幕府を経由してシャスポー銃を始めとするフランス製兵器の売り込みを図ったフランスには強力なライバルたちが存在していた。
特にスナイドル銃は簡単な加工で前装銃を後装式に改造できたため、既に多数輸入されていたエンフィールド銃を元に日本国内でも改造する事が可能(事実、当時の鉄砲鍛冶は旧々式化していた数百年前の種子島式火縄銃までも後装銃に改造している)であり、完成度の高いボクサーパトロンは防水・防湿性に優れた密閉構造だったため、多湿・多雨な日本や当時のイギリス植民地であった南・東南アジアでも問題なく着火する信頼性を有していた。
これに対してシャスポー銃は、フランス語通詞が少なかったために教範(取扱・運用説明書)の日本語訳すら完了していなかった。さらに遠く離れたフランス本国で製造されていた専用弾薬の供給も困難であり、薬莢の構造と日本の気候の相性が悪く不発が多かったこともあって全く有効に運用されず、一説には江戸城開城の際に手付かずの状態で蔵に残されていたとも言われている。
大鳥圭介率いる幕府陸軍の精鋭部隊、伝習隊がシャスポー銃を使用していたという記述が散見されるが、これを真っ向から否定する研究者もいる。もっとも、雨が多く湿度の高い日本で紙製薬莢の扱いに苦労したり、不足した専用弾薬を大鳥が日本で作らせたがうまくいかなかった等の記録が残っていることから、伝習隊がシャスポー銃・ドライゼ銃といった紙製薬莢を使う後装式銃を一時期であれ使用していたことは確かなようである。

4WS:2020/04/26(日) 08:01:51
エンフィールド銃
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E9%8A%83
日本では幕末に大量に輸入され、戊辰戦争では新政府軍の主力小銃であった。
日本で最も初期にエンフィールド銃を導入したのは薩摩藩とされ、薩英戦争後の軍制改革で4,300挺を購入したと伝えられており、輸入された当初はその弾丸の構造からミニエー銃(Minie rifle)の一種とされ、イギリス・ミニエーと呼ばれていた。
1865年(慶応元年)に双方で300万もの兵士が戦ったアメリカの南北戦争が終結すると、南北両軍が使用していた大量の軍需品が民間業者に払い下げられた。これらの払い下げ品には、90万丁近くが米国に輸出されていたエンフィールド銃も含まれており、その多くは市場を求めて太平天国の乱が続いていた中国(上海・香港)へ集まり、幕末の日本にもグラバーに代表される外国商人によって輸入された。
この頃から、フランス製のミニエー銃と区別するために“エンピール銃”・“鳥羽ミニエー”といった呼び名が付けられ、後に発足した日本陸軍ではエンピール銃の呼称が継承された。
長州など倒幕派諸藩は、エンフィールド銃を1挺あたり15両程度で購入させられていたが、後装式銃器の普及で急速に旧式化したエンフィールド銃の価格は、戊辰戦争の頃から暴落した。同時にスナイドル式銃尾装置によりエンフィールド銃を後装式へ改造する方法が欧米から伝えられ、国内での改造が諸藩や鉄砲鍛冶の間で流行した。
ただし、こうした改造を受けたエンフィールド銃の多くは、側方に設けられたヒンジにより機関部が右方向に開くために、タバコ入れに見立てられ莨嚢式(ろくのうしき)の方式名が与えられたスナイドル銃とは異なり、同時期にベルギーより輸入されていたアルビニー銃などと同様に前方に設けられたヒンジにより機関部が前方向に開く方式が使用された。これは前方開放型のアルビニー式がスナイドル式の側面開放型よりも改造が容易であったからに他ならない。スナイドル銃と区別する意味で前開き型には活罨式(かつあんしき)の方式名が与えられ、より正確には前方枢軸型活罨式と呼ばれた。
新生日本陸軍が発足すると、その歩兵操典に後装式を用いる版が採用された事から、日本陸軍の主力小銃は全て後装式に統一され、スナイドル銃(金属薬莢式)が主力小銃となり、ドライゼ銃(紙製薬莢式)が後方装備とされた。
廃藩置県後に新政府管理へ移管されたエンフィールド銃は、1874年(明治7年)頃から徐々にスナイドル銃への改造作業が始められていたが、1879年(明治10年)に西郷隆盛を首魁とする私学校徒が鹿児島の火薬庫に残されていたエンフィールド銃を強奪して決起して西南戦争が勃発する。
これに対して政府軍はスナイドル銃を主力とする鎮台兵を派遣して戦い、連射速度の違いから西郷軍は緒戦から多くの損害を出して圧倒され、日本最後の内戦は前装式銃の時代とともに終焉した。
貧弱な基盤しか有さず、前装式のエンフィールド銃で戦った西郷軍の鎮圧に莫大な戦費と犠牲を費やした政府は、各地に退蔵されていたエンフィールド銃が不平士族や当時隆盛だった自由民権運動激派に強奪されて同様の反乱が発生する事を恐れ、西南戦争後の1878年(明治11年)から全国各地に残されていたエンフィールド銃を集めてスナイドル銃へ改造する作業を行い、老朽化が激しく改造されずに残された物は軍の射撃訓練用として使用されつつ寿命を迎えて廃棄処分となり、民間へ払下げられる運命を辿った。

5WS:2020/04/26(日) 08:04:22
ミニエー銃
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%BC%E9%8A%83
ミニエー銃(ミニエーじゅう、Minie rifle)は、パーカッションロック式(雷管式)の前装式ライフル歩兵銃。
本来滑腔砲であるマスケット銃にライフリングを刻みこんだもので、ライフルド・マスケット(英語版)とも呼ばれる。従来使用されていたゲベール銃(マスケット銃の一種)の銃身に改修を施す方法で製造された。
ミニエー弾と呼ばれる独特の弾薬を使用した。

江戸幕府は幕末の元治元年(1864年)にオランダ製ミニエー銃を採用した。しかし当時は南北戦争が終結直後であったため、アメリカから余剰武器のエンフィールド銃が約5万挺も輸入され同時に幕軍に配備されたほか、佐幕派・倒幕派双方の諸藩も制式小銃として購入・運用した。
戊辰戦争では幕軍も新政府軍も主力はエンフィールド銃で、戦跡から出てくるのはほとんどがプリチェット弾である。
箱館戦争では、新政府軍の装備するスナイドル銃と連発式のスペンサー銃は全軍の5%にも満たなかった。
箱館政府軍が武装解除した際に引き渡された装備の内訳は、エンフィールド銃(二ツバンド三ツバンド)1,600挺に対しスナイドル銃(元込め銃)107挺だった。
幕府は本銃の配備と同時に、イギリスから同銃の操作・運用に関する資料を輸入し、当時幕府翻訳方であった福沢諭吉に翻訳させた。
この操作マニュアルは「雷銃操法」と題され、のちに『福沢全集』に収録された。
幕末に坂本龍馬がミニエー銃400丁を買い付けていろは丸に乗せて運搬中に紀州藩の船と衝突し沈没したと主張したが、近年行われたいろは丸の調査ではミニエー銃は見つかっていない。

6WS:2020/04/26(日) 08:09:45
ゲベール銃
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%AB%E9%8A%83
前装式(マズルローダー式)、滑腔銃身(ライフリングがない)、フリントロック式(燧石式)、またはパーカッションロック式(雷管式)の洋式小銃である。
すなわち、マスケットと呼ばれるものと同一であるが、幕末日本では特にこう呼ぶ。
日本では、幕末期に西洋軍制を導入した江戸幕府や藩が相次いでゲベールを購入した。
1831年に砲術家の高島秋帆がオランダから輸入したのが始まりとされる。幕末の早い段階から輸入が開始され、すでに施条銃の時代となっていた西欧から旧式のゲベールが大量に日本に輸出された。
また輸入だけではなく、火縄銃とは発火装置が異なる程度だったため各地で国産のゲベールが製造されたほか、火縄銃の発火装置を(燧石式を飛ばして直接)管打式に改造した和製ゲベールも見られる。
そのため値崩れを起こし、価格は1挺5両ほどにまで下がった。
一方で欧米でも、随時ライフリングが刻まれてミニエー銃に改修されたり、滑腔銃身のままミニエー弾やプリチェット弾が配布されたり、中には後装式に改造されるまで使い切られるゲベール銃も存在したが、日本ではほとんどそのような改修や運用は行われなかった。
輸入が始まった頃は薩摩藩・長州藩や幕府軍で採用されていたが、薩摩・長州では早い段階から、ゲベール銃よりも新式で命中率・射程距離に優れた施条銃であるミニエー銃やスナイドル銃へと更新を進めた。
幕府軍も第二次長州征討以降は積極的に施条銃を導入し、幕府陸軍の歩兵隊などに支給した。
戊辰戦争時点ではゲベール銃は時代遅れの銃となっていたが相対的に安価であり、東北諸藩のほとんどは幕末期に購入したゲベール銃やヤーゲル銃(英語版)が主力のまま戊辰戦争に突入していた。

7WS:2020/04/26(日) 08:16:25
村田銃
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E7%94%B0%E9%8A%83
薩摩藩・日本陸軍の火器専門家だった村田経芳がフランスのグラース銃(金属薬莢用に改造されたシャスポー銃)の国産化を図る過程で開発し、1880年(明治13年)に日本軍が採用した最初の国産小銃。
明治維新前後の頃には国内で様々な輸入小銃が使用されており、建軍直後の日本軍でも、陸軍がイギリス製のスナイドル銃、海軍が同マルティニ・ヘンリー銃を主に使用していたが、村田経芳が十三年式村田銃の製造に成功したことで、初めて「軍銃一定」(主力小銃の統一・一本化)が成し遂げられた。このことが後の日清戦争において、雑多な小銃を用いる清軍に対し、日本軍の優位につながる一因となった。
明治維新期は火器が飛躍的に発達しはじめた時期にあたり、様々な形式の火器が出現して数年を置かずに瞬く間に旧式化するというサイクルが繰り返されており、各藩から集められた火器は新旧各種が混在した状態だった。
発足したばかりの新生日本陸軍での歩兵教練は、輸入されたテキストを日本語に翻訳したマニュアルとお雇い外国人による指導に頼っており、1872年(明治5年)兵部省によって1870年版フランス陸軍歩兵操典が、次いで1874年(明治7年)に陸軍省によって1872年版同操典が採用された事から、その主力小銃は全て後装式に統一された。

西南戦争は日本陸軍の勝利で終結したが、歳入のほとんどを戦費に使い果たした日本政府は財政難に陥り、陸軍も新小銃の国産化よりエンフィールド銃のスナイドル銃への改造を優先させたため、村田経芳のシャスポー銃改造計画は凍結された。
しかし、この凍結が怪我の治療を終えた村田経芳に時間の余裕を与え、シャスポー改造グラース銃を一部簡略化した設計で試作を始めた村田は、1880年(明治13年)に至り、ついに国産小銃の製造に成功した。

旧式化した十三年式・十八年式村田銃の一部は、軍の収益事業の一環として着剣装置や銃身内のライフリングを銃身長の半分まで削り取られ[19][20][21]、散弾銃に改造されてから民間に払い下げられ、軍用銃としてよりも長い期間を猟銃として活躍した。

8WS:2020/04/26(日) 08:17:54
グラース銃(グラースじゅう、仏: Fusil Gras Modele 1874 M80)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%B9%E9%8A%83
19世紀フランスのボルトアクションライフル
フランス陸軍によって使用されたグラース銃は、バジーレ・グラース(Basile Gras)大佐によって、シャスポー銃を金属製カートリッジに適合させた物だった。このライフルは、口径11mm、重量25g、黒色火薬を充填したセンターファイアカートリッジを使用した。それは強力な兵器だったが、装填後に1発の弾丸しか撃てなかった。また、Model 1874 「グラース」として知られている、三角形の銃剣が付属した。
シャスポー銃からの改良点としては、同銃が撃針のコッキングをボルト解放前に親指で撃鉄(コッキングピース)を引く事で、手動で行う必要があったのに対して、グラース銃はボルトの引き起こしと同時にコッキングが完了するコックオン・オープニング方式を採用した事であった。コッキングピースを直接引く機能は残されてはいたが、この改良により速射時の操作性が向上した。
グラース銃は単発銃であった為、1886年から8連発のルベルM1886ライフルに置き換えられていった。それまでに約40万挺のグラース銃が主にサン=テティエンヌ造兵廠によって製造された。

9WS:2020/04/26(日) 08:33:40
カービン(Carbine)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%B3
本来歩兵用小銃より銃身が短い騎兵用小銃のことだが、今日では単に全長を短め(概ね80cm以下)にした銃のことを指す。
日本語では騎兵銃、騎銃等と訳される。

M1793カービン。フランス革命戦争頃に使用された。
ウィンチェスター・レバーアクション・カービン M1866
マーリンM1894

なお戊辰戦争は1868年
ウィンチェスター・レバーアクション・カービンM1866は1866年、ウィンチェスター社販売
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%95%E3%83%AB
ラスト・サムライの冒頭エピソードは実に正しい
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%B5%E3%83%A0%E3%83%A9%E3%82%A4
モデルとなった戦争は西南戦争(1877年)が該当らしいが、忍者軍団が登場するあたりでお察し

10WS:2020/05/16(土) 02:33:07
グランビルの法則
https://tradelife.jp/investment/3559/
https://tradelife.jp/cms/wp-content/uploads/2018/04/1.jpg


1、買いパターン1 《買いの第1段》
移動平均線が長期間下落、または横ばいで推移した後、株価が上昇に転じ移動平均線を下から上に突き抜けた場合に買い

2、買いパターン2 《押し目買い》
株価が移動平均線を下回った場合でも、移動平均線が上昇中の時は押し目買い

3、買いパターン3 《買い乗せ》
移動平均線より上にある株価が足踏み状態の時、上昇中の移動平均線が割り込むことなく再度上昇に転じた時は買い乗せの局面である

4、買いパターン4 《自律反発の買い》
下向きになっている移動平均線よりも、さらに株価が大きくかけ離れて下落した(下への乖離幅が大きくなった)場合は自律反発する可能性が高いと判断して買い

5、売りパターン1 《売りの第1段》
移動平均線が長期間上昇、または横ばいで推移した後、株価が下落に転じ移動平均線を上から下に突き抜けた場合は売り

6、売りパターン2 《戻り売り》
株価が移動平均線を上回った場合でも移動平均線が下落中の時は戻り売り

7、売りパターン3 《売り乗せ》
移動平均線より下にある株価が足踏み状態の時、下落中の移動平均線が上回ることなく再度下落に転じた時は売り乗せ局面である

8、売りパターン4 《自律反落の売り》
上向きになっている移動平均線よりも、さらに株価が大きくかけ離れて急騰した(上への乖離幅が大きくなった)場合は自律反落する可能性が高いと判断して売り

11WS:2020/05/21(木) 15:54:00
東艦(あずまかん、旧名ストーンウォール(CSS Stonewall))
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E8%89%A6
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Stonewall-Kotetsu.jpg

日本海軍の軍艦。 艦名の東の意味は吾妻、吾嬬などと共に全てあづま(あずま)と読み、京都から東の国を指す汎称になる。
本艦を指すことが多い呼称で甲鉄艦(こうてつかん)があり、一般には鋼鉄製装甲の軍艦(装甲艦、Ironclad)を指す言葉で固有名詞ではないが、幕末から明治にかけての日本史でこれが用いられる時は本艦を指す事が多い。
艦首水面下に突出した衝角が特徴的

慶応3年(1867年)に小野友五郎を代表とする江戸幕府の訪米使節がアメリカに「ストーンウォール(CSS STONEWALL)」買取を約束したが、翌慶応4年(1868年)に戊辰戦争が勃発して幕府が瓦解すると、新政府側でもストーンウォールを買い取りたいと言い出した。
旧幕府側はこれに反発。横浜に至ったアメリカ側は、戦争の決着がつくまでストーンウォールをどちらにも売る気はないと、局外中立を宣言した。
しかし奥羽越列藩同盟が崩壊し、榎本武揚ら旧幕府海軍が蝦夷地へ渡って所謂「蝦夷共和国」を樹立させた頃には、明治政府が新たなる政府であることを認めて局外中立を撤廃。
まだまだ財政が厳しかった明治政府は躊躇したが、明治2年(1869年)2月3日ストーンウォール(甲鉄艦)購入に踏み切った。

戊辰戦争
旧幕府海軍は旗艦の開陽丸を座礁で失った上、明治政府のストーンウォール(甲鉄艦)購入の知らせが箱館に届き危機を感じた榎本らは軍議の上、同艦への移乗攻撃による奪取作戦を計画(アボルダージュ作戦)、宮古湾海戦が起こった。
榎本らは甲鉄艦の装甲を貫ける新型砲弾を開発しており、船に積んでいたと言われるが、天候などの不運も重なりその威力は試せないまま奪取に失敗した。
本艦は宮古湾海戦で旧幕府軍艦を追撃した後、青森に待機し、同年4月9日の新政府軍上陸に際して箱館湾に出撃。
箱館湾海戦を経て旧幕府軍の降伏に至った。

日本海軍では「甲鉄」と呼ばれていた(?)
甲鉄と乾行の2隻は中島四郎(甲鉄に乗艦)の指揮で横浜港に派遣された
1872年(明治5年)12月7日には名を「東艦」と改められた

12WS:2020/05/21(木) 15:59:18
甲鉄艦 (ストーンウォール(CSS Stonewall))
東艦 甲鉄
東は吾妻、吾嬬(あづま・あずま)とも記載。京都から東の国を指す汎称
日本史でこれが用いられる時は本艦を指す事が多い。

ドックで整備を受ける竣工当時の本艦を艦首から撮影した写真。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a9/CSSStonewallBow.jpg
男性が座っている砲門部により艦首方向への砲撃を可能とした。

13WS:2020/05/21(木) 16:20:20
装甲艦
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%85%E7%94%B2%E8%89%A6
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/82/Meyers_b12_s0661a.jpg
鉄ないし鋼の装甲を施した軍艦を指す用語
日本では甲鉄艦ともいい、明治時代にはより一般的な名称であった。
1854年に、世界で最初の装甲艦がフランスで建造。110mmの鉄板と440mmのオーク材で強固に装甲されていたが、帆走と150馬力の蒸気機関による最高速力はわずか数ノットの浮き砲台だった。

日本史における装甲艦
織田信長が伊勢の大名九鬼嘉隆に建造させた、「鉄甲船」という木造の船体の外側に鉄板を貼り付けた大型の軍艦が初の装甲艦の例として挙げられることもある。
これは1576年(天正4年)の7月13日の第一次木津川口の戦いの際、毛利輝元麾下の水軍に焙烙火矢攻撃を受けた事を戦訓として、建造されたものである。
ただし、鉄甲船の装甲はあくまで防火のためのものであり、防弾を目的とした装甲とは意味が違うものである。そして後世の装甲艦とは技術的なつながりは全く存在しない。

産業化以前の装甲艦
https
://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%A3%E6%A5%AD%E5%8C%96%E4%BB%A5%E5%89%8D%E3%81%AE%E8%A3%85%E7%94%B2%E8%89%A6
厚い金属板により装甲がほどこされた木製の、または鉄骨に木板張りなど数種の材料で作られた軍艦である。
1854年にフランスにおいて世界初の航洋装甲艦ラ・グロワールが建造される以前から、ヨーロッパにおいては船を建造する際衝角として利用するために金属製の船骨を用いており、また金属板張りの軍船についての記述も存在する。
それらのなかには艦砲が装備されているものもあった。
東アジア においては16世紀から艦砲を持ち金属の装甲が施された軍船についての記録がある。

鉄甲船
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E7%94%B2%E8%88%B9
戦国時代から江戸時代初期にかけて大型の安宅船に鉄板を張った船。
主に織田信長と、豊臣秀吉が建造を命じた鉄甲船が知られる。

織田信長の鉄甲船
信長が伊勢志摩の豪族であり水軍を率いた九鬼嘉隆に命じて作らせたといわれる
本船の存在は信長の側近・太田牛一の著した『信長公記』、多聞院の英俊が記した『多聞院日記』、宣教師オルガンチノのルイス・フロイス宛の報告書などに記載が見られるが、詳細については詳らかではなく、未だ定説を見ていない。
本船は船体を厚さ3mm程度の鉄板で覆い、村上水軍が得意とした焙烙火矢に対する装甲としたと伝わる。
しかし、これを直接的に示している同時代の史料は『多門院日記』しかなく、その『多聞院日記』も「鉄の船なり。鉄砲通らぬ用意、事々敷儀なり」という伝聞の記述である。

豊臣秀吉の鉄甲船
秀吉が文禄・慶長の役時に鉄の装甲を持った大型船を建造したことは『フロイス日本史』に文禄2年(1594年)のこととして明確に記述されている。
「関白はこのたびの朝鮮征服のために幾隻か非常に大きい船舶を建造させました。
 それらの舟は、すべて水面から上は鉄で覆われ、中央に船楼を有します。
 相互に通じる船橋は、いずれも鉄が被せられ、木(造部)は露出していません。
 そして全て甚だしく美しく塗金されています。」

亀甲船
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%80%E7%94%B2%E8%88%B9
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/9f/Turtle_boat.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/5e/TurtleShip1795.jpg
李氏朝鮮時代に存在したとされる朝鮮水軍の軍艦の一種。
亀甲船についての記述が初めて登場するのは15世紀の太宗実録である。
豊臣秀吉による文禄・慶長の役(壬辰・丁酉倭乱)で実際に5隻が運用されたとされる。
日本側の記録には登場しない。

李舜臣行録
「亀甲船の大きさは、板屋船(当時の主力戦艦)とほぼ同じく上を板で覆い、その板の上には十字型の細道が出来ていて、やっと人が通れるようになっていた。
そしてそれ以外は、ことごとく刀錐(刀模様のきり)をさして、足を踏み入れる余裕も無かった」、
「前方には竜頭を作り、その口下には銃口が、竜尾にもまた銃口があった。
左右にはそれぞれ6個の銃口があり、船形が亀のようであったので亀甲船と呼んだ」、
「戦闘になると、かや草のむしろを刀錐の上にかぶせてカモフラージュしたので、敵兵がそれとも知らず飛び込むとみな刺さって死んだ。
また、敵船が亀甲船を包囲するものなら、左右前後から一斉砲火をやられた」

14WS:2020/05/21(木) 16:30:30
安宅船
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%AE%85%E8%88%B9
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/5b/Arakebune_in_Hizen_Nagoya_Castle_byobu.jpg
室町時代の後期から江戸時代初期にかけて日本で広く用いられた軍船
巨体で重厚な武装を施しているため速度は出ないが、戦闘時には数十人の漕ぎ手によって推進されることから小回りがきき、またその巨体には数十人から百数十人の戦闘員が乗り組むことができた。
室町時代後期以降の日本の水軍の艦船には、安宅船のほか、小型で快速の関船と関船をさらに軽快にした小早があり、安宅船がその中核を成した。

いずれも船首上面が角ばった形状をしており、矢倉と呼ばれる甲板状の上部構造物も方形の箱造りとなっているのが特徴である。
上部構造物は船体の全長近くに及ぶため、総矢倉と呼ばれる。この形状によって確保した広い艦上に、木製の楯板を舷側と艦首・艦尾に前後左右の方形に張って矢玉から乗員を保護した。
もともと速度の出ない大型船であるため船速は犠牲にされ、楯板は厚く張られて重厚な防備とした。楯板には狭間(はざま)と呼ばれる銃眼が設けられ、隙間から弓や鉄砲によって敵船を攻撃した。
移乗攻撃を行うため、敵船との接舷時には楯板が外れて前に倒れ、橋渡しとできるようになっていた。
楯板で囲われた総矢倉のさらに上部には屋形が重なり、外見の上でも城郭施設に似ている。
特に大きな安宅船には二層から四層の楼閣があげられていた。その構造と重厚さから、安宅船はしばしば海上の城にたとえられる。

村上水軍の安宅船模型
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a2/%D0%9C%D1%83%D1%80%D0%B0%D0%BA%D0%B0%D0%BC%D0%B8_%D0%BF%D0%B8%D1%80%D0%B0%D1%82.jpg

安土・桃山時代
1578年には信長の命により、九鬼水軍を率いる部将九鬼嘉隆が黒い大船6隻を、滝川一益が白い大船1隻を建造している。
その規模は、その噂を聞いて書き残した興福寺の僧侶の記録(『多聞院日記』)によれば横七間(幅約12.6m)、竪十二、三間(長さ約24m)で、鉄張りであったという。
鉄張りにしたのは毛利氏の水軍が装備する火器の攻撃による類焼を防ぐためと考えられ、当時の軍船としては世界的にみても珍しい。
これが有名な信長の「鉄甲船」である。
更に、この大安宅船を実見した宣教師グネッキ・ソルディ・オルガンティノの証言によれば、各船は3門の大砲と無数の大鉄砲で装備していたといい、6月20日に伊勢から出航して雑賀衆や淡輪の水軍と戦い、大阪湾に回航し、9月30日に堺湊で艦船式、11月6日に木津川口で九鬼嘉隆の6隻が毛利氏の村上水軍や塩飽水軍と海戦を行い勝利している(第二次木津川口の戦い)。
1584年の蟹江城合戦では、九鬼嘉隆は伊勢白子浦から蟹江浦に滝川一益の兵3千人を揚陸させているが、同月19日の海戦に敗れて嘉隆は大船を捨て小舟で沖に逃れている。
この時の嘉隆の大船は、「大宮丸」、「日本丸」と伝わる。

1591年に始まる豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)では軍需物資や兵員を輸送し、兵站を維持するために大量の輸送船が西国の大名によって建造された。
これらの輸送用の船舶とは別に、緒戦期に朝鮮水軍の襲撃で被害が出ると日本側も水上戦闘用に水軍の集中と整備を開始し、『太閤記』などの記述によれば石高十万石につき大船(安宅船)二隻を準備させたという。
その結果、慶長の役では日本水軍が活躍することとなった。
また、この役のために九鬼嘉隆が建造した「鬼宿」は長さ百尺(約30m)、櫓百挺で、漕ぎ手と戦闘員をあわせて180名が乗り込むことができた巨船で、豊臣秀吉の命名によって「日本丸」と改名されたことで知られ、安骨浦海戦では敵の襲撃を強靱な船体で受け止め、脱出に成功している。
(大きさについては異説あり)また、山内一豊に宛てた手紙では、「船長十八間(約32m)、幅六間(約11m)」と規定した軍船の建造を命じている。

江戸時代
慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いを経て江戸時代初期には、日本の各地で次々に巨城が築城された軍事的な緊張の時代を反映して九鬼氏をはじめ西国の諸大名によって日本丸を上回る巨艦が次々に建造され、安宅船の発展はピークを迎えた。
しかし慶長14年(1609年)に江戸幕府は西国大名の水軍力の抑止をはかって500石積より上の軍船を没収している(大船建造の禁)。
寛永12年(1635年)には武家諸法度により全国の大名に500石積より上の軍船の保有が禁じられている。
江戸幕府は500石積より上の軍船保有を禁じたのと同年に、長さ三十尋(約55m)で3重の櫓をあげ、200挺の大櫓を水夫400人で漕ぐという史上最大の安宅船である安宅丸を完成させた。
しかし、安宅丸は巨体のために航行に困難が伴い、隅田川の河口にほとんど係留されたまま留め置かれた末に1682年に解体され、和船最後の巨船ともなった。

15WS:2020/05/21(木) 16:59:03
装甲巡洋艦
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%85%E7%94%B2%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E8%89%A6
水線部舷側を防御する装甲帯と装甲板で覆われている

元来、艦砲では沿岸要塞に対抗できないのがセオリーとされていた。
しかしクリミア戦争でフランス軍が実戦投入した装甲浮き砲台が要塞攻撃を成功させたことで、状況は一変した。
この戦訓を踏まえて、フランス海軍が1859年に進水させた「ラ・グロワール」と、これに対抗してイギリス海軍が1860年に進水させた「ウォーリア」により、世界の海軍は装甲艦の時代に突入した。

装甲巡洋艦の端緒とされるのが、フランス海軍が1890年に竣工させた「デュピュイ・ド・ローム」である
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%94%E3%83%A5%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%A0_(%E8%A3%85%E7%94%B2%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E8%89%A6)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/58/Armoured_cruiser_Dupuy_de_L%C3%B4me.jpg

これらの装甲巡洋艦は、通常の巡洋艦と同様に通商破壊や商船護衛、前路哨戒や植民地警備といった任務に投入されていたが、
19世紀末ないし20世紀初頭には、更にこれを準主力艦として位置付けて、同種艦数隻で戦列を構成して戦艦部隊とともに行動する運用法が生じた。
日本海軍の六六艦隊計画(1896年開始)も主力艦として戦艦6隻・装甲巡洋艦6隻を整備する計画であり、日露戦争の日本海海戦にも主力艦として投入されている。

16WS:2020/05/21(木) 17:24:53
防護巡洋艦 Protected cruiser
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%B2%E8%AD%B7%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E8%89%A6
19世紀後半から20世紀初頭にかけて存在した巡洋艦の形式である。
装甲艦や戦艦、装甲巡洋艦が舷側に鋼鉄の装甲を張って防御としていたのに対し、主機室の上の甲板を装甲し(これを防護甲板という)、舷側には装甲を持たない比較的軽防御の巡洋艦をいう。
チリ海軍がイギリスのアームストロング造船所に発注した巡洋艦「エスメラルダ」(1884年竣工)が世界最初の防護巡洋艦といわれる
(同艦は1895年に日本海軍が購入し、二等巡洋艦「和泉」となった)。
大型の装甲巡洋艦 1 隻の費用で小型高速の防護巡洋艦 3 隻が建造できるとされ、各国が競って装備した。
しかし、実戦において防御力の不足が明らかになったこともあり、やがて廃れた。

製鋼技術の進歩を背景として、防護巡洋艦のうち大型の艦では、再び垂直防御の導入が図られた。
これが装甲巡洋艦であり、その端緒とされるのが、フランス海軍が1890年に竣工させた「デュピュイ・ド・ローム」であった。

エスメラルダ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E6%B3%89_(%E9%98%B2%E8%AD%B7%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E8%89%A6)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1f/Japanese_cruiser_Izumi_at_Sasebo_1908.jpg
和泉(いずみ)は、日本海軍の防護巡洋艦。
艦名は旧国名「和泉国」にちなんで名づけられた。
元はチリ海軍所属、世界初の防護巡洋艦「エスメラルダ」(スペイン語: Esmeralda、「エメラルド」の意味)。
1894年に日清戦争に伴う戦力増強のため、チリ政府から日本海軍が購入した。

ニューアーク(アメリカ海軍)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/08/Uss_newark_cc-1.jpg

「エドガー」級防護巡洋艦(イギリス海軍)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/56/HMSgib.jpg

カイゼリン・エリーザベト(オーストリア=ハンガリー帝国海軍)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/12/SMS_Kaiserin_Elisabeth.jpg

ハミディイェ(オスマン帝国海軍)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4e/Savuranoglu_hamidiye.jpg

超勇(清国海軍)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/38/Chaoyong_2.jpg

ヴァルキリエン(デンマーク海軍)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e4/Danish_Cruiser_Valkyrien_1899.jpg

トルード(フランス海軍)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/5f/Armoured_cruiser_Troude.jpg

バウティク(ポーランド海軍)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4b/Former_cruiser_ORP_Baltyk.JPG

アヴローラ(ロシア帝国海軍)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/3a/Kruiser_Aurora.jpg

17WS:2020/07/30(木) 17:39:41
スウォーム
https://trafficnews.jp/post/63639/2
1000機の「群れ」が一斉突撃 米のマイクロドローン群
無数のドローンによる攻撃を「スウォーム」と呼び、ある意味では「ファンネル」よりもはるかに恐ろしい

無人戦闘機による空中戦
機動性や搭載センサーなどをある程度、割り切って安価にした「ミサイルキャリアー」に徹し、有人戦闘機の攻撃コマンドやデータリンクによる情報共有を受けて、前方に出て大量のミサイルを撃ち込む「ロボットウイングマン(僚機)」として使用する



「ファンネル」実現へ?
https://trafficnews.jp/post/63639
アメリカ国防総省は2017年1月9日(月)、前年10月にF/A-18「スーパーホーネット」へ搭載した103機からなるマイクロドローン群「ペルディクス(Perdix)」の、投射・飛行テストを成功裏に実施したと発表
「ペルディクス」は重さ290g、翼幅30cm、20分の航続時間を持ち、航空機から投下したあとはAIによって完全に自律します。
さながら小鳥や虫の「群集(スウォーム)」のように、全体でひとつの固体として振る舞う「集団的意思決定」、集団を維持する「適応編隊飛行」、1度崩れた群れを回復する「自己治癒」などの、高度な「群れ飛行制御技術」を実証しました。

18WS:2020/07/30(木) 17:42:53
米海兵隊が主力戦車M1A1「エイブラムス」廃止を決断を下した
https://grandfleet.info/military-trivia/why-do-the-us-marines-want-to-abolish-tanks/
世界中に普及してしまった無人機や精密誘導兵器の前に「戦車」や「装甲車」といった時代遅れの装備は生き残れないと考えているからだと報じ、この考えを裏付ける実例として今年2月にトルコ軍とシリア政府軍との間で発生した戦闘とリビアの例を挙げた。

シリア政府軍の戦車や装甲車は建物や茂みに隠れたりカモフラージュを施しトルコ軍からの攻撃を回避しようとしたが、上空を飛行する無人機に搭載されたセンサーや赤外線画像の前には無意味で次々と位置が特定され遠距離からの精密誘導兵器による攻撃で破壊されてしまった。

19WS:2020/11/04(水) 11:28:38
重力弾実験
実際に「神の槍」落としてキノコ雲作った映像あるんかな
ICBMが雲突き破って落ちてきた写真はあるが、その後が見たい

ひょっとして米軍隠してる?

20WS:2021/01/16(土) 21:34:19
海の底まる見え検証2「冷戦期の失われた核兵器」
空母「インディペンデンス」
1947年 クロスロード作戦で核実験に参加
沈まなかったものの放射能汚染が酷く
カリフォルニア沖で調査た後、海岸160km先へ投棄

21WS:2021/04/24(土) 14:50:42
IV号突撃砲 6000ユーロ(80万円程)

22WS:2021/05/05(水) 15:29:05
攻城塔 ブリーチング・タワー ベルフリー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BB%E5%9F%8E%E5%A1%94
要塞の防壁に接近する際、攻撃者やはしごを防御するよう特別に作られた攻城兵器
攻城櫓(こうじょうやぐら)とも呼ばれる。

古代から地中海世界・西アジア・中央アジア・中国の諸文明、中世ヨーロッパや戦国時代の日本など、極めて広範囲に普及した。
古代の近東では紀元前11世紀から使用され、ヨーロッパでは紀元前4世紀に、また古代の極東でも攻城塔は使用された。
建造には相当な時間を要し、もしも梯子による攻撃や坑道戦、または防壁や門の破壊などによって要塞の抵抗と防御を打破できないとなれば、攻城塔が主力として作られた。

知られている中で最古の攻城塔の投入は、アッシュールナツィルパル2世(在位:紀元前883年 - 859年)率いる新アッシリア帝国の陸軍が、紀元前9世紀に用いた例である。彼の治世、またその後の治世のレリーフでは、傾斜道や衝角のようないくつかの包囲戦術の使用とともに攻城塔が描かれている。

攻城塔は大型の火砲の開発によって脆弱で時代遅れなものに変じた。
しかし、後に建造された「砲列塔」は火薬の時代においても類似の任務を帯びた。攻城塔に似たこうした塔は、包囲戦用の砲を据えるため、現地で木によって作られた。
1552年のカザン包囲戦に投入された。この塔は10門の大口径砲と50門の軽砲を搭載した

23WS:2021/05/05(水) 15:33:11
戦国時代の兵器
http://www.eniguma49.sakura.ne.jp/gunnzi,heiki/sonota/senngokuheuki/senngokuheiki1.html
車井楼
http://www.eniguma49.sakura.ne.jp/gunnzi,heiki/sonota/senngokuheuki/42.jpg
http://www.eniguma49.sakura.ne.jp/gunnzi,heiki/sonota/senngokuheuki/34.jpg
http://www.eniguma49.sakura.ne.jp/gunnzi,heiki/sonota/senngokuheuki/110.jpg
http://www.eniguma49.sakura.ne.jp/gunnzi,heiki/sonota/senngokuheuki/210.jpg

車竹束
http://www.eniguma49.sakura.ne.jp/gunnzi,heiki/sonota/senngokuheuki/162.jpg
http://www.eniguma49.sakura.ne.jp/gunnzi,heiki/sonota/senngokuheuki/171.jpg
竹束は銃弾を貫通させません、当初、弓矢から身を守る為に木の板を盾とした押車が考案され戦場で使われていましたが鉄砲が実戦で使用される様に成ると竹束を全面に取付けた押車が登場します、2名の兵が車を押してその背後に切込み兵が身を隠し敵に近づき敵陣へ切込む戦術です。

24WS:2021/07/02(金) 22:07:36
空挺戦車
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA%E6%8C%BA%E6%88%A6%E8%BB%8A
輸送機(※ここでは、輸送用の飛行機、グライダー、ヘリコプター)に搭載可能な軽量の戦闘車両。
戦闘地帯に空中投下もしくは強行着陸によって輸送され、火力が不足しがちな降下直後の空挺部隊(エアボーンフォース)に火力と機甲戦力を与えることが目的である。
「戦車」とは呼ばれるが、空中投下もしくは強行着陸によって輸送される装甲戦闘車両全般を指す。

アメリカ軍においては、ベトナム戦争時に空挺対戦車自走砲M56スコーピオンと空挺戦車M551シェリダンの2車種が開発・実戦配備された
M551はパナマ侵攻作戦においても実戦で空中投下運用が行われているが、空中投下された車両のうち半数が故障・損傷して使用不能になるなど、その結果は馨しいものではなかった

25WS:2021/07/10(土) 07:43:37
カール自走臼砲 Morser Karl、Karl-Gerat
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E8%87%AA%E8%B5%B0%E8%87%BC%E7%A0%B2
第二次世界大戦時にドイツで開発・製造された、60cmもしくは54cmという超大口径の臼砲を搭載する自走砲
フランスのマジノ要塞線を始めとする要塞・城塞攻略を目的とし、1937年に開発を開始。そして1940年から翌41年までの間に6輛が製造された。
本車は自走は可能であるものの、自重が120トンを超えるため、時速10キロメートル程度でしか移動ができなかった。そのため、運搬用に専用の貨車が制作され、砲弾輸送用にはIV号戦車から改造された専用の車輌が用意された。独ソ戦のセヴァストポリ包囲戦においてその威力を発揮、1944年のワルシャワ蜂起の際にも実戦投入された。

1936年3月ラインメタル社はマジノ線を攻撃するための超重榴弾砲の計画を立案した。この兵器の初期の着想では分割して複数の車両で輸送し、陣地にて組み立てることが計画されていたが、これでは射撃準備に非常に時間がかかるため、ラインメタル社は1937年1月、この砲を自走化することとした。

試作車を含む7輛にはそれぞれ固有の名前が命けられており、当初は旧約聖書から、後には北欧神話から引用されて

I号車:(生産1号車、以下VI号車までは生産順)“アダム(Adam)” - 初期型走行装置(8転輪型)
後に“バルドル(Baldur)”と改名
II号車:“エーファ(Eva)” - 初期型走行装置(8転輪型)
後に“ヴォータン(Wotan)”と改名
III号車:“オーディン(Odin)” - 後期型走行装置(11転輪型)
IV号車:“トール(Thor)” - 後期型走行装置(11転輪型)
V号車:“ロキ(Loki)” - 後期型走行装置(11転輪型)
VI号車:“ツィウ(Ziu)” - 後期型走行装置(11転輪型)
VII号車(試作車):“フェンリル(Fenrir)” - 後期型走行装置(11転輪型)
当初は固有名なし、試作時の非公式名称は“レクス(Rex:ラテン語で「王」の意)”。
と命名された。

カール自走臼砲は1945年3月から4月にかけて戦闘の過程で放棄・処分され、3月21日から4月11日の間(正確な日時は不明)にはヒラースレーベンにてII号車“ヴォータン(エーファ)”と大破状態のV号車“ロキ”がアメリカ軍に、I号車“バルドル(アダム)”とIV号車“オーディン”は4月20日にユーターボーグ近郊でソビエト軍に捕獲されている。
この他、ユーターボーグで爆破処分された残りの3輌も、VII号車“フェンリル”がアメリカ軍に、III号車“トール”とVI号車“ツィウ”がそれぞれソビエト軍に捕獲・接収された。

ソビエト軍に鹵獲された車両群はモスクワ近郊のクビンカにある装甲車両中央研究所(НИИ БТ)に移送され、各種試験の後、研究所の附属展示施設で保管・展示されていた。グラスノスチにより同施設が公開された際、唯一完全な状態で展示されていた車輌はソビエト軍による記録からVI号車“ツィウ”と確認されたが、後にレストアが行われた際に、クビンカ移送後に塗装された塗料を剥がしたところ、“アダム”の車輌名が書かれたオリジナルの塗装が発見され、更に各部にI号車の名が刻まれた銘板が確認された。

これにより、「これまでVI号車“ツィウ”とされたものはI号車“アダム”の誤りであった」とされたが、、これについてはいくつかの論争があり、「記録上の誤り」説、「ドイツ軍により共食い整備が行われた」説、「損傷した車両群をソビエト軍が接収した後に組み合わせて完全な1輌として復元した」説など、諸説ある。

26WS:2021/09/17(金) 08:49:32
ベイルアウト bailout
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%84%E5%87%BA%E5%BA%A7%E5%B8%AD
射出座席による脱出の意
航空機から非常時に脱出する際に使用する
作動させると、搭乗者は座席ごとロケットモーターなどによって機外へと射ち出され、パラシュートで降下する。
主に戦闘機など小型の軍用機に装備されている。
射出時には搭乗者に人間の耐久限界を超える15G - 20G程度の加速度が掛かるため、訓練経験がないと脊椎損傷の危険がある。

射出座席が一般的に使用されるようになったのは、航空機がレシプロ機からジェット機になり急激に高速化した第二次大戦後である。
空気抵抗は速度の2乗に比例するため、速度が2倍になった場合、体が受ける抵抗は4倍にもなる。
そうなると機体から自力で脱出するのは非常に困難であるため、射出座席が装備されるようになった。

27WS:2021/11/13(土) 12:56:00
核爆弾を搭載した米軍機が、グリーンランドに墜落した「チューレ事故」を振り返る
https://www.esquire.com/jp/lifestyle/tech/a30359514/american-military-jet-crash-nukes-board-greenland-kingdom-denmark/

海底で「核兵器」を爆発させると、こうなるのか!
https://www.esquire.com/jp/lifestyle/tech/g25341055/nuked-the-bottom-of-the-ocean/

核攻撃から生き残る方法とは!? ― 有事の取るべき行動について
https://www.esquire.com/jp/menshealth/wellness/a178456/lifestyle-health-nuclearattack18-0123/

28WS:2021/11/13(土) 13:04:13
核シェルターで生き残る方法
https://takayakoumuten.co.jp/%E6%A0%B8%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC

きのこ雲が見えたら初動は30分が勝負。
核攻撃で放射性降下物を避ける方法
https://www.gizmodo.jp/2014/01/30llnl.html

29WS:2021/12/16(木) 18:21:51
ダークウエポンズ【ゆっくり解説】
ttps://www.youtube.com/channel/UCpJMSrOFYkeO7AM-tx_19Mw
兵器ネタチャンネル
兵器のストーリーテリング参考に

30WS:2021/12/19(日) 13:08:48
フラッシュハイダー
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC/s?k=%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC

「フラッシュハイダー」とは?
https://kurashi-no.jp/I0018220

31WS:2021/12/28(火) 16:20:01
カスピ海の怪物!ロシアの水陸両用大型VTOL機「ベリエフVVA-14」の紹介
https://socialbeanz.com/entry/2019/08/14/232327/

写真特集:実用には至らず、旧ソ連VVA14の試作機 
https://www.cnn.co.jp/photo/35166443-2.html

ルン級エクラノプラン
冷戦が生んだ「カスピ海の怪物」、30年ぶりに日の目
https://www.cnn.co.jp/photo/35162477.html

バルティーニは「地面効果」を利用しエクラノプランの開発に取り組み、「カスピ海の怪物」と呼ばれる機体を生み出した/Musa Salgereyev/TASS/Getty Images
https://www.cnn.co.jp/photo/l/1003526.html

32WS:2021/12/28(火) 16:20:53
カスピ海の怪物!ロシアの水陸両用大型VTOL機「ベリエフVVA-14」の紹介
https://socialbeanz.com/entry/2019/08/14/232327/

33WS:2022/01/03(月) 08:55:59
世界で最も狂った武器
https://www.youtube.com/watch?v=TjsNpxtj-E0

1. オートアサルト12
2. 拡張弾頭
3. 神経ガスVX
4. 水素爆弾
5. メタルストーム
6. ペスト菌爆弾
7. AN / SEQ-3レーザー兵器システム
8. 中性子爆弾
9. 電磁レールガン
10. プロジェクトトール

34WS:2022/01/13(木) 04:47:06
地雷探知の英雄、旅立つ ネズミのマガワ 手足失う恐怖を除去
https://news.yahoo.co.jp/articles/fb22df2ce6106ddec63e5a70b2483f9e76b2561d

35WS:2022/02/16(水) 08:11:51
レールガン

誘導砲弾積んで、衛星からレーザー照準当てて目標にぶち当てる、とかどうかなぁ
精密照準で敵国内のミサイルにぶち当てられそう

36WS:2022/03/03(木) 10:10:42
【動画】ロシアさん、ついにとんでもない爆弾を使用する・・・・おそロシア・・・
yaraon-blog.com/archives/214197
https://video.twimg.com/ext_tw_video/1498722234172641289/pu/vid/720x1280/luuwCDXhgQ75RNs_.mp4


燃料気化爆弾(Fuel-Air Explosive, FAEまたはFAX)
ja.wikipedia.org/wiki/%E7%87%83%E6%96%99%E6%B0%97%E5%8C%96%E7%88%86%E5%BC%BE
サーモバリック爆弾(Thermobaric)と呼ばれることが増えている。

燃料気化爆弾は、火薬ではなく酸化エチレン、酸化プロピレンなどの燃料を一次爆薬で加圧沸騰させ、BLEVEという現象を起こすことで空中に散布する。
燃料の散布が完了して燃料の蒸気雲が形成されると着火して自由空間蒸気雲爆発をおこすことで爆弾としての破壊力を発揮する。
加害半径は爆弾のサイズによって様々であるが、一般的には数百mと推定されている。 広範囲に衝撃波を発生させるため、特に人体に多大な影響を与える事で知られる。

起爆プロセス
この間(2.以降)、わずか0.3秒前後である。
航空機などから投下され一定の高度に達すると信管が作動する。
信管が作動するとRDXなどの一次爆薬が起爆して液体燃料を加圧沸騰させる。沸騰した液体燃料は耐圧容器に密閉されているため高温になっても気化することができず、高温高圧の液体の状態でいる。
圧力が限界点に達した瞬間に放出弁が開き、急激な圧力低下によって液体燃料が蒸発して秒速2,000メートルもの高速で噴出する。このような現象をBLEVEと呼ぶ。
液体燃料が蒸発して蒸気雲が形成されると、これに着火して自由空間蒸気雲爆発を起こす。

一部マスコミでデイジーカッターを燃料気化爆弾と報道している場合があるが、別物である。利用するのが爆散する破片ではなく強力な爆風であるという点はデイジーカッターも同じだが、デイジーカッターは単なる通常の爆薬を用いた巨大な爆弾であり、燃料気化爆弾ではない。

37WS:2022/03/15(火) 15:13:02
【武器解説】幕末・戊辰戦争で使用されたライフルまとめ8選
https://www.youtube.com/watch?v=4qMv4nkEcuM

武器屋のおねえさん
https://www.youtube.com/c/%E6%AD%A6%E5%99%A8%E5%B1%8B%E3%81%AE%E3%81%8A%E3%81%AD%E3%81%88%E3%81%95%E3%82%93/videos

38WS:2022/03/31(木) 09:08:44
ウクライナ、米国にミサイル提供を要望 「ジャベリン」と「スティンガー」1日各500基
https://www.cnn.co.jp/world/35185383.html

FIM-92 スティンガー
ja.wikipedia.org/wiki/FIM-92_%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC
携帯式防空ミサイルシステムである。
アメリカのジェネラル・ダイナミクス社が1972年から開発に着手し1981年に採用された。
「スティンガー」は、英語で「毒針」の意。
主目標は、低空を比較的低速で飛行するヘリコプター、対地攻撃機、COIN機などであるが、低空飛行中の戦闘機、輸送機、巡航ミサイルなどにも対応できるよう設計されている。
このため、誘導方式には高性能な赤外線・紫外線シーカーが採用され、これによって目標熱源追尾能力(発射後の操作が不要な能力)を得ている。

ジャベリン (地対空ミサイル)
ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%99%E3%83%AA%E3%83%B3_(%E5%9C%B0%E5%AF%BE%E7%A9%BA%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB)
イギリスが開発した近距離防空ミサイル。
イギリス第2世代の携帯式防空ミサイルシステム(MANPADS)として、1979年より開発された。
自動化された無線式半自動指令照準線一致誘導方式(SACLOS)を採用

39WS:2022/04/12(火) 05:29:48
F-3戦闘機 日本の次期主力戦闘機は世界に通用するのか?【日本軍事情報】
https://www.youtube.com/watch?v=4hUML2j2yGg
12:44頃 ステルス機検出レーダーの解説あり
低周波数レーダーでおおよその位置を探知後、その方向に高出力レーダーを照射して探知する

40WS:2022/04/12(火) 05:42:03
>>39
17:00頃 フライバイワイヤは電子制御のため、雷や電子線を当てられると誤作動する
そのため、ケーブルに光ファイバーを使用して影響を受けないようにしている

41WS:2022/06/22(水) 13:23:25
F-35A事故
https://www.fnn.jp/articles/-/7358
F-35Aはレーダーに探知されにくい最新鋭のステルス戦闘機だ。それなのになぜレーダーに映っていたのか。
航空自衛隊によると、「安全管理のためにレーダーに映るようにしていた」 (航空幕僚監部)ということで、「レーダーリフレクター」というレーダー波の反射装置を使っていたことが考えられる。訓練によっては、ステルス性能のない外部燃料タンクなどを取り付け、あえてレーダーに映るようにすることもあるという。また、訓練中は自機の識別信号などを発信する「ATCトランスポンダ」を使い、地上の管制用レーダーで機体の高度や位置情報が把握できる仕組みになっている。

F-35Aは機密性が高く、中国やロシアが機体回収に乗り出すとの懸念が出ているが、なぜ狙われるのだろうか。
F-35は、高度な情報収集能力を持つ「空飛ぶセンサー」ともいわれ、その情報をリアルタイムで共有できる「データリンク」を備えている。元防衛相の中谷元衆院議員は9日、BSフジの番組で「世界の安全保障に大きな影響を与える事故だ」と指摘した上で、「世界最高の機密が詰まった戦闘機で、ひとつの断片でも各国が狙っている」と危機感をあらわにした。

42WS:2022/06/22(水) 13:26:35
対ステルス技術
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AB%E3%82%B9%E6%80%A7#%E5%AF%BE%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AB%E3%82%B9%E6%8A%80%E8%A1%93
現在各国ではステルス機の開発に加え、ステルス機の探知技術にも力を入れている。

バイスタティック・レーダー
ステルス機はレーダーの電波を発信された方向とは「異なる方向」に反射させる工夫をしているが、この「異なる方向」の先に反射波を受信する専用レーダーがあればステルス機でも反射波を捉えることが可能となる。
レーダー波を送信する場所とレーダー波を受信する場所を初めから離しておいて、両者間は通信線で結び発信されたレーダーの情報を受信側に伝える。このようなレーダー・システムをバイスタティック・レーダーと呼ぶ。通常のレーダをモノスタティック・レーダーと呼ぶ。

パッシブ・レーダー
パッシブ・レーダーはバイスタティック・レーダーを一歩進めた技術であり、送信側のレーダーは設けずに代わりにラジオやテレビ、携帯電話などの既存の送信局をレーダー波源として利用するものである。バイスタティック・レーダーの利点や特徴に加えて、レーダー送信局がいらないのでコストが省け、敵の攻撃を受けるリスクも送信局分は無くなる。パルス圧縮技術やレンジサイドローブの影響を小さくする技術により現実的なレーダーとなってきている[1]。

低周波数レーダー
機体の長さなどの半波長の低周波数レーダーを使用すれば探知精度は悪いながらもステルス機を探知することが可能である。ステルス機の電波吸収のための処理の多くが、火器管制用の短波長の電波に主眼が置かれており、低周波数帯での反射が比較的大きい事も探知側の有利に働いている。
ロシアと中国は既にVHF帯を用いた対ステルス機用のレーダーの配備を進めている。

43WS:2022/06/22(水) 13:31:02
「ステルス機」を探知できる次世代型レーダー
https://www.sankei.com/article/20150824-G2A44WJKB5LTDENZ6UFW3U2SL4/
 防衛省技術研究本部が研究している「マイモレーダ」は今年6月、メディアの一部に公開された。
すでに研究用の試作機材は完成し、千葉県旭市に設置、試験が続けられている。

44WS:2022/08/13(土) 15:46:19
リコリスリコイルの錦木千束の銃のような弾はあるのか?
実際に撃たれたことのある海外タクトレ経験者が解説します。
https://www.youtube.com/watch?v=qD4yFZ66AOI

河川チューバーによるVlog

コンバットマスター(デトニクス社)
(1976)
45ACP弾を打ち出せるガバメントをコンパクトに仕立てた銃
サプレッサーと相性が良く、街中で消音効果を考慮し使用する

ストライクフェイス(前方のトゲトゲ)は
銃を打撃武器として使用するためではなく、オートマチックの誤作動対策
(近接で銃前方部に手や体を押し付けると自動装填機構が動かず、弾丸を発射できなくなる)
という機能である

だが実際には複数の敵に囲まれた場合、弾丸が切れている時は緊急手段として銃を打撃武器として使うよう訓練される

千束の弾丸について
アニメ フラットポイント弾

元ネタ
フランジブル弾&シムニション弾

フランジブル弾
飛行機内でも使用できるよう、弾丸が人にあたると体内ではじけ、貫通しない
屋内でも壁にあたると砕けるため、跳弾しない
訓練用としても使用される
ちなみに体内に入るとリコリスの花のように散弾が散らばる
無論致死性である

シムニション弾
ペイント弾
よく弾詰まりする
精度は無論悪い
とても痛い
当たり方によっては頭蓋骨を破壊する

45WS:2022/10/04(火) 15:52:59
ロボット戦闘犬
https://twitter.com/daikibokougeki/status/1576858469684375553
ドローンが屋上にロボット戦闘犬を投下して、ロボット戦闘犬が建物に侵入する。
敵の背後を奇襲したり、高い所から射撃などができる。

火星着陸用のバルーンポッドから戦闘ドローンドッグがワラワラと虫みたいに出てくる未来を予想

46WS:2022/10/26(水) 20:19:06
核兵器開発の記録
https://www.youtube.com/watch?v=QNY68zmcUOw
24:15 アルガス計画
米国周辺高度500kmに放射能の帯を作り、ICBMのプルトニウムを変質させ
核爆発を起こせない不発弾にする、というもの
実際には1年で1000発の核ミサイルを爆発させ続ける必要があり、計画は実現しなかった

40;40
ラスト付近
ロシア 磁場核融合による純粋水爆
米 レーザー核融合施設 ニフ

47WS:2022/11/04(金) 11:07:46
ボーイング X-37
https://ja.wikipedia.org/wiki/X-37_(%E5%AE%87%E5%AE%99%E6%A9%9F)
アメリカ合衆国が開発した無人のスペースプレーン。

B-21
ja.wikipedia.org/wiki/B-21_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
ノースロップ・グラマン社が開発している長距離戦略爆撃機
愛称 レイダー(Raider)
第二次世界大戦中にドーリットル空襲で日本を爆撃した部隊の通称『Doolittle Raiders』にちなむ

SR-72 (航空機)
ja.wikipedia.org/wiki/SR-72_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
アメリカ合衆国の航空機メーカー、ロッキード・マーティンのスカンクワークスが開発中の軍用極超音速無人航空機

SR-91 オーロラ
ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%A9_(%E6%9E%B6%E7%A9%BA%E3%81%AE%E8%BB%8D%E7%94%A8%E6%A9%9F)
アメリカ軍が極秘に開発していると噂される機体。

Falcon HTV2
ja.wikipedia.org/wiki/Falcon_HTV2#%E9%A3%9B%E8%A1%8C%E8%A9%A6%E9%A8%93%EF%BC%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%EF%BC%89
アメリカ空軍と国防高等研究計画局(DARPA)が実験開発中の極超音速滑空体である。
開発はロッキード・マーティン社が担当。
地球上のいかなる地点でも一時間以内の攻撃を可能とするPGS(Prompt Global Strike)構想の一翼を担うもので、クラスター爆弾や運動エネルギー弾を極超音速で攻撃目標へ撃ち込むことを計画している。

X-43 (航空機)
ja.wikipedia.org/wiki/X-43_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
NASAで開発、実験が行われた、スクラムジェットエンジン搭載の無人試験機である。
愛称はハイパーX(Hyper-X)
エア・ブリージングエンジン(空気吸込み型エンジン)を搭載した機体としては最高速度となる1万1854キロメートル毎時(7546マイル毎時、マッハ9.68)を記録した世界最速の航空機

X-51 (航空機)
ja.wikipedia.org/wiki/X-51_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
スクラムジェットエンジンに関する無人試験機
Xプレーンの1つで、通常のターボジェットエンジンでは機能しなくなる極超音速領域において、スクラムジェットエンジンの試験を行う。
その飛行形態からウェーブライダーという愛称もある。

48WS:2022/11/24(木) 10:22:17
カメラがとらえた核実験 トップ9
https://www.youtube.com/watch?v=uhnO_kwhP8A

原子砲発射
オレンジヘラルド核実験
宇宙空間での「ビッグバン」
ビキニ環礁へようこそ!
工場のような爆弾
象徴的水爆実験
キャッスル作戦ヤンキー実験のはかない雲の城
アメリカ最大威力の核爆発
ツァーリ・ボンバ

49WS:2022/12/13(火) 08:12:55
計画のみに終わった兵器
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%88%E7%94%BB%E3%81%AE%E3%81%BF%E3%81%AB%E7%B5%82%E3%82%8F%E3%81%A3%E3%81%9F%E5%85%B5%E5%99%A8

50WS:2023/01/23(月) 07:54:40
UFOと宇宙人:エリア51機密解除
https://www.youtube.com/watch?v=ywNTntScigs&list=TLGG7qM52X7JXK4yMjAxMjAyMw&index=2
21:25
冷戦のさなか、実験航空機は外部に機密が漏れないよう、『アーティクル』というコードネームで呼ばれた
A-12 オックスカート
後のSR-71 ブラックバード

A-12オックスカート抜きにSR-71ブラックバードは語れない
https://www.gizmodo.jp/2015/02/sr-71a-12.html

51WS:2023/01/30(月) 15:26:31
MEDIAGUN DATABASE
http://mgdb.himitsukichi.com/pukiwiki/index.php?MEDIAGUN%20DATABASE
重火器データベース

52WS:2023/02/22(水) 22:12:24
天才発明家の殺人光線と謎の死 | 発明家テスラ:謎の死と殺人光線
https://www.youtube.com/watch?v=Od4MECNUBB8&list=PLckIJTGXPIFFdiLCM1S8QpsuXAfNTKakQ
地面に銅管を埋める事で、テスラコイルからの雷撃が直撃しやすい地帯を作り出していた

53WS:2023/03/06(月) 17:25:02
百里基地
インド空軍のスホーイSu-30MKI戦闘機との共同訓練
百里基地に所属する第7航空団のF-2に加えて、石川県・小松基地に所属する航空戦術教導団のF-15が印空軍に臨む
https://trafficnews.jp/post/123868
航空自衛隊が2023年1月10日から27日まで、茨城県の百里基地で、来日・展開したインド空軍のスホーイSu-30MKI戦闘機との共同訓練「ヴィーア・ガーディアン23」を行っています。
百里基地は、2022年9月に来日したドイツ空軍の「ユーロファイター」2000との訓練でも使用されています。

2016年10月に来日した英国空軍の「タイフーン」戦闘機は青森県の三沢基地に展開しました。
F-2はF-16譲りの対戦闘機戦闘に秀でるうえ、対艦ミサイル4発を搭載できる、“対艦番長”の異名を持つ強力な洋上攻撃力を持っています。

54WS:2023/03/06(月) 17:33:57
>>53
インド空軍のスホイ30が茨城・百里基地に到着 日印が初の戦闘機共同訓練へ
https://www.sankei.com/article/20230110-2RYXY2F265OSVGGBOKOAIL5GPI/

55WS:2023/07/19(水) 12:38:04
ウクライナの火炎瓶
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14257936714

ウクライナの戦闘で、市民がロシア軍と戦うために火焔ビンを作っています。発泡スチロールをおろし金で粉々にして、ビンに入れている
発泡スチロールはガソリンで溶け十分な量を混ぜるとゲル化しナパームになります。

56WS:2023/07/19(水) 12:42:34
>>55
BBCニュース - 東部ドニプロで女性たちが火炎ビンを手作り ウクライナ侵攻
https://www.bbc.com/japanese/video-60542957


発泡スチロールで火炎瓶が作れるのか
https://twitter.com/santona_tonakai/status/1497862484274794503
まず、火炎瓶の着火機構で大きく二つに分けられます

一つは着火式、もう一つは化学反応式です
発泡スチロールを使うのは実は前者です

着火式はめちゃくちゃ簡単です
瓶に火のつく燃料入れて、火をつけて投げるだけです
一番多いのはガソリンです
ガソリンいれて火をつけて投げるだけ
ただガソリンだけだと気化も早いし、揮発により着火直後に爆発するリスクがあり、現実的ではありません
また灯油だと燃焼はできても爆発しないので、威力の観点からあまりやりません

灯油とガソリンを混ぜるという事はあるようです
ガソリンはその場での爆発、灯油は燃焼の為に入れるんですが、粘性を高めると標的に着火しやすくなります
ここで「粘性を高める」為に発泡スチロールを使います
この中でそこそこ簡単なのが発泡スチロールとガソリンを混ぜると、発泡スチロールが溶けてドロドロになるので、これを瓶につめます
なのでこの動画では発泡スチロールを先に瓶に入れて、その上でガソリンを入れてるのかと思います

因みに「ナパーム」という言葉を聞いたことがある方もいるかもしれません
ベンゼンとガソリンと発泡スチロールを混ぜるとナパームができます
「ナパーム」は、元々ガソリンに加えられるとゲルを作る濃化剤を意味する言葉です
当初ナフテン酸塩とパルミチン酸塩という二種類の脂肪酸が濃化剤の有効成分であると考えられ、それぞれの最初の音節をとってナパームと呼んでいました

57WS:2023/07/19(水) 12:50:28
>>56
着火式
ナパームを使う焼夷手榴弾

化学反応式
酸化鉄とアルミ粉末のテルミット手榴弾


https://ncode.syosetu.com/n4067cp/62/
雑貨屋さんで砂糖と灯油、ガラスビンを買う。
農薬用の硫黄と火薬用の硝石を買って硫酸を自作

農薬として使われやすいもの以外の薬品はだいたいここでそろうようだ。
希硫酸が手に入ればありがたい

師匠に機械油の廃油がないか聞いてみる。

油やガソリンと混ぜて消えにくい燃料にします。
旅で松ヤニを使ったトーチをでっち上げるよりボトルに混ぜたやつを入れて運んでおいたほうが準備が楽ですし

まずは実験。
廃油に灯油とガソリンを混ぜ、ついでに砂糖も混ぜてゆく。
廃油と砂糖は増粘剤代わりだ。ベトナム戦争で使われたナパームを再現するなら発泡スチロールをガソリンに溶かすやり方で近いものができるはずだがスチロール自体がない。
なので手頃に燃える増粘剤として廃油と砂糖を使う。
灯油はドロドロになりすぎた廃油をガソリンに溶かすために少量を加える。
メイン燃料はガソリン。これらを混ぜて燃料は完成。安全な場所で少量に点火。
水をかけても砂でもなかなか消えない。グッド。

自動添加剤にはうがい薬と砂糖を一定比率で混ぜた点火剤と硫酸。
使う瞬間に混ぜれば発火する。
実際には疑似ナパームに硫酸を加えてガラスビンに入れ、外部に紙で包んだ点火剤をくくりつける方法がいいだろう。
ビンが割れて混ざれば発火するはずだ。

 材料さえ手に入れば製造は簡単だなぁ、モロトフカクテル。フィンランド万歳!

58WS:2023/07/31(月) 09:33:54
マイン 爆弾
地雷 英: landmine
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E9%9B%B7
「mine」は元来は鉱山の採掘坑を、転じて要塞への爆破工作のために掘られた地下坑道を経て、機雷や水雷、地雷など軍事上の爆破工作に用いられる装置をも指すようになった語

リムペットマイン (limpet mine)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%A0%E3%83%9A%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%B3
艦船などに対する破壊工作に用いられる水雷のうち、船底に磁力などで吸着・密着させ、時限ないしは遠隔操作によって爆発させるタイプのもの。
「吸着爆弾」とも呼ばれる。

S-マイン(ドイツ語: S-mine, Schrapnellmine:榴散弾地雷、の意)
https://ja.wikipedia.org/wiki/S-%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%B3
第二次世界大戦でドイツ軍が使用していた対人地雷の1つである。
「エス=マイン」は英語読みで、ドイツ語読みでは「エス=ミーネ」ないし「エス=ミイネ」となる。

Mine flail 地雷処理戦車
en.wikipedia.org/wiki/Mine_flail

59WS:2023/08/03(木) 21:46:04
ロバート・オッペンハイマー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%BC
第二次世界大戦中のロスアラモス国立研究所の初代所長としてマンハッタン計画を主導し、卓抜なリーダーシップで原子爆弾開発の指導者的役割を果たしたため、「原爆の父」として知られる。

オッペンハイマー (映画)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%BC_(%E6%98%A0%E7%94%BB)
2023年に公開されたアメリカ合衆国の伝記スリラー映画。
クリストファー・ノーランが監督し、主演はキリアン・マーフィー。
本作は第二次世界大戦中に世界初の原子爆弾を開発した「原爆の父」として知られる理論物理学者のロバート・オッペンハイマーの生涯を描いた『オッペンハイマー「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』を原作としている。
日本での公開は発表されていない。
ネタバレストーリー記載あり

映画「オッペンハイマー」広島の被害描かない疑問
https://toyokeizai.net/articles/-/691207
原爆を作った人の話であるのに、広島、長崎の被害の状況がまるで映し出されない

60WS:2023/08/05(土) 08:55:41
傘型の銃

ゲオルギー・マルコフ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%AE%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%95
1978年9月7日にロンドンのウォータールー・ブリッジを渡っていたマルコフは、通りすがりの何者かに傘で突かれた。
この際、実際には傘に偽装した空気銃によって右大腿部に弾丸を打ち込まれていた。
傷の周りは炎症して心拍数と血中の白血球の数は増大し、敗血症と診断される症状を起こし、4日後に衰弱死した。
イギリス当局の調査によれば、マルコフは毒殺されたものと断定された。

61WS:2023/08/05(土) 08:58:05
化学兵器 chemical weapon
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%96%E5%AD%A6%E5%85%B5%E5%99%A8
毒ガスなどの毒性化学物質により、人や動植物に対して被害を与えるため使われる兵器のこと
化学兵器禁止条約では、毒性化学物質の前駆物質や、それを放出する弾薬・装置も含むものとしている
リシンや細菌毒素など、自然由来の毒物を用いる場合は、化学兵器ではなく生物兵器に分類される

化学兵器はNBC兵器の“C”(Chemical)に当たり、核兵器(N)や生物兵器(B)と並ぶ大量破壊兵器の一つである。
毒ガスとして知られる兵器が主流で、マスタードガス(イペリット)やサリン、VXガスなどが著名である。

気体や霧状、微粉末にして散布したり、砲弾や爆弾に詰めて爆発の衝撃で飛散させたりすることによって、兵器としての効果を発揮する。
ミサイルやロケット弾の弾頭、さらには地雷や手榴弾に充填して使用されることもある。
第一次世界大戦では常温で塩素をボンベで戦場に持ち込み、敵軍に向けて放出する方法も使われた。


https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/18/Demonstration_cluster_bomb.jpg/1024px-Demonstration_cluster_bomb.jpg
アメリカ陸軍MGR-1ロケット弾の化学クラスター弾頭。
子弾にサリンを充填する

62WS:2023/08/13(日) 22:50:13
ウィグワム作戦 Operation Wigwam
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%B0%E3%83%AF%E3%83%A0%E4%BD%9C%E6%88%A6
1955年にアメリカ合衆国が行った核実験

1946年夏のクロスロード作戦で中止されたチャーリー(Charlie)実験に替わる水中核実験として実行された。
1955年5月14日、カリフォルニア州サンディエゴの南西500マイルの海域で実施された本実験の目的は、潜水艦に対する核兵器の威力、つまり核爆雷としての核兵器の実効性を検証することにあった。
なお、本実験の参加規模は人員6800名、艦艇30隻である。

実験に使用された核爆雷はMk-90B7「ベティ(Betty)」である。
Mk-90は艀からケーブルによって水深2000フィート(およそ600メートル)に吊り下げられた。
起爆実験では、カメラや測定機器を搭載したSquawsと名付けられた3隻の小型無人潜水艇を用いて各種データを採取した。
本作戦の実施にあたって特に問題は生じず、発生した放射能もごく軽微であった。

63WS:2023/08/13(日) 23:22:07
宇宙で核爆発 アーガス作戦
https://www.youtube.com/watch?v=JZGuUwBJg9k
49:45 宇宙で核を爆破するとどうなるのか


アーガス作戦(Operation Argus、アルガス作戦とも)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%82%B9%E4%BD%9C%E6%88%A6
1958年にアメリカ国防脅威削減局により南大西洋で実施された核兵器とミサイルに関する秘密実験であり、”エクスプローラー4”宇宙作戦と連動して行われた。
アーガス作戦は、ハードタック作戦IとIIの間に実施された。
また作戦にはロッキード(現在のロッキード・マーティン)、及びアメリカ原子力委員会から各々数人ずつが参加した。
アーガス作戦の実施は、当時の不安定な政治環境(大気圏内と大気圏外の核実験が禁止される見込みがあった)を考慮して迅速に行われた。
その結果、作戦は計画から実施までが半年以内で行われた(通常の核実験では、計画から実施まで1年から2年が必要になる)。

アーガス作戦の核爆発では、核分裂物質のベータ崩壊により人工の電子帯が生成された。
実験から数週間の間は、生成された電子帯は無線通信とレーダーに影響を与え、ICBMの核弾頭の起爆装置にダメージを与えるか破壊させ、軌道上の宇宙船内の乗務員を危険にさらすものと考えられた。

一連の実験の結果、高高度核爆発によって生じる放射能帯を維持できる時間が予想よりも短いことが判明し、アメリカ合衆国本土をICBMから防衛するには1年に1000発以上の核弾頭を打ち上げる必要があることが明らかとなったため、放射能帯による防御計画は中止された。
この事実は1999年8月22日に放送されたNHKスペシャル「世紀を超えて 『戦争 果てしない恐怖』 第3集 核兵器 機密映像は語る」において関係者のインタビューとともに明らかにされた。

64WS:2023/08/13(日) 23:24:58
>>63
【衝撃】宇宙空間で核を爆破するとどうなるのか?
https://www.youtube.com/watch?v=uqxSc36RUE0

65WS:2023/08/14(月) 09:58:14
>>63
ICBMの迎撃はEMP発生装置で可能つー話じゃね?
核使わんでも、ICBMに電磁パルス打ち込む方法あれば可能やな
誰か技術部えらい人考えて
イージス・アショアもイージス艦SM-3もいらんなるで


イージス・アショア (英: Aegis Ashore)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%A2
イージス弾道ミサイル防衛システムの陸上コンポーネントである
「陸上版」イージス艦


SM-3
RIM-161スタンダード・ミサイル3
https://ja.wikipedia.org/wiki/RIM-161%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB3
短距離から中距離の弾道ミサイル迎撃を目的とする艦船発射型弾道弾迎撃ミサイル。イージス弾道ミサイル防衛システムの一部を構成する。


イージス弾道ミサイル防衛システム
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%B9%E5%BC%BE%E9%81%93%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB%E9%98%B2%E8%A1%9B%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0
イージス艦を用いた弾道ミサイル防衛(Ballistic Missile Defence, BMD)システム


イージス・アショアによるミサイル防衛構想
ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%B9%E5%BC%BE%E9%81%93%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB%E9%98%B2%E8%A1%9B%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0#%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%A2%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB%E9%98%B2%E8%A1%9B%E6%A7%8B%E6%83%B3
2017年、日本政府はイージス・アショアの導入を決定
2018年、配備地を秋田、山口に決定した。
2020年6月15日、河野太郎防衛大臣はSM-3のイージス・アショア配備に関するプロセスを停止することを表明した。
迎撃ミサイルを発射する際に使う「ブースター」と呼ばれる推進補助装置を、演習場内に落下させると説明していたが、確実に落下させるためには、ソフトウェアの改修だけでは不十分だと分かったためである。
12月にはイージス・アショアの代替案として海上自衛隊のイージス・システム搭載艦が発表された。


GBI (ミサイル) (英語: Ground Based Interceptor)
ja.wikipedia.org/wiki/GBI_(%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB)
アメリカ合衆国のミサイル防衛に用いられる弾道弾迎撃ミサイルである。
迎撃対象として想定される大陸間弾道ミサイル (ICBM) の飛翔経路は、加速しつつ上昇するブースト段階、慣性で大気圏外を飛行するミッドコース段階、大気圏に再突入して目標に向けて落下するターミナル段階より成り、アメリカのミサイル防衛計画においては、それぞれの段階に対応する迎撃手段がミサイル防衛局の統括の下に開発されている。

66WS:2023/08/20(日) 23:08:50
世界にあったポンコツしくじり兵器3選【タル潜水艦タートル・珍ヘルメット・氷山空母ハバクック】
https://www.youtube.com/watch?v=7DMoKbsSBiI

67WS:2023/12/09(土) 12:15:00
水素爆弾の構造
https://www.youtube.com/watch?v=OZkz1PPI_4Y&t=401s
【ゆっくり解説】史上最も巨大な核兵器『ツァーリ・ボンバ』

68WS:2024/01/10(水) 11:39:16
チャフコリドーとは?
https://www.youtube.com/shorts/WJIMPnA56Co
アルミなどの小片(チャフ)を散布し、防空レーダーを混乱させる戦術の事

69WS:2024/01/29(月) 12:34:22
同時多発のドローン兵器による都市ゲリラ戦
北朝鮮が仕掛けてくるとしたらコレ

70WS:2024/02/14(水) 12:24:14
米軍が地下にトンネル掘るの認めない理由、敵にトンネル乗っ取られて核爆弾設置される恐れがあるからだな

カメラに映った核実験トップ10
https://www.youtube.com/watch?v=ITM8CQUfEkw

71WS:2024/02/14(水) 12:45:08
カメラがとらえた核実験 トップ9
https://www.youtube.com/watch?v=uhnO_kwhP8A
原子砲発射
オレンジヘラルド核実験
宇宙空間での「ビッグバン」
ビキニ環礁へようこそ!
工場のような爆弾
象徴的水爆実験
キャッスル作戦ヤンキー実験のはかない雲の城
アメリカ最大威力の核爆発
ツァーリ・ボンバ

カメラに映った核実験トップ10
https://www.youtube.com/watch?v=ITM8CQUfEkw
ティーポット作戦、タルク実験(アメリカ)
プロウシェアー作戦、セダン核実験(アメリカ)
RDS-6(ソ連)
RDS-37(ソ連)
核実験№6(中国)
カニキン実験(アメリカ)
ドミニク作戦、ビッグホーン実験(アメリカ)
ハードタックI(ワン)作戦、ポプラ実験(アメリカ)
ドミニク作戦、ホーサトニック実験(アメリカ)
クロスロード作戦、ベイカー実験

72WS:2024/03/31(日) 17:26:23
【衝撃】世界中の核爆弾を全て爆破するとどうなるのか?
https://www.youtube.com/watch?v=wD8QrGSonhk
VAIENCE バイエンス

73WS:2024/04/04(木) 08:44:23
リトルボーイ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4
第二次世界大戦においてアメリカ軍が広島市に投下した原子爆弾(ガンバレル型[1]ウラニウム活性実弾 L11)のコードネーム。いわゆる「広島型原爆」である。

実験
1945年当時、この方式の検証のための核実験は行われていない。
核実験による検証を経たのは、プルトニウムを使った爆縮方式のものが1945年7月16日、ニューメキシコ州アラモゴード近郊のアラモゴード爆撃試験場(現:ホワイトサンズ・ミサイル実験場内「トリニティ・サイト」)で行われたのみである。
これは一般には、既にウラン235を使った核分裂試験が原子炉内で行われていた為に核爆発を伴う検証そのものが不要であったとされているが、実際はテストを行うことで高濃縮ウランが不足し、この方式の原子爆弾の戦線への投入に遅れが生じることを、アメリカ軍が心配したというのが真相のようである

ガンバレル型の原子爆弾は、安全性に大きな問題があるため、アメリカ合衆国で作られなくなった。完成したガンバレル型の原子爆弾は、推進薬に点火すると、必ず核爆発を起こしてしまうため、フェイルセーフが存在しない。

たとえ推進薬が無くとも、爆撃機墜落の衝撃によって砲弾部が標的部に突入すれば、核爆発が起きる可能性が十分に高く、海中に墜落すれば、爆弾内に流入した水が減速材として働き、臨界状態になる可能性があった。
このため海に落下すれば、周囲一帯を「危険地域」として閉鎖せざるをえなくなる。
これらの危険性を回避できる安全装置の開発は不可能であるとされ、ガンバレル型自体が開発中止になる原因となった。

74WS:2024/05/04(土) 07:09:43
【ゆっくり解説】なぜ銃弾や砲弾の火薬は枯渇しないのか?
https://www.youtube.com/watch?v=1v8bUkO-enI


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