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企画もの【バトル・ロワイアル】新・総合検討会議2
564
:
SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(8/12)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/05(土) 23:34:52
スケベ心に正常な嗅覚を鈍磨されているランスは、
下卑た笑顔で、知佳の肩をぎゅっとつかんだ。
接触した肩から知佳の心に、ランスの本音が伝わってきた。
【まあ断わられても恭也に世色癌はやるつもりだがな】
その、一回りして意外な本音に、知佳は動揺する。
集中力が乱れ念撃は不発となり、力が萎んでゆく。
(―――え? どういうこと!?)
ランスは傍若無人な男である。
唯我独尊の男である。
それでも、世の男の全てを敵視しているのかというと、そうでもない。
「知佳ちゃんがうんと言わないなら、俺様がぜーんぶ飲んでやろうかなー?」
【というか、元々恭也の為に探しにきたようなもんだし】
可愛い女の子に比べて優先度が著しく低いことは通底しているが、
認めざるを得ない相手は認めるに吝かでないし、
上から目線とはいえ、同胞意識も抱くのである。
「ぶっちゃけ俺様は、ヤローの命なんてどうでもいいしな」
【あいつはこんなところで死なせるには惜しいヤツだ】
例えば、ランスが一目置いている部下の一人、
リーザスの赤き死神と呼ばれる青年将軍、リックなどは、
ランスお気に入りの女親衛隊長、レイラとの交際すら
認められているのである。
565
:
SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(9/12)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/05(土) 23:40:20
「だいたいケイブリスと戦ってるときも、俺様はかっこよく斬り込んだのに、
あいつは後ろのほうからぽいぽいと石ころを投げてただけだったしな」
【俺様が今こうして元気でいられるのも、
恭也のヤツがケイブリスの動きをうまく御してくれたからだしな】
ともに命をかけて、背を預けあって戦えば、それは戦友。
相手が強く、頼もしいければ、なおのこと信頼は強固になる。
「それに……」
【それに……】
気付かぬうちに九死に一生を得たランスが、知佳の瞳をじっと見つめる。
知佳もその瞳を覗き返し、ランスの心の囁きを汲み取ることに集中する。
「いなくなっても俺様は全然困らんわけだ、知佳ちゃん?」
【石頭でうっとおしいところはあるが、嫌いじゃないぞ、うん】
知佳の肩に置かれたランスの手が、首筋経由で頬にスライドした。
いやらしさ全開の動きであった。緩やかに性感を刺激するための指捌きであった。
だが、知佳は顔を顰めない。伸ばされた手を振り払わない。
ランスが『取引』を持ちかけている間は、これ以上の性的刺激を与えてこないであろうと、
半ば確信したが故に。
(この人は、敵じゃない)
なんとしても知佳と性交渉を持ちたいという気持ちも本心ならば、
恭也を気遣い、助けたいという気持ちもまた本心。
相反するようで実は両立している言葉と心理のギャップを飲み込んで、
知佳はランスへの評価を改めた。
決して善人ではない。かといって悪人でもない。
ランスとは、スケールの大きなやんちゃボウズであるのだと。
566
:
SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(10/12)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/05(土) 23:42:09
(だったら、話し合いで済ませよう)
知佳は思い出す。
ランスとの初邂逅時に自分が取った行動を。
力の反動で心身共に衰弱窮まり、自力歩行すらままならなかった知佳が、
唯一残った読心を駆使して、ランスの情婦たるアリスメンディを誑かし、
まんまと恭也との戦場離脱を成功させた前例を。
やるべきは、それと同じ。
ランスの心を読みつつ、会話を有利な方向に誘導する。
「私、わかってるよ。そんな意地悪を言ってるけど、
本当はランスさん、優しい人なんだって」
媚びた笑みで以って、知佳は頬に添えられていたランスの手を握った―――
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
【……どうしてこうなった?】
しきりに頭を捻りながら、ランスは二粒の世色癌を知佳に手渡した。
知佳はにっこりと微笑んでそれをピルケースに収納した。
「恭也が寝てる小屋は、西の森の浅いとこにあるから。
空飛んでりゃすぐに見つかると思うぞ」
結局、取引は不成立であった。
ランスにとって誠に不本意ながら、性交渉の確約を取り付けることなく、
知佳に世色癌を譲渡することとなってしまった。
567
:
SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(11/12)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/05(土) 23:44:45
「ありがとう、ランスさん」
相手が悪過ぎた。
読心能力者に、恭也を助けようという思いを見透かされた以上、
ランスに勝ち目は万に一つもなかったのである。
「でも、二粒だけ?」
「まあ、今の怪我を乗り切るにはそれで十分だろ。
今後の戦いのことを考えるとな、無駄遣いはできんのだ」
【透子ちゃんとの戦いで、何粒かは絶対に必要になるからな】
ランスの言葉と思いが一致していた。
口調と眼差しもまたシリアスであった。
「うん、そうだね」
既に、知佳は自分が恭也らと離別してからこちらの小屋組に発生した
おおよその情報を、ランスから巧みに引き出していた。
果し合いのことも、その後の透子の警告のことも、読んでいた。
故に、知佳は食い下がらず同意した。
「ありがとう、ランスさん。あなたが優しい人で、よかったよ」
「俺様の優しさにぐらっと来たか? いつでも乗り換えていいんだぞ?」
【ま、いっか。俺様を優しいとか勘違いしてるみたいだし。
じっくり時間をかければそのうち和姦もいけるだろ!】
「んと、あはは……」
知佳は笑って誤魔化した。心は既にここに無い。
西の森の外れにある小屋へと、そこに眠る恭也へと飛んでいた。
早く会って、早く世色癌を飲ませたい。
想いの全てはその一色に染まっていた。
568
:
SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(12/12)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/05(土) 23:46:55
「紗霧ちゃんに伝えといてくれ。
斧も鉈も、どうもしっくり来ないから、
ケイブリスの爪を毟ってくるってな」
「うん、わかったよ」
知佳は軽く頷くと、ランスに背を向け、背中の羽根を羽ばたかせた。
砂埃を巻き上げて、浮揚。
旋回、飛翔。
燕の勢いで西の森へと飛び去る知佳の背へと、ランスが言葉を贈った。
「知佳ちゃん、ナイスパンツ!」
「……」
知佳無言のツッコミは軽微な念動波であった。
ランスはそれに膝裏を叩かれて、かっくんと転倒した。
↓
.
569
:
SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜(情報 1/1)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/05(土) 23:50:16
(ルートC)
【現在位置:E−7 舗装道路・交差点 → E−5 耕作地帯】
【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す
①ケイブリスの死体を漁り、爪(武器になるんじゃねーか?)を回収する】
【所持品:斧、鍵、カスタムジンジャー、世色癌×7(New)】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:鎧破損】
※世色癌を一粒飲んで、怪我は完治しました。
【現在位置:E−7 舗装道路・交差点 → D−6 西の森・小屋3】
【仁村知佳(№40)】
【スタンス:①小屋組に合流し、恭也に世色癌を飲ませる
②手持ちの情報を小屋組に伝える
③手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める】
【所持品:テレポストーン×2、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚
世色癌×2(←ランス)】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、脇腹銃創(小)、右胸部裂傷(中)】
【備考:手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】
570
:
◆VnfocaQoW2
:2011/03/06(日) 19:04:15
ただいまより、
「譲れぬ想い 挫けぬ心」
「χ−1」
の二編を、本投下致します。
571
:
◆VnfocaQoW2
:2011/03/06(日) 21:34:33
本投下終了です。
支援ありがとうございました。
今晩の仮投下はありません。
572
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2011/03/07(月) 18:55:49
最新307話までのまとめをUPしました。
パスはnegiです。
新作&仮投下お疲れさまでした。
感想は後日に。
また今週中に連絡まとめのアップをします。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1404420.zip.html
573
:
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 21:20:25
以下9レス、「SPI-02:『地下シェルター』〜終身願望保険(掛け捨て)〜」を
仮投下致します。
次回予定は「SPI-03:『木星のブルマー』〜初めにブルマーありき〜」。
まひる、紗霧、野武彦、ユリーシャです。
また、「秘密の部屋と四つの鍵」の本投下時には、
3人同時のアイテム捜索出発ではなく、
野武彦の出発は、まひるかランスの帰投後を待ってのものと
変更いたしたく思います。
574
:
〜終身願望保険(掛け捨て)〜(1/8)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 21:22:30
【タイトル:SPI-02:『地下シェルター』〜終身願望保険(掛け捨て)〜】
(ルートC:3日目 PM02:00 J−5地点 地下シェルター)
シークレットポイント、№02。
スペシャルアイテム、№02。
あらゆる天変地異から内部を守る地下シェルター。
智機はそこに、独りであった。
心理的な意味合いのみならず、
空間的な意味合いにおいても。
ザドゥとカモミール芹沢は新鮮な空気と日光を求め、シェルターの外に出ていた。
カオスは芹沢に担がれていった。
御陵透子は、情報収集と監視と警告に赴いていた。
故に、シェルターの中にいるのは彼女のみである。
この状態になって、既に一時間余。
椎名智機はずっと検討している。
【自己保存】の欲求を満たしつつ、願望を成就させるための方法を。
(……ザドゥ殿だ。何を於いても、ザドゥ殿だ。
果し合いの勝利は大前提として。
その結果に於いて、彼だけには生存していて貰わねば、
私の願いは叶えられないのだから)
優勝によるゲームクリア時にての生存主催者のうち、
一名の願いを『叶えない』というχ−1のペナルティ。
願望成就の放棄を宣言しているザドゥがその時点で残存していなければ、
残りの生存者との間で貧乏籤の押し付け合いになるは必定。
その局面が訪れた場合、智機は自ら進んで願望を放棄することとなる。
575
:
〜終身願望保険(掛け捨て)〜(2/8)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 21:23:46
なぜならば、彼女の最優先事項は【自己保存】。
自らを害しようという相手との戦いは、不可能である。
人間になる―――
智機が抱えるその願望を叶える為には、
前述の彼女の思案どおり、ザドゥを生き残らせることが必須となる。
(But、私の演算では、ザドゥ殿生存の可能性は五割弱。
果報を寝て待つには極めて分が悪いと言わざるを得ないね。
手を拱いて見ている訳にはいかないな)
無論、智機は何も手を打たずにいる心算は無い。
果し合いを止めることはもう不可能であるにしろ、
小屋組への事前準備や離間工作、或いは果し合い時の後方支援等、
ザドゥ生存確率を高める為の策略は十指に余る。
しかし、ここでもまた。
(【自己保存】。全く忌々しきは設計思想の愚かさよ!
この本能を封じねば、自分には何も出来ないのだから!)
結局は、そこなのである。
同僚の悉くに自らの主張が封殺されている今、
事態に介入する為には、己の体にて出張る必要があるのだが、
トランキライザと機械の本能を沈黙させぬ限り、
それすら不可能なのである。
膝を抱えて震えているしかないのである。
【こころ】の封印を解く。
何にも先んじて智機が為さねばならぬのは、それであった。
そしてそれは、彼女単独では為し得ぬことでもあった。
576
:
〜終身願望保険(掛け捨て)〜(3/8)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 21:24:47
(透子様と交渉するしかあるまい)
それは恐ろしい相手である。
決して逆らえぬ相手である。
しかし裏を返せば、それほど頼りになる相手でもあった。
また、感情に支配されているザドゥや芹沢と違い、
今の透子は機械の思考ルーチンを持っている。
であれば、理で以って説得は可能。
その判断で智機は、彼女なりの覚悟を決めて、透子へとIMを投じた。
================================================================================
T−00:透子様、お願いがある。今後の戦局を左右するとても重大な頼み事だ。
================================================================================
数秒と待たずに、レシーブは来た。
================================================================================
N−21:ほわっと?
================================================================================
少なくとも交渉に乗る気はありそうだと智機は判断し、
冗長を嫌う透子の機嫌を損なわぬよう配慮しながら、
智機は用件を短く纏め、打電する。
================================================================================
T−00:小屋組が入手した、分機解放スイッチを掠め取ってきて頂けないだろうか?
T−00:透子様の瞬間移動があれば、造作も無いことだろう?
N−21:のー。その行動は果し合いのルール3に抵触する。
================================================================================
(ここからが勝負だ……)
577
:
〜終身願望保険(掛け捨て)〜(4/8)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 21:25:56
ここまでは、只の前振りである。
ここからが、交渉の開始である。
智機は理を述べねばならぬ。以って透子の考えを否定せねばならぬ。
その結果、直接、生命の危機に至ることはないと演算はされているが、
そこに生じるであろう透子の自分に対する評価の減算は疑い様が無い。
智機のトランキライザが恐怖感を丸めるべくうなりを上げる。
冷媒が体中を駆け巡り、クロック周波数が引き下げられる。
無意識に、深呼吸。一度、二度。
腹を据えた智機が、仮想キーボードのエンターキーを打鍵した。
================================================================================
T−00:ルールとは小屋組に課されたものだろう?
================================================================================
またしても、返答は簡潔にして即座であった。
================================================================================
N−21:のー。相互に課されたもの。私も従う義務がある。
T−00:流石は透子様だ。その義理堅さと高潔さには感心せざるを得ない!
T−00:そしてまた私も、自身の陰謀気質を大いに恥じ、反省しよう!
================================================================================
透子の再反論を受けた智機は即座に己の意見を取り下げた。
取り下げて謝罪し、おべんちゃらを使い、反省して見せた。
結果、透子のIMは止んだ。
不快や遺憾の意は打電されてこない。
(Yes、山場は乗り切った!)
578
:
〜終身願望保険(掛け捨て)〜(5/8)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 21:26:43
そこまではシミュレートできていた。
これが拒否されることは高確率で予測が立っていた。
そして、ここからが。
智機の真の頼みごとであった。
================================================================================
T−00:では、私のトランキライザの常駐を解除して頂けないだろうか?
T−00:それならば、ルールへの抵触はないだろう?
================================================================================
智機は把握していた。
御陵透子の共生する機体N−21から、トランキライザが常駐解除されていることを。
レプリカの最優先事項、【ゲーム進行の円滑化】が、今は無効化していることを。
透子は推測していた。
それらは、透子の本性、思惟生命体の働きによって選択的に為されたことであろうと。
思惟生命体は、自分にもそれを為すことが可能であると。
分機解放スイッチに拠らずとも、【こころ】を取り戻すことは出来るのである。
智機は、そこに、気付いたのである。
================================================================================
N−21:のー。
================================================================================
透子は素気無く無下に否定した。
理由すら語ることなく却下した。
579
:
〜終身願望保険(掛け捨て)〜(6/8)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 21:27:57
================================================================================
T−00:Why? よければその理由をご説明いただけないだろうか?
N−21:怯える智機はいい智機。頑張る智機はダメ智機。
N−21:だって、あなたは保険だから。ザドゥが死んだら必要だから。
================================================================================
ザドゥ死後に必要な保険。
それは、シェルター利用のペナルティ、χ−1に由来する。
願望成就の権利者を、ゲーム終了時の残存主催者のうち一人から取り上げる。
その、取り上げられる対象を智機にする為にお前を生かすのだと、
透子は説明したのである。
================================================================================
N−21:あなたは私に逆らえない。それを私は知っている。
N−21:あなたは誰とも争えない。それも私は知っている。
N−21:それは貴女の【自己保存】の欲求に拠るもの。
N−21:だから【自己保存】の枷を外すことは、私にとってマイナス評価。
================================================================================
自分に逆らう可能性をゼロにする為に。
独自に行動する可能性を封殺する為に。
透子は、決して。
智機に【こころ】を取り戻させないのだと、明確に宣言したのである。
透子は、智機の予想より遥かに冷静で冷徹で容赦無かった。
智機は透子の理と決意を目の当たりにして交渉を断念した。
そしてまた。
智機が断念したのは、交渉のみでは無かった。
(私は、もう…… 人には、なれないのだね……)
580
:
〜終身願望保険(掛け捨て)〜(7/8)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 21:28:40
願望の成就すら、諦めざるを得なかった。
こうなっては、もう、智機はシェルターから出ることは出来ぬ。
安全な地下室に土竜の如く引きこもり、
ただただ命を心配し、怯え続けることしかできない。
ザドゥが生還することを神に祈りつつ、
壁に向かって恨み言を呟き続けることしかできない。
(恨めしい…… この機械の本能が。
意のままに行動できぬは愚か、意すら意のままに発せぬとは)
それでも、そこまで追い詰めても。
まだ、追い詰め足りぬと言うのか。
「出して」
透子はシェルターに転移してきた。
項垂れる智機に手を伸ばしてきた。
「Dパーツ」
Dパーツ――― それは、智機に神が下賜した前報酬。
あらゆる機構と智機とを融合させることのできる、魔法科学の奇跡の結晶。
非力な女学生レベルの運動能力しか持たぬ智機を、
戦場の魔王レベルにすら引き上げることのできる、大逆転の至宝。
「このままじゃ」
「宝の持ち腐れ」
581
:
〜終身願望保険(掛け捨て)〜(8/8)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 21:29:55
但し、オリジナル智機にそれは使用できぬ。
【自己保存】の本能で生き死にのかかった戦いに参加できぬ彼女には。
メインメモリに分機への指揮領域が固定確保されている彼女には。
【こころ】なき智機には。
決して、換装できぬのである。
故に、透子の発言と行動は。
全く正しい判断なのだと、智機の論理演算回路は解を返さざるを得なかった。
「……果し合いの役に立ててくれ給え」
その解に従って、透子に逆らわぬという本能に従って、智機は。
抵抗することなく。
嫌な顔すら作れぬままに。
己に残された最後の可能性・Dパーツを、透子に引き渡した。
「大事な体」
「労わって」
赤い魔法金属を両手で抱えて消えてゆく透子が、
無表情の智機に声をかけた。
それは思いやりとねぎらいの言葉であった。
言葉面だけを捉えるならば。
シークレットポイント、№02。
スペシャルアイテム、№02。
あらゆる天変地異から内部を守る地下シェルター。
智機はそこに、独りであった。
↓
582
:
〜終身願望保険(掛け捨て)〜(情報 1/1)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 21:30:49
(ルートC)
【現在位置:J−5地点 地下シェルター】
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
①プレイヤーとの果たし合いに臨む】
【刺客:御陵透子(N−21)】
【スタンス: 願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
①果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、カスタムジンジャー、
グロック17(残弾17)、Dパーツ(←智機)】
【能力:記録/記憶を読む、
世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】
【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、改造セグウェイ、グロック17(残弾17)×2】
【スタンス:①【自己保存】】
583
:
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 23:01:34
もう一本あがりましたので。
以下11レス「SPI-03:『木星のブルマー』〜初めにブルマーありき〜」を、
仮投下いたします。
次回予定は、「SPI-04:『神語の書』〜あなたの知らない世界〜」。
野武彦単独です。
584
:
〜初めにブルマーありき〜(1/9)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 23:02:26
【タイトルSPI-03:『木星のブルマー』〜初めにブルマーありき〜】
(ルートC:3日目 PM02:30 D−6 西の森外れ・小屋3)
この世に、有り得ないは有り得ない。
―――初めにブルマーありき
神がブルマーを元に天地創造した。
そんなけったいな世界が、確かにあった。
亡き常葉愛の出身世界の話である。
―――ブルマーは神と共にありき
―――ブルマーは神であった
月夜御名紗霧がUSBから発掘したアイテム管理ファイル。
その「木星のブルマー」の項は、天地創造の壮大な一節から始まっていた。
紗霧は目をこすり、再び読みかえす。
―――初めにブルマーありき
―――ブルマーは神と共にありき
―――ブルマーは神であった
「ええ、と……」
何度読み返しても、文面に変化は無かった。
「ユリーシャさん。 ちょっとここの文章、音読していただけます?」
「初めにブルマー……」
「了解です。おっけーです。飲み込みましょう」
585
:
〜初めにブルマーありき〜(2/9)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 23:03:34
そこまでして、紗霧はようやく己の目に狂いが無かったことを認めた。
―――地球にブルマーをもたらしたブルマー星人
―――地球を包むブルマニウム粒子
「ユリーシャさん。ちょっとここの文章、音読していただけます?」
「地球にブルマー……」
「了解です。おっけーです。次行きましょう」
―――地球全土のブルマー化を目論む悪の集団「BB団 ビッグブルマー団」。
―――世界のブルマーバランスを監視する国際機構「MIB ブルマーの男たち」。
―――この影の二大組織が血眼で奪い合う「神のブルマー」。
「ユリーシャさん。ちょっとここの……」
「紗霧殿、戦うのじゃ、現実と」
―――「神のブルマー」とは古代の超兵器である。
―――存在が確認されているのは二着のみ。
―――「常葉愛」が装着する「月のブルマー」。
―――BB団のブルロイド「B」が装着する「木星のブルマー」。
「諦めがついたら、なんだか楽しくすらなって来ましたね」
「いい按配に頭が茹だった、なんとも胸躍る設定じゃな!」
「そうですか……? 恥を知らない世界だと思います」
それから10キロバイト少々。
木星のブルマーに関する、無駄に壮大な一通りの資料を読み終えた紗霧は、
目眩めく偏執的なくだらなさに心底辟易し、深い溜息をついた。
しかし、半信半疑ながらも、その秘めたる強大な力は、理解できた。
586
:
〜初めにブルマーありき〜(3/9)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 23:04:18
〜初めにブルマーありき〜(3/9)#ErogeOnly
木星のブルマー。
それは、世界を滅ぼす破壊の力にもなり。
それは、世界を慈愛で満たす力にもなり。
神の隣に座る資格すら得ることができる。
この記載にもまた、偽りが無い。
古代に栄えた二大大陸文明を滅ぼしたブルマー裾入れ派と裾出し派の戦い―――
エンシェント・ブルマゲドン。
その始まりを担ったのが神のブルマーならば、
その終わりを担ったのも神のブルマーであった故に。
無論、参加者・常葉愛が装着していた「月のブルマー」の如く、
或いはアズライトやイズ・ホゥトリャの如く、
このアイテムもまた、金卵神によって何らかの制限は課されているであろう。
それでも、チートといえば、この上なきチートアイテムである。
と、そこまでは良かった。
問題は、テキストの最後に記されていた「適格者」の項目であった。
「……」
「……」
黙して瞳を交わす、紗霧とユリーシャに、
わざとらしい咳払いをしつつ、狼狽を隠せぬ野武彦。
「ううむ…… おほん、ごっほん」
587
:
〜初めにブルマーありき〜(4/9)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 23:05:57
全く残念なことながら。
神代より伝わる超兵器の神秘に触れる資格を、紗霧は有していなかった。
隣に座るユリーシャにしても、同様である。
だが、この居心地の悪い空気は、落胆による物では無い。
羞恥によるものであった。
―――純潔であること。
処女しか使えぬアイテムであった。
そうして、生存者を俯瞰してみれば。
仁村知佳とて、思いを寄せる異性と望まぬ契りを交わしているし、
童女しおりに至っては、生存者の誰よりも性経験が豊富であった。
又、主催者サイドに目を移しても。
カモミール芹沢は多情で鳴らした徒女(アダージョ)であるし、
椎名智機もレイプに近い強引な手管で処女を散らされている。
透子は【御陵透子】であった頃の肉体は全き乙女ではあったものの、
その真たる【透子】の部分では、パートナーとは身も心も一つ
誰も彼も揃って非資格者であった。
「どうしたもんですかね……?」
「あの…… 一応わし、適格者なのじゃが?」
30過ぎまで童貞を守ると魔法使いになることが出来るという。
その倍もの年齢、さくらんぼを熟成させてきた場合、
大賢者か、仙人にでもなるのであろうか。
「そんな衝撃のカミングアウト、要りません」
「あなたのブルマ姿など、見るに耐えません」
588
:
〜初めにブルマーありき〜(5/9)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 23:08:00
紗霧とユリーシャの悲しきW突っ込みが野武彦の臓腑をえぐった時、
元気に玄関の扉が開かれた。
「あったよー!」
煤と灰に塗れた真っ白で真っ黒な顔ににっこりと笑顔を浮かべ、
その手に、サイドラインの入った小さな濃紺のブルマを握って。
もとい。
ビニール袋の中に入れて。
広場まひるの帰還である。
シークレットポイント、№03。
東の森の木の一本に、小鳥の巣箱に偽装してあったそこは、
昨晩の火災で、消し炭になってしまっていた。
通常のアイテムであれば、巣箱と同じく燃え尽きていたであろう。
しかし、そこにあったのは神の手になるオーパーツ。
業火を物ともせず、焦げ付き一つつく事は無く。
輝きすら放ち、まひるの到着を待っていたのであった。
「「「居た!!」」」
まひるの華奢な体操着姿と、袋詰めの超兵器を見て、野武彦たちの心が一つになった。
「お? お? 声が揃っちゃうほどあたしの顔が見たかった?」
勘違いしたまひるが、笑顔全開でてとてとと野武彦に駆け寄る。
その脇から、ぬうと黒い影が手を伸ばした。
月夜御名紗霧である。
589
:
〜初めにブルマーありき〜(6/9)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 23:08:52
「とりあえずジジイは外に出てなさい。ここからは乙女会議です」
「うむ、心得た。後は任せたぞい、軍師殿。
というより、まひるちんが帰ってきたのじゃから、
わしは『神語の書』捜索に向かおうと思うのじゃが?」
「了承です。かのアイテムは最重要アイテム。
是非入手して頂きたい…… ところですが。
何分、崩落後の危険地帯です。
貴方の身の危険を押してまでの調査は不要です。
五体無事で帰ってきなさい、魔窟堂野武彦」
その判断は、野武彦を戦術の駒と見ての発言である。
理の天秤の軽重であり、決して優しさのみから出たものでは無い。
それでも。
その何%かの成分は、確かに紗霧なりの同胞意識から成っていた。
「その命、しかと受けたのじゃ!」
野武彦は奮い立つ。
紗霧に対する篠原秋穂殺害の疑いは、未だ頭の片隅にはある。
しかし、今は。
それよりも、圧倒的比重で。
紗霧への軍師としての信頼感と仲間意識が、勝っている。
「じっちゃん、気をつけてね!」
「いってらっしゃいませ」
「合点じゃ!」
野武彦は人差し指と中指を立てた左手を横に寝かせるとこめかみに当て、
ウインクを決めるや、ビッとその手を突き出した。
それは多分なにかのヒーローの決めポーズなのであろうが、
残念なことにまひる達にその意図は伝わらなかった。
590
:
〜初めにブルマーありき〜(7/9)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 23:10:32
「世代の違い、かの……」
寂しそうに背中を丸めて、野武彦が小屋を後にする。
カスタムジンジャーの軽快なモーター音が遠ざかっていった。
その音が完全に聞こえなくなったことを確認し、
隣室で眠る高町恭也の寝息を確認した上で、
紗霧は、猫撫で声で、まひるに話しかけた。
「さて…… 広場まひる」
「はひ?」
「あなたは、自分が女性であると主張していますね」
「残念ながら世間の風当たりは強いですが」
「世界があなたを否定しても、私は貴女を認めますよ。
あなたは女の子。貴方ではなく貴女。まちがいない」
「広場さんは女の子。だれより素敵な可愛い子」
紗霧の優しい囁きを、ユリーシャが補強する。
腹にイチモツ抱える者同士、意外と息の合うところを見せている。
しかし、腹芸に鈍感なまひるは、彼女らの含みに気付くことなく、
素直に嬉しくなって、調子に乗った。
「でへへぇ…… やっぱり? そう思っちゃいます?
やだなーもー、いくらホントのこととは言え、照れちゃうなー」
「で、純潔ですか?」
「ぶうううっ!?」
紗霧の問いは突然跳ねた。
予想もしない方向に、恥ずかしくてならぬ内容に。
まひるは顔を真っ赤にして抗議する。
591
:
〜初めにブルマーありき〜(8/9)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 23:12:15
「不埒、不埒、極めて不埒っ!!
そーゆーデリケートな問題を尋ねるときは、オブラートに包むってゆーか……
てゆーか、そもそも何でそんなこと聞かれなくちゃいけないのさ!」
「理由はあります。ユリーシャさん、適格者の部分を」
「はい」
ユリーシャはモバイルPCの液晶画面をスクロールさせた。
そこには、木星のブルマーの兵器性能と適格者の条件が表示されていた。
―――ブルマー衝撃波
―――ブルマーミラージュ
―――ブルブレイド
―――ブルマーの輝き
「これなんていい意味で酷いですよ、大陸弾道ブルマー。
NK民主主義人民共和国世襲元首がテポドンミサイルを発射する!」
「なにそれ、ふざけてるの!?」
「それは履かなきゃわからない」
その後も、まひる、黙読することしばし。
読み終わると同時に、諦めたような溜息をついた。
「わかりましたか、大事なことなんです。
答えなさい。あなたのエッチ経験を赤裸々に」
「う…… わかるけど、わかるけどさあ!
だったら紗霧さんとユリーシャさんも言ってよ
あたし一人だけ告白なんて、そんなの恥ずかし過ぎ!」
「私が適格者だったら、いちいちあなたに聞きません」
「ランス様に…… 可愛がって頂いております……」
592
:
〜初めにブルマーありき〜(9/9)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 23:13:35
キレ気味に言い捨てる紗霧。
夢見る瞳で語るユリーシャ。
共に即断。
「ま、まあ…… ピュアであることに、誇りと劣等感をもってるけどさ……」
その勢いに、結局は正直に答えてしまうまひるであった。
「なら決定です。履きなさい」
「……そーくるよね、やっぱり」
可愛くぐずりながらも、まひるは装着に同意した。
どの道体操着。
レギンスからブルマーに履き替えること事態に、さほど抵抗感はなかった。
「履き替えたけど?」
「では、ブルーミングしてみましょう」
「ブルーミング?」
ユリーシャは黙って液晶画面の該当項目をスクロールさせる。
―――ブルーミングとは。
―――装着者の性的興奮を基準とする発汗や発熱、愛液によって、
―――ブルマの内部のムレムレ度を高めることである。
「……」
「……」
「……オカズが必要でしたら、パンチラまでなら協力しますよ?」
「やっぱりオトコのコって思ってんじゃん!!!」
↓
593
:
〜初めにブルマーありき〜(情報 1/2)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 23:14:54
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、果し合いに臨む】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】
【月夜御名紗霧(元№36) with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:グロック17(残弾 16)、金属バット、ボウガン、対人レーダー、指輪型爆弾】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷、性行為嫌悪】
【広場まひる(元№38) with 体操服 & 木星のブルマー】
【所持品:グロック17(残弾 16)、せんべい袋(残 13/45)】
※木星のブルマーは、まひると野武彦が適格かもしれません。
※適格ならばレベル1のブルマー技が使用できる筈ですが、
※ムレムレ度を上げることが至難です。
594
:
〜初めにブルマーありき〜(情報 2/2)
◆VnfocaQoW2
:2011/03/07(月) 23:16:07
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → C−4 隠し部屋】
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×2、簡易通信機・小、
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング
カスタムジンジャー(←共有物)、斧(←共有物)】
【西の小屋内・グループ所持品】
[日用品]
スコップ・小、スコップ・大、工具、竹篭、救急セット、薬品・簡易医療器具
白チョーク1箱、文房具、生活用品、指輪型爆弾
[武器]
小太刀、鋼糸、アイスピック、斧×2、鉈×1、レーザーガン、メス
[機器]
モバイルPC、USBメモリ、プリンタ、分機解放スイッチ、解除装置、
簡易通信機・小、簡易通信機・大、簡易通信機素材(インカム等)一式×5、
カスタムジンジャー×2
[食料]
小麦粉、香辛料、干し肉、保存食
[その他]
手錠×2、メイド服、SPの鍵×4、謎のペン×15
595
:
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/07(月) 23:21:40
トリップ暴露してしまいました……
騙りが出ることは無いかとは思いますが、念のため、
上記トリップに変更させて頂きます。
596
:
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/09(水) 21:40:14
以下14レス「SPI-04:『神語の書』〜あなたの知らない世界〜」を、
仮投下いたします。
次回予定は、「ひとであり/ひとでなし」。
しおりと知佳が中心です。
597
:
〜あなたの知らない世界〜(1/13)
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/09(水) 21:40:59
【タイトル:SPI-04:『神語の書』〜あなたの知らない世界〜】
(ルートC:3日目 PM03:30 C−4 山中)
「思ったより大規模に崩れておるの…… くわばらくわばら」
座標C−4。島北西部に位置する山岳地帯。
魔窟堂野武彦はその区画に立ち入ってすぐに、敵の本拠地跡を発見した。
山岳の地下に掘りぬかれていた基地は発破により支柱が破壊された為に崩落し、
山肌を巻き込んでクレーターの如く陥没していた。
底は見えず、砂埃は未だ治まっていない。
「なんとしても手に入れたい紙片なのじゃがなあ……
やはりこの崩落に巻き込まれてしもうたかのぅ」
スペシャルアイテム№04『神語の書(一枚)』。
№03『木星のブルマー』と同じく、USBメモリから読み取ったその効能とは。
―――世界を書き込んだ内容に改変する
御陵透子の【世界の読み替え】に等しいものであった。
否。記入者の任意に改変できるのであるから、それ以上であると言える。
その凄まじき効力ゆえに、たった一枚しか用意できないのであろう。
さて、そのアイテムの現在位置であるが。
野武彦の悪い予想を裏切らず、地盤崩落で地中深くに没していた。
ケイブリスでもいれば掘り起こしも出来ようが、
今の小屋組の力で、小屋組の装備で、それを入手することは、
残念ながら不可能であった。
598
:
〜あなたの知らない世界〜(2/13)
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/09(水) 21:42:48
「残念じゃが、単独では如何ともしがたいのぅ」
足場は不安定。
下に降りるルートも皆無。
その上、いつ二時崩落が発生してもおかしくないきな臭さを漂わせていた。
故に、野武彦はクレーターを降りることを諦めた。
しかし、神語の書の捜索を諦めたのかというと、そうではない。
日没までには、まだ一時間以上の時間がある。
C−4地区の捜索は始まったばかりである。
野武彦は更に山を歩く。
注意深く周囲の岩や地面に目を凝らして、人工物を探しながら。
ごろごろと礫岩が無造作に転がる斜面を、禿げ山を、登る。
それから、約30分。
「あれは……」
足早に傾斜を登った野武彦がたどり着いたのは、
岩肌をドーム状に開いた、オープンルームであった。
テラスの中央には、巨大な投擲機が鎮座していた。
主催者基地・カタパルト投擲施設である。
この施設のみが崩落を免れたのは、偶然ではない。
カタパルトのそのものの重量。
かかる荷重。
投擲運動エネルギー。
それらの負荷は非常に高く、強固な足場を必要とした。
故にオリジナル智機は、配置したのである。
足元に空洞が無く、地盤が強固で、基地から距離をやや隔てた位置に。
599
:
〜あなたの知らない世界〜(3/13)
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/09(水) 21:43:39
「シークレットポイントでは、なさそうじゃが……」
呟きとともに、野武彦は室内を調査する。
中心施設であるカタパルトは、磨耗により破損していた。
コンソールも無通電により電源が入らなかった。
その他機器もコンソールに同様であった。
ただ1台。
バッテリー残量があったことが幸いし、ノートPCのみが起動した。
「ふむ、収穫はこれだけかの」
その端末は、代行N−22が、拠点崩落の直前まで使用していた端末であった。
管制室の情報集積サーバのミラーリング機であった。
野武彦に奪わせたUSBメモリのデータは、
この中のデータを厳選し、コピーをとったものであった。
つまりは。
N−21の選別から漏れたデータが、そこには眠っている。
N−21が選択的に除いたデータも、そこには眠っている。
その眠れるマシンを。
野武彦は、起こしてしまったのである。
野武彦の知らぬ智機世界のOSが、20秒ほどで立ち上がる。
デスクトップには、幾つかのモニタリング情報へのショートカットが
整然と並べられていた。
その中に、一際目を引くフォルダがあった。
【死亡者情報】
.
600
:
〜あなたの知らない世界〜(4/13)
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/09(水) 21:44:30
ドクン。
その五文字を目にした瞬間、野武彦の心臓が跳ねた。
ドクン。
野武彦の額に、脂汗が流れる。
ドクン。
まるで酸欠の金魚の如く、口をせわしなく開閉している。
ドクン。
ちりり、ちりりと。
野武彦のこめかみが、鳴っている。
(知佳殿やアイン殿は生きているのか?)
それを、知ることができる。
それは、大きな収穫である。
だが、ここで得られる情報は。
得てしまう情報は。
決して、それだけに止まらぬ。
(ボウガンの出所は? 秋穂殿を殺したのは?)
野武彦の胸中の奥底に、ずっと眠らせていた思いが、
棚上げしていた疑念が、にゅるりと鎌首をもたげた。
601
:
〜あなたの知らない世界〜(5/13)
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/09(水) 21:45:26
(ここで、軍師殿は秋穂殿を殺しておらぬことを確認できれば。
わしの憂いは全て無くなる。
心底軍師殿を信じ、迷うことなくその指示に命を賭けられる)
月夜御名紗霧の作戦立案・指揮能力は、
巨凶ケイブリスを相手に完璧に証明された。
故に、小屋組はモチベーションが上がっている。
仲間意識が高まっている。
(……そうでなければ?)
恭也の疲弊。透子の監視。
決して順風満帆とは言えぬ現状ではある。
それでも、希望は胸にある。
団結力を以って難局にあたる覚悟がある。
(軍師殿が秋穂殿を殺したことが確認できてしまったら?
その時、わしはどうなる?
迷い無く軍師殿について行けるのか?)
その中心に、間違いなく紗霧がいる。
大小差異はあれど、誰もが紗霧の才に頼っている。
果たして、彼女に信を置けなくなったとき、
小屋組は連合としての形を保てるのか?
(ならば、知らぬままでよい。ままがよい。
疑念は奥底に沈めたまま、ただ眼前の戦いを戦えばよい。
これまでだってそうしてきたのじゃ。
これからも……)
602
:
〜あなたの知らない世界〜(6/13)
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/09(水) 21:46:11
これからもそうするだけ。
野武彦はそう己に言い聞かせようとした。
(これからも……)
しかし、出来なかった。
既に、禁断の果実に触れてしまった故に。
知ることができることを、知ってしまったが故に。
(……)
野武彦は硬直する人差し指をゆっくりと伸ばし。
タッチパッドで矢印ポインタを動かしてゆく。
己の吐く息で白く曇った瓶底眼鏡。
その奥にある瞳の色は、窺い知れぬ。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「おおっ…… おおっ……」
魔窟堂野武彦が、慟哭していた。
あまりにも深い絶望に捕われて。
『若い命を無駄に散らせぬ為に、我ら老骨がこの身を擲とう』
あの夜の森での誓いを、野武彦は思い出す。
その神聖で熱い男の誓いが、汚されたように感じられていた。
603
:
〜あなたの知らない世界〜(7/13)
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/09(水) 21:46:52
【死亡者情報】
【プレイヤー動向】
これら管理資料の最終更新時間は、昨晩20時15分。
管制室の発破に伴うサーバ破壊の少し前の時間であった。
しかし、彼が知りたいと願っていた情報は、入手できていた。
朽木双葉とアインが、既に死亡していること。
仁村知佳としおりが、未だ存命であろうこと。
保護対象と思われていたしおりは、ゲームに乗り、
一人と一機を殺害/破壊していたこと。
有用な情報は、それだけであった。
不要な情報は、他の全てであった。
月夜御名紗霧――― やはり、であった。
紗霧は二人殺していた。
しかし、野武彦の疑念とは関係のない殺人であった。
予想の埒外にある、予想をはるかに上回る殺人であった。
野武彦は北条まりなに聞いていたのである。
彼女の最初の同行者・木ノ下泰男が如何にして絶命したのかを。
村落の雑貨屋に仕掛けられた罠は、
明らかに無差別に命を狙った罠であったのだと。
そしてまた、首輪は罠師であった頃の紗霧の呟きを、何度か捉えていた。
その音声情報もまた、野武彦は耳にしたのである。
言葉少なに、しかし楽しげに。
紗霧は罠に掛かった哀れな獲物をこき下ろしていたのである。
604
:
〜あなたの知らない世界〜(8/13)
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/09(水) 21:47:33
ユリーシャ――― まさか、であった。
ユリーシャは仲間を手酷く裏切っていた。
アリスメンディと篠原秋穂を殺していた。
恐らくは嫉妬心と独占欲の為に。
相手の油断を突き、確固たる殺意を持って、手を下していた。
ランスに気取られぬよう、嘘に嘘を重ねて、隠蔽していた。
それをおくびにも出さずに、か弱い風を装って。
清楚な顔をして、優雅な物腰で。
彼女は、今もなお、ランスの脇に侍っている。
その擬態、あるいは本性。
なんと悍ましく、恐ろしいことであろうか!
ランス――― 許せぬ、であった。
血の気が多く、唯我独尊な性格をしていることは分かっていた。
彼と合流したばかりの頃の恭也との遣り取りで、
人のひとりやふたりは殺しているであろうと予想はしていた。
それは事実であった。
ランスは2人のグレンを殺していた。
姓無きグレンは、仕方ない。
知佳を愛娘と勘違いして飼い殺そうとした狂人である。
その一刀両断っぷりはさて置き、応戦するのは理解できる。
だが…… もう一人のグレン。
コリンズ姓を持つ異形。
ゲームに乗るを良しとせず、島からの脱出を図っていた男。
この男を殺した事実を、野武彦は許せなかった。
605
:
〜あなたの知らない世界〜(9/13)
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/09(水) 21:48:14
対立の末、殺したのなら、しかたない。
誤解の末、殺したのなら、諦めもつく。
そうではなかった。
単に邪魔だから殺していた。
紗霧のみならず、ランス、ユリーシャもまた外道。
世界の悪意害意を、野武彦は一身に浴びてしまった。
それはまさに、パンドラの箱。
故に。伝承をなぞるかの如く。
その箱の底に残った、希望もあった。
「だが、わしには、恭也殿がいる!」
恭也は見事に、男であった。日本男児であった。
ワープ番長との速度勝負に敗れ、一度は情けない姿を晒しもすれど。
彼の戦いは全て、他者を守るための戦いであった。
ただの一度とて、ゲームに乗ったことなどなかった。
野武彦が目を通した全ての管理資料が、それを裏付けていた。
「そう、ああいう益荒男は死んではならぬ!」
再び虚空に力説する。
そこに、広場まひるの名前が、無かった。
じっちゃん、まひるちん。
気安い仇名で呼び合うほどの仲となったにも関わらず。
606
:
〜あなたの知らない世界〜(10/13)
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/09(水) 21:48:54
広場まひる――― そんな、であった。
まひるは、誰も殺してはおらぬ。
【死亡者情報】は、それを証してくれた。
しかし【プレイヤー動向】にて、懸念が発生した。
時は一日目の夜半。
突如、正気を失ったまひるが、同行者・堂島薫を捕食しようとしたという記録である。
幸いにして、駆けつけた高原美奈子の手によってまひるは正気を取り戻し、
事なきを得たのであるが。
その懸念を、もう一つの管理資料が裏付けた。
【参加者来歴】。
そこに、記載されていた。
この島に召還されるまでの、プレイヤーたちのプロフィールが。
ランスとは、リーザスなる国の王であること。
ユリーシャとは、カルネアなる国の第二王女であること。
紗霧とは、鋼鉄番長に仕える神鬼軍師であること。
恭也とは、学生にして御神流の若き師範であること。
そして、まひるとは。学生にして、天使であった。
天使とは皮肉を利かせた蔑称に過ぎぬ。
その正体は、人に擬態し、人を捕食する、人の天敵であった。
魔の者が、人に憧れ。
贖罪し、人の側に立つ。
607
:
〜あなたの知らない世界〜(11/13)
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/09(水) 21:50:14
それは、野武彦が大好きなファンタジー物の王道シチュエーションであるし、
実際彼には、人外の者に対するいわれ無き差別意識など皆無である。
誰よりも、まひるを受け入れる土壌と柔軟性を備えている。
であるのに。
今の野武彦は恐れと疑念を捨てきれぬ。
燃えるシチュエーションなどと受け入れられぬ。
人に擬態する。
この一節と、紗霧やユリーシャの化けっぷりに欺かれていた事実とが相まって。
信じてやりたくも、後ろめたくも。
いずれ正体を現すのではないか―――
飢餓感が限界に達したならば―――
そんな可能性が脳裏を掠めるばかりであった。
既にバッテリーは切れ、PCの液晶は黒く染まり。
その黒に近い闇夜が、カタパルトルームを満たしていた。
そこに、インカムから。
野武彦の心持ちとは真逆の、まひるの弾んだ声が、聞こえてきた。
『じっちゃん、しーきゅーしーきゅー、あいしーきゅー!』
野武彦は息を飲み、逡巡し、深呼吸をして。
勉めて冷静な声を装って。
瞑目したまま、インカムの発話ボタンを握った。
「はいよ、どうしたんじゃ、まひるちん?」
『じっちゃん、やったよ! 世色癌で、恭也さん目覚めたよ!』
「おおう、そうかそうか! よかったのぅ、ほんによかった……」
齎された朗報に、野武彦が相好を崩す。
608
:
〜あなたの知らない世界〜(12/13)
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/09(水) 21:51:35
『じっちゃん遅いけど、何かトラブルでもあったりする?』
「連絡が遅うなって済まんの、まひるちん。
シークレットポイント探しに躍起になっておるうちに、
とっぷり日が暮れ、足元が見えんようになってしまっての。
幸い山小屋を見つけたので、朝までここに留まろうと思うのじゃよ」
『あたしがお迎えに行こっか?』
「いやいや心配には及ばぬよ。
……おっと、火種が燃え尽きそうじゃ。これにてご免!」
逃げも隠れもするが、嘘はつかぬの魔窟堂。
それは彼が自称する、お気に入りのキャッチフレーズ。
それが、今の野武彦は。
逃げて。
隠れて。
嘘もつく。
(じゃが、これも必要なウソじゃ…… 必要なんじゃ……)
今、彼らの顔を見てしまえば。
嫌悪感も、不信感も、必ず顔や態度に表れる。
それを隠しとおせるほど、野武彦の神経は太くない。
果し合いの時は、明日。
ほぼ24時間後。
いまこの情報を、小屋の者たちに知られるわけにはいかぬ。
それは、不和しかもたらさぬ。
或いは、別離や破局すら招くやもしれぬ。
今は、この胸にしまっておくしかない。
609
:
〜あなたの知らない世界〜(13/13)
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/09(水) 21:53:07
それは、野武彦にも判っている。
判ってはいるのだが、割り切ることもまた出来ぬ。
苦悩。煩悶。後悔。逡巡。
負の渦流に、木切れ一つで巻き込まれている。
その荒波から逃れるために。
あるいは、荒波が細波に変わるまで。
野武彦には時間が必要なのである。
「エーリヒ殿……」
野武彦は縋る。面影に問う。
自分の様に、揺れず、惑わず、落ち込まず。
己を貫き通す意志力に満ちた軍人に。
「あやつらに守るべき価値は、あるのか……?」
野武彦は天を仰ぎ、形見のライターを強く握り締めた。
↓
.
610
:
〜あなたの知らない世界〜(情報 1/1)
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/09(水) 21:53:44
(ルートC)
【現在位置:C−4 本拠地跡・カタパルトルーム】
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【スタンス:①一晩頭を冷やす。得た情報は墓場まで持ってゆく】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×2、簡易通信機・小、斧
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【備考:疲労(小)、紗霧、ランス、ユリーシャに不信感、まひるに恐怖感】
※ゲームの各種記録を知りました
※カスタムジンジャーは竜神社で充電中です
611
:
名無しさん@初回限定
:2011/03/10(木) 02:27:40
感想です。
「譲れぬ想い 挫けぬ心」
コスプレネタがここでも活かされるとは感無量です。
紗霧のナース服姿は想像すると似合うなあ。
ゲーム中私服絵がないキャラだけど。
タイトルから見るとギャップの大きい内容だw
最後の恭也以外は。
「χ−1」
これもタイトルから内容に興味が出てくるタイトル。
疑心暗鬼を誘うプランナーのペナルティを一蹴するザドゥが素敵。
ここに来てリーダーシップを発揮してきたか。
芹沢とカオスが味方についてる分、安心感が大きい。
主催者なのに。
『秘密の部屋と四つの鍵』
しおりの襲撃もなくシークレットポイントの探索が始まったのが意外。
シェルター含めてどれも利用さえできれば、参加者にとってプラスになるもので
いろいろと納得。
まさか神語の書が出てくるとは……。
『SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜』
ようやくランスの(性格的な)長所がいい意味で大きく影響したのを見て一安心。
変わらざるを得なかった知佳の心理描写がいい。
恭也は間に合うか……と読んだ当初は思いました。
『SPI-02:『地下シェルター』〜終身願望保険(掛け捨て)〜』
智機がとことん悲惨で少し気の毒。
でも184話までだけを改めて見てると同情できないのが何とも。
レプリカ100体以上支給されたツケか……。
Dパーツを透子が使うのは予想外。
とんでもない強敵になりそう。
『SPI-03:『木星のブルマー』〜初めにブルマーありき〜』
うん、まあ、まひるがんばれw
それしか言えない。
双葉が迷走しなければ、彼女か知佳が扱えたかもしれないのに、残念。
『SPI-04:『神語の書』〜あなたの知らない世界〜』
神語の書は拾えずじまいかな?
配置場所が運営基地の近くだったのが良い。タイトルが個人的にツボ。
ここで紗霧のみならずランスとユリーシャとしおりの悪事が明るみになるとは……。
紗霧は罠師時は滅多に独り言を口にしなかったが、全くで無かったのが痛い。
まひるも疑惑の対象に含まれ、良い感じに非常にきな臭くなるのを感じられました。
最後のライターの描写が切ない。
レプリカUSBの設定などはプランナーの悪意が感じられると同時に
ある種ゲームの公平性も感じられて面白かった。
612
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2011/03/10(木) 02:29:54
最新307話までのまとめを改めてUPしました。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1410490.zip.html
パスはnegiです。
あと差し出がましいでしょうが指摘。
『SPI-03:『木星のブルマー』〜初めにブルマーありき〜』で
魔窟堂は童貞〜とありますが、ゲーム本編で彼の息子が本編で出てきてますので
こちらの見落としや、裏設定で実は養子だったとかで無ければ非童貞のはずです。
あとまひるは性別がないので、ブルマーの使用は解釈次第では大丈夫だと思います。
※補足
紗霧は家事は自分では得意だと思ってます。
ただし自分でそう思ってるだけで実際は苦手です。
茶を入れるのは得意ですが、料理を作ろうとする描写は本編で無いので
その辺は大丈夫だと思います。
まひるは料理は作れます。かなり上手です。
ただし肉料理限定で、他の料理は作ろうとしません。
また今週中に連絡します。
失礼しました。
613
:
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/10(木) 20:37:57
>>612
ご指摘、ありがとうございます。
魔窟堂の性経験の件につきましては、「SPI-04〜」の本投下時に修正致します。
紗霧・まひるの料理の件につきましては下記の変更を施しますので、
次回以降のまとめ更新時に、こちらの適用をお願い致します。
------------------------------------------------------------------------------
<修正箇所>
で、皆が目覚めて。
顔を揃えて。
いざ、食事を作ろうという段で、深刻な問題が発生した。
〜
こうして高町恭也がひとり、厨房に立つことになった。
の間。
------------------------------------------------------------------------------
<修正内容>
で、皆が目覚めて。
顔を揃えて。
朝食を摂ろうという話になって。
何故か紗霧が名乗りをあげて。
「ふふ…… 策士とは別の顔、お見せ致しましょう」
自信たっぷりに白米を洗剤で研ぎ出したところを、恭也に制止された。
「止めるんだ、月夜御名さん」
高町恭也―――
古風な価値観を守り抜いている男であった。
食への感謝を忘れぬ男であった。
この男の譲れぬ何かが、紗霧の暴挙を見過ごせなかったのである。
「あなたがしていることは、農家の皆さんに対する冒涜だ」
あまりに抜き身すぎる、愚直な言葉に。
動揺した紗霧が、食卓に座す他の四者に目をやった。
4人が揃ってウムウムと、首を上下に振っていた。
「そ、そこまで言われることはしていない筈ですが?」
力弱い紗霧の反論を受けて。
4人が揃ってナイナイと、手のひらを左右に振っていた。
それで紗霧は、諦めた。
頬についた洗剤のシャボンを拭って、イジケ気味に逆切れた。
「でしたら恭也さんが美味しい朝食を用意してくれるんですね!」
「男の大雑把な料理でよければ」
こうして高町恭也がひとり、厨房に立つことになった。
------------------------------------------------------------------------------
以上です。
お手数をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます。
614
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2011/03/10(木) 20:59:23
早速のレスと修正、そして短期間での仮投下お疲れ様です。
紗霧の家事のレベルはそんな感じです。
人がいない所での机の掃除は濡らしてない雑巾で、
ごみを全部床に落として満足するレベルですから。
明日の深夜か土曜日に修正分も含めたまとめをUPします。
それでは。
615
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2011/03/11(金) 18:53:25
306話を修正したまとめをアップしました。
パスは rowa です。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1414637.zip.html
また日曜日に連r区する予定です。
616
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2011/03/13(日) 13:55:13
こちらは大事無いです。
更新等が必要なときは作業いたします。
617
:
◆HbAb3YhfJ6
:2011/03/13(日) 19:01:02
ただいまより、
「それでも、恭也は答えない。」
「ひとりでも、みんなのひとり」
の二編を、本投下致します。
今晩の仮投下はありません。
618
:
◇HbAb3YhfJ6 →
◆29ZH4ztR.E
:2011/03/13(日) 20:02:39
ご支援、ありがとうございました。
そして、なんだかもう本当に汗顔の至りなアレですが。
またしてもトリップを自ら晒してしまいましたので、
上記名前欄のトリップ変更を行います。
619
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2011/03/13(日) 23:51:57
本投下お疲れ様でした。
どんまいです。
感想は今週中に。
最新309話までのまとめをUPしました。
パスは negi です。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1420699.zip.html
620
:
名無しさん@初回限定
:2011/03/14(月) 17:41:47
更新乙です
まとめサイトの人は大丈夫だろうか?
621
:
名無しさん@初回限定
:2011/03/16(水) 01:11:24
前回と同じ、パスはrowaです。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1428782.zip.html
622
:
名無しさん@初回限定
:2011/03/17(木) 19:05:03
前回と同じ、パスはnegiです。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1435522.zip.html
623
:
名無しさん@初回限定
:2011/03/18(金) 22:27:13
パスはnegiです。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1440346.zip.html
624
:
◆29ZH4ztR.E
:2011/03/20(日) 19:03:48
ただいまより、
「タクスタスク 〜the final mission〜」
「告」
「果たし状」
の三編を、本投下致します。
625
:
◆29ZH4ztR.E
:2011/03/20(日) 20:55:55
長時間に渡るご支援、ありがとうございました。
今晩の仮投下はありません。
626
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2011/03/20(日) 23:05:57
本投下お疲れ様でした。
最新312話までのまとめをアップしました。
パスはnegiです。
今週中に再アップと連絡等をいたします。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1446346.zip.html
627
:
名無しさん@初回限定
:2011/03/22(火) 18:40:03
「それでも、恭也は答えない。」
ケイブリス戦後のランスの心境の変化や
紗霧の本心の一部の描写が良く描写されていて良かったです。
体温や傷口の下りがリアルで恭也の状態の危うさも伝わってきました。
「ひとりでも、みんなのひとり」
アズライトとさおりだけでなく、鬼作と愛を思い出してくれたのは
素直に感動しました。
同時にしおりがシャロンを殺したのを思い出さないあたりは良い意味で薄ら寒さを感じました。
六人組の探索を拒否したのはこの為だったのですね。
「タクスタスク 〜the final mission〜」
ケイブリス戦後に結束を深めた魔窟堂とまひるのノリが良い感じ。
ゲームの備品として果てたレプリカ達の最期は奇妙な達成感を感じられました。
「告」
智機の孤独がひしひしと感じとれる作品でした。
同調する透子に喜ぶザドゥとカモちゃんがほほえましい。
それぞれのキャラの個性が光ってました。
「果たし状」
シンプルでいいです。
それだけで終わりが近いんだなあと感慨。
628
:
名無しさん@初回限定
:2011/03/22(火) 18:43:08
再アップしました。
パスはsageです。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1451718.zip.html
629
:
名無しさん@初回限定
:2011/03/24(木) 05:44:51
まとめです。パスは
>>628
と同じです。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1456550.zip.html
630
:
名無しさん@初回限定
:2011/03/26(土) 07:02:53
まとめです。パスは前と同じです。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1461417.zip.html
631
:
◆29ZH4ztR.E
:2011/03/27(日) 19:04:02
ただいまより、
「諾」
「秘密の部屋と四つの鍵」
の二編を、本投下致します。
632
:
◆29ZH4ztR.E
:2011/03/27(日) 20:15:04
ご支援、ありがとうございました。
今晩の仮投下はありませんが、
どうにか週末までに一本あげられると思います。
633
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2011/03/27(日) 23:53:51
本投下お疲れ様でした。
最新314話までのまとめをアップしました。
パスはnegiです。
次回バージョンアップ時までパスは同じに設定しますので。
また今週。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1467010.zip.html
634
:
名無しさん@初回限定
:2011/03/29(火) 18:34:49
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1472359.zip.html
635
:
名無しさん@初回限定
:2011/03/31(木) 18:10:56
まとめです。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1479611.zip.html
636
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/02(土) 10:24:52
月曜日になったら消します。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1486392.zip.html
637
:
◆29ZH4ztR.E
:2011/04/03(日) 19:03:20
ただいまより、
「SPI-01:『世色癌』〜優しい俺様〜」
「SPI-02:『地下シェルター』〜終身願望保険(掛け捨て)〜」
の二編を、本投下致します。
638
:
◆29ZH4ztR.E
:2011/04/03(日) 20:14:21
ご支援、ありがとうございました。
遅くなりましたが火曜の晩に「ひとであり/ひとでなし」を仮投下致します。
>>◆ZXoe83g/Kw さん
毎週の迅速なまとめ更新、ありがとうございます。
人間透子死亡時の一週だけの死亡者情報や、「果たし状」のそれらしき工夫には、
思わずニヤケ顔になってしまいました。
結末まで今暫く時間と話数がかかるかとは思いますが、
なにとぞ今後ともよろしくお願いいたします。
639
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2011/04/03(日) 21:15:56
まとめサイトの感想ありがとうございます。
こちらも最後まで更新するつもりですのでよろしくお願いします。
感想は今週中に。
最新316話までのまとめをアップしました。
パスはrowaです。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1491819.zip.html
今週はまとめか作品を進展できるかも知れません。
640
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/05(火) 17:51:11
再アップ
パスは639と同じです。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1498729.zip.html
641
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/07(木) 07:19:33
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1504791.zip.html
642
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/08(金) 22:00:34
4度目のアップ
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1509425.zip.html
643
:
◇29ZH4ztR.E
:2011/04/10(日) 17:59:16
職場からにてトリ無しで失礼致します。
今しばらく帰宅できなそうなので、本日の本スレ投下は見送らせて頂きます。
次回仮投下も時間がかかりそうです。
申し訳ございません。
644
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2011/04/10(日) 19:52:23
了解です。
お忙しい中報告ありがとうございます。
無理はなさらないよう。
五度目のまとめアップ、パスは前回と同じです。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1517051.zip.html
645
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/12(火) 19:19:39
前回と同じ、パスはsageです。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1522904.zip.html
646
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/14(木) 21:15:50
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1529303.zip.html
647
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/16(土) 05:26:20
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1533970.zip.html
648
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/17(日) 20:52:41
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1540077.zip.html
649
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/19(火) 06:19:56
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1545163.zip.html
650
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/20(水) 23:40:04
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1550400.zip.html
651
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/22(金) 07:14:01
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1555222.zip.html
652
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/23(土) 18:25:47
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1559934.zip.html
653
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/24(日) 20:40:58
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1564852.zip.html
654
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/26(火) 00:00:22
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1569527.zip.html
655
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/27(水) 19:29:40
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1574946.zip.html
656
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/29(金) 09:47:00
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1580668.zip.html
657
:
名無しさん@初回限定
:2011/04/30(土) 21:26:53
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1586838.zip.html
658
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/01(日) 22:19:23
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1591193.zip.html
659
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/03(火) 00:56:25
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1596038.zip.html
660
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/03(火) 23:53:48
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1600370.zip.html
661
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/05(木) 03:17:46
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1605699.zip.html
662
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/06(金) 06:29:42
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1610885.zip.html
663
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/08(日) 07:20:48
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1618132.zip.html
664
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/10(火) 07:42:31
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1623025.zip.html
665
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/11(水) 19:46:07
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1627979.zip.html
666
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/13(金) 21:25:26
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1633311.zip.html
667
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/15(日) 12:04:31
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1638505.zip.html
668
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/16(月) 20:44:56
お久しぶりです
地震がありましたが皆様は大丈夫でしょうか?
こちらも電気の復旧からネットの復旧に時間がかかりました。
暇のなさもありようやく見れて拾えました。
定期的にうpしていただき近日中にありがたくアップデートさせていただきたいと思います。
669
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/16(月) 23:13:18
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1643540.zip.html
アップデート確認までUP続行。
>>668
お帰りなさい、無事で何よりです。
670
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/18(水) 19:14:21
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1648595.zip.html
671
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/20(金) 06:26:05
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1652708.zip.html
672
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/22(日) 00:54:19
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1657541.zip.html
673
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/23(月) 20:37:34
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1662693.zip.html
674
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/25(水) 05:34:05
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1667315.zip.html
675
:
名無しさん@初回限定
:2011/05/28(土) 12:49:31
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1671963.zip.html
676
:
名無しさん@初回限定
:2011/06/02(木) 07:58:17
www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1677279.zip.html
677
:
名無しさん@初回限定
:2011/06/05(日) 20:18:00
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1683147.zip.html
678
:
名無しさん@初回限定
:2011/06/09(木) 06:38:50
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1687792.zip.html
679
:
名無しさん@初回限定
:2011/06/12(日) 08:28:06
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1694496.zip.html
680
:
名無しさん@初回限定
:2011/06/15(水) 07:35:20
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1700776.zip.html
681
:
名無しさん@初回限定
:2011/06/18(土) 05:49:13
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1709421.zip.html
682
:
名無しさん@初回限定
:2011/06/19(日) 23:16:19
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1716097.zip.html
683
:
名無しさん@初回限定
:2011/06/21(火) 20:22:38
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1724084.zip.html
684
:
名無しさん@初回限定
:2011/06/22(水) 23:42:22
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1728799.zip.html
685
:
名無しさん@初回限定
:2011/06/24(金) 07:47:59
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1733302.zip.html
686
:
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:03:49
ご無沙汰しております。
以下26レス、「ひとであり/ひとでなし」を仮投下致します。
次回予定は「Yin & Yang」。
ザドゥ単独です。
687
:
あり/なし(1/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:04:47
【タイトル:ひとであり/ひとでなし】
(ルートC・三日目 PM2:30 C−6 小屋1跡)
高町恭也の眠る小屋の正確な場所を、知佳は知らぬ。
西の森、浅く。
ランスからそう聞いたのみである。
その、西の森の浅いところに、煙が立ち昇っていた。
低空を飛行する知佳が向かうのは致し方なき事であろう。
「…………っ!?」
知佳は息を呑んだ。
小屋が破壊され尽くしていた故に。
そこに佇むのは一人の童女のみであった故に。
童女が胸に燃える骸骨を抱いていた故に。
凶-マガキ-しおりである。
知佳が着地した、その振動が最後の引き金となったのか、
しおりの腕の中の頭蓋骨が、灰と崩れた。
しおりは、泣きはらした腫れぼったい瞼で茫と立ち尽くし、
空を仰ぎ見るのみであった。
さおり。愛。シャロン。
しおりは恩人達の弔いを終えて、放心していた。
知佳がみとめた煙とは、この火葬の煙であった。
「……何をしていたの?」
688
:
あり/なし(2/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:06:08
言葉をかけられたことで訪問者の存在に気付いたしおりは、
緩慢な動作で知佳に向き直り、静かに告げた。
「おそうしき」
透明感溢れる、虚脱した眼差しを知佳に向け、
しおりは無防備に、言葉を重ねる。
「さおりちゃんと、愛お姉ちゃん、シャロンお姉ちゃん。
みんなしおりを守って死んじゃったから……」
その言葉に、知佳の警戒心が一段階引き下げられた。
挙げられた名に知り合いの名が無き故に。
落ち着いて周囲を見渡せば、崩れている小屋には埃も煙も立っておらず、
周囲は落ち着いた泥水と、その乾いた跡が散見され。
小屋の破壊は過去に行われたものであるのだと、伺い知れた。
(良かった…… 恭也さんの眠る小屋とは別の場所なんだ)
そうして、落ち着いた心持ちで、再度しおりに目をやって。
知佳はようやく気がついた。
眼前の童女に、見覚えがあることに。
ゲームの開始前に、肩を寄せ合って震えていた双子の童女であったことに。
こんな幼い子まで……
その思いがあったからこそ、目に留まっていた。
しかし、知佳の記憶にある童女とは、幾分様相が異なっていた。
鼠の耳が生えている。
鼠の髭が生えている。
鼠の尾が生えている。
689
:
あり/なし(3/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:07:08
肉体改造か、魔術か。
いかな手管によってこの悲痛な変化が起こされたのか知佳は知らぬが、
それは心優しき少女の哀れ心を誘うに十分な変化であった。
故に、知佳は零した。
己の素直な心情を、極めて自然に。
「大丈夫。
どんな姿になっても、しおりちゃんはしおりちゃんだよ」
幼き頃。
知佳は己の異能故に、疎外感を強く感じていた。
鬼子として、座敷牢の如き離れに隔離されていた。
実の両親に。親族に。
恐れられ、疎まれて。
しかもそれらを全て読心して、知佳は生きてきたのである。
―――ひとでなし―――
それは知佳にとっての癒え切らぬ心の傷。
心をじくじくと蝕む悪意の溶剤。
故に、反射的に、しおりの変化を否定した。
それが相手にどんな効果を与えるのか、考慮せぬままに。
「しおりちゃんは、人間だよ!」
しおりの髭が、ピン、と立った。
しおりの耳が、ピク、と動いた。
「しおりは…… にんげん?」
690
:
あり/なし(4/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:09:39
抱きしめようと広げられた知佳の腕に、しおりは駆け寄らなかった。
それどころか知佳の意図とは真逆の、不機嫌で危険な気配を漂わせた。
しおりは、血の主人・アズライトを慕っている。
命を救ってもらったことを感謝している。
人ならざる存在と化したことを誇っている。
―――ひとであり―――
つまりは、禁句であった。
知佳は巧まずしてしおりの逆鱗に触れてしまったのである。
「そう、しおりちゃんはね。お姉ちゃんと同じ、人間なの」
優しい微笑で。理解者面をして。
知佳はしおりに慈雨を降り注ぐ。
しおりにとって、それら少女の挙動の全てが不快であった。
許せるものではなかった。
「ちがうもん!」
怒りの反論と共にしおりは大地を蹴った。
低い弾道で跳躍、知佳に突進。
対する知佳は、反応が一歩遅れた。
回避は間に合わなかった。
サイコバリアも間に合わなかった。
しおりの頭頂部が、知佳の鳩尾に着弾する。
知佳は数メートル吹き飛び、背を瓦礫にぶつけ。
転倒し、悶絶した。
691
:
あり/なし(5/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:10:39
「しおりは【まがき】だもん! にんげんじゃないもん!」
芋虫の如く転がる知佳を見下ろして、人差し指を突きつけて。
しおりは決意を表明する。
知佳へと宣戦を布告する。
「しおりは、ゆうしょうするんだから!
ゆうしょうして、マスターを生き返らせるんだから!」
漸く膝立ちとなった知佳が、えづきをこらえて向き直る。
向き直って、興奮に身を振るわせる童女の瞳を見やる。
しおりは知佳の視線を円らな瞳でまっすぐ睨み付けている。
その目線から、強い思いが伝わってくる。
【ぜったいぜったい、マスターを生き返らせるんだから!】
しおりの胸に燃えているのは、その一念のみであった。
優勝とはその願望成就の手段に過ぎぬのであると、知佳は解釈した。
ならば他の願望成就の方策を提示した上で、
その可能性の方が優勝よりも可能性が高いのであると納得させたならば、
説得し、味方に引き入れることも可能であると、知佳は判断した。
……してしまったのである。
「優勝なんてしなくてもいいの!
主催者をみんなでやっつけても、願いは叶うの!」
踏んだ。
知佳はまたしても、しおりの心の侵入しては成らぬ場所を、
そこに埋設してある地雷を、力強く踏み抜いてしまった。
692
:
あり/なし(6/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:12:33
「主催者を…… やっつける?」
「今、ザドゥたちは弱っている。力を合わせれば倒せるの!
優勝するなんて言わないで、お姉ちゃんと一緒に戦おう?」
ザドゥとは、今のしおりが知る唯一の生存者。
ほんの少しのふれあい。それでも。
ぶっきらぼうながらも、確かにしおりの孤独を癒してくれた、恩人。
行き詰まった彼女に優勝への思いを認識させてくれた男。
「ザドゥさんを倒す!?」
しおりは、口に出して知佳の提案を反芻する。
反芻しながら理解する。
この少女とは決して相容れないのであると。
この少女を生かしておくわけには行かないのであると。
「そう。だからお姉ちゃんと一緒に行こ?」
ああ、この慈悲深く、愛を一義に置く少女こそ、
幼きしおりにとって最良の守護者足り得るというのに。
心身の両面で、しおりを庇護できるというのに。
逆に、しおりという弱者の存在こそ。
目的を果たさんと修羅道に堕ちつつある知佳が、
本性である慈愛の精神を取り戻す契機になるというのに。
―――出会いが、遅すぎた。
.
693
:
あり/なし(7/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:13:20
「そんなのダメぇ!!」
再びのしおりの突撃に、今度は知佳のサイコバリアが間に合った。
しかし、重い。
相当の圧力として、バリアを歪ませている。
昨日の透子の体当たりの比ではない。
プロボクサーのストレート程度の威力は、十分に出ていた。
知佳はバリアの角度を変え、正面突破のしおりをいなす。
しおりは勢いのままつんのめり、知佳の後方にごろごろと転がった。
(ここは一旦引く!?)
知佳は逡巡する。
人で無いことを誇り、優勝を口にし、主催寄りの立場を匂わせる
危険な存在を放置して、果たして逃げ出しても良いものか?
この森のどこかに、身動きの取れぬ恭也が眠っているというのに。
「お姉ちゃんひどいよぅ……」
立ち上がり振り返った、泥まみれのしおりの顔を見て。
知佳の良心が、どうしようもなく、疼く。
こんな小さな子に、なんと酷いことをしているのであろうと、
後悔の念が湧き上がる。
「なんで避けるのぉ!?」
幼く庇護欲をそそられる外見に言動。
これには、惑わされる。
頭では危険な相手であると理解していても、
戦おうという意欲がごりごりと削られる。
694
:
あり/なし(8/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:15:41
(それが、怖い……)
知佳は知己の顔を思い浮かべる。
人の良い野武彦やまひるであれば。
心優しい恭也であれば。
必ずや説得し、保護下に加えようとするであろう。
自分以上の逡巡や躊躇を見せてしまうであろう。
「こんどこそぉっ!!」
しおりが、再び突進してくる。
知佳はサイコバリアを前面に広げつつ、
しおりに処する結論を結んでゆく。
(もう、この手は穢れてる。だったら……)
人殺しの、それも子供殺しの十字架を、
心優しい彼らに背負わせる必要は無く。
(罪を重ねるのは私だけで十分なの!)
知佳もまた、覚悟を決めた。
決めたと同時に、行動していた。
「ぎっ!?」
テレキネシス。
ランスに叩き込むのを見送った引き絞ったそれを、
透子には決して放たなかった本気のそれを、
知佳はノーリアクションで、しおりのレバーにぶち込んだ。
この上なく明確な、反撃の狼煙であった。
695
:
あり/なし(9/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:16:58
なんということであろうか!
主催者たちがゲームの最終決戦と想定していた戦いが、
条件を満たさぬままに、開始されてしまったのである。
「ふ………………」
凶と化したとは言え、臓器は臓器である。
肝臓とは急所である。
故に、しおりは悶絶した。
視界の外、意識の外から襲い掛かった未知の衝撃に、
しおりはお嬢様座りで、へたり込んだ。
「ふぇ……………」
そして、泣いた。あっけなく。
泣いて攻撃の手を止めた。
「……ぇえっ……」
恐ろしいほどの身体能力はあれど、やはり子供。
知佳は、そう安堵した。
その安堵が間違いであったと知佳が気づくのに、
時間はさほどかからなかった。
「ふえええええん! いたいよーーー!!」
696
:
あり/なし(10/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:19:13
散った涙が赤く染まっていた。
周囲の気温がにわかに高まった。
しおり涙は炎となり。
その身を包む盾と化し。
脅威として牙を剥く。
泣いたら負け。
その法則はしおりには通用しない。
泣いてからが、本番なのである。
「!!」
警戒し身構える知佳の眼前で、
無警戒に泣きじゃくるしおりの炎密度は増してゆく。
そうして、しおりの全身が炎に包まれて。
前哨戦は終わり、本戦が幕を上げた。
「おねえちゃんなんかああ!! しんじゃえぇぇ!! しんじゃえぇぇ!!」
金切り声を上げて、しおりが知佳へと突撃する。
イジメられっ子が泣いて、キれて、踊りかかる。
ぐるぐると腕を回して、ウェイトの乗らぬ拳を打ち付けんとする。
そこかしこの公園で見られる普遍的な光景だ。
今のしおりも、ただ、それだけだ。
違うのは、しおりの全身が炎に包まれていること。
パンチは並の格闘家程度の威力があること。
拳は瞬時に皮膚を焼く温度を伴なっていること。
697
:
あり/なし(11/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:20:34
その三点が加点されれば、微笑ましい行為はがらりとその態を変える。
明らかな威力となり、命の危機にまで及ぶことになる。
しかし知佳は冷静だった。
昨晩の連戦に、鍛え上げられた彼女の精神に動揺は現れず、
炎の異能に怯えることなく、冷静に対処できていた。
「またぁっ!?」
炎の脅威が有れども、無けれども。
結局、知佳にとってことは同じであった。
サイコバリアでしおりの突撃を防ぎ、
バリアに角度をつけることでいなす。
いなした背中に念動波をぶつける。
やるべきことは、それだけである。
「あぐうっ!!」
なぜならば。
しおりには、工夫がない。
しおりには、戦術がない。
それを責めるのも酷な話ではある。
凶としての卓越した異能と身体能力を得たところで、
その元になっているのは、平和な現代日本に住まう、
はにかみやで内気でおしとやかな童女でしかなき故に。
「ああっ、もうっ!!」
698
:
あり/なし(12/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:21:34
それでも、宣戦を布告してしまった以上。
優勝を目指してゆく以上。
闘争相手に手加減や目こぼしなどがある筈も無く。
一定以上の能力を持つ相手にとっては、
しおりなどは体のいいカモでしかない。
「なんでっ! あたらないのっ!!」
廃屋という名のコロシアムに、観客は存在せずとも。
知佳とは、マタドールであった。
しおりは、闘牛であった。
華麗に捌くサイコバリアこそ真っ赤なムレタで、
無駄なく投じるテレキネシスこそジャベリンで、
優雅なステップはダンスマカブルであった。
「痛ぁぁい!!」
「酷いよー!!」
「やめてぇ!!」
それもはや、闘争などではない。
儀式である。
祭典である。
勝負の形を模した、生贄のショーでしかない。
誰の目にも勝敗の趨勢が明らかであるにも関わらず。
愚鈍な牛の幼い思考能力では、そんな当たり前の現状認識すら不可能であり。
唯ひたすらに、滑稽なほど、突撃を繰り返すのみであった。
699
:
あり/なし(13/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:22:39
(なんで…… なんでまだ立ち上がるの?)
何度、何十度とテレキネシスを叩き込んでも、
しおりの闘志は衰えず、突撃の手も緩まらぬ。
全身を纏う炎は度ごとに充実していく。
それでも、戦局自体に変わりない。
決して千日手に陥ったわけではない。
しおりの体力は徐々に磨り減っては来ている。
凶とて決して、不死ではないのである。
十分後か、一時間後かは判らねど。
ただ、反復するだけで。
機械的に処理するだけで。
いつかはしおりは倒れ伏し。
勝利の女神は知佳に微笑む。
その、知佳の反復の手が、はたと止まった。
(あれは……!?)
風に流された紅涙によるものなのか、
吹き飛ばされたしおりが接触したものなのか。
煙が、昇っていた。
小屋に程近い枯れ木が、燃え始めていた。
700
:
あり/なし(14/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:23:24
知佳はその炎から連想する。
(昨晩の、あの森林火災は……!)
連想は瞬時に解答に辿り着き、推論まで飛躍した。
(ここはどこ? ……森の中。また火災になる?
この森に、どこかの小屋に、恭也さんがいるのに?
恭也さんは動けないのに?)
「いけない!」
咄嗟の行動であった。
知佳は上半身を捻り、湾曲する念動波を燃える枯れ木の背からぶつけ、
破裂した井戸ポンプが生じさせた小屋跡の水溜りへと、吹き飛ばした。
死の舞踏が、ステップを逸した。
しおりに策は無い。
相も変わらずバカの一つ覚えの突進を繰り返しているのみである。
しかしその突進が、知佳が消火に念動を集中させた間隙を突いて。
否。隙を突こうとする意識すら無かったにも関わらず。
バリアを介さぬ知佳の柔い脇腹に衝突したのである。
血まみれの闘牛の角が、マタドールに突き刺さったのである。
「あああっ!!?」
灼熱を脇の下で感じた瞬間、サイコバリアが再発動し、
しおりは大きく側方へ弾かれた。
一秒にも満たぬ接触。
その接触が、呼び水となった。
701
:
あり/なし(15/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:24:24
先刻、知佳が民家から調達した上半身の着衣。
ブラウス。サマーセーター。
共に化学繊維によって織られたものであり。
化学繊維とは、燃えるより先に、溶けるのである。
「うぐっ!!」
沸騰したコーヒーの色と温度を持ったタールが、
スライムの如く知佳の体にべとりと張り付く。
肌の焦げる音。皮膚の溶ける臭い。
体の左側面から発生した熱源は、着衣を伝染し、溶かし、
溶岩流の如くその範囲を広げてゆく。
「えいえいーーっ!!」
しおりの再突撃を、知佳は転がってかわした。
さらに、二転、三転。
ごろごろと転がりながら、崩落建材に皮膚を切り裂かれながら、
知佳は、ぬた場の如き泥まみれの水溜りに、身を投じる。
煙はさほど上がらなかったが、知佳の着衣の融解伝染は収まった。
収まったがしかし、タールと泥が、知佳の脂肪や筋肉と溶け合っていた。
漸く追いついた痛みに知佳は顔をゆがめつつも、
しかし、冷静さは失っていなかった。
エンジェルブレス展開。
垂直飛翔。
高度五メートルで停止。
警戒待機。
702
:
あり/なし(16/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:25:39
しおりは上空の知佳に掴み掛からんと、幾度も跳躍する。
しかし、三メートル弱の高さが身体能力の限界であった。
それでも、何度も、諦めることなく。
真下の泥土から、愚直に垂直跳びを繰り返している。
知佳は待っていた。痛みと悪臭に耐えて待っていた。
しおりが泣き止み、紅涙が霧消する時を。
周囲の木々に燃え移る可能性がゼロになる時を。
その時をこうして、安全地帯で待った後に―――
(―――この子を、森から引っ張り出す)
恭也が目覚めることなく横たわるこの西の森にての、
火災の再来だけは避けねばならない。
知佳がなにより優先しているのは、それであった。
眼下の童女を屠るのは、その後でよい。
別の、もっと安全な場所で行うのがよい。
知佳は適度にしおりに意識を向けつつ、その誘導先と殺害方法を検討する。
「ずるいずるいぃ〜〜っ!!」
さすがに届かぬことを悟ったのか、
しおりが地団駄を踏んで、悔しさを露わにしていた。
その目にはもう、光るものはなかった。
纏う炎の揺らめきも、陽炎と消えていた。
状況を確認して、知佳はすかさず声をかける。
それを断られることを見越しての、偽りの講和を。
「しおりちゃん、戦うの止めにしない? このままばいばいしよ、ね?」
「そんなのダメだよ。しおりは優勝しなくちゃいけないんだから」
703
:
あり/なし(17/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:28:40
更に知佳は餌を撒く。
しおりに有利を感じさせ、追跡させる為の弱気なセリフを。
「じゃあ…… お姉ちゃん、逃げるね。もう疲れちゃったから」
「なんで逃げるのぉ!? しおりにやっつけられてよぅ!!」
知佳は身を翻し、偽装逃亡を開始する。
届きそうで届かない、ギリギリの高度と速度を維持しながら。
しおりは着いてくる。凶の機動力で。
獣相が表すが如く、鼠のすばしこさで。
読心などを使わずとも、幼くちょっぴりトロい童女の思考を
誘導することは、知佳にとって容易いことであった。
(これでいい……)
知佳は痛みに身を震わせつつも、高度を維持。
しおりが追跡可能な速度を保ちつつ、舵を南へと取った。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(ルートC・三日目 PM3:00 A−6 海岸線)
しおりの耳朶を撫で摩るのは、潮騒。
しおりの鼻腔をくすぐるのは、磯の香。
島の果てが、大海原が、近づいていた。
704
:
あり/なし(18/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:29:35
森を脱し、道路上を西にひた走り十分余り。
しおりは未だ、知佳に追いつけないでいる。
走っても走っても、目の前を飛んでいる知佳の背中に届かない。
それでも、しおりは追い続けた。
小さな胸いっぱいに、確信を持って。
(勝てる! あのお姉ちゃんに!)
それは知佳が、ふらふらと飛行しているから。
それは知佳が、はあはあと肩で息をしているから。
左上半身を灼熱のタールに蹂躙されたダメージが、明らかであるから。
故に、しおりは確信するのである。
今すぐには捕まえられなくても、追い続けさえすれば、
いずれ知佳は力尽き、地に落ちるのだと。
「っっ…… 頭がくらくらする……」
確かに与えたダメージは大きい。
しかし知佳が見せている醜態は、聞かせている弱音は、罠である。
他の生存者であれば、すぐに感づくであろう猿芝居である。
しかししおりは、そんなあからさまな誘いに気付けない。
年相応な人を疑うを知らぬ純真さが、未だに残っている故に。
「もう限界、近いかも……」
「まてまて〜〜!」
知佳は緩やかに高度を下げながら不安定に飛び続け。
しおりはペースを落とすことなく安定して追い続け。
整然と並んだ松の防砂林を抜け。
緩やかに傾斜する砂浜に達すると。
その向こうには、一面の水平線が眩しく煌いていた。
705
:
あり/なし(19/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:30:31
一瞬、潮風が強く吹く。
その風圧に負けたのか、知佳の背中の羽根が、消滅した。
と同時に膝から波打ち際に落下して。
そのまま、前のめりに転倒した。
力尽きた―――
少なくともしおりの目にはそう映った。
凶の尻尾が、ピンと立つ。
「どっかーーーん!!」
これまでの突撃で、最も勢いのある、最も威力の高い突撃であった。
まともに食らえば内臓は破裂され、背骨すら粉砕されるやも知れぬ、
恐ろしき野獣のヘッドバッドであった。
しかし、飛び掛った知佳の背面には、
既にサイコバリアが張り巡らされていた。
知佳の背で、しおりが弾む。
地面に対し斜め35度程に張られたそれは、
しおりの進行ベクトルを斜め上方に変化させ。
人、ひとり分ほど空中に浮いた時点で。
「ばいばい、しおりちゃん」
バリアを展開したまま、知佳の体も宙に浮いた。
知佳の背にはどす汚れた羽根が力強く鳴動している。
その羽根を見て、漸くしおりは気付いた。
疲労の余り羽根を維持する力が失われたのではなく。
知佳の意志によって羽根を引っ込めていただけなのだと。
つまりは、ハメられたのだと。
706
:
あり/なし(20/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:31:07
その気付きも後悔も、次の瞬間に受けた衝撃で全て吹き飛んだ。
サイコバリアを前方に展開したままでの、知佳の下方からの突撃。
その一撃でしおりの軽い体は更に浮き上がり、半回転。
それだけでしおりは、天地左右の認識がシェイクされてしまった。
そこからは、もう。
それまでの鬱憤を晴らすが如き、知佳の空中コンボであった。
知佳はがつがつと、制御を失うしおりを弾き。
弾き。
弾き。
弾き飛ばした先は、浜辺から100メートル以上は離れた
沖合いであった。
「わぷっ!!」
空中乱舞で目を回していたしおりは海に落下し、沈み込んだ。
塩水をしこたま飲み込んだ。
目を回す。
足が付かない。
その事実が、しおりの恐慌を産んだ。
水面へ。海上へ。しおりは酸素を求め、もがく。
(いきを…… いきをしないと!)
海面は見えている。
すぐそこに見えている。
あと一かきで、届く位置である。
しかし、どれほど手でかいても、
足で蹴っても、首を伸ばしても。
その数十センチが、縮まらぬ。
707
:
あり/なし(21/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:32:43
(何で? 何ですすめないの!?)
そんなしおりの足掻きを、彼女が沈む海の上空低くから、
感情の篭らぬ目で見つめるのは仁村知佳。
眉間に寄せられた縦皺は、水面に向かって伸ばす両腕は、
特に集中して念動力を発揮している証である。
しかし、念動の特徴たるシャボンの泡の如き空気のうねりは、
知佳の周囲数十メートルの宙空のどこにも、見当たらぬ。
なぜならば。
知佳渾身の念動力は、海中に発動している故にである。
サイコバリア。
それを、知佳は発動させている。
四方、三メートルの正方形。
彼女の身を守るべく展開される場合に比して、凡そ倍のサイズであった。
呼吸をせんとがむしゃらにもがくしおりの浮上を阻止する為に。
防壁としてではなく、落し蓋として応用している。
海に沈め続けて、溺死させる―――
これこそが。
仁村知佳が計じた、しおりの殺害方法であった。
知佳も、非情な作戦であることは理解している。
水死とは、数ある死の中でも有数の苦しみを誇るのだと、
何かの本で目にした覚えもある。
それを、年端も行かぬ子供に用いている。
非道どころか、外道の所業である。
手を下している知佳自身が、誰よりもそう思っている。
708
:
あり/なし(22/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:33:25
「それでも私は、確実性を取る」
知佳は罪の意識に飲み込まれそうになる己に言い聞かせる。
してはならぬこと。油断と逡巡。
その為には。心に隙を産まぬ為には。
「心を閉ざせばいい。感受性を殺せばいい。
目的を達する為の、機械になればいい」
じゅうじゅうと音を立て、海水が蒸気を立て始めた。
おそらくは、しおりが再び紅涙を撒き散らしている。
円らな瞳から、涙をぽろぽろと零している。
それほど、苦しいのであろう。
それほど、恐ろしいのであろう。
「……」
知佳は、涙を流さない。
知佳は、耳を塞がない。
研究員が試験管を見つめる眼差しで。
サイコバリアの手を緩めず、意識を切らさず。
しおりが決して浮上せぬように、意識を凝らして。
凶の命を、削り続ける。
709
:
あり/なし(23/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:34:28
五分――― 水蒸気は止まるところを知らない。
十分――― しおりはもがき、苦しみ続けている。
十五分―― 知佳は、無表情のまま、じっと水面を見つめている。
二十分―― やがて、水蒸気は少しずつ勢いを減じ。
二十五分― ついに、水面は静かに凪いで。
三十分―― 知佳がサイコバリアを取り除いても。
三十五分― しおりは、浮かび上がって来なかった。
.
710
:
あり/なし(24/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:37:04
知佳は無表情のまま、それでも蒼白な顔色で、ノロノロと島へと戻って行く。
疲労感の凝縮されたしわがれた声色で、戦闘の終了を確認しつつ。
「おわ…… った……」
純白であった背中の羽根は、どす黒く穢れていた。
烏の塗れ羽の如き光沢などない。
凝固した血液の如き乾ききった黒であった。
―――しおりちゃんはね。お姉ちゃんと同じ、人間なの―――
知佳は思い出していた。
自分が今しがた殺害を終えた童女に対して吐いた台詞を。
「ふふ……」
表情を失っていた知佳の口角に、笑みが宿った。
それは自嘲なのか、心の均衡を失いつつある前駆症状なのか。
「『人間だよ』、か。 私なんかが、よくそんなこと言えたよね」
不確かな羽ばたきで、砂浜を横切ったところで、
知佳は一度だけしおりの沈む海を振り返り。
「しおりちゃん。やっぱりしおりちゃんは、人間だよ。
ひとでなしなのは、お姉ちゃんの方だもの……」
ぽそりと、呟いて。
防砂林の向こうへと、姿を消した。
.
711
:
あり/なし(25/25)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:37:48
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(ルートC・三日目 PM4:00 A−6 海底)
凶の性能とは、血の主の位と作成の方法、および
ベースとなった生物の能力との乗算によって決定される。
血の主の位とは、二種類。
最上位の五人、ロード・デアボリカ。その下位の貴族階級、24デアボリカ。
作成の方法もまた、二種類。
血を吸って作られたものが、上級。爪を刺して作られたものが、下級。
凶しおりは、確かに知能身体供に未発達な童女から成っている。
その点においての力不足は否めない。
しかし、血の主は最上位のロードたる闇のアズライトであり。
しかも必要以上に血を啜られた固体である。
こと、生命力に関しては。
人間の感覚からすれば、殆ど不老不死であると言っても差し支えない。
例え、自発呼吸が止まっていたとしても。
肺胞に海水が充満していたとしても。
命が失われるには、至っていない。
しかし、回復力を発揮できるほどの余裕も無い。
明け方まで灰かぶりのシンデレラとして眠っていた童女は。
夕闇迫る今、海底に潜む人魚姫として、静かに眠っている。
均衡した仮死状態のまま、ただ、沈んでいる。
↓
712
:
ひとであり/ひとでなし(情報 1/1)
◆29ZH4ztR.E
:2011/06/25(土) 02:38:22
【現在位置:A−6 砂浜 → D−6 西の森外れ・小屋3】
【仁村知佳(№40)】
【スタンス:①小屋組に合流し、恭也に世色癌を飲ませる
②手持ちの情報を小屋組に伝える
③手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める】
【所持品:世色癌×2、テレポストーン×2、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(大)、脇腹銃創(小)、右胸部裂傷(中)、左上半身火傷(大)】
【備考:手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】
【現在位置:A−6 海底】
【しおり(№28)】
【スタンス:優勝マーダー
①ザドゥに会う】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(中)、疲労(大)、仮死状態
※このまま海底に沈んでいては回復できません
※自力脱出できる体力はありません】
.
713
:
名無しさん@初回限定
:2011/06/27(月) 05:23:50
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1739506.zip.html
714
:
名無しさん@初回限定
:2011/06/29(水) 07:38:11
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1745292.zip.html
715
:
名無しさん@初回限定
:2011/07/01(金) 07:08:03
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1751006.zip.html
716
:
名無しさん@初回限定
:2011/07/02(土) 21:10:51
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1755966.zip.html
717
:
名無しさん@初回限定
:2011/07/05(火) 19:05:40
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1761142.zip.html
718
:
名無しさん@初回限定
:2011/07/08(金) 23:30:30
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1770701.zip.html
719
:
名無しさん@初回限定
:2011/07/10(日) 18:16:21
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1776341.zip.html
720
:
名無しさん@初回限定
:2011/07/12(火) 07:04:35
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1781352.zip.html
721
:
名無しさん@初回限定
:2011/07/14(木) 07:29:01
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1787276.zip.html
722
:
名無しさん@初回限定
:2011/08/08(月) 21:55:58
お久しぶりです。
317話までのまとめをアップしました。
作者さん仮投下時からの修正お疲れ様でした。
まとめサイトの管理人様更新ありがとうございました。
パスはnegiです。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1880006.zip.html
723
:
名無しさん@初回限定
:2011/08/08(月) 21:57:45
以下10レス、「Yin & Yang」改め「■ & □」を仮投下致します。
次回予定は「宙船-ソラフネ-」。
透子としおりです。
724
:
■ & □(1/9)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/08(月) 21:58:52
(ルートC・3日目 PM2:00 J−5地点 灯台跡)
細胞が死んでいる箇所があるとする。
この死亡範囲が狭ければ、この表皮の下に健康な血流が確保されていれば、
新陳代謝は、正常に行われる。
しかし、この死亡範囲が広ければ、この表皮の下の血流が阻害されていれば、
手を加えてやらぬ限り、新陳代謝は行われぬ。
肉体機能は再生せぬし、下手をすれば腐食が周囲に広がってしまう。
これ即ち【死点】である。
その死点に、練った生の気をぶつける。
死をより強い生で駆逐する。
新陳代謝の強制促進。
これが生の気による治療の、おおまかな原理である。
いかにもザドゥらしい、乱暴で直裁な手法であると言えよう。
きっかけは、気による治療中に起こった小さな事故であった。
気を練るのは、基本的に神闕にて生じ、丹田にて増幅させる。
中心点に呼吸による攪拌を加え、血流で以って生命力を煥発させる。
生じた気を、経絡を通じて腰から胸、胸から腕、腕から掌へと流す。
その、腕から掌への経絡移動のプロセスの何処かで、
流れていたはずのザドゥの【生の気】が、変質したのである。
(ぬ!?)
それは、ザドゥが経験したことの無い、どす黒い気であった。
戦闘時に、破壊の意志を込めて生み出す【死の気】ともまた違った。
【死の気】が、爆裂する熱と勢いを持つものとするならば、
ここに生じた気とは、閉塞した冷たさと停滞を伴うものであった。
725
:
■ & □(2/9)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/08(月) 21:59:35
(これは良くない。己の体に当てては成らぬ。直ちに排出せねば!)
直感に従い、ザドゥは得体の知れぬ気が駆け上る左腕を、
治療の為に押し当てていた右腿から外し、地面へと押し付けた。
親指の付け根には、地面ならぬ野草の柔らかく、瑞々しき感触。
その生命を感じさせる感触が気の放出と共に、失われた。
かさりと乾いた感触に、取って変わられた。
腕を上げたザドゥがそこに見たものは、枯れ、萎れた野草であった。
(なんだ…… この顕れは?)
知らぬ気の、知らぬ効能に、ザドゥの脳髄は揺さぶられる。
揺さぶられつつも、当代一流のグラップラーの嗅覚は反応した。
この変質の、効能が意味するところの本質を嗅ぎ分けた。
(草を枯らし、血の巡りを止める気……
この気こそ、【死の気】の名に相応しい有り様ではないのか?)
死光掌、狂昇拳を始めとする、【死の気】を込めた攻撃。
それらの顕れは、単純に表現するならば、爆発である。
放出を強烈な衝撃と変ずるのである。
相手に破壊を、突き詰めれば死を与えるエネルギー。
故にザドゥは、その師匠は、数多の拳法家は、それを【死の気】と断じた。
仮に、この気を雑草に放出したならば。
葉が千切れ飛び、吹き飛ぶという顕れとなる。
決して、草を枯らすことは無い。
気を用いた格闘術で闇世界の頂点に立った程の男である。
それほどの男ですら、知らぬ事象であった。
彼の知る【気】の常識ではありえぬ状況であった。
726
:
■ & □(3/9)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/08(月) 22:00:22
(知るべきだ。突き詰めるべきだ。この気を。新たな可能性を)
ザドゥはトレースする。
今の異様な気の流れ、そのプロセスを。
深呼吸。肺。酸素。心臓。血流。廻りて、神闕。
リンパ。気の練磨。発生。増幅。落して、丹田。
回転。螺旋。揚力。増幅。一呼吸気の完成。
経絡。上昇。再び、神闕。
神闕。経絡。檀中。胸。
檀中。経絡。天突。鎖骨。
(うむ、ここまでは常と変わらぬ。
この先だ…… この先のどこかで、変質したのだ)
天突。経絡。大椎。肩。
大椎。経絡。臑会。二の腕。
臑会。死点。変質。天井。肘。
(!?)
変質の際を、ザドゥは捉えた。
始点は、死点と化した経絡であった。
ザドゥが治療を見送っていた、二の腕の重度の火傷。
そこに隣接する血流が滞り、死点が拡大。
経絡の一部にまで侵食を開始していた。
それに気付かずに気を流した故に変質が生じたのである。
(死点と化した経絡だと!?)
727
:
■ & □(4/9)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/08(月) 22:02:10
その驚愕に、ザドゥは流している気のコントロールを失った。
気が、死点と化した経路で膨らみ、停滞する。
渋滞となった【変質した気】―――【死の気】に、後続の【生の気】が衝突する。
そこに産まれたものは、均衡であった。
均衡であり、鮮烈な輝きを発する更なる【未知の気】の発生でもあった。
その均衡の中には、正も負も存在しなかった。
それら全てを飲み込んで余り有る混沌が、確かにあった。
(ぬ!?)
次の瞬間、刹那の混沌は弾けて消えた。
生の気も死の気も、腕の死点から消え失せた。
それは常の治療の結果である、生の死に対する勝利ではなかった。
治療の失敗を示す、死の生に対する勝利でもなかった。
生と死が、陽と陰が。
完璧に均衡した上での、対消滅であった。
(見た…… 俺は、知った! 【気】の最果てを!)
ザドゥは興奮に打ち震える。
大発見であった。
気を用いた格闘術で頂点とされていた到達点のさらに上がある事への、
その手段を偶発的ではあれ、己が独自に見出したことへの、興奮であった。
気の発祥。
易の宇宙生成論、周易繋辞上伝に曰く。
728
:
■ & □(5/9)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/08(月) 22:04:29
『易有太極。 ―――易に太極あり
是生兩儀。 ―――これ両儀を生じ
兩儀生四象。 ――両儀は四象を生じ
四象生八卦。 ――四象は八卦を生ず
八卦定吉凶。 ――八卦は吉凶を定め
吉凶生大業。 ――吉凶は大業を生ず 』
分裂に分裂を重ね、あらゆる存在が生じているが。
源流を遡上すれば、全ては究極の一に辿り着く。
世界の成り立ちを簡潔に示す啓示である。
ザドゥは、死光掌こそ、太極であると思っていた。
気の極みであるのだから、唯一絶対なのであると盲信していた。
その勘違いに、今、ザドゥは気付いたのである。
(そして、はっきりと判った。
死光掌とは【太極】に位置する奥義などではない。
陰陽二極の一、【太陽】の極みに過ぎぬ!)
生の気――― 両儀の陽。正。□。
死の気――― 両儀の陰。負。■。
根元の太極から万物を象徴する八卦に至る中間の過程として表れる、根源の嫡子たち。
ザドゥを始めとする気功師たちの長きに渡る不明の根源は、ここにあった。
その両儀の陽を、□を、親たる太極であると誤解していた。
一段下の存在を、最上位であると妄信していた。
故に、彼らの思う陰陽二極もまた、一段下がる。
両儀ではなく、四象。
□より生ずる□□と□■。
■より生ずる■□と■■。
729
:
■ & □(6/9)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/08(月) 22:05:57
その、□□を【生の気】と呼び。
その、□■を【死の気】と呼んでいた。
そこが根本的に違った。
(そもそも、健勝なる【生の体】から【死の気】を生み出せる訳が無かったのだ。
生命から生じる気は全て生。両義の陽。
両義の陽から分け出ずる【再生】と【破壊】の顕れに過ぎぬ)
ザドゥは、壊死の始まった瀕死の経絡から生ずる真の陰の気、■。
或いは、陰から生ずる陰の陰、■■の存在を知って、
己の、先人たちの思い違いに、気付いたのである。
死にかけた体であったからこそ産まれた偶然によって、
数多の先人が到達し得なかった気功の更なる深遠に、足を踏み入れたのである。
(……つまりは死光掌など、通過点ということか)
死光掌―――
この究極奥義はその名とは裏腹に、生の極みであった。
□□と□■を交錯させる、□でしかなかった。
(で、あるならば、だ)
理論で言えば、死光掌に対を成す陰の奥義も為せるはずである。
陰の極みも、またある筈である。
しかし、ザドゥはそこに想いを寄せなかった。
さらなる向こうを見据えていた。
死光掌を超える究極の一。
ザドゥが目指すべきは、そこであった。
(両儀の更なる根―――【太極】)
730
:
■ & □(7/9)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/08(月) 22:06:40
ザドゥは、探る。
気の流れを丹念にトレースする。
陰の気を生む為ではない。
陰の気を生んだ上でそこに陽の気を衝突させ、極の気を生む為にである。
試行、幾十度。
錯誤、幾十度。
そしてついに。
ザドゥは再び腕の経絡にて、混沌を生じさせることに成功する。
(やはり、均衡するのだ。
陰と陽は。
生と死は。
単に反目しあうのみではないのだ。
エネルギーが等しい時、均衡して。
そして―――)
ザドゥは確かに見た。
偶発的に起きた初回とは違い、始まりから終わりまでを内観できた。
故に直視できた。
生と死が入り混じり、食み合い、溶け合った混沌の気を。
始原の気を。
そして、その気の色とは。
(―――蒼い)
それは、蒼の光。
忌々しき鯨神と同じ光。
731
:
■ & □(8/9)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/08(月) 22:09:52
ルドラサウムが、何で出来た、どんな存在の神であるのか。
ザドゥは身震いと共に気付く。
しかしその震えは、恐怖から来るものでは、ない。
(この力は…… 届く)
震えとは、武者震いであった。
この力は、決して届かぬ筈の鯨神に届く力であると。
蚊の一刺しなどではなく、鼻血の一つも吹かせることの出来る力であると。
一筋の光明を見出した故の振戦であった。
(いや、これを極めれば。
人の身にありながら、神を殴り倒すことすら……)
ザドゥの興奮が気の均衡を崩し、蒼の気は霧消した。
太極は元通りの両儀に分かたれ、さらには四象にまで分かたれた。
実勢は陽の陽、四象の□□に軍配が上がり、経穴の死点は消滅。
気の流れが正常なものとなってしまう。
エネルギー量。ベクトル。出力。
根源の気とは、その全てが完璧に陰陽一対と成らねば保てぬ、繊細な力であった。
繊細にして絶大な力であった。
(ち、なんとも気難しいじゃじゃ馬よ)
ザドゥは、内観する。
死点と化した経穴・経絡を四肢の隅々まで探す。
しかし、無かった。
表皮に近い部分に、アウターマッスルに、死点はいくらでもあるが、
気を巡らせるべき経穴・経絡周辺は元々生命活動が活発であることも手伝って、
あきれるほどに健常であった。
732
:
■ & □(9/9)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/08(月) 22:10:38
「ふん、無ければ作るしかなかろう」
ザドゥはそう呟くと、全く無造作に。
ストローでも折るかの如く、無頓着に。
己の左薬指を、折った。
折った上で、捏ね繰り回した。
骨折箇所を中心に死点はすぐさま広がり、
ザドゥの口許には笑みが浮かんだ。
(よし。
これでコントロールしやすい位置に死点を確保できた。
あとは訓練あるのみだ)
武器もなく、防具もなく、魔術もなく、神秘も無く。
ただ己の肉体にて戦う者として。
拳者として。
人の肉体の極みに。
生命の神秘の根源に。
ザドゥの手は、届かんとしている。
↓
.
733
:
■ & □(情報 1/1)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/08(月) 22:11:03
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
①プレイヤーとの果たし合いに臨む】
【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
①陰陽合一を為す訓練を行う
②プレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
③芹沢の願いを叶えさせる
④願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:体力消耗(大)、全身火傷(中)、左薬指骨折】
734
:
名無しさん@初回限定
:2011/08/10(水) 20:17:39
新作疲れ様でした。
主催・反抗者どちらが勝っても面白そうな流れになってきました。
今週の月曜日に本投下した分のまとめを再アップしました。
まとめサイトの更新が確認できるまでアップします。
パスは sage です。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1886840.zip.html
735
:
名無しさん@初回限定
:2011/08/12(金) 07:29:51
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1893277.zip.html
パスはnegiです。
736
:
名無しさん@初回限定
:2011/08/12(金) 12:36:56
なにやらプロバイダ規制の網にかかってしまったようで、
解除まで本スレ投下はありません。
以下8レス、「宙船-ソラフネ-」を仮投下致します。
次回予定は「See you 〜小さな永遠〜/風に負けないハートのかたち」。
恭也、紗霧、知佳が中心です。
737
:
宙船-ソラフネ-(1/7)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/12(金) 12:37:57
(ルートC・三日目 PM4:00 A−6 海底)
仁村知佳去りし後も、しおりは浮かび上がらぬ。
肺と言わず、胃と言わず。
臓器に余すところ無く海水を溜め込んでしまった彼女は、
その比重により、浮かび上がることは無い。
仮に、浮かんでくる機会があるとするならば。
体内で腐敗によるガスが発生するまで待たねばならぬ。
即ち、死なねば、浮かぬ。
その、しおりが沈む海域に、突然。
爆弾でも投下したかの如き波飛沫が巻き起こった。
波濤の中心には、大きく揺れる一艘の小型船舶。
キャビンに茫と佇むは、かつてN−21と呼ばれていた椎名智機の分機。
思惟簒奪者・御陵透子。
今や透子とは船であり、船とは透子であり。
二つの機械に個の別は無く、透子の論理集積回路を元に
完全に一つの機械生命体として機能していた。
Dパーツ―――
あらゆる機構と智機ボディとを融合させる、
神の前報酬の最後の一つを、使用しているのである。
「ん、実験成功」
御陵透子が行った実験とは。
Dパーツで融合した上でのテレポートが可能か否か、であった。
自身と、自身の手で持ち運べるもの。
それが、これまでの能力の限界であった。
738
:
宙船-ソラフネ-(2/7)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/12(金) 12:40:00
その壁を、Dパーツにて打ち破れるのではないか。
融合したものが、【自身】と判断されるのであれば、可能であるはず。
透子は一体化している漁船ごとのテレポートを、
しおりの沈む海域の上空2メートルの位置に設定し、
見事これを成し遂げたのである。
そして、もう一つの実験もまた。
船上で年甲斐も無く無邪気にはしゃぐ仲間の存在が、成功を証していた。
「おぉ!? これがトーコちんの瞬間移動か〜、すごいねぇ〜ふしぎだねぇ〜」
両手に底引き網を握った、カモミール芹沢である。
透子のテレポート能力では、人は運べぬ。
自身の手に余る荷物も運べぬ。
しかし、Dパーツで融合した機構が自身だと認識されたのであれば、
その機構に乗り込んでいる人や物資もまた、
自身の力にて持ち運べているのだと認識される筈である。
透子はそう推論し、そしてその推論は正しかった。
(これで、果し合いに於ける私の戦法の幅が広がった。
そして、私たちの勝利の確率も大幅に上昇するはず)
二つの実験の成功に、魂を振るわせることはなく。
十数度にまで傾く甲板にも次々と押し寄せる高波にも顔色一つ変えず。
透子は実験の先にある戦術に、思いをシフトさせてゆく。
その黙考は、数秒で遮られた。
手に持つ投網をぐるんぐるんと振り回す芹沢の言葉によって。
「トーコちーん、ぼーっとしてないでしおりちゃんの居場所を特定してよー。
早くしないと死んじゃうかもなんでしょ?」
739
:
宙船-ソラフネ-(3/7)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/12(金) 12:41:01
そう。テレポートに関する実験とは透子個人の目的でしかなく。
主催者としての彼女たちの目的とは、瀕死のしおりの救助と確保なのである。
「んー……」
透子は芹沢の要請に従い、漁船との融合を解除。
変わりに無線室にある魚群探知機と融合し、周辺海域にソナーを放った。
反応は、漁船の直下であった。
「網スロー」
「はいはーい♪」
「うえいと10秒」
「おぅけぇー♪」
軽いノリで投網を楽しむ芹沢を尻目に、透子は再び漁船と融合。
ディーゼルエンジンを起動し、ぽんぽんと数メートル前進した。
「お、手応えあった。揚げるね、トーコちん」
《あー、そもそも、水揚げとは芸妓遊女が初めて客と寝所を共にすることを……》
「いやらしいのは、のー」
暇を持て余して付いて来たカオスの懲りない猥談を尻目に、
芹沢はえっさーほいさーと掛け声高らかに投網を地蔵背負いに引き上げる。
はたして彼女の手応え通り、網の底には身を丸めたしおりが掛かっていた。
引き上げた網を開き、しおりは甲板に鮪の如く水揚げされる。
「息してないねぇ…… ひょっとして、間に合わなかった?」
「のー、弱いけど心拍はある。仮死状態」
「じゃあ人工呼吸かな?」
《行けいカモちゃん! 波間に百合の花を咲かせてみせい!》
740
:
宙船-ソラフネ-(4/7)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/12(金) 12:41:22
なにやら考え事をしつつ呆けている透子を尻目に、
芹沢はしおりを仰向かせ、蘇生行動を開始した。
幕末動乱の時代に血で血を洗う抗争に明け暮れていた芹沢にとって、
心臓マッサージも人工呼吸も、手馴れたものであった。
しかし。
心圧迫の一押し目で、しおりは、口から海水を吹き出した。
十度押して、十度吹き出した。
人工呼吸の為に口をつけても、同じであった。
しおりが飲み込んでしまった海水とは、比喩的表現などではなく、
字義通りの意味で、五臓六腑に染み渡っていた。
常人であれば紛れもない土左衛門状態。
もはや心肺蘇生法でどうこうできる段階では無かったのである。
「……どーしよートーコちん?」
そのことを悟った芹沢が、不安を隠さぬ揺れる眼差しで透子に次なる手を問うた。
それを受けて、透子は。
まるで変わらぬ飄々とした口調で、選手交替を宣言した。
「任せる」
短くも力強い断言に、芹沢が安堵を憶えたのは束の間に過ぎなかった。
言葉と共に透子が懐から取り出したのが、銃器であった故に。
その筒先が、動かぬしおりに定められた故に。
「ちょ、何するのとーこちん!」
ぱん、
ぱん、
ぱん。
741
:
宙船-ソラフネ-(5/7)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/12(金) 12:42:05
グロック17の軽快な銃声、三連発。
穿たれのは、しおりの両の肺腑と胃袋であった。
吹き出した鮮血がカモミールの頬を赤く染めた。
透子の表情は、変わらずのむ表情であった。
「助けにきたんでしょお!?」
芹沢は、びくんびくんと小刻みに痙攣するしおりと、
波に揺られるに任せゆらゆらと体を揺らしている透子の間に飛び込んで、
しおりをその身で庇うかのごとく、仁王立った。
威嚇の表情で透子を睨み付ける。
透子は少し困ったように眉根を寄せると、短く二言だけ語った。
同時に、カチューシャから伸びる触覚の先が一度だけ点滅した。
「解説員」
「かもん」
自らが装着していたインカムを取り外し、うーうー唸る芹沢に手渡す。
警戒しつつも芹沢はこれを受け取る。
それから数秒。
通信は、遠方の夢見られぬ機械・椎名智機からのものであった。
『Wait、Wait、Wait。
そう短絡的に物事を捉えてはいけないな、カモミール芹沢。
透子様はなにもしおりを害する意図で撃ったのではないのだよ。
むしろこれは救急救命行為であるのだから』
「えぇ〜〜〜〜?」
胡乱げな表情で芹沢は痙攣するしおりを見やる。
三箇所の銃創からは血液が噴き出していた。
しかし、その色は通常の血液と比して随分と薄かった。
742
:
宙船-ソラフネ-(6/7)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/12(金) 12:43:00
『つまりは、だ。
溺れ、沈んでいたしおりの体内には海水がたっぷりと溜まっており、
これが生命機能を停止させていたのだよ。
ならば、元凶である海水を排水してやるしか方策はなく、
手っ取り早い手段が銃撃だったと言うことだね』
「そうかもだけどぉ〜、ぶ〜ぶ〜!」
智機の解説を、芹沢は理解した。
理解はすれども得心は行かなかった。
故にブーイングとなって表れた。
かわいそう、なのである。
痛そう、なのである。
芹沢とは誠に情緒的な感性を有した、母性溢れる女性なのであり。
効率と確率を理詰めで選択する透子や智機の知性とは、
折り合いがつかないこともままあるのであった。
しかし。
「ううん……」
今回の処方に関しては、透子の判断は正しかった。
芹沢の人工呼吸や心臓マッサージではピクリとも動かなかったしおりが、
呻き声を上げたのである。
顔にもうっすらと赤みが差し、自発呼吸も開始されたのである。
「えふっ…… けふっ……」
「……ね?」
「ね、って、ね、ってさぁ…… 息を吹き返したんだし、いいけどさぁ……」
743
:
宙船-ソラフネ-(7/7)(情報 1/2)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/12(金) 12:56:24
芹沢はやはり気持ちのどこかが納得行かぬことを態度にて表しているが。
情に惑わず、適切な処置を施せる。
その機械ならではの強みに、軍配は上がっており。
そのことを、己たちの正しさを主張せずにおられぬのが、
椎名智機なるオートマンの浅はかさである。
『カモミール芹沢、君の不満は実に理不尽だね。知性の不足を露呈している。
いいかね良く聞き給え。しおりとはヒトではない。凶という別種の生物なのだよ?
我々オートマンの論理思考回路は、その点を考慮して銃撃を選択したのさ。
そもそも貴女という人間は……』
なおもねちねと芹沢を見下す発言を連ねる智機に対し、
透子が取った行動は、インカムの電源オフであった。
「くどい」
透子の短い感想と同時に。
現れた時と同じく、何の前触れも無く、漁船は掻き消えた。
揺れる波紋のみを置き去りに、しおりをその背に乗せて。
↓
(Cルート)
【現在位置:A−6 海上 → J−5 地下シェルター付近 海上】
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
①プレイヤーとの果たし合いに臨む
②しおりの保護】
744
:
宙船-ソラフネ-(情報 2/2)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/12(金) 12:57:25
【監察官:御陵透子(N−21) with 小型船舶】
【スタンス:願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
①しおりの治療
②果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、カスタムジンシャー、
グロック17(残弾14)、Dパーツ】
【能力:記録/記憶を読む、
世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】
【刺客:カモミール・芹沢】
【スタンス:①ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らない)
②しおりの治療】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)
魔剣カオス】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)】
【備考:体力消耗(大)、腹部損傷、左足首骨折(固定済み)、全身火傷(中)】
【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、カスタムジンシャー、グロック17(残弾17)×2】
【スタンス:①【自己保存】】
【しおり(№28)】
【スタンス:優勝マーダー】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、意識不明、両拳骨折(中)、水溺(大)、両肺及び胃に銃創(中)
※戦闘可能まで24時間ほどの休息を必要とします(素敵薬品込み)】
745
:
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/13(土) 23:41:45
本スレにてのご支援、ありがとうございました。
以下22レス「See you 〜小さな永遠〜/風に負けないハートのかたち」
を仮投下致します。
次回予定は「椎名智機、脱落。」もしくは「きせきなんかいらない」。
智機vsしおりです。
746
:
See you 〜小さな永遠〜(1/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/13(土) 23:44:10
【タイトル:See you 〜小さな永遠〜/風に負けないハートのかたち】
♪ きっと さよならから始まる日は
♪ そっと 優しさに包まれて訪れる
♪ 君は 振り向かずに歩きはじめる―――
.
747
:
See you 〜小さな永遠〜(2/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/13(土) 23:45:00
(ルートC:3日目 PM6:30 D−6 西の森外れ・小屋3))
「誰か俺を、呼びませんでしたか?」
カッと、恭也の目が見開かれた。
時間にして八時間ぶりの覚醒であった。
「ええ、呼びましたよ呼びましたとも。
皆が何度も何度も何度も、何度も!」
すぐ脇に控えていた月夜御名紗霧が、乱暴な口調で、
しかし心底嬉しげに、問いに応えた。
「な? 紗霧ちゃん。世色癌ってのはこういう薬なんだ」
「今回だけはなんでも有りなファンタジーに感謝ですね」
そんなやり取りを小耳に挟みつつ、恭也は肘をつき、腰を起こす。
挙動は緩慢にして不確か。
常に気を張った鋼入りの男にしては無様な様相であった。
しかし如何に無様であろうと、死人の如き意識不明の八時間のことを思えば、
それは奇跡の生還であり、常識では有り得ぬ回復であった。
「俺が命を繋げたのは、きっと貴方たちの尽力によるのだろう」
恭也は床を抜け、正座にて畳に腰を下ろす。
三つ指をつき、頭を下げた。
748
:
See you 〜小さな永遠〜(3/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/13(土) 23:48:17
「有難う、みんな。心から、感謝する」
「おう、俺様が命の恩人様だ。死ぬほど恩に着ろ!」
得意気にふんぞりかえってたのはランス。
恭也の覚醒は彼が持ち帰った世色癌二粒の恩恵に拠った。
仁村知佳が託された世色癌では無いのである。
「早速だが、俺が眠っている間に起きたことを知りたい」
「いいでしょう。浦島太郎気分を存分に味わうと良いです」
森林火災の鎮火。素敵医師の死。レプリカの全滅。果し合い。秘密の道具。
情報を欲する恭也に、紗霧が朝から晩までに起きた出来事を伝える。
ただ一つ。
ランスと知佳の邂逅については、伏せられていた。
仁村知佳がここに向かってから、既に四時間。
彼女の飛行速度を鑑みれば、多少道に迷っても三十分とかからぬ道程の筈。
であるにも関わらず、未だ知佳が到着しておらぬということは、
その途上で移動を中断せざるを得ぬ何かがあったのだと考えられる。
最悪の可能性が高い。
その心労を、病床にある恭也に味わわせたくない。
まひるが提案し、皆が優しい嘘をつくことを受け入れていた。
「じっちゃん、山小屋でお泊りだってさ」
「神語りの書は?」
「見つけてないっぽい」
野武彦との通信を終えたまひるが、カラカラと引き戸を開けて、
食卓の間から居間へと顔を出した。
749
:
See you 〜小さな永遠〜(4/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/13(土) 23:49:02
「うぅっ!」
角度を変え、足元のまひるに向き直ろうと腰をひねった恭也が、
呻きと供に顔を顰めた。
ぎりりと軋むは、かみ締められた奥歯。
「だ、だいじょぶ?」
めったな事では痛み、苦しみを表情に出さぬ恭也のこの不覚。
紗霧とまひるは思わずにじり寄る。
恭也は呼吸を整え、感嘆のため息を一つ。
「これほど、俺の体幹は痛んでいたのか……」
しかし、この痛みは、忌避すべきものではない。
漸くにして、濃厚なモルヒネの薬効を脱し、
痛みを感じられるほどの身体能力を取り戻した証であるのだから。
そして、回復したものは、もう一つあった。
体温である。
恭也の額には、ふつりふつりと玉の汗が滲み出していたのである。
「体温も戻ったようですね」
事実、危ないところであった。
それが今や、一般的に言う【重傷】程度の傷病状態まで戻っていたのである。
すでに、命の危機は過ぎ去ったと言えよう。
己の体を苛烈な修行により知り尽くした彼であれば、我慢の達人である彼であれば。
万全ではなくも、明晩の果し合いにて、戦力として立ち回る事が可能であろう。
「外の風が吸いたいので……」
750
:
See you 〜小さな永遠〜(5/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/13(土) 23:50:10
恭也は左腕で額の汗を拭いつ、腰を浮かした。
やかんの水蒸気で湿度は保たれているとはいえ、
半日もの間、締め切られ暖められ続けた居間である。
新鮮な空気を求めるのは、生物としての基本的な欲求といえた。
「私が付き添いましょう」
「かたじけない」
紗霧が肩を貸し、二人は立ち上がる。
しずしずと、音もなく。
ゆったりとしたペースで、進む。
玄関を抜け、井戸を回る。
宵闇の中、月だまりを求め、歩く。
「良い、月ですね」
「ほんとうに」
紗霧の思考は、止んでいた。
紗霧の心は、凪いでいた。
柔らかな月光。
恭也の重み。
体温。
呼吸。
何一つ考えず、それらを感じ。
何一つ考えず、受入れていた。
高揚感はない。浮揚感がある。
緊張感はない。安堵感がある。
優しく静謐な時間が、紗霧を包んで、
しずしずと流れてゆく。
751
:
See you 〜小さな永遠〜(6/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/13(土) 23:51:14
その柔らかな時間を止めたのは、恭也であった。
「ああ……」
恭也が漏らした溜息に、紗霧の意識が現実へと引き戻された。
紗霧はまず恭也の顔を見上げ、次いで恭也が見上げる先へと、視線を移した。
糸杉であった。
今、彼らが立っている位置とは。
恭也が紗霧に対して、己の意図を赤裸々に語り。
二人の視線の行き着く先の一致を確認し。
技能と知能を拠り所とした、心の伴わぬ契約を交わした。
その、場所であった。
「ふふ……」
紗霧が笑う。
くすぐったそうに。
今まで誰にも見せたことの無い、はにかんだ笑みで。
糸杉に目をやる恭也に、気付かれること無く。
「『俺は月夜御名さんを信用していない』」
ぼそりと、紗霧が呟く。
「『でも、月夜御名さんという才能を信じることはできます』」
恭也が、受け答える。
752
:
See you 〜小さな永遠〜(7/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/13(土) 23:51:44
紗霧が、息を呑む。
大きく目を見開いて、恭也の横顔を見つめる。
そのやり取りを恭也が憶えていたこと。
今、同じ場所で同じ時を思い出していたこと。
紗霧には、心が重なったように感じられた。
紗霧の胸を、陶酔感を伴う疼きが満たした。
その疼きの高まるままに。
月光に酔った心地のままに。
ふわりと心に浮かんだ言葉が、韜晦のフィルターを解さぬままに、
紗霧の口を衝いて、零れ出た。
「ねえ、恭也さん。今のあなたは……」
風が吹いた。
一瞬、強く、西風が。
紗霧の続く言葉は、かき消された。
その風の止む間際に。
「――――!」
恭也の体に緊張が走った。
貸している肩越しに、紗霧にもそれが伝わった。
「どうしました?」
「何者かが、います」
753
:
See you 〜小さな永遠〜(8/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/13(土) 23:53:51
とはいえ、紗霧は何も感じなかった。
弱冠にして達人の域に達しつつある御神流師範代ゆえに
察することの出来た、隠蔽された気配なのであろうか。
それとも……
「……向こうです」
恭也は顎で気配の方向を指し示しつつ、腕を紗霧の肩から抜いた。
紗霧は触れた外気の冷たさに身を震わせた。
現実感が彼女を飲み込んで、夢心地は吹き飛んだ。
胸中のしびれる感覚は失せ、紗霧は神鬼軍師たる己を取り戻す。
(なんでしょう、この感覚。 ……胸騒ぎ? 虫の知らせ?)
紗霧の不安感と躊躇をよそに、恭也の歩みは迷い無い。
一直線に月だまりを脱し、茂みを掻き分ける。
紗霧はその挙動の力強さにたじろぎつつも、言うべきことは言った。
「恭也さん、病み上がりの体では危険です。
一旦小屋まで戻り、まひるにでも様子を伺わせましょう」
紗霧の言葉に、恭也は答えない。
まるで何者かに導かれるかの如く藪を漕いでゆく。
紗霧の正体定かならぬ焦燥感はますます強くなる。
「ランス、まひるさん! こちらに来てください、急いで!」
紗霧は援軍を要請しつつも、援軍など要らないのだと直感していた。
胸中で渦を巻く不安感は確かにある。
しかし、その不安感は生命の危機を伴う類のそれではないと、確信していた。
恭也もそれを理解しているが故に、こうして愚直に進んでいるのであろう。
754
:
See you 〜小さな永遠〜(9/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/13(土) 23:55:08
ぴしりぱしりと、静電気が走るかの如き音がしていた。
思考することに特化し。
それゆえに機転や直感が退化している紗霧である。
その紗霧に、痛いほどの直感が降りている。
それは偏に、紗霧が思考よりも感性を尖らせていたからに他ならない。
(たぶん―――)
さくりがさりと、砂を蹴散らすかの如き音がしていた。
紗霧は恭也を追いかける。
届かぬ背に手を伸ばして追いかける。
決して見失わぬよう追いかける。
(きっと―――)
藪を抜けた先で、恭也が不意に立ち止まった。
藪を抜ける手前で、紗霧が恭也に追いついた。
永遠に届かぬと思われた恭也の背に、紗霧の手は届いた。物理的には。
しかし触れた指先から伝わる感触は、冷たく、硬かった。感覚的には。
(ああ……)
紗霧は知る。滅多に働かぬ筈の己の直感が、完璧に正しかったことを。
紗霧は悟る。やはりこの手は、恭也に届く筈が無かったのだと。
藪を抜けた先にある、太い楢の木。
見知った少女が、その背を預け、座り込んでいた故に。
「仁村さん!」
755
:
風に負けないハートのかたち(10/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/13(土) 23:55:48
「恭也…… さん」
恭也からの呼びかけに一旦は顔を上げて、返答したものの。
知佳はすぐさま俯いた。
恭也の真っ直ぐな眼差しを感じつつも、知佳は目線を逸らしていた。
「その体は……」
恭也は絶句した。
仁村知佳が半裸であった故に。
しかし、そこにエロチシズムは存在しない。
焼け爛れているからである。
「なんて酷い」
右の鎖骨が露出していた。
月明かりが照らしているにも関わらず、その骨は黒かった。
その周辺は、斑に爛れていた。
溶けたサマーセーターが化石燃料と化し、付着しているのである。
臭気も、また強い。
焦げた肉の臭いとゴムが溶けたかの如き臭いが、漂っている。
惨々たる様相であった。
「ごめんね、恭也さん…… お薬、焼けちゃった」
知佳は俯かせた顎を上げることなく恭也の心配を聞き流し。
空疎でか細い自嘲の笑みを零しながら、右腕を力なく前方に伸ばした。
握られていたのは、融解したピルケースであった。
756
:
風に負けないハートのかたち(11/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/13(土) 23:56:13
「いいんです、仁村さん。そんなことは。それよりもその傷の手当を……」
「近づかないで!」
知佳の鋭い静止を気にも留めず、恭也は知佳を目指して歩み始める。
と同時に、恭也の左頬から一筋の血が流れた。
風に煽られたと思しき枯れ落ちた小ぶりな枝が、掠めたのである。
「これは、一体……」
月明かりに慣れた目で、恭也は知佳の周囲を見渡した。
彼女を取り囲むようにして、木の葉が宙を舞っていた。
舞う葉は空中で何かに切り裂かれ、粉々に砕けていた。
無風であるにも関わらず、渦が知佳を取り巻いていた。
さらによく目を凝らせば―――
念動力の視覚的特長である、薄い油膜の如きうねる虹色があった。
知佳を中心にアメーバの如き伸縮を見せていた。
その伸びる先で、次々と、落ち葉や枯れ枝の破砕が発生していた。
念動力の暴走である。
「ごめん、ね。ちからが暴走しちゃってて……
自分では止められないの」
仁村知佳が小屋へと向かう途上で、ここに腰を落ち着けたのは、
精魂が尽き果てようとしているが故の移動不能によるものでは無い。
己の本性である優しき心を意志の力で無理矢理抑え込んだが故の、
アンバランスな精神状態が呼び水となった念動力の暴走が、
恭也たちを傷つけてしまうことを、何より恐れた為である。
757
:
風に負けないハートのかたち(12/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/13(土) 23:56:53
故に知佳は、ここで息を殺し気配を消して。
一人静かに、苦痛に耐えていたのである。
とは言え、今、暴走している念動力は。
昨晩遅くの灯台跡での攻防の折が如き、兇悪な破壊力を有してはいない。
振り回されているのは軽い葉枝や指先大までの小石のみであり、
念動範囲内に疎らに転がっている拳大の石すら動かすことができない程度の
何とも弱々しい暴走でしかなかった。
それは、恭也にとっては幸いなことであった。
しかし、知佳にとっては不幸なことであった。
暴走とは能力のリミットブレイクであり。
であるにも関わらず、通常の発動よりも微弱な力しか出ていないということは。
念動力が精神の磨耗に伴なって、尽きようとしている証左である。
それでも。
「うっ……」
宙を跳ねる小石は恭也の額に衝突し、一筋の血を流させた。
次いでぶつかった枝は恭也の脛を打ち、膝を崩させた。
微弱な念動力なれど、恭也を傷つけることくらいは、できるのである。
知佳はこの状態こそを、恐れていたのである。
「ほら、ね。痛いでしょ」
誰も傷つけたくないから、誰も近寄らせない。
その知佳の思いとは裏腹に。
否、その思いあればこその作用として。
知佳に近づく存在は、老若男女善人悪人敵味方の区別無く、
力弱き散弾の集中砲火を浴びせかけられることとなる。
758
:
風に負けないハートのかたち(13/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/13(土) 23:59:16
「だから、恭也さん。今は戻って。
きっと明日の朝には暴走は収まっているはずだから。
それまで私を、一人にして欲しいな」
暴走が収まる――― 力弱い微笑みと共に発せられたその言葉に、嘘は無い。
このままでは知佳の命が、朝まで保たぬ故に。
必然、暴走どころか、念動力そのものが消え失せる。
知佳はその確定されつつある未来を、既に覚悟していた。
広範囲の火傷からくる合併症。発熱。倦怠感。
それが知佳の五体を蝕んでいるのである。
それでも、今が日中であれば、命の危機までには至らなかった。
エンジェルブレスによる光合成にての回復ができたであろうから。
暴走状態のそれは、貪欲に生命力を供給し、
常よりも短時間にての癒しを、知佳に与えたであろうから。
しかし、今や宵闇。
日輪は遠く水平線に没し、銀月が支配する時間である。
それが、十二時間近くも続く。
加速度的に蝕まれてゆく知佳の体が保つ筈も無い。
「ね、恭也さん。私は大丈夫だよ♪」
ここに来て、知佳はようやく、顔を上げた。
月明かりに浮かび上がったその顔には、笑みが浮かんでいた。
乾いた泥と、溶けた己の肉と、タールと、海水に塗れ、殆ど地肌は見えていない。
それでも、知佳は健気に笑っていた。
心配をかけまいと、騙しを悟られまいと、必死に笑顔を作っていた。
「大丈夫ではない」
759
:
風に負けないハートのかたち(14/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/14(日) 00:00:28
その知佳の命をかけた演技を、恭也は一蹴した。
声には怒気が篭っていた。
その怒気とは、己に向かって発せられたものであった。
大儀は、主催者の打倒にある。
御神は、大儀を成すための手段である。
知佳去りし後の恭也とは、その一念に純化されていた。
私情を捨てるを是とし、この達成に苦心していた。
あるべき論の金型に嵌まり込んでいた。
しかし。
不意に邂逅を果たした知佳の姿。
その陰惨さに、痛々しさに、衝撃に。
恭也の心は、丸裸にされた。
理性の頑丈な檻をぶち破って、感情が飛び出した。
「あなたを一人置いていくなど、俺にはできない」
感極まったのか、恭也の頬に涙が一滴、流れた。
そこにいるのは、御神ではなかった。
そこにいるのは、高町でしかなかった。
大儀からも、立場からも、重責からも、信念からも解き放たれた、
一介の人を恋うる純朴な青年が、そこにいた。
「今、行きます」
恭也は立ち上がり、再び知佳の許へと歩き出す。
途端に念動の渦が反応し、飛礫の散弾を彼に浴びせる。
恭也は、歩みを緩めない。
端々に打ち身や切り傷を増やしながらも、歩き続ける。
760
:
風に負けないハートのかたち(15/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/14(日) 00:01:03
「来ない…… で」
「痛い。でも。痛いだけだ!」
知佳は拒絶する。
恭也は否定する。
「来ない…… で」
「これは胸を苦しくさせたり、頭を悩ませたりしない」
知佳は拒絶する。
恭也は否定する。
「来ないでって言ってるのに」
「これは心配させたり、物思いに耽らせたりしない」
知佳は拒絶する。
恭也は否定する。
「私は恭也さんを傷つけたくないの」
「俺が痛みなどを恐れると思うのか?」
知佳は拒絶する。
恭也は否定する。
怯える知佳に、怖じぬ恭也。
その立ち位置に、知佳は幼き日の記憶を喚起される。
(おねえちゃん……)
実姉、仁村真雪。
761
:
風に負けないハートのかたち(16/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/14(日) 00:05:11
誰もが恐れた、幼き日の荒れた知佳を恐れなかった、唯一の人。
誰もが遠ざけた、幼き日の荒れた知佳を力強く抱きしめた、唯一の人。
知佳に光を与えてくれた初めての存在。
その姉と、恭也とが、知佳の心の中で重なった。
(大事な、ひと……)
一瞬の白昼夢が生んだ、刹那の暴走停滞。
その間隙を突き、恭也は知佳の眼前まで詰め寄っていた。
知佳の揺れる瞳と恭也の揺れぬ瞳が、重なり合う。
「見くびるな、仁村知佳!」
唐突に張り上げられた恭也の怒声に、知佳は思わず身を竦めた。
その、丸まった知佳の体を。
恭也は語気の荒さとは裏腹に、優しく抱きしめる。
「痛みも苦しみも、全部纏めて引き受ける!
俺は朴念仁だが、その程度の甲斐性は持ち合わせている!」
抱きしめられて、知佳は―――
「俺にあなたを、守らせろ!」
―――安心した。
自分の気持ちを押さえ込むとか、暴発に気を配るとか、
そういう処々の心配事など一瞬で全て掻き消えていた。
762
:
風に負けないハートのかたち(17/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/14(日) 00:07:02
恭也の肌の暖かさ。
鼓動の激しさ。
吐息のくすぐったさ。
そうした皮膚感覚が張り詰めていた心を解き放ち。
解き放たれた心が、硬直していた思考を打ち砕き。
あとに残った物は嘘偽りなき裸の心であり。
その真心にて自分は恭也を求めているのだと。
それが一番大切な気持ちなのだと。
知佳は、素直に受け止められたのであった。
「はい、守ってください」
知佳は目を閉じ、恭也の逞しい胸板に顔を埋めた。
そのシャツが、熱く濡れた。
涙である。
非情に戦い抜くことを決意して以来。
流すことを自ら禁じていた涙が、自然に溢れているのであった。
どす黒く汚れていたエンジェルブレスが、
純白の天使の輝きを、取り戻していた。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
.
763
:
風に負けないハートのかたち(18/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/14(日) 00:07:52
その一部始終を、四人は見つめていた。
「ゔあ゙〜〜っ! 怒涛の愛だぁ〜〜っ!」
まひるは感動していた。
まひるが憧れて止まない、ドラマチックな純愛の成就。
自らのそれを半ば無意識に諦めているだけに、
彼にとって2人の抱擁はどこまでも眩しく、崇高であった。
「ふん、つまらん」
ランスはそっぽを向いた。
他人の色恋などは、胸糞悪いだけであった。
祝福する気などさらさら無かったが、邪魔をする程でもないとも思った。
暫くは知佳ちゃんとの和姦はムリだなと、がっかりきていた。
「良かったですね。万々歳じゃないですか」
紗霧はくるりと背を向ける。
瞳を潤ませること無く、声を震わせることなく。
まるで興味のないそぶりで、長い黒髪を翻し、優雅にその場を後にした。
その後姿は、誰もが知っている神鬼軍師そのものであった。
「…………」
ユリーシャは黙って見つめていた。
抱き合う二人をではない。背を向けた紗霧をである。
彼女は嘲笑とも憐憫ともつかぬ眼差しを暫く注いでいたが。
紗霧の姿が闇に消える前に、ごく僅かに。
薄く、微笑んだ。
764
:
風に負けないハートのかたち(19/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/14(日) 00:08:16
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
念動の嵐は、嘘のように凪いでいた。
簡単な話であった。
能力の暴発とは、不安定な心によって発生する。
その、不安定な心が、安定したならば。
生物の根源部分からの安心感を抱いたのであれば。
薬品や技術に頼らずとも。
意思の力で制御を図らずとも。
暴発が収まることは、自明であった。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
.
765
:
風に負けないハートのかたち(20/20)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/14(日) 00:08:39
♪ ハートはいつも 全開無敵
♪ 長すぎた 嵐の夜
♪ すぐにほら 青空に変わる―――
↓
.
766
:
小さな永遠/ハートのかたち(情報 1/2)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/14(日) 00:09:10
(Cルート)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦・知佳】
【スタンス:主催者打倒、果し合いに臨む】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】
【ランス(元№02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:世色癌×1(隠し持っている)、ケイブリスの爪×2(New)】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【高町恭也(元№08)】
【所持品:小太刀、鋼糸】
【備考:失血(中)、右わき腹から中央まで裂傷】
【月夜御名紗霧(元№36) with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:グロック17(残弾 16)、金属バット、ボウガン、対人レーダー】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷、性行為嫌悪】
【広場まひる(元№38) with 体操服 & 木星のブルマー】
【所持品:グロック17(残弾 16)、せんべい袋(残 10/45)】
767
:
小さな永遠/ハートのかたち(情報 2/2)
◆29ZH4ztR.E
:2011/08/14(日) 00:09:50
【仁村知佳(元№40)】
【スタンス:①手持ちの情報を小屋組に伝える
②果し合いのサポートをする】
【所持品:なし】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(大)、右胸部裂傷(小)、左上半身火傷(中)】
※知佳の持ち物は全て焼失しました
※世色癌×1を飲み、命の危機は回避されました
※首輪は解除されました
【西の小屋内・グループ所持品】
[日用品]
スコップ・小、スコップ・大、工具、竹篭、救急セット、薬品・簡易医療器具
白チョーク1箱、文房具、生活用品、指輪型爆弾
[武器]
アイスピック、斧×2、鉈×1、レーザーガン、メス
[機器]
モバイルPC、USBメモリ、プリンタ、分機解放スイッチ、解除装置、
簡易通信機・大、簡易通信機素材(インカム等)一式×5、
カスタムジンジャー
[食料]
小麦粉、香辛料、干し肉、保存食
[その他]
手錠×2、メイド服、謎のペン×15、世色癌×4
768
:
284
◆ZXoe83g/Kw
:2011/08/14(日) 01:56:56
新作&本投下お疲れ様でした。
両方の作品とも不穏な空気が漂っていて不安がかき立てられる内容でした。
同時に恭也の存在が救いになって安心できる面もありましたが。
318話までのまとめをアップしました。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1900225.zip.html
パスはsageです。
769
:
名無しさん@初回限定
:2011/08/15(月) 19:52:52
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org1906769.zip.html
770
:
名無しさん@初回限定
:2011/08/15(月) 21:14:09
タイミングが珍しくあったので更新しておきました
771
:
名無しさん@初回限定
:2011/08/18(木) 23:03:27
いい話でした。
それとこれは自分の願望ですが…。
もう誰も死ぬな!特に恭也と知佳。そして対主催組。
必ず全員で主催者を倒してくれ!
772
:
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:42:36
お久しぶりです。
以下26レス「椎名智機、脱落。」を仮投下致します。
次回予定は「終末の過ごし方」。
プレイヤー、主催者全員が登場します。
773
:
椎名智機、脱落。(1/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:44:08
(ルートC:3日目 PM6:00 J−5 地下シェルター)
既に日は没し、肌に心地よい涼やかな秋の夜風が、灯台跡を吹き抜けてゆく。
しかし、その風の感触を楽しむ者は、誰一人としておらぬ。
地下5m。
二重の防壁で外界からは完全に隔絶された地下シェルターの空調機が攪拌する、
澱んだ生温い空気を、元主催者たちは浴びている。
彼らは簡素なシングルベッドを囲んでいた。
横たわる者は、この戦いの島に最も相応しくない、幼き子供であった。
ザドゥであれば窮屈に感じるベッドの半分も占領していない。
参加者№28、凶しおり。
それぞれに意味合いの異なる五つの眼差しを注がれているにも関わらず、
童女は微動だにせず、瞑目したまま。
ただ、浅い呼吸を弱々しく繰り返すのみであった。
(まぶしいな……)
しおりは、瞼に感じる明るさを不快に思っていた。
彼女を囲む大人たちは誰一人知らぬことなれど。
三発の銃弾を食らい、自発呼吸を回復した時点で、
しおりは既に意識を取り戻していたのである。
意識レベルは低い。
痛みも感じない。
体も動かせない。
四肢は言うに及ばず、瞼すら開けられない。
それでも薄ぼんやりと、周囲の様子は。
鼠の耳と髭とを通して、伝わっているのである。
774
:
椎名智機、脱落。(2/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:45:05
「優勝するというのなら、この程度の苦境、耐えてみせろ、しおり」
(ザドゥさん…… おーえん、してくれてる……)
ザドゥが発したのは、厳しい発破の言葉であった。
しかし、しおりは鋭敏に感じ取っていた。
厳しさの中に、どこか温かみが含まれていることを。
「頑張れ、頑張れっ!」
(うん…… がんばるよ…… 知らないおねえちゃん……)
ずっと手を握って、励ましてくれている存在を、しおりは感じていた。
そこから伝わる体温と想いが、しおりを安らげた。
《嬢ちゃん、死ぬでないぞ。もっと大きゅうなって、ばいんばいんな体を見せてくれい》
(なんかこのひと…… 鬼作おじちゃんっぽいかな……)
しわがれた声で下品な事を口走るおじさんも、不快ではなかった。
どこか懐かしさを以って、しおりを暖めた。
「峠、越えた」「もう、大丈夫」
(しおり…… 助かるんだ…… ありがとうおいしゃさん……)
不思議な感覚を憶えさせる無感情な声が、しおりの容態を告げていた。
この声の主が自分のケアをしてくれたことを、しおりは理解していた。
「Yes……」
閉ざされた瞼に、影が差した。
恐らくは誰かがしおりの顔を覗き込んだのであろう。
しおりの頭のすぐ上から、感情の篭らぬ硬質な声が聞こえてきた。
775
:
椎名智機、脱落。(3/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:46:13
「さてこのプリンセスに関してだが。
瀕死を脱したというのであれば、いつ目覚めるとも知れぬという訳だね。
であれば暴れられぬよう、拘束しておくのが大事だと思うのだが、如何かな?」
声の主と忌々しき記憶が、結ばれた。
その瞬間、しおりの血液が沸騰した。
―――怖いのかい?だが良い目だ
―――戦う戦士の目だ、あそこにいる腑抜けより、よほど良い目をしている
(こいつが……)
―――79体か、意外とがんばったじゃないか、プリンセス?
―――けれど、もう終わりだ
(このロボットが……)
マスターを生き返らせる。
優勝する。
マスターであるアズライトの死因は自爆ではあれど。
それは、レプリカ智機たちの姦計に嵌り、追い詰められた末のカミカゼアタックであった。
しおりも、現場にいた者として、それをよく知っている。
自分を助ける為に、悪いロボットたちを道連れにした。
幼い頭でも、その程度のことは理解できていた。
―――こんなのない、こんなの…
―――私だけ生きてても、意味ない。意味ないんだよ、おにーちゃん
(マスターを殺した!)
しおりの視界が、白色に爆ぜた。
776
:
椎名智機、脱落。(4/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:46:56
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
目覚めには今しばらくの猶予がある。
椎名智機が無防備にしおりに接近したのはその読みからくる油断故であった。
何気なく覗き込んだしおりの顔。
意識無く開かれるはずのない両目が、唐突に見開かれた。
「意識を回復したのか!?」
壮絶な瞳であった。
轟々と燃える炎を宿らせた、力強き瞳であった。
その恐ろしい瞳で、智機は睨みつけられた。
「ひ……」
智機は、黒目がちの円らな瞳に射竦められる。
吸気排気が、寸断される。
その竦みの間に、しおりは動いた。
関節を軋ませながらゆっくりと手を伸ばし。
智機の左腕、白衣の袖を、掴んだ。
「うぅ……ぅ……う……っ!」
瞳にそぐわぬか細き声で、切れ切れに。
しおりは呻く。
奥歯を噛み締め、鼠の如く唸る。
「は、離し給えよ、プリンセス」
「うぅぅぅ……!」
777
:
椎名智機、脱落。(5/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:47:56
智機の言葉が耳に入っているのか、いないのか。
しおりはまるで反応を見せず、さらには左腕まで智機の腕に絡めてゆく。
「無闇に動く物ではないよ、プリンセス。
貴女は凶とは言え、未だ病状は重篤、予断を許さぬ状況。
さ、この手を離してベッドで眠り給え。
その間の安全は我々が保障す…… うわあああ!!」
智機が悲鳴を上げたのは、しおりの瞳から涙が一滴、零れたが為。
零れた涙は炎となり、しおりの頬に固着した。
智機はそれが己の白衣の袖に燃え移るを恐れ、しおりの腕を振り払おうと、あがく。
しかし、離れない。
そして、聞こえてきた。
「マス……ター……の……かた……き……」
呪詛が。
因果応報の宣誓が。
祇園精舎の鐘の音が。
「Wait、Waitだプリンセスしおり。
そんな怖い目で見ないでくれたまえ。
確かに我々の過去には残念な出来事もあった。
が、しかし、我々は君にとって命の恩人なのだよ?
思い返してくれ給え。君は今までどこにいた?
そう、海底だ。
君は仁村知佳との戦いに敗れ、水底の藻屑となっていた。
それを、我々が救い上げたからこそ、今君はこうして生きていられる。
これを以って恨みの精算とはいかないかね?」
778
:
椎名智機、脱落。(6/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:48:44
智機の長口上に対するしおりの返答はシンプルな一言であった。
しかし、しおりの全ての想いが内包されている、饒舌な一言でもあった。
「……しんじゃえ」
とても童女のものとは思えぬ低き唸り声に、智機は身震いする。
しおりはそうして己の想いを吐き出すと、智機の腕に噛み付いた。
咬合力の限りを尽くし、鼠の如く尖った犬歯を突きたてた。
「あきいいいいいいいっっ!?」
智機の脳髄がスパークする。
それまで智機が感じたことの無い、鮮烈な痛みであった。
!:警告
左腕駆動系からの応答がありません。
破損の可能性があります。
現在作業を速やかに中止し、
メンテナンスを受けてください。
智機はトランキライザ効果で冷静さを取り戻し、
左腕のハードウェア各位へ接続信号を送信。
三本の駆動系ケーブルの断裂を確認し、このリンクを切断。
残り二本にての駆動系制御バランスを再構築した。
しおりはその間に更なる行動を起こしていた。
二本の腕と、二本の足、無数の牙。
その全てで智機の腕を捕らえたのである。
固着できる全てで、智機の左腕にしがみついたのである。
779
:
椎名智機、脱落。(7/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:50:16
「オ、オートバランサーがっっ!?」
智機の腕力とは、ユリーシャ以上、朽木双葉未満。
非力な少女程度でしかない。
黄色い帽子とスモックの似合う童女の重量すら、片腕では支えきれぬのである。
故に智機は転倒する。
ベッドの脇に、仰向けに倒れこむ。
さらには。
!:警告
左腕の肩関節が脱臼しました。
現在作業を速やかに中止し、
メンテナンスを受けてください。
しおりの重量が、突然一点に集中したことにより、
智機の肩が、外れてしまったのである。
それは智機が選択しようとしていた左腕の物理的切り離しという手段を
不可能なものにする、致命的な事故であった。
「パージ不能だと!?」
智機の不測は、尚も続く。
体力の極限消費の為に、ごくごく微量ずつでしかなけれども。
それでも、二粒、三粒と、着実に。
ぽつりぽつりと。
しおりの頬に絡みつく紅涙は、温度は、増加していたのである。
780
:
椎名智機、脱落。(8/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:51:40
!:警告
循環冷媒の温度が30℃に達しました。
適温に低下するまで省電力モードに移行するか、
低温度の冷媒補給を受けてください。
そのしおりに腕を絡め取られているということは、即ち、
徐々に温まってくるストーブに手を触れているようなものであった。
(No! この腕の状況にこの転倒した体勢。しかも炎の涙……
これを私の力でどうにかすることは不可能だね。であれば……)
自力逃走の可能性が潰えたのだと判断した智機は、次なる手段へと素早く切り替えた。
力が駄目ならば言葉。
智機の立案領域に、理と脅迫とが程よくブレンドされた文面が出力される。
「私を仇と見る構図は理解できる。そのことについての謝罪もしよう。
しかしだ、しかし。
冷静になって周囲をよく見回してくれ給え。
ここにいるのは私だけではない。四人だ。
それらを相手取って、果たして瀕死の君が戦い抜けるのか?」
そこで、智機は言葉を飲み込んだ。
出力された原稿は、ここから流れるように畳み掛ける怒涛の展開が
待っているというのに、飲み込んでしまった。
解決せずにはおれぬ疑問にぶち当たってしまったが故に。
そこが確認できねば今ある説得は単なる絵空事に終わるが故に。
(……そうだ、四人だ。 私のほかに三人もの主催者がここにいるのに。
彼らは何故、アクションを起こさない?)
781
:
椎名智機、脱落。(9/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:53:18
智機が、ようやく周囲の三人に目をやった。
ザドゥは、両腕を腰にあて、楽しげに片頬を吊り上げていた。
芹沢は、らしからぬ真剣な面持ちで二人を見つめていた。
透子は、柳に風といった態度で、なんとなくこちらに目線をくれていた。
三者三様の態。
しかし、三者揃って動きは無かった。
動こうとするそぶりも見せなかった。
「貴君らも貴君らだ! この危機的状況に、なぜ動かんのだ!?」
ヒステリックに仲間たちの不実を弾劾する智機の言葉に、
仲間たちは、やはり三者三様の解を以って返答した。
「お前が言ったのだぞ、椎名。俺は既に首魁ではないのだと。
ならばお前も俺の部下ではない。
そんな縁もゆかりもない機械の為に何故俺が動かねばならん?」
ザドゥは、お前は赤の他人だと、斬って棄てた。
「仇討ちは正当な権利だし、私はその件に関係して無いし。
見届け人にはなれるけど、助っ人にはなれないなー」
芹沢は武士らしい倫理観で、中立を貫くと宣言した。
「……」
透子は、智機の呼びかけにまるきり無反応であった。
(自分、は…… 見捨てられる、のか!?)
782
:
椎名智機、脱落。(10/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:54:00
くらり、と。
貧血で視界が暗転溶解するかの如き酩酊感に智機は沈んだ。
足元の土台がガラガラと音を立てて崩れて行く幻想を見た。
(No! 断固としてNo! 彼らは愚鈍にて、私の価値をよく理解し得ないのさ。
ならば蒙を啓いてやろう。 私がいかに有能で有用なのかを!)
トランキライザによって精神の平衡を瞬時に取り戻し。
智機は、自らの価値を試算する。
ゲームにおける重要度を降順に、関数へと次々に放り込む。
算出した存在価値を以って三者を説得し、自らを助けさせる。
その予定であった。しかし。
管制としての価値――― 本拠地のシステム群の発破と共に失われた。
戦力としての価値――― レプリカの反乱により失われた。
頭脳としての価値――― レプリカの体を手に入れた透子が上位互換。
(現状に於ける、自分の重要度……ゼロ)
演算結果は無常であった。
ダイレクトであった。
機械は、演算においては。
己の心的負担を和らげる為の嘘をつけぬのである。
そして、その結果が意味するところと言えば。
(私は、破棄される?)
やがて全ての評価が終わった。
その他二十五項目についても、結果は全てゼロかマイナスであった。
ただ一点の価値を除いては。
783
:
椎名智機、脱落。(11/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:54:55
保険としての価値――― ザドゥの死を前提に、透子及び芹沢に対して認められる。
他者の願望成就の為のペナルティ対象キープの意味において、
智機は他者からみた価値があるのだと、判定が下されていた。
なんとも悲しい価値であった。
なんとも虚しい評価であった。
しかしそれこそが、それだけが。
智機の今の命を繋ぐ為の、か細い光明であった。
「透子様! 透子様は言っておられた筈だ!
私は願望成就の為の保険であると!」
智機は訴えた。
益々温度を上げてゆくしおりにしがみつかれたまま、訴えた。
「んー…… ぱす」
少しは考えるそぶりも見せはしたが、透子は結局、智機を助けぬことを選択した。
智機を助けること、即ち、しおりを止めることであり。
逆上の余り説得の余地を持たぬしおりと止めることは物理的手段によってのみ達せられ。
その場合、既に瀕死のしおりを殺してしまう公算が極めて高く。
「だって」
「しおりの方が、大事」
そのような結論に落ち着いてしまうことは、自明であった。
透子の言葉を受けてコンマ数秒後に、智機は己の演算回路でその解を得た。
(私は他者にとって何の価値も無い……
誰にも必要とされていない……)
784
:
椎名智機、脱落。(12/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:56:24
仮に、【自己保存】のファーストプライオリティを有していなければ。
智機はここで、全てを諦めたであろう。
絶望である。
生きていてもしょうがない、智機は、そう感じたであろう。
「イヤだ…… それでも、死ぬのはイヤだ!」
トランキライザが唸り、マイナス情動を沈静化する。
検閲機構が絶望を感じた1.25秒間のパラメータをクリアする。
演算回路があらゆる角度からの危機脱出の手法をシミュレートする。
絶望も諦念も、発狂も思考停止も、智機には許されていない。
破壊を迎えるその瞬間まで、足掻き続けることしか出来ぬのである。
「スタンナックル!」
乾坤一擲であった。
最大出力の電撃を、しおりに見舞った。
窮鼠の牙が猫の急所に良い角度で突き刺さった。
それが、裏目であった。
「……っぁ!!」
電撃に痺れたしおりの体が、しがみ付く格好のまま、硬直したのである。
さらにはショックの余り、しおりの排出する紅涙量が跳ね上がってしまった。
連鎖して智機の循環冷媒の水温も又、弾みをつけて上昇してゆく。
(怖い…… 怖い……!!)
785
:
椎名智機、脱落。(13/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:57:37
圧倒的な恐怖感が智機を押しつぶした。
智機が初めて感じる、深刻な死の恐怖であった。
冷静に次なる行動を促すべきタスクスケジューラは、恐怖の緩和が上位を独占し、
トランキライザが限界値で唸りを上げていた。
そして、この恐怖感情の緩和が成らぬ限り。
智機は次なるタスクに、行動を移せぬ。
人であれば、身が竦み腰を抜かした状態に、智機は陥っていた。
そして、体の動かぬ智機の出来る残された最後の自助努力とは。
「ゆ、許してくれ給え、しおり様。
私とて望んでアズライトを屠った訳ではない……
管理者としての責任感と罪悪感の狭間での、苦渋の決断であったのだよ。
今もって後悔の念は覚めやらず、かのデアボリカの冥福を祈って、
朝な夕なに頂礼する贖罪の日々を送っている……
反省しているのだ、後悔しているのだ!
だから頼む、しおり様。
命、そう、命だけは、どうか見逃してもらえまいか!」
謝罪である。言い訳である。
助かりたい、その想いが表面に出すぎて、心の篭らぬうそ寒い言葉であると、
幼き幼女の節穴の眼にすら透けて見えていた。
「うーーーー!!」
しおりは噛み付いたまま、神経ケーブルを引きちぎりつつ、首を左右に振る。
拒絶であった。
必ず殺すの意思表示であった。
786
:
椎名智機、脱落。(14/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 00:59:29
説得も失敗。
逃亡も失敗。
援軍も失敗。
攻撃も失敗。
謝罪も失敗。
智機が試すべき全ては試行された。
その全てが、通じなかった。
今なおしおりは智機の動かぬ左腕にしがみついている。
千切れた白衣が、燃えてゆく。
左腕の表皮膜が、溶けてゆく。
コンロの弱火に炙られるが如く、緩やかに、着実に、焼けてゆく。
擬体の崩壊が、ついに始まったのである。
智機は、その、己の崩壊から目を逸らした。
(Oh…… 万策、尽きたのだな……)
生き汚い智機の論理思考回路が、ついにそれを認めた。
一切を、諦めた。
生存を、放棄した。
「ああ……」
智機は自分を遠巻きに囲む三人を順に眺めた。
ザドゥは侮蔑の篭った眼差しで見下していた。
芹沢はぎゅっと目を瞑り、顔を逸らしていた。
透子は無表情のまま茫と眼差しを注いでいた。
「やはり、か……」
787
:
椎名智機、脱落。(15/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:01:05
そこに顕れているのは、【こちら】と【あちら】であった。
目に見える線は引かれてはいない。
されど、明確にその線引きは存在している。
隔絶している。
―――トランス部長。
分かってはいたことである。
それまでにも何度も何度も感じてきたことである。
その見えざる線の向こう側に行くために彼女は、
【こころ】を作成し、鯨神の甘言に乗り、
彼女の能力が許すありとあらゆる方法を試してきた。
けれども。
「何故……」
その境界線は曖昧で朧げで。
機械の情報処理能力と論理演算能力を以ってしても。
否、明晰な頭脳が最初から備わっていたればこそ。
超えるべき線を目視することが叶わぬまま、終の時を迎えようとしている。
「何故貴殿らは私にばかり辛く当たる!?
私にもっと優しくしてくれ給えよ!!」
.
788
:
椎名智機、脱落。(16/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:02:12
甘ったれた泣き言であった。
しおりが述べるのであれば、分かる。
外見、年齢ともに相応しい。
だが、英知の鎧に固められた智機が話す言葉にしては、異様すぎた。
柔すぎて剥き出しすぎた。
「私は…… 私はぁっ!!」
それは爆発的に高まる己の感情の発露であった。
鬱屈するたびに磨り減らされた情念の叫びであった。
―――人になりたい。
この願いは、手段でしかなかったのである。
人にならねば達成できぬ願いがある故に、
人になるを願っただけなのである。
―――興味を抱かれたい。
―――知って欲しい。
―――求められたい。
「私は、ともだちが、欲しいだけのに……
貴方たちと、なかよしに、なりたいだけのに……」
―――愛されたい。
それが智機の、真なる願いであった。
三白眼の赤い瞳は今や伏せられ。
眼球保護液が、保護を目的とせずに、溢れ出た。
「えっ…… えっ……」
789
:
椎名智機、脱落。(17/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:14:33
智機は、泣いた。
大人しく静かに啜り上げた。
お出かけ先で保護者を見失った幼な子がそうするように、
成す術をなくした智機は涙を流し続ける。無防備に。
智機は涙しながら、頭の片隅で己の異変にようやく気がついた。
この赤裸々な感情表現は――― そして、その前に覚えた絶望もまた。
トランキライザが許容する情動を大きく上回っていることに。
然り。
今の智機のトランキライザは稼動していない。
【自己保存】の本能もまた評価されていない。
そしてこの機能の不具合が発生したのは、確とした理由が存在していた。
かつて智機は、性行為において、同様の作動不能を経験している。
その根本原理とは、なんであったか?
快楽により抑えきれなくなった機体の冷却要求が、情動の抑制要求より上位に
固定されたが故に、抑制されぬ情動が発露されたのではなかったか?
これは、つまり。
しおりの纏う怒りの炎が発した熱が、外側から智機を温めた結果、
同じ症状が発生したということである。
【こころ】を立ち上げずとも、透子の能力に依らずとも、
完全な破壊を迎えるまでの時間制限つきではあれども、
智機は、制限されぬ自由な感情と思考を取り戻していたのである。
「えぐぅ…… えぐぅ……」
「今度は泣き落としか? 芸の細かい機械なことだ」
呆れた目で智機を見下すザドゥの誤解を解いたのは、
意外にも芹沢ではなかった。
790
:
椎名智機、脱落。(18/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:15:33
「のー。これは本音」
「はっ、本音にしては随分と幼稚な思いだな。お前は幼稚園児か?」
それをザドゥは鼻で笑った。
オリコーさんはオリコーさん故に幼い心を宿している。
ドラマでよくある、そんな程度のことと判じた故に。
しかし、続いて語られた透子の言葉に、流石のザドゥも絶句せざるを得なかった。
「のー、園児にも満たない」
「智機の年齢、二歳十ヶ月」
子供であった。
しおりなどより、はるかに子供であった。
順序を踏んだ社会経験を積むことなく、人の感情に寄り添うことなく、
優秀な知性と豊富な知識を備えて誕生してしまった存在ゆえのジレンマが
生み出した悲劇が、ここにあった。
「それでは、子供というより、幼児ではないか……」
そんな透子とザドゥのやり取りが耳に入っているのか、いないのか。
空ろな表情で天井を見上げながら、誰の顔も見ることもなく。
ぼそりと、智機が思いを零した。
「冥土の土産として、我が永年の疑問に解を示してくれないか?
……どうしたら私は、君たちの輪の中に入れたのだ?
……私に足りなかったものとは、一体なんなのだ?」
その言葉に、カモミール芹沢は思わず瞳を見開いた。
智機に向けたその顔は、智機に同調するかの如き切なく苦しい表情であった。
同調したのは顔形のみではなかった。
「ともきん……」
791
:
椎名智機、脱落。(19/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:16:54
まさか――― まさか智機が、自分の同類だったとは。
智機が諦念と共に零した言葉とは、芹沢が常に抱いている想いに等しかったのである。
智機が今置かれている状況とは、【新選組】における自分の立場に近かったのである。
どこかで自分に自信が持てなくて。
どこかで人との距離感を読み損なって。
空騒ぎしたり、いじけたりして。
いつの間にか、局内で疎まれていた。
暗殺される程、疎まれていた。
それでも【新選組】の皆とお友達でいたかった。
お友達だと思い込みたかった。
「答えなんて、ないんだよ」
そんな自分の過去が走馬灯の如く蘇り、芹沢の体は思考に先んじて行動していた。
智機に駆け寄り、そのまま智機の首をかき抱いたのである。
包帯で固めても柔らかさを損ねぬ豊満な胸に、智機の泣き濡れた顔が埋まった。
(この行動の意味、は…… 何だ……?)
智機は混乱している。
今、自分がされていることは、抱擁である。
人生で初めての情愛の篭ったハグである。
見捨てられた自分が受けられるはずの無い祝福である。
それがなぜ、与えられているのか?
「私も、どうしたらいいのかわかんなくって、
私も、それでも愛して欲しくって、
私も、ともきんみたいにもがいてるんだよ」
792
:
椎名智機、脱落。(20/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:21:27
その言葉は、智機に稲妻の如き衝撃を与えた。
偏屈者の多い主催陣にあって、誰よりも人馴れしている芹沢が。
羨望の裏返しの侮蔑を抱かざるを得なかった芹沢が。
自分の疑問に答えられぬとは。
自分と同じ疑問の答えを探し続けていたとは。
「だからともきん。ともきんは、ひとりじゃないよ」
そして、続く言葉に智機は打ちのめされた。
自尊心が心地よく砕かれた。
あれほど愚かで。
自己抑制が利かず。
作戦に幾度も失敗し。
罵れば無様に感情を露にし。
無能をさらけ出し。
なのに、眩しかった。
そんな、人間中の人間たるカモミール芹沢と、
人間の外装を持ち、人間以上の処理能力を備えた自分が、
根本の部分では、共鳴していたのだと理解した故に。
「私は、貴女と、一緒なの…… か?」
「うん、ともきんと私は、淋しんぼ仲間だよ☆」
愚かしい、あまりにも情けない己の心情の正直な吐露によって。
智機は強固な味方を、得たのである。
さらに、今一人が、動く。
「たー」
793
:
椎名智機、脱落。(21/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:23:00
かけぬ方がまだしも気合の入る腑抜けた掛け声と共に、智機の左腕が両断された。
天井付近にテレポートした透子が、手にした魔剣カオスの刀身に落下速度を乗じ、
一息に智機の腕を断ち切り、しおりと分断したのである。
すぐさま芹沢は、智機の体を抱き抱えて後退した。
透子はしおりの口に、素敵ブレンド麻酔&睡眠薬を染みこませたハンカチを押し当てた。
もともと、限界の肉体を恨みの一念でどうにか駆動していただけのしおりである。
抵抗する間もなく、意識を闇に落とした。
《やるのう、トーコちん》
「ん」
透子は芹沢と違い、智機に対する共感や同情から身を転じたのではない。
もっと機械的で打算的であった。
芹沢が、智機保護に動いたこと。しおりの背が、無防備であったこと。
その状況変化に対して、最適と思われる手を打っただけのことである。
自らの身の安全。しおりの命の保障。
その二つさえキープできるのであれば、
保険である智機を救助するに、吝かではなかったのである。
「おい、お前たち、なにを勝手なことを」
ただ一人蚊帳の外に置かれた恰好になったザドゥが、
不満げにカモミールと透子の行動に異を唱える。
睨み付けられた者たちの申し開きは淀みなかった。
「ねねね、ザッちゃん、このとーり! ともきんは私がちゃんとしつけるから!」
《まあ、調教の手段なら儂に任せるですよ?》
「死ななくていいときに」「死ななくていい」
(カモミールが、魔剣が、透子様まで、私を庇ってくれている、だと……
No…… こんな夢のようなことが、実際ありうるのか……?)
794
:
椎名智機、脱落。(22/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:24:54
制限されない情動は、智機に無様な涙を流させる。
瘧の如く身を震わせている彼女が感じている初めてのこの情動は、
感動と呼ばれる性質の情動であった。
「……全く女という生き物は、度し難い」
結局ザドゥは、二人の訴えをこのように乱暴に纏めて、脱力した。
人の身であり、また心の機微を解する繊細さを持ち合わせぬ彼にしてみれば、
透子の行動もまた芹沢のそれと同じく、
情動に突き動かされた短絡的な行動としか理解できなかった故に。
やれやれと溜息をつくザドゥの表情は、しかし緩いものであった。
「俺はもう知らん。好きにしろ。
但し、目覚めたしおりはお前達で納得させる。
これが条件だ」
自分を庇い立ててくれる者。
自分の本心を理解してくれる者。
自分を許容してくれる者。
ここにある全ての眼差しが、智機に向けられていた。
智機の機能や出力結果にではない。
椎名智機という固体・個性を。
人物を。
ここにいる全ての眼差しが、見つめていた。
―――トランス部長
そう呼ばれていた頃の、遠巻きに囲い、嘲る為の眼差しではない。
それぞれに意味は違えど、智機を真っ直ぐに見つめる眼差しであった。
795
:
椎名智機、脱落。(23/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:27:30
歓喜が、温もりが、智機の情動発生装置に染みてゆく。
酩酊にも似た幸福感がメモリの隙間を満たしてゆく。
どこまでも、どこまでも。
そこで気付いた。
であるにも関わらず、この胸を満たす感動を許容範囲内に均す憎き機能、
トランキライザが沈黙を保っていることに。
循環冷媒の温度は30度程にまで下がっているというのに。
温度異常による警告は取り下げられているというのに。
================================================================================
N−21:【自己保存】の本能は、解除しておいた
N−21:だからトランキライザも智機の任意でON/OFFできる
================================================================================
疑問を口にする前に、透子が解答を投じて来た。
そこで産まれた新たな疑問を、智機は仮想キーボードにて打鍵する。
================================================================================
O−01:Whyと訊ねてもよろしいかな?
N−21:あなたの思考パターンに劇的変化を確認した
N−21:あなたはもう私たちを裏切らないと確信した
N−21:だったら臆病な智機よりも勇敢な智機の方が役に立つ
O−01:ははっ、やはり透子様には全てお見通しか
O−01:では、きっと、今から行う提言も予測済みなのだろう?
================================================================================
透子からの返信は無かった。
しかし、智機には見えた。
透子の眼輪が、ほんの少しだけ弓形に婉曲したように。
透子の下顎が、ほんの少しだけザドゥを指したように。
796
:
椎名智機、脱落。(24/24)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:30:22
「ん」
その透子の微小なアクションに背中を後押しされ、
智機は背を向けてシェルターを出ようとしているザドゥを呼び止めた。
「Wait、Waitだよ、首魁殿。
ご提案があるのだが、聞いて貰えないかね?」
ザドゥは歩みを止めた。
既に運営は崩壊し、組織としての序列は無意味と断じた智機が。
ザドゥ殿ではなく、首魁殿と、口にしたが為に。
一瞬呆けた表情を見せたザドゥが、口角を引き締め、振り返る。
「なんだ、言ってみろ」
「私が貴殿に成り代わり、願望成就の権利を放棄しよう。
首魁殿。あなたはあなたの願いを、叶えるといい」
「これはまた、随分と殊勝なことだな。
一応は何故、と理由を聞いておこうか」
いぶかしむザドゥの問いに智機は簡潔に答えた。
晴れやかな表情で。
澱みのない口調で。
「私の願望は、叶えられたのでね」
もう、奇跡なんて要らない―――
智機は微笑み、芹沢の手を強く握り返した。
↓
.
797
:
椎名智機、脱落。(情報 1/2)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:31:31
(Cルート)
【現在位置:J−5地点 地下シェルター】
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子・智機・しおり】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
①小屋組との果し合いに臨み、これに勝利する
②しおりに優勝させる】
【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
①陰陽合一を為す訓練を行う
②芹沢の願いを叶えさせる
③願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:体力消耗(大)、全身火傷(中)】
【刺客:カモミール・芹沢】
【スタンス:①智機を襲わないよう、しおりを説得する
②ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らない)】
【所持品:魔剣カオス、虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)】
【備考:体力消耗(大)、腹部損傷、左足首骨折、全身火傷(中)】
【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、改造セグウェイ、グロック17(残弾 17)×2】
【スタンス:①仲間へのバックアップ
②自分を襲わないよう、しおりを説得する
③授与式にて、願望成就の権利をザドゥに譲る】
【備考:左腕喪失、自己保存の本能ロック解除】
798
:
椎名智機、脱落。(情報 2/2)
◆29ZH4ztR.E
:2011/11/20(日) 01:32:54
【監察官:御陵透子(N−21)】
【スタンス: 願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
①智機を襲わないよう、しおりを説得する
②果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:壊れた契約のロケット、スタンナックル、カスタムジンジャー、Dパーツ
グロック17(残弾 14)】
【能力:記録/記憶を読む
世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】
【しおり(№28)】
【スタンス:優勝マーダー
①智機への復讐完遂
②待機潜伏、回復専念】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(中)、疲労(大)、銃創(両肺と胃)、電撃によるスタン
※戦闘可能になるまで22時間の療養が必要です】
※ザドゥと芹沢、しおりは素敵医師のまっとうな薬品による治療継続中
799
:
名無しさん@初回限定
:2011/11/20(日) 10:57:10
新作お疲れ様です。
タイトルからして智機がここで破壊されると思っていただけに、
このオチは意外でした。
カモちゃんのすごいなあ。
素敵医師死亡後の運営陣の結束の強化が改めて確認できるエピソードでした。
次回も楽しみにしてます。
800
:
sage
:2011/11/21(月) 18:45:14
ようやく智機も状態表のグループ欄に名前を入れてもらえたか
ここまでの長くて情けない道のりを思うと感無量だな
801
:
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:45:56
以下64レス「終末の過ごし方」を投下いたします。
802
:
終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(1/7)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:46:42
(ルートC:4日目 AM6:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
魔窟堂野武彦は、朝日の訪れと共に小屋へと帰投した。
朝日を背負って帰投した。
影を大きく伸ばして帰投した。
悲壮な覚悟を背負って帰投した。
疲れた表情をしている。
背筋が曲がっている。
年齢を感じさせぬ、溌剌とした態度と軽妙な物腰。
彼の持ち味の核たるそれらが、失われていた。
―――情報を、己の胸に仕舞いこむ。
憂悶の眠れぬ一晩を経た野武彦の結論はそれであった。
今晩の果し合いに全力を傾ける。
不和の種は撒かぬ。
逃げもしない。
隠れもしない。
ただ、嘘をつく。
野武彦は己のモットーとは正反対の在り方を決意したのである。
「じっちゃん、おかえりー」
初手からいきなりの大試練じゃの。
まひる殿に出迎えられようとは。
803
:
終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(2/7)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:47:22
相変わらずの花が咲いたような笑顔じゃな。
ささくれ立った心に潤いを齎す笑顔じゃな。
じゃからこそ、じゃ。
まひる殿には出来るだけ、会いとうなかった。
じゃって、わしはどのような顔をすればよい?
どのような言葉をかければよい?
まひる殿の過去を、罪を、知ってしまったわしが。
いやいや。
まひる殿の場合、それを罪などとは呼べぬな。
月夜御名やランスやユリーシャとは違う。
生態じゃ。
わしら人間がが牛や豚を食らうように、まひる殿という生き物は人を食う。
かつてそうして生きてきた。
それだけのことじゃ。
「もー心配したんだからさー。はい、お煎餅。
お腹空いたでしょ? 一緒に食べよ?
でも一枚だけだからね。 残り10枚切ったんだから」
おうおう、屈託のない笑顔でまひる殿がおすそ分けをくれたわい。
前歯で煎餅をぽりぽりとする姿はとことん微笑ましいの。
まるでシマリスかハムスターの様じゃ。
華奢な体。愛らしい顔の造り。まっすぐな瞳。
これが、この本性が、人食いの獣じゃとはとても思えん。
しかし、いやいや、よく思い出すがいい。
ケイブリスとの戦いの折のまひる殿の活躍ぶりを。
強靭なバネ。鋭利な爪。ペンタグラムの瞳。
人ならざる異能を駆使して、攻撃役を担っておったではないか。
804
:
終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(3/7)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:48:20
「……あれ、顔色悪くない?」
「心配御無用じゃ。まひる殿」
そんな目で見んでくれい。
優しい言葉をかけんでくれい。
後ろめたさと猜疑心で、まっすぐまひる殿に向き合うこともできぬ、
臆病で疑り深いわしなんぞに。
「……ん? あれ? ……殿?」
「お、いや、ちんじゃな、ちん。
テイク・ツー!
心配御無用じゃ、まひるちん」
いかん、いきなり躓いてしもうた!
心理的な距離感が、無意識に呼び名に表れてしもうた!
どうするのじゃ?
どうするべきじゃ?
フォローを入れるべきか?
疲れていてぼーっとしていたとか?
それとも親しき仲にも礼儀ありなどと言ってみるか?
……おお、見ておる!?
真ん丸な瞳で、上目遣いに。
どこか得心行かぬ、一抹の不安感を内包させて、まひる殿がわしを観察しておる!
いかん。
何か言葉を! 上手い言葉を!
「魔窟堂さん、任務、お疲れ様でした」
805
:
終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(4/7)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:49:27
まひる殿の背後から、声。
この声は……
この声こそは。
おおっ、おおっ!
わしが今、最も聞きたかった声じゃあ!!
「恭也殿、回復したとは聞いておったが……
良かった、ほんに良かった……」
恭也殿…… お主が、お主が居てくれるからこそ。
生きていてくれたからこそ。
この老骨の心が折れずに済んだのじゃ。
戦士と戦士の神聖な誓いを反故にせずに済んだのじゃ。
そう、高町恭也。
お主こそはわしの宝。
わしの生きる意味にして、希望そのものじゃ。
「みなさんの尽力のお陰で、俺も、知佳も、
今、こうしてこの場に立っていられます。
本当に、ありがとうございました」
「なに…… 知佳殿とな!?」
これはまたなんともホットなニュースじゃな!
恋うる少女が傍に居てくれること、恭也殿にとってもなによりの薬じゃろて。
そしてわしにとっても。
守る価値がある宝がもう一つ……
もう、ひと、つ…………
―――私がやりました…… 私、力を持っているんです。
―――誰にも負けない力、超能力を……
806
:
終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(5/7)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:50:05
知佳殿は、XX障害者であったな。
強大な念動力を保持しているのじゃったな。
そう、【参加者来歴】にも記載されておったな。
そして、その暴れ馬は。
薬品とピアスによって制御しており。
……薬品のストックは、既に切れておるはずじゃな。
「知佳ちゃんといえば、はぁ……
昨日の恭也さんの告白シーンはカッコ良かったなぁ……」
「あ、広場さん、その話は、その」
「暴走する念動力を物ともせず近づいて!
『見くびるな、仁村知佳』ビシィ!
『俺に貴方を、守らせろ』バシィ!
いやぁもーこのこの天然の女殺しめぇ。
あたしもそんなこと言われてみて〜♪」
「……蒸し返さないでください」
海原琢磨呂の連射する銃弾を弾き、かの男を空中に磔にし、
極太の木の枝の槍で刺殺した、圧倒的な力が。
恭也殿の傍らに、いつ暴発するとも知れぬ状態で侍っていると……?
無論、知佳殿の心根は優しく、善良じゃ。
じゃが、能力のコントロールは、性格とは関係なく……
「……やっぱりじっちゃん、疲れてるみたいね。さっきからぼーっとしてる」
「ああ、まあ、その……のう。
夜気が身に染みてのぅ、よう眠れなんだんじゃ。
ちと布団にくるまってくるかとするかの」
807
:
終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(6/7)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:50:40
いかんいかん。疑い出せばきりが無い。
情報に踊らされすぎじゃぞ、魔窟堂野武彦。
まひる殿も知佳殿も、信頼に足る人間たちではないか。
他の連中にしてもそうじゃ。
いかに性根が腐っていようと、度を外れた暴力性を有していようと。
次の戦いこそ大事であると。
その為には力を合わせねばならぬと、一人として欠いてはならぬと、
誰もが理解しておるはずじゃ。
背中を預けあっておるはずじゃ。
ならば、その輪をわしが崩してはならぬ。
口にしてはならぬ。
気取られてはならぬ。
得た情報を頭の隅っこに追いやって。
昨日までのわしを演じるのじゃ。
野武彦は、全てを飲み込む。
清と濁を飲み込んで、思いや理念を押さえつけて。
ただ一人、恭也のために。
ただ一つ、誓いのために。
無理矢理、慣れぬ大人のやりかたを、押し通す。
↓
808
:
終末の過ごし方 〜魔窟堂野武彦〜(7/7)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:52:51
(ルートC)
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【スタンス:果し合いに臨む
①得た情報はひとまず胸に収めておく】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×2、簡易通信機・小、斧
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング
カスタムジンジャー】
【備考:疲労(小)、紗霧、ランス、ユリーシャに不信感、まひるに恐怖感】
809
:
終末の過ごし方 〜高町恭也〜(1/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:54:00
(ルートC:4日目 AM7:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
濡れ縁に、大小二つの影があった。
寄り添うというほど距離は近くない。
他人同士というほど距離は遠くない。
あれほど、骨太な告白を敢行したというのに。
あれほど、情熱的な抱擁をしたというのに。
言葉の全てに、嘘偽りなど一つもなかったというのに。
一晩を経て、朝日の下で顔を合わせてみれば。
高町恭也という男は。
「良い天気になりそうだな」
「絶好のお洗濯日和だね……」
「そうだな」
……困った。
言葉が、続かない。
というより、目を合わせられない。
朴念仁であることは自認している。
しかし、天気の話題を振ったきり分単位で沈黙しているというのは
男として情けないことであることくらいは、理解できる。
「洗濯日和、か。知佳は、家事を手伝うのか?」
「うん、お姉ちゃんがぐーたらだからね。
自然と私の仕事になったというか……」
「そうか」
810
:
終末の過ごし方 〜高町恭也〜(2/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:54:32
また沈黙か。
が、それも悪くないと感じる自分もいる。
すぐ隣に、知佳が居る。
愛する者が居る。
それだけで、俺という器は、十分に満たされている。
だが……
知佳は、どう感じているのだろう。
退屈だと感じてはいないだろうか。
「えっと…… もうちょっと近づいて、いい?」
「ああ、構わない」
とは、答えたものの。
これ以上近づいたら、それは【くっつく】ということではないか?
「いや、やはり待ってくれ。
考えてみたのだがこれ以上接近するということは、
触れ合ってしまうことになりはしないだろうか?」
「待たないよー」
これは…… なんというこそばゆさなんだ。
こんな感覚、俺は知らない。
おかしなものだ。
知佳を背負っていたときのほうがずっと密着していたのだし、
望まぬあの行為のときには肌と肌が直接触れ合っていた。
であるのに。
接触している肩が、二の腕が、大腿が、膝が。
なぜこれほど甘い痺れを齎すのだ?
811
:
終末の過ごし方 〜高町恭也〜(3/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:56:08
「なんかなー、なんか、恥ずかしいよね、えへ」
「だが、悪くない」
この距離感のなんという気恥ずかしさ。
うちの子たちとは当たり前にしているスキンシップよりも幾分軽い触れあい。
だというのに。
相手を意識している。付き合っている。
それだけでこれほどまでに皮膚感覚が鋭敏になるものなのか?
「あのね、恭也さん。これ…… 渡しておくね」
知佳が俺の手を取った。
その余りの柔らかさに、暖かさに。
俺の心拍数が跳ね上がる。
が、その跳ね上がった心拍数は、握らされた物がなんであるか
理解した瞬間、さらに跳ね上がった。
「知佳…… 昨晩、君は自分の体質のことを、包み隠さず話してくれたな?」
「うん。やっぱり恭也さんにはもう隠し事、したくなかったし……」
「今、知佳の力は強制休眠に入っている。エンジェルブレスによる
回復能力も使えない。そうだったな?」
「うん。光合成できないね」
「それなのに、何故これがここにある。何故飲んでいない?」
手渡されたのは、一粒の世色癌。
昨晩、重篤な知佳を癒すために必要だと渡した二粒の内の一つだ。
「一粒でも十分効果はあったから。
ね、今もこうして縁側に座ってお茶を飲める程度には」
812
:
終末の過ごし方 〜高町恭也〜(4/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:57:03
「だが、触れた手は熱かった。気恥ずかしさや緊張感からの熱ではない。
発熱にともなうものだと感じられた。万全ではないんだ。
これは知佳が今すぐに飲むべきだ」
「わたしは……ほら、【小屋組】じゃないから、果し合いには参加できないし。
使えとか言わないから。お守り代わりに。ね?」
なんだろう、このとめどなく溢れてくる熱い思いは。
頑として譲ろうとしない知佳に対し、それを諌めようとする理性より強く、
胸の中で膨らんでゆく気持ちは。
「それにね、恭也さん。
恭也さんが私を守ってくれるんでしょ?
だったらその言葉を信じてもいいよね?
我侭、きいてくれるよね?」
これを…… この思いやりを、献身を、君は我侭だというのか。
俺のことをそれほどに想ってくれているのか。
愛されているのか。
なんという実感!
なんという衝動!
とーさん、不詳・高町恭也。
この齢にして始めて知りました。
滅私こそが、御神。
俺はそれだけだと思い込んでいました。
だが、それだけじゃないと、今、分かりました。
813
:
終末の過ごし方 〜高町恭也〜(5/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:57:39
人を守るという真の意味。
守りたい、という気持ちが生み出す、無限の力。
それは、私心なくして、決して得られません。
むしろ私心を源泉として湧き上がってくるものでした。
「知佳、改めて、君に誓う。誓わせてくれ」
「なあに?」
「俺が、貴方を、守ります」
地下百尺の捨石たれ。我が身は目的達成の手段。
それだけだと思い込んでいた。
そうではなかった。
人を恋うるを知り。
愛されているという実感を得た今。
愛したいのだという衝動を得た今。
私もまた力になるのだと、恭也は一つ、学んだのである。
↓
【高町恭也(元№08)】
【スタンス:果し合いに臨む
①知佳を慈しみ、守る】
【所持品:小太刀、鋼糸、世色癌×1(←知佳)】
【備考:失血(中)、右わき腹から中央まで裂傷】
814
:
終末の過ごし方 〜凶しおり〜(1/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/14(水) 23:59:38
(ルートC:4日目 AM8:00 J−5 地下シェルター)
目覚めたしおりを待っていたのは、椎名智機の土下座であった。
昨晩の命惜しさの上滑りな謝罪とは違う、真摯な反省がそこにはあった。
しかし、しおりの腸は煮えくり返った。
奪われた物の大きさを思えば、謝罪などでは到底釣り合わぬ。
故に、尻尾は錐の如くピンと伸び、うなじの産毛は逆立った。
蹂躙準備、完了。
しかし、続く仇敵の言葉がしおりの出端を大きく挫く。
「私の願望を【さおりを生き返らせる】ことに使用しようと思う」
なに……?
いまこのロボット、なんていったの?
さおりちゃんを…… 生き返らせる?
「最初は私たちの為に自らの願望を放棄された首魁殿に
権利の譲渡を申し出たのだが、
首魁殿はこう言われたのだよ―――」
さおりちゃんに、また会える……
そんな可能性、全然考えたことなかった。
ううん、違う。
考えないようにしていたんだ。
―――そうそう。凶には凶の生き方があるんだよ。
―――凶になる前のことに固執しちゃあダメダメだよね。
815
:
終末の過ごし方 〜凶しおり〜(2/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:00:16
確かにしおりは、おにーちゃんのことは大好き。
でも、さおりちゃんのことだっていっぱいいっぱい大好き。
どっちか一人を選べなんて【しおり】の気持ちだけなら決められない。
うーんうーんって、お熱がでちゃうくらい考えても、
最後まで選べなくて、えーんえーんって泣いちゃうだけだと思う。
でも、しおりは【まがき】だもん。
お腹が空いたらお腹がくうくう鳴っちゃうみたいに、
夜更かししてたらあくびがふわぁぁって出ちゃうみたいに、
自然にマスターのことを生き返らせたいって感じちゃうんだもん。
頭の奥のほうに刻み込まれた何かが、
【まがき】にとってマスターは絶対だって、
ずっと囁き続けているんだもん。
―――そうそう。大事なのはマスターだよ。
―――目の前にいるのは、マスターの仇なんだよ。
「『俺は一度吐いた唾は飲まん。
お前の願望はお前が責任を持って処理しろ』
……じつにらしい態度だと思わんかね、プリンセス?」
叶えられる願いは、ひとつだけ。
生き返らせることができるのは、ひとりだけ。
だったらその席にはマスターしかありえなくて。
さおりちゃんのことを考えても悲しくなるだけだから。
しおりは、おそうしきをしたのに。
さおりちゃんにちゃんとばいばいしたのに。
816
:
終末の過ごし方 〜凶しおり〜(3/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:01:02
―――そうそう。しおりはもう決断して、離別したんだよ。
―――妹のことは、もう過去のことなんだよ。
「故に私は、我が犯した罪の賠償として、
プリンセス最愛の半身たるさおり姫の復活を捧げるのさ」
それなのにロボットは、さおりちゃんに会わせてあげるっていう。
しおりの隣に、いつもの場所に、戻してくれるっていう。
憎い憎いロボットなのに。
絶対壊してやるって胸の奥がぐつぐつ煮えてるのに。
許せないって、心が今でも叫んでるのに!
―――そうそう。ふくしゅーは果たさなくちゃいけないね。
―――マスターへの忠誠の証はキチっと立てなきゃね。
「あなたが智機を殺せば」
「さおりは二度と戻らない」
熱くなってきた心に、ばしゃあって、水を掛けられた。
私をちりょうしてくれたおいしゃさんのおねーちゃんが、ぽそりと呟いた
言葉が、しおりをちょっとだけ冷静にさせた。
そうだよ。
ロボットはこれを謝罪っていってるけど、それだけじゃないんだ。
これは取引、なんだ。
さおりちゃんの声をもう一回聞くためには、
ロボットを許してあげないといけないんだ。
817
:
終末の過ごし方 〜凶しおり〜(4/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:02:26
―――ダメダメ! 許すなんてありえないよ。
―――ロボットの罪は死すら生ぬるいだよ。
ちょっと静かにして。
言いたいことは分かってるから。
「それは」
「とても悲しいこと」
おいしゃさんはやっぱりぼそぼそと喋る。
聞こえにくい。
でも、このぼそぼそは、しおりの心にずきゅんってきた。
なんか、分かる。
凄く、本当が篭ってる。
「機会を逃してはいけない」
「他の何を我慢しても」
「他の何を犠牲にしても」
おいしゃさん、分かったよ。
大事なことは、しおりちゃんの笑顔をもう一度見ることで……
―――ダメダメ! それは一番大事なことじゃないよ!
―――【まがき】の優先順位を間違っちゃいけな……
ちょっとうるさいよ、静かにしてよ!
マスターは生き返る。
しおりが優勝して生き返す。
それで今は十分だもん!
818
:
終末の過ごし方 〜凶しおり〜(5/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:03:27
―――ダメダメ! 十分じゃない!
だから『今は』って言ってるでしょ!?
ふくしゅーはマスターとさおりちゃんが生き返った後でも遅くはないでしょ?
復活したマスター自身に制裁して貰ってもいいでしょ?
―――あ…… そうか。
だから、今はちょっとだけ我慢しようよ。
だから、今はちょっとだけ嘘をつこうよ。
マスターの仇を討つ。さおりちゃんを復活させる。
どっちかを取るんじゃなくて、どっちも取る為に。
「……わかった。約束するよ。しおりはロボットを壊さないって」
でも絶対に、ぜーったいに、許してあげないんだから!!
しおりは憎き仇敵の話を聞き、咀嚼し、判断し、決断した。
理性で感情を押さえ込み、損得勘定を働かせ、取引に応じた。
思考によって提示された選択肢の裏筋を見出した。
妥協した態を見せつつも、本心を隠し通した。
それは、大人の対応であった。
チューリップ型の名札を胸に留めている年齢には有りえぬ対応であった。
死地。苦境。別離。変転。怨嗟。憤怒。
そして――― 覚醒。
劇的な体験を経て、糧にして。
しおりは確かに、成長している。
819
:
終末の過ごし方 〜凶しおり〜(6/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:03:58
↓
【しおり(№28)】
【スタンス:優勝マーダー
①待機潜伏、回復専念
②智機にさおりを復活させる
③さおり復活後、智機を破壊する】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(小)、疲労(中)、銃創(両肺と胃)
※戦闘可能になるまで8時間の療養が必要です】
※素敵医師のまっとうな薬品による治療継続中
820
:
終末の過ごし方 〜ランス〜(1/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:05:08
(ルートC:4日目 AM9:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
ランスは確かに強い。
戦闘の総合力においては、残存プレイヤー中最強といっても差し支えない。
しかし、今のランスが十全なランスかといえば、そうでもない。
ランスを最強足らしめる相棒が、その手に無き故にである。
諸刃。刃渡り長く、ずしりと重く、闇の気を纏うインテリジェンス・ソード。
魔剣カオス―――
魔人ジークからかの剣を取り戻して以降4年間。
彼が握る武器といえばこの大剣のみであった。
アリスメンディから回収したバスタードソードが失われた今。
彼がその獰猛な戦闘力をいかんなく発揮する機会もまた、失われていた。
「握りが甘い!」
むかむかあっ!!
恭也のヤツめ、訓練だっていうのに容赦なく小手先を攻めやがって。
俺様は武器を手に馴染ませる為に。
恭也は病み上がりのリハビリの為に。
とりあえず肩慣らしに模擬戦でもやろうかって話になって。
現在、九本勝負、六本目。
三勝三敗。
数だけ見れば拮抗してるが、目下三連敗中なのだ。
しかも、回を追うごとに恭也のヤツは俺の太刀筋に慣れて来やがった。
このまま勝負を続ければ、のこり三戦も負け続けちまうだろう。
くたばりそこないの癖にやりやがるなあ……
821
:
終末の過ごし方 〜ランス〜(2/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:05:48
「うーん、思いつきでケイブリスの爪を毟ってきたが、
イメージどおりに振り回せないな。
やっぱり斧で妥協しといた方がいいか」
「ケイブリス戦での斧の扱いを見ている限り、
重心の制御が上手くいっていないと感じられた。
その爪のほうがまだ、戦闘スタイルに合っていると思う」
「でもなあ…… なんかこう、しっくりこないというか……」
「失礼。その爪を見せてくれないか」
「なんでだ?」
「握りが安定するように加工してみようと思う」
恭也は小器用なヤツだった。
まず、何度も持ち替えて、色んな角度から眺めだした。
次いで、握りの部分を削り、形を整え、布を巻いた。
「これでひとまず握りは安定するはず。七本目、参りましょう」
「待ちくたびれたぞ」
向き合う前に軽く片手で振り回す。
たてたて、よこよこ、まるかいて、ちょーーん。
おお、凄い。
こんなにぶん回しても、握りが安定してやがる。
「うん、いいな」
822
:
終末の過ごし方 〜ランス〜(3/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:06:33
試合再開。
俺様、八双。恭也、中段。
一呼吸…… の途中で、いきなり突撃!
恭也は半身で軽く避けるが、呼吸が整っていないのが見て取れる!
連撃!
振り下ろした爪をそのまま刷り上げる。
恭也の膝が沈む。
重心は前。
じゃ、後方跳躍での回避を狙ってるな。
ならば俺様は……
右手の握りを解いて、左肘を捻って……
「突きィ!」
「……参った」
がはは! 流石天才の俺様だ。
刷り上げから勢いを殺さず突きに持ってゆくなど、
凡人の恭也では反応しきれなかったようだな!
「握りはかなり、安定したようですね。
突きという手もいい。
元が爪だ。その特性が十分に発揮できる」
おお、そうだな。
遠心力の掛かった状態から片手を離して、そこから捻りを加えられるなんて、
恭也が爪に手を加える前までは考えられない挙動だぞ。
いいな、やっぱり、いい。
こいつをもっと手に馴染ませたい。
こいつをもっと好き勝手に振り回したい。
823
:
終末の過ごし方 〜ランス〜(4/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:08:03
「八本目、行くか!」
「その前に、もう一度貸してくれ。まだ手を加える余地がありそうだ」
「いーや、もう十分だ、とっとと掛かって来い」
「そういうことであれば、その体で確認して頂こう」
試合開始。
さっきは速攻で上手く恭也のテンポを崩せた。
だからこんどはもっと速攻で行く!
刀を合わせる。
目をあわせ…… ない!
「どりゃあああ! いきなりランスアタックっぽいヤツ!」
「想定内!」
俺様渾身の不意打ち上段斬は空振った。
ヤベッ!
……が、恭也のヤツは追撃してこない。
片足を上げて、よろめいている?
よし、チャンス継続中! いったれ!
「ここで刷り上げの追撃を放ったとしても……」
!! 手の内、読まれてやがる?
「爪は片刃、かつ、刀身が軽いために……」
何考えてんだ?
恭也のヤツ、浮いた足を更に上げて……
その足で爪を踏みしだく…… だとう!?
「振り始めの頃であれば、押さえ込むことも、容易!」
824
:
終末の過ごし方 〜ランス〜(5/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:08:58
カランカラン……
軽い音を立ててケイブリスの爪は転がっていった。
負けた。
これで四対四。
そして知った。恭也のいう更なる改良点を。
むかつくことに、教えられた。
「で、今の弱点をお前は補強できるのか」
「重量重心に関しては。諸刃に加工するのは無理だ。
ランスさんのほうで意識して野太刀の感覚で使って欲しい」
「成る程な。日光さんを振ってた時の感覚か」
「一時間ほどかかると思う。どこかで時間を潰してきてくれ」
「いや、いい。見てる」
再び、爪を恭也に渡す。
恭也は一旦小屋に戻ると、食卓の椅子を二つと工具を持って来た。
何で椅子?
まあ、いいや。
こいつにはこういう経験と知識があって、それは俺様には判らんが、
結果、悪いことにはならんだろ。
きっと握りの時と同じく、
ケイブリスと戦ったときと同じく、
こいつはきっちり結果を出して、
俺様の爪剣をパワーアップさせてくれるに違いない。
「うん、いいな」
「……なにがです?」
「よくわからんが、なんか、こう、いい感じだ」
825
:
終末の過ごし方 〜ランス〜(6/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:10:56
……けど、まあ。
九本目に勝利するのは、俺様だがな!
王とは、孤独な職業。
阿る者や、媚びる者、忠義の者など数あれど、
対等の目線で語りあえる仲間など存在しない。
認められる仲間と、目的を一つにし、切磋琢磨する。
目線を同じくする者と、協力しあう。
いい女を抱くのとは別種の充実感が、ここにあった。
↓
【ランス(元№02)】
【スタンス:果し合いに臨む
①女の子優先でグループに協力
②プランナーの事は隠し通す
③運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:世色癌×1(隠し持っている)、ネイルソード×2(←恭也加工)】
【能力:ネイルソードにてランスアタック可】
※椅子は接続している金具を取り外して爪の刃の背面に嵌め込み、
重量の調整を図る為に使用しました。
826
:
終末の過ごし方 〜椎名智機〜(1/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:12:44
(ルートC:4日目 AM10:00 J−5 地下シェルター)
椎名智機も帝都天翔学院に通っている以上、偽装とは言え戸籍を有している。
戸籍上、椎名潤一という父はいる。
椎名智機の設計者であり、彼女を開発した研究所の所長でもある。
しかし、それはあくまでも学園に通うという臨床試験の為の方便であり、
潤一と智機の間に、肉親の情などは存在しなかった。
研究者と、サンプル。
それだけの渇ききった間柄であった。
戸籍上、母も記述はされているのだろう。
しかし智機はその存在を知らない。
会った事も無ければ、それらしき話を耳にしたこともない。
夢想したこともない。
科学技術が母なのだと、嘯くほかに術がない。
それでいいと思っていた。
それが当たり前だと思っていた。
「カモちゃんさん、ついに探り当てたよ。
【小屋組】が使用している通信帯域を!」
827
:
終末の過ごし方 〜椎名智機〜(2/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:16:29
機械のこころなど、単純なものだね。
昨晩まであれ程私の行動を縛っていた【自己保存】の本能が解除された途端。
自分がひとりぼっちではないと実感できた途端。
仲間たちの役に立ちたいと。
この能力の全てを捧げたいと。
今まで思ったことの無い欲求が、感情曲線を書き換えたのだから。
0と1の判断しかないとは言え、なんとも節操のないことだ。
「ホントにぃ!?凄いねぇともきん、よく頑張ったねぇ!
いい子いい子!(なでくり、なでくり)」
特に、この芹沢…… もとい。
カモちゃんさんへの傾倒具合は、押さえが利かない。
ビットフラグの反転が起きたとしか思えないほどだ。
カルガモのインプリンティングか、と自嘲したくもなる。
だがね…… カモちゃんさん。
いくら私がなついているからと言ってだね。
一人前のレディの頭をこう、撫でまわすなどとは……
「No! そんな子ども扱いはよしてくれ給え。
私は別にご褒美欲しさに解析に注力していた訳ではないのだよ」
「あっれぇ〜?
ともきんはいい子いい子をご褒美だって感じてるの〜?」
「のっ、No! 言葉の綾というものでだね! 私は!」
Oh…… 私はバカになったな。堕ちてしまったな。
ノイズの如き感情波に制御が利かず、
演算能力をポテンシャルまで発揮できないのだから。
大人ぶってみても、実際のところ、撫で付けられて嬉しいのだから。
解析成功の報を真っ先にカモちゃんさんに入れたのも、なんてことはない。
結局、彼女に褒めてもらいたかったからなのだろうな。
828
:
終末の過ごし方 〜椎名智機〜(3/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:17:35
でもいい。
これでいい。
確かに今、私は人生で始めての充実感を覚えているのだから。
「ほらぁ、しおしおがやっと寝付いたところなんだから、
大きな声はあげない、暴れない! いい子いい子ぉ〜」
そうか、プリンセスはおねむの時間か。
道理で、しおりの睨み付ける目線を感じなくなった筈だ。
おや?
カモちゃんさんの手が、プリンセスの背を、優しく叩いているね。
ぽんぽん、ぽんぽん、と。
ふむん……
先ほどまで聞こえていた小さなスローテンポの歌声は、子守唄というもので、
カモちゃんさんはプリンセスを寝かしつけていた、との推測が成り立つな。
「ん? ど〜したのかなぁ、ともきん?」
「Yes、まるで話に聞く母と子のような情景だなと、感じたまでさ。
私に母という物は存在しないので、聞きかじった知識でしかないのでね。
間違ったことを言ったとしたなら、どうか聞き流してくれ給え」
「そっかー、ともきんはお母さんに甘えたこと、ないんだ」
「そもそも甘えるという状況が漠然とし過ぎて定義づけが困難だ。
まあ、97%ほどの確率で、その推測は当たっているといえるのだが」
829
:
終末の過ごし方 〜椎名智機〜(4/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:18:38
私の内部辞書に【甘える】とは四種類ほどの字義があるが、
今、カモちゃんさんが言っているのは、その第二にあたる
【相手の好意に遠慮なくよりかかる】という意味だろうね。
その経験の蓄積量がゼロの為に、実感としては理解不能だが。
だが、きっと……
それは甘美で、幸せなひと時なのだろうね。
しおりの安らかな寝顔を見ているだけで、想像がつくというものさ。
「ねね、ともきん、ちょっとちょっと」
「何だねカモちゃんさん?」
このハンドサインは…… Hum。
姿勢を低くしろと。
低くして近寄れと、そう伝達しているのだね。
どのような意図なのかな?
ああ、そう言えば大きな声を出すな、しおりが目覚めてしまう、
というような趣旨の発言をついさっきしていたな。
であれば、私とカモちゃんさんとの物理的な距離を詰めることで
ボリュームを絞った発声でも可聴出来るようにとの配慮なのかな?
「そりゃー! たいにぃ徳利投げぇ〜」
「なにを……!?」
頭部を両手で掴んで、捻り落とすだと……?
No、なんの冗談だカモちゃんさん。
中腰ほどの高さからとはいえ、この灰色の人工知能に下手な衝撃は
与えたくないのだが……
…………衝撃が、ない?
いや、あるにはあったのだが、床面との衝突にしては
柔らかすぎて暖かすぎるのだが……
830
:
終末の過ごし方 〜椎名智機〜(5/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:19:18
「ひーざーまーくーらー♪」
「く、くだらん悪戯だな、カモちゃんさん」
ああ、このカモちゃんさんは、やはり自分では理解不能だ。
余りに突拍子無く、余りに衝動的。
この行為の意図も、前後の会話の流れを解析したところでまるでつかめない。
「いいんだよ?」
「何がだね?」
「いいんだよ、甘えても。
甘えるのって、とってもきもちいいんだよ?」
!?
この行為は、その会話と繋がっていたのか?
膝枕…… Hum、確かに甘えるという好意と合致する。
それにしてもこの態勢。
気恥ずかしさも無防備さもともに高レベルを示しているので、
すぐさま状態解除に移行せよと演算結果が出ているのだが。
But、この暖かさは……
なんとも抗いがたい魔力があるな……
「ま、まあ。貴女がそういうのであれば。
膝枕が与える精神的影響のモニタリングをするのに、
吝かではないな…… なんだねその含み笑いは」
「えへへー、なんでもなーい。
ねーんねーん、ころーりぃよ、おこぉろーりぃよー♪」
831
:
終末の過ごし方 〜椎名智機〜(6/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:19:52
さらに子守唄…… だと?
カモちゃんさん。
貴女は何処まで私を子ども扱いし、辱めれば気が済むというのだね?
芹沢は緩やかな子守唄にあわせて、智機の背中を優しく叩く。
ぽん、ぽん。ぽん、ぽん。
ぽん、ぽん。ぽん、ぽん。
機械は眠気を感じない。
それでも、安らかな何かが、メモリにじんわりと広がって。
タスクスケジューラからタスクが減少してゆき。
智機は緩やかに、ごく自然に、サスペンド状態に移行した。
↓
【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、改造セグウェイ、グロック17(残弾 17)×2】
【スタンス:①仲間へのバックアップ
②さおりを生き返らせる】
【備考:左腕喪失、自己保存の本能ロック解除】
※小屋組使用の通信機の帯域を押さえました。
任意のインカム装備者と通信できるようになりました。
832
:
終末の過ごし方 〜広場まひる〜(1/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:20:35
(ルートC:4日目 AM11:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
広場まひるは、笑っている。
どんなつらいときも。
クラスの仲間たちに掌返しの無視を決め込まれても。
敬愛する先生に邪険にされても。
存在自体を、排斥されようとしても。
広場まひるは、笑顔を通した。
人前では、常に笑っていた。
―――あーもー、かわいいったらありゃしない!
―――お姉ちゃんの笑顔は最強だよ
笑顔には、力がある。
辛い事や悲しい事を吹き飛ばす、力がある。
人間・広場まひるの信念である。
故に。
決戦を間近に控えたこの期に及んでも、未だ笑顔を保っている。
「あなたはいつも楽しそうでいいですね」
「何がそんなに嬉しいのですか?」
んー、それは難しい質問だなぁ、ユリーシャちゃん。
原因ははっきりしているんだけど、
なんでそうなったかの理由はあたしには分かってなくて。
それに、そのことを口にだしたら、
せっかく頑張って作ってる笑顔が曇っちゃうから。
833
:
終末の過ごし方 〜広場まひる〜(2/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:21:23
「悩んで暮らすより笑って暮らしたほうが楽しいかなって」
そうそう、このくらいのお気楽加減があたしらしい受け答え。
とても言えないっすよね。
じっちゃんが、急によそよそしくなったから落ち込んでて、
その憂鬱な気持ちを相殺するために、笑顔を作ってます、なんて。
でも、このセリフって、なんかデジャビュ。
あれは確か、この島に来てから。
タカさんについていって【暮らす】ことを決めた時に……
なんだか遠い過去の出来事みたく感じるけど、
あれからまだ四日しか経ってないんだよね。
「そうそう、作戦会議は17時からですからね。
それまでに仮眠と、軽いアップは済ませておいて下さい」
「うむ、心得た!」
紗霧サンはあたしの返事を聞くともう興味なさそうに背を向けて。
ユリーシャちゃんもそれについていって。
……もう、いないよね。
振り返ってもあたしの表情、見えない距離だよね?
あーあ、思い出しちゃったなぁ。
タカさんのこと。
思い出したら悲しくなっちゃうって分かってたのに。
今はこの気持ち、封印しとかなくちゃいけないのに。
果し合いに向けて気持ちを揺らしちゃいけないのに。
……なんかネガ気分が抜けないなぁ。
834
:
終末の過ごし方 〜広場まひる〜(3/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:22:43
でもさ、なんか、思い出しちゃうんだよね。
重なっちゃうんだよね。
じっちゃんのあの、唐突なよそよそしさ。
あのちょっと怯えたような、蔑んでるような、醒めた目付き。
あたしが男のコだってバレたときのクラスメイトたちの反応と、さ。
……ヘコむわ〜〜!
そうだ、こんなときこそお煎餅!
タカさんも透もいってたよね。
大抵の悩みは腹が膨れれば解決するって。
至言とはこのことだ。
うん、お茶も淹れてとことん寛ごう。
お腹の中から充実させて、いやなことは忘れちゃおう!
「……まひるちゃん?」
「うひゃあああ!?」
び、びっくりしたぁ……
知佳ちゃんが近づいてたこと、全然気付かなかったよ。
ヤベ、心臓がバクバク言ってる……
落ち着け、落ち着くの、まひるちん。
ディープブレース、アーンド、リラーックス。
「ごめんねー。脅かすつもりはなかったんだけど……」
「気にすることはナッシン!
乙女の妄想を膨らましてたトコに声を掛けられたから
ちょいビックリしただけだから」
835
:
終末の過ごし方 〜広場まひる〜(4/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:23:09
そして…… 笑顔!
にぱにぱー♪
うん、OKOK。
いつもの可愛いまひるちん、復活ッッ!!
の、はずだったのに。
「…………あのね」
知佳ちゃん、何、その思いつめたみたいな表情は?
「おせっかいかもしれないけど、言うね?」
紗霧サンもユリーシャちゃんも、気付かなかったのに。
「まひるちゃん。無理しなくても、いいよ?」
なん…… で。
知佳ちゃんは、気付いちゃうの?
……いけないいけない。
笑顔を……
一番の笑顔を作らないと!
「あははー、何のことかなー?」
不安感を、知佳ちゃんに伝染させないようにしないと!
836
:
終末の過ごし方 〜広場まひる〜(5/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:24:14
「何のことなのかまでは、私にはわからないよ。
読心術まで休眠にはいってるしね。
でも、まひるちゃんがずっと何かを我慢してることは、わかるよ。
頑張って笑顔を作ってることも、わかる。
その努力は凄く立派だと思う。
でも……」
駄目だ、通じない。
知佳ちゃんの感性って、鋭すぎる。
隠したいこと、全部、見透かされてる。
「無理しても絶対どこかにその疲れは出るよ。
気持ちを押さえ込み過ぎると行動も偏っちゃう。
私が今、こんなになっちゃってるみたいに、ね」
じゃあさ、じゃあ。
あたしはどうすればよかったのかな?
「だから、ね。
私でよければ、お手伝いするから。
皆には黙っててあげるから。
ちょっとだけ、その気持ち、吐き出しちゃお?」
いいのかな?
だってあたし、きっと泣いちゃうよ?
じょんじょんのじょびじょばで、えぐえぐしちゃうよ?
鼻水もずびーってたれちゃうよ?
837
:
終末の過ごし方 〜広場まひる〜(6/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:25:19
「……じゃ、さ。ちょっとだけ。
ちょっとだけ、聞いてもらってもいいかな?」
まひるは語りだす。
仲良かったはずの魔窟堂から避けられていることを。
仲良かったはずのクラスメイトから無視をされていたことを。
失って悲しかったことを。
まひるは語りだす。
豪快で大胆なタカさんの思い出を。
照れ屋で母親想いな薫ちゃんの思い出を。
失って悲しかったことを。
涙と、鼻水にまみれて、えぐえぐとしゃくり上げながら。
まひるはずっと我慢していた悲しみを、吐き出した。
胸の奥に凝り固まっていた瘧を、ほぐしていった。
優しい瞳で一緒に泣いてくれる、少女を前に。
↓
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【広場まひる(元№38) with 体操服 & 木星のブルマー】
【スタンス:果し合いに臨む】
【所持品:グロック17(残弾 16)、せんべい袋(残 7/45)】
838
:
終末の過ごし方 〜カモミール芹沢〜(1/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:25:49
(ルートC:4日目 AM12:00 J−5 灯台跡)
カモミール芹沢は、呑んでいる。
御陵透子に廃村から持ってこさせた大吟醸を燗にして、
徳利をずらりとならべて、呑んでいる。
魔剣カオスを立てかけた灯台跡の瓦礫に背を預け、
程遠くで気の修練に余念の無いザドゥの背を眺めながら、
手酌で呑んでいる。呑み続けている。
《ちょいと呑み過ぎじゃないですかね? カモちゃんや?》
ねぇ、ザッちゃん、気付いてるかな?
あたしさぁ、今朝から全然、熱が引かないんだよ?
爛れた皮膚が、じんじん痛んでるんだよ?
火傷の具合、どんどん悪くなってきてるんだよ?
気付いてるわけないよね。
だってザッちゃん、ずっと特訓してるんだもん。
自分一人で。
あたしに背を向けて。
もしかしたら最期になるかも知れぬこの時を、
あたしと過ごそうなんてこれっぽっちも思ってなくて。
思いつきもしなくて。
それどころか、心の中からあたしをえいやって追いやって。
自分で埋め尽くしちゃってるよね。
進む先だけ見てるよね。
839
:
終末の過ごし方 〜カモミール芹沢〜(2/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:27:26
淋しいなぁ……
でもさでもさ、あんなに一生懸命になってる人に、声なんて掛けられないし〜。
それはきっと邪魔になっちゃうし〜。
そうしたらそうしたら。
嫌われちゃう、かも、知れないし……。
これが呑まずにいられようか!
とくとくとく。
ぐいぐいぐい。
《だからね、さっきからあなた、ペース速いですよ?》
「んー、ごめんねぇカオっさん。あたし一人で呑んじゃって。
じゃカオっさんにもおすそ分け、そーれとくとくとくぅ!」
《やめてぇ! 一升瓶から大吟醸をぶっ掛けるのやめてぇ!
儂ぁぶっ掛けるほうが好きなんですよ?自家製の濁酒を!》
「あははぁ♪ カオっさんは相変わらずえっちいねぇ。ぶれないねぇ。
……ザッちゃんとは、大違いだ」
なんかね……
私、ザッちゃんのこと、勘違いしてたかもしんないね。
一昨日までのザッちゃんはさ、
あたしを可愛がってくれたり慰めたりしてくれたザッちゃんはさ、
きっと弱ってたザッちゃんでさ。
ザッちゃんの心の中にぽっかりと空いた穴ぼこがあってさ。
だからあたしはそこにスルって入り込むことも出来たけど〜。
それで、ザッちゃんに受け入れられた気になってたけど〜。
それってきっと、期間限定で……
840
:
終末の過ごし方 〜カモミール芹沢〜(3/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:28:18
ザッちゃんってさ、もともと【ひとり】の人なんだろうな。
己と向き合って。
人と分かち合わず。
人を頼らず。
自分の足だけで、歩いてきた人だったんだろうな。
そのことを大事に思ってる人だったんだろうな。
……あたしなんていてもいなくても、影響ないんだろうな。
とくとくとく。
ぐいぐいぐい。
《馬鹿な男だなぁ、ザドゥは》
「ですよね〜」
《傷つくのはいつだって女のほうですよね》
「全くねぇ。でもさぁ……」
《でも?》
「あの背中、カッコいいよねぇ」
《馬鹿な女だなぁ、カモちゃんは》
「ですよね〜」
あのね、ザッちゃん。
ザッちゃんは見ても聞いてもいなかった話なんだけど。
あたし、さっきまでしおしおとともきんを寝かしつけてたのね。
そんでそんで、照れてるともきんにこう言ったのね。
―――いいんだよ、甘えても。
これね。
自分で言っといてなんだけどね。
今まで誰かに掛けて欲しくてたまらなかった言葉なんだぁ〜。
841
:
終末の過ごし方 〜カモミール芹沢〜(4/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:31:07
でもね。
今まで誰にも言ってもらったことがないんだぁ、あたし。
なんか強い女を気取っちゃったり、
素直になれなかったり、
ヤケを起こしちゃったり……
そんなことばかり繰り返してたからね。
恨み言なんかじゃないよ。
ないんだけど。
ザッちゃんがあたしにそういうこと言ってくれる人かもって、
初めて甘えさせてくれる人なのかもって。
実は、すごく期待してたんだぁ〜。
けど、まあ、しょーがないよねぇ。
ザッちゃんは求道を行く人なんだもんねぇ。
そこを見抜けなかったあたしが悪いんだし。
仲間としては、戦友としては、今だって繋がってるんだから。
そこで満足しておくのがお互いの為に一番だよねぇ〜。
とくとくとく。
ぐいぐいぐい。
《カモちゃん…… お前さんは本当にええ女じゃのう》
「えへへー、分かるぅ?」
だから、ね。
修行の邪魔なんて絶対しないからね。
どこか遠くに行こうとしても、未練がましく引き留めたりはしないからね。
せめて、この距離から。
背中だけは、見守らせてね?
842
:
終末の過ごし方 〜カモミール芹沢〜(5/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:31:33
芹沢は表情豊かな女性である。
エキセントリックかつ意表をついた感情表現をする女性である。
どうでもいいことで泣き、笑い、怒り、喜ぶ。
だが、どうでもよくないことでは。
本当に泣きたいことでは、決して涙を零すことはない。
その代わりに、であろうか。
芹沢の眠そうな深いブルーの瞳のその下に、
大きな泣き黒子が宿っているのは。
↓
【刺客:カモミール・芹沢】
【スタンス:果し合いに臨む
②ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らない)】
【所持品:魔剣カオス、虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)】
【備考:体力消耗(大)、腹部損傷、左足首骨折、全身火傷(中)、発熱(中)】
※素敵医師のまっとうな薬品による治療継続中
843
:
終末の過ごし方 〜ザドゥ〜(1/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:31:56
(ルートC:4日目 PM1:00 J−5 灯台跡)
ひたすらに、ひたむきに。
丁寧に、丹念に。
ザドゥは己の爪を研いでいる。
研ぎ澄ましている。
食事のことも、睡眠のことも、治療のことも、仲間のことも忘れている。
それだけに注力し、それ以外を切り捨てている。
なんというストイック。
なんというナルシズム。
右手薬指に【生】の気。
放出せずに、留める。
気の量を計る。
ここまでは一息だ。
この気の扱いには、慣れている。
コンマ一秒と掛けぬ。
左手薬指に【死】の気。
出力を制御し、ゆっくりと膨らませる。
気の量を右手に揃える。
出力は慎重に。
この気の扱いには、慣れていない。
一秒は取るべし。
844
:
終末の過ごし方 〜ザドゥ〜(2/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:32:29
よし。
生死ともに、質量は均衡している。
これならば陰陽合一を為せる。
「同調―――」
合掌。
両の薬指からの黒白の気が互いに引き寄せられ、絡み合い。
指先大の蒼い光が銀河の如く渦巻き出す。
まだだ…… まだ放つな。増幅しろ……
集中。
左手の■と右手の□の出力を再開。
焦るな。
絞った蛇口から垂れる水滴を一滴一滴数えるように、
細心の注意力を以って調整しろ。
渦はピンポン玉大に。
膨らめ。まだだ。
渦は野球ボール大に。
もう少し大きくできる筈だ。
渦はソフトボール大に。
よし、目標をクリアだ。
この質量ならば、実戦でも十分に通用するだろう。
「―――解放!」
845
:
終末の過ごし方 〜ザドゥ〜(3/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:33:07
両手を地面に。
肘を使って瞬時に重ねた掌を開く。
蒼の気は灯台の瓦礫を粉砕しつつ風化させる。
気もまた縮小し、対消滅した。
ふむん。やはりな。
この始原の気を前に、対象の硬さや柔らかさは関係ない。
多分、生物でも無生物でも関係はない。
質量。
単にエネルギーと同量の質量を微塵と化すのだろう。
破壊ではない。分解の力だ。
「良し。練気修練はここまでだ」
座禅の如く、己のみと向き合い、平らかな心で
ひたすら蒼の渦を育てるだけであれば、安易なことだ。
しかし、それを戦いの中で使用するとなれば、話は違う。
敵の動きに気を配りつつ、
敵の攻撃をかわし、或いは受けながら、
敵に回避されぬよう、瞬間で練り上げ。
敵の急所に効率よく叩き込まねばならぬ。
最大出力を高めるのはここまでだ。
ここからは瞬間効率を求めるのだ。
立ち上がる。
膝が戦慄く。
軽い眩暈も覚える。
846
:
終末の過ごし方 〜ザドゥ〜(4/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:35:02
ああ、そうだな。
俺は日が暮れてから今まで、ここで座したままだったな。
それでは体も固まる筈だ。
まずは、全身をほぐし、軽く汗をかかねばな。
ふむ。
日は正午を既に回っていそうだな。
果たし合いまでおよそ六時間か……
まずはストレッチとウォームアップで一時間。
それから二時間で型に練気を当て込み、
次の二時間で実戦を想定してのシャドウだな。
最後の一時間は気による治療で締めるとしよう。
突貫だが致し方なし。
時間が足りぬなど贅沢は言っておれぬ。
よし、これで行こう。
どの道俺は実戦派よ。
想定も鍛錬も、実戦時のひらめきを補強する素材に過ぎぬ。
戦いの高揚感、緊張感。
その只中に身を置いてこそ、しのぎを削ってこそ。
俺が見出したこの【始原】の気が、
単なる分解のエネルギーから、拳士の必殺技へと昇華されよう。
真の完成に近づこう。
願わくば、果たし合いに出てくる者たちが、
己を更なる高みへと押し上げてくれるほどの
手練であることを―――
847
:
終末の過ごし方 〜ザドゥ〜(5/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:35:30
ザドゥは完成へと、近づいてゆく。
終着点へ向けて、収束してゆく。
「……成るか、【太極貫】」
↓
【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
①陰陽合一を為す訓練を行う
②芹沢の願いを叶えさせる
③願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:体力消耗(大)、全身火傷(中)】
※素敵医師のまっとうな薬品による治療継続中
848
:
終末の過ごし方 〜月夜御名紗霧〜(1/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:36:39
(ルートC:4日目 PM2:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
月夜御名紗霧にも、いろいろあった。
この島の四日間で語りつくせぬほどの体験をしてきた。
非常識で、非現実的で、非人道的な体験を。
それに、彼女は疲れてきていた。
醒めてきていた。
故に、彼女は、燃え上がった。
矛盾しているようで、矛盾していない。
月夜御名紗霧は、もういい加減うんざりなこの島での殺し合いに、
煩わしい人間関係に、
呪わしい嫌な記憶に、
完全に完璧に終止符を打つべく、全精力を傾けているのである。
仁村知佳から聞きましたよ。
しおりとかいう物の怪を海の藻屑にしてきたと。
でしたらもう残存参加者はこの小屋の仲間達で全てで。
果たし合いが事実上の最終決戦だということです。
ここさえ乗り越えれば、終われるということです。
ならば、とっとと片付けましょう。
手っ取り早くかつ芸術的に忌々しき主催者陣に勝ちきって、
とっととおうちに帰ってさっさと寝てしまいましょう。
ふかふかのベッドで。
溜め込んだ深夜アニメの録画を見て。
849
:
終末の過ごし方 〜月夜御名紗霧〜(2/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:40:56
こんなつまらない非日常なんて、
小屋の連中のことなんて、
高町恭也のことなんて、
きれいさっぱり忘れ去って、
いつもの生活に埋没してしまいましょう。
帰るんです。日常に。
「紗霧殿、全員分のインカムは揃えたぞい」
「紗霧専用通信機と、一斉発信ボタンは?」
「問題ない」
「ご苦労でした、魔窟堂野武彦」
ふん、なんですかなんですか。
魔窟堂野武彦、その「自分だけが不幸を背負ってる」って顔は。
私を警戒してる目付きは。
私の悪行でも知ったんですか?
考えてみれば主催者の本拠地跡周辺を探索させたんです。
何らかのデータを拾う可能性はありますよね。
あの時の自分は透子に殺されかけて冷静な判断力を失っていたとはいえ、
そこまで読みきれずにジジイを放った私が愚かでした。
けれど、まあ?
例え何を知ったのだとしても、
腹の内では私を信じていないのだとしても。
あなたがここに戻ってきたということは、
誰にもその胸の内を明かさず、果たし合いに赴く覚悟があるからでしょう?
でしたら、いいじゃないですか、呉越同舟。
私の策に従い、踊ってくれるなら。
人形の胸中なんで、どーでもいいことですよ、ええ。
850
:
終末の過ごし方 〜月夜御名紗霧〜(3/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:41:30
まあ、きっと―――
この寄せ集め集団も、そろそろ限界なのでしょうね。
ケイブリス戦の時が出来すぎてただけで。
「時に紗霧殿。例の御陵透子対策、考えてくれたか?」
「骨子の一つとしては挙げてます。
それが採用されるかどうかは、直前の【くじびき】次第ですが」
御陵透子に策が読まれる?
結構。
それがどうかしましたか?
読めるものなら読んでみなさい。
この白面ストーカーめ。
読めるわけなんてありませんよね。
だって、策なんてないんですから。
そう、完成された策なんて、これっぽっちも。
今、あるのは。
5つの骨子。
12の枝葉。
30のお題目。
戦術の断片を堆く積上げて。
その全てを記憶させ。
その全てに封をして。
決戦開始直前に、くじ引きで封書を選び、
骨子と枝葉を繋ぎ合わせる。
参加メンバーに、お題目を2、3分配する。
その時初めて、策が形になるのですから。
851
:
終末の過ごし方 〜月夜御名紗霧〜(4/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:42:24
しかもこの策は流動的です。
インプロピゼーションです。
役どころと情報と、意味とは与えられても、
全体像は誰にも分かりません。
それを即興で生み出すことが、この策の肝だからです。
ケイブリス戦が私の指揮による管弦楽だとするならば。
この果し合いは指揮者不在のジャム・セッション。
奔放で前に出張りがちなサキソフォンはランス。
どっしりと構えて、クールにリズムをキープするドラムスは高町恭也。
主役脇役、千変万化なピアノは広場まひる。
リフ楽曲の背骨を支える確かな技術力のベースは魔窟堂野武彦。
各々のプレイヤーがそれぞれの奏でる音を
響かせあい、譲り合い、時にはぶつけ合って、
一期一会のメロディーに仕立て上げるのです。
「知佳さんの状態はどうですか?」
「昼からこっち、少し熱が出てきたようで、今は横になっておる」
「椎名智機討伐には、参加できそうですか?」
「寝かせておいてやりたい状態ではあるの」
果たし合いの裏で、微力三少女の椎名討伐行を予定していましたが、
どうやら微力二少女になってしまいそうですね……
さて、彼我の戦力分析的に、どうでしょう?
あと3時間の内に、こちらももう一つ二つの骨子を、練っておいた方がよいでしょう。
17時―――
ブリーフィング開始時の知佳さんの状況を確認したうえで、
方針を確定させましょう。
852
:
終末の過ごし方 〜月夜御名紗霧〜(5/5)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:44:09
今はこの頭脳の吐き出す思考の赴くまま、
ひたすら原案を練り、練り、練り、練って。
他の余計なことなど考えないで。
自分の気持ちなど掘り起こさないで。
無感情な献策マシーンと化していましょう。
月夜御名紗霧は絶好調である。
泉の如く策が溢れ、情報の縦横が有機的に結びついてゆく。
脳の中には思考しかなく、感情が差し挟まれる余地はない。
軍師に感情は、必要ないのだから。
揺れ動く少女の感性の残滓など、邪魔なだけなのだから。
不必要を廃し、目を背け。
月夜御名紗霧は、思案に埋没している。
↓
【月夜御名紗霧(元№36) with ナース服】
【スタンス:果し合いに臨む
①果し合いに対する策を練る
②状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:グロック17(残弾 16)、金属バット、ボウガン、対人レーダー、
世色癌×3、紗霧専用通信機(←野武彦)、インカム×6(←野武彦)】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷、性行為嫌悪】
※知佳から知りうる限りの全ての情報を得ています
※小屋組は、しおりが死亡していると思っています
853
:
終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(1/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:44:54
(ルートC:4日目 PM3:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
純水とは、無垢な水である。
穢れを知らぬ純然たるH2Oである。
故に純水は、機械の部品洗浄薬として重宝されている。
一度己を侵した異分子から、あらゆる付着物を貪欲に吸い上げる。
染まりやすい。故に、無垢。
カルネア第二王女、ユリーシャ―――
蝶よ花よと育てられ、無垢であるを守られ続けてきたこの少女は、
狂気の殺戮島にて、己を荒々しく奪い去った男に染まっていた。
穢れた付着物をその身に染み込ませて。
「やほーいユリーシャちゃーん。水汲んできたよー」
「ありがとうございます」
広場まひるは、大丈夫です。
なぜなら、まひるは彼女ではなく彼でしたから。
もう、ランスさまは一片の興味ももっていません。
一昨日の夜、ランスさまが夜這いを掛けられたときには、
私の胸の奥から良くないものが溢れそうになりましたが、
今はもう。
あれの顔を見ても声を聞いても、細波立つことはありません。
854
:
終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(2/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:45:37
「仁村知佳の様子はどうですか?」
「睡眠薬は効いたみたいでぐっすりだけど、解熱剤はあんまり効いてないっぽい」
「薬品に対する体質的な慣れが在るようですからね。
まあ、眠れただけでもよしとしましょう」
月夜御名紗霧も、もういいです。
あれは、ランスさまを誑かす魔女足り得ません。
ランスさまを誘惑することはありません。
あれは、報われぬ想いを高町に抱いていますから。
あれは、性交渉に激しい嫌悪感を抱いていますから。
ランスさまが食指を伸ばされても、
それに応じることはありえません。
悔しいことですが、この魔女は、
行為を回避するための知恵や交渉術も備えていますしね。
だから、もう安心。
ランスさまの腕の中には私一人。
昨晩はぐっすり眠れるはずでした。
……なのに。
「がはははは! おっぱい、つんつーん!」
「やめなってばランスさん」
……仁村知佳。
なぜ、この雌豚は今になってここに現れたのでしょう。
しおりという子豚に素直に殺されていればよいものを。
855
:
終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(3/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:46:22
ねえ、ランスさま。
その雌は、すでに高町恭也のものなのですよ?
火傷のあとが首筋や胸に醜く生々しいではありませんか。
なのに、なぜ。
ランスさまは興味を持たれておいでなのですか?
「俺様の世色癌で知佳ちゃんは助かったのだ。
ちょっとしたおイタくらい多めに見てくれるだろ?
あ、そーれ、もーみもみー」
「きょーやさーんいなくなったとたんこれだー!?
紗霧サーン、ケツバットプリーズ!」
誰のものであろうとお構いなし。
その野性味、大きな自信。
とても頼もしく、男らしいことと思います。
でも、私は、ユリーシャは……
溢れかえる良くないものに、溺れてしまいそうです。
あまり頭の良くないユリーシャでも、流石に今の状況は心得ています。
間近に控えた果たし合い。
恐ろしい敵を向こうに回し、勝ち抜くためには、
皆が足並みを揃える必要があるのだと。
和を、乱してはならないのだと。
だからユリーシャにも分かっています。
間近に控えた果たし合い。
それが終わるまでは、決して、この雌を駆除することはできないと。
でも、そうやって頭で考えたことで心を押さえつければつけるほど、
苦しい気持ちが膨らんでいって、
良くないものが沸いてくるのです。
856
:
終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(4/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:47:01
「さて、まひるさんで少々試したいことがあるので、
ちょっと外に出ましょう。ランスも協力しなさい」
「ブルマー技とかじゃ…… ないよね?」
「そちらはまた改めて」
「改めるなよぅ! やめとけよぅ!」
え……?
こんなに苦しい気持ちのユリーシャを、こんなに苦しめているこれと、
密室で二人きりにするのですか?
これは、睡眠薬で目覚めないのに?
恭也は、野武彦と共に廃村に出張っているのに?
……なんて残酷なことなのでしょう!
今まで、一生懸命この気持ちを抑えてきたのに。
誰かの目があったから、押さえられてきたのに。
こんな、都合のよい状況に置かれてしまったら……
ユリーシャは頭が真っ白になって、
溢れるよくないものが堰を切って、
苦しい気持ちを解消しようとしてしまいます。
大切な戦いが目の前に迫っているというのに!!
「じゃあユリーシャ。知佳ちゃんの看病は頼んだぞ」
ランスさま、なんと酷いお願いをされるのですか?
私の気持ちも知らないで。
こんなにも、心を平穏に保ちたい気持ちに気付きもしないで。
857
:
終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(5/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:47:45
罵声を浴びせかけても唾を吐きかけても足りぬ程憎いこれ。
その雌を気遣えと。
メイドの如く傅いて、世話をやけと。
そう、おっしゃるのですね。
ああ、なんだかよくわからないのですが、
本当に、よくわからないのですが、
良くないものが良くないものが良くないものが、
ぐつぐつと煮えたぎりながら競りあがってきます。
でも……
「はい」
ランスさまのお願いを断ることなんて、ユリーシャには出来ません。
嫌われたくないから。
捨てられたくないから。
ランスさまに愛されるユリーシャでいたいから。
我慢します。
どんな嫌なお願いだって、ちゃんということを聞きます。
良くないものに、蓋をします。
だから……
蓋を押さえる力が尽きる前に、戻ってきてくださいね?
やってしまえと、ユリーシャの感性が囁く。
今はその時ではないのだと、ユリーシャの理性が囁く。
良心の囁きは無い。
858
:
終末の過ごし方 〜ユリーシャ〜(6/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:48:04
ユリーシャは耳を塞ぎ、頭を振り。
一人、孤独に。
己の暗い欲求に、耐えている。
↓
【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:果し合いに臨む
①ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】
859
:
終末の過ごし方 〜御陵透子〜(1/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:48:57
(ルートC:4日目 PM4:00 F−8 漁港)
陽は傾き、涼やかな風が寒い風へと、態を変えつつあった。
果たし合いまでおよそ3時間。
御陵透子は一人、状況の整理を行っていた。
今後の見通しを予測しつつ、その対応を思案していた。
果たし合いについてではない。
果たし合いも内包しているが、それだけではない。
如何に、自身の願望を成就させるか―――
彼女が考えていることは、その一点のみであった。
Q:ペナルティの内容とは?
A:ゲーム終了時点においての生存主催者のうち一名の願望授与権没収
Q:対する基本戦略とは?
A:優勝確定後、速やかに残存主催者を一人殺害する(以後、【基本戦略】と表記)
Q:しおりがさおり復活後の智機殺害を目論んでいるが?
A:問題なし。しおりより先に智機を破壊すればよい。
Q:芹沢死亡時、智機が芹沢の復活を願ったとしたら?
A:問題なし。願望授与の前に智機を破壊すればよい。
Q:ザドゥがルドラサウムに反旗を翻そうとしているが?
A:問題なし。行動に出るのは皆が願望を成就した後であるから。
(……いえす。情報は出尽くした。検討はし尽くした。整理しよう)
860
:
終末の過ごし方 〜御陵透子〜(2/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:51:22
============================================================================
★必達目標:あの人の復活
<果たし合いに勝利した場合>
1.優勝ENDを迎える
理想的に事が運ぶケース。確率五割強。
但し、その時点での残存主催者の人数、対象者によって、
自身が取る手段が分岐する。
詳細は下記チャートを参照。
【透子生存】
【ザドゥ生存】
問題なし
【ザドゥ死亡】
【椎名智機生存】
【カモミール芹沢生存】
基本戦略:智機or芹沢
【カモミール芹沢死亡】
基本戦略:智機
【椎名智機死亡】
【カモミール芹沢生存】
基本戦略:芹沢
【カモミール芹沢死亡】
※1 裏技認可待ち
【透子死亡】
※1 裏技認可待ち
861
:
終末の過ごし方 〜御陵透子〜(3/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:52:28
2.主催者勝利ENDを迎える
最終決戦、「しおりvsXXX」。
このXXXまでも、誤って主催者が殺してしまうことで発生する。
発生してしまったが最後、打つ手はない。
対策:仁村知佳を確保
小屋組ではない仁村知佳は果たし合いに参加できない上に、
病状重篤かつ能力損耗中であるので、小屋に居残りになる可能性が濃厚。
その場合、小屋組が決戦場へ移動している間に、
私が知佳の身柄を奪い、監禁しておくことで、誤殺を防ぐ。
3.主催者打倒ENDを迎える
レアケース。
果たし合いに参加しなかった小屋組+仁村知佳が、
果たし合いの終了後に勝ち残った主催者を殲滅する可能性。
この場合、残存プレイヤーの人数や戦闘力が読めず、また、
果たし合い終了後に十分なシンキングタイムを持てるので、
微細な戦術は現時点では立てない。
Ⅰ.残存主催者で小屋を襲撃
Ⅱ.同士討ち誘発
Ⅲ.しおり突撃
の組み合わせで対抗することになるだろう。
その後は、1.優勝ENDを参照。
862
:
終末の過ごし方 〜御陵透子〜(4/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:53:11
<果たし合いに敗北した場合>
●優勝ENDを迎える
●主催者打倒ENDを迎える
どちらにしても私は破壊されている。
故に、※1 裏技認可待ち。
============================================================================
果たし合いでの戦闘プランはひとまず置いておいて、
アウトラインとしては、こんなところ。
あとは、プランナーからの返事があれば。
裏技が認可されれば。
もう一つの保険が。
私が破壊されたときの備えが、完成する。
あの神様は、リーダーで、読んでいる。
人の苦悩、葛藤、絶望が大好物なのだから。
盤面の動きで鯨神を楽しませつつ、
駒々の悩みで自身を愉しませてる。
奥の手――― 【共生】。
悪趣味なプラン。
誰かの夢を踏みにじり、仲間を裏切る計画。
苦悩、葛藤、絶望を振りまく、どんでん返し。
故に、金卵神は了承する。きっと。
863
:
終末の過ごし方 〜御陵透子〜(5/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:53:57
青空を検索する。
あの、空の。
一番高いところに目を凝らす。
そろそろ来るはず。
そろそろ……
《御陵透子よ》
―――! 来た!
《その場合、管理者として願いを叶える権利は失われる。
但し、参加者として願いを叶える権利を得ることとなる……》
御陵透子は、勝敗に拘らない。
過程に拘らない。
手段に拘らない。
他者の心を省みない。
何者にも煩わされない。
(喪われた意味を)
(―――取り戻す)
ただ誰よりも強く、奇跡を願っている。
↓
864
:
終末の過ごし方 〜御陵透子〜(6/6)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:55:23
【監察官:御陵透子(N−21)】
【スタンス:願望成就
①果し合いに臨む
①願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる
②果たし合いの円満開催の為、参加者にルールを守らせる】
【所持品:壊れた契約のロケット、スタンナックル、カスタムジンジャー、Dパーツ
グロック17(残弾 14)】
【能力:記録/記憶を読む、
世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】
865
:
終末の過ごし方 〜仁村知佳〜(1/1)
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:55:55
(ルートC:4日目 PM5:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
広場まひるが、呆然と立ち尽くすユリーシャの足元で
眠るように横たわる仁村知佳の遺体を発見したのは、
最終ブリーフィングが始まる直前のことであった。
【№40 仁村知佳:死亡】
―――――――――残り 7 人
↓
866
:
◆29ZH4ztR.E
:2012/03/15(木) 00:56:52
以上、投下終了です。
次回は「夕陽が、罪を、照らす。」。
ユリーシャ断罪編となります。
867
:
名無しさん@初回限定
:2012/03/15(木) 09:32:28
来るもんがついに来たな
次回が楽しみでもあり怖くもあり…
乙でした
868
:
名無しさん
:2012/04/08(日) 15:39:03
は?一体何が起こったの?
ユリーシャが仁村を殺したって言うの?
せっかく皆が一致団結して対主催をしようって時になんでこんなことになったの?
869
:
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/04(土) 23:17:55
本スレでの投下支援、ありがとうございます。
本日の本投下は
「ひとであり/ひとでなし」
「■&□」
「宙船-ソラフネ-」
の3本と考えております。
ご都合の宜しい時間までご協力いただけましたら幸いです。
今晩の新作仮投下はありませんが、
火曜あたりから新作を何本かご披露してゆく心算です。
870
:
名無しさん@初回限定
:2012/08/05(日) 17:12:35
最新話までのまとめをアップしました。
パスワードはメール欄です。
ttp://uproda11.2ch-library.com/11359080.zip.shtml
>>869
本投稿お疲れ様でした。
新作も楽しみに待ってます。
871
:
夕陽が、罪を、照らす。(1/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:20:59
(ルートC:4日目 PM5:30 D−6 西の森外れ・小屋3)
======================================================================
Ⅰ.黄昏の始まり
======================================================================
日が、沈もうとしていた。
虚ろな黄昏時が、始まろうとしていた。
小屋の裏庭、井戸の脇にて。
ユリーシャを囲んでいるのは四名。
月夜御名紗霧。
ランス。
広場まひる。
魔窟堂野武彦。
高町恭也の姿は、ここにない。
仁村知佳の死体から離れようとしない。
落涙することもなく。
口を開くこともなく。
膝をつくこともなく。
表情の一つも変えず。
遺体の手を両手で握り続けている。
恭也の不在は彼らにとって、却って好都合であった。
ことに、ユリーシャにとっては。
872
:
夕陽が、罪を、照らす。(2/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:21:28
今から始まろうとしているのは、
仁村知佳の死因についての解明であり、
死亡時点でただ一人知佳の傍に居たユリーシャへの事情聴取であり―――
そして、おそらくは。
かなりの確率で。
殺人犯・ユリーシャへの尋問となるのであるから。
「全部言うんだ」
「……はい」
.
873
:
夕陽が、罪を、照らす。(3/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:23:34
======================================================================
Ⅱ.不幸な偶然
======================================================================
「時間は、16:30を回った頃でした」
結論から述べよう。
仁村知佳の死因は窒息死である。
凶器となったのは濡れタオル。
額に乗せ、熱を冷ますためのその看護用品が、
知佳の熱の全てを奪いきってしまったことは、
皮肉というより他は無い。
下手人はもちろんユリーシャ。
だが、しかし。
これは、殺人事件でなかった。
これは、過失致死であった。
確かにユリーシャに殺意はあった。
五体全てを殺意で満たしてはいた。
しかし殺意は遺漏していなかった。
彼女なりに、必死に。
決戦直前であるという現状を理解し、
ランスの言いつけを健気に守り、
今は、決して知佳に手を出さぬよう、
己の業を押さえ込んでいたが故に。
「私はその時、物思いに沈んでおりました……」
874
:
夕陽が、罪を、照らす。(4/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:23:50
己を抑える術として、ユリーシャは妄想に耽っていた。
豚め豚め雌豚めと罵倒しながら死に掛けの知佳を踏み躙ったり、
実は知佳にも男性器がついていることが発覚してランスが知佳を切り殺したり、
紗霧の報われぬ恋心を利用して知佳を殺させたり、
果し合いで恭也が果て、絶望した知佳が後を追ったり、
ありとあらゆる手法とシチュエーションで知佳を殺しつくすことで、
心の天秤を保っていたのである。
「ふと気付けば、持っていたはずのタオルが手許に無く……」
それゆえ、看護がおろそかになっていた。
桶にタオルを浸し、搾り、額に乗せる。
その工程の途中で妄想殺人劇の一つがクライマックスに差し掛かり、
ユリーシャはその愉しい妄想に没入してしまい。
「タオルは仁村さんの顔を覆うように広がっていて……」
薬物による深い眠りについていた知佳に、それを払う術は無く―――
静かに、ひっそりと、死は訪れた。
おそらく、知佳は、自らが死んだことに気付かぬまま死んだのであろう。
この島における数多の死の中で、
もっとも安楽な死因であったといえよう。
「急いでタオルを取り除いたときには、もう呼吸をしていませんでした」
ユリーシャにとっても心外な死であった。
全く予期せぬ事故であった。
故に動揺を隠せず。
故に取り繕う余裕もなく。
目の前の死が受け入れられず、呆然と立ち尽くすことしか出来ずにいた。
この動転が、ユリーシャに素直な事実を語らせた。
875
:
夕陽が、罪を、照らす。(5/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:24:16
「ごめんなさい、ランスさま。ユリーシャは悪い子でした」
ユリーシャは言葉を結び、しずしずと目を伏せた。
数秒の沈黙の後、紗霧が沈むユリーシャに声をかける。
「不注意ではありますが……
ユリーシャさんを責めるのも少々酷な事故ですね」
言葉を掛けつつも紗霧は、順に仲間たちの顔を観察した。
皆一様に、幾分緊張感を緩めていた。
想定した最悪の事態ではなかったことが、判明した故に。
確かに、知佳死亡のタイミングは最悪であった。
しかし、不幸に不幸が重なった結果に過ぎなかった。
(これなら、まだ、立て直せます。
恭也さえ言いくるめれば、策に狂いは生じません)
小屋組の結束に亀裂は走ったかも知れぬが破砕はしておらぬ。
紗霧は、胸を撫で下ろした。
野武彦もまた安堵し、深い溜息をついた。
「知佳殿は故意では無かったということじゃな。
まあ、不幸中のなんとやらといったところか」
広場まひるは、気付かなかった。
月夜御名紗霧は、気付かぬ振りをした。
ランスは、気付いてしまった。
何気なく放たれた野武彦の言葉の裏に潜む、恐ろしい真実に。
「おい、ジジイ? 今、お前、何て言った?」
「ん?」
「知佳ちゃん【は】故意じゃない…… だと?」
876
:
夕陽が、罪を、照らす。(6/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:24:46
======================================================================
Ⅲ.全てが晒される
======================================================================
「……じゃあ、誰【は】故意なんだ?」
ランスの問いに、魔窟堂の瞳が見開かれる。
言葉にせずとも明白であった。
全身で、【しまった】を表現していた。
「なにをそんな神経質な。気にしすぎです、気にしすぎ。
あなたは言葉尻を捕らえて突つき回すような陰険な人間ではないでしょう?
もっと鷹揚に構えてがははと下品に笑ってりゃいいんです」
咄嗟のフォローは、果たして月夜御名紗霧の口から発せられた。
早口かつ棘のある、紗霧の常の罵倒。
場を煙に巻き追求をうやむやにせんと投じられた一石も、
しかし、ランスの嗅覚を鈍らせる程のものではなかった。
「じじい! 判ってるならもったいぶらずに言え!」
痺れを切らしたランスが魔窟堂の胸倉をつかむ。
ランスの声色も硬い。
ある種の直感が、彼を突き動かしている。
「ふざけるな! 俺様の女が誰をやったというのだ!
だいたいユリーシャはゲーム開始直後からずっと俺様と……」
カチカチカチカチ……
877
:
夕陽が、罪を、照らす。(7/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:25:11
聞こえてきた。
規則的な音。
小刻みで硬質な音。
「俺様と……」
ランスの言葉は尻窄んだ。勢いのついていた怒りが消沈した。
カチカチと鳴り続けているこの音の発生源が、ユリーシャであったが為に。
合わぬ歯の根を震えによって鳴らしている音であったが故に。
カチカチカチカチ……
歯鳴りが秒針の如く沈黙の時を刻む。
「……篠原秋穂さん、ですね?」
口を開いたのは、月夜御名紗霧であった。
彼女はいち早く察知していた。
知佳死亡事故以前からそうではなかろうかと推測はしていた。
今朝方からの野武彦の態度の急変から、ほぼ確信していた。
「…………」
ユリーシャは答えなかった。
しかし、震える膝が崩れ落ちるその様が、雄弁に回答していた。
今の今まで蚊帳の外であったまひるにさえ、事態が理解できた。
「じょ、冗談じゃないっていうのか?
何でユリーシャが秋穂を殺さにゃならんのだ!?」
878
:
夕陽が、罪を、照らす。(8/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:30:30
ランスの否定は反射的なものではない。
真実に気付きつつも気付きたくない繊細な心の防衛処置でもない。
楽観主義者で深く物事を考えず、人心を省みない性質の彼は、
ユリーシャの薄ら寒い底なしの愛情深さに、
今に至ってもなお、気付くことが出来ないでいるのである。
「独占欲か嫉妬心か、そのあたりでしょう。
だとすると―――」
誤魔化すを諦めた紗霧が言葉を続けた。
事ここに至った以上。
暗雲垂れ込め始めた以上。
認めるべきはさっさと認めさせて。
事務的に機械的に処理をして、
傷口が伝播せぬうちにユリーシャのみを人身御供とし、
小屋組の崩壊だけは、防ぐ。
どうにか体勢を立て直して、果し合いに臨む。
紗霧は、そう方向転換したのである。
「……アリスも、か?」
聞け、ランスのひび割れた声。
見よ、常に尊大なこの男がこうも震えるなど前代未聞。
ここに至って、ようやく。
この鈍感なリーザス王は己の愛人の裏の顔を、知ったのである。
油の切れたブリキの人形の如き動きで、ランスは首を動かし、
ユリーシャに向き直る。
「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……
ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」
879
:
夕陽が、罪を、照らす。(9/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:31:22
ユリーシャはランスに縋りついた。
背中を丸め、這い蹲って。
ランスのくるぶしを握り、靴の甲にキスをした。
そして、繰り返す。
キスと、謝罪と、おねだりを。
「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……
ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」
十回。二十回。三十回。
一心不乱にランスの許しを請うその姿は、
か弱く、儚いその声は、
見る者の哀れ心を誘引するのに十分なものであった。
事実、全てを知っている野武彦ですら、
断罪を進めることに良心の呵責を感じ始めていた。
紗霧も、少し落ち着くまで待とうと考えていた。
ところが。
「……うっ」
唐突に、嗚咽が漏れた。
発生源は、広場まひるであった。
「おぇぇえっ……」
「大丈夫かまひるちん?」
「……気持ち悪いよ……」
まひるは膝を着き、何度か戻したのち。
塗れた口許を拭きもせず、呆けた口調で呟いた。
「ユリーシャちゃん。 それ…… 気持ち悪いよ……」
880
:
夕陽が、罪を、照らす。(10/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:32:01
======================================================================
Ⅳ.気持ち悪いこと
======================================================================
「ユリーシャちゃん…… なんで……
なんでランスにばっかり謝るの……?
謝るのは知佳ちゃんや、
あなたが殺した二人の女の人にじゃないの……?」
未知の異星人を見るような目つきで、
拒絶感たっぷりに、まひるは問うた。
否。口調は問いではあったが、それは非難であった。
指弾であった。
対するユリーシャの反応は。
「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……
ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」
無視であった。
変わらず繰り返され続けるキスと謝罪とおねだりであった。
まひるの言葉は耳に入っていないのである。
ユリーシャはランスの反応のみに全身全霊を傾けて続けている。
「なんでかな……!? なんで無視するのかなっ!!
あたし今、とっても大事なこと言ってるつもりなんだけどっ!?」
「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」
881
:
夕陽が、罪を、照らす。(11/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:41:19
晒されてゆく。
まひるの人道的な、良識的な弾劾によって。
ぽろぽろとユリーシャの虚飾が剥がされてゆく。
価値観の隔絶が露になる。
そもそも。
ユリーシャとはカルネアの王女であり。
王女とは差別社会の頂点を意味し。
その世界における下々の者の存在は、命は。
彼女のお気に入りのティーカップよりも軽いのである。
「あたしをこーやって無視してるみたいに!
知佳ちゃんのことも、きみが殺したひとたちのことも、
無視しちゃってるのかなっっ!?」
「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」
ユリーシャに代わってまひるの問いに答えるのならば。
―――なぜ、雌豚どもに謝らなければならないのでしょう?
―――謝るべきは、私の愛するランスさまの目を引く真似をして、
―――王女たる私の気分を害した、雌豚どものほうでしょう?
つまりユリーシャは、二つの殺人と一つの過失致死に関して、
重罪を犯したなどとは思っていないのである。
いや、秋穂やアリスメンディを暗殺した頃のユリーシャは、
まだ、人としての罪の意識を覚えてはいた。
しかし、今や。
彼女の中のモンスターは、渦巻く嫉妬心と独占欲を糧に、
誰にも知られず、密やかに、ここまで成長してしまったのである。
「ごめんなさい…… 捨てないで下さい……」
882
:
夕陽が、罪を、照らす。(12/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:42:23
この謝罪行為も、ランスの意に沿わぬ行為を行ったことを謝罪しているに過ぎず。
そこに反省などなく。
ただ単に許しを請うているのであって。
要約すれば、ランスに自分だけを愛せよと、
わがままをごり押ししているだけであった。
「まひるさんの気持ちは良く分かりました、が。
あなたの言葉ではユリーシャに届かないこともよくわかりました。
なので。
ユリーシャが話を聞くであろうただ一人の男、
ランスの意見も聞いてみませんか?」
「え……? 俺様か?」
「むしろこの場を裁けるのはあなただけかと思われますが?
というかいつまでも呆けてないで甲斐性みせなさい」
ランスは足下に跪くユリーシャから目を背けた。
夕闇の空を仰ぎ、目を閉じた。
「……ユリーシャ、ちょっと離れろ」
別離を匂わすランスの言葉に、ユリーシャは一層の悲壮さで応じた。
「お願いします、お願いします、お願い……」
「いいから離れるんだ!!」
ランスの怒声。
それがユリーシャに向けられるのは、初めてのことであった。
ユリーシャは恐怖感から思わず身を竦め、足首を握っていた手を離し。
ランスはその瞬間に数歩、後退した。
そうして、深く深く息を吸い込み……
「すぅぅぅぅぅ……」
883
:
夕陽が、罪を、照らす。(13/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:43:31
======================================================================
Ⅴ.ランスの裁定
======================================================================
「うがあああああっっ!!」
咆えた。野獣の如く。両腕を大きく振り上げて、息の保つ限り。
再び縋ろうとするユリーシャを、野武彦とまひるが制した。
ユリーシャは半狂乱で振り解かんとあがき、ランスの名前を呼びつづける。
「だああああああっっ!!」
頭を壁に何度も打ち付ける。
蹴りつける。殴りつける。転がりまわる。
めためたに暴れた。
壊せるものは、何でも壊した。
駄々っ子そのものであった。
「ぐおおおおおおっっ!!」
結論が結べない。
故に苛立ち。
故に暴れた。
そうして10分も暴れつづけ、
周囲の潅木を何本もなぎ倒し、
小屋の壁に数箇所の穴を開け、
全身がびっしょりと汗に塗れ、
ようやくランスは暴れ終えた。
884
:
夕陽が、罪を、照らす。(14/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:44:23
一旦爆発させた頭は空っぽになり、
余計な思考は霧消して、
今のランスは己の感情のみで、
本能に近い利己的な本音のみで、
結論を導いたのである。
「はあ、はあ、はあ……」
手足に無数の打ち身と切り傷を刻み。
ここで初めて、ランスがユリーシャを見た。
野武彦に制されつつも暴れていたユリーシャが、
居抜かれたように身を竦めた。
「……ユリーシャ」
ランスが、裁定を下す。
その時が始まるのだと、誰もが理解した。
「はい……」
「俺様は、お前を、許さん」
静かな声で、しかし、はっきりとした発音で。
ランスは自らの女を否定した。
ユリーシャは言葉を失い、膝をつく。
さしものランスも、常識的な。
それでも、どこか冷たいような。
そんな感想をまひるが抱いたが、
言葉には、続きがあった。
「だが、お前を、見捨てん」
885
:
夕陽が、罪を、照らす。(15/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:45:57
ユリーシャの気持ちが浮上する。
頬が上気する。
少なくとも捨てられない。
その事が分かった故に。
「誓え。お前がくじらに願うことは、『お前が殺したヤツの復活』だと」
「誓います」
「尽くせ。俺様のために、ためだけに、もっともっと」
「尽くします」
「そうしたら知佳ちゃんたちが生き返ったとき、俺様はお前を許してやる」
「ユリーシャは、捨てられないのですね?
ランスさまのおそばにいていいのですね!」
「言っただろう」
「俺様は、俺様の女には、優しいのだ」
感動しているのはユリーシャだけであった。
他の三者は醒めた目で見ていた。
かといって、他に適当な量刑も見当たらぬ。
日常で、ユリーシャの如き殺人者に裁きを与えるのであれば。
量刑はそれは15年〜無期の懲役となるであろう。
非日常である。
どうすべきなのか。
誰もが簡単に結論を結べぬ。
殺人を義務づけられたゲームの中で起きた、殺人を。
殺人を義務づけられた彼らが、いかに裁けるものか。
886
:
夕陽が、罪を、照らす。(16/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:46:32
故に、暗黙の了解として。
ユリーシャの飼い主たるランスに判決を求めた。
責任を一人に押し付けた。
故に、不安はあれど不満はなかった。
「まあ、今はそれでいいでしょう」
紗霧がまとめる。
まひるは紗霧に肩を叩かれ、肩の力を抜いた。
野武彦はユリーシャを解放した。
ユリーシャはランスに駆け寄り、ひしと抱きついた。
ランスはユリーシャの頭を乱暴に撫で付けた。
こうして、断罪は終わった。
この場にいた、4人の断罪は。
しかし、それで全てが終わったわけでは、ない。
「……よくありません」
恭也が、そこにいた。
いつから話を聞いていたのか。
まるで気配を感じさせずに。
紗霧たちの背後に陽炎の如く立っていた。
恭也は、繰り返す。
「よく、ありません」
887
:
夕陽が、罪を、照らす。(17/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:47:23
======================================================================
Ⅵ.それでも、守る
======================================================================
「俺は、その女を、許せません」
淡々と、恭也は口にする。
しかし物腰とは裏腹の、非情に剣呑な空気を、恭也は帯びていた。
それは、爆発前の火山口を思わせる風情であった。
今朝方、恭也はひとつの気付きを得た。
人を愛し、愛されることでのモチベーションの上昇に。
それは確かに力となる。
時に世界を救うほどの奇跡すら生み出す。
しかし。一つ間違えば。
愛を理不尽に失ったならば。
「誰がその女を許しても、許しません」
その世界を救うほどの力は世界を滅ぼすほどの力に、いとも容易く反転する。
今の恭也の如くに。
御神流の歴史二千年。
その根本原理として滅私を宿す理由は、ここにあった。
最大効率を求めた結果の最大公約としての滅私であった。
「誰がその女に執行猶予を与えようとも、許しません」
888
:
夕陽が、罪を、照らす。(18/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:48:20
恭也の視界は、赤く染まっていた。
それは茜空の為ではない。
極限を超えた怒りが、殺意が。
彼の視覚をも支配している為にである。
抑えられない。
留められない。
自分は冷静な人間であると、恭也は思っていた。
いかに感情的になろうとも、理性を働かせる余地は常に確保できていると思っていた。
その自分に自分の中にこんな激情が眠っていたなど、恭也は思わなかった。
純粋に、ひたすら純粋に、この女が許せない。
それだけで彼の精神も頭脳も、すべてが埋め尽くされていた。
「俺が、裁く」
じりじりと、恭也がユリーシャににじり寄る。
傍観者たちが、息を呑む。
あれほど周囲の全てを無視していたユリーシャも、生命の危機を感じてか、
ランスの背後に身を隠す動きを見せている。
ランスはそのユリーシャを庇うように、身を乗り出して―――頭を下げた。
「すまん、恭也」
前代未聞の珍事であった。
策略のために、その場しのぎのために、命乞いのために。
頭をさげることは、ランスにもあった。
しかし今のランスには、誠実な謝意があったのである。
「自分の女の不始末は、俺様の責任だ」
深々と、頭を下げる。
889
:
夕陽が、罪を、照らす。(19/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:48:55
「すまん、恭也」
ユリーシャも倣い、頭を下げる。
その瞳は潤んでいる。
陶然として。
傍若無人なランスが、自分のために頭を下げている。
その嬉しさに、胸を詰まらせて。
当然、謝意など微塵も無い。
「……受け取れない」
恭也は、拒絶した。
「そうか…… そうだな。
自分の女が殺されて黙っちゃいられないよな。
俺様だってお前の立場なら、そう思う」
「ならばランス、ユリーシャを引き渡せ」
「だがな、それでも、俺様は……」
ネイルソード―――
ランスがケイブリスから毟った爪を、恭也が加工し、調整した野太刀。
遡ること10時間前に生み出された、友情の証。
それを。
「自分の女を、守るぞ」
生みの親に、向けた。
上段に構え、静止した。
奇襲をかけないのは彼なりの後ろめたさの表れか。
恭也が正対するのを、待ちに入った。
890
:
夕陽が、罪を、照らす。(20/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:49:35
「その女を庇うというのなら――― あなたも、滅すべき、悪だ」
恭也は、小太刀を胸の高さで水平に構えた。
二人の呼吸が止まった。
秋の虫の音が、止んだ。
瞬間、恭也の姿が消えた。
秘奥義・神速の発動か?
否。
第三者の、乱入であった。
「いかんのじゃあ……」
891
:
夕陽が、罪を、照らす。(21/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:51:13
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Ⅶ.ただ一つの尊きもの
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「いかんのじゃあ…… 恭也どの、お主は、お主だけは……
正しくなければならんのじゃあ!
怒りに任せて人を殺めるなど、あってはならんのじゃあ!」
いち早く加速装置を発動させ、恭也の身柄を浚ったのは魔窟堂野武彦。
神速とは似て非なる科学的な超高速に耐え切れず、恭也の意識は失われている。
野武彦はだくだくと涙を流しながら、意識なき恭也に想いをぶつける。
ユリーシャの哀願。
まひるの指弾。
ランスの大暴れ。
恭也の憤怒。
それらに比肩しうる、魂の叫びであった。
「高町恭也…… もう少し理性の働く男かと思っていたのですがね」
紗霧が醒めた目付きで想いを吐き捨てた。
味方に放たれるにはあまりに冷たき言葉にまひるは反射的に反論しかけたが、
それより先に野武彦が言葉を返していた。
「そうじゃな…… 恭也殿であれば……
怒りを飲み込んでくれるであろうと、儂も思っておった……
残念じゃ……」
意外にも、野武彦は紗霧に同意した。
しかし口調にも眼差しにも、紗霧の如く冷ややかなものは無く。
代わりに顕れていたのは憂いと慈愛であった。
892
:
夕陽が、罪を、照らす。(22/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:52:24
「残念じゃが…… まだ、大丈夫じゃ。
今まで【間に合わぬ男】であった儂が、ついに間に合った。
恭也殿の手は、罪に塗れずに済んだのじゃから。
神聖な男の誓いは、破られずに済んだのじゃから」
野武彦は刹那の幻覚を見る。
―――ファインセーブだ、ヘル野武彦
むすっとした顔のまま、亡き盟友・エーリヒが、
夕闇空で親指をグッと立てていた。
野武彦もまた男のサムズアップで返礼した。
「ちょっとカッコいいトコ見せたと思ったらまた一人遊びですか。
こんどは何のヒーローごっこです?
ま、説明は結構。今は時間が惜しいですから。
さ、一時間後れのブリーフィングを始めましょう」
紗霧は、常の紗霧であった。
この、それぞれの感情が全力で次々と誘爆していった焼け野原にあって、
彼女はただ一人、冷静さを保ち続けていたのである。
「……もう、無理だよ……」
「……確かに、高町恭也を説き伏せるには余りにも時間がありません。
面倒ですが恭也を除いたプランに急いで修正しないといけませんね」
広場まひるが怒りの形相に固まった顔を両手で優しく解しながら、
紗霧の提案を、明確に却下した。
893
:
夕陽が、罪を、照らす。(23/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:53:31
「そういうことじゃなくってさぁ……
説き伏せるとかプランの修正とかそういうのじゃなくてさぁ……
恭也さんと、それからあたしも、
もうユリーシャちゃんと仲間でいるのは無理っていってるの!」
元々ユリーシャの罪の意識の無さに、恐怖感すら抱き、
結審の折にも一応は反対票を投じなかったものの、
どちらかといえば棄権にも近い消極的妥協をしたまひるである。
恭也の激情に絆され悲しみに寄り添うのは、当然の選択であった。
当然ではあるが、愚かな選択であった。
「さて、と。それでは恭也どのが目覚める前に、去るとするかの」
当然の如く、野武彦もまひるに倣った。
今の野武彦にとって守るべき大切な物とは恭也のことただ一つであり。
その恭也が守るべき価値を失いかねない危機に陥っているのであるから、
間違った道に進まないように彼の価値を守らねばならない。
ユリーシャとは引き離さねばならない。
「なにを血迷っているんですか、二人とも。
友情を摂取しすぎて悪酔いしてるんですか?」
.
894
:
夕陽が、罪を、照らす。(24/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:55:41
======================================================================
Ⅷ.誰にも届かない
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「いいですか忘れているみたいですからもう一度いいます。
あなたがたが揃って背負っているのは、明日です。
あなた、きみの、わたしの分だけではない。
ここにいる全員の、未来なんです」
紗霧は続ける。
戦友たちに。
どのような経緯、事情であれ、決戦が迫っている現状においては団結が重要であると。
ケイブリス戦を思い出せ、と。
知佳の死も同じ事。今は善でも悪でも団結すべきときであると。
一旦棚上げして、主催者を打倒してから決着をつければいいのであると。
ケイブリスに挑んだあの夜―――
一度は、みなの心に届いた紗霧の言葉ではあった。
その成果の大きさも、紗霧の能力も理解していた。
しかし、届かなかった。
ここにいる誰の心にも、紗霧の話術は通じなかった。
場を支配していたのは、理屈ではなき故に。
愚にもつかぬ感情故に。
「紗霧殿…… 理で割り切れんものもあるんじゃ。
軍師たるお主には分からん話かも知れんがの」
野武彦が恭也を背負い、まひるがそれを支えた。
895
:
夕陽が、罪を、照らす。(25/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:56:57
繰り返す。
紗霧はこの場でただ一人、感情を爆発させなかった。
それは、感情的にならなかったを意味しない。
感情を押さえ込み続けていただけである。
(これで、対主催勝利の目は消えましたか。 だったら……)
その、最後の爆弾が、ここにきて炸裂した。
非常に内向きに、誰にも分からぬ形で。
この場の誰よりも、最も危険な形で。
「……はあ、もういいです。
あれもこれもどれもそれも、もう知ったこっちゃないです。
勝手にしなさい」
紗霧は投げやり極まる言葉で、お開きを宣言した。
小屋組の崩壊は、ここで確定した。
「で、紗霧ちゃんはどうするんだ? こっちか、あっちか」
申し合わせの一つも無きままに。
それでもこの場の総意として。
3人と2人。
既に道は分かたれていた。
紗霧は迷う。
ユリーシャの殺害の動機を考えるに、ランスのそばにいれば
自分もそうなるリスクがある。
ユリーシャを見る。
ランスの腰に縋りつくこの女は、もう泣いてなどいない。
ランスの許しを得られた時点で、もう泣いてなどいない。
896
:
夕陽が、罪を、照らす。(26/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:57:21
そんな女が――― 反省などするものか。
「まあ、消去法でこちらでしょうね」
紗霧が恭也の側に歩み寄る。
まひるに笑顔が咲き、野武彦が渋面を作った。
「そうか。 まあ、そうだろうな」
続く言葉は、ランスなりの誠意であった。
「じゃ、俺たちが出て行こう」
.
897
:
夕陽が、罪を、照らす。(27/27)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 01:58:21
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Ⅸ.黄昏の終わり
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「世話になったな」
鷹揚に手を振るランスに寄り添ったユリーシャは、無言で楚々と頭を下げた。
王宮礼法に叶った、典雅な黙礼。
こんなにも御しがたい。
こんなにも恐ろしい猛獣をその胸に飼っていながら。
それを知る者たちの目にとってみても。
彼女は害意も悪意も知らぬ清楚清純な王女にしか見えなかった。
「お前たちは、果し合いに行くのか?」
「御陵透子。今からキャンセルって効きます?」
十数秒の沈黙は、否たる答えの表れであった。
「無理みたいですね。行くしかないでしょうね」
「ランスさんは?」
「ま、気が向いたら、な」
「ええ、そうですか」
な、と、ええの間に、瞳が交錯した。
紗霧が通信機をそれとなく撫で、ランスがインカムを指で弄んだ。
それが、別れの合図となった。
何時しか夕陽は没し、宵闇が小屋を包み込んでいる。
↓
898
:
夕陽が、罪を、照らす。(情報 1/2)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 02:05:44
(ルートC)
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【グループ:紗霧・まひる・恭也・野武彦】
【スタンス:主催者打倒】
【備考:全員、首輪解除済み】
【高町恭也(元№08)】
【所持品:小太刀、鋼糸、世色癌×1、インカム】
【備考:失血(中)、右わき腹から中央まで裂傷、気絶】
※ 冷静さを失っています
【魔窟堂野武彦(元№12)】
【スタンス:①恭也を守る
②得た情報はこれ以上漏らさない】
【所持品:454カスール(残弾 3)、インカム、世色癌×1、斧
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング
カスタムジンジャー】
【備考:疲労(小)、紗霧に不信感、まひるに恐怖感】
【月夜御名紗霧(元№36) with ナース服】
【スタンス:ステルスマーダー】
【所持品:グロック17(残弾 16)、金属バット、ボウガン、対人レーダー、
世色癌×3、紗霧専用通信機、インカム】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷、性行為嫌悪】
【広場まひる(元№38) with 体操服 & 木星のブルマー】
【所持品:グロック17(残弾 16)、せんべい袋(残 3/45)、世色癌×1、インカム】
899
:
夕陽が、罪を、照らす。(情報 2/2)
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 02:09:06
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → ?】
【グループ:ランス・ユリーシャ】
【スタンス:主催者打倒】
【備考:全員、首輪解除済み】
【ユリ―シャ(元№01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、グロック17(弾 17)、フラッシュ紙コップ
インカム、カスタムジンジャー】
【ランス(元№02)】
【スタンス:プランナーの事は隠し通す、男の運営者は殺す
恭也たちとは協力できない、紗霧の連絡待ち】
【所持品:カスタムジンジャー、世色癌×1、世色癌×1(隠し持っている)、
インカム、ネイルソード×2】
【能力:ネイルソードにてランスアタック可】
900
:
◆29ZH4ztR.E
:2012/08/08(水) 02:11:22
遅くなりまして済みませんでした。
次回予定は「決闘序章〜カウントダウン〜」。
果し合い編開幕です。
週末の投下を予定しております。
901
:
名無しさん@初回限定
:2012/08/12(日) 12:30:39
新作投下お疲れ様でした。
ついに来たるべき事が来てしまった感じですね。
対主催に漂う絶望感が半端じゃありません。
ユリーシャにとって断罪になってないように見えるのが何とも無情。
※SSまとめ再アップしました
パスはメール欄で
ttp://uproda11.2ch-library.com/11360002.zip.shtml
902
:
名無しさん@初回限定
:2012/08/19(日) 00:27:43
未来はもう、絶望しかないんだろうか?
903
:
名無しさん@初回限定
:2012/09/15(土) 23:12:17
じっちゃんがヤバイ、同行者全員が爆弾化してしまった
これは紗霧の漁夫の理優勝もありえるで
904
:
名無しさん@初回限定
:2013/02/21(木) 22:46:27
飯野賢治さんのご冥福をお祈りします。
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