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現代人が納得できる日蓮教学

1管理者:2005/07/16(土) 10:06:55

新しいスレッドテーマの提案が有りましたので、立ち上げます。提案文は以下の通りです。

1721 名前: 顕正居士 投稿日: 2005/07/16(土) 06:59:06

ここは「つぶやきすれっど」なので1700 1705 1706 1709 1718 1720などの内容について意見を交換するスレッド
を作ってはどうでしょうか?「現代人が納得できる日蓮教学」とか。

わが国の仏教の「現代」はいつ始まるのか?飲光慈雲が悉曇学を復興し、富永謙斎が経典成立史を解明した
18世紀だろうとおもいます。この時点では睡眠中の仏徒は未だ覚醒せず明治の廃仏に至った。ようやく各宗は
欧州へ留学生を送って、現代仏教学が誕生した。以後、わが国の仏学の発達はめざましい。だが各宗の先哲、
さまざまに改革の努力をしたけれども、ついに葬式仏教から脱化しなかった。現代仏教学の知見は薄弱にしか
普及せず、伝統宗学の学習すら衰退した。そこで人民の宗教需要はほとんどが新興宗教に吸収されていった。

結局、わが国の仏教は今は整然、3種類に分かれるに至った。学問仏教、葬式仏教、仏教系新興宗教である。
伝統宗学も学問仏教に属する。いつの時代でも高等な学問は少数学僧のことで、在家信者の多数は基礎的な
宗学も知らなかったといえばそうであろう。問題は間を繋ぐ一般僧侶の教養である。かつて日蓮宗諸派の壇林
では能化に至るのには20年ほどかかった。天台の六大部を隅々まで学習するのにはそれくらい必要であった。
今日では僧侶と在家信者の教養には大差がないから、仏教学者、宗学者たちは直接に在家信者を対象にした
著作をよく出すようになった。葬式仏教、新興宗教に満足しない読者は増加しているようである。読書仏教の
隆盛である。わが国の仏教が結果的に当たり前のところに到着したのだといえる。現代仏教学の見識の上に
立った仏学書を手引きにして、次には自ら仏典を読む、それが在家仏教徒の基本である。中国、台湾の仏教
はまったくこういうあり方である。漢文がわれわれよりも楽に読めるからであるが、仏教学が発達した日本では
サンスクリット語、パーリ語からの現代日本語訳経典も溢れており、仏教を学ぶにはわが国が最高の環境です。

784犀角独歩:2006/06/16(金) 10:08:41

一字三礼さん

般若経と哲学の関係へのご賢察、参考になりました。
法華経講義でも話題になりましたが、般若経周辺では、何ゆえ、あそこまで智慧に拘ったのか、この背景に東西文化交流はなかったのだろうかという類推が先の記述となりました。

『ミリンダ王の問』、また、ガンダーラ仏像の造形から見ても、大乗経典へのギリシャの影響は看過できないものがあろうかと思います。たとえばソクラテスは、釈迦と同時代の人ですね。しかし、西のソクラテス、東の釈迦の相互の影響は感じられません。前者はアポロンから語り、釈迦はブラフーマから語っています。しかし、滅後100年を経た頃から、仏像がギリシャの影響を以て造られるようになり、文字で経典を書き残すようにもなっていきました。前者には石工技術、後者は聖典信仰の隆起という点で、東西を代表する思想・文化と共通点が見出していけます。

このような時代背景で、もっとも最初に創られた経典が『八千頌般若』だった。では、Pnnya パンニャ(Prajynya(プラジュニャー))は智慧に力点が置かれたものであるわけです。知識への信仰という側面を感じるわけです。

このような態度は、ギリシャの Philosophy という態度と何らかの交流の結果ではないのかという視点をわたしは有しています。しかし、顕正居士さんのご説明を読めば、むしろ darśana(見)の延長と見るほうが至当なのだろうか、となれば、Philosophy>Pnnya は違っているのかとも思えました。

『法華経』は『八千頌般若』の次の創作経典であるという時系列で、さらにその定型化には2〜300年の時間を要しているようですが、そこに見られる態度は“信”の強調にあり、前者の般若の強調とは趣を異にしています。また、その底意には、輸入され習合し仏教の尊格となっていった数多の仏菩薩を整理し、釈迦一仏に統一しようとしたコンセプトを有しているわけです。そして、そこでは文字化された聖典信仰と仏塔信仰の融合があり、造像尊崇とも関連していくという東西交流の結果を垣間見ることもできます。

松山先生の調査、結果が楽しみです。bhakti は誠信、献信、信道などの漢訳と共“信愛”とも約されますね。信愛と愛知(Philosophy)、この比較こそ、わたしの興味の対象の一部です。

法華経における信は、adhimukti が正面ですが、その裏面に bhakti があるかどうか、次回の講義が待ち遠しい気持ちになりました。

785顕正居士:2006/06/17(土) 07:40:52
創価学会の爪跡は大きいですね。「日蓮大聖人の哲学」。
わたしも10年来、大石寺・創価学会関連のサイトや掲示板を見て来たので、そういう感覚はわかります。
「哲学」という語が「創価学会」を想起させるのですね。
創価学会は一見はカルトの中では穏便な部類ですが、2世、3世のトラウマは深い。そうおもいます。

786顕正居士:2006/06/17(土) 08:14:18
Bhakti 信愛 という語は法華経にはありませんが
自在者 イーシヴァラ への信愛が自我偈には高揚しています。
当時のBhakti思想の流行と無関係ではないでしょう。

法華経は般若空観を裏に置き、方便としての菩薩道の煥発を表にした経典です。
結構は阿含の経典をまねており、基本的には「法」への信仰を説いています、

松山俊太郎氏がおっしゃるように、日蓮は法華経に秘められたダルシャナを
13世紀日本に展開した思想家という方面があります。
日蓮はやはり「法」への信仰を説き、仏名でなく、実相の名である妙法蓮華経を
唱えよといった。しかし同時に寿量品・自我偈への信仰が極めて厚く、
ビルシャナ仏が釈尊として応現することを重視した。こうして日蓮宗学の顕本論は
法身、報身、応身の三説が並存するに至ったのです。

787犀角独歩:2006/06/17(土) 08:16:37

顕正居士さん

ご理解いただけまして、痛み入ります。

そのグループの特殊用語は、日常一般の言葉を借りていることも多く、そのような新年体系とはまったく関係のない場所にそのことを忘れて暮らしているとき、突然、この言葉に出会うと、フラッシュバックを起こさせます。

顕正居士さんのお考え、また、哲学という言葉には何の罪もないのですが、『仏教哲学大辞典』、通称、仏哲が仏教用語を知る最高の教科書であった者にとって、ここからの脱却に、どこか「哲学」という言葉に敏感になっているところがあるのかもしれません。

引き続き、ご教示、ご批正を賜れれば、有り難く存じます。

788一字三礼:2006/06/17(土) 15:43:19

顕正居士さん

> つまりdarśanaはphilosophyの全体とreligionの一部に重なります。しかし「思想」とも違うのです。

darśanaについてご教示くださり、ありがとうございます。このあたりの概念がよくわかりませんでした。 

> インド、チベットでは龍樹、世親などの確実な著述を正典とし、大乗経の言句は正典に合致するゆえに用いるに過ぎません。

確か、以前にもお書きになっておられたと記憶しておりますが、私にとってはかなり刺激的なご見解です。
大乗の「経」と「論」の関係は、部派の三蔵の基準とはまったく異なるということでしょうか。
現代の我々にとっては、龍樹も世親もすでに釈尊に負けず劣らず伝説の人物達ですが、インド人やチベット人にとっては、毘盧遮那仏よりはリアルだったのですね。

「中論」、「分別論」、「摂論」などを、聖典と位置づけて、それらの論釈に載る経文は採用する、という感覚はわかりません。「十住毘婆沙論」、「中論」、「法華論」などを読みますと、かなり自由な論釈立てはしていますが、それでも龍樹や世親は、「論」より「経」を重視する立場と感じます。

また先に挙げていただいた竜宮の大乗鉄塔の寓話からも、大乗の初期は「経」が最重要視されていたのではないでしょうか。時代とともに価値観が変化したのでしょうか。

789一字三礼:2006/06/17(土) 15:44:07

犀角独歩さん

> 西のソクラテス、東の釈迦の相互の影響は感じられません。

ソクラテスの環境は、アテナイの市民で、奴隷も使うことが可能な階層にあり、政治に参加することは義務・徳目とも考えられていた。そして最後は「悪法も法なり」という有名な言葉が示すように、ポリス・共同体の価値観に順ずることを美徳と考えたのでしたね。
一方、釈尊は、出家というアウトサイダー宣言により、インド限定の形態である「比丘」という立場をとり、そのスタンスを崩さずに、王・市民・国家と関わりながら生涯を送られた。
2人の偉人の教説の相違は、このような環境・立場の違いからあらわれるのかもしれませんね。

> 『法華経』は『八千頌般若』の次の創作経典であるという時系列で

部分的なものかもしれませんが、『法華経』の方が『八千頌般若経』よりも古い箇所があるようです。私ももっと真剣に調べてなければいけないことなのですが、なにぶんグウタラでして。

> 仏像がギリシャの影響を以て造られるようになり

これにつきましては、仏塔から仏像への形態が変わったのではないか、との説があるようです。確かに、紀元後一世紀ころの仏塔が彫られている彫刻群の中に、仏塔から仏の頭部と手が生えている写真を見ました。

790犀角独歩:2006/06/17(土) 21:05:33

一字三礼さん

なるほど。ギリシャ、インドの相違、実によく整理されていると思いました。
また、法華経には般若より古い部分がありますか。
わたしは単純化して考えすぎていました。
参考になりました。有り難うございました。

791犀角独歩:2006/06/17(土) 22:49:15

そうそう、一字三礼さん

> 仏塔から仏像への形態が変わった

これは仏塔というより、それまでは、釈尊は、足跡とか、あるいは転法輪で表されていたのではないでしょうか。

塔は、これとはまた、違うコンセプトであると思います。

792一字三礼:2006/06/18(日) 00:36:58

犀角独歩さん

> これは仏塔というより、それまでは、釈尊は、足跡とか、あるいは転法輪で表されていたのではないでしょうか。

原始部派仏教美術(BC3世紀からAD1世紀の終わり頃)と言われるものですね。アショーカ王の石柱とか、マラーヴァティの塔、ビタルコーラ石窟、サンチーの大塔などの限られた範囲ものですよね。
仰るように仏陀の表現が、菩提樹や仏足跡の千幅輪相から仏像を直接作るようになったのでしょう。
ただ、私が見たのは、幾つもの仏塔が彫られた彫刻群の中に、仏塔から手や仏頭が出ているものでした。

たしか、NHKで特集を組んで放送したと記憶しておりますから、ロムしている方で放送をご覧になった方がおられるかもしれません。

ガンダーラの仏像は明らかにギリシアの神像からの影響が認められますが、ガンダーラと同時期に仏像が作られ始めたマトゥラーでは、ギリシア・ガンダーラの影響を受けないインド的な表現の仏像が作られております。
特徴としては、螺髪があるものははっきりと巻貝のように渦を巻いたものであり(ガンダーラの表現は流れるような髪)、螺髪の無いものはまったくありません。また、肉づきが豊かで、筋肉隆々な弥勒菩薩像や観音菩薩像などは、このマトゥラーで作られたようです。

793顕正居士:2006/06/18(日) 07:02:43
>>788
インド大乗仏教は竜樹を開祖とする中観派と無着、世親を開祖とする瑜伽行派の二つです。
両派は後に合併し瑜伽行中観派になります。但しこれは学派であって教団ではありません。
教団(戒律)としての大乗仏教はインドには存在しませんでした。瑜伽行派では唯識の説は
竜樹の密意であるとするから、大乗学派は中国、日本でいう「八宗の祖」、竜樹を開祖とする
といえます。またこの大乗学派の興起以前に初期大乗経典の原型がすでに存在しました。
竜樹が大乗経についてどう評価していたかは難解です。主著である「中之頌」および同頌の
自註とチベットで伝える「無畏疏」では仏説とはアーガマを指し、仏陀とは彼をさかのぼること
500年の哲学者をいいます。大品般若経の膨大な注釈「大智度論」は梵本、チベット訳ともに
存在しません。チベット伝では「三身梵讃」は仏滅800年の後竜樹(竜叫)の作品だろうとする。
ただし「大智度論」が中国成立かというと、羅什訳は史実で、中央アジアにローカルな中観派
が存在し、この派の教学では法華経と大智度論を重視していたのではないかと想像します。

794犀角独歩:2006/06/18(日) 08:16:02

一字三礼さん、失礼しました。

手足の生えた仏塔のほうでしたね。

マトゥラ、また、サルナート、そして、ガンダーラの3箇所が主な仏像発生の知でしたね。それぞれ、違う特徴を有しています。わたしはサルナート仏が個人的には好きです。その中でギリシャ的特徴を有するのは、仰るとおり、ガンダーラ仏ですね。ただしかし、これら3箇所でほぼ同時期に仏像が始まっている点は、なんらかの理由があると思います。

この点では、わたしもNHK特集を紹介しようと思います。『ブッダ大いなる旅路』で、この点が語られていました。

http://blog.livedoor.jp/saikakudoppo/archives/50194744.html

マトゥラの仏像は、インドの土着信仰の尊像と仏像が当初、よく似通っていますね。(この点は追って、また、投稿しようかと思います)

795一字三礼:2006/06/18(日) 10:34:26

顕正居士さん

> 主著である「中之頌」および同頌の自註とチベットで伝える「無畏疏」では仏説とはアーガマを指し、仏陀とは彼をさかのぼること500年の哲学者をいいます。

仰るとおり「中論」には、大乗仏典は引用されていません。しかし、内容的には大乗に沿って理論展開されているように読めます。

「『中論』は論争の書である。インドにおいてナーガールジュナの当時にすでに成立していた諸思想体系を現前においてこれを攻撃し批判している。『中論』を読むと、韻文の大部分は攻撃的な口調で書かれていることに気がつく。」(講談社『ナーガールジュナ』中村元)

主とした対論相手は上座部の、説一切有部、犢子部、正量部などであり、仏教外の所謂外道については付け足し程度で、確定は出来ませんがヴァイシェーシカ学派、ニヤーヤ学派(正理論派)、サーンキヤ学派、ジャイナ教、時論師などが挙げられるようです。

「中論」に大乗仏典が引用されていない理由としては、「中論」が対論書であると言う理由のよるのではないでしょうか。

上座部や仏教外学派との対論であれば、主張の土台、または理論の典拠として大乗仏典を引用することは意味を為しません。
そのため、『中論』では、内容的には大乗を主張していても、大乗仏典、大乗の仏陀への言及がないとは考えられませんでしょうか。

『大智度論』、『十住毘婆沙論』等は、同じ龍樹の著作とは考えられませんが、『Suhrid lekha』は、『中論』の著者とさほどの違和感を感じませんが、こちらでは、大乗仏典や大乗の仏の名前が出てきます。

796顕正居士:2006/06/19(月) 06:47:48
>>795
一字三礼さん。

竜樹哲学の先行思想として般若経典があったことは否定できません。しかし中之頌の帰敬偈で
彼が認めているのは、あくまで彼を遡る500年の哲学者です。むしろ竜樹の権威によって般若経
が大乗学派に受容された可能性があります。
竜樹の学説に「顕正」の方面があったかといえば、嘉祥大師の説のようになかったのではないか
とおもいます。つまり竜樹に報身仏への信仰はなく、般若経典が彼の発想の元であったにしても、
彼は自身の論理を述べたので、先駆者として釈尊を認めたに過ぎないのではないかと思います。

797犀角独歩:2006/06/20(火) 07:28:56

『本門戒壇の大御本尊様の偽作説について』1606から移動しました。

乾闥婆さん

実はわたしは疑問とされる点について、合理的と言っては手前味噌ですが、ともかく、冷静に判断することを勤めています。

日蓮といわず、日本然仏教界は、未曾有の難問に遭遇しました。経典の後世創作という事実です。それから100年ほど経つことになるのでしょうが、各集団の在り方は学問と信仰の分離、それをしなければ、この科学を言うものの人格攻撃(謗法者扱い)、もしくは、己の信念体系から放擲することで是としてきました。はて、四弘誓願は、何処に行ったのだろうかという疑念が生じます。

わたしはつくづく感じたのです。石山圏で彫刻本尊の真偽を言うと魑魅魍魎扱いをされる、それでも、わたしへの賛同者は日蓮宗にもあった。ところが、日蓮摂受の人というと、今度は日蓮宗のなかからも反感を抱く人々が出たわけです。この時点で、わたしは「なんだ一緒じゃないか」と思いました。要するに、自分が信じていることの真偽を論じられることに反感を抱くという点で一緒のわけです。

自分の信念 …信仰といってもよいのですが… 新たな認識に基づいて、変更していくこと、これは当然のことであるのに、信仰者はこれができない。その原因は、信仰が何らかの実体験と関連しているからでしょう。そしてまた、その実体験は、その実体験をする背景となった教義、もしくは本尊と関連しています。つまり、教義・本尊の誤認を論じられることは、自身の信仰、実体験を揺るがされることであり、その実体験=信仰に支えられた自分自身を否定するという自我存立の危機感を彷彿する構造がここにあるのだろうというのが、わたしなりの分析です。しかし、ここでいう実体験は過去の出来事です。つまりは、それは過去を振り返った信仰ではないのかとわたしは考えます。前を見て進んで見ることです。過去の実体験にしがみつかず、常に前に進むことこそ、精進であるという思いがあります。

また、日蓮は鎌倉時代の人であり、そこにはその時代という制約がありました。つまり、科学としての限界です。ここで言う科学とは自然科学ばかりではなく、人文科学の限界という意味のほうが、寧ろ、強いと思います。

日蓮は結局のところ、鎌倉時代に60年ばかりしか生きていなかった、そこでできた探求には肉体の限界がありました。肉体の限界は思惟の限界をも意味します。日蓮が弘安5年で終えざるを得なかった思惟と精進は、しかし、遺された教義と人生の軌跡を追うことで継承できます。日蓮が60歳当時の考えをもったまま、20歳の青年となったら、次に何を考え出すのか、いまの時代を観たら、何を考え出すのか、わたしはその点を考えることに意義を見出します。では、その答があるか、と言えば、それは現時点ではないでしょう。それはいまここで生み出されようとしていることであるとわたしは思います。その現場で、鎌倉時代限定の日蓮を墨守することは、今風の批判の言葉を用いれば、原理主義への転落ということになるでしょう。そして、それは過去にしがみついた在り方でもないでしょうか。

わたしは、いま自分が至れている結論、もちろん、まだ過程経過の段階ですが、これを以て、20歳の自分に戻れたら、思惟の時間は存分にもてたと、いつも残念に思います。現年齢からすれば、残された時間は少なすぎるという思いです。しかし、わたしにできなくても、ここで記されてきたことから出発できる若者はいます。彼等は、わたしが死んだ後にさらに思惟を深めていけるでしょう。そして、その若者を老年となる頃、さらにその思惟を我がものとして、出発できる若者が、未来にいます。こうして、人類は発展してきたのでしょう。

日蓮の信じることは、日蓮の限界までを自分の限界にしてしまうのでは進歩はありません。わたし達は日蓮から出発しなければ進歩がないのです。
わたしが「日蓮の間違い」という毒々しい言葉を吐いた意味は、ここにあります。

798犀角独歩:2006/06/20(火) 19:50:07

『本門戒壇の大御本尊様の偽作説について』1617から移動

一字三礼さん

乾闥婆さんへの質問は取り敢えず、そちらにするということで。


> 偽経の存在は鎌倉時代でも知られていたそうですから。

そうですね。ということは、逆を返せば、偽経とされるもの以外は、真経とされたのではないでしょうか。

> 仰りたいことは大乗は仏説ではない、ということなのですか。

いえ、違います。経典は、後世の創作であるということですが。

なお、日蓮聖人は経典に説かれていることをすべて真実として認識されていたのではないでしょうか。でなければ、繰り返し「仏は大妄語の人」となると呻吟される必要はないからでしょう。

> 一切経を衆生の己心のことを考えておられた

この証拠はありますか。
まさか、日蓮が「真実」ということは皆己心の問題であるというわけでしょうか。また、お題目の修行も、単に己心のことであり、実証を問うことはナンセンスですか。

仮に、この掲示板ではなく、一般の人から、法華経は真実ですか。お釈迦様が説かれたものですか。鎌倉時代は末法ですか、と聞かれたら、一字三礼さんは、なんと答えるのですか。参考にお聞かせ願えませんでしょうか。

799一字三礼:2006/06/20(火) 22:03:45
犀角独歩さん
引用しながら投稿したので、スレッドを間違えてしまいました、失礼しました。

> 経典は、後世の創作であるということですが。

私は、経典とは仏弟子によって詩偈の形で幾世代も口誦されてきた仏説が、ある時代に経典として編纂されたと考えています。

独歩さんもご存知のように、松山師は、法華経の偈文と長行の梵文について、「長行は解りやすい梵文であるが、詩偈は古いプラークリットでとても読みづらい。詩偈部分が出来てから長行部分が出来るまではかなり時間が経過していると思う。」とのご見解を示されています。松山師の法華経講義に参加するようになってから、ますます思いを強くしました。

> なお、日蓮聖人は経典に説かれていることをすべて真実として認識されていたのではないでしょうか。でなければ、繰り返し「仏は大妄語の人」となると呻吟される必要はないからでしょう。

実は一番難しいのは、日蓮聖人の言う「真実」とはどういった意味なのか、ではないでしょうか。

確かに、独歩さんが仰るように日蓮聖人は、法華経は‘一言一句全て如来のご金言’と言います。
しかし、また同時に、観心本尊抄にしめされるように、法華経に登場し、歴史的存在であるはずの舎利弗などの四大声聞を「我等が己心の声聞界なり」と言い、寿量釈尊も「寿量品に云く『然るに我実に成仏してより已来、無量無辺百千万億那由佗劫なり』等云云。我等が己心の釈尊は五百塵点乃至所顕の三身にして無始の古仏なり。」 と‘我等が己心’で把握されている。
この法華経観は、‘法華経典は古代インドで釈尊が説いた’書物との認識ではないでしょう。やはり己心(内面)で把握していたのではないでしょうか。

「一品二半よりの外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名く。其の機を論ずれば徳薄垢重・幼稚・貧窮・孤露にして禽獣に同ずるなり。」(観心本尊抄)

法華経と言えど一品二半以外の部分は、‘小乗教・邪教・未得道教・覆相教’と切り捨てられたりもします。
日蓮聖人が‘法華経は全て真実’と仰っても、実は部分によってかなりの温度差があるようです。

> 一般の人から、法華経は真実ですか。お釈迦様が説かれたものですか。鎌倉時代は末法ですか、と聞かれたら、一字三礼さんは、なんと答えるのですか。参考にお聞かせ願えませんでしょうか。

Q 法華経は真実ですか。
A 古代の書物ですから、古代インドの神話や伝承、世界観の中に、仏教の非常に重要な法門が説かれています。

Q お釈迦様が説かれたものですか。
A 仏教の大事な法門が、仏弟子達によって詩の形で口伝され、それが紀元前後に経典に編纂されてものです。

Q 鎌倉時代は末法ですか。
A 末法と言ってしまえば、法華経が編纂された当時もすでに末法と考えられていたのでしょう。末法とは、いつの時代でも仏教徒は使命感と危機感とを持って仏法を広めていかなければならない、という警鐘でしょう。

はたしてご参考になりますでしょうか。まるで当たり障りのない坊さんの説法みたいな少し肩透かししたような答えにしました。
私の信仰観は多少複雑ですので、ちょっと書き込むのは難しいのですよ。

800乾闥婆:2006/06/21(水) 00:30:23
犀角独歩さん。一字三礼さん。

レスポンスありがとうございます。
仕事が忙しく明日も朝が早いので、後日改めてレスをさせていただきます。

ただ一点だけ。
>‘明らかな間違い’とまで仰るのでしたら正確な仏滅年を教えてください。100年も幅のある仮説はいりませんから、正確な年代をお願いします。

正確な仏滅年などいまだ判明していないと思うのですが。私が使っているのは『岩波仏教辞典』の初版です。そこには「釈迦」の項目で「前463-383頃、一説に前566-486頃」とその生没年は記されています。いずれの年代にしても明らかに仏滅後二千二百三十余年ではないので、‘明らかな間違い’と書きました。もしも一字三礼さんの知られる範囲で仏滅後二千二百三十余年と測定できる伝承ではない生没年の説があるようでしたらご紹介ください。‘明らかな間違い’は撤回させていただきます。

以前、このスレッド上で私もまた「我等が己心の釈尊は五百塵点乃至所顕の三身にして無始の古仏なり」等を引きつつ、蓮祖の信仰を己心の問題へ回収することは可能ではないかと主張したことがありましたが、蓮祖は法華経に書かれてあることを事実であると考えられていたとの犀角独歩さんの主張に、驚愕したことがありました。その辺りの遣り取りをもう一度読み返しつつレスさせていただきたいと思います。

801顕正居士:2006/06/21(水) 01:33:22
「仏滅年代」を検索すれば詳しい記事がいろいろありますが、要点は簡単です。

1 北伝(漢訳伝)  前4世紀
2 南伝(パーリ伝) 前5世紀

100年違うのはアショカ王出世を北伝は仏滅100年、南伝は200年とするからです。
漢訳伝はパーリ伝より古い、南伝は同名の王を混同したと説明できる。日本の学者はこの説を取る。
漢訳に疎かった欧米の学者は今までは南伝を取る人が多かった。

あと、中国、日本にはトンデモ説がありました。唐代の偽書・周書異記の瑞祥譚から600年、仏滅を
繰上げました。釈迦出世を老子より以前にする必要からです。しかし仏滅何年に何が起ったという
のは仏典のままです。インドの歴史と中国の歴史を600年ずらしたのです。つまり日本書紀や旧約書
と同じ作為です。単なる間違いではありません。アショカ王の年代はギリシャの記録によって正確に
今はわかります。

802犀角独歩:2006/06/21(水) 06:17:16

一字三礼さん、有り難うございます。

> 経典とは仏弟子によって詩偈の形で幾世代も口誦されてきた仏説が、ある時代に経典として編纂された

まあ、初期経典などは、このような説明は成り立つと思いますが、しかし、法華経に説かれるSFのような壮大な物語は、もはや、その説明では不足ですよね。眉間白毫、三十二相八十種好、多宝塔、地涌菩薩等々、こんなことまで、釈迦が語ったとは到底考えられません。教えにしても、釈迦の言説としては、せいぜい八正道・四聖諦どまりで、十二因縁ですら怪しいのではないでしょうか。

また、かつて雖念さんも指摘されていましたが、仏教集団(に限らず、古代の祭政とは抑もそんなものであると思いますが)ドラッグは不離の関係で、幻視・幻聴・幻覚状態で指導者が語ったことや、創作者が“見聞”したことが多分に入り込んでいるのではないでしょうか。

以上のような次第が想定されますから、口誦伝承が原型とはとても言えないと思いますが、どうでしょうか。

> 松山師…

師がいう、詩偈先行はもちろん、納得するところですが、しかし、それらが原文が、釈迦の直説であるとは言っていないと思いますよ。

> 実は一番難しいのは、日蓮聖人の言う「真実」…意味

ええ、もちろん、これは一つの難問です。
ただ、わたしがここのところ、言ってきたのは、日蓮が基礎にした当時の通年は、現代では通用しない、基礎資料の間違いに基づく教義が、正しいとは言えないということですから、これはまた別の問題です。

> 己心

では、日蓮はどこまで、己心とするのでしょうか。
本尊抄の記載は、智邈止観の三千不可思議境、湛然の一念三千を追体験ですね。「説己心中所行法門」です。ここでいう法門とは、もちろん、十法界のことでしょう。ここで想定されているのは止観禅の観法ですから、当然、己心に違いありません。しかし、たとえば、その題名『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』という如来、末法、本尊のうち、己心に係るのはしかし、本尊だけではないでしょうか。如来も己心、その説・滅も己心ということではありません。

日蓮は釈迦を実在の人物としてとらえ、自分を去ること二千年前に入滅していることを事実として掌握していたでしょう。この部分が己心法門であるということではありません。その前提で、わたしが申し上げているのは、日蓮の如来観、自分を去ること二千年、法華経は釈迦の直説と言った基礎的な考えが違っていたということです。

>> Q 法華経は真実ですか。
> A 古代の書物ですから、古代インドの神話や伝承、世界観の中に、仏教の非常に重要な法門が説かれています。

これは、質問と答が一致していません。その重要な法門は釈迦が説いたものですか、それは真実ですかという質問です。

>>Q お釈迦様が説かれたものですか。
> A 仏教の大事な法門が、仏弟子達によって詩の形で口伝され、それが紀元前後に経典に編纂されてものです。

この点については、上述しましたが、では、宝塔涌現、地涌付嘱も釈迦が説いたものですか。

>>Q 鎌倉時代は末法ですか。
> A 末法と言ってしまえば、法華経が編纂された当時もすでに末法と考えられていたのでしょう。末法とは、いつの時代でも仏教徒は使命感と危機感とを持って仏法を広めていかなければならない、という警鐘でしょう。

末法思想というのは、たしかにそんなものでしょう。
しかし、日蓮の教学は、これでは説明できないでしょう。2000〜2500年の限定用法にこそ、その意味があるからです。それはつまり、先に挙げた『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』という題名が示すとおりです。仏滅年代が違えば、日蓮の教学は瓦解します。日蓮の自覚も根本から覆ることになりませんか。

わたしが以上の点に拘るのは、自分の信仰の見直しということです。人に質問されて矛盾したことは答えられないというわたしなりの善意と責任感からです。

803今川元真:2006/06/21(水) 12:28:11
【点・線・面の点】 ●ゴウタマシッダルタor存在したかもしれない久遠実成仏、500年後の5(五時判の5倍)or久遠実成の覚り(観心)から500年の5倍●経典所説諸々→信学行→真実の妙法蓮華経、真の一念三千、真の仏(如来)≒経題主題の真実証明●滅後法華経誹謗の者を指すなり(リアル)、経典諸説(フィクション系)→法華一乗宣揚(経典核心の真実)→皆成仏道●シャクソンから譲り受ける因行果徳の範囲(始成正覚or久遠実成or一念三千が造り出す経典世界)●鎌倉時代の修行方法と21世紀時代の修行方法は違う?

804一字三礼:2006/06/21(水) 12:30:01

犀角独歩さん

> 口誦伝承が原型とはとても言えないと思いますが、どうでしょうか。

いいえ違います。
経典、特に法華経などは、古くから伝承されてきた法門が詩偈(重偈)であり、それを補足・説明するのが長行です。ですから構成自体にも口誦伝承の形がはっきりと残っております。

> 仏教集団(に限らず、古代の祭政とは抑もそんなものであると思いますが)ドラッグは不離の関係で、幻視・幻聴・幻覚状態で指導者が語ったことや、創作者が“見聞”したことが多分に入り込んでいるのではないでしょうか。

「幻視・幻聴・幻覚状態で指導者が語ったこと」の‘指導者’とは誰を指すのでしょうか。
仏教徒にとっては、‘仏教とドラッグが関係ある’とする発言は、これだけ聞くと非常にショッキングなものです。
このようなご主張をされる時は、まず仏教とドラッグの関係を示す明確な証拠なり資料を提示なさるべきでしょう。

>> 法華経は真実ですか。

独歩さん、これはあなたが設定した設問ではありませんか。私が言ったものではないですよね。
私は法華経を真実であるか、真実でないかの二者択一ではみておりません。
だいたい、仏教というものは2500年前から続く大きな文化潮流であり、日本においても宗教・文学・芸術・生活とあらゆるところに大きく影響を及ぼしております。その中でも特に法華経の影響が最も大きいでしょう。
文化や思想潮流としてすでに12世紀以上もの永きにわたって定着し、多大な影響を及ぼしている法華経です、それを‘真実か真実でないか’この視点で判断することには、失礼ながら私は意味がない、というより‘もったいない’と思うのです。

法華経は、約2000年前、インドないしは中央アジアで三期または四期にわたって編纂されたのでしょう。その古代インドの書物は素晴らしい構成力で、他の大乗経典を寄付けない壮大な世界観を持ちます。また、初期大乗経の特徴でもある、節度を持った禁欲的で素朴な教説も魅力的です。

須弥山を中心とする九山八海の世界に、天龍八部衆が侍り、霊鷲山の虚空で数え切れないほどの仏や菩薩達が奥深い法門を語り、信じられない神通力を使うのです。
この法華経から、文学を志す者は文学的表現を学び、芸術を志すものは作品に取り入れ、僧達は不軽菩薩に忍耐の範を見たのでしょう。

このようにして、たぶん昔から日本人がしてきたように、有用なところは取り入れ、そうでないと思われるところは採用しなければよいでしょう。

松山先生の法華経講義で、更なる法華経の奥深さに気付かされるようになったのは、私だけではないはずです。
その法華経を‘真実か、真実でないか’で斬ってしまうことは意味があるのですか。

805一字三礼:2006/06/21(水) 12:54:46
乾闥婆さん

> 正確な仏滅年などいまだ判明していないと思うのですが。

あなたはご自分の発言の矛盾しているのがお分かりになりませんか。
北伝の仏滅説を‘明らかな間違い’としながら‘正確な仏滅年代などいまだ判明していないと思う’という。
これでは、あなたが‘明らかな間違い’と指摘する根拠がないということになるでしょう。

ただ、この件につきましては、意味がありませんのでこれでお終いにしましょう。小さいことこだわって、私が意地の悪い書き方をしました。

顕正居士さん

仏滅年代についてのレスありがとうございます。
トンデモ説はとても面白かったです。

806犀角独歩:2006/06/21(水) 13:29:05

一字三礼さん

> …構成自体にも口誦伝承の形

わたしは具体的な質問をしています。
では、経典に登場する仏菩薩など、法華経で云えば、多宝塔、地涌菩薩は釈尊の伝承であるという考えだと云うことでしょうか。

> 「幻視・幻聴・幻覚状態で指導者が語ったこと」の‘指導者’

経典として語った人ほどの意味です。

> ‘仏教とドラッグが関係ある’…明確な証拠なり資料を提示なさるべきでしょう。

この点は既に雖念さんが詳しく記しています。
『悟りを科学する』は、その点を論じ合ったスレッドでした。
http://jbbs.livedoor.jp/study/364/#15

ドラッグ [drug]
薬品。薬種。薬剤。(三省堂提供「大辞林 第二版」)

別段、わたしが初めて論じるようなことではなく、たとえば日蓮も行った修法・虚空蔵求聞持法では、水銀を使用していることは既に指摘されていることで、ここで得る太陽体験は水銀中毒との因果関係は論じられてきています。このような事情は、何も日本ばかりのことではなく、洋の東西を問わず、いずこでも行われてきたことではないですか。また、現代でもアジアでは、仏教僧がドラッグを使用することは珍しいことではないとのことでした。

>> 法華経は真実ですか。

切り文されては意味が違ってしまいます。
わたしは「重要な法門は釈迦が説いたものですか、それは真実ですか」と訊いたわけです。歴史のなかにおける解釈添加を云ったのではなく、多宝塔の物語や、地涌菩薩の物語は釈迦の直説かという質問です。

> 多大な影響を及ぼしている法華経です、それを‘真実か真実でないか’この視点で判断することには、失礼ながら私は意味がない、というより‘もったいない’と思うのです。

それとこれとは問題が別でしょう。
影響を及ぼしそれがよい結果であったかどうかと、日蓮が基礎にした資料が偽であったかと、どうして一緒に論じるのでしょうか。
ここで問題にしているのは、影響・作用についてではなく、あくまで、資料(経典)の真偽ですよ。それを、明確にすることは、もちろん、意味があります。

> 法華経を‘真実か、真実でないか’で斬ってしまうことは意味があるのですか。

ああなるほど。わたしが斬ってしまっているように映じるというわけですか。

そうではなくて、わたしは「法華経は釈尊が説いた直説真実ですか」と問われた場合、「違います」としか答えようがないと言っているわけです。
しかし、そうではあるけれど、その精神、仏教の歴史の中で培われてきたものは捨てがたい、と答えるという道筋を言っているわけです。

影響があるから偽者であるとはいえないなどという論法は、しかし、成り立ちません。わたしはそんな論法は一種の詭弁であると思いますよ。

よい影響力があるからその真偽を問うのは意味がないというのであれば、「本門戒壇の大御本尊様から功徳をいただいたという人がいるのだから、その真偽を問うことは意味がない」という論法と同列ですが、如何でしょうか。

なお、仏滅年代に関する乾闥婆さんの質問は、一字三礼さんのほうが矛盾していませんか。わたしは、日蓮が採用した仏滅年代は間違っていませんかと記しました。しかし、あなたはそれに対して、答えていません。日蓮教学を採用するというのであれば、鎌倉時代が末法であったこと、その説が釈迦の直説であることを、証明しなければならないのは、その主張者のほうです。日蓮の時代が仏滅2200年であると説明する義務は日蓮信徒が負っている責務です。

807今川元真:2006/06/21(水) 16:30:10
誤字脱字失礼しました。 500年後の5(五時判の5)倍、 (リアル系)

808一字三礼:2006/06/21(水) 17:51:40
犀角独歩さん

> わたしは具体的な質問をしています。

私はすで具体的にお答えしました。
この上の設問は、特定の答えに誘導されているかのようです。
私は独歩さんと同じ視点で意見を述べているのではありません。

法華経で聞きたいことがあれば、松山先生の法華経講義の時に、直接、先生に質問されてみてはいかがですか。

> 日蓮も行った修法・虚空蔵求聞持法では、水銀を使用していることは既に指摘されていることで、ここで得る太陽体験は水銀中毒との因果関係は論じられてきています。

虚空蔵菩薩求聞持法の修法は一つではありません。
日蓮聖人が行った修法が特定されているのですか。その修法の中で、日蓮聖人が水銀を使用されたということでしょうか。

>> 法華経は真実ですか。

法華経を観る視点が違うのです。私の意見は最初に述べております。ご確認ください。

> 影響を及ぼしそれがよい結果であったかどうかと、日蓮が基礎にした資料が偽であったかと、どうして一緒に論じるのでしょうか。

日蓮聖人が基礎とした資料とは法華経を指すのでしょうが、現代において法華経のような仏典を「真か偽か」で問うことに意味がないと申し上げているのです。
法華経が「真か偽か」にどうしてもこだわるのであれば、この件も松山先生にご質問されてはいかがですか。

> わたしはそんな論法は一種の詭弁であると思いますよ。

私は自分の意見を言っているのですよ。
「法華経は釈尊が説いた直説真実か否か」に意味はないと主張しているのです。
詭弁を弄する者と言われるのは心外です。

> よい影響力があるからその真偽を問うのは意味がないというのであれば

勝手に作らないでください。私は「よい影響があるからその真偽を問うのは意味がない」などとは一言も言ってはおりませんよ。

法華経というものは、約1200年も前から宗教書としてだけではなく、文化・芸術・文学その他に於いて深く根付いているものであるから、現代でも有用と思われるところは使い、それ以外は使わなければよいのではないでしょうか、と言っているのです。

> わたしは、日蓮が採用した仏滅年代は間違っていませんかと記しました。しかし、あなたはそれに対して、答えていません。

答えられなくて当然でしょう。仏滅年代はいまだ特定されておりません。
だから「日蓮が採用した仏滅年代は間違っていませんか」と問われれば、現行資料からは、「正しいとも間違っているとも言えない」となります。
ところが「明らかな間違い」と乾闥婆さんが仰るので、それは根拠のないことではないでしょうか、と言ってのです。

809一字三礼:2006/06/21(水) 18:11:49
> 802

> 日蓮は釈迦を実在の人物としてとらえ、自分を去ること二千年前に入滅していることを事実として掌握していたでしょう。この部分が己心法門であるということではありません。その前提で、わたしが申し上げているのは、日蓮の如来観、自分を去ること二千年、法華経は釈迦の直説と言った基礎的な考えが違っていたということです。

日蓮聖人の法華経は本門立ちです。その本門の中心の寿量釈尊は「常在霊鷲山」を宣言されます。
もしも聖人が法華経を単純に、全て文字通りに信じていたのであれば、釈尊は二千年前に入滅された、とは考えないで、今もインドにいらっしゃると考えたでしょう。
もしそうなら「一心欲見仏 不自惜身命」の文の通り、日蓮聖人はインドに向かわれたことでしょう。
ところがご遺文では、実在のインドの霊鷲山という土地には、まったく興味をしめされない。

そして日蓮聖人は霊鷲山を、田村先生のお言葉を借りれば「成る浄土・ある浄土・逝く浄土」として把握されていた。
これは、法華経を二千年前に実際に説かれたものとして観ていたのではなく、宗教書として内面から捉えていたからでしょう。

810顕正居士:2006/06/22(木) 01:22:29
中世日本人に歴史という概念はあったか?

を考えると、古代日本人にすでにあったでしょう。記紀では神代と人代を区別しています。
つまり神話と歴史の区別です。文字がなかった時代と文字を輸入した時代ともいえます。
ただし二つの時代の移行期には神話とも歴史ともつかない期間が存在します。
室町時代が日本で仏学が最もパワーがあった時期で、江戸時代に入ると儒学、洋学に
その地位を譲ります。知識人は仏教を「愚夫愚婦」の迷信とみなすようになりました。
その理由として仏者の歴史概念の欠如があったでしょう。日蓮の遺文を見ましても、
彼はまったく神話の中に生きている、対して近世的意識にすでに到達していた北条氏は
このフィクションの中に生きるデマゴーグの処置に困惑したでしょう。
しかし遺文を見れば、扇動家の性質に溢れているとはいえ、知的な人物でないわけではない。
それは江戸時代の仏者といえども同じです。要するに、問題は仏教にあります。
仏教は「唯心論」ですから、結局、Aと非Aの区別がありません。無論理なのです。
つまり、「愚夫愚婦」の迷信需要に応じて、仏者の利益になることを説くに過ぎない。
室町時代になぜ、日本で仏学が最もパワーがあったかといえば、この時期は本覚思想の
クライマックスで、唯心論の克服が行なわれたからです。

811乾闥婆:2006/06/22(木) 01:45:46
一字三礼さん。

>これでは、あなたが‘明らかな間違い’と指摘する根拠がないということになるでしょう。

私は‘明らかな間違い’と指摘する根拠を示しました。『岩波仏教辞典』「釈迦」の項目における生没年「前463-383頃、一説に前566-486頃」。

>いえ、そんな感じだったのではないでしょうか、もしくは一番理屈が通っていると考えたのかもしれませんね。

驚きました。蓮祖の遺文中に「いくつかの教相判釈があり、それらはどれも相応に正しい」と受け取れる記述があるのですか。

>「四十余年未顕真実」とは「無量義経」に出てくる経文のです。経典に説かれる事柄を日蓮聖人が現実と捉えていたと考えるのはナンセンスであり、意味がありません。

なぜ経に出てくる「四十余年未顕真実」という言葉を蓮祖が現実ととらえていたと考えることがナンセンスなのでしょうか。現に蓮祖聖人はこの言葉を使われて法華経の優位性を主張されています。

>これは、法華経の釈尊の仏土を顕す経文で、現実的にはありえようもない娑婆浄土ですね。これを現実にインドに存在すると考えられたでしょうか。

それら法華経の記述を、現実的にはありえないと考えるのは、現代人の視点ではそうなのだと思います。中世日本において、経典表現の位置づけが、広く虚構と受け止められていたのでしょうか。なによりも蓮祖が虚構と認められていたとはっきり分かる遺文はあるのでしょうか。

>本当に日蓮聖人が法華経が全て事実であり、現実に起こったことと把握したのであれば、日蓮聖人はインドの霊鷲山に向かわれたのではないですか。「常在霊鷲山」は法華経の中心、寿量品のご金言ですから。

そうでしょうか。「一心欲見仏 不自惜身命 時我及衆僧 倶出霊鷲山」であれば「南無妙法蓮華経」と唱える蓮祖はすでに「常在霊鷲山」の教主釈尊を体感しているのではないでしょうか。この点は以前の犀角独歩さんの発言に強い感銘を受けました。

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1121476015/125

>日蓮聖人は法華経のみならず、一切経を衆生の己心のことを考えておられたのではないでしょうか。これは顕正居士さんが仰るように、仏典は報身如来の説と考えられたからでしょう。

己心をめぐっての議論は一字三礼さん犀角独歩さんとの議論を待ちたいと思います。私はむしろ「日蓮聖人は法華経のみならず、一切経を衆生の己心のことを考えておられた」と受け止めたい人間です。しかし現在はこのスレッドでの遣り取りを通してそのように受け止めなくなってしまっています。そのことにも私は苦しんでいるのです。

812乾闥婆:2006/06/22(木) 01:46:27
犀角独歩さん。

>教義・本尊の誤認を論じられることは、自身の信仰、実体験を揺るがされることであり、その実体験=信仰に支えられた自分自身を否定するという自我存立の危機感を彷彿する構造がここにあるのだろうというのが、わたしなりの分析です。

そのとおりだと思います。ですから私は現実と信仰を切り離し、虚構を虚構として自立させて信仰を全うしようと考えていたのでした。しかし私は虚構の住人にはなりきれませんでしたし、それでよかったのだと思います。それによる苦しみは受け止め続けなければならなくなりましたが。

不思議であるのは犀角独歩さんが、「それが漫荼羅を本尊と思い、日蓮が確定した唱題という行をやるという方法論は、採ってもいいと思います。大いにやってみるべきです。わたしは唱題も読経も好きですし、やれば、やってよかったといつも思います。」といわれたことにありました。また犀角独歩さんはこのようにも言われます。「日蓮は基礎データは間違えた。しかし、真実の究明しよう、善意で行動しよう、民衆と国土を救いたいという気持ちは間違っていない、わたしは、その日蓮を信仰していると言っているのです。つまり、教えが間違っていても、その精神性と事実究明という姿勢は信仰に価すると言っているのです。」言われていることはわかるのですが、いつも腑に落ちないのは、精神性や姿勢というものは、見習うべき一つの範例ではあっても、信仰の対象にはならないのではないかということです。信仰には形態や方法論が必要なのではないかと考えるのです。しかし精神や姿勢にはそのようなものはありません。ですので、形態として、方法論として、曼荼羅に向かっての唱題を私は選んでいるのですが、それは間違われた「基礎データ」の上に成り立っているわけです。このような状況をどうしたらよいのでしょう。犀角独歩さんにおける信仰の形態の意味合いといったものはどのようになるのでしょうか。

813乾闥婆:2006/06/22(木) 01:55:28
顕正居士さん。

いつも意義ある情報提供をいただき、ありがとうございます。少し投稿が錯綜してしまいましたが、非常に興味深い視点に気づかされました。そうしますと中世日本の僧侶に経典の虚構性をはっきりと認識し現実の歴史と判別する視点はありえたのでしょうか。

814顕正居士:2006/06/22(木) 05:27:42
>>813
虚構性なんか、いつの時代の人でも大乗経を一見すればわかります。
虚構だけれども、どれにも説主として仏教の開祖である釈尊が出て来る。
だから、何か釈尊と関係があるフィクションとして整理したのが教判です。
その上で寓意を拾って来るのが「観心」です。
インドの現実の歴史のことは、今だって、たいしてわかりません。
ただし日本天台の本覚思想家は虚構性をよりはっきりと認識した。
対して日蓮は神話の中に生きていた。だから大衆が付いたのですが、
天文法乱に至った。しかし比叡山も破却され、山僧は日蓮宗に亡命した。
ここに観心主義の教学が興って、神話を比喩と解釈するようになった。
そうして生まれたのが「御義口伝」などです。

815今川元真:2006/06/22(木) 06:24:58
横レス失礼します。 宗教は理想像・理想論に近づく為のイメージトレーニングと現実社会との折り合いがある訳で、僧でも夢幻の虚構で何十年も信徒を騙し通す事はできないから、 末法の始めと断言し経典の泥沼から蓮の花を咲かせるように本門様式を創出させて、より理想が現実に形造り易いように表現した漫陀羅が日蓮聖人の確信の一つだったのでは無いでしょうか。日蓮聖人は主師親の徳をある程度備えているので漫陀羅を拝まなくても良いのですけれど、文字の読み書きも儘ならない人々は説法を聞き漫陀羅を拝んで礼拝を修行するしかなかった。嘘から出た真が実を伴うかは個人の信学行次第。蓮華の育て方次第。

816ななしさん:2006/06/22(木) 07:18:02
今川さん
なるほど。感じ入りました。それは蓮師の誓願だったのかも知れませんね。開目抄の一節が身に迫ってくるようです。
蓮師は、精神作用の不思議さを分かっていたように思います。心が大事であるといわれ、心の影響力を重視されていたと思います。勇気、慈悲、忍耐といった善の徳性をどう現実の上にあらわし、良き人生を歩ませ、よき社会を現出させるかを考えておられたのではないでしょうか。

817犀角独歩:2006/06/22(木) 07:55:31

一字三礼さん

松山師からは、梵本の講義を受けていますが、師は、まったくの無信仰で、既に、法華経は西暦前後に創られた最高傑作の“物語”であるといっていますよ。
また、師の見解も、見解のなかの一つです。なぜ、ここで松山師を引き合いに出すのか意味がわかりません。

また、何度も繰り返しますが、わたしがここで問題にしたのは、西暦前後に創作された法華経が釈迦の直説ではないこと、日蓮は自分が釈迦滅後2000〜2500年に生きたとしたこと、しかし、その基礎の分析を間違えたと、近代の科学成果から記したわけです。これは一字三礼さんの信仰とはまったく関係がありません。また、あなたの日蓮・法華経理解とも関係がありません。科学的な話です。

誘導などといっていますが、そもそも「日蓮は間違えた」というわたしの投稿に端を発したことです。わたしは当初から一貫して近代科学における成果に基づいて記しています。これは信仰とは関係のないことです。また、その信仰に基づく各人の感情、理解も関係ありません。

>「法華経は釈尊が説いた直説真実か否か」に意味はないと主張

とすることは、わたしの上記のカテゴライズが科学であるのに対して、信仰から異見を述べられていることを明らかに物語っています。ナンセンスです。

当スレは『現代人が納得できる日蓮教学』です。科学的成果を、自身の信仰から改変して理解するような姿勢には、わたしは現代人は納得しないと考えます。

818犀角独歩:2006/06/22(木) 08:16:05

乾闥婆さん

> いつも腑に落ちないのは、精神性や姿勢というものは、見習うべき一つの範例ではあっても、信仰の対象にはならないのではないかということです。信仰には形態や方法論が必要なのではないか

たぶんこの点は、信仰という言葉の概念規定の差異があるのではないでしょうか。

わたしが日蓮の善意と姿勢、行動を信仰するという場合、それは「信じ仰ぐ」ほどの意味にしか過ぎません。

ここ数年の議論で既に論じられたことですが、そもそも原初教団では「信」はそれほど、重大な意味を持っていなかったでしょう。仏教集団が「信」を強調せざるを得なくなったのは、バカバットギータの影響で、バクティ型の帰依が定着した以降のことでしょう。わたしは、これは外来思想であると考えますし、そもその、こんな絶対者信仰は仏教に悖ると考えます。ですから、善いことは信じ仰ぐという意味以上で、自分の信仰は扱いません。これは取捨一の観念ではありませんから、釈迦の善いところを信仰する、日蓮の善いところを信仰する、場合によっては法然の善いところを信仰する、聖書の善いところを信仰するという複数摂取の意味で使っています。bhakti からの卒業、adhimukti の志向ほどの意味でもあります。

よく引用するのですが、わたしは、下記の高橋師の一節に強く感銘を懐き、師との親交をかつて深めた一人です。ですから、シンボルの病からの脱却という‘功徳’は仏教の秀でた一面であると考えています。しかし、そこで経典、御書、本尊を絶対視するとき、それでは仏教とは成らないだろうという思いもあります。

「教祖の釈迦は、現代のカルト的宗教が説くような、「私を信じなければ不幸になる。地獄におちる」式の脅しの言説は一切していない。
とはいえ仏教が輪廻思想から自由でないのは、当時のバラモン(婆羅門)や沙門(シュラマナ)たちが共有していた文化的な枠組みのなかで釈迦が生きていたからだが、釈迦にとってより重要だったのは、死後の世界よりもいま現在の人生問題の実務的解決であり、苦悩の原因が執着によっておきることを解き明かし、それらは正しい八つの行ない(八正道)を実践すること(道諦)によってのみ解決にいたるという極めて常識的な教えを提示することだった。とすれば人生問題の実務的解決は、釈迦に帰依しなくても実践できることで、したがって釈迦は秘技伝授の超能力者でも霊能者でも、ましてや「最終解脱者」でもなく、もちろん「神」のような絶対者でもなかった。しかしカリスマを求める周囲の心情はいつの時代も変りがない。死後の釈迦は次第に神格化され、俗化される。たとえば釈迦の骨がフェティッシュな崇拝の対象となったり、、釈迦の言説とされる教典それ自体が信仰の対象となったりという、釈迦が最も忌避した「執着」へ人々は再び回帰したのである。そこにあるのは象徴(シンボル)の病である」(『超能力と霊能者』現代の宗教8 岩波書店 1997年2月5日 第1刷 P215)

一方、乾闥婆さんが仰る「信仰」とはどのようなものでしょうか。

以下のいちりんさんの指摘もまた、信仰、本尊を考えるうえで、参考になると思います。

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1017873018/12-13

819一字三礼:2006/06/22(木) 08:29:51
乾闥婆さん

> 私は‘明らかな間違い’と指摘する根拠を示しました。『岩波仏教辞典』「釈迦」の項目における生没年「前463-383頃、一説に前566-486頃」。

釈尊の生没年代に関する‘仮説’は私も存じておりますよ。ですが、実際の釈尊はたぶん一度生まれて、一度亡くなったのでしょう。
あなたは、約100年の誤差のある説を2つも並べているのですよ。
あなたの挙げた根拠と称するものはあくまで‘仮説’ではないのですか。なぜ、生没年代を2つも記した‘仮説’を根拠に、他の‘仮説’を「明らかな間違い」と言えるのですか。
「明らかな間違い」と言い切るのであれば、正確な釈尊の生没年代をあなたが示すのが議論のルールでしょう。
ところがあなたは
> 800
> 正確な仏滅年などいまだ判明していないと思うのですが。
と発言されたのです。
ご自身で、「いまだ仏滅年など判明していない」と言いながら、他の仮説を「明らかな間違い」と言っているのですよ。
わかりますか。あなたは、自己矛盾に陥ってますよ。

> 中世日本において、経典表現の位置づけが、広く虚構と受け止められていたのでしょうか。

814の顕正居士さんのご意見がもっともだと思います。法華経及びその他の経典の虚構性は一読すれば誰にでもわかることではないですか。
いかに中世人とはいえ、実際に天龍八部衆がインドに存在したり、霊鷲山上に数兆億の仏菩薩が集まったとは考えないでしょう。

820犀角独歩:2006/06/22(木) 09:08:20

検索すると、真蹟遺文では「真実」は167の使用例が見られます。
わたしは、この日蓮の用法は虚構に基づいているとは考えません。

> いかに中世人とはいえ、実際に天龍八部衆がインドに存在したり、霊鷲山上に数兆億の仏菩薩が集まったとは考えないでしょう

そんなことはないでしょう。考えていたはずです。
そんなことを言い出したら、そもそも仏菩薩、諸天善神、輪廻転生、十界、もっと言えば、一切の経典、教義、本尊も虚構だと考えていたというのでしょうか。

また、仮に日蓮が虚構に基づいているとすれば、そもそもその信仰とは何でしょうか。虚構に基づく教義を、虚構と知りながら、絶対であるというとすれば、これほど、人を食った話はありません。もはや、信仰というより、悪しき観念の遊技というほかありません。

近代以前の人類は、そもそも神話と科学の区別が着かなかったのであって、それを現代の常識で考えられるはずはありません。現代から見て、不都合なところは虚構だとわかったうえでのことだというような論法は不徹底です。書かれているこの物語は神話で虚構であるというのであれば、では、日蓮が言う真実とは何でしょうか。第一、では、日蓮が法華経に書かれたこと、四教義、五綱教判が虚構に基づいていると、どこに書いているのでしょうか。その証拠を求めます。

また、仮に虚構だとわかって組み立てた教義であれば、間違いであるより、もっとお話にならないことでしょう。

だいたい、そんな虚構に基づく漫荼羅本尊への絶対帰依を、ここでは論じてるわけですか。漫荼羅を本尊と仰ぎ、必至の唱題をして実体験を得た皆さんは、虚構だとわかったうえでのことですか。とすれば、その実体験こそ、虚構ではないでしょうか。

経典は虚構であるとは、論理の自殺でしょう。
何のために中古天台本覚思想の点検から、日蓮本仏論の非を責め、彫刻本尊の真偽を論じるこの掲示板で議論に参加しているのでしょうか。

一字三礼さん、あなたに乾闥婆さんを矛盾と詰問する資格はないですよ。

821犀角独歩:2006/06/22(木) 09:18:02

【820の訂正】

誤)四教義、五綱教判が虚構に基づいている
正)四教義、自身の教義が虚構に基づいている

822一字三礼:2006/06/22(木) 09:27:20

犀角独歩さん

一字三礼です。

日蓮が基礎にした資料が偽であったか、法華経が「釈尊の直説」であるか否か、に意味がないというのは、その論法では不可知論に陥るとかねがね思っていたからです。

釈尊の直説を探せば、独歩さんもご存知のように、「経集(スッタニパータ)」の後半の二章に含まれる、ほんの数偈しかないと言われます。

「聖典(スッタニパータ)のうち右の古い部分(終わり二章の偈)にはわりあい神話的要素や釈尊の超人化・神格化は少ないけれども、しかし絶無ではない。なおかなり存する。文献にもとづくかぎり、神話的ならざる釈尊というものはえられない。」(「釈尊の生涯」中村元)

「文献にもとづくかぎり、神話的ならざる釈尊というものはえられない。」ということは、「釈尊の直説」というもの、もしくは直説の経典は存在しないに等しいということでしょう。
あるいは、「経集」の後半二章の偈の‘激流を渡れ’は「釈尊の直説」かもせれませんが、それだけでは仏説の態をなしません。

五部ニカーヤや四阿含の釈尊でさえ、三十二相・八十種好を備えております。釈尊の直説ではありません。だから‘偽’ですか。
四諦・八正道・十二因縁すべて「釈尊の直説」ではありません。
部派仏典を根拠とした論書は、基礎文献が‘偽’であるのですべて誤りとなりますか。部派の経・律・論・全て‘偽’を根拠としておりますから同じですか。

法華経を含む大乗仏典も、龍樹・世親等の大乗の論書であっても、「釈尊の直説」を根拠としていないので‘偽’となりますか。
中国・日本の仏者や論師の説もすべて‘偽’にもとづくものです。

およそすべての顕・密・部派仏教の経・律・論はすべて「釈尊の直説」によらないので‘偽’。

しかしここまできて、「釈尊の直説」が正しいという命題の根拠となる経も‘偽’であることに気付くわけです。


ただ、独歩さんが仰りたいのはそんなことではないでしょう。

独歩さんが‘日蓮の間違い’という言葉を敢えて使われたのは、「五時説は説法の次第であり正しい」とする盲説に対する警鐘だったのだと想像します。

日蓮教学の誤りを指摘するのであれば、他からのアプローチがよいと思うからです。
それから私は十界互具・一念三千等は誤りである、とする立場ですので、日蓮教学を擁護するものではありません。

823犀角独歩:2006/06/22(木) 09:52:50

一字三礼さん

822に記されていること、一切の経典は、結局のところ、それが釈迦の説教であるといえば、偽でしょう。もちろん、そう思います。

大乗経典は報身の説法ということでしたが、日蓮は少なくてもそうは考えていなかったでしょう。『法華題目鈔』は断片の現存ですが、これが日蓮の真蹟であれば、日蓮の見解であり、仮に疑偽であったとしても、門下一般の認識であったわけです。

「釈迦如来は法華経のために世にいでさせ給たりしかども、四十二年が間は名を秘してかたりいださゞりしかども。仏の御年七十二と申せし時はじめて妙法蓮華経ととなえいださせ給たりき。」

「仏世に出させ給て五十余年の間八万聖教を説をかせ給き。仏は人寿百歳の時壬申の歳二月十五日の夜半に御入滅あり。其後四月八日より七月十五日に至まで一夏九旬の間、一千人の阿羅漢結集堂にあつまりて、一切経をかきをかせ給き」

これが近代前の認識です。

わたしが言いたいのは、事実の究明に、自分の信仰を持ち込みな、その一点です。さらにいえば、真実から目を逸らすなということです。

> 日蓮教学の誤りを指摘するのであれば、他からのアプローチがよい

一字三礼さんのような知識を持っている人にはそうかもしれません。
しかしながら、釈迦五十年の説法中、八年の法華説法は釈迦の真実、五時八教を、いまだに石山、学会、顕正会共に、教学として勉強しており、挙げ句に日蓮本仏をいい、彫刻の絶対性を主張しています。
そして、ここで起こったことを、わたしは日本戦五歳代の宗教詐欺、宗教被害であると認識しています。

それにも関わらず、この世界では、いまだに、この間違いを放置して、平然としているわけです。

わたしが、乾闥婆さんの苦悶を尤もだと記したのは、それまで、絶対の信仰であると信じていた屋台が、その土台から間違っているという現実にぶち当たったとき、当然、起こる葛藤だからです。それを教学解釈で正面から見ようとしないというのは不誠実であると思うからです。

わたしはかつてキリスト者と話したとき、「この世が一週間でできたはずはない」と『聖書』を一節を持っていうと「愚かな。あれは一般で使われる一週間ではなく七期に分けたという寓話ですよ」と言ってのけたものでした。解釈とは便利なものだと思ったものでした。説得力はゼロでした。しかし、この信者は平然としていました。それと同じことを、ここで繰り返す徒労は犯したくありません。

法華経は創作であった、天台の解釈も違っていた、日蓮も間違った、しかし、いま、漫荼羅に向かって唱題をしている、ほかにそれ以上の修行も方法もわからない、さて、どうしようかと考えるときに100年前までしか通用しない‘解釈’に執着しては前に進めないということです。

824犀角独歩:2006/06/22(木) 10:03:14

【823の訂正】

誤)日本戦五歳代
正)日本戦後最大

825今川元真:2006/06/22(木) 10:12:07
ななしさん、ありがとうございます。 ●直説と書いても鵜呑丸呑な訳では無いので誤差温度差が出るでしょう。そっくり其儘を信仰するなら「何故天竺国を目指さないのか。何故台密のように成らないのか。」に成らないか。●随方毘尼の物語みたいな書き方と考えたから、末法の様相を呈した鎌倉時代の日本で修行方法を考える事が出来たのでは無いでしょうか。●漫陀羅はシャカムニブツが多宝如来の宝塔に納めた久遠実成の覚りor多宝如来がシャカムニブツの教えを聞いて光り輝く。

826犀角独歩:2006/06/22(木) 10:29:47

今川さん

真に迫る『開目抄』に「仏陀は三十成道より八十御入滅にいたるまで、五十年が間一代の聖教を説給へり。一字一句皆真言なり。一文一偈妄語にあらず」と記しています。ここに温度差はありません。

なぜ天竺を目指さないのか、日蓮はその点を『』に

「此身延の沢と申処は甲斐国飯井野御牧三箇郷の内、波木井の郷の戌亥の隅にあたりて候。北には身延嶽天をいただき、南には鷹取が嶽雲につづき、東には天子の嶽日とたけをな(同)じ。西には又峨々として大山つづきて、しらね(白根)の嶽にわたれり。暇のなく音天に響き、蝉のさゑづり地にみてり。天竺の霊山此処に来れり、唐土の天台山親りこゝに見る。
我が身は釈迦仏にあらず、天台大師にてはなけれども、まかるまかる昼夜に法華経をよみ、朝暮に摩訶止観を談ずれば、霊山浄土にも相似たり、天台山にも異ならず。」

と記しています。これが疑偽書ともなれば、

「我等が弟子檀那とならん人は、一歩を行かずして、天竺の霊山を見、本有の寂光土へ昼夜に往復し給ふ事、うれしとも申す計り無し」(最蓮房御返事)

ともなるわけですから、天竺は目指さないわけです。

827今川元真:2006/06/22(木) 11:49:16
犀角独歩さん、ありがとうございます。私は周りから有りもしない説法を言うのは可笑しいと一笑に付されてます。私は経典という例話物語であるが故に温度差は、現実に印度天竺等に行かなければ生じるものだと思います。修行者であるからです。温度差から誤差・誤解等唯受一人で一言一句学んでも時間的にと言っては何ですが、ズレが生じると見ます。差が生じるからかは判りませんが信学行を自らの意を持ってやらないと成仏得道できないと言う事をいうのでは無いでしょうか。鎌倉時代の僧・日蓮は、直説と随方毘尼物語の間で悩み格闘した事があるから修行方法の漫陀羅や唱題を勧めた経緯があると考えたいです。成仏・真実は道を開き顕して進まないと現れない物事でしょう。

828犀角独歩:2006/06/22(木) 11:54:38

今川さん、日本の天竺の霊山・身延へは行ってみました。
わたしはそのうち、天竺に行ってみようと思っています。

829今川元真:2006/06/22(木) 16:01:30
旅行、良いですね。 テレビで見た印象では「古代」と「近代」が交わる所。映画が盛んな国と特集番組放送されてました。

830犀角独歩:2006/06/22(木) 18:53:56

いや、旅行というより、帰還といった気分です。

831乾闥婆:2006/06/22(木) 19:44:35
>>814
顕正居士さん。

>虚構性なんか、いつの時代の人でも大乗経を一見すればわかります。
>ただし日本天台の本覚思想家は虚構性をよりはっきりと認識した。
対して日蓮は神話の中に生きていた。だから大衆が付いた

ということはいつの時代の人が見ても分かる虚構性を、蓮祖は分かっていなかったし、蓮祖と同意した多くの同時代の弟子檀那もその虚構性は認識していなかったということになりますでしょうか。神話の中に生きるとは、その神話を神話として認識していない、すなわちその神話を事実として受け止めて生きた、ということになると思います。蓮祖の仏典認識はそのような形であったということでよろしいでしょうか。

832乾闥婆:2006/06/22(木) 19:45:04
>>819
一字三礼さん。

>ご自身で、「いまだ仏滅年など判明していない」と言いながら、他の仮説を「明らかな間違い」と言っているのですよ。
わかりますか。あなたは、自己矛盾に陥ってますよ。

私は辞典に載る二つの仮説しか知りませんので「もしも一字三礼さんの知られる範囲で仏滅後二千二百三十余年と測定できる伝承ではない生没年の説があるようでしたらご紹介ください。‘明らかな間違い’は撤回させていただきます」と書きました。しかしいまだ「他の仮説」をご紹介いただけない。また「あなたは、約100年の誤差のある説を2つも並べているのですよ」といわれますが、その100年の誤差を差し引いても蓮祖の生きられた時代は仏滅後二千二百三十余年ではないわけです。ですから現在学術的に見て流通しえている二つの釈尊生没年にかんがみ、仏滅後二千二百三十余年は‘明らかな間違い’と記したのです。こんなところまで解説しなければ一字三礼さんは私の発言趣旨を理解できないのでしょうか。ほとんど揚げ足取りの言いがかりに見えます。「前463-383頃、一説に前566-486頃」は仮説に過ぎないので仏滅後二千二百三十余年の可能性が否定されたわけではない、といわれる前に、まず仏滅後二千二百三十余年を想定しうる近代仏教学に基づいた仮説を提示していただければ済むことです。仮説はあくまで仮説なのだから仏滅後二千二百三十余年の可能性がまったくのゼロであるわけではない、‘明らかな間違い’などという表現は仮説を前提として発言するに際して自己矛盾だと言いわれるのでしたら、まあ、それはそうなのでしょう。現在学術的に見て流通しえている二つの釈尊生没年にかんがみ蓮祖の生きられた時代を仏滅後二千二百三十余年とすることは間違いである、と言い換えさせていただきます。もちろん仏滅後二千二百三十余年と測定できる伝承ではない生没年の学説を提示していただければ、私は自身の発言を撤回させていただきます。

ロム中心の浅学な私が、こちらの掲示板に書き込みをしようとする以上、真摯に語り合いたいという思いと覚悟を持って書き込みをします。「‘明らかな間違い’とまで仰るのでしたら正確な仏滅年を教えてください。100年も幅のある仮説はいりませんから、正確な年代をお願いします」「答えられなくて当然でしょう。仏滅年代はいまだ特定されておりません」「小さいことこだわって、私が意地の悪い書き方をしました」。一連の一字三礼さんの私に対する姿勢には、御自覚されているように、なにか、底意地の悪い、悪意のようなものを感じます。率直に、仮説である以上‘明らかな間違い’とまで言ってしまうのは言い過ぎではないか、とおっしゃってくれればいいのです。また私の知らない仮説を率直に提示してくれればいいのです。こういう遣り取りは疲れますし、不毛ですが、不愉快にさせられた挙句に一方的に終了させようとされるその態度もさらに不愉快で、ここまで引っ張らせていただきました。

>814の顕正居士さんのご意見がもっともだと思います。法華経及びその他の経典の虚構性は一読すれば誰にでもわかることではないですか。

顕正居士さんによれば蓮祖は神話の中に生きていたことになります。神話の<中>に生きるとは、神話の外部に立たないと言うことです。「法華経及びその他の経典の虚構性」を認識せずにその内部で生きる、とは「法華経及びその他の経典の虚構性」自体を生きる場の現実として受け止めていると言うことではないでしょうか。

>>811で私が発したいくつかの問いに対するお答えもお待ちしております。他の方々の対話を通じてそれらの私の疑問点も解消されてゆくかもしれませんね。己心をめぐっての犀角独歩さんとの議論も期待しております。私はあなたと言い合いがしたいのではなくて、対話を通して私の抱えている疑問や苦悩を解決したいだけなのです。

833乾闥婆:2006/06/22(木) 19:45:40
>>818
犀角独歩さん。

>釈迦にとってより重要だったのは、死後の世界よりもいま現在の人生問題の実務的解決であり、苦悩の原因が執着によっておきることを解き明かし、それらは正しい八つの行ない(八正道)を実践すること(道諦)によってのみ解決にいたるという極めて常識的な教えを提示することだった。とすれば人生問題の実務的解決は、釈迦に帰依しなくても実践できる

私が信仰の形態と方法論と言うことにこだわってしまうのは、信仰とは取り組みであると思うからです。取り組み方がはっきりとしていなければ、誰にもできるものではなくなってしまいます。「人生問題の実務的解決は、釈迦に帰依しなくても実践できる」「正しい八つの行ない(八正道)を実践すること(道諦)によってのみ解決にいたる」と言った部分になると思います。取り組み方が明確で、誰にでもできる。曼荼羅に向かい題目を唱える。非常にシンプルです。しかし現状はその形態そのものが私を縛り悩ませる結果となっています。同時に形態なくして信仰はないとも思っているのです。たとえば八正道と言うものをはじめて知ったときに私は驚きました。具体的にどのように行として取り組むのかがよく分からなかったからです。八正道の実践、とは極めてシンプルな形態を提示しているのだと思いますが、シンプルすぎて難しいのです。もっと明確な形態を求めてしまいます。信、ということを私もそれほど強く自身に言い聞かせることはありません。戒・定・慧こそが信仰の中心であると思っております。ただやはり自分が行うであろう行法は「正しい」ものでなければなりません。それは前提となると思うのです。蓮祖にいくつかの事実誤認があったとして、それでは唱題行という方法は、間違っているのか、私は分からなくなります。そんなことはないように思うのです。しかし強く「信」じて取り組むのとは比較にならないくらい気持ちが乗っていきません。声も出なくなります。では他の行法をすればいいのではないかとも思うのですが、これも心の縛りが解けないのか、そういう気持ちにはなかなかなれません。結局何事かを行ずるには、その行に対する「信」は必要なのではないかと考えています。

いちりんさんの話はとても刺激的でした。形態に対する緩やかさ、と言うのでしょうか。逆に形態が心を縛る恐ろしさと言うのでしょうか。「有相の本尊」と「無相の本尊」と言う考え方にははっとさせられました。もちろん「有相の本尊」の向こうに「無相の本尊」を見るべきなのでしょうが、有相への執着はなかなか消えません。形態や方法がしっかりとなければ、信仰と言ったところで、何をすればいいのかが分からなく、心が彷徨ってしまうからです。

834犀角独歩:2006/06/22(木) 20:43:54

乾闥婆さん

今夕もふけてまいりました。
追ってレスをさせていただく所存です。
ただしかし、ひと言。
おしるしのところ、尤もだと存じます。

835今川元真:2006/06/22(木) 21:02:38
犀角独歩さん、乾闥婆さん、其う言う事は良き師良き友が居ないと言えませんね。 【21世紀】日蓮真蹟が全て現存する訳では無いので断言できる確かな言い方はできませんが、いろいろな議論を通して鎌倉時代の僧・日蓮は、摂受の人では無いかと洗い出されたのでは無いでしょうか。【視野】経典世界・実際は精霊信仰や神教に関わる人々が仏説を聞く。学問世界・法華経(随方毘尼)物語の理想と末法の様相を呈した鎌倉時代の現実。修行世界・供物を手紙に記して御礼を述べる、代筆助言して激励する、法華一乗を宣揚して自分の場所を浄土に変える行者を育てる。 ●天台密教(生きとし生けるものを成仏へ導く天台の真言化)→法華経行者(信学行しなければ成仏得道できない)→法華本門本尊漫陀羅(久遠元初を引き合いに出される)●私が「日蓮聖人が神話伝説の世界に入り浸ってない」と言う見方考え方です。

836とおりすがり:2006/06/22(木) 21:40:35
結局、哲学も否定し宗教も否定するのが、犀角さんの現代仏教なのでしょうか?
現代仏教を語られる前に、現代仏教の定義をお願いします。

837顕正居士:2006/06/22(木) 23:52:53
>>831
乾闥婆さん。中国の教判は数百年間に作られた経典を釈尊一代の教説という約束で分類しました。
したがって仏教思想の発展というものを完全に捨象した。だから歴史という概念がありません。
対して日蓮には思想発展に近い考えがあります。宗教五綱の「序」です。
「前の五百年が間は小乗経ひろまらせ給ふ。ひろめし人々は迦葉・阿難等なり。後の五百年は
馬鳴・龍樹・無著・天親等、権大乗経を弘通せさせ給ふ」(随自意御書)
日本天台には「四重興廃」という思想がありました。爾前→迹門→本門→観心で、これは玄義にある
のですが、本覚思想家は釈尊一代のことでなくて、仏教史に当てはめたようです。つまり、
爾前=中国天台以前→迹門=中国天台→本門=日本天台前期→観心=日本天台後期(本覚思想)。
思想発展に近い考えが生じた理由として日本の末法意識は王朝文化の衰退が投影され深刻でした。
だから末法今日の我々は正法、像法の時代とは異なる集約的な教と行が必要だという発想が生じた。
ここに人師の論釈については思想の発展に近い概念が生じましたが、経は釈尊一代の説という約束
はまだ放棄されなかった。経も数百年の間に「加上」されたのだと見破った富永謙斎が天才、偉人と
されるのは、中国人、日本人の誰もそれを思いつかなかったからです。
日蓮教学はかつては日本天台から輸入した本覚思想によって解釈されていました。つまり五百塵点
を実事とはしなかった。日蓮の他宗批判は立教の方便であり、身延入山後には顕正面を発揮したの
であると。しかし浅井要麒師の批判的文献学の提唱以後、観心思想に傾いた遺文への疑義が強まり、
御義口伝などが室町期の思想であることも確定した。ですから今日ではオリジナルな日蓮思想は
いわゆる原理主義の色合いが濃いものと認識される傾向にあるといってよいでしょう。

838顕正居士:2006/06/23(金) 00:23:06
いうなら日蓮には神話的歴史観があった。これは本覚思想家にはないものでした。
本覚思想家は仏教神話を解体した。仏教を突破し、本覚思想は全日本文化に浸透した。
対して日蓮は神話を生き、集約的な教と行という宗教需要に応えた。大衆にはまだ
仏教が必要な時代でした。しかし原理主義の狂信は京都史上最大の戦争を起こした。
ここに日蓮宗の積極的な役割も終焉し、原理主義の狂信を防止するために、観心主義の
教学が興った。実は天文法乱以前には教学として見るべきものはないに近い。

しかし日蓮が五百塵点を実事と解釈していたかといえば、主著「観心本尊抄」を見る限り、
そうはおもえない。浅井文献学は日蓮宗僧侶に今も浸透中だが、大崎宗学の外側では
むしろ反対に原理主義者・日蓮像の見直しの方向が強くなっているようにおもう。

839顕正居士:2006/06/23(金) 00:46:39
>>832
仏滅年代については>>801に述べたように北伝、南伝の両説しかありません。
アショカ王を仏滅100年とするか200年とするかだけです。北伝が正しいでしょう。
両方知っている人と片方しか知らない人のどちらが正しいか、ほぼ明らかです。

中国、日本で信じられたのは600年、中国史とインド史をずらした作為に騙された
だけで、一貫してアショカ王を仏滅100年として来た。第三の仏滅説はありません。

840乾闥婆:2006/06/23(金) 01:08:46
>>837-838
顕正居士さん。

思想発展と言う視点からの日蓮宗学史の簡潔なご紹介ありがとうございます。いま執行海秀氏の『日蓮宗教学史』をつっかえつっかえ読んでおりますが、正直、よく分からないと言うのが現状です。

>しかし日蓮が五百塵点を実事と解釈していたかといえば、主著「観心本尊抄」を見る限り、
そうはおもえない。

これはやはり「我等が己心の釈尊は五百塵点乃至所願の三身にして、無始の古仏也。」辺りの記述のことを言われているのでしょうか。「本門を以て之を疑わば、教主釈尊は五百塵点已前の仏なり。因位も又是の如し。其れより已来、十方世界に分身し、一代聖教を演説して塵数の衆生を教化したもう。」といった使用法は事実ととらえていられたようにも読めるのですが、同じ「観心本尊抄」の中における記述であるので、困惑します。

>>839
ありがとうございます。すっきりしました。

841犀角独歩:2006/06/23(金) 03:35:03

833 乾闥婆さん

> 信仰とは取り組みであると思うから

たぶん、乾闥婆さんとわたしで、考え方に相違があるとしたら、先に記したとおり、信仰ということでしょう。
わたしは釈迦が提示したものを信仰だとは受け止めていません。では、どう受け止めるかと言えば、乾闥婆さんの言葉を使えば、まさに‘取り組み’方です。では、目標はといえば、苦の滅却でしょう。

> …誰にもできるものではなくなってしまいます

この点はわたしにわかりません。修行は、だれにでもできるものなのですか。

> 誰にでもできる。曼荼羅に向かい題目を唱える。

本当に誰にでもできるのでしょうか。では、目が不自由な方はどうでしょうか。漫荼羅を見られますか。口の不自由な方に唱題ができるでしょうか。わたしの姉は十度心身障害者です。そもそも、何かを信じるとか、思惟したりすることができません。この点は八正道でも、参禅でも、みな同様ではないですか。「誰にでもできる」というキャッチフレーズに欺されていませんか。

また、繰り返しになりますが、そもそも真蹟遺文で見る限り、日蓮が漫荼羅に向かって読経・唱題をした形跡は見当たりません。

> 形態なくして信仰はない

この考えが悩みを生じさせているのではないでしょうか。
取り組み、もしくは形態というのは、たぶん、修行様式を指すのでしょうが、それがイコール信仰であるという思いこみがあるようにお見受けします。

> 戒・定・慧こそが信仰の中心

いわゆる、三学倶伝ですか。
わたしが不思議に思うのは、なぜ、信仰となってしまうのかという点です。
たしかに日蓮の場合、信の強調がありますし、法華経でも以信得入を言いますが、これと八正道はつながりません。そもそもここで信は八つの道に入っていません。乾闥婆さんの文章を読んでいますと、信仰という強迫観念が無限連鎖となってループ化している、そこに苦があるようにお見受けします。つまり、信仰からの脱却したところで、仏教を見つめ直すところに、その解決があるとも思えます。わたし自身が採った‘取り組み’方です。

> その行に対する「信」は必要なのではないかと考えています。

このような考えを、人生のどの時点で、誰彼によって植え付けられ、それを受容した自分が、どのように醸造したかを、手繰り辿ってみては如何でしょうか。
乾闥婆さんがどこのご出身であるか存じ上げませんし、これは決して批判的に記すことでもないのですが、わたしからみると信の罠にはまってしまっているように思えます。

> 形態が心を縛る恐ろしさ

ええ、ここです、わたしが言いたいところは。

> 本尊

本尊の強調は、日蓮の際だった特徴ですから、本尊に拘るお気持ちはわかりますが、わたしが自分なりに調べて一番、愕然としたのは、この本尊でした。既に何度も記しましたが智邈、湛然の、いわゆる法華六大部には、この語は一度も使用されていません。いったい、いつから本尊が法華圏で使用されるに至ったか、は気分として落着していませんが、ともかく、わたしが常に使用する80余の天台聖典で、この語の使用は一度たりともありません。しかし、『依憑集』になると「三相謂 字印本尊」と「盧遮那経疏第七下云」として、見られます。日蓮は、この系譜を引くのだろうとは思いますが、ともかく、初期天台の段階ですら、見られない本尊という概念が、仏教義の本来の在り方であると、到底思えないわけです。

信仰と本尊は、日蓮のテーマでしょうが、しかし、わたしはこの執着を棄てました。

842犀角独歩:2006/06/23(金) 03:47:24

836 とおりすがりさん

当掲示板では、自己紹介もなし、挨拶もないような無礼な問いかけ、捨て投稿にいちいちレスをする謂われはありません。しかし、答えておきましょう。

> 哲学も否定し宗教も否定するのが、犀角さんの現代仏教なのでしょうか?

違いますが。わたしは哲学を否定したことも、宗教を否定したこともありません。また、自分の考えを現代仏教と称したことはありません。

> 現代仏教を語られる前に、現代仏教の定義をお願いします。

そもそも現代仏教とはなんでしょうか。それはわたしの言でもなく、語ったことでもなく、語ろうとしていることでもありません。それを定義することはできません。

843犀角独歩:2006/06/23(金) 04:55:45

> 「観心本尊抄」を見る限り、そうはおもえない

この顕正居士さんのお考えはわからないでもないのですが、しかし、そうなると、以下の日蓮の言はどうなるのでしょうか。

此四菩薩現折伏時成賢王誡責愚王 行摂受時成僧弘持正法

日蓮は実際に四菩薩の出現を想定しています。また、前文ではこの四菩薩が久遠五百塵点成道初発心であるとも言います。
これは単に日蓮の己心の出来事であるとすれば、‘虚構’の、己心の、それも事実としてとらえていない経典記載の四菩薩が実際に出現して、賢王となっては折伏を現じ、僧となっては摂受を行じると言っていることになります。いわば、虚構想念上の菩薩が、現実に出現すると言っていることになります。

虚構・架空・己心の経典の物語:実際に現れる四菩薩、もし、このように日蓮が考えていたとすれば、空想と現実が区別がつかない精神錯乱状態にあったというほかありません。しかし、開観両抄の記述は、実に思弁的で、理路整然としています。精神に異常を来しているとは思えません。となれば、日蓮が経典を真実としてとらえていたと考えるほかないと、わたしには思うわけです。

844今川元真:2006/06/23(金) 05:37:39
おはようございます。 ●諸天善神や四大菩薩はケースバイケースの守護者に例えられているのでは無いでしょうか。末法無戒の世ですから。現実世界と理想世界を繋いで荘厳して説いた方が摂受らしく無いですか。不軽菩薩が説く漫陀羅、上行菩薩が説く戒壇堂と考えられるなら簡潔で良いのにと思います。

845犀角独歩:2006/06/23(金) 11:06:55

乾闥婆さんに、紹介しようと思っていたいちりんさんのご投稿が、ようやくと見つかりました。

『法華経について』32〜34
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1030610752/32-34



無疑に信じて、どんと力を発揮するという技法だったのでしょう、わたしたちがやってきたことは。けれど、「パンドラの箱」を開けてしまったわけです。しかし、その底に希望は残っているのだろうと思います。


840に「所願の三身」というのは所顕の打ち間違えですか。それとも、このような記述御書があるのでしょうか。

寿量品云 然我実成仏已来無量無辺百千万億那由他劫等[云云]。我等己心釈尊五百塵点乃至所顕三身無始古仏也。

わたしは、この文を通じて、日蓮は寿量釈尊を無始無終・三身円満即一古仏ととらえていたのだと考えます。他のロムの方のために、資料を提示しておきます。

日蓮の三身観は『一代五時鶏図』に

   ┌華厳のルサナ、真言の大日等は皆此の仏の眷属たり
 ┌久遠実成実修実証の仏
天台宗の御本尊
 └釈迦如来

     ┌応身───有始有終
始成の三身┼報身───有始無終
     │ ├真言大日等
     └法身───無始無終

     ┌応身┐
久成の三身┤報身├──無始無終
     └法身┘

 華厳宗真言宗の無始無終の三身を立つるは、天台の名目を盗み取
りて自らの依経に入れしなり。

(上記、図が乱れるときは
 http://www.geocities.jp/saikakudoppo/msfont.html
分類:A 真蹟現存(完存orほぼ完存、しかし、平成新脩に未蔵)

経典原文「我実成仏已来」は明らかに五百塵点成道という始まりがあり、有始無終(始成報身)と映じます。一方、実際の釈尊は印度応誕八十入滅ですから誕生の始・入滅に終わる(始成応身)、ところが日蓮は「無始古仏」と解釈します。これを三身相具(四条金吾釈迦仏供養事)、もしくは三身円満古仏(開目抄)ととらえていたことがわかります。その釈証は「文句九云天台 仏於三世等有三身。於諸教中秘之不伝。」でしょう。では、この三身を即一身ととらえていたか。この点は、たしか問答さんと議論したところでしたか。『注法華経』に「輔云。疏一身即三身者。即一身即三身。法華之前未曾説。故名秘<故名為秘>。三身即一身。」と抜き書きしているわけですから、そう考えていたのでしょう。

この三身の関係について『四條金吾釈迦仏供養事』に「月の体は法身、月の光は報身、月の影は応身にたとう。一の月に三のことわりあり、一仏に三身の徳まします」

門下一般では『開経偈』に「能詮は報身、所詮は法身、色相の文字は則ち是れ応身なり」とします。

(参:文句「祕密者。一身即三身名爲祕。三身即一身名爲密。又昔所不説名爲祕。唯佛自知名爲密。神通之力者。三身之用也。神是天然不動之理。即法性身也。通是無壅不思議慧。即報身也。力是幹用自在。即應身也。佛於三世等有三身。於諸教中祕之不傳」、涅槃経疏「諸佛三身亦不出三界者。以法身即應化也。大經云。今我此身即是法身。法華云。常在靈鷲山及餘諸住處。普賢觀云。釋迦牟尼名毘盧遮那遍一切處。華嚴云。亦名釋迦亦名舍那等。既知三身即一身。亦須知界外即界内也」)

846乾闥婆:2006/06/24(土) 02:19:54
>>841
犀角独歩さん。

>本当に誰にでもできるのでしょうか。

易行、といった意味合いではあったのですが、確かに易行であったところですべての人ができるわけではありませんでした。

私の母は脳腫瘍の手術の結果、右半身不随と重度の意識障害を負い、三年間寝たきりのまま、七年前にこの世を去りました。私はその頃、自身の信じている宗教に、強い無力感を覚えていました。家族全員、まじめに信仰しているのになぜは母このような病に苦しまなければならないのか、という無力感ではありませんでした。そうではなくて、方法論としてのむなしさでした。私を含めた家族は母のために祈ることができます。母も重度の意識障害を負っているとはいえ、私たちが耳元で勤行・唱題を行えば、自身の心に曼荼羅を見、声に出していなくとも、題目を唱えているだろうと、信じてはいました。しかしそんなことは分からないことです。勤行も、唱題も、脳を傷めてしまっては、取り組めない。取り組めない信仰とはなんなのだろう、と心のどこかで絶望しておりました。自分自身が病に対して、信仰を通して闘うことができない。母は闘っているに違いない、と思っても、心を脅かす虚無感からは逃れることは出来ませんでした。

>たしかに日蓮の場合、信の強調がありますし、法華経でも以信得入を言いますが、これと八正道はつながりません。そもそもここで信は八つの道に入っていません。

そうですね。「四信五品抄」に「問ふ 末法に入て初心の行者は必ず円の三学を具するや不や。答て曰く 此の義大事たり。故に経文を勘へ出だして貴辺に送付す。所謂、五品之初め二三品には、仏正しく戒定の二法を制止して、一向に慧の一分に限る。慧又堪えざれば信を以て慧に代ふ。信の一字を詮と為す。不信は一闡提謗法の因、信は慧の因、名字即の位也」とありました。以信代慧は蓮祖の強調するところです。仏教とは三学の実践といっても、時代が下るにしたがって、八正道から遠く離れて、三学そのものを止揚してしまうということになるでしょうか。

>乾闥婆さんの文章を読んでいますと、信仰という強迫観念が無限連鎖となってループ化している、そこに苦があるようにお見受けします。つまり、信仰からの脱却したところで、仏教を見つめ直すところに、その解決があるとも思えます。わたし自身が採った‘取り組み’方です。

確かにループしていると思います。唱題を行おうとする、信じる心が弱くて苦しい、強く信じようとする、しかしそれを阻害する諸事実がある、唱題がうまく行えない、それでも行おうとする、苦しい、強く信じようとする・・・そのようなことをくり返してばかりいるのです。私がそこから脱却するには、今の信仰形態を捨てる以外ないように思うのですが、それもできないのです。「信」なくして、唱題行がきちんとできるものなのでしょうか。

>乾闥婆さんがどこのご出身であるか存じ上げません

これは私の信仰上の出自のことでしょうか。それでしたら以前も申し上げたとおり創価学会です。もちろん「信」が強く協調された幼少期を経て現在に至っています。

>信仰と本尊は、日蓮のテーマでしょうが、しかし、わたしはこの執着を棄てました。

そこが私にはよく分からないのです。私もそのような執着は捨てたいのですが、捨てられません。ですからこの掲示板もずっとロムしておりますし、創価学会とも関わり続けています。しかし犀角独歩さんは本当に捨て去られているように見えます。しかも、蓮祖に取り組み続けていられます。それは非常に苦しいことではないでしょうか。私は蓮祖の事実誤認を目の当たりにして以降、しばらくは「開目抄」冒頭の五重の相対を説く文章を読むだけでも、心が苦しくなりました。そのように詰めていかれる蓮祖の叙述が、むなしくて、息苦しくて、どうにもならない時期が続きました。

>>845
>840に「所願の三身」というのは所顕の打ち間違えですか。それとも、このような記述御書があるのでしょうか。

日蓮宗現代宗教研究所のデータベースからコピー&ペーストさせてもらったのですが間違っていますね。それともこのデータベースを作成した人の資料にこうあるのでしょうか?

>けれど、「パンドラの箱」を開けてしまったわけです。しかし、その底に希望は残っているのだろうと思います。

その希望を私はまだつかめないでいます。

847犀角独歩:2006/06/24(土) 04:09:48

乾闥婆さん

ご母堂様のこと、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
わたしは、本年、4月に母を亡くしました。
最期、意識もなくなったとき、「めー」「なー」「けー」と意味不明の言葉を発していたのです。しかし、よく聞き並べると、それは確かに「南無妙法蓮華経」でした。障害、唱題の人であった母の、最期の言葉は題目でした。わたしはその母を尊いと思いました。唱題も尊いと思いました。

葬儀は日蓮宗で、恩人・楠山泰道師、貫名英舜師に執行していただきました。
このお経はすばらしかったのです。わたしは学会の家に生まれ、石山に移ってからは寺院に役員もいたしました。葬儀にも多く参列してきました。そんな半世紀の経験のなかでこれほどの読経は初めて聞きました。参列してくれた親戚のなかには、浄土真宗、また、真言宗の総代を経験した他宗の篤信者もいました。しかし、やがて唱題になると、一同、声を合わせて和していたのです。「すばらしい葬儀だった」とお念仏の人である叔母は言いました。

人間はやがて死にます。生きるに苦しみ、負いに苦しみ、病に苦しみ、死に苦しみます。そのなかで、たしかに信は燈明のような存在なのかも知れません。

しかし、わたしの恩人の一人である西田公昭師は「何か集団のメンバーになっていても、もし何か矛盾する事実に突き当たったら、徹底的に疑ってみることが大切である。もし、個人が疑うことに対して、何か罪的な否定的意識を教えこまれているとしたら、それは科学的思考を一切否定していることと知るべきだ」と言いました。そして、また、先に紹介した高橋師の言説も肉声としてわたしは訊いているのです。

わたしが、ここに書き連ねてきたことは、日蓮の教義と本尊を信じる人々にとっては、不信、謗法、一闡提のように映じるでしょうか。しかし、信じると言うことでいえば、日蓮も、法華経も、そして、科学も、わたしは信じています。ただ、その信じる様態が、集団の都合で刷り込まれた形から脱却しているに過ぎません。科学的な根拠から言えば、日蓮は間違っている部分はたくさんあります。しかし、日蓮の生涯、難を忍び、人と国土を慈愛した一念に嘘はないでしょう。唱題という行は、たしかに効力を有します。法華経は西暦前後に創作された当時の物語でしょう。しかし、そこに紡がれた物語、そして、羅什の名訳、智邈、妙楽の釈もまた、間違いは多くあるとはいえ、秀でたものであるに違いありません。

この界隈にいると、よく使われる言葉に「絶対」があります。「絶対に正しい」などという会話はよくなされています。「日蓮大聖人様は御本仏様であるから絶対に正しい」「御本尊様は絶対だ「先生は絶対だ」」、そんな信者会員の確信の言葉を、わたしは数限りなく聞いてきました。

けれど、わたしが気付いたことは、この絶対は勝劣選別から生じたものですが、結局のところ、絶対とは意図せず、限界を設定することだということです。そして、この限界を、この界隈の言葉で言うと「信」ということです。間違っているものも信じることはできます。また、違っているものでも効力を発揮します。いちりんさんが記したお話のようなものです。

848犀角独歩:2006/06/24(土) 04:10:21

―847からつづく―

「強盛な信心」は、集団内の美徳ですが、この信は思考の限界、蓋の厚さを増すばかりの重しでしょう。この重みに信者は酔いますが、実のところ、考えることを放棄しているのに過ぎません。しかし、実のところは、その限界で立ち止まってしいるだけなのです。そこで足踏みをすれば、そこの地のみは、踏みしめるごとに堅固になっていきます。安心(あんじん)はこうして生じます。しかし、そこから、一歩、踏み出すと、泥濘(ぬかるみ)に容易く足を取られて、やがておぼれてしまいます。つまり、地固めしたほんの狭い範囲から出ることに恐れを懐くことになります。この狭隘の敷地が信です。結局のところ、信心と言われるものは、一所に留まって、足踏みをし、そこで固くなった足場に安住しているという、限界を正当化する肯定論でしかなくなっています。ですから、信が執着となっているのです。

不信を謗法悪徳とする集団のご都合に操作されている自分を観察してみることです。そして、そのうえで、日蓮を見直せば、間違ったところも多くあるけれど、汲めど尽きない示唆を多く与えてくれるでしょう。それはまた、法華経とて、同様です。しかし、それは絶対視すれば、そこで限界が生じます。かつての信は、その信として、自由闊達に思考すれば、よいわけです。

日蓮、法華経というブランドを身に付けることは、自分が立派に、大きくなったという錯覚をさせる効果があります。わたしは、この信の構造を解体したわけでした。いわば、自分を飾る「強情な信心」という権威構造を放棄したと言うことです。「あの人は、心の底から日蓮大聖人を信仰している立派な人だ」という信者一般に見られる善悪の判断肢、すなわち、「信」という権威構造から、外に出たと言うことです。

乾闥婆さんは、方法論として、唱題に拘り、思考として信に拘っておられる。ならば、唱題以外の方法も考えればよく、信じられないものは信じられないとして、そのうえに進めばよいだけのことでしょう。本尊・唱題と信に‘絶対’の価値を置く限界が、実は問題なのではないでしょうか。

乾闥婆さんのいまの葛藤は、狭隘な方法論と、信で封じられた限界を、超える産みの苦しみなのだと思います。しかし、そこで、本尊と教義、唱題、そして、信に囚われれば、無限の思考の輪廻に嵌り、その堂々巡りから抜けられないことになるでしょう。飼われる小禽は、駕籠の中で戯れる周り車のように、走るほどに疾く巡りますが、しかし、前には一歩たりとも進めません。信によって補償される安全は、もはや、効力を失ったという事実を受け入れて、前に進むことです。
外界を見えています。怯み、狭い駕籠の中に引き返し、周り車の満足に戻ることはできません。もはや、心の扉は開いているからです。

> 所願の三身…日蓮宗現代宗教研究所のデータベース

これは同研究所の問い合わせてみます。

849ななしさん:2006/06/24(土) 10:10:53
犀角独歩さんのお母様のように、信によって人生を尊き姿で全うすることが可能です。それは、犀角独歩さんのように、従来の信仰から離れてしまった人をも感銘させるものです。私も、病などで若くしてなくなられた人のご家族が入信される姿などを見てきました。若くしてなくなるというのは不本意に見えるように思いますが、そのご家族がその信仰に入られるとは不思議なことです。解はなくとも信があれば、信念のもとに人生を全うし、人をも感じさせることができるのかもしれませんね。
私は、信に代わり得るもう一つのものは使命感だと思います。教義的にいえば、「大願」に立つということでしょうか。これは、「人生を全う可能な信」に人々を導く人生を選択するということです。
もちろん、犀角独歩さんはこの生き方を否定なさるでしょうし、犀角独歩さんのような人生を選択することも否定はしません。ただ、人から信を奪い、代わりに人生を価値ならしめる何物を与えうるかを考えなければならないのではないでしょうか。大切なのは、現実の人生を全うすることであり、知識をつけることではないのです。犀角独歩さんも、お母様には自らが知った知識を語ることはなさらなかったのではないでしょうか。肉親の愛情が、信を破すことを思いとどまらせたわけです。

850今川元真:2006/06/24(土) 10:31:25
ある掲示板の受け売りで申し訳無いです。  ●宗祖の時代は「過去仏思想が生きていた」時代なので「諸仏をシャクソン一仏に統一する」ためには、法華経の教相に従ってシャクソンの成道を五百塵点劫まで遡って説く必要があったそうで「シャクソン=法華経(仏は生き続ける存在・仏の寿命は無量)」が鎌倉時代の僧・日蓮の立場だそうです。 ●漫陀羅は修行の道具で成仏得道への方便でしょうか。私は「理念+例話=理想」と考えたいです。道は一つでもルートはいろいろ一人ひとり違いますが、漫陀羅が私の信学行の柱です。

851犀角独歩:2006/06/24(土) 14:07:17

849 ななしさん さん

あなたは、どうもわたしの書いていることを根本的に誤解していますね。
わたしは人から信を奪おうなどと言っていませんよ。
間違いを信じることに警告を鳴らしているのに過ぎません。

わたしを批判したいのであれば、ちゃんとわたしが記したことをちゃんと理解したうえでしてください。

そもそも、あなたが言う信とは、何に対する信を言っているのでしょうか。

852ななしさん:2006/06/24(土) 15:50:50
犀角独歩さん
結果として奪うことになることをあなたは認識されているはずです。なぜなら、お母さまには「警告」を鳴らされてはいないのですから。

私がいう信とは、「一生成仏」に対する信です。もっと現実的にいうならば、この一生を満足をもって終えられる可能性への信です。この信に代わり得るのは、利他だと思うのです。

では、こちらからも伺いますが、あなたのいうところの「間違い」とは、主に「歴史的」「科学的」な矛盾のことであって、「思想的」「精神的」には価値を認めておられると拝察しました。実際、現代人が必要としているのは、人生を生き抜くための「思想的」「精神的」価値であり、そこに現代における宗教の意義があるものと考えます。本質的にその価値は、釈尊直説かどうかで変わるものとは思われません。現代における経典の価値、ここでは特に法華経のエッセンスは、「歴史的」「科学的」な矛盾を越えて、現代に示唆を与えることが可能だと思います。その際、あなたは「歴史的」「科学的」な矛盾は全て取り払うべきだとお考えですか。

853犀角独歩:2006/06/24(土) 18:50:55

ななしさん さん

> 結果として奪うことになることをあなたは認識されているはずです。なぜなら、お母さまには「警告」を鳴らされてはいないのですから。

あなたは、ずいぶんと人間を一辺倒にご覧になっているのですね。
こちらの掲示板にいらっしゃる方と、85歳の老齢で、障害者でもあった母とは、その接し方は違います。

> 「一生成仏」に対する信です。もっと現実的にいうならば、この一生を満足をもって終えられる可能性への信です。この信に代わり得るのは、利他だと思うのです。

一生成仏への信とは何でしょうか。
一生を満足をもって終えられる信が一生成仏であるという一方的な決めつけは、その外にいるものにとって、他の一切の可能性を‘奪う’信としか映じません。
一生を満足をもって終えられる信は一生成仏以外にないというレトリックは他の一切の可能性を否定しているものでしょう。
また、あなたが言う利他は何でしょうか。では、あなたはわたしに対して、どのような利他ができるのですか。

> 「歴史的」「科学的」な矛盾を越えて、現代に示唆を与えることが可能

では、それがどのように可能であるか、ここで説明すれば、よろしいのではないでしょうか。自分が信じる一方的な信念体系を押しつけるばかりが、現代人に示唆を与えるわけもないでしょう。
どんなことが示唆ですか。具体的に記してください。

> 「歴史的」「科学的」な矛盾は全て取り払うべきだとお考えですか。

わたしは、そのようには記していません。「間違っていた」と書いているのです。あなたの質問はこうして、誤認に基づく、的外れな質問になっています。

あなたは、誤解のうえから誤解に基づく質問を重ねているいるわけですが、そもそも、ここで当初からわたしが問題にしたのは、日蓮が鎌倉時代に知り得たところは、限界があった。現代の科学では否定される部分があるということです。
まず、この点は、あなたは認めるのですか・認めないのですか。

854今川元真:2006/06/24(土) 19:18:43
横割失礼します。 【納得できるかは結果次第?】●四宗兼学←→四箇格言、空海、法然が日蓮以前に教主、他経典を捨て去る故言上。●法華経行者は随方毘尼で時代にあった方法論を見つけなければ成らないのか。三障四魔(降三世大威徳)三国四師(法華経継承)三証四悉檀(時代毎応用)●空海、最澄は、弥勒を目指したそうです。高野山(十二天)盧遮那仏・大日如来・弥勒菩薩、比叡山(十二神将)華厳・真言・法華、金剛頂経・大日経・蘇悉地経[三大密法]如来神通力・陀羅尼真言・蓮華蔵世界[三大秘法]題目(基本)本尊(基礎)戒壇(応用)●仏(経典)が成道できるように随方毘尼として顕現→56億7千万年・尽未来際

855真実探求者102:2006/06/24(土) 23:24:27
、、、852のななしさん(名前がエエカゲンカ、? ましな名を期待したいが某S会絡み臭いナ、、)、、「信」、、と言う甘い言葉で、私は「疑う気持ち」を奪われました、。 「、、今、、信に耐えうる、、???」、が存在でしょうか、、??
なら)

856乾闥婆:2006/06/25(日) 00:27:50
>>847-848
犀角独歩さん。

お母様、本年、四月にご逝去とのこと、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
お母様の最期の題目、葬儀での読経、そういった中に信仰の素直な感動を見ます。
常に私の傍らで題目を上げ続けた我が母は、家族に囲まれながら昏睡状態から静かに息を引いていきました。手術後、意識障害を起こして以降、その口から唱題を聞くことができなかったことは、やはり残念であり、母も悔しかっただろうと、当時を思い返しました。

>結局のところ、絶対とは意図せず、限界を設定することだということです。そして、この限界を、この界隈の言葉で言うと「信」ということです。
>信心と言われるものは、一所に留まって、足踏みをし、そこで固くなった足場に安住しているという、限界を正当化する肯定論でしかなくなっています。ですから、信が執着となっているのです。
>自分を飾る「強情な信心」という権威構造を放棄したと言うことです。「あの人は、心の底から日蓮大聖人を信仰している立派な人だ」という信者一般に見られる善悪の判断肢、すなわち、「信」という権威構造から、外に出たと言うことです。

形態とは枠組みでありますから、それは確かに限定を加えることであると思います。また限定を加えなければ形態は成り立たないのでしょう。そしてそれを強く支えるものは「信」であるのだと思います。「信」が崩れれば形態は脆弱になります。形態に固執すればするほど、「信」は必要とされます。そのジレンマがいまの私を苦しめているのだということが浮き彫りになってきました。

いちりんさんのお話にもあったことを、私は一時期考えていました。大事なことは心的作用であるのだから、心的作用として有効ならば、それはそれでいいのではないか。例えば人は文学作品に感動し、啓発されます。しかしそれはフィクションであるし、人々はそれがフィクションであることを知っています。つまり虚構です。しかしその虚構に人は感動し啓発されるのです。法華経は物語であるし、蓮祖の教学も命がけの物語であると、そう思って取り組んでいこう、そんなふうに考えていた時期もありました。

しかしそういうスタンスで望む「信仰」はやはり私の知る信仰には似ないのでした。「事実」であると信じ込んでいたことが、そうでなくなってしまうと、心がさめてしまうのでしょう。しかしそのように心落ち着けたところから、また読経と唱題があるのであれば、それはそれでよしとするべきなのだと思います。熱狂、は過ぎ去りました。そのような過去に私の知る信仰は、もはや私を訪れることはないでしょう。そのような信仰こそ真の信仰であると、私は植え付けられてきたのかもしれません。しかしそのような信仰観からの脱出こそ、成長というべきなのかもしれません。

いろいろと発言させていただき、多くの方からご意見もいただきました。まだまだ成長途上の私ではありますが、今後ともよろしくお願いいたします。

857犀角独歩:2006/06/25(日) 02:05:22

856に乾闥婆さんが、現段階で記された結論にわたしは敬意を表します。

ハッサン師は記しました。

「自分がしていることは宇宙的意義をもっているのだという、あの興奮した感情が懐かしかった。ひたむきさが生みだす、あの力強い感覚が懐かしかった」

「自分が学んだことや、知りあって好きになった人々をすべて受け入れ、それを統合して、新しい自意識を作る必要があった。古い自意識を統合して新しい目標をつくることで、元メンバーたちはとても強くなる。彼らは勝ち残り組なのだ。彼らは苦難と虐待に耐え、情報と自己反省で敵を克服することができたのである」

ご健闘をお祈り申し上げます。

858犀角独歩:2006/06/25(日) 08:54:22

マインド・コントロールの環境の中では、グループが信じることを単なる理論だと見なす余地はない。教義こそ現実そのものなのだ。グループによっては、物質世界全体が幻想であり、したがって思考も願望も行動もすべて(カルトが定めたものを除き)実際は存在しないのだと教えさえする。


カルトのいちばん効果的な教義とは、エリック・ホファーの言葉を使うなら『証明も評価もできな い』教義である。それは非常に複雑なため、解くのに何年もの努力が必要だということになってい る(もちろんそのころには、人々は教義を学ぶことよりも資金集めとか勧誘のようなもっと実際的な仕事へ向かってしまっている)。

教義は受け入れるべきものであって理解すべきものではない(という)。それゆえ、教義は、漠然 としていて包括的で、しかもじゅうぶんに調和がとれて一貫しているように見えなければいけない。その威力は、これこそ万物を包摂する唯一の真理なのだと断言するところからくる。
マインド・コントロールの正否は、その人の中に新しい人格を作りあげることにかかっているので、カルトの教義は、きまって、あなたは自分自身を信じてはならないと要求する。教義が、思想と感情と行動のすべてを決める『マスター・プログラム』となる。それは完全で絶対的な真理そのものなので、教義のどんな欠陥も、信者自身が不完全だからそう見えるのだとされる。信者は、たとい本当には理解できなくても、決められたとおりの信条に従わなければならないと教えられる。同時に、真理をもっとはっきり『理解』できるようになるには、もっと働き、もっと信仰を深めなければならないといわれる。

以上、『マインド・コントロールの恐怖』(恒友出版)から。

「善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし…智者に我義やぶられずば用じとなり。其外の大難、風の前の塵なるべし。我日本の柱とならむ」(開目抄)

さて、如何にして法華経を捨てざらんか。日蓮の義は近代の前に破られたのか。もし、破られていないというのであれば、批判者、不信者を排除して、自分の信仰を守ろうとするのではなく、何が破られていない日蓮の義であるかを、ここに明確に提示する必要があります。しかしながら、わたしの疑義の提示は、他者へのものではなく、わたしが己心に見ていた法華経・日蓮義一切の総点検のための自問自答であり、その果てに一体何が残るのかという試論でもあります。ここに一切の妥協はありません。

859今川元真:2006/06/25(日) 09:47:20
犀角独歩さんの総点検は「大雑把な類型では無い」と言う事ですね? 科学的分析理解がヒトの心や社会の歴史全てを漏らさず断言できる事は無いと考えられます。 宗教を学問するのに大事な点は理想と現実の相対的関係が立証できるかにあると考えます。 歴史の結果論で判別するのは危険だと言う事です。

860犀角独歩:2006/06/25(日) 13:23:43

今川さん

> 科学的分析理解がヒトの心や社会の歴史全てを漏らさず断言できる事は無い

もちろん、そうでしょう。同じように宗教がすべて漏らさず断言もできないということです。両方を付き合わせた再点検が必要です。

>宗教を学問するのに大事な点は理想と現実の相対的関係が立証できるかにあると考えます

このご意見には当然賛同します。

> 歴史の結果論で判別するのは危険

誤解があるようですが、いつわたしが歴史の結果論で判別しましたか。

861犀角独歩:2006/06/25(日) 13:35:28

当掲示板は、挙証義務を厳しく求めるところに美風があります。
ですから、法華経にはこんな善いところがある、日蓮の教義はここが正しいと言った点を具体的に挙げればよいわけです。

わたしは科学的な当たり前すぎる事実を提示しているのに過ぎません。
その事実を言うと、価値がないとか、無意味であるとかと何ら根拠もなく、否定するばかりで、その事実を認めようとしないばかりか、いいところもあると言いながら、「では、具体的には」と問うと、沈黙し、また、何ら根拠も示さない的外れな批判を繰り返します。

このような態度こそ、一般人がカルト・マインド・コントロールとしてもっと忌避し、不快感を覚える態度であることは、今さら論じるまでもありません。

議論をする気があるのであれば、具体的なよい点を立証してみせればよいだけのことです。どうぞ、存分に開陳して見せてください。

862今川元真:2006/06/25(日) 18:10:04
いえ、犀角独歩さんも含めた書き込みですが、得手して好事魔多しと言うか感情が籠もると暴走するかもしれないと言う判断力以前の事を書いてしまいました。お気を悪くされたならすみませんでした。それから、私は真蹟の審議を論ずる手間暇をかけられないので、ごく簡単な質問しかできません。別スレッドを立て、21世紀時代に日蓮大聖人御書全集を使ってどれだけ素人眼から解読できるか歴史時代の差がどれだけでるのかやってみたいと思ったのですが、ここの掲示板では無理でしょうか。簡単な質問や確認なら「21世紀の仏教を考える」で出来ます。挙証主義での質疑応答とは分ける事が取り敢えずの面目になると思います。

863犀角独歩:2006/06/25(日) 18:36:02

今川元真さん

> お気を悪くされたなら

いえいえ、気など悪くなどしませんが、こうしてみると、実際に日蓮、法華の善いところを力説できる人というのはいないのか?という疑問を懐いた次第です。

> 21世紀時代に日蓮大聖人御書全集…素人眼から解読できる

まず、全集ではなく、その遺文の信頼度を基準に、ということになるでしょうね。また、何を伝えるのか点が重大なんだろうと思います。
死んだら、お肉が柔らかくて、軽くて白いのが成仏なんていうのを現代語にするだけだったら、「???(大笑)」でしょうから。

> 挙証主義での質疑応答とは分ける

ええ、それは素朴な疑問などが適当でしょうね。つぶやきもあります。

864今川元真:2006/06/25(日) 23:27:50
●書き込むにしてもまとめて何が論旨なのか書かないとだらだらになってしまいますか。 ●力説と言っても真蹟の範囲の把握さえ儘ならないのでは無理があるでしょう。創価学会等の場合、頑丈な組織システムと言う檻に閉じ込められたような感じで自由な論議にはならないからで、広い檻か狭い檻かの違いと一人ひとりのフットワークの違いがより保守的にするのでは無いでしょうか。聖教新聞や人間革命が永遠の指導者になるのでは無くてケーススタディの指導者とゼロベースの指導者を育てないと創価学会でも名誉会長死後割れるかもしれません。割れた後、大白蓮華が永遠の指導者であり創価学会の柱と纏めようとしても遅いかもしれません。

865犀角独歩:2006/06/26(月) 19:51:00

今川さんのご投稿は短文で、趣旨を斟酌しかねるところもあるのですが、わかるところもあります。

当掲示板は、挙証義務が美風であるとわたしは記しました。
では、日蓮は、この証について、何を挙げたかというと、道理、証文、そして、現象です。

「日蓮仏法をこゝろみるに、道理と証文とにはすぎず。又道理証文よりも現証にはすぎず」(三三蔵祈雨事)

ここでいう関係は、実は現象の優位を論じているわけです。
合理的(道理)に、文証(経・釈・真蹟)でその祖型を探ってきたわけですが、実のところ、その実用性(現証)がなければ、単なる理論構造だけということになります。

わたしは体験に基づくところを、批判しているわけではありません。
ただ、その体験に、各人が係るという教義・本尊が確実な日蓮、もしくは経典の理解とはなっていない齟齬を論じているのに過ぎません。ですから、‘現証’について、語ってみてはどうかと促したわけです。

その前提で、しかし、自己の信じるものを否定する者へ、非論理的排除、また、論証除外という態度もまた、信仰をした結果の、いわば悪現証ととらえられてしかりという視点もあります。しかし、反面の体験的な功利性はあるはずではないでしょうか。もし、この点が持ち得ないというのであれば、日蓮は21世紀に、各人の思いこみが、教団護持を支えるという閉じた共同体の中でのお話で終わるでしょう。

わたしは創価学会の教義など、まるでおはなしにならないと思います。しかし、ここで半世紀、体験されてきたところ、それはまた、700年来の日蓮門下の出来事といっていもよいのですが、この体験の全体を、否定しようという気は毛頭ありません。ただし、科学的視点から論証できるところはし、それでも何かが残るか否かを徹底論証してみてはどうかという考えに基づく厳正な視点は捨てません。何故、捨てないか、世間一般が捨てていないからです。「なんだかおかしい」「うさんくさい」「ばかばかしい」などと思われる当然想定される批判を敢えて一切合切、課してみて、それでも残るものがあれば、そのような体験=現証は、確実に人々の情意を打つものであるとも考えます。

866犀角独歩:2006/06/26(月) 22:20:46

【865の訂正】

誤)現象
正)現証

867今川元真:2006/06/27(火) 00:12:47
●極端ですが、創価学会もいずれは興門流日顕派の様に成りかねないと言う事でしょうか。天使教に押されて。 ●暴走の迷妄を解き説得力を持たせる為にも一か八か遣らざるを得ない時代に来てしまったと言う事を考えますが、切り刻んでもアナログとデジタルほど違う時代では現証を持つ者と持たざる者もしくは許容範囲の違いで分離分派するかもしれないでしょう。       ●成仏するまで戦い続ける事ができるか? 「脳には進化の歴史が詰まっているはずだから」まだ進化する力は眠っているのでしょうか。 ●広宣流布の機軸としたいのは『妙法蓮華・価値創造・宿命転換』【理の一念三千・事の一念三千・真の一念三千】 ●私が歴史時代を鑑みて汲み上げようとして過不足を考える物差しは此れくらいでしょうか。 ●犀角独歩さんが急進派で今川元真が穏健派だと言いたいのでは無いのですが、守旧派のような方々から見れば御書遺文を切り刻むようにしか見れないかもしれません。 ●話題が変わりますが、「西から東」は月氏、 「東から西」は日本の事をほのめかすと見て良いのでしょうか。

869犀角独歩:2006/06/27(火) 07:30:10
今川さんのご意見は参考になります。自分の記していることがどのように誤解されていくか、その虚像が見られるからです。ただし、お書きになっていることで、ご投稿の趣旨がが理解できないところも多々あります。

> 広宣流布

この語については、以下のように記しました。

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1015334405/56-60
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1041207951/223

> 妙法蓮華・価値創造・宿命転換

妙法蓮華経は羅什の意訳、価値創造という点については『創価学会批判』でかなり手厳しく哲学的反証がなされており、そこではさらにそれを受け継いだ戸田氏の哲学の勉強不足が指摘されていました。また、この学説と日蓮教説、さらには法華経とは本来まったく関係のないものでしたが、実践生活という点で牧口氏は石山の教学・本尊信仰を充てたわけでした。宿命転換は近代の造語で、そもそもこの語は「宿命」語解釈の誤謬があります。この点は、どなたかとかなり議論をした記憶がありますが、いまは見つかりません。ただ、簡単に以下に記していました。

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1014180269/1398

> 【理の一念三千・事の一念三千・真の一念三千】

真の一念三千という用法は知りません。いずれにしても、三千不可思議境は一心のことであるとして、止観参禅の観三千法界が湛然によって成句され、日蓮に至っては付嘱の正体である妙法蓮華経に裏まれた珠であるとなり、さらに創価教学では生命の説明になっていった経緯を概観して、原意に迫るべき用語の一つであると思います。

> 犀角独歩…急進派

そのように映じますか。すでにわたしが述べるような時代は100年前に到来しています。それに気づけず、信仰という二文字で、世間一般の批判を逃れていては致し方がないというのは急進的な態度でしょうか。寧ろ、遅すぎることであると思うのですが。


> 守旧派のような方々から見れば御書遺文を切り刻むように…

これは、むしろ、わたしのほうの印象ですね。
真偽を論ぜず、糞味噌の扱い、さらに切り文した遺文をつなぎ合わせて、日蓮の考えとはまったく違う解釈をしていると、殊に学会を含む石山教学に感じています。

近日の一連の遣り取りを見てもわかるとおり、わたしが単に、法華経は西暦前後の創作物語である、釈迦の入滅年代は鎌倉時代に信じられていたことと違っていた、という2点に就き、日蓮は事実誤認をした、つまり、「間違った」と記したのに対して、その点を認めようとせず、経典、教義、本尊は正しいということを違う論点から述べて、これを遮そうとしたわけです。わたしはこの一連の対応を自由な議論に対する侵害という印象すら懐きました。要は、現代、科学的に証明された点について、いろいろな解釈を構えて、それを肯定しようとしても、世間一般はそれでは納得しない点を、信仰で押し切ろうという暴挙と映じるわけです。その信仰への執着の原因は何であるのか、徹底的に内観してみてはどうかと勧めているわけです。

> 「西から東」は月氏、 「東から西」は日本の事をほのめかすと見て良いのでしょうか。

この意味は新釈いたしかねます。どのようなご質問なのでしょうか。

870犀角独歩:2006/06/27(火) 11:07:59

【869の訂正】

誤)新釈いたしかねます
正)斟酌いたしかねます

871今川元真:2006/06/27(火) 12:51:44
●誰もが簡単に昔の環境の原意に戻れるなら苦労と言うかストレスの無い社会になっているでしょう。●犀角独歩さんの様に知識・情報を持って学問に時間を費やす事ができる訳では無いので御容赦願います。 ●シャカと日蓮に通暁する心があるとすれば「泥から花を咲かせる蓮華」と考えなければ、信学行をして仏国土みたいな平和な社会をつくっても長続きしないような気がします。シャカの執着から離れる思惟思索に形を持って捉えるのは逆戻りと言われるかもしれませんが、より良い環境に変えるには点・線・面の点に於いてある意味(理想像の法を信じる、理想論で変わる自分を信じる)必要な事に思います。 ●十字御書を読み返していい線いってたなと思うのですが、嘘から出た真になりませんね。

872犀角独歩:2006/06/27(火) 14:52:36

今川さん、ここは議論の場であり、挙証義務が課せられていますから、それに遵守しているわけです。
時間がなければ、時間がないなりに個人でやる分にはけっこうなことではありませんか。
しかし、ここでは投稿規則があるということです。

信仰というのは、あ面、妄想と紙一重のところがあります。
嘘から出た真から、真に基づく信であるか、それを論証しようと言うことです。

873今川元真:2006/06/27(火) 23:56:56
●徹底的に解明する事は其れぞれの論理を考える為には良いのですが、時代毎の必要な要素を考えないと何も残らなくなるのでは無いかと思います。●犀角独歩さんの指摘通り(?)自分の信学行の質量を計り直す事が出来れば良いと考えます。

874犀角独歩:2006/06/28(水) 04:53:16

今川さん

873に記されるところは同意です。それがつまり、当スレ『現代人が納得できる日蓮教学』ということの趣旨だと思います。

875今川元真:2006/06/28(水) 12:20:45
犀角独歩さん、ありがとうございます。

877今川元真:2006/06/29(木) 17:51:40
宰格瑚葡さん、はじめまして。私は、池田チルドレン?が創価学会の指導者になっても組織システムの隅々までチェックするのは難儀なので、信心学問修行をより解り易く快適に内外に提示する為にも、末法無戒の世に法華経行者日蓮がどれだけの事を考え、富士門流貫首日寛がどれだけの事を纏め、創価教育学会会長牧口常三郎がどれだけの事を提示したのか、知る必要があると思います。

878犀角独歩:2006/06/29(木) 20:02:48

今川さん、前から気になっていましたが、末法無戒と本門戒壇というのは整合性がありますか。日蓮は末法無戒を哀しみ、本門戒壇を言ったのではないでしょうか。

「正法千年の後は像法千年なり、破戒者は多く得道すくなし。像法千年の後は末法万年、持戒もなし破戒もなし、無戒者のみ国に充満せん。而も濁世と申してみだ(乱)れたる」南条兵衛七郎殿御書

「二乗・凡夫・悪人・女人乃至末代の老骨の懈怠・無戒の人々は往生成仏不定なり。法華経は爾らず。二乗・悪人・女人等猶仏に成る」薬王品得意抄

「第二の悪世中比丘と指さるゝは、法然等の無戒邪見の者なり。涅槃経に云はく「我等悉く邪見の人と名づく」等云云」開目抄下

「日蓮は無戒の比丘なり」御衣並単衣御書

「剰へ我慢を発して大乗戒の人を破戒無戒とあなづる。例せば狗犬が師子を吠へ、猿猴が帝釈をあなづるが如し」「法華経の大戒を我が小律に盗み入れて還って円頓の行者を破戒・無戒と咲へば、国主は当時の形貌の貴げなる気色にたぼらかされ給ひ」「能因法師と申せし無戒の者」下山御消息

「貴女は治部殿と申す孫を僧にてもち給へり。此の僧は無戒なり無智なり」盂蘭盆御書

「正像末の持戒・破戒・無戒等の弟子等を第六天の魔王・悪鬼神等が、人王・人民等の身に入りて脳乱せん」諌暁八幡抄

「日蓮は無戒の比丘、邪見の者なり」法衣書

880今川元真:2006/06/30(金) 20:26:02
教学的因果関係は日蓮聖人が手紙に認められているだけしか見受けられないので解りませんが、縦軸・時間と横軸・空間、歴史と現象を考え合わせる学問が仏法ならば、心の襞や琴線に触れる感情的示唆が現れ言葉文字に表れても不思議では無いと思います。法華一乗の派生事項だと考えますが、真言化した比叡山に対して真実の一念三千・妙法蓮華の浄土を現出させたいと本門の題目・本尊・戒壇を形にしたのが漫荼羅(紙や板では無くて)なのでは無いかと断じたいです。

881犀角独歩:2006/06/30(金) 21:06:42

今川さん

880に記されることは、賛同する面もあります。

わたしがここで投げかけている疑問は、一般の人であれば、誰しも懐くだろうことを忌憚無く、率直に述べているのに過ぎません。そのような投げかけにどのように反応されるのかという点が、「心の襞や琴線に触れる感情的示唆」なのか、もしくは排他、罪悪視なのか、矛盾に満ちた反論なのか等、そのレスポンスによって、その健全度を測るのもまた、一般の観察であろうと思います。

その意味において、単発的、かつ、捨て投稿で、あらしが目的なのかと見えていた今川さんの、レスは、実に誠実で、健全であり、たしかに心の琴線に触れるものがありました。

882励合人:2006/07/01(土) 06:48:41
日蓮さんの生き方自体が素晴らしいと思います。人を愛する深さというか人間の可能性というか信念による一人の人間の持っている強さを教えてもらいました。立派な方々を見習うひとが出てくるから立派な行いができることは素晴らしいことです。見習う側も善の部分のみを見習っていければより素晴らしいです。それには善悪のはっきりした区別がつくことが一番大切です。世界平和や人間社会が進化するには宗教が無くなり道徳以上の新しい何かを手本にする世の中になるしかないと考えています。宗教以外の新しい何かが出現するには今より飛躍的に心の解明と科学の発展が必要ですが。現段階では信念につながるものとして現代社会を生きる責任、未来社会への義務、過去社会への感謝が明確に子供に教育されれば何か少しは変わっていく気がします。以上、大ざっぱで伝わらないと思いながらも根拠の無い個人的感覚による私見を記入してしまいました。

883犀角独歩:2006/07/02(日) 07:46:08

> 882

概ね、賛同します。

情報量は、ネットと豊富な資料が直ちに入る現代と、鎌倉時代では比ぶべくもありません。しかし、その情報を扱うのは常に人間なのであって、日蓮の熱意と精神力、そして、実際の行動といったものに、では、現代の我らが優位にあるかと言えば、決してそんなことはないでしょう。

「生き方がすばらしい」というご感想は、そんなところにあるのだろうと拝察します。データ的処理能力ではなく、“心”としての処理能力と言うことであろうと思います。

やや、論点が変わりますが、ハッサン師は、以下のような指標を示しています。

「破壊的カルトの疑いがあるグループを調べ鑑定するとき、私はまず、神学やイデオロギーの分野ではなく、心理学の分野で作業する。破壊的カルトについて考える私の基準は、マインド・コントロールと暗示と集団心理−−この三つの影響作用と言うことである。私はそのグループが“何を信じるかではなく”、“何をするかを見る”。(略)破壊的カルトはメンバーは“彼ら自身の”信念体系へと回心させようとする。だが私のやりかたは、その人が多様な視点を調べ、物事を自分自身で処理するように励ますものである」(『マインド・コントロールの恐怖』恒友出版 P178)


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