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現代人が納得できる日蓮教学

784犀角独歩:2006/06/16(金) 10:08:41

一字三礼さん

般若経と哲学の関係へのご賢察、参考になりました。
法華経講義でも話題になりましたが、般若経周辺では、何ゆえ、あそこまで智慧に拘ったのか、この背景に東西文化交流はなかったのだろうかという類推が先の記述となりました。

『ミリンダ王の問』、また、ガンダーラ仏像の造形から見ても、大乗経典へのギリシャの影響は看過できないものがあろうかと思います。たとえばソクラテスは、釈迦と同時代の人ですね。しかし、西のソクラテス、東の釈迦の相互の影響は感じられません。前者はアポロンから語り、釈迦はブラフーマから語っています。しかし、滅後100年を経た頃から、仏像がギリシャの影響を以て造られるようになり、文字で経典を書き残すようにもなっていきました。前者には石工技術、後者は聖典信仰の隆起という点で、東西を代表する思想・文化と共通点が見出していけます。

このような時代背景で、もっとも最初に創られた経典が『八千頌般若』だった。では、Pnnya パンニャ(Prajynya(プラジュニャー))は智慧に力点が置かれたものであるわけです。知識への信仰という側面を感じるわけです。

このような態度は、ギリシャの Philosophy という態度と何らかの交流の結果ではないのかという視点をわたしは有しています。しかし、顕正居士さんのご説明を読めば、むしろ darśana(見)の延長と見るほうが至当なのだろうか、となれば、Philosophy>Pnnya は違っているのかとも思えました。

『法華経』は『八千頌般若』の次の創作経典であるという時系列で、さらにその定型化には2〜300年の時間を要しているようですが、そこに見られる態度は“信”の強調にあり、前者の般若の強調とは趣を異にしています。また、その底意には、輸入され習合し仏教の尊格となっていった数多の仏菩薩を整理し、釈迦一仏に統一しようとしたコンセプトを有しているわけです。そして、そこでは文字化された聖典信仰と仏塔信仰の融合があり、造像尊崇とも関連していくという東西交流の結果を垣間見ることもできます。

松山先生の調査、結果が楽しみです。bhakti は誠信、献信、信道などの漢訳と共“信愛”とも約されますね。信愛と愛知(Philosophy)、この比較こそ、わたしの興味の対象の一部です。

法華経における信は、adhimukti が正面ですが、その裏面に bhakti があるかどうか、次回の講義が待ち遠しい気持ちになりました。


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