[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
現代人が納得できる日蓮教学
810
:
顕正居士
:2006/06/22(木) 01:22:29
中世日本人に歴史という概念はあったか?
を考えると、古代日本人にすでにあったでしょう。記紀では神代と人代を区別しています。
つまり神話と歴史の区別です。文字がなかった時代と文字を輸入した時代ともいえます。
ただし二つの時代の移行期には神話とも歴史ともつかない期間が存在します。
室町時代が日本で仏学が最もパワーがあった時期で、江戸時代に入ると儒学、洋学に
その地位を譲ります。知識人は仏教を「愚夫愚婦」の迷信とみなすようになりました。
その理由として仏者の歴史概念の欠如があったでしょう。日蓮の遺文を見ましても、
彼はまったく神話の中に生きている、対して近世的意識にすでに到達していた北条氏は
このフィクションの中に生きるデマゴーグの処置に困惑したでしょう。
しかし遺文を見れば、扇動家の性質に溢れているとはいえ、知的な人物でないわけではない。
それは江戸時代の仏者といえども同じです。要するに、問題は仏教にあります。
仏教は「唯心論」ですから、結局、Aと非Aの区別がありません。無論理なのです。
つまり、「愚夫愚婦」の迷信需要に応じて、仏者の利益になることを説くに過ぎない。
室町時代になぜ、日本で仏学が最もパワーがあったかといえば、この時期は本覚思想の
クライマックスで、唯心論の克服が行なわれたからです。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板