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現代人が納得できる日蓮教学
819
:
一字三礼
:2006/06/22(木) 08:29:51
乾闥婆さん
> 私は‘明らかな間違い’と指摘する根拠を示しました。『岩波仏教辞典』「釈迦」の項目における生没年「前463-383頃、一説に前566-486頃」。
釈尊の生没年代に関する‘仮説’は私も存じておりますよ。ですが、実際の釈尊はたぶん一度生まれて、一度亡くなったのでしょう。
あなたは、約100年の誤差のある説を2つも並べているのですよ。
あなたの挙げた根拠と称するものはあくまで‘仮説’ではないのですか。なぜ、生没年代を2つも記した‘仮説’を根拠に、他の‘仮説’を「明らかな間違い」と言えるのですか。
「明らかな間違い」と言い切るのであれば、正確な釈尊の生没年代をあなたが示すのが議論のルールでしょう。
ところがあなたは
> 800
> 正確な仏滅年などいまだ判明していないと思うのですが。
と発言されたのです。
ご自身で、「いまだ仏滅年など判明していない」と言いながら、他の仮説を「明らかな間違い」と言っているのですよ。
わかりますか。あなたは、自己矛盾に陥ってますよ。
> 中世日本において、経典表現の位置づけが、広く虚構と受け止められていたのでしょうか。
814の顕正居士さんのご意見がもっともだと思います。法華経及びその他の経典の虚構性は一読すれば誰にでもわかることではないですか。
いかに中世人とはいえ、実際に天龍八部衆がインドに存在したり、霊鷲山上に数兆億の仏菩薩が集まったとは考えないでしょう。
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