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現代人が納得できる日蓮教学
837
:
顕正居士
:2006/06/22(木) 23:52:53
>>831
乾闥婆さん。中国の教判は数百年間に作られた経典を釈尊一代の教説という約束で分類しました。
したがって仏教思想の発展というものを完全に捨象した。だから歴史という概念がありません。
対して日蓮には思想発展に近い考えがあります。宗教五綱の「序」です。
「前の五百年が間は小乗経ひろまらせ給ふ。ひろめし人々は迦葉・阿難等なり。後の五百年は
馬鳴・龍樹・無著・天親等、権大乗経を弘通せさせ給ふ」(随自意御書)
日本天台には「四重興廃」という思想がありました。爾前→迹門→本門→観心で、これは玄義にある
のですが、本覚思想家は釈尊一代のことでなくて、仏教史に当てはめたようです。つまり、
爾前=中国天台以前→迹門=中国天台→本門=日本天台前期→観心=日本天台後期(本覚思想)。
思想発展に近い考えが生じた理由として日本の末法意識は王朝文化の衰退が投影され深刻でした。
だから末法今日の我々は正法、像法の時代とは異なる集約的な教と行が必要だという発想が生じた。
ここに人師の論釈については思想の発展に近い概念が生じましたが、経は釈尊一代の説という約束
はまだ放棄されなかった。経も数百年の間に「加上」されたのだと見破った富永謙斎が天才、偉人と
されるのは、中国人、日本人の誰もそれを思いつかなかったからです。
日蓮教学はかつては日本天台から輸入した本覚思想によって解釈されていました。つまり五百塵点
を実事とはしなかった。日蓮の他宗批判は立教の方便であり、身延入山後には顕正面を発揮したの
であると。しかし浅井要麒師の批判的文献学の提唱以後、観心思想に傾いた遺文への疑義が強まり、
御義口伝などが室町期の思想であることも確定した。ですから今日ではオリジナルな日蓮思想は
いわゆる原理主義の色合いが濃いものと認識される傾向にあるといってよいでしょう。
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