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現代人が納得できる日蓮教学

795一字三礼:2006/06/18(日) 10:34:26

顕正居士さん

> 主著である「中之頌」および同頌の自註とチベットで伝える「無畏疏」では仏説とはアーガマを指し、仏陀とは彼をさかのぼること500年の哲学者をいいます。

仰るとおり「中論」には、大乗仏典は引用されていません。しかし、内容的には大乗に沿って理論展開されているように読めます。

「『中論』は論争の書である。インドにおいてナーガールジュナの当時にすでに成立していた諸思想体系を現前においてこれを攻撃し批判している。『中論』を読むと、韻文の大部分は攻撃的な口調で書かれていることに気がつく。」(講談社『ナーガールジュナ』中村元)

主とした対論相手は上座部の、説一切有部、犢子部、正量部などであり、仏教外の所謂外道については付け足し程度で、確定は出来ませんがヴァイシェーシカ学派、ニヤーヤ学派(正理論派)、サーンキヤ学派、ジャイナ教、時論師などが挙げられるようです。

「中論」に大乗仏典が引用されていない理由としては、「中論」が対論書であると言う理由のよるのではないでしょうか。

上座部や仏教外学派との対論であれば、主張の土台、または理論の典拠として大乗仏典を引用することは意味を為しません。
そのため、『中論』では、内容的には大乗を主張していても、大乗仏典、大乗の仏陀への言及がないとは考えられませんでしょうか。

『大智度論』、『十住毘婆沙論』等は、同じ龍樹の著作とは考えられませんが、『Suhrid lekha』は、『中論』の著者とさほどの違和感を感じませんが、こちらでは、大乗仏典や大乗の仏の名前が出てきます。


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