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避難所用SS投下スレ11冊目

1名無しさん:2014/02/18(火) 02:41:49 ID:0ZzKXktk
このスレは
・ゼロ魔キャラが逆召喚される等、微妙に本スレの趣旨と外れてしまう場合。
・エロゲ原作とかエログロだったりする為に本スレに投下しづらい
などの場合に、SSや小ネタを投下する為の掲示板です。

なお、規制で本スレに書き込めない場合は以下に投下してください

【代理用】投下スレ【練習用】6
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1279437349/

【前スレ】
避難所用SS投下スレ10冊目
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/9616/1288025939/
避難所用SS投下スレ9冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1242311197/
避難所用SS投下スレ8冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1223714491/
避難所用SS投下スレ7冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1212839699/
避難所用SS投下スレ6冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1205553774/
避難所用SS投下スレ5冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1196722042/
避難所用SS投下スレ4冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1192896674/
避難所用SS投下スレ3冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1190024934/
避難所用SS投下スレ2冊目
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1186423993/
避難所用SS投下スレ
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/9616/1184432868/

725ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:24:03 ID:oww8q7tg
 とはいえ、自分が背中を見せて逃げる少年に対して使える手札は少ないと霊夢は感じていた。
 お札を使えば簡単に済むが、周りに通行人がいる以上下手に使えないし、それを考慮すれば針は尚更危険。
 そしてスペルカードなど言わずもがな。ならば使える手札はたった一枚、己の手足とこの世界で手に入れた御幣一本。
「だったら、本気でぶっ叩いてやるまでよ」
 御幣を握る左手に霊力を更に込めて、薄い銀板で造られた紙垂がその霊力で青白く発光する。
 並の妖精ならばたった一撃で゙一回休み゙に追い込める程の霊力を込めて、彼女は逃げる少年を空から追いかける。

 見つけた時は既に十メイル以上離されていた距離を、一気に五メイルまで縮めた所で速度を緩める。
 何ならフルスピードで頭をぶっ叩いても良いが、そうなると流石に少年の頭をかち割りかねない。
 窃盗犯を殺して自分が殺人犯になっては本末転倒である。
 だからここは速度を緩めて、しかし御幣を握る手には更に力を込めて少年へと近づく。
 幸い、余程疲労しているであろう彼の足はそれほど速くなく、もはや無理して走っている状況だ。
 必死に走る少年と、それを悠々としかし殺意満々に飛んで追いかける自分の姿を見つめる野次馬たちからも離れられた。
 今こそ絶好のチャンスであろう。ここで気絶させよう、そう思った霊夢が御幣を振りかぶった時、それは起こった。

「―――お兄ちゃん!」
「……!」
 ふと少年が走っている方向から聞こえてきた少女の声に、霊夢は振り上げた手を止めてそちらの方を見遣る。
 すると、前方から彼より背丈の小さい金髪の女の子が拙い足取りで走ってくるのが見えた。
 ルイズよりやや地味な白いブラウスと、これまた茶色の目立たないロングスカートと言う出で立ち。
 その両手には何かを抱えており、それを落とさぬように気を付けつつ必死に走ってくる。
 こんな時に一体誰なのかと霊夢が訝しむと、それを教えてくれるかのように少年が少女の名を叫んだ。
「り、リィリア…!おまっ…何でこんな所に…」
 息も絶え絶えにそう言う少年の言葉から察するに、どうやらあの子がアイツの言っていた妹なのだろう。
 てっきり口から出まかせかと思っていた霊夢も、思わずその気持ちを声として出してしまう。

「何?アンタ、アレって嘘じゃなかったのね」
「え?―――うぉわ!何でこんな所にまで来てんだよ…!?」
 どうやら走るのに夢中で追いかける霊夢に気づいていなかったようだ、少年はすぐ後ろにまで来てる彼女を見て驚いてしまう。
 何せ自分の魔法で吹き飛んで行った仲間を助けに行ったかと思いきや、それを無視して追いかけてきているのだ。驚くなという方が無理な話だろう。
「お、お前…!何で助けに行かないんだよ!?おかしいだろッ!」
「生憎様ね〜。ルイズはあの後藁束に落ちて助かったし、魔理沙のヤツは何しようがアレなら殆ど無傷だから」
 後デルフは剣だから大丈夫だしね。最後にそう付け加えて、霊夢は止めていた左手の御幣へと再び力を込める。
 それを見ていよいよ「殺られる…!」と察したのか、彼は自分の方へと向かってくる妹に叫ぼうとした。

「リィリア!は、早く逃げ――――」
「お兄ちゃん伏せて!!!」
 しかしその叫びは…いきなり自分目がけて飛びかかり、地面に押し倒してきた妹によって遮られた。
 年相応とは思えぬ勢いのあり過ぎる行動に少年はおろか、霊夢でさえも思わず驚いてしまう。
「ちょっと、アンタ何を…―――ッ!」
 予想外過ぎる突然の事に御幣を振り下ろしかけた霊夢が声を掛けようとした直前に、彼女は感じた。
 まさかここで感じるとは思いも寄らなかった、あの刺々しく荒々しい霊力を。
 そして気が付く。タルブで自分たちを手助けしてくれた、あの巫女もどきのそれと同じ霊力がすぐ傍まで来ている事に。

726ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:26:02 ID:oww8q7tg
(気配の元はすぐ近く―――ッ!?でも、どうして…)
 一体何故?こんな時に限って、彼女の霊力をここまで近づいてくるまで自分は気が付かなかったのか。
 こんなに荒く、凶暴な霊力ならばある程度距離が離れていても感知できるはずであった。
 まるで何処かからワープして来たかのように急に感知し、そしてすぐ目の前というべき距離にまで来ている。
 唯でさえ厄介な今に限って、更に厄介なモノが近づいてくるという状況に霊夢が舌打ちしようとした―――その直前であった。

 前方、先ほどリィリアという少女が走ってきた場所から刺々しい霊力を感じると共に物凄い音が通りに響き渡った。
 まるで大きな金づちで思いっきり振りかぶって、レンガ造りの壁を粉砕したかのような勢いに任せた破壊の音。
 その音を作り出せるであろう霊力の塊が勢いよく弾ける気配を感じた霊夢は、慌てて顔を上げる。
 だが、その時既に霊夢が『飛んでくる』゙彼女゙を認識し、それを避ける事は事実上不可能であった。
 理由は二つほど挙げられる。一つは飛んでくる゙彼女゙の速度が思いの外かなりあったという事。
 体内から迸る霊力と何らかの手段をもってここまで『飛んできた』であろう彼女は、既に霊夢との距離を二メイルにまで縮めていた。
 ここまで来るとどう体を動かしても霊夢は避ける事ができず、成す術も無く直撃するしか運命はない。 

「…ッ!―――痛ゥ…ッ!」
 二つ、それはタルブのアストン伯の屋敷前でも経験したあの痛み。
 始めて彼女と出会った時に感じた頭痛が…再び霊夢の頭の中で生まれ、暴れはじめたのである。
 まるであの時の出来事を思い出させようとするかのように頭が痛み出し、出来る限り回避しようとした彼女の邪魔をしてきたのだ。
 刃物で刺されたかのような鋭い痛みが頭の中を迸り、流石の霊夢もこれには堪らずその場で動きが止まってしまう。

 そしてそれが、後もう少しで大捕り物の主役になけかけた霊夢がその座から無念にも滑り落ち、
 本日王都で起きたスリの中でも、最も高額かつ大胆な犯人を取り逃がす羽目となってしまった。
 
(――クソ…ッ――アンタ一体、本当に何なのよ!?)
 痛みで軋む頭を右手で押さえながら、霊夢はすぐ目の前にまで来だ彼女゙を睨みつけながら思った。
 自分よりも濃く長い黒髪。細部は違えど似たような袖の無い巫女服に、行灯袴の意匠を持つ赤いスカート。
 そして自分のそれよりも更にハッキリと光っている黒みがかった赤い目を持つ彼女の姿に、霊夢の頭痛は更にに酷くなっていく。
 不思議な事に時間はゆっくりと進んでおり、あと五秒ほど使って一メイルの距離を進めば゙彼女゙と激突してしまうであろう。
 激しくなる頭痛で意識が刈り取られそうなのにも関わらず冷静に計算できた霊夢は、すぐ近くにまで来だ彼女゙の顔を見ながら思った。
 良く見るど彼女゙も自分を見て「驚いた」と言いたげな表情をしている分、これは偶然の出会いだったのだろう。
 ゙彼女゙がどのような経緯でこの街にいて、どうして自分と空中で激突せるばならないのか?その理由はまでは分からない。
(アンタの顔なんか今まで見たことないし、初対面…なのかもしれないっていう、のに…だというのに―――)


―――――何でこうも、私と姿が被っちゃってるのよ? 
 最後に心中で呟こうとした霊夢は、その前に勢いよく真正面から飛んできた彼女―――ハクレイと見事に激突する。
 激しい頭痛と合わせて頭へ響くその強い衝撃を前にして、彼女の意識はプッツリと途絶えた。

727ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/04/30(日) 22:28:03 ID:oww8q7tg
以上で八十二話の投稿を終わります。今回はやや短めだったかな…?
それではまた来月末にでもお会いしましょう。それではノシ

728ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 10:58:55 ID:qB1md0Gc
こんにちは。ウルトラ5番目の使い魔、58話ができました。
投稿を開始しますので、よろしくお願いします。

729ウルトラ5番目の使い魔 58話 (1/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:01:37 ID:qB1md0Gc
 第58話 
 この星に生きるものたちへ
 
 カオスヘッダー
 カオスヘッダー・イブリース
 カオスヘッダー・メビュート
 カオスダークネス
 カオスウルトラマン
 カオスウルトラマンカラミティ
 カオスリドリアス 
 友好巨鳥 リドリアス 登場!
 
 
「泣かないで、ブリミル……」
 
 自分の体が冷たくなり、意識が深い眠りの中に落ちていく中でサーシャは思っていた。
 あなたをひとりにしてごめんなさい。けれど、わたしはいなくなっても、あなたは残る。あなたには、人が持っていない特別な力がある。その力を正しく使えば、きっと多くの人を救える。
 さよなら……わたしの大嫌いな蛮人。さよなら、わたしの大好きなブリミル。
 けれどそのとき、サーシャの心に不思議な声が響いた。
 
「君は、本当にそれでいいのかな?」
 
 そう問いかける声が聞こえた気がした。
 これでいいのか? サーシャは思った。
 良いわけがない……答えは簡単だった。今頃、ブリミルは深く嘆き悲しんでいることだろう。自分だって、ブリミルと別れるのは嫌だ。
 ブリミルのことだ、ひとりで何かをやろうとしたって空回りして痛い目を見るに決まっている。獣を取ろうとすれば黒焦げにするし、野草を探せば毒草に当たるようなおっちょこちょいだ。
 できるなら、もっといっしょにいたい。魔法以外にとりえがないあいつを、支えてやりたい。
 けれど、それは無理なのだ。発動してしまった『生命』を止めるには、リーヴスラシルが死ぬしかない。この世界を救うには、自分が死ぬしかなかったのだ。

730ウルトラ5番目の使い魔 58話 (2/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:05:31 ID:qB1md0Gc
 悲しい、苦しい、帰りたい……でも、わたしの命は尽きた。もう、あいつの元には戻れない。
 
「しかし、君にはまだ意思がある。生きたいという意思が」
 
 不思議な声がまた響き、暗く冷たい深淵に沈んでいっていたサーシャを、暖かい光が掬い上げた。
 ゆっくりと目を開くサーシャ。彼女は明るく優しい光の中で、青い体を持つ銀色の巨人の手のひらの上に抱かれていた。
 
「あなたは、神様?」
 
 サーシャの問いかけに、巨人はゆっくりと首を横に振った。
 
「私は、君たちがヴァリヤーグと呼ぶ、あの光のウイルスを追ってこの星にやってきた者だ」
「じゃあ、あなたはブリミルと同じ、宇宙人なの?」
 
 巨人はうなづき、そして語った。あの光のウイルスを放っておけば、この星は滅ぼされてしまうだろう。
 サーシャが、止められないのかと問いかけると、巨人は、難しいと答えた。奴らの力は強大だ、それにこの世界はすでに大きく傷ついてしまっている。
 
「なら、もう手遅れだというの?」
 
 サーシャは悔しかった。どんなに頑張っても、命を懸けてブリミルにつないでも、もう遅かったというのか。
 いや、そんなことはない。サーシャは叫んだ。
 
「まだ終わってない! この世界には、まだわたしたちがいる。何度倒されても、わたしたちはその度に立ち上がってきた。何度焼き払われても、わたしたちは何度でも種を撒きなおす。この世界にわたしたちが生きているかぎ、りは……」
 
 サーシャは最後まで言い切る前に、どうしようもない事実に気づいて言葉を途切れさせてしまった。
 そうだ、自分は死んでしまったんだ。自分の剣で自分の胸を貫いて……死んだ人間にできることはない。

731ウルトラ5番目の使い魔 58話 (3/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:06:29 ID:qB1md0Gc
 しかしそのとき、落胆するサーシャの中に何か暖かいものが入ってくるのを彼女は感じた。
 
「これ、熱い……でもとても優しい感じ。あなた……わたしに、わたしにもう一度命をくれるの? わかったわ、この世界を救うために、わたしにもまだやれることがあるのね」
 
 途絶えていたはずの心臓の鼓動が蘇ってくるのを感じる。胸の傷はいつの間にか消えていた。
 巨人はうなづき、その姿が消えていく。
 最後に巨人はサーシャに自分の名前と、なぜサーシャを選んだのかを教えてくれた。それは、誰かを守りたいという強い意思を二人分感じたから。
 サーシャは、自分を守ろうとしてくれた誰かが誰なのかを知っていた。それは、あいつの心に絶望ではなく勇気が宿ったということを意味している。
 光の中でサーシャは立ち、そして振り返るとブリミルが呆然としながら立っていた。
 君は死んだのでは? じゃあ僕も死んだのか? と、問いかけてくるブリミルに、それは違うと答えるサーシャ。
 そう、自分は生きている。そして生きているなら、成し得ることがある。あなたの、世界の希望にはわたしがなる。
 
「ブリミル、未来はいつでも真っ白なんだって言ったよね。もうひとつ教えてあげる、絶望の色は真っ黒だけど、希望の色は虹色なのよ。見てて、あなたのあきらめない心がわたしに新しい命と光をくれた。今度はあなたの光にわたしがなる」
 
 サーシャの手のひらの上に青く輝く輝石が現れ、その光がサーシャを包んでいく。
 
「運命は変わる。どんな絶望も闇も永遠じゃない。わたしたちがそれをあきらめない限り、未来は切り開ける。だから、彼は来てくれた。力を貸して、明日のために! 光の戦士、ウルトラマンコスモス!」
 
 その輝きが、明日を切り開く力となる。
 悲しみを乗り越え、涙を笑顔に。青き慈愛の勇者が今、絶望の大地に降り立つ。
「シュワッチ!」
 光はここに。ウルトラマンコスモスの勇姿が初めてハルケギニアの星に現れ、構えをとるコスモスとカオスリドリアスが対峙する。

732ウルトラ5番目の使い魔 58話 (4/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:07:19 ID:qB1md0Gc
 ブリミルは少し離れた場所からコスモスを見上げながら、これは夢か幻かと唖然としている。だがこれは彼とサーシャによって実現した、まぎれもない現実なのだ。それを証明するため、コスモスと一体化したサーシャはリドリアスを救うべくカオスリドリアスに立ち向かっていった。
「シュワッ!」
 急接近したコスモスの掌底がカオスリドリアスの胸を打って後退させ、続いて肩口に放たれた手刀が体のバランスを崩させた。
 重心を崩されてよろけるカオスリドリアス。コスモスはその隙をついてカオスリドリアスの首根っこを押さえて取り押さえようと組み付いた。
 それはまるで、サーシャがリドリアスに「おとなしくして!」と説得を試みているようだった。
 しかし、カオスヘッダーに取り付かれたリドリアスは力づくでコスモスを振り払うと、くちばしを突き立ててコスモスを攻撃してきた。コスモスはその攻撃を腕をクロスさせて受け止め、攻撃の勢いを逆利用してはじき返す。
「ハァッ!」
 カオスリドリアスを押し返し、再び構えをとって向かい合うコスモス。カオスリドリアスも、コスモスが容易な相手ではないということを理解して、威嚇するように鳴き声をあげた。
 そしてブリミルは、夢じゃない、と現実を理解した。この足元から伝わってくる振動、空気を伝わってくる衝撃はすべて現実のものだ。
「本物の、ウルトラマン……! ウルトラマンは、本当にいたんだ」
 ブリミルは幼いころに聞かされたことがあった。マギ族は長い宇宙の旅路の中で、宇宙のあちこちの星に伝わる伝承も集めていたが、その中に宇宙には人々の平和を守る神のような巨人がいるという伝説があった。その巨人の名が、ウルトラマン。
 よくある宇宙神話だと思っていた……だが、伝説は虚無ではなく本当だったのだ。
 ブリミルの見守る前で、ウルトラマンコスモスとカオスリドリアスの戦いは再開された。コスモスに対して、カオスリドリアスは口から破壊光線を放って攻撃を始め、コスモスはそれを青く輝く光のバリアーで受け止める。
『リバースパイク』
 光線はバリアーで押しとどめられてコスモスには届かない。しかし、悔しがるカオスリドリアスが頭を振ったことで、バリアーから外れた光線が地を張ってブリミルに襲い掛かってしまった。
「うっ、あああああああ!」
 魔法力を使い切ってしまっているブリミルに避ける手段はない。光線と弾き飛ばされた岩塊が雨と降ってくる中で、ブリミルは思わず目をつぶった。
 だが、そのときだった。ブリミルの前に、閃光のようなスピードでコスモスが割り込んだ。
「シュワッ!」
 コスモスは光線を腕をクロスさせてガードすると、続いて目にも止まらぬ速さで腕を振って岩塊を弾き飛ばした。

733ウルトラ5番目の使い魔 58話 (5/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:08:28 ID:qB1md0Gc
『マストアーム・プロテクター!』
 人間の目では追いきれないほどの超スピードでの移動と防御技の連続に、守られたはずのブリミルは訳がわからずにぽかんとするしかなかった。
 コスモスの背にかばわれ、ブリミルには塵ひとつかかってはいない。ブリミルは、自分が守られたことさえすぐには理解できずにいたが、静かに振り返ったコスモスの眼差しに、どこか心が安らいでいく思いがした。
 そう、頼もしく、それでいて優しいコスモスの眼差し。ブリミルは、自分が守られているということを感じ取るといっしょに、この安らぎに自分が何になりたかったのかを知った。
「そうか、僕は……こうやってみんなを守りたかったんだ」
 なんで今まで気づけなかったんだろうか。自分には大それた使命などはいらない、ただこうして近くにいる誰かを守ることさえできればじゅうぶんなはずだった。そして誰でもない、サーシャをこうして守りたいと思ったのが自分の原点であったのに、自分はなんてバカだったのだろうか。
 敵に向き合い、味方に背を向け、誰かを守るにはそれだけでよかった。マギ族の犯した罪の重さなどに関係なく、サーシャは自分をいつも支えてくれた。自分もただそれに答えようとするだけでよかったのに。それなのに、悲しみに押しつぶされて道を過ち、サーシャさえ失いかけてしまった。答えは、こんなに単純だったのに。
 誰しも、自分の心はよく知っているようで大事なことは見落としているものだ。それゆえに道を誤るのも人の常、しかし過ちは過去のものとしなければならない。過ちを糧として未来につなげるため、コスモスは戦う。
「ヘヤッ!」
 間合いを詰めて、コスモスの掌撃がカオスリドリアスを打つ。破壊力はほとんどないが、いらだったカオスリドリアスの反撃をさらにさばいて消耗を強いていく。カオス怪獣とて生物だ、激しく動き続ければそれだけ疲れが蓄積していく。
 しかし、カオスリドリアスはコスモスと陸上で戦い続けてもらちが明かないと判断して、羽を広げると空に飛び上がった。それを追ってコスモスも飛び立つ。
「ショワッ」
 空を舞台に、コスモスとカオスリドリアスの空中戦が始まった。
 まずは、先に飛び立ったカオスリドリアスが上空で反転して、高度を利用してコスモスに体当たりをかけてきた。舞い降りる赤色の流星と、舞い上がる群青の流れ星。
 激突! しかしコスモスはカオスリドリアスの体を一瞬で掴まえて、そのまま自分を軸にコマのように回転するとカオスリドリアスを放り投げた。カオスリドリアスは空中でのきりもみ状態には慌てたものの、すぐに羽を広げて立て直し、口からの破壊光線を放ってくる。対してコスモスは腕を突き出し、青い光線を放って対抗した。
『ルナストラック』
 ふたつの光線がぶつかり合って相殺爆発し、赤い光が辺りを照らし出す。

734ウルトラ5番目の使い魔 58話 (6/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:09:35 ID:qB1md0Gc
 しかし、爆発の炎が収まる間もなく両者の空中戦は再開された。カオスリドリアスとコスモスが目にも止まらぬ速さで宙を舞い、激突し、その光景はブリミルの目にはまばゆく輝く二匹の蛍が舞い踊っているかのようにさえ見えた。
 前後左右、上下のすべての空間を使った三次元戦闘が超高速で繰り広げられることで、風がうねり、雲が裂ける。だが、空中戦のさなかにカオスリドリアスが勢い余って、静止していた『生命』の光に触れそうになり、コスモスは回り込んで突きとばした。
「ハアッ!」
 リドリアスは野生の生き物なのでマギ族の自爆因子はないはずだが、マギ族の改造処置は手当たり次第に行われていたので万一ということがある。カオス化したとはいえ、マギ族の自爆因子がもし遺伝子内にあったとしたら、リドリアスが生命に触れたら即死につながる。対して自爆因子を持たないコスモスなら生命の光に触れても影響はない。
 リドリアスを間一髪救えた事で、コスモスの中のサーシャはほっと胸をなでおろした。それと同時に、ブリミルはコスモスがリドリアスを本気で救おうとしているのを確信した。
「怪獣さえ救おうとする……いや、それは僕らの思い上がりか」
 ブリミルは自嘲した。さんざん命を弄んできたマギ族だが、命は誰しもひとつしか持っていない大切なものなのだ。生態として共存できないものはあっても、生き物は無益な殺戮をしないことで互いを生かし合っている。それがバランスを保ち、平和を保っている。互いを尊重し、誰かを生かすことは巡り巡って自分を生かすことにつながるのだ。
 いや、それは理屈だ。相手が怪獣であっても関係ない、誰かを救いたいと思う心がすべての始まりになる。サーシャはマギ族である自分を救ってくれた、だから今の自分はここにいる。その優しさを思い出したとき、胸が熱くなる。
「がんばれ、がんばれ! ウルトラマン!」
 自然に応援の声が口から飛び出していた。胸の中から湧き上がってくる、この明るく熱く燃える炎を抑えるなんてできない。できるわけがない!
 ブリミルの応援を聞き、コスモスとサーシャはさらに強く決意を固めた。なんとしても、リドリアスを救わねばならない。
〔コスモスお願い、あなたの力でリドリアスを解放してあげて〕
 リドリアスが暴れているのはヴァリヤーグのせいだ。取り除いてやれば、リドリアスはきっと元に戻る。
 幸いコスモスは今、生命の魔法の光球を背にしている。その強烈な光に幻惑されて、カオスリドリアスはコスモスを見失っており、今がチャンスだ。
 コスモスはリドリアスに取り付いているヴァリヤーグの位置を把握するために、目から透視光線を放ってリドリアスを透かして見た。

735ウルトラ5番目の使い魔 58話 (7/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:11:01 ID:qB1md0Gc
『ルナスルーアイ』
 見えた! リドリアスの体内で光のウイルスが集中している箇所がある。そこから取り除くことができれば、きっとリドリアスは元に戻る。
 コスモスは生命の光の中から飛び出すと、そのままカオスリドリアスに組み付いて地面に引き釣り下ろした。
「テアッ!」
 組み付き、羽を押さえることで飛行能力を抑えて墜落に追い込み、コスモスとカオスリドリアスはもつれ合いながら地上を転げる。しかしコスモスは着地の瞬間も自分が下になるように調節し、リドリアスへのダメージを最小限に抑えた。
 再び離れて向かい合う両者。だがカオスリドリアスは肉体へのダメージは少なくとも目を回している、今がチャンスだ! コスモスは優しい光を掌に集めると、子供の背を押すように優しく右手を押し出しながらカオスリドリアスに光を解き放った。
『ルナエキストラクト』
 浄化の光がカオスリドリアスに浸透していき、その体から金色の粒子が抜け出して天に帰っていく。そして変異していたカオスリドリアスの体も元のリドリアスのものに戻った。正気を取り戻したリドリアスの穏やかな鳴き声が流れると、ブリミルは奇跡が起きたのだと思った。
 しかし、まだ終わってはいない。膨張はやめたものの、『生命』の魔法の光球はまだ残っている。これを地上にそのまま残しておくのは危険すぎる、コスモスは手からバリアーを展開すると、『生命』の光球を押し上げながら飛び立った。
「ショワッチ」
 コスモスの十倍は優にある光球が下からコスモスに持ち上げられてゆっくりと上昇していく。ブリミルは光球が小さくなっていくのを呆然としながら見上げていた。
 そしてコスモスは光球を大気圏を抜けて宇宙空間にまで運び上げた。星星が瞬く中で、コスモスは空間に静止するとバリアーごと光球を押し出した。漆黒の宇宙に向かって流れていく光球を見つめながら、コスモスは右腕を高く掲げながら戦いの姿へと転身した。
『ウルトラマンコスモス・コロナモード!』
 炎のようなオーラを輝かせ、コスモスの体が赤い太陽の化身へと移り変わって闇を照らす。
 遠ざかっていく『生命』の光。そして、悪魔の光を消し去るために、コスモスは頭上に上げた手を回転させながら気を集め、突き出した両手から真紅の圧殺波動にして撃ち放った。
『ブレージングウェーブ!』
 超エネルギーの波動攻撃を受けて、『生命』の光球は一瞬脈動すると、次の瞬間には大爆発を起こして砕け散った。
 爆発の光を受けてコスモスの姿が一瞬輝き、そして爆発が収まると、コスモスは惑星を振り返った。そこには、青さの面影を残しながらも黒く濁りつつある惑星の姿があった。
 爆発の閃光は地上からも伺うことができ、ブリミルは『生命』の最後の瞬きを望んで、自分の愚かな夢が終わったのだと悟った。

736ウルトラ5番目の使い魔 58話 (8/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:11:49 ID:qB1md0Gc
「これで、やっと……」
 ブリミルのまぶたが重くなり、強烈な睡魔に襲われた彼は、疲労感に誘われるままに砂の上に倒れこんだ。
 
 次にブリミルが目を覚ましたときに最初に見たのは、自分の頭をひざの上に抱きながら心配そうに見下ろしてくるサーシャの顔だった。
「やあ、サーシャ。おはよう、かな?」
「ばか、寝すぎよ……朝よ、今日も昨日と同じ、ね」
 ブリミルの目に、地平線から昇る朝日の光が差し込んでくる。空には厚い雲がかかっているが、その切れ端から覗くだけでも太陽の光は美しかった。
 ああ、この世界はまだこんなに美しい。ブリミルの心を、すがすがしい気持ちが流れていく。
「サーシャ、君は……?」
「生きてるわよ。あなたのおかげ、まあ無くしたものもあるけどね」
 そう言うと、サーシャは左手の甲を見せた。そこにはガンダールヴのルーンはなく、それに胸元を睨まれながら覗いて見てもリーヴスラシルのルーンはなかった。
 つまり、あれは夢ではなかった。信じられない気もするが、傍らに目をやれば、こちらを見下ろしているリドリアスの視線と目が合って、現実を受け入れることを決めた。
「サーシャ、体は?」
「大丈夫、彼が治してくれたわ」
「彼……?」
「後でまとめて話すわ。でも、わたしたちが見て体験したことは全部真実……ねえ、ブリミル」
 そこまで言うと、サーシャは一呼吸を置いて、ブリミルの目を見つめながらゆっくりと言った。
「もう一度、希望に賭けてみない?」
 ブリミルは目を閉じて、静かにうなづいた。

737ウルトラ5番目の使い魔 58話 (9/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:13:02 ID:qB1md0Gc
 サーシャにはかなわない、今回は心底そう思った。最後まであきらめない力が、こんなにも強かったなんて。サーシャには教えてもらうことがまだまだたくさんある。これからも、できれば、一生かけてでも。
「サーシャ、僕からもひとつ、お願いがあるんだけど」
「ん? 何?」
 ブリミルは起き上がると、真っ直ぐにサーシャの目を覗き込んで告白した。
 
「僕と、結婚してくれないか!」
 
 その瞬間、時が止まった。
 え? サーシャは自分が何を言われたのかを理解できずにぽかんとしたが、意味を理解すると顔を真っ赤にしてうろたえた。
「な、ななななななな、いきなり何を言い出すのよ! わ、わわ、わたしと何ですって!?」
「結婚してくれ。わかったんだ、僕には君が絶対必要なんだって! いや、それ以上に僕は君が好きだ。君がそばにいると幸せだ、君と話してるとドキドキする。君のためならなんでもしてあげたい。この気持ちを抑えられない! 抑えたくないんだ!」
 熱烈な愛の告白に、サーシャは赤面しながらうろたえるばかり。しかしブリミルに手を取られて再度「頼む!」と迫られると、あたふたしながらも答えようとし始めた。
「そ、そんなこと突然言われても。わ、わたしまだ結婚なんて考えたこともないし、その」
 顔は真っ赤で汗を大量に流しながら、サーシャは必死に釈明しようとしたがブリミルは引かなかった。
「僕には君しかない。君が好きなんだ! 君だって、僕のことが好きだって言ってくれただろう?」
「あ、あれは友達として、仲間として好きだってことでその……いや、でもわたしはその。別に嫌いってわけじゃなくて、その」
「ならオッケーじゃないか。僕は君がいないとどんなにダメな男かってわかったんだ。いや、僕は君にふさわしい立派な人間になれるよう努力する。もう二度と絶望してバカなことしたりしない。だから、一生のお願いだ」
「そ、そんなこと言ったって、わたしにも心の準備ってものが」

738ウルトラ5番目の使い魔 58話 (10/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:13:54 ID:qB1md0Gc
「ごめんよ。でも僕は君を失いかけて、君がどんなに大切だったか思い知ったんだ。もう一時たりとも君のことを離したくない。君を抱きしめてメチャクチャにしたいくらいなんだーっ!」
「ちょ、ちょ! ちょっと落ち着きなさいよ、この蛮人がぁーっ!」
「ぐばはぁーっ!?」
 見事なアッパーカットが決まり、ブリミルの体は宙を舞ってきりもみしながら砂利の上に墜落した。
 危なかった。あとちょっとでカミングアウトから子供には見せられない展開になっていたところだった。
 サーシャは肩で息をしながら立ち上がると、地面に落ちて伸びているブリミルの元につかつかと歩み寄って、その頭をずかっと踏みつけた。
「あんた、何また別のベクトルで正気失ってるのよ。誰が? 誰を? どうするですって?」
「ごめんなさい、気持ちに素直になりすぎました」
「女の子を口説くときにはもっとムードとかあるでしょうが、一生の思い出になるのよ」
「ほんとにごめんなさい、許してください」
「っとに……けどまあ、あんたの正直な気持ちはわかったわ。ほんとなら五部刻みで解体してやるとこだけど、今回だけは大目に見てあげる。ほら、立ちなさいよ」
 サーシャが足をどけると、ブリミルはいててと言いながら砂を払って立ち上がった。さすがの頑丈っぷり、才人と同じで復活が早い。
 そしてブリミルは今度は真剣な表情になってサーシャに言った。
「サーシャ、好きだ。僕と結婚してくれ」
 今度は真面目な告白に、サーシャも表情を引き締める。そしてブリミルと視線を合わせると、自分の答えを返した。
「ごめんなさい、今はあなたの思いを受け入れられないわ」
「ううん……やっぱり、今の僕じゃいろいろ足りないのかな」
「そうね。けど、結婚ってのはもっとたくさんの人に祝福してもらいたいじゃない。今のわたしたちはたったのふたり、それもこんな殺風景な荒野じゃ式の挙げようもないでしょ? あなた、わたしにウェディングドレスも着せないつもり?」
「そ、それじゃあ」
 喜色を浮かべるブリミルに、サーシャは優しく微笑んだ。

739ウルトラ5番目の使い魔 58話 (11/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:15:10 ID:qB1md0Gc
「もっと仲間を集めて、平和を取り戻して、小さな家にでも住めるようになれたとき、そのときにまだわたしのことを好きでいたら、いっしょになりましょう。そして」
「ああ、世界中に知れ渡るほどの盛大な結婚式を挙げよう。そして、必ず君を幸せにする。約束する」
 ブリミルとサーシャは、今度は互いに強く抱きしめあった。そして、どちらからともなく唇を合わせる。それは、ふたりが初めて互いの意思でした口付けであった。
 唇を離したふたりの間に銀色の糸の橋が一瞬だけかかる。
「サーシャ、いつかきっと結婚しよう。そのためにもきっと、平和な世界を取り戻そう」
「そうね、それまではわたしたちはその、こ、恋人ってことでいいわね?」
「こ、恋人! サーシャの口からその言葉を聞けるなんて。ようし、じゃあ恋人らしく、もう一段階上のところまで行ってみようよ!」
「だから、調子に乗るなって言ってるでしょうがぁーっ!」
 無慈悲な右ストレートがブリミルの顔面にクリーンヒットし、野外で年齢制限ありな行為に及ぼうとしていた馬鹿者がまた吹っ飛ばされた。
 サーシャも今度は情け容赦せず、ブリミルの頭に全体重かけて踏みつけると、その傍らに剣を突き刺してドスのきいた声ですごんだ。
「ど、どうやらわたしはあんたを甘やかしすぎたようね。この際だから、あんたには女の子の扱い方といっしょに、立場の差ってやつを思い知らせてあげるわ。今日からあんたはマギ族なんかじゃなくてただの蛮人、ミジンコにも劣る最低の生き物なのよ。これからたっぷり教育、いえ調教してあげるから覚悟なさい!」
「ふぁ、ふぁい」
 なんか、ものすごく既視感のある光景が繰り広げられ、主従が逆転したようだった。サーシャはそのままブリミルの襟首を掴むと、ぐいっと持ち上げて引きずりながら歩き出した。
「んっとに! ほんとならわたしはあんたみたいな蛮人にふさわしい女じゃないのよ。あんたなんて、そこらのカマキリのメスで上等。いえミドリムシといっしょに光合成してりゃいいの。わかってるの!」
「すみません、わたくしはガガンボ以下のゼニゴケのような存在であります」
「たとえがよくわかんないわよ。ともかく、今後おさわり禁止! 今のあんたは発情期の犬より信用が置けないわ」
「そ、そんなぁ。恋人なのに手も握っちゃダメだって言うのかい」
「自分の胸に聞いてみなさい! 誰のせいでこうなったと思ってるの。まったく、リドリアスだって呆れてるじゃないの」

740ウルトラ5番目の使い魔 58話 (12/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:16:26 ID:qB1md0Gc
 見上げると、じっとふたりを見守っていたリドリアスも、反応に困っているというふうに首をかしげていた。
 ともかく、ブリミルが全部悪い。サーシャは女の子らしくロマンチックな展開を期待していたのに、このバカが台無しにしてしまった。というか、何をしようとしていたんだか忘れてしまった。
 ええと……? ああ、そうだ。本当なら、もっと清清しく晴れ晴れとした雰囲気でいくつもりだったのに。まったくしょうがない。
「ほら、さっさと行くわよ」
「へ? 行くってどこへ」
「ふふ、どこへでもに決まってるじゃない。さあ、旅立ちよ!」
 そう叫ぶと、サーシャはブリミルを抱えたまま地面を蹴って飛び上がり、そのまま宙を舞ってリドリアスの背中に降り立った。
 リドリアスの背中に乗り、サーシャがその青い鎧のような体表をなでると、リドリアスは「わかった」というふうに短く鳴き、翼を広げて前かがみになった。
 ブリミルをリドリアスの背中の上に放り出し、サーシャはまっすぐに立つ。そのとき、雲海から刺す朝日がサーシャを照らし、翠色の瞳を輝かせ、舞い込んだ風が金色の髪をたなびかせた。
「いいわね、この蛮人と違って太陽も風も、わたしたちを祝福してくれているみたい。運命とは違う、なにか不思議な星の導き……大いなる意思とでも言うべきかしら。さて、いつまで寝てるの蛮人、最後くらい締めなさい」
「う、うぅん。どうするんだいサーシャ?」
「決まってるでしょ。こんな殺風景な場所に用は無いわ、旅立つのよ、わたしたちが行くべき新しい世界にね!」
 リドリアスが飛び上がり、ふたりを新しい風が吹き付ける。しかしその冷たさは心地よく、サーシャの笑顔を見たブリミルの心にも新たな息吹が芽生えてきた。
「そうか、そうだね。僕らはこんなところでとどまっていちゃいけない。行かなきゃいけない、まだこの世界に残っている人々のところへ、ヴァリヤーグに苦しめられている人々を助け、平和な世界を取り戻すために」
「たとえ世界を闇が閉ざしても、わたしたちはもう絶望はしない。あきらめなかったら、きっと新しい光に出会える。そのことを、わたしたちは学んだから」
 高度を上げ、リドリアスはスピードを上げる。カオスヘッダーから解き放たれ、ふたりを仲間として認めたリドリアスは何も命じられなくてもふたりを運ぶ翼となってくれた。
 だが、前途は厳しい。カオスヘッダーの脅威はすでに星をあまねく覆っている。それと戦い、平和を取り戻すことは果てしない道に思える。けれど、ふたりには希望がある。ヴァリヤーグといえど、決して無敵ではないということが証明されたのだから。
「ところでサーシャ、そろそろ君を助けてくれたあの巨人のことを説明してくれないかな? 僕らの世界の伝説では、宇宙を守る光の巨人、ウルトラマンが言い伝えられていたんだけど」
「そうね、ウルトラマンはひょっとしたらいろんな世界にいるのかもね。けど、この世界にいるウルトラマンの名前はコスモス、ウルトラマンコスモス。わたしたちがヴァリヤーグと呼んでいる、あの光の悪魔を追ってはるばる宇宙のかなたからやってきたんだけど、もうこの星は彼一人の力で救うには遅すぎたんですって。だから、わたしたちの力を貸してほしいそうよ」
「ウルトラマンの力でも足りないくらい、もうこの星はひどいのか。結局は僕らマギ族の責任か……あの光で怪獣たちを解放していっても……いや、まてよ」
 ふと、あごに手を当てて考え込んだブリミルに、サーシャは怪訝な表情を向けた。

741ウルトラ5番目の使い魔 58話 (13/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:18:17 ID:qB1md0Gc
「蛮人?」
「わかったかもしれない。怪獣からヴァリヤーグを分離することができるなら、僕の魔法ならあの『生命』のように怪獣の体内のヴァリヤーグだけを破壊することができるかも」
 サーシャの顔が輝いた。確かに、理論上は可能のはずだ。
 ルナエキストラクトがヒントになり、破滅の魔法である『生命』が真の救済の魔法に生まれ変わるかもしれない。
「そうか、僕はこのためにこの魔法を授かったんだ。マギ族の本当の贖罪と、世界を救うために、神様は僕にこの力をくれたんだ」
 もちろんそのためには、さらなる研究と鍛錬が必要に違いない。だが、会得できたときにはそれは大きな力となるだろう。
 サーシャもブリミルの言葉にうなづき、さらに自らの決意を語った。
「そうかもしれないわね。あなたとわたしで、ヴァリヤーグからこの世界を守るために。コスモスとともに、わたしもリドリアスの仲間たちを救うわ」
 そう言うと、サーシャは手のひらの上に青く輝く輝石を乗せて見せてくれた。
「それは? きれいな石だね」
「コスモスがくれたの。君の勇気が形になったものだって、彼とわたしの絆の証……あっ?」
 すると、輝石が輝きだして、その姿をスティック状のアイテム、コスモプラックへと変えた。
 コスモプラックを手に取り、握り締めるサーシャ。そこからサーシャは、コスモスの意思と力を確かに感じ取った。
「わかったわコスモス、これからよろしくね」
「おおっ、ひょっとしてこれからいつでもウルトラマンの力を借りられるってことかい! すごいじゃないか」
「そんな都合よくないわよ。彼には強い意志があるわ、わたしが彼の力を借りるに値しないようだったら、彼は力を貸してはくれないでしょう。あなたと同じく、わたしもまだまだこれからってことね」
 ウルトラマンに選ばれた人間は、数々の次元でそれぞれ無数の試練を潜り抜けて真の強さを身に付けていった。サーシャは当然そのことを知る由も無いが、これからどんな試練でも立ち向かっていく決意があった。
 なにせ自分は一度死んだのだ。それに比べたら、ちょっとやそっとの苦難や挫折などなんのことがあろうか。
 笑いあうブリミルとサーシャを乗せて、リドリアスもうれしそうにしながら飛ぶ。その行く先はどこか? いや、考える必要などはない。

742ウルトラ5番目の使い魔 58話 (14/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:19:26 ID:qB1md0Gc
「どうする蛮人? 北でも西でも南でも東でも、どっちにでも行けるよ」
「どっちでもいいさ。どうせ世界は丸いんだ、どっちに行ったって必ず何かに出会えるよ」
「そうね、さぁ行きましょうか。まだ知らないものが待ってる地平のかなたに」
「どこかで僕らを待ってる新しい仲間のところへ」
 
 いざ、旅立ち!
 
 絶望に別れを告げ、希望を胸にふたりは旅立った。
 この先、長い長い旅路と、想像を絶する苦難の数々が待っていることをふたりはまだ知らない。
 そして、世界を救うことができずに志なかばで倒れ、世界が滅亡してしまう結末が待っていることも知らない。
 だが、彼らの意思を受け継いだ人間たちは滅亡を終焉にはせずに立ち上がり、さらに数百年をかけて後にハルケギニアと呼ばれる基礎を築き、以降六千年間も続く繁栄を築き上げることになるのだ。
 この世で、何代にも渡ってようやく完成する偉業は数多いが、それも誰かが始めなくては結果が出ることはない。そう、始祖ブリミルという偉大な先駆者がいたからこそ、今のハルケギニアはあるのだ。
 
 この後、ブリミルとサーシャはリドリアスとともに各地を旅し、生き残りの人々を集めてキャラバンを作っていくことになる。
 そのうちにブリミルの魔法の腕も向上し、ヴァリヤーグの操る怪獣との戦いを経て、彼は名実ともに歴史上最高のメイジに成長する。これが、後年に伝わる虚無の系統の源流だ。
 そして数年後に、彼らは時を越えて未来からやってきた才人と出会うことになる。その後のことは、知ってのとおりだ。
 
 始祖の語られざる伝説。これがその全容である。
 ハルケギニアはかつて、異世界人であるマギ族が作った超文明だった。しかし驕り高ぶった彼らは自滅の道を歩み、文明はさらなる侵入者によって滅亡した。
 始祖ブリミルはマギ族の最後の生き残り。偶発的な事故によって、虚無の系統の力を得た彼は使い魔としてサーシャを召喚し、世界の復興を目指して歩み始めた。

743ウルトラ5番目の使い魔 58話 (15/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:21:22 ID:qB1md0Gc
 しかし運命は彼らに過酷な試練を課した。試されたのは真の愛と折れない心、それを勇気を持って示したときに奇跡は起きた。
 
 
 舞台は現代に戻り、現代のブリミルは、長い語りを終えてイリュージョンのビジョンを消して言った。
「以上が、僕とサーシャが体験してきたことの全てだ。わかってもらえたかな?」
 伝説の謎が明かされ、場にほっとした空気が流れた。
 まるで大作の映画を見終わったような感じだ。しかし、今見たのはすべてフィクションではない現実なのだ。
 ハルケギニアはああして作られ、六千年の時を越えて今につながっている。それを成し遂げたのは誰のおかげなのか、その場にいた者たちは自然とその最大の功労者の前にひざまづいて頭を垂れた。
「ミス・サーシャ、あなたが聖女だったのですね」
「は?」
「あれー?」
 いっせいにサーシャに礼を向ける一同に、サーシャはきょとんとした顔をするしかなかった。
 ブリミルはといえば、わけがわからないよというような顔をするばかりで、彼の隣にいるのは才人ひとりだけである。
「おっかしいなあ、どこでこうなっちゃったのかなあ?」
「そりゃしょうがないっすよブリミルさん。だって、おふたりのやってきたことってブリミルさんがヘマやらかしてサーシャさんがフォローするってパターンばっかりでしたもん」
 あー、なーるほどねー、とブリミルが乾いた笑いをするのを才人はひきつった笑みで見ているしかできなかった。
 あなたこそ本物の聖女、英雄です、と褒めちぎられているサーシャを蚊帳の外から見守るしかないダメ男二人。なんなのだろう、壮大な秘密が明らかになった後だというのにこの喪失感は。
 女子の会話からもれ聞こえてくる、「だから男なんてダメなのよ」「ねー」という言葉が耳に痛い。そのとおりすぎて反論もできない。
「だから話したくなかったんだよねー。いやさあ、僕だって頑張ってたんだよ。でもねえ、僕がよかれと思ってやることって、なんでか裏目に出ることが多くってさあ。後で思えば失敗だったと思うけど、そのときは大丈夫と思ってたんだよ」
「努力の方向オンチなんですね。まあおれも人のことは言えねえけど、だから今のブリミルさんは落ち着いてるんすね。でも、そうなるまでサーシャさんの苦労は相当なもんだったんでしょうね」
「認めたくないね、若さゆえの過ちというものはさ」
 すごく説得力のあるブリミルの言葉に、才人は返す言葉がなかった。

744ウルトラ5番目の使い魔 58話 (16/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:23:13 ID:qB1md0Gc
 なお、サーシャのガンダールヴのルーンはその後に再度刻むことにしたそうだが、その際も相当に難儀したらしい。
 とはいえ、ブリミルもハルケギニア誕生の重要な功労者であることは変わりない。一同が落ち着くと、ウェールズとアンリエッタが代表してブリミルに礼を述べた。
「始祖ブリミル、紆余曲折はありましたが、あなたがハルケギニアの始祖であるということは確かにわかりました。全ハルケギニアを代表して、お礼申し上げます」
「あー、うん。もうそのことはいいよ。今の僕が言われても実感わかないしさ。それより、何かまだ質問があるならなんなりとどうぞ」
 ややふてくされた様子のブリミルに、一同は苦笑した。とはいえ、別にブリミルに対して悪意があるわけではなく、むしろ逆である。ブリミルに対して余計な警戒心がなくなり、気を許せてきたということだ。
 しかし、ブリミルがこの時代にいられるのはあとわずかな時間しかない。急がないといけない。
 ブリミルたちに聞きたいことで、大きな問題はあとふたつ。そのうちひとつに対して、アンリエッタはサーシャに問いかけた。
「ウルトラマンは、人間に力を貸すことでこの世界にとどまっていたのですね。ウルトラマンコスモス、先の戦いでトリスタニアに現れたウルトラマンのひとりは六千年前にもハルケギニアにやってきて、ミス・サーシャ、あなたといっしょに戦っていたのですか」
「そういうこと、この時代はほかにもいろんなウルトラマンが来てるのね。びっくりしちゃった」
「逆に言えば、今のハルケギニアはそれほどの危機にさらされているということでもありますね。六千年前のヴァリヤーグというものも、なんと恐ろしい。もしも、ヴァリヤーグが今の時代にもまだ生きていたとしたら……ミス・サーシャ、今でもコスモスさんとはお話できるんですの?」
 アンリエッタは、ヴァリヤーグが今の時代にも現れたときのために、できればコスモスからも話を聞きたかった。だがサーシャは首を横に振って言った。
「そうしてあげたいけど、今のわたしの中にコスモスはいないわ」
「え? それはどういう?」
「この時代にやってくるときに、わたしがコスモスになるために必要なアイテムがどこかに行ってしまったの。最初はなくしたのかと思ったけど、落ち着いて確かめたらコスモスの存在自体がわたしの中から消えていたわ。たぶん、時を越えるときにコスモスはわたしたちの時代に置き去りにしてしまったんだと思うわ」
 なぜ? それを尋ねると、サーシャはティファニアに歩み寄って目を覗き込んだ。
「理屈は知らないけど、同じ時代に同一人物がいるのはダメってことでしょうね。久しぶりね、コスモス」
「えっ、えええっ!?」
 ティファニアだけでなく、その場の人間たちの半数が驚いた。
 コスモスが、ティファニアに? すると、ティファニアはおずおずと懐からコスモプラックを取り出してみせた。
 それは過去でサーシャが持っていたものと同じ。一同が驚く中で、サーシャはティファニアのコスモプラックに触れると、独り言のようにつぶやいた。

745ウルトラ5番目の使い魔 58話 (17/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:24:26 ID:qB1md0Gc
「そう、久しぶりね。わたしにとっては一瞬だけど、あなたには六千年なのね。そう、わたしたちの後からそんなふうになったのね」
 皆が唖然と見守る前で、サーシャはそうつぶやいてから振り向いて言った。
「みんな、安心して。少なくともこの時代で、ヴァリヤーグが襲ってくる心配はないわ」
 えっ? と、皆の驚く顔が連なる。ブリミルや才人も同様だ。
 それはいったいどういう意味なのか? ティファニアがウルトラマンコスモスだったのも含めて、皆の理解が追いつかないでいるところに、サーシャはブリミルを呼びながら言った。
「驚かないでいいわよ。わたしの時代でコスモスに選ばれたのがわたしだったように、この時代でコスモスに選ばれたのが彼女だったというだけ。ブリミル、この子にイリュージョンを教えてあげて、ヴァリヤーグ……この時代ではカオスヘッダーと呼ばれているんだっけ、それが最後にどうなったのかをコスモスが見せてくれるわ」
 百聞は一見にしかずと、サーシャはブリミルをうながした。ブリミルはあっけにとられた様子ながらも、ともあれティファニアにイリュージョンの呪文とコツを教えた。
 虚無の担い手は、必要なときに必要な魔法が使えるようになる。ブリミルから呪文を授けられたティファニアは、初めて唱える呪文なのにも関わらずに口から歌うようにスペルが流れ、そして杖を振り下ろすと、ティファニアの中にいるコスモスの記憶がイリュージョンとなって新たに映し出された。
 
 それは、ブリミルたちの歴史にも劣らない、壮大な物語であった。
 青く輝く美しい惑星、地球。それは才人の来た地球とは別の、この宇宙にある地球での出来事だった。
 この地球は、才人たちの地球とは似ていながらも違う文化を育み、怪獣たちとも良い形で共存を始めていたが、そこへかつてのハルケギニアと同じように光のウィルスが襲い掛かった。
 光のウィルスは、この地球ではカオスヘッダーと名づけられ、かつてのハルケギニアと同じように怪獣に憑依して暴れさせ始めた。
 リドリアスの同族がカオスリドリアスに変えられ、暴れ始める。しかしそのとき、リドリアスを止めようと、ひとりで必死に呼びかける青年がいた。
「帰ろう、リドリアス」
 その勇気に、見守る人たちは感嘆し、リドリアスも一度はおとなしくなりかけた。
 しかし、不幸な事故によってリドリアスが再び暴れ始め、彼自身も窮地に陥ったときだった。青年の勇気に答えて、コスモスは彼の元へと降り立った。

746ウルトラ5番目の使い魔 58話 (18/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:26:07 ID:qB1md0Gc
「僕はあきらめちゃいない! 僕は本当に、本当に勇者になりたいんだ、ウルトラマンコスモス!」
 コスモスは彼と一体化してリドリアスを救い、この地球でのカオスヘッダーとの戦いが始まった。
 カオスヘッダーに侵された怪獣や、不幸によって人に害をなしかける怪獣を保護し、侵略者を撃退する。それらの日々は厳しいながらも、コスモスにとってもやりがいがあり、かつ学ぶことの多い経験となった。
 しかし、カオスヘッダーはかつてのハルケギニアと違ってはるかに人間が多く複雑な環境であるからか、次第に進化を始めていったのだ。
 コスモスの能力に対抗して怪獣から分離されないように抵抗力を付け始め、さらに人間たちにも興味を持ち始めたカオスヘッダーは人間を分析して、その感情の力を使ってついに怪獣に憑依することなく自ら実体を持った。
「実体カオスヘッダー……」
 黒い魔人、実体カオスヘッダー。その名はカオスヘッダー・イブリース、コスモスと互角に戦えるようになったカオスヘッダーの力はすさまじく、コスモスは大きく苦しめられた。
 イブリースをかろうじて倒すも、進化を覚えたカオスヘッダーはさらなる力と狡猾なる頭脳を身に付けて再度襲ってきた。
 毒ガス怪獣エリガルを囮にして、コスモスのエネルギーを消耗させたカオスヘッダーはさらに凶悪さを増した姿となって現れた。
 実体カオスヘッダー第二の姿、カオスヘッダー・メビュート。コスモスのコロナモード以上の力を持つメビュートの猛攻によって、コスモスはついに敗れ去ってしまった。
 しかし、コスモスと心を通わせていた青年と、人間たちはあきらめなかった。その心が力となって、コスモスは新たな姿を得て蘇り、メビュートを撃破した。
 だがそれでもカオスヘッダーの侵略は止むところを知らず、今度はコスモスの姿をコピーした暗黒のウルトラマン、カオスウルトラマンの姿に変わり、さらにその強化体であるカオスウルトラマンカラミティにいたっては完全にコスモスの力を上回っていた。
 何度倒しても再び現れるカオスウルトラマン。人間たちも、カオスヘッダーに対抗するために方法を模索していたが、カオスヘッダーは対抗策が打たれる度にそれに耐性を持ってしまう。
 カオスヘッダーにこれ以上の進化を許せば勝ち目はない。人間たちにも焦りの色が濃くなり、それに加え、長引く戦いでコスモスにも疲労とダメージが積み重なってきた。もはやコスモスが地球にとどまって戦えるのもわずか、誰もがカオスヘッダーとの決戦に全力をかけようと必死になる中で……彼だけは違っていた。
「戦わなくてすむ方法、それが何かないのかな」
 戦うことで皆が団結する中で、ひとりだけ戦わなくてすむ道を模索している青年の存在は異質であった。
 だが青年は完全平和主義者や無抵抗主義者ではない。悪意を持ってくる相手には断固として戦う意思の強さを持っている。しかし、誰もが戦うことだけを考えて、本来の目標や使命を忘れてしまいそうになってしまうことを彼は心配していた。
 自分たちは、コスモスは、戦うために存在するのではないはずだ。そんなとき、カオスヘッダーの通ってきたワームホールを通して、ようやくカオスヘッダーの正体をつきとめることができた。

747ウルトラ5番目の使い魔 58話 (19/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:27:07 ID:qB1md0Gc
 カオスヘッダー……それははるかな昔にどこかの惑星で、混沌に満ちた社会を統一して秩序をもたらすために作られた人工生命体だったのだ。
 つまりは、カオスヘッダーが怪獣にとりついて暴れさせるのも、社会を一個の意思に統一された組織にするための過程にすぎず、カオスヘッダー自身には侵略の意思などといった悪意はまったくない。極論すれば全自動のおそうじロボットが暴走して、部屋をゴミも家具もいっしょくたにしてまっさらに片付けようとしてたようなものだったのだ。
 かつてのハルケギニアや、この地球でおこなっていることもカオスヘッダーにとっては最初に創造主によって与えられたプログラムを遂行しているのみの行動だった。つまり、カオスヘッダーもかつてのハルケギニアでマギ族が作り出した人工生命同様に、創造主に理不尽な運命を背負わされて生み出された被害者でもあった。
 ただ、かつてと違うのはカオスヘッダーは地球人と戦いながら観察するうちに、地球人やコスモスに対して憎悪の感情を持つようになってきた。カオスヘッダーに、自我が生まれてきたということだ。
 コスモスに対しての憎しみを露にして襲い掛かってくるカオスウルトラマンカラミティを、コスモスは月面に誘い出して最終決戦に臨んだ。しかし、コスモスの必死の攻撃で倒したと思ったのもつかの間、カオスヘッダーすべてが融合した最終形態、カオスダークネスが誕生して、コスモスはとうとう力尽きてしまう。
 
 そして、それからの結末は、まさに涙なくしては見られないものであった。
 憎悪に染まったカオスダークネスへの懸命の呼びかけと、青年とコスモスの起こした奇跡。生まれ変わったカオスヘッダーの新しい姿、カオスヘッダー・ゼロの輝き。
 すべてが終わり、コスモスとカオスヘッダーが地球を去っていく。結末の有様はまさに筆舌に尽くしがたく、長い物語を見終わったとき、多くの者が感動で目じりを熱くしていた。
 
「これが、まさに真の勇者の姿なのですね」
 アンリエッタがハンカチで涙を拭きながらつぶやいた。地球での出来事はハルケギニアの人間たちには理解できないところも多かったが、すでにマギ族の一件を見ることで科学文明に対する予備知識がある程度あったことと、才人が地球の文化を解説して、ティファニアがコスモスの言葉を通訳するのををがんばったおかげでおおむねの事柄はみんなに伝わっていた。
 宇宙のあちこちで破壊と混沌を撒き散らし、かつてのマギ族の文明を滅ぼしたヴァリヤーグことカオスヘッダーは、地球の人間たちとの交流を経て、今では遊星ジュランという星の守護神となっているという。かつての悪魔が今では天使に、そのことに対して、一番感銘を受けていたのは誰でもなくブリミルとサーシャだった。
「そうか、僕らの時代にヴァリヤーグ……カオスヘッダーがやってきたのは、まさにマギ族がこの星をカオスにしていたからだったんだな。結局は僕らの自業自得か、でもやっぱり愛が大事なんだな、愛が」
「ううっ……リドリアスはどこでも健気なのね。帰ったら、うちの子もうんとかわいがってあげなきゃ」
 幾千年に及んだ物語の意外な、しかし感動的な結末は、カオスヘッダーと戦い続けてきたふたりの心も熱く溶かしていた。

748ウルトラ5番目の使い魔 58話 (20/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:28:07 ID:qB1md0Gc
 才人やルイズもじんと感じ入っている。ティファニアは杖を握りながら涙を滝のように流している。さすがにタバサやカリーヌたちは気丈に立っているが、心に思うところはあったようで視線は動かしていなかった。
 ただ、エレオノールやルクシャナは少し考え込んでいて、皆の様子が落ち着くと、それを確かめるように切り出した。
「ねえ、ちょっと疑問なんだけど。未来でのこのことを知った始祖ブリミルが過去に戻ったら、歴史が変わっちゃうんじゃないかしら?」
 皆がはっとした。確かに、未来でのこの顛末を知っているなら、ブリミルたちにはやりようがいくらでもある。しかしブリミルは少し考えると、それを否定するように言った。
「いや、たぶんだけど大きな影響はないんじゃないかな」
「なぜ? 根拠を示してくださいませんこと?」
「カオスヘッダーが浄化できたのは、地球という星でそれなりの条件が揃ったからだよ。残念ながら、僕の時代では無理だね。人が少なすぎて、カオスヘッダーは僕らを観察対象にすら見ないだろう。と、いうよりも……僕らの時代はすでにカオスヘッダーの目的の、なあんにもないがゆえに秩序が保たれてる世界に近い。もう間もなくしたら、カオスヘッダーは勝手に僕らの世界から去っていくだろうね」
 ブリミルの自嘲げなつぶやきに、ふたりの学者も返す言葉がなかった。ブリミルの時代の世界人口はすでに一万人以下に落ち込んでしまっている。文明を維持できる範囲ではなく、カオスヘッダーからすればコスモスも含めて誤差の範囲となり、目的を達成したと判断したカオスヘッダーは次の惑星を求めてこの星から去っていく。そしてわずかに残った人間たちによって、数千年をかけての復興が始まるのだ。
「けれど、未来で起こることに対して、いろいろ書き残したりすることはできるんじゃないの?」
「もちろんそのつもりだよ。聞いたけど、実際この時代にも祈祷書とかなんとかの形でけっこう残ってるようだね。特に、あの首飾りは役に立ったようだね。それと、ミーニンもこっちで元気にやってるようでよかった」
「なら、過去に戻ってさらなる始祖の秘宝を残すことも」
「できるけどね、それならすでにこの時代に影響があってもいいはずだろ? でも、特になにもない。なら、それを前提にして過去で行動したら?」
「え? え?」
 頭がこんがらがる面々、これがタイムパラドックスだ。原因と結果のつじつまが合わなくなり、わけがわからなくなってしまう。時間旅行はこれがあるから難しい、何をすれば何が起こるかが読めないのだ。
 しかし、理論はめちゃくちゃになっても、この世界では実際にタイムワープができてしまう。それについては、ブリミルは投げやりに言うしかなかった。
「つまり、やってみないとわからないってことさ。心配するだけ無駄だよ、いくら考えても頭がバターになるだけさ」
 思考放棄だが、実際それしかないようだった。エレオノールやルクシャナは、学者として考えることをやめるのには抵抗があったものの、論理的に組み立てようのない問題相手に沈黙するしかなかった。
 歴史が変わるか変わらないか、それこそやってみないとわからない。そして仮に変わったとして、それを認識できるかもわからない。そういうものだと割り切るしかないのだ。

749ウルトラ5番目の使い魔 58話 (21/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:31:52 ID:qB1md0Gc
 そして、ティファニアに今のコスモスが一体化しているということについても尋ねることはあったが、それはサーシャに止められた。
「だめよ、コスモスだって難しい立場なの。彼は今度こそ、この星を守り抜こうともう一度はるばる来てくれたの。でもわたしたちが騒ぎ立てたら、彼も動きにくくなってしまうわ。コスモスがここにいるのは、ここにいる人だけの秘密よ。いいわね」
「は、はい。でも、コスモスさんがそうだったように、もしかしたら他のウルトラマンの方々も、もしかしていつもは?」
「おっと、それを詮索するのも禁止よ。コスモスもだけど、ウルトラマンは訪れる星の人たちに余計な気を遣ってはほしくないんだって。それに、ウルトラマンのみんなを、不自由な立場にしたくないならね」
 アンリエッタは、うっとつぶやくと押し黙った。確かに、世間にウルトラマンが普段は人間の姿をしていることが知れたら普通に外を出歩くことも難しくなってしまうだろう。それだけならまだしも、ウルトラマンの正体が公になっていたら、その気のない侵略者からもマークされてしまうだろう。
 才人は思う。自分やルイズなら、まだ身を守ることはできるだろうが、ティファニアくらいか弱かったら宇宙人に狙われたらひとたまりもない。
 それから、歴史を変えるということに関しては、才人はサーシャに聞いておきたいことがあった。
「サーシャさん、あっちに戻ったら、あっちの時代のコスモスに未来のカオスヘッダーのこととかを話すんですか?」
「いいえ、そのつもりはないわ。彼も聞くことを望まないでしょうし、未来が変わるか変わらないか、わたしたちはわたしたちにできることをやっていくだけよ、変わらずにね」
「サーシャさん……」
 やっぱり、この人は強いなと才人は思った。自分のやるべきことを見据えて迷いがない。
 このふたりが過去で頑張ってくれたからこそ、今の自分たちがある。それを自分たちの時代で無駄にしてはいけない。
 そして、始祖ブリミルの残した最後にして最大の謎。それをルイズはブリミルに問いかけた。
「始祖ブリミル、教えてください。あなたは始祖の祈祷書を通じても、念入りに聖地のことを言い残されました。聖地が大変な状態になっているのはわかりました。それで結局、あなたは聖地をどうなさりたかったんですか?」
 聖地は海に沈んだ。しかし、その聖地を具体的にどうしてほしいのかに関する伝承がこれまでにはない。いや、始祖の祈祷書の最後になら記述されていたかもしれないが、祈祷書はエルフへの保障の証としてネフテスに預けられたままになっている。
 ブリミルはその質問を受けて、難しそうに答え始めた。
「六千年も先まで迷惑をかけていることを本当に申し訳なく思うよ。できれば僕が生きているうちになんとかしたかったんだけど、無理だったらしいね」
 ため息をつくと、ブリミルは再び杖を振ってイリュージョンの魔法を唱えた。
「僕らは、あの後しばらくしてからもう一度聖地の様子を見に行ったんだ。だけど、聖地のあった場所での時空嵐はまだ収まらず、亜空間ゲートは海底に沈んだままで、コスモスの力でも近づくことはできなかったんだ」
 リドリアスに乗って都市の跡に近づくも、嵐にはばまれてはるか手前で引き返さざるを得なくなるブリミルたちの悔しげな表情が映っていた。

750ウルトラ5番目の使い魔 58話 (22/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:35:33 ID:qB1md0Gc
「時空嵐が収まるまで数百年はゆうにかかってしまうだろう。だが僕は、近づかなくても世界扉の魔法がまだ聖地で動き続けてることを感じた。このまま次元の特異点となっている場所をほうっておいたら、なにが起こるかわからない。けれど聖地にたどり着ける様になる頃には、僕もとても生きてはいられない。だから、僕は子孫たちに託そうと思ったんだ。聖地を刺激することなく管理してほしい。そしてできるなら……」
 ブリミルの言葉に、ルイズは合点したように毅然と答えた。
「わかりました。わたしたち虚無の担い手の誰かが聖地にたどり着けたら、そこで魔法解除の虚無魔法『ディスペル』を使ってほしい。そういうことですね?」
「そう、ディスペルは僕が使ったのを君も見てたね。世界扉をディスペルで解除すれば、聖地のゲートは少なくとも小規模化して安定してくれるだろう。ほんとはこの時代にまで来た以上、僕がやるのが筋なんだろうけれど……」
 しかしルイズは首を横に振った。
「いいえ、この時代のことはこの時代の人間でカタをつけるべきだと思います。そうですわよね、姫様、みんな」
「もちろんですわ。もしも聖地がなかったとしても、ヤプールは別のところを狙っただけでしょう。なにより、自分の身にかかる火の粉を自分で払えないようでは、わたくしたちは子孫に自分たちの歴史を誇れません。苦労は、わたくしたちの世代で解決いたしましょう、皆さん」
 アンリエッタが振り向くと、他の皆もそうだというふうにうなづいている。
 ブリミルは、子孫たちのそうした力強さに、黙って静かに頭を下げた。
 時空の特異点と化している聖地。それを鎮めることが、おそらくは虚無の担い手の最終目標になるのだろう。聖地のゲートの規模が縮小すれば、ハルケギニアに異世界から様々な異物が飛び込んでくることも少なくなる。
 虚無の担い手としての使命を肩に感じて、ルイズは手のひらににじんだ汗を握り締めた。
「わたしはきっと、これをするために生まれてきたんだわ」
 これまで、虚無の担い手であることはルイズにとって、形の無い誇りであり重荷でもあった。しかし、虚無の担い手である自分だからこそできる、一生をかけてもしなければいけない仕事ができた。聖地を鎮めること、ハルケギニアのためにこれほど誇りを持って挑める仕事はほかにないではないか。
 しかし、それはルイズがこれから起こる聖地争奪戦の渦中から逃れようもなくなるということを意味してもいる。アンリエッタやキュルケは口には出さないものの、張り切るルイズの様子を心配そうに見つめ、カリーヌは無表情の底から何かを娘に投げかけていた。
 ルイズはよく言えば責任感が強く、悪く言えば思い込みがすぎる。それを察して、軽口でルイズの肩を叩いたのはやはり才人だった。
「気負うなよルイズ、人生は長ーいんだ。明日や明後日に聖地に行けるわけじゃないだろ、てか聖地を取り戻したらディスペルひとつでパーッと終わるんだから、難しく考えるなよ」
「あんたは……せっかく人が世紀の偉業に燃えてたところによくも水を差してくれるわね。わたしがハルケギニアの歴史に名を残す偉大なメイジになれなくてもいいの?」

751ウルトラ5番目の使い魔 58話 (23/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:36:56 ID:qB1md0Gc
「英雄になりたがる奴にろくなのはいねーよ。ブリミルさんだって、なりたくって始祖なんて呼ばれるようになったんじゃないだろ。だいたい、英雄ルイズの銅像がハルケギニア中に立つ光景なんて想像したくねえ」
 才人のその言葉に、皆は「かっこいいポーズで立つルイズの銅像」が世界中に聳え立つシーンを想像した。ひきつった笑みをこぼす者、ププッと笑いをこらえられなくなる者など様々だが、誰もが一様にそのシュールな光景に腹筋を痛めつけられており、ルイズは急に恥ずかしくなってしまった。なお余談ではあるが、皆の想像の中の英雄ルイズの像の横には忠犬サイトの像が並んでいた。
「はぁ、もういいわよ。考えてみたら、教皇がいなくなってこの時代の担い手は減っちゃったし、秘宝とかなんとかいろいろあったわね。なんか一気にめんどくさくなってきちゃったわ」
 気が抜けた様子のルイズに、今度は皆から安堵した笑いが流れる。そう、それでいい、才人の言うとおり、人生は長い、まだ燃え尽きるには早すぎる。
 ブリミルとサーシャも、子孫たちの愉快な様子に笑っていた。こうしてつまらないことで笑い合える、それができる未来があるというだけで、自分たちのやってきたことは無駄ではなかった。それがわかっただけで十分だ。
 
 と、そのとき壁にかけられていた時計が鐘を鳴らして時報を告げた。どうやら、かなり長い間話し続けてしまっていたらしい。
 ブリミルとサーシャが帰らねばならない時間が近づいている。さて、残りの時間をどう使うべきだろうか? 重要なことはほぼ聞いた、あと何か聞き逃していることはないだろうか?
 時間は少ない。しかし、おしゃべり好きなアンリエッタやキュルケなどは、少しでも話す時間があるならサーシャからブリミルとの間にどんなロマンスがあったのかを聞き出そうとし、いいかげんにしろとカリーヌやアニエスから止められている。
 平和な時間、それもあとわずかしかない。そんな中で、ルイズは疲れた様子のブリミルに恐縮しながら礼を述べた。
「始祖ブリミル、どうも騒がしいところですみません。ですがあなたの子孫として、もう一言だけお伝えしておきたいのですが、よろしいですか」
「もちろん、君たちの言葉に閉ざす耳は僕にはないよ」
「では、始祖ブリミル……このハルケギニアを、わたしたち子孫をこの世に残してくれて、ありがとうございます。わたくしたちの遠い遠い、素敵なおじいさま」
 優雅な仕草で会釈したルイズに、ブリミルは照れながらも頭を下げ返した。
「こちらこそ、もうないものと思っていた未来を見せてくれてありがとう。君たちなら、僕らと同じ間違いはせずに、いつかマギ族も追い抜いていける。いつでも応援してるよ、僕らの可愛い遠い遠い孫の孫の孫たち」
 にこりと笑いあう先祖と子孫。年の差実に六千才のふたりは、今では同じものを見つめていた。

752ウルトラ5番目の使い魔 58話 (24/24) ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:38:21 ID:qB1md0Gc
 自分の存在を探し求めていた少女、過ちからスタートした聖者。ともに愛を知って生まれ変わり、多くのものを見知って救い主となった。誇れる先祖、誇れる子孫、それを確認した彼らの胸中にあるのは、互いに相手に負けないように頑張っていこうという新しい意思だ。
 
 語り合う先祖と子孫。つかの間だが、平和な時間を彼らは楽しんだ。
 しかし、現代にほんとうの平和が訪れるための道のりはまだ長い。
 教皇が倒れ、ハルケギニアに残った災厄の根源はあとひとつ。ガリアにジョゼフがいる限り、平穏と安定は訪れず、必ず平和を乱そうとしてくることだろう。
 タバサは、和気藹々とする面々の中で、目前にまで迫っているジョゼフとの決着に胸を締め付けられていた。
 あのジョゼフのことだ、いくら状況が悪くなろうとも降参してくることなど絶対にない。いや、状況に関わらずに、常に最悪の一手を打ってくるのがあの男だ。それでも、臆することはできない。
「お父さまの仇……今度こそ、あなたを倒す」
 小さくタバサはつぶやいた。チャンスは間違いなく次が最後、長引かせたり引き伸ばせば、聖地を奪ったヤプールが本格的に動き出す。そうなればもはやジョゼフ討伐どころではなくなる。
 自分が異世界にいるとき、キュルケやシルフィードやジルまでもが自分をハルケギニアに連れ戻そうと頑張ってくれていたことを聞いたときには心から感謝した。だが、敵討ちは自分で自分に課した人生の責務、譲るわけにはいかない。
 どんな結果が待っているにせよ、決着は必ずつける。皆が奇跡を積み重ねてまで得た平和への道のりを、自分たちガリア王族のせいで台無しにすることはできないと、タバサは強く決意した。
 
 だが、確実に迫るタバサとジョゼフの戦い……それが、タバサどころかジョゼフの想像さえ超えた恐ろしいゲームとなってやってくることを、まだ誰も知らない。
 ひとつの編が終わり、幕が下りる。だが、物語はまだ終わらず、すぐに次の編に移って再び幕が上がる。
 
 それでも、今は休んで語り合おう。先祖と子孫、決して交わることがないはずの者たちの宴は、笑い声に満ちて今しばらく続く。
 
 
 続く

753ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/05/16(火) 11:40:14 ID:qB1md0Gc
今回はここまでです。すみません、また一月もかけてしまいました。
ですがついにブリミルの過去話も終わって、これでロマリア編は完全終了しました。
そのぶんボリュームは大きいですので楽しんでいただけると幸いです。
では、次回からジョゼフとの最終決戦編です。

754名無しさん:2017/05/16(火) 16:27:12 ID:jp0iYTaY
乙です
最近某所でもゼロ魔SS増えてうれしい

755ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:26:44 ID:FZla3xbk
お久しぶりです、焼き鮭です。久々の続きを投下します。
開始は23:30からで。

756ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:30:40 ID:FZla3xbk
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十二話「五冊目『ウルトラCLIMAX』(その3)」
機械獣サテライトバーサーク
地底文明デロス
装甲怪獣レッドキング
古代怪獣ゴモラ
機械獣ギガバーサーク 登場

 『古き本』も残すところ後二冊というところまで来た。五冊目の物語は、ウルトラマンマックスが
守った地球で起きた人類存亡の危機の大事件。地底人デロスが地上の全世界に向けて脅迫を行って
きたのだ。カイトとミズキはデロスとの交渉のために地底の世界へと突入を果たしたが、怪獣に撃ち
落とされてしまってミズキが重篤の状態に陥ってしまう。更には、デロス側も人類の環境破壊による
滅亡の危機に瀕しての行いだったことが判明し、交渉も行き詰まってしまった。地上人は自分たちの
行いの代償を支払う他はないのだろうか? 果たしてこの物語の行方はどこへ向かうのであろうか。

『何てこった……!』
 今もなお牙を剥いてくるレッドキングとゴモラをあしらいながら、ゼロはミズキの生命反応が
途絶えたことに絶句した。彼の中の才人も、激しい無力感に苛まれてグッと歯を食いしばる。
『何か……何か出来ることはなかったのか……!? 本当に……!』
 二人は後悔を覚えていたが、カイトは違った。
「ミズキが死ぬ運命なんて……俺は認めない……!」
 慟哭していた彼であったが、己に言い聞かせるようにつぶやくと、腕の中のミズキをそっと
地面に横たえ、顎を上に向かせる。そしてファスナーを下げて上着を開くと、人工呼吸と心臓
マッサージを開始した。
 カイトはミズキの鼓動が停止してもあきらめず、蘇生させようとし始めたのだ。
「ミズキ……帰ってこい……! 一緒に生きるんだ……!」
 脇目もふらない懸命な蘇生活動を行うカイト。才人とゼロは彼のひたむきな姿勢に強く
胸を打たれていた。
『カイトさん、決してあきらめることなくミズキさんを助けようと……!』
『こっちも、あいつの頑張りを絶対に無駄にはさせねぇぜ!』
 二人はカイトの姿に勇気づけられ、奮起してレッドキングたちを取り押さえる腕の力を増す。
何としてもカイトとミズキを守り抜く心構えだ。
「ピッギャ――ゴオオオウ……!」
「ギャオオオオオオオオ……!」
 しかしどうしたことだろうか。力を増したゼロと対照的に、レッドキングとゴモラは急に勢いが
衰えて大人しくなり始めたのだ。すごすごと後ずさるその様子に、ゼロはむしろ疑問を抱く。
『……? どうしたってんだ……?』
 カイトは必死にミズキの救命活動を続けているので、そのことには気づいていない。
「ミズキ……! 生きるんだ……! ミズキ生きるんだッ!」
 ……カイトのその想いが天に通じたのか……ミズキの唇がかすかに動いた。
「……あッ……!」
 ミズキが声を発した――息をしたという事実に、カイトとゼロたちは目を見張る。
「ミズキ……!」
「……カイト……」
 間違いではない。ミズキは……はっきりとカイトの名を唱えた。
「ミズキ……!!」
 一気に喜びに打ち震えたカイトは、ミズキを抱き起こして固く抱擁した。
 ミズキは命を取り戻したのだ!
『やった……! 生き返った!』
『ああ……! 大したもんだぜ……』
 才人もゼロも、束の間状況も忘れて二人の様子に見入っていた。
 しかしいつの間にか、カイトとミズキの周囲を無数のオートマトンが取り囲んでいた!

757ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:33:59 ID:FZla3xbk
『あッ!?』
『あいつら何を……!』
 思わず身を乗り出すゼロ。だがオートマトンはカイトたちに危害を加えるような真似はせず、
じっと二人を注視しているようであった。
「地上の人間たちのせいで、君たちが苦しんでるのは分かった……! 俺たちに時間をくれ!」
 カイトが改めて懇願すると、真正面のオートマトンの中央の顔が引っ込み、現れた空洞から
露出するコアから光が発せられる。
 その光が、白いローブで姿を覆い隠したような人間のビジョンを浮かび上がらせた。
『あれは……!』
『あれがデロスの姿ってところか……』
 デロスと思しき人間のビジョンは、カイトにこう呼びかけた。
『カイト。あなたがその人を助ける姿を見て、デロスは後悔しています。地上の人類は、
命を大切にするということを認識しました』
 デロスからの告白に、カイトたち一同は驚きを覚えた。内容的には喜ばしい報せではあったが、
すぐにだから事が解決に向かうという訳ではないことを知る。
『しかし、デロスは既にバーサークシステムを起動させてしまいました。バーサークシステムは、
デロスを守るためには、あらゆる障害を排除します。我々には、バーサークを止められないのです。
ウルトラマンもまた、バーサークの攻撃対象になっています』
 デロスの語る内容に、才人が思わず毒づく。
『自分たちで止められないの作るなよ……!』
『そんなこと言っても始まらないぜ、才人』
 デロスは続けて語る。
『ウルトラマンの能力は、バーサークによって解析されています。バーサークはマックスを、
青いウルトラマンも、確率100%で倒します』
 それが先日現れたスカウトバーサークの真の目的だったのだ。ゼロの能力もまた、地上での
レギーラとヘイレン、この地底でのレッドキングとゴモラの戦いで既に解析を行われていた。
その結果からバーサークシステムが導き出した、『ウルトラマンを100%倒す』手段とは何か……。
 しかしカイトはその言葉に怯えたりはしなかった。
「その予測も……外れになるさッ!」
 カイトはおもむろにウルトラマンマックスに変身するアイテム、マックススパークを引き抜き――
それがまばゆく輝いた! 障害が解決され、マックスがカイトとともに戦う決意を抱いたことを示す
閃きであった。
「カイト……」
「戻ろう……俺たちの世界に」
 マックススパークを握り締めるカイトに、ミズキは微笑みを向けた。
「あたし……知ってた気がする。カイトがマックスだってこと……!」
 カイトもまた微笑み、マックススパークを己の左腕に装着した。
 そうすることで、カイトの肉体はウルトラマンマックスのものへと変化を遂げた!
「シュワッ!」
 ミズキを抱きかかえるマックスは、ゼロの方へ顔を上げた。ゼロはうなずき返してマックスへ告げる。
『先に行ってるぜ、ウルトラマンマックス! ともに未来を掴み取ろうぜ!』
 ルナミラクルゼロにチェンジすると、テレポートでひと足早く地上へと移動していった。
マックスはミズキを抱えたまま高く飛び上がり、大空洞の天井を突き抜けてそのまま地上を
目指していく。
「ギャオオオオオオオオ……」
「ピッギャ――ゴオオオウ」
 マックスの去っていく姿をデロスと、ゴモラとレッドキングが見守るように見上げていた。

 地底の世界から地上の日の下へと戻ってきたゼロだったが、彼を待ち受けていたのは想像を
はるかに超えるような敵だった!

758ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:38:25 ID:FZla3xbk
『な、何じゃこりゃあッ!?』
 一体いつから現れていたのか、街のど真ん中に恐ろしく巨大な鋼鉄の塊のようなロボット怪獣が
そびえ立っているのだ。その全長、何と990メートル! 重量は9900万トンにもなる! 比較すると、
巨人のはずのウルトラマンゼロが指人形に見えてくる! 最早ロボットというより機動要塞だ!
 これは機械獣ギガバーサーク。バーサークシステムが作り出した対ウルトラマン用の最終最強の
戦闘兵器なのだ!
『圧倒的な質量で押し潰すってのが出した答えって訳か……。単純だが却って効果的なのかもな……!』
 ただ立っているだけでも肌にひしひしと感じるほどの威圧感を放っているギガバーサークを
前にするゼロだが、だからと背を向けるようなことをするはずがないのだ。
『面白れぇ! やってやるぜッ!』
 それだけでゼロの何十倍もある機首から、途方もない直径の光弾が発射され始めた。ゼロは
それに一切の恐れもなく駆けていく!
『はぁッ!』
 光弾の間を上手く抜けながら空に飛び上がるゼロ。相手が大きすぎるので、地上戦では
著しく不利との判断だ。
『ミラクルゼロスラッガー!』
 しかし空中戦で優位になれるという訳でもなかった。六枚のスラッガーを縦横無尽に駆け巡らせて
ギガバーサークを何度も斬りつけるのだが、常識外の巨体のためほんのかすり傷にしかなっていないのだ。
『くッ、これじゃアリんこが象に挑んでるみてぇだ……うおッ!?』
 ギガバーサークの周囲を飛び回るゼロへ、ギガバーサーク後部の刃が振り下ろされる。
その刃もゼロを両断するどころか粉微塵にしてしまうほどのサイズなので、ゼロはたまらず
回避した。
『危ねぇ……ぐあぁッ!!』
 だが刃はかわせてもすぐに迫ってきたギガバーサーク本体からは逃げられず、ゼロは地表に
叩き落とされてしまった。あまりの質量差のため、ギガバーサークが少し身動きしただけで
ゼロには大ダメージになるのだ。
『ぐッ……くぅッ……! 確率100%とか豪語するだけのことはあるじゃねぇか……!』
 どうにか身を起こすゼロだが、今の一撃で通常形態に戻っていた。カラータイマーも既に
赤く点滅している。先ほどの戦闘より休憩なしで継戦しているので、元からエネルギーの
残量がわずかなのだ。このままでは極めて厳しい。
「シュアッ!」
 そこにゼロに後れて地上へ戻ってきたマックスが駆けつけてきた。……が、マックスも
変身してから地上まで掘り進んで帰ってくるのにエネルギーを消費しているため、カラー
タイマーが点滅している。残り時間は一分がいいところであろう。
 それなのに、二人のウルトラマンでもギガバーサーク相手では正直焼け石に水だ!
「ジュアッ!」
 ひるむことなくマクシウムソードを飛ばしてギガバーサークに立ち向かっていくマックスだが、
彼もやはり全く有効打を与えられていない。しかもギガバーサークの表面から伸びてきた鎖が四肢に
巻きつき、拘束されて磔にされてしまった!
「グアァッ!!」
『マックスッ!!』
 磔にされたマックスを電流が襲って苦しめる。助けようと走り出すゼロだが、ギガバーサークの
光弾の雨の前に近づくことすら出来ない。
『くそぉ……!』
 一方で空の彼方より、コバとショーンの駆るダッシュバード1号と2号が飛来してきた。
マックスを救うために、アタックモードになってギガバーサークに攻撃を仕掛ける。
「ウィングブレードアタック! うおおおおお―――――ッ!」
「オオオオオ―――――ッ!」
 二機のウィングブレードでマックスを縛り上げる鎖を斬りつけるが、切断することは叶わなかった。
そうしている間にもマックスはどんどんとエネルギーを失っていく。このままではマックスの命が危ない!

759ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:41:52 ID:FZla3xbk
 その時、ゼロが最後の賭けに出た!
『マックス! カイト! お前たちの未来を望む気持ちが本物なら……この光を扱えるはずだッ!』
 ウルティメイトブレスレットを自分の腕から外し、マックス目掛け投げ飛ばしたのだ!
『受け取れぇーッ!!』
 ブレスレットはウルティメイトイージスに変わり――光となってマックスとぶつかった!
「シュワッ!?」
『こ、これは……!? うわぁッ!』
 ウルティメイトイージスの秘めるエネルギーは絶大であり、制御できるのはこれまでゼロ以外に
いなかった。マックスとカイトもまた、イージスのエネルギーを抑え切れずに苦しむことになる。
 そんな二人にゼロが檄を飛ばす。
『それは未来への希望の想いが形となった光だ! お前たちの希望が決して消えねぇ本物なら……
必ず応じてくれる! その手で、未来を掴めぇぇぇぇ―――――ッ!!』
 ゼロの呼び声に応じるように、カイトは叫んだ!
『俺は……あきらめないッ! 俺だって……俺だって……マックスなんだぁぁぁ――――――――ッ!!』
 この時! イージスの光が鎖を砕き、マックスが解き放たれた!
「ジュワァッ!」
 空高く飛び上がったマックスの身体は、ウルティメイトイージスの鎧で覆われていた。
―-マックスはゼロから託されたイージスの力により、ウルティメイトマックスになったのだ!
『やったぜ!!』
 ぐっと手を握り締めるゼロ。これからウルティメイトマックスの反撃が行われる!
「シュッ!」
 マックス目掛けギガバーサークが光弾を乱射するが、マックスはウルティメイトマックスソードで
全弾切り払う。そしてソードレイ・ウルティメイトマックスを伸ばしてギガバーサーク本体を斬りつける。
「シュアァーッ!」
 長大な光の刃はギガバーサークの超巨体も貫き、右の刃を易々と切り落とした! 切断面が
露出したギガバーサークがスパークを起こして動きが鈍る。
「シュアッ!」
 そしてマックスは鎧を分離すると同時に伝家の宝刀、マックスギャラクシーを召喚。弓状にした
イージスの先端にマックスギャラクシーを接続して、鏃にする。
 マックスギャラクシーの膨大なエネルギーによって、イージスにエネルギーがフルチャージされた!
「イィィィィヤアァッ!!」
 マックスが弦を引き絞って放つ、ファイナルウルティメイトマックス! ギガバーサークに
炸裂し、貫通してどでかい風穴を開けた!
『バーサークシステム、停止……』
 うなだれるように力を失ったギガバーサークは粉々に分解し、消滅していった。これとともに
バーサークシステムは機能を失い、デロスタワーが地底に戻っていく。
 それをウルトラマンマックスとゼロが見届けていると、デロスが最後のメッセージを送ってきた。
『デロスは、地上の人類たちに期待しよう……。地球が元の姿を取り戻すまで、デロスは眠りに就く……』

「ありがとう、ウルトラマンゼロ、平賀才人君。君たちのお陰で、未来を掴み取ることが出来た。
この恩は決して忘れない……」
 夕焼けに染まる海岸線で、カイトと才人が向かい合っている。カイトは才人たちに感謝の
気持ちを伝えていた。
「いえ、そんな……。それよりカイトさんは……マックスとお別れの挨拶を交わしましたか?」

760ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:46:27 ID:FZla3xbk
 人類最大の試練が終わりを迎え、マックスもとうとう光の国に帰る時を迎えようとしていた。
カイトは才人の問いにゆっくりとうなずき返す。
「ああ。俺たちの未来は、俺たち自身の手で作っていくことを約束したよ。俺も……世代を
重ねたとしても、いつか必ず自分たちの力で宇宙に飛び出し、マックスの故郷に行くことを
誓ったんだ」
「光の国に……。その望みが叶う時が来るのを、俺も願ってます……いえ、信じてます」
 その言葉を最後に、才人はゼロアイを装着した。
「デュワッ!」
 変身するウルトラマンゼロ。同時にマックスもカイトから分離し、二人は宇宙に向かって
飛び去っていく。
「マックスー! ゼロー!」
 カイトは大きく手を振って、彼らの帰郷を見送り続けた……。

 ……現実世界に帰ってきた才人は、今しがた完結させたウルトラマンマックスの本を手に取った。
「これで五冊目の本が完結した……。残るは、遂に、後一冊……!」
 最後に残った一冊を見つめる才人。その瞳には、これまで以上の並々ならぬ熱意と決意が
宿っていた。
 才人の内側のゼロがつぶやく。
『これでルイズが本当に元通りになってくれりゃいいんだが……まだリーヴルのこととかの
謎がちっとも解決されてねぇ。上手く行くかどうか、大分不安があるぜ……』
 才人も同じ気持ちであったが、それでも自分にも言い聞かせるように述べた。
「でも、やるしかない。ここまで来たら最後までな……!」
 ルイズが本当に元に戻るか否か、いずれにせよその答えは、最後の本を完結させれば分かることだ。

 ……どこかも分からぬ暗黒の空間の中、何者かが謎の力によって才人の様子を監視していた。
『残るは後一冊か……。いよいよここまで来たか。もうじき『準備』も終わりを迎えるという訳だ……』
 謎の存在は独りごち、歪んだ微笑を交えながらつぶやいた。
『その時こそ……ルイズが僕の妃になる時ということだ……!』

761ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/05/28(日) 23:47:58 ID:FZla3xbk
以上です。
久々だからという訳でもないですが、いつにも増してやりたい放題。

762名無しさん:2017/05/30(火) 16:05:24 ID:0JYhx9s.
やっぱり何かの罠だったわけですか。
どんな奴が出てくるか期待してまってます。

763名無しさん:2017/05/30(火) 21:30:32 ID:itaVVjcA
乙でした。いきなり二か月も音沙汰なしだったのでリアルに事故にでも会われたのではと心配していました
今回はゼロとマックスの設定をうまく合わせたいい話でした。ぜひ映像で見たいくらいの熱さだったと思います

ラスト、ウルトラの映画などで残っているのといえば、あの猿や、もうひとつの日本を代表するヒーローとの共演のやつでしょうか

764名無しさん:2017/05/30(火) 22:03:15 ID:5Hfrc36U


765ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:42:49 ID:WZ82hnBc
ウルトラマンゼロの人、久しぶりの投稿乙でした。
さて、皆さん今晩は。無重力巫女さんの人です。

特に何もなければ20時47分から83話の投稿を開始したいと思います

766ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:47:08 ID:WZ82hnBc
 それは、少年の放ったエア・ハンマーで魔理沙とルイズが吹き飛ばされる五分前の事。
 彼女たちと同じくしてカトレアから貰ったお小遣いを見知らぬ少女に全額盗まれたハクレイは、その子を追っていた。
 広場で偶然にも出会った女の子に盗られたソレを取り返すために、彼女はあれから王都を走り回っていたのである。
 最初に盗まれたと気づいた時には、追いかけようにも人ごみに足を阻まれて思うように進むことが出来なかった。
 少女の方もそれを意識してか、体の大きい彼女には容易に通り抜けられない人ごみに混じって追ってくる彼女を何度も撒こうとした。
 幸い運だけはある程度良かったのか、 ハクレイは必死に足を動かしたり通りの端を歩くなどして少女を追いかけ続けていた。
 二人して終わらぬ鬼ごっこのような追いかけっこを延々と、されど走ってないが故に大した疲労もせずに続けていた。

「こらぁ〜…はぁ、はぁ…!ちょっと、待って、待ちなさい!」 
 そして追いかけ続けてから早数時間。大地を照らす太陽が傾き、昇ってくる双月がハッキリ見えるようになってきた時間帯。
 人ごみと言う人ごみを逆走し、体力的にも精神的にもそろそろ疲れ始めてきたハクレイはまたも人ごみを押しのけていた。
 一分前に再び女の子の姿を見つけた彼女は、いい加減うんざりしてきた人ごみを押しのけながら歩いていく。
 幸い周りの通行人たちと比べて身長もよく、女性にしては程々に体格が良いせいか容易に流れに逆らう事ができる。
 しかし少女も頭を使うもので、ようやっとハクレイが人ごみを抜けるという所でUターンして、もう一度人ごみに紛れる事もあった。
 だがハクレイもハクレイで背が高い分すぐに周囲を見回して、逃げようとする少女を見つけてしまう。
 
 正にいたちごっことしか言いようの無い追いかけっこを、陽が暮れても続けていた。
 周りの通行人たちの内何人かが何だ何だと二人を一瞥する事はあったが、深入りするようなことはしてこない。
 少女とって幸いなのは、そのおかげでこの街では最も厄介な衛士に追われずに済んでいた。
 彼女にとって衛士とは恐ろしく足が速く、犯罪者には子供であってもあまり容赦しない畏怖すべき存在。
 だから追いかけてくる女性の声で気づかれぬよう、雑音と人が多い通りばかりを使って彼女は逃げ続けていた。
 しかし彼女も相当しぶとく、今に至るまであと一歩で撒けるという瞬間に見つかって今なお追いかけ続けられている。

 一体どれほどの体力を有しているのだろうか、そろそろ棒になりかけている自分の足へと負荷を掛けながら少女は思った。
 両手に抱えたサイドパック。あの女性が持っていたこのパックには大量の金貨が入っていた。
 これだけあれば美味しいパンやお肉、野菜や魚が沢山買えて、美味しい料理を沢山作れる。
 いつも硬くなって値段が落ちたパンに、干し肉や干し魚ばかり食べているじ唯一の家族゙にそういうものを食べさせてあげたい。
 毎日毎日、何処かからお金を持ってきてそれを必死に溜めている゙唯一の家族゙と一緒に、ご飯を食べたい。

 だから彼女は今日、その家族と同じ方法でお金を手に入れたのだ。
 自分たちの幸せを得る為に『マヌケ』な人が持っているお金を手に入れ、自分たちのモノにする。
 少女は知らなかった。世間一般ではその行為が『窃盗』や『スリ』という犯罪行為だという事が。

「待っててね、お兄ちゃん…!『マヌケ』な女の人から貰ったお金で、美味しい手料理を作ってあげるからね!」
 自らの犯した罪を知らずに少女は微笑みながら走る、逃げ切った先にある唯一の家族である兄との夕食を夢見て。

767ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:49:06 ID:WZ82hnBc
「あぁ〜もぉ!あの子とニナはいい勝負するんじゃないかしら…!」
 その一方で、ハクレイは延々と続いている追いかけっこをどうやって終わらせられるのか考えようとしていた。
 追えども追えどもあと一歩の所で手が届かず、かといって見逃す何てもってのほかで追い続けて早数時間。
 いい加減あの子を捕まえて財布を取り戻した後で、軽く叱るかどうかしてやりたいのが彼女の願いであった。
 しかし少女は自分よりもこの街の事に詳しいのだろう、迷う素振りを見せる事無くあぁして逃げ続けている。
 本当ならすぐにでも追いつけられる。しかしここトリスタニアの狭い通りと明らかにそれと不釣り合いな人ごみがそれを邪魔していた。
 しかも日が落ちていく度に通りはどんどん狭くなっていき、その都度少女の姿を見失う時間も増えている。
 
(普通に走って追いつくのが駄目なら、何か別の方法でも見つけないと……ん!)
 心の中ではそう思っていても、それがすぐに思いつくわけでもない。
 一体このイタチごっこがいつまで続くのかと考えていたハクレイは、ふと前を走る少女が横道にそれたのを確認した。
 恐らく他の通行人たちで狭くなり続けている通りを抜けて、人のいない路地から一気に逃げようとしているのだろうか?
(…ひょっとすると、今ならスグにでも捕まえられるかも?)
「ちょっと、御免なさい!道を空けて貰うわよ」
「ん?あぁ、おい…イテテ、乱暴に押すなよテメェ!」
 咄嗟にこれを好機とみた彼女は前を邪魔する通行人たちを押しのけて、少女が入っていった路地の入口を目指す。
 途中自分のペースで自由気ままに歩いていた一人の若者が文句を上げてきたが、それを無視して彼女は少女の後を追おうとする。
「コラ!いい加減観ね――――ング…ッ!!」
 しかし。いざそこへ入らんとした彼女の顔に、子供でも両手に抱えられる程の小さな樽がぶつかり、
 情けない悲鳴とも呻きにも聞こえる声を上げて、そのまま勢いよく地面へ仰向けに倒れてしまう。

「うぉ…っな、何だよ…何で樽が?」
 先ほど彼女に押しのけられ、怒鳴っていた若者はその女性の顔にぶつかった樽を見て驚いていた。
 幸い樽の方は空であったものの、それでも目の前の黒髪の女性――ーハクレイには大分大きなダメージを与えたらしい。
 目を回して仰向けになっている彼女にどう接すればいいのか分からず、他者を含めた何人かの通行人が足を止めてしまう。
 その時、樽を投げた張本人である少女が路地から顔を出し、ハクレイが気絶しているのを確認してから再び通りへと躍り出る。
 最初こそハクレイの読み通り、路地から逃げようとした少女であったが、道の端に置かれていた小さな樽を見て即座に思いついたのだ。 
 ここで不意の一撃を与えて気絶させるなりすれば、上手く逃げ切れるのではないのかと。
 
 そして彼女の予想通り、投げられた樽で地面に倒れたハクレイが起き上がる気配はない。
(ちょっとやりすぎだったかも…ごめんね)
 樽は流石にまずかったのか?そんな罪悪感を抱きつつも少女は何とかこの場から離れとようとしていた。
 ハクレイとの距離はどんどん伸びていく。四メイル、五メイル、六メイル…。
 倒れたハクレイを気遣う者達とそうではない通行人たちの間を縫うように歩き、距離を盗ろうとする。
 しかし少女は知らなかった。ハクレイは決して気絶していたワケではないという事を。

768ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:51:08 ID:WZ82hnBc
(うぅ〜ちくしょぉ〜!中々やるじゃないの、あの子供ぉ…) 
 思いっきり樽をぶつけられた彼女は、あまりの痛さとこれまで蓄積していた疲労で立とうにも立てずにいた。
 重苦しい気だるさが全身を襲い、下手に気を緩めてしまえば今にも気絶してしまう程である。
 それでもカトレアが渡してくれたお金を取り戻すのと、それを盗んだ女の子を止めなければいけないという使命感で、
 辛うじて気絶するのは避けられたものの、そこから後の行動ができずにいるという状態であった。

 そういうワケで身動きが取れないでいる彼女は、ふと自分の耳に大勢の人たちがざわめく声が入って来るのに気が付く。
(でも、何だか騒がしいわね?野次馬が周りにいるのかしら)
 目を瞑っているせいで周りの状況が良く分からないが、そのざわめきから多くの人が囲んでいるのだろうと推測する。
 無理もない、何せ街中で幼女に樽を投げつけられて気絶した女はきっと自分が初めてなのだろうから。
 きっとここから目を開けて、何とか立ち上がって追いかけようとしても恐らく間に合いはしないだろう。
 あの意外にも頭が回る少女の事だ。今が好機と見て残った力で逃げ切ろうとしているに違いない。
 彼女にとって、それはあまりにも歯痒かった。カトレアの行為を無駄にし、あまつさえ見知らぬ少女の手を前科で汚させてしまう。
 もっと自分がしっかりしていれば、きっとこんな事にはならなかった筈だというのに…。

(せめて、せめて一気に距離を詰めれる魔法みたいな゙何か゛があれば…――――ん?)
―――――めね、全然だめよ。貴女ってはいつもそうね
 無力感と悔しさの二重苦に直面したハクレイはこの時、野次馬たちのそれとは全く別の『声』耳にした。
 それは外から耳が広う野次馬たちのざわめきとは違い、彼女の頭の中で直接響くようにして聞こえている。
(何、何なのこの声は?)
――――――昨日も言ったでしょう?霊力はそうやってただぶつける為の凶器じゃないの
 性別は一瞬訊いただけでもすぐに分かる程女性の声であり、声色から何かに呆れている様子が想像できてしまう。
 そして、ハクレイはこの声に『聞き覚えがあった』。カトレアでもニナのものでもない女性の声を、彼女は知っていたのである。
(何が何だか分からないけど…知ってる!私はこの声を何時か…どこかで聞いたことが…)
――――霊力にも様々な形があるけど、貴女の場合それは攻撃にも防御にも、そして移動にも利用できるのよ。俗に言う器用貧乏ってヤツよ?
 声の主はまるで覚えの悪い生徒へ指導する教師の様に、同じ単語を話の中に何度も混ぜながら何かを説明している。
 そして奇遇にもその単語―――『霊力』がどういう風に書き、用いる言葉なのかも。彼女は知っていたのだ。

(一体、これはどういう……――――!)
 突如自分の身に起き始めた異変に困惑しようとした直前、ハクレイの頭の中を何かが奔り抜けた。
 まるで電撃の様に目にも止まらぬ速さで、そして忘れられない程の衝撃が彼女の脳内を一瞬の間で刺激する。
 それは彼女の脳を刺激し、思い出させようとしていた。―――今の彼女が忘却してしまったであろう知識の一つを。
(何…これ…!頭の中で、何かが…゙設計図のような何か゛が完成していくわ…!)
 突然の事に身動き一つできず、ただ耐える事しかできないハクレイの脳内に、再び女性の声が響き渡る。
 
――――貴女の霊力の質なら、きっと地面を蹴り飛ばしてジャンプしたり壁に貼り付くなんて事は造作ないと思うわ。
 ――――ただ大事なのはやり方よ?足が着いている場所に霊力を流し込むイメージをするの。そう…思い浮かべてみるのよ?

 その長ったらしい説明の直後、気を失いかけた彼女は永らく忘れていた知識の一つを取り戻す事が出来た。
 先ほど自分が欲しいと願っていた、一気に距離を詰められる魔法の様な知識を。

769ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:53:16 ID:WZ82hnBc
「ん―――んぅ…」
「お、うぉわ!」
 集まってきた野次馬に混じってハクレイを間近で見ていた若者は、彼女が急に目を覚ました事に驚いてしまう。
 それで急ぎ後ずさった彼を合図に彼女がムクリと上半身を起こすと、他の者達も一様にざわめき始めた。
 何せてっきり気を失ったと思っていた女性が急に目を開けて、何事も無かったかのように体を起こしたからである。
 そんな思いでざわめく群衆を無視しつつ、ブルブルと頭を横に振るハクレイはあの少女が何処へいったのか確認しようとした。
 当然ながら近くに姿は見えない。恐らく自分を囲んでいる群衆に紛れて逃げようとしているのか、あるいは既に…

「ま、どっちにしろ手ぶらじゃあ帰れないわよね」
 一人呟いた後で腰に力を入れて、スクッと先ほどまで倒れていたのが嘘の様に立ち上がることができた。
 さっきまであんなに疲れていたというのに、その疲労の半分が体から消え去っていたのである。
 何故なのかは彼女にも分からない。何か見えない力でも働いたのか、それともあの謎の声が関係しているのか…
 色々と考えるべきことはあったが、今からするべき事を思えば横に置いてもいい事であった。
 周りにいる人々が何だ何だとざわつく中、彼女に肩をぶつけられて怒っていた若者が困惑気味に話しかけてくる。

「あ、アンタ大丈夫か…?さっき女の子にアンタの顔ぐらいの大きさがある樽をぶつけられてたが…」
「ん…心配してくれてるの?まぁそっちはそっちで痛いけど大丈夫よ。それよりも、私の近くに女の子が一人いなかった?」
「え…えっと?あぁ、そういや確か…アンタに樽ぶつけた後にあっちの通りへ走っていったが」
 てっきり怒って来るのかと思っていた彼女は少しだけ目を丸くしつつも、自分のすぐ近くにいた彼へ女の子を見なかったかと聞いてみる。
 その質問に最初は数回瞬きした若者は困惑しつつも、ハクレイの背後を指さしてそう言った。
 やはり自分が気を失っている間に逃げる算段だったようだ、彼女はため息をつきつつも若者が指さす方向へと身体を向ける。
 案の定少女が通って行ったであろう通りは人で溢れてしまっており、今から走っても見つけるのは無理に近いだろう。

「あちゃぁ〜…やっぱり逃げられたかぁ。…ていうか、今からでも追いつけるかしら?」
「追いつけるって、さっきの女の子をか?」
「他に誰がいるのよ。…ともかく、どこまで逃げたのかは知らないけれど…」
 まずは一気に詰めなきゃね。そう言ってハクレイはその場で軽く身構え、体の中で霊力を練り始めた。 
 周囲の喧騒をよそ丹田から脚へと流れていく力を、地面と同化させるように足の指先にまで流し込んでしまう。
 やがて下半身を中心に彼女の霊力が全身に行きわたり、その体に常人以上の活力で満たされていく。
 彼女は段々と『思い出し』ていく。それが何時だったかはまだ忘れたままだが、かつて今と同じように事をしていたという事を。

(不思議な感じたけど、こうやって身構えて…霊力を溜めるのって懐かしい感じがするわね)
 まだ見覚えの無い懐かしさに疑問を抱きながらも、ハクレイの全身に霊力が回りきる。
 そして…さぁこれからという所で彼女は背後の若者へと顔を向け、話しかけた。
「あ、そうだ…そこのアンタ。ちょっと後ろへ下がっといたほうが良いかもよ?」
「は?後ろに下がれって…なんでだよ」
「何でって…そりゃ、アンタ――――――」

 ――――今から軽く『跳ぶ』為よ。
 そう言って彼女は若者へ涼しげな表情を向けながら言った。

770ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:55:16 ID:WZ82hnBc
「―――…った、やった!逃げ切れた…!」
 サイドパックを両手で抱えて走る少女は、人ごみの中を走りながら自らの勝利を確信していた。
 あの路地に逃げようとした矢先に見つけた樽が、思いの外この状況を切り抜けるカギになったらしい。
 現に投げ飛ばしたアレが顔に直撃し、道のド真ん中で倒れた黒髪の女性は追いかけて来ない。
 それが幼い少女に勝利を確信させ、疲れ切った両足に兄の元へ帰れるだけの活力となった。
「待っててお兄ちゃん…!すぐにアタシも帰るからね…」
 はにかんだ笑顔で息せき切りながら、少女はトリスタニアに作った『今の家』までの帰路を走る。
 柔らかいそうな顔を汗まみれにして、必死に足を動かす彼女を見て何人かが思わず見遣ってしまう。
  
 永遠に続くかと思われた人ごみであったが、終わりは急に訪れる。
 大人たちのの間を縫って通りを走っていた少女は、街の広場へと入った。
 王都に幾つか点在する内一つである広場は、すぐ後ろにある通りと比べればあまりにも人が少ない。
 日中ならまだしも、この時間帯と時期は男や若者たちは皆酒場に行くものである。
 現に夜風で涼もうとやってきている老人や、中央にある噴水の傍でお喋りをしている平民の女性たちしか目立つ人影はない。
 確かに、こう人の少ないところは涼むだけにはもってこいの場所だろう。女や酒を期待しなければ。

「あ、通り…そうか。抜けれたんだ…」
 まるで樹海の中から脱出してきたかのような言葉を呟きながら、少女は肩で息をしながら近くのベンチへと腰かける。
 このまま『今の家』に帰る予定であったが、追っ手がいなくなったのと落ち着いて休める場所があったという事に体が安心してしまっていた。
 先ほどまでは何時あの女性が追いかけてくるかと言う緊張感に苛まれて逃げていた為に、幼い体に鞭打っていたのである。
 けれども、今は誰も追ってこないし、落ち着ける場所もある。それが彼女の緊張感をほぐしてしまったのだ。
「ちょっと、ちょっとだけ…ちょっとだけ休んだら、お家に戻ろうかな…ふぅ?」
 ベンチの背もたれに背中を預けながら、少女は暗くなる空へ向かって独り言をつぶやく。
 肩で呼吸をつづけながら肺の中に溜まった空気を入れ替えて、夜風で多少は冷えた夏の空気を取り込んでいく。
 
 薄らと見え始めている双月を見上げながら、彼女は今になってある種の達成感を得ていた。
 各地を転々と旅しつつも、お金が無くなった時は兄がいつも新しいお金を取ってきてくれる。
 自分も手伝いたいと伝えても、兄は「お前には無理だ、関わらなくても良い!」といつも口を酸っぱくして言っていた。
 でも、これで兄も認めてくれるに違いない。自分にも兄のお手伝いができるという事を。
 未だ両手の中にある金貨入りのサイドパックを愛おしげに撫でて、兄に褒められる所を想像しようとした―――その時であった。
 つい先ほど彼女が走ってきた通りから、物凄い音とそれに続くようにして人々の驚く声が聞こえてきたのは。
 まるで硬い岩の様な何かを思い切り殴りつけた様な音に、少女がハッとして後ろを振り返った瞬間、彼女は見た。

 通りを行き交う人々の頭上を飛び越えてくる、あの黒髪の女性―――ハクレイの姿を。
 ロングブーツを履いた両足が青白く光り、あの黒みがかった赤い瞳で自分を睨みつけながら迫ってくる。
 自分たちの頭上を飛び越えていくその女性の姿に人々は皆驚嘆し、とっさに大声を上げてしまう者もチラホラといる。
 少女は驚きのあまり目を見開き、咄嗟に大声を上げようとした口を両手で押さえてしまう。
「ちょ、何アレ!?」
「こっちに跳んでくるわ!」

771ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:57:08 ID:WZ82hnBc
 噴水の近くにいた女たちが飛んでくるハクレイに黄色い叫び声を上げて広場から逃げていく。
 お年寄りたちも同じような反応を見せたものがいたが、何人かはそれでも逃げようとはしなかった。
 三者三様の反応を見せる中で、勢いよく跳んできたハクレイは少女のいる広場へと降り立った。
 青く妖しく光るブーツの底と地面から火花が飛び散り、そのまま一メイルほど滑っていく。
 これには跳んだハクレイ自信も想定していなかったのか、何とか倒れまいとバランスを取るのに四苦八苦する。
「おっ…わわわ…っと!」
 まるで喜劇の様に両腕を振り回した彼女は無様に倒れる事無く、無事に着地を終えた。
 周囲と通りからその光景を見ていた人々が何だ何だとざわめきながら、何人かが広場へと入ってくる。
 彼らの目には、きっと彼女の今の行為が大道芸か何かに見えているに違いない。

「…すげー、今の見た?あっこからここまで五メイルくらいあったぞ」
「魔法?にしては、杖もマントも無いし…マジックアイテムで飛んだとか?」
「さっきまで光ってたあのブーツがそうかな?だとしたら、俺も一足欲しいかも…」
「っていうかあの姉ちゃん、スゲー美人じゃね?」
 暇を持て余している若者たち数人がやんややんやと騒いでいるのを背中で聞きつつ、少女は逃げようとしていた。
 今、自分が息せき切って走ってきた距離を一っ跳びで超えてきたハクレイは、自分に背中を向けている。
 だとすれば逃げるチャンスは今しかない。急いで踵を返して、もう一度人ごみに紛れればチャンスは…。
 そんな事を考えつつも、若者たちが騒いでいる後ろへ後ずさろうとした少女であったが―――幸運は二度も続かなかった。

「ふぅ〜…こんな感じだったかしらねぇ?何かまだ違和感があるけど――――さて、お嬢ちゃん」
「…ッ!」
 一人呟きながら自分の足を触っていたハクレイはスッと後ろを振り返り、逃げようとしていた少女へ話しかける。
 突然の振り返りと呼びかけに少女は足を止めてしまい、騒いでいた若者達や周囲の人々も彼女を見遣ってしまう。
 相手の動きが止まったのを確認したハクレイは、キッと少女を睨みつけながらも優しい口調で喋りかける。
「お互い、もう終わりにしましょう。貴女だって疲れてるでしょう?私も結構疲れてるし…ね?」
「で、でも…」
 相手からの降伏勧告に少女は首を横に振り、ハクレイはため息をつきながらも彼女の傍まで歩いていく。
 そして少女の傍で足を止めるとそこで片膝をつき、相手と同等の目線になって喋り続ける。
「私は単に、貴女が私から盗んだモノを返してくれればいいの。それだけよ、他には何もしない」
「…他にも?」
「そうよ。貴女がやったことは…まぁ『犯罪』なんだけど、私は貴女を付き出したりしないわ」
 本当よ?そう言ってハクレイは唖然とする少女の前に右手を差し出して見せる。
 周囲にいて話を聞いていた人々の何人かが、何となくこの二人が今どういった状況にいるのか察する事ができた。 

 大方、この女性から財布か何かを盗んだであろう少女を諭して、盗られたモノを取り返そうとしているのだろう。
 王都は比較的治安が良いが、だからといって犯罪が一つも起こらないなんて事は無い。
 大抵は盗賊崩れや生活に困窮している平民、珍しいときは身寄りのいない子供や貴族崩れのメイジまで、
 様々な人間が大小の犯罪に手を染めて、その殆どが街の衛士隊によってしょっぴかれてきた。
 中には目の前にいる少女の様な子供まで衛士隊に連れて行かれる光景を目にした者も、この中には何人かいる。
 残酷だと思われるが、犯罪で手を汚ししてしまった以上はたとえ子供であっても小さい内から大目玉を喰らわせなければいけない。
 痛い目を見ずに注意だけで済ましてしまえば、十年後にはその子供が凶悪な犯罪者になっている可能性もあるのだから。

772ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 20:59:07 ID:WZ82hnBc
 そう親兄弟から教えられてきた人たちは、どこかもどかしい気持ちでハクレイと少女のやりとりを見つめていた。
「なぁ…あの女の人、衛士呼ばないのかねぇ?物盗りなんだろ?」
「物盗りといってもまだまだ幼いじゃないか、ここでちゃんと諭してやれば手を洗うだろうさ」
「甘いなぁお前さん、そんなに甘い性格してる月の出ない夜に財布をスラれちまうぜ!」
「でもいくら犯罪者だとしても、あんな小さい子を衛士に突き出すってのは少し気が引けちゃうよ…」
 少女に詰めよるハクレイを少し離れた位置から眺める人々は、勝手に話し合いを始めていた。
 幾ら犯罪者には厳しくしろと教わられても、流石にあの少女ほどの子供を牢屋に閉じ込めるのはどうかと思う者達もいる。
 そういう考えの者達と犯罪者には鉄槌を、という者達との間で論争が起こるのは必然的とも言えた。
 さて、そんな彼らを余所に少女はハクレイの口から出た、ある一つの単語に首を傾げていた。

「犯…罪?何それ…」 
 まるで他人のお金を取る事を悪い事だとは思っていないその様子に、ハクレイは苦笑いしながら彼女に説明していく。
「う〜ん…何て言うかな、そう…私の財布ごと何処かへ持っていこうとした事が…その犯罪っていう行為なのよ?」
「え?でも…お兄ちゃんが言ってたよ。僕たちが生きるためには金を持ってる奴から取っていかないと――って…」
「お兄ちゃん…。貴女、他にも家族がいるの?」
 思いも寄らぬ兄の存在を知ったハクレイがそう聞いてみると、少女はもう一度コクリと頷く。
 彼女が口にした言葉にハクレイはやれやれと首を横に振り、何ゆえに少女が窃盗を悪と思っていないのか理解する。
 恐らく彼女の兄…とやらは何らかの理由で窃盗を稼業としていだろう。この娘がそれを、普通の事だと認識してしまうくらいに。
 あくまで推測でしかないがもしそうなら自分の財布を返してもらい、見逃したとしても根本的な解決にはならない。
 日を改めた後に、また何処かで盗みを働いてしまうに違いない。そして行く行くは、別の誰かの手によって……

 そこまで想像したところでハクレイはその想像を脳内から振り払い、少女の顔をじっと見つめる。
 自分を見つめるその顔には罪悪感など微塵も浮かんでおらず、まるで磨かれたばかりの真珠のように純粋で綺麗な眼。
 ここで財布を取り返して逃がしたとしても、罪悪感を感じていなければまたどこかで同じ過ちを繰り返してしまうだろう。
 きっとカトレアなら、ここでこの娘とお別れする事はない筈だと…そんな思い抱きながら、ハクレイは少女に話しかける。
「ねぇ貴女、もし良かったら私をお兄さんのいる所へ案内してくれないかしら?」
「え…お兄ちゃんの…私達が『今いる』ところへ?」
 何故か目を丸くして驚く少女に、ハクレイはえぇと頷いて彼女の返事を待った。
 もしここにカトレアがいたのなら、少女が何の罪悪感も無しに罪を犯すきっかけとなった兄を諭していたかもしれない。
 例えそれがエゴだとしても…いつかは破綻する生活から助け出すために、きっと説得をしに行くに違いないだろう。

 半ばカトレアを美化(?)していたハクレイは、ふと少女が丸くなった目で自分を凝視しているのに気が付いた。
 一体どうしたのかと訝しもうとした直前、少女はその体を震わせながらハクレイへと話しかける。
「わ、私達をどうするの?お兄ちゃんと私を、どうしようっていうの…?」
「…?別にどうもしない。ただ、ちょっとだけアナタのお兄さんと話がしたいだけよ」
 急な質問の意図がイマイチ分からぬままハクレイはそう答えると、突き出していた右手をスッと下ろす。
 しかし、それを聞いた少女の表情は次第に強張っていき、一歩二歩…と僅かに後ろへ後ずさり始める。
 それを見たハクレイはやはり警戒されているのかと思いながらも、尚も諦める事無く彼女へ語りかけた。

773ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:01:09 ID:WZ82hnBc
「逃げなくてもいいのよ?本当に、私は『何もしない』わ…ただ、アナタのお兄さんに盗みをやめるよう説得したいだけなの」
「…!」
 何がいけなかったのか、彼女の説得に今度は身を小さく竦ませた少女が大きく後ずさる。
 その様子を見て若干流石のハクレイでも理解し始める。彼女が自分におびえているという事に。
 下がった先にいた一人の野次馬がおっと…!と声を上げて横へどき、急に様子が変わった少女を大人たちが不思議そうな目で見つめる。

 少女を見つめる者たちの何人かがこう思っていた。一体この少女は、何を怯えているのかと。
 彼女の前にいる黒髪の女性は酷く優しく、その様子と喋り方だけでも衛士に突き出す気は端から無いと分かる。
 しかし少女は怯えていた。まるで女性の背後に、幽霊が佇んでいるのに気が付いているかの様に。
 ただの通りすがりであり、少女との接点が無い周りの大人たちは少女が何に怯えているのかまでは知らなかった。
 そして少女に財布を盗られ、ここまで追いかけて来たハクレイも彼女が何故自分を怖れているのかまでは理解できずにいる。
 ―――しかし、ハクレイを含めだ大人゙たちには、決してその怯えの根源が何なのかを知ることは出来ないであろう。
 何故なら、少女が何よりも怖れていたのは…『何もしない』と言い張る大人なのであるから。

 かつて少女は兄に教わった、自分たちの天敵が大人であるという事を。
 自分たちが生きていくうえで最も警戒すべき存在であり、出し抜いていかなければいけない相手なのだと。
―――良いか?大人を信用するなよ。アイツらは意地汚くて狡猾で、俺たちを子供だからっていつも下に見てるんだ!
――――俺とお前だけで生きているのがバレたら、大人たちは必ず俺たちを離れ離れにしようとするに違いない。
―――――特に、俺たちが孤児だと勘づいて親切にしてくる大人には絶対気を許すな!
――――――そういう奴こそ「大丈夫、『何もしない』よ」と言いながら、俺とお前を適当な孤児院にぶちこもうとするんだ!

――――もしそういう大人に出会ったら、お前も腰にさした『ソレ』を引き抜いて戦うんだ!
―――――俺たちは決して弱者なんかじゃない!舐めるなよっ!…という意思を込めて、呪文を唱えろ!
 
 脳裏によぎる兄から聞かされたその言葉が少女に恐怖を芽生えさせ、右手が懐へと伸びていく。
 そうだね大人は敵なんだ。こうやって優しい言葉で自分たちを騙して、離れ離れにさせようとする。
 決めつけとも、大人を知らぬ子供のエゴとも取れるその考えに支配された彼女には、これから起こす事を自分では止められない。
 ただ、守りたいがゆえに…この一年間兄に守られ共に暮らしてきた少女にとって、唯一の家族であり頼れる存在でもあった。
 それを何の気なしに奪おうとする大人たちとは戦わなければいけない。例えそれが、見た事ない力を使う女の人であっても。
 
「ちょっと、どうしたのよ?そんなに怯えた顔して…」
 そんな少女の決意がイマイチ分からぬまま、ハクレイは怪訝な表情を浮かべて少女に話しかける。
 少女の背後にいる群衆も互いの顔を見合わせながら、少女が何をしようとしているのか気になってはいた。
 そして…この場に居る大人たちが彼女が何をしようととしているのか分からぬまま、少女はついに動き出す。
 大事な家族を守る為、これからも続けていきたい二人の生活を明日へ繋ぐためにも、彼女は一本の『ソレ』を懐から取り出し、天に掲げる。
 『ソレ』はこのハルケギニアにおいて最も目にするであろう道具であり、今日までの世界を築き上げてきた力の象徴。
 同時に、平民たちにとっては最強の力であり、畏怖するべき貴族たちが命よりも大事と豪語する―――…一振りの杖である。

 後ろにいた観衆に混ざり込んだ誰かが、少女が天に掲げた杖を見た小さな悲鳴を上げる。
 誰かが「あのガキ、メイジだ!」と怒鳴ると、少女を囲んでいた平民たちは慌てて距離を取り始めた。

774ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:03:08 ID:WZ82hnBc
 正に「美しい花には棘がある」という諺そのものだ、あんな小さな子がメイジだったとは誰もが思っていなかったのだろう。
 例えどんなに小さくとも、杖を持っていて魔法を唱えられるのなら大の大人であっても簡単にねじ伏せてしまう。
 魔法の恐ろしさを十分に知っている彼らだからこそ、杖を見たとたんに後ろへ下がれたのだろう。

 一方で、少女から最も近いところにいるハクレイは周囲の反応と杖を見てすぐに少女がメイジなのだと理解していた。
 まさかこんなに小さくてかわいい子がカトレアと同じメイジだったのだと思いもしなかったのである。
 そして新たな疑問も沸き起こる。何故彼女は魔法が使えるというのに、こんな犯罪に身をやつしているのか?
 アストン伯やカトレア、そして彼女の取り巻き達の様な貴族たちとの付き合いしか無かったハクレイはまだ知らないのである。
 世の中には、マントを奪われあまつさえ家と領土すら奪われだ元゙貴族達も相当数がいる事に。
 
 少女は自分を見て硬直している相手と平民たちを交互に凝視つつ、もう数歩後ろへと下がっていく。
 逃げる気天!?そう思ってかハクレイは、慌てて少女の足を止めようと立ち上がろうとした。
「……ッ!アナタ…ッー――!」
「来ないで、私に近づいちゃダメ!」
 立ち上がった瞬間を狙ってか、少女はこちらに向けて手を伸ばそうとするハクレイへ杖の先端を向けた。
 幼年向けであろう、普通のよりもやや短い杖の鋭そうな先が彼女の額へ向いている。
 ここから魔法が飛んでくるのを想像して怯えているのか、はたまた相手を刺激せぬようにしているのか、
 ハクレイはその場でピタリと足を止めつつ、されど視線はしっかりと少女の方へと向いていた。

 彼女にはワケが分からなかった。少女が杖を隠し持っていたメイジであった事と、このような事に手を潜めている事。
 そして、何故急に怯え出した彼女に杖を向けられているのかも…ハクレイには分からなかった。
 だがそれで少女を説得する事を彼女は諦めてはおらず、むしろ何が何でも止めなければと改めて決意する。
 周囲の平民たちと同じように、ハクレイもまた魔法が日常生活や攻撃としても十分使えるという事は知っていた。
 だからこそ、少女が下手に魔法を使わぬよう穏便に説得しようとしのである。
「ちょっと待ってよ?どうしたのよ一体…」
「だ、だから近づかないでって言ってるでしょ!?」
 しかし、少女の内情を知らない彼女の説得など初めから効くはずもなかった。
 より一層冷静になるよう心掛けてにじり寄ろうとしたハクレイに気づいて、少女はそう言いながら杖を振り上げる。
 
 周りにいた平民たちは皆一様に悲鳴を上げて、更に後ろへと下がっていく。
 メイジが杖を振り上げる事は即ち、これから魔法を放ちますよと声高々に宣言するのと同じ行為である。
 何人かの平民がまだ少女の傍にいるハクレイへ「何してる逃げろ!」や「杖を取り上げろ!」と叫ぶ。
 今のハクレイには、逃げる暇や杖を取り上げる時間も無い。あるのはただ放とうとされる魔法を受け入れるしかない現実だ。
 だが…タダで喰らう彼女でもなく、すぐさま体を身構えさせて少しでも目の前で発動される呪文を防ごうとした。
 それと同時に、少女は杖を振り下ろした。口から放ったたった一言の呪文と共に。

「イル・ウインデ!」
「え?…うわぁッ!」
 口から出た短いスペルと共に、ハクレイの足元で突如小さな竜巻が発生したのである。
 唱えた魔法は『ストーム』という風系統の魔法。文字通り指定した場所に竜巻を発生させるだけの呪文だ。
 詠唱したメイジの力量と精神力によって威力に差は出てくる。そして少女に力量は無かったが、精神力だけは豊富にある。
 その為、彼女が発生させた竜巻は大の大人一人ぐらいなら簡単に飲み込み、吹っ飛ばす程の力は有していた。

775ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:05:10 ID:WZ82hnBc
 まさか足元から来るとは予測していなかったハクレイは呆気なく竜巻に巻き込まれてしまう。
 何の抵抗も出来ずに透明な竜巻の中で回るしかない彼女は、さながらルーレットの上を走るボールの様だ。
「わ・わ・わ・わわわ…ワァーッ!」
 グルグルと竜巻の中をひとしきり回った彼女は、勢いよく竜巻の外へと吹き飛ばされる。 
 地上で見守っていた人々とほぼ同時に悲鳴を上げたハクレイが飛んでいく先には、広場に面した共同住宅があった。
 丁度窓越しに食事や酒、読書を嗜んでいた人々がこっちへ向かってくる彼女に気が付き、慌てて窓から離れていく。
 後数秒もあれば、吹き飛ばされたハクレイは哀れにも勢いよく共同住宅の壁に叩きつけられてしまうだろう。
 
(不味いわね…!流石にこれは―――でも、今ならイケるかも?)
 ここまでされてから初めて危機感を抱いたハクレイはしかし、たった一つの解決策を持っていた。
 このまま勢いよく今日住宅に突っ込んでも、決してダメージを受けずにいられる方法を。
 激突まで後二メイルで時間にすればほんの僅かだが、それだけあれば充分であった。
 既に手足の方へと霊力は行きわたっている。ただ一つ気にすることは、背中からぶつからないように気を付ける。
(全ては神のみぞ知る…ってヤツかしら!)
 心の中でうまい事成功しなければという決意を抱いて、真正面から共同住宅へと突っ込み…―――そして。

「おっ!―――よっと!」
 瞬時に青白く発光した手足でもって、共同住宅の壁へと『貼り付いた』のである。
 てっきりぶつかるかと思っていた群衆は彼女が見せてくれた大道芸じみたワザに、驚愕の声を上げた。
 その声に思わず顔を背けていた人々に、共同住宅の住人達も窓越しに壁へ貼り付くハクレイの姿を見て驚いている。
 暫しの間広場で彼女を見つめている人々はざわめいていたが、何故かその外野から幾つもの拍手が聞こえてきた。
 恐らく何かの催しだと勘違いした通りすがりの者なのだろうが、最初から最後まで見ていた者達には酷く場違いな拍手に聞こえてしまう。
 そしてハクレイ自身は何で拍手が聞こえてくるのか分からず、そしてこうも『上手く行った』事に内心ホッと安堵していた。

「いやぁ〜…できるって気はしてたけど、まさか本当にできるとは思ってもみなかったわ」
 右手と両足を霊力で壁に張り付けたまま、左腕の袖で顔の冷や汗を拭う彼女の胸は興奮で高鳴っていた。
 実際、彼女がこのワザに『気が付いた』のは先ほどここまで跳んでくる前に聞こえたあの謎の声のお蔭である。
 あの女性の声は言っていたのだ、自分の霊力なら、地面を蹴り飛ばしてジャンプしたり壁に貼り付くなど造作ないと。
 だからあの時、目を覚ましてすぐにジャンプできたりこうして壁に貼り付いて激突を回避したのである。
 最初こそ一体何なのかと訝しんでいたが、今となってはあの声の主に感謝したいくらいであった。
 もしもあのアドバイスがなければ、今頃この三階建ての建物に叩きつけられていたに違いない。

「とはいえ…流石にあの勢いだと。イテテテ…手がヒリヒリするわね」
 そう言ってハクレイは、赤くなっている左の掌を見つめながら一人呟く。
 実際のところ成功する確率は五分五分であり、彼女自身失敗するかもという思いは抱いていた。
 まぁ結局のところ上手くいったのだが勢いだけは殺しきる事ができず、結果的に両手がヒリヒリと痛む事となったが。
 彼女は気休め程度にと左の掌にフゥフゥと息を吹きかけようと思った時、後ろから自分を吹き飛ばした張本人の叫び声が聞こえてきた。
「ど、どいてぇ!どいてよー!」
 恐怖と悲痛さが入り混じったその叫びと共に、群衆の動揺が伺えるどよめきも耳に入ってくる。
 何かと思いそちらの方へ視線を向けてみると、あの少女が手に持った杖を振りかざしながら人ごみの中へと消えようとしていた。
 右手には杖、そして左手には自分から盗んでいったカトレアからのお金が入ったサイドパック。
 恐らく魔法による攻撃が失敗に終わったから、せめて必死に逃げようとしているのだろうか。

776ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:07:08 ID:WZ82hnBc
「まずいわね…何とかして止めないと」
 このまま放っておけばカトレアから貰ったお金を全て無くしてしまううえに、あの少女を説得する事もできない。
 何としてもあの少女を止めて、もう二度とこんな事をしないようにしてやらなければ、いつかは捕まってしまうだろう。
 その時には彼女のいう兄も…だから今ここで捕まえて、何とかしてあげなければいけない。
 何をどうしてあげればいいのか、どう説得すれば良いのか分からないが放置するなんて事はできない。 
 改めて決意したハクレイは群衆をかき分けて逃げる少女を確認した後、自分の右隣にある建物へと視線を移す。
 恐らくここと同じ共同であろう四階建てのそこからも、窓越しに自分を見つめる人々がチラホラと見えている。
 マントを着けている事から貴族なのだろうが、皆いかにも人生これからという若者たちばかりだ。

「あそこまでなら、届くかしらね?」
 そう呟いてた後、彼女は両足と右手の霊力にほんの少しアクセントを加え始める。
 今この建物の壁に貼り付いている霊力を変異させて、正反対の『弾く』エネルギーへと変換していく。
 それも『今の』彼女にとって初めての試みであり、そして何故かいとも簡単に行えることができる
 何故そんな事がでるきのかは彼女にも分からないし、生憎ながら考える暇すら今は無い。
 今できる事はただ一つ。自分が忘れていた自分の力を使って、あの娘を止める事だと。
 
(距離はここから二、三メイル…まぁいけるかしら)
 目測で大体の距離を測りつつ、彼女は両足と右手へと霊力をより一層込めていく。
 少なすぎても駄目だし、多すぎれば最悪向こうの建物の壁にぶち当たるかもれしない。
 必要な分の霊力だけをストックして、一気に解放させなければあの建物の壁に貼り付く事など不可能なのである。
 向こうの共同住宅に済む若い貴族たちが窓越しに自分を見つめて指さし、何事かを話し合っているのが見えた。
 一体何を話しているのかは知らないが、間違いなく自分に関して話しているという事は分かっていた。
「とりあえず、窓から顔を出さなければそれに越した事はないけど…」
 跳び移るのは良いが、最悪窓を割るかもしれないが故にハクレイは内心でかなり緊張している。
 
 時間にすればほんの十秒足らず。その間に手足へ一定の霊力を込められたハクレイは、いよいよ準備に移った。
 壁に貼り付けている右手をグッと押し付け、青白い霊力を掌へと流し込んでいくさせていく。
 両足も同様に、際どい姿勢で張り付けているブーツ越しの足裏へ掌と同じように霊力を集中させる。
 これで準備は整った。後は彼女の意思次第で、壁に『貼り付く』力は『弾く』力へと変化する。
 目測も済ませ、覚悟も決めた。後残っているのは、成功できるかどうかの力量があるかどうか、だ。

 短い深呼吸をした後、ほんの一瞬脱力させた彼女はグッと手足に力を込めて、跳んだ。
 それは外野から人々の目から見れば、空中で横っ飛びをしてみせたも同然の危険な行為であった。
 群衆はまたもや驚愕の叫び声を一斉に上げ、彼女が飛び移る先にある建物の住人達は急いで窓から離れ始める。
 何せ隣の建物に張り付いていた正体不明の女がこちらへ跳んでくるのだ、誰だって逃げ出すに違いないであろう。
 まさか、窓を破って侵入してくるのでは?そんな恐怖を抱いた人々とは裏腹に、ハクレイの試みは思いの外上手くいったのである。
「ふ…よっ…―――――――ットォ!!」
 まるで壁に『弾かれた』かの様に横っ飛びをしてみせた彼女は、無事に下級貴族たちの住むワンランク上の共同住宅の壁へと見事貼り付く。
 てっきり今度こそぶつかるかと思っていた地上の人々は、壁に貼り付いた彼女の姿を見て再び驚きの声を上げた。

777ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:09:17 ID:WZ82hnBc
 その声に窓から離れていた住人の下級貴族達も何だ何だと窓へ近づき、そして驚く。
 何せ隣の建物から跳んできた女が壁に手と足だけで貼り付いているのだから、驚くなという方が無理である。
 途端若い貴族たちは争うようにして窓から身をのり出し、その内の何人かがハクレイへと声を掛けた。
「おいおいおい!こいつは驚いたな、まさか珍しい黒髪の女性がこの辛気臭い共同住宅に貼り付くだなんて!」
「そこの麗しいお姉さん。良かったらこのまま僕の部屋に入ってきて、質素なディナーでもどうですか?」
 得体が知れないとはいえ、そこは美女に飢えた青春真っ盛りの下級貴族たち。
 見たことも聞いたことも無い方法で壁に貼り付くハクレイに向かってあろうことか、必死にアプローチを仕掛けてきた。
 そんな彼らに思わずどう対応してよいか分からず、困った表情を浮かべつつ彼女は通りの方へと視線を向ける。

 少女は既に人ごみの中に入ってしまったものの、目印と言わんばかりに人ごみが大きく動くのが見えた。
 それは遠くから見つめるハクレイへ知らせるように移動し、この広場から離れようとしている。
「あそこか。でも流石にここからだと届かないし、ようし…!」
 少女の大体の一を確認した彼女は一人呟いてから、今自分が貼り付いている共同住宅を見上げた。
 四階建てのソレには屋上が設けられているらしく、手すり越しに自分を見下ろす下級貴族たちが数人見える。
 恐らく夕涼みに屋上へ足を運んでいたのだろう、何人かはその手に飲みかけのワイン入りグラスを握っていた。
 今彼女がいる場所からは丁度三メイル程であろうか、゙少し頑張れ゙ばすぐにたどり着ける距離である。
 
「んぅ〜…ほっ!よっ!」
 もう一度手足に力を込めたハクレイは、霊力を纏わせたままのソレで器用に共同住宅の壁を登り始めた。
 まるでヤモリのようにスイスイと壁に手足を貼り付かせて登る女性の姿と言うのは、何とも奇妙な姿である。
 窓や屋上からそれを見ていた下級貴族達や広場で見守っている平民たちも、皆おぉ!とざわめいた。
 一体全体、何をどうしたらあんな風に壁を登れるのか分からず多くの者たちが首を傾げている。
 その一方で、下級とはいえ魔法に詳しい下級貴族たちの驚きはかなりのもので、部屋にいた者たちの殆どが顔を出し始めていた。
「おいおい!見ろよアレ?」
「スゲェ、まるでヤモリみてぇにスイスイと登っていきやがる…」
 それ程勉強ができたというワケでも無かった者達でも、あんなワザは魔法ではない事を知っている。
 じゃああれは何なのだと言われてそれに答えられる者はおらず、彼女が壁を登っていく様は黙って見るほかなかった。
 
「は…っと!…ふぅ、大分慣れてきたわね」
「わっ、ホントに来ちゃったよこの人!」
 時間にすればほんの十秒程度であっただろうか、ハクレイは無事屋上へ辿り着く。
 やはり夕涼みに来ていたらしく、ほんの少しのつまみ安いワインで宴を楽しんでいた若い貴族達は皆彼女に驚いている。
 無理もないだろう。女が手と足だけで壁に貼り付いて登ってやってきたのならば、誰だって驚くに違いない。
 そんな事を思いながら驚く貴族たちを余所に屋上へ足を着けたハクレイは、意外な程この『力』を使える事に内心驚いていた。
 最初にエア・ストームで吹き飛ばされ、貼りついた時と比べれば彼女は格段に『慣れ』始めている。
 まるで水を得た魚のように物凄い勢いで『忘れていたであろう』知識を取り戻し、活用していた。

(まぁ今は便利っちゃあ便利だけど…うぅん、今はこの事を考えるのは後回しよ)
 そこまで思ったところで首を横に振り、彼女は屋上から周囲の光景を見下ろしてみる。
 既に陽が落ちようとしている時間帯の王都の通りは人でごったがえし、繁華街としての顔を見せかけている最中だ。
 眼下の喧騒が彼女の耳にこれでもかと入り込んでくる中、ハクレイは必死に逃げる少女の姿を捉える。

778ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:11:08 ID:WZ82hnBc
 屋上からの距離はおおよそ五〜六メイルぐらいだろうか、屋上から見下ろす通りの人々か若干小さく見えてしまう。
 ここから先ほどのように壁に貼り付きながら降りることも可能だろうが、その間に逃げられてしまう可能性がある。
 最悪壁に貼り付いている所を狙われて魔法を叩きつけられたら、それこそ良い的だ。
 一気に少女の近くまで飛び降りてみるのも手だが上手くいく保証は無く、そんな事をすれば他の人たちにも迷惑を被ってしまう。
 彼女の理想としてはこのまま一気にあの娘の傍に近づいて杖を取り上げてから捕まえたいのだが、現実はそう上手く行かない。
 次の一手はどう打てばいいのか悩むハクレイを余所に、少女は彼女が屋上にいる事に気付かず必死に通りを走っている。
 今はまだ視認できものの、進行方向にある曲がり角や路地裏に入られてしまうとまたもや見失ってしまうだろう。

「さてと…とりあえずどうしたらいいのかしらねぇ?」
 策は思いつかず、時間も無い。そんな二つの問題を突き付けられたハクレイは頭を悩ませる。
 屋上の先客である下級貴族たちは何となくワインやつまみを口にしながらも、そんな彼女を困惑気味な表情で眺めていた。
 彼らの中に突然壁を登ってきた彼女に対して、無礼者!とか何奴!と言える度胸を持っている者はおらず、
 床に敷いていたシートに腰を下ろしたまま、持ち寄ってきていた料理や酒をただただ黙って嗜む他なかった。
 まぁ暇を持て余している身なので、これは丁度良い余興だと余裕を見せる者も何人かはいたのだが。

 さて、そんな彼らを余所に次にどう動くべきか考えていたハクレイであったが、そんな彼女の目に『あるモノ』が写った。
 その『あるモノ』とは、今彼女がいる屋上の向こう側に建てられている二階建ての建物である。
 少し離れた場所からでも立てられてからかなりの年月が経っていると一目で分かるそこは居酒屋らしい。
 彼女には読めなかったものの、『蛙の隠れ家亭』と書かれた大きな看板が入口の上に掲げられている。
 どうやらまだオープンしてないらしく、ドアの前では常連らしい何人かの平民たちが入口の前で屯っていた。
 そしてハクレイが目に付けたのは、その居酒屋であった。
 
「あそこなら、うん…さっきのを応用してみればうまい事通りへ降りられるかも?」
 一人呟きながらハクレイは手すりへと身を寄せると、スッと何の躊躇いもなく手すりの向こう側へと飛び越えていく。
 彼女を肴に仕方なく酒を飲んでいた者たちの何人かは突然の行動に驚き、思わず咽てしまう者も出る。
 手すりの向こう側は安全を考慮して人一人が立てるスペースは作ってあるが、それでも足場としては心もとない。
 彼女が何を決心して向こう側へ行ったかは全く以て知らなかったが、かといって放置するほど冷たい者はいなかった。

「おいおい、何をしてるんだ君は?危ないぞ!」
「え…?え?それ私に言ってるの?」
「君しかいないだろ!?いまこの場で危険な場所に突っ立っているのは」
 見かねた一人がシートから腰を上げると、後ろ手で手すりを掴んでいるハクレイに声を掛ける。
 大方飛び降り自殺でもするのかと思われたのだろうか、慌てて自分の方へ顔を向けたハクレイに若い貴族は彼女を指さしながら言う。
 思わぬところで心配を掛けられたハクレイは慌てながら「だ、大丈夫よ大丈夫!」と首を横に振りながら平気だという事をアピールする。

「別にここから飛び降りるってワケじゃないから、本当よ?」
「…?じゃあ何でそんな所に立ってるんだ、他にする事でもあるっていうのかね?」
 その言動からとても自殺するとは思えぬ彼女に、若い貴族は肩を竦めつつも質問をしてみる。
 彼女としてはその質問に答えるヒマはあまり無かったものの、答えなければ止められてしまうかもしれない。
 そんな不安が脳裏を過った為、ハクレイは両足に霊力を貯めながらも貴族の質問に答える事にした。

779ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:13:11 ID:WZ82hnBc
「まぁ何といえば良いか。『飛び降りる』ってワケではないのよ。ただ…―――」
「ただ?」
「―――――『跳ぶ』だけよ」
 首を傾げる貴族に一言述べた後に、彼女は右足で勢いよく屋上の縁を蹴り飛ばした。
 彼女が足に穿いている立派なロングブーツが勢いよく縁を蹴りあげ、纏わせていた霊力が爆発的なキック力を生む。
 その二つの動作を同時にこなす事によって、彼女の体は驚異的なジャンプ力によって屋上から飛び上がったのである。
 彼女の傍にいた若い下級貴族は突然の衝撃と共に飛び上がったかのように見えるハクレイを見て、思わず腰を抜かしてしまいそうになった。
 他の貴族たちもこれには腰を上げると仲間に続くようにして驚き、屋上からジャンプしていった彼女の後姿を呆然と見つめている。
「な、な、な…なななんだアレ?なぁ、おい…」
「お…俺が知るかよ!あんなの系統魔法でも見たことが無いぞ…!」
 後ろの方で様子を見ていた二人の貴族がそんなやり取りをしている中、その場にいた何人かがハクレイの後姿を追いかける。
 ここから約二メイル程ジャンプしていった彼女は、微かな弧を描いて向こう側の居酒屋の方へと落ちていく。
 誰かがハクレイを指さしながら「あのままじゃあ看板にぶつかるぞ!」と叫び、それにつられてハッとした表情を浮かべてしまう。
 しかし幸運にも、彼の予想はものの見事に外れる事となった。

 屋上からジャンプしたハクレイは青白く光るブーツを、人で満ち溢れた通りに向けて飛び越えていく。
 地上にいる人々は気づいていないのか、何も知らずに通りを行き交う人々の姿というものは中々にシュールな光景だ。
  そして、思っていた以上に即行だった行動が上手くいった事に内心驚きつつも、着地の準備を整えようとしていた。
 次に目指すはあの共同住宅と向かい合っていた居酒屋―――の入口の上に掲げられた看板。
 入り口からでも見上げられるように少し地上に向けて傾けられているソレ目がけて、彼女は落ちていく。
 角度、霊力、スピード…共に良好。…だが何より一番大切なのは、勢いよく顔から激突しないよう気を付けることだ。
 しかし、それは今の彼女にとっては単なる杞憂にしかならなかった。

「よ…ッ!…っと!わわ…ッ」
 丁度看板と建物の間に出来たスペースへ綺麗に降り立った彼女は、着地と同時に驚いた声を上げる。
 原因は今彼女が着地したばしょ、傾けて設置されている看板がほんの少し揺れたからであった。
 流石に人一人分の体重までは支えきれないのか、看板と建物を繋ぐロープがギシギシとイヤな音を立てる。
 ついでその音が入り口付近で開店を待つ客たちにも聞こえたのか、下の方からざわめきも聞こえてきた。
「流石に長居はできないか…っと!」
 このままだと看板を落としかねないと判断したハクレイは独り言を呟き、急ぎこの上から離れる事を決める。
 しかし、その前に確認する事があった彼女は何かを探るように周囲を見回すと、追いかけている少女の姿をすぐに見つけた。
 
 それは前方、それまでの通りと比べてかなり人通りが少ないそこを必死で走る彼女の後姿。
 どうやら杖はしまっているらしく、何か小さなモノを大事にそうに抱きかかえて走っているのが見える。
 ――――…追いついた!彼女の魔法攻撃で大分距離を離されていた彼女は、ようやくここまで近づけることが出来た。
 まだ少女の方は気が付いておらず、もう大丈夫だろうと思ってやや走る速度も心なしか落ちているように見える。
 距離は大体にして約十一、二メイルといったところだろうか、ここから先ほどのように跳んだ後にダッシュすれば良い。
 幸い人の通りはまばらであり、着地地点が良ければ誰も怪我させずに跳ぶことだって可能だ。

780ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:15:09 ID:WZ82hnBc
 そうなれば善は急げ、再び足に霊力を溜めようとしたハクレイであったが…―――そこへ思わぬ妨害が入った。
 妨害は地上で何事かと訝しんでいた客でも、ましてや先ほどまで彼女がいた共同住宅の屋上からではない。
 今の彼女が立っている場所、ちょうど建物の二階にある窓を開けた中年男からの怒声であった。
「あぁオイコラァッ!てめぇ、ウチん店の看板を踏んでなにしてやがる!」
「…え!?…わ、わわッ!」
 突然背後から浴びせられた怒鳴り声にハクレイは身を竦ませると同時にその場で倒れそうになってしまう。
 元から人が立つには不自由な場所だった故なのだが、それでも辛うじて転倒することだけは阻止できた。
 倒れそうになった直前で、辛うじて掴めたロープを頼りに立ち上がると慌てて後ろを振り返る。
 そこには案の定、店の人間であろう男が開けた窓から上半身を乗り出しながら自分を睨み付けていた。

「テメェ!そこはウチの看板だぞ!さっさとそこから降りやがれ、潰れちまうだろうが!?」
「い、いや…ごめんなさい。でも、すぐにどくつもりで…あ!」
 上半身と一緒に出している左腕をブンブンと空中で振り回しながら怒鳴る男の形相には鬼気迫るモノがあった。
 怒りっぷりからして恐らくは店長なのだろう、そう察してすぐに謝ろうとしたハクレイはハッとした表情を浮かべる。
 そしてまたもや慌てながらもう一度振り返ると、通りを歩いていた人々が後ろからの怒声に何だ何だと視線を向けていた。
 酒場へ行くであろう平民の労働者や若い下級貴族に、いかにも水商売をやっていますといいたげな恰好をした女たち。
 そして案の定『あの娘』も振り返ってこちらを見つめていた、金貨入りのサイドパックを大事に抱えたあの少女が。

 自分の魔法で蹴散らしたと思っていた女の人がすぐ近くにまで来ている事に気づき、目を見開いて凝視している。
 気のせいだろうか、ハクレイの目にはその瞳にある種の感情が宿っているように見えた。
 距離がありすぎてそれが何なのかは分からなかったが、少なくとも好意的な感情ではないだろう。
 そう思ってしまう程、少女の見開いた瞳が自分に向けて刺々しい視線を向けていた。 

 少女とハクレイ。暫しの間互いの瞳を数秒ほど見つめ合った後、先に体が動いたのは少女の方であった。
「―――…ッ!」 
 口を開けて何かを叫んだ少女は急いで踵を返し、全力で走り出したのである。
 近くにいた通行人の何人かが突然走り出した少女へと思わず視線を向けてしまうが、止めようとはしなかった。
「あ……――ま、待って…待ちなさいッ!」
 少女が走り出した事で同じく我に返ったハクレイは、左足で勢いよく看板を蹴り付ける。
 貯めてはいたものの、練りきれなかった霊力が彼女の足にジャンプ力と破壊力を与えてしまう。
 結果、薄い材木で造られた看板は彼女の刺々しい霊力に耐えきれる筈もなく…窓から身を乗り出していた店主の目の前で、惨事は起こった。

「お、オレが五年間溜めたお金でデザインしてもらった店の看板がぁああぁぁああああぁぁ!!」 
 程々に厚い木の板が割れるド派手で乾いた音が周囲に響き渡ると同時に、男の悲痛な叫び声が混じった。
 呆気なく砕け散った五年分の売り上げが注がれた看板゙だっだ木片は、バラバラと地上へと落ちていく。
 何が起こったのかイマイチ分からない入口の客たちももこれには流石に慌てて店の周りから一斉に逃げ出してしまう。
 周りにいた通行人たちは派手に割れた看板へと注目してしまうが、それを踏み台にしたハクレイにはより多くの視線が注がれていた。
 その場にいた大半の者たちは皆頭上を仰ぎ見ていた、地上よりほんの少し上まで上がってしまったのである。

781ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:17:08 ID:WZ82hnBc
「うわ…ヤバ!跳びすぎちゃったかしら?」
 そう、あの看板を思わず踏み砕いてしまうほどの力で跳んだ彼女は、看板の上から五メイル程まで跳んでしまっていた。
 逃げる少女を見て、咄嗟に霊力を調節せずに跳んでしまった事がこうなってしまった原因かもしれいな。
 でなければやや垂直ながらもここまで高くは跳べなかっただろうし、蹴り付ける際に看板まで壊してしまう事はなかっただろうから。
 咄嗟にやってしまった事とはいえ、人が大切にしていたモノを壊してしまった事に彼女は妙な罪悪感を抱いてしまう。
「流石にあれは弁償しないとダメよね?…とにかく、この状態から早くあの娘を捕まえないと」
 しかし、だからといって今はそれに浸り続ける事は許されず、彼女は急いで通りの方へと視線を向ける。

 幸い必死に走る少女の姿はすぐに確認する事が出来、先程よりも更に人通りが少なくなった通りを全力疾走していた。
 後方では足を止めて自分を見上げている人が多かったが、少女がいる場所は何が起こったのかまだ知らないのだろう。
 それと同時に、十メイル以上まで跳んだハクレイの体はそこから三メイル程上がった所で一旦止まり、そこから一気に地上へと落ち始める。
 すぐさま視線を地上へと向ける。幸いにも自分の事を上空で見守ってくれていた人々は彼女が落ちてくると瞬時に察してくれたのだろう。
 丁度自分が落ちるであろう場所にいた人々が急いでそこからどく事で空きスペースという名の着地地点ができる。
 
 人々がそこから下がってすぐに、十メイル以上もジャンプしたハクレイは地上へと戻ってこれた。
 ブーツに纏っていたやや過剰気味な霊力のおかげで怪我をすることも無く、硬いブーツと地面がぶつかりあう音が周囲に響き渡る。
 それでも完全に相殺する事はできなかったのか、ブーツを通して彼女の足に痺れるような痛覚がブワ…ッと足の指から伝わってくる。
「……ッ痛ゥ!流石に十メイルは無理があったかしらぁ…?」
 痛む右足へと一瞬だけ視線を向けた後、すぐさま少女を捕まえる為の準備を始めた。
 先ほど看板を蹴った時の様な間違いは許されない、下手をすればあの少女を傷つけかねないからだ。

 慎重かつできるだけ素早く霊力を練っていくハクレイは、先ほど上空からみた光景を思い出す。
 少女との距離は十メイル以上は無く、周りにも巻き添えになってしまうような人はあまりいなかった。
 それならばここから直接跳んで、上から抱きかかえるようにして捕まえる事も可能かもしれない。
 捕まえた後は自分が怪我をしても良いので何とか受け身を取って、まずは財布を取り返す。
 その後はまだ曖昧であったものの、ひとまずはこんな事を二度としないように説得しようと考えていた。
 誰かに大人のエゴだとしても、例えメイジであったとしてもニナと同い年の子供が犯罪に手を染めてはいけないのだから。

(待ってなさい、今すぐそっちへ行くわよ)
 心の中で呟き、改めて捕まえて見せると決意した彼女は霊力の調節を終えた右足で地面を勢いよく蹴る。
 それと同時に彼女の体は宙へ浮いたかと思うと、そのまま一気に少女がいるであろう方向へ跳びかかった。 
 得体の知れぬ自分を助けてくれたカトレアの意思を尊重し、そして彼女が渡してくれたお金を取り戻すために。
 

 しかし、この時彼女は『ミス』をしていた。至極単純で、確認すべき大事な事を忘れていたのである。
 それさえやっていれば恐らくあんな事故は起こらなかったであろうし、少女を捕まえて無事お金も取り戻せていたに違いない。
 この時は早く捕まえなければという焦燥を抱いてしまったが故に、慌てて跳びかかってしまったのである。
 だが…正直に言えば、誰であろうとまさかこんな事故が起こる等と思っても見なかったであろう。
 
 何せ、偶然にも少女は自分と同じように財布を盗って追われていた兄と遭遇し、
 ついでその兄も、服装こそまともだが空を飛んで追ってくるという霊夢の姿を目にしたうえで、
 その霊夢が杖の様な棒で兄の頭を叩こうとしたが故に、押し倒すようにして二人揃ってその場で倒れた瞬間…。
 丁度跳びかかってきたハクレイと霊夢が仲良く空中衝突したのだから。

782ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:19:17 ID:WZ82hnBc
 霊夢も霊夢で兄を追いかけるのに夢中になって反応が遅れてしまったことで、事故は起こってしまったのである。
 結果的に、仲良くぶつかった二人はそれぞれ明後日の方角へと墜落してしまう羽目となった。
 無論双方共にかなりのスピードでぶつかったのだ、当然の様に気を失って、互いに追っていた者達を見失ってしまう。
 
 運勢は正に神の気まぐれとしか言いようの無い程の変則ぶりを見せてくれる。
 幸運続きかと思えば突然不幸のどん底に落ちたり、不幸の連続から急な幸運に恵まれる事もあるのだ。
 そして今回、この追いかけっこで勝利を制したのは小さな小さな兄妹。
 彼らは無事(?)に、自分たちを追いかけてくる鬼を撒いて暫くは幸せに暮らせるだけのお金を手に入れたのだから。




 ざぁ…ざぁ…!ざぁ…ざぁ…!という木々のざわめく音が頭の中で木霊する。
 まるで大自然から起きろとがなり立てられている様な気がした霊夢は、嫌々ながらに目を覚ました。
 渋々といった感じに瞼を上げて、妙な違和感が残る目を袖でゴシゴシとこすった後、ほんの少しの間ボーっと寝転がり続ける。
 それから十秒、二十秒と経つうちに自分が今どこで寝転がっているのか気づき、ムクリと上半身を起こして一言…

「――――――…ん、んぅ…?何処よ、ここ?」

 頭の中で想像していたものとはまったく違っていた辺りの風景に、彼女は目を丸くして呟く。
 予期しきれなかった思わぬ衝突で気を失った彼女が目を覚ました場所は、何故か闇に覆われた針葉樹の中であった。
 流石の霊夢も目を覚ませば王都で倒れていただろうと思っていただけに、思わぬ展開に面喰っている。
 それでも博麗の巫女としての性だろうか、何とか冷静さを取り戻そうとひとまず周囲の様子を確認しようとしていた。
「えーと、確か私は何故か街にいた巫女モドキと空中でぶつかって…それで気絶、したのよね?」
 気絶する直前の事を口に出して確認しながらも、彼女は周囲を見回してここがどこなのか知ろうとする。

 やや高低差のきつい地形と、そこを埋めるようにしてそびえたつ細身の巨人の様な樹齢に何百年も経つであろう樹木たち。
 辺りが暗すぎる為にここが何処かだか詳しく分からなかったが、これまでの経験から少なくとも山中であろう事は理解できる。
 それに闇夜の中でも薄らと分かる地形からして、少なくとも人の手がそれ程入ってないであろう事は何となく分かった。
「まさか、ぶつかったショックで意識を無くしたまま飛んでって山奥まで…って事はないわよね?」
 そうだとしたら自分が夢遊病だというレベルを疑う程の事を呟きながら、彼女はゆっくりと立ち上がる。
 遥か頭上の闇夜で揺れる針葉たちの擦れる音は、不思議と耳にする者の心に妙なざわめきを生んでしまうものだ。
 風で絶え間なく揺れ続け、喧しい音を立てる葉っぱは人をじわりじわりと追い詰めていく。
 止むことを知らないざわめきはいつしか、それを聞く者に対しているはずの無い存在を想起させる一因と化す。

 今こうして木々がざわめいているのは、天狗や狐狸の悪戯だと考えてしまい冷静な判断ができなくなってしまうのである。
 実際には単なる風で揺れているのだとしても、焦燥と見えない恐怖でそうとしか考えられなくなってしまう。
(まぁ外の世界ならともかく、幻想郷だと本当に狐狸や天狗の悪戯だったりするけど…)
 彼女自身何度も経験したことのある妖怪たちの悪戯を思い出しつつ、ひとまずここがどこなのか探り続ける。
 妖怪退治を生業とする彼女にとって闇夜など毛ほどに怖くもない。むしろそこに妖怪が潜んでいるのなら退治にしにいくほどだ。
 だからこそまともに視界が効かぬ中、ひっきりなしに木々のざわめきが聞こえていても動じる事などしていないのである。

783ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:21:07 ID:WZ82hnBc
 とはいえ、このまま気の赴くまま動いてしまっては迷ってしまうのは必須であろう。
 足元もしっかりと見回しつつ、霊夢は何か目印になるようなものがないか闇の中をじっと睨みつけていた。
 まるで闇の中に潜んでいる不可視の怪物と対峙するかのようにじっと凝視しながら、あたりを見回していく。
 しかし、彼女の赤みがかった黒い瞳に映るのは闇の中に佇む針葉樹や凸凹の山道だけである。
 何処なのかも知れぬ山中で立ち往生となった霊夢は一瞬だけ困った様な表情を浮かべたものの、すぐにその顔が頭上を見上げる。
 まるで空を突き刺さんばかりに伸びる針葉樹の隙間からは、森の中よりもやや薄い夜空が広がっている。
 幸いにも彼女が空へ上がるには十分な隙間は幾つもあり、ここよりかは幾分マシなのには違いない。
「んぅ〜…面倒くさいけど、誰かが待ち伏せしてるって気配は無いし…しゃーない、飛びますか!」
 寝起きという事もあってか気だるげであった霊夢は仕方ないと言いたげなため息をつくと、その場で軽く地面を蹴りあげた。
 するとどうだろう。彼女の体はそのまま宙へと浮きあがり、ふわふわ…という感じで上空目指して飛び上がっていく。
 
 そして三十秒も経たぬうちに、空を飛ぶ霊夢は無事濃ゆい闇が支配する森の中から脱出する事が出来た。
 地上と比べて風の強い空へ浮かんでいる彼女は、容赦なく肌を撫でていく冷たい風に思わずその身を震わせる。
「ふぅ〜…やっばり夏とはいえ、こう風がキツイと肌寒い…ってあれ?」
 針葉樹の枝を揺らす程の強い風におもわずブラウス越しの肩を撫でようとした霊夢は、ある違和感に気づく。
 感触がおかしい。ルイズに買ってもらったブラウスの感触にしては妙に生々しかったのである。
 思わず自分の両肩へと視線を向けた直後、霊夢は今の自分がルイズから貰った服を身に着けていない事に気が付く。
 無論、一糸纏わぬ生まれたまま…ではない。今の彼女が身に着けている服、それはいつもの巫女服であった。
 紅白の上下に服と別離した白い袖、後頭部の赤いリボンと髪飾り。そしていつもの履きなれた茶色のローファー。

 いつもの着なれた巫女服を身に纏っていたという事実に今更になって気が付いた彼女は、目を丸くして驚いている。
 何せついさっきまで大分前にルイズが買ってくれた洋服一式を着ていたというのだ、おかしいと思わない筈がない。
「…ホントにどういう事なの?だって私は気絶する直前まで……う〜ん?」
 流石の彼女も理解が追いつかず、思わず頭を抱えそうになったとき―――ふと、ある考えが頭の中を過った。
 こうして落着ける場所まで来て、良く良く考えてみればこの意味不明の状況を全てそれに押し付ける事ができる。


「――――まさか…ここは夢の中ってオチじゃないわよね?」
 首を傾げた霊夢は一人呟いた後で、ここでは自分の疑問に付き合ってくれる者がいない事にも気が付いた。
 あの巫女もどきとぶつかった後、呆気なく気を失ってしまったのは理解していたので、きっと現実の自分は今も意識を失っているのだろう。
 それならば今自分が体験している出来事は、全て自分の夢の中という事で納得がいく。
 闇夜の森の中で目を覚ましたのも、いつの間にか巫女服になっていたのも全て夢だというのなら説明する必要もない。
「な〜んだ、それなら慌てる必要も無かったじゃないの。馬鹿馬鹿しい」
 ひとまず今の自分が夢を見ているという事で納得した霊夢は、安堵の色が混じる溜め息をつきながら空中で仰向けになった。

 空を飛ぶことに長けた霊夢らしい特技の一つであり、何かしらする事がなければ幻想郷でもこうして寝転がる事が多い。
 今が日中で快晴ならば風で流れゆく雲を間近で見れるのだが、当然ながら今は夜である。
 しかも月すら雲で隠れているせいで、眺めて見れれるものは闇夜だけと言う情緒もへったくれもない天気。
 だが今の霊夢は綺麗な夜空は見たかったワケではなく、今の自分が夢を見ているだけという事に安心しているのだ。

784ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:23:11 ID:WZ82hnBc
「最初は何処ここ?とか思ってたけど、夢ならまぁ…特にそれを考える必要はないわねぇ」
 上空よりも暗い闇に包まれた地上に背を向けながら、彼女は気楽そうに言った。
 ここが夢の中ならば何もしなくても目を覚ますだろうし、変に動き回れば夢がおかしくなって悪夢に変わる事もある。
 だからこうして空中で横になって、そのまま夢が覚めるまで目でもつぶって見ようかな?…と思った所で、
 
「……そういえば、私とルイズたちの財布を盗んでいったあのガキはどうしてるのかしら?」
 ふと、自分が気を失って夢を見る原因の一つとなったあのメイジの少年の事を思い出した。
 ルイズと魔理沙は魔法で吹き飛ばれさていたし、自分はあの巫女モドキとぶつかってしまっている。
 となれば誰もあの少年を追う事などできず、アイツはまんまと三千エキュー以上の大金を盗まれてしまったことになる。
 そんな事を想像してしまうとついつい悔しくなってしまい、その気持ちが表情となって顔に浮かんでしまう。
 まぁここなら誰にも見られることは無いのだが、それでも悔しい事に代わりは無い。
 あの時、もっと前方に警戒していれば何故かは知らないが自分に突っ込んできた巫女モドキもよけられた筈なのだから。
 
「うむむ…まぁ所詮は過ぎた事だし、どんな言い訳しても結局は負け犬の遠吠えね」
 心の内に留めきれない程の悔しさを説得するかのような独り言をぼやきながら、それでも霊夢は未だあのお金を諦めきれないでいた。
 あれだけの大金があるならばまともな宿にだって長期宿泊できたし、何より美味しい食べ物やお酒にもありつけた筈なのだから。
 それをまんまと盗んでいったあの子供は、今頃自分たちの事を嘲笑いながら豪遊している事だろう。
 街で買ってきた安物ワインとお惣菜で乾杯し、実在していた自分の妹へ今日の追いかけっこをさも自分の武勇伝として語っているに違いない。
 無論、それは霊夢の勝手な妄想であったのだが、考えれば考える程彼女の苛立ちは余計に溜まっていった。
「……何か考えただけでもムカついてきたわね?私としても、このままやられっ放しってのも癪に障るし…」
 そう言いながら空中で仰向けに寝ころばせていた上半身を起こした後、グッと左手で握り拳を作る。

 お金の事を考えていると、ついついあの少年が自分に向かってほくそ笑んでいると思ったからであった
 さらに言えば、霊夢自身このまま世の中舐めきったあの子供に黒星を付けられている事も気に入らなかったのである。 
「まず夢から覚めたら捜索ね。あのガキをとっ捕まえてからお金を取り返して、余の中そうそう甘くないって事を教えてやらなくちゃ」
 器用にも夢の中で夢から覚めた後の事を考える彼女の脳内からは、アンリエッタから依頼された仕事の事は一時的に忘れ去られていた。

「ん?…何かしら、あのひ―――って、キャア!」
 そんな風にして、やや私怨臭い決意を空中で誓って見せた彼女であったが…、
 突如として視界の隅で眩い閃光のような光が瞬いたかと思った瞬間―――耳をつんざく程の爆発音で大いに驚いてしまった。
 ビックリし過ぎたあまり、そのまま落ちてしまうかと思ったが何とかそれを回避した彼女は、音が聞こえた方へと視線を向ける。
「…ちょっと、いくら何でも夢だからって過激すぎやしないかしら?」
 爆発音の聞こえてきた方向を見た彼女は一言、ジト目で眺めながら一人呟いた。
 それは丁度彼女がいま立っている場所から前方五十メイル程であろうか、針葉樹から爆炎の柱が小さく立ち上っている。
 爆炎に伴い周囲の光景が暴力的な灯りにより照らされ、火柱よりも高い針葉樹が不気味にライトアップされていた。

「一体何のかしら?あの派手な爆発音からして何かよろしくないものが爆発したような雰囲気だったけど…」
 すぐさま空中での姿勢を元に戻した霊夢は、乱暴な焚火がある場所へと目を向けて分析しようとする。
 火の手が立ち上っているという事は人が係わっている可能性は高いが、それにしては勢いが強すぎだ。
 恐らく何かしらの事情があってあんな火柱とは呼べないレベルのものができたのだろうが、きっと余程の事があったに違いない。
「――むぅ…ここは夢の中だと思うんだけれど、何でかしら?体が言うとこを聞かない様な…」
 博麗の巫女としての性なのだろう、何かしら異常事態を目にしてしまうとつい無性に気になってしまうのだ。
 例えこれが夢の中だとしても、面倒くさいと思ってしまっても、それでも気にせず現場へ赴きたくなってしまう。

「…うぅ〜!どうせ夢の中だから何もないだろうけど…まぁ念の為を考慮して…行ってみようかしら?」

785ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:25:42 ID:WZ82hnBc

 地上であるならば、灯りひとつない山道を歩くだけでも相当な時間を要する。
 それに対し、霊夢の様にスーッと空から飛んでいく事が出来れば時間も然程かかることは無い。
 距離にもよるが、今回の場合ならばたったの二、三分程度ヒューッと飛んで行けばすぐにでも辿り着く程度だ。
 
「…!あれは?」
 火が立ち上っている場所のすぐ近くまで飛んできた彼女は、眼下で何かが盛大に燃えているのを知った。
 全体的なシルエットはやや四角形っぽいものの、その四隅には車輪が取り付けられている。
 それが山中の少し開けた場所で盛大に横転しており、ついで勢いよく燃え盛っていたのである
 一瞬馬車の類なのかと思ったものの、それを引いていたであろう馬は見当たらない。
 逃げてしまったのか、それとも馬車みたいな何かを襲った存在の喰われてしまったのか…
 そこまでは彼女の知るところではなかったし、今の彼女には別に考えるべき事があった。
 夢の中の出来事とはいえ、こんな光景を目にしてしまっては無視したり見なかったことにするのは彼女的に難しかった。
 それにもしかすると、まさかとは思うが…これが夢ではなく現実に起こっている事なのだとすれば、
   
 そこまで考えた所で、霊夢は面倒くさそうなため息を盛大についてみせた。
 結局のところ、夢の中だとしても自分は博麗の巫女なのだという現実を改めて思い知った彼女なのである。
「夢の中とはいえ…流石に見過ごすのは良くないわよ…ねぇ?」
 一人呟いた彼女はやれやれと肩を竦めながら、そのままゆっくりと燃え盛る馬車モドキの傍へと降り立つ。
 着地まで後数メートルという所から馬車モドキを燃やす炎の熱気は凄まじくなり、彼女の肌に汗が薄らと滲み出てくる。
 服で隠れている肌にもはっきりと伝わってくる熱気が、目の前で燃え盛ってる炎がどれだけ凄まじいモノなのかを証明している。

「うっ…これはひどいわ。中に人がいたとしても、これじゃあ流石に…」
 顔に掛かる熱気を服と別離している左腕の袖で塞ぎながら、彼女は周囲に何か落ちていないか見回してみる。 
 もしもこの馬車モドキに人が乗っていたとするならば、何かしら証拠の一つはある筈だ。
 そう思って辺りを見回してみたのだが、周囲の地面には何も散らばっておらず、粘土交じりの土だけしか見えない。
「まぁ特に期待はしてないけど…それにしたって、誰がこんな事をしでかしてくれたのかしら?」
 彼女自身それ程真面目に探していなかった為、今度は馬車モドキを燃やしたであろう犯人を捜し始める。
 どういう方法でここまで燃やしたかは知らないが、少なくとも生半可なやり方ではここまでの惨事にはならなかっただろう。
 
 先ほどと同じように周囲と頭上へ視線を向けて探ってみるが、当然の様に怪しい者や人影は見つからない。
 まぁこれも予測の範囲内であった霊夢は一息ついた後、目を閉じて周囲の気配を探るのに集中し始める。
 相手が何であれ、まだ近くにいるというのなら何かしらの気配を感じられる筈である。
 それは霊夢が本来持つ勘の良さから来るモノなのか、それとも先天的なハクレイの巫女としての才能の一つなのかまでは分からない。
 だが、異変以外の妖怪退治の仕事があった際にはこの能力を使って、隠れていたり物や人に化けた妖怪を見破ってきた。
 今回もまた、何処かで馬車モドキが燃えているのを眺めているであろう『何か』を探ろうとした彼女であったが、
 意外にも早く、というか呆気ない位に…馬車モドキをここまで酷い状態にしたであろう『モノ達』を見つけたのである。

「………ん?―――――!これって…もしかして妖怪?」
 彼女は今立っている方向、十一時の方向に良くない気配―――少なくとも人ではないモノを感じ取った。
 気配の先にあるのはモノへと続く鬱蒼とした茂みであり、時折ガサゴソと揺れている。
 気配と共に滲み出ている霊力の質と量からして、相手が下級程度の妖怪だと判断する。
(夢の中とはいえ、まさか久しぶりに妖怪と戦うだなんて…働き過ぎなのかしら?)
 そんな事を考えながら彼女は目を開けると、気配を感じ取った方向へと視線を向けつつスッと懐へ手を伸ばす。
 懐へ忍ばした右手が暫く服の中を物色した後、目当てのモノを掴んでそれを取り出した。

786ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:30:21 ID:WZ82hnBc
 彼女が取り出したモノ―――それは霊夢直筆のありがたい祝詞がびっしりと書かれたお札数枚であった。
 右手が掴んできたお札をチラリと一瞥した霊夢はホッと一息ついた後、左手に持ち替えて軽く身構えて見せる。
 
「てっきり夢の中だから無かったと思ってわ、…まぁ無くても何とかなりそうだけどね」
 経験上今感じ取れてる霊力の持ち主程度ならば、そこら辺の木の棒ではたいたり直に触れるだけでいい相手だ。
 御幣程とまではいかないがただの棒きれでも霊力は伝わるし、直接タッチできれば直に霊力を送り込んで痛めつけられる。
 とはいえ、お札があると無いとでは安心感が違う。遠くから攻撃できるのであればそれに越したことは無い。
 お札を左手に持ち、戦闘態勢を整えた霊夢は先手必勝と言わんばかりにお札を一枚、茂みへと放った。
 彼女の霊力が入ったお札は、一枚の紙切れから霊力を纏った妖怪退治の道具へと変わり、一直線に突っ込んでいく。

 このまま真っ直ぐ行けば、茂みの中に隠れているであろうモノは霊夢からの先制攻撃を喰らう事になる。
 そうなれば、妖怪を殺す為だけに作られたと言えるお札の力で、呆気なく倒されてしまうだろう。
 投げた霊夢自身もすぐに片が付くと思っていた。何だかんだ言っても、やはり戦いは手短に済ませた方が良い。
 しかし…予想にも反して相手は寸でのところで茂みから飛び出し、彼女の一撃をギリギリで避けたのである。
 彼女がこれまでの妖怪退治で聞いたことの無いような、鳴き声とは思えぬ奇声を発しながら。
「オチャカナ!オチャカナ!」
「…!」
 まさか、あの距離で攻撃を避けられるとは思っていなかった霊夢は思わずその目を丸くしてしまう。
 そしてすぐに、飛び出してきたモノの姿を燃え盛る火で目にし、奇声を耳にして相手が人語を解す存在だと理解する。

 茂みから飛び出してきた妖怪は、全身が黒い毛皮に身を包んだ猿…とでも言えばよいのだろうか。
 全体的な姿は幻想郷でも良く目にするニホンザルと似ているものの体格は一回り大きく、そして毛深い。
 手足の指は五本。しかしそれが猿のものかと言われれば妙に違和感があり、どちらかと言えば人間のものに近い。
 何よりも特徴なのは、ソイツの顔はどう見ても猿ではなく、人間…しかも、乳幼児程度だという事だろう。
 まだ生まれて一年も経っていない、乳飲み子の様なふっくらとした優しげな顔。
 しかし、人外としか言いようの無い毛深く大きな猿の体にはあまりにも不釣り合いな顔である。
 そんなアンバランスな、しかし見る者を確実に恐怖させる姿は正に妖怪の鑑といっても良い。
 最も、妖怪は妖怪でも紫やレミリアと比べれば遥か格下の低級妖怪…としてだが。

 茂みから姿を現したソイツの姿を目にした後、霊夢はやれやれと言いたげな様子でため息をつく。
 あの馬車モドキを炎上しているから、てっきり下級は下級でも一癖も二癖もある様なヤツかと思っていたが、
 何でことは無い、大方長生きし過ぎた猿がうっかり妖怪化してしまった程度の存在だったのだ。
「何が出てくるかと思いきや、まさか妖獣の類だなんてハッタリも良いところね」
 そんな軽口を叩きつつも、少し離れた場所でダラダラと両手を振ってこちらを凝視する妖獣相手に身構える。
 相手が妖怪としては大したことはないにせよ、相手が妖怪ならば退治するに越したことは無い。
 幸い人語は解するにしてもこちらと会話できる程の知能を持ち合わせているようには見えなかった。
 
「夢の中とはいえ、妖怪退治をする羽目になるとはね…」
 そんな事を呟きながらも、いざ目の前の猿モドキへ向けて再度お札を投げようとした――――その時である。
 妖獣が出てきた茂みの方、先ほどのお札が通り過ぎて行った場所から再び奇怪な鳴き声が聞こえてきた。
 しかもそれは一つではなく、明らかに数匹が纏まって鳴いているかのような、耳に来る程の声量である。
 一体なんだと霊夢が攻撃の手を止めた瞬間、あの茂みの中から似たような個体が二、三匹飛び出してきた。
 顔立ちや毛並みに僅かな違いがあるが、全体的な特徴としては最初に出てきたのと酷似している。
 突然数を増やした妖獣に攻撃の手を止めてしまった霊夢はその顔に嫌悪感を滲ませながら妖獣を見つめていた。

787ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:32:07 ID:WZ82hnBc
「うわ…何よイキナリ?人がこれから退治しようって時にワラワラ出てくるなん……て?……――――ッ!」
 そんな愚痴をぼやきながらも、まぁ出てきたのなら探す手間が省けたと攻撃し直そうとした直前――――感じた。
 先程妖獣たちが出てきた茂みの向こう――墨で塗りつぶされたかのような黒い闇に包まれた森。
 彼女はそこから感じたのである。恐らくこの妖獣たちがここへ来たであろう原因となった、怖ろしい程に『凶暴』な霊力を。
 恐らく妖獣たちに対してであろう殺意と共に流れ出てくるソレを察知している霊夢は、思わずそちらの方へと視線を向ける。
 まだこの霊力の持ち主は姿を見せていないのだが、その気配を霊夢より一足遅く感じ取ったであろう妖獣たちは、皆そちらの方へ体を向けていた。
(…何なのこの霊力の濃度、紫程じゃないにしても…コレって私より…いや、それとはまた別ね)
 一方で、攻撃の手を止め続けている霊夢は感じ取れている霊力とその持ち主が気になって仕方が無かった。
 その霊力はまるで相手の肉を骨ごと噛み砕く狼の牙の様に鋭く、そして生かして返す気は無いと断言しているかのような殺意。
 人外に対する絶対的な殺意をこれでもかと詰め込んだ霊力に、霊夢は知らず知らずの内に一層身構えてしまう。


 そして…霊夢が無意識の内に身構え、妖獣たちが茂みの向こうへと叫び声を上げた瞬間―――『彼女』は現れた。
 霊夢の動体視力でしか捉えられない様な速さで森から飛び出した『彼女』が、一番前にいた妖獣へ殴り掛かる。
 殺意が込もった凶暴な霊力で包まれた右の拳が、赤子そっくりな妖獣の顔を粘土細工の様に潰してしまう。
 一瞬遅れて、炎で照らされた空間に血の華が咲き誇り、それを合図に『彼女』は周りにいる妖獣たちへ襲い掛かった。
 妖獣たちも負けじと叫び、意味の分からぬ人語を喋って『彼女』へ飛びかかり―――そして殴られ、潰されていく。
 分厚い毛皮に包まれた体に大穴が空き、拳と同じく霊力に包まれた左足の鋭い蹴りで手足が吹き飛ぶ。
 正に有無を言わさぬ大虐殺、圧倒的強者による妖怪退治とは正にこの事だ。 

 そんな血祭りを、少し離れた所で眺めていた霊夢は思った。――――どちらが本当の妖怪なのだと。
 『彼女』は確かに人間だ。霊力の質と量からして妖怪ではないのだすぐに分かる。
 しかし、あぁまで残酷かつ野獣のような戦い方をしているのを見ると、どちらが化け物なのか一瞬戸惑ってしまうのだ。

「アイツ、本当に何者なのよ?」
 一人呆然と眺め続ける霊夢は、妖獣を殺していく『彼女』へ向かった懐疑心を込めながら言った。
 最初に会った時は手助けしてくれて、その次は何の恨みがあるのか人様にぶつかってきて…。
 そして今自分の目の前…夢の中で猿の妖獣たちを、まるで獲物に食らいつく野獣の様に引き裂いていく―――あの巫女モドキへと。




 暗く、熱く、そして血に塗れてしまった自分が夢から覚めたと気づいたのはどれぐらいの時間を要したか。
 ついさっきまで夢の中にまでいたかと思って起きた時には、既に霊夢の体は慣れぬベッドの上で横になっていた。
 目を開けて、これまた見慣れぬ天井をボーッと見つめ続けて数分程して、ようやくあの夢が覚めたのだと気が付く。
 首元まですっぽりと覆いかぶさる安物勘が否めないカバーをどけて、霊夢はゆっくりと上半身を起こして自分の体を確認する。
 今身に着けているのは気絶する直前まで来ていた洋服ではなく、その下に巻いていたサラシとドロワーズだけのようだ。
 そして、今自分が妙に安っぽくてそれでいてあまり埃っぽくない部屋の中にいるという事を理解して、一言述べた。

788ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:34:07 ID:WZ82hnBc
「…どこよここ?」
 夢の舞台も妖怪が出てくる変な森の中であったが、起きたら起きたで見た事の無い部屋で寝かされている。
 まぁあのまま街中で気絶したままというのも嫌ではあるが、だからといってこうも見た事の無い場所でいるというのも不安なのだ。
 そんな事を思いながら、部屋を見回していた霊夢はふとその薄暗さに気が付いて窓の方へと視線を移す。
 しっかりと磨かれた窓ガラスから見えるのは、すっかり見慣れてしまったトリステインの首都トリスタニアの街並み。
 今自分がいる部屋の向こう側で窓を開けて欠伸をしている男が見えるので、恐らく二階か三階にいるのだろう。
 
 そこから少し視線を上へ向けると、並び立つ建物の屋根越しに空へ昇ろうとしている太陽が見えた。
 幻想郷でも見られるそれと大差ない太陽の向きからして、恐らく今は夜が明け始めてある程度経っているのだろう。
(そっかぁ〜、つまりは…あれから一夜が経っちゃったて事よね?)
 まんまと自分やルイズたちのお金を盗んでいったあの子供の事を思い浮かべていた、ふと窓から聞き慣れぬ音が聞こえてくるのに気が付く。
 窓ガラス越しに聞こえる街の生活音はまだまだ静かで、しかし陽が昇るにつれどんどん賑やかになろうとしている雰囲気は感じられる。
 通りを掃除する清掃業者と牛乳配達員の若者同士の他愛ない会話に、軒先に水を撒いている音。
 普段人里離れた神社に住む霊夢にとっては、夜明けの街の生活音というのはあまり聞き慣れぬ音であった。
「まぁ、嫌いってワケじゃあないんだけど……ん?」
 そんな事を呟きながら何となく窓のある方とは反対方向へ顔を向けた時、
 出入り口のドアがある方向に置かれた丸いテーブル。その上に、自分がいつも着ている巫女服が置かれているのに気が付いた。
 ご丁寧に御幣まで傍らに置かれているところを見るに、きっと自分をここまで連れてきてくれたのは親切な人間なのだろう。
 しかし疑問が一つだけある、どうして自分の巫女服一式がこんな見知らぬ部屋の中に置かれているのか。
 そして気絶する直前まで着ていた洋服が消えている事に霊夢つい警戒してしまうものの、身を震わせて小さなくしゃみをしてしまう。
 恐らく昨晩は下着姿で過ごしたのだろう、いくら夏とはいえいつも寝巻姿で寝る彼女の体は慣れることができなかったらしい。
(まぁ、別段おかしなところは感じられないし…着ちゃっても大丈夫よね?)
 霊夢はそんな事を思いながらゆっくりと体を動かし、ベッドから降りて巫女服を手に取った。


「うん…良し!あの洋服も悪くは無かったけど、やっぱりこっちの方が安心するわね」
 手早く巫女服に着替え、頭のリボンを結び終えた彼女はトントンとローファーのつま先で床を叩いてみる。
 トントンと軽い音といつもの履き心地にホッとしつつ、最後に御幣を手にした彼女はひとまずどうしようかと思案した。
 御幣はあったもののデルフがこの部屋に無いという事は、恐らく魔理沙はすぐ近くにいないという可能性がある。
 それにルイズの安否もだ。彼女がいなければ幻想郷で起きた異変を解決するのが困難になる。
 最後に目にした時は、無事に藁束に落ちた所であったが、少なくともあれからどうなったのかはまでは分からない。
 もしかしたらこの家?のどこか、別室で寝かされているかもしれない。そんな事を考えながら霊夢は窓から外の景色を眺めていた。
 通りを行き交う人の数は昨夜と比べれば酷く少なく、本当に同じ街なのか疑ってしまう程である。

「とりあえずここの家主…?にお礼でも言った後、ルイズたちを探しに行った方がいいわよね」
 ひとしきり身支度を整え、何となく外の景色を眺めていた彼女がぽつりとつぶやいた直後であった。
 まだドアノブにも触れていないドアから軽いノックの音が聞こえた後、「失礼します」と丁寧な少女の声が聞こえてくる。
 何処かお偉いさんのいる場所で御奉公でもしていたのだろう、何処か言い慣れた雰囲気が感じられた。
(ん、この声って…まさか)
 何処がで聞き覚えのある声だと思った時にはドアノブが回り、ガチャリと音を立てて扉が開かれる。
 ドアを開けて入ってきたのは、霊夢と同じ黒髪のボブカットが特徴の、彼女とほぼ同い年であろう少女であった。
 そして奇遇にも、霊夢と少女は知っていた。互いの名前を。

789ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:36:09 ID:WZ82hnBc

「もしかして、シエスタ?」
「あっ!レイムさん、もう起きてたんですか!」
 ドアを開けて入ってきた彼女の顔を見た霊夢がシエスタの名を呟き、ついでシエスタも彼女の名を呼ぶ。
 いつもの見慣れたメイド服ではなく、そこら辺の町娘が着ているような大人しめの服を着ている。
 
 ドアを開けて入ってきたシエスタは静かにそれを閉めると、既に着替え終えていた霊夢へと話しかけた。
「レイムさん、怪我の方は大丈夫なんですか?ミス・ヴァリエールが言うには頭を打ったとか何かで…」
「え?…あぁ、それはもう大丈夫だけど、ここは…」
 シエスタが話してくれた内容でひとまずルイズかいるのを確認しつつ、ここがどこなのかを聞いてみる。゛
「ここですか?ここは『魅惑の妖精亭』の二階にある寝泊まり用のスペースですよ」
「魅惑の、妖精………あぁ、あのオカマの…」
 彼女が口にした店の名前で、霊夢は寝起き早々にシエスタの叔父にあたるこの店の店主、スカロンの事を思い出してしまった。
 以前、魔理沙が街中でシエスタを助けた時にこの店を訪れた時に出会って以来、記憶の片隅にあの男の姿が染み付いてしまっている。
 その気持ちが顔に出てしまっていたのか、再び窓の方へ視線を向けた霊夢に苦笑いしつつ、
「はは…まぁでも、あんな見た…―変わってても性格は本当に良い人なんですけどね…」
 少し言い直しながらも、シエスタは見た目も性格も一風変わった叔父の良い所の一つを上げていた時であった。

「シエスタ―いる〜?入るよぉ〜」
 先程とは違いやや早めのノックの後、声からして快活だと分かる少女がドアを開けて入ってくる。
 シエスタと同じ黒髪を腰まで伸ばして、彼女と比べればやや肌の露出が多めの服を着ている。
 遠慮も無く入ってきた彼女は既に起きてシエスタと会話していた霊夢を見て、「おぉ〜!」とどこか感心しているかのような声を上げて喋り出す。
「あんなにぐったりしてたから、まだ寝てるかと思いきや…いやはや丈夫だねぇ〜!」
「ジェシカ、アンタか…」
 頭に巻いた白いナプキンを揺らして入ってきた少女の名前も、当然霊夢は覚えていた。
 スカロンの娘でシエスタの従姉妹に当たる少女で、確かここ『魅惑の妖精亭』でウェイトレスとして働いている。
 彼女のやや大仰な言い方に、霊夢は怪訝な表情を浮かべつつもその時の事を聞いてみる事にした。
「何よ、気絶してた時の私ってそんなにひどかったの?」 
「そりゃぁ〜もう!ルイズちゃんと今ウチで働いてる旅人さんが連れてきた時は、死んでるかと思ったよ」
「ジェシカ、いくら何でも死んでるなんて例え方しちゃダメよ…それにルイズちゃんって…」
 両手を横に広げてクスクス笑いながら昨日の事を話すジェシカを、シエスタが窘める。
 ジェシカそれに対してにへらにへらと笑い続けながらも、「いやぁ〜ゴメンゴメン」と頭を下げた。

 そのやり取りを見ていた霊夢は、本当に二人の血がつながってるとは思えないわね〜…と感じつつ、
 ふと彼女の言っていだ旅人さん゙とやらと一緒に自分を連れてきてくれたルイズの事が気になってきた。
 ルイズがここにいるのならば、成程この『魅惑の妖精亭』に巫女服が置かれていたのも納得できる。
 実は彼女が持っていた肩掛け鞄の中に、もしもの時のためにと巫女服を入れてもらっていたのだ。
 巫女服の謎を解明できた霊夢は一人納得しつつも、ジェシカに話しかける。
「そういえば…ルイズと後一人が私を運んできてくれたそうだけど…ルイズはここに?」
「うん、そーだよ。今はウチの店の一階で一足先に朝ごはん食べてると思うから…で、アンタも食べる?」
 霊夢の質問にジェシカはあっさり答えると、親指で廊下の方をさしてみせる。
 その指さしに「もう大丈夫か?」という意味も含まれているのだろうと思いつつ、霊夢はコクリと頷く。

790ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:38:10 ID:WZ82hnBc

 不思議な事に、あの巫女もどきと結構な速度で衝突したというのに頭はそれほど痛まない。
 まぁ痛まないのならそれに越したことは無いのだが、残念な事に今の彼女には考えるべき事が大量にあった。
 自分たちの金を盗んでいった子供の行方やら、魔理沙とデルフの事…そして、さっきまで見ていたあの悪夢の事も。
 解決すればする程自分の許へ舞い込んでくる悩みに霊夢は辟易しつつも、まずはすぐ目の前にある問題を片付ける事にした。
 そう、ここにいるであろうルイズから昨夜の事を聞きながら、朝食で空腹を満たすという問題を。
「そうね、それじゃあ遠慮なく頂こうかしら」
「それキタ。んじゃあ案内するよ、シエスタは部屋の片づけよろしくね」
「お願いね、それじゃあレイムさんは、ジェシカと一緒に一階へ行っててくださいね」
 ジェシカが満面の笑みを浮かべながらそう言うと、シエスタに片づけを任せて霊夢と共に部屋を後にした。
 最も、この部屋の中で直すべき場所と言えばベットぐらいなものだろうから然程時間は掛からないだろう。
 
 『魅惑の妖精亭』の二階の廊下はあまり広いとは言えないが、その分しっかりと掃除が行き届いているように見える。
 ジェシカ曰く二階の半分は店で働く女の子や従業員の部屋で、街で部屋や家を借りれなかった人たちに貸しているのだという。
 もう半分は酔いつぶれた客を寝させる為の部屋らしいが、今年からは宿泊業も始めてみようかとスカロンと相談しているらしい。
「それに関してはパパも結構乗り気だよ?何せウチのライバルである゙カッフェ゙に差をつけれるかもしれないしね」
「う〜ん、どうかしらねぇ?部屋はそれなりに良かったけど、肝心の店長があんなだと…」
「ぶー!酷い事言うなぁ。あれでも私の父親なんだよ、性格はあんなで…いつの間にか男好きにもなっちゃったけど」
 霊夢の一口批判にジェシカが口を尖らせて反論した後、二人そろって軽く苦笑いしてしまう。
 シエスタを置いて部屋を出た霊夢は、二階の狭い廊下を歩きながら先頭を行くジェシカに質問してみた。
「そういえば、何でシエスタがここで働いてるの?まぁ間柄上、別におかしい事は無いと思うけどさぁ」
「…あぁーそれね?まぁ…何て言うか、シエスタの故郷の方でちょっと色々あってね」
 先程とは打って変わって、ほんの少し言葉を濁しつつもジェシカが説明しようとした時、
 すぐ目の前にある一階へと続く階段から、聞きなれた男女の声が二人の耳に入ってきた。

「さぁ〜到着したわよぉ〜!ようこそ私達のお店、『魅惑の妖精亭』へ!」
 最初に聞こえてきたのは、男らしい野太い声を無理やり高くしてオネェ口調で喋っている男の声。
 その声に酷く聞き覚えのあった霊夢は、すぐさま脳内で激しく体をくねらせる筋肉ムキムキの大男の姿が浮かび上がってくる。
 朝っぱらからイヤなものを想像してしまった霊夢の顔色が悪くなりそうな所で、今度は少女の声が聞こえてきた。
「おぉー!…相変わらずお客さんがいなくて閑古鳥が鳴きまくってるような店だぜ」
『突っ込み待ちか?ここは夕方からの店だろうから今は閑古鳥もクソもないと思うぞ』
 あまりにも聞き慣れ過ぎてもう誰だか分かってしまった少女の言葉に続いて、これまた聞きなれた濁声が耳に入る。
 その三つの声を聞いた霊夢は、先頭にいたジェシカの横を通って一足先に階段を降りはじめた。
 見た目よりもずっとしっかりとしたソレを少し軋ませながらも、軽やかな足取りで一階にある酒場を目指す。
 
 思っていたよりも微妙に長かった階段を降りた先には、想像していた通りの二人と一本がいた。
「魔理沙!…あとついでにデルフとスカロンも」
「ん?おぉ、誰かと思えば私を見捨てて言った霊夢さんじゃあないか!」
「……それぐらいの軽口叩ける余裕があるなら、最初から気にする必要は無かったわね」
 階段を降りてすぐ近くにある店の出入り口に立っていた魔理沙は、階段を降りてきた彼女を見て開口一番そんな事を言ってくる。
 まぁ実際吹き飛んだ彼女を見捨てたのは事実であったが、別に霊夢はそれに対して罪悪感は感じていなかった。

791ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:40:13 ID:WZ82hnBc
「おいおい…酷い事言うなぁ、そうは言っても私かあの後ぞうなったか気にはなっただろ?」
「別に?ルイズはともかく、アンタならあの風程度でくたばる様なタマじゃないしね」
 今にも体を擦りつけてきそうな態度の魔理沙にきっぱり言い切ってやると、次に彼女が手に持っていたデルフを一瞥する。
 インテリジェンスソードは鞘だけを見ても傷が付いているようには見えず、これも心配する必要は無かったらしい。
 そんな事を思っていると、考えている事がバレたのか鞘から刀身を出したデルフが霊夢に喋りかけてくる。
『おぅレイム、大方「なんだ、全然無事じゃん」とか思ってそうな目を向けるのはやめろや』
「ん、そこまで言えるのなら元から心配する必要は無かったようね。気苦労かけなくて済んだわ」
『…なんてこった、それ以前の問題かよ』
 魔理沙ともども、最初から信頼…もとい心配されていなかった事にデルフがショックを受けていると、
 霊夢に続いて階段を降りてきたジェシカが「へぇー!珍しいねェ」と嬉しそうな声を上げて、デルフに近づいてきた。

「インテリジェンスソードなんて名前は聞いたことあったけど、実物を見るのは始めてだよ」
『お?初めて見る顔だな。オレっちはデルフリンガーっていうんだ、よろしくな』
「あたしはジェシカ、アンタとマリサをここへ連れてきてくれたスカロン店長の娘よ」
『はぁ?スカロンの娘だって?コイツはおでれーた!』
 流石に数千年単位も生きてきて、ボケが来ているデルフでもあのオカマの実の子だとは分からなかったらしい。
 信じられないという思いを表しているかのような驚きっぷりを見せると、そのジェシカの父親がいよいよ口を開いた。
「いやぁ〜ん!酷い事言うわねェー!ジェシカは私のれっきとした娘よぉ〜!」
 朝方だというのにボディービルダー並の逞しい体を激しくくねらせながら、『魅惑の妖精亭』の店長スカロンが抗議の声を上げる。
 そのくねりっぷりを見てか、刀身を出していたデルフはすぐさま鞘に収まり、スッと沈黙してしまう。
 いくらインテリジェンスソードと言えども、スカロンの激しい動きを見ればそりゃ何も言えなくなってしまうに違いない。
 デルフにちょっとした同情を抱きつつも、ひとまず霊夢はスカロンに挨拶でもしようかと思った。

「おはようスカロン、まだあまり状況が分からないけれど…昨日は色々と借りを作っちゃったらしいわね」
「あぁ〜ら、レイムちゃん!ミ・マドモワゼル、昨日は心配しちゃったけど…その分だともう大丈夫そうねぇ〜!」
 尚も体をくねらせながらもすっかり元気を取り戻した霊夢を見やってて、スカロンはうっとりとした笑みを浮かべて見せる。
 相変わらず一挙一動は気持ち悪いが、シエスタの言うとおり性格に関しては本当にマトモな人だ。
 何故かくねくねするのをやめないスカロンに苦笑いを浮かべつつ、霊夢は「ど、どうも…」と返して彼に話しかける。
「そういえばスカロン、ルイズもここにいるってジェシカから聞いたんだけど一体どこに―――」
「ここにいるわよ。…っていうか、一階に降りてきた時点で気づきなさいよ」
 彼女の言葉を遮るようにして、店の出入り口とは正反対の方向からややキツいルイズの言葉が聞こえてくる。
 霊夢と魔理沙がそちらの方へと視線を向けると、厨房に近い席で一足先に朝食を食べているルイズがこちらを睨み付けていた。
 
「おぉルイズ、無事だったんだな」
「くっさい藁束の上に落ちて事なきを得たわ。その代償があまりにも大きすぎたけど」
 霊夢よりも先に魔理沙が左手を上げてルイズに声を掛けると、彼女も同じように左手を顔の所まで上げて応える。
 その表情は沈んでいるとしか言いようがない程であり、右手に持っている食いかけのサンドイッチも心なしかまずそうに見えてしまう。
 彼女の表情から察して、結局アンリエッタから貰った分すら取り返せなかった事を意味していた。
 結局一文無しとなってしまった事実に、霊夢はどうしようもない事実に溜め息をつきながらルイズの方へと近づいていく。

792ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:42:11 ID:WZ82hnBc
「その様子だと、アンタもあのガキどもを捕まえられなかったようね」
「…言わないでよ。私だって追いかけようとしたけど、結局藁束から抜け出すので一苦労だったわ」
 自分の傍まで来ながら昨日の事を聞いてくる巫女さんに、ルイズはやや自棄的に言ってからサンドイッチの欠片を口の中に放り込む。
 魔理沙もルイズの様子を見て何となく察したのか、参ったな〜と言いたげな表情をして頬を掻いている。

「そういえば貴方たち、昨日お金をメイジの子供に盗まれたのよねぇ〜そりゃ落ち込みもするわよぉ」
「あーそいやそうだったねぇー。まぁここら辺では盗み自体は珍しくないけど…まぁツイテないというべきか…」
 そんな三人の事情を昨夜ルイズに聞いていたスカロンとジェシカも、彼女たちの傍へと来て同情してくれた。
 ルイズとしては本当に同情してくれてるスカロンはともかく、「ツイテない」は余計なジェシカにムッとしたいものの、
 それをする気力も出ない程に落ち込んでいたので、コップの水を飲みながら悔しさのあまりう〜う〜唸るほかなかった。
「そう唸っても仕方がないわよ。それでお金が戻って来るならワケないし」
「じゃあ何?アンタは悔しくなんか…無いワケないわよね?」
「当り前じゃない。とりあえずあの脳天に拳骨でも喰らわたくてうずうずしてるわ」
 霊夢も霊夢で決して諦めているワケではなく、むしろ今にも探しに行きたいほどである。
 しかし、一泊させてくれたスカロンたちに礼を言わずにここを出ていくのは気が引けるし、何よりお腹が空いていた。
 人探しには自信がある霊夢だが、自分の空腹が限界を感じるまでにあの子供を探せるという保証はないのである。
 それにタダ…かもしれない朝食を食わせてくれるのだ、それを頂かないというというのは勿体ない。

「んじゃ、私は厨房でアンタ達の朝メシ用意してくるから」
「ワザワザお邪魔しといて朝ごはんまで用意してくれるとは、嬉しいけどその後が怖いな〜」
 一通りの挨拶を済ましてから厨房へと向かうジェシカに礼を述べる魔理沙。
 そんな彼女がここに来るまで…というよりも昨夜は何をしていたのか気になった霊夢はその事を聞いてみる事にした。
「魔理沙、アンタ吹っ飛ばされた後はどこで何してたのよ?さっきスカロンに連れて来られてたけど…」
「それは気になるわね。私は藁束から出た後で道端で気絶してた霊夢を見つけてたけど、アンタの姿は見てないわ」
「あぁ、あの後不覚にも風で飛ばされて…まぁ情けない話だが気絶してしまってな…」
 黙々と食べていたルイズもそれが気になり、魔理沙の話に耳を傾けつつサンドイッチを口の中ら運んでいく。
 彼女が説明するには、ルイズが箒から落ちた後で少し離れた空き地に不時着してしまった殿だという。
 その時に頭を何処かで打ったのか、靴裏が地面を激しく擦った直後に気を失い、デルフの声で気が付いた時には既に夜明けだったらしい。
 慌てて箒とデルフを手に吹き飛ばされる前の場所へ戻ったが案の定霊夢たちの姿は付近に無く、当初はどうすればいいか困惑したのだとか。
 何せ気を失って数時間も経っているのだ、あの後何が起こったのか知らない魔理沙からしてみればどこを探せば良いのか分からない。

『いやぁー、あれは流石のオレっちでもちょっとは慌てたね』 
「だよな?…それでデルフととりあえず何処へ行こうかって相談してた時に、用事で外に出てたスカロンとばったり出会って…」
「で、私達が『魅惑の妖精亭』で寝かされているのを知ってついてきたってワケね」
 デルフと魔理沙から話を聞いて、偶然ってのは身近なものだと思いつつルイズはミニトマトを口の中にパクリと入れた。
 トマトの甘味部分を濃くしたような味を堪能しながら咀嚼するのを横目に、霊夢も「なるほどねぇ」と頷いている。
 しかしその表情は決して穏やかではなく、むしろこれから自分はどう動こうかと
 ひとまずは魔理沙が王都を徘徊せずに済んだものの、今の彼女たちの状況が改善できたワケではない。
 ルイズがアンリエッタから頼まれた任務をこなす為に必要なお金と、ついで二人のお小遣いは盗まれたままなのだ。
 しかも賭博場で荒稼ぎして増やした金額分もそっくり盗られているときた。これは到底許せるものではない。
 だが探し出して捕まえようにも、こうも探す場所が広すぎてはローラー作戦のような虱潰しは不可能だ。
 
 そんな事を考えているのを表情で読み取られたのか、魔理沙が霊夢の顔を覗き込みながら話しかけてくる。
「…で、お前さんのその顔を見るに昨日の借りを是非とも返したいらしいな」
「ん、まぁね。とはいえ…ここの土地は広すぎでどこ調べたら良いかまだ分からないし、正直今の状態じゃあお手上げね」
「でも…お手上げだろうが何だろうが、盗ませたままにさせておくのは私としては許しがたいわ!」

793ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:44:19 ID:WZ82hnBc
 肩を竦めながらも、如何ともし難いと言いたげな表情の霊夢にミニトマトの蔕を皿に置いたルイズが反応する。
 盗まれた時の事を思い出したのだろうか、それまで落ち込んでいたにも関わらず腰を上げた彼女の表情は静かな怒りが垣間見えていた。
 席から立つ際に大きな音を立ててしまったのか、厨房にいたジェシカやスカロンが何事かと三人の方を思わず見遣ってしまう。
 自分の言葉で眠っていたルイズの怒りの目を覚まさせてしまった事に、彼女はため息をつきつつもルイズに話しかける。
「まぁアンタのご立腹っぷりも納得できるけど、とはいえ情報が少なすぎるわ」
「スカロンも言ってたな…最近子供が容疑者のスリが相次いで発生してるらしいが、まだ身元と居場所が分かってないって…」
 思い出したように魔理沙も話に加わると、その二人とルイズは自然にこれからどうしようかという相談になっていく。
 やれ衛士隊に通報しようだの、お金の出所が出所だけに通報は出来ない。じゃあ自分たちで探すにしても調べようがない等…
 金を奪われた持たざる者達が再び持っている者達となる為の話し合いを、ジェシカは面白いモノを見る様な目で見つめている。

 彼女自身は幼い頃からこの店で色々な人を見てきたせいで、人を見る目というモノがある程度備わっていた。
 その人の仕草や酒の飲み方、店の女の子に対する扱いを見ただけでその人の性格というモノがある程度分かってしまうのである。
 特に相手が元貴族という肩書をもっているなら、例え平民に扮していたとしてもすぐに見分ける事が出来る。
 父親であるスカロンもまた同じであり、だからこそこの『魅惑の妖精亭』を末永く続けていられるのだ。
「いやぁー、あんなにちっこい貴族様や見かけない身なりしてても…同じ人間なんだなーって思い知らされるねぇ」
「そうよねぇ。ルイズちゃんは詳しい事情までは教えてくれなかったけど、お金ってのは大切な物だから気持ちは分かるわ」
「そーそー!お金は人の助けにもなり、そして時には最も恐ろしい怪物と化す……ってのをどこぞのお客さんが言ってたっけ」
 そんな他愛もない会話をしつつもジェシカはテキパキと二人分のサンドイッチを作り、皿に盛っていく。
 スカロンはスカロンで厨房の隅に置かれた箱などを動かして、今日の昼ごろには運ばれてくる食材の置き場所を確保している。
 その時であった、厨房と店の裏手にある路地を繋ぐドアが音を立てて開かれたのは。
 
 扉の近くに立っていたジェシカが誰かと思って訝しみつつ顔を上げると、パッとその表情が明るくなる。
 店に入ってきたのは色々とワケあってここで働いている短い金髪が眩しい女性であった。
 昨夜、ルイズと共に霊夢をこの店を運んできだ旅人さん゙とは、彼女の事である。
「おぉ、おかえり!店閉めてからの間、ドコで何してたのさ?みんな心配してたよー」
「ただいま。いやぁ何、ちょっとしたヤボ用でね?…それより、向こうの様子を見るに三人とも揃ってる様だな」
 ジェシカの出迎えに右手を小さく上げながら応えると、厨房のカウンター越しに見える三人の少女へと視線を向ける。
 相変わらず三人は盗まれたお金の事でやいのやいのと騒いでおり、聞こえてくる内容はどれも歳不相応だ。
 もう少し近くで聞いてみようかな…そう思った時、いつの間にかすぐ横にいたスカロンが不意打ちの如く話しかけてきた。
「あらぁー、お帰りなさい!もぉー今までどこほっつき歩いてたのよ!流石のミ・マドモワゼルも心配しちゃうじゃないのぉ〜!」
「うわ…っと!あ、あぁスカロン店長もただいま。…すいません、もう少し早めに帰れると思ってたんですが…」
 体をくねらせながら迫るスカロンに流石の彼女のたじろぎつつ、両手を前に出して彼が迫りくるのを何とか防いでいる。
 その光景がおかしいのかジェシカはクスクスと小さく笑った後で、ヒマさえできればしょっちゅう姿を消すに女性に話しかけた。

「まぁ私達もあんまり詮索はしないけどさぁ、あんなに小さい娘もいるんだからヒマな時ぐらいは一緒にいてあげなって」
「そうよねぇ。あの娘も貴女の事随分と慕ってるし尊敬もしてるから、偶には可愛がってあげないとだめよ?」
「…はは、そうですよね。昔から大丈夫とは言ってますが、偶には一緒にあげなきゃダメ…ですよね」
 ジェシカだけではなく、くねるのをやめたスカロンもそれに加わると流石の女性も頷くほかなかった。

794ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:46:12 ID:WZ82hnBc
 彼女の付き人であるという年下の少女は、女性が店を離れていても何も言わずにいつも帰ってくるのを待っている。
 時には五日間も店を休んで何処かへ行っていた時もあったが、それでも尚少女は怒らずに待っていた。
 少女も少女でこの店の手伝いをしてくれてるし、女性はこの店のシェフとして貴重な戦力の一人となってくれている。
 休みを取る時もあらかじめ事前に教えてくれているし、この店の掟で余計な詮索はしない事になっていた。
 それでも、どうしても気になってしまうのだ。この女性は何者で、あの少女と共に一体どこから来たのだろかと。
 本人たちは東のロバ・アル・カリイエの生まれだと自称しているが、それが真実かどうかは分からない。

(…とはいえ、別に怪しい事をしてるってワケじゃないから詮索しようも無いけれど)
 心の中でそんな事を呟きつつ、肩をすくめて見せたジェシカが出来上がった二人分のサンドイッチを運ぼうとしたとき、
「あぁ、待ってくれ。…そのサンドイッチ、あの二人に渡すんだろ?なら私が持っていくよ」
 と、突然呼びとめてきた女性にジェシカは思わず足を止めてしまい顔だけを女性の方へと振り向かせる。
 突然の事にキョトンとした表情がハッキリと浮かび上がっており、目も若干丸くなっていた。
「え?いいの?別にコレ持ってくだけだからすぐに終わるんだけど…」
「いや何、あの一風変わった二人と話がしてみたくなってね。別に良いだろ?」
「う〜ん?まぁ…別にそれぐらいなら」
 女性が打ち明けてくれた理由にジェシカは数秒ほど考え込む素振りを見せた後、コクリと頷いて見せた。
 直後、女性の表情を灯りを点けたかのようにパッと明るい物になり、軽く両手を叩き長良彼女に礼を述べる。

「ありがとう。それじゃあ、あの三人が食べ終えたお皿も片付けておくからな?」
「ん!ありがとね。私とパパは今やってる仕事が終わったら先に寝るから、アンタも今夜に備えて寝なさいよね」
 ジェシカからサンドイッチを乗せた皿を受け取った女性は、彼女の言葉にあぁ!と爽やかな返事をしつつ厨房を出て行こうとする。
 霊夢達へ向かって歩いていく女性の後姿を見つめていたジェシカも、視線をサッと手元に戻して止まっていた仕事を再開させた。
 彼女よりも前に仕事に戻っていたスカロンの視線からも見えなくなった直後、霊夢達へ向かって歩く女性はポツリ…と一言つぶやいた。

「全く…あれ程バカ騒ぎするなと紫様に釘を刺されていたというのに。…何やっているんだ博麗霊夢、それに霧雨魔理沙」
 先程までジェシカたちと気さくな会話をしていた女性とは思えぬ程にその声は冷たく、静かな怒りに満ち溢れている。
 そしてその表情も、先ほどまで彼女たちに向けていた笑顔とは全く違う、人間味があまり感じられないものへと変貌していた。 
 まるで獲物を見つけた獣が、林の中でジッと息をひそめているかのような、そんな雰囲気が。


「…?―――――…ッ!これは…」
 最初にその気配に気が付いたのは、他でもない霊夢であった。
 魔理沙やルイズ達とこれからの事をあーだこーだと話している最中、ふと懐かしい気配が背後からドッと押し寄せてきたのである。
「んぅ?…あ…これってまさか…か?」
『……ッ!?』
 ある種の不意を突かれた彼女が口を噤んだことに気が付いた魔理沙も、霊夢の感じた気配に気づいて驚いた表情を見せた。
 テーブルの下に置かれてそれまで楽しげに三人の会話を聞いていたデルフの態度も一変し、驚きのあまりかガチャリと鞘ごと刀身を揺らす。
 唯一その気配を感じられなかったルイズであったが、この時三人の急な反応で何かが起こったのだと理解した。

795ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:48:09 ID:WZ82hnBc
「ちょ…ちょっと、どうしたのよアンタ達?一体何が起こったのよ」
 朝食を食べ終えて水で一服していたところで不意を突かれた彼女からの言葉に、魔理沙が首を傾げなからも応える
「いや、゙起こっだというよりかは…゙感じだと言えばいいのかな」
『あぁ…感じたな。それも物凄く近いところからだ』
 彼女の言葉にデルフも続いてそう言うと、丁度厨房に背を向けていた霊夢もコクリと頷いて口を開いた。
「近いなんてモンじゃないわよ……多分これ、私達のすぐ後ろにまで来てるわよ」
 切羽詰まった様な表情を浮かべている霊夢の言葉にギョッとしたルイズが、咄嗟に後ろを振り向こうとしたとき……゙彼女゙は口を開いた。


「やぁ、見ない間に随分と彼女との仲が良くなったじゃあないか。…博麗霊夢」
 冷たく鋭い刃物のようなその声色に覚えがあったルイズが、ハッとした表情を浮かべて後ろを振り返る。
 そこに立っていたのは、黒いロングスカートに白いブラウスと言う昨日の霊夢と似たような出で立ちをした金髪の女性が立っていた。
 厨房へと続く入口の傍に立ち、こちらを睨み付けている彼女は、昨日気絶して路上に倒れていた霊夢を一緒にここまで運んできてくれた人である。
 気を失って倒れていた彼女をどうしようかと悩んでいた時に、突如助けてくれてこの店で一晩過ごせるようにとスカロン店長に頼み込んでくれたのだ。
 そんな優しい人…というイメージを持ちかけていたルイズには、彼女が自分たちを睨んでくるという事に困惑せざるを得なかった。
 
 ここは、どう対応すればいいのか?鋭い眼光に口を開けずにいたルイズを制するように最初に彼女へ話しかけたのは霊夢であった。
「何処にいるかと思ったら、案外身近なところで潜伏していたようね」
「まぁな。お前たちが散々ここで大騒ぎしなければ私だって静かに自分の仕事だけをこなせてたんだがな」
「…え?え?」
 初対面の筈だと言うのに、女性と霊夢はまるで知り合いの様な会話をしている。
 これには流石の霊夢も理解が追いつかず、素っ頓狂な声を上げて霊夢と女性の双方を交互に見比べてしまう。
 そんなルイズを見て女性は彼女の内心を察したのか、二人分のサンドイッチを乗せた皿をテーブルの置いてから、サッと自己紹介をしてみせた。


「お初にお目にかかかります、私の名前は八雲藍。幻想郷の大妖怪八雲紫の式にして九尾の狐でございます」
 右手を胸に当てて名乗った女性―――藍は、眩しい程の金髪からピョコリ!と獣耳を出して見せる。
 ルイズの記憶が正しければ、それは間違いなく狐の耳であった。

796ルイズと無重力巫女さん ◆1.UP7LZMOo:2017/05/31(水) 21:50:42 ID:WZ82hnBc
以上で83話の投稿を終わります。
もうそろそろ暑くなってきましたね。
では、今よりもっと熱くなってるであろう来月末にまたお会いしましょう。ノシ

797ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:11:04 ID:i7FNJALY
無重力巫女さんの人、乙です。私も投下します。
開始は18:13からで。

798ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:13:45 ID:i7FNJALY
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十三話「六冊目『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(その1)」
海獣キングゲスラ
邪心王黒い影法師 登場

 『古き本』に奪い取られたルイズの記憶を取り戻すために、本の世界を旅している才人とゼロ。
五冊目の世界はウルトラマンマックスが守った地球を舞台とした本であり、地上人と地底人の
存亡という地球の運命を懸けた戦いに二人は身を投じた。同じ惑星の文明同士という、本来は
ウルトラ戦士が立ち入ることの出来ない非常に困難な問題であったが、最後まで未来をあきらめない
人間の行動が地底人デロスの心を動かし、二種族の対立は解決された。そして最後の障害たる
バーサークシステムも停止させることに成功し、地球は未来を掴み取ることが出来たのだった。
 そして遂に残された本は一冊のみとなった。リーヴルの話が真実であるならば、これを
完結させればルイズは元に戻るはずだ。……しかし、最後の本の旅が始まる前に、才人たちは
密かに集まって相談を行っていた……。

「『古き本』もいよいよ後一冊で最後だ。その攻略を始める前に……ガラQ、リーヴルについて
何か分かったことはないか?」
 才人、タバサ、シルフィード、シエスタはリーヴルに内緒で連れてきたガラQから話を
聞いているところだった。三冊目の攻略を始める前に、ガラQにリーヴルの内偵を頼んで
いたが、その結果を尋ねているのだ。
 ガラQは才人たちに、次のように報告した。
「リーヴル、夜中に誰かと会ってるみたい」
「誰か……?」
 才人たちは互いに目を合わせた。彼らは、一連の事件がリーヴル単独で起こされたものでは
ないと推理していたが、やはりリーヴルの背後には才人たちの知らない何者かがいるのか。
「そいつの正体は分からないか? どんな姿をしてるかってだけでもいいんだ」
 質問する才人だが、ガラQは残念そうに首(はないので身体ごと)を振った。
「分かんない。姿も、ぼんやりした靄みたいでよく分かんなかった」
「靄みたい……そもそもの始まりの話にあった、幽霊みたいですね」
 つぶやくシエスタ。図書館の幽霊の話は、あながち間違いではなかったのだ。
『俺はそんな奴の気配は感じなかった。やっぱり、一筋縄じゃいかねぇような奴みたいだな……』
 ガラQからの情報にそう判断するゼロだが、同時に難しい声を出す。
『しかもそんだけじゃあ、正体を特定するのはまず無理だな。それにここまで来てそれくらいしか
尻尾を掴ませないからには、相当用心深い奴みたいだ。今の段階で、正体を探り当てるってのは
不可能か……』
「むー……リーヴルに直接聞いてみたらいいんじゃないのね?」
 眉間に皺を寄せたシルフィードが提案したが、タバサに却下される。
「下手な手を打ったら、ルイズがどうなるか分かったものじゃない。ルイズは人質のような
ものだから」
「そっか……難しいのね……」
 お手上げとばかりにシルフィードは肩をすくめた。ここでシエスタが疑問を呈する。
「わたしたち、いえサイトさんはこれまでミス・リーヴルの言う通りに『古き本』の完結を
進めてきましたが……このまま最後の本も完結させていいんでしょうか?」
「それってどういうことだ?」
 聞き返す才人。
「ミス・リーヴルと、その正体の知れない誰かの目的は全く分かりませんけど、それに必要な
過程が『古き本』の完結だというのは間違いないことだと思います」
 もっともな話だ。ルイズの記憶喪失が人為的なものであるならば、こんな回りくどいことを
何の意味もなくさせるはずがない。
「だったら、全ての『古き本』を完結させたら、ミス・ヴァリエールの記憶が戻る以外の何かが
起こってしまうんじゃないでしょうか。それが何かというのは、見当がつきませんが……」

799ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:15:46 ID:i7FNJALY
「洞窟を照らしてトロールを出す……」
 ハルケギニアの格言を口にするタバサ。「藪をつついて蛇を出す」と同等の意味だ。
「全ての本を完結させたら、悪いことが起きるかもしれない。そもそも、ルイズが本当に
治るという保証もない。相手の思惑に乗るのは、危険かも……」
「パムー……」
 ハネジローが困惑したように目を伏せた。
 警戒をするタバサだが、才人はこのように言い返す。
「けど、それ以外に方法が見当たらない。動かないことには、ルイズはいつまで経っても
元に戻らないんだ。だったら危険でも、やる他はないさ……!」
『それからどうするかは、本の完結が済んでからだな。ホントにルイズの記憶が戻るんなら
それでよし、もし戻らないようだったら……ブラックホールに飛び込むつもりでリーヴルに
アタックしてみようぜ』
 ウルトラの星の格言を口にするゼロ。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」と同等の意味だ。

 そうして最後の『古き本』への旅が始まる時刻となった。
「今日で本への旅も最後となりましたね、サイトさん。最後の本も、無事に完結してくれる
ことを祈ってます」
 才人らが自分を疑っていることを知ってか知らずか、リーヴルは相変わらず淡々とした
調子で語った。
「それではサイトさん、本の前に立って下さい」
「ああ……」
 もう慣れたもので、才人が最後に残された『古き本』の前に立つと、リーヴルが魔法を掛ける。
「それでは最後の旅も、どうか良きものになりますよう……」
 リーヴルがはなむけの言葉を寄せ、才人は本の世界へと入っていく……。

   ‐大決戦!超ウルトラ8兄弟‐

 昭和四十一年七月十七日、夕陽が町をオレンジ色に染める中、虫取り網と虫かごを持った
三人の子供たちが駄菓子屋に駆け込んできた。
「くーださーいなー!」
「はははは! 何にするかな?」
「ラムネ!」
「僕も!」
「俺もー!」
「よーしよしよし!」
 駄菓子屋の店主は快活に笑いながら少年たちにラムネを渡す。ラムネに舌鼓を打つ少年たちだが、
ふと一人があることに気がついた。
「あッ! おじさん、今何時?」
「んー……六時、ちょい過ぎ」
「大変だー!!」
 時刻を知った三人は声をそろえて、慌てて帰路につき始めた。それに面食らう駄菓子屋の店主。
「どうした? そんなに急いで」
 振り返った子供たちは、次の通り答えた。
「今日から、『ウルトラマン』が始まるんだ」
「早くはやく!」
 何とか七時前に少年の一人の家に帰ってきた三人は、カレーの食卓の席で始まるテレビ番組に
目を奪われる。
『武田武田武田〜♪ 武田武田武田〜♪ 武田た〜け〜だ〜♪』
 提供の紹介後――特撮番組『ウルトラマン』が始まり、少年たちは歓声を上げた。
「始まったー!!」
 三人は巨大ヒーロー「ウルトラマン」と怪獣「ベムラー」の対決に夢中となる。

800ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:18:22 ID:i7FNJALY
『M78星雲の宇宙人からその命を託されたハヤタ隊員は、ベーターカプセルで宇宙人に変身した! 
マッハ5のスピードで空を飛び、強力なエネルギーであらゆる敵を粉砕する不死身の男となった。
それゆけ、我らのヒーロー!』
「すっげー……!」
「かっこいー!」
 ――特撮番組に夢中になる小さな少年も、月日の流れとともに大人になる。そして、そんな
日々の中で、『それ』は起こったのである……。

 ……才人は気がつくと、見知らぬ建物の中にいた。
「あれ……? 本の世界の中に入ったのか?」
 キョロキョロと周りを見回す才人。しかし周囲には誰の姿もない。
「随分静かな始まり方だな……。今までは、ウルトラ戦士が怪獣と戦ってるところから入ってたのに」
 とりあえず、初めに何をすればいいのかと考えていると……正面の階段の中ほどに、白い洋服の
小さな少女が背を向いて立っている姿が目に飛び込んできた。
「……赤い靴の女の子?」
 その少女は、履いている赤い靴が妙に印象的であった。
 赤い靴の少女は、背を向けたまま才人に呼びかける。
「ある世界が、侵略者に狙われている」
「え?」
「急いで。その世界には、ウルトラマンはいない。七人の勇者を目覚めさせ、ともに、
侵略者を倒して……!」
 少女は才人に頼みながら、階段を上がって去っていく。
「あッ、ちょっと待って! 詳しい話を……!」
 追いかけようと階段に足を掛けた才人だったが、すぐに視界がグルグル回転し、止まったかと
思った時には外にいることに気がついた。
「ここは……?」
 目の前に見える光景には、赤いレンガの建物がある。才人はそれが何かに気がつく。
「赤レンガ倉庫……。ってことは、ここは横浜か……? でも相変わらず人の姿がないな……」
 横浜ほどの都市なら、どこにいようとも人の姿くらいはあるだろうに、と思っていたところに、
倉庫の向こう側から怒濤の水しぶきが起こり、巨大怪獣がのっそりと姿を現した!
「ウアァァァッ!」
「わぁッ! あいつは……!」
 即座に端末から情報を引き出す才人。
「ゲスラ……いや、強化版のキングゲスラだッ!」
 怪獣キングゲスラは猛然と暴れて赤レンガ倉庫を破壊し出す。それを見てゼロが才人に告げた。
『才人、ここはメビウスが迷い込んだっていうレベル3バースの地球だ!』
「メビウスが迷い込んだって!?」
『メビウスに聞いたことがある。あいつがまだ地球で戦ってた時に、ウルトラ戦士のいない
平行世界に入ってそこを狙う宇宙人どもと戦ったってことをな。この本の世界は、それを
綴った物語だったか……!』
 飛んでくる瓦礫から逃れた才人は、キングゲスラの近くに一人だけスーツ姿の青年がいる
ことに目を留めた。
「あんなところに人が!」
『確か、メビウスはここで平行世界で最初に変身したそうだ。ってことはもうじきメビウスが
出てくるはずだ……』
 と言うゼロだが、待てど暮らせどウルトラマンメビウスが出てくるような気配は微塵もなかった。
そうこうしている内に、キングゲスラが腰を抜かしている青年に接近していく。
「ゼロ! 話が違うぞ! あの人が危ないじゃんか!」
『おかしいな……。メビウス、何をぐずぐずしてんだ……?』
 戸惑うゼロだったが、先ほどの赤い靴の少女のことを思い返し、ハッと気がついた。
『違うッ! あの人を助けるのは、才人、俺たちだッ!』
「えッ!?」

801ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:20:09 ID:i7FNJALY
『早く変身だッ!』
 ゼロに促されて、才人は慌ててウルトラゼロアイを装着!
「デュワッ!」
 才人の肉体が光とともにぐんぐん巨大化し、たちまちウルトラマンゼロとなってキングゲスラの
前に立った!
『よぉし、行くぜッ!』
 ゼロは早速ゲスラに飛び掛かり、脳天に鋭いチョップをお見舞いした。
「ウアァァァッ!」
「デヤッ!」
 ゲスラが衝撃でその場に伏せると、首を掴んでひねり投げる。才人は困惑しながら戦う
ゼロに問いかけた。
『ゼロ、どういうことだ? メビウスが出てくるんじゃ……』
『詳しい話は後だ! 先にこいつをやっつけるぜ!』
 才人に答えたゼロは起き上がったゲスラの突進をかわし、回し蹴りで迎撃する。
「ハァァッ!」
 俊敏な宇宙空手の技でゲスラを追い込んでいくゼロ。しかしゲスラの首筋に手を掛けたところで、
ゲスラに生えている細かいトゲが皮膚を突き破った。
『うわッ! しまった、毒針か……!』
 ゲスラには毒針があることを失念していた。しかもキングゲスラの毒は通常のゲスラの
ものよりも強力だ。ゼロはたちまち腕が痺れて思うように動けなくなる。
「ウアァァァッ!」
 その隙を突いて反撃してきたゲスラにゼロは突き飛ばされて、倒れたところをゲスラが
覆い被さってきた。
「ウアァァァッ!」
『ぐッ……!』
 ゼロを押さえつけながら張り手を何度も振り下ろしてくるゲスラ。ゼロはじわりじわりと
苦しめられる。この状態ではストロングコロナへの変身も出来ない。
『何か奴の弱点はねぇか……!?』
『えぇっと、ゲスラの弱点は……!』
 才人がそれを告げるより早く、地上から声が聞こえた。
「その怪獣の弱点は、背びれだッ!」
『あの人は……!』
 先ほどキングゲスラに襲われていた青年だ。ゼロは彼にうなずいて、弱点を教えてくれた
ことへの反応を表す。
「デェアッ!」
 力と精神を集中し、ゲスラの腹に足を当てて思い切り蹴り飛ばす。
「ウアァァァッ!」
「セイヤァッ!」
 立ち上がると素早く相手の背後に回り込んで、生えている背びれを力の限り引っこ抜いた!
「キャアア――――――!!」
 たちまちゲスラは悲鳴を上げて、見るからに動きが鈍った。青年の教えてくれた情報が
正しかったのだ。
『よし、今だッ!』
 ゼロはゲスラをむんずと掴んでウルトラ投げを決めると、額からエメリウムスラッシュを発射。
「シェアッ!」
「ウアァァァッ!!」
 緑色のレーザーがキングゲスラを貫き、瞬時に爆発させた。ゼロの勝利だ!
 キングゲスラを倒して変身を解くと、才人は改めてゼロに尋ねかけた。
「ゼロ、つまり俺たちがウルトラマンメビウスの代わりをした……いや、するってこと?」
『そのようだな。この本は、書き進められてた部分が一番少なかった。だから、本来の異邦人たる
メビウスの役割に俺たちがすっぽり収まったのかもしれねぇ』

802ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:22:01 ID:i7FNJALY
「なるほど……さっきの人は?」
 才人が青年の元へ向かうと、彼は傷一つないままでその場にたたずんでいた。青年の無事を
知って才人は安堵し、彼に呼びかけた。
「さっきはありがとうございます。お陰で助かりました」
「君は……?」
 不思議そうに見つめてくる青年に、才人は自己紹介する。
「平賀才人……ウルトラマンゼロです!」
 と言ったところで風景が揺らぎ、彼らの周囲に大勢の人間が現れた。同時に、壊されたはずの
赤レンガ倉庫も元の状態に変化する。
「これは……?」
『今までは、一時的に違う世界にいたみたいだな。位相のズレた世界とでも言うべきか……』
 突っ立っている才人に、近くの子供たちがわらわらと集まってくる。
「ねぇお兄さん、今どっから出てきたの?」
「どっからともなくいきなり出てこなかった!? すげー!」
「手品師か何か!?」
 どうやら、周りから見たら自分が唐突に出現したように見えるらしい。子供に囲まれ、
才人はどうしたらいいか困る。
「あッ、いや、それはね……!」
 そこに先ほどの青年が、連れている外国人たちを置いて才人の元に駆け寄ってきた。
「ごめんね! ちょっとごめんね!」
 そうして半ば強引に才人を、人のいないところまで連れていった。
 落ち着いた場所で、ベンチに腰掛けた二人は話を始める。
「何だかすいません。仕事中みたいだったのに……」
 青年はツアーのガイドのようであった。その仕事を邪魔する形になったと才人は申し訳なく
思うが、青年は首を振った。
「いいんだ。それよりさっきのことを詳しく聞きたい。……とても不思議な出来事だった。
実際に怪獣がいて、ウルトラマンがいて……」
「ウルトラマンがいて?」
 青年の言葉に違和感を持った才人に、ゼロがひそひそと教える。
『この世界にウルトラ戦士はいねぇが、ウルトラマンが架空の存在としては存在してるんだ。
テレビのヒーローって形でな』
『テレビのヒーロー! そういう世界もあるのか!』
 驚いた才人は、ここでふと青年に問いかける。
「そういえば、まだ名前を伺ってなかったですね」
「ああごめん。申し遅れたね」
 青年は才人に向かって、自分の名前を教えた。
「僕はマドカ・ダイゴと言うんだ。よろしく」
 マドカ・ダイゴ……。かつて『ウルトラマン』に夢中になっていた三人の少年の一人であり、
彼こそがこの物語の世界の主人公なのであった。

『……』
 そしてダイゴと会話する才人の様子を、はるか遠くから、真っ黒いローブで姿を隠したような
怪しい存在……この物語の悪役たる「黒い影法師」が観察していた……。

803ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/04(日) 18:23:03 ID:i7FNJALY
今回はここまでです。
大決戦!超ウルトラ8兄弟(誤りなし)

804ウルトラ5番目の使い魔 ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:41:14 ID:9ZOoAC8I
ウルゼロの人、乙です。では私もまいります

805ウルトラ5番目の使い魔 59話 (1/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:43:20 ID:9ZOoAC8I
 第59話
 予期せぬ刺客
 
 UFO怪獣 アブドラールス
 円盤生物 サタンモア 登場!
 
 
「さて皆さん、ここで質問です。あるスポーツで、とても強いチームと戦わねばならないとします。まともに試合をしてはとても敵いません。さて、あなたならどうしますか?」
 
「ふむふむ、『あきらめない』『必死に練習をする』。ノンノン、そんなことじゃとても敵わない相手です。たとえばあなた、ウルトラ兄弟を全員いっぺんに相手にして勝てますか? 無理でしょう」
 
「では、『反則をする』『審判を買収する』『相手チームに妨害をかける』。なるほどなるほど、よくある手段ですが、発想が貧困ですねぇ」
 
「いいですか? 本当の強者は、もっとエレガンツな方法で勝利を掴むものなのですよ。それをこれからお見せいたしましょう」
 
「んん? 私が誰かって? それはしばらくヒ・ミ・ツです。ウフフフ……」
 
 
 間幕が終わり、また新たな舞台の幕が上がる。
 
 
 ハルケギニア全土を震撼させたトリスタニア攻防戦、そして始祖ブリミルの降臨による戦争終結から早くも数日の時が流れた。
 その間、世界中で起きた混乱も少しずつ終息に向かい、民の間にも安らぎが戻ってきている。
 もちろん、裏では教皇が実は侵略者だったことに尾を引く動乱は、ブリミル教徒の中では枚挙の暇もなく続いていた。ただそれも、始祖ブリミル直々のお言葉という鶴の一声のおかげで、少なくとも善良な神父や神官については無事に済んでおり、今日も朝から街や村でのお祈りの声が途切れることはない。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかなる糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」
 戦火の中心であったトリスタニアでも、今では料理のための煙が空にたなびき、復興のためのノコギリやトンカチの音が軽快に響いている。

806ウルトラ5番目の使い魔 59話 (2/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:45:33 ID:9ZOoAC8I
 やっと戻ってきた平和。そして、長い間陽光をさえぎって世界を闇に包んでいたドビシの暗雲が消えたことで、ようやく人々に安息の笑顔が蘇り、元通りの日常を取り戻すという希望が街中に満ち溢れていた。
 瓦礫は取り除かれ、道には資材を積んだ荷馬車が行き来する。昨年にベロクロンによって灰燼に帰したトリスタニアを復興した経験のある人々は、あれに比べたらマシだと汗を光らせて仕事に精を出す。
 戦火を逃れて避難していた町民たちも自分の家や店に戻ってきつつあり、中央広場では止められていた噴水が再び水を噴き始め、その周りでは子供たちが遊んでいる。
 そうなると、商売っ気を出してくるのが人の常だ。すでに一部の店舗は営業を再開しつつあり、魅惑の妖精亭でも本業への復帰の盛り上がりを見せていた。
「さあ妖精さんたち、戦争も終わってこれからはお金がものを言う時代よ。みんなで必死で守ったこのお店で、修理代なんか吹っ飛ばすくらい稼いじゃいましょう! いいことーっ!」
「がんばりましょう! ミ・マドモアゼル!」
「トレビアーン! みんな元気でミ・マドモアゼルったら涙が出ちゃう。そんなみんなに嬉しいお知らせよ。みんな無事でこうして集ってくれたお礼に、なんと一日交代で全員に我が魅惑の妖精亭の家宝である魅惑の妖精のビスチェを着用させてあげるわ」
「最高です! ミ・マドモアゼル!」
「うーん、みんな張り切ってるわねえ。さあ、お客さんが待っているわよ。まずは元気よく、魅惑の妖精のお約束! ア〜〜〜ンッ!」
 スカロンのなまめかしくもおぞましいポージングに合わせて、ジェシカをはじめとする少女たちが半壊した店で明るく声をあげていった。
 あの戦いの終わった後で、魅惑の妖精亭でもいろいろなことがあった。新たな出会い、再会、それらの舞台となった大切なこの店は、これからもずっと繁盛させていかないといけない。
 
 賑わう店、だがこれはここだけのことではない。
 戦争が終わったことで、タルブ村やラ・ロシェールのような辺境。アルビオンのような他国でも、同じように活気は戻ってきつつある。
 人は不幸があっても、それを乗り越えて前へ進む。それが人の強みだ。
 
 けれど、平和が完全に戻るためにはまだ大きな障害が残っている。
 トリステイン魔法学院の校長室から、オスマン学院長が無人の学院を見下ろして寂しそうにつぶやいた。
「魔法学院の休校は無期限継続か。いったいいつになったら学び舎に子供たちが帰ってこれるのかのう……」
 戦争は終わったけれども、トリステインの戦時体制は解除されていない。あれだけ大規模であった戦争は、その後始末にも膨大な手間を要し、教員や生徒であっても貴族には仕事は山のようにあり、トリステインが猫の手も借りたい状況は終わっていなかったのである。

807ウルトラ5番目の使い魔 59話 (3/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:46:58 ID:9ZOoAC8I
 学院が休校になった後、校舎には警備と保全のための最低限の人間のみで、教員で残っているのは高齢を理由に参戦を控えたオスマンのみ。しかしそれでも、いつでも学院を再開できるように待ち続けており、貴族はいなくても厨房ではマルトーやリュリュたちが火を消さずにいる。
 
 
 平和は一度失うと、取り戻すための代償は大きい。しかし、現世は戦わなければ大切なものを得ることのできない修羅界でもある。
 だが、勝利の余韻が過ぎ去った後に、戦士たちに戻ってくるのが闘志とは限らない。忘れてはならないが、才人は元々はただの高校生、ルイズたちにしても、貴族として国のために命を捧げる覚悟は詰んできたものの、まだ十代の少年少女に過ぎない。
 そんな彼らに、戦争には必ず潜んでいるが、これまで大きく現れることのなかった魔物が、音もなく侵食しはじめてきていたのだ。
 
 
 確かにロマリアが主体となった戦争は終わり、聖戦は回避された。けれども、凶王ジョゼフのガリアがまだ残っている。鉄火なくしてこれを倒せると思っている人間はひとりもいなかった。
 また、次の戦争が始まる……対すべき敵はガリア王ジョゼフ。教皇と手を組み、世界を我が物にせんと企んでいたと目される無能王と、ガリア王家の正等後継者として帰って来たシャルロット王女との全面対決はもはや必至と誰もが思っていた。
 そして戦争の中心にいた才人やルイズたちも、ブリミルとの別れから、再会や出会いを経て、新たな戦いへ向けての準備を始めている。しかし彼らは、これが正しいことと理解しながらも一抹の寂しさを覚えていた。
「なんかタバサのやつ、ずいぶん遠くに行っちまった気がするな」
 才人は、ガリアの女王としてガリア兵士の前でふるまうタバサを見るたびにそう思うのだった。正確にはまだ正式に即位していないので女王というのは自称に過ぎないのだが、トリステインに投降したガリア兵をはじめ、ほとんどの人間がいまやシャルロット女王こそガリアの正統なる統治者だと認識していた。
 これはシャルロット王女が始祖ブリミルの直接の祝福を受けたことが最大の理由ではあるが、単純に、タバサの父であったオルレアン公の人気の高さと、ジョゼフの人望のなさが反映されたというのも大きい。
 オルレアン公が暗殺されたのは四年前。ルイズたちもまだまだ子供の頃で、しかも外国のことであるので当時は詳しくなかったのだが、まさか自分たちのクラスメイトがその渦中の人になるとは想像もできなかった。
「すんなりアンリエッタ女王に決まったトリステインは幸運だったのかもしれないわね。たったひとつの王の椅子を巡って家族で争う、ね……タバサ……でも、それがあの子の選んだ道なのよ。むしろ、これまで友人でいられたことのほうがおかしかったのよ」

808ウルトラ5番目の使い魔 59話 (4/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:49:37 ID:9ZOoAC8I
 ルイズも、もしもカトレアやエレオノールと争うことになっていたらと思うとぞっとした。自分は貴族の責務を背負っていることを自覚してきたが、王族の責務からしたら軽いものだ。
 今ではタバサにまともに話しかける機会さえなかなかない。しかしそんなわずかな機会に話した中でも、タバサはガリアのために女王となることに迷いを見せてはいなかった。
「本来はわたし一人であの男と決着をつけるつもりだった。でも、もうこれ以上わたしの私情で対決を引き伸ばして世界中に迷惑をかけるわけにはいかない。わたしはガリアの女王になる、これはもう決めたことだから」
 タバサにはっきりとそう告げられ、ルイズたちはそれ以上なにも言うことはできなかった。
「タバサもきっと、わたしたちと同じように異世界でいろんな経験をしてきたのよ。寂しいけど、きっとそれがガリアにとってもタバサ自身にとってもきっと一番いいことなんだわ」
「そうだよな、おれたちはタバサの意思を尊重しなくちゃいけない……ってのはわかってんだけど、もう学院に戻れてもタバサはいないんだぜ。やっぱり寂しいぜ」
「サイト、もうわたしたちの感情でどうこうできるレベルの話じゃないのよ。それに、寂しいっていうならキュルケが我慢してるのに、わたしたちが愚痴を言うわけにはいかないわよ」
 ふたりとも、タバサにはこれまで多くの借りがあった。それを返したい気持ちも多々あるが、ルイズの言うとおり、一国の運命がかかっているというのに自分たちの私情でタバサに迷惑をかけることはできなかった。
 ガリア王国がタバサの手に渡るか、それともジョゼフの手にあり続けるか。それによってガリアだけでも何十万人もの生死に関わってくることと言われれば、才人も返す言葉がなかった。こればかりはウルトラマンたちがいようとどうすることもできない。
 コルベールやギーシュたちも、タバサが実はガリアの王女だったと知って驚いたものの、今ではできるだけ彼女を支えるべく行動している。彼らはルイズと同じく、貴族や王族の責務というものを心得ていて、才人はギーシュたちのそんな切り替えの速さを見ながら、やはり自分はこの世界の人間とは異質な存在なんだなと心の片隅で思っていた。
「なあルイズ、確か学院の予定だったら、もうすぐ全校校外実習……要するに遠足だろ? せめてそれくらい」
「サイト! 今はそんなこと言ってる場合じゃないって何度言えばわかるのよ。今タバサがガリアを統治できたらハルケギニアはようやく安定できるわ。それが、一番多くの人のためになることで、それはタバサにしかできないことだって、これ以上言わせると承知しないわよ!」
「ご、ごめん。でも、どうしても釈然としなくてさ。やっと教皇を倒してホッとできると思ったらまた戦争だぜ。これで本当に平和が来るのかと思ってさ」
 才人の暗い表情に、ルイズも気分が悪いのは同調していた。
 もしもガリアをタバサが統治できれば、アルビオン・トリステイン・ガリアで強固な連帯が組まれてハルケギニアは安定する。そして三国が協調すればゲルマニアも追従せざるを得なくなる。ロマリアは勢力が大幅に減退してしまっており問題にならず、実質的にハルケギニアに平和が訪れるということになるのだ。
 もちろん、完全な平和とはいかないが、平和とは地球でも均衡の上に成り立つものだ。そもそも世界中の人間が心から仲良く、などとなれば『国』というものがいらなくなる。残念ながら、それが実現するのは遠い遠い未来のお話であろう。
 うかない気分をぬぐいきれずに、次の戦いの準備を進める才人たち。その様子を、ウルトラマンたちも複雑な心境で見守っていた。

809ウルトラ5番目の使い魔 59話 (5/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:56:30 ID:9ZOoAC8I
「長引きすぎる戦いに、皆が疲れ始めているようだ。しかし、我々にはどうすることもできない」
 再び旅立ったモロボシ・ダンが言い残した言葉である。彼をはじめ、どの世界のウルトラマンもこの戦争には関与できない。もしもジョゼフが怪獣を投入してきた場合は別だが、それ以外では静観するしかないのだ。
 この戦争は、あくまでハルケギニアの人間同士の勢力争いである。宇宙警備隊の範疇ではなく、我夢やアスカらにしても直接関わるのははばかられた。彼らは戦争中にヤプールや他の侵略者が介入してこないかを見張ってくれている。
 だが、彼らは外部からの侵略者よりも、この世界での友人たちの内面が受ける心配をしていた。特にウルトラマンアグルこと、藤宮博也はこの世界の状況を見て我夢にこう言っている。
「人間は、自分が”狙われている”という状況にいつまでも耐えられるほど強くはない。この世界の人間たちも、俺たちの世界の人間たちと同じ過ちを犯しかねない状況になっている」
 我夢や藤宮のいた世界では、いつ終わるともわからない破滅招来体との戦いの中で人間たちは焦り、地底貫通弾による地底怪獣の早期抹殺や、ワープミサイルでの怪獣惑星の爆破などといった強攻策を浅慮に選んで手痛い目に何度も会っている。M78世界でも、防衛軍内を騒然とさせた超兵器R1号計画の推移も、度重なる宇宙からの侵略に地球人たちが「いいかげんにしろ」としびれを切らせた気持ちがあったことをダンは理解している。戦いに疲れ果て、もう戦うのは嫌だという気持ちが人に正気を失わせてしまうのだ。
 今のハルケギニアは、長引く戦いで疲れが溜まりきってしまっている。このまま開戦すれば、決着を焦った人々によって何が起こるかわからない。ウルトラマンたちはそれを懸念していた。
 けれど、戦いを避けるという選択肢が実質ないことも皆が理解していた。当初、アンリエッタらは圧倒的戦力差を背景にしてジョゼフに生命の保証を条件に降伏を迫ろうと提案したが、タバサがジョゼフの異常性を主張して断念させた。
「忘れないでほしい。あの男は、王になるために自分の弟を殺した男だということを。そして、王でなくなったあの男を受け入れるところなんて世界中のどこにもない、ガリアの民がそれを許さないということを」
 一切の反論を封じる、タバサの氷のような視線が残酷な現実を突きつけていた。
 ジョゼフの積み上げてきた業は、もう生きて清算できるようなものではない憎悪をガリアの民から買っている。ガリアの民は、ジョゼフの支配が完全な形で終わることを望んでいた。
 
 トリステインでは、前の戦争で攻め込んできたガリア軍がそのままシャルロット女王の軍となり、ガリア解放のために動く準備を日々整えている。
 開戦の日は近い。才人たちは、あくまでもタバサに個人的に協力するという立場で、ひとつの街ほどの規模のあるガリア軍の宿営地で手伝いを続けていた。
 
 
 だが、戦いの火蓋は感情や理屈を無視して、文字通り災厄のように切って落とされた。

810ウルトラ5番目の使い魔 59話 (6/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:58:00 ID:9ZOoAC8I
「おわぁぁぁっ! なんだ、敵襲かぁ?」
 ガリア軍の宿営地に火の手があがった。同時に爆発音が鳴り、砂塵が舞い上がって悲鳴がこだまする。
 兵士たちの仮の寝床であるテントが次々と吹き飛ばされ、武器を持つ間もなく飛び出したガリア兵たちが右往左往と走り回る。
 それを引き起こしている元凶。それは、この一分ほど前、宿営地を襲った激震を前兆として現れた。
「地震か! おい、みんな外へ出ろ!」
 そのとき、テントの中では才人やルイズがギーシュたち水精霊騎士隊と休息をとっていた。しかし、突然の地震に驚き、とにかく外へと飛び出たとき、彼らは地中から空へと躍り出る信じられないものを目の当たりにしたのだ。
「サイト! あの円盤は」
「あれは! なんであれがまた!?」
 地中から現れて、宿営地を見下ろすように空に浮かんでいる光り輝くUFOの姿にルイズと才人は愕然とした。
 白色に輝くあのUFOは、一年前の雨の夜、リッシュモンが操ってトリスタニアを襲撃したものとまったく同じだったのだ。
 だがあれは確かに破壊したはず。それがなぜまた現れる!? 同じ型のUFOがまだあったのか? だがUFOは困惑する才人たちを尻目に、破壊光線を乱射して宿営地を攻撃し始めた。あまりに突然の襲撃に、宿営地は完全に秩序を失った混乱に陥っている。
「くそっ、考えてる暇はねえか。ルイズ、あいててて!」
「遅いわよバカ犬。このままじゃガリア軍はすぐ全滅しちゃうわ、戦えるのはわたしたちしかいない。行くわよ」
 ルイズは才人の耳を引っ張りながら連れ出そうとした。完全にふいを打たれたガリア軍に邀撃する術はなく、トリステインから援軍が来るのを待っている余裕もない。
 いや、迎え撃つ余裕があったとしても、竜騎士の力程度ではあのUFOに対抗する術はない。なにより、今ここを襲撃してくるのはジョゼフの息のかかったものに違いない。ここには全軍を統率する立場としてタバサもいる。タバサがやられたらガリアは完全におしまいだ。
「あんなのが出てきたなら、こっちだって遠慮する必要はないわ。わたしのエクスプロージョンで叩き落してあげる、それでダメならわかってるんでしょバカ犬!」
「わかったわかった! わかったからもうやめろってご主人様」
 UFOが相手ならウルトラマンAも遠慮する必要はない。ともかく、ギーシュたちの目の届かない場所に移動するのが先決だ。幸い連中もあたふたしていて、今ふたりが姿を消したとしても気づかれない。
 だが、UFOはふたりが行動を起こすよりも早く、下部からリング状の光線を放射して地上にあの怪獣を出現させた。黒光りするヌメヌメとした体表に、黄色い目を持ち、体から無数の触手を生やしたグロテスクなあの怪獣は。

811ウルトラ5番目の使い魔 59話 (7/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 11:59:15 ID:9ZOoAC8I
「アブドラールス! くそっ、あいつも前に倒したはずなのに。どっからまた出てきやがった!」
 才人が毒づく前で、アブドラールスはさっそく目から破壊光線を放って宿営地を破壊し始めた。その圧倒的な猛威の前には、ガリア軍は文字通り成すすべもない。
 もう躊躇している場合ではない。ここにいるウルトラマンはエースだけ、才人とルイズは急いで変身をしようと踵を返しかけた、だがその瞬間。
「うわっ! なんだこの突風は!?」
 猛烈な風が吹いて、才人は飛ばされそうになったルイズを抱きとめてかがんだ。
 うっすらと目を開けて見れば、さっきまでいたテントが突風にあおられて飛んでいき、ギーシュたちも手近なものに掴まってこらえている。
 あのUFOかアブドラールスの仕業か? だがどちらも突風を起こすような攻撃は持っていなかったはず、なのにと才人が考えたとき、空を見上げたルイズが引きつった声で才人に言った。
「サ、サイト、空を見て!」
「な、なんだよ……そんな……そんなことってあるかよ!」
 才人は自分の目が信じられなかった。空を飛びまわる船ほどもある巨大な鳥、それは以前にアルビオンで戦って倒したはずのあの怪獣。
「円盤生物サタンモア! どうなってんだ、なんでまた倒したはずの奴が」
 奴は確かにアルビオンで葬ったはず。しかし、驚くべきことはそれだけではなかった。サタンモアの背中に人影が現れ、才人とルイズにとって聞き覚えのある声で呼びかけてきたのだ。
「久しぶりだねルイズ、それに使い魔の少年!」
「その声、そんな……そんな、ありえない!」
「てめえ! なんでここにいやがる。てめえ、てめえは確かにあのときに」
 ルイズと才人にとっての忌むべき敵のひとり。トリステインの貴族の衣装をまとい、レイピア状の杖を向けてくるつば広の帽子をかぶった男。

812ウルトラ5番目の使い魔 59話 (8/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:00:56 ID:9ZOoAC8I
 だが、こいつはとうにこの世からいないはずだ。それが何故ここに? 才人とルイズの頭に怒りを上回る困惑が湧いてくる。
 混乱を増していく戦場。いったいなにが起こって、いや起ころうとしているのだろうか? これもジョゼフの策略なのだろうか?
 
 
 だが、混沌の元凶はジョゼフではなかった。それは、ジョゼフさえも観客として、自分が作り出したこの惨劇を遠くガリアのヴィルサルテイル宮殿から眺めている。
「さあ、楽しいショーが始まりましたよ。王様、とくとご覧ください。そうすれば私の言ったことが本当だとおわかりになるでしょう。そうしたら、私のお願い、かなえてくれますよね? ウフフフ」
「……」
 遠くトリステインの状況を映し出しているモニターを、ジョゼフが無言で見つめている。その表情にはいつもの自分を含めたすべてをあざ笑っているような余裕はなく、この男には似つかわしくはない緊張が張り付いていた。
 この部屋には、そんな様子を怒りをかみ殺しながら見守っているシェフィールドと、もうひとり人間ならざる者が宙にぷかぷか浮きながら楽しそうな笑い声を漏らしている。
 
 教皇に対してさえ平常を崩さなかったジョゼフに態度を変えさせる、こいつはいったい何者なのであろうか?
 それはむろん、ハルケギニアの者ではない。人間たちの思惑などは完全に無視して、戦争の気配が再度高まるハルケギニアに、誰一人として予想していなかった第三者が介入を計ろうとしていたのだ。
 
 それはこのほんの数時間前のこと。そいつは誰にも気づかれずに時空を超えてハルケギニアにやってくると、楽しそうに笑いながらガリアに向かった。
「ここが、ふふーん……なかなか良さそうな星じゃありませんか。ウフフフ」
 それは痛烈な皮肉であったかもしれない。今のガリアは王政府が混乱の巷にあり、貴族や役人たちが不毛な議論に時間を浪費し続けていた。もっともジョゼフはそんなことには何らの興味も持たず、タバサとの最後のゲームに向けて、機が熟するのを暇を持て余しながら気ままに待っていた。
 ジョゼフのいるのはグラン・トロワの最奥の王族の居住区。豪奢な寝室のテラスからは広大な庭園が一望でき、太陽の戻ってきた空の下で花や草が生き生きと美しく輝いている。それに対して、グラン・トロワの大会議室では大臣たちがシャルロット王女の立脚に対して、王政府はどう出ようかと紛糾しているのだが、ここには飽きもせず続いている罵詈雑言の嵐も届きはしない。
「まったく変なものだ。命が惜しければ、さっさと領地に逃げもどるなり、シャルロットに頭を下げるなりすればいいものを。いつまで宮殿に張り付いて、決まりもしない大義とやらを探し求めているのやら」

813ウルトラ5番目の使い魔 59話 (9/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:02:31 ID:9ZOoAC8I
「ジョゼフ様、彼らはせっかく手に入れた地位を奪われるのが怖いのですわよ。シャルロット姫が帰ってくれば、彼らは確実に失脚します。命は助けられたとしても、一生を閑職で過ごすことになるのは明白。他人を見下すことに慣れた人間は、自分が見下されるようになるのが我慢できないのですわ」
 傍らに控えるシェフィールドが疑問に答えると、ジョゼフは理解できないというふうに首を振った。
「人を見下すというものが、そんなにいいものなのか余にはわからぬな。余は王族だが、すべてにおいて弟に劣る兄として侍従にまで見下されて育ったものよ。増して、今は世界中の人間が余を無能王と呼んでいる。そんな無能王の家来が、いったい誰を見下せるのか? 大臣たちはそんなこともわからんと見える」
 心底あきれ果てた様子で笑うジョゼフに、シェフィールドはうやうやしく頭を下げた。
「まったくそのとおりです。やがてシャルロット姫は軍勢を率いてここに攻めてくるでしょう。彼らにはそのとき、適当な捨て駒になってもらいましょう」
「はっはは、捨て駒にしても誰も惜しまなさ過ぎてつまらんな。今やガリアの名のある者は続々とシャルロットの下に集っている。対して余にはゴミばかり……フフ、これだけ絶望的な状況でゲームを組み立てるのもまた一興。シャルロット、早く来い! ここは退屈で退屈でかなわん。俺の首ならくれてやるから、代わりに俺はガリアの燃える姿を見せてやる。そのときのお前の顔を見て、俺の心は震えるのか? 今の俺にはそれだけが楽しみなのだ」
 空に向かって吼えるジョゼフ。その顔には追い詰められた暴君が死刑台に怯える気配は微塵も無く、最後に己の城に火を放って全てを道連れにしようとする城主をもしのぐ、すべてに愛着を捨てた虚無の残り火だけがくすぶり続けていた。
 
 すでにジョゼフの胸中には、これから起こるであろう戦争をいかに凄惨な惨劇にしようかという試案がいくつも浮かんでいる。数万、数十万、うまくいけば数百万の人命を地獄の業火に巻き込む腹案さえもある。
 だが、シェフィールドに酌をさせながら思案をめぐらせるジョゼフの下に、突如どこからともなく聞きなれない笑い声が響いてきた。
「おっほっほほ、これはまた聞きしに勝るきょーおーっぷりですねえ。人の上に立つ者とは思えないその投げ槍っぷり、わざわざ足を運んだかいがあったというものです」
 わざと音程に抑揚をつけて、聞く相手を不快にさせるためにしゃべっているような声に、真っ先に反応したのは当然シェフィールドだった。「何者!」と叫び、声のした方向に立ちふさがってジョゼフを守ろうとする。
 そして声の主は、自分の存在を誇示するように堂々とふたりの前に現れた。
「どぉーも、はじめまして王様。本日はお日柄もよく、たいへんご機嫌うるわしく存じます。ううぅーん? この世界のお辞儀って、これでよかったですかね」
 敬語まじりではあっても明らかに相手を小ばかにした物言い。ジョゼフたちの前に現れたそいつは、身の丈こそ人間と同じくらいではあるものの、ハルケギニアのいかなる種族とも似ていないいかつい姿をしていた。

814ウルトラ5番目の使い魔 59話 (10/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:04:17 ID:9ZOoAC8I
 ”宇宙人か?” すでにムザン星人やレイビーク星人などの宇宙人をいくらか見知っていたシェフィールドはそう推測したが、そいつはシェフィールドの知っているいずれの星人とも似ていなかった。また、シェフィールドは自身の情報力で、ハルケギニアに現れたほかの宇宙人の情報も可能な限り調べ、その容姿も頭に入れていたが、やはりそのどれとも該当しない。仮にここに才人がいたとしても「知らない」と言うだろう。
 シェフィールドは長い黒髪の下の瞳を鋭く切り上げて、ほんの数メイル先で無遠慮に立っている宇宙人の悪魔にも似た姿を睨みつける。いざとなれば、その額にミョズニトニルンのルーンを輝かせ、隠し持った魔道具で八つ裂きにするつもりだ。
 だがジョゼフはシェフィールドを悠然と制し、目の前の宇宙人にのんびりと話しかけた。
「まあ待てミューズよ。余に害を成すつもりならば、頭にカビの生えた騎士でもなければさっさとふいをつけばいいだけであろう。はっはっはっ、ロマリアの奴といい、悪党はノックをせずに入ってくるのが世界的なマナーらしいな」
「あら? 私としたことが誰かの二番煎じでしたか。これは恥ずかしい、次からは花束でも持参で来ることにいたしましょう。あっと、申し送れました。私、こういう者で、この方の紹介で参りました」
 わざとらしい仕草でジョゼフのジョークに答えると、宇宙人は二枚の名刺を取り出してシェフィールドに手渡した。
 ご丁寧にガリア語で書いてある名刺の一枚はその宇宙人の名前が、もう一枚にはジョゼフとシェフィールドのよく知っているあいつの名前が書かれていた。
「チャリジャ……」
「ほう? あいつの名前も久しぶりに聞いたな。なるほど、あいつの知り合いか」
 シェフィールドは面倒そうに、ジョゼフは口元に笑みを浮かべながらつぶやいた。
 宇宙魔人チャリジャ、別名怪獣バイヤー。過去に、ふとしたことからハルケギニアを訪れ、この世界で怪獣を収集するかたわらジョゼフにも色々と怪獣や異世界の珍しいものを提供してくれた。商人らしく、やるべきことが済むとハルケギニアから去っていってしまったが、小太りで白塗りの顔におどけた態度は忘れようも無く覚えている。
 まさかチャリジャの名前をまた聞くことになるとは思わなかった。異世界のことは自分たちには知る方法もないが、どうやら元気に商売にせいを出しているらしい。それでと、ジョゼフが視線を向けるとそいつは楽しそうにチャリジャとの関係を話し出した。
「ええ、私もいろいろなところを歩き回ることの多いもので、彼とはある時に偶然出会って意気投合しましてねえ。それで、とある怪獣のお話になったところで、彼からあなたとこの世界のことを聞きまして。私の目的にベリーフィット! ということなのではるばるやってきた次第です」
「それはまたご苦労なことだな。で? お前は余に何の用があるというのだ? 余は退屈してたところだ、少し前まで多少は楽しいゲームを提供してくれていた奴がいたのだが、勝手に負けていなくなってしまってな。この世界が欲しいというなら手を貸してやらんでもないぞ? うん?」
 やや嫌味っぽく言うジョゼフは、その態度で相手を計ろうとしていた。これまで自分に興味を持って利用しようと接触してきた奴はいろいろいたが、いずれも途中で脱落していった。ましてやこれから始めるゲームは、シャルロットとの最後の対戦になることは確実なのだ、三下を入れてつまらなくはしたくない。

815ウルトラ5番目の使い魔 59話 (11/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:05:12 ID:9ZOoAC8I
 しかし、宇宙人はジョゼフの嫌味に気分を害した風もなく、むしろ肩を揺らして笑いながら言った。
「いえいえ、侵略などとんでもない。ウルトラマンがこれだけ守ってるところに侵略をかけるなんて、やるならもっと強いお方と組みますとも。実は私、同胞がちょっと面白そうなことを計画していましてね。その手伝いをできないかと考えていたのですが、あなたを利用するのが一番手っ取り早いと……おっと、私ったら余計なことまで言っちゃいました。気にしないでください」
 その言い返しにシェフィールドは唇を歪めた。間接的にジョゼフを馬鹿にされただけでなく、おどけた口調の中でもこちらを見下す態度を隠そうともしていない。話しているときの不快度ではチャリジャやロマリアの連中以上かもしれない。
 だがジョゼフは相変わらず気にもせずに薄ら笑いを続けている。元より傷つけられて困るプライドがないせいもあり、何事も他人事を言っているようにも聞こえる不快な態度をとるのは彼も似たようなものである。
「ははは、よいよい、悪党は悪党らしくせねばな。それで、余にどうしろというのだ? 悪事の片棒を担ぐのはやぶさかではないが、余もそこまで暇ではない。利用されるかいがあるような、それなりに立派な目的なのかな、それは?」
 つまらない理由なら盛大に笑ってやるつもりでジョゼフはいた。宇宙人を相手にしてはミョズニトニルンや自分の虚無の魔法でもかなわない公算が高いが、かといって惜しい命も持ち合わせてはいない。
 宇宙人は、その手を顔に当てて大仰に笑った仕草をとった。どうやらジョゼフの物怖じしない態度が気に入ったらしい。そいつは、ジョゼフに自分の目的を語って聞かせると、さらに得意げに言った。
「……と、いうわけでご協力をいただきたいのですよ。どうです? 王様に損はないでしょう。それに、王様と王女様のゲームとしても存分に楽しめると思いますよ。なにより、私も見てて面白そうですしねえ」
「なるほど、確かに一石二鳥で、しかも余から見てさえ悪趣味なことこの上無いゲームだな……だが、貴様はひとつ忘れているぞ。そのゲーム、余はともかくとしてシャルロットが乗ってこなければ話になるまい。あの娘がこんな舞台に乗ってくるとは思えんがな」
「だぁいじょうぶですとも! チャリジャさんからそのあたりの事情はよーく聞き及んでおります。ですから、あなた方に是非とも参加いただけるほどの、素敵な景品をプレゼントさせていただきますよ。ゲームが終わった暁には、王様へのお礼もかねて、
なな、なんと特別に!」
 宇宙人は高らかに、ジョゼフに向かって『豪華プレゼント』の中身を暴露した。
 その内容に、シェフィールドは戦慄し、そしてジョゼフも。
「な、んだと……?」
 なんと、ジョゼフの表情に狼狽が浮かんでいた。あの、自分を含めた世界のすべてに対して唾を吐きかけて踏みにじってなお、眉ひとつ動かさないほどにこの世に冷め切っているジョゼフがである。

816ウルトラ5番目の使い魔 59話 (12/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:05:59 ID:9ZOoAC8I
 あの日以来、何年ぶりかになる脂汗がジョゼフの額に浮かんでくる。だが宇宙人は、ジョゼフとシェフィールドが怒声を上げるより早く、勝ち誇るように宣言してみせた。
「おやおや、ご信用いただけない様子? では、お近づきの挨拶もかねて軽いデモンストレーションをいたしましょう。それできっと、私の言うことが本当だと信じていただけるでしょう。フフ、アーッハッハハ!」
 狂気さえにじませる宇宙人の笑い声がグラン・トロワに響き渡った。
 この日を境に、ジョゼフとタバサの最後の決闘となるはずだった歴史は、いたずらな第三者の介入によって狂い始める。その魔の手によって混沌と化していく未来が、魔女の顔をして幕から姿を現そうとしている。
 
 
 所は移り変わってトリステイン。時間を今に戻して、燃え盛る宿営地に二匹の怪獣が暴れ周り、人とも物ともつかぬものが舞い上げられていく。
 その頃、タバサは北花壇騎士として培った経験からすぐに衝撃から立ち直り、杖を持って飛び出していた。そしてすぐにトリステインに連絡をとり、援軍を要請するよう指示を出すとともに混乱する軍をまとめるために声をあげる。そこには戦士としてのタバサではなく、指導者としてのタバサがいた。
 タバサは、この襲撃がジョゼフによるものであることを確信していた。戦争が始まる前に、反抗勢力ごと自分を抹殺するつもりなのか? だけど、わたしはあなたの首をとるまでは死ぬつもりはない。
 だがタバサといえども、これがそんな常識的な判断によるものではなく、よりひねくれた、より壮大且つ宇宙全体に対して巨大な影響を与えるほどの計画の前哨であることを知る由もなかった。
 そして、これがタバサとジョゼフの最後の対決を、まったく誰も予測していなかった方向へ導くことも、ハルケギニア全体に壮大な悲喜劇を撒き散らすことも誰も知らない。
 
 それでも、運命の歯車は無慈悲に回り続けている。
 空を飛ぶサタンモアの背に立つ男から、ウィンドブレイクの魔法が地上の才人めがけて撃ちかけられてきた!

817ウルトラ5番目の使い魔 59話 (13/13) ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:07:11 ID:9ZOoAC8I
「相棒、俺を使え!」
「わかったぜ!」
 才人は背中に手を伸ばし、再生デルフリンガーを抜き放った。
「でやぁぁぁっ!」
 魔法の風が刀身に吸い込まれ、才人とルイズには傷一つつけられずに消滅した。しかし、男はむしろ楽しそうにあざ笑う。
「どうやら腕は落ちていないようだね使い魔の少年、そうこなくては面白くない。以前の借りをルイズともどもまとめて返させてもらおうか」
「てめえこそ、どうやら幽霊じゃねえみたいだな。いったいどうやって戻ってきやがった、ワルド!」
 
 倒したはずの怪獣、死んだはずの人間。それが現れてくる理解不能な現実。
 常識は非常識に塗り替えられ、前の編の総括すらすまないまま、新たな幕開けは嵐のようにやってきた。
 役者はまだ舞台に上がりきってすらいない。しかし、客席から乱入してきた飛び入りによってカーテンコールは強要され、悲劇の幕開けは笑劇へと変えられた。
 それでも運命という支配人は残酷な歯車を回し続ける。舞台セットや奈落が勝手に動き回る狂乱の舞台が、ここに始まった。
 
 
 続く

818ウルトラ5番目の使い魔 あとがき ◆213pT8BiCc:2017/06/07(水) 12:11:59 ID:9ZOoAC8I
今回はここまでです。新章初、お楽しみいただけたでしょうか。
最初ですので勢いとインパクト重視でいきました。そのせいでハルケギニアに来たアスカや我夢たちがどうしたのかということを楽しみにしていただいていた方にはすみませんが、それらも順を追って書いていきますのでお待ちください。

819ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:39:36 ID:hRNpquWg
5番目の人、乙です。続く形で投下します。
開始は3:42からで。

820ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:43:02 ID:hRNpquWg
ウルトラマンゼロの使い魔
第百四十四話「六冊目『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(その2)」
双頭怪獣キングパンドン
地獄星人スーパーヒッポリト星人
剛力怪獣キングシルバゴン
超力怪獣キングゴルドラス
風ノ魔王獣マガバッサー
土ノ魔王獣マガグランドキング
水ノ魔王獣マガジャッパ
火ノ魔王獣マガパンドン 登場

 ルイズの魔力を奪った『古き本』も遂に最後の一冊となった。最後の本は、かつてウルトラマン
メビウスが赤い靴の少女に導かれて迷い込んだパラレルワールドの地球。そこにはウルトラ戦士は
いないのだが、そんな世界を侵略者が狙っている。才人とゼロは位相のずれた空間で、キングゲスラに
襲われる青年を発見するが、何故かメビウスが現れない。その時ゼロは気がついた。この物語では、
自分たちがメビウスの役割を果たすのだと! キングゲスラを撃退したゼロたちは、青年――
マドカ・ダイゴと邂逅を果たす。

 ダイゴに赤い靴の少女から聞かされた、「七人の勇者」のことを話した才人は、それらしい
人たちに心当たりがあるというダイゴに導かれて、ある四人のところへ行った。
「おお、ダイゴ君。そちらは?」
 その四人とは、自転車屋のハヤタ、ハワイアンレストラン店主のモロボシ・ダン、自動車
整備工場の郷秀樹、パン屋の北斗星司。……ゼロがよく知っている、ウルトラマン、セブン、
ジャック、エースの地球人としての姿そのままであった。ダイゴは彼らがウルトラ戦士に
変身するのを幻視したのだという。
 だがこの世界での彼らは、ウルトラ戦士ではない普通の地球人であった。ウルトラ戦士に
変身する力を秘めているのはまず間違いないであろうが、それはどうやったら目覚めさせる
ことが出来るのだろうか……。
『ゼロ、ウルトラマンメビウスから方法とか聞いてないのか?』
『いや……詳しいこと聞いた訳じゃねぇからなぁ……』
 才人が困っているのを見て取って、ダイゴが励ますように告げた。
「まだ、あきらめることないよ。だって……あの四人は、この世界でもヒーローだから。
いくつになっても夢を忘れないって言うか、カッコよくて、小さい頃と同じように
憧れられる、特別な人たち……。だから、きっと思い出すと思うんだ! 自分たちが、
別の世界ではウルトラマンだったってこと!」
「そうですね……俺も信じます!」
 ダイゴの呼びかけに才人が固くうなずくと、ダイゴはふとつぶやいた。
「でも、残る三人の勇者は誰なんだろう。この街のどこかにいるのかな」
 すると才人が告げる。
「その内の一人は、ダイゴさんだと俺は思います!」
「えぇッ!? 俺!?」
 仰天して目を丸くしたダイゴは、ぶんぶん首を振って否定した。
「そ、それはないよ! 僕なんかは、ハヤタさんたちとは全然違うから……夢も途中で
あきらめてしまったし……僕にウルトラマンになる資格なんてないよ」
 自嘲するダイゴに、才人は熱心に述べる。
「いいえ。ダイゴさんには強い勇気があるじゃないですか。俺たちが危ない時に、危険に
飛び込んで助言をくれました」
「あ、あの程度のこと、別に普通さ……」
「いえ、勇気があってこそです」
 ダイゴに己のことを語る才人。
「俺も初めは、特に取り柄のない普通の人間でした。だけど勇気を持ったから、今でも
ウルトラマンゼロなんです。勇気を持つ人は……誰でもウルトラマンになれます!」
「才人君……」

821ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:45:00 ID:hRNpquWg
 熱を込めて呼び掛けていた才人だったが、その時にゼロが警戒の声を発する。
『才人ッ! やばいのが近づいてきたぜ!』
「ッ!」
 バッと振り返った才人の視線の先では、海から怪しい竜巻が沿岸の工場地区にまっすぐ
上陸してきた。その竜巻が消え去ると、真っ赤な双頭の怪獣が中から姿を現す!
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
「怪獣!?」
 才人は工場区で暴れ始める怪獣に酷似したものを二度見覚えがあった。
「あいつは、パンドン!」
 パンドンが強化改造されて生み出された、キングパンドンだ! ダイゴは現実に現れた
怪獣の姿に驚愕する。
「でも、どうして!? 僕の住む世界に、本物の怪獣はいないはずなのに……!」
「誰かが呼び寄せたんです! それが、少女の言った勇者が必要な理由……!」
 キングパンドンは火炎弾を吐いて街への攻撃を始める。こうしてはいられない。
「ダイゴさん!」
「……行くんだね……戦いに……!」
 うなずいた才人は前に飛び出し、ゼロアイを取り出す。
「デュワッ!」
 才人はすぐさまウルトラマンゼロに変身を遂げ、パンドンの前に立ちはだかった! パンドンは
即座に敵意をゼロに向ける。
『さぁ……これ以上の暴挙は二万年早いぜ!』
 下唇をぬぐったゼロに、パンドンは火炎弾を連射して先制攻撃を仕掛ける。
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
『だぁッ!』
 だがゼロは相手の出方を読み、素手で火炎弾を全て空に弾いていく。
『行くぜッ!』
 頃合いを見て飛び出し、パンドンに飛び掛かろうとするも、その瞬間パンドンは双頭から
赤と青の二色の破壊光線を発射した!
 反射的に腕を交差してガードしたゼロだが、光線は防御の上からゼロを押してはね飛ばす。
『うおあッ! 何つぅ圧力だ……!』
 キングパンドンは極限まで戦闘に特化された個体。そのパワーは通常種のパンドン、
ネオパンドンをも上回るのだ。
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
 仰向けに倒れたゼロに対し、パンドンは破壊光線を吐き続けて執拗に追撃する。
『ぐわあああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』
 ゼロの姿が爆炎の中に呑み込まれる。
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
 高々と勝ち誇ったパンドンは、今度は街を手当たり次第に破壊しようとするが……その二つの
脳天に手の平が覆い被さった!
『なんてな!』
「!!?」
 ゼロが器用に、パンドンの首を支えにして逆立ちしたのだ!
「キイイイイイイイイ! キュイイイイイイ!」
『自分の攻撃で自分の視界をさえぎってちゃ世話ねぇな! はぁッ!』
 ゼロはグルリと回ってパンドンの後頭部に強烈なキックを炸裂した。蹴り飛ばされたパンドンだが
反転して再度火炎弾を連射する。
『そいつは見切ったぜ!』
 しかしゼロはゼロスラッガーを飛ばして全弾切り落とし、更にパンドンの胴体も斬りつける。
「キイイイイイイイイ!!」
『行くぜッ! フィニッシュだぁッ!』
 左腕を横に伸ばし、ワイドゼロショット! 必殺光線がキングパンドンに命中して、瞬時に
爆散させた!

822ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:47:45 ID:hRNpquWg
「やったッ!」
 短く歓声を発したダイゴに、ゼロはサムズアップを向ける。ダイゴもサムズアップで応えるが……。
『ッ!』
 ゼロの周囲にいきなり透明なカプセルが現れる! ――その寸前に、ゼロは側転でカプセルを
回避した。
『危ねぇッ!』
 ぎりぎりでカプセルに閉じ込められるのを逃れたゼロの前に、空から怪しい黒い煙が渦を
巻いて降ってくる。
『ほぉう……よく今のをかわしたものだな。完全な不意打ちのはずだったが……』
『へッ……似たようなことがあったからな』
 黒い煙が実体化して出現したのは、ヒッポリト星人に酷似した宇宙人……より頭身が上がり、
力もまた増したスーパーヒッポリト星人だ! 今のはヒッポリトカプセル……捕まっていたら
間違いなくアウトであった。
 十八番のカプセルを避けられたヒッポリト星人だが、その態度に余裕の色は消えない。
『だが、お前のエネルギーは既に消耗している。どの道貴様はこのヒッポリト星人に倒される
運命にあるのだ!』
 ヒッポリト星人の指摘通り、ゼロのカラータイマーはキングパンドン戦で既に赤く点滅していた。
さすがにダメージをもらいすぎたか。
『ほざきな。テメェをぶっ倒す分には、何ら問題はねぇぜ!』
 それでもひるまないゼロであったが、ヒッポリト星人は嘲笑を向ける。
『馬鹿め。怪獣があれで終わりだとでも思ったかッ!』
 ヒッポリト星人が片腕を上げると、地面が突如陥没、また空間の一部が歪み、この場に
新たな怪獣が二体も出現する!
「グルウウウウゥゥゥゥ!」
「ギュルウウウウゥゥゥゥ!」
 キングゲスラやキングパンドンと同様に、強化改造を施されたキングシルバゴンとキング
ゴルドラスだ! 新たな怪獣の出現に舌打ちするゼロ。
『くッ、まだいやがったか。だが三対一だって俺は負けな……!』
 言いかけたところで、空から黒い煙が四か所、ゼロの四方を取り囲むように降り注いだ!
『何!?』
 黒い煙はヒッポリト星人の時のように、それぞれが怪獣の姿になる。
「ミィィィィ――――! プォォォ――――――!」
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
「グワアアアァァァァァ! ジャパッパッ!」
「ガガァッ! ガガァッ!」
 鳥のような怪獣、グランドキングに酷似したもの、魚と獣を足し合わせたような怪物、
またパンドンに酷似した個体の四種類。それらは皆額に赤く禍々しい色彩のクリスタルが
埋め込まれていた。
『な、何だこいつらは……!』
 この四種は、あるモンスター銀河から生まれた「魔王獣」という種類の怪獣たち。風ノ魔王獣
マガバッサー、土ノ魔王獣マガグランドキング、水ノ魔王獣マガジャッパ、火ノ魔王獣マガパンドン。
内の一体を、現実世界のあるレベル3バースにて封印することになるということを、今のゼロは
まだ知らない。
 それより今はこの現状だ。さすがのゼロも、カラータイマーが点滅している状態で七体もの
敵に囲まれるのは厳しいと言わざるを得ない!
「ミィィィィ――――! プォォォ――――――!」
 しかし怪獣たちは情け容赦なく攻撃を開始する。まずはマガバッサーが大きく翼を羽ばたかせて
猛烈な突風を作り出し、ゼロに叩きつける。
『うおぉッ!』
「ガガァッ! ガガァッ!」
 身体のバランスが崩れたゼロに、マガパンドンが火炎弾を集中させる。
『ぐあぁぁぁッ!』
 灼熱の攻撃をゼロはまともに食らってしまった。更にキングシルバゴンも青い火炎弾を吐いて
ゼロを狙い撃ちにする。

823ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:49:39 ID:hRNpquWg
「グルウウウウゥゥゥゥ!」
『がぁぁッ! くッ、このぉッ!』
 瞬く間に追いつめられるゼロだが、それでもただやられるだけではいられないとばかりに
エメリウムスラッシュを放った。
 しかしキングゴルドラスの張ったバリヤーにより、呆気なく防がれてしまう。
「ギュルウウウウゥゥゥゥ!」
 ゴルドラスはカウンター気味に角から電撃光線を照射してきた。ゼロはそれを食らって、
更なるダメージを受ける。
『あぐあぁぁッ! くっそぉッ……!』
 それでもあきらめることのないゼロ。光線が駄目ならと、頭部のゼロスラッガーに手を掛けたが、
「グワアアアァァァァァ! ジャパッパッ!」
 そこにマガジャッパがラッパ状の鼻から猛烈な臭気ガスを噴き出す。
『うわあぁぁぁッ!? くっせぇッ!!』
 考えられないレベルの悪臭に、ゼロも我慢がならずに悶絶してしまった。その隙を突いて、
スーパーヒッポリト星人が胸部からの破壊光線をぶちかましてきた。
『うっぐわぁぁぁぁぁぁぁッ!』
 逆転の糸口を掴めず、一方的にやられるままのゼロ。ヒッポリト星人は無情にもとどめを宣告する。
『そこだ! やれぇッ!』
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
 マガグランドキングの腹部から超威力の破壊光線が発射され、ゼロの身体を貫く!
『が――!?』
 ゼロもとうとう巨体を維持することが叶わなくなり、肉体が光の粒子に分散して消滅してしまった。
「なッ!? さ、才人君ッ!」
 ダイゴは大慌てでゼロの消えた地点へと走り出す。一方でゼロを排除したヒッポリト星人は
高々と大笑いした。
『ウワッハッハッハッ! ウルトラマンはこのヒッポリト星人が倒した! これで邪魔者はいない! 
人間どもよ、絶望しろぉぉ――――!』
「グルウウウウゥゥゥゥ!」
「ギュルウウウウゥゥゥゥ!」
「ミィィィィ――――! プォォォ――――――!」
「グルウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
「グワアアアァァァァァ! ジャパッパッ!」
「ガガァッ! ガガァッ!」
 ヒッポリト星人の命令により、怪獣たちは思いのままに街を破壊し始める。巨体が街中を蹂躙し、
竜巻が街の中心を襲い、ビルが次々地中に沈んでいき、悪臭が広がり、火が街全体を焼いていく。
地獄絵図が展開され始めたのだ。
 そんな中でもダイゴは懸命に走り、ゼロの変身が解けた才人が倒れているのを発見した。
すぐに才人の上半身を抱えて起こすダイゴ。
「大丈夫か!? しっかりしてくれ!」
「うぅ……」
 才人はひどい重傷であった。ゼロの時にあまりにも重いダメージを受けてしまったのが、
彼の身体にも響いているのだ。
 息も絶え絶えの才人であったが、最後に残った力を振り絞って、己を介抱するダイゴの
手を握って告げる。
「あ、後のことはどうか……七人の勇者を見つけて……そして……」
 うっすら目を開いて、視界がかすれながらもダイゴの顔をまっすぐ見つめる。
「ダイゴさん……この世界を、救って下さい……!」
「そ、そんな! だから俺は勇者なんて……おい!?」
 困惑するダイゴだが、才人はそれを最後に意識の糸が切れた。
「しっかりするんだ! おーいッ!!」

824ウルトラマンゼロの使い魔 ◆5i.kSdufLc:2017/06/08(木) 03:51:54 ID:hRNpquWg
 ダイゴの必死の呼びかけが徐々に遠のいていき、才人の意識は闇に沈んでいった……。

「……はッ!?」
 次に目が覚めた時に視界に飛び込んできたのは、真っ白い天井だった。
 バッと身体を起こして周囲に目を走らせると、病院の病室であることが分かった。身体には
何本ものチューブがつながれている。あの状況で救急車がまともに機能しているとは思えない。
ダイゴがここまで担ぎ込んでくれたのだろう。
 しばし呆然としていた才人だったが、遠くから怪獣の雄叫びと破壊の轟音、人々の悲鳴が
耳に入ったことで我に返る。
「あれからどれくらい時間が経ったんだ!? こうしちゃいられない! 早く行かないと……うッ!」
 チューブを無理矢理引き抜いてベッドから離れようとする才人だが、その途端よろめいた。
いくらウルトラマンと融合して超回復力を得たとしても、さすがに無理がある。
『無茶だ才人! その身体じゃ!』
 ゼロが制止するのも、才人は聞かない。
「けど、俺が行かなきゃこの世界が……! ルイズも……!」
 ここまで来たのだ。最後の最後で失敗したなんてことは、才人には耐えられなかった。
傷ついた身体を押して、才人は病室から飛び出す。
 病院は至るところ、数え切れないほどの怪我人でごった返していた。それほどまでの被害が
出てしまったことの証明だ。才人は下唇を噛み締めた。
 怪我人たちをかき分けてどうにか病院の外に出て、遠景を見やると、夜の闇に覆われた
横浜の街の中でヒッポリト星人と怪獣たちがなおも大暴れを続けていた。あちこちから
火の手が上がり、まるで地獄が地の底から這い出てきたかのようだ。
「くッ……これ以上はやらせねぇぜ……!」
 人の姿のないところへと駆け込んで、再度ゼロアイで変身しようとするが……それを
ゼロに呼び止められた。
『待て才人! あれを見ろッ!』
 ゼロが叫んだその瞬間、街の間から突然光の柱が立ち上った!
「あの光は……!?」
 才人はその光がどういう種類のものかをよく知っていた。いつもその身で体感しているからだ。
 果たして、光の中から現れたのは……銀と赤と紫の体色をした巨人! 胸にはカラータイマーが
蒼く燦然と輝いている!
 ゼロがその戦士の名を口にした。
『ウルトラマンティガだッ!』
 才人はひと目で、あのティガが誰の変身したものかということを見抜いた。
 ダイゴが……勇者として、ウルトラマンティガとして目覚めたのだ!


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