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【オリスタ】FullBlackHabit 【SS】

72d154:2015/03/20(金) 17:08:09 ID:ItYOUs2k0
皆様に謝罪しなければいけません。前文で原作キャラはスタンド•波紋を一切使用しないと言っていたにも関わらず、老ジョセフにハーミットを使わせてしまいました。

嘘をついたわけではなく、普通に間違いです。オリスタ同士の戦闘に焦点を当てるための制限なので、今回は戦闘ではなかった、ということで……。

以降、ハーミットも出番がないので、原作キャラのスタンド•波紋の描写はほぼ無くなります。少なくとも活躍はしません。

73名無しのスタンド使い:2015/03/22(日) 07:18:41 ID:87DKo/cU0
ということは、ここからバトルものになるんかな?
こりゃ楽しみやで!

74名無しのスタンド使い:2015/05/09(土) 15:51:45 ID:SfqvJzjA0
4. セブンス・ハウス ( vs ナポレオン・ソロ 1 / 4)

 
4時半。コロンビア大学の古ぼけた講堂に、真っ白い太陽が傾いでいくのを眺めていた。俺より何万倍か頭が良い十代、二十代の学生どもが、俺の横を、一瞥もせずに通り過ぎていく。虚しくならないといえば嘘になる。こいつらはこれからも俺と目を合わせないだろう。ありきたりなことを言えば、住む世界が違うのだ。食うものも見ているものも違う。
 
 俺は大学に行ったことがない。そういう年頃の全てを犯罪と、愛も実りもないセックスに費やしてしまった。核分裂を研究したり、砂漠に雨を降らせるような未来を選ぶ余地などなかったのだ。そして友達も少なく、恋人もいないまま、今は死ぬのをのんびりと待っている。
 
 だが、今以上に幸せな人生が存在するのかといえば、そうでもないような気がする。人生の代案がないのだ。
 それなりにやっているつもりでもある。

75名無しのスタンド使い:2015/05/09(土) 15:53:50 ID:HDoFfW3s0

冴えない話だな、とスマートフォン越しに“フィータス”は言った。
なにが? 何の話だ?
金に目が眩んで、神聖な学び舎に侵入だもんなあ。立派な変態だろ。
 ああ、なるほど、と俺は言う。まあ確かに。でも、ちょうど学問に興味があったんだよ。経営修士が必要でさ。
冗談だろ?
もちろん、と俺は言った。経営修士を取ったところで、銀行の防犯アドバイザーの肩書にハクが付くわけではない。ただ、挑戦だけで十万ドルだ。経営修士なんかより、ずっと素敵な響きがするだろう。
金の響きだ。バサバサとドル紙幣が舞い散るような……。

76名無しのスタンド使い:2015/05/09(土) 15:54:32 ID:SfqvJzjA0

でもジョースターの暗くて静かでロックなほうの娘が相手だろう?
暗くて静かでロック? そんな印象はないが、まぁ、そう、それが問題なんだ。俺は彼女のことをよく知らない……それを調べるのが仕事なんだが……。

77d154izBE0:2015/05/09(土) 15:55:48 ID:SfqvJzjA0

世界には数多くの秘密がある。うんざりするくらいある。知りたくもないほどだ。こうした秘密を盗む技術が、いわゆる「諜報」だ。しかし現代ではジェームズ•ボンドよろしく、武力と秘密兵器と変装術で「諜報」するような無粋なマネは殆ど行われていない。相手だってこちらを「諜報」しているのだから、隠れても意味が無いし、当然、暴力に訴えれば必ず報復されるのだ。
現代では、秘密を手に入れるために秘密を渡す、という「取引」の代行者たちこそがジェームズ•ボンドに代わる現実的なスパイだ。特に、特定の機関に属さず、あらゆる国や企業や有名人たちの有象無象の秘密を掻き集めては垂れ流す、人種国籍無差別のスパイたちの集まり、秘密の高速取引機関、「サーキット」は、スパイネットワークの中でも最高の存在とされていた。

俺の強盗時代の数少ない友人、“フィータス”は、この幸運で優秀なチクリ屋ども、「サーキット」の一員だった。古参の情報屋といえば聞こえはいいが、要するに、尻に毛が生える前から記憶力と好奇心とモラルが破綻した男で、金か情報かクスリを渡せば、どんなことも喋るような奴だった……どの銀行に、いつ頃、大金を積んだトラックがやってくるのか、とか……。
つまりはクソ野郎だ。だが使える男でもある。

78d154izBE0:2015/05/09(土) 15:56:56 ID:SfqvJzjA0
富豪の娘なんてのは、スパイたちの格好の餌だ、と”フィータス”は言った。親の金以外に取り柄のないような馬鹿が乱痴気騒ぎを起こすたびに、スパイたちは富豪の両親をゆする材料を手に入れる。
だが、シズカ•ジョースターに関しては、正直に言って大した情報がない。
異性関係もか? 万引きしたとか、飲酒運転だとか……。
犯罪歴も補導歴もない。異性関係については……まぁなんともいえない。
なんだよ? 勿体振るなよな。
別に勿体振ってるわけじゃないぜ。ただ、説明しにくいんだ。なかなか見かけないタイプだからな……シズカ•ジョースターは、性的にドライなんだ。いわゆる「彼氏」がいた形跡はない。だがセックスの相手には事欠いてないし、かなり頻繁に男と遊んでいるみたいだ。奔放と言ってもいいが、別に浮気だとか、不倫だとか、金で男を買ってるわけでもないし、逆に何かをもらっているわけでもない。相手を選んでいないわけでもないし、特殊な性行為をしている様子もない。誰にも隠していないし、誰にも強要していない。野郎どもも、それを分かってシズカと「交遊」してるのさ。
よくわからんが、売女ってことだろ? それはスキャンダルに入らないのか?
お前んとこの田舎ならそうかもしれんが、ニューヨークじゃなんの価値もない情報だぞ……なあ経営修士を目指すリザード君よ、一つ教えてやろう。経済とセックスはな、自由化が進めば進むほどに貧富の差が激しくなるものなんだよ。貧乏人がいて金持ちがいる。生涯童貞のやつもいれば、毎日のようにヤってる奴もいる……あーだこーだ言ったが、要は単にセックスしてるってだけの話だからな。処女信仰の連中くらいにしか意味が無いスキャンダルだろ。

79d154izBE0:2015/05/09(土) 15:58:35 ID:SfqvJzjA0
  
 ふぅん。腑に落ちない話だ……まあいい。で、その「暗くて静かでロックな」ってのはどういう意味だ?
 言葉通りさ。「暗くて静かでロック」なんだよ。
 パッと見では、そうは見えなかったけどな。
 ハイスクール時代から交友関係は、性的なものを除けばかなり限定的というか、まあ全くないな。いわゆる「ガリ勉(Nerd)」だ。誰とも交わらないから、ブランド品にウン百万突っ込んだとか、パーティーで未成年飲酒をやらかしたとか、そういうくだらねえ話が降って湧いてこないのさ。大学時代の情報が過小なのも、こういう人付き合いの薄さが続いているせいだな。

80d154izBE0:2015/05/09(土) 16:00:20 ID:SfqvJzjA0
  
「暗くて静か」なのはわかったよ。じゃあ「ロック」ってなんだ? バンドでもやってたのか?
 いや、そういうわけじゃない。別に当たり前の話だとか、俺がそういう人間だって誤解してほしくはないけど……。金持ち白人の養子で、キレイ目なアジア人の「ガリ勉」で、ボーイフレンドを山ほど使い捨てるよーな性生活をしてるときたら、本人が望もうが望まなかろうが、周囲からの「絡み」があるもんだよな? つまり陰険でカスみてえな「絡み」がさ……。
 よくはわからないが、まあ、言いたいことはわかる。女の「嫉妬」とかそういうのだろ。
 
 学がないのが丸見えだな、リザード。学園生活だと、そいつは「イジメ」という形になるんだよ。性別なんぞ関係ない。窃盗に暴力に恐喝にセクハラ、ヒドけりゃレイプ沙汰だってあるだろうな。魂がヒネくれてブチ折れられるまでヤられちまうんだよ、自分のステイタスに似合わない振る舞いをしている奴は。
 ……はあ、それで? 何がいいたい?
 
 シズカ・ジョースターみたいなイケ好かないステイタスを持った奴は、かならず打ちのめされるもんなのさ。板から飛び出した釘みたいにな。で、実際に確認できる限りでは、シズカ・ジョースターという釘を打とうとした連中が二十二人もいたんだ。同級生に上級生、地元の不良連中にパパラッチ共……。
 二十二人か。随分と多いな。しかも気持ち悪くなるほど具体的な数字だ。どうかしてるんじゃないか? お前ら「サーキット」は。
 いやいや、俺らだって、よほど重要人物でないなら、普通は誰彼の敵が何人いるなんて数えねえよ。そして、シズカ・ジョースターは重要人物じゃない。でもこれはイレギュラーなケースなんだ。いいか、なんで俺らがシズカ・ジョースターのイジメっ子の数を把握しているかというとな、そいつら全員が「行方不明」になっているからなのさ。
 はあ?
 
 あと、勘違いするなよ、と”フィータス”は言った。
 俺の業界じゃ、「行方不明」ってのは「ちょっと家出した」とか「海外にとんずらした」とかじゃない。「死体が見つかってない」って意味だ。めちゃくちゃに「ロック」だろう? しかも、モグワイの曲みたいに暗くて静かな「ロック」だよ。金持ちの子女の周りでポンポンと人が消えてるっていうのに、誰も何も騒がないし、何も見つからないし、本人だって静かに暮らしているんだから。

81d154izBE0:2015/05/09(土) 16:02:50 ID:SfqvJzjA0

 なるほど、やる気の失せる話をありがとうな。
 なあ、マジな話、止めておいたほうがいいぞ。ベテランのパパラッチも二人「行方不明」になってるんだ。クソな仕事だとは言わないけど、十万ドルじゃワリに合わねえよ。

 もちろん、十万ドルじゃワリに合わないだろうな。と俺は言った。”フィータス”に明かしていない”ランドバロン”の隠し金庫を合わせても、ワリには合わないだろう。だが、俺はこの話を受けた時点で「二つのこと」を決めていた。
 
 ワリに合わない仕事から、採算を引き出す「二つのこと」を。

82d154izBE0:2015/05/09(土) 16:03:25 ID:SfqvJzjA0
 
 なあ”フィータス”。”ランドバロン”のデッドマネーの噂は知ってるか?
 あのナチから騙し取ったとかいうお宝の噂だろ?
 あの噂はな、と俺は言う。これが「一つ目の決定事項」だ。あの噂は本当だ。ナチから盗ったものが何なのか、全貌こそはわからないが、もしも中身がわかったら、その情報の取引相手が欲しい……ユダヤ人の狩人の取引相手が。

……リザード、お前、ジョースターに楯突くつもりなのか?
ああ? なんだと? 楯突くだと? そもそも俺はジョースターの味方じゃないぞ……ちょっと待て、着いちまったからな。また後で連絡する……おっと、やっぱり、まだ切らないでくれ。

83d154izBE0:2015/05/09(土) 16:04:18 ID:SfqvJzjA0

 コロンビア大学はマンハッタンの街に組み込まれている……もしくは、マンハッタンがコロンビア大学を侵しているのか……それは知ったことではないが、ともかく大学と街との境界は酷く曖昧で、ニューヨークの住民、タクシードライバー、浮浪者、犬猫、そして大学生たちが一緒くたになって蠢いていた。
 だが、そんな曖昧模糊に入り組んだマンハッタンでさえ、シズカ•ジョースターの住処は見間違いようがなかった。無駄に広大な駐車場に並ぶ無駄に高級な車の列、エントランス前に陣取るヒスパニック系の屈強な警備員が二人、そして街の色に合わせてはいるが、隠しようのない豪華さを誇る7階建ての、アールデコ調のマンション。
 
 ダンジグ通りのセブンス•ハウス(第七宮)。金持ちの子息向けの寮だ。

84d154izBE0:2015/05/09(土) 16:05:29 ID:SfqvJzjA0
 
 その背の高い赤煉瓦と青銅柵の門の前で、妙な服装の女がうろうろと歩き回っていた。何が妙なのかは説明し難いが、とにかくアンバランスで、カラフルで、安っぽい格好だ。観光客向けの土産服を適当に見繕っているかのようだった。
若い。十代の後半といったところだろう。
醜くはないが、とりたて美人でもない。作りは悪くないが、なんとなく憐れみを誘うような野暮ったさもあった。化粧っ気のない顔に、脂汗の球がぽたぽたと線を引いていた。それから……ピストルを片手で弄んでいた。
 
 なんてことのないピストルに見えた。俺みたいな無精者が、まぁ50ドルやら60ドル程度で買う安い、装飾性の欠片もない、小さな護身用のピストルだ。
 俺の昔の仲間を眼を切り裂いた、あのクソババアの豆鉄砲に似ていた。

85d154izBE0:2015/05/09(土) 16:07:50 ID:SfqvJzjA0

 なぁ、マンションの前で妙な女がピストル持ってうろついてるんだが……。
 なんだ? なんかの隠語か? と”フィータス”が笑う声がした。フロイト式の判断をしてやろうか? そりゃあ、お前、女子大生と一発ヤりたいっていう深層意識がな……。
 例え話じゃねえよ、マジにピストル持ってうろついてるんだって。大学の中だっていうのに、クソみたいな治安だな……。
 普通に考えりゃあカリフォルニアだって治安悪いけどな。ジョースターの子女が住んでるマンションなんだから、警備員くらいいるだろ? そいつらが出張ってないんだったら、モデルガンかもしれないぜ? 学生演劇の練習とかやってるんじゃないか? まぁとにかく、奇妙な奴には関わるなよ。奇妙さってのは”あっちの世界”への入り口なんだ。”あっちの世界”に踏み入れた奴が、現実の世界に戻ってくる大変さは、お前も知ってるだろう?
 もちろん、よく知っている。
 
 だがイカれ女はますます落ち着きをなくしたかのように、門の前を早足で歩きまわる。どうにもこうにも近付き難いが、いつまでも待っているわけにもいかない。学生演劇の役者ならすぐにでもいなくなるかもしれないが、本物の病人なら丸一日をああやって過ごすのかもしれないのだから。
 どうしようもない。

86d154izBE0:2015/05/09(土) 16:10:14 ID:SfqvJzjA0
 
 まるで番犬のようだった。
 門に近づくと、少女はぴたりと歩みを止め、俺を見た。
 恐怖に満ちた眼だった。生温い、粘り気のある疲労性の脂汗を額に浮かべていた。
 そして俺も、その恐れに満ちた顔を見て、ギクリとして、歩みを止めた。それをこのイカれ女はどう解釈するだろうか。関わり合いにならないで済むはずもない。笑顔でやり過ごすか? 何事もなかったかのようにまた歩き始めるか? 正直に言えば、俺は何故こんな対応を取ったのかわからない。
 
 だが俺の頭に浮かんだ言葉は、「シズカ•ジョースター」しかなかった。

87d154izBE0:2015/05/09(土) 16:11:01 ID:SfqvJzjA0
 
 やぁ、と俺はイカれ女に話しかける。殆ど聞き取れないほど小さな声で。
 あの、シズカ•ジョースターの住処って、ここかな……探してるんだけど……。
 
 すぐさま悪手だと思った。 この少女とシズカ•ジョースターに何か関係があるのか? それはわからないが、女の眼が一瞬、潤んだのを見た。恐怖? 悲しさ? とにかくまずい事態になってもおかしくなかったが、少女はマンションの四、五階の高さを指差して言った。 シズカ•ジョースターはいる、あそこに、と。声が小さいだけではなく、酷い訛りと適当な文法で、少しばかりイライラした。外国人に違いない。きっとろくでもないところから来たのだろう……。 
 そして、恐れていたような酷い事態は、何も起こらなかった。

88d154izBE0:2015/05/09(土) 16:12:02 ID:SfqvJzjA0
 
 セブンス•ハウスの4階は、それ以外の階と違って、いくらか横に細長い窓が貼られていた。おそらくは共有スペースなのだろう。なんとはなくだが、そんな感じがした。そして誰かはわからないが……レースカーテンの奥に、確かに、人影が見えた。その不気味な影がシズカ・ジョースターだとは限らない。だがシズカ・ジョースターであるように思えた。
 俺の中で、どんどん彼女の存在が大きくなっていく。
 奇妙である以上に、不気味だ。
 
 警備員にいくらかの金を渡して(彼は”ランドバロン”から一切の連絡を受けていないと言い張った。真実はわからないが、彼は金払いの良い奴に対して良心的だ)、シールで大理石っぽく見せてあるリノリウム張りのエントランスを抜けた。エレベーターをパネルの前で、しばらく考え込んだあと、俺は4階を選ぶ。
 シズカの住処は最上階。7階だ。だが部屋は逃げたりしないだろう。
 
 そしてシズカ・ジョースターも逃げてはいなかった。
 4階は予想通りの共同スペースだったが、予想外に立派な作りだった。木製の床に水色の壁紙。シャンデリアにグレープフルーツの香り。BOSSのクソ立派な立体サウンドシステムに、クソデカいテレビに、プレイステーション。アルバイトとカヌーサークル会員の募集ポスター。ラタン織りの立派な背もたれがついた椅子と、ここの大学生たちが侃々諤々の議論をするためにつかいうであろう大きな机。「談話室三大ルール。1. 汚すな 2. 汚したら片付けろ 3. 汚すな 4. 絶対に汚すな」とだけ書かれたホワイトボード。とにかく広い。
 大窓のそばには、なにやら立派な本が山ほど詰まった立派な本棚と、コーヒーテーブル。そして読書するシズカ・ジョースターがいた。4時55分。

89d154izBE0:2015/05/09(土) 16:16:13 ID:SfqvJzjA0

 ……というところで「4」はここまで。仕事忙しくて遅れちゃったゴメンネェ!
 ここからは「4」の註釈です。読み飛ばして「5」へ行って結構。
 
 ・コロンビア大学
 アメリカ屈指のエリート私立大学。バラク・フセイン・オバマの母校といえば、どことなく凄そうに思えるだろうか? 日本人にとっては、いわゆるマンハッタン計画発祥の地、原爆の母校といった方がイメージしやすいかもしれない。

・経営修士
 MBAの名で知られる経営学の学位。経済学との違いは、マクロ・ミクロな金の動きだけではなく、人材管理、財務会計、オペレーションやマーケティングなどの物流、統計やITサービスなどの情報技術など、会社を実際に運営することを前提とした、実践的なカリキュラムが組まれていることだ。主に事業者や事業者志望、起業家向けだが、「ステイタスにはなるけど使えない」との声もある。

90d154izBE0:2015/05/09(土) 16:17:28 ID:SfqvJzjA0
 
・フィータス
 和訳すると「胎児」。ここでは同名のイギリスのインダストリアル•ミュージックに分類されるアーティストについて説明。
 ロックミュージックは当初「騒がしい」音楽として不快に思われていたが、やがて市民権を得る。しかし、それでもなお「ノイズサウンド」は大抵の人間にとって不快なものだった。初期のインダストリアルは、この不快さを悪用した実験音楽、要するに芸術という名の悪趣味な嫌がらせだった。
 しかし八十年代。工業化、人口増加、自動車、テレビの普及による騒音の拡大、そしてメタルミュージックの興隆に伴い、ノイズもまた市民権を得るようになる。フィータスこと、在英オーストラリア人のジム•サルウェルは、この時期のインダストリアルミュージック再生の先駆者だ。彼の破壊的な多文化主義の音楽は、現代の観点でも斬新でカッコいい。だが全く売れなかった。現在も活動中だが、知名度に反して赤字は膨らむばかり。代表曲は「need machine」「wash it all off」等。個人的には「street of shame」などが好みだ。
 
・スパイ、サーキット
 世界で二番目に古い職業と呼ばれるスパイだが、現代でも典型的スパイは諜報•情報戦に必要な人材である。しかし、有用性は日々低下している。理由としては(1)インターネットテクノロジーの発達(2)マスコミによる情報の過剰報道(3)外交術の洗練(4)文系学問の興隆である。このような状況においては秘密や情報は「いずれ盗まれるもの」であり、問題はいかに見つからずに盗むかではなく「どれだけ早く盗み、利用できるか」という高速化の問題となる。
 ここに出てくる秘密の高速取引機関「サーキット」はあくまでも非現実的な存在だが、既に近いシステムは存在している。それが外国人記者クラブとウィキリークスであり、サーキットもこの2つをモデルにしている。
 余談ではあるが、スパイには四種類のタイプがあり、フィータスのようなチクリ屋は伝統的にはエゴタイプ、自身の知的欲求や承認のためにスパイをするもの(実際には、させられるものの方が多数だが)と分類されることが多い。

91d154izBE0:2015/05/09(土) 16:35:10 ID:SfqvJzjA0
 
・ナード
「おたく」と訳されることが多いので、日本では馴染みのある概念だろう。
 しかし実際には今日における日本の「おたく」のような、サブカルチャーに浸る人間というよりは、アメリカの学校社会におけるアウトサイダー、理想的でない、あるいは理想を目指さない・敬意を払わない人間がナードと呼ばれる。理想というのは、スポーツで活躍できる程度に運動ができ、社交性が高いということだ。ゆえに「おたく」の非ナードも存在するし、運動神経のよい、美男美女のナードもいる。要は節度や社会適応の話なのだ。そのため、「節度のないやつ、周りが見えないやつ」という意味でもナードは使われる。
 ここでは「ガリ勉」と訳しているが、勉強好きではなく、勉強にしか興味のない人間、という意味で受け取ってほしい。

・ダンジグ通りのセブンス•ハウス
 非実在。元ミスフィッツのボーカリスト、ダンジグの曲から採った。この手のアーティストの中でも非常にゴスいというか、いわゆる「中二病」的な存在なので聞き手を選ぶが、「7th house」は彼のファンサイトのタイトルにもなっている程に出来がいい曲だ。ちなみに7th houseとは歌詞中では直訳すると「(道沿いに)七軒目の家」のことだが、正しいニュアンス、また黄道十二宮においては「宝瓶宮(水瓶座)」のこと。
 色々とややこしいのだが、1980年~90年頃に、約2000年かけて黄道を移動し続けていた春分点が「うお座」から「みずがめ座」へ移動した。一部の占星術師達やニューエイジ(新時代)活動家達は、その移動日からの2000年を「宝瓶宮時代(アクエリアンエイジ)」と名付けた。「うお座」はキリスト教(キリストは魚に喩えられるため)を意味し、「みずがめ座」はキリスト的価値観からの解放=自由を意味するようになった。東側の日本に住む我々はともかくとして、西洋世界では意外と重要な概念である。

92名無しのスタンド使い:2015/05/10(日) 16:27:20 ID:lIMC9Z2E0
乙です!
ついにシズカと接触、ここからどうなっていくか楽しみです!

93名無しのスタンド使い:2015/05/11(月) 05:07:10 ID:8I4DSfDs0
情報量すげー
どうやったらこんな細密なんを頭の中でまとめられるんすかね!?
続き楽しみにしちょります!

94d154izBE0:2015/08/03(月) 17:50:17 ID:MRu.bgz60
5. 禍 ( vs ナポレオン・ソロ 2 / 4)
 
 _________
 
 ……あまりにも恥ずかしいというか、いわゆる「みんなの想像する年頃の女の子」っぽいという理由で、誰にも話したことはないけれど、あたしは「運命」についてよく考える。

 ……良い結論に辿り着くことはない。

95d154izBE0:2015/08/03(月) 17:50:51 ID:MRu.bgz60
 初めて銃を持ったのは十六歳だった。特に理由はない。映画やドラマやゲームの影響というわけでもない。強いて言うなら、それはあたしにとっては当たり前のことだった。私の家庭にとって、銃は日常を維持するための時計のようなものでもあり……破滅から身を守る聖書であり……周囲との関係を繋ぐ絆だった。

 ある時、父はあたしを廃工場の駐車場へ連れて行った。風も雲も当たり障りもない休日だった。駐車場に放置された英国車の残骸には、中身の詰まった安ワインが三本、無造作に立っていた。父は一丁のピストルを私に渡した……それは私の憧れていたような西部劇風のリボルバーではなく、払い下げ品の安い、スウェーデン製のピストルだったが。

96d154izBE0:2015/08/03(月) 17:51:22 ID:MRu.bgz60
 父は、あたしの才能を知りたいと言った。

 あたしも父に才能を見せたかったが……何十発と撃っても、弾丸は英国車の存在しないフロントウィンドウを通り過ぎて、空を切るばかりだった。どれほど辛かったか……才能のなさが、指から頭へ伝わり、目頭を熱した。妄想と違って、あたしの指は私が思うほど精密な動きをしてくれなかった。その時の父の顔をよく覚えている。失望でも悲しみでもなく、その顔には疑問符を浮かべていた。
 いったいお前は何をしたんだ、アイラ、と。

97d154izBE0:2015/08/03(月) 17:51:56 ID:MRu.bgz60
 初めて人を殺したのも十六歳だった。
 父がマフィアだった。それも上級幹部。短気で荒っぽくて無茶苦茶で親切。母を大切にしていた。家を訪れる大人たちの誰からも敬意を持たれていた。十代の初め頃から、私の自慢は母から受け継いだしなやかな指から、父の権威に代わっていた。あたしも父のようになりたいと思った。何かおかしいだろうか。血の掟も何も気にならなかった。人を殺すこともなんてことはない。

98d154izBE0:2015/08/03(月) 17:52:37 ID:MRu.bgz60
 よく覚えている。初めて殺した人間は中南米から来た黒人で、あたしと一、二歳しか変わらなかった。話によれば、同じ地域からイタリアへ出稼ぎに来た自称恋人を追ってきたのだという。そしてネアポリスの魚屋の”お相手”をしていた自称恋人と、魚屋と、人のいい男だったマフィアのポン引きをナイフで刺し殺して、逃げて、捕まった。もちろん、自称恋人は恋人ではなかったし、無理やり連れ去られた娼婦というわけでもなかった。何にせよ、何のてらいもなく殺せる相手だった。彼は善人でもなんでもないのだから。

 しかも、あたしが慣れ親しんできたマフィアたちはみな怒り心頭だった。殺されたポン引きは、相当に好かれていたのだろう。あたしの「試練」が始まる前には、たくさんの拷問が加えられていた。両足の骨は粉微塵に砕かれ、両方の「玉」が切り取られ詰め込まれた状態で、口が縫い合わされていた。
 にも関わらず、彼は怯えていた。生への執着が見てとれた。あたしに哀願していた。殺さないでくれと。

99d154izBE0:2015/08/03(月) 17:53:06 ID:MRu.bgz60
 あたしはアイラ。マフィアの家庭に生まれた。
 その父が、あたしには才能があると言った。実際、あたしもそう思った。あたしの「スタンド」は父よりもずっと荒事に向いていた。尊敬する父よりも、あたしの方が才能があり、そして強い。当然、あたしもマフィアになるものだと思った。運命は明白だった。
 
 それなのに、あたしは後悔している。

100d154izBE0:2015/08/03(月) 17:55:09 ID:MRu.bgz60
 ___________
 
 最初の印象とは随分と異なっていた。いや、そもそも最初に出会ったシズカ・ジョースターは、「その辺の大学生のフリ」をした女だったのだ。こちらが本物のシズカ・ジョースターなのかもしれない。
 
 ハロー、ジョニー。とシズカが声を掛ける。甘ったるい、諭すような声だ。
 焼けた肌も、ピンバッジだらけのジーンズも、際どいチュートップも、少しばかり長めに伸ばした黒髪も、眩い若さも、見てくれはアイゼンハワー記念公園で会ったときと何も変わらなかった。しかし目つきだけは、全く異なっていた。睨みつけているわけではなかった。しかし恐ろしくギラついた、圧力を持った眼光が、黒い瞳の奥から滲み出ていた。

101d154izBE0:2015/08/03(月) 17:55:41 ID:MRu.bgz60
 今朝ぶりだねえ……いや、やっぱり、初めまして、にしておこうかな、とシズカは言った。今朝は『スージー』を名乗ったし……。
 
 初めまして、ジョニー・オブライエン。私はシズカ・ジョースター。シズカは日本語で、英語だとstillness(静寂)みたいな意味……呼びにくいと思うから、適当な名前で呼んでもいいけど……それこそ『スージー』とでも。アメリカ人だけど、血筋はたぶんモンゴロイド。コロンビア大学のポスドクで、専門は比較文学と史学。ニューヨーク不動産王の養女。それから……。
 ……スタンド使い?
 ま、そうかもね、ジョニー・オブライエン。あなたと同じかもしれない。

102d154izBE0:2015/08/03(月) 17:56:13 ID:MRu.bgz60
 人気のない談話室に、通りを走り抜けるタクシーの走行音が、ゆっくりと響き続けていた。他の住民はなにをしているのだろう? 各々の部屋にいるのか、他の共同室に集まっているのか、クソ真面目に授業に出ているのか……よくよく考えてみれば、大学の仕組みを知らない俺に、大学生の行動などわかるはずもない。

103d154izBE0:2015/08/03(月) 17:57:03 ID:MRu.bgz60
 いつ、気がついたんだ。と俺は訊ねる。
 ずっと気になっていたことだった。俺と”ランドバロン”との関係はもとより、俺自身のこと、そして、”ランドバロン”の目的について。
 
 シズカは紙コップからコーヒーを啜る。テーブルの上は二、三冊の書籍が重ねられている(一番上の書籍は『飛び道具:投擲技術の歴史』と題されたクソ分厚い本だった)他は、ロッキーマウンテンのリンゴ、スキットルズとか、そういった菓子類と、加糖コーヒーのペットボトルで埋まっていた。
 
 何の話? とシズカが尋ね返す。心なしか、俺は気圧されていることに気付く。私を性的な眼で見ていたことについて?
 違う! 俺や、俺とお前の父親の関係についてだ! 初めから全部わかっていたのか? それとも完全に偶然なのか?
 
 シズカはほんの少しだけ、考えこむような仕草を見せるが、ほとんど途切れなく、ロッキーマウンテンのリンゴが乗った皿へ関心を移す。そして、いつの間にやら手にしていたポケットナイフでリンゴを切り分けていく。なるほど。それなら質問の仕方が違うね。「いつ」ではなく「なぜ」と聞くべきでしょう。それから小さなリンゴ片をナイフで突き刺し、俺の方へ向ける。とりあえず食べる?
 いや、いい。じゃあ聞き直すが、「なぜ」気付いたんだ?

104d154izBE0:2015/08/03(月) 17:57:45 ID:MRu.bgz60
 うーん、微妙。なんていうかなあ、その質問自体がね、面倒で……。
 シズカがナイフとリンゴを手放す……空中で。しかし、ナイフもリンゴも、空中で静止したままピクリとも動かない……シズカの身体から飛び出した、もう一つの、半透明の手がナイフとリンゴを掴んでいたからだ。「スタンド」、という言葉が頭に浮かんだ。
 間違いなかった。シズカは「スタンド」使いだ。
 だが、なぜ隠さない?
 
 さすがに「コレ」は見えるよね、とシズカは再びナイフを手に取り、リンゴを口に運ぶ。ま、次からは、見えないふりをしたほうがいいかもね。俺は「シズカはスタンドを隠している」という前情報のせいで、酷く動揺していた。しかしシズカは察しているのか察していないのか、話し続ける。これが、多くの人が「スタンド」と呼ぶ超能力。そして私たちは「スタンド」が使えるから「スタンド使い」と呼ばれている……。
 俺は、と俺は声を絞り出す。その名前を今日はじめて知ったけどな。「スタンド」を。

105d154izBE0:2015/08/03(月) 17:58:16 ID:MRu.bgz60
 別におかしなことではないけど……とシズカは次の一切れをナイフで突き刺す。ところで……「スタンド使い」の性質は知ってる? つまり、私の父から説明されたかどうか、ということだけど。
 ……さあ、知らないな。普通じゃない現象を起こせる、とかか? 幽霊みたいに誰にも見えないとか……。
 
 それは「スタンド」の性質だね。私は「スタンド使い」の話をしているんだよ、ジョニー。そしてシズカ・ジョースターの半透明な腕が、ナイフを再び摘み……空中で一切れのリンゴをバラバラに切り刻んだ。
 俺の「スタンド」では出来ない芸当だった。
 
 ……例えば、今、私は、自分の手でリンゴを切ることもできた、とシズカは言った。
でも、そうはしなかった。私はナイフがあれば「精神」の力だけでリンゴを切れる。世の中には「切り刻む」ことに特化した「スタンド」もいて、そうした「スタンド使い」はナイフがなくてもリンゴを切り刻める……一方で、殆どの人間は、手を使って、物理的にリンゴを切断するしかない。しかも……ナイフの作り方すら知らない。
「スタンド使い」の性質①は、難しい言い回しをすれば、「過程を無視して、事物に、精神的に干渉できる」こと! ざっくばらんに言えば、「スタンドを使えば普通はできそうもないことでも、手っ取り早く簡単にできる」ってことだけど……。

106d154izBE0:2015/08/03(月) 17:59:10 ID:MRu.bgz60
 ……何が言いたいのかわからないぞ。お前の「スタンド」は、俺の背後関係を覗き見る「スタンド」ってことなのか?
 せっかちだなあ。まあ最後まで聞きなよ……そもそも「スタンド使い」の話だと言ったでしょう。ま、そういう「スタンド」もいるけど……それはさておき、そういうスゴい「スタンド使い」がどんな存在なのかといえば、それは【人間じゃない】わけだ。
 
 ……はあ? 俺は人間だぞ?
 ん……まあ、そう思うのは自由だけど、「スタンド使い」以外に「スタンド」が使える生物なんていないからね? 「人間」はリンゴを切るために何千年と苦労してきた。このナイフを造るためにね。それをどう? 私たちは下手をしたら一切の物理干渉なしでリンゴを切れる。それって「人間」と言えますか? 【人間じゃない】でしょう?

 ……言いたいことはわかるが共感はできないな。しかも益々何が言いたいのかわからないぞ。シズカは嫌そうな顔も、嬉しそうな顔もしなかった。ただただ興味深そうに俺を見ていた。まあ、別に理解さえしてもらっていれば、話は進むから、どう思ってもらってもかまわないんだけどね。それで本題。「スタンド使い」達は、一つだけ、「人間」ととてもそっくりな所がある。なんだと思う?

 俺は学生じゃあねえんだぞ、質問は止めてくれよ。
 今、答えておけば、あとで私に質問しても許されるかもしれないのに?
 忌々しい考え方だな。姿形か?
 
 残念。シズカ・ジョースターはトーンの高い、嬉しそうな声を出したが、目は全く笑っていなかった。ジョニー、あなたは会ったことがないかもしれないけど、「スタンド使い」は人間の形をしているとは限らなくて、動植物の「スタンド使い」もいる……こうした「スタンド使い」達の性質②は……「群れる」こと。「スタンド使い」と「スタンド使い」は引かれ合う。磁石のS極とN極、男と女、花と虫のように……。

107d154izBE0:2015/08/03(月) 17:59:58 ID:MRu.bgz60
 ジョニー。私はね、父が……”ランドバロン”が「刺客」を用意していることは知っていても、それが誰かは知らなかった。本当にね。ただ、それでも「あなた」が「刺客」で「スタンド使い」であることはすぐにわかった。のんびりと公園のベンチで過ごしているだけでも、わかる……というか、そうしているだけで「刺客」の正体を掴めると知っていた、といったほうがいいかな。偶然がないということ、スタンド使いの「引力」の力と範囲の知識、あとは多少の経験があれば簡単だよ……ま、会えて嬉しいかどうかは微妙だろうけど……。
 めちゃくちゃに微妙だ。今のところは。

108d154izBE0:2015/08/03(月) 18:00:20 ID:MRu.bgz60
 ……いや、待てよ、それはおかしい、と俺は口をはさむ。俺は今日の今日まで、俺以外の「スタンド使い」に会ったことがないんだぞ?
 
 シズカは少し疲れたような素振りと、溜め息をついて、レースカーテンを少しばかり開けた。まあ、そうかもね。そこが非常に肝心なところで……多くの「スタンド使い」は……特に私の父は……スタンド使いの「群れる」性質を、良い意味で「出逢い」とか「運命」だと考えている。この広大な世の中にあって、掛け替えのない仲間や友人と巡り合うことができる素晴らしい力だ、と……だからジョニー、父は、あなたを平気でマンハッタンに呼び出せる。

 でも本当のところは、この「群れる」性質は、必ずしも良いものとは限らない。

109d154izBE0:2015/08/03(月) 18:00:50 ID:MRu.bgz60
 シズカは言った。今から十、二十年前、エジプトの「カイロ」、日本の「モリオウ」、そしてイタリアの「ネアポリス」で、ある「禍」が起きた、と。
 
「スタンド使い」は「スタンド使い」と引かれ合う。そうして集まった「スタンド使い」は、さらに強い力で「スタンド使い」を引き寄せる。それも無制限に。結果的にもたらされたのは、「スタンド使い」の理想郷の誕生などではない……善良ではない超能力者たちも街に集まり、そこに制御不能な破壊と苦難を……「禍」をもたらした。そしてまた、「禍」は「禍」を、「スタンド使い」によるテリトリー争いにも似た戦闘の潮流を起こす。
 取り返しの付かないような破滅を。

110d154izBE0:2015/08/03(月) 18:01:26 ID:MRu.bgz60
 ……結局、SPW財団と……「禍」を暴力で押さえ込んだ「ネアポリス」の連中は、「スタンド使い」達を、出来うる限り、文字通り「孤立(Stand-Off)」させるための方策を取った。決して「群れ」ないように。「監視」とか「探索」が得意な「スタンド使い」を利用して……もちろん、財団と「ネアポリス」の連中とでは、微妙に目的が違うけど……まあ、そういうわけで、別に今まで「スタンド使い」と会ったことがなくても、不思議ではないね。
 
 おいおい、やっぱり不思議だぞ、と俺は言う。そのトンデモな話を信じるとして、だ。二つばかり不思議なことがある。まず、その「孤立」は、十、二十年前からの話だろう? 俺がスタンドを使えるようになったのは三十年以上前だぞ。
 シズカが俺を訝しげな視線を向ける。三十年以上前? 小さい頃からスタンド使いだったってこと? それとも生まれた頃から?
 いや、厳密には十五歳の頃だから……三十八年も前か。ほぼ四十年前だな。
 ……五十代? シズカが少しばかり、声色を変える。へえ、三十代くらいに見えるね。星系が趣味なの?
 よく言われるが、別に何もしてないぞ。今年で五十三歳だ。国民IDにだって、そう書いてある。「スタンド使い」とやらは、みんな俺みたいなもんだと思っていたが……。
 シズカは悩ましげな表情でつぶやく。ふぅん……ま、それはそれとして、「群れ」についても不思議はないよ。「スタンド使い」たちが大量に現れるようになったのは、ここ十年、二十年の話だからね。幸運か不運かは別として、おかしくはない……しかし珍しいね! 四十年近く前からの「スタンド使い」ということは、父よりも年季がある! 私の知る限りでは、一番、年寄りの「スタンド使い」かもしれない。

111d154izBE0:2015/08/03(月) 18:02:03 ID:MRu.bgz60
 感心するのはあとにしてくれ。もう一つ疑問がある。もし「禍」とやらが本当なら、なぜ俺はここにいる? そしてなぜ俺と……君しかいないんだ?
 ……結局、疑問で合計三つじゃないですか。構わないけど。まず何故あなたがSPW財団や、その背後にいる危ない人達の監視を潜り抜けてここのいるのかといえば、もちろん私の父、ジョセフの個人的な伝手によるものだから……さっきも言いましたが、父は、この「禍」に対して極めて楽観的でね。
 
 そして、シズカはギラついた目で、再び俺を見る。片手でレースカーテンを捲る……開いた窓から、タクシーが行き交うマンハッタンの景色が見える。
 それで、私とあなたしか引力が働いていないのではないか、ということだけど、それは間違い。いま、ここにいる「スタンド使い」は、私とあなただけじゃない……。

「禍」はもう、始まっているんですよ。

112d154izBE0:2015/08/03(月) 18:02:31 ID:MRu.bgz60
 あそこにいる女の子が見える? と、シズカが呟く前から、俺は門の前の少女を見ていた。例のイカれた女だ。しかし今は、うろうろと動きまわるのを止めて、赤煉瓦の柱の影から、こちらをジロリと見上げていた。
 ああ、あの気味悪い子だろう……「スタンド使い」なのか? 知り合いか?
 知り合いと言えば知り合いかな、仲は壊滅的に悪いけど。とシズカは笑みを浮かべた。彼女の名前は「アイラ」。ご察しの通り「スタンド使い」。どんな「スタンド」なのかは……検討はつくけど私も知らない。年齢は十八歳。イタリア国籍。名前からして、母親は異邦人かな? どのみちアメリカ人でもなければ、旅行者でも移住者でもない……。
 ……まさかとは思うが、例のマフィアか? あんな子どもが?
 
 イエス。ネアポリスのマフィア「パッショーネ」の暗殺グループの新米……くだらない話ではあるけど、おかしな話ではないですね。今の「パッショーネ」の主要メンバーの半分は、トップも含めて、元々は「ちびっこマフィア」だから……非行青少年の社会復帰にこれっぽっちも興味がない、というか、マフィアこそが落ちこぼれの社会復帰の現場だと信じている。彼らは、若者がレアル・マドリードの選手とか、カルバン&クラインのスタイリストに憧れるのと同じくらい、マフィアに憧れるのも至極当然だと考える……ま、ろくな高等教育も受けてないような奴らの考えなんて、そんなもんですよ。で、今、あのかわいそうな「ちびっこマフィア」が、私を狙っている……正確には、狙うかどうか迷ってる、というところだろうけど。

113d154izBE0:2015/08/03(月) 18:03:52 ID:MRu.bgz60
 ……与太話にしか聞こえないが、一応、聞いておきたいね。なぜ「パッショーネ」はお前を狙っている? 仮に狙っているとして、なぜあの子独りなんだ? しかも、どうしてあんなに堂々と姿を見せているんだ? 君は、なぜそんなに平然としていられるんだ? 何もかもがすっきりしないぞ……。
 
 ジョニー、あなたは馬鹿じゃないんだろうけど……でもちょっとばかり、賢いとも言えませんね。質問が多すぎる。しかも、重要な質問がすっかり抜け落ちている……ま、お答えしましょうか。第一に、彼女の目的はジョニー、あなたと同じ。
 
 私の「スタンド能力」を暴くこと。それから……。
 私を身代金として、私の父、ジョセフの遺産を強奪すること。
 
 ……気付いてはいたんだな。
 もちろん。あなたもそうでしょう? ジョニー。私があなたの能力とか、そういうのを察していることを念頭に置いているから、こっそりとではなく、堂々と接触してきた……たぶん、あなたの能力はかなり近距離でしか使えなくて、それでいて、スピードやパワーに欠ける。戦闘や窃盗は無理だから、交渉か、私の油断を引き出すことでどうにかしようとしている……そして、あなたは私を人質にすることは考えてはいないけど、どうにかして遺産の一部でも得られないか、とも思っている……私の“友人”になれたら、どちらも不可能ではないからねえ。

114d154izBE0:2015/08/03(月) 18:04:58 ID:MRu.bgz60
 そして第二に、あの子は独りじゃない。「パッショーネ」の暗殺チームの組織図は複雑だけど、直接の暗殺に関わる人間だけでも、二人から六人程度のチームを組んでいることが普通だから。まして彼女は新米だからね。単独行動は許されていない。
 ……おいおい、っつーことは、最悪、あと五人のマフィアが、この辺りにいるってことか?
 
 いや、残りの五人は、もういない
 ……なんで?
 それ言わせるわけ? とシズカはニッと口角を釣り上げた。殺したってことだよ。

 二日前、バーナム・アイランドの彼らのセーフハウスで、五人は始末した……セーフハウスの掃除人と一緒だから、六人か。もっとも、本当の意味でいなくなるのは、もう一週間は先だけど……あの手のセーフハウスは、中で何が起こっていても、特定のメンバー以外は入るな、という厳命が敷かれているものだし……彼女に……「アイラ」に六人の死体を埋める根性があるとは思えないし……。
 
 ……おい、それは冗談なのか? ジョースター流の? 薄気味悪いぞ。
 ははは、冗談だったら、良かったのにねえ。父が妙な気を起こさなければ、誰も死ぬことにはならなかったし、私は今頃、エチオピアをゆっくり回っているはずだったのに……いや、そもそも、フランスから出る必要さえなかったのに! どうして父親っていうのは、娘の日記を覗くようなことをするんでしょうねえ? 「スタンド」がどうこうなんて、どうでもいいことなのに……傍迷惑だね。「スタンド」なんてあるばっかりに、しつこい漫画家には追い回されるし、ダサい髪型のマフィアに付きまとわれるし、本当にもう……頭にくる。

115d154izBE0:2015/08/03(月) 18:06:35 ID:MRu.bgz60
 ……マジの話なのか? だとしたら、なんで殺したんだ。
 もちろん、殺したのは、命を狙われたから……って言ったら、納得する?
 ……どうかな。
 じゃあ、まあ、命を狙われたってことにしておきましょう。しかも、殺されるだけならともかく、私は年頃の女だし、奴らは国民皆保険に加入しているかどうかすら怪しいケダモノ。どんな目に合わされるか……そういうのもキライじゃないけど、ま、それはともかくとして、待ち伏せされていたんですよ。私を捕まえようとする悪いマフィアにね。殺す理由には十分でしょ? マフィアって言葉の響きだけでも殺したくなるっていうのに……。

 待ち伏せだって? いや、それもおかしいだろう! だって君はフランスに留学していたはずでは……。
 ああ、そっか。うーん……じゃあ、面倒臭いんで「嘘」でいいや。
 いやいや、「嘘」って……。
 どうでもいい話ってことだよ。話が進まなくなるし。そんなことより、三つ目の質問に移りましょうか。なぜ、あのかわいそうな「アイラ」が柱の影でビクついているのかって話……もちろん、私とマフィアが怖いから。

 ……君がイヤな感じの女だっつーのはわかったが、マフィアが怖いってなんだよ?
 そりゃあ、新米とはいえマフィアの暗殺部隊の一員だからね。おめおめ逃げ帰った日には「ケジメ」をつけなきゃいけなくなるでしょ?
 いや、そうじゃない。逆だ。あの娘が本当にマフィアの暗殺者なら、なんであそこでウロウロしてるんだよ? どうして躊躇しているんだ? 逃げたら「ケジメ」を取らなきゃいけなくなるんだろ? 君に返り討ちにされる可能性があるとしても、普通は突っ込んでくるはずだろ。
 ああ、その話ね。とシズカは首を傾げた。まあ、ここまでの話を信じていないなら、なおさら信じられないと思うけど……実は「アイラ」はねえ、「あるマフィア幹部の娘」なんだよ。だから逃げ帰れば、助かる公算もそこそこある……実際、私と戦うよりは、無事で済む確率が高いだろうねえ。でもさ、仲間を皆殺しにされて、即帰国、ってわけにもいかない。少なくとも、私に挑んで返り討ちにあった、って実績くらいは欲しい、ってところかな……ま、どのみち、あの辺りをうろうろされてるのもキモいから、そろそろ踏ん切りをつけてもらわないと……。

116d154izBE0:2015/08/03(月) 18:07:16 ID:MRu.bgz60
 シズカはカーテンレースを払いのけ、窓から身を乗り出し、叫んだ。おーい!
 俺も、暗殺者との噂の女の子……アイラも、突然のシズカの大声に、身体を縛られた。
 お仲間が最後になんて言ってたか知りたい? と、シズカは、駐車場の柱の影に隠れているアイラに呼びかける。アイラの表情は見えないが……わずかに見える身体の端々から、恐れが感じられた。

 知りたいよねえ? あなたの愉快な仲間たちの、リーダーの臨終際の台詞なんだしさ……。
 アイラが柱から顔を覗かせる……その肌に脂汗が滲んでいるのが見える。

「ママ」だってさ、とシズカは言った。さすが暗殺者のリーダーともなるとプロ意識が違うよねえ。あんなゴツい殺し屋がさあ、死に際に何を言うかと思ったらさ、「ママ」とかさあ。陳腐過ぎて笑い死ぬかと思ったよ……それに比べてさあ、あんたは、どういうつもりなわけ? そんなところでADHD患者の真似してたって、私を笑い殺せないよ。

117d154izBE0:2015/08/03(月) 18:07:40 ID:MRu.bgz60
 全てがスローモーションに見えた。
 先に動いたのはアイラだった。柱の影から素早く身を乗り出すと……例の玩具のような安拳銃を構えながら身を屈めた。小さな銃口はシズカ・ジョースターのいる窓へ……そして、その近くへいる俺へと向けられていた。
 ドン、ドン、という、二発の重い銃声が、マンハッタンの街道を走り抜けていった。

118d154izBE0:2015/08/03(月) 18:08:04 ID:MRu.bgz60
 ゆっくりと、二つの弾丸が、開いた窓に向かって飛び込んでくるのが見えた。
 一発目は既のところでアルミの窓枠へ突き刺さり、ガキャン、と鋭い音を立てた。そして二発目は、俺のシャツの襟をねじ切り、背後の本棚に深い穴を空けた……。当たってもいないのに、頸動脈が「痛い」と叫んでいた。
 おお、とシズカは振り向きざまに言った。ニアピン賞じゃない?
 ふざけんなよ、と俺は叫んだ。心臓が破裂しそうなほど高鳴っていた。マジモンの銃じゃねーか! イカれている。こんな市街地で、なんてことを……。
 マジモンの銃? どうかな? とシズカは再び窓の外へ眼を向けた。でも……やっぱり面白い「スタンド」だったねえ! お笑い芸人のわりには、やるじゃん。

119名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 18:08:43 ID:MRu.bgz60
 既にアイラは姿を消していた。だが逃げたわけではないことは明白だった。階下から、悲鳴と、ドム、ドム、と鈍い銃声が、交互に鳴り始めたのだった。
 
 あらら、皆殺しにするつもりなのかな? やる気満々だねえ。
 シズカはまた、俺に顔を向けた。嫌な感じの、ニヤけた顔だった。
 じゃあ、あとは頑張ってね?
 
 ……おい、何を言ってるんだ、お前は?
 ん? とシズカは首を傾げた。いや、だからさ、あとは頑張ってよ。私は本を片付けないと……と、テーブルの上の本を抱え上げ、本棚に一冊ずつ戻し始めた。他愛もない本棚とは言っても、ちゃあんと体系づけて並べてあるんだよ……。
 
 い、意味がわからないぞ? あんな挑発をしておいて、あのイカれた女を放置するのか? このマンションの連中、全員殺されるぞ!
 全員殺される? 私は殺されないよ……あ、ちなみに下の階の連中は助けなくていいから。生命保険くらい入っているだろうし。そんなことより……ジョニーには頑張ってもらわないとね。

120名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 18:09:16 ID:MRu.bgz60
 はあ? と俺が声を荒げると、シズカはにやりと不気味な笑みを浮かべた。
 私の「スタンド」が知りたいんでしょう? 教えてあげるよ……元から隠しているつもりもなかったけど。ただ、噂話は光より早い。この御時世、「スタンド」っていうプライベートな情報が、あちこちに流出しちゃうのは困る。秘密を守れるくらいの「強かさ」がない人には、教えたくない……命がけで襲ってくるちびっこギャングを返り討ちにできるくらいの「強かさ」がないやつにはね。
 
 私と秘密を分かち合えるような「友達」になりたいなら、追い払ってもいいし、怪我で動けなくさせても、気絶させてもいいし……殺してもいい。とにかく、アイラを「再起不能」にすること。私を失望させないでよ、ジョニー。「友達」っていうのは「対当」じゃないとダメなんだ……私が「友達になりたい」と思えるような強さを見せてよ。
 
 おいおい! 無理に決まってるだろ! あの女は銃を持ってるんだぞ!
 俺は次から次へと本棚に本をしまい、本棚から本棚へと歩きまわるシズカのあとを追う。シズカは俺も一瞥もせずに、冷たく言い放った。私の見込みだと、ジョニーなら大丈夫だよ。アイラは屑のわりには才能があるけど……まあ、所詮はお笑い芸人だよ。最悪返り討ちにあったとしても……私には関係ないし。
 なんだと! と、シズカの後を追って本棚の裏に回ると……。
 そこにシズカの姿はなかった。

121名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 18:09:44 ID:MRu.bgz60
「透明化」なのか? 姿を見せろよ! どうにかしろ!
 ワガママだね、とシズカの声だけが、どこからともなく響いた。でも、今のテンションはちょっとおもしろかったから、特別にヒントをあげるよ……。
 
 アイラの「スタンド」は結構特殊だけど……基本的には【近距離パワー型】だ。その力は、せいぜい半径十メートル以内でなければ発揮されない。不安なら、なるべく距離をとって戦うことだね。
 
 スタンドの問題じゃないだろ! あいつは銃を持ってるんだぞ! 銃だ!
 しかし……シズカは返事をしなかった。談話室には冗談のように空虚な静けさだけが存在していた……そして遠くから、濁った悲鳴と銃声が響き続けていた。

122名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 18:11:44 ID:MRu.bgz60
 ……というところで「5」はここまで。ぶっちしてごめんねえ! 忙しいのっ! 次からはガチの殺し合いだよん。
 ここからは「5」の註釈です。読み飛ばして「6」へ行って結構。

123名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 18:21:39 ID:MRu.bgz60
 ・血の掟
 主にシチリア・マフィアにおける制裁ルールと組織加入ルールをまとめたものだが、大概の闇組織には同様のものが必ず存在する。パッショーネの場合は「ライターの火を消さないこと」というヌルいルールだったが、組織に不利益を齎すものの殺害など、組織に対する裏切りを精神的・法的に防止するような加入条件があることが普通。
 
 ・比較文学
 基本的には、ある特定の国家の文学と、別の国家の文学の比較から、各々の文化・文学の特性を引き出す学問のことを指す。発祥当時は画期的だったが、グローバル化が進む現在は国家間を横断して文学を研究することは珍しくなくなり(というより、特定の国家や作家に絞った研究がほぼやり尽くされた)、現在はより広範に、文化だけではなく、メディアや学問の壁を超えた文学研究として機能している。
 
 ・ポスドク
 学生でも教員でもなく、金も貰えてない研究者、という宙吊りな立場。

124名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 18:22:33 ID:MRu.bgz60
 ・ロッキーマウンテンのリンゴ
 アメリカのお菓子。丸々一個のリンゴに串を刺し、キャラメルとチョコレートでコーティングしたカロリー爆弾。とても美味しいが、日本では大阪でしか売ってない。残念。
 
 ・禍
「わざわい」や「か」、「まが(つ)」等と読む。文字通り「ふしあわせ」のような意味。
 当SSでは、本文中の理由によって、イタリアだけではなくカイロと杜王町が(少なくとも一時は)悲惨な状況に陥った、という設定となっている。通常の警察力を超えた、制御不能な力がせめぎ合っている、という状態は一般的に「無政府状態(アナーキー)」といい、極めて不幸かつ不安定なものなのだ。誰が彼らを見張り、制御する力を持つというのか? 社会は超能力バトル漫画とは異なり、こうした人々を分断することでしか成立しない。
 ところで、一般的に「女禍」というと中国唯一の女性皇帝「武則天」を指す(則天武后は彼女を皇帝ではなく、皇帝の后としてのみ認める、という立場での呼び名)。女性差別が最高に厳しい当時の中国にあって、策謀と恐怖によって権力を維持しつつ、中国を繁栄に導いた世界トップクラスの名君だが、その「恐怖」の部分のクローズアップと、「女」ということもあって、中国では評価が低い。
 
 ・落ちこぼれの社会復帰
 実際、マフィア、ギャング、ヤクザなどの「組織」へ加入して活躍することが「立身」となりえるような社会や階層は世界中のどこにでもある。あなただって、学もなく、学校に通えるような豊かさもなく、容姿に恵まれているわけでもなく、サッカー選手になれるような才能もなく、雇用の窓口も非常にせまく、また就職しても大概は豊かになれないと確信できるような経済状況があり、不正が横行する社会に住んでいるとしたら、まず真っ先に犯罪者になることを考えるはずだ。

125名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 18:25:22 ID:MRu.bgz60
・セーフハウス
 日曜朝のヒーロー番組と違い、どんな悪の組織も、数人や数十人で世界を支配しようとしているわけではない。彼らの前線を支えるアジト、セーフハウスがあり、彼らの兵站を支える「掃除人」や「ハウスキーパー」も多数存在する。
 
 ・近距離パワー型
 原案の【ナポレオン・ソロ】はヴィジョンが拳銃に取り憑く物質同化型ですが、特性がわかりにくい(能力値が実情ではなく、スタンドのヴィジョンの力を反映している)ので、【近距離パワー型】に変更しました(ヴィジョンは消えてないよ)。破壊力と射程がEでも、取り憑く武器が武器だと能力値の意味がなくなっちゃうからね。変更後の能力値、能力は後ほど。
 
 ・シズカ・ジョースター
 当SSのシズカ像は、インターネットに散らばる他のシズカ像に対する反感から出来上がっている。つまり、以下のようなシズカ像に対する「反(アンチ)」だ。
 ・概ね十代の快活で、ジョースターらしい正義感溢れる少女。
 ・ライトノベルのヒロインのような純朴さ・清純さ・愚かさ。
 ・「日本人らしい(それが何を意味するのか不明だが)」文化的背景。
 ・他の部の主人公たちから借用したような性格や性質、能力。
 ・スタンドバトルを前提としたスタンド能力と、その扱い方。
 単純に言って、よく見る「シズカ・ジョースター」というファン作品のキャラクターは「ジョジョ」だ。だが実際には「養子」という立場、「透明化」という強力なスタンド能力は、明らかに「ジョジョ」ではなく、むしろジョースターの侵略者「ディオ」にふさわしいものだ、と筆者は考えている。
 当作品では(それを嫌がるファンの方々には謝るしかないが)ジョースターやスタンド使いそのものをそれほど「良く」描いてはいない。そしてシズカも、ジョースターや他のスタンド使いとは様々な意味で異なる奇妙な存在として描くつもりでいる。現状で公開できる彼女の特徴は、現状では以下の通りだ。
① (主人公ではないけど)ジョジョとしては最年長の二十代半ばで、正義や公平さには関心がない。
② 思考は成熟しており、狡猾で、性的に奔放。
③ 「自分の身は自分で守れ」という独善的なアメリカン・フロンティアの精神。
④ 歴代のジョースター達と同様に不良だが、無実の徐倫よりも「犯罪者」に近いモラルの低さ。
⑤ スタンドを隠している。

126名無しのスタンド使い:2015/08/03(月) 20:55:27 ID:LvzyRq0c0
更新乙です!
確かにシズカのキャラクターは「ジョジョ」っぽくないですね
しかし、あえてそうすることで、魅力的なキャラになっている!
さて、次回はいよいよバリバリの戦闘が始まるわけですね!楽しみ!

127ヒーローゲーマー:2015/10/03(土) 06:47:59 ID:bO9kWJSQ0
ttp://wikiwiki.jp/kakikaki/?%A5%B2%A1%BC%A5%E0%BE%AE%C0%E2%B2%C8%20%A5%D2%A1%BC%A5%ED%A1%BC%A5%B2%A1%BC%A5%DE%A1%BC2
僕が書いた小説です!
読んでください。

128HERO GM:2016/04/26(火) 22:23:25 ID:OHTYCq2.0
freak.downWorld
近距離パワー型&操作系
触れた及び殴ったものを機械化、自然化する能力。触れた物を誕生から消滅を操作も可能。打撃はまぁまぁ得意
パワーCスピードC射程距離E持続力C精密動作性C成長性A 本体極道に憧れる少年(黒髪だけど前髪が寝癖でめちゃめちゃである
) 特徴体型は人間並 体はアイアンマン似だけど自然の模様がある 色は青、自然の模様の色は緑 顔は少しバットマン似(冠を被っている)冠の色は金色。

129FBH:2016/05/15(日) 18:34:05 ID:3atvsi3M0
おおう!? 上の二つはよーわからんな。とりあえず何ヶ月かぶりかわからないけど、更新しまっせ。

130FBH:2016/05/15(日) 18:37:05 ID:3atvsi3M0
5. ナポレオン・ソロ ( vs ナポレオン・ソロ 3 / 4)
 
 初めから嫌な予感がしていた……でも、その「初め」がいつなのかは思い出せない。
 
 コンスタディノスがシズカ・ジョースターを「アメリカ」で「捕獲、もしくは殺害する」という任務をメンバーに伝えたときは、間違いなく、誰もが嫌な予感を覚えていたと思う。わざわざアメリカへ渡ってまで、一人の人間を追うようなことは――実際には、待ち伏せだったけれど、これまでになかったし……その対象、シズカ・ジョースターが何者なのかは、パッショーネのスタンド使い達は全員知っていた……スピードワゴン財団と繋がりを持つ一族の子女。その日まで「触れてはならない」人物の一人に数えられていたはずだった。
 理由は? とあるメンバーが尋ねた。
 理由なんて俺達に必要なのか? とコンスタディノスは尋ね返し……そして自答した。くだらないことを聞くんじゃない。言われたことをやらない奴が、なぜここにいる?
 
 アメリカに辿り着いたときも、同じような不安が胸で疼いていた。少しばかり荒れた波。暗い雲に覆われた港は完全に機械化され、殆ど人がいなかった……いたとしても、みな一様に暗い顔をしていた。喧騒と排ガスが渦巻く……アメリカ大陸。

131FBH:2016/05/15(日) 18:37:58 ID:3atvsi3M0
 そして不安は現実になった。
 同じような不安定な気候が何日か続く。五人の暗殺者達と、何の不自由もない平屋の家でゆっくりと……しかし仕事前の独特の緊張感を以って過ごす。『タタール人の砂漠』のように、その何日かを無為に過ごしているような気もしていた。待ち伏せ。その何かがくるまでは、ひたすらに待ち続けるしかない。しかし、この待ち伏せは何を根拠に行われているのだろう? そもそも一体、何が起こっているの?
 私は物資補給と……息抜きを兼ねて、外へ送り出された。不用意と言われても仕方はない。しかし、なんといっても、まだ対象がアメリカにいなかった……いたとしても、その場ですぐに動き出すわけでもない。

 楽しんでこいと言われはしたものの、何を楽しめばいいのか皆目検討もつかなかった。ディズニーワールドは幾分か遠かったし……正直に言えば、セーフハウスでケーブルテレビでも見ていたほうが楽しかった。ドイツ語や中国語ではなく、英語の習熟を目指した甲斐があるというものだった。大きなスーパーマーケットでダラダラと過ごしたあと、十分な量の食料と、嗜好品を詰めてセーフハウスへ帰った。

132FBH:2016/05/15(日) 18:39:24 ID:3atvsi3M0
 ドアを開けるまで、気付くことができなかった。血の匂いがなかったからだ。
 全員死んでいた。居間で二人。台所と廊下、寝室とトイレで一人ずつ。
 一様に首をねじ折られ、肩越しから私を見ていた。
 
 玄関でひと通り胃の中身を吐き出した後で……「暗殺者殺し」の痕跡を探しまわった……頭の中は真っ白だった。なぜ全員? 半数は確かに「戦闘的」なスタンド使いではなかった……暗殺と戦闘は似て非なる。でも、例えばコンスタディノスは、一対一の戦闘にこそ向いているスタンドを持っていたし、戦闘経験も豊富だった。フランスの外国人部隊で訓練を積んだ、箔のついたゴロツキで、あたしに戦闘のイロハを叩き込んだ人だ。その彼が廊下で、首をぐるりと捻じ曲げたまま突っ伏していた。
 
 戦闘の形跡はなかった。でも全員が戦闘状態にならずに暗殺されるなんて、あり得る? 五人の暗殺者を、誰一人気付かないうちに首をねじ折って殺すなんて可能なの? そして気付く。もしも、まだ「暗殺者殺し」がセーフハウスに潜んでいたら……? あたしよりも経験を積んだ五人の暗殺者を暗殺できる「暗殺者殺し」が……。

133FBH:2016/05/15(日) 18:41:00 ID:3atvsi3M0
 その場から逃げたのは、それだけが理由というわけでもなかった。第一に、仲間の死体に囲まれていることが嫌だった。冷酷かもしれないけれど、正直な気持ちだ。もちろん、あたしが居たところで、彼らを助けられたかどうかは別だけれど、それでも罪悪感は大きかった。
 
 第二に、危険もあった。「暗殺者殺し」が潜んでいるとしても、倒せるかどうか……いや、それどころか、通報されるだけでも相当に厄介だ。あたしたち暗殺者は、守勢には滅法弱い。このまま危険区域に居続ける意味などなにもない。

 第三に……あたしたちはまだ何も為していなかった。
 暗殺は終わっていない。あたしもまだ生き残っているわけではない。暗殺の失敗は生き残ったことにはならない。まだ死んでいないというだけだ。

「シズカ・ジョースター」……「暗殺者殺し」を手駒にしているのが彼女なのか、それとも、彼女が「暗殺者殺し」そのものなのかはどうでもいい……彼女を捕獲、もしくは殺さない限り、あたしは生き延びたことにはならない……セーフハウスに転がる死体のひとつに数えられるだけだ。待っていても死が近づいてくるばかりだ。攻勢に出なければ。

134FBH:2016/05/15(日) 18:41:51 ID:3atvsi3M0
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あのイスラムの連中がダーティーボムを街のど真ん中に撒き散らしたらどうなる、と俺はいつも言っていた。十分にあり得る話だろう? あいつらはアメリカを、いや、世界を憎んでいるんだから。まず、あいつらが俺の敵になる。それから、パニクった地域住民達が俺の敵になる。暴動だ。清潔な水と食料を求めて、あのアラビア人どもを抹殺するために使うべきだった大量の銃をお互いに向け合うことになる。それこそが、あの汚い連中の目的だとも知らずに。

俺は備えていた。クソみたいなアルバイトを掛け持ちして得た金で、除染スーツも買ったし、俺をキチガイ扱いする家族が見向きもしない家の地下室に食料品と水を貯め込み、プレステとテレビとパソコンをEMPから守るケージの中に入れた。そしてもちろん……銃器を学んだ。

銃は良い。俺みたいなデブのガリ勉でも、十分に身を守れる……そして簡単に殺されてしまう。俺は銃器の扱いだけではなく、銃声で銃そのものを判断できるようになるまで勉強を積んだ。俺の友達は俺を変態扱いするが、俺は正気だと思う。自分の身を守ろうと思わない奴の方が、合理的に考えて狂っているんじゃないか?

135FBH:2016/05/15(日) 18:46:54 ID:3atvsi3M0
 マクドナルドの喫煙席で、「管理人」はあたしに、座れ、と言った。窓からは鈍色の雲が低く低く垂れ込めているのが見えた。状況は最悪だった。幸先も良さそうもない。
 
 ソファに座ると、粘っこい汗が背中にへばり付くのを感じた。
 まずは落ち着くことだ、と「管理人」は言った。任務は終わっていない。シズカ・ジョースターを捕えるまでは……。

 あたしは応える。それはわかってる。増援は?
「管理人」は言った。ない。アイラ、君一人でシズカを捕まえるんだ。

 君一人で捕える、とあたしは繰り返した。あたし一人で? 捕える? そんな無茶な! あたしよりも経験を積んだ仲間が五人も殺されたというのに、殺すならまだしも、捕えるなんて無理に決まってる!
 それなら、お前が死ぬことでしか任務は終わることがないだろう。
 ふざけてるの? あたしは「管理人」を睨みつけて言った。あたしたちが壊滅した責任は、あんた達にあるでしょう? あたしたちはシズカ・ジョースターがアメリカに着いたことを知らなかった。シズカ・ジョースターが「攻勢」に出るということだって……。
 
 ふざけているのは、アイラ、お前の方だよ、と「管理人」は言った。第一に誰彼の責任は関係ない。お前らが任務に失敗すれば、私も殺されて死ぬからだ。そして第二に、我々でさえシズカ・ジョースターのアメリカ上陸を知らなかったが、だからなんだというのだ? なんのためのセーフハウスだと思う? シズカ・ジョースターが我々を出し抜く力を持っていたとしても、君たちは臨戦態勢でそれに応じなければならないはずだ。もちろん私たちも全力を注ぐ。既に、シズカの居場所は捉えている……マンハッタン、コロンビア大学周辺、上流階級の子息向けの学生寮、セブンスハウスだ。

136訂正:2016/05/15(日) 18:48:04 ID:3atvsi3M0
(失礼、134と135の間には見えない時空の仕切りがあります。―---←これね)

137FBH:2016/05/15(日) 18:48:46 ID:3atvsi3M0
「管理人」は無造作に、布に包まれた「何か」をテーブルに乗せた。ゴトン、と重たい音を立てるそれを、あたしはよく知っていた。「管理人」は、それは手に入る中で最高のものというわけではない、と言った。ここに来る前に、近くのガン・ショップで、私のポケットに入っていた金で買えるものとしては最高のものだが……それで十分かな?
 
 あたしは訊ねる。本気で言っているの? 本気で、今から、単独行動で、シズカ・ジョースターを捕えろと?
 
 第三に、と「管理人」は言った。我々は相手が誰だろうと必ず任務を果たす。誰であろうとだ。そいつがただのネズミではなく、我々の眼を欺き、我々の持てる最高の暗殺班を半壊させる力を持ったネズミだとしても、我々は、噛みつかれた、強すぎる、などと文句は言わない。我々は猫だ。そして獲物は獲物だ。獲物は必ず捕える。

 そしてあたしは布に包まれた「何か」を手に取る。軽くて小さいが、軽量化されたモデルではない。グリップの感覚もよくない。クソみたいなプラスチックの冷たさ……。「管理人」は言う。シズカを捕えろ。決して殺すな……だが、他の奴らは皆殺しにしていい。

138FBH:2016/05/15(日) 18:50:01 ID:3atvsi3M0
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 エレベーターの停まっている階数だけ覚えておく。四階だ。使えはしないけれど……ざっと考えても、「近距離パワータイプ」、「罠」を仕掛けるスタンド、「毒」を撒き散らすスタンドとか……スタンド戦において待ち伏せされやすい閉所ほど不利な場所はない……だが逆を言えば、シズカがエレベーターを使うなら、かなり有利な状況へ持ち込める。
 階段を上がる。全ての階を探し回るわけにはいかない。四階を目指す。
 三階で歓声が聞こえる。ざわめきと黄色い悲鳴。木製の大きな二枚扉。
 冷や汗が背中から噴き出る。でも、他に選択肢なんてあるの?
 もしもシズカが人混みに紛れていたら? 彼ら、彼女らが仲間のスタンド使いなら?
 間違いなく言えるのは、殺す意味がないのと同じくらい、生かしておく意味はないということだけ。

139FBH:2016/05/15(日) 18:51:05 ID:3atvsi3M0
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 俺だけは聞こえていた。窓の外から響く、トン、という軽く、しかし小さくはない銃声を。コブラ社のCA380。クソみたいな護身用のピストルだ。スラムの神経質なシングルマザーが護身用に買うような……。俺は浮かれ騒ぐ同級生たちの肩を叩く。おい、聞こえたか? いま銃声がしたよな?

 マーシィ、とオービーは言った。黒人でラグビー選手のような体格をしている彼は、実のところ、なんの運動神経も持ちあわせていない心優しい男だ。だが、今回はかなりイライラしていた。オービーがハートランドの入った紙コップを空ける。なあマーシィ、こんなこと言いたくないけど、空気を読むって知ってるか? 何も期末の打ち上げの時までイスラムがどうとか、銃社会がどうとか……しかもなあ、俺は親がムスリムなんだぞ。あんまり聞きたくないぜ、そういうの……。

 そういう話じゃない! 銃声が聞こえたんだってば! それに絶対にISILの連中じゃないぜ! 銃声はコブラのCA380だよ! クソみたいな安物銃だ! きっとスラムの薬中が……。
 それもだいぶ差別的だよね。スカイラーが間に割って入る。生存第一主義もいいけど、ちょっとはカウンセリングを受けたほうがいいんじゃない? スラムの人たちまでテロリストに見えるとか、結構ヤバいし。大学のカウンセラーならタダなんだしさ……。

140FBH:2016/05/15(日) 18:52:09 ID:3atvsi3M0
 お前は俺の母親かよ、自分が病院に行くべきかどうかなんて……といったところで、キンバリーも間に割って入る。もしかしたら、シズカかもね。
 シズカ?
 ほら、一番上の階に住んでたじゃん。凄い美人でさ、背の高い日系人の……。
 ああ、とオービーがコップにビールを継ぎながら会話に混じる。いたね、そんな娘。でも、ここ一、二年くらい見かけなかったよな? てっきり大学を辞めたのかと思ってたけど。
 スカイラーも会話に混じる。留学したって聞いたわよ。フランスに。
 ソルボンヌに?
 まさか。あの娘、人文学系でしょ?
 で、なんでシズカだって?
 帰ってきたのを見たのよ、とキンバリーは言った。今朝くらいかな、談話室で見かけて、ちょっと話をしたの。相変わらず変な感じの娘だったな。危なそうっていうか。全身真っ黒だし。話をしてもすごくそっけないというか、「話しかけてくれなくたって結構です」って雰囲気全開でさ。
 わかるわぁ。ぶっきらぼうなのかしらね。でも、銃をぶっ放すほどじゃあないでしょう?
 いやあ、どうかなあ。たまにさあ、凄い目してる時ない? 人を殺しそうな目というか。

 コンコン、とドアが鳴る。全員の視線がドアに向かう。俺はひっ、と声をあげ、ソファの後ろへ飛び込み、その勢いで頭から床にぶつかる。他の奴らが笑う。ビビりすぎだと。スカイラーが扉へと向かう。噂をすれば影かしらね。ちょっと騒ぎ過ぎたかも……。

 次の瞬間、軽い銃声と共に、スカイラーの後頭部が内側から弾け飛ぶ。

141FBH:2016/05/15(日) 18:53:06 ID:3atvsi3M0
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 初めて殺した男の顔を思い出す。
 父は私の耳元で言った。一発で殺すんじゃないぞ。
 私は父を見る。それは私の知っている父ではなく、冷徹なマフィアの男だった。
 わかっているとは思うが、「俺たち」はみんな気が立っている。殺すだけじゃ気が済まない、って雰囲気だろう簡単に殺さないことは、封を切ったバターみたいに滑らかに殺すことと、同じくらい重要だぞ。

 男の顔を見る。今となっては茫洋としか思い出せない顔だ。本当の顔は、どんな顔だったのだろう? でも、その縫い合わされた口から漏れ出す音は、ずっと憶えている。今しがた鳴り響いたように。私の耳は、その悲鳴を言葉としては受け取れない。
 助けてくれ、と言ったのだろうか? それとも、殺してくれ、と言ったのだろうか?

142FBH:2016/05/15(日) 18:54:25 ID:3atvsi3M0
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 バン、とドアが蹴り開かれ、弾き飛ばされた“元”スカイラーの身体が転がる。
 テロに怯え続けたアメリカ人の習性なのか、みんなすぐに動き出す。俺の真上に、ソファから飛び降りたオービーの身体が勢い良く落ちる。キンバリーは、殆ど這うような姿勢で本棚の影に隠れようとするが、間に合わない。
 キンバリーの背中に三発の弾丸が食い込むのを、俺は見ていた。
 彼女はそのまま床に倒れ、息絶える。ふっ、と消え去るように。
 
 たどたどしい英語で、シズカが上の階にいるのは知ってる、とテロリストは言った。
 たぶん、あんた達は彼女と無関係なのも知ってる。
 でも皆殺しにする。恨まないでね。恨まれるのはキラいだ。

 女の声だ、と思う。イスラムは老若男女全員クソ畜生だ。だから俺はトランプに投票すべきだと言ったのに……だが文句を言ったところでどうしようもない。サバイバリストとして鍛え続けた脳が生存に向けてフル回転する。

143FBH:2016/05/15(日) 18:55:11 ID:3atvsi3M0
 オービー、と俺は小声でクソ役にも立たない、身体がデカいだけの男に声を掛ける。
 しっかりしろ、すぐにでも行動を起こさないと殺されるぞ。
 オービーはすっかりうろたえて、なんなんだこのクソ野郎が! と俺に怒鳴り散らす。どうしろっていうんだ! 俺たち殺されるぞ!

 落ち着けよ! と俺はオービーの眼を見る。冷静なら俺たちは助かる。小さな声で話せ。
 俺はテロリストに聞こえないように、慎重に話す。落ち着いて聞け。大きな反応をするな。今、あのクソキチガイ女の銃には弾が入ってない……かもれない。
 なに? かもしれないだって? 適当なことを、と言いかけるオービーの口を俺は塞ぐ。黙って最後まで聞け。この眼で見たから間違いない。あの女の銃はCA380。9mm弾だ。当たりどころによっては死ぬ。でも滅茶苦茶な威力ってわけでもない。そして重要なのが……あの銃の弾倉は五発しか入らない、ってことだ。

 憶えているか? さっき銃声がした、って俺は言ったよな。一発だ。そしてスカイラーに一発。最後にキンバリーに三発……あのキチガイ女が、ここに来るまでの弾を込め直していたとしても、あと「一発」しかない。俺たち二人が別れて突撃すれば、少なくとも一人は助かる。頭をうまく守れば、運がよければ二人とも……だが、ここでボケっとしてれば、確実に俺たちは死ぬ。準備をしろ、覚悟も決めろ。3カウントで走るぞ。

 さっ、とオービーの顔が青褪めていくのを見る。考える時間は与えたくない。
 行くぞ、1、2、そして俺はオービーを突き飛ばす。畜生、とオービーは両腕で顔面を覆い隠し、テロリストに向かって走りだす。
 そして、俺はソファの反対側から飛び出すフリをする。

144FBH:2016/05/15(日) 18:56:07 ID:3atvsi3M0
 別に大嘘を吐いたわけではない。CA380は短い距離でも正確に当てるのが難しい拳銃だ。相手が訓練されたテロリストでも二人同時に飛び出せば、少なくとも片方が生き残る確率は非常に高い。二人共助かる可能性だってあるだろう。

 ただ、問題が二つあった。
 第一に、俺は「片方が生き残る、非常に高い生存率」つまりは「五十パーセント」なんてものに自分を預けられない。確かに、CA380は弾倉に五発しか入らないが、薬室に
、もう一発残っている可能性があった。つまり残弾は二発。一発なら生き残れるかもしれないが、二発浴びるのは厳しい。テロリストは俺とオービーに一発ずつは振り分けないだろう。となれば、俺は五割の確率で二発浴びることになる。

 第二に、テロリストの武器は果たして一つだけだろうか。
 第二手が銃やナイフならまだいい。だが自爆用の爆弾だったら? 組み付いた瞬間に確実に死ぬ。接近せず、かつ撃たれずにテロリストを倒さなければいけなかった。
 そんなわけで、俺は友人の身体に二つの穴が空く音を黙って聞いていた。
 畜生、という臨終の際の台詞も。まあ恨まれて仕方ない。
 だが、これで六発、弾切れだ。勝手な話だとしても、仇は取るつもりだった。

145FBH:2016/05/15(日) 18:56:41 ID:3atvsi3M0
 二百ドルもした高級なユーティリティベルト(ガンホルダー付き)のホルスターから払い下げのMEUを抜く。何百回とテストと手入れを繰り返した銃だ。CA380のような玩具とは程遠い。四十五口径。本物の殺傷力。そして十メートル内なら、問題なくどこにでも当てることができる。

 ソファから身を乗り出して構える。脳裏に浮かぶのはクリント・イーストウッドだ。アメリカ人のフロンティア・スピリットとはつまり、自分の身と正義は自分で守ることだ。この後、裁判で何と言われようが、俺は生き残る。俺の口から言葉が漏れていく。
 くたばれ、クソテロリストめ。

 次の瞬間、俺の頬に穴が開く。俺のMEUから飛び出した弾丸が大きく逸れる。痛みで腕が痙攣を起こす。俺の眼はテロリストの手に握られたCA380の銃口を捉えている。これは現実じゃない、と思う。この部屋だけで七発目? 改造銃? 理屈に合わない。CA380の弾倉を増設するくらいなら、新品の、もっと弾の入る銃を買えばいい。どのみち、無理やり改造しているなら、ひと目で分かる。

 そして、二発、三発と、立て続けに銃弾を浴びる。
 血を失っていく中、俺の頭のなかでは、クリント・イーストウッドが呟き続ける。くたばれ、テロリストめ、テロリストめ、テロリストめ、と。

146FBH:2016/05/15(日) 18:58:10 ID:3atvsi3M0
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 初めて殺した男の顔に見える。どの死体も同じ。いつもそうだ。そして男の目は、いつもあたしに何かを訴える。助けてくれなのか、殺してくれなのか、判断できない。

 念の為に、全員の頭にもう一発ずつ撃ち込む。9mm弾だと不安が残る。
 何年か前。あたしが戦ったスタンド使いは、四十五口径を頭に撃ち込んだというのに、構わずに突っ込んできたことがあった。そういうスタンドなのだと思ったけれど、違った。人間はそういう生き物だった。生命力の塊のようなところがある。

 そのスタンド使いの顔も、思い出そうとする度に、初めて殺した男の顔になる。

 デブの手に握られたMEUを見る。ガラスみたいに輝いているし、装飾用のメダルが銃身に埋め込まれていた。ガンマニアだったのかも。良い銃、文句なし、いかにもアメリカ的。でも、あたしのスタンドとの相性はイマイチだ。9mm弾が理想的だった。
 あたしの『ナポレオン・ソロ』には。

147FBH:2016/05/15(日) 18:58:52 ID:3atvsi3M0
 他に隠れている人間がいないか、部屋を見て回る。誰もいない。死体の散らかった部屋を出る。他の部屋を探すことも考えるけれど、一刻一秒でも早くシズカと、その仲間を始末するべきだと思い直す。いるかいないか分からない「敵候補」を探しまわっている場合じゃない。階段に足を掛ける。背中に嫌な気配を覚える。もしも、この階に、まだシズカの仲間がいたら? 既に増援が押しかけていたら? あの部屋の死体のどれかがスタンド使いで、「死後にスタンドが暴走するタイプ」だったら? 嫌な思いを拭えないまま、少しずつ階段を登る。

 四階だ。下の階とは趣の違う大扉が見える。共同階なのかもしれない。
 少なくとも、シズカと、その仲間と思しき謎の男は、さっきまでここにいた。
 心臓が跳ねる。最悪なのが待ち伏せだ。こちらには相手のスタンド能力がわからない……その上、シズカは「透明化」のスタンド能力を持っている可能性が高い。宙に浮かぶナイフが、あたしの頸を裂くイメージが脳裏を駆け巡る。

 汗の滲む掌とグリップの隙間から、スタンドが顔を出す。
 仲間たちが「ヴィジョン」と呼ぶそれは、魚の「エイ」に似ていた。手の平や甲から、バリバリと剥がれて現れるあたりが特にそうだ。眺めているうちに、甲の方からも「ヴィジョン」が剥がれ落ち、宙に舞う。あたじのむき出しになった手の骨が見える。

148FBH:2016/05/15(日) 18:59:38 ID:3atvsi3M0
「ヴィジョン」は「当人の人間性」を象徴するものだ、とコンスタディノスは言った。
 父の意見は逆で、あくまでも「スタンド」は「スタンド」という超常現象であって、人間の心の力を糧とする「当人とは別の生物」だと考えていた。実際、父のスタンドは、父の精神とは別に「意思」を持っていた。何が正しいのかは私にもわからない。わかるのは、この「エイ」達が、わざわざ現れては恐ろしい「顔」を見せる、その意味だった。

 空のビール瓶を相手に、初めてスタンドを使った時、その「エイ」は現れなかった。
 いつも、人を殺す時に、そのエイは現れる。それは明確過ぎる意思表示だった。
「エイ」達はいつも、歯を剥き出し、闇が続く空洞の眼を向けて、あたしを責め立てる。
 殺せ、と。

 あたしは駆り立てられるように、扉に向かって撃ち始める。

149FBH:2016/05/15(日) 19:00:22 ID:3atvsi3M0
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 椅子を窓際に寄せ、脚に『皮』を引っ掛ける。銀行強盗時代を思いだす。何度もこうして窓から飛び降りたものだ。何階までなら平気だったかどうかは覚えていない。この『皮』は引っ張るだけなら殆ど破れないが……落下の速度によっては、『皮』を巻きつけている俺の腕や肩のほうが壊れてしまう。

 窓から飛び降りる。二階を過ぎた辺りで、腕と肩に衝撃が走る。
 失敗したかと思ったが、腕は軽く締め付けられる程度で、肩が外れたり千切れたりはしていなかった。そして『皮』がゆっくりと伸び始める。『皮』はうちの銀行の従業員の受付嬢のものだった。特に利用価値がないと思いながらも、一通り集めておいた価値はあった。

 セブンスハウスの芝生につま先が触れた瞬間、頭上から銃声が響く。
 思わず、意味もないのに頭を庇い、壁際に身を寄せ、上を見る。窓ガラスがパリン、と軽い音を立てて割れ、気持ち程度の破片が遠くへ飛び散る。鳥肌が立つ。現実味はないのに死ぬほど恐ろしい。警官に撃たれた時だって、こんなに恐ろしくはなかった。

150FBH:2016/05/15(日) 19:01:23 ID:3atvsi3M0
 あれ? と肩越しから話しかけられる。俺は思わず叫び、その場から飛び退く。
 シズカ・ジョースターだった。セブンスハウスの外壁に寄り掛かり、煙草をふかしている。何故ここにいるとか、どうして平然としているのか、とか、色々な疑問が頭を巡る。けれども言葉にならない。彼女は、まだ半分以上残った細い煙草を芝生に投げ捨てると、スニーカーのつま先で踏み散らす。そしてニヤついた顔で俺に問い掛ける。逃げるの?
 俺は吐き捨てる。当たり前だろうが、イカれてんのか? あの女は銃を持ってるんだぞ。
 あっ、そう? とシズカは笑みを浮かべる。銃を持った相手と距離を取るほうが危ないと思うけどね。うるせえなあ、と思う俺の横を通りすぎて、シズカは俺の『皮』を間近で眺める。これがジョニーの『スタンド』? なんだかキモい動きしてたよねえ。ゴムみたいな性質?

 俺は、俺の『皮』に触れようとするシズカの手首を掴む。思う以上にしっかりとした、力強さを感じる太さの手首だった。俺は言う。やめとけ。それに触るべきじゃない。
 シズカは俺の眼を見て言う。ふうん、危ない「スタンド」なの?
 俺は言う。いや、「まだ」だよ。「まだ」危なくはない。
 シズカが問い返す。「まだ」?
 そして俺も答え直す。「まだ」だ。なんというか、お前らの言うところの『スタンド』というものを、俺はまだ飲み込めてないんだが……その『皮』は、俺の『スタンド』は、それ以上にややこしい。俺にもわからない部分が多い。
 わかるのは、俺以外には安全じゃない、ってことだ。

 シズカは俺の眼を見る。訝しむように目を細める。
 そして言う。ねえ、ちょっと、「ナニ」してるわけ……?

151FBH:2016/05/15(日) 19:02:13 ID:3atvsi3M0
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 思い起こせばロングビーチ。1990年の夏だ。俺は海パン一丁で砂浜に突っ立ち、缶ビールを勢い良く飲んでいる。一仕事を終えたばかりだった。つまり、強盗のことだが……この時の報酬は二十二万ドル。一生を遊んで暮らせるわけではないが、投資をすれば、その限りではない。
 もちろん、俺は投資なんてしないが。無駄に高級で着心地の良い海パンと、イカしたサングラスと、良い女と、酒を買い漁る。毎日が二日酔いで、朝まで騒ぎ、夕暮れ時に目覚める。海を見続ける。満ち溢れている。金がなくなったら、また盗めばいい。
 
 俺には「能力」があった。物理学の天才でも、ウォール街の野獣でも、バスケットボールの英雄でもないが、そいつらが一生を費やしても手に入らない「能力」だ。そいつは目に見えない。監視カメラに残ることもない。そして金庫を開け放つ。誰にも知られずに。
 そう思っていた。

152FBH:2016/05/15(日) 19:03:25 ID:3atvsi3M0
 珍しく昼に起きる。暑くて不愉快だ。ビールが次々に消える。Tバックの美女たちと白い砂浜に飽きて、街路をうろつき周り、潰れたビールの空缶をあちらこちらへ投げまくる。行く先々の露天で買い足す。そして占い商に呼び止められる。猫目のそいつは言う。おいおい、あんた、あんた、相当に「特別」だな。

 俺はビールを啜る。酷い二日酔いで身体がバラバラになりそうだ。俺は重い頭を抑えながら聞き返す。俺が「特別」だって?んなこたあ、俺にだってわかってるんだよ。そんな言葉じゃあ、気持よくなれないね。お前のその水晶球にも、一セントたりとも払わないぞ。

 猫目の占い商は言う。別にお前の汚れた金なんぞ欲しくない。手相を見せろ。
 掌を差し出す。その後でサッと血の気が引く。汚れた金?
 別に隠さんでもいい。占い師に守秘義務なんぞないが、通報する気もない。警察は占い師の言うことなんて信じないからな。犯罪がらみで最近、羽振りがよくなったんだろう。盗みかな……いや、しかし、ふむ……「運命」は恵まれていない……友人は得難いだろうが、それでも、素晴らしい「生命力」だ。余裕で百までは生きそうだな。しかも、他人にはない「能力」を「二つ」も持っているな。それとも「二つで一つ」なのか? 「一つが二つ」なのか……。

153FBH:2016/05/15(日) 19:04:04 ID:3atvsi3M0
 ……スパイか何かなのか?
 占い師は俺の掌をバチリと引っ叩く。スパイ? お前馬ッ鹿野郎だなあ。占い師だって言ってんだろ。う、ら、な、い、し、だ。西から東まで秘儀に通ずる本物の! お兄さんは中々ナイスな手相の持ち主だから特別サービスだ。アドバイスをくれてやる。

 ヒリヒリと痛む手の上に、占い師はマジックペンで記号を書き始める。完全な円が蛇行する線によって、真ん中から二つに割られている。オタマジャクシが互いの尻尾を食い合っているかのようだ。占い師はオタマジャクシの片割れを黒く塗り、両方の頭に小さな円を描く。そして言う。「陰陽」だ。「太極図」とも言う。道教における最重要の教義を示した図だが……お前さん、ロクに学校も行ってないだろう? ざっくり説明してやる。

 これはな、完璧なセックスを示すものだ。
 俺はビールを吹き出して、猫目の占い師の前で噎せ返る。ふざけてるのか?
 ビールを引っ被った占い師は言う……ふざけてるのはお前だろう。お前の力は実際、性的興奮を伴うものだろうしな……いや、逆か。性的興奮に能力が伴うのか。

154FBH:2016/05/15(日) 19:06:38 ID:3atvsi3M0
 パンツの中に手を突っ込み、「息子」を元気づける。極限状態でも頑張ってもらわなければ、あのイカれた女を倒すなんて到底無理だ。俺は、俺の股間に視線を向け続けるシズカに吐き捨てる。見てんじゃねえよ、 恥ずかしいだろうが!

 シズカはギョッとした目で、俺の股間を見る。いや、見るなって、ちょっと! 本当に何で「ナニ」してるわけ? ヤダ! エー! アリエナイ! キモい! そっちこそ、こっちを見ないでほしいんだけど……。

 俺はチュートップから覗く、シズカのふくよかな胸の谷間を凝視する。朝のことを思い出す。危ない女だと知っていたら、たぶん妙な妄想はしなかっただろう。だが今は関係ない。俺は空想上のシズカの中に入っていく。罪悪感や緊張感たっぷりの現実は、この際だから無視している。シズカも俺の目線に気付き、侮蔑の目を向ける。いや、いやいやいや、俺だって好きでやってるわけじゃねえよ。五十歳にもなってさ……でも仕方がないだろ。別に脱げとか言ってるわけじゃないんだぞ。本当はそうしてもらったほうがありがたいんだ。こんなクソみたいな状況じゃ、勃つものも勃ちにくんだよ……とりあえず黙ってヨソを向いてくれないか? ほんのチョットだけでいいんだ、あと少しで……ああ、「来た」ぞ……イイカンジだ。

155FBH:2016/05/15(日) 19:10:30 ID:3atvsi3M0
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 我々西洋人は、知らず知らずのうちに「絶頂」を最上のモノとしている、と猫目の占い師は言った。おそらくは一神教の世界観に由来しているんだろう。だが我々は神ではないから、「絶頂」は「永久」には続かない。我々が目指すべきは「永久」だ。

 占い師は太極図の円をぐるぐるとなぞる。これは男と女の交わりを示している。どっちの色が男か女なのかは横に置いておこう。互いの身体が、互いの身体に入り込み、混ざり合い、しかし一体になることはない。男が女に、女が男に力を与え、「永久」に「回転」を続ける……これが完璧なセックスだ。道教の信徒達は不老不死の仙人となるために、これを体得する。「絶頂」はない。「絶頂」は「永久」を止めてしまうからだ。

 おいおい、俺は確かに酔っ払ってるかもしれないけど、それでも話が見えないぞ。何が言いたいんだ? セックスで「イクな」ってことか?
 そういうことだ。
 じゃあ、いったいなんの話……え、そうなの? 本当に「イクな」ってだけ?
 そぉだっていってるだろぉ。別にセックスに限らないが、「イク」とお前の力は弱まるぞ。逆に「イク」ことなく性的興奮を持続させ続けるなら、お前の力は高まるんだ。でも、いいか、イメージしろ。お前は無限に続く高原に立っている。緩やかな起伏が広がる。登るべき山も、落ちるべき谷もない。お前は無限の高原を果てなく歩き続ける。他の連中は適当な所で満足している。ここがゴールだと。登り切った、落ちきった、などと……全て戯れ言だ。耳を貸すな。お前に限界はない。そして、その世界には太陽がない。何故なら、お前自身が太陽であり、太陽の力を手にしているからだ。

156FBH:2016/05/15(日) 19:14:36 ID:3atvsi3M0
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 呼吸の力がゆっくりと、全身に深く広がる。指先が痺れる。「来た」。漲る。そしてピタリと身体に留まる。エネルギーとしか言いようのない、熱量が身体を巡る。俺はシズカが触ろうとしていた『皮』を握る。血液が波打つ。際限なく波が広がる。「登るべき山も、落ちるべき谷もない。お前は無限の高原を歩き続ける」。その波が心臓から肺へ、そして俺の掌から『皮』に伝わり、『皮』が四階の窓へと勢い良く、ゴム紐のように跳ね戻っていく。

 俺は思い出す。「スタンド使い」達は、自らの能力に名前をつけている。何とも不思議で格好の悪いことだと思う。こんな特別な能力に陳腐な名前を付けることに、何か意味があるのだろうか? それでも俺も、「スタンド」という呼び名さえ知らなかったそれに、かつて名前をつけていたことがあった。

 それはこんな名前だった。【モンスター・マグネット】。

 シズカに話しかける。バツが悪い。まあ本当に……悪かったな、「オカズ」にしちまって、でも、元はといえばお前が……いや、すまない。でも、そういう力なんだよ。俺のは。
 俺に嫌悪を向けていたシズカの目は、いつの間にか、違った目に変わっていた。
 それが何の意味を持つのかはわからなかった。好奇? 驚き? 恐怖?

 シズカは言った。
 ……「波紋」?

157FBH:2016/05/15(日) 19:15:19 ID:3atvsi3M0
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 酔いから微妙に冷めてしまった俺は、占い師の手を振り払う。なんだそりゃあ。永久? 太陽? ヒッピーかよ。金は払わないからな。勝手に占いやがって。

 猫目の占い師はいう。なあに、占いってほどでもないし、金もいらない。「特別な手相」のマニアってだけだからな。そもそも、お前の力は専門外だし……チベットの連中の方が詳しいんじゃないかな……だがもし……この占い師のアドヴァイスがお前の役に立ったと思うなら……この名刺をやる。会いに来て、金を払えってんじゃないぞ。もしもお前の周りに「特別」な奴がいたら電話して、教えてくれ。逆にな、そいつが素晴らしい手相の持ち主だったら、金を払ってもいいくらいだ。じゃあな、飲み過ぎるなよ。

 俺は海水浴場の便所に入り、ビール色の小便をし、糞のはみ出した便器に名刺を捨てる。
 占い師のアドヴァイスは役に立ったというのに……。

158FBH:2016/05/15(日) 19:18:23 ID:3atvsi3M0
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 撃ち続ける。扉だったものの破片が飛び散る。エイ達が不気味な悲鳴を上げ、真っ黒な血を流しながら散り散りに崩れ始め、床に落ちる。やがて銃弾が扉を貫通しなくなり、錠の壊れた扉がゆっくりと開き始める。なんというか……「人に命中した感じ」がない。そんなもの気のせいだと言われたらそうかもしれないし、「スタンド使い」としてのあたしの特性なのかもしれない……。

 大広間だ。人の気配がない。大きな円テーブルと椅子が並び、簡易な書棚が並ぶ。
 そして窓が外に向かって空いている。

 大広間に足を踏み入れる……砕けたエイ達がパズルのように繋がり……また再び宙を舞い始める。ルールは単純だ。銃の形や種類、メーカー、国籍は関係ない。それらしいものなら水鉄砲だっていい。実際、暗殺の時ならオモチャの方が何かと便利で……とにかく、それが銃の形をしていれば、エイ達はそれに力を与える。「無限の銃弾と、有限の威力」。再装填どころが、弾倉さえいらない。撃てば撃つほど、少しずつ威力が弱くなる……同時に、エイ達が苦しみながら砕ける……途中でやめてしまったけれど、最後には銃口から数センチ離れた空中で、弾丸が静止してしまうほどだ(スタンドの弾丸だから、重力に従って「落ちる」ことがない)。でも、しばらくすれば威力も、エイ達も復活する。

159FBH:2016/05/15(日) 19:20:36 ID:3atvsi3M0
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 エイ達には名前があった。一匹ずつそれぞれにではなく、彼らを示す名前が。
 脳裏を記憶が掠める。ソファに腰掛ける父が、アメリカ製の古いドラマを見ている。かなり微妙なイタリア語の吹替がついている。私は父の隣に座る。一緒に壁掛けテレビを眺める。やがて、父とは一緒に見なくなる。

 英語で会話が出来るあたしには、わざわざ下手くそな吹替で見る意味がないから、とあたしは父に言った。大嘘だ。一緒に見なくなったのは、あの若いブラジルの男の死を……心のどこかで……父のせいにしたかったからだ。
 父に憧れた。ギャングに。ガンスリンガーに。人殺しに。間違っていた。最低だ。あたし達が社会に対してある種の貢献をしているという言い分を、世間は認めることがない。世間は私達に白い目を向ける。人々の気持ちも、言い分もわかる。あたしにだってわかる。あたしが「普通の」友達を学校でつくるなんて、不可能もいいところだからだ。

 あたしがマフィアの家に生まれたのは、父のせいだ。
 でも私が父に憧れたのは、父のせいなんかじゃない。
「普通の」人たちほど多くはないにせよ、私はいくらだって他の道を選べた。

 ドラマを違う時間に、同じテレビで見る。食卓の話題がズレることはない。それでも寂しがった父は、ドラマの主人公が使っていたピストルと、全く同じピストルを私にプレゼントする。ワルサーP38K。形ばかりではあるけれど、改造が施されていて、原型がない。あたしたちはそれを「アンクルスペシャル」と呼んでいた。

160FBH:2016/05/15(日) 19:22:16 ID:3atvsi3M0
 エイ達が初めて現れたのは、その時だった。あたしのヴィジョン。気のせいかもしれないけれど……その最初だけは、かなりと痛みと恐怖を伴った。父は私を抱きかかえながら、あたしの手の肉と皮から生まれた、悪魔の顔を持つ「スタンド」を銃眼に納めていた。

 父さん、と呼びかける。あたしのスタンドだ、あたしの、あたしの、あたしの「スタンド」なのに、なんで……。
 あのブラジル人と同じ顔に見えるの、と言いたかった。それを飲み込んだ。
 父は言った。落ち着け。自分にさえ敵意を向ける「スタンド」だってある。友達ってわけじゃあないからな。それにしても、なるほど、これがお前の……いや、お前の銃の持ち主……【ナポレオン・ソロ】ってわけだ。

161FBH:2016/05/15(日) 19:23:10 ID:3atvsi3M0
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【ナポレオン・ソロ】。複雑な気分になる。ロバート・ヴォーンは好きな役者だった。父から貰った「アンクルスペシャル」は今でも大切にしている……あの殺戮現場と化したセーフハウスに置いてきてしまったことが心残りだった。頭にくる……でも【ナポレオン・ソロ】という名前と、それと同じ名前のエイ達は、今でも全く好きになれない。あたしがこれまでに会った「スタンド使い」達は、大なり小なり自分の才能を誇り、愛し、受け入れているというのに、あたしだけが……。

 警戒を切らさないように、窓に近付く。開け放たれた窓に下に立てかけられた椅子の脚に、肌色の布が結び付けられている。布に触れる。いくらか頑丈そうで、十分な長さがある。舌打ちする。古典的だ。まるで脱獄映画。こんなくだらない方法で逃がしてしまうとは……。

 心臓が跳び跳ねる。
 布から生えた手が、あたしの腕を、ありえないほど強い力で掴む。
 それが手だと認識した瞬間には、既に布は「人」へと姿を変えていた。
 全裸の女だった。ただ、眼窩にぽっかりと開いた闇が、あたしを見つめていた。
 それが、両方の眼で見た最後の光景になった。

162FBH:2016/05/15(日) 19:26:02 ID:3atvsi3M0
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「波紋」? 何の話だ、とシズカに問い返すが、シズカは何も答えず、口元に手を当て、何かを思案しているかのようだった。ぶつぶつと呟く。「波紋」? PISCESの? そうこうしているうちに、悲鳴と銃声が響く。上手く行っているとは思わないが、まあ最悪というほどでもない。
 
 これで「片目」は奪った。射撃において両目が使えない、というのは致命傷だ。人間は両目で距離を計る。射撃の危険性が格段に下がったと考えていいだろう。
 
 それは甘いよ、とシズカは言った。“リザード”、悪くはないけれど、凡ミスが多いね。
 俺は応える。凡ミス? 何が?
 まず第一に、連中は視力を失ったくらいだと、大して動揺しないんだよ。そういう風に訓練されているから、というのもあるけれど……「傷を治すスタンド」が背後に控えているからね。まあ、彼女のボスがそういうスタンドなんだけど……怪我をしても治る前提で突っ込んでくるから、怪我はあまり意味がないよ。殺す気がないなら、手足を奪うとか、頸を締めるとかの方がよかったんじゃない?
 
 俺は唖然とする。どうして何階も上で起こっている状況を、まるで見ているかのように把握できるのかさっぱりわからない。なぜ「視力を奪った」と判断できたのか?
俺は応える。でも、怪我は大きいだろう? 片目だ。射撃の命中精度が……。
シズカが鼻で笑う。命中精度ォ? “リザード”、いったい、アイラの「スタンド」を何だと考えているの? まあ、全く頭に入らなかったんだろうけどさ……。

163FBH:2016/05/15(日) 19:28:35 ID:3atvsi3M0
 俺はギョッとする。「スタンド」。全く考えていなかった。いや……。
 よーく、今までの状況を振り返ってみなよ、おかしな点が一杯あるでしょう?

 俺は振り返る。おかしな点……おかしな点?
 セブンスハウスの芝生が風に揺られる。ふとアパートの外に目をやると、鉄柵の外側でイエローキャブが走り回り、なんとなくいけ好かない、高慢な感じに溢れたバアアとフレンチプードルが街路を……冷や汗がどばっと溢れる。そうだ、何故、あんなに平然としているんだ? 何故、誰も通報しない? テロにビビりまくりのアメリカ人が、どうして何事もなかったかのように……。
 シズカは笑う。ああ、そっちから気付くのね。まあ、そうだよね。それも大事だね。
 俺は訊く。銃声を掻き消すスタンドなのか?
 シズカは応える。いや、違うよ。というより、たぶん、そのヒントだけだと、色々な辻褄が合わない。もっとよく考えて見ればいんじゃないかな。

 逡巡する。何も思い浮かばない。銃がヒントなのは間違いない。何度も思い浮かべる。窓枠に当たった銃弾、階下からの銃声、それから真上から聞こえる銃声……。

 シズカは芝生を毟り始める。いやいや、さすがに気付いてほしいなァ。簡単でしょ?
 おっ勃ってる暇があるなら、そういうことに集中すべきだよ。
 俺は応える。いや、おっ勃てるとか言うな……銃自体がスタンドなのか?
 シズカは俺を睨みつける。当てずっぽうで言ったね? そんなことで大丈夫なわけ? アイラは”リザード”の「スタンド」……まあ「スタンド」でいいか。「スタンド」を把握してしまったというのに。だいぶ不利な取引じゃない? 少なくとも、「スタンド」の情報は、彼女の片目なんかじゃ割に合わないけど。

164FBH:2016/05/15(日) 19:30:19 ID:3atvsi3M0
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 残った左目で、血を眺める。痛い。眼窩の中でぐちゃぐちゃになった目の残骸が、ずきずきと脈打つ。あたしは呟く。危なかった。しっかりしろアイラ、助かったんだ。両目だったら完全に詰んでいた。しかも敵のスタンドを把握できた。殺せ。殺すんだ。泣き叫ぶのはシズカを捕まえた後でいい。

 穴の開いた布切れを見る。グズグズに崩れ始めている。人型だ。風船みたいなものだろうか? 「スタンド本体」という感じではなさそう……撃った時の感触が、やっぱり、人を撃った感じではなかった。

 かなりの不覚を取ったけれど、収穫は大きい。
(1) シズカではなく、もう一人のスタンドだ。「アクトン・ベイビー」と違いすぎる。
(2) 強力過ぎる。近距離でも遠距離タイプでもないかもしれない。
(3) 条件付きの「罠」を生み出せる。
(4) 「罠」のパワーは強いが、非常に脆い。銃弾一発で穴が空いて破裂した。
(5) 「罠」のパワーの強さから推測するに、おそらくスタンド自体のパワーは、さほど強くない。
 
 深呼吸をする。眼が痛む。頭も痛い。鎮痛剤を持っていない。歯を食いしばる。
 エイ達が悲鳴を上げながら飛び回り、壁にぶつかり、お互いを食い合っては再生する。言わんとしていることはあたしにもわかる。殺す。絶対に殺す。

165FBH:2016/05/15(日) 19:31:37 ID:3atvsi3M0
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 俺はゾッとして、背筋を冷や汗で濡らす。おいおい、脅すなよ……。
 シズカは平然とした顔で応える。脅してないよ。普通に危ないだけだって。たぶん、このままだと殺されるんじゃない? 頑張りなよ。まあ別に逃げてもいいけどねえ。彼女一人じゃあ追ってこれないだろうし……その場合は、後で大群で襲われるのがオチだけど。
 わかったわかった、わかってるよ! 俺は踵を返し、セブンスハウスの玄関に向かう。そのくらいわかっている。片目を盗ったんだ。ここで見逃してもらうなんて選択肢はなくなった。逆だ。俺が逃げるなんて以ての外だ。アイラを逃がしてはいけない。勝ち目が完全になくなる。

 ところでさ、とシズカが背中越しに話しかける。彼女、殺さないわけ?
 俺は応える。別に殺したくないわけじゃない。殺せないんだよ。
 なんで?
 俺は若い頃に、色々悪いことをやったが、と応える。子供は殺さないと決めたんだ。別にモラルの問題じゃない。子供殺しにとって、刑務所は地獄だ。俺みたいなジジイだと確実に生き残れない……今までブチ込まれなかったことは奇跡だ。ここで子供をぶっ殺して捕まってみろ、今までの諸々の罪込みで、寿命が来るまで地獄で過ごすことになる。
 ふうん、とシズカは応える。勃ちっぱなしの割には、カッコイイこというね。
 うるせえな! と振り返ると、そこに彼女の姿はもうなかった。

166FBH:2016/05/15(日) 19:48:38 ID:3atvsi3M0
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 ピストルを構えながら階段を降りていく。ぞわぞわする。エイ達も押し黙って静かになる。まだ意図は読めないけれど、シズカ達があたしを殺そうとしている可能性は確実にある。逃げている可能性もある。そうだったらいいのに、と思わないこともない。片目を失って逃げられたというのであれば、まだ格好は付く。気が楽だ。少なくとも最悪ではない。ただ、良くもない。仲間を皆殺しにされて、なんの収穫もなく……。

 わからない。わかるのは、殺さなければいけない、という点だけ。
 少なくとも、殺すつもりでなければ……こっちが殺される。

 二階で異変に気付く。エントランスホールで「ガヤ」が起きている。何故? あたしのスタンドは殆どの一般人には見えないし、聞こえないはずなのに。いや、そもそも、このアパートにはそんなに人がいたのか? 階段の手すりから覗き込むと、ロビーが人で溢れかえっていた。

 奇妙な光景だった。
 誰もが真っ黒な眼で、頓珍漢な行動を繰り替えしていた。服装も意味不明だ。医者のような白衣の男は、ソファに座り、存在しないノートパソコンのキーを叩き続けているように見えた。スーツ姿の若い女は、浄水器の水を延々と飲み続けているし、その近くで海パン姿の男が、何やら陽気にテレビCMの話をしながら、ぐるぐると、同じ場所を歩き続けている。そういう意味不明な連中が三十人も四十人もいた。「スタンド」の能力だ。

 これで確定だ。近距離タイプではない。遠距離タイプかどうかはわからないけれど、少なくとも、スタンド本体に力があるタイプではない。そうだとしたら、あまりにも強力過ぎるスタンドだ。こんな生き人形を、何十体も生み出せるのだから……。

 明らかな「足止め」だ。他の出口、例えば非常階段か何かを探して、そこから出るべき?
 それとも正面突破を試みるべきなのか。

167FBH:2016/05/15(日) 19:51:31 ID:3atvsi3M0
決め手となったのは、私の片目を奪った「スタンド」の能力。
 あれは私が布に触れた瞬間に起動するタイプの「スタンド能力」だった。今、目にしているのは既に起動している「スタンド能力」。ある程度、自律的に動いているけれど、例えばアパート内にいる私を探しまわって、殺す、という感じではない。同じ所で、同じ行動を繰り返している。おそらくは共有スペースの全裸の女のような「罠」タイプ。何かに反応して私を襲うようになるはずだ。
 
 ただ、はず、というだけ。他の目的や能力があるのかもしれない。
 それを確かめなければいけなかった。仮にシズカ達に逃げられたとしても、スタンドの情報だけは持ち帰らなければいけない。それが暗殺の糧になる。
 
 床に向かって『ナポレオン・ソロ』を放つ。床に銃弾がめり込む。謎の「スタンド」人形達は反応しない。あたしの『ナポレオン・ソロ』の銃声は、殆どの人間には聞こえない。例外は三パターン。「スタンド」使い。『ナポレオン・ソロ』を認識したか、撃たれた人間。それから……極々特殊な例だけれど、強い警戒心がある人間。「スタンド使い」とは別種の超能力者といってもいい。
 
 それから英語で叫ぶ。動くな! ホールに響き渡る。人形たちはあたしを一瞥さえしない。少し恥ずかしいくらいだ。これで少なくとも、この「スタンド」が音に反応するタイプではないことはわかった。後は「何」に反応するのかだ。「触れる」ことに反応することはわかっている。「加害」はどうだろうか。

168FBH:2016/05/15(日) 19:52:16 ID:3atvsi3M0
『ナポレオン・ソロ』を放つ。瞬く間に銃弾が、看護婦姿の「スタンド」人形の胸を貫く。人形は旋回する銃弾に巻き込まれて、妙な壊れ方をする。人間と違う壊れ方。引き裂かれてバラバラになるかのよう。人形たちは丸い暗闇の眼で、一斉に私を見る。
 
 人形たちが走りだす。速い。かなり速い。強力な「スタンドパワー」が込められている。ちょっと強力過ぎるくらいだ。脆さと引き換えなのだろう。これでわかった。人形は「触れる」か「危害」を加えられると、そいつを襲うように作られている。極々単純な、ベアトラップのような仕組みだ。何の問題もない。
 
 次々に撃ち抜く。厳密に言えば、弾をバラ撒く。左目が見えないというのもあるけれど、そもそもあたしは……当てるのが上手くないし、そういう訓練は殆どしていない。大概のガンスリンガーは線や点をイメージして、何かを撃つ。あたしは面を意識する。野球のストライクゾーンのような面だ。ど真ん中じゃなくていい。面のどこかに入れば誰かが死ぬ。
 
 あるガンマンは言う。頭に当てれば一発だと。
 あたしの父は、そういうのが得意だった。
 でも、一撃必殺でないとして、何が問題なの?
 一発で死なないなら、死ぬまで何発でも撃ちこむだけでしょう?

169FBH:2016/05/15(日) 19:55:06 ID:3atvsi3M0
 群れる人形たちが死体の山に変わり、死体の山がしおれて布切れに変わる。
 そして静寂。エントランスホールでは不気味な抜け殻が散乱する。何かがおかしいと思う。こんな楽になぎ倒せるような人形たちを、なぜバラ撒いたの? 足止めにしても、かなり中途半端。考えてもわからない。相手のスタンドがわかったところで、あいての戦法が見えなければ、確実に拾える情報なんて何もない。

 エントランスホールを、抜け殻たちを避けて歩く。出口に向かう。ふと考える。出口だ。このまま帰れる? シズカのスタンドさえ見ていないけれど……それはもう、残った片方の目でしか見ることができない。片目を失った今なら、イタリアへ逃げ帰ることは許されるのだろうか。可能性はある。殺意と安堵が交互にやってくる。

 出口に近づいていく。他の部屋は探索しなくていい? 近くに「人形」たちのスタンド使いが潜んでいる可能性はゼロではない……強いかどうかは別として、かなり力のあるスタンドだ。こうなると、遠距離タイプだとも思えない。もっと特殊な型のスタンドなのかもしれない。罠の種類が予測できない以上、次々と罠に飛び込んでしまう可能性もゼロではない。

 どうすればいいのだろう。人形たちの抜け殻を越えて、エントランスホールのカーペットの上を踏み歩く。出口へ一歩一歩近づいていく。
 
 がくん、と視界が揺れる。

170FBH:2016/05/15(日) 21:20:44 ID:3atvsi3M0
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【モンスター・マグネット】には、ある種の知性がある。少なくとも、機械や植物に知性があると思うなら、『モンスターマグネット』のそれは知性だ。

 人間にも、ある種の知性がある。例えば、俺の親父はよく俺と母親を殴った。奴は合理的観点から……つまり、「父親には従うものだ」という教育的な理由から、俺たちを殴っていると信じていたが、真実は違う。奴はろくに考えもせずに俺たちをぶん殴っていた。

俺たちにもある種の知性がある。何気なくそれを使う。なんとなく赤信号で止まり、いつものパスワードを使い、当たり前のように食後に皿を洗い、そして妻子をぶん殴る。俺はそれを『慣習』と呼ぶ。

171FBH:2016/05/15(日) 21:22:13 ID:3atvsi3M0
【モンスター・マグネット】はそれを盗む。『慣習を盗む』。ある思考の様式。記憶にこびりついた、計算を必要としない知性。それを盗む。盗むと言っても、盗まれた奴から記憶やIQがすっぽりと抜け落ちるわけじゃない。あくまでも盗むのは『慣習』だ。『慣習』はいずれ復元される。最初ばかりはクレジットカードの暗証番号をド忘れしたり、鍵や財布をどこにしまったか思い出しにくいかもしれないが、何かがなくなるわけじゃない。

『モンスターマグネット』が盗む慣習は『皮』の形態を取る。まさに薄っぺらな知性だからだろう。小さく丸め込めるし、まあまあ丈夫で、ある程度は自在に伸び縮みする。そして『氣』を吹き込むと、そいつらは慣習を……知性を再現する。

『皮』は、多少ズレていたとしても、ある程度は人間のように振る舞う。記憶があり、思い思いの行動をする。でも人間ではない。数字は知っているが計算はできない。何桁もの暗証番号を記憶しているが、新しいことは覚えられない。会話はできるが秘密は持てない。感情はあるが他人に配慮ができない。命令しても完璧にはこなせない。なにより、恐ろしく脆くなる。

 そして、触れたり、危害を加えるとブチ切れる。

172FBH:2016/05/15(日) 21:25:11 ID:3atvsi3M0
アイラが悲鳴をあげて崩れ落ちる。ほんの少しだけ『氣』の入っていた『皮』が、エントランスのカーペットの下、アイラの尻の下敷きになり、エネルギーを失って息絶える。だが、ただ消えたわけじゃない。自分の体を踏んだアイラに『ブチ切れ』て、その足首をへし折ってから消えた。

アイラが右足を見る。妙な方向に折れ曲がった足首を見て青ざめる。右目から一筋の血を流している。俺は嫌な気分になる。何が悲しくて自分より何回りも若い女の子の眼を潰して、足をへし折らなければならないのだろう。サディスティックな気分にすらならない。

でも、と俺は思う。殺すわけじゃない。
『皮』の端と端を結び合わせ、輪を作る。輪は俺の指に合わせて、ゴムのようにしなやかに伸びる。十年ぶりくらいな気もする。こんな遊びをするのは。だが、誰もがする遊びだ……指をピストルに見立て、巻き付けたゴム輪で友達を撃つアレだ。

殺すわけじゃない。でも殺さない理由も見つからない。殺す気でやるべきなんだろう。

173FBH:2016/05/15(日) 21:33:26 ID:3atvsi3M0
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 右足を折られた! 痛みで頭がくらくらする。ちくしょう、と叫ぶ。ちくしょう、ちくしょう! もう逃げられない。最悪だ。こんな単純な罠にやられるなんて。それも、ベアトラップだ。ほんの数分前に思い浮かべていたくらいなのに。

カーペットを撃ち抜く。ドカドカと本物かどうか微妙な大理石の床が砕かれて割れる。なんの反応もない。こんな痛手を負ったのに、別のスタンド能力なのか、同じスタンド能力の別な表現なのかもわからない。

あまりにもおかしい。
この一連の流れが、同じスタンドによる攻撃なら融通が効きすぎる。強すぎる。射程も長ければパワーも強いし多彩だ。『人形』の脆さと引き換えにしたとしてもおかしい。何かを見落として……。

バチン、と横っ面に何かが当たる。
狙撃だ、やられた、死んだと思った。冷や汗をかく。すぐに自分の頭がまだ、首から上に付いていることを確認する。顔に手を当てる。血の一滴すら付いていない。

いったい何……と言いかけた瞬間に、自分の首に何かがぶら下がっていることに気付く。細く、幅広な紐だ。それに触れる。奇妙な質感だった。そして覚えがあった。これは……

174FBH:2016/05/15(日) 21:34:46 ID:3atvsi3M0

バチン、と首に衝撃が走る。
紐が一気に縮み、あたしの首を締め上げる。
やられた。
やられた! なんども後悔する。『触れる』ことが発動条件だと知っていたはずなのに。あの『人形』達を撃ち殺しすぎたせいで、『危害を加える』発動条件に意識を向けすぎてしまった。

また罠だ。おそらくは最後の罠。最後の一撃だ。首に巻きついた紐を外そうとするが、ビクともしない。指の一本すら入る隙間がない。切る刃物もないし、折れた足では探しに行くこともできない。紐はゆっくりと深く強く締まっていく。息ができない。痛い。瞬く間に血管が締まり始め、意識が遠のいていく。首を折るためじゃなくて、気絶させるための力加減だ。

それでも、落ちたら死ぬ。間違いない。
シズカも、パッショーネも、あたしを生かしておく理由がない。
 落ちたら死ぬ。
落ちたら確実に死ぬ。
エイたちがあたしの真上を、慌ただしく飛び回る。

175FBH:2016/05/15(日) 21:35:21 ID:3atvsi3M0

あの男の顔が浮かぶ。
殺さないでくれと懇願する顔だ。あたしはそれを無視して殺した。父さんみたいになりたかった。父さんみたいなギャングになりたかったから、あたしは呪われた。あたしは二度とまともには生きることができない。いずれ誰かに殺されて後悔しながら死ぬ。それは仕方ない。あたしが選んだ。殺されるのは運命だ。

それは仕方がない。
でも、殺されても絶対に殺してやる。

176FBH:2016/05/15(日) 21:36:05 ID:3atvsi3M0
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アイラが乱射を始める。辺り構わず銃弾を撒き散らす。俺の近くに一発が飛んでくる。俺は慌てて扉の影に身を隠す。バスバスと銃声が鳴り続ける。

そして、今更ながら気付く。
何発撃つんだ? 銃声が鳴り止まない。装填の隙さえ見当たらない。ちゃちな銃から延々と何十発も吐き出す。アイラのスタンドは銃そのものだったのかもしれない。

冷や汗をかく。俺のスタンドは近接戦闘はできないから取り止めたが……もしも近接戦闘用のスタンドか、ナイフか何かを持っていたら、弾切れのタイミングを見計らって、接近していたかもしれない。銃があれば顔を覗かせて、撃とうとしていたかもしれない。死んでいたかもしれない。

もちろん、もう終わった話だ。
銃声が止む。

177FBH:2016/05/15(日) 21:36:50 ID:3atvsi3M0
扉から覗き込む。銃痕があちらこちらへ散らばっている。天井にさえついている。そしてアイラが横に倒れている。死んではいない。たぶん。今のところは。まぁ時間の問題だ。早いところ『皮』を外してやらないと、首が千切れるだろう。殺す殺さない以前に、そういうスプラッタなものは見たくない。

 偽物くさい大理石のフロアを渡っていく。慎重に。万に一つもないが、気絶したフリという可能性はゼロではない。

 首締め輪はメキシコ人の処刑方法だと聞いていた。話の元もメキシコ人で、ひどく酔っ払った状態での話だったから、本当かどうかはわからない。モーターで自動的に、不可逆的に、頸動脈や気道千切れるまで締まっていく首輪。ヘヴィだ。まさか投票権すらない女の子に使うことになるとは。

十分に近づいたところで、安堵する。細かな痙攣が見える。気絶している。寝たふりではないのは明らかだ。早いところ、首輪を外さなければ……。

178FBH:2016/05/15(日) 21:38:01 ID:3atvsi3M0
側に立つ。改めて思う。小さくて若くて頼りがない。十代で強盗をしていた俺が言えた義理ではないが、世も末だ。若い暗殺者。なぜこんなことを?

顔が見たくなったのは、単純な好奇心だ。自分を殺そうとした奴の顔、若い暗殺者の顔。それでどうしたいかというわけもなく、ただ見ておきたかった。

銀行強盗なんて、犯罪の世界では『狭間の存在』に過ぎない。この世界とあちらの世界の『狭間』。マフィアやギャングは完全にあちらの世界へ踏み落ちた住民だ。若くして何故? 何故、シズカと俺を殺そうとしたのか?

肩を掴み、引き倒す。苦悶に歪んだ顔だった。頬を引きつらせ、口から泡を吐き、残った方の瞳が、白目を向いている。美人ではないかもしれないし、片目を潰されていたが、可愛らしい、普通の女の子だった。

179FBH:2016/05/15(日) 21:38:46 ID:3atvsi3M0
だが、首輪は外れていた。
アイラは首筋からドクドクと血を流していた。丸い銃痕。まさか、と思う間もなく、カハッ、と息と血を吐いて、アイラの体が跳ねる。そして片目を見開く。
俺を見た。あっけらかんとした、無垢な瞳だと思えた。その瞬間だけは。

180FBH:2016/05/15(日) 21:40:01 ID:3atvsi3M0
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確信はなかった。
あたしの『ナポレオン・ソロ』は融通の効くタイプじゃない。威力がコントロールできない。最初は強すぎるし、撃ちまくれば弱くなりすぎる。死ぬ可能性はあった。でも可能性だけだった。確実に死ぬよりはマシだと思えた。

『人形』が脆いのはわかっていた。弱い攻撃でも、貫通力があれば引き裂ける。問題は、どのくらいの威力ならあたしが死なないか、だけど、答えは分からなかった。どこに当てても死ぬ気がした。それでも賭けるしかなかった。

意識が途切れる寸前まで撃ちまくった。
そして最後の一発を、自分の首筋に撃ち込んだ。威力が強すぎれば死ぬ。当たりどころが悪くても死ぬ。でも死ぬか死なないかよりも、もっと大事なことがあった。皆殺しにしなければいけない。

あたしはギャングだ。
舐めた奴は殺さなければ。
最後にそう思った。
やっぱり、だから、結局は、あたしはギャングなんだ。そして意識が飛んだ。

地獄だと思った。身体中が痛かったから。男が目を見開く。見覚えのある顔だった。キン、と静寂が耳に痛い。そして気付く。手の感覚が覚えている。あたしは銃を持っている。あたしは死んでない!

殺さなくては!

181FBH:2016/05/15(日) 22:13:38 ID:3atvsi3M0
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全てがスローモーションに見えるようだった。アイラがどす黒い殺意の視線と、チャチな拳銃の銃口を向ける。終わったと思った。死ぬ。殺される。だが俺もゆっくりと動いていた。息が吐き出される。独特のリズムが身体に残っている。まだ勃っている。ドクドクと抗いがたい快感が全身を巡る。俺の『氣』が勢いよく、肺から心臓へ、そして掌へ、そしてアイラの肩へ向かう。だがどうする? 考えている時間もない。

182FBH:2016/05/15(日) 22:14:28 ID:3atvsi3M0
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勝ったと思った。殺した。いくらあたしがノーコンのヘタクソでも、この至近距離では外す方が難しい。そして、この『人形』使いの男のスタンドは明らかに近距離タイプではない。負ける要素がない。男の額に銃口を向ける。

『ナポレオン・ソロ』の銃弾が吐き出される。
そして真っ直ぐに、「あたしの人形」の額へと突き刺さった。

183FBH:2016/05/15(日) 22:15:45 ID:3atvsi3M0
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アイラの『皮』が先に動いていた。まだ完全な再生すらされていない、上半身だけのアイラの『皮』だ。繰り出されたパンチがアイラの横っ面に突き刺さり、アイラが吹っ飛んでごろごろと転がっていく。そしてアイラの銃弾が、皮を突き破って俺の右肩を抉った。

偶然だったし、試したこともなかったし、後悔した。
俺のスタンドは対象に触れることで『皮』を奪取する。一瞬で済む。だが、『皮』に『氣』を与える工程と同時に行ったことはなかった。今回は偶然だ。偶然、アイラの肩に触れていたから、『皮』が盾になってくれた。

偶然。つまり、二度はないということだ。
 後悔しているのは、どうして「殴る」という指示……というか、意思を『皮』に持たせてしまったのかだ。銃を奪うか、残った左目を潰すべきだった。
 
アイラが、殴られ、砕かれた横っ面を押さえ、苦痛に顔を歪ませ、折れた足を庇うように、ゆっくりと立ち上がる。そして俺に銃口を向ける。肩の痛みが温かく感じる。もう、打つ手はなかった。

だが、アイラは撃たずに、俺をじっと見据え続ける。最後の瞬間は近付いているというのに、俺はひどく冷静で、頭の中も、心の中も空っぽだった。ただ死ぬんだと思った。はじめから、何もなかったかのように。

184FBH:2016/05/15(日) 22:18:49 ID:3atvsi3M0
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顔を吹き飛ばされたと思った。
かなりの破壊力だった。あたしの「人形」の攻撃だ。
 間違いない。今までの攻撃は、この男のスタンド攻撃だったんだ。
でも何をされたのかはわからない。ダメージを確認する暇もない。

でも、不安があった。こいつの布のスタンドは「あれ」に似ていた。反則級のスタンドだ。生命をつくるスタンド。攻撃を跳ね返すスタンド。あたしのボスのスタンド。

呼吸が苦しい。折れた脚が痛むのに、顔の感覚が殆どない。口の中に血が溜まる。吐き出すと、粉々に砕かれた歯が混じっていた。首筋に手を当てると、べっとりと生温かい血がこびりつく。怪我の具合はわからないけれど、たぶん、次に攻撃を受けたら、二度と立ち上がれない。
 
 あたしは訊ねる。シズカはどこだ?

185FBH:2016/05/15(日) 22:20:28 ID:3atvsi3M0
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 心の奥底から、じわじわと恐怖が湧いてくる。
 最悪だ。すぐに殺された方がマシだった。さっきまでは捨て鉢になって、恐怖がなかったというのに。肩の痛みが心臓のリズムに合わせて跳ねる。ちんぽこもついにしおれてしまった。本当の本当に打つ手がないというのに、なんとかこの膠着した状況を一秒でも長く続けるための言葉を、俺の脳が全力で探し始める。だがシズカ? シズカがどこにいるかなんて、わかるはずもない。
 
 シズカ? と俺が尋ね返す。シズカが気になるのか?
 ズドン、と、俺の耳元を銃弾が通り抜けていく。痛いと思うが、本当に耳に当たったのかどうかはわからない。確かめている場合でもない。動いたら撃たれる。今のは、とアイラが言う。外したワケじゃない。外れたんだ。当てるのは苦手だ。この距離、このコンディションなら、その頭に当る確率なんて三割もない。でも、次も頭を狙う。質問に答えないなら撃つ。
 
 俺は後悔する。ジョースターに関わるんじゃなかったとは思わない。自分の人生もどうでもいい。ただ、最後の最後で十代の女の子をズタズタにして、その仕返しに殺されるなんて、情けないにも程がある。

186FBH:2016/05/15(日) 22:21:41 ID:3atvsi3M0
 カチャン、とドアノブの軽い音が鳴る。
 バッ、とアイラが音の鳴る方へ拳銃を向ける。
 俺は横目で音の出処を見る。それはロビーの出口とは程遠く、階段に近い、女子トイレのドアだった。扉が開き、中から、ハンカチで手を拭くシズカがゆっくりと現れる。そして吐き捨てる。それで、いつになったら終わるわけ?

187FBH:2016/05/15(日) 22:36:18 ID:3atvsi3M0
いやに不機嫌そうな表情だった。厚手のハンカチを尻のポケットに収める仕草……改めて俺たちの方を向く。殺戮の現場にいるとは思えないほどの図々しい態度で言い放った。ああ、やだやだ。やたら戦闘が終わるのが遅いからさ、トイレ、我慢できなかったよ。はぁ、ムカつく……私、ちょっと潔癖なところがあってさあ、自分の家以外のトイレ、使いたくないんだよねえ。誰かの尻と同じトイレを使うなんてさ、ありえないよ……そんなわけで、早く終わらせて欲しかったんだけど、あと、どれくらいで終わる? もう終わる?

アイラが再び俺に銃口を向ける。
動くな、と言う。顔色は真っ青だ。血を流しすぎたのかもしれないし、新しい……というか、本命の敵の堂々とした登場に怯えているのかもしれない。どちらにしても、俺ほどは危険な状況に置かれはいない。

動いたら、こいつを……
殺すって? とシズカがハナで笑う。じゃあ早く殺せばあ? 言っとくけどね、彼はもう『死んだ駒』だよ。死んだも同然なのに、殺す殺さないとか意味ないでしょ?

お、おい……と、慌てる俺にシズカが声をかける。あ、でもねぇ、リザード! あなた、結構、イケてたよぉ。戦闘初心者って割には、考えて戦ってる感じもあった。実際、「捕える」じゃなくて「殺す」だったら勝ってたんじゃないかなあ。今更言っても遅いだろうけど。

そして言い放つ。まあ40点かな、と。これからに期待だね。とりあえず、もおいいよ。アイラは私が殺っとくからさ。

188FBH:2016/05/15(日) 22:38:11 ID:pN0TYtzM0
そしてシズカはアイラの方を向く。黒髪が揺れる。空気が一瞬で張り詰める。
アイラは明らかに動揺を顔に浮かべて、シズカにさっと銃口を向けるが、何故か撃たない。

 シズカはニヤリと笑う。で、アイラ、あんたは……イケてないね。ギャング、向いてないと思うよ。もっとも、それも今日で終わりだけどね!

そして、アイラに向けてズン、と足を踏み出し、一歩、一歩と歩き出す。

シズカは言った。
アイラ、アメリカにようこそ……殺してやる。

189FBH:2016/05/15(日) 22:39:21 ID:3atvsi3M0
狂気の沙汰だった。拳銃を向けているのに、一歩一歩、まるでファストフード店にでも入るような気安さで向かってくる。シズカの言葉が何度も脳裏で渦巻く。「殺してやる」。銃口が震える。体中のあちこちが再び痛み始める。目を背けたくなる。落ち着け、と繰り返す。
 落ち着け、でも急げ、素早く考えろ!

 シズカがまっすぐに向かってくる。大きい。190センチ……もしかしたら2メートル? 筋肉質だ。アジア系の骨格のせいか、小さく見えるが……あたしがボロボロのコンディションだとしても大きすぎる的だ。ここからでも連射すれば何発かは当たる。問題は、明らかにシズカはそれをわかっていて、近づいてきているということだ。

 会話の内容から察するに、シズカはどこかからあたしと、あの布の男との戦闘を見ていた。あたしの能力をわかっている。それでも真正面から歩み寄ってくるのは……。

 スタンドは近距離パワータイプだ。間違いない。近寄らなければあたしを倒せないスタンドなんだ。問題は能力だ。

190FBH:2016/05/15(日) 22:40:54 ID:3atvsi3M0
最良のケース。スタンドのスピードと正確性、そして硬さに自信がある場合。あたしが撃った後でも、真正面から銃弾を叩き落とせるから接近してくる。このパターンなら、スタンドを相手にせず、本体をズタズタにすれば倒せる。

最悪のケースは、あたしの能力と非常に相性が良い能力を持っている場合だ。ボスのスタンドのように、攻撃が跳ね返る。あるいは無力化される。あるいは  ……透明になってすり抜ける。

シズカが歩きながらあたしに話しかける。アイラ、あなたはスタンド能力を見せびらかしすぎなんだよ。良い能力だけどさ……『スタンドの弾丸』でしょう? 銃弾を無限に吐き出す……完全に暗殺&戦闘仕様だ。

191FBH:2016/05/15(日) 22:42:42 ID:3atvsi3M0
 ゾッとする。その隙を縫うように、ちらり、とシズカは男の方を見る。
 そういえば“リザード”、あなた、トドメを刺すだけって状態まで頑張ってくれたのはいいけど、相手のスタンドの仕様に気付くの、遅すぎだからね。ヒントなんて幾らでもあったでしょう。例えば最初の銃撃……おかしいと思わなかった? あんなちぃっちゃな拳銃の弾がさ、四階まで真っ直ぐ飛んでくるわけないよね。弾丸か拳銃のどちらかがスタンドなのは、その時点で気付くべきだよ。市街地のド真ん中で銃撃したなら、警官に対処できるような根回しさされているか、他の人間には気づかれない攻撃なのか、死のうが捕まろうが気にしないかの三択しかないだから。それから……音だね。流石にコレは、もっと早い段階で気付いてほしかったけど……いくらなんでも撃ち過ぎでしょう。リロードの隙も……おっと……

 と、シズカがニヤリと笑う。そうだった、アイラ、
 ここだ、ここが私の「間合い」だったよ。

 シズカが叫ぶ。【アクトン……】!

 そしてシズカが視界から消えた。

192FBH:2016/05/15(日) 22:43:43 ID:3atvsi3M0
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 ……おっと、とシズカが言った。
 そうだった、アイラ、ここだ、ここが私の「間合い」だったよ。
 
 なんのことだかわからなかった。アイラとシズカの間には、まだ十数メートルもの距離があった。
 
 俺はシズカを見ていた。グン、とシズカが視界から外れる。でも消えたわけではなかった。シズカは思い切り身を低くしながら、アイラに向かって猛然と走り始めた。短距離走のランナーのような姿勢の低さだ。疾い。勢いで長い髪が巻き上がる。
 
 シズカが叫ぶ。【アクトン……】!

193FBH:2016/05/15(日) 22:44:37 ID:3atvsi3M0
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 それは真っ黒な影だった。人型だ、と思った。人型のスタンドのヴィジョン。
 ヴィジョンと眼があう。凶暴な目つき。
 あたしにはわかった。直感としか言いようがないけれど、わかった。
 これがシズカの【スタンド】。あたしの仲間を殺した犯人だ。
 
 エイ達が手の甲から勢い良く剥がれ落ちる。痛みがある。でも、潰れた目や、折れた足や、砕かれた顔ほどじゃない。惨めなくらい小さな拳銃が、スタンドパワーとあたしたちが呼ぶ奇妙なエネルギーで震える。脳裏に最初に殺した男の顔が浮かぶ。哀れみを乞う男の顔が。

「管理人」は殺すな、捕えろ、と言った。でも、そんなことはもう無理だ。最初から無理だったのかもしれない。ムカムカと胸の中で何かが燻る。悲しくなってくる。仲間を殺されて黙っていられるわけもなかった。侮辱されて、目玉も潰されて、こんな目に遭わされて、黙っていられない。
殺す。絶対に殺す。あたしの【ナポレオン・ソロ】で!

194FBH:2016/05/15(日) 22:45:22 ID:3atvsi3M0
 引き金を引く。何度も引く。無理矢理に力を込める。当たるかどうかなんて関係ない。撃ち続ければ当たる。当たれば殺せる。スタンド使いにしか聞こえない銃声が響き渡り、銃弾が黒い影へ飛ぶ。
 
 最良の一発が、黒い影の額に向かって行く。あたしは確信を得る。勝った。
そしてシズカのスタンドが消えた。

195FBH:2016/05/15(日) 22:46:12 ID:3atvsi3M0
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 ほんの一瞬の出来事だった……それにも関わらず、何もかもが、くっきりとよく見えた。全てが劇的に進行したからかもしれない。あるいは、傷口の痛みが、俺の意識を鮮明にしていたのかもしれないが……それはわからない。
 
 シズカがアイラへ駆け出した次の瞬間、極端な前傾姿勢で走るシズカの背中から不気味な黒い影が起き上がり、姿を見せた。

 ぞくりとした。禍々しかった。間違いない、これがシズカの【スタンド】だ。俺や、アイラや、ランドバロンのスタンドとは似ても似つかない。人間に似ていたが、もっとドス黒く……薄気味の悪い、エネルギーとしか言いようのない何かがに満ちている。死のイメージが浮かんだ。これは俺のスタンドのように【盗む】スタンドではないと直感した。【殺す】スタンドだ。
 
 そしてアイラが撃った。泣きそうな顔をしているように見えた。
 銃撃が、まるで極端なVFX映画のように、シズカの【スタンド】に向かって、空気を裂き、糸を引いて走っていくのを見た。

196FBH:2016/05/15(日) 22:46:48 ID:3atvsi3M0
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そして、先陣を切った銃弾が、あと少しで当たるという瞬間に、シズカの【スタンド】は姿を消した。ふっ、と、蜃気楼のように。後続の銃弾が、行き場をなくして、どこかへと走り去っていった。

えっ、と口に出した。アイラの表情も、そんな感じだった。
それは直感というよりは……経験に基づくものだった。たぶん、俺がそうなのだから、アイラもそうなのだろう。シズカのスタンドが消えた。でもそれは【姿を消す能力】ではなかった。その能力は、俺や……アイラにも覚えがある能力のはずだ。それはただ、スタンドを【OFF】にするだけの、能力とすら言い難い……呼吸をするように簡単なことだ。

197FBH:2016/05/15(日) 22:47:21 ID:3atvsi3M0
アイラが低空飛行のように急接近するシズカに銃口を合わせる。
スローモーションに見えた。銃口と、ニヤリと笑うシズカの額がピタリと密着し、そして通り過ぎる。

突進するシズカの肩が、アイラの腹へ突き刺さった。

198FBH:2016/05/15(日) 22:48:03 ID:3atvsi3M0
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何が起こったのかわからなかった。
あたしの弾丸はシズカのスタンドの額を捉えていた。殺せていたはずだった。あたしの弾丸はスタンドパワーで出来ている。人間でもスタンドでも殺せる。ダメージを引き受けてしまう近接パワータイプなら、スタンドの頭ごと、本体の脳みそも吹き飛ばせる。

なのに、現実に起こったことは、あたしの弾丸がスタンドを通りすぎていったことだった。スタンドがあたしの弾丸をはたき落とすとか、なんらかの能力ですり抜けていったというのならわかる……それなら、本体へ狙いを切り替えるだけだ。でもあたしの脳は止まった。考えてしまった。なんでスタンドを【OFF】にしたの? なんの意味が? スタンドバトルでスタンドを消す意味は?

そして何もかもが手遅れになった。
銃口をシズカに合わせる。身体の痛みがゆっくりと指先に伝わる。わかっていた。もう間に合わないことを。でも間に合わなかったら何が起こる? 恐ろしくて諦めることもできない。一瞬だけ、シズカの額に標準が合う。触れる。接触する。シズカがニヤついているように見えた。引き金は間に合わない。歯を食いしばる。

199FBH:2016/05/15(日) 22:48:42 ID:3atvsi3M0
大きな衝撃、なんてものじゃなかった。車に撥ねられたら、こういう感じなのだろう。実際、跳ね飛ばされたのだと思った。呼吸ができない。身体が強張って自由がきかない。内臓が全部飛び出しそうだ。そして宙に浮いた。さっきまで立っていた床が見える。高い。3メートル? 4メートル?

ははっ、とシズカが嘲笑った。軽ゥ! モデルでも目指してるの? ちゃんと、ごはんを食べないとだめだよ……あの世ではね。

200FBH:2016/05/15(日) 22:49:28 ID:3atvsi3M0
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「ぶっ殺す」とか「殺す」とかは、誰でも使う言葉だと思う。仲間内の冗談でも、チャリか何かを盗まれてキレたとき時でも。間違いないのは、どんな時であれ「本気」ではないということだ。その辺のギャングだってそうだ。結果的に殺してしまった場合でもそう。殺そうと思って殺すわけじゃない。プッツンときたから殺す。仕事だから殺す。殺そうとしたわけではないけれど殺す。
 
 シズカは「本気」だった。成り行きとか、仕方なくとか、正当防衛とか、そういう感じじゃなかった。殺そうと思って殺す、という感じだ。低空ダッシュから、かち上げるようにアイラの腹へぶつかっていったシズカは、そのままアイラを抱え込み、持ち上げ……そして思い切り、自分自身が倒れこむように……アイラを固く冷たい床に向かって振り下ろした。

201FBH:2016/05/15(日) 22:50:15 ID:3atvsi3M0
 ゴン、と嫌な音を立てた。
 それきり、アイラは動かなくなった。
 シズカは、そのまましばらく、アイラの傍で座り込んでいたが、やがて立ち上がり……不気味な笑みを浮かべた。ひゅーひゅーという、アイラの恐ろしげな呼吸の音だけが、ロビーに響いていた。
 
 俺はその技を見たことがあった。なんとなくは知っていた。テレビで、なんとはなしに、大した興味もなく、暇つぶしで眺めている時にそれを見た……「スピアー」と……「パワーボム」、それか、「バスター」だろうか。

202FBH:2016/05/15(日) 22:50:54 ID:3atvsi3M0
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 背中全体に衝撃が走る。それから、ゴシャッ、と、頭の後ろから鈍い音が鳴る。後頭部が熱い。嫌な感じだ。息ができない……というか、空気が肺に入らない。身体も動かない。でも、何が起こったのかはわかった。シズカに……投げられた? 持ち上げられて、背中から叩きつけられた。
 
 なぜ? と思うけれど、言葉がでない。どうしてこんなことに……。
 
 なぜ? じゃないよ、馬鹿だなあ。とシズカは言った。何も言っていないのに。あたしを見下すその眼は、あたしの心の奥底まで見透かしているようだった。超単純な「フェイント」だよ。私のスタンドを警戒しすぎ。ま、スタンド能力に頼りきりの「スタンド使い」には、肉弾戦なんて発想の外だろうけど。それにしても、まだ意識があるなんて、タフだねえ。

203FBH:2016/05/17(火) 23:23:31 ID:MEbUcisc0
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……というわけで、今回はここまで。次回は戦闘の後処理。例のごとく補足は飛ばしてもよし。
だいぶ長くなってきたので、そのうち粗筋でも載せたほうがいいのかもね。

204FBH:2016/05/17(火) 23:24:07 ID:MEbUcisc0
・イスラムの連中
 ムスリム、というのが正しい。痛ましいテロなどの影響もあって全盛とは言い難いものの、いまだ人気のある世界的宗教であり、今日のメジャーな宗教の中では(プロテスタントを除けば)最も新しく、成立の過程もかなりしっかりと残っている(しかも、かなり面白い!)。FullBlackHabitは現実世界よりも結構未来の話なので、ISIL始動後の中東世界の情勢とかにも変化はあるんだけれど、平均的アメリカ人にとっては相変わらず「野蛮の世界」なのかもしれない(シリアとイラクを犠牲に、ISILが政治的単位としての生存を認められるようになったんだけど、多くのアメリカ人はいまだに「国」や「政治集団」ではなく「テロリスト」だと思っている、みたいな)。

・ダーティ・ボム
 ダーティ・ボムはある程度の範囲を放射能汚染することを目的とした兵器である。いわゆる核兵器とは異なる。核爆弾は「核反応」という燃料を使い、殺傷力のある熱や衝撃、放射能汚染などを生み出すが、ダーティー・ボムは通常の爆弾に放射性汚染物質を仕込んだだけのものだ。単純に、放射性汚染物質の代わりに釘などを仕込めば通常の「グレネード」になるし、犬の糞でも仕込んでおけば悪質な「いたずら爆弾」になる。
 放射能汚染物質を手に入れ、安全に管理するコストを無視すれば、各家庭でも作れるくらい簡易であるにも関わらず、その被害が甚大である為(汚染が小さくても、みんなパニックになるから)かなり警戒されている。

205FBH:2016/05/17(火) 23:24:51 ID:MEbUcisc0
・CA380
 特に説明することもないのだが、いわゆるサタデーナイトスペシャルと呼ばれる銃の一種。見た目も作りも値段もとってもチープ。まあスタンガンや催涙スプレーのような安手の護身アイテムだと思えば大体あっている。違いといえば、殺傷力がある、という点だけ。マーシィの言う通り、装弾数が少ないのでテロには向かない。テロとは恐怖(テラー)を撒き散らすものであるからして、もっと連射できるものとか、爆発するもの、ヴィジュアル的に痛みを伴うものがいいのだ。

・サバイバリスト
 英語だとプレッパー(prepper)と呼ぶこともあるけれど、意味はあまり変わらない。生存第一主義、ということ。
 テロ、事故、災害、金融崩壊、戦争……日常を破壊する事象は数多くあるが、それに備える人はあまりいない。というのも、そうしたトラブルは「極低確率でしか起きない」と信じられているし、備えにもコストが掛かるからだ(雪が降ってからスタッドレスタイヤを買いに行くのと同じ理屈だね)。
 ところが、世の中には何かが起きる前の「備え」に、生活の全てを費やす人もいる。シェルター、備蓄、防災訓練、キャンプ術等など、幸福な生活を犠牲にしてまで、生き残るための「備え」を怠らない人をサバイバリストと呼ぶ。


・MEU、ベレッタ
 近年の戦争や紛争では「怪我をさせる武器」と「殺す武器」の使い分けが重要だ。
 百年の歴史を持つM1911(いわゆるコルト・ガバメント)は「殺す武器」だ。強力な制圧力と殺傷力を持つ四十五口径、初速が早くサイレンサーとの相性がよい。一方で装弾数が少なく、貫通力が低いので、装備の整った軍隊が相手だと分が悪い。
 一方でM92(ベレッタ)は「怪我をさせる武器」だ。M92は9mm弾で、殺傷力こそ低いものの、貫通力が高く、軽く、取り回しが簡単で、弾がたくさん入り、なにより安い。殺すよりも士気を削ぐことが重要だと認識されるようになった近年の戦争・紛争において、拿捕や戦傷者の量産などは、ただただヒトを殺しまくるよりもずっと効率がよかったりする(下手な虐殺だと、結果的に敵が増えたりするし)ので、NATOなどで制式採用され、ついで1985年からはアメリカでもM1911の代わりに使われるようになった。
 とはいえ、戦争・紛争における通常の戦闘行動とは目的が違う特殊部隊などには9mm弾は「弱い」とウケが悪く、改良されたM1911、MEUが使われ続けることになった。

206FBH:2016/05/17(火) 23:26:06 ID:MEbUcisc0
・『ナポレオン・ソロ』
本作においては、
近距離パワー型
破壊力C スピードA 射程距離A
持続力D 精密動作性E 成長性E
という能力値に変更させて頂いた。というのも、図鑑の能力値は明らかにヴィジョンの能力が考慮されていて、「実銃を使う」という凶悪な実情と一致していなかったからだ。
能力も文字媒体の描写に合わせて何点か変更を加えさせて頂いた。主なところは「消音」「物理法則を無視して、威力減衰ナシで真っ直ぐ飛ぶ」「連射速度と威力が反比例する」だ。全体として、スタンドをより強力に、かつ「乱射してこそ真価を発揮するが、連射しすぎると逆に弱くなる」というピーキーな性能に調整した。
反面、スタンド使い側は弱い方に調整した。正直「衰えた殺し屋」程度ではスタンドの強力さを相殺できない。より若く、未熟で、適性がなく、何より「ノーコン」であることはより「映画っぽい」と考えた。主人公が撃った弾が必ず当たるように、雑魚敵が撃った弾が絶対に当たらないのも「メタ射撃」の一種だ(どのみち「当たる弾丸」のスタンドならエンペラーとピストルズがいる)。
ところで、なぜエイなのだろう。Aim(狙う)と掛けた?

207名無しのスタンド使い:2016/05/29(日) 23:33:59 ID:EVsb9B860
や、やっと読めた…これは超大作ですな
全てが濃い、そして緻密
オリスタには珍しいダーティな内容だけど、逆にそれがいい
戦闘シーンもこれでもかと言うほどの生々しい描写で、手に汗握る
これは執筆大変だと思いますが、応援してます!

208FBH:2016/11/23(水) 17:29:50 ID:ZnCfZHOQ0
何回かに分けて更新しますね〜

209FBH:2016/11/23(水) 17:34:40 ID:ZnCfZHOQ0
6. アメリカン・サイコ ( vs ナポレオン・ソロ 4 / 4)
 
 ロビーが静まり返る。窓から差し込む光が、ニスの塗りたくられたフロアを照らす。俺は突っ立っている。心臓がバクバクと音を立てる。今更になって、肩に突き刺さった弾丸が神経をつんざき、激しく痛み始める。だが、どこか他人事な痛みだ。痛いのに、気にならないというか……アドレナリンの仕業だろうか。身体も、現実味も、麻痺している。
 
 シズカとアイラのもとへ、恐る恐る近寄る。アイラの頭の下から、じわりと、粘り気のある赤い血が広がっていた。眼が泳いでいる。手足が脈絡もなくバタついている。冷や汗が噴き出す。この娘は死ぬだろう。それも、じきに死ぬ。
 
 シズカはダラリと、日に焼けた黒く長い腕を垂らし、ぼうっと、窓の外の空を見ていた。ため息を吐く。長い間、目を瞑る。祈っているのかと思った。だが違った。シズカはリラックスしていた。快適なベッドでうたた寝するように、ぼんやりとしているのだ。

210名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:35:25 ID:ZnCfZHOQ0
 
 俺は呟く。マジかよ。死ぬぞ、この娘。
 
 シズカは目を閉じたまま言い返した。へぇ、わお、それはびっくり。救急車でも呼ぶ?
 
 肝が冷えた。心底から、目の前で起こしつつある殺人に無関心といった態度だ。
 
 それにしても……とシズカは背伸びをした。ただでさえ高い背がぐんぐんと伸びる。ソー•グッドな血の匂い! なんだか久しぶりな感じがするなあ。若くて、新鮮で、良いもの食べて生きてきたんだろうな。

211名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:36:16 ID:ZnCfZHOQ0
 俺は思わず口にする。本当に死ぬぞ。ここまでする必要、あるか? お前だって……と言いかけたところで、シズカが右の手のひらを俺に向ける。太く、分厚く、傷だらけの、とても女性のものとは思えない歪んだ手だった。お前だって死んでいたかもって? ナイナイ! とシズカは目をパチリと開き、満面の笑みを浮かべた。
 
 ……だって……私の方が強い。アイラは恐ろしいスタンドを持っているけれど、戦い方が直線的過ぎる。暗殺とスタンド戦しか想定してなかったんだろうな……よくいるんだよね、スタンド使い以外に負けるなんて考えないし、だからこそ、スタンドに対して“だけ”警戒心が尋常じゃあないスタンド使いって……私のスタンドをチラッとみせれば、アイラはスタンドに向けて撃ってくるのはわかっていた。本体を撃てば勝てるタイミングでも、それが出来ないビビりなんだ。スタンドを【OFF】にすれば、パニックになることも、格闘に対処できないこともバレバレ。私が負ける要素なんて、1つも何もない。
 
 違和感が頭を掠める。この自信はなんだ? 戦い慣れし過ぎでは?

212名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:38:49 ID:ZnCfZHOQ0
 でも、弾が当たっていたかもしれないだろ、スタンドじゃなくて、お前に。
 いや、聞いてなかったの? 十中八九でアイラはスタンドを撃つよ。
 そうじゃなくて、弾が外れてお前に当たってたんじゃないかって……。
 シズカは笑みを引っ込めて、唇を噛み締める。うっ、ううん、なるほど、どうかな。アイラのスタンドは精度を犠牲にしていたから……いや、アイラか下手くそだからこその、こういう雑なスタンドなのかな……相手が勝手に失敗することを考慮するのは戦略とはいえないんだけど、確かに、その可能性はあったかも。アリガトウ。反省した。でも、そうだなあ……狙いが外れて、私の頭に向かって飛んできたら、スタンドで弾丸をキャッチするしかなかったかもねえ。
 
 スタンドで弾を掴む? そんなことできるのか?
 いーや。ムリムリ。できない。普通に死ぬと思う。
 そうか……えっ、そうなの? ハハハ。さっき『ナイナイ』とか言ってただろ!
 アハハ。いや、本当、当たらなくてよかったよお。いや、外れなくて、かな?
 ハハハ……笑い事じゃないだろ。

213名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:39:47 ID:ZnCfZHOQ0
 まあ、冗談はさておいて、運ぼうか、とシズカは言った。さっさとイタリアに送り返そう。まだ生きているみたいだし……シズカはアイラの両足を抱え込む。そして俺を見る。なにボサッとしているの? 頭の方、持ってくださいよ。
俺は言う。えっ、なんで……。
なんでって……リザードの「食べかけ」を私がやっつけてあげたんだよ? 奥さんに食器の片付けを全部やらせるタイプ? 助けてあげたのに冷たいなあ。
助けてあげたって、見捨てる気満々だったろ。ていうかお前が原因だろ!
うーん、どうだったかなあ、記憶が曖昧だなあ、アメリカの食べ物ってなんでもかんでも甘いものだから、脳みそがゼリーになっちゃったのかなあ……私の記憶だとさあ、半殺しにたのはリザードじゃなかった?
 
 そしてシズカはアイラの血が滴る左瞼を指差した……うわっ、見てくださいよ、あの目、潰れているね。ヤバいね。ひどい。リザード、潰れた目って放っておくと腐るからさあ、引っこ抜かないといけないって知ってた? やってみようかなあ、でも、グロいかなあ……衛生的にも問題あるよなあ。
 
 いやいやいや、なんで俺のせいにしようとしてんだよ!
 冗談、冗談。でも、見捨てたのは誤解ですからね。あれは戦術。使える駒だって思わせていたら、アイラはリザードを殺してから、私との戦闘に入ってしまうでしょう。死んだ駒だと思わせる必要があった。悪く思わないで。助けようと思って、そうしたんだから……大切な”友達”だからさ。

214名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:41:08 ID:ZnCfZHOQ0
俺は急いでアイラの痙攣する腕を掴み、持ち上げる。軽い。温かい。血がぬるりと滴る。やけに身体を動かしているが、意思を持って動いているという感じではない……アイラは人間から物に変わりつつあった。こんな華奢な女の子と戦っていたとは……俺は言う。なるほどなるほど。大切な友達ってことは、お前のスタンドについて教えてくれるってことか?
 
シズカもアイラを持ち上げる。えっ? なんで? それはダメ。
はあ? なんでだよ? 友達なら教えてくれるんじゃ、
いや、だって、負けたよね。期待込みで友達と思うことにはするけど、弱いからねえ……ちょっと様子見かなあ。
……なんだそりゃあ。じゃあ、手伝わないぞ。
あ、腕を離さないようにね。たぶん、次、頭を打ったら本当に死にますから。まだまだ未来のある十代女子ですよ。殺したらかわいそうですよ。化けてでるよ、きっと。

215名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:43:04 ID:ZnCfZHOQ0
 ……本当に何もなしか?
 シズカが顔を顰める。はあ、超女々しいですね……キモいなぁ……まあ、でも、確かに頑張っていたからなあ。うーん、そうだなあ。事態に対する即応力とか、そういう点では見直す部分は多いと思うけれど、正直、仕込んだ罠のクオリティはなかなかだった……相手の行動を考えて戦っているなあって感じはあった! おまけしちゃってもいいのかなあ……で、何が欲しいの?
 キモいとかいうなよ。そりゃあ、スタンドの……。
 それは絶対イヤだし、キモいのはキモいでしょう。だって戦闘中なのにちんぽこいじってたじゃん。
 
 ぐうっ、なんだよ! 半分巻き込んどいてよお! キモいとかも言われたかねーよっ! ていうか見るなって言っただろ……そして気付く。俺が“氣”を巡らせていた時、俺はシズカに――厳密には違うが、ちんぽこを弄っているところを見られていた。俺はといえば、その時の困惑した反応を、豊かな胸の谷間を見ていた。嫌な閃きが走る。正直、ドキドキもするが、かなり脅迫じみてはいるし、かなりやりたくはないが……じゃあ、そうだな、どうしてもスタンドを教えてくれないっていうなら、代わりにだな、一発、その、なんだ……ヤるとか?
 
 シズカは訝しげな視線で俺を見る……ん? ヤる? 何を? 俺はどきりとする。そういう目で見られると、なんだか背徳的だし、距離感が妙に近づく……それに……そういう目で見ると、本当にシズカは良い女だった。そんな目では、もはや到底見られないサイコ野郎でもあったが。
 いや、ほら、だから、その、アレだよ! 男と女のだなあ! “セ”から始まる、なんというか……。

216名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:45:12 ID:ZnCfZHOQ0
 シズカがニヤリと笑う。ああ、セックスね。別にいいですけど。
 そう! それだよ! 少しは言うのを躊躇えよ! それが嫌ならスタンドの情報を……えっ、いいの?
 
 シズカは悩むように顔を顰めた。うーん、いい、は、いい、だけど、意味合い的には「グッド」ではなく「オーケー」かな。高齢者とはしたことないし、興味もないし、好きか嫌いかで言えばたぶん後者だけど……なんかふにゃふにゃそうだし、やたら長そうだし、ヴァニラで面白くなさそう……でも、まあ、いいかな? もちろんゴムはアリね。前戯とピローはナシ。面倒だから。
 なんでそれでオーケーになるんだよ……そしてなんでそこまでチクチク言われなきゃーいけねーんだ! それなら、あれだぞ、後ろの方だぞ! それが嫌なら……。
 
 後ろ? 後ろって?
 いや、だから……。
 ……ああ、なるほどね。いやあ、オーマイゴッドって感じ。責められるのが好きなんだ? まあ歳をとると勃たなくなるっていうけど、受け入れるだけなら何歳になってもできるもんねえ。ハイトク的ィ。
 
 なんで、俺が、ヤられる側なんだよ! お前のケツのこと言ってんだよ! ていうか心が読めるんだろ! お前は!
 冗談ですよ。まあ、正直言えば、そっちならもうちょっと頑張って欲しかったなあ。うーん。でも相手の行動を見抜く術とか、通り道に罠を仕掛けるような手管はちょっと高得点だったもんねえ。まあ……いいか。オーケーオーケー。じゃあどうします? 今夜とか空いてますか? ていうか経験あります? 経験無いなら、軽くググって勉強してきてね。準備とかもそーだけど、あれって本当に大変だから……。

217名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:45:58 ID:ZnCfZHOQ0
 ……いや、やっぱりいい。なんもなしで。
 シズカがヘラヘラと笑う。あ、そお。別にどっちでもいいけどねぇ。ていうか逆に断るとか失礼だよねえ。私としても覚悟とかいろいろとあるわけじゃない? しかも20代学生の後ろでしょお? レアだよぉ。さらにいえば、私ってばそーとーな美人なわけでさ……。
 別に脅迫だったんだからヤれなくって結構だ! ていうか、それだよ、それ! それがイヤ! なんでこう、イヤがらないワケ?
 いやがる? どうして? セックスは嫌いなの? 半世紀も経てなおウブなの? 歪んだ処女信仰でもあるの? まあもちろん、私も人を選ぶし、リザードとやりたいかといえばそんなことはないけど……なんか下手そうだし。それとも何? 愛情とか恥じらいを求めるタイプ? そういう塩コショウ的なヤツがないとできないの? キモいから悔い改めたほうがいいよ、そういうの。
 ぐうっ、ヤメロ! お前なあ! よくもそんなポンポン悪口を吐けるな……!

218名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:47:26 ID:ZnCfZHOQ0
 ……あんたら、アタマがヘンちがう?
 ギョッとする。女の声だ。一瞬、アイラが目を覚ましたのかと思い、手を離しそうになる。だが声は俺の背後から聞こえてきていた。妙な英語だ。イントネーションもそうだが、どこか間違っているような、通じるような……。
 コツコツと足音がエントランスに響く。ハイヒールの音だ。
 シズカはニヤついた表情を変えずに言う。やあ、ニコ、だいぶ久しぶり。
 
 姿を見せたのは女だった。妙な女だ。完全に奇天烈だ。あの異常な戦闘と、この異常な顛末があった後でも、なお違和感がある。年齢はシズカと同じか、それよりも上だろうが、病的なくらいに幼く見える。整った顔立ちだが、肌色が悪く、メイクは奇抜なのか失敗したのか、顔が暗く見えた。三つ編みがふらふらと動く頭に合わせて揺れる。何か柔らかい素材の、黒いコートを着ていた。その下は、下着がちらりと覗くキャミソールと……黒いローレグのパンティだった。
 
 露出狂だ、と思った。上を脱ぐか下を履いた方がまだ自然に見える。アタマが変なのはお前の方じゃないのか? だが緊張で固まった俺は言葉が出ない。女は、頭を割られて死に体のアイラを見る。そして、それを運んでいる俺を見る。何を考えているのか、さっぱりわからない目だった。

219名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:48:41 ID:ZnCfZHOQ0
 相変わらず凄い格好だねぇ、とシズカは唸った。刺激的ィ。
 
 ニコ、と呼ばれた女はシズカを見る。うるさい。ここは自由の国だから自由にすると知る。わかる? シズカも十分にオカシイでしょ。
 
 文法がおかしいわけでも単語やアクセントがおかしいわけでもなく、全く意味不明でもないが、どこかズレた英語だった。シズカは俺を一瞥して、苦笑いを浮かべた。いや、別にダメって言っているわけじゃないよ。グッドだよグッド。凄くクールじゃん。私もゴシックパンクは嫌いじゃないし……とりあえず、私と……ああ、そうだ、この人はジョン・オブライエン。私の友達。で、こっちで死にそうになっているのはアイラ。パッショーネの下っ端。
 
 俺はニコと目が合う。はじめまして、と声を掛けるが、ニコは聞いているのか聞いていないのか、反応を返さない。
 
 で、とシズカは俺を見る。リザード、この人は、と視線でニコの方へ視線を促す。あまりにも際どい服装と、頭が足りていなさそうな幼い表情に、目の行き場を失う。この人はニコラサ・ベルムデス。コロンビアからの移民二世。立派なニューヨーカー。お母さんの年金で暮らしている。ちょっと英語が苦手……かもね。呼び方はニコでいいと思う。ニコラサと呼んでもあまり反応しないから……で、私達と同じスタンド使い。

220名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:49:53 ID:ZnCfZHOQ0
 ニコはバカだった。それも、面と向かってバカにすることが憚られるタイプのバカだ。頭が悪いわけではないが、なんらかの社会的な支援を必要とするタイプ。ニコは俺を見ていった。わからん。シズカ、どうする?
 
 とりあえず、と、シズカは言った。私と彼と、この娘、それから、たぶん上の階で三人くらい死んでいると思うから、「今日の証拠」を回収してほしいな……おっと忘れてた、そこの女子トイレにも警備員の死体を詰めてた。そっちもよろしくお願いするね。
 
 そういうと、と、ニコは言った。ニコは仕事を始めようと思った。

221名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:50:39 ID:ZnCfZHOQ0
 ずるり、とニコの身体から、スタンドが抜け出す。
 俺のスタンドとも、アイラのスタンドとも、違った。シズカのスタンドとは、少し似ているかもしれない。人間に近い形をしている。口を閉じた食虫植物のような頭と、肥大化して、ゴツゴツとした鱗がびっしりと張り付いた左腕を除けば。あとは、この世のものとは思えない、鮮やかなコバルト色の肌を纏った、人間だった。
 
 てってってってってってって……と、ニコは聞き覚えのあるリズムで何かを口走りながら、スタンドと共にシズカの足元にしゃがみ込む。そして……シズカの「影」の中に腕を突っ込んだ。

 うっ、と息を詰まらせる。生ぬるい汗を背中に感じる。ニコの腕がずぶずぶとシズカの影に沈んでいき、ついに顔も半分ほど、影の中に入り込んでしまった。どういう理屈なんだ……そして何をしているんだ?

222名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:51:38 ID:ZnCfZHOQ0
 ニコは、とシズカは言った。味方でも敵でもないけど、信用できるよ。
 
 俺は言う。いやいやいや、信用とかそれ以前に、何をしてるのかもわからないんだが……それに、何でここにいる? 大丈夫なのか?
 
 ああ、それは、私が呼んだから。リザードが私と会った部屋から、1階に降りてくるまでの間くらいかな? 何をしているのかというと……ニコ、言ってもいい感じなの? シズカと、何かを口走りながら、影の中を腕で搔きまわし続けるニコの目が合う。ニコは首を縦に振り続ける。

223名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:53:48 ID:ZnCfZHOQ0
あっそ、まっ、私からは、かなりセンシティブなことだから気を払うように、とだけ忠告しておくよ……その上で、ニコのスタンドをバラすとね……彼女のスタンド能力、【アンダー•スレット】は、生物の影から「弱み」を引き揚げるスタンド。引き揚げるというのはモーションの話で、まあ、盗む、でも、奪う、でも好きに解釈していい。「弱み」っていうのは、正直なところ私にもよくはわからないけれど、嫌な過去を象徴する品とか、インパクトのある事件の物的証拠とか、失くしたくないものとか、そういうのを意味するみたい。引き揚げた「弱み」はスタンドのパワーとして表現されるから、スタンド以外の攻撃では破壊できない。利用方法としては、捜査、脅迫、探偵……という風に、スピードワゴン財団は認識している。

 迂遠な言い回しだな。つまり、他の利用法があると?
 シズカは首を傾げる。スピードワゴン財団はスタンドをアーカイブする手法を確立させてはいるけれど……スタンド使いのパーソナリティにまでは踏み込まない。特に、ニコみたいな……その……特殊な人間相手だと、なおさらね。

 すべてのケースで当てはまるわけではないけど、スタンドは基本的に使い手の精神を象る。ごみ箱にごみが入っているように、パイナップル缶にはパイナップルが入っているように、影がその人の形を象るように……人間性はスタンドの器と見なせる。人間性を知ることは、スタンド戦でも非常に重要。その観点からいうと……ニコは誰かを脅迫しようとする人間ではない。真実に興味があるタイプでもない。理屈を持って誰かの善悪を判断することもないし、できない。でも、正義感はかなりある……法でもイデオロギーでもなく、直観に基づく正義だけどね。

224名無しのスタンド使い:2016/11/23(水) 17:55:34 ID:ZnCfZHOQ0
 ジャッジャーン、とニコが、シズカの影の中から手を抜く……その手の平を、細い、鎖のようなものが貫いていた……“ようなもの”だ。形状が絶えず蠢いて、環の連なりようにも、DNA配列のような螺旋にも、捩じりまかれた縄のようにも見えた。ニコのスタンドがカキカキと音を立てて、鎖を巻き取っていく。そのたびに、ニコの手の平の肉と骨が、ぐじゅぐじゅと変形した。
 
 やがて、影の中から、鎖に繋がれた太く大きな鉤と……その切っ先にぶら下がった獲物が姿を見せた。それはピストルの形状だった……アイラの拳銃だ。
 
 ニコのスタンドの異常さ……そしてスピードワゴン財団が知らない使い方の肝は、引き揚げた「弱み」が世界から消えてしまうこと。まぁ、何処かから持ってくるのだから、何処かから消えるのも当たり前だけど。
 
 ……んん? 何を言っているのかわからないぞ。
 わかりにくいのは承知の上だけど、そうとしか言いようがないね。見たほうが早いんじゃない? アイラの手を見てみなよ。拳銃を持っている方の手ね。
 しかし、アイラの細く小さな手のひらの中に、その拳銃はなかった。

225名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:42:21 ID:9fJ09Eus0
 最強のスタンド、なんてものは存在しない。リンゴとミカンはどっちが強いかと聞かれても困るでしょう? 強いなんて尺度はあまりにも退屈だし、考えれば考えるほど真実から遠のく………でも、一般に強いといわれるスタンドは3つある、とシズカは言った。「時間を操るスタンド」、「空間を操るスタンド」、「精神を操るスタンド」。ニコのスタンドは、その3つ全てに関わる。現実を変えてしまうというほどではないけど、【アンダー•スレット】が「弱み」を引き揚げた時、現実はニコのスタンドに合わせて姿を変える。
 
 いつだ、と俺が訊ねる。不気味な気配だった。直感的に邪悪な気配がする、というべきか。いつアイラの手から拳銃を奪ったんだ? 俺が腕を握っていたんだぞ? いや……そもそもなくなったのか? 最初からなかったのか? まるでわからない。忘れるはずもないくらいシリアスな事態だったのに、思い出そうとしても、すっぽりと、頭から抜け落ちたかのように……。
 
 どうかな、それは私に“も”わからない、とシズカは言った。私の記憶からも消えかけているからね。瞬間移動したのかもしれないし、ニコが引き揚げる前から、すでに抜き取られていたのかも……初めからそうだったように。フォトショップってわかる? 映像とか写真の編集ソフト。あれって、その場にあるはずのものを好き勝手に弄り回せるでしょう。映っているはずのものを消したり、好きに付け足したり。そういうものだと思うよ、勝手にそう思っているだけではあるけど。理屈はわかってないからね。

226名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:44:49 ID:9fJ09Eus0
 ……おいおい、無茶苦茶だな、そんなことあっていいのか?
 ううん、よくはないかもね……でも、そういうスタンドだし。
 その拳銃はどうするんだ?
 それ聞いちゃう? 他の誰かの影の中に入れるんだよ。盗んだ『弱み』はスタンドパワーで覆われているから、そういうこともできる。
 ……そうすると、どうなる?
 わかっているくせに。ニコの標的になったかわいそーな人は、この騒動の犯人になるでしょうね。
 何もしてないのにか?
 理屈から言えば、何かしたことになる。辻褄が合ってしまうから。時空間ごと操るというのは恐ろしいよ。監視カメラには本当の犯人は写らない。アリバイを証明する友人は「記憶がない」と言い張る。本人の記憶には「やったような感じ」が残る。そして証拠品には指紋がべったり……強力なスタンドであって完璧なスタンドではないから、意外と穴まみれではあるけれど、杜撰な警察がシナリオを書くには充分だね。まあ、ニコだって無実の人を悪党に仕立てるわけじゃないから、その辺は安心していいと思うよ……程度にもよるけど。ニコから見て悪党、ってところで決まるからね。

227名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:46:11 ID:9fJ09Eus0
 ちらりとニコに目をやる。コートのポケットからビニール袋を取り出して、ぶうううううん、とアイラの拳銃を飛行機か何かに見立て振り回しながら、それに入れる。そしてもったりと、知能に問題があるやつ(完全に偏見だが)特有の緩慢な動きで、アイラの影の中にも手を突っ込む。影が微かに小波を立てる。その不気味な鉤が引き揚げたのは……やはり拳銃だった。ただ、アイラが持っていたチープな安拳銃ではなかった。見たことのない……昔懐かしのワルサーだ。
 
 ださーい、とニコは言う。
 シズカはいくらか訝しんだ後、ワルサーをアイラの影に戻そうとするニコに言った。それ、戻さなくていいよ。私にちょうだい。
 イヤ、ダメ、とニコは呟いた。その眼には影が差している。みんな死ぬよ。
 俺は一瞬でニコが嫌いになった。直観で人を判断するのはよくないかもしれないが、100パーセントに近い確信がある。ニコは、俺とも、シズカとも、アイラとも違う。本当に【人間じゃない】側へ足を踏み入れているスタンド使いだ。
 シズカは微笑むようにニコを見つめた。だよねえ。きっとそんな感じなんだろうと思っていたけど、そういわずにさあ。報酬倍でどう? 2万ドル出すから……。
  
 ニコはと気味の悪い笑顔で、はしゃいだ。4万! 4万にすれば2で割り切れる!
 そうだね、じゃあお母さんと分けられるように4万にしようか……2万ドルも2で割り切れるけどさ。

228名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:49:22 ID:9fJ09Eus0
 影の汁(本当に何なのだろう? 地面を突き抜けてどこかに消えて行ってしまう)が滴るモーゼルを持ったまま、ニコはシズカの背後に回り込む。どこのポッケ……あっ、ポッケットない。
 ポケット……ポッケットか。それはないから、ジーンズに挟んでおいてよ、とシズカは返した。
 挟む? 難しいな。
 うーん、お尻のところにこう、なんというか、入れておいてほしいんだけど、
 尻に入れるね。
 わっ、バカ、パンツの中にいれ……と、シズカが言いかけた途端、ドン、と鈍い音がして、俺もシズカもビクリと跳ね上がった。シズカがアイラの足を落とし、俺はアイラの重みと驚きで、アイラごと尻もちをつく。アイラの後頭部から滴る血が、俺の超高級スーツにべったりとこびりつく……すでに肩に穴が開いているとはいえ、嫌な気分だ……問題はシズカだ。表情も身体も引きつって固まったまま、突っ立ったままだ。

229名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:52:32 ID:9fJ09Eus0
 その間、俺もシズカも、ずっと固まっていた。最初に俺が口を開いた……大丈夫か? ていうか、どうなってる?
 シズカはわずかに頷いた。たぶん、大丈夫。パンツとジーンズに穴は開いたけど、私は大丈夫……でも、ちょっと熱かった……。
 ……お前のパンツと尻の心配じゃねーよ。その銃だ。そのワルサー、ヤバいだろ。本当に俺の知ってる銃と同じなのか? 心臓にじわじわくるヤバさだ。子供の頃に見た【カリガリ博士】より不穏だ。ホラー映画のドッキリシーンの直前みたいな雰囲気がするぞ。
 シズカは額の汗を拭うと、一笑した。ふうん、じゃあ5割くらいの確率で何も起こらないんじゃない? まっ、かなり危ないと思うけど、どうにでもなるよ。

230名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 10:55:16 ID:9fJ09Eus0
 そんなこんなで、死に体のアイラを運ぶ。アイラの後頭部から血が滴り、俺の革靴の上に落ちる。背筋が凍る。誰かに見られてはいないかと、視線を発砲に配るが、世間は俺たちにまるで無関心だった。きっとそのまま市街地に出たところで、警官でもなければ呼び止められないのだろう……それよりも、このあと、どうなるんだ? 職はどうなる? いや、職はいいとして、刑務所暮らしになるのか……いや、シズカとニコを信じるのであれば、それもないのだろう。では何が問題なんだ? 「パッショーネ」だ。「パッショーネ」の報復だ……意識を振り払う。それはまだ始まってもいない話だ。問題は……俺がいま起きていることの全貌を知らないことだ。
  
 そっち、こっちと、シズカにあれこれと指示されながらアイラを運んでいく。石畳に血痕が残る。あの不吉な【アンダー•スレット】が現実を変えてしまうスタンドで、事件の証拠を変えてしまうとしても、どこまで信用していいのかわからない。
 
 セブンスハウス横の広く、ガランとした駐車場に辿り着く。シズカのような階級の子供たちの車なのだから、ある程度の高級車が並んでいるのかと思えば、案外そうでもなく……もちろん、やたらに背の低い車もたくさん並んではいたが、時折、ショボそうなワーゲンやダットサンの軽自動車、キアのファミリーカーも停まっていた。

231名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:00:42 ID:9fJ09Eus0
 私のは、あの黒いやつね、とシズカは言った。あそこまで運んで。駐車場には一台しか黒い車は停まっていなかった。妙な車だった。全長は長いが背が低い。前半分はスポーツカー然としていたが、俺の美学的にいえば、いいところはそれくはいだ。車体側面のグラフィティ風の【sandman】のマークも、オレンジのストライプも、バカみたいにデカい金ぴかのホイールも、マイアミのチンピラ風でダサい。しかも、後ろ半分はトラックの荷台になっていた。これは……これは軽トラじゃないのか?
 
 えっ、違います。ユーティリティーカーです、とシズカは驚いたような顔で言った。ズボンの尻を台無しにされてからというもの、顔に少々冷や汗を浮かべたままだ。どう? オーストラリア製のホールデン•ユート【サンドマン】。カッコいいでしょう。室内も広い、荷物もいっぱい載る、サブウーファーも……。
 
 そりゃあ軽トラならいっぱい載るだろうよ。お前なぁ、こういうのやめたほうがいいぜ。まだ20代だからわからんかもしれんが、金持ちなのにアホみてえな軽トラ乗ってたら変わり者どころかバカにしか見えないぞ。
 
 はあああああ!? 馬鹿にしないでくれませんか!? と、シズカは絶叫して、アイラの足を放り投げる。俺は焦って、バカ、静かにしろよ、と訴えるが、シズカは軽トラを指差して騒ぎ立てた。どこが軽トラに見えるんですか? 軽トラとは違いますよ! コルベットのV8も積んでるのにっ! スポーツカーの仲間ですよ!
 やめろよ、突然どうしたんだよ……ていうか、なんで軽トラにV8積んでるんだよ。意味ないだろ……いや、トルク的には意味なくはないのか? わからないけど、爆速の軽トラで何がしたいんだよ? 荷物を後ろに放り出したいのか?
 軽トラじゃないってば!

232名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:05:54 ID:9fJ09Eus0
 若いやつは何を考えているのかわからない。長生きしたせいだと思う。自分が歳をとって、思考力も共感性も失った証拠だ。ともかく軽トラの助手席を動かし、後部座席にアイラを詰め込む。血がべっとりとシートにこびりつくが、シズカは車内の致命的な汚れや、むせかえるような血の匂いよりも、俺の評価の方が気に入らないらしく、ぶつぶつと文句をたれ続けていた。
 
 左耳に触れる。鋭く痛む。指先に血が染みついて粘つく。肩の血は止まりつつあったが、痛む。本物の銃弾のように……弾頭が残らなかっただけマシか……病院という言葉が何度も頭を過ぎるが、行くわけにもいかない。すぐに通報されるのが落ちだし、警察になんの説明もできない。ニコを信じるなら、今度の惨劇の証拠は残らないのだろうが……その万能さは、どの程度のものなのか……。
 
 気休め以上、安心以下ってところかな、とシズカは不機嫌そうに言った。【アンダー・スレット】は、監視カメラの映像とかも全部ムチャクチャにしてしまうくらい、すごい現実改変力のあるスタンドだから、大概のことは万事解決するけど、完ぺきではないからね。気づく奴は気づく。そこはスタンド以外の力でどーにかする必要がある。というわけで、運転よろしくね。
 
 はあ? なんでだよ?
 後部座席で死にゆく十代少女を監視したいなら、どーぞ。
 ……意識ないだろ?
 あるよ。混濁はしてるけど。超頑丈だよね、究極生命体なのかも。ともかく、また目覚めたり、容体急変したときの対処ができるなら、後部座席でのんびりしててもいいよ。
 くそっ、と俺は思わず毒づいた。マジかよ。軽トラのマニュアルなんて動かしたとないぞ……。
 オートマだけど。
 ……軽トラでV8でオートマ?
 ……うるさいなあ。重要な話が先! 当然ながら、リザードは西世界トップクラスの組織暴力に楯突いたわけで、ケジメをつけなきゃいけないんだけど……。

233名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:09:37 ID:9fJ09Eus0
 一瞬、頭がフリーズした。は? 何を言っているんだ、西世界トップクラスの組織暴力に楯突いた? そりゃあ、まあ、そうか。わかってはいるが……ケジメ? なぜ? 巻き込まれて、狙われたのに?
 
 まあ落ち着いてよ、とシズカは言った。パニックになるのはわかるけれど、大した話じゃないから。さっきもいったけど、ニコの【アンダー・スレット】は万能じゃない。警察は騙せてもマフィアの執念は騙せない。だから、お話をして、決着をつける必要があるわけですね、パッショーネのお偉いさんと。泥沼の抗争も楽しいといえば楽しいんだけど……ともかく、これからとある波止場で彼らとお話をして、アイラを引き渡して、和解の上でイタリアに帰ってもらいます。なあに、大丈夫ですよ、たかだか幹部の娘の左目と右足首と首をやっちゃったくらいならね……。
 
 マジか……マジで言ってるのか? 絶対無理だって、殺されるぞ?
 ふむ、理由は?
 り、理由? そりゃあ、お前、相手はマフィアだぞ。お前はただの金持ちの娘で、俺なんかただのサラリーマンだ。奴らは絶対に舐められてると考える。和解の席に着くわけがない。場所を決めて落ち合うなら、襲撃されるに決まってる。
 オーケイ。その問題は解決済み。場所と時間の都合をつけたのは、アイラとリザードの戦闘中だからね。応援を呼ぶ暇は与えてない。
 お前、人が生きるか死ぬかの戦いをしてる中で、とんでもねーな……でも、応援はマフィアだけとは限らないだろ。パッショーネには金がある。人員なんてその場でリクルートすれば済む話だろう。ここはアメリカだぞ、ギャングなんて山ほどいるし、銃にも慣れてる……下手したら重火器まで出てくるぞ。
 
 シズカはニコリと笑いながら、星形のチャチなキーホルダーのついた車のカギを、俺に投げ渡した。いいね、なかなか鋭い! リザードの言う通り、さっきの情報だけだと、体感9割くらいの確率で殺されそう。でも、だあいじょうぶ。私って美人なうえに凄いから。なんとかしてあげるよ……運転してくれたらね。リバーサイド・ドライブを南下して、ポートベイシンまで!

234名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:20:22 ID:9fJ09Eus0
 煙草と白檀の芳香剤においがした。【サンドマン】は暴れ馬のように前後に加速する。長い車体のケツを思い切り振ってリバーサイド・ドライブへ飛び出す。エンジンがくそうるさい。だがまぁ、本革シートの乗り心地は気に入った。
 
 リアビューミラー越しにシズカを覗く。左後部座席で、祈るように頭をもたれて、煙草に火をつけているところだった。横たわるアイラの顔はちょうど真後ろで見えなかったが、たまに、シズカの膝の上でビクンと足を跳ね上げては、押さえつけられていた。
 
 煙草を吹かすシズカのため息が絶えると、アイラの激しい呼吸音が社内に響く。俺は、アイラは港まで持つのかと、沈黙に耐えられずに訊ねた。
 大丈夫じゃない? とシズカは返した。あいまいだけど、意識はあるし。
 それきり、また沈黙が車内を重く満たした。
 
 赤信号に引っかかる。クソほどうるさいエンジン音と、ぶーぶーうるさいイエローキャブの間に、アイラの死にそうな呼吸がこだまする。また、俺が喋りだす。そういえば……。
 別に無理して話さなくてもいいよ、とシズカは言った。ラジオの司会者ってタイプでもないてましょう。落ち着く時間も必要だろうから。
 話してないと落ち着かないんだよ。聞きたい事も山ほどある。
 そうかあ、とシズカは言った。スタンドのこと以外なら何でも聞いていいけど、私にも質問はさせてね。
 質問? なんの? なんの質問だ?
 大したことじゃないよ。そっちが先にどーぞ。

235名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:23:46 ID:9fJ09Eus0
 聞きたいことは、本当に山ほどある……重要なことばかりだ。だが要約すると……なぜアメリカにいるのか……いや、なぜフランスから戻ってきたんだ? 何の為に? 君の父親は明らかに監視を張り巡らせていた。アメリカに戻ってくる報らせなら簡単に掴めたはずだ。そしてこのタイミングだ。俺も、パッショーネも、偶然なわけがない。
 
 フランス? とシズカはタバコを咥えながら、器用に滑なかなか発音で口にした。あ、これ私の特技ね。タバコを咥えたままでもフツーに会話ができるんだ。腹話術。面白いでしょ。まぁそれはともかく、フランスとはまた懐かしいね。
 
 ……なんだかその腹話術の方が気になっちまったが、まあいい、留学中だろ?
 そうだけど、最初の半年で単位は取りきったから、ほとんどパリにはいないよ。欲しい論文も手に入れたし、気になる講義も受けたし、ここ1年半はたまーに面談でフランスに戻るだけで、大体は旅行してるね。
 
 監視は……と俺が話そうとすると、はいはい、監視ね、とシズカは俺を遮った。これが良い話でさ、私の監視は2人いたのだけれど、お父さんはツメが甘いというか、ケチなんだよね。大富豪のくせに金払いが悪いんだよ。あれは本当にかわいそうだったな、土日休みもないし、昼夜問わずの監視なのに平均月給程度って。あんまりにもかわいそうだから、私が2人を呼び出して、毎月お給料を上乗せして払っていたんだよ。トータル3倍のお給料で、3倍働きたくなるようにね。彼らはプロではなくて、SPW財団の伝手で雇われただけの民間のスタンド使いだったから、ずいぶん喜んで、実際よりも3倍の期間、私がフランスにいることしてくれた……ちなみに2人とも、結構セクシーでいい男だった。でも3Pができる男の性癖ってちょっと謎だよね、ゲイでもないのに女の子を挟んで互いの顔を見つめあうとか気持ち悪くないのかな……。
 
 そこまでは聞いてねーよ……ま、なんとなくはわかった。ランドバロンの身内にも君のスパイがいて……いや、おそらくはSPW財団かパッショーネにもいて、そこで得た情報を元に戻ってきた、というところか……。
 
 だいたい正解かな。スパイってほど立派な人材は抱えてないよ。学生って信用が薄いから、その時々でお金で情報を買っているだけ。

236名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:26:52 ID:9fJ09Eus0
 ああ、そう、納得した、と俺は嘘をついた。どうせシズカは、いくらか嘘を吐いているのだろう。今の話では、ランドバロンと俺の動向を知ることはできても、パッショーネの動きは説明できない。誰にも知られずにアメリカに帰るというのも、なんらかの違法な手段を使っているはずだ。だが、俺に嘘を見抜く術はないし、シズカを追及しすぎるのも、後々問題になりそうだ。ついでの世間話なんだが、どこに旅行していたんだ? ヨーロッパ周遊か?
 
 なにそれ、定年夫婦みたいだね。そんなイージーで退屈な旅はしてないよ。海路でイタリア経由でトルコに。地中海沿いに陸路を南下してエジプトまで。そこからさらに、アフリカ大陸をインド洋沿いに、やっぱり陸路で南下して、はりきって喜望峰まで行こうかなーってところだったんだけど、ジブチで中断して、ここに帰ってきた。
 
 へえ、アフリカの大旅行か? 羨ましい。社会人はそんな暇ないからな。トルコも行ったことないな……トルコ風呂ならあるけれど……トルコからエジプト……俺は頭の中で地図を展開する。トルコから南は……シリア、イスラエル、レバノン……んん? エジプトから南はスーダンにエルトリア? 超が3つも4つもつくような危険地帯ばっかじゃねーか! マジで言ってんのか?
 
 おお、よく全部言えたなあ。暗記が趣味なの? でも惜しいね、マハーバードが抜けている。
 お前なあ、はぐらかすにしたってもっとマシな嘘があるだろう。なにが悲しくて危ない国を巡るんだよ。どのみち女の子が生身で歩ける場所じゃないぞ。
 ふうん、じゃあ、面倒だから嘘でいいよ。
 あのなあ……!

237名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:35:34 ID:9fJ09Eus0
 シズカは後部座背から身を乗り出して、煙草の煙を俺に吐きつけた。メンソールが目に辛い。まあまあ、私の質問も聞いてよ。どうしてリザードはちんぽこいじってたの?
 おい……。
 いや、まじめな話ですよ。気づいているのかどうかしらないけれど、ちんぽこいじったあとのアレ……【スタンド能力】ではないですからね。
 はっ? いや、俺のスタンドだよ。あれがないと、なんもできないぞ。
 
 それもすごい不思議な話だけど……ともかく、スタンドの定義は「精神力の具現化」であって……性的興奮みたいな物理的な状態で「強くなる」とか、「特性が変わる」ならわかるけれど、あの『エネルギー』は『皮』のスタンドの発現とは関係があるように見えなかった。あなたの『皮』のスタンドにちんぽこが必要ないなら、あれはスタンド能力じゃない……あれってなんなの?
 
 なんなのって……あ、でも……ずっと前に、俺にこの力のかるーい指導をしてくれた妙な占い師は、スタンドのことを「氣」とか「道」とかって言っていたな……。
「氣」、「道(Tao)」? 「波紋」でも「仙道」でもなくって?
 いや……なんで「波紋」の話が出てくるんだ? その「波紋」ってチベット僧のやつだろう? 気功とか超能力とか、そういう感じの。俺のは違う。占い師は道教について話していた。仏教でさえない……どのみちそこで習ったわけじゃあねーんだ。俺にとっては「能力は2つで1セット」なんだよ。別々じゃない。そういうスタンドって他にはないのか?
 ないよ。1つの例外もなく、スタンドは1人につき1能力。スタンドは生物の精神に紐づくものだから、脳味噌が2つないと、能力も2つになれない。以前、SPW財団の研究者が『他人のスタンドをコピーして、能力を増やすようなスタンドはあり得るだろうか』って仮説を検証していたけど、答はNOだった。スタンドをコピーすることは精神をコピーすることと同義で、それを2つ3つ持つなら精神の器も同じ数がないといけないはず……って感じ。リザードがどう思っていたとしても、やっぱり、その……「氣」は、ちんぽこをいじって使えるようなるほうの技術は、スタンドとは違うはず。「氣」って呼び方もしっくりはこないけど……まあ確かに、普通、仙人っていったら道教なのかなあ、うーん……ともかく、なんか違うんだよなあ。

238名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 11:37:04 ID:9fJ09Eus0
 そして俺は路肩に停車する。シズカは顔をしかめる。どうしたの?
 いや、どうしたっていうか、もう1つ、今すぐ聞きたいことなんだが……今からパッショーネの待ち合わせ場所に行くんだよな? さっきも聞いたかもしれんが、対策はどうなってるんだ? 殺されたくないんだが……。
 
 シズカはああ、とズボンのサイドポケットから携帯電話を取り出して、そっか、忘れてた、ちょっと電話していいかと、俺の答えを待つよりも先に誰かと連絡を取り始める。
 
 ハロー、とシズカが顔を綻ばせて呟く。シズカです……そっちの様子はどうですか? 【スポーツ•マックス】。

239名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 19:05:55 ID:9fJ09Eus0
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 彼岸花は綺麗だった。ずっと見ていられる。
 最初は自然が好きになったのだと思った。草花や動物に心を惹かれているのは確かだ。『腑抜けた』とか『ムショのせいでおかしくなった』と言われて、クソほど腹が立つ一方で、どう思われようが構わないという気持ちもあって、それ以上は深くは考えなかった。
 
 だが奇妙な刑務所生活から何年か経て、わかった。俺は自分が思っている以上に、ずっと哲学的で、ずっと敬虔な人間なのだ。草花は生きているのか、死んでいるのか? 動物に魂はあるのか? 天国とは何か? あの5年間がなければ、きっとこんなことは考えなかった。生と死の境を超える力を得たことは、きっかけではなく、必然だった。これは俺の天来の素養だったのだ。
 
 彼岸花は綺麗だった。昼も夜もなく、愛でる人間も食む獣や虫もいなくなっても、なお、咲き続ける姿を夢想する。見た目でもない、ディティールでもない。存在の美しさだ。俺は愚かな生活を送ってきた。高級車、プール付きの庭、権威、あふれ返る札束……手に入れても手に入れても、まだ欲しくなるのは、それが俺の存在を満たさないからだ。透明な魂の形を、手触りを知ること。目に映らない本質こそ、俺が生涯をかけて追い求めるべき事柄だ。
 ぐもぐもと猿轡の奥から、白人男が呻く。その度に、彼の首筋や肩、脇腹や臍に突き刺した彼岸花が揺れる。さて、この男は何者だろう? 名前を聞き忘れた。わかっているのは確実に死ぬというこだ。どこで生まれたのか? 職業は何か? どういう経緯であのイタリア人どもに、いくらで雇われ、どんな気持ちでジョースターを狙ったのか。何もわからない。わかっているのは、今晩にも死ぬということだ。俺の中で、このただ死ぬためだけに存在している男は、どんな意味を持つのだろう? これも命題になりそうだ。
 
 シズカから連絡が入る。
 そっちの様子はどうか? と。何も問題はなかったと答える。

240名無しのスタンド使い:2016/11/27(日) 19:07:02 ID:9fJ09Eus0
かつて俺は囚人だった。ある意味、いまでもそうだが、特に法的な意味でだ。罪状は脱税だ。きっかけは殺人だった。誰を殺したのかは覚えていない。5年喰らった。これでも少なく済んだ方だ。

 それは劇的な体験だった。刑務所自体は退屈だったが、興味深い運命が、そこら中に転がっていた。かつてそこで亡くなった古い時代のギャング達の歴史、他人に眠る才能と敬虔を目覚めさせる神父、復讐者とジョースター家。
 
 シズカは奇妙な女だった。青白い電灯の下で、不気味な存在感を放っていた。
 初めて会った時、シズカはハイスクールに通う色白い女学生で、今のような筋骨隆々な体つきではなかった。俺は不機嫌だった。かつての仲間達はここ三年もの間、俺と連絡を避けていた。久々の個室面会の相手が見ず知らずのクソガキだとは思わなかった。かつて孕ませて捨てた女のガキにしては成長も早すぎるし、こんなガキなんて売ったことも買ったこともない。俺は一目だけ見て、誰だと訊ね、分厚いアクリルの先に座る雌ガキがシズカ•ジョースターだと名乗ると、すぐに面会室を出ようとしたが、看守は鍵のかかった扉の向こう側にいて、そして何の返事もよこさなかった。

241FBH:2016/12/10(土) 22:07:12 ID:5Phj6L860
 何がどうなっているのか検討もつかなかった。このガキは誰だ? 何故看守がこない? シズカは言った。無駄ですよ。座って私とお話ししましょう。
 
 うるせぇな、黙れ、クソガキが。俺はお前を知らないし、興味もない。他の場所で遊ぶんだな。
 私はあなたのことをよく知ってますよ、スポーツ・マックス。
 だからなんだ? 犯されたいのか?
 シズカはおどけた様子で、両手を頬に当てる。わぁ、今のはリアルだったね。日頃から犯しなれてる感が出てる。すごくいいね、ちょっと、ドキドキ……気持ちが盛り上がったかも……でも、それは後日にしましょう。今日は大事なお話があって来たんですよ。
 そりゃあよかったな。公園でケアベアにでも話してろよ。
 全く興味なし?
 あるわけないだろ。羊達の沈黙ごっこしたいのか? ぶち殺すぞ。
 命に関わることでも?
 ……いい加減にしろよ。親に俺みてーなやつと関わるなと習わなかったのか?さっさと消えろ。

242FBH:2016/12/10(土) 22:08:38 ID:5Phj6L860
 あっそ。じゃあ、あなたはコステロに殺されますね。
 シズカは席を立って、俺を冷たい目で見つめた。お勤めご苦労様。さよなら。
 俺はゾッとする。コステロ? そんな奴は知らない。だがこのクソガキ……俺の半分ほどの年のガキの目が、俺に背筋を突き抜ける。記憶がフル回転する。コステロ? 誰だ?
 シズカはニヤリと笑う。マジですか? マジで誰かもわからない? ウケますね。誰って、あなたがぶち込まれた原因じゃないですか。そういう危機管理能力がないから実刑5年も貰っちゃうんですよ。
 
 だから誰だっ、誰のことだ!
 グロリア•コステロだよ。あなたがイケイケだった頃に、あなたの殺人を通報したマヌケ。その妹のエルメェス•コステロが昨日、G.D.st刑務所に収監された。罪状は強盗だけど、調書を読む限りでは、動機もなければやる気も感じられない。逮捕されるためにテキトーにやったって感じ。十中八九、復讐目的での入所……あなたが入所している今がチャンスだと思ったんだろうね。普通に考えれば、出所後のヤクザより、出所前のヤクザのほうが警戒が手薄だから? あはは、超ウケる。高度なギャグだよねえ。あなたが外との繋がりを緩やかに絶たれていることを知らないんだろうね。わざわざ人生を棒に振らなくても、復讐の機会はあったのに……。

243FBH:2016/12/10(土) 22:13:42 ID:5Phj6L860
 グロリア……グロリア・コステロ。全く思い出せないが、言われてみれば、確かにそんな名前だった気がした。グロリア•コステロ。だが信じられるか? なぜこの雌ガキがそんなことを伝えてくる? なぜ他の誰もが俺に伝えてこない?
 
 それは生活態度の問題だと思いますよ。シズカは俺が口に出さなかったことについて答える。俺はゾッとするが、シズカは気にせずに話し続ける。スポーツ・マックス、私も他人のことをあれこれ言えないけど、あなたは周りから自分がどう見られているのか、気にしなさすぎる。ヤクザな囚人仲間と連んでいればよかったのに、礼拝堂に入り浸り、剥製づくりだの生け花だの墓地の掃除だの、女々しいことばかりしてるものだから、黒人神父の『オンナ』になったなんて噂される……。
 
 俺は分厚い強化アクリルを殴りつける。てめえ、この……このクソアマッ!
 いやいや、話の流れが見えないの? 私がそう思っているわけじゃなくて、あなたのお仲間がそう思っているって話ですからね。あなたのその、セクシーなお尻が……その……ジーザスっているんじゃないかってね。言われてみればあなたって華奢だし……おっと失礼。ともかく、お仲間はなんだかゲイっぽくなったあなたに関心をなくしている。生きて出所できたら歓待する、刑務所で死んだら弔う、では生きていて欲しいか死んで欲しいかでいうと、どっちでもいい、って感じかな。

244FBH:2016/12/10(土) 22:16:33 ID:5Phj6L860
 バン、バンと殴りつけ続ける。小便臭いガキが! ホラー映画でも見る気持ちで刑務所に来たのか? 裁判所の傍聴席とは違うんだぜ。マジに殺すぞ!
 バン、とシズカも写真をガラスにべたりと張り付ける。ヒスパニック女の、何らかの証明写真のようなバストアップだ。タンクトップか、何かのスポーツのユニフォームを着ているように見えた。殺す? できるかなあ? 私を殺すにせよ、あなたをゲイ扱いするお仲間たちを殺すにせよ、とりあえずは今年、ここから生きて出ないと。こいつがエルメェス•コステロ。あなたを殺そうとしている。対処するのは簡単だと思うよ。油断さえしなければね。
 
 俺の頭がグルグルと回った。ガキの戯言だと言い切れない自分がいた。誰がこいつの言うことを信じる? だが……だがもしも本当だったら? 看守がここまで暴れても、明らかな『所内殺人の示唆』があっても出てこないのは何故だ?

245FBH:2016/12/10(土) 22:19:51 ID:5Phj6L860
 空条徐倫、とシズカは言った。妙な話に聞こえるかもしれないけれど、私の甥の娘にあたる。年上だけどね。彼女もG.D.stに、エルメェス•コステロと共に収監された。罪状は殺人と死体遺棄。懲役は8年。
 
 唾を吐く。睨みつける。くだらねぇ、と吐き棄てる。だが笑えるな。家族が収監されて、ヤクザに泣きつきにきたってか? かわいそうだから助けてやってくれって。おおいいぜ、たっぷり可愛がってやるよ。お前の代わりにな!
 
 シズカは暗い笑みを浮かべた。よかった。安心した。まあ、そういうことでよろしく。
 俺は耳を疑った。なんだと? いまなんて……。
 ん? なに? よろしくって言ったんだよ。私は入所できなかいからさ、私の代わりとして扱ってくれていいよ。私ほど美人じゃないかもしれないけど……。
 代わり? 何の話を……?
 はぁぁあ? ウケるなぁ。自分で言っといてすぐに忘れちゃだめでしょう。私の、代わりに、可愛がってくれるんでしょう? 大切にしてね。まっ、私はちょっとばかり……乱暴な扱い方が好きだけど……。

246FBH:2016/12/10(土) 22:22:07 ID:5Phj6L860
(※失礼! 懲役は15年だった! ウッカリだ!)

247FBH:2016/12/10(土) 23:31:38 ID:5Phj6L860
 ……復讐か?
 はは、とんでもない。私は義父と義母の次に彼女を愛しているよ。それが?
 ……気持ち悪ぃぜ。クソガキが。それで俺に何の得がある?
 美人の姉を好き勝手しても、ジョースター家が何の手出しもしない、という以外に? もちろんある。これはパッケージギフトだからね。
 
 実をいうと……とシズカは自分の顔を指差す、私は日系人なんだ。もっと厳密にいうとヤヨイ人というのかな? ともかく、あなたとは「ヤクザ」という点でちょっと繋がりがある。あなたには言うまでもないことだと思うけれど、ヤクザは厳格な家父長制で、『親』と見なされる組織の長に、捧げ物をする習慣がある。伝統的な贈り物は3つ。『命』『古い絆』『土地』。私からも、スポーツ・マックス。あなたに、この3つの贈り物をしたい。

248FBH:2016/12/10(土) 23:35:35 ID:5Phj6L860
 そしてシズカはガラスの向こう側で指折り数える。贈り物①。『命』はつまり、親のために命を捧げる=いつでも死ぬ覚悟を決めるという意味だけど、あなたは私の命に価値は覚えないでしょう。だから私は、『あなたの命』をプレゼントすることにした。それは刺客、エルメェスの情報。
 
 贈り物②。『古い絆』は家族を捨て、親はあなた一人と見做すということ。残念だけど、私はジョースターの養子だから、借り物の家族を捨てることに価値はない……代わりと言っては何だけど、私の家族である徐倫をあなたに捧げる。一応、看守は買収済みだから、好き勝手してくれて結構だからね?
 
 ジョースター……思い出したぞ、お前、あの成金の……。
 わあ、思い出してくれて嬉しいなあ、どうかな、ちょっとは私に興味は持てたかな? で、贈り物③。最後の『土地』についてなんだけど……私は不動産王の娘だから、幾らかの土地や物件をどうこうするなんてワケないことだけれど、今のニューヨークの土地や不動産に、あなたがどれくらいの価値を感じるのかは疑問だな。この情報時代において、土地が富を生むという考え方はあまりにも古いし、不動産なんて資産というよりも負債になりかねない……あなたの親も、ビルひとつ送られたくらいじゃあ、あなたを元の地位まで戻してくれはしない。でも幸いにも、私は土地や不動産なんかより、ずっと価値のあるものを提供できる。

249FBH:2016/12/10(土) 23:55:03 ID:5Phj6L860
 シズカはポケットから口紅を取り出すと……そのブラウンカラーで、強化アクリルに円を描いて言った。あなたにとって、土地より価値があるもの……それは『支配領域』。あなたも知っての通り、ニューヨーク州は、ここフロリダも含め、各民族のマフィアによって、区画整備の如く、規則正しく支配されている。あなたは、どれが欲しい? ロシア? アルバニア? コロンビア? メキシコ? それともシチリア系の『支配領域』かな?
 
 お前、何を言って……。
 じゃあ、まぁ、シチリア系で今のところは考えておきましょうか? そしてシズカは、アクリルに残った口紅に星を描く。ニューヨークのシチリア系マフィアは相も変わらず、1つの枠組み、5つのセクションによって統治されている。正式な構成員だけで約1000人、準構成員も含めれば5000〜7000人ってところかな……彼らその組織像を1つの『ケーキ』とみなしましょう。構成員、暴力、コネクション、利権……私はあなたが望む分、あなたが扱えると思う分だけ、その『ケーキ』を切り分けて、お皿に乗せて、あなたに献上しようと思う。どう思います? どれだけのケーキがあれば、あなたは「ヤクザ」としてスムーズに復帰できて、大成もできそう?

250FBH:2016/12/11(日) 16:24:10 ID:G56cPFaM0
 俺は呆然と、アクリルに書かれた図形を見つめる……シチリア系マフィアの支配領域……? それは……何をバカなことを。お前みたいなガキにできるわけがねぇ。
 信じなくていいよ、実際に見ればいい。トライアル版だ! 明日から毎日、一人ずつ、偉い順から五代ファミリーの頭をかち割っていく。明日また来る。その次の日も。あなたがコントロールできると思える範囲、「もういい」というまでシチリアンマフィアを殺す。その混乱の中で、何をさらってしまうのかの判断は、あなたに任せるよ。ニュースは署内で確認してね。
 
 ……この……はは、いや、わからねえな。今年一番狂ってるぜ、お前が何を考えているのか全然わからねえ。馬鹿馬鹿しいが、お前が「只モノ」じゃあねえのはわかった……とんでもねえバカか本物かのどっちかだな。だが、どちらにしても信用できないね。お前が何が出来て出来ないかじゃあねえ……。お前が何を求めているのかわからないから信用できない。俺はヤクザだ。ボランティアは信用しない。お前は何が欲しいんだ?
 
 シズカは両手を合わせて、年相応の幼い笑顔を浮かべた。えっ、お返しをくれるつもりなの? わお、うれしいなぁ。そうだなぁ? ジャガーのXシリーズが欲しいな。マットブラック塗装にインチアップも入れてね。ノーラン版のバットモービル並みにイカついやつがいい……とはいえ、もうディーラーライセンスを取り返すのは難しいかな? うーん。悩むなぁ……おっとそうだ。

251FBH:2016/12/11(日) 16:31:44 ID:G56cPFaM0
 シズカは強化アクリルの僅かな反射光の中に見える、自分をマジマジと見つめて、ブラウンの口紅を引いた。唇を舐める。私はまだ高校生なんだけど……なんだけどって、知るわけないか。ともかく、ほら、女子高生って流行りものが好きなイメージがあるでしょう? 勝手なイメージだけど。でもまあ、私には当てはまる。最新のガジェットとかシェア数と同じくらい、流行にも心が奪われがちなんだ。それで、最近、とても流行っていて、欲しいものがある。おかしくなりそうなほど心惹かれるもの。私は……『パッショーネ』がほしい。
 
 ……お前、頭がおかしいんじゃないのか?
 シズカは口紅で、アクリルに丸っこい文字でla passioneと綴る。そうかも。でも欲しくならない? 新進気鋭の非シチリア系イタリアン・マフィア。暴力的な速度で、アメリカの支配領域を広げてきている……もしも何かをくれるというなら『パッショーネ』がいい。
 
 そしてシズカは、passioneに続き、サラサラと口紅で言葉を広げ、伸ばしていく。それはイタリア語の格言で、後々、神父から意味を聞くことになる……とあるスペインの司祭の言葉だった。
 
 la passione tinge dei propri colori tutto cio` che tocca.
  - Baltasar Gracián y Morales
 (情熱は触れるものすべてを自分色に染めていく
  ‐バルタサル・グラシアン・イ・モラレス)
 
 いいでしょう? どうしてもお返しがしたいなら、何年か先……私がパッショーネを奪うのを手伝ってほしい。今のボスだって10代でトップに上り詰めたのだから、私にだって出来ると思いませんか?

252FBH:2016/12/11(日) 17:18:30 ID:G56cPFaM0
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 ついに盗りにいくんだな、と訊ねる。息巻いていたワリには、長かったな。8年もかかるとは。
 たった8年ですよ。これでも早い方だと自分では思っていますよ、とシズカは言った。1年足らずでマフィアを乗っ取るなんて、奇跡でもないと無理だし、私は奇跡は信じない。刺客の内訳は?
 全員、雇われのどチンピラだな。スタンド使いはいない。もう少し勢力があると踏んでいたが、まぁ、ニューヨークで権益を確保するのは難しいからな。念のために、他の州の動きも観察しているが、動きがあるのはテキサスだけだ。援軍というよりは、事後処理のためだな。
 オーケイ。チンピラは好きにしてください。
 もうしている。他は? 何か動くんだろう?
 もちろん、今晩からね。もう、信じられないくらい無茶苦茶にしようと思っている。でも、たぶん私がアレコレいうより、状況見て動いてもらえればという感じです。
 どの程度の混乱を想定しているんだ?
 ディアブロの孤立と、組織の細分化。
 
 ……本当か? 信じていいのか?
 本当も何も、もともと、私としては組織を崩壊させるだけなら簡単だった。問題はディアブロをどうするか、だったわけで……まぁ、引っ掻き回せるだけ引っ掻き回して、好きなだけ切り取ってください。
 
 ……わかった。まぁ、好きにさせてもらうぞ。
 よろしくお願いします。また、改めてセーフハウスの件は……。
 感謝されることでもないな。払うものは払ってもらうからな。
 そうだね。またお茶でもしましょう。それじゃあ……。

253FBH:2016/12/11(日) 17:20:03 ID:G56cPFaM0
 ……っと、待った待った、そうだ。姉さんはどうしているかな?
 ああ、まぁ、普通だな。静かなものだ。変わったことといえば……お前がいない間、よく【ケンゾー】と会ってたみたいだな。
【ケンゾー】……あの宗教家の? まだ生きていたんだ? 理由は?
 さぁな。どうして関わるのかも疑問に思うような変態ジジィだぞ。話題にあげたくなるような奴じゃないし……相変わらず寡黙な女だからな、何も探れない。まぁ……宗教にでもハマったんじゃないか?
 そんなことあるかなぁ? 一応、踏み込んでみてくれない?
 期待には添えないだろうが、暇になったらな。

254FBH:2016/12/11(日) 17:22:46 ID:G56cPFaM0
---------------------

 シズカは、さんきゅう、ばぁい、と電話を切る。大丈夫だってさ。もう行っていいよ、リザード。
 いや、いいよじゃないだろ。どうなってるんだよ? お前は……と、俺は頭を働かせる。ディアブロ? マフィアを乗っ取る? セーフハウスの件? 何かがおかしい。自分のあれこれを徹底して秘匿するような奴が、なぜこうも簡単に情報を漏らす? 虚実を混ぜている?
 私の素敵な友達が梅雨払いしてくれていたんだよ。
 信用できるのか?
 できるよ。彼は日本のヤクザなんだ。規模だけでいうなら、パッショーネよりだいぶ巨大だよ? あと、まぁ、なんというか……彼と私は似た者同士というか、精神の深いところでは気があうんだよねぇ。あっ。
 どうした?
 
 シズカがスマートフォンをいじり続ける。スマートフォンの背部からフラッシュが焚かれる。リザードがうるさいから、かわいこちゃんが起きちゃったみたいだよ。

255FBH:2016/12/11(日) 17:25:39 ID:G56cPFaM0
――――――――――――――――――――――――――
 
 意識がうねる。急流に流され、引き伸ばされ、押し込まれ、そしてゆっくりと輪郭を取り戻す。気持ちが悪い。頭が割れそうなほど痛い。体の感覚が薄い。重力を感じない。呼吸がうまくできない。視界が明滅する。何があった?
 声が聞こえる。アイラ、と名前を呼ばれる。動かないほうがいい。頭をかち割った。目に見える傷の程度は問題じゃあない……頭の内側で血が脳みそのシワの隙間に入り込んで、繊細な脳を圧迫している……出血が酷くなれば、仮に生き残ったとしても、言葉を認識できないとか、体を動かせないとか、重篤な障害が残るかもね? ていうか、死ぬかもね。
 
 父さん? 何を言っているの? 早く家に……そうだ、家に帰りたい。
 ははは、そうだね。帰れるといいねぇ。

256FBH:2016/12/11(日) 17:26:21 ID:G56cPFaM0
 かちゃり、と音がする。聞き覚えがあって、はっとする。急に視界が鮮明になる。あのブラジル男が、椅子に縛り付けられ、睾丸を切り取られて食わされ、口を縫われた私に、スマートフォンのフラッシュライトとアンクルスペシャルを突き付ける。
 
 いい趣味してるよ、と父さんは言う。あの映画の銃でしょう? あんまり面白くないと思ってたけど、世界のどこかにはファンがいるんだねぇ。

257FBH:2016/12/11(日) 17:28:15 ID:G56cPFaM0
 何を言ってるの、父さん?
 父さんがテラスの向こう側でアラビアータをほうばる。悪いとは言ってないさ。じゃあ俺はなんなんだって話になるからよ。でもよお、もっと道はあったはずだろ? それこそアンクルみたいにさ、スパイっつーのか、エージェントってーのかわからんけど、そういうのになって世界を駆け巡ったりとかさ。
 
 私は動けずにいる。身体の境界線が曖昧で、空気に溶けていきそうだった。バカみたいに父さんが食事を済ませていくのを見守っている。私の【ナポレオン・ソロ】の初弾を食らって、グズグズに露出したブラジル男の脳みそをプリンのように掬い、父さんは食べる。じゃあ、父さんはどうしてギャングになったの?
 
 俺か? 俺はそうだな……成り行きかな。見ず知らずの女を助けるつもりで、チンピラを撃ち殺しちまった。俺としては義憤ってやつもあったし、正当防衛のつもりでもあったんだが、運悪く40年も喰らうところだったのを……ギャングに助けてもらったんだ。偉大なギャングだったよ。マジの恩人だ。生きてりゃあ、今頃パッショーネのナンバー1か2だったんじゃないか?
 
 死んでしまったの?
 まぁな。死に際まですげえギャングだったよ。ともかく、彼に誘われてギャングになったんだ。よく言えば運命だが、悪く言えばダラダラしてた人生のとーぜんの帰結だな。こういっちゃあなんだが、俺は才能があったし、気質的にもギャングに向いてたし、人間関係にも恵まれてたからイイ感じだけど、俺以外のやつで、俺みてーな雑な動機でギャングになったやつなんて、大抵死んでるか死んだようなもんだぜ。ギャングの9割はクズだからな……だからこそ、自分とどーしてもダブっちまって放っておけない連中でもあるんだが。

258FBH:2016/12/11(日) 17:29:53 ID:G56cPFaM0
 父はワインをグラスに注ぐ。赤黒いロゼを。そして私に手向ける。正直、親としては止めるべきなんだと思うよ。真っ当な道じゃあない。うちのボスはちとおかしいから、どんな道だろうと心の持ちようで『黄金』になり得ると言うだろうが……あいつは子持ちじゃないからな。だから責任を持っていうぜ。『止めときゃあいいのに』……それから『ありがとう』。娘が後を継ぐとか、けっこう嬉しいんだぜ。
 
 私はワイングラスを受け取る。私、まだ未成年だけど。
 父さんがぎゃははは、と笑う。馬鹿野郎。ギャングが未成年飲酒なんて気にしてんじゃねえよ。それに、お前は立派な大人だよ。なんつってもよお、人殺しなんだから。

259FBH:2016/12/11(日) 17:31:14 ID:G56cPFaM0
 シズカが私に、アンクルスペシャルを突き付けている。身体が思うように動かない。死ぬ、と思った。真っ暗な銃口から、今にも火が噴き出そうだった。
 
 泣かないでよねえ、とシズカは笑いながら、スマートフォンのフラッシュライトを私に向けている。せっかく撮影しているんだから笑ってよ。泣く子も黙るギャングが泣いちゃダメでしょう……あっ、漏らしたな……ひどい、大切な車なのに……。
 今更かよ、と運転席の男が言う。すでに血まみれにしてるじゃねーか。おいおいおい頼むからマジでやめろよ。ちゃんと行くからさ……。
 
 いーや、許せないね、おしっこは絶対許せない。あなたもそうだよね? アイラ。殺された仲間の仇とか、ギャングの矜持とか、正直私にはくだらないとしかいいようのない代物だけど、そういうあれこれも含めて、私を殺したいんでしょう?  
 
 そしてシズカはクルリとアンクルスペシャルを、トリガーガードを軸に回し、グリップを私に向けた。
 そしてニヤついた顔で言い放った。殺ってみなよ、ホラ。

260FBH:2016/12/11(日) 17:33:01 ID:G56cPFaM0
 皮のスタンド使いがぎゃあぎゃあと騒ぐ。正気か? マジでふなざけるなよ。
 別にいいじゃん、とシズカは言った。「お遊び」だよ。西部劇ごっこ。メキシカンスタンドオフだ。さぁ抜きな! ってやつ……まぁ抜くわけがないけどね。ルールは単純、アイラがグリップに触れた瞬間、私は拳を顔面に思い切り叩き込む。実は私、パンチがそれほど上手いわけではないのだけれど、割れかけの頭蓋骨くらいなら木っ端微塵にできる自信はある。こんな圧倒的不利な状況下で取るわけがないよ。まして、根性なしのギャングだもの、ねぇ?
 
 安い挑発だ。乗ることなんてない、とブラジル男が言う。
 どのみち指一本動かせないだろ、と父さんが言う。
 私にはなんのメリットもないけどね、とシズカは言う。こんなものは所詮……虚しい自慰に過ぎない。でもねえ、わかる? あなたと私じゃあ義務的な正常位すらできない実力差だから。ちょっとくらい変態じみてないと、気持ちが入らないというか……。

261FBH:2016/12/11(日) 17:35:10 ID:G56cPFaM0
 手を動かす。動く? 動いているの? なんとなく動いている気はする。動いている。でもふらふらということを聞かない。感覚がない。
 
 父さんが言う。おいおい、何をするつもりだ? やめておけ! シズカ•ジョースターは強い。はじめから、お前には勝てない相手だったんだ。それなのに、今のお前が、この状況下で殺せるはずがない。シズカの目をみろ。さっきのマンションの出来事を思い出せ、あいつは『殺してやる』と言ったよな。何か感じなかったか? ありゃあチンピラの脅し言葉じゃない、言霊ってやつだ。覚悟のスイッチ入れるためのキーなんだ。あいつは俺たちと違って、ワン・ステップを挟む必要があっても、やると言ったら確実にやるタイプだぞ。
 
 ブラジル男が言う。それでいうと、お前もワン・ステップが必要な殺し屋だったよなあ、アイラ。感じるか? お前の頭蓋骨が割れてる。俺はお前に頭を砕かれたことがあるからわかる。お前はお前の仲間たちと違って、殺人にワンステップが必要だ。シズカ・ジョースターと同じ速度でしか決心できないなら、シズカ•ジョースターの拳は確実にお前の脳みそと骨と血とをシェイクするぞ。お前は死ぬ。俺みたいに、何も成せないまま……。

262FBH:2016/12/11(日) 17:37:15 ID:G56cPFaM0
 父さんが言う。初めから向いてなかったんだ。止めるべきだった。俺はわかっていたのに……お前はギャングになるべきじゃなかった。だってそうだろう、俺はお前をそういう風には育てなかった。俺は……仲間のギャングだって殺したことがある。裏切り者もいたし、裏切り者になったこともあったし、そのどっちか区別がつかないこともあったが……そういう人生を送ってほしいなんて、思うわけがない。かといって、他の何かになってほしいわけでもなかったが……考えればわかるだろう。俺はボスとは違う。なりたくてなったんじゃない。ならざるを得なかったんだ。お前もボスとは違う。ギャングスターを目指したわけじゃないだろ。なぜこの道を辿ったんだ。
 
 気をぬくとすぐにでも意識が消えそうだった。頭が痛い。吐き気がする。アンクルスペシャルのグリップまでもう少しだ。お前、狂ってるのか? と運転席からお父さんが叫ぶ。銃を渡すな!

263FBH:2016/12/11(日) 17:38:50 ID:G56cPFaM0
 まぁ、覚悟を尊重してあげようよ、とシズカはいう。私からすればなんの意味もない覚悟だけどね……空っぽだ。美学がない。ギャングらしいといえばギャングらしいけどさ、あなたの戦い方からは何も感じられない。勝ちたいという意思も、生き抜きたいという欲望も……自分より大きなものが心にない。自分の命を犠牲にしてまで得たいものがないんでしょう?
 
 うるさい。
 
 ブラジル男は言った。こいつ、いいこと言うな。その通りだ。お前には覚悟もなければヴィジョンもない。ワナビーなんだよ。父親に憧れたってだけ。ガキがアニメのヒーローになりたがるのと、どう違うっていうんだ? その生ぬるい気持ちじゃあ、公園の砂場は飛び超えられても、死線は超えられないんだよ。
 
 うるさい。
 
 父さんは言った。なぁ、やめたらどうだ? 次で終わる、終わりにする、そんな気持ちで挑んだ戦いなんだ。この結末でもいいじゃないか。ギャングなんて辞めて……違う人生を生きたかったんだろう? この人生は間違いだったんだ。間違った道で死ぬな。

264FBH:2016/12/11(日) 17:40:00 ID:G56cPFaM0
 うるさい。手から力が抜けていく。
 グリップがあんなにも遠い。
 届かない。
 
 あーあ、とシズカは溜息を吐いた。泣かないでよ、なりたいものになるなんて、そうそう上手くいくものじゃあないからね……。

265FBH:2016/12/11(日) 17:41:05 ID:G56cPFaM0
 俺はアイラを見ていた。まるで漫画だ。死んでもおかしくないような重傷を受けて、なお動いている。目玉がシズカを睨みつける。こぽこぽと泡を吹く口から……俺は確かにアイラの声を聞いた。
 
 ままごと、だったのかな……。
 シズカは応える。さぁねぇ。あなたが本物か偽物かなんて、誰も気にしないよ……気にする気持ちはわかるけどね。
 ……ままごとでよかったんだ。覚悟なんてなかった。ギャングらしく生きることは望んでも、ギャングらしく苦しむとか、ギャングらしく、くたばることなんて、望んではいなかった。でも……楽しかった。憧れたものを目指した。死んでしまった仲間たちも、みんなギャングらしくてカッコいい人たちだった。私もその一員だった。半端者でもなんでも、私はギャングであることが誇らしかった……でも、もう死ぬ。身体が壊れていくのがわかる。後悔していないなんて、嘘になる、けど、私は……最後くらい、好きなことをして死にたい。
 
 アイラは弱々しく握られた拳から、人差し指と親指をピンと伸ばす。
 そして人差し指をシズカに向ける。
 
 シズカは目を丸くする。俺もそれが何を意味しているのがわかる。ぶわりと冷や汗が噴き出す。シズカは呟いた。あっ、ヤバ……。

266FBH:2016/12/11(日) 17:42:04 ID:G56cPFaM0
(※失礼! 1レス前からリザード視点だよ! ごめんね!)

267FBH:2016/12/11(日) 17:42:57 ID:G56cPFaM0
――――――――――――――――――――――――――――
 
 バンバンバン、私は声を張り上げて、指鉄砲で父さんの見えないマシンガンを撃ち落とす。透明なマシンガンを失った父さんが両手をあげる。まいったまいった、降参だ!
 
 私は束の間の勝利を噛み締めたものの、すぐに父さんに抱き閉められ、持ち上げられる。私は宙に浮き、父の耳元で私はバンバンと撃ちまくる。父さんは言う。さぁ、もう帰るぞ。帰るんだ。家に。家に帰るんだ。帰る。生きて帰るのが無理だとしても、私の魂だけは必ず帰る。

268FBH:2016/12/11(日) 17:43:10 ID:G56cPFaM0
――――――――――――――――――――――――――――
 
 バンバンバン、私は声を張り上げて、指鉄砲で父さんの見えないマシンガンを撃ち落とす。透明なマシンガンを失った父さんが両手をあげる。まいったまいった、降参だ!
 
 私は束の間の勝利を噛み締めたものの、すぐに父さんに抱き閉められ、持ち上げられる。私は宙に浮き、父の耳元で私はバンバンと撃ちまくる。父さんは言う。さぁ、もう帰るぞ。帰るんだ。家に。家に帰るんだ。帰る。生きて帰るのが無理だとしても、私の魂だけは必ず帰る。

269FBH:2016/12/11(日) 17:44:02 ID:G56cPFaM0
(※二重投稿しちゃった……なれないなあ……)

270FBH:2016/12/11(日) 17:45:50 ID:G56cPFaM0
―――――――――――――――――――――――――― 
 
 アイラが口から泡を吹き、噎せながら吐き捨てた。
 ただの……ごっこ遊びだよ。ビビって避けるなよ。
 
 アイラの人差し指の第二関節から先が、朝顔の蕾のように、傘の帆のように渦を巻いてひび割れ、その根元から飛び出すスタンドの弾丸の行く先を塞がないようにと、肉と骨と爪の破片を撒き散らしながら、滅茶苦茶に弾け飛んだ。

271FBH:2016/12/11(日) 17:47:21 ID:G56cPFaM0
 弾丸がシズカの鳩尾に、グサリと突き刺さる。シズカが顔を歪める。弾丸がシズカの体を、そしてサンドマンの鋼鉄製のサイドドアを突き抜けていった。
 
 ガフッ、とシズカは小さな嗚咽を漏らしたあと、がくりとうなだれた。アイラは、弾け飛んだ自分の指先をしばらく、ぼうっと眺めたあと、目を開けたまま、すっと意識を失った。
 
 俺は何もできずに、それを見ていた。なんだ……なんだこれは? 若い暗殺者が、自分の要人を殺してしまった。しかも安易な挑発に乗って……どういうことだ? 死んでんじゃねぇよ! こんなバカなことがあるかぁあ!?

272FBH:2016/12/11(日) 17:48:14 ID:G56cPFaM0
 うるさっ! とシズカはビクリと跳ね上がり、後部座席のガラスに思い切り頭を打ち付け、サンドマンの警報装置が鳴る。えええ!? いったぁ!?
 うおおおおおおお!? なんだぁ!? と、驚いた拍子に俺の肘がハンドルの真ん中に突き刺さり、気が抜けるような妙なブザーが鳴り響いた。
 うるさああああい! とシズカは耳を塞いだまま叫んだ。うるさいよ! 脅かすつもりが逆に驚いたじゃん! っていうか警報装置止めてよ! キーのボタン押して!
 なんで生きてんだ! なんだ!? 何が起こってる!?
 うるさいってば! 先に警報止めてよ!
 
 俺は手当たり次第にキーを回し、ベタベタと所構わず押しまくり、警報を止めた。警報が止んだ瞬間、ドアの風穴から吹き込む車外の音と、自分の荒い呼吸と、自分の心臓の鼓動がはっきりと聞こえた。なんだ? 何が起こった?

273FBH:2016/12/11(日) 17:49:34 ID:G56cPFaM0
 落ち着いてくださいよ、とシズカは吐き捨てた。深く息を吸う。いったぁ、頭打っちゃったよ……ダッシュボードの中にガムテープが入っているから、取ってくれません?
 
 なんでだ? と俺はシズカは見る。体の真ん中に風穴が空き、ドロドロと血が吹き出している。なんで生きてるんだ? 撃たれただろ? しかもそこって心臓……。
 
 撃たれたよ、とシズカは俺を睨みつけた。見ればわかるでしょう? 止血したいから、早くガムテープを……ああ、もういいや、とシズカは後部座席から身を乗り出して、助手席のダッシュボードに手を伸ばした。
 
 マジでどうなってるんだ、と俺が呟いたタイミングで、青ざめた顔のシズカはチュートップごと胸を持ち上げ、その下の酷い傷口を俺に見せつける。正中線をやや右に逸れ、胸に空いた穴から、どろりと血が噴き出す。ほら、よく見てね?

274FBH:2016/12/11(日) 17:50:21 ID:G56cPFaM0
 ずっ、と傷口から黒い何かが飛び出し、俺は自分でも聞いたことのないような悲鳴をあげる。
 
 それは指だった。スタンドの真っ黒な、太い指だ。ぐにぐにと、俺を挑発するようにファックサインを数回繰り返したのち、再び指が腹腔へと沈んでいく。そして……シズカの胴体にぽっかりと空いた穴からニューヨークを覆う鈍い陽の光が見えた。
 
 リザードのスタンドでできるかどうかはわからないけど、とシズカは言った。人型のスタンドなら大概、自分の体の中にスタンドを潜行させられる。まぁ自分の体の中から出てくるのだから、当たり前といえば当たり前ですけど……。

275FBH:2016/12/11(日) 17:53:51 ID:G56cPFaM0
 シズカは乳房を片方ずつ持ち上げながら、傷口を巻き込むように、ぐるぐると身体にガムテープを貼り付ける。漫画でさ、銃口を見れば射線がわかるっていうじゃない? あれ、誇大広告にもほどがあると思うんだよねぇ。目視であんな小さな銃口からの射線を読むなんてまず不可能だし、出発点誤差角は銃ごとに違うし、自撮りだって頻繁に手ブレを起こすくらいなのに……。
 
 シズカは俺の顔を見る。もしかして、よくわかってない?
 俺は頷く。シズカは改めて、自分の傷口を指し示した。なんでわかんないかなぁ? スタンドでバクッと内臓をどけて、銃弾を貫通させた。銃弾が当たりそうだった肋骨もいくつか、あとで治しやすいように自分で折った。理解できた?
 もう、いろいろわからねえよ、と俺は呟いた。正気なのか? なんのために、こんな危険な真似を……大怪我じゃねぇか。
 んん、大怪我だけど、まぁよくあることですよ。怪我をしたり、怪我を治すのは趣味みたいなものだし……とシズカは再び後部座席に腰掛け、座席に放り出されていたスマートフォンと、アイラのピストルを手に取り、交互に見つめ……そしてスマートフォンを俺に見せつけた。まっ、スタンドを使うことになるとは思わなかったけど……予想外にアイラが頑張ったかな。ちなみに、目的はコレね。

276FBH:2016/12/11(日) 17:55:11 ID:G56cPFaM0
 そのコレは、無骨な見た目をしていた。ツギハギのような外見で、いわゆる長方形でもなく、妙に複雑な形をしているが、それらしいカメラアイや、スマートフォンにありがちなアレコレのパーツだけは付いている。スマートフォンには違いなかった。コレって……なんだよコレって。
 いいでしょう? グーグルのAraの試作品。モジューラーフォンといって、パーツを付け替えられる。世界に数台しかないんじゃないかなぁ? スノーデンの防諜防止機能付きだよ。ちょっと、これ持って。
 
 はぁ、とボサッとしている俺は、なんとなくそれを受け取ってしまう。妙に重たかったが、変哲もなかった。画面を覗き込むと……それはビデオモードになっていた。RECのアイコンがちらちらと光る。
 
 それでさ、アイラをちょっと映して、とシズカは言葉短かに俺に命令し、俺は思わず、お、おう、と従ってしまう。

277FBH:2016/12/11(日) 17:55:58 ID:G56cPFaM0
 スマートフォンの画面越しにアイラを見た。虚ろな目で失神していた。バラバラに砕け散った右の人差し指から、たらたらと血が流れ続けていた。アイラは、俺の半分も生きていない少女は、死に続く坂をゆっくりと下っていた。
 
 俺は画面越しに、シズカの右ストレートの一撃が、アイラの顔面をぐちゃぐちゃに砕き、目玉が飛び出るほど凹ませる光景を見た。勢いよくサイドドアにぶつかった少女の後頭部は、ぐちゃりと音を立てて、粘り気のある血を撒き散らし、潰れた。

278FBH:2016/12/11(日) 17:57:36 ID:G56cPFaM0
 えっ、と俺は呟く。
 サンキュー、とシズカは俺からスマートフォンを取り上げた。よく撮れた? わかんないか? とりあえず写真も撮っておこうかな。と、シズカはスマートフォンを高く持ち上げ……死にかけから一気に死体となったアイラを枠内に収めるように、自撮りをした。チーズ! わっ、相変わらず、私ってば、可愛いなぁ。若いころのジョディ・フォスターかレイチェル•リー•クックくらいキてるんじゃない? 待ち受けにしようかな。
 
 何やってんだァ! と俺は怒鳴りちらした。怒りがフツフツと胸のど真ん中から脳のてっぺんまで噴き上がる。このっ、おまえ、こんな、こんな子供を殺すなんて……!

279FBH:2016/12/11(日) 17:59:21 ID:G56cPFaM0
 お、おお、突然どうしたの? 怖いなあ。ひくなあ、とシズカは言った。とりあえずさ、落ち着いたら? まだ死んでないから……スタンド使い基準ではね。治療系のスタンド使いを波止場に連れてくるように言っておいたし、能力にもよるけど、そうだなぁ、1割くらいの確率で生き返るんじゃない?
 
 関係あるかッ、お前は、いたずらに子供を殺したんだぞ! 生き返るかどうかじゃない! 無抵抗なガキを、何の意味もなくいたぶったんだ!
 
 意味もなく? とシズカは例の胸糞悪い笑みを浮かべ、再びタバコに優しく火をつける。意味はあるよ。これが後々効いてくる……まぁ、ともかく、その子供とやらを奇特にも生き返らせたいなら、さっさと波止場に向かったほうがいいのでは? 私にはどうでもいいことだけどね。

280FBH:2016/12/14(水) 22:49:31 ID:YHD0TWRU0
―――――――――――――――――――――――

 停留場の奥の奥まで軽トラを、ゆっくりと忍び込ませる。転がるように鳴り続ける波音、ぐらぐらと揺れるボート、人影のない管理小屋、曇り空を割く不気味な晴れ間……肩の痛みが引いたり、激しくなったりと忙しい。
 怒りが収まらなかったも、束の間の話だ。
 停留場の奥の奥、超大型とは言えないが、それなりに立派なクルーザーの前で、三人の男を見かける。なんてことのない、どこにでもいそうな初老の男と、太った赤毛の男と、紳士じみた服装の男だ。車を停める。心臓がばくばくと鳴り止まない。なんでわかりやすいやつらだ。どす黒い殺意が向けられているのがわかる。あちら側の世界の恐ろしい生き物だ。
 シズカが後部座席で、煙草の火をアイラの死体の膝で消しながら呟く。呆れた。何もできないくせに、殺気向けるなんてね……。

281FBH:2016/12/14(水) 22:49:31 ID:YHD0TWRU0
―――――――――――――――――――――――

 停留場の奥の奥まで軽トラを、ゆっくりと忍び込ませる。転がるように鳴り続ける波音、ぐらぐらと揺れるボート、人影のない管理小屋、曇り空を割く不気味な晴れ間……肩の痛みが引いたり、激しくなったりと忙しい。
 怒りが収まらなかったも、束の間の話だ。
 停留場の奥の奥、超大型とは言えないが、それなりに立派なクルーザーの前で、三人の男を見かける。なんてことのない、どこにでもいそうな初老の男と、太った赤毛の男と、紳士じみた服装の男だ。車を停める。心臓がばくばくと鳴り止まない。なんでわかりやすいやつらだ。どす黒い殺意が向けられているのがわかる。あちら側の世界の恐ろしい生き物だ。
 シズカが後部座席で、煙草の火をアイラの死体の膝で消しながら呟く。呆れた。何もできないくせに、殺気向けるなんてね……。

282FBH:2016/12/14(水) 22:49:50 ID:YHD0TWRU0
(※ごめん! 二重投稿だ!)

283FBH:2016/12/14(水) 22:50:34 ID:YHD0TWRU0
 潮の匂い。乱反射する海の飛沫。そういうものにくだらない感動を覚えるのは、生きているのが奇跡だと思える間だけだ。そして今がそういう時だ。シズカは軽トラから降りると、無残な姿になったアイラを後部座席から引きずり出し、硬い硬いアスファルトに転がした。あっという間に、アスファルトがアイラの血に染まる。俺も軽トラから降りた。別に降りたかったわけではないが、シズカが目で降りろ、と俺に指図したからだ。
 身体もボロボロで、識別不可能なほど顔が破損し、後頭部から脳漿が零れつつあるアイラを見て、なお一層、男たちが厳しい殺意を向ける。俺は一目で男たちが武装していると確信する。銃器だけならいい。スタンド使いだったらどうすればいい?

284FBH:2016/12/14(水) 22:51:16 ID:YHD0TWRU0
 シズカは初老の男を、冷ややかな目で一瞥して訊ねる。
 この中だと、あなたが一番偉い感じかな?
 初老の男は答える。ああ、そうだ、お前は、と言ったところでシズカが答えを遮る。あっそ。で、治癒系のスタンド使いはどっち? と、残った二人を見る。太った赤毛の男と、紳士風の男がお互いに目を合わせ、それから太った赤毛が、俺だ、と名乗りをあげた。一応言っておくが、俺はパッショーネじゃない。雇われているだけだ。揉め事に巻き込むなよ。
 
 保証はできないけど、雇い主に殺されたくないなら、こっちに来なよ。先にアイラを治していいからさ、とアイラは手招きをし、太った男は初老の男と小声で何かを話したあとで、アイラとシズカの下へ歩み寄った。両手はあげていた。

285FBH:2016/12/14(水) 22:52:09 ID:YHD0TWRU0
 名前は? とシズカは太った赤毛に訊ねる。
 クリスチャンだ。クリスチャン•ハンセン。地元民だよ。葬儀屋をやってる。
 葬儀屋? 神父なの?
 違う。俺は仏教徒なんだ。普段は仏教徒向けの葬儀の運営をしてる。
 へぇ、そう、面白いなぁ。覚えておくよ。まぁ、生き残ってたらね。
 マジで勘弁してくれよ! 俺は戦えるやつじゃねぇんだ!
 
 次にその太った赤毛の男……クリスチャンが短い悲鳴を上げたのは、死体となったアイラの顔を覗き込んだ時だった。なんとなく察してはいたが……冗談じゃあないぜ、死んでるじゃあねぇか。
 シズカは冷たい目でクリスチャンを睨みつける。なに? イチャモンつけるわけ? さっさと治療しなよ。
 馬鹿か? 俺は治療はできるが蘇生は……。
 それがイチャモンだって言っているの。わざわざ引き渡しにきたというのに、”それ”が死んでいるというわけ? 言葉には気をつけたほうがいいよ。あなたが民間人で戦える奴ではないとしても、ここは死地だし、あなたは私の射程距離内で、しかも私は車を”それ”に汚されてイライラしている。

286FBH:2016/12/14(水) 22:52:53 ID:YHD0TWRU0
 クリスチャンは初老の男に向かって叫ぶ。おい! 俺は必ず治せるとは言ったが、死人を生き返らせるなんて言った覚えはないし、お前らも怪我人を治せとしか言わなかったよな? ゼッテーできねぇとは言わないが、なんの保障もできないぞ、それでもいいのか? 短い沈黙の後、初老の男は首を縦に振り、俺を恨むんじゃねーぞ、とクリスチャンは呟いた。
 
 ズルリ、とアイラの冷たくなった体の下から、木の根がミミズのように這い出す。だがそれは硬いコンクリートに孔を開けず、「地面」という大雑把な空間から這い出しているように見えた。シズカがやや身を引くと、ズルリ、ズルリと、次々に木の根が這い出しては、アイラの体に覆い被さっていった。
 
 なんか……イメージと違うなぁ、本当に治療してる?
 俺の【ホット•コフィン】は時間があればなんでも治せる……肥満と馬鹿以外ならな、とクリスチャンは木の根を撫でる。根はグズグズと動き回りながら、ある形を作り始める……それは棺だった。中央に男でも女でも、人間でもない、仮面のような顔の浮かんだ棺だ。

287FBH:2016/12/14(水) 22:56:25 ID:YHD0TWRU0
 俺は敵じゃあねーから洗いざらいぶちまけるぞ。これは見ての通り『木の根』だ。例えばアカマツは、自分と種の違う木に対しても、菌糸類や木の根のネットワークを通じて、遠く離れた若木や弱っている老木に、栄養や病原菌の情報を与えられる……エコロジストの妄想じゃあないぜ、カナダの生態学者スザンヌ・シマードが発見したマジのファクトだ。俺の『ホット•コフィン』はそうした木や菌類と仲が良くて、栄養や抗体をより遠くから、大量に集めてこれる……この辺は『龍脈』……栄養のハイウェイがないから時間はむちゃくちゃかかるが、まぁ、どんな形であれ、生き返らせることはできる……ハズだ。やったことはないがな。
 
 俺は尋ねる。栄養? 栄養だって? そんなんで死人も生き返るのか?
 おお、なんだ、カカシだと思ったぜ、いきなり話しかけるなよな、とクリスチャンは俺を一瞥し、俺は殺意を覚える。まあ、栄養があれば少なくとも『生きてるっぽくなる』と思うぞ。あとは魂だが、まぁ、人間、そう簡単に魂が飛んでかないから、俺みたいな葬儀屋や坊主がいるんだ。あまり死人を生き返らせるのは感心しないし、罰も当たるだろうが……あんたもスタンド使いだろう? 怪我くらいなら金を払えば治してやる。俺は中立だ。戦闘力もない。殺し合いなんて……。
 シズカがクリスチャンの話を遮る。まぁ、それはいいとして、どれくらいで治るわけ?
 苛立った様子のクリスチャンが、シズカを一瞥する。完全にか? そうだな、まぁ、このまま丸二日ってところだろうな。動かせないぜ。ホット•コフィンの中の人間は若い芽みたいに繊細なんだ……。

288名無しのスタンド使い:2016/12/14(水) 22:57:03 ID:YHD0TWRU0
 そしてシズカはタバコに火をつけ、相変わらず、口を閉じたまま話し続ける。二日か……それは問題だね。とシズカは言った。クリスチャン、あなたはいいとして、他の奴らは虫酸が走るから、すぐに消えて欲しいんだよね……うーん、やっぱり、殺してやろうかな。
 
 シン、と静まりかえる。波の音に覆いかぶさるように海鳥が吠える。
 それはどういう……と俺が訊ねようとした矢先、シズカは、ジーンズの腰に差し込んでいたアイラのワルサーを取り出すと、流れるように、スムーズに、紳士風の男の脇腹を撃ち抜いた。

289名無しのスタンド使い:2016/12/14(水) 22:59:25 ID:YHD0TWRU0
 クリスチャンが身構えるよりも、紳士風の男が崩れ落ち切るよりも早く、シズカはクリスチャンに拳銃を向けた。そして、タバコを咥えたまま、スタンドを出したら、かわいそうなクリスチャンの脳をここでぶち撒ける、と言った。それがルールワン。まさか蘇生レベルの、優秀なスタンド使いまで抱えているとは思わなかったけど、今度は絶対に生き返れないレベルまでクリスチャンも、アイラをぐちゃぐちゃにしてやる。そして、ルールツー、私たちに、二度と、そのくだらない殺意を向けるな。向けたらその……ええと、名前なんだっけ? 聞いてなかったかもな。まあ、ともかく、そこの男を撃つ。
 
 シズカの顔に影が差す。怒りの表情が太陽に照らされ、激しく、恐ろしいコントラストを見せる。ずうううっと気になっていたのだけれど、本当に気分が悪いよ。負け犬のくせに何の足しにもならない護衛なんか連れてきて、挙句に殺意むき出しで、隙あらば一矢報いると言わんばかり……私の善意を何だと思っているの? カーペットみたいに平然と踏みにじられると心が傷つくな。この娘を下水に捨てることもできたのに、私は、わざわざガソリン代払ってバックシートを血塗れにして運んできた。ありがとう、くらい言えば?

290名無しのスタンド使い:2016/12/14(水) 23:01:51 ID:YHD0TWRU0
 シズカ•ジョースター……と、初老の男は言った。君の側から見ればそうかもしれないが、私は……私たちは、アイラは生きた状態でここに来ると思っていたし、私たちのボスは、この件に対して大変に気を揉んでいる。我々は皆、気を揉んでいるんだよ。我々の態度は変えることはできない。アイラを無事に渡せば……。
 
 いちゃもんつけるなって言ってんだろ、とシズカは更に、紳士風の男の肩に向けて拳銃をぶっ放した。男は抉れた肩を抑えながら悲鳴をあげて、英語ではない何かで叫んだ。何かはわからないが、罵詈雑言であることはわかる。調略を披露しなくていいから。要するに「殺されたくなければアイラを渡せ」でしょう? あなた達って本当に脳ミソがピーナッツサイズだね。命を狙われる、で、それが何? その結果がこれでしょう? 意味がわからない。ぶっ殺すぞピザ野郎。
 
 勇敢な君はそれでいいかもしれないが、君以外の人は……。
 はいはい、親兄弟友達皆殺しにしますよ、ね、わかったから、と、シズカは初老の男に向けて手を差し出した。あなたのボスと直接話をするからさ、携帯出して。
 
 初老の男は冷や汗を額に浮かべ、答えた。それはできな……
 パン、という乾いた音と共に、紳士風の男の耳が吹き飛ぶ。男は悲鳴をあげて蹲る。ほんんんんっとうに残念なピーナッツ頭だね、とシズカは言った。あのねえ、私のケータイからでも「ディアブロ」に連絡は取れるの。でも全然取らない上に、国際通話の料金がシャレにならないから、あなたの携帯から連絡取れって言っているわけですよ。オーケイ?
 そして紳士風の男を睨みつけて吐きすてる。そこの……まぁ名前はもういいか、とにかくそこの奴はピーピー泣くのをやめて。これから電話するから。

291名無しのスタンド使い:2016/12/14(水) 23:04:00 ID:YHD0TWRU0
 初老の男は震える指でスマートフォンを弄ると、ゆっくりと、恐る恐るシズカに近づき、スマートフォンを差し出す。視線が一瞬、アイラとクリスチャンに向く。その娘は……その娘は本当に生き返るのか? 
 
 銃を突き付けられた顔面蒼白のクリスチャンは言った。それは深い確率の話になるな……この娘が生き返る確率と、俺が生き残る確率はイコールだ。生き返らせたいなら、このクレイジーなやつを刺激させないでほしいかな……。
 
 シズカはスマートフォンを受け取ると、アイラの拳銃をズボンに再び戻し、自分のモジューラーフォンと縦に接続した。そうそう! いいこというね、クリスチャン。あなた達は負け犬だから、私の機嫌を損ねてはダメだよ。まして私は「クレイジー」なんだから、とんでもないことしちゃうよ? あ、それと、防諜装置をつけさせてもらうね。マフィアの電波に自分の声を載せたくないからさ。
 
 俺はただただ、半身を隠すように……誰かの流れ弾が当たらないように、車の背後に身を隠していたが、すでに手遅れな気がしていた。不運の弾丸が、俺の未来を貫いていた。

292名無しのスタンド使い:2016/12/14(水) 23:04:38 ID:YHD0TWRU0
 シズカは初老の男のスマートフォンを耳に当てると、打って変わったように、やたらと機嫌の良い、猫かぶったような声で、おそらくは俺たち全員に聞こえるように言った。
 ボン・ジョルノ! ディアブロ!

293名無しのスタンド使い:2016/12/14(水) 23:06:27 ID:YHD0TWRU0
 ボン•ジョルノ! ディアブロ! 最近どうですか? 髪、くるくる巻けていますか? あっ、私と世間話はしたくない? へぇ、そう、ビジネスライクでカッコいいですね。では本題ですが、お兄さん、私、いますっっっごく困っているんです。私、趣味でよく、反社会的勢力の人たちの頭とか顔面を砕いているんですが、今、私の足元に転がっているマフィア女、どっちも砕いたのに生き返るそうなんですよ。怖い! 宇宙から飛来した究極生命体か何かなんですかね? 警察はおろかNASAも私を嘘つき呼ばわりするんです。X-Fileでいうところのシンジケート的な人たちに妨害されているのかも……どうすればいいと思います? 同じ穴のムジナ的なお兄さんなら解決法を知っているかなあって……あ、つまらない? 残念。まあ、しばらくサタデー・ナイト・ライブを見てなかったからね……。では、要点だけ伝えますね。この究極生命体アイラちゃんを、1000万ドルで売ってあげますよ。
  
 その場にいる、シズカ以外の全員に、稲妻のような衝撃が走ったはずだ。証拠はないが確信はある。1000万ドル? もはや何が目的なのかも読めなかった。単にマフィアを挑発したいだけなのか、アイラを引き渡す気がないのか、本気で1000万ドルをゆする気なのか、単に死にたいだけなのか……俺はもはや、答えが読めなかった。
 
 シズカは不用意に、うろうろと歩き始める。俺を一瞥し、ウィンクをする。ダメ? 高過ぎる? じゃあ“1500万”ドルでいいですよ……もちろん、今後、パッショーネは私に一切手を出さない、っていう条件も付けてね。いや、舐めてませんよ。舐めているのはお兄さんのコロネ頭でしょう? 別に言ってもいいんですよ。“2000万”ドルなんて到底払えないし、私のことは殺してやりたいし、任務に失敗したゴミはいらないからそっちで処分してくださいって。処分費は特別にこっちで捻出しますよ。手首だけ切り落として究極生命体ポルノにでも出てもらえば簡単に回収できるし……。

294名無しのスタンド使い:2016/12/14(水) 23:15:19 ID:YHD0TWRU0
 ……なんか後ろ騒がしくて、兄さんの声が聞こえないな。もしかして、アイラちゃんのパパ? イライラしたから2500万ドルにしようか。それとも4000万ドルにしようかな。悩ましいな……。
 
 目的ィ? はあ、目的、ね。だいぶくだらないこと聞きますね。マフィア対策代としていっぱい税金払っているのにニューヨーク市警がマジでなんの役にも立たないから、税金を返してほしいだけです。でも警察にお金返してとか言いに行ったら、完全に頭のおかしいやつでしょう? ドラッグ常用者と思われるだけですよ。だから、マフィアから返してもらおうと思ったわけです。兄さんがくたばっていれば、私のお金が警察のピザ代にはならないわけで……。
 
 そして、憎しみが渦巻くこの港で、シズカはニヤリと笑みを浮かべた。ん、ごちそうさまです❤ さすがコロネ兄さんは身内に優しいなぁ。“2500万”ドルもポンと出してくれるなんてね。惚れるなぁ。ああ、そうだ! 今度ウフィツィ美術館でデートでも……ダメ? あっそ。お兄さん、結構、私の好みなのになあ。マジでね、身内で抱かれてもいいかなと思うのは兄さんと徐倫だけですから。実に残念。では、今日中に入金よろしく……あ、そういう怖いこと言う? さすがマフィアの親玉は脅し文句も一味違うねぇ。怖いからもう切るね。ばあい。
 
 シズカは、ニヤけた顔を初老の男に向けると、彼のスマートフォンを差し出した。ありがとう。話はついたし、久々に声を聞けてうれしかったな。2500万ドルなんてはした金だけど、まあアルバイトだと思えばね。

295FBH:2016/12/14(水) 23:16:12 ID:YHD0TWRU0
 我々を、と初老の男は怒りと恐怖の入り混じった顔でスマートフォンを受け取る。貴様……貴様は我々をなんだと思っているんだ? ふざけているのか? こんなことをしてタダで済むとでも……。
 シズカはニヤリと笑みを浮かべる。何それ、超ウケる。さっきも言ったけどさあ、ふざけているのはあなたのボスの髪型でしょう。タダで済んでないのもあなた達の方。そんなに強気になっちゃって、本当にど低脳でかわいい……ハムスターみたい。母性本能くすぐるなぁ。でも、もう用は済んだから、“それ”、早いところ持って帰って。死にたくないならね。

296FBH:2016/12/14(水) 23:17:58 ID:YHD0TWRU0
 死ぬのはてめーのほうだっ、このクソアマっ!
 紳士風の男からスタンドが湧き立つ。空気の中を泳ぐように、素早くシズカに襲いかかる。開いた右手が、シズカの顔に向かって振り下ろされる。シズカは横目でそれを見ていた。おっ、射程長いなあ。でも、それは当たらないな、と言った。そのフォームで手を振り下ろすなら、私に当たる前に、お前の脇腹に空いた「銃創」のせいで……。
 
 俺はそれを見ていた、口が、シズカ、危ない! と言いかけていた。
 一瞬止まる……とシズカが言ったタイミングで、スタンドがピタリと、ほんの一瞬だけ、時間が止まったかのように固まり、シズカはその時間の隙間を縫うように、タバコを吐き捨て、スタンドの攻撃を躱すと同時に……スタンドの顎を狙って拳を振り抜いた。

297FBH:2016/12/14(水) 23:19:07 ID:YHD0TWRU0
こっ、と喉を鳴らす音がどこから聞こえる。こっこっこっこっ。
それは紳士風の男の、ぶら下がった顎の奥から聞こえていた。顎は外れていた……というより、ちぎれかけているように見えた。顎が外れた人間の顔を俺は初めて見たが、それは下手なホラー映画の怪物よりも、ずっと不気味だった。そしてシズカの足元でも、男と同じように、スタンドが跪いて、外れた顎をぶらさげていた。紳士風の男は行った。こっこっ、なんへ、なへ?

 リザードッ! とシズカは叫んだ。ちゃんと見てた?
 俺はギョッとして、思わず敬語で答える。あっ、ええ、はい、と。
 
 なんで敬語なのか不思議だな、リザード、あなたの方が私よりずーっと年寄りの、人生の先輩さんでしょう? とはいえ、スタンド戦闘のキャリアじゃあ私は負けてない。スタンド使いの先輩として、スタンド戦闘の基本を3つ教える。基本はたった3つだけ。いいね? 簡単だよ。こうやって……と、シズカは右手を掲げると、それに重ね合わせるように、スタンドの腕部を表出させた。シズカの腕が真っ黒に染まる。こうやってスタンドと重なっていると、合体したように見える。サイボーグみたい!……っていうのは冗談で、この状態ならスタンドがスタンド使いの動きに追随できるようになる。メリットは2つ。1つは、スタンドには冗長性がないから、本体の苦痛とか精神的混乱で動きが止まりやすいけど、本体に追随している間は、そういうことが起こらなくなる。もう1つは、スタンドを触れるようになること。例えば、自分よりスタンドの動きの方が遅いときとか、器用さが足りないとき、それから、スタンドの射程距離を隠したい時に使うと便利だね。もっとも、私なら、こう使うけど。

298FBH:2016/12/14(水) 23:20:08 ID:YHD0TWRU0
 そしてシズカは、砲丸投げの選手のように、身体を捻じる。弓のように、というよりは、硬いゴムを連想させた。タイヤのような、容易には形の変わらない、弾力のあるものが歪んでいくような、破裂の恐怖を孕んだ動きだった。シズカの身体が存在感を増していく。巨体だ。女であることもあるのだろうか、ぱっと見のスレンダーさで何度でも忘れてしまう。シズカはデカい、そして、見てくれ通りに強い。クリスチャンが叫んだ。だめだっ、やめろっ!
 
 俺は冷や汗を流していた。
 目の前にいるのは西洋でも指折りのマフィア達だ。たぶん。本物かどうかは確認しようがないが、たぶん本物なのだろう。普通の人間はマフィアを避ける。俺は普通ではないがマフィアを避ける。恐ろしいからだ。奴らは本物の無法だ。法の加護のないところで、人間がどれほど残酷になれるかは、歴史が証明している。 
 
 だが、シズカはそんなことなど御構い無しに言った。殺してやる。

299FBH:2016/12/14(水) 23:21:05 ID:YHD0TWRU0
 ぶつん、と弾けるように、シズカの身体が廻る。スタンドの外れた顎に向かって、大振りの拳が勢いよく放たれる。まるで野球の、時速170kmのストレートを放つ投球ホームのようだった。スタンドが抵抗のそぶりを見せるよりもずっと早く、その鋭い拳の軌跡が顎を撃ち抜く。スタンドの顎が顔から外れて、どこかへ転がり、そして消える。
 
 べちゃり、と奇天烈な音を立てて、クリスチャンの足元まで、スタンドの幻ではない、本物の肉塊が飛んだ。クリスチャンは飛び跳ねて避けるが、裾に血と、歯茎のついた虫歯がこびりついた。
 
 本当の意味で、言葉にならない悲鳴が、既に存在しない紳士風の男の口から零れた。

300FBH:2016/12/14(水) 23:21:52 ID:YHD0TWRU0
 2つ目、とシズカは冷静に言った。勢い余って半回転した身体が、ゆっくりと、立ち姿に戻っていく。その度に、元の美人な、少しばかり健康的なだけの女へとイメージが変わっていく。変身を見ているかのようだ。
 
 2つ目、スタンドは脆い。いくらなんでも、私の打撃の技術と力じゃ、生身の人間の顎をちぎり取るのは無理。でも、スタンドが相手なら割とイケる。人間と身体みたいに、ピンポイントで頑丈な部分がないせいかもしれないけれど、本当のところはわからない。ともかく、スタンドだけ先行させるのはオススメしない。
 
 それから、これはアドバイスではないけど、とシズカは、呆然と紳士風の男の肉片を見つめる初老の男をみた。彼らパッショーネは、お上品ぶっているのかなんなのか、あまり「殺す」とか言わない。そういう流儀があるみたい。でも、私は殺意を言葉にするのは大事だと私は思う。私はよく集中というか、気合というか、溜めの代わりに「殺す」って口にしてしまうんだなぁ。職業的殺し屋の彼らと違って、気持ちを切り替えないと「殺す」モードになれないんだ。不快だったらごめんね。

301FBH:2016/12/14(水) 23:23:27 ID:YHD0TWRU0
 シズカが膝をついた、紳士風の男のスタンドに歩み寄る。そして3つ目。スタンドは人間の精神で操るから、ちょっとした痛みとかで、ピタリと動きが止まるし、心をへし折ればスタンドは能力も含めて無力化される。私は以前、「触れたものを炎上させる」スタンド使いと戦ったことがあるけれど、と、シズカは両腕に「スタンド」の影を纏うと、紳士風の男のスタンドの頭を掴み、そのガラス玉のような、突き出した両方の目玉に親指を捻じ込んだ。
 
 もはや悲鳴にも聞こえなかった。両生類の鳴き声のようだ。紳士風の男の動きに合わせて、スタンドも助けを求めるように、シズカの腕を掴む。それを見て、さらにシズカは親指を眼窩の奥に突き入れた。そして言った……とまあ、これくらい痛めつけると、「触れたものを燃やす」スタンドに触られても燃えなくなる。この男のスタンドも、モーションを考えると、たぶん、リザードと同じで「触れたものを何とか系」だと思うんだけど、見ての通り、何も起こらない。さて、この3つのアドバイスを要約すると?
 
 とっさに振られた俺は、深い霧の中で現実感を失っていた脳みそをフル回転させる。だがそれは答えというよりも……シズカの機嫌を損ねないための言葉だった。そうだ。彼女はずっと、そのスタンスを俺に見せていた。要約すると……「スタンドは使うな」か?

302FBH:2016/12/14(水) 23:24:21 ID:YHD0TWRU0
 シズカは笑った。他愛のない冗談を聞いた、といった具合に。あはは、それは言い過ぎだよ! 「スタンドは”戦闘ではできるだけ”使うな」だね。スタンドは驚くほど便利だけど、スタンド同士の戦いとなると話は違う。反撃と、ダメージの跳ね返りというデメリットがある。スタンドは人間ほど柔軟な性質ではないから、対策もされやすい……スタンド戦とは人間の中で最も強く、そして最も弱い心をぶつけあうこと……私が思うに、スタンドは戦いに向いてない。ただ殺したいのであればピストルの方が便利だし……人間が戦うために生まれてきたのではないように、スタンドも、そもそも違う在り方があると私は思う。まっ、それが何なのかは私にもわからないし、「群れる」性質上、戦う機会はどうしても多いけど。
 
 ポンッ、と、紳士風の男のスタンドをシズカは突き飛ばす。ずるりと眼窩から親指が抜ける。スタンドが崩れていく。枯葉が粉々になるかのように消えていく。紳士風の男が硬い硬いアスファルトの上で痙攣を始める。死が始まっていた。
 
 スタンド戦は徹底して避けるべきだ、とシズカは呟いた。鉛筆で刺し合ったり、札束で殴り合ったり、リンゴを投げ合うのが無駄なように、スタンドで戦うのは能力の無駄だ……でも戦う運命は避けられない。リザード、このアホどもみたいに簡単にスタンドなんか使ってはダメだよ。戦う時がきたら、冷静な狙撃手のように、一撃で仕留める鋭さでスタンドを使うんだ。スタンド攻撃された、なんて認識させてはだめ。次の敵はあなたの手の内を知り尽くした敵になるかもしれないから。

303FBH:2016/12/14(水) 23:25:16 ID:YHD0TWRU0
 さて、とシズカは初老の男に向き合う。さてさてさて、どうする? 重傷者がもう一名出てしまったね。でも、たぶん、クリスチャンのスタンドは一人ずつしか救えないと思う。強力なスタンドはだいたいそうだよね。そしてクリスチャンを一瞥する。どう? クリスチャンは頷き、シズカから目をそらした。
 
 やっぱりね! となると、これは難しい局面ですね。あなた方はアイラに2500万ドルをくれたけれど、その男はいくらで助けるつもりですか? もちろん、私としては、100パーセント死んでくれて構わないやつだから、死なせたいならお金は取らないよ。でも、生き返らせるつもりなら引取手数料が欲しいなあ……まあ、アイラを救うだけで手一杯だろうけど。
 いったい、と初老の男が震える声で言った。いったい我々に、何の恨みが……。
 恨みィ? とシズカが笑った。ぎひひ、恨みって、ウケるなぁ。今のはそっちから仕掛けたじゃんかぁ。まっ、恨みはない……ただ、ディアブロも言っていたけど、本当にバカみたいな疑問だよね。西洋最大級の犯罪組織を壊滅させることに、何か理由が必要なの?

304FBH:2016/12/14(水) 23:25:53 ID:YHD0TWRU0
 我々が犯罪組織であることは認めるが……なぜ我々なんだ? 我々は財団の……君の味方なんだぞ。
 シズカは初老の男を睨みつけた。明らかに声質も変わり……怒りに満ち溢れた表情を見せる。何それ、浪花節のつもり? ぜんぜん心に響かないね。父はともかく、私はあなた達を味方だと思ったことなんて一度もない。さっさと消えなよ。男の方はいらないんでしょう? あとで海に蹴りだしておくからさ、早いところ、アイラを治してアメリカから出てけ。次、ニューヨークで見かけたら首をへし折るから……っと、そうだ、忘れていたね。
 
 再び、シズカは表情を変える。フラットな、笑みも、怒りもない顔だった。シズカはジーンズからアイラのワルサーを抜いた……初老の男はびくりと震えたち、顔を青くして、額からドバっと汗を流した。しかし、シズカは意に介さず、初老の男に銃を突きつけ……くるりとグリップを回し、銃筒を握りしめて、男に差し出した。これは「返す」よ。アイラの銃だ。残弾は確認してない。受け取っていいよ。ただし……わかるね? あなたが引き金に触れた瞬間、私はスタンドをあなたの顔面に叩き込む。そんな不利な条件でもよければ、どうぞ。

305FBH:2016/12/14(水) 23:26:52 ID:YHD0TWRU0
 俺の耳には、初老の男の心臓の音が聞こえていた……俺の心臓の音だったかもしれないが。激しい息遣いで、男はシズカを睨みつける。この……小娘がっ……ジョースターの娘だからと、見逃されるとでも……!
 
 当り前じゃないですか! 私は見逃されるよ。でも、それは私がジョースターだからではないよ。あなたのボスが、私の安全に2500万ドル払ったからだよ。でもさ……ここで私が死んだら、すべてが帳消しになるとは思わない? もちろん、このグリップの中に弾が入っていれば、だけど。
 
 初老の男の、がたがたと激しく震える指が、アイラのモーゼルのグリップに触れ、不器用に巻き付き、人差し指だけが、固まったままトリガーガードの外側へと延びる。その瞬間、シズカは呟いた。ちなみに、アイラは撃ったよ。
 
 だが、初老の男はトリガーに指をかけず、力なく、ワルサーを受け取り、抱き寄せた。この恨みは……この恨みは必ず晴らすぞ、シズカ・ジョースター!
 シズカは冷たい目で言い放った。無理だね。今できたのに、しなかったんだから、この先もずうっとできないよ。そして初老の男に背中を向けて、サンドマンに向かって歩き始める。途中、呆然と裾についた紳士風の男の肉片を見つめていたクリスチャンに手を振る。クリスチャン! さっき、銃を突き付けてごめんね。なんかひどいファーストコンタクトになっちゃったけど……別にあなたに恨みはないから。今度、ちゃんとお茶でもしながらちゃんと話そうね。あっ、でも、2日後、まだここでアイラと一緒にいたら、マジで殺すからね? ばあい!

306FBH:2016/12/14(水) 23:28:23 ID:YHD0TWRU0
 クリスチャンは怯えたような顔で、その太った唇で、ああ、と言った。あ、ああ、ばあい……また会えるのを楽しみにしてるよ……ただ……俺はあまり刺激的なのは得意じゃない。色々な意味でな。気をつけて帰りな。
  
 俺は再び運転席に乗っていた。生きた心地がまだしていなかった。心臓が爆音で、俺に危機を知らせていた。目眩と吐き気がひどかった。シズカは助手席に乗り込むと、うつむいて、ダッシュボードに顔を伏せ、暗い声を出した。出して。とりあえず市内に。
 どうかしたのか、と俺はシズカに訊ねた。たぶん、本当はもっと違うことを聞くべきだった。なぜこんなことを? とか、何が起こっている? とか……そしてシズカは呟いた。いや、その、さっき思い出したんだけど、はあ……私、そういえばジーンズのお尻に穴をあけてたなあって……しかもちょうど、その……うあああ、お尻の穴、見られてたらどうしよおおおお……あんなに悪ぶってたのにさああああ、バカみたいだ、ニコのせいで台無しだよ。もおおおお!
 
 俺はギョッとして、シーっ、とシズカを黙らせる。やめろ! そういうのはここを出てからやれよ! 撃たれるぞ! それに大丈夫だって、下から見ねーとわからねーだろ、銃弾の穴なんて小さいんだから……。
 そうなんだよ! とシズカは叫んだ。そうだよ、普通は見えないよね、背中を向けたくらいでは……でもさあ、クリスチャン、しゃがんでたじゃん! ああ、ちくしょう、あれって、ぜったい、そういう意味だよねえ……別に見られてもいいけど、あの状況で見られたくなかったなあ。なんでみんなして私のお尻を……? だっさいなぁ! 戻って殺しちゃおうかな……そして俺は急いでアクセルを踏む。
 
 バックミラーの中で、初老の男は、シズカの言葉を裏付けるかのように、軽トラで走り去る怨敵をただただ見ているだけだった。

307FBH:2016/12/17(土) 19:00:48 ID:m.AMB2kE0
 ……というところで「6」はここまで。今見直すとへんな表現もありましたね。頑張りましょう。
 ここからは「6」の註釈です。読み飛ばして結構。

•『アンダー・スレット』
 No.4711のオリスタ。
 元ネタはコロンビアのメロディスティックデスメタルバンド。個人的にはとても苦手。メロディスティックもデスメタルも、メタルの中ではピンポイントで嫌いなので、好きになる要素が「なんとなくメタルっぽい」以外にない。
 今回は顔出し程度に登場させた。かなりチートなスタンドだと思う。明らかに時空間系で、能力の隙間を考えると出来ることも多いし、元のステータスだと戦闘力も成長性も高すぎる。FBHでは能力は据え置きで、ステータスとキャラクターの弱体化を行った(変なキャラにしてごめんね!)。個人的には強力なスタンドと強力なキャラクターの組み合わせが好きではない(承太郎とか)。でも、キャラクターが異常に弱ければスタンドはチート級でも別にいいと思う。オクヤス君のようなバランスのオリスタ案は増えて欲しい。

308FBH:2016/12/17(土) 19:05:49 ID:m.AMB2kE0
•ワーゲン、ダットサン、キア
 全てカーメーカー。アメリカ製も金持ち向けもない。
 ワーゲンはドイツのカーメーカー、フォルクスワーゲンのこと。どうやらFBHの世界では持ち直したらしい。ダットサンは日産のアメリカでの通称。キアは韓国の新興自動車メーカー。

・ホールデン ユート【サンドマン】
 カスタムメーカーのホールデン製、オーストラリアのピックアップトラック。名前はユーティリティ(便利)から。いわゆる軽トラだが、セダンを元にしたカスタムモデルで、走りも快適さも見た目も仕事での実用性も犠牲にしたくないという、そこそこお金のあるワガママな農業従事者(つまり農園主)に大人気。普通にカッコいいので一見の価値あり。日本では少数ながら販売されている(コルベットのエンジンは積んでないが)。ただし、サーフモデルのサンドマンは日本では売られていなかったような気がする。
 アメリカでは近年、日本のヤンキーにバンが人気なのと同じ理由でピックアップが流行っている。実用的で、たくさんものが載って、安くてカスタムの幅があり、しかもマニアに見えないから、らしい。
 
・ウェブレン材
 それそのものには価値はないが、それを持つことに価値がある、コミュニティに属している証明やステイタスになるものをウェブレン材と呼ぶ。社交界におけるアルマーニ、ラッパーの金のチェーンネックレスや、日本のマイルドヤンキーのクロムハーツや、ジョジョラー達にとっての荒木飛呂彦の直筆サインのようなものだ。
 
・トルコから南
 このルートでの旅行は現状、普通の人どころか、すごい人でも、奇妙な人でも無理。色々な事情から国境を越えるために凄まじく、そして多様なパワーが必要になる。うまくいったとしてもかなり危険だ。
 ちなみにシズカが口を挟んだマハーバードは、かつて存在したクルド人の国、現在のクルジスタン自治区大統領の父親が軍事を担っていた国と同じ名前。同じ名前とは限らないが、2020年までにクルド人の国が同地域に興る可能性は低くはないはず。

309FBH:2016/12/17(土) 19:11:46 ID:m.AMB2kE0
 •氣、道、道教
 最近、他SSでオリジナル設定はけしからん的な話があり、根本的に色々を変えしまっている当SSの作者としては、そうだなぁと思う部分はたくさんあるが、この氣や道、波紋と道教については、オリジナル設定とはちょっと違う。
 
 ジョジョ第1部連載前後の少年ジャンプは、空前絶後の適当な「なんとなく超能力理論」がまかり通っていた。日本の文化的•知識的な背景から、作家たちは主人公たちの力の性質(有名な例だと“気”だ)をそれっぽく書き、その言葉が本当はなにを意味しているのか理解しないまま、なんとなく読者に説明していた。(実際、現代日本人のほとんどは「気」を知っていると思うのだが、それが「なに」で「どこ」からきた言葉なのか、ほとんどの人は説明できないのではなかろうか?)
 
 特に影響を持ったのは道教。北斗の拳の北斗•南斗を陰陽に例えたり、氣を練りこんで放つドラゴンボールのかめはめ波であったり、当時のジャンプ漫画では例には事欠かない。 
 
 ジョジョも当初、波紋を「仙道」と呼んだり、波紋にプラスとマイナスの性質を与えたり、波紋使いの先達であるリサリサが若さを保っているなど、明らかに道教の世界観や由来を持つワードや設定を出していたが、「道教」とは名指しせず、すぐに仙道という言葉も使わなくなる。本来はこうした要素のないチベット仏教の設定を間違って入れてしまったからかもしれないし(仏教徒が目指すのは釈迦であって仙人ではない)、不老不死を目指す道教の理念はむしろ吸血鬼や石仮面に近過ぎたせいかもしれないとか、最終的に能力を極めて聖人になるみたいなビミョーな展開にしたくなかったとか、色々問題はあったのだろう。どのみち、今さら実は道教だなんて言えないし、当時のジャンプ作家は荒木先生も含め、氣や仙人の概念が中国やその辺の言葉っぽいとは知っていても、道教の概念だと誰も思っていなかったと思う(『封神演義』は別)。
 
 当SSの氣は、波紋と異なる、しかし波紋のありえたかもしれない形……アステカの吸血鬼に対抗するチベット仏教の秘術ではなく、道教を極め仙人に至るための道としての秘術として書いている。簡単には下記の通り。
① 破壊力が非常に低い(戦闘を前提としない技術体系である)
② 吸血鬼には効果を持たない(陰陽思想上、片側に寄ることはない)
③ 若返りの能力•回復力が著しく高い(不老不死が最終目標である)
④ 呼吸「歩引」ではなく、性的興奮の持続「房中」がエネルギー源である(他人を介した調和、出力ではなく持続力を重視する)
 ただし、リザードは氣の使い手としては全くの半人前で、修行の意思もないため、波紋と同等であるとか、より強力である、というような描写はしない。その力の最大表現としては、リサリサが五十代にも関わらず二十代に見えたことに対し、未修行のリザードが五十代時点で三十路程度に見える、に留める。波紋がスタンドの再現を目指した技術であるとしたら、氣は吸血鬼にならずに不老不死を目指す技術だ。

310FBH:2016/12/17(土) 19:14:26 ID:m.AMB2kE0
•スポーツ•マックス
 言うまでもなく、シズカと同系統のスタンド使い。荒木先生の世界観的に字義通りの「ヤクザ(つまり、日系マフィア)」ではないと思うのだけれど、当SSでは字義どおりに解釈した。ヤクザの囚人にも関わらず、刑務所では非常に浮いた行動を取っていた。日本流のお勤めを再現したかったのか、それとも彼の個性の問題なのかはわからない。
 スタンドパワーという問題を除けば、第6部のキャラクターの中で最も社会的なパワーのある存在であり、普通に考えればエルメェスが殺せるような相手ではない。いったいどうするつもりだったのだろう?
 エルメェスの計画がなんにせよ、当SSではシズカの行動によりスタンド能力のないエルメェスは死に、スポーツ•マックスは生きていて、あまつさえシズカと共闘していることにしている。当然、徐倫の状況も変化しているが、それは後ほど。
 
・アンクル•スペシャル
 なんだか説明し忘れていた気がする。【ナポレオン•ソロ】の元ネタはおそらくアメリカのドラマ『0011ナポレオン•ソロ(the man from uncle:アンクルから来た男)』のはず。そうでなければ、同タイトルの楽曲があるのかもしれない。
 主人公の名前がナポレオン•ソロだ。彼はアンクルという組織のスパイであり、彼の愛銃(素晴らしくカッコいい、変形するワルサーだ!)がアンクル•スペシャルという。

311FBH:2016/12/17(土) 19:21:32 ID:m.AMB2kE0
•『ホット•コフィン』
 残念ながら、このバンドには詳しくない。わかるのはFugazi系のポスト•ハードコアやパンク系のバンドであるらしいということ、そしてあまり琴線には触れなかったということだけ。
 持ち主のクリスチャン•ハンセンという名前(バンドメンバーから採った)と、外見の情報はこちらで加えさせていただいた(色々あるので、今は太っているということにしている)。葬儀屋という素性はアメリカという場にはあまりそぐわないので、仏教徒とした。
 “龍脈”とは風水の概念。古代中国では、大地のエネルギー(いろんな意味で)は、山脈の中で一番大きな山の頂上から平地の窪みへ、尾根伝いに流れると考えられており、それも龍のように『うねる』龍脈は特に良いとされていた(要は川とか水源の神格化なのだと思う)。中国龍が神龍よろしく、ぐねぐねしたり渦巻いているのは、それが吉だと考えられているからだ。中華料理店とかで、入り口前に無意味に衝立が立っているのも、まっすぐエネルギーが抜けていくのが風水的によくないから。
 元の設定では『ホット•コフィン』は龍脈の有無が効果に関わっているというが、龍脈は実体的なものではなく文化的かつ恣意的なものなので(説明文にも”霊的”とある通りの曖昧さだ。日本だと、皇居が龍脈に関わるとかね)、どのようなプロセスで龍脈を捉えるのかは頭を悩ませた。それだとあんまりにも難しいので、他の植生からエネルギーを『分けてもらっている』ということにした。その経路を龍脈ということにしましょう。
 現時点であまりいうことはないが、このあとは活躍してもらおうと考えている。

312FBH:2016/12/17(土) 19:22:19 ID:m.AMB2kE0
失礼! No.339 のオリスタでした。よろしくお願いいたします。

313FBH:2016/12/17(土) 19:24:12 ID:m.AMB2kE0
・Are,スノーデンの防諜装置
 Google『Are』は執筆中に開発中止になったモジューラーフォンと呼ばれる次世代スマートフォン。パーツの簡単な換装によるアップグレード、機能特化を特徴としていたが、採算が合わないとのことで今年、開発が見送りとなった。
 スノーデンの防諜装置は16年現在は開発中。スマートフォンはセキュリティがガバガバで、ハックされやすいという問題があり、デジタル機器による諜報や情報収集を専門とするアメリカ国家安全保障局は、この性質を利用した諜報行為(と、元CIA職員スノーデンの暴露)によって大きな外交問題を引き起こした(こんなことは他国もやっているので、外交問題を引き起こされたと言う方が適切なのだろうが)。亡命後、スノーデンは国家から個人情報を守るためのiphone用外付けキルスイッチ(電波と電源を完全にoffにできる)を開発していた。

314FBH:2016/12/17(土) 19:28:15 ID:m.AMB2kE0
次はリザードではなく、アイラとクリスチャンを中心とした戦闘の話ができればという感じです。
(シズカの話なんてオリスタ的には本旨ではないし)。
よろしくお願いします。

315FBH:2016/12/17(土) 19:41:29 ID:m.AMB2kE0
■Full Black Habit ここまでの簡単なあらすじ
2020年ニューヨーク南東部。ジョニー・オブライエン2世(通称:リザード)は、“ランドバロン”ことジョセフ・ジョースターに会う。”ランドバロン”は彼の娘である“シズカ・ジョースター”に「ある遺産」を継がせようと考えているが、そのためには彼女が隠しているスタンドの情報が必要だという。リザードはシズカのスタンドの情報を暴く代わりに、大金をもらう取引をするが、一方では “ランドバロン”の遺産を「ナチス絡みの品」だと踏み、それを更なる大金に替えられないかと考える。リザードはシズカに接触するが、彼女を狙うパッショーネの暗殺者“アイラ”と殺し合いになり……。

316FBH:2016/12/17(土) 19:45:10 ID:m.AMB2kE0
■登場人物(メインのみ)

ジョニー・オブライエン2世(リザード)
【スタンド使い】
 スタンドは人間の精神力の「皮」を盗み取るモンスター・マグネット。皮に「氣」を流すことで、簡単な命令や慣習に従って動く「人形」として動かすことができる。スタンドの基本性能は極めて低く、直接戦闘には向かない……そもそも、戦闘経験も浅い。
【氣】
 50代の彼が30代の外見を保っている秘密であり、波紋と同じようで、違う「流儀」の技術である。チベット仏教よりも道教(仙道)の影響が大きい。呼吸法ではなく、性的衝動からエネルギーを得る。ジョニーは10代の頃、生死の境をさまようほどの謎の高熱に侵される中、マスをかき続けることでこの秘術を自然と獲得し、生き延びた。そのため「リザード(マスかき)」という綽名で呼ばれる。
【戦闘傾向】
 リザードは古い時代の銀行強盗であり、現代の銀行セキュリティの専門家でもある。相手の行動を読み、罠を仕掛けることを好む。齢50を超えて頭が固くなっているのか、想定外の対処は苦手で、近接戦闘やリスクを避ける傾向がある。
 
シズカ・ジョースター
【スタンド使い】
 かつては透明化のスタンド「アクトン・ベイビー」を使っていた。ある時期からスタンドを隠し始め、今は人型のスタンドであること以外は謎に包まれているか、確証がない状態。「ランドバロン」と「リザード」の目的は彼女のスタンドを暴くことだ。
【謎】
 シズカは24歳、史学と比較文化学を専門とするコロンビア大学のポスドクであり、フランス留学中であるはずの彼女が、なぜアメリカにいて、なぜパッショーネと敵対しているのかは不明。リザードや遺産のことも知っており、スポーツ・マックスのような影のある人物とも繋がりがある様子。「ランドバロン」は彼女に「邪悪」な一面があると考えている。
【戦闘傾向】
 当SSにおいては、シズカは歴代ジョジョたちの中で4番目に背が高く、3番目に筋力があり、最も学歴が立派で、友人が少なく、ナルシストで、自分が超イケてる女だと思っている。ジョセフ譲りの狡猾さと、ジョースターらしからぬ底意地の悪さを持ち、相手の思考・行動の幅を狭め、弱らせるハラスメントを好む。格闘術を用いるのを好み、スタンドを使うことを徹底して避ける。

317FBH:2016/12/17(土) 19:46:24 ID:m.AMB2kE0
ランドバロン
【人物】
 ジョセフ・ジョースターの綽名。御年100歳だが、ひ孫(と養女)パワーで杖がいらない程度まで若返った。真偽は不明だが、世間的に、ジョセフはナチスの資産を元手に、不動産詐欺で身を起こした土地成金(ランドバロン)であると認識されている。銀行業にも手を付けており、リザードはランドバロンの銀行のセキュリティの担当者だった。
【遺産】
 ランドバロンは「ある遺産」を、ホリィや承太郎や仗助ではなく、シズカに相続させようとしているが、そのためにはシズカの「スタンド」を知る必要があるという。リザードは遺産の正体を「ナチス絡みの品」と考えているが、実態は不明。
 
アイラ
【スタンド使い】
 能力はメタ射撃の「ナポレオン・ソロ」。「エンペラー」のように銃がスタンドで出来ているわけでも、「ピストルズ」のように弾丸を操れるわけでもないが、エイのようなヴィジョンに取りつかれた銃は、リロード不要、弾丸無限、射程も長いスタンド兵器になる。スタンド使いにしか銃声が聞こえない。連射するほど威力が弱っていくため、銃弾を弾き返せる精密性、速さのある近接パワー型には弱い。
【パッショーネ】
 ジョルノと同じく、アイラは若くしてギャングに憧れ、暗殺者となった。しかしギャングの素質がなく、自分の選択を後悔している。彼女のチームはシズカの「捕獲」のために動いていたが、おそらくシズカによって、彼女以外、全員殺されてしまった。あるパッショーネ幹部の娘らしい。
【戦闘傾向】
 臆病で繊細、経験も頭の回転も足りない。射撃は非常に下手で、近距離で外すこともしばしば。初めて殺人を犯した時の相手の顔が記憶にこびりついており、頻繁に迷いが生じ、集中が途切れる。総じて戦闘に向いていないが、ギャングらしいガッツはあり、スタンドパワーにも恵まれている。

318FBH:2016/12/17(土) 19:52:49 ID:m.AMB2kE0
その他、オリジナルからの改変事項(シズカとジョセフ以外の、主に6部関連)
・パッショーネはポルナレフを通じてSPW 財団と接触、影響力を及ぼしている。
・空条徐倫は2020年現在も収監中。SPW財団が矢を制御不能な状況に置くことに反対した為、スタンドを身につける機会を失った。刑務所は暇なので、ヘソにピアスを開けているかもしれない。
・空条承太郎は上記経緯の中で、SPW財団と反目。現在の所在は不明。
・エルメェス•コステロは獄中にてスポーツ・マックスに殺害される。
・グェスは仮釈放につき出獄。
・ジョンガリ•Aは刑期満了につき出獄。所在不明。
・スポーツ•マックスは刑期満了につき出獄。シズカとは協力関係にあり、徐倫とも何らかの関係を持っているようだ。
・ケンゾーは詳細不明ながら、徐倫と面識がある様子。
・ミュッチャー•ミューラーは昇進•転属。現在はアメリカで最も重要な刑務所の一つ、コミュニケーション管理ユニットの主任。
・プッチ神父はG.D.st刑務所を離れた。何か意図があって離れたのか、それとも失意のために去ったのか、FFやウェザー•リポートは置き去りにされたのか、緑色の赤ん坊を連れているのかいないのか……いずれにせよ、天国はまだ来ていない。

319FBH:2017/10/19(木) 20:16:59 ID:HGLLwtFQ0
【時を跨いで数日後……某所にて】

ニューヨークの夜は、ビル街の放つ無数の光(どこぞの名もなき小国が一年かけて使う発電量よりも眩しい……漫画みたいな百万ドルの夜景だ!)で明け方に追いやられていた。

俺はモデルハウス然とした“黒い家”の、セレブリティの生活をコンパクトにパッケージしたような部屋の、超ラグジュアリーで腰まで沈み込みそうなほど柔らかいソファに座っている。カクテル・シュリンプを摘みながら、かつてはアメリカ海軍の情報士官だったというその女――リンジーと、気まずい時間を埋めるように映画やら音楽やらの話を、吐き捨てるように話し続けている。

パラマウントの古いホラー映画や、イギリスの古いパンクバンドについて、お互いにいくつか共有点を見出したものの、話は当たり障りがない。小舟が浅瀬を少し撫でる程度だ……やがて話題は俺たちのもっぱらの興味関心ごと……つまり本当に話したいこと……シズカの話になる。

320FBH:2017/10/19(木) 20:17:36 ID:HGLLwtFQ0
俺は軽いジャブを放つ。シズカの、あの強さの原動力はどこから来るんだろうな? それでも空条承太郎の【スター・プラチナ】の方が強いというんだから、『スタンド使い』の強さの上限がまるでわからないぞ。

彼女はカクテル・シュリンプを水気を拭うように、自分の人差し指を舐める。この“黒い家”に住む女性のうち、シズカが年齢相応に見えるのと対照的に、リンジーの年齢はまるで分らない。シズカは彼女を、大学の同級生だといった。さらに海軍の情報士官“だった”というなら、つまり退役後に大学に入りなおしたという計算になる。少なくともシズカよりは年上だが、さすがに直々に何歳か訊ねるのは気が引けた。メスティソらしからぬブリーチした金髪の下から、細い目が俺を睨みつける。最初は嫌われているのかと思ったが、数日過ごしてみて、彼女は常に目つきが悪く、だれに対しても横柄な態度をとるということがわかった。

彼女は俺の問いに応える。色々間違っているな。シズカは強くないよ。強さに対する執着は強いけどね。

321FBH:2017/10/19(木) 20:18:04 ID:HGLLwtFQ0
俺はシュリンプをチリソースに沈める。このソースは辛すぎて、すでに舌がおかしくなっているが、無言が続くほうが耐え難い。こともなげにチリソースを舐める彼女に向かい、身を乗り出して問いかける。へぇ、まずそこから間違っているとは思わなかったな。シズカが強くないだって? 人間を素手で殺すようなやつが弱いとは到底思えないが。

彼女は失笑、といった風な、アンニュイな表情を俺に投げかける。
別に特別じゃないよ、人を殺す術なんて。そもそも人間は壊れやすいからね、死ぬまで殴れば死ぬし、息が止まるまで首を絞めればちゃんと息が止まる。日常見かけないというだけで、殺そうと思えば人は簡単に殺せる……どちらかといえば、殺そうと決意する方が大変だ。

それに、それなりに訓練を積んだ軍人……いわゆる戦闘のプロから見れば、と彼女はシュリンプを揺らす……自分が戦闘のプロだと主張したいのだ……シズカの殺人術はあまり効率的ではない。徒手格闘に拘っていること自体が非効率だし、その格闘だって、腕力に頼りすぎで、見た目は派手だけどノロい。あのフィジカルへの執着には見るべき部分も多いけれど……根本的には才能がないと私は思っているよ。何年か彼女を見てきたけど、鍛えにくい能力が本当に伸びない……特に反射神経は鈍感すぎて、打撃のスキルは壊滅的だ。大体の場合は殴られてから殴り返す、って塩梅……格闘の才能はジョースター家では最下位だろうね。

322FBH:2017/10/19(木) 20:18:46 ID:HGLLwtFQ0
ここ数日間で最も手厳しいシズカへの罵詈雑言に、俺はどことなくスカッとした気分になるが……あまりにも辛辣で、この世界が少しばかり残酷になってしまったように思えた。口から自然と、彼女を庇うような言葉が溢れる。

でも頭はいいだろ? 賢さも強さの一つだと思うぞ。

ああ、賢いね。自分で自分のことを賢いと言い張れるメンタルも凄いけど、彼女の頭の良さは伊達じゃないと思う。ただ、頭の良さにも色々ある。何日か暮らしてみればわかるよ。彼女の賢さは“熟慮”とか“記憶力”に依存するもので、“回転”は驚くほど遅い。ジョースターらしい、咄嗟に第三の選択肢を出すようなワンダーなセンスを見たことはないね。あのアイラとの戦闘みたいに、誰と、どこで戦うのかわかっているような戦いならいいけど、ヨーイドンで始まるような戦いだったら、いつ負けてもおかしくないと思うよ。まっ、シズカとヨーイドンで戦える場を持つのも難しいだろうけど……。

323FBH:2017/10/19(木) 20:20:19 ID:HGLLwtFQ0
ビールを飲み干す寸前で止める。【スタンド】の話だ。ニジムラオクヤスは以前、どこかでも聞いた気がするが、それよりも、この話の文脈は、彼女がシズカのスタンド能力を知っているという示唆ではないか? だが直接に聞いては、逃げられてしまうかも……と、俺の頭の中でアルコールと数々の作戦が、嵐の海のように荒れ狂う中、口から噴き出したまともなセリフはただ一言。

それはどういう意味だ?
 
同調するようにビールに口をつけていた彼女は、そんな俺の頭の中に気づいたのか、少し逡巡したような、慎重な言葉選びで答えた……シズカはね、『ストレスを感じない』。朝も夜も関係なく無限に自分を鍛えられる。敵に勝てる可能性を0.1%上げるために何百パターンと検討できる。私たちが道義的にそんなことするか? って思うことでも躊躇なく一線を超えられる。つまり『殺す』ことに躊躇がない。人間的には壊れているといってもいいし、人から見れば『奇妙』でしかないけれど、これは間違いなく才能だよ。単に強くなることなら誰でもできるし、それはジョースター家の得意とするところだけど……ブレーキの壊れ具合でいえば、シズカの壊れ具合はジョースター家随一だよ。空条承太郎に勝てる奴なんていないけど、空条承太郎を殺せるやつがいるとすれば、それはシズカだろうね。

324FBH:2017/10/19(木) 20:22:06 ID:HGLLwtFQ0
【再び現在……】
 
土地勘のない俺は、やたらに多い進入禁止の道路を見るたびに迂回し続け、市内を遠巻きにぐるぐると回っていた。雲の裂け目が広がり、目に飛び込む光がまぶしいのか、疲れで眠たいのか、瞼が重たい。傷口がひどく痛み、気分も悪い。傷口に触れたせいで手もハンドルも血塗れで不愉快だ。シズカはなにも言わず、片手でスマートフォンをいじりながら、もう片方の手で鳩尾の傷を撫で回していた。

シズカは言った。髪切ろうかなァ。黒髪ロングストレートってアジア人とかアラブ人にはモテるけどざぁ、やっぱりダサいと思わない? 正直、無精で伸ばしちゃってるだけなんだよね。ウィノナ•ライダーみたいにしてもらおうかなぁ。

俺はついに口にする。クソったれめ。好きにすりゃあいいだろ。

シズカは、うーん、と相槌を打つ。元気だしなよ。耳たぶくらいなら元どおりにならなくても平気だって。ピアスしてないでしょう?

そうじゃねぇ。なんなんだ、クソが……ガキをいたぶって、マフィアに喧嘩売って、いったいなにがしたい? 死にたいなら一人で死んでくれ。

あらあら随分スネてるね。マフィア問題は解決したでしょう? 謝礼金も貰えるしね。半分あげるから機嫌なおしてよ。

カイケツ? 解決だと? いったいなにが解決したって……えっ、半分?

当たり前じゃん。一緒にやったんだから半分あげるよ。責任も半分あげることになるけど。シズカはスマートフォンの画面を俺に向ける。スマートフォンはクソみたいな音質で呟く……さすがコロネ兄さんは身内に優しいなぁ……。

325FBH:2017/10/19(木) 20:23:22 ID:HGLLwtFQ0
シズカがVサインを宙に浮かべ、ぐにぐにと指を折り曲げる。私がこの戦いで欲しかったものは2つ。『アイラの犠牲的な死』と『パッショーネの妥協』。この2つの情報を組み合わせるとこうなる……17歳の小娘でさえ、暗殺チームを皆殺しにした悪逆非道なシズカ•ジョースターに決死の抵抗をしたというのに、パッショーネのボスは傷も負わずに降伏したばかりか、大金を支払って許しを乞うた、とね。

……呆れるを通り越して絶望したぞ。通話録音でマフィアをゆする気なのか?

当たり前でしょう。格好のネタだよ? さっそくパッショーネの構成員と、彼らと利害関係にあるマフィアに動画と音声をばら撒いてる。アドレス教えてくれたらリザードにもあげるよ。ぜひ着メロにでも……。

いらねぇよ……だが……それでいったい何になる? 奴らの約束なんてアテにならないし、無意味に怒らせるだけじゃないのか。

なんの意味がある、ねぇ……とシズカは不気味に笑った。まぁ、おっしゃる通り、大した意味はない。でも、それってマトモなアタマと私の情報があるからそう思うだけでしょう? あいつらには、その両方ともないじゃん。

326FBH:2017/10/19(木) 20:24:07 ID:HGLLwtFQ0
シズカは自分の頭を人差し指でコツコツとたたく。俺が至らない、記憶力がないと責めているのだ。私が言ったこと、覚えてる? アイラは幹部の娘。死線の向こう側に愛娘を放り込む気持ちは私には理解できないけど、子供を殺された親の気持ちならわかる。犯人に情けをかける奴はなんであれ、絶対に許せないだろうね……例え兄弟や親友でも。

普通なら、その幹部とやらは、ボスに子供を助けられたとは考えるだろ?

普通はね。でも状況も脳みそも普通じゃないからね。その幹部は根っからの武闘派で、勝敗とか打算とかを度外視するタイプ……そもそも、この件は彼のボスと私との私闘だから、巻き込まれたとは思っても、助けられたなんて考えないよ。

私闘ってお前……ともかく、幹部同士の仲違いが狙いなら甘いんじゃないか? 血の結束は緩くないぞ。

それは、お互いが血の結束が最上だとしているからでしょう? とシズカは言った。アイラを殺したのがリザードなら、きっと上手くいかないだろうね。
 
……パッショーネのボスが、ジョースター家の血筋っていうのはマジだったのか。

あら、お父さんはそんなことまで言ってたのか。まぁ、それは事実。きっと、アイラのパパはこう思うでしょうね。こいつは親友を裏切って、身内を取ったとね。でもボスも言い返せない。私の安全に2500万ドルも払うと約束してしまった。私的な理由と臆病なミスで組織の金を使い込んだと思う奴もいれば、私を贔屓したと考える奴もいるだろうね。もちろん、私としてはどう思われても問題ない。内紛が目的だから。

327FBH:2017/10/19(木) 20:24:40 ID:HGLLwtFQ0
……金を払わなかったら、どうしたんだ?

ありえないね。ボスの気質としてもそう……かつても他人の娘を救うために死ぬ思いをした人だから。それに、仮に金を払わなかったとしたら、今度はマフィアの信義……は、まぁ横に置いておくとして、パッショーネの暗殺チームとの軋轢が問題になる。ただでさえ最近のマフィアはお金にならないことを嫌うから、暗殺チームは低く見られがちなんだけど、パッショーネのボスはことさらに腐れ偽善者で、麻薬チームと暗殺チームの削減に熱心なんだ。今回の件で私と組んで『口減らしをした』と思う奴もいるんじゃあないかな? しかも、親友の娘まで自分勝手な都合で、金の節約のために見捨てるボスのために、誰がウルトラ強い私を殺しにくるの? アイラを見捨てればならず者のスタンド使い達の大規模造反の可能性があり、私と戦うにしても頼れる駒がない。アイラを救うなら「親友の機嫌」を損ねるだけで済む――本来的には感謝されたっていいはずだ、と思うのも無理ないでしょう? 実際にはそれ以上のものを失うとしてもね。

328FBH:2017/10/19(木) 20:25:11 ID:HGLLwtFQ0
俺は紫煙に埋もれるシズカに吐き捨てる。とりあえず2つわかった。これは偶然じゃあないな。クソ計画的でヘドが出るほど悪辣な罠だ。そんでもって、君は完全にクソ悪党ってわけだ。ふざけるなよ! とんでもないことに巻き込みやがって!

シズカは声をあげて笑う。ぎひひ、まぁねぇ、確かに私、あんまり善い人間ではないかもね。そうなろうと努力はしているけれど……実を言うと、私は、人の気持ちを理解しようとか、尊重しようという気持ちが、生まれつき、他人より少しだけ欠けてるらしいんだよね……だから、リザード、あなたの戦い方は尊敬している。本当に感動したよ。アイラの通り道に罠を仕掛けられるのは、アイラの気持ちや考え方を理解できるからでしょう? 私には到底できない戦い方だよ。でも……。

あれだね、私の罠が計画的っていうのは誤解だよ。私はリザードみたいに、相手の心を読めないから、どんなに時間をかけても完璧には程遠い罠しか作れない。それでも私には私の得意がある。私はね、見え透いた罠にハマる方がマシだと思うくらいに、他人を追い詰めるのが得意なんだ。

329FBH:2017/10/19(木) 20:27:41 ID:HGLLwtFQ0
信号待ちで止まる。勝手に言ってろ、もうお前と関わるのは……と俺が言いかけたところで、コンコン、助手席側の窓が鳴る。心臓がばくんと跳ね上がり、身体が瞬時に警戒態勢に入るが……歩道に立っているのは、髪を派手に染めた、露出度の高い小太りの娼婦だった。そいつは窓も開いていないのに、こちらに呼びかける。シズカ•ジョースター?

シズカは窓を開けながら嬌声をあげる。サイリー? 久しぶり!

俺は尋ねる。誰だ? スタンド使いか?

シズカは俺の肩を強く叩く。そんなわけないじゃん。私ちょっと遊んでくるから、先に行っててイイよ。

先に行く? 何の話だ?

父さんのところに行くんじゃないの? 病院でもイイけど、簡単な治療なら父さんに言えば、準備してもらえると思うよ。そのあと、私の家まで車返しにきてよ。どこにも行く宛ないでしょう? 泊めてあげるからさ。

馬鹿にしてるのか? なんで殺戮現場に戻らなきゃいけないんだ?

馬ァ鹿、そっちは家じゃなくて学生寮だよ。私の家は別にあるから。住所は父さんには聞いてね。

冗談じゃないぜ! 言っただろ、お前とはもう……。

はいはい、とシズカは手を差し伸べる。じゃあまあ、とりあえず父さんのところに行きなよ。おつかれ、リザード。

俺は一瞬戸惑う。そしてシズカの手を握る。シズカは俺の手をぶんぶん振り回し、手放すと、ドアを開けて堂々とニューヨークの車道へと飛び出した。

330FBH:2017/10/19(木) 20:28:15 ID:HGLLwtFQ0
寒くなってきた。ニューヨークの冬は寒いと聞くが、冬が一足先にやってきたわけでもなさそうだった。路肩にサンドマンを停める。頭がぼうっとする。まだ動く気力のある方の手でアイフォンを動かす。【ランドバロン】直通のアドレスがすぐに繋がる。【ランドバロン】の乾いた、か細い、痩せた声帯から出る頼りない声が、大丈夫かと俺に問う。情報は届いている。どこの病院に駆け込んでも、わしの名前を出せばSPW財団が対応する……。

大丈夫ではないと俺は答える。それに病院に寄るつもりもない。俺は疲労と痛みで動かない手のひらを見つめる。あの握手。あれはどういう意味だったのだろう。シズカが俺のスタンド能力に気づいていないわけがない。『触れることで作動するタイプ』ということも気づいていたはずだ。だが……シズカの『皮』は手に入れた。シズカの秘密は既に手中にある。

331FBH:2017/10/19(木) 20:29:41 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

よくよく見れば、ニューヨーク市内では殆ど車が走っていなかった。恐ろしいほど長いバスや、自転車の列が走り回り、サンドマンのやかましいV8の轟音を訝しげな顔で見つめながら横をすり抜けていく。摩天楼以外は俺の知るニューヨークとは大きく違っていた。ともあれ、俺は再びナッソーへ向かう。ランドバロンに会うたびに。

赤信号で誰もいない交差点で待つ。ドロドロとエンジンがなる。俺考える。なぜシズカは俺に『皮』を渡した? まるで現実感が湧かない。絶対にワザとだ。それはわかる。問題は目的が一切わからないことだ。リスクしかない。

シズカの言葉が頭にこびりつく。これが俺を罠まで追い詰める作戦なのか?

信号が青になるが、俺はブレーキを踏んだまま動かない。ナッソーへ向かうゆるく長い道の後にも先にもクルマがない。仮にシズカが俺に情報を探らせているとしたら? 視界の隅、リアヴューミラーの横にドライブレコーダーがある。自動車は情報を盗みやすい。バッテリーから気づかれずに電源を張ってこれるし、数ヶ月に一回はモラリティの低い整備士に引き渡すし、家よりもセキュリティがゆるいからだ。

332FBH:2017/10/19(木) 20:30:29 ID:HGLLwtFQ0
俺は助手席側に身を乗り出し、グローブボックスに触れる。軽くノブを引くが、妙な感触や危機感はない。ブービートラップはなさそうだ。

グローブボックスのなかのそれは、大したものではなかったが、奇妙なものだった。よくある映画のマクガフィンのように、あからさまに意味ありげで、そして俺にはその意味がわからないものだ。

俺はそれを手に取る。豆クリップで留められたA4コピー用紙の束。真新しい紙の香り。シズカは二年間、アメリカにいなかった。長い間、車に放置されていたという感はない。いつの間にか後ろにいた日本製の小型車がクラクションを鳴らす。俺は慌てて助手席にそれを投げ出す。

俺はアクセルをゆっくりと踏みながら、それを横目で見る。

それはカラー印刷された『本』のコピーだった。ただ、それが本当に本なのかはわからない。ただ紐で結わえられた紙の束だったのかもしれない。

それは古いものだった。相当に古い。時代はわからないが……黄ばんで弱った紙切れに、気品のある手書きの筆記体でつらつらと大小の英語が書かれていた。それも随分と時代がかった筆記体で、『本』の表紙に当たる部分しか読み取れない。

333FBH:2017/10/19(木) 20:30:53 ID:HGLLwtFQ0
それはこう書かれていた。

『国家間における”緊急避難法”の諸条件
        ——ディオ•ジョースター』

334FBH:2017/10/19(木) 20:31:33 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

“ランドバロン”の邸宅に着いた時にはもう夜で、出迎えたのはハウスメイドでもランドバロンでもなく、SPW財団の医師を名乗る中年だった。彼はジョースター氏は既にお眠りになられたと言った。なるほど。で、俺にどうしろと?

彼は俺を広間のソファに座らせると、冷たく光る衣料品の数々と、ティファールの湯沸しポットと、毛布を持ってきた。横になって寝ていいですよ。麻酔打って、寝てる間に傷口を縫ってしまいますね。

俺は間接照明とふかふかのソファで早速眠たくなる。

運がいい、と医師は言った。スタンドの弾丸だと聞いてます。予後だけ考えれば、本物の銃弾よりラッキーですよ。弾が身体に残りませんからね。

ラッキー? どうだろう。今日は散々な日だ。常に死と隣接した状況だったし、マフィアに喧嘩を売ってしまうし、ガキも殆ど殺してしまったようなものだ。脳裏にアイラの無残に破壊された顔が浮かぶ。こんなこと無責任だし無意味だと知ってはいるが、彼女は無事なのだろうか? そんなわけはないと思うが、万が一ということもある。スタンド使いの暗殺者なんて、まるで漫画の世界だ。

そして俺は夢を見た。そこは大西洋の洋上で、奇跡的なほど空気が澄み、雲ひとつない夜空に星々と巨大な月が不気味に輝き、灯りのないクルーザーを照らしているのだった。

335FBH:2017/10/19(木) 20:32:46 ID:HGLLwtFQ0
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目が醒める。はっと起き上がると同時に目眩がする。眩しく燃える世界が揺れる。どこ? 夜の気配がする。寒い。ぼんやりと、しかし確実に記憶が戻ってくる。私は……あたしはアイラだ。スタンド使い。アメリカでシズカ•ジョースターと戦って……死んだ。

そうだとするなら、ここは、地獄だろうか? 天国ではないはずだ。あたしが天国になんて行けるはずがない。辺りは激しい光で何も見えない……どこなのかわからない。『皮』のスタンド使いに潰された左目は見えないままだ。

あたしは裸だった。冷気が身体に纏わりつく。寒い。吐き気がする。
ああ、でも、やっぱり、死ぬってこんな感じだったのか。

微かに揺れていた。視界だけではなく、この私がいる世界が揺れている……船だ。この感覚はよく知っている。よく耳を済ませれば波の音も聞こえる。潮の匂い。あたしは船の中にいる! ということは……助かったの? 助かっている気がしない。内臓の中を何かがグルグルと回るような不快感があった。

よう、お嬢ちゃん、と男の声がする。か細く潜めた声だ。

声のする方を向く。真っ白な光が目に突き刺さるだけで、何も見えない。生ぬるい汗で身体が濡れるのを感じる。銃を探そうとするが……素肌に触れるばかりだ。

336FBH:2017/10/19(木) 20:33:59 ID:HGLLwtFQ0
男は叫ぶ。落ち着け! よく見りゃあわかるだろ! 俺は敵じゃねぇよ!

誰だっ、とあたしも叫ぶ。眩しくて何も見えない、どこにいる?

眩しいだって? 何を冗談を……ああ、なるほどな、まいった、そういうことか。

そして視界が開ける。
暗い部屋の中、私はベッドに横たわっていた。視界の先で、見るからに具合の悪そうな痩せた男が、ランタンに手をかざしていた。部屋の明かりはそれひとつきりで……時折ランタンから漏れる光が、私の視界を真っ白に塗りつぶす。

眩しいっ……! 誰? ここは? 一体何が……?
質問は1つずつにしろよ、と痩せた男が吐き捨てた。お嬢ちゃんは学がないな? 話の順番もちゃんと練れ。でかい話から先に始めるんだ。まずは、ここはどこか、だな。ここは北大西洋のど真ん中だ。俺たちは不本意ながらクルーザーでニューヨークを離れて、ポンタ•デルガータを経由してイタリアに行くところだった。

そして俺は誰か、だが……実は俺とお嬢ちゃんは初めましてではない。知り合って3日目だ。俺はクリスチャン•ハンセン。ニューヨークで葬儀屋をしている。君と同じスタンド使いだが、仲間でも関係者でもない。命の恩人だ。SPW財団の伝手で依頼されて、君を蘇生した男だから覚えておいてくれ。

337FBH:2017/10/19(木) 20:34:23 ID:HGLLwtFQ0
蘇生? みんなは?
君の仲間か? みんな死んだよ。
死んだって……えっ、死んだってこと?
はっ? ああ、まぁ、死んだってのは死んだってことだよ。それ以外になんだっていうんだ? 一人を除いて、みんな、あのシズカ•ジョースターとかいう変態に殺された。ちなみに君もだぞ、アイラ。君もシズカに殺された一人だ。

……何を言ってるの?
クリスチャン、と名乗る男は顔を背ける。だが、君の最後の上司は他のスタンド使いに殺された。2日前にな。哀れな奴だった。重責に似合わない結末のせいで頭がおかしくなっちまってた。俺の土手っ腹の怪我も、君の上司に撃たれたんだ。だが本当の問題は、何も片付いてないってことだ。敵はまだ、この船にいる。

何を言ってるって聞いてるんだ! あたしが死んだって、どういう……と言いかけたところで、クリスチャンがスマートフォンを私に向かって投げる。私はそれを右手で受け止める。

338FBH:2017/10/19(木) 20:34:45 ID:HGLLwtFQ0
視界にそれが映る。
あたしはスマートフォンを取りこぼす。
そしてあたしは、あたしの右手をランプの光に翳す。覚えている。あたしはシズカを殺すために、自分の指を吹き飛ばした……なのに、指があった。でも、あたしの人差し指でも、あたしの消えた人差し指でもなかった。

それは繊維質で、あたしの肌の色よりも白く、歪で、てらてらとランプの光を受けて輝き、蠢いて、伸びたり、増えたり、別れたり、縮んだりを繰り返していた。あたしの消えた指の根元から。それをあたしはよく知っていた。誰だって知っている。

それは木の根だった。先端が三股に別れ、私に向かって首を下げた。

339FBH:2017/10/19(木) 20:35:14 ID:HGLLwtFQ0
う、と言葉に詰まるあたしに、クリスチャンは話し続ける。はじめに言っておくが、俺を恨むなよ。俺は治療系のスタンド使いだが、蘇生は専門外だ。まっ、直感で「できる」とは思ってたがな……だが無事に済まないとも思ってた。道理に反することは大体そうだろ。ともかく、お前を化け物に変えると決めたのは、俺じゃない。俺の責任じゃない。俺に責任を押し付けようとした、お前のくたばった上司が全部悪い。とんでもないクソ野郎だったよ。ふつー、恩人に向かって撃つか? 死んで当然だ、ど畜生が。

あたしに、あたしに何をしたの? この指は……?
お前マジで頭悪いな。蘇生したって言っただろ。俺はお前を生き返らせただけだ。というか、俺の【ホット•コフィン】は、生き物を治すことしかできない。戦えないし、守れないし、モノは直せないし、傷口を埋めたり、遺伝性の疾患やガンを消すことも、なくなった腕を生やしたりもできないが、治せる。どうであれ、生き延びさせることだけは得意だ。死んだ方がマシとかいうなよな? 俺はこんなとこで死にたかないぜ。

だからな、俺を恨むなよ。その指のことは知らん。その顔についてもな。

340FBH:2017/10/19(木) 20:35:34 ID:HGLLwtFQ0
スマートフォンのインナーカメラで、あたしはそれを見ている。「皮」のスタンド使いに目玉を抉られたことを思い出す。正直にいえば、あまりショックはなかった。治療系のスタンドは珍しいとはいえない。どこかで治して貰えばいい、という意識だった。

でも、もう治りそうもなかった。
あたしの左目から、白い根が生えていた。ヒトデのように私の顔を半分ほど覆っている。何本かの根は私の皮膚の下に潜り込み、後頭部に向けて皮膚を引き攣っていた。

クリスチャンが言うには、それはスタンドではない可能性もある、とのことだった。寄生型や自律型のスタンドはコントロール可能なはずだが、彼にはそれができない。かといって、呪いのように本体なしでも存在できるスタンドだとも言えない。彼の元々のスタンドが、まだコントロール可能な状態で存在しているからだ。

341FBH:2017/10/19(木) 20:35:54 ID:HGLLwtFQ0
マァ、要はよくわからんってことだが、お前の上司は俺を信じなかった。いろいろが信じられなくなるのもわかるが、感謝はされても撃たれるとは思わなかったぜ。お前はどっちだ? 俺に感謝するか? それとも恩知らずにも恨むか?

……恨むなんて、とんでもないよ。
そりゃあ良かっ……

その時、暗闇から声が響いた。まるで溺れているかのような、濁ったような、響き渡るような女の声だ。良いわけないだろ? タコが。さっさとくたばっちまいな。

342FBH:2017/10/19(木) 20:36:16 ID:HGLLwtFQ0
声の出所を見る。近い。船室の出口のすぐそば。デッキの上だ。だが姿が見えない。あたしは叫ぶ。誰だっ、出てこい!

声の主はぎゃはははと笑った。
おー、いいよ、挨拶しようぜ。

そしてデッキに繋がるドアがぎいいと開く。夜空に繋がるその先から、顔がひょっこり顔を出す。

だがそれは声の主の顔ではなく、あたしがよく知る……パッショーネのアメリカでの活動を取り仕切る男の顔だった。あたしの上司だ。その頭から剥ぎ取られた皮膚が、重力で歪み、笑っているように見えた。
ご挨拶させてもらうよ、と声の主は言った。ミスター・フェイスハガーだ。お近づきの印に、ボクの大切なものをあげるよ。そして夜の黒い闇の中から、小さな何かが投げ込まれる。それは私たちの遥か手前にべちゃりと落ち、わずか転がり血の跡を残した。ボクのキンタマさ! 仲良く2人で分け合って食べなよ!

343FBH:2017/10/19(木) 20:37:13 ID:HGLLwtFQ0
ぷつん、とあたしの頭の中が弾けて、どろどろとした何かが意識の中を流れ始めた。堪え難いほど熱かった。

このクソアマっ、よくもっ! と甲板に向かってあたしは走り出す。

344FBH:2017/10/19(木) 20:37:55 ID:HGLLwtFQ0
それはもう、完全に俺のスタンドではなかった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

ヒッピーの親父の影響で、俺の人生は宗教か宗教的なものでぎっしりと敷き詰められていた。周囲は俺を変態扱いしたし、実際、多少変態だったのかもしれないが、別に不幸ではなかった。俺は人と比べて特別頭がいいほうではないが、人よりも幸福とか人生とか魂とか死後の世界とか、そういうものを考える余裕を随分と与えられた。攻撃的で進歩的なこの世界とは無縁に生きられた。
人と違う能力があり、その中でも特に親切なスタンドを持っていたことに気づいた時も特別不思議ではなかった。むしろ、俺の人生に欠けていたピースが埋まったという感覚で、それでどうこうとは思わなかった。

【ホット•コフィン】は癒しの力だ。万能でも完璧でもないが無理なことも少ない。粉々になったり完全に失われたり初めから存在しなかったものはどうともならないが、死なせないことにかけては無二の能力だと思うし、やらない方がいいということも分かったが生き返らせることもできる。

345FBH:2017/10/19(木) 20:38:21 ID:HGLLwtFQ0
かわいそうなアイラに取り憑いた何かは、俺の親切なスタンドとは似ても似つかぬ凶暴な動きを見せた。クソ野郎の小さなキンタマの中身がべちゃりと床に叩きつけられた瞬間、その目玉から吹き出した木の根がツノのように尖り、デッキに繋がるドアを指差した。アイラの表情に現れた憎悪を更に歪めるように、顔に食い込んだ根が皮膚の下で激しくうごめいていた。

俺はとっさにスタンドを放ち、アイラの素足を絡みとる。ギシリと「ホット•コフィン」の根が千切れ、生き返りたてのアイラは勢いよくすっころび、あられもない姿で床に這いつくばるが、若い女の股座に注視している場合でもなかった。

346FBH:2017/10/19(木) 20:38:54 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

あたしはデッキへの戸口に立つ、その何かを見た。

あたしの上司の生皮をかかげ、だらしなくしゃがみこむそれは、女のフォルムをしていた。柔らかい曲線。乳房が見える。そしてあたしに向けられた、あたしのアンクル•スペシャルの銃口も。

ばぁか、とそいつは言った。そいつは人間じゃなかった。一目でわかった。まるで内側に吸い込まれるかのように顔が捻れ、目も顔も何もかも正しい位置になく、ぐるんぐるんと激しく動き回っていた。

ただ、1つだけわからなかった。そいつはスタンドでもなかった。スタンドにしてはあまりにも「現実味」がありすぎた。スタンドらしい吹き出すエネルギーも、幽霊のような透明な存在感もなかった。

銃声が鳴り響くと同時に、身体がコントロールを失い、身体が前のめりで床に叩きつけられる。ほとんど本能的に、あたしはごろごろとフローリングを転がり、そいつの射線から離れる。

347FBH:2017/10/19(木) 20:39:24 ID:HGLLwtFQ0
どん、とアンクル•スペシャルの聴き慣れた銃声。それと同時に、ワックスで不自然なくらいテカテカとは光るフローリングが弾ける。

あたしは唸る。なんだ、あいつはなんだ、なんであたしの銃を持っているんだ!

落ち着け! とクリスチャンは叫んだ。あいつがお前の上司を殺ったやつだ。3な日前に突然、この船に現れやがった。だが見たはずだ。奴は人間でもスタンドでもないし、銃を持っている。不用意に近づくな。

あたしはクリスチャンの目を見る。怯えた目だった。あいつはなんだ、あの見た目は……。

クリスチャンは言った。
決まってるだろ、あいつは【悪魔】だ。
【悪魔】? 何かの比喩?
違う、本物の【悪魔】だ。じゃなきゃ妖怪か神だな。どのみち人間でもスタンドでもないのはわかるだろ。【悪魔】だから奴は船室に入ってきて、俺らを殺せないんだ。
マジであんた何言ってるの?
マジで俺は何言ってるんだろうな? ホラー映画の脇役の気分だよ。奴は日中は外にいないんだ。夜中はランタンの光が届かない場所からこっちを見てる。そして俺らを殺そうとしていて、君がそれを信じないなら君は死ぬ。

348FBH:2017/10/19(木) 20:40:04 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
アイラはデッキへの扉を見て叫んだ。
てめーは誰だっ!

あまりにもバカバカしい質問だったが、戸口の外の悪魔は例の不気味な声で返答をよこした。あたしが誰かなんてお前にゃあカンケーねぇだろ。ほら、射線に出てこいよ、戦おうゼェ。

スタンド使いか?
うるせぇよ。試してみりゃあいいだろ。
なるほど、そりゃあそうだね。

アイラは言った。
クリスチャン、あなた、あたしを生き返らせたって言ったよね?
俺は答える。ああ、そうだが……。
なるほど。じゃあもう一度くらい死んでも大丈夫だね。
はっ? いや、そんな話では……!

そしてアイラは射線と頭の間にある長い長い空間を、クロスした腕で遮りながら走り出した。そして痛々しい銃声が、耳を劈いた。

349FBH:2017/10/19(木) 20:40:44 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

心臓が馬鹿みたいに高鳴っていたけれど、破れかぶれというわけでもなかった。あたしのアンクルスペシャルは豆鉄砲だ。当たれば痛いし最悪死ぬけれど、絶対に死ぬわけでもないし、死んでもどうにかなるし、死んでも絶対殺してやる。

銃弾が皮膚を突き破って体に留まる。
腕の骨を打ち砕く。
ジッパーを裂くように頬を切り刻む。
でもデッキをつなぐ階段を駆け上って、あたしのアンクルスペシャルの銃身をひっ掴み、その不細工な面に頭突きを食らわせるまでは、たったの3発しか撃たれなかった。

うげぇっ、とうめき声をあげて、そいつは仰け反るけど、銃を手放さない。手放したら死ぬことを知っているからかもしれない。

離さないか、じゃあ、しっかり持ってろよ、とあたしは言い、そいつの膝を踏み砕いた……つもりだった。そいつの膝がぐにゃりと逆関節に折れ曲り……デッキの下に沈み込むまでは。

ずぶりとデッキに埋まるように沈むそいつに身体を引き寄せられ、あたしはデッキに両膝をつく。弾力のある木の感触が膝の皿に響く。そいつは言った。お前こそ、しっかり持ってろよ。

あたしはわずかに月明かりに照らされた、暗褐色の木のデッキの下から、そいつの足が飛び出して、あたしの視界を覆い尽くすのを見ていた。首の骨がみしりと軋んだ。

350FBH:2017/10/19(木) 20:41:35 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

どうやら半日ほど眠っていたらしい。
目覚めると”ランドバロン”が窓のそばで、暗い夜の先をじいっと眺めていた。まるで自分が死んだ後のことでも考えているかのように、深刻な表情で。

ああ、失礼、何時ですか?
夜中の2時じゃ。まぁ仕方あるまい。怪我もあれば麻酔まで効かせてたからの……大変なことに巻き込んでしまってすまない。
いや、まったくですね……。

ランドバロンは、ショットグラスにウィスキーを二杯つぐと、片方を俺の元に運び、不安そうに震える手付きで差し出した。俺はソファに寝転がったまま、それを受け取る。

娘は……シズカは元気だったか?
元気どころではないですね。彼女は……正気じゃない。こんなシンプルな言葉で表現していいのか迷うほどですよ。

何があったか、話してもらえるか?
何があったか? 色々ありすぎて俺にも全部はわかりませんよ。アパートで彼女に会ってすぐに……パッショーネの殺し屋が襲ってきた。女の子の……若い、スタンド使いの殺し屋でした。シズカはそいつを素手で殴り殺したんですよ。俺の目の前で。

ランドバロンは呆けたような顔で、中空を眺めていた。そうか……殺すというのは、あの殺すという意味であってるな? やれやれ、なんてことだ……他には?

パッショーネの連中との交渉……というか、シズカからパッショーネへの脅迫と強請がありました。よくはわかりませんでしたが……掻い摘むと、今まさにパッショーネと戦っていて、優勢にことを進めているみたいでしたね。
パッショーネと? 何のために?
知りませんよ。かなり計画を持って進めているように思いましたが……。
シズカは今どこにいる? なぜアメリカに?
……知りませんよ。
何もわからずに怪我だけして帰ってきたのか?
はぁ、酷い言い草ですね。あなたのクソ忌々しい娘さんのせいで怪我したんですよ。どう育てたらあんな売女になるのか不思議で仕方がないですね。まぁ、今となってはどうでもいいですけどね。もう仕事は終わりだ。
なんだと? 投げ出すのか?
投げ出す? 俺は終わりだと言ったんですよ。俺はビジネスマンです。仕事を途中でやめたりはしない。

351FBH:2017/10/19(木) 20:48:06 ID:HGLLwtFQ0
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流し込まれた“氣”が、シズカの薄っぺらな皮の中を満たしていく。体の中心から指の先までピンと張りつめて人の形を成す。だがその瞳はどこか本物の人間と違う。かつて若気の至りで『皮』の人形と「やろう」とした時、どうしても俺はその眼が不気味で勃たなかった。

リザード……それは波紋じゃないか!
知りませんよ。シズカにも同じことを言われましたけど、どうでもいいでしょう? この仕事が終わったら二度と関わることもない。スタンドの説明もしませんよ。ただ黙っててください。余計なことをすれば、何が起こるか俺にもわからないんですから。

シズカは俺の目を見て、瞬きをし、眠たげな声で話しかける。あれ? リザード?

ああ、と俺は答える。そうだ。
そうだろうね。よかった、間違いじゃなくて。私になにか用事?
シズカの『皮』が微笑む。俺も釣られて微笑むが、その笑顔になんの意味も込められてないことを知っている。『皮』たちは直前の記憶がないから、現状に対して最も無難な態度……楽しさを表現するだけなのだ。
まぁな。用事というより質問なんだ。お前のスタンドについてなんだが……。

シズカはニヤリと笑った。これは無難な微笑みとは違った。
ああ、わたしのスタンド能力が知りたいの?
俺は僅かに冷や汗をかく。これはパターンの外だ。質問を先読みされている?ともあれ他に選択肢はない。そうだ。お前の能力は一体何なんだ……?。

だがシズカは、もちろん教えないよ、と一言だけいうと、自分の顔を抱えるように、両手を交差させて自分の顔に触れ、その親指を眼にねじ込んだ。皮の人形はパンッ、と音を立てて、目玉の穴から四方八方に裂け、愕然とする俺を残したまま、弾け飛んで消えた。

そんな馬鹿な、と俺は叫んだ。こんなこと、ありえるはずがない。

“ランドバロン”は今にも失禁しそうなほどの慌てぶりで、シズカの皮の破片の周りをグルグルと回る。おいおい、わしの娘が現れたと思ったら破裂したぞ! どういうことなんだ? 何がしたかったんだ? 説明しろ! どこからが能力で、どこからが事故なんだ?

イカれてる! 俺のスタンドは意識の反映なんだぞ! ありえないのは自分のスタンドを自白しなかったことじゃない、俺が皮を奪う直前に、スタンドを俺に聞かれたら自分の両目を潰すと決意してたことだ! 自分がスタンドの偽物じゃなかったら失明していたのに……!

なんか不思議なスタンドだねぇ、とシズカは言った。ここにいるはずのないシズカが。俺とランドバロンが振り向くと、シズカ•ジョースターがウィスキーの瓶を片手に、ショットグラスを煽っていた。

352FBH:2017/10/19(木) 20:49:35 ID:HGLLwtFQ0
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最後に見た時と違った姿だった。
際どいチュートップの服装は変わらなかったが、穴の空いたストレッチジーンズはホットパンツになり、長いストレートの黒髪は極端に短く、前髪はアシンメトリーにセットされ、町長部は現代彫刻のように捻れたままハードワックスでセットされていた。頭の左半分に至っては殆ど刈り上げだ。アジア系の可愛らしい女学生というよりは、スラムのギャングか娼婦といった風態だった。

昔から思ってたんだよね、なんで幽霊って服を着ているんだろうって。だっておかしいじゃない? 服は生きても死んでもいないんだから、普通に考えれば全裸の幽霊しかいない気がするんだ。でもリザードのスタンドも、私の魂的な部分を衣服ごと再生しちゃうんだねぇ。なんでだろう。人間って自分の身につけているものも含めて自分だって思うものなのかな?

お前、いつの間に……と叫びかけた俺を制止するように、ランドバロンも叫んだ。おお、おお! シズカ! 久しぶりじゃなぁ! また美人になったんじゃないか? お母さんにそっくりじゃ!

父さん、久しぶりだね。あと、お母さんと血は繋がってないから……ああ、そうだ、お土産持ってきたよ、とシズカは天井を指差した。【ピンクダークの少年】第8部の英訳済のやつ。書斎に置いといたから。

おお、英訳版がもう出たのか。
まさか。私が英訳して製本したの。
ほー! すごいなぁ! ずいぶん手間かけたな。
すごいでしょ。父さんがタブレットで読むなら英訳だけで済むのにさ。
でも紙が好きなんじゃよ。どうだった? 八部はよかったか?

シズカは腕を組んで、曖昧な笑みを浮かべる。うーん、超微妙。でも露伴じゃなくて編集とファンのせいだと思うね。そもそもさあ、第四部が面白かったのってサスペンスであって、日常ものと超能力バトルの掛け合わせじゃあなかったと思うんだ。事後的に似たようなジャンルの作品が流行ったからってテーマを焼き直してどうするんだろう。毎回全く毛色が違うから面白いのにさ。舞台まで同じじゃあねぇ……。
えー、わしは第四部好きだったけどなぁ。
私もそうだよ。でも大事なのは作品のテーマ、何を伝えたいか、でしょ? なんていうか、第四部まではいわばスーパーマン的な正義とはなんぞやみたいな話だったけど、第五部以降はバットマン的な美学の話だったじゃない? どっちがいいかは好みの問題だけど、八部はどっちかとかそれ以前に、テーマそのものを感じられないんだよね。たぶん露伴も乗り気じゃなくて、とにかくシリーズを書いてるだけって感じなんじゃないかな。もともと第七部もさ、最初はピンクダークの少年ってタイトルから離れてたんだし……。
うっ、なんだか話が危険なゾーンに入ってきてる気がするの……。
うーん、まぁ、そうかも、でもあれだよ、性格も生き方も嫌いなんだけど、顔は好みだからついつい体を許しちゃし、なんだかんだそこそこ気持ちいい、みたいなところはあるから、うっかり私も読んじゃってるんだけどね……。

353FBH:2017/10/19(木) 20:50:27 ID:HGLLwtFQ0
俺は場の微妙な空気に耐えかねて叫ぶ。お前らマジでなんの話をしてるんだ!
シズカは手を叩いて俺を見た。ああ、そうそう、本当は久しぶりのニューヨークで色々遊ぼうかなと思ってたんだけど、なんとなく気になって来ちゃったんだよね。本当にリザードの力って、私のスタンド能力を暴けるようなもんなのかなぁってさ。

お前、やっぱり知ってて、俺に『皮』を……。
もちろん。やろうと思っているコトの大きさを考えれば、どのくらい脅威かどうかは知っておきたかった。オリジナルな両目を失うリスクがあってもね。

シズカ……とランドバロンは呟いた。弱々しい声で。お前についてよくない噂を聞いた。人を殺したそうじゃないか。わしはそれを責められるほど無垢ではないが、恐ろしいと感じるよ……。いったい、今までどこで何をしていた? 何が目的でディアブロと戦っている?

父さん……それってわざわざ聞くようなコトなのかな? とシズカは言った。まぁそんなコトだろうと思って、ヒントを持って来たよ、とシズカは、テーブルの上に無造作に置かれていた紙束を丸めると、テーブルから腰を上げて、ゆったりとランドバロンに歩み寄り、それを差し出す。俺はそれを知っているが、ランドバロンは何も知らなかったらしく、額に恐ろしい量の汗を浮かべた。

……ディオ•ジョースター! そんな……。
まさにその人だよ。ヨーロッパ中を探し回ることになるんじゃないかと思ったな……彼の二つの論文、歴史学専攻だったジョナサンに触発して書かれた『ラムセス二世』がフランスで書かれたことは知っていた。もしかしたら『国際法における緊急避難法の諸条件』もフランスに渡ったんじゃないかなと思ってたんだ……彼が30年前に、エジプトまで持ち出したのではない限りね。

シズカは踵を返し、数年前からの模様の変化を楽しむように部屋中をうろつきまわる。いい論文だったよ。緊急避難法……自分の命を救うために、他人の命をどこまで犠牲にできるのか、その罪は罰されなければいけないのか……それを国際法の枠組みで考えられないかなんて、私は法律は埒外だけど、第一次世界大戦前の目の付け所としては斬新じゃあないかな。国連まで射程に収めている気がする。何も知らない人が読んだら、平和主義者だと思うだろうね。もっとも、ディオにとって緊急避難は生き方そのものだったのかもしれないけど。

……ここでその話はするな、なぜお前がこれを知ってるのかはこの際は聞かん。だが二度と……。

二度と彼の詮索はするなって? でも、気にならないってのも無理でしょ、「アレ」は私が貰うんだから。

そして静寂が訪れる。
どこまで知っている?
……さぁねぇ、どう思う?
シズカ……お前は何もわかってない。何も知らないんだ。アレは……。
でも、私はディオと違う、とシズカは言った。わかるでしょう? 【ザ•ワールド】も【スター•プラチナ】も王の能力なんかじゃあないし、ディオなんて所詮は昼間に怯え暮らす闇の王に過ぎない。でも私の【アクトン•ベイビー】は違う。「アレ」があれば私は……。

354FBH:2017/10/19(木) 20:51:07 ID:HGLLwtFQ0
ハーミット……!
と、シズカの言葉の合間を縫うように”ランドバロン”の義手がシズカに向けられる。それは俺の意表をつく行動だったが、シズカにとっては違った。シズカは”ランドバロン”のスタンドが義手から湧き出るよりも早く、距離を詰め、彼女の【スタンド】がランドバロンの義手を手刀で切り落とした。

真っ黒な彼女の【スタンド】は、シズカに切り落とした”ランドバロン”の義手を手渡すと、陽炎のようにすぐに消えてしまった。シズカは呆然とする”ランドバロン”を尻目に、その義手で自分の肩を叩き始めた。

「アレ」さえあれば私は「無敵」だ……と言いたいところだけど、正直、自信ないんだよね。「アレ」と【アクトン•ベイビー】を組み合わせても、私は、承太郎やディアブロと正面からの戦いで勝つことはできない……これはもう、予感というよりは確信だ。策は用意しているけど、よくて五分ってところかな。

でも、私はやるつもりだよ。ゼロから五分に持って行けるなら、やる価値がある。徐倫とお父さんにできなかったことを私はやる……あいつらは私が叩きのめす。

お前には渡さん! とランドバロンは叫んだ。誰がお前に邪悪な心を仕込んだのか知らないが、わしは決めたぞ! 「アレ」はお前には渡さない!

じゃあ誰に渡すの? 受け取り先もない遺産は悲しいよぉ? まっ、貰えないなら奪うだけなんだけどさっ……それに、お父さんにだって、私を邪悪だとか、とやかく言う資格なんてないはずだよ。ディアブロを野放しにして、徐倫を見捨てて、いったいジョースター家をどうするつもりなの?

何様のつもりだ! お前は……!
お前は「ジョースター」ではない?
……い、いや……。
……まっ、とにかく、これは「宣言」だよ。父さんが私をどう思おうが、私は「アレ」を貰うつもり。近いうちにね……それがジョースター再建の第一歩だ。今日の用事はそれだけ。また会いにくるよ。

そして現れた時の神出鬼没さとは打って変わって、シズカは扉を潜って姿を消した。俺に向かって、ちゃんと車は返しに来てよね、とだけ言い残して。

“ランドバロン”の客間は信じられないほど気まずい沈黙で凍りついてしまっていた。そのまま何分か過ぎた後に、”ランドバロン”は言った。

ところで、君の仕事はまだ終わっていないな。
……まぁ、そのようですが……。
であれば、何をぼさっとしている? さっさと行け、と”ランドバロン”は言った。シズカの【家】だ。場所はロングビーチだ! シルバーポイント群立公園の側じゃ! 早くせんか!
……ひと休みしてからではダメなんですかね?
……むぐっ、まぁいい! 明日の朝には向かえ!

再び沈黙が訪れる。また時間が引き延ばされる。ランドバロンは、何も聞かないのか、と俺に問う。俺は特に何も、と答える。これ以上は何が自分の生死を分ける情報なのかわからない。やぶ蛇ということもありえた。

そもそも現段階でも踏み込みすぎだった。
ディオ•ジョースターとは誰だ?

355FBH:2017/10/19(木) 20:51:46 ID:HGLLwtFQ0
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

パキパキと音を立てて、あたしの頚椎が折れていく音を聞いていた。だがそれは骨が割れる音にしては、あまりにも軽かった。まるでクッキーでも割っているかのようだ。痛みもない。首だけが背骨からずれ落ちて背中側にこぼれ落ちた。

げえっ、と影が叫んだ。お前、なんで……!
あたしは自分にもわからない理由を話す代わりに行った。今度はあたしのターンだ。

不思議な感覚だった。
あんなに死ぬことや傷つくことが怖かったのに、いまのあたしといえば無敵もいいところだ。あたしは人差し指をデッキに沈み込む影に向ける。

指が花開くように弾け飛ぶ。
そうだ、とあたしは思う。あたしの見た目がどんな風になろうとも、これこそがあたしを定義づけるものじゃないか! あたしの【ナポレオン•ソロ】が、やつの脳みそを海にばらまく。

ばむん、と大きな音を立ててスタンドの弾丸がどこかへ飛んでいく。ぎゃあ、と影が叫ぶが、あたしの折れた首はそいつの惨めな姿を見ることができない。キャビンにつながる戸口で凍りついているクリスチャンを逆さに捉えるばかりだ。あたしは構わずに、やたらめったらと【ナポレオン• ソロ】をぶちまける。

痛みがない。指はどうなっているだろうか?

やがてアンクルスペシャルを捉えていた力が消えた。どこかから陰が呻く声が聞こえるが、どこからなのかわからない。あたしは自分の首をひっつかむ。折れて真後ろに倒れている。気道が押しつぶされて呼吸ができない。でも何の問題もなかった。あたしが首を元の位置に強引に捻じ曲げると、ふたたびぱきりと音がなった。それきり、後ろに倒れなくなった。

そして指を見た。
何もかもがはっきりした。
あたしの指は吹き飛んではいなかった。白い植物の根が指にまとわりついて、銃身を形作っていた。

その根の薄い肌がぐずぐずと蠢いて表情を変える。月明かりに照らされたそいつの【皺】の一つ一つに、あたしはエイ達の恐怖に慄く顔を見た。

あたまではなく、肌で理解した。これはあたしのスタンドではない。でも他の誰のスタンドでもない。あたしのスタンドはこいつと『融合』したんだ。

ハンセンの呟きが耳に届く。なんてこった、とんでもないバケモンになっちまった。
あたしも呟く。なんてことだ、あたしは……あたしは不死身になったぞ。これならシズカ•ジョースターをぶち殺せる。

356FBH:2017/10/19(木) 20:57:09 ID:HGLLwtFQ0
というわけで今回の投稿はここまで。
色々忘れていたけど、サブタイトルは『ナポレオン・ソロ VS アンダー・スレット(1)』です。
例の如く非バトルが多めですが、次回はナポレオン・ソロ中心のオリスタバトルです。
以下は別日に投稿ですが、後ほど適当に読み飛ばしてくださいね。

357名無しのスタンド使い:2017/10/22(日) 23:27:06 ID:WtxErlsE0
・スター・プラチナ、ザ・ハンド
FBHの世界ではスタンドの強さは能力の系統で決まり、空間や時間に左右するものや、人間の心に影響を与えるものは強いとされる。クリームの名前があがらないのはヴァニラ・アイスも能力も消滅しているから。
 
・通行禁止
マンハッタン(作中ではニューヨーク市内と書いてしまったがこれは間違い。まあニューヨーク市も同様の状況だが……)は例年、酷い渋滞に悩まされており、その緩和の大胆な施策の一つとして、道路から(そもそもの渋滞の原因である)車を排除する、という実験が現在も行われている。FBHの2020年では、マンハッタンの自動車利用禁止区画がだいぶ広がっている。
 
・緊急避難法
緊急避難法とは、自らの生命を守るための「抗弁」についての法律。例えば船が沈没し、1人しか乗れない筏にあなたともう一人がしがみついているとして、あなたが助かるためにもう1人を冷たい海に突き落とすのは立派な犯罪だが、「仕方がなかった」という「抗弁」が成り立つ。
FBHのディオの2つの論文は出鱈目で、片方はディオが所属していた法学部の論文、もう片方がジョナサンが関心を持っていた考古学に関する論文で、どちらも第一次世界大戦前のトレンドを意識したタイトルにしているが、特に中身は考えていない。

・ピンクダークの少年
皆さんは8部はどう受け止めているだろうか? なんとなくオリスタの住民の方々は4部が好きそうなイメージなので割と好意的に見ているのではないかと思うのだが、筆者は2部、7部の死闘感が好きなので、少しピンとこない部分がある。


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